2023年05月11日

●「FRBが悪戦苦闘するインフレ退治」(第5949号)

 2023年5月5日、日本経済新聞は次の記事をトップ記事と
して、掲げています。
─────────────────────────────
◎FRB、0・25%利上げ決定/打ち止めの可能性示唆
【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)は3日開
いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、0・25%の利上げ
を決めた。相次ぐ米銀破綻で金融システム不安が高まっているが
インフレ抑制を優先する姿勢を改めて明確にした。
 同時に公表した声明文には「追加策がどの程度必要か決定する
際には、これまでの金融引き締めの累積的な効果や経済や物価に
時間差で与える影響を考慮する」と記した。「追加の政策措置が
適切」としていた前回会合時の表現を修正し、利上げの打ち止め
を示唆する内容になった。
          ──2023年5月5日付、日本経済新聞
               https://s.nikkei.com/3LCd4bA
─────────────────────────────
 FRBパウエル議長は、これまで10回にわたって利上げを繰
り返してきています。しかし、米国のインフレは収まっておらず
その利上げの結果として、3月から5月にかけて、米銀3行が破
綻しています。銀行破綻については、パウエル議長にも責任があ
ります。パウエル議長は記者と次のやり取りをしています。
─────────────────────────────
          記者:後悔はあるか
          議長: 少しはある
            ──2023年5月5日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 パウエル議長の「少しはある」について、朝日新聞は、フラン
ク・シナトラの1969年の名曲「マイ・ウェイ」の「後悔、少
しはあるさ」という歌詞にひっかけて、反省の弁を述べたと書い
ています。
 そこで、パウエル議長の本音を探るために、フランク・シナト
ラが歌った「マイ・ウェイ」の該当部分の歌詞を示します。
─────────────────────────────
      Regrets, I’ve had a few
      後悔、少しはあるさ
      But, then again, too few to mention
      けどね、ふれるほどでもないさ
      I did what I had to do
      わたしはね、やるべきことをやったよ
      And saw it through without exemption
      例外なく、やり通したんだ
                  https://bit.ly/3LX6ldN
─────────────────────────────
 要するにパウエル議長がいいたかったことは、「わたしはね、
やるべきことをやったよ」ではないでしょうか。それにしても、
パウエルさんは、見た目は堅い人物に見えますが、歌にかこつけ
て自分の本音をいうとはなかなか洒落た人物のようです。
 それはさておき、パウエル議長は会見で「われわれは終わりに
近づいている」とも述べています。これは6月には利上げを止め
ることを意味していると思われます。しかし、現在、米国のイン
フレは5%台とまだ高い水準にあります。FRBが悪戦苦闘して
いる割にはインフレは収まっていません。
 そもそもこのインフレは何によって起きたのでしょうか。
 世界がインフレに見舞われることは、実は久しぶりのことなの
です。しかも米欧の主要先進国で、8%〜9%の高い水準で物価
上昇が起きることは、近年ほとんど起きていません。むしろ、イ
ンフレ率が低すぎること──低インフレが問題になっていたはず
です。とくに日本は、インフレ率が低過ぎて、デフレになってし
まっています。この低インフレは、何によって起きたのでしょう
か。要因としては3つが考えられます。
─────────────────────────────
           @グローバル化
           A 少子高齢化
           B生産性の停滞
─────────────────────────────
 第1の要因として上げられるのは「グローバル化」です。
 グローバル化が進行すると、世界中に貿易網が張り巡らされ、
企業は少しでもコストを安く生産できる場所を求めて生産拠点を
移動させます。企業は、もし、この動きに乗り遅れると、高めの
価格を設定しようとしますが、そういう企業は、直ちに他の企業
にとってかわられます。このような状況では、製品の価格は上昇
しにくくなり、低インフレの状態になります。
 第2の要因として上げられるのは「少子高齢化」です。
 少子高齢化の進行は、将来の働き手の減少を意味します。働き
手の減少は、将来の生産(GDP)や所得の減少につながること
になります。このような状況になると人々は、それに備えて貯蓄
をしようとするので、どうしても消費が減少します。これはイン
フレの下押し圧力になります。
 第3の要因として上げられるのは「生産性の停滞」です。
 情報通信技術やAIなどの一部の技術革新を除くと、技術革新
は頭打ちになっており、経済全体として捉えると、生産性の伸び
が停滞しています。生産性の停滞は、GDPの成長を鈍化させ、
低インフレの状況になります。
 今日から新テーマです。これまで低インフレが問題であったの
に、なぜインフレなのかに迫ってみたいと思います。
─────────────────────────────
    低インフレは、なぜ世界インフレになったのか
     ── 日本経済が置かれた特異な状況 ──
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/001]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ今、世界的インフレ懸念
  ───────────────────────────
   「なぜ急にインフレ懸念」と思われている方も多いことだ
  ろう。そもそもつい最近まで世界には「デフレ懸念」が残り
  各国の中央銀行は、インフレ率を目標の2%に引き上げるこ
  とにさえ苦労していた。それ故の超緩和姿勢の長期維持だっ
  た。しかも新型コロナウイルス禍以降の世界では、景気は跛
  行(はこう)的だが全般に悪く、懸命の財政・金融政策で支
  えられているのが現状。いくつかの国で経済復調の目は出て
  いるが総じて弱く、支えをまだ外せない。
   しかし、今世界のメディア(マーケット関連記事)で目立
  つ言葉は「インフレ懸念」だ。例えば、2021年9月15
  日の日経新聞のウォール街ラウンドアップの見出しは「なお
  拭えぬインフレ懸念」となっている。懸念だけではない。主
  要国ではないものの、世界の一部の国の中央銀行は政策金利
  の引き上げを発表している。チェコや韓国だ。
   では市場を見る我々として、この「急速に台頭してきたイ
  ンフレ懸念」をどう見れば良いのか。そもそもどのような背
  景からこの懸念が広まっているのか。そしてその懸念はどの
  程度持続し、場合によっては深化(深刻化)するのか、でな
  ければいずれ離散するのか。今回はマーケットを長期的に見
  るためにも、この点を少し考えてみたい。
                  https://bit.ly/3AUgp0O
  ───────────────────────────
苦悩するFRBパウエル議長.jpg
苦悩するFRBパウエル議長
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2023年05月12日

●「インフレの死/低インフレ対応が重要」(第5950号)

 低インフレが起きた3つの要因──@グローバル化、A少子高
齢化、B生産性の停滞──これらは、いずれも構造的なものであ
り、簡単には解決できないものばかりです。これらの要因が20
08年に起きたリーマンショックを契機として、世界中に低イン
フレとして定着したのです。
 日本などは低インフレがさらに悪化して、政策の誤りもあって
長期デフレに突入してしまっています。世界の中央銀行は、これ
を「日本化/ジャパニフィケーション」と呼んで、日本のように
ならないように慎重に金融政策をとってきたのです。
 2010年4月26日付の記事で、米ブームバークは、「債券
トレーダーは『インフレの死』を宣言/利回りは08年下回る水
準」と題して、次のように述べています。なお、記事中の「債券
自警団とは、インフレを招くような金融・財政政策に反発して、
債券売りで抗議する投資家のことを指しています。
─────────────────────────────
 ここ数年政府の放漫財政を批判してきた「債券自警団」が鳴り
を潜めている。バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチ
のデータによると、ソブリン債利回りは、1年前とほぼ同水準の
平均2・385%で、信用危機で投資家が国債の安全性を求めた
2008年の平均3・08%を下回る水準にある。米国やドイツ
日本を含む同指数構成の国債の量は、17兆4000億ドル(約
1637兆円)と、2年前の13兆4000億ドルから増加して
いるものの、借り入れコストは安定している。(一部略)
 ニューヨーク・ライフ・インベストメント・マネジメントで、
1150億ドル相当の運用担当に携わるトーマス・ジラード氏は
「インフレが非常に落ち着いた状況であるため、中央銀行にとっ
ては、引き続き静観して景気支援のための緩和策を追求する口実
になっている」と指摘。同氏はもはや米国債に弱気ではないとい
う。                https://bit.ly/3VOjTLZ
─────────────────────────────
 「インフレの死」とは、「もはやインフレは起こらず、世界経
済が直面する課題はあくまで低インフレで、それはこれからも長
く続く」ということを意味しています。
 しかし、2022年になって、それが間違いであることが、わ
かったのです。世界の中央銀行の専門家たちがもはや起こり得な
いと考えていたインフレが再来したからです。なぜ、低インフレ
が、世界インフレになったのでしょうか。
 まず、誰でも考えることは、ロシアによるウクライナへの軍事
侵攻です。これは、2022年2月24日に起きています。戦争
による混乱や、ロシアへの経済制裁によって、ロシアからの原油
や天然ガスなどの燃料資源の価格が高騰し、世界最大の穀物地帯
といわれるウクライナからの小麦などの食糧の供給が滞って価格
が上がり、インフレになるからです。
 実際にある経済のサイトでは、今回のインフレについて、次の
ように書いています。
─────────────────────────────
 各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れないの
は、そもそも各国がロシアの資源を必要としているからですが、
もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ圧力が挙げら
れます。たとえば、ユーロ圏は2022年3月とその1年前とを
比べると、既に7・4%の物価上昇が起こっています。1年前に
100ユーロで買えたものが、現在は107・4ユーロでないと
買えない状況です。
 このような状況で、ロシアに対して資源輸出を禁じると、さら
に資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してしまいま
す。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいものの、資源関
連に関しては、どうしても思い切った措置をとることができずに
います。              https://bit.ly/3nEIq9D
─────────────────────────────
 これらの記述を読むと、現在世界中で起きているインフレは、
ロシアによるウクライナ侵攻が原因であると誰でも考えると思い
ます。しかし、これに対して「戦争はインフレを加速させている
一要因ではあるが、主要因ではない」と反論する人がいます。東
京大学大学院経済学研究科教授、渡辺努氏です。渡辺教授は、近
著のなかで、これについて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 戦争はインフレの主原因ではない。そのように言われて驚くか
もしれませんが、これは単なる私個人の私見ではなく、オーソド
ックスな経済学から外れた新奇な意見でもありません。各地の中
央銀行のエコノミストや、経済学界のメインストリームで活躍す
る研究者といった、世界中の専門家のあいだですでに合意ができ
ている理解なのです。つまり、専門家の見解と世の中で(特に日
本のメディアで)一般的にいわれていることでは、実はかなりの
ずれが生じてしまっているのです。
            ──渡辺努著/『世界インフレの謎』
                     講談社現代新書刊
─────────────────────────────
 添付ファイルのグラフを見てください。これは、渡辺教授の上
記の本に出ていたものですが、各国のインフレ率について、予測
が行われた時点(横軸)に応じて、どのように変化しているかを
示しています。ここでの予測の対象は、2022年のインフレ率
です。この対象は固定したままで、予測の時点だけを変化させた
ときの推移を表したのが、このグラフです。
 これを見ると、ロシアのウクライナ侵攻のほぼ1年前の、20
21年春頃から、インフレが始まっているのです。それは、同様
のことが、少し遅れて英国やユーロ圏でも起きていることがわか
ります。しかし、各国の中央銀行は、「この物価上昇は一過性の
ものである」と判断し、特段の対応をとっていないのです。とく
に米国のパウエルFRB議長は、そのように考えていたことは確
かです。      ──[世界インフレと日本経済/002]

≪画像および関連情報≫
 ●米国における高インフレ/伊藤宏之氏
  ───────────────────────────
   マクロ経済の観点からすると、インフレはモノやサービス
  に対する需要が供給を上回る場合に起こる。今回のインフレ
  のように供給が不足すると、価格水準が上昇する。例えば、
  多くの人がソファを買いたくても、人数分のソファがなけれ
  ば、価格が普段より多少高くてもソファを買おうとする人が
  出てくる。このように、モノやサービスに対する需要に供給
  が追いついていない場合に価格水準が上昇するのである。
   では、これほど高いインフレが、なぜ今、発生しているの
  か。それは、パンデミックによる供給側の混乱などにより、
  需給ギャップが特に大きくなっているからである。米国経済
  は2020年春に経験した景気の底から回復基調にあり、モ
  ノやサービスに対する需要は堅調である。2021年初頭に
  ワクチンが普及し始める以前は、買い物や休暇などの経済行
  動やビジネス活動を多くの人が延期せざるを得なかった。ワ
  クチン接種が可能になると、人々は外出しはじめ、人との接
  蝕に対する抵抗感もなくなり、その結果、2020年と比べ
  て経済は正常に機能し、モノやサービスの需要が拡大した。
   コロナショックが大恐慌に陥ることを恐れた政府は、14
  00ドルの現金給付に示されるように、大規模な財政出動に
  よって人々の購買力を高めようとした。米連邦準備制度理事
  会(FRB)も、政策金利をゼロに引き下げ、量的緩和政策
  (中央銀行が新規発行するお金で国債などの金融資産を購入
  する政策)を実施し、経済の活性化に努めた。
                  https://bit.ly/42t7cIy
 ●グラフの出典/渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
  ───────────────────────────
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専門家によるインフレ率予測
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2023年05月15日

●「クレディスイスはなぜ危機に陥ったか」(第5951号)

 既に立て続けに米国の3つの銀行が破綻しています。これは容
易ならざる事態です。破綻した期日を記しておきます。まさに立
て続けの破綻であります。一体、何があったのでしょうか。
─────────────────────────────
 2023年3月10日 ・・・   シリコンバレーバンク
 2023年3月12日 ・・・   シグネチャー・バンク
 2023年5月 1日 ・・・ ファースト・リパブリック
─────────────────────────────
 「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」と
いう言葉があります。些細な出来事が連鎖を繰り返すうちに、と
んでもない大事を引き起こすという意味で、「バタフライ効果」
といわれています。
 シリコンバレーバンクは、かつて存在した、米カリフォルニア
州サンタクララに本社を置く州法による商業銀行です。2016
年6月の時点では、シリコンバレーにおける預金量の25・9%
のシェアを保持する、シリコンバレー最大の銀行です。この銀行
は、シリコンバレーのテクノロジー企業に積極的に投資をしてい
た金融機関です。
 2023年3月8日のことです。シリコンバレーバンクは、保
有している証券に18億ドル(約2300億円)の損失が生じた
ことを認め、翌週以降に資本増強に踏み切ることを表明していま
す。銀行としては、この程度の損失はとくに問題はないとして、
発表したものと考えられます。
 しかし、この発表に不安を持った人物がいます。米著名企業家
のピーター・ティール氏です。彼は8日に取引先の企業に対して
シリコンバレーバンクからの預金引き上げを提言したのです。こ
の話が次の9日、SNSを駆け巡り、9日だけで、預金残高の4
分の1近い420億ドル(約5・5兆円)が引き出され、払い戻
せる資金が底をついてしまったのです。
 デジタル社会の現代では、銀行の取り付けは銀行の窓口ではな
く、SNSで起きるのです。しかも、銀行やFRBなどの金融当
局が資金の工面ができない真夜中でも、24時間いつでも起こり
ます。これを「デジタル・バンク・ラン」といいます。まさに銀
行の「瞬殺」です。
 このシリコンバレー銀行の瞬殺がスイス第2位の大手銀行であ
るクレディ・スイス(CS)に波及します。クレディ・スイスと
いえば、不祥事のデパートといわれるように、いろいろ問題のあ
る銀行です。CSは近年ブルガリアの麻薬組織によるマネーロン
ダリング(資金洗浄)を巡る有罪判決、モザンビークでの汚職へ
の関与、元従業員と幹部が関与したスパイ・スキャンダル、顧客
データのメディアへの大量リークなど、このところ不祥事が相次
いでいます。
 CSの場合、その引き金を引いたのは、筆頭株主のサウジアラ
ビア国立銀行、サウジ・ナショナル・バンク(SNB)です。C
SがSNBに増資を要請したところ、SNBのアンマル・アルフ
ダイリー会長が、次のような理由を述べて断ったのです。
─────────────────────────────
   保有比率が10%を超えるので、追加出資はできない
        ──アンマル・アルフダイリーSNB会長
─────────────────────────────
 なぜ、SNB会長が増資を断ったかというと、2022年10
月にCSが大規模なSNSによる取り付けを受けたときに、SN
BがCSの15億スイスフラン(約2100億円)の増資に応じ
クレディ・スイス株の9・9%を保有する筆頭株主になることに
よって一度助けているからです。そのとき、SNBはCSに、な
ぜか9・9%を超える投資はしないと決めていたようです。だか
ら、SNB会長は保有比率が10%を超える増資には応じられな
いと断ったのです。
 ところが、この情報がSNSで拡散したのです。CSからの資
金流出は1日当たり100億スイスフラン(約1・8兆円)にの
ぼり、スイスの金融当局が用意していた緊急資金供給枠をあっさ
り超えてしまったのです。
 CSの総資産は、スイスのGDPの70%を占めています。こ
の銀行が潰れたら、スイスという国家もなくなってしまいます。
まさに、「too big too fail/大き過ぎて潰せない」に該当しま
す。そこで、スイス金融当局は、スイス最大手のスイスユニオン
銀行(UBS)に第2位のCSを救済させることによって、破綻
を食い止めたのです。しかし、UBSとCSの総資産を合わせる
と、スイスのGDPの2倍になるのです。そこでスイス当局は、
UBSに対し、様々な優遇措置を用意したのです。
 その1つが債権の償却です。CSが、中核的自己資本として発
行していた「AT1債」を全額償却、要するに全額を”紙切れ”
にし、返さなくてもよいようにしたのです。「AT1債」とは、
次の言葉の省略語です。
─────────────────────────────
        ◎AT1債/追加的ティア1債
              Additional Tier 1
─────────────────────────────
 AT1債は、株式と債券の中間の性質を持った証券のひとつで
す。金融機関が破綻したさいの弁済順位が普通債などに比べ低く
リスクが高いといえます。発行体の自己資本比率が一定の水準を
下回った場合や、監督当局の決定などにより、強制的に元本が削
減されたり、株式に転換されたりする特性があります。
 CSのAT1債の発行額は、160億スイスフラン(約2・2
兆円)で、本来であれば、真っ先に損失を負担させる株式は温存
したうえで、AT1債を処分したことから、AT1債を保有して
いた投資家から、猛反発されています。スイス金融当局は、なぜ
こんなことをしたのか。AT1債については、日本にも影響があ
るので、明日のEJでも詳しく述べることにします。
          ──[世界インフレと日本経済/003]

≪画像および関連情報≫
 ●クレディ・スイスAT1債無価値化で崩れた神話の衝撃は
  なお続く(NRI)
  ───────────────────────────
   2023年3月にスイス金融大手のクレディ・スイスがラ
  イバルのUBSに買収される際、170億ドル(約2兆26
  00億円)相当のクレディ・スイスのAT1債(その他AT
  1債)が無価値化されたことは、世界の投資家、金融市場に
  大きな衝撃を与えた。
   大手金融機関が発行するAT1債は、普通社債よりも金利
  が高い一方でリスクは低い安全商品と考えられ、低金利環境
  下で積極的に購入されてきた。クレディ・スイスのAT1債
  無価値化によってそうした神話が崩れたため、AT1債の金
  利は一気に跳ね上がり、プレミアムが乗ってしまったのであ
  る。さらに、クレディ・スイスの買収では、同社の株式は無
  価値とならない中で、AT1債が無価値になるという異例の
  決定が行われた。株式と債券の弁済順位が逆転するという意
  味で大きなサプライズであり、これについても、弁済順位は
  必ず守られるという神話が崩れたと言えるのではないか。
   AT1債の無価値化(全額減損)を最終的に決定したのは
  スイスの規制当局だが、欧州中央銀行(ECB)や香港金融
  当局などその他の諸外国の当局は、弁済順位でAT1債の投
  資家は株主よりも優先されることを改めて説明し、火消しに
  回った。           https://bit.ly/3Mg3QTU
  ───────────────────────────
CS/クレディスイス銀行.jpg
CS/クレディスイス銀行
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2023年05月16日

●「AT1債はどのような債券なのか」(第5952号)

 5月10日の日本経済新聞は、AT1債に関する次のニュース
を報道しています。
─────────────────────────────
 【パリ=北松円香、ロンドン=山下晃】スイスの金融大手クレ
ディ・スイス・グループの債券「AT1債」を無価値とする判断
を巡り、近く日本の投資家が世界銀行傘下の投資紛争解決国際セ
ンター(ICSID)または国連国際商取引法委員会(UNCI
TRAL)にスイス政府との仲裁を申し立てる。AT1債を無価
値とした決定が、投資家保護を定めたスイスと日本の経済連携協
定(EPA)に反すると主張する方針だ。
         ──2023年5月10日付、日本経済新聞
               https://s.nikkei.com/41pqKwI
─────────────────────────────
 昨日のEJで取り上げたクレディ・スイスの「AT1債」は、
金融庁の調査によると、日本国内で、個人や法人名義で、約20
00口座あるといわれています。身近なところでは、青山学院大
学の駅伝部の原晋監督も被害者の一人といわれています。
 なぜ、「AT1債」が作られたのでしょうか。
 それは、リーマン・ショックに遡るのです。2008年9月、
リーマンブラザーズ(米国の投資銀行)が破綻し、世界的に経済
が大混乱となりましたが、そのとき銀行救済に公的資金を使った
ことに欧米の世論は猛反発したのです。そのとき以来、万一銀行
が破綻した場合、株主や投資家がまず損失を負担し、納税者(一
般国民)には負担をかけないことが至上命題となります。その結
果、生まれたのが「バーゼルV/バーゼル・スリー」です。
 バーゼルVは、銀行の自己資本規制比率、ストレステスト、市
場流動性リスクに関する、グローバルではあるものの、各国の裁
量に任される規制の枠組みです。重要なのは、万一のときに、損
失を吸収する自己資本を充実させることです。
 自己資本を充実させるオーソドックスなやり方は、銀行が株式
を新規に発行すること、つまり、増資を行うことです。しかし、
増資をすると発行済株式が増えるので、株価が下がります。銀行
経営者や投資家は株価が下落するを極端に嫌うので、欧州の金融
当局がひねり出したアイデアが「AT1債」なのです。
 AT1債は、銀行が破綻するなど、万一の場合には、真っ先に
損失をかぶるけれども、そうなるまでは高い金利をつけることを
約束する特殊な債券です。クレディ・スイスの金利の場合、20
22年は年率10%に近かったといいます。
 これは、銀行の自己資本のうち中核を占める資本であり、返済
義務のない普通株や利益剰余金などで構成され、中核的自己資本
「Tier1/ティア1」 と呼ばれています。
 添付ファイルを見てください。資本規制「バーゼルV」による
銀行の資本・負債の弁済順位を示しています。銀行の立場からす
ると、AT1債を多く売ることによって、「バーゼルV」をクリ
アできるし、万一破綻が起きた場合の備えにもなるわけで、何と
か売ろうとするわけです。
 まして、現在、クレディ・スイスの破綻を機に、世界中でAT
1債を手放そうとする売りの動きが広まっていますが、そのター
ゲット先は日本だといわれています。日本は、主要国で唯一ゼロ
金利を続けており、高利回りの金融商品のニーズが旺盛であるの
で、銀行や証券会社から巧みな話法で勧められると、購入してし
まう人が多いと考えられるからです。
 金融ジャーナリストの森岡英樹氏は、AT1債について、次の
ように警告を発しています。
─────────────────────────────
 米国債が暴落すれば、保有している米国の金融機関は巨額の含
み損を抱えることになる。2カ月で3行の米銀が経営破綻しまし
たが、それに続く破綻が起きても不思議ではありません。破綻し
た銀行が発行していたAT1債を保有していれば、最悪の場合、
“紙切れ”になってしまう。AT1債の売り先である日本にも少
なからず影響が出る恐れがあります。
       ──2023年5月10日発行「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 今回のクレディ・スイスのAT1債の全額償却の問題点は、添
付ファイルに見られるように、本来弁済順位がAT1債よりも低
いはずの株式が温存されたことにあります。これは、「バーゼル
V」によって決められている弁済順位です。実際に、クレディ・
スイスの株式は、22・48株がスイスユニオン銀行(UBS)
1株に交換され、価値は大幅に目減りしたものの、ゼロにはなっ
ていないのです。
 これについて、日本の投資家たちは、冒頭の記事のように、ク
レディ・スイス・グループのAT1債を無価値とした決定に関す
る仲裁を申し立てる方針です。
 銀行が破綻することはあり得ない──日本では銀行に対するこ
ういう見方が一般的です。しかし、地銀クラスとはいえ、米国で
3つの銀行が立て続けに破綻しているのです。FRBの対応にも
ミスが指摘されています。
 それに米国には債務上限問題があり、現在、バイデン大統領と
下院で多数派を握る野党・共和党のマッカーシー下院議長と協議
中ですが、今のところ、協議は行き詰まっています。11日、G
7財務相・中央銀行総裁会議のために新潟を訪れているイエレン
米財務長官は、もし、デフォルトになった場合について、次のよ
うに危機感を表明しています。
─────────────────────────────
 もし、デフォルトになると、世界的な景気後退は避けられず、
さらに銀行が破綻しする事態になりかねない恐れもあります。何
が起きても不思議ではないのです。  ──イエレン米財務長官
               https://s.nikkei.com/42IYBl8
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/004]

≪画像および関連情報≫
 ●シリコンバレーバンク破綻の背景に3つの逆風/木内登英氏
  ───────────────────────────
   イエレン財務長官は3月12日(日曜日)に、破綻したシ
  リコンバレーバンクを、国費を使って救済することはしない
  と発表した。その代わりに、後に見るように、預金の全額保
  護など異例の措置を決めている。
   シリコンバレーバンクは、ごく短期間のうちに流動性危機
  に陥り、10日(金曜日)に破綻に至ったことが、明らかに
  なってきた。シリコンバレーバンク破綻の背景には、テクノ
  ロジー産業の不振、金利上昇による債券投資の損失、逆イー
  ルドの進行による利ザヤの縮小、の主に3つの逆風があった
  と考えられる。
   シリコンバレーバンクは個人ではなく、主に新興企業やベ
  ンチャーキャピタルの預金を集めてきた。テクノロジー産業
  の不振を受けて、新興企業が資金手当てのためにシリコンバ
  レーバンクから預金を引き落とす動きが強まった。そこで、
  金利上昇下で含み損が膨らんでいた長期国債や住宅ローン担
  保証券(MBS)を損切りし、売却損を計上したのである。
  その結果、損失が拡大し資本不足のリスクが高まったことを
  受けて、格付会社のムーディーズ社は、シリコンバレーバン
  クを格下げすることを、7日(火曜日)に同社に伝え、8日
  (水曜日)の引け後にそれを発表した。
                  https://bit.ly/3MkgUry
  ───────────────────────────
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位.jpg
「バーゼルV」による銀行の資本・負債の弁済順位
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2023年05月17日

●「FRBの方針転換とSVB破綻」(第5953号)

 欧米を中心とする世界インフレ──その初期の段階でパウエル
FRB議長は、2つのミスを冒したことを自ら認めています。そ
のミスとは次の2つです。
─────────────────────────────
    @インフレは一過性のものであると認識したこと
    A利上げをするタイミングが約4カ月遅れたこと
─────────────────────────────
 インフレの兆候は、2021年6月頃から顕著になっていたと
いえます。そのとき、FRBは、2020年からのコロナ禍に備
えて、量的緩和政策を続けていたのです。物価は6月には2・6
%を超え、9月には3・1%を超えていましたが、パウエル議長
は、2021年7月の議会証言において、「足元のインフレは一
過性のものである」という見解を示し、金融緩和政策を継続して
います。これが第1のミスです。
 しかし、2021年の暮れになって、パウエル議長は、「一過
性」の判断を撤回し、本格的インフレを認めています。そのとき
のパウエル議長の議会証言について、ロイター通信は、次のよう
に報道しています。
─────────────────────────────
 現在確認されているインフレの高まりがおおむね新型コロナの
パンデミック(世界的大流行)や経済活動の再開に起因すると見
られる需給の不均衡と関連しているとしつつも、「物価上昇がよ
り広範囲に拡大し、インフレ高進リスクが高まった」という見解
を示した。
 さらに、インフレの高まりが「一過性」という表現について、
現在の高水準にあるインフレ率を説明する上でもはや正確でない
とし、「一過性という文言の使用をやめる適切な時期の可能性が
ある」と述べた。
 堅調な経済動向に加え、高インフレが来年半ばまで続くという
見通しを踏まえ、次回のFOMCで、量的緩和の縮小(テーパリ
ング)ペース加速を巡り討議する公算が大きいとと述べた。パウ
エル議長は「現時点で経済は極めて堅調に推移し、インフレ圧力
も高まっており、11月会合で発表したテーパリングの完了時期
を数カ月早める可能性を検討することが適切」という考えを示し
た。      ──2022年12月1日/──ロイター通信
─────────────────────────────
 しかし、パウエル議長が初めて政策金利を0・25%引き上げ
たのは、2022年3月になってからであり、利上げをするタイ
ミングが遅れたのです。これが、これが第2のミスです。
 問題は、その間にシリコンバレーバンク(SVB)に何が起き
ていたのかです。
 コロナ禍が始まる前の2019年末のSVBの預金量は、利息
の付かない決済用の当座預金を含めて、約646億ドルだったの
です。ところが、2020年末にはそれが約1071億ドル、2
021年末には約1947億ドルになっていたのです。わずか2
年の間に預金量が3倍になったのです。
 なぜ、預金量が3倍に膨れ上がったのかについて、5月7日付
の「現代ビジネス」は次のように解説しています。
─────────────────────────────
 問題は、何故SVBに短期間にこれだけ大量の預金が集まった
かである。その背景にあるのがコロナによる経済活動停滞に対応
するために2020年に打ち出された総額約2兆ドル、米国GD
Pの約10%にも及ぶ過去最大規模の経済対策である。さらにこ
の経済対策と同時にFRBの資金供給能力も4兆ドル増額された
結果、経済対策の規模は総額6兆ドルにまで膨らんでいた。
                  https://bit.ly/3BsEYlD
─────────────────────────────
 600億ドル規模の銀行に3倍もの預金が集まると、そのリス
ク管理が大きく違ってきます。銀行のリスク管理は、銀行の規模
によって違ってくるからです。
 2021年末、FRBは「インフレは一過性ではない」と認め
たものの、金融緩和政策は継続されていたのです。そこでSVB
は、ほぼ0%に近い預金で集めた資金を10年物国債で運用する
ことを考えて実行してます。そのとき、10年物国債の金利は、
1・5%台であり、SVBは1・5%程度の利ザヤを稼ぐことが
可能であったからです。SVBのこの判断は、間違っていないと
いえます。
 しかし、FRBは、2022年3月に政策金利を0・25%引
き上げています。そして2月には、ロシアによるウクライナ侵攻
が始まっています。
 FRBは、2022年5月に0・5%、6月に0・75%と、
どんどん金利を引き上げていったのです。このFRBの方針転換
によって、短期金利は、2022年末には4・5%にまで引き上
げられ、それに伴い10年物国債の利回りも大幅に上昇し、20
22年10月には4%を超えるところまで上昇しています。
 国債の利回りが上昇するということは、国債の価格が下がるこ
とを意味します。SVBは、ゼロ金利下の1・5%という低い利
回り(高い価格)のときに国債を買っているので、10年物国債
の価格が下落すると、その結果、大きな含み損を抱えることにな
ります。
 しかし、国債投資によって含み損を抱えたからといって、銀行
がすぐ破綻するわけではなく、そのまま国債を保有していれば必
ず償還され、国債の額面分は戻ってくるので、含み損は致命傷に
はならないのです。
 しかし、SVBの場合、償還前に国債の売却をせざるを得ない
状況に陥ったのです。それは、急速に預金が引き出される取り付
け騒ぎが起こり、預金引き出しに備える現金の確保のために保有
国債を売却せざるを得なくなったからです。こうして含み損は、
実現損に代わり、SVBは結局は破綻してしまったのです。
          ──[世界インフレと日本経済/005]

≪画像および関連情報≫
 ●シリコンバレー銀行の経営破綻が残したトラウマと、露呈
  した“醜い現実”
  ───────────────────────────
   米国で16番目に大きな銀行であるシリコンバレーバンク
  (シリコンバレー銀行、SVB)の経営破綻は、一見すると
  ありふれた金融騒動のようにも見える。ベンチャーキャピタ
  ルからの潤沢な資金をもつ顧客が数十億ドルの現金をSVB
  に預け入れるという幸運に思える状況において、SVBの経
  営幹部は誤った選択をしたのだ。
   SVBの経営陣は、金利の上昇と、インフレのリスクを見
  誤った。そこにテック分野の景気減速が加わり、SVBの財
  政状態が赤字に転じ始めた。SVBの危機的状況の噂が広ま
  ると、パニックに陥った顧客が預金を引き出した。こうして
  SVBは政府の管理下に置かれた後、すべての人の預金は全
  額が保護されたのである。
   誰も預金を失ったわけではない。それでも今回の騒動は、
  今後数カ月、あるいは数年にわたってトラウマを残すような
  出来事だった。見て見ぬふりをすることができないことが起
  きたのである。SVBの大騒動から、わたしは犯罪ドキュメ
  ンタリーのレポーターである妻が、なぜ殺人の話がそれほど
  興味深いと思うのかと尋ねられたときに語ることを思い出し
  た。妻によると、殺人事件とは人の生き方を定義するような
  それまで包み隠されていた私的な行動を明らかにするものだ
  という。事件の捜査の過程で、はたから見れば理想的な生活
  が、実は嘘と秘密が入り乱れたものだったことが露呈するの
  だ。              https://bit.ly/3VVZUv3
  ───────────────────────────
SVB本店.jpg
SVB本店
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2023年05月18日

●「インフレの主犯はパンデミックか」(第5954号)

 話をインフレに戻します。インフレの影響が「戦争」──ロシ
アによるウクライナ侵攻が原因ではないとしたら、何が原因なの
でしょうか。
 インフレが2021年からはじまっていることを考えると、そ
の前年2020年から発生した新型コロナウイルスによるパンデ
ミックがあります。そこで、パンデミックが経済にどのような影
響を与えたのかについて考えてみるこにします。
 パンデミックが起きたとき、世界の中央銀行の政策担当者たち
は、景気後退を懸念し、低インフレがもっとひどくなることを警
戒したのです。どうしてかというと、各国で都市封鎖が行われ、
国民への行動制限が強化される結果、世界の物流ネットワークが
分断されてしまうからです。
 アップルのアイフォーンを例に上げてみましょう。アイフォー
ンの製品企画は米国のアップル社が行いますが、それにセットさ
れる半導体などの部品は、日本、韓国、米国、台湾の企業が担っ
ており、部品を集めて製品として組み立てる役割は、台湾と中国
の企業が行っています。このように、現代におけるモノの生産と
供給は、世界中の人と工場が網の目のように張り巡らされている
物流によって相互に繋がることによって成り立っています。これ
を「サプライチェーン」といいます。
 人の行動が制限されたことによって人手が不足し、車載用の半
導体の生産が遅れ、自動車メーカーは顧客への車の納品が遅延し
顧客を何カ月も待たせる事態が起きています。また、スマホの部
品が輸出できなくなり、ヨーロッパでスマホの品不足が起きてい
るし、カナダの食肉工業がライン数を大幅に減らしたことによっ
て、中国では豚肉が過去に例を見ないほど品薄になっています。
その結果、何が起きるでしょうか。それは、劇的な価格の高騰、
そう、インフレです。
 このように考えると、いかにもパンデミックがインフレの主犯
のように見えてきます。これに2022年2月からのロシアによ
るウクライナ侵攻──つまり、戦争の影響が上乗せさせられ、イ
ンフレの勢いが強まったのではないかという考え方が正しいよう
に思えてきます。そのように考える専門家も多いと思います。
 しかし、事実は、そんなにシンプルではないのです。この考え
方に異議を唱える学者がいます。日銀勤務の経験もある渡辺努東
京大学大学院経済学研究科教授です。以下の記述は、渡辺努教授
の次の本を参考らさせていただいています。
─────────────────────────────
      渡辺努著/講談社現代新書/2679
             『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 新型コロナウイルスが世界中に拡散したのは、2020年から
21年にかけてです。この2年間、われわれは、巣ごもりをせざ
るを得なかったのです。つまり、できる限り家を出ず、人と会わ
ない生活が2年間続いたわけです。その結果、人々は、家の外で
の消費活動と労働をしなくなり、その間、経済活動が停滞したこ
とは事実です。
 しかし、その2年間にワクチン接種のグローバルの進展や、医
療対応の進歩もあって、他の感染症に比べると、死亡率が非常に
低く抑えられています。そして、2022年の春以降は、米欧が
先陣を切って、経済活動をフル回転させています。
 問題は、この現象をどう見るかです。これについて、渡辺努教
授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 パンデミックがインフレの主犯であるという仮説を素直にとら
えるなら、パンデミックの影響がより厳しかった時期にこそイン
フレが起きるはずです。しかし、実際にインフレが始まったのは
新型コロナウイルスというものについて人々の理解が進み、対応
しはじめて、パンデミックがいったん落ち着いてきたころのこと
でした。このタイムラグをどのように考えるべきでしょうか。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 多くの経済学者は、インフレの主犯はパンデミックであると捉
えています。そうであるならば、パンデミックが収束すれば、経
済は元に戻ると考えます。なぜなら、生産を支える要素は次の3
つだからです。
─────────────────────────────
    @資本/モノを作る機械、設備、店舗など建物
    A労働/労働者が工場、オフィス、店舗で働く
    B技術/モノやサービスを生産するノウハウ等
─────────────────────────────
 パンデミックと地震などの自然災害を比較してみます。大地震
や大災害が起きると、工場やオフィスが壊され、多くの人命が奪
われます。工場やオフィスの破壊は資本の棄損ですし、多くの人
命が奪われれば労働も棄損します。資本や労働の修復には、長い
年月がかかります。したがって、中期間にわたって生産が低迷し
経済が失速します。
 しかし、パンデミックの場合、資本、労働、技術を棄損しない
ので、経済活動は一時的に停滞するだけで、パンデミックが収束
すれば、元に戻るはずです。巣ごもり中は、経済で使われる資本
の量は減りましたが、それは一時的に使われなかったからである
に過ぎません。これを資本の「遊休化」といいます。
 もっとも労働に関しては、失業が発生していますが、これも労
働力の遊休化であり、資本の場合と同様で、経済の再開への障害
とはならないものです。もうひとつ、今回のコロナ禍での死亡者
は、スペイン風邪や、14世紀の黒死病などと比較すると、多く
の死者は出ておらず、ウイルスの性格により、重症化したのは、
シニア層に限られており、働き盛りの死者は、相対的に、少なく
なっており、生産に大きな影響を与えていないはずです。
          ──[世界インフレと日本経済/006]

≪画像および関連情報≫
 ●澤上篤人氏「インフレは止まらず株や債券は暴落する」
  ───────────────────────────
   1973年、第1次石油危機が起きてインフレが世界中で
  吹き荒れ、米国の長期金利は79〜85年の約6年間、ほぼ
  一貫して10%を超える水準になった。81年には一時15
  ・84%に達したこともあった。その頃のインフレや高金利
  を現役世代の多くは経験していない。今、再び直面するイン
  フレを軽くとらえる人が多いのは、そのせいかもしれない。
   なぜ今、インフレ懸念が世界的に高まっているのか。もち
  ろんロシアがウクライナに侵攻したことが直接的な引き金と
  なって、石油、天然ガス、非鉄金属、肥料、穀物などの価格
  が一斉に暴騰したという側面はある。だが、侵攻開始の2月
  24日より前から、米欧ではインフレ率が上がっていた。
   最大の理由は世界経済の拡大発展、そして日本の高度経済
  成長をもたらした戦後の自由貿易体制が、逆流を始めたこと
  だ。行き詰まったという程度ではない。実際、米国のトラン
  プ前大統領は「アメリカ・ファースト」を連呼し、米中貿易
  戦争をしかけた。半導体や電子機器などの供給網が乱れ、価
  格を押し上げたのは知られている通りだ。トランプ氏のよう
  な政治家は米国以外の国でも台頭している。イタリア、中国
  ハンガリー、ブラジル、ポーランド、ロシアなどの国民が、
  自国第一主義の政治家を熱狂的に支持してきた背景を考える
  べきだ。つまり、先進国でも中進国でも、自由貿易体制の恩
  恵から取り残された人々の所得が低下し、生活が苦しくなり
  自然と過激な政治家になびいてしまう。世界各地で賃上げを
  求める声が高まり、収まる気配はない。
                  https://bit.ly/41zi07a
  ───────────────────────────
渡辺努東京大学大学院教授.jpg
渡辺努東京大学大学院教授
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2023年05月19日

●「世界インフレは人の行動変容が原因」(第5955号)

 現在起きている世界インフレの原因は、果たして本当にパンデ
ミックなのでしょうか。もし、そうであるならば、昨日のEJで
述べたように、生産を支える「資本」「労働」「技術」の3要素
は、パンデミックによって何ら棄損されておらず、パンデミック
が収束されれば、経済活動は元に戻るはずです。インフレも当然
収まるはずです。
 しかし、パンデミックは、世界中でほとんどの制限が解除され
収束しつつありますが、インフレの方は収まっているとは思えな
い状況にあります。米FRBは、依然として利上げを続けている
状況です。その原点は何でしょうか。
 この現況について、『世界インフレの謎』の著者、渡辺努東京
大学大学院教授と、編集担当の青山游氏との対談の一部をご覧く
ださい。対談は2022年10月20日に行われています。
─────────────────────────────
青山:素人には、「パンデミックでインフレ」というのはイメー
 ジしがたいところがあります。
渡辺:パンデミック自体は抑えられてそろそろ終わりつつある。
 経済活動への影響も、日本ではまだ少し残っていますが、海外
 ではほとんどないに等しく見えます。そんな中で、なんでパン
 デミックの影響が出てくるんだ、というね。
青山:そこが“謎”ですよね。
渡辺:パンデミックには、ある種の後遺症があるのだろうと私た
 ちは考えています。後遺症は時間をおいても出てくるし、これ
 から完全にパンデミックが終わっても続く可能性がある。その
 後遺症が、「行動変容」なんです。
青山:「行動変容」は本書のキーワードになっていますが、具体
 的に教えてください。
渡辺:一つには、私たちは労働者ですけれども、工場やオフィス
 に出かけていって働くということがかなり減りました。在宅勤
 務に慣れてきた中で、もうオフィスに戻りたくないと考えてい
 る方が多い。アメリカでもヨーロッパでも非常に色濃く残って
 いますが、今後も残るだろうと。もう一つは、私たち消費者の
 問題です。その消費の仕方もパンデミックの期間に大きく変化
 して、それがなかなか元に戻らない。ひと言で言えば、サービ
 スを買う消費ではなく物を買う形での消費に切り替わって、そ
 れが元に戻っていない。サービスより物のほうに需要が集中し
 てしまっています。そうすると物の価格が上がる。そこから、
 インフレが起こるのです。
  新型コロナウイルスが怖いので、それを避けるために少しだ
 け自分の行動をアジャストする。それは少しなんだけれども、
 みんなが同じ「少し」をやるので、結果的にものすごく大きな
 ムーブメントになってしまい、社会経済を突然悪くしたり、良
 くしたりという大きな振り幅を生んでいるんだということをこ
 の本で伝えられたらと思っています。https://bit.ly/434cQky
─────────────────────────────
 渡辺教授のいう「行動変容」とは何でしょうか。
 それは、ウイルスとの戦いにおいて、世界中の人々が、同じ行
動をとってきたことと関係があると渡辺教授はいいます。その典
型が「ステイホーム」です。
 新型コロナウイルスの蔓延を防ぐために、各国のトップが主導
して、「ステイホーム」を呼び掛けています。それぞれの国民の
ほとんどがウイルスと戦うためにそれに従っています。世界中の
誰もが同じ行動をとったということで、これを「同期」と呼んで
います。この状態が2年間続いたのです。
 渡辺教授は、この「同期」という現象が、経済再開の局面にお
いて、労働者や消費者に見られる「行動変容」を生んだといって
います。そして、その労働者や消費者の行動変容について、自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 通常、人々の経済行動は同期しません。たとえば、誰かがレス
トランに行かなくなったとすれば、その分レストランには空席が
できます。もしかすると、店員の接客が丁寧になるかもしれませ
ん。そうなれば、誰か別の人がそのレストランに行ってみようか
と考えるでしょう。このように、通常であれば、「捨てる神あれ
ば拾う神」で、誰かが何かの行動をとれば、それとは真逆の行動
を別の誰かがとることになります。こうしたメカニズムによって
経済は全体としては安定が確保されるのです。
 株式の売買などでも同じことが言えます。この銘柄は先が暗い
と思った誰かは売るでしょうが、別の誰かは今こそ買いだと考え
ます。その二人が出会うことで取引が成立します。そのようにし
て、意見の違う多様な人たちが株式の売買に参加することで、市
場の安定が保たれます。もし、すべての人がその銘柄は売りだと
考え、個々人の売りが完全に「同期」すれば大暴落が起こってし
まいます。     ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 コロナ禍前と後で大きく変わったことがあります。それは、タ
クシーが捕まらなくなったことです。昼の東京都内などでは、ま
だ流しは捕まりますが、私の家の最寄り駅──私鉄で急行も停ま
る比較的大きな駅ですが、コロナ禍後は、駅で待機しているタク
シーは一台もありません。待っていても来ません。タクシー運転
手の不足によるものだそうです。もともと減少傾向だったのです
が、コロナ禍後、さらに大幅に減少したということです。
 現在起きているインフレは、経済全体の「需要」が「供給」を
大きく上回っているという不均衡によるものということがいえま
す。パンデミックを境に世界経済は、低インフレ下の需要不足か
ら、供給不足というまったくの逆モードになってしまっているの
です。こういうインフレ対して、中央銀行は無力です。来週から
は、この問題をさらに詳しく分析します。
          ──[世界インフレと日本経済/007]

≪画像および関連情報≫
 ●世界中でインフレが起きている5つの理由/扶桑社
  ───────────────────────────
   各国がロシアからの資源輸入の禁止になかなか踏み切れな
  いのは、そもそも各国がロシアの資源を必要としているから
  ですが、もう一つの大きな理由としては各国の強いインフレ
  圧力が挙げられます。たとえばユーロ圏は2022年3月と
  その1年前とを比べると既に7・4%の物価上昇が起こって
  います。1年前に100ユーロで買えたものが、現在は10
  7・4ユーロでないと買えない状況です。
   このような状況でロシアに対して資源輸出を禁じると、さ
  らに資源価格が高騰し、より強いインフレ圧力が発生してし
  まいます。ゆえに各国はロシアに対して制裁を科したいもの
  の、資源関連に関してはどうしても思い切った措置をとるこ
  とができずにいます。
   前述の通り、今年に入ってからカザフスタン、スリランカ
  トルコ、ペルーなどでは資源価格の高騰を通じた物価の上昇
  が要因のデモが発生しています。日本のインフレ圧力は海外
  と比べて相対的に低く抑えられていますが、特に輸入品の値
  上げなどは既に現実となりつつあります。そもそも、なぜ今
  これほどまでに、世界中でインフレ圧力が高まっているので
  しょうか?           https://bit.ly/3pRpTrh
  ───────────────────────────
「ステイホーム」.jpg
「ステイホーム」
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2023年05月22日

●「フィリップス曲線が機能不全である」(第5956号)

 現在起きている世界インフレに対し、各国の中央銀行の対応に
ついて、専門家から厳しいコメントが寄せられています。なお、
コメントは、2022年6月時点のものです。
─────────────────────────────
◎デレク・ホルト氏/スコシアバンク(トロント)の資本市場経
 済分析責任者
 中銀は目を閉ざしていた。世界中の政府と中銀による巨大な刺
激策を受けてインフレが定着する、あるいはインフレ率が上振れ
するという声に一切耳を貸さなかった。2020年には既に(イ
ンフレになる)証拠は出ていたと私は思うが、中銀はさらに1年
間緊急プログラムを続け、当初のインフレ率上昇を一過性のもの
として片付けている。
◎エド・アルハサイニー氏/コロンビア・スレッドニードルの
 シニア金利アナリスト
 2007─09年の金融危機以来、各国中銀は経済成長と雇用
を支えるため、また国によってはデフレ脱却のために、他の中銀
よりも大幅に緩和する競争を繰り広げてきた。今ではそれが逆転
し、インフレが定着して人々の賃上げ、インフレ予想が上昇する
リスクが高まっている。
          ──2022年6月17日/ロイター通信
─────────────────────────────
 今回の世界インフレが厄介なことは、なぜ、インフレになった
かがわからないだけでなく、その対処法についても、わかってい
ないことです。このようにいうと、「利上げを繰り返し、高イン
フレを鎮静化させているじゃないか」といわれそうですが、それ
以外に対応するすべを持っていないし、インフレも収まっていな
いからです。そのような事態になったことについて、渡辺努教授
は、次の2つの理由があるといっています。
─────────────────────────────
      @中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」
      Aフィリップス曲線が役に立っていない
─────────────────────────────
 @の中央銀行の「気のゆるみ」と「過信」というのは、今回の
インフレに対して、世界各国の中央銀行が一様に後手にまわった
ことです。起きることが予測できなかったばかりでなく、米国の
場合、FRBが「一過性」という言葉を使い、事態を引き延ばし
ているうちに、ロシアによるウクライナ侵攻が起こってインフレ
を加速させ、その後の急速な利上げによって、立て続けに、3つ
の銀行が破綻するという事態が起きています。これは、中央銀行
の「気のゆるみ」と「過信」そのものです。
 Aの「フィリップス曲線が役に立っていない」とはどういうこ
とでしょうか。
 「フィリップス曲線」というのは、物価上昇率(名目賃金上昇
率)と失業率の関係を示す曲線のことで、経済学者のフィリップ
スが提唱したものです。縦軸を物価上昇率(インフレ率)、横軸
を失業率としたグラフで、通常は右下がりの曲線になるとされて
います。つまり、物価上昇率が高まると失業率は低下し、失業率
が高まると物価上昇率は低下することになります。
 添付ファイルをご覧ください。これは、米国のフィリップス曲
線を表しています。渡辺努教授の本に出ていたものです。縦軸は
「インフレ線」、横軸は「失業率」です。丸い点と四角い点があ
ります。その違いは次の通りです。
─────────────────────────────
    ● ─→ 2007年1月〜2020年12月
    ■ ─→ 2021年1月〜2022年 5月
─────────────────────────────
 丸い点(●)は、2007年から2020年までのデータをプ
ロットしたもので、破線はそのデータが示す傾向線です。米国の
場合、●はコロナ禍前から、コロナ禍の期間を含んでいます。
 四角い点(■)は、コロナ禍の真っ最中から、それを脱却し、
経済復興に入った期間を示しています。米国は、日本よりも早く
経済を再開させています。
 ●の場合、大雑把ですが、失業率を1%改善させると、インフ
レ率は0・1%上昇することを示しています。つまり、●はほぼ
破線の傾向値に沿っているといえます。FRBのインフレ率の目
標値は2%といわれていますが、経済が再開しても、それを大き
く超えることはないというのが常識的な見方です。
 しかし、■の場合、失業率が約2%改善すると、インフレ率が
2%から5%に高まっています。つまり、傾向値を示す破線に乗
るどころか、垂直にプロットされています。これによって、失業
率の改善に伴うインフレ率の上昇は、過去のデータよりもはるか
に高いものになっています。この傾向に関して、渡辺努教授は、
自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 今回のインフレに対して、世界の中央銀行が後手にまわり右往
左往してしまったのは、彼らがきわめて高く信頼し、判断の拠り
どころとしていたフィリップス曲線の神通力が落ちてしまったか
らです。
 そしてその状況は、2022年現在においても変わっていませ
ん。米欧の中央銀行はとりあえず金利を上げてはいるものの、そ
れは利上げでインフレ率にこれだけの効果があるという確かな読
みに基づくものではありません。少し利上げしてみてインフレの
反応を統計で確認する、反応が不十分であればまた利上げすると
泥縄式に行動しているというのが実情です。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このフィリップス曲線が使えなくなったことが、各国の中央銀
行の政策担当者が判断を誤った原因のひとつであることは確かな
ことです。     ──[世界インフレと日本経済/008]

≪画像および関連情報≫
 ●インフレ対策は消費者支援のためではない 米FRB政策の
  真の目的とは
  ───────────────────────────
   米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)はイ
  ンフレ抑制に向けた努力を続ける見通しだが、その主な目的
  は消費者の今の生活を楽にすることではない。FRBの発表
  では、物価上昇のペースが賃金上昇を上回り人々が苦しんで
  いることに言及されているが、断固としたインフレ対策を進
  める真の目的は、現在のインフレの抑制に失敗すれば長年に
  わたりインフレが長期化し、景気循環が激化すると考えられ
  ていることにある。
   FRBが出した声明の中には、“インフレで最も苦しむの
  は貧困層だ”という、まるで政治家がしがちな単純な解釈の
  ような表現があるが、これには問題がある。この考え方は、
  消費者価格の上昇が賃金インフレや移転支出(政府による生
  活補助金など)につながる可能性を無視するものだ。FRB
  のインフレ対策の真の動機はこれ以外にある。
          ──「フォーブス」/2022年9月5日
  ───────────────────────────
米国のフィリップス曲線.jpg
米国のフィリップス曲線
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2023年05月23日

●「日本経済は本当に回復するのか」(第5957号)

 5月17日のことです。日経平均株価が3万円台を回復し、2
021年9月28日以来の高水準となっています。しかも、株価
は7日間連続で、前日の終値を上回っての3万円台回復です。
─────────────────────────────
◎過去7日間の騰落(5月11日〜19日)
 11日 12日 15日 16日 17日 18日 19 日
   ○   ○   ○   ○   ○   ○    ○
─────────────────────────────
 欧米のインフレが収まらず、とくに米国の景気後退の懸念があ
るなかでの3万円台回復は、米国がくしゃみをすると日本が風邪
を引くといわれた今までとは違う何かを感じさせます。
 なぜ、3万円台を回復できたかというと、企業の好業績や資本
効率の改善期待に加え、ドル建てでみた日本株の値ごろ感などか
ら海外投資家の買いが集まったからであるといわれます。
 2023年5月20付の日本経済新聞には、日本のバブル期で
ある1990年8月と、33年後の2023年5月と比較した次
の数値が掲載されています。
─────────────────────────────
        1990年8月    2023年5月
   時価総額   416兆円      773兆円
  名目GDP   468兆円      570兆円
    ROE   7・70%      8・55%
    PBR   3・20倍      1・28倍
  予想PER  39・09倍     14・40倍
   ドル/円 144円50銭    137円50銭
      ──2023年5月20付の日本経済新聞(朝刊)
─────────────────────────────
 詳しい説明は避けますが、ここにきて日本企業がいい意味にお
いて変わってきているのです。カバナンスの改革が進み、経営効
率を示す自己資本利益率(ROE)が10%に届くレベルにきて
いることや、株主還元や政策保有株の売却による低PBR(株価
純資産倍率)などの指標の改善があり、改革が進むという期待感
が出てきています。そして、何より、日本株を評価する米著名投
資家、ウォーレン・バフェット氏の日本株に対する強気姿勢が、
今回の3万円台回復をもたらしたといえます。
 この話はさておき、昨日のEJの続きです。渡辺努東京大学大
学院教授は「フィリップス曲線が役に立っていない」ことを指摘
していますが、同じことをニッセイ基礎研究所の経済研究部主任
研究員の米山武士氏がネットで発表しています。
─────────────────────────────
             「世界のインフレはどうなるのか」
    米山武士氏/ニッセイ基礎研究所経済研究部主任研究員
                  https://bit.ly/3Wl5JSJ
─────────────────────────────
 なお、昨日のEJでご紹介した「米国のフィリップス曲線」が
米山武士氏の論文にも掲載されています。こちらの方がカラーで
もあるし、分かりやすいと思われるので、添付ファイルにしてあ
ります。データとしては同じものです。
 しかし、米山武士氏は、コロナ禍後の景気回復時期におけるフ
ィリップス曲線の異常について、多くの中央銀行はあくまで、そ
れを「一時的傾向」とする一方で、労働者の価値観の変化が起き
ているとする渡辺教授の主張の可能性もあるとして、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 中銀は、浅く短い景気後退を経験するものの、現在の失業率と
インフレ率のトレードオフは「一時的」だと考えていると思われ
る(米FRBの12月時点の見通し中央値は、約2年かけてコロ
ナ禍前と同じ傾向線上に戻ると見ている、青色の◆点)。市場は
年末年始にはより早期のインフレ圧力低下を予想していた。
 ただし、労働者の価値観が変わり、失業率(景気)と物価のト
レードオフがコロナ禍以降に変化した可能性もある。景気が底堅
い状況では物価が(2%目標まで)低下しない、あるいはインフ
レ抑制を実現しようとすれば、深い景気後退(高い失業率)を余
儀なくされる、といったことも考えられる。リスクシナリオとし
てこうした状況も視野に入れておく必要がある。
     ──米山武士氏/ニッセイ基礎研究所の前掲論文より
─────────────────────────────
 なお、米山武士氏は、上記の論文において、「インフレを取り
巻く環境」として、次の3つの要因を上げています。
─────────────────────────────
            @ 需要要因
            A 供給要因
            B構造的要因
─────────────────────────────
 第1は「需要要因」です。
 「需要要因」のキーワードとしては「巣ごもり消費」と、積極
財政により増加した家計の「過剰貯蓄」の2つを上げていますが
これらは時間とともに解消していくとしています。
 第2は「供給要因」です。
 「供給要因」のキーワードには「供給制約」と「人手不足」が
あります。社会活動が制限されたので、モノの生産・輸送・保管
能力が需要に追い付かなくなり、「供給制約」が起きています。
そして「労働者不足」も深刻化しています。人手不足のなかには
職場に戻ってこない永続的なものもあるので、これは、中長期に
及ぶ可能性もあります。人手不足で賃金上昇圧力が高まれば、イ
ンフレは持続的になります。
 第3は「構造的要因」です。
 「構造的要因」のキーワードとして、ロシアのウクライナ侵攻
は「経済安全保障」の観点から、供給網を見直す大きな契機にな
るとしています。  ──[世界インフレと日本経済/009]

≪画像および関連情報≫
 ●「5月に売れ」に逆行、日経平均3万円台回復の理由
  ───────────────────────────
   株式市場には、「Sell in May and go away (5月に売り
  逃げろ)」「こいのぼりの季節が過ぎたら株は売り」という
  格言がある。株価は夏から秋にかけて下がりやすいので、夏
  前に保有株を利益確定しておくのがよいというものだ。決算
  期を迎えるヘッジファンドが多い、夏休みシーズンに入る前
  に投資家がポジション整理に入るなど、これには様々な説が
  ある。季節的に下がりやすい地合いを迎えるということだろ
  う。だが23年はそれが当てはまらないようだ。
   5月18日の東京株式市場では、日経平均株価が終値で前
  日比480円高の3万0573円と、17日に続き2日連続
  で1年8カ月ぶりの3万円台となった。22年末比では17
  %高と米欧の主要指数の伸びを上回る。日経平均に採用され
  ている主要銘柄だけではない。16日には東証株価指数(T
  OPIX)も33年ぶりの高値をつけている。
                  https://bit.ly/3WtaaLp
  ───────────────────────────
米国のフィリップス曲線/2.jpg
米国のフィリップス曲線/2
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2023年05月24日

●「『健康被害』と『経済被害の関係』」(第5958号)

 ロックダウン──この言葉をはじめて聞いたのは、2020年
3月9日のことです。イタリアがロックダウンに踏み切ったから
です。日本も同年4月7日に緊急事態宣言を発出し、5月25日
まで続けています。2020年3月13日に成立した新型コロナ
ウイルス対策特別措置法に基づく措置です。
 その結果、日本の場合は、欧米ほどはひどくはなかったものの
人々は外出を封じられ、仕事や買い物などの経済活動が停滞する
に及んで世界経済はまたたく間に深刻な不況に突入します。この
とき、パンデミックが経済に及ぼす影響の大きさから、世界経済
は「リーマンショック級の不況」に突入すると予想する経済学者
やエコノミストがほとんどで、まさか、2021年からインフレ
が始まるとは誰も考えていなかったのです。当時のIMF(国際
通貨基金)の見解は次のようなものです。
─────────────────────────────
 パンデミックによる「健康被害」が、GDPの落ち込みなど
 の「経済被害」を生んでいる。        ──IMF
─────────────────────────────
 常識的な考え方ととしては、「コロナ→不況→デフレ」という
流れであり、どう考えてもインフレになると考える人は少ないと
思います。「健康被害が経済被害を生む」という考え方も、さも
ありなんと考える人は多いと思います。
 しかし、渡辺努東京大学教授は、今回のパンデミックの場合、
そうはなっていないといっています。渡辺教授の本には、次のよ
うな興味深いデータが載っています。
─────────────────────────────
           死者数(人)    GDP損失率
   1.サンマリノ   2119   −11・97%
   2.ベルギー    1859    −9・57%
   3.スロベニア   1782    −8・89%
   4.英国      1717   −11・13%
   5.チェコ     1684    −8・60%
   6.イタリア    1545   −10・87%
   7.ボスニア    1494    −8・96%
   8.米国      1493    −6・36%
   9.ポルトガル   1492   −11・94%
  10.北マケドニア  1428    −8・69%
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 112.日本        54    −5・96%
 168.ブルンジ     0・2    −4・91%
    註:死者数/100万人当たり  損失率/2020年
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このデータは各国ごとに集計された「人口100万人当たりの
死者数」と、「2020年のGDP損失率」の関係を示していま
す。米国と日本を比較してみます。
 新型コロナウイルスを原因とする死者数は、米国は1493人
ですが、日本は54人──米国は日本の実に約28倍です。健康
被害としては日本はかなり低く抑えています。しかし、それによ
る2020年のGDP損失率は、米国はマイナス6・36である
のに対し、日本はマイナス5・96%とわずか0・4%の差しか
ありません。
 同様に、健康被害が最大のサンマリノと168位のブルンジを
比較すると、サンマリノはブルンジの約1万倍の健康被害を受け
ていますが、経済被害では2・4倍の差しかないのです。これに
よると、少なくとも今回の新型コロナウイルスの健康被害は、経
済被害とリンクしていないといえます。
 ここで、もうひとつ考えるべきことがあります。今回のパンデ
ミックにおいて、政府による強制力を伴うロックダウンを行った
国と、そうしなかった国があります。2020年の春のことです
が、死者が急増した欧米諸国は、政府による強力なロックダウン
の措置が取られています。このロックダウンでは、政府の指示に
従わない企業や個人には罰金や法令に基づく罰則が科せられてい
ます。つまり、政府の指示を守らないと罪になるのです。
 こうした欧米諸国に対して日本では、政府や地方自治体は緊急
事態宣言を発出しています。この宣言では、あくまで「要請」や
「指導」は行うものの、それを受けて企業や個人は、自主的に対
応したに過ぎません。しかし、欧米諸国と日本の対応について、
こういう差があるにもかかわらず、その経済被害にはあまり大き
な差がないことは既に述べた通りです。これについて、渡辺努教
授は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 法的拘束力のある措置をとった米国と、お願いベースの措置の
日本で人々の行動に与えた影響が同じオーダーだったという事実
は、私たちにとって(そして分析結果を交換しあったシカゴの研
究者たちにとっても)非常に衝撃的なものでした。日米の結果は
法的拘束力があろうとなかろうと、政府による介入にはそれまで
信じられていたほどの神通力がなかったということを示している
からです。    ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動抑制をとった欧米諸国
と、指導や要請だけの日本においても、きちんとステイホームは
実施され、外出を半減させたことは確かです。それは、他から強
制されたものではなく、自発的にそうした可能性が高いといえま
す。なぜ、人々は、自発的に行動を抑制したのでしょうか。
 それは「恐怖心」である──渡辺努教授はそう考えています。
具体的にいうと、死の可能性のある感染症が自分に迫っていると
いう恐怖心です。確かに、日本でも志村けん氏が亡くなり、衝撃
を受けて、行動を自粛した人が多いはずです。
          ──[世界インフレと日本経済/010]

≪画像および関連情報≫
 ●緊急事態宣言の効果は限定的、対策をさらに強化すべき
  ───────────────────────────
   急速な新型コロナウイルス感染拡大が続く中、日本感染症
  学会の前理事長で政府のコロナ感染症対策分科会などの委員
  を務める舘田一博・東邦大学教授は2021年7月28日、
  日本記者クラブで政府が進めてきた東京オリンピックの感染
  対策や今後の対策について記者会見した。「緊急事態宣言が
  出されて2週間になるが、その効果は限定的で感染者数は、
  ピークアウトしておらず、危機的状況になりつつある。宣言
  の対象となる地域を広げ、『飲食』以外の商業施設にも広げ
  る必要がある」と指摘、躊躇なく早め早めの対策を打つ必要
  性を強調した。オリンピックに関連しては、「バブル方式を
  取っているが、これでは限界があるので、2重、3重の感染
  対策を取ることが重要だ」と述べた。
   東京都は同日、新型コロナウイルスの感染者が新たに31
  77人確認されたと発表した。3000人を超えるのは初め
  てで、27日の2848人を上回り過去最多となった。館田
  教授は感染の現状について「世界では1日当たり50万人の
  新規感染者、8000人が亡くなって、まだまだパンデミッ
  クの終息が見えない。日本ではこれまでに85万人が感染し
  1万5000人が亡くなっている。いま感染は第5波に入ろ
  うとしており、今後どういう状況になるのか心配しなければ
  ならない」と指摘した。     https://bit.ly/3BJZkqX
  ───────────────────────────
人が誰もいない渋谷/ハチ公前.jpg
人が誰もいない渋谷/ハチ公前
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2023年05月25日

●「労働者が戻ってこない大離職現象」(第5959号)

 志村けん、岡江久美子、岡本行夫、羽田雄一郎、小野清子(敬
称略)──著名人ばかりですが、これら人々はすべて、新型コロ
ナウイルスにかかって亡くなった方です。
 これらの人々が次々と新型コロナで亡くなると、さすがに私も
恐怖感を覚えました。コロナウイルスが身近に迫っていると感じ
て、なるべく外出を控えたり、マスクをしたり、帰宅時には手洗
いをするなど、感染防止に努めたものです。
 われわれ人間は、消費者としての側面と労働者としての側面が
あります。感染が広がると、人々は感染を恐れて対面接触を避け
るため、外出を控えるので、レストランに行ったり、不要不急の
買い物をしなくなります。これによって店側としては、売り上げ
が減少し、物価の下がる原因になります。これは消費者としての
選択です。
 しかし、店で働く従業員は、対面接触を避けるわけにはいかな
いので、さまざまなバックグラウンドを持つ来店客に対応せざる
を得ないことになります。これは、相当深刻な恐怖です。来店客
は減少するでしょうが、ゼロにはならないので、直接感染リスク
と向き合うことになります。これは、労働者としての側面です。
この恐怖に耐えられない人は、店を辞めるので、それは生産力の
低下をきたし、物価を上げる原因になります。
 この人間のウイルスに対する恐怖心が物価に及ぼす影響につい
て、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように解説しています。
これについては、添付ファイルを参照してください。
─────────────────────────────
 人類は等しくウイルスに対する恐怖心をもちます。そこに日本
人と米国人、消費者と労働者の区別はありません。そして恐怖心
は人々の行動を変化させます。しかも、この行動変容は「同期」
しているがゆえに、経済全体にきわめて大きなインパクトをもた
らします。その最たるものが、物価の変動です。
 消費者の恐怖心は、物価を下げる方向に作用するのに対して、
労働者の恐怖心は、物価を上げる方向に作用します。つまり、正
反対の効果があるのです。
 正反対になるのは、消費者の恐怖心は需要に影響を与えるのに
対して、労働者の恐怖心は供給に供給に影響を与えるからです。
米国のインフレ率は、パンデミック1年目は低下、2年目は上昇
と、ジェットコースターのように動いたと指摘されています。こ
れは私たちがもつ消費者と労働者という2つの顔が、それぞれ別
の反応を示したことの結果だと私は考えています。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 渡辺教授が指摘する新型コロナウイルスによる人間の行動変容
について、重要な2つのポイントについて、述べる必要がありま
す。第1は、恐怖心が人間の2つの側面──消費者と労働者それ
ぞれの行動変容が経済に与える変化についてす。
─────────────────────────────
    消費者としての側面 ・・・ 「需要」に影響
    労働者としての側面 ・・・ 「供給」に影響
─────────────────────────────
 改めていうまでもないことですが、「需要」とは、人々がモノ
を買ったり、サービスを利用したりする「消費」と、人々が住宅
を購入したり、企業が工場を建設したり、機械を購入したりする
「投資」を合わせたものです。これに対して「供給」とは、企業
が人々を雇用し、機械を使ってモノやサービスを作り出すことを
いいます。
 パンデミックによる人間の行動変容について、重要なポイント
の第2は、人々の行動変容が「同期する」ということです。行動
変容自体は、それぞれ些細な行動変化ですが、それが同期するこ
とによって、マクロの物価を動かすパワーになるのです。大勢の
人が同じ行動をとると、それは社会の大変化に繋がります。
 現在、米国では、自発的な離職が増えています。自発的な離職
とは、雇い主から解雇されるのではなく、労働者が自分の意思で
職場から去るという現象のことです。経営者は、パンデミックの
初期においては、解雇やレイオフ(一時帰休)を急増させました
が、パンデミックが収束しつつあった2年目以降は、経済再開に
よって、求人は回復基調にあったのです。
 しかし、一定割合の労働者は、戻ってきておらず、結果として
深刻な人手不足に陥っています。これが、現在米国で起きている
「グレイト・リタイアメント」と呼ばれている現象です。これは
「供給」に影響を与えて、インフレを引き起こしています。
 この米国における「グレイト・リタイアメント」について、渡
辺努教授は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 職場に戻らない労働者たちの背景には、さまざまな事情があり
ます。たとえば、米国では多くの移民が働いていますが、感染の
厳しい時に母国に戻った人が、そのまま帰ってこないということ
があるようです。あるいは、退職を早める人も増えているようで
す。米国では日本のような定年制は一般的ではなく、それぞれの
人生設計や事情に基づいて、退職する時期を自分で決めるのが普
通ですが、パンデミック以前に予定していた時期を早めて退職す
る人が増えているのです。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 大きなショックが経済に与える影響のことを経済学では「傷跡
効果」(scarring effect) といい、元の状況に戻るには通常を
はるかに上回る時間を要するといわれています。
 それでは、パンデミックにおける傷跡効果とは、具体的に何で
しょうか。そもそも何が原因でインフレが起きているのでしょう
か。そのあたりのことを検討していきます。
          ──[世界インフレと日本経済/011]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜインフレが起きるのか/ウォルター・フリック氏
  ───────────────────────────
   2008年の世界金融危機が大不況を引き起こして以降、
  投資家と企業経営者は、低金利と低インフレの時代に慣れっ
  こになっていた。しかし、そのような時代は終わった。20
  21年には、世界の多くの国で物価が急上昇しはじめて、米
  国は2022年に過去数十年で最悪のインフレを経験した。
  国際通貨基金(IMF)は2022年10月、インフレの進
  行──そして、各国の中央銀行がインフレ対策のために実行
  する金利の引き上げ──により、グローバル経済全体に深刻
  な影響が及びかねないという趣旨の警告を発した。そこで、
  インフレは何が原因で起きるのか、そして、インフレによっ
  て購買力が次第に失われていく状況にどのように対処すべき
  なのかを理解しておく必要がありそうだ。
   インフレとは、経済全体で物価水準が上昇し続けている状
  態と定義される。2022年には、インフレが世界経済の繁
  栄を脅かす重大な脅威の一つとして浮上した。
          https://dhbr.diamond.jp/articles/-/9237
  ●図の出典/──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
  ───────────────────────────
「恐怖心」が物価に及ぼす影響.jpg
「恐怖心」が物価に及ぼす影響
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2023年05月26日

●「供給不足が原因の世界インフレ」(第5960号)

 3万円台の日経平均株価が続いています。これと同じような光
景を10年前に見たような気がします。安倍晋三政権による20
12年〜13年の株高です。このときは、大型ヘッジファンドを
先頭に、円売り・株買いを組み合わせて一斉に買い上がっていっ
ていましたが、今回海外勢は「買い忘れた日本株」の視線であり
全員買いではないといわれます。国内投資家に評価が広がってい
ないのです。
 しかし、著名な投資家のウォーレン・バフェット氏の日本株の
積極買いが、海外勢の日本株買いに寄与したことは事実です。バ
フェット氏は、それまで大量に保有していたTSMC株をすべて
手放して日本株を買っているといわれます。そのさい、バフェッ
ト氏は、次のようにいったそうです。これはまさに日本にとって
チャンスであるといえます。
─────────────────────────────
    日本は地政学的に有利なポジションを占めている
            ──ウォーレン・バフェット氏
─────────────────────────────
 確かに、現在日本では、半導体の本格的ファウンドリを目指す
株式会社ラピダスの新設をはじめ、熊本へTSMCの新工場を誘
致するなど、今までにない動きが起きています。バフェット氏は
今後の経済安全保障の観点から、日本は有利なポジションを占め
ていると判断しているといわれます。
 さて、世界インフレに話しを戻します。インフレには、その原
因から考えて、次の2つがあります。
─────────────────────────────
         @需要要因によるインフレ
         A供給要因によるインフレ
─────────────────────────────
 まず、「需要要因によるインフレ」とは何でしょうか。
 このインフレは、経済全体の需要が供給を大きく上まわること
によって起きます。このインフレについては、原因が需要の過剰
によって起きるので、中央銀行が利上げをして、需要を弱めれば
インフレを抑えることができます。利上げをすれば、企業や家計
が銀行から借り入れをするさいの利払いが増加するので、企業が
工場を建設したり、機械を買い入れたり、家計が住宅を建てる活
動が抑制され、その結果として、インフレが収まるのです。
 次に、「供給要因によるインフレ」とは何でしょうか。
 このインフレは、文字通り供給が不足することによって起きる
ものですが、中央銀行による処方箋がないのです。極端にいうと
供給不足を原因とするインフレに対しては、中央銀行は無力であ
るといえます。しかし、何もしないわけにはいかないので、この
インフレに対しても、利上げによって需要要因を抑えることで対
応しつつあります。しかし、何度利上げを繰り返しても、今回の
インフレは収まっていません。
 ところで、供給不足というとき、本当に供給が足りない場合と
供給はそれなりにあるのに需要が強すぎる場合とがあります。後
者は利上げで対応できますが、前者の場合の対応は中央銀行とし
ては打つ手がないのです。
 これについて、渡辺努東京大学大学院教授は、自著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 供給が足りないことが原因のインフレに利上げで対処しょうと
すると、どんなことが起こるでしょうか。利上げをすれば住宅な
どに対する需要が減少します。この利上げりを繰り返し行えば、
少なすぎる供給とちょうど見合うところまで需要を落とすことが
でき、それによって需要と供給のアンバランスを解消できます。
 つまり、米欧の中央銀行は、「少ない供給」という根本的な問
題はいったん棚上げにして、それと平仄(ひょうそく)がとれる
ように、利上げにより「少ない需要」へと誘導しようとしている
のです。「少ない供給」への対処が「少ない需要」というのは一
見もっともらしいですが、よく考えるとこれは縮小均衡に向かう
ということにほかならず、決して歓迎できる話ではありません。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 現在、世界で起きているインフレは、これから述べていくよう
に、供給不足が原因で起きています。このインフレに対して、中
央銀行は無力であることについて、渡辺教授は世界の中央銀行関
係者の意見を次のように紹介しています。
─────────────────────────────
◎BIS(国際決済銀行)アグスティン・カーステンス総支配人
  中央銀行のエコノミストは、需要サイドについては知見の蓄
 積が豊富だ。しかし、供給サイドについては知見の蓄積がなく
 いまだにブラックボックスのままである。
◎米国FRBジェローム・パウエル議長
  現在起こっているのは、経済の供給サイドの崩壊だが、フィ
 リップス曲線に大きく依拠する現代の経済モデルは供給サイド
 が欠落している。
◎IMF(国際通貨基金)ギータ・ゴビナート局長
  経済モデルの供給サイドの改善が急務である。
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 いずれにせよ、現在起きている世界インフレは、「供給要因に
よるインフレ」であり、中央銀行としてその対処が非常に難しい
インフレです。したがって、まだ収束されていません。
 原因は、新型コロナウイルスに起因する人々の行動変容にある
ことは確かですが、具体的にどのような変化が起きているのかに
ついて探る必要があります。これについては、来週のEJでさら
に掘り下げることにします。
          ──[世界インフレと日本経済/012]

≪画像および関連情報≫
 ●日本では物価もインフレもさほど重要ではない
  /小幡績慶應義塾大学教授
  ───────────────────────────
   物価が熱い。
   2年前、いったい誰が「インフレが最大の経済政策上の関
  心事になる」と予想したであろうか。しかし、いまやアメリ
  カは40年ぶりのインフレ率であり、欧州も同様だ。一方、
  世界中で日本だけは、なぜか他国に比べて消費者物価が上が
  らない。インフレ、物価、これらには謎がいっぱいだ。物価
  とは、いったいどうなっているのか。
   これを解明する「世界で唯一の本」が近頃出版された。渡
  辺努東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)
  である。渡辺教授は、私が最も尊敬する経済学者の1人であ
  り、物価の理論家としては間違いなく現在世界一である。こ
  のコラムでも「なぜ日銀は無謀なインフレ政策をとるのか」
  や「日本でも今後『ひどいインフレ』がやって来るのか」で
  言及した。何よりも、理論と実証という経済学の研究者とい
  うだけでなく、物価と格闘する人類最高の知性であり、現実
  と正面から向き合っているのである。
   その彼が、真正面からぶつかった本が『物価とは何か』で
  ある。しかも、学者向けではなく一般の読者へ向けなのだ。
  物価と向き合うのは、経営者、消費者である。学者ではない
  人々であり、物価を決めるのも彼らであるから、その彼らに
  学問における物価の理解を知ってもらう必要があると彼は考
  えた。そして、物価の現場の彼らに理論をぶつけ、挑戦した
  本なのである。今回は、学者としてではなく、一般の消費者
  として、渡辺努教授に挑みたいと思う。
         https://toyokeizai.net/articles/-/512971
  ───────────────────────────
ウォーレン・バフェット氏.jpg
ウォーレン・バフェット氏
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2023年05月29日

●「サービス消費からモノ消費へ転換」(第5961号)

 今回のテーマでよく出てくる言葉の意味を整理をしましょう。
「FRB」と「FOMC」の違いは分かりますか。『世界インフ
レの謎』の著者、渡辺努教授は、本の中で「Fed」という言葉
を頻繁に使っています。「Fed」とは何でしょうか。これらの
言葉の違いがわからないと、最近の経済記事は、正確に意味が読
み取れないことになります。
 米国の中央銀行制度のことを「連邦準備制度」をいいます。こ
れが「Fed」です。Federal Reserve System の略称であり、
「フェド」と呼称されています。FRSは、次の3つの機関から
構成されています。
─────────────────────────────
      @   FRB/Federal Reserve Board
  FRS A  FOMC/Federal Open Market Committee
      B連邦準備銀行/Federal Reserve Banks
─────────────────────────────
 「FRB/連邦準備理事会」は、Fedの最高機関として米国
の金融政策を策定・実施します。日本の中央銀行である日本銀行
に該当します。「FOMC/連邦公開市場委員会」は、日本の日
銀政策決定会合に該当します。FOMCは、年に8回開催され、
現在の景況判断と政策金利(FF金利)の上げ下げなどの方針が
発表されます。全米12地区の連邦準備銀行は、FRBの下に置
かれ、決定された金融政策の実施や、米ドル紙幣(連邦準備券)
の発行などを行います。
 米国のインフレはどうなるのでしょうか。FRBは、5月24
日に、5月2日〜3日に開催されたFOMCの記事要旨を発表し
ていますが、5月26日付の日本経済新聞は、それを次のように
伝えています。
─────────────────────────────
 インフレ持続で追加の利上げが必要になるとの意見が複数出た
一方、利上げを停止できるとみる参加者も多く、見方が割れてい
る。6月会合では利上げを見送りつつ、必要なら年後半に利上げ
を再開する「折衷案」も浮上してきた。
 公表された議事要旨によると、何人かの参加者は、物価上昇率
を目標の2%に戻すまでの歩みが「受け入れがたいほど遅い状態
が続きそうだ」と指摘した。そのうえで「今後の会合で追加の引
き締めが正当化される可能性が高い」と主張した。
 一方、より多くの参加者は「さらなる引き締めは必要ないかも
しれない」と表明した。追加利上げの慎重派は、過去1年ほどで
計5%に達した利上げの効果が時間差で実体経済に波及するのを
見極めたいとの考えに傾いている。
       ──2023年5月26日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 この記事を読むと、米国の中央銀行であるFRBは、利上げを
やめるか、継続するかの明確な判断を現時点では下せないでいる
ことが読み取れます。やはり今回のインフレは、供給サイドが原
因であるため、中央銀行としては制御できないでいるようです。
 どのようにして、供給サイドを原因とするインフレが起きたの
でしょうか。ていねいに探ってみたいと思います。
 添付ファイルのグラフをご覧ください。これは「米国消費に占
めるモノとサービスの割合」について示したものです。渡辺努教
授の本に出ていたものです。黒い実線は「モノ」の割合(縦軸)
薄い実線は「サービス」の割合(横軸)を示しています。
 グラフを一見すると、黒い実線と薄い実戦は、上下対照的なグ
ラフになっています。パンデミック前の2019年から2020
年3月にかけて、米国で行われた消費のうち、サービス消費につ
いては約69%(右目盛)、モノ消費は約31%(左目盛)だっ
たのです。
 これが、パンデミックを境にサービス消費とモノ消費が入れ替
わり、2021年3月になると、サービス消費は30%にダウン
したのに対し、モノ消費は70%に達しています。この傾向は、
2022年になっても戻っていないのです。
 モノ消費からサービス消費への変化は、経済の発展によって、
自然に起きる現象です。これについて、渡辺努教授は、次のよう
に説明しています。
─────────────────────────────
 経済発展の途上の国では、人々は生活を楽にしたり、家庭で娯
楽を味わったりするために、まずはモノを揃えていきます。たと
えば、日本の高度成長期には「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」が三種
の神器と呼ばれ、庶民の憧れの対象でした。
 一方、経済発展の成果がある程度人々の生活に行きわたってい
る先進国ではたいていの世帯にモノはひととおり揃っています。
こうなると、人々はさらにモノを持ちたいとは考えず、その代わ
りに、体験を得ることや感覚を楽しむサービス消費を拡大させて
いきます。モノに頼って自分のことを自分でするのではなく、人
に自分の面倒を見てもらうことこそが、生活の豊かさだというわ
けです。これが「サービス経済化」と呼ぼれる現象です。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 パンデミックになると、サービス消費をしたくてもできないの
で、必然的にモノ消費になることは理解できます。これは需要の
シフトであり、非常に素早く行われます。レストランなどの飲食
店を例として上げると、サービス消費からモノ消費へのシフトが
起きると、客が来なくなり、店舗を閉めざるを得なくなります。
 しかし、その店舗を他の目的にすぐには転用できず、閉めるし
かなくなります。その店舗で働いていた労働者も仕事がなくなり
ますが、すぐには転職できないでしょう。すなわち、需要のシフ
トは瞬時ですが、資本と労働の移動はゆっくりとしか行われない
のです。すなわち、ここに需要と供給のアンバランスが生ずるこ
とになります。   ──[世界インフレと日本経済/013]

≪画像および関連情報≫
 ●「モノ消費からコト消費」の意味とは?定義から注目され
  る背景
  ───────────────────────────
   「時代はモノ消費からコト消費へ」──そんな言葉をニュ
  ースや新聞でも多く見かけるようになりました。商品の所有
  に価値を見出す消費傾向を「モノ消費」、商品やサービスを
  購入したことで得られる体験に価値を見出す消費傾向を「コ
  ト消費」といいます。
   では、なぜ「モノ消費からコト消費へ」という変動が今起
  きているのでしょうか。今回は、モノ消費・コト消費という
  言葉が注目されている背景と、コト消費に対応した事例、さ
  らにもうひとつ注目を集めている消費活動「トキ消費」につ
  いても解説します。
   コト消費は国内市場だけでなく、訪日外国人によるインバ
  ウンド市場でも注目されています。この機会に注目されてる
  背景を学び、自社のビジネスにどのような影響があるのかを
  考えてきましょう。
   グーグル検索に連動したグーグルトレンドで「コト消費」
  と検索すると、2006年頃から言葉が使われ始めたのがわ
  かります。では、そもそも、モノ消費・コト消費とは、どう
  いった意味で利用されているのでしょうか。経済産業省の公
  表している『平成27年度地域経済産業活性化対策調査報告
  書』では、モノ消費とコト消費について以下のように説明さ
  れています。       https://ferret-plus.com/6452
  ───────────────────────────
米国消費に占めるモノとサービスの割合.jpg
米国消費に占めるモノとサービスの割合
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2023年05月30日

●「コロナ後遺症で職場に戻らぬ労働者」(第5962号)

 2000年代に入って、IT技術の発達にしたがい、モノ産業
からサービス産業へのシフトが進んでいます。これによって、モ
ノ産業は少しずつ需要が減少し、生産に必要な労働と機械設備な
どの資本が減っていきます。とくに労働の面では、サービス産業
に就職する新卒が増加し、モノ産業で働いていた労働者がサービ
ス産業に転職する現象が起きています。「デューダ(doda)」、
「ビズリーチ」のCMで代表される今や一大転職の時代でもある
のです。大手企業も暦年一括採用から、中途入社をメインにしつ
つあります。
 また、サービス産業に変化する製造業もあります。例えば、タ
イヤを生産して売るメーカーが、IоT技術を使って、安全を売
るサービス業に変身するケースもあります。顧客は、タイヤ自体
を求めているのではなく、「安全に快適に車で走行する」ことを
求めているので、それに対応する動きです。
 モノ産業からサービス産業へ──コロナ禍になる前は、そのた
めの労働と資本の産業間の移動が、長い時間をかけてゆっくりと
進行していたのです。そういう状況において、パンデミックが世
界を突然襲い、需要の逆シフトが起きます。いや、そうせざるを
得ない状況に陥ったのです。
 しかし、急にモノ産業の需要が増えても、モノ産業では、労働
者や資本は既に減少してきており、急増した需要に対応できなく
なります。これにより、需要が供給を上回る事態が生じ、当然モ
ノの価格は上昇し、インフレになります。
 グーグルがスマホの位置情報を分析したデータによると、米国
では、パンデミック後は「職場」にある台数が19%減少してい
るそうです。同様のことが英国でもカナダでも起きています。と
くにカナダでは職場でのスマホが25%も減少しています。これ
は、労働者がWFH(Work From Home/在宅勤務)をせざるを
得なくなったからと考えられます。
 しかし、パンデミックの期間はせいぜい2〜3年のことであり
とくに欧米では経済復興が早かったので、2年くらいの間であっ
て、労働者の行動変容は元に戻るはずです。まして今回のパンデ
ミックは、100年前に起きたスペイン風邪のときと事情が大き
く異なります。スペイン風邪の死者は世界人口の2%に達してい
るのに対し、新型コロナウイルスの死者は、2020年5月の時
点で、世界人口の0・005%でしかないのです。しかも、死者
は高齢者が中心で、働き盛りの世代が犠牲になったスペイン風邪
のときと比較になりません。
 しかし、労働者は容易には職場に戻っていないし、そのまま離
職してしまうケースも多くなっています。このまま事態が進むと
「大離職/Great Resignation」 にならざるを得なくなります。
 それにしても、コロナ禍が、なぜこのような大変化になってし
まったのでしょうか。
 それは、労働者(消費者)の行動変容が、「突然」起こり、ど
この国も、サービスからモノへ「同期」して起きたからです。こ
のように、労働者が行動変容させると、消費者としての行動変容
に波及します。渡辺努東京大学大学院教授は、これについて自著
で次のように述べています。
─────────────────────────────
 理由が何であれ、労働者がオフィスや工場に行かなくなれば、
たとえば、昼食を職場近くのレストランでとるということもなく
なり、自宅近くのスーパーで食材を買って家で調理する機会が増
えることでしょう。そうなれば、サービスからモノへの需要のシ
フトに拍車がかかることになります。このように、労働者の行動
変容と消費者の行動変容は密接に関連していると見るべきです。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 新型コロナウイルスにかかった人と、かからなかった人のコロ
ナに対する考え方の差は大きいといわれます。なぜなら、コロナ
罹患者にはかなりの割合で後遺症が残るからです。こういう後遺
症に苦しんでいる人のことを「ロングCOVID」というそうで
すが、こういうことは感染拡大中の防御の姿勢──例えば、ソー
シャルディスタンスの姿勢を今も崩さないのです。
 シカゴ大学のWFH(在宅勤務)研究チームは、「パンデミッ
クが収束したら、あなたのソーシャルディスタンスはどうなりま
すか」というアンケート調査を行っていますが、その結果は次の
ようになっています。
─────────────────────────────
   @コロナ前に戻る       ・・ 41・3%
   Aほとんどコロナ前に戻る   ・・ 30・0%
   B部分的にコロナ前に戻る   ・・ 16・0%
   Cコロナ前には決して戻らない ・・ 12・7%
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 シカゴ大学のPTは、Cの「コロナ前には決して戻らない」と
回答した人の内訳についてさらに調査したところ、次のような結
果になったのです。
─────────────────────────────
    就業者 ・・・・・・・・・・・ 10・4%
    失業中(職探し) ・・・・・・ 17・7%
    失業中(復職待ち) ・・・・・ 17・8%
    就職も職探しもしていない ・・ 23・0%
         ──渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
─────────────────────────────
 これによると、「コロナ前には決して戻らない」と回答した人
の4分の1は就業していないし、職探しもしていないのです。つ
まり、非労働力人口なのです。こういう人たちの存在が供給不足
に拍車をかけており、インフレを誘発させているのです。
          ──[世界インフレと日本経済/014]

≪画像および関連情報≫
 ●労働者に起こった見えない変化、コロナが収束しても
  昔の職場には戻らない理由/加谷珪一氏
  ───────────────────────────
   内閣府が、2023年1月5日に発表した昨年(2022
  年)12月の消費動向調査によると、消費者心理を示す消費
  者態度指数は前月比1・7ポイントと、4カ月ぶりの上昇と
  なった。年末年始は行動制限がなかったことから、各地は多
  くの人手で賑わい、道路も混雑している様子だった。
   昨年の年末からは、都内を中心にタクシーがつかまりにく
  い状況が続いている。タクシーの実車動向は、街角で景気を
  見定める有力指標とも言われており、一部の人はこうした状
  況から景気は上向きつつあると判断している。
   諸外国がコロナ後に向けて動き始めたこともあり、日本に
  おいても消費者心理が改善しているのは間違いないだろう。
  しかしながら、タクシーがつかまりにくいことや混雑の背後
  には、なかなか人材が獲得できないという供給制限要因があ
  ることを忘れてはならない。日本はもともと人手不足が深刻
  だったが、今回のコロナ危機をきっかけに、人手不足はより
  本質的な問題に進化した可能性があり、今後の経済動向に大
  きな影響を与えることになるかもしれない。このところ顕著
  となっているタクシーのつかまりにくさというのは、実は景
  気が拡大していることが最大の要因ではない。タクシーの供
  給台数が大幅に減少しており、供給が制限されている要因が
  大きい。  https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73617
  ───────────────────────────
在宅勤務(WFH)の拡大.jpg
在宅勤務(WFH)の拡大
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2023年05月31日

●「サプライチェーンの見直しが必要」(第5963号)

 欧米のインフレが収まっていません。5月29日の日本経済新
聞は欧州のインフレの模様を次のように報道しています。4月の
欧州の消費者物価指数の上昇率は、前年同月比で7・0%である
といいます。
─────────────────────────────
◎欧州、広がる「強欲インフレ」
 欧州でインフレが収まらない。ウクライナ危機に伴う資源高は
落ち着く半面、食品やサービスの価格上昇が顕著だ。企業がコス
ト増を口実に価格をつり上げる「強欲インフレ」がじわりと広が
る。高水準の賃上げも加わり、欧州中央銀行(ECB)はインフ
レ沈静化のため利上げを継続せざるをえない情勢だ。外国為替市
場でユーロの独歩高が鮮明になりそうだ。(中略)
 ユーロ圏のインフレは深刻だ。4月の消費者物価指数の上昇率
は前年同月比で7・0%と6カ月ぶりに拡大。2022年10月
につけた過去最高の10・6%からは鈍化したものの依然高止ま
りしており、米国(4・4%)や日本(3・5%)を大幅に上回
る。       ──2023年5月29日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日本のインフレ率は、欧米と比べると、かなり低くなっていま
す。日本のケースは、後から述べますが、日本企業は、欧米と比
べると「強欲ではない」ということです。上記の日経のタイトル
「強欲インフレ」とは何のことでしょうか。
 トルコ出身のエコノミストで、グローバルストラテジストのエ
ミン・ユルマズ氏という人がいます。このユルマズ氏の新刊書に
次の記述があります。ユルマズ氏は、世界インフレに関する本を
2冊上梓しています。
─────────────────────────────
 インフレ下の日本企業が他国と違うなと感じるのは、価格転嫁
しないようギリギリまで頑張るところだろう。こうした振る舞い
を見ていると、私は、日本こそが真の「社会主義国家」であると
思ってしまう。
 これに対して米国企業はどうなのか?米国企業が価格転嫁しな
いように耐えるということは断じてしない。米国企業は日本企業
とは真逆のアクションを取った。インフレに反応して、速攻で価
格転嫁してきたのである。
 いまの状況を米国メディアは、「今回の高インフレはウェイジ
(賃金)インフレ」だとの論調を張っている。私はそうではない
と思っている。なぜなら、米国の年収をCPIで割った図を作成
したら、むしろ実質賃金は下がっているからだ。
 では、実際に米国では何が起きているのか?
 インフレが起きている真っ最中の2022年、米国企業は小売
業も含めて、史上最高の利益更新を達成した。これはインフレに
反応して、どんどん価格転嫁してきたからであ.いや、もっとあ
くどかった。インフレを口実にして、インフレ率”以上”の価格
転嫁を行ってきた。これが真相だ。  ──エミン・ユルマズ著
   『大インフレ時代!日本株が強い/資産運用を覚えないと
               財産は消える』/ビジネス社刊
─────────────────────────────
 現在の世界インフレは、主として供給要因によるものであるこ
とははっきりしています。そのきっかけは、新型コロナウイルス
の感染拡大であり、それを原因とする人々の行動変容が大きく影
響していることをここまで述べてきています。
 これに加えて企業も大きな行動変容をしつつあるのです。モノ
を製造する企業は、世界中の同業者としのぎを削る激しい競争を
展開しています。「価格が安くて良いものを提供する」ことが企
業の目的です。
 モノの生産には、賃金が安く、真面目で、よく働いてくれる、
コストパフォーマンスの高い労働力が不可欠です。そのため、企
業は、そういう質の高い労働力を求めて、アジア、東欧、中南米
などの新興国に生産拠点を広げてきています。こういう現象を経
済のグローバル化といいます。
 これによってモノの製造原価は大きく下がり、しかも、高品質
のモノ、すなわち、製品を提供できるようになっています。こう
いう世界的分業システムの仕組みをサプライチェーンといい、こ
れまで世界経済を支えてきています。
 サプライチェーンを直訳すると「供給の鎖」になります。アイ
フォーンをはじめとする様々な製品は、いくつもの工程や部品・
原料の連鎖の上に成り立っており、現在ではこのサプライチェー
ンが国境を超えて、非常に複雑なかたちで、多くの国がかかわっ
ています。
 そういう状況において、今回パンデミックが起きたのです。こ
れによってサプライチェーンはズタズタになり、大幅な供給の目
詰まりを起こします。これによって、たとえば自動車企業では、
自動車のサプライチェーンが目詰まりを起こし、半導体が入荷で
きず、自動車の供給ができなくなっています。
 こういう事態を受けて、国際的なコンサルティング会社、A・
T・カーニー社が米国企業の経営者に対して行った調査によると
実に92%の企業が「リショアリング」を行っていると回答して
います。リショアリングというのは、生産拠点を米国内または近
隣国に移転することをいいます。リショアリングを計画している
米国企業は次の通りです。
─────────────────────────────
 すでにリショアリングを実施しつつある ・・・・ 47%
 3年以内にリショアリングの計画がある ・・・・ 29%
 決定していないが、おそらく行うだろう ・・・・ 16%
                         92%
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/015]

≪画像および関連情報≫
 ●これから起こる「サプライチェーンの大分断」って何?
  米アップルが対応急ぐ納得の理由/加谷珪一氏
  ───────────────────────────
   コロナ危機による物流網の混乱に、米中対立とウクライナ
  侵攻が加わり、いよいよ世界のサプライチェーン分断が本格
  化しつつある。一部企業は、米国向けと中国向けにサプライ
  チェーンを別々に構築する動きを見せており、多くの企業が
  同じ決断を迫られる可能性が高い。
   グローバル経済の進展によって、企業は全世界にサプライ
  チェーンを拡大するのが当たり前という時代が長く続いてき
  た。1円でも安いモノを求めて各社は巨大なサプライチェー
  ンを構築し、これが業績拡大の原動力となってきた。90年
  代以降、世界経済の成長スピードが大幅に加速したが、そこ
  にはビジネスのIT化と、それに伴うサプライチェーンの巨
  大化が大きく関係している。
   全世界の貿易(数量ベース)とGDP(国内総生産)を比
  較すると、基本的に両者は、比例して伸びていることが分か
  る。リーマンショックやコロナ危機で一時的に貿易が滞って
  も、すぐに回復しており、今回のコロナ危機についても、貿
  易量はすでにコロナ前を超えた。感染が落ち着けば、全世界
  のGDPも順調に回復するだろう。たしかに貿易の「量」は
  回復したが、一方で貿易の「質」は、以前とは大きく様変わ
  りしている。 https://www.sbbit.jp/article/cont1/85640
  ───────────────────────────
サプライチェーン.jpg
サプライチェーン
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2023年06月01日

●「日本のインフレ率はなぜ低いのか」(第5964号)

 世界インフレはなぜ起きたのでしょうか。ここで話を整理して
先に進むことにします。
 世界インフレを引き起こした最大の原因はパンデミックです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中の人と企業が、
行動変容を起こした結果、世界インフレが発生しています。
 第1に、人の行動変容です。人には「消費者」という側面と、
「労働者」の側面があります。消費者としての行動変容は、サー
ビス消費からモノ消費への急速な転換です。これによって、モノ
の生産が間に合わなくなり、価格が上昇します。
 続いて、「労働者」としての行動変容です。コロナが収まって
も職場に戻らなくなり、その結果、労働供給が減少し、経済全体
の生産能力が低下し、価格が上昇します。とくにシニア層はコロ
ナを機会に早期にリタイアを決めたり、女性は自発的に離職する
ケースが増加しています。
 第2に、企業の行動変容です。パンデミックに伴うロックダウ
ンなどにより、企業間のグローバル供給網であるサプライチェー
ンが目詰まりを起こし、製品の部品などの調達に問題が生じ、経
済全体の生産能力がダウンし、供給不足になって、モノの価格が
上昇します。
 しかし、人や企業の行動変容は、本来はバラバラであり、同一
方向への行動変化も、普通は長期的にわたって徐々に起きるもの
です。それが、なぜ、世界インフレを起こすまでに急速に高まっ
たのでしょうか。
 渡辺努東京大学大学院教授によると、それはパンデミックによ
り、突然にしかも世界の人と企業の行動が同期したからであると
いいます。これについて、渡辺教授は、自著で次のように述べて
います。
─────────────────────────────
 通常、出来事はゆるゆると起こり、人々の反応もまちまちとな
りがちです。それに対して、突然、しかも人々が同期するかたち
で出来事が起こると、経済へのインパクトは最大になります。パ
ンデミックはまさにそれです。このように、「突然」と「同期」
は、パンデミックの経済への影響を考える際のキーワードだと、
私はみています。
 3つの行動変容の、もうひとつの共通点は、過度な「つながり
(connectedness) の揺り戻し」ということです。パンデミツク
以前の社会は、人と人、人と企業、企業と企業が濃密につながる
ことを徹底的に追求してきました。それによって経済効率が上が
るからです。(中略)
 もしかすると私たちは安易に「つながり」を作りすぎたのかも
しれません。脱「グローバル化」は明らかにその揺り戻しです。
多様な人材を一ヵ所に集めることで、生産と技術革新の効率性を
徹底的に追及してきた企業が、「大離職」「大退職」の憂き目に
遭っているのも、過度なつながりの揺り戻しです。フェイス・ト
ウ・フェイスで他者とつながる心地よさを求めてきた消費につい
ても、サービスの経済化の反動が起こっています。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 世界インフレは、現在でも一向に収まっていません。インフレ
率はGDPと違って低いに越したことはありませんが、現状はど
うなっているのでしょうか。IMF(国際通貨基金)による20
22年の世界各国のインフレ率ベスト5とG7各国のインフレ率
のランキングを以下にご紹介します。2003年4月14日に公
開された最新の数字です。
─────────────────────────────
    ◎インフレ率世界ランキング(2022年)
     1. ベネズエラ ・・ 200.91%
     2. ジンバブエ ・・ 193.40%
     3.  スーダン ・・ 138.81%
     4.アルゼンチン ・・  72.43%
     5.   トルコ ・・  72.31%
    75.  イギリス ・・   9.07%
    81.  イタリア ・・   8.75%
    82.   ドイツ ・・   8.67%
    99.  アメリカ ・・   7.89%
   118.   カナダ ・・   6.80%
   138.  フランス ・・   5.90%
   187.    日本 ・・   2.50%
                  https://onl.sc/pSXc8ph
─────────────────────────────
 これを見てわかるように、日本のインフレ率は2・5%であり
全193国中187位で、非常に低いことが分かります。しかし
このインフレ率は、欧米と比べると、日本とは状況が大きく異な
ることを考慮する必要があります。
 なぜなら、欧米諸国は、日本と違ってパンデミック後の経済の
復興時期も早いし、ロシアによるウクライナ侵攻による影響の度
合いも日本とは比較にならないほど大きいからです。そういう意
味においては、日本と比較の対象になるのは韓国です。経済復興
の時期も同じくらいであり、両国ともウクライナから大きく離れ
ているからです。日本と韓国のインフレ率は次の通りです。
─────────────────────────────
     153.    韓国 ・・ 5.09%
     187.    日本 ・・ 2.50%
─────────────────────────────
 韓国と比較しても韓国のインフレ率は、日本よりも、約3%上
回っています。このように比較してみると、日本の場合、物価は
確かに上がっているものの、世界的に、きわめて低いインフレ率
ということになります。日本で何が起きているのでしょうか。
          ──[世界インフレと日本経済/016]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ日本は低インフレが続くのか/青木大樹氏
  ───────────────────────────
   多くの諸外国とは対照的に、日本では低インフレ率が続い
  ている。その結果、日本国債市場は堅調に推移し、日本と他
  の先進諸国との金利差が拡大する中で、円安が進んでいる。
  生鮮食品を除いたコア消費者物価指数(CPI)の直近10
  月(2021)の前年同月比は、「+0・1%」となってい
  る。これは2020年12月の同「−1・0%」を上回るも
  のの、なお日銀の目標である2%を大きく下回っている。
   日本経済は、他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー
  価格の上昇に大打撃を受けている。原油価格と消費者物価の
  間にはおよそ4〜7カ月のタイムラグがあることを考慮する
  と、エネルギー価格の上昇がCPIに及ぼす影響は2022
  年4〜6月頃にピークに達する可能性が高い。にもかかわら
  ず、2022年のCPIインフレ率は1・5%にさえ届かな
  いかもしれない。本レポートでは、なぜ日本では低インフレ
  率が続くのかを考察する。
   第1に、景気回復の遅れにより日本のGDPギャップ(需
  給ギャップ)は大幅なマイナスになっている。つまり、日本
  では実際のGDP(総需要)が平均的な雇用と資本を活用し
  た潜在力(供給力)に達していないのだ。
                  https://onl.sc/prr6MEX
  ───────────────────────────
渡辺努教授の本「世界インフレの謎」.jpg
渡辺努教授の本「世界インフレの謎」
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2023年06月02日

●「日本人の『物価・賃金ノルム』」(第5965号)

 5月31日付の日本経済新聞は、米金利の逆転を次のように報
道しています。
─────────────────────────────
◎米金利逆転/42年ぶりの長さ
 債券市場では米景気の先行きを不安視する見方が増えている。
期間が短い米国債利回りが、長いものを上回る異例の状態を「逆
イールド」と呼び、景気後退のサインとされる。満期まで2年の
国債と10年の国債を比べると、逆イールドの状態が26日時点
で226日間続いている。1981年以来、42年ぶりの長さと
なる。(中略)
 背景には米連邦準備理事会(FRB)によるインフレを抑え込
むための金融引き締めが、景気を下押しするとの懸念がある。4
月の個人消費支出(PCE)物価指数は前年同月比4・4%上昇
で市場予想を上回るなど、インフレの粘着性が明らかになってい
る。FRBによる利上げ継続の思惑が強まり、逆イールドの長期
化につながっている。
         ──2023年5月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「逆イールド」とは何でしょうか。
 債券の利回りを「イールド」といいますが、債券を償還までの
期間の短い順に左から右に並べて、線でつないだグラフを「イー
ルドカーブ」といいます。通常は償還までの期間が長くなるほど
利回りが高くなるので、イールドカーブは右肩上がりの形状にな
るはずです。
 ところが、米国債の利回りは、満期まで2年の国債と10年の
国債を比べると、逆イールドの状態が226日間続いているので
す。逆イールドが続いているのです。これは、景気後退のサイン
といわれています。通常ではないからです。
 それでは、なぜ、逆イールドになるのでしょうか。それに、逆
イールドはなぜ不況のサインなのでしょうか。
 それは、中央銀行が短期金利(政策金利)を引き上げることに
よって、金融引き締めをするからです。今回は、米FRBがイン
フレを抑えるため、2年債の利上げを行い、それが2022年に
入って10年債を逆転したのです。これは、金融引き締めが原因
ですから、世界景気減速のシグナルになります。
 世界インフレの話に戻します。31日のEJで、トルコ出身の
エコノミストであるエミン・ユルマルズ氏の主張を紹介しました
が、その一部を再現します。
─────────────────────────────
 インフレ下の日本企業が他国と違うなと感じるのは、価格転嫁
しないようギリギリまで頑張るところだろう。
                 ──エミン・ユルマルズ氏
─────────────────────────────
 これを裏付けるデータが、渡辺努東京大学大学院教授の本に掲
載されています。それは、「行きつけのスーパーでいつも購入し
ている商品を買おうとしたときに、価格が10%上がっていたら
どうしますか」と聞いたときの答えです。日本と4カ国とを比較
しています。2021年8月のデータです。
─────────────────────────────
      そのままその店で購入する    他の店に行く
  英国           62%       38%
  米国           68%       32%
 カナダ           61%       39%
 ドイツ           60%       40%
  日本           43%       57%
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 この数字を見てわかるように、日本の消費者だけがいつもの商
品の価格が10%も上がっていれば、別のスーパーに行く割合が
高いのです。それがわかっているから、企業としては、ユルマル
ズ氏のいうように、ギリギリまで原材料費の価格転換をしないで
頑張るのです。また、商品の内容量を少し減らす「ステルス値上
げ」という苦肉の対策をとる企業もいます。その代わり従業員の
給与がなかなか上げられないでいます。
 エミン・ユルマルズ氏によると、日本においても2022年9
月に前年同月比で10・3%も企業物価が上がっていすが、日本
の同月の消費者物価は3%増であり、7・3%増を企業側が吸収
してきたことを意味するといっています。米国の場合は、企業物
価が最高11・3%増まで高まりましたが、企業物価と生産者物
価(CPI)とが離れても、せいぜい2%で程度あり、日本とは
格段の差があります。
 渡辺努教授によると、日本人のインフレ感度の違いであるとし
ています。2021年8月に、英国、米国、カナダ、ドイツ、日
本を対象にアンケート調査が行われています。その調査において
「今後1年で物価はどうなると思いますか」という質問に対して
日本以外の4カ国では、30〜40%が「物価はかなり上がる」
と答えているのに対して、日本ではそう答えたのは10%未満で
あり、他国よりも大幅に少なくなっています。それに対して「ほ
とんど変わらない」という回答は、日本が5カ国中最も多かった
というのです。
 この日本人による「値上げ嫌い」と「価格の据え置き慣行」は
セットで存在している──渡辺努教授はこう指摘しています。こ
れは社会の当たり前になっていて、これを経済学では「ソーシャ
ル・ノルム」(社会的規範)といいますが、その結果として企業
は利益が出ないので、賃金も上昇しなくなるわけです。したがっ
て、渡辺努教授はこの日本の社会規範を「物価・賃金ノルム」と
称しています。このような日本のノルムは、他国から見ると、非
常に奇妙な現象として映るようです。
          ──[世界インフレと日本経済/017]

≪画像および関連情報≫
 ●誤解が多すぎ「日本の賃金が上がらない」真の理由
  ───────────────────────────
   日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は、
  大きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7
  カ国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。
  ただ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」
  と感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、
  もうこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれ
  ても・・・」と思う人もいる。
   はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるために
  はどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第3回は、
  「生産性と賃金の関係」について、学習院大学経済学部教授
  の宮川努氏が解説する。
   日本経済の低迷が続く中で、「日本は生産性が伸びないか
  ら、低迷が続いている」という議論が行われている。一方、
  賃金もまた長期にわたって低迷を続け、2022年7月に行
  われた参議院選挙の重要な争点の1つになった。経済学者は
  こうした長期にわたる賃金所得の低迷の背後には必ず生産性
  の動向が関係していると考えているが、生産性への言及は少
  ない。ここでは、この問題を労働生産性という概念を使って
  簡単に説明し、生産性向上こそが賃金上昇の王道であるとい
  うことを述べたい。       https://onl.sc/uq8Zeye
  ───────────────────────────
逆イールド現象.jpg
逆イールド現象
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2023年06月05日

●「インフレの犯人は企業の便乗値上げ」(第5966号)

 インフレが起きると、欧米の企業はためらいなく製品や商品に
価格転嫁するといいます。トルコのエコノミスト、エミン・ユル
マズ氏にいわせると、平気でインフレ率以上の価格転嫁をして利
益を増やしているそうです。
 日本経済新聞の米駐在コメンテーターである西村博之氏による
と、現在米国市内では「SALE」を行う店舗が拡大し、値下げ
競争が起きています。こういう状況を踏まえて西村博之氏は、6
月1日付、日本経済新聞の「ディープ・インサイト」で、次のよ
うに書いています。
─────────────────────────────
 この動きが気になった理由は2つある。第1に、値引きの広が
りはインフレ収束の兆しととれる。第2に、値上げが想定外に利
益を増やしたなら、逆に企業の利益拡大がインフレを生んだ可能
性もある。
 なぜなら、今のインフレの起点とされるのは、新型コロナウイ
ルス禍による供給難と需給バランスの崩れだ。果敢な財政支援も
拍車をかけた。ロシアのウクライナ侵攻による資源高、人手不足
による賃金上昇を価格転嫁する動きも指摘される。そこに「企業
の利益拡大→インフレ」というメカニズムは登場しない。
          ──2023年6月1日付、日本経済新聞
     「ディープ・インサイト/インフレに新犯人か」より
─────────────────────────────
 このレポートのなかで西村博之氏が取り上げているのは、米カ
ンザスシティ連銀の研究者らが記述した『空前の企業利益は最近
のインフレにどれほど貢献したか』という論文です。この論文に
ついて、西村氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 インフレは企業からみれば値上げだ。その裏ではコストか利潤
もしくは両方が増えている。経営者らは、「コスト高で値上げす
る」と説明するから利潤も減ったと思いがちだが、値上げ幅がコ
スト増を上回れば利潤は増し、それ自体がインフレを促す。これ
がまさに起きたと研究者らは指摘した。
 コロナ禍に先立つ10年間、米公開企業の利幅(売上高と費用
の差)は、年平均0・4%増とほぼ横ばいだったが、2021年
は3・4%に跳ねた。物価全体の動きを示す個人消費支出(PC
E)物価指数の伸びの6割近い。企業の利幅拡大はインフレに寄
与したどころか「主因だった」との結論だ。
          ──2023年6月1日付、日本経済新聞
     「ディープ・インサイト/インフレに新犯人か」より
─────────────────────────────
 要するに、インフレの主犯はコロナ禍による供給制約という現
象を逆手に取って、企業が必要以上に値上げすることであるとい
うのです。このことを「excuseflation/言い訳フレーション」
というそうです。
 赤城乳業という企業があります。「ガリガリ君」というアイス
キャンデーの発売元です。2016年に赤城乳業はガリガリ君を
値上げしましたが、同社の社長や社員が揃って顧客に謝罪するテ
レビCMを流して話題になりました。そのときのCMの動画があ
ります。時間は3分間です。
─────────────────────────────
  ◎ガリガリ君/値上げに謝罪/CM
   https://www.youtube.com/watch?v=xpltiHWtvXA
─────────────────────────────
 これはきわめて異様なCMです。もちろん狙いは、ジョークで
あって、このユーチューブ動画は、200万回を上回る回数が再
生され、かえって売り上げは増加したそうです。しかし、これは
欧米から見ると、異様に映ったようです。なぜなら、アイスキャ
ンデー原材料費が上がっているのに、なぜ、それを価格に上乗せ
するのが悪いのか、欧米では理解できないのです。
 そういうわけで、2016年5月19日付のニューヨーク・タ
イムズ紙はこの問題を取り上げたのです。これについては、添付
ファイルをご覧ください。このニューヨーク・タイムズ紙の記事
についてのコメントです。
─────────────────────────────
 「景気低迷によって、日本ではここ20年間、殆どの商品の価
格が上昇していない。多くの値上げはヘッドライン(重大ニュー
ス)になる」と、日本における物価状況を説明した。
 デフレ脱却のために、アベノミクスは、2%の物価上昇率の達
成を目標とした。しかし、消費者物価指数は、2016年3月は
前年同期比でマイナス0・1%とゼロを割り込み、目標とは開き
がある。記事はガリガリ君の値上げは「活気に満ちた経済や強力
な消費活動を反映するものではない」と分析。「企業は、コスト
高による減益に直面している。デフレ傾向が依然として続いてい
る。また、コスト高に直面する企業は賃金を上げないため、ほと
んどの日本人の購買力は一世代前と比べて減少している」と述べ
た。               https://onl.sc/jrHDuZD
─────────────────────────────
 このニューヨーク・タイムズ紙の記事は、値上げを嫌い、価格
を据え置こうとする日本のソーシャル・ノルムが、欧米では、き
わめて異様に映ることを表しています。
 この日本のノルムは、今から考えると、1997年の山一證券
の破綻をはじめとする多くの金融機関が次々と経営難に陥ったと
き以来のものであるといえます。このすさまじい経験によって、
人々は生活を切り詰めるようになり、それを反映して企業も値上
げを控えるようになったといえます。
 それ以来26年間、日本では、ずっとデフレの状態が続いてい
ます。つまり、経営者は守りの姿勢に入り、賃金が上がらなくな
り、それで当たり前であるという感覚に陥っています。しかし、
今回の世界インフレは、日本が変化する機会になる可能性があり
ます。       ──[世界インフレと日本経済/018]

≪画像および関連情報≫
 ●世界の中で日本だけ賃金も物価も上がらない理由
  ───────────────────────────
   スーパーで値札の脇の文字に目がとまった。「この商品は
  9月×日にメーカーが値上げします」。保存が効くものだか
  ら、と思わず2つとってカゴに入れた。値上げ、値上げ、値
  上げ──。
   エネルギー価格の高騰に円安があいまって原材料コストが
  上昇し、食品をはじめとして値上げが広がっている。日本は
  長年、インフレ率(消費者物価指数の前年同月比)がプラス
  マイナス1%程度の間で推移してきたが、2022年4月か
  ら2%台が続いている。
   物価が上がっても賃金が上がらなければ、「安いうちに買
  う」では済まなくなる。日本は賃金も長らく停滞してきた。
  物価が上がれば賃金も上がる、とは到底楽観できない。では
  日本だけがなぜ、賃金も物価も上がらない状態が続いてきた
  のだろうか。
  https://toyokeizai.net/articles/-/616244
  ───────────────────────────
ガリガリ君値上げ謝罪/ニューヨーク・タイムズ.jpg
ガリガリ君値上げ謝罪/ニューヨーク・タイムズ
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2023年06月06日

●「物価に関する日本人の意識変化」(第5967号)

 現在、証券会社といえば、野村證券、大和証券、SMBC日興
証券の3大証券が頭に浮かびますが、かつて、野村證券、大和証
券、日興証券の3社に「山一證券」を加えて4大証券と呼称して
いました。
 山一證券は、創業1897年という歴史ある証券会社であり、
戦後の一時期には業績は業界トップの地位を占めていたこともあ
ります。法人向け業務が強く、企業の新規上場の際の主幹事証券
も数多く担い、「法人の山一」とも称されていたのです。
 しかし、1997年、山一證券は自主廃業し、姿を消していま
す。帳簿に載らない債務「簿外債務」が拡大し、資金繰りが行き
詰まるとの判断から自主廃業を決定したのです。当時の野澤正平
社長の涙ながらの「社員は悪くありません」と訴えた記者会見が
記憶に残っている方も多いと思います。
 今振り返って考えてみると、日本のデフレは、そのときから深
刻な状況になっており、現在まで続いています。実に26年間で
す。生まれたばかりの赤ん坊が成人になって大学を卒業し、就職
して、中堅社員になるまでの期間、物価も賃金もほとんど上がら
ない状態が続いているといえます。
 6月2日のEJで、「行きつけのスーパーでいつも購入してい
る商品を買おうとしたとき、価格が10%上がっていたらどうし
ますか」と聞いたときの主要国比較を思い出してください。20
21年8月の調査です。
 これと同じ調査を2022年5月にもやっているのです。20
21年といえば、コロナ禍の最盛期ですが、2022年8月とい
うと、コロナの収束が感じられる時期です。欧米では、既に経済
復興がはじまっています。その結果は次の通りです。
─────────────────────────────
◎2022年5月の調査
      そのままその店で購入する    他の店に行く
  英国      54%(62%)  46%(38%)
  米国      64%(68%)  36%(32%)
 カナダ      54%(61%)  46%(39%)
 ドイツ      52%(60%)  48%(40%)
  日本      56%(43%)  44%(57%)
            註:()内は2021年8月の調査
         ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                  『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 英国、米国、カナダ、ドイツについては、ほとんど変化はあり
ませんが、日本には大きな変化が起きています。約1年前はスー
パーでいつも買っている商品が10%値上がりしていたら、別の
スーパーに行くと答えた人が57%だったのが、値上がりしてい
ても、そのスーパーで買う人が56%と半数を超えており、やっ
と欧米と同じになったからです。日本人としては大変化です。
 理由ははっきりしています。2022年というと、欧米では既
に高インフレがはじまっており、その関係で日本でも物価が上昇
していたからです。したがって、いつも買う商品が10%値上が
りしていても、他の店も同じだろうと考えて、その店で買うとい
うように、行動を変えたものと思われます。
 物価の状況は、総務省統計局の「消費者物価指数」によって知
ることができます。約600の品目(モノとサービスを含む)に
ついて価格を調査し、毎月報告されています。簡単にいうと、い
ろいろな商品やサービスの詰まった「買い物かご」を想定し、あ
る時点で、同じものを買いそろえるにはいくらかかるかを計算し
比較して判定します。
 「基準時」の買い物かごの価格と、比較したい「比較時」にお
いて、どのくらい変化しているかを比較するのですが、基準時の
費用を100として、比較時の費用を比率のかたちであらわした
ものが、消費者物価指数です。
 渡辺努東京大学大学院教授は、600品目のそれぞれについて
前年の同じ月からどれだけ上がったか下がったかについて、個別
の品目ごとのインフレ率を計算し、その頻度分布をグラフにして
可視化しています。これは今までにやった人はいないということ
で「渡辺チャート」と呼ばれていますが、それを添付ファイルに
してあるので、ご覧ください。
 このグラフの横軸は「前年比」、縦軸は「品目ウエイト」を意
味しています。横軸の前年比がプラス20%という場合、その品
目が20%上昇したことをあらわし、マイナス20%というとき
は、その品目が20%下落したことを示しています。
 エネルギー価格が高騰して、前年比10%〜30%のゾーンは
急性インフレで、値上がりが顕著になっていますが、0%のとこ
ろに鋭角的に大きな山がそびえ立っています。これは、日常的に
購入しているモノとサービスのうち、約4割が前年と同じ値札を
付けていることをあらわしています。
 欧米の物価についてこの「渡辺チャート」を作ってみると、急
性インフレについては、当然日本と同じようにあらわれますが、
ゼロ付近に見られるヤマ─前年と価格が変わらない─は見られな
いのです。したがって、日本の渡辺チャートに見られる山は日本
が「慢性デフレ」であることをあらわしています。
 そうすると、日本は、もともと慢性デフレであることに加えて
コロナ禍によって、急性インフレも抱えていることになります。
日本はデフレを克服するため、安倍政権時代から「異次元の金融
緩和」をまだ続けていますが、急性インフレが進行しても、金融
緩和を維持せざるを得なくなっており、その結果、為替相場が円
安方向に不安定化するなど、不都合なことが起きています。
 現在の岸田政権は、財務省官僚にがんじがらめにされており、
このあたりの状況が理解できず、政策実行のために、またしても
増税をしようとしています。また、野党も日銀総裁に利上げを迫
るなど経済オンチを丸出しにしています。困ったものです。
          ──[世界インフレと日本経済/019]

≪画像および関連情報≫
 ●円安がもたらす「狂乱物価」悪夢のシナリオ/《急性イン
  フレ》《慢性デフレ》を徹底解説/渡辺努教授
  ───────────────────────────
   2021年後半からガソリンや食品を中心に、値上げラッ
  シュが日本で起きていることは、皆さんも、実感しているで
  しょう。商品やサービス価格が継続して上がっていく状態を
  インフレ(インフレーション)といいます。日本はまだそこ
  までいっていませんが、世界各国ではインフレが起きていま
  す。2022年3月のアメリカの物価上昇率は前年比8・5
  %。ドイツは7・6%。英国も7%と、どれも歴史的に高い
  伸び率で、そこへロシアのウクライナ侵攻の影響も加わり、
  物価上昇に拍車がかかっている状況です。
   このまま値上げラッシュが続けば、日本でも海外のような
  大幅なインフレが起きるのではない・・・。そんな不安を抱
  かれる読者の皆さんも少なくないと思います。
   またウクライナ侵攻をみて、1974年の第4次中東戦争
  によるオイルショックと、前年比で23%も物価が上昇した
  「狂乱物価」を思い起こした方もいるかもしれません。
   そこで物価の研究を専門とする立場から、今後、考えられ
  るシナリオを検討していきたいと思います。私は17年間の
  日本銀行勤務を経て現在は大学で経済学を研究しています。
  クレジットカードの購買記録やスーパーのPOSデータを利
  用して、リアルタイムで物価を観察する新たな物価指数や、
  消費動向の分析モデルを開発してきました。
                 https://onl.sc/Aq1asVX
  ───────────────────────────
品目別価格変化率の分布.jpg
品目別価格変化率の分布
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2023年06月07日

●「日本人は値上げを受け入れつつある」(第5968号)

 ちょうど1年前の2022年6月6日のことです。当時日本銀
行の黒田総裁は「日本の家計は値上げを受け入れている」と発言
し、国民から非難が殺到し、釈明に追われるという事件がありま
したが、覚えているでしょうか。そのときの産経新聞ニュースを
以下に再現します。
─────────────────────────────
 日本銀行の黒田東彦総裁は、2022年6月6日、東京都内で
講演し、商品やサービスの値上げが相次いでいることに関連し、
「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との見解を示
した。さらに、持続的な物価上昇の実現を目指す上で「重要な変
化と捉えることができる」と指摘した。
 家計が値上げを受け入れ始めた背景として、黒田総裁は「ひと
つの仮説」と断った上で、新型コロナウイルス禍による行動制限
で蓄積した「強制貯蓄」が影響していると指摘。「家計が値上げ
を受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持
し、賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだ」と
述べ、強力な金融緩和を続ける考えを強調した。
            ──2022年6月6日付、産経新聞
─────────────────────────────
 このときは、米国と日本の金利差によって、対ドル円相場は1
ドル=130円台後半で推移しており、そのために輸入の原材料
費が高騰し、物価が上がっていたのです。日米の金利差は、その
金融政策の違いによって生まれています。具体的には、米FRB
はインフレ退治のため、金利を上げているのに対し、日本銀行は
依然として異次元の金融緩和を続けているからです。
 ここで昨日のEJの内容を思い出していただきたいのです。例
の「スーパーでいつも買っている商品が10%値上がりしていた
ら・・・」の2回目の調査です。黒田総裁の発言は、その2回目
の調査の時期(2022年5月)と一致します。
 この2回目の調査で消費者は、10%値上がりしていてもその
店で商品を購入すると答えています。1年前の同じ調査では「そ
の店で買う43%/他の店に行く57%」でしたから、1年で行
動を変容させたことになります。「値上げを受け入れている」と
いう表現にはいささか問題はあるものの、消費者が1年間で行動
を変容させたことは確かです。黒田総裁は様々なデータから、そ
の変化を読み取っていたのです。
 このとき国会では、立憲民主党のある議員が黒田総裁を呼び出
し、「なぜ、金利を上げないのか。できないのなら辞任せよ」と
迫っていましたが、経済オンチもいいところです。どうもこの党
は経済の専門家が少ないように感じます。
 日本は、今でも依然としてデフレであり、そこから脱却するた
めには、金融緩和政策の継続が必要なのです。もし、利上げをし
たらどうなるでしょうか。利上げは金融を引き締めることであり
住宅ローンの金利などが一斉に値上がりして、不況になり、デフ
レがさらに深化してしまいます。だから、現在の植田日銀総裁も
金融緩和を継続しているではありませんか。そのデフレに重ねて
インフレが到来しています。日本は、デフレとインフレの両方に
向き合わざるを得ないのです。
 渡辺努東京大学大学院教授は、日本社会に沁みついたノルムの
ことを「物価・賃金ノルム」と呼んでいます。簡単にいうと、物
価は動かなくて当たり前、賃金も動かなくて当たり前と信じきっ
ていることです。しかし、コロナ禍によって、少なくとも物価に
ついては、その値上げを受け入れるようになっていることは確か
のようです。
 しかし、賃金の方はどうでしょうか。
 これについては、添付ファイルのグラフをご覧ください。渡辺
努教授の本に出ていたグラフです。これを見ると、日本以外の英
国、米国、カナダ、ドイツの4カ国は、「賃金が上がる」と「少
し上がる」の合計が40%を超えているのに対し、日本ではわず
か10%であり、大きな差があります。
 これに対して「賃金は変わらない」という回答は、他の4国が
50%前後であるのに対して、日本は65%を超えています。加
えて、「賃金が少し下がる」と「下がる」については、他の4国
が10%前後であるのに対して、日本は20%を超えています。
これに関して、渡辺努教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本のノルムは物価と賃金の両方にかかわるものだと説明しま
した。消費者は価格が動かないことを前提に賃金が動かないのを
我慢する。企業は賃金が動かないことを前提に価格据え置きを受
け入れる。このバランスがノルムの持続性を生んだのでした。い
ま起こりはじめているのは、インフレ予想の上昇を起点として、
消費者が価格の上昇をやむを得ざるものと受け止めるようになり
それに呼応して、企業が価格への転嫁を始めているということで
す。しかし、消費者が価格上昇を甘受すると言っても、賃金が変
わらないうちはそれは長続きしません。ノルム問題の抜本的解決
には、「価格も賃金も動かない」というノルムから「価格も賃金
も上昇する」というノルムへの乗り換えが必要なのです。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 このように見て行くと、日本は欧米諸国と比べると、特殊な存
在であることがわかります。慢性デフレとインフレの両方を抱え
込もうとしているからです。しかし、コロナ禍後の状況を見ると
インバウンドが復活しつつあり、日本は株価が上昇し、経済が少
し上向きつつあるように見えます。
 確かに、5日の東京株式市場では、日経平均株価は、一時3万
2000円台をつけています。33年ぶりの高値であるといいま
す。今後の日本経済はどうなっていくのか。ここまでの分析を踏
まえて見ていくことにします。
          ──[世界インフレと日本経済/020]

≪画像および関連情報≫
 ●33年ぶり高値の日経平均脅かす逆行現象、1680円
  幅調整も──テクニカル
  ───────────────────────────
   節目の3万円大台を超え、33年ぶりの高値を付けた日経
  平均株価の一段を、脅かす2つの逆行現象(ダイバージェン
  ス)が生じているとテクニカルアナリストは警戒している。
  SMBC日興証券の吉野豊チーフテクニカルアナリストは、
  30日付のリポートで、日経平均の「3月後半以降の上げの
  勢いの強さは、将来的な上昇余地の大きさを暗示する」と評
  価した半面、本来は連動して動くことが多い米国株指数や東
  証株価指数(TOPIX)の足元の伸び悩みは「気がかりな
  2つのダイバージェンス」だと指摘した。
   吉野氏によると、ダウ工業株30種平均とS&P500種
  株価指数、ナスダック総合指数の米国の主要3指数は3万4
  600ドル、4310ポイント、1万3240ポイントと、
  チャート分析上の節目をそれぞれ超えられず、伸び悩んでい
  る。また、日本ではTOPIXが節目の2180ポイント付
  近を抜けられずに押し戻され終わった。こうした動きは「上
  昇の勢いが強まっている日経平均も当面のピークを打ち、揺
  り戻しが生じる可能性が生じ始めていることを示唆する動き
  だ」と言う。日経平均の当面の上げがピークアウトした場合
  高値から1680円幅程度の反落が生じる可能性があり、そ
  れを超えると2670円幅か3500円幅程度まで揺り戻し
  が拡大する可能性があると吉野氏はみている。
                  https://onl.sc/2u4JuEf
 ●グラフ出典/渡辺努著/講談社現代新書の前掲書より
  ───────────────────────────
1年後のあなたの給与はどうなると思いますか.jpg
1年後のあなたの給与はどうなると思いますか
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2023年06月08日

●「米国の利上げはラッシュはまだ続く」(第5969号)

 いま起きている世界インフレがどうなるか。これについては、
予断を許さない状況になっているといえます。問題は、インフレ
がなかなか収まらないことです。
 日本の日本銀行に当たる米国のFRBは、5月2日〜3日に行
われたFOMC(米連邦公開市場委員会──日本の金融政策決定
会合)で、政策金利を0・25%引き上げる利上げを実施してい
ます。この会合の1日前、5月1日にはファースト・リパブリッ
クバンクが破綻するなど、銀行システムへの不安が再燃していた
のですが、FRBのパウエル議長は、個人消費支出物価指数(P
CEコア/食料、エネルギーを除く)が、3月に前年同月比「プ
ラス4・6%」と、FRBが目標とする物価目標2%を大幅に上
回っていたことから、引き続き物価の安定回復に比重を置いた政
策決定を行ったものです。
 PCEに近い言葉にCPI(消費者物価指数)があります。C
PIは家計調査ですが、PCEは企業調査であり、より広い範囲
をカバーするものです。
 しかし、3月10日にシリコンバレー銀行、3月12日にシグ
ネチャーバンクの破綻に続き、5月1日のファースト・リパブリ
ックバンクの破綻が起こっているので、FRBとしては、利上げ
には慎重にならざるを得ない状況下での追加利上げです。したが
って、次のFOMC(6月13日〜14日)では、利下げは難し
いが、利上げは行わず、政策金利は据え置かれるであろうと予想
されています。これが、世界経済に一服感をもたらしているとい
えます。
 しかし、6月のFOMCで利上げが止まる可能性は少ないと予
想されます。なぜなら、インフレが依然として収まっていないか
らです。その理由について、6月6日付の日本経済新聞は、次の
ように報道しています。
─────────────────────────────
 背景には、雇用の強さがインフレの高止まりにつながるという
市場の懸念がある。5月の米雇用統計は非農業部門の就業者数が
前月から33万9000人増え、市場予想(19万人)を大幅に
上回った。3月と4月の就業者数もそれぞれ4〜5万人程度上方
修正し、労働市場の強さを印象付けた。
 みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは「平
均時給の伸びも前年比で4%を超えており、利下げを議論できる
段階ではない」と指摘する。雇用の強さは、人件費の影響を大き
く受けるサービス価格の上昇につながりやすい。賃金と物価の連
鎖的な上昇が続き、市場参加者のインフレへの懸念を高める。
 仮に6月に政策金利を据え置いたとしてもそれは「ポーズ(休
止)」ではなく、「スキップ(見送り)」になるとの見方が大勢
だ。大和証券の山本賢治シニアエコノミストは「FRBは6月の
利上げを見送った上で、2023年末の政策金利見通しを前回よ
りも引き上げる」と予想する。
 22年は、ドルの独歩高が進み、32年ぶりの円安を招いた。
23年はドル高が一服するとの予想が多かった。ドル高の継続は
各国のインフレ長期化や新興国からの資金流出につながり、世界
経済の波乱を招く恐れもある。(添付ファイル参照)
          ──2023年6月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 なぜ、インフレは収束しないのでしょうか。
 欧米の中央銀行が現在行っているインフレ対策は「利上げ」で
す。インフレには、需要サイドを原因として起こるものと、供給
サイドを原因として起こるものがありますが、利上げは、前者、
すなわち、需要サイドを原因として起きるインフレ退治に効力を
発揮するとされています。
 需要サイドを原因として起きるインフレとは、具体的にどうい
うインフレでしょうか。
 景気が良くなるとモノやサービスが良く売れます。象徴的なモ
ノに住宅の購入があります。しかし、景気が過熱し過ぎると、需
要が供給を上回るようになり、モノやサービスの価格が上昇して
インフレになります。これが需要サイドを原因として起きるイン
フレです。
 こういうインフレに対して、中央銀行は金利を上げるこで対処
しようとします。利上げをすると、これに連動して動く住宅ロー
ンの金利が高くなり、住宅購入者が組めるローンの額が利上げ以
前よりも高くなります。その結果、住宅購入が減少し、家に関連
する家具や家電などの売り上げにも減少します。これによって、
需要が抑えられ、インフレ率も下がることになります。要するに
利上げによって、景気の過熱感を冷やすことによって、インフレ
率が下がることになります。
 これに対して、供給サイドを原因として起こるインフレとは、
具体的に起きるどういうインフレでしょうか。
 これは、供給サイドに原因があってモノやサービスの提供が不
足して価格が上がって起きるインフレです。現在、起きているイ
ンフレは、コロナ禍のダメージによって、サービス消費がモノ消
費に転換し、供給の担い手である労働力が不足して、モノやサー
ビスの価格が上がるインフレです。
 この供給サイドに原因があって起きるインフレに対しても、各
国の中央銀行は、利上げで対応しています。利上げを繰り返し行
うと、需要が抑制されます。そして、少なすぎる供給と同じレベ
ルまで需要が下がってきて、インフレ率が低くなります。
 どっちにしても、インフレ率は下がるではないかといわれるか
もしれませんが、これは経済の縮小均衡であって、真の問題の解
決にはならないといえます。何とか供給を増やす手段はないもの
でしょうか。しかし、供給不足に起因するインフレに対処するに
は、経済の大きな仕組みを変える構造改革が必要であって、中央
銀行のやれることを超えています。さらに、日本は、欧米諸国と
は異なる難問を抱えています。それは、慢性インフレと、世界イ
ンフレの2つです。 ──[世界インフレと日本経済/021]

≪画像および関連情報≫
 ●今の日本はインフレ、それともデフレ?意外と知られていな
  い経済事情
  ───────────────────────────
   世界的にエネルギー価格や原材料価格が高騰している。ニ
  ュースに目を通せば「世界的なインフレ懸念」という見出し
  の記事をいくつも見るし、実際にガソリンを入れたり、スー
  パーで買い物をしていたりすると日本でも物価上昇を実感す
  ることもあるだろう。しかし、一方で日本は未だにデフレを
  脱却出来ていないという話も聞く。今回は一見すると矛盾し
  ている、この事象の背景について学んでいこう。
   そもそも一般的に物価が上昇している、下落しているとい
  う場合、何をもって物価というのだろうか。日本では総務省
  統計局が毎月発表している「消費者物価指数」を指して物価
  という。消費者物価指数は物価全体を表す「総合指数」以外
  にも、「生鮮食品を除く総合」、「生鮮食品及びエネルギー
  を除く総合」という2つのデータも重視されている。
   なぜ、生鮮食品やエネルギーの価格を除くのか。それは台
  風や干ばつなどの天候要因で価格が大きく変動してしまう生
  鮮食品や、地政学リスクや投機資金の流出入など実需以外の
  要因によって価格が大きく変動してしまうエネルギー価格の
  影響を除くことで物価動向の実態を把握するためだ。冒頭で
  インフレやデフレという言葉を使ったが、経済に馴染みのな
  い方のために簡単に説明をしておこう。インフレは「インフ
  レーション」の略で物価が継続的に上昇する状態を意味し、
  デフレは「デフレーション」の略で物価が継続的に下落する
  状態を意味している。
         https://signal.diamond.jp/articles/-/952
  ───────────────────────────
インフレ率は高く、失業率も低い.jpg
インフレ率は高く、失業率も低い
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2023年06月09日

●「スタグフレーションにどう対応するか」(第5970号)

 6月7日の朝日新聞には、「世銀見通し/金融不安を懸念」の
記事が出ています。世界インフレとも関係があるので、お知らせ
しておきます。
─────────────────────────────
◎24年の世界成長率「最悪なら0・3%」
 世界銀行は6日、最新の世界経済見通しを発表した。先進国の
金融不安が銀行の深刻な貸し出しの縮小(信用収縮)を招けば、
2024年の世界の経済成長率は、1・3%にとどまると推計し
た。こうした危機が世界中に拡大すれば、0・3%まで縮むとい
い、世銀は「世界経済は景気後退に陥る」と警告している。
 (中略)今年、米国では中堅銀3行が相次いで経営破綻し、欧
州では金融大手クレディ・スイス・グループが救済買収された。
世銀は「更なる無秩序な破綻の可能性」も否定しない。金融の機
能不全が世界中に拡散すれば、成長率は0%台になるおそれもあ
るとした。(ワシントン=榊原謙)
            ──2023年6月7日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 問題は、インフレがなかなか収まらないことです。とくに日本
ではインフレが進行し、もし、賃金が上がらないとすると、何が
起きるでしょうか。日本人は、インフレについては少しずつ受け
入れつつありますが、賃金が上がるとは考えていないようです。
渡辺努教授のいう「物価・賃金ノルム」です。
 そうすると、物価が上がる一方で賃金が据え置かれることにな
ります。この状況が続くと、実質賃金が低下し、収入が減少して
きます。その結果、人々は節約をせざるを得なくなるので、消費
が減少し、GDPが下がってきます。そういう状況になれば、景
気が悪化し、不況になります。ここで、少し紛らわしい次の言葉
を覚えておく必要があります。
─────────────────────────────
      @ スタグネーション  stagnation
      Aスタグフレーション stagflation
─────────────────────────────
 「スタグネーション」とは、景気悪化という意味です。これに
インフレ(inflation) が、同時に進行するということになりま
す。景気悪化とインフレが同時に進行することを「スタグフレー
ション」といいます。不況なのに、物価が上がる──とくに日本
は、賃金が上がっていないのにインフレが進行しているのです。
まだ、スタグフレーションにはなっていませんが、もしなったら
最悪の状況になります。伊藤元重氏という東京大学名誉教授は、
スタグフレーションになったときのマクロ経済政策のむずかしさ
について、近著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 スタグフレーションに直面した時、マクロ経済政策はどのよう
なスタンスを取るのが好ましいのか。インフレーションとスタグ
ネーションという2つの動きに対応するためには、少なくとも2
つの政策を準備する必要がある。政策目標が2つあれば、政策手
段も2つ必要となるという、ティンバーゲン=マンデルのポリシ
ーミックスの考え方だ。
 マクロ経済政策ということで言えば、金融政策と財政政策の組
み合わせをどうすべきか、ということになる。景気過熱による物
価上昇という通常のインフレーションであれば、話は簡単だ。景
気過熱を抑えることがインフレを抑制することにもつながる。財
政も金融も引き締めぎみにすればよい。
 しかし、インフレと不況の組み合わせということになると、財
政政策と金融政策の方向を逆にすることが必要となる。常識的に
考えれば、インフレを抑制するために金融は引き締め気味に、そ
して不況への対応として財政は景気刺激の方向に活用するという
ことだろう。インフレを抑えるために財政を引き締め、景気を刺
激するために金融を緩和するという組み合わせは考えにくい。問
題はこうしたポリシーミックスで、どこまでスタグフレーション
に対応できるのかということだ。       ──伊藤元重著
             『世界インフレと日本経済の未来/
   超円安時代を生き抜く経済学講義』/PHPビジネス新書
─────────────────────────────
 スタグフレーションとは、景気悪化とインフレが同時に進行す
ることです。その対処策としては、不況には財政出動と金融緩和
そしてインフレには、利上げと財政引き締めという正反対の政策
をミックスで対応する必要がある──これが伊藤元重東京大学名
誉教授の考え方です。
 現在、日本は経済的に非常に特異なポジションに置かれていま
す。現在起きている世界インフレに対して、世界中の中央銀行が
利上げで対応しているのに、日本銀行は、アベノミクス時代から
の金融緩和を続けています。現在、黒田総裁は退任し、植田和男
新総裁になっていますが、それでも黒田総裁時代の金融緩和政策
は維持されています。
 そのせいか、日本のインフレ率は他国に比べると比較的穏やか
で、このところ日経平均株価も3万円台を回復し、順調のように
見えます。アベノミクスについて、伊藤元重東京大学名誉教授も
次のように述べています。
─────────────────────────────
 ここで強調しておきたいことがある。財政・金融のポリシーミ
ックスは、アベノミクスからコロナまでの7年間、金融緩和・財
政引き締めで運用されてきたということだ。この時期に金融緩和
であったことは言うまでもないが、財政は引き締め方向に推移し
たと述べてよいだろう。アベノミクスの前年の2012年には財
政赤字はGDP比で7・6%だったが、コロナ前の19年には、
3・4%まで減少している。消費税率もこの間に5%から10%
に引き上げられている。   ────伊藤元重著の前掲書より
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/022]

≪画像および関連情報≫
 ●スタグフレーションで日本経済の暗雲広がる
  ───────────────────────────
   日本経済は2021年の秋から、スタグフレーションに突
  入した。それまで長い間続いてきたデフレが終わり、物価が
  上昇に転じたのである。コロナ禍が始まって1年半、世界中
  でインフレが亢進するなかで、日本だけ物価が上がらなかっ
  た。日本企業は、原材料費などのコストの上昇を価格に転嫁
  せずに耐えてきたからだ。しかし、その忍耐もついに限界に
  達した。
   こうして2022年に入ると、物価はさらに上がり、メデ
  ィアも「日本もインフレになった」と言うようになった。し
  かし、これはインフレではない。なぜなら、物価が上がって
  も、それに連動して給料が上がらないからだ。給料が上がら
  ないなか、一方的に物価が上がり、貯金、現金の価値が低下
  する。これはスタグフレーションであって、経済的には最悪
  の現象である。
   過去の日本でスタグフレーションが起こったのは、原油価
  格の高騰で物価が急騰した1970年代のオイルショックの
  ときだった。このスタグフレーションによって、それまで続
  いてきた、奇跡と言われた日本の高度経済成長”が終わり
  を告げている。
   インフレには2種類がある。「良いインフレ」と「悪いイ
  ンフレ」だ。良いインフレでは、物価の上昇とともに給料も
  上がる。    https://zuuonline.com/archives/252217
  ───────────────────────────
伊藤元重東京大学名誉教授.jpg
伊藤元重東京大学名誉教授
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2023年06月12日

●「名目GDPはどこまで伸長するか」(第5971号)

 先週の金曜日、6月9日の日経平均株価の終値は3万2265
円です。7日と8日は少し下落したものの、9日には持ち直して
います。これは、きわめて注目すべき出来事なので、少し書くこ
とにします。
 日経平均株価が3万円を超えたのは6月1日(木)のことであ
り、終値は3万0976円でした。直近で3万円を超えたのは、
2021年9月14日の3万0670円以来のことです。日経平
均株価の過去最高額と最低額は次の通りです。
─────────────────────────────
 ◎日経平均過去最高額と最低額
  最高額:3万8915円87銭/1989年12月29日
  最低額:  7054円98銭/2009年 3月10日
─────────────────────────────
 2023年6月9日の日本経済新聞に次の記事が出ていたので
以下に示します。
─────────────────────────────
◎名目成長率、32年ぶり伸び/今年度4・0%、物価上昇で
 日本経済新聞社が民間エコノミスト10人に聞いたところ20
23年度の名目国内総生産(GDP)成長率予測は平均で4・0
%となった。1991年度以来、32年ぶりの高さになる。税収
増で財政収支の改善が進む中、歳出圧力が強まるリスクがある。
海外経済の減速で外需が冷え込む可能性もある。(中略)
 デフレが続いてきた日本は、名目成長率が低迷していた。23
年度の名目成長率がエコノミストの予測通りならば、91年度の
5・3%以来の高さだ。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏は「企
業がちゅうちょしてきた価格転嫁や賃上げが実現した結果だ」と
指摘する。     ──2023年6月9日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 名目成長率(名目国内総生産『GDP』成長率)というと、物
価の変動による影響を含んだ国内総生産(GDP)のことですか
ら、物価が上がっているときは当然上昇します。そのため、名目
成長率から物価の変動分を調整して算出した成長率のことを「実
質成長率」といいます。
 近頃の大学生に「GDPとは何か」という質問をすると、的確
な答えが返ってこないことが多いので、一応基本的なことを書い
ておきます。
 GDPというのは、一定期間に国内で産み出された付加価値の
合計で、国の経済活動状況を表す数値です。付加価値というのは
「儲け」のことなので、GDPによって国内にどれほど儲けが産
み出されたのか、すなわち、国の経済の良し悪しを知ることがで
きるのです。GDPを式であらわすと、次のようになります。
─────────────────────────────
    GDP=「民需」+「政府支出」+「貿易収支」
          │
        「民需」=「個人消費」+「設備投資」
─────────────────────────────
 コロナ禍と諸物価値上がりによって、個人消費は節約志向で縮
小していますが、企業の設備投資は上昇傾向を続けています。帝
国データバンク情報統括部の調査によると、2023年の調査で
は、60・5%と伸びています。それに加えて、コロナ対策で政
府支出が大きく増えており、名目GDPは増大しています。これ
については、添付ファイルも参照してください。
─────────────────────────────
◎設備投資計画の推移
             実施ないし実施検討中企業
   2020年調査          57・8%
   2021年調査          58・0%
   2022年調査          58・9%
   2023年調査          60・5%
   %は、設備投資を既に実施+実施予定+実施検討の合計
                  https://onl.sc/qdZeJRN
─────────────────────────────
 一般論ではありますが、名目GDPが増えるということは、税
収が増えることを意味します。政府は2025年度までに、基礎
的財政収支(プライマリーバランス/PB)を黒字化する目標を
立てていますが、2023年度の名目成長率見通しが2・1%で
その後3%で推移すれば、プライマリーバランスは26年度に黒
字化する計算になります。
 しかし、海外経済の悪影響が懸念されます。6月7日にはカナ
ダ銀行(中央銀行)は、市場の大方の予想に反し、3月と4月の
2回連続で停止していた政策金利の引き上げを再開し、0・25
%引き上げ、政策金利を4・75%としたのです。
 オーストラリア準備銀行(中央銀行)は、6月6日に理事会を
開き、政策金利のキャッシュレートの誘導目標を25ベーシスポ
イント(1ベーシスポイント=0・01%)引き上げ、4・10
%にすることを決定しています。キャッシュレートの4%台超え
は、2012年4月以来、11年2ヵ月ぶりのこととなります。
市場では、今回、据え置きの見方が優勢だったため、2会合連続
の利上げはサプライズになっています。
 これらの海外経済の悪影響について、日本経済新聞は次のよう
に記述しています。
─────────────────────────────
 海外経済の悪影響は懸念材料だ。エコノミストの間では「急速
な利上げの影響などで、欧米経済は今後、一段の景気悪化が見込
まれる」(みずほリサーチ&テクノロジーズの酒井才介氏)との
見立てが多い。輸出の下押しを通じ成長率が下振れする可能性も
あり、成長率が想定ほど高まるかは不確実性もある。
          ──2023年6月9日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/023]

≪画像および関連情報≫
 ●日本経済一人勝ちへの期待が崩れる:3月短観は景気後退
  前夜の日本経済の姿を映し出す
  ───────────────────────────
   昨年の年末頃には、主要国の中で日本の成長率が2023
  年には一番高くなる、との各予測機関の見通しが注目を集め
  ていた。欧米経済が金融引き締めの影響で減速する中、日本
  経済は比較的高めの成長を続けるという、いわば「日本経済
  一人勝ち」への期待が強まっていたのである。その背景にあ
  るのは、感染リスクの後退によって、個人消費の回復傾向が
  他国に遅れて強まっていく、との見通しであった。
   しかしその期待は、既に崩れている。昨年10〜12月期
  の実質GDP(2次速報)は前期比年率でわずか+0・1%
  と、ほぼ横ばいに留まった。期待されていた実質個人消費も
  前期比+0・3%と力強さを欠いている。感染リスクが低下
  する中、全国旅行支援という政策の後押しがあった中でも、
  前期の同+0・0%と均してみると、実質個人消費は予想外
  に低い成長ペースを続けたのである。
   日本銀行の消費活動指数(実質)をみると、2021年末
  頃に同指数はコロナ問題発生時の2020年1〜3月期の水
  準まで戻ったが、その後はほぼ横ばいを続けている。コロナ
  ショックからの回復は既に相当進んでおり、この先、リベン
  ジ消費と呼ばれるような強い回復局面が来ることを期待する
  のは、楽観的過ぎるのではないか。https://onl.sc/S1aKQW8
  ───────────────────────────
企業の設備投資計画の推移.jpg
企業の設備投資計画の推移
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2023年06月13日

●「『安いニッポン』から脱却できるか」(第5972号)

 「安いニッポン」という言葉があります。「悪い円安論」とも
いわれます。本来「円安」は、日本にとって歓迎すべきことだっ
たはずです。とくに輸出企業にとっては。しかし、2022年3
月以降の経済界の声は、すこぶる厳しいのです。時の黒田日銀総
裁への不満をあからさまにする経営者もいます。そういう不満の
声をひろってみました。すべて2022年の発言です。
─────────────────────────────
◎経済同友会/桜田謙悟代表幹事/3月29日
 現在の為替水準(円安)が適切だとはとても思えない。企業に
よって受け止めは異なるものの、全体としては行き過ぎとの評価
になっている。
◎日本鉄鋼連盟/橋本英二会長/3月29日
 (円安の恩恵を受けて競争力が改善してきた過去と比較して)
今回はまったく様相が違う。円安のリスクというのはこれが初め
て。日本が一人負けしていることの象徴。大変大きな問題。
◎日本商工会議所/三村明夫会頭/4月7日
 海外輸出をほとんどやらない、海外事業をやっていないにかか
わらず、中小企業にとっては円安のメリットはない。デメリット
の方が大きい。一般の消費者にとっても全く同じようなことがい
える。円安が輸出企業の賃金の引き上げや設備投資につながれば
いいが、今は生産も増やせていない。原料価格が上がったため、
メリットは受けられない。
◎ファーストリテイリング/柳井正会長兼社長/4月14日
 円安のメリットは全くありません。日本全体から見たら、デメ
リットばかりだというように考えます。    ──唐鎌大輔著
  『「強い円」はどこへ行ったのか』/日経プレミアシリーズ
─────────────────────────────
 ディズニーランドの入場料は、東京が7900円〜9400円
であるのに対して、フロリダは約1万900円、パリは1万50
000円です。「安いニッポン」の象徴です。
 ニューヨークのラーメンの価格は1杯2340円。日本と比較
すると約3倍、ラーメンは豪華ディナーになっています。1ドル
=130円で計算するとそうなります。
 ここで考えるべきことがあります。もし、米国でモノの価格が
上昇し、日本が価格不変であるとすると、本来であれば「円高」
になるはずです。この場合は、日米のモノの価格差は、円高が消
してくれるので、何の問題がないことになります。
 しかし、実際には、「円高」ではなく、「円安」になっている
のです。どうして、そうなったのでしょうか。ここに日本におけ
る例の「物価・賃金ノルム」が関わってくるのです。
 「購買力平価」という考え方があります。例えば、米国では1
ドルで買えるハンバーガーが、日本では100円で買えるとする
と、1ドルと100円では同じモノが買える。つまり、1ドルと
100円の購買力は等しく、為替レートは「1ドル=100円」
が妥当である──こういう考え方が「購買力平価」です。
 添付ファイルのグラフをご覧ください。このグラフは、渡辺努
東京大学大学院教授の本に出ていたものです。点線が購買力平価
であり、実線が円ドル相場です。購買力平価と円ドル相場は方向
性は一致していますが、ときどき大きな乖離が見られます。乖離
が上に向かうと円安であり、下に向かう場合は円高です。
 2003年頃から2011年頃までは、購買力平価と円ドル相
場は、ほぼ一致していましたが、2013年以降は円ドル相場は
購買力平価から上に乖離し、円安になっています。すなわち、実
際の為替レートが購買力平価に比べて安すぎる──すなわち、日
本のモノが割安になる状況が続いているのです。日本のモノの価
格も割安になりつつあります。
 この傾向は、2013年からの日銀の異次元緩和と関係があり
ます。いわゆるアベノミクスの開始です。日本がデフレの底に沈
んでいたからです。日銀と政府の考え方は、金融緩和によって円
安を実現し、これをテコにして日本のモノの価格を上昇させ、デ
フレから脱却させようとしたのです。
 それから10年、その結果、何が起きたでしょうか。既に内閣
は、安倍、菅に続いて、岸田内閣になり、日銀総裁も植田和男総
裁になりましたが、異次元の金融緩和はまだ続いています。まだ
デフレから脱却できていないからです。確かに円ドル相場につい
ては、「1ドル=78円」から「1ドル=123円」まで円安に
はなりましたが、まだデフレから脱却できていない状況です。
 しかし、モノの価格は、わずかに上がりはしたものの、期待さ
れていたレベルには遠く及んでいない状況です。長期間にわたっ
て凍りついていたモノの価格の「解凍」にはならず、その結果、
日本のモノが割安になったのです。このような日本経済の現況に
ついて、伊藤元重東京大学名誉教授は次のように述べています。
─────────────────────────────
 今の状況がよいとは思わない。円安で食料の輸入価格がさらに
上がれば、私たちの台所を直撃することになる。過度な円安を是
正するような政策努力は必要だろう。ただ、日本が全てに安くな
ってしまったのは、足元の円安だけが理由ではない。20年以上
続いているデフレの結果でもある。デフレで日本の賃金や物価が
上がらないことで、日本の全てが海外に比べて安くなつていった
のだ。嘆いていてもしかたない。割安感が出ている日本経済の状
況を、日本経済を活性化させる手段として活用することを考える
必要がある。コロナ後を見通したインバウンドには大いに期待で
きる。安くなった日本に向けて多くの観光客がくるだろう。地域
の製造業にも期待できる。これまでは人件費でコストが高いこと
が輸出競争力を弱めていたが、現状では日本の製造業のコスト競
争力は高まっている。            ──伊藤元重著
             『世界インフレと日本経済の未来/
   超円安時代を生き抜く経済学講義』/PHPビジネス新書
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/024]

≪画像および関連情報≫
 ●2023年の日本経済見通し/三井住友DSアセット・マネ
  ジメント
  ───────────────────────────
   日本では、経済活動の再開を背景に、景気が持ち直しつつ
  あります。新型コロナウィルスと共存する「ウィズコロナ」
  の生活様式が浸透するなか、外出規制などでいったん抑え込
  まれていた消費者の需要、いわゆるペントアップディマンド
  が顕在化し、また、日本政府による水際対策の緩和や、円安
  の追い風などから、訪日外国人(インバウンド)消費も回復
  しています。
   企業の景況感について、日銀が、12月14日に発表した
  12月の全国企業短期経済観測調査(短観)では、原材料費
  の高騰や、海外景気減速の影響を受け、大企業製造業の景況
  感が悪化傾向にある一方、前述のペントアップディマンドの
  顕在化などで、大企業非製造業の景況感は改善傾向が確認さ
  れています。また、省力化や気候変動対応で、企業の設備投
  資計画は依然として堅調です。
   景気の持ち直しは当面続くとみていますが、2023年度
  前半は海外景気の一段の減速で国内の経済成長はいったん鈍
  化し、その後は海外景気の持ち直しとともに成長ペースは回
  復すると見込んでいます。実質GDP成長率は前期比年率で
  2022年10〜12月期が+3・6%、2023年1〜3
  月期が+1・7%、4〜6月期が+0・6%、7〜9月期が
  +0・8%、10〜12月期が+1・5%、2024年1〜
  3月期が+1・3%で、2022年度は前年度比+1・7%
  2023年度は同+1・3%の予想です。
                  https://onl.sc/935r9h1
  ───────────────────────────
円ドルの購買力平価.jpg
円ドルの購買力平価
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2023年06月14日

●「誰もいわなくなった『悪い円安論』」(第5973号)

 「安いニッポン」の続きです。とにかく2022年は、いわゆ
る「円安亡国論」花盛りであったといえます。『週刊ダイヤモン
ド』の2022年5月21日号では、次のタイトルの大特集を組
んでおり、次のリード文が書かれています。
─────────────────────────────
◎ニッポンの「国力」低下危機「円安の善と悪」
 急激な円安が日本経済を激しく揺さぶっている。円が急落した
背景には、日本と米国の金利差拡大や資源高による経常収支の悪
化という構造的な要因がある。これまで円安は日本経済への恩恵
が大きいとされてきたが、足元では「悪い円安」が強く意識され
ている。円安は善なのか、悪なのか。大転換期にある「通貨」地
政学を徹底検証する。
     ──『週刊ダイヤモンド』/2022年5月21日号
─────────────────────────────
 とにかくこの記事を読むと、日本は本当に大丈夫なのかと思え
るほど、日本にとって暗い内容です。しかし、現在はどうでしょ
うか。「悪い円安論」はほぼ完全に鳴りを潜めています。とくに
今年に入って4月以降は、ドル・円は、139円30銭〜40銭
(6月9日現在)と、依然円安は続いているにもかかわらず、誰
も何もいいません。この落差は異常です。
 なぜ、「悪い円安論」が鳴りを潜めたかについては、株価が上
がったことが契機になったと考えられます。これについて、元内
閣参事官で、喜悦大学教授の高橋洋一氏は、2023年6月9日
発行の夕刊フジのコラム『「日本」の解き方』で次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 日経新聞など国内メディアの多くは、円安による輸出増が見ら
れないことから、円安による輸入価格アップによるデメリットの
ほうが大きいと考え、悪い円安論を展開したようだ。古今東西あ
る近隣窮乏化理論に無謀にも挑んだわけだが、最近の株高を目の
当たりにすると、さすがに悪い円安論は言いにくくなったとみら
れる。株価指数を構成している企業は、円安メリットを享受しや
すい輸出関連・対外投資関連企業が多いからだ。
      ──高橋洋一著/『「日本」の解き方』/3266
─────────────────────────────
 「近隣窮乏化理論」とは何でしょうか。
 「近隣窮乏化理論」とは、英国の経済学者ジョーン・ロビンソ
ンが名づけたもので,自国の経済状態を改善するために他国の経
済状態を悪化させるような経済政策をとることをいいます。
 例えば、政府が為替相場に介入し、通貨安へと誘導することに
よって、国内産業の国際競争力を強化し、輸出を増大させたとし
ます。さらに、国内経済においても国産品が競争力を持ち、その
結果、国内産業が育成され、それによって国民所得は増加し、国
内の失業は減少します。
 その一方において、貿易の相手国では、通貨高による国際競争
の低下、輸入の増大と輸出の減少、雇用の減少などが次々と起こ
ります。多くの場合、相手国も対抗措置として為替介入を行い、
自国通貨を安値に誘導しようとし、さらにそれに対して相手国が
対抗措置をとる──こういった政策のことを「失業の輸出」とい
い、さらに関税引き上げ、輸入制限強化などの保護貿易政策が伴
うと、国際貿易高は漸次減少していき、やがて世界的な経済地盤
沈下を惹起することになります。
 高橋洋一氏は、近隣窮乏化理論は自国通貨安が国内総生産(G
DP)増につながると主張し、GDP動向と株価には一定の相関
があるとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 円安の最大の利益享受者は、純資産が100兆円以上もある日
本政府だ。いうまでもなく外国為替資金特別会計(外為特会)で
ある。評価益のみならず円貨換算の運用益も大きくなる。なので
円安で苦しむ企業への対策は容易なはずだが、なぜかメディアは
悪い円安論一辺倒で、日本政府が最大の利益享受者として容易に
対策財源を捻出できることを言わなかった。
 悪い円安論が出るたびに、筆者の意見を含めて日本政府が円安
で最も儲けていることが、テレビやネットでしばしば流れた。筆
者の邪推だが、それを政府が嫌い、忖度したマスコミが悪い円安
論をあまり言わなくなった可能性もあるのではないか。外為特会
は、いわゆる「埋蔵金」なので、とりわけ財務省は隠したがるも
のだ。もっとも、「為替は国力であり、円安は国力低下だ」とい
う経済学的には意味不明の意見もいまだに少なくない。為替は長
い目で見れば、単に2国間の金融政策の差で決まるものであって
国力の差を表すものでない。
      ──高橋洋一著/『「日本」の解き方』/3266
─────────────────────────────
 また、難しい言葉が出てきています。「外国為替資金特別会計
(外為特会)」とは何でしょうか。
 「外国為替資金特別会計」とは、政府が外貨取引をするさいに
使われる「特別会計」の1つで、外国為替市場に介入するさいの
資金の供給源です。市場介入の決定権は財務相(財務省)が握っ
ており、その指示で日本銀行が実務を行うことになっています。
 わが国の外貨準備高は、1兆2275億ドル(約162兆円/
2022年末現在)であり、円安ドル高のときは、日本政府は大
儲けができることになります。だから、「埋蔵金」といわれてい
るのです。
 日本では、30年デフレなので、インフレを知らない国です。
1970年代に深刻なインフレを経験していますが、当時の日本
は、経済全体が高成長を続けていたので、国民もそれなりの生活
を維持することができたのです。したがって、今回のインフレは
ほとんどの国民にとって、はじめての体験であり、政府もインフ
レに対して効果的な対策を立てられないでいます。
          ──[世界インフレと日本経済/025]

≪画像および関連情報≫
 ●米国の行き過ぎたインフレは株にマイナス/窪田真之氏
  ───────────────────────────
   今日のレポートでは、2023年の日本のインフレ見通し
  と、インフレ・ヘッジとしての日本株の価値について、お話
  しします。最初に結論(筆者意見)です。
   日本のインフレ率はやっと3・7%まで上昇(2022年
  10月時点)したところですが、楽天証券経済研究所では、
  2023年後半に1・6%まで低下すると予想しています。
  市場のコンセンサス予想(主要エコノミストの予想平均値)
  も同じです。来年後半に日本のインフレ率は1%台に低下す
  ると予想されています。
   インフレは国民生活にマイナスだが、企業業績・株価には
  プラス。来年も3%台のインフレが続けば日本株に追い風。
  ところが、来年はインフレ率低下の見通し。デフレ逆戻りな
  ら消費者にプラスでも日本株にはマイナス。
   以上が結論です。結論(2)を説明するために、「なぜイ
  ンフレが起こるのか?」「インフレで損をするのは誰で、得
  をするのは誰か?」などの論点についても解説します。
   インフレは、景気や株価にプラスでしょうか、マイナスで
  しょうか?一言で言えば、「適度なインフレはプラスだが、
  過度なインフレはマイナス」です。今年は、世界中で深刻な
  インフレが起こり、インフレが世界経済にとって重大なリス
  クとして意識されています。
   https://media.rakuten-sec.net/articles/-/39952?page=2
  ───────────────────────────
高橋洋一氏.jpg
高橋洋一氏高橋洋一氏
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2023年06月15日

●「日本株はどうして上がっているのか」(第5974号)

 日経平均株価の6月12日の終値は3万2434円です。相変
わらず3万円台を安定的にキープしています。昨日のEJで、政
府の「埋蔵金」(「外国為替資金特別会計(外為特会)」)の話
を取り上げましたが、現在ネットでは、日銀の埋蔵金の話が話題
になっています。
 日銀の埋蔵金とは何でしょうか。
 それは日銀が保有するETF(上場投資信託)の含み益です。
ETFとは、特定の指数、例えば、日経平均株価や東証株価指数
(TOPIX)などの動きに連動する運用成果を目指し、東京証
券取引所などの金融商品取引所に上場している投資信託です。
 2023年3月時点で日銀が保有するETFの簿価と時価を比
較すると、含み益は次のように約16兆円あります。
─────────────────────────────
       ◎ETF/2023年3月時点
        簿価 ・・・・ 約37兆円
        時価 ・・・・ 約53兆円
       含み益 ・・・・ 約16兆円
─────────────────────────────
 ところが、その後も株高が続き、5月末の含み益は約20兆円
さらに株価は上がっているので、その時価は60兆円に迫ってい
るといわれます。これについて、金融ジャーナリストの森岡英樹
氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 世界の中央銀行の中でETF買いをしているのは日銀だけ。い
ずれ、売却を進め、出口に向かう必要がありますが、今が絶好の
チャンスです。巨額の利益を上げられるし、今なら海外投資家が
日本株を買い支えているので、売却によるショックも比較的小さ
いはずです。少子化対策の財源であれば、世論の支持も見込まれ
「何もしない」と評判の良くない植田総裁の”株”を上げること
にもなります。──2023年6月12日発行「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 岸田政権が実施しようとしている「異次元の少子化対策」の財
源は年間3・5兆円必要ですが、ETFの20兆円の含み益を充
てれば6年分(3・5×5=21兆円)確保できるのです。
 ところで、日本株はなぜ上がっているのでしょうか。
 いろいろな見方がありますが、雑誌『選択』/6月号は、かな
り厳しい見方をしています。「現在の日本株は、15年前のイン
ド株と同じ匂いがする」として、次のように書いています。
─────────────────────────────
 (日本株が)買われる理由は「ガバナンス、株主還元の向上」
「中国外しのサプライチェーン再構築」、「バフェット氏訪日」
「東証によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ是正勧告」など
である。(中略)また、日本株の上昇率が他国より高い理由は、
円安を一気に織り込んだから、ともいえる。
              ──『選択』/2023年6月号
─────────────────────────────
 現在、日本株が上がっている理由の一つに、2022年4月の
東京証券取引所(東証)の大改革があることは確かです。その狙
いの一つが「ガバナンス、株主還元の向上」です。これについて
は、改めて述べることにします。
 それでは、「東証によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ是
正勧告」とはどういう意味でしょうか。
 これを理解するには、「PBR(株価純資産倍率)」について
知る必要があります。PBRは、現在の株価(時価総額)を企業
の資産価値(純資産)で割った指標のことです。この指標が1倍
を切ると、資産の方が上回るので、経営者失格の烙印を押されて
しまいます。
 東証のデータによると、大手企業で構成するTOPIX500
の銘柄において、その4割以上の企業が、1倍を下回っていると
いわれます。こうしたことを東証は重視し、今年に入ってから、
PBR1倍割れの企業に対して、是正策の開示や実行を促してい
るのです。この点が海外投資家に評価されたのは間違いないこと
であると考えます。
 ところで、この3月31日、トヨタ自動車を14年近く率いて
きた豊田章男社長(現会長)が退任しています。当日の終値は、
1880円、在任中の株価は2・6倍になったものの、PBRは
0・9倍で1倍を切っているのです。数値としては、経営者失格
ということになります。これについて、ある株式評論家は、次の
ように話しています。
─────────────────────────────
 退任時の1倍割れは、章男氏の父・幸一郎さんが社長の時代で
も後を継いだ(章一郎氏の弟の)達郎さん、奥田(碩)さん、張
(富士夫)さん、渡辺(捷昭)さんの全ての方においてもありえ
なかった。特に奥田さんの時は2倍を超えており、渡辺さんは株
価が下落していたリーマン・ショック後の退任でも、1倍を超え
ていた。          ──『選択』/2023年5月号
─────────────────────────────
 それでは、「現在の日本株は15年前のインド株と同じ匂いが
する」というのはどういう意味でしょうか。
 2007年のことですが、フランスの大手金融機関・BNPパ
リバグループが「投資ファンドの解約を凍結する」と宣言し、パ
リバショックが起きたのです。サブプライムローン問題が顕在化
します。そのとき、ジョージ・ソロス氏をはじめ世界中の資金が
サブプライムローンと関係のないインドに向かったのです。
 マネーが殺到したインドのムンバイ証券取引所では、株価が暴
騰して取引を中止する異常事態が起きたのですが、その後の金融
危機で、インドの株価は3分の1以下まで大暴落します。現在の
日本の株高はそれに似ていると専門家はいうのです。景気後退の
直前にはよくこういうことが起きるといわれています。
          ──[世界インフレと日本経済/026]

