2023年06月08日

●「米国の利上げはラッシュはまだ続く」(第5969号)

 いま起きている世界インフレがどうなるか。これについては、
予断を許さない状況になっているといえます。問題は、インフレ
がなかなか収まらないことです。
 日本の日本銀行に当たる米国のFRBは、5月2日〜3日に行
われたFOMC(米連邦公開市場委員会──日本の金融政策決定
会合)で、政策金利を0・25%引き上げる利上げを実施してい
ます。この会合の1日前、5月1日にはファースト・リパブリッ
クバンクが破綻するなど、銀行システムへの不安が再燃していた
のですが、FRBのパウエル議長は、個人消費支出物価指数(P
CEコア/食料、エネルギーを除く)が、3月に前年同月比「プ
ラス4・6%」と、FRBが目標とする物価目標2%を大幅に上
回っていたことから、引き続き物価の安定回復に比重を置いた政
策決定を行ったものです。
 PCEに近い言葉にCPI(消費者物価指数)があります。C
PIは家計調査ですが、PCEは企業調査であり、より広い範囲
をカバーするものです。
 しかし、3月10日にシリコンバレー銀行、3月12日にシグ
ネチャーバンクの破綻に続き、5月1日のファースト・リパブリ
ックバンクの破綻が起こっているので、FRBとしては、利上げ
には慎重にならざるを得ない状況下での追加利上げです。したが
って、次のFOMC(6月13日〜14日)では、利下げは難し
いが、利上げは行わず、政策金利は据え置かれるであろうと予想
されています。これが、世界経済に一服感をもたらしているとい
えます。
 しかし、6月のFOMCで利上げが止まる可能性は少ないと予
想されます。なぜなら、インフレが依然として収まっていないか
らです。その理由について、6月6日付の日本経済新聞は、次の
ように報道しています。
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 背景には、雇用の強さがインフレの高止まりにつながるという
市場の懸念がある。5月の米雇用統計は非農業部門の就業者数が
前月から33万9000人増え、市場予想(19万人)を大幅に
上回った。3月と4月の就業者数もそれぞれ4〜5万人程度上方
修正し、労働市場の強さを印象付けた。
 みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは「平
均時給の伸びも前年比で4%を超えており、利下げを議論できる
段階ではない」と指摘する。雇用の強さは、人件費の影響を大き
く受けるサービス価格の上昇につながりやすい。賃金と物価の連
鎖的な上昇が続き、市場参加者のインフレへの懸念を高める。
 仮に6月に政策金利を据え置いたとしてもそれは「ポーズ(休
止)」ではなく、「スキップ(見送り)」になるとの見方が大勢
だ。大和証券の山本賢治シニアエコノミストは「FRBは6月の
利上げを見送った上で、2023年末の政策金利見通しを前回よ
りも引き上げる」と予想する。
 22年は、ドルの独歩高が進み、32年ぶりの円安を招いた。
23年はドル高が一服するとの予想が多かった。ドル高の継続は
各国のインフレ長期化や新興国からの資金流出につながり、世界
経済の波乱を招く恐れもある。(添付ファイル参照)
          ──2023年6月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 なぜ、インフレは収束しないのでしょうか。
 欧米の中央銀行が現在行っているインフレ対策は「利上げ」で
す。インフレには、需要サイドを原因として起こるものと、供給
サイドを原因として起こるものがありますが、利上げは、前者、
すなわち、需要サイドを原因として起きるインフレ退治に効力を
発揮するとされています。
 需要サイドを原因として起きるインフレとは、具体的にどうい
うインフレでしょうか。
 景気が良くなるとモノやサービスが良く売れます。象徴的なモ
ノに住宅の購入があります。しかし、景気が過熱し過ぎると、需
要が供給を上回るようになり、モノやサービスの価格が上昇して
インフレになります。これが需要サイドを原因として起きるイン
フレです。
 こういうインフレに対して、中央銀行は金利を上げるこで対処
しようとします。利上げをすると、これに連動して動く住宅ロー
ンの金利が高くなり、住宅購入者が組めるローンの額が利上げ以
前よりも高くなります。その結果、住宅購入が減少し、家に関連
する家具や家電などの売り上げにも減少します。これによって、
需要が抑えられ、インフレ率も下がることになります。要するに
利上げによって、景気の過熱感を冷やすことによって、インフレ
率が下がることになります。
 これに対して、供給サイドを原因として起こるインフレとは、
具体的に起きるどういうインフレでしょうか。
 これは、供給サイドに原因があってモノやサービスの提供が不
足して価格が上がって起きるインフレです。現在、起きているイ
ンフレは、コロナ禍のダメージによって、サービス消費がモノ消
費に転換し、供給の担い手である労働力が不足して、モノやサー
ビスの価格が上がるインフレです。
 この供給サイドに原因があって起きるインフレに対しても、各
国の中央銀行は、利上げで対応しています。利上げを繰り返し行
うと、需要が抑制されます。そして、少なすぎる供給と同じレベ
ルまで需要が下がってきて、インフレ率が低くなります。
 どっちにしても、インフレ率は下がるではないかといわれるか
もしれませんが、これは経済の縮小均衡であって、真の問題の解
決にはならないといえます。何とか供給を増やす手段はないもの
でしょうか。しかし、供給不足に起因するインフレに対処するに
は、経済の大きな仕組みを変える構造改革が必要であって、中央
銀行のやれることを超えています。さらに、日本は、欧米諸国と
は異なる難問を抱えています。それは、慢性インフレと、世界イ
ンフレの2つです。 ──[世界インフレと日本経済/021]

≪画像および関連情報≫
 ●今の日本はインフレ、それともデフレ?意外と知られていな
  い経済事情
  ───────────────────────────
   世界的にエネルギー価格や原材料価格が高騰している。ニ
  ュースに目を通せば「世界的なインフレ懸念」という見出し
  の記事をいくつも見るし、実際にガソリンを入れたり、スー
  パーで買い物をしていたりすると日本でも物価上昇を実感す
  ることもあるだろう。しかし、一方で日本は未だにデフレを
  脱却出来ていないという話も聞く。今回は一見すると矛盾し
  ている、この事象の背景について学んでいこう。
   そもそも一般的に物価が上昇している、下落しているとい
  う場合、何をもって物価というのだろうか。日本では総務省
  統計局が毎月発表している「消費者物価指数」を指して物価
  という。消費者物価指数は物価全体を表す「総合指数」以外
  にも、「生鮮食品を除く総合」、「生鮮食品及びエネルギー
  を除く総合」という2つのデータも重視されている。
   なぜ、生鮮食品やエネルギーの価格を除くのか。それは台
  風や干ばつなどの天候要因で価格が大きく変動してしまう生
  鮮食品や、地政学リスクや投機資金の流出入など実需以外の
  要因によって価格が大きく変動してしまうエネルギー価格の
  影響を除くことで物価動向の実態を把握するためだ。冒頭で
  インフレやデフレという言葉を使ったが、経済に馴染みのな
  い方のために簡単に説明をしておこう。インフレは「インフ
  レーション」の略で物価が継続的に上昇する状態を意味し、
  デフレは「デフレーション」の略で物価が継続的に下落する
  状態を意味している。
         https://signal.diamond.jp/articles/-/952
  ───────────────────────────
インフレ率は高く、失業率も低い.jpg
インフレ率は高く、失業率も低い
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2023年06月07日

●「日本人は値上げを受け入れつつある」(第5968号)

 ちょうど1年前の2022年6月6日のことです。当時日本銀
行の黒田総裁は「日本の家計は値上げを受け入れている」と発言
し、国民から非難が殺到し、釈明に追われるという事件がありま
したが、覚えているでしょうか。そのときの産経新聞ニュースを
以下に再現します。
─────────────────────────────
 日本銀行の黒田東彦総裁は、2022年6月6日、東京都内で
講演し、商品やサービスの値上げが相次いでいることに関連し、
「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との見解を示
した。さらに、持続的な物価上昇の実現を目指す上で「重要な変
化と捉えることができる」と指摘した。
 家計が値上げを受け入れ始めた背景として、黒田総裁は「ひと
つの仮説」と断った上で、新型コロナウイルス禍による行動制限
で蓄積した「強制貯蓄」が影響していると指摘。「家計が値上げ
を受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持
し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだ」と
述べ、強力な金融緩和を続ける考えを強調した。
            ──2022年6月6日付、産経新聞
─────────────────────────────
 このときは、米国と日本の金利差によって、対ドル円相場は1
ドル=130円台後半で推移しており、そのために輸入の原材料
費が高騰し、物価が上がっていたのです。日米の金利差は、その
金融政策の違いによって生まれています。具体的には、米FRB
はインフレ退治のため、金利を上げているのに対し、日本銀行は
依然として異次元の金融緩和を続けているからです。
 ここで昨日のEJの内容を思い出していただきたいのです。例
の「スーパーでいつも買っている商品が10%値上がりしていた
ら・・・」の2回目の調査です。黒田総裁の発言は、その2回目
の調査の時期(2022年5月)と一致します。
 この2回目の調査で消費者は、10%値上がりしていてもその
店で商品を購入すると答えています。1年前の同じ調査では「そ
の店で買う43%/他の店に行く57%」でしたから、1年で行
動を変容させたことになります。「値上げを受け入れている」と
いう表現にはいささか問題はあるものの、消費者が1年間で行動
を変容させたことは確かです。黒田総裁は様々なデータから、そ
の変化を読み取っていたのです。
 このとき国会では、立憲民主党のある議員が黒田総裁を呼び出
し、「なぜ、金利を上げないのか。できないのなら辞任せよ」と
迫っていましたが、経済オンチもいいところです。どうもこの党
は経済の専門家が少ないように感じます。
 日本は、今でも依然としてデフレであり、そこから脱却するた
めには、金融緩和政策の継続が必要なのです。もし、利上げをし
たらどうなるでしょうか。利上げは金融を引き締めることであり
住宅ローンの金利などが一斉に値上がりして、不況になり、デフ
レがさらに深化してしまいます。だから、現在の植田日銀総裁も
金融緩和を継続しているではありませんか。そのデフレに重ねて
インフレが到来しています。日本は、デフレとインフレの両方に
向き合わざるを得ないのです。
 渡辺努東京大学大学院教授は、日本社会に沁みついたノルムの
ことを「物価・賃金ノルム」と呼んでいます。簡単にいうと、物
価は動かなくて当たり前、賃金も動かなくて当たり前と信じきっ
ていることです。しかし、コロナ禍によって、少なくとも物価に
ついては、その値上げを受け入れるようになっていることは確か
のようです。
 しかし、賃金の方はどうでしょうか。
 これについては、添付ファイルのグラフをご覧ください。渡辺
努教授の本に出ていたグラフです。これを見ると、日本以外の英
国、米国、カナダ、ドイツの4カ国は、「賃金が上がる」と「少
し上がる」の合計が40%を超えているのに対し、日本ではわず
か10%であり、大きな差があります。
 これに対して「賃金は変わらない」という回答は、他の4国が
50%前後であるのに対して、日本は65%を超えています。加
えて、「賃金が少し下がる」と「下がる」については、他の4国
が10%前後であるのに対して、日本は20%を超えています。
これに関して、渡辺努教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本のノルムは物価と賃金の両方にかかわるものだと説明しま
した。消費者は価格が動かないことを前提に賃金が動かないのを
我慢する。企業は賃金が動かないことを前提に価格据え置きを受
け入れる。このバランスがノルムの持続性を生んだのでした。い
ま起こりはじめているのは、インフレ予想の上昇を起点として、
消費者が価格の上昇をやむを得ざるものと受け止めるようになり
それに呼応して、企業が価格への転嫁を始めているということで
す。しかし、消費者が価格上昇を甘受すると言っても、賃金が変
わらないうちはそれは長続きしません。ノルム問題の抜本的解決
には、「価格も賃金も動かない」というノルムから「価格も賃金
も上昇する」というノルムへの乗り換えが必要なのです。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このように見て行くと、日本は欧米諸国と比べると、特殊な存
在であることがわかります。慢性デフレとインフレの両方を抱え
込もうとしているからです。しかし、コロナ禍後の状況を見ると
インバウンドが復活しつつあり、日本は株価が上昇し、経済が少
し上向きつつあるように見えます。
 確かに、5日の東京株式市場では、日経平均株価は、一時3万
2000円台をつけています。33年ぶりの高値であるといいま
す。今後の日本経済はどうなっていくのか。ここまでの分析を踏
まえて見ていくことにします。
          ──[世界インフレと日本経済/020]

≪画像および関連情報≫
 ●33年ぶり高値の日経平均脅かす逆行現象、1680円
  幅調整も──テクニカル
  ───────────────────────────
   節目の3万円大台を超え、33年ぶりの高値を付けた日経
  平均株価の一段を、脅かす2つの逆行現象(ダイバージェン
  ス)が生じているとテクニカルアナリストは警戒している。
  SMBC日興証券の吉野豊チーフテクニカルアナリストは、
  30日付のリポートで、日経平均の「3月後半以降の上げの
  勢いの強さは、将来的な上昇余地の大きさを暗示する」と評
  価した半面、本来は連動して動くことが多い米国株指数や東
  証株価指数(TOPIX)の足元の伸び悩みは「気がかりな
  2つのダイバージェンス」だと指摘した。
   吉野氏によると、ダウ工業株30種平均とS&P500種
  株価指数、ナスダック総合指数の米国の主要3指数は3万4
  600ドル、4310ポイント、1万3240ポイントと、
  チャート分析上の節目をそれぞれ超えられず、伸び悩んでい
  る。また、日本ではTOPIXが節目の2180ポイント付
  近を抜けられずに押し戻され終わった。こうした動きは「上
  昇の勢いが強まっている日経平均も当面のピークを打ち、揺
  り戻しが生じる可能性が生じ始めていることを示唆する動き
  だ」と言う。日経平均の当面の上げがピークアウトした場合
  高値から1680円幅程度の反落が生じる可能性があり、そ
  れを超えると2670円幅か3500円幅程度まで揺り戻し
  が拡大する可能性があると吉野氏はみている。
                  https://onl.sc/2u4JuEf
 ●グラフ出典/渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
  ───────────────────────────
1年後のあなたの給与はどうなると思いますか.jpg
1年後のあなたの給与はどうなると思いますか
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2023年06月06日

●「物価に関する日本人の意識変化」(第5967号)

 現在、証券会社といえば、野村證券、大和証券、SMBC日興
証券の3大証券が頭に浮かびますが、かつて、野村證券、大和証
券、日興証券の3社に「山一證券」を加えて4大証券と呼称して
いました。
 山一證券は、創業1897年という歴史ある証券会社であり、
戦後の一時期には業績は業界トップの地位を占めていたこともあ
ります。法人向け業務が強く、企業の新規上場の際の主幹事証券
も数多く担い、「法人の山一」とも称されていたのです。
 しかし、1997年、山一證券は自主廃業し、姿を消していま
す。帳簿に載らない債務「簿外債務」が拡大し、資金繰りが行き
詰まるとの判断から自主廃業を決定したのです。当時の野澤正平
社長の涙ながらの「社員は悪くありません」と訴えた記者会見が
記憶に残っている方も多いと思います。
 今振り返って考えてみると、日本のデフレは、そのときから深
刻な状況になっており、現在まで続いています。実に26年間で
す。生まれたばかりの赤ん坊が成人になって大学を卒業し、就職
して、中堅社員になるまでの期間、物価も賃金もほとんど上がら
ない状態が続いているといえます。
 6月2日のEJで、「行きつけのスーパーでいつも購入してい
る商品を買おうとしたとき、価格が10%上がっていたらどうし
ますか」と聞いたときの主要国比較を思い出してください。20
21年8月の調査です。
 これと同じ調査を2022年5月にもやっているのです。20
21年といえば、コロナ禍の最盛期ですが、2022年8月とい
うと、コロナの収束が感じられる時期です。欧米では、既に経済
復興がはじまっています。その結果は次の通りです。
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◎2022年5月の調査
      そのままその店で購入する    他の店に行く
  英国      54%(62%)  46%(38%)
  米国      64%(68%)  36%(32%)
 カナダ      54%(61%)  46%(39%)
 ドイツ      52%(60%)  48%(40%)
  日本      56%(43%)  44%(57%)
            註:()内は2021年8月の調査
         ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                  『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 英国、米国、カナダ、ドイツについては、ほとんど変化はあり
ませんが、日本には大きな変化が起きています。約1年前はスー
パーでいつも買っている商品が10%値上がりしていたら、別の
スーパーに行くと答えた人が57%だったのが、値上がりしてい
ても、そのスーパーで買う人が56%と半数を超えており、やっ
と欧米と同じになったからです。日本人としては大変化です。
 理由ははっきりしています。2022年というと、欧米では既
に高インフレがはじまっており、その関係で日本でも物価が上昇
していたからです。したがって、いつも買う商品が10%値上が
りしていても、他の店も同じだろうと考えて、その店で買うとい
うように、行動を変えたものと思われます。
 物価の状況は、総務省統計局の「消費者物価指数」によって知
ることができます。約600の品目(モノとサービスを含む)に
ついて価格を調査し、毎月報告されています。簡単にいうと、い
ろいろな商品やサービスの詰まった「買い物かご」を想定し、あ
る時点で、同じものを買いそろえるにはいくらかかるかを計算し
比較して判定します。
 「基準時」の買い物かごの価格と、比較したい「比較時」にお
いて、どのくらい変化しているかを比較するのですが、基準時の
費用を100として、比較時の費用を比率のかたちであらわした
ものが、消費者物価指数です。
 渡辺努東京大学大学院教授は、600品目のそれぞれについて
前年の同じ月からどれだけ上がったか下がったかについて、個別
の品目ごとのインフレ率を計算し、その頻度分布をグラフにして
可視化しています。これは今までにやった人はいないということ
で「渡辺チャート」と呼ばれていますが、それを添付ファイルに
してあるので、ご覧ください。
 このグラフの横軸は「前年比」、縦軸は「品目ウエイト」を意
味しています。横軸の前年比がプラス20%という場合、その品
目が20%上昇したことをあらわし、マイナス20%というとき
は、その品目が20%下落したことを示しています。
 エネルギー価格が高騰して、前年比10%〜30%のゾーンは
急性インフレで、値上がりが顕著になっていますが、0%のとこ
ろに鋭角的に大きな山がそびえ立っています。これは、日常的に
購入しているモノとサービスのうち、約4割が前年と同じ値札を
付けていることをあらわしています。
 欧米の物価についてこの「渡辺チャート」を作ってみると、急
性インフレについては、当然日本と同じようにあらわれますが、
ゼロ付近に見られるヤマ─前年と価格が変わらない─は見られな
いのです。したがって、日本の渡辺チャートに見られる山は日本
が「慢性デフレ」であることをあらわしています。
 そうすると、日本は、もともと慢性デフレであることに加えて
コロナ禍によって、急性インフレも抱えていることになります。
日本はデフレを克服するため、安倍政権時代から「異次元の金融
緩和」をまだ続けていますが、急性インフレが進行しても、金融
緩和を維持せざるを得なくなっており、その結果、為替相場が円
安方向に不安定化するなど、不都合なことが起きています。
 現在の岸田政権は、財務省官僚にがんじがらめにされており、
このあたりの状況が理解できず、政策実行のために、またしても
増税をしようとしています。また、野党も日銀総裁に利上げを迫
るなど経済オンチを丸出しにしています。困ったものです。
          ──[世界インフレと日本経済/019]

≪画像および関連情報≫
 ●円安がもたらす「狂乱物価」悪夢のシナリオ/《急性イン
  フレ》《慢性デフレ》を徹底解説/渡辺努教授
  ───────────────────────────
   2021年後半からガソリンや食品を中心に、値上げラッ
  シュが日本で起きていることは、皆さんも、実感しているで
  しょう。商品やサービス価格が継続して上がっていく状態を
  インフレ(インフレーション)といいます。日本はまだそこ
  までいっていませんが、世界各国ではインフレが起きていま
  す。2022年3月のアメリカの物価上昇率は前年比8・5
  %。ドイツは7・6%。英国も7%と、どれも歴史的に高い
  伸び率で、そこへロシアのウクライナ侵攻の影響も加わり、
  物価上昇に拍車がかかっている状況です。
   このまま値上げラッシュが続けば、日本でも海外のような
  大幅なインフレが起きるのではない・・・。そんな不安を抱
  かれる読者の皆さんも少なくないと思います。
   またウクライナ侵攻をみて、1974年の第4次中東戦争
  によるオイルショックと、前年比で23%も物価が上昇した
  「狂乱物価」を思い起こした方もいるかもしれません。
   そこで物価の研究を専門とする立場から、今後、考えられ
  るシナリオを検討していきたいと思います。私は17年間の
  日本銀行勤務を経て現在は大学で経済学を研究しています。
  クレジットカードの購買記録やスーパーのPOSデータを利
  用して、リアルタイムで物価を観察する新たな物価指数や、
  消費動向の分析モデルを開発してきました。
                 https://onl.sc/Aq1asVX
  ───────────────────────────
品目別価格変化率の分布.jpg
品目別価格変化率の分布
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2023年06月05日

●「インフレの犯人は企業の便乗値上げ」(第5966号)

 インフレが起きると、欧米の企業はためらいなく製品や商品に
価格転嫁するといいます。トルコのエコノミスト、エミン・ユル
マズ氏にいわせると、平気でインフレ率以上の価格転嫁をして利
益を増やしているそうです。
 日本経済新聞の米駐在コメンテーターである西村博之氏による
と、現在米国市内では「SALE」を行う店舗が拡大し、値下げ
競争が起きています。こういう状況を踏まえて西村博之氏は、6
月1日付、日本経済新聞の「ディープ・インサイト」で、次のよ
うに書いています。
─────────────────────────────
 この動きが気になった理由は2つある。第1に、値引きの広が
りはインフレ収束の兆しととれる。第2に、値上げが想定外に利
益を増やしたなら、逆に企業の利益拡大がインフレを生んだ可能
性もある。
 なぜなら、今のインフレの起点とされるのは、新型コロナウイ
ルス禍による供給難と需給バランスの崩れだ。果敢な財政支援も
拍車をかけた。ロシアのウクライナ侵攻による資源高、人手不足
による賃金上昇を価格転嫁する動きも指摘される。そこに「企業
の利益拡大→インフレ」というメカニズムは登場しない。
          ──2023年6月1日付、日本経済新聞
     「ディープ・インサイト/インフレに新犯人か」より
─────────────────────────────
 このレポートのなかで西村博之氏が取り上げているのは、米カ
ンザスシティ連銀の研究者らが記述した『空前の企業利益は最近
のインフレにどれほど貢献したか』という論文です。この論文に
ついて、西村氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 インフレは企業からみれば値上げだ。その裏ではコストか利潤
もしくは両方が増えている。経営者らは、「コスト高で値上げす
る」と説明するから利潤も減ったと思いがちだが、値上げ幅がコ
スト増を上回れば利潤は増し、それ自体がインフレを促す。これ
がまさに起きたと研究者らは指摘した。
 コロナ禍に先立つ10年間、米公開企業の利幅(売上高と費用
の差)は、年平均0・4%増とほぼ横ばいだったが、2021年
は3・4%に跳ねた。物価全体の動きを示す個人消費支出(PC
E)物価指数の伸びの6割近い。企業の利幅拡大はインフレに寄
与したどころか「主因だった」との結論だ。
          ──2023年6月1日付、日本経済新聞
     「ディープ・インサイト/インフレに新犯人か」より
─────────────────────────────
 要するに、インフレの主犯はコロナ禍による供給制約という現
象を逆手に取って、企業が必要以上に値上げすることであるとい
うのです。このことを「excuseflation/言い訳フレーション」
というそうです。
 赤城乳業という企業があります。「ガリガリ君」というアイス
キャンデーの発売元です。2016年に赤城乳業はガリガリ君を
値上げしましたが、同社の社長や社員が揃って顧客に謝罪するテ
レビCMを流して話題になりました。そのときのCMの動画があ
ります。時間は3分間です。
─────────────────────────────
  ◎ガリガリ君/値上げに謝罪/CM
   https://www.youtube.com/watch?v=xpltiHWtvXA
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 これはきわめて異様なCMです。もちろん狙いは、ジョークで
あって、このユーチューブ動画は、200万回を上回る回数が再
生され、かえって売り上げは増加したそうです。しかし、これは
欧米から見ると、異様に映ったようです。なぜなら、アイスキャ
ンデー原材料費が上がっているのに、なぜ、それを価格に上乗せ
するのが悪いのか、欧米では理解できないのです。
 そういうわけで、2016年5月19日付のニューヨーク・タ
イムズ紙はこの問題を取り上げたのです。これについては、添付
ファイルをご覧ください。このニューヨーク・タイムズ紙の記事
についてのコメントです。
─────────────────────────────
 「景気低迷によって、日本ではここ20年間、殆どの商品の価
格が上昇していない。多くの値上げはヘッドライン(重大ニュー
ス)になる」と、日本における物価状況を説明した。
 デフレ脱却のために、アベノミクスは、2%の物価上昇率の達
成を目標とした。しかし、消費者物価指数は、2016年3月は
前年同期比でマイナス0・1%とゼロを割り込み、目標とは開き
がある。記事はガリガリ君の値上げは「活気に満ちた経済や強力
な消費活動を反映するものではない」と分析。「企業は、コスト
高による減益に直面している。デフレ傾向が依然として続いてい
る。また、コスト高に直面する企業は賃金を上げないため、ほと
んどの日本人の購買力は一世代前と比べて減少している」と述べ
た。               https://onl.sc/jrHDuZD
─────────────────────────────
 このニューヨーク・タイムズ紙の記事は、値上げを嫌い、価格
を据え置こうとする日本のソーシャル・ノルムが、欧米では、き
わめて異様に映ることを表しています。
 この日本のノルムは、今から考えると、1997年の山一證券
の破綻をはじめとする多くの金融機関が次々と経営難に陥ったと
き以来のものであるといえます。このすさまじい経験によって、
人々は生活を切り詰めるようになり、それを反映して企業も値上
げを控えるようになったといえます。
 それ以来26年間、日本では、ずっとデフレの状態が続いてい
ます。つまり、経営者は守りの姿勢に入り、賃金が上がらなくな
り、それで当たり前であるという感覚に陥っています。しかし、
今回の世界インフレは、日本が変化する機会になる可能性があり
ます。       ──[世界インフレと日本経済/018]

≪画像および関連情報≫
 ●世界の中で日本だけ賃金も物価も上がらない理由
  ───────────────────────────
   スーパーで値札の脇の文字に目がとまった。「この商品は
  9月×日にメーカーが値上げします」。保存が効くものだか
  ら、と思わず2つとってカゴに入れた。値上げ、値上げ、値
  上げ──。
   エネルギー価格の高騰に円安があいまって原材料コストが
  上昇し、食品をはじめとして値上げが広がっている。日本は
  長年、インフレ率(消費者物価指数の前年同月比)がプラス
  マイナス1%程度の間で推移してきたが、2022年4月か
  ら2%台が続いている。
   物価が上がっても賃金が上がらなければ、「安いうちに買
  う」では済まなくなる。日本は賃金も長らく停滞してきた。
  物価が上がれば賃金も上がる、とは到底楽観できない。では
  日本だけがなぜ、賃金も物価も上がらない状態が続いてきた
  のだろうか。
  https://toyokeizai.net/articles/-/616244
  ───────────────────────────
ガリガリ君値上げ謝罪/ニューヨーク・タイムズ.jpg
ガリガリ君値上げ謝罪/ニューヨーク・タイムズ
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2023年06月02日

●「日本人の『物価・賃金ノルム』」(第5965号)

 5月31日付の日本経済新聞は、米金利の逆転を次のように報
道しています。
─────────────────────────────
◎米金利逆転/42年ぶりの長さ
 債券市場では米景気の先行きを不安視する見方が増えている。
期間が短い米国債利回りが、長いものを上回る異例の状態を「逆
イールド」と呼び、景気後退のサインとされる。満期まで2年の
国債と10年の国債を比べると、逆イールドの状態が26日時点
で226日間続いている。1981年以来、42年ぶりの長さと
なる。(中略)
 背景には米連邦準備理事会(FRB)によるインフレを抑え込
むための金融引き締めが、景気を下押しするとの懸念がある。4
月の個人消費支出(PCE)物価指数は前年同月比4・4%上昇
で市場予想を上回るなど、インフレの粘着性が明らかになってい
る。FRBによる利上げ継続の思惑が強まり、逆イールドの長期
化につながっている。
         ──2023年5月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「逆イールド」とは何でしょうか。
 債券の利回りを「イールド」といいますが、債券を償還までの
期間の短い順に左から右に並べて、線でつないだグラフを「イー
ルドカーブ」といいます。通常は償還までの期間が長くなるほど
利回りが高くなるので、イールドカーブは右肩上がりの形状にな
るはずです。
 ところが、米国債の利回りは、満期まで2年の国債と10年の
国債を比べると、逆イールドの状態が226日間続いているので
す。逆イールドが続いているのです。これは、景気後退のサイン
といわれています。通常ではないからです。
 それでは、なぜ、逆イールドになるのでしょうか。それに、逆
イールドはなぜ不況のサインなのでしょうか。
 それは、中央銀行が短期金利(政策金利)を引き上げることに
よって、金融引き締めをするからです。今回は、米FRBがイン
フレを抑えるため、2年債の利上げを行い、それが2022年に
入って10年債を逆転したのです。これは、金融引き締めが原因
ですから、世界景気減速のシグナルになります。
 世界インフレの話に戻します。31日のEJで、トルコ出身の
エコノミストであるエミン・ユルマルズ氏の主張を紹介しました
が、その一部を再現します。
─────────────────────────────
 インフレ下の日本企業が他国と違うなと感じるのは、価格転嫁
しないようギリギリまで頑張るところだろう。
                 ──エミン・ユルマルズ氏
─────────────────────────────
 これを裏付けるデータが、渡辺努東京大学大学院教授の本に掲
載されています。それは、「行きつけのスーパーでいつも購入し
ている商品を買おうとしたときに、価格が10%上がっていたら
どうしますか」と聞いたときの答えです。日本と4カ国とを比較
しています。2021年8月のデータです。
─────────────────────────────
      そのままその店で購入する    他の店に行く
  英国           62%       38%
  米国           68%       32%
 カナダ           61%       39%
 ドイツ           60%       40%
  日本           43%       57%
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 この数字を見てわかるように、日本の消費者だけがいつもの商
品の価格が10%も上がっていれば、別のスーパーに行く割合が
高いのです。それがわかっているから、企業としては、ユルマル
ズ氏のいうように、ギリギリまで原材料費の価格転換をしないで
頑張るのです。また、商品の内容量を少し減らす「ステルス値上
げ」という苦肉の対策をとる企業もいます。その代わり従業員の
給与がなかなか上げられないでいます。
 エミン・ユルマルズ氏によると、日本においても2022年9
月に前年同月比で10・3%も企業物価が上がっていすが、日本
の同月の消費者物価は3%増であり、7・3%増を企業側が吸収
してきたことを意味するといっています。米国の場合は、企業物
価が最高11・3%増まで高まりましたが、企業物価と生産者物
価(CPI)とが離れても、せいぜい2%で程度あり、日本とは
格段の差があります。
 渡辺努教授によると、日本人のインフレ感度の違いであるとし
ています。2021年8月に、英国、米国、カナダ、ドイツ、日
本を対象にアンケート調査が行われています。その調査において
「今後1年で物価はどうなると思いますか」という質問に対して
日本以外の4カ国では、30〜40%が「物価はかなり上がる」
と答えているのに対して、日本ではそう答えたのは10%未満で
あり、他国よりも大幅に少なくなっています。それに対して「ほ
とんど変わらない」という回答は、日本が5カ国中最も多かった
というのです。
 この日本人による「値上げ嫌い」と「価格の据え置き慣行」は
セットで存在している──渡辺努教授はこう指摘しています。こ
れは社会の当たり前になっていて、これを経済学では「ソーシャ
ル・ノルム」(社会的規範)といいますが、その結果として企業
は利益が出ないので、賃金も上昇しなくなるわけです。したがっ
て、渡辺努教授はこの日本の社会規範を「物価・賃金ノルム」と
称しています。このような日本のノルムは、他国から見ると、非
常に奇妙な現象として映るようです。
          ──[世界インフレと日本経済/017]

≪画像および関連情報≫
 ●誤解が多すぎ「日本の賃金が上がらない」真の理由
  ───────────────────────────
   日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は、
  大きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7
  カ国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。
  ただ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」
  と感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、
  もうこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれ
  ても・・・」と思う人もいる。
   はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるために
  はどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第3回は、
  「生産性と賃金の関係」について、学習院大学経済学部教授
  の宮川努氏が解説する。
   日本経済の低迷が続く中で、「日本は生産性が伸びないか
  ら、低迷が続いている」という議論が行われている。一方、
  賃金もまた長期にわたって低迷を続け、2022年7月に行
  われた参議院選挙の重要な争点の1つになった。経済学者は
  こうした長期にわたる賃金所得の低迷の背後には必ず生産性
  の動向が関係していると考えているが、生産性への言及は少
  ない。ここでは、この問題を労働生産性という概念を使って
  簡単に説明し、生産性向上こそが賃金上昇の王道であるとい
  うことを述べたい。       https://onl.sc/uq8Zeye
  ───────────────────────────
逆イールド現象.jpg
逆イールド現象
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2023年06月01日

●「日本のインフレ率はなぜ低いのか」(第5964号)

 世界インフレはなぜ起きたのでしょうか。ここで話を整理して
先に進むことにします。
 世界インフレを引き起こした最大の原因はパンデミックです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中の人と企業が、
行動変容を起こした結果、世界インフレが発生しています。
 第1に、人の行動変容です。人には「消費者」という側面と、
「労働者」の側面があります。消費者としての行動変容は、サー
ビス消費からモノ消費への急速な転換です。これによって、モノ
の生産が間に合わなくなり、価格が上昇します。
 続いて、「労働者」としての行動変容です。コロナが収まって
も職場に戻らなくなり、その結果、労働供給が減少し、経済全体
の生産能力が低下し、価格が上昇します。とくにシニア層はコロ
ナを機会に早期にリタイアを決めたり、女性は自発的に離職する
ケースが増加しています。
 第2に、企業の行動変容です。パンデミックに伴うロックダウ
ンなどにより、企業間のグローバル供給網であるサプライチェー
ンが目詰まりを起こし、製品の部品などの調達に問題が生じ、経
済全体の生産能力がダウンし、供給不足になって、モノの価格が
上昇します。
 しかし、人や企業の行動変容は、本来はバラバラであり、同一
方向への行動変化も、普通は長期的にわたって徐々に起きるもの
です。それが、なぜ、世界インフレを起こすまでに急速に高まっ
たのでしょうか。
 渡辺努東京大学大学院教授によると、それはパンデミックによ
り、突然にしかも世界の人と企業の行動が同期したからであると
いいます。これについて、渡辺教授は、自著で次のように述べて
います。
─────────────────────────────
 通常、出来事はゆるゆると起こり、人々の反応もまちまちとな
りがちです。それに対して、突然、しかも人々が同期するかたち
で出来事が起こると、経済へのインパクトは最大になります。パ
ンデミックはまさにそれです。このように、「突然」と「同期」
は、パンデミックの経済への影響を考える際のキーワードだと、
私はみています。
 3つの行動変容の、もうひとつの共通点は、過度な「つながり
(connectedness) の揺り戻し」ということです。パンデミツク
以前の社会は、人と人、人と企業、企業と企業が濃密につながる
ことを徹底的に追求してきました。それによって経済効率が上が
るからです。(中略)
 もしかすると私たちは安易に「つながり」を作りすぎたのかも
しれません。脱「グローバル化」は明らかにその揺り戻しです。
多様な人材を一ヵ所に集めることで、生産と技術革新の効率性を
徹底的に追及してきた企業が、「大離職」「大退職」の憂き目に
遭っているのも、過度なつながりの揺り戻しです。フェイス・ト
ウ・フェイスで他者とつながる心地よさを求めてきた消費につい
ても、サービスの経済化の反動が起こっています。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 世界インフレは、現在でも一向に収まっていません。インフレ
率はGDPと違って低いに越したことはありませんが、現状はど
うなっているのでしょうか。IMF(国際通貨基金)による20
22年の世界各国のインフレ率ベスト5とG7各国のインフレ率
のランキングを以下にご紹介します。2003年4月14日に公
開された最新の数字です。
─────────────────────────────
    ◎インフレ率世界ランキング(2022年)
     1. ベネズエラ ・・ 200.91%
     2. ジンバブエ ・・ 193.40%
     3.  スーダン ・・ 138.81%
     4.アルゼンチン ・・  72.43%
     5.   トルコ ・・  72.31%
    75.  イギリス ・・   9.07%
    81.  イタリア ・・   8.75%
    82.   ドイツ ・・   8.67%
    99.  アメリカ ・・   7.89%
   118.   カナダ ・・   6.80%
   138.  フランス ・・   5.90%
   187.    日本 ・・   2.50%
                  https://onl.sc/pSXc8ph
─────────────────────────────
 これを見てわかるように、日本のインフレ率は2・5%であり
全193国中187位で、非常に低いことが分かります。しかし
このインフレ率は、欧米と比べると、日本とは状況が大きく異な
ることを考慮する必要があります。
 なぜなら、欧米諸国は、日本と違ってパンデミック後の経済の
復興時期も早いし、ロシアによるウクライナ侵攻による影響の度
合いも日本とは比較にならないほど大きいからです。そういう意
味においては、日本と比較の対象になるのは韓国です。経済復興
の時期も同じくらいであり、両国ともウクライナから大きく離れ
ているからです。日本と韓国のインフレ率は次の通りです。
─────────────────────────────
     153.    韓国 ・・ 5.09%
     187.    日本 ・・ 2.50%
─────────────────────────────
 韓国と比較しても韓国のインフレ率は、日本よりも、約3%上
回っています。このように比較してみると、日本の場合、物価は
確かに上がっているものの、世界的に、きわめて低いインフレ率
ということになります。日本で何が起きているのでしょうか。
          ──[世界インフレと日本経済/016]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ日本は低インフレが続くのか/青木大樹氏
  ───────────────────────────
   多くの諸外国とは対照的に、日本では低インフレ率が続い
  ている。その結果、日本国債市場は堅調に推移し、日本と他
  の先進諸国との金利差が拡大する中で、円安が進んでいる。
  生鮮食品を除いたコア消費者物価指数(CPI)の直近10
  月(2021)の前年同月比は、「+0・1%」となってい
  る。これは2020年12月の同「−1・0%」を上回るも
  のの、なお日銀の目標である2%を大きく下回っている。
   日本経済は、他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー
  価格の上昇に大打撃を受けている。原油価格と消費者物価の
  間にはおよそ4〜7カ月のタイムラグがあることを考慮する
  と、エネルギー価格の上昇がCPIに及ぼす影響は2022
  年4〜6月頃にピークに達する可能性が高い。にもかかわら
  ず、2022年のCPIインフレ率は1・5%にさえ届かな
  いかもしれない。本レポートでは、なぜ日本では低インフレ
  率が続くのかを考察する。
   第1に、景気回復の遅れにより日本のGDPギャップ(需
  給ギャップ)は大幅なマイナスになっている。つまり、日本
  では実際のGDP(総需要)が平均的な雇用と資本を活用し
  た潜在力(供給力)に達していないのだ。
                  https://onl.sc/prr6MEX
  ───────────────────────────
渡辺努教授の本「世界インフレの謎」.jpg
渡辺努教授の本「世界インフレの謎」
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2023年05月31日

●「サプライチェーンの見直しが必要」(第5963号)

 欧米のインフレが収まっていません。5月29日の日本経済新
聞は欧州のインフレの模様を次のように報道しています。4月の
欧州の消費者物価指数の上昇率は、前年同月比で7・0%である
といいます。
─────────────────────────────
◎欧州、広がる「強欲インフレ」
 欧州でインフレが収まらない。ウクライナ危機に伴う資源高は
落ち着く半面、食品やサービスの価格上昇が顕著だ。企業がコス
ト増を口実に価格をつり上げる「強欲インフレ」がじわりと広が
る。高水準の賃上げも加わり、欧州中央銀行(ECB)はインフ
レ沈静化のため利上げを継続せざるをえない情勢だ。外国為替市
場でユーロの独歩高が鮮明になりそうだ。(中略)
 ユーロ圏のインフレは深刻だ。4月の消費者物価指数の上昇率
は前年同月比で7・0%と6カ月ぶりに拡大。2022年10月
につけた過去最高の10・6%からは鈍化したものの依然高止ま
りしており、米国(4・4%)や日本(3・5%)を大幅に上回
る。       ──2023年5月29日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日本のインフレ率は、欧米と比べると、かなり低くなっていま
す。日本のケースは、後から述べますが、日本企業は、欧米と比
べると「強欲ではない」ということです。上記の日経のタイトル
「強欲インフレ」とは何のことでしょうか。
 トルコ出身のエコノミストで、グローバルストラテジストのエ
ミン・ユルマズ氏という人がいます。このユルマズ氏の新刊書に
次の記述があります。ユルマズ氏は、世界インフレに関する本を
2冊上梓しています。
─────────────────────────────
 インフレ下の日本企業が他国と違うなと感じるのは、価格転嫁
しないようギリギリまで頑張るところだろう。こうした振る舞い
を見ていると、私は、日本こそが真の「社会主義国家」であると
思ってしまう。
 これに対して米国企業はどうなのか?米国企業が価格転嫁しな
いように耐えるということは断じてしない。米国企業は日本企業
とは真逆のアクションを取った。インフレに反応して、速攻で価
格転嫁してきたのである。
 いまの状況を米国メディアは、「今回の高インフレはウェイジ
(賃金)インフレ」だとの論調を張っている。私はそうではない
と思っている。なぜなら、米国の年収をCPIで割った図を作成
したら、むしろ実質賃金は下がっているからだ。
 では、実際に米国では何が起きているのか?
 インフレが起きている真っ最中の2022年、米国企業は小売
業も含めて、史上最高の利益更新を達成した。これはインフレに
反応して、どんどん価格転嫁してきたからであ.いや、もっとあ
くどかった。インフレを口実にして、インフレ率”以上”の価格
転嫁を行ってきた。これが真相だ。  ──エミン・ユルマズ著
   『大インフレ時代!日本株が強い/資産運用を覚えないと
               財産は消える』/ビジネス社刊
─────────────────────────────
 現在の世界インフレは、主として供給要因によるものであるこ
とははっきりしています。そのきっかけは、新型コロナウイルス
の感染拡大であり、それを原因とする人々の行動変容が大きく影
響していることをここまで述べてきています。
 これに加えて企業も大きな行動変容をしつつあるのです。モノ
を製造する企業は、世界中の同業者としのぎを削る激しい競争を
展開しています。「価格が安くて良いものを提供する」ことが企
業の目的です。
 モノの生産には、賃金が安く、真面目で、よく働いてくれる、
コストパフォーマンスの高い労働力が不可欠です。そのため、企
業は、そういう質の高い労働力を求めて、アジア、東欧、中南米
などの新興国に生産拠点を広げてきています。こういう現象を経
済のグローバル化といいます。
 これによってモノの製造原価は大きく下がり、しかも、高品質
のモノ、すなわち、製品を提供できるようになっています。こう
いう世界的分業システムの仕組みをサプライチェーンといい、こ
れまで世界経済を支えてきています。
 サプライチェーンを直訳すると「供給の鎖」になります。アイ
フォーンをはじめとする様々な製品は、いくつもの工程や部品・
原料の連鎖の上に成り立っており、現在ではこのサプライチェー
ンが国境を超えて、非常に複雑なかたちで、多くの国がかかわっ
ています。
 そういう状況において、今回パンデミックが起きたのです。こ
れによってサプライチェーンはズタズタになり、大幅な供給の目
詰まりを起こします。これによって、たとえば自動車企業では、
自動車のサプライチェーンが目詰まりを起こし、半導体が入荷で
きず、自動車の供給ができなくなっています。
 こういう事態を受けて、国際的なコンサルティング会社、A・
T・カーニー社が米国企業の経営者に対して行った調査によると
実に92%の企業が「リショアリング」を行っていると回答して
います。リショアリングというのは、生産拠点を米国内または近
隣国に移転することをいいます。リショアリングを計画している
米国企業は次の通りです。
─────────────────────────────
 すでにリショアリングを実施しつつある ・・・・ 47%
 3年以内にリショアリングの計画がある ・・・・ 29%
 決定していないが、おそらく行うだろう ・・・・ 16%
                         92%
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/015]

≪画像および関連情報≫
 ●これから起こる「サプライチェーンの大分断」って何?
  米アップルが対応急ぐ納得の理由/加谷珪一氏
  ───────────────────────────
   コロナ危機による物流網の混乱に、米中対立とウクライナ
  侵攻が加わり、いよいよ世界のサプライチェーン分断が本格
  化しつつある。一部企業は、米国向けと中国向けにサプライ
  チェーンを別々に構築する動きを見せており、多くの企業が
  同じ決断を迫られる可能性が高い。
   グローバル経済の進展によって、企業は全世界にサプライ
  チェーンを拡大するのが当たり前という時代が長く続いてき
  た。1円でも安いモノを求めて各社は巨大なサプライチェー
  ンを構築し、これが業績拡大の原動力となってきた。90年
  代以降、世界経済の成長スピードが大幅に加速したが、そこ
  にはビジネスのIT化と、それに伴うサプライチェーンの巨
  大化が大きく関係している。
   全世界の貿易(数量ベース)とGDP(国内総生産)を比
  較すると、基本的に両者は、比例して伸びていることが分か
  る。リーマンショックやコロナ危機で一時的に貿易が滞って
  も、すぐに回復しており、今回のコロナ危機についても、貿
  易量はすでにコロナ前を超えた。感染が落ち着けば、全世界
  のGDPも順調に回復するだろう。たしかに貿易の「量」は
  回復したが、一方で貿易の「質」は、以前とは大きく様変わ
  りしている。 https://www.sbbit.jp/article/cont1/85640
  ───────────────────────────
サプライチェーン.jpg
サプライチェーン
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2023年05月30日

●「コロナ後遺症で職場に戻らぬ労働者」(第5962号)

 2000年代に入って、IT技術の発達にしたがい、モノ産業
からサービス産業へのシフトが進んでいます。これによって、モ
ノ産業は少しずつ需要が減少し、生産に必要な労働と機械設備な
どの資本が減っていきます。とくに労働の面では、サービス産業
に就職する新卒が増加し、モノ産業で働いていた労働者がサービ
ス産業に転職する現象が起きています。「デューダ(doda)」、
「ビズリーチ」のCMで代表される今や一大転職の時代でもある
のです。大手企業も暦年一括採用から、中途入社をメインにしつ
つあります。
 また、サービス産業に変化する製造業もあります。例えば、タ
イヤを生産して売るメーカーが、IоT技術を使って、安全を売
るサービス業に変身するケースもあります。顧客は、タイヤ自体
を求めているのではなく、「安全に快適に車で走行する」ことを
求めているので、それに対応する動きです。
 モノ産業からサービス産業へ──コロナ禍になる前は、そのた
めの労働と資本の産業間の移動が、長い時間をかけてゆっくりと
進行していたのです。そういう状況において、パンデミックが世
界を突然襲い、需要の逆シフトが起きます。いや、そうせざるを
得ない状況に陥ったのです。
 しかし、急にモノ産業の需要が増えても、モノ産業では、労働
者や資本は既に減少してきており、急増した需要に対応できなく
なります。これにより、需要が供給を上回る事態が生じ、当然モ
ノの価格は上昇し、インフレになります。
 グーグルがスマホの位置情報を分析したデータによると、米国
では、パンデミック後は「職場」にある台数が19%減少してい
るそうです。同様のことが英国でもカナダでも起きています。と
くにカナダでは職場でのスマホが25%も減少しています。これ
は、労働者がWFH(Work From Home/在宅勤務)をせざるを
得なくなったからと考えられます。
 しかし、パンデミックの期間はせいぜい2〜3年のことであり
とくに欧米では経済復興が早かったので、2年くらいの間であっ
て、労働者の行動変容は元に戻るはずです。まして今回のパンデ
ミックは、100年前に起きたスペイン風邪のときと事情が大き
く異なります。スペイン風邪の死者は世界人口の2%に達してい
るのに対し、新型コロナウイルスの死者は、2020年5月の時
点で、世界人口の0・005%でしかないのです。しかも、死者
は高齢者が中心で、働き盛りの世代が犠牲になったスペイン風邪
のときと比較になりません。
 しかし、労働者は容易には職場に戻っていないし、そのまま離
職してしまうケースも多くなっています。このまま事態が進むと
「大離職/Great Resignation」 にならざるを得なくなります。
 それにしても、コロナ禍が、なぜこのような大変化になってし
まったのでしょうか。
 それは、労働者(消費者)の行動変容が、「突然」起こり、ど
この国も、サービスからモノへ「同期」して起きたからです。こ
のように、労働者が行動変容させると、消費者としての行動変容
に波及します。渡辺努東京大学大学院教授は、これについて自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 理由が何であれ、労働者がオフィスや工場に行かなくなれば、
たとえば、昼食を職場近くのレストランでとるということもなく
なり、自宅近くのスーパーで食材を買って家で調理する機会が増
えることでしょう。そうなれば、サービスからモノへの需要のシ
フトに拍車がかかることになります。このように、労働者の行動
変容と消費者の行動変容は密接に関連していると見るべきです。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 新型コロナウイルスにかかった人と、かからなかった人のコロ
ナに対する考え方の差は大きいといわれます。なぜなら、コロナ
罹患者にはかなりの割合で後遺症が残るからです。こういう後遺
症に苦しんでいる人のことを「ロングCOVID」というそうで
すが、こういうことは感染拡大中の防御の姿勢──例えば、ソー
シャルディスタンスの姿勢を今も崩さないのです。
 シカゴ大学のWFH(在宅勤務)研究チームは、「パンデミッ
クが収束したら、あなたのソーシャルディスタンスはどうなりま
すか」というアンケート調査を行っていますが、その結果は次の
ようになっています。
─────────────────────────────
   @コロナ前に戻る       ・・ 41・3%
   Aほとんどコロナ前に戻る   ・・ 30・0%
   B部分的にコロナ前に戻る   ・・ 16・0%
   Cコロナ前には決して戻らない ・・ 12・7%
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 シカゴ大学のPTは、Cの「コロナ前には決して戻らない」と
回答した人の内訳についてさらに調査したところ、次のような結
果になったのです。
─────────────────────────────
    就業者 ・・・・・・・・・・・ 10・4%
    失業中(職探し) ・・・・・・ 17・7%
    失業中(復職待ち) ・・・・・ 17・8%
    就職も職探しもしていない ・・ 23・0%
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 これによると、「コロナ前には決して戻らない」と回答した人
の4分の1は就業していないし、職探しもしていないのです。つ
まり、非労働力人口なのです。こういう人たちの存在が供給不足
に拍車をかけており、インフレを誘発させているのです。
          ──[世界インフレと日本経済/014]

≪画像および関連情報≫
 ●労働者に起こった見えない変化、コロナが収束しても
  昔の職場には戻らない理由/加谷珪一氏
  ───────────────────────────
   内閣府が、2023年1月5日に発表した昨年(2022
  年)12月の消費動向調査によると、消費者心理を示す消費
  者態度指数は前月比1・7ポイントと、4カ月ぶりの上昇と
  なった。年末年始は行動制限がなかったことから、各地は多
  くの人手で賑わい、道路も混雑している様子だった。
   昨年の年末からは、都内を中心にタクシーがつかまりにく
  い状況が続いている。タクシーの実車動向は、街角で景気を
  見定める有力指標とも言われており、一部の人はこうした状
  況から景気は上向きつつあると判断している。
   諸外国がコロナ後に向けて動き始めたこともあり、日本に
  おいても消費者心理が改善しているのは間違いないだろう。
  しかしながら、タクシーがつかまりにくいことや混雑の背後
  には、なかなか人材が獲得できないという供給制限要因があ
  ることを忘れてはならない。日本はもともと人手不足が深刻
  だったが、今回のコロナ危機をきっかけに、人手不足はより
  本質的な問題に進化した可能性があり、今後の経済動向に大
  きな影響を与えることになるかもしれない。このところ顕著
  となっているタクシーのつかまりにくさというのは、実は景
  気が拡大していることが最大の要因ではない。タクシーの供
  給台数が大幅に減少しており、供給が制限されている要因が
  大きい。  https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73617
  ───────────────────────────
在宅勤務(WFH)の拡大.jpg
在宅勤務(WFH)の拡大
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2023年05月29日

●「サービス消費からモノ消費へ転換」(第5961号)

 今回のテーマでよく出てくる言葉の意味を整理をしましょう。
「FRB」と「FOMC」の違いは分かりますか。『世界インフ
レの謎』の著者、渡辺努教授は、本の中で「Fed」という言葉
を頻繁に使っています。「Fed」とは何でしょうか。これらの
言葉の違いがわからないと、最近の経済記事は、正確に意味が読
み取れないことになります。
 米国の中央銀行制度のことを「連邦準備制度」をいいます。こ
れが「Fed」です。Federal Reserve System の略称であり、
「フェド」と呼称されています。FRSは、次の3つの機関から
構成されています。
─────────────────────────────
      @   FRB/Federal Reserve Board
  FRS A  FOMC/Federal Open Market Committee
      B連邦準備銀行/Federal Reserve Banks
─────────────────────────────
 「FRB/連邦準備理事会」は、Fedの最高機関として米国
の金融政策を策定・実施します。日本の中央銀行である日本銀行
に該当します。「FOMC/連邦公開市場委員会」は、日本の日
銀政策決定会合に該当します。FOMCは、年に8回開催され、
現在の景況判断と政策金利(FF金利)の上げ下げなどの方針が
発表されます。全米12地区の連邦準備銀行は、FRBの下に置
かれ、決定された金融政策の実施や、米ドル紙幣(連邦準備券)
の発行などを行います。
 米国のインフレはどうなるのでしょうか。FRBは、5月24
日に、5月2日〜3日に開催されたFOMCの記事要旨を発表し
ていますが、5月26日付の日本経済新聞は、それを次のように
伝えています。
─────────────────────────────
 インフレ持続で追加の利上げが必要になるとの意見が複数出た
一方、利上げを停止できるとみる参加者も多く、見方が割れてい
る。6月会合では利上げを見送りつつ、必要なら年後半に利上げ
を再開する「折衷案」も浮上してきた。
 公表された議事要旨によると、何人かの参加者は、物価上昇率
を目標の2%に戻すまでの歩みが「受け入れがたいほど遅い状態
が続きそうだ」と指摘した。そのうえで「今後の会合で追加の引
き締めが正当化される可能性が高い」と主張した。
 一方、より多くの参加者は「さらなる引き締めは必要ないかも
しれない」と表明した。追加利上げの慎重派は、過去1年ほどで
計5%に達した利上げの効果が時間差で実体経済に波及するのを
見極めたいとの考えに傾いている。
       ──2023年5月26日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 この記事を読むと、米国の中央銀行であるFRBは、利上げを
やめるか、継続するかの明確な判断を現時点では下せないでいる
ことが読み取れます。やはり今回のインフレは、供給サイドが原
因であるため、中央銀行としては制御できないでいるようです。
 どのようにして、供給サイドを原因とするインフレが起きたの
でしょうか。ていねいに探ってみたいと思います。
 添付ファイルのグラフをご覧ください。これは「米国消費に占
めるモノとサービスの割合」について示したものです。渡辺努教
授の本に出ていたものです。黒い実線は「モノ」の割合(縦軸)
薄い実線は「サービス」の割合(横軸)を示しています。
 グラフを一見すると、黒い実線と薄い実戦は、上下対照的なグ
ラフになっています。パンデミック前の2019年から2020
年3月にかけて、米国で行われた消費のうち、サービス消費につ
いては約69%(右目盛)、モノ消費は約31%(左目盛)だっ
たのです。
 これが、パンデミックを境にサービス消費とモノ消費が入れ替
わり、2021年3月になると、サービス消費は30%にダウン
したのに対し、モノ消費は70%に達しています。この傾向は、
2022年になっても戻っていないのです。
 モノ消費からサービス消費への変化は、経済の発展によって、
自然に起きる現象です。これについて、渡辺努教授は、次のよう
に説明しています。
─────────────────────────────
 経済発展の途上の国では、人々は生活を楽にしたり、家庭で娯
楽を味わったりするために、まずはモノを揃えていきます。たと
えば、日本の高度成長期には「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」が三種
の神器と呼ばれ、庶民の憧れの対象でした。
 一方、経済発展の成果がある程度人々の生活に行きわたってい
る先進国ではたいていの世帯にモノはひととおり揃っています。
こうなると、人々はさらにモノを持ちたいとは考えず、その代わ
りに、体験を得ることや感覚を楽しむサービス消費を拡大させて
いきます。モノに頼って自分のことを自分でするのではなく、人
に自分の面倒を見てもらうことこそが、生活の豊かさだというわ
けです。これが「サービス経済化」と呼ぼれる現象です。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 パンデミックになると、サービス消費をしたくてもできないの
で、必然的にモノ消費になることは理解できます。これは需要の
シフトであり、非常に素早く行われます。レストランなどの飲食
店を例として上げると、サービス消費からモノ消費へのシフトが
起きると、客が来なくなり、店舗を閉めざるを得なくなります。
 しかし、その店舗を他の目的にすぐには転用できず、閉めるし
かなくなります。その店舗で働いていた労働者も仕事がなくなり
ますが、すぐには転職できないでしょう。すなわち、需要のシフ
トは瞬時ですが、資本と労働の移動はゆっくりとしか行われない
のです。すなわち、ここに需要と供給のアンバランスが生ずるこ
とになります。   ──[世界インフレと日本経済/013]

≪画像および関連情報≫
 ●「モノ消費からコト消費」の意味とは?定義から注目され
  る背景
  ───────────────────────────
   「時代はモノ消費からコト消費へ」──そんな言葉をニュ
  ースや新聞でも多く見かけるようになりました。商品の所有
  に価値を見出す消費傾向を「モノ消費」、商品やサービスを
  購入したことで得られる体験に価値を見出す消費傾向を「コ
  ト消費」といいます。
   では、なぜ「モノ消費からコト消費へ」という変動が今起
  きているのでしょうか。今回は、モノ消費・コト消費という
  言葉が注目されている背景と、コト消費に対応した事例、さ
  らにもうひとつ注目を集めている消費活動「トキ消費」につ
  いても解説します。
   コト消費は国内市場だけでなく、訪日外国人によるインバ
  ウンド市場でも注目されています。この機会に注目されてる
  背景を学び、自社のビジネスにどのような影響があるのかを
  考えてきましょう。
   グーグル検索に連動したグーグルトレンドで「コト消費」
  と検索すると、2006年頃から言葉が使われ始めたのがわ
  かります。では、そもそも、モノ消費・コト消費とは、どう
  いった意味で利用されているのでしょうか。経済産業省の公
  表している『平成27年度地域経済産業活性化対策調査報告
  書』では、モノ消費とコト消費について以下のように説明さ
  れています。       https://ferret-plus.com/6452
  ───────────────────────────
米国消費に占めるモノとサービスの割合.jpg
米国消費に占めるモノとサービスの割合
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2023年05月26日

●「供給不足が原因の世界インフレ」(第5960号)

 3万円台の日経平均株価が続いています。これと同じような光
景を10年前に見たような気がします。安倍晋三政権による20
12年〜13年の株高です。このときは、大型ヘッジファンドを
先頭に、円売り・株買いを組み合わせて一斉に買い上がっていっ
ていましたが、今回海外勢は「買い忘れた日本株」の視線であり
全員買いではないといわれます。国内投資家に評価が広がってい
ないのです。
 しかし、著名な投資家のウォーレン・バフェット氏の日本株の
積極買いが、海外勢の日本株買いに寄与したことは事実です。バ
フェット氏は、それまで大量に保有していたTSMC株をすべて
手放して日本株を買っているといわれます。そのさい、バフェッ
ト氏は、次のようにいったそうです。これはまさに日本にとって
チャンスであるといえます。
─────────────────────────────
    日本は地政学的に有利なポジションを占めている
            ──ウォーレン・バフェット氏
─────────────────────────────
 確かに、現在日本では、半導体の本格的ファウンドリを目指す
株式会社ラピダスの新設をはじめ、熊本へTSMCの新工場を誘
致するなど、今までにない動きが起きています。バフェット氏は
今後の経済安全保障の観点から、日本は有利なポジションを占め
ていると判断しているといわれます。
 さて、世界インフレに話しを戻します。インフレには、その原
因から考えて、次の2つがあります。
─────────────────────────────
         @需要要因によるインフレ
         A供給要因によるインフレ
─────────────────────────────
 まず、「需要要因によるインフレ」とは何でしょうか。
 このインフレは、経済全体の需要が供給を大きく上まわること
によって起きます。このインフレについては、原因が需要の過剰
によって起きるので、中央銀行が利上げをして、需要を弱めれば
インフレを抑えることができます。利上げをすれば、企業や家計
が銀行から借り入れをするさいの利払いが増加するので、企業が
工場を建設したり、機械を買い入れたり、家計が住宅を建てる活
動が抑制され、その結果として、インフレが収まるのです。
 次に、「供給要因によるインフレ」とは何でしょうか。
 このインフレは、文字通り供給が不足することによって起きる
ものですが、中央銀行による処方箋がないのです。極端にいうと
供給不足を原因とするインフレに対しては、中央銀行は無力であ
るといえます。しかし、何もしないわけにはいかないので、この
インフレに対しても、利上げによって需要要因を抑えることで対
応しつつあります。しかし、何度利上げを繰り返しても、今回の
インフレは収まっていません。
 ところで、供給不足というとき、本当に供給が足りない場合と
供給はそれなりにあるのに需要が強すぎる場合とがあります。後
者は利上げで対応できますが、前者の場合の対応は中央銀行とし
ては打つ手がないのです。
 これについて、渡辺努東京大学大学院教授は、自著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 供給が足りないことが原因のインフレに利上げで対処しょうと
すると、どんなことが起こるでしょうか。利上げをすれば住宅な
どに対する需要が減少します。この利上げりを繰り返し行えば、
少なすぎる供給とちょうど見合うところまで需要を落とすことが
でき、それによって需要と供給のアンバランスを解消できます。
 つまり、米欧の中央銀行は、「少ない供給」という根本的な問
題はいったん棚上げにして、それと平仄(ひょうそく)がとれる
ように、利上げにより「少ない需要」へと誘導しようとしている
のです。「少ない供給」への対処が「少ない需要」というのは一
見もっともらしいですが、よく考えるとこれは縮小均衡に向かう
ということにほかならず、決して歓迎できる話ではありません。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 現在、世界で起きているインフレは、これから述べていくよう
に、供給不足が原因で起きています。このインフレに対して、中
央銀行は無力であることについて、渡辺教授は世界の中央銀行関
係者の意見を次のように紹介しています。
─────────────────────────────
◎BIS(国際決済銀行)アグスティン・カーステンス総支配人
  中央銀行のエコノミストは、需要サイドについては知見の蓄
 積が豊富だ。しかし、供給サイドについては知見の蓄積がなく
 いまだにブラックボックスのままである。
◎米国FRBジェローム・パウエル議長
  現在起こっているのは、経済の供給サイドの崩壊だが、フィ
 リップス曲線に大きく依拠する現代の経済モデルは供給サイド
 が欠落している。
◎IMF(国際通貨基金)ギータ・ゴビナート局長
  経済モデルの供給サイドの改善が急務である。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 いずれにせよ、現在起きている世界インフレは、「供給要因に
よるインフレ」であり、中央銀行としてその対処が非常に難しい
インフレです。したがって、まだ収束されていません。
 原因は、新型コロナウイルスに起因する人々の行動変容にある
ことは確かですが、具体的にどのような変化が起きているのかに
ついて探る必要があります。これについては、来週のEJでさら
に掘り下げることにします。
          ──[世界インフレと日本経済/012]

≪画像および関連情報≫
 ●日本では物価もインフレもさほど重要ではない
  /小幡績慶應義塾大学教授
  ───────────────────────────
   物価が熱い。
   2年前、いったい誰が「インフレが最大の経済政策上の関
  心事になる」と予想したであろうか。しかし、いまやアメリ
  カは40年ぶりのインフレ率であり、欧州も同様だ。一方、
  世界中で日本だけは、なぜか他国に比べて消費者物価が上が
  らない。インフレ、物価、これらには謎がいっぱいだ。物価
  とは、いったいどうなっているのか。
   これを解明する「世界で唯一の本」が近頃出版された。渡
  辺努東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)
  である。渡辺教授は、私が最も尊敬する経済学者の1人であ
  り、物価の理論家としては間違いなく現在世界一である。こ
  のコラムでも「なぜ日銀は無謀なインフレ政策をとるのか」
  や「日本でも今後『ひどいインフレ』がやって来るのか」で
  言及した。何よりも、理論と実証という経済学の研究者とい
  うだけでなく、物価と格闘する人類最高の知性であり、現実
  と正面から向き合っているのである。
   その彼が、真正面からぶつかった本が『物価とは何か』で
  ある。しかも、学者向けではなく一般の読者へ向けなのだ。
  物価と向き合うのは、経営者、消費者である。学者ではない
  人々であり、物価を決めるのも彼らであるから、その彼らに
  学問における物価の理解を知ってもらう必要があると彼は考
  えた。そして、物価の現場の彼らに理論をぶつけ、挑戦した
  本なのである。今回は、学者としてではなく、一般の消費者
  として、渡辺努教授に挑みたいと思う。
         https://toyokeizai.net/articles/-/512971
  ───────────────────────────
ウォーレン・バフェット氏.jpg
ウォーレン・バフェット氏
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2023年05月25日

●「労働者が戻ってこない大離職現象」(第5959号)

 志村けん、岡江久美子、岡本行夫、羽田雄一郎、小野清子(敬
称略)──著名人ばかりですが、これら人々はすべて、新型コロ
ナウイルスにかかって亡くなった方です。
 これらの人々が次々と新型コロナで亡くなると、さすがに私も
恐怖感を覚えました。コロナウイルスが身近に迫っていると感じ
て、なるべく外出を控えたり、マスクをしたり、帰宅時には手洗
いをするなど、感染防止に努めたものです。
 われわれ人間は、消費者としての側面と労働者としての側面が
あります。感染が広がると、人々は感染を恐れて対面接触を避け
るため、外出を控えるので、レストランに行ったり、不要不急の
買い物をしなくなります。これによって店側としては、売り上げ
が減少し、物価の下がる原因になります。これは消費者としての
選択です。
 しかし、店で働く従業員は、対面接触を避けるわけにはいかな
いので、さまざまなバックグラウンドを持つ来店客に対応せざる
を得ないことになります。これは、相当深刻な恐怖です。来店客
は減少するでしょうが、ゼロにはならないので、直接感染リスク
と向き合うことになります。これは、労働者としての側面です。
この恐怖に耐えられない人は、店を辞めるので、それは生産力の
低下をきたし、物価を上げる原因になります。
 この人間のウイルスに対する恐怖心が物価に及ぼす影響につい
て、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように解説しています。
これについては、添付ファイルを参照してください。
─────────────────────────────
 人類は等しくウイルスに対する恐怖心をもちます。そこに日本
人と米国人、消費者と労働者の区別はありません。そして恐怖心
は人々の行動を変化させます。しかも、この行動変容は「同期」
しているがゆえに、経済全体にきわめて大きなインパクトをもた
らします。その最たるものが、物価の変動です。
 消費者の恐怖心は、物価を下げる方向に作用するのに対して、
労働者の恐怖心は、物価を上げる方向に作用します。つまり、正
反対の効果があるのです。
 正反対になるのは、消費者の恐怖心は需要に影響を与えるのに
対して、労働者の恐怖心は供給に供給に影響を与えるからです。
米国のインフレ率は、パンデミック1年目は低下、2年目は上昇
と、ジェットコースターのように動いたと指摘されています。こ
れは私たちがもつ消費者と労働者という2つの顔が、それぞれ別
の反応を示したことの結果だと私は考えています。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 渡辺教授が指摘する新型コロナウイルスによる人間の行動変容
について、重要な2つのポイントについて、述べる必要がありま
す。第1は、恐怖心が人間の2つの側面──消費者と労働者それ
ぞれの行動変容が経済に与える変化についてす。
─────────────────────────────
    消費者としての側面 ・・・ 「需要」に影響
    労働者としての側面 ・・・ 「供給」に影響
─────────────────────────────
 改めていうまでもないことですが、「需要」とは、人々がモノ
を買ったり、サービスを利用したりする「消費」と、人々が住宅
を購入したり、企業が工場を建設したり、機械を購入したりする
「投資」を合わせたものです。これに対して「供給」とは、企業
が人々を雇用し、機械を使ってモノやサービスを作り出すことを
いいます。
 パンデミックによる人間の行動変容について、重要なポイント
の第2は、人々の行動変容が「同期する」ということです。行動
変容自体は、それぞれ些細な行動変化ですが、それが同期するこ
とによって、マクロの物価を動かすパワーになるのです。大勢の
人が同じ行動をとると、それは社会の大変化に繋がります。
 現在、米国では、自発的な離職が増えています。自発的な離職
とは、雇い主から解雇されるのではなく、労働者が自分の意思で
職場から去るという現象のことです。経営者は、パンデミックの
初期においては、解雇やレイオフ(一時帰休)を急増させました
が、パンデミックが収束しつつあった2年目以降は、経済再開に
よって、求人は回復基調にあったのです。
 しかし、一定割合の労働者は、戻ってきておらず、結果として
深刻な人手不足に陥っています。これが、現在米国で起きている
「グレイト・リタイアメント」と呼ばれている現象です。これは
「供給」に影響を与えて、インフレを引き起こしています。
 この米国における「グレイト・リタイアメント」について、渡
辺努教授は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 職場に戻らない労働者たちの背景には、さまざまな事情があり
ます。たとえば、米国では多くの移民が働いていますが、感染の
厳しい時に母国に戻った人が、そのまま帰ってこないということ
があるようです。あるいは、退職を早める人も増えているようで
す。米国では日本のような定年制は一般的ではなく、それぞれの
人生設計や事情に基づいて、退職する時期を自分で決めるのが普
通ですが、パンデミック以前に予定していた時期を早めて退職す
る人が増えているのです。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 大きなショックが経済に与える影響のことを経済学では「傷跡
効果」(scarring effect) といい、元の状況に戻るには通常を
はるかに上回る時間を要するといわれています。
 それでは、パンデミックにおける傷跡効果とは、具体的に何で
しょうか。そもそも何が原因でインフレが起きているのでしょう
か。そのあたりのことを検討していきます。
          ──[世界インフレと日本経済/011]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜインフレが起きるのか/ウォルター・フリック氏
  ───────────────────────────
   2008年の世界金融危機が大不況を引き起こして以降、
  投資家と企業経営者は、低金利と低インフレの時代に慣れっ
  こになっていた。しかし、そのような時代は終わった。20
  21年には、世界の多くの国で物価が急上昇しはじめて、米
  国は2022年に過去数十年で最悪のインフレを経験した。
  国際通貨基金(IMF)は2022年10月、インフレの進
  行──そして、各国の中央銀行がインフレ対策のために実行
  する金利の引き上げ──により、グローバル経済全体に深刻
  な影響が及びかねないという趣旨の警告を発した。そこで、
  インフレは何が原因で起きるのか、そして、インフレによっ
  て購買力が次第に失われていく状況にどのように対処すべき
  なのかを理解しておく必要がありそうだ。
   インフレとは、経済全体で物価水準が上昇し続けている状
  態と定義される。2022年には、インフレが世界経済の繁
  栄を脅かす重大な脅威の一つとして浮上した。
          https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9237
  ●図の出典/──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
  ───────────────────────────
「恐怖心」が物価に及ぼす影響.jpg
「恐怖心」が物価に及ぼす影響
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2023年05月24日

●「『健康被害』と『経済被害の関係』」(第5958号)

 ロックダウン──この言葉をはじめて聞いたのは、2020年
3月9日のことです。イタリアがロックダウンに踏み切ったから
です。日本も同年4月7日に緊急事態宣言を発出し、5月25日
まで続けています。2020年3月13日に成立した新型コロナ
ウイルス対策特別措置法に基づく措置です。
 その結果、日本の場合は、欧米ほどはひどくはなかったものの
人々は外出を封じられ、仕事や買い物などの経済活動が停滞する
に及んで世界経済はまたたく間に深刻な不況に突入します。この
とき、パンデミックが経済に及ぼす影響の大きさから、世界経済
は「リーマンショック級の不況」に突入すると予想する経済学者
やエコノミストがほとんどで、まさか、2021年からインフレ
が始まるとは誰も考えていなかったのです。当時のIMF(国際
通貨基金)の見解は次のようなものです。
─────────────────────────────
 パンデミックによる「健康被害」が、GDPの落ち込みなど
 の「経済被害」を生んでいる。        ──IMF
─────────────────────────────
 常識的な考え方ととしては、「コロナ→不況→デフレ」という
流れであり、どう考えてもインフレになると考える人は少ないと
思います。「健康被害が経済被害を生む」という考え方も、さも
ありなんと考える人は多いと思います。
 しかし、渡辺努東京大学教授は、今回のパンデミックの場合、
そうはなっていないといっています。渡辺教授の本には、次のよ
うな興味深いデータが載っています。
─────────────────────────────
           死者数(人)    GDP損失率
   1.サンマリノ   2119   −11・97%
   2.ベルギー    1859    −9・57%
   3.スロベニア   1782    −8・89%
   4.英国      1717   −11・13%
   5.チェコ     1684    −8・60%
   6.イタリア    1545   −10・87%
   7.ボスニア    1494    −8・96%
   8.米国      1493    −6・36%
   9.ポルトガル   1492   −11・94%
  10.北マケドニア  1428    −8・69%
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 112.日本        54    −5・96%
 168.ブルンジ     0・2    −4・91%
    註:死者数/100万人当たり  損失率/2020年
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このデータは各国ごとに集計された「人口100万人当たりの
死者数」と、「2020年のGDP損失率」の関係を示していま
す。米国と日本を比較してみます。
 新型コロナウイルスを原因とする死者数は、米国は1493人
ですが、日本は54人──米国は日本の実に約28倍です。健康
被害としては日本はかなり低く抑えています。しかし、それによ
る2020年のGDP損失率は、米国はマイナス6・36である
のに対し、日本はマイナス5・96%とわずか0・4%の差しか
ありません。
 同様に、健康被害が最大のサンマリノと168位のブルンジを
比較すると、サンマリノはブルンジの約1万倍の健康被害を受け
ていますが、経済被害では2・4倍の差しかないのです。これに
よると、少なくとも今回の新型コロナウイルスの健康被害は、経
済被害とリンクしていないといえます。
 ここで、もうひとつ考えるべきことがあります。今回のパンデ
ミックにおいて、政府による強制力を伴うロックダウンを行った
国と、そうしなかった国があります。2020年の春のことです
が、死者が急増した欧米諸国は、政府による強力なロックダウン
の措置が取られています。このロックダウンでは、政府の指示に
従わない企業や個人には罰金や法令に基づく罰則が科せられてい
ます。つまり、政府の指示を守らないと罪になるのです。
 こうした欧米諸国に対して日本では、政府や地方自治体は緊急
事態宣言を発出しています。この宣言では、あくまで「要請」や
「指導」は行うものの、それを受けて企業や個人は、自主的に対
応したに過ぎません。しかし、欧米諸国と日本の対応について、
こういう差があるにもかかわらず、その経済被害にはあまり大き
な差がないことは既に述べた通りです。これについて、渡辺努教
授は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 法的拘束力のある措置をとった米国と、お願いベースの措置の
日本で人々の行動に与えた影響が同じオーダーだったという事実
は、私たちにとって(そして分析結果を交換しあったシカゴの研
究者たちにとっても)非常に衝撃的なものでした。日米の結果は
法的拘束力があろうとなかろうと、政府による介入にはそれまで
信じられていたほどの神通力がなかったということを示している
からです。    ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動抑制をとった欧米諸国
と、指導や要請だけの日本においても、きちんとステイホームは
実施され、外出を半減させたことは確かです。それは、他から強
制されたものではなく、自発的にそうした可能性が高いといえま
す。なぜ、人々は、自発的に行動を抑制したのでしょうか。
 それは「恐怖心」である──渡辺努教授はそう考えています。
具体的にいうと、死の可能性のある感染症が自分に迫っていると
いう恐怖心です。確かに、日本でも志村けん氏が亡くなり、衝撃
を受けて、行動を自粛した人が多いはずです。
          ──[世界インフレと日本経済/010]

≪画像および関連情報≫
 ●緊急事態宣言の効果は限定的、対策をさらに強化すべき
  ───────────────────────────
   急速な新型コロナウイルス感染拡大が続く中、日本感染症
  学会の前理事長で政府のコロナ感染症対策分科会などの委員
  を務める舘田一博・東邦大学教授は2021年7月28日、
  日本記者クラブで政府が進めてきた東京オリンピックの感染
  対策や今後の対策について記者会見した。「緊急事態宣言が
  出されて2週間になるが、その効果は限定的で感染者数は、
  ピークアウトしておらず、危機的状況になりつつある。宣言
  の対象となる地域を広げ、『飲食』以外の商業施設にも広げ
  る必要がある」と指摘、躊躇なく早め早めの対策を打つ必要
  性を強調した。オリンピックに関連しては、「バブル方式を
  取っているが、これでは限界があるので、2重、3重の感染
  対策を取ることが重要だ」と述べた。
   東京都は同日、新型コロナウイルスの感染者が新たに31
  77人確認されたと発表した。3000人を超えるのは初め
  てで、27日の2848人を上回り過去最多となった。館田
  教授は感染の現状について「世界では1日当たり50万人の
  新規感染者、8000人が亡くなって、まだまだパンデミッ
  クの終息が見えない。日本ではこれまでに85万人が感染し
  1万5000人が亡くなっている。いま感染は第5波に入ろ
  うとしており、今後どういう状況になるのか心配しなければ
  ならない」と指摘した。     https://bit.ly/3BJZkqX
  ───────────────────────────
人が誰もいない渋谷/ハチ公前.jpg
人が誰もいない渋谷/ハチ公前
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2023年05月23日

●「日本経済は本当に回復するのか」(第5957号)

 5月17日のことです。日経平均株価が3万円台を回復し、2
021年9月28日以来の高水準となっています。しかも、株価
は7日間連続で、前日の終値を上回っての3万円台回復です。
─────────────────────────────
◎過去7日間の騰落(5月11日〜19日)
 11日 12日 15日 16日 17日 18日 19 日
   ○   ○   ○   ○   ○   ○    ○
─────────────────────────────
 欧米のインフレが収まらず、とくに米国の景気後退の懸念があ
るなかでの3万円台回復は、米国がくしゃみをすると日本が風邪
を引くといわれた今までとは違う何かを感じさせます。
 なぜ、3万円台を回復できたかというと、企業の好業績や資本
効率の改善期待に加え、ドル建てでみた日本株の値ごろ感などか
ら海外投資家の買いが集まったからであるといわれます。
 2023年5月20付の日本経済新聞には、日本のバブル期で
ある1990年8月と、33年後の2023年5月と比較した次
の数値が掲載されています。
─────────────────────────────
        1990年8月    2023年5月
   時価総額   416兆円      773兆円
  名目GDP   468兆円      570兆円
    ROE   7・70%      8・55%
    PBR   3・20倍      1・28倍
  予想PER  39・09倍     14・40倍
   ドル/円 144円50銭    137円50銭
      ──2023年5月20付の日本経済新聞(朝刊)
─────────────────────────────
 詳しい説明は避けますが、ここにきて日本企業がいい意味にお
いて変わってきているのです。カバナンスの改革が進み、経営効
率を示す自己資本利益率(ROE)が10%に届くレベルにきて
いることや、株主還元や政策保有株の売却による低PBR(株価
純資産倍率)などの指標の改善があり、改革が進むという期待感
が出てきています。そして、何より、日本株を評価する米著名投
資家、ウォーレン・バフェット氏の日本株に対する強気姿勢が、
今回の3万円台回復をもたらしたといえます。
 この話はさておき、昨日のEJの続きです。渡辺努東京大学大
学院教授は「フィリップス曲線が役に立っていない」ことを指摘
していますが、同じことをニッセイ基礎研究所の経済研究部主任
研究員の米山武士氏がネットで発表しています。
─────────────────────────────
             「世界のインフレはどうなるのか」
    米山武士氏/ニッセイ基礎研究所経済研究部主任研究員
                  https://bit.ly/3Wl5JSJ
─────────────────────────────
 なお、昨日のEJでご紹介した「米国のフィリップス曲線」が
米山武士氏の論文にも掲載されています。こちらの方がカラーで
もあるし、分かりやすいと思われるので、添付ファイルにしてあ
ります。データとしては同じものです。
 しかし、米山武士氏は、コロナ禍後の景気回復時期におけるフ
ィリップス曲線の異常について、多くの中央銀行はあくまで、そ
れを「一時的傾向」とする一方で、労働者の価値観の変化が起き
ているとする渡辺教授の主張の可能性もあるとして、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 中銀は、浅く短い景気後退を経験するものの、現在の失業率と
インフレ率のトレードオフは「一時的」だと考えていると思われ
る(米FRBの12月時点の見通し中央値は、約2年かけてコロ
ナ禍前と同じ傾向線上に戻ると見ている、青色の◆点)。市場は
年末年始にはより早期のインフレ圧力低下を予想していた。
 ただし、労働者の価値観が変わり、失業率(景気)と物価のト
レードオフがコロナ禍以降に変化した可能性もある。景気が底堅
い状況では物価が(2%目標まで)低下しない、あるいはインフ
レ抑制を実現しようとすれば、深い景気後退(高い失業率)を余
儀なくされる、といったことも考えられる。リスクシナリオとし
てこうした状況も視野に入れておく必要がある。
     ──米山武士氏/ニッセイ基礎研究所の前掲論文より
─────────────────────────────
 なお、米山武士氏は、上記の論文において、「インフレを取り
巻く環境」として、次の3つの要因を上げています。
─────────────────────────────
            @ 需要要因
            A 供給要因
            B構造的要因
─────────────────────────────
 第1は「需要要因」です。
 「需要要因」のキーワードとしては「巣ごもり消費」と、積極
財政により増加した家計の「過剰貯蓄」の2つを上げていますが
これらは時間とともに解消していくとしています。
 第2は「供給要因」です。
 「供給要因」のキーワードには「供給制約」と「人手不足」が
あります。社会活動が制限されたので、モノの生産・輸送・保管
能力が需要に追い付かなくなり、「供給制約」が起きています。
そして「労働者不足」も深刻化しています。人手不足のなかには
職場に戻ってこない永続的なものもあるので、これは、中長期に
及ぶ可能性もあります。人手不足で賃金上昇圧力が高まれば、イ
ンフレは持続的になります。
 第3は「構造的要因」です。
 「構造的要因」のキーワードとして、ロシアのウクライナ侵攻
は「経済安全保障」の観点から、供給網を見直す大きな契機にな
るとしています。  ──[世界インフレと日本経済/009]

≪画像および関連情報≫
 ●「5月に売れ」に逆行、日経平均3万円台回復の理由
  ───────────────────────────
   株式市場には、「Sell in May and go away (5月に売り
  逃げろ)」「こいのぼりの季節が過ぎたら株は売り」という
  格言がある。株価は夏から秋にかけて下がりやすいので、夏
  前に保有株を利益確定しておくのがよいというものだ。決算
  期を迎えるヘッジファンドが多い、夏休みシーズンに入る前
  に投資家がポジション整理に入るなど、これには様々な説が
  ある。季節的に下がりやすい地合いを迎えるということだろ
  う。だが23年はそれが当てはまらないようだ。
   5月18日の東京株式市場では、日経平均株価が終値で前
  日比480円高の3万0573円と、17日に続き2日連続
  で1年8カ月ぶりの3万円台となった。22年末比では17
  %高と米欧の主要指数の伸びを上回る。日経平均に採用され
  ている主要銘柄だけではない。16日には東証株価指数(T
  OPIX)も33年ぶりの高値をつけている。
                  https://bit.ly/3WtaaLp
  ───────────────────────────
米国のフィリップス曲線/2.jpg
米国のフィリップス曲線/2
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2023年05月22日

●「フィリップス曲線が機能不全である」(第5956号)

 現在起きている世界インフレに対し、各国の中央銀行の対応に
ついて、専門家から厳しいコメントが寄せられています。なお、
コメントは、2022年6月時点のものです。
─────────────────────────────
◎デレク・ホルト氏/スコシアバンク(トロント)の資本市場経
 済分析責任者
 中銀は目を閉ざしていた。世界中の政府と中銀による巨大な刺
激策を受けてインフレが定着する、あるいはインフレ率が上振れ
するという声に一切耳を貸さなかった。2020年には既に(イ
ンフレになる)証拠は出ていたと私は思うが、中銀はさらに1年
間緊急プログラムを続け、当初のインフレ率上昇を一過性のもの
として片付けている。
◎エド・アルハサイニー氏/コロンビア・スレッドニードルの
 シニア金利アナリスト
 2007─09年の金融危機以来、各国中銀は経済成長と雇用
を支えるため、また国によってはデフレ脱却のために、他の中銀
よりも大幅に緩和する競争を繰り広げてきた。今ではそれが逆転
し、インフレが定着して人々の賃上げ、インフレ予想が上昇する
リスクが高まっている。
          ──2022年6月17日/ロイター通信
─────────────────────────────
 今回の世界インフレが厄介なことは、なぜ、インフレになった
かがわからないだけでなく、その対処法についても、わかってい
ないことです。このようにいうと、「利上げを繰り返し、高イン
フレを鎮静化させているじゃないか」といわれそうですが、それ
以外に対応するすべを持っていないし、インフレも収まっていな
いからです。そのような事態になったことについて、渡辺努教授
は、次の2つの理由があるといっています。
─────────────────────────────
      @中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」
      Aフィリップス曲線が役に立っていない
─────────────────────────────
 @の中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」というのは、今回の
インフレに対して、世界各国の中央銀行が一様に後手にまわった
ことです。起きることが予測できなかったばかりでなく、米国の
場合、FRBが「一過性」という言葉を使い、事態を引き延ばし
ているうちに、ロシアによるウクライナ侵攻が起こってインフレ
を加速させ、その後の急速な利上げによって、立て続けに、3つ
の銀行が破綻するという事態が起きています。これは、中央銀行
の「気のゆるみ」と「過信」そのものです。
 Aの「フィリップス曲線が役に立っていない」とはどういうこ
とでしょうか。
 「フィリップス曲線」というのは、物価上昇率(名目賃金上昇
率)と失業率の関係を示す曲線のことで、経済学者のフィリップ
スが提唱したものです。縦軸を物価上昇率(インフレ率)、横軸
を失業率としたグラフで、通常は右下がりの曲線になるとされて
います。つまり、物価上昇率が高まると失業率は低下し、失業率
が高まると物価上昇率は低下することになります。
 添付ファイルをご覧ください。これは、米国のフィリップス曲
線を表しています。渡辺努教授の本に出ていたものです。縦軸は
「インフレ線」、横軸は「失業率」です。丸い点と四角い点があ
ります。その違いは次の通りです。
─────────────────────────────
    ● ─→ 2007年1月〜2020年12月
    ■ ─→ 2021年1月〜2022年 5月
─────────────────────────────
 丸い点(●)は、2007年から2020年までのデータをプ
ロットしたもので、破線はそのデータが示す傾向線です。米国の
場合、●はコロナ禍前から、コロナ禍の期間を含んでいます。
 四角い点(■)は、コロナ禍の真っ最中から、それを脱却し、
経済復興に入った期間を示しています。米国は、日本よりも早く
経済を再開させています。
 ●の場合、大雑把ですが、失業率を1%改善させると、インフ
レ率は0・1%上昇することを示しています。つまり、●はほぼ
破線の傾向値に沿っているといえます。FRBのインフレ率の目
標値は2%といわれていますが、経済が再開しても、それを大き
く超えることはないというのが常識的な見方です。
 しかし、■の場合、失業率が約2%改善すると、インフレ率が
2%から5%に高まっています。つまり、傾向値を示す破線に乗
るどころか、垂直にプロットされています。これによって、失業
率の改善に伴うインフレ率の上昇は、過去のデータよりもはるか
に高いものになっています。この傾向に関して、渡辺努教授は、
自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 今回のインフレに対して、世界の中央銀行が後手にまわり右往
左往してしまったのは、彼らがきわめて高く信頼し、判断の拠り
どころとしていたフィリップス曲線の神通力が落ちてしまったか
らです。
 そしてその状況は、2022年現在においても変わっていませ
ん。米欧の中央銀行はとりあえず金利を上げてはいるものの、そ
れは利上げでインフレ率にこれだけの効果があるという確かな読
みに基づくものではありません。少し利上げしてみてインフレの
反応を統計で確認する、反応が不十分であればまた利上げすると
泥縄式に行動しているというのが実情です。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このフィリップス曲線が使えなくなったことが、各国の中央銀
行の政策担当者が判断を誤った原因のひとつであることは確かな
ことです。     ──[世界インフレと日本経済/008]

≪画像および関連情報≫
 ●インフレ対策は消費者支援のためではない 米FRB政策の
  真の目的とは
  ───────────────────────────
   米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)はイ
  ンフレ抑制に向けた努力を続ける見通しだが、その主な目的
  は消費者の今の生活を楽にすることではない。FRBの発表
  では、物価上昇のペースが賃金上昇を上回り人々が苦しんで
  いることに言及されているが、断固としたインフレ対策を進
  める真の目的は、現在のインフレの抑制に失敗すれば長年に
  わたりインフレが長期化し、景気循環が激化すると考えられ
  ていることにある。
   FRBが出した声明の中には、“インフレで最も苦しむの
  は貧困層だ”という、まるで政治家がしがちな単純な解釈の
  ような表現があるが、これには問題がある。この考え方は、
  消費者価格の上昇が賃金インフレや移転支出(政府による生
  活補助金など)につながる可能性を無視するものだ。FRB
  のインフレ対策の真の動機はこれ以外にある。
          ──「フォーブス」/2022年9月5日
  ───────────────────────────
米国のフィリップス曲線.jpg
米国のフィリップス曲線
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2023年05月19日

●「世界インフレは人の行動変容が原因」(第5955号)

 現在起きている世界インフレの原因は、果たして本当にパンデ
ミックなのでしょうか。もし、そうであるならば、昨日のEJで
述べたように、生産を支える「資本」「労働」「技術」の3要素
は、パンデミックによって何ら棄損されておらず、パンデミック
が収束されれば、経済活動は元に戻るはずです。インフレも当然
収まるはずです。
 しかし、パンデミックは、世界中でほとんどの制限が解除され
収束しつつありますが、インフレの方は収まっているとは思えな
い状況にあります。米FRBは、依然として利上げを続けている
状況です。その原点は何でしょうか。
 この現況について、『世界インフレの謎』の著者、渡辺努東京
大学大学院教授と、編集担当の青山游氏との対談の一部をご覧く
ださい。対談は2022年10月20日に行われています。
─────────────────────────────
青山:素人には、「パンデミックでインフレ」というのはイメー
 ジしがたいところがあります。
渡辺:パンデミック自体は抑えられてそろそろ終わりつつある。
 経済活動への影響も、日本ではまだ少し残っていますが、海外
 ではほとんどないに等しく見えます。そんな中で、なんでパン
 デミックの影響が出てくるんだ、というね。
青山:そこが“謎”ですよね。
渡辺:パンデミックには、ある種の後遺症があるのだろうと私た
 ちは考えています。後遺症は時間をおいても出てくるし、これ
 から完全にパンデミックが終わっても続く可能性がある。その
 後遺症が、「行動変容」なんです。
青山:「行動変容」は本書のキーワードになっていますが、具体
 的に教えてください。
渡辺:一つには、私たちは労働者ですけれども、工場やオフィス
 に出かけていって働くということがかなり減りました。在宅勤
 務に慣れてきた中で、もうオフィスに戻りたくないと考えてい
 る方が多い。アメリカでもヨーロッパでも非常に色濃く残って
 いますが、今後も残るだろうと。もう一つは、私たち消費者の
 問題です。その消費の仕方もパンデミックの期間に大きく変化
 して、それがなかなか元に戻らない。ひと言で言えば、サービ
 スを買う消費ではなく物を買う形での消費に切り替わって、そ
 れが元に戻っていない。サービスより物のほうに需要が集中し
 てしまっています。そうすると物の価格が上がる。そこから、
 インフレが起こるのです。
  新型コロナウイルスが怖いので、それを避けるために少しだ
 け自分の行動をアジャストする。それは少しなんだけれども、
 みんなが同じ「少し」をやるので、結果的にものすごく大きな
 ムーブメントになってしまい、社会経済を突然悪くしたり、良
 くしたりという大きな振り幅を生んでいるんだということをこ
 の本で伝えられたらと思っています。https://bit.ly/434cQky
─────────────────────────────
 渡辺教授のいう「行動変容」とは何でしょうか。
 それは、ウイルスとの戦いにおいて、世界中の人々が、同じ行
動をとってきたことと関係があると渡辺教授はいいます。その典
型が「ステイホーム」です。
 新型コロナウイルスの蔓延を防ぐために、各国のトップが主導
して、「ステイホーム」を呼び掛けています。それぞれの国民の
ほとんどがウイルスと戦うためにそれに従っています。世界中の
誰もが同じ行動をとったということで、これを「同期」と呼んで
います。この状態が2年間続いたのです。
 渡辺教授は、この「同期」という現象が、経済再開の局面にお
いて、労働者や消費者に見られる「行動変容」を生んだといって
います。そして、その労働者や消費者の行動変容について、自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 通常、人々の経済行動は同期しません。たとえば、誰かがレス
トランに行かなくなったとすれば、その分レストランには空席が
できます。もしかすると、店員の接客が丁寧になるかもしれませ
ん。そうなれば、誰か別の人がそのレストランに行ってみようか
と考えるでしょう。このように、通常であれば、「捨てる神あれ
ば拾う神」で、誰かが何かの行動をとれば、それとは真逆の行動
を別の誰かがとることになります。こうしたメカニズムによって
経済は全体としては安定が確保されるのです。
 株式の売買などでも同じことが言えます。この銘柄は先が暗い
と思った誰かは売るでしょうが、別の誰かは今こそ買いだと考え
ます。その二人が出会うことで取引が成立します。そのようにし
て、意見の違う多様な人たちが株式の売買に参加することで、市
場の安定が保たれます。もし、すべての人がその銘柄は売りだと
考え、個々人の売りが完全に「同期」すれば大暴落が起こってし
まいます。     ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 コロナ禍前と後で大きく変わったことがあります。それは、タ
クシーが捕まらなくなったことです。昼の東京都内などでは、ま
だ流しは捕まりますが、私の家の最寄り駅──私鉄で急行も停ま
る比較的大きな駅ですが、コロナ禍後は、駅で待機しているタク
シーは一台もありません。待っていても来ません。タクシー運転
手の不足によるものだそうです。もともと減少傾向だったのです
が、コロナ禍後、さらに大幅に減少したということです。
 現在起きているインフレは、経済全体の「需要」が「供給」を
大きく上回っているという不均衡によるものということがいえま
す。パンデミックを境に世界経済は、低インフレ下の需要不足か
ら、供給不足というまったくの逆モードになってしまっているの
です。こういうインフレ対して、中央銀行は無力です。来週から
は、この問題をさらに詳しく分析します。
          ──[世界インフレと日本経済/007]

≪画像および関連情報≫
 ●世界中でインフレが起きている5つの理由/扶桑社
  ───────────────────────────
   各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れな
  いのは、そもそも各国がロシアの資源を必要としているから
  ですが、もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ
  圧力が挙げられます。たとえばユーロ圏は2022年3月と
  その1年前とを比べると既に7・4%の物価上昇が起こって
  います。1年前に100ユーロで買えたものが、現在は10
  7・4ユーロでないと買えない状況です。
   このような状況でロシアに対して資源輸出を禁じると、さ
  らに資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してし
  まいます。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいもの
  の、資源関連に関してはどうしても思い切った措置をとるこ
  とができずにいます。
   前述の通り、今年に入ってからカザフスタン、スリランカ
  トルコ、ペルーなどでは資源価格の高騰を通じた物価の上昇
  が要因のデモが発生しています。日本のインフレ圧力は海外
  と比べて相対的に低く抑えられていますが、特に輸入品の値
  上げなどは既に現実となりつつあります。そもそも、なぜ今
  これほどまでに、世界中でインフレ圧力が高まっているので
  しょうか?           https://bit.ly/3pRpTrh
  ───────────────────────────
「ステイホーム」.jpg
「ステイホーム」
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2023年05月18日

●「インフレの主犯はパンデミックか」(第5954号)

 話をインフレに戻します。インフレの影響が「戦争」──ロシ
アによるウクライナ侵攻が原因ではないとしたら、何が原因なの
でしょうか。
 インフレが2021年からはじまっていることを考えると、そ
の前年2020年から発生した新型コロナウイルスによるパンデ
ミックがあります。そこで、パンデミックが経済にどのような影
響を与えたのかについて考えてみるこにします。
 パンデミックが起きたとき、世界の中央銀行の政策担当者たち
は、景気後退を懸念し、低インフレがもっとひどくなることを警
戒したのです。どうしてかというと、各国で都市封鎖が行われ、
国民への行動制限が強化される結果、世界の物流ネットワークが
分断されてしまうからです。
 アップルのアイフォーンを例に上げてみましょう。アイフォー
ンの製品企画は米国のアップル社が行いますが、それにセットさ
れる半導体などの部品は、日本、韓国、米国、台湾の企業が担っ
ており、部品を集めて製品として組み立てる役割は、台湾と中国
の企業が行っています。このように、現代におけるモノの生産と
供給は、世界中の人と工場が網の目のように張り巡らされている
物流によって相互に繋がることによって成り立っています。これ
を「サプライチェーン」といいます。
 人の行動が制限されたことによって人手が不足し、車載用の半
導体の生産が遅れ、自動車メーカーは顧客への車の納品が遅延し
顧客を何カ月も待たせる事態が起きています。また、スマホの部
品が輸出できなくなり、ヨーロッパでスマホの品不足が起きてい
るし、カナダの食肉工業がライン数を大幅に減らしたことによっ
て、中国では豚肉が過去に例を見ないほど品薄になっています。
その結果、何が起きるでしょうか。それは、劇的な価格の高騰、
そう、インフレです。
 このように考えると、いかにもパンデミックがインフレの主犯
のように見えてきます。これに2022年2月からのロシアによ
るウクライナ侵攻──つまり、戦争の影響が上乗せさせられ、イ
ンフレの勢いが強まったのではないかという考え方が正しいよう
に思えてきます。そのように考える専門家も多いと思います。
 しかし、事実は、そんなにシンプルではないのです。この考え
方に異議を唱える学者がいます。日銀勤務の経験もある渡辺努東
京大学大学院経済学研究科教授です。以下の記述は、渡辺努教授
の次の本を参考らさせていただいています。
─────────────────────────────
      渡辺努著/講談社現代新書/2679
             『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 新型コロナウイルスが世界中に拡散したのは、2020年から
21年にかけてです。この2年間、われわれは、巣ごもりをせざ
るを得なかったのです。つまり、できる限り家を出ず、人と会わ
ない生活が2年間続いたわけです。その結果、人々は、家の外で
の消費活動と労働をしなくなり、その間、経済活動が停滞したこ
とは事実です。
 しかし、その2年間にワクチン接種のグローバルの進展や、医
療対応の進歩もあって、他の感染症に比べると、死亡率が非常に
低く抑えられています。そして、2022年の春以降は、米欧が
先陣を切って、経済活動をフル回転させています。
 問題は、この現象をどう見るかです。これについて、渡辺努教
授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 パンデミックがインフレの主犯であるという仮説を素直にとら
えるなら、パンデミックの影響がより厳しかった時期にこそイン
フレが起きるはずです。しかし、実際にインフレが始まったのは
新型コロナウイルスというものについて人々の理解が進み、対応
しはじめて、パンデミックがいったん落ち着いてきたころのこと
でした。このタイムラグをどのように考えるべきでしょうか。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 多くの経済学者は、インフレの主犯はパンデミックであると捉
えています。そうであるならば、パンデミックが収束すれば、経
済は元に戻ると考えます。なぜなら、生産を支える要素は次の3
つだからです。
─────────────────────────────
    @資本/モノを作る機械、設備、店舗など建物
    A労働/労働者が工場、オフィス、店舗で働く
    B技術/モノやサービスを生産するノウハウ等
─────────────────────────────
 パンデミックと地震などの自然災害を比較してみます。大地震
や大災害が起きると、工場やオフィスが壊され、多くの人命が奪
われます。工場やオフィスの破壊は資本の棄損ですし、多くの人
命が奪われれば労働も棄損します。資本や労働の修復には、長い
年月がかかります。したがって、中期間にわたって生産が低迷し
経済が失速します。
 しかし、パンデミックの場合、資本、労働、技術を棄損しない
ので、経済活動は一時的に停滞するだけで、パンデミックが収束
すれば、元に戻るはずです。巣ごもり中は、経済で使われる資本
の量は減りましたが、それは一時的に使われなかったからである
に過ぎません。これを資本の「遊休化」といいます。
 もっとも労働に関しては、失業が発生していますが、これも労
働力の遊休化であり、資本の場合と同様で、経済の再開への障害
とはならないものです。もうひとつ、今回のコロナ禍での死亡者
は、スペイン風邪や、14世紀の黒死病などと比較すると、多く
の死者は出ておらず、ウイルスの性格により、重症化したのは、
シニア層に限られており、働き盛りの死者は、相対的に、少なく
なっており、生産に大きな影響を与えていないはずです。
          ──[世界インフレと日本経済/006]

≪画像および関連情報≫
 ●澤上篤人氏「インフレは止まらず株や債券は暴落する」
  ───────────────────────────
   1973年、第1次石油危機が起きてインフレが世界中で
  吹き荒れ、米国の長期金利は79〜85年の約6年間、ほぼ
  一貫して10%を超える水準になった。81年には一時15
  ・84%に達したこともあった。その頃のインフレや高金利
  を現役世代の多くは経験していない。今、再び直面するイン
  フレを軽くとらえる人が多いのは、そのせいかもしれない。
   なぜ今、インフレ懸念が世界的に高まっているのか。もち
  ろんロシアがウクライナに侵攻したことが直接的な引き金と
  なって、石油、天然ガス、非鉄金属、肥料、穀物などの価格
  が一斉に暴騰したという側面はある。だが、侵攻開始の2月
  24日より前から、米欧ではインフレ率が上がっていた。
   最大の理由は世界経済の拡大発展、そして日本の高度経済
  成長をもたらした戦後の自由貿易体制が、逆流を始めたこと
  だ。行き詰まったという程度ではない。実際、米国のトラン
  プ前大統領は「アメリカ・ファースト」を連呼し、米中貿易
  戦争をしかけた。半導体や電子機器などの供給網が乱れ、価
  格を押し上げたのは知られている通りだ。トランプ氏のよう
  な政治家は米国以外の国でも台頭している。イタリア、中国
  ハンガリー、ブラジル、ポーランド、ロシアなどの国民が、
  自国第一主義の政治家を熱狂的に支持してきた背景を考える
  べきだ。つまり、先進国でも中進国でも、自由貿易体制の恩
  恵から取り残された人々の所得が低下し、生活が苦しくなり
  自然と過激な政治家になびいてしまう。世界各地で賃上げを
  求める声が高まり、収まる気配はない。
                  https://bit.ly/41zi07a
  ───────────────────────────
渡辺努東京大学大学院教授.jpg
渡辺努東京大学大学院教授
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2023年05月17日

●「FRBの方針転換とSVB破綻」(第5953号)

 欧米を中心とする世界インフレ──その初期の段階でパウエル
FRB議長は、2つのミスを冒したことを自ら認めています。そ
のミスとは次の2つです。
─────────────────────────────
    @インフレは一過性のものであると認識したこと
    A利上げをするタイミングが約4カ月遅れたこと
─────────────────────────────
 インフレの兆候は、2021年6月頃から顕著になっていたと
いえます。そのとき、FRBは、2020年からのコロナ禍に備
えて、量的緩和政策を続けていたのです。物価は6月には2・6
%を超え、9月には3・1%を超えていましたが、パウエル議長
は、2021年7月の議会証言において、「足元のインフレは一
過性のものである」という見解を示し、金融緩和政策を継続して
います。これが第1のミスです。
 しかし、2021年の暮れになって、パウエル議長は、「一過
性」の判断を撤回し、本格的インフレを認めています。そのとき
のパウエル議長の議会証言について、ロイター通信は、次のよう
に報道しています。
─────────────────────────────
 現在確認されているインフレの高まりがおおむね新型コロナの
パンデミック(世界的大流行)や経済活動の再開に起因すると見
られる需給の不均衡と関連しているとしつつも、「物価上昇がよ
り広範囲に拡大し、インフレ高進リスクが高まった」という見解
を示した。
 さらに、インフレの高まりが「一過性」という表現について、
現在の高水準にあるインフレ率を説明する上でもはや正確でない
とし、「一過性という文言の使用をやめる適切な時期の可能性が
ある」と述べた。
 堅調な経済動向に加え、高インフレが来年半ばまで続くという
見通しを踏まえ、次回のFOMCで、量的緩和の縮小(テーパリ
ング)ペース加速を巡り討議する公算が大きいとと述べた。パウ
エル議長は「現時点で経済は極めて堅調に推移し、インフレ圧力
も高まっており、11月会合で発表したテーパリングの完了時期
を数カ月早める可能性を検討することが適切」という考えを示し
た。      ──2022年12月1日/──ロイター通信
─────────────────────────────
 しかし、パウエル議長が初めて政策金利を0・25%引き上げ
たのは、2022年3月になってからであり、利上げをするタイ
ミングが遅れたのです。これが、これが第2のミスです。
 問題は、その間にシリコンバレーバンク(SVB)に何が起き
ていたのかです。
 コロナ禍が始まる前の2019年末のSVBの預金量は、利息
の付かない決済用の当座預金を含めて、約646億ドルだったの
です。ところが、2020年末にはそれが約1071億ドル、2
021年末には約1947億ドルになっていたのです。わずか2
年の間に預金量が3倍になったのです。
 なぜ、預金量が3倍に膨れ上がったのかについて、5月7日付
の「現代ビジネス」は次のように解説しています。
─────────────────────────────
 問題は、何故SVBに短期間にこれだけ大量の預金が集まった
かである。その背景にあるのがコロナによる経済活動停滞に対応
するために2020年に打ち出された総額約2兆ドル、米国GD
Pの約10%にも及ぶ過去最大規模の経済対策である。さらにこ
の経済対策と同時にFRBの資金供給能力も4兆ドル増額された
結果、経済対策の規模は総額6兆ドルにまで膨らんでいた。
                  https://bit.ly/3BsEYlD
─────────────────────────────
 600億ドル規模の銀行に3倍もの預金が集まると、そのリス
ク管理が大きく違ってきます。銀行のリスク管理は、銀行の規模
によって違ってくるからです。
 2021年末、FRBは「インフレは一過性ではない」と認め
たものの、金融緩和政策は継続されていたのです。そこでSVB
は、ほぼ0%に近い預金で集めた資金を10年物国債で運用する
ことを考えて実行してます。そのとき、10年物国債の金利は、
1・5%台であり、SVBは1・5%程度の利ザヤを稼ぐことが
可能であったからです。SVBのこの判断は、間違っていないと
いえます。
 しかし、FRBは、2022年3月に政策金利を0・25%引
き上げています。そして2月には、ロシアによるウクライナ侵攻
が始まっています。
 FRBは、2022年5月に0・5%、6月に0・75%と、
どんどん金利を引き上げていったのです。このFRBの方針転換
によって、短期金利は、2022年末には4・5%にまで引き上
げられ、それに伴い10年物国債の利回りも大幅に上昇し、20
22年10月には4%を超えるところまで上昇しています。
 国債の利回りが上昇するということは、国債の価格が下がるこ
とを意味します。SVBは、ゼロ金利下の1・5%という低い利
回り(高い価格)のときに国債を買っているので、10年物国債
の価格が下落すると、その結果、大きな含み損を抱えることにな
ります。
 しかし、国債投資によって含み損を抱えたからといって、銀行
がすぐ破綻するわけではなく、そのまま国債を保有していれば必
ず償還され、国債の額面分は戻ってくるので、含み損は致命傷に
はならないのです。
 しかし、SVBの場合、償還前に国債の売却をせざるを得ない
状況に陥ったのです。それは、急速に預金が引き出される取り付
け騒ぎが起こり、預金引き出しに備える現金の確保のために保有
国債を売却せざるを得なくなったからです。こうして含み損は、
実現損に代わり、SVBは結局は破綻してしまったのです。
          ──[世界インフレと日本経済/005]

≪画像および関連情報≫
 ●シリコンバレー銀行の経営破綻が残したトラウマと、露呈
  した“醜い現実”
  ───────────────────────────
   米国で16番目に大きな銀行であるシリコンバレーバンク
  (シリコンバレー銀行、SVB)の経営破綻は、一見すると
  ありふれた金融騒動のようにも見える。ベンチャーキャピタ
  ルからの潤沢な資金をもつ顧客が数十億ドルの現金をSVB
  に預け入れるという幸運に思える状況において、SVBの経
  営幹部は誤った選択をしたのだ。
   SVBの経営陣は、金利の上昇と、インフレのリスクを見
  誤った。そこにテック分野の景気減速が加わり、SVBの財
  政状態が赤字に転じ始めた。SVBの危機的状況の噂が広ま
  ると、パニックに陥った顧客が預金を引き出した。こうして
  SVBは政府の管理下に置かれた後、すべての人の預金は全
  額が保護されたのである。
   誰も預金を失ったわけではない。それでも今回の騒動は、
  今後数カ月、あるいは数年にわたってトラウマを残すような
  出来事だった。見て見ぬふりをすることができないことが起
  きたのである。SVBの大騒動から、わたしは犯罪ドキュメ
  ンタリーのレポーターである妻が、なぜ殺人の話がそれほど
  興味深いと思うのかと尋ねられたときに語ることを思い出し
  た。妻によると、殺人事件とは人の生き方を定義するような
  それまで包み隠されていた私的な行動を明らかにするものだ
  という。事件の捜査の過程で、はたから見れば理想的な生活
  が、実は嘘と秘密が入り乱れたものだったことが露呈するの
  だ。              https://bit.ly/3VVZUv3
  ───────────────────────────
SVB本店.jpg
SVB本店
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2023年05月16日

●「AT1債はどのような債券なのか」(第5952号)

 5月10日の日本経済新聞は、AT1債に関する次のニュース
を報道しています。
─────────────────────────────
 【パリ=北松円香、ロンドン=山下晃】スイスの金融大手クレ
ディ・スイス・グループの債券「AT1債」を無価値とする判断
を巡り、近く日本の投資家が世界銀行傘下の投資紛争解決国際セ
ンター(ICSID)または国連国際商取引法委員会(UNCI
TRAL)にスイス政府との仲裁を申し立てる。AT1債を無価
値とした決定が、投資家保護を定めたスイスと日本の経済連携協
定(EPA)に反すると主張する方針だ。
         ──2023年5月10日付、日本経済新聞
               https://s.nikkei.com/41pqKwI
─────────────────────────────
 昨日のEJで取り上げたクレディ・スイスの「AT1債」は、
金融庁の調査によると、日本国内で、個人や法人名義で、約20
00口座あるといわれています。身近なところでは、青山学院大
学の駅伝部の原晋監督も被害者の一人といわれています。
 なぜ、「AT1債」が作られたのでしょうか。
 それは、リーマン・ショックに遡るのです。2008年9月、
リーマンブラザーズ(米国の投資銀行)が破綻し、世界的に経済
が大混乱となりましたが、そのとき銀行救済に公的資金を使った
ことに欧米の世論は猛反発したのです。そのとき以来、万一銀行
が破綻した場合、株主や投資家がまず損失を負担し、納税者(一
般国民)には負担をかけないことが至上命題となります。その結
果、生まれたのが「バーゼルV/バーゼル・スリー」です。
 バーゼルVは、銀行の自己資本規制比率、ストレステスト、市
場流動性リスクに関する、グローバルではあるものの、各国の裁
量に任される規制の枠組みです。重要なのは、万一のときに、損
失を吸収する自己資本を充実させることです。
 自己資本を充実させるオーソドックスなやり方は、銀行が株式
を新規に発行すること、つまり、増資を行うことです。しかし、
増資をすると発行済株式が増えるので、株価が下がります。銀行
経営者や投資家は株価が下落するを極端に嫌うので、欧州の金融
当局がひねり出したアイデアが「AT1債」なのです。
 AT1債は、銀行が破綻するなど、万一の場合には、真っ先に
損失をかぶるけれども、そうなるまでは高い金利をつけることを
約束する特殊な債券です。クレディ・スイスの金利の場合、20
22年は年率10%に近かったといいます。
 これは、銀行の自己資本のうち中核を占める資本であり、返済
義務のない普通株や利益剰余金などで構成され、中核的自己資本
「Tier1/ティア1」 と呼ばれています。
 添付ファイルを見てください。資本規制「バーゼルV」による
銀行の資本・負債の弁済順位を示しています。銀行の立場からす
ると、AT1債を多く売ることによって、「バーゼルV」をクリ
アできるし、万一破綻が起きた場合の備えにもなるわけで、何と
か売ろうとするわけです。
 まして、現在、クレディ・スイスの破綻を機に、世界中でAT
1債を手放そうとする売りの動きが広まっていますが、そのター
ゲット先は日本だといわれています。日本は、主要国で唯一ゼロ
金利を続けており、高利回りの金融商品のニーズが旺盛であるの
で、銀行や証券会社から巧みな話法で勧められると、購入してし
まう人が多いと考えられるからです。
 金融ジャーナリストの森岡英樹氏は、AT1債について、次の
ように警告を発しています。
─────────────────────────────
 米国債が暴落すれば、保有している米国の金融機関は巨額の含
み損を抱えることになる。2カ月で3行の米銀が経営破綻しまし
たが、それに続く破綻が起きても不思議ではありません。破綻し
た銀行が発行していたAT1債を保有していれば、最悪の場合、
“紙切れ”になってしまう。AT1債の売り先である日本にも少
なからず影響が出る恐れがあります。
       ──2023年5月10日発行「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 今回のクレディ・スイスのAT1債の全額償却の問題点は、添
付ファイルに見られるように、本来弁済順位がAT1債よりも低
いはずの株式が温存されたことにあります。これは、「バーゼル
V」によって決められている弁済順位です。実際に、クレディ・
スイスの株式は、22・48株がスイスユニオン銀行(UBS)
1株に交換され、価値は大幅に目減りしたものの、ゼロにはなっ
ていないのです。
 これについて、日本の投資家たちは、冒頭の記事のように、ク
レディ・スイス・グループのAT1債を無価値とした決定に関す
る仲裁を申し立てる方針です。
 銀行が破綻することはあり得ない──日本では銀行に対するこ
ういう見方が一般的です。しかし、地銀クラスとはいえ、米国で
3つの銀行が立て続けに破綻しているのです。FRBの対応にも
ミスが指摘されています。
 それに米国には債務上限問題があり、現在、バイデン大統領と
下院で多数派を握る野党・共和党のマッカーシー下院議長と協議
中ですが、今のところ、協議は行き詰まっています。11日、G
7財務相・中央銀行総裁会議のために新潟を訪れているイエレン
米財務長官は、もし、デフォルトになった場合について、次のよ
うに危機感を表明しています。
─────────────────────────────
 もし、デフォルトになると、世界的な景気後退は避けられず、
さらに銀行が破綻しする事態になりかねない恐れもあります。何
が起きても不思議ではないのです。  ──イエレン米財務長官
               https://s.nikkei.com/42IYBl8
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/004]

≪画像および関連情報≫
 ●シリコンバレーバンク破綻の背景に3つの逆風/木内登英氏
  ───────────────────────────
   イエレン財務長官は3月12日(日曜日)に、破綻したシ
  リコンバレーバンクを、国費を使って救済することはしない
  と発表した。その代わりに、後に見るように、預金の全額保
  護など異例の措置を決めている。
   シリコンバレーバンクは、ごく短期間のうちに流動性危機
  に陥り、10日(金曜日)に破綻に至ったことが、明らかに
  なってきた。シリコンバレーバンク破綻の背景には、テクノ
  ロジー産業の不振、金利上昇による債券投資の損失、逆イー
  ルドの進行による利ザヤの縮小、の主に3つの逆風があった
  と考えられる。
   シリコンバレーバンクは個人ではなく、主に新興企業やベ
  ンチャーキャピタルの預金を集めてきた。テクノロジー産業
  の不振を受けて、新興企業が資金手当てのためにシリコンバ
  レーバンクから預金を引き落とす動きが強まった。そこで、
  金利上昇下で含み損が膨らんでいた長期国債や住宅ローン担
  保証券(MBS)を損切りし、売却損を計上したのである。
  その結果、損失が拡大し資本不足のリスクが高まったことを
  受けて、格付会社のムーディーズ社は、シリコンバレーバン
  クを格下げすることを、7日(火曜日)に同社に伝え、8日
  (水曜日)の引け後にそれを発表した。
                  https://bit.ly/3MkgUry
  ───────────────────────────
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位.jpg
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位
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2023年05月15日

●「クレディスイスはなぜ危機に陥ったか」(第5951号)

 既に立て続けに米国の3つの銀行が破綻しています。これは容
易ならざる事態です。破綻した期日を記しておきます。まさに立
て続けの破綻であります。一体、何があったのでしょうか。
─────────────────────────────
 2023年3月10日 ・・・   シリコンバレーバンク
 2023年3月12日 ・・・   シグネチャー・バンク
 2023年5月 1日 ・・・ ファースト・リパブリック
─────────────────────────────
 「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」と
いう言葉があります。些細な出来事が連鎖を繰り返すうちに、と
んでもない大事を引き起こすという意味で、「バタフライ効果」
といわれています。
 シリコンバレーバンクは、かつて存在した、米カリフォルニア
州サンタクララに本社を置く州法による商業銀行です。2016
年6月の時点では、シリコンバレーにおける預金量の25・9%
のシェアを保持する、シリコンバレー最大の銀行です。この銀行
は、シリコンバレーのテクノロジー企業に積極的に投資をしてい
た金融機関です。
 2023年3月8日のことです。シリコンバレーバンクは、保
有している証券に18億ドル(約2300億円)の損失が生じた
ことを認め、翌週以降に資本増強に踏み切ることを表明していま
す。銀行としては、この程度の損失はとくに問題はないとして、
発表したものと考えられます。
 しかし、この発表に不安を持った人物がいます。米著名企業家
のピーター・ティール氏です。彼は8日に取引先の企業に対して
シリコンバレーバンクからの預金引き上げを提言したのです。こ
の話が次の9日、SNSを駆け巡り、9日だけで、預金残高の4
分の1近い420億ドル(約5・5兆円)が引き出され、払い戻
せる資金が底をついてしまったのです。
 デジタル社会の現代では、銀行の取り付けは銀行の窓口ではな
く、SNSで起きるのです。しかも、銀行やFRBなどの金融当
局が資金の工面ができない真夜中でも、24時間いつでも起こり
ます。これを「デジタル・バンク・ラン」といいます。まさに銀
行の「瞬殺」です。
 このシリコンバレー銀行の瞬殺がスイス第2位の大手銀行であ
るクレディ・スイス(CS)に波及します。クレディ・スイスと
いえば、不祥事のデパートといわれるように、いろいろ問題のあ
る銀行です。CSは近年ブルガリアの麻薬組織によるマネーロン
ダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職へ
の関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客
データのメディアへの大量リークなど、このところ不祥事が相次
いでいます。
 CSの場合、その引き金を引いたのは、筆頭株主のサウジアラ
ビア国立銀行、サウジ・ナショナル・バンク(SNB)です。C
SがSNBに増資を要請したところ、SNBのアンマル・アルフ
ダイリー会長が、次のような理由を述べて断ったのです。
─────────────────────────────
   保有比率が10%を超えるので、追加出資はできない
        ──アンマル・アルフダイリーSNB会長
─────────────────────────────
 なぜ、SNB会長が増資を断ったかというと、2022年10
月にCSが大規模なSNSによる取り付けを受けたときに、SN
BがCSの15億スイスフラン(約2100億円)の増資に応じ
クレディ・スイス株の9・9%を保有する筆頭株主になることに
よって一度助けているからです。そのとき、SNBはCSに、な
ぜか9・9%を超える投資はしないと決めていたようです。だか
ら、SNB会長は保有比率が10%を超える増資には応じられな
いと断ったのです。
 ところが、この情報がSNSで拡散したのです。CSからの資
金流出は1日当たり100億スイスフラン(約1・8兆円)にの
ぼり、スイスの金融当局が用意していた緊急資金供給枠をあっさ
り超えてしまったのです。
 CSの総資産は、スイスのGDPの70%を占めています。こ
の銀行が潰れたら、スイスという国家もなくなってしまいます。
まさに、「too big too fail/大き過ぎて潰せない」に該当しま
す。そこで、スイス金融当局は、スイス最大手のスイスユニオン
銀行(UBS)に第2位のCSを救済させることによって、破綻
を食い止めたのです。しかし、UBSとCSの総資産を合わせる
と、スイスのGDPの2倍になるのです。そこでスイス当局は、
UBSに対し、様々な優遇措置を用意したのです。
 その1つが債権の償却です。CSが、中核的自己資本として発
行していた「AT1債」を全額償却、要するに全額を”紙切れ”
にし、返さなくてもよいようにしたのです。「AT1債」とは、
次の言葉の省略語です。
─────────────────────────────
        ◎AT1債/追加的ティア1債
              Additional Tier 1
─────────────────────────────
 AT1債は、株式と債券の中間の性質を持った証券のひとつで
す。金融機関が破綻したさいの弁済順位が普通債などに比べ低く
リスクが高いといえます。発行体の自己資本比率が一定の水準を
下回った場合や、監督当局の決定などにより、強制的に元本が削
減されたり、株式に転換されたりする特性があります。
 CSのAT1債の発行額は、160億スイスフラン(約2・2
兆円)で、本来であれば、真っ先に損失を負担させる株式は温存
したうえで、AT1債を処分したことから、AT1債を保有して
いた投資家から、猛反発されています。スイス金融当局は、なぜ
こんなことをしたのか。AT1債については、日本にも影響があ
るので、明日のEJでも詳しく述べることにします。
          ──[世界インフレと日本経済/003]

≪画像および関連情報≫
 ●クレディ・スイスAT1債無価値化で崩れた神話の衝撃は
  なお続く(NRI)
  ───────────────────────────
   2023年3月にスイス金融大手のクレディ・スイスがラ
  イバルのUBSに買収される際、170億ドル(約2兆26
  00億円)相当のクレディ・スイスのAT1債(その他AT
  1債)が無価値化されたことは、世界の投資家、金融市場に
  大きな衝撃を与えた。
   大手金融機関が発行するAT1債は、普通社債よりも金利
  が高い一方でリスクは低い安全商品と考えられ、低金利環境
  下で積極的に購入されてきた。クレディ・スイスのAT1債
  無価値化によってそうした神話が崩れたため、AT1債の金
  利は一気に跳ね上がり、プレミアムが乗ってしまったのであ
  る。さらに、クレディ・スイスの買収では、同社の株式は無
  価値とならない中で、AT1債が無価値になるという異例の
  決定が行われた。株式と債券の弁済順位が逆転するという意
  味で大きなサプライズであり、これについても、弁済順位は
  必ず守られるという神話が崩れたと言えるのではないか。
   AT1債の無価値化(全額減損)を最終的に決定したのは
  スイスの規制当局だが、欧州中央銀行(ECB)や香港金融
  当局などその他の諸外国の当局は、弁済順位でAT1債の投
  資家は株主よりも優先されることを改めて説明し、火消しに
  回った。           https://bit.ly/3Mg3QTU
  ───────────────────────────
CS/クレディスイス銀行.jpg
CS/クレディスイス銀行
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2023年05月12日

●「インフレの死/低インフレ対応が重要」(第5950号)

 低インフレが起きた3つの要因──@グローバル化、A少子高
齢化、B生産性の停滞──これらは、いずれも構造的なものであ
り、簡単には解決できないものばかりです。これらの要因が20
08年に起きたリーマンショックを契機として、世界中に低イン
フレとして定着したのです。
 日本などは低インフレがさらに悪化して、政策の誤りもあって
長期デフレに突入してしまっています。世界の中央銀行は、これ
を「日本化/ジャパニフィケーション」と呼んで、日本のように
ならないように慎重に金融政策をとってきたのです。
 2010年4月26日付の記事で、米ブームバークは、「債券
トレーダーは『インフレの死』を宣言/利回りは08年下回る水
準」と題して、次のように述べています。なお、記事中の「債券
自警団とは、インフレを招くような金融・財政政策に反発して、
債券売りで抗議する投資家のことを指しています。
─────────────────────────────
 ここ数年政府の放漫財政を批判してきた「債券自警団」が鳴り
を潜めている。バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチ
のデータによると、ソブリン債利回りは、1年前とほぼ同水準の
平均2・385%で、信用危機で投資家が国債の安全性を求めた
2008年の平均3・08%を下回る水準にある。米国やドイツ
日本を含む同指数構成の国債の量は、17兆4000億ドル(約
1637兆円)と、2年前の13兆4000億ドルから増加して
いるものの、借り入れコストは安定している。(一部略)
 ニューヨーク・ライフ・インベストメント・マネジメントで、
1150億ドル相当の運用担当に携わるトーマス・ジラード氏は
「インフレが非常に落ち着いた状況であるため、中央銀行にとっ
ては、引き続き静観して景気支援のための緩和策を追求する口実
になっている」と指摘。同氏はもはや米国債に弱気ではないとい
う。                https://bit.ly/3VOjTLZ
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 「インフレの死」とは、「もはやインフレは起こらず、世界経
済が直面する課題はあくまで低インフレで、それはこれからも長
く続く」ということを意味しています。
 しかし、2022年になって、それが間違いであることが、わ
かったのです。世界の中央銀行の専門家たちがもはや起こり得な
いと考えていたインフレが再来したからです。なぜ、低インフレ
が、世界インフレになったのでしょうか。
 まず、誰でも考えることは、ロシアによるウクライナへの軍事
侵攻です。これは、2022年2月24日に起きています。戦争
による混乱や、ロシアへの経済制裁によって、ロシアからの原油
や天然ガスなどの燃料資源の価格が高騰し、世界最大の穀物地帯
といわれるウクライナからの小麦などの食糧の供給が滞って価格
が上がり、インフレになるからです。
 実際にある経済のサイトでは、今回のインフレについて、次の
ように書いています。
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 各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れないの
は、そもそも各国がロシアの資源を必要としているからですが、
もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ圧力が挙げら
れます。たとえば、ユーロ圏は2022年3月とその1年前とを
比べると、既に7・4%の物価上昇が起こっています。1年前に
100ユーロで買えたものが、現在は107・4ユーロでないと
買えない状況です。
 このような状況で、ロシアに対して資源輸出を禁じると、さら
に資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してしまいま
す。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいものの、資源関
連に関しては、どうしても思い切った措置をとることができずに
います。              https://bit.ly/3nEIq9D
─────────────────────────────
 これらの記述を読むと、現在世界中で起きているインフレは、
ロシアによるウクライナ侵攻が原因であると誰でも考えると思い
ます。しかし、これに対して「戦争はインフレを加速させている
一要因ではあるが、主要因ではない」と反論する人がいます。東
京大学大学院経済学研究科教授、渡辺努氏です。渡辺教授は、近
著のなかで、これについて、次のように述べています。
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 戦争はインフレの主原因ではない。そのように言われて驚くか
もしれませんが、これは単なる私個人の私見ではなく、オーソド
ックスな経済学から外れた新奇な意見でもありません。各地の中
央銀行のエコノミストや、経済学界のメインストリームで活躍す
る研究者といった、世界中の専門家のあいだですでに合意ができ
ている理解なのです。つまり、専門家の見解と世の中で(特に日
本のメディアで)一般的にいわれていることでは、実はかなりの
ずれが生じてしまっているのです。
            ──渡辺努著/『世界インフレの謎』
                     講談社現代新書刊
─────────────────────────────
 添付ファイルのグラフを見てください。これは、渡辺教授の上
記の本に出ていたものですが、各国のインフレ率について、予測
が行われた時点(横軸)に応じて、どのように変化しているかを
示しています。ここでの予測の対象は、2022年のインフレ率
です。この対象は固定したままで、予測の時点だけを変化させた
ときの推移を表したのが、このグラフです。
 これを見ると、ロシアのウクライナ侵攻のほぼ1年前の、20
21年春頃から、インフレが始まっているのです。それは、同様
のことが、少し遅れて英国やユーロ圏でも起きていることがわか
ります。しかし、各国の中央銀行は、「この物価上昇は一過性の
ものである」と判断し、特段の対応をとっていないのです。とく
に米国のパウエルFRB議長は、そのように考えていたことは確
かです。      ──[世界インフレと日本経済/002]

≪画像および関連情報≫
 ●米国における高インフレ/伊藤宏之氏
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   マクロ経済の観点からすると、インフレはモノやサービス
  に対する需要が供給を上回る場合に起こる。今回のインフレ
  のように供給が不足すると、価格水準が上昇する。例えば、
  多くの人がソファを買いたくても、人数分のソファがなけれ
  ば、価格が普段より多少高くてもソファを買おうとする人が
  出てくる。このように、モノやサービスに対する需要に供給
  が追いついていない場合に価格水準が上昇するのである。
   では、これほど高いインフレが、なぜ今、発生しているの
  か。それは、パンデミックによる供給側の混乱などにより、
  需給ギャップが特に大きくなっているからである。米国経済
  は2020年春に経験した景気の底から回復基調にあり、モ
  ノやサービスに対する需要は堅調である。2021年初頭に
  ワクチンが普及し始める以前は、買い物や休暇などの経済行
  動やビジネス活動を多くの人が延期せざるを得なかった。ワ
  クチン接種が可能になると、人々は外出しはじめ、人との接
  蝕に対する抵抗感もなくなり、その結果、2020年と比べ
  て経済は正常に機能し、モノやサービスの需要が拡大した。
   コロナショックが大恐慌に陥ることを恐れた政府は、14
  00ドルの現金給付に示されるように、大規模な財政出動に
  よって人々の購買力を高めようとした。米連邦準備制度理事
  会(FRB)も、政策金利をゼロに引き下げ、量的緩和政策
  (中央銀行が新規発行するお金で国債などの金融資産を購入
  する政策)を実施し、経済の活性化に努めた。
                  https://bit.ly/42t7cIy
 ●グラフの出典/渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
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専門家によるインフレ率予測
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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