2023年07月10日

●「物価について学習する必要がある」(第5991号)

 今年に入ってから、EJでは、連続して経済のテーマを取り上
げています。本当はメタバースと経済の関係について書きたかっ
たのですが、予想よりもメタバースの動きは鈍く、日本経済の動
きが急ピッチで動いています。30年ぶりでそこに何か大きな変
化が起きているようです。
 30年ぶりの変化とは「インフレの到来」です。アベノミクス
における日銀の「異次元の金融緩和」の狙いは、「2%程度の緩
やかなインフレを安定的に起こす」ことを目指すものであったと
いわれます。はじめの内は「2年でできる」と宣言したものの、
結局は達成できず、岸田政権になった現在でも、日銀による異次
元の金融緩和は続いています。ちなみに、安倍政権は2012年
12月26日から2020年9月16日までの間です。
 現在、世界中で起きているインフレは、皮肉なことに安倍政権
が退陣した後の2021年からはじまっています。アベノミクス
の成果ではないのです。このことについては、5月10日からの
EJで詳しく述べてきている通り世界中で起きています。
 ここで、添付ファイルをご覧ください。このグラフは、202
2年の世界各国において、輸入品の物価の上がり方とCPI(消
費者物価指数)の上昇率の関係を表しています。「+」マークの
一つひとつが調査対象国を示しています。横軸には、2022年
1月から4月までの輸入物価インフレ率、縦軸には、CPIイン
フレ率(IMFによる2022年の予測値)をとっています。こ
のグラフは、渡辺努東京大学大学院教授の著書に掲載されていた
ものです。
 このグラフから何が読み取れるでしょうか。
 輸入物価インフレ率とは、外国での物価上昇が波及して国内で
発生するインフレ現象のことです。海外からの輸入品の値上がり
が国内での販売価格にも波及し、それらを原料として使う製品な
ども上昇するケースです。
 「+」の散らばり方をよく見ると、輸入物価インフレ率の高い
国ほど、CPIインフレ率が高くなっている傾向があることがわ
かります。しかし、日本は例外です。この現象について、渡辺努
教授は次のように述べています。
─────────────────────────────
 2022年のインフレは、各国の国内的な要因によって起こっ
たというよりも、特定のいくつかの国のインフレが、貿易を通じ
てその他の国に飛び火するというかたちで起こったということで
す。インフレの震源地は、ひとつは米国や英国などで、これらの
国々では、パンデミックの後遺症として、人手不足やモノへの需
要シフトが起こりました。もうひとつの震源地は、ウクライナ・
ロシアとその近隣の欧州問題で、戦争と経済制裁の影響で物価が
上がっています。この二つの震源地から全世界にインフレがばら
まかれたのです。  ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 日本のポジションはどうでしょうか。○印が日本です。
 輸入物価インフレ率は50%と高いのに、CPIインフレ率は
ほぼゼロです。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 これは、海外から輸入する商品の価格は上がっていますが、そ
れが国内価格に転嫁されていないことによるものです。
 その原因は、日本は、長く慢性デフレが居座っているところへ
急性インフレ(輸入物価インフレ)が起きたからです。日本の慢
性デフレは、約30年近く続いており、もし、他国のように政策
金利の利上げを行うと、輸入物価インフレは少し収まるものの、
生産や雇用が悪化し、消費者は生活防衛に走るので、消費者は今
よりも価格に敏感になります。これは、企業にとっては顧客を失
うことになるので、原価が上昇しても価格を据え置くことになり
CPIインフレ率がほぼゼロになっているのです。
 しかし、コロナ禍が終わるころから、日本では少しずつですが
変化が起きているように感じます。2022年に黒田前日銀総裁
の「国民は少しずつ値上げを受け入れるようになっている」とい
う発言があり、黒田前総裁は国会などで追及されましたが、この
発言の根拠は、渡辺努教授の調査(2021年8月と2022年
5月に実施)を参考にしたといわれています。
 その調査とは、「行きつけのスーパーで、いつも購入する商品
が10%上がっていたらどうするか」という質問について、日本
の消費者の回答が、わずか1年の間に変化していることを示すも
のだったのです。すなわち、21年の調査では「10%値上がり
していたら別のスーパーに行く」と答えていた日本人が、22年
の調査では「他のスーパーもきっと値上げしているから、その店
で買う」に変化していたからです。つまり、欧米の消費者と同じ
行動をとるようになったといえます。消費者は、インフレ予想に
よって消費行動を変えるのです。
 しかし、それ以来、日本では経済の状況が変化し始めていると
いえます。企業はインフレ率に応じてその分を価格に転嫁させる
ようになり、賃上げも徐々に実現しはじめています。日経平均株
価も急上昇しつつあります。もちろんコロナ禍が収束しつつある
ことも影響していますが、そこに何が起きているのでしょうか。
 その謎を解くひとつの方法として、物価について改めて考えて
みる必要があります。そこで、今週から、次のようにテーマを変
更し、書いていくことにします。
─────────────────────────────
    物価とは何か/中央銀行の役割について考える
      ─ インフレとデフレのメカニズム ─  
─────────────────────────────
 このテーマであれば、日々変化しつつある日本経済の状況をそ
のつどとらえて書くこともできますし、日本の中央銀行であり、
植田和男日銀総裁が交代したばかりの日銀の役割についても、ふ
れることができると思います。
           ──[物価と中央銀行の役割/001]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のインフレは「一過性ではない」理由、経済学者の
  常識は10年前から激変!
  ───────────────────────────
   1年前から続くインフレは、一過性か、持続的か。筆者の
  研究室が実施した物価に関するアンケートを基に、このイン
  フレが持続的であることを示そう。(東京大学大学院経済学
  研究科教授 渡辺努氏)
   日本で消費者物価(CPI)の上昇が始まったのは、20
  22年4月、今から1年前のことだ。米欧で2021年の春
  から始まっていたインフレが日本に流入してきた。当時民間
  エコノミストの間では、インフレはすぐに終わるという見方
  が少なくなかった。背景には、このインフレが「コストプッ
  シュ型」と考えられていたことにある。
   コストプッシュ型とは、海外から輸入するエネルギーや原
  材料の価格上昇により、国内価格も上昇することだ。輸入物
  価の上昇が一巡すればインフレも終わるので、日本のインフ
  レは一過性という理屈である。
   日本のインフレが一過性か持続的かについては、いまだに
  結論が出ていない。今もなお一過性のインフレという見方は
  大勢を占めているが、持続的なインフレが始まったという見
  方も徐々に増えている。
          https://diamond.jp/articles/-/324014
  ───────────────────────────
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」.jpg
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」
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2023年07月11日

●「世界インフレへの小幡教授の意見」(第5992号)

 今回のテーマの中心は物価と中央銀行です。EJでは、日本の
中央銀行である日本銀行を取り上げたことはありますが、物価の
ようなテーマを取り上げたことはありません。しかし、現在、世
界インフレが起こり、本当に何十年ぶりに物価が話題になってい
ます。そういうとき、たまたま書店で渡辺努東京大学大学院教授
による『世界インフレの謎』(講談社現代新書)を購入し、読ん
で私は物価について興味を持ったのです。
 渡辺教授は、この本を上梓する前に、次の本を書いて世に問う
ています。この本は、300ページを超える本ですが、発売一年
後には、第12刷とよく売れています。
─────────────────────────────
       渡辺努著/講談社選書メチェ758
               『物価とは何か』
─────────────────────────────
 この本について、辛口の評論で知られる慶応義塾大学大学院教
授の小幡績氏は、2022年2月の東洋経済オンラインで、次の
ように絶賛しています。
─────────────────────────────
 2年前、いったい誰が「インフレが最大の経済政策上の関心事
になる」と予想したであろうか。しかし、いまやアメリカは40
年ぶりのインフレ率であり、欧州も同様だ。一方、世界中で日本
だけは、なぜか他国に比べて消費者物価が上がらない。インフレ
物価、これらには謎がいっぱいだ。物価とは、いったいどうなっ
ているのか。
 これを解明する「世界で唯一の本」が近頃出版された。渡辺努
東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)である。
渡辺教授は、私が最も尊敬する経済学者の1人であり、物価の理
論家としては間違いなく現在世界一である。このコラムでも「な
ぜ日銀は無謀なインフレ政策をとるのか」や「日本でも今後『ひ
どいインフレ』がやってくるのか」で言及した。何よりも理論と
実証という経済学の研究者というだけでなく、物価と格闘する人
類最高の知性であり、現実と正面から向き合っているのである。
その彼が、真正面からぶつかった本が『物価とは何か』である。
しかも、学者向けではなく、一般の読者へ向けなのだ。
 物価と向き合うのは経営者、消費者である。学者ではない人々
であり、物価を決めるのも彼らであるから、その彼らに学問にお
ける物価の理解を知ってもらう必要があると彼は考えた。そして
物価の現場の彼らに理論をぶつけ、挑戦した本なのである。今回
は、学者としてではなく、一般の消費者として、渡辺努教授に挑
みたいと思う。  https://toyokeizai.net/articles/-/512971
─────────────────────────────
 小幡教授は鋭い論説で知られる学者です。テレビなどでその論
説を聞く機会はありますが、あまり人を褒めるタイプではないと
いう印象を持っています。その小幡教授が、これほど渡辺教授を
評価しているのは私にとって新しい発見です。
 しかし、小幡教授が渡辺説に全面的に賛成かというと、けっし
てそうではないのです。小幡教授は「物価もインフレも重要では
ない」と断言し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 少なくとも、今の日本の現状においては、物価もインフレも重
要な政策イシューではない。にもかかわらず、最大のエネルギー
と限界を超えたリスクを賭けて、いわば国を賭けて異次元緩和を
行い、インフレを起こそうとしている。これは日本の金融政策の
歴史上、最大の誤りだと思っている。物価なんてどうでもいい。
しかし、人々はなぜ、物価が、インフレがそんなにも重要だと思
うのか。  https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=3
─────────────────────────────
 小幡教授は「物価もインフレも重要な政策イシューではない」
として、そう思う理由について次の3つを上げています。
─────────────────────────────
 @ハイパーインフレとデフレスパイラルは、恐ろしく、絶対
  に引き起こしてはならない。
 A世界の中央銀行が目指す2%程度のインフレは、中央銀行
  にとって便利だからである。
 Bインフレ抑制が必要な理由は、庶民の生活を守ること、生
  活苦に陥らないことである。
─────────────────────────────
 第1の理由は、ハイパーインフレとデフレスパイラルを起こし
てはならないことです。もし、なってしまったら、中央銀行は何
もできなくなるからです。小幡教授は、これには全面的に賛成す
るとして、これを全力で回避すべきであるといい、これには多く
の学者でも異論がないはずであると主張しています。
 しかし、0〜0・5%程度のインフレ(デフレという人もいる
が)は、経済にダメージを与えないので、恐れる必要はないが、
低インフレ率では下げる余地がほとんどないので、インフレ率2
%程度の緩やかなインフレを維持すべきであるとしています。こ
れが第2の理由です。
 第3の理由は、インフレ抑制(2%程度のインフレ)を目指す
理由は、最も基本的な話ですが、庶民の生活を守ること、物価高
騰で、生活苦に陥らないようにするということです。そして小幡
教授はこのレポートを次の言葉でしめくくっています。
─────────────────────────────
 インフレが加速するかどうか、永続的か、ちょっと長めの一時
的か、どうなるかについては判断が分かれる。だが、将来シナリ
オがどうであったとしても、今現在、インフレで苦しんでいる人
々、それも相対的な低所得層がいる以上、ともかくインフレは妥
当な水準に抑え込まないといけないのである。
      https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=5
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/002]

≪画像および関連情報≫
 ●いまだ達成できな「物価目標」なぜ2%に設定?
  ───────────────────────────
   インフレ目標政策の普及は「まず理論ありき」で始まった
  わけではない。1980年代末から1990年代初めにかけ
  て、政権からの政治的な金融緩和圧力による高いインフレに
  苦しんでいたニュージーランドを嚆矢として、いくつかの国
  が採用し、インフレ制圧に成功したこと、それらの国がおお
  むね、2%近傍のインフレ率を目指したことを端緒としてい
  る。最初の採用国、ニュージーランドでは、1970年代か
  ら1980年代前半にかけて、2桁のインフレ率が続き、国
  民のインフレに対する不満が鬱積していた。1984年の政
  権交代後、新政権はインフレ抑制を決意し、ニュージーラン
  ド準備銀行にその達成を指示する。その際、政治目的――と
  りわけ選挙対策――のために金融政策を操作させるという悪
  しき慣習の根を絶つことを決意する。
   政権与党が選挙に有利な金融緩和を中央銀行であるニュー
  ジーランド準備銀行に求めるなど、彼らが現在バイアスに基
  づく近視眼的な指示を出しても金融政策が歪められない仕組
  みが模索され、その努力が1989年のニュージーランド準
  備銀行法として結実した。この法律に基づき、大蔵大臣と準
  備銀行総裁は、「政策目標に関する合意(PTA)を設定す
  ることになった。インフレ目標値はPTAに盛り込まれた。
         https://toyokeizai.net/articles/-/514024
  ───────────────────────────
小幡績慶応義塾大学大学院教授.jpg
小幡績慶応義塾大学大学院教授
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2023年07月12日

●「2つのインフレの真の原因を探る」(第5993号)

 インフレを日本人はどのくらい経験しているでしょうか。戦後
に絞ると、常識的には今回の世界インフレをのぞくと、次の3回
経験していることになります。
─────────────────────────────
       @終戦直後のインフレーション
          1945年〜1949年
       A狂乱物価のインフレーション
    1973年〜1974年/1979年
       Bバブル経済インフレーション
          1955年〜1990年
─────────────────────────────
 第1のインフレーション「終戦直後のインフレーション」は、
まさしく本物のインフレです。
 このインフレによって、1945年10月から1949年4月
までの3年6カ月の間に消費者物価指数は約100倍になってい
ます。しかし、このインフレを体験している人は、80歳以上の
高齢者になっており、体験者が少なくなっています。
 第2のインフレーション「狂乱物価のインフレーション」は、
アラブ産油国からの原油供給が断たれたことが原因で、ガソリン
などの石油関連商品が希少になり、それらが原因となって、物価
が上がったというものです。しかし、この考え方には疑問がある
ので、あとで解明します。
 第3のインフレーション「バブル経済インフレーション」は、
住宅価格など資産価格が高騰したインフレであって、消費者物価
が大幅に上昇したのではないのです。これについても真の原因を
追求します。
 このように考えると、現在、生産人口を形成している日本人の
ほとんどがインフレを経験しておらず、彼らが生まれて以来、実
に約30年にわたってずっとデフレの沼に嵌っており、いま世界
中で起きているインフレに戸惑っている感があります。
 狂乱物価のインフレは、どのようにして起きたのでしょうか。
 このインフレは、1974年に起きています。その前年である
1973年に、イスラエルとアラブ諸国との間で、第4次中東戦
争がはじまっています。
 産油国は、原油の価格を引き上げると同時に、イスラエルを支
援する国々に対して、原油の輸出停止に踏み切ったのです。日本
もその巻き添えを食って、アラブ諸国からの原油輸入が途絶えて
しまいます。
 原油の国際価格は4倍に急騰し、日本においても、ガソリンな
どの石油関連製品の価格が急騰して品不足になり、多くの消費者
が、スーパーにトイレットペーパーなどの買いだめに走るという
現象が起きたのです。いわゆる石油ショックです。コロナ禍のマ
スクの品不足と同様の現象です。これを契機に、1974年には
消費者物価指数(CPI)は、前年比23%上昇しています。あ
らゆるものに値上がりの波が襲い、時の大蔵大臣であった福田赳
夫氏がこのインフレを「狂乱インフレ」と名付けたのです。
 この現象を整理するとこうなります。ガソリンなどの石油関連
製品の値段が上昇し、それに伴い、消費者物価指数が上昇したと
いうことです。したがって、インフレの原因は、原油高というこ
とになります。これを多くの人は信じていますが、事実はいささ
か異なるのです。
 これについて、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように説明
しています。
─────────────────────────────
 では、何が1974の狂乱物価を引き起こしたというのでしょ
うか。真の原因は、日銀による貨幣の供給過剰です。当時は、為
替レートが固定相場制(ドルと円の交換比率を中央銀行の介入に
よって固定させる仕組み)から変動相場制(交換比率の決定を市
場に委ねる仕組み)へと移行する過渡期でした。そして、一部の
商社や金融機関は、変動相場制になれば円が高くなるだろうと予
想して、ドル売り円買いの取引によって円を蓄えようとしていま
した。日銀はそうした動きに呼応するかたちで、大量のドルを買
い取り、円を市場に大量に放出するというオペレーションを実施
しました。また、この当時は、「列島改造」を掲げる田中角栄政
権によって大量の財政資金が市中にばらまかれているころでもあ
りました。          ──渡辺努著『物価とは何か』
                  講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 続いて、バブル経済インフレは、どのように起きたのでしょう
か。イメージとしては、凄いインフレが起きていた印象がありま
すが、実は違うのです。これについては、高橋洋一氏が自著で次
の指摘をしています。
─────────────────────────────
 「バブル期はどんどん物価が上がった。すごいインフレ状態だ
った」というイメージを持っている人も多いことでしょう。たし
かに、バブル世代の人々が、なぜか、自慢げに語る当時の武勇伝
(「こんなに金を使えた」「接待に次ぐ接待で大変だった」「予
算は青天井」などなど)を聞くと、その話は、あたかも真実であ
るかのように響きます。
 しかし、そんなイメージとはかなり違うかもしれませんが、バ
ブル期とされる1987〜1990年の一般物価の物価上昇率は
実は、0・1〜0・3%です。ごく健全な物価上昇率であって、
「ものすごいインフレ状態」とは、とてもいえない数字です。バ
ブル期に異様に高騰していたのは、株式と土地などの資産価格だ
けだったのです。「一般物価」と「資産価格」を切り離して考え
る必要があります。バブル期の実態は「資産バブル」でした。
           ──高橋洋一著『戦後経済史は嘘ばかり
      /日本の未来を読み解く正しい視点』/PHP新書
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/003]

≪画像および関連情報≫
 ●インフレ予想、インフレ体験の世代間格差〜インフレを知ら
  ない人達が増えている/2013年6月24日
  ───────────────────────────
   世代によってものの見方、考え方が大きく違うことを痛感
  することは少なくないが、その典型例のひとつが物価に対す
  る見方だ。
   目下の日本経済の最優先課題は約15年続くデフレからの
  脱却であるが、筆者の周りでは、年齢が高い人はインフレを
  起こすことは比較的容易だと考えているのに対し、若い人ほ
  どデフレ脱却の実現可能性について否定的な見解を示す傾向
  がある。
   こうした傾向は経済統計からも確認できる。内閣府の消費
  動向調査(2013年5月調査)で、1年後の物価上昇を予
  想する消費者の割合を年齢階級別に見ると、若年層では物価
  上昇を予想する世帯の割合が相対的に低く、年齢階級が上が
  るにつれてその割合が高くなっている。29歳以下と60〜
  69歳では20%近い開きがある。
   このように、世代によって先行きの物価に対する見方が異
  なっているのは、それぞれの年代で、物価に関する経験が異
  なっていることが大きいのではないだろうか。たとえば、現
  在20歳代の若者は物心がついた時にはすでに日本経済はす
  でにデフレに陥っていたため、物価が上がったという経験が
  ほとんどない。これに対して、60歳前後の人は大人になっ
  てから石油危機(1970年代前半から1980年頃まで)
  が発生したため、物価高騰を身をもって経験している。
                 ──ニッセイ基礎研究所/
            経済研究部経済調査部長/斎藤太郎氏
  ───────────────────────────
2冊の関連本.jpg
2冊の関連本
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2023年07月13日

●「狂乱物価の原因について検討する」(第5994号)

 「狂乱物価」について考えてみます。正しくいうと、インフレ
は2回起きています。1973年10月、中東産油国が原油価格
を70%引き上げたことを受けて、インフレが発生しています。
このインフレを「第1次オイルショック」と呼んでいます。この
とき、日銀はインフレを抑えるため、公定歩合(政策金利)を9
%まで引き上げています。金融を引き締めたのですから、景気が
悪化し、不況に陥っています。
 その後、1970年から1980年初頭にかけて、原油価格は
再び高騰します。1978年にOPEC(石油輸出国機構)が段
階的に原油価格の大幅値上げを実施したことに加え、1979年
2月のイラン革命や、1980年9月に勃発したイラン・イラク
戦争が影響して、国際原油価格は約3年間で2・7倍に高騰しま
す。これが「第2次オイルショック」です。このときもインフレ
が発生し、国内景気が減速しています。
 狂乱物価に関する記事を読むと、インフレの原因は、明らかに
中東産油国による原油価格引き上げとしています。しかし、原油
価格引き上げだけでは、インフレは起きないはずです。渡辺努教
授は、次のモデルで説明を試みています。
 毎月10万円で暮らしている家庭があったとします。そこにガ
ソリンなど石油関連製品の価格が急上昇したとします。住んでい
る地域によっては、ガソリンが不可欠な人もいますが、その家庭
は、ガソリンの高騰分をいつも購入している商品を少し減らすこ
とによって、何とか10万円の収入以内に収めようと努力するは
ずです。これらの個々の消費者の行動変化は微々たるものであっ
ても、この行動を大勢の人がとったとすると、それは大きな消費
行動の変化につながるはずです。その結果について、渡辺努教授
は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 多くの家庭が同様の節約を行うことを考えたとき、石油関連以
外の各商品に対する需要は、それぞれ少しずつ減少し、その結果
それらの商品の価格もそれぞれ少しずつ低下します。つまり、石
油関連製品の価格上昇は、多くの消費者の節約行動を通じて、広
い範囲にわたる商品の、小幅な需要減と小幅な価格低下をもたら
します。石油関連以外の商品の価格低下は、個々にみれば、小さ
な、目立たないものですが、幅広い商品で起こるので、それなり
のインパクトがあります。そして、これが石油関連製品の価格上
昇をかなりの程度、相殺し、その結果、原油価格が急騰しても物
価はさほど上がらないということが起こるのです。
   ──渡辺努著『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 原油価格が上がったからといって、いきなりインフレが起きる
わけではないのです。1973年11月、大阪市のスーパーで発
生したトイレットペーパー買い占め騒ぎが報道されたことをきっ
かけに、日本中の小売店の店頭から洗剤、砂糖、塩、醤油までも
が消えましたが、これは政府の大きなミスであるといえます。
 1973年10月中旬のことですか、当時の中曽根通産大臣が
テレビ番組内で「紙の節約」を呼びかけたことから、10月下旬
にかけて「紙がなくなるらしい」という噂が全国に広まったとい
われています。担当大臣がこういうことを不用意にいうと、生活
にかかわることだけに、大きな騒ぎに発展してしまうのです。
 「狂乱物価」の起きた日本の時代背景について考えてみる必要
があります。当時は田中角栄内閣であり、いわゆる「日本列島改
造論」によって、日本中に大量の財政資金がばらまかれていたと
きだったのです。そしてもうひとつ、1973年2月14日に円
が変動相場制に移行しています。それ以前は、「1ドル=360
円」の固定相場制であったのです。
 このとき、一部の商社や金融機関は、変動相場制になると、円
高になると見込んで、ドル売り円買いの取引を増大し、円を蓄え
ようとしていたのです。日銀はそうした動きに呼応し、大量のド
ルを買い取って、円を市場に放出するというオペレーションを実
施します。事実、変動相場制に移行した直後のドル/円相場は、
「1ドル=265・8円」の円高になっています。
 ノーベル賞を受賞した経済学者であるミルトン・フリードマン
氏によると、通貨供給量が増えれば増えるほど、インフレはます
ます上昇するといっており、狂乱物価は、日銀によるドル買いと
政府の財政政策の2つによって、中東戦争前夜の日本経済は、貨
幣供給が過剰になっていたのです。これがインフレの原因です。
 なお、狂乱物価については、嘉悦大学教授の高橋洋一氏も自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 「狂乱物価」とは、1973年から2〜3年にわたって、物価
が2ケタの上昇率で高騰したことをいいます。1974年には消
費者物価指数が前年比23・2%も上昇しました。
 20%の物価上昇といえば、前年には1000円だったものが
たった1年で1200円になることを意味します。これは大変な
ことで、同年の実質国内総生産(GDP)成長率は、戦後初めて
マイナスとなりました。それまで猛烈な勢いで続いてきた高度経
済成長は、ここに終わりを迎えることとなったのです。
 なぜ、このような「狂乱物価」が起きたのか。1973年10
月に起きた石油ショックと結びつけて考える人が、かなりいらっ
しゃるようですが、これは理由の1つにすぎません。
 実は、その前からすでに物価は急上昇していたのです。ちょう
ど固定相場制から変動相場制に移り変わる時期で、為替維持のた
めにマネーが大量に市中に供給されていたため、物価が上がった
ことが主因でした。石油ショックはそれを強めてしまっただけに
すぎません。狂乱物価は、主として貨幣現象によって起こったも
のです。       ──高橋洋一著『戦後経済史は嘘ばかり
      /日本の未来を読み解く正しい視点』/PHP新書
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/004]

≪画像および関連情報≫
 ●田中角栄内閣と石油危機─灯油がつなぐグローバル経済
  と選挙区/佐藤 晋氏
  ───────────────────────────
   1972年に成立した田中角栄内閣は列島改造を掲げて登
  場し、日中国交正常化を実現したが、翌年秋には石油ショッ
  クに遭遇し、困難な対応を迫られた。その際、田中は、資源
  への脆弱性意識から積極的・自主的かつ性急な資源外交を展
  開した。しかし、その一方で、彼が国内での物価上昇抑制に
  対して積極的に価格統制を行った事実は、あまり知られてい
  ない。しかし、むしろ田中は、本稿で見るように、国際社会
  で生じた問題を外交的手法で解決しようとしたのではなく、
  国内に持ち込んで、各利益集団間の「所得の移動」によって
  解決させるという手法を得意とした政治家であった。したが
  って、田中の政治的本領は、外交面ではなく、内政面で発揮
  されたと言って良い。もちろん原油の輸入量という「量の確
  保」には外交的手段を尽くしたが、その効果のほどは明確化
  しづらい。その一方で、価格上昇を抑制しようとする田中の
  試みは再現することができ、十分に評価可能である。
   そこで本稿では、田中政治の本質を知るために、1973
  年から翌年にかけての第1次石油危機に際して、田中がどの
  ような国内政策をとったのか、とりわけ原油価格上昇の物価
  への悪影響をどのように取り除こうとしたのかについて分析
  していく。
  ───────────────────────────
第1次石油危機と第2次石油危機.jpg
第1次石油危機と第2次石油危機
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2023年07月14日

●「物価は何によって決まるか考える」(第5995号)

 素人は「物価とはモノの価格」と単純に考えます。黒田前日銀
総裁は、アベノミクスによるデフレ克服を実現するため、「2%
のインフレ目標」を掲げて、消費者物価指数(CPI)を2%に
引き上げ、それを安定的に維持するため、異次元の金融緩和を実
施継続しましたが、結局不発に終わっています。
 中東の原油価格が高騰し、石油関連製品の価格が上昇すれば、
素人なら誰でも消費者物価指数も上がると考えます。狂乱物価の
ときは、まさにその通りになったので、1974年のインフレの
原因は、原油価格の高騰ということになってしまったのです。
 しかし、後の研究によって、これは間違いであることがわかっ
ています。このように、個別の商品価格の変化を地道に積み上げ
ていけば、消費者物価の計算ができるんじゃないかという発想を
「会計理論」と呼んでいます。
 「会計理論」というと、何か立派な理論が存在するように聞こ
えますが、そういう素人的発想を揶揄して、口の悪いある経済学
者が名付けたものです。その学者の名前は、スティーブン・チェ
ケッティ教授といいます。
 インフレの例ではありませんが、2020年に菅義偉前首相は
携帯電話料金の値下げを重要施策として取り上げ、実現させてい
ます。菅首相としては、日本の携帯電話料金は非常に高く、この
価格を下げることによって、その分国民の収入が増えると考えた
のだろうと思います。そのときの新聞などの解説では、この施策
の結果、消費者物価指数は下がるだろうと予測していたのです。
 これこそ会計理論です。それにちょうどそのとき、携帯電話会
社は5Gへの投資の真っ最中であったので、この施策の結果、携
帯電話会社の経営は大変であったろうと考えられます。タイミン
グが悪かったのです。これについて、渡辺努教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 携帯電話料金の値下げで浮いたおカネでレストランに繰り出す
というような見方は単純に過ぎるでしょう。ですが、携帯料金の
値下げがなければ行っていたであろう家計の切り詰め(支出の削
減)が小幅になるということは、十分あり得たでしょう。長い目
で見ると、そうした間接的な消費行動の変化まで勘案すれば、携
帯料金の値下げが物価を下げる度合いは、会計理論の数字よりも
ずっと小さい、またはほぼゼロであったろうと思われます。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授をはじめとする物価の研究グループは、個々の商品
の上がり下がりが、物価の変動にはつながらないという証明にな
る実験を行っています。それを添付ファイルにしてあります。
 消費者物価指数(CPI)を構成する品目のなかから、菓子類
16品目を取り出し、それぞれの品目について、2003年から
2021年までの期間についてインフレ率を計算し、その平均値
最大・最初値をグラフ化したものです。ここで、インフレ率とは
物価が前年同月と比較して、何パーセント変化したかを計算した
ものです。
 それぞれの品目の最大・最小値を見ると、ゼロから大きく乖離
していることが分かります。なかでもポテトチップスは、マイナ
ス20%からプラス15%、チョコレートは、マイナス4%から
プラス25%と乱高下しているものの、それぞれの品目が打ち消
し合って、平均値はほぼゼロになっています。
 そうすると、物価は何によって変動するのでしょうか。
 渡辺努教授は、その著作、『物価とは何か』の冒頭で、物価に
ついて、次の2つのことをいっています。2つの言葉は、とても
謎めいています。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
─────────────────────────────
 「蚊柱」とは何でしょうか。
 渡辺努教授は、「物価とは『蚊柱』である」について、次のよ
うに説明しています。
─────────────────────────────
 物価とは蚊柱である──これが「物価とは何か」──という問
いに対する、私の最初の答えです。世の中に何十万と存在する個
別の商品それぞれが、一匹一匹の蚊にあたるというわけです。猛
烈な速度で移動する個体があれば、ゆっくりと移動する個体もあ
ります。速く移動するものは価格が激しく変動している商品、緩
やかに動くものは価格が安定している商品だと考えてください。
そうした商品の群れから少し距離をとって眺めると、群れ全体が
見えてきます。ちょうど蚊柱というひとつの物体があるように。
これが物価です。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 個別の商品の日々の細かい値動きは、めまぐるしく動き回る一
匹一匹の蚊の動きにたとえられます。右に行ったり、左に行った
り、上に行ったり、下に行ったり、それぞれの蚊は動いています
が、蚊柱自体はほぼ同じ空間にとどまっています。物価を蚊柱に
たとえると、個別の商品の値動きは、物価に影響を及ぼすことは
ないということがいえます。実際に「蚊柱」ができるさまを見る
ことができる動画があります。5分ほどかかりますが、もし興味
があったら、ご覧ください。
─────────────────────────────
    「驚異の蚊柱/諫早湾調整池の知られざる事実」
              撮影2011年4月〜5月
                  時間:5分11秒
    https://www.youtube.com/watch?v=_EfzE-lYq20
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/005]

≪画像および関連情報≫
 ●『物価とは何か』読書感想文まとめvol.001
  ───────────────────────────
   例えば、お茶が150円の自動販売機と、100円の自動
  販売機では、同じ1000円を使用したとしても、6本と、
  10本で買える量に差が生じる。この場合、百五十円の自動
  販売機がおいてある地域を「物価が高い」と称し、100円
  の自動販売機が置いてある地域を「物価が安い」と称す。
   なぜ値段に差が生じるのか?──商品の魅力で、決まるか
  ら。同じ商品でも、地域や品数、量などで150円でも購入
  する  人がいるほど魅力がある。
   魅力とは何か?──商品の持つ特性、美味しさ、利便性、
  ファッション性。次に供給量。高級メロンが、なぜ高級なの
  か?──おいしい上に希少だから。山積みになってたら安く
  なる。オイルショック時に日本の物価率が23%アップした
  のはなぜか?
   ──原油高騰が原因であれば、原油関係の物価だけが上が
  るはずだが、全ての項目でインフレが起きていた。インフレ
  の原因はオイルショックではなく、日銀の貨幣増産にあると
  現在では結論付けられている。つまり、世の中にお金が出回
  れば出回るほど、実は物価が上昇してしまう。理由は高級メ
  ロンの原理。大量にあるものは価値が下がる。それは何の値
  段なのか?──商品の魅力、販売地域、量、利便性、ファッ
  ション性、希少性、政治的、世界情勢などあらゆるものが関
  連して決まっている。
  ───────────────────────────
菓子類のインフレ率.jpg
菓子類のインフレ率
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2023年07月18日

●「貨幣の魅力が物価を決める/本当か」(第5996号)

 7月14日のEJの重要部分を再現し、物価につい考えます。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
─────────────────────────────
 渡辺努教授の本/『物価とは何か』の読者は、読み始めて間も
なく、ひとつの不思議な言葉にぶつかります。それは「貨幣の魅
力」という言葉です。貨幣は、モノを購入するさいの支払手段、
すなわち決済手段というサービスを提供してくれる魅力を持つも
のであるというのです。
 渡辺教授は、高級メロンを例として取り上げ、その魅力を説明
しています。高級メロンは甘くて、香りが良くて、とても美味し
いという特性があります。しかし、それが多くの人に行きわたる
ほど、数が取れない。だから、価格が高いというわけです。
 ということは、高級メロンという商品の魅力は、その特性と供
給力によって決まるといってよいのではないかということです。
商品と商品の交換比率がそれぞれの商品の魅力によって決まると
すれば、商品と貨幣の交換比率は、商品の魅力を、貨幣の魅力で
割ったものであり、それによって物価が決まる──渡辺教授はこ
のようにいっているのです。
 このように説明されると、少し腑に落ちるのですが、すぐわか
らなくなります。なぜなら、ここでいう商品の魅力の商品とは、
高級メロンのような個々の商品ではなく、そういう個々の商品を
含むあらゆる商品の総体、商品一般のことであるからです。渡辺
教授は、この商品総体のことを「蚊柱」に例えています。個々の
商品の総体、すなわち、「蚊柱」が物価であると。そして、渡辺
教授は「貨幣の魅力」について、次のように解説します。
─────────────────────────────
 「貨幣の魅力」というほうも実は謎めいています。貨幣はメロ
ンのように美味しいわけでもないし、スマホのように便利なわけ
ではありません。貨幣の魅力はどこから来るのでしょうか。そし
て、物価が動くというのは、その魅力が変化するということです
が、それはどういうことで、なぜ起こるのか。その答えはすぐに
は思い浮かびません。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 「貨幣の魅力」とは何でしょうか。
 それは、人々が貨幣を需要している、すなわち、欲しがってい
るからです。それでは、なぜ、人々は貨幣を欲しがるのでしょう
か。それは、貨幣があれば、それが欲しい商品やサービスを購入
するさいの決済手段として使えるからです。
 1974年の狂乱物価のときは、原油価格の高騰とは別の理由
で貨幣の供給量が増加していたので、決済サービスの供給もそれ
に応じて増加し、その分決済サービスの魅力は低下していたので
す。これは貨幣の低下に他ならないので、物価は上昇し、インフ
レになったというわけです。
 キャッシュレス社会の現代、決済サービスの手段は目まぐるし
く進化しています。とくに「○○ペイ」をクレジットカードを介
して銀行に紐づけておけば、モノやサービスの購入から支払い決
済まで、消費者は、一切、貨幣を目にすることなく、決済が可能
になります。この場合、決済サービスが物価に対して、どのよう
な影響を与えるかについても考える必要があります。
 このことに関連して、検討しておくべき財政理論があります。
この理論はアベノミクスのベースになっている財政理論といわれ
ます。米国のマクロ経済学者、クリストファ・シムズプリンスト
ン大学教授が主唱する理論です。
─────────────────────────────
   「物価水準の財政理論」/クリストファ・シムズ
    Fiscal Theorey of the Price Level/FTPL
─────────────────────────────
 これに関連して、1980年代のブラジルの高インフレを分析
してみる必要があります。ブラジルは、1970年代から高イン
フレに苦しんでいたのです。これによって、貨幣の魅力が減退し
ていたことになりますが、問題はその原因です。
 高インフレになったのは政府の放漫経営です。それをファイナ
ンスするため国債を発行し、それを中央銀行に買い取らせる貨幣
増刷を行い、金利を一定に保つ政策をやっていたのです。しかし
1980年代の改革で、金利を一定に保つ政策を改め、インフレ
の進行を抑える速度で、積極的に金利を引き上げる政策へと変換
したのです。つまり、インフレに対して、利上げを行い、金融引
き締めで対応するのは、正攻法であるといえます。
 しかし、1980年に年率100%だったインフレ率は、19
85年には、220%と加速してしまったのです。どうして、こ
のようなことになったのでしょうか。
 金融引き締めによって、金利は全般的に上昇し、国債金利も当
然高騰します。その結果、ブラジル政府の利払いは増加し、これ
が財政をさらに悪化させる方向に働いたのです。これによって貨
幣の魅力に2つの影響を与えたのです。1つは、貨幣の増発が抑
制され、貨幣の決済サービスの魅力を高める方向に働いたことで
す。2つは、利子負担の増加に伴う財政の悪化が貨幣の価値を低
下させたことであり、後者が前者を上回ったのです。
 問題は政府の債務残高です。政府の債務残高が低いときは、金
融引き締めによって物価上昇を抑制できますが、政府が巨額の債
務を抱えるときは、金利の変化は、財政に大ダメージを与えて、
物価が上昇し、インフレになるリスクが高いのです。これは、貨
幣の魅力の源泉は、決済サービスだけであると思いこんだブラジ
ル政府と中央銀行の失策です。しかし、これ、インフレとデフレ
の違いはありますが、日本の状況とよく似ていないでしょうか。
明日のEJで検討を進めます。
           ──[物価と中央銀行の役割/006]

≪画像および関連情報≫
 ●言葉は知っているがよく分からない「シムズ理論」とは
  (提供:株式会社ZUU)
  ───────────────────────────
   シムズ理論とは一般的に、ノーベル経済学賞受賞者である
  米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱す
  る「物価水準の財政理論/FTPL」のことを指す。このシ
  ムズ理論とは、どのような理論なのだろうか。
   理論の骨格を一言でいうと、政府が財政支出を増やし、そ
  れを増税で返そうとしなければ、物価水準の調整、つまりイ
  ンフレが起きて、相対的に現金価値が減少することにより、
  財政赤字の帳尻が合うということだ。
   財政政策を行っても「将来の増税や歳出削減の可能性」を
  国民が感じ取ると、国民はそれを前提に行動する。つまり、
  将来の負担増加が見えているなら、国による景気浮揚策(=
  財政政策)が打たれても、財布の紐をあまり緩めることはせ
  ず、財政政策の効果を減退させてしまう。そうであれば、イ
  ンフレが醸成されるまで、将来の増税や歳出削減を行わない
  ことを約束し、国民が安心して所得を消費に回せる環境を作
  ろう、というのがFTPLの考え方だ。
   しかし、現実世界では、政府および指導者が「インフレが
  醸成されるまで将来の増税や歳出削減を行わない」と宣言し
  ても、国民がそれを簡単に信じるとは限らない。あくまでも
  FTPLは、政府および指導者と国民との間に確固たる信頼
  関係があることが前提の理論ということだ。
  ───────────────────────────
クリストファー・シムズ教授.jpg
クリストファー・シムズ教授
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2023年07月19日

●「シムズ教授/増税でなく減税が正解」(第5997号)

 2017年1月30日のことです。米プリンストン大学教授で
あるクリストファ・シムズ氏が来日し、日本で公演を行っていま
す。クリストファ・シムズ教授は、ゼロ金利制約下では金融政策
のみでは、物価を十分にコントロールできず、財政政策が重要な
機能を果たすという趣旨の講演を行い、注目を集めています。
 2021年現在、日本政府は約1000兆円の国債を発行して
いますが、これらはいずれも利子を付けて返す必要があります。
返済原資は税収です。
 さて、ここからは考え方の問題です。日銀券の発行主体は日本
銀行であり、国債のそれは政府(財務省)です。日銀も幅広い意
味で政府の一部と考えると、貨幣と国債の両者は税金を裏付けに
していることは明らかです。
 民間の金融機関は、国債を日銀に売って、円を受け取るので、
市中に出回る円資金は増加します。ここで、貨幣という決済手段
の魅力が物価を決めるという立場に立つと、貨幣の供給量が増え
ると、貨幣の魅力は低下し、物価が上昇するはずです。
 しかし、シムズ教授のFTPLでは、そのようには考えないの
です。それは、増えた貨幣量で国債を買っているからです。つま
り、貨幣量は増えたものの、国債はその分減っています。貨幣量
と国債の減少分は同額です。これは、親会社である政府の債務が
減る一方で、子会社である日銀の債務が同額増えるだけです。
 ブラジルの場合は、インフレ率を下げるために利上げを行い、
国債の利払い費を増加させ、財政をさらに悪化させて、インフレ
を招いたわけですが、このケースでは、どのように措置すれば、
よいのでしょうか。
 FTPLでは、将来の税収が減少すると予測するとき、物価が
下落すると考えるのです。例えば「減税する」ことを決めたり、
公共事業を増大させようとするとき、貨幣の裏付けになる将来の
税収は減収します。これによって、貨幣の魅力は減少し、需要も
減るので、その結果、物価が下がります。かくして、デフレは一
段と深化してしまったのです。
 アベノミクス下の安倍政権はどうしたでしょうか。
 安倍政権が行ったのは「減税」ではなく、真逆の「増税」だっ
たのです。しかも、2回に分けて、5%の消費税率を10%に倍
増させたのです。その結果、何が起きたでしょうか。
 安倍首相は、本当はやりたくはなかったと思います。しかし、
民主党の野田政権の時に自民党も賛成して増税を法律化していた
ので、やらざるを得ない状況に追い込まれたのです。それでも、
海外を含めて多くの経済学者の意見を聞いたり、増税時期を延ば
したり、色々な努力をしていますが、森友問題が起きたこともあ
り、結局は実施せざるを得なかったのです。
 これは、シムズ教授の指摘とは正反対のことをやったことにな
ります。これによって財政収支は改善し、貨幣はその魅力を高め
それが物価にさらなる下落圧力を加えたのです。増税ではなく、
減税をやるべきだったのです。渡辺教授は、シムズ教授の指摘を
次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 彼の指摘はこうです。2013年春以降、日銀はデフレを克服
するために金融緩和を行っており、日本の金利水準はゼロに限り
なく近い水準、場合によってはマイナスの水準にまで下がってい
る。この超低金利は、財政の利子負担を軽減させ、その分、財政
収支を改善させている。これは財政再建に取り組む財務省として
は歓迎すべきことである。しかし、物価の観点からすると、金利
負担の軽減にともなう財政収支の改善は、貨幣の魅力を高め、貨
幣の需要を増やす方向に作用し、それが物価への下押し圧力とな
る。方向は反対だが、金融政策が財政収支に及ぼす影響を無視し
ているという点で、日本はブラジルと同じ失敗を犯している。以
上がシムズの見立てです。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 故安倍首相は、「安倍晋三回顧録」(中央公論新社)のなかで
財務省は増税に反対し、延長する私の政権を倒閣させようとして
森友学園問題をぶつけてきたことを明かしていますが、これにつ
いて、朝日新聞は次のように書いています。
─────────────────────────────
 森友学園への国有地売却をめぐる問題について安倍氏は、「籠
池泰典学園理事長という人物に一度も会ったことがないので、潔
白だという自信があった」と自身の関与を否定し、「財務省の策
略」の可能性に言及、「財務省は当初から土地取引が深刻な問題
だと分かっていたはずだ。でも、私の元には、土地取引の交渉記
録などは届けられなかった。森友問題は、マスコミの報道で初め
て知ることが多かった」としている。
 2014年11月に消費増税の延期を争点に衆院解散・総選挙
に踏み切ったのは「増税論者を黙らせるためには解散に打って出
るしかないと思った」と説明。消費増税を2度延期したが「財務
省と、党の財政再建派がタッグを組んで、『安倍おろし』を仕掛
けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙と
セットだった」と語っている。
         ──森岡航平氏による朝日新聞有料記事より
─────────────────────────────
 安倍晋三亡き現在の岸田政権では、岸田首相を取り巻いている
スタッフのほとんどが財務省出身です。彼らは、ほとんど東大法
学部卒で、経済のことがわかっていない。それに不平等税制をそ
のままにしています。宏池会とはそういうグループです。
 経済アナリストの森永卓郎氏によると、日本では年収300万
円台のサラリーマンよりも超富裕層の方が、税や社会保険料の負
担率が低いのです。金融所得課税や厚生年金保険料、健康保険料
に上限があるからです。こういうことを無視して、岸田政権では
防衛増税など大増税を企んでいるのです。
           ──[物価と中央銀行の役割/007]

≪画像および関連情報≫
 ●デフレの新しい治療薬/シムズ理論/玉手義朗氏
  ───────────────────────────
   デフレという病との、長い闘病生活を続けている日本。主
  な治療薬は日本銀行が処方する金融緩和政策で、政策金利の
  引き下げに始まり、ゼロ金利政策から量的金融緩和政策、さ
  らにはマイナス金利政策と、より強い薬が投与されてきたが
  効果は限定的だった。こうした中で「新薬」として注目され
  ているのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・プリン
  ストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱している理
  論だ。
   「シムズ理論」は、財政政策によって物価をコントロール
  し、デフレ脱却を図るというもの。物価のコントロールは金
  融政策の役目とされてきたが、デフレが進んで金利がゼロ付
  近にまで低下すると効果を失ってしまう。そこでシムズ教授
  は、これまでに例を見ない、財政政策による治療法を提案し
  ている。
   シムズ理論の基礎となっているのは、財政政策で物価をコ
  ントロールする「物価水準の財政理論」(FTPL)だ。シ
  ムズ教授はまず、政府が大規模な財政支出を行うことを求め
  ている。徹底的にお金を使って貨幣をばらまき、その価値を
  下げてデフレからインフレにしようというのだ。その一方で
  シムズ教授は、物価上昇率が目標に達するまでは、増税をす
  べきではなく、場合によっては減税も視野に入れるべきだと
  主張する。          https://onl.la/1A8SZAC
  ───────────────────────────
シムズ教授の日本での講演.jpg
シムズ教授の日本での講演
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2023年07月20日

●「物価とは『生計費指数』である」(第5998号)

「物価とは何か」──始めに謎のような言葉を出して注意を喚
起し、それを少しずつ具体的なものに近づけて行く──これが、
渡辺努東京大学教授の話の進め方のようです。渡辺教授はさらに
物価の正体に迫っていきます。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
    → B    物価とは生計費指数である。
─────────────────────────────
 「生計費指数」とは何でしょうか。これを現在話題になってい
る「チャットGPT」に聞いてみると、あっという間に次の説明
が出てきました。字数を数えてみると、177字でした。
─────────────────────────────
質問:生計費指数とは何かについて、200字以内で教えて!
チャットGPT:生計費指数は、特定の地域の生活費の相対的な
 比較を示す指数で、物価や住宅費、食料費、交通費などを考慮
 して計算されます。基準地域との比較で表示され、指数が高け
 れば生活費が高く、低ければ低いことを意味します。移住や転
 勤の際に生活費の相対的な差を把握し、予算の計画や生活水準
 の決定に役立てられます。詳細な数値は地域や情報源によって
 異なるため、信頼性の高い情報源を参照することが重要です。
─────────────────────────────
 渡辺教授は、「生計費指数」の説明に、「お買い物ゲーム」を
もってきます。スーパーで、1万円の買い物をして、100とい
う効用を得たとします。「効用」とは何でしょうか。効用という
のは、商品を食べたり、使ったりして、それらをすべて消費する
ことで得られる満足感のことです。
 さらに「お買い物ゲーム」を続けます。次の日に同じスーパー
で、次の条件に従って、お買い物をしてもらいます。
─────────────────────────────
   @同じ100の効用が得られるように買い物をする
   A買い物総額を最小限に抑えるよう商品選びをする
─────────────────────────────
 この買い物で、同じものを買えば、100の効用が得られるか
というと、そうとは限らないのです。スーパーの商品の価格が変
化しているからです。結局、100という効用を得られるように
買い物をすると、価格が1万2000円になったとします。前回
よりも2000円高くなっています。
 ここで大事なことはなぜ2000円増えたかです。好きなもの
があったからでもなく、衝動買いをしたわけでないことは明らか
です。「買い物の総額を最小限度に抑える」という縛りがかかっ
ているからです。そうすると、価格が上がった原因は、物価が上
がったことになります。そこで、次の計算をします。
─────────────────────────────
    12000円 ÷ 10000円 = 1・2
─────────────────────────────
 1・2倍──これは物価の変化です。これについて、渡辺教授
は、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 今日の1万2000円を昨日の一万円で割ると、1・2倍にな
ります。この1・2という数字を物価の変化とみなす──これが
現代の物価計測のもっとも基礎にある考え方です。商品の中には
昨日より価格が上がっているものも、下がっているものもありま
すが、それら全部をひっくるめて物価がどの程度変化しているか
を計測できているというところがこの計測のポイントです。
 「昨日と同じ効用を得ようとしたときに必要となる最小限の支
出」、実は、これこそがいま一般的に使われている物価の定義で
す。物価理論の研究者や物価統計を作成する政府の担当者は、こ
れを「生計費指数」とよんでいます。この生計費指数が上がるの
がインフレであり、その逆がデフレです。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 ここで冒頭のAの「物価を決めるのは貨幣の魅力である」につ
いてもう一度考えてみます。渡辺教授によると、物価水準の上下
を決めるのは「貨幣の魅力」であるとしていますが、これには多
くの議論があるようです。伝統的な考え方としては、「決済サー
ビス」としての魅力とされてきていますが、信用の実態は政府に
あると渡辺教授はいっています。
 それでは、政府の最大のお宝は何かというと、渡辺教授は「徴
税権」を上げています。徴税権とは、政府が国民から税を取る権
利であり、国民から見たときの納税義務に対応するものです。政
府が先々徴収する税金は、政府のお宝そのものです。FTPLで
は、これが貨幣の裏づけになっています。すなわち、貨幣と国債
は、将来の税収が裏づけとなって発行されています。したがって
貨幣と国債は、将来の税収が裏付けとなっている点で似たもの同
士です。これについては、嘉悦大学教授の高橋洋一氏も同じこと
をいっています。
─────────────────────────────
 政府のバランスシートをバランスさせるのが、課税権、徴税権
である。課税権とは政府が税を課す権利であり、徴税権とは税を
徴収する権利である。この課税権と徴税権によって、現在、政府
に現金がなくても、将来にわたる税収が保証されることになり、
政府のバランスシートもバランスするのである。
 ただし、これには一定の条件がある。その基準となるのが、債
務残高の対GDP比である。なぜなら、国の支出が増えても、国
の経済が成長してGDPが上昇すれば、将来の税収は増えると考
えられるからである。       ──高橋洋一嘉悦大学教授
            http://kaihooo.com/balance-sheet/
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/008]

≪画像および関連情報≫
 ●【こっそり学ぶ】街角経済学「物価について」/花房幸範氏
  ───────────────────────────
   こんにちは。ビズサプリの花房です。皆さんは、牛丼はど
  このチェーンに行きますか?
   吉野家、松屋、すき家の中だと、私は松屋の牛丼が一番好
  きなのですが、松屋は、先日、牛丼の並盛を20円アップの
  400円に値上げしました。数年前は300円前後だったこ
  とを考えると、この5年間で3割ほど値上がりしたことにな
  ります。
   またこの1年ほどは、原油価格の上昇や円安を始めとする
  原料価格の上昇、物流費の増加、人件費の増加等の理由で、
  様々な飲食物や消費財と言った、生活に身近なものが総じて
  値上がりしてきたと感じていると思います。
   先日は首都圏の電車の初乗り運賃の一斉値上げ、電気代も
  2年前と比べると、1・5倍程度に値上がりしているようで
  す。また、多くの食品に使われる小麦は大半を輸入に頼って
  いますが、日本では価格安定と需給を調整するため、政府が
  一括して輸入し、売り渡し価格を半年ごとに変動しており、
  本来は輸入価格は13%程度上昇しているところ、消費者へ
  の影響を考慮して現行の価格から6%弱の値上げになるよう
  です(これによる国の負担は100億円だそうです)。小麦
  価格が値上がりすれば、パンやパスタをはじめ、多くの食品
  に更なる価格転嫁が予想されます。
         https://maonline.jp/articles/bizsupli0426
  ───────────────────────────
スーパーでの買い物.jpg
スーパーでの買い物
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2023年07月21日

●「生計費指数の近似値を計算する」(第5999号)

 「物価とは生計費指数である」──話はここまできています。
しかし、ここから先が大変なのです。生計費指数とは、各家庭の
生計費をもとにして算出した一種の物価指数であり、一定の標準
生活を営むために必要な費用と変動を示す指数のことです。一般
的に、食費、光熱費、被服費、住居費、雑費の5つの指数を計算
して算出します。
 そもそも消費者というのは、財やサービスを消費することによ
って、自分の欲望を充足するのです。そこに財やサービスの本人
の好みが影響してきます。すなわち、その消費者が財やサービス
を消費することで得られる満足の度合いを「効用関数」と呼びま
す。しかし、自分以外の消費者の効用関数を計算することは至難
の業です。
 渡辺努東京大学教授は、自著において、自分の効用関数を使っ
て、生計費指数の簡単なモデルを計算しています。それが次のモ
デルです。
─────────────────────────────
                 昨日     今日
          価格   100円    90円
   商品A  購入数量    11個    42個
       金額シェア    0.11    0.38
   ───────────────────────
          価格   100円   140円
   商品B  購入数量    89個    44個
       金額シェア    0.89    0.62
   ───────────────────────
       生計費指数      1    1.25
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 商品数が増えると煩雑になるので、このスーパーには商品が2
つ──商品Aと商品Bの2つしかないとし、消費者サイドには買
い物の予算が決まっていて、1日1万円としています。問題は、
消費者の効用関数です。Aの購入数量とBの購入数量に応じて、
どれだけの効用が得られるかの関係を示す関数です。このモデル
では、効用関数に関しては、渡辺教授自身が消費者として、自分
の効用関数を使って算出しています。
 これについて、渡辺教授は、このモデルについて、次のように
説明しています。
─────────────────────────────
 昨日の時点では、両方とも100円なのに、購入量がAは11
個、Bは89個と大きな違いがあります。これは私の効用関数は
Bから多くの効用を得るようになっているからで、それはつまり
Bが私の好物であるということだと解釈してください。自分の効
用関数を知っているというのは、自分の好物を知っているという
ごく自然なことになります。
 そして今日は、Aの値段が下がったので、昨日は11個しか買
っていなかったAを、今日は42個買っています。一方、Bは値
段が上がったので、44個に減っています。
 私は自分の効用関数を知っているので、生計費指数を計算する
ことができます。実際に計算すると、昨日を1とすると、今日は
1・25となり、25%上昇したことがわかります。これは、昨
日と同じ効用をもたらす買い物をしようとすると、出費が25%
増えるという意味です。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 しかし、この計算は、渡辺教授の効用関数がわかっていたので
できたものです。しかし、消費者個々の効用関数を知ることは困
難です。したがって、生計費指数の近似値を計算するいくつかの
指数の計算方法があります。それは、次の4つです。上記モデル
をこれら4つの指数で計算した結果は、次の通りです。
─────────────────────────────
    ◎生計費指数「1.25」の近似値
     @ ラスパイレス指数 ・・・ 1.34
     A   パーシェ指数 ・・・ 1.16
     B フィッシャー指数 ・・・ 1.25
     Cトルンクビスト指数 ・・・ 1.27
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授の本には、上記4つの計算方法がそれぞれ掲載され
ていますが、話が複雑になるので省略します。4つの指数のうち
Bのフィッシャー指数とCのトルンクビスト指数について、渡辺
教授は次のように解説しています。
─────────────────────────────
 フィッシャー指数は、ラスパイレス指数とパーシェ指数の誤差
を相殺する、いわば毒をもって毒を制すというアイディアから生
まれたものです。この直観は素晴らしいものでしたが、これが正
しいと厳密に証明されたのは半世紀後のこと、アーウイン・デイ
ーワートが1976年に発表した論文においてでした。ちなみに
その論文では、フィッシャー指数とよく似た構造をもつトルンク
ビスト指数というものも、生計費指数のよい近似であることが示
されています。先ほどの例でトルンクビスト指数を計算すると、
1・27であり、生計費指数を若干上まわっているものの、十分
に近い値であることが確認できます。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 ここでの生計費指数の計算は、商品がAとBの2つしかないス
ーパーのモデルを使っています。しかし、実際には、多種多様の
商品が毎日売られているのです。そうした現実のデータに基づい
て物価指数の計算を行うには、商品を定義する必要があります。
これについては、来週のEJでご紹介します。
           ──[物価と中央銀行の役割/009]

≪画像および関連情報≫
 ●「フィッシャー指数」についての「チャットGPT」による
  回答です。
  ───────────────────────────
  ◎「フィッシャー指数」について教えて!
   「フィッシャー指数(Fisher's index)」は、経済や統計
  学の分野で使用される価格指数の一つです。アーヴィング・
  フィッシャー(Irving Fisher) というアメリカの経済学者
  によって考案されたことからその名が付けられています。
   フィッシャー指数は、消費財やサービスの価格変動を測定
  し、異なる期間の価格レベルを比較するために、用いられま
  す。特に、インフレーション(物価上昇)やデフレーション
  (物価下落)の影響を評価する際に役立ちます。
   フィッシャー指数は、次の2つの指数の幾何平均を取るこ
  とで計算されます。
  @ラスパイラス指数(Laspeyres index): 基準期の価格で
   消費者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動
   を計測する指数です。基準期の数量で重み付けされます。
  Aパーシャル指数(Paasche index): 比較期の価格で消費
   者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動を計
  測する指数です。比較期の数量で重み付けされます。
  ───────────────────────────
アーヴィング・フィッシャー氏.jpg
アーヴィング・フィッシャー氏
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2023年07月24日

●「日米の物価逆転し賃金は見送り」(第6000号)

 EJは、本日、第6000号に到達しました。土曜、日曜、祝
日を除いて日刊メールを送ると、1年で約250回、4年間経つ
と、約1000号になります。したがって、6000号というこ
とは、約24年間書いてきたことになります。今年に入ってから
の入院で、連続記録は未達成になりましたが、こんなに長い間書
き続けられたのは、読者のお蔭であり、厚く御礼申し上げます。
 これからも休刊はしばしばあると思いますが、できるところま
で、書いていきますので、今後ともEJをよろしくお願い申し上
げます。本当に有難うございました。
 21日の総務省の発表によると、日本の6月消費者物価指数が
米国を追い抜いています。7月22日の日本経済新聞の朝刊は次
のように報道しています。
─────────────────────────────
◎物価日米逆転/賃金は見送り/成長への好循環遠く
 /サービス価格弱い上昇
 日本の6月の消費者物価指数(CPI)は、生鮮食品を含む全
体の指数が前年同月比3・3%のプラスとなり、3・0%の米国
を追い抜いた。およそ8年ぶりの日米逆転だが、賃金の伸びは、
見劣りする。岸田文雄政権が目指す「物価と賃金の好循環」は遠
い。賃上げが進まないと消費が冷え、成長に響きかねない。
 総務省が21日発表した6月の消費者物価指数は変動の大きい
生鮮食品を除く指数が前年同月比3・3%上昇した。上昇率の拡
大は2カ月ぶりだ。日銀が物価安定の目標とする2%を15カ月
連続で上回った。3%以上になるのは10カ月連続となる。電力
大手による6月1日からの家庭向け電気料金の値上げが背景にあ
る。電気代は前年同月比12・4%のマイナスと、5月の17・
1%低下からマイナス幅を縮めた。
         ──2023年7月22日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日銀は、7月27日と28日に日銀政策決定会合を開きますが
植田日銀総裁は、この問題に関しては何もしないと思われます。
中長期で見ると、日本の物価高は米欧とは大きな差があるからで
す。なぜなら、世界的にインフレが加速した2021年1月以降
から現在にかけて、米欧の物価は16〜17%上昇したのに対し
日本は5%にとどまっています。
 6月の消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食料品を除く指数
が前年同月比3・3%上昇しています。これで日銀が物価安定の
目標としている「2%」を15カ月連続、3%以上になるのは、
10カ月連続になります。
 日銀が修正に動くとした場合、イールドカーブ・コントロール
(YCC)の修正ですが、この歪みはほぼ既に解消しており、7
月18日にインドで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・
中央銀行総裁会議の終了後、植田日銀総裁は、記者団に次のよう
に話しています。
─────────────────────────────
 前提が変わらない限り、全体のストーリーが不変であることは
申し上げられる。             ──植田日銀総裁
─────────────────────────────
 植田日銀総裁のこの発言を受けて、日銀の政策変更はないと見
て、20日の外国為替市場は1時「1ドル=139円台」の円安
にふれています。
 しかし、問題のあった2022年12月と現在の状況は、円安
は進んだものの、賃上げは高水準に行われ、今のところ大きな問
題はないとみられます。
─────────────────────────────
          23年7月        22年12月
 市場機能      改善傾向      利回り曲線に歪み
 コアCPI上昇率  3・2%          4・0%
 円相場(対ドル) 139円台         137円台
 賃上げ率   平均3・58%   平均2・07%/22年
     ──2023年7月20日付、日本経済新聞/電子版
─────────────────────────────
 さて、話を「物価」に戻すことにします。実際に物価はどのよ
うに把握されているのでしょうか。
 日本には「JANコード」といわれるものがあります。JAN
は、次の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
      ◎JANコード
       Japanese Article Number Code
      ◎欧州/EANコード
       European Article Number Code
      ◎UPCコード/米国・カナダ
       Universal Product Code
─────────────────────────────
 これらのバーコードは、他のコードと重複することなく識別で
きるように設定するルールが国際的に定められています。このた
め、このコードを基に商品の名寄せや自社販売サイト及びデータ
ベースの整理に活用できます。
 例えば、商品名「明治ミルクチョコレート/50グラム×10
個」のJANコードは「4902777015927」です。冒
頭の49はこの商品が日本の企業によって生産されたことを示し
ており、次の02777は生産企業が株式会社明治であることを
それに続く015927が明治のミルクチョコレートという商品
名を表しています。
 この商品がスーパーで購入されると、この番号はレジに記録さ
れ、この商品が何月何日に、何円で、いくつ売られたかがわかる
ようになっています。したがって、この数値を把握すれば、物価
を計算することが可能になるというわけです。物価の計算は、こ
のJANカードが手掛かりになります。
           ──[物価と中央銀行の役割/010]

≪画像および関連情報≫
 ●JANコードとは?JANコードの数字にはどういう意味が
  ある?徹底解説!
  ───────────────────────────
   JANコードとは世界共通の商品識別番号で、商品につい
  ている「バーコード」で表示される。JANは、ジャパニー
  ズ・アーティクル・ナンバーの略であり、アーティクルは、
  「商品」「品物」を指す。POSシステムを運用する事業者
  には必須のコードである。
   また、JANコードはGSIコードとも呼ばれる。GSI
  は流通コードを管理する国際機関で、日本には、一般財団法
  人流通システム開発センターが運営するGSIジャパンがあ
  る。事業者はまず、GSIジャパンに申請してGSI事業者
  コードを取得して、商品ごとにJANコードコードを設定す
  る。JANコードには、13桁の数字で構成される標準タイ
  プと、8桁の数字で構成される短縮タイプの2種類がある。
  短縮タイプは、バーコードを印刷するスペースが限られる小
  さな商品で用いられる。標準タイプは、GSI事業者コード
  (10桁、9桁、7桁から事業者が選択する)、商品アイテ
  ムコード(2桁、3桁、5桁)、チェックデジット(1桁)
  で構成される。短縮タイプは、国コード(2桁)、GSI事
  業者コード(4桁)、商品アイテムコード(1桁)、チェッ
  クデジット (1桁)で構成される。
        https://diamond-rm.net/glossary/120140/
  ───────────────────────────
物価の伸びは6月に日米が逆転.jpg
物価の伸びは6月に日米が逆転
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2023年07月25日

●「東大日次物価指数というものがある」(第6001号)

 「東大日次物価指数」というものがありますが、ご存知でしょ
うか。「日経POS(販売時点情報管理)情報」から取得する全
国約300店のスーパーの食料品、日用雑貨など約200品目の
価格情報をもとにして毎日算出されています。なお、200品目
には、家電やサービスや生鮮食料品などは、含まないことになっ
ています。
 「東大日次物価指数」は、渡辺努東京大学大学院経済学研究科
教授の研究テーマとして「長期デフレの原因に関する研究」を取
り上げ、2013年5月より「東大日次物価指数」を日々作成し
プロジェクトのHP上で公開すると同時に、ロイター、ブルーム
バーグ、QUICKなどの情報ベンダーに配信しています。
 具体的には、日本経済新聞社の提供するスキャナーデータを用
いて、トルンクビスト指数を日次で、しかもラグ2日間というス
ピードで計算し公開しています。なお、現在では、この作業は東
大から株式会社ナウキャストに移管し、「日経CPINow」と
しいう名称で配信されています。
 重要なのは、東大日次物価指数が、ミクロ価格データを元にし
て「長期デフレの謎」を解くことを目的としているということで
す。これに関連して「総務省指数」というものがあります。一般
的に、消費者物価指数は、消費者が購入するモノやサービスなど
の物価の動きを把握するための統計指標で、総務省から毎月発表
されています。これを「総務省指数」というのです。
 それでは、「東大日次指数」と「総務省指数」は、どのような
関係にあるのでしょうか。この両者の関係を比較すると、次のよ
うになります。
─────────────────────────────
      総務省指数 ・・ 月次/食料品と日用雑貨
               ─→ ラスパイレス指数
   東大日次物価指数 ・・ 日次/食料品と日用雑貨
               ─→    生計費指数
     註:東大指数と総務省指数の商品は比較のため同一化
─────────────────────────────
 昨日のEJで「JANコード」について説明しましたが、この
JANコードで商品を識別すれば、それぞれの指定された商品が
あるスーパーにおいて、ある日にいくらで何個売れたかを記録し
たデータをとることができます。ある商品の今日の価格と1年前
の今日の価格を比較することで、その商品の価格が1年間に何倍
になったかについても計算して知ることができます。
 それとその商品の販売シェアを今日と1年前の今日の2時点で
計算し、その平均値をとります。そして、この販売シェアを重み
として、価格の変化を平均すると、トリンクビスト指数が求めら
れます。これが東大日次物価指数の正体です。
 添付ファイルをご覧ください。これは、渡辺努教授の本に出て
いたものですが、1990年4月から2020年4月まで、東大
指数と総務省指数を比較したものです。両方とも線が黒色なので
見分けにくいかもしれません。それに総務省指数は「月次」であ
るのに対して、東大指数は「日次」の違いもあります。しかし、
全体的には、両者は非常に似ています。
 ところで、総務省指数は、ラスパイレス指数で計算されている
という違いもあります。つまり、ラスパイレス指数とは、次のよ
うな指数です。
─────────────────────────────
◎ラスパイレス指数とは何か
 物価などの指数を算出する際の計算手法のひとつ。ドイツの経
済学者エティエンヌ・ラスパイレス氏が考案したことが名前の由
来。ある基準となる年を設定し、現在の価格で基準年と同じ物を
同じ数量購入したら費用はどれだけ変化するかを基準年を100
として示す。日本の消費者物価指数などは、この方法で計算され
ている。  https://www.daiwa.jp/glossary/YST2868.html
─────────────────────────────
 総務省指数は、繰り返しますが、ラスパイレス指数で計算され
ています。よく見ていただくとわかるように、東大指数はほとん
どすべての時期で、総務省指数を下回っています。東大指数は、
生計費指数に一番近い数字がわかる指数です。
 それは、ラスパイレス指数が消費者の今月時点での節約行動が
反映されないので、その分、東大指数(生計費指数)よりも高め
に出ることが原因です。これは、総務省指数の誤差といってよい
と思います。それは、ラスパイレス指数は、昨日を基準にして、
今月を評価するものであるからです。しかし、ラスパイレス指数
は、19世紀に提唱され、日本をはじめ多くの国で採用されてい
る物価指数です。
 ついでにもうひとつの指数である「パーシェ指数」についても
ふれておくことにします。「ラスパイレス指数」と「パーシェ指
数」の違いは理解する必要があります。これについて、渡辺努東
大教授は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 パーシェ指数は、ラスパイレス指数と並ぶ代表的な物価指数で
基本的な考え方はよく似ています。ただし、ラスパイレス指数が
昨日を基準に今日を評価するものだったのに対して、こちらは今
日を基準に昨日を評価するもので、時間の方向が正反対になって
いるというのが大事な違いです。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 ラスパイレス指数、パーシェ指数、トリンクビスト指数など、
難しい話が続いていますが、一般の国民にとって身近な問題であ
るはずの「物価」の問題について、どうやって計算しているのか
を含めて、ほとんど何も知らないことが多いと思います。
 総務省指数と東大指数──これによるグラフには、指数の違い
では説明できない乖離があると渡辺教授はいっています。
           ──[物価と中央銀行の役割/011]

≪画像および関連情報≫
 ●QS世界大学ランキング 東大は昨年と同じく世界23位
  国際性で低評価変わらず
  ───────────────────────────
   東大の「総合評価」は85・3点(100点満点、以下同
  様)で、昨年比0・9点減。六つの評価項目のうち「学術評
  価」では昨年に引き続き満点、「企業評価」は、99・7点
  (同0・1点増)、「学生1人当たりの教員数」も91・9
  点(同0・5点減)と安定して高評価を維持した。また研究
  力の指標となる「教員1人当たりの論文被引用数」は73・
  3点(同5・7点減)となった。
   一方、国際性の指標では「外国人教員数」は、10・4点
  (同7・1点増)と前々回以前の数年と同程度の評価を受け
  たが、それでも上位50校の中で最低。「外国人学生数」も
  27・8点(同0・7点減)という低評価を受け、東大の総
  合評点を著しく下げる結果に。他の大学と比較して東大が依
  然国際性に課題を抱えていることが浮き彫りとなった。
   東大の他に国内で上位100校に選ばれたのは、京都大学
  (36位)、東京工業大学(55位)、大阪大学(68位)
  東北大学(79位)の4校だった。
   全体では、米マサチューセッツ工科大学が11年連続で1
  位。上位10校の顔触れは昨年と変わらず、9位のチューリ
  ッヒ工科大学を除き、米英の大学が占めた。アジアでは、シ
  ンガポール国立大学が5年連続で11位だった。
   https://www.todaishimbun.org/ranking_20220618/
  ───────────────────────────
東大物価指数と総務省指数.jpg
東大物価指数と総務省指数
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2023年07月26日

●「バブル崩壊時に対策を間違える日銀」(第6002号)

 東京大学が2016年2月22日に提供する「高精度・高頻度
な物価指標の開発と配信」によると、このプロジェクトの主な研
究テーマは、「長期デフレの原因に関する研究」であったという
ことです。
 昨日のEJにおいて、国が毎月算出している「総務省指数」は
ラスパイレス指数であり、東京大学が毎日算出している東大指数
は、トルンクビスト指数であることを指摘しています。しかし、
ラスパイレス指数はその性質によって、実際の生計費指数よりも
高めの数字が出ることなどについても説明しています。
 しかし、これら2つの指数の間には「ラスパイレス指数とトル
ンクビスト指数の違い」では、説明できない乖離がある──この
ように渡辺努東大教授は述べています。これは、一体どういうこ
となのでしょうか。
 昨日のEJに添付した東大指数と総務省指数の折れ線グラフの
1990年4月から2000年4月までの部分を拡大したグラフ
を今日のEJの添付ファイルにしてあります。注目すべきは19
90年代前半の動きです。
 この時期は、ハブル崩壊の時期であり、株価は1989年の年
末をピークに急落し、不動産価格も1990年夏をピークに急落
しています。重要なのは、2つの指数の前年比変化率がいつマイ
ナスになっているかです。緑の矢印と赤の矢印をグラフに加えて
表示しています。
─────────────────────────────
  東大指数の前年比がマイナス突入 ・・ 1992年春
  総務省指数前年比がマイナス突入 ・・ 1995年初
─────────────────────────────
 後からわかったことですが、このとき日銀は,金融緩和政策を
行うのが3年遅れたのです。なぜなら、東大指数は2013年5
月からはじまっており、その頃は、総務省指数に頼っていたので
3年遅れてしまったのです。これについて、渡辺努教授は、次の
ようにコメントしています。
─────────────────────────────
 この時期の総務省指数の詳細データは公開されていないので、
総務省指数がデフレに転じるタイミングが遅れた理由はいまなお
不明ですが、この遅れが当時の政策決定に重要な意味をもったの
はたしかです。総務省指数でみると、1992〜93年の前年比
は、先進各国の中央銀行が理想と考える2%のインフレの近くに
ありました。そのため、1993年2月の講演で日銀の三重野康
総裁(当時)が「インフレとの戦いという点でわが国は非常にう
まくいっている」と語るなど、政府・日銀は物価の状況を楽観視
していました。
 そのこともあって、日銀はバブルが崩壊してもすぐには本格的
な緩和に向かいませんでした。日銀が本格的な金融緩和に踏み切
るのは1990年代半ばで、これは総務省指数が1995年にデ
フレに突入したのを確認した後のことです。バブル崩壊後の日銀
の政策については、金融緩和に転じるのが遅すぎたと、内外の識
者から後日、指摘されることになるわけですが、物価に関する楽
観的な認識が、その理由のひとつであったことは間違いありませ
ん。クラレバにはなりますが、もしあの当時、東大指数が存在し
デフレ突入を早期に検知できていれば、金融緩和の開始はもっと
早まったことでしょう。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授の本を読んで感じたことがあります。それは、日本
の物価の把握が欧米諸国に比べて、非常に丁寧であり、進んでい
るという点です。総務省統計局という役所はラスパイレス指数を
採用するものの、それをサポートする東大物価指数が誕生し、精
度を補完し合っていることです。
 それは、何といってもカバーする期間の長さにあります。海外
のデータがせいぜい5年程度であるのに対して、日本ではゆうに
30年以上に及びます。これについて、渡辺努教授は、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 日本のデータがなぜそんなに古くからあるのかと言うと、日本
におけるPOS(販売時点情報管理)レジの普及に合わせて、通
産省(当時)関連の財団法人の主導の下、日本各地にある店舗の
POSレジに蓄積されたデータを一カ所に集積させるという取り
組みが行われたからです。それがなければ、各店舗のPOSレジ
のデータは散逸してしまったことでしょう。データの蓄積は19
88年に始まり、その後、民間企業へと移管されるなど貯余曲折
を経て、私たち研究者の手元に届いたというわけです。全国のP
OSレジからデータを収集・貯蔵することの意義を、正しく認識
した先人の見識の高さに敬意を表すとともに、優れたデータを研
究に使える幸運に感謝したいと思います。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 POSレジといわれるキャッシュレジスターなどの開発は何と
いっても米国の開発が早いですが、それを丁寧に使い続けたのは
日本です。世界で最初のレジスタ(POSレジ)の誕生は、18
78年。米国のカフェ経営者によって生まれました。船の機関室
のエンジンやボイラーなどの計器がデザインの原型となっている
そうです。遅れること約20年、1897年に牛島商会がアメリ
カからレジスタを輸入したのが、日本におけるレジの歴史の始ま
りであるといえます。
 オタワ会議といわれる会議があります。1994年にカナダの
オタワで行われたので、その名前があります。物価指数に関する
オタワグループ会合といわれ、毎回約50名ほど集まるそうです
が、日本からは消費者物価指数を作っている総務省統計局と企業
物価指数を作っている日銀が参加しているそうです。
           ──[物価と中央銀行の役割/012]

≪画像および関連情報≫
 ●「企業物価指数」とは何か
  ───────────────────────────
   企業間で取引される財に関する物価の変動を示す指数のこ
  とである。生産者から家計に直接販売される商品を除いた財
  全般(電力、ガス、工業用水などを含む)が、対象範囲であ
  る。土地、建物など取引額が推計できない商品や、中古品な
  どは対象から除かれる。生産者出荷段階を中心に、企業間で
  取引される価格が調査され、指数が作成される。
   指数は、基本分類指数と参考指数から成る。基本分類指数
  は「国内企業物価指数」、「輸出物価指数」、「輸入物価指
  数」から構成される。「国内企業物価指数」は、国内で生産
  した国内需要家向けの財を対象とし、主として生産者出荷段
  階、一部を卸売出荷段階で調査し、消費税を含むベースで作
  成される。「輸出物価指数」は輸出品を対象とし、本邦から
  積み出される段階(原則としてFOB建て)で調査される。
   「輸入物価指数」は輸入品を対象とし、本邦へ入着する段
  階(原則としてCIF建て)で調査される。なお、「企業物
  価指数」とは別に、企業間で取引される「サービス」の価格
  に焦点を当てた「企業向けサービス価格指数」も作成されて
  いる。。          https://onl.la/SHQ5YNC
  ───────────────────────────
デフレ現象が出た時期.jpg
デフレ現象が出た時期
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2023年07月27日

●「日経平均株価はどの段階にあるのか」(第6003号)

 今朝は、物価の話をひとまず置いて、日経平均株価について視
点を移してみます。このところ、日経平均株価が伸び悩んでいる
からです。7月24日の日経平均株価の終値は32760円94
銭ですが、ただし、前日比+約396円と急上昇しています。7
月3日から24日までの過去15日間の騰落を見ると、次のよう
になっています。○印は前日よりアップ、●印は前日よりダウン
をあらわしています。
─────────────────────────────
       3日           24日
        ●●●●●●○●○●○○●●○
─────────────────────────────
 なぜ、24日に日経平均が反発し、先週末比396円高になっ
たのかというと、それは、日銀が27日〜28日に開く金融政策
決定会合を前に、市場では、政策修正への警戒が急速に後退し、
円売り、株買いの「植田トレード」が再燃したからです。
 日経平均株価は、いつもこのレベルに来ると、足踏みを始める
のが常です。それは「日本企業の経営が本当に変わるのか」とい
う経営に対する基本的な変化です。アベノミクスの場合も同様で
あったといわれています。シティグループ証券の阪上亮太ストラ
テジストは、次のように分析しています。
─────────────────────────────
 シティグループ証券の阪上亮太ストラテジストは株高はここで
いったん止まるとみる。「株高が進んで日本株の相対的な割安さ
は薄れ、短期的な資金が主導する買いの勢いが弱まってきた」
 阪上氏がみるのは2013年の「アベノミクス相場」との違い
だ。当時は大規模な金融緩和と財政出動で日本国内の変化に期待
が高まった。銀行や不動産、中小型株に個別に物色が広がった。
今回はむしろ米地銀破綻、中国経済の減速など世界的に不安が高
まる中で、割安だった日本が相対的に浮上した。米投資家ウォー
レン・バフェット氏の商社株投資も相まって、まず先に先物や株
価指数に資金が入った。不動産や中小型株の動きは鈍い。脱デフ
レやPBR(株価純資産倍率)向上に期待するなら上がるべきだ
が、そうなっていない。「日本独自の変化で買うにはまだ『証拠
不十分』だ」(阪上氏)
       ──2023年7月24日付/日本経済新聞より
─────────────────────────────
 つまり、海外の投資家は、どちらかというと、消極的な理由で
第1波として、日本株の買いに入ったものの、既にそれは一巡し
ており、第2波を呼び込めるかどうかが期待されています。それ
では、どうしたら、第2波を呼び込むことができるでしょうか。
BoFA証券の日本株ストラテジストの圷正嗣氏によると、カギ
を握るのは長期投資家の動きであるといいます。彼らは、日本の
真の変化を待っているとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 その場合のキーワードは「高くなる」だ。「マクロでは賃金上
昇が構造的に続く流れになるか、ミクロでは企業の経営改革が本
当に資本効率を高めるか」(同氏)だ。
 その場合のキーワードは「高くなる」だ。「マクロでは賃金上
昇が構造的に続く流れになるか、ミクロでは企業の経営改革が本
当に資本効率を高めるか」(同氏)だ。
 今年の春季労使交渉で賃上げ率は3%超と約30年ぶりの高さ
となった。来春も続くかが次のハードル。賃金を上げ続けなけれ
ばならない前提になれば、企業の価格戦略もおのずと変わってく
る。値上げを受け入れてもらうには強みのある分野を優先して磨
くべきだ。そのために経営資源も集中させる。インフレを前提に
した歯車が動き出せば、収益率の向上という循環が起こりうる。
       ──2023年7月24日付/日本経済新聞より
─────────────────────────────
 第1波における投資には、日本株にはなじみの少ない「ツーリ
スト投資家」が多かったようです。「ツーリスト投資家」とは、
日本株への投資経験がないかほとんどない状態で「試しに日本に
資金を投じるような投資家」を指しています。この場合、ツーリ
ストが短期間の旅行で本国に帰るのと同様に、ツーリスト投資家
も日本株投資が短期間となる場合が多いのです。
 しかし、日本企業の賃金や利益率が高くなるということであれ
ば日本は期待が持てる市場ということになり、第2波を呼び込め
る可能性が出てくるといえます。
 もうひとつ「RI/リビジョン・インデックス」が話題になっ
ています。「RI」とは、当初の業績予想(アナリスト予想)を
もとに上方修正された銘柄数の比率から下方修正された銘柄数の
比率を差し引いて算出される指数(インデックス)のことです。
業績の変化の方向性を捉えることで、景況感の判断などに用いら
れます。2023年7月26日付の日本経済新聞では、このR1
について、次の報道をしています。
─────────────────────────────
◎市場高まる上振れ期待/今期業績予想/円安・消費堅調追い風
 2023年4〜6月期決算の本格化を前に、主要企業の業績見
通しで株式市場の目線が切り上がっている。23年度の市場予想
の方向感を示す「リビジョン・インデックス(RI)」が22年
5月以降で最高となった。為替の円安や半導体不足の解消で自動
車関連などを中心に強気見通しが相次ぐほか、堅調な国内消費も
追い風だ。決算では期待を裏付ける実績が出るかに注目が集まっ
ている。     ──2023年7月26日付の日本経済新聞
─────────────────────────────
 RIは、TOPIX500構成銘柄の23年度1株利益(EP
S)のアナリスト予想が、修正された件数を集計し、上方修正の
比率から下方修正の比率を引いた値を月次で算出しています。Q
UICK・ファクトのデータを基にしたRIは、7月21日時点
で26・6%、22年6月以降の数字で最高水準で推移していま
す。         ──[物価と中央銀行の役割/013]

≪画像および関連情報≫
 ●リビジョンインデックス(RI)とは
  ───────────────────────────
   リビジョンインデックス(Revision Index)とは、 企業
  業績に対するアナリストの見通しがどのように変化している
  のかをとらえる指数。景況感をあらわす指標として利用され
  ている。
   業績見通しの「上方修正された企業(銘柄)」から「下方
  修正された企業(銘柄)」を差し引き、総企業数(銘柄数)
  に対する比率をもって計算される。
   景況感を示す指標と書いたとおり、プラスが大きければ企
  業業績の上方修正が多い=企業の業績改善の動きが強いとみ
  られる。逆にマイナスが大きければ業績悪化の動きが強まっ
  ていると見ることができる。
   リビジョンインデックスは、調査機関や証券会社が算出す
  る。日本国内で代表的なものとしては「NRIリビジョンイ
  ンデックス」が挙げられる。
   同指数は「NOMURA総合400指数」採用銘柄(除く
  金融)を対象に今期の業績予想(本決算ベース、経常利益)
  が3カ月前に比べて、「上方修正された 銘柄の比率」 から
  「下方修正された銘柄の比率」を差し引いた数値(野村證券
  証券用語集より引用)となっている。
 https://www.finance-dictionay.com/2015/10/post_1148.html
  ───────────────────────────
23年度EPSのリビジョン・インデックス/R1.jpg
23年度EPSのリビジョン・インデックス/R1
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2023年07月28日

●「日経平均株価はどのレベルにあるのか」(第6004号)

 7月26日〜27日にFOMC(米連邦公開市場委員会)が開
催され、「プラス0・25%」の政策金利の引き上げが決定して
います。これについて、第一生命経済研究所・熊野英生氏は、次
のようにレポートしています。
─────────────────────────────
 現状のインフレ率は、2022年6月に米消費者物価が前年比
9・1%という驚くべき高い伸びになっている。FRBは利上げ
でそれを下げて行こうとしている。その際には、まず、@物価上
昇率が勢いを止める、次に、A前年比が緩やかに2%に落ち着い
ていく、という2段階のプロセスを踏んでいくだろう。6・7月
に+0・75%もの大幅な利上げ幅になったのは、「勢いを止め
る」ことが目的だった。もしも、7・8月の米消費者物価の上昇
幅が大きければ、さらに+0・75%の大幅な利上げを、次回9
月の会合でも継続するだろう。パウエル議長は、今後の利上げは
「データ次第」と繰り返している。
    https://toyokeizai.net/articles/-/472932?display=b
─────────────────────────────
 今ではパウエルFRB議長が政策金利を利上げしても誰も驚き
ませんが、そのパウエル議長がコロナ危機が始まった当初、連続
して「金融緩和措置に動いた」ことを多くの人は忘れてしまって
います。今ではFRBのパウエル議長といえばあくまで「利上げ
のおじさん」であって、金融緩和策を連続してとった人とは思え
ないです。
 2020年2月3日早朝、G7は緊急の財務相会議において持
続的な成長を実現するため、あらゆる政策手段を用いて、経済の
下方リスクに立ち向かう」という共同声明を発出しています。
 FRBのパウエル議長は、臨時のFOMCを開催し、9・5%
の「利下げ」を決めています。FRBは立て続けに緩和措置を拡
大し、2020年3月13日にトランプ大統領が国家非常事態を
宣言した直後の15日には、FRBは日曜日にもかかわらず、再
びFOMCを開いて「1%の大幅利下げ」に踏み切っています。
これは事実上のゼロ金利政策の再開で、米国債を5千億ドル購入
する量的金融緩和も復活させているのです。その結果はどうなっ
たのでしょうか。
 日本経済新聞社、金融・市場ユニット金融部長、河浪武史氏は
自著でパウエル議長が取った処置について、次のように記述して
います。
─────────────────────────────
 それでも12日の米株式市場では、ダウ平均が1日2352ド
ル安と過去最大の下落幅を記録。FRBのゼロ金利・量的緩和で
も株安は止められず、16日にはさらに2997ドル安と、再び
史上最大の急落に見舞われることになる。
 ダウ平均は、2月の過去最高値から3月下旬には1万8500
ドル台まで大きく落ち込んだ。コロナ禍による経済危機が深まる
につれて、金融緩和の土台も大きくなり、3月23日にFRBが
国債購入を「無制限」に切り替えて量的緩和を拡充すると、よう
やく株価は下げ止まった。
 このとき、FRBが恐れていたのはデフレだった。コロナ危機
が企業の設備投資を大きく押えつけてしまえば、成長力そのもの
が落ちて経済は長期停滞に陥る。米国のインフレ率はリーマン・
ショック以降、ほぼ一貫して目標の2%を下回り続けていた。F
RB内には低物価と低成長が続く「日本化」を本気で警戒する声
があった。FRBはこのとき、日銀が16年から続けてきたイー
ルドカーブ・コントロール (YCC、長短金利操作)の発動ま
で検討している。20年3月にゼロ金利と量的緩和を復活させて
おり、追加金融緩和の手段はほとんどなくなっていた。
    ──河浪武史著『日本銀行虚像と実像検証25年緩和』
                     日本経済新聞出版
─────────────────────────────
 つまり、米国は2020年3月13日のトランプ大統領による
国家非常事態宣言を宣言してから約1年間続けられたのです。し
かし、20年4〜6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は、
前期比マイナス29・9%(年率)という大幅の落ち込みになり
戦後最悪の景気悪化を招いています。
 なかでも失業率は、2月の3・5%、3月の4・4%、そして
4月には14・7%まで急上昇し、失業者が、街に溢れるまでに
なっています。そのため、米国政府は、中小企業に3500億ド
ルの補助金を用意し、家計にも1人最大1200ドルの現金を支
給するほか、家賃の支払いや、食材の購入などの支援をしていま
す。この過去最大の財政出動を支えたのは、FRBが政府の発行
する国債を無制限に買い入れたからです。このとき、長期金利は
大きく下落して、5月には史上最低の0・5%まで下落している
のです。これほどの財政出動をしても、金利が上昇しなかったの
は、FRBによる米国債の大量購入があったからです。同様のこ
とを日本を含むG7各国もやっていたことになります。日本は、
コロナ禍前からアベノミクスにおいて、異次元の金融緩和を続け
ていたのです。
 それでは、なぜ、この異常ともいえる中央銀行による金融政策
が話題にならなかったのは、コロナがニュースの前面を占めてい
ていたからです。ところが、米国でインフレが目立ち始めたのは
コロナ危機が収束し始めてきた2021年の春だったのです。そ
れは、FRBがひそかに恐れたデフレではなく、想定外のインフ
レだったのです。
 2021年にバイデン政権が発足するや、政権は1・9兆ドル
の新型コロナウイルス対策を発動すると、落ち込んでいた景気は
過熱懸念をはらんで復活し、コロナ後の労働者や消費者の行動変
容を起こすにまでになります。この一連のコロナ対策の積み上げ
が想定外のインフレを呼びこむ起爆剤となったのです。米FRB
パウエル議長は明らかに対策を間違えています。
           ──[物価と中央銀行の役割/014]

≪画像および関連情報≫
 ●「ミスター普通」のFRB新議長、「異端」トランプ氏と
  どう向き合う
  ───────────────────────────
   白亜の大理石造りの建物の中は、厳粛な空気が張り詰めて
  いた。階段を上がると、広々とした理事会室がある。30人
  が座れる長いテーブルの中央のいすからは、右の壁に米国の
  巨大な地図。左の壁にワシをあしらった。紋章がみえる。2
  月4日に65歳の誕生日を迎えるジェローム・パウエルが、
  前日に任期を終えるイエレンに代わって、FRB(連邦準備
  制度理事会)の第16代議長としてこのいすの新たな「主」
  になる。
   「彼は幅広い民間での経験と実社会の見方をもたらしてく
  れる。経済成長に何が必要か理解している」。昨年11月、
  次期FRB議長発表の記者会見。トランプ大統領はパウエル
  をそう評した。身ぶり手ぶりで話すトランプと、低い声で淡
  々と話すパウエル。二人の対照的なスタイルが、印象的だっ
  た。FRBの理事であるパウエルは、元々ウォール街での経
  験が長い。ビジネスマンのトランプは、パウエルの民間での
  経験を重視したとされる。前任のイエレンやバーナンキが著
  名な経済学者だったのに対し、経済学の博士号を持たない議
  長はおよそ40年ぶりだ。
   「ミスター・オーディナリー(普通)」。米ウォールスト
  リート・ジャーナル紙はパウエルをそう呼ぶ。現実的で、合
  意形成を重視するとも評される。理事時代、反対票を投じた
  ことは一度もない。「規制緩和を支持し、金融政策はさほど
  引き締め派でもない。いいスーツを着て、議長らしい風格も
  ある」。米政府関係者はそう話す。「地味な印象だが、トラ
  ンプは評価している」。
        https://globe.asahi.com/article/11529673
  ───────────────────────────
トランプ前大統領とFRBパウエル議長.jpg
トランプ前大統領とFRBパウエル議長
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2023年09月04日

●「科学での対話拒否/感情的対応の中国」(第6005号)

 本日からEJを再開します。8月18日(金)に東大病院を退
院し、自宅に戻っております。19日間の入院であり、私にとっ
て最長期間の入院です。かなり体力が落ちているので、現在、元
気回復に努めています。なかでも107年ぶりの慶應義塾高校の
甲子園制覇は、私の元気回復に大いに寄与しております。久しぶ
りに慶応応援歌「若き血」を聞きました。
 EJの再開に関していくつかお願いがあります。EJの最大の
特色は「日刊」であり、できる限りこれにこだわるつもりですが
今後は体調によって書けない日もあると思います。そのさい、お
断りしないで、1日か2日、休むことがありますが、連載は続け
ます。なお、通信障害で届かない場合もありますが、そのさいは
EJのブログでご確認ください。EJを配信した日は、ブログは
必ず更新されます。
─────────────────────────────
     ◎ エレクトロニック・ジャーナル/EJ
     http://electronic-journal.seesaa.net/
─────────────────────────────
 今回のテーマは「物価と中央銀行の役割」です。このテーマを
続けますが、空白が丸1カ月に及んでいるので、別の話題から少
しずつ本テーマに戻ることにします。
 東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出を受けて、中国が日
本の水産物を全面禁輸した問題について、岸田政権はどのような
対応を取ろうとしているのでしょうか。
 やると思っていましたが、岸田首相と一部閣僚は、福島産の魚
を食べて「安全」を強調したり、築地市場を視察し、その日獲れ
たタコを食べたりして、漁業関係者と話し合い、風評被害を防ご
うとしています。
 その一方で、高市経済安保相は、何か報復をとWTOへの提訴
を口にしていますが、これは避けるべきであると考えます。かつ
ての韓国への提訴のように、この問題に関しては、変な判決をも
らうわけにはいかないからです。
 冷静になって、この中国の暴挙が日本に与える影響について考
えてみます。2022年の日本の水産物の輸出総額は3873億
円ですが、その輸出先は、第1位は中国、第2位は香港、そして
第3位は米国です。どのくらい中国と香港に輸出されているかに
ついては次の通りです。
─────────────────────────────
      中国 ・・ 871億円/22・5%
      香港 ・・ 755億円/19・5%
─────────────────────────────
 中国・香港向けの水産物の輸出に関しては、実に42%、した
がって、今回の中国による水産物の輸出停止措置は、日本の水産
物輸出、水産業にとって大打撃になります。
 水産物の品目別では、ホタテ貝が467億円、なまこ(調製)
79億円、かつお・まぐろ類40億円などです。香港向け水産物
では、真珠222億円、ホタテ貝(調製)94億円、なまこ(調
製)85億円などとなっています。
 この日本の水産物禁輸措置の実施に当たって、中国は、韓国を
はじめ、アジア各国に共闘を呼び掛けてあり、多くの国が共闘を
組むと思っていたようです。しかし、中国の動きに賛同したのは
ロシアと北朝鮮ぐらいであり、中国は振り上げたこぶしを下すの
に苦慮しているようです。
 岸田政権としては、これによって打撃を受ける日本の水産業の
保護を手厚く行うべきであり、日本は十分それができる力を持っ
ています。しかし、担当の野村哲郎農水相による「汚染水」発言
のほか、「中国の全面禁輸措置はまったく想定しなかった」の発
言は言語道断であり、十分に辞任に値します。
 この中国の全面禁輸措置の日本の輸出または経済に与える措置
は限定的であり、中国および香港向け水産物輸出が輸出全体に占
める比率は0・17%に過ぎず、このまま1年間禁輸が続いても
日本のGDPの押し下げ効果は、0・03%に過ぎず、十分知恵
を絞って外交努力を重ね、見返りに半導体などの禁輸を解くこと
なく、解決すべきです。
 この全面禁輸措置に関して、中国から日本への大量の迷惑電話
や、中国のSNSではインチキ動画がアップされていますが、少
しずつ収まってきているようです。どうやら当局はこれらに対し
て規制をかけているようです。これに関して、東京財団政策研究
所・主席研究員の柯隆氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 過去に反日運動が盛んになった尖閣国有化の時と、起きる現象
は似ているが、質は全く別物だ。今回は、中央政府主導ではない
だろう。中国政府としてはこの「民衆のマグマ」を止めたがって
いる。日本企業の中国離れが進むことは、中国人の失業者がます
ます増えることにつながり、自分の首を絞めることになる。
 (中略)だから、今起きている表面的な反日運動に注目するの
ではなく、中国がカードを切ってきたときに備えた対中戦略が重
要である。   ──柯隆氏/2023年9月1日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 何か問題のある現象について、人々が納得するのは「安全」と
「安心」の両方がクリアされることです。日本政府としては、か
ねてから「安全」について科学的に議論するため中国に対して話
し合いを要請してきていますが、中国は頑として応じません。科
学的対話は避けて、感情的面を含む「安心」の問題を前面に出し
て法外なクリームをつけてきています。
 中国も多くの原発を保有している以上、大量の処理水を海に流
しています。その処理水のトリチウムの濃度は日本の倍以上ある
といわれています。こういう国にとって都合が悪いことは、国民
には知らせず、日本を貶める情報は、それがフェイクニュースで
あっても平気で流す。習近平独裁体制は、本当に、大丈夫なので
しょうか。      ──[物価と中央銀行の役割/015]

≪画像および関連情報≫
 ●英国研究者ら「処理水のトリチウム濃度は、中国の放出の
  半分以下」
  ───────────────────────────
   日本政府が早ければ8月24日に開始することを決めた福
  島第一原発の処理水の海洋放出をめぐり、イギリスの研究者
  らが23日、オンラインで会見を開きました。「トリチウム
  濃度は、中国の原発から放出される水の半分以下の数値であ
  り、人体への大きな影響はない」として、科学的見地から問
  題はないとの見解を示しました。23日に、オンラインで会
  見を開いたのは、イギリスで福島第一原発の事故について研
  究している大学教授らです。
   会見で、チョルノービリ原発の事故と、福島第一原発の事
  故の環境への影響を研究しているポーツマス大学のジム・ス
  ミス教授は、「今回放出される予定の処理水のトリチウム濃
  度は、中国の原発から放出される水の半分以下の数値であり
  人体への大きな影響はない」と述べ、放出について、科学的
  見地から問題はないとの見解を示しました。また、「放射線
  の影響について研究している人々の中で、今回の処理水の放
  出に反対している人はいないと思う」とも述べた上で、中国
  の日本産の食品への規制強化について、「科学的理由は何も
  ない。経済的影響は、健康への直接的な影響よりもはるかに
  深刻で、規制の強化は、漁業関係者の生活を損なうものだろ
  う」と批判しました。      https://onl.bz/bX7kt5i
  ───────────────────────────
中国外務省報道官.jpg
中国外務省報道官
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2023年09月05日

●「宏池会内閣は下野するという因縁」(第6006号)

 岸田内閣の支持率が低迷し上昇しません。しかし、いま総選挙
をやっても、議席は大幅に減らしても自民党政権は敗北しないで
しょう。なぜなら、野党がバラバラであり、国民民主党にいたっ
ては、立憲民主党から分裂したのに、さらに、分裂騒ぎが起きて
いる始末です。
 しかし、最近になって、ある「因縁」が囁かれるようになって
います。考えてみてください。自民党が政権を失い、下野したの
は、次のたったの2回ですが、いずれも宏池会政権のときです。
─────────────────────────────
      宮澤喜一内閣 ・・・・ 1983年
      麻生太郎内閣 ・・・・ 2009年
─────────────────────────────
 実は、宮澤、麻生両氏ともに宏池会に関係があります。宮澤氏
は宏池会会長を務め、麻生氏は宏池会を創立した池田勇人氏の師
である吉田茂氏の孫です。現在、麻生氏は「志公会」という別グ
ループの代表ですが、当初は宏池会所属だったのです。
 そして、現在の岸田文雄氏も宏池会であり、現在、会長を務め
ています。ところで「因縁」ですが、今後さらに岸田内閣の支持
が落ちて、秋の総選挙が行われず、野党に一大改革が起きたとす
ると、またしても自民党が政権交代が起きるのではないかといわ
れています。あまりにも政権運営に問題があるからです。
 それはさておき、宏池会には財務官僚がたくさんいます。宮澤
・麻生両氏は、長く財務大臣を務めています。したがって、彼ら
は、増税には異常なほど熱心であり、その反面、絶対「減税」は
しないというスタンスです。
 さて、ロシアによるウクライナ侵攻以来高騰を続けてきている
ガソリン価格が、ついに「185円60銭」の最高値を更新して
しまっています。これに関して岸田内閣は、石油元売業者(EN
EOS、出光興産、コスモエネルギー3社)に補助金を出し、ガ
ソリン価格を下げる施策をとってきています。
 しかし、このガソリン価格軽減措置は段階的に縮小され、この
9月末にはすべて終了することになっています。しかし、ガソリ
ン価格は上昇する一方なので、岸田内閣は、これを今年の年末ま
で延長することを決めているようです。
 しかし、なぜ、石油元売業者に補助金を出してガソリン価格を
下げるという措置を取るのでしょうか。
 石油元売業者に補助金を出しても、どの程度価格を下げるかは
各石油元売業者に任されているからです。もちろん政府としては
どのくらい下がっているかチェックはしているでしょうが、石油
元売業者は自社のやれる範囲でガソリン代を少し下げて済まして
いることは確かです。
 ところで、政府は2022年1月からガソリン補助金制度を実
施していますが、この制度によって、石油元売業者はどうなって
いるのかについて、石油流通の専門家である桃山学院大学教授、
小嶌稔氏は次のレポートを出しています。これによると、補助金
制度のせいかどうかは不明ですが、いずれも、対前年比2倍以上
のブッチギリの最高益を上げているのです。
─────────────────────────────
 石油元売り大手の2022年4〜6月期決算は、ENEOSホ
ールディングス(HD)の最終利益(連結)が2213億円(対
前年同期比2・3倍)、出光興産が同1793億円(同2倍)、
コスモエネルギーホールディングス(HD)が同775億円(同
2・8倍)だった。
 3社合計で売上高6兆4221億円、営業利益6909億円、
純利益4780億円。営業利益には、原油高による評価益の44
01億円が含まれているため、実質的には2508億円まで圧縮
され、さらにセグメント別に石油製品だけだと、営業利益は12
30億円となる(在庫評価益除く3社合計)。
 業界の淘汰再編、合従連衡が進み、3社体制になったのが17
年。以降6年間の石油製品の営業利益を見ると、やはり今4〜6
月期決算はぶっちぎりの最高益であり、対前年比2・7倍に膨ら
んだ。高騰するガソリン価格を抑えるため、政府は1月(202
2年)末から通称「ガソリン補助金」を実施してきた。この最高
益は、予算規模1兆円もの莫大な補助金が投入されているからだ
と思う人もいるだろう。補助金の仕組みを端的に言うと、給付先
は石油元売りで、給付を前提に卸価格を抑え、結果として小売価
格が抑制されるというスキームだ。 ──小嶌稔山学院大学教授
                 https://onl.bz/HeFHR5D
─────────────────────────────
 あらゆる物価が高騰するさなかに、岸田内閣が本気でガソリン
価格をダウンさせ、国民の負担を少しでも下げようと考えている
ならば、石油元売業者に補助金を出すという姑息なやり方ではな
く、野党も賛成する方法があるのです。それが「トリガー条項」
発動という名の減税です。
 これは、価格が3カ月連続で160円を超えた場合、ガソリン
税の一部を減税し、130円を3カ月連続で下回るまで続けると
いう法律です。これについて、経済ジャーナリスト/荻原博子氏
は、岸田内閣の姿勢を次のように批判しています。
─────────────────────────────
 トリガー条項発動で、価格が変動して混乱が起きる課題がある
ということは前から言われていた。混乱が起きないように対策を
行う時間は十分にあったのに、つまりは何もやっていないという
ことだ。本気でガソリン価格を下げたいのなら、トリガー条項発
動をはじめ減税を行うべきだが、岸田政権には「死んでも減税し
たくない」という姿勢が感じられる。国民が困っているときに、
私たちが払っている税金を「減税にビタ一文使いたくない」とい
うのはおかしい。    ──経済ジャーナリスト/荻原博子氏
       ──2023年8月31日発行/「夕刊/フジ」
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/016]

≪画像および関連情報≫
 ●「岸田政権の政策は期待薄」/高橋洋一氏/2021・12
  ───────────────────────────
   問題点だらけだ。先ず、岸田文雄総理大臣自身は財務省と
  密接な関係にある。親戚内に財務官僚が大勢いて、これだけ
  多くいると大丈夫かと言わざるを得ない。
   岸田総理の父親は経産省出身で、叔父は財務官僚を歴任し
  広島銀行頭取だった岸田俊輔氏。叔母は第78代内閣総理大
  臣を輩出した宮澤家に嫁いでおり、その子供が自民党参議院
  議員の宮澤洋一氏だ。つまり宮澤洋一氏と岸田総理はいとこ
  にあたる。
   また、岸田総理の実の妹二人は、ともに財務官僚に嫁いで
  いる。岸田総理自身が経済政策を持っている訳でもないとな
  れば、親族の意見は裏切れないだろう。さらに言えば、最側
  近となる補佐官の木原誠二氏も村井英樹氏も元財務官僚、経
  済安全保障担当大臣の小林鷹之氏も同じく元財務官僚だ。そ
  れではあまりにも財務省色が強くなるからといって、元経産
  省事務次官の嶋田隆氏を内閣総理大臣秘書官に据えたのだが
  嶋田氏が連れてきたのは経産官僚ばかりで、結局、岸田政権
  は財務官僚と経産官僚ばかりで固められることになった。そ
  して、政府が史上最大規模の経済対策として財政支出を決定
  した55.7兆円の内容は、アベノミクスと全く同じ政策を
  掲げていながら数字だけを膨らませている。例えば「新しい
  資本主義」のための20兆円も、そのうち10兆円は安倍政
  権時代と同じような研究ファンドを推進するためのものだ。
                 https://onl.bz/FSyTtsD
  ───────────────────────────
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ガソリン価格どうなる!
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2023年09月06日

●「『トリガー条項』というものがある」(第6007号)

 9月2日付の「朝日新聞デジタル」は、日本自動車連盟(JA
F)が政府に次の声明を出していることを伝えています。
─────────────────────────────
◎ガソリン税金「上乗せ廃止を」/JAFが政府に声明
 日本自動車連盟(JAF)は、ガソリン価格の高騰を受けて、
ガソリン税の「当分の間税率」の廃止などを政府に求める声明を
出した。8月31日付。複数の税金が上乗せされることで小売価
格がガソリン自体の価格の約1・6倍に上っているという。
 JAFが廃止や解消を訴えているのは、(1)2010年度の
税制改正で「当分の間」として上乗せされたままになっているガ
ソリン税の旧暫定税率分の25・1円(2)ガソリン税に消費税
が課税されている「Tax on Tax」の仕組み。
 レギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均価格が185
・6円となり、15年ぶりに過去最高値を更新。JAFによると
この価格はガソリン自体の114・9円に本来のガソリン税28
・7円のほか、旧暫定税率分の25・1円と消費税16・9円が
加わっているという。JAFは「自動車ユーザーが到底理解・納
得できない仕組みを一刻も早く解消すべきだ」としている。
(三井新)     ──2023年9月2日付、朝日新聞より
─────────────────────────────
 JAFが指摘している「Tax on Tax」とは、「二重課税」を意
味しています。実際に1リッター当たり「186円」でガソリン
を売っているガソリンスタンドを例にとって、本体価格やガソリ
ン税を示すと、次のようになります。
─────────────────────────────
           金額(円)       内訳(円)
  本体価格    112・49
 ガソリン税     53・80
  (本則)                  28・7
  (暫定)                  25・1
 石油石炭税+
 温暖化対策税     2・80
    小計     56・60
 消費税       16・91
 総合計      186・00
─────────────────────────────
 本体価格には、2つの税金がプラスされています。ガソリン税
と「石油石炭税+温暖化対策税」の合計の56・6円です。この
うちガソリン税には本則と暫定があり、本則税率部分は25・1
円、暫定税率部分は28・7円です。
 しかし、これで終わりではないのです。これに消費税がかかり
ます。ガソリン本体価格112・49円プラス53・8円の合計
額に対して、10%の消費税16・91円がかかります。その全
ての合計額が186円になるのです。したがって、ガソリン価格
の半分以上は税金であるということになります。
 つまり、ガソリン税と「石油石炭税+温暖化対策税」の合計額
にも消費税かかっており、二重課税ということになります。そも
そも暫定税率はどのような趣旨で設けられたのでしょうか。サイ
トには、次の説明があります。
─────────────────────────────
 暫定税率というのは文字通り暫定的に決められた税率で、普通
はガソリン税(揮発油税・地方道路税)などの「道路特定財源」
のための目的税の「本来の税率に暫定的に上乗せされた」税率の
ことをいいます。
 きっかけは1973年に起こった第1次オイルショック(石油
危機)でした。第4次中東戦争のあおりで石油価格が急騰し、狂
乱物価など激しいインフレーションを生んだオイルショックです
が、日本は国家をあげて「省エネ化」をめざしました。深夜放送
が自粛され、ネオンサインが消えるなど、その努力は相当なもの
だったのです。そして、省エネのため石油資源を節約し、石油の
消費を抑制することを狙いとして、ガソリン税などの税率を上乗
せする暫定税率が課せられることになったのです。
               ──ベスト・カー・ウェブより
─────────────────────────────
 「Tax on Tax」──税金に対してさらに税金をかける二重課税
は、けっしてあってはならないことです。しかし、ガソリン税に
はこれが明確に存在しています。これに目をつけたのは、政権奪
取前の旧民主党のグループです。彼らは、ガソリン値下げ隊を結
成し、2009年8月の政権交代の後、このガソリン税の暫定税
率に目をつけ、いろいろな経緯があったものの政権交代後の20
10年4月、「租税特別措置法第89条」として、導入したのが
「トリガー条項」です。
 トリガー条項の内容とは、「レギュラーガソリン1リットル当
たりの価格が、3ヵ月連続して160円を超えた場合、その翌月
からガソリン税の上乗せ部分(特別税率)25・1円の課税を停
止して、その分だけ価格を下げる」というものです。逆に元に戻
すには、「3カ月連続して1リットル当たり130円を下回った
翌月から」回った翌月から」となる──これが「トリガー条項」
です。トリガーとは「引き金を引く」という意味です。今回のよ
うに、ガソリン価格が連続して上昇しているときピッタリの法律
であるといえます。
 しかし、翌年の2011年3月に東日本大震災が発生し、その
復興財源確保の名目で適用が凍結されたのです。正式には、「東
日本大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法
律第44条」に規定され、そこには「租税特別措置法第89条の
規定は、東日本大震災の復旧及び復興の状況等を勘案し、別に法
律で定める日までの間、その適用を停止する」──このように規
定されたのです。しかし、岸田内閣はトリガー条項は減税になる
ので、完全に無視・黙殺の構えです。
           ──[物価と中央銀行の役割/017]

≪画像および関連情報≫
 ●【ガソリン代「トリガー条項」見送り】なぜ減税ではなく
  補助金を選ぶのか?岸田政権の姑息な本音
  ───────────────────────────
   ガソリン価格が15年ぶりに過去最高額を更新したが、緊
  急対策を打ち出した政府には「本気でやっているのか」と訝
  る声が後を絶たない。8月30日公表のレギュラーガソリン
  価格(全国平均)は15週連続値上げとなる185・6円に
  (1リットルあたり、以下同)。同日、岸田文雄首相は価格
  高騰への緊急対策を発表したが、価格高騰を抑える減税措置
  にあたる「トリガー条項発動」に踏み切る様子はない。
   岸田政権の緊急対策では9月末までの予定だった激変緩和
  措置(燃料油価格激変緩和補助金)を年末まで延長する一方
  9月7日から補助を拡充すると発表。しかし、あくまで対策
  は「補助金のみ」で、税を軽減する「トリガー条項発動」に
  ついては頬被りを決め込んでいるように見える。
   野党からは、国民民主党の玉木雄一郎代表が「ガソリンは
  税金の塊。取って配るよりもそもそも取ることを一旦停止す
  るほうがわかりやすい」と訴え、日本維新の会からもガソリ
  ン減税を唱える声があがっているが、政府は一貫して「補助
  金のみ」の姿勢だ。8月30日の対策発表の会見でも岸田氏
  は「(発動直前に)買い控え等の流通の混乱」が生じかねな
  い、という理由で減税案を退けている。
           https://www.moneypost.jp/1059547
  ───────────────────────────
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トリガーを引かない岸田首相
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2023年09月07日

●「3度目の政権交代にオザワ動く」(第6008号)

 普通ガソリン価格が高騰すると、欧米各国では減税をします。
しかし、自民党政権──とくに宏池会政権は絶対に「減税」をし
ないことをモットーとしています。業者に補助金を渡して価格を
少し下げてもらう措置を取っています。しかし、日本には「トリ
ガー条項」という名の法律があるのです。ただし、民主党政権の
時代の法律ではありますが・・。
 なぜ、減税ではなく、補助金なのかについて、元財務官僚の嘉
悦大学教授・高橋洋一氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 減税型でも補助金型と同様の経済効果が出るのに、なぜか政府
は減税をやらない。補助金型が多いのは先進国で日本だけの特色
だ。例えば、ガソリン価格の安定のために、ガソリン税減税は行
わないが、補助金を出すのはその典型だ。減税は直接消費者に恩
恵が行くので明快だが、補助金は業者に行くので消費者から見れ
ばその効果が分かりにくい。しかし、官僚から見れば減税では自
分に頭を下げないが、補助金は恩を着せられると考えるだろう。
                 ──高橋洋一嘉悦大学教授
           2023年9月5日発行/夕刊「フジ」
─────────────────────────────
 「なぜ、トリガー条項」を引かないのか」に対する鈴木財務相
の発言は不可解なものです。「ガソリンの買い控えがあるから」
というものです。本当にこの人は財政のことがわかっているので
しょうか。
 ガソリンは毎日必要なので、買いだめは起きにくいのですが、
そういう矛盾に満ちたことを平気でいう鈴木財務相や松野官房長
官には首をひねってしまいます。岸田首相にいたっては、まるで
無関心の構えです。
 政府の本音は、減税になると、なかなか元に戻せないし、この
法律が民主党政権時代の産物であることが、反対の理由の2つで
しょうか。おかげで、石油元売りは大儲けです。
 9月4日のことです。次の衆議院選挙での自民・公明両党の選
挙協力について、岸田総理大臣と山口代表が会談し、公明党が、
いったんは解消するとしていた東京での協力を復活させることで
正式に合意しています。
 「選挙近し」を感じさせる情報ですが、そんなに前向きの話で
はなく、岸田政権が次の衆院選に関して、大きな不安感を抱いて
いるからです。それは、9月3日に投開票の行われた次の2つの
選挙の結果が暗示しています。
─────────────────────────────
           @岩手県知事選
           A市 川市長選
─────────────────────────────
 この2つの選挙において、いずれも自民党推薦の候補が敗北し
ています。とくに岩手県知事選の結果は、10万票の大差がつい
て、自民党の完敗です。
─────────────────────────────
    当 達増拓也 ・・・ 33万6502票
          立憲民主党など野党3党支援
      千葉絢子 ・・・ 23万2115票
             自民党/公明党が支援
─────────────────────────────
 岩手県といえば小沢王国であり、今回5選を果たした達増知事
は、小沢王国の中核的存在といえます。したがって、もし達増氏
が敗れれば、きっとメディアは「小沢王国潰したり」と大キャン
ペーンを展開したはずです。この選挙には公明党も支援していま
す。自民党が千葉絢子候補(地元放送フリーアナウンサー)を立
てたのは、一昨年の衆院選では、小沢一郎氏が小選挙区(岩手3
区)で敗れて比例復活となり、昨年の参院選では、広瀬めぐみ参
院議員が勝利したことで、広瀬参院議員が千葉候補をつきっきり
で応援すれば勝てると考えていたからです。
 しかし、広瀬参院議員は、「エッフェル塔騒動」で人気失速の
状態で、投開票一週間前には千葉候補は敗色濃厚になり、自民党
としてはなかばあきらめた選挙だったのです。しかし、今回の岩
手知事選では、達増知事は、選挙相手のエッフェル塔事件で勝っ
たわけではなく、これまでの知事としての実績と、岩手県では、
小沢王国が復活してきてことが勝利の原因です。
 8月27日(日)のことです。田原総一郎氏の番組(BS朝日
/激論クロスファイア)に小沢一郎衆院議員が出演したのです。
小沢氏のテレビ出演は本当に久しぶりであり、保守系メディアは
絶対に小沢氏をテレビに出そうとしません。メディアが小沢氏を
報道するときは、彼が失敗したときだけです。「壊し屋小沢」と
か「小沢王国崩壊」などの表現で紹介するのです。
 しかし、小沢一郎氏は何か悪いことをしましたか。検察審査会
で強制起訴され、裁判にかけられましたが、無罪を勝ち取ってい
くます。この裁判で検察側は、証拠を改ざんしてまで小沢氏を有
罪にしようとしましたが、できなかったのです。
 小沢一郎氏がやったことは、2度にわたって、自民党政権を下
野させたことだけです。ちなみに自民党が下野したことは、この
2回しかないのです。したがって、小沢一郎氏は自民党にとって
不倶戴天の敵ということになります。だからメディアは、小沢氏
についての報道しようとしないのです。
 その小沢一郎氏が立憲民主党のなかで動いてします。3度目の
政権交代のためです。EJでは、小沢一郎という政治家について
何度も取り上げています。興味があれば、バックナンバーをぜひ
ご覧ください。
 実は、自民党にとって、最も怖いのは、小沢一郎氏であると思
います。最近、小沢氏は橋下徹氏とも面談しており、少しずつそ
の行動が目立ってきています。この動きについては、EJで改め
て取り上げようと考えています。
           ──[物価と中央銀行の役割/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「壊し屋」81歳の小沢一郎氏、次期衆院選が「最後の
  チャンス」…野党共闘へ動く
  ───────────────────────────
   衆院当選18回を重ねた立憲民主党のベテランの小沢一郎
  氏(81)が動きを活発化させている。次期衆院選での野党
  候補の一本化に向けた取り組みを主導し、党内には自らが会
  長を務める政策グループも設立した。ただ「政界の壊し屋」
  との異名を持つ小沢氏を警戒する声も出ている。
   「野党が候補者を統一しさえすれば、自公の候補に負けな
  いのが現実であり、国民の願いだ」
   小沢氏は24日、国会内で開かれた「野党候補の一本化で
  政権交代を実現する有志の会」の会合でこう述べ、野党の共
  闘態勢を整える必要性を強調した。6月にスタートした同会
  は、小沢氏も呼びかけ人に名を連ねている。結成の発端は、
  5月に立民の泉代表が、共産党との選挙協力を否定する発言
  を繰り返したことにあった。小沢氏は「政権交代する気があ
  るのか」と激怒し、同会の発足に向けた調整役を担った。立
  民内では「共産との選挙協力に後ろ向きな泉氏に圧力をかけ
  る狙いがあったのだろう」との見方が出た。
   同会には、立民の衆院議員95人のうち約60人が賛同し
  た。メンバーには、泉氏に近い議員も含まれている。こうし
  た動きなどを踏まえ、泉氏は、共産を含む野党間での候補者
  調整容認へと方針転換を余儀なくされた。
  https://www.yomiuri.co.jp/politics/20230724-OYT1T50302/
  ───────────────────────────
小沢一郎衆院議員テレビ出演.jpg
小沢一郎衆院議員テレビ出演
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2023年09月08日

●「自民党を悩ます2つの厄介な事件」(第6009号)

 今週はEJの日刊書きのペースを整えるため、テーマに直接関
係のないテーマも取り上げています。今日は金曜日であり、自由
に書くことにします。
 内閣改造がこの秋に行われるとメディアは報道しています。そ
んななか、9月6日に「朝日新聞デジタル」が、木原誠二官房副
長官を留任させる方向で調整していると報じています。
 いわゆる「木原事件」を知らない人は少ないでしょうが、この
事件については『週刊文春』が詳細に報道しており、EJでは、
事件そのものについて述べることを控えます。しかし、その渦中
にある木原官房副長官を留任させる岸田首相の決断には非常にリ
スキーなものを感じます。
 異様であるのは、この事件について『週刊文春』以外のテレビ
を含むすべての他のメディアが絶対に報道しないことです。事件
は、木原官房副長官の家族の死亡にかかわるもので、その家族に
ついて警視庁が事情聴取や捜査をすることについて、木原官房副
長官がその職権を使って、止めているというのです。
 これを受けて、当時の警察庁の露木康浩長官は、この事件につ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 この事件は、証拠上、事件性が認められないと判断している
                 ──警察庁露木康浩長官
─────────────────────────────
 普通であれば事件はこれで幕引きです。何しろ警察庁のトップ
が「事件性はない」と断言したからです。内閣官房副長官には警
察庁はもとより、主要マスコミを「黙らせる」力があるのです。
 本来なら捜査も報道もこれで終わったはずです。しかし、この
事件を担当した警視庁捜査一課殺人犯捜査第一係・通称「サツイ
チ」に所属していた佐藤誠警部補(当時)は、警察官を退職した
うえで記者会見を開き、「事件性がある」と反論したのです。佐
藤誠氏は、「事件性はない」とした当時の露木長官に対して次の
ように怒りをぶつけています。
─────────────────────────────
 警察庁長官のコメントは頭にきた。何が「事件性はない」だ。
あの発言は真面目に仕事してきた俺たちを馬鹿にしてるよな。当
時から我々はホシを挙げるために全力で捜査に当たってきた。と
ころが、志半ばで中断させられたんだよ。 ──佐藤誠元警部補
                 https://onl.bz/yFGKDVS
─────────────────────────────
 しかし、露木長官の発言を受けてか、岸田首相は、これで「木
原はシロである」として、9月5日、それまで自粛していたAS
EAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議やG20ニューデリ
ー・サミットには木原官房副長官を同道させています。しかし、
マスコミは政府専用機に乗り込む木原副長官の姿を一部とらえて
いますが、何とかそれを隠そうとしているように感じられます。
まさしく忖度です。
 この告発をした佐藤誠元警部補について、次のニュースが雑誌
『選択』/2023年9月号に出ています。
─────────────────────────────
 木原誠二官房副長官の妻を巡る『週刊文春』のキャンペーン報
道に関して、警視庁が不穏な動きを見せている。妻の元夫の不審
死について捜査していた警視庁の元刑事が実名で登場したことが
注目を集めた。元刑事は、記者会見を行って何を探っているのか
(警視庁)て持論を展開したが、この直後から警視庁が「元刑事
の周辺について内偵を行っている節がある」(情報筋)。「元刑
事との接触者を特定しているほか、関係先に問い合わせなどをし
ている」(同前)という。
 しかし、「警視庁担当記者は把握しておらず、どの部署が動い
ているかも判然としない」(同)。疑惑の焦点は元夫の不審死に
ついて、警視庁による捜査が不自然に打ち切られたことにある。
元刑事がどこまで核心を衝いているのかは不明だが、守秘義務に
反している可能性は否定できない。そのため「地方公務員法違反
で逮捕するつもりではないか」(同前)という見方が浮上してい
る。そうなれば疑惑の事件と同様、不自然な幕切れになりかねな
い。            ──『選択』/2023年9月号
─────────────────────────────
 しかし、これほどの事件の関係者を事実を明らかにしないまま
本人がいかに優秀であるとはいえ、国の重要に任務につけていい
のでしょうか。この事件はこのままでは終わらないといえます。
それは、岸田内閣にとって命取りとなる可能性があります。
 話を変えます。実は自民党にはもうひとつやっかいな事件があ
るのです。9月7日付の朝日新聞は、一面トップで、次の記事を
大々的に報道しています。
─────────────────────────────
◎秋本議員逮捕へ/6000万円受託収賄疑い
 秋本真利衆議院議員(48)=比例東関東、自民党を離党=が
洋上風力発電事業をめぐって、「日本風力開発」(東京)の前社
長からも多額の資金を受け取ったとされる事件で、東京地検特捜
部は7日にも、秋本氏を総額約6千万円の受託収賄容疑で、逮捕
する方針を固めた。 ──2023年9月7日付、朝日新聞朝刊
─────────────────────────────
 この秋本真利衆議院議員は、自民党では珍しい反原発・再エネ
推進派で、河野太郎デジタル相の強い引きで、千葉県の市議から
国会議員になり、「私の大切な右腕」としてかわいがられていた
人物です。
 ここで注目されることは、秋本氏が、菅義偉前首相の側近でも
あったということです。つまり、菅グループのメンバーの1人で
もあり、法政大学の後輩であり、国土交通政務官に2度も起用さ
れています。つまり、特捜部は、秋本氏のもっと上を狙っている
のではないか、といわれているのです。今後どのようになってい
くか注目されます。  ──[物価と中央銀行の役割/019]

≪画像および関連情報≫
 ●秋本真利議員「再エネ疑獄」永田町で“延焼”の恐れ
  ・・・河野・菅・萩生田3氏は“無傷”でいられるか
  ───────────────────────────
   自民党を離党した秋本真利前外務政務官(4=比例南関東
  ブロック、当選4回)が風力発電会社「日本風力開発」から
  計3000万円もの資金を受け取ったとされる事件は、秋本
  氏の国会事務所などへのガサ入れから1週間が経った。
   東京地検特捜部は、秋本氏が資金提供の見返りに「日本風
  力開発」を利するような国会質問をした可能性があるとみて
  経緯を調べているが、当選4回のペーペー議員の関与だけに
  とどまるのか。永田町では「他の議員に“飛び火”するので
  は」と囁かれている。「狙いは『河野大臣潰し』ではないか
  といわれています。秋本さんは河野大臣の側近で、原発推進
  の自民党の中で共に『脱原発』を掲げる“異端児”。原発政
  策の大転換を決めた岸田政権にとって目障りな存在です。岸
  田官邸が河野大臣を黙らせるために、秋本さんを吊し上げる
  絵を描いたのではともっぱらの噂です」(官邸事情通)
   ある政界関係者は「河野大臣の後ろ盾で、秋本議員とも近
  い菅前首相の力をそぐ結果になるのではないか」とみる。
   萩生田政調会長の影もチラつく。秋本氏は2022年2月
  の衆院予算委員会分科会で、既に公募が始まっていた秋田県
  沖の洋上風力発電事業を巡って、「日本風力開発」の参入を
  後押しするかのような国会質問をしていた。入札の評価基準
  を「売電価格重視」だけでなく、「早期導入」にも重きを置
  くよう見直した上で、手続きのやり直しを要望。当時、答弁
  に立ったのが、経産相だった萩生田氏だ。
                 https://onl.bz/vu4YHSj
  ───────────────────────────
木原誠二官房副長官.jpg
木原誠二官房副長官
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2023年09月11日

●「輸出が増加し、輸入が減少する型」(第6010号)

 日本経済の話に戻ります。現在、EJが経済のテーマを取り上
げているのは、2023年度の日本経済は、一応「好調である」
というレベルにあり、ウォッチングする価値があるからです。と
いうわけで、内閣府が8月15日に発表した4〜6月期のGDP
の速報値に基づいて解説を書いたところ、なんと書き終わった直
後に「改定値」が出たのです。これによると、年率換算6・0%
が4・8%に下方修正されたのです。
─────────────────────────────
 ◎2023年4〜6月期GDP増減率内訳
      実質成長率    名目成長率    改定値
 GDP   1・5%     2・9%   1・2%
 年率換算   6・0%   12・0%   4・8%
 個人消費  ▲0・5%   ▲0・2%  ▲0・6%
 設備投資   0・0%    0・8%  ▲1・0%
 民間在庫  ▲0・2%    0・0%  ▲0・2%
 政府消費   0・1%   ▲0・0%   0・0%
 公共投資   1・2%    2・0%   0・2%
   輸出   3・2%    4・0%   3・1%
   輸入  ▲4・3%   ▲7・4%  ▲4・4%
                     註:▲はマイナス
              「民間在庫」はGDPへの寄与度
─────────────────────────────
 以下、解説は「年率換算6・0%」で書いていますので、一応
お読みいただき、その後、9月8日に発表された改定値に基づく
修正の解説を付け加えることにします。
 年率換算6・0%といってもピンとこないと思うので実額でい
うと「560・7兆円」──これまでの最高値である2019年
7月〜9月期の「557・4兆円」を超えるものです。これは名
目額で「約590兆円」にまで拡大しています。これはインフレ
の影響もあります。
 しかし、これらは見かけ上のもので、手放しでは喜べないので
す。最大の問題点は、日本のGDPの過半を占める個人消費が、
伸びていないことです。
 2022年から23年4月〜6月までの個人消費を四半期別の
数値で対前年比で比較して見ると、2023年は、次のようにマ
イナス0・5%になっています。
─────────────────────────────
           2022年   2023年
     1〜 3月期 ▲1・1%   0・6%
     4〜 6月期  1・8%  ▲0・5%
     7〜 9月期 ▲0・0%
    10〜12月期  0・2%    註:▲はマイナス
─────────────────────────────
 はっきりしていることは、「輸出」が増加して「輸入」が減少
していることです。輸出は前年比3・2%と好調ですが、これは
半導体の供給制約が緩和された自動車の増加がけん引しており、
インバウンド(訪日外国人)の回復もプラスに寄与しています。
外国人が来日してモノを買うインバウンド消費は、計算上は輸出
に分類されるのです。
 これに対して輸出は4・3%減で、マイナス幅は1〜3月期の
2・3%より拡大しています。原油など鉱物性燃料やコロナワク
チンなどの医薬品、携帯電話の減少が全体を下押ししています。
 ちょっと考えると、輸入というのは、海外への支払いであり、
国内のお金の総量であるGDPから見ると、マイナスに働くよう
に考えますが、実は輸入が減るということはGDPにはプラスに
貢献します。一種の統計のマジックです。
 さて、ここからが「改定値」に基づく解説です。GDP6・0
%はなぜ、4・8%増に下方修正されたかです。企業の設備投資
が速報値から下振れし、前期比でマイナスに転じたからです。マ
イナスは2四半期ぶりです。財務省による4〜6月期の法人企業
統計によると、金融・保険業をのぞく設備投資が、季節調整済み
の前期比で1・2%減だったのです。
 設備投資は製造業は堅調だったのですが、非製造業が減少に転
じています。ただ、前年の水準は上回っており、今回の下振れは
一時的な動きの可能性もあります。
 個人消費は、速報値の前期比0・0%減から、さらに0・6%
減に下方修正となっていますが、宿泊などのサービス消費が前年
比0・3%増が0・1%増に縮小したことが原因です。
 さて、改定値では、今期の最大の特色である「輸出」が増加し
て「輸入」が減少するパターンはどうなっているでしょうか。
 「輸出」は前期比3・2%増から3・1%増に縮小、「輸入」
は前期比3・2%増から3・1%増に下方修正されているので、
そのパターンは変わっていないといえます。この4〜6月期のG
DP(速報値)について、田中秀臣上武大学ビジネス情報学部教
授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
◎上武大学ビジネス情報学部教授
 これからさらにおカネの不足が深刻化する可能性がある。ガソ
リン代への補助金がまもなく打ち切られる。そのままだと国民の
購買力を大きく低下させる。車に依存する地方経済はとくに苦し
くなり、また経済活性化の基礎である物流のコストも上がるだろ
う。だが、いまのところ、岸田文雄政権からは継続する発言が聞
こえない。さらにいえば、おカネの不足を解消するには、減税や
給付金の拡大が必要になる。最近話題になっているブライダルな
ど業界団体への補助金には意欲的だが、他方で国民が広く恩恵を
得る消費税などの減税には、岸田政権はきわめて消極的だ。
      ──「ニュースの裏」/2023年8月21日発行
                 『「好調」GDPの裏表』
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/020]

≪画像および関連情報≫
 ●実質賃金7月2・5%減/16カ月連続マイナス
  ───────────────────────────
   厚生労働省が8日発表した7月の毎月勤労統計調査(速報
  従業員5人以上の事業所)によると、1人当たりの賃金は物
  価を考慮した実質で前年同月比2・5%減った。マイナスは
  16カ月連続。物価高の勢いに賃金の伸びが追いつかず、減
  少幅は6月の1・6%から拡大した。
   名目賃金に相当する1人当たりの現金給与総額は、前年同
  月比1・3%増の38万656円だった。このうちボーナス
  など特別に支払われた給与は10万8536円で、0・6%
  増えた。ここ数カ月はボーナスが伸び、特別給与の増加率は
  5月が35・9%、6月は3・5%だった。増加傾向が、弱
  まったことが7月の実質賃金を押し下げた。
   現金給与総額を就業形態別にみると、正社員ら一般労働者
  は50万8283円、パートタイム労働者は10万7704
  円でいずれも1・7%伸びた。残業などによる所定外給与は
  一般労働者が1・1%増の2万6640円だったが、パート
  労働者は1・2%減の2830円と差が広がった。
   名目賃金のうち基本給に当たる所定内給与は1・6%増で
  5月以降1%台の増加が続く。厚労省は「春季労使交渉によ
  る賃上げ効果を反映している」とみる。
       ──2023年9月8日付、日本経済新聞/夕刊
  ───────────────────────────
田中秀臣氏.jpg
田中秀臣氏
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2023年09月12日

●「米国経済はソフティッシュ・ランディング」(第6011号)

 ところで、米国のインフレはどうなっているのでしょうか。
 2022年6月には前年同月比9・1%まで上昇し、ピークを
つけた消費者物価指数(CPI)は、2023年6月には3・0
%まで順調に低下しています。パウエルFRB議長の目指す「2
%以下」のインフレ目標が視野に入ってきています。
 パウエル議長は、2022年1月に、「ソフトランディング」
ではなく、「ソフティッシュ・ランディング」という言葉を使っ
て、次ののようにスピーチしています。
─────────────────────────────
 さて、私は、ソフトランディング、あるいはソフティッシュ・
ランディング、あるいはそのような結果を得るチャンスが十分に
あると思います。理由はいくつかあります。1つは、家計と企業
の財務状況が非常に良好なことです。バランスシート上の貯蓄は
以前のトレンドよりも大幅に増えている、という意味で、過剰に
なっています。企業の財務状態も良好です。労働市場も、先ほど
申し上げたように非常に強い。ですから、景気後退にはほど遠い
状態のようです。 https://q-leap.co.jp/financial-english12
─────────────────────────────
 「ソフトランディング」とは「軟着陸」の意味であり、「労働
市場を堅調に保ちながら、インフレ率を2%にすること」です。
しかし、労働市場は堅調であるものの、2%にすることは至難の
業といえます。それは、2020年から22年にかけて、様々な
供給制約の出来事があるからです。
 パンデミック、ロックダウン、侵略戦争、物流混乱、半導体不
足、気候変動、パニック的買占めなどによってできるカオスがま
だ完全に消えていないのです。そして、これにインフレのカギを
握るのは、エネルギー価格です。パウエル議長は、こうした情勢
を鑑みて、現況を「ソフトランディング」ではなく、「ソフティ
ッシュ・ランディング」という言葉を使ったものと思われます。
整理すると、次のようになります。
─────────────────────────────
      ソフトランディング ・・  Soft landing
                   軟着陸
 ソフティッシュ・ランディング ・・ softish landing
              軟着陸らしきもの
─────────────────────────────
 米国の経済には、もうひとつ懸念されていることがあります。
それは「逆イールド(長短金利差の逆転)」の存在です。逆イー
ルドについては、既にEJで取り上げていますが、期間の短い政
策金利が10年物国債の金利よりも高くなる現象のことです。通
常債券は期間が長いほど金利が高くなりますが、それが逆転する
現象のことをいいます。
 米FRBは、インフレを退治するため、政策金利(短期金利)
を何回も利上げしているので、それが10年物国債の金利との逆
転現象を生んでいるのです。
 なぜ、逆イールドが問題かというと、金利を上げて金融の引き
締めを行うと、一定の確率で1年か1年半後には景気後退が起き
る確率が高いからです。つまり、逆イールドは、「景気後退の予
兆」といわれているのです。
 現在、米国では、3年債と10年債、2年債と10年債の逆転
がありますが、2年債と10年債が、2022年7月以降ずっと
2年債利回りがずっと逆転していることです。
 今年の7月3日の米国債市場で、この2年債と10債の「逆イ
ールド」がさらに拡大し、一時1981年以来42年ぶりの大き
さになっていることがわかったのです。そのため、景気後退(リ
セッション)の予兆とされる逆イールドに再び注目が集まってい
るのです。
 そのため、パウエルFRB議長は、年内にあと2回の利上げは
あり得るといっています。この米当局の利上げによって通貨安が
進むのが中国と日本です。しかし、日本の場合、中国と違い円安
が深刻な局面に陥ることはないといえます。この日本と中国の違
いについて、9月9日の日本経済新聞は、次のように解説してい
るので、ご紹介します。
─────────────────────────────
 円安と人民元安は構図が似通う。日銀は世界の主要国で唯一マ
イナス金利政策を続け、中国は景況感の悪化から事実上の政策金
利である最優遇貸出金利(LPR、ローンプライムレート)を引
き下げるなど金融緩和姿勢が鮮明となっている。欧米が2024
年も高い政策金利を維持する可能性が高まる中、円と人民元はと
もに売られやすい地合いとなっている。
          ──2023年9月9日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 中国の習近平国家主席がG20を欠席したのは、インドとの確
執もあるかもしれませんが、人民元暴落不安があったのでしない
かという説があります。
 中国の不動産バブルは今に始まったことではなく、これまで何
回も起きています。しかし、これまでは、それが金融危機を発生
するのを阻止してきています。しかし、根本的な解決策を図らな
いことによってバブルがだんだん大きくなり、その負債額の規模
はとんでもない規模に達しているのです。
 バイデン米大統領は、中国のことを「爆発するのを待っている
時限爆弾」とまでいっています。このままなら、外貨は中国市場
から逃げ出し、中国人の資産家は香港経由で資産を外国に移動さ
せています。その結果は人民元の対ドル相場に反映し、元安が一
段と進んでいるのです。添付ファイルのグラフは、産経新聞特別
記者・田村秀男氏のコラム(夕刊「フジ」)に出ていたものを転
載しています。
 なお、12日と13日は、オンラインでの仕事がありますので
休刊にし、13日と14日の2日間を休刊とし、15日から再開
します.       ──[物価と中央銀行の役割/021]

≪画像および関連情報≫
 ●米国の逆イールドは42年ぶりの大きさとなる
  −1・06%まで拡大!
  ───────────────────────────
   米国の逆イールドは、6月30日に、1・06%まで拡大
  した。米国債の2年物と10年物の金利差は、通常は10年
  物の金利が2年物の金利を上回るという「順イールド」にな
  る。しかし、その反対の現象である「逆イールド」が起き、
  金利差が−1・0%を超えるレベルが6月下旬から定着して
  いるのだ。
   2年債の利回りが10年債を上回る逆イールドが発生した
  のは2022年3月29日だ。2019年の夏以来となる約
  2年半ぶりの出来事だった。あれから1年3ヶ月が経過した
  今、逆イールドはますます大きくなっている。6月30日時
  点の逆ザヤの−1・06%は、今回の逆イールドで最大レベ
  ルであり、1981年以来42年ぶりの大きさとなる。
   通常、債券の利回りは年限が長くなるほど返済リスクを踏
  まえて金利は高くなる。将来の経済や物価が不確実で見通せ
  ない分、投資家は高い利回りを求めるからだ。そのため1年
  債よりも3年債、3年債よりも10年債、10年債よりも、
  20年債の方が利回りは高くなる。当たり前の話だ。今起き
  ている2年債の利回りが10年債の利回りを大きく上回る現
  象は普通は考えられない。どうしてこのようなことが起きて
  いるのだろうか?
         https://diamond.jp/zai/articles/-/1018679
  ───────────────────────────
人民元決済と人民元の対ドル相場.jpg
人民元決済と人民元の対ドル相場
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2023年09月15日

●「なぜ、いま外相を交代させるのか」(第6012号)

 第2次岸田改造内閣が誕生したので、ひとつ触れておきたいこ
とがあります。「なぜ、林外相を外し、上川陽子元法相を抜擢し
たか」です。私は、以前から林芳正氏のテレビでの発言を多く聞
いていますが、国際的な諸問題についてそれぞれ立派な見識を持
つ人物であると思っています。
 それに、米国留学が長いことと、最終学歴がハーバード大学卒
であることを考えても、その語学力は抜群です。自民党の一部の
保守派からは中国寄りとの批判はありますが、外相は林氏にとっ
て、ふさわしいポストであると思っていますし、将来の有力な首
相候補でもあります。
 それに外交は継続性が重要であり、ミスもないのに交代させる
ことは国益に反します。この9月9日、林芳正外相は、ウクライ
ナでゼレンスキー大統領と会談し、同国に対する安全の保証を巡
る協議開始や経済復興での協力について話し合い、合意している
のです。それを突然交代とは・・・・。交代の理由として考えら
れるのは、次の3つです。
─────────────────────────────
 @林芳正氏は岸田首相と同じ派閥「宏池会」の次期首相候補
  で、その存在感があまり高くなることを恐れた。
 A岸田首相は、自身が長く外相をやっているので、最も外相
  が総理大臣に近いポストであるとわかっている。
 B岸田首相は常日頃から林外相が国際舞台で目立つことを恐
  れ、その存在感を気にしていたといわれている。
─────────────────────────────
 とはいっても、上川陽子氏が外相にふさわしくないというつも
りはありません。上川氏は3回も法相を務めているので、法曹界
の人物と思われがちですが、東京大学を出て、三菱総合研究所に
事務職として勤務しています。
 1985年に制定された男女雇用機会均等法をチャンスとして
とらえて研究職に転身し、政治行政学を学ぶため、ハーバード大
学に留学し、シンクタンクに勤めながら、時代の大きな流れのな
かで、情報化時代を先取りするアメリカを勉強しています。
 アメリカでは上院議員の政策立案スタッフを務め、大統領選の
選挙運動にも参加したり、日本に帰国すると「外から見た日本を
思い、政治のリーダーシップが必要だと痛感し、日本の将来を考
えた時に政治の中に身を置いてやっていきたい」と政治家を志し
たといわれています。立派な政治家です。
 しかし、とくにミスのない外相を1年10カ月で突然交代させ
のは乱暴な人事です。その目的が岸田首相自身の総裁選勝利のた
めであるとしたら、その動機は不純です。本当は、茂木幹事長も
外したかったのでしょうが、派閥の力学上できなかったので、自
派閥の林外相を切ったのでしょう。
 今回の内閣改造について、政治アナリストの伊藤敦夫は次のよ
うに酷評しています。
─────────────────────────────
 すべてが総裁選のため、各派閥の推薦準備を丸のみにしただけ
で、何ら新味もない。内向きの論理で動いているとしか思えませ
ん。日本社会が抱える課題に対して、政権としてどう取り組むの
か。まったく考えていないのではないか。
 あらためてこんな内閣が軍拡を推し進め、中国とのパイプもな
く、保身のためにますますま米国にすり寄るのだから、恐怖だろ
う。この改悪も国の転機になるかもしれない。
              ──政治アナリスト/伊藤敦夫氏
          日刊ゲンダイ/2023年9月14日発行
─────────────────────────────
 一番の問題は中国との関係です。現在、日本と中国の間にはさ
まざまな懸案問題が存在します。今年の3月に起きたアステラス
製薬の幹部である西山寛氏に対する反スパイ法による中国国家安
全局による不当拘束の問題が依然として未解決です。
 それに加えて、8月24日の福島第一原発の処理水の海への放
出に反発する中国による日本産の水産物の輸入を全面的に停止し
た問題が加わっています。確かに林外相はこの問題を解決できて
いませんが、こういうときにいかに上川氏が優秀な人材であると
はいえ、外相未経験の人物を外相に変更するのは、きわめてリス
キーであるといえます。
 現在、中国では習近平国家主席の3期目政権以降、不可解なこ
とが連発しています。秦剛前外相や人民解放軍幹部らが突然交代
する事態が相次いでいます。そして、習近平主席のG20のはじ
めての欠席があります。明らかに、現在中国では、深刻なことが
起きていることは確かです。
 9月12日のテレビ東京の「WBS」を見ていたとき、一番最
後のシーンで、解説者の滝田洋一氏は次のようにいったのです。
─────────────────────────────
 中国の国防相が動静不明になっている。異常なことです。中国
で何かが起きている。            ──滝田洋一氏
─────────────────────────────
 この情報は、9月12日付の日本経済新聞に次のように報道さ
れています。
─────────────────────────────
 中国の李尚福国防相の動静が2週間伝えられておらず、国内外
で憶測を呼んでいる。(中略)李氏は昨年10月に中央軍事委員
会員になり、今年3月に国防相に就任した。8月29日北京で開
いた「中国アフリカ平和安全フォーラム」での演説が発表されて
以降、動静が途絶えている。(中略)
 米国のエマニュエル駐日大使はX(旧ツイッター)への8日の
投稿で「習政権の閣僚陣は、今やアガサ・クリスティの小説『そ
して誰もいなくなった』の登場人物のようになっている」と書き
込んだ。     ──2023年9月12日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/022]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済“予想外”の息切れ 今何が起きているの?
  ───────────────────────────
   2023年6月15日に発表された5月の経済統計では、
  工業生産が新型コロナの影響で打撃を受けた去年の同じ月か
  らプラス3・5%と低い伸びにとどまりました。前年5月が
  上海市を中心に厳しい外出制限がとられていた時期だったの
  で、力強さに欠けた数字といえるでしょう。
   また、1月から5月までの不動産の開発投資は、マイナス
  7・2%と主要産業である不動産業の低迷も続いています。
  6月9日に発表された5月の消費者物価指数は去年の同じ月
  と比べて0・2%の上昇。4月は0・1%でかろうじてプラ
  スを保っているものの、デフレ懸念が浮上しています。
   さらに5月の16歳から24歳までの若い世代の失業率は
  20・8%と過去最悪の水準を更新。若い世代を中心に雇用
  への不安も広がっています。
   こうした状況に6月20日には事実上の政策金利を引き下
  げられる追加の金融緩和が行われると見込まれるなど、警戒
  感を強める中国当局による景気対策が打ち出されるとみられ
  ています。中国経済に今、何が起きているのか。
   中国経済が専門で上海に駐在するみずほ銀行(中国)の伊
  藤秀樹主任エコノミストに聞きました。「ゼロコロナ」政策
  の終了後、3月くらいまではリバウンドで回復したが、4月
  からはかなりゆっくりしたペースになっていて、予想より悪
  い。「足踏みに近い」状態だ。 https://onl.bz/ky2Cwfb
  ───────────────────────────
外相交代.jpg
外相交代
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2023年09月19日

●「ドイツは再び欧州の病人になる」(第6013号)

 9月14日、欧州中央銀行(ECB)が理事会で苦渋の決断を
行っています。10会合連続の利上げです。利上げ幅は0・25
%で、政策金利としては、単一通貨ユーロが誕生した1999年
以降で最高になります。インフレが収束しないからです。
 ちなみに政策金利とは、景気や物価の安定など金融政策上の目
的を達成するため、中央銀行が設定する短期金利──誘導目標金
利──のことで、金融機関の預金金利や貸出金利などに影響を及
ぼします。これによってダメージを受けているのはドイツです。
英国の経済雑誌『エコノミスト』は、ドイツの経済低迷に対し、
次の見出しをつけています。
─────────────────────────────
       ドイツは再びヨーロッパの病人か
─────────────────────────────
 実は、ドイツはかつてそう呼ばれたことがあります。ドイツは
1990年の東西統一後、10%を超える失業率や慢性的な財政
赤字などに見舞われ、長期的な経済低迷が続いたのです。このド
イツの経済低迷に対し、欧州は「ドイツはヨーロッパの病人」と
と呼んだのです。
 このドイツを救ったのは、ゲアハルト・シュレーダー元首相に
よる構造改革であり、このシュレーダー改革を引き継ぎ、ドイツ
をEUの盟主にしたのは、アンゲラ・メルケル元首相であるとい
えます。しかし、そのさい、経済については中国に接近しその成
長に助けられ、エネルギーに関しては、原発を廃止し、再生可能
エネルギー化を目指すかたわら、ロシアに依存したのです。
 このシュレーダーとメルケルのドイツの構造改革は、メルケル
首相の退陣後のロシアによるウクライナ侵攻により、崩壊しつつ
あり、「ドイツは再びヨーロッパの病人か」といわれつつあるの
です。ドイツの現状について、朝日新聞のドイツに駐在する寺西
和男氏はドイツの現状を次のように書いています。
─────────────────────────────
 ロシアによるウクライナ侵攻後、エネルギー高で製造業などが
打撃を受け、ドイツ経済の構造の弱さが改めて指摘されている。
人口減による労働力不足、緊縮財政による公共インフラの老朽化
新たな成長産業への投資不足、経済安全保障の観点からの中国経
済依存の見直しなど課題は多い。
 ドイツ経済研究所のティム・ブンケ氏は「1990年代に抱え
ていた問題と比較すれば今は失業率は3%と低く、欧州の病人と
は言えない」という。ただ、「問題は連立政権内で意見が食い違
い、どこに向かっているのか明確なビジョンが見えないことだ。
一時的な景気刺激策ではなく、構造的な問題に本腰を入れて取り
組まないと、いずれ欧州の病人になる」と話す。
              ──朝日新聞ベルリン=寺西和男
─────────────────────────────
 もっともEUでの合意形成は非常に困難です。なぜなら、EU
では、ECBが経済規模や財政政策が異なるEU圏20カ国の物
価情勢に広く配慮しながら、単一の金融政策でインフレを抑制し
なければならないからです。ちなみに消費者物価指数の伸び率は
ベルギーやスペインでは2・4%ですが、一番高いスロヴァキア
では9・6%になっています。
 そのため、ECBによる利上げの継続に関しては意見が大きく
割れています。9月14日の日本経済新聞は、次のように報道し
ています。
─────────────────────────────
 足元で欧州企業の景況感は急速に冷え込み始めており、7〜9
月期のユーロ圏の域内総生産(GDP)は再びマイナス成長に転
落する恐れがある。主要7カ国(G7)のなかでも、ドイツは、
インフレと景気後退が同時に進む「スタグフレーション」の懸念
が強い。急激な利上げが景気を過度に冷やさないか、ECBは慎
重にならざるを得ない。     ──2023年9月10日付
          日本経済新聞/ニュース・フォーキャスト
─────────────────────────────
  それでは、米国のインフレはどうなっているでしょうか。
 米国では、このEJの発送日である19日と20日にFOMC
が開催されます。ここでFOMC参加者の経済見通しが示される
ことになっていますが、これによって利上げ見送りか、実施かが
決まります。
 6月の経済見通しでは、2023年末の政策金利が中央値であ
る5・1%から5・6%に引き上げられましたが、現行の政策金
利は、5・25%〜5〜5%であり、この予想が変化するかどう
かがポイントになります。
 「高インフレはまだ死んでいない」というエコノミストたちの
意見も多いですが、どの数値を見ても、伸びは鈍化しており、物
価の基調まで変化はしていない状況です。FOMCの新たな経済
見通しである「5・25%〜5〜5%」が維持されれば、利上げ
見送りもあり得るといわれています。アトランタ連銀のボスティ
ック総裁などは、「これ以上の金融引き締めは景気にとってマイ
ナスである」として、利上げの打ち止めを強く主張するFRBの
高官も出てきています。
 これに対して、米FRBのパウエル議長は、相変わらず、次の
ように警戒感を崩しておらず、あくまで「利上げはデータ次第」
と主張するのみです。
─────────────────────────────
 さらなる金融引き締めが正当化される可能性がある。物価の安
定回復までには、まだ長い道のりがある。
   ──パウエルFRB議長/8月25日/ジャクソンホール
─────────────────────────────
 日本においても欧米よりも穏やかであるものの、このところ諸
物価が高騰しています。日銀の植田総裁は、依然として金融緩和
を続けていますが、今後の対応が注目されます。
           ──[物価と中央銀行の役割/023]

≪画像および関連情報≫
 ●ジャクソンホールで金融緩和の枠組み堅持の姿勢を示した
  日銀植田総裁
  ───────────────────────────
   米カンザスシティ連銀主催の国際経済シンポジウム「ジャ
  クソンホール会議」が、8月24日から26日の日程で開催
  された。今年のテーマは「世界経済の構造変化」だった。最
  終日の26日には「転換点にあるグローバリゼーション」と
  題するパネルが開かれ、日本銀行の植田総裁も参加した。
   公表されている講演資料と報道によると植田総裁は、アジ
  ア地域の経済統合の進展や日本の貿易、直接投資の構造変化
  について説明した模様だ。地政学リスクの高まりを反映して
  日本企業は中国から他国あるいは日本に生産拠点を移す動き
  を強めている。円安進行の後押しもあり、生産の国内回帰の
  傾向が強まっているのである。
   生産の国内回帰は、設備投資の増加や雇用増加などを通じ
  て、日本経済にはプラスとなる。ただし、地政学リスクや経
  済安全保障の観点から進む国内回帰は、生産コストを高め、
  生産の効率性や価格押し上げにつながる点もある。こうした
  国内回帰の懸念点についても、植田総裁は指摘した模様だ。
  さらに植田総裁は、中国の最近の景気減速は「失望を誘うも
  の」だとし、「根本的な問題は不動産セクターの調整と経済
  全般への波及だと思われる」との見解を示したという。最近
  の発言からも、中国を中心とする海外経済の下方リスクを植
  田総裁は重視する姿勢がうかがわれる。この点は、日本銀行
  に、政策修正の実施を当面慎重にさせる要因となるだろう。
                 https://onl.bz/Gf4F7Pj
  ───────────────────────────
ジャクソンホールでの植田日銀総裁.jpg
ジャクソンホールでの植田日銀総裁
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2023年09月20日

●「日銀がマイナス金利を撤廃する可能性」(第6014号)

 9月17日のことです。日本経済新聞は3面で銀行株の上昇に
ついて次の報道をしています。
─────────────────────────────
◎株式市場「金利復活」先取り
 銀行株5年半ぶり高値/脱デフレに期待/不動産株も好調
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 東京株式市場で金利の先高観が金融株を押し上げている。日銀
が早期にマイナス金利政策の解除に動くとの観測を背景に、融資
の利ざやや運用環境の改善期待から投資資金が流入。銀行株指数
は5年半ぶり高水準をつけた。金利復活の前提となる日本経済の
「脱デフレ」がみえてくれば日本株全体の底上げにもつながる。
       ──2023年9月17日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 この記事が出た背景は、植田日銀総裁の9月9日の読売新聞の
インタビューでの次の発言です。
─────────────────────────────
 マイナス金利の解除後も物価目標の2%が達成が可能と判断す
れば解除をやる。しかし、現在は来年の賃金上昇につながるか見
極める段階であり、十分だと思える情報やデータが年末までにそ
ろう可能性もゼロではない。        ──植田日銀総裁
              9日付の読売新聞のインタビュー
─────────────────────────────
 ここで、「マイナス金利とは何か」について、知る必要があり
ます。2022年9月以降、日本は世界唯一のマイナス金利政策
をとる国になっています。
 金融機関は、日銀に対して当座預金口座を設けており、日銀と
金融機関との資金のやり取りはすべてこの口座を通して行われま
す。基本的には日本銀行当座預金には利息は付きませんが、特例
としてつく場合があります。国内の資金量を調節するさいのオペ
レーションのときに、日本銀行当座預金を使って国債の売買が行
われることがあります。
 バブルが崩壊してからの日本は、この当座預金口座を通して頻
繁に国債の売買をしているので、実際には利息が付いていたので
す。したがって、日本の銀行は、この口座に資金を預けているだ
けで利息を取得していたことになります。
 しかし、黒田前日銀総裁は、なかなか目標のインフレ目標2%
が達成できないので、金融機関が当座預金に預けている一部に対
して、マイナス0・1%の金利をかけるようにしたのです。そう
すると、預けている資金が減少してしまうことになり、金融機関
は資金を引き出して、市場に回すようになると考えたからです。
これがマイナス金利です。2016年1月のことです。
 植田日銀総裁は、当初黒田前総裁の異次元の金融緩和路線をそ
のまま引き継ぎ、動かない人といわれたものです。動いたのは、
2022年12月と2023年7月に日銀は、長短金利操作(イ
ールド・カーブ・コントロール)を修正しています。これによっ
て、長期金利は1・0%まで上昇できるようになったのです。
 このとき、植田総裁は、為替操作の変動を抑える必要性に言及
しています。円安をけん制する発言と考えられます。本来為替政
策は財務省が所管しており、日銀は言及しないものであるのに日
銀はここまで言及しています。
 これに加えて今回の植田発言です。そうであるならば、日銀は
遠からずマイナス金利を解除する可能性があるとして、メディア
は、日銀が緩和修正の可能性があるとして報道したものと思われ
ます。これによって、長期金利は0・7%台に上昇しています。
これは9年8カ月ぶりのことです。
 「金利が戻る」──これについて、日本経済新聞は次のように
書いています。
─────────────────────────────
 金利の上昇は銀行にとって、預貸の利ざやと債券運用益の改善
という2つのルートから中長期的な収益拡大につながる。ゴール
ドマン・サックス証券の黒田真琴アナリストは長期金利が1%、
短期金利が0・2%それぞれ上がった場合、メガバンクの純利益
は将来的に約3割増えると試算している。自社株買いや、増配に
よる株主還元の強化に加え、海外展開やデジタル戦略の強化によ
る成長期待もある。三菱UFJは今年6月にインドネシアの自動
車ローン大手の買収を発表するなど、東南アジアの事業展開を強
化している。
 金利復活を先読みする動きは債券の長期運用に追い風となる保
険株にも及ぶ。東京海上ホールディングスやMS&ADインシュ
アランスグループホールディングス株は15日にかけて連日で上
場来高値を更新した。(中略)
 金利の目線が切り上がるなか、銀行株にとどまらず、日本株全
体への買いも徐々に戻りつつある。
       ──2023年9月17日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 以上に見るように、今回の世界インフレにおいては、日本は先
進各国と少し歩調が違うようです。もちろん日本もインフレです
が、デフレから脱却しつつある意味において、今度こそ脱デフレ
に期待が高まってきています。岸田政権の経済対策と、植田日銀
総裁のかじ取りに注目が集まっています。日経平均株価の4万円
突破は実現するでしょうか。いずれにせよ、今年度がデフレ脱却
のチャンスであることは確かです。
 さて、今週も19日〜20日の2日間、オンラインでの仕事が
あります。医師からは「しばらく1日1業を守るよう」指示され
ています。そのため当分大事を取って、このルールを守り、EJ
を書いていきます。よろしくお願いいたします。
 したがって、今週は、21日(木)を休刊とさせていただきま
すが、22日は配信いたします。週3回の配信です。誠に勝手な
がら、よろしくお願い申し上げます。
           ──[物価と中央銀行の役割/024]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:植田総裁、年末にもマイナス金利解除発言の真意
  を探る=熊野英生氏
  ───────────────────────────
   [東京 14日]──長期金利が0.7%台まで、上昇し
  た。2014年以来のことである。きっかけは、植田和男総
  裁の発言である。9月9日付読売新聞朝刊のインタビューで
  は、今年末利上げの可能性への言及があった。「来年(20
  24年)の賃金上昇につながるか見極める段階だ。十分だと
  思える情報やデータが年末までにそろう可能性もゼロではな
  い」と述べた。
   これは、マイナス金利を解除するタイミングについて述べ
  たと考えられる。安定的に2%を上回る物価上昇が見通せる
  という条件がクリアできれば、それはマイナス金利解除を意
  味する。いよいよ本格的な出口政策だ。
   インタビューの中では「賃金上昇を伴う持続的な物価上昇
  に確信が持てた段階になればいろいろなオプションがある」
  とも語っている。これは、マイナス金利を解除したときは、
  長短金利操作(イールドカーブコントロール、YCC)の枠
  組みを単に撤廃する以外に連続指し値オペの発動ライン(現
  状1.00%)を引き上げるなど多様な選択肢があり得るこ
  とを説明したといえる。マーケットの思惑先行に対して、長
  期金利のはね上がりを抑止できる仕掛けを設ける可能性を示
  唆していると筆者はみている。
     ──熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト
  ───────────────────────────
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植田日銀総裁の発言
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2023年09月22日

●「金融緩和からの脱出の可能性はあるか」(第6015号)

 9月19日〜20日に開かれたFOMCで、FRBは利上げを
せず、政策金利を据え置く決定をしています。しかし、年内の利
上げをあと1回想定しているといわれます。9月20日のロイタ
ーは次のように伝えています。
─────────────────────────────
 [ワシントン20日=ロイター]米連邦準備理事会(FRB)
は9月19〜20日に開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で
フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を、5・25─5・
50%で据え置いた。ただタカ派的なスタンスを強め、年内の追
加利上げを想定。金融政策は2024年を通して従来の予想より
大幅に引き締まった水準にとどまるとの見方を示した。(中略)
 パウエルFRB議長は、FOMC後の記者会見で「われわれは
入手されるデータのほか、進展する見通しとリスクを見極めなが
ら慎重に政策を進める立場にある」とし、FRBの選択肢はオー
プンとの姿勢を表明。同時に「適切なら一段の利上げを実施する
用意がある。
 インフレ率が目標に向かって持続的に低下していると確信でき
るまで、政策金利を制約的な水準に維持する」とも述べた。
─────────────────────────────
 米国に続いて日銀は、21日〜22日の2日間、金融政策決定
会合を開きます。実は真偽のほどはまだ不明であるものの、植田
日銀総裁がこの会合で、金融緩和の修正を行うのではないかとい
う噂があります。それをする良い条件が揃っているからです。
 米FRBが今回利上げしないことは予想されていたことですが
その通りになり、これを機に植田日銀総裁は、金融緩和の修正に
踏み切る可能性があるというのです。
 20日の外国為替市場では円が下落し、一時「1ドル=148
円台」まで円安になっています。これは、2022年11月以来
10カ月ぶりの安値です。原油価格の上昇で、米国のインフレが
長引くという警戒感があり、FRBが金融引き締めをより長く続
けるという見方がドル相場を押し上げています。これでは、円が
どんどん下落してしまいます。植田日銀総裁としては、何とかこ
れを阻止する責任があります。
 植田日銀総裁は、これに対して9月9日の読売新聞社とのイン
タビューにおいて、年末までにマイナス金利を解除する可能性に
言及しています。日銀総裁が年限を切ってマイナス金利解除の可
能性を口にしたことは大きいことです。植田日銀総裁は、ちゃん
と市場とコミュニケーションをとっています。この発言を受けて
円は145円台まで上昇しています。
 実はもうひとつ重要な発言があります。西村経産相の10日の
閣議後の次の発言です。
─────────────────────────────
記者:先ほど大臣がおっしゃった、やがて来るであろう金利高と
 いうことに関して、そういう状況が来たときに企業体制がきち
 んとできていることが重要という発言があったのですが、イン
 フレがずっと続いているわけですけど、金利はもう上がってい
 く方向にあるというふうに見ていらっしゃるのかというところ
 と、それから、そうなったときに企業や家計などに対してどの
 ような具体的なインパクトというか影響があるというふうに考
 えていらっしゃるのかお願いします。
西村:これは安倍政権が政権奪回した後、アベノミクスを実施し
 たときから私も甘利大臣の下で副大臣として関わり、日銀の金
 融決定会合にも十数回出席して議論をしてきています。
  金融政策は、日本銀行が独立した立場で判断しますので、そ
 の政策について私がコメントはしませんが、あのときから言っ
 ているように、この金融緩和は時間を買う政策で、この間に成
 長戦略、構造改革を進めて成長軌道に乗せていくというその思
 いは、私は今も持っています。残念ながら、コロナもあり、ロ
 シアのウクライナ侵略もあり、いろいろなことがこの間ありま
 したので、日銀は金融緩和を継続して続けているわけですが、
 世界的に物価が上がってくる状況になってきていますし、時間
 を買う政策もどこかで終了し、平常化していくわけです。
─────────────────────────────
 金融緩和は、アベノミクスの基本となる政策です。西村経産相
は「この政策をどこかで終了し、平常化していく」といっていま
す、自民党内最大派閥の安倍派の中核の発言です。これは、日銀
にとって、緩和修正の絶好のチャンスといえます。
 もうひとつ重要なことがあります。日銀の次回の日銀政策決定
会合は10月30〜31日です。現在、この時期は衆院解散総選
挙が行われるという噂が流れています。総選挙の時期に金融引き
締めは最悪であり、植田日銀総裁としては、この時期に解除は困
難と考えられます。
 しかも、植田日銀総裁は、マイナス金利の解除の可能性を明確
に口にしています。これは金融緩和解除の第1ステップですが、
「年末までに」と時期まで述べています。それでも「金融政策の
変更はない」という考え方が支配的です。
 もし、やるとしたら、今日と明日(21〜22日)の日銀政策
決定会合しかないという考え方もあります。これについて、金融
ジャーナリストの森岡英樹氏はつぎのように述べています。
─────────────────────────────
 確かに今週の日銀会合は緩和修正の環境が整っており、好機と
言えます。逆に先送りすれば、動きにくくなる。今回、動くとす
ればマイナス金利の解除と長期金利の上限撤廃を同時に踏み切る
大胆な措置も否定できない。中銀がマイナス金利と長期金利をコ
ントロールするのは特異なこと。この2つを同時にやめることで
一気に正常化を図るわけです。金融政策にサプライズはつきもの
ですよ。         ──金融ジャーナリスト森岡英樹氏
       2023年9月20日発行「日刊ゲンダイ」より
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/025]

≪画像および関連情報≫
 ●マイナス金利解除「物価上昇に確信持てれば選択肢」
  /植田総裁インタビュー
  ───────────────────────────
   日本銀行の植田和男総裁は、読売新聞の単独インタビュー
  に応じた。賃金上昇を伴う持続的な物価上昇に確信が持てた
  段階になれば、大規模な金融緩和策の柱である「マイナス金
  利政策」の解除を含め「いろいろなオプション(選択肢)が
  ある」と語った。現状は緩和的な金融環境を維持しつつも、
  年内にも判断できる材料が出そろう可能性があることも示唆
  した。植田氏が今年4月に就任して以来、報道機関の単独イ
  ンタビューに応じるのは初めて。現状、「物価目標の実現に
  はまだ距離がある。粘り強い金融緩和を続ける」との立場は
  維持した。
   植田氏は、短期金利をマイナス0・1%とするマイナス金
  利政策の解除のタイミングについて、「経済・物価情勢が上
  振れした場合、いろいろな手段について選択肢はある」と回
  答。さらに、「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可
  能と判断すれば、(解除を)やる」と述べた。
   具体的な時期は、現状では「到底決め打ちできる段階では
  ない」とした。来春の賃上げ動向を含め、「年末までに十分
  な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」とした。
   日銀は7月の金融政策決定会合で、長期金利を0%程度に
  操作する金融緩和策「イールドカーブ・コントロール(YC
  C)」の上限を事実上1・0%にした。植田氏は長期金利が
  面は届かないだろう水準に設定したことを「リスクマネジメ
  ント(危機管理)」と表現。「経済・物価見通しが上振れし
  た時に、日銀がYCCを意図しない形で放棄するようなこと
  に追い込まれるリスクもゼロではなかった」と説明した。
  https://www.yomiuri.co.jp/economy/20230908-OYT1T50416/
  ───────────────────────────
植田日銀総裁.jpg
植田日銀総裁
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2023年09月25日

●「外国為替管理局長が人民銀行総裁へ」(第6016号)

 9月21日〜22日開催された日銀政策決定会合では、日銀は
現状維持を決め、何の変化もなかったのです。これを受けて円は
対ドルで売りが強まり、一時「1ドル=148円台」を付け、円
安が進んでいます。この件については、改めて取り上げます。
 今年もあと3カ月ちょっとで終わりです。ここにきて世界経済
にとって心配なのは、中国の経済です。不動産バブル崩壊といわ
れていますが、一体中国において何が起きているのでしょうか。
 2023年7月25日付で、人民銀行(中央銀行)総裁が、易
鋼総裁に代わり潘功勝氏が就任しています。
 雑誌「フォーブス」は、この人事について、次のように紹介し
ています。
─────────────────────────────
 7月25日、中国の中央銀行である中国人民銀行の新総裁に潘
功勝が就任した。中国は、対米関係の緊張や世界2位の規模を持
つ経済の減速が懸念されている。潘はケンブリッジ大学とハーバ
ード大学で研究経験があり、豊富な国際人脈を活かした対外関係
改善への期待が高まっている。
 潘は、中国政府の強い統制下にある同国の金融システムにおい
て数々の役職を歴任してきた。公式の経歴によると、彼はハーバ
ード大学のシニアリサーチフェローを務め、ケンブリッジ大学で
はポスドクとして研究を行っていたというが、詳細な時期は記載
されていない。
 潘の総裁就任発表と同日に、中国外務省は同国で最も著名な外
交官の1人に関する謎めいた人事異動を発表した。外相を長く務
め、現在は共産党で外交政策を統括する王毅が、1カ月間表舞台
から姿を消している秦剛に代わって外相に復帰したのだ。交代の
理由に関する説明はなかった。
          ──2023年8月2日/「フォーブス」
─────────────────────────────
 人物像としては、易鋼前総裁が国際派にして学究肌であるのに
対して、潘功勝新総裁(60)は、欧米で教育を受けた経験豊富
な実務家で、習近平国家主席に対してとても忠実であるとされて
います。現在、中国では、経済の先行きに見切りをつけて、逃げ
出そうとする外資が多く、中国当局はその繋ぎ止めに必死になっ
ているといわれます。
 実は潘功勝氏は、2016年に国家外国為替管理局局長に就任
し、資本投資の抜け穴を封じてきた人物です。今年3月にアステ
ラス製薬北京オフィス幹部が「反スパイ法」違反の容疑で身柄が
拘束され、林外相(当時)が中国側に解放を要求しても、
いまだに拘束されたままになっていますが、潘功勝氏が外国為替
管理局局長のときの事件です。習主席は、この人物を、人民銀行
(中央銀行)総裁に抜擢したのです。
 添付ファイルをご覧ください。これは2022年2月から23
年8月までの外資の対中証券投資と人民元の相場をグラフにした
ものです。9月21日発行の夕刊フジ「田村秀男/お金は知って
いる」に掲載されていたものです。
 不動産バブルが進行するなか、22年3月から始まっていた外
資の対中証券投資の減少が読み取れます。同時並行で、人民元が
売られ、人民銀行はドル準備を取り崩して、人民元の防戦買い追
われているさまでよく読み取れると思います。
 9月18日、人民銀行は北京で外資大手の代表を集めて、シン
ポジウムを開催しています。18日のロイターはこのことを次の
ように伝えています。
─────────────────────────────
 [北京/18日=ロイター]中国人民銀行(中央銀行)と外為
規制当局が18日、外国の金融機関や企業との会合を開催した。
人民銀行の声明によると、JPモルガン、HSBC、ドイツ銀行
テスラなどが会合に出席した。潘功勝人民銀総裁は、政策を改善
し、市場志向で国際レベルのビジネス環境を構築すると表明。引
き続き金融サービスの質と効率の改善に取り組むと述べた。企業
側は、ビジネス環境の最適化を求めたとしている。
─────────────────────────────
 このとき出席した企業は、正確には、JPモルガン・チェース
やHSBCホールディングス、ドイツ銀行、BNPパリバ、UB
Sグループ、テスラなどです。米ウォール街の面々です。
 彼らだけではないのです。7月初旬にはイエレン財務長官が訪
中し、李強首相と会っているし、7月20日には、100歳にな
るキッシンジャー元米国務長官も訪中し、習主席と会談していま
す。続いて、米4大会計事務所の一角といえるKPMCが中国の
信託大手中植の財務監査を引き受けています。不良債権を査定し
投信家を納得させるためです。
 中植は中国の信託大手、中融国際信託の主要株主であり、設定
・運用する信託商品は一部償還停止となっており、中植の経営問
題が信託商品の運用などに波及した可能性があります。中植は、
金融業などを営む非上場の民営複合企業で、2022年末時点で
中融国際信託の32・99%の株式を保有しています。
 これだけではありません。8月14日には、米金融資本最大手
のJPモルガン・チェースが巨額の損失を抱え、急落が続く碧桂
園の株式を香港市場で買い増し、1億7100万株、株式の5%
以上を保有しています。JPモルガンのダイモンCEO(最高経
営責任者)はウォール街きっての親中派で、ことあるごとに米中
融和を呼びかけてきています。強欲に駆られる金融資本の対中融
和に西側世界がひきずられる恐れがあります。
 しかるに中国では、反スパイ法を使って外資を締め付けていま
す。成り構わないという姿勢です。EJでは、中国の経済の現状
を伝えてきていますが、その実態は想像以上に深刻です。少なく
とも経済政策のセオリーがきちんと行われておらず、現状は悪化
の一途をたどっています。さらに悪化すると、国民の目をそらす
ため、台湾への侵攻があってもおかしくない状況です。
           ──[物価と中央銀行の役割/026]

≪画像および関連情報≫
 ●中国人民銀総裁に潘氏、周小川氏以来の「一人体制」に
  ───────────────────────────
   [北京/25日=ロイター]中国全国人民代表大会(全人
  代、国会)常務委員会は25日、中国人民銀行(中央銀行)
  の新総裁に人民銀の共産党委員会書記を務める潘功勝氏を充
  てる人事を決めた。易綱現総裁は退任する。国営メディアが
  報じた。
   これにより、総裁と共産党幹部を同一の人物が務める「一
  人体制」となる。一人体制は、周小川元総裁以来となる。潘
  氏は2016年から中国国家外為管理局(SAFE)の局長
  を務めている。今月、訪中したイエレン米財務長官とも会談
  していた。
   潘氏は、為替投機家に対して厳しい姿勢をとることで知ら
  れ、国有銀行銀行改革や、不動産市場やフィンテック規制の
  強化、暗号資産の禁止にも携わった。
   ただ、人民銀行は、共産党の統括能力を強める今年の機構
  改革で「中央金融委員会」の監督下に入ったため、前任の総
  裁が進めた市場志向の改革を主導できるかは未知数だ。
                 https://onl.bz/Z3jbQvE
  ───────────────────────────
外国の対中証券投資と人民元相場/田村秀男氏のコラム.jpg
外国の対中証券投資と人民元相場/田村秀男氏のコラム
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2023年09月26日

●「中国のGDPの虚偽のからくり」(第6017号)

 7月25日に中国人民銀行の総裁に潘功勝氏が就任しましたが
前任者の易鋼氏との関係についてもう少しふれておきます。習近
平国家主席の考え方がわかるからです。
 易氏は、2018年3月に人民銀行総裁に就任し、2022年
10月に5年に一度の中国共産党大会において、中央委員候補か
ら外れ、退任が囁かれていたのです。これは中国の人民銀行の指
導部内での地位低下を表しているとの見方もあります。
 ちなみに、中国共産党大会で中央委員候補になるということは
大変なことなのです。しかし、易氏は候補から外れ、副総裁の潘
氏が人民銀行の総裁に昇進していますが、潘氏は、中央委員はお
ろか中央委員候補にすら名を連ねていないのです。潘氏は、国有
商業銀行の中国工商銀行などで勤務した後、2012年に人民銀
行副総裁に就任し、16年からは外国為替を監督する国家外貨管
理局の局長を兼任していたのです。
 この人事は、習近平国家主席が金融政策を含めたかじ取りの権
限を党中央に集中化させようとしていることが背景にあります。
3月には党に「中央金融委員会」を設置し、金融業務を統一的に
指導して、重要政策を進めていこうとしているからです。何もか
も自分の力の下に押さ込もうとしているのです。
 中国の話を続けますが、別テーマです。2023年4月18日
に中国国家統計局は次の発表を行っています。
─────────────────────────────
       ◎23年第1四半期(1〜3月)
        ●GDP(国内総生産)
         ・前年同期比/4・5%増
        ●固定資産投資総額
         ・前年同期比/5・1%増
        ●社会消費品小売総額
         ・前年同期比/5・8%増
─────────────────────────────
 まず、前年同期比4・5%増のGDPの数値ですが、固定資産
投資総額と社会消費品小売総額がそれぞれ5・1%、5・8%伸
びているなら、GDPが4・5%伸びても何も不思議はないとい
えます。このところ中国経済が悪いといわれますが、この数字か
らはそんなに心配することはないといえます。
 しかし、固定資産投資総額において、22年度と23年度を実
額で比較すると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎2022年第1四半期/固定資産投資総額
               10兆4872億元
    ◎2023年第1四半期/固定資産投資総額
               10兆7282億元
─────────────────────────────
 中国国家統計局は、今年の第1四半期の「固定資産投資総額は
前年同期比5・1%増」と発表していますので、11兆0220
億元になるはずですが、そうなっていません。2938億元サバ
を読んでいることになります。この数字が正しい場合、正しい伸
び率は5・1%ではなく、2・3%になります。
 この国家統計局の公表数字のウソは、石平氏と高橋洋一氏が共
著の最新刊書に出ていたものですが、これについて、石平氏は次
のように述べています。
─────────────────────────────
 以前の中国政府なら、せめて自分たちの発表した税収関連の数
字くらいは辻褄が合うように偽造したものですが、最近はそれす
らしない。もう、なりふりなどかまっていられないということな
のでしょう。             ──高橋洋一/石平著
 『断末魔の数字が証明する/中国経済崩壊宣言』/ビジネス社
─────────────────────────────
 中国といえば、若年失業率(16〜24歳)は、2023年6
月まで3カ月連続で20%の大台を超えているので、国家統計局
は、7月以降の数値の公表を取りやめています。これでは、中国
の大学生は、「卒業後即失業」になってしまうからです。実際に
就職状況がどの程度のものなのかについて調べてみたのです。
─────────────────────────────
      ◎2022年度就職状況
       文系学生 ・・・・ 12・4%
       理系学生 ・・・・ 29・5%
      エンジニア ・・・・ 17・3%
─────────────────────────────
 なぜ、中国経済がなぜこのような惨状に陥ったかについては、
EJで詳しく説明していきますが、少なくとも現在の状況を招い
たのは、習近平主席による「共同富裕」を目指す「国進民退」と
呼ばれる国有企業を優遇し民間企業をないがしろにする経済政策
であり、いま中国経済に大きな苦しみを与えています。経済評論
家の朝香豊氏は「国進民退」について次のように述べています。
─────────────────────────────
 「教育を営利事業で行うのはどうかと思う」などという話が出
て、学習塾など教育ビジネスが壊滅状態に陥った。「子どもたち
をダメにする」として、ゲーム業界にも大きな圧力がかかった。
アリババ、テンセントなどのIT系の企業も、大量の情報収集が
国家に損害を与えるとして、大打撃を受けた。
 中国経済の第一の柱であった不動産業ばかりか、今後の成長産
業と目されたIT、教育、娯楽産業で
     https://gendai.media/articles/-/110031?page=4
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/027]

≪画像および関連情報≫
 ●貧困ゼロを宣言した中国 データで見る中国の不都合な現実
  ───────────────────────────
   中国の習近平国家主席は、2021年7月、中国共産党創
  立100年となるのに合わせた式典で、国の最重要課題の1
  つに掲げてきた農村部の貧困層をなくすという目標を達成し
  たとアピールしました。
   中国では経済発展に伴う貧富の格差が大きな問題となって
  いて、指導部は、農村部で所得などが一定の水準に満たない
  層を「貧困人口」と位置づけました。その上で、2012年
  末の時点で1億人近くに上っていたとする“貧困層”をゼロ
  にする目標を掲げていて、この目標を達成したと宣言したの
  です。
   では習近平指導部が「貧困がなくなった」とする今、中国
  の人たちは豊かになったのか?実際どんな暮らしをしている
  んだろう?そんなことを考えて取材したのは、都市別の経済
  規模で中国4位の大都市、南部広州市です。
   こう嘆いていたのは、出稼ぎ労働者の40代の男性。服飾
  工場で働く男性は、朝7時半に起きて夜10時半まで働き、
  あとは、洗濯をして寝るだけの日々だといいます。毎日12
  時間働いて、休みは月に1度。それでも、月収は日本円にし
  て10万円ほど。ふるさとにいる親や妻と子どもへの仕送り
  家賃と食費などを支払うと、手元にはほとんど残らないのだ
  そうです。彼が暮らすアパートは6畳ほどの部屋。ここで息
  子と2人で暮らしています。台所がないので食事を作るのも
  不便です。            ──国際ニュースナビ
  ───────────────────────────
潘功勝中国人民銀行総裁.jpg
潘功勝中国人民銀行総裁
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2023年09月28日

● 「中国における5つの20%とは何か」(第6018号)

 中国の情報をお届けします。「中国における5つの20%」と
いわれているものがあります。これは、ネットなどには載ってい
ない最新情報といえるのではないかと思います。
─────────────────────────────
 @若年層失業率が20%を突破したこと
 A工業部門企業の利益が前年同期比で20%近く落ちたこと
 B地方政府の土地譲渡金収入が前年同期比で20%減ったこと
 C不動産の新規着工面積が前年同期比で20%減ったこと
 D消費者信頼感指数が20%以上落ちたこと
                   ──高橋洋一/石平著
 『断末魔の数字が証明する/中国経済崩壊宣言』/ビジネス社
─────────────────────────────
 第1の25%は、「若年層失業率が20%を突破したこと」で
す。中国の国家統計局は、23年6月15日、同年5月に16歳
〜24歳までの若年層失業率が20・8%に達したと発表してい
ます。ちなみに、日本の場合は、2022年、15歳〜24歳ま
での若年層完全失業率は、男性は4・9%、女性は3・5%、平
均して4・2%であり、同じ年齢層では、中国の現在の失業率は
日本の5倍になっています。
 第2の25%は、「工業部門企業の利益が前年同期比で20%
近く落ちたこと」です。これは、6月28日に中国の国家統計局
が発表した数字であり、23年1月〜5月、全国規模以上の工業
企業の利益は前年同期比では18・8%減になったといいます。
そのうち、民営企業の利益は前年同期比で21・3%の減です。
 第3の25%は、「地方政府の土地譲渡金収入が前年同期比で
20%減ったこと」です。これは、6月16日に中国財政部(財
務省)が発表した通りの数字です。地方政府土地譲渡金収入の大
幅減は、不動産業の衰退を意味すると同時に、各地方政府が深刻
な財政難に陥っていることを示しています。
 第4の25%は、「不動産の新規着工面積が前年同期比で20
%減ったこと」です。6月16日に中国国家統計局の発表した数
字で、正確にいうと、23年1月〜5月、全国の不動産新着工面
積は、前年同期比では22・6%減です。
 BとCの数字は、中国の不動産業の衰退と今後の減速を示して
いますが、中国経済の3割をつくりだしている不動産業の大不況
は、中国経済全体の沈没を意味しているといえます。
 第5の25%は、「消費者信頼感指数が、20%以上、落ちた
こと」です。消費者信頼感指数というのは、消費者の観点から米
国経済の健全性を図る指標の中国版のことです。いずれにしても
現在中国では、23年4月から「消費の大崩壊が起きている」と
いえます。
 これら「5つの20%」は、2023年6月25日に北京で開
催された経済シンポジウムの席上で、中国人民大学・国家発展と
戦略研究院の劉暁光教授が行った基調報告のなかで、話をされて
います。
─────────────────────────────
 ポストコロナにおいて、中国の経済回復は思うとおりに進んで
おらず、問題点として「5つの20%」があり、これを根拠に中
国経済は、すでに自己回復能力を失っているといえる。
             ──高橋洋一/石平著の前掲書より
─────────────────────────────
 現在の中国において、中国人民大学・国家発展と戦略研究院の
劉暁光教授とはいえ、ここまでいうとは大変なことです。
 ここで、中国のGDPのことを考えてみることにします。20
22年1年間のGDPは次の通りです。
─────────────────────────────
       ◎2022年1年間の中国のGDP
           121兆円02076億元
             2021年対比3%増
─────────────────────────────
 石平氏によるとこの数字は明らかに水増しされているといいま
す。しかも、3%増になっていますが、2022年の政府の定め
た経済成長率目標は5%であり、目標を大幅に下回っていること
になります。注目すべきは国内消費です。
─────────────────────────────
   ◎国内消費/2022年社会消費品小売総額
              13兆9733億元
           2021年対比0・2%減
─────────────────────────────
 高橋洋一氏によると、中国の統計が異常なのは、消費の割合が
異様に低いことです。普通の国であれば、消費は大体GDPの6
割であるのに、中国では実際にこの20年間、消費率はずっと4
割を切ってきています。その不足分を埋めているのが、投資であ
るといえます。
 2022年の固定資産投資総額は、57兆2130億元、全体
のGDPに占める割合は、約47%になっています。しかし、普
通の国であれば、投資は2割ぐらいであり、中国では、消費も投
資も異常といえます、
 投資の内容を調べると、一番大きかったのは、インフラ投資で
す。2022年のインフラ投資は9・4%増であり、明らかにイ
ンフラ投資に頼っていることがわかります。ウソか本当かは別と
して、何とか中国経済を3%成長させようとしています。
 しかし、いわゆる公共投資では、その社会便益が投資のコスト
を上回るものしかやらないのが大前提ですが、中国ではそれを全
く無視しており、その結果、必要もない、とんでもないものが、
たくさんできています。しかも作って終わりではない。維持、運
用、廃棄などで後々莫大なコストがかかります。
 現在、中国では、その不動産投資が危機的状況にあるのです。
中国経済は一体どうなってしまうのでしょうか。
           ──[物価と中央銀行の役割/028]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済は「時限爆弾」なのか 危機と根深い課題に直面
  ───────────────────────────
   中国経済にとって、この半年間は悪いニュースが続いてい
  る。成長率の鈍化、若者の失業率の記録的な上昇、外国から
  の投資の減少、輸出と通貨の低迷、そして不動産セクター危
  機だ。アメリカのジョー・バイデン大統領は、世界2位の規
  模である中国の経済を「時限爆弾」と表現し、中国の国内で
  不満が高まると予測している。
   中国の習近平国家主席はこれに反論。同国の経済について
  「強い回復力、途方もない潜在力、強大な活力」があるとし
  ている。正しいのは、バイデン氏なのか、それとも習氏なの
  か。多くの場合でそうであるように、おそらく答えは2人の
  中間にある。中国の経済がすぐに崩壊する可能性は低い。だ
  が、中国は巨大で根深い課題に直面している。
   中国の経済問題の中心は不動産市場だ。最近まで、中国全
  体の富の3分の1を不動産が占めていた。{おかしな状態だ
  った。まったくおかしかった」。シンガポールのビジネスス
  クールINSEADで経済学を教えるアントニオ・ファタス
  教授はそう言う。
   中国の不動産セクターはこの20年間、民営化の波で、開
  発が進み、活況を呈した。しかし、2020年に危機が訪れ
  た。新型コロナウイルスのパンデミックと国内の人口減少が
  急ピッチの住宅建設に水を差した。
                 https://onl.bz/fUpVvW3
  ───────────────────────────
石平氏.jpg
石平氏
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2023年09月29日

●「岸田内閣の減税は本物か偽物か」(第6019号)

 どうしてこうなんだろう──これは、私が現在、岸田内閣に抱
く思いです。「この人は『減税』を口にしないことで知られてい
ましたが、ここまでひどい」とは知らなかったからです。
 その岸田首相が「減税」を口にして、選挙戦を有利に運ぼうと
しています。「減税」──首相から「減税」という言葉を聞くの
はかつてないことですが、これについて、元厚労相である立憲民
主党の長妻昭政調会長は、次のように切り捨てています。
─────────────────────────────
 岸田首相が示した減税策は、企業・業界にお金を入れ、最終的
に国民に渡すという発想だ。国民目線ではない。これでは「中抜
き」で結局、格差が拡大する。選挙を念頭にした組織対策の一環
にしか見えない。
 ただ、「税収増を国民に還元する」として示された検討案は、
国民が期待する「所得税減税」や「消費税減税」「ガソリン税減
税(トリガー条項発動)」ではなく、「賃上げ企業への減税策」
「特許所得などへの減税制度」「ストックオプション(自社株購
入権)の減税措置」だった。 ──立憲民主党の長妻昭政調会長
           2023年9月28日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 つまり、岸田首相の「減税策」は、いったん企業・団体にお金
を入れ、それを通じてその恩恵が国民に及ぶようにする──つま
り、あの「トリクルダウン」の理論の発想と同じではないか。現
に経団連の戸倉雅和会長は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 経団連(十倉雅和会長)は11日、2024年度税制改正に関
する提言を発表し、少子化対策を含めた社会保障制度の維持のた
めの財源として、将来の消費税の引き上げが中長期的に「有力な
選択肢の一つ」と主張した。一方で、法人税については減税を訴
えており、識者は「自分たちのことしか考えていないのか」と批
判する。             ──経団連の戸倉雅和会長
─────────────────────────────
 要するに、賃上げをして欲しいのなら、法人税を減税してもら
いたいといっているのです。それにより税収が減るというのであ
れば、消費税を上げればよいじゃないかといっているのです。
 「ガソリンのトリガー条項」でもそうです。現在、この法律が
想定している事態が起きているのに、この法律を適用せず、原油
元受会社会社に補助金を出すというわかりにくいことをやってい
るのです。「この法律は現在凍結されている」というますが、そ
れなら、凍結を解除すべきであるだけの話です。しかもトリガー
条項は税金の二重課税になっており、この機会に正しいかたちに
戻すべきです。
 トリクルダウン──この理論は既に否定されているのです。こ
の問題について、経済・不平等問題の専門家であるルカ・シャン
セル、トマ・ピケティ、エマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズ
ックマンが中心となり、4年の歳月をかけて作成された「世界不
平等レポート/2022」は、富がどのように分配されているか
について、これまでにないデータを提供しています。著者たちは
「世界には極めて大きなレベルの所得や富の不平等が存在する」
と書いており、それは次の3つにまとめられています。
─────────────────────────────
 @経済全体に不平等があることは周知の事実だが、このほど発
  表された大規模な調査に基づくレポートで、その不平等の大
  きさが明らかになった。
 A富裕層への減税により「トリクルダウン」が起きるという神話
  は、「世界不平等レポート2022」で否定された。
 B世界人口のうち資産額が下位50%の層は、世界の富のわず
  か2%しか保有していないのに対し、上位10%の富裕層は
  76%を保有している。
       https://www.businessinsider.jp/post-247566
─────────────────────────────
 このレポートによって示されたデータによって「トリクルダウ
ン」という経済理論は完全に否定されています。トリクルダウン
とは、富裕層への減税によって、富がしずく(トリクル)となっ
て下層の人々にも流れ落ち、最終的にはすべての人に利益をもた
らすという考え方をいいます。
 アメリカではこれまで、ロナルド・レーガン元大統領の減税に
代表されるトリクルダウン理論に基づく政策が行われてきていま
す。50年にわたる減税によって富裕層が優遇され、不平等を悪
化させることがさまざまな研究で明らかになっているにもかかわ
らず、この理論は未だに生き残っており、岸田内閣はそれに近い
政策をやっているのです。
 「消費税を下げる」という選択肢はないのでしょうか。これに
対して自民党や公明党は、減税を求める国民多数の声に対し「消
費税は社会保障財源になっている」といって拒否しています。
 2022年6月19日放送のNHK「日曜討論」では、自民党
の高市早苗政調会長(当時)が「消費税の使途というのは、年金
・医療・介護・子育て、こういった社会保障に限定されている」
「法人税の引き下げに流用されているかのようなデタラメを公共
の電波でいうのはやめていただきたい」などと発言。これについ
て共産党の「しんぶん赤旗」は、次のように反論しています。
─────────────────────────────
 税財政の実態からみればこの発言こそデタラメです。確かに消
費税法第1条には消費税収について「年金、医療及び介護の社会
保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充て
る」とあります。しかし、この規定は消費税が導入されたときに
はありませんでした。消費税導入から20年以上たった2012
年、消費税率を5%から10%に段階的に引き上げる法律を決め
たときに増税の言い訳として持ち込まれたものです。
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/029]

≪画像および関連情報≫
 ●「増税メガネのごまかし」発動! 岸田首相「企業減税」
  「低所得者向け給付」聞く耳傾けぬ経済対策に不満炸裂
  ───────────────────────────
   9月27日、岸田文雄首相は、首相官邸で「新しい資本主
  義実現会議」を開催し、賃上げ促進や国内投資の拡大に向け
  た減税措置などを議論した。税制措置では、企業減税が柱と
  なる。首相は会議で「持続的賃上げについて、賃上げ税制の
  減税措置の強化を図る」と強調。また、国内投資の促進へ、
  「成長力強化に資する減税の実施を図る」とした。
   首相は25日、経済対策について「成長の成果である税収
  増を国民に適切に還元する」と強調。3つの減税政策を表明
  していた。@「賃上げ税制の減税制度の強化」、A「国内投
  資の促進や、特許所得に対する減税制度の創設」、B「スト
  ックオプションの減税措置の充実」
   この3つは、経団連が9月11日に発表した「2024年
  度税制改正に関する提言」に含まれているものだ。27日の
  会議で、企業向けの減税措置を打ち出す一方、個人向けの減
  税措置は議論されなかったことに、SNSでは批判的な声が
  多く上がった。《減税やる気あるらしいけど企業減税だって
  よ・・。費税や所得税どうした?賃上しても物価上がってん
  から可処分所得増えてねーし》
                  ──「ヤフーニュース」
  ───────────────────────────
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消費税、法人3税、所得税、住民税の推移
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2023年10月02日

●「マイナス金利を見送った植田日銀総裁」(第6020号)

 9月19日から22日までは、「日米の中央銀行ウィーク」で
あったといえます。前半の2日間は米国のFRBのFOMC、後
半は日銀の日銀政策決定会合です。
 FOMCが今回利下げを行わないことは予測していた通りだっ
たのですが、FOMC参加者による2024年末の政策金利の見
通しが、次のように引き上げられています。
─────────────────────────────
    中央値で5・1%(前回から0・5%引き上げ)
─────────────────────────────
 米政策金利の高止まりです。これによって米市場参加者の「利
下げシナリオ」に狂いが生じてきています。投資家は、現在、高
金利長期化への備えを急いでいます。
 日銀は、当初この金融政策決定会合で、マイナス金利を撤廃す
るのではないかといわれていましたが、政策の現状維持を決めて
います。目標の消費者物価指数は、少なくとも9月までは目標の
インフレ目標2%を超えていますが、日銀は、賃金上昇を伴う形
での2%の物価安定目標の達成にはなお至っていないとして、物
価目標の実現に向けていまの金融緩和策を粘り強く続ける必要が
あると判断したようです。
 植田日銀総は、これについて22日の記者会見で、次のように
発言しています。
─────────────────────────────
 現状、目標の持続的安定な達成を見通せる状況には至っておら
ず、粘り強く金融緩和を続ける必要がある。実現が見通せる状況
になれば、政策の修正を検討することになるが、現時点では経済
物価をめぐる不確実性はきわめて高く政策修正の時期や具体的な
対応について到底決め打ちはできない。
                 ──植田日銀総裁/NHK
─────────────────────────────
 以下、記者団による主な質問と、植田日銀総裁の一問一答につ
いて、次のようにまとめます。
─────────────────────────────
記者:今後の「物価の見通し」について
植田:7月の展望レポートでは、2023年度と2024年度の
 物価見通しについて、上振れリスクの方が大きいと判断した。
 先行きの物価を巡っては、為替相場や資源価格の動向だけでな
 く、内外の経済動向や、企業の賃金・価格設定行動に関する不
 確実性も極めて高いと認識している。
記者:長期金利が若干上昇しているので、固定金利の住宅ローン
 金利が上昇するが・・・。
植田:ただ、その上昇幅も限定的で、固定金利で借りてる人の比
 率もそれほど高くないのが現状であり、マクロ的な影響は限定
 的と考える。今後、住宅ローン金利が上昇を続けていくのかど
 うかは、経済物価情勢およびそれを受けた日銀の政策の動きに
 大きく影響される。そうしたなかで目標に達するという見通し
 が立っておらず、現状維持ということで大きく動くということ
 は今の時点で申し上げられる状況ではない。
記者:実質賃金がプラスにならないことについては?
植田:実質賃金の上昇率がマイナスのままでプラスに転じないこ
 とは非常に心配している。実質所得が低下する中で家計にイン
 フレが負担になっている。
記者:世界経済の現状について、どう考えるか。
植田:アメリカ経済は、少しソフトランディングの期待が高まっ
 た。FOMCやパウエル議長の記者会見でもあったように、ど
 んどん金利を上げていくということではないが高くなった金利
 を高いまま維持していくという姿勢が見られている。アメリカ
 経済は若干強めだが、一方でその他の国を見ると、中国やヨー
 ロッパのように少し弱めの所もある。全体として将来に向けて
 のリスク要因ではあるものの、今回の政策決定に強い影響を及
 ぼしたわけではない。
記者:YCC=長短金利操作やマイナス金利政策を終了する条件
 をどう考えるか。
植田:YCCに関して現在のフォワードガイダンスで約束されて
 いるのは、YCCという枠組みを目標達成の見通しが立つまで
 維持するということだ。長期金利については7月に実施したよ
 うな修正、あるいは枠組みの柔軟化ということをYCCの全体
 の枠組みを維持した中で実施した。短期金利については、全体
 の見通しが達成されるまでは、マイナス金利でいくという認識
 でいる。
記者:為替の動向をどのようにとらえているか。
植田:為替の動向は、将来の経済動向や物価動向にいろいろな形
 で影響を及ぼす。したがって、われわれの物価見通しにも影響
 を及ぼすものであるという観点から、常に注視している。為替
 市場の動向だけでなく、経済物価への影響について政府とも緊
 密な連絡を取りながら注視してまいりたいと常に考えている。
記者:金利上昇についてはどうか。
植田:今後、仮に本格的に金利を上げていく、あるいは金利が上
 がっていくという局面になった場合、それが展望されるような
 局面ではしっかりと点検したうえで金利を上げていかないとい
 けないというふうに思っている。現状は7月との比較でいえば
 わずかな金利上昇で、まだはっきりと確認できる段階ではない
 が、インフレ期待の上昇の中での動きなのでそれほど心配する
 動きではない。         https://onl.bz/MhAmCJS
─────────────────────────────
 しかし、これによって、「1ドル=150円」台が確実に迫り
150円前後での攻防が続くことになります。29日の東京債券
市場では、長期金利(10年物国債利回り)が上昇し、年0・7
70%と約10年ぶりの高水準になっています。米国の利上げが
長引くとの見方に反応したものであると思われます。
           ──[物価と中央銀行の役割/030]

≪画像および関連情報≫
 ●金融市場の早期利上げ観測に水を差した日銀総裁記者会見
  ───────────────────────────
   9月22日の金融政策決定会合で、日本銀行は大方の予想
  通りに政策維持を決めた。ただし、金融市場の関心は、会合
  での決定よりも会合後の総裁記者会見での発言に向けられて
  いた。2週間前の読売新聞のインタビューで、植田総裁が、
  年内にも政策修正の判断ができるようになる可能性はゼロで
  はない」と発言したことを受けて、日本銀行の政策姿勢が変
  化し、マイナス金利解除の実施時期が早くなる、との見方が
  金融市場で強まったためだ。
   インタビュー記事での発言の真意に関する総裁への質問は
  さっそく記者会見の冒頭で幹事社によって出された。それに
  対する植田総裁の説明は、「政策姿勢に変化はない」ことを
  示すものであった。金融市場の受け止めについては「コメン
  トを控える」としたが、「物価目標の達成がなお見通せない
  現状では、金融緩和を粘り強く続けていく」、「先行きの経
  済、物価の不確実性は高く政策は決め打ちできない」、「政
  策は毎回の会合で判断していく」といった総裁の説明は、マ
  イナス金利解除が近づいているとの金融市場の一部の見方と
  かなり距離があるものだ。金融市場では、インタビュー記事
  を受けて、マイナス金利解除の時期についての見通しをかな
  り前倒しする動きが広がったが、これは過剰反応だった可能
  性が高い。          https://onl.bz/nARdQyA
  ───────────────────────────
9月22日/植田日銀総裁記者会見.jpg
9月22日/植田日銀総裁記者会見
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2023年10月03日

●「『インボイス』という名前の増税」(第6021号)

 国民のほとんどが何だかよくわからない内に、10月から「イ
ンボイス」が導入されています。メディアも政府に配慮してか、
導入直前でも報道のトーンを控えている感があったので、いまだ
に知らない人がたくさんいるはずです。どのような制度か、定義
を掲載しておきます。
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 インボイス制度とは、一定の項目が記載された適格請求書(イ
ンボイス)に基づいて、消費税の仕入税額控除額を計算し、証拠
書類を保存する消費税法上の制度である。
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 要するに、ごく簡単にいうと、これまで消費税を納めなくても
よかった人(年売上高1000万円未満)からも消費税を取り立
てることができる制度です。つまり、その人にとってはインボイ
スの導入は増税になるわけです。飲食店、雑貨店、フリーランス
の仕事をしている人にとっては増税となる可能性があります。
 10月1日といえば、4600品目以上の食品が値上がりし、
サービス価格の上昇についても予定されています。それに酒税の
改正で税額が上がる第三のビールなどがあります。どこも値上げ
ラッシュです。ちなみに、東京ディズニーランドの大人1日券は
繁忙期の最高額が1万9000円になるほか、日本郵便の「ゆう
パック」の運賃も上昇します。ところが岸田首相は、これから行
う経済対策について、次の趣旨のことを述べています。
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 コロナ禍で苦しかった3年間を乗り越えて、経済状況は改善し
つつある。しかし、国民はインフレによる物価高に苦しんでいる
ので、税収増を国民に還元する。長年続いてきたコストカット型
の経済から30年ぶりに歴史的転換を図り、人への投資や設備投
資などに取り組む。決して後戻りすることがないよう経済対策を
実行していきたいと考える。          ──岸田首相
─────────────────────────────
 なんと岸田首相は「減税」を口にしたのです。しかし、岸田首
相が掲げたのは、「賃上げ税制の減税制度の強化」、「国内投資
に対する減税制度の促進」、「ストップオフションの減税措置の
充実」などです。国民の期待する「消費税減税」や「社会保険料
の引き下げ」という言葉がどこにもないのです。そのため、「偽
減税」という声が多数上がっています。
 なかでも、青山繁晴自民党参議院議員は、「もっと庶民の負担
軽減に直結する政策を打ち出すべきである」として、次のように
岸田首相に直言しています。
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 岸田首相は増税に敏感になっているが、増税ばかりを考えてい
ると、国民に見透かされる。社保料引き上げも「ステルス的」と
受け止められている。増税・負担増の現実に気づかない国民はい
ない。それだけ、窮状は切実である。では、今、どういった施策
が必要なのか。
 武漢熱(新型コロナ)がようやく収束しつつあり、景気回復の
兆しがある。税収増はそのサインだ。賃上げと同時に、消費税の
減税などに踏み切れば、需要が喚起され、さらに税収も増える。
「新たな財源」は必要がなく、国民に還元される。消費減税はタ
ブーではない。もともと、消費税は柔軟に引き下げることができ
るのが特徴の税制である。   ──青山繁晴自民党参議院議員
              ──9月29日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 話をインボイスに戻します。「自分には関係がない」と考える
人も多いと思うので、「消費税は悪法である」とする消費税の権
威といわれる元静岡大学教授で弁理士の湖東京至氏との一問一答
をご紹介します。
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湖東:課税売上高が「1000万円以下」の人たちに影響が大き
 く出るということが問題なんです。建設業での1人親方、赤帽
 や個人タクシーの運転手、ウーバーイーツなどの宅配、映画や
 演劇の俳優、音楽家、英語の講師、外注の社員、農家、貸家、
 駐車場経営、太陽光販売、自販機業者など、今まで税金が免除
 されていた個人事業者が一番影響を受けます。とくに親会社が
 「消費税の課税事業者」だと困ることになる。
――:「インボイス」とは、一体何なのですか?これだけの個人
 事業主に影響が出るのですよね?
湖東:「インボイス」とは何だと聞かれると、「請求書」のこと
 です。日本の消費税法では、ただ、「請求書」と訳さずに「適
 格」という文字をつけて、「適格請求書」と言います。正規の
 「適格請求書」を総称して「インボイス」と言っています。そ
 の「インボイス制度」が、2023年10月1日から始まりま
 す。「インボイスの番号の登録」は2022年10月1日から
 始まっており、来年3月31日までに「インボイスの登録番号
 の登録」をすると決められています。
――:もう登録は始まっていたのですね。私は全然知りませんで
 した。
湖東:今現在、すでに登録をすませている人はいますが、まだ少
 数ですね。みんなこんなことを知りませんから、税務署は必死
 になって登録を勧めています。
――:先ほど「適格請求書」と「不適格請求書」があるといいま
 したが、同じ「請求書」なのに、何が違うのですか?
湖東:正規の請求書となる「適格請求書」と、「不適格請求書」
 の違いは「番号」です。登録申請書を税務署に提出し、審査を
 経て登録番号が通知されると、適格請求書発行事業者になりま
 す。この番号を付けた請求書が「適格請求書」で、番号なしの
 請求書を「不適格請求書」というようなります。この「番号を
 もらう」ということが大事なんです。
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           ──[物価と中央銀行の役割/031]

≪画像および関連情報≫
 ●これでマルわかり/「インボイス制度」「電子帳簿保存法」
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   請求書は手書き、もしくはパソコンで作成し、押印、封入
  して郵送する。請求書を受け取った側も、それを見ながら支
  払いを行い、請求書はファイルに保存する。
   どの事業者でもおこなっている日常的な業務だ。しかし、
  2023年10月以降、そのごく当たり前の業務は通用しな
  くなってしまう。「インボイス制度導入」と「電子帳簿保存
  法」の改正に対応しなければならないからだ。もちろん、中
  小の建設事業者とて例外ではない。
   インボイス制度がスタートすると、「請求書に記載すべき
  項目」が増える。しかも要件を満たした請求書を授受して保
  存しなければ、税額控除が受けられず、負担が増える場合も
  あるという。
   また、2024年1月からは、改正電子帳簿保存法の規定
  により、データで発行された請求書や領収書などは、紙のま
  までの保存は原則NGとなる。きちんと対応できていない事
  業者には罰則もあるのだ。
   制度に詳しい税理士の袖山喜久造氏は、「とくに一人親方
  などの職人に仕事を依頼している事業者にとっては他人事で
  はなく、早急な対応が必要」と指摘する。どんな点に注意し
  何から始めればよいのだろう
  https://www.sumitomokenki.co.jp/power/report/1269/
  ───────────────────────────
青山繁晴参院議員.jpg
青山繁晴参院議員
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2023年10月04日

●「インボイスは『増税』そのものである」(第6022号)

 インボイス──制度開始が日曜日だったせいか、関連記事は次
の1本のみで終わっています。選挙も迫っているので「増税」と
いう捉え方をされることを気にしているようです。
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 ◎インボイス/申請は途上/免税111万事業者が転換へ
             佐川急便:取引先数千社に確認
             大成建設:下請け対象の講習会
       ──2023年10月1日付/日本経済新聞
─────────────────────────────
 自民党の安倍晋三政権における消費税増税──5%〜10%へ
倍増。この大増税を仕掛けたのは自民党でなく、野田佳彦首相が
率いる民主党であり、インボイスはそのさいの副産物といえる存
在です。確かに、この制度にとって増税になるケースも出てくる
ので、政権与党としては静観の構えです。
 民主党がこの消費税増税によって政権を失い、立憲民主党と国
民民主党に分かれていますが、どちらの党も勢いがなく、このま
までは、立憲民主党は野党第一党の地位を失うでしょう。その原
因を作ったのは、旧民主党野田政権です。
 なぜなら、民主党は「消費税増税はやらない」と公約し、20
09年の総選挙で自民党を下野させて政権を奪取すると、ことも
あろうに、その公約を破棄し、下野している自民党/公明党と組
んで、当時5%であった消費税の税率を倍増させるスケジュール
を組んだのです。国民にとって、公党によるこれほどのひどい裏
切りはないといえます。
 それはさておき、消費税の制度を設計するさいに、収入の少な
い人に対する対策をめぐって、民主党と自民党で意見が分かれ、
次の2つのどちらかをとるかとになったのです。
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      @給付付き税額控除 ・・・ 民主党
      A    軽減税率 ・・・ 自民党
─────────────────────────────
 しかし、どちらにするか、選挙が実施され、民主党から政権を
奪還した自民党が採用したのは、Aの軽減税率だったのです。し
かし、軽減税率にすると、約1兆円以上の税収が失われてしまう
ので、それを穴埋めするために、小規模業者泣かせのインボイス
の導入を自民党は主張したのです。
 民主党の政権の存続と、消費税の5%アップを導入を引き換え
にしたともいえる野田元首相は、9月30日の朝日新聞のインタ
ビューに応じて次のようにコメントしています。
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――軽減税率が選ばれていなければ、インボイスは始まらなかっ
 たのですか。
野田:始まっていないですね。11年前に首相として深く制度設
 計をして、もうちょっと頑張って、給付付き税額控除に決めき
 っておけばよかった、という後悔の念、ある種の痛恨の極みが
 あります。インボイスは税率の認識に違いがないようにするた
 めと言いますが、軽減税率が入って4年後という時間差で始ま
 まります。円滑にいくか心配しています。
――政府はかつて、インボイスによって2千億円以上の「増収」
 を計算しました。恩恵は見えてきますか。
野田:消費税で入る分が増えても、なかなか自分たちの暮らしの
 中の社会保障と直結しません。受益と負担の相関関係がわかり
 にくく、実感がわきにくいのは事実です。(聞き手/編集委員
 ・伊藤裕香子)   ──2023年9月30日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 選挙前の公約で国民に約束し、政権を奪取してそれを平然と破
る──絶対にあってはならないことです。公約違反として撤回を
迫る小沢一郎グループが民主党が離党しても、野田政権は増税路
線を突き進み、現在に至っています。
 朝日新聞デジタルは、そのあたりの野田元首相の考え方を別の
インタービューで聞いています。
─────────────────────────────
――野田さんは、なぜ首相自ら主導するかたちで消費税を増税し
 たのですか。
野田:人口減や高齢化が進む日本の社会保障制度を支えるのが、
 消費税です。その基本的な考え方は、いまも間違っていないと
 信じています。3党が合意して法律が通った以上は、税率を8
 %、10%としっかり2回引き上げて、安定した社会保障制度
 と財政の健全化が進んでいくと期待したのですが、コロナ禍も
 あって財政規律は大きく緩んでしまいました。
――政府はかつて、インボイスによって2千億円以上の「増収」
 を計算しました。恩恵はどこかに見えてきますか。
野田:消費税で入ってくる分が増えても、なかなか自分たちの暮
 らしの中の社会保障と直結しません。たとえば年金の財源で国
 が負担する割合を高めてもいますが、受益と負担の相関関係が
 わかりにくく、実感がわきにくいのは事実です。
――野田さんの後の安倍晋三首相は、税率が10%になる直前の
 2919年夏に「今後10年くらいの間は、消費税を上げる必
 要はない」と発言しています。
野田:安倍さんという、影響力の大きい方の言葉であるがゆえに
 政策議論を10年封印してしまう、ものすごく大きな方向性で
 した。この言葉を受け止めすぎているのが、いまの岸田文雄首
 相ではないでしょうか。環境的には物価が上がり、円安も進ん
 で、いま負担を求める議論はものすごくやりにくい。けれど、
 少なくとも丁寧な政治の議論は始めるべきでしょう。
─────────────────────────────
 野田元首相は、公約違反で国民を裏切り、民主党を機能不全に
させたことは、いまなお反省はないようです。今回のインボイス
も総選挙にとって、大きなマイナスであるといえます。
           ──[物価と中央銀行の役割/032]

≪画像および関連情報≫
 ●野田元首相が今語る「12年党首討論→解散」の本音
  ───────────────────────────
  井手:まず、安倍晋三元首相の追悼演説でも触れられていた
   2012年11月14日の「丁々発止」の党首討論からの
   衆議院解散。そのときのことからお伺いします。
   当時、消費増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法が
   自民・公明との3党合意で成立し、近いうちに解散して国
   民に信を問わざるをえない状況でした。特例公債法を人質
   に取られ、一票の格差問題もあった。民主党からは続々と
   離党者が出て、野田降ろしも起きる。党も内閣も支持率は
   低く、選挙をすれば当然負けるだろうという雰囲気で、や
   はり結果は惨敗。ご自身ではあの敗北をどう評価されてい
   ますか。
  野田:党首討論で解散を明示し、その結果が大敗で、私は敗
   軍の将となリました。ですが、一人の政治家としてはその
   ことに悔いはないんです。あのときはねじれ国会で、予算
   は成立しても、財源となる特例公債が発行できずにいた。
   結局、特例公債法が成立したのは11月16日、解散と取
   引したような形です。そのような状況だったので、あれは
   一致点を見いだすための討論だったんです。単に丁々発止
   のやり取りをすればいいというものではなく、ケンカ別れ
   するわけにもいかなかった。
         https://toyokeizai.net/articles/-/640154
  ───────────────────────────
民主党政権時代の「消費税引き上げ協議」.jpg
民主党政権時代の「消費税引き上げ協議」
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2023年10月06日

●「減税経済対策は果たして成功するか」(第6023号)

 岸田内閣の支持率が上がらないでいます。何をしても支持と不
支持が逆転のままですが、それは当然のことです。なぜかという
と、岸田首相は日本の防衛力強化のため、当初「増税」を主張し
ていたはずですが、それが突然「減税」に変わっています。これ
では、国民が戸惑うのは当然のことです。
 2022年度の国の一般会計の税収は約71兆円です。物価高
の影響で、消費税収が増えたことに加えて、企業の好業績や賃上
げにより法人税と所得税も上向いたことで、3年連続で過去最高
を更新し、史上空前の税収になっています。
 経済成長による成果というよりも、インフレによる物価高が主
因の税収増ではありますが、それを「適切に国民に還元する」こ
とは、良い心がけであると思います。今や多くの国民が物価高に
苦しんでいるからです。
 しかし、首相が「減税」として胸を張って打ち出した経済対策
は、企業、それも大企業への補助金ばかりであって、国民にとっ
て減税らしいものは一つとしてないのです。メインは「賃上げ税
制の減税制度強化」や、「国内投資促進や特許などの所得に対す
る減税制度」など、企業への優遇措置ばかり。インフレによる物
価高にあえいでいる国民への直接減税を完全に無視しています。
 もともと岸田首相は「直接国民に何かを配る」のが好きではな
いようです。2020年の安倍政権で、コロナ禍対応の現金給付
を実施するさい、当時政調会長の岸田氏は国民全員配布ではなく
一定所得以下の人に30万円配る案を安倍首相に提案し、一度は
了承されています。しかし、公明党に強く反対され、全員給付に
戻しています。おそらく岸田氏は、全員にお金を配ることは「バ
ラマキ」であると思っているのだと思います。
 今回の岸田首相の「減税案」について、経済ジャーナリストで
ある萩原博子氏は次のように岸田首相を批判しています。
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 物価高に賃上げが追いつかず、実質賃金が16カ月連続マイナ
スという状況です。にもかかわらず、岸田政権が打ち出す経済対
策は企業への補助金ばかり。ガソリン価格や電気・ガス代の高騰
に対して、企業への助成を通じて抑制しようとしたのがいい例で
す。本気で「減税」して国民に「還元」する気があるなら、逆進
性の高い消費税の減税や廃止を訴えるべきでしょう。総選挙が近
いから「減税」というフレーズを持ち出して、人気を集めようと
しているとしか思えません。──経済ジャーナリスト萩原博子氏
          2023年10月04日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 このような「偽減税ではないか」という国民の批判に対して、
与党幹部はその対応に追われています。10月2日、茂木幹事長
と世耕参院幹事長は、「減税」について、次のようにそれぞれ見
解を述べています。
─────────────────────────────
◎税収増分をダイレクトに、減税措置などによって、国民に還元
することも十分あり得る。増えた税収を最大限に活用し、国民に
適切に還元していくことは当然のことである。
                 ──茂木敏光自民党幹事長
◎岸田首相が「税の増収を還元する」といっている。税の基本は
法人税と所得税なので、当然、減税の検討対象になってくる。
              ──世耕弘成自民党参議院幹事長
─────────────────────────────
 しかし、かねてから「財務省寄り」「増税派」のイメージの消
えない岸田首相が、表現上とはいえ、経済対策の基本姿勢を増税
姿勢から減税姿勢に変更したことは、岸田内閣にとって大きな前
進であるといえます。とくに、「コストカット型経済からの30
年ぶりの転機」というスローガンは秀逸であり、これを成し遂げ
ることによって「新しい資本主義」に移行するという流れができ
るといえます。
 しかし、岸田政権は、このスローガンを本当に実現できるので
しょうか。補正予算の規模の問題があります。これには、自民党
内の積極財政派と緊縮財政派の意見は完全に割れています。
─────────────────────────────
◎責任ある積極財政を推進する議員連盟
 現在の失業率の水準から計算すれば最低でも10兆円。日本経
済の潜在能力から推測すると、最大20兆円不足している。した
がって、20兆円規模の経済対策が必要である。消費の低迷が著
しいからである。
◎財務省および財政緊縮派
 経済対策は「規模ありき」ではない。政府の集計では、総需要
不足は解消している。4〜6月期の「受給ギャップ」が3年9カ
月ぶりにプラスに転じている。
─────────────────────────────
 この3年間の税収の予想からの上振れは平均して約4兆円であ
るといわれます。これを消費税に換算すれば、2%分に該当しま
す。したがって、本来であれば、日本経済の現状は個人消費の低
迷が問題化しているので、減税をやるなら、時限的に消費税の減
税を行うべきですが、岸田政権は絶対にやらないでしょう。財政
緊縮派によると、消費減税を行うと法律改正に時間がかかり、買
い控えが起きて、かえって税収が減ると主張するのです。
 ここに岸田首相がなぜ減税を行わず、企業への補助金にこだわ
る理由があります。補助金の場合は、すぐ戻せますが、法律の場
合は一度やってしまうと、簡単には戻せないからです。しかし、
消費減税に野党は反対しないし、協力すると思われるので、法律
改正はそんなに時間はかからないはずです。本音は岸田政権とし
ては、消費減税だけはやりたくないのでしょう。
 なお、解散が取り沙汰されていますが、10月22日に衆参の
2つの補選があり、その状況があまり芳しくなく、解散は難しい
と考えられているからです。
           ──[物価と中央銀行の役割/033]

≪画像および関連情報≫
 ●減税が焦点となってきた経済対策:税収の上振れ分を
  減税で国民に返すべきなのか?
  ───────────────────────────
   岸田首相は9月25日に、5本の柱からなる経済対策の方
  針を示した。対策の中核を成すのは、国民が高い関心を持っ
  ているガソリン及び電気・ガス料金の補助金制度延長などの
  物価高対策である。
   さらに経済対策の狙いについて岸田首相は、「経済成長の
  成果である税収増などを国民に適切に還元すべく対策を実施
  したい」とし、減税措置を検討する考えを示唆している。
   具体的には企業の生産・販売量に応じた法人税の税額控除
  制度の創設、特許など知的財産から得られる所得の税優遇措
  置、税優遇の対象となるストックオプション(株式購入権)
  の拡充を通じた外部人材確保の促進などが検討されている。
   さらに2023年度末までの既存の賃上げ税制を延長した
  うえ、赤字で税額控除を受けられない中小企業に新たに控除
  の繰り越しを認めることも検討されている。
   岸田首相は「税収増を国民に還元」と説明しているが、実
  際に検討されているのは個人ではなく企業に対する減税措置
12345678901234567890123456789
  であり、さらに税率引き下げなどの直接的な減税措置ではな
  く、税控除拡大などの間接的な措置である。しかし、岸田首
  相の「税収増を国民に還元」、「減税」という発言が、自民
  党内に減税議論を一気に巻き起こしており、減税が経済対策
  の大きな焦点となってきた感がある。
                 https://onl.bz/eENSRQV
  ───────────────────────────
経済対策の骨子を説明する岸田首相.jpg
経済対策の骨子を説明する岸田首相
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2023年10月10日

●「なぜ、米長期金利は上昇しているか」(第6024号)

 このところ日経平均株価が下がっています。10月5日の日経
平均株価は3万1075円36銭です。9月14日から10月5
日までの15日間の騰落数は次の通りです。○印は前日より上昇
/●印は前日より下落を表しています。
─────────────────────────────
      14日      〜      5日
        ○○●●●●○●○●●●●●○
─────────────────────────────
 下落の原因は何でしょうか。何よりも米国のインフレが収まっ
ていないことが原因としてあります。米国の長期金利の高止まり
を受けて、米景気の下押しリスクへの警戒感が強まったので、米
連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めが長期化するとの懸念
もあって、日本株はほぼ全面安の展開になったのです。一般的に
金利上昇の局面には、次の2つのパターンがあります。
─────────────────────────────
    @好景気に伴う企業の資金需要を見込んで上がる
    A財政悪化など国債の信用リスクの悪化で上がる
─────────────────────────────
 今回の金利上昇は明らかにAであるといえます。米政府は政府
封鎖こそ何とか回避したものの、10月3日には米連邦議会下院
が野党・共和党トップがのマッカーシー議長の解任動議を可決し
ています。そのため、米政府の利払い負担が急増するなか、財政
運営が混乱するとの見方から債券売りが進んだのです。
 これに伴い、米国では、長期金利が5%を超えるとの観測が強
まっています。金利が上昇すれば国債価格は下がり、米地銀など
が保有する国債の含み損がさらに脹らみ、銀行が融資を絞り込む
と、金融市場への負荷が高まる恐れがあります。
 長期金利の上昇について10月6日付の日本経済新聞では、4
人の米著名投資家の見解を掲載しているので、その見解を以下に
ご紹介します。
─────────────────────────────
◎ラリー・フィンク/ブラックロックCEO
 「長期金利は少なくとも5%かそれ以上になる」
◎ビル・アックスマン/バーシング・スクエア・キャピタル・
 マネジメントCEO
 「長期金利は近く5%に迫るとみている」
◎ビル・グロス/ビスコム共同創業者
 「債券市場は国債供給の人質」
◎JPモルガン/ジェイミー・ダイモンCEO
 「7%のような金利上昇への備えはできているだろうか。最
 悪のケースは7%の高金利と(インフレと景気後退が共存す
 る)スタグフレーションの併存だ」
        ──2023年10月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ここで考えてみるべきことがあります。「長期金利が上がる」
ということについてです。どのようなときに、長期金利は上昇す
るのでしょうか。金利には、その期間によって、次の2つがあり
ます。
─────────────────────────────
  @長期金利
   1年以上の金融資産の金利。代表例は10年物国債
  A短期金利
   1年未満の金融資産の金利。  代表例は政策金利
─────────────────────────────
 一般的に「利上げする」というときは、中央銀行が金融政策と
して、短期金利(政策金利)を上げることをいいます。長期金利
は、需給バランスや短期金利の推移、物価の変動などさまざまな
要素で変動します。なかでも、関係が深いと考えられているのが
国内景気、国内物価、為替、海外金利などです。
 長期金利が下落すると、株価は上昇するのが一般的です。なぜ
なら、金利が下がると、債券を購入するよりも株式を購入したほ
うが有利だと考えられるからです。逆に金利が上昇すると、債券
を買う投資家が増えるため株価は下がる傾向があります。とくに
米国債の長期金利は、世界中のさまざまな金融商品の指標にされ
ています。その利回りが上昇しつつあるのです。
 加えて長期金利は住宅ローンの金利にも関係します。当然金利
が低いほうが総返済額を低く抑えられます。とくに固定金利の場
合、借りた時点での金利によって、総返済額が大きく変わってく
るのです。
 問題は米国の長期金利の上昇はどこまで続くのでしょうか。上
昇した結果、どうなるのでしょうか。これについて、10月5日
付の日本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 米長期金利の上昇はどこまで続くのか。「市場は金利の適正水
準を探りあぐねている」。米ゴールドマン・サックスのトレーダ
ーは9月末の顧客向けメモでこう指摘した。10月に入っても状
況は変わっていない。
 「5%を超えても大きく上昇していく可能性はある」。大和証
券の谷栄一郎チーフストラテジストは、バイデン米政権の積極財
政に伴う国債の増発が今後も金利上昇を促していくとみる。もっ
とも、「5%という心理的節目に達すれば、マクロ系のヘッジフ
ァンドなどを中心に買い場とみる投資家も増えてくる」(東海東
京証券の佐野一彦チーフ債券ストラテジスト)と、一部の投資家
の買いが上昇トレンドを一服させるとの見方も根強い。
 FRB高官による講演や6日発表の9月の米雇用統計など、週
内は年内の利上げ見通しを左右するイベントが相次ぐ。米長期金
利の動向が世界の金融市場を揺らす展開はしばらく続きそうだ。
         ──2023年10月5日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/034]

≪画像および関連情報≫
 ●米国債メルトダウン:米国10年国債利回り5%に
  強い違和感
  ───────────────────────────
   米国債の価格急落、利回りの急上昇が続いている。いわば
  メルトダウン状態である。米国10年国債利回りは足元で、
  4・8%まで上昇し、5%台が目前に迫っている。30年国
  債利回りは既に4日に5%に達している。これは、2007
  年以降で初めてである。米国での長期国債利回りの上昇は、
  今春に生じた米銀の経営不安を再燃させかねない。
   米国の長期国債利回りの上昇こそが、日本では円安進行を
  促し、物価高を助長することで政府を苦しめている。またそ
  れは、日本の長期国債利回りを上昇させ、7月のイールドカ
  ーブ・コントロール(YCC)柔軟化後の日本銀行の利回り
  コントロールを難しくさせている。さらに、米国の長期国債
  利回りの上昇が米国の株価下落を促し、その影響で日本の株
  式市場も逆風に見舞われている。
   7月以降、米国の10年国債利回りは、ほぼ1直線に1%
  ポイント程度上昇してきた。これとほぼ連動して生じている
  のが、ドル高だ。7月に実施したYCCの運営柔軟化措置に
  よって、日本の10年国債利回りには上昇余地が広がった。
  これは米国の国債利回りが上昇する中でも、日米長期利回り
  の拡大を一定程度抑え、円安リスクを軽減しているはずであ
  る。しかしながら、米国の10年国債利回りの上昇があまり
  にも急速であるため、YCCの運営柔軟化後に円安はさらに
  進んでいる。        https://onl.bz/MeZMCPL
  ───────────────────────────
9月のFOMC後に米金利上昇が加速.jpg
9月のFOMC後に米金利上昇が加速
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2023年10月11日

●「景気後退軟着陸に挑む米FRB」(第6025号)

 ジェローム・パウエル米FRB議長の苦闘が続いています。2
020年3月13日のトランプ大統領によるコロナウイルスへの
対応のための国家非常対宣言以来、パウエル議長は大車輪の活躍
を続けています。当初は、世界的なパンデミックに対応するため
金融緩和を実施することであり、2021年3月からは世界イン
フレへの対応策です。そして、2022年2月24日にロシアに
よるウクライナへの侵攻が起きます。
 パウエル氏がFRB議長に就任したのは、2018年のことで
す。トランプ大統領は、リベラル色の強い前任のジャネット・イ
エレン氏を嫌っていて、ゴールドマン・サックス出身のゲーリー
・コーン米国家経済会議委員長(当時)への交代が、ほとんど決
まっていたのです。
 しかし、トランプ大統領がネオナチなどを含む白人至上主義者
を擁護するような発言するのを聞いて、コーン氏は辞退し、パウ
ェル氏がFRB議長に選ばれたのです。パウエル氏は、ウォール
街の投資ファンドで活躍していた法律の専門家で目立たない人物
であり、理事としてFRBに務めた6年間に、一度も反対票を投
じたことがなかったことでも知られています。そのためか、そう
いうパウエルに対して「ミスター普通」のニックネームが付けら
れたのです
 そのパウエル議長がここまで何をやってきたかについては、こ
の後振り返りますが、米国に関しては、少なくとも、2023年
7月には、パウエル議長による景気後退を回避する軟着陸のシナ
リオが現実性を増してきていることは確かなことです。
 2023年7月までの経済状況については、7月20日付の日
本経済新聞会員限定記事に次のように書かれています。
─────────────────────────────
 7月19日午前の米株式市場でダウ工業株30種平均は8日続
伸し、1年3カ月ぶりの高値で推移する。投資家心理を支えるの
がインフレの減速だ。この日発表の経済指標は予想に届かなかっ
たが、「インフレ鈍化には好都合」との楽観論が先行する。12
日発表の6月の消費者物価指数(CPI)では前年同月比の上昇
率が3・0%と2年3カ月ぶりに4%を割れた。米モルガン・ス
タンレーのチーフ・グローバルエコノミスト、セス・カーペンタ
ー氏は「インフレを巡る議論の転換点となりうる」と強調した。
 モノの価格急騰は収束がはっきりしてきた。新型コロナウイル
ス禍では世界でサプライチェーン(供給網)が寸断され、深刻な
モノ不足となった。一方、サービスからモノへの需要のシフトを
伴いつつ、各国政府による巨額の財政出動が消費意欲を強く刺激
した。ここにきて供給網の正常化による供給制約の解消に加え、
米連邦準備理事会(FRB)の急激な利上げや中国などの景気停
滞を背景に、需要面も落ち着きつつある。
 サービス価格も、高止まりしてきた家賃がようやくピークアウ
トしてきた。民間の先行指標は減速が鮮明だったが、CPIの統
計上、利上げの効果が遅れて出てきた。残る焦点である「家賃を
除くサービス」も伸びが縮小しつつある。労働市場の逼迫を受け
て賃金に上昇圧力がかかり、値段を押し上げてきたが、賃金指標
にも減速する兆しがみえ始めている。https://onl.bz/3jgGVTm
──2023年7月20日付、日本経済新聞/有料会員限定記事
─────────────────────────────
 このまま行けば、2024年には利下げも視野に入り、景気後
退の軟着陸も視野に入る──このように思われていてましたが、
10月に入って予想外の長期金利の上昇が起きて、シナリオに大
きな狂いが出つつあります。
 これについて、10月8日の日曜日の日本経済新聞は、3面に
次の見出しを付けた記事を載せて、インフレによる景気後退の軟
着陸の難しさを伝えています。
─────────────────────────────
 ◎米長期金利/迫る5%/経済軟着陸に試練
  雇用大幅増、利上げ長期化の見方/財政信認低下も背景
 【ニューヨーク=三島大地】 米長期金利が5%の大台に迫って
きた。6日発表の9月の米雇用統計で、就業者数が市場予想を大
幅に上回り、米連邦準備理事会(FRB)の利上げが長期化する
との見方が広がったためだ。足元の急激な金利上昇の根底には米
財政への信認低下もある。
         ──2023年10月8日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 米国における長期金利の上昇については、10日のEJでも取
り上げていますが、なぜ問題なのかについては、改めて詳しく説
明することにします。
 2020年3月3日早朝、G7は緊急の財務相会議を開き、次
の共同声明を出しています。
─────────────────────────────
 持続的な成長を実現するため、あらゆる政策手段を用いて、経
済の下方リスクに立ち向かう。  ──G7財務相会議共同声明
─────────────────────────────
 この日、FRBも臨時のFOMCを開き、0・5%の緊急利下
げを決めています。米FRBは、G7中トップでこれをやってい
ます。先手必勝は、通貨防衛の鉄則だからです。ちなみに、FR
Bが臨時FOMCを開いて、利下げをするのは、リーマンショッ
ク以来11年半ぶりのことです。
 FRBはその後も立て続けに緩和措置を連発しています。トラ
ンプ大統領の非常事態宣言後の15日には、日曜日にもかからわ
ず、再び臨時のFOMCを開いて1%の大幅利下げを行っていま
す。事実上のゼロ金利政策の再開であり、FRBは米国債を50
00億ドル購入する量的緩和も復活させています。
 それにもかかわらず12日の米株式市場では、ダウ平均が1日
で、2352ドル安と過去最大の下落幅を記録しています。しか
し、16日にはさらに2997ドル安に見舞われます。
           ──[物価と中央銀行の役割/035]

≪画像および関連情報≫
 ●新型コロナウイルスの感染拡大で米FRBが緊急声明を
  発表追加利下げの可能性高まる
  ───────────────────────────
   ジェローム・パウエル米国連邦準備制度理事会(FRB)
  議長は2月28日、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた
  緊急声明文を発表した。FRBは「新型コロナウイルスの動
  向と経済見通しに与える影響を注意深く監視」し、「経済を
  支えるために、われわれの政策ツールを使い、適切に行動す
  る」とした。
   市場では今回の声明文発表を受けて、次回3月17、18
  日に予定されている米国連邦公開市場委員会(FOMC)に
  おいて、FRBは最大0・5ポイントの追加利下げを決定す
  るのではないかとの見方が広がりつつある。例えばシカゴ・
  マーカンタイル取引所(CME)のデータによると、3月2
  日時点において市場が織り込む次回3月会合における0・5
  ポイント利下げの確率は100%となっている。
   これに加えて、声明文では「米国経済の基盤は引き続き力
  強い」ものの、「新型コロナウイルスは経済活動にリスクを
  もたらしている」とし、経済の下押しリスクに対する強い警
  戒感も示された。企業の購買担当者に対するアンケート調査
  結果をみると、既に景況感の悪化が確認され、2月の米国の
  IHSマークイット製造業購買担当者指数(PMI)(2月
  21日発表)は、前月(53・3)から3・7ポイント減の
  49・6となった。拡大局面を示すベースラインの50を下
  回るのは、政府機関の一部閉鎖があった2013年10月以
  来、6年4カ月ぶりとなる。       ──JETRO
  ───────────────────────────
サービス価格の動向が焦点.jpg
サービス価格の動向が焦点
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2023年10月12日

●「高インフレを読み誤ったFRB」(第6026号)

 コロナ禍のとき、米FRBは何をしていたのかについて知って
おく必要があります。以下の記述は、次の新刊書を参考にさせて
いただいています。著者の河浪武史氏は、日本経済新聞社金融・
市場ユニット金融部長です。
─────────────────────────────
                  河浪武史著
     日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和
             ──日本経済新聞出版
─────────────────────────────
 コロナ危機に対応する米FRBのゼロ金利・量的緩和でも株安
をどうしても止められないでいたのです。そのため、FRBは、
2020年3月23日に「無制限に国債を購入する」決断をした
ところ、ようやく株価は下げ止まっています。
 このときパウエル議長の率いるFRBが恐れていたのは、デフ
レであり、「経済の日本化」です。当時米国のインフレ率は目標
である2%を下回っており、ここで企業の設備投資を押さえつけ
てしまうと、経済の成長力そのものが失われ、経済は長期停滞に
陥る──これだけは避けなければならないと考えていたのです。
 このとき、FRB内部で一番真剣に検討されたのが、YCC導
入です。YCCを定義すると、次のようになります。日銀では、
現在も黒田前総裁のときから実施しているYCCを継続して行っ
ています。
─────────────────────────────
◎YCC/Yield Curve Control
 イールドカーブコントロールは、中央銀行が特定の国債の利回
りをターゲットとし、買い入れ操作を通じてその利回りをコント
ロールする金融政策手法のことである。通常の量的緩和政策では
資産の買い入れ額を決定するが、YCCでは特定期間の利回りを
ターゲットに設定する。
─────────────────────────────
 FRBも1942年にYCCを導入しています。第2次世界大
戦のときです。米連邦政府の戦費の調達を助けるために導入した
ものの、戦後も連邦政府の圧力が続いて終了できず、低金利政策
が長く続くことになったのです。
 コロナ危機の今回もYCC導入が検討されましたが、FRB内
部プロパーで構成する執行部が強く反対を主張します。執行部は
「40年代の経験からすれば、政府債務の大量購入を求められ、
金融政策の目的と国債管理政策が対立する可能性がある」として
反対し、結局YCCの導入は見送られています。
 しかし、2020年4〜6月四半期の実質GDP成長率は前期
比マイナス29・9%(年率換算)という大変な落ち込みになっ
たのです。
 失業率は、2月3・5%、3月4・4%、4月14・7%まで
急上昇し、失業者数は570万人、720万人、2300万人と
大幅に増加し、米国景気はマヒ状態に陥ります。戦後最悪のマイ
ナス成長であり、戦後最悪の失業率です。
 事態の深刻さに気が付いた米議会は、3月6日には第1弾の経
済対策として、コロナ検査の拡充など83億ドルの財政出動を決
定、3月18日には1000億ドル規模の経済対策第2弾を発出
し、27日には過去最大の2兆ドルの経済対策第3弾が成立して
います。
 この米政府による大判振る舞いによって、中小企業に3500
億ドルの補助金、家計には1人最大1200ドルの現金を支給し
たほか、家賃の支払いや食材の購入などを支援しています。この
過去最大の巨額な財政出動を支えたのが、FRBが無制限に国債
を買い入れる量的緩和政策です。つまり、米国も日本と同じよう
に、異次元の金融緩和政策をやっていたことになります。このと
きは、長期金利は大幅に下落し、5月には史上最低の0・5%ま
で下がっています。
 米国のコロナ禍での金融緩和策で大活躍のパウエル議長に対し
て、トランプ大統領は電話をかけて、「ジェローム、グッドジョ
ップ!」とねぎらいの言葉をかけたといわれています。
 2021年1月にバイデン政権が誕生しますが、バイデン大統
領は、前任者に負けないように、1・9兆ドルの新型コロナ対策
を発動しています。この追加財政出動の規模は名目GDPの9%
分であり、いささか多過ぎたといえます。
 なぜなら、トランプ政権では、経済封鎖を早めに解除し、20
21年の春時点での実質GDPは、ほとんど危機前の水準に戻り
つつあったからです。しかし、この頃から物価が上昇し、インフ
レ気味になっていったのです。しかし、パウエル議長は「物価上
昇は一時的であって、長く続かいと判断します。しかし、2%の
インフレ目標が安定的に目標の2%に戻るのには3年程度はかか
る」と考えていたのです。そのために1・9兆ドルの経済対策は
必要であると考えたようです。
 しかし、2021年の春になると、インフレは止まるどころか
激しくなっていったのです。消費者物価指数(CPI)上昇率は
2021年3月には2・6%、4月には4・1%に急上昇し、6
月には5%、10月には6%、12月には7%台になります。完
全なインフレです。
 2021年春の時点でなぜFRBがインフレを読み誤ったので
しょうか。FRBは、あらゆる経済データを高度に分析できる実
力を持っているのになぜこのミスを犯したのでしょうか。それは
コロナ危機で発生した供給制約を経済モデルにおいて的確にとら
えられなかったことにあります。
 それは、このインフレがこれまでのインフレと違い、需要面で
なく、供給面に起因する特殊なものであるからです。渡辺努東京
大学大学院教授が『世界インフレの謎』を上梓した理由でもあり
ます。パウエル議長はまだ難問を抱え、このインフレを制御でき
ていないでいる状態にあります。
           ──[物価と中央銀行の役割/036]

≪画像および関連情報≫
 ●「アメリカは利上げ終えた」と期待する市場の甘さ
  ───────────────────────────
   FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレを退治したう
  えにアメリカ経済をソフトランディング(軟着陸)させるこ
  とに成功するかもしれないという期待が金融市場で着実に高
  まっている。物価上昇やその要因となる雇用市場の逼迫が落
  ち着き始めている指標が相次いで出ており、FRBの利上げ
  は事実上終わったとの楽観論も出ている。
   8月29日にアメリカ労働省が発表した7月の雇用動態調
  査(JOLTS)では、非農業部門の求人件数(季節調整済
  み、速報値)が882万7000件にとどまった。市場予想
  は950万件だったほか、2021年3月以来の低水準でも
  あり、予想以上に、労働需給の逼迫が緩和していると思われ
  た。市場はすぐさま反応した。同日は、株式市場でS&P5
  00指数が1・5%高となり、6月上旬以来の大幅上昇。ハ
  イテク株中心のナスダック総合指数も1・7%上昇と直近1
  カ月で最大の上げ幅を記録した。債券市場でも、政策に敏感
  に反応するアメリカ2年物国債利回りは0・12ポイント低
  下で4・89%、ベンチマークでもある10年債利回りは、
  0・1ポイント低下して4・12%となった。
   9月1日に発表された8月の雇用統計でも非農業部門雇用
  者数は18万7000人増加と市場予想を上回ったものの、
  6月と7月の伸びがそれぞれ下方修正された。
         https://toyokeizai.net/articles/-/698836
  ───────────────────────────
苦悩するパウエル米FRB議長.jpg
苦悩するパウエル米FRB議長
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2023年10月13日

●「米雇用統計は重要経済データである」(第6027号)

 「FRBは米国の中央銀行であり、日本の日銀と同じ」という
説明を繰り返していますが、これは必ずしも正しい表現とはいえ
ないのです。
 米国の中央銀行制度は、FRSと呼ばれますが、FRBはその
中心機関になのです。FRSは、「連邦準備制度」といい、次の
英語の頭文字をとったものです。
─────────────────────────────
          ◎FRS連邦準備制度
         Federal Reserve System
  なお、「Federal」の「Fed」(フェッド)と呼ぶこともある
─────────────────────────────
 したがって、米国の中央銀行(制度)というと、「FRS」を
指しますが、その中心機関がFRB(連邦準備理事会)であるの
で、FRBを中央銀行といっているのです。
 なお、FRBは、FRSの最高意思決定機関ですが、金融政策
を実施するほか、全米12地区の地区連銀──連邦準備銀行を総
括しています。
 そして、このFRBのメンバーと、地区連銀総裁が年8回集ま
って行われるFOMC(連邦公開市場委員会)がありますが、こ
れは、日銀の「金融政策決定会合」と同じです。
 制度の違い以外にも日銀とFRBには、その目的に違いがあり
ます。日銀もFRBも、金融政策、すなわち金利の上下を通じて
景気をコントロールする役割そのものは同じですが、掲げている
目標は微妙に異なります。
 日銀は、「物価の安定」と「インフレ目標2%達成と維持」が
目標ですが、FRBの場合は、それらに加えて「雇用の最大化」
つまり失業率を下げるという役割も担っています。
 しかし、「物価」と「雇用」は密接に関係しています。失業率
が高いとします。この場合、中央銀行は金融緩和をしておカネの
流れをよくして景気を回復させようとします。この政策がうまく
いって、景気が回復し、失業率が低下したとします。すると企業
は、労働者を確保するために賃金を上げます。すると今度は企業
がコスト増加に見合った利益を確保するため、販売価格を引き上
げ、物価が上がります。このように、雇用と物価と賃金はそれぞ
れ表裏一体の関係にあるのです。
 10月8日付の日本経済新聞に「米長期金利迫る5%」の見出
しとともに、次の報道が掲載されています。
─────────────────────────────
 6日の米債券市場で長期金利の指標となる10年物国債利回り
は、一時、前日比0・16%上昇(債券価格は下落)の4・88
%と、2007年8月以来16年ぶりの高水準に上昇した。直近
2カ月の上昇幅は0・8%に達し、5%が視野に入ってきた。
 金利を押し上げたのは同日、米労働省が公表した9月の雇用統
計だ。非農業部門の就業者数は、前月比33万6000人増えて
17万人程度だった市場予想を大きく上回った。人手不足感の強
かった娯楽・接客業が、約10万人増え、全体の増加につながっ
た。       ──2023年10月8日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 この記事のなかに「金利を押し上げたのは同日、米労働省が公
表した9月の雇用統計だ」という部分があります。この米国雇用
統計に注目してみます。
 米国雇用統計のなかで、とくに注目すべきは、「非農業部門雇
用者数」や「失業率」です。「非農業部門雇用者数」は、農業関
連以外の産業で働く人の数や増減をまとめたデータです。「失業
率」は、米国内の失業者数を労働力人口(失業者数と就業者数の
合計)で割った数値です。
 原則、毎月第1金曜日に、前月分の統計が発表されるので月次
データとしての速報性があります。厳密には毎月12日を含む1
週間を対象とし、約16万の企業や政府機関の中から約40万件
のサンプルを調査・集計し発表します。
 発表時間は米国時間の朝8時半です。日本時間では、米国夏時
間(サマータイム。3月第2日曜日から11月第1日曜日)の場
合は夜21時半、それ以外の時期(冬時間)は夜22時半です。
 この米国雇用統計のデータがメディアに流れる前後に為替や株
が大きく動くことが多く、世界中の投資家にとって重要なイベン
トになっています。動画などのライブ放送をしているメディアも
あるほど、注目されているのです。
 この米国雇用統計は、単にトレンドを見るのでなく、市場予想
との対比で見ることが主流です。経済調査機関が出した経済予想
の平均値を「市場予想(コンセンサス)」といいます。米国雇用
統計を見る場合、非農業部門雇用者数や失業率が、市場予想に対
して「ポジティブ・サプライズ(いい数字)」だったか、「ネガ
ティブ・サプライズ(悪い数字)」だったかによって、金融市場
に与える影響が異なってきます。
 ちなみに、非農業部門雇用者数は前月比の増減で表し、「前月
比○万人増」というように発表されます。失業率は失業者数を労
働力人口で割った比率で表し、「失業率○%」というように発表
されます。この結果において、次の判断ができます。
─────────────────────────────
       ◎米国雇用統計の結果がよいとき
           ──ドルが買われやすい
       ◎米国雇用統計の結果が悪いとき
           ──ドルが売られやすい
─────────────────────────────
 数次の利上げにもかかわらず、米国の労働市場は依然として堅
調で、FRB関係者によれば「バランスを崩している」。急激な
利上げにもかかわらず、労働力の需要が供給を上回っているので
です。なぜでしょうか。このあたりの関係について、来週のEJ
で分析していきたいと考えています。
           ──[物価と中央銀行の役割/037]

≪画像および関連情報≫
 ●長期金利が上昇 → 金利がわかれば経済がわかる
  ───────────────────────────
   「長期金利6年ぶりに一時0・2%台に上昇」「住宅ロー
  ン固定金利、6年ぶり高水準」、「米FRB/3月に利上げ
  へ」。最近の朝日新聞に載っていた記事の見出しです。どれ
  も金利が久しぶりに上がっているという内容です。金利が上
  がることの何がニュースなのか、と思う人もいるかもしれま
  せんが、金利は「経済の体温計」です。金利の動きを理解す
  れば、今の世界経済がわかります。ひょっとすると、今の金
  利上昇は世界経済の転換点を示しているのかもしれません。
   まず、金利とは何かというそもそも論から始めます。金利
  は貸し借りするお金に対する利子の割合のことです。では、
  利子とは何かということです。お金を借りる人が貸す人に払
  うお礼と考えればわかりやすいと思います。モノを借りると
  きも貸してくれる人にお礼をするのが一般的ですが、お金も
  同じです。わたしたちが銀行にお金を預けると利子がつきま
  すが、それはわたしたちが銀行にお金を貸すので、銀行はわ
  たしたちにお礼をしているのです。国が発行する国債にも利
  子がついています。国債を買う人は国にお金を貸すというこ
  とですから、借りる側の国が買う人にお礼をしています。お
  金を借りたい人が世の中にたくさんいて、お金を貸す人が少
  ないと、たくさんのお礼をしないと貸してくれません。この
  状態は景気のいいときですので、景気のいいときは一般的に
  利子の割合、つまり金利が高くなっていくといえます。逆に
  お金を借りたい人が少なくて、お金を貸したい人が多いと、
  お礼は少なくてすみます。これは不景気のときですから、一
  般的に金利は低くなっていきます。
       https://www.asahi.com/edua/article/14543422
  ───────────────────────────
米長期金利は一時4・88%まで上昇.jpg
米長期金利は一時4・88%まで上昇
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2023年10月16日

●「なせ、長期金利は突然急落したか」(第6028号)

 連休明けの10月10日のことです。それまで株安・円安が続
いてきた東京市場では、これに急ブレーキがかかり、日経平均株
価は751円高と今年一番の今年最大の上昇になったのです。ち
なみに、10月10日の日経平均株価は3万1713円62銭で
す。3万円台を安定して維持しています。
─────────────────────────────
    9月20日    〜       ⇒10日
        ●●●○●○●●●●●○●○○
─────────────────────────────
 日経平均株価に影響を与えているのは、米FRBがインフレを
抑えるために行っている追加利上げです。利上げは、金融引き締
めることになるので、利上げが繰り返し行われると、米景気が後
退し、それに影響されて、日経平均株価が動くのです。
 原因は米10年物国債利回りの急落です。6日には「4・88
%」まで上昇(価格は低下)して5%を窺う勢いだったものが、
10日のアジア時間の取引では「4・6%台」まで低下したので
す。低下の原因としては、次の2つがあります。
─────────────────────────────
      @FRB高官による利上げへの抑制発言
      A労働市場の逼迫感が若干緩和している
─────────────────────────────
 FRB高官が相次いで足下の長期金利上昇を警戒した発言──
10日のEJ参照──をしたことにより、金利がそれ以上上昇す
るのを防いだといえます。FRBジェファーソン副議長はこれに
ついて講演で次のように述べています。
─────────────────────────────
 追加的な引き締めがどの程度必要かを慎重に見極める状況にあ
ると考える。        ──FRBジェファーソン副議長
─────────────────────────────
 次回の米FOMCは、10月31日〜11月1日ですが、FR
B高官らの発言によって、利上げの予想が3割台から、1割台に
落下しています。
 長期金利低下の原因のAは、労働市場をどう見るかによって異
なります。「堅調」ととらえるか、「緩和」と見るかで、意見は
分かれています。9月の米雇用統計で特徴的なのは、ここまでの
数次にわたるFRBによる利上げにもかかわらず、9月の米雇用
統計は、非農業部門の雇用者数の伸びが33・6万人と市場予想
を大幅に上回っているのです。
 何が起きているのでしょうか。この米国の非農業部門雇用統計
に基づく直近の興味あるレポートがあります。働き方を見直した
労働者による影響を論じています。
─────────────────────────────
 最新の統計によると、2023年1月の非農業部門雇用者数は
51万7000人増(季節調整済み)で、予想の平均の18万7
000人を3倍近く上回った。失業率は3・4%に低下し、過去
50年で最低の水準となっている。また、2022年12月時点
で、失業者1人につき2人近い求人がある。FRBが利上げペー
スを減速して、インフレの抑制に努めているにもかかわらず、労
働市場はなぜこれほど逼迫しているのだろうか。
 エコノミストは労働人口の減少を指摘している。実際、労働市
場参加率は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの直前か
ら0・9ポイント低下している。労働年齢にある米国人のほぼ1
%が、パンデミック前は働いていたが、現在は働いていないとい
うことだ。これは新型コロナに関連する早期退職だけでなく、パ
ンデミック以前から続く長期的な傾向を反映している。
         https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9409
─────────────────────────────
 興味深い指摘であると思います。労働力の供給には、次の2つ
の要素があります。
─────────────────────────────
       @         労働者の数
       A労働者1人当たりの労働時間数
─────────────────────────────
 多くの場合、労働者の数の増減が注目されます。米国の非農業
部門の雇用統計によると、労働者の数──労働に参加する人は増
えています。しかし、よく考えてみると、労働者の数が増加した
だけでは、真の労働供給量は決められないのです。そこに労働者
1人当たりの労働時間数が問題になっています。
 実際には、労働供給は需給の差に合わせて調整されるため、一
般に、労働市場が逼迫したり緩和したりするのは、雇用者や求職
者の数が、増えたり減ったりするからであるといえます。
 パンデミックからの回復に関してこのレポートでは、次の点を
指摘しています。
─────────────────────────────
 パンデミックからの回復は例外的だ。米国の総労働時間は20
19年から2022年にかけて、一人当たり年間33時間の減少
に相当するほど落ち込んだ。筆者たちの推定では、このうち15
時間は労働者の数の減少によるもので、残りは労働時間の減少に
よるものだ。
 つまり、米国の雇用者の労働時間は平均すると減少している。
では、誰の労働時間が減っているのだろうか。より顕著なのは学
号を持つ25〜55歳の男性、高収入の男性の労働時間が最も減
っている。たとえば、男性労働者の収入上位10%(年収14万
ドル以上)は、2019年の週44・7時間から2022年には
週43・2時間へと1時間半も減っている。対照的に、男性労働
者の収入下位10%(年収2万2000ドル未満)は2019年
の週22・6時間から2022年は23・4時間に増えている。
        https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9409
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/038]

≪画像および関連情報≫
 ●米雇用統計(23年9月)−非農業部門雇用者数は市場予
  想を大幅に上回る増加
  ───────────────────────────
   10月6日、米国労働統計局(BLS)は9月の雇用統計
  を発表した。非農業部門雇用者数は、前月対比で+33・6
  6万人の増加(前月改定値:+22・7万人)と+18・7
  万人から上方修正された前月、市場予想の+10・0万人を
  大幅に上回った。
   失業率は、3・8%(前月:3・8%、市場予想:3・7
  %)と前月に一致、低下を見込んだ市場予想を上回った。労
  働参加率は62・8%(前月:62・8%、市場予想:62
  ・8%)と前月、市場予想に一致した。
   9月の非農業部門雇用者数は市場予想の倍の増加を示した
  ほか、過去2ヵ月分が合計で、+11・9万人の大幅な上方
  修正となった結果、23年7〜9月期の月間平均増加ペース
  は、+26・6万人増と、23年4〜6月期の同+20・1
  万人増、23年初からの同+26・0万人増を上回っており
  足元で雇用増加ペースが再び加速していることを示した。
   一方、労働参加率は20年2月以来となった8月の水準を
  維持しており、人口動態から構造的に低下基調となる傾向を
  考慮すれば、水準を維持しただけで労働供給の回復継続を確
  認したと言えよう。       https://onl.bz/ri2fLn3
  ───────────────────────────
11月FOMCでの利上げ確率は低下.jpg
11月FOMCでの利上げ確率は低下
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2023年10月17日

●「あのバブルでも物価は動いていない」(第6029号)

 とんでもないことが起きています。ロシアによるウクライナ侵
攻が膠着状態に陥り、イスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃
が起き、国際社会は、2つの大きな戦争を抱えることになってし
まったからです。
 7月10日からスタートしたEJの今回のテーマは「物価とは
何か」を追及しています。しかも、2023年の日本経済は、長
期デフレではなく高インフレが起きており、いつもとは異なる様
相を見せ、もしかすると、株価が4万円を超える可能性があり、
その周辺の情報を集めてお送りしています。日経平均株価の最高
値は次の通りです。バブル経済の絶頂期の記録です。
─────────────────────────────
   ◎1989年(平成元年)12月29日(大納会)
                3万8915円87銭
─────────────────────────────
 1980年代後半の日本は、「バブル景気」に湧いていた時代
です。ところで「泡」を意味する「バブル」という経済現象とは
どういう現象なのでしょうか。
 バブルは、不動産や株の価格が急上昇する景気過熱の経済現象
です。しかし、日本では、1990年代のはじめにはじけてしま
い、株は暴落するし、不動産は大幅値下がりし、買い手がつかず
ビジネスは停滞してしまったのです。その後、日本経済はデフレ
に突入し、現在まで続いています。
 このとき景気は超過熱しましたが、一つだけガンとして動かな
かったものがあります。それは「物価」です。そのとき物価に関
しては、ほとんどの人が気にしていませんしたが、このことを気
にしていた人物がいます。当時日銀職員だった渡辺努東京大学大
学院教授です。その当時のことについて、渡辺教授は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 1980年代後半のバブル真っ盛りのころは景気も超過熱して
いたので、価格が上がるのが当然なのに、実際はそうならなかっ
たのです。私はそれが不思議でなりませんでした。消費者物価指
数(CPI)で測ったインフレ率の動きは極めて緩慢で、株価が
ピークをつけた1989年12月でもインフレ率は2・9%にし
かずぎませんでした。物価が停滞する近年の基準からすると、十
分に高く見えますが、当時の景気の過熱ぶりからすると、あり得
ないくらい低い水準です。
 物価が動かなかったのは、上がるべきときだけでなく、下がる
べきときもそうでした。バブルがはじけ景気が悪化し、失業率は
3%超まで悪化していきます。企業の生産も1992年春には前
年を1割下まわるという危機的な状況になりました。しかし、そ
の時点でのインフレ率2・5%程度であり、それまでより若干低
くなったとは言っても、物価安定が損なわれていると問題視され
る水準ではありませんでした。        ──渡辺努著/
         『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 問題は、バブルが脹らんでも物価が上がらなかったことによっ
て、日銀が金融引き締めに動かなかったことにあるといえます。
もし、1980年代後半に物価が上がっていれば金融政策によっ
てバブルがあそこまで拡大しなかったといえます。
 同様に、バブルが1990年代前半に物価が急激に下がってい
たら、日銀はデフレを避けるため、大規模な金融緩和を行ってい
たはずです。残念ながら、日銀は両方とも動いていないのです。
 その当時の日銀総裁に責任をかぶせるつもりはありませんが、
バブルとその後始末に最も関連があったと思われる日銀総裁4人
を参考までに次に掲載しておきます。
─────────────────────────────
    ◎バブルに関係のある日銀総裁
     澄田 智 ・・・ 1984〜1989
     三重野康 ・・・ 1989〜1994
     松下康雄 ・・・ 1994〜1998
     速水 優 ・・・ 1998〜2003
─────────────────────────────
 経済学のテキストには「モノの値段は需要と供給のバランスに
よって決まる」と書いてあります。需要というのは「買いたい」
ということ、供給とは「売りたい」ということです。売り手と買
い手の間で意見交換を行うわけではありませんが、自然と売り手
と買い手の折り合いがつく値段に決まるというのです。
 しかし、「需要」と「供給」が食い違っているときは、なかな
か「価格」が調整されないのです。詳細については、欄外の≪画
像および関連情報≫を読んでください。需要と供給を一致させる
という市場の機能が十分に働くのであれば、中央銀行が金融政策
や財政政策によって有効需要を増やす必要はないのではないかと
いう疑問もあります。
 しかし、もともと物価は動きの鈍いものであり、これを「価格
の硬直性」と呼んでいます。ケインズが提唱したものです。これ
は、安倍元首相と黒田前日銀総裁が2013年から挑戦したアベ
ノミクスス「2%の物価目標」がないない達成されないというこ
とからも理解できると思います。これは、日銀にとって、世紀の
大実験であったといえます。
 「価格の硬直性」は1936年出版の『一般理論』で提唱され
て以来、ケインズに続く経済学者たちは、深くその理由を考える
こともなく、マクロ経済学といえば、「価格は動かない」という
前提の下で、失業や金融政策や財政政策を議論してきていますが
本格的な研究が始まったのは、2000年代に入ってからのこと
です。「バブルでも物価は動かない」──その理由を追及するこ
とはきわめて困難なことです。起こったことの追及はできますが
起こらなかったことのそれは、そもそも関心がないし、極めて困
難なことであるからです。
           ──[物価と中央銀行の役割/039]

≪画像および関連情報≫
 ●「モノの値段」ってどうやって決まるの?
  ───────────────────────────
   モノの値段の決まり方を知るために、100人の島にある
  リンゴを例に考えてみます。100人の島には、「リンゴを
  欲しい」と思っている人が15人いるとします。この15人
  全員が、「リンゴを100エンで買いたい」と思っているわ
  けではありません。人によっては、「200エンなら買いた
  い」「50エンなら買いたい」「そもそも、リンゴは買いた
  くない」と思うでしょう。同じようにリンゴが欲しいと思っ
  ていても、「リンゴ1個、〇〇エンなら買ってもいいかな」
  という買い手の価格感覚はそれぞれです。
   一方で、リンゴを売りたいと思っている人も15人いると
  します。この場合も、人によっては、「50エンでも売りた
  い」と思う人もいれば、「250エンなら売りたい」と思う
  人もいるでしょう。このように、「リンゴ1個、〇〇エンな
  ら売りたい」という売り手の価格感覚もそれぞれだというこ
  とが分かります。
   このように値段に対する買い手の人数分布を「需要曲線」
  売り手の人数分布を「供給曲線」と言い、この両者が存在す
  ることで値段が決まります。
  https://sanctuarybooks.jp/webmag/20220929-10675.html
  ───────────────────────────
1989(平成元年)12月29日大納会.jpg
1989(平成元年)12月29日大納会
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2023年10月18日

●「3つのシナリオ/原油価格に影響か」(第6030号)

 物価の話に戻そうと思ったのですが、またしても金利の話をし
なければならなくなりました。原因は、いうまでもなく10月7
日に発生したイスラエルとイスラム組織ハマスとの激突です。
 2023年10月16日付、日本経済新聞は、3面に次の記事
を掲載しています。なお、この原稿は16日に書いているので、
2日間で中東情勢がどう動くかについては予想できていません。
─────────────────────────────
◎米金利乱高下・中東緊迫、揺れる市場/中東緊迫/混迷深まる
                FRB追加利上げ見方割れる
 米長期金利の乱高下で世界の金融市場が揺れている。米連邦準
備理事会(FRB)による追加利上げを巡る見方はなお割れる。
イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突に伴う中東情勢の影響も
読み切れず、市場は原油高の再燃などに身構える。
        ──2023年10月16日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 一般的な常識として、中東で何かが起きれば原油価格が上昇し
経済に影響を与えることは必至です。しかし、こんなことが起こ
ろうとは、だれも予想していなかったはず。大きな情勢変化であ
るといえます。
 このところEJは米長期金利の動きに注目しています。10月
上旬の米長期金利は、9月中旬の4・3%から4・88%まで上
昇し、5%を窺う勢いだったのです。このままでは、FRBは、
さらなる利上げが必要となり、インフレを軟着陸させることは困
難になります。
 ところが、9月の米雇用統計の数字がかなり良かったことによ
り、米長期金利は4・6%台に下がったのです。FRB高官の発
言も原因になっています。この数字は、過去50年で最低のレベ
ルです。日経平均株価はこれを好感して3日間で1500円近く
上昇していますが、今回のハマスによるイスラエル襲撃後の12
日、米国の消費者物価指数(CPI)は、市場の予想を大きく上
回ったのです。これによって、長期金利は4・7%へ上昇に転じ
潮目が変わったように見えます。
 問題は、このイスラエルとハマスの戦闘が原油高に火をつける
かどうかでです。これについてイスラエルのネタニアフ首相は、
「ガザに軍事侵攻し、制圧し、ハマスを根絶やしにする」といっ
ています。イスラエルは、ハマスによって突然攻撃され、大勢の
人が亡くなっています。したがって、イスラエルとしては、ハマ
スに対して、手緩い対応ができないのです。
 イスラエル軍は、形式上はガザ地区の住民に対し、「南に逃げ
ろ」と呼び掛けていますが、その一方でガザ地区のライフライン
を絶ったうえで、空爆をしており、実際に南に逃げられる人ごく
小数であると思われます。「できないことをやれ」といっている
のに等しいのです。
 ここで大事なことは、「パレスチナ=ハマス」ではないという
ことです。この関係について、明確にしておく必要があります。
─────────────────────────────
 ハマスとは、パレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織。
イスラエルの破壊と、その後のイスラム国家の樹立を、目標に掲
げている。2007年にガザ地区を掌握して以来、イスラエルと
何度か交戦してきた。戦争と戦争の合間にも、イスラエルに向け
てロケット弾を何千発も発射するほか、他の武装勢力にも発射さ
せてきた。別の攻撃方法でもイスラエル人らを殺害してきた。一
方のイスラエルも、繰り返しハマスを空爆。2007年からは治
安対策を理由に、ガザ地区をエジプトと共同で封鎖している。
                 https://onl.bz/ErS33qu
─────────────────────────────
 もし、イスラエル軍によるガザ地区への軍事侵攻が行われ、そ
こで大勢のパレスチナ人が亡くなると、ヒズボラがハマスを支援
する可能性が高いといわれます。
 ヒズボラとは、1982年に結成されたレバノンのシーア派イ
スラム主義の政治組織であり、ハマスを上回る武装組織です。イ
ランとシリアの政治支援を受け、その軍事部門はアラブ・イスラ
ム世界の大半で抵抗運動の組織とみなされています。ヒズボラの
バックにはもイランが控えています。
 この原稿を書いている時点では、まだ地上戦ははじまっていま
せんが、欧州金融大手UBSは、事態の推移によって、次の3つ
のシナリオを立てています。
─────────────────────────────
◎欧州金融大手UBSによる3つのシナリオ
 @イスラエルとハマスの敵対行動の速やかな停止が、人道的に
  最善で、市場の緊張も和らぐ。
 A長期化しても、対立がイスラエルとハマスの地域に限定され
  るなら市場への影響は薄れる。
 Bイランが関与し、米国がイラン制裁を強化する事態になると
  原油価格に重大な影響が出る。
        ──2023年10月16日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ドルと原油は逆相関の関係にある──原油が上がるときは、ド
ルが下がったのです。この関係は、資源輸入国にとっては、自国
通貨建ての原油価格を安定化させる方向に働いてきています。し
かし、この経験則がコロナ禍とウクライナ戦争を機に、効かなく
なってしまっています。つまり、供給面から原油高を招きやすい
構図が出来上がってきているといえます。
 もし、「ドルと原油の同時高」ということになると、日本や欧
州のような資源輸入国は一層苦しくなります。そして何よりも、
原油高によるインフレの懸念が浮上すれば、FRBの引き締めの
長期化は必至です。さらに西側陣営にとって何よりも困ることは
原油高がロシアを利することであり、それを中国がどのように見
るかという点にあります。
           ──[物価と中央銀行の役割/040]

≪画像および関連情報≫
 ●イスラエルとハマス衝突、ロシアは双方に停戦要求
  ──ウクライナ支援への関心低下狙いか
  ───────────────────────────
   イスラム主義組織ハマスによるイスラエルへの攻撃に対し
  ロシアが双方に停戦を求めた一方で、ウクライナはイスラエ
  ル支持を明確に打ち出し、対照的な反応を示した。ロシア側
  がウクライナ侵略への関心を低下させるため、情報戦に乗り
  出したとの見方もある。
   ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は7日、事態の深
  刻化に懸念を示した上で「75年にわたる紛争は武力ではな
  く、政治・外交的な手段でのみ解決できる」とし、双方に即
  時停戦を求めた。ロシアは中東情勢で中立的な立場を維持し
  てきた。ハマスを支持するイランとは友好関係にあり、イス
  ラエルとも関係を維持するためだ。イスラエル側も米欧主導
  の対露制裁やウクライナへの軍事支援からは距離を置く。
   米政策研究機関「戦争研究所」は7日、ロシアは中東の軍
  事衝突を「西側諸国のウクライナへの支援や関心をそぐため
  の情報戦に利用する」と分析した。実際、メドベージェフ前
  大統領はSNSに「(中東情勢こそ)米国やその同盟国が取
  り組むべきだ」と投稿した。
   一方、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領
  はSNSでハマスの攻撃を「テロ」とし、「イスラエルが自
  衛権があるのは議論の余地がない」と投稿した。米欧各国と
  同様、イスラエルを支持する姿勢を示している。
  https://www.yomiuri.co.jp/world/20231008-OYT1T50138/
  ───────────────────────────
米長期金利の振れ幅の大きさが市場を揺らす.jpg
米長期金利の振れ幅の大きさが市場を揺らす
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2023年10月20日

●「岸田首相はどんな減税を打ち出すか」(第6031号)

 米債券市場で、長期金利の乱高下が続いています。10月の今
日まで、長期金利が、1日に「0・1%」以上変動する日は7割
を超えています。これは、3月の米地銀の破綻が相次いだ以来の
荒い値動きになっています。
 ウクライナ戦争に加えて、中東でも戦争が起きる一歩手前にあ
り、情勢が読み難くなっています。そこで今日は金曜日でもある
ので、国内の問題を取り上げることにします。
 日本の政治の世界では不思議なことが起きています。岸田首相
が「減税」を口にしているからです。何度も述べているように、
岸田首相の辞書には「減税」ということばはないはずです。
 ネットでは、岸田首相のことを「増税メガネ」と呼んでいます
が、「なぜ、増税メガネ」なのでしょうか。これについて、国民
民主党代表の玉木雄一郎氏は、次のようにいっています。
─────────────────────────────
 私はやっぱり、総理がもう少し、喜怒哀楽を出されたほうがい
いんじゃないか。この前もパネル作ってやってましたけど、何か
学校の先生がやってるみたいで、多くの人が黒板を見て指差しさ
れると嫌な感じばっかり印象に残っている。メガネかけた学校の
先生に難しい授業を教わっている感じになって、伝わるべきもの
は伝わってないんじゃないかな。
               ──玉木雄一郎国民民主党代表
─────────────────────────────
 それにしてもなぜメガネなのでしょうか。それは、2015年
の第28回目になる「日本メガネベストドレッサー賞」の政治部
門の賞を外務大臣のときに受賞しているからです。
 確かに岸田首相は、上品で、メガネも似合うし、スーツをきち
んと着こなして、外務大臣としての風格はあります。外務大臣を
長くやっているところから、語学力も達者です。しかし、岸田内
閣の最新の支持率は、今月の14日から15日に実施された朝日
新社の調査によると29%、不支持率は60%です。
 時事通信の10月調査によると、岸田内閣の年代別支持率は若
者の支持率が非常に低いのです。
─────────────────────────────
          ◎岸田内閣の年代別支持率
       18〜29歳 ・・ 10・3%
         30歳代 ・・ 18・1%
         40歳代 ・・ 25・1%
         50歳代 ・・ 24・0%
         60歳代 ・・ 32・4%
        70歳以上 ・・ 36・0%
                 ──時事通信の10月調査
          2023年10月18日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 内閣の支持率は年齢にほぼ比例するといわれます。そうすると
29%という支持率は70歳以上に位置づけられます。「70歳
以上」と「18〜29歳」は「25・7%」の開きがあります。
数字は出していませんが、男女別では「男性/29・9%」「女
性/22・5%」となっています。
 つまり、岸田内閣は、高齢者/男性の支持が高く、若者/女性
の支持が低いのが特徴なのです。若者の支持が高かった安倍内閣
と大きな違いがあります。これについて、井田正道明治大学教授
(計量経済学)は次のように述べています。
─────────────────────────────
 安倍内閣はキャッチフレーズがうまく、何か新しいことをやっ
ているイメージがありました。若者の雇用も改善した。菅内閣に
は携帯電話の料金を大幅に下げるという実績があった。だから、
若者の支持が高かったのでしょう。ところが岸田内閣からは何を
やりたいのか、ビジョンやメッセージが見えてこない。若者は、
そこにモノ足りなさを感じているのだと思います。
                 ──井田正道明治大学教授
          2023年10月18日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 10月17日のことです。自公両党は、岸田首相に経済対策の
提言を提出しています。しかし、このなかには、所得税減税の明
記は見送られています。これは、岸田首相が「減税の話は自分が
直接話す」といったからです。減税の話をする前に、先にアドバ
ルーンが上がってしまうと、自分が話すときのインパクトという
か、効果が小さくなると考えているのだと思います。
 すべてにおいて話が小さいのです。岸田内閣は、当初は「賃上
げ税制」など、国民に直接給付するのではなく、ガソリンの補助
金のように企業を通して給付しようとします。ガソリンに関して
は「トリガー条項」があるにもかかわらずです。お蔭で補助金を
託された石油会社は大儲けです。国民に直接給付するより、企業
を通して渡した方が、企業も政府に協力してくれるという発想で
しょうか。
 もし岸田内閣が所得税を減税をするとなると、どのくらいの規
模になるでしょうか。2020年に一律10万円配った特別定額
給付金の予算規模は、12兆8800億円ですが、今回はそんな
余裕があるわけはなく、せいぜい2兆〜3兆円の規模にとどまる
ことになると思います。
 しかも、これだけでは、課税最低限以下の低所得層には恩恵が
及ばないので、給付金が必要です。これら非課税世帯への給付金
とワンセットにすると、減税の規模は大きく縮小され、物価高対
策にはならないでしょう。岸田内閣は、何かそういうケチくさい
ところがあります。
 国民が真に望んでいるのは、やはり時限付き消費税減税です。
これについては、「法律改正に時間がかかる」「買い控えが起き
る」「一度下げると元に戻すのが困難」と、財務省(ザイム真理
教)は、できない理由ばかり並べて反対します。
           ──[物価と中央銀行の役割/041]

≪画像および関連情報≫
 ●日本人の生活が苦しいホントの理由、なぜ「減税」は当てに
  ならないのか?
  ───────────────────────────
   私たち日本人は、仕事を持っている人の場合、所得税や地
  方税といった税金に加え、年金や医療など社会保障の保険料
  を納める必要がある。近年、こうした国民負担の重さについ
  て強く認識する人が増えている。ネットでは「日本のような
  重税国家では窒息してしまう」といった意見をたくさん目に
  するが、諸外国と比較すると日本の国民負担率はそれほど高
  くない。
   このように書くと、瞬間湯沸かし器のように怒り出す人が
  いるが、筆者は「負担率が低いので大したことはない」と主
  張したいのではない。むしろ筆者の見立てはもっと深刻であ
  る。諸外国と比較して負担率が低く推移しているにもかかわ
  らず、国民の負担感は諸外国より大きいのが現実であり、日
  本が置かれた状況はさらに厳しいと主張したいのだ。以下で
  はなぜそうなっているのか、どうすれば解決できるのかつい
  て考察していく。
   メディアでは「国民負担率」という言葉をよく目にするが
  実は国民負担率というのは日本独特の概念であり、諸外国に
  は存在しない。財務省が国民負担率の国際比較結果を公表し
  ているが、これは日本だけで通用する資料である。
   諸外国においては、所得税や地方税などの税金は一方的に
  徴収されるものなので「負担」とみなされるが、年金や医療
  については保険料を払っている本人が直接的な受益者であり
  負担とは位置付けられていない。だが、ここでは税と社会保
  障の支出を国民負担とする日本式の概念で議論を進めていく
  ことにする。         ──経済評論家 加谷珪一氏
  ───────────────────────────
メガネが似合う岸田首相.jpg
メガネが似合う岸田首相
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2023年10月23日

●「岸田所得減税/どのようが内容か」(第6032号)

 岸田内閣の「所得税減税」の話を続けることにします。増税の
イメージの強い岸田内閣が、所得税の減税をやるとはよほど差し
迫った事情があると考えられます。やはり総選挙を意識している
のでしょうか。今日のEJの執筆時点での最新の情報では、次の
ような減税が考えられています。
─────────────────────────────
     ◎「期限付き」所得税の(定額/定率)減税
            2023年10月20日現在
─────────────────────────────
 「所得税の減税」で思い出すのは、1997年の橋本政権のと
きの特別減税。1997年といえば、当時の巨大証券である山一
証券が、帳簿に載らない債務「簿外債務」が拡大し、資金繰りが
行き詰まるとの判断から、自主廃業を決定したことです。
 当時は橋本龍太郎内閣。橋本首相は、村山内閣のときに決まっ
ていた消費税率3%から5%への引き上げを行い、経済対策とし
て2兆円規模の特別減税を指示しています。
 ちなみに村山内閣というのは、自民党、社会党、新党さきがけ
の3党が「自社さ」連立政権の成立で合意し、村山富市社会党委
員長を首相とする内閣のことです。消費税は、竹下登内閣の19
89年4月1日から税率3%ではじまっています。
 まさか廃業するとは誰も思っていない山一証券が廃業するなど
国内が深刻な金融危機と不況の社会不安が広がっていたこともあ
り、橋本内閣としては所得税の減税を実施しようとしたのです。
 どのような減税だったのでしょうか。
 1998年分の所得税から本人は1万8千円、扶養家族は1人
当たり9000円を税額から差し引くなどの「定額減税」であり
1998年4月には追加で2兆円規模の減税になっています。
 1998年7月には参院選があり、当然橋本首相はその先頭に
立って選挙運動を行っていました。当時橋本内閣は支持率が高く
間違いなく選挙に勝てるという手応えを掴んでいたのです。
 そのためか、橋本首相は、1999年以降は上限を設けた上で
税額から一定割合を引く「定率減税」に切り替えて、これを「恒
久減税化」することを考えていたのです。その構想が選挙運動中
に「ポロッ」と出てしまったのです。そのいきさつを当時の朝日
新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 「特別減税のようなものではなく、恒久的な税制改革として打
ち出されていくと期待している」──橋本首相は、1998年7
月3日の記者会見で、税制改正を巡り、こう発言した。この発言
は恒久減税の実施を明言したと受け取られたが、2日後のテレビ
番組で「財源はどうするのか」などと追及されると、「恒久減税
という言葉は使っていない」とトーンダウン。「首相迷走」と一
気に批判を浴びた。
 8日の記者会見で「99年からの所得税の恒久減税」を明言し
て収拾を図ろうとしたが、有権者の不信感を 払拭 することはで
きなかった。12日の投開票日。自民党は改選61議席を大きく
下回る45議席(追加公認を含む)と惨敗した。
                     ──朝日新聞より
─────────────────────────────
 所得税の減税には、このような橋本内閣の「負の遺産」があり
リスクを伴いますが、岸田首相としては、何をやっても支持率が
上がらない焦りからか、一種の賭けに出たものと思われます。し
かし、恒久減税ならともかく、期限付き所得減税であり、それが
国民にどれほど受け入れられるかは疑問です。
 実施したのはいいが、すぐやめてしまうのでは所得税減税の効
果がないのです。そのため、橋本首相は「何とかこれを恒久減税
にしたい」と思っていたからこそ、失言したものと思われます。
 なお、今回の所得税減税には与党内からも慎重論があります。
10月19日の日経の「オピニオン」において、日本経済新聞社
のコメンテーターの小竹洋之氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 そもそも日本に税収増を還元する余裕があるのだろうか。国際
通貨基金(IMF)は最新の世界経済見通しを盛り込んだ報告書
で、主要27カ国の国内総生産(GDP)に対する公的債務残高
の比率を示した。コロナ危機前の19年から22年までの上昇幅
をみると、日本の24ポイント弱が最も大きい。
 賃上げ促進税制などの拡充はともかく、幅広い所得減税に踏み
込むような局面なのか。むしろ24年度予算案に盛り込む防衛費
や少子化対策、グリーン投資の財源に充て、この先に控える増税
や社会保険料の引き上げを少しでも抑えるほうが賢明に思える。
 日本の物価高は、資源や食料などの輸入価格の上昇が起点だ。
米欧とは逆方向の大規模な金融緩和が誘発した円安に助長された
面もある。これらを放置したまま、一時的な補助金や減税で痛み
を抑え続けるのは限界があろう。
       ──小竹洋之著「不思議の国 税収還元セール」
   2023年10月19日付、日本経済新聞「オピニオン」
─────────────────────────────
 岸田内閣は、なぜこれほど焦っているのでしょうか。
 それは、10月15日に投開票された東京都議選の立川市選挙
区補欠選挙(欠員2)で自民党公認候補が敗北し、自民内で動揺
が広がっているのです。
 今日のEJの時点では結果のわかっている2つの補選──参院
徳島・高知と、衆院長崎4区があります。いずれも与野党対決の
構図になっており、その結果はストレートに与党に響きます。自
民党がこれに敗れると、選挙どころか「岸田降ろし」が起きても
おかしくない事態です。
 しかし、国民は「減税は選挙目当て。後から増税が来る」と警
戒しており、今回の所得税減税がどれほど効果があるのか、きわ
めて疑問であるといえます。
           ──[物価と中央銀行の役割/042]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相の“セコさ”目立つ経済政策・・「所得税減税は
  期限付き」に寄せられる国民の不信と不満
  ───────────────────────────
   10月20日に招集された臨時国会。最大のテーマは「経
  済対策」だが、早くも岸田首相の「セコさ」ばかりが目立っ
  ている。「注目されるのは所得税減税です。自民党は17日
  に提言を首相に手渡しましたが、そのなかにはかねてから主
  張していた所得税減税は盛り込まれていませんでした。周辺
  を取材すると、「所得税減税」ついては首相が打ち出す。そ
  の前に党に出されるとインパクトが弱くなる」と言うことで
  党は忖度をしたようです。
   永田町では「自作自演か」とまで酷評されていますよ。支
  持率回復のために、なりふり構わずなようです」と政治担当
  記者。それを裏付けるように、20日になり首相が自民党と
  公明党に“期限付き”の所得税減税を検討するように指示を
  出したと報道されている。「減税の期間や規模については今
  後の与党内協議に委ねられますが、“期限付き”の文言に与
  野党から、『首相には期限内に景気が良くなる確信や秘策が
  あるのか』と疑問の声が上がりました」(前出・政治担当記
  者)国民にも不信と不満がありありのようで、ネット上には
  このような声が多く寄せられている。《予想通り所得税減税
  やって来たよ。でもショボい期限付きW》《今更だしその期
  限って選挙終わるまででないの?》《年収400万の人間だ
  ったら年間を通したところで減税額なんてよくて年間で2〜
  3万円ですよね》など。    https://onl.bz/UgJFqsV
  ───────────────────────────
日本に税収増を還元する余裕があるか.jpg
日本に税収増を還元する余裕があるか
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2023年10月24日

●「インフレ/各国のMMTの結果である」(第6033号)

 10月19日、米長期金利(10年物国債金利)が遂に1・5
%に達しました。16年ぶりの高水準です。関連する日本経済新
聞の記事を掲載します。
─────────────────────────────
【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)のパウエ
ル議長は19日の講演で、利上げがすでに終結したと読む一部の
市場の見方をけん制した。次回の米連邦公開市場委員会(FOM
C)では政策金利を据え置く姿勢だが、その後は追加利上げの可
能性があると強調した。
 ニューヨークでのイベントで、パウエル氏は今後の金融政策運
営について「不確実性とリスク、これまでの道のりを考えて注意
深く進めている」と発言した。10月31日〜11月1日に予定
される次回のFOMCについて、金利先物市場では9割が利上げ
の見送りを予想している。
        ──2023年10月19日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 なぜ、長期金利は15%まで上昇したのでしょうか。その原因
としては、次の3つがあります。
─────────────────────────────
         @政権の拡張的財政支出
         A米連邦議会下院の混乱
         B幅広い通貨のドル買い
─────────────────────────────
 @は「政権の拡張的財政支出」です。
  米バイデン政権は国債の増発を行い、拡張的財政支出が増え
  ている。米国債はほぼ無リスクであり、それで15%の金利
  が付くなら株を売って、国債を買う人が増える。
 Aは「米連邦議会下院の混乱」です。
  米連邦議会下院議長が解任され、議長不在の異常がそのまま
  であり、大きな不安要素になっている。
 Bは「幅広い通貨のドル買い」です。
  長期金利の上昇を受け、外国為替市場では幅広い通貨に対し
  てドル買いが進み、円相場は一時「1ドル=150円」台ま
  での円安ドル高が進んでいる。
─────────────────────────────
 今回のテーマは、渡辺努東京大学教授の所論をテキストにして
物価に対する中央銀行の役割、インフレとの関連を追及していま
す。これを難しい理屈はともかくとして、少し別な角度から考え
てみることにします。
 積極的な財政運営を可能にするための絶対的な要件とは「長期
金利が低い」ことです。そのため、アベノミクスをサポートした
当時の黒田日銀総裁の「異次元金融緩和」の真の狙いは、長期金
利を低いレベルに下げてそれを維持することにあったのです。
 これに関連して、MMT(現代貨幣理論)という経済学の理論
があります。自国通貨で国債を発行できる国は、決してデフォル
トに陥ることはないので、国は国債を発行し、それを財源にして
いくらでも財政支出ができるという理論です。ただし、その場合
長期金利は低いレベルに抑え込んでおく必要があります。
 MMTに関しては、EJでもテーマとして取り上げて検討して
います。そのさい多くの本を読んで研究しましたが、MMTは、
決していい加減な理論ではなく、納得できることはたくさんある
と考えます。ただし、この理論の提唱者は、一つだけ次の条件を
付けています。
─────────────────────────────
 MMTで注意すべきことといえば、インフレにならないよう注
意することである。     ──ステファニー・ケルトン教授
─────────────────────────────
 コロナ禍では、各国は膨大な財政支出を行い、そのほとんどは
国債で賄われ、中央銀行は大量の国債を購入しています。当初は
各国政府が思うようにいくらでも財政支出が行えるように思えた
ものです。これによって、MMTは正しいのかと最初は考えられ
るようになったのです。しかし、その結果起きたのがインフレで
す。今回のインフレをこのように考えることもできます。
 これについて、野口悠紀雄一橋大学名誉教授は、自著で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 経済学の教科書には、MMTが主張するような財政運営を行な
えば、インフレーションが起きると書いてある。インフレが起き
ると人々の購買力が減少するから、インフレは税の一種だ。しか
も、所得の低い人に対して重い負担を課す過酷な税だ。そのとお
りであることが実証されたのだ。
 誰も負担をせずに、財政支出の利益だけを享受できるという魔
法が実現できるはずはない。打ち出の小槌などありえない。ごく
当たり前のことが実証されただけだと言える。MMTの主唱者で
あるニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授は「支
出を行なう際に、適切な措置が行なわれなかったからだ」と防戦
しているが、説得性に欠けることは否めない。
   ──野口悠紀雄著『日銀の責任/低金利日本からの脱却』
                   PHP新書め1353
─────────────────────────────
 野口教授は興味あることをいっています。それは「日本でもイ
ンフレは起きているが、それは米国のそれとは違う。米国では国
内で需要が増加し、また、賃金が上昇した結果、インフレになっ
ているが、日本はそれとは異なる」といっています。
 野口教授は、「日本の場合は、インフレは国内要因で起きたも
のではなく、輸入されたものだ。つまり、原油価格も、小麦価格
も海外要因によって上昇したのだ。輸入価格の高騰によって、国
内物価が受動的に上昇したからである」。しかし、日銀は利上げ
できない状態にある」と。
           ──[物価と中央銀行の役割/043]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のインフレを巡る不確実性:機動的な金融政策の
  必要性が浮き彫りに
  ───────────────────────────
   日本の総合、インフレ率は、金融・財政政策による下支え
  と観光業の急増を背景に景気回復が続いたため、2月に40
  年ぶりの高水準に達した。ここ数か月はエネルギー価格の下
  落によってインフレ率が減速したものの、生鮮食品とエネル
  ギーを除くコア価格の基調的な動向は勢いを増しており、4
  月には4・1%と40年ぶりの高水準を付けた。
   急激な物価上昇が望ましいとされることはあまりないが、
  日本は1980年代後半から1990年代初頭以降デフレを
  繰り返してきたため、例外と言えよう。世界第3位の経済大
  国が転換点に立ち、日本銀行がようやく物価を2%の目標付
  近で維持できる可能性があるという希望が見えてきた。その
  理由は3つある。
  ・インフレは当初、基調的な需要が底堅かったことからでは
   なく、世界的なエネルギーと、サプライチェーンの危機に
   よって引き起こされたが、価格圧力がより広範で、より持
   続的である兆候がますます見られるようになってきた。
  ・労働組合と大手企業間で、毎年行われる交渉「春闘」は物
   価上昇と一致するように予想以上の賃上げで合意する兆し
   である。
  ・企業調査は、インフレ期待が上昇し続けることを示してお
   り、これが企業の価格設定に影響すると考えられる。
   しかし、こうした要素にはインフレを維持することが困難
  になる注意事項も伴う。労働者の70%以上を雇用する中小
  企業は利益率が低く、十分な賃上げを行う余裕がないため、
  十分な賃上げができない可能性がある。
                     ──国際通貨基金
  ───────────────────────────
「次回利上げは見送り」/パウエル議長.jpg
「次回利上げは見送り」/パウエル議長
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2023年10月25日

●「異次元金融緩和の真の狙いとは何か」(第6034号)

 米長期金利の5%台への上昇によって、日本の長期金利も上昇
してきています。これによって、日本の長期金利(10年物国債
金利)も上限に近づいてきています。10月22日付の日本経済
新聞の関連記事を掲載します。
─────────────────────────────
◎日銀、金利操作の再修正論/米引き締め長期化で
 日銀で、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YC
C)の再修正論が浮上している。米金利上昇に伴い国内の長期金
利も上がり、7月の修正で決めた1%という事実上の上限に近づ
きつつあるためだ。月末に開く金融政策決定会合で議論する見通
しだが、日銀内には温度差がある。
        ──2023年10月22日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日本の長期金利は、7月の金融政策決定会合において、1%を
上限としていますが、10月20日には、一時「0・845%」
まで達しています。これは約10年ぶりの高水準です。そういう
わけで日銀は、今月の金融政策決定会合において、長短金利操作
の再修正論を議論するのではないかと見られています。
 ところで、「アベノミクス」という日本経済を活性化させよう
とする経済政策において、故安倍首相と黒田日銀総裁は一体何を
狙っていたのでしょうか。
 経済学というのは奥の深い学問です。しかし、生活に結びつい
ているので、素人でもある程度のことは理解できます。単純に考
えてみます。とにかく日本は何とかしてデフレから脱却する必要
があります。経済がまるで成長しないからです。
 そのため日銀は、市中に流れるお金を増やす必要があります。
お金の量が増えれば物価が上がると考えられるからです。それに
は日銀は金融緩和を実施する必要があります。具体的には、日銀
が民間の銀行が保有している国債を買い、その代金を民間銀行が
日銀に保有する当座預金に振り込むのです。その結果、当然です
が、日銀当座預金の量は激増します。
 事実日銀当座預金は、2013年から激増しています。4月末
には61・9兆円、2年後の2015年末には206・2兆円に
増加しています。しかし、その時点でも市中に流れるお金の量は
約100兆円レベルであって、増加していないのです。
 ちなみに日銀当座預金にいくらお金が積み上がっても、銀行が
そのお金を引き出して民間銀行の預金に移さない限り、市中のお
金の量は増えないのです。この日銀当座預金のことを「マネター
ベース」といい、日銀券と銀行預金などの合計を「マネーストッ
ク」といいます。その肝心のマネーストックは一向に増えていな
いし、これでは物価も上がらないことになります。
 しかし、そのマネーストックが、激増した年があります。20
20年〜21年です。コロナ禍により、政府が企業や個人に対し
緊急融資を行ったからです。マネーストックは急増しましたが、
物価は上がらなかったのです。この現象を「フィリップス・カー
ブの死」と呼ばれています。
 アベノミクスにおけるここまでの一連の考察の結果、野口紀雄
教授は、日銀の「異次元緩和」の目的は、物価ではなく、別のも
のだったのではないかとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 私は、異次元緩和が本当に行おうとしたのは、以下のようなこ
とだったのではないかと考えている。
 1.国債の大量購入によって金利を引き下げる。
 2.金利引き下げによって、財政資金の調達を容易にする。さ
   らに外国との金利差を拡大し、円安を実現する。
 3.円安によって大企業の利益を増大させる。
 4.それによって株価を引き上げる。
 このように考えれば、さまざまなことが整合的に理解できる。
株価が本当の目的として重視されていたことは、日本銀行がOE
CDの対日審査(2019年4月)で強い批判を受けながら、E
TFの購入という、中央銀行の政策としては大いに疑問のある政
策を採り続けたことからも窺える。
   ──野口悠紀雄著『日銀の責任/低金利日本からの脱却』
                   PHP新書め1353
─────────────────────────────
 ちなみに「ETF」とは、取引所で取引される投資信託のこと
であり、「上場投資信託」と呼ばれます。ETFは投資信託の一
種ですが、一般的な投資信託とは違って取引所に上場しているた
め、個別の株式と同じように、証券会社を通じて取引所で売買す
ることができるという点が最大の特徴です。
 「悪夢の民主党政権」──これは民主党から政権を奪取した故
安倍首相が国会答弁のときに使った言葉です。それは、株価にも
よくあらわれています。
 鳩山政権、菅政権、野田政権──それぞれの退任時の日経平均
株価は、鳩山政権9537円、菅政権8950円、野田政権90
24円となっており、いずれも日経平均株価は、1万円を大きく
割り込んでいたのです。株価の下落は、どうしても世の中に暗い
イメージを与えるものです。
 しかし、2012年11月16日に衆議院が解散され、12月
16日に実施された総選挙で民主党が大敗し、自公連立の安倍政
権が誕生すると同時に株価は上がり始めたのです。安倍政権に対
する期待から株価が上がったのです。
 日経平均株価を上げても、それでデフレから脱却できるわけで
はありませんが、少なくとも国民は少し息が付けます。安心でき
ます。当時の民主党政権は、経済のことが分かる議員が少なく、
不安に感じていた国民も少なくなかったと思います。
 そこで、安倍首相は黒田東彦氏を日銀総裁に任命し、株価を上
げるための一連の工作をしたことは十分考えられることです。そ
ういう観点から、アベノミクスを再検証する価値はあると思いま
す。         ──[物価と中央銀行の役割/044]

≪画像および関連情報≫
 ●アベノミクスとは何だったのか/安倍元首相が
   日本経済に遺したもの
  ───────────────────────────
   デフレおよび円高という二重苦から抜け出せなかった日本
  経済を転換させるきっかけとなったアベノミクス。だが、7
  年8カ月に及んだ第2次安倍政権下でその中身は次第に変質
  し、軌道修正が求められている。
   「大きな政策の実行には時間がかかる。まずは目に見える
  実績を積み重ね、政権を安定させる」。安倍氏が周囲に何度
  も語っていた言葉だ。
   1990年代のバブル崩壊以降、日本企業は産業構造の転
  換や新規事業の創出に踏み出せずにいた。2001年発足の
  小泉純一郎政権は、企業の成長を促す規制緩和や官から民へ
  の権限移譲といった構造改革を政治主導で進め、産業の効率
  化や新陳代謝を加速させようとした。
   安倍元首相は小泉元首相の側近としてこうした構造改革の
  重要性をよく理解していた。だが、構造改革の実行は時間を
  要するだけに、安定した政権基盤がないと取り組めない。ま
  ず「目に見える実績」を出し、国民の信頼を得るのが必要不
  可欠だった。そこで安倍元首相が頼ったのが金融政策、財政
  政策だった。これらと「成長戦略」と名を変えた構造改革を
  組み合わせたのが「大胆な金融緩和(第1の矢)」「機動的
  な財政出動(第2の矢)」「民間投資を促す成長戦略(第3
  の矢)」を柱とするアベノミクスである。
                 https://onl.bz/ap5srP8
  ───────────────────────────
長期金利上昇と円安の同時進行.jpg
長期金利上昇と円安の同時進行
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2023年10月27日

●「1987年と酷似/日米の株高/金利高」(第6035号)

 ロシアによるウクライナ侵攻がずるずると長期化する一方で、
イスラム組織ハマスがイスラエルを突如急襲し、大勢の死者が出
ています。イスラエルは直ちに反撃するとともに、ハマスの潜む
ガザ地区に対し、10月24日現在、大規模な地上作戦を仕掛け
ようとしています。
 そのバックにはイランが控えており、最悪の場合、ヒズボラが
これに参戦する可能性があります。ヒズボラは、1982年に結
成されたレバノンのシーア派イスラム主義の政治組織であり、ハ
マスを上回る武装組織です。もし、ヒズボラが加わると、戦争は
簡単には終わらない中東有事になります。
 バイデン米大統領をはじめ、西側欧米諸国は、イスラエル支持
を表明しながらもイスラエルに対して、大規模地上作戦の延期を
求めていますが、止めることは非常に困難な情勢です。おそらく
今日のEJが届くころには、大規模地上作戦は始まっている可能
性は十分あります。
 少し気になることがあります。「ブラックマンデー」というの
をご存知でしょうか。1987年10月19日にそれは起きてい
ます。世界中の株式市場で株価の大暴落が起きた日です。以下、
ブラックマンデーで起きたことを記述します。
─────────────────────────────
 1987(昭和62)年10月19日、ニューヨーク市場で株
価が急落。翌日の東京市場も売りが殺到し、世界中の株式市場が
暴落に見舞われました。
 この日、NYダウ平均株価は22・6%安と史上最大の急落に
見舞われました。翌20日の東京市場では日経平均株価が前日比
3836円48銭安の21910円08銭と急落しました。下落
幅だけでなく、14・90%の下落率も過去最大となり、欧州に
も連鎖しました。
 しかし、翌21日には日経平均が、2037円32銭高と急反
発。このことが安心感を生んで、世界株安は急速に収束していき
ます。NYダウが急落した原因は、コンピューターによる「プロ
グラム売り」とされました。株価の急落を受けて、コンピュータ
ーがプログラムに従って投げ売りを指示。さらに株価が下がって
売り物が増えていく悪循環となったのです。
                  ──トウシル/楽天証券
─────────────────────────────
 なぜ、ブラックマンデーなのかというと、現在の株価や金利の
の状況と、中東の情勢などが今回と酷似していることです。詳し
くみていくことにします。
 「恐怖指数」という何やら恐ろしげの指数があります。投資家
の心理状態を表す指数です。「VIX指数」ともいいます。
─────────────────────────────
◎「恐怖指数」/Volatility Index
 株式指数が暴落したときなど、投資家の不安が大きくなったと
きに、VIX指数が上昇する。株式市場の温度感を知るのに便利
な指標とされている。
─────────────────────────────
 一体1987年に何が起きていたのでしょうか。
 ポール・ボルカー氏という人物がいます。1979年8月に米
FRB議長に就任しています。当時の米国は、第2次石油危機の
影響で、深刻なインフレに直面していたのです。そのため、ボル
カー議長はインフレと戦うために利上げを連続して行っていたの
です。現在のパウエル議長と同じです。
 金利が上がると、景気が悪くなり、株価が下がるのが一般的な
現象です。しかし、株価は一向に下がらず、ダウ平均は高止まり
し、株高を維持していたのです。それが、10月19日の月曜日
に一気にはじけてしまうのです。米ダウ平均は1日で23%下落
し、世界同時株安に発展します。日経平均株価も15%近く値下
がりしています。
 この「金利高にして株高」のパターンが、ブラックマンデーの
ときと同じであり、投資家を心配させているのです。米FRBが
17回もの利上げを実施しているのに、足下の長期金利は高止ま
りしたままです。
 パウエル議長のやったことを簡単に振り返ってみます。パウエ
ル議長は、インフレを軟着陸させるため、2022年3月にゼロ
金利政策を解除し、計11回、幅5・25%もの利上げを実施し
てきていますが、足元の長期金利は、約16年ぶりの高さにあり
ダウ平均は3万ドル台と好調をキープしています。日経平均も3
万円台を維持しています。
 10月20日の「恐怖指数」を計算してみると、次のようにな
ります。「20」を上回ると、投資家に強い警戒感を示すとされ
ています。
─────────────────────────────
    ◎10月20日の恐怖指数
     日経平均の恐怖指数 ・・・ 23・20
         米ダウ平均 ・・・ 21・71
─────────────────────────────
 実は、もうひとつ類似点があるのです。1987年のときは石
油危機、今回は、ハマスによるイスラエル攻撃を受けての中東情
勢がからんでいます。もしイスラエル軍が、苛烈な地上戦に振り
切ったり、イラン軍がホルムズ海峡で通貨船を攻撃するなどの動
きがあると、割高になっている米国株が暴落し、世界同時株安に
なることは十分ありえることです。
 1987年のときは、イラン軍がタンカーを攻撃し、米軍がイ
ランの海上油田に報復攻撃し、市場に緊張感が高まっていたので
す。イランならやりかねないといえます。
 EJがとくに米国の金利の動きを詳しくウオッチングしている
のは、「株高・金利高」+「中東有事」が引き起こす世界同時株
安の危険性があるからです。
           ──[物価と中央銀行の役割/045]

≪画像および関連情報≫
 ●ブラックマンデーの1987年、現在と不吉な類似
  ──オーサーズ
  ───────────────────────────
   金融業界では1987年との比較は決して歓迎されない。
  同年10月に起きたブラックマンデーの暴落は、いまだに最
  も悲惨な一日として市場の歴史に刻まれている。このため、
  現在の状況がブラックマンデーの数カ月前に酷似していると
  の指摘は少しぞっとする。筆者に最近届いた3通の電子メー
  ルが、この不吉な年に言及していた。
   1通は、ソシエテ・ジェネラルの超弱気派ストラテジスト
  として長年知られているアルバート・エドワーズ氏からのメ
  ールだった。だが、債券利回りが上昇する中でも株高が進ん
  だ今年の展開は87年を想起させると指摘したのは同氏だけ
  ではない。インタラクティブ・ブローカーズのスティーブ・
  ソスニック氏は「自分が金融業界に入った87年は、年の大
  半で債券が弱気相場に落ち込む一方で、株価は大きく値上が
  りしていた。もちろんそれが急激に反転するまでの話だが」
  と振り返った。
   株式相場が20%下落した87年10月19日に債券利回
  りの反転がどれほど急激で、今年とどれほど似ているかを説
  明するために、以下のチャートを紹介したい。両年の年初か
  らの米10年債利回りの動きを重ね合わせたものだ。
                    ──ブルームバーク
  ───────────────────────────
2023年と1987年の長期金利の動き.jpg
2023年と1987年の長期金利の動き
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2023年10月30日

●「なぜ、『増税メガネ』と呼ばれるのか」(第6036号)

ネームが付いたかです。それに岸田首相はこのニックネームをす
ごく気にしており、このイメージを払拭するために、唐突に所得
税の減税を打ち出してきたのではないかといわれています。
 なぜ「増税メガネ」というニックネームが付いたかについて、
経済評論家の山崎元氏は次の趣旨のことをいっています。
─────────────────────────────
 岸田首相は、人の目を見て話さない。いつも役人の書いた原稿
を読んでおり、目は下を向いています。本人の言葉ではないので
言葉に力がない。まるでしゃべる空き箱だ。表情にも顔にも注意
が向かない。したがって国民にはメガネしか印象にのこらないの
である。          ──「山崎元氏/経済快説」より
          2023年10月25日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 岸田内閣が発足したのは2021年10月4日のことです。翌
年の2月24日、ロシアはウクライナへの本格的な軍事侵攻を開
始します。これに伴い、2022年9月末、岸田政権は「安保関
連3文書」と呼ばれる防衛政策のよりどころを改定する作業を本
格化させます。
 これによって自民、公明両党の与党協議が始まり、2022年
12月3日に文書改定を終え、来年度政府予算案とリンクさせる
作業に着手します。具体的には、2023年度から5年間の防衛
費を総額約43兆円にする計画です。デフレ脱却のための2%の
物価目標を目指して、最初から「規模ありき」です。
 そして2023年2月3日、政府は防衛費増額に向けた財源確
保法案を国会に諮らず閣議決定してしまいます。そして2023
年6月16日、2023─27年度までの5年間に43兆円の防
衛予算を支出する計画を「骨太の方針」として公表します。これ
は、前の5年計画(2019─23年度)と比べ、1・6倍近く
に急増させる計画となっており、当然財源の手当てが大きな課題
になってきます。
 政府はここで基本的には増税不可避と決めています。ただし、
その実施時期は2025年以降としているものの、増税を避ける
ことは困難です。それなのに、なぜ、ここにきて「減税」を打ち
出したのでしょうか。
 岸田首相の立場に立った場合、それは総選挙対策に決まってい
ます。低迷し続ける支持率向上対策です。所得税を改正するには
所得税法などの改正が必要であり、その期間を調整すれば、減税
の実施は来年の夏頃になり、ボーナス時期に間に合うという計算
も成り立つと思われます。そこで圧勝すれば、2024年9月の
自民党総裁選は無投票でスルーできる──岸田首相はそれを狙っ
ていると思われます。
 しかし、国民が求めているのは物価上昇対策であり、インフレ
対策です。ところが政府がやろうとしているのは、所得税の定額
減税です。「所得税3万円/住民税1万円」の年間計4万円を1
回ただけです。何かがおかしいです。国会での立憲民主党の代表
質問と岸田首相の答弁を読んでみてください。
─────────────────────────────
泉代表:「まず総理。『経済、経済、経済』と言うだけではなく
 国民が望むのは今年中のインフレ手当の『給付、給付、給付』
 じゃないですか。これを実行すべきだと」
岸田総理:「デフレ脱却を確実にするためには、賃上げが物価高
 に追いつくまで、政府が支えることも重要だと。こうした観点
 からの国民への還元について、その実施時期も含め、早急に具
 体化してまいります」
泉代表:「物価上昇局面に過度の財政出動を行うと一層のインフ
 レを招き、実質賃金が低下し、個人消費が落ち込む。規模あり
 きではなく必要な方々への対策の重点化を図るべきだ」
                   ──国会での代表質問
─────────────────────────────
 本来の物価対策として効果があると考えられるのは「消費税の
税率を下げる」ことです。現在ほとんどのモノに対して10%の
税金がかかっており、物価を押し上げています。したがって、仮
に10%の税率を5%に下げれば、5%分モノは安く買えること
になります。だから、強力な物価対策になります。
 ところが消費税減税の話になると、鈴木俊一財務相は、必ず次
のようにいって反対します。
─────────────────────────────
 消費税は社会保障の重要な財源になっており、下げるとその代
替財源が必要になる。それに税率を下げるには、法改正が必要に
なり、その間にモノの買い控えが生じ、その結果消費が低迷する
ことによって、かえって不況になる。したがって、消費税を減税
するのは反対である。            ──鈴木財務相
─────────────────────────────
 この反論は、一国の財務大臣の反論になっていないです。財務
省の役人に入れ知恵されたのでしょう。最近財務省は「ザイム真
理教」と呼ばれています。なお、鈴木財務相は岸田首相の「税収
増を還元する」という方針に対し、次のように反論しています。
─────────────────────────────
    十分な財源的な裏付けがあるとは思っていない
                ──鈴木俊一財務相
─────────────────────────────
 これはとんでもない発言です。なぜかというと、首相の予算編
成方針に対して、閣内から平然と異議を唱えているからです。ザ
イム真理教は首相や国民の上に立っているとでも思っているので
しょうか。首相に対してきわめて失礼な発言であるとは考えない
のでしょうか。消費税の捉え方にも問題があります。社会保障の
財源といいますが、本当にそうなっているのでしょうか。他国で
はコロナ禍のとき、消費税を下げて、さらに給付金も配っていま
す。         ──[物価と中央銀行の役割/046]

≪画像および関連情報≫
 ●年4万円の「定額減税」方針表明/岸田首相が政府与党
  に具体化を指示
  ───────────────────────────
   岸田文雄首相は10月26日、首相官邸で開いた政府与党
  政策懇談会で、税収増の還元策として、1人あたり年4万円
  の所得税などの「定額減税」を行う方針を示し、具体的な制
  度設計を進めるよう指示した。住民税の非課税世帯に7万円
  の現金給付を実施することと合わせて政府の総合経済対策に
  盛り込み、11月2日に決定する。
   首相は自民、公明両党の幹事長や政調会長らを前に「賃金
  上昇が物価高に追い付いていない国民の負担を緩和するには
  可処分所得を直接的に下支えする所得税、個人住民税の減税
  が最も望ましい」と説明した。
   2021年度と22年度の2年間で増えた所得税と個人住
  民税3・5兆円を「国民に税の形で直接還元する」と語り、
  来年度に限り、1人あたり年4万円の定額減税を行う考えを
  示した。所得減税3万円、住民減税1万円の計4万円で、扶
  養家族も対象とし、来年6月から始める。所得制限への言及
  はなかった。納税額が少なく、減税の恩恵を十分に受けられ
  ない人への対応も検討するとした。
   首相は、減税の対象にならない低所得者について、住民税
  非課税世帯に1世帯あたり7万円を現金給付する考えも表明
  した。物価高対策として今年3月に決めた3万円の支給に加
  え、「合計10万円を目安に支援を行う」と述べた。政府は
  住民税は課税されているが所得税が非課税の納税者にも10
  万円の給付を検討する。
  https://digital.asahi.com/articles/ASRBV6K8GRBVUTFK00F.html
  ───────────────────────────
増税メガネ/岸田首相.jpg
増税メガネ/岸田首相
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2023年10月31日

●「日銀はYCCをいつまで続けるか」(第6037号)

 現在世界はインフレになっています。インフレになると、新聞
紙上では金利の話が多くなり、話が難しくなります。中央銀行の
出番であり、インフレ抑制に動き出します。ここまでの分析によ
ると、インフレの原因は「コロナ禍」とされています。
 その一方で日本はインフレなのかデフレなのかわからない表現
が使われます。「デフレでない状況」とか、「デフレから脱却し
つつある」という表現です。しかし、日本の中央銀行である日銀
は、デフレからの脱却のために現在も金融緩和を継続しており、
欧米とは明らかに異なる金融政策をとっています。その結果とし
て、円安が止まらないでいます。
 日本も間違いなくインフレです。その証拠に幅広い商品に物価
高が起きており、政府はその物価高対策として、所得税の定額減
税を打ち出しています。そして、10月28日の日本経済新聞に
次の記事が掲載されています。
─────────────────────────────
 日銀の物価観にようやく変化の芽が出てきた。31日(今日)
公表する消費者物価指数(CPI)上昇率の見通しは2022〜
24年度まで3年連続で前年度比2%以上になる公算が大きい。
きっかけは輸入物価の上昇という外的圧力だったが、日銀の想定
以上に価格転嫁が長引いており、物価目標達成に向けて条件は整
いつつある。(中略)
 日銀が重視する物価の基調指標も2%目標への接近を示す。変
動が大きい品目の影響を除いて算出する3指標は、「動かぬ物価
指標」とされてきた加重中央値も含めて、9月にすべて2%以上
になった。幅広い品目の値上げを示す。
      ──2023年10月28日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 問題はここにきて日経平均株価が下がってきていることです。
10月26日の日経平均株価の終値と、その年初来高値を以下に
比較してみることにします。
─────────────────────────────
 10月26日/日経平均株価 ・・ 3万0601円78銭
  6月19日/日経平均株価 ・・ 3万3772円89銭
─────────────────────────────
 日経平均株価は大幅に下落し、かろうじて3万円台をキープし
ている状態です。なぜ、このようなことになったかですが、原因
としては、次の2つが考えられます。
─────────────────────────────
   @利上げにより金融引き締め効果が出始めてきている
   Aウクライナとガザでの紛争で、地政学リスク高まる
─────────────────────────────
 日銀は、2016年から長期金利(10年物国債利回り)をゼ
ロ%前後に抑える「イールド・カーブ・コントロール/YCC」
を敷いています。長期金利をなぜ低く抑えるのかというと、日銀
が国債を大量に買い入れる必要があるからです。
 YCCについては、これまで何度も出てきていますが、ここで
もう一度説明をしておきます。これが分かると、日経の金利関連
記事の意味が理解できると思うからです。
 そもそも中央銀行がコントロールできるのは、銀行間取引市場
での短期金利だけだとされていたのです。長期金利を抑え込むに
は長期金利を大量に買い入れなければならず、やり過ぎると財政
規律の緩みにつながり、いわゆる「禁じ手」に近い策になってし
まうからです。
 安倍政権の要請を受けて、黒田前日銀総裁は年50兆円の国債
の積み増しを政策目標としましたが、2014年にはそれを80
兆円に大きく増やしてしまっています。そこで国債保有量ではな
く、長期金利を政策目標にしようと考えて導入したのがYCCで
す。これを黒田総裁に提言したのは、当時副総裁をしていた雨宮
正佳氏だったのです。
 中央銀行による長期金利のコントロールの歴史的事例は、19
33年にフランクリン・ルーズベルトに対して、経済学者のジョ
ン・メイナード・ケインズが次のようなアドバイスしています。
─────────────────────────────
 FRBが長期債を購入して短期債を売却するだけで、長期国債
の金利は、2・5%かそれ以下に低下し、かつそれが債券市場に
好ましい効果を及ぼすのであるから、私にはあなたがそれを行わ
ない理由が分からない。           ──河浪武史著
          『日本銀行虚像と実像/検証25年緩和』
                     日本経済新聞出版
─────────────────────────────
 しかし、2022年になると、世界金利の上昇によって、日本
国債市場にも圧力がかかり、日銀は再び国債を大量に購入せざる
を得なくなったからです。日銀の国債の買い入れ量は、2022
年には、111兆円に達し、前年の1・5倍の規模にまでなって
いたのです。もはや限界です。
 経済評論家の斎藤満氏は、植田新総裁に代わった日銀の政策に
ついて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本銀行は西側諸国で唯一、金融緩和をつづけてきたが、そろ
そろ限界に近づいています。長期金利の“上限”を1%に設定し
ていますが、マーケットは日銀を試すように1%の天井を突き破
ろうとしている。金利は0・86%まで上昇しています。もし日
銀が上限1%を死守しようとすると国債を買いつづける必要があ
るが、日銀はホンネではこれ以上国債を買いたくないはずです。
上限1%をギブアップするのも近いのではないか。この10年、
日本の株価は日銀の金融緩和に下支えされてきただけに、下支え
が終了すれば株価は下落してしまうでしょう」(斎藤満氏)
         2023年10月27日発行/日刊ゲンダイ
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/047]

≪画像および関連情報≫
 ●イールドカーブ・コントロール(YCC)の見直しは
  なぜ必要か
  ───────────────────────────
   植田総裁のもとでも、日本銀行は直ぐには政策を見直さな
  いとの見方が金融市場で強まっている。それが、為替市場で
  円安圧力を生み、株価の押し上げにも大いに寄与している。
  国債市場で政策金利(短期金利)の先行きの見通しを反映す
  る傾向が強い2年国債の利回りは、昨年12月に日本銀行が
  イールドカーブ・コントロール(YCC)の変動幅引き上げ
  を突如発表したことを受けて急上昇し、年末時点では0%を
  上回った。政策金利(短期金利)の早期引き上げの可能性を
  織り込んだのである。
   2年国債の利回りは、年末から年初のピークで+0・04
  %まで上昇したが、足元では−0・07%程度と昨年10月
  頃の水準まで低下している。早期のマイナス金利解除への期
  待は萎んでしまったのである。
   マイナス金利解除など、日本銀行が過去10年続いた異次
  元緩和の「枠組みの見直し」に本格的に着手するのは、まだ
  先のことだろう。筆者は早くても来年後半以降と現時点では
  考えている。
   ただし、多くの問題を抱えるYCCについては、本格的な
  「金融緩和の枠組み見直し」とは別枠で、昨年12月の柔軟
  化措置の延長、との名目で変動幅の再拡大や変動幅の撤廃年
  内にも実施する可能性が見込まれる。その結果、長期国債利
  回りが小幅に上昇する可能性がある。
                 https://onl.bz/MLu7TUu
  ───────────────────────────
雨宮正佳前日銀副総裁.jpg
雨宮正佳前日銀副総裁
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2023年11月01日

●「中国の米国債保有率が減少している」(第6038号)

 10月29日(日)付の日本経済新聞のトップ第1面に次の記
事が出ています。
─────────────────────────────
◎中国で消えてゆく米国債/保有14年ぶり低水準
 人民元買い支え説
 中国が米国債の保有を減らし続けている。8月末の残高は14
年ぶりの水準となり、足元では減少ペースが速まっている。米金
利上昇(債券価格は下落)の一因ともみられ、市場は保有額圧縮
の背景を探ろうとする。有力な説の1つは当局主導による中国の
通貨・人民元の買い支えだ。
   ──2023年10月29日(日)付の日本経済新聞より
─────────────────────────────
 中国の米国債保有高は、8月時点で8054億ドル(約120
兆円)ですが、2013年対比で4割も減少しています。中国は
外貨準備の運用先として米国債を購入してきていますが、もし大
口投資家として売り手側に回れば、金利上昇要因として市場で意
識されやすくなります。米長期金利上昇の裏側には、中国の存在
があるといってよいと思います。
 それでは中国当局は、なぜドルを売っているのでしょうか。現
在、人民元は「1ドル=7・3元」と安値圏にあり、中国通貨当
局は、元安抑止を狙って、国有銀行にドル売り、人民元買いを指
示しており、銀行はその原資を確保するために米国債を売ったも
のと思われます。だが、このまま米国債保有減が止まらなければ
それは長期金利の上昇圧力として意識されることになります。
 米商務省が10月26日に発表した7〜9月期の実質国内総生
産(GDP)速報値は、同期比の年率換算で4・9%増だったの
です。4〜6月期の2・1%増から大幅に伸びています。利上げ
をしているにもかかわらず、衰えない個人消費が強い米経済をけ
ん引しているといえます。
 なぜ、米個の消費がそんなに強いのかについて、日経は次のよ
うに分析しています。
─────────────────────────────
◎米経済、足元には不安材料
 FRBのパウエル議長は19日、見通しを巡っては、「10〜
12月期から来年にかけて冷え込むというのが一般的な予測だ」
と語った。遅れて経済に浸透する利上げ効果に加えて、米経済に
は逆風となる要因が増える。
 10月からはコロナ禍で猶予されていた学生ローンの返済が再
開される。残高は6月時点で1・57兆ドル(およそ、235兆
円)と大きく、借り手は幅広い世代にわたる。第一生命経済研究
所は10〜12月期の成長率を1・8ポイント押し下げると試算
している。
 サンフランシスコ連銀は8月の時点で、コロナ対応の現金給付
で膨らんだ家計の過剰貯蓄が7〜9月期に枯渇する可能性が高い
と指摘していた。過剰貯蓄はピークの21年8月には2・1兆ド
ルと歴史的な水準になり、旺盛な消費を支えてきた。
 過剰貯蓄については、6月時点ですでに上位2割の高所得層以
外で使い果たされていたとの見方もある。それでも小売売上高は
9月に再加速した。コロナ禍前を3割程度上回る株価や不動産価
格の上昇、物価を上回って上昇する賃金など消費の追い風となる
要因も少なくない。      ──2023年10月27日付
                     日本経済新聞より
─────────────────────────────
 深刻なのは、中国から資金流出が加速していることです。9月
は流出超過額が7年8か月ぶりの規模になっています。これが人
民元の強い下押し圧力となっています。理由は、次の3つが考え
られます。
─────────────────────────────
 @外資企業が中国からの撤退や事業縮小に伴って、資産を償却
  売却し、資金流出を加速させている。
 A中国の景気回復が遅れていることから、対中投資をためらう
  海外投資家は少なくない事実がある。
 B中国の将来に不安を抱く中国人富裕層が資産を先進国の不動
  産市場など逃がしたいと考えている。
─────────────────────────────
 第1の理由は、外資企業の撤退に伴う資金の流出です。
 中国における製造業など工業分野の外国企業数は、今年の7月
末の時点で、4万3348社。これは、2004年11月末以来
の水準に減少しています。
 これには、米国による対中投資規制や、中国が反スパイ法の摘
発対象を広げたことが背景にあります。
 第2の理由は、そもそも対中投資自体が減少している事実があ
ります。株式や債券など、証券投資に伴う流出超過は148億ド
ルあり、それが続いています。中国は米国と対立し、景気回復に
もたついており、多くの海外投資家は、対中投資に慎重になって
いることは事実です。
 第3の理由は、将来に不安を抱く中国人富裕層が海外に資産を
移しつつあります。ブルームバークの記事を参照してください。
─────────────────────────────
 中国が新型コロナウイルス禍に伴う渡航制限を解除したことで
中国人富裕層の海外移住の動きが加速している。こうした中国人
が海外の不動産や資産を購入し、巨額の資本流出につながる可能
性がある。複数の移住コンサルタントがインタビューで明らかに
したところでは、ゼロコロナ政策が昨年12月に撤廃されて以来
多くの中国人富裕層が不動産のチェックや移住計画の最終確認の
ため、海外に渡航し始めている。こうした中、金融市場を圧迫し
得る資本流出に加え、頭脳流出が懸念されている。
     ──2023年1月29日/ブルームバーク記事より
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/048]

≪画像および関連情報≫
 ●逆回転し始めた中国の高成長の仕組み
  ───────────────────────────
   8月は中国経済の悪化リスクが一段と高まり、投資資金の
  流出が加速した。投資に依存した中国経済の成長メカニズム
  は限界を迎え、既に逆回転し始めている。
    1978年の「改革開放」以降、中国は、重厚長大分野
  で国有・国営企業の経営体制を強化してきた。経済特区を設
  けて海外企業の直接投資を呼び込み、製造技術の移転も促進
  した。安価で豊富な労働力を背景に「世界の工場」としての
  地位を固め、輸出競争力を上げた。それに加えて、国内の不
  動産投資を活発化させることで、90年代以降は10%超の
  高い経済成長率を実現した。
   リーマンショック後、世界全体で貿易取引は減少すると、
  共産党政権は投資による経済成長を重視した。4兆元(当時
  の為替レートで換算すると約56兆円)の経済対策を実施し
  不動産などへの投資を増加。農村地域への自動車や家電の普
  及も加速した。
   地方政府は、土地の利用権をカントリー・ガーデンなどの
  デベロッパーに売却し財政収入を確保した。その資金を使っ
  て道路建設などインフラ投資を実施。電気自動車(EV)普
  及など補助金政策も強化した。鉄鋼など基礎資材の生産能力
  強化のために、固定資産投資(主に企業の設備投資)も増え
  た。   https://diamond.jp/articles/-/328321?page=2
  ───────────────────────────
中国の米国債保有残高.jpg
中国の米国債保有残高
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2023年11月02日

●「4万円の所得税減税で押し切る」(第6039号)

 岸田首相の所得税の定額減税策の評判が、すこぶる良くないで
す。これに対する世論調査が10月28日〜29日に実施され、
次の結果が出ています。
─────────────────────────────
     <ANN世論調査/岸田内閣支持李>
      「支持 する」 ・・・ 26・9%
      「支持しない」 ・・・ 51・8%
─────────────────────────────
 なんと、内閣支持率は26・9%。年内に総選挙が打てる支持
率ではないといえます。その内容については不満があるとはいえ
「減税する」という政策に対する反応としては岸田内閣にとって
最悪の数字といえます。
 所得税の定額減税については、「評価しない」と答えた人が半
数を超え56%、「評価する」は31%。「評価しない」主な理
由については、「政権の人気取りだと思うから」と答えた人が最
も多く41%でした。これらは、岸田内閣にとって、深刻な結果
であると思っています。
 そもそも岸田内閣は、経済政策というものが、分かっていない
と思います。解決しなければならないのは、物価高に対して苦し
んでいる国民の生活を救うことですが、それができていないとい
う不満があります。物価高(インフレ)になる原因には、次の2
つがあります。
─────────────────────────────
         @総需要拡大による物価高
         Aコストプッシュ型物価高
─────────────────────────────
 原因の第1は「総需要拡大による物価高」です。
 これは、国民がたくさんのモノやサービスを消費することで、
生ずる物価高です。今回の物価高は、国民の消費は低迷しており
原因はこれではありません。こういうときに減税すると、さらに
それは需要を喚起して、インフレが加速してしまいます。
 しかし、もっと具体的にいうと、日本の個人消費のレベルは、
コロナ禍前の2019年の消費増税で痛めつけられた頃と大差の
ないレベルにあり、個人消費は低迷しています。
 原因の第2は「コストプッシュ型物価高」です。
 これは、ロシアのウクライナ侵攻などによる石油や天然ガスな
どのエネルギーや小麦などの穀物が不足することで起きる物価高
です。これに対応するには、欧米各国がやったように、一時的で
も消費税を下げて対応するのが政策としてはスジです。鈴木財務
相は「買い控えが起きる」と否定しますが、買い控えができない
軽減税率(8%)を対象にしたらどうでしょうか。この8%を0
%にする──これだけでも物価高による国民の苦しみは軽減する
と思います。丸ごとアタマから否定するから「ザイム真理教」と
いわれるのです。財務省は緊縮姿勢に凝り固まっており、真に正
しい経済政策が、打てなくなっています。
 このように、日本政府がやるとしたら、コストプッシュ型物価
高対策ということになりますが、そのさいには、規模が重要にな
ります。なぜなら、日本経済全体の消費不足を解決しなければな
らないからです。この総需要不足は、最低でも10兆円〜15兆
円はあると考えられます。
 実はこの話が出てきたとき、鈴木財務相は「規模ありきではな
い」と牽制しています。そして、4万円/7万円の定額減税の話
が出てくると、今度は宮沢洋一税調会長が「常識的には1年」と
くぎをさしています。とにかく岸田首相が仕切る宏池会は「ザイ
ム真理教」の信者ばかりです。
 所得減税4万円、非課税世帯7万円給付案ということは、減税
・給付金規模は5兆円規模ということになります。この程度の減
税規模であるならば、非課税世帯への給付にとどめるなどの工夫
が必要です。所得税の定額減税なら、そのインパクトは弱いし、
どうしても「恒久減税」の話になることは、過去の橋本内閣の失
敗を学習すればわかることです。
 ここで、政権の支持率が30%台に落ちるということが何を意
味するかを考える必要があります。これについて、日本経済新聞
は、次のように書いています。日本経済新聞の岸田内閣の支持率
は「支持する/33%/支持しない59%」です。
─────────────────────────────
 過去の政権と比較して33%の内閣支持率はどのような意味を
持つのか。内閣支持率は調査主体により手法が異なる。日本経済
新聞は回答が不明確だった場合に「お気持ちに近いのはどちらで
すか」と重ねて聞く。一度しか聞かない場合に比べて、支持率も
不支持率も高くなる前提がある。過去の政権の場合は30%台半
ばに差し掛かると、運営に安定さを欠くことが多かった。
        ──2023年10月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 30%に落ち込むと、第1次安倍内閣、福田内閣、麻生内閣は
いずれも力を失い、国政選挙で敗北するなどして、退陣に追い込
まれています。前内閣の菅内閣については、コロナ禍中に東京オ
リンピックを開催した2021年7月に34%を記録し、地元で
ある横浜市長選挙で敗れています。これによって9月の自民党総
裁選挙への出馬を断念しています。
 これらの内閣に比べると、岸田内閣は2022年12月にいっ
たん35%に落ちているものの、その後、次元の異なる少子化対
策、G7広島サミットなど外交案件などで成果を上げ、4月には
支持率を50%台に戻しています。これは、きわめて珍しい例で
あるといえます。
 岸田首相は頑固なところがあります。もはや1年1回限りの4
万円定額減税を何が何でもやるはずです。年内選挙はないと思わ
れますが、仮に年内に選挙があっても、自公政権が勝つと考えら
れます。現在の野党では自公政権には勝てないと思います。
           ──[物価と中央銀行の役割/049]

≪画像および関連情報≫
 ●「減税ウソメガネ」岸田政権の支持率が急落/ついに
  「崖っぷち」に追い込まれた
  ───────────────────────────
   これで年内の解散総選挙はなくなったのではないか。29
  日に公表された日経新聞とテレビ東京の共同調査を見てそう
  思った。内閣支持率が33%と、前回比で9ポイントも低下
  して政権発足以来最低になったばかりでなく、自民党の政党
  支持率も32%と同6ポイントも低下したからだ。
   しかも26日に開かれた政府与党政策懇談会で、ひとり当
  たり4万円の所得税・住民税の減税と、非課税所得世帯の7
  万円給付の方針が示されたばかり。これらは岸田文雄首相が
  所信表明演説で謳った「国民への還元」を実現するものだが
  同調査によれば58%がこの経済方針に「期待しない」と回
  答。付け焼刃的なその内容に、国民は不満なのだ。
   国民が鬱屈した原因はそればかりではない。IMFは20
  23年の日本の名目GDPがドイツに抜かれて世界4位にな
  るとの予想を発表した。円安ドル高が一因であるが、その円
  安を誘導したのがアベノミクスを受けて日銀が行ったゼロ金
  利政策だった。
   ゼロ金利によって投資を誘導して経済を拡大し、その果実
  が富裕層から低所得層に徐々に届くトリクルダウン理論を安
  倍政権は主張したが、その果実はとうとう国民全員にはいき
  わたらなかった。そして個人資産の伸びは鈍化した。日米の
  個人金融資産を2000年から2020年まで比較すると、
  アメリカでは3倍になったのに対して日本の伸びはせいぜい
  1・4%倍で、大きく差が付いたが、その差は政策の失敗に
  よって「はぎ取られた果実」と言えるのではないか。
          https://gendai.media/articles/-/118471
  ───────────────────────────
ANN世論調査/岸田内閣支持率.jpg
ANN世論調査/岸田内閣支持率
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2023年11月06日

●「なぜ、給付一本に絞れなかったか」(第6040号)

 岸田減税──もし、物価対策を素早くやるつもりであったなら
ば「国民1人当たり4万円」「住民税が非課税世帯に1世帯当た
り7万円」を定額で給付するべきであったといえます。この案で
あれば、年内に給付を完了できるからです。そうすれば、金額に
不満はあるとしても、電気・ガソリンなどの補助金と合わせて、
立派な物価対策として機能したはずです。
 そもそも「増税メガネ」といわれて思考停止に陥っていた岸田
首相に、減税のアイデアをアドバイスしたのは、木原誠二幹事長
代理ではないかといわれています。木原氏は、10月10日のあ
るインターネット番組で、「政府が10月中にもまとめる経済対
策で減税や給付措置が選択肢になる」といっているのです。
 岸田首相は、木原誠二氏のいうことなら何でも聞くといわれて
います。だから、官房副長官に起用したのですが、文春砲で妻が
奇怪事件の関係者として大きく報道され、身近の側近としては起
用できなくなったのです。しかし、今も頻繁に岸田首相に会って
いることはわかっています。
 減税の話は、岸田政権でも政権の情報通として知られる田崎史
郎氏が、10月23日朝、読売テレビ系「ウェークアップ」に出
演して、次のように話しています。
─────────────────────────────
 検討中の経済対策について、年収が一定額を超えたパート労働
者らに社会保険料負担が発生して手取りが減る「年収の壁」の解
消策や、賃上げした中堅企業の法人税を軽減する「賃上げ税制」
に加えて、「3番目が一番注目されるが、減税をやろうという話
がある」と切り出した。
 減税は「首相周辺から聞いた話」といい、田崎氏は「やろうと
したら財務省がめちゃ抵抗するはず。やれるかどうか分からない
が、やるというのを10月下旬に表明して、その前に旧統一教会
の解散命令を出して、減税を打ち出して、解散総選挙という声も
聞こえてくる。          ──SAKISIRUより
─────────────────────────────
 今回の減税について、自民党の幹部のなかにも反対者が多いの
は、このような事情があるからです。「相談がなかった」として
不満を感じているのです。
 日本は、1990年台からバブルが崩壊してデフレに陥り、約
30年間経済が成長していない国です。賃金がまったく伸びてい
いないのです。ところが、コロナ禍の終わり頃にインフレになり
物価が上昇し、目標の2%を連続して超える状況がこのところ続
いています。したがって、日本は、政府が経済の舵取りをうまく
やれば、経済成長を取り戻せるかもしれない状況にあります。今
回のEJのテーマの狙いは、そこににあります。
 経済の成長を決める指標に「潜在経済成長率」というのがあり
ます。少しわかりにくい指標ですが、GDP(国内総生産)とい
う指標が、個人消費や企業の設備投資などの「需要サイド」から
見た場合の増減率であるのに対し、潜在成長率は次の3つの生産
性の要素の「供給サイド」から見た増減率のことをいいます。
─────────────────────────────
            @資 本
            A労働力
            B生産性
─────────────────────────────
 添付ファイルのグラフをご覧ください。これは、主要先進国の
潜在成長率の推移を示したものです。日本は、1980年代には
3〜4%台だったのですが、90年代初めのバブルの崩壊で下が
り、2009年以降の平均は、0・6%にとどまっています。
 生産年齢人口の減少による労働投入の低下や、設備投資などの
資本投入の縮小が主な原因です。いわゆる岸田首相のいう「コス
トカット型経済」になってしまっているのです。潜在経済成長率
は、平均で先進国順位では次のようになっています。
─────────────────────────────
       ◎潜在成長率推移
         米国 ・・・・ 1・7%
        ドイツ ・・・・ 1・2%
       フランス ・・・・ 1・1%
         日本 ・・・・ 0・6%
─────────────────────────────
 これに関連して「GDPギャップ」もしくは「需給ギャップ」
と呼ばれるものがあります。
─────────────────────────────
     ◎「総需要」−「総供給」=儒給ギャップ
       プラスの場合 ・・ インフレギャップ
      マイナスの場合 ・・  デフレギャップ
─────────────────────────────
 経済・物価情勢を的確に判断していくうえでは、経済の活動水
準を表し、物価変動圧力の目安となる「需給ギャップ」や、長い
目でみた日本経済の成長力を映し出す「潜在成長率」をチェック
していくことが有益であるといえます。しかし、これらは、客観
的なデータとして観察できるものではないため、何らかの方法で
推計する必要があります。
 日銀は10月4日、日本経済の需要と供給力の差を示す「儒給
ギャップ」が、2023年4〜6月期にマイナス0・07%だっ
たと推計値を発表しています。マイナスは、13四半期連続です
が、マイナス幅が1〜3月期よりも縮小しています。内閣府が公
表した別の推計ではプラスであり、このことから需要不足は解消
しつつあるといえます。
 いずれにせよ、現在日本経済は、デフレからの脱却期にあるこ
とは確かです。まさにそういう意味で「経済、経済、経済」とい
えます。しかし、岸田内閣は、本当のところはわかっているので
しょうか。円安など課題が山積しています。
           ──[物価と中央銀行の役割/050]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:デフレ脱出の日本と突入危機の中国、マネーは
  日本株に/田巻一彦氏
  ───────────────────────────
  [東京 7日/ロイター]─デフレ脱却の確度が高まりつつ
  ある日本とデフレ突入の瀬戸際にある中国をめぐり、一部の
  海外勢が中国株売り・日本株買いの動きをみせている。脱デ
  フレは日銀の超緩和金融政策からの脱却をイメージさせやす
  いが、日銀の政策修正は「スロー」との見通しが海外勢に多
  く、日本株買いの大きな障害にはならないとの声が広がって
  いる。
  <前週の海外勢、日本株を5319億円買い越し>
   足元で海外勢の日本株買いが増加している。財務省が7日
  に発表した対外対内証券契約等の状況によると、8月27日
  から9月2日の1週間に海外勢は5319億円の日本株を買
  い越した。その前の2週間で計1兆3440億円を売り越し
  ていただけに一部の市場関係者からは「やはり海外勢は方針
  を転換した」(国内証券)との声が出ていた。
   背景には、2つの大きな要因があるようだ。1つは日本の
  脱デフレの動きが鮮明になってきたことだ。内閣府が1日に
  公表した2023年4─6月期国内総生産(GDP)のGD
  Pギャップ推計値はプラス0.4%だった。プラスになった
  のは15四半期ぶりで、このデータに注目したのは国内勢で
  はなく海外勢だった。発表をきっかけにマクロデータに注目
  する一部の海外勢のマインドが大きく変化したという。
  ───────────────────────────
潜在成長率の推移.jpg
潜在成長率の推移
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2023年11月07日

●「22年秋から冬へ債券市場異常発生」(第6041号)

 日銀は、30日と31日の金融政策決定会合において、それま
で続けてきたYCC(イールドカーブ・コントロール/長短金利
操作)の修正を決めています。どこが変わったのでしょうか。
─────────────────────────────
 ◎これまでのYCC
  長期金利の「上限」を1・0%とし、長期金利がこれを超え
 ようとすると、国債を無制限に買い入れて、上限を守る。
 ◎これからのYCC
  長期金利の「上限」の1・0%を「めど」に緩和し、厳格に
 抑え込むことをやめる。しかし、投機筋が動いていると判断し
 たときは、機動的な国債買い入れなどで対応する。
─────────────────────────────
 どうしてこういう事態になったのでしょうか。
 メディアは、いろいろと解説していますが、米国の長期金利の
上昇ペースが日銀の予想を上回り、それにつられて日本の長期金
利も上昇してしまったからです。日銀は7月にもともと「0・5
%」だった上限を「1・0%」に引き上げています。
 しかし、米国の長期金利の上昇ペースはさらに予想以上で、日
本の長期金利も上昇し、30日には「0・890%」31日には
一時「0・955%」になるなど、抑え込むのが困難であるとの
判断からであると思われます。
 1%を「上限」にしておくと、それを超えないよう国債を大量
に買い入れて「上限」を守らなければならず、日銀の保有する国
債がさらに増えることになり、好ましくないからです。「めど」
であれば、そこにいくらかの余裕ができることになります。
 これに伴い、日銀は、物価上昇率の見直しも、次のように公表
しています。
─────────────────────────────
      ◎物価上昇率の見通し
       2023年度 ・・・ 2・8%
       2024年度 ・・・ 2・8%
       2025年度 ・・・ 1・7%
─────────────────────────────
 数字だけを見ると、これまで日銀の掲げてきた物価上昇率2%
は達成されることになりますが、植田日銀総裁は、現在の物価上
昇は輸入物価の上昇による価格転換が主因であるとする従来の主
張を繰り返しています。要するに、賃金の上昇に伴う物価上昇で
はないというのです。したがって、粘り強く金融緩和を続けると
植田総裁はいっています。
 実は、2022年秋から冬にかけて。債券市場では異変が起き
ていたのです。植田総裁の就任前の黒田前総裁のときの話です。
日本において何が起きたかというと、地方債の発行利回りが急速
に上昇し始めたのです。それが日銀が設定する国債の利回りより
も高くなったのです。なぜなら、これらの地方債は、日銀が設定
する国債の購入対象ではないため、市場原理に基づく利回りが成
立するからです。
 これについて、野口悠紀雄一橋大学名誉教授は、自著で、次の
ように説明しています。
─────────────────────────────
 地方債は、国債に比べれば信用度が低いとされているので、地
方債と国債の間には、もともと利回りの差(スプレッド)があっ
た。だから、10年物地方債の利回りが10年物国債より高くな
ること自体は異常ではない。
 しかし、このときのスプレッドは、それでは説明できないほど
開いた。地方公共団体の財政が急激に悪化したわけではないのに
スプレッドが急拡大したのだ。こうしたことが生じたのは、マー
ケットが要求する10年物国債の利回りが、0・23%上昇した
ためだと解釈できる。「日銀のイールドカーブ・コントロールで
抑え込まれた10年物国債の利回りは、経済の実態からかけ離れ
て低すぎる」と投資家が判断したのだ。つまり、投資家は、10
年物国債の利回りを「信頼できない」と見たのである。そうだと
すれば、10年債の「実態的な」金利は、0・25+0・23=
0・48%ということになる。日銀が設定する0・25%は、本
来あるべき水準に比べて低すぎる。つまり、10年物国債の価格
は、本来あるべき水準よりも高すぎる。   ──野口悠紀雄著
 『日銀の責任/低金利日本からの脱却』/PHP新書1353
─────────────────────────────
 実は、2022年の秋から冬にかけて、国債市場で起こっては
ならないことがいくつも起きていたのです。こういう情報は専門
家の間ではあっても、メディアは報道しないのです。日米の金融
政策の違いから諸物価物価が高騰し、黒田前総裁が国会に呼び出
され、野党議員から質問攻めにされていたときのことです。
 2022年10月のことです。そのときの長期金利は、日銀が
上限とする0・25%の上限に張り付いていて、取引が減少して
いたのです。10月11日の10年物国債の業者間取引、6日、
7日に続いて成立しなかったのです。このように3営業日連続で
売買不成立になることは、初めてのことです。
 なぜ、売買が成立しなかったのでしょうか。
 それは、将来の金利が現在よりも高くなるという予想のためで
す。つまり、現在の金利は低すぎて、いつまでも続けられないの
で、いつかは正常に戻ると考えられたからです。これは国債の価
格が将来下がることを意味します。したがって、高い価格で購入
すると損をするので、買い手がつかなかったのです。
 日銀が設定している10年物国債の利回りの上限が低すぎるの
が原因で、買い手は日銀しかいなくなってしまったのです。これ
では日本の国債市場は機能しなくなってしまいます。このとき日
銀は「YCCの歪みの修正」と称して、何らかの措置を施してい
ます。このように既に多くの問題点が起きていたのです。しかし
「めど」ではどのようにでも解釈できてしまいます。
           ──[物価と中央銀行の役割/051]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀会見 長期金利上限「1%をめど」ねらいは
  ───────────────────────────
   植田総裁は、2%の物価安定目標について「消費者物価の
  基調的な上昇率は見通し期間の終盤にかけて物価安定の目標
  に向けて徐々に高まっていくと見ているが、こうした見通し
  の不確実性は極めて高く、現時点では物価安定目標の持続的
  ・安定的な実現を十分な確度を持って見通せるような状況に
  はまだ至っていない。このため、長短金利操作=イールドカ
  ーブコントロールのもとで粘り強く金融緩和を継続すること
  で、経済活動を支え賃金が上昇しやすい環境を整えていく方
  針だ」と述べました。
   植田総裁は、今回の運用の柔軟化は、想定外の金利上昇を
  受けた追加的な措置なのか、という質問に対し、「私どもの
  物価見通しが上ぶれてきたこと、それからこちらの方が背景
  として大きいかもしれないが、米国の金利上昇が非常に大幅
  で、それが我が国の金利にも及んできたということも今回の
  措置の背景にある」と述べました。
   植田総裁は、今回の展望レポートで物価の見通しが上ぶれ
  た理由について、「第1の力は輸入物価の上昇が国内の物価
  に及でいることで、第2の力は国内の賃金と物価が好循環で
  回っていくことを意味する。今回の見通しが上ぶれた主因は
  第1の力が長引いていることや、このところの原油価格の上
  昇だと判断している」と述べました。   ──NHKより
  ───────────────────────────
野口悠紀雄一橋大学名誉教授.jpg
野口悠紀雄一橋大学名誉教授
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2023年11月08日

●「危険水域から脱出できない岸田内閣」(第6042号)

 このところ新聞に「金利の話」が多く掲載されます。短期金利
は中央銀行の金融政策によって決まりますが、長期金利は、長期
資金の需給関係によって決まるもので、物価の変動、短期金利の
推移(金融政策)などの長期的な予想で変動します。そういう意
味で「長期金利は経済の基礎体温」と呼ばれています。
 米国では、その長期金利が下がっています。長期金利は、一時
4・84%程度まで上がっていましたが、それが4・57%程度
まで下がっています。この0・27%の下げ幅は、8カ月ぶりの
大きさなのです。何が起きているのでしょうか。
 米国では、このように、市場予想を下回る経済指標の発表が相
次いでいます。具体的には、3日発表の10月米雇用統計で、非
農業部門の就業者数は前月から15万人増えていますが、市場予
想では17万人の増加であり、下回っています。平均時給の伸び
も鈍化し、FRBが12月のFOMCにおいて、利上げを見送る
根拠にされているといわれます。
 これによって今のところ株価の上昇が続いています。米FRB
のパウエル議長の発言も慎重で、FRBは、明らかに経済のソフ
トランディングを狙っているからです。すなわち、FRBは、利
上げをしてインフレを抑制するが、景気を悪化させず、経済を安
定させて、ソフトランディングを成功させつつあります。
 この先週末に発表された米国の経済指標がことごとく市場予想
を下回ったことから、FRBの金融引き締めの長期化への懸念が
後退したとの判断から、米国では株高が進んでいます。そして、
この流れを受け、日本株にも買いが入っています。その結果、日
経平均株価は、6日の東京株式市場において、大幅に続伸してい
るのです。
 しかし、今回の日米およびアジアの株高には留意しなければな
らないことがあります。そもそも今回の株高は、米国の長期金利
が予想よりも下がったことによって起きています。米FRBはイ
ンフレを抑えようとして短期金利を連続して上げてきています。
 金利を上げると、金融を引き締めることになるので、景気が悪
くなります。しかし、米国の経済は予想以上に強いので、景気は
悪化していません。米経済の強さは、添付ファイルの米国の指標
によく表れています。
 したがって、もはや米国のインフレはこのまま収束して、今後
利上げを行わないので済むのではないかという期待が株価を押し
上げているといえます。本来であれば、長期金利は次の理屈で上
昇します。
 景気がよくなると企業の業績がよくなり、従業員の賃金が上昇
して個人消費も活発になります。モノが売れるようになるので企
業は設備投資を行う意欲が増し、お金を借りたいと資金需要が高
まります。そこで金利の上昇が予想されます。このため、多くの
人が今後、景気がよくなると考えるようになれば、長期金利は上
がるということになるわけです。また、この逆もあって、景気が
悪くなると多くの人が思えば、長期金利は下がることになるので
す。景気は人々の気分で変化します。
 このように経済はそこそこ悪くないのに、岸田内閣の支持率は
落ち込んだままです。これまでの世論調査において、内閣支持率
が30%を下回った調査は次の6つです。一体どこに問題がある
のでしょうか。
─────────────────────────────
     ◎内閣支持率が30%を下回った世論調査
           支持する    支持しない
     時事通信  26・3%   40・4%
     朝日新聞  29・0%   60・0%
     毎日新聞  25・0%   68・0%
      ANN  26・9%   51・8%
     共同通信  28・3%   56・7%
     JNN   29・1%   68・4%
           ──2023年11月06日/夕刊フジ
─────────────────────────────
 なかでも重要なのは、自民党支持層における岸田内閣への支持
率です。これは、2021年9月の菅義偉内閣の退陣表明時の支
持率49・5%に次ぐ低さです。
─────────────────────────────
                  支持率
       自民党支持層   52・9%
─────────────────────────────
 この岸田内閣の低支持率について、政治評論家の有馬晴海氏は
次のように指摘しています。
─────────────────────────────
 防衛増税はじめ増税が既定路線であるにもかかわらず、減税を
打ち出したことに、有権者は「選挙目当て」「首相は自分の立場
を維持しようとしているだけ」と感じているのだろう。来年は増
税論議も控えて状況がさらに厳しくなる中、被害が少ない年内解
散を唱える声もあるが、岸田首相は決断できず、来年9月の総裁
選をスルーして衆参ダブル選という選択肢をとるのではないか。
支持率回復には一時的なバラマキ策ではなく、憲法改正や、北朝
鮮問題など、大きな課題に取り組む姿勢も必要かもしれない。
           ──2023年11月06日/夕刊フジ
─────────────────────────────
 岸田文雄という政治家は、何回も申しているようにもともと増
税イメージの強い人です。岸田氏が首相就任時に記者団から「財
務省のポチ」といわれているが・・」と聞かれたことがあるくら
い財務省寄りといわれています。
 そういう人が首相になって、いきなり打ち上げたのが防衛増税
であり、増税のイメージが一層濃くなったといえます。それが一
転して「4万円の定額減税/非住民税世帯7万円給付」です。選
挙目当てとしかいいようがなくなっています。
           ──[物価と中央銀行の役割/052]

≪画像および関連情報≫
 ●定額減税、効果限定的=ばらまき批判も不可避―─
  ───────────────────────────
   政府が閣議決定した総合経済対策は、1人当たり計4万円
  の定額減税と低所得者層向けの7万円の追加支給が目玉だ。
  必要な財源は計5兆円規模に上るが、公平性を担保した複雑
  な制度設計が求められるほか、経済効果は限定的との見方も
  ある。対象が幅広い減税や追加給付には、ばらまきとの批判
  も避けられそうにない。
   政府は「成長の成果を国民に適切に『還元』する」として
  来年6月に所得税を3万円、個人住民税を1万円をそれぞれ
  減税。住民税非課税世帯には、7万円を追加で給付する方針
  だ。一連の還元策について、第一生命経済研究所の星野卓也
  主任エコノミストは「年に1兆円程度消費を押し上げるとみ
  られるが、(景気を押し上げる)効果は限定的だ」と分析す
  る。減税と給付を組み合わせることで、制度設計は複雑さを
  増す。政府は「両方の支援の間にある者に対しても丁寧に対
  応する」と強調するが、自民党の税制調査会幹部の間では、
  「本来ならば給付でやるのが筋だ」との意見が多い。
   住民税のみを納税しているため所得税の減税や給付金の対
  象にならなかったり、所得税を納めていても所得水準がそれ
  ほど高くなく、今回の減税の恩恵を十分に受けられなかった
  りする「隙間」には、約900万人がいると想定される。住
  民税のみ課税されている世帯にも給付などで支援するが、制
  度が複雑になれば、企業や自治体の対応もより煩雑なものに
  なり、狙った効果を発揮するまで時間がかかる恐れもある。
      https://sp.m.jiji.com/article/show/3089486
  ───────────────────────────
好調な米経済指標.jpg
好調な米経済指標
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2023年11月10日

●「初めてゼロ金利を実施した速水総裁」(第6043号)

 2023年11月8日付の日本経済新聞に「隠れ円安」が取り
上げられています。「隠れ円安」とは何でしょうか。該当記事の
リードを再現します。
─────────────────────────────
◎対ドル以外円安止まらず 円キャリー取引が拡大
 対ユーロで15年ぶり安値圏 対シンガポール38年ぶり
 外国為替市場で、円が米ドル以外の通貨に対して下落する「隠
れ円安」が進んでいる。対ユーロでは約15年ぶり安値圏、対シ
ンガポールドルではおよそ38年ぶりの安値圏に沈む。投資家心
理の重荷だった米金利の上昇が一服し、低金利の円を借りて高金
利通貨で運用する「円キャリー取引」が拡大。弱い円は当面続く
との見方が目立つ。
       ──2023年11月8日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 円は、10月31日には「1ドル=151円74銭」と、今年
最安値をつけたものの、7日の東京外国為替市場では「1ドル=
150円近傍」で推移するようになっています。この1円以上の
円高水準によって、少なくとも日米金利差の拡大は一応止まった
ものと考えてよいと思います。
 しかし、それはドルに対してのものであり、他の通貨に関して
は安値更新が相次いでいます。これが「隠れ円安」です。この傾
向に対して、野村証券・後藤祐次郎チーフ為替ストラテジストは
次のように述べています。
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 為替を含めた市場のボラティリティー(変動率)が低下したこ
とで、円キャリー取引の魅力が上がった。
       ──2023年11月8日付、日本経済新聞より
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 ここで「円キャリー取引」について知る必要があります。これ
に関しては、少し歴史を振り換える必要があります。「ミセス・
ワタナベ」についても触れる必要があります。
 日本がデフレに入る直前の1998年夏のことです。このとき
マクドナルドはハンバーガーを平日限定で65円に値下げしてい
ます。同社のハンバーガーの価格は、1995年時点で210円
だったので、来日3年で70%も価格を下げたことになります。
 ちょうどその頃、ユニクロが原宿店を出して1900円のフリ
ースを全国的なブームに仕立てています。この価格破壊に消費者
は、大行列を作ったものです。
 一見「良い物価下落」に見えますが、そうはならなかったので
す。なぜなら、賃金まで下がってしまったからです。当時の消費
者物価指数は、前年同月比で、マイナス0・1%に転落し、19
99年11月にはマイナス1・2%まで落ち込み、本格的なデフ
レに突入しようとしていたからです。当時の日銀総裁は、速水優
氏だったのです。
 この速水総裁がゼロ金利をはじめるに至るまでには、さまざま
なことがあったのですが、その経緯は後で述べることにして、速
水日銀は、1999年2月にゼロ金利政策を開始したのです。当
時の政策金利は0・25%であり、金利を下げる余地はきわめて
限られていましたが、政策金利は3月初旬には実質0%に到達し
ています。
 しかし、2000年8月11日、速水総裁は、ゼロ金利政策を
解除してしまうのです。デフレ脱却に関係のある経済指標のいく
つかが、持ち直していたからです。しかし、この8月11日の金
融政策決定会合では、審議委員の間で、多くの混乱があったとい
われます。そのなかから、速水総裁と山口泰副総裁と、反対意見
を述べた植田和男審議委員(現日銀総裁)の意見を以下に示すこ
とにします。
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◎速水優日銀総裁
 成長率が著しく高まることは期待しがたいと思うが、少なくと
も日本経済はデフレ懸念の払拭が展望できる情勢には至ったもの
と判断する。ゼロ金利政策を解除してコール金利を0・25%前
後で推移させるようにすることが可能かつ適当な段階に至ったと
考えている。
◎山口泰日銀副総裁
 需要の弱さによる物価の弱さは大体解消しつつある。物価が弱
含みで推移するなら、技術進歩要因とか流通構造の変化要因によ
る部分が大きい。
◎植田和男審議委員
 まだ大きな水準の需給ギャップが存在している。適正金利は若
干のマイナスか、ぎりぎりプラスになったぐらいの可能性を否定
できない。もう少しはっきりプラスになるまで、ゼロ金利を維持
する議論に魅力を感じる。          ──河浪武史著
         『日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和』
                     日本経済新聞出版
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 情報によると、植田和男氏がこのときゼロ金利解除に反対票を
投じたことが、23年後の総裁指名のひとつの要素になったとい
われています。この速水総裁によるゼロ金利政策解除の意向につ
いては、当時の宮沢蔵相も事前に知っており、宮澤蔵相は周知の
審議委員に電話で政府は反対を申し入れたといわれます。
 しかし、金融政策決定会合では、ゼロ金利政策解除については
賛成7票、反対2票(中原委員、植田委員)の賛成多数で正式に
決まっています。
 この速水総裁による早すぎるゼロ金利解除について、結果責任
は免れなかったのです。政府の反対まで押し切って、強行したこ
ともあって、日銀には「金融緩和に消極的な中央銀行」のレッテ
ルが張られてしまったからです。そしてこれが黒田総裁の異次元
金融緩和まで延々と続くことになります。
           ──[物価と中央銀行の役割/053]

≪画像および関連情報≫
 ●禍根残したゼロ金利解除、緊迫の駆け引き明らかに
  日銀議事録
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   日銀は2011年1月27日、2000年7〜12月に開
  いた政策委員会・金融政策決定会合の議事録を公開した。同
  年8月に日銀は、政府の反対を押し切ってゼロ金利政策を解
  除。緊迫のやり取りが明らかになった。
   解除に向けて議論を先導したのは、議長の速水優総裁。非
  常措置のゼロ金利政策は、「条件がそろえば元に戻すのが当
  然。そうしないと市場のバイタリティーが出てこない」と持
  論を展開した。
   そごうが経営破綻した直後の7月は「少し間が悪い」(武
  富将委員)として解除を見送った。8月には株価が落ち着き
  を取り戻し「そごう問題の影響にも、一応見極めがついた」
  (藤原作弥副総裁)として議論が一気に加速。雇用・所得環
  境も改善し、多くの委員が、「デフレ懸念の払拭が展望でき
  るような情勢に至った」と判断。ゼロ金利解除の流れが決ま
  る。正副総裁を含む9人の政策委員のうち、解除に反対した
  のは中原伸之委員と植田和男委員。物価がプラスに転じてい
  ない段階での利上げに異を唱えた中原委員は、「デフレ懸念
  払拭」という抽象的な判断基準を痛烈に批判した。株価など
  を気にした植田委員を藤原副総裁が「できるだけ多くのひと
  の賛同を得たい」と勧誘する一幕もあった。
                     ──日本経済新聞
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速水優元日銀総裁
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2023年11月13日

●「どうして消費税を減税できないか」(第6044号)

 岸田政権が依然としてピリッとしません。そして、どうやら岸
田総理は、「年内に解散はしない」という自らの意思を自民党幹
部に伝えたといわれています。
 岸田首相は、「人の話を誰よりも熱心に聴く」ということを自
らいい、人から話を聞くとき小さなノートを出して、メモをとっ
ています。しかし、案外岸田総理は、人の意見は聴くものの、本
当にやりたいことは自分の意志で決めています。それは、かなり
頑固であり、一徹そのものです。
 どうしてこうなってしまうのでしょうか──それは、首相ご本
人が経済というものがわかっていないからです。首相は「国民一
人当たり4万円の所得税の定額減税」、住民税未払い世帯には、
「世帯当たり7万円給付」を自分の口で説明しています。このプ
ランは、木原前官房副長官が首相にアドバイスしたものとされて
いますが、きっと岸田首相は増税批判が激しくなっていたときで
もあり、「これはいける」と考えたのでしょう。
 さっそく実現に向けて政策化の指示を行ったのです。所得税減
税は、「1回で終わりか、恒久減税か」が議論されるものなので
す。橋本政権においでも同様のことが起きています。橋本減税に
ついては、11月3日付の東京新聞の次の記事があります。
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 岸田文雄内閣と同じ定額減税を行ったのは橋本龍太郎内閣だ。
アジア通貨危機や山一証券などの破綻で金融不安が広まった97
年12月、橋本氏は急きょ減税を表明し、翌年2月からスピード
実施した。だが、98年の参院選で減税の恒久化を巡り、発言が
迷走し、自民党は惨敗し。退陣に追い込まれた。当時を知る与党
の税制調査会関係者は「表明2カ月で減税は快挙だったが、その
後の発言が首を絞めた」と振り返る。
         ──2023年11月3日付、東京新聞より
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 所得税の定額減税には、このような大失敗があったのです。そ
の後、どうなったかというと、橋本氏の後を継いだ小渕恵三首相
は「恒久的な減税」として、定率減税(20%)に変更し、20
05年に小泉純一郎首相が全廃を決定。それでも07年まで続い
ています。
 岸田首相としては、当然そのことを知っていたはずであるし、
もっと慎重に行うべきであったといえます。鈴木財務相、宮沢税
調会長が「減税は1回限り」を繰り返し、主張するのは、この橋
本政権の失敗があったからであると思われます。それでは、岸田
政権は、どうすべきだったのかです。
 EJでは、たびたび取り上げていますが、産経新聞特別記者で
ある田村秀男氏の夕刊フジのコラム「田村秀男/お金は知ってい
る」を参考にして述べることにします。
 「エンゲル係数」をご存知ですか。
 「エンゲル係数」は、経済的なゆとりを示すものといわれてい
ます。エンゲル係数は、家計の消費支出にしめる食料費の比率の
ことです。添付ファイルの上のグラフを参照してください。
 日本のエンゲル係数は、1950年代はじめの50%台から下
がり続け、1970年代には30%、90年代には25%を切っ
ています。しかし、2015年あたりから少しずつ上がり始め、
コロナ禍の22年は26%を超え、2013年に入ると、31%
に達しています。これは、円安によるコストプッシュインフレが
原因です。
 棒グラフは、家計の消費支出を表しています。2023年は実
質賃金が前年より大きく落ち込んでおり、物価の値上がりに賃上
げが追いつかず、消費を減らさざるを得ない状況がよく読み取れ
ると思います。棒グラフのうち、色の薄い棒は、食料消費の割合
を表していますが、その上昇は激しく、4月以降は8%台、9月
には、9%に達しています。しかし、食料品は、たとえ価格が上
がっても、食べ物を減らすことはきわめて困難です。
 添付ファイルの下のグラフをご覧ください。この折れ線グラフ
は、円相場と消費者物価の関係を示しています。青い折れ線グラ
フは消費者物価指数、赤い折れ線グラフは、食料品価格を示して
います。これによると、日本の物価の上昇率はせいぜい4%程度
であるものの、食料の値上がりは急速であり、9月には9%に達
しています。国民が求めているのは、この値上げを何とかしてく
れということです。それなら、消費税の軽減税率(食料品などは
8%)を暫定的にでもゼロにするのがいいのです。
 食料品であれば、財務省のいう買い控えは起きないし、税法改
正に多少時間がかかっても実質的な可処分所得の増加につながる
ので、国民は歓迎するはずです。そのうえで、非住民税世帯には
世帯当たり一定の給付金を支給すれば、個人消費は上昇するはず
てす。しかし、財務省はそれがわかっていてもやろうとしないの
です。一番良いと思われる方法があるにも関わらず、ザイム真理
教化しているからです。田村秀男氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 現実に、自民党の若手議員らによる「責任ある積極財政を推進
する議員連盟」は10月早々にまとめた消費税減税案で食料品課
税ゼロを盛り込んだが、岸田政権は一蹴した。背景には近い将来
の消費税増税をもくろんでいる財務省の思惑がある。政府の政策
が的外れだと、問題をさらにこじらせる。(中略)
 今の円安は米の高金利と日本の超低金利の格差が広がっている
からだとは、だれもが知る。外国の投資ファンドを中心とする投
機勢力はあやふやな日銀政策につけ込んで、国債と外国為替市場
を席巻している。投機に対抗するなら、マイナス金利の解消や、
大幅な長期金利上昇を容認するしかないが、住宅ローン金利の大
幅上昇、さらに企業の設備投資意欲を減退させる。脱デフレの芽
は潰れてしまう。その場しのぎの日銀政策の修正では円安阻止も
脱デフレも不可能なのが現実なのだ。     ──田村秀男氏
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           ──[物価と中央銀行の役割/054]

≪画像および関連情報≫
 ●消費税減税「できない理由」総崩れ
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   自民党や公明党は消費税減税を求める国民多数の声に対し
  「消費税は社会保障財源になっている」などといって拒否し
  ています。19日放送のNHK「日曜討論」では自民党の高
  市早苗政調会長が「消費税の使途というのは、年金・医療・
  介護・子育て、こういった社会保障に限定されている」「法
  人税の引き下げに流用されているかのようなデタラメを公共
  の電波でいうのはやめていただきたい」などと発言。
   税財政の実態からみればこの発言こそデタラメです。たし
  かに消費税法第1条には消費税収について「年金、医療及び
  介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要
  する経費に充てる」とあります。しかし、この規定は、消費
  税が導入されたときにはありませんでした。消費税導入から
  20年以上たった2012年、消費税率を5%から10%に
  段階的に引き上げる法律を決めたときに増税の言い訳として
  持ち込まれたものです。      ──「しんぶん赤旗」
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「円相場と消費者物価/エンゲル係数」
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2023年11月14日

●「ゼロ金利から量的金融緩和へ」(第6045号)

 おっかなびっくりで、世界で初めてゼロ金利を実行し、慌てて
解除した感のある速水日銀総裁。2000年8月のゼロ金利解除
は長く日銀にトラウマとして傷を残すことになります。なかでも
痛烈な日銀に対する批判は、「あのときの拙速な利上げが、その
後の長期デフレの要因になった」とするものでしょう。
 2001年3月19日、日銀政策決定会合が世界同時株安が進
むなかで行われています。日銀としては、金利を下げることに失
敗した以上、世界的にも前例のない「量的金融緩和」を発動する
しかない状況に追い込まれていたのです。
 何をどうしようとしたのでしょうか。要点を簡単に述べるため
政策の骨子を明らかにしておきます。
─────────────────────────────
 @金融調節の誘導目標を、無担保コール翌日物金利から日銀当
  座預金残高に変更
 A日銀当座預金残高を1兆円程度積み増し、5兆円程度にする
 B日銀当座預金の円滑な供給に必要な場合は、長期国債の買い
  入れを増額
 C量的緩和により、翌日物金利は従来の誘導目標の0・15%
  から低下し、ゼロ%近辺で推移
 D新しい金融調節は消費者物価指数の前年比上昇率が安定的に
  ゼロ%以上になるまで継続
 E今回の措置が効果を発揮するには、不良債権問題の解決など
  金融・経済・産業面の構造改革が必要
             ──河浪武史著/日本経済新聞出版
         『日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和』
─────────────────────────────
 重要なポイントは、金融調節の誘導目標を「金利」から「日銀
当座預金残高」に変更したことです。日銀当座預金というのは、
民間銀行が、資金の決済や預金の支払いに備えて、日銀に預けて
おく資金のことです。当時の資金量は「4兆円」でしたが、量的
緩和で、銀行にあと1兆円分の余剰資金を積ませて、6兆円にす
ることにしたのです。
 目的は、日銀当座預金には原則として利息は付かないので、当
座預金に積み上がる量的金融緩和で膨らんだ資金を引き出し、貸
し付けや投資に回して利回りを得られる資金は回るだろという甘
い判断がそこにあったのです。要するに、日銀当座預金を増やせ
ば、いわゆる市中に出回るマネーストックは増加すると考えてい
たのです。
 しかし、その人の決定会合では、審議議員たちの間では、次の
ような不安が渦巻いていたのです。
─────────────────────────────
植田委員:期待インフレ率が上がって、金利が上がっていったり
 景気がよくなっていくとなれば良いが、ならないと地獄になる
武富委員:そう、地獄だ。もっともっともっとということになる
植田委員:願わくは、このようなことを意味がないなと途中で納
 得してくれることを期待することではないか
       ──河浪武史著/日本経済新聞出版の前掲書より
─────────────────────────────
 これら審議員たちの不安は的中するのです。まさに「地獄」が
はじまったのです。日銀当座預金の目標は、当初は5兆円でした
が、その後追加策が次々と求められるようになり、当座預金残高
の目標(当初5兆円)や長期国債のむ買い入れ額(当初月400
0億円)は、徐々に引き上げられ、2003年の速水日銀総裁の
退職時には、次のようになっていたのです。
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  当座預金残高目標目標 ・・・  17兆円〜22兆円
  長期国債買い入れ総額 ・・・   1兆2000億円
─────────────────────────────
 速水日銀総裁の任期は1998年〜2003年の5年です。任
期中の2001年の量的緩和の発動以降、「ミセス・ワタナベ」
という名前が世界中を席巻するようになるのです。「ミセス・ワ
タナベ」──このような言葉を聞いたことがあるでしょうか。
 日本人を指すのは間違いありませんが、なぜ、「タナカ」でも
「スズキ」でもなく、「ワタナベ」なのでしょうか。その「ミセ
ス・ワタナベ」が何をしたのでしょうか。この名前が出てきたと
き、円が投機マネーとして、大きく使われるようになっていたの
です。そういう2003年月3月、日銀総裁は早見優氏から、福
井俊彦氏に交代したのです。
 福井俊彦氏は、1957年日銀に入行し、1998年に施行し
た新日銀法の詳細設計を日銀側で担った人物です。福井俊彦総裁
は総裁に就任するや5日後の2003年3月25日に、新日銀法
下で初めての臨時の金融政策決定会合を開催しています。この時
期、日銀と政府──小泉純一郎政権との間がどうなっていたかに
ついて、河浪武史は次のように書いています。
─────────────────────────────
 速水前体制で政府と日銀の関係はぎくしやくしていた。00年
8月のゼロ金利解除と、その後の景気後退が最大の要因だ。01
年2月に量的緩和を導入したが、2年たっても、日本は止まらぬ
デフレに苦しんでいた。速水氏は金融緩和に慎重姿勢をみせるこ
ともあり、政府は「動かぬ日銀」へのいらだちを募らせていた。
 臨時会合の表向きの理由は、イラク戦争による市場混乱の回避
だった。其の目的は、前体制からの転換をアピールし、デフレ脱
却へ小泉純一郎政権との協調を演出することにあった。臨時会合
ではこんなやりとりがなされたという。
       ──河浪武史著/日本経済新聞出版の前掲書より
─────────────────────────────
 福井総裁の特色は動く日銀」です。資金供給の強化を決めると
ともに、執行部に対して量的緩和の枠組みの強化に向けた論点整
理を指示し、実行する──こういう点において、小泉政権と息は
合っていたといえます。──[物価と中央銀行の役割/055]

≪画像および関連情報≫
 ●ゼロ金利導入後も、急激な円高への対応策を幅広く議論=
  日銀政策会合99年9月議事録
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   [東京/28日=ロイター] 日銀は2010年1月28
  日、1999年7月から12月までの金融政策決定会合議事
  録を発表した。日銀は99年2月にゼロ金利政策に踏み切っ
  たが、9月21日の決定会合直前には、急激な円高に対して
  何らかの追加的緩和措置が発表されるのではないかとの強い
  期待感が市場から出ていた。同日の議事録では、円高への強
  い危機感のもと、マネタイゼーションの可能性も含めて、幅
  広く活発な議論が行われていたことがわかった。
   当時は小渕政権のもとで、8月後半に1ドル=110円を
  割れ、円高が急激に進んだ。9月16日には、速水優日銀総
  裁と宮沢喜一蔵相の会談が行われ、共に事態に対処していく
  ことで意見の一致をみたが、その直前には103円台となっ
  た。会談後は108円台に戻したが、日銀金融政策決定会合
  直前には106円台へと再び円高が進んだ。
   こうしたなか、市場からは、量的緩和や為替介入の非不胎
  化など、何らかの緩和策を日銀が発表するのではないか──
  との観測が強まった。しかし日銀は「当面の金融政策運営に
  関する考え方」との異例のステートメントを発表したものの
  追加策は発表しなかった。会合直後から、失望感からさらに
  円高が進行、9月後半には7カ国財務相・中央銀行総裁会議
  (G7)も開催されたが、円高は止まらず、11─12月に
  平均で102円台を付けたのち、2000年1月にようやく
  106円台に戻した。     ──リクルートのリポート
  ───────────────────────────
福井俊彦元日銀総裁.jpg
福井俊彦元日銀総裁
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2023年11月15日

●「竹中大臣のやったことは正しいか」(第6046号)

 速水優日銀総裁は、就任が1998年3月、退任が2003年
3月までです。その頃になると、政府と日銀との関係は相当ギャ
クシャクしたものになっていったのです。2000年8月のゼロ
金利解除によっても景気は回復しないし、2001年3月に量的
緩和を導入したものの、日本経済はデフレの泥沼に沈んで、なか
なか脱却できないでいたからです。
 そして福井俊彦氏が日銀の総裁になると「ミセス・ワタナベ」
が話題になります。当時日本の政策金利は0・5%という過去最
低水準にあり、そのため世界経済は、日銀にある取引の片棒を担
がせつつあったのです。これについては後で述べます。
 経済の低迷は相変わらずで、日銀としては、資金供給の目詰ま
りと見定めています。つまり、日銀がいくら資金を供給しても、
日銀当座預金が積み上がるだけで、不良債権に苦しむ金融機関は
どうしても融資を伸ばせない状態だったのです。
 当時は小泉純一郎政権であり、郵政民営化の実現に挑んでいた
のです。小泉首相は派閥を完全に無視した人事を行っており、閣
僚にはユニークな人材も多くいました。そして「改革なくして成
長なし」が小泉政権の旗印であります。
 その閣僚の一人に竹中平蔵氏がいます。竹中大臣の正式な名称
は「内閣府特命担当大臣(金融経済財政政策)」です。これは、
ある特命を有する大臣であり、小泉首相の意見を聞いて、実行に
移す任務を帯びています。重要任務です。
 竹中平蔵大臣は、日本経済のために、実に素晴らしい仕事を成
し遂げており、日本経済のバブルの後始末を周囲が猛然と反対す
るなかでやり遂げています。しかし、そういう大仕事をした竹中
平蔵氏の評判は必ずしも良くないのです。
 一体彼は何をしたのでしょうか。
 竹中大臣は、当時の日本の大手銀行の不良債権比率は8・4%
でしたが、これを2年半で半減させる「金融再生プログラム/竹
中プラン」を打ち出し、それを敢然と実行したのです。多くの反
対がありましたが、権限は小泉首相から得ており、それを使った
のです。彼は政治家ではなく、学者であり、普通の永田町の常識
にはとらわれず、やる必要のあることを断行しています。
 2003年4月のことです。日経平均株価はバブル崩壊後の最
安値7607円を記録します。りそなショックです。政府はこれ
に対して、りそな銀行への公的資金投入が発表されると、それま
での下落を打ち消すかのように急回復したのです。そうです。日
本経済に薄明かりが見えるようになったのです。政府が電撃的に
りそな銀行に公的資金を注入する再建策を発令し、これに対応し
たのです。
 政府が銀行に公的資金を注入することは、その銀行を国有化す
ることを意味します。銀行としては、当然のことながら、はげし
く反対し、抵抗します。なぜかというと、りそな銀行は自己資本
を積んでいなかったわけではなく、監査法人からのアドバイスを
受けて対応していたからです。竹中大臣は、専門家であり、その
内容を厳正監査するよう監査法人に求めたのです。
 監査法人はこれをやっていなかったといわれます。もし、国有
化が強行されると、当然監査法人もただでは済まなくなります。
こういうやり取りが毎日テレビで報道され、何か大変なことが起
きていると国民は感じたものです。EJの発刊は、1998年の
ことですから、この問題を取り上げています。りそな銀行は自己
資本をどのように処理したのでしょうか。河浪武史氏は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 りそなの実質国有化の引き金となったのは、監査法人の厳格監
査だった。りそなは不良債権処理に伴う税金の先払いを「繰り延
べ税金資産」として自己資本に計上していた。「竹中プラン」は
その内容を厳しく監査するように求めていた。国内銀行であるり
そなの自己資本比率は4%を上回れば間蓮がなかったが、200
3年5月の連休明けになって監査法人から過大計上の可能性があ
ると指摘がなされる。
 竹中氏がそうした動きを知ったのは、5月7日だったという。
自己資本比率が4%を切ることになれば、預金保険法にしたがっ
て公的資金の注入が必要になる。竹中氏は小泉首相にりそなへの
公的資金注入の了解を内々に得て、事務方にも水面下で実質国有
化を準備するよう指示する。──河浪武史著/日本経済新聞出版
         『日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和』
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 しかし、りそな銀行はなかなか認めない。しかし、竹中大臣は
監査法人の決断を促すために監査法人に対して、「過去の監査と
の食い違いについての責任は問わない」というメッセージを送り
監査法人は最終的にはりそなが求めていた繰り延べ税金資産の5
年分の計上を認めない判断を下しています。
 政府は「金融危機対応会議」を開いて、りそなへの公的資金の
注入を決定しています。このように、必要だと思ったら、どんな
手段でも使って目的を果たすというのが竹中平蔵氏のやり方であ
り、とても冷たいように感ずるが、現在のりそなを含めて日本の
銀行の状況を見ると、やはりあのときの処置は間違っていなかっ
たのであると確信を持てるようになってきています。
 「竹中プラン」は、主要銀行の不良債権比率を2年半で半減さ
せるというものでしたが、2005年3月期には前倒しで目標を
達成しています。これによって、バブル経済の処理にしっかりと
したメドが立ち、少しずつではあるものの、景気も回復しつつあ
ったといえます。
 これによって、生み出されたのが円安トレンドです。この円安
トレンドに乗って、「ミセス・ワタナベ」が増殖を始めることに
なります。この「ミセス・ワタナベ」とは一体何者なのでしょう
か。具体的な人物なのでしょうか。それとも何らかの経済現象な
のでしょうか。次回のEJで解明します。
           ──[物価と中央銀行の役割/056]

≪画像および関連情報≫
 ●不良債権処理後の日本「疲れるほど改革せず」竹中平蔵
  ───────────────────────────
   りそなグループへの公的資金の投入が決まってから20年
  金融システムの安定を取り戻すために当時の関係者は、何を
  考え、どのように行動したか。小泉純一郎政権で金融担当相
  として不良債権処理を主導した竹中平蔵慶大名誉教授に聞い
  た。
  ――第1次小泉内閣が2001年に発足しました。不良債権
  の処理が進まず、どう解決するかに<焦点が当たりました。
  「バブル崩壊後に日本経済が低迷したのは、当面の需要拡大
  のみを行ってバランスシート調整をしっかりやらなかったか
  らだ。世界2位の経済規模だった日本の政府が不良債権をき
  ちんとwrite-off(処理)しなければ、世界が日本をwrite-
  offするという危機感が広がっていた」
   「経済財政担当相に就任して最初に『骨太の方針』を作っ
  たときも『不良債権の処理が一丁目一番地』と書いた。本来
  やるべき処理が10年以上遅れてしまっていた。私は学者と
  して理屈で考えていたが、小泉首相も同じように判断してい
  た」
  ――翌年に金融担当相を兼務して「金融再生プログラム」を
  打ち出すことで銀行に徹底した不良債権処理を迫りました。
  銀行からは猛烈な批判もありました。どういう考えで銀行と
  対峙したのでしょうか。
   「私がやったのは大胆なことではなく普通のことだ。資産
  査定をしっかりやって不良債権がどれだけあるのかを明確に
  したうえで資本不足なら増強してもらう。それができない金
  融機関には場合によっては公的資金の注入も選択肢だった」
        ──2023年5月16日/日本経済新聞より
  ───────────────────────────
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竹中平蔵慶応大学名誉教授
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2023年11月20日

●「『ミセス・ワタナベ』は何を意味するか」(第6047号)

 11月14日の日経の朝刊に、金利低下の記事が出ています。
同日発表による10月の米CPI(消費者物価指数)の伸びは、
事前予想を大きく下回り、FRBがさらに追加値上げをする可能
性がほぼなくなったといえます。これに加えて長期金利の指標に
なる10年物国債利回は4・4%台前半になり、約1カ月半ぶり
の低水準を記録しています。関連記事は、以下の通りです。
─────────────────────────────
◎緩む米物価高、金利低下/ドル全面安、円150円台
 利上げ観測ほぼゼロに/
 米インフレの高止まりを警戒していた金融市場に安堵が広がっ
た。14日発表の10月の米消費者物価指数(CPI)の伸びは
事前予想を下回り、市場が織り込む米連邦準備理事会(FRB)
の追加利上げ確率はほぼゼロになった。米長期金利の低下を起点
に投資家心理が好転し、世界的に株式が買われた。
      ──2023年11月16日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 りそなへの公的資金注入を中心に「金融再生プログラム」を推
進し、目標を前倒しで達成した竹中プランによって、日経平均株
価は上昇に転じます。これによって、巨額の債務を抱えていたダ
イエーやカネボウなどは、官民ファンドの「産業再生機構」に引
き取られ、姿を消しています。かくして金融機関の不良債権はバ
ランスシートから切り離されていったのです。
 1998年の外為法が改正されています。FXとは、たとえば
日本円を米ドルに両替するように、ある国の通貨(お金)を別の
国の通貨に交換することを意味し、FXとは次の言葉の略です。
─────────────────────────────
      ◎FX
       Foreign Exchange(外国為替)
─────────────────────────────
 日本でFXは「外国為替証拠金取引」とも呼ばれており、取引
額の一部に相当する証拠金を預けるだけで「外国為替」の取引を
行えるのが大きな特徴です。これは少額で大きな金額の取引がで
きることを意味しており、「レバレッジ効果」といわれます。
 ここに登場したのは「ミセス・ワタナベ」です。これは、当時
の円安トレンドが生み出したものといわれます。しかし、ここで
留意しなければならないのは、当時の円安は1995年に米ドル
/円が70円台に突入し、超円高に苦しんでいたときのものであ
ることです。要するに、FXが行われるのは、日米間に大きな金
利差があるときです。
 こういうときは少しでも円を売る必要があります。当時に関し
て。河浪武史氏の著作には、次の記述があります。
─────────────────────────────
 日本の個人投資家が世界の外為市場でカを持ったのは、低金利
の円を借り入れて高金利のドルなどに投資する「円キャリートレ
ード」の環境があったからだ。福井日銀は量的緩和の長期維持を
打ち出していた。一方で、米連邦準備理事会(FRB)はITバ
ブル崩壊の傷が癒え、100%まで下がった政策金利を急ピッチ
で引き上げようとしていた。グリーンスパン議長(当時)、04
年に利上げを再開して17会合連続の金融引き締めを断行する。
06年には政策金利は5・25%まで引き上げられた。日米金利
差は一気に拡大して、個人の円キャリートレードが爆発的に広が
っていく。        ──河浪武史著/日本経済新聞出版
         『日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和』
─────────────────────────────
 当時この強固な円高を何とかしなければならないと考えて、国
としていろいろな施策を進めています。1998年の外為法の改
正は、まさにその前提です。つまり、日本の個人投資家に、外債
投資を推奨し、少しでも「円売り要因が増える」ような施策が進
められていたといえます。そういうとき、英国のエコノミスト誌
に、そういう日本人の個人投資家のことを指して、「ミセス・ワ
タナベ」という言葉が使われたのです。
 ところで、なぜ、「ミセス・ワタナベ」なのでしょうか。日本
人を指していることは間違いないですが、なぜ「ワタナベ」なの
でしょうか。
 日本の姓ランキングを見てみると、日本で最も多い姓は、「サ
トウ(佐藤)」、次いで「スズキ(鈴木)」、「(タカハシ)高
橋」とよく耳にする姓が次のように続くのです。
─────────────────────────────
      1位:・・ 佐藤    6位:渡辺
      2位:・・ 鈴木    7位:山本
      3位:・・ 高橋    8位:中村
      4位:・・ 田中    9位:小林
      5位:・・ 伊藤   10位:加藤
─────────────────────────────
 これによると、「ワタナベ」は第6位です。検証されていませ
んが、外為法改正に伴い、主要各国へ根回しのために動いていた
当時の財務省担当者の名前が「ワタナベさん」だったらしいとい
う説もあります。
 それは別として、問題は、この「ミセス・ワタナベ」が何をし
ているかです。彼らは複数の集団で、ドル相場が下落するとドル
を買い、相場が上昇すると売りを出すのです。一方、米国投資家
は、下落局面で売り続ける順張り派が多いため、逆張りの買いに
戸惑ってしまうことがよくあるといいます。
 それでは、「ミセス・ワタナベ」の正体とは何でしょうか、そ
れは次の通りです。
─────────────────────────────
 @ヘッジファンド、年金基金、銀行など機関投資家 70%
 A個人投資家 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 20%
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/057]

≪画像および関連情報≫
 ●ミセスワタナベ、「介入待ち」で円売り・ドル買いの好機
  うかがう(FXストラテジー)
  ───────────────────────────
   【日経QUICKニュース(NQN)/長谷部博史】外国
  為替市場で円安・ドル高に歯止めがかからず、円相場は1ド
  ル=148円台と32年ぶりの安値圏での推移が続く。外国
  為替証拠金(FX)取引を手掛ける個人投資家「ミセスワタ
  ナベ」にとって現在のドルの水準は「高根の花」。身動きを
  とりづらい今のうちに持ち高を整理して身軽になっておき、
  日本政府・日銀による再度の円買い介入で相場が円高・ドル
  安に振れたらすかさず円売り・ドル買いに動こうと、構えて
  いる様子が透ける。
   前週発表の米物価指標が市場予想を上回ったことなどを受
  け、14日のニューヨーク市場で円相場は一時148円86
  銭近辺と1990年8月以来32年ぶりの円安を付けた。米
  連邦準備理事会(FRB)による利上げが長期化するとの見
  方から円売り・ドル買いの圧力は強い。17日の東京市場で
  も円相場は148円台後半を中心にじりじりと水準を切り下
  げる場面が目立った。
  個人投資家には、現在の円安・ドル高水準は行き過ぎとの見
  方が多いようだ。QUICKが17日算出した14日時点の
  FX5社合計(週間)の建玉状況によると、円に対するドル
  の買い比率は45・2%と前の週から5・8ポイント低下。
  ドルの買い比率が50%を下回るのは、FRBによる利上げ
  開始で円安・ドル高が進み始めた3月以来だ。
    https://moneyworld.jp/news/05_00086262_news
  ───────────────────────────
「ミセス・ワタナベ」イメージ.jpg
「ミセス・ワタナベ」イメージ
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2023年11月21日

●「『ミセス・ワタナベ』の再来の意味するもの」(第6048号)

 2023年5月から6月にかけて、日本経済売新聞系の新聞や
雑誌に「ミセス・ワタナベ」の記事が出ています。参考までにそ
の3本のそれぞれのタイトルと、リード文をを以下に記載してお
きます。
─────────────────────────────
@「帰ってきたミセス・ワタナベ」
 東京市場の為替相場動向に大きな影響力を持つ個人投資家の外
国為替証拠金(FX)取引に異変が生じている。昨年秋には、約
32年ぶりに1ドル=150円の節目を超える大幅な円安・ドル
高が進むなど、為替取引が再び活況を示すなかでかつて「ミセス
・ワタナベ」と呼ばれた中高年層の投資家が市場に帰ってきた。
そして彼らの復活は、為替相場動向にも少なからぬ影響を及ぼし
つつある。 ──「日経ヴェリタス」2023年5月28日号」
A「円脹らむ投機売り/ミセス・ワタナベ「白旗」で下値も」
 外国為替市場で円安・ドル高が止まらない。米連邦準備理事会
(FRB)の利上げ継続観測が強まるなか、日銀は大規模な金融
緩和を維持。金融政策の方向性の違いが目立ちやすく、投機によ
る円売り・ドル買いが増えている。「ミセス・ワタナベ」と呼ば
れた日本の外為証拠金(FX)取引を手掛ける個人投資家は円
安にあらがうものの、「白旗」を揚げる事態に追い込まれれば円
相場が下値を探るシナリオも浮上する。
      ──2023年5月29日付、日本経済新聞電子版
B変容するミセス・ワタナベ/22年は順張り転向、日銀調査
 「ミセス・ワタナベ」と呼ばれる外国為替証拠金(FX)取引を
手掛ける日本の個人投資家が2022年、従来のイメージと異な
る取引を繰り返していたことが日銀の調査で浮かび上がった。こ
れまで「相場に逆張り」「高金利の外貨で運用益を狙う」という
イメージが強かったが、歴史的な円安が進むなか、相場の流れに
沿った「順張り」取引が増えた。世界の個人関連取引の約3割を
占める日本勢の変容が相場変動を増幅した可能性がある。
       ──2023年6月9日付、日本経済新聞電子版
─────────────────────────────
 1990年代終わりの「バブル」というと、誰でも「日本のバ
ブル」と思ってしまいますが、米国のバブル──インターネット
・バブルもあります。このバブルは、1990年代前期から20
00年代初期にかけて、米国市場を中心に起こっています。ハイ
テク・バブルとか、ITバブルとか、ドットコムバブルなどとい
われています。
 このとき、「ドットコム会社」と呼ばれる多くのIT関連ベン
チャーが設立され、1999年から2000年までの足掛け2年
間に亘って株価が異常に上昇しますが、2001年には完全には
じけてします。これがITバブルです。
 日本では竹中改革が終了し、やっと景気が少し回復して日本経
済に薄明かりが差すようになったのです。このときの日銀総裁は
福井俊彦氏であり、そのとき福井日銀は、量的緩和策の長期維持
を打ち出していたのです。そのため「円キャリー取引」ができる
環境があったのですが、そのときの日本と米国の中央銀行の事情
について、河浪武史氏の本から引用します。
─────────────────────────────
 日本の個人投資家が世界の外為市場でカを持ったのは、低金利
の円を借り入れて高金利のドルきに投資する「円キャリートレー
ド」の環境があったからだ。福井日銀は量的緩和の長期維持を打
ち出していた。一方で、米連邦準備理事会(FRB)はITバブ
ル崩壊の傷が癒え、10%まで下がった政策金利を急ピッチで引
き上げようとしていた。グリーンスパン議長(当時)は04年に
利上げを再開して17会合連続の金融引き締めを断行する。20
06年には政策金利は5%まで引き上げられた。日米金利差は一
気に拡大して、個人の円キャリートレードが爆発的に広がってい
く。           ──河浪武史著/日本経済新聞出版
         『日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和』
─────────────────────────────
 今とは事情が違うものの、このときも日米の金利差については
今と同じようなことが行われていたのです。グリーンスパン議長
は、17会合連続の利上げを行ったのに対して、福井総裁は量的
緩和を継続していたのです。これでは、日米の金利差は開き、ミ
セス・ワタナベが活躍する環境になるのです。
 「干天の慈雨」という言葉がありますが、日照り続きのときに
降る雨のことです。当時のバブル処理が癒えない日本経済にとっ
て、この円キャリートレンドがまさに慈雨となり、輸出主導によ
る経済の持ち直しが可能であったのです。
 雇用量、生産量、輸出入量など時間的、場所的に異なる値を示
すものについて、その相対的な差異を実体的変化として数量的に
把握できるように作成された統計数値のことを、輸出数量指数と
いいますが、この指数が2002年〜2004年は伸び続け、海
外に散らばっていた製造拠点は、それに伴う円安により、国内回
帰が鮮明になったのです。
─────────────────────────────
      ◎輸出数量指数
       2002年 ・・・  7・9%
       2003年 ・・・  4・9%
       2004年 ・・・ 10・6%
─────────────────────────────
 しかし、日本の輸出を支えた円安トレンドは、まさに「砂上の
楼閣」に過ぎなかったのです。金利差を当て込んで、円キャリー
トレードによって、円安が増幅していたからです。したがって、
経済のバランスを反映しておらず、2008年のリーマン・ショ
ックで円キャリー取引は一気に巻き戻されてしまったからです。
これによって、白川日銀が急激な円高・ドル安が起こり、もがき
苦しむことになるのです。
           ──[物価と中央銀行の役割/058]

≪画像および関連情報≫
 ●大円安相場と注意すべき円キャリートレードの巻き戻し
  ───────────────────────────
   ドル/円は2022年9月7日のNY市場で一時145円
  に迫る水準まで値下がりした。1998年8月以来の24年
  ぶりの円安ドル高水準となっている。
   来年4月の黒田東彦日本銀行総裁の任期満了もにらみ、市
  場では日銀の政策修正に対する思惑がくすぶり続けているが
  政府債務の多い日本は、「金利を上げたくても上げられない
  国」なのである。日本がB級の新興市場のように見える急激
  な円安に対して日銀は何も問題がないと見ていることを世界
  に示すためにオペで対応した。
   日本人は今、「給料は上がらないが物価は上がる」という
  典型的なスタグフレーションの渦中にいるのである。公的債
  務の対GDP(国内総生産)比の限界は256%程度と言わ
  れ、1940年代に英国が一度経験しているだけである。公
  的債務の対GDP比256%で少子高齢化が進む日本は、金
  利が上がれば厳しい事態を迎える。
   24年前の1998年も為替が大きく動いた一年だった。
  2月に一時130円を割り込んだドル/円は3月、4月、5
  月と上昇を続け、6月には140円を抜け、その後1週間ほ
  どで  一気に、146円まで上昇。8月には147円台ミ
  ドルまでドルが買われ、そこでピークアウトし反転、10月
  にはほんの数日のうちに30円近くも円高が進む目まぐるし
  さであった。後にも先にも1998年のようなすさまじい円
  高相場を筆者は体験したことがない。
    https://media.rakuten-sec.net/articles/-/38827
  ───────────────────────────
白川方明元日銀総裁.jpg
白川方明元日銀総裁
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2023年11月27日

●「岸田政権はなぜ支持率が低いのか」(第6049号)

 自民党が苦しい状況に追い込まれています。それは、11月に
実施された岸田政権に対する世論調査からはじまっています。
 毎日新聞が11月18日〜19日の両日に岸田内閣の世論調査
をやったところ、支持率が21%という史上最低を記録したこと
が判明しました。
─────────────────────────────
  ◎11月18日〜19日調査
   岸田内閣の支持率 ・・ 21%(4ポイント▲)
   岸田内閣不支持率 ・・ 70%(6ポイント△)
─────────────────────────────
 歴代政権で支持率21%は、旧民主党・菅直人政権末期の20
11年8月(15%)以来の低い水準です。また、内閣の不支持
率が70%台になるのは、麻生内閣時代の2009年2月の73
%以来のことであり、これは与党としては容易ならざることであ
るといえます。
 かつて岸田文雄氏は、記者団から「なぜ、総理を目指すのか」
と問われ、「日本で一番権力のある政治家であるから」と答えて
います。さらに「総理になれたら、何をするのか」とも聞かれ、
「人事をやりたい」と述べています。
 「権力と人事」──総理を目指す人が、内心そう思っていても
まして記者団に話す言葉ではないと私は思います。しかし、ある
意味において、大変わかりやすい言葉であるともいえます。本音
が出てしまっているからです。少なくとも政治のプロが発言する
言葉ではないと考えます。
 しかし、岸田首相は首尾よく総理にはなれたものの、その「権
力と人事」に失敗しています。まず、側近人事、閣僚人事、副大
陣人事、政務官クラス人事にことごとく失敗しています。
 側近として、岸田首相が最も信頼している木原誠二官房副長官
(当時)を家族の不祥事があるのに辞任させず、かばい続け、そ
して結局解任したことです。その後も岸田首相は、何度も木原氏
と会っています。今回の減税プランの骨子は、木原誠二氏から出
たともいわれています。
 続いて閣僚人事ですが、あまりに多いので忘れてしまいました
が、山際大志郎経済再生相の辞任に続き、寺田稔総務相、秋葉賢
也復興相、それに葉梨法務相が不祥事で次々と辞任に追い込まれ
ています。いずれも首相の決断が遅く、岸田内閣に大きなダメー
ジを与えていることは確かです。
 副大臣、政務官クラスになっても辞任ドミノは続いています。
政府は、9月15日に副大臣26人、政務官28人を起用しまし
たが、10月に山田太郎文部科学政務官、柿沢未途法務副大臣、
そして11月13日には神田憲次財務副大臣が辞任しています。
なぜ辞任したのでしょうか。
 文科省にとっては山田政務官は不倫、法務省にとっては柿沢未
途副大臣は選挙違反、財務省にとっては山田憲次財務副大臣は税
金の滞納・差し押さえを受けたことの発覚です。いずれも、所管
する副大臣や政務官の業務にとっては、あるまじき、絶対許せな
い不祥事で辞任しているのです。
 この3人のうち、神田憲次財務副大臣については、岸田首相は
問答無用と辞任させるべきであったのですが、なぜかいつものよ
うにずるずると決断を遅らせています。なぜ、スパッとクビを切
れなかったのでしょうか。
 それは、税金の滞納に関しては「罪」ではなく、救えるのでは
ないかと考えたからといわれます。それに宏池会が財務省に近い
政治団体であることも影響しています。確かに税金滞納や差し押
さえは罪にはなりませんが、税金を徴収する役目の財務省の副大
臣がきちんと納税せず、差し押さえを受ける──こんなことは絶
対あってはならないことです。もし岸田首相が「何とか救えない
か」と考えたとしたら、岸田首相に総理の資格はありません。
 既に述べているように、宏池会の首相5人のうち池田、宮沢、
「一般消費税」の導入を最初に唱えて断念した大平正芳の3氏が
元大蔵官僚です。岸田首相は銀行員出身でしたが、政権を支える
木原誠二官房副長官(当時)と村井英樹首相補佐官は共に財務省
出身者。また、計8人いる首相秘書官のうち、財務省だけが2人
を送り込んでいます。首相のいとこで宮沢元首相のおいの宮沢洋
一党税制調査会長も大蔵OBです。このため、「岸田首相は財務
省寄り」(閣僚経験者)との見方は根強いものがあるのです。
 もっとも岸田首相は、総理大臣は日本で一番の権力を持つ政治
家であることを生かして、米国の要請に従い、防衛費の増額を国
会などでの審議をしないで決めています。いわゆる「防衛増税」
です。加えて大方の反対があるにもかかわらず、安倍晋三元首相
の国葬についても強引に開催を決めています。さらに、その勢い
に乗って、広島出身の政治家の念願として、「広島サミット」を
開催し、そこにウクライナのゼレンスキー大統領を招くなど、そ
れなりの成果を上げ、支持率を60%程度まで上げています。
─────────────────────────────
 ◎広島サミットにおける指導力/TBS調査
          評価する ・・ 56%
         評価しない ・・ 26%
─────────────────────────────
 しかし、そのときでさえ、岸田内閣の支持率は48%と50%
を割っているのです。それは、防衛増税がもたらすものであり、
岸田内閣は増税に対する国民の反発を読み誤っています。もとも
と人気のない内閣といえます。今回の補正予算の成立についても
岸田首相は、国民民主党の玉木代表の要請により、トリガー条項
凍結解除について「討議する」と約束しましたが、おそらく実施
はしないものと思われます。
 なお、私事ですが、本日の東大の医師の判断によって、水抜き
のため、1週間ほど入院します。もし、そうなった場合は、今週
のEJの配信はできないので、ご了承をお願いします。
           ──[物価と中央銀行の役割/059]

≪画像および関連情報≫
 ●「なぜ岸田内閣の支持率が上向かないのか不思議」
  /経団連・十倉雅和会長は政策を評価
  ───────────────────────────
   「なぜ、これで支持率が上向かないのか不思議だ」。
   経団連の十倉雅和会長は20日の会見で、岸田内閣の支持
  率が20%台と低迷する理由を問われたのに対し、「一つ一
  つの施策はいいことをやっている。防衛、GX(脱炭素化)
  原子力、デフレからの完全脱却など、きちっとした政策だと
  私たちは思っている」と述べ、極めて低い支持率に疑問を呈
  した。
   経団連は10月に発表した各政党の政策評価で岸田政権の
  与党、自民党に対し「大変評価している」と最大限の評価を
  与え、政治献金の対象にお墨付きを与えた経緯がある。
   十倉会長は、自民党幹部が「これ以上、何をやればいいの
  か」と悩んでいることも挙げて「大きなストーリーを国民に
  分かってもらう発信の仕方、そういう工夫があれば<とは思
  う」と述べた。最後は「外交でも成果があるのに、それが数
  字に表れないのはどういうことなのか。むしろ皆さんにお聞
  きしたいぐらいだ」と報道陣に逆質問していた。(久原穏)
       https://www.tokyo-np.co.jp/article/291223
  ───────────────────────────
人の意見をよく聞く政治家/岸田首相.jpg
人の意見をよく聞く政治家/岸田首相
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