2008年08月14日

●「まともな金融市場は東京だけである」(EJ2389号)

 米国経済が何やら怪しい雲行きです。2008年3月16日、
米大手証券会社ベア・スターンズが実質的に破綻し、金融大手の
JPモルガン・チェースによる買収が発表されました。これは、
FRBが動いているので、米政府による実質的救済なのです。
 ベア・スターンズといえば、創業100年近い歴史のある全米
第5位の名門証券会社であり、これまでずっと黒字経営を続けて
きた健全な証券会社なのです。社員は1万4000人です。
 しかし、2007年の第4四半期に創業以来はじめての赤字決
算を出しており、一応の危険信号は出ていたのですが、こんなに
早く破綻するとは誰も考えていなかったのです。
 世界を驚かせたのは、その当初の買収価格の低さです。総額で
約2憶4000万ドル――1株当たりわずか2ドルの評価であっ
たことです。3月14日は金曜日だったのですが、その日のベア
スターンズの株価は30ドルだったからです。
 しかも、前日の15日まで証券会社アナリスト15人のうち、
ペアの買い推奨をしていたのが5人、保有継続推奨をしていたの
が10人であって、売り推奨をしていた人はなんとゼロだったの
です。専門家もまったく予想外のことだったのです。
 ちなみにその後しばらくして買収価格は改められ、1株当たり
10ドルになったのですが、ベア・スターンズによると、14日
の朝には80憶ドルの資金が間違いなくあったのですが、その日
のうちに60億ドルが流出し、夜にはたったの20憶ドルになっ
てしまったというのです。一体この名門証券会社に何があったの
でしょうか。
 このベア・スターンズの救済劇のあと、米国内にはサブプライ
ム問題を発端とする経済危機は峠を越えたという観測が市場に広
がっているのですが、これは米当局の「時間稼ぎ」ではないかと
いう警戒感が消えていないのです。
 今後米経済はどうなっていくのでしょうか。サブプライム問題
は今後最悪期を過ぎて終焉に向かうのでしょうか。そして、それ
は日本経済にどのように影響してくるのでしょうか。今日から次
のタイトルでこのテーマに取り組んでいくことにします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米サブプライム不況は日本経済にどのような影響を与えるか
  ―― リチャード・クーの理論を使って分析する ――
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライム問題については、さまざまな本が出ていますが、
少し切り口を変えて分析してみたいと思います。そのために格好
の本が発刊されています。リチャード・クー氏の新刊書です。
―――――――――――――――――――――――――――――
  リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
  ゼーションの行方』   2008.6.30/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 EJではこれまでにリチャード・クー氏の理論を2回にわたっ
て取り上げています。EJのバックナンバーは、次のブログでご
覧になることができます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1回/「バランスシート不況」
   2003年11月17日/EJ第1233号〜
   2003年12月12日/EJ第1251号
 『デフレとバランスシート不況の経済学』を参照
 http://www.intecjapan.com/blog/cat1/
 第2回/「日本経済回復の謎」
   2007年 6月 1日/EJ第2092号〜
   2007年 8月 3日/EJ第2136号
       『「陰」と「陽」の経済学』を参照
 http://electronic-journal.seesaa.net/category/3283151-1.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在、世界中が注目している米国の住宅バブルに始まる欧米の
サブプライム危機ですが、これについては人によって危機感の度
合いが違うようです。
 クリントン政権の財務長官であるロバート・ルービン氏や投資
家のジョージ・ソロス氏は、サブプライム危機を次のように表現
しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   サブプライム危機は戦後最悪の金融危機である
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本への影響はどうなのでしょうか。サブプライム危機から日
本は比較的遠いところにあると一応いわれています。確かにそう
いう面もあるのです。
 それは、現在まともに機能している金融市場は世界で東京だけ
である――そういう事実があるからです。ということは、他の金
融市場はまともには機能していないということになります。
 ところで、「金融市場が機能していない」とはどういうことな
のでしょうか。
 それは、結論からいうなら、「インターバンク市場――コール
市場が機能していない」ということになります。インターバンク
市場とは、資金がダブついている銀行から資金不足の銀行へお金
を供給する役割をする市場です。
 お金の出入りに関して銀行は完全に受け身です。非常に多くの
資金が出ていくときもあるし、多くの資金が入ってくるときもあ
ります。そのさい、資金が多くある銀行が資金不足の銀行に対し
て一時的に資金を融通し合うのが、インターバンク市場の仕組み
なのです。
 ところが昨今の欧米では、そのインターバンク市場が機能不全
に陥っており、そのため、決済がうまくいかない可能性が出てき
ているのです。突然のベア・スターンズ破綻のような事件が起き
ると、銀行同士お互いを信頼できなくなってしまうからです。 
         ――[サブプライム不況と日本経済/01]


≪画像および関連情報≫
 ●インターバンク市場とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  市場と名がついているが、取引所のようなものはなく、電話
  とネットワークによって構成される市場である。日中の国内
  決済などを行なう中で、銀行間に資金の過不足が生まれる。
  このため、資金余剰の銀行から資金不足の銀行へ資金の融通
  が行なわれる。銀行間市場は参加者が限定されている上に信
  用力も高いため、ほとんど無担保で取引される。無担保コー
  ル翌日物金利(日本)あるいはFFレート(アメリカ)と呼
  ばれる金利が取引における短期金利指標である。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

2つの波/リチャード・グー.jpg

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2008年08月15日

●「高まるカウンターパーティーリスク」(EJ第2390号)

 社員1万4000人を擁する大企業ベア・スターンズが2日間
で破綻してしまう状況を見て、余剰資金を持つ銀行が不安を感じ
資金を抱え込んで市場に回さなくなる――これが現在の欧米の金
融市場の状況なのです。
 インターバンク市場の参加者である銀行がお互いに疑心暗鬼に
なり、相手を信用しなくなっているわけです。こういうリスクの
ことを「カウンターパーティーリスク」といいます。
 これは決済システムにとって大変深刻な状況なのです。これに
よってインターバンク市場の金利が通常よりも高めに設定される
ようになっていますが、それでも資金を持つ銀行が資金を流さな
いと、経済の血流が止まってしまうのです。
 そうなってしまうと大変なので、各国の中央銀行は必死になっ
て資金を供給しています。中央銀行は「最後の貸し手」といわれ
ますが、資金不足になっている銀行は中央銀行から直接借り入れ
することができるのです。しかし、中央銀行が乗り出してくるこ
とは異常であり、インターバンク市場が機能しなくなっているこ
とを意味しているのです。こういう状態が今のところ見られない
のは東京市場だけなのです。
 こんな異常事態がいつからはじまっているのかというと、20
07年の秋からなのです。そして今も資金供給は続いているので
異常な状態が継続していることになります。どうして、こんな事
態になってしまったのでしょうか。
 もちろん最大の原因はサブプライム問題です。これによって、
多くの金融商品の価格が暴落し、各銀行にすさまじい損失が発生
しているのです。そして、何よりも困ることは、お互いに相手が
どのくらいの損失を負っているかがわからないことなのです。そ
のため疑心暗鬼が生まれるのです。
 2007年秋から欧米の大手銀行は、いわゆるソブリン・ウェ
ルス・ファンド――政府系投資ファンドから続々と資本投入を受
けているのです。こんなことは珍しいことです。
 ところで、ソブリン・ウェルス・ファンド/SWFというのは
何でしょうか。
 ソブリン・ウェルス・ファンドというのは、政府が出資する投
資ファンドのことであり、政府系投資ファンドと呼ばれます。石
油や天然ガスによる収入、外貨準備高を原資とすることが多いの
で、近年、世界的な資源価格急騰によって、資源供給国の割合が
増えつつあります。なお、SWFは、次の言葉の頭文字です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ソブリン・ウエルス・ファンド
     ―Sovereign Wealth Fund/SWF
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライムローンを組み込んだ証券化商品の市場が急激に収
縮したことにより、欧米の銀行は大幅な損失引当金の計上を迫ら
れ、増資が必要になっているのです。SWFはその増資要請に積
極的に応じているのです。
 SWFの中で最も大きいのは、ADIA――アブダビ投資庁で
すが、シティバンクは2007年12月にADIAから資本投入
を受けているのです。これによって、それまで苦境が伝えられて
きたシティバンクの情勢は一息ついたかたちとなり、市場には一
時安心感が広がったのです。
 しかし、シティバンクは、今年になってADIAから2度目の
資本投入を受けようとしているのです。問題を解決するために資
本投入を受けるのですから、当然一回で済ますべきですが、それ
が2回となると、予測が甘かったことになってしまいます。そう
なると、他の銀行がお金を回すのをためらい、インターバンク市
場が機能しなくなってしまうのです。
 このシティバンクに続いてサブプライム問題への関与が大きい
といわれるUBS――スイスに本拠を置く世界有数の規模を持つ
名門金融グループ――このUBSがシンガポールとアラブのSW
Fから資本投入を受けることを発表しています。
 しかも、シティバンクが支払う利息は11%、UBSは9%と
いうのです。何しろシティバンクやUBSといえば、名門中の名
門金融機関で超一流ブランドです。それほどの銀行がこのように
高い金利を支払ってやっと資本調達ができるということは、それ
がいかに深刻な事態であるかを物語っています。
 これは実は日本の銀行にとってチャンスなのです。日本の3大
メガバンク――三井住友FG、みずほFG、三菱UFJ・FGは
サブプライム問題を逆手にとって、投資と融資の面で欧米市場で
存在感を高めようとしているのです。
 今年に入って、みずほコーポレート銀行は、米証券メリルリン
チに1300億円を投資しているし、三井住友銀行もこの6月に
英銀バークレイズへ1000億円の出資を決めているのです。ま
た、三菱FGJ・FGについては、2008年8月13日の日本
経済新聞が次のように報じているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 三菱東京UFJ銀行は12日、連結子会社でニューヨーク証券
 取引所に上場している米金融持ち株会社ユニオンバンカル・コ
 ーポレーション(UNBC、米カリフォルニア州)を、TOB
 (株式公開買い付け)で完全子会社化する、と発表した。三菱
 UFJフィナンシャル・グループで保有する約65・4%を除
 く全株式を買い付ける。買い付け金額は約30億ドル(約33
 20億円)となる見通し。完全子会社化で意思決定の迅速化を
 図り、米国での事業展開を強化するのが狙いだ。
         ――2008.8.13/日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の大手銀行は、こういう出資だけでなく、欧米の銀行が貸
し出しにも慎重になっているのを受けて、本業の融資でも積極的
に行い、海外金融市場において存在感を高めているのです。
 来週は、すべての元凶であるサブプライム問題にメスを入れよ
うと思います。  ――[サブプライム不況と日本経済/02]


≪画像および関連情報≫
 ●ソブリン・ウェルス・ファンドについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  各国のSWFは資源による収入が多く、資源を持たない国の
  場合は外貨準備や年金を運用している。日本の場合、後者に
  あたる。いわば元手は借金で運用に伴うリスクは国民にある
  という構図が成り立つ。財務省は反対している。現在100
  兆円に膨らんだ外貨準備の運用先として検討されているが、
  外貨準備の大半は米国債であり、外貨準備の運用をSWFに
  切り替えた場合の債券市場に与える影響は大きい。150兆
  円に上る年金積立金の一部運用も検討されているが年金積立
  金管理運用独立法人(GPIF)は人件費削減対象で高給の
  ファンドマネージャーの採用は困難でSWFの導入には体制
  見直しの可能性もある。SWFは資源国以外の先進国では現
  在のところ少数派である。      ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

アブダビ投資庁本部ビル.jpg
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2008年08月18日

●「なぜ、住宅バブルは発生したか」(EJ第2391号)

 原油の高騰の影響を受けて諸物価が上昇し、経済がどんどん減
速しているのに、今まで「仕方がない」として経済に対して何も
手を打ってこなかった福田政権が総合経済対策づくりに着手しよ
うとしています。
 それは、4〜6月期のGDPが年率換算で2.4 %減に落ち込
むことがはっきりしたからです。今まで財政再建重視、バラマキ
批判を繰り返し強調してきた自公与党幹部としては、このGDP
のマイナス成長を待っていた感があります。前言撤回の良い口実
になるからです。
 しかし、総理から指示されて自公与党幹部から打ち出された補
正予算の規模は「1兆円超」規模であるというのです。何をやる
にしても遅くて、みみっちい――というのが正直な感想です。
 これと対照的なのがグリーンスパン前FRB議長の経済対策の
素早い対応と打ち出しの大胆さです。実はサブプライム問題の発
端はITバブルの崩壊にあるのですが、そのさいのグリーンスパ
ン議長(当時)の鮮やかな采配ぶりをご紹介することにします。
 2000年の終わり頃のことです。ITバブルが崩壊し、欧米
はもちろん、日本でもIT関連株が大幅に下がったのです。米国
ではナスダック市場が4分の1にまで急落したのです。
 当時のFRB議長は、このまま放置すると米国経済は1990
年の日本のバブル崩壊と同じ現象が起きると考えたのです。とい
うのはこの時点で借金までしてIT企業に投資していた米国の企
業はあまりにも多かったからです。
 リチャード・クー理論によると、バブルの崩壊に直面すると、
IT企業に投資していた企業は、キャッシュフローを設備投資な
どに回さず、バランスシート修復に振り向けるといいます。経営
の軸足を本来あるべき利益の最大化から債務の最小化に移してし
まうからです。
 グリーンスパン議長は、米国の総需要は、家計が貯蓄した分と
企業の借金返済分を合わせた金額だけ減少すると考えて、直ちに
次の経済対策を打ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        1.金利を一挙に下げる
        2.減税を実施したこと
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、金利を下げたのです。それも半端ではない下げ方をした
のです。当時6.5 %あった金利を一挙に1%に下げたのです。
1%の金利は1957年以来なので、43年ぶりのことです。
 米国の民間銀行は預金残高に応じて米国の中央銀行に当たるF
RBに準備預金を行うのです。この準備預金のことを「フェデラ
ル・ファンド(FF)」と呼び、その資金を短期市場で調達する
際の金利を「FF金利」というのです。日本のコール市場金利に
該当します。これはFRB議長の判断で手が打てるのです。
 時の米大統領は現ブッシュ大統領でしたが、ブッシュ大統領は
就任早々減税を打ち出していたのです。ところがその時点で、グ
リーンスパンFRB議長は減税による財政赤字の拡大は好ましく
ないとして反対を表明していたのです。
 しかし、事態の深刻さを把握したグリーンスパンFRB議長は
ブッシュ大統領に会いに行き、「減税をすべきである」と進言し
たのです。今ここで財政出動をしないと、米経済はバブル崩壊後
の日本のようになると懸念したからです。
 このため、グリーンスパンFRB議長は当時減税に反対してい
た多くの議員から「変節漢」とか「裏切り者」というレッテルを
貼られることになるのです。
 FRB議長から進言を受けたブッシュ大統領は、早速減税を実
行したのです。これが原因で米国の財政赤字はGDPの3.6 %
まで膨れ上がったのです。
 減税前は2.4 %の黒字であったものが減税後は3.6 %の赤
字になったのです。したがって、この財政出動はGDPの6%分
に当たる大きなものであったのです。
 事情が違うとはいえ、今回自公政権が打ち出した補正予算の規
模はたったの1兆円なのです。GDP500兆円に対して0.2
%でしかない。原油高や原材料高で20兆円を超える富が海外に
流出しているのです。経済評論家の山崎元氏は、1兆円という規
模について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 経済対策の目安はGDPの1%ですから、少なくとも5兆円は
 必要。50兆円ともいわれる埋蔵金を使えば簡単な話です。
       ――2008.8.15/「日刊ゲンダイ」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 グリーンスパンFRB議長のとった処置によって米経済はバブ
ル崩壊後の日本経済のようにはならなかったのですが、その代わ
り住宅バブルを引き起こしたのです。
 グリーンスパンがFF金利を下げたとき、住宅価格の上昇率は
年率5%で推移していたのです。そこへ6.5 %のFF金利が一
気に1%まで下がったのです。住宅部門は経済の中で最も金利感
応度が高い分野であり、すぐ反応したのです。
 金利の急低下によって、人々の借りられる住宅ローンの金額が
急増したことにより、これらの人々が住宅購入に殺到して住宅価
格を高騰させたのです。利下げ後の住宅価格は前年比10%、あ
るいはそれ以上の勢いで上昇していったのです。
 住宅価格が上昇すれば住宅市場にお金が集まってきます。これ
によって住宅建設業者は、住宅建設数をどんどん上昇させていっ
たのです。住宅着工数は2006年まで急速に上昇していき、そ
のあとバブル崩壊をもたらすのです。
 グリーンスパンは住宅バブルが発生することはわかっていたの
です。ITバブルが崩壊したので、しばらくの間それを住宅バブ
ルに置き換えて、企業がITバブルによるバランスシート修復を
終えるまでの間、それによってGDPを支える――こういう考え
方だったのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/03]


≪画像および関連情報≫
 ●FF金利(政策金利)について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  通常、景気が減速し資金需要がない時には、資金量が豊富な
  のでFF金利は下がり、逆に景気が上昇し資金需要が出てく
  ると、資金が足りなくなりFF金利は上がる傾向にある。連
  邦準備銀行の連邦準備制度理事会(FRB)では、FF金利
  の目標を誘導することで金融市場における資金の需給調節を
  行う。
   http://allabout.co.jp/glossary/g_politics/w007504.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●米国の住宅着工数
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

米国の住宅着工数.jpg
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2008年08月19日

●「グリーンスパンの想定外の失敗」(EJ第2392号)

 日本の場合、1990年に株価と不動産価格の両方が一緒に暴
落しています。これによって、企業の資産価値は一気に目減りし
てしまったのです。
 これによって、バランスシートはひどく毀損したのですが、企
業の資本調達がマイナスになるまでには、7年もかかっているの
です。つまり、この7年間は銀行から資金を借りる企業が存在し
たことを意味します。日本企業の場合、反応が遅いのです。
 しかし、リチャード・クー氏によると、米国の企業はバランス
シートが毀損すると、すぐ修復にかかる傾向があるそうです。米
国の企業は日本と違って株主からのプレッシャーが強いので、バ
ランスシートの毀損はできるだけ早く修復し、少しでも早く利益
を上げる前向きの行動をとろうとするからです。
 グリーンススパン議長は、ITバブルによってバランスシート
の修復が終わるまでせいぜい3年位と考えたものと思われます。
なぜなら、ITバブルはきわめて限定的なバブルだからです。そ
の3年の間、住宅バブルと財政出動(減税)で支えることができ
れば米国経済はGDPを下げることなく十分支えられる。そして
バランスシートの修復した企業が資金を借りるようになれば、当
然金利は上がってくる――そうすれば住宅バブルは自然消滅する
はずであるとグリーンスパン議長は考えたのです。
 このグリーンスパンのマスタープランはうまくいったかのよう
に見えたのです。予想通り2003年末には、米国企業のバラン
スシートは修復されたと考えられたので、FRBはFF金利の引
き上げに取りかかったのです。
 そして、合計で17回にわたって引き上げ、2006年6月に
5.25 %まで引き上げたのです。もっともグリーンスパンは、
2006年2月にベン・バーナンキ氏にFRB議長を譲っていま
すので、最後の数回の利上げはバーナンキFRB現議長の手で行
われているのです。
 このFF金利、すなわち短期金利引き上げは、当然長期金利も
上昇するという前提で行われたものなのです。なぜなら、企業の
バランスシートが回復すれば、企業は銀行からお金を借りて設備
投資を行うようになる――実際に米国の設備投資はこの時期から
急拡大していたのです。FF金利(短期金利)は、「政策金利」
といわれるように中央銀行がコントロールできるのですが、長期
金利は市場で決まるものなのです。
 しかし、上がるはずの長期金利が上がらないのです。どうして
かというと、民間の資金需要がどこにも見当たらないからです。
これは、企業が資金を銀行から借り入れないということを意味し
ています。しかし、実際に企業は設備投資をしているのです。一
体企業はどこから資金を調達しているのでしょうか。
 これはグリーンスパン議長にとっては想定外の事態だったので
す。実際にグリーンスパンは「自分には理解できない現象だ」と
議会でもいっているのです。
 前にも述べたように、住宅市場は金利の感応度が高いのです。
したがって、短期金利の引き上げとともに長期金利が上昇すれば
住宅バブルは沈静化に向かうはずです。ところが短期金利を段階
的に引き上げても長期金利はピクリとも動かないのです。
 それどころか、添付ファイルを見ていただくとわかるように、
短期金利は上がっているのに、長期金利は下がるという事態が起
こったのです。この長期金利が短期金利を下回る現象を「逆イー
ルド」といい、不況の前触れといわれているのです。
 このように歯止めが効かないまま、住宅バブルはどんどん大き
くなっていったのです。これは確かにグリーンスパンにとって最
大の誤算であったのです。
 しかし、この現象はリチャード・クー理論を使うと、簡単に解
けるのです。ITバブルが崩壊してバランスシートが毀損し、そ
の修復をせざるを得なかった企業経営者は、つくづく借金をする
ことが嫌になったのです。クー氏はこれを「借金拒絶症」と呼ん
でいます。
 バランスシートが毀損した企業は、その修復にはキャッシュフ
ローを当て修復に努めたのですが、同時に企業経営全般の効率化
にも意を払うようになったはずであり、これによって経営の無駄
は排除され、経営全体の効率化は進むものです。
 そして、バランスシートの修復が終わると、そのキャッシュフ
ローをそのまま設備投資に回すようになり、借金をしなくても設
備投資ができる企業が多くなったのです。これでは、長期金利は
上がるはずがないのです。
 もうひとつグリーンスパンに問題があるのは、「住宅バブル」
とは最後まで一切いわなかったことです。リチャード・クー氏は
グリーンスパンについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 グリーンスパンは退官する日まで「局地的にバブルはあるかも
 しれない」とは言っても、いわゆる「ネーションワイド・ハウ
 ジング・バブル(アメリカ全体の住宅バブル)」という表現は
 一回も使わなかった。任期の最後の数カ月には「フロス」すな
 わち「小さな泡」という表現は使ったが、最後まで住宅バブル
 という表現は使わなかったのである。
                  ――リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
              ゼーションの行方』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 グリーンスパンはよほど「住宅バブル」という言葉を使いたく
なかったらしく、議員などから住宅価格について聞かれても「米
国の住宅価格は70年間下がったことはないので、これからも下
がらない」ととれる発言までしているのです。
 経済の専門家であるグリーンスパンに「バブルではない」とい
われるとそうかなと思うのは当然です。そういう意味でも今回の
サブプライム問題はグリーンスパンにも大きな責任があるといえ
るのです。    ――[サブプライム不況と日本経済/04]


≪画像および関連情報≫
 ●経済あらかると/米国長短金利逆転の影響
  ―――――――――――――――――――――――――――
  米国金利は、6ヶ月ものから10年国債に至るまで、ほぼ同
  水準にあり、いわゆるイールド・カーブがフラットになって
  いる。今月末のFOMCでは14回目の利上げでF.F.金
  利が4.5 %に引き上げられる可能性があり、そうなると現
  在4.3 %台にある2年国債、10年国債の利回りを上回る
  ことになり、ついに長短金利が逆転(逆イールド)する。こ
  のため、市場では逆イールドがもたらす影響を論じる事が多
  くなった。
    http://news.tbs.co.jp/newsi_sp/alacarte/060118.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●米国の長期金利と短期金利/住宅バブル
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

長短金利と住宅バブル.jpg
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2008年08月20日

●「サブプライム市場があるという悪魔の囁き」(EJ第2393号)

 経済の問題は、誰を中心に見るかによって見方が違ってくるも
のです。そこで、ウォール街のファンド・マネージャーの立場に
立ってしばらく考えてみることにします。
 米国の住宅バブルが崩壊して、住宅価格の前年比上昇率がゼロ
になったのは2006年6月のことですが、その2年前の時点に
立ってみることにします。
 2004年6月というと、FRBが短期金利を1%から少しず
つ上げはじめた時期に当たります。それまで短期金利が1%のと
きは住宅関連の資金需要は強く、1%を上回るリターンを出して
いれば、お客は満足していたのです。
 銀行に預けていても1%にしか回らない資金を4〜5%で回す
ことはそれほど難しいことではなかったのです。一般的に短期金
利よりは長期金利は高いので、その金利差があればあるほど、多
くのリターンは出せたのです。ファンド・マネージャーとしては
とてもやりやすい時期であったといえます。
 しかし、短期金利は上がるのに長期金利は上がらない――それ
に長短金利差がどんどん縮小していくと、ウォール街に資金を預
けている人からは、もっとリターンを上げろという要望が強く出
てきたのです。
 住宅バブルは2001年からはじまっていたので、既に3年が
経過しており、当時住宅が欲しいと思っていた人のほとんどは住
宅を手に入れていたのです。明らかに住宅市場は飽和状態に入り
かけていたのです。
 ウォール街で資金の運用を手掛けていた人にとっては、次の3
つの頭の痛い問題があったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    1.短期金利が上昇し長短金利差が縮小
    2.住宅市場は飽和化しつつあったこと
    3.企業からの新規資金需要がないこと
―――――――――――――――――――――――――――――
 ウォール街のファンド・マネージャーは、これら3つの難題に
よって、どうしようもない状況に陥っていたのです。まさにそう
いうときに「サブ・プライム市場というものがある」という悪魔
の囁きが聞こえてきたのです。
 サブプライム問題を考えるとき、日本と米国の住宅ローンの違
いについて知っておく必要があります。住宅ローンは日本と米国
とでは根本的に異なるからです。この違いを知らないで、サブプ
ライム問題を考えると理解できないと思います。
 実際の例で考えてみましょう。
 5000万円の住宅を購入したとします。500万円の頭金を
現金で支払い、4500万円の住宅ローンを組んだとします。事
情でこの住宅をローンがあと3000万円残っている時点で売っ
たところ、2500万円でしか売れなかったとします。
 この場合、日本では、ローン残額の500万円はローンを借り
た人の負担になります。つまり、借金が500万円残ってしまう
ことになります。日本人なら誰でも住宅ローンとはそういうもの
であると思っています。
 しかし、米国ではそうならないのです。それは資金が「人」で
はなく「家」に貸し出されるかたちになっているからです。こう
いうローンのことを「ノンリコースローン」というのです。ネッ
トの不動産用語辞典の解説をご紹介しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ローン返済ができなくなったときに、担保になっている資産以
 外に債権の取り立てが及ばない非遡及型融資のこと。アメリカ
 で主流のローン。日本では、融資対象の不動産を担保に取った
 うえに追加担保や個人保証を求めるリコースローン(遡及型融
 資)が一般的。ノンリコースローンは、担保割れの状態になっ
 ていてもほかの資産からの回収ができないために、厳密で精度
 の高い評価が必要になる。また、一般のローンより金利は高め
 になる。          ――ヤフー!不動産用語集より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国の場合、住宅を返してしまえばローン残額がいくら残って
いても請求されることはないのです。したがって、米国では住宅
を返すことを「リターン・ザ・キー」と呼んでいるのです。もち
ろん「リターン・ザ・キー」をすれば、一時的に信用力は毀損さ
れますが、ローンで支払う住宅そのものの価値が低くなれば――
すなわち、ローン残額よりも住宅価格が低い場合は誰でも「リタ
ーン・ザ・キー」を考えるようになります。
 こういう事情を知ると、現在、全体で200万件あるサププラ
イムローンのうち、最大170万件でデフォルトが発生する状況
にあることが理解できるはずです。
 それでは、サブプライムローンとは何でしょうか。
 簡単にいってしまえば、優良顧客向けでない住宅ローンのこと
を指していうのです。この優良顧客のことを「プライム層」とい
います。これに対して「サブプライム層」とは、優良顧客に準ず
る層という意味になりますが、その信用力は低く、本来であれば
ローンを組めない顧客層を指しているのです。しかし、そういう
人に対しても住宅ローンは用意されているのです。
 サブプライムローンは、信用力は低くても高い金利を払う用意
があるという人を対象としているローンなのです。そういう市場
は前からあったのですが、それはかなりマイナーな市場であった
といえます。
 しかし、短期金利は上がり出したけれども、住宅価格も上昇し
ている――サブプライム市場はデフォルトリスク(債務不履行の
危険性)は大きいが、持続している住宅価格の上昇がそのデフォ
ルトリスクを相殺してくれるのではないかと、ウォール街のファ
ンド・マネージャーは考えたのではないでしょうか。
 彼らはそのように考えて、そこに未開拓の広大な市場があるこ
とにウォール街のファンド・マネージャーたちはきっと気が付い
たのです。    ――[サブプライム不況と日本経済/05]


≪画像および関連情報≫
 ●サブプライムローンと住宅バブル/土肥原 晋氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2007年来サブプライムローンほど経済紙面をにぎわした
  言葉はないのであるが、半面、これほど騒がれているにもか
  かわらず、公的な統計に載らないためかサブプライムローン
  の全体像は分かりにくい。しかし、世界的に金融市場がその
  ダメージを受けたことは明白であるため、米国の住宅バブル
  発生の証左(あるいは象徴)と見なされているのである。
 http://www.nli-research.co.jp/company/economic/susumu_doihara.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

リチャード・クー氏.jpg
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2008年08月21日

●「サブプライムローン販売話法」(EJ第2394号)

 2004年の米国――この年は住宅価格が異常なほど高騰する
起点に当たっていたのです。こういうときに次のような話を持ち
かけられたらどうでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
  現在住宅価格が上昇しつつあります。現在金利が下がってお
 り、住宅を購入するなら今がチャンスです。少しでも早く住宅
 を手に入れておくと、それで財産形成ができるのです。
  住宅価格は年率10%ずつ上がっていきます。頭金ゼロでロ
 ーンが組めます。仮に2000万円の住宅であれば、次の年は
 2200万円、その次の年は2400万円――わずか2年間で
 400万円――資産の20%のエクイティ――自分の持ち分を
 居ながらにして手にすることができます。
  このローンは少し金利が高いのですが、住宅価格が上がって
 いますから、それで十分カバーすることができます。それに最
 初の○○年間(2〜3年間)は優遇金利の適用があるので金利
 は安いですし、それでも支払いが困難であるなら、金利のみ支
 払うことも可能です。
  現在住宅価格は上昇しており、2〜3年後には資産の20%
 のエクイティを十分取得できます。20%のエクイティがある
 と信用力が増すので、金利が有利なプライムローンに切り替え
ることを受けることが可能です。「アメリカの住宅価格は70年
間下がったことはない」とグリーンスパンFRB議長もいってい
るのです。住宅を手に入れるとしたら今をおいてありません。ま
ず住宅を確保することです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 どうでしょう。これがサブプライムローンのセールストークで
す。良いことづくめの話です。頭金なしで住宅が購入できて、最
初の数年間は優遇金利、住宅価格は上がっているので、数年後に
は金利が低いプライムローンに切り替えられる――このようにい
われれば、このさい購入しようかという気持ちになります。まし
て、米国の住宅ローンは昨日のEJで述べたように、ノンリコー
スローンであって、いざというときは「リターン・ザ・キー」を
すれば負債は残らないのです。やってみる価値はあると考えても
おかしくはないと思うのです。
 しかし、すべては住宅価格が上がり続ければの話です。住宅価
格が大きく上昇すれば、当該住宅を転売してローンを返済し、さ
らに売買差益も得ることも可能なのです。
 企業の資金需要がなくなり、行き場を失った資金は少しでも利
益が出るところに集まるものです。現在、巨額な資金が原油市場
に集まっているのと同じです。そういうわけで、2004年〜2
006年までの2年間に、実に1兆ドルの資金がこのサブプライ
ム市場に流れ込んだのです。
 このサブプライム市場の狂乱について、リチャード・クー氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そこで、なんと二年間で一兆ドル(邦貨換算100兆円以上)
 の資金がこのサブプライムのマーケットに注ぎ込まれたのであ
 る。従来、細々とやっていたサブプライム市場にはそれなりの
 規律とインフラがあったのだが、一兆ドルもの資金が流れ込ん
 できたために、それらの規律は完全に押し流されてしまった。
 質などは無視して、とにかく量を確保しようという雰囲気が業
 者間に蔓延していった。なかには、借り手の所得も資産も過去
 の返済履歴も何も調べないまま、とにかくローンを押しっけて
 しまおうという荒っぼい連中も大勢登場した。本来であれば、
 家など持てないような人にまでサブプライムローンで家を買わ
 せ、またこの種の買い手が現れたことで住宅市場はさらに過熱
 し続けることになったのである。  ――リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
              ゼーションの行方』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 EJ第2392号の添付ファイルのグラフを見ていただけばわ
かるように、実際に住宅価格は2004年6月から急上昇をはじ
め、2006年6月にピークに達し、あとは自己の重さに耐えき
れず、一挙に暴落してしまったのです。
 ところでサブプライムローンには次の2つの種類があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
         1.変動金利住宅ローン
         2.固定金利住宅ローン
―――――――――――――――――――――――――――――
 固定金利ローンは、毎月の返済額が決まっているので、それが
支払えない人は申し込んできませんが、変動金利ローンの方は問
題があるのです。購入の決断をさせるために、最初の数年間は優
遇金利を設けたり、返済額を低く抑えたりしているからです。
 こういうローンでは、数年後に金利が上がる時期にローンが支
払えなくなる可能性が高いからです。添付ファイルのグラフは、
変動金利住宅ローンの延滞率をあらわしたものです。サブプライ
ムローン、プライムローンともに2006年以降に延滞率が急上
昇しています。
 変動金利のサブプライムローン(右目盛)を見ると、既に全体
の20%以上が延滞していますが、これらすべてデフォルトして
いると考えてよいと思います。
 しかし、プライムローン(左目盛)の方も2006年から延滞
率は急増しており、全体の5%を超えています。サブプライムロ
ーンに比べれば低いようですが、プライムローンの場合は市場規
模が違うので、その分を勘案すると、サブプライムローンの延滞
率20%とほぼ同じレベルになると考えられます。
 2007年第4四半期の差し押さえ件数を見ると、全体の54
%がサブプライムローンであり、46%はブライムローンなので
す。このように考えると、これは住宅ローン全体の問題であると
考えるべきです。 ――[サブプライム不況と日本経済/06]


≪画像および関連情報≫
 ●サブプライムローン焦げ付き急増/読売新聞
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「魔法のつえで住宅価格を10%上昇させられれば、この問
  題は解決する」米連邦準備制度理事会(FRB)のアラン・
  グリーンスパン前議長は2007年3月15日、フロリダ州
  での講演で、サブプライムローン問題の本質は、住宅価格の
  下落にあると指摘した。このサブプライムは住宅投資ブーム
  に乗ってここ数年で急膨張した。住宅ローン全体に占めるシ
  ェア(占有率)は、2000年は2・8%に過ぎなかったが
  現在は13・6%に達し、融資残高は約1兆3000億ドル
  に上っている。
  http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20070319mh09.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●サブプライムローンとプライムローンの延滞率
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より


変動金利住宅ローンの延滞率.jpg
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2008年08月22日

●「今後さらに深刻度を増す米住宅市場」(EJ第2395号)

 ポールソン米財務長官は5月の時点で講演などで次のような発
言をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライム危機は深刻な事態には至らず、米国経済も今年後
 半から緩やかに回復する。    ――ポールソン米財務長官
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは明らかに楽観論であるといえます。住宅市場の状況は一
段と悪化しているからです。その状況は、次の「英バークレイズ
キャピタル」のデータを見ると、どのくらい深刻な状況であるか
がよくわかります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪サブプライムローン≫
        07/7−9 07/10−12  08/6
 含み損案件比率 14.8 %    19.8 % 26.0 %
 含み損予備軍率 31.9 %    29.4 %(予想)
 ≪オルトAローン≫
 含み損案件比率 10.8 %    16.3 % 23.0 %
 含み損予備軍率 16.3 %    23.5 %(予想)
       ――週刊「エコノミスト」2008.6/17号
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで「オルトA」とは、米国の住宅ローンのうち、信用力の
低いサブプライムローンと信用力の高い人向けのプライムローン
の中間レベルに位置するものをいうのです。「オルタナティブA
ローン」の略称です。サブプライムローンと比較し、与信力は高
いものの、所得や資産内容に若干の問題がある人に対するローン
がオルトAになります。
 「含み損案件」とは、住宅評価額がローン残高を下回る案件の
ことです。2007年7月〜9月は14.8 %、10月〜12月
は19.8 %となっており、さらに多くの含み損予備軍を抱えて
います。米投資銀行大手のバークレイズの5月7日のレポートに
よると、今後の住宅価格の下落率は、2007年10月〜12月
の数字をベースとして予想すると、含み損案件は26%、オルト
Aは23%になります。
 「含み損予備軍」とは、ローン残高が住宅評価額の90%以上
に迫る案件をいうのです。これが2007年10月〜12月には
サブプライムローンでは29.4 %、オルトAは23.5 %に達
しています。
 ローン残高が住宅評価額の90%以上に迫る案件――含み損予
備軍は、ほとんど含み損案件と変わらないと考えられますが、そ
う考えると、2007年10月〜12月には、サブプライムロー
ンは49.2 %、オルトAは39.8 %に達するのです。40%
〜50%――これは相当深刻な状態であるといえます。
 ここで思い出していただきたいことがあります。サブプライム
ローンの場合、そのほとんどが最初の2年間(もう少し長い場合
もある)は通常の金利よりも安い優遇金利を適用したり、ひどい
ケースでは、2年間は金利のみ支払う特例を認めたりしているこ
とをです。
 この場合、そういう優遇措置が切れる3年目――優遇金利が正
常金利にリセットされる年以降のローン継続率が問題なのです。
その2年間に住宅価格が上昇していればよいのですが、下落した
場合、当然その継続率は悪化します。
 添付ファイルのグラフは、優遇金利の終焉するサブプライム住
宅ローンを示していますが、このグラフによって、今までどのく
らいのサブプライムローンの金利がリセットされ、今後どのくら
いリセットされるかを読み取ることができます。
 これによると、2008年の半ばにおいてようやく全体の半分
のローンの金利がリセットされ、まだ半分残っていることがわか
ります。この半分の金利リセットにより、それから生じたデフォ
ルトだけでも欧米の金融界にこれほど大きな影響を与えているの
であり、このあとも続々とデフォルトが発生することを考えると
事態は相当深刻さを増します。
 ノーベル賞受賞経済学者であるジョセフ・スティグリッツ教授
によると、この種のローン200万件中、最終的に170万件が
デフォルトする可能性があるといっています。米当局のいう「深
刻な事態には至らず、米国経済も今年後半から緩やかに回復」と
いう発言がいかに楽観的予測であるかがわかると思います。
 米国において住宅価格が20%以上下落するということは、ど
ういう影響を与えるかについて、クレディ・スイス証券チーフエ
コノミストの白川浩道氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 マクロ的にみた場合、住宅価格がピークから20%下がると住
 宅価格が下落スパイラルに陥るリスクが高まる。筆者の試算に
 よれば、住宅価格がピークから20%下落すると、米国の住宅
 ローン借り入れ世帯が平均的に純負債に陥る。こうした状態に
 置かれた家計では、資産として住宅を保有し続けるメリットが
 低下する。実際には、住宅を売却してもローンを完済できない
 から、負債の返済を放棄し、夜逃げ同然で住宅から出て行くこ
 とになる。                ――白川浩道氏
     週刊「エコノミスト」/2008年6月17日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで「純負債」とは、総負債から現金および現金等価物を引
いたものをいうのですが、このまま住宅という不動産を持ってい
ても住宅価格と今後のローンとの関係から、マイナスになること
を意味しているのです。
 この場合、住宅を売却してもローンは完済できないので、負債
の返済を放棄し、夜逃げ同然に住宅を捨てて出ていってしまうの
です。現在こういう銀行管理住宅が増えており、それは住宅価格
を下押しするので、さらに純負債が拡大するというスパイラルに
陥るのです。銀行による住宅の差し押さえと住宅価格下落の負の
連鎖です。    ――[サブプライム不況と日本経済/07]


≪画像および関連情報≫
 ●グリーンスパン前FRB議長とサブプライム問題
  ―――――――――――――――――――――――――――
  グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長は、フィ
  ナンシャル・タイムズ(FT)に寄稿し、クレジット危機の
  責任はFRBではなく投資家にある、と主張した。現在のク
  レジット危機をめぐっては、グリーンスパン議長時代の金融
  緩和により住宅バブルが生まれたことが原因、と批判的な見
  方も出ている。グリーンスパン氏は、2001─2006年
  に顕在化した住宅バブルについて、米国に固有の現象ではな
  かった、と強調。「米住宅バブルは世界的な現象であり、金
  融政策がバブルを助長したとの主張は、統計的に言って、非
  常にぜい弱な議論だ」との認識を示した。
   http://plaza.rakuten.co.jp/NYLDN/diary/200804070000/
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●金利リセットはどこまで進んだか
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

金利リセットの進捗度.jpg
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2008年08月25日

●「SIVとコンデュイットとは何か」(EJ第2396号)

 新聞や雑誌のサブプライム問題の記事を読むと、「SIV」で
あるとか「コンデュイット」という言葉がよく出てきます。これ
は何を意味しているのでしょうか。
 「SIV」は次の言葉の略です。ストラクチャード・インベス
トメント・ビークルというのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   SIV = Structured Investment Vehicle
―――――――――――――――――――――――――――――
 SIVというのは、金融機関が設立した投資運用を行う特別目
的の法人のことです。日本でいえばノンバンクのようなものと考
えればよいでしょう。
 SIVは、民間МBS(住宅ローン担保証券)やCDO(債務
担保証券)という証券を買い取り、それらを担保にしてABCP
(資産担保コマーシャルペ−パー)を発行して資金調達をやって
いたのです。CPは短期・低利のファイナンスなのです。
 この場合、MBSやCDOは資産となり、ABCPは負債にな
ります。MBSやCDOは償還期限が長期であるのに対してAB
CPは30〜90日の短期なのです。通常は長期金利の方が短期
金利よりも高いので利ざやを稼ぐことができたのです。そのため
ABCPの満期が来るたびに乗り換え(ロール・オーバー)を繰
り返していたのです。
 そういう投資活動をなぜ銀行自身がやらなかったのかというと
預金金融機関の場合、投資資産を増やすとそれに見合った自己資
本を積み増ししなければならなかったからです。そこでオフバラ
ンス(連結対象外)のSIVという銀行の別動部隊を設立し、た
とえ損失が出たとしても銀行の決算には何も影響を与えないよう
にしたのです。
 このような仕組みを作ったのは米銀最大手のシティなのです。
1988年のことですが、これがきっかけとなって、欧米銀行の
間で普及したのです。直近の数字によると、欧米系SIVが発行
した残高は5000憶ドル、米系SIVで1兆ドルという試算も
あります。なお、SIVのバックの銀行のことをスポンサー銀行
というのです。
 SIVは世界で約30創設され、その規模は約4000憶ドル
ともいわれています。そのうちの最大のスポンサーがシティ・グ
ループであり、多い時で約1000憶ドルの残高があったといわ
れているのです。
 ところが、サブプライム問題でインターバンクで売り買いする
債券市場であるABCP市場が崩壊してしまったのです。つまり
今回のテーマの冒頭で述べたインターバンク市場の機能不全のこ
とです。そもそもスポンサー銀行は、ABCP市場がロールオー
バーできなくなるような事態は想定していなかったので、大きく
計算が狂ったのです。
 こうなると、一番怖いのはSIVが流動性(現金)に窮して、
MBSやCDOを投げ売りすることによって、市況が一段と悪化
することです。そこで、ポールソン米財務長官が音頭を取り、シ
ティグループ、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェー
スの大手金融機関3社が中心となって、「M−LEC」という基
金を創設しようとしたのです。「M−LEC」とは、次の言葉の
頭文字を取ったものであり、「コンデュイット」はこのことをい
うのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 M−LEC = Master Liquidity Enhansement Conduit
―――――――――――――――――――――――――――――
 2007年10月15日に「M−LEC」の構想が発表された
のですが、それによると、同基金の規模は800憶〜1000憶
ドルであり、ABCP市場の回復を狙うことも基金の重要な目標
になっているのです。しかし、結局この構想は見送られることに
なります。『サブプライム問題の正しい考え方』の著者である倉
橋透氏と小林正宏氏は、「M−LEC」構想断念の経緯を次のよ
うに述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは、SIVが流動性に窮して民間MBSやCDOを投げ売
 りすることにより市況が悪化するのを防ぐため、SIV資産を
 M−LECが買い取って市場が安定化するまで支えることによ
 り流動性を向上させるというもので、財務省も関与し、90日
 以内の設立を目指すと発表された。しかしながら、M−LEC
 の買い取る資産の対象や買取価格、M−LEC自身の資金調達
 など最初から疑問が多かった。12月には日本のメガバンク3
 行も50憶ドルの融資枠の要請があったものの、断られ、ヨー
 ロッパの銀行も前向きではなく、12月下旬にはついにM−L
 ECの設立は断念された。     ――倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941
―――――――――――――――――――――――――――――
 本当は、世界最大のSIVを抱えて危機に瀕していたシティグ
ループが財務省に頼み込んで、ポールソン財務長官を動かし、M
−LECの設立を図ろうとしたのです。
 しかし、決算発表を待っていたかのように実施された格付け機
関による怒涛の証券化商品の格下げがあり、10月以降も証券化
商品の下落は止まらなかったのです。
 2007年10月17日に米証券会社大手のメリルリンチが決
算を発表し、サブプライム関連で79憶ドルの評価損を計上、最
終損益は22憶4000万ドルの赤字となったのです。11月3
日、ウォールストリート・ジャーナルの電子版は、シティグルー
プのプリンス会長が緊急役員会で辞任すると伝えたのです。証券
化商品の幹部2人も既に退社していたのです。
 しかし、この格付け機関がかなりいい加減なのです。証券化商
品の内容を吟味する立場であった大手格付け機関がこれらの商品
に高い格付けを与えていたのです。しかし、デフォルトが生ずる
と一気に下げたのです。[サブプライム不況と日本経済/08]


≪画像および関連情報≫
 ●CDOとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  社債や貸出債権(ローン)などから構成される資産を担保と
  して発行される資産担保証券の一種で、証券化商品である。
  担保とする商品が債券または債券類似商品の場合にはCBO
  と呼ばれるが、貸出債権の場合にはCLOと呼ばれる。CD
  Оは、CBOあるいはCLOのいずれか、またはその双方を
  包含する商品のことをいう。
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポールソン米財務長官.jpg
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2008年08月26日

●「リチャード・クー氏と麻生幹事長」(EJ第2397号)

 今回のサブプライム問題のテーマは、リチャード・クー氏の理
論に基づいて書いています。しかし、このクー氏――橋本政権や
小渕政権のときは、休日の政治番組には毎回のようにテレビに登
場していたのですが、小泉政権以降はほとんどテレビに登場して
いないのです。どうしてでしょうか。
 それは政権与党である自民党――というより財務省一派という
べきかもしれませんが――に嫌われているからです。あってはい
けないことですが、日本のテレビは、政権与党から何らかの圧力
があると、与党の基本政策に反対の意見を持つ人を目立たないよ
うに少しずつテレビから遠ざけていくのです。リチャード・クー
氏もその一人であると思います。
 そのリチャード・クー氏が久しぶりにマスコミに登場したので
す。2008年8月23日の朝日新聞の朝刊にです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  財政再建は企業の投資意欲戻ってから
  野村総研チーフエコノミスト/リチャード・クー氏に聞く
      ――2008年8月23日付/朝日新聞朝刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回の記事の特徴は、リチャード・クー氏が自民党幹事長であ
る麻生太郎氏の政策ブレーンとして紹介されている点です。現在
政府与党は、先の参院選の大敗北を受けて、選挙目当ての感もあ
る大型経済政策を打ち出そうとしています。その先頭に立ってい
るのが麻生幹事長であり、その理論を支えるブレーンがクー氏で
ある――そういう事情から新聞に登場したものと思われます。
 「解説」の冒頭には次のようにあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小泉構造改革路線が岐路にある。方向転換の旗振り役は自民党
 の麻生幹事長だ。麻生氏は、自らが党政調会長や総務相を務め
 た小泉政権時代の経済路線について一定の評価をする一方、小
 泉元首相のブレーン、竹中平蔵元経済財政担当相を「全く意見
 が違う」と切り捨て、景気対策の必要性を唱えている。こうし
 た考えを支えるのが親交が深いリチャード・クー氏。財政再建
 より景気回復優先の政策を主張するのも、クー氏が唱える「バ
 ランスシート不況論」が背景にある。
       ――2008年8月23日付/朝日新聞朝刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 何週間か前の政治番組に竹中平蔵氏が登場して、麻生氏が幹事
長になったことに対し、「あの方は改革とは対極にいる人」と批
判していたのを覚えています。同じ自民党にいて、よくよく意見
が合わなかったものと思われます。
 ところで、同じ8月23日の日本経済新聞の第一面に「株譲渡
益/高齢者、500万円以下非課税」のタイトルの次の記事が出
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融庁が月内にも財務省に提出する2009年度の税制改正要
 望案が22日分かった。焦点の証券税制は高齢者の株式投資を
 対象に、500万円以下の譲渡益と、100万円以下の配当金
 にかかる税金(現行10%)をゼロにするよう要望する方向で
 ある。原則的にすべての個人投資家を対象に、投資額で100
 万円までの配当を非課税とすることも求める。個人金融資産が
 潤沢な高齢者を中心に手厚い優遇措置を講じ、東京市場の活性
 化を促す。 ――2008年8月23日付、日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融庁のこの「税制改正要望案」の提案者は、ほかならぬ麻生
幹事長なのです。そして、それを支えるのがリチャード・クー氏
であることが、朝日新聞・田伏潤記者の「日本のバランスシート
不況は今でも続いているのですか」に対するクー氏の答え方の中
にあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今はだいぶ改善されたが、金利はかなり低いのに民間の資金需
 要が出てこない。十数年間、借金返済に追われた企業経営者は
 「二度と借金なんかするもんか」という心境になっている。こ
 れを元に戻すには投資減税が必要だ。例えば、今後3年間のう
 ちに設備投資をするなら、その投資に対して通常の償却期間の
 半分でいいとか、3分の1でいいとか、何かきっかけをつくる
 べきだろう。           ――リチャード・クー氏
       ――2008年8月23日付/朝日新聞朝刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 麻生幹事長は、クー氏のいう「投資減税」を実施しようとして
いるのです。しかし、財務省は反対するでしょうから、実現する
かどうかは福田首相の判断にかかっているといえます。
 それでは、財政再建はどうするのかという点に関して、クー氏
は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 財政再建に手をつけても、景気が崩れないことが前提になる。
 民間の資金需要がない時に無理やり財政再建を進めても景気が
 悪化しかねない。そうなれば税収も落ち込み、事態は雪だるま
 式に悪化する。民間企業に資金需要を発揮する動きがみえ、そ
 れが金利にも反映されてきたら、財政再建に踏み込むべきだ。
 その順番でやらないと絶対失敗する。
       ――2008年8月23日付/朝日新聞朝刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 最近は何かというと「財源はどうする」と言葉が一人歩きして
いるように思えます。財政出動などといおうものなら、これ以上
国の借金を増やすのかという大合唱になる。そういう方はぜひ次
の記事を読んでいただきたいものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/category/5565085-1.html 
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/09]


≪画像および関連情報≫
 ●リチャード・クー氏について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  このリチャード・クーというエコノミストは、どういう人物
  なのでしょうか。一般的にはリチャード・クー氏といえば、
  伝統的な財政政策を唱えるケイジアン――ケインズ政策信奉
  者として知られています。しかし、最近の日本では、ケイジ
  アンは時代遅れのエコノミストとして見られるようになって
  おり、クー氏についてもそういう評価があります。
      http://intec-j.seesaa.net/article/41111392.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

麻生幹事長.jpg
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2008年08月27日

●「ファイコ・スコアというものがある」(EJ第2398号)

 「2/28ARM」という言葉があります。「トゥ・トゥエン
ティ・エイトARM」と呼ぶのです。これは、契約期間は30年
で、最初の2年間は優遇金利、3年目以降30年目まで変動金利
ローン――つまり、典型的なサブプライムローンのことです。
 変な言葉はまだたくさんあるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      インタレスト・オンリー・ローン
      ネガティブ・アモチゼーション・ローン
      ビギーパック・ローン
―――――――――――――――――――――――――――――
 「インタレスト・オンリー・ローン」というのは、最初の2〜
5年は元本を支払わず、金利のみ支払うローンであり、据え置き
期間終了後は通常の住宅ローンよりも早いペースで返済を行うか
一括払いで返済するローンです。
 「ネガティブ・アモチゼーション・ローン」は、当初の返済額
は金利コストよりはるかに小さいが、その差額は債務に加算され
ていく仕組みのローンなのです。年々元本が膨らんでいくタイプ
のローンです。
 「ビギーパック・ローン」は、一般的に住宅購入時には住宅価
格の20%程度の頭金が必要になるが、その用意ができない購入
者に対して、頭金部分についてもローンを別途用意するというも
の――本体部分に比べると金利が高いが、頭金を払えない場合に
必要になるモーゲージ保険の保険料よりは低いというメリットが
あるのです。
 これらは、いずれもサブプライムローンのさまざまな契約のタ
イプなのです。年を追うにつれて、本来なら絶対にローンを払え
ない人でも、住宅を手に入れられるさまざまなローンが続々と生
まれたのです。
 日本では、過去にクレジットカードの返済を延滞したり、まし
て破産などの経歴があると、住宅ローンを借り入れることは困難
になります。しかし、米国では、そのような場合でもリスクに見
合った金利を設定して貸し出すことによってビジネスチャンスを
広げる金融機関が出てきたのです。それがサブプライムローンの
出発点なのです。
 実は米国では、移民国家、多民族国家であって、金融機関が性
別や人種などに基づき融資を拒絶することは「公平信用機会法」
という法律で禁じられているのです。
 そのため、クレジットカードの返済履歴などから、個人の信用
力を客観的に数値化するスコアリング・モデルを開発する必要性
が生まれたのです。その結果、現在では、フェア・アイザック社
による「FICO/ファイコ」というスコアが与信判断に広く使
われるようになったのです。
 各金融機関はFICOのスコアによって、ローンが組めるかど
うか、組めるとしたら、プライムかサブプライムかの判断を行っ
ているわけです。したがって、ローンを組めない場合も、金融機
関は「ローンを組めない理由はあなたが黒人だからではなく、ス
コアが660点以下であるからです」というように説明ができる
わけです。
 FRBによる住宅ローンの貸出条件のガイドラインというもの
があるので、ご紹介ておきます。各金融機関はこのガイドライン
に基づいて住宅ローンを扱っているわけです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ・過去12か月以内に30日延滞を2回以上もしくは過去24
  か月以内に60日延滞を1回以上
 ・過去24か月以内に抵当権実行、債務免除
 ・過去5年以内に破産
 ・FICOスコア/660点以下
 ・返済負担率50%以上
                  ――倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本では、サブプライムローンのことを「低所得者向けの高金
利住宅ローン」と説明されていますが、低所得者は多いものの、
所得に見合ったローンであればプライムが適用されることはある
し、高所得者でも背伸びして高額住宅を購入する場合にサブプラ
イムが適用されることがあり、「低所得者向けの高金利住宅ロー
ン」という説明は必ずしも適切なものとはいえないのです。
 このように、サブプライム問題はあくまで米国の住宅ローンの
問題に過ぎないのです。それがなぜ世界中の金融機関を窮地に追
い込み、世界の株式市場を混乱させたのでしょうか。
 FRBによる大幅な金利の引き下げ、無期限・無制限の資金供
給――金融緩和、2007年暮れからの中東・アジアなどの国富
ファンドからの大規模な救済資金の受け入れなどによって、とり
あえず、銀行の取り付け騒ぎや、毀損した資本は回復補強しつつ
あります。
 米国では、住宅ローン――モーゲージという――を組成するこ
とを「オリジネーション」というのです。このようにして組成し
たモーゲージをどうするかについては次の2つがあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1.組成保有型
           2.組成販売型
―――――――――――――――――――――――――――――
 組成したモーゲージをそのまま保有するのが「組成保有型」で
すが、これが私たちが今までに考えていた住宅ローンのイメージ
です。米国でもそれが一般的だったのです。
 これに対して、組成したモーゲージを投資銀行などに売却して
資金を回収するのが「組成販売型」です。モーゲージバンクがは
じめたのですが、これが新しいビジネスモデルとして注目される
ようになります。この場合、売却されたモーゲージは証券化され
ます。      ――[サブプライム不況と日本経済/10]


≪画像および関連情報≫
 ●ファイコ・スコアについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  信用情報スコアとは、信用情報機関から提供される情報を元
  に算出するスコアです。フェア・アイザックは、信用情報ス
  コアリング技術のパイオニアとして、米国で1989年から
  信用情報スコア“”(ファイコ・スコア)を提供しています。
  米国の3大信用情報機関との提携により、ファイコ・スコア
  は米国での業界標準となっています。ファイコ・スコアは、
  米国の住宅ローン審査の75%以上で利用されています。
         http://www.fairisaac.co.jp/solution/gfs/
  ―――――――――――――――――――――――――――

「サブプライム問題の正しい考え方」.jpg

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2008年08月28日

●「証券化と優先劣後構造」(EJ第2399号)

 サブプライム問題を本当に理解するには、証券化と格付けとい
う金融技術を避けて通ることはできません。しかし、この証券化
と格付け――なかなか難解なのですが、今日からできるだけわか
りやすく解説していくことにします。
 銀行を中心として考えましょう。住宅ローンを銀行が販売し、
それをそのまま持ち続けるのではなく、証券会社に売ってしまう
というビジネス手法です。これなら、銀行はローンを販売しても
すぐに資金を回収できるわけです。
 しかし、住宅ローンを販売するときはそれを証券化する必要が
あります。証券会社は証券化するための原材料に当たる多数の住
宅ローンを買い集めます。そのうえで住宅ローンをファンド化し
て、証券に加工するのです。
 このようにして加工された証券は、資産担保証券――ABSの
ひとつであるMBS(モーゲージ・パックト・セキュリティ)に
組成されるのです。
 しかし、MBSの原材料はほとんどがサブプライム住宅ローン
であり、リスクの高い証券なのです。それがどうしてどうして投
資家に売れるのでしょうか。
 とくに証券化商品の購入者は、金利ものに投資する債権投資家
という、株式投資家に比べると、はるかに臆病で慎重な投資家な
のです。そのためには、「これは安全である」というお墨付きが
どうしても必要だったのです。その結果、登場したのが、モノラ
イン保険会社と格付け機関なのです。
 モノライン保険会社のモノラインの「モノ」は「単一」を意味
し、複数(マルチ)の種類の保険を扱うマルチライン(フルライ
ン)保険会社と対比されて使用される言葉です。モノライン保険
会社は、証券化商品の支払いが滞ったとき、債務者に代わって、
元利払いを保証する保険会社なのです。
 こうしたモノライン保険会社の保証の有無を含めて検討して、
総合的にその証券の支払いの確実性を判定するのが、格付け機関
なのです。証券会社として格付け機関に期待している評価は「ト
リプルA」なのです。「トリプルA」は、最高に確実であり安全
である」というお墨付きなのです。重要なことは、証券化商品の
ビジネスモデルは、この「トリプルA」を前提とするビジネスモ
デルなのです。
 問題は、モノライン保険会社はMBSに対してどうして保証を
与えたのでしょうか。格付け機関は、モノライン保険会社の支払
い保証を前提として、「トリプルA」を出したのですから、モノ
ライン保険会社の判断が重要になります。
 モノライン保険会社が支払いを保証する判断をするに至ったの
は、証券化における「優先劣後構造」なのです。優先劣後構造と
は一体何でしょうか。
 倉橋透・小林正宏共著の『サブプライム問題の正しい考え方』
(中公新書/1941)に基づいて「優先劣後構造」について説
明することにします。
 サブプライムローンであってもすべてが焦げ付くわけではない
のです。住宅ローンが100憶ドルあったとして、過去の実績か
ら2億円ぐらいが焦げ付く確率があるとします。この損失が最大
で20憶ドルまで拡大する可能性が0.1 %あったとします。
 100憶ドルの住宅ローンのうち、80憶ドルに対してAAA
の格付けの証券として発行が可能になります。この部分を「シニ
ア」というのです。
 残る20憶ドルの部分ですが、このうち実際に焦げ付く可能性
が高いのは2億ドルだけです。そうすると、残りの18憶ドルは
50〜99.9 %で元本は償還される可能性が高いのです。そこ
で、この部分を「メザニン」と呼ぶのです。これは「中2階」と
いう意味です。
 最後の2億ドルは、最もリスクが高いクラスなので、当然ハイ
リスク・ハイリターンを求めることになります。こういうところ
に投資する投資家もいるのです。この部分を「エクイティ」と呼
ぶのです。
 倉橋透・小林正宏共著の前掲書には、証券化のプロセスを次の
ようにわかりやすい説明を加えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 川の水を飲み水に変えていくプロセスを証券化になぞらえると
 浄水場が証券化の機関となる。ここで一定に沈殿やフィルター
 を通すことにより、飲料用として適した上水(優先部分)とそ
 うでない下水(劣後部分)に分け、さらに下水を同様の浄化過
 程により水道水(ストパーシニア)、工業用水(メザニソ)、
 下水(エクイティー)に分解して再利用するのがCDOだと言
 えば、かなり具体的なイメージがわくと思うが、いかがであろ
 う。再利用した水道水もきちんと処理されていれば飲料用とし
 て問題ないだろう。しかし、サブプライムローンで問題になっ
 たのは、その浄化プロセスがサブプライムの属性に適して修正
 されていたのか、ということである。
                  ――倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941
―――――――――――――――――――――――――――――
 説明のなかにあるCDOというのは、MBSをさらに証券化し
たものをいうのです。売れ残ったシニアやメザニンを集めて、再
度リパッケージして、優先劣後構造に組み替えたものをいうので
すが、CDOについては別の機会に再度説明します。
 上記をまとめると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.シニア   ・・・ 優先部分 ・・・ 水道水
  2.メザニン  ・・・ 中間部分 ・・・ 工業水
  3.エクイティ ・・・ 劣後部分 ・・・ 下 水
―――――――――――――――――――――――――――――
 優先劣後構造は、証券化を理解するうえで重要部分ですので、
明日再度取り上げます。[サブプライム不況と日本経済/11]


≪画像および関連情報≫
 ●「優先劣後構造」についてのプログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  “優先劣後構造”とは、証券化の仕組みの中で、対象資産か
  らの回収(返済)順位を優先部分と劣後部分に切り分け、優
  先部分はリスクが低いので低い利回りを設定し、劣後部分は
  リスクが高いので高い利回りを設定することです。リスク回
  避を重視する投資家は優先部分に、リターンを重視する投資
  家は劣後部分に投資することとなります。
     http://blogs.yahoo.co.jp/cmbsjapan/37156011.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●民間の証券化/倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941

証券化のイメージ.jpg
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2008年08月29日

●「優先劣後構造についてさらに知る」(EJ第2400号)

 サブプライムローンを証券化すること――すなわち、優先劣後
構造――について、もう少し具体的に考えてみましょう。
 添付ファイルの図を使って説明します。この図は、春山昇崋氏
の次の本に掲載されているものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    春山昇崋著/宝島社新書/270
    『サブプライム後に何が起きているのか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 15個(A〜O)のサブプライムローンで組成されているファ
ンドがあります。これらのサブプライムローンはそれぞれのリス
クに応じて3つに分けられ、X、Y、Zの3人が次のように所有
しています。X、Y、Zのそれぞれの保有部分は「トランシェ」
と呼ばれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ●X氏所有     1、2、3、4、5、6、7、8
  利回り=1%
 ●Y氏所有     9、10、11、12
  利回り=2%
 ●Z氏所有    13、14、15
  利回り=6%
―――――――――――――――――――――――――――――
 X氏は、A〜Oまでのどのローンの利息が支払われた場合も8
人まで優先して受け取ることができます。しかし、優先権を持っ
ているので、利回りは1%と一番低いのです。
 Y氏は、2番目に受け取る権利を持っていて、15人中9人以
上利息を払ってくれれば、利息は受け取れるのです。利回りは2
%となっています。
 Z氏は、最後に――これを劣後という――受け取る権利を有し
ていて、もし、全員が支払ってくれれば利回りは最高の6%にな
ります。まさしくハイリスク・ハイリターンです。この場合、Z
氏は、X氏やY氏よりも多い信用リスクを負担しているので、そ
の分、高いリターンの可能性を有しているのです。
 このようなファンド内での信用の移し替えを「優先劣後構造」
というのです。
 このX氏、Y氏、Z氏の保有するトランシェは、証券化商品で
は、次のように呼ばれているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    X氏のトランシェ ・・・・・   シニア
    Y氏のトランシェ ・・・・・  メザニン
    Z氏のトランシェ ・・・・・ エクイティ
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライムローンの3分の1が破綻するという予測があるの
です。そうするとこのケースでは、X氏は当初の利益を享受でき
ますが、Y氏の受取りは半減し、Z氏は何ももらえないことにな
ります。しかし、2007年後半から2008年にかけて、X氏
の保有するトリプルAの部分でも大幅な価格の下落が起こってい
るのです。それにはいくつかの原因があります。
 さて、X、Y、Zの3氏の持ち分のうち、X氏のトランシェは
トリプルAなので、世界中の投資家は競って購入したのです。こ
れに対してZ氏のトランシェは、リスクはきわめて高いが法外な
利回りがつけられているので、リスクの許容度のあるプロの投資
家の間では買う人は少なくないのです。
 一番売れ残ってしまうのが、メザニン――Y氏のトランシェな
のです。どうしてかというと、トリプルAでもなく、利回りも中
途半端であるからです。
 そこで、これらの売れ残りのメザニンを中心に集めて、もう一
回優先劣後構造の手法を使い、トリプルAを作り出して販売する
業者があらわれたのです。これが再証券化です。
 添付ファイルの右側の図がそれをあらわしています。これは、
まさに料理の使い回しそのものです。売れ残ったケーキにトリプ
ルAというきれいなラップをつけて、新品のケーキとして店頭に
並べる――これとまったく変わらないと思います。
 再証券化には大きな問題があります。しかし、春山昇崋氏は、
 「証券化の歴史は不良債権の歴史である」とし、次のように述
べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一見すると見苦しい不良債権を、魅力ある商品に仕立てて、投
 資家に買ってもらわなければ、処理が進まない。これは悪意で
 はなく、必要に迫られたギリギリの苦闘だったと思う。今は悪
 事と思われることも、最初は良かれと思ってやったことがほと
 んどなのだ。この言葉は今回の証券化バブルにも当てはまると
 思う。証券化は常に、魅力を持たせる数々の努力がなされてき
 た。標準化、均質化、格付け付与による高品質化−これら全て
 は「臆病な投資家の資金を呼び込むための打ち出の小槌」とし
 て働いた。      ――春山昇崋著/宝島社新書/270
          『サブプライム後に何が起きているのか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 証券化そのものはけっして「悪」ではない――このように春山
氏は主張しています。なぜなら、それは「リスクを適正に再配分
する優れた金融技術である」からです。しかし、行き過ぎた再証
券化は問題があります。あくまで再証券化は「適正に」行われな
ければならないのですが、とても適正に行われているとはいえな
いからです。
 それに証券化商品にトリプルAを与えた格付け機関の責任は大
きいと思います。また、トリプルA格付けの前提となったモノラ
イン保険会社は、どのように判断して支払い保証を決めていたの
でしょうか。サブプライム問題が世界的なパニックに拡大した原
因は、証券化商品の問題だけでなく、モノライン保険会社、格付
け機関のあり方にもメスを入れる必要があります。
         ――[サブプライム不況と日本経済/12]


≪画像および関連情報≫
 ●サラリーマンのマネー・ブログ/証券化は悪にあらず
  ―――――――――――――――――――――――――――
  今日のサブプライムローン問題がここまで深刻になった背景
  には、アメリカの住宅バブルやローン自体の商品性に問題が
  あったことはもちろんですが、証券化が問題をさらに加速さ
  せたという意見も挙がっています。アメリカのサブプライム
  ローンは、RMBSとして証券化された後に他の金銭債権と
  プールされ、さらにCDO――債務担保証券として再証券化
  されて幅広く売られました。
    http://ebisumoney.blog25.fc2.com/blog-entry-69.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●図の出所/春山昇崋著/宝島社新書/270
  『サブプライム後に何が起きているのか』

優先劣後構造の図.jpg
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2008年09月01日

●「格付け機関はなぜAAAを与えたか」(EJ第2401号)

 証券化ビジネスには複数の金融機関がかかわっています。とく
に、銀行、証券会社、モノライン保険会社、格付け機関の関係は
重要です。証券化ビジネスが行われる順序を整理します。
 証券会社は、証券化に必要なだけの住宅ローンを銀行から買い
集めて、証券化します。それらの証券化商品は当然のことながら
売れるまで、証券会社の在庫になります。メリルリンチ証券は、
これらの在庫が劣化し、窮地に追い込まれたのです。
 証券化ビジネスとは、格付け機関の「AAA/トリプルA」の
認定を前提とするビジネスなのです。問題は、そのトリプルAの
認定を受けるにはどうするかです。それには、モノライン保険会
社に証券化商品の支払い保証をしてもらう必要があります。証券
会社は住宅ローンを証券化するさいに、モノライン保険会社の支
払い保証が受けられるように証券化する必要があるのです。
 モノライン保険会社がどのようにして支払い保証をつけるのか
について、既出の春山昇崋氏の著書にわかりやすい図が出ている
ので、添付ファイルにしてありますので、ご覧ください。
 図の上方にトリプルAの格付けに必要な信用力のラインが点線
で示されていますが、企業A、企業B、企業Cはいずれもそのレ
ベルに達していないことがわかります。
 そこでモノライン保険会社は、A、B、Cそれぞれに支払い保
証を供与することによって3社すべてがトリプルAを獲得できる
レベルに変身できることになります。当然のことですが、モノラ
イン保険会社が提供する保証の大きさはそれぞれ異なります。
 このようにモノライン保険会社は、投資家や証券会社に対して
支払い保証を供与することによって標準化、均質化を提供する役
割を担っているのです。日本でも銀行から融資を受ける信用力が
ない企業が、信用保証協会が保証してくれれば銀行から融資が受
けられるのと同じです。
 さて、このモノライン保険会社の支払い保証を評価のひとつと
して、格付け機関は証券化商品に格付けを行うのです。しかし、
この格付け作業は厳密にやろうとすると、相当の人手と時間がか
かるのです。
 リチャード・クー氏は、証券化商品のリスク特性を正確に把握
することの困難性について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらの金融商品のリスク特性は、これらの商品を実際に組成
 した人たちにしか把握できないという点である。極めて高度な
 数学を駆使してつくられたこれらの商品は外部の人たちがその
 リスク特性を知ろうとしたら、その証券の構成部分である個々
 の金融商品の過去のデフォルト率などを一つ一つ調べ、それを
 もう一回組み合わせて全体のリスク特性を計測しなければなら
 ない。その作業にはクウォンツと呼ばれる高度な数学の知識を
 持っているチームが必要であり、またその作業には一つの証券
 につき数週間の時間が必要だと言われている。
                  ――リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
              ゼーションの行方』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 こうした困難な格付け作業は、格付け機関をして、ともすると
安易な判断を行わせやすいのです。モノライン保険会社が保証し
てくれるのだから、保険会社が保証できる状況かどうか、それだ
けをチェックすればよいというような安易な判断を格付け機関は
行い勝ちになるのです。
 まして、モノライン保険会社自身はトリプルAの格付けを有し
これまで30年以上もの間、無事故で健全な状態だったのですか
ら、その保険会社が保証するMBSは安全である――格付け機関
はそう判断してトリプルAを与えたのです。これなら、世界中の
投資家が安心して投資するはずです。しかし、それが今回無残に
も裏切られることになったのです。
 2007年7月に入ると、原債権であるサブプライムローンの
延滞が想定の範囲を超えるものであったため、S&P、ムーディ
ーズといった世界的格付け機関は相次いで大量の格下げを発表し
たのです。
 本来格付けとは、証券が満期までに債務不履行(デフォルト)
になる確率をあらわす「信用リスク」の指標なのです。それにも
かかわらず大量に格付けを下げたということは、原資産のリスク
分析が非常に甘かったという批判は免れないと思われます。
 意外な話ですが、格付け機関は評価を受ける発行体から手数料
を受け取ることになっているのですが、これはおかしな話です。
レストランの格付けをするミシュランの場合、評価を受ける側の
レストランから調査員が報酬を受け取ることはないのです。
 これでは発行体から手数料を受け取ることにより、発行体に有
利な甘い格付け評価をしているのではないかと疑念を持たれても
仕方がないといえます。
 既出の『サブプライム問題の正しい考え方』の著者である倉橋
透/小林正宏両氏は、これについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 筆者の個人的見解としては、デフォルト確率に加え、デフォル
 ト時損失の算定についても、かなり甘い評価を行っていたので
 はないかと推察している。アメリカの住宅価格は上昇を続けて
 きていたが、そういう環境でどこまで住宅価格の下落リスクを
 織り込んでいたのであろうか。   ――倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941
―――――――――――――――――――――――――――――
 最近のことですが、リチャード・クー氏がブッシュ政権の高官
だったという人と話をしたとき、彼は非常に格付け機関について
怒っており、もし、3つあれば(実際は2つ)1つは確実に潰し
ていたであろうといっていたというのです。現在ではこれぐらい
格付け機関の評価は地に落ちており、このままでは誰も信用しな
いと思います。  ――[サブプライム不況と日本経済/13]


≪画像および関連情報≫
 ●格付け機関とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  格付け機関は、発行体からの依頼により、経営陣とのミーテ
  ィング、財務分析、業界分析などを行い、その発行体の信用
  度をある一定の基準に基づいて、「Aaa」「AAA」など
  の記号で評価する。この「Aaa」「AAA」などと付けら
  れた評価を信用格付けという。この格付けは公表され、投資
  家が債券などへの投資を行なう際の参考データとなるほか、
  株価にも影響を与えることがある。近年では、個々の債券の
  みならず債券の発行体(企業)自体も評価している。大学や
  株式、プロジェクト・ファイナンス、ストラクチャード・フ
  ァイナンスなども格付け機関による信用格付けの対象範囲と
  なっている。            ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●図の出所/春山昇崋著/宝島社新書/270
  『サブプライム後に何が起きているのか』

モノライン保険会社の役割.jpg

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2008年09月02日

●「あまりにも無責任な格付け機関」(EJ第2402号)

 格付け機関への不信が高まるなかで、バーナンキFRB議長は
2007年秋の議会証言で次のようにいっていることが当時話題
になったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 格付けだけを参考にして金融商品を買うことは、デュー・デリ
 ジェンスをやったことにはならない。 バーナンキFRB議長
               Due Diligence = 当然の努力
―――――――――――――――――――――――――――――
 「デュー・デリジェンス」とはどういう意味でしょうか。
 「デュー・デリジェンス」とは法律用語であり、投資物件を購
入する前に、開示されている情報を基にして、それが投資物件と
して適格かどうかを細かくチェックする努力のプロセスのことを
いうのです。それをバーナンキ議長は「格付け」だけを参考にし
て投資物件を買うのは、適格かどうかを判断するための十分な努
力を果たしているとはいえないといっているのです。
 これに対して、リチャード・クー氏は次のように述べて、バー
ナンキ議長を批判しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 格付けを見て買うのがデュー・デリジュンスの範疇に入らない
 と言われたら、誰もこの種の証券は買えなくなってしまう。格
 付け以外の判断材料を持っている投資家は、世界広しといえど
 もしっかりしたクウォンツ・チームを自前で持っているほんの
 二握りしかいないからである。ということは、極論すればこの
 マーケットは二度と元の規模には戻らないということである。
                  ――リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
              ゼーションの行方』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 格付け機関は米国だけで130機関あるのですが、世界を代表
する格付け機関は次の2つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.ムーディーズ
   2.S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)
―――――――――――――――――――――――――――――
 2007年5月にこの世界的格付け機関のひとつであるS&P
のキャスリーン・コーベット社長が辞任し、2008年5月7日
に格付け機関のもうひとつの柱であるムーディーズのブライアン
・クラークソン社長兼最高経営責任者も辞任しています。
 辞任の理由としては、2007年7月において、自社が格付け
したCDO(債務担保証券)184件、発行額5000億円担当
について「格下げ要注意」を発表したことです。さらにムーディ
ーズは同年12月にもCDOに組み込んだ発行額12兆円相当の
投資信託(SIV)も「格下げ」ないし「格下げ要注意」を発表
しているのです。
 CDOについてはEJ第2399号でも少し触れましたが、住
宅ローンを証券化したMBSの売れ残りを集めて再証券化し、そ
れに「トリプルA」の格付けを与えて、売り出したものをいうの
です。格付け機関の格付けが販売を左右するのは当然です。
 S&Pも同様の大量格下げに踏み切った結果、金融機関は大混
乱に陥ったのです。この格下げに伴い、メリルリンチ、シティグ
ループ、モルガン・スタンレーという米大手金融機関は数兆円の
損失計上を余儀なくされ、日本や欧州の金融機関にも飛び火した
のですから、社長辞任は当然のことでしょう。
 実は、ムーディーズとS&Pには前科があるのです。それは、
2001〜2002年にかけて相次いで破綻した米エンロン・ワ
ールドコムの格付けがそれです。
 ムーディーズとS&Pによるエンロン、ワールドコムの社債格
付けは、破綻直前まで「投資適格」とされていたのです。エンロ
ンにいたっては破産申請の4日前でも投資適格だったのですから
格付け機関としては面目丸つぶれです。破綻後のムーディーズと
S&Pのメッセージは次のようなものだったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 エンロン、ワールドコムから格付けに当たって信頼するに足る
 情報が得られなかったのが原因である。
―――――――――――――――――――――――――――――
 あまりにも無責任の言い分です。どうしてかというと、今回の
サブプライム問題についても、格付け機関の言い分はほとんど同
じだからです。
 2008年1月、ムーディーズのレイモンド・マクダニエルC
EOは、スイスのダボス会議で次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 当社は確かに大きな過誤を犯したが、証券発行者から提供され
 た情報の質にも問題があった。
―――――――――――――――――――――――――――――
 すべてのことがこれで済むなら格付け機関ほどいい商売はない
と思います。現在、証券発行市場というのは、格付けなしでは成
り立たないのです。
 ムーディーズについていうと、2006年度の売上高は、20
億3700万ドル(2098億円)――わずか4年間で倍増してい
るのです。このうちの約半分が、サブプライム問題の元凶となっ
たCDOなどを含む「組成証券関連」で占められているのです。
こんなに儲けておいて、「証券発行者から提供された情報の質に
問題があった」では済まないのではないかという意見がたくさん
あるのです。
 昨日も述べたように、格付け機関は発行体の証券会社などから
手数料をもらう仕組みになっている点が問題です。お金を払って
わざわざ低い格付けを望む会社はないと思うからで、どうしても
トリプルAにならざるを得ないからです。この仕組みを直さない
と、格付け機関の信用回復は困難であり、信用は地に落ちたまま
になります。   ――[サブプライム不況と日本経済/14]


≪画像および関連情報≫
 ●サブプライム責任転嫁合戦
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2大格付け機関であるS&Pとムーディーズは、ここ数年、
  債務担保証券/CDO:サブプライムを裏づけにした低格付
  け債権などを複数集めて証券化した商品)といった複合的債
  券の格付けでかなりの利益を得てきた。こうした金融商品は
  多数の住宅ローンやそのほかの債務の担保とし、同等格付け
  の社債より高い利回りを得られるように設計されている。
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070816/132283/
  ―――――――――――――――――――――――――――

バーナンキ議長の発言.jpg
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2008年09月03日

●「ファニーメイ/フレディマックとMBS」(EJ第2403号)

 2008年7月26日のことです。メディアには次のニュース
が流れたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 【ワシントン=藤井一明】米国の住宅公社2社を支援するため
 の法案について、米上院は26日、賛成72、反対13の票差
 で可決した。ブッシュ大統領は速やかに署名する方針で、法律
 は早期に成立する。公社に対して資金繰りを支援するための融
 資と公的資金による資本注入を財務長官は自らの権限で実施で
 きるようになり、金融システムの安定化に役立つと期待してい
 る。経営を不安視する声が目立つ米連邦住宅抵当公社(ファニ
 ーメイ)、米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)への支
 援策は、13日にポールソン財務長官が表明してから約2週間
 の速さで実現する運びとなった。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この記事は、「ファニーメイ」と「フレディマック」という米
住宅公社2社に対して、その資金繰りの支援や公的資金による資
本注入などを行うことができる権限を財務長官に付与する法律が
成立する――こういう趣旨のことをいっているのです。何やらこ
の2社の経営に問題があり、それに対処するためにこういう法律
が素早く用意されたと考えられます。
 実は、この記事に出てくる「ファニーメイ」と「フレディマッ
ク」は、いずれも住宅ローン担保証券(MBS)に関係があるの
ですが、サブプライム問題とは別の問題であるという複雑な関係
にあります。非常に入り組んだ話ですが、解説します。
 米国の住宅ローンの市場規模は、2007年時点の新規融資額
で約2.5 兆ドル、残高で約10.5 兆ドルです。この約60%
は証券化――つまり、MBS/住宅ローン担保証券になっている
のですが、その残高は6兆ドル強になります。その大部分を占め
るのが、次の3つの組織の扱い分なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.ジニーメイ   → 政府抵当金庫/GNMA
 2.ファニーメイ  → 住宅抵当公社/FNMA
 3.フレディマック → 住宅貸付抵当公社/FHLMC
―――――――――――――――――――――――――――――
 これら3つの組織は、米証券化市場において圧倒的なシェアを
持つ重要な組織なのです。これら3つの組織のうち、ジニーメイ
は他の2つの組織とは大きく異なる点があります。
 ジニーメイは、1968年に設立された米国住宅都市開発省管
轄下の政府機関で、自ら債券を発行することはありまぜんが、モ
ーゲージ市場の流動性を高めるために、連邦住宅局保険や退役軍
人協会の保証が付いたモーゲージを担保とした証券――MBSと
考えればよい――について、支払保証を行うことが主要な業務な
のです。つまり、ジニーメイの扱うMBSには政府保証が付いて
いるので、実質的にリスクはゼロなのです。
 これに対してファニーメイとフレディマックは、政府支援企業
――GSEと呼ばれていますが、それぞれ既に民営化されており
ジミーメイのような政府機関ではないのです。しかし、民間企業
よりも低利で資金調達ができるなど普通の民間企業に比べて優位
性を持っており、準公的機関と呼んでも差支えないでしょう。
 したがって、ファニーメイとフレディマックの扱うMBSは政
府保証は付いていないのですが、一般的には「暗黙の政府保証」
があると認識されており、実際にMBSにはファニーメイとフレ
ディマックによる元利金支払いの保証が付いているのです。
 MBSの残高は、次のようにそれぞれ圧倒的なシェアを持って
いるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ファニーメイ  ・・・・・ 2兆4000憶ドル
   フレディマック ・・・・・ 1兆4000憶ドル
―――――――――――――――――――――――――――――
 整理すると、MBSは次の2つに大別できるのです。ファニー
メイとフレディマックのような準公的機関の扱うMBSと民間の
扱うMBSです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        1.準公的機関のMBS
        2.民 間機関のMBS
―――――――――――――――――――――――――――――
 準公的機関のMBSは支払い保証が付いているので、複雑な商
品性は必要なく、100の住宅ローンから100のMBSが発行
されることになります。
 しかし、民間機関のMBSは、その発行機関が元利払い保証を
するといってもその発行機関自体が破綻しない保証はないため、
担保となる資産自体の信用力を活用した内部信用補完――優先劣
後構造の採用が必要になるのです。
 サブプライム問題は、この民間機関のMBSとそれを再証券化
して優先劣後構造を採用したCDOの問題なのです。既に述べた
ように、このMBSには格付け機関のトリプルAの評価を得るた
め、モノライン保険会社の保証を必要とするのです。
 これで全貌が少しはっきりしたと思いますが、現在、米国で起
こっていることは、サブプライム問題に加えて、このモノライン
保険会社の格下げ問題とファニーメイとフレディマックの経営不
安の問題なのです。
 これは絶対に安全と思われていたものが、いま2つとも大きく
揺らいでいることを意味します。モノライン保険会社については
今年のはじめに顕在化し、ファニーメイとフレディマックについ
ては夏になって問題が起こってきています。
 いずれも米国の金融界を直撃する問題であり、ひいては米国の
経済全体に大きな影響を及ぼすことは必至の情勢です。今後米国
経済はどうなっていくのでしょうか。明日からこれら2つの問題
について、サブプライム問題とあわせて、考えていきたいと思い
ます。      ――[サブプライム不況と日本経済/15]


≪画像および関連情報≫
 ●ジニーメイとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  住宅都市開発庁の下で、全額政府出資で設立された企業で、
  モーゲージ流通市場に流動性を与え、資本市場から住宅モー
  ゲージ市場に資金を呼び込む役割を担っている。モーゲージ
  証券の元利金の支払を保証する機関である。ジニーメイは債
  権は保有しないが、モーゲージ証券を組成しているローンの
  債務者が元利金の支払を滞納した場合に、元利金の支払を保
  証する。
  ―――――――――――――――――――――――――――

銀行管理住宅.jpg
posted by 平野 浩 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

●「重要なバーナンキ議長発言」(EJ第2404号)

 米経済はどうなるのか、ドルはどうなるかを判断するかぎにな
るのは、バーナンキFRB議長の議会での発言です。この発言の
内容によって経済の先行きについていろいろ占えるのです。した
がって、エコノミストなどの経済の専門家は必ずこれをチェック
しているといわれます。
 バーナンキFRB議長の議会発言に関連してお知らせしておき
たいことがあります。それは、あの植草一秀氏が書いている次の
経済コラムのサイトです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  植草一秀の「知られざる真実」/マスコミの伝えない政治・
  社会・株式の真実・真相・深層を植草一秀が斬る
          http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/
―――――――――――――――――――――――――――――
 植草一秀氏といえば、あの事件以来すっかりマスコミから遠ざ
けられていますが、彼の経済分析は鋭いものがあり、参考になり
ます。植草氏はこのコラムでバーナンキFRB議長の議会発言を
頻繁に取り上げて論評しています。
 ちなみに福田政権の総合経済対策についての植草氏のコメント
は次の通りであり、一部を紹介します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「目くらまし経済対策」と今後の政局
 福田政権は8月29日に総合経済対策の決定した。事業規模は
 11.7兆円、2008年度補正予算規模1.8兆円を内容と
 する対策だ。予想通り「足して2で割る」理念なき政策決定に
 になった。つい2ヵ月ほど前まで「緊縮財政」を念仏のように
 唱えていた福田政権が「景気対策」をまとめたのは、「利権互
 助会」の利権を死守するためだ。利権を死守するためには理念
 も政策の一貫性も顧みないのは分かりやすい。
             ――植草一秀の「知られざる真実」
―――――――――――――――――――――――――――――
 バーナンキFRB議長の議会発言の話に戻ります。2008年
2月28日にメディアにバーナンキ議長の発言について次の記事
が流されたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長は28日、
 上院銀行委員会で証言し、米景気の現状について情報技術――
 ITバブル崩壊後の2001年の景気後退局面と比較して「現
 在の米経済はより困難な状況にある」との認識を示した。また
 サブプライムローン問題に伴う信用不安の影響について「一部
 の中小金融機関が破綻する可能性がある」と明言した。FRB
 議長が金融機関の経営状態に危機感を表明するのは異例で、ニ
 ューヨーク株式市場では、金融関連株が大きく下落した。(中
 略)さらに、金融市場での信用不安の影響について「中小金融
 機関には破綻の可能性がある」と述べた。大手金融機関につい
 ては「破綻の可能性はないだろう」とした上で「一部の金融機
 関は引き続き自己資本の増強を図る必要がある」と強調した。
            ――2008.2.29付、毎日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 このバーナンキ発言について注目すべきことは、サブプライム
問題の影響で「一部の中小金融機関が破綻する可能性がある」と
明言していることです。記事にもあるようにこれはきわめて異例
なことなのです。
 2008年の初頭から米当局が次々と打ち出した経済政策は日
本と違って予想を覆すほど実に素早いものだったのです。事前の
予想では、1月28日の一般教書演説でブッシュ大統領が発表す
ると思われていた景気対策を18日に打ち出し、しかも10兆円
規模とされていたものを5兆円上乗せして15兆円規模に増額し
利下げの幅も30日に0.5 %と予想されていたものを覆し22
日に0.75 %の緊急利下げを行い、さらに30日に追加利下げ
を示唆するなど、すべての処置がきわめて素早いものであったと
いえます。
 しかし、これほどの素早い措置にもかかわらず、ニューヨーク
株式市場の反応は鈍かったのです。とくに大統領が景気対策を打
ち出したときは株価は逆に下落したのです。この株価下落は連鎖
的に世界の株価に影響を与え、下落の連鎖を生み出したのです。
 米当局が予想よりも素早い対応をとったことは、かえって米国
の実体経済が悪いことを当局が認識していることのあらわれでは
ないかとも考えられるのです。
 ニューヨークの株価が小康を取り戻したのは、政府がモノライ
ン対策を検討しているという報道が行われてからなのです。そし
て2月の後半に上記のバーナンキ発言が報道されることになるの
ですが、この報道はモノライン問題に関係があるのです。
 モノライン保険会社は、もともと相応の保証料をとって地方債
などの金融商品の元利を保証するという地味で堅実な仕事をやっ
ていたのです。ところがサブプライムローン関連の証券――MB
SやCDOを扱うようになって、モノライン保険会社の業容は急
拡大したのです。しかし、2007年後半になって、事態は一変
するのです。
 既に述べたようにサブプライムローンには加入後数年後に金利
が上昇するものが多く含まれており、これによって、ローンの支
払いができないものが急増したのです。これはその証券の元利保
証をしているモノライン保険会社に打撃を与えたのです。
 2007年11月7日、モノライン保険のACA社が10億ド
ルの損失を発表したのです。12月13日、同社はニューヨーク
株式市場の上場銘柄から外されます。同社はシングルAの格付け
を持っていましたが、12月19日にはS&P社がトリプルCに
格下げしたのです。これは、一気に12段階の格下げであり、普
通はあり得ないことなのです。これによって、一気にモノライン
保険危機が巻き起こることになります。2007年の暮れの米経
済の情勢です。  ――[サブプライム不況と日本経済/16]


≪画像および関連情報≫
 ●ACA格下げを取り上げたレポート――1月21日
  ―――――――――――――――――――――――――――
  サブプライムローン問題は、より深いレベルに入ってきた。
  「モノライン」と呼ばれる債権保証会社の危機である。先週
  ニューヨーク株が300ドルを超す下げを見せたのはこのた
  めである。2008年1月17日付の「ウォール。ストリー
  ト・ジャーナル」紙が一面に大きくこの問題を取り上げてい
  る。ACAファイナンシャル・ギャランティーという債権保
  証会社の格付けがAからトリプルCに格下げされたという。
   http://www.ecommodity.co.jp/market/gud_080121_1.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

バーナンキ議長議会発言.jpg
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2008年09月05日

●「米当局はモノライン危機を解決できるのか」(EJ第2405号)

 2008年1月18日になって、格付け会社のフィッチが、モ
ノライン保険会社大手のアムバック・フィナンシャルの格付けを
AAAからAAへ2段階の格下げを発表したのです。
 2007年にサブプライムローンの債務不履行問題が深刻化し
これらのローンを組み込んだ証券化商品――MBSやCDOの保
証に絡む損失が拡大したことが主な原因です。
 格付けは、そのままモノライン保険会社の資金調達能力をあら
わしています。投資家にとっては、AAA格の保険会社の保証が
AAになってしまったわけで、投資した証券の価値減価をどうカ
バーするかが問題になります。
 この格下げをきっかけにアムバック社の増資の引受け手がいな
くなり、同社は窮地に陥ってしまったのです。モノライン各社は
地方債などの他の金融証券も保証しているので、モノライン保険
会社本体の格下げや破綻によって、保証しているこれらの債券も
格下げになる可能性が出てきたのです。いわゆる「格下げドミノ
現象」が起きる可能性があるのです。
 地方債の約70%は個人や投資信託が保有しており、これが減
価すると、本来サブプライム問題とは無関係であった個人投資家
にまで、影響が及ぶことになるのです。
 金融機関も大きな影響を受けます。格下げドミノ現象によって
多くの債券が格下げされると債券の価格は下落し、これらを保有
している金融機関は巨額の評価損を抱え込むことになります。サ
ブプライムローン問題だけでも大変なのに、さらに他の債券の評
価損まで積立金を引当てるということになれば、米国の金融界は
一大パニックになります。
 また、モノライン保険が機能しなくなれば、地方自治体などの
格付けが低い債券の発行体は調達コストが上昇するか、まったく
資金を調達できなくなります。そうなると、それらの自治体では
公共サービスの見直しを迫られる可能性もあります。米国政府や
自治体にとって、モノライン保険はなくてはならない存在なので
す。そこに、モノラインの救済策が検討されているというニュー
スが流れ、ニューヨークの株式市場は急反発したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ニューヨーク州の当局は、大手金融機関に1兆6000億円の
 増資に応ずるよう要請している。
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、モノライン保険会社の救済は簡単ではないのです。ち
なみに、米国ではモノライン保険会社を管轄するのは連邦政府で
はなく、州政府なのです。
 モノラインの多くが本社を置くニューヨーク州の保険局は、2
008年1月下旬にそういう要請をしたことは確かなのですが、
実現しなかったのです。それに米連邦政府は、モノライン救済の
ための公的資金投入の可能性を否定しています。
 この問題は日本にとっても対岸の火事ではないのです。モノラ
イン保険会社は、一部の保険を再保険で外部に売却しており、日
本の保険会社もこれを買っているからです。損保ジャパンは、モ
ノライン保険会社の再保険を購入しており、2008年1月にこ
の損失を引当てたことを公表しています。以下は、このニュース
に関するブログの記事です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国内の損害保険会社にも影響は及びそうだ。損保ジャパンは、
 11日、金融保証保険で3億ドル(340億円)の保険金を支
 払う可能性が生じたと発表。サブプライムローンを一部に含む
 証券化商品の保険を引き受けていたが、その格付けが想定以上
 に悪化。格付けが一定以上悪くなると清算できる条件だったた
 め、支払うリスクが生じた。
  http://plaza.rakuten.co.jp/555yj/diary/200801230000/
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局大手金融機関は、デリバティブ取引などを通じた関係の深
いモノラインに対し、個別に資本注入などの支援策を行うという
民間主導の解決策がとられることになったのです。
 そういうときに、著名な投資家であるウォーレン・バフェット
氏が、モノライン救済策を発表して話題となったのです。ウォー
レン・バフェット氏といえば、ビル・ゲイツ氏に次ぐ資産の持ち
主であり、その額は約460憶ドルといわれ、その卓越した投資
センスから、出身地ネブラスカ州オマハにちなんで、「オマハの
賢人」と呼ばれている人物です。
 バフェット氏の救済というのは、自らがモノラインを設立し、
地方債に関わる保証800憶ドル分の再保険を引き受けるという
提案なのです。しかし、地方債で受領した保証料の50%増しの
手数料の引き渡しを要求されたので、モノライン側で断ったので
実現しなかったのです。
 バフェット氏の提案をよく見ると、当然のことですが、対象は
優良な地方債に限られ、サブプライム関連のリスクの高いものは
含まれていないのです。これでは「救済」というよりは、モノラ
インが窮地に陥った絶好のタイミングを見逃さない、事業家とし
ての経済合理性に基づいた提案だったといえます。
 このように、モノライン危機は現在でもクリアされていない状
況であり、米経済は大きな不安要因を抱えています。モノライン
保険会社では、モノラインの地方債と証券化商品の保証事業を分
割することを検討しています。
 しかし、確かに分割すれば、地方債市場への影響は遮断されま
すが、証券化商品の保証事業のリスクは一段と鮮明になるという
問題点が生じます。
 このモノラインの救済に比べると、準公的機関であるファニー
メイとフレディマックの救済については、政府としてはずっと関
与しやすいことになります。既に法律はできており、それをいつ
やるかという決断にかかっています。しかし、8月末の時点では
措置は行われていないのです。この問題については来週のEJで
取り上げます。  ――[サブプライム不況と日本経済/17]


≪画像および関連情報≫
 ●バフェット氏のモノライン救済について/本石町日記
  ―――――――――――――――――――――――――――
  バフェット氏のモノライン救済策の詳細はよく分からないが
  ざっと報道を見た限り文字通りに「モノライン」の「救済」
  になるのかはやや疑問に思った。具体的なアクションとして
  は、バークシャーハザウェイが「地方債(86兆円規模)を
  保証する」というもの。ただ、推測するに、地方債のデフォ
  ルトはほとんどないはずで、それだけモノラインからすれば
  優良なビジネスとなっていたはず。恐らく、サブプライム絡
  みで疲弊したモノラインの苦しい立場を見透かし、バフェッ
  ト氏は地方債の保証ビジネスをディスカウントして引き受け
  ようとしているように見える(違うならご教授を)。バフェ
  ット氏もうまみのあるビジネスだから提案したのだろう。
           http://hongokucho.exblog.jp/8050977/
  ―――――――――――――――――――――――――――

ウォーレン・バフェット氏.jpg
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2008年09月08日

●「ファニーメイとフレディマックについて知る」(EJ2406号)

 「アメリカンドリーム」という言葉があります。一般的にいう
とこの言葉は、「米国で成功して大金持ちになること」の意味で
使われていますが、その本来の意味は次の通りなのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国で働いてチャンスを掴み、目標を達成して、自由で豊かな
 生活を手に入れることである。
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、現代の米国では、アメリカンドリームは「自分の家を
持つこと」の意味で使われているのです。少しドリームが小さく
なったなという感じです。
 米政府が国民に住宅を持たせるために、ニューディール政策の
一環として作ったのが「ファニーメイ」なのです。1938年の
ことです。そのとき政府は「誰にでもアメリカンドリームを与え
る機関」として宣伝したのです。このようにして、「アメリカン
ドリーム=住宅」という構図が定着していったのでしょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
  Fannie Mae /Federal National Mortgage Association
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 連邦抵当公庫
―――――――――――――――――――――――――――――
 このあと、1970年にファニーメイと似たような機関である
フレディマックが出てくるのです。ファニーメイだけでは、十分
にカバーできない部分に資金を供給するために設立された政府系
金融機関としてです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  Freddie Mac/Federal Home Loan Mortgage Corporation
  ・・・・・・・・・・・・・ 連邦住宅貸付抵当金融会社
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらのファニーメイとフレディマックは、「政府支援企業/
GSE」と呼ばれるのです。政府支援企業といっても普通の株式
会社で、ニューヨーク証券取引所に上場されている企業です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 GSE/Government Sponsored Enterprise/政府支援企業
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、ファニーメイとフレディマックは単なる一般企業では
ないのです。現在でも財務省からの22.5 億ドルの緊急融資枠
がありますし、18名の役員のうち5名は大統領任命枠があると
いうのです。さらに地方税免除、証券取引委員会(SEC)登録免
除という普通の企業にない特典まで持っているのです。
 ファニーメイとフレディマックは、銀行から住宅ローン債権を
買い取り、それをMBS化し、元利金支払いの保証を付けて売り
出しているのですが、それらのMBSの残高は4兆ドルに達して
いるのです。しかし、元利金支払いの保証を付けているとはいう
ものの、ファニーメイとフレディマックは政府機関ではなく、一
般上場企業であって、もちろん破綻はあり得るのです。
 もし、4兆ドルの残高が破綻するようなことになったら、米国
経済の影響はサブプライムの比ではないのです。それでも投資家
は、ファニーメイとフレディマックに関しては政府に近い存在の
企業として「暗黙の政府保証」が付いていると信じて現在でも活
発に取引されているのです。
 既にファニーメイとフレディマックは、米国金融システムの根
幹を形成するインフラとなっており、簡単に潰せない存在になっ
ているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     大き過ぎて潰せない/Too Big to Fail
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここでもうひとつ認識しておくべきことがあります。米国の住
宅問題は持家率68.9 %(2006年)になった現在でも最も
重要な政策課題のひとつになっており、その中でもファニーメイ
とフレディマックは住宅金融システムの重要な位置を占めている
のです。これについては、とくに民主党を軸にする強い政治的な
サポートがあるのです。
 2008年2月にブッシュ政権は、米国経済の景気後退を食い
止めるための経済対策を行っているのですが、その中でファニー
メイとフレディマックの買取・保証対象の住宅ローン――これを
コンフォーミングローンという――の上限を大幅に引き上げてい
るのです。しかし、12月末までという期限付きです。
 これによって、GSEが購入できる住宅ローンの限度額はそれ
までの41万7000ドルから62万5000ドルに引き上げら
れのです。この政策をめぐってある民主党議員はブッシュ大統領
を評して「まるで民主党員になったみたい」といったほど、ブッ
シュ政権は、ファニーメイとフレディマック対策に力を入れてい
るのです。
 米大統領選挙の民主党指名候補であるオバマ氏は、ファニーメ
イとフレディマックの救済に関して、ロイター/国内通信による
と、次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 オバマ氏は、ファニーメイとフレディマックについて、住宅市
 場が活況だった頃は収益を上げていたのに、いざ支援が必要に
 なると米納税者の救済を期待していると批判。ただ、金融シス
 テムにおけるこれらの役割はあまりにも重要で、現時点での破
 たんを容認することはできないとした。オバマ氏はアイオワ州
 有権者との質疑応答で「ファニーメイとフレディマックが破た
 んすれば、金融システムは大きな打撃を受けて悲惨な結果を招
 くだろう」とし、「(有権者は)住宅ローンを受けられなくな
 るかもしれない」と述べた。   ――ロイター国内通信より
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-33438520080825
―――――――――――――――――――――――――――――
 本来、ファニーメイとフレディマックのMBSは信用の高いプ
ライムローンの証券化であり、サブプライムローンとは関係がな
いのです。    ――[サブプライム不況と日本経済/18]


≪画像および関連情報≫
 ●ファニーメイとフレディマックについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  米政府系金融機関(住宅公社)であるファニーメイ(連邦住
  宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)に
  対しては、景気減速や住宅市場の低迷を背景に住宅ローンの
  延滞率が増加、資本不足が取りざたされるなど経営不安が高
  まるなか、米政府と議会による住宅公社の経営支援策を巡る
  協議 が続いています。
http://www2.goldmansachs.com/japan/gsitm/funds/pdf/flash_mkt_20080717_3.pdf
  ―――――――――――――――――――――――――――

ファニー・メイ.jpg

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2008年09月09日

●「エージェンシーMBSまでなぜ影響したか」(EJ)第2407号

 サブプライムローンが証券化されて世界中の投資家にばらまか
れたことをもって「証券化は怖いもの、証券化は悪である」と考
える人がいるかもしれません。しかし、これはおかしな考え方で
あるといえます。
 米国のMBS市場で圧倒的なシェアを持つのは、いわゆるエイ
ジェンシーMBSなのです。エイジェンシーMBSというのは、
プライムローンのエイジェンシ−MBS――つまり、ファニーメ
イとフレディマックによって証券化されたMBSであり、サブプ
ライムローンは違うものです。
 サブプライムローンは民間による証券化であって、エイジェン
シーMBSとは同じ証券化であっても根本的に違うものです。し
たがって、「証券化=悪であるからやめろ」というのは、「情報
が漏洩するからPCを使うな」に等しい暴論です。
 といっても、民間MBSのすべてに問題があるわけではないの
です。きちんとしたルールにしたがって証券化されたMBSであ
れば、それは何ら問題のない証券化商品であるからです。すべて
が悪いわけではないのです。
 それなら、ファニーメイとフレディマックが、なぜ現在苦境に
立っているのでしょうか。
 2003年に起きたフレディマックの会計問題がひとつのきっ
かけだったのです。当初は単なる決算修正であると考えられてい
たものが、経営陣が意図的に一般会計原則の適用方法を捻じ曲げ
ていたのではないかという会計疑惑に発展して、これが最大手の
ファニーメイを巻き込む形で両社への規制強化の機運は盛り上が
っていったことです。
 ファニーメイとフレディマック両社の財務内容が明らかになる
につれ、自己資本の低さ、レバリッジの高さ、保有資産の流動性
リスクなど、多くの問題があることがわかってきたのです。これ
を契機に、GSE批判の議員は次々にGSE改革を訴えるように
なったのです。しかし、既に述べたように両社は「大き過ぎて潰
せない」レベルにまで達していたのです。
 2007年にサブプライムローンに当初想定していなかった延
滞が発生し、証券化商品の価格が暴落を始めたのです。価格の暴
落によって、欧米の金融機関の巨額損失が報じられ、お互いに誰
がどれだけの損失を抱えているのか疑心暗鬼になって、金融市場
が正常に働かなくなり、英国では銀行の取り付け騒ぎが起きるに
至ったのです。
 これによって、米国の住宅市場は冷え込み、信用収縮によるリ
セッションが起きる懸念が生じ、世界中の株式市場は大暴落が起
きたのです。2008年冒頭のことです。当然のことながらこれ
がファニーメイやフレディマックなどのGSEを直撃するように
なったのです。
 サブプライムローンの焦げ付きによって、エイジェンシーMB
Sを含む証券化商品全体の信頼度が大きくダウンし、証券化商品
を販売しようと思っても、なかなか買い手があらわれない事態に
なったのです。それまで住宅に集まって住宅の価格を押し上げて
いた投機資金は、今度は商品市場に向かい、原油価格の高騰など
によって、世界経済に大きな影響を与えるようになったのです。
米国経済の先行き不安からドルは低落傾向になり、基軸通貨とし
てのドルの地位が揺らぐような事態になってきたのです。
 やがて米国の実体経済へも顕著な影響が出てきたのです。20
08年3月27日に発表された2007年10〜12月期のGD
Pは季節調整値を考慮した年率の伸び率で0.6 %と第3四半期
の4.9 %から急減速しているのです。
 米国の住宅着工については、2008年1月こそ季節調整値で
前月比7.1 %増であったものの、2月は季節調整値で前月比で
0. 6%減、前年同月比は28.4 %減と低迷したのです。
 サブプライムローンの焦げ付きの影響が、プライムローンのエ
イジェンシーMBSや住宅に関係のない他の証券化商品にまで及
んだのは、証券化犯人説が拡大流布されたことによるものと考え
られます。これについて、リチャード・クー氏は次のように述べ
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年1月末から日本のマスコミを騒がせた中国からの毒
 入り餃子事件は、誰かが冷凍餃子に微量の農薬を混入させたた
 めに日本で10人が被害に遭い、最終的に中毒は否定されたも
 のの5915人が医療機関などに相談に行ったという騒ぎであ
 る。ということは、食べても何の症状も出なかった人が何百万
 人から何千万人もいたはずである。これらの餃子はかなり前か
 らずっと生産・出荷されてきたからだ。ということは、被害に
 あったのは何千万人のうちの10人にすぎない。ところがこの
 事件が報じられた結果、誰も中国製餃子を買わなくなってしま
 った。餃子だけではない。中国から輸入したあらゆる冷凍食品
 を買わなくなってしまった。今の日本では中国製製品はすべて
 売れなくなっている。いま金融界で起きているのはこれと同じ
 ことである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このような経過により、ファニーメイとフレディマックの株価
は、年初以来現在まで85%以上下落しているのです。投資家は
米議会がポールソン財務長官に両社の株式購入または両社への融
資を行う権限を与えたのは(EJ第2403号参照)、両社の信
用強化のためだったのですが、それは裏目に出ています。今や両
社の株価は、8月29日現在5ドルを切っています。
 したがって、投資家は、米財務省が既に握っている権限を行使
して、両社の救済に乗り出す事態になるかどうかということでは
なく、いつ救済措置がとられるかを観察しているのです。もし、
救済措置が取られると、普通株の価値は消滅すると投資家は見て
いるようです。  ――[サブプライム不況と日本経済/19]


≪画像および関連情報≫
 ●ファニーメイとフレディマック新規制当局による「大掃除」
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ニューヨーク(ウォール・ストリート・ジャーナル)米政府
  と連邦議会が先週、住宅新法について歩み寄ったことを受け
  米連邦抵当金庫(ファニーメイ)(NYSE:FNM)と米連
  邦住宅金融抵当金庫(フレディマック)(NYSE:FRE)
  は間もなく、より強力な、新たな規制当局の監督下に入ると
  みられる。新任の保安官の誰もがそうであるように、この新
  機関も街の汚れを一掃したい考えだ。
 http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/media/djCEN0536.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

フレディマック.jpg
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2008年09月10日

●「ファニーメイとフレディマックはどうなるか」(EJ第2408号)

 2008年9月7日付の朝日新聞に、まさにいまEJが書いて
いるファニーメイとフレディマックに関する次の記事が突如掲載
されたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪ファニーメイとフレディマック/米住宅金融政府管理へ≫
 ポールソン財務長官と連邦準備制度理事会(FRB)のバーナ
 ンキ議長、両社の最高経営責任者らが救済策を巡って5日に緊
 急協議に入った、などと米メディアが一斉に伝えた。財務省は
 コメントを避けているが、週末に対策が発表される可能性もあ
 る。検討されているのは、両社の経営危機表面化を受け、7月
 末に米議会で成立した救済法に基づく措置。米政府は、緊急時
 に認められた権限にもとづき、両社の経営を管理下に置くこと
 を検討中という。 ――2008年9月7日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 9日のEJに書いたように、投資家は政府の出方を注視してい
たのです。それも両社に対して公的資金注入をやるかどうかでは
なく、いつそれをやるのかを注視しているのです。つまり、公的
資金投入は必至とみているのです。
 問題は、ファニーメイとフレディマックがなぜ、破綻に追い込
まれようとしているかということです。新聞ではその原因をどう
書いているのでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
 両社は米住宅金融市場の中核で、保有・保証する住宅ローン関
 連証券は約5兆ドル(約530兆円)と米住宅金融市場の半分
 近くを占める。サブプライム問題の深刻化でローンの焦げ付き
 が急増し、これまで4期続けて巨額の赤字を計上した。
          ――2008年9月7日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 原因として挙げているのは「サブプライム問題の深刻化でロー
ンの焦げ付きが急増」という点です。既に何度も述べているよう
に、ファニーメイとフレディマックが扱っているMBSは、サブ
プライムローンではなくて、プライムローンのMBSなのです。
つまり、サブプライムローンの焦げ付きがストレートで影響した
わけではないのです。
 もちろんサブプライムローンの予期せぬ延滞が原因で金融機関
が巨額の損失を出し、それによってエイジェンシーMBSの信頼
度も下がり、住宅市場が冷え込んで景気後退の引き金を引いた結
果であることは確かなことです。
 しかし、ファニーメイとフレディマックが破綻状態に追い込ま
れつつあるのは、サブプライム問題以外の原因も多くあることは
確かなのです。
 ここで言葉の定義を整理しておきたいと思います。ひとことで
「証券化商品」といいますが、住宅ローン担保証券/MBSは、
「資産担保証券/ABS」に含まれるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    資産担保商品/ABS/Asset Backed Security
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、米国では、MBSの市場があまりにも巨大であるので
MBSはMBSで1つの独立したカテゴリーとして認識されてい
るのです。
 同じMBSでも商業用不動産向けのローンの証券化商品は「C
MBS」といわれ、ここまで述べてきたMBSと区別するため、
MBSの頭に「C」と「R」を付けて、次のように区別すること
になっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   CMBS/ Commercial Mortgage Backed Security
   RMBS/Residential Mortgage Backed Security
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、「RMBS」というように「R」を付けて呼ぶことは
珍しく、単に「MBS」というときは、「RMBS」を意味して
いるのです。
 さて、ファニーメイとフレディマックには公的資金が投入され
米政府の管理下に置かれることになる見通しですが、これは9月
に約2500憶ドルの債券の償還期限を迎えており、この借り換
え問題が政府の決断を促したと思われます。
 問題は、ファニーメイとフレディマックの株式がどうなるかと
いうことです。なぜなら、銀行は両社の優先株と劣後債を大量に
持っているからです。
 米投資銀行コマース・ストリート・キャピタルのドリー・ワイ
リーCEOはこれに関して次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし優先株が紙くず同然になったら、銀行は評価損の追加計上
 を迫られることになる。        ――NBオンライン
―――――――――――――――――――――――――――――
 上掲の朝日新聞によると、ファニーメイとフレディマックは一
時的に政府の管理下に置かれますが、時期をみて民営化・独立さ
せる方針のようです。しかし、完全に国有化するという選択肢も
あるのです。公的管理の具体的枠組みは不明ですが、その場合は
普通株と優先株はほとんど無価値になるはずです。
 これについて独立系調査会社インスティチューショナル・リス
ク・アナリティクスのアナリストであるクリス・ウェーレン氏は
次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 財務省は思い切って普通株を無価値化し、優先株と劣後債の保
 有者を完全に保護することを公約すべきである。どのみち普通
 株の株価はほぼ落ちるところまで落ちている。資金調7もなく
 なる」ではないか。          ――NBオンライン
―――――――――――――――――――――――――――――
 この原稿は7日に書いています。注目は米政府がいつそれをや
るかです。    ――[サブプライム不況と日本経済/20]


≪画像および関連情報≫
 ●劣後債とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  劣後債は、償還や発行体の解散または破綻時に他の債務(普
  通の債券を含む)への弁済をした後の余剰資産により弁済さ
  れる債券である。このため普通の債券による資金よりは株式
  発行などにより得られる自己資本に近い性格の資金となる。
  そのため、通常は同じ会社が発行する普通の債券よりも高い
  金利が設定される。購入者の立場からは普通の債券よりもリ
  スクが高まる代わりにリターンも高くなる金融商品である。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●米政府系住宅金融2社の役割
  2008年9月7日付、朝日新聞より

米政府系住宅金融2社の役割.jpg
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2008年09月11日

●「自己資本比率と貸し渋りの関係」(EJ第2409号)

 ファニーメイとフレディマックへの公的資金注入について、米
紙ニューヨーク・タイムズは、次のように報道しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米史上最大の企業救済になり、納税者の負担は数百憶ドル
 (数兆円)にのぼる可能性がある。
         ――ニューヨーク・タイムズ紙/電子版
―――――――――――――――――――――――――――――
 既に述べたように、これら両社の発行したMBSの残高は4兆
ドル以上になるのです。これが破綻した場合の米国経済へのイン
パクトはサブプライム問題の比ではないのです。米政府が救済す
るのは当然のことです。
 ところで、両社の株価は暴落していますが、その発行したMB
Sは現在でも活発に取引されており、債券は堅調なのです。した
がって、日本政府も外貨準備の運用資産として、両社を含むGS
E関連債を次のように大量に保有しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ≪世界各国の保有するGSE関連債/ベスト5≫
   第1位:中国 ・・・・・・・・ 3760憶ドル
   第2位:日本 ・・・・・・・・ 2290憶ドル
   第3位:ケイマン諸島 ・・・・  520憶ドル
   第4位:ルクセンブルグ ・・・  390憶ドル
   第5位:ベルギー ・・・・・・  330憶ドル
             ――2007.6.30現在
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の金融機関が保有しているGSEの機関債と住宅ローン担
保証券(MBS)については次のようになっています。保有金額
の多い順に10位まで列挙します。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ≪日本金融機関のGSE関連債の保有額≫
    1.農林中金 ・・・・・・ 5兆5000億円
    2.三菱UFJFG ・・・ 3兆3000億円
    3.日本生命 ・・・・・・ 2兆5000億円
    4.みずほFG ・・・・・ 1兆2000億円
    5.第一生命 ・・・・・・   9000億円
    6.三井住友FG ・・・・   2198億円
    7.大和証券 ・・・・・・   1811億円
    8.三井生命 ・・・・・・    943億円
    9.明治安田生命 ・・・・    900億円
   10.損保ジャパン ・・・・    740億円
             ――2008.3.31現在
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライム問題に端を発したモノライン保険会社とファニー
メイとフレディマックの経営危機――米国の金融不安が依然とし
て収まらず、米国経済は深刻の度を増し、雇用悪化が鮮明になっ
てきています。日本や欧州の景気は失速し、中国やインドの成長
率も減速をはじめています。
 世界の金融関係者が一番注目しているのが、米国の金融安定策
です。市場に催促されるかたちで動き出したGSEへの公的資金
注入の具体的枠組みが固まりつつありますが、心配されるのは銀
行の貸し渋りなのです。
 今回のサブプライム問題による金融全体の損失総額は、IMF
によると、9450憶ドルと予測しています。この金額は、バブ
ル崩壊後の日本の銀行が実際に処理してきた不良債権の金額――
100兆円とほぼ同額なのです。
 現在までのところ欧米の大手銀行の損失が注目されてきたので
すが、これから問題が出てくるのは中小の銀行なのです。米国で
は、インターステートバンキングといって、銀行が州を越えて商
売をすることが禁止されていたので、各州に多くの銀行が設立さ
れたのです。そういうわけで、2007年末時点で8533行の
銀行があるのです。
 これらの銀行は今回のサブプライム問題によってかなり自己資
本が毀損している可能性が高いのです。2008年4月にIMF
が出したレポートによると、サブプライム問題によって米銀は全
体で2.5 ポイント、欧州全体で1.5 ポイント、自己資本比率
が低下すると予測しているのです。
 これによって、米銀の多くが自己資本比率8%ぎりぎりか、そ
れ以下になってしまうことを意味しているのです。自己資本比率
の低下が、すさまじい貸し渋り現象を引き起こすことは、日本の
ケースでわかっていることです。
 これについて、日本の事情に詳しいリチャード・クー氏は次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は当時、テレビ、新聞、雑誌等で、ずいぶん「資本投入を急
 ぐべきだ」という提言をした一人である。なぜなら、BISの
 規制によって自己資本を総資産の8%持たなければいけないと
 される銀行がひとたび8%を切ってしまうと、テコの原理が働
 いて、銀行は毀損した資本の12.5 倍の貸し出しを減らさな
 ければならなくなるからである。例えばある銀行が自己資本を
 1ドル毀損すると、同行は貸し出しを12.5 ドル減らさなけ
 ればならなくなるのである。しかし銀行が一斉にそのような行
 動を採ると経済は雪だるま式に悪化し、そのことがさらに銀行
 の自己資本を叩く。その意味で、銀行が自己資本を毀損すると
 いうことは、経済全体に対してたいへん深刻な問題を引き起こ
 すことになるのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 銀行の自己資本比率が8%をを切ると、貸し渋りが起き、景気
は加速度的に悪化するのです。米国はこれをどのようにして防ぐ
のでしょうか。  ――[サブプライム不況と日本経済/21]


≪画像および関連情報≫
 ●自己資本比率とは何か
  −――――――――――――――――――――――――――
   自己資本比率(%)= 自己資本 ÷ 総資産 ×100
  自己資本比率とは、安全性分析の一指標で、総資産に占める
  自己資本の割合を示す。自己資本比率を計算する際の自己資
  本には、新株予約権及び少数株主持分は含まないので注意を
  要する。一般的にこの比率が高いほど、資本構成が安定して
  おり経営の安全度が高いことを示す。自己資本比率が低いと
  いうことは、設備投資など新たな資金需要に対して有利子負
  債を頼る必要性が高く、その分競争力が劣ってしまう可能性
  がある。また、現状収益性が上がっていないような場合には
  有利子負債負担に耐え切れなくなる可能性もはらんでいる。
    http://www.exbuzzwords.com/static/keyword_553.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●米国の住宅販売
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

米国の住宅販売.jpg

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2008年09月12日

●「公的資金を注入することの難しさ」(EJ第2410号)

 9月8日の日本経済新聞のトップに「米住宅公社政府管理に」
というタイトルの下で、ファニーメイとフレディマックが政府管
理下に置かれることが決定したという記事が報道されています。
 8日のニュースを12日のEJで書く羽目になったのは、この
原稿を8日に書いているからです。EJは私ひとりが書いている
レポートなので、ある程度時間のあるときに書き溜めをしておか
ないと、毎日配信することができないのです。そういうわけで、
ニュースが前後することはお許しいただきたいと思います。
 ボールソン財務長官はこれら2社に対し、「自己資本が不足し
ている」ことを指摘し、公的資金を注入すると述べています。既
にEJでも指摘したように、こういう事態になることは早くから
わかっていたにもかかわらず、ポールソン財務長官は「公的資金
注入」をなかなか口にしなかったのです。それは、いかに政府機
関に近いGSEであるとはいえ、民間の株式会社であるファニー
メイとフレディマックに対して国民の税金を使うことに強いため
らいがあったからです。
 1992年の日本でもこういうことがあったのです。当時総理
大臣であった宮澤喜一氏は、バブルが崩壊して銀行経営がおかし
くなっていく様子を見て次のように述べたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  これは早く公的資金を入れて解決しなければならない
                  ――宮澤喜一首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 この発言に対し、リチャード・クー氏は「さすが経済に強い宮
澤氏だけあって、問題の本質をよく把握している」と評価したの
ですが、この宮澤発言に対し、評論家やエコノミストをはじめ、
マスコミ各社も一斉に反発したのです。
 当時絶大の人気報道番組であった「ニュースステーション」で
キャスターの久米宏氏までもが次のように、宮澤発言を批判した
のです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 高い給料をもらっている銀行員を庶民の血税で救済するのは
 けしからんことです        ――久米宏キャスター
―――――――――――――――――――――――――――――
 今から考えると、見当違いの銀行憎しのバッシングです。この
世論の沸騰に宮澤首相は持論を撤回せざるを得なかったのです。
しかし、このとき銀行に公的資金の注入をやっていれば、「失わ
れた15年」はもっと軽傷で済んだかもしれないのです。
 1995年〜1996年になると、米国は日本に対し、銀行へ
の公的資金の注入をうるさく要請してきたのですが、日本はひた
すら、逃げ回ったのです。しかし、そういうときでもリチャード
・クー氏はたびたびテレビに登場して、銀行への公的資金注入の
必要性を訴え続けたのです。
 しかし、病気の治療をしないのですから、銀行の病状は進む一
方だったのです。そして、1997年後半に景気が財政再建と銀
行の貸し渋りで大幅に悪化すると、日本政府ははじめて公的資金
の注入を公然といいだすようになったのです。
 今回の米政府の決断も慎重に時期を探っていたものと思われま
す。2008年2月、日本で行われたG7において額賀財務大臣
(当時)は、ポールソン財務長官に次のようにアドバイスしてい
ますが、ポールソン氏はその必要性は認めたものの、政府の関与
については一切口にしなかったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   早く公的資金を投入しないととんでもないことになる
                   ――額賀財務大臣
―――――――――――――――――――――――――――――
 もっともこのときの額賀発言は、GSE救済を念頭に置いたも
のではなく、銀行への公的資金注入を意識して述べたものである
ことをお断りしておきます。
 もうひとつブッシュ政権が気を遣ったのは、それが大統領候補
者の発言に影響を与えることです。早い時期に大統領候補の誰か
が、十分事情を把握しないで「自分は絶対に国民の税金を投入す
る資本注入に反対する」というような公約を掲げ、その人が大統
領になったら大変なことになるからです。
 しかし、今回の政府の措置について、共和党と民主党の両候補
は、次のように賛成を表明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ☆共和党のマケイン氏
  ポールソン財務長官と話した。これはやるべきだ
 ☆民主党のオバマ氏
  長期かつ深刻な危機を避けるために政府介入を支持したい
         ――2008.9.8付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 再び日本の話です。1998年2月のことです。日本で資本投
入の法案が成立したのです。このとき、竹中平蔵氏をはじめ評論
家や銀行アナリストたちのほとんどは銀行への公的資金の注入に
は反対していたのです。
 これについて、リチャード・クー氏は、次のように述べている
のです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の銀行はそもそも貸し過ぎで、資本を無駄遣いしているの
 だから、早く貸し出しを減らして「リーン&ミーン」に、つま
 り贅肉を落としてスリムになるべきだというのがその理由であ
 った。それでも資本投入をするのであれば、不良債権の処理を
 含め、さまざまな条件を付けるべきだという論調であった。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この資本注入――うまくやらないと大変ことになって
しまうのです。  ――[サブプライム不況と日本経済/22]


≪画像および関連情報≫
 ●銀行による「貸し渋り」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  貸し渋りとは、健全な債務者――資金の借り手に対して、銀
  行が融資の条件を厳しくするなどして、融資に消極的になる
  ことをいいます。また、すでに融資している資金を積極的に
  回収することを一般に、貸し剥がしと呼んでいます。銀行が
  貸し渋りや貸し剥がしを行うと、中小企業は新規融資を断ら
  れたり、融資の継続を打ち切られたりして、銀行側からの資
  金供給が十分に受けられなくなります。すると、金融の仕組
  み(お金の流れや一時的なお金の貸し借り)がうまく機能し
  なくなり、経済活動を停滞させてしまいます。その結果、企
  業が連鎖的に倒産するシステミックリスクを引き起こす可能
  性が高まり、デフレをさらに深刻化させることが懸念されて
  います。               ――金融用語辞典
            http://www.findai.com/yogo/0104.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

宮澤喜一氏.jpg
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2008年09月16日

●「銀行の貸し渋りは拡大しつつある」(EJ第2411号)

 ファニーメイとフレディマックの両社に対する公的資金による
資本注入枠は最大で2000億ドル(22兆円)という巨額なも
のになっています。これによって「何としてでも破綻させない」
という政府の強い意思が示されたため、現在のところ、金利や株
価などに良い影響を与えつつあるといえます。
 政府の救済はこれだけではないのです。ファニーメイとフレデ
ィマックの両社が発行するMBS――住宅ローン担保証券を買い
上げていく計画なのです。その額は9月だけでも50億ドル(5
500億円)になるといわれています。さらに財務省による上限
のない融資制度も打ち出されているのです。
 なぜそこまでするのかというと、ファニーメイとフレディマッ
クの両社は、住宅金融市場から見ると実に頼れる存在になってお
り、なくてはならぬ存在だからです。
 住宅ローンに必要な資金を貸したり、元利金払いを保証したり
して、ひたすら住宅金融市場に資金を供給しているからです。と
くに2008年に入ってからは、金融危機で銀行が貸し渋りをは
じめているので、両社は市場が必要とする資金の約70%の資金
供給を担っているのです。まさに両社は住宅金融市場の「唯一の
支え役」となっているわけです。
 しかし、これだけの措置を施しても、米国の金融危機の先行き
は不透明であり、予断を許さないのです。この8月の失業率は、
6.1 %に跳ね上がり、景気の急減速が今後住宅ローンの焦げ付
きを一層加速させる恐れがあるからです。
 バーナンキFRB議長は2008年2月の議会証言で「中小企
業がこれからいくつか潰れるかもしれない」と発言し、続く3月
の議会証言では「景気後退もありうる」と明言しています。
 これは自己資本比率が8%を切る銀行が増えることが予想され
そうなると、銀行の貸し渋りが激増する懸念をあらわしたものと
思われます。貸し渋りが激化すると、確実に景気の足を引っ張る
からです。
 もうひとつ心配なことがあります。商業用不動産の動向です。
民間のある米金融大手は、商業用不動産など新たな損失の計上を
迫られる可能性を秘めているといわれます。
 個人住宅に関しては2006年頃から新築販売が落ち込んでい
たのですが、その頃は商業用不動産市場がきわめて堅調であり、
住宅建設がかなり落ち込んでもGDPには大きな影響は出なかっ
たのです。
 しかし、2007年の秋頃からその商業用不動産にも資金がま
わらなくなりつつあり、売れ行きも新規の建築もかなり減少して
しまっています。銀行の貸し渋りの影響はここまで及んでいるの
です。これまで、個人住宅の落ち込みを商業用不動産がカバーし
ていたのに、商業用不動産までおかしくなると、米経済の深刻度
はさらに増大することになります。9月9日の朝日新聞では、こ
れに関連して次の記事を出しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 不動産関連では、サブプライムから信用度の高い住宅ローンヘ
 と焦げ付きが広がってきた個人向けに加え、オフィスやショッ
 ピングモールなどの商業用不動産も今年5月末ごろからローン
 債権の価格が大幅に下落。400億ドル(約4兆3千億円)近
 い商業用不動産関連資産を持つとされる米証券大手リーマン・
 ブラザーズが売却を検討しているが、大きな損失が出て身売り
 に追い込まれる一因になりかねない、と米メディアは報じてい
 る。        ――2008.9.9付・朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は、このように米国で起きている銀行の不動産への貸し渋り
の影響が日本に及んできているのです。リチャード・クー氏はそ
の例として「J−REIT」を上げているのです。
 「J−REIT」というのは、2000年11月に施行された
改正投資信託法によって、それまで主として有価証券しか運用対
象にできなかったものが、それ以外の資産にも投資できるように
なったのです。その運用対象として注目されたのが不動産であり
その結果生まれたのが、不動産投資信託です。既に米国で「RE
IT」として普及しており、日本のREITという意味の「J−
REIT」と名付けられたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   Real Estate Investment Trust/不動産投資信託
―――――――――――――――――――――――――――――
 このJ−REIT――2007年前半までは外資にけん引され
て大変好調だったのですが、その外資がサブプライム問題で躓き
資金を回収したので、市場の勢いがなくなってしまったのです。
日本に問題があるから外資が引き揚げたのではなく、外資自身が
自らの事情で資金を引き上げたのです。このようにして、米国の
金融機関の貸し渋りの影響が、日本のみならず、世界各国の市場
でも今後起きることが予測されるのです。
 いま一番怖いのは、銀行の貸し渋りなのです。現在、米国では
貸し渋りの影響はどんどん拡大しつつあるのです。貸し渋りは自
己資本の毀損――BISの基準である総資産の8%を切ることに
よって起きるのです。
 これが起きると、確実に景気は悪化するのです。それは、既に
述べたように、リチャード・クー氏のいう次の事実に基づいてい
えることなのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 銀行の自己資本比率が8%を切ると、銀行は毀損した自己資本
 の12.5 倍の貸し出しを減らさなければならなくなり、景気
 は加速度的に悪化する。      ――リチャード・クー氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 貸し渋りに対する対策で一番参考になるのは、日本が行った政
府による銀行への資本注入であり、これしか有効な方法はないと
思われますが、果たして米政府は、それを行うことができるでし
ょうか。     ――[サブプライム不況と日本経済/23]


≪画像および関連情報≫
 ●「J−REIT」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本におけるREITは2001年に2銘柄でスタートし、
  その後ほぼ順調に拡大し、2007年2月末現在で41銘柄
  時価総額は5兆円に達している。時価総額の規模で、米国、
  豪州、フランスに次ぐ規模になっているが、対GDP比では
  シンガポールや香港などよりも依然低い水準にある。投資物
  件については、当初はオフィスビルが主体であったが、次第
  に商業施設・店舗や住宅等への投資も増加しており、200
  6年現在においてオフィスビルの占める割合は57%にまで
  低下し、商業・店舗が20%、住宅が18%、その他5%と
  なっている。米REITの投資物件はさらに多様であり、J
  −REIT市場においても今後投資物件の多様化が進むもの
  とみられている。          ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

REIT対象オフィスビル.jpg
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2008年09月17日

●「『使えないバズーカ砲』の使い方」(EJ第2412号)

 1998年2月のことです。日本で公的資金による資本注入の
法案が通って、銀行に資本注入をはじめることになったのです。
橋本内閣のときのことです。佐々波楊子慶応義塾大学教授を委員
長とする金融危機管理審査委員会を立ち上げ、その審査をによっ
て銀行に資本注入をしようとしたのです。
 しかし、公的資金の注入を必要とする銀行の頭取は自ら佐々波
楊子委員会に出向き、そこで銀行経営の問題点などを洗いざらい
指摘されたうえで、条件付きで公的資金が投入されるという申請
方式だったのです。
 当然のことながら、一行も佐々波委員会に出向かなかったので
す。そんなことをすれそばたちまち「あの銀行は危ない」という
噂が立って、風評被害を受けかねないからです。
 橋本政権のこの対応は間違っていたのです。銀行に公的資金を
注入する――これは銀行を救済するためではなく、貸し渋りから
中小企業を救い、国民経済を甦らせるのが目的なのです。この場
合、条件を付けては駄目なのです。
 実はリチャード・クー氏は、公的資金で資本注入を行う場合、
無条件でやるべきだとテレビの政治番組で主張していたのです。
条件を付けると、銀行は公的資金の受け入れを拒否し、貸し渋り
を続けることは明らかだったからです。
 佐々波委員会に一行も申し出てこないことに困惑した当時の自
民党の加藤紘一幹事長は、ひそかにリチャード・クー氏に相談に
行っているのです。そのとき、リチャード・クー氏は加藤幹事長
に次の歴史的逸話を教えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1933年、大恐慌のまっただ中でアメリカ政府は資本投入を
 しようとしたが、一行も申請してこなかった。銀行側は「申請
 した銀行は危険な銀行だ」と思われるのを懸念したのである。
 困ったルーズヴュルト大統領はJPモルガンに電話をした。当
 時のアメリカでいちばん格付けの高い銀行であるJPモルガン
 が受け入れれば他の銀行も安心して資本投入を受け入れるだろ
 うから、「資本投入に応じてくれないか」と頼んだのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 クー氏のこのアドバイスを受けて日本政府は、ルーズヴュルト
大統領がやったのと同じことをやっています。当時一番格付けが
高く、公的資金を必要としていない東京三菱銀行(当時)を説得
して1000億円の資本投入を受けてもらい、全部で1.8 兆円
の公的資金が銀行に入ったのです。
 そのとき政府は13兆円を用意していたのですが、1.8 兆円
しか投入できなかったのです。銀行への公的資金注入の難しさは
これによくあらわれています。このため、米政府は金融機関への
公的資金注入を逡巡しているわけです。あのポールソン米財務長
官は、金融機関への資本注入を「使わないバズーカ砲」(?)と
いって、記者を煙に巻いていたといいます。
 しかし、日本の場合、1.8 兆円投入の効果は歴然としており
あのすさまじかった銀行の貸し渋りの悪化はピタッと止まったの
です。続いて、政府はその翌年には7.5 兆円の第2次公的資金
注入を果たし、添付ファイルに見られるように貸し渋りは完全に
解消したのです。
 添付ファイルを見ていただきたいのです。このグラフは「0」
の上に行くほど銀行の貸し渋りは緩くなり、下に行くほど厳しく
なるのです。線には次の意味があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  実線 ・・・・・ 金融機関の貸出態度( 大企業)
  点線 ・・・・・ 金融機関の貸出態度(中小企業)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これを見ると、佐々波委員会によって1.8 兆円を投入した第
一次資本投入のときはドン底であったことがわかります。しかし
第2次資本投入の7.5 兆円の投入によって貸し渋りは、急速に
解消に向かっています。
 しかし、小泉政権になってもう一度貸し渋りに逆戻りの局面が
あります。これは「竹中ショック」と呼ばれています。一体これ
は何でしょうか。
 それは、当時金融・財政担当相であった竹中平蔵氏による次の
発言に起因します。
―――――――――――――――――――――――――――――
  公的資金は国民のお金だから、返すのは当たり前である
―――――――――――――――――――――――――――――
 この発言は一見すると正しいように聞こえますが、これは明ら
かに間違いなのです。自己資本が総資産の8%を切るので公的資
金を入れて資本の増強を図るのであって、投入する資金は明らか
に「資本」なのです。お金を貸したのではないのです。これにつ
いて、クー氏は次のように金融庁を批判しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 資本はなくなっても当然だから資本なのであって、もしも政府
 が投入した資金は返すのが当然だということになると、それは
 「借金」になってしまう。借金は資本とは認められない。だか
 ら本来であれば、金融庁が「借金だ」と言ったとたん、銀行は
 その資金を資本勘定から外さなければいけなくなる。そうした
 ら、自己資本比率は再度下がり、また貸し渋りが始まってしま
 う。そんな初歩的なことにも気づかないような人たちが金融庁
 のトップにいたのである。しかも彼らは資本投入をしたという
 ことで、権力をふりかざし要りもしない発言を繰り返し、箸の
 上げ下げにまで口を出し、銀行経営に干渉した。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/24]


≪画像および関連情報≫
 ●「使えないバズーカ砲」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  あなたがポケットに水鉄砲を持っているのなら、取り出して
  使わなければならないかもしれないが、バズーカ砲を持って
  いて、それを皆が知っているとしたら、取り出して使う必要
  はないだろう。        ――ポールソン米財務長官
  http://www.iwaifx.jp/column/market/2008/09/post-22.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●グラフ/日本で起きた貸し渋りと資本投入
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

貸し渋りと資本投入の効果.jpg

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2008年09月18日

●「米国の住宅価格は今後どうなるか」(EJ第2413号)

 今後米国経済はどうなるのでしょうか。米国経済の動向は日本
の経済に直結するので、よく調べる必要があると思います。その
鍵を握っているのは、米国の住宅価格が今後どうなるのかという
ことです。
 日本人にとって住宅といえば「住まい」であり、生涯住むため
のものであり、生涯最大の買い物といわれています。しかし、米
国人にとって住宅とは「貯蓄」なのです。
 米国の住宅は一回建てれば半永久的にもつという前提があり、
価格は土地も含めて上昇する――これが米国では常識だったので
す。確かに米国の住宅は、大恐慌時以外、その価格が全国的に下
がったことは、今までに一度もないのです。
 このような住宅上昇神話があるので、米国人は若いうちに住宅
を手に入れ、ある年齢になったときそれを売却すると、相当大き
なキャピタルゲインを手にすることができたのです。彼らはその
お金で老後を過ごすわけです。米国人が日本人ほど貯金や現金を
持たないのはこれが原因なのです。
 それでは、今後米国の住宅価格はどうなるのでしょうか。
 そのひとつの手がかりは、シカゴ・マーカンタイル取引所(C
ME)に上場している住宅価格の先物市場の動きです。添付ファ
イルを見てください。
 これは、野村総合研究所で作成したもので、シカゴに上場して
いる住宅価格の先物と、80年代から90年代にかけての日本の
近畿圏および首都圏のマンション価格(1平方メートル当たりの
分譲価格)の5か月移動平均をあらわしたものです。このグラフ
は、リチャード・クー氏の本に出ているものです。
 一見してわかるように、今回の米国の住宅価格の上昇と下落は
日本のバブル期とその崩壊とそっくりなのです。したがって、今
後の米国の住宅価格は、日本のそれと似たような経過をたどる可
能性があります。そうすると、2010年まではそのまま下落を
続ける可能性があるのです。
 米国と日本の違いは、日本はデフレであったが米国はそうでな
いということがあります。それに、日本の不動産バブルとその崩
壊は、商業用不動産からはじまっているのに対し、米国では個人
住宅が主導的であったことぐらいのものです。
 住宅価格が実際に2010年まで下落を続けると、家の価値が
住宅ローンの残額を下回ってしまう事態が生ずるのです。米国人
は住宅を「貯蓄」と考えているので、こういう事態が起きると一
挙にインセンティブが下がってしまうのです。
 この場合、家を返す、すなわち、「リターン・ザ・キー」をし
てしまえば借金は残らないので、資金的に余裕のある人でも次の
家に移るタイミングを稼ぐため、ローンの支払いをストップして
家には居座るという延滞のケースが増えてくるのです。
 ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授によると
住宅価格がローン残高を下回るケースは現在既に約800万件に
達しており、これは全体の住宅ローンの15%に当たるのです。
 800万件が15%に当たる全体の住宅ローンは5300万件
となりますが、2003年以降現在までに販売された住宅数は約
3600万戸もあるのです。それを購入した人のほとんどは、現
実にキャピタルロスを生ずることになり、住宅の価値がローンの
残額を下回ってしまう割合は今後激増することになります。
 また、米国では「ホーム・エクイティ・ローン」というものが
あるのです。あくまで住宅価格は上昇を続けるという前提に立っ
て住宅価格からローン残額を差し引いた住宅所有者の持ち分――
これをエクイティという――そのエクイティを担保にしてお金を
借りるのです。しかし、担保価格が減少し、マイナスになってし
まうと、その借金を早急に返さなければならなくなるのです。そ
れも個人消費を冷やし、景気後退の要因になります。
 このような状況を受けて、新規の住宅着工が落ち込むのは当然
ですが、そうだからといって、新規住宅の在庫は思うように減少
していないのです。
 新規住宅の在庫は通常4ヵ月程度で捌けるのですが、現在では
10ヵ月以上かかっています。したがって、通常の倍以上の在庫
が積み上がっているわけです。また、中古住宅の在庫についても
新規住宅のそれと同じような状況になっています。
 このような米国経済の現状について、サマーズ元財務長官は、
財政出動の重要性を説いているといわれます。リチャード・クー
氏の本からその部分を引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように、住宅価格の下落から個人がこれから貯蓄率を上げ
 る可能性が高く、しかも実体経済における住宅在庫の問題が非
 常に深刻であることの2点を考えると、かなり長期間にわたっ
 て政府が景気を下支えする必要がある、という結論になる。現
 に、サマーズ元財務長官は英『フィナンシャル・タイムズ』−
 2008年1月7日付の記事を皮切りに、景気対策、とりわけ
 そのなかでも財政出動の必要性を強く訴えている。なぜ財政出
 動かという点については、金融政策だけにすべてを期待するこ
 とには無理があり、また「金融政策に頼りすぎると極端な低金
 利からドル急落の恐れが出てくる」からである。その上で「政
 府による財政支出は確実に有効需要の拡大につながり、間接的
 にしか効かない金融政策に比べてデフレスパイラル回避の保
 険″にもなる」と言っている。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 サマーズ氏といえば、バブル崩壊期の日本の実情を正確に把握
していた人物であり、再三にわたって日本に対し、財政出動の重
要性を迫ったのですが、当時の橋本首相は、「構造改革で景気を
支える」と主張して聞き入れなかったのです。サマーズ氏は現在
米政府に対し、同じことを主張しているのです。当時と状況が似
ているからです。 ――[サブプライム不況と日本経済/25]


≪画像および関連情報≫
 ●ローレンス・ヘンリー・サマーズ氏について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ローレンス・ヘンリー・サマーズは米国の経済学者、政治家
  で、クリントン政権後半期に第71代米財務長官を務めてい
  る。2001年財務長官退任後は、ハーバード学長を務めて
  いたが、女性蔑視発言により、退任した。サマーズは、女性
  が科学で優秀な成績をあげられないのは素質の差だという発
  言により大学の内外から激しい批判を浴びた。2006年、
  サマーズは、6月30日をもって、ハーバード大学学長を辞
  任する趣旨を発表した。2007年年6月からはドルー・ギ
  ルピン・ファウストが女性初の学長に就任し、現在にいたっ
  ている。              ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●グラフ/下落基調を強める住宅価格の先物市場
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より

下落基調を強める住宅価格の先物価格.jpg
下落基調を強める住宅価格の先物価格
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2008年09月19日

●「財政出動は果たしてバラマキか」(EJ第2414号)

 9月14日の「サンデー・プロジェクト」(テレビ朝日)に自
民党総裁選候補者5人が顔を揃えたとき、田原キャスターが麻生
幹事長に対し、次のようにいったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 麻生さんは財政出動やるべしという主張をされていますが、参
 謀といわれるリチャード・クーさんの影響ですか。
                     ――田原総一朗氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに対し、麻生幹事長は、クー氏とは10年来の友人で参謀
などではないとしたうえで、クー氏の持論「バランスシート不況
論」を使って、財政出動がけっしてバラマキではないことを説明
したのです。
 麻生氏はさすがクー氏の理論がよくわかっていると感心したの
です。他の総裁候補はハナから聞く耳を持たないか、勉強してい
ないか、理解していないという感じだったのです。
 そのとき、麻生氏が主張していたことをクー氏の本からピック
アップすると次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今の日本は、金利をゼロにしても借りる人がいないという状況
 である。過剰債務を抱えている企業は、ゼロ金利でもお力ネを
 借りにくることはないからだ。それどころか、彼等はごく数年
 前までゼロ金利でも、何十兆円規模で借金返済をやっていた。
 そうすると、1000円の所得をもらった人が900円を使っ
 て残りの100円を銀行に預けても、この100円を借りて使
 ってくれる人がいないことになる。家計からは新たな預金がど
 んどん銀行に入ってきて、それを銀行は一生懸命貸し出そうと
 するが、肝心の借り手がいない。ゼロ金利でもいない。結局、
 個人が預けたこの100円は、銀行のなかで滞留してしまうこ
 とになる。そうすると、もともとは1000円の所得があった
 のに、実際にはそのうち900円しか使われてない。というこ
 とは、次の人たちの所得は、1000円ではなく、900円に
 なっていることになる。その人たちが、900円の所得の9割
 である810円を使い、一剖の90円を貯金したとする。する
 と、使われた810円は次の人の手に渡って彼等の所得となる
 が、銀行に来た残りの90円は誰も借りる人がいないので、ま
 た銀行のなかで止まってしまうことになる。(一部略)
  ここで言う景気対策とは、政府が国債を発行しておカネを借
 りて使う財政政策である。そして、それを実施したら経済は安
 定した。前述の金融機関に滞留しかねなかった100円を政府
 が企業に代わって借りて使ってしまったからだ。政府が100
 円を借りて使うと900円+100円で1000円になるので
 1000円の所得に対し1000円の支出が発生して、経済が
 安定したのである。        ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』より 東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本は変な国だと思います。小泉改革のはざまで「公共事業=
悪」という構図ができてしまい、政府はそれを経済政策として使
えなくなってしまっています。自ら経済政策の手足を縛っている
のです。
 そして、何かというと「800兆円を超える国の借金」を振り
かざし、赤字国債は出せないとくる。麻生幹事長も財政出動はす
るが、赤字国債は出さないといっているのです。しかも、今回限
りであるという。そんなことで景気を立て直せるはずがないので
す。かつて衆議院予算委員会の論客として鳴らした民主党の小泉
俊明氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 830兆円の国の借金がある、という。しかし金融財産は対外
 債券(米国債など)の200兆円を含めて580兆円ある。純
 債務は250兆円しかない。欧米ではこの数式で、すべて純債
 務で発表している。日本では金融資産を引かずに粗債務だけを
 出している。増税しないとダメと国民に納得させるためにデー
 タを加工し、ウソの数字を出している。非常に悪質だ。
  ――小泉俊明「増税でなく減税だ」/鈴木棟一の風雲永田町
         3580/2008.8.18付、夕刊フジ
―――――――――――――――――――――――――――――
 何しろ大蔵省(現財務省)は、あの終戦直後の日本中が焼け野
原になったときも一貫して増税と叫んでいたのです。彼らは増税
一辺倒であり、他に何の策はないのです。
 ローレンス・サマーズ氏が米政府に財政出動を迫ったというこ
とは、米国がかつての日本のようにデフレスパイラルに陥ること
を懸念したからなのです。
 サマーズ氏の提言を受けた米政府は2008年2月に1680
憶ドルの減税を行っています。しかも、民主・共和両党が協調し
て法制化し、米議会がスピーディに対応したことは、米政府が経
済の行方に強い懸念を持っていたことの証左といえます。
 しかし、リチャード・クー氏は、この減税に懐疑的なのです。
ひとつは、それが「減税」であることです。人々がこれからホー
ム・エクイティ・ローンなどの借金を払わなければならないとき
に減税を行っても、そのかなりの部分が貯蓄やローンに回ってし
まい、需要の拡大にはつながらないと思われるからです。
 もうひとつは、それが一回限りの景気対策であるからです。も
し、減税で効果を上げようとするなら、一回限りではなく、せめ
て2〜3年は続けないと効果が出ないのです。
 今回日本政府がやろうとしている景気対策も一回限りであり、
効果のないことは歴然としています。そして、他の対策も融資が
中心であり、効果が限定的であることは明らかです。目下借金返
済に追われているまともな企業が、自らの首を絞める借金をする
でしょうか。彼らは仕事が欲しいのであり、必要なのは、日本も
米国もやはり公共事業である――そのようにクー氏はいっている
のです。    −――[サブプライム不況と日本経済/26]


≪画像および関連情報≫
 ●「総合経済対策」について/ロイター通信
  ―――――――――――――――――――――――――――
 [東京 29日 ロイター] 政府・与党は29日、原材料や
  食料品の価格高騰など物価高対策を盛り込んだ総合経済対策
  を決定した。中小企業に対する資金繰り支援や高齢者医療対
  策などを柱に2009年度予算も展望した事業規模は11兆
  7000億円以上、予算規模は2兆円以上となった。緊急を
  要する施策については1兆8000億円程度の2008年度
  補正予算を編成し、9月12日召集の臨時国会で早期成立を
  目指す。補正予算の財源について福田首相は「赤字国債の発
  行は行わない」と明言したが、公明党が主張してきた定額減
  税の08年度内実施も明記するなどさらなる財政措置が迫ら
  れることは確実。市場からは、対策効果に懐疑的な見方も聞
  かれる。
  http://news.nifty.com/cs/economy/stockdetail/reuters-JAPAN-335164/1.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

リチャード・クー氏と麻生幹事長.jpg
 
<リチャード・クー氏と麻生幹事長>
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2008年09月22日

●「金融危機に対する米金融当局の対応」(EJ第2415号)

 米国の金融危機に対して、ポールソン米財務長官とバーナンキ
FRB議長がその対応に追われています。しかし、その対応は日
本に比べると非常にスピーディーです。
 9月20日の「ウェーク」(日本テレビ)に出演した元総務相
竹中平蔵氏と財団法人・日本総合研究所会長寺島実郎氏は次のよ
うに2人(米金融当局)のことを評価しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ポールソンとバーナンキのコンビは実によくやっている
                    ――竹中平蔵氏
  金融危機に対し、米金融当局は実に機動的に動いている
                    ――寺島実郎氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに対して日本は、総合経済対策を決めたものの、福田首相
が政権を放り出し、自民党は総裁選をやっているのです。今日投
票が行われることになっていますが、新首相が決まったら状況に
応じて、所信表明演説に対する各党代表質問の終了直後の10月
3日に衆議院を解散するといっている――そうすると、総合経済
対策の実施は来年の話になってしまいます。
 今まで解散を求められると、「この時期に政治空白は好ましく
ない」と言い続けてきた自民党としては、自らが長期の政治空白
を続けていることをどう考えているのでしょうか。
 ヘンリー・ポールソン財務長官は現在61歳ですが、2006
年5月に財務長官に就任しています。前任者は、ジョン・スノー
氏ですが、大型減税や年金・医療改革などに関する国民への説明
能力が問題視されて事実上更迭されたのです。
 ポールソン氏は、1974年にゴールドマン・サックス社に入
社し、投資銀行部門で力を発揮します。1994年には社長兼最
高執行責任者(COO)に就任しています。そして、1999年
1月に会長兼最高経営責任者になったのです。つまり、ポールソ
ン氏は世界最大の投資銀行の経営トップなのです。
 投資銀行というのは、顧客企業が有価証券の発行による資本市
場からの資金調達をサポートしたり、合併や買収などの財務戦略
を行うさいのアドバイスを行う金融機関――個人向け業務は行わ
ないので、法人向け証券会社と考えとわかりやすいです。
 2008年3月に破綻したベア・スターンズやこの9月15日
に破綻したリーマン・ブラザーズも同じ投資銀行であり、ゴール
ドマン・サックスは、そういう投資銀行の世界のトップの地位に
ある投資銀行なのです。
 今回、リーマン・ブラザーズに公的資金が入らなかったことを
巡って、いろいろなことがいわれています。『週刊文春』/9月
25日号には次のようのように書いてあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ポールソン財務長官はゴールドマン出身で、昔からファルドと
 仲が悪かった。公的資金が入らなかったのは、その人問関係の
 せいだと。ファルドは、もう14年もCEOをやっていて、リ
 ーマンを『マイ・カンパニー』と呼んでいる。彼は傲慢な性格
 のために周りはイエスマンばかり。今回の協議でも長期政権の
 弊害が出たのではないか」(リーマン関係者)
            ――『週刊文春』/9月25日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米金融当局が投資銀行の危機に対して、直接手を出さないこと
にはきちんとした理由があるのです。それは、1933年のグラ
ス・スティーガル法の影響で、銀行業務と証券業務とを明確に分
離して考えているからです。
 米金融当局は、預金や決済システムを担っている商業銀行の破
綻には責任を持つものの、投資銀行や証券会社の破綻には原則と
して手を出さないのです。それが直接的に預金や決済システムの
安全を脅かすものではないという考え方です。
 投資銀行や証券会社が扱っているのは「リスクキャピタル」で
あり、それは貯金や決済に使われる預金とはまったく別の性格の
お金であると考えているからです。もちろん民間のリスクキャピ
タルの面倒も見るべきではないということになります。
 もっとも近年では、当時では想定していなかった多様な金融商
品やサービスが次々と登場してきていることから、次第に実情に
そぐわなくなってきており、たとえば兼業や兼職禁止の規定につ
いては、1999年の金融制度改革法「グラム・ビーチ・ブライ
リー法」によって改定されていますが、基本原則としては残って
いるのです。
 それでは、米金融当局はどうしてAIGを救済したのでしょう
か。その経過を追ってみることにします。
 9月12日の時点では、AIG経営幹部はリストラ案をまとめ
そのために必要になる40憶ドルの資金の調達は十分可能である
と思っていたのです。複数の企業買収ファンドが増資に関心を示
していたからです。
 しかし、14日にかけてリーマンの破綻が現実味を増すと、増
資に関心を示していた買収ファンドは次々と姿を消したのです。
「15日の市場開始までに何とか間に合わせなければ」とAIG
経営幹部は、著名な投資家ウォーレン・バフェット氏にまで協力
を要請したのですが、失敗に終わります。そして、15日に増資
失敗を織り込んだ主要格付け会社がAIGの格下げを発表すると
AIGの資金繰りは一挙に悪化したのです。
 同日、銀行システムの中心をなす銀行間融資の金利(LIBO
Rのドル翌日もの)が、前日の3.1 %から6.5 %へと急騰。
これは、米英の主要銀行の多くが「次はどの銀行が破綻するかわ
からないので、どこにも金を貸さない」との不安を一気に強めた
ことを示しているのです。
 FRBは、ゴールドマン・サックスをはじめとする米有力金融
機関による民間融資の道を探ったものの失敗。結局、FRBと財
務省は共同でAIGの救済案をまとめ、ブッシュ大統領の承認を
取り発表したのです。―[サブプライム不況と日本経済/27]


≪画像および関連情報≫
 ●グラス・スティーガル法について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1933年に成立した米国銀行法。銀行の証券引受業務や株
  式の売買を禁止するなど、銀行業務と証券業務の分離を定め
  た4カ条を指すことが多い。世界大恐慌の反省から、預金者
  保護・銀行経営の健全性確保を目的として制定された。しか
  し、1999年のGLB法――「グラム・ビーチ・ブライリ
  ー法」によって、この銀行と証券の分離条項は廃止された。
                   ――金融用語辞典より
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポールソン財務長官とバーナンキ議長.jpg
ポールソン財務長官とパーナンキ議長
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2008年09月24日

●「バーナンキは大恐慌の研究家である」(EJ第2416号)

 ベン・バーナンキFRB議長――1975年にハーバード大学
経済学部を最優等学位をもって卒業し、1979年にはマサチュ
ーセッツ工科大学で、経済学博士号を取得しています。FRB議
長になったのは、2006年2月のことです。
 国の経済に対する政府の政策としては、財政政策と金融政策の
2つがあります。バーナンキ議長が得意とするのは、金融政策な
のです。バーナンキ議長は、ミルトン・フリードマンの学統を継
承している経済学者なのです。
 2007年9月に5.25 %であったFFレートは、現時点で
2.00 %に下がっています。バーナンキ議長は約6ヵ月で、実
に3.25 %も下げたのです。これは前代未聞の利下げスピード
なのです。ここにバーナンキ議長の金融政策重視派の学者として
の一端を見ることができます。
 バーナンキ議長の学者としての最大の業績は「大恐恐の研究」
なのです。英語では何かのマニアのことを「〜バフ」というので
す。元防衛相の石破茂氏のような「軍事オタク」は「軍事バフ」
というように使います。
 バーナンキ議長は自ら「グレート・ディプレッション・パフ」
といっているので、「大恐慌オタク」ということになりです。バ
ーナンキ議長には大恐慌に関する多くの論文がありますが、その
結論は次のようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     大恐慌は金融政策のミスによるものである
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 1930年代の米国の大恐慌について、バーナンキ議長は19
29年〜31年にかけての最初の2年間で、ニューヨーク連銀が
もっと積極的に市場に資金を供給していれば大恐慌は防げたはず
である――このようにいっているのです。ちなみに当時の金融政
策はワシントンにあるFRBではなく、ニューヨーク連銀が主導
していたのです。
 今やバーナンキ議長は、まさに当時のニューヨーク連銀の立場
にいるのです。ここはかねてからの主張通りに金融政策で危機を
乗り切りたいと考えているはずです。そういうわけで、彼はわず
か半年で3.25%もFFレートを下げたのです。
 リチャード・クー氏は、こういうバーナンキ議長の金融政策に
ついて、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 かつて彼がまだ学者だった時、日本の景気低迷を見て、日銀に
 向かって「日銀はトマトケチャップを買ったらどうだ。そうす
 れば景気は良くなる」と発言したことがある。当時のアメリカ
 の学者たちはひどい言葉を使って、日本の金融当局をボロクソ
 にこき下ろしていたが、バーナンキはその代表格であった。今
 やそのバーナンキは自分が当時の日銀の立場に立たされている
 のである。だから、バーナンキは急速に金利を下げたわけであ
 るが、今後さらに下げることも辞さないだろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 かつての日本は、8%からO%まで金利を下げたのですが、何
事も起こらなかったのです。景気も良くならなかったし、不動産
価格も下がり続けたのです。
 金利政策が機能するのは、お金を借りたいと考えている人が多
くいることが条件となります。そういう状況のもとで金利が下が
れば、お金を借りる人が増えるだろうし、金利が上がればお金を
借りて使うことを止める人が出てくるはずである――すなわち、
経済が金融政策に反応するのです。
 しかし、バブルの崩壊で失敗した人は、その反省から自己のバ
ランスシートを修復しようとして、低金利でもお金を借りなくな
るのです。これが、いわゆるリチャード・クー氏のいうバランス
シート不況論です。
 ITバブルが崩壊したとき、当時のグリーンスパン前FRB議
長は、FFレートを1%まで下げたのですが、ナスダックの指標
は元に戻らなかったのです。バランスシート不況下では金融政策
は効かないのです。
 同様にバーナンキ議長は金利を2%まで下げましたが、住宅価
格は、現物も先物もまったく反応しておらず、住宅価格は下がり
続けたのです。唯一反応したのはドルだけなのです。
 学者という職業の人は、普通の人よりも本をよく読む人たちで
あるはずです。バーナンキ氏も学者であれば、いくら自分の理論
に反する人の本――たとえば、リチャード・クー氏の本なども読
むべきでしょう。つねに自分の考え方がどのような場合でも正し
いとは限らないからです。
 リチャード・クー氏のバランスシート不況論はわかりやすいし
納得性があります。バーナンキ議長もクー氏の理論を研究し、自
分とは違う視点からなぜ経済を見ようとしないのでしょうか。そ
してもし反論があれば、そういう主張をすればよいのです。
 リチャード・クー氏は、今までの経済学には次の視点が完全に
抜け落ちていると指摘しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   バブルが崩壊すると、企業や家計が借金返済に回る
―――――――――――――――――――――――――――――
 バーナンキ議長は、自分の金融政策に唯一反応するドル――ド
ル安を介して輸出を伸ばす政策を取ろうとしているのではないか
と思われます。本来米国は、貿易赤字国なのであるから、ドルの
為替レートを下げることによってドル安にし、貿易収支を改善し
て、住宅分野に過度に依存していた経済を改め、製造業や輸出が
引っ張る経済にしていこうと考える――バーナンキー議長はそう
考えたのでしょう。――[サブプライム不況と日本経済/28]


≪画像および関連情報≫
 ●バーナンキ議長のサブプライム問題に関する発言
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2008年4月2日、上下両院合同経済委員会で経済見通し
  について、「現時点では実質国内総生産(GDP)は、20
  08年上半期はそれほど成長せず、若干縮小する可能性もあ
  るようだ。下半期には、金融・財政支援策の効果などで経済
  活動は強くなる見通し。ベアー・スターンズがもし破たんし
  ていたら収拾が極めて困難で深刻な状況を招いていた可能性
  がある」と証言し、年後半の景気回復に対し明るい見通しを
  示した。2008年4月4日、雇用統計や失業率の大幅な悪
  化にもかかわらず、年後半の景気回復の期待が広まりダウ平
  均株価、NASDAQとも堅調な値動きとなった。
               ――バーナンキ議長の発言より
  ―――――――――――――――――――――――――――

バーナンキとクー.jpg
バーナンキ議長とクー氏
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2008年09月25日

●「なぜ、証券会社が先に破綻するのか」(EJ第2417号)

 連日驚愕すべきことが次々と起こっているので、何が何だかわ
からなくなっている人も多いと思います。いま、何が起こってい
るのか。これから何が起ころうとしているのか。問題を整理しな
がら、先に進めたいと思います。
 かつての米国の大手証券会社(投資銀行)のベスト5は次の通
りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       第1位:ゴールドマン・サックス
       第2位:モルガン・スタンレー
       第3位:メリルリンチ
       第4位:リーマン・ブラザーズ
       第5位:ベア・スターンズ
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、第5位のベア・スターンズが米銀大手のJPモルガン・
チェースに買収され、第3位のメリルリンチは米銀大手のバンク
・オブ・アメリカへの身売りで合意、そして、第4位のリーマン
・ブラザーズは破綻ということで、5つのうちの3つは姿を消し
ているのです。
 第2位のモルガン・スタンレーも単独での立て直しは困難にな
りつつあるようで、三菱UFJから巨額の出資――9000億円
を受け入れることになったのは、ご承知の通りです。9月19日
の週末に打診があり、22日深夜に基本合意に達したという異例
の即断即決だったのです。この増資がモルガン・スタンレーの現
在計画する唯一の資本増強策であるということです。すべてが、
2008年の出来事であり、これは尋常ならざることです。
 なぜ、証券会社ばかりがこういうことになるのかというと、証
券各社はFRBの監督下になく、規制が緩いこともあり、野放図
に業務を拡大できたのです。とくにリーマンはその傾向が強く、
今までやりたい放題やってきているのです。そういうところにサ
ブプライムローン・ショックが襲ってきたというわけです。
 それでは、サブプライムローン・ショックとこうした証券会社
の危機とは、どのように結びついているのでしょうか。
 添付ファイルの図をごらんください。そもそも今回の金融危機
はバブルの崩壊が原因なのです。10年前の日本は不動産のバブ
ルがはじけたのですが、それまでの日本では昔から「土地神話」
というものがあったのです。
 土地さえ持っていれば、それは確実に値上がりを続けるので財
産も築けるし、それを担保にして銀行からお金も借りられる――
これが土地神話です。実際に土地の価格は一貫して上がって行っ
たのですが、それが突然音を立てて崩れたのです。
 それでは米国の場合はどうでしょうか。
 米国には「住宅神話」というものがあったのです。確かに大恐
慌以来70年以上にわたって、住宅価格は上がり続けていたのは
確かです。あのグリーンスパン前FRB議長でさえ、住宅価格に
ついては大丈夫だといっていたくらいです。
 それが、サブプライムローンの焦げ付きがきっかけで、突然下
がり始めたのです。傷んだ証券化商品を持つ世界中の金融機関が
相互に相手がどのくらい損失を抱えているか不安になって信用で
きなくなり、疑心暗鬼に陥ったのです。
 こうした信用不安による損失が金融機関の経営を悪化させ、さ
らなる信用不安を巻き起こします。証券会社の場合、証券化商品
の在庫を多く持たざるを得ないことと、銀行と違って自由な商売
ができたので、リスクの多い商品を扱っており、その前提になる
住宅価格が下落すると、崩壊は早いのです。そういうわけで、証
券大手5社中3社までが崩壊するか買収され、1社が邦銀から巨
額の出資を受け入れる――こういう事態になったのです。
 そうなると、株が売られて株価は下落するとともに、銀行に貸
し渋りが起こって景気が後退します。この現象は米国のみならず
日本でも既に始まっているのです。それがさらなる住宅価格の下
落を招くという悪循環に陥っているのです。
 それではこのあとどうなるのでしょうか。
 このあと銀行経営に問題が起こってきます。それをいかにして
食い止めるかが、一国の金融当局の腕の見せどころということに
なります。
 バブルが崩壊すると、土地や住宅などの資産価格が下落します
が、最初のうち下落は一時的なものであると判断し、人々は具体
的な行動を起こそうとはしないものです。こういう状況をクー氏
によると「ディナイアル」というのです。
 1992年までの日本と2007年までの米国は、まさにこの
ディナイアルの局面だったのです。
 しかし、やがてバブル崩壊が進むと、企業のバランスシートを
直撃するようになります。そうすると、人々は一気に慎重になり
債務の圧縮という自己防衛行動に走るようになります。
 大勢の人が借金返済や不良債権の処理という行動をとるように
なると、ひとり一人は正しい経済行動をとっているつもりでも、
マクロ環境としては経済は悪化してしまうのです。これを「合成
の誤謬」といいます。
 このようにして、人々はお金を借りようとはしなくなり、民間
の資金需要はなくなってしまうのです。つまり、「企業や家計が
借金返済に回る」のです。今までの経済学にはこういう視点が完
全に抜け落ちていたのです。ケインズにもフリードマンにもこの
視点はないのです。
 こういう状況になると、中央銀行による金融政策は無力化して
しまいます。こういうときは、民間の余剰貯蓄を政府自らが借り
て使い、自己資本が不足している銀行には資本注入をするなどの
政策が必要なのです。これは財政政策そのものであり、これによ
り、合成の誤謬に終止符が打てるのです。
 しかし、すべては金融政策で解決できると考えているバーナン
キFRB議長は、こういう財政政策を取ることにかなり躊躇うは
ずです。     ――[サブプライム不況と日本経済/29]


≪画像および関連情報≫
 ●「合成の誤謬」について/経済コラムマガジンより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「合成の誤謬」は理解しやすい概念である。マクロ経済学を
  学んだ者なら誰でもが認識していると思われる。経済学を学
  ばなくとも現実の経済に携わっている者なら漠然と理解して
  いるはずである。ところが、この言葉は一般の人々に浸透し
  ていない。特に日本のメディア界ではほとんど無視されてい
  る。したがっていまだに多くの人々は、一企業が良くなるこ
  とが常に日本経済全体にもプラスになると誤解している。
           http://www.adpweb.com/eco/eco468.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

金融不安連鎖の仕組み.jpg

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2008年09月26日

●「救済されたベアとされなかったリーマン」(EJ第2418号)

 ニューヨーク大学にノリエル・ルービニという教授がいます。
このルービニ教授は、3年前から米国の住宅バブル崩壊を予言し
ていたのですが、予言は的中し、ルービニ教授の指摘通りになっ
ています。ルービニ教授は、この7月に、ブルームバーグTVの
インタビューで次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米投資銀行4社――ゴールドマン、モルスタ(モルガン・スタ
 ンレー)、メリル、リーマン)は破綻するか、もしくは伝統的
 な商業銀行によって買収されるだろう。
          ――「週刊エコノミスト」/9月30日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 その根拠として、ルービニ教授は投資銀行の「資金調達におけ
る脆弱性」を指摘しています。商業銀行と投資銀行とはどのよう
に違うのでしょうか。
 商業銀行と投資銀行の一番大きな違いは、商業銀行には預金業
務があるのに対して、投資銀行にはそれがないという点にありま
す。銀行にとって預金は、低コストで得られる貴重な資金であり
それだけでも銀行には安定感があります。
 これに対して投資銀行は、株式や社債、銀行からの借り入れな
ど、通常の企業と同じ手段で資金調達を行っているのです。その
中で、短期金融の手段としてよく使われるのが「レポ取引」とい
われるものです。
 「レポ取引」というのは、買い戻し条件付き売却契約のことで
証券を担保として使う融資の一種です。短期資金が必要になった
投資銀行は、保有している証券を銀行などに売却し、将来の一定
の日――たとえば一ヶ月後に一定価格で買い戻すのです。そのさ
いの価格は売却価格よりも高く設定され、その差額分が利息にな
るのです。
 日本ではこの取引のために証券として国債が使われますが、米
国では株式や資産担保証券(ABS)、住宅ローン担保証券(R
MBS)などが使われるのです。
 このレポ取引――担保になる証券の価格が安定しているときは
いいのですが、サブプライム問題で価格が下落すると、追加担保
を求められたり、売却契約そのものが成立できなかったりして、
投資銀行は一挙に資金不足に陥ってしまうのです。ベア・スター
ンズとリーマン・ブラザーズの破綻の原因のひとつがこのレポ取
引の不成立だったのです。
 9月22日のロイター通信によると、米ゴールドマン・サック
スとモルガン・スタンレーは、銀行持ち株会社に移行することに
なったと報じています。これは投資銀行から銀行になることを意
味しています。これによる大きな変化は、両社の監督権限が今ま
での証券監視委員会から連邦準備理事会(FRB)に移り、自己
資本規制比率に縛られるようになることです。
 この動きは、ハイ・レバレッジ(てこの原理)を使って借入金
を膨らませて高収益を上げてきた投資銀行のビジネスモデルの終
焉を意味しています。
 ここで解けない謎がひとつあります。それは、米政府が業界第
5位のベア・スターンズは事実上救ったのに、業界第4位のリー
マン・ブラザーズをなぜ見殺しにしたのかということです。
 ベア・スターンズは破綻し、JPモルガン・チェースに買収さ
せるかたちをとっていますが、政府はニューヨーク連銀を通して
必要な資金供与をしているのです。国有化はしていませんが、事
実上救済しているのです。
 しかし、なぜ、リーマンは救済しなかったのでしょうか。
 大きな理由としては、次の2つがあげられます。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.ベイルアウトを容認する政治意思がなくなったこと
  2.システミックリスクの懸念は少ないという当局判断
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の理由は、政府としてモラルハザードをこれ以上醸成した
くないという政治意思を示したことです。
 3月のベア・スターンズの救済に続き、9月のファニーメイと
フレディ・マック、さらにAIGへの救済措置と短い期間に4つ
の救済を重ねており、政府としてモラルハザードをこれ以上醸成
したくないと考えたのです。ノー・ベイルアウト(救済しない)
という政府の意思です。まして、大統領選挙の年であり、あまり
納税者の税金を使うことは不利と考えたものと思われます。
 第2の理由は、リーマンの場合、ベア・スターンズに比べて、
CDS取引が多いないという判断があったことです。
 CDS――クレジット・デフォルト・スワップといって、企業
に融資したが、企業が倒産して貸し付けたお金を返してもらえな
いリスクを対象とするデリバティブ――一種の保証業務と考える
とわかりやすいと思います。
 このデリバティブの取引関係は複雑であり、ベア・スターンズ
の場合、CDSにはとくに力を入れていたのです。したがって、
もし、ベア・スターンズを破綻させると、複雑な連鎖破綻が起こ
り、システミックリスクが起きかねないという懸念があったもの
と思われます。これに対してリーマンは、ベア・スターンズほど
CDSは多くないと当局は判断していたのです。
 また、ベア・スターンズの破綻は突然であったのに対して、リ
ーマンの場合はその半年後のことであり、市場がリーマンの経営
難を織り込んでいたと当局は考えたのです。
 そのほか、リーマンが救済されなかったのは、最初に買収先と
して名前の上がったのが、バークレイズ(英国)であって外銀で
あったことも政府が資金を供与しにくくしたといえます。
 また、リーマンのCEOが途方もない報酬を手にしており、そ
の商売のやり方が強引であるところから、そういう企業を救済す
ることへの納税者の反発も考慮したのではないかともいわれてい
ます。いずれにせよ、リーマンは救済されにくい状況にあったこ
とは確かです。  ――[サブプライム不況と日本経済/30]


≪画像および関連情報≫
 ●レポ取引について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  レポ取引とは、債券の貸借取引のことで、当事者の一方が他
  方に債券を貸出し、見返りに担保金を受入れ、一定期間経過
  後にこの債券の変換を受けて担保金を返却する取引のこと。
  リパーチェス取引とも呼ばれる。債券の借り手は、債券に対
  する貸借料を支払う。この差額(担保金金利−債券貸借料)
  がレポ−レートと呼ばれる。日本でレポ市場という場合、現
  金担保付債券貸借市場のことを言う。借り手はトレーディン
  グ決済に必要な債券を調達すること、貸し手は債券の品貸料
  担保金の運用益の獲得を目的として取引が行われる。
  ―――――――――――――――――――――――――――

ベア・スターンズ.jpg
ベア・スターンズ
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2008年09月29日

●「全世界が財政出動を/IMF専務理事」(EJ第2419号)

 9月21日(日)、池袋東武百貨店にある旭屋書店で私が目撃
したことについてお話しします。偶然かもしれませんが、副島隆
彦氏の次の新刊書が次々と売れているのをみたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
              副島隆彦著/祥伝社刊
    『恐慌前夜/アメリカと心中する日本経済』
     ――Lies, Big Lies and Statistics――
―――――――――――――――――――――――――――――
 私も副島氏の新刊書を買おうとしていたので気が付いたことで
すが、話題の本のコーナーに平積みになっている本のうち、副島
氏の本だけが一冊だけになっていたのです。明らかにその本だけ
が売れている感じでした。
 しかし、その残っている本が少し汚れているような感じがした
ので、私はビジネス書のコーナーに行って、副島氏の本を探した
のです。しかし、そこにも一冊しかなかったのです。
 明らかに売れている――そうなると、早く買わなければという
気持ちになって、その本を購入したのです。帰りに再び話題のコ
ーナーに戻ってみると、そこに一冊あった副島氏の本はなかった
のです。ウソのような話ですが、本当のことです。
 副島隆彦氏の本はよく売れることで定評がありますが、それに
しても目の前でこれほど売れるというのは大変なことです。どう
してそんなに売れるのでしょうか。
 「恐慌」――何やら恐ろしい響きがする言葉ですが、サブプラ
イムローン問題に端を発する昨今の米金融危機の状況を見ている
と、米国発の恐慌が近いのではないかと考える人が多くなってい
るのではないかと思います。世界経済の動向に関心のある人であ
れば、それに関する情報がこの本に書かれているのではないかと
考えて、買う人が増えているのでしょう。
 確かに、本書には驚くべきことがたくさん書かれています。と
くに第4章の内容には興味深い情報に溢れています。ところで、
この本のサブタイトルに書かれている英文は何を意味しているの
でしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
       Lies, Big Lies and Statistics
―――――――――――――――――――――――――――――
 副島氏によると、これは有名な英国の格言(マキシム)で、ユダ
ヤ人の大宰相ディズレーリが言った名言なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世の中には3つの嘘がある。それは、ただの嘘と大嘘、そして
 統計学のふりをした、高等数学で表わされる嘘八百の金融・経
 済のあれこれの数値のことだ。
                 ――副島隆彦著/祥伝社刊
         『恐慌前夜/アメリカと心中する日本経済』
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで第3の嘘である「スタティスティクス」というのは、具
体的にはデリバティブのことをいっているのです。何しろ現在の
金融の世界は、元手が100万円しかないのに3億円のビジネス
だって可能なのです。
 レバレッジ300倍ならそうなります。金融先物やFX(外国
為替証拠金取引)ではそういう取引がごく日常的に行われている
のです。これは金融博打以外の何物でもないのです。だからこそ
大金融機関でも一夜にして潰れてしまうことになります。「スタ
ティスティクス」というのはそういうものを指しています。
 さて、米金融危機による再編・淘汰の波が、「証券」から「銀
行」に広がりつつあります。米貯蓄金融機関(S&L)最大手の
ワシントン・ミューチャルが経営破綻したからです。今後も預金
流出によって資金繰りが悪化しかねない銀行が増加する可能性も
あり、不安が広がっています。
 こういうさいに政府はどう対応すべきなのでしょうか。これに
関して、2008年1月末のダボス会議で、ストロスカーンIM
F専務理事は次のように発言しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アメリカだけでなく、全世界が財政出動で対応すべきである
            ――ストロスカーンIMF専務理事
―――――――――――――――――――――――――――――
 何度も述べているように、金融危機に対して国がとれる政策に
は、金融政策と財政政策の2つがあります。状況に応じて2つの
政策を使い分けて危機を鎮静化させるのが政府の役割ですが、な
ぜか財政政策に関しては腰が重く、なかなか取ろうとはしないの
です。米国の場合、バーナンキFRB議長のように金融政策至上
主義者が多いからです。
 金融危機が銀行にまで波及してきた場合、資本注入が必要にな
りますが、これは政府が資金を出すので、財政政策ということに
なります。
 現在、米議会で調整が続いている金融安定化法案も7000憶
ドル(75兆円)もの公的資金を投入する財政政策です。しかし
納税者の理解が得られないとして、成立が難航しているのです。
 このストロスカーンIMF専務理事の発言を引き出したのは、
財政出動派のサマーズ元財務長官なのですが、サマーズとしては
ストロスカーンが「財政出動はダメだ」というと思っていたのに
予想に反してこの発言をしたので驚いたといいます。いや、世界
中が驚いたのです。
 このダボス会議には福田前首相も行っていたのですが、世界経
済フォーラムのシュワブ会長が福田前首相に、IMF専務理事の
発言をどう思うかと聞いたところ、福田前首相は「財政出動が日
本の場合はベストという状態には今はない」と答えたというので
す。世界が協調して不況に立ち向かおうというときに、日本は協
力しないということになるのです。なにしろ日本では「財政出動
=バラマキ=悪」となっているので、そう答えるしかなかったも
のと思われます。  ―[サブプライム不況と日本経済/31]


≪画像および関連情報≫
 ●IMF専務理事の発言と日本
  ―――――――――――――――――――――――――――
  IMF専務理事の発言で「余裕のある国は財政出動を」とあ
  る。余裕のある国、余裕のない国とは何で区別するのかと言
  えば、インフレ率だ。アメリカも景気対策をやってよいのか
  どうか、それが唯一の問題だった。インフレ率がすでに高す
  ぎる国は、それ以上景気刺激をするのは危険だ。しかし、そ
  の点で、日本はデフレ経済なのだから世界で最も余裕がある
  国であり、何の問題もない。国の借金が多すぎるから、もう
  これ以上借金はできないと言うが、本当にこれ以上借金でき
  ないのなら、事実上破綻しているのであり、国債は事実上紙
  くずになっているのである。国債は絶対に紙くずにしないと
  国は言っているのだから、これ以上いくらでも借金はできる
  ということだ。
  http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2008/01/imf_bdc8.html
  ―――――――――――――――――――――――――――――

「恐慌前夜」.jpg
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2008年09月30日

●「ストロスカーン発言を伝えない日本の新聞」(EJ第2420号)

 昨日のEJで、今年の1月のダボス会議において、IMFのス
トロスカーン専務理事が「世界各国が財政出動すべきである」と
発言したことを取り上げましたが、これは日本をのぞく世界中に
大きな波紋を広げたのです。
 なぜ、世界中が驚いたかでありますが、IMFの今までの考え
方からいうと、IMFがそのような発言をするとは、とうてい考
えられなかったからです。
 その驚きの度合いは、ストロスカーン専務理事が発言した翌日
の「フィナンシャル・タイムズ」もこの発言を「180度変わっ
たIMF」という見出しをつけて、専務理事の写真まで付けて報
道しているのみてもわかることです。
 IMFは、どこかの国の財務省のように、どんなときでも「財
政再建」を唱えてきたところなのです。そのため、IMFの3文
字は、次のことばの省略語であるといわれるほどです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    IMF=It's mostly fiscal./常に財政再建
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、今までのIMFはどのような問題が持ち上がっても、
「財政再建を・・・」といってきたのです。1997年の日本に
対してもIMFは「財政再建をやれ!」と言い続けて、日本経済
を5期連続のマイナス成長という事態に落し入れたのです。
 そういうIMFが今までの主張と正反対の「財政出動」を口に
したのですから、世界は驚いたのです。逆にそれだけ今回の金融
危機が深刻なものであることをストロスカーン専務理事は既に1
月の時点で見抜いていたものと思われます。
 ストロスカーン専務理事は、正確にいうと「余裕のある国は財
政出動をやれ」といっているのです。余裕のある国というのは、
「インフレ率の低い国」を意味しています。そうなると、まだデ
フレ経済から脱却していない日本は、もっとも適合している国と
いうことになります。ストロスカーン専務理事は、福田首相が会
場にきていることを知っていて、あえて日本を意識して発言した
のではないかと思われます。
 しかし、日本国内は相変わらず「財政再建」一色です。これは
日本の財務省が小泉政権の5年間間をかけて、一貫して「国の借
金を増やしてはならない」と言い続けてきた結果です。いってい
ることはけっして間違っていないことですが、そのときの経済に
とっては致命傷になることもあるのです。
 しかし、小泉政権のときは実はあれほど力を入れたはずの財政
再建は進んでおらず、少し進んだのは政権末期に景気が回復して
からなのです。この景気回復も小泉政権の政策の成果ではないの
です。景気が低迷しているときに財政再建をやると、景気の回復
力を奪ってしまうのです。日本経済はこれを繰り返して「失われ
た15年」を作ってきてしまったのです。
 ところで、IMFは、なぜ「財政再建」を唱えるようになった
のでしょうか。それには、IMFが創設された時の経緯を知る必
要があります。
 IMF(国際通貨基金)という構想を考え出したのは、ジョン
・メイナード・ケインズです。大恐慌になって資産価格が暴落し
たとき、どこの国も財政赤字を出したくないので、通貨価値を切
り下げて、輸出を増やそうとします。つまり、そこで「通貨切り
下げ競争」が起きるのです。
 リチャード・クー理論によると、このとき各国はバランスシー
ト不況に突入していたことになるのですが、ケインズはそこまで
は気がついていなかったはずだとクー氏はいっています。
 しかし、優れた経済学者であるケインズは、各国が一斉に輸出
を増やして外需に頼ろうとすると、世界規模で「合成の誤謬」が
起きることを懸念したのです。そこでケインズは、IMFという
構想を考え出したのです。そのケインズの構想について、クー氏
は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ケインズは世界が恐慌に見舞われそうになったら貿易赤字国も
 貿易黒字国も同様に責任を持つべきであると主張した。つまり
 貿易黒字国は内需をどんどん増やす。赤字国に内需拡大を期待
 するのは無理だから、黒字国にも荷物を背負ってもらおう、と
 いう案であった。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この案は採択されなかったのです。なぜなら、当時の
英国と米国の国力の違いによって、ケインズ案は採択されなかっ
たのです。IMFについては、上記のケインズ案とホワイト案の
2つが提案されたのです。ケインズ案は合理的なものだったので
すが、当時の黒字国は米国だけだったので、米国としてはそんな
責任を負いたくない――そこで、黒字国の責任は問わないが、そ
の代りにIMFは赤字国に対して融資を行い、救済するという仕
組みにしたのです。米国はケインズ案を修正したホワイト案を強
引に採択させ、このようにしてIMFは創設されたのです。
 ケインズ案では、IMFの目的は「世界的な合成の誤謬を回避
する」という世界的規模のものであったのに、ホワイト案では貿
易赤字を抱え、支払い不能に陥った国々の救済に追われて、グロ
ーバルな観点から世界経済を見るという目的はほとんどなくなっ
ているのです。
 このように考えてくると、ストロスカーン専務理事の発言は、
あのケインズが提唱したかつてのIMFの原点に還った発言であ
ったといえるのです。しかし、なぜか日本の新聞では、この発言
はほとんど取り上げられることはなかったのです。日本という国
は、財務省の支配が行き届いており、「財政出動=悪」という考
え方が国民にまで浸透しているのです。加えて、財政出動を唱え
る学者や評論家はTVに出さないようコントロールしているよう
です。      ――[サブプライム不況と日本経済/32]


≪画像および関連情報≫
 ●韓国の威信を傷つけた経済進駐軍/IMF
  ―――――――――――――――――――――――――――
  韓国は、朝鮮戦争以来の経済危機に見舞われ、今年はじめか
  ら、大手財閥系のメーカーや金融機関が、次々と破綻してい
  る。窮状を救うため、韓国政府はIMF――国際通貨基金か
  らの融資を受けることに決めた。だがIMFは、危機に陥っ
  た国を助ける代わりに、借り手となる政府が支出を切りつめ
  るなど、経済政策を改めることを求めるのが原則となってい
  る。韓国に対してIMFは厳しい緊縮財政によって1998
  年の財政赤字をGDP1%まで減らすとともに、為替を安定
  させるために金利を上昇させることなどを、融資の条件とし
  た。これは、これまで年率10%前後だった韓国の経済成長
  率を、1998年には3%に落とすことを意味している。
            http://tanakanews.com/971210IMF.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

ストロスカーンIMF専務理事.jpg
ストロスカーンIMF専務理事
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2008年10月01日

●「FRBの資金供給とドル危機」(EJ第2421号)

 米経済および金融システム危機を回避するため、FRBはなり
ふり構わず大量の資金を供給し続けています。FRBが構築した
セーフティーネットの対象は、銀行と米政府証券公認ディーラー
――プライマリーディーラーに限られていたのですが、それを証
券会社や保険会社にまで拡大せざるを得なくなったのです。AI
Gへの最大850憶ドルの資金支援は、そのあらわれであるとい
えます。
 AIGへの貸出条件は、政府は24ヵ月もの長い貸出期間を与
え、AIG株の79.9 %を受け取り、これによって株主への配
当支払いを拒否する権利を握ったのです。その一方で貸出金利は
市中銀行間の金利に対して8.5 %を上乗せした高い水準に設定
しています。AIGが資産を売却することによって、少しでも早
い返済を期待した設定であると思われます。
 そもそもFRBはどのくらい資金を持っているのでしょうか。
そんなに貸し込んでも大丈夫なのでしょうか。FRBのバランス
シートについて、新生証券シニアアナリストである松本康宏氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 従来のFRBのバランスシートにおける貸出金は、総資産の5
 %程度しか占めておらず、約9割が国債だった。しかし、サブ
 プライムローン問題による金融機関の損失が表面化し始めた昨
 年夏ごろから、FRBの貸出金は増加し始め、昨年末から増加
 ペースが速まり、3月のベア・スターンズ破綻時点から急増し
 ている。5月末現在で、FRBの総資産は8947億ドル−約
 93兆円であり、貸出金はその32%にあたる2882憶ドル
 まで急増している。
   ――「週刊エコノミスト」/2008年9月30日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは5月末の数字であり、そのあとAIGに緊急融資をして
いるので、5月末時点と総資産が変わらないとすると、貸出金は
総資産の50%近くを占める計算になります。このように、FR
Bの抱えるリスクは相当高いものであり、それはそのままドル危
機に結びついてくるのです。
 リチャード・クー氏は、2008年と2009年の2年間は、
世界経済にとって大変な試練の年になるといっています。現在ド
ルは下がっており、バーナンキFRB議長もドル安を指向してい
るし、IMFもドル安の重要性を表明しています。
 確かに米国は、巨額の貿易赤字――2006年には8170億
ドルを抱えており、こういう状況下ではドルを下げる必要がある
のです。しかし、ドルは基軸通貨なのです。世界のドル安に対す
る不信、警戒感は過去最高にまで高まっているといわれます。つ
まり、ドルを下げながら、今まで果たしてきている基軸通貨とし
ての役割が一気に崩壊しないようにしなければならないのです。
 米国の大統領は、米国にとって巨大な貿易赤字が重要な課題で
あることは認識しながらも、一期目はあえて手をつけず、二期目
になってはじめて手をつけるのが習性になっています。
 もし、一期目に貿易収支の改善に取り組み、もし、ドルが暴落
するようなことになったら、再選が困難になるからです。米国の
場合、大統領の三選はないことになっているので、困難なことは
二期目にやろうとするのです。
 現ブッシュ政権も、再選を果たした2週間後の2004年11
月19日に早くもグリーンスパン前FRB議長はトークダウンを
始めています。トークダウンというのは、ドルの為替レートが下
がるように誘導する発言をすることです。通常それに呼応してホ
ワイトハウスからも財務省からもドル誘導発言が加わると、ドル
は急速に下がってくるのです。
 しかし、2005年2月になって石油価格が上昇をはじめたの
です。今までは、石油価格が上がっても先物市場を見ると、先に
行くほど下がるという傾向がはっきりしていたので問題はなかっ
たのですが、このときは、石油価格の最期先物の価格も上昇して
いたのです。
 石油価格が上昇しているときにドル安が進むと、そこから大き
なインフレ圧力が出てきて、米国経済を正常に保てなくなる恐れ
があったのです。そこで、ブッシュ政権はトークダウンを止めた
のです。そうすると、ドルは再び上昇したのです。
 貿易赤字をそのままにしておけないブッシュ政権は、2回目の
ドル安にチャレンジしたのです。2006年4月末のことです。
今度は、FRB議長がトークダウンをするのではなく、IMFと
G7を使ってドル安誘導をやったのです。
 最初にIMFが「グローバル・インバランサス問題」の解消を
強く打ち出したのです。グローバル・インバランサス問題という
のは、世界的な貿易収支の不均衡のことです。これを解消するた
めにIMFは、貿易黒字国には内需をもっと増やすことを求め、
貿易赤字国に対しては内需を減らすことに加えてドルの大幅な引
き下げが必要であることを主張したのです。これを「内需のリ・
バランシング」といいます。
 IMFは、通常では為替レートに影響を与える発言はしないも
のですが、このときばかりは明確に「各国の通貨はドルに対して
大幅に上昇すべきである」とまでいっているのです。
 2006年4月末から5月にかけて行われたG7でもグローバ
ル・インバランサス問題の解消を打ち出しています。G7の声明
文というのは通常一枚ものなのですが、このときは2枚になって
おり、2枚目はすべて貿易不均衡についての懸念を表明する文書
になっていたのです。
 このようにしてIMFとG7のメッセージによって、2006
年5月からドルが全面安になったのです。しかし、それと同時に
株価が下り始め、米国はもちろんのこと、日本、インドも、世界
的に株価が急落したのです。これを見た米金融当局はあわててド
ル安政策を引っ込めてしまいます。結局このときも失敗に終わっ
たのです。    ――[サブプライム不況と日本経済/33]


≪画像および関連情報≫
 ●貿易収支の赤字・黒字について/情報経済研究所ブログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  貿易収支は、国際収支を構成する一項目です。簡単にいうと
  一年間に一国から輸出されるモノの合計価格が輸入されるモ
  ノの合計価格を上回っていると貿易黒字と呼び、反対なら、
  貿易赤字と呼びます。国際収支は、大きく分けて、経常収支
  資本収支、外貨準備増減、誤差脱漏になります。これらの項
  目を合算すると必ず0になります。これは簿記上のルールと
  一緒です。経常収支は、貿易収支、サービス収支、所得収支
  経常移転収支によって構成されます。
          http://yaplog.jp/infoecono/archive/39
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●表/FRBのバランスシート
  ―「週刊エコノミスト」/2008年9月30日号より

FRBのバランスシート.jpg
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2008年10月02日

●「バーナンキのドル安政策への批判」(EJ第2422号)

 ブッシュ政権による二度にわたるドル安誘導政策は結局成功し
なかったのです。サブプライム問題が起きる前のドルは、米国の
好調な経済と高い金利の2つがプラスとして働き、巨額な貿易赤
字はあったものの、好況と高金利によって少なくともドルは安定
していたのです。
 為替市場参加者は、巨額な貿易赤字というマイナス要因があっ
ても、米国の景気が良く、金利が高ければドルを買ってくれたの
です。ところが、サブプライム問題が起きると、2つのプラス要
因が一挙に消滅してしまったのです。
 それは、金利を下げたことと、金融危機を引き金として、景気
が減速を始めたことです。つまり、市場参加者がそれまでドルを
買う拠り所としていた2つのプラス要因がともになくなり、ドル
安に拍車がかかりつつあるのです。
 既に述べたように、バーナンキFRB議長は、今から約80年
前の大恐慌において、当時のニューヨーク連銀が1929年から
31年の2年間に十分な金融緩和をやっていれば、大恐慌は防ぐ
ことができたという論文を書いています。
 現在のバーナンキFRB議長は当時のニューヨーク連銀の立場
におり、自らの信ずるところにより、金融政策を実行することが
できるのです。実際にバーナンキFRB議長はサブプライム問題
が起きるや、超スピードで利下げを行い、その一方で大量の金融
緩和を既に行っているのです。
 しかし、住宅価格も経済もこれに何の反応もしないのです。こ
れはバーナンキFRB議長の理論が間違っていたことを意味しま
す。リチャード・クー氏のいうように、バブル崩壊後に発生する
バランスシート不況では、いくら金利を下げても借り手はあらわ
れず、金融政策は効かないのです。
 しかし、金融緩和に反応したのはドル安なのです。ドル安にな
れば輸出に有利であり、米国の輸出はこれによってかなり伸びて
いて、GDP成長率にプラス要因になっているのです。おそらく
バーナンキ議長は、金融緩和は直接的には効かなくてもドルを介
して効いており、ドル安のもたらす輸出増で米国経済を支えよう
と考えているものと思われます。
 しかし、バーナンキFRB議長のこの考え方は議員たちにとっ
て次の2つ懸念を生んでいるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.ドル安によって国際商品市況はそれに反比例して上がる
 2.70年代のようなインフレの再来を招く恐れがあること
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに議員たちはインフレを心配しているのです。OPEC
のヘリル議長――アルジェリアのエネルギー鉱業相はこれに関し
て次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   石油価格が上昇している最大の理由はドル安である
               ――ヘリルOPEC議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに、ここにきて小麦や大豆や石油といった人々の生活に不
可欠なものの値段が急騰しています。これは、バーナンキ議長に
よる急速な利下げと金融緩和によるドル安が原因ではないかと議
員はいっているのです。現在の米国経済ではインフレはとても無
視できるものではないのです。
 これは奇妙な逆転現象であると思います。今までは、日本や中
国などからの輸入で困っている企業を選挙区に持つ議員は、FR
Bに対してドル安を要求し、それに対してFRBが「強いドル」
がインフレ面から見て望ましいと答えるという応酬があったので
すが、最近ではこれが逆転しているのです。
 すなわち、現在ではバーナンキFRB議長がドル安のプラス面
を強調し、それに対して議員たちがその弊害を指摘するというよ
うになっているのです。
 バーナンキFRB議長は、2008年2月時点で次のように反
論しています。
 インフレに関しては、「コアインフレはそれほど悪くない」と
し、石油を含む商品価格の2007年の伸びは異常であり、この
ような伸びが2008年も続くとは思えないが、高値で安定する
ことはあり得るとしています。
 そして、仮にこれらの価格が高値安定することになっても、上
昇が止まって安定するのだから、インフレ率は下がるし、今後米
国の経済が減速していけば、商品価格が上昇する可能性は低くな
るといっているのです。
 ここで「コアインフレ」とは、食料品とエネルギーを除く物価
上昇率のことなのです。しかし、コアの中に含まれていない食料
品や石油の価格急騰を議員たちは問題にしているのであって、説
得力に欠ける話です。しかも、食料品や石油は少なくとも今年の
夏までは急騰を続けていて、バーナンキ氏の予測は当たっていな
いのです。確かに石油はここにきて少し下げてはいるものの、再
び上昇する可能性は高いのです。
 バーナンキFRB議長の経済分析に対して、リチャード・クー
氏は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 通常の世界ならばバーナンキ議長は正しい。しかし、今回のよ
 うにドルに対する信用が根底から揺らいでいる状況ではそうは
 ならない。ドル安になった分、商品市況が上がりアメリカだけ
 はインフレがひどくなりかねないからである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 巨額の貿易赤字がある中で景気が悪くなり、しかも、金利が下
がっているとなると、市場がドルを買えなくなってドル安になり
米国は国内インフレを押さえ込むことは困難になるとクー氏は分
析しているのです。――[サブプライム不況と日本経済/34]


≪画像および関連情報≫
 ●インフレ指標をめぐる大論争/ビジネス・ウィーク
  ―――――――――――――――――――――――――――
  米国民は“嘘つき”を最も嫌う。インフレ率を計算する際は
  ともに急騰する食料品とエネルギーの価格を故意に除くが、
  これは普通の感覚なら嘘をつかれたと思うはずだ。食料品も
  エネルギーも生活必需品なのに、それらを除外してインフレ
  度合いを測るとは…。困窮する貧困層を無視するための陰謀
  か。はたまた、うわべだけの景気の健全性を演出しようとい
  うのか。
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080620/163024/
  ―――――――――――――――――――――――――――

バーナンキの苦悩.jpg
パーナンキの苦悩
posted by 平野 浩 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月03日

●「ドル安を放置すると何が起こるか」(EJ第2423号)

 もし、このままドル安が続いたらどうなるかについて考えてみ
ることにします。2つの問題があると思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
    1.海外の投資家がドル建て資産から逃避する
    2.石油のドル表示がユーロ表示になる可能性
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年2月の議会証言で、バーナンキFRB議長はこれら
2つの問いに答えています。1については「今ところ何も問題は
ない」とあっさりと懸念を否定し、ドル表示の変更については次
のように答えたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 表示通貨はシンボリックなもので、どの通貨で表示されよう
 と、たいして重要ではない。  ――バーナンキFRB議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 FRB議長としては信じ難い答弁であると思います。これらの
バーナンキ議長発言について検証してみます。
 1の「海外の投資家がドル建て資産から逃避する」について、
バーナンキ議長は問題がないことの根拠として、長期金利がドル
安にもかかわらず急騰していないことを上げています。長期金利
というのは、償還期間の長い(1年以上の)債券――代表的なも
のは国債の金利のことです。
 クー氏の分析によると、海外投資家のドル離れが起きているこ
とは間違いないとしたうえで、それなら、なぜ長期金利が上がら
ないのかというと、国内投資家がサブプライムなどのリスクの高
い仕組み債から、安全な国債への移行を行っているせいであるか
らなのです。そのため、海外投資家のドル離れが長期金利に反映
されにくくなっているのです。
 これと同じような現象が1987年のブラックマンデーのとき
も見られているのです。このときも海外投資家のドル逃避は明ら
かにあったのですが、米国国内では暴落している株式市場から資
金が債券市場になだれ込んだので、長期金利は上がるどころか下
がったのです。
 したがって、海外投資家のドル逃避は間違いなく起こっている
ことなのです。FRB議長がこんなことがわからないはずはなく
発言の真意が問われています。
 Aの「石油のドル表示がユーロ表示になる可能性」についての
バーナンキ議長の反論――どの通貨で表示されようと、たいして
重要ではない――は、理解に苦しむところです。なぜ、重要では
ないのでしょうか。これに関するクー氏の反論をご紹介すること
にします。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界の他の諸国は石油がドル表示になっているため、例えば日
 本は為替市場で円を売りドルを買ってそのドルで石油を買って
 いる。ヨーロッパも同様に、ユーロを売ってドルを買い、その
 ドルで石油を買っている。ということは、石油がドル建てだっ
 たということで、かなりのドル買い需要が発生していたのであ
 る。ところが、仮に石油がユーロ表示になったら、この様相は
 一変する。そんな事態になれば、ユーロの売られる額は大きく
 減少し、他方ドルの売られる額が急増するからだ。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし、石油がユーロ建てになると、米国は貿易赤字国なので、
国内にユーロはないのです。したがって、米国が石油を買うには
巨額のドルを売ってユーロを買い、そのユーロで石油を買うこと
になるのです。米国とってこれほど屈辱的なことはないはずなの
に、バーナンキ議長はなぜ「たいして重要ではない」などという
のでしょうか。
 日本は石油を購入するために円を売ってドルを買い、同様にヨ
ーロッパはユーロを売ってドルを買い、それぞれそのドルで石油
を買うのです。石油を買うには世界中でこのように膨大なドル買
いが前提となります。
 しかし、石油がユーロ建てになると、そういうドル買いが一切
なくなってしまうのです。そうなると、もはやドルは基軸通貨と
はなり得なくなります。もし、ドルが基軸通貨でなくなったら、
ドルを保有するメリットがなくなり、一斉にドル売りが始まり、
ドル暴落は現実のものになります。
 バーナンキFRB議長がそんなことを知らないはずはないので
石油のユーロ建てなど起こるはずがないと考えているのだと思い
ます。しかし、その根拠は何でしょうか。
 バーナンキ議長が強気なのは、産油国の盟主であるサウジ・ア
ラビアが自国通貨リアルをドル・ぺッグしているからです。これ
が崩れない限り石油のドル表示は大丈夫であると考えているもの
と思います。
 しかし、現在産油国は、まだ1桁ではあるもののインフレで苦
しんでいるのです。中近東の産油国は原油高で景気が良く、ヨー
ロッパから大量に輸入しているのですが、ユーロの高騰から「輸
入インフレ」に陥っているのです。IMFはこの事態を懸念し、
産油国に通貨切り上げを勧告しているのです。
 既にクウェートは、ドル・ぺッグを外して通貨バスケットに切
り替えています。通貨バスケットとは、複数の外貨と連動した変
動相場制のことです。そして、クウェートは自国通貨を対ドルで
切り上げています。さらに2007年には、バーレーンもドル・
ペッグから通貨バスケットに切り替えたのです。
 こうした中でサウジ・アラビアだけがリアルをドル・ペッグし
ているので、石油のドル表示が続いているのです。しかし、サウ
ジ・アラビアもインフレで苦しんでおり、「ドル・ペッグは維持
できない」という声が出ているのです。サウジ・アラビアとてけ
っして盤石ではなく、サウジが通貨バスケットに移行することは
あり得るのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/35]


≪画像および関連情報≫
 ●「通貨バスケット」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ドルやユーロ、円といった複数の主要通貨で構成する「バス
  ケット(かご)」に自国通貨を連動させる制度。貿易など自
  国との関係の深さに応じて通貨ごとの比重を決めて、バスケ
  ットを作る。組み入れられた各通貨の強弱が相場の動きを相
  殺するため、ドルなど単一通貨に連動させるより為替相場は
  安定する。アジアでは、シンガポールなどが採用しており、
  ロシアも2005年2月、ドルとユーロを組み合わせた通貨
  バスケットを導入した。(毎日新聞2005年7月22日)
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドル・ペッグ制.jpg
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2008年10月06日

●「過去にもあった石油ドル表示危機」(EJ第2424号)

 実はかつてアラブ産油国は一度石油のドル表示をやめようとし
たことがあるのです。1978年〜79年のカーター政権のとき
の話です。第2次オイルショックがあったときです。
 当時の米国国内は2桁のインフレでドルは急落し、貿易収支は
赤字だったのです。そしてアラブ産油国は米国が支持するイスラ
エルと戦争をしていたのです。アラブ産油国にとって「敵の味方
は敵」というわけで米国は敵であり、なぜ敵である米国の通貨で
石油を売らなければならないのか、もう石油のドル表示はやめよ
うではないか――こういう疑問がアラブ産油国の間で噴き出した
のです。
 ところがこのときユーロがまだなかったので、SDR建てにし
ようとしたのです。SDRというのは、IMF加盟国の特別資金
引出権のことです。SDRについては、前回のEJのテーマ「金
の戦争」で取り上げているので、次のURLを参照していただき
たいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/archives/20080704-1.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 この情報を入手した米国はパニックに陥ったのです。石油のド
ル表示が廃止されると、ドルの基軸通貨としての価値は激減し、
それはドル暴落に発展する可能性があったからです。
 ドルを防衛しないと大変なことになる――FRBは政策金利を
一挙に22%まで引き上げたのです。これによってインフレは抑
え込まれ、ドル安にも歯止めがかかったのです。しかし、その大
変な後遺症として、米国内の建築業界は壊滅的打撃を受けること
になったのです。
 当時S&L――貯蓄貸付組合という金融機関が全米で6000
行もあったのですが、FRBが金利を22%に上げたことによっ
て一夜にしてそのほとんどが潰れてしまったのです。当時のS&
Lは短期の預金を集め、長期固定金利の住宅ローンを貸し出す業
務を専門にやっていたのです。
 そのときのS&Lの金利は30年固定金利で10%強でしか回
らないのに、FRBの金利は22%になってしまったのですから
とんでもない逆ざやが生じ、たちまちS&Lは債務超過に陥って
しまったのです。
 このとき米国は、建設業界とS&Lをすべて潰してもいいから
石油のドル表示を守るという国としての強い意志を示したので、
アラブ産油国は石油のSDR表示案を取り下げたのです。
 当然このとき米当局はS&L救済処理として、RTC――整理
信託公社を創設したのですが、これについてリチャード・クー氏
の前著から引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 S&L危機について言えば、数々のS&Lの破綻に直面した米
 国当局は、1989年、整理信託公社(RTC)という公的金
 融機関を設立して、破綻したS&Lの資産を一気に売却処理す
 るという手法を採った。連邦政府は貯蓄貸付組合のために、連
 邦貯蓄貸付保険公社(FSLIC)という預金保険機構を作っ
 てあったのだが、あまりにも多くのS&Lが破綻してしまった
 結果、この預金保険機構まで破綻してしまったのである。そこ
 でどうしようもなくなって連邦政府が作ったのが、RTCとい
 う機関だった。    ――リチャード・クー著/楡井浩一訳
   『デフレとバランスシート不況の経済学』より/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回の米金融危機を受けて米金融安定化法に盛り込もうとし、
最後までもめにもめたのがこのRTC構想なのです。このRTC
によって、今回の危機の引き金となった住宅ローンを中心に銀行
から不良債権の買い取らせる――こういう構想なのです。それで
も何とかまとまったのは、金融安定化法審議の最中に、S&Lの
大手であるワシントン・ミューチャルが破綻してしまったからで
あるといわれています。
 しかし、決定が長引いた分、さまざまな条件が付加され、ハー
ドルが高くなって、使い勝手の良くないものになったのは確かで
あり、その実効性が懸念されるところです。
 1970年代の米国の貿易赤字は現在と比べると、微々たるも
のであり、しかもユーロという強力なライバルもいないのです。
現在はそのときの30倍の貿易赤字を抱えて、しかもドルに代替
できるユーロが存在しているのです。
 このようなときにもし石油のドル表示が廃止されたら、国家の
存亡にかかわる危機であるといえます。しかも、今回の米金融危
機によってドルも大幅に下落しているのです。
 そうであるのに、バーナンキFRB議長は「ドル表示はシンボ
リックなもの」と呑気に構えているのは、理解に苦しむ発言であ
るといえます。実際にバーナンキFRB議長が今年の2月にそう
答えたとき、為替市場は反応し、ドルは急落しているのです。
 このところブッシュ大統領は2回にわたって、サウジを訪問し
ていますが、これは明らかにこの問題に関係があると考えられる
のです。クー氏のその解決策について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この間題にも解決法がないわけではない。一つの方法は、サウ
 ジ・アラビアがドル・ペッグは維持しつつ自国通貨のリアルを
 切り上げるという方法である。例えば、サウジ・リアルを15
 %上げても、ドル・ペッグは維持するのである。こうすれば、
 サウジ・アラビアがすぐにドルを放棄するわけではないから、
 石油のドル表示は維持できるかもしれない。もちろん、そうは
 ならないかもしれないが、最低限、アメリカはサウジ・アラビ
 アに対してこの方法を依頼すべきだろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/36]


≪画像および関連情報≫
 ●IBタイムズ/ブッシュ大統領中東歴訪
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ブッシュ大統領とサウジアラビアアブドラ国王は5月16日
  にサウジアラビアで会談を行い、アブドラ国王に対し、エネ
  ルギー価格の高騰が米国含むサウジアラビア原油消費大国各
  国を苦しめていることに配慮を示すように話し、「原油価格
  高騰の影響に配慮すべきだ。エネルギー価格高騰が米国のよ
  うな世界各国で代替燃料開発促進の動きを高めている」と述
  べた。
  http://jp.ibtimes.com/article/biznews/080517/19687.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

中東を歴訪する米大統領.jpg
中東を歴訪する米大統領
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2008年10月07日

●「プラザ合意のアジア版をやれ!」(EJ第2425号)

 現在、明らかに米国の覇権が揺らいでいます。このままいくと
ドルが基軸通貨であり続けるのも時間の問題になりつつあるよう
に思います。もし、ドルが基軸通貨でなくなるようなことがあっ
たら、世界の国々にとってはそれぞれ利害得失はあるでしょうが
少なくとも日本が大打撃を受けることは間違いないことです。
 それでは、日本はどのようにすればよいのでしょうか。
 リチャード・クー氏は「1985年のプラザ合意のアジア版を
やれ!」と提案していますが、きわめて実効性のある提案だと思
うので、ご紹介することにします。
 基軸通貨としてのドル問題の根底には、米国の巨額な貿易赤字
があることは衆目の一致するところです。添付ファイルのグラフ
を見てもわかるように、現在は最悪の状態にあります。
 その最悪の状態を作っているのは、日本、中国、韓国、台湾な
どのアジア勢なのです。ドル決済の石油輸入を除くと、日本を含
む対アジアの赤字シェアは全体の59.6 %になります。
 一方のユーロはドルに対して十分高くなっており、米ポールソ
ン財務長官は次のように警告を発しているのです。2008年6
月9日のことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これ以上ドルが対ユーロで低迷するようなときは為替介入も
 辞さないであろう。      ――ポールソン米財務長官
―――――――――――――――――――――――――――――
 この発言には政治的なウラがあります。ユーロ圏は貿易赤字は
なく、足元の経済は好調であり、欧州中銀はサブプライム問題で
中断をしていた利上げをはじめようとしていたのです。これは、
ユーロが基軸通貨としての役割を果たそうとしているように米国
には感じられたのでしょう。
 このままではドルの基軸通貨の地位が危ない――ポールソン米
財務長官はそう考えて警告を発したと考えられます。しかし、ド
ル危機は、対ユーロの調整だけでは解決しないのです。ドル危機
を根底から回避するには、米国は対アジア貿易赤字が改善する水
準までドルを下げなければならないのです。
 そこで、リチャード・クー氏は次の提案をしています。アジア
通貨の15%切り上げ案です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 それには一つの提案がある。日本円を含むアジア通貨を現在の
 水準からすべて15%切り上げるのである。中国は共産党政権
 だから、当局がその気になれば明日にでも15%の切り上げは
 できる。日本や韓国、台湾の通貨は変動相場制になっているの
 でそうはいかないが、各国当局が同時に「今の水準から15%
 以内なら為替介入しない」という宣言を出せば、おそらくこれ
 らの通貨も人民元と足並みを揃えて切り上がっていくだろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 仮に、現在の為替レートが「1ドル=100円」であるとしま
しょう。15%切り上げるということは、円は「85円」まで上
昇することになります。
 今までの感覚ですと、「1ドル=85円」になったら大変とい
うことで、円売りドル買いで100円以上に戻すという介入がす
ぐ行われますが、これをあえて受け入れるのです。
 その代わりに日本が現在競争しているアジア諸国も15%の切
り上げを一斉に行うのですから、アジア内の貿易は一切影響を受
けないわけです。したがって、アジア諸国が一斉にこれを行うこ
とが条件であり、そこに意義あるわけです。
 実効為替レートで見ると、2008年の「1ドル=100円」
は1985年のプラザ合意時代の水準では「1ドル=210円」
に等しいのです。したがって「1ドル=85円」は、20年前の
水準でいえば「1ドル=190円前後」であり、何とかやれる水
準ではないかと思われます。リチャード・クー氏は、次のように
いっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 我々がその7%の犠牲″を受け入れることによって、ドルの
 大暴落が防げるのであれば、これは安い買い物ではないか。現
 在のような状況を放置しておいて、ある日、本当にドルが崩落
 してから、「あの時になんとかしておけばよかった」と言って
 も遅いのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国の貿易赤字が、とくにアジア諸国、なかんずく日本に対し
てここまで巨額になったのには理由があります。そこには、日本
の輸出業者の不断のコスト削減努力があるのです。
 わかりやすいモデルで考えてみます。「1ドル=100円」が
50円になったとしたら、それまで100円で輸出され、1ドル
で売られていた製品は、ドルの価値が半分になっているので、2
ドルになります。
 しかし、日本の業者は大変な努力をしてコストを下げ、100
円だった輸出価格を60円に下げて輸出したのです。そうすると
「1ドル=50円」になっても、米国における価格は10円しか
変わらないことになります。10円ほどの変化では米国の消費者
の行動はほとんど変わらず、貿易収支は改善しなかったのです。
 しかし、日本をはじめアジア諸国が一斉に15%切り上げを行
えば、米国はそれまでの感覚からいくと、ドルは倍の30%ぐら
い下がったようなインパクトを受けるはずです。そうなったら
米国の消費者も行動を変えざるを得ないでしょう。そして、米国
の産業界も自国の製造業の再構築が必要であることに気が付くは
ずである――クー氏はこのようにいうのです。
 以上が「1985年のプラザ合意のアジア版をやれ!」という
提案です。    ――[サブプライム不況と日本経済/37]


≪画像および関連情報≫
 ●「プラザ合意」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本の経済は、1985年頃まで輸出主導型で経済成長を遂
  げてきました。輸出企業が景気の先導役を担っていたため、
  為替が円安に向かうと株価が上がり、円高に向かうと株価が
  下がるという傾向がありました。ところが1985年9月に
  先進5カ国(米国、イギリス、西ドイツ、フランス、日本)
  は、協調して為替レートをドル安に進めることに合意しまし
  た。これをプラザ合意と呼んでいます。
            http://www.findai.com/yogo/0118.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

米国の巨大な貿易赤字.jpg
<米国の巨大な貿易赤字>
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2008年10月08日

●「欧州の住宅バブル崩壊とECBの対応」(EJ第2426号)

 グリーンスパン前FRB議長は、住宅バブルは自分の責任では
ないと、つねにいっていたのです。確かに住宅バブルは世界的に
発生しており、米国だけの現象ではなかったのです。そこで、欧
州における住宅バブルについて概観してみることにします。
 1990年後半の話です。欧州でもITバブルは猛威を振るい
EU最大の経済大国であるドイツは、完全にバブルになったので
す。そしてそのバブルは2000年に崩壊するのです。
 その結果、ドイツのナスダックといわれる新興株式市場ノイマ
ルクトは、ピーク時から96%も下がるという大変な事態に陥っ
たのです。日本の場合、6大商業地の地価は1990年以降、や
はりピーク時の水準から最大87%も下落したのですが、ドイツ
の場合は地価の下落は限定的であったものの、株価の方が暴落し
たのです。
 このときのドイツは、典型的なバランスシート不況だったので
す。添付ファイルの「ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移」
は、EJで、リチャード・クー氏の理論を取り上げた『第2回/
「日本経済回復の謎」』の中で使った資料です。
 このグラフの見方を復習します。中央のゼロ線を中心に上が資
金余剰、下が資金不足をあらわします。したがって、一番望まし
いそれぞれの部門のポジションは次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     家計部門 ・・・ 上方に位置している
     企業部門 ・・・ 下方に位置している
     海外部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
     政府部門 ・・・ ゼロ線の付近にいる
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラフを見ると、4つの部門の位置が理想形をしていたのは、
ドイツでは2000年がそれに該当しているのです。つまり、バ
ブルの頂点であった年が理想形になっていたのです。
 2000年の時点でドイツの企業部門は、名目GDP比6.9
%の資金調達をしていたのですが、それが2005年には名目G
DP比1.8 %の借金返済にまわっていたのです。企業部門のグ
ラフがマイナス6.9 %を底として上昇し、2003年後半には
プラスに転じています。
 これは、資金不足で銀行から借り入れをしていた企業がバブル
が崩壊してバランスシートが傷んだので、キャッシュフローを借
金返済に回していることをあらわしているのです。
 つまり、ドイツは企業部門だけで名目GDP比8.7 %分の需
要が失われたことを意味するのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       6.9 %+1.8 %=8.7 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに加えて、折れ線の一番上の点線は家計部門をあらわして
います。2000年から2005年にかけてグラフは上昇してい
ますが、これは貯蓄率の上昇をあらわしているのです。
 ITバブル期の2000年には、GDP比で3.7 %であった
ドイツの家計貯蓄は、2005年には6.3 %まで2.6 %も拡
大したのです。
 その結果、企業と家計部門を合わせると、ITバブルのピーク
時に比べ、GDP比で11.3 %の民間需要が失われたことにな
るのです。これでは不況になるのは当然です。
―――――――――――――――――――――――――――――
       8.7 %+2.6 %=11.3 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 バランスシート不況になると銀行にお金が積み上がるので、貯
蓄の取り崩しはそれが消費に回るという意味において経済にとっ
ては良いことなのです。しかし、ドイツでは企業部門は借金返済
というかたちで、家計部門は貯蓄というかたちでともにお金を銀
行に積み上げているので、それが消費に回らず深刻な事態となっ
ているのです。これが2000年からの5年間、ドイツ経済が全
く振るわなくなってしまった本当の理由です。
 ドイツの不況は必然的にヨーロッパの他の国に大きな影響を与
えたのです。ECB――欧州中央銀行は短期金利を2%まで下げ
たのです。この金利は、ドイツの中央銀行――ブンデスバンクの
それよりも低かったのです。
 米国の場合もそうであったように、この低金利がスペインやフ
ランスで住宅バブルに火を付けたのです。もともとスペインやフ
ランスは、ユーロ導入前はドイツに比べてずっと金利が高かった
のですが、それがユーロを導入したことにより、ドイツ並みの低
金利を享受することになったのです。
 これによって、スペインやフランスの人たちの借りられる住宅
ローンの元本額を引き上げたことによって、住宅ブームが起こっ
ていたのです。それに加えて、ECBが金利を引き下げたことに
よって、住宅バブルを加速させることになったのです。
 しかし、ECBが金利を下げてもドイツにはぜんぜん影響を与
えなかったのです。バランスシート不況下では金融政策は効かな
いからです。ECBの正しい政策としては、ドイツに財政出動さ
せ、ドイツの問題がECB全体の金融政策を狂わせてしまうこと
を避けるべきだったのです。そうすれば、スペインやフランスが
住宅バブルやその崩壊に遭うことを防げたことになります。
 しかし、ドイツの場合、マーストリヒト条約によって財政出動
を厳しく制限――メンバー国の財政赤字はGDPの3%以内――
されていてそういう政策が取れなかったのです。クー氏にいわせ
ると、マーストリヒト条約は経済が「陰」の局面に入ることを全
く想定せずにつくられた欠陥条約であるといっています。
 そこでドイツ企業がとった対策は、ユーロ圏内の景気の良い地
域に輸出を促進させることだったのです。ユーロ圏内なら同じ通
貨の世界であり、関税障壁もないので、これを活用したのです。
その結果、ドイツは日本を抜いて世界最大の貿易黒字国になった
のです。     ――[サブプライム不況と日本経済/38]


≪画像および関連情報≫
 ●マーストリヒト条約について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ヨーロッパ連合条約ともよばれる。ECは、1990年7月
  からドロール報告に基づいて3段階からなる通貨統合計画に
  のりだし、その完全実施のために必要な条約改正とその批准
  は第1段階のうちにしておく必要があり、また単一ヨーロッ
  パ議定書で政治協力も共同体の目標とすることをうたってい
  た。そのため91年12月、EC首脳はオランダのマースト
  リヒトで基本条約改正に合意した。これがマーストリヒト条
  約で、92年2月7日に調印され、93年11月に発効した
  のである。        ――MSN百科事典エンカルタ
  http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_1161578676/content.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドイツ/部門別に見た資金過不足の推移.jpg

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2008年10月09日

●「ドイツが不況に対してとった政策」(EJ第2427号)

 ドイツの話をもう少し続けることにします。リチャード・クー
氏のバランスシート不況論に一番関心を示したのは実はドイツな
のです。ドイツ銀行のアッカーマン会長はクー氏の本を読んで、
ドイツ銀行のレポートに紹介したのです。これによって一挙に読
者が増えたといいます。
 これがきっかけで、クー氏はブンデスバンク――ドイツの中央
銀行に2回、ECB――欧州中央銀行に1回、「バランスシート
不況論」について講演をしています。
 ドイツに比べて日本銀行や日本の銀行は何をしているのでしょ
うか。リチャード・クー氏は野村総合研究所のチーフエコノミス
トなのです。彼の意見をすぐにでも聞けるところにいるのに、日
本政府や金融機関がやっていることは、彼をテレビなどのマスコ
ミから遠ざけていることだけなのです。おそらく彼に財政出動を
言い出されることが嫌なのでしょう。クー氏は竹中平蔵氏を名指
しで批判しているので、小泉政権から目の敵(かたき)とされた
ものと思います。
 バランシート不況に突入したとき、一番効果があるのは、財政
出動なのです。企業はバランスシート修復のために銀行に借金を
返済し、国民も貯金して銀行にお金を積み上げる――しかし、肝
心の企業はそれを借りに来ないのです。
 したがって、その積み上がったお金を政府が借りて使う――そ
うすると経済は回って行くのです。これが財政出動なのです。し
かし、当時のドイツにはそれが使えなかったのです。
 既に述べたように、ドイツはマーストリヒト条約によって財政
出動が厳しく制限されているからです。EUでは、メンバー国の
財政赤字がGDPの3%を超えることを禁止しているのです。
 昨日のEJでも述べましたが、マーストリヒト条約は、経済が
「陰」の局面に入ることを全く想定せずに作られた条約であり、
欠陥があるのです。
 「陰」の局面とは何でしょうか。
 クー氏は「陰」と「陽」のサイクルを使ってバランスシート不
況を説明しているのです。
 サイクルには「バブル発生」とそれが収まる「不況の終焉」と
いう段階があります。それぞれの間にはさらに4段階ずつがあり
景気循環のように循環します。そして、「バブル発生」を機に陰
のサイクルに入り、「不況の終焉」によって陽のサイクルに戻る
という循環を繰り返すのです。詳しくは、次のURLをクリック
してください。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/48092709.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界はあまりにも金融政策一辺倒になっています。巨額の財政
赤字を伴うケインズ主義の財政政策のトラウマにとらわれている
ので、何かというとすぐ財政再建をいいだすのです。少し経済が
良くなると、すぐ財政再建をして経済を潰してきたのです。
 マーストリヒト条約は、その大きな間違いのひとつなのです。
クー氏はECBについて次のようにいっています。しかし、EC
Bは、財政政策論者のクー氏を講師として招いて彼の意見を聞い
ているのです。日本の当局もそういう度量を持つべきです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私が訪れたECBは、実はマーストリヒト条約をもとに設立さ
 れたという経緯がある。したがって、彼等に対してマーストリ
 ヒト条約には欠陥があるから改定しろということは、ECBに
 も欠陥があるというふうにもとられる。だから彼等はマースト
 リヒトの改定には猛反発する。しかし、そんなつまらないプラ
 イドとか意地にとらわれてバランスシート不況が発生している
 国や地域に対して均衡財政を強要するのは、誰の利益にもなら
 ない。それどころか、そのような局面にある国に、不適切な政
 策を強要することは、そこからくる不況の悪化から、その国の
 民主主義体制まで危険にさらすことになりかねない。
                  ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』 ――東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局、ドイツはどうしたのでしょうか。
 ドイツは企業が不況を理由にしてリストラを進め、賃金カット
を行うことで、EU域内の輸出競争力を強化したのです。その結
果、ドイツは域内の輸出を大幅に伸ばし、2001年には日本を
抜いて世界最大の貿易黒字国になっています。
 その結果、何が起こったかというと、現在のヨーロッパでは、
ドイツの賃金は安すぎるという批判が巻き起こっているのです。
元はといえば、ドイツの住宅バブルが過熱したことが原因で、不
況に陥っているのです。したがってドイツは自国の責任で起こっ
た不況を近隣国に輸出するという近隣窮乏化策をとったというこ
とになるのです。
 自国が原因で起こったことは自国の責任において解決すべきで
あり、それを近隣国に対して輸出して迷惑をかけるべきではない
のです。もし、ドイツに財政出動ができていれば、自国内で影響
を閉じ込めることができたのです。
 EUの域内でのドイツのバランスシート不況の局地的な問題に
対してECBは金利を下げて対応しようとしましたが、これは本
来ドイツ独自の経済対策で対応すべきだったのです。しかし、マ
ーストリヒト条約はドイツの手足を縛っているのです。その結果
スペインやフランスで住宅バブルの発生と崩壊を呼んだのです。
 このドイツの取った考え方に近いことをバーナンキFRB議長
がやろうとしているように見えます。
 既に述べたように、ストロスカーンIMF専務理事の「米国を
含めて全世界で財政出動で対応すべきである」という証言を各国
の金融当局はどのように受け止めているのでしょうか。
 麻生首相も総合経済対策では赤字国債の発行はしないといって
います。     ――[サブプライム不況と日本経済/39]


≪画像および関連情報≫
 ●ECB/欧州中央銀行について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ECBの最高意思決定機関はECB政策理事会で、ECBの
  総裁・副総裁および4名の理事で構成するECB役員会と経
  済通貨同盟参加国中銀総裁(12名/2004年7月現在)
  によって構成されています。このうち、ECB役員会はEC
  Bの執行機関となっており、最高意思決定機関であるECB
  政策理事会が策定するガイドラインに従い、金融政策を実施
  することになっています。    ――日本銀行サイトより
  ―――――――――――――――――――――――――――

ECBのユーロ・タワー.jpg
ECBのユーロ・タワー
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2008年10月10日

●「『ドル高』にしがみつくのをやめる」(EJ第2428号)

 ドイツと違って日本は、一貫して輸出大国を目指してきていま
す。そのためには「円安/ドル高」の状況が不可欠なのです。し
たがって、もし市場が円安になると、日本の金融当局は市場に為
替介入して「円安/ドル高」の状態を保とうとします。
 そういう為替介入を日本が一番激しく行ったのは、2003年
から2004年にかけてなのです。このとき日本の金融当局は、
総額35兆円に及ぶ人類史上最大の為替介入を行っています。
 考えてみると不思議なことですが、日本国内では政府がこうし
た為替介入を行うことについて誰も異を唱えないことです。日本
にとって「円安/ドル高」が国益になるということが、周知され
ているからでしょうか。
 しかし、欧米の受け止め方はぜんぜん違うのです。ある海外の
エコノミストは次のようにいって日本を非難しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本政府の為替介入は人類史上最大の介入であり、人類史上最
 大の市場に対する暴挙である。  ――ある海外エコノミスト
―――――――――――――――――――――――――――――
 欧米の立場から見ると、巨大な貿易黒字国である日本が資金力
にものをいわせて為替介入し、円高を止めようとする行為は近隣
窮乏化策であるように映るのです。
 近隣窮乏化策というのは、国内の雇用拡大のために自国本位の
政策を取り、他国に失業などの負担を転嫁させるような政策のこ
とをいうのです。このため他国もそれに対する報復を行う可能性
があるため、国際経済関係が悪化する要因となるのです。
 1999年6月のことですが、当時大蔵省の財務官であった榊
原英資氏は、そのとき117円であった円ドルレートを122円
まで円安にすると公言して、3兆円もの公的資金を投入して円高
を止めようとしたことがあります。
 これに対して、当時米財務長官であったサマーズ氏は反発して
これに抵抗したのです。市場は日米両国の貿易収支の数字に注目
して、為替は逆に一気に1ドル100円の円高になってしまった
のです。サマーズ氏の怒りは次のようなものだったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界最大の貿易黒字国が自国通貨を下げて、輸出で稼ごうなど
 というのはとんでもない。そんな介入は認めない。
              ――サマーズ米財務長官(当時)
―――――――――――――――――――――――――――――
 これに対して現在のEUは、日本とは対照的な対応をしている
と思います。現在、ユーロが上がっています。ユーロの一番安い
ところから約80%上がっているのですが、ECB(欧州中央銀
行)は一回も為替介入していないのです。EUは責任を取って、
ユーロ高を容認しているのです。
 おそらくEUの首脳は、米国の膨大な貿易赤字を見て、これ以
上米国の市場に依存するべきではないと判断したものと思われる
のです。高度な政治的判断がそこに行われたのです。
 しかし、ヨーロッパの人々は、現下のユーロ高に悲鳴を上げて
いるのです。ヨーロッパの産業界では介入してユーロ高を止めて
欲しいという要求が多く出ているのです。何しろヨーロッパのホ
テルの朝食は日本円で一食5000円位になっているのですから
そういう要求が出ても当然です。
 最近の田中宇氏の「国際ニュース解説」によると、次のような
驚くべきことが出ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 9月25日、ドイツの財務大臣が独議会での発言で「アメリカ
 は国際金融システムにおける超大国の地位を失う。世界は、多
 極化する。アジアと欧州に、いくつかの新たな資本の極(セン
 ター)が台頭する。世界は二度と元の状態(米覇権体制)には
 戻らない」と表明した。
―――――――――――――――――――――――――――――
 田中宇氏といえば、やがて現在の米国の一極覇権主義は崩壊し
て、世界は多極化するという持論の持ち主ですが、ドイツの財務
相が多極化を明言するというのはEUがしっかりした意思を持っ
て、そのひとつの極になろうとして、ユーロ高を受け入れている
ことをあらわしていると思います。田中宇氏は「世界の多極化」
について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は、米のイラク占領が崩壊した2004年ごろから世界の多
 極化を予測してきたが、ドイツのような米の主要な同盟国の大
 臣が「世界は多極化する」と予測した話を見たのは、これが初
 めてだ。キッシンジャー米元国務長官のような多極主義者の疑
 いがある米上層部の人々が曖昧に多極化を示唆するとか、ロシ
 アやイラン、ベネズエラなどの野心的で反米の指導者が、自国
 の台頭願望と絡めて米の覇権崩壊を予測するとかいったことは
 これまでにも時々あった。だが、これらの当事者ではなく、第
 三者であるドイツの議会で財務相がそれを語るとなると、もは
 や「たわごと」ではなく、現実味はぐんと強くなる。私が最近
 何度も書いている「金融崩壊が、米の覇権衰退と世界の多極化
 を引き起こす」という予測は、独蔵相の発言によって、確度が
 高いことが裏づけられた(自画自賛で恐縮ですが)。
  ――田中宇/国際ニュース解説/2008年9月30日より
―――――――――――――――――――――――――――――
 こういうEUに対してアジア――とくに日本は、米国の背中ば
かり見て、あらゆることを米国に依存してきています。EUがグ
ローバル・インバランサスを解消し、ドルの崩壊を防ぐために、
ユーロの上昇を受け入れているのに、自由貿易体制の恩恵を受け
たアジアは巨額な為替介入で、グローバル・インバランサスの拡
大につながるような行動をとっているのです。
 世界経済の安定成長のためにはドル安は不可欠なのですが、ア
ジアは必死にドル高を守ろうとしている――それがドルの崩落に
つながるのです。 ―― [サブプライム不況と日本経済/40]


≪画像および関連情報≫
 ●米国の衰退で世界から米軍が引き上げている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州や韓国から5万人以上の兵士が米国に撤退する。米軍は
  軍の新兵募集もできない状態で、イラク13万人の交代要員
  もなく、イラクからも撤退で8万人に減らさざるを得ない状
  況になっている。宇宙船ディスカバリーの打ち上げでも耐熱
  材の損傷をあり、今後の打ち上げが中止することになった。
  自動車産業でも日本と韓国に米国国内でシュアを減らしてい
  る。航空機産業でもEUとの競争が激しい。米国の企業が儲
  けると企業からの税で米国国家も潤うが、企業利益が減って
  いるために米国も苦しいことになっている。
     http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/k7/170802.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

榊原英資氏.jpg
榊原英資氏

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2008年10月14日

●「金融危機に対応する中国の動き」(EJ第2429号)

 米国発の世界金融危機が止まらず、米国の打ち出す金融安定化
法の制定などのさまざまな金融対策にもかかわらず、むしろ深刻
な状況は拡大しつつあります。そして、現在は、まさに「恐慌前
夜」といわれているのです。
 この記事は10月11日に書いているのですが、この時点では
G7における決定事項が入ってきていないのです。実際にこの後
何が起きるかわからない状況で、記事の内容が現実の動きとフィ
ットしないこともあることをお許し願いたいと思います。
 ところで、「恐慌」とは何でしょうか。
 「恐慌」とは、不況の一種のことで、そのもっとも深刻な状況
――金融危機を伴う不況のことをいうのです。不況には次の3つ
があるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.景気後退 ・・・・・ リセッション
     2.不  況 ・・・・・ デプレッション
     3.恐  慌 ・・・・・ クライシス
―――――――――――――――――――――――――――――
 資本主義経済では、利潤追求のため大量の商品を生産しますが
商品の生産には人件費をはじめコストがかかります。経営者は利
潤を高めるため、なるべくコストを低くしようとします。
 しかし、そのバランスを誤ると、生産が増大しても人々の所得
が充分に上がらない状況が起こります。そうすると、人々はもの
を買わなくなり、商品の過剰生産が起こり、価格暴落、破産、失
業などの景気循環の最悪の危機的局面が生ずることがあります。
これを「恐慌」というのです。
 この恐慌が世界中に広がるのが「世界恐慌」です。現在、世界
恐慌というと、1929年〜1933年の間に世界中の資本主義
諸国を襲った史上最大規模の世界恐慌――1929年10月24
日(木)のニューヨーク、ウォール街の株式市場の大暴落「暗黒
の木曜日・ブラック・サースデイ」に端を発し、全資本主義諸国
に波及した恐慌のことを指しているのです。既に世界中の株価は
暴落しており、こういう状況を考えると、既に恐慌に突入してい
るのではないかとも考えられます。
 10月10日の日経平均の終値は「8276円」という驚くべ
き株価になっています。株価が下がって、心配なのは実は生保会
社なのです。大和生命保険株式会社は破綻しましたが、ここは9
月末の決算が通っておらず、既に9月時点で破綻必至の状況だっ
たのであり、生保破綻が連鎖することはないといえます。
 次のデータは、大手9生保の保有株式の含み益がゼロになる株
価をあらわしています。数字が低いほど安全というわけです。し
かし、この数字は2008年3月時点のものであり、9月時点で
は、トップの採算ラインの生保会社も8000円台に落ちている
と考えられます。
―――――――――――――――――――――――――――――
        明治安田生命  7400円
        日本生命    7600円
        大同生命    8000円
        太陽生命    8270円
        第一生命    8600円
        富国生命    9300円
        三井生命    9400円
        住友生命  1万0400円
        朝日生命  1万2750円
       日刊「ゲンダイ」/2008.10.09付より
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、大和総研主任研究員の田代秀敏氏が、今回の金融危機に
対応する中国の奇妙な動きを伝えています。実は中国はファニー
メイ、フレディマック社債などのGSE債の最大の保有国なので
す。米財務省のデータによると、世界シェアの28.9 %を占め
3763憶ドルの(約39兆円)を保有しているのです。
 2008年7月にファニーメイ、フレディマックの株価が急落
したのですが、中国はこれらのGSE債を30憶ドル以上を売っ
て、米国債を130憶ドル以上買っているのです。
 株価の急落した会社の社債を処分してより安全な債券に乗り換
える――これはごく常識的な安全対策であり、日本も同じように
しているのです。しかし、そのようなことは黙って行えばよいこ
とであり、公表などしないのが普通です。
 しかし、中国は意外な行動に出たのです。北京五輪終了後の8
月28日、中国銀行は、同行が保有するファニーメイ、フレディ
マックの債46憶ドルを6月末までに売却したことを公表したの
です。中国銀行は中国第4の商業銀行であり、株式会社化されて
います。しかし、その株式の3分の2は中国政府が保有し、経営
支配権は中国政府にあります。
 ということは、中国政府の意思として8月以降もファニーメイ
とフレディマック債を売却して行くという意思表示をしたことを
意味しています。この公表にショックを受けた米国政府は、その
10日後にファニーメイとフレディマックを国有化するのです。
しかし、中国の揺さぶりはこれでは終わらなかったのです。9月
11日のことですが、中国は「ドル売り」にも言及したのです。
 中国最大の投資銀行である中国国際金融公司(CICC)のチ
ーフエコノミストは次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 中国当局は全部の卵をひとつの籠に入れておくのは悪い考えで
 あることを認識し、現在の危機によって、外貨準備の投資先の
 多様化が進展するだろう。  ――「文藝春秋」11月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは明らかに外貨準備のドル資産を減らすことを示唆してい
ます。ちなみに中国国際金融公司のCEOは、朱鎔基前総理の長
男/朱レビン氏なのです。これは中国の米国に対する一種のブラ
フといえます。  ――[サブプライム不況と日本経済/41]


≪画像および関連情報≫
 ●マルクス経済学における恐慌論
  ―――――――――――――――――――――――――――
  商品経済と階級社会を特徴とする資本制経済においては、生
  産手段の私的所有と、生産の社会的性格が矛盾する。したが
  って、生産の決定は資本家が行うことになり、供給がもっぱ
  ら利潤拡大を念頭に置かれるとともに、労働者の搾取は激し
  くなる。このことから、生産の拡大傾向と労働者の消費制限
  の対立(生産と消費の矛盾)が生じ、生産と消費の不均衡が
  生じて経済が立ち行かなくなる。この不均衡を暴力的に解消
  し、再生産をもとどおり可能にさせる手段が、恐慌という装
  置である、と説く。         ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

中国国際金融有限公司CEO朱レビン氏.jpg
中国国際金融有限公司CEO朱レビン氏
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2008年10月15日

●「なぜ、『上げ潮派』というのか」(EJ第2430号)

今回のテーマは、リチャード・クー氏の新刊書『日本経済を襲
う二つの波/サブプライム危機とグローバリゼーションの行方』
(徳間書店刊)をベースとして、米サブプライム不況が日本経済
にどのような影響を与えるかについて書いてきています。
 書き始めたのが8月14日であるので、既に2ヶ月にわたって
書いていることになります。しかし、米サブプライム不況は今や
世界恐慌の兆しを見せてきており、日本としてこの未曾有の危機
にどのような対応を取るのかが問われています。
 麻生政権は、総合経済対策に続いて追加経済対策の検討を加速
させていますが、その財源として保利政調会長は赤字国債の発行
も視野に入れていると発言したのです。保利政調会長は8月25
日に日本記者クラブでの講演で、次のように発言したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (補正予算の財源について)赤字国債の発行には慎重でなけれ
 ばならないが、国民生活が危機にひんしているならば、きちん
 とした政策をとらなければならない。最後の手段として政府も
 考えるかもしれない」          ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この発言に与党内部から批判されると、10月9日に
一転して発言を次のようにトーンダウンさせています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 [東京9日/ロイター]/自民党の保利耕輔政調会長は9日、
 財務省内で記者団に対し、麻生太郎首相から指示を受けた追加
 経済対策について、相当大型の補正予算をやらなければ対処し
 きれないとの認識を示した。ただ、赤字国債発行を是認してい
 るわけではないと述べた。一方、保利政調会長は「赤字国債は
 誰が考えても出したくないし、出すべき状況にないが、そのく
 らいの気持ちを持つべき」とも述べた。  ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように日本は財政出動を口にしたとたんに批判を浴びるこ
とが多いのです。「財政出動=悪」の構図が出来上がっているた
めですが、財政政策は金融政策とともに国の取るべき重要な経済
政策であり、その片方しかできないのであれば、国として経済政
策の手足を縛られる結果になることを認識すべきです。
 ところで、自民党には「上げ潮派」という中川秀直元幹事長の
率いる不思議なグループが存在します。このグループはかつての
構造改革派のことで、自民党の総裁選では小池百合子元防衛相が
率いて戦った小泉改革派の流れを汲むグループです。
 この「上げ潮派」のネーミングですが、これはノーベル経済学
賞受賞者のペンシルベニア大学のローレンス・R・クライン博士
を中心とする次の著書から名前をつけたといわれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
          『The Rising Tide』
―――――――――――――――――――――――――――――
 上げ潮派は、経済成長を目指しますが、「積極財政派」のよう
に財政赤字を積み上げるのではなく、同時に財政再建を目指すこ
とを目的としているのです。つまり、財政出動にはあくまので反
対の立場なのです。
 しかし、クライン博士は積極財政派の学者であり、いわゆる上
げ潮派の主張とは相容れないはずなのです。しかし、そのことを
知ってか知らずか、自民党の構造改革派はクライン博士に日本経
済の分析を依頼しているのです。
 2007年の話のようなのですが、当時自民党の構造改革派は
増税を主張する財政再建派と確執――中川秀直対与謝野馨の対決
――があり、日本経済にはまだまだ成長の余地があるということ
を権威あるクライン博士の見解として述べてもらい、それをバッ
クボーンにしようとしたフシがあるのです。
 このひとことを見ても自民党の構造改革派の議員たちが経済を
勉強していないかがわかります。当のクライン博士が自らが否定
する積極財政を主張する学者であることを知らずに依頼し、博士
の著書から名前を取って「上げ潮派」と命名しているからです。
 さて、財政出動というと、ケインズ経済学がそのバックボーン
になっていますが、ケインズという人は象牙の塔にこもって研究
するタイプの学者と違い、現実の経済に強い関心を持っていたの
です。そのため積極的に株式投資をやり、各国の政府顧問も務め
て実際に社会に役立つ研究をしたのです。
 ケインズの直系の弟子たちは、ケインズ理論にいろいろな修正
を加えたり、拡張を試みたりして、現実の財政政策として使える
ようにしているのです。そういう学者たちのグループは、「新古
典派連合――新古典派」と呼ばれたのです。サミュエルソン、ソ
ロー、クラインなどはこのグループに属する学者なのです。
 その後、いわゆるケインズ政策を完全に否定する経済学者のグ
ループがあらわれるのです。ミルトン・フリードマンとその弟子
たちです。
 フリードマンにとっての理想は、規制のない自由主義経済であ
り、したがって詐欺や欺瞞に対する取り締まりを別にすれば、あ
らゆる市場への規制は排除されるべきと考える「自由放任主義」
の立場――市場主義に立つのです。彼らは、ケインズ経済学を古
典的な自由主義の側から批判する理論なのです。
 こういうグループが出現したので、ケインズの弟子たちのグル
ープと区別するために次のようにいわれるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1. ネオ・クラシカル ・・・ ケインズの弟子たち
  2.ニュー・クラシカル ・・・ フリードマンの一派
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の場合、経済学者やエコノミストたちは、ニュークラシカ
ルの影響を強く受けているのです。したがって、彼らはケインジ
アンやネオクラシカルの政策を「バラマキ」といって馬鹿にする
のです。しかし、そういう人に限ってケインズ理論をよく研究し
ていないのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/42]


≪画像および関連情報≫
 ●新古典派経済学について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  新古典派経済学とは、経済学における学派の一つ。近年盛ん
  になった新しい古典派――ニュー・クラシカルとの区別から
  ネオ・クラシカルと呼ぶこともある。もともとはイギリス古
  典派の伝統を重視したマーシャルの経済学をさしたとされる
  が、一般には限界革命以降の限界理論と市場均衡分析をとり
  いれた経済学をさす。数理分析を発展させたのが特徴であり
  代表的なものにワルラスの一般均衡理論や新古典派政調理論
  などがある。新古典派においては物事を需給均衡の枠組みで
  捉え、限界原理で整理し限界における効率性の視点で評価を
  行う。               ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ローレンス・R・クライン博士.jpg
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2008年10月16日

●「クライン博士来日セミナーの波紋」(EJ第2431号)

 自民党の「上げ潮派」が日本経済の分析を依頼したというノー
ベル経済学賞受賞学者クライン博士は、「日本経済復活の会」の
主催で、2004年に来日し、九段会館でセミナーを開いていま
す。「経済コラムマガジン」/364号〜365号を参照して、
その内容についてご紹介します。なお、このセミナーにはリチャ
ード・クー氏も参加しているのです。
 このとき、クライン博士は「積極財政は必要であるが、将来の
日本経済の成長力のため、財政支出を教育関連に特化すべきであ
る」と主張しているのです。米国の1990年代の経済成長が理
系学生の教育強化の成果であるということを踏まえた提言である
と考えられます。
 しかし、このクライン博士の提言は、同じ積極財政派のクー氏
とはかなり違うのです。クー氏は財政支出は「額が大切であって
中身は基本的には問わない」という考え方です。要はお金が回る
ことが経済にとって必要なのです。
 もちろんどうせ巨額な資金を使うのですから、将来役に立つも
のに使うのは当然のことです。しかし、何に使うかという議論を
始めると議論がミクロになって全体が見えなくなるのです。必要
なのはスピードなのです。したがって、一番無難な投資は公共投
資ということになります。日本の社会的インフラの整備はまだま
だ十分ではないからです。
 それでは、クライン博士はなぜ財政支出に関して「教育に限定
して」という条件を付けたのでしょうか。しかし、これにはウラ
があったのです。
 クライン博士は、講演をするに当たり、面識のあるひとりの日
本の教授に情報提供を求めたのです。しかし、この教授は当時内
閣府の仕事をしていた政府寄りの学者であり、財政支出を増やす
ことには大反対の人なのです。現在日本のマスコミは、政府与党
の圧力によって、財政支出の増加を唱える学者やエコノミストを
マスコミなどから外しているのです。リチャード・クー氏もその
外された一人です。そのため、クライン博士のところには日本の
経済の実態とはかなり違う情報が集まってしまったのです。
 2004年10月19日に、主催者側はクライン博士やクー氏
を招いて会食を行っているのですが、ここで博士は注目すべき発
言をしています。また、そのとき博士が日本経済の実態をどのよ
うにとらえていたかが分かったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 クライン博士の話によれば、米国政府関係者や経済学者は「日
 本は公共事業を既にやり過ぎて、もう公共事業を行なうところ
 がない」と吹込まれている。そして博士は、それを本当のこと
 と信じていたという話である。クライン博士が教育投資にこだ
 わったのもこのようなことが背景にあったと考えられる。
           ――「経済コラムマガジン」/365号
―――――――――――――――――――――――――――――
 クライン博士は、このときのセミナーで実に内容のある提言を
しているのです。しかし、このセミナーには与党の議員はほとん
ど参加していなかったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 勉強会の最後に若手民主党議員から「日本は財政支出に頼るの
 ではなく、生産性の低い分野から生産性の高い分野に生産資源
 を移動させ経済成長を実現すべきという考えについてどうか」
 という質問があった。博士は「1,2 %の低い成長を目指すの
 ならそれでも良いが、4,5 %といった比較的高い経済成長率
 を達成するには、財政出動を考えるべき」と答えておられた。
           ――「経済コラムマガジン」/365号
―――――――――――――――――――――――――――――
 このセミナーは、講師が著名なノーベル賞受賞経済学者だった
にもかかわらず、これを取り上げた日本のマスコミはなかったの
です。しかし、フィナンシャル・タイムスは大きく取り上げたの
です。このあたりに日本のマスコミの閉鎖性が見られます。
 どうして日本という国は、財政出動についてはかくも神経質な
のでしょうか。それは、与党自民党とマスコミが結託した長年に
わたる財政再建キャンペーンによって国民も政治家も完全に洗脳
されてしまっているからです。
 このように書くと、800兆円の借金にさらに借金を重ねるの
かという批判がきますが、それが財政再建キャンペーンの成果な
のです。この財政再建派が主張する財政破綻論議について、早稲
田大学の若田部教授は『文藝春秋』2008年11月号で、次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私も財政再建は必要であると考えている。ただし、今の財政破
 綻論議は債務の総額に焦点を当てすぎていて誇張にすぎる。本
 来ならば政府の借金は、政府の資産から負債を差し引いた純債
 務を国内総生産(GDP)と比較して考えなければならない。
 また現在の「財政再建」物語は歳出と歳入の2つの変数だけを
 考えているようにみえる。しかし、ただ財政の帳尻を合わせよ
 うとしても、結果として帳尻は合わないだろう。増税は不況圧
 力になる。         ――若田部昌澄早稲田大学教授
            ――『文藝春秋』2008年11月号
―――――――――――――――――――――――――――――
 特別なことをいっているのではないのです。当たり前のことを
いっているのです。自民党の財政再建派の人は債務だけを強調し
政府の資産のことはいっさい口にしていないのです。それは、純
債務で計算すると、日本の財政赤字は心配するレベルにないので
増税論議ができなくなってしまうからです。
 したがって、国家が緊急資金を必要とするとき、政府が赤字国
債で資金を調達しても問題はないのです。これによって、景気が
回復するならば、それ自体が財政再建につながることは、過去の
データが証明しているのです。現在はまさにその緊急時――政策
を誤らないことです。―[サブプライム不況と日本経済/43]


≪画像および関連情報≫
 ●ローレンス・R・クライン博士について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  連戦・総統候補は1日、ノーベル経済学賞受賞のローレンス
  R・クライン博士を国民党・親民党連盟初の経済顧問として
  迎えることを明らかにした。将来的にはほかのノーベル経済
  賞受賞者も加え、顧問団を結成する予定だ。クライン博士は
  米国の著名な計量経済学者。カーター元米大統領のもとで経
  済顧問を担当した経歴を持つ。連戦候補は「台湾に必要なの
  は経済政策に注力する人々であり、その意味でクライン博士
  の顧問入りの意義は大きい」とコメント。宋楚瑜・副総統候
  補も「中華民国の経済を軌道に乗せる助けとなる」と期待を
  寄せた。
  http://news.nna.jp/free/tokuhou/040211_tpe/111_120/b117.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

「文藝春秋」11月号.jpg
「文藝春秋」11月号
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2008年10月17日

●「なぜ財政政策を嫌うのか」(EJ第2432号)

 2008年度補正予算案が10月16日の参院本会議で、与党
や民主党の賛成多数で成立しました。しかし、これは福田政権の
ときに作った補正予算案であり、あくまで「国の財政再建を阻害
しない範囲で」という条件付きの予算案なのです。
 そのため、公明党が主張する定額減税の額などは依然として決
まっていない状況です。現時点でも財源が明確になっていないか
らです。どこかから埋蔵金を探してきて、あくまで単年度で実施
する考え方のようです。そのようなことで、とうてい現下の景気
を回復させる力はないといえます。
 そのため追加補正予算案を組む必要性に迫られていますが、異
常なほど財政政策を嫌う政治情勢では、思い切った景気対策を打
つことは困難な状況といえます。
 とにかく現在の日本においては、国会議員をはじめ経済学者、
評論家、新聞記者、そして国民も800兆円の累積財政赤字を理
由として財政政策を目の敵として排斥しようとします.麻生首相
はリチャード・クー氏の意見を聞くほどですから、場合によって
は赤字国債を出してでもと考えているはずですが、反対が強くて
それをいい出せない状況です。
 10月15日発行の夕刊「フジ」に取材記者・町田徹氏による
「深彫り経済リポート」では、次の一文を載せています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 麻生首相も危うい発言を繰り返している。「政局より、経済回
 復、景気対策だ」との発言がそれで、政府・自民党は、道路料
 金の割引や定額減税を柱にした追加経済対策の策定に躍起だ。
 だが、恐慌の震源地が欧米であることを考えれば、そもそも効
 果が薄い財政に拘る愚かさがわかるはず。世界経済フォーラム
 の「2008年版世界競争力報告」で、日本の順位はまた1つ
 後退、9位に転落した。原因は、「政府債務の水準」が134
 カ国・地域中129位と最下位クラスの評価であることだ。実
 効のない財政出動で、政府債務をこれ以上膨らますことは絶対
 に許されない。      ――「深彫り経済リポート」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この記事の中でも「効果が薄い財政に拘る愚かさ」と財政政策
をこきおろしていますが、それならばどうすればよいのかと聞い
てみたい気持ちがします。
 小泉政権の時代に竹中平蔵氏の腹心といわれ、最近では「上げ
潮派」の理論的支柱になっている高橋洋一氏の新著には、この問
題に関する興味深い主張が出ているので、何回か取り上げてみた
いと思います。
 高橋洋一氏は、新著の冒頭で、「経済回復の特効薬は公共投資
だ」といまどき本気で信じている経済音痴の国会議員が多いのに
はいまさらのように驚いた――このように切り捨て、次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融政策と財政政策はマクロ経済政策の二本柱だといわれてい
 る。景気対策という言葉が示すように、日本では景気刺激には
 財政政策が効果的だと信じられていて重きが置かれるが、世界
 の主要国では逆だ。財政政策よりも金融政策を重視する考え方
 が主流になっているのである。金融政策は発動すればすぐに効
 果が現れる。それに対して、金融政策のラグに加えて、財政出
 動までには国会の決議などの手続きがあり、実施に移すまでに
 さらなるタイムラグがある。こうした「遅きに失する恐れがあ
 る」といったよくいわれる理由だけでなく、本質的に財政政策
 は景気対策という点では、いまやほとんど意味を失っている。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 高橋氏のこの主張の中でとくに違和感があるのは、「金融政策
は発動すればすぐに効果が現れる」という点です。高橋氏は、景
気対策に財政政策が効いたのは、はるか昔の固定相場制の時代で
あり、変動相場制のもとでは財政出動は景気浮揚に効果がないと
いっているのです。そして、高橋氏は次のように続けます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 変動相場制のもとでは、景気回復には金融政策のほうがはるか
 に効果がある。金融政策では金利を下げて需要を増やす。金利
 が下がると企業の設備投資が活発になる一方で、円安が進み、
 輸出増になる。この相乗効果によって景気が良くなるのだ。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 高橋氏は「金利が下がると企業の設備投資が活発になる」とい
うが、日本はとっくの昔に金利を下げていて、金融緩和も目いっ
ぱいやっているのです。まさに金融政策をやっているわけです。
しかし、企業の設備投資は一向に活発にならないのです。高橋氏
はこのあたりをどう考えているのでしょうか。
 高橋氏は経済学のテキストに書いてあることをそのままいって
いるのですが、それでは現状の説明にはならないのです。そのあ
たりのことをリチャード・クー氏は「バランスシート不況」と呼
び、金利が下がっても企業がお金を借りず、設備投資を活発化さ
せないことを説明しています。クー氏の説明なら、素人にも理解
ができますし、納得性があるのです。
 学者というのは自説にこだわるものです。高橋氏は「バランス
シート不況」をどのように考えるのでしょうか。認めると自説が
覆るので、無視しているのでしょうか。少なくとも彼の本を読む
限り、そのようなものは一顧だにしないという態度です。
 金融政策はバランスシート不況のもとでは効かない――このよ
うにクー氏はいっています。日本の金利は長くほとんどゼロであ
り、現在でも0.5 %です。この金利をゼロにしたとしても企業
設備投資は活発にならないと思います。それでも金融政策を打て
というのでしょうか。―[サブプライム不況と日本経済/44]


≪画像および関連情報≫
 ●日本経済は下振れリスク、景気回復は先ずれ/白川総裁
  ―――――――――――――――――――――――――――
  市場の一部には、相変わらず協調利下げ観測がくすぶってい
  る。これに対し、白川総裁は「金融政策については、効果・
  波及のタイムラグを考えながら、各国の経済・物価情勢に照
  らして、それぞれが有効と判断すると金融政策を実行してい
  くことが適当であるということが各国中央銀行の共通した理
  解だ」と強調。さらに「金融政策の協調という場合、各国の
  経済・物価の状況からすると本来は望ましくないことを協調
  して行うというのが「協調」という言葉のニュアンスだと思
  うが、そういう意味での協調は望ましくない」とも付け加え
  市場の見方をけん制した。
  ―――――――――――――――――――――――――――

高橋洋一氏の本.jpg

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2008年10月20日

●「財政再建に熱心でない財務省」(EJ第2433号)

 10月16日の東京株式市場で日経平均株価が再び1000円
を超える大幅な下落となり、9000円台を割り込んでいます。
世界の市場が動揺し、世界同時株安の様相を見せてきています。
 この経済の状態は既に「世界恐慌」といえなくもないのです。
しかし、一国のトップがそれを少しでも認めたら、そのときから
「世界恐慌」になってしまうのです。1929年、当時の片岡直
温大蔵大臣が国会において、「いま、東京渡辺銀行が破綻しまし
た」という事実誤認の発言をしたことが引き金になって、昭和恐
慌がはじまっているからです。
 しかし、麻生首相は、10月7日の衆議院予算委員会で世界経
済の現状について次のように述べたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1929年に匹敵する。欧州も巻き込んでいるので、日本への
 影響は必ず出てくる。            ――麻生首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 これについて、16日発売の「週刊文春」は次のように書いて
います。経済に強いと自認する麻生首相としては、あまりにも不
用意な発言だったといえます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界中のトップが『恐慌ではない』と否定し、投資家の不安を
 抑えようと必死の中、麻生首相の恐慌発言は百年に一度の「大
 失言」です。トップが認めた瞬間に、現実化するのが恐慌。言
 わばガスの充満した炭鉱から安全に脱出しようと慎重に行動し
 ている時に、一人の男がタバコを吸おうとして大爆発を起こし
 たようなものです。    ――生活経済アナリスト水澤潤氏
             10月23日付、『週刊文春』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、先週末にご紹介した高橋洋一氏の本には、新聞や雑誌で
は絶対に知ることのできない財務省のウラの事情がわかります。
高橋氏は旧大蔵省(現財務省)理財局の出身なのです。
 現在、麻生政権では第2次経済対策として2次補正予算案を組
もうとしています。財源としては、赤字国債を出したくないとは
いうものの、それも視野に入れた検討が進んでいます。
 しかし、財務省はここまでのところ、まったく音なしの構えで
す。財務省によると現在の日本の財政は危機的状況にあり、「財
政再建」を急ぐ必要がある――そのためには消費税の増税は避け
られないというのです。麻生政権は、それに反する行動を取ろう
としているのに財務省はあえて反対は口にしていないのです。
 2006年9月に安倍政権が誕生しましたが、そのときにも財
務省はおかしな行動をとっています。2006年度は景気が回復
して税の自然増収が5兆円見込まれたのです。2006年度の財
政赤字は当初予算は29兆9730億円であり、もし、5兆円の
自然増収があればそれを差し引くと、2006年度の財政赤字は
25兆円まで減る計算になります。
 財政赤字を何とか減らしたい財務省にとって、こんないいこと
はないはずです。しかし、彼らはあることを企んだのです。それ
は、1.5 兆円の大型補正予算の編成を安倍政権に持ちかけてい
るのです。信じられるでしょうか。
 財務省は、どうしてそのようなことをしたのでしょうか。高橋
氏は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2006年度の財政赤字は、当初予算で29兆9730億円、
 約30兆円だった。仮にその年度に見込まれる5兆円の自然増
 収を全額、赤字減らしにあてれば、2006年度の赤字は25
 兆円まで減る。すると、次の年度は、25兆円を上回る赤字予
 算は組めない。もし、そんなことをすると、マスコミから安倍
 政権は財政再建を真剣に考えていないと批判される。歳出削減
 というハードルも一層高くなり、主計局は苦しめられる。そこ
 で増収分のうち1.5 兆円を補正予算で使う。すると2006
 年度の赤字は、約27兆円となって、翌年の歳出削減のハード
 ルは下がる。主計局にとって経済成長による税収増はしょせん
 臨時ボーナスのようなものでしかない。彼らが狙っているのは
 あくまでも、恒久的に自分たちの財布を確実にパンパンにして
 くれる増税だ。赤字の額を減らせなければ、増税の議論を持ち
 出しやすくなる。しかも、1.5 兆円の補正予算を組み、カネ
 をバラ撒けば、永田町への影響力も保てる。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 財務省にとっては、本当は赤字国債をなるべく出さないように
する、いわゆる改革路線内閣は嫌いなのです。安倍内閣が仮に大
型補正予算を出せば支持率低下は必至であり、改革路線内閣を潰
すことができる――ダメモトでやってみる価値はある――財務省
が補正予算を提案したのは、そんな事情があったのです。
 しかし、安倍政権は財務省の手には乗らず、補正予算の話は潰
れたのです。このように、財務省は税収増を使って本気で赤字を
減らそうとは考えていないのです。本気で財政出動を止めようと
はしていないのです。どうしてでしょうか。
 それは日本が財政危機などではないからです。財政危機を煽っ
て消費税増税を実現させ、恒久的に自分たちの自由になるカネを
たくさん握る。そうすれば、そのカネをばらまくことによって、
永田町への影響力を強めることができるからです。
 しかし、日本は834兆円の債務を抱えています。この数字は
GDPの160%にも当たるのです。財務省はこの数字を強調し
て財政危機を喧伝し、マスコミなどを使って増税の必要性を訴え
ているのです。この数字は自民党増税タカ派の増税キャンペーン
で使っているものであり、数字の信憑性には疑いがあります。
 もし、実際は財政危機でないのにそれを喧伝し、増税やむなし
の世論誘導をしていると仮定すると、それはとんでもないことと
いえます。    ――[サブプライム不況と日本経済/45]


≪画像および関連情報≫
 ●「昭和恐慌」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本経済は第1次世界大戦時の好況から一転して不況となり
  さらに関東大震災の処理のための震災手形が膨大な不良債権
  と化していた。一方で、中小の銀行は折からの不況を受けて
  経営状態が悪化し、社会全般に金融不安が生じていた。3月
  14日の衆議院予算委員会の中での片岡直温蔵相の「失言」
  をきっかけとして金融不安が表面化し、中小銀行を中心とし
  て取り付け騒ぎが発生した。一旦は収束するものの4月に鈴
  木商店が倒産し、その煽りを受けた台湾銀行が休業に追い込
  まれたことから金融不安が再燃した。これに対して高橋是清
  蔵相は片面印刷の200円券を臨時に増刷して現金の供給に
  手を尽くし、銀行もこれを店頭に積み上げるなどして、不安
  の解消に努め、金融不安はやっと収まったのである。   
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

首相答弁/衆院予算委員会.jpg 
首相答弁/衆院予算委員会
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2008年10月21日

●「日本は財政危機ではない」(EJ第2434号)

 10月18日付の朝日新聞は、自民党を「財政再建派」と「景
気重視派」に分けて、追加経済対策をめぐるせめぎ合いを記事に
まとめています。
 こんな論議をしている国は日本だけです。他の国は必要なとき
は減税をするなどの財政政策をごく当たり前に使っているのに対
し、日本はこういうくだらない論議をして時間を浪費しているよ
うな気がしてなりません。
 赤字国債に関する麻生首相の発言は、当初の「基本的には出し
たくない」から「赤字国債に『極力』依存しない」にまで後退し
ています。このように首相の発言を後退させているのは、与謝野
経済財政相をはじめとする財政再建派なのです。与謝野氏は次の
ように発言しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (追加経済対策では)方向性を示し、具体的な税制の抜本改革
 を議論するという2段階を考えている。
                   ――与謝野経済財政相
―――――――――――――――――――――――――――――
 与謝野氏のいう「具体的な税制の抜本改革」とは何を意味する
のでしょうか。
 この「税制の抜本改革」について、福田内閣時代にサンデープ
ロジェクトで田原総一郎氏が与謝野氏に聞いたことがあります。
そのとき与謝野氏は、それが「増税」を意味することを認めたの
です。つまり、「定額減税などをやるときは、増税とセットで行
う」という意味なのです。田原氏はなぜ増税といわないのかと迫
ると、議員は選挙もあるので、増税という言葉は使いたくないの
でこういう表現を使うとぬけぬけといったものです。
 さらに与謝野氏は定額減税の財源を求められると、次のように
いっているのです。与謝野氏は確信犯です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 定額減税をやることになれば、やるべきだと主張した人は、税
 制抜本改革から逃げられない。    ――与謝野経済財政相
         2008.10.18付、「朝日新聞」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 昨日のEJでも述べたように、財政再建派は景気回復による税
収増による財政再建は最初からやりたくないのです。もし、税の
増収分を財政赤字減らしに当てると、次年度はそれを超える予算
は組めなくなる――したがって、増税による赤字減らしがいちば
ん財務省にとって都合が良いわけです。
 ところで、なぜかくまでに財政再建にこだわるのでしょうか。
それは日本が財政危機であるからというのですが、日本は財政危
機などではないという着目すべき反対意見があります。かつて、
EJではその代表的意見である菊池英博氏の論文を紹介しました
が、今回は高橋洋一氏の意見をご紹介します。
 現在、財務省のいう834兆円は「粗債務/あらさいむ」と呼
ばれるものであり、民間企業でいえば、銀行などから受けている
融資や取引先への原材料費の未払い金などの負債のことです。
 しかし、企業は預金などの内部留保や土地などの資産を保有し
ているので、「粗債務」の数字がそのまま債務とはならないので
す。そうした金融資産を粗債務から差し引いた数字が真の債務に
なります。この数字を「純債務」といいます。高橋洋一氏は真の
日本の債務について次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本政府も、現金・預金や有価証券のほか、年金資金運用基金
 への預託金などの金融資産と、国有財産や公共用財産(道路、
 河川など)などの固定資産を保有している。しかも、日本ほど
 政府が多額の資産を持っている国はない。政府資産残高の対G
 DP比で先進諸国と比べてみるとわかる。日本は150%程度
 なのに対し、アメリカは15%程度。一桁違う。EU諸国と比
 較しても、イギリス30%台、イタリア70%台と、日本の政
 府資産は桁外れに大きい。2005年度末に発表された額では
 日本の政府資産は538兆円にも上っている。これを粗債務か
 ら差し引くと、純債務は約300兆円まで減る。
       ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、財務省は多額の金融資産があるのにそれは伏せてお
いて債務だけを強調しているのです。834兆円というのはそう
いう数字なのです。2005年の数字によると日本の政府資産は
538兆円もあるのです。したがって、これを834兆円から引
くと、296兆円になります。
 これに対しては反対はあります。換金できない性質の資産が多
くあるというのです。しかし、そんなことはない、換金できるも
のはたくさんあると高橋氏はいいます。さらに財務省が粗債務だ
けを強調するのは「現在保有している資産は手放す気はあれりま
せん」といっているに等しいというのです。
 そういいながら、2002年4月に国債格付け会社によって日
本国債の格付けが引き下げられると、財務省は一転して次のよう
反論しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 慌てた財務省は「日本は世界最大の貯蓄超過国であり、国債は
 ほとんど国内で消化されている。また経常収支黒字国であり、
 外貨準備も世界最高である」との意見書を格付け会社に送りつ
 けた。   ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 財務省の主張は何ということない。「純債務で見れば日本は財
政危機ではない」と認めているのです。つまり、国内向けと海外
向けとの発言は正反対なのです。
 ちなみに純債務のGDP比は60%に過ぎないのです。何も問
題はないのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/46]


≪画像および関連情報≫
 ●財務省は海外に「粗債務」を働きかけている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  財務省が国際機関であるIMFに圧力ならという話がある。
  もちろん確証があるわけではない。IMFは1990年代の
  途中まで純債務の各国統計を中心としていたが、ある時から
  粗債務のデータになっていった。これは財務省の影響だとい
  うのだ。ほかの国では、国が保有する資産もあまりないので
  粗債務も大きな差がなく、あまり頓着がなかったという話で
  ある。  ――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

高橋洋一氏.jpg
高橋洋一氏
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2008年10月22日

●「時価会計は凍結すべきか否か」(EJ第]2435号)

 ここにきて「時価会計の一時凍結」問題が話題になってきてい
ます。今回のサブプライム問題では、「市場が消滅する」という
今までに経験したことのない事態が起きているからです。
 それはこれらのサブプライム関連の仕組み債市場が買い手不在
のため消滅してしまい、時価評価すべき価格がなくなってしまっ
たからです。このようなことは、世界が今まで体験したことのな
い事態であり、世界中が困惑しているわけです。
 これまで米国は、時価評価は市場の変動を反映するので正しい
として世界中に同調を呼びかけてきたのです。これに対して、日
本やヨーロッパは以前はどちらかというと原価主義(簿価主義)
を採用し、時価会計に距離を置いてきたのです。
 しかし、米国の好況が続いていたので、次第に国際会計制度の
中心に時価評価を据えるべきであるという意見が支配的になって
多くの国が時価評価を採用する動きが出てきたのです。
 そこで日本でも1997年の決算から、金融機関が保有株式な
どの時価会計を導入したのです。そのまま取得価格(簿価)を基
準にした決算を続けていると、本来の財務内容が見えにくくなっ
てしまうための決断です。確かに景気が良いときは、時価評価で
あれば、拡大均衡に向かうことになるので、都合がよかったので
す。リチャード・クー氏は次のように説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計は、ある意味で短期保有を前提にしている。長期保有
 で最終的に債券が100で戻ってくるとすれば、いま直ちに市
 場評価をする必要はないからだ。その一方で、短期保有で利益
 をあげようとすれば価格変動のある債券だから市場評価の必要
 性が出てくる。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計の問題について、米バーナンキFRB議長はたびたび
発言していますが、実際にはどうしたらよいのか彼にもわからな
いようです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 バーナンキ議長は(2008年4月10日、リッチモンドでの
 講演後の質疑応答で「流動性が非常に低い市場で資産を売却す
 る動きが、評価損の計上、投げ売りといった事態につながった
 という意味では、時価評価が時に不安定要因として働いたと言
 える」と述べた。        ――バーナンキFRB議長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この発言を「時価会計見直し」と解釈したレポートが
世界中で出ると、9月23日に次のメッセージを出してそれを抑
えようとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 [ワシントン 23日 ロイター] バーナンキ米連邦準備理
 事会(FRB)議長は23日、金融機関に証券化商品を時価評
 価させる時価会計ルールについて、ルール適用を一時的に停止
 しても、投資家の信頼をさらに低下させるだけだ、との見解を
 示した。時価会計は、サブプライムモーゲージ危機を受けた関
 連市場環境の悪化で巨額の評価損計上を迫られている金融業界
 に重しとなっている。上院銀行委員会で証言したバーナンキ議
 長は、銀行は時価会計をやめて、満期まで保有した場合の予想
 価格を採用する会計方式に変更したがっているが、そういう想
 定価格は信頼できない、と指摘。「正確な満期時点の価格など
 だれも分からない。したがって(時価会計からの変更は)投資
 家の信頼を損ねるだけだ」と述べた。
              ――Infoseek/楽天ニュースより
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本においても「時価会計の見直し」に向けての動きは確実に
出てきています。この原稿を書いている10月18日の日本経済
新聞では「時価会計の一部凍結/銀行業界は歓迎」というタイト
ルの記事が掲載されていますが、そこに書かれていることは次の
ような賛否両論です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪賛成論≫
 正常に価格が付かない商品の時価会計を凍結すれば、その分マ
 イナスの影響を避けられる。非常時の対応として評価できる。
 ≪反対論≫
 金融機関が抱える金融商品の損失が見えにくくなり、情報開示
 の流れに逆行する。/2008年10月18付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 青山学院大学大学院教授の八田進二氏は、日本はバブル崩壊後
の1990年代において、政治主導で株式評価損の計上を見送る
ことを決め、世界中からバッシングを受けたが、今度は同じよう
なことを欧米がなりふりかまわずにやろうとしているが、これは
会計にかかわる者としては不快感を覚えるといっています。
 自分たちに都合が悪くなると、スポーツでもルールを一方的に
変更するというのは欧米人のやり方ですが、今回もそういうこと
になる可能性があります。
 日本も含めて世界の金融市場が正常に機能していない状況が続
いています。それは金融機関同士がそれぞれ相手の銀行がどのく
らいの損失を抱えているのか信用できなくなっているからです。
 そういうときに、時価会計を凍結することは、金融機関が問題
商品をどのくらい抱えていて、どの程度損失が出ているのかを隠
す効果があり、投資リスクが見えなくなることを意味しているの
です。これでは、金融市場はますます機能不全になるだけである
といえます。
 しかし、日本にとって次の焦点は株式の評価です。邦銀の財務
にとっては、証券化商品などより、株式の方がはるかに影響が大
きいからであり、現状の株価では大半の銀行で株式の評価損益は
マイナスになります。―[サブプライム不況と日本経済/47]


≪画像および関連情報≫
 ●山崎元のマルチスコープ/時価会計見直し論
  ―――――――――――――――――――――――――――
  筆者は、時価で評価するという大原則はやはり曲げないほう
  がよいと考える。もちろんどのような「時価」が適切かとい
  う問題は議論があっていいが、それを市場での取引価格より
  も保有者にとって有利な価格に歪めることは不適切だろう。
  適切な時価とは何か、と考えると、それは、「現実に売れる
  値段」である。場合によっては、市場で取引された実績の値
  段よりも、適切な価値は安くなることがあるだろう。
         http://diamond.jp/series/yamazaki/10026/
  ―――――――――――――――――――――――――――

時価会計を審議する中川財務・金融相.jpg
時価会計を審議する中川財務・金融相
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2008年10月23日

●「将来世代にツケを回すなのロジック」(EJ第2436号)

 この記事は10月19日に書いているのですが、今私の机の上
のPCのディスプレイにはサンデープロジェクトの画面が映って
います。久しぶりにリチャード・クー氏が登場してきました。良
いことであると思います。麻生首相、中川財務・金融相との関係
が話題になったことがテレビ登場につながったのでしょう。
 「財政赤字は将来世代にツケを回す」――この言葉は赤字国債
を出すことの問題点としてよく使われます。または、「孫のクレ
ジットカード」論――財政赤字を出すことは孫のクレジットカー
ドを使うようなものであるという考え方です。
 この考え方は、人々が常識として多額の借金はすべきではない
という道徳的な見地から見ると、一見正しいように見えます。し
かし、一見わかりやすい事例で国民はよく騙されてしまうことが
多いのです。それは国の借金を家計(一般家庭)の借金にたとえる
手法です。財務省は次のようなストーリーで財政赤字の怖さを国
民に植え付けようとしています。これは、EJで過去に取り上げ
たテーマ「財政危機は本当か」からの引用です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の税収は40兆円しかない。しかし、使っているのは80
 兆円。40兆円の赤字である。月収40万円しかない家庭が、
 月に80万円の生活をしている。足りない部分はサラ金から借
 りているのだ。これなら、やがて、家計は借金の山となり、破
 綻する。日本の現状はこれと同じであり、やがて破綻する。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一見正しいように思えるかも知れませんが、このロジックは完
全に間違っています。それは、次の2つ事実をベースにして考え
てみるとすぐわかることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.国は一銭も稼いでいない。稼いでいるのは国民である。
 2.税金で取るのも国債で金を集めるのも同じことである。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そもそも国の借金を家計――経済学では銀行に預金する主体の
こと――家計にたとえるべきではないのです。これについて、既
出の高橋洋一氏は、財務省の増税キャンペーンで国民に訴えるス
トーリーに関して、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、国の財政を家計にたとえ借金があるという。一般に、家
 計とは資金供給主体であるので、借金があるのはそれほど一般
 的ではない。なぜ企業にたとえないのか。企業は資金調達主体
 であるので、借金は普通のことである。ただ、その借金が身分
 相応かどうかが問題であるが、企業にたとえるほうが実態に近
 い。家計にたとえて借金の多さを説明するのは、ミスリーディ
 ングになる。――高橋洋一著、『日本は財政危機ではない!』
                         講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 赤字国債を出すということは、日本の場合、国債のほとんどは
その世代の日本国民が購入することになります。つまり、その世
代――国債を発行するときの世代は、自分の所得をすべて自分た
ちで使うことをせず、一部を国債を購入することに回すからこそ
政府は財政赤字を出せるのです。
 この国債の購入によって自分たちの使えるお金が減るという意
味で、財政赤字はその世代が負担している――そういってよいの
ではないでしょうか。
 このことをリチャード・クー氏は、次のように数字を使って証
明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政府・民間それぞれ100円の所得・税収がある世界で、政府
 が20円分の国債を発行し、それを民間が買ったとする。そう
 なると現世代は民間が80円、政府が120円使えるので、合
 計が200円になる。将来世代は、20円分の国債が償還され
 るから民間の使えるお金は120円になるが、政府の使えるお
 金は80円となり、合計は同じく200円となる。両世代とも
 使えるお金の合計は同じ200円だから、世代間所得移転は起
 きていないことになる。この例における所得移転は、親世代で
 は民間から政府へ、将来世代では政府から民間へ生じているの
 である。       ――リチャード・クー著 楡井浩一訳
     『デフレとバランシート不況の経済学』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 断っておくが、この数値モデルについては、いくらでも反論で
きるが、それをやっても不毛の議論になります。将来世代に引き
継ぐのは負担としての債務残高ではなく、健全な経済こそ引き継
ぐべきです。そうするために、赤字国債の発行が必要であるとき
は積極的にそれを行い、経済を健全化して将来世代に渡すべきで
あると思います。リチャード・クー氏は、これについて次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (たとえ大きな財政赤字のツケを回されても)将来世代にとっ
 ては、たとえ莫大な財政赤字を抱えていたとしても、十分な対
 策が講じられて回復途上にある経済を引き継ぐほうが、財政赤
 字はないが傷口が開いたままで治療されておらず、瀕死の状態
 にある経済を引き継ぐよりもはるかに望ましい場合があるから
 である。             ――リチャード・クー著
     『「陰」と「陽」の経済学』より 東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 19日のサンデープロジェクト――中川財政・金融相、榊原英
資氏、水野和夫氏、そしてリチャード・クー氏の討論では、クー
氏が正しい財政政策を積極的に打つべしと主張したのに対して、
榊原氏が同意したのに対し、市場主義者の水野氏は反対の姿勢で
あったように思います。しかし、今の経済状況において、赤字国
債の発行を躊躇うべきではないのです。久しぶりに意義のある討
論だったと思います。―[サブプライム不況と日本経済/48]


≪画像および関連情報≫
 ●財政政策について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ≪積極的財政政策≫積極的財政政策としては、不況時に乗数
  効果によるGDPの拡大や失業率の低下を図るために、道路
  や公共施設などの公共事業を増加させたり、減税によって消
  費や設備投資の刺激を図るものがある。景気が過熱すれば、
  逆に公共事業を減少させたり、増税によって消費や設備投資
  を抑制して、景気変動の幅を小さくしようとするのである。
  ≪消極的財政政策≫消極的財政政策としては、法人税や所得
  税の存在、失業等給付や生活保護の制度があげられよう。法
  人税は企業が利益をあげなければ課税されないので、不況期
  にはゼロとなり好況期には税収が増える。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

水野和夫氏.jpg
水野和夫氏
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2008年10月24日

●「麻生内閣は危機に対応できるのか」(EJ第2437号)

 10月21日――日本経済新聞朝刊の第1面に次の記事が出て
いました。
―――――――――――――――――――――――――――――
 【ワシントン=大隅隆】バーナンキ米連邦準備理事会(FRB)
 議長は20日、下院予算委員会で金融危機を受けた経済情勢に
 ついて、「数四半期は経済活動が弱くなりそうだが、減速が長
 びく可能性もある」と語った。そのうえで、「議会が財政出動
 (による第二次景気対策)を考えているのは適切なことだ」と
 発言、財政による景気下支えを事実上、要請した。FRB議長
 が財政出動を求めるのは異例。
      ――2008.10.21付「日本経済新聞」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 米バーナンキFRB議長といえば、ミルトン・フリードマンの
学統の継承者であり、ばりばりの金融政策主義者です。景気の悪
化に対しては一貫して金融政策で対応すべきだという主張の持ち
主であることはここまでに何度も述べてきています。
 そのバーナンキ議長が議会に対し、異例の財政出動を要請した
ことは、いかに米景気の現況が厳しいかのあらわれであると同時
に金融政策の限界をバーナンキ議長自らが示したことを意味して
いるのです。現在米国の金利は1.5 %であり、追加利下げの余
地がほんんどないからです。
 これに対して日本は、第2次経済対策の財源は赤字国債を使わ
ず、埋蔵金を使うといったり、与謝野経済財政相にいたっては財
政出動をするならば増税をセットで行うべきだなどと平気でいう
始末です。国民も既に洗脳されているのか、財政出動や赤字国債
という言葉が出ると、すぐ「バラマキ反対」といい出すなど、本
当に経済政策のやりにくい国になってしまっています。
 既に述べたように、あのIМFでさえ「世界が協調して財政出
動をすべし」といっているのです。これについては、19日のサ
ンプロに出演したリチャード・クー氏にいっていました。財政政
策はこういう危機に使うものなのだからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/107347343.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本についてはもうひとつ心配なことがあります。それは国と
して経済運営のかじ取りをすべき麻生首相と中川財務・金融相の
「経済オンチ」ぶりです。これについては、20日発売の『週刊
朝日』10/31において、ジャーナリストの松田光世氏が指摘
していますので、ご紹介しておきます。
 麻生首相はG8サミットの開催を提唱しています。24日から
北京でASEANの首脳会合が開催されるので、その前夜に成田
でやったらどうかという提案です。
 日本はサミットの議長国ですし、提案はいいのですが、問題は
それを10月10日にいっていることです。10月10日といえ
ば週末を利用してG7などを開催し、週明け――日本は14日で
すが、他国は13日――の市場パニックをいかにして防ぐかと必
死になっているときです。タイミングも良くないし、ノーテンキ
です。そんなことは週明けの結果を見て決めるべき問題です。
 案の定というべきか当然というべきか、日本の提案は米国に断
られてオジャンになり、結局米国とフランスに主導され、「金融
サミット」は11月に米国で開催されることになったのです。日
本は今年サミット議長国であるのに馬鹿にされたものです。
 先のG7などの席で日本が90年代に経験した公的資金投入の
経験を話して主導権を取れと指示された中川財務・金融相はワシ
ントンに向かう飛行機の中で、白川方明日銀総裁と協議して「I
MFを通じた新興国への資金支援」を打ち出すことを決めていた
のです。
 ところが、中川財務・金融相はG7などの席で「外貨準備を活
用して」IMFに資金支援するといってしまったのです。しかし
これはできないのです。
 IMFに出資するために外貨準備として保有する米国債を売る
とドル暴落の引き金を引く危険があるし、政府短期証券を発行し
て市中から資金調達をすると国内の信用収縮に拍車をかけてしま
うからです。
 それではどうすればよいかというと、専門家は次のように説明
しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 IMFの信用を保証するのなら、外貨準備の活用ではなく、交
 付国債を拠出すればいい。10兆円も出せば、新興国の資金需
 要に対応できるはずです。         ――財務省OB
               『週刊朝日』10/31号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 交付国債というは、現金の代わりに交付するために発行される
国債のことであり、資金借入のために発行される通常の国債とは
性質が異なるのです。土地の買収や補償金などの現金支払に代え
て交付され、実際の現金の支払は要求があったときに予算措置を
行い支払いをすることになります。したがって、実際の現金の支
払いはを後年に繰り延べるのです。
 交付国債については、EJで取り上げたことがあります。詳し
くは次のURLをクリックしてください。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://electronic-journal.seesaa.net/article/46005537.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 もうひとつ重要な指摘があります。麻生首相は空席だった日銀
副総裁に山口広秀日銀理事を昇格させる人事案を国会に提出して
いますが、日銀審議委員は人選していないのです。これはもしか
すると忘れたかも知れないのではという噂が広がっています。
 世界の中央銀行で、金融政策決定に関わる人数が偶数になるの
ははじめて――これは「異例の事態」なのですが、首相は知らん
顔です。     ――[サブプライム不況と日本経済/49]


≪画像および関連情報≫
 ●金融政策決定に関わる人数は奇数が原則
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日銀政策委員会は、日銀総裁と副総裁(2人)、日銀とは無
  関係の6人の審議委員(有識者、金融界・財界出身者など)
  合計9人で構成されています。ある政策決定において総裁以
  外の8人が4対4で割れた場合、総裁の1票で決定できるよ
  う必ず奇数が原則なのです。この政策委員たちは、すべて国
  会の同意に基づいて内閣が任命します。しかし、犯罪を犯す
  などのことがなければ、辞めさせることはできません。これ
  は、先ほど述べた「日銀の中立性」を維持するためのもので
  す。この政策委員会が何か重要な政策について決定する会議
  を「日銀政策決定会合」と呼んでいるのです。
  ―――――――――――――――――――――――――――

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麻生首相と中川大臣
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2008年10月27日

●「経済危機脱出への提言/サミュエルソン」(EJ第2438号)

 ここにきて、急にリチャード・クー氏が注目されています。あ
れほどテレビも新聞もクー氏を締め出してきたのに一転して重用
するようになったのはなぜでしょうか。
 10月19日のクー氏のサンデー・プロジェクト出演に始まっ
て、25日には読売新聞朝刊に「市場大波乱/どう立ち向かう」
というクー氏の記事が出ています。日頃「バラマキを主張するエ
コノミスト」としてクー氏の主張を無視してきたことを考えると
明らかに手のひらを返しています。
 日本は少しでも景気回復の兆しがあると、必ずといってよいほ
ど財政再建をいい出して景気を失速させてきた前科があります。
橋本政権などは景気が悪いのにもかかわらず、それまでの減税措
置を撤廃し、消費税を上げ、大型補正予算を見送ったにもかかわ
らず、財政再建が進む前に経済が失速してしまったのです。
 それだけの苦労をして財政再建を進めたのにかかわらず、結果
的に財政赤字は倍増してしまったのです。リチャード・クー氏は
精一杯の皮肉をこめて次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 もしあの時、橋本首相が何もしないで首相公邸でプラモデルで
 もつくっていれば、日本は何百兆円もの政府債務の発生を防げ
 たであろう。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 政権与党はこの橋本政権の失敗を何も反省していないのです。
10月23日に麻生政権は「消費税4%上げ必要」を宣言してい
ます。これは定額減税を実施せざるを得ない状況にある政権与党
がバラマキ批判を恐れての措置であると思われます。
 しかし、いかに中期の政策であるとはいえ、この時期にいうべ
きことではないと思います。定額減税はやるけれども中期的には
増税をしますよといっているわけです。与謝野経済財政相がいう
「税制の一体改革」がこれだったのです。不況というのはある意
味において人間の気分の問題であり、せっかく財政政策を取ろう
としているときにそれに冷水を浴びせる恐れがあるのです。
 10月25日の朝日新聞朝刊にポール・サミュエルソン氏の論
文が掲載されています。「規制緩和と金融工学が元凶」というタ
イトルで経済危機の行方について論じているのです。
 サミュエルソン氏はもともとケインズ理論にいろいろ修正を加
えたり、拡張を試みたりして現実の経済に使えるようにしている
新古典派連合の経済学者の一人です。
 この論文の中の「赤字いとわぬ財政支出不可欠」という小見出
しの次の一節をご紹介しましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
  この危機を終わらせるためには何が有効なのか。それは、大
 恐慌を克服した「赤字をいとわない財政支出」だろう。極端に
 いえば、経済学者が「ヘリコプタ−マネー」と呼んでいる、紙
 幣を増刷してばらまくような大胆さで財政支出をすることだ。
  大恐慌を克服したのは戦争のおかげだという人がいるが、そ
 うではない。大恐慌当時、私はシカゴ大学の学生だったが、自
 分が学んでいる経済学と、社会で現実に起きていることとの大
 きなギャップについて、深刻に悩んでいた。周囲では、3人に
 1人以上が失業していた。それほど高かった失業率をひとケタ
 にまで減らしたのは、33年に就任したルーズベルト大統領の
 政策だ。それは戦争前のことで、戦争の脅威も切迫していない
 時点で着手されたのだ。    ――ポール・サミュエルソン
          2008年10月25日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 ポール・サミュエルソン氏は、今回の危機の克服には、結局財
政支出が拡大されることは不可避であるといっています。それで
もニューディール政策の経済の正常化には、7年以上かかってい
るのです。今回の経済危機はたとえ有効な手が打たれたとしても
10年はかかるという意見が少なくないのです。
 最後にサミュエルソン氏は、懸念として次のように述べていま
す。しかし、それがすべて終わったとき、もはや元の米国には戻
れないといっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 懸念されるのは、ドルからの逃避、それも無秩序なかたちの逃
 避が起こるのではないか、ということだ。それが起こったとき
 には、外国人が米国市場から資金を引き揚げるだけではなくな
 る。米国のヘッジファンドが先頭に立ってドルを売り、外国通
 貨を買う事態になってしまうだろう。
          2008年10月25日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 リチャード・クー氏は、現在の日本の経済を評して、株と為替
の両方が大きく下落している多くの国と比べると、日本は円が買
われ、円高になっているだけマシであるといっています。
 これまでの円は「円高バブル」といわれるほど安かったので、
日本経済は外需依存になっていたのですが、ここにきて円が再評
価されているというのです。
 しかし、クー氏は、株安が金融機関を直撃し、貸し渋りが一層
ひどくなるのは注意が必要であるといっています。それを防ぐた
めに次の提言をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 政府は銀行が保有する株式の価格が、市場の混乱で大きく下落
 した場合、公的資金で含み損を補う措置を考えてはどうか。株
 価が回復した時点で返済する仕組みにすればよい。英米主導で
 導入された時価会計も見直す必要がある。リチャード・クー氏
         ――2008年10月25日、読売新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 今一番求められているのは日本の経済の正しい舵取りです。
         ――[サブプライム不況と日本経済/50]


≪画像および関連情報≫
 ●ポール・サミュエルソン名言集より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ノーベル賞経済学者ポール・サミュエルソンは、非常に冷静
  な目で投資の世界を見つめる、かなりの切れ者であることを
  最近知った。
  〜長期投資のリスク解説に対する批判〜
  投資機関が長くなれば、リスクは゛ロに向かって減少してい
  くというのは真実ではない。訪れる年はどの年も、残された
  全期間にとっての最初の年なのである。
  〜短期投資の誘惑に負けるな!〜
  手っ取り早く稼いだ誰かの話を聞いた日は、我が戦略の真っ
  当さをもういちどわが身に言い聞かせぐっすり寝ることだ。
    http://stojkovic.blog20.fc2.com/blog-entry-175.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポール・サミュエルソン.jpg
ポール・サミュエルソン
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2008年10月28日

●「日本経済を襲う2つの波とは何か」(EJ第2439号)

 今回のテーマは、いわゆるサブプライム問題に端を発する世界
的金融危機について、リチャード・クー氏の次の新著をベースに
して論ずることが目的ではじめたものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  リチャード・クー著
  『日本経済を襲う二つの波/サブプライム危機とグローバリ
  ゼーションの行方』   2008.6.30/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、既に50回を超えており、総まとめを行うところにき
ています。ところで、リチャード・クー氏の本のタイトルにある
「2つの波」とは何でしょうか。
 1つ目の波は、1990年度から2005年ぐらいまでの間に
日本を襲った不況の波のことを指しています。いわゆる「失われ
た10年」とか「失われた15年」といわれる不況期を指してい
るのです。
 クー氏は、この不況の波を「バランスシート不況」と名づけて
不況に対するひとつの新しい解釈――経済学のテキストに載って
いない経済分析をしています。
 しかし、2005年くらいから日本の景気は回復し、これから
順調に伸びようとしていた矢先に、米国発のサブプライム問題の
影響で日本経済も深刻な打撃を受けつつあります。先進国の中で
は一番影響が少ないといわれている日本の株式が他国よりも大き
く下げ、それに加えて円高が進んでいます。
 日本にとって一番大きい問題は、「内需が伸びていない」とい
う点です。設備投資にしても消費水準を見ても内需拡大は一向に
進んでいないです。なぜ、内需は拡大しないのでしょうか。クー
氏はその理由の1つについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 企業がキャッシュフローの一部を金融資産の積み増しに回し、
 家計も過去に取り崩した貯蓄を埋めようとして貯金を増やして
 いるからである。しかも政府まで「財政再建」を合言葉にして
 公共事業の切削に邁進している。政府から家計まで、みんなが
 内需を減らす方向に動いているのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の貯蓄率は一時大幅に減少しましたが、ここにきて再び上
昇しています。健保問題や老後の年金・介護などの社会不安がそ
うさせる原動力になっていることは確かです。
 こういう状況から日本経済は異常なほど外需依存度が高まって
おり、サブプライム問題が起きると、外人投資家が現金確保のた
め、大量の日本株を売却しているので、株価が下落しているので
す。それに日本の当局は多少景気が悪化しても「財政政策=悪」
という考え方があるので、なかなか景気対策を打とうとしない。
そういうところも外人投資家に読まれているのです。
 さすがに今回は、世界的な金融危機になりつつあり、麻生政権
としては選挙対策もあるので、急に景気、景気と言い出してはい
ますが、財政政策としてはあまりにもへっぴり腰です。
 クー氏は、日本の内需が伸びないもう1つの理由として「グロ
ーバリゼーション」を上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ内需が伸びないのか。私は、その背景には「グローバリゼ
 ーション」の影響があるのではないかと見ている。そして、日
 本にとってのグローバリゼーションとは何かと言えば、それは
 「中国の台頭」に他ならない。中国人はやる気満々で、器用だ
 し、視力もいいし、ハングリー精神も充分に持っている。その
 うえ日本人の数分の一の給料で働く準備がある。教育水準も低
 くない。中国が台頭してきたことで、世界の先進国の合計とほ
 ぼ同量の労働力が、一気に世界の労働市場に流れ込んできたの
 である。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは大変面白い考え方であると思います。グローバリゼーシ
ョンは、理論的にはすべての先進国が同じ影響を受けることにな
りますが、実際にはそれにうまく乗れる国と乗れない国が出てき
てしまうのです。また、国の中でもこれに乗れる企業とそうでな
い企業に分かれてしまうのです。
 英語や中国語ができる優秀な人材を多く有している企業は有利
であるし、資金も潤沢にあれば資本に対するリターンは大幅に上
昇するはずです。つまり、グローバリゼーションは「勝ち組」と
「負け組」を必然的に作り出すのです。
 リチャード・クー氏によると、日本は他の欧米先進国に比べる
とこのグローバリゼーションのショックは大きいというのです。
なぜなら、欧米先進国はかつてこれと同じ体験を今までに日本の
の進出によって味わっているからです。
 日本は現在、中国やインドに追い上げられています。追う立場
から追われる立場への転換です。追い上げられる立場がどんなに
大変なものか――日本は経験していないのです。
 1965年頃カメラといえば、ライカ、ツァイス・イコンなど
を筆頭とするドイツ勢が世界を席巻していたのです。日本のカメ
ラも注目はされていたのですが、世界から見ればカメラはドイツ
だったのです。しかし、それからわずか10年の間に日本のカメ
ラが世界を席巻し、1975年にはドイツのカメラは世界市場か
ら姿を消してしまったのです。ツァイスにしろ、レチナにしろ、
すべて撤退してしまったのです。そういう急激に変化が中国やイ
ンドによって世界、とくに日本に対して起こってくる――これが
グローバリゼ―ションであり、日本を襲う2つ目の波ということ
になるとリチャード・クー氏はいうのです。これが「2つの波」
の意味です。   ――[サブプライム不況と日本経済/51]


≪画像および関連情報≫
 ●グローバリゼーションとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  グローバリゼーション――この言葉は様々な社会的、文化的
  商業的、また経済的活動において用いられる。使われる文脈
  によって、例えば世界の異なる地域での産業を構成する要素
  間の関係が増えていること(産業の地球規模化)などの、世
  界の異なる部分間の緊密なつながり(世界の地球規模化)を
  意味する場合もあるし、グローバリゼーションの負の側面つ
  まり工業や農業といった産業が世界規模での競争(メガコン
  ペティション)にさらされることで維持不能になるなどの搾
  取の要素をさす場合もある。したがって最近ではマイナスの
  価値を示す言葉として語られることも多くなった。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

講演するリチャード・クー氏.jpg
講演するリチャード・クー氏
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2008年10月29日

●「日本は住宅の世界最大の資源浪費国」(EJ第2440号)

 サブプライム問題が起こったことで、テレビで米国の銀行に差
し押さえられた住宅物件を見る機会が多くあります。それを見て
感ずるのは、いずれも日本の住宅と比べると、サブプライムロー
ンで入手した家にもかかわらず立派な家であるということです。
広い庭があり、プールまである住宅もあるのです。床面積は広く
リビングも大きく、ゆったりとってある家が多いのです。
 米国をはじめとする他の国では、住宅は「半永久的に保つ」と
いう前提に立っているのです。欧米では住宅は何年経っても、建
物の価格はあまり下がらないのです。これに対して、日本は車と
同様に大幅に価値が下落するのです。つまり、日本では住宅は車
と同じ耐久消費財なのです。
 これに対して欧米の住宅は、耐久消費財ではなく、資本財とし
てとらえられているのです。米国では住宅は資本財というか貯蓄
の代替物なのです。したがって、人々は家を入手するとそれに付
加価値を付け、評価を高めようと努力するのです。
 屋根を修復し、外壁を塗り直し、設備を近代化するなど庭づく
りには時間をかける――こうして住宅にお金をかけるのです。も
ちろん、こうした投資は統計上は「消費」に計上されますが、そ
れに見合う十分なリターンがあるからです。その十分なリターン
とは、売る時に評価が上がることです。日本の場合はこういうよ
うにはならないのです。
 リチャード・クー氏は、同じように焼け野原から出発した日本
とドイツとを比較して、60年が経過した現在、日本人よりもド
イツの人たちの方が立派な住宅に住んでいると指摘しています。
日本は毎年「富」を捨てていますが、ドイツでは富に富を積み上
げてきた結果であるというのです。日本に関して、クー氏は次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 最近の日本の住宅建設費は毎年だいたい20兆円である。そう
 して建てられたマンションを売ろうとした時、上物の評価がゼ
 ロ(タダ)になるのに何年かかるかを算出してみると、約15
 年である。話を簡単にするために、ストレート・ラインでタダ
 になると考えれば、新しくできた家は1年目に15分の1の価
 値がなくなることになる。同時に、2年前につくられた家もそ
 の1年で当初の建築費の15分の1の価値を喪失する。3年前
 につくられたのも同様である。つまりトータルで見ると、1年
 に失われる「富」は、ちょうど1年分の建設費という計算にな
 る。言い換えれば、日本では1年で20兆円の富が煙のごとく
 消えているのである。ドイツが毎年20兆円を積み上げている
 のに、日本は毎年20兆円をドブに捨てていれば、60年もし
 たら両者の差は1200兆円にもなる。この差が両者の町並み
 の差であり、実質的な生活水準の差になるのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 毎年20兆円――これは日本のGDPの4%に当たるのです。
こんなことをしていて国民が豊かになれずはずはない――クー氏
はこのようにいっているのです。日本という国が富の上に富を積
み上げるような政策をとってこなかったことに原因があります。
 この日本と欧米諸国との差をみると、日本の住宅政策がいかに
いびつであるかがよくわかります。添付ファイルは、日米英仏の
中古住宅市場をあらわしています。
 棒グラフの上のパーセンテージは、中古住宅のシェアをあらわ
しています。これをみると、日本の住宅市場がほぼ完全に新築の
みの市場である(中古住宅率13.1 %)のに対し、米国、英国
フランスはそのほとんどが中古市場であることがわかります。米
国にいたっては、77.6 %が中古住宅なのです。これは過去に
建設された住宅がきちんと補修され、付加価値が付けられた資本
財になっていることの証明です。
 それでもバブルが崩壊する以前では、地価が上昇していたので
住宅価格は大きく減価しなかったのです。住宅地の実質価格――
インフレ調整後の価格は、高度成長期は6大都市で年率11%で
上昇していたのです。
 当然名目価格は年率16.3 %も上がっていたので、住宅価格
というよりも土地価格として資産は形成されていたのです。それ
に日本は住宅を耐久消費財に入れているので、減価償却は27年
になっています。つまり、30年に一回は建て替えるという考え
方であるので、最初から30年程度しか保たない住宅になってい
るわけです。
 しかし、バブル崩壊後は土地価格が下落し、それが15年も続
いたのです。そのため、建物の減価分を地価の上昇で補うことが
できなくなり、住宅を保有している家計は大打撃を被ったことに
なります。
 もうひとつ気になる統計があります。米国では過去20年、人
口が年間250〜300万人増えているのに対し、住宅着工は、
150万戸前後なのです。これに対して日本では、人口増加幅が
減り続けて、ここ数年はゼロになったのに対し、住宅着工は年間
100万〜150万戸あるのです。これに対し、クー氏は次のよ
うに述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 人口が全然増えていないのに毎年100万戸近い住宅が建てら
 れ売られているということは、ほぼ同数の住宅が壊されている
 か放棄されているからである。こんなことをやっていて日本が
 欧米やアジアのようにリッチになることは永久にあり得ないだ
 ろう。日本は世界一の省エネ国家かもしれないが、こと住宅資
 産という観点では世界最大の資源浪費国とも言えるのである。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
         ――[サブプライム不況と日本経済/52]


≪画像および関連情報≫
 ●住宅に関わる税制改正
  ―――――――――――――――――――――――――――
  国交省が創設を要望している新税制の一つ目は、「住宅の長
  寿命化(200年住宅)促進税制」というものです。欧米に
  比べて短命と言われる日本の住宅を長持ちさせるため、国が
  定めた耐久性や維持管理の基準に適合する住宅を認定し、登
  録免許税や不動産取得税、固定資産税を軽減しようという内
  容になっています。
  http://allabout.co.jp/house/mansionbeginner/closeup/CU20070831A/
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●図表/リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サ
  ブプライム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店
  刊より

世界の中古住宅市場.jpg

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2008年10月30日

●「なぜ日経平均株価は暴落したか」(EJ第2441号)

 この記事は10月27日夜に書いています。実は今回のテーマ
は明日で一応終了しますが、このテーマに関わる大きなニュース
が27日に起こったので、急遽取り上げることにします。
 いうまでもなくそのニュースとは、週明け27日の東京株式市
場が、急激な円高を受けて4営業日続けて株価が下落し、日経平
均株価(225種)は2003年4月28日に記録したバブル崩
壊後の最安値7607円88銭を5年6か月ぶりにあっさりと下
回ったことです。
 この日経平均株価の下げには、2つの理由が考えられます。
 1つはメガバンクが巨額の資本増強をはじめたことです。これ
によって、大手行を含め銀行株は軒並み売り込まれ、東証全体で
12銘柄が値幅制限いっぱいのストップ安となったことです。
 まず、三菱UFJフィナンシャルが1兆円規模の増資を検討し
ていることが伝えられたことです。三菱UFJは今年大きな買い
物をしてきています。ユニオンバンカル・コーポレーションとア
コムを子会社化し、モルガン・スタンレーに巨額な資本支援をし
たことです。その三菱UFJが増資に踏み切るというのですから
自己資本比率が厳しくなったということです。
 一方、みずほフィナンシャルは今年度予定していた2500億
円規模の自社株買いを延期すると発表しています。みずほフィナ
ンシャルは、2003年に実施した9400億円増資の優先株が
普通株に転換されて株が希薄化してしまうことを防ぐために自社
株買いをしようとしたのですが、それを延期するのはよほど台所
事情が苦しいからであると考えられます。いずれみずほフィナン
シャルは増資を余儀なくそれるはずです。
 ここで「優先株」について知っておく必要があります。
 なぜ「優先」という言葉がついているのかというと、優先株の
保有者が普通株の保有者より優先される債権者であるからです。
どういう面で優先されるのかというと、会社が傾いたとき、普通
株より優先してお金が返る可能性があるということです。発行者
である企業にとっては、優先株と普通株とでは、自己資本に対す
る扱いが違うので、優先株を発行した方がいいと判断するところ
もあります。
 問題は、その優先株が普通株に転換されれば、その分だけ普通
株の株主が増加して、会社が稼ぐ利益の1株あたりの割合が少な
くなります。これを「希薄化」というのです。普通株主にとって
は、会社の利益の金額は変わらないのに、急に株主が増えて損す
るのはけしからんと株が売られるのです。
 ちなみに、優先株は通常一般市場で売買されず、その株式は、
発行済み株式数にはカウントされないのです。したがって、優先
株が積み上がってもそれが優先株である限りは普通株が希薄化す
ることはないのです。
 2つは、円高が急進していることや、政府が発表した緊急市場
対策への失望感などから売りが加速したことです。このうち円高
はしかたがない面があります。円高問題は来週からの次のテーマ
で詳しく取り上げるので、ここでは政府の緊急市場対策について
述べることにします。
 政府の緊急安定化策の目玉は、金融機関に注入する公的資金の
予防注入枠を10兆円にするというものです。この場合、公的資
金の注入については銀行の経営者の責任は問わないということが
いわれています。
 もし、経営者の責任が問われるということになると、当然経営
者は嫌がり、それなら貸している資金を引き揚げる方が良いと考
えて「貸し剥がし」をはじめるからです。いや、既に銀行の貸し
剥がしははじまっているのです。
 しかし、専門家は政府のこの緊急市場対策に対して「30点」
をつけています。新鮮味はないし、単なる先送り策に過ぎないと
いっているのです。本当は株価が下がってから慌てて株価対策を
しても遅いのです。
 とくに気になるのは「証券化商品や株式に対する時価会計の見
直し」です。なぜなら、このような対策は劇薬であり、功罪が半
ばするからです。時価会計を凍結しても経営自体は改善されるこ
とはなく、単に問題が先送りされるだけだからです。
 2008年10月27日付の日本経済新聞は、時価会計の凍結
について次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 時価会計を凍結しても経営実態は変わらず、市場の不信を高め
 るだけという批判はもっともだ。しかし、金融機関の財務規制
 ルールの運用とも絡んで、自己資本規制や資産評価基準を緩め
 ることは政策判断としてあり得る。特に、時価評価の停止が金
 融機関に対する資産売却圧力を緩和する効果は小さくない。注
 意すべきは効果の半面で不良資産の処理を遅らせる副作用だ。
 不良資産の買い取り価格を高くすれば国民負担が増え、安くす
 れば資本注入が増えるジレンマと同種の問題を抱えている。信
 用収縮による実体経済への影響を考慮しっつ、不良資産の買い
 取り、資本注入などとの合わせ技により、金融機関の健全化と
 資産市場の正常化の道筋をつけるのは、政府に課せられた課題
 である。 ――2008年10月27日付の日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 銀行に公的資金を入れる――麻生首相や中川財務・金融相は、
「10年前の日本の経験を米国に伝える」と胸を張るが、それは
失敗の経験を伝えることであることを忘れてはならないのです。
 バブル崩壊後の日本が茫然自失して何をどうしてよいかわから
ずにいた1995年頃のこと――あのグリーンスパン氏が当時の
松下康雄日銀総裁に「銀行に資本注入をしないと不況がひどくな
り、深刻なデフレになる」とアドバイスしているのです。
 しかし、日本はグリーンスパン氏の忠告を生かせず、銀行への
資本注入に失敗しているのです。真に伝えるべきはその失敗の経
験なのですが、そのあたりを本当に理解しているのでしょうか。
         ――[サブプライム不況と日本経済/53]


≪画像および関連情報≫
 ●優先株式とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  優先株式とは、利益もしくは利息の配当または残余財産の分
  配およびそれらの両方を、他の種類の株式よりも優先的に受
  け取ることができる地位が与えられた株式である。優先株式
  はその有利な条件から買い手がつきやすく、資金調達に有利
  とされる。これに対して、上記の場合に劣後的取扱いを受け
  る株式を劣後株式(後配株式)といい、標準となる通常の株
  式を普通株式という。        ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

日経平均最安値更新.jpg
日経平均最安値更新

posted by 平野 浩 at 04:36| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

●「現在は大恐慌の第4から第5ステップ」(EJ第2442号)

 サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機は、日米欧
主要7ヶ国の金融当局が矢継ぎ早やに政策対応を行っているにも
かかわらず、なかなか終わりが見えない状態です。
 最近になると、今回の世界金融危機は、1930年代の世界大
恐慌に匹敵する深刻な景気悪化に発展すると予測する経済学者の
発言が目立つようになってきています。今年のノーベル経済学賞
を受賞したポール・クルーグマン米プリンストン大学教授や経済
恐慌の専門家であるバリー・アイケングリーン米カリフォルニア
大学教授たちです。
 ここで大恐慌とは何なのかということをある程度明らかにして
おく必要があります。経済危機はどのようなステップを踏んで大
恐慌にいたるのかについて、ドイツ証券シニアエコノミストであ
る安達誠司氏の論文「指標に見る大恐慌との一致点」(「週刊エ
コノミスト」11/4特大号)を参考に考えていきます。
 安達誠司氏によると、経済危機は次の6つのステップを踏んで
が大恐慌にいたるとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
    第1ステップ:資産価値の下落と株価波及
    第2ステップ:逆資産効果で個人消費低迷
    第3ステップ:一部金融機関での経営危機
    第4ステップ:クレジット・クランチ発生
    第5ステップ:デフレ・スパイラルに陥る
    第6ステップ:経済活動リセット/大恐慌
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、資産価格の大幅な下落が起こります。住宅価格に始まり
これが株式に波及します。これが第1ステップです。もちろんこ
れは既に起こっています。
 続いて、これが「逆資産効果」を通じて個人消費に影響を与え
てきます。これが第2ステップです。逆資産効果とは、家計や企
業が保有する資産の価値が下落したとき、家計や企業は自分は貧
しくなったと考え、消費や投資を控えるようになります。これを
逆資産効果というのです。
 また、逆資産効果によるキャピタルロスの拡大は、金融機関の
自己資本を毀損させ、一部の金融機関では経営危機のリスクが発
生することになります。これが第3ステップです。
 続いて、金融機関間の短期的な金融融通の場である短期金融市
場が機能不全に陥り、金融機関の資金仲介能力が低下し、企業へ
の資金調達を困難化させます。いわゆるクレジットクランチ(信
用収縮)が起きるわけです。これは第4ステップです。
 これがさらに深刻化すると、中小企業の倒産が相次ぎ、経済活
動全般を悪化させます。その結果、金融機関の不良債権は増加し
金融機関による信用創造機能は大きく低下します。いわゆるデフ
レスパイラルに陥ってしまいます。これが第5ステップです。こ
の段階は既に「恐慌」であるといえます。
 恐慌が究極まで進行すると、政府によって経済活動をリセット
しなければならないところまできます。これが第6ステップであ
り、文字通り「大恐慌」ということになるのです。
 1980年代後半から1990年代初期にかけて起こった「S
&L/貯蓄貸付組合」の大量破綻とそれに伴う金融不況があった
のですが、今回のサブプライム問題とも似ているので、簡単に説
明します。
 S&Lというのは、個人の小口預貯金を原資として、それを元
手に個人向けに住宅抵当貸付を行って運用する中小金融機関のこ
とをいいます。S&Lのビジネスモデルは、個人の預貯金を集め
てそれをベースに20年〜30年という長期にわたって資金を貸
し付けるというものです。この場合、個人の預貯金は短期金利に
連動し、貸付は長期金利に連動するのです。
 当時は預金金利には上限があったのです。S&Lが資金を貸し
付けるさいの金利は、上限預金金利に数パーセントの利ざやを上
乗せした固定金利だったのです。
 しかし、米国はレーガン政権のもとで1980年代に金融の自
由化を実施したのです。そのさい、預金金利の上限規制が撤廃さ
れ、その結果、金融機関の預金獲得競争は激化したのです。19
83年10月1日のことです。
 金融機関は個人預金を獲得するため、預金金利を引き上げたの
で、当然短期金利は上昇したのです。そうすると、資金調達コス
トがかさむ一方において、既に貸し出している融資先から得られ
る収益は固定金利であるため変わらないことになります。このた
め、S&Lは逆ザヤとなり、収益が圧迫されるようになります。
 かかる事態に追い込まれたS&Lは、金融自由化の流れの中で
業務多角化によって収益確保を目指したのですが、うまくいかず
S&Lは次々と倒産したのです。さらに、このS&Lの破綻は一
般の商業銀行にまで及び、この結果、米国全土で金融機関の貸し
渋りが深刻化したのです。
 これは順調に推移していた米国の実体経済を直撃し、金融機関
によるクレジットクランチを引き起こし、1990年以降米国経
済は不況に陥ることになったのです。この危機は90年代半ば以
降の金融緩和とRTC(不良債権買い取り機構)の設立による公
的資金投入によって、第5ステップで危機は回避されたのです。
 では、現在の景気悪化は、どのステップまで進行しているので
しょうか。安達誠司氏は各種統計数値を検討のうえ、次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在の米国景気の状況は、段階では第4段階から第5段階に相
 当すると考えられる。大恐慌期では30年終盤から31年前半
 のころだ。    ――「週刊エコノミスト」11/4特大号
―――――――――――――――――――――――――――――
 8月14日から54回にわたって書いてきた今回のテーマは本
日でひとまず終了し、来週から新しいテーマで経済について考え
ていきます。 [サブプライム不況と日本経済/54/最終回]


≪画像および関連情報≫
 ●クレジットクランチとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  クレジットクランチとは、金融システムが麻痺して危機的な
  状態となること。クレジットは信用、クランチは危機の意味
  である。つまり、金融システム全体が信用不安に陥り、金融
  機関にとって最も大切な信用創造(貸付と預金を繰り返すこ
  とで、世の中のマネー流通量がふくらみ、経済活動を円滑に
  させること)の機能が麻痺してしまう状態。この状態では、
  金融機関が酷く信用不信に陥り、貸し渋りをするため企業な
  どが高い金利を支払っても資金調達が難しくなってしまう。
  経済活動全体が沈滞化することでさらに信用不安を高めると
  いうスパイラル的に悪化傾向が進んでしまう可能性がある。
                ――ALLAbout/マネー用語集
  ―――――――――――――――――――――――――――

「週刊エコノミスト」11/4特大号.jpg
posted by 平野 浩 at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする