2023年07月21日

●「生計費指数の近似値を計算する」(第5999号)

 「物価とは生計費指数である」──話はここまできています。
しかし、ここから先が大変なのです。生計費指数とは、各家庭の
生計費をもとにして算出した一種の物価指数であり、一定の標準
生活を営むために必要な費用と変動を示す指数のことです。一般
的に、食費、光熱費、被服費、住居費、雑費の5つの指数を計算
して算出します。
 そもそも消費者というのは、財やサービスを消費することによ
って、自分の欲望を充足するのです。そこに財やサービスの本人
の好みが影響してきます。すなわち、その消費者が財やサービス
を消費することで得られる満足の度合いを「効用関数」と呼びま
す。しかし、自分以外の消費者の効用関数を計算することは至難
の業です。
 渡辺努東京大学教授は、自著において、自分の効用関数を使っ
て、生計費指数の簡単なモデルを計算しています。それが次のモ
デルです。
─────────────────────────────
                 昨日     今日
          価格   100円    90円
   商品A  購入数量    11個    42個
       金額シェア    0.11    0.38
   ───────────────────────
          価格   100円   140円
   商品B  購入数量    89個    44個
       金額シェア    0.89    0.62
   ───────────────────────
       生計費指数      1    1.25
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 商品数が増えると煩雑になるので、このスーパーには商品が2
つ──商品Aと商品Bの2つしかないとし、消費者サイドには買
い物の予算が決まっていて、1日1万円としています。問題は、
消費者の効用関数です。Aの購入数量とBの購入数量に応じて、
どれだけの効用が得られるかの関係を示す関数です。このモデル
では、効用関数に関しては、渡辺教授自身が消費者として、自分
の効用関数を使って算出しています。
 これについて、渡辺教授は、このモデルについて、次のように
説明しています。
─────────────────────────────
 昨日の時点では、両方とも100円なのに、購入量がAは11
個、Bは89個と大きな違いがあります。これは私の効用関数は
Bから多くの効用を得るようになっているからで、それはつまり
Bが私の好物であるということだと解釈してください。自分の効
用関数を知っているというのは、自分の好物を知っているという
ごく自然なことになります。
 そして今日は、Aの値段が下がったので、昨日は11個しか買
っていなかったAを、今日は42個買っています。一方、Bは値
段が上がったので、44個に減っています。
 私は自分の効用関数を知っているので、生計費指数を計算する
ことができます。実際に計算すると、昨日を1とすると、今日は
1・25となり、25%上昇したことがわかります。これは、昨
日と同じ効用をもたらす買い物をしようとすると、出費が25%
増えるという意味です。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 しかし、この計算は、渡辺教授の効用関数がわかっていたので
できたものです。しかし、消費者個々の効用関数を知ることは困
難です。したがって、生計費指数の近似値を計算するいくつかの
指数の計算方法があります。それは、次の4つです。上記モデル
をこれら4つの指数で計算した結果は、次の通りです。
─────────────────────────────
    ◎生計費指数「1.25」の近似値
     @ ラスパイレス指数 ・・・ 1.34
     A   パーシェ指数 ・・・ 1.16
     B フィッシャー指数 ・・・ 1.25
     Cトルンクビスト指数 ・・・ 1.27
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授の本には、上記4つの計算方法がそれぞれ掲載され
ていますが、話が複雑になるので省略します。4つの指数のうち
Bのフィッシャー指数とCのトルンクビスト指数について、渡辺
教授は次のように解説しています。
─────────────────────────────
 フィッシャー指数は、ラスパイレス指数とパーシェ指数の誤差
を相殺する、いわば毒をもって毒を制すというアイディアから生
まれたものです。この直観は素晴らしいものでしたが、これが正
しいと厳密に証明されたのは半世紀後のこと、アーウイン・デイ
ーワートが1976年に発表した論文においてでした。ちなみに
その論文では、フィッシャー指数とよく似た構造をもつトルンク
ビスト指数というものも、生計費指数のよい近似であることが示
されています。先ほどの例でトルンクビスト指数を計算すると、
1・27であり、生計費指数を若干上まわっているものの、十分
に近い値であることが確認できます。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 ここでの生計費指数の計算は、商品がAとBの2つしかないス
ーパーのモデルを使っています。しかし、実際には、多種多様の
商品が毎日売られているのです。そうした現実のデータに基づい
て物価指数の計算を行うには、商品を定義する必要があります。
これについては、来週のEJでご紹介します。
           ──[物価と中央銀行の役割/009]

≪画像および関連情報≫
 ●「フィッシャー指数」についての「チャットGPT」による
  回答です。
  ───────────────────────────
  ◎「フィッシャー指数」について教えて!
   「フィッシャー指数(Fisher's index)」は、経済や統計
  学の分野で使用される価格指数の一つです。アーヴィング・
  フィッシャー(Irving Fisher) というアメリカの経済学者
  によって考案されたことからその名が付けられています。
   フィッシャー指数は、消費財やサービスの価格変動を測定
  し、異なる期間の価格レベルを比較するために、用いられま
  す。特に、インフレーション(物価上昇)やデフレーション
  (物価下落)の影響を評価する際に役立ちます。
   フィッシャー指数は、次の2つの指数の幾何平均を取るこ
  とで計算されます。
  @ラスパイラス指数(Laspeyres index): 基準期の価格で
   消費者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動
   を計測する指数です。基準期の数量で重み付けされます。
  Aパーシャル指数(Paasche index): 比較期の価格で消費
   者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動を計
  測する指数です。比較期の数量で重み付けされます。
  ───────────────────────────
アーヴィング・フィッシャー氏.jpg
アーヴィング・フィッシャー氏
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2023年07月20日

●「物価とは『生計費指数』である」(第5998号)

「物価とは何か」──始めに謎のような言葉を出して注意を喚
起し、それを少しずつ具体的なものに近づけて行く──これが、
渡辺努東京大学教授の話の進め方のようです。渡辺教授はさらに
物価の正体に迫っていきます。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
    → B    物価とは生計費指数である。
─────────────────────────────
 「生計費指数」とは何でしょうか。これを現在話題になってい
る「チャットGPT」に聞いてみると、あっという間に次の説明
が出てきました。字数を数えてみると、177字でした。
─────────────────────────────
質問:生計費指数とは何かについて、200字以内で教えて!
チャットGPT:生計費指数は、特定の地域の生活費の相対的な
 比較を示す指数で、物価や住宅費、食料費、交通費などを考慮
 して計算されます。基準地域との比較で表示され、指数が高け
 れば生活費が高く、低ければ低いことを意味します。移住や転
 勤の際に生活費の相対的な差を把握し、予算の計画や生活水準
 の決定に役立てられます。詳細な数値は地域や情報源によって
 異なるため、信頼性の高い情報源を参照することが重要です。
─────────────────────────────
 渡辺教授は、「生計費指数」の説明に、「お買い物ゲーム」を
もってきます。スーパーで、1万円の買い物をして、100とい
う効用を得たとします。「効用」とは何でしょうか。効用という
のは、商品を食べたり、使ったりして、それらをすべて消費する
ことで得られる満足感のことです。
 さらに「お買い物ゲーム」を続けます。次の日に同じスーパー
で、次の条件に従って、お買い物をしてもらいます。
─────────────────────────────
   @同じ100の効用が得られるように買い物をする
   A買い物総額を最小限に抑えるよう商品選びをする
─────────────────────────────
 この買い物で、同じものを買えば、100の効用が得られるか
というと、そうとは限らないのです。スーパーの商品の価格が変
化しているからです。結局、100という効用を得られるように
買い物をすると、価格が1万2000円になったとします。前回
よりも2000円高くなっています。
 ここで大事なことはなぜ2000円増えたかです。好きなもの
があったからでもなく、衝動買いをしたわけでないことは明らか
です。「買い物の総額を最小限度に抑える」という縛りがかかっ
ているからです。そうすると、価格が上がった原因は、物価が上
がったことになります。そこで、次の計算をします。
─────────────────────────────
    12000円 ÷ 10000円 = 1・2
─────────────────────────────
 1・2倍──これは物価の変化です。これについて、渡辺教授
は、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 今日の1万2000円を昨日の一万円で割ると、1・2倍にな
ります。この1・2という数字を物価の変化とみなす──これが
現代の物価計測のもっとも基礎にある考え方です。商品の中には
昨日より価格が上がっているものも、下がっているものもありま
すが、それら全部をひっくるめて物価がどの程度変化しているか
を計測できているというところがこの計測のポイントです。
 「昨日と同じ効用を得ようとしたときに必要となる最小限の支
出」、実は、これこそがいま一般的に使われている物価の定義で
す。物価理論の研究者や物価統計を作成する政府の担当者は、こ
れを「生計費指数」とよんでいます。この生計費指数が上がるの
がインフレであり、その逆がデフレです。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 ここで冒頭のAの「物価を決めるのは貨幣の魅力である」につ
いてもう一度考えてみます。渡辺教授によると、物価水準の上下
を決めるのは「貨幣の魅力」であるとしていますが、これには多
くの議論があるようです。伝統的な考え方としては、「決済サー
ビス」としての魅力とされてきていますが、信用の実態は政府に
あると渡辺教授はいっています。
 それでは、政府の最大のお宝は何かというと、渡辺教授は「徴
税権」を上げています。徴税権とは、政府が国民から税を取る権
利であり、国民から見たときの納税義務に対応するものです。政
府が先々徴収する税金は、政府のお宝そのものです。FTPLで
は、これが貨幣の裏づけになっています。すなわち、貨幣と国債
は、将来の税収が裏づけとなって発行されています。したがって
貨幣と国債は、将来の税収が裏付けとなっている点で似たもの同
士です。これについては、嘉悦大学教授の高橋洋一氏も同じこと
をいっています。
─────────────────────────────
 政府のバランスシートをバランスさせるのが、課税権、徴税権
である。課税権とは政府が税を課す権利であり、徴税権とは税を
徴収する権利である。この課税権と徴税権によって、現在、政府
に現金がなくても、将来にわたる税収が保証されることになり、
政府のバランスシートもバランスするのである。
 ただし、これには一定の条件がある。その基準となるのが、債
務残高の対GDP比である。なぜなら、国の支出が増えても、国
の経済が成長してGDPが上昇すれば、将来の税収は増えると考
えられるからである。       ──高橋洋一嘉悦大学教授
            http://kaihooo.com/balance-sheet/
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/008]

≪画像および関連情報≫
 ●【こっそり学ぶ】街角経済学「物価について」/花房幸範氏
  ───────────────────────────
   こんにちは。ビズサプリの花房です。皆さんは、牛丼はど
  このチェーンに行きますか?
   吉野家、松屋、すき家の中だと、私は松屋の牛丼が一番好
  きなのですが、松屋は、先日、牛丼の並盛を20円アップの
  400円に値上げしました。数年前は300円前後だったこ
  とを考えると、この5年間で3割ほど値上がりしたことにな
  ります。
   またこの1年ほどは、原油価格の上昇や円安を始めとする
  原料価格の上昇、物流費の増加、人件費の増加等の理由で、
  様々な飲食物や消費財と言った、生活に身近なものが総じて
  値上がりしてきたと感じていると思います。
   先日は首都圏の電車の初乗り運賃の一斉値上げ、電気代も
  2年前と比べると、1・5倍程度に値上がりしているようで
  す。また、多くの食品に使われる小麦は大半を輸入に頼って
  いますが、日本では価格安定と需給を調整するため、政府が
  一括して輸入し、売り渡し価格を半年ごとに変動しており、
  本来は輸入価格は13%程度上昇しているところ、消費者へ
  の影響を考慮して現行の価格から6%弱の値上げになるよう
  です(これによる国の負担は100億円だそうです)。小麦
  価格が値上がりすれば、パンやパスタをはじめ、多くの食品
  に更なる価格転嫁が予想されます。
         https://maonline.jp/articles/bizsupli0426
  ───────────────────────────
スーパーでの買い物.jpg
スーパーでの買い物
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2023年07月19日

●「シムズ教授/増税でなく減税が正解」(第5997号)

 2017年1月30日のことです。米プリンストン大学教授で
あるクリストファ・シムズ氏が来日し、日本で公演を行っていま
す。クリストファ・シムズ教授は、ゼロ金利制約下では金融政策
のみでは、物価を十分にコントロールできず、財政政策が重要な
機能を果たすという趣旨の講演を行い、注目を集めています。
 2021年現在、日本政府は約1000兆円の国債を発行して
いますが、これらはいずれも利子を付けて返す必要があります。
返済原資は税収です。
 さて、ここからは考え方の問題です。日銀券の発行主体は日本
銀行であり、国債のそれは政府(財務省)です。日銀も幅広い意
味で政府の一部と考えると、貨幣と国債の両者は税金を裏付けに
していることは明らかです。
 民間の金融機関は、国債を日銀に売って、円を受け取るので、
市中に出回る円資金は増加します。ここで、貨幣という決済手段
の魅力が物価を決めるという立場に立つと、貨幣の供給量が増え
ると、貨幣の魅力は低下し、物価が上昇するはずです。
 しかし、シムズ教授のFTPLでは、そのようには考えないの
です。それは、増えた貨幣量で国債を買っているからです。つま
り、貨幣量は増えたものの、国債はその分減っています。貨幣量
と国債の減少分は同額です。これは、親会社である政府の債務が
減る一方で、子会社である日銀の債務が同額増えるだけです。
 ブラジルの場合は、インフレ率を下げるために利上げを行い、
国債の利払い費を増加させ、財政をさらに悪化させて、インフレ
を招いたわけですが、このケースでは、どのように措置すれば、
よいのでしょうか。
 FTPLでは、将来の税収が減少すると予測するとき、物価が
下落すると考えるのです。例えば「減税する」ことを決めたり、
公共事業を増大させようとするとき、貨幣の裏付けになる将来の
税収は減収します。これによって、貨幣の魅力は減少し、需要も
減るので、その結果、物価が下がります。かくして、デフレは一
段と深化してしまったのです。
 アベノミクス下の安倍政権はどうしたでしょうか。
 安倍政権が行ったのは「減税」ではなく、真逆の「増税」だっ
たのです。しかも、2回に分けて、5%の消費税率を10%に倍
増させたのです。その結果、何が起きたでしょうか。
 安倍首相は、本当はやりたくはなかったと思います。しかし、
民主党の野田政権の時に自民党も賛成して増税を法律化していた
ので、やらざるを得ない状況に追い込まれたのです。それでも、
海外を含めて多くの経済学者の意見を聞いたり、増税時期を延ば
したり、色々な努力をしていますが、森友問題が起きたこともあ
り、結局は実施せざるを得なかったのです。
 これは、シムズ教授の指摘とは正反対のことをやったことにな
ります。これによって財政収支は改善し、貨幣はその魅力を高め
それが物価にさらなる下落圧力を加えたのです。増税ではなく、
減税をやるべきだったのです。渡辺教授は、シムズ教授の指摘を
次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 彼の指摘はこうです。2013年春以降、日銀はデフレを克服
するために金融緩和を行っており、日本の金利水準はゼロに限り
なく近い水準、場合によってはマイナスの水準にまで下がってい
る。この超低金利は、財政の利子負担を軽減させ、その分、財政
収支を改善させている。これは財政再建に取り組む財務省として
は歓迎すべきことである。しかし、物価の観点からすると、金利
負担の軽減にともなう財政収支の改善は、貨幣の魅力を高め、貨
幣の需要を増やす方向に作用し、それが物価への下押し圧力とな
る。方向は反対だが、金融政策が財政収支に及ぼす影響を無視し
ているという点で、日本はブラジルと同じ失敗を犯している。以
上がシムズの見立てです。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 故安倍首相は、「安倍晋三回顧録」(中央公論新社)のなかで
財務省は増税に反対し、延長する私の政権を倒閣させようとして
森友学園問題をぶつけてきたことを明かしていますが、これにつ
いて、朝日新聞は次のように書いています。
─────────────────────────────
 森友学園への国有地売却をめぐる問題について安倍氏は、「籠
池泰典学園理事長という人物に一度も会ったことがないので、潔
白だという自信があった」と自身の関与を否定し、「財務省の策
略」の可能性に言及、「財務省は当初から土地取引が深刻な問題
だと分かっていたはずだ。でも、私の元には、土地取引の交渉記
録などは届けられなかった。森友問題は、マスコミの報道で初め
て知ることが多かった」としている。
 2014年11月に消費増税の延期を争点に衆院解散・総選挙
に踏み切ったのは「増税論者を黙らせるためには解散に打って出
るしかないと思った」と説明。消費増税を2度延期したが「財務
省と、党の財政再建派がタッグを組んで、『安倍おろし』を仕掛
けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙と
セットだった」と語っている。
         ──森岡航平氏による朝日新聞有料記事より
─────────────────────────────
 安倍晋三亡き現在の岸田政権では、岸田首相を取り巻いている
スタッフのほとんどが財務省出身です。彼らは、ほとんど東大法
学部卒で、経済のことがわかっていない。それに不平等税制をそ
のままにしています。宏池会とはそういうグループです。
 経済アナリストの森永卓郎氏によると、日本では年収300万
円台のサラリーマンよりも超富裕層の方が、税や社会保険料の負
担率が低いのです。金融所得課税や厚生年金保険料、健康保険料
に上限があるからです。こういうことを無視して、岸田政権では
防衛増税など大増税を企んでいるのです。
           ──[物価と中央銀行の役割/007]

≪画像および関連情報≫
 ●デフレの新しい治療薬/シムズ理論/玉手義朗氏
  ───────────────────────────
   デフレという病との、長い闘病生活を続けている日本。主
  な治療薬は日本銀行が処方する金融緩和政策で、政策金利の
  引き下げに始まり、ゼロ金利政策から量的金融緩和政策、さ
  らにはマイナス金利政策と、より強い薬が投与されてきたが
  効果は限定的だった。こうした中で「新薬」として注目され
  ているのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・プリン
  ストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱している理
  論だ。
   「シムズ理論」は、財政政策によって物価をコントロール
  し、デフレ脱却を図るというもの。物価のコントロールは金
  融政策の役目とされてきたが、デフレが進んで金利がゼロ付
  近にまで低下すると効果を失ってしまう。そこでシムズ教授
  は、これまでに例を見ない、財政政策による治療法を提案し
  ている。
   シムズ理論の基礎となっているのは、財政政策で物価をコ
  ントロールする「物価水準の財政理論」(FTPL)だ。シ
  ムズ教授はまず、政府が大規模な財政支出を行うことを求め
  ている。徹底的にお金を使って貨幣をばらまき、その価値を
  下げてデフレからインフレにしようというのだ。その一方で
  シムズ教授は、物価上昇率が目標に達するまでは、増税をす
  べきではなく、場合によっては減税も視野に入れるべきだと
  主張する。          https://onl.la/1A8SZAC
  ───────────────────────────
シムズ教授の日本での講演.jpg
シムズ教授の日本での講演
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2023年07月18日

●「貨幣の魅力が物価を決める/本当か」(第5996号)

 7月14日のEJの重要部分を再現し、物価につい考えます。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
─────────────────────────────
 渡辺努教授の本/『物価とは何か』の読者は、読み始めて間も
なく、ひとつの不思議な言葉にぶつかります。それは「貨幣の魅
力」という言葉です。貨幣は、モノを購入するさいの支払手段、
すなわち決済手段というサービスを提供してくれる魅力を持つも
のであるというのです。
 渡辺教授は、高級メロンを例として取り上げ、その魅力を説明
しています。高級メロンは甘くて、香りが良くて、とても美味し
いという特性があります。しかし、それが多くの人に行きわたる
ほど、数が取れない。だから、価格が高いというわけです。
 ということは、高級メロンという商品の魅力は、その特性と供
給力によって決まるといってよいのではないかということです。
商品と商品の交換比率がそれぞれの商品の魅力によって決まると
すれば、商品と貨幣の交換比率は、商品の魅力を、貨幣の魅力で
割ったものであり、それによって物価が決まる──渡辺教授はこ
のようにいっているのです。
 このように説明されると、少し腑に落ちるのですが、すぐわか
らなくなります。なぜなら、ここでいう商品の魅力の商品とは、
高級メロンのような個々の商品ではなく、そういう個々の商品を
含むあらゆる商品の総体、商品一般のことであるからです。渡辺
教授は、この商品総体のことを「蚊柱」に例えています。個々の
商品の総体、すなわち、「蚊柱」が物価であると。そして、渡辺
教授は「貨幣の魅力」について、次のように解説します。
─────────────────────────────
 「貨幣の魅力」というほうも実は謎めいています。貨幣はメロ
ンのように美味しいわけでもないし、スマホのように便利なわけ
ではありません。貨幣の魅力はどこから来るのでしょうか。そし
て、物価が動くというのは、その魅力が変化するということです
が、それはどういうことで、なぜ起こるのか。その答えはすぐに
は思い浮かびません。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 「貨幣の魅力」とは何でしょうか。
 それは、人々が貨幣を需要している、すなわち、欲しがってい
るからです。それでは、なぜ、人々は貨幣を欲しがるのでしょう
か。それは、貨幣があれば、それが欲しい商品やサービスを購入
するさいの決済手段として使えるからです。
 1974年の狂乱物価のときは、原油価格の高騰とは別の理由
で貨幣の供給量が増加していたので、決済サービスの供給もそれ
に応じて増加し、その分決済サービスの魅力は低下していたので
す。これは貨幣の低下に他ならないので、物価は上昇し、インフ
レになったというわけです。
 キャッシュレス社会の現代、決済サービスの手段は目まぐるし
く進化しています。とくに「○○ペイ」をクレジットカードを介
して銀行に紐づけておけば、モノやサービスの購入から支払い決
済まで、消費者は、一切、貨幣を目にすることなく、決済が可能
になります。この場合、決済サービスが物価に対して、どのよう
な影響を与えるかについても考える必要があります。
 このことに関連して、検討しておくべき財政理論があります。
この理論はアベノミクスのベースになっている財政理論といわれ
ます。米国のマクロ経済学者、クリストファ・シムズプリンスト
ン大学教授が主唱する理論です。
─────────────────────────────
   「物価水準の財政理論」/クリストファ・シムズ
    Fiscal Theorey of the Price Level/FTPL
─────────────────────────────
 これに関連して、1980年代のブラジルの高インフレを分析
してみる必要があります。ブラジルは、1970年代から高イン
フレに苦しんでいたのです。これによって、貨幣の魅力が減退し
ていたことになりますが、問題はその原因です。
 高インフレになったのは政府の放漫経営です。それをファイナ
ンスするため国債を発行し、それを中央銀行に買い取らせる貨幣
増刷を行い、金利を一定に保つ政策をやっていたのです。しかし
1980年代の改革で、金利を一定に保つ政策を改め、インフレ
の進行を抑える速度で、積極的に金利を引き上げる政策へと変換
したのです。つまり、インフレに対して、利上げを行い、金融引
き締めで対応するのは、正攻法であるといえます。
 しかし、1980年に年率100%だったインフレ率は、19
85年には、220%と加速してしまったのです。どうして、こ
のようなことになったのでしょうか。
 金融引き締めによって、金利は全般的に上昇し、国債金利も当
然高騰します。その結果、ブラジル政府の利払いは増加し、これ
が財政をさらに悪化させる方向に働いたのです。これによって貨
幣の魅力に2つの影響を与えたのです。1つは、貨幣の増発が抑
制され、貨幣の決済サービスの魅力を高める方向に働いたことで
す。2つは、利子負担の増加に伴う財政の悪化が貨幣の価値を低
下させたことであり、後者が前者を上回ったのです。
 問題は政府の債務残高です。政府の債務残高が低いときは、金
融引き締めによって物価上昇を抑制できますが、政府が巨額の債
務を抱えるときは、金利の変化は、財政に大ダメージを与えて、
物価が上昇し、インフレになるリスクが高いのです。これは、貨
幣の魅力の源泉は、決済サービスだけであると思いこんだブラジ
ル政府と中央銀行の失策です。しかし、これ、インフレとデフレ
の違いはありますが、日本の状況とよく似ていないでしょうか。
明日のEJで検討を進めます。
           ──[物価と中央銀行の役割/006]

≪画像および関連情報≫
 ●言葉は知っているがよく分からない「シムズ理論」とは
  (提供:株式会社ZUU)
  ───────────────────────────
   シムズ理論とは一般的に、ノーベル経済学賞受賞者である
  米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱す
  る「物価水準の財政理論/FTPL」のことを指す。このシ
  ムズ理論とは、どのような理論なのだろうか。
   理論の骨格を一言でいうと、政府が財政支出を増やし、そ
  れを増税で返そうとしなければ、物価水準の調整、つまりイ
  ンフレが起きて、相対的に現金価値が減少することにより、
  財政赤字の帳尻が合うということだ。
   財政政策を行っても「将来の増税や歳出削減の可能性」を
  国民が感じ取ると、国民はそれを前提に行動する。つまり、
  将来の負担増加が見えているなら、国による景気浮揚策(=
  財政政策)が打たれても、財布の紐をあまり緩めることはせ
  ず、財政政策の効果を減退させてしまう。そうであれば、イ
  ンフレが醸成されるまで、将来の増税や歳出削減を行わない
  ことを約束し、国民が安心して所得を消費に回せる環境を作
  ろう、というのがFTPLの考え方だ。
   しかし、現実世界では、政府および指導者が「インフレが
  醸成されるまで将来の増税や歳出削減を行わない」と宣言し
  ても、国民がそれを簡単に信じるとは限らない。あくまでも
  FTPLは、政府および指導者と国民との間に確固たる信頼
  関係があることが前提の理論ということだ。
  ───────────────────────────
クリストファー・シムズ教授.jpg
クリストファー・シムズ教授
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2023年07月14日

●「物価は何によって決まるか考える」(第5995号)

 素人は「物価とはモノの価格」と単純に考えます。黒田前日銀
総裁は、アベノミクスによるデフレ克服を実現するため、「2%
のインフレ目標」を掲げて、消費者物価指数(CPI)を2%に
引き上げ、それを安定的に維持するため、異次元の金融緩和を実
施継続しましたが、結局不発に終わっています。
 中東の原油価格が高騰し、石油関連製品の価格が上昇すれば、
素人なら誰でも消費者物価指数も上がると考えます。狂乱物価の
ときは、まさにその通りになったので、1974年のインフレの
原因は、原油価格の高騰ということになってしまったのです。
 しかし、後の研究によって、これは間違いであることがわかっ
ています。このように、個別の商品価格の変化を地道に積み上げ
ていけば、消費者物価の計算ができるんじゃないかという発想を
「会計理論」と呼んでいます。
 「会計理論」というと、何か立派な理論が存在するように聞こ
えますが、そういう素人的発想を揶揄して、口の悪いある経済学
者が名付けたものです。その学者の名前は、スティーブン・チェ
ケッティ教授といいます。
 インフレの例ではありませんが、2020年に菅義偉前首相は
携帯電話料金の値下げを重要施策として取り上げ、実現させてい
ます。菅首相としては、日本の携帯電話料金は非常に高く、この
価格を下げることによって、その分国民の収入が増えると考えた
のだろうと思います。そのときの新聞などの解説では、この施策
の結果、消費者物価指数は下がるだろうと予測していたのです。
 これこそ会計理論です。それにちょうどそのとき、携帯電話会
社は5Gへの投資の真っ最中であったので、この施策の結果、携
帯電話会社の経営は大変であったろうと考えられます。タイミン
グが悪かったのです。これについて、渡辺努教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 携帯電話料金の値下げで浮いたおカネでレストランに繰り出す
というような見方は単純に過ぎるでしょう。ですが、携帯料金の
値下げがなければ行っていたであろう家計の切り詰め(支出の削
減)が小幅になるということは、十分あり得たでしょう。長い目
で見ると、そうした間接的な消費行動の変化まで勘案すれば、携
帯料金の値下げが物価を下げる度合いは、会計理論の数字よりも
ずっと小さい、またはほぼゼロであったろうと思われます。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授をはじめとする物価の研究グループは、個々の商品
の上がり下がりが、物価の変動にはつながらないという証明にな
る実験を行っています。それを添付ファイルにしてあります。
 消費者物価指数(CPI)を構成する品目のなかから、菓子類
16品目を取り出し、それぞれの品目について、2003年から
2021年までの期間についてインフレ率を計算し、その平均値
最大・最初値をグラフ化したものです。ここで、インフレ率とは
物価が前年同月と比較して、何パーセント変化したかを計算した
ものです。
 それぞれの品目の最大・最小値を見ると、ゼロから大きく乖離
していることが分かります。なかでもポテトチップスは、マイナ
ス20%からプラス15%、チョコレートは、マイナス4%から
プラス25%と乱高下しているものの、それぞれの品目が打ち消
し合って、平均値はほぼゼロになっています。
 そうすると、物価は何によって変動するのでしょうか。
 渡辺努教授は、その著作、『物価とは何か』の冒頭で、物価に
ついて、次の2つのことをいっています。2つの言葉は、とても
謎めいています。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
─────────────────────────────
 「蚊柱」とは何でしょうか。
 渡辺努教授は、「物価とは『蚊柱』である」について、次のよ
うに説明しています。
─────────────────────────────
 物価とは蚊柱である──これが「物価とは何か」──という問
いに対する、私の最初の答えです。世の中に何十万と存在する個
別の商品それぞれが、一匹一匹の蚊にあたるというわけです。猛
烈な速度で移動する個体があれば、ゆっくりと移動する個体もあ
ります。速く移動するものは価格が激しく変動している商品、緩
やかに動くものは価格が安定している商品だと考えてください。
そうした商品の群れから少し距離をとって眺めると、群れ全体が
見えてきます。ちょうど蚊柱というひとつの物体があるように。
これが物価です。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 個別の商品の日々の細かい値動きは、めまぐるしく動き回る一
匹一匹の蚊の動きにたとえられます。右に行ったり、左に行った
り、上に行ったり、下に行ったり、それぞれの蚊は動いています
が、蚊柱自体はほぼ同じ空間にとどまっています。物価を蚊柱に
たとえると、個別の商品の値動きは、物価に影響を及ぼすことは
ないということがいえます。実際に「蚊柱」ができるさまを見る
ことができる動画があります。5分ほどかかりますが、もし興味
があったら、ご覧ください。
─────────────────────────────
    「驚異の蚊柱/諫早湾調整池の知られざる事実」
              撮影2011年4月〜5月
                  時間:5分11秒
    https://www.youtube.com/watch?v=_EfzE-lYq20
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/005]

≪画像および関連情報≫
 ●『物価とは何か』読書感想文まとめvol.001
  ───────────────────────────
   例えば、お茶が150円の自動販売機と、100円の自動
  販売機では、同じ1000円を使用したとしても、6本と、
  10本で買える量に差が生じる。この場合、百五十円の自動
  販売機がおいてある地域を「物価が高い」と称し、100円
  の自動販売機が置いてある地域を「物価が安い」と称す。
   なぜ値段に差が生じるのか?──商品の魅力で、決まるか
  ら。同じ商品でも、地域や品数、量などで150円でも購入
  する  人がいるほど魅力がある。
   魅力とは何か?──商品の持つ特性、美味しさ、利便性、
  ファッション性。次に供給量。高級メロンが、なぜ高級なの
  か?──おいしい上に希少だから。山積みになってたら安く
  なる。オイルショック時に日本の物価率が23%アップした
  のはなぜか?
   ──原油高騰が原因であれば、原油関係の物価だけが上が
  るはずだが、全ての項目でインフレが起きていた。インフレ
  の原因はオイルショックではなく、日銀の貨幣増産にあると
  現在では結論付けられている。つまり、世の中にお金が出回
  れば出回るほど、実は物価が上昇してしまう。理由は高級メ
  ロンの原理。大量にあるものは価値が下がる。それは何の値
  段なのか?──商品の魅力、販売地域、量、利便性、ファッ
  ション性、希少性、政治的、世界情勢などあらゆるものが関
  連して決まっている。
  ───────────────────────────
菓子類のインフレ率.jpg
菓子類のインフレ率
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2023年07月13日

●「狂乱物価の原因について検討する」(第5994号)

 「狂乱物価」について考えてみます。正しくいうと、インフレ
は2回起きています。1973年10月、中東産油国が原油価格
を70%引き上げたことを受けて、インフレが発生しています。
このインフレを「第1次オイルショック」と呼んでいます。この
とき、日銀はインフレを抑えるため、公定歩合(政策金利)を9
%まで引き上げています。金融を引き締めたのですから、景気が
悪化し、不況に陥っています。
 その後、1970年から1980年初頭にかけて、原油価格は
再び高騰します。1978年にOPEC(石油輸出国機構)が段
階的に原油価格の大幅値上げを実施したことに加え、1979年
2月のイラン革命や、1980年9月に勃発したイラン・イラク
戦争が影響して、国際原油価格は約3年間で2・7倍に高騰しま
す。これが「第2次オイルショック」です。このときもインフレ
が発生し、国内景気が減速しています。
 狂乱物価に関する記事を読むと、インフレの原因は、明らかに
中東産油国による原油価格引き上げとしています。しかし、原油
価格引き上げだけでは、インフレは起きないはずです。渡辺努教
授は、次のモデルで説明を試みています。
 毎月10万円で暮らしている家庭があったとします。そこにガ
ソリンなど石油関連製品の価格が急上昇したとします。住んでい
る地域によっては、ガソリンが不可欠な人もいますが、その家庭
は、ガソリンの高騰分をいつも購入している商品を少し減らすこ
とによって、何とか10万円の収入以内に収めようと努力するは
ずです。これらの個々の消費者の行動変化は微々たるものであっ
ても、この行動を大勢の人がとったとすると、それは大きな消費
行動の変化につながるはずです。その結果について、渡辺努教授
は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 多くの家庭が同様の節約を行うことを考えたとき、石油関連以
外の各商品に対する需要は、それぞれ少しずつ減少し、その結果
それらの商品の価格もそれぞれ少しずつ低下します。つまり、石
油関連製品の価格上昇は、多くの消費者の節約行動を通じて、広
い範囲にわたる商品の、小幅な需要減と小幅な価格低下をもたら
します。石油関連以外の商品の価格低下は、個々にみれば、小さ
な、目立たないものですが、幅広い商品で起こるので、それなり
のインパクトがあります。そして、これが石油関連製品の価格上
昇をかなりの程度、相殺し、その結果、原油価格が急騰しても物
価はさほど上がらないということが起こるのです。
   ──渡辺努著『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 原油価格が上がったからといって、いきなりインフレが起きる
わけではないのです。1973年11月、大阪市のスーパーで発
生したトイレットペーパー買い占め騒ぎが報道されたことをきっ
かけに、日本中の小売店の店頭から洗剤、砂糖、塩、醤油までも
が消えましたが、これは政府の大きなミスであるといえます。
 1973年10月中旬のことですか、当時の中曽根通産大臣が
テレビ番組内で「紙の節約」を呼びかけたことから、10月下旬
にかけて「紙がなくなるらしい」という噂が全国に広まったとい
われています。担当大臣がこういうことを不用意にいうと、生活
にかかわることだけに、大きな騒ぎに発展してしまうのです。
 「狂乱物価」の起きた日本の時代背景について考えてみる必要
があります。当時は田中角栄内閣であり、いわゆる「日本列島改
造論」によって、日本中に大量の財政資金がばらまかれていたと
きだったのです。そしてもうひとつ、1973年2月14日に円
が変動相場制に移行しています。それ以前は、「1ドル=360
円」の固定相場制であったのです。
 このとき、一部の商社や金融機関は、変動相場制になると、円
高になると見込んで、ドル売り円買いの取引を増大し、円を蓄え
ようとしていたのです。日銀はそうした動きに呼応し、大量のド
ルを買い取って、円を市場に放出するというオペレーションを実
施します。事実、変動相場制に移行した直後のドル/円相場は、
「1ドル=265・8円」の円高になっています。
 ノーベル賞を受賞した経済学者であるミルトン・フリードマン
氏によると、通貨供給量が増えれば増えるほど、インフレはます
ます上昇するといっており、狂乱物価は、日銀によるドル買いと
政府の財政政策の2つによって、中東戦争前夜の日本経済は、貨
幣供給が過剰になっていたのです。これがインフレの原因です。
 なお、狂乱物価については、嘉悦大学教授の高橋洋一氏も自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 「狂乱物価」とは、1973年から2〜3年にわたって、物価
が2ケタの上昇率で高騰したことをいいます。1974年には消
費者物価指数が前年比23・2%も上昇しました。
 20%の物価上昇といえば、前年には1000円だったものが
たった1年で1200円になることを意味します。これは大変な
ことで、同年の実質国内総生産(GDP)成長率は、戦後初めて
マイナスとなりました。それまで猛烈な勢いで続いてきた高度経
済成長は、ここに終わりを迎えることとなったのです。
 なぜ、このような「狂乱物価」が起きたのか。1973年10
月に起きた石油ショックと結びつけて考える人が、かなりいらっ
しゃるようですが、これは理由の1つにすぎません。
 実は、その前からすでに物価は急上昇していたのです。ちょう
ど固定相場制から変動相場制に移り変わる時期で、為替維持のた
めにマネーが大量に市中に供給されていたため、物価が上がった
ことが主因でした。石油ショックはそれを強めてしまっただけに
すぎません。狂乱物価は、主として貨幣現象によって起こったも
のです。       ──高橋洋一著『戦後経済史は嘘ばかり
      /日本の未来を読み解く正しい視点』/PHP新書
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/004]

≪画像および関連情報≫
 ●田中角栄内閣と石油危機─灯油がつなぐグローバル経済
  と選挙区/佐藤 晋氏
  ───────────────────────────
   1972年に成立した田中角栄内閣は列島改造を掲げて登
  場し、日中国交正常化を実現したが、翌年秋には石油ショッ
  クに遭遇し、困難な対応を迫られた。その際、田中は、資源
  への脆弱性意識から積極的・自主的かつ性急な資源外交を展
  開した。しかし、その一方で、彼が国内での物価上昇抑制に
  対して積極的に価格統制を行った事実は、あまり知られてい
  ない。しかし、むしろ田中は、本稿で見るように、国際社会
  で生じた問題を外交的手法で解決しようとしたのではなく、
  国内に持ち込んで、各利益集団間の「所得の移動」によって
  解決させるという手法を得意とした政治家であった。したが
  って、田中の政治的本領は、外交面ではなく、内政面で発揮
  されたと言って良い。もちろん原油の輸入量という「量の確
  保」には外交的手段を尽くしたが、その効果のほどは明確化
  しづらい。その一方で、価格上昇を抑制しようとする田中の
  試みは再現することができ、十分に評価可能である。
   そこで本稿では、田中政治の本質を知るために、1973
  年から翌年にかけての第1次石油危機に際して、田中がどの
  ような国内政策をとったのか、とりわけ原油価格上昇の物価
  への悪影響をどのように取り除こうとしたのかについて分析
  していく。
  ───────────────────────────
第1次石油危機と第2次石油危機.jpg
第1次石油危機と第2次石油危機
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2023年07月12日

●「2つのインフレの真の原因を探る」(第5993号)

 インフレを日本人はどのくらい経験しているでしょうか。戦後
に絞ると、常識的には今回の世界インフレをのぞくと、次の3回
経験していることになります。
─────────────────────────────
       @終戦直後のインフレーション
          1945年〜1949年
       A狂乱物価のインフレーション
    1973年〜1974年/1979年
       Bバブル経済インフレーション
          1955年〜1990年
─────────────────────────────
 第1のインフレーション「終戦直後のインフレーション」は、
まさしく本物のインフレです。
 このインフレによって、1945年10月から1949年4月
までの3年6カ月の間に消費者物価指数は約100倍になってい
ます。しかし、このインフレを体験している人は、80歳以上の
高齢者になっており、体験者が少なくなっています。
 第2のインフレーション「狂乱物価のインフレーション」は、
アラブ産油国からの原油供給が断たれたことが原因で、ガソリン
などの石油関連商品が希少になり、それらが原因となって、物価
が上がったというものです。しかし、この考え方には疑問がある
ので、あとで解明します。
 第3のインフレーション「バブル経済インフレーション」は、
住宅価格など資産価格が高騰したインフレであって、消費者物価
が大幅に上昇したのではないのです。これについても真の原因を
追求します。
 このように考えると、現在、生産人口を形成している日本人の
ほとんどがインフレを経験しておらず、彼らが生まれて以来、実
に約30年にわたってずっとデフレの沼に嵌っており、いま世界
中で起きているインフレに戸惑っている感があります。
 狂乱物価のインフレは、どのようにして起きたのでしょうか。
 このインフレは、1974年に起きています。その前年である
1973年に、イスラエルとアラブ諸国との間で、第4次中東戦
争がはじまっています。
 産油国は、原油の価格を引き上げると同時に、イスラエルを支
援する国々に対して、原油の輸出停止に踏み切ったのです。日本
もその巻き添えを食って、アラブ諸国からの原油輸入が途絶えて
しまいます。
 原油の国際価格は4倍に急騰し、日本においても、ガソリンな
どの石油関連製品の価格が急騰して品不足になり、多くの消費者
が、スーパーにトイレットペーパーなどの買いだめに走るという
現象が起きたのです。いわゆる石油ショックです。コロナ禍のマ
スクの品不足と同様の現象です。これを契機に、1974年には
消費者物価指数(CPI)は、前年比23%上昇しています。あ
らゆるものに値上がりの波が襲い、時の大蔵大臣であった福田赳
夫氏がこのインフレを「狂乱インフレ」と名付けたのです。
 この現象を整理するとこうなります。ガソリンなどの石油関連
製品の値段が上昇し、それに伴い、消費者物価指数が上昇したと
いうことです。したがって、インフレの原因は、原油高というこ
とになります。これを多くの人は信じていますが、事実はいささ
か異なるのです。
 これについて、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように説明
しています。
─────────────────────────────
 では、何が1974の狂乱物価を引き起こしたというのでしょ
うか。真の原因は、日銀による貨幣の供給過剰です。当時は、為
替レートが固定相場制(ドルと円の交換比率を中央銀行の介入に
よって固定させる仕組み)から変動相場制(交換比率の決定を市
場に委ねる仕組み)へと移行する過渡期でした。そして、一部の
商社や金融機関は、変動相場制になれば円が高くなるだろうと予
想して、ドル売り円買いの取引によって円を蓄えようとしていま
した。日銀はそうした動きに呼応するかたちで、大量のドルを買
い取り、円を市場に大量に放出するというオペレーションを実施
しました。また、この当時は、「列島改造」を掲げる田中角栄政
権によって大量の財政資金が市中にばらまかれているころでもあ
りました。          ──渡辺努著『物価とは何か』
                  講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 続いて、バブル経済インフレは、どのように起きたのでしょう
か。イメージとしては、凄いインフレが起きていた印象がありま
すが、実は違うのです。これについては、高橋洋一氏が自著で次
の指摘をしています。
─────────────────────────────
 「バブル期はどんどん物価が上がった。すごいインフレ状態だ
った」というイメージを持っている人も多いことでしょう。たし
かに、バブル世代の人々が、なぜか、自慢げに語る当時の武勇伝
(「こんなに金を使えた」「接待に次ぐ接待で大変だった」「予
算は青天井」などなど)を聞くと、その話は、あたかも真実であ
るかのように響きます。
 しかし、そんなイメージとはかなり違うかもしれませんが、バ
ブル期とされる1987〜1990年の一般物価の物価上昇率は
実は、0・1〜0・3%です。ごく健全な物価上昇率であって、
「ものすごいインフレ状態」とは、とてもいえない数字です。バ
ブル期に異様に高騰していたのは、株式と土地などの資産価格だ
けだったのです。「一般物価」と「資産価格」を切り離して考え
る必要があります。バブル期の実態は「資産バブル」でした。
           ──高橋洋一著『戦後経済史は嘘ばかり
      /日本の未来を読み解く正しい視点』/PHP新書
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/003]

≪画像および関連情報≫
 ●インフレ予想、インフレ体験の世代間格差〜インフレを知ら
  ない人達が増えている/2013年6月24日
  ───────────────────────────
   世代によってものの見方、考え方が大きく違うことを痛感
  することは少なくないが、その典型例のひとつが物価に対す
  る見方だ。
   目下の日本経済の最優先課題は約15年続くデフレからの
  脱却であるが、筆者の周りでは、年齢が高い人はインフレを
  起こすことは比較的容易だと考えているのに対し、若い人ほ
  どデフレ脱却の実現可能性について否定的な見解を示す傾向
  がある。
   こうした傾向は経済統計からも確認できる。内閣府の消費
  動向調査(2013年5月調査)で、1年後の物価上昇を予
  想する消費者の割合を年齢階級別に見ると、若年層では物価
  上昇を予想する世帯の割合が相対的に低く、年齢階級が上が
  るにつれてその割合が高くなっている。29歳以下と60〜
  69歳では20%近い開きがある。
   このように、世代によって先行きの物価に対する見方が異
  なっているのは、それぞれの年代で、物価に関する経験が異
  なっていることが大きいのではないだろうか。たとえば、現
  在20歳代の若者は物心がついた時にはすでに日本経済はす
  でにデフレに陥っていたため、物価が上がったという経験が
  ほとんどない。これに対して、60歳前後の人は大人になっ
  てから石油危機(1970年代前半から1980年頃まで)
  が発生したため、物価高騰を身をもって経験している。
                 ──ニッセイ基礎研究所/
            経済研究部経済調査部長/斎藤太郎氏
  ───────────────────────────
2冊の関連本.jpg
2冊の関連本
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2023年07月11日

●「世界インフレへの小幡教授の意見」(第5992号)

 今回のテーマの中心は物価と中央銀行です。EJでは、日本の
中央銀行である日本銀行を取り上げたことはありますが、物価の
ようなテーマを取り上げたことはありません。しかし、現在、世
界インフレが起こり、本当に何十年ぶりに物価が話題になってい
ます。そういうとき、たまたま書店で渡辺努東京大学大学院教授
による『世界インフレの謎』(講談社現代新書)を購入し、読ん
で私は物価について興味を持ったのです。
 渡辺教授は、この本を上梓する前に、次の本を書いて世に問う
ています。この本は、300ページを超える本ですが、発売一年
後には、第12刷とよく売れています。
─────────────────────────────
       渡辺努著/講談社選書メチェ758
               『物価とは何か』
─────────────────────────────
 この本について、辛口の評論で知られる慶応義塾大学大学院教
授の小幡績氏は、2022年2月の東洋経済オンラインで、次の
ように絶賛しています。
─────────────────────────────
 2年前、いったい誰が「インフレが最大の経済政策上の関心事
になる」と予想したであろうか。しかし、いまやアメリカは40
年ぶりのインフレ率であり、欧州も同様だ。一方、世界中で日本
だけは、なぜか他国に比べて消費者物価が上がらない。インフレ
物価、これらには謎がいっぱいだ。物価とは、いったいどうなっ
ているのか。
 これを解明する「世界で唯一の本」が近頃出版された。渡辺努
東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)である。
渡辺教授は、私が最も尊敬する経済学者の1人であり、物価の理
論家としては間違いなく現在世界一である。このコラムでも「な
ぜ日銀は無謀なインフレ政策をとるのか」や「日本でも今後『ひ
どいインフレ』がやってくるのか」で言及した。何よりも理論と
実証という経済学の研究者というだけでなく、物価と格闘する人
類最高の知性であり、現実と正面から向き合っているのである。
その彼が、真正面からぶつかった本が『物価とは何か』である。
しかも、学者向けではなく、一般の読者へ向けなのだ。
 物価と向き合うのは経営者、消費者である。学者ではない人々
であり、物価を決めるのも彼らであるから、その彼らに学問にお
ける物価の理解を知ってもらう必要があると彼は考えた。そして
物価の現場の彼らに理論をぶつけ、挑戦した本なのである。今回
は、学者としてではなく、一般の消費者として、渡辺努教授に挑
みたいと思う。  https://toyokeizai.net/articles/-/512971
─────────────────────────────
 小幡教授は鋭い論説で知られる学者です。テレビなどでその論
説を聞く機会はありますが、あまり人を褒めるタイプではないと
いう印象を持っています。その小幡教授が、これほど渡辺教授を
評価しているのは私にとって新しい発見です。
 しかし、小幡教授が渡辺説に全面的に賛成かというと、けっし
てそうではないのです。小幡教授は「物価もインフレも重要では
ない」と断言し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 少なくとも、今の日本の現状においては、物価もインフレも重
要な政策イシューではない。にもかかわらず、最大のエネルギー
と限界を超えたリスクを賭けて、いわば国を賭けて異次元緩和を
行い、インフレを起こそうとしている。これは日本の金融政策の
歴史上、最大の誤りだと思っている。物価なんてどうでもいい。
しかし、人々はなぜ、物価が、インフレがそんなにも重要だと思
うのか。  https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=3
─────────────────────────────
 小幡教授は「物価もインフレも重要な政策イシューではない」
として、そう思う理由について次の3つを上げています。
─────────────────────────────
 @ハイパーインフレとデフレスパイラルは、恐ろしく、絶対
  に引き起こしてはならない。
 A世界の中央銀行が目指す2%程度のインフレは、中央銀行
  にとって便利だからである。
 Bインフレ抑制が必要な理由は、庶民の生活を守ること、生
  活苦に陥らないことである。
─────────────────────────────
 第1の理由は、ハイパーインフレとデフレスパイラルを起こし
てはならないことです。もし、なってしまったら、中央銀行は何
もできなくなるからです。小幡教授は、これには全面的に賛成す
るとして、これを全力で回避すべきであるといい、これには多く
の学者でも異論がないはずであると主張しています。
 しかし、0〜0・5%程度のインフレ(デフレという人もいる
が)は、経済にダメージを与えないので、恐れる必要はないが、
低インフレ率では下げる余地がほとんどないので、インフレ率2
%程度の緩やかなインフレを維持すべきであるとしています。こ
れが第2の理由です。
 第3の理由は、インフレ抑制(2%程度のインフレ)を目指す
理由は、最も基本的な話ですが、庶民の生活を守ること、物価高
騰で、生活苦に陥らないようにするということです。そして小幡
教授はこのレポートを次の言葉でしめくくっています。
─────────────────────────────
 インフレが加速するかどうか、永続的か、ちょっと長めの一時
的か、どうなるかについては判断が分かれる。だが、将来シナリ
オがどうであったとしても、今現在、インフレで苦しんでいる人
々、それも相対的な低所得層がいる以上、ともかくインフレは妥
当な水準に抑え込まないといけないのである。
      https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=5
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/002]

≪画像および関連情報≫
 ●いまだ達成できな「物価目標」なぜ2%に設定?
  ───────────────────────────
   インフレ目標政策の普及は「まず理論ありき」で始まった
  わけではない。1980年代末から1990年代初めにかけ
  て、政権からの政治的な金融緩和圧力による高いインフレに
  苦しんでいたニュージーランドを嚆矢として、いくつかの国
  が採用し、インフレ制圧に成功したこと、それらの国がおお
  むね、2%近傍のインフレ率を目指したことを端緒としてい
  る。最初の採用国、ニュージーランドでは、1970年代か
  ら1980年代前半にかけて、2桁のインフレ率が続き、国
  民のインフレに対する不満が鬱積していた。1984年の政
  権交代後、新政権はインフレ抑制を決意し、ニュージーラン
  ド準備銀行にその達成を指示する。その際、政治目的――と
  りわけ選挙対策――のために金融政策を操作させるという悪
  しき慣習の根を絶つことを決意する。
   政権与党が選挙に有利な金融緩和を中央銀行であるニュー
  ジーランド準備銀行に求めるなど、彼らが現在バイアスに基
  づく近視眼的な指示を出しても金融政策が歪められない仕組
  みが模索され、その努力が1989年のニュージーランド準
  備銀行法として結実した。この法律に基づき、大蔵大臣と準
  備銀行総裁は、「政策目標に関する合意(PTA)を設定す
  ることになった。インフレ目標値はPTAに盛り込まれた。
         https://toyokeizai.net/articles/-/514024
  ───────────────────────────
小幡績慶応義塾大学大学院教授.jpg
小幡績慶応義塾大学大学院教授
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2023年07月10日

●「物価について学習する必要がある」(第5991号)

 今年に入ってから、EJでは、連続して経済のテーマを取り上
げています。本当はメタバースと経済の関係について書きたかっ
たのですが、予想よりもメタバースの動きは鈍く、日本経済の動
きが急ピッチで動いています。30年ぶりでそこに何か大きな変
化が起きているようです。
 30年ぶりの変化とは「インフレの到来」です。アベノミクス
における日銀の「異次元の金融緩和」の狙いは、「2%程度の緩
やかなインフレを安定的に起こす」ことを目指すものであったと
いわれます。はじめの内は「2年でできる」と宣言したものの、
結局は達成できず、岸田政権になった現在でも、日銀による異次
元の金融緩和は続いています。ちなみに、安倍政権は2012年
12月26日から2020年9月16日までの間です。
 現在、世界中で起きているインフレは、皮肉なことに安倍政権
が退陣した後の2021年からはじまっています。アベノミクス
の成果ではないのです。このことについては、5月10日からの
EJで詳しく述べてきている通り世界中で起きています。
 ここで、添付ファイルをご覧ください。このグラフは、202
2年の世界各国において、輸入品の物価の上がり方とCPI(消
費者物価指数)の上昇率の関係を表しています。「+」マークの
一つひとつが調査対象国を示しています。横軸には、2022年
1月から4月までの輸入物価インフレ率、縦軸には、CPIイン
フレ率(IMFによる2022年の予測値)をとっています。こ
のグラフは、渡辺努東京大学大学院教授の著書に掲載されていた
ものです。
 このグラフから何が読み取れるでしょうか。
 輸入物価インフレ率とは、外国での物価上昇が波及して国内で
発生するインフレ現象のことです。海外からの輸入品の値上がり
が国内での販売価格にも波及し、それらを原料として使う製品な
ども上昇するケースです。
 「+」の散らばり方をよく見ると、輸入物価インフレ率の高い
国ほど、CPIインフレ率が高くなっている傾向があることがわ
かります。しかし、日本は例外です。この現象について、渡辺努
教授は次のように述べています。
─────────────────────────────
 2022年のインフレは、各国の国内的な要因によって起こっ
たというよりも、特定のいくつかの国のインフレが、貿易を通じ
てその他の国に飛び火するというかたちで起こったということで
す。インフレの震源地は、ひとつは米国や英国などで、これらの
国々では、パンデミックの後遺症として、人手不足やモノへの需
要シフトが起こりました。もうひとつの震源地は、ウクライナ・
ロシアとその近隣の欧州問題で、戦争と経済制裁の影響で物価が
上がっています。この二つの震源地から全世界にインフレがばら
まかれたのです。  ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 日本のポジションはどうでしょうか。○印が日本です。
 輸入物価インフレ率は50%と高いのに、CPIインフレ率は
ほぼゼロです。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 これは、海外から輸入する商品の価格は上がっていますが、そ
れが国内価格に転嫁されていないことによるものです。
 その原因は、日本は、長く慢性デフレが居座っているところへ
急性インフレ(輸入物価インフレ)が起きたからです。日本の慢
性デフレは、約30年近く続いており、もし、他国のように政策
金利の利上げを行うと、輸入物価インフレは少し収まるものの、
生産や雇用が悪化し、消費者は生活防衛に走るので、消費者は今
よりも価格に敏感になります。これは、企業にとっては顧客を失
うことになるので、原価が上昇しても価格を据え置くことになり
CPIインフレ率がほぼゼロになっているのです。
 しかし、コロナ禍が終わるころから、日本では少しずつですが
変化が起きているように感じます。2022年に黒田前日銀総裁
の「国民は少しずつ値上げを受け入れるようになっている」とい
う発言があり、黒田前総裁は国会などで追及されましたが、この
発言の根拠は、渡辺努教授の調査(2021年8月と2022年
5月に実施)を参考にしたといわれています。
 その調査とは、「行きつけのスーパーで、いつも購入する商品
が10%上がっていたらどうするか」という質問について、日本
の消費者の回答が、わずか1年の間に変化していることを示すも
のだったのです。すなわち、21年の調査では「10%値上がり
していたら別のスーパーに行く」と答えていた日本人が、22年
の調査では「他のスーパーもきっと値上げしているから、その店
で買う」に変化していたからです。つまり、欧米の消費者と同じ
行動をとるようになったといえます。消費者は、インフレ予想に
よって消費行動を変えるのです。
 しかし、それ以来、日本では経済の状況が変化し始めていると
いえます。企業はインフレ率に応じてその分を価格に転嫁させる
ようになり、賃上げも徐々に実現しはじめています。日経平均株
価も急上昇しつつあります。もちろんコロナ禍が収束しつつある
ことも影響していますが、そこに何が起きているのでしょうか。
 その謎を解くひとつの方法として、物価について改めて考えて
みる必要があります。そこで、今週から、次のようにテーマを変
更し、書いていくことにします。
─────────────────────────────
    物価とは何か/中央銀行の役割について考える
      ─ インフレとデフレのメカニズム ─  
─────────────────────────────
 このテーマであれば、日々変化しつつある日本経済の状況をそ
のつどとらえて書くこともできますし、日本の中央銀行であり、
植田和男日銀総裁が交代したばかりの日銀の役割についても、ふ
れることができると思います。
           ──[物価と中央銀行の役割/001]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のインフレは「一過性ではない」理由、経済学者の
  常識は10年前から激変!
  ───────────────────────────
   1年前から続くインフレは、一過性か、持続的か。筆者の
  研究室が実施した物価に関するアンケートを基に、このイン
  フレが持続的であることを示そう。(東京大学大学院経済学
  研究科教授 渡辺努氏)
   日本で消費者物価(CPI)の上昇が始まったのは、20
  22年4月、今から1年前のことだ。米欧で2021年の春
  から始まっていたインフレが日本に流入してきた。当時民間
  エコノミストの間では、インフレはすぐに終わるという見方
  が少なくなかった。背景には、このインフレが「コストプッ
  シュ型」と考えられていたことにある。
   コストプッシュ型とは、海外から輸入するエネルギーや原
  材料の価格上昇により、国内価格も上昇することだ。輸入物
  価の上昇が一巡すればインフレも終わるので、日本のインフ
  レは一過性という理屈である。
   日本のインフレが一過性か持続的かについては、いまだに
  結論が出ていない。今もなお一過性のインフレという見方は
  大勢を占めているが、持続的なインフレが始まったという見
  方も徐々に増えている。
          https://diamond.jp/articles/-/324014
  ───────────────────────────
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」.jpg
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」
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2023年07月07日

●「日経平均株価は4万円に達するか」(第5990号)

 本日は「七夕/たなばた祭り」です。株式格言に次の言葉があ
ります。
─────────────────────────────
      ◎株式相場のアノマリー(経験則)
            「七夕天井・天神底」
─────────────────────────────
 「七夕」は7月7日であり、「天神」とは天神祭のことで、日
本各地の天満宮で催される祭りです。なかでも7月24日〜25
日に開催される大阪天満宮の天神祭は有名です。したがって、こ
の格言は、7日をめがけて相場が上昇し、大阪市内で天神祭が開
かれる25日前後に向けて下落するという経験則なのです。
 6月4日の日経平均株価の終値は、3万3422円52銭であ
り、3万3000円前後で足踏みをしています。この状態が7日
まで続き、それを頂点として25日までは下落傾向が続き、大阪
天神祭の頃は底になることを暗示しているものと思われます。ち
なみに、過去5年の7月7日から7月末までの日経平均株価の騰
落は2勝3敗であるといわれています。
 私自身が株をやっているわけではありませんが、このところの
日本経済は「何かが違う」と感じているので、日経平均株価が、
本当に4万円に行くかに注目しているのです。これに関連して、
7月4日付の日本経済新聞の「ディープ・インサイト」に、次の
論文が掲載されています。これはなかなか興味深い論文であると
思うので、本テーマの最後に要約します。
─────────────────────────────
    日本経済新聞コメンテーター/梶原誠氏
        『膨らみ続けた「超バブル」』
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 既に引退している伝説の投資家のジョージ・ソロス氏の話です
が、安倍晋三政権による金融緩和への期待で、株価と円安が一気
に進んでいた2012年11月からのアベノミクス相場で、ソロ
ス氏は、日本株を買い、円売りで荒稼ぎしていたのに、2013
年春になると、あっさりと撤収してしまい、そのドライさが話題
になったものです。バブルを警戒したからであるといわれます。
 そのジョージ・ソロス氏が、リーマン危機のさいに打ち出した
「スーパーバブル崩壊」といわれる仮説があります。しかし、こ
の仮設は、幸運にしてこれまで実現していません。この仮説につ
いて、梶原誠氏は次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 経済危機やバブル崩壊が起きるたびに、政府や中央銀行が財政
金融政策を打って封じ込める。繰り返すうちに、信用バブルは維
持できない程に膨らみ、ついに崩壊して歴史の転換点を迎える。
その引き金が、100年に1度の衝撃を持つリーマン危機だと警
告した。
 仮説は実現しなかった。リーマン危機も封じられたからだ。震
源地である金融機関は債務圧縮を余儀なくされたが、政府が代わ
りに債務を背負って景気を刺激した。中央銀行は国債を買って政
府の債務拡大を支えた。だがそれらの代償として、世界の国内総
生産(GDP)に対する債務の割合が当時の290%から330
%に拡大し、超バブルは深刻化した。「ディープ・インサイト」
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 梶原誠氏は、2023年の前半(1月〜6月)が終了した時点
で世界の市場を振り返ってみると、不安なことが2つあるという
指摘をしています。
─────────────────────────────
          @ビットコイン高
          Aハイテク株高騰
─────────────────────────────
 不安なことの第1は「ビットコイン高」です。
 現在、時価総額が最大の暗号資産(仮想通貨)であるビットコ
インの価格は、6月21日に4月14日以来の高値となる3万8
00ドルまで急騰しています。
 ビットコインの価格が上がるということは、多くの投資家が、
各国政府の政策に不満なときに起きています。英国の「エコノミ
スト」誌は、6月、「各国政府など多額の債務を抱えた借り手は
借金の価値が減るインフレを喜ぶ」と書いています。
 米テスラを率いるイーロン・マスク氏は、インフレで目減りす
るドルを避けるべきであると主張し、ビットコインに執着してい
るといわれます。
 不安なことの第2は「ハイテク株高騰」です。
 ハイテク株は、リスクがあると売られる景気敏感指数株です。
しかし、米S&P500種株価指数の500社を、GAFAMに
テスラ、エヌビディアを加えた「テック7社」と、「主要493
社」に分けて株価指数化したところ、上昇率はテック7社が60
%に迫る一方で、主要493社は10%に届かず、テック株の突
出ぶりが目立っています。
 テック7社が盤石なのは、GAFAMはインターネットを、テ
スラは電気自動車を、エヌビディアはAIをインフラとして普及
させているからです。梶原誠氏は、この論文を次のような印象深
い言葉で締めくくっています。
─────────────────────────────
 ソロス氏の警告が、いつまでも外れるとは限らない。超バブル
がしぼんでも跳ね返す力を日本企業が養えば、マネーのトラウマ
は癒えて日本株は選ばれ続ける。株価の回復に安堵してそれがで
きなければ10年前、ソロス氏が容赦なく、日本株の買いを手じ
まったようにマネーは去る。    「ディープ・インサイト」
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
      ──[世界インフレと日本経済/042/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●ひとこと解説/
  上野奏也氏/みずほ証券チーフマーケット・エコノミスト
  ───────────────────────────
   ソロス氏の「スーパーバブル崩壊」仮説のように、大きな
  危機が発生してカネあまりに頼った資産価格上昇は清算を強
  いられるという考え方は他の識者も唱えてきた。かつてイン
  グランド銀行総裁を務めたマーヴィン・キング氏は著書「錬
  金術の終わり」で、銀行システムに内在する欠陥を指摘。大
  きな金融危機がいずれ到来すると警鐘を鳴らした。だが、記
  事にもある通り、危機に直面した有能な実務家が緊急対応を
  しっかりとると、往々にして危機は封じ込められる。
   また、中国の不動産バブルのように、他国(日本)の経緯
  を十分研究した上で、経済に激震が及ばないようにした事例
  もある。「消防士」としての当局者の立ち回りが、事態を大
  きく左右する。 ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
梶原 誠氏.jpg
梶原 誠氏
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2023年07月06日

●「現在の円安は日本の国力低下の証」(第5989号)

 6月26日〜28日、欧州中央銀行(ECB)主催で、国際金
融会議「ECBフォーラム」が、ポルトガルの歴史的観光地シン
トラで開催されました。その最終日には、主要中銀のトップであ
る次の4人によるパネル討議が行われたのです。
─────────────────────────────
     パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長
     ラガルドECB総裁
     ベイリー英イングランド銀行総裁
     日銀植田和男総裁
     米CNBCキャスター/サラ・アイゼン氏
─────────────────────────────
 ただの4人ではない。世界経済を動かしている4人なのです。
ここで日銀総裁が下手な発言をすると、円売り注文を発動しかね
ない。そういうこともあって、前任の黒田総裁は、フォーラム出
席を辞退することもあったようです。
 何しろ、米国、欧州、英国は、利上げによる金融引き締めを実
施しているなかで、日本だけが金融緩和をやっているのにインフ
レはそんなにひどくなっていない──当然質問は植田総裁に集中
してきます。
 まして、前日27日には円安が「1ドル=144円」まで進行
していたのです。植田総裁はどう対応したのでしょうか。実際に
パネル討議で、どういうやりとりが行われたかについての情報は
ありませんが、おおよそ次のようなやりとりがあったものと思わ
れます。植田総裁の英語は、日本人特有の訛りがなく、きわめて
流暢であったそうです。
─────────────────────────────
司会:日本株が30年ぶりの高値をつけているが?(日本の株高
 が国際的な話題になっている)
植田:一般論として株価は金利と経済情勢を映すものである。
司会:円安が進行しているが?
植田:それは、本日、この壇上にご出席の3銀行の方々の影響で
 ある。(会場が爆笑)
司会:金融政策の違いについて
植田:私は20年以上前に日銀審議委員を務めたが、そのときの
 金利は、20から30ベーシス(1ベーシスは0・01%)で
 あった。それが今はマイナス10ベーシス。金融政策が効果を
 発揮するのには25年はかかるのではないか。(瞬間的に会場
 は拍手を交え笑いの渦と化した)
司会:(4総裁に対して)最近ストレスを感じていることはない
 か?(欧米の中銀総裁たちは毅然とした表情で「自分に与えら
 れた仕事だ。やるべきことをやる」という模範解答をしたのに
 対して)
植田:中央銀行総裁になると、こんなに出張や記者会見が多いと
 は思わなかった。(会場爆笑)
─────────────────────────────
 「こんな面白い日銀総裁はいない」──植田総裁は大変な評判
です。肝心なことは、ストレートに答えないし、都合の悪い質問
をさせないように巧みに伏線を張ったりしています。それだけ英
語が流暢なのです。この植田日銀総裁の国際会議初デビューにつ
いて、朝鮮日報は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 植田総裁の世界デビューに対しては、典型的な学者スタイルで
沈着冷静だった黒田東彦前総裁とは全く異なる印象と評されてい
る。読売新聞は「各国の報道関係者が待機するプレスセンターで
も、植田総裁が発言するたびにどよめきが起き、これまでの日銀
総裁とは違うという印象を与えたようだ」と伝えた。日本経済新
聞は「黒田前総裁も英語には堪能であったが、植田総裁の英語は
発音も日本人特有の訛(なま)りが少なく、語彙も豊富だ」と評
価した。
 植田総裁は1974年に東大理学部を卒業し、米マサチューセ
ッツ工科大(MIT)で博士号を取得。93年から東大経済学部
教授を歴任し、98年から2005年まで日銀政策委員会審議委
員を務めた。今年4月に、経済学者出身としては初めて日銀総裁
に就任した。    ──「朝鮮日報」/キム・ドンヒョン記者
─────────────────────────────
 しかし、現在起きている円安傾向はいささか問題があります。
はっきりしていることは、「現在の円安はドル高ではない」とい
うことです。現在、幅広い通貨に対するドルの強さを示す「ドル
指数」が下落しているのに、依然として円安ドル高になっている
からです。
 黒田前日銀総裁による異次元金融緩和で、円高修正が進んだと
いっても「1ドル=100円〜110円」のレンジに回帰してい
たのです。しかし、今や110円どころか130円になっており
120円が遠くなっています。明らかに昨今の円安は、国力の低
下によるものという見方をする専門家が多くなっています。
 BISが算出する通貨の購買力を示す「実質実効為替レート」
によると、円は95年に付けたピーク比の下落率が62%、先進
国では極めて異例です。
─────────────────────────────
         ピーク比下落率        最高値
  アルゼンチン  ▲82・5%   2001年10月
    セルビア  ▲78・4%   2000年11月
  インドネシア  ▲68・1%   1997年02月
     トルコ  ▲62・0%   2008年08月
      日本  ▲62・0%   1995年04月
  アルジェリア  ▲54・8%   1994年03月
      註:実質実効為替レートのピーク比下落率上位
          ──2023年7月3日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/041]

≪画像および関連情報≫
 ●ドル円はまだまだ急落地合い/若林栄四氏
  ───────────────────────────
   ドル円は、昨年の10月21日に151・95円で天井を
  つけ、その後87日間下落し、今年の1月16日に127・
  23円というドルの安値を記録しました。つまり、151・
  95円から24・72円下落したということです。この下落
  は6・18円(1単位)の4倍に相当します。
   相場は下落があれば必ず戻るという原則があります。現在
  の相場は139・50円程度で推移しており、これは24・
  72円の半分、すなわち12・36円の上昇となり、これは
  半値戻しの位置に相当します。
   最近の相場は140円台を試みましたが、苦戦しており、
  現在の落ち着きどころは、139・50〜60円付近と見ら
  れ、これは半値戻しの位置であり、どちらかというとサポー
  トではなくてレジスタンスになりつつあるんではないかなと
  思います。
   月足の分析からは、72度線が重要な角度となっており、
  139・33円がこの線によって抑えられていました。この
  72度線は急落の傾向を示しており、この傾向が続くと、1
  ヶ月に約1・55円ずつ下落することになります。6月末に
  は138・04円、7月末には136・49円となる見込み
  です。全体的に見ればまだ急速な下落局面の中にあると解釈
  できます。メディアの報道に惑わされることなく、大局的な
  視点で市場状況を判断することが重要だと考えます。
   https://www.gaitame.com/media/entry/2023/06/06/140905
  ───────────────────────────
国際会議初デビューの植田日銀総裁.jpg
国際会議初デビューの植田日銀総裁
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2023年07月05日

●「スタートアップに融資する銀行を作る」(第5988号)

 今回のテーマは今日で40回になります。しかし、世界インフ
レは収まっておらず、日本経済の先行きについてもウオッチング
してみたいと思います。そうすると、あと50回ぐらいは必要と
なり、長くなってしまうので、一応今回のテーマは7月7日で終
了し、10日からは新しいテーマで書くことにします。
 昨日のEJで、「ユニコーン」のことをご紹介しました。ユニ
コーンは、企業価値10億ドル以上の未上場企業のことです。現
在「チャットGPT」で話題になっている米国のオープンAI社
は、ユニコーンであり、その企業価値は290億ドルです。こう
いう企業が日本では、育たないのです。
 文章や画像を自動的に作成する「生成AI」のスタートアップ
に対する期待が世界的に高まっており、それらの企業に投資が集
中し、続々とユニコーンが誕生しているのです。
─────────────────────────────
    <大規模言語モデル>
     米オープンAI   ・・ 290億ドル
     米アンソロピック  ・・  44億ドル
     コーヒア(カナダ) ・・  20億ドル
    <開発者向けモデル>
     米ハギングフェース ・・  20億ドル
     米レブリット    ・・  12億ドル
    <企業向けサービス>
     米ジャスパー    ・・  15億ドル
     米グリーン     ・・  10億ドル
         ──2023年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 私自身生成AIに関しては強い興味を持っています。とくに米
グリーン社は、企業向けのインサイトエンジンです。ウェブブラ
ウザ上のグリーンの検索窓に知りたいことを入力すると、マイク
ロソフト365やグーグル・ワークスペース、セールスフォース
などの企業で利用しているSaaSシステムを横断的に検索して
知りたい情報を瞬時に探し出すシステムを構築しています。これ
に生成AIを応用することによって、商談の進み具合を診断する
ことが可能になります。生成AIは、営業管理に応用できるので
す。生成AIについてはいずれEJでも取り上げます。
 2023年5月8日のことです。三菱UFJフィナンシャル・
グループと、イスラエルのフィンテック企業、リクイディティ・
キャピタル社は、両社の合弁企業、マーズ・グロース・キャピタ
ル社の下に、日本のスタート・アップ企業を融資対象とするファ
ンドと欧州のスタートアップ企業を融資対象とするファンドを新
たに設立することを決定したことを公表しています。
 銀行、とくに日本の三菱UFJ銀行をはじめとする伝統的な銀
行にとって、ハードルの高かったスタートアップ企業に融資する
ビジネスを開始するというのです。
 マーズ・グロース・キャピタル社とは、どのような企業なので
しょうか。6月30日付の日本経済新聞は、この合弁企業につい
て次のように説明しています。
─────────────────────────────
 シンガポールに拠点を置くマーズ・キャピタルは、日々の売り
上げや取引先からの入金など80以上の指標について集めたビッ
グデータをAIで分析し、1〜2日で融資の可否などを決める。
企業とシステムをつなぎ、顧客への請求書などから資金繰りをチ
ェックし、貸し倒れリスクなども洗い出す。
 赤字でも十分成長性があると見込めば最短1カ月程度で融資す
る。マーズ・キャピタルの広島竜太郎共同最高経営責任者は「我
々が自ら融資先の『事業計画』を作ることができる」と語る。ど
れだけ融資できるかを合理的に判断できるようになるという。ア
ジアや欧州で展開し、発足2年で融資額は最大1300億円程度
に膨らむ見通し。
 これまで銀行は担保や現預金、売掛金などを分析し企業への融
資を判断してきた。マーズ・キャピタルは融資先が手がけるサー
ビスの解約率や、日々の資金の流れを示す請求書などを分析して
融資を決める。高い成長を見込めるが足元ではまだ赤字のクラウ
ドサービス企業などへの融資が可能になった。
         ──2023年6月30日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 もともと三菱UFJは、これまでもスタートアップの投資に熱
心であり、その残高は3年前の5〜6倍にあたる1000億円を
超えるレベルに達しています。イスラエルのリクイディティ・キ
ャピタル社との合弁企業、マーズ・グロース・キャピタル社を設
立したのは、2020年8月のことです。
 コロナ禍に起因するとみられる世界インフレによる金融引き締
めで、これまで上場予備軍の資金を支えてきたベンチャーキャピ
タルからの融資が細ってきたのを受けて、このたびマーズ・グロ
ース・キャピタル社を通して有望なスタートアップへの融資に本
腰を入れることになったのです。
 米CBインサイツによると、世界の2023年1〜3月のスタ
ートアップへの資金調達額は、前年同期比で6割も減少している
のです。日本も同様で3割減っています。これを三菱UFJをは
じめとする日本の伝統的銀行は、商機ととらえているのです。日
本の銀行はかねての低金利で融資の利ざやが薄くなっているので
顧客から継続的にデータを取り込んで与信機能を与えるノウハウ
を有するマース・グロース・キャピタル社にとっては、好機当来
というわけです。
 他の日本の伝統的銀行も追随しています。三井住友銀行は、今
後3年間で、スタートアップに1000億円規模を融資する計画
を立てていますし、みずほ銀行もスタートアップ融資の審査部門
を設立しているし、あおざら銀行系のあおぞら企業投資もファン
ドの新設を検討しているといわれます。
          ──[世界インフレと日本経済/040]

≪画像および関連情報≫
 ●MUFG、国内と欧州でスタートアップ向け融資ファンド
  を設立へ
  ───────────────────────────
  (ブルームバーグ):三菱UFJフィナンシャル・グループ
  (MUFG)傘下の三菱UFJ銀行は8日、日本と欧州のス
  タートアップ企業を融資対象とするファンドをそれぞれ設立
  すると発表した。
   発表によると、イスラエルのフィンテック企業との合弁会
  社「マーズ・グロース・キャピタル」の下に、日本企業を対
  象とするファンドを2023年度中に、欧州企業を対象とす
  るファンドを6月ごろにそれぞれ設立する。
   マーズは21年に事業を開始しており、AI(人工知能)
  審査モデルを活用し、すでにアジアの企業向けに融資してい
  る。5月現在の運用資産総額は7億5000万ドル(約10
  10億円)、22年度の内部収益率(IRR)は12・7%
  だった。日本企業対象ファンドは、時価総額1000億円以
  上のユニコーン企業や将来ユニコーン企業になることが見込
  まれる企業が対象。ファンド総額は最大200億円で、三菱
  UFJ銀行のほか、外部の投資家からも資金を募る。
   一方、欧州企業対象ファンドはマーズの既存ファンドから
  の資金拠出を受け、スタートアップ企業に融資する。ファン
  ド総額は最大2億5000万ドル。MUFGの亀澤宏規社長
  は昨年12月のブルームバーグとのインタビューで、スター
  トアップ向け融資について、23年度をめどに国内でのサー
  ビス開始を目指す考えを明らかにしていた。
                   ──ブルーム・バーク
  ───────────────────────────
投資増に伴って企業価値も急騰.jpg
投資増に伴って企業価値も急騰
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2023年07月04日

●「東証改革/ユニコーンを育てる」(第5987号)

 6月30日の日経平均株価の終値は3万3189円04銭──
依然として3万円台を維持しています。今回の株高の要因の1つ
が、東京証券取引所の積極的な改革への取り組みが功を奏してい
ることは確かです。
 岸田内閣は、2022年11月24日に「スタートアップ育成
強化のための5か年計画」を発表しています。ここで、スタート
アップとは何かについて知る必要があります。とくにベンチャー
との違いについて理解する必要があります。
 ベンチャーもスタートアップも、「創業してさほど時間が経過
していない」小さい企業のイメージがありますが、それは違いま
す。ベンチャーとスタートアップの違いは、ビジネスモデルにあ
ります。ベンチャーは、既存のビジネスモデルをベースに収益性
を高める工夫をするか、スケールを拡大することで売り上げ増大
を狙う企業であり、創業間もない企業が多いです。
 これに対してスタートアップは、今までにないイノベーション
を起こし、新しいビジネスモデルを手探りで構築することによっ
て、短期間で高い成長性が期待できる企業であり、起業時期や事
業規模を問わない企業です。つまり、既存の企業でも技術革新に
よって、スタートアップになれる可能性があるのです。
 東京証券取引所(東証)は、上場企業のPBR(株価純資産倍
率)1倍割れ解消を打ち出し、それなりの効果を上げていますが
次に狙っているのが新興市場開拓です。岸田内閣のスタートアッ
プ育成政策を実現する取り組みですが、これは、そんなに簡単な
ことではないといえます。
 実際問題として東証で新規株式公開(IPO)をするには、小
粒な企業ばかりであり、市場が将来の日本の経済をけん引しうる
新興企業を生み出せていないといえます。これについて6月27
日付の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 日経平均株価が33年ぶり高値を更新し、証券市場のさらなる
底上げに不可欠なのが新規株式公開(IPO)の復調だ。東証が
市場再編した2022年のIPO件数は3年ぶりに減り、ITバ
ブル時の半分程度にとどまる。スタートアップの資金需要をつか
みきれていないことが一因で、日本を通り越して米国で上場する
国内の起業家も出てきた。
 「新しい技術やサービスに対するアメリカの投資家の理解と寛
容さは段違いだ」。3月、米ナスダック市場に上場したシーラテ
クノロジーズ(東京・渋谷)の杉本宏之会長はこう語る。「シー
ラは投資家から小口の資金を集め、賃貸物件などに投資するクラ
ウドファンディングを手がける。日本では「(比較的)新しいサ
ービスという理由で投資家の反応がよくなかった。資金を集めら
れないリスクがあった」(杉本氏)。
         ──2023年6月27日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 最大の問題は、「ユニコーン」が育ちにくいことです。ところ
で、ユニコーンとは何でしょうか。
 ユニコーン企業とは、「評価額が10億ドルを超える設立10
年以内の未上場の企業」のことです。なお、評価額によって、次
の3種類があります。
─────────────────────────────
                  評価額   企業数
  @ ユニコーン企業   10億ドル以上 1144社
  A デカコーン企業  100億ドル以上   51社
  Bヘクトコーン企業 1000億ドル以上    3社
     https://www.bridge-salon.jp/toushi/unicorn/#back
─────────────────────────────
 上には上があるものです。こういうように書かれると、ヘクト
コーン3社とはどういう企業か知りたくなりますね。それは、次
の3社です。
─────────────────────────────
           社名     評価額  国籍
    第1位:Bytedance 1400億ドル  中国
    第2位: SpaceX 1003億ドル  米国
    第3位: SHEIN 1000億ドル  中国
─────────────────────────────
 第1位の「バイトダンス」は、動画共有サービス「ティックト
ック」を運営する中国のテクノロジー企業、第2位の「スペース
X」は、世界で初めて民間人だけでの宇宙旅行に成功したアメリ
カの航空宇宙メーカー、第3位の「シーイン」はファストファッ
ションを扱う中国のアパレル企業です。中国が強いです。
 なぜ、日本ではユニコーンが育たないのでしょうか。
 国別のユニコーンは、1位の米国の650社超に対し、日本は
たったの6社、100倍以上の差がついています。これに関して
日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 上場予備軍のスタートアップに投資するベンチャーキャピタル
(VC)は、ファンドの償還期限までに未公開株の転売先を見つ
けられず、企業に早期のIPOを促すケースが少なくない。(中
略)十分に資金調達できず小粒なまま上場すれば機関投資家には
見向きもされない。「流動性が小さく買うことができない」(大
手生保)からだ。機関投資家の後ろ盾がなければ企業の資金調達
もままならない。東証によると上場後に公募増資する企業は14
%どまり。小粒で上場した挙げ句、市場からも資金を調達できな
い悪循環に陥る。状況を変えるには上場予備軍に機関投資家や富
裕層の資金を呼び込む必要がある。東証はこのほど、市場再編の
有識者会議でグロース市場の「機能強化に向けた方策」を本格的
に議論することを決めた。    ──2023年6月27日付
                       日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/039]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相「来年はスタートアップの育成に一段と力を」
  東京証券取引所の大納会に出席/2022年12月30日
  ───────────────────────────
   岸田首相は2022年12月30日、東京証券取引所の大
  納会に出席し、「上場審査のあり方を見直すなど、政府とと
  もに市場改革を進めて頂きたいと期待している」と述べた。
   岸田首相は30日、今年最後の取引を終えた東京証券取引
  所の大納会に出席し、「日本が直面する様々な社会課題の解
  決を担う主役は『スタートアップ』であると考えている。来
  年はその育成に一段と力を入れていきたい」と強調した。そ
  の上で「上場審査のあり方を見直すなど、政府とともに市場
  改革を進めて頂きたいと期待している」と述べた。
   また岸田首相は「来年は新しい資本主義を本格起動させて
  いく年だ。多くの政策課題もあるが一つ一つ乗り越えて、成
  長と分配の好循環を実現し、新しい日本を切り開いていく」
  と決意を語った。首相が大納会に出席するのは2013年の
  安倍元首相以来。
    https://www.fnn.jp/articles/gallery/465468?image=2
  ───────────────────────────
2022年12月30日/東証大納会に岸田首相出席.jpg
2022年12月30日/東証大納会に岸田首相出席
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2023年07月03日

●「なぜ、米国は景気後退しないのか」(第5986号)

 「BIS/国際決済銀行」と呼ばれる組織があります。193
0年に設立された中央銀行をメンバーとする組織であり、スイス
のバーゼルに本部があります。「BIS」は次の言葉の略字です
が、行名の由来は、第1次世界大戦後のドイツの賠償金支払いを
円滑化する目的で生まれたものです。
─────────────────────────────
     ◎BIS/国際決済銀行
      Bank for International Settlements
─────────────────────────────
 BISには、日本を含め63カ国・地域の中央銀行が加盟して
おり、日本銀行は1994年9月以降、理事会のメンバーを務め
てきています。
 そのBISが「今回の世界インフレはしぶとい可能性がある」
と指摘し、警鐘を鳴らしています。これについて、6月28日付
の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 BISは、インフレ抑制を優先課題として、中銀に対して「最
大のリスクは早すぎる勝利宣言だ」と金融引き締めの継続を訴え
る。これまで世界の主要中銀は利上げを繰り返してきたが、足元
では米連邦準備理事会(FRB)が11会合ぶりに利上げを見送
るなど政策判断には差も出始めた。
 もっとも、急激な利上げの長期化は金融システムを不安定にさ
せかねない。BISの分析によると、過去の金融引き締め局面で
は高水準の債務や急激なインフレ、住宅価格の急騰を伴う場合に
「銀行に深刻なストレスを引き起こしてきた」。
 具体的に利上げ開始から3年以内に銀行危機が発生する確率は
急激なインフレの場合で25%、住宅価格の高騰では35%との
推定を示した。各国政府が巨額の財政措置に動いた新型コロナウ
イルス禍以降は、これらの条件をすべて満たしている。
         ──2023年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日銀をのぞく世界の中央銀行が利上げを続けていますが、経済
規模で加重平均して計算した「世界の政策金利」は6%台に近づ
いています。加重平均とは、平均値を出す項目それぞれの重みを
加味して割り出す平均値のことですが、この「6%」という数字
に注目すべきです。なぜなら、データを遡れる2008年1月以
降で最高であるからです。
 SMBC日興証券によると、6月26日時点で「5・9%」で
あり、リーマン危機のあった2008年9月の「5・7%」を超
えています。問題はそれでもインフレは収まらないことです。
 今回のインフレでもうひとつわからないことがあります。これ
について、FRBのパウエル議長は次のように表現しています。
─────────────────────────────
 1年以上にわたって政策金利を引き上げてきたにもかかわらず
直近の四半期のインフレ率や経済成長率が予想を上回っている。
政策は(経済を)十分に制約していないのかもしれない。
                 ──パウエル米FRB議長
       ──2023年6月29日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
 要するに、米FRBの利上げは、銀行に対しては大きなプレッ
シャーを与えているものの、雇用や経済成長に対しては、大きな
ダメージを与えていないのです。銀行に関しては、FRBが6月
28日に公表した大手行のストレステスト(健全性審査)では、
不況下でも必要な資本を確保できるとの試算を示していますが、
地銀破綻などを踏まえ、銀行の財務をより強固にする方針です。
 この問題に関しては、1年前の2022年7月27日に高橋洋
一氏が、ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」 に出演。米
FRBの利上げについて次のやり取りをしているので、その部分
を要約してご紹介します。
─────────────────────────────
高橋:日本も同じはずなのですが、アメリカの中央銀行では、雇
 用とインフレの両方を見るのです。雇用の方は失業率で見るの
 ですが、現在は4%を切っているくらいだから、これは大丈夫
 である。ただし、「インフレだけが高い」という状況です。
新行:失業率は低いけれど、インフレ率だけが高い。(中略)
高橋:2期連続で四半期のGDPが下がると「リセッション」と
 いう言い方をします。景気後退ですね。そうなる確率は高いで
 すが、リセッションになっても消費や設備投資はプラスなので
 そういう意味ではあまり大したリセッションではありません。
新行:消費や設備投資がプラスだから。
高橋:雇用を悪くするまでの利上げはしない。FRBとして、そ
 れだけは確実です。この話で「日本も利上げが」と言うけれど
 利上げすると日本は雇用が悪くなってしまう状況です。これに
 よってアメリカ経済が「ガタン」と落ちるということはありま
 せん。雇用は確保されているので。
新行:消費や設備投資がプラスだから。
高橋:どうしてアメリカがそんなにいいかというと、先に経済対
 策を打っているからです。GDPギャップが埋まっている。埋
 まっているなかでインフレ率が高くなりやすいのだけれど、そ
 の上でサプライチェーンの話など、いろいろな要因があるから
 多少インフレになっているというレベルです。
新行:日本の場合は?
高橋:常に失業率とインフレ率の両方を見るのです。失業率を悪
 化させないレベルで「金利を引き締めない」ということは正し
 いのですが、日本で直ちにやると、失業率が上がります。日本
 でやってはいけません。
          ──2022年7月27日/ニッポン放送
                「新行市佳のOK! Cozy up!」
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/038]

≪画像および関連情報≫
 ●5%も利上げしたのに米国景気はなぜ腰折れしないのか
  みずほ証券チーフMエコノミスト/上野奏也氏
  ───────────────────────────
   米国のリセッション(景気後退)入り観測には根強いもの
  がある。景気先行指数は、14カ月連続で前月比マイナスに
  なっている。この有名な合成指数の発表元である米調査会社
  コンファレンス・ボードのエコノミストは最近のインタビュ
  ーで、「金利上昇と高インフレを受け、今後数カ月以内にリ
  セッション入りするだろう」と明言。今年4〜6月期から、
  10〜12月期までは小幅なマイナス成長と予測した。
   その一方で、「米国はリセッション入りを回避できる」と
  いう強気の見方も、一定の支持を得ている。米国のエコノミ
  ストを対象とするサーベイでは、リセッション入りの確率は
  6割台になることが多い。逆に言えば、それを「ソフトラン
  ディング(軟着陸)」と呼ぶかどうかは別にして、リセッシ
  ョン入りが回避されるケースが3割台の確率で見込まれてい
  るということである。また、筆者のように、リセッション入
  りを一応予想しているものの、それは、「リーマン・ショッ
  ク」や「コロナショック」に見舞われた後のような「深い」
  景気悪化ではなく、「浅い」ものにとどまるだろうと見てい
  るエコノミストも、少なからずいる。では、景気が後退した
  かどうかは、誰が決めるのか。米国ではNBER(全米経済
  研究所)という民間の研究組織が、何人もの重鎮を含む経済
  学者たちによるデータに基づいた議論を経た上で判定してい
  る。             https://onl.sc/CKxhS2Y
  ───────────────────────────
世界の政策金利は米金融危機後で最高に.jpg
世界の政策金利は米金融危機後で最高に
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2023年06月30日

●「『3つの4』を実現する日本経済」(第5985号)

 欧米のインフレが収まりません。6月26日に、欧州中央銀行
(ECB)が主催する国際金融会議「ECBフォーラム」がポル
トガルで開催されたのですが、ラガルドECB総裁は基調講演で
次のように述べています。
─────────────────────────────
 見通しに重大な変化がなければ7月も利上げを継続する。ユー
ロ圏のインフレ率は高すぎで、今後も高止まりするだろう。中央
銀行が近い将来、政策金利がピークに達したと完全に自信を持っ
て言えるようになる可能性は低い。
          ──クリスティーヌ・ラガルドECB総裁
         ──2028年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 しかし、欧米のこのような状態に対して、日本経済はまさに景
気回復の好循環のセトギワに立っているといえます。2023年
6月27日放送の「BSフジプライムニュース」では、まさしく
この問題について議論が行われています。今日のEJは、この番
組から一部の発言をひろってみることにします。詳しくは、ビデ
オをご覧ください。
─────────────────────────────
◎2023年年6月27日(火)/プライムニュース
 『いつまで続く?株価高 下期の経済見通しは?/与野党の経
 済通が激論』     https://tver.jp/episodes/epxdl5qscf
─────────────────────────────
 まず、司会者から現在日本株が上昇している背景について、尋
ねられたPWCコンサルティング合同会社チーフエコノミストで
元日銀審議委員の片岡剛士氏は、次のように発言しています。
─────────────────────────────
司会:なぜ、現在日本株は注目されているのですか。
片岡:日本以外の海外を見ると、欧米はインフレで利上げが行わ
 れていますし、中国もコロナ後の経済状況がうまくいってなく
 て、期待できない状況です。そのなかにおいて、比較的安定し
 ている日本へ目線が向けられていると思います。日本経済の状
 況は、ポジティブな材料でいうと、金融緩和を継続しており、
 経済にネガティブな影響が少ない。それに、コロナ外交、イン
 バウンド需要もあり、相対的に日本が選ばれているのです。
司会:株価が上がっていると、日本経済は成長しているといえる
 のでしょうか。
片岡:日本以外の国のほとんどの国は、株価は右肩上がりなので
 す。日本のように、1990年代以降、バブルが崩壊して30
 年かかってデフレが続いていますが、諸外国は安定したインフ
 レの下で、株価は緩やかに上がっています。現在の日本はいわ
 ば、異常な状態から普通の状態に戻りつつあるといえます。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 続いて、司会者は、玉木雄一郎国民民主党代表に対して、同じ
質問をしています。
─────────────────────────────
司会:玉木さんはどのようにお考えですか。
玉木:4万円を超えますよ。私はいつも日本経済を「3つの4」
 を達成できるようにすべきであると思っていますが、今 それ
 が達成されようとしています。
  1つの「4」は、名目賃金上昇率が4%程度になろうとして
 いることです。今年の連合の春闘の要求は、定期昇給を含む賃
 上げ額は、平均で前年同期に比べて、4795円増の月1万1
 114円、賃上げ率は1・59ポイント増の3・70%であり
 ほぼ4%に近いといえます。これは30年ぶりの高水準です。
  2つの「4」は、10人の日本のエコノミストによる今年度
 の名目GDPは4%を予想していることです。
  3つの「4」は、日経平均株価は、このまま行くと、4万円
 を超えると予想されます。
  これらの「3つの4」が達成されると、日本の税収は70兆
 〜80兆になります。日本の金融財政担当者は、これを達成で
 きる政策を実施すべきです。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 これに対してもう一人の出席者である宮沢洋一自民党税制調査
会長に対して、司会者は次の質問をします。
─────────────────────────────
司会:日本経済は明らかに回復基調にある。そういうときに増税
 というのはやめた方がよいというのが、玉木さんのお話しでし
 た。これに対して宮沢さんはどうお考えですか。
宮沢:増税といっても、消費税を上げるという話と防衛増税は違
 うと思います。法人税を3%を下げたけれど、よいことは何も
 なかったのですよ。だから1%ぐらい返してもらってよい。中
 小企業は対象外です。所得税は現在は増税にならない。しかし
 私も対象者ですが、たばこを吸う人は増税になってしまうので
 すよ。したがって、それが景気の足を引っ張るとか、経済の足
 話引っ張るとか、私にはとても想像がつかない。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 日経平均株価は、6月27日現在、3万2538円で、このと
ころ4日連続で下げていますが、玉木国民民主党代表は、4万円
になるといっています。きっかけは、コストプッシュインフレで
す。これによって、物価が上昇したことがきっかけで、経済の好
循環がはじまったのです。日本はこの状況を大事にしなければな
らないと考えます。インフレで物価が上がれば、企業はそれを製
品やサービスに価格転嫁して、労働者の賃金を上げる──この何
でもないことが、日本ではこの30年間できなかったのです。岸
田政権には慎重に対応してほしいものです。
          ──[世界インフレと日本経済/037]

≪画像および関連情報≫
 ●日経平均「4万円超え」期待させる“中長期”の景気循環
  日本株上昇の背景に日本景気の拡大
  ───────────────────────────
   東京株式市場で日本株が堅調な推移を続けている。日経平
  均株価は、バブル崩壊後の高値の更新を続け、1990年以
  来、33年ぶりに3万3000円台を回復した。
   日本株上昇の背景として、海外投資家による買いの動きや
  日本株の割安感、東京証券取引所による上場企業に対する企
  業価値改善への対応の要請などが指摘されている。しかし、
  こうした動きだけでは、上昇相場の継続は見込みにくく、日
  本経済の相対的な底堅さが評価されているとみられる。
   米国や欧州では、金融引き締めが続く中、銀行不安などの
  金融問題に対する懸念も払拭し切れていない。金融引き締め
  の効果はラグを伴い今後も続くと予想されており、景気の先
  行きに対する不安が強い。
   これに対して日本では、日本銀行がインフレ率の上昇につ
  いて目標である2%を持続的・安定的に達成する状況には、
  至っていないと判断しており、金融緩和を続けている。加え
  て、米国や欧州などに比べ、日本は経済再開・正常化に向け
  た動きが遅れ、足元で景気の持ち直しの動きが明確となって
  きている。23年1〜3月期のGDP統計(2次速報)では
  実質成長率が上方修正され、前期比年率プラス2・7%と2
  %台後半の成長が示された。経済再開・正常化に向けた動き
  を受け、個人消費が増加しているほか、新型コロナウイルス
  の感染拡大防止対策として打ち出されていた入国制限などの
  水際対策の緩和でインバウンド需要も急増している。
           https://diamond.jp/articles/-/325047
  ───────────────────────────
2023年6月27日/BSフジプライムニュース.jpg
2023年6月27日/BSフジプライムニュース
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2023年06月29日

●「株価の高度恐怖症/4%ライン」(第5984号)

 2023年6月27日付、日本経済新聞の「クローズアップ日
経平均株価」の15日間の星取表です。右端が直近、○は上昇、
●は下落を表しています。当日の日経平均株価は3万2698円
81銭です。
─────────────────────────────
      ◎日経平均株価の過去15日の騰落
       ○●●○○○○●○●○○●●●
─────────────────────────────
 この日経平均株価の動きをどう見るべきでしょうか。6月27
日付の日本経済新聞「スクランブル」は次のよう書いています。
─────────────────────────────
◎日本株「4%ライン」の警報
 日本株の息切れ懸念が強まってきた。株と米国債の利回りから
はじいたデータ上では、過去10年以上にわたって何度も跳ね返
されてきた割高ラインが突破され、相場の先行きに警戒信号がと
もる。上値の重さを払拭するために、期待先行の買いを裏付ける
企業業績の「確度」が必要な局面にさしかかっている。
         ──2023年6月27日付、日本経済新聞
                   「スクランブル」より
─────────────────────────────
 日経平均株価は、直近安値の3月中旬から6月19日にかけて
27%上昇しています。しかし、先週は11週ぶりに反落し、こ
のところ3日間連続して下落しています。これには、株の世界で
いうところの「高所恐怖症」といわれる数値が関係しているとい
われています。
 少し専門的な話になりますが、東証株価指数(TOPIX)の
予想益回りから、米国10年債利回りを差し引いた「日米イール
ドギャップ」という指標です。この指標は「4%」が底であり、
このラインに近接すると、株価の調整が起きるのです。アベノミ
クスのときもそうであったといわれています。
 この日米イールドギャップは、先週末の時点で3・3%と、4
%を大きく割り込んでいます。これは「警戒水準」に当たる数値
です。ちなみに、東証株価指数(TOPIX)とは、東京証券取
引所に上場する銘柄を対象として算出・公表されている株価指数
であり、日経平均株価と並ぶ日本の代表的な株価指標であるとい
えます。TOPIXは次の言葉の略です。
─────────────────────────────
        ◎東証株価指数(TOPIX)
         Tokyo Stock Price Index
─────────────────────────────
 2011年から2023年までの日米イールドギャップがグラ
フとして、添付ファイルにしてあります。大和証券が作成したも
のです。4%が警戒ラインであり、下に向かうほど、株は割高感
があるということになります。
 なぜ、日米イールドギャップが4%を割ったのでしょうか。6
月27日の日経の「スクランブル」では、その理由について、次
のように書いています。
─────────────────────────────
 4%突破の大きな要因は2つある。PBR(株価純資産倍率)
1倍割れ企業に是正要請をした東京証券取引所と、商社株を買い
増すバフェット氏の存在だ。両者が呼び水となった期待先行の買
いが相場を押し上げた。(中略)
 肝心の業績見通しはどうか。大和証券がまとめた主要企業の業
績予想は、23年度の経常利益(金融除く)は前年度比2・8%
の増益にとどまる。一方、24年度は同7・8%の増益と、利益
の伸びが大きくなる見通しだ。(中略)
 ただ、投資家の目線が来期に向くのは4〜9月期決算発表の後
とされる。秋ごろまでは目が向かいにくく、目先は上値が重くな
りそうだ。    ──2023年6月27日付、日本経済新聞
                   「スクランブル」より
─────────────────────────────
 今回の日本の株高には、投資の神様といわれるウォーレン・バ
フェット氏が日本の総合商社に注目し、株を買い増ししているこ
とが、株式市場を活性化させていることは確かです。バフェット
氏が率いる投資・保険会社バークシャー・ハサウェイが日本の5
大商社の株式を買い始めたのは、20208月の頃であったとい
われています。5大商社とは、伊藤忠商事、丸紅、三井物産、住
友商事、三菱商事のことです。
 問題は、バフェット氏は、なぜ、日本の商社株を買っているの
でしょうか。
 6月26日発行の「日刊ゲンダイ」は、バフェット氏の次なる
戦略について、次のように報道しています。さすが投資の神様、
先の先を読んでいます。
─────────────────────────────
 日本政府が半導体やEV(電気自動車)への産業支援策を本格
化させましたが、ここに商社が大きく絡むとバフェット氏は読ん
だのかもしれません。
 もう一つ、忘れてはならないのがウクライナ紛争です。戦争そ
のものはいまだ終結せず、ウクライナの反転攻勢も報じられてい
ます。一方で復興に向けた動きも出てきました。先週21〜22
日には61カ国の代表がロンドンに集まり、ウクライナ復興会議
が開かれています。この会議を通じて、65億ドル(約9200
億円)の支援が固まりました。
 エネルギーなどインフラ関連の支援も実施されます。今後、こ
の会議に限らずさまざまな形でウクライナ支援は行われていくで
しょう。復興に日本の5大商社が深く関わるのではないか――そ
うバフェット氏が感じたとしても不思議はありません。
          ──2023年6月26日/日刊ゲンダイ
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/036]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜバフェット氏は日本株を買い増すのか/尾藤峰男氏
  ───────────────────────────
   4月上旬のウォーレン・バフェット氏の突然の来日、その
  後のインタビューや報道記事での発言をきっかけに、日本株
  への関心が高まっている。来日の目的は、軒並み7・4%の
  保有比率まで株式を買い増した5大商社(伊藤忠商事、三菱
  商事、三井物産、住友商事、丸紅)の経営陣との会談であっ
  た。この会談は、バフェット氏から申し入れたもので、投資
  先に、投資した意図や今後の保有姿勢を説明し、商社の事業
  戦略や経営方針を聞き、お互いの信頼関係を築くためであっ
  た。バフェット氏自身、この面談は大変有意義であったと、
  満足げに答えている。
   バフェット氏が来日して、商社株を買い増し、日本株への
  さらなる投資意向を表明(4月11日)してから5月26日
  までで、日経平均株価は実に10・72%も上昇、その間の
  米S&P500種株価指数の上昇幅、2・35%を大幅に上
  回った。日経平均株価は5月19日に33年ぶりの高値を更
  新、19日まで実に海外勢は8週連続の買い越しで、8週間
  の買い越し額は3兆6000億円に上った。海外勢がバフェ
  ット氏の日本株へのさらなる投資意向の表明に触発されたこ
  とは明らかである。バフェット氏の世界の投資家への影響力
  の強さを改めて実感する。
           ──「エコノミスト」/オンラインより
                 https://onl.sc/hsGms5m
  ───────────────────────────
日米イールドギャップは警戒水準に.jpg
日米イールドギャップは警戒水準に
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2023年06月28日

●「賃金と物価が手を取り合い凍り付く」(第5983号)

 インフレになると何が起きるでしょうか。高インフレが進行す
ると、物価が上がり、生計費が上昇します。生計費とは生活者が
生活をするうえで必要になる経費のことです。生計費が上がると
生活をしていけなくなるので、労働者は雇用主に賃上げの要求を
出します。
 企業が労働者の要求に素直に応じてくれるとは限らないので、
労働者は賃上げ実現のためにストライキを行ったり、それに応じ
てくれる企業に移ろうとしたりします。こういう動きが現在、欧
米で起きていますが、現在の日本では考えられない状況です。
 しかし、昭和30年代後半から40年代にかけて、日本でもそ
ういう状況が起きていたのです。私が勤務していた生保会社では
さすがにストライキはしなかったものの、交通機関が長期ストラ
イキをしていて電車が動かないので、会社に何日も泊まり込んだ
りして、仕事をしたものです。
 労働者の要求に対して賃上げを実施した企業は、人件費の増加
分を製品やサービスの価格に転嫁します。そうすると、物価がま
た上がって、生計費が増加し、労働者は企業に対して賃上げを要
求します。この繰り返しです。それに企業が応ずると、さらに物
価が上がり、高インフレが進行します。これを「賃金・物価スパ
イラル」といいます。
 この「賃金・物価スパイラル」には、3つの条件が整うことが
必要であるとして、渡辺努東京大学大学院教授は、これについて
次のように述べています。
─────────────────────────────
 賃金・物価スパイラルが起こるための基本的な要件は、インフ
レ予想の不安定化です。しかし、それ以外にもいくつかの条件が
必要で、それらが揃ったとき、スパイラルが起こることが知られ
ています。
 第1の条件は、労働需要が旺盛であること、そして、それにも
かかわらず労働供給が増えずに労働需給が逼迫し、労働者の交渉
力が強くなっていることです。
 第2は企業に関するものです。企業の価格決定力が強く、人件
費の増加分を価格に転嫁する能力をもつことが条件となります。
 そして第3の条件は、企業が人件費増を価格に転嫁するか否か
を考える際に、ライバル企業も価格転嫁を行うと確信できること
です。
 以上の3つの条件が揃ったとき、労働者は賃上げを要求し、企
業は賃上げを受け入れたうえで人件費増を価格に転嫁するという
ことを行い、スパイラルが生じます。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 しかし、日本の場合は、欧米とは大きく異なります。国際的に
見た場合、日本の賃金がどのような位置にあるのかご存知でしょ
うか。賃金の伸び率があまりにも低いのです。
 世界の先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟
国の名目賃金の2000年から2021年の伸び率で見ると、日
本は「−0・2%」で最下位です。同じ年度における実質賃金で
見ると、日本は「0・1%」で、最下位のメキシコ、ギリシャ、
スペイン、イタリアに次ぐビリから5番目です。日本はこんなレ
ベルに甘んじています。
 内閣府の資料によると、「1991年=100」とする、20
20年の名目賃金と実質賃金の主要国の伸び率は次の通りです。
─────────────────────────────
          名目賃金      実質賃金
       米国  249・1   146・7
       英国  243・4   144・4
      ドイツ  200・5   133・7
     フランス  181・7   129・6
       日本  100・1   103・1
        註:1991=100とした場合/内閣府資料
─────────────────────────────
 名目賃金とは企業から従業員に支払われる金額のことです。こ
の名目賃金から消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引
いて算出した金額が実質賃金です。2023年5月9日に厚労省
が発表した3月の実質賃金は、前年同月に比べ2・9%減少し、
12カ月連続のマイナスとなっています。基本給や残業代などを
合わせた現金給与総額は29万1081円で0・8%増加して、
15カ月連続のプラスでしたが、物価の上昇率に追いつかない状
況が続いています。
 欧米では、賃金と物価が手を取り合って上昇していますが、日
本では、賃金と物価が手を取り合って凍り付いているのです。添
付ファイルをご覧ください。渡辺努教授の本に出ていたグラフで
すが、棒グラフは、賃金改定(ベースアップと定昇を含む)を行
わない企業の割合がどのように変化したかを表しています。19
75年から90年代前半までは、賃金改定を行わない企業の割合
は2〜3%で、ほとんどの企業は賃金改定を行っていたのです。
 ところが1990年代後半になると、賃金改定を行わない企業
の割合が激増し、2000年の始めには、その割合が全体の25
%を超えています。しかし、2010年頃から、賃金改定を行わ
ない企業が減少し、2013年以降は顕著に減少しています。こ
れは、アベノミクスが寄与していると考えられます。
 折れ線グラフは、賃金改定を実施した企業の平均賃金改定率を
表しています。目盛りは右です。しかし、賃金改定の幅は限定的
であり、せいぜい2%程度にとどまっています。これを見ると、
日本の場合、すべての企業の平均値が動かず、凍り付いているこ
とがわかります。
 このような日本の賃金の実情は、どのようにしたら、変えるこ
とができるでしょうか。
          ──[世界インフレと日本経済/035]

≪画像および関連情報≫
 ●誤解が多すぎ「日本の賃金が上がらない」真の理由
  宮川勉学習院大学経済学部教授
  ───────────────────────────
   日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は大
  きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7カ
  国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。た
  だ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」と
  感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、も
  うこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれて
  も・・・」と思う人もいる。
   はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるために
  はどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第3回は、
  「生産性と賃金の関係」について、学習院大学経済学部教授
  の宮川努氏が解説する。
   日本経済の低迷が続く中で、「日本は生産性が伸びないか
  ら、低迷が続いている」という議論が行われている。一方、
  賃金もまた長期にわたって低迷を続け、2022年7月に行
  われた参議院選挙の重要な争点の1つになった。
   経済学者は、こうした長期にわたる賃金所得の低迷の背後
  には必ず生産性の動向が関係していると考えているが、生産
  性への言及は少ない。ここでは、この問題を労働生産性とい
  う概念を使って簡単に説明し、生産性向上こそが賃金上昇の
  王道であるということを述べたい。
         https://toyokeizai.net/articles/-/629479
  ───────────────────────────
賃金改定を行わない企業の割合.jpg
賃金改定を行わない企業の割合
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2023年06月27日

●「アマゾンの詐欺は実に巧妙である」(第5982号)

 6月23日にアマゾンで本を一冊購入しました。新刊書なので
すが、書店では見つからなかったので、アマゾンで購入したもの
です。アマゾンのアカウントはかなり前に取得しており、そのア
カウントを使ったのです。
 前にもEJで述べたことがありますが、私は書籍を購入すると
きは、大型書店(主として池袋・ジュンク堂丸善)に足を運ぶこ
とにしています。なぜかというと、本を選ぶのに各階に椅子が多
く用意されていることや、書店に行くことによって、思いがけな
い書籍を発見することが多いからです。アマゾンのアカウントは
一般の書店では売っていない古い書籍を購入するためのものであ
り、これまでアマゾンでモノを買ったことは1回もない今どき不
思議な人間の一人であると思います。
 しかし、最近では、年齢による体力の衰えにより、ジュンク堂
に行くのでさえ、億劫になり、本とCDに関しては、少しずつ通
販を利用するようになっています。
 なぜ、アマゾンの話をしているかというと、最近では、アマゾ
ンを利用する場合、とんでもない詐欺に遭うリスクがあると思う
からです。しかも、それは非常に巧妙に仕組まれており、うっか
りすると、多くの人がひっかかってしまうと考えます。したがっ
て、テーマとは外れますが、今日のEJはアマゾンによる詐欺の
話をすることにします。
 最近、PCには、各種銀行、各種クレジットカード会社、ウー
バーイーツ、アマゾンなどから、利用確認のメールや、利用の一
部制限などのメールが毎日送られてきます。そのほとんどを私は
使っていないので、いつも完全に無視しています。皆さんのPC
はどうでしょうか。
 これは、機械的に膨大なメールアドレスを自動的に作成して、
送り付けてくるので、送付側としては相手を特定して送ってくる
わけではありません。そのメールに反応するのを待っているので
す。したがって、身に覚えのないメールは、絶対に開封すること
なく、即削除をお勧めします。まして、銀行やクレジットカード
会社が本当に本人に何かを確認したいときは、そのほとんどは封
書か、場合によっては書留で送られてくるので、メールで送られ
てくることはありません。
 一度銀行のATMで通帳を忘れたことがあったのですが、その
ときは、私の携帯電話宛てに銀行から電話があり、窓口に取りに
行ったことがあります。近郊によると、メールで本人に通知する
ことはないそうです。
 しかし、アマゾンなどの通販業者の場合は、メールで商品注文
の確認メール、手続き終了メール、商品発送メール、商品着信メ
ールがその都度送られてきます。とても親切であり、商品を受け
取る側としては助かります。私がアマゾンで注文した本は、23
日に注文し、24日の昼にポストに入っていました。プライム会
員のサービスです。
 今回の場合、23日の注文後、アマゾンから詳細な注文書籍の
確認メールがアマゾンから届いています。ところが、注文日の6
月23日の夜、アマゾンから次のメールが来たのです。異常なの
は午前3時39分という時間です。正確にいうと、24日の午前
3時39分ということになります。
─────────────────────────────
 Amazonアカウントのロック解除と情報の更新のお知らせ

 尊敬するお客様へ
 Amazonをご利用いただき、ありがとうございます。お客様のア
カウントのセキュリティを最優先に考えておりますが、最近のセ
キュリティ上の問題により、お客様のアカウントがロックされて
います。
 お客様のアカウントを安全に保つために、以下の手順に従って
アカウントのロック解除と情報の更新を行ってください。
                       (以下省略)
─────────────────────────────
 既に6月23日の18時25分にアマゾンから、注文の確認メ
ールが届いており、アカウントのロックはあり得ないのですが、
メールのフォームはアマゾンのそれと酷似しており、うっかりす
ると、ひっかかってしまいます。
 メールは開封していませんが、指定するURLをクリックし、
アカウントの書き直しをしていたら、その情報は完全にメールの
差出人に渡ってしまっていたことになります。アマゾンのアカウ
ントのフォームは、プログラマであれば、そっくり作り直すこと
ができます。
 6月24日、午前11時52分、アマゾンから注文商品到着の
通知があり、商品はポストに入っていました。しかし、その後、
13時11分にアマゾンから、次のメールが届いたのです。
─────────────────────────────
 Amazon お客様
 この度はAmazon をご利用いただき、誠にありがとうございま
す。お客様の注文の支払い方法に問題が発生しており、現在注文
を出荷できない状況になっています。問題が解決されるまで、ご
注文を出荷することができませんので、ご迷惑をおかけして申し
訳ございません。お客様のAmazon アカウントで登録されている
支払い方法について、以下の点を確認してください。
                       (以下省略)
─────────────────────────────
 商品が届いた後ですから、矛盾もいいところですが、私がアマ
ゾンを利用したことはわかっているようです。なぜ、わかったの
か理解できないでいます。偶然なのでしょうか。最近の詐欺は実
に巧妙化しており、十分に注意して利用しないと、ひっかかって
しまいます。身に覚えのないメールは絶対に開封しないことです
が、覚えのあるメールであれば、注意が肝要です。
          ──[世界インフレと日本経済/034]

≪画像および関連情報≫
 ●今来たAmazonからのメールは詐欺かも?見極める
  4つのポイントを解説
  ───────────────────────────
   知名度が高く、生活に密着した「Amazon」。そんなアマゾ
  ンの名前を悪用した詐欺が急増していることをご存じでしょ
  うか。最近の手口は巧妙化しており、アマゾンの公式メール
  アドレス「amazon.co.jp」からメールが送信されるケースも
  多発しています。そして、ユーザーは悪質な詐欺だと見分け
  がつかず、なんの疑いもなく添付されたURLをクリックし
  てしまうのです。
   アマゾンを名乗った詐欺の目的は、主に個人情報を盗取し
  てさまざまな場面で悪用すること。そして、アマゾンの詐欺
  メールに気付かず偽サイトにログインしてしまった場合は、
  直ちにログイン情報を変更したり、登録しているクレジット
  カード情報を削除したりと対処しなければなりません。
   冒頭でも述べたとおり、大手ECサイトであるアマゾンを
  装った詐欺が近年多発しています。フィッシング対策協議会
  によれば、2020年の1年間だけを見てもフィッシング詐
  欺の報告件数は毎月増加傾向にあり、同年12月には、32
  171件もの報告がありました。前月と比べても1204件
  増えています。そして、フィッシング詐欺に悪用されている
  ブランド調査では圧倒的にアマゾンが多く、全体の約50%
  を占めている状況です。アマゾンのほかには、「三井住友カ
  ード」「楽天」「アプラス(新生銀行カード)」 「MyJCB」
  などもブランド名が悪用されています。
  https://securitynews.so-net.ne.jp/topics/sec_20189.html
  ───────────────────────────
詐欺が多いアマゾン.jpg
詐欺が多いアマゾン
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2023年06月26日

●「日本以外の9カ国は逆イールド」(第5981号)

 今回のテーマにおいて「逆イールド」のことを取り上げたのは
6月2日のEJ第5965号でのことです。逆イールドとは、短
期金利と長期金利の逆転現象のことです。米国の2年債と10年
債が逆転したことを伝えています。債券は通常、満期までの期間
が長いほど利回りが高くなります。期間が長ければ、その分返済
が不透明になるため、投資家がより高いリターンを求めるからで
す。これが逆転すると不況になるといわれています。
 2023年6月24日の日本経済新聞は、11面で逆イールド
の拡大について、次のように伝えています。
─────────────────────────────
◎「逆イールド」先進国で拡大
 景気後退のサインとされる「逆イールド」が先進国で広がって
いる。「G10」と呼ばれる主要10通貨のうち、日本を除く9
カ国で債券の長短金利の逆転が発生する異例の事態となった。イ
ンフレが長期化するなか、22日に英国など複数の国が利上げに
踏み切るなど、金融引き締めの流れは継続している。景気の先行
きに対する警戒感が一段と増している。
         ──2023年6月24日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 記事を少し補正します。日本を除く9カ国とは、ベルギー、カ
ナダ、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スウェーデン、
英国、米国の9カ国です。なぜ、逆イールドになると不況になる
のかというと、短期金利は、預金や短期市場を通じた調達金利で
あり、中期や長期の金利は貸出金利に当たるからです。逆イール
ドが起きれば、調達金利が貸出金利を上回ることになり、銀行は
貸し渋ったり、貸出金の回収を急いだりするので、その結果、景
気後退に陥りやすくなるというわけです。
 日本とそれ以外の9カ国とは、金融政策の違いによって、政策
金利は次のようになっています。日本は実にマイナス金利です。
─────────────────────────────
                政策金利/2023
    日 本            −0・10%
    米 国       5・00%〜5・25%
    ユーロ 3・50%、4・00%、4・25%
    英 国             4・50%
─────────────────────────────
 しかし、日本でもインフレは進行しています。総務省が23日
に発表した5月の消費者物価指数によると、生鮮食品を除くと、
前年同月比3・2%の上昇です。より物価の基調に近い生鮮食品
とエネルギーを除く総合で見ると、前年同月比4・3%の上昇で
あり、上昇率は0・2ポイント拡大しています。この伸び率は、
第2次石油危機末期の1981年6月以来、41年11カ月ぶり
の伸び率です。
 しかし、日本の物価は政府の政策支援の影響を受けて、抑え込
まれていることを知っておく必要があります。これについても日
本経済新聞は次のように書いています。
─────────────────────────────
 足元の物価は政府の政策支援で抑えられている。電気・都市ガ
ス代の抑制と全国旅行支援による押し下げは生鮮食品を含む総合
に対して計1・05ポイントある。総務省によると、政策効果が
ないと仮定すると、5月は前年同月比4・3%のプラスとなり、
4・0%だった米国を上回ることになる。当面は価格転嫁の動き
と円安が物価に一定の上昇圧力をもたらす可能性が高い。
         ──2023年6月24日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 その一方で、22日の米ニューヨーク外国為替市場では、円安
ドル高が進んでいます。一時、昨年11月以来約7カ月ぶりとな
る「1ドル=143円」台まで円は下落しています。これをどう
見るかです。
 昨年秋の円安局面では、円が144円まで下がった9月14日
に日銀が「レートチェック」というものをやっています。レート
チェックとは、中央銀行が民間銀行に対して、「いまのレートは
いくら?」と聞くことをいいます。この情報は市場関係者にすぐ
伝わりますから、円売りドル買いを続ける市場関係者に対する牽
制になります。
 しかし、それでも円安は止まらず「1ドル=146円」に迫っ
た9月22日、24年ぶりとなる円買いドル売り介入に踏み切っ
ています。さて、現在の143円に対して、日本政府はどう動こ
うとしているのでしょうか。
─────────────────────────────
 政府・日銀はこれまで、介入にあたり重視するのは為替の水準
ではなく、値動きの大きさだとしてきた。鈴木俊一財務相は20
日、「ドル円水準は安定的に推移するのが望ましい。引き続き為
替動向に注目している」と市場を牽制(けんせい)した。
 ただ、市場は、昨年9月の「最近の為替相場の変動は、やや大
きい」という鈴木氏の発言より、牽制の度合いが弱いと受け止め
る。財務省関係者は「1日で1円も2円も動いていた前回とは違
う」と言う。 ──2023年6月24日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
 確かに昨年9月と現在は事情が異なるのです。昨年は、円安が
物価高に拍車をかけていましたが、今年は4月以降、輸入物価は
前年同月比でマイナスに転じています。円安は、訪日外国人の増
加につながり、株価をバブル後最高値圏にまで押し上げているの
です。米FRBも今年中にあと2回利上げをするといっています
が、終わりは見えていると思います。
 しかし、経済が好循環に入る起点となる賃金の上昇は、依然と
して物価上昇に追いついていません。物価を考慮した実質賃金は
4月まで13カ月連続で前年割れとなっています。賃上げ問題は
日本にとって、大きな課題です。
          ──[世界インフレと日本経済/033]

≪画像および関連情報≫
 ●2023年の世界経済成長率は2・1%、世界銀行が予測
  ───────────────────────────
   世界銀行は6月6日、「世界経済見通し」〔プレスリリー
  ス(英語、日本語)〕を発表した。2023年の世界の経済
  成長率(実質GDP伸び率)は、2・1%と、2022年の
  3・1%から低下すると予測した(添付資料表参照)。前回
  2023年1月発表の1・7%からは0・4%ポイントの上
  方修正となったが、世界的な金利上昇が続く中、世界の経済
  成長は減速し、新興・途上国・地域の金融リスクが高まって
  いるとの見方を示した。
   中国を除く新興途上国・地域(EMDEs)では成長率が
  2022年の4・1%から2・9%に後退する見通し。これ
  らの国々の大半ではこれまで、先進国・地域における最近の
  金融不安がもたらす影響は限定的だったが、現在では信用状
  況が世界的にますます厳しくなり、EMDEsの4カ国に1
  カ国が事実上、国際債券市場へのアクセスを失っているとし
  た。また、EMDEsの経済活動は、2024年末までパン
  デミック直前に予想された水準を約5%下回ると見込まれて
  いる。新型コロナウイルス、ロシアによるウクライナ侵攻、
  世界的な金融引き締めによる成長減速という三重のショック
  が足かせとなり、EMDEsの成長が減速する状況が当面続
  くと予想されている。ただし、東アジア大洋州エリアのEM
  DEsの成長率は、中国の成長率の力強い回復に支えられて
  持ち直すと予測。    ──JETROビジネス通信より
  ───────────────────────────
足下で逆イールドが深まる.jpg
足下で逆イールドが深まる
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2023年06月23日

●「賃金・物価スパイラルが起きている」(第5980号)

 欧米のインフレがなかなか収まりません。6月22日の日本経
済新聞から、英国と米国のインフレの状況について、記事をピッ
クアップします。
─────────────────────────────
◎英消費者物価8・7%上昇/5月根強いインフレ懸念
 【ロンドン=大西康平】英統計局が21日発表した英国の20
23年5月の消費者物価指数は前年同月比8・7%上昇した。伸
び率は前年比横ばいで、鈍化しなかったのは3カ月ぶり。賃金と
サービスの価格の上昇による根強いインフレへの懸念が高まって
いる。(中略)
 英国は賃上げを求めるストライキが頻発。4月の平均賃金の前
年同期比の伸び率は2カ月連続で上昇して6・5%となった。
◎「米インフレ圧力なお強く」/FRB議長、議会で証言
 【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)のパウ
エル議長は21日、米連邦議会の下院金融サービス委員会で証言
した。米国の物価上昇率は鈍化傾向にあるが、パウエル氏は「イ
ンフレ圧力は依然として強く、(目標の)2%に戻すには長い道
のりがある」と強調して、追加の金融引き締めの必要性を示唆し
た。       ──2023年6月22日付、日本経済新聞
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 ところで、世界の中央銀行は、政策金利を何によって決めてい
るのでしょうか。
 これについては、昔から論争があるのです。「ルールか、裁量
か」の論争です。現実には、「ルール」と「裁量」の一方だけが
正しいと決めることはできないので、近年の先進国の金融政策運
営を見ると、基本的にはルールに従いつつ、ある程度の裁量は必
要という考え方が主流であるといえます。
 「ルール」というものは存在します。1993年に米国の経済
学者ジョン・ブライアン・テイラーが提唱したルールで、「テイ
ラールール」といわれています。
 テイラールールは、インフレ率とGDPから、望ましいインフ
レ率(インフレターゲッティングの目標値)を実現するために必
要な金利水準を算出することができます。日銀を含む主要国の中
央銀行は、このルールから得られる数値を参考にして、政策金利
の決定を行っています。
 渡辺努東京大学大学院教授の著書には、米Fed(連邦準備制
度)が制御する金利、フェデラルファンドレート(FF金利)の
実績値と、テイラールールの公式を使って算出された金利水準の
推移を示すグラフが掲載されています。このグラフを添付ファイ
ルにしてあるので、ご覧ください。渡辺努教授は、このブラフに
ついて、次のように解説しています。
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 これを見ると、過去のFedによる金利操作は、おおむねテイ
ラールールが指示する水準に沿っていることがわかります。しか
し、2020年以降を見ると、FF金利の実績値とテイラールー
ルが指示する金利水準が大きくかけ離れていることに気がつきま
す。2020年の春、米国ではパンデミックによる景気悪化にと
もないインフレ率が下がりました。このときテイラールールが指
示した金利水準は、なんとマイナス5%でした。マイナス金利を
採用している中央銀行は日銀を含め世界にいくつかありますが、
さすがにそこまで大幅にマイナスを掘り進んだ例はありません。
 テイラールールの公式には「マイナス金利は難しい」という要
素は入っていないので、プラスであれマイナスであれ、必要な金
利水準はこれだと手加減なしに指示してくるのです。しかしこの
ときFedは、マイナス金利は副作用が大きいと考えており、ま
た、そもそもパンデミックにともなう景気悪化は一過性と考えて
いたこともあって、実際に行われた利下げの水準は、ゼロにとど
まりました。その後、インフレ率が上昇するにつれて、テイラー
ルールは、金利の大幅引き上げをFedに要求するようになりま
す。しかしFedはすぐには利上げに向かいませんでした。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
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 米国の中央銀行であるFRBは、金融政策の実施を通して、米
国の雇用の最大化、物価の安定化、適切な長期金利水準の維持を
実現し、その結果として、米国経済を活性化することを目標とし
ています。しかし、日銀の場合、日本銀行法第1条第1項、第2
条には、金融政策の目的として、物価の安定は、経済が安定的か
つ持続的成長を遂げていくうえで不可欠な基盤であるとしている
ものの、雇用の最大化は目的に入っていません。
 今回のインフレの原因となったものは、最初の経済ショックを
もたらしたパンデミックとウクライナ戦争です。渡辺努教授は、
これを「インフレの第1ラウンド」と呼んでいます。この第1ラ
ウンドで、中央銀行がうまくインフレを収束させていれば、第2
ラウンドはなかったのです。
 しかし、第1ラウンドで中央銀行は利上げを行い、インフレを
鎮静化させようとしたのですが、収束させることができなかった
のです。これが賃金の上昇に火をつけ、それに伴う人件費増を企
業が価格に転嫁し、第1のインフレが賃上げを経由して、さらな
るインフレを呼んで、第2ラウンドに入ってしまったのです。こ
のような状況を「賃金・物価スパイラル」といいます。
 まして欧米の経営者は、日本の経営者と違って、人件費が上が
れば、それに応じて、モノやサービスの価格を必要以上に引き上
げ、それがインフレを加速させてしまうことが多いのです。そう
すると、物価はさらに上がり、それが賃金の要求が激しくなると
いうように、どんどんインフレが進行してしまうのです。これが
「賃金・物価スパイラル」であり、現在のインフレはそうなって
います。米国のFOMCのメンバーは、年内にあと2回の利上げ
が必要だといっています。果たしてそれで、インフレは収まるの
でしょうか。    ──[世界インフレと日本経済/032]

≪画像および関連情報≫
 ●英国と日本の賃金・物価スパイラル【渡辺努】/2022年
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   英国ではインフレ率が二桁に達した。ボリス・ジョンソン
  前首相とベイリー中央銀行総裁は、英国経済が賃金・物価ス
  パイラルに突入する可能性があるとの見方を示している。一
  方、労組は、賃金の上昇がインフレに追いついていないと訴
  えており、真っ向から対立している。
   賃金・物価スパイラルはインフレの第二段階だ。パンデミ
  ックと戦争をきっかけにインフレが起こった。インフレは生
  計費を上昇させるので、人々は雇用主に賃上げを要求する。
   労働者は賃金を上げてもらえないなら他の職場に移ると脅
  したり、ストライキに打って出たりする。そうした交渉を経
  て、雇用主は、良質な労働力を失いたくないという思いから
  賃上げ要求を受け入れる。これで労働者は当面の生活が維持
  できるようになる。
   次は、雇用主(経営者)がどのようにして経営を維持する
  かを考える番だ。賃上げで人件費が増えるので、そのままで
  は収益が悪化してしまう。人件費以外のコストを削るという
  のは一つの方法だが、それにも限界がある。最終的には自分
  の作る製品の価格を人件費増の分だけ引き上げる、つまり価
  格に転嫁することになる。かくして、物価がもう一段上がり
  それを受けて労働者の生活が再び困窮し、賃上げ要求が再び
  なされる。それがさらに・・・というように、値上げと賃上
  げのスパイラルがいつ終わるともなく続く。
        https://koken-publication.com/archives/1681
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テイラールールが指示する金利水準.jpg
テイラールールが指示する金利水準
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする