2023年10月17日

●「あのバブルでも物価は動いていない」(第6029号)

 とんでもないことが起きています。ロシアによるウクライナ侵
攻が膠着状態に陥り、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃
が起き、国際社会は、2つの大きな戦争を抱えることになってし
まったからです。
 7月10日からスタートしたEJの今回のテーマは「物価とは
何か」を追及しています。しかも、2023年の日本経済は、長
期デフレではなく高インフレが起きており、いつもとは異なる様
相を見せ、もしかすると、株価が4万円を超える可能性があり、
その周辺の情報を集めてお送りしています。日経平均株価の最高
値は次の通りです。バブル経済の絶頂期の記録です。
─────────────────────────────
   ◎1989年(平成元年)12月29日(大納会)
                3万8915円87銭
─────────────────────────────
 1980年代後半の日本は、「バブル景気」に湧いていた時代
です。ところで「泡」を意味する「バブル」という経済現象とは
どういう現象なのでしょうか。
 バブルは、不動産や株の価格が急上昇する景気過熱の経済現象
です。しかし、日本では、1990年代のはじめにはじけてしま
い、株は暴落するし、不動産は大幅値下がりし、買い手がつかず
ビジネスは停滞してしまったのです。その後、日本経済はデフレ
に突入し、現在まで続いています。
 このとき景気は超過熱しましたが、一つだけガンとして動かな
かったものがあります。それは「物価」です。そのとき物価に関
しては、ほとんどの人が気にしていませんしたが、このことを気
にしていた人物がいます。当時日銀職員だった渡辺努東京大学大
学院教授です。その当時のことについて、渡辺教授は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 1980年代後半のバブル真っ盛りのころは景気も超過熱して
いたので、価格が上がるのが当然なのに、実際はそうならなかっ
たのです。私はそれが不思議でなりませんでした。消費者物価指
数(CPI)で測ったインフレ率の動きは極めて緩慢で、株価が
ピークをつけた1989年12月でもインフレ率は2・9%にし
かずぎませんでした。物価が停滞する近年の基準からすると、十
分に高く見えますが、当時の景気の過熱ぶりからすると、あり得
ないくらい低い水準です。
 物価が動かなかったのは、上がるべきときだけでなく、下がる
べきときもそうでした。バブルがはじけ景気が悪化し、失業率は
3%超まで悪化していきます。企業の生産も1992年春には前
年を1割下まわるという危機的な状況になりました。しかし、そ
の時点でのインフレ率2・5%程度であり、それまでより若干低
くなったとは言っても、物価安定が損なわれていると問題視され
る水準ではありませんでした。        ──渡辺努著/
         『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 問題は、バブルが脹らんでも物価が上がらなかったことによっ
て、日銀が金融引き締めに動かなかったことにあるといえます。
もし、1980年代後半に物価が上がっていれば金融政策によっ
てバブルがあそこまで拡大しなかったといえます。
 同様に、バブルが1990年代前半に物価が急激に下がってい
たら、日銀はデフレを避けるため、大規模な金融緩和を行ってい
たはずです。残念ながら、日銀は両方とも動いていないのです。
 その当時の日銀総裁に責任をかぶせるつもりはありませんが、
バブルとその後始末に最も関連があったと思われる日銀総裁4人
を参考までに次に掲載しておきます。
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    ◎バブルに関係のある日銀総裁
     澄田 智 ・・・ 1984〜1989
     三重野康 ・・・ 1989〜1994
     松下康雄 ・・・ 1994〜1998
     速水 優 ・・・ 1998〜2003
─────────────────────────────
 経済学のテキストには「モノの値段は需要と供給のバランスに
よって決まる」と書いてあります。需要というのは「買いたい」
ということ、供給とは「売りたい」ということです。売り手と買
い手の間で意見交換を行うわけではありませんが、自然と売り手
と買い手の折り合いがつく値段に決まるというのです。
 しかし、「需要」と「供給」が食い違っているときは、なかな
か「価格」が調整されないのです。詳細については、欄外の≪画
像および関連情報≫を読んでください。需要と供給を一致させる
という市場の機能が十分に働くのであれば、中央銀行が金融政策
や財政政策によって有効需要を増やす必要はないのではないかと
いう疑問もあります。
 しかし、もともと物価は動きの鈍いものであり、これを「価格
の硬直性」と呼んでいます。ケインズが提唱したものです。これ
は、安倍元首相と黒田前日銀総裁が2013年から挑戦したアベ
ノミクスス「2%の物価目標」がないない達成されないというこ
とからも理解できると思います。これは、日銀にとって、世紀の
大実験であったといえます。
 「価格の硬直性」は1936年出版の『一般理論』で提唱され
て以来、ケインズに続く経済学者たちは、深くその理由を考える
こともなく、マクロ経済学といえば、「価格は動かない」という
前提の下で、失業や金融政策や財政政策を議論してきていますが
本格的な研究が始まったのは、2000年代に入ってからのこと
です。「バブルでも物価は動かない」──その理由を追及するこ
とはきわめて困難なことです。起こったことの追及はできますが
起こらなかったことのそれは、そもそも関心がないし、極めて困
難なことであるからです。
           ──[物価と中央銀行の役割/039]

≪画像および関連情報≫
 ●「モノの値段」ってどうやって決まるの?
  ───────────────────────────
   モノの値段の決まり方を知るために、100人の島にある
  リンゴを例に考えてみます。100人の島には、「リンゴを
  欲しい」と思っている人が15人いるとします。この15人
  全員が、「リンゴを100エンで買いたい」と思っているわ
  けではありません。人によっては、「200エンなら買いた
  い」「50エンなら買いたい」「そもそも、リンゴは買いた
  くない」と思うでしょう。同じようにリンゴが欲しいと思っ
  ていても、「リンゴ1個、〇〇エンなら買ってもいいかな」
  という買い手の価格感覚はそれぞれです。
   一方で、リンゴを売りたいと思っている人も15人いると
  します。この場合も、人によっては、「50エンでも売りた
  い」と思う人もいれば、「250エンなら売りたい」と思う
  人もいるでしょう。このように、「リンゴ1個、〇〇エンな
  ら売りたい」という売り手の価格感覚もそれぞれだというこ
  とが分かります。
   このように値段に対する買い手の人数分布を「需要曲線」
  売り手の人数分布を「供給曲線」と言い、この両者が存在す
  ることで値段が決まります。
  https://sanctuarybooks.jp/webmag/20220929-10675.html
  ───────────────────────────
1989(平成元年)12月29日大納会.jpg
1989(平成元年)12月29日大納会
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2023年10月16日

●「なせ、長期金利は突然急落したか」(第6028号)

 連休明けの10月10日のことです。それまで株安・円安が続
いてきた東京市場では、これに急ブレーキがかかり、日経平均株
価は751円高と今年一番の今年最大の上昇になったのです。ち
なみに、10月10日の日経平均株価は3万1713円62銭で
す。3万円台を安定して維持しています。
─────────────────────────────
    9月20日    〜       ⇒10日
        ●●●○●○●●●●●○●○○
─────────────────────────────
 日経平均株価に影響を与えているのは、米FRBがインフレを
抑えるために行っている追加利上げです。利上げは、金融引き締
めることになるので、利上げが繰り返し行われると、米景気が後
退し、それに影響されて、日経平均株価が動くのです。
 原因は米10年物国債利回りの急落です。6日には「4・88
%」まで上昇(価格は低下)して5%を窺う勢いだったものが、
10日のアジア時間の取引では「4・6%台」まで低下したので
す。低下の原因としては、次の2つがあります。
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      @FRB高官による利上げへの抑制発言
      A労働市場の逼迫感が若干緩和している
─────────────────────────────
 FRB高官が相次いで足下の長期金利上昇を警戒した発言──
10日のEJ参照──をしたことにより、金利がそれ以上上昇す
るのを防いだといえます。FRBジェファーソン副議長はこれに
ついて講演で次のように述べています。
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 追加的な引き締めがどの程度必要かを慎重に見極める状況にあ
ると考える。        ──FRBジェファーソン副議長
─────────────────────────────
 次回の米FOMCは、10月31日〜11月1日ですが、FR
B高官らの発言によって、利上げの予想が3割台から、1割台に
落下しています。
 長期金利低下の原因のAは、労働市場をどう見るかによって異
なります。「堅調」ととらえるか、「緩和」と見るかで、意見は
分かれています。9月の米雇用統計で特徴的なのは、ここまでの
数次にわたるFRBによる利上げにもかかわらず、9月の米雇用
統計は、非農業部門の雇用者数の伸びが33・6万人と市場予想
を大幅に上回っているのです。
 何が起きているのでしょうか。この米国の非農業部門雇用統計
に基づく直近の興味あるレポートがあります。働き方を見直した
労働者による影響を論じています。
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 最新の統計によると、2023年1月の非農業部門雇用者数は
51万7000人増(季節調整済み)で、予想の平均の18万7
000人を3倍近く上回った。失業率は3・4%に低下し、過去
50年で最低の水準となっている。また、2022年12月時点
で、失業者1人につき2人近い求人がある。FRBが利上げペー
スを減速して、インフレの抑制に努めているにもかかわらず、労
働市場はなぜこれほど逼迫しているのだろうか。
 エコノミストは労働人口の減少を指摘している。実際、労働市
場参加率は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの直前か
ら0・9ポイント低下している。労働年齢にある米国人のほぼ1
%が、パンデミック前は働いていたが、現在は働いていないとい
うことだ。これは新型コロナに関連する早期退職だけでなく、パ
ンデミック以前から続く長期的な傾向を反映している。
         https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9409
─────────────────────────────
 興味深い指摘であると思います。労働力の供給には、次の2つ
の要素があります。
─────────────────────────────
       @         労働者の数
       A労働者1人当たりの労働時間数
─────────────────────────────
 多くの場合、労働者の数の増減が注目されます。米国の非農業
部門の雇用統計によると、労働者の数──労働に参加する人は増
えています。しかし、よく考えてみると、労働者の数が増加した
だけでは、真の労働供給量は決められないのです。そこに労働者
1人当たりの労働時間数が問題になっています。
 実際には、労働供給は需給の差に合わせて調整されるため、一
般に、労働市場が逼迫したり緩和したりするのは、雇用者や求職
者の数が、増えたり減ったりするからであるといえます。
 パンデミックからの回復に関してこのレポートでは、次の点を
指摘しています。
─────────────────────────────
 パンデミックからの回復は例外的だ。米国の総労働時間は20
19年から2022年にかけて、一人当たり年間33時間の減少
に相当するほど落ち込んだ。筆者たちの推定では、このうち15
時間は労働者の数の減少によるもので、残りは労働時間の減少に
よるものだ。
 つまり、米国の雇用者の労働時間は平均すると減少している。
では、誰の労働時間が減っているのだろうか。より顕著なのは学
号を持つ25〜55歳の男性、高収入の男性の労働時間が最も減
っている。たとえば、男性労働者の収入上位10%(年収14万
ドル以上)は、2019年の週44・7時間から2022年には
週43・2時間へと1時間半も減っている。対照的に、男性労働
者の収入下位10%(年収2万2000ドル未満)は2019年
の週22・6時間から2022年は23・4時間に増えている。
        https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9409
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/038]

≪画像および関連情報≫
 ●米雇用統計(23年9月)−非農業部門雇用者数は市場予
  想を大幅に上回る増加
  ───────────────────────────
   10月6日、米国労働統計局(BLS)は9月の雇用統計
  を発表した。非農業部門雇用者数は、前月対比で+33・6
  6万人の増加(前月改定値:+22・7万人)と+18・7
  万人から上方修正された前月、市場予想の+10・0万人を
  大幅に上回った。
   失業率は、3・8%(前月:3・8%、市場予想:3・7
  %)と前月に一致、低下を見込んだ市場予想を上回った。労
  働参加率は62・8%(前月:62・8%、市場予想:62
  ・8%)と前月、市場予想に一致した。
   9月の非農業部門雇用者数は市場予想の倍の増加を示した
  ほか、過去2ヵ月分が合計で、+11・9万人の大幅な上方
  修正となった結果、23年7〜9月期の月間平均増加ペース
  は、+26・6万人増と、23年4〜6月期の同+20・1
  万人増、23年初からの同+26・0万人増を上回っており
  足元で雇用増加ペースが再び加速していることを示した。
   一方、労働参加率は20年2月以来となった8月の水準を
  維持しており、人口動態から構造的に低下基調となる傾向を
  考慮すれば、水準を維持しただけで労働供給の回復継続を確
  認したと言えよう。       https://onl.bz/ri2fLn3
  ───────────────────────────
11月FOMCでの利上げ確率は低下.jpg
11月FOMCでの利上げ確率は低下
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2023年10月13日

●「米雇用統計は重要経済データである」(第6027号)

 「FRBは米国の中央銀行であり、日本の日銀と同じ」という
説明を繰り返していますが、これは必ずしも正しい表現とはいえ
ないのです。
 米国の中央銀行制度は、FRSと呼ばれますが、FRBはその
中心機関になのです。FRSは、「連邦準備制度」といい、次の
英語の頭文字をとったものです。
─────────────────────────────
          ◎FRS連邦準備制度
         Federal Reserve System
  なお、「Federal」の「Fed」(フェッド)と呼ぶこともある
─────────────────────────────
 したがって、米国の中央銀行(制度)というと、「FRS」を
指しますが、その中心機関がFRB(連邦準備理事会)であるの
で、FRBを中央銀行といっているのです。
 なお、FRBは、FRSの最高意思決定機関ですが、金融政策
を実施するほか、全米12地区の地区連銀──連邦準備銀行を総
括しています。
 そして、このFRBのメンバーと、地区連銀総裁が年8回集ま
って行われるFOMC(連邦公開市場委員会)がありますが、こ
れは、日銀の「金融政策決定会合」と同じです。
 制度の違い以外にも日銀とFRBには、その目的に違いがあり
ます。日銀もFRBも、金融政策、すなわち金利の上下を通じて
景気をコントロールする役割そのものは同じですが、掲げている
目標は微妙に異なります。
 日銀は、「物価の安定」と「インフレ目標2%達成と維持」が
目標ですが、FRBの場合は、それらに加えて「雇用の最大化」
つまり失業率を下げるという役割も担っています。
 しかし、「物価」と「雇用」は密接に関係しています。失業率
が高いとします。この場合、中央銀行は金融緩和をしておカネの
流れをよくして景気を回復させようとします。この政策がうまく
いって、景気が回復し、失業率が低下したとします。すると企業
は、労働者を確保するために賃金を上げます。すると今度は企業
がコスト増加に見合った利益を確保するため、販売価格を引き上
げ、物価が上がります。このように、雇用と物価と賃金はそれぞ
れ表裏一体の関係にあるのです。
 10月8日付の日本経済新聞に「米長期金利迫る5%」の見出
しとともに、次の報道が掲載されています。
─────────────────────────────
 6日の米債券市場で長期金利の指標となる10年物国債利回り
は、一時、前日比0・16%上昇(債券価格は下落)の4・88
%と、2007年8月以来16年ぶりの高水準に上昇した。直近
2カ月の上昇幅は0・8%に達し、5%が視野に入ってきた。
 金利を押し上げたのは同日、米労働省が公表した9月の雇用統
計だ。非農業部門の就業者数は、前月比33万6000人増えて
17万人程度だった市場予想を大きく上回った。人手不足感の強
かった娯楽・接客業が、約10万人増え、全体の増加につながっ
た。       ──2023年10月8日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 この記事のなかに「金利を押し上げたのは同日、米労働省が公
表した9月の雇用統計だ」という部分があります。この米国雇用
統計に注目してみます。
 米国雇用統計のなかで、とくに注目すべきは、「非農業部門雇
用者数」や「失業率」です。「非農業部門雇用者数」は、農業関
連以外の産業で働く人の数や増減をまとめたデータです。「失業
率」は、米国内の失業者数を労働力人口(失業者数と就業者数の
合計)で割った数値です。
 原則、毎月第1金曜日に、前月分の統計が発表されるので月次
データとしての速報性があります。厳密には毎月12日を含む1
週間を対象とし、約16万の企業や政府機関の中から約40万件
のサンプルを調査・集計し発表します。
 発表時間は米国時間の朝8時半です。日本時間では、米国夏時
間(サマータイム。3月第2日曜日から11月第1日曜日)の場
合は夜21時半、それ以外の時期(冬時間)は夜22時半です。
 この米国雇用統計のデータがメディアに流れる前後に為替や株
が大きく動くことが多く、世界中の投資家にとって重要なイベン
トになっています。動画などのライブ放送をしているメディアも
あるほど、注目されているのです。
 この米国雇用統計は、単にトレンドを見るのでなく、市場予想
との対比で見ることが主流です。経済調査機関が出した経済予想
の平均値を「市場予想(コンセンサス)」といいます。米国雇用
統計を見る場合、非農業部門雇用者数や失業率が、市場予想に対
して「ポジティブ・サプライズ(いい数字)」だったか、「ネガ
ティブ・サプライズ(悪い数字)」だったかによって、金融市場
に与える影響が異なってきます。
 ちなみに、非農業部門雇用者数は前月比の増減で表し、「前月
比○万人増」というように発表されます。失業率は失業者数を労
働力人口で割った比率で表し、「失業率○%」というように発表
されます。この結果において、次の判断ができます。
─────────────────────────────
       ◎米国雇用統計の結果がよいとき
           ──ドルが買われやすい
       ◎米国雇用統計の結果が悪いとき
           ──ドルが売られやすい
─────────────────────────────
 数次の利上げにもかかわらず、米国の労働市場は依然として堅
調で、FRB関係者によれば「バランスを崩している」。急激な
利上げにもかかわらず、労働力の需要が供給を上回っているので
です。なぜでしょうか。このあたりの関係について、来週のEJ
で分析していきたいと考えています。
           ──[物価と中央銀行の役割/037]

≪画像および関連情報≫
 ●長期金利が上昇 → 金利がわかれば経済がわかる
  ───────────────────────────
   「長期金利6年ぶりに一時0・2%台に上昇」「住宅ロー
  ン固定金利、6年ぶり高水準」、「米FRB/3月に利上げ
  へ」。最近の朝日新聞に載っていた記事の見出しです。どれ
  も金利が久しぶりに上がっているという内容です。金利が上
  がることの何がニュースなのか、と思う人もいるかもしれま
  せんが、金利は「経済の体温計」です。金利の動きを理解す
  れば、今の世界経済がわかります。ひょっとすると、今の金
  利上昇は世界経済の転換点を示しているのかもしれません。
   まず、金利とは何かというそもそも論から始めます。金利
  は貸し借りするお金に対する利子の割合のことです。では、
  利子とは何かということです。お金を借りる人が貸す人に払
  うお礼と考えればわかりやすいと思います。モノを借りると
  きも貸してくれる人にお礼をするのが一般的ですが、お金も
  同じです。わたしたちが銀行にお金を預けると利子がつきま
  すが、それはわたしたちが銀行にお金を貸すので、銀行はわ
  たしたちにお礼をしているのです。国が発行する国債にも利
  子がついています。国債を買う人は国にお金を貸すというこ
  とですから、借りる側の国が買う人にお礼をしています。お
  金を借りたい人が世の中にたくさんいて、お金を貸す人が少
  ないと、たくさんのお礼をしないと貸してくれません。この
  状態は景気のいいときですので、景気のいいときは一般的に
  利子の割合、つまり金利が高くなっていくといえます。逆に
  お金を借りたい人が少なくて、お金を貸したい人が多いと、
  お礼は少なくてすみます。これは不景気のときですから、一
  般的に金利は低くなっていきます。
       https://www.asahi.com/edua/article/14543422
  ───────────────────────────
米長期金利は一時4・88%まで上昇.jpg
米長期金利は一時4・88%まで上昇
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2023年10月12日

●「高インフレを読み誤ったFRB」(第6026号)

 コロナ禍のとき、米FRBは何をしていたのかについて知って
おく必要があります。以下の記述は、次の新刊書を参考にさせて
いただいています。著者の河浪武史氏は、日本経済新聞社金融・
市場ユニット金融部長です。
─────────────────────────────
                  河浪武史著
     日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和
             ──日本経済新聞出版
─────────────────────────────
 コロナ危機に対応する米FRBのゼロ金利・量的緩和でも株安
をどうしても止められないでいたのです。そのため、FRBは、
2020年3月23日に「無制限に国債を購入する」決断をした
ところ、ようやく株価は下げ止まっています。
 このときパウエル議長の率いるFRBが恐れていたのは、デフ
レであり、「経済の日本化」です。当時米国のインフレ率は目標
である2%を下回っており、ここで企業の設備投資を押さえつけ
てしまうと、経済の成長力そのものが失われ、経済は長期停滞に
陥る──これだけは避けなければならないと考えていたのです。
 このとき、FRB内部で一番真剣に検討されたのが、YCC導
入です。YCCを定義すると、次のようになります。日銀では、
現在も黒田前総裁のときから実施しているYCCを継続して行っ
ています。
─────────────────────────────
◎YCC/Yield Curve Control
 イールドカーブコントロールは、中央銀行が特定の国債の利回
りをターゲットとし、買い入れ操作を通じてその利回りをコント
ロールする金融政策手法のことである。通常の量的緩和政策では
資産の買い入れ額を決定するが、YCCでは特定期間の利回りを
ターゲットに設定する。
─────────────────────────────
 FRBも1942年にYCCを導入しています。第2次世界大
戦のときです。米連邦政府の戦費の調達を助けるために導入した
ものの、戦後も連邦政府の圧力が続いて終了できず、低金利政策
が長く続くことになったのです。
 コロナ危機の今回もYCC導入が検討されましたが、FRB内
部プロパーで構成する執行部が強く反対を主張します。執行部は
「40年代の経験からすれば、政府債務の大量購入を求められ、
金融政策の目的と国債管理政策が対立する可能性がある」として
反対し、結局YCCの導入は見送られています。
 しかし、2020年4〜6月四半期の実質GDP成長率は前期
比マイナス29・9%(年率換算)という大変な落ち込みになっ
たのです。
 失業率は、2月3・5%、3月4・4%、4月14・7%まで
急上昇し、失業者数は570万人、720万人、2300万人と
大幅に増加し、米国景気はマヒ状態に陥ります。戦後最悪のマイ
ナス成長であり、戦後最悪の失業率です。
 事態の深刻さに気が付いた米議会は、3月6日には第1弾の経
済対策として、コロナ検査の拡充など83億ドルの財政出動を決
定、3月18日には1000億ドル規模の経済対策第2弾を発出
し、27日には過去最大の2兆ドルの経済対策第3弾が成立して
います。
 この米政府による大判振る舞いによって、中小企業に3500
億ドルの補助金、家計には1人最大1200ドルの現金を支給し
たほか、家賃の支払いや食材の購入などを支援しています。この
過去最大の巨額な財政出動を支えたのが、FRBが無制限に国債
を買い入れる量的緩和政策です。つまり、米国も日本と同じよう
に、異次元の金融緩和政策をやっていたことになります。このと
きは、長期金利は大幅に下落し、5月には史上最低の0・5%ま
で下がっています。
 米国のコロナ禍での金融緩和策で大活躍のパウエル議長に対し
て、トランプ大統領は電話をかけて、「ジェローム、グッドジョ
ップ!」とねぎらいの言葉をかけたといわれています。
 2021年1月にバイデン政権が誕生しますが、バイデン大統
領は、前任者に負けないように、1・9兆ドルの新型コロナ対策
を発動しています。この追加財政出動の規模は名目GDPの9%
分であり、いささか多過ぎたといえます。
 なぜなら、トランプ政権では、経済封鎖を早めに解除し、20
21年の春時点での実質GDPは、ほとんど危機前の水準に戻り
つつあったからです。しかし、この頃から物価が上昇し、インフ
レ気味になっていったのです。しかし、パウエル議長は「物価上
昇は一時的であって、長く続かいと判断します。しかし、2%の
インフレ目標が安定的に目標の2%に戻るのには3年程度はかか
る」と考えていたのです。そのために1・9兆ドルの経済対策は
必要であると考えたようです。
 しかし、2021年の春になると、インフレは止まるどころか
激しくなっていったのです。消費者物価指数(CPI)上昇率は
2021年3月には2・6%、4月には4・1%に急上昇し、6
月には5%、10月には6%、12月には7%台になります。完
全なインフレです。
 2021年春の時点でなぜFRBがインフレを読み誤ったので
しょうか。FRBは、あらゆる経済データを高度に分析できる実
力を持っているのになぜこのミスを犯したのでしょうか。それは
コロナ危機で発生した供給制約を経済モデルにおいて的確にとら
えられなかったことにあります。
 それは、このインフレがこれまでのインフレと違い、需要面で
なく、供給面に起因する特殊なものであるからです。渡辺努東京
大学大学院教授が『世界インフレの謎』を上梓した理由でもあり
ます。パウエル議長はまだ難問を抱え、このインフレを制御でき
ていないでいる状態にあります。
           ──[物価と中央銀行の役割/036]

≪画像および関連情報≫
 ●「アメリカは利上げ終えた」と期待する市場の甘さ
  ───────────────────────────
   FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレを退治したう
  えにアメリカ経済をソフトランディング(軟着陸)させるこ
  とに成功するかもしれないという期待が金融市場で着実に高
  まっている。物価上昇やその要因となる雇用市場の逼迫が落
  ち着き始めている指標が相次いで出ており、FRBの利上げ
  は事実上終わったとの楽観論も出ている。
   8月29日にアメリカ労働省が発表した7月の雇用動態調
  査(JOLTS)では、非農業部門の求人件数(季節調整済
  み、速報値)が882万7000件にとどまった。市場予想
  は950万件だったほか、2021年3月以来の低水準でも
  あり、予想以上に、労働需給の逼迫が緩和していると思われ
  た。市場はすぐさま反応した。同日は、株式市場でS&P5
  00指数が1・5%高となり、6月上旬以来の大幅上昇。ハ
  イテク株中心のナスダック総合指数も1・7%上昇と直近1
  カ月で最大の上げ幅を記録した。債券市場でも、政策に敏感
  に反応するアメリカ2年物国債利回りは0・12ポイント低
  下で4・89%、ベンチマークでもある10年債利回りは、
  0・1ポイント低下して4・12%となった。
   9月1日に発表された8月の雇用統計でも非農業部門雇用
  者数は18万7000人増加と市場予想を上回ったものの、
  6月と7月の伸びがそれぞれ下方修正された。
         https://toyokeizai.net/articles/-/698836
  ───────────────────────────
苦悩するパウエル米FRB議長.jpg
苦悩するパウエル米FRB議長
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2023年10月11日

●「景気後退軟着陸に挑む米FRB」(第6025号)

 ジェローム・パウエル米FRB議長の苦闘が続いています。2
020年3月13日のトランプ大統領によるコロナウイルスへの
対応のための国家非常対宣言以来、パウエル議長は大車輪の活躍
を続けています。当初は、世界的なパンデミックに対応するため
金融緩和を実施することであり、2021年3月からは世界イン
フレへの対応策です。そして、2022年2月24日にロシアに
よるウクライナへの侵攻が起きます。
 パウエル氏がFRB議長に就任したのは、2018年のことで
す。トランプ大統領は、リベラル色の強い前任のジャネット・イ
エレン氏を嫌っていて、ゴールドマン・サックス出身のゲーリー
・コーン米国家経済会議委員長(当時)への交代が、ほとんど決
まっていたのです。
 しかし、トランプ大統領がネオナチなどを含む白人至上主義者
を擁護するような発言するのを聞いて、コーン氏は辞退し、パウ
ェル氏がFRB議長に選ばれたのです。パウエル氏は、ウォール
街の投資ファンドで活躍していた法律の専門家で目立たない人物
であり、理事としてFRBに務めた6年間に、一度も反対票を投
じたことがなかったことでも知られています。そのためか、そう
いうパウエルに対して「ミスター普通」のニックネームが付けら
れたのです
 そのパウエル議長がここまで何をやってきたかについては、こ
の後振り返りますが、米国に関しては、少なくとも、2023年
7月には、パウエル議長による景気後退を回避する軟着陸のシナ
リオが現実性を増してきていることは確かなことです。
 2023年7月までの経済状況については、7月20日付の日
本経済新聞会員限定記事に次のように書かれています。
─────────────────────────────
 7月19日午前の米株式市場でダウ工業株30種平均は8日続
伸し、1年3カ月ぶりの高値で推移する。投資家心理を支えるの
がインフレの減速だ。この日発表の経済指標は予想に届かなかっ
たが、「インフレ鈍化には好都合」との楽観論が先行する。12
日発表の6月の消費者物価指数(CPI)では前年同月比の上昇
率が3・0%と2年3カ月ぶりに4%を割れた。米モルガン・ス
タンレーのチーフ・グローバルエコノミスト、セス・カーペンタ
ー氏は「インフレを巡る議論の転換点となりうる」と強調した。
 モノの価格急騰は収束がはっきりしてきた。新型コロナウイル
ス禍では世界でサプライチェーン(供給網)が寸断され、深刻な
モノ不足となった。一方、サービスからモノへの需要のシフトを
伴いつつ、各国政府による巨額の財政出動が消費意欲を強く刺激
した。ここにきて供給網の正常化による供給制約の解消に加え、
米連邦準備理事会(FRB)の急激な利上げや中国などの景気停
滞を背景に、需要面も落ち着きつつある。
 サービス価格も、高止まりしてきた家賃がようやくピークアウ
トしてきた。民間の先行指標は減速が鮮明だったが、CPIの統
計上、利上げの効果が遅れて出てきた。残る焦点である「家賃を
除くサービス」も伸びが縮小しつつある。労働市場の逼迫を受け
て賃金に上昇圧力がかかり、値段を押し上げてきたが、賃金指標
にも減速する兆しがみえ始めている。https://onl.bz/3jgGVTm
──2023年7月20日付、日本経済新聞/有料会員限定記事
─────────────────────────────
 このまま行けば、2024年には利下げも視野に入り、景気後
退の軟着陸も視野に入る──このように思われていてましたが、
10月に入って予想外の長期金利の上昇が起きて、シナリオに大
きな狂いが出つつあります。
 これについて、10月8日の日曜日の日本経済新聞は、3面に
次の見出しを付けた記事を載せて、インフレによる景気後退の軟
着陸の難しさを伝えています。
─────────────────────────────
 ◎米長期金利/迫る5%/経済軟着陸に試練
  雇用大幅増、利上げ長期化の見方/財政信認低下も背景
 【ニューヨーク=三島大地】 米長期金利が5%の大台に迫って
きた。6日発表の9月の米雇用統計で、就業者数が市場予想を大
幅に上回り、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが長期化する
との見方が広がったためだ。足元の急激な金利上昇の根底には米
財政への信認低下もある。
         ──2023年10月8日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 米国における長期金利の上昇については、10日のEJでも取
り上げていますが、なぜ問題なのかについては、改めて詳しく説
明することにします。
 2020年3月3日早朝、G7は緊急の財務相会議を開き、次
の共同声明を出しています。
─────────────────────────────
 持続的な成長を実現するため、あらゆる政策手段を用いて、経
済の下方リスクに立ち向かう。  ──G7財務相会議共同声明
─────────────────────────────
 この日、FRBも臨時のFOMCを開き、0・5%の緊急利下
げを決めています。米FRBは、G7中トップでこれをやってい
ます。先手必勝は、通貨防衛の鉄則だからです。ちなみに、FR
Bが臨時FOMCを開いて、利下げをするのは、リーマンショッ
ク以来11年半ぶりのことです。
 FRBはその後も立て続けに緩和措置を連発しています。トラ
ンプ大統領の非常事態宣言後の15日には、日曜日にもかからわ
ず、再び臨時のFOMCを開いて1%の大幅利下げを行っていま
す。事実上のゼロ金利政策の再開であり、FRBは米国債を50
00億ドル購入する量的緩和も復活させています。
 それにもかかわらず12日の米株式市場では、ダウ平均が1日
で、2352ドル安と過去最大の下落幅を記録しています。しか
し、16日にはさらに2997ドル安に見舞われます。
           ──[物価と中央銀行の役割/035]

≪画像および関連情報≫
 ●新型コロナウイルスの感染拡大で米FRBが緊急声明を
  発表追加利下げの可能性高まる
  ───────────────────────────
   ジェローム・パウエル米国連邦準備制度理事会(FRB)
  議長は2月28日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた
  緊急声明文を発表した。FRBは「新型コロナウイルスの動
  向と経済見通しに与える影響を注意深く監視」し、「経済を
  支えるために、われわれの政策ツールを使い、適切に行動す
  る」とした。
   市場では今回の声明文発表を受けて、次回3月17、18
  日に予定されている米国連邦公開市場委員会(FOMC)に
  おいて、FRBは最大0・5ポイントの追加利下げを決定す
  るのではないかとの見方が広がりつつある。例えばシカゴ・
  マーカンタイル取引所(CME)のデータによると、3月2
  日時点において市場が織り込む次回3月会合における0・5
  ポイント利下げの確率は100%となっている。
   これに加えて、声明文では「米国経済の基盤は引き続き力
  強い」ものの、「新型コロナウイルスは経済活動にリスクを
  もたらしている」とし、経済の下押しリスクに対する強い警
  戒感も示された。企業の購買担当者に対するアンケート調査
  結果をみると、既に景況感の悪化が確認され、2月の米国の
  IHSマークイット製造業購買担当者指数(PMI)(2月
  21日発表)は、前月(53・3)から3・7ポイント減の
  49・6となった。拡大局面を示すベースラインの50を下
  回るのは、政府機関の一部閉鎖があった2013年10月以
  来、6年4カ月ぶりとなる。       ──JETRO
  ───────────────────────────
サービス価格の動向が焦点.jpg
サービス価格の動向が焦点
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2023年10月10日

●「なぜ、米長期金利は上昇しているか」(第6024号)

 このところ日経平均株価が下がっています。10月5日の日経
平均株価は3万1075円36銭です。9月14日から10月5
日までの15日間の騰落数は次の通りです。○印は前日より上昇
/●印は前日より下落を表しています。
─────────────────────────────
      14日      〜      5日
        ○○●●●●○●○●●●●●○
─────────────────────────────
 下落の原因は何でしょうか。何よりも米国のインフレが収まっ
ていないことが原因としてあります。米国の長期金利の高止まり
を受けて、米景気の下押しリスクへの警戒感が強まったので、米
連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めが長期化するとの懸念
もあって、日本株はほぼ全面安の展開になったのです。一般的に
金利上昇の局面には、次の2つのパターンがあります。
─────────────────────────────
    @好景気に伴う企業の資金需要を見込んで上がる
    A財政悪化など国債の信用リスクの悪化で上がる
─────────────────────────────
 今回の金利上昇は明らかにAであるといえます。米政府は政府
封鎖こそ何とか回避したものの、10月3日には米連邦議会下院
が野党・共和党トップがのマッカーシー議長の解任動議を可決し
ています。そのため、米政府の利払い負担が急増するなか、財政
運営が混乱するとの見方から債券売りが進んだのです。
 これに伴い、米国では、長期金利が5%を超えるとの観測が強
まっています。金利が上昇すれば国債価格は下がり、米地銀など
が保有する国債の含み損がさらに脹らみ、銀行が融資を絞り込む
と、金融市場への負荷が高まる恐れがあります。
 長期金利の上昇について10月6日付の日本経済新聞では、4
人の米著名投資家の見解を掲載しているので、その見解を以下に
ご紹介します。
─────────────────────────────
◎ラリー・フィンク/ブラックロックCEO
 「長期金利は少なくとも5%かそれ以上になる」
◎ビル・アックスマン/バーシング・スクエア・キャピタル・
 マネジメントCEO
 「長期金利は近く5%に迫るとみている」
◎ビル・グロス/ビスコム共同創業者
 「債券市場は国債供給の人質」
◎JPモルガン/ジェイミー・ダイモンCEO
 「7%のような金利上昇への備えはできているだろうか。最
 悪のケースは7%の高金利と(インフレと景気後退が共存す
 る)スタグフレーションの併存だ」
        ──2023年10月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ここで考えてみるべきことがあります。「長期金利が上がる」
ということについてです。どのようなときに、長期金利は上昇す
るのでしょうか。金利には、その期間によって、次の2つがあり
ます。
─────────────────────────────
  @長期金利
   1年以上の金融資産の金利。代表例は10年物国債
  A短期金利
   1年未満の金融資産の金利。  代表例は政策金利
─────────────────────────────
 一般的に「利上げする」というときは、中央銀行が金融政策と
して、短期金利(政策金利)を上げることをいいます。長期金利
は、需給バランスや短期金利の推移、物価の変動などさまざまな
要素で変動します。なかでも、関係が深いと考えられているのが
国内景気、国内物価、為替、海外金利などです。
 長期金利が下落すると、株価は上昇するのが一般的です。なぜ
なら、金利が下がると、債券を購入するよりも株式を購入したほ
うが有利だと考えられるからです。逆に金利が上昇すると、債券
を買う投資家が増えるため株価は下がる傾向があります。とくに
米国債の長期金利は、世界中のさまざまな金融商品の指標にされ
ています。その利回りが上昇しつつあるのです。
 加えて長期金利は住宅ローンの金利にも関係します。当然金利
が低いほうが総返済額を低く抑えられます。とくに固定金利の場
合、借りた時点での金利によって、総返済額が大きく変わってく
るのです。
 問題は米国の長期金利の上昇はどこまで続くのでしょうか。上
昇した結果、どうなるのでしょうか。これについて、10月5日
付の日本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 米長期金利の上昇はどこまで続くのか。「市場は金利の適正水
準を探りあぐねている」。米ゴールドマン・サックスのトレーダ
ーは9月末の顧客向けメモでこう指摘した。10月に入っても状
況は変わっていない。
 「5%を超えても大きく上昇していく可能性はある」。大和証
券の谷栄一郎チーフストラテジストは、バイデン米政権の積極財
政に伴う国債の増発が今後も金利上昇を促していくとみる。もっ
とも、「5%という心理的節目に達すれば、マクロ系のヘッジフ
ァンドなどを中心に買い場とみる投資家も増えてくる」(東海東
京証券の佐野一彦チーフ債券ストラテジスト)と、一部の投資家
の買いが上昇トレンドを一服させるとの見方も根強い。
 FRB高官による講演や6日発表の9月の米雇用統計など、週
内は年内の利上げ見通しを左右するイベントが相次ぐ。米長期金
利の動向が世界の金融市場を揺らす展開はしばらく続きそうだ。
         ──2023年10月5日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/034]

≪画像および関連情報≫
 ●米国債メルトダウン:米国10年国債利回り5%に
  強い違和感
  ───────────────────────────
   米国債の価格急落、利回りの急上昇が続いている。いわば
  メルトダウン状態である。米国10年国債利回りは足元で、
  4・8%まで上昇し、5%台が目前に迫っている。30年国
  債利回りは既に4日に5%に達している。これは、2007
  年以降で初めてである。米国での長期国債利回りの上昇は、
  今春に生じた米銀の経営不安を再燃させかねない。
   米国の長期国債利回りの上昇こそが、日本では円安進行を
  促し、物価高を助長することで政府を苦しめている。またそ
  れは、日本の長期国債利回りを上昇させ、7月のイールドカ
  ーブ・コントロール(YCC)柔軟化後の日本銀行の利回り
  コントロールを難しくさせている。さらに、米国の長期国債
  利回りの上昇が米国の株価下落を促し、その影響で日本の株
  式市場も逆風に見舞われている。
   7月以降、米国の10年国債利回りは、ほぼ1直線に1%
  ポイント程度上昇してきた。これとほぼ連動して生じている
  のが、ドル高だ。7月に実施したYCCの運営柔軟化措置に
  よって、日本の10年国債利回りには上昇余地が広がった。
  これは米国の国債利回りが上昇する中でも、日米長期利回り
  の拡大を一定程度抑え、円安リスクを軽減しているはずであ
  る。しかしながら、米国の10年国債利回りの上昇があまり
  にも急速であるため、YCCの運営柔軟化後に円安はさらに
  進んでいる。        https://onl.bz/MeZMCPL
  ───────────────────────────
9月のFOMC後に米金利上昇が加速.jpg
9月のFOMC後に米金利上昇が加速
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2023年10月06日

●「減税経済対策は果たして成功するか」(第6023号)

 岸田内閣の支持率が上がらないでいます。何をしても支持と不
支持が逆転のままですが、それは当然のことです。なぜかという
と、岸田首相は日本の防衛力強化のため、当初「増税」を主張し
ていたはずですが、それが突然「減税」に変わっています。これ
では、国民が戸惑うのは当然のことです。
 2022年度の国の一般会計の税収は約71兆円です。物価高
の影響で、消費税収が増えたことに加えて、企業の好業績や賃上
げにより法人税と所得税も上向いたことで、3年連続で過去最高
を更新し、史上空前の税収になっています。
 経済成長による成果というよりも、インフレによる物価高が主
因の税収増ではありますが、それを「適切に国民に還元する」こ
とは、良い心がけであると思います。今や多くの国民が物価高に
苦しんでいるからです。
 しかし、首相が「減税」として胸を張って打ち出した経済対策
は、企業、それも大企業への補助金ばかりであって、国民にとっ
て減税らしいものは一つとしてないのです。メインは「賃上げ税
制の減税制度強化」や、「国内投資促進や特許などの所得に対す
る減税制度」など、企業への優遇措置ばかり。インフレによる物
価高にあえいでいる国民への直接減税を完全に無視しています。
 もともと岸田首相は「直接国民に何かを配る」のが好きではな
いようです。2020年の安倍政権で、コロナ禍対応の現金給付
を実施するさい、当時政調会長の岸田氏は国民全員配布ではなく
一定所得以下の人に30万円配る案を安倍首相に提案し、一度は
了承されています。しかし、公明党に強く反対され、全員給付に
戻しています。おそらく岸田氏は、全員にお金を配ることは「バ
ラマキ」であると思っているのだと思います。
 今回の岸田首相の「減税案」について、経済ジャーナリストで
ある萩原博子氏は次のように岸田首相を批判しています。
─────────────────────────────
 物価高に賃上げが追いつかず、実質賃金が16カ月連続マイナ
スという状況です。にもかかわらず、岸田政権が打ち出す経済対
策は企業への補助金ばかり。ガソリン価格や電気・ガス代の高騰
に対して、企業への助成を通じて抑制しようとしたのがいい例で
す。本気で「減税」して国民に「還元」する気があるなら、逆進
性の高い消費税の減税や廃止を訴えるべきでしょう。総選挙が近
いから「減税」というフレーズを持ち出して、人気を集めようと
しているとしか思えません。──経済ジャーナリスト萩原博子氏
          2023年10月04日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 このような「偽減税ではないか」という国民の批判に対して、
与党幹部はその対応に追われています。10月2日、茂木幹事長
と世耕参院幹事長は、「減税」について、次のようにそれぞれ見
解を述べています。
─────────────────────────────
◎税収増分をダイレクトに、減税措置などによって、国民に還元
することも十分あり得る。増えた税収を最大限に活用し、国民に
適切に還元していくことは当然のことである。
                 ──茂木敏光自民党幹事長
◎岸田首相が「税の増収を還元する」といっている。税の基本は
法人税と所得税なので、当然、減税の検討対象になってくる。
              ──世耕弘成自民党参議院幹事長
─────────────────────────────
 しかし、かねてから「財務省寄り」「増税派」のイメージの消
えない岸田首相が、表現上とはいえ、経済対策の基本姿勢を増税
姿勢から減税姿勢に変更したことは、岸田内閣にとって大きな前
進であるといえます。とくに、「コストカット型経済からの30
年ぶりの転機」というスローガンは秀逸であり、これを成し遂げ
ることによって「新しい資本主義」に移行するという流れができ
るといえます。
 しかし、岸田政権は、このスローガンを本当に実現できるので
しょうか。補正予算の規模の問題があります。これには、自民党
内の積極財政派と緊縮財政派の意見は完全に割れています。
─────────────────────────────
◎責任ある積極財政を推進する議員連盟
 現在の失業率の水準から計算すれば最低でも10兆円。日本経
済の潜在能力から推測すると、最大20兆円不足している。した
がって、20兆円規模の経済対策が必要である。消費の低迷が著
しいからである。
◎財務省および財政緊縮派
 経済対策は「規模ありき」ではない。政府の集計では、総需要
不足は解消している。4〜6月期の「受給ギャップ」が3年9カ
月ぶりにプラスに転じている。
─────────────────────────────
 この3年間の税収の予想からの上振れは平均して約4兆円であ
るといわれます。これを消費税に換算すれば、2%分に該当しま
す。したがって、本来であれば、日本経済の現状は個人消費の低
迷が問題化しているので、減税をやるなら、時限的に消費税の減
税を行うべきですが、岸田政権は絶対にやらないでしょう。財政
緊縮派によると、消費減税を行うと法律改正に時間がかかり、買
い控えが起きて、かえって税収が減ると主張するのです。
 ここに岸田首相がなぜ減税を行わず、企業への補助金にこだわ
る理由があります。補助金の場合は、すぐ戻せますが、法律の場
合は一度やってしまうと、簡単には戻せないからです。しかし、
消費減税に野党は反対しないし、協力すると思われるので、法律
改正はそんなに時間はかからないはずです。本音は岸田政権とし
ては、消費減税だけはやりたくないのでしょう。
 なお、解散が取り沙汰されていますが、10月22日に衆参の
2つの補選があり、その状況があまり芳しくなく、解散は難しい
と考えられているからです。
           ──[物価と中央銀行の役割/033]

≪画像および関連情報≫
 ●減税が焦点となってきた経済対策:税収の上振れ分を
  減税で国民に返すべきなのか?
  ───────────────────────────
   岸田首相は9月25日に、5本の柱からなる経済対策の方
  針を示した。対策の中核を成すのは、国民が高い関心を持っ
  ているガソリン及び電気・ガス料金の補助金制度延長などの
  物価高対策である。
   さらに経済対策の狙いについて岸田首相は、「経済成長の
  成果である税収増などを国民に適切に還元すべく対策を実施
  したい」とし、減税措置を検討する考えを示唆している。
   具体的には企業の生産・販売量に応じた法人税の税額控除
  制度の創設、特許など知的財産から得られる所得の税優遇措
  置、税優遇の対象となるストックオプション(株式購入権)
  の拡充を通じた外部人材確保の促進などが検討されている。
   さらに2023年度末までの既存の賃上げ税制を延長した
  うえ、赤字で税額控除を受けられない中小企業に新たに控除
  の繰り越しを認めることも検討されている。
   岸田首相は「税収増を国民に還元」と説明しているが、実
  際に検討されているのは個人ではなく企業に対する減税措置
12345678901234567890123456789
  であり、さらに税率引き下げなどの直接的な減税措置ではな
  く、税控除拡大などの間接的な措置である。しかし、岸田首
  相の「税収増を国民に還元」、「減税」という発言が、自民
  党内に減税議論を一気に巻き起こしており、減税が経済対策
  の大きな焦点となってきた感がある。
                 https://onl.bz/eENSRQV
  ───────────────────────────
経済対策の骨子を説明する岸田首相.jpg
経済対策の骨子を説明する岸田首相
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2023年10月04日

●「インボイスは『増税』そのものである」(第6022号)

 インボイス──制度開始が日曜日だったせいか、関連記事は次
の1本のみで終わっています。選挙も迫っているので「増税」と
いう捉え方をされることを気にしているようです。
─────────────────────────────
 ◎インボイス/申請は途上/免税111万事業者が転換へ
             佐川急便:取引先数千社に確認
             大成建設:下請け対象の講習会
       ──2023年10月1日付/日本経済新聞
─────────────────────────────
 自民党の安倍晋三政権における消費税増税──5%〜10%へ
倍増。この大増税を仕掛けたのは自民党でなく、野田佳彦首相が
率いる民主党であり、インボイスはそのさいの副産物といえる存
在です。確かに、この制度にとって増税になるケースも出てくる
ので、政権与党としては静観の構えです。
 民主党がこの消費税増税によって政権を失い、立憲民主党と国
民民主党に分かれていますが、どちらの党も勢いがなく、このま
までは、立憲民主党は野党第一党の地位を失うでしょう。その原
因を作ったのは、旧民主党野田政権です。
 なぜなら、民主党は「消費税増税はやらない」と公約し、20
09年の総選挙で自民党を下野させて政権を奪取すると、ことも
あろうに、その公約を破棄し、下野している自民党/公明党と組
んで、当時5%であった消費税の税率を倍増させるスケジュール
を組んだのです。国民にとって、公党によるこれほどのひどい裏
切りはないといえます。
 それはさておき、消費税の制度を設計するさいに、収入の少な
い人に対する対策をめぐって、民主党と自民党で意見が分かれ、
次の2つのどちらかをとるかとになったのです。
─────────────────────────────
      @給付付き税額控除 ・・・ 民主党
      A    軽減税率 ・・・ 自民党
─────────────────────────────
 しかし、どちらにするか、選挙が実施され、民主党から政権を
奪還した自民党が採用したのは、Aの軽減税率だったのです。し
かし、軽減税率にすると、約1兆円以上の税収が失われてしまう
ので、それを穴埋めするために、小規模業者泣かせのインボイス
の導入を自民党は主張したのです。
 民主党の政権の存続と、消費税の5%アップを導入を引き換え
にしたともいえる野田元首相は、9月30日の朝日新聞のインタ
ビューに応じて次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
――軽減税率が選ばれていなければ、インボイスは始まらなかっ
 たのですか。
野田:始まっていないですね。11年前に首相として深く制度設
 計をして、もうちょっと頑張って、給付付き税額控除に決めき
 っておけばよかった、という後悔の念、ある種の痛恨の極みが
 あります。インボイスは税率の認識に違いがないようにするた
 めと言いますが、軽減税率が入って4年後という時間差で始ま
 まります。円滑にいくか心配しています。
――政府はかつて、インボイスによって2千億円以上の「増収」
 を計算しました。恩恵は見えてきますか。
野田:消費税で入る分が増えても、なかなか自分たちの暮らしの
 中の社会保障と直結しません。受益と負担の相関関係がわかり
 にくく、実感がわきにくいのは事実です。(聞き手/編集委員
 ・伊藤裕香子)   ──2023年9月30日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 選挙前の公約で国民に約束し、政権を奪取してそれを平然と破
る──絶対にあってはならないことです。公約違反として撤回を
迫る小沢一郎グループが民主党が離党しても、野田政権は増税路
線を突き進み、現在に至っています。
 朝日新聞デジタルは、そのあたりの野田元首相の考え方を別の
インタービューで聞いています。
─────────────────────────────
――野田さんは、なぜ首相自ら主導するかたちで消費税を増税し
 たのですか。
野田:人口減や高齢化が進む日本の社会保障制度を支えるのが、
 消費税です。その基本的な考え方は、いまも間違っていないと
 信じています。3党が合意して法律が通った以上は、税率を8
 %、10%としっかり2回引き上げて、安定した社会保障制度
 と財政の健全化が進んでいくと期待したのですが、コロナ禍も
 あって財政規律は大きく緩んでしまいました。
――政府はかつて、インボイスによって2千億円以上の「増収」
 を計算しました。恩恵はどこかに見えてきますか。
野田:消費税で入ってくる分が増えても、なかなか自分たちの暮
 らしの中の社会保障と直結しません。たとえば年金の財源で国
 が負担する割合を高めてもいますが、受益と負担の相関関係が
 わかりにくく、実感がわきにくいのは事実です。
――野田さんの後の安倍晋三首相は、税率が10%になる直前の
 2919年夏に「今後10年くらいの間は、消費税を上げる必
 要はない」と発言しています。
野田:安倍さんという、影響力の大きい方の言葉であるがゆえに
 政策議論を10年封印してしまう、ものすごく大きな方向性で
 した。この言葉を受け止めすぎているのが、いまの岸田文雄首
 相ではないでしょうか。環境的には物価が上がり、円安も進ん
 で、いま負担を求める議論はものすごくやりにくい。けれど、
 少なくとも丁寧な政治の議論は始めるべきでしょう。
─────────────────────────────
 野田元首相は、公約違反で国民を裏切り、民主党を機能不全に
させたことは、いまなお反省はないようです。今回のインボイス
も総選挙にとって、大きなマイナスであるといえます。
           ──[物価と中央銀行の役割/032]

≪画像および関連情報≫
 ●野田元首相が今語る「12年党首討論→解散」の本音
  ───────────────────────────
  井手:まず、安倍晋三元首相の追悼演説でも触れられていた
   2012年11月14日の「丁々発止」の党首討論からの
   衆議院解散。そのときのことからお伺いします。
   当時、消費増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法が
   自民・公明との3党合意で成立し、近いうちに解散して国
   民に信を問わざるをえない状況でした。特例公債法を人質
   に取られ、一票の格差問題もあった。民主党からは続々と
   離党者が出て、野田降ろしも起きる。党も内閣も支持率は
   低く、選挙をすれば当然負けるだろうという雰囲気で、や
   はり結果は惨敗。ご自身ではあの敗北をどう評価されてい
   ますか。
  野田:党首討論で解散を明示し、その結果が大敗で、私は敗
   軍の将となリました。ですが、一人の政治家としてはその
   ことに悔いはないんです。あのときはねじれ国会で、予算
   は成立しても、財源となる特例公債が発行できずにいた。
   結局、特例公債法が成立したのは11月16日、解散と取
   引したような形です。そのような状況だったので、あれは
   一致点を見いだすための討論だったんです。単に丁々発止
   のやり取りをすればいいというものではなく、ケンカ別れ
   するわけにもいかなかった。
         https://toyokeizai.net/articles/-/640154
  ───────────────────────────
民主党政権時代の「消費税引き上げ協議」.jpg
民主党政権時代の「消費税引き上げ協議」
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2023年10月03日

●「『インボイス』という名前の増税」(第6021号)

 国民のほとんどが何だかよくわからない内に、10月から「イ
ンボイス」が導入されています。メディアも政府に配慮してか、
導入直前でも報道のトーンを控えている感があったので、いまだ
に知らない人がたくさんいるはずです。どのような制度か、定義
を掲載しておきます。
─────────────────────────────
 インボイス制度とは、一定の項目が記載された適格請求書(イ
ンボイス)に基づいて、消費税の仕入税額控除額を計算し、証拠
書類を保存する消費税法上の制度である。
─────────────────────────────
 要するに、ごく簡単にいうと、これまで消費税を納めなくても
よかった人(年売上高1000万円未満)からも消費税を取り立
てることができる制度です。つまり、その人にとってはインボイ
スの導入は増税になるわけです。飲食店、雑貨店、フリーランス
の仕事をしている人にとっては増税となる可能性があります。
 10月1日といえば、4600品目以上の食品が値上がりし、
サービス価格の上昇についても予定されています。それに酒税の
改正で税額が上がる第三のビールなどがあります。どこも値上げ
ラッシュです。ちなみに、東京ディズニーランドの大人1日券は
繁忙期の最高額が1万9000円になるほか、日本郵便の「ゆう
パック」の運賃も上昇します。ところが岸田首相は、これから行
う経済対策について、次の趣旨のことを述べています。
─────────────────────────────
 コロナ禍で苦しかった3年間を乗り越えて、経済状況は改善し
つつある。しかし、国民はインフレによる物価高に苦しんでいる
ので、税収増を国民に還元する。長年続いてきたコストカット型
の経済から30年ぶりに歴史的転換を図り、人への投資や設備投
資などに取り組む。決して後戻りすることがないよう経済対策を
実行していきたいと考える。          ──岸田首相
─────────────────────────────
 なんと岸田首相は「減税」を口にしたのです。しかし、岸田首
相が掲げたのは、「賃上げ税制の減税制度の強化」、「国内投資
に対する減税制度の促進」、「ストップオフションの減税措置の
充実」などです。国民の期待する「消費税減税」や「社会保険料
の引き下げ」という言葉がどこにもないのです。そのため、「偽
減税」という声が多数上がっています。
 なかでも、青山繁晴自民党参議院議員は、「もっと庶民の負担
軽減に直結する政策を打ち出すべきである」として、次のように
岸田首相に直言しています。
─────────────────────────────
 岸田首相は増税に敏感になっているが、増税ばかりを考えてい
ると、国民に見透かされる。社保料引き上げも「ステルス的」と
受け止められている。増税・負担増の現実に気づかない国民はい
ない。それだけ、窮状は切実である。では、今、どういった施策
が必要なのか。
 武漢熱(新型コロナ)がようやく収束しつつあり、景気回復の
兆しがある。税収増はそのサインだ。賃上げと同時に、消費税の
減税などに踏み切れば、需要が喚起され、さらに税収も増える。
「新たな財源」は必要がなく、国民に還元される。消費減税はタ
ブーではない。もともと、消費税は柔軟に引き下げることができ
るのが特徴の税制である。   ──青山繁晴自民党参議院議員
              ──9月29日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 話をインボイスに戻します。「自分には関係がない」と考える
人も多いと思うので、「消費税は悪法である」とする消費税の権
威といわれる元静岡大学教授で弁理士の湖東京至氏との一問一答
をご紹介します。
─────────────────────────────
湖東:課税売上高が「1000万円以下」の人たちに影響が大き
 く出るということが問題なんです。建設業での1人親方、赤帽
 や個人タクシーの運転手、ウーバーイーツなどの宅配、映画や
 演劇の俳優、音楽家、英語の講師、外注の社員、農家、貸家、
 駐車場経営、太陽光販売、自販機業者など、今まで税金が免除
 されていた個人事業者が一番影響を受けます。とくに親会社が
 「消費税の課税事業者」だと困ることになる。
――:「インボイス」とは、一体何なのですか?これだけの個人
 事業主に影響が出るのですよね?
湖東:「インボイス」とは何だと聞かれると、「請求書」のこと
 です。日本の消費税法では、ただ、「請求書」と訳さずに「適
 格」という文字をつけて、「適格請求書」と言います。正規の
 「適格請求書」を総称して「インボイス」と言っています。そ
 の「インボイス制度」が、2023年10月1日から始まりま
 す。「インボイスの番号の登録」は2022年10月1日から
 始まっており、来年3月31日までに「インボイスの登録番号
 の登録」をすると決められています。
――:もう登録は始まっていたのですね。私は全然知りませんで
 した。
湖東:今現在、すでに登録をすませている人はいますが、まだ少
 数ですね。みんなこんなことを知りませんから、税務署は必死
 になって登録を勧めています。
――:先ほど「適格請求書」と「不適格請求書」があるといいま
 したが、同じ「請求書」なのに、何が違うのですか?
湖東:正規の請求書となる「適格請求書」と、「不適格請求書」
 の違いは「番号」です。登録申請書を税務署に提出し、審査を
 経て登録番号が通知されると、適格請求書発行事業者になりま
 す。この番号を付けた請求書が「適格請求書」で、番号なしの
 請求書を「不適格請求書」というようなります。この「番号を
 もらう」ということが大事なんです。
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/031]

≪画像および関連情報≫
 ●これでマルわかり/「インボイス制度」「電子帳簿保存法」
  ───────────────────────────
   請求書は手書き、もしくはパソコンで作成し、押印、封入
  して郵送する。請求書を受け取った側も、それを見ながら支
  払いを行い、請求書はファイルに保存する。
   どの事業者でもおこなっている日常的な業務だ。しかし、
  2023年10月以降、そのごく当たり前の業務は通用しな
  くなってしまう。「インボイス制度導入」と「電子帳簿保存
  法」の改正に対応しなければならないからだ。もちろん、中
  小の建設事業者とて例外ではない。
   インボイス制度がスタートすると、「請求書に記載すべき
  項目」が増える。しかも要件を満たした請求書を授受して保
  存しなければ、税額控除が受けられず、負担が増える場合も
  あるという。
   また、2024年1月からは、改正電子帳簿保存法の規定
  により、データで発行された請求書や領収書などは、紙のま
  までの保存は原則NGとなる。きちんと対応できていない事
  業者には罰則もあるのだ。
   制度に詳しい税理士の袖山喜久造氏は、「とくに一人親方
  などの職人に仕事を依頼している事業者にとっては他人事で
  はなく、早急な対応が必要」と指摘する。どんな点に注意し
  何から始めればよいのだろう
  https://www.sumitomokenki.co.jp/power/report/1269/
  ───────────────────────────
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青山繁晴参院議員
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2023年10月02日

●「マイナス金利を見送った植田日銀総裁」(第6020号)

 9月19日から22日までは、「日米の中央銀行ウィーク」で
あったといえます。前半の2日間は米国のFRBのFOMC、後
半は日銀の日銀政策決定会合です。
 FOMCが今回利下げを行わないことは予測していた通りだっ
たのですが、FOMC参加者による2024年末の政策金利の見
通しが、次のように引き上げられています。
─────────────────────────────
    中央値で5・1%(前回から0・5%引き上げ)
─────────────────────────────
 米政策金利の高止まりです。これによって米市場参加者の「利
下げシナリオ」に狂いが生じてきています。投資家は、現在、高
金利長期化への備えを急いでいます。
 日銀は、当初この金融政策決定会合で、マイナス金利を撤廃す
るのではないかといわれていましたが、政策の現状維持を決めて
います。目標の消費者物価指数は、少なくとも9月までは目標の
インフレ目標2%を超えていますが、日銀は、賃金上昇を伴う形
での2%の物価安定目標の達成にはなお至っていないとして、物
価目標の実現に向けていまの金融緩和策を粘り強く続ける必要が
あると判断したようです。
 植田日銀総は、これについて22日の記者会見で、次のように
発言しています。
─────────────────────────────
 現状、目標の持続的安定な達成を見通せる状況には至っておら
ず、粘り強く金融緩和を続ける必要がある。実現が見通せる状況
になれば、政策の修正を検討することになるが、現時点では経済
物価をめぐる不確実性はきわめて高く政策修正の時期や具体的な
対応について到底決め打ちはできない。
                 ──植田日銀総裁/NHK
─────────────────────────────
 以下、記者団による主な質問と、植田日銀総裁の一問一答につ
いて、次のようにまとめます。
─────────────────────────────
記者:今後の「物価の見通し」について
植田:7月の展望レポートでは、2023年度と2024年度の
 物価見通しについて、上振れリスクの方が大きいと判断した。
 先行きの物価を巡っては、為替相場や資源価格の動向だけでな
 く、内外の経済動向や、企業の賃金・価格設定行動に関する不
 確実性も極めて高いと認識している。
記者:長期金利が若干上昇しているので、固定金利の住宅ローン
 金利が上昇するが・・・。
植田:ただ、その上昇幅も限定的で、固定金利で借りてる人の比
 率もそれほど高くないのが現状であり、マクロ的な影響は限定
 的と考える。今後、住宅ローン金利が上昇を続けていくのかど
 うかは、経済物価情勢およびそれを受けた日銀の政策の動きに
 大きく影響される。そうしたなかで目標に達するという見通し
 が立っておらず、現状維持ということで大きく動くということ
 は今の時点で申し上げられる状況ではない。
記者:実質賃金がプラスにならないことについては?
植田:実質賃金の上昇率がマイナスのままでプラスに転じないこ
 とは非常に心配している。実質所得が低下する中で家計にイン
 フレが負担になっている。
記者:世界経済の現状について、どう考えるか。
植田:アメリカ経済は、少しソフトランディングの期待が高まっ
 た。FOMCやパウエル議長の記者会見でもあったように、ど
 んどん金利を上げていくということではないが高くなった金利
 を高いまま維持していくという姿勢が見られている。アメリカ
 経済は若干強めだが、一方でその他の国を見ると、中国やヨー
 ロッパのように少し弱めの所もある。全体として将来に向けて
 のリスク要因ではあるものの、今回の政策決定に強い影響を及
 ぼしたわけではない。
記者:YCC=長短金利操作やマイナス金利政策を終了する条件
 をどう考えるか。
植田:YCCに関して現在のフォワードガイダンスで約束されて
 いるのは、YCCという枠組みを目標達成の見通しが立つまで
 維持するということだ。長期金利については7月に実施したよ
 うな修正、あるいは枠組みの柔軟化ということをYCCの全体
 の枠組みを維持した中で実施した。短期金利については、全体
 の見通しが達成されるまでは、マイナス金利でいくという認識
 でいる。
記者:為替の動向をどのようにとらえているか。
植田:為替の動向は、将来の経済動向や物価動向にいろいろな形
 で影響を及ぼす。したがって、われわれの物価見通しにも影響
 を及ぼすものであるという観点から、常に注視している。為替
 市場の動向だけでなく、経済物価への影響について政府とも緊
 密な連絡を取りながら注視してまいりたいと常に考えている。
記者:金利上昇についてはどうか。
植田:今後、仮に本格的に金利を上げていく、あるいは金利が上
 がっていくという局面になった場合、それが展望されるような
 局面ではしっかりと点検したうえで金利を上げていかないとい
 けないというふうに思っている。現状は7月との比較でいえば
 わずかな金利上昇で、まだはっきりと確認できる段階ではない
 が、インフレ期待の上昇の中での動きなのでそれほど心配する
 動きではない。         https://onl.bz/MhAmCJS
─────────────────────────────
 しかし、これによって、「1ドル=150円」台が確実に迫り
150円前後での攻防が続くことになります。29日の東京債券
市場では、長期金利(10年物国債利回り)が上昇し、年0・7
70%と約10年ぶりの高水準になっています。米国の利上げが
長引くとの見方に反応したものであると思われます。
           ──[物価と中央銀行の役割/030]

≪画像および関連情報≫
 ●金融市場の早期利上げ観測に水を差した日銀総裁記者会見
  ───────────────────────────
   9月22日の金融政策決定会合で、日本銀行は大方の予想
  通りに政策維持を決めた。ただし、金融市場の関心は、会合
  での決定よりも会合後の総裁記者会見での発言に向けられて
  いた。2週間前の読売新聞のインタビューで、植田総裁が、
  年内にも政策修正の判断ができるようになる可能性はゼロで
  はない」と発言したことを受けて、日本銀行の政策姿勢が変
  化し、マイナス金利解除の実施時期が早くなる、との見方が
  金融市場で強まったためだ。
   インタビュー記事での発言の真意に関する総裁への質問は
  さっそく記者会見の冒頭で幹事社によって出された。それに
  対する植田総裁の説明は、「政策姿勢に変化はない」ことを
  示すものであった。金融市場の受け止めについては「コメン
  トを控える」としたが、「物価目標の達成がなお見通せない
  現状では、金融緩和を粘り強く続けていく」、「先行きの経
  済、物価の不確実性は高く政策は決め打ちできない」、「政
  策は毎回の会合で判断していく」といった総裁の説明は、マ
  イナス金利解除が近づいているとの金融市場の一部の見方と
  かなり距離があるものだ。金融市場では、インタビュー記事
  を受けて、マイナス金利解除の時期についての見通しをかな
  り前倒しする動きが広がったが、これは過剰反応だった可能
  性が高い。          https://onl.bz/nARdQyA
  ───────────────────────────
9月22日/植田日銀総裁記者会見.jpg
9月22日/植田日銀総裁記者会見
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2023年09月29日

●「岸田内閣の減税は本物か偽物か」(第6019号)

 どうしてこうなんだろう──これは、私が現在、岸田内閣に抱
く思いです。「この人は『減税』を口にしないことで知られてい
ましたが、ここまでひどい」とは知らなかったからです。
 その岸田首相が「減税」を口にして、選挙戦を有利に運ぼうと
しています。「減税」──首相から「減税」という言葉を聞くの
はかつてないことですが、これについて、元厚労相である立憲民
主党の長妻昭政調会長は、次のように切り捨てています。
─────────────────────────────
 岸田首相が示した減税策は、企業・業界にお金を入れ、最終的
に国民に渡すという発想だ。国民目線ではない。これでは「中抜
き」で結局、格差が拡大する。選挙を念頭にした組織対策の一環
にしか見えない。
 ただ、「税収増を国民に還元する」として示された検討案は、
国民が期待する「所得税減税」や「消費税減税」「ガソリン税減
税(トリガー条項発動)」ではなく、「賃上げ企業への減税策」
「特許所得などへの減税制度」「ストックオプション(自社株購
入権)の減税措置」だった。 ──立憲民主党の長妻昭政調会長
           2023年9月28日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 つまり、岸田首相の「減税策」は、いったん企業・団体にお金
を入れ、それを通じてその恩恵が国民に及ぶようにする──つま
り、あの「トリクルダウン」の理論の発想と同じではないか。現
に経団連の戸倉雅和会長は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 経団連(十倉雅和会長)は11日、2024年度税制改正に関
する提言を発表し、少子化対策を含めた社会保障制度の維持のた
めの財源として、将来の消費税の引き上げが中長期的に「有力な
選択肢の一つ」と主張した。一方で、法人税については減税を訴
えており、識者は「自分たちのことしか考えていないのか」と批
判する。             ──経団連の戸倉雅和会長
─────────────────────────────
 要するに、賃上げをして欲しいのなら、法人税を減税してもら
いたいといっているのです。それにより税収が減るというのであ
れば、消費税を上げればよいじゃないかといっているのです。
 「ガソリンのトリガー条項」でもそうです。現在、この法律が
想定している事態が起きているのに、この法律を適用せず、原油
元受会社会社に補助金を出すというわかりにくいことをやってい
るのです。「この法律は現在凍結されている」というますが、そ
れなら、凍結を解除すべきであるだけの話です。しかもトリガー
条項は税金の二重課税になっており、この機会に正しいかたちに
戻すべきです。
 トリクルダウン──この理論は既に否定されているのです。こ
の問題について、経済・不平等問題の専門家であるルカ・シャン
セル、トマ・ピケティ、エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズ
ックマンが中心となり、4年の歳月をかけて作成された「世界不
平等レポート/2022」は、富がどのように分配されているか
について、これまでにないデータを提供しています。著者たちは
「世界には極めて大きなレベルの所得や富の不平等が存在する」
と書いており、それは次の3つにまとめられています。
─────────────────────────────
 @経済全体に不平等があることは周知の事実だが、このほど発
  表された大規模な調査に基づくレポートで、その不平等の大
  きさが明らかになった。
 A富裕層への減税により「トリクルダウン」が起きるという神話
  は、「世界不平等レポート2022」で否定された。
 B世界人口のうち資産額が下位50%の層は、世界の富のわず
  か2%しか保有していないのに対し、上位10%の富裕層は
  76%を保有している。
       https://www.businessinsider.jp/post-247566
─────────────────────────────
 このレポートによって示されたデータによって「トリクルダウ
ン」という経済理論は完全に否定されています。トリクルダウン
とは、富裕層への減税によって、富がしずく(トリクル)となっ
て下層の人々にも流れ落ち、最終的にはすべての人に利益をもた
らすという考え方をいいます。
 アメリカではこれまで、ロナルド・レーガン元大統領の減税に
代表されるトリクルダウン理論に基づく政策が行われてきていま
す。50年にわたる減税によって富裕層が優遇され、不平等を悪
化させることがさまざまな研究で明らかになっているにもかかわ
らず、この理論は未だに生き残っており、岸田内閣はそれに近い
政策をやっているのです。
 「消費税を下げる」という選択肢はないのでしょうか。これに
対して自民党や公明党は、減税を求める国民多数の声に対し「消
費税は社会保障財源になっている」といって拒否しています。
 2022年6月19日放送のNHK「日曜討論」では、自民党
の高市早苗政調会長(当時)が「消費税の使途というのは、年金
・医療・介護・子育て、こういった社会保障に限定されている」
「法人税の引き下げに流用されているかのようなデタラメを公共
の電波でいうのはやめていただきたい」などと発言。これについ
て共産党の「しんぶん赤旗」は、次のように反論しています。
─────────────────────────────
 税財政の実態からみればこの発言こそデタラメです。確かに消
費税法第1条には消費税収について「年金、医療及び介護の社会
保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充て
る」とあります。しかし、この規定は消費税が導入されたときに
はありませんでした。消費税導入から20年以上たった2012
年、消費税率を5%から10%に段階的に引き上げる法律を決め
たときに増税の言い訳として持ち込まれたものです。
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/029]

≪画像および関連情報≫
 ●「増税メガネのごまかし」発動! 岸田首相「企業減税」
  「低所得者向け給付」聞く耳傾けぬ経済対策に不満炸裂
  ───────────────────────────
   9月27日、岸田文雄首相は、首相官邸で「新しい資本主
  義実現会議」を開催し、賃上げ促進や国内投資の拡大に向け
  た減税措置などを議論した。税制措置では、企業減税が柱と
  なる。首相は会議で「持続的賃上げについて、賃上げ税制の
  減税措置の強化を図る」と強調。また、国内投資の促進へ、
  「成長力強化に資する減税の実施を図る」とした。
   首相は25日、経済対策について「成長の成果である税収
  増を国民に適切に還元する」と強調。3つの減税政策を表明
  していた。@「賃上げ税制の減税制度の強化」、A「国内投
  資の促進や、特許所得に対する減税制度の創設」、B「スト
  ックオプションの減税措置の充実」
   この3つは、経団連が9月11日に発表した「2024年
  度税制改正に関する提言」に含まれているものだ。27日の
  会議で、企業向けの減税措置を打ち出す一方、個人向けの減
  税措置は議論されなかったことに、SNSでは批判的な声が
  多く上がった。《減税やる気あるらしいけど企業減税だって
  よ・・。費税や所得税どうした?賃上しても物価上がってん
  から可処分所得増えてねーし》
                  ──「ヤフーニュース」
  ───────────────────────────
消費税、法人3税、所得税、住民税の推移.jpg
消費税、法人3税、所得税、住民税の推移
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2023年09月28日

● 「中国における5つの20%とは何か」(第6018号)

 中国の情報をお届けします。「中国における5つの20%」と
いわれているものがあります。これは、ネットなどには載ってい
ない最新情報といえるのではないかと思います。
─────────────────────────────
 @若年層失業率が20%を突破したこと
 A工業部門企業の利益が前年同期比で20%近く落ちたこと
 B地方政府の土地譲渡金収入が前年同期比で20%減ったこと
 C不動産の新規着工面積が前年同期比で20%減ったこと
 D消費者信頼感指数が20%以上落ちたこと
                   ──高橋洋一/石平著
 『断末魔の数字が証明する/中国経済崩壊宣言』/ビジネス社
─────────────────────────────
 第1の25%は、「若年層失業率が20%を突破したこと」で
す。中国の国家統計局は、23年6月15日、同年5月に16歳
〜24歳までの若年層失業率が20・8%に達したと発表してい
ます。ちなみに、日本の場合は、2022年、15歳〜24歳ま
での若年層完全失業率は、男性は4・9%、女性は3・5%、平
均して4・2%であり、同じ年齢層では、中国の現在の失業率は
日本の5倍になっています。
 第2の25%は、「工業部門企業の利益が前年同期比で20%
近く落ちたこと」です。これは、6月28日に中国の国家統計局
が発表した数字であり、23年1月〜5月、全国規模以上の工業
企業の利益は前年同期比では18・8%減になったといいます。
そのうち、民営企業の利益は前年同期比で21・3%の減です。
 第3の25%は、「地方政府の土地譲渡金収入が前年同期比で
20%減ったこと」です。これは、6月16日に中国財政部(財
務省)が発表した通りの数字です。地方政府土地譲渡金収入の大
幅減は、不動産業の衰退を意味すると同時に、各地方政府が深刻
な財政難に陥っていることを示しています。
 第4の25%は、「不動産の新規着工面積が前年同期比で20
%減ったこと」です。6月16日に中国国家統計局の発表した数
字で、正確にいうと、23年1月〜5月、全国の不動産新着工面
積は、前年同期比では22・6%減です。
 BとCの数字は、中国の不動産業の衰退と今後の減速を示して
いますが、中国経済の3割をつくりだしている不動産業の大不況
は、中国経済全体の沈没を意味しているといえます。
 第5の25%は、「消費者信頼感指数が、20%以上、落ちた
こと」です。消費者信頼感指数というのは、消費者の観点から米
国経済の健全性を図る指標の中国版のことです。いずれにしても
現在中国では、23年4月から「消費の大崩壊が起きている」と
いえます。
 これら「5つの20%」は、2023年6月25日に北京で開
催された経済シンポジウムの席上で、中国人民大学・国家発展と
戦略研究院の劉暁光教授が行った基調報告のなかで、話をされて
います。
─────────────────────────────
 ポストコロナにおいて、中国の経済回復は思うとおりに進んで
おらず、問題点として「5つの20%」があり、これを根拠に中
国経済は、すでに自己回復能力を失っているといえる。
             ──高橋洋一/石平著の前掲書より
─────────────────────────────
 現在の中国において、中国人民大学・国家発展と戦略研究院の
劉暁光教授とはいえ、ここまでいうとは大変なことです。
 ここで、中国のGDPのことを考えてみることにします。20
22年1年間のGDPは次の通りです。
─────────────────────────────
       ◎2022年1年間の中国のGDP
           121兆円02076億元
             2021年対比3%増
─────────────────────────────
 石平氏によるとこの数字は明らかに水増しされているといいま
す。しかも、3%増になっていますが、2022年の政府の定め
た経済成長率目標は5%であり、目標を大幅に下回っていること
になります。注目すべきは国内消費です。
─────────────────────────────
   ◎国内消費/2022年社会消費品小売総額
              13兆9733億元
           2021年対比0・2%減
─────────────────────────────
 高橋洋一氏によると、中国の統計が異常なのは、消費の割合が
異様に低いことです。普通の国であれば、消費は大体GDPの6
割であるのに、中国では実際にこの20年間、消費率はずっと4
割を切ってきています。その不足分を埋めているのが、投資であ
るといえます。
 2022年の固定資産投資総額は、57兆2130億元、全体
のGDPに占める割合は、約47%になっています。しかし、普
通の国であれば、投資は2割ぐらいであり、中国では、消費も投
資も異常といえます、
 投資の内容を調べると、一番大きかったのは、インフラ投資で
す。2022年のインフラ投資は9・4%増であり、明らかにイ
ンフラ投資に頼っていることがわかります。ウソか本当かは別と
して、何とか中国経済を3%成長させようとしています。
 しかし、いわゆる公共投資では、その社会便益が投資のコスト
を上回るものしかやらないのが大前提ですが、中国ではそれを全
く無視しており、その結果、必要もない、とんでもないものが、
たくさんできています。しかも作って終わりではない。維持、運
用、廃棄などで後々莫大なコストがかかります。
 現在、中国では、その不動産投資が危機的状況にあるのです。
中国経済は一体どうなってしまうのでしょうか。
           ──[物価と中央銀行の役割/028]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済は「時限爆弾」なのか 危機と根深い課題に直面
  ───────────────────────────
   中国経済にとって、この半年間は悪いニュースが続いてい
  る。成長率の鈍化、若者の失業率の記録的な上昇、外国から
  の投資の減少、輸出と通貨の低迷、そして不動産セクター危
  機だ。アメリカのジョー・バイデン大統領は、世界2位の規
  模である中国の経済を「時限爆弾」と表現し、中国の国内で
  不満が高まると予測している。
   中国の習近平国家主席はこれに反論。同国の経済について
  「強い回復力、途方もない潜在力、強大な活力」があるとし
  ている。正しいのは、バイデン氏なのか、それとも習氏なの
  か。多くの場合でそうであるように、おそらく答えは2人の
  中間にある。中国の経済がすぐに崩壊する可能性は低い。だ
  が、中国は巨大で根深い課題に直面している。
   中国の経済問題の中心は不動産市場だ。最近まで、中国全
  体の富の3分の1を不動産が占めていた。{おかしな状態だ
  った。まったくおかしかった」。シンガポールのビジネスス
  クールINSEADで経済学を教えるアントニオ・ファタス
  教授はそう言う。
   中国の不動産セクターはこの20年間、民営化の波で、開
  発が進み、活況を呈した。しかし、2020年に危機が訪れ
  た。新型コロナウイルスのパンデミックと国内の人口減少が
  急ピッチの住宅建設に水を差した。
                 https://onl.bz/fUpVvW3
  ───────────────────────────
石平氏.jpg
石平氏
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2023年09月26日

●「中国のGDPの虚偽のからくり」(第6017号)

 7月25日に中国人民銀行の総裁に潘功勝氏が就任しましたが
前任者の易鋼氏との関係についてもう少しふれておきます。習近
平国家主席の考え方がわかるからです。
 易氏は、2018年3月に人民銀行総裁に就任し、2022年
10月に5年に一度の中国共産党大会において、中央委員候補か
ら外れ、退任が囁かれていたのです。これは中国の人民銀行の指
導部内での地位低下を表しているとの見方もあります。
 ちなみに、中国共産党大会で中央委員候補になるということは
大変なことなのです。しかし、易氏は候補から外れ、副総裁の潘
氏が人民銀行の総裁に昇進していますが、潘氏は、中央委員はお
ろか中央委員候補にすら名を連ねていないのです。潘氏は、国有
商業銀行の中国工商銀行などで勤務した後、2012年に人民銀
行副総裁に就任し、16年からは外国為替を監督する国家外貨管
理局の局長を兼任していたのです。
 この人事は、習近平国家主席が金融政策を含めたかじ取りの権
限を党中央に集中化させようとしていることが背景にあります。
3月には党に「中央金融委員会」を設置し、金融業務を統一的に
指導して、重要政策を進めていこうとしているからです。何もか
も自分の力の下に押さ込もうとしているのです。
 中国の話を続けますが、別テーマです。2023年4月18日
に中国国家統計局は次の発表を行っています。
─────────────────────────────
       ◎23年第1四半期(1〜3月)
        ●GDP(国内総生産)
         ・前年同期比/4・5%増
        ●固定資産投資総額
         ・前年同期比/5・1%増
        ●社会消費品小売総額
         ・前年同期比/5・8%増
─────────────────────────────
 まず、前年同期比4・5%増のGDPの数値ですが、固定資産
投資総額と社会消費品小売総額がそれぞれ5・1%、5・8%伸
びているなら、GDPが4・5%伸びても何も不思議はないとい
えます。このところ中国経済が悪いといわれますが、この数字か
らはそんなに心配することはないといえます。
 しかし、固定資産投資総額において、22年度と23年度を実
額で比較すると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎2022年第1四半期/固定資産投資総額
               10兆4872億元
    ◎2023年第1四半期/固定資産投資総額
               10兆7282億元
─────────────────────────────
 中国国家統計局は、今年の第1四半期の「固定資産投資総額は
前年同期比5・1%増」と発表していますので、11兆0220
億元になるはずですが、そうなっていません。2938億元サバ
を読んでいることになります。この数字が正しい場合、正しい伸
び率は5・1%ではなく、2・3%になります。
 この国家統計局の公表数字のウソは、石平氏と高橋洋一氏が共
著の最新刊書に出ていたものですが、これについて、石平氏は次
のように述べています。
─────────────────────────────
 以前の中国政府なら、せめて自分たちの発表した税収関連の数
字くらいは辻褄が合うように偽造したものですが、最近はそれす
らしない。もう、なりふりなどかまっていられないということな
のでしょう。             ──高橋洋一/石平著
 『断末魔の数字が証明する/中国経済崩壊宣言』/ビジネス社
─────────────────────────────
 中国といえば、若年失業率(16〜24歳)は、2023年6
月まで3カ月連続で20%の大台を超えているので、国家統計局
は、7月以降の数値の公表を取りやめています。これでは、中国
の大学生は、「卒業後即失業」になってしまうからです。実際に
就職状況がどの程度のものなのかについて調べてみたのです。
─────────────────────────────
      ◎2022年度就職状況
       文系学生 ・・・・ 12・4%
       理系学生 ・・・・ 29・5%
      エンジニア ・・・・ 17・3%
─────────────────────────────
 なぜ、中国経済がなぜこのような惨状に陥ったかについては、
EJで詳しく説明していきますが、少なくとも現在の状況を招い
たのは、習近平主席による「共同富裕」を目指す「国進民退」と
呼ばれる国有企業を優遇し民間企業をないがしろにする経済政策
であり、いま中国経済に大きな苦しみを与えています。経済評論
家の朝香豊氏は「国進民退」について次のように述べています。
─────────────────────────────
 「教育を営利事業で行うのはどうかと思う」などという話が出
て、学習塾など教育ビジネスが壊滅状態に陥った。「子どもたち
をダメにする」として、ゲーム業界にも大きな圧力がかかった。
アリババ、テンセントなどのIT系の企業も、大量の情報収集が
国家に損害を与えるとして、大打撃を受けた。
 中国経済の第一の柱であった不動産業ばかりか、今後の成長産
業と目されたIT、教育、娯楽産業で
     https://gendai.media/articles/-/110031?page=4
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/027]

≪画像および関連情報≫
 ●貧困ゼロを宣言した中国 データで見る中国の不都合な現実
  ───────────────────────────
   中国の習近平国家主席は、2021年7月、中国共産党創
  立100年となるのに合わせた式典で、国の最重要課題の1
  つに掲げてきた農村部の貧困層をなくすという目標を達成し
  たとアピールしました。
   中国では経済発展に伴う貧富の格差が大きな問題となって
  いて、指導部は、農村部で所得などが一定の水準に満たない
  層を「貧困人口」と位置づけました。その上で、2012年
  末の時点で1億人近くに上っていたとする“貧困層”をゼロ
  にする目標を掲げていて、この目標を達成したと宣言したの
  です。
   では習近平指導部が「貧困がなくなった」とする今、中国
  の人たちは豊かになったのか?実際どんな暮らしをしている
  んだろう?そんなことを考えて取材したのは、都市別の経済
  規模で中国4位の大都市、南部広州市です。
   こう嘆いていたのは、出稼ぎ労働者の40代の男性。服飾
  工場で働く男性は、朝7時半に起きて夜10時半まで働き、
  あとは、洗濯をして寝るだけの日々だといいます。毎日12
  時間働いて、休みは月に1度。それでも、月収は日本円にし
  て10万円ほど。ふるさとにいる親や妻と子どもへの仕送り
  家賃と食費などを支払うと、手元にはほとんど残らないのだ
  そうです。彼が暮らすアパートは6畳ほどの部屋。ここで息
  子と2人で暮らしています。台所がないので食事を作るのも
  不便です。            ──国際ニュースナビ
  ───────────────────────────
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潘功勝中国人民銀行総裁
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2023年09月25日

●「外国為替管理局長が人民銀行総裁へ」(第6016号)

 9月21日〜22日開催された日銀政策決定会合では、日銀は
現状維持を決め、何の変化もなかったのです。これを受けて円は
対ドルで売りが強まり、一時「1ドル=148円台」を付け、円
安が進んでいます。この件については、改めて取り上げます。
 今年もあと3カ月ちょっとで終わりです。ここにきて世界経済
にとって心配なのは、中国の経済です。不動産バブル崩壊といわ
れていますが、一体中国において何が起きているのでしょうか。
 2023年7月25日付で、人民銀行(中央銀行)総裁が、易
鋼総裁に代わり潘功勝氏が就任しています。
 雑誌「フォーブス」は、この人事について、次のように紹介し
ています。
─────────────────────────────
 7月25日、中国の中央銀行である中国人民銀行の新総裁に潘
功勝が就任した。中国は、対米関係の緊張や世界2位の規模を持
つ経済の減速が懸念されている。潘はケンブリッジ大学とハーバ
ード大学で研究経験があり、豊富な国際人脈を活かした対外関係
改善への期待が高まっている。
 潘は、中国政府の強い統制下にある同国の金融システムにおい
て数々の役職を歴任してきた。公式の経歴によると、彼はハーバ
ード大学のシニアリサーチフェローを務め、ケンブリッジ大学で
はポスドクとして研究を行っていたというが、詳細な時期は記載
されていない。
 潘の総裁就任発表と同日に、中国外務省は同国で最も著名な外
交官の1人に関する謎めいた人事異動を発表した。外相を長く務
め、現在は共産党で外交政策を統括する王毅が、1カ月間表舞台
から姿を消している秦剛に代わって外相に復帰したのだ。交代の
理由に関する説明はなかった。
          ──2023年8月2日/「フォーブス」
─────────────────────────────
 人物像としては、易鋼前総裁が国際派にして学究肌であるのに
対して、潘功勝新総裁(60)は、欧米で教育を受けた経験豊富
な実務家で、習近平国家主席に対してとても忠実であるとされて
います。現在、中国では、経済の先行きに見切りをつけて、逃げ
出そうとする外資が多く、中国当局はその繋ぎ止めに必死になっ
ているといわれます。
 実は潘功勝氏は、2016年に国家外国為替管理局局長に就任
し、資本投資の抜け穴を封じてきた人物です。今年3月にアステ
ラス製薬北京オフィス幹部が「反スパイ法」違反の容疑で身柄が
拘束され、林外相(当時)が中国側に解放を要求しても、
いまだに拘束されたままになっていますが、潘功勝氏が外国為替
管理局局長のときの事件です。習主席は、この人物を、人民銀行
(中央銀行)総裁に抜擢したのです。
 添付ファイルをご覧ください。これは2022年2月から23
年8月までの外資の対中証券投資と人民元の相場をグラフにした
ものです。9月21日発行の夕刊フジ「田村秀男/お金は知って
いる」に掲載されていたものです。
 不動産バブルが進行するなか、22年3月から始まっていた外
資の対中証券投資の減少が読み取れます。同時並行で、人民元が
売られ、人民銀行はドル準備を取り崩して、人民元の防戦買い追
われているさまでよく読み取れると思います。
 9月18日、人民銀行は北京で外資大手の代表を集めて、シン
ポジウムを開催しています。18日のロイターはこのことを次の
ように伝えています。
─────────────────────────────
 [北京/18日=ロイター]中国人民銀行(中央銀行)と外為
規制当局が18日、外国の金融機関や企業との会合を開催した。
人民銀行の声明によると、JPモルガン、HSBC、ドイツ銀行
テスラなどが会合に出席した。潘功勝人民銀総裁は、政策を改善
し、市場志向で国際レベルのビジネス環境を構築すると表明。引
き続き金融サービスの質と効率の改善に取り組むと述べた。企業
側は、ビジネス環境の最適化を求めたとしている。
─────────────────────────────
 このとき出席した企業は、正確には、JPモルガン・チェース
やHSBCホールディングス、ドイツ銀行、BNPパリバ、UB
Sグループ、テスラなどです。米ウォール街の面々です。
 彼らだけではないのです。7月初旬にはイエレン財務長官が訪
中し、李強首相と会っているし、7月20日には、100歳にな
るキッシンジャー元米国務長官も訪中し、習主席と会談していま
す。続いて、米4大会計事務所の一角といえるKPMCが中国の
信託大手中植の財務監査を引き受けています。不良債権を査定し
投信家を納得させるためです。
 中植は中国の信託大手、中融国際信託の主要株主であり、設定
・運用する信託商品は一部償還停止となっており、中植の経営問
題が信託商品の運用などに波及した可能性があります。中植は、
金融業などを営む非上場の民営複合企業で、2022年末時点で
中融国際信託の32・99%の株式を保有しています。
 これだけではありません。8月14日には、米金融資本最大手
のJPモルガン・チェースが巨額の損失を抱え、急落が続く碧桂
園の株式を香港市場で買い増し、1億7100万株、株式の5%
以上を保有しています。JPモルガンのダイモンCEO(最高経
営責任者)はウォール街きっての親中派で、ことあるごとに米中
融和を呼びかけてきています。強欲に駆られる金融資本の対中融
和に西側世界がひきずられる恐れがあります。
 しかるに中国では、反スパイ法を使って外資を締め付けていま
す。成り構わないという姿勢です。EJでは、中国の経済の現状
を伝えてきていますが、その実態は想像以上に深刻です。少なく
とも経済政策のセオリーがきちんと行われておらず、現状は悪化
の一途をたどっています。さらに悪化すると、国民の目をそらす
ため、台湾への侵攻があってもおかしくない状況です。
           ──[物価と中央銀行の役割/026]

≪画像および関連情報≫
 ●中国人民銀総裁に潘氏、周小川氏以来の「一人体制」に
  ───────────────────────────
   [北京/25日=ロイター]中国全国人民代表大会(全人
  代、国会)常務委員会は25日、中国人民銀行(中央銀行)
  の新総裁に人民銀の共産党委員会書記を務める潘功勝氏を充
  てる人事を決めた。易綱現総裁は退任する。国営メディアが
  報じた。
   これにより、総裁と共産党幹部を同一の人物が務める「一
  人体制」となる。一人体制は、周小川元総裁以来となる。潘
  氏は2016年から中国国家外為管理局(SAFE)の局長
  を務めている。今月、訪中したイエレン米財務長官とも会談
  していた。
   潘氏は、為替投機家に対して厳しい姿勢をとることで知ら
  れ、国有銀行銀行改革や、不動産市場やフィンテック規制の
  強化、暗号資産の禁止にも携わった。
   ただ、人民銀行は、共産党の統括能力を強める今年の機構
  改革で「中央金融委員会」の監督下に入ったため、前任の総
  裁が進めた市場志向の改革を主導できるかは未知数だ。
                 https://onl.bz/Z3jbQvE
  ───────────────────────────
外国の対中証券投資と人民元相場/田村秀男氏のコラム.jpg
外国の対中証券投資と人民元相場/田村秀男氏のコラム
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2023年09月22日

●「金融緩和からの脱出の可能性はあるか」(第6015号)

 9月19日〜20日に開かれたFOMCで、FRBは利上げを
せず、政策金利を据え置く決定をしています。しかし、年内の利
上げをあと1回想定しているといわれます。9月20日のロイタ
ーは次のように伝えています。
─────────────────────────────
 [ワシントン20日=ロイター]米連邦準備理事会(FRB)
は9月19〜20日に開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で
フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を、5・25─5・
50%で据え置いた。ただタカ派的なスタンスを強め、年内の追
加利上げを想定。金融政策は2024年を通して従来の予想より
大幅に引き締まった水準にとどまるとの見方を示した。(中略)
 パウエルFRB議長は、FOMC後の記者会見で「われわれは
入手されるデータのほか、進展する見通しとリスクを見極めなが
ら慎重に政策を進める立場にある」とし、FRBの選択肢はオー
プンとの姿勢を表明。同時に「適切なら一段の利上げを実施する
用意がある。
 インフレ率が目標に向かって持続的に低下していると確信でき
るまで、政策金利を制約的な水準に維持する」とも述べた。
─────────────────────────────
 米国に続いて日銀は、21日〜22日の2日間、金融政策決定
会合を開きます。実は真偽のほどはまだ不明であるものの、植田
日銀総裁がこの会合で、金融緩和の修正を行うのではないかとい
う噂があります。それをする良い条件が揃っているからです。
 米FRBが今回利上げしないことは予想されていたことですが
その通りになり、これを機に植田日銀総裁は、金融緩和の修正に
踏み切る可能性があるというのです。
 20日の外国為替市場では円が下落し、一時「1ドル=148
円台」まで円安になっています。これは、2022年11月以来
10カ月ぶりの安値です。原油価格の上昇で、米国のインフレが
長引くという警戒感があり、FRBが金融引き締めをより長く続
けるという見方がドル相場を押し上げています。これでは、円が
どんどん下落してしまいます。植田日銀総裁としては、何とかこ
れを阻止する責任があります。
 植田日銀総裁は、これに対して9月9日の読売新聞社とのイン
タビューにおいて、年末までにマイナス金利を解除する可能性に
言及しています。日銀総裁が年限を切ってマイナス金利解除の可
能性を口にしたことは大きいことです。植田日銀総裁は、ちゃん
と市場とコミュニケーションをとっています。この発言を受けて
円は145円台まで上昇しています。
 実はもうひとつ重要な発言があります。西村経産相の10日の
閣議後の次の発言です。
─────────────────────────────
記者:先ほど大臣がおっしゃった、やがて来るであろう金利高と
 いうことに関して、そういう状況が来たときに企業体制がきち
 んとできていることが重要という発言があったのですが、イン
 フレがずっと続いているわけですけど、金利はもう上がってい
 く方向にあるというふうに見ていらっしゃるのかというところ
 と、それから、そうなったときに企業や家計などに対してどの
 ような具体的なインパクトというか影響があるというふうに考
 えていらっしゃるのかお願いします。
西村:これは安倍政権が政権奪回した後、アベノミクスを実施し
 たときから私も甘利大臣の下で副大臣として関わり、日銀の金
 融決定会合にも十数回出席して議論をしてきています。
  金融政策は、日本銀行が独立した立場で判断しますので、そ
 の政策について私がコメントはしませんが、あのときから言っ
 ているように、この金融緩和は時間を買う政策で、この間に成
 長戦略、構造改革を進めて成長軌道に乗せていくというその思
 いは、私は今も持っています。残念ながら、コロナもあり、ロ
 シアのウクライナ侵略もあり、いろいろなことがこの間ありま
 したので、日銀は金融緩和を継続して続けているわけですが、
 世界的に物価が上がってくる状況になってきていますし、時間
 を買う政策もどこかで終了し、平常化していくわけです。
─────────────────────────────
 金融緩和は、アベノミクスの基本となる政策です。西村経産相
は「この政策をどこかで終了し、平常化していく」といっていま
す、自民党内最大派閥の安倍派の中核の発言です。これは、日銀
にとって、緩和修正の絶好のチャンスといえます。
 もうひとつ重要なことがあります。日銀の次回の日銀政策決定
会合は10月30〜31日です。現在、この時期は衆院解散総選
挙が行われるという噂が流れています。総選挙の時期に金融引き
締めは最悪であり、植田日銀総裁としては、この時期に解除は困
難と考えられます。
 しかも、植田日銀総裁は、マイナス金利の解除の可能性を明確
に口にしています。これは金融緩和解除の第1ステップですが、
「年末までに」と時期まで述べています。それでも「金融政策の
変更はない」という考え方が支配的です。
 もし、やるとしたら、今日と明日(21〜22日)の日銀政策
決定会合しかないという考え方もあります。これについて、金融
ジャーナリストの森岡英樹氏はつぎのように述べています。
─────────────────────────────
 確かに今週の日銀会合は緩和修正の環境が整っており、好機と
言えます。逆に先送りすれば、動きにくくなる。今回、動くとす
ればマイナス金利の解除と長期金利の上限撤廃を同時に踏み切る
大胆な措置も否定できない。中銀がマイナス金利と長期金利をコ
ントロールするのは特異なこと。この2つを同時にやめることで
一気に正常化を図るわけです。金融政策にサプライズはつきもの
ですよ。         ──金融ジャーナリスト森岡英樹氏
       2023年9月20日発行「日刊ゲンダイ」より
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/025]

≪画像および関連情報≫
 ●マイナス金利解除「物価上昇に確信持てれば選択肢」
  /植田総裁インタビュー
  ───────────────────────────
   日本銀行の植田和男総裁は、読売新聞の単独インタビュー
  に応じた。賃金上昇を伴う持続的な物価上昇に確信が持てた
  段階になれば、大規模な金融緩和策の柱である「マイナス金
  利政策」の解除を含め「いろいろなオプション(選択肢)が
  ある」と語った。現状は緩和的な金融環境を維持しつつも、
  年内にも判断できる材料が出そろう可能性があることも示唆
  した。植田氏が今年4月に就任して以来、報道機関の単独イ
  ンタビューに応じるのは初めて。現状、「物価目標の実現に
  はまだ距離がある。粘り強い金融緩和を続ける」との立場は
  維持した。
   植田氏は、短期金利をマイナス0・1%とするマイナス金
  利政策の解除のタイミングについて、「経済・物価情勢が上
  振れした場合、いろいろな手段について選択肢はある」と回
  答。さらに、「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可
  能と判断すれば、(解除を)やる」と述べた。
   具体的な時期は、現状では「到底決め打ちできる段階では
  ない」とした。来春の賃上げ動向を含め、「年末までに十分
  な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」とした。
   日銀は7月の金融政策決定会合で、長期金利を0%程度に
  操作する金融緩和策「イールドカーブ・コントロール(YC
  C)」の上限を事実上1・0%にした。植田氏は長期金利が
  面は届かないだろう水準に設定したことを「リスクマネジメ
  ント(危機管理)」と表現。「経済・物価見通しが上振れし
  た時に、日銀がYCCを意図しない形で放棄するようなこと
  に追い込まれるリスクもゼロではなかった」と説明した。
  https://www.yomiuri.co.jp/economy/20230908-OYT1T50416/
  ───────────────────────────
植田日銀総裁.jpg
植田日銀総裁
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2023年09月20日

●「日銀がマイナス金利を撤廃する可能性」(第6014号)

 9月17日のことです。日本経済新聞は3面で銀行株の上昇に
ついて次の報道をしています。
─────────────────────────────
◎株式市場「金利復活」先取り
 銀行株5年半ぶり高値/脱デフレに期待/不動産株も好調
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 東京株式市場で金利の先高観が金融株を押し上げている。日銀
が早期にマイナス金利政策の解除に動くとの観測を背景に、融資
の利ざやや運用環境の改善期待から投資資金が流入。銀行株指数
は5年半ぶり高水準をつけた。金利復活の前提となる日本経済の
「脱デフレ」がみえてくれば日本株全体の底上げにもつながる。
       ──2023年9月17日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 この記事が出た背景は、植田日銀総裁の9月9日の読売新聞の
インタビューでの次の発言です。
─────────────────────────────
 マイナス金利の解除後も物価目標の2%が達成が可能と判断す
れば解除をやる。しかし、現在は来年の賃金上昇につながるか見
極める段階であり、十分だと思える情報やデータが年末までにそ
ろう可能性もゼロではない。        ──植田日銀総裁
              9日付の読売新聞のインタビュー
─────────────────────────────
 ここで、「マイナス金利とは何か」について、知る必要があり
ます。2022年9月以降、日本は世界唯一のマイナス金利政策
をとる国になっています。
 金融機関は、日銀に対して当座預金口座を設けており、日銀と
金融機関との資金のやり取りはすべてこの口座を通して行われま
す。基本的には日本銀行当座預金には利息は付きませんが、特例
としてつく場合があります。国内の資金量を調節するさいのオペ
レーションのときに、日本銀行当座預金を使って国債の売買が行
われることがあります。
 バブルが崩壊してからの日本は、この当座預金口座を通して頻
繁に国債の売買をしているので、実際には利息が付いていたので
す。したがって、日本の銀行は、この口座に資金を預けているだ
けで利息を取得していたことになります。
 しかし、黒田前日銀総裁は、なかなか目標のインフレ目標2%
が達成できないので、金融機関が当座預金に預けている一部に対
して、マイナス0・1%の金利をかけるようにしたのです。そう
すると、預けている資金が減少してしまうことになり、金融機関
は資金を引き出して、市場に回すようになると考えたからです。
これがマイナス金利です。2016年1月のことです。
 植田日銀総裁は、当初黒田前総裁の異次元の金融緩和路線をそ
のまま引き継ぎ、動かない人といわれたものです。動いたのは、
2022年12月と2023年7月に日銀は、長短金利操作(イ
ールド・カーブ・コントロール)を修正しています。これによっ
て、長期金利は1・0%まで上昇できるようになったのです。
 このとき、植田総裁は、為替操作の変動を抑える必要性に言及
しています。円安をけん制する発言と考えられます。本来為替政
策は財務省が所管しており、日銀は言及しないものであるのに日
銀はここまで言及しています。
 これに加えて今回の植田発言です。そうであるならば、日銀は
遠からずマイナス金利を解除する可能性があるとして、メディア
は、日銀が緩和修正の可能性があるとして報道したものと思われ
ます。これによって、長期金利は0・7%台に上昇しています。
これは9年8カ月ぶりのことです。
 「金利が戻る」──これについて、日本経済新聞は次のように
書いています。
─────────────────────────────
 金利の上昇は銀行にとって、預貸の利ざやと債券運用益の改善
という2つのルートから中長期的な収益拡大につながる。ゴール
ドマン・サックス証券の黒田真琴アナリストは長期金利が1%、
短期金利が0・2%それぞれ上がった場合、メガバンクの純利益
は将来的に約3割増えると試算している。自社株買いや、増配に
よる株主還元の強化に加え、海外展開やデジタル戦略の強化によ
る成長期待もある。三菱UFJは今年6月にインドネシアの自動
車ローン大手の買収を発表するなど、東南アジアの事業展開を強
化している。
 金利復活を先読みする動きは債券の長期運用に追い風となる保
険株にも及ぶ。東京海上ホールディングスやMS&ADインシュ
アランスグループホールディングス株は15日にかけて連日で上
場来高値を更新した。(中略)
 金利の目線が切り上がるなか、銀行株にとどまらず、日本株全
体への買いも徐々に戻りつつある。
       ──2023年9月17日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 以上に見るように、今回の世界インフレにおいては、日本は先
進各国と少し歩調が違うようです。もちろん日本もインフレです
が、デフレから脱却しつつある意味において、今度こそ脱デフレ
に期待が高まってきています。岸田政権の経済対策と、植田日銀
総裁のかじ取りに注目が集まっています。日経平均株価の4万円
突破は実現するでしょうか。いずれにせよ、今年度がデフレ脱却
のチャンスであることは確かです。
 さて、今週も19日〜20日の2日間、オンラインでの仕事が
あります。医師からは「しばらく1日1業を守るよう」指示され
ています。そのため当分大事を取って、このルールを守り、EJ
を書いていきます。よろしくお願いいたします。
 したがって、今週は、21日(木)を休刊とさせていただきま
すが、22日は配信いたします。週3回の配信です。誠に勝手な
がら、よろしくお願い申し上げます。
           ──[物価と中央銀行の役割/024]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:植田総裁、年末にもマイナス金利解除発言の真意
  を探る=熊野英生氏
  ───────────────────────────
   [東京 14日]──長期金利が0.7%台まで、上昇し
  た。2014年以来のことである。きっかけは、植田和男総
  裁の発言である。9月9日付読売新聞朝刊のインタビューで
  は、今年末利上げの可能性への言及があった。「来年(20
  24年)の賃金上昇につながるか見極める段階だ。十分だと
  思える情報やデータが年末までにそろう可能性もゼロではな
  い」と述べた。
   これは、マイナス金利を解除するタイミングについて述べ
  たと考えられる。安定的に2%を上回る物価上昇が見通せる
  という条件がクリアできれば、それはマイナス金利解除を意
  味する。いよいよ本格的な出口政策だ。
   インタビューの中では「賃金上昇を伴う持続的な物価上昇
  に確信が持てた段階になればいろいろなオプションがある」
  とも語っている。これは、マイナス金利を解除したときは、
  長短金利操作(イールドカーブコントロール、YCC)の枠
  組みを単に撤廃する以外に連続指し値オペの発動ライン(現
  状1.00%)を引き上げるなど多様な選択肢があり得るこ
  とを説明したといえる。マーケットの思惑先行に対して、長
  期金利のはね上がりを抑止できる仕掛けを設ける可能性を示
  唆していると筆者はみている。
     ──熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト
  ───────────────────────────
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植田日銀総裁の発言
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2023年09月19日

●「ドイツは再び欧州の病人になる」(第6013号)

 9月14日、欧州中央銀行(ECB)が理事会で苦渋の決断を
行っています。10会合連続の利上げです。利上げ幅は0・25
%で、政策金利としては、単一通貨ユーロが誕生した1999年
以降で最高になります。インフレが収束しないからです。
 ちなみに政策金利とは、景気や物価の安定など金融政策上の目
的を達成するため、中央銀行が設定する短期金利──誘導目標金
利──のことで、金融機関の預金金利や貸出金利などに影響を及
ぼします。これによってダメージを受けているのはドイツです。
英国の経済雑誌『エコノミスト』は、ドイツの経済低迷に対し、
次の見出しをつけています。
─────────────────────────────
       ドイツは再びヨーロッパの病人か
─────────────────────────────
 実は、ドイツはかつてそう呼ばれたことがあります。ドイツは
1990年の東西統一後、10%を超える失業率や慢性的な財政
赤字などに見舞われ、長期的な経済低迷が続いたのです。このド
イツの経済低迷に対し、欧州は「ドイツはヨーロッパの病人」と
と呼んだのです。
 このドイツを救ったのは、ゲアハルト・シュレーダー元首相に
よる構造改革であり、このシュレーダー改革を引き継ぎ、ドイツ
をEUの盟主にしたのは、アンゲラ・メルケル元首相であるとい
えます。しかし、そのさい、経済については中国に接近しその成
長に助けられ、エネルギーに関しては、原発を廃止し、再生可能
エネルギー化を目指すかたわら、ロシアに依存したのです。
 このシュレーダーとメルケルのドイツの構造改革は、メルケル
首相の退陣後のロシアによるウクライナ侵攻により、崩壊しつつ
あり、「ドイツは再びヨーロッパの病人か」といわれつつあるの
です。ドイツの現状について、朝日新聞のドイツに駐在する寺西
和男氏はドイツの現状を次のように書いています。
─────────────────────────────
 ロシアによるウクライナ侵攻後、エネルギー高で製造業などが
打撃を受け、ドイツ経済の構造の弱さが改めて指摘されている。
人口減による労働力不足、緊縮財政による公共インフラの老朽化
新たな成長産業への投資不足、経済安全保障の観点からの中国経
済依存の見直しなど課題は多い。
 ドイツ経済研究所のティム・ブンケ氏は「1990年代に抱え
ていた問題と比較すれば今は失業率は3%と低く、欧州の病人と
は言えない」という。ただ、「問題は連立政権内で意見が食い違
い、どこに向かっているのか明確なビジョンが見えないことだ。
一時的な景気刺激策ではなく、構造的な問題に本腰を入れて取り
組まないと、いずれ欧州の病人になる」と話す。
              ──朝日新聞ベルリン=寺西和男
─────────────────────────────
 もっともEUでの合意形成は非常に困難です。なぜなら、EU
では、ECBが経済規模や財政政策が異なるEU圏20カ国の物
価情勢に広く配慮しながら、単一の金融政策でインフレを抑制し
なければならないからです。ちなみに消費者物価指数の伸び率は
ベルギーやスペインでは2・4%ですが、一番高いスロヴァキア
では9・6%になっています。
 そのため、ECBによる利上げの継続に関しては意見が大きく
割れています。9月14日の日本経済新聞は、次のように報道し
ています。
─────────────────────────────
 足元で欧州企業の景況感は急速に冷え込み始めており、7〜9
月期のユーロ圏の域内総生産(GDP)は再びマイナス成長に転
落する恐れがある。主要7カ国(G7)のなかでも、ドイツは、
インフレと景気後退が同時に進む「スタグフレーション」の懸念
が強い。急激な利上げが景気を過度に冷やさないか、ECBは慎
重にならざるを得ない。     ──2023年9月10日付
          日本経済新聞/ニュース・フォーキャスト
─────────────────────────────
  それでは、米国のインフレはどうなっているでしょうか。
 米国では、このEJの発送日である19日と20日にFOMC
が開催されます。ここでFOMC参加者の経済見通しが示される
ことになっていますが、これによって利上げ見送りか、実施かが
決まります。
 6月の経済見通しでは、2023年末の政策金利が中央値であ
る5・1%から5・6%に引き上げられましたが、現行の政策金
利は、5・25%〜5〜5%であり、この予想が変化するかどう
かがポイントになります。
 「高インフレはまだ死んでいない」というエコノミストたちの
意見も多いですが、どの数値を見ても、伸びは鈍化しており、物
価の基調まで変化はしていない状況です。FOMCの新たな経済
見通しである「5・25%〜5〜5%」が維持されれば、利上げ
見送りもあり得るといわれています。アトランタ連銀のボスティ
ック総裁などは、「これ以上の金融引き締めは景気にとってマイ
ナスである」として、利上げの打ち止めを強く主張するFRBの
高官も出てきています。
 これに対して、米FRBのパウエル議長は、相変わらず、次の
ように警戒感を崩しておらず、あくまで「利上げはデータ次第」
と主張するのみです。
─────────────────────────────
 さらなる金融引き締めが正当化される可能性がある。物価の安
定回復までには、まだ長い道のりがある。
   ──パウエルFRB議長/8月25日/ジャクソンホール
─────────────────────────────
 日本においても欧米よりも穏やかであるものの、このところ諸
物価が高騰しています。日銀の植田総裁は、依然として金融緩和
を続けていますが、今後の対応が注目されます。
           ──[物価と中央銀行の役割/023]

≪画像および関連情報≫
 ●ジャクソンホールで金融緩和の枠組み堅持の姿勢を示した
  日銀植田総裁
  ───────────────────────────
   米カンザスシティ連銀主催の国際経済シンポジウム「ジャ
  クソンホール会議」が、8月24日から26日の日程で開催
  された。今年のテーマは「世界経済の構造変化」だった。最
  終日の26日には「転換点にあるグローバリゼーション」と
  題するパネルが開かれ、日本銀行の植田総裁も参加した。
   公表されている講演資料と報道によると植田総裁は、アジ
  ア地域の経済統合の進展や日本の貿易、直接投資の構造変化
  について説明した模様だ。地政学リスクの高まりを反映して
  日本企業は中国から他国あるいは日本に生産拠点を移す動き
  を強めている。円安進行の後押しもあり、生産の国内回帰の
  傾向が強まっているのである。
   生産の国内回帰は、設備投資の増加や雇用増加などを通じ
  て、日本経済にはプラスとなる。ただし、地政学リスクや経
  済安全保障の観点から進む国内回帰は、生産コストを高め、
  生産の効率性や価格押し上げにつながる点もある。こうした
  国内回帰の懸念点についても、植田総裁は指摘した模様だ。
  さらに植田総裁は、中国の最近の景気減速は「失望を誘うも
  の」だとし、「根本的な問題は不動産セクターの調整と経済
  全般への波及だと思われる」との見解を示したという。最近
  の発言からも、中国を中心とする海外経済の下方リスクを植
  田総裁は重視する姿勢がうかがわれる。この点は、日本銀行
  に、政策修正の実施を当面慎重にさせる要因となるだろう。
                 https://onl.bz/Gf4F7Pj
  ───────────────────────────
ジャクソンホールでの植田日銀総裁.jpg
ジャクソンホールでの植田日銀総裁
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2023年09月15日

●「なぜ、いま外相を交代させるのか」(第6012号)

 第2次岸田改造内閣が誕生したので、ひとつ触れておきたいこ
とがあります。「なぜ、林外相を外し、上川陽子元法相を抜擢し
たか」です。私は、以前から林芳正氏のテレビでの発言を多く聞
いていますが、国際的な諸問題についてそれぞれ立派な見識を持
つ人物であると思っています。
 それに、米国留学が長いことと、最終学歴がハーバード大学卒
であることを考えても、その語学力は抜群です。自民党の一部の
保守派からは中国寄りとの批判はありますが、外相は林氏にとっ
て、ふさわしいポストであると思っていますし、将来の有力な首
相候補でもあります。
 それに外交は継続性が重要であり、ミスもないのに交代させる
ことは国益に反します。この9月9日、林芳正外相は、ウクライ
ナでゼレンスキー大統領と会談し、同国に対する安全の保証を巡
る協議開始や経済復興での協力について話し合い、合意している
のです。それを突然交代とは・・・・。交代の理由として考えら
れるのは、次の3つです。
─────────────────────────────
 @林芳正氏は岸田首相と同じ派閥「宏池会」の次期首相候補
  で、その存在感があまり高くなることを恐れた。
 A岸田首相は、自身が長く外相をやっているので、最も外相
  が総理大臣に近いポストであるとわかっている。
 B岸田首相は常日頃から林外相が国際舞台で目立つことを恐
  れ、その存在感を気にしていたといわれている。
─────────────────────────────
 とはいっても、上川陽子氏が外相にふさわしくないというつも
りはありません。上川氏は3回も法相を務めているので、法曹界
の人物と思われがちですが、東京大学を出て、三菱総合研究所に
事務職として勤務しています。
 1985年に制定された男女雇用機会均等法をチャンスとして
とらえて研究職に転身し、政治行政学を学ぶため、ハーバード大
学に留学し、シンクタンクに勤めながら、時代の大きな流れのな
かで、情報化時代を先取りするアメリカを勉強しています。
 アメリカでは上院議員の政策立案スタッフを務め、大統領選の
選挙運動にも参加したり、日本に帰国すると「外から見た日本を
思い、政治のリーダーシップが必要だと痛感し、日本の将来を考
えた時に政治の中に身を置いてやっていきたい」と政治家を志し
たといわれています。立派な政治家です。
 しかし、とくにミスのない外相を1年10カ月で突然交代させ
のは乱暴な人事です。その目的が岸田首相自身の総裁選勝利のた
めであるとしたら、その動機は不純です。本当は、茂木幹事長も
外したかったのでしょうが、派閥の力学上できなかったので、自
派閥の林外相を切ったのでしょう。
 今回の内閣改造について、政治アナリストの伊藤敦夫は次のよ
うに酷評しています。
─────────────────────────────
 すべてが総裁選のため、各派閥の推薦準備を丸のみにしただけ
で、何ら新味もない。内向きの論理で動いているとしか思えませ
ん。日本社会が抱える課題に対して、政権としてどう取り組むの
か。まったく考えていないのではないか。
 あらためてこんな内閣が軍拡を推し進め、中国とのパイプもな
く、保身のためにますますま米国にすり寄るのだから、恐怖だろ
う。この改悪も国の転機になるかもしれない。
              ──政治アナリスト/伊藤敦夫氏
          日刊ゲンダイ/2023年9月14日発行
─────────────────────────────
 一番の問題は中国との関係です。現在、日本と中国の間にはさ
まざまな懸案問題が存在します。今年の3月に起きたアステラス
製薬の幹部である西山寛氏に対する反スパイ法による中国国家安
全局による不当拘束の問題が依然として未解決です。
 それに加えて、8月24日の福島第一原発の処理水の海への放
出に反発する中国による日本産の水産物の輸入を全面的に停止し
た問題が加わっています。確かに林外相はこの問題を解決できて
いませんが、こういうときにいかに上川氏が優秀な人材であると
はいえ、外相未経験の人物を外相に変更するのは、きわめてリス
キーであるといえます。
 現在、中国では習近平国家主席の3期目政権以降、不可解なこ
とが連発しています。秦剛前外相や人民解放軍幹部らが突然交代
する事態が相次いでいます。そして、習近平主席のG20のはじ
めての欠席があります。明らかに、現在中国では、深刻なことが
起きていることは確かです。
 9月12日のテレビ東京の「WBS」を見ていたとき、一番最
後のシーンで、解説者の滝田洋一氏は次のようにいったのです。
─────────────────────────────
 中国の国防相が動静不明になっている。異常なことです。中国
で何かが起きている。            ──滝田洋一氏
─────────────────────────────
 この情報は、9月12日付の日本経済新聞に次のように報道さ
れています。
─────────────────────────────
 中国の李尚福国防相の動静が2週間伝えられておらず、国内外
で憶測を呼んでいる。(中略)李氏は昨年10月に中央軍事委員
会員になり、今年3月に国防相に就任した。8月29日北京で開
いた「中国アフリカ平和安全フォーラム」での演説が発表されて
以降、動静が途絶えている。(中略)
 米国のエマニュエル駐日大使はX(旧ツイッター)への8日の
投稿で「習政権の閣僚陣は、今やアガサ・クリスティの小説『そ
して誰もいなくなった』の登場人物のようになっている」と書き
込んだ。     ──2023年9月12日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/022]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済“予想外”の息切れ 今何が起きているの?
  ───────────────────────────
   2023年6月15日に発表された5月の経済統計では、
  工業生産が新型コロナの影響で打撃を受けた去年の同じ月か
  らプラス3・5%と低い伸びにとどまりました。前年5月が
  上海市を中心に厳しい外出制限がとられていた時期だったの
  で、力強さに欠けた数字といえるでしょう。
   また、1月から5月までの不動産の開発投資は、マイナス
  7・2%と主要産業である不動産業の低迷も続いています。
  6月9日に発表された5月の消費者物価指数は去年の同じ月
  と比べて0・2%の上昇。4月は0・1%でかろうじてプラ
  スを保っているものの、デフレ懸念が浮上しています。
   さらに5月の16歳から24歳までの若い世代の失業率は
  20・8%と過去最悪の水準を更新。若い世代を中心に雇用
  への不安も広がっています。
   こうした状況に6月20日には事実上の政策金利を引き下
  げられる追加の金融緩和が行われると見込まれるなど、警戒
  感を強める中国当局による景気対策が打ち出されるとみられ
  ています。中国経済に今、何が起きているのか。
   中国経済が専門で上海に駐在するみずほ銀行(中国)の伊
  藤秀樹主任エコノミストに聞きました。「ゼロコロナ」政策
  の終了後、3月くらいまではリバウンドで回復したが、4月
  からはかなりゆっくりしたペースになっていて、予想より悪
  い。「足踏みに近い」状態だ。 https://onl.bz/ky2Cwfb
  ───────────────────────────
外相交代.jpg
外相交代
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2023年09月12日

●「米国経済はソフティッシュ・ランディング」(第6011号)

 ところで、米国のインフレはどうなっているのでしょうか。
 2022年6月には前年同月比9・1%まで上昇し、ピークを
つけた消費者物価指数(CPI)は、2023年6月には3・0
%まで順調に低下しています。パウエルFRB議長の目指す「2
%以下」のインフレ目標が視野に入ってきています。
 パウエル議長は、2022年1月に、「ソフトランディング」
ではなく、「ソフティッシュ・ランディング」という言葉を使っ
て、次ののようにスピーチしています。
─────────────────────────────
 さて、私は、ソフトランディング、あるいはソフティッシュ・
ランディング、あるいはそのような結果を得るチャンスが十分に
あると思います。理由はいくつかあります。1つは、家計と企業
の財務状況が非常に良好なことです。バランスシート上の貯蓄は
以前のトレンドよりも大幅に増えている、という意味で、過剰に
なっています。企業の財務状態も良好です。労働市場も、先ほど
申し上げたように非常に強い。ですから、景気後退にはほど遠い
状態のようです。 https://q-leap.co.jp/financial-english12
─────────────────────────────
 「ソフトランディング」とは「軟着陸」の意味であり、「労働
市場を堅調に保ちながら、インフレ率を2%にすること」です。
しかし、労働市場は堅調であるものの、2%にすることは至難の
業といえます。それは、2020年から22年にかけて、様々な
供給制約の出来事があるからです。
 パンデミック、ロックダウン、侵略戦争、物流混乱、半導体不
足、気候変動、パニック的買占めなどによってできるカオスがま
だ完全に消えていないのです。そして、これにインフレのカギを
握るのは、エネルギー価格です。パウエル議長は、こうした情勢
を鑑みて、現況を「ソフトランディング」ではなく、「ソフティ
ッシュ・ランディング」という言葉を使ったものと思われます。
整理すると、次のようになります。
─────────────────────────────
      ソフトランディング ・・  Soft landing
                   軟着陸
 ソフティッシュ・ランディング ・・ softish landing
              軟着陸らしきもの
─────────────────────────────
 米国の経済には、もうひとつ懸念されていることがあります。
それは「逆イールド(長短金利差の逆転)」の存在です。逆イー
ルドについては、既にEJで取り上げていますが、期間の短い政
策金利が10年物国債の金利よりも高くなる現象のことです。通
常債券は期間が長いほど金利が高くなりますが、それが逆転する
現象のことをいいます。
 米FRBは、インフレを退治するため、政策金利(短期金利)
を何回も利上げしているので、それが10年物国債の金利との逆
転現象を生んでいるのです。
 なぜ、逆イールドが問題かというと、金利を上げて金融の引き
締めを行うと、一定の確率で1年か1年半後には景気後退が起き
る確率が高いからです。つまり、逆イールドは、「景気後退の予
兆」といわれているのです。
 現在、米国では、3年債と10年債、2年債と10年債の逆転
がありますが、2年債と10年債が、2022年7月以降ずっと
2年債利回りがずっと逆転していることです。
 今年の7月3日の米国債市場で、この2年債と10債の「逆イ
ールド」がさらに拡大し、一時1981年以来42年ぶりの大き
さになっていることがわかったのです。そのため、景気後退(リ
セッション)の予兆とされる逆イールドに再び注目が集まってい
るのです。
 そのため、パウエルFRB議長は、年内にあと2回の利上げは
あり得るといっています。この米当局の利上げによって通貨安が
進むのが中国と日本です。しかし、日本の場合、中国と違い円安
が深刻な局面に陥ることはないといえます。この日本と中国の違
いについて、9月9日の日本経済新聞は、次のように解説してい
るので、ご紹介します。
─────────────────────────────
 円安と人民元安は構図が似通う。日銀は世界の主要国で唯一マ
イナス金利政策を続け、中国は景況感の悪化から事実上の政策金
利である最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)を引
き下げるなど金融緩和姿勢が鮮明となっている。欧米が2024
年も高い政策金利を維持する可能性が高まる中、円と人民元はと
もに売られやすい地合いとなっている。
          ──2023年9月9日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 中国の習近平国家主席がG20を欠席したのは、インドとの確
執もあるかもしれませんが、人民元暴落不安があったのでしない
かという説があります。
 中国の不動産バブルは今に始まったことではなく、これまで何
回も起きています。しかし、これまでは、それが金融危機を発生
するのを阻止してきています。しかし、根本的な解決策を図らな
いことによってバブルがだんだん大きくなり、その負債額の規模
はとんでもない規模に達しているのです。
 バイデン米大統領は、中国のことを「爆発するのを待っている
時限爆弾」とまでいっています。このままなら、外貨は中国市場
から逃げ出し、中国人の資産家は香港経由で資産を外国に移動さ
せています。その結果は人民元の対ドル相場に反映し、元安が一
段と進んでいるのです。添付ファイルのグラフは、産経新聞特別
記者・田村秀男氏のコラム(夕刊「フジ」)に出ていたものを転
載しています。
 なお、12日と13日は、オンラインでの仕事がありますので
休刊にし、13日と14日の2日間を休刊とし、15日から再開
します.       ──[物価と中央銀行の役割/021]

≪画像および関連情報≫
 ●米国の逆イールドは42年ぶりの大きさとなる
  −1・06%まで拡大!
  ───────────────────────────
   米国の逆イールドは、6月30日に、1・06%まで拡大
  した。米国債の2年物と10年物の金利差は、通常は10年
  物の金利が2年物の金利を上回るという「順イールド」にな
  る。しかし、その反対の現象である「逆イールド」が起き、
  金利差が−1・0%を超えるレベルが6月下旬から定着して
  いるのだ。
   2年債の利回りが10年債を上回る逆イールドが発生した
  のは2022年3月29日だ。2019年の夏以来となる約
  2年半ぶりの出来事だった。あれから1年3ヶ月が経過した
  今、逆イールドはますます大きくなっている。6月30日時
  点の逆ザヤの−1・06%は、今回の逆イールドで最大レベ
  ルであり、1981年以来42年ぶりの大きさとなる。
   通常、債券の利回りは年限が長くなるほど返済リスクを踏
  まえて金利は高くなる。将来の経済や物価が不確実で見通せ
  ない分、投資家は高い利回りを求めるからだ。そのため1年
  債よりも3年債、3年債よりも10年債、10年債よりも、
  20年債の方が利回りは高くなる。当たり前の話だ。今起き
  ている2年債の利回りが10年債の利回りを大きく上回る現
  象は普通は考えられない。どうしてこのようなことが起きて
  いるのだろうか?
         https://diamond.jp/zai/articles/-/1018679
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人民元決済と人民元の対ドル相場.jpg
人民元決済と人民元の対ドル相場
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物価と中央銀行の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月11日

●「輸出が増加し、輸入が減少する型」(第6010号)

 日本経済の話に戻ります。現在、EJが経済のテーマを取り上
げているのは、2023年度の日本経済は、一応「好調である」
というレベルにあり、ウォッチングする価値があるからです。と
いうわけで、内閣府が8月15日に発表した4〜6月期のGDP
の速報値に基づいて解説を書いたところ、なんと書き終わった直
後に「改定値」が出たのです。これによると、年率換算6・0%
が4・8%に下方修正されたのです。
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 ◎2023年4〜6月期GDP増減率内訳
      実質成長率    名目成長率    改定値
 GDP   1・5%     2・9%   1・2%
 年率換算   6・0%   12・0%   4・8%
 個人消費  ▲0・5%   ▲0・2%  ▲0・6%
 設備投資   0・0%    0・8%  ▲1・0%
 民間在庫  ▲0・2%    0・0%  ▲0・2%
 政府消費   0・1%   ▲0・0%   0・0%
 公共投資   1・2%    2・0%   0・2%
   輸出   3・2%    4・0%   3・1%
   輸入  ▲4・3%   ▲7・4%  ▲4・4%
                     註:▲はマイナス
              「民間在庫」はGDPへの寄与度
─────────────────────────────
 以下、解説は「年率換算6・0%」で書いていますので、一応
お読みいただき、その後、9月8日に発表された改定値に基づく
修正の解説を付け加えることにします。
 年率換算6・0%といってもピンとこないと思うので実額でい
うと「560・7兆円」──これまでの最高値である2019年
7月〜9月期の「557・4兆円」を超えるものです。これは名
目額で「約590兆円」にまで拡大しています。これはインフレ
の影響もあります。
 しかし、これらは見かけ上のもので、手放しでは喜べないので
す。最大の問題点は、日本のGDPの過半を占める個人消費が、
伸びていないことです。
 2022年から23年4月〜6月までの個人消費を四半期別の
数値で対前年比で比較して見ると、2023年は、次のようにマ
イナス0・5%になっています。
─────────────────────────────
           2022年   2023年
     1〜 3月期 ▲1・1%   0・6%
     4〜 6月期  1・8%  ▲0・5%
     7〜 9月期 ▲0・0%
    10〜12月期  0・2%    註:▲はマイナス
─────────────────────────────
 はっきりしていることは、「輸出」が増加して「輸入」が減少
していることです。輸出は前年比3・2%と好調ですが、これは
半導体の供給制約が緩和された自動車の増加がけん引しており、
インバウンド(訪日外国人)の回復もプラスに寄与しています。
外国人が来日してモノを買うインバウンド消費は、計算上は輸出
に分類されるのです。
 これに対して輸出は4・3%減で、マイナス幅は1〜3月期の
2・3%より拡大しています。原油など鉱物性燃料やコロナワク
チンなどの医薬品、携帯電話の減少が全体を下押ししています。
 ちょっと考えると、輸入というのは、海外への支払いであり、
国内のお金の総量であるGDPから見ると、マイナスに働くよう
に考えますが、実は輸入が減るということはGDPにはプラスに
貢献します。一種の統計のマジックです。
 さて、ここからが「改定値」に基づく解説です。GDP6・0
%はなぜ、4・8%増に下方修正されたかです。企業の設備投資
が速報値から下振れし、前期比でマイナスに転じたからです。マ
イナスは2四半期ぶりです。財務省による4〜6月期の法人企業
統計によると、金融・保険業をのぞく設備投資が、季節調整済み
の前期比で1・2%減だったのです。
 設備投資は製造業は堅調だったのですが、非製造業が減少に転
じています。ただ、前年の水準は上回っており、今回の下振れは
一時的な動きの可能性もあります。
 個人消費は、速報値の前期比0・0%減から、さらに0・6%
減に下方修正となっていますが、宿泊などのサービス消費が前年
比0・3%増が0・1%増に縮小したことが原因です。
 さて、改定値では、今期の最大の特色である「輸出」が増加し
て「輸入」が減少するパターンはどうなっているでしょうか。
 「輸出」は前期比3・2%増から3・1%増に縮小、「輸入」
は前期比3・2%増から3・1%増に下方修正されているので、
そのパターンは変わっていないといえます。この4〜6月期のG
DP(速報値)について、田中秀臣上武大学ビジネス情報学部教
授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
◎上武大学ビジネス情報学部教授
 これからさらにおカネの不足が深刻化する可能性がある。ガソ
リン代への補助金がまもなく打ち切られる。そのままだと国民の
購買力を大きく低下させる。車に依存する地方経済はとくに苦し
くなり、また経済活性化の基礎である物流のコストも上がるだろ
う。だが、いまのところ、岸田文雄政権からは継続する発言が聞
こえない。さらにいえば、おカネの不足を解消するには、減税や
給付金の拡大が必要になる。最近話題になっているブライダルな
ど業界団体への補助金には意欲的だが、他方で国民が広く恩恵を
得る消費税などの減税には、岸田政権はきわめて消極的だ。
      ──「ニュースの裏」/2023年8月21日発行
                 『「好調」GDPの裏表』
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           ──[物価と中央銀行の役割/020]

≪画像および関連情報≫
 ●実質賃金7月2・5%減/16カ月連続マイナス
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   厚生労働省が8日発表した7月の毎月勤労統計調査(速報
  従業員5人以上の事業所)によると、1人当たりの賃金は物
  価を考慮した実質で前年同月比2・5%減った。マイナスは
  16カ月連続。物価高の勢いに賃金の伸びが追いつかず、減
  少幅は6月の1・6%から拡大した。
   名目賃金に相当する1人当たりの現金給与総額は、前年同
  月比1・3%増の38万656円だった。このうちボーナス
  など特別に支払われた給与は10万8536円で、0・6%
  増えた。ここ数カ月はボーナスが伸び、特別給与の増加率は
  5月が35・9%、6月は3・5%だった。増加傾向が、弱
  まったことが7月の実質賃金を押し下げた。
   現金給与総額を就業形態別にみると、正社員ら一般労働者
  は50万8283円、パートタイム労働者は10万7704
  円でいずれも1・7%伸びた。残業などによる所定外給与は
  一般労働者が1・1%増の2万6640円だったが、パート
  労働者は1・2%減の2830円と差が広がった。
   名目賃金のうち基本給に当たる所定内給与は1・6%増で
  5月以降1%台の増加が続く。厚労省は「春季労使交渉によ
  る賃上げ効果を反映している」とみる。
       ──2023年9月8日付、日本経済新聞/夕刊
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田中秀臣氏.jpg
田中秀臣氏
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