2023年03月20日

●「冨岳もARMアーキテクチャである」(第5929号)

 「インテルか、ARMか」の話をしていますが、人によっては
そんなテクニカルなことはどうでもいいじゃないかと思う人もい
るかもしれません。そもそも日本の半導体会社「ラピダス」の投
資陣のなかに、ARMを傘下に収めているソフトバンググループ
がいることが日本にとって有利に働くのではないかということか
ら、ARMを取り上げてここまで書いてきています。
 そのARMがスマホだけでなく、PCやサーバーに入ってきて
いるという話をしているのですが、それどころではないのです。
現在、総合で世界一である日本のスーパーコンピュータ『冨岳』
(理化学研究所と富士通の共同開発)もARMアーキテクチャを
採用しているのです。驚くなかれ、スーパーコンピュータまで、
ARMなのです。
 なお、「総合で世界一」と書きましたが、スーパーコンピュー
タの世界ランクは主として次の3つの部門の順位で決まります。
しかし、2022年5月、計算速度を競うTOP500では、米
オークリッジ国立研究所にある最新鋭機『フロンティア』に敗れ
2位になっています。『冨岳』はそれまでこの分野で4期連続世
界一だったのに残念です。
 スーパーコンピューターの世界ランクは、次の3つで決まりま
すが、日本は、現在、「HPCG」と「Graph500」では
依然として世界一であり、しかも5期連続です。
─────────────────────────────
    ◎スーパーコンピュータの3分野
     1.  TOP500 ・・ 世界第2位
     2.    HPCG ・・ 世界第1位
     3.Graph500 ・・ 世界第1位
─────────────────────────────
 「HPCG」は、産業応用で使う計算の処理速度を図るもので
あり、「Graph500」は、ビックデータの解析能力の指標
となるものです。しかし、コンピュータは早さが勝負であり、
TOP500」で2位になったことは残念なことです。それにし
ても大きな差がついたものです。
─────────────────────────────
 ◎TOP500上位5位            計算速度
  1位:フロンティア(米国) ・・ 110・2京回/秒
  2位:    冨岳(日本) ・・  44・2京回/秒
  3位:ルミ(フィンランド) ・・  15・1京回/秒
  4位:  サミット(米国) ・・  14・8京回/秒
  5位:   シェラ(米国) ・・   9・9京回/秒
       ──2022年5月31日/読売新聞オンライン
─────────────────────────────
 フロンティアの計算速度は、毎秒110京(けい)2000兆
回(京は1兆の1万倍)であり、富岳の同44京2010兆回の
約2・5倍だったのです。スパコンの開発競争では、同100京
回を上回る計算速度「エクサスケール」が次の目標とされ、突破
したフロンティアが初めてランクインしたのです。
 「アップル・シリコン」に話を戻します。アップル・シリコン
には、A、S、T、W、H、U、Mの7シリーズがあり、とくに
有名というか、よく知られているのは、AシリーズとMシリーズ
の2つです。
 Aシリーズは、アイフォーン、アイパッド、アイポッド・タッ
チ、アップルTVデジタルメディアプレーヤーに採用されている
SoCのファミリーです。1つ以上のARMベースのプロセッシ
ング・コア、グラフィックス・プロセッシング・ユニット(GP
U)、キャッシュ・メモリなど、モバイル・コンピューティング
機能を提供するために必要な電子機器を1つの物理的なパッケー
ジに統合しています。
 これらはアップルによって設計され、2016年以降に発売さ
れたアイフォーン7の時点で、TSMCによって独占的に製造さ
れています。
 Mシリーズというのは、Macやアイパッド向けに開発される
SoCのファミリーのことです。2020年10月にMacブッ
ク・プロという新製品が発売され、それにM1プロとM1マック
スが搭載されていることが明らかになります。
 2022年3月になると、それまでのM1のさらに上を行く、
M1ウルトラが発表されます。M1ウルトラは、20基のCPU
コアと、64基のGPUコア、32基のニューラルエンジンコア
を実装しており、最大RAM容量は128GBです。
 そして、2022年6月6日に、新型Macブック「エア」と
Macブック「プロ」が発表されます。これには、M2チップが
搭載されています。これらのM2チップが、脱インテル後のアッ
プル製品に搭載されることになります。
 このM2チップについて、アップルのサイトでは、次のように
解説しています。
─────────────────────────────
 M2のシステムオンチップ(SoC)設計は、強化された第2
世代の5ナノメートルテクノロジーを使用して構築され、M1よ
り25パーセント多い200億個のトランジスタで構成されてい
ます。トランジスタの増加により、M1より50パーセント高い
1000GB/sのユニファイドメモリ帯域幅を実現するメモリ
コントローラなど、チップ全体で機能が向上しています。
 最新のウインドウズノートPCの10コアチップと比較して、
M2に搭載されたCPUは同じ電力レベルで約2倍のパフォーマ
ンスを実現します。そしてわずか4分の1の電力で、そのウイン
ドウズPC用チップのピークパフォーマンスを達成します。
                 https://apple.co/3YZ6tgf
─────────────────────────────
 このアップルによる「脱インテル」は、インテルだけでなく、
アップルにも相当の負荷がかかります。
           ──[メタバースと日本経済/045]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルが描く「インテルなき未来」と、見えてきた
  いくつもの課題
  ───────────────────────────
   アップルが間もなく、「Mac」シリーズにインテルのチ
  ップを使うのをやめるのだという。このニュースを耳にする
  のは何度目だろう。これまでにも多年草のように定期的に現
  れては消えていった話題ではあるが、今回はいくつか注目す
  べき点があるようだ。
   だが、まずはアップルが実際に「脱インテル」を実行する
  のが、いかに難しいかという話から始めよう。
   アップルがこの問題に真剣に取り組んでいるのは本当だろ
  う。2018年4月2日に明るみになったニュースの出元は
  『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』のマーク・ガーマン
  だ。ガーマンは、“聖域”であるカリフォルニア州クパチー
  ノの外にいる人間のなかでは、アップルの動向にもっとも詳
  しいと言われている。
   アップルは数年前から、独自のプロセッサの開発だけでな
  く、「MacOS」とモバイルデヴァイス用の「iOS」の
  アプリ統合に向けた準備を進めている。インテル製チップの
  切り替えのための準備は整いつつうるのだ。それでも、イン
  テルとの別離においては、面倒な問題がいくつもある。それ
  にどう対処していくかが、アップルの未来を決めるだろう。
                  https://bit.ly/3Jun5qg
  ───────────────────────────    
日本のスーパーコンピュータ『冨岳』.jpg
日本のスーパーコンピュータ『冨岳』
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2023年03月17日

●「アップルがインテルから別れる理由」(第5928号)

 2020年6月22日のことです。当日に開催された開発者向
けのオンラインイベントWWDC(ワールド・ワイド・デベロッ
プメント・カンファレンス)の基調講演で、アップルのティム・
クックCEOは次の宣言をしています。
─────────────────────────────
 Macの心臓部を、2年かけて、インテル製プロセッサから、
自社設計のSoC「アップル・シリコン」に切り替える。
            ──2020年6月22日/WWDC
─────────────────────────────
 「アップル・シリコン」とは何でしょうか。
 「アップル・シリコン」は「SoC(ソック)」なので、まず
SoCについて知る必要があります。SoCは、シリコンの半導
体チップの上に多くの半導体素子(トランジスタ)を集積して、
CPU、グラフィックス処理ユニットのGPU、メモリーなどを
載せ、システムとして製品化した半導体部品のことです。SoC
は次の言葉の頭文字をとった言葉です。
─────────────────────────────
         ◎SoC/System on Chip
─────────────────────────────
 添付ファイルを見てください。これが「アップル・シリコン」
(M1)です。CPUがファブリックという切り替え装置を介し
て、GPU、DRAM、キャッシュなどと繋がった回路になって
います。
 CPUはARM設計のプロセッサ・コアであり、グラフィクス
・プロセッサ、機械学習に基づくAIの実行エンジンで高度な画
像処理などに使われる「ニューラル・エンジン」などを統合した
アップル自社設計の高度なSoCになっています。コンパクトな
マザーボードのようなものです。
 2005年のことです。その年のWWDCにおいて、アップル
への復帰を果たしたスティープ・ジョブズCEOは、次のように
宣言し、2006年1月に、最初のインテル製Macを出荷して
います。まさに歴史的な出荷といえます。
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 Macのプロセッサを「パワーPC」から、インテルに切り替
える。           ──スティーブ・ジョブスCEO
─────────────────────────────
 「パワーPC」とは、アップル・コンピュータ、IBM、モト
ローラによって開発されたRISCアーキテクチャのマイクロプ
ロセッサのシリーズの名称です。
 これは、当時としては極めて画期的な出来事だっといえます。
なぜなら、アップルとインテル・ウインドウズ連合は対極の関係
であり、アップルがインテルのプロセッサを採用するなど、考え
られなかったからです。なぜ、当時のアップルがインテルのプロ
セッサを採用したのかについて、ITジャーナリストの星暁雄氏
は、そのときの事情について、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 当時のインテルは、世界最高の半導体製造技術を持ち、プロセ
ッサ設計技術でも優れていた。パワーPCやその他のプロセッサ
ではなく、インテルのプロセッサを選んだ方が、Macの競争力
を、少なくとも数年にわたり維持できる。それがインテルに切り
替えた理由だ。
 20年現在のインテルは、半導体市場で世界トップの優良企業
である。だが、05年のインテルとはとは大きな違いがある。現
在のインテルは、半導体製造技術で世界一とは言えなくなってい
るのだ。一方で、TSMCの製造能力は向上し、アイフォーンや
アイパッドのヒットにより、アップル・シリコンの生産規模は大
きくなり、半導体の設計ノウハウも蓄積されている。脱インテル
を実行できる実力を今のアップルは持っているのだ。
 半導体を進化させるということは、微細加工技術を追求してよ
り多くの半導体素子(トランジスタ)をシリコンチップ上に集積
するということだ。つまり「密度」が大事なのだ。かつてのイン
テルはシリコンチップ上に集積する半導体の数を「18カ月で2
倍にする」という苛酷な目標をクリアしていた。この目標は「ム
ーアの法則」と呼ばれている。だが、今やこのペースは達成不可
能となってきた。微細加工を追求した結果、物理的な限界が近づ
き、進化のペースが鈍ってきたのだ。これは、「ムーアの法則の
終焉(しゅうえん)」と呼ばれている。https://bit.ly/3LmJKaK
─────────────────────────────
 星暁雄氏によると、現在のインテルは、ライバル企業に12〜
18カ月遅れている」そうです。インテルのライバル企業とは、
台湾のTSMCと韓国のサムスン電子です。TSMCは、カスタ
ムチップの受託製造に優れ、サムスン電子は、メモリー製造を得
意としています。
 なぜ、インテルがライバル企業に1年以上のつけられてしまっ
たかについては、10ナノメートルプロセスの量産化に遅れたこ
とにあるといわれています。インテルの10ナノメートルプロセ
スである「キャノン・レイク」は、その集積できる半導体素子の
密度は1平方ミリ当たり約1億個程度であるといいます。
 インテルは、「キャノン・レイク」の量産化の時期を公式には
2018年としていますが、実際に市場に出回ったのは2019
年になってからです。ここに1年の差があります。
 しかし、ライバルのTSMCは、インテルのさらに先を行って
います。TSMCは「5ナノメートルプロセス」を量産を、20
20年4月に開始したとされているからです。ちなみに、これは
1平方ミリ当たり約1・7億個のトランジスタの密度をクリアす
ることです。アップル・シリコンは、この5ナノメートルプロセ
スで製造するといわれています。これが、次世代Macやアイフ
ォーンに搭載される予定であるといいます。予定通りに行われれ
ば、2023年には使えるようになるはです。
           ──[メタバースと日本経済/044]

≪画像および関連情報≫
 ●CPUのプロセスルールが小さくなるとどういう原理で何が
  良くなるんでしょう?
  ───────────────────────────
   プロセッサ(CPUやGPUなど)のトランジスタは、C
  MOSといって、2個(以上)のトランジスタが組み合わさ
  ったものになっていて,ON状態にせよOFF状態にせよ、
  どちらかのトランジスタには電気が溜まっている状態になっ
  ています(トランジスタはコンデンサとしての成分を持つた
  め)。そして、ONとOFFが切り替わる瞬間に、片方に溜
  まった電気が流れ、空だったトランジスタに電気が溜まる仕
  組みになっています。この「溜まった電気が流れきって」、
  「もう片方のトランジスタへの蓄電が終了する」までの時間
  が、限界としての最小クロック時間ということになります。
   さて,プロセスルールが小さくなると,トランジスタのサ
  イズが小さくなります。トランジスタが小さくなると、トラ
  ンジスタに生じるコンデンサも小さくなります。コンデンサ
  が小さくなると、「溜まった電気が流れきって」「空だった
  トランジスタへの蓄電が終了する」までの時間も短くなるの
  で、最小のクロック時間を小さくできる(=毎秒あたりのク
  ロック周波数は大きくなる)し、流れる電気の量が減るとい
  うことは発熱も減るので、クロック周波数の増加による発熱
  増大を打ち消すことができます。 https://bit.ly/3YQtL7U
  ───────────────────────────
アップル・シリコン.jpg
アップル・シリコン
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2023年03月16日

●「ジョブズ/アップルから追放される」(第5927号)

 アップルとARMの関係が、ARMの創業時(1990年)以
前からのものであったことは、ここまでの記述でわかっていただ
けると思います。アップルとしては、開発中のPDA「ニュート
ン」のことがあるので、低電力でパワフルなプロセッサがどうし
ても欲しかったのです。
 ところで、アップルにおいて、「ニュートン」の開発を推進し
ようとしたのは、アップル創業者のスティーブ・ジョブス氏では
なく、ジョン・スカリー氏という人物です。
 1981年のことです。当時アップルの業績は悪化しており、
アップルの創業者のスティーブ・ジョブス氏とも対立を深めてい
たアップルの初代社長兼CEOであるマイケル・スコット氏が解
雇されたのです。このようにいうと、創業者がなぜ社長でないの
かという疑問を持つ人がいると思いますが、ジョブズ氏の当時の
肩書きは、「事業統括担当副社長」であり、CEOでも社長でも
なかったのです。
 マイケル・スコット氏が解雇されたので、ジョブス副社長とし
ては、マーケティングに強い代役を探してきて、社長に据える必
要があります。マーケティングは社長の担当であったからです。
 そのとき、ジョブス氏が目を付けたのが、ペプシコーラのジョ
ン・スカリー氏だったのです。
 当時スカリー氏は、ペプシコ―ラの事業担当社長を務めでおり
ペプシのCMにマイケル・ジャクソンを採用したり、ペプシチャ
レンジといって、ブランド名を隠して、複数のコーラを飲ませて
ペプシのコーラが美味しいと伝えるコマーシャルなどの手法を使
うなどして、コカ・コーラを追い上げていったのです。
 ジョブス氏は、ジョン・スカリー氏と会い、アップル社に移る
よう説得します。そのとき、ジョブス氏がスカリー氏を口説き落
としたときの言葉が残っています。大変有名な言葉であり、英文
と日本語訳を以下にご紹介します。
─────────────────────────────
  Do you want to sell sugared water for the rest of your life,
  or do you want to come with me and change the world?
 このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に
世界を変えたいのか?       ──スティーブ・ジョブス
                  https://bit.ly/3ZJ4zRR
─────────────────────────────
 ジョブス氏にこのように説得されたスカリー氏は、1983年
にアップルの社長兼CEOに就任します。1984年1月には、
マッキントッシュ(新PC)のデビューに2人で立ち会うなど、
スカリーとジョブスは「ダイナミック・デュオ」と呼ばれ、順調
にアップルの経営が進行すると思われていたのです。
 しかし、ジョブス氏は、1984年のクリスマス商戦で需要予
測を誤り、マッキントッシュの大量の在庫を抱えてしまいます。
その結果、この年の第4四半期で初の赤字を計上し、従業員の5
分の1に当たる人数の解雇を余儀なくされたのです。
 スカリー社長はこの事態にジョブズ氏の責任は重大であると考
えて、1985年4月にマッキントッシュ部門からの退任を要求
し、取締役会もこれを承認します。しかし、ジョブズ氏はこれを
不服として、逆にスカリー社長を追放しようと画策したものの、
失敗し、ジョブズ氏は全役職を解かれ、アップルを追われること
になるのです。1985年9月のことです。
 このようにして、自分が設立したアップル社を追い出されたス
ティーブ・ジョブス氏は、それから5年間、アップルを離れて仕
事を行い、新しいコンピュータ「NEXT」とOS開発し、それ
をきっかけとして、2000年に正式にアップルの社長兼CEO
に就任するのですが、この話は改めて述べるとして、アップルと
インテルの関係について述べることにします。
 今でもそうですが、PCの世界は、ウインドウズPCとアップ
ルPCに二分され、ユーザーはどちらを使うか選ぶ必要がありま
す。しかし、一般のビジネスパーソンがシェアが20〜30%し
かないアップルPCを使うには相当の決断が必要だったのです。
それほど、インテル/ウィンドウズ連合のシェアは圧倒的であり
アップルは経営危機を常に背負っていたのです。
 それが2006年になると、大きな変化を迎えることになりま
す。そのいきさつについて、あるネットの記事を引用します。と
てもわかりやすく書かれています。
─────────────────────────────
 1994年登場のパワー・マッキントッシュから、パワーPC
(CPUの名前)の採用が始まりました。この画期的なアーキテ
クチャーの採用でアップルの躍進が期待されたのですが、残念な
がら、この頃からインテル・ウインドウズ連合に市場シェアが独
占される状況となり、アップルは経営危機を迎えることになりま
す。その後、パワーPCに別れを告げるのは、ジョブズがアップ
ルに復帰してからの話になります。CPUの変更に関しては3回
目となるこの時、ついにインテル製が採用されました。
 このことによりOSは異なるものの、ウインドウズ機と同じC
PUで動作するマックが登場することになります。マックOSと
ウインドウズOSが、同一のPC上でネイティブに動作する環境
が実現しました。
 基本はマックを使いながら、業務の都合などでウィンドウズ機
も併用しているユーザーにとっては、非常に便利な環境となりま
した。これが2006年の出来事です。
                  https://bit.ly/3YNBX8J
─────────────────────────────
 それからしばらくの間、アップルとインテルの良好な提携が続
くことになりますが、10年を経過したころから、アップルがイ
ンテルから離別するという情報が頻繁に出ることになります。そ
して、コロナ禍のリスクが高まりつつあった2020年6月、ア
ップルはインテルとの関係解消を正式に宣言します。
           ──[メタバースと日本経済/043]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルが描く「インテルなき未来」と、見えてきた
  いくつもの課題
  ───────────────────────────
   インテルは2006年から、Macの製品ラインに、プロ
  セッサーを供給してきた。両社は10年以上にわたる実りの
  ある関係を築いており、「Macブック」や「iMac」は
  「アイフォーン」ほどではないにしても、アップルに大きな
  利益をもたらしている。インテル製チップを搭載するモデル
  の売上高は、今年の1〜3月だけで、70億ドル近くに達し
  た。昨年のインテルの収入の4パーセントはアップル絡みだ
  との報道もある。
   この共生関係は理に適っているように見える。一方でアッ
  プルが独自路線を歩もうとしているのにも納得のいく理由が
  ある。アイフォーンは、すでに自社製の「A」シリーズのチ
  ップを採用しているほか、「アップルウォッチ」には「S」
  シリーズ、「エアポッズ」には「W1」がある。
   また少し前から、「iMacプロ」など一部の製品には、
  インテルのCPUに加えてアップル製のチップ「T2」が組
  み込まれるようになった。同社は1年前には、独自のGPU
  の開発にも着手している。
   つまり、Macにおけるインテルのチップは、アップルの
  製品ラインアップ全体を見回したときに、どちらかと言えば
  例外的な存在になりつつある。アップルが独自プロセッサへ
  の切り替えを進める理由は、大手スマートフォンメーカーが
  クアルコムを切り捨てた理由と同じだ。自分でできるなら、
  人には頼らないほうがいい。  https://bit.ly/3mOOiwo
  ───────────────────────────
スティーブ・ジョブズとジョン・スカリー
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2023年03月15日

●「CISCとRISCの違いを知る」(第5926号)

 デジタル携帯電話(第2世代携帯電話/2G)が登場したのは
1993年3月のことです。携帯電話といっても、「携帯・自動
車電話」の時代ですが、NTTドコモが、PDCデジタル方式の
携帯・自動車電話サービスを開始し、世界初のデジタル携帯電話
を利用したデータ通信サービスを開始しています。そのときの通
信速度は次の通りです。「bps」 というのは、ビット・パー・セ
コンドのことで「1秒間に2400ビットの情報を送れる速度」
という意味です。
─────────────────────────────
          通信速度=2400 bps
          bps=bit per second
─────────────────────────────
 今になって考えると、その頃の日本は、携帯電話の世界におい
て、世界を一歩リードしており、ノートPCにおいても、198
9年に東芝が、「ダイナブック/J-3100SS」を開発し、世界の先
陣を切っています。1990年代になると、IBMとアップルが
ノートPCに参入、東芝、アップル、IBMが次々に新機能を加
え、1995年頃には、現在のノートパソコンの標準的な機能の
原型が完成しているのです。
 1993年以後、世の中は、携帯電話の時代に入っていくわけ
ですが、ARMはその3年前の1990年に創業しています。そ
の本格的な携帯電話時代が到来する前の1993年にアップルは
手の平にのるPDAの「ニュートン」を開発しており、既にそこ
にはARMのプロセッサが搭載されていたのです。
 ここでARMの設立のいきさつについて、少し詳しく知る必要
があります。そもそも小型デバイス向けのプロセッサの設計は、
1983年に、英国のエイコーン・コンピュータが開始したもの
です。当時エイコーン社は、「MOS6502」を搭載したコン
ピュータを製造・販売していました。MOS6502とは、米国
のモステクノロジーが、1975年に開発した8ビットCPUの
ことです。小さなハードウェア規模で、シンプルな命令セットを
持つより高速なプロセッサを開発することによって、6502を
置き換えることが目的であったといえます。
 エイコーン社は、「ARM2」「ARM3」とCPUを強化し
ていきますが、ARMアーキテクチャのCPUが人気が出てきた
ので、エイコーン社からCPUコアの設計技術者12人がスピン
アウトするかたちで、1990年にできたのがARM社です。
 はじめのうちは、エイコーン社と、当時の主要な製造事業者の
ひとつであったVSLIテクノロジー社、アップルコンピュータ
のジョイントベンチャーの形をとっていたのです。つまり、アッ
プルは、「ニュートン」のこともあって、最初からARMと近い
関係にあったのです。
 もう一つ知っていただきたいことがあります。CPUには「C
ISC」と「RISC」の2つがあります。
─────────────────────────────
     @CISC/複雑命令セットコンピュータ
      Complex Instruction Set Computer
     ARISC/縮小命令セットコンピュータ
      Reduce Instruction Set Computer
─────────────────────────────
 @の「CISC/複雑命令セットコンピュータ」とは、どのよ
うなCPUでしょうか。
 特徴としては、CPUに高機能な命令を持たせることによって
1つの命令で複雑な処理を実現できるプロセッサです。マイクロ
プログラムを内部に記憶させることで、高機能な命令が実現でき
ますが、その代わり、命令の実行速度は遅くなります。
 インテルのCPUは「CISC」です。大雑把な分類ですが、
PCであるとかサーバーは、CISCと考えてよいと思います。
 Aの「RISC/縮小命令セットコンピュータ」とは、どのよ
うなCPUでしょうか。
 特徴としてはCPU内部に単純な命令しか持たないかわりに、
それらをハードウェアのみで実装して、一つ一つの命令を高速に
処理できます。ワイヤードロジック(物理的に結線された論理回
路)によって全ての命令をハードウェア的に実装してます。した
がって、CISCに比べて命令の実行速度は早くなります。、
 RISCは、スマホや家電製品や機器など、組み込み系といっ
て「独立した機械の中に組み込まれたコンピュータを制御するた
めのシステム」には、RISCが使われます。
 ここまで説明すると、わかると思いますが、ARMという名称
は、次の意味を持っているのです。
─────────────────────────────
    ARM/Advanced RISC Machines Limited
─────────────────────────────
 ARMの創業後しばらくの間は、PCやサーバーはCISCプ
ロセッサ、スマホや家電製品などの組み込みシステムは、RIS
Cプロセッサというように、住み分けができていたのですが、最
近ではPCやサーバーにもARMのプロセッサが使われるように
なっています。これについて、アーム株式会社の内海社長は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 EVのバッテリーマネジメントをするマイコンがほとんどAR
Mなんですが、電力を食ってしまうと意味がないわけですね。そ
ういったところにARMは引き続きより多く使われるようになっ
てきて、今や、バッテリーのセルごとに使われるようになってい
る。あと、カメラの一番大事なところのイメージセンサーの部分
にもARMが入る。デジカメもスマホもそうです。これも電力効
率がいいからその処理の電力効率をよくできる、というところで
メリットがあります。       https://bit.ly/3mQ5BwM
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/042]

≪画像および関連情報≫
 ●現在の視点から見るRISC対CISC論争・再び
  ───────────────────────────
   今回なぜRISCとCISCの話をするのか、その理由を
  お話しましょう。
   1980年〜1990年代のRISC対CISC論争を覚
  えている人はもう結構な年齢になっていると思います。現在
  ではRISCかCISCかという区別をする人はあまりいま
  せん。RISCもCISCもCPUを実装する方針の一つだ
  というのが、大方の認識になっているからです。かつて、R
  ISCは高性能CPUのための技術として登場しました。し
  かし、その対決の対象であるCISCも、RISCとの高速
  化技術やコンパイラ技術の切磋琢磨を経て、それなりの性能
  を出すことが できるようになっています。
   果たして,現在のCPUは、RISCとCISCの研究で
  培われた技術に基づいたいいとこどりの産物なのです。今ご
  ろ、RISCとかCISCとかいっていると時代遅れといわ
  れるかもしれません.その上,CISCと聞くと古臭い感じ
  がするかもしれません。しかし、世の中で最も普及している
  X86はCISCという分類に属します。
   ところが,昨今あえてCISCのよさを強調するCPUが
  登場しました。そうです、ルネサスエレクトロニクスのRX
  マイコンです。RXマイコンは、CISC、ということを強
  調して、命令コード効率の良さをアピールしているのでしょ
  う。さらに,大学の研究室で生まれたRISCという理論の
  理屈臭さを感じさせず、むしろ、親密度を増加させるための
  マーケティングなのかもしれません。
                  https://bit.ly/3JA6hQa
  ───────────────────────────
RISC−V.jpg
RISC−V
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2023年03月14日

●「ARMは軽薄短小型のビジネス」(第5925号)

 話を整理します。EJは、今回のテーマで、日本経済の復活の
カギを探っています。既に述べているように、2023年は日本
にとって経済復活の年になる可能性があります。好循環が働くと
日本は経済成長率でG7のトップになるといわれています。
 現在、欧米はかなり激しいインフレに襲われ、なかなか脱出で
きないでいます。米FRBのパウエル議長は、縮小させるとみら
れていた利上げ幅を再加速させることを示唆しています。インフ
レが克服できないからです。
 もちろん日本もインフレですが、そのレベルは欧米ほど深刻で
はなく、政府の政策次第で何とか抑えられるレベルにあります。
これは日銀の金融政策と無関係ではありません。それに加えて、
2023年は日本にとって経済を活性化させる要素が多い年とい
えます。そのひとつに製造業の国内回帰の傾向があります。とく
に、半導体の生産を国内でやろうという動きが加速しています。
 TSMCの熊本工場の建設、「ビヨンド2ナノ」を目指す日の
丸半導体メーカー「ラピダス」の新設など、半導体を中心に動き
が急ピッチになっています。なお、「ラピダス」は、北海道・千
歳市に工場を建設することに決まっています。
 ところで、なぜ、TSMCは、熊本に工場を新設することに同
意したのでしょうか。
 それは、TSMCの最大のサプライヤーがソニーであるからで
す。そしてTSMCの最大の顧客がアップルであり、TSMC、
ソニー、アップルの3社の関係によって、TSMCが熊本に工場
を作ることになったのです。アップルのクックCEOは、早速熊
本工場を視察に訪れています。
 さて、次世代半導体製造企業「ラピダス」は、果たして成功で
きるでしょうか。
 その道が険しいことは確かですが、「ラピダス」にとって有利
なことは、ソフトバンクが投資陣に加わっていることです。なぜ
有利かというと、ソフトバンクは傘下に半導体設計大手のARM
を有しているからです。そのARMが現在、半導体の世界におい
て、革命を起こしつつあるのです。そのことについて、今書いて
いるわけです。
 少し歴史をたどってみます。以下の記述は、既に部分的にご紹
介しているアーム株式会社社長の内海弦氏の2019年12月の
講演をベースにしています。
 ARMの創立は1990年ですから、今年で創立33年になり
ます。本社は英国のケンブリッジにあります。ここはケンブリッ
ジ大学が有名ですが、かなり中心都市から離れていて、日本でい
うと、茨城県つくば市のような位置関係にあります。
 従業員は約6000人程度であり、設計部隊と多少の営業マー
ケティング部隊がいるだけです。もちろん世界展開をしており、
米のシリコンバレー、米テキサツのオースティン、フランスのソ
フィア、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、台湾、中国
などに展開しています。
 売上高は、約2000億円程度と小さく、設計専門のファブレ
スで、IP(Intellectual Property Rights)という知的所有権
だけを有しており、在庫、製造装置などを一切持っていない企業
です。当然知る人ぞ知る企業であって、ARMの名前が一躍有名
になったのは、2016年7月18日の次のニュースです。
─────────────────────────────
◎ソフトバンク、英・ARMホールディングス買収
 ソフトバンクは18日、ARMホールディングス(イギリス)を
買収することで合意したと発表した。買収金額は、約240億ポ
ンド(約3兆3000億円)で、ソフトバンクはARM株1株に対
し、15日の終値(11・89ポンド)に、43%上乗せした、
17ポンドを支払う。        https://bit.ly/4269zl6
─────────────────────────────
 昔から、半導体の製造というと、電気を使い放題使うという重
厚長大型のビジネスだったといえます。それに対してARMの半
導体設計は、なるべく電気を使わない省電力設計を目指しており
そういう意味で、軽薄短小型のビジネスです。
 実は、この経営方針は、ARMの創業時からのもので、アップ
ル社がARMの中心株主だったことと関係があります。なぜ、米
国企業のアップルが、英国のARMのなぜ株主になったのかとい
うと、当時アップルは、「アップル・ニュートン」というPDA
(パーソナル・ディジタル・アシスタント/携帯情報端末)を開
発していたからです。
 PCではなく、PDAのプロセッサということになると、電気
を大量に食うのは困るわけです。したがって、ARMの省電力設
計に期待して、株主になったものと思われます。ARMは、近い
将来、携帯電話がブームとなり、それによるデータ通信を行うよ
うになることを見据えて、省電力のプロセッサの設計に注力して
いたのです。
 私は、アップルのニュートンという端末をよく知っています。
今にして思えば、アップルは、ニュートンというPDAを手掛け
ていたからこそ、後にアップルは、アイフォーンを誕生させるこ
とができたのだと思います。そういえば、ニュートンは、初期の
アイフォーンとそっくりです。
 日本でいうと、3GのFOMAと、iモードの時代から携帯電
話でデータ通信ができるようになりましたが、そのときには既に
ARMのプロセッサが携帯電話に入っていたのです。そのときの
ARMの最大の得意先は、フィンランドのノキア──世界一の携
帯電話会社です。やがて、ウェブブラウジングが始まり、携帯電
話でウェブサイトが見られるようになると、携帯電話のPC化が
一挙に進むことになります。
 この時代を一貫して支えてきたのが、ARMのプロセッサであ
り、小さなデバイスながら、やがて、複数個のARMのプロセッ
サが入るようになっていったのです。
           ──[メタバースと日本経済/041]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルの革新的製品なぜ失敗 「ニュートン」の不幸
  ───────────────────────────
   ニュートンは、スティーブ・ジョブズをアップルから追い
  出した当時の最高経営責任者(CEO)、ジョン・スカリー
  が構想した商品です。
   1990年代初頭、パソコン専業メーカーだったアップル
  でしたが、野心的なスカリーは、パソコン市場だけに限定せ
  ず、家電業界に参入できないか、という構想を持っていまし
  た。アップルのヒットPC「マッキントッシュ」を手軽に持
  ち運べるマルチメディア家電にできれば、一気に市場を支配
  できる・・スカリーはそのような青写真を描いて、新製品の
  開発を進めていたのです。
   紆余(うよ)曲折を経て、92年5月、スカリーは「来年
  初めには新世代の情報家電機器、ニュートンを発売する」と
  宣言します。スカリーはその宣言の中で、PDA(パーソナ
  ル・デジタル・アシスタント=個人用携帯情報端末)という
  新たな造語を公開するとともに、この情報家電という領域で
  やがて3兆ドルという巨大市場ができることを予言します。
   この宣言は業界に大きな影響を与えました。「現在のパソ
  コン市場の10倍の新市場を作る可能性がある」(「サンフ
  ランシスコ・クロニクル」紙)と書かれたように、スカリー
  の情報家電構想は、多くの人に新しい市場の到来を予感させ
  るものだったのです。      https://bit.ly/3ZWAgXN
  ───────────────────────────
アップルのPDA/ニュートン.jpg
アップルのPDA/ニュートン
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2023年03月13日

●「スマホのCPUはどうなっているか」(第5924号)

 ARMの話の続きです。半導体の話なので、少し技術的な話に
なりますが、やさしく説明します。
 「あなたの使っているPCのCPUは何ですか」と普通の人に
聞くと、少し以前では、ほとんどの人が「インテル」と答えたも
のです。「インテル・イン・サイド/インテル入ってる」という
CMが大流行していたこともあり、インテルという企業名を知っ
ている人が多かったからです。
 ところが最近同じ質問をすると、「ライゼン」と答える人が増
えてきています。「ライゼン」は、AMD(アドバンスド・マイ
クロ・デバイセズ)製のCPUです。AMDは、かつてはウイン
ドウズ対応のCPUでは、インテルに次ぐ万年2位を占めている
企業のイメージがあります。「ライゼン」は、将棋の藤井翔太五
冠が購入したというニュースが流れ、一挙にその知名度が高まっ
たといわれます。
 それでは、「スマホのCPUは?」と聞くと、ほとんどの人が
答えられないと思います。スマホもコンピュータですから、CP
Uが入っています。アンドロイドのCPUは次のりです。
─────────────────────────────
        @「コーテックス/Cotex- A7」
        A「コーテックス/Cotex-A35」
        B「コーテックス/Cotex-A72」
─────────────────────────────
 「コーテックス」──聞き慣れない名前だと思いますが、これ
らは、すべてARM系のCPUです。しかし、アイフォーンにつ
いては、アップル社のCPUが搭載されています。アイフォーン
のCPUは世代によって次のようになっています。
─────────────────────────────
       A4/iPad/iPhone 4
       A5/iPhone 4S
       A6/iPhone 5/iPhone 5c
       A8/iPhone 6/iPhone Plus
       A9/iPhone 6S、iPhone 6S Plus
─────────────────────────────
 実は、アイフォーンのCPUも設計はARMなのです。アップ
ル社がARMに設計を委託し、その設計にアップル社が独自の機
能を追加したものです。ARMは設計しかやらない半導体の設計
専門の企業です。こういう設計専門の半導体製造企業を「ファブ
レス」といい、半導体の設計から製造まで手掛けるインテルのよ
うな企業を「ファウンドリ」といいます。台湾のTSMCは製造
に特化した世界最大のシェアを持つファウンドリです。
 スマホのCPUはスペースが小さいので、CPUは、PCとは
異なる設計になっています。クアルコムという米国の携帯電話を
はじめとする移動体通信の通信技術および半導体の設計開発を行
う企業があります。この企業も工場を持たないファブレスですが
世界で最も売上高が高いトップ企業です。
 この米クアルコムが製造する「スナップドラゴン」と呼ばれる
CPUがあります。このCPUには、いくつかのコーテックスと
メモリ、GPUなどが組み合わせられており、さまざまなメーカ
ーのスマホで使われています。このように、システムの動作に必
要なものすべてを一つの半導体に組み合わせたものを「SoC」
(ソック)といいます。ARMは、このSoCの設計に関しても
優れた技術を有しています。
 工場を持たない設計専門のファブレス企業でも、その多くが、
ARMに基本設計を委託しています。この場合、仮にアップルが
ARMに半導体の基本設計を委託し、それに自社独自の仕様の設
計を加えたチップに関しては「アップルのプロセッサ」と呼んで
かまわないそうです。
 それなら、なぜ、ファブレス各社は、ARMに設計を委託する
のでしょうか。それは、ARMが他社にはない優れた技術のノウ
ハウを有しているからです。そのARMの有しているアーキテク
チャとは次の3つです。
─────────────────────────────
     ◎ARMアーキテクチャの特徴
      @低消費電力を目標に設計されている
      ARISCなのにCISC寄りの設計
      B手作業により最適化が可能なCPU
─────────────────────────────
 つまり、ARMの最大の売りは@の「低消費電力の設計」なの
です。現在、ARMの低電力設計は、PCの世界にも広がってき
ています。これについてアーム株式会社の内海弦社長は、講演で
次のように語っています。
─────────────────────────────
 今後どうなるかをもう少しお話していきたいと思います。最近
のニュースでちょっと目立ったもの・・・実はパソコンも、(ス
ライドを指して)これはレノボさんとかが出してきたもので、ウ
インドウズがARMに載りました。
 当然パソコンの中でも電量消費が一番問題で、パソコンで使わ
れて一番嫌だなと思うのはAC−DCのケーブル、結構大きいア
ダプターを持ち歩かざるを得ないんですね。それはなぜかと言う
と、パソコン自体に電気を食うプロセッサが多かったんです。
 じゃあARMを使ったらどうかなということで、メジャーなパ
ソコンメーカーさんがARMプロセッサを徐々に採用するように
なってきました。近々ですと「サーフェス・プロX」というマイ
クロソフトのPCにもARMが使われています。試しに使ってい
ただくと、電池の保ちが明らかに違う。例えば普通のPCは1日
で充電切れになりますけれども、ARMが使われているPCは、
実働数日くらいはそのまま使えるようになります。
                  https://bit.ly/3J8W23C
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/040]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタル世界で最も成功を収めているアーキテクチャ
  ───────────────────────────
   ARMアーキテクチャは世界最大規模のコンピューティン
  グ・エコシステムで、極めて重要な役割を果たしています。
  ARMのパートナーは、このアーキテクチャによって、コス
  トを抑えながら、効率のよいセキュアな方法で製品を製作で
  きています。このように、絶えず進歩する多様なエコシステ
  ムの成功に、世界水準のアーキテクチャ設計を提供してきた
  ARMの実績が表れています。
   パートナーはARMのアーキテクチャの仕様のライセンス
  を受け、その仕様に基づいたシリコンチップを製造します。
  ARMベースのチップを搭載した2500億のデバイスを通
  じて、ARMのアーキテクチャは、さまざまな市場とパート
  ナーのイノベーションを推進しています。
   大部分のスマートフォンで採用され、モバイル市場で主流
  となっているARMのアーキテクチャは、その他の多くの分
  野でも活用されています。何百万もの非常にシンプルなIо
  Tデバイスから、高度な機械学習のアプリケーションまで、
  その用途は多岐にわたります。ARMアーキテクチャにより
  さまざまさらに、完全なツールスイートと、世界規模の確か
  なエコシステムのサポートを利用可能です。なレベルでデバ
  イスを開発できます。ARMアーキテクチャは、特定の命令
  が実行された際のハードウェアの動作を指示する一連の規則
  を規定します。つまり、ハードウェアとソフトウェアのやり
  取りを定義する契約書のような役割を果たし
                  https://bit.ly/3mCQS8y
  ───────────────────────────
CPUとSoC.jpg
CPUとSoC
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2023年03月10日

●「7割のデバイスにARMは入っている」(第5923号)

 結局、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が開発
に取り組んだ新型ロケット「H3」の打ち上げは失敗に終わって
います。2023年3月7日のことです。
 その発射から機体爆破指令を出すまでの様子について、「日経
ビジネス」誌は、次のように書いています。
─────────────────────────────
 7日午前10時37分。種子島宇宙センター(鹿児島県)から
の発射後、飛行は順調そのものだった。発射直後、すぐに訪れる
難所であり、開発陣が最も神経をとがらせていた第1段主エンジ
ン「LE−9」は予定通り燃焼。LE−9の両脇に位置し、固体
燃料を燃やす補助ロケットブースターも発射から116秒後とい
うドンピシャのタイミングで分離された。その後、LE−9もス
ケジュール通りに燃焼を終えお役御免に。1段目と2段目は正常
に分離された。
 ところが直後に管制室は凍り付く。2段目のエンジンが火を噴
かない。着火のデータが送信されてこない事態に「何が起きたか
よく思い出せないが、呆然(ぼうぜん)となった」(岡田氏)。
刻一刻と時が過ぎる中、「液体水素を載せた危険な機体をこのま
ま飛行させることはできない」(JAXA)と判断、機体を破壊
する指令信号を出した。     ──日経ビジネス電子版より
─────────────────────────────
 今回の打ち上げ失敗で深刻なのは、第2段エンジンが着火しな
かったことです。なぜなら、第2段エンジンは、これまでに打ち
上げられているH2Aとほとんど同じ制御システムが使われてい
るからです。H2Aは、2001年の試験機1号機以来、46回
中45回成功しています。
 今回、ロケットの開発陣にとって心配だったのは、1段目のエ
ンジンのLE−9だったのですが、これは今回成功しています。
しかし、絶対に失敗がないと思われていた第2段エンジンが着火
せず、失敗に終わったことは、爆破で機体が失われているだけに
その点検には相当の時間を要すると思われます。
 世界で宇宙開発競争が激化するなか、これ以上の遅れは、日本
の宇宙産業にとって命取りになります。それに三菱重工は、国産
ジェット機進出でも失敗しており、二重の失敗に相当のダメージ
を受けていると思われます。
 ここで話を「ARM」に戻します。ARMは、現在ソフトバン
ク傘下の英国の半導体設計大手企業です。ARMについては、最
新情報があります。2023年3月4日付、日本経済新聞は次の
ように伝えています。
─────────────────────────────
◎アーム、米で単独上場へ/英市場、地盤沈下浮き彫り
【ロンドン=佐竹実】ソフトバンクグループ(SBG)傘下の英
半導体設計大手アームは3月3日、米国市場への単独上場を目指
すと発表した。英政府はロンドン証券取引所への誘致を続けてき
たが、新規株式公開(IPO)先としてつなぎ留めることができ
なかった。ハイテク分野の雄の米国上場は、欧州連合(EU離脱
後に低迷する英市場の地盤沈下をさらに印象づける。
 アームのレネ・ハース最高経営責任者(CEO)が3日の声明
で、「2023年に米国単独上場を目指すことが最善の道と判断
した」と表明した。米アップルなど世界のハイテク企業が集まる
米ナスダック市場に絞るとみられる。
        ──2023年3月4日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 なぜ、英国の企業であるARMが英国に上場せず、米国に上場
するのでしょうか。昨年の12月にはスナク首相がハースCEO
と会い、ロンドン市場への上場誘致を行っています。この会談に
は、オンラインで孫正義会長も参加しています。
 しかし、英国市場の上場企業の時価総額の合計は、米国市場の
10分の1以下であり、ARMが英国市場への上場のメリットは
ほとんどないといえます。現在のロンドン市場は英国のEU離脱
によって投資家の多くが離れており、株式取引額でオランダのア
ムステルダム市場に抜かれています。やはり、英国のEU離脱は
間違いだったのです。
 ところで、ARMというのはどのような企業なのでしょうか。
 これについては、アーム株式会社の代表取締役社長である内海
弦氏が、2019年12月11日〜13日に、東京ビックサイト
で行われた「SEMICONジャパン/2019」で講演をされ
たときのスピーチの一部を引用します。SEMICONは、世界
を代表するエレクトロニクス製造サプライチェーンの国際展示会
のことです。
─────────────────────────────
 世界人口の70パーセントの方たちが使っているデバイスの中
に、私どものマイクロプロセッサが入っています。デバイスとは
何かと言うと、実際には“PC以外の、電子的なものが入ってい
るものすべて”と考えていいと思います。
 実際、年間出荷数としては、200億のデバイスに「ARMプ
ロセッサ」というものが入っておりまして、人口比で言うと1人
3個くらいのプロセッサが、行き渡っているのが実際でございま
す。これは主にスマホで使われています。(中略)
 私どもの場合、総累計の出荷数で言うと1500億個なんです
ね。年間で言うと200億以上の出荷が行われていると。PCな
どは多い多いと言われてますけれども、年間10億未満だと思い
ます。デバイス単体に1つ以上のARMが入っているのを1と数
えていますから、1デバイスに2個以上入っていても1と数えた
うえで、あくまでも半導体のデバイス、パッケージの数で、年間
200億個以上が私どもARMのプロセッサを使って出荷されて
いるのが現状でございます。  ──内海弦ARM株式会社社長
                  https://bit.ly/3YzunPb
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/039]

≪画像および関連情報≫
 ●NVIDIAによるArm買収の破談、その間にRISC-Vの足音が
  ───────────────────────────
   2020年9月にNVIDIAによるARMの買収が発表
  されてから、各国の規制当局が審査を行っていたが、どこも
  厳しい結果になりそうと報道されていた。この暗雲たなびい
  ていたNVIDIAによるソフトバンクグループ傘下のAR
  Mの買収が、ついに取りやめとなった。
   2022年2月8日にNVIDIAとソフトバンクグルー
  プによる契約解消のプレスリリースが出ている。今後はAR
  Mの株式上場を目指すそうである。
   プレスリリース文を読めば、両者の間に対立が生じたわけ
  でなく、依然両者の関係は良好と読める。今後はARMの株
  式上場を目指すそうである。NVIDIAがソフトバンクグ
  ループに支払った先払い金は返金されることなく、ソフトバ
  ンクグループおよびファンドの利益として計上されるとのこ
  とだ。その代わりNVIDIAは20年の間、ARMを使え
  る権利を得たらしい。
   解消に至った理由は、「規制上の大きな課題」と書かれて
  いる。詳しいことは書かれていない。ことここに至って原因
  をあれこれ探っても後の祭りである。しかし、あえて妄想た
  くましく、やじ馬根性で考えるに、主要国の規制当局、そし
  て買収の影響をモロにかぶることになる半導体各社を見渡し
  て、賛成しそうな組織が見当たらなかったのが原因だろう。
                  https://bit.ly/41Vgf5z
  ───────────────────────────
内海弦/アーム株式会社社長.jpg
内海弦/アーム株式会社社長
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2023年03月09日

●「ARMという企業の価値は何か」(第5922号)

 経済産業省主導の半導体製造企業「ラピダス」について、早く
もメディアでは「失敗するに決まっている」という手厳しい声が
上がっています。三菱重工による国産ジェット旅客機進出失敗・
撤退の直後のことでもあり、そういう声が上がってもおかしくな
いといえます。日本は、初期のコンピュータ開発のケースでも見
られるように、こういう国策プロジェクトを成功させるのがあま
り上手ではないからです。
 しかも「ビヨンド2ナノ」という目標は、いくらなんでも高過
ぎるという声もあります。確かに今からTSMCやサムソン電子
と戦うにはあまりにも遅過ぎる感は否めないからです。
 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻によって、西側陣営とし
て経済安全保障を強化するという観点もあり、日本として「ラピ
ダス」を何としても成功させる必要があります。それに微細化に
代わる将来技術の開発も進んでおり、後発の日本もTSMCやサ
ムスン電子と同じスタートラインに立てるという考え方もあり、
事業進出に踏み切ったものと思われます。
 実はもうひとつ日本の「ラピダス」には、大きな強みがあるの
です。それは、今回の事業にソフトバンクが出資陣の一角を占め
ていることです。なぜ、ソフトバンクが投資陣に加わっていると
日本が有利なのかというと、ソフトバンクは、傘下に英半導体設
計大手企業「アーム/ARM」を有しているからです。
 ところで、現在、コロナ禍もあって、世界の半導体大手の業績
が一段と悪化しています。2023年1〜3月期は、10社中9
社が前年同期比で減収となっていることを3月4日の日本経済新
聞が伝えています。顧客の在庫調整でスマホ向けが苦戦し、それ
がデータセンター向けにも波及していると考えられます。半導体
大手には、どういう企業があるのかを知る必要もあると思うので
以下にご紹介することにします。
─────────────────────────────
 ◎半導体大手10社売上高増減率(前年同期比)
            22/10〜12  23/1〜3
    マイクロン(米)    ▲47%    ▲51%
  SKハイニックス(韓)   ▲38%    ▲50%
     インテル(米)    ▲32%    ▲40%
   エヌビディア(米)    ▲21%    ▲22%
    クアルコム(米)    ▲12%    ▲18%
   サムスン電子(韓)     ▲8%    ▲15%
       TI(米)     ▲3%    ▲11%
      AMD(米)     16%    ▲10%
     TSMC(台)     27%    ▲ 3%
   ブロードコム(米)     16%      8%
              https://s.nikkei.com/3ZKeRB8
─────────────────────────────
 ソフトバンク傘下のARMは、上記10社の半導体大手企業の
なかには名前はありません。それでは、一体ARMとは何をして
いる企業なのでしょうか。
 ARMに関しては、私自身こんな思い出があります。年月日は
忘れたのですが、ある夜、私はいつもの通り、午後11時からの
WBSを見るため、テレビの前にいたのです。番組冒頭、大江麻
理子キャスターが、「今日は特別のお客様にお越しいただきまし
た」といい、そこに姿を現したのが孫正義ソフトバンク会長だっ
たのです。その日、孫会長は先ほど英国から帰国し、その足でテ
レビ東京のスタジオに駆け付けたといいます。
 孫会長の英国行きの目的は、英国の半導体設計企業であるAR
Mの買収手続きをするためであり、その手続きを完了して帰国し
たタイミングで、WBSへの出演だったようです。
 2016年9月6日、その日は、ソフトバンクグループが、約
240億ポンド(約3・3兆円)でARMを買収した日です。こ
の3・3兆円という金額は日本企業の企業買収の金額として、過
去最高となったのです。
 孫会長の話によると、ARMには何年も前から買収目的で交渉
を重ねてきたのですが、時価総額が高く、なかなか手に入れるこ
とができなかったそうです。しかし、国民投票によって、英国の
EUからのブレグジットが決まると、買収金額がかなり下がった
ようです。孫会長は、そのタイミングを逃さず、買収を決断した
ということを番組で語っていました。
 しかし、携帯電話会社を営むソフトバンクが、なぜ半導体の設
計会社を買収する必要があるのか、そのときは私はよくわからな
かったことは確かです。
 「私はつねに7手先を読んでいる」──ソフトバンクの孫会長
はこういいます。孫会長は、早くから多くの人がつねに使う電子
デバイスが、PCからスマホに移ることを見抜いていたのです。
そのため、孫会長はいち早くアップルのアイフォーンを受け入れ
独占で販売します。アイフォーンを使いたいためにソフトバンク
のユーザーになった人も多くいます。そのため、NTTドコモと
AUは、大きく遅れることになったといえます。
 スマホのユーザーが増えると、スマホに特化した半導体が必要
になり、その設計のできる企業は価値がある──孫会長はそう考
えたのでしょう。このようにARMの買収は、長期的視野に立っ
て決断したものであると孫会長は強調しています。
 ARM日本法人事業開発ディレクターの春田篤志氏は、ARM
の現状を次のように述べています。
─────────────────────────────
 自動運転、拡張現実(AR、VR、MR)、5G、クラウド、
IоTなど新たな技術領域が拡大するいま、どの領域でもCPU
が必要になることを見据えて活動しています。新たな事業領域と
してサーバー、ネットワーク、ハイパフォーマンスコンピューテ
ィングでも存在感を出していくために取り組んでいます。
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/038]

≪画像および関連情報≫
 ●【3.3兆円】ソフトバンクはなぜARMを買収するのか?
  ───────────────────────────
   ソフトバンクグループが2016年7月18日、英半導体
  設計大手のARMを買収すると発表した。9月末までに買収
  を完了させるという。
   買収金額は約3兆3000億円(243億ポンド)。これ
  までにもソフトバンクは、ボーダフォン日本法人で1兆78
  20億円、米スプリントで約1兆8000億円という、日本
  企業としては大規模な買収を行ってきたが、今回の3兆30
  00億円は、それを大きく上回る。日本の企業の買収案件と
  して過去最大となった。
   中国アリババの一部株式売却のほか、フィンランドのスー
  パーセル、日本のガンホー・オイライン・エンターテイメン
  トの株式売却により、約2兆円の資金を調達。こうしてでき
  た手元資金の2兆3000億円に加えて、みずほ銀行から1
  兆円の融資を受けるが、これは、ブリッジローン(つなぎ融
  資)であり、「買収資金は全額確保している」とする孫正義
  社長の発言は、すべて自らの資金で賄うという意味が込めら
  れている。会見では、ARMの経営陣や英国ケンブリッジ本
  社の体制を維持するとともに、英国での雇用を5年間で倍増
  させ、これまで同様に中立性と独立性を維持することも明ら
  かにした。ARMベースのチップは全世界で年間148億個
  も出荷され、スマートフォンに搭載されているプロセッサー
  や、マルチメディアIP、ソフトウエアに至るまでARMの
  技術が活用されている。     https://bit.ly/3JiHb8h
  ───────────────────────────
孫正義ソフトバンク会長.jpg
孫正義ソフトバンク会長
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2023年03月08日

●「半導体について少し詳しくなろう」(第5921号)

 半導体のことを少し詳しく知る必要があります。半導体とは、
そもそも物質としては鉱石なのです。地球上には天然で存在する
ものだけでも90種類ほどの元素があります。しかしそのうち半
導体として使える素材はごくわずかです。
 半導体とは、本来は、金属などの電気を通す「導体」とガラス
などの電気を通さない「絶縁体」の中間の性質をもった物質の名
前ですが、半導体を使ったトランジスタやダイオードなどの単体
素子や、それらを集積した集積回路などの「半導体デバイス」も
慣習的に半導体と呼んでいます。
 半導体は、物質といっても次の2つに分けることができます。
─────────────────────────────
       @単元素を材料としている半導体
       A複数の元素を材料とする半導体
─────────────────────────────
 @の単元素を材料としている半導体の代表は、シリコンやゲル
マニュウムです。1950年代頃までは主としてゲルマニュウム
とシリコンが使われていたのです。
 Aの複数の元素を材料とする半導体では、純粋な結晶(真性半
導体)では、絶縁体に近いので、リンやヒ素などの不純物を添加
し、電気抵抗を低下させて導体に変化させる必要があります。複
数の元素を材料にした半導体では、高周波デバイスや光半導体と
して多く使われています。
 トランジスタが発明されたのは1947年末のことですが、こ
のときは、ゲルマニュウムが使われました。1955年、当時、
東京通信工業と呼ばれていたソニーは、世界に先駆けて、トラン
ジスタラジオを商品化しています。この頃から日本は半導体の世
界で頭角を現していたのです。
 このときは、ゲルマニュウムが使われましたが、その後の研究
の結果、実用化という点でのシリコンの優位性が確立し、現在で
は半導体(特に集積回路)といえばシリコンが使われています。
 なぜ、半導体の材料としてシリコンが多く使われるのかについ
て述べておきます。
 いくつか理由があります。1つはシリコンが地球上に多く存在
しており、材料として使う物量的な余裕があるということです。
実は、半導体材料に限らず、地球表面で存在するすべての物質で
考えても、2番目に多いのがシリコンです。
 それでは、1番目に多いものは何かというと、それは50%近
くを占める酸素です。シリコンが使われるもうひとつの理由があ
ります。それは、加工のしやすさが上げられます。単に存在する
物質の多さだけで選ばれているのであれば、炭素も比較的豊富に
あるので、多く利用されても良さそうです。しかし、半導体材料
として使う場合の炭素は、加工がしにくいのです。
 半導体のことを短い時間で知る良い方法があります。それは、
次の4つの動画を見ることです。30分足らずで全部見ることが
でき、半導体というものがよくわかります。
─────────────────────────────
       @半導体の話/その1/6:08
           https://bit.ly/3KY2PQu
       A半導体の話/その2/5:55
           https://bit.ly/3ZmdIjg
       B半導体の話/その3/4:54
           https://bit.ly/3ETc8wT
       C半導体の話/その4/8:16
           https://bit.ly/3EX1lSH
─────────────────────────────
 1950年末のことです。1つのチップ上に複数の素子を搭載
する「集積回路(IC)」が発明されたのです。集積回路という
のは、半導体の表面に、微細かつ複雑な電子回路を封入した電子
部品のことです。この集積回路の行く末を示すものとなったのが
「ムーアの法則」と呼ばれるものです。
 「ムーアの法則」は、インテルの創業者の1人であるゴードン
・ムーア氏が、前職のフェアチャイルドセミコンダクター在籍時
に、エレクトロニクスマガジン誌の35周年記念号に寄稿した論
文のことで、なんとか法則といわれるような科学の法則のような
厳密なものではなく、一種の経験則に近いものです。その論文に
おいてゴードン・ムーア氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 部品あたりのコストが最小になるような複雑さは、毎年およそ
2倍の割合で増大してきた。短期的には、この増加率が上昇しな
いまでも現状を維持することは確実である。より長期的には、増
加率はやや不確実であるとはいえ、少なくとも今後10年間は、
ほぼ一定の率を保てないと信ずべき理由はない。すなわち、19
75年までには、最小コストで得られる集積回路の部品数は、6
万5000に達するであろう。    ──ゴードン・ムーア氏
                  https://bit.ly/3JeDznB
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、ムーアの法則がどの程
度実現されているかを示しています。DRAM、NANDフラッ
シュメモリはムーアの法則の線とほぼ一致しています。プロセッ
サ(CPU)については、予測を若干下回っています。しかし、
2年で2倍のトレンドは維持しています。
 このグラフは、日清紡マイクロデバイス株式会社のサイトに掲
載されている吉田典生氏のレポートに出ていたものです。驚くべ
きは、「Wafer Scale Engine」というディープラーニング(深層
学習)に特化したプロセッサです。これは、ムーアの法則の予測
とほぼ同じトランジスタ数をメモリ以外の製品で実現しているか
らです。通常のプロセッサの約100倍のトランジスタ数を、ど
のような手段で実現しているのでしょうか?「それはチップ面積
の最大化である」と吉田典生氏はいっています。
           ──[メタバースと日本経済/037]

≪画像および関連情報≫
 ●Cerebras、85万コアのウェハサイズプロセッサ
  「WSE−2」
  ───────────────────────────
   Cerebras は、2021年4月20日(現地時間)、 ウェ
  ハ面積のほとんどを1つのディープラーニング用プロセッサ
  として動作させる第2世代ウェハスケールプロセッサ「WS
  E−2」(Wafer Scale Engine 2)を発表した。
   同社は、2019年8月に初代のWSEを発表し、16ナ
  ノメートルプロセスで、1・2兆トランジスタを集積した超
  巨大なプロセッサで業界の度肝を抜いたが、WSE−2では
  最新のTSMC7ナノメートルプロセスを採用することで、
  2倍以上となる2・6兆トランジスタを、4万6225平方
  メートルに集積した。
   このプロセッサは幅1ナノメートルのなかに3個のAI処
  理に特化したプロセッサを搭載し、全体として85万コアを
  内蔵。2Dのオンチップメッシュネットワークで結ばれ、イ
  ンターコネクトの総バス幅は220Pbpsにおよぶ
                  https://bit.ly/41Od4wo
 ●グラフ出典/https://bit.ly/3SRnXcX
  ───────────────────────────
ムーアの法則.jpg
ムーアの法則
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2023年03月07日

●「ビヨンド2ナノ/達成は可能か」(第5920号)

 2021年のことです。この頃からコロナ禍が拡大・深刻化し
自動車メーカーの生産ラインが、半導体不足のため、一時的にス
トップしたりする事態が起きるようになり、それが日本経済にも
深刻なダメージを与えつつあったのです。
 2021年5月、自民党は「半導体戦略推進議員連盟」を立ち
上げています。鉄鋼、電力、輸送などインフラ関連でも半導体の
需要はうなぎ上りに増えており、世界の先端技術に追いつくため
には「オールジャパン」で取り組まざるを得ないという認識が醸
成されてきたからです。
 この議連で事務局長を務める衆院議員の関芳弘氏は、その設立
狙いについて次のように述べています。
─────────────────────────────
 世界中で半導体が不足しており、自動車などの最終製品を作る
業界が困っている。まずはそれを解消する必要がある。加えて、
日本の劣勢を挽回するチャンスを今迎えている。半導体の世界で
は、微細化に代わる将来技術の研究が進んでおり、ゲームチェン
ジが起きようとしている。日本が各国と同じスタートラインに立
つことができ、半導体生産で復活を狙えるタイミングだ。
 もう一つは経済安全保障の観点。世界のトップの国々において
は、今後、AI(人工知能)や量子コンピューター、5Gなどの
通信システムが競争力の根源になる。それらに深く関わってくる
半導体については、西側諸国、特にアメリカとしっかりと組んで
作り上げておかないといけない。
 こうした流れを考えると、民間に任せるだけでなく政府の後押
しがいる。アメリカ、ヨーロッパともに半導体産業の支援に動い
ている。日本も同じ西側諸国の共同体として予算を確保すべき。
そこで議連は、官民合わせて10年で10兆円規模の投資が半導
体産業には必要だと提言した。    https://bit.ly/3JawZi2
─────────────────────────────
 とくに重要なのは「経済安全保障の観点」です。ロシアによる
ウクライナ侵攻により、米国は第3極の中心的存在である中国を
「警戒が必要ない第3極」から「警戒が必要な第3極」に位置づ
けを変えています。
 2022年8月9日、米バイデン大統領は、半導体の生産や研
究開発に527億ドル(約7兆5000億円)を超える補助金を
投ずる「CHIPS法」に署名し、法案を成立させています。中
国に対抗する狙いがあり、バイデン大統領は「この分野で再び世
界をリードする」と宣言しています。
 このCHIPS法の支援を受ける半導体企業の目標は、ロジッ
ク半導体の製作であり、「ビヨンド2ナノ」を目指します。この
法律成立と同時に、今後10年間、28ナノ以降の半導体製造に
かかわる中国向け投資の禁止を発表しています。
 日本もこれを受けて、CHIPS法の成立の翌日の2022年
8月10日に、「ラピダス/Rapidus」 株式会社を設立していま
す。トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC
ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が総額73億
円を出資しています。代表取締役社長は、ウエスタンデジタル日
本法人の社長を務めた小池淳義氏、取締役会長に東京エレクトロ
ン前社長の東哲郎氏が就任しています。まさに、オールジャパン
による半導体生産の復活の狼煙の立ち上げです。
 経済産業省は、5月に合意した日米の半導体協力基本原則に基
づいた両国間での共同研究を見据え、次世代半導体研究を行う組
織として「最先端半導体技術センター(LSTC)」を設立する
ことを決定しています。これにより研究開発拠点としてのLST
C、将来的な量産製造拠点としてのラピダスの両輪で、日本の次
世代半導体量産基盤の構築を目指すことになります。
 2022年10月3日、第210回国会において、岸田首相は
所信表明演説において、次のように述べています。
─────────────────────────────
 産業のコメと言われ、大きな経済効果、雇用創出が見込まれ、
経済安全保障の要でもある半導体は、今後特に力を入れていく分
野です。熊本に誘致したTSMCの半導体工場は、地域に10年
間で4兆円を超える経済効果と、7000人を超える雇用を生む
と試算されています。我が国だけでも、10年間で10兆円増が
必要とも言われるこの分野に、官民の投資を集めていきます。
 今回の総合経済対策では、中核となる日米共同での次世代半導
体の技術開発・量産化や、ビヨンド5Gの研究開発など、最先端
の技術開発強化を進めます。 ──岸田首相の所信表明演説から
─────────────────────────────
 EUも負けていません。EUは、2022年11月末に半導体
の開発支援のために、公的資金110億ユーロを投資します。そ
の他、公共と民間合わせて430億ユーロ(約6兆円)を投資す
ることが決まり、12月の閣僚理事会で承認されています。
 実現するのは2023年になりますが、インテル、STマイク
ロエレクトロニクス、インフィニオン、グローバルファンドリー
ズなどの半導体メーカーは、この補助金を当てにして、EUで新
工場の建設を計画しています。
 ところで、「先端半導体」とは、ロジック半導体といい、スマ
ホなどにも使われていて、電子機器の頭脳としての役割を果たし
ています。スマホやデータセンター向けでは、回路の幅が5ナノ
メートルから16ナノメートル程度の製品が主流であり、この分
野では、台湾のTSMCや韓国のサムソン、米国のインテルが先
行しており、日本は大きく遅れています。
 「ナノ」というのは、1ミリメートルの100万分の1が「ナ
ノメートル」であり、数字が低ければ低いほど、微細な回路とい
うことになります。「ビヨンド2ナノ」とは、2ナノ以下の微細
化を目指すという意味であり、このレベルの半導体は、TSMC
とサムソンが競って製作しています。半導体については、もっと
詳しく知る必要があります。
           ──[メタバースと日本経済/036]

≪画像および関連情報≫
 ●経産省主導の半導体会社「ラピダス」成功の鍵を孫正義社長
  が握るワケ
  ───────────────────────────
   次世代半導体の新会社「ラピダス」が話題だ。メディアで
  は「失敗するに決まっている」「経産省主導でうまくいくわ
  けがない」と早くも非難轟々だ。確かに今からTSMCやサ
  ムスン電子と戦うにはあまりに遅すぎる感は否めない。
   日本政府がラピダスを立ち上げる背景には安全保障の問題
  も大きい。中国情勢によって、台湾に半導体を依存するのは
  あまりに不安だ。そこで日本でも半導体を製造できるような
  環境を整備するというのは理解できる。ただ、現状、半導体
  ビジネスは中国市場なくしては回らない。
   先週、ハワイ・マウイ島で「SnapdragonSummit」が開
  催されたが、基調講演は午後1時からと中国市場でオンライ
  ン視聴しやすい時間帯が設定されていた。今週、東京・五反
  田でメディアテックの記者説明会が開催されたが、フラグシ
  ップスマートフォン向けチップで、メディアテックのシェア
  が大幅に伸びている点がアピールされた。メディアテックと
  いえばエントリーやミドルクラス向けというイメージが強い
  が、着々とフラグシップ向けにもシェアを拡大しているのだ。
   中国メーカーには、OPPOやシャオミ、Vitoといっ
  た世界的に販売台数を稼ぐメーカーが多い。自社でチップを
  手がけるアップルやサムスン電子以外に、チップを買っても
  らうには、中国メーカーへの販売は避けて通れないのだ。
                  https://bit.ly/3SNSs3q
  ───────────────────────────
ビヨンド2ナノ.jpg
ビヨンド2ナノ
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2023年03月06日

●「第3極の位置づけを変えた米国」(第5919号)

 なぜ、突然コンピュータの話になったのかというと、日本初の
コンピュータが、国家プロジェクトである「TAC」ではなく、
富士写真フィルムという一企業の一部門に所属するたった1人の
エンジニアが、わずかな予算で組み立てた「FUJIC」であっ
たという事実を知っていただきたかったからです。なぜなら、そ
の事実を知っている日本人が非常に少ないからです。
 FUJICの完成時期は1956年です。世界初のコンピュー
タの「ENIAC」の完成からわずか10年後のことです。この
年の7月に発行された『経済白書』は日本の経済の状況について
次のように書いています。
─────────────────────────────
          もはや戦後ではない
                ──1956年「経済白書」
─────────────────────────────
 敗戦で疲弊した日本経済は1950年の朝鮮戦争の特需景気を
きっかけとして回復し、戦前の水準を上回るほどになっていたの
です。白書では、日本経済は復興の段階を過ぎ、成長の原動力を
技術革新を求める段階に入っていると書いています。当時の日本
は先進国から大きく遅れていた電子技術の壁を超える勢いという
ものがあったのです。
 しかし、現在の日本はどうでしょうか。国に勢いというものが
ありません。2023年3月3日付の朝日新聞には、次のような
ショッキングな記事が掲載されています。
─────────────────────────────
◎先端技術 中国が米国圧倒
 オーストラリアのシンクタンク、豪戦略政策研究所/ASPI
は2日、経済や社会、安全保障などの基盤となる先端技術の国別
ランキングを公表した。8割以上の項目で中国が1位で、ASP
Iは中国が、「これまでの認識以上に多くの分野で先を行ってい
る」と指摘した。  ──2023年3月3日付の朝日新聞より
                  https://bit.ly/3y9007g
─────────────────────────────
 この記事において、中国と米国以外の国で5位以内に入った項
目数は次の通りです。
─────────────────────────────
        英国・インド ・・ 29
            韓国 ・・ 20
           ドイツ ・・ 17
       オーストラリア ・・  9
          イタリア ・・  7
           イラン ・・  6
        カナダ・日本 ・・  4
─────────────────────────────
 日本について、東大先端科学技術研究センターの井形彬・特任
講師(経済安全保障)は、「2軍でも3軍でもなく4軍との結果
は衝撃。守るべき技術がなくなっているということだ。資産や技
術の『集中と選択』を改めて考えるべきだ」と述べています。
 このところ米国の中国に対する姿勢が一段と厳しくなっている
ように感じます。それは、米連邦議会下院を共和党が制したこと
にも関係があります。
 米連邦議会下院の外交委員会は、3月1日、中国発の動画共有
アプリ「ティックトック」の米国内での一般利用を禁ずる法案を
可決しています。その採決は「賛成24/反対16}だったので
す。これまでは、政府機関などの利用の禁止であったものが、一
般利用の禁止であり、影響はきわめて大きなものがあります。
 しかし、この法案が成立するには、下院本会議での可決と上院
の審議・可決が必要であり、成立するかどうかは、現時点ではわ
からないものの、ティックトックの一般利用が制限されると、米
国国内に止まらず、日本をはじめとする西側同盟国にも大きな影
響を及ぼすことになります。
 どうしてこうなったかというと、ロシアによるウクライナ侵攻
によって、米国の中国に対する位置づけが変化したからです。ウ
クライナ侵攻前は、世界は、米国を中心とする自由体制(西側)
と、ロシアなどをはじめとする強権体制(東側)、そして、その
中間に位置し、西側との貿易、投資を通じて経済大国になりつつ
ある中国とインドなどの第3極が存在していたのです。
 西側諸国としては、その第3極をどのように位置づけるか、自
国の発展のカギを握っているといえます。その対応については、
次の3つが考えられます。
─────────────────────────────
         @敵国として位置づける
         A 警戒が必要な第3極
         B警戒が必要ない第3極
─────────────────────────────
 米国と米国企業は、ロシアのウクライナ侵攻前までは、中国を
Bの「警戒が必要ない第3極」として位置づけていたのです。少
なくとも米民主党、バイデン政権はそうです。だからこそ、アッ
プルは、最先端の主力生産拠点を中国の「アイフォーンシティ」
に長年かけて築いてきたのです。
 しかし、ウクライナ危機が起きると、米国は中国の位置づけを
BからA「警戒が必要な第3極」に切り替えて、バイデン政権は
「半導体支援法」を成立させるとともに、「人工知能(AI)と
スーパーコンピュータ」向けの半導体技術の中国への輸出禁止を
打ち出しています。
 これによって、日本を含めた中国とのビジネス関係の深い国々
は、早急な見直しと、対応を迫られています。前トランプ政権は
中国を@の「敵国」とみなし、中国の経済弱体化に向けて、無秩
序に中国製品に追加関税をかけましたが、この関税はバイデン政
権でも撤廃されていないのです。
           ──[メタバースと日本経済/035]

≪画像および関連情報≫
 ●米中新冷戦下の世界とは?
  ───────────────────────────
   第二次世界大戦後の世界は、米国を盟主とする自由民主主
  義陣営とソビエト連邦(ソ連)を盟主とする社会主義陣営に
  分断された世界だった。それが1990年前後に米国を盟主
  とする自由民主主義陣営の勝利で終結すると、世界一の経済
  力・軍事力・情報力・科学技術力を有する米国が唯一の超大
  国として、国際秩序の在り方を決めるパクス・アメリカーナ
  の時代に入った。そして世界経済はひとつに統合されてグロ
  ーバリゼーションが加速することとなった。
   それから30年余りを経たいま、パクス・アメリカーナの
  世界を脅かす国が出現した。グローバリゼーションで経済力
  を飛躍的に向上させた中国である。中国の国内総生産(GD
  P)はおよそ17・5兆ドルと米国経済の4分の3の規模に
  達し、世界第2位の経済大国となった。購買力でみた国際ド
  ルではおよそ27兆ドルと米国の1・2倍に達している。軍
  事面においても米国を脅かす存在となりつつある。世界各国
  の軍事力に関する評価を公表している、グローバル・ファイ
  ヤーパワーによれば、第1位は米国、第2位はロシア、そし
  て中国は第3位となっている。安全保障を考える上でカギを
  握る情報戦においても、中国は北斗衛星導航系統という独自
  の衛星測位システムを整え、米国がGPSを使う情報戦にお
  いても対抗できる体制を築こうとしている。
                  https://bit.ly/3YeQavq
  ───────────────────────────
ティックトックの一般利用の禁止?.jpg
ティックトックの一般利用の禁止?
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2023年03月03日

●「FUJICはどういうマシンか」( 第5918号)

 国家プロジェクトの「TAC」と富士写真フィルムの「FUJ
IC」──次の完成時期を見る限り、日本初のコンピュータの栄
誉に輝くのは「FUJIC」です。ここで完成時期とは、マシン
が正常に作動した時期のことです。
─────────────────────────────
       ◎FUJIC
        着手時期 ・・ 1949年
        完成時期 ・・ 1956年
       ◎TAC
        着手時期 ・・ 1951年
        完成時期 ・・ 1959年
─────────────────────────────
 しかし、日本初のコンピュータが富士写真フイルムの「FUJ
IC」であることをほとんどの日本人が知らないし、システムの
業界でもそれは同様で、知っている人はわずかです。
 それは、ネットでも同じことで、どのように検索しても「FU
JIC」が日本初のコンピュータであることを伝える記事はごく
少数でしかないのです。東芝のサイトにいたっては、「TAC」
のことを次のように紹介しています。
─────────────────────────────
       日本初の計数形電子計算機/TAC
─────────────────────────────
 これは、巨額の予算を取得した国家プロジェクトの「TAC」
が、1企業の1部署で、たった1人で取り組み、非常に少ない予
算で、国家プロジェクトよりも、早くコンピュータを稼働させた
「FUJIC」を国が素直に認めていない証拠です。
 なお、FUJIC開発のすべてについては、開発者の岡崎文次
氏のことを伝える次の著書を読んでいただきたいと思います。
─────────────────────────────
                   遠藤 諭著
     新装版『計算機屋かく戦えり』/アスキー
─────────────────────────────
 それでは、FUJICとはどういうコンピュータであったので
しょうか。少し専門的な説明になることをお許しください。
 第1に、現在のCPUに当たる「論理回路」をどのように作っ
ているかです。
 現在のようにICがない時代なので、「フリップフロップ」と
いわれる論理回路のために、真空管は2極管約500本、3極管
など約1200本、合計1700本の真空管が使われています。
ENIACは1万8000本、EDSACが3000本であった
ことを考えると、非常に少ない真空管でできています。
 フリップフロップは、1ビットのデータを記憶する電子回路の
ことです。「オン」と「オフ」、「0」と「1」の2つの状態を
とりうる回路です。外部から1ビットの信号を与えることで、2
つの状態を切り換えることができます。このフリップフロップを
組み合わせて、2進数の数値を回路上に記憶したり、読み出した
りできるうえ、2進数の加減算を行うことができます。
 第2に、「メインメモリ」をどのように作っているかです。
 真空管の信用度が極めて低い(すぐ切れるなど)ので、「水銀
遅延管」を使っています。これについては、岡崎文次氏自身の解
説を引用します。
─────────────────────────────
 真空管は信頼性が低いわけです。当時、高速なブラウン管メモ
リを使うという手もありましたけど、これはもっと不安定。そこ
で水銀を使った超音波ディレーラインを使いました。音は水銀の
中を1000分の1秒で約1・5メートル進みます。そこで、た
とえば、100万分の1秒の間に何回か音を出したり止めたりす
ると、水銀中に音のあるなしで模様が描けるんです。その、音の
“ある”“なし”が、2進数の0と1に対応する。音波が水銀タ
ンクの端まで行くと、すぐさま同じ音波を送り出す。すると、同
じ模様が再び描かれる。この繰り返しによって模様は描き続けら
れる、つまりデータが保持されるというわけです。記憶できる容
量は1語33ビット扱いで255語でした。  ──岡崎文次氏
                  https://bit.ly/3kBNYQS
─────────────────────────────
 第3に、プログラム方式についてです。
 プログラム内蔵方式で、プログラムは3アドレス式の機械語で
す。用意されている命令は、加減乗除、移動、ジャンプ、入力、
出力、停止など17種類です。
 第4は、入力機器です。カードリーダーに16進数でコーディ
ングし、カード入力のコマンドは「そのまま格納」「2進数にし
て格納」「指定した番地から実行」の3種類です。
 第4は、「出力機器」です。既製品の電動タイプライターを流
用しています。レミントンランドの、手打ち用の一般タイプライ
ターを使い、キーの一つ一つを機械的に針金で引っ張る方式を採
用しています。
 ハードウェアの構造については以上です。ほとんど1人で作っ
たコンピュータとしては、非常によくできています。FUJIC
の完成で、レンズの設計の効率化は達成されたかについて岡崎氏
に聞くと、次の答えが返ってきました。
─────────────────────────────
 設計速度は人手の1000〜2000倍ぐらいあがりました。
労働組合などは、FUJICの完成で、計算担当者が仕事にあぶ
れるのではと懸念していたようですが、それは杞憂に終わりまし
た。                    ──岡崎文次氏
─────────────────────────────
 真空管の時代であっても、FUJICやTACのような立派な
コンピュータを開発する力を日本は持っています。「ものづくり
日本」は現代においても生きている私は信じます。
           ──[メタバースと日本経済/034]

≪画像および関連情報≫
 ●FUJIC/日本最初のコンピュータを一人で創り上げた男
  ──岡崎文次
  ───────────────────────────
   日本最初のコンピュータは、すでにブラウン管に文字を表
  示していたし、輸入品のタイプライターのキーを針金で下か
  ら引っ張る、信じられないようなギミックで文字を印刷して
  いた。岡崎氏が生まれてはじめて引いた図面から作り上げた
  というカードリーダは光学式の読み取りで、穴の位置から、
  フォトセルまでは曲げたガラス棒で光を導いていた。いうま
  でもなく、これは光ファイバーと同じカラクリである。直径
  100ミリ、長さ1450ミリの超音波ディレーラインのタ
  ンクも、数字だけ、言葉だけではそれほどでもない装置だが
  これを一から作り上げることが容易でないことはひと目でわ
  かるような代物である。
   岡崎氏はこれら各部機構を手作りするとともに、当時最大
  のネックだった真空管の安定性を、「数を抑えること」「作
  動させる電圧をギリギリまで下げること」「接点をハンダ付
  けしてしまうこと」という3つの方策で克服したのだった。
  これらの方法はどれも誰もが思いつきそうで思いつかない、
  いかにも岡崎氏らしいあっけらかんとした方法ではないか。
  特に真空管の数を減らすことに関しては、これも一言で片付
  けてしまいがちだが、きわめて緻密なハードウェア的、ソフ
  トウェア的な取り組みが必要となる。そこに平然とアプロー
  チしてやってのけたのが、岡崎氏のFUJIC開発であると
  いえるだろう。
   コンピュータは、高度な回路設計とそれを機械として実現
  するための技術が、バランスよく提供されることではじめて
  動くものだった。コンピュータは、頭でっかちでも、腕力だ
  けでも、決して動くことはないということでもある。
                  https://bit.ly/3Zq2vhP
  ───────────────────────────
インタビューを受ける岡崎文次氏.jpg
インタビューを受ける岡崎文次氏
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2023年03月02日

●「日本初のコンピュータ/FUJIC」(第5917号)

 巨額な予算を獲得し、華々しくスタートを切った国家プロジェ
クト「TAC」はなかなか動き出さなかったのです。これとは別
に、たった一人で自らの仕事を能率的に進めるために、コンピュ
ータの開発に取り組んだ人物がいます。岡崎文次氏(1914〜
1998)です。
 岡崎氏は、1949年当時、富士写真フィルム小田原工場に勤
務し、レンズ設計課長を務めていたのです。1948年のことで
す。岡崎氏は『科学朝日』に掲載されていたIBMのコンピュー
タ「SSEC」の記事を読み、機械による即時の大量計算が現実
になったことを悟っています。なお、SSECとは、IBMが開
発した電気機械式計算機のことです。SSECは、次の英語の頭
文字をとったものです。
─────────────────────────────
    ◎SSEC
     Selective Sequence Electronic Calculator
─────────────────────────────
 岡崎文次氏の仕事はカメラレンズの設計です。レンズの設計に
は複雑な計算が必要で、とくに高級レンズになると、計算だけで
数カ月もかかってしまいます。とくに必要な三角関数の計算では
数十人の人間が数表などで計算に取り組むことになるので、とて
も効率が悪かったのです。
 海外のコンピュータを使えば問題は解決できる──岡崎氏はそ
う考えたものの、当時コンピュータは世界に数台しかなく、購入
は不可能。岡崎氏は、自分で作るしかないと考えたのです。
 幸い岡崎氏は、数学が難しいことで有名な第八高等学校(旧制
・後の名古屋大学教養部)の出身で、数学には強く、コンピュー
タの理屈はわかっていたので、会社に対して、コンピュータ開発
の必要性を説く次の提案書を提出したのです。
─────────────────────────────
      「レンズ設計の自動的方法について」
                 ──岡崎文次
─────────────────────────────
 この提案書は認められ、研究予算として、会社から20万円が
支給されたのです。ENIACの開発成功の約3年後、1949
年3月のことです。
 このとき、富士写真フィルムとしては、岡崎氏がまさか一人で
コンピュータを開発しようとしているとは考えていなかったと思
います。しかし、提案書の内容はきわめて秀逸であったので、研
究予算をつけたものと思われます。
 研究予算がついても岡崎氏は、あくまで自分1人で海外から資
料を集め、自分の本業以外の時間を使って、一人でコツコツとコ
ンピュータを組み立てていったといいます。その開発状況につい
てウィキペディアは次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 岡崎は研究・開発作業を業務時間には行わず、本来の仕事の合
間や休暇日を使った。開発の際、モデルにした機種は特になかっ
た。まず、海外の雑誌記事や論文を収集したが、当時は文献がま
だ数少なかったため、かえって調査に余計な時間が出なかった。
 大阪大学の城憲三研究室から文献の一覧表を送ってもらったり
進駐軍が作ったCIE図書館で文献を撮影して読んだりしたとい
う。部品は神田須田町の露店で購入。経費もまとめて高額で請求
すると会社が驚くため、できるだけ安く小刻みに申請していた。
 半年に数十万円ほどだったという。手伝ってもらったのは女性
計算手一人だけで、一人開発のため、意見調整で時間を取られる
こともなかった。社内ではよくも悪くも、さっぱり注目されず、
かえって余計なプレッシャーがかからなかった。
       https://bit.ly/3KJuXXe  ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 この開発のいきさつは、ノーベル物理賞受賞者の中村修二氏が
自身が務めていた日亜化学工業において、青色発光ダイオードを
開発したいきさつとよく似ていると思います。当時の社長(現社
長はその子息)に、中村修二氏は、青色発光ダイオード開発の意
義を説き、米国留学とわずかな研究開発費を受け取り、ほとんど
一人で青色発光ダイオードの開発に成功しています。
 岡崎文次氏が手掛けたコンピュータがどのようなコンピュータ
かについては、明日のEJで述べることにしますが、このマシン
は1956年に3月に完成し、「FUJIC」と名付けられたの
です。この時点で国家プロジェクトの「TAC」はまだ動いてい
なかったので、「FUJIC」が日本最初のコンピュータの栄誉
を担うことになります。しかし、このことを、どのくらいの人が
知っているでしょうか。
 このことについて、角川アスキー総合研究所の遠藤諭氏は、次
のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 さて、このFUJICだが、日本のコンピュータの歴史におい
てどんな位置づけにあるのかを調べてみることにした。と、すぐ
に不思議な位置づけにあることがわかった。日本初の栄誉ととも
にコンピュータ史上に燦然と輝いていておかしくはないし、少な
くともコンピュータに関わる人たちの間では周知の機械となって
いて当然なのに、なぜかFUJICは国産コンピュータの初期の
状況を伝える文献を見ても前面に出てくることが少ない。歴史の
片隅に埋没してしまいそうでさえある。
 この不当な歴史的評価は、どんな理由からなのか。それはおそ
らく、ほぼ同じ時期の開発プロジェクトが国家予算を使った公の
ものであったのに対して、FUJICが一企業の一部署で細々と
作り上げられたものであったからなのだろう。けれども、ほかの
コンピュータがなかなか動かない中で、FUJICが確実に稼働
していたのは事実なのである。    https://bit.ly/3IE4Qyf
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/033]

≪画像および関連情報≫
 ●コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
  ───────────────────────────
   コンピュータの研究開発は欧米においては第二次世界大戦
  中に急速に進展した米国のペンシルバニア大学で弾道計算を
  主目的として、真空管18000本を使用したコンピュータ
  ENIACが1943年から開発され、1945年に完成し
  稼動を開始したが、軍事目的であったため、終戦の翌年19
  46年に始めて公表された。これが世界最初のコンピュータ
  とされているが、プログラムは外部制御方式で内蔵方式では
  なかった。
   1949年にはプログラム内蔵方式としては始めてのコン
  ピュータEDSACが、英国ケンブリッジ大学で開発され、
  以降はこの方式のコンピュータが、<表2・1>に示すよう
  に次々と開発された(3)。1948年のトランジスタの発
  明以降は、トランジスタ式コンピュータの研究開発が進み、
  1950年代後半にはその実用化が行われた。
   日本では戦前および戦時中に計算機械の研究は行われてき
  たが、コンピュータ(電子計算機)の研究開発は終戦後開始
  された。1950年前後に大阪大学、富士写真フィルムおよ
  び東京大学で、真空管式コンピュータの開発がほとんど時を
  同じくして開始された。大阪大学の城憲三は「ニューズウィ
  ーク」1946年2月号のEDSACの紹介記事を見て、コ
  ンピュータの具体的な研究開発を開始した(4)。
                  https://bit.ly/3mfv0Qs
  ───────────────────────────
FUJIC.jpg
FUJIC
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2023年03月01日

●「一向に動かないTACコンピュータ」(第5916号)

 世界最初のコンピュータである米国のENIACは、内部構造
に10進数を使うなど、コンピュータとしては問題のあるマシン
ではありましたが、その開発の様子を伝える米国「ニューズウィ
ーク」/1946年2月号の記事を見て、世界中でコンピュータ
開発競争が巻き起こったのです。
 日本においてもそれは同様で、数学者で、大阪帝大工学部精密
工学科教授だった城憲三(以下、敬称略)は、「ニューズウィー
ク」の記事を読んで、コンピュータの具体的な研究開発に着手し
ます。そして、1950年にENIACの追試実験装置を試作し
2進数による本格的な真空管コンピュータの開発に着手したもの
の、その後トランジスタコンピュータの商用機導入が決定された
ので、開発を中止しています。
 真空管式コンピュータの第2弾は、「TAC」といわれるプロ
ジェクトです。「TAC」は次の言葉の頭文字です。
─────────────────────────────
        ◎TAC
         Tokyo Automatic Computer
─────────────────────────────
 TACは、その名称から、東京大学のコンピュータということ
になっていますが、これには東芝が参加しています。そもそもE
NIACに強い興味を持ったのは、東芝の真空管業務に携わって
いた三田繁で、東大の山下英男などと共に真空管による論理回路
や、ウィリアムス管(ブラウン管式メモリ)などの研究を行って
いたのです。彼らは、ノイマンのENIACの改革レポートなど
を入手して、1951年にコンピュータの組み立てをはじめてい
ます。この世代は東芝が主導権を持っていたので「東芝TAC」
と呼ばれています。
 その同じ1951年に、文部省(文部科学省)科学研究費によ
る電子計算機研究班が立ち上げられ、東大の山下英夫が班長に就
任し、文部省に申請し、当時のお金で1011万円という国内と
しては、巨額の予算がついたのです。ちなみに東大の山下英夫に
ついて、ウィキペディアでは、次の紹介があります。
─────────────────────────────
◎山下英夫
 東大教授。当時理系一の頭脳と呼ばれていた。早くから電子計
算機の重要性を見抜いており、パンチカードに代わるシステム開
発を1940年に着手、1947年にデジタル動作の「山下式画
線統計機」を完成させていた。    https://bit.ly/41tIVT5
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 この1011万円という巨額予算は、当時大蔵省の相澤英之主
計官の力が大きかったといわれます。相澤英之氏は、2019年
に亡くなっていますが、彼は2人の息子に先立たれた経済企画庁
官房長だった1969年、女優の司葉子と再婚しており、多くの
人に知られています。
 このように国の資金が投入されたことによって、このTACプ
ロジェクトは国策プロジェクトに変身しています。その目的は、
日本初のコンピュータの開発です。東大と東芝の役割分担は、東
芝がハードウェア、東大がソフトウェアを担当することになって
います。東大の総括は、雨宮綾夫東京大学教授です。雨宮教授は
音響分析、分子積分表など分子構造に関する研究や電子計算機の
開発に尽力し、東大のTAC開発に関わっています。また、原子
力専門委員会委員なども務め、放射線高分子研究所の設立にも貢
献しています。
 しかし、このプロジェクトは難航を極めるのです。半年も経つ
と、東芝だけではハードウェアが作れないことがはっきりし、東
芝は、東大に協力を求めてきます。そのとき、東京大学が、東芝
に派遣したのは、村田健郎という人物です。村田健郎について、
ウィキペディアは次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 鳥取県生まれ。工学部航空原動機工学科卒業・理学部数学科再
入学などの学歴を経て、前述の時期には、数学科大学院に再入学
(同大最終履歴は助教授)。大学院二年の時「コンピュータ開発
のため、雨宮先生が若い数学者を探しているが、村田は工学部出
身だな。アメリカではフォン・ノイマンがコンピュータをやって
いて、コンピュータ開発にも工学者が必要だ」と言われ、雨宮の
元に移動した。当記事の主要な出典の一つ「日本人がコンピュー
ターを作った!」は、村田がTAC関連のインタビューで答えて
いるもの。             https://bit.ly/41tIVT5
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 当初は、2年かけて研究し、技術レベルを上げるのが目標だっ
たのですが、文部省と大蔵省にさらに予算を出させるため、「2
年で実用化する」というノルマを課せられたといいます。
 しかし、開発陣が危惧した通り、開発はきわめて難航し、試作
機は一向に動かなかったのです。その難航要因は次の通りです。
─────────────────────────────
@ウィリアムス管が設計通りの性能を出せず不安定だった。これ
 は最後まで尾を引いたという。主記憶装置について、水銀遅延
 線でなくウィリアムス管を選んだ理由は、村田いわく、「今と
 なっては誰の考えか、わからない」。東芝が当時作ったウィリ
 アムス管は、アメリカが国家計画で作り、アメリカ国立標準局
 (今のアメリカ国立標準研究所)が評価した、RCA社製のブ
 ラウン管より優れていたという。
A動作周波数の目標を200KHzと高く設定した。
B論理回路がうまく動かなかった。  https://bit.ly/41tIVT5
─────────────────────────────
 しかし、事実上の国家プロジェクトであるTACは、年数を重
ねても、なかなか動かなかったのです。
           ──[メタバースと日本経済/032]

≪画像および関連情報≫
 ●日本初の計数形電子計算機/TAC
  ───────────────────────────
   米国製コンピューターが8時間かけてできない計算を2時
  間で完了できる「TAC」を開発。現在のコンピューター産
  業の礎を築く。
   世界初のコンピューター「ENIAC」は、1945(昭
  和20)年に米軍の弾道計算用に開発され、18000本の
  真空管が使用された。このニュースは1946(昭和21)
  年2月号の『Newsweek』に掲載された。
   マツダ研究所(現:研究開発センター)の三田繁は、この
  記事からコンピューターについて考え始めていた。演算回路
  や制御回路の開発を行い基礎データの収集を始め、1951
  (昭和26)年には文部省初の研究費による「電子計算機製
  造の研究」へと発展し、東京大学(以下:東大)と共同で、
  「TAC」開発がスタートした。
   当初は実験機の開発を目指し、ハードを当社がソフトを東
  大が担当し、実用に可能な大型コンピューターを2年間で製
  造する計画だった。
   ハード製作では、計算機用の高信頼性部品がなく、ラジオ
  用真空管を桁違いの高信頼性製品に開発した。この他、コン
  ピューターの心臓部であるブラウン管メモリーの開発、ブラ
  ウン管蛍光面の物性的均一性、電子ビームの太さ、ビーム駆
  動特性の安定性の確保など開発は困難を極めた。
                  https://bit.ly/3IYWJ0A
  ───────────────────────────
TAC.jpg
TAC
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2023年02月28日

●「世界初のコンピュータENIAC」(第5915号)

 「生成AI」というものが話題になっています。生成AIとは
画像、文章、音声、プログラムコード、構造化データなどさまざ
まなコンテンツを生成することのできる人工知能のことです。大
量のデータを学習した学習モデルが人間が作成するような絵や文
章を生成することができます。
 生成AIの中心にいるのは、「オープンAI」という2015
年に設立された米国の非営利団体であり、現在、そこを中心とす
る多くのスタートアップ企業に巨額の投資が集まっています。こ
のような先端技術はやはり米国がいつも先陣を切っています。
 生成AIについては、目下情報を収集しており、いずれEJで
取り上げるつもりでおります。その前に「ものづくり日本」の象
徴ともいえるものの、意外にも多くの人が知らない、日本のコン
ピュータの製作秘話を取り上げたいと思います。
 世界はじめてのコンピュータは、米国が1946年に開発した
「ENIAC(エニアック)」です。ENIACとは、次の英語
の頭文字をとったものです。
─────────────────────────────
  ◎ENIAC
   Electronic Numerical Integrator and Computer
─────────────────────────────
 ENIACを考案・設計したのは、ペンシルベニア大学のジョ
ン・モークリーとジョン・プレスバー・エッカートの2人です。
開発の目的は、米国陸軍の弾道研究所における砲撃射表の計算で
す。ENIAC開発の資金を出したのは米国陸軍であり、契約は
第2次世界大戦中の1943年6月5日に行われています。ペン
シルベニア大学では「プロジェクトPX」として秘密裏に設計が
進められたのです。1946年2月14日にマシンは完成し、翌
日にペンシルベニア大学で正式に使用が開始されています。EN
IACは1955年10月2日まで運用・使用されています。
 ENIACとはどういうコンピュータだったのでしょうか。
 幅30メートル、高さ2・4メートル、奥行き0・9メートル
総重量27トンという大掛かりな装置で、開発にかかった費用の
総額は、50万ドルであったといわれています。ENIACには
次のようなものが使われていたのです。
─────────────────────────────
        真空管 ・・・・ 17468本
      ダイオード ・・・・  7200個
      リレー装置 ・・・・  1500個
        抵抗器 ・・・・ 70000個
      コンデンサ ・・・・ 10000個
─────────────────────────────
 なぜ、ENAICはこのような巨大なマシンになったのでしょ
うか。それは、今でこそコンピュータは2進数が当たり前になっ
ていますが、ENIACは、内部構造に10進数を使っているか
らです。
 少し専門的になりますが、1桁の10進数を格納するのに10
ビットのリング・カウンターを使っており、1桁の記憶に対して
36本の真空管を必要とするのです。これでは、1万7000本
の真空管が使われても不思議ではないでしょう。
 しかし、メモリがごくわずかなため、プログラムの内蔵能力は
ほとんどなく、パンチカードなどの外部デバイスからプログラム
を取り込む方式が採用されていたのです。
 それでもENIACでは複雑なプログラムを組むことができた
のです。ループ、分岐、サブルーチンが可能で、このプログラミ
ングには女性が大活躍したといたわれています。1997年のこ
とですが、当時ENIACのプログラミングを担当していた6人
の女性がWTTIの殿堂入りを果たしています。WTTIとは、
次の言葉の省力形です。
─────────────────────────────
     ◎WTTI
      Women in Technology International
─────────────────────────────
 ENIACの開発プロジェクトには、ロスアラモス国立研究所
で、マンハッタン計画(米国の原爆開発・製造計画)に従事して
いた著名な数学者、ジョン・フォン・ノイマンが強い関心を持っ
ていたといわれます。ロスアラモス研究所では、ENIACに深
く関与するようになり、最初にENIACで計算したのは、水素
爆弾に関するものだったといいます。その計算の入出力には、約
100万枚のパンチカードが必要だったといわれています。
 ノイマンのこのENIACへの関わりによって、後にノイマン
は、ENIACに変わる新しいコンピュータの開発を示唆するレ
ポートを書くことになります。このノイマンのレポートによって
モーリス・ウィルクスとケンブリッジ大学の数学研究所のチーム
が、1949年に開発したのが「EDSAC(エドザック)」と
いうコンピュータです。
 このコンピュータは2進数を採用し、プログラムとデータの両
方を一緒に格納できる記憶装置(メインメモノ)を備えた世界初
のプログラム内蔵方式のコンピュータであり、後にノイマン式コ
ンピュータと呼ばれるようになります。EDSACは、次の言葉
の省略形です。
─────────────────────────────
  ◎EDSAC
    Electronic Delay Storage Automatic Calculator
─────────────────────────────
 このENIACとEDSACの開発は、日本の科学者たちの強
い関心を引き、日本でもコンピュータを作ろうという機運が盛り
上がってきたのです。日本におけるその1つのプロジェクトが、
東京大学と東芝によるコンピュータ開発プロジェクト「TAC」
です。これについては明日のEJで取り上げます。
           ──[メタバースと日本経済/031]

≪画像および関連情報≫
 ●ENIAC開発の背景
  ───────────────────────────
   ENIACは、一般には、弾道計算のために開発されたと
  いうことになっています。実際、開発の資金を提供した陸軍
  は、弾道計算のために資金提供したのでした。しかし、EN
  IACの構想を考え出したモークリーは、趣味の気象予測の
  ために強力な計算機を必要としていたようです。当時、「気
  象は十分な計算パラメータがあれば完全に予測できる」とす
  る仮説が話題となっており、多くの人が実際の予測に取り組
  んでいました。
   物理学者であったモークリーもその一人で、アメリカの降
  水と太陽の回転の関係について、仮説を立てていました。し
  かし、この仮説が本当かどうか調べるための計算は、あまり
  にも膨大で当時の計算機では間に合わなかったのです。
   モークリーはさまざまな計算機を調べ、自分でも試作し、
  やがて真空管を使うと高速な計算機を作れると言うアイディ
  アにたどりつきます。真空管計算機を作るために、電子工学
  を学ぶ中で、モークリーは若き天才電子工学者、エッカート
  と出会います。陸軍が開催した電子工学の特別講座で、エッ
  カートは最年少の研究助手、モークリーは最年長の受講者で
  した。二人は意気投合し、電子計算機の設計にかかります。
  モークリーは真空管については素人でした。そして、エッカ
  ートは怖いもの知らずの若者でした。
   そんな二人だから、こんなたいそれたことを考えついたの
  です。当時、身近なもので真空管を使った一番複雑な機器は
  テレビで、30本の真空管を使っていました。
                  https://bit.ly/3Z3UpuL
  ───────────────────────────
ENIAC/1946.jpg
ENIAC/1946
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2023年02月27日

●「ゼロ戦/YS11の設計者は誰か」(第5914号)

 WBCのキャンプをテレビで見ているが、雰囲気はとても良い
ように感じます。とくにメジャー選手で唯一キャンプに参加して
いる、ダルビッシュ選手が、投手たちにカーブやフォーク、ツー
シームやスライダーの投げ方をていねいに教えている姿が印象に
残っています。ITなどの真の技術の指導は、このようにOJT
であるべきと思います。
 2月7日、MRJから撤退を決めた社三菱重工業の泉沢清次社
長は次のようにいっています。
─────────────────────────────
 大きく二つの視点がある。初期の段階で開発の規模の見積もり
手間のかかり方ということが、正直言って少し甘かったのではな
いか。そこの段階でのリソースの確保が足りなかったのではない
かというのが一点ある。もう一つは、単に頭数が足りないという
ことではなくて、経験を持ったエンジニアが我々にいなかった。
おそらく日本の中にいなかった。それで海外の経験のあるエンジ
ニアを投入したということ。その意味で、足りないリソースにつ
いて、いろいろと手は尽くしてきたと思うが、それは十分ではな
かった。             ──泉沢清次三菱重工社長
─────────────────────────────
 「経験を持ったエンジニアが我々にいなかった。おそらく日本
の中にいなかった」と泉沢社長は嘆いています。三菱重工といえ
ば、かつて天才航空機設計者、堀越二郎を擁し、彼の手になる戦
闘機九六式艦上機(ゼロ戦)を開発した名門ですが、そのDNA
が残っていなかったようです。そうさせたのは、間違いなく米国
であり、日本の技術を恐れて、日本には一切の航空機を製造させ
なかったのです。
 ゼロ戦といえば、日中戦争から日米戦争の初期に関しては、向
かうところ敵なしで制空権をほしいままにした戦闘機です。なお
堀越二郎については、2013年のジブリ映画『風立ちぬ』で描
かれています。
 ゼロ戦が戦闘機としていかに優れていたかについては、機銃配
置にあります。ゼロ戦の武装は、左右の主翼に20ミリ機関砲を
各1門に加え、最前方にあるエンジンのすぐ後ろ、胴体の上部に
7・7ミリ機銃が2門設置されています。問題は後者の胴体機銃
に関してです。この機銃は、発射時にプロペラの回転面を弾丸が
通過することになります。弾丸がプロペラにぶつかってしまった
から大変なことになります。
 ゼロ戦では、この難問を解決しているのです。同調発射装置と
いいます。開発者は深海正治氏という人物です。また、松平精氏
という人物は、ゼロ戦の飛行時の異常な振動を制御することに成
功しています。ゼロ戦にはこのように多くの光る技術が凝縮され
ているのです。
 ところで、なぜ、弾丸がプロペラにぶつからないかというと、
「プロペラにぶつからないよう機銃から弾丸が出るタイミングを
調整している」からです。つまり、プロペラの隙間を縫って、弾
丸が通り抜けるようエンジンの回転速度と機銃の発射速度が調整
されているのです。驚くべき技術です。
 しかし、米国は日本のこの驚くべき技術を知っており、終戦後
の昭和20年11月18日、GHQ(連合国占領軍総司令部)の
命により、民間機の航空活動も含め、航空機の生産、研究、実験
を初めとして一切禁止したのです。運輸省航空局も廃止され、大
学の航空学科および航空研究所などもすべて廃止され、日本の空
には模型飛行機すら舞うことがなくなったのです。
 しかし、米国から航空機の研究・開発を禁じられた深海正治氏
は、分野の全く異なる医療現場で内視鏡を設計し、胃カメラを世
界で初めて実用化しています。また、松平精氏は、新幹線の振動
を制御する台車を設計しています。
 GHQの禁止命令も解けた約10年後の昭和31(1956)
年のことです。堀越二郎氏は当時の通産省からオファーがあり、
秘密のプロジェクトに従事しています。それから8年後の、昭和
39年(1964年)、日本初の国産旅客機「YS11」が飛行
に成功したのです。堀越二郎の設計によるものです。YS11は
日本航空機製造が製造した双発ターボプロップエンジン方式の旅
客機で、第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅
客機です。
 「YS11」は、普通「YSじゅういち」と読みますが、正し
くは「YSいちいち」です。その理由は、次の通りです。
─────────────────────────────
 「YS」は輸送機設計研究協会の「輸送(YUSOUKI)」
と「設計(SEKKEI)」の頭文字の「Y」と「S」をとり、
「YS」とした。「11」の最初の「1」は搭載を予定した各種
候補エンジンごとにとった資料ナンバーで、「ダート10」の番
号の「1」であった。後ろの「1」は検討された機体案の番号を
表し、主に主翼の面積や位置によって第0案、第1案となって、
「1」とし、「YS11」と命名された。
                  https://bit.ly/3xN8Mb7
─────────────────────────────
 しかし、「YS11」は、2006年をもって日本においての
旅客機用途での運航を終了しています。そして、2023年2月
7日の三菱重工の「スペースジェット」の開発中止、事業からの
撤退──堀越二郎のDNAは残っていなかったようです。堀越二
郎は、次のようにいっています。
─────────────────────────────
 飛行機は非常に高級な総合工業であり、これに包含される技術
の発達を促進してやみません。日本が将来、本当の文明国に進む
ためには、高度の工業であるとともに、規模の大きいものも持た
なければならない。それには航空機が有望だと思います。
                       ──堀越二郎
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/030]

≪画像および関連情報≫
 ●ボーイングB787は「準日本製」だろう?なぜ日本は大型
  旅客機が作れないのか=中国
  ───────────────────────────
   日本はものづくり大国ではあるが、作れないものもある。
  中国メディアの網易は、2021年8月17日、「日本は民
  間で大型ジェット旅客機が作れない」と指摘する記事を掲載
  した。「米ボーイングの機体製造の一部を担っていて、ボー
  イング機のB787などは準日本製と言っても良いほどなの
  に」と不思議がっている。
   日本の航空機製造はもともと技術が高く、戦時中のゼロ戦
  機は世界最強と言われていたほどだ。記事は、連合国軍総司
  令部(GHQ)の航空禁止令により、航空機産業が止まった
  時期があるとはいえ、日本の部品製造のレベルは非常に高く
  ボーイング社に部品供給するほどの実力があると指摘した。
  しかしながら、「軍用機は作れても民間の大型ジェット機が
  作れない」のは不思議なことだ、といぶかっている。
   記事はこの理由について、3つの要因があると分析してい
  る。1つは「能力不足」の問題で、日本にはこの巨大プロジ
  ェクトを成功させるのに必要な、資金、人材、部品、市場な
  どの総合的な条件が揃っていないとした。2つ目は総合的な
  「技術不足」で、部品を作る能力はあってもコア技術がない
  と指摘した。戦後7年間、航空機の開発・製造が止まってい
  た間に、欧米と差が開いてしまったと分析している。3つ目
  は「市場不足」だ。現在はボーイングとエアバスが市場を独
  占しているので、日本がジェット機を開発しても市場が不足
  しているとした。        https://bit.ly/41nbhyj
  ───────────────────────────
YS11.jpg
YS11
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2023年02月24日

●「スコープクローズというネックがある」(第5913号)

 三菱重工業の国産ジェット旅客機撤退の話の続きです。なぜ、
この事業についてEJが追及するかというと、ほとんど国家プロ
ジェクトに近いこの事業の失敗をこのままにしておくと、日本は
今後ジェット航空機というものを製作できなくなるし、「技術の
日本」の誇りに大きな傷がつくからです。
 この事業は、2008年に「三菱リージョナルジェット(MR
J)」としてスタートしましたが、2019年になって、名称を
「三菱スペースジェット(MSJ)」に変更しています。スター
トから11年後にプロジェクト名を変更し、その5年後に事業か
らの撤退を表明しているのです。
 それは、米国では「スコープ・クローズ」という航空会社とパ
イロット組合とが結ぶ労使協定があることを知りながら、三菱重
工がリージョナルジェットにこだわったからであるといえます。
 「スコープ・クローズ」とは何でしょうか。
 広大な領土を有する米国の航空業界では、大きな都市を結ぶハ
ブ(基幹路線)と、各地の小需要路線(スポーク)を結ぶ路線形
態である「ハブ・アンド・スポーク」をとっています。各地の小
需要路線に関しては、大手航空会社は、リージョナル航空会社に
運航の委託をしています。
 しかし、小需要路線のスポークでも、人気路線ができて利用者
が増えると、リージョナル航空会社は、大型航空機を使ってその
需要を満たそうとします。この現象は、大手航空会社のパイロッ
トたちの仕事をリージョナル航空会社に奪われることを意味して
います。
 そこで、大手パイロット組合は、自分たちの仕事を守るため、
リージョナル航空会社と話し合い、運航に関する制限事項を決め
ているのです。2016年12月1日に合意されたリージョナル
・ジェットへの制限は次のようになっています。
─────────────────────────────
       座席数:最大76席
    最大離陸重量:39トン(8万6000ポンド)
─────────────────────────────
 しかし、三菱重工のプロジェクトは、最初から座席数90席の
リージョナルジェット機(MRJ─90)を基本モデルとしてき
たのですが、2016年に上記の制限が決まり、座席数と重量の
制限をオーバーしてしまったのです。
 そこで、「MRJ─90」に関しては、2019年に制限の見
直し検討が行われるので、それに期待をかけると共に、制限が緩
和されない場合に備えて、「MSJ─70」を並行して開発する
ことにしたのです。このモデルは、座席数76席で、最大離陸重
量はギリギリでクリアしています。
 そして、2020年6月に、カナダのボンバルディアのCRJ
事業を買収しています。買収額は、5億5000万ドル(約57
6億円)といわれています。この頃には、6度目の商用初号機引
き渡し延期で「凍結」か「撤退」がささやかれていたにもかかわ
らずです。目的はMSJのアフターケアで、CRJのネットワー
クを活用するためです。
 この買収について、長年日本航空で機長を務め、現役当時ジャ
ンボジェットの乗務時間で、世界最長の記録を保持していた航空
評論家の杉江弘氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 MRJでも、サポート体制には力を入れていくと一応言ってき
たものの、今回のCRJの買収劇を見ていると、当初から本当に
十分なサポート体制を構築できる計画があったのかと疑わざるを
得ない。ボンバルディア側は航空事業から手を引いて、今後は鉄
道事業だけに経営戦略を変更していこうとするなかで、三菱側の
CRJ事業の買収はいわば渡りに船であった。それだけに三菱側
としては、今回の買収によって今後コスト面で経営にどう影響を
与えるかという不安材料も加わったかたちである。
                  https://bit.ly/3EuwGM3
─────────────────────────────
 三菱重工にとって不幸だったのは、「三菱スペースジェット」
が最も重要な時期に、コロナ禍が重なったことです。新型コロナ
の流行により、東京五輪も延期になり、航空機需要が消滅したこ
とがMSJに追い打ちをかけたかたちです。
 三菱重工によるCRJ買収によって、リージョナルジェットの
分野では、ブラジルのエンブラエルと中国のARJが残ることに
なります。エンブラエルは、ブラジルの航空機メーカーであり、
世界第3位の旅客機メーカーでもあります。中国のARJについ
ては、中国国内でしっかりと、シェアを確保しています。
 大きなネックは、これら2社に対して、MSJは価格面では対
抗できないことです。MSJの50億前後という価格に対して、
エンブラエルは約35億円、中国のARJにいたっては30億円
前後の価格といわれます。ボーイング757〜800の価格が約
51億円といわれているので、価格が高すぎます。
 杉江弘氏は、この国産ジェット開発の失敗の原因の一端は、三
菱の「上から目線」と「秘密主義」も関係しているとして、次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 私は2008年秋からエンブラエルのパイロット要員として、
県営名古屋空港にあるジェイエアで勤務を始め、翌2009年3
月より機長として乗務を開始した。一方、三菱航空機のMRJ生
産開発拠点はジェイエアの会社からわずか数百メートルの地にあ
った。そこで私が仮に三菱航空機のスタッフだとしたら、ライバ
ルのエンブラエルのことは当然気になり、それを実際に操縦して
いるパイロットや会社から参考になる話を聞こうとするはずであ
る。しかし、私を含め、同僚のパイロットやジェイエアの会社に
も一切のコンタクトはなかった。   https://bit.ly/3Z9ann8
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/029]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱重工業が国産ジェット開発を断念 → 日本が航空機を
  つくれない理由
  ───────────────────────────
   三菱中工業が、国産初のジェット旅客機「スペースジェッ
  ト(SL、旧MRJ)」の開発を断念し、事業から撤退する
  ことを決めました。2008年に日本初のジェット旅客機を
  つくろうとしてスタートした開発プロジェクトは、15年の
  歳月をかけて失敗に終わったということです。
   日本は「ものづくり」が得意な国と言われます。特に乗り
  物には定評があります。自動車にしても鉄道にしても船にし
  ても、日本のメーカーがつくるものは品質がいいといわれて
  世界で高い評価を受けています。ただ、航空機は世界で存在
  感がまったくありません。
   旅客機はアメリカのボーイング社とヨーロッパのエアバス
  社が世界の2強で、日本の航空機産業はボーイング社の下請
  けに甘んじているケースがほとんどです。そうした現状を打
  破しようとしてスタートしたのが旧MRJプロジェクトでし
  たが、結局、打破できませんでした。どうして日本の航空機
  産業は自前の旅客機をつくれないのでしょうか。
   その原因を探るため、日本の航空機産業の歴史を振り返っ
  てみましょう。日本の航空機産業は軍用機の開発からスター
  トしました。第1次世界大戦で航空機が威力を発揮したこと
  から、日本も軍用機の開発に力を入れ始めました。第2次世
  界大戦が始まると、開発に拍車がかかり、名機と言われる戦
  闘機が次々に太平洋戦争に投入されました。
                  https://bit.ly/3SnmECj
  ───────────────────────────
航空評論家/杉江弘氏.jpg
航空評論家/杉江弘氏
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2023年02月22日

●「国産ジェット機はなぜ失敗したか」(第5912号)

 2月7日のことです。三菱重工が国産ジェット旅客機の事業か
ら撤退を表明しています。6日の日本経済新聞は、この件につい
て、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 三菱重工業が国産ジェット旅客機の事業から撤退する方針を固
めたことが6日、分かった。2020年秋に「三菱スペースジェ
ット(MSJ)」の開発を事実上凍結していたが、今後の事業成
長を見通せないと判断した。開発子会社の三菱航空機(愛知県豊
山町)も清算する方針。累計1兆円の開発費を投じながら納期を
6度延期するなど空回りが続いた。新たな産業育成に向けた官民
による国産旅客機の構想は頓挫した。7日にも発表する。
          ──2023年2月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 この事業が発足したのは2008年のことです。経済産業省が
全面支援し、トヨタ自動車も三菱重工業傘下の三菱航空機に出資
するなど、まさに「国策民営」のプロジェクトそのものだったと
いえます。スタート時の名称は「三菱リージョナルジェット(M
RJ)」。それが15年が経過して失敗とは・・・。国策民営プ
ロジェクトの失敗です。
 三菱航空機は、既にMRJについて、国内外の企業から267
機の注文を受けていたのです。これらの企業に対しては、事業撤
退ということになると、違約金の支払いが発生することは必至で
あると思われます。
─────────────────────────────
   ANAホールディング ・・・・・・・  25機
   日本航空(JAL) ・・・・・・・・  32機
   米スカイウェスト ・・・・・・・・・ 200機
   エアマンダレー(ミャンマー) ・・・  10機
 ─────────────────────────
                      267機
─────────────────────────────
 なぜ、このプロジェクトは失敗したのでしょうか。
 それは、一にも二にも「型式証明」がとれなかったことに尽き
ます。型式証明とは、各国の航空当局の審査を通して、開発した
航空機が安全に空を飛べることを立証する耐空証明手続きのこと
です。具体的には、設計から製造工程、品質管理にいたるまで、
機体が安全かどうか、定められた計算方法や各種試験、検証方法
を通して立証するものです。
 「型式証明」が取れなかったのは、三菱航空機だけの責任では
なく、国交省航空局にも重大な責任があります。なぜなら、日本
の空を飛ぶには、国交省航空局の型式証明が必要ですし、販売先
の国の型式証明も必要になります。しかし、国による違いはある
ものの、審査内容はほとんど同じであり、相互に認証し合う協定
もあります。
 そこで、三菱航空機としては、国交省の航空局の審査をクリア
できることに標準を定め、これをクリアすれば、他国の審査にも
対応できるだろうと考えて、事業を進めていたのです。しかし、
これが大きな失敗だったのです。国交省の航空局自体がジェット
旅客機の審査の細部がわからなかったからです。
 国交省航空局にとって国産旅客機「YS−11」以来、半世紀
も航空機の型式証明審査をやったことがなく、まして航空機に独
特の設計をしようとすると、型式証明を取得するのが一層困難化
するのです。その点、米国のFAA(米連邦航空局)などは、ボ
ーイング機などで豊富な経験を積んでおり、知見豊富であるのに
対して、日本は大きく遅れているのです。
 事実上の国家プロジェクトでありながら、国交省航空局にも型
式証明取得のための努力不足があったとして、『日経ビジネス』
は次のように国交省航空局を批判しています。
─────────────────────────────
 機体や操縦システム、電気系統などの設計は、教科書通りの一
般論は存在する。「ある意味、経験則が生きるのが航空機の世界
だが、MRJは燃費性能が高いエンジンや革新的な空力設計、高
度な電気システムを採用した。それがさらに審査を難しくさせ、
必要あるかないか分からない証明作業を求められた。それに三菱
航空機は対応しきれなかった」(同社元関係者)。国家プロジェ
クトでありながら、国が最新の航空機の知見を取り入れ、安全性
を判定する能力を養ってこなかったのは三菱航空機にとって不幸
といえる。三菱重工の組織も、最後まで一枚岩になりきれなかっ
た。   ──『日経ビジネス』より/https://bit.ly/3XDAqSk
─────────────────────────────
 しかし、不可解なことがあります。三菱重工業はこのプロジェ
クトのこれまでの「MRJ/三菱リージョナルジェット」の名称
を途中で「スペースジェットM100」に改称すると発表してい
ることです。2019年6月25日のことです。
 リージョナルジェットというのは、座席数が50席から100
席程度の比較的短距離の地域間輸送航路に適した小型ジェット旅
客機のことであり、リージョナルには「地域の」という意味があ
ります。それをなぜ、名称を変更したのでしょうか。これほどの
巨大プロジェクトの名称変更はあり得ないことです。
 それは、三菱重工が、カナダの重工業メーカーであるボンバル
ディアとのあいだで、同社航空機部門のボンバルディア・エアロ
スペースが製造しているリージョナルジェット機「CRJ」事業
の譲渡契約を締結したからなのです。
 ボンバルディア・エアロスペースは、カナダの国営航空機メー
カーであるカナディアを前身として設立された企業です。同社は
カナディア・リージョナルジェットを「CRJ」として商品化し
1800機以上が生産されるベストセラー機となったのです。
 しかし、近年ではボンバルディアは、経営状態がが悪化し、航
空機事業の譲渡を進めていたのです。
           ──[メタバースと日本経済/028]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱重工が国産初のジェット旅客機事業から撤退
  ───────────────────────────
   三菱重工業は2月7日、国産初のジェット旅客機事業から
  撤退すると発表した。2020年にジェット旅客機「スペー
  スジェット(旧MRJ)」の開発を事実上凍結していたが、
  事業性が見込めないことから名実ともに幕を下ろす決断をし
  た。同社は発表で、開発中止の理由として、国が機体の安全
  性を証明する型式証明の取得には「さらに巨額の資金」を要
  するほか、海外パートナーの協力確保が困難なことや足元で
  のパイロット不足の影響で小型ジェット機の市場規模が不透
  明な点などを挙げた。
   同社はスペースジェットで培った知見を次期戦闘機の開発
  などに活用していくとしている。また、泉沢清次社長は会見
  で、今後の取り組みの一環として「将来の完成機も視野に入
  れた次世代技術の開発や、他社との共同検討も考えていきた
  い」とも語った。
   08年に開発が始まったスペースジェットは初号機の納入
  が6度にわたり延期され、政府からの支援を含め巨額の資金
  が投じられてきた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で航
  空需要が激減し、三菱重工は、20年10月にスペースジェ
  ット向けの開発費を大幅に縮小。主力機として位置付けてい
  「M90」の開発はいったん立ち止まることを明らかにして
  いた。             https://bit.ly/3IgCTMU
  ───────────────────────────
「三菱リージョナルジェット/MRJ」.jpg
「三菱リージョナルジェット/MRJ」
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2023年02月21日

●「日本のGDPがドイツに抜かれる!」(第5911号)

 今回のテーマは、依然としてデフレから完全に脱却できていな
い日本が、持ち前の技術力を発揮し、現在世界で急速に進行しつ
つあるデジタル化の変化に便乗し、メタバースなどを積極的に活
用しながら、経済の復活が図れないか検討するのが目的です。
 しかし、三菱重工の国産ジェット旅客機からの撤退など、日本
の持ち前の技術力が揺らいでいることや、足元の急激な円安・ド
ル高によって日本の国力が弱体化しつつあるなど、日本経済の真
の回復にはほど遠いのが現状であるといえます。
 2023年2月19日付の日本経済新聞は、次のようなショッ
キングなニュースを伝えています。
─────────────────────────────
◎名目GDP、ドイツが肉薄/日本世界3位危うく
 日本が維持してきた国内総生産(GDP)で世界3位という地
位が危うくなってきている。長引くデフレに足元の急激な円安・
ドル高が加わり、ドル換算した名目GDPで世界4位のドイツと
の差が急速に縮まっている。世界最大の人口大国になったもよう
のインドも猛追しており、世界経済で日本の存在感はしぼみつつ
ある。    ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 日本が西ドイツ(当時)のGNP(国民総生産)を抜いたのは
1968年のことです。そして、2002年には、日本の名目G
DPはドイツの2倍あったのです。以下、2002年と2022
年とを比較してみます。
─────────────────────────────
     ◎ドル建てGDPによる比較/2002年
      日 本 ・・・ 4兆1800億ドル
      ドイツ ・・・ 2兆0800億ドル
     ◎ドル建てGDPによる比較/2022年
      日 本 ・・・ 4兆2300億ドル
      ドイツ ・・・ 4兆0600億ドル
       ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 なお、この数値は、日本とドイツの名目GDPに年平均の為替
レートをかけあわせて比較しています。20年前の2002年の
場合、日本の名目GDPは、ドイツの2倍以上の規模があったの
ですが、20年後、ドイツは2倍に膨らんだのに、日本はたった
の1%しか増えていないのです。
 この20年間、米国の名目GDPも2倍以上に増えて、25兆
ドルで世界第1位の地位を固め、12倍になった中国が18兆ド
ルで第2位を占めています。このように見ると、日本の不甲斐な
さが明らかになっています。日本とドイツの内訳を見ると、次の
ようになります。
─────────────────────────────
     ◎日本とドイツ/内訳の比較
      日 本/実質GDP ・・・ 1・1倍
             物価 ・・・  −6%
          為替レート ・・・  −5%
      ドイツ/実質GDP ・・・ 1・3倍
             物価 ・・・ 1・4倍
          為替レート ・・・  10%
       ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 日本のGDPがドイツに抜かれ、日本はGDP世界第3位に転
落する──これは、日本にとってきわめて屈辱的なことです。な
ぜ、屈辱的かというと、日本の人口は1億2462万人、ドイツ
のそれは8336万人であり、日本の方がドイツよりも1・5倍
多いからです。
 現在、GDPで日本の上位にいる中国の人口は14億1196
万人、GDPトップの米国のそれは3億3390万人であり、い
ずれも日本とは比較にならない人口差です。しかし、ドイツより
も、1・5倍の人口を有する日本がドイツに抜かれるということ
は、それは日本にとって相当ショッキングな出来事になります。
 経済成長を生み出す要因は何かというと、次の3つであるとい
われています。
─────────────────────────────
           @   労働力
           A    資本
           B全要素生産性
─────────────────────────────
 Bの「全要素生産性」とは、@の「労働力」やAの「資本」と
いった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことで、技
術進歩や生産の効率化などがそれに該当します。TFPと呼ばれ
ますが、Total Factor Productivity の省略形です。
 一般的に、Bは容易に変化しないので、量的な生産要素である
@で決まるものですが、日本とドイツの場合、人口の多い日本が
優位であるにも関わらず、ドイツに抜かれるということは、日本
が@とAの劣化が激しいということになります。
 みずほ銀行チーフ・マーケットエコノミストである唐鎌大輔氏
は、2023年の為替次第では、ドイツの日本逆転は、2023
年中にもあり得るとして、次のように述べています。新日銀総裁
のうでの見せどころであるといえます。
─────────────────────────────
 日本のドイツに対するリードに関し、22年は、+6・7%、
23年は+6・0%、24年は+5・3%と縮小していく見通し
であることに振れた。ということは、他の条件が全て一定とした
場合、23年中に円が対ドルで▲6・0%下落するか、ユーロが
対ドルで+6・0%上昇すれば、ドル建てGDPに関し日本はド
イツと同等の規模になる。     https://bit.ly/3xDSNM8
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/027]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のGDP、今年にもドイツに抜かれ4位転落の恐れ
  産経新聞
  ───────────────────────────
   米中に次ぎ世界第3位の日本の名目国内総生産(GDP)
  が、経済の長期停滞などを受けて早ければ2023年にもド
  イツに抜かれ、4位に転落する可能性が出てきた。近年の円
  安に伴うドルベースの経済規模の縮小に加え、「日本病」と
  も揶揄(やゆ)される低成長が経済をむしばんだ結果だ。専
  門家は企業の労働生産性や国際競争力を高める政策をテコ入
  れしなければ、遅くとも5年以内には抜かれる可能性が高い
  と警鐘を鳴らす。
   経済規模の国際比較に用いられる名目GDPは、国内で生
  産された財・サービスの付加価値の総額だ。物価変動の影響
  を取り除いた実質GDPに比べて、より景気実感に近いとさ
  れる。国際通貨基金(IMF)の経済見通しでは、22年の
  名目GDP(予測値)は、3位の日本が4兆3006億ドル
  (約555兆円)なのに対し、4位のドイツは4兆311億
  ドルで、ドイツが約6・7%増えれば逆転することになる。
   IMF予測では23〜27年も辛うじて逆転を免れるもの
  の23年時点(予測値)でその差は約6・0%に縮小する。
  第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストの試算では
  仮に今年のドル円相場が年間平均で1ドル=137円06銭
  より円安に振れれば順位が入れ替わる計算という。
                  https://bit.ly/3IC11en
  ───────────────────────────
経済規模トップ5カ国は20年で変化.jpg
経済規模トップ5カ国は20年で変化
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2023年02月20日

●「H3ロケットが打ち上げ『中止』」(第5910号)

 2月17日、日本にとって心配な出来事が起きています。日本
の「H3ロケット」が打ち上げ中止になったことです。これにつ
いて、18日の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎H3打ち上げ「中止」/JAXA補助ロケット着火せず
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、17日、大型ロケット
「H3」初号機の打ち上げを発射直前に中止した。本体1段目で
異常を検知し、補助ロケットが着火しなかったという。詳しい原
因は調査中だが、電子機器の不具合の可能性などがあるという。
2022年度内の再挑戦を目指す。滞れば国の宇宙戦略の見直し
も求められる。  ──2023年2月18日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「H3」ロケットの打ち上げ予定時刻は、17日、午前10時
37分55秒に設定されていたが、カウントダウンが始まり、打
ち上げの6・3秒前に主エンジン「LE9」に着火し、0・4秒
前に主エンジンを補助する固体ロケットブースター2本が着火す
る予定が、「LE9」は着火したものの、固体ロケットブースタ
ーは、何らかの理由で着火しなかったといいます。
 したがって、JAXAは、カウントダウン中であるので、これ
は、「打ち上げ失敗」ではなく、「打ち上げ中止」であるといっ
てます。しかし、予定の日と時刻に打ち上げられなかったという
ことは「打ち上げ失敗」であるといえます。
 今回のH3ロケットの目玉は主力エンジンである「LE9」で
す。なぜなら、このエンジンは低コストを実現できるからです。
ところが、その燃焼実験ではJAXAは何度も失敗しています。
燃焼室の内壁に亀裂が入ったり、エンジンに燃料を送るタービン
にひびが入ったりして、これまで何回も打ち上げが延期されてき
ています。
 しかし、JAXAの岡田匡史プロジェクト・マネージャーは、
「LE9」は正常に立ち上がったといっています。このエンジン
を支える固体ロケットブースターに何らかの原因で、着火信号が
送信されなかったといいます。
 JAXAは、「失敗でなく中止である」といいますが、こんな
ことを繰り返していると日本のロケットの信用性が失われるとし
て、もし「中止」というのであれば、3月中にはぜひ打ち上げる
べきであるといえます。世界の宇宙政策に詳しい鈴木一人東京大
学教授は、次のように警鐘を鳴らしています。
─────────────────────────────
 こうしたことが続くと、国際的な打ち上げ市場におけるイメー
ジが悪くなることは否めない。H3が信頼性の高い技術に基づい
ていることを示すためには、もし今回の問題が軽微ならば、なる
べく早く、再打ち上げを実現することが大切だ。
           ──鈴木一人東京大国際政治経済学教授
             2022年2月18日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 まして日本は、2月7日に三菱重工業が、国産ジェット旅客機
「三菱スペースジェット(MSJ)」事業から撤退することを発
表したばかりであり、日本の産業技術力の信頼性がいま厳しく問
われているのです。
 日本の宇宙ビジネスの現状について知る必要があります。そも
そもロケットの打ち上げ費用を負担するのはどこでしょうか。そ
れは、宇宙に「荷物」を運びたい国や企業です。宇宙に運ぶ荷物
とは衛星や探査機などです。日本のこれまでの実績は、2001
年の運用開始から20年間で、海外から受注した衛星を5回打ち
上げています。20年間で5回です。
 これに対して世界を見ると、受注衛星の打ち上げは、2015
の1年間で、ヨーロッパは6回、アメリカは5回打ち上げている
のです。つまり、欧米は、日本が20年かかってやったことを1
年でやっています。実に大きな差です。
 種子島宇宙センターで日本の打ち上げ技術の基礎を築いたのが
Hシリーズです。
─────────────────────────────
        1986年 ・・・  H1
        1994年 ・・・  H2
        2001年 ・・・ H2A
─────────────────────────────
 Hシリーズでは、これまで、気象衛星「ひまわり」、小惑星探
査機「はやぶさ2」、政府の「情報収集衛星」、カーナビの位置
取得などに使われる準天頂衛星「みちびき」を打ち上げてきてい
ます。とくに「H2A」は、これまで46機中45機打ち上げに
成功しており、97・8%の成功率であり、その信頼度はきわめ
て高いのです。しかし、打ち上げ費用は、約100億円かかって
おり、世界水準より3割程度高額です。
 そこでJAXAと三菱重工業が2014年から開発を始めたの
が「H3」です。このH3で目指したのが、H2Aの半分の50
億円という低コストの実現です。そして2015年からスタート
したのが、ロケットの命ともいえるメインエンジン「LE9」の
開発です。
 問題は、どのようにしてコストを下げるかです。H2Aよりも
設計をシンプルにし、構造を簡素化して部品の数を2割減らした
ほか、3Dプリンタで部品を作ったり、乗用車の電子部品を活用
したりと徹底的にコストを削減したのです。
 ロケットエンジンは、燃焼試験に合格しないと打ち上げには使
えませんが、その燃焼試験が苦難の連続だったのです。2020
年5月の燃焼試験では、タービンにひびが入り、同年度に予定さ
れていた打ち上げが2021年に延期されましたが、またしても
タービンに不具合となる振動が確認され、打ち上げはさらに20
23年に延期されたのです。しかし、その2023年2月17日
も打ち上げが中止されてしまったというわけです。
           ──[メタバースと日本経済/026]

≪画像および関連情報≫
 ●「あり得ない」「敬意のかけらもない」H3打ち上げ中止
  JAXA会見で反発広げた「記者の捨て台詞」
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   鹿児島県の種子島宇宙センターから2023年2月17日
  に打ち上げを予定していたH3ロケットだが、この日のカウ
  ントダウン中にシステムが異常を検知し、打ち上げは中止と
  なった。
   記者会見にのぞんだJAXAの岡田匡史プロジェクトマネ
  ージャーには、報道陣から「失敗ではないか」と認識を確認
  する質問が相次いだ。通信社の記者は「一般にいう失敗なん
  じゃないか」と追及し、岡田氏は否定。「失敗と呼ばれたか
  らといって、何か著しく不具合があるわけじゃないですね。
  皆さんの中では失敗と捉えていないけど、失敗と呼ばれてし
  まうのも甘受せざるをえない状況じゃないんですか」と矢継
  ぎ早に質問すると、設計の想定範囲内での事象のため、やは
  り失敗ではないとの見解を示した。
   この記者は「つまりシステムで対応できる範囲の異常だっ
  たんだけれども、起こるとは考えられなかった異常が起きて
  打ち上げが止まった。こういうことでいいですね」と論点を
  整理し、岡田氏が主張を繰り返すと、「わかりました。それ
  は一般に失敗といいます。ありがとうございます」と突き放
  すように切り上げた。
   通信社の記者とJAXA担当者の攻防は、多くの視聴者の
  目に留まった。この場面がツイッターで「記者の捨て台詞」
  などの文言とともに転載されると1万以上リツイートされ、
  「あり得ない」「難事業に対する敬意のかけらもない対応」
  と記者の態度を疑問視する声が広がっている。
                  https://bit.ly/3YSQPU8
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H3ロケット初号機打ち上げの現場.jpg
H3ロケット初号機打ち上げの現場
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | メタバースと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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