≪画像および関連情報≫
 ●「日経平均3万超え」でも日本株に全力投球しない理由
  ───────────────────────────
   5月に入り、日本株の強さが光ります。日経平均株価は、
  2021年9月に3万795円78銭のバブル後高値をつけ
  て以降、上がったり下がったりを繰り返すボックスの動きに
  終始していましたが、5月19日に3万924円57銭まで
  上昇し、ボックスを上抜けてきました。
   TOPIX(東証株価指数)はこれよりも早い段階で20
  21年9月の高値を超えてきており、これで日経平均株価、
  TOPIXともバブル後の高値を更新したことになります。
  日経平均株価のチャートを見ると、2年ほど上がったり、下
  がったりを繰り返していましたので、ボックス上抜けにより
  さらなる上昇も期待したいところです。
   横ばいが続いていた日本株が一気に軽々と3万円超え、そ
  してバブル後高値更新となったことに筆者も驚いていますが
  この株価上昇の原動力は、誰の買いによるものなのでしょう
  か?東京証券取引所が発表している投資部門別売買状況によ
  れば、4月以降外国人投資家は日本株を継続して買い越して
  います。4月第1週以降の6週間での買い越し額はおよそ2
  兆9000億円に達しています。
   一方、個人投資家はこの間に日本株を1兆2000億円近
  く売り越しています。日本株が大きく上昇するときは、ほぼ
  「外国人投資家の大量買い、個人投資家の大量売り」のパタ
  ーンになります。思えば2013年前半のアベノミクス相場
  初期は、怒涛(どとう)の外国人投資家の買いによって株価
  の大きな上昇がもたらされました。
      https://media.rakuten-sec.net/articles/-/41502
  ───────────────────────────
植田日銀総裁.jpg
植田日銀総裁
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2023年06月16日

●「FRBによる利上げ見送りの波紋」(第5975号)

 昨日のEJで「PBR(株価純資産倍率)」の話題を取り上げ
トヨタの「PBR1倍割れ」について言及しましたが、6月14
日付の日本経済新聞に関連記事が掲載されたので、以下に示して
おくことにします。
─────────────────────────────
◎PBR1倍割れトヨタが解消
 米国株高は13日の日本株式市場にも波及した。日経平均株価
は3日続伸し、約33年ぶりに3万3000円台で終えた。この
日の相場を象徴したのは時価総額で日本最大のトヨタ自動車だっ
た。上昇率は5%を超え、節目となるPBR(株価純資産倍率)
1倍台を回復した。本業の成長力で選別される局面が近づく。
 トヨタの時価総額は13日、時点で35兆円。1日だけで1兆
7000億円ほど増えた。2027年にも電池寿命の長い「全固
体電池」を搭載した電気自動車(EV)を投入することが材料視
された。東海東京調査センターの長田清英チーフストラテジスト
は「自動車業界ではEVなどへの取り組みがそのまま株価のプレ
ミアム(上乗せ分)になる」と指摘する。
         ──2023年6月15日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 本日は、今回のEJのテーマに関連のある重要なニュースがあ
ります。それは、13〜14日に開催された米FOMCの定例会
合で、利上げを見送り、政策金利の誘導目標を5〜5・25%に
据え置く決定を行ったことです。これについては、毎日新聞の速
報記事をご紹介しておきます。
─────────────────────────────
◎FRBが利上げ見送り、経済への影響見極め/年内に2回実施
 を示唆
 米連邦準備制度理事会(FRB)は14日、利上げを見送り、
政策金利の誘導目標を5〜5・25%に据え置くと決めた。利上
げの見送りは2022年1月以来11会合ぶり。今年に入り銀行
破綻など利上げの副作用が出ており、経済への影響を見極める。
ただ、賃金上昇など物価上昇(インフレ)圧力は収まっておらず
FRBは年内に2回の追加利上げをすると示唆した。(中略)
 パウエル議長は会合後の会見で、これまでの急激な金融引き締
めの効果や3月以降の銀行破綻が米経済をどの程度減速させるか
見極める必要があると指摘。「追加情報と金融政策への影響を評
価するため、政策金利を維持するのが賢明と判断した」と利上げ
見送りの理由を説明した。
           ──2023年6月15日付、毎日新聞
─────────────────────────────
 このFRBの利上げ見送りは日本株に大きな影響を与えると考
えられます。ちなみにこの原稿は15日の午後に書いています。
FRBの金利据え置きは、2022年3月のゼロ金利解除以降は
じめてのことで、11回会合ぶりということになります。
 問題は、パウエルFRB議長の経済見通しに関する次の発言で
す。パウエル氏は「23年度内にあと2回分の利上げをする」と
いっています。早速この発言を受けて、今後日米の金利差はさら
に広がるとみて、141円の円安になっています。しかし、日経
平均株価は、円安を好感して3万3485円49銭(終値)で終
わっています。
 米国が目指しているインフレ率は2%ですが、13日に公表さ
れた5月の消費者物価指数(CPI)は、エネルギーと食品をの
ぞくコア指数の伸びが前年同月比で5・3%と高止まりしていま
すし、個人消費支出(PCE)物価指数も前年同月比で4・4%
と、目標よりも2倍以上高いのです。
 日本でも日銀は、植田和男新総裁のもとで2回目となる金融政
策決定会合が、この原稿を書いている6月15日〜16日に開か
れています。しかし、日銀に政策変更の動きはなく、異次元の金
融緩和は、継続される見通しです。
 海外投資家の多くは、FRBの利上げ見送りと日銀の政策変更
なしと読んで、日本株への運用配分を「アンダーウエイト」から
「ニュートラル」ないし「オーバーウエイト」へ引き上げて日本
株を買っています。こういう海外投資家について、豊島&アソシ
エイツ代表の豊島逸夫氏は、自身のコラム「豊島逸夫の金のつぶ
やき」で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 すでに日本株を購入した投資家は、日本株保有の「初体験組」
が多いので、その決断が正しかったのかどうか、不安な心理状態
にいる。そのため、日本株についての好意的な記事をあさるよう
に探している。マーケティング理論でいうところの「認知的不協
和」を最小限に抑えるように行動しているのだ。こうして日本株
の存在感は米国市場で日々、確実に強まっている。
 そうはいっても、危うさも見え隠れする。日本経済や日本株に
関する知識が断片的で、一夜漬けの傾向も目立つからだ。例えば
昨日(6月13日)も経済専門チャンネルの著名な株式専門キャ
スターが「日本株が買われている理由は円安だ。日本は輸出企業
が多いので、円安が朗報なのだ」と説明していた。
            ──「豊島逸夫の金のつぶやき」より
─────────────────────────────
 日本株について、JPモルガン証券チーフ株式ストラテジスト
の西原里江氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本の構造変化も見逃せない。大きいのがデフレ経済からイン
フレへの移行だ。賃金上昇と物価高の好循環が回りつつある。東
証による資本コスト改革や米中の分断も中長期的に日本株に追い
風だ。日本が変わりつつあるタイミングでウォーレン・バフェッ
ト氏が来日し、日本株への追加投資の可能性を示したのは偶然で
はないだろう。  ──2023年6月15日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/027]

≪画像および関連情報≫
 ●物価上昇率の低下持続でFRBは利上げ見送りへ
  ───────────────────────────
   6月13日に発表された米国消費者物価(CPI)は、総
  合で前年同月比+4・0%(前月比+0・1%)と2年2か
  月ぶりの低水準、食料・エネルギーを除くコアでは前年同月
  比+5・3%(前月比+0・4%)と1年3か月ぶりの低水
  準となった。依然として物価目標である+2%を大きく上回
  っており、米連邦準備制度理事会(FRB)によっては許容
  できない水準にある。しかしこの物価統計は、昨年3月以来
  の連続した利上げが経済、物価に与える影響を見極める猶予
  をFRBに与えるものとなったと言えるだろう。6月14日
  の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、昨年3月以来の
  利上げ局面で初めて利上げが見送られる可能性が高い。7月
  のFOMCで利上げが再開される可能性は、現時点では50
  %程度と見ておきたい。いずれにせよ、利上げは最終局面に
  ある。
   消費者物価指数全体の34・6%もの高いウエイトを持つ
  住居費は、2か月連続で低下したとはいえ、5月に前年同月
  比+8%高い上昇率を維持している。住居費を除くとコアC
  PIは前年同月比+3・4%である。
   ただし、住宅費は物価全体に遅行する傾向が強い。他方、
  消費者物価の住宅費に先行する傾向がある、米不動産情報サ
  イトのジローの数字によると、5月の家賃の前年同月比上昇
  率は+4・8%と、昨年2月の+17%から既に大きく低下
  している。住宅費の上昇率がこの先低下傾向を強めていけば
  コアCPIの上昇率は、低下のペースが高まることになるだ
  ろう。       ──NRI/木内登英氏のコラムより
  ───────────────────────────
利上げ見送りを決めるFRBパウエル議長.jpg
利上げ見送りを決めるFRBパウエル議長
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2023年06月19日

●「6月の日米中銀の決定会合の結果」(第5976号)

 6月15日の新聞は「FRBの連続利上げ停止」の記事が満載
です。しかし、欧州中央銀行(ECB)は、15日に開いた理事
会で、0・25%の利上げを決めています。8会合連続の利上げ
であり、はじめてのことです。かねてからECBでは、景気後退
が深刻なレベルに陥らない限り、金融引き締めの継続を求めるタ
カ派的意見が多いのです。
 米FRBパウエル議長は、今回は利上げを停止したものの、困
惑の色を隠せないでいます。それが残り2回の利上げの示唆にあ
らわれています。実は、FRBの今回の利上げ停止は、多くの人
が予測していたものの、パウエル議長が次の発言をしたことには
サプライズとされています。
─────────────────────────────
 目的地に近づくにつれて利上げを緩やかにするのは理にかなっ
ている。ほぼ全ての連邦公開市場委員会(FOMC)参加者が、
さらなる利上げは必要だと考えている。年末時点の政策金利(中
央値)については、今の水準から0・25%幅の利上げが2回分
となる5・6%を見込んでいる。  ──パウエル米FRB議長
─────────────────────────────
 過去10回の利上げにより、5月の消費者物価指数(CPI)
は、前年同月比の上昇率は4・0%に下がっています。これは、
2年2カ月ぶりの低水準です。この延長線上に今回の利上げ停止
があります。そうであるのに、なぜ、さらなる2回の利上げを示
唆したのでしょうか。
 利上げ停止を決断しながら、23年の年末に向けてさらなる利
上げを示唆する──このチグハグな対応は、パウエル議長の困惑
を象徴しているといえます。
 問題は個人消費支出(PCE)コア物価指数の、エネルギーと
食品を除いたべースで前年同月比上昇率を見ると、この半年間で
4・5%を超えていることです。パウエル議長はこれに関してさ
らなる抑制が必要であると考えているようです。
 これに関連するのは、新型コロナウイルス流行時の給付金支給
や、行動制限によって積み上がった余剰貯蓄が減少していること
です。この余剰貯蓄は、サンフランシスコ連銀の試算によると、
2021年夏のピーク時点で、約2・1兆ドル(約290兆円)
あったものが、現在は5000億ドルまでに減少し、これが消費
を支える効果は、2023年10月〜12月までになくなる可能
性が高いと予測されています。
 今回のFOMCの決定に関して、2人の米エコノミストのコメ
ントを以下にまとめます。
─────────────────────────────
◎クリストファー・ラブキー氏
 /フォワードボンズチーフエコノミスト
 FRBは利上げを見送り、さらに追加利上げはないかもしれな
いと市場は見ていた。意外だったのは、FRBのパウエル議長が
CPIの減速よりも個人消費支出(PCE)コア物価指数の高止
まりに着目してインフレは鎮静化していないと判断したこと。
 (中略)7月の次回会合に向け注目したいのは、新規失業保険
申請件数。申請件数が予想以上に増えれば、雇用情勢が本格的に
鈍化していることを裏付ける。
◎ジョシュア・シャピロ氏/MFRチーフエコノミスト
 金利据え置きという政策判断と、経済・政策見通し(SEP)
は1つのパッケージだった。ブラックアウト期間に入る前に、F
RB高官の多くは、今回会合での利上げを示唆。実際は利上げせ
ず、投票は全会一致だった。利上げすべきだという参加者を納得
させるため、タカ派的な姿勢を取る必要があった。そのため今後
も利上げが続くというシナリオを示した。(中略)
 銀行システムについて、パウエル議長は、軽く考えているよう
に映った。私は、商業用不動産(向け融資が焦げ付く可能性)は
非常に現実的なリスクと考える。パウエル議長は、「(融資のエ
クスポージャーは)分散している」と述べるにとどめた。今後利
上げを進めるにあたり、振り返れば「利上げしすぎた」となる事
態が起こり得ると思う。
         ──2023年6月16日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 一方、2023年6月15日〜16日、日銀は日銀政策決定会
合を開き、次の決定──これまで通り異次元金融緩和政策の延長
を決めています。
─────────────────────────────
  長期金利の変動幅 ・・ プラスマイナス0・5%程度
      短期金利 ・・      マイナス0・1%
─────────────────────────────
 6月の日銀政策決定会合についての速報については読売新聞オ
ンライン速報を次に示します。
─────────────────────────────
 日銀は15、16日に開いた決定会合で大規模な金融緩和策を
継続することを全会一致で決めた。植田氏は、経済・物価動向に
ついて、「基調的に高まっていくが、来年度以降の賃上げなどの
不確実性は高い。企業収益や、雇用動向などを丁寧に見ていきた
い」と語った。
 また、日銀が前回会合で決めた過去25年の金融政策を検証す
る「多角的レビュー」について、当時の金融政策が経済に与えた
影響や、1990年代以降のグローバル化や少子高齢化がもたら
した企業や家計への影響などを分析する方針を明らかにした。植
田氏は「多様な視点を取り入れる」と語り、外部識者を招いた作
業部会や結果に対する意見公募を行う考えも示した。日銀は来月
にも専用のホームページを作り、随時、情報発信するという。
           ──2023年6月16日/15:55
                    読売新聞オンライン
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/028]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀金融政策決定会合前に予想する、植田日銀はいつ
  金融政策正常化に動くのか/唐鎌大輔氏
  ───────────────────────────
   6月15日から16日にかけて開催される日銀金融政策決
  定会合については、現状維持を予想する声が大勢だ。ただ、
  一方で7月以降の政策変更の可能性について、金融機関から
  質問を受ける機会が増えている。
   「次の一手」として有力視されるイールドカーブコントロ
  ール(YCC)の修正に関し、撤廃するのか、あるいは変動
  幅の拡大なのかという議論はあるが、いずれ円安抑止策とし
  てYCC撤廃を活用したいであろうことを踏まえれば、当面
  この枠組みが温存される可能性が高いと筆者は考えている。
   ※イールドカーブ・コントロール(YCC):長短金利操
  作。長期金利と短期金利の誘導目標を操作し、イールドカー
  ブ(利回り曲線)を適切な水準に維持すること
   裏を返せば、円安相場が収束したという判断があれば、7
  月にでもYCC修正は可能という見方もあるが、米連邦準備
  理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)の利上げ停止が
  読み切れない中、円安相場の収束を判断するのは容易ではな
  い。筆者はFRBやECBの利上げ停止が確実なものとなり
  利下げ可能性の議論が浮上してくるであろう10〜12月期
  後半、もしくは年明け1〜3月期までYCCは温存されると
  考えている。ラフなイメージとして、今年の冬まではYCC
  が温存されるという見立てである。
        https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/75600
  ───────────────────────────
利上げの到達点予測は上方修正の連続だった.jpg
利上げの到達点予測は上方修正の連続だった
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2023年06月20日

●「日本株上昇原因/PERとEPS」(第5977号)

 6月15日〜16日に開催された日銀政策決定会合──植田新
総裁にとって2回目になる会合ですが、長短金利操作(イールド
・カーブ・コントロール/YCC)のもとでの金融市場調節の方
針について現状維持を全員一致で決めています。
 この日銀政策の現状維持のニュースを知るや、トレーダーは、
安心して円を売り、また、低利の円を借りて高金利の通貨を買う
ことで金利差収益を狙う「円キャリー取引」で、リターンを稼ご
うとしています。その結果、外国為替市場では、一方的な円安が
続いています。
─────────────────────────────
     1ドル     ・・・・・・ 141円
     1ユーロ    ・・・・・・ 155円
     1英ポンド   ・・・・・・ 182円
     1スイスフラン ・・・・・・ 158円
          ──2023年6月16日現在
─────────────────────────────
 ドルに関しては、2022年11月以来の円安・ドル高水準で
あり、ユーロに関しては2008年9月以来の15年ぶりの円安
水準にあります。英ポンドでは、2015年12月以来のポンド
高・円安水準です。
 対ドルの141円は落ち着いているといえますが、注目すべき
はユーロです。対ユーロの円相場の週間下落率は3・5%であり
2017年4月以来6年ぶりの大きさになっています。これがさ
らに進行すると、日銀による為替介入の可能性が考えられます。
 そのなかにあって、日本株は上昇が続いています。2012年
末に安倍自民党が、民主党から政権を奪回し、2013年から安
倍政権がはじめたアベノミクスのときも日本株は急上昇しました
が、そのときと今回の主要経済数値の比較が日本経済新聞に出て
いるので、掲載します。
─────────────────────────────
                 今回    2013年
 日経平均株価     3万3706円  1万1191円
 東証時価総額       823兆円    330兆円
 PER(株価収益率)   15・3倍    19・1倍
 配当利回り        1・92%    1・73%
 円相場(対ドル)   141円14銭   92円08銭
 長期金利        0・400%   0・765%
        ──2023年6月17日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「PER(株価収益率)」とは何でしょうか
 PERとは、会社の利益と比べて、今の株価が割安かどうかを
見る指標です。そのためには、「1株当たりの純利益」であるE
PSを知る必要があります。EPSとは、会社の最終利益である
純利益を発行済み株式数で割ったものです。
 仮に、純利益が1000万円とします。発行済株式数が10万
株とした場合、EPSは次のように求められます。
─────────────────────────────
     1000万円÷10万株=100円=EPS
           1株当たりの純利益は100円
─────────────────────────────
 このときの株価が2000円だったとします。そうすると、E
PSの20倍ということになります。すなわち、現在の株価は、
1株当たりの純利益の20倍です。これがPERということにな
ります。すなわち、PER(株価収益率)とは、今の株価が「1
株当たりの純利益}の何倍なのか」を示したものです。
 日本の株高に関連する情報のなかで、2023年6月17日付
日本経済新聞「ディープ・インサイト/Deep Insight」の梶原誠
氏の次の論文は興味深いです。梶原誠氏は、日本経済新聞社のコ
メンテーターです。
─────────────────────────────
                 梶原誠著
       『「誤算の株高」を保つには』
         ──2023年6月17日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「誤算の株高」とは何でしょうか。この論文についてはいずれ
取り上げるとして、ここでは著者がPERのことに言及している
ので、それについて述べることにします。
 日本経済新聞では、毎年正月に、主要経営者による日経平均の
年間予想を掲載しています。それによると、昨年末の終値2万6
094円に対し、1月1日に掲載した20人の予想は、2万20
00円から3万3000円の範囲だったのです。
 そのなかで、最も強気の予想をしたのは、大和証券グループ本
社の中田誠司社長だったそうです。中田社長は、日経平均が3万
1000円だった5月31日に、経営説明会で、正月の予想につ
いて「違和感のない水準」と振り返っています。その根拠は次に
よります。
 日経平均採用銘柄の予想EPSは2238円となっているので
PERは次のように算出されます。中田社長の予測は的中してい
るといえます。
─────────────────────────────
    ◎日経平均採用銘柄のEPS予想値=2238円
     /同PER予想値14・5倍
        2238円×14・5=3万2451円
─────────────────────────────
 6月17日付の日本経済新聞では、PERは15・3倍になっ
ており、EPSを2238円として計算すると、3万4241円
になります。6月16日の日経平均株価は3万3706円08銭
でほぼそれに近くなっています。PERとEPS──覚えておい
ても損はないと思います。
          ──[世界インフレと日本経済/029]

≪画像および関連情報≫
 ●日経平均なぜ3万円超え?4つの視点から株価急上昇の
  要因を考える
  ───────────────────────────
   日経平均株価が<1年8カ月ぶりに3万円台を回復しまし
  た。投資家、外部環境、国内経済という視点から株価急上昇
  の要因を考えます。第一生命経済研究所・藤代宏一主任エコ
  ノミストの解説です。
   5月19日、日経平均株価は3万0808円で取引を終え
  ました。ゴールデンウイーク明けのわずか2週間で一気に、
  2000円近く上昇し、バブル崩壊後の最高値を約1年半ぶ
  りに更新しました。
   この株価上昇の背景には、2022年度決算及び株主還元
  策が投資家の期待を満たしたことがあります。東証が、PB
  R(株価純資産倍率)が1倍を割れている(会社が保有して
  いる純資産に対して株式の評価が低い)企業に対して、資本
  効率の改善を求めたことに企業が呼応し自社株買いや増配な
  ど株主還元策を強化したことで、投資家の日本株に対する評
  価が上がった形です。またそれとは別にここへ来て世界的に
  製造業の底打ち感が強まっていることも効いています。米国
  経済は、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事
  会)が行った金融引き締めの副反応によって、企業の資金繰
  り環境が悪化するといった不気味な材料が多くなっている反
  面、日本株との関係が深い製造業については、そのサイクル
  に反転の兆しが認められています。
                 https://onl.sc/9Tf5wsx
  ───────────────────────────
「円は幅広い通貨に対して下落している」.jpg
「円は幅広い通貨に対して下落している」
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2023年06月21日

●「『東証の大改革』について考える」(第5978号)

 2022年4月4日のことです。東京証券取引所(東証)が、
それまでの市場区分を見直し、市場を再編成しています。これが
「東証の大改革」といわれるものです。現在起きている日本株の
株高は、この改革と無関係ではないといわれています。2022
年4月以前の市場区分は次の4つに分かれていたのです。
─────────────────────────────
   @ 市場第一部 ・・ 流通性の高い企業向けの市場
   A 市場第二部 ・・   実績ある企業向けの市場
   BJASDAQ ・・ 成長性のある企業向けの市場
   C  マザーズ ・・     新興企業向けの市場
─────────────────────────────
 第一部と第二部の差は何となくわかるし、マザーズは新興企業
ということで理解できると思いますが、JASDAQは少し複雑
なので簡単に説明しておくことにします。JASDAQは、次の
2つに分かれています。
─────────────────────────────
    @JASDAQスタンダード ・・ 659社
    A  JASDAQグロース ・・  35社
─────────────────────────────
 JASDAQスタンダード(JAS)は、一定の規模・実績を
持つ成長企業を対象としている市場です。上場銘柄としては、日
本マクドナルドホールディングス株式会社、株式会社ワークマン
東映アニメーション株式会社など659社です。
 JASDAQグロース(JAG)とは、成長性の高い新興企業
(ベンチャー企業)中心の市場です。35社と数が少ないですが
ユニークな技術やビジネスモデルを持つ企業が上場しています。
シンバイオ製薬株式会社、株式会社リプロセルなど35社です。
 JASDAQとマザーズは、上場審査基準が異なります。例え
ば、JASDAQスタンダードは、見込み株主数が400人以上
時価総額が10億円以上であるのに対し、マザーズは上場したさ
いの見込み株主数が150人以上、時価総額が5億円以上となっ
ています。念のため、「時価総額」とは、次の計算によって得ら
れる数値です。
─────────────────────────────
     時価総額=現在の株価 × 発行済株式数
─────────────────────────────
 以上のような東証の市場区分は、2022年4月4日から新し
い次の3つの市場に再編されいいます。
─────────────────────────────
 @  プライム
  ・多くの機関投資家の投資対象になる規模の時価総額(流
   動性)+より高いガバナンス水準を持つ企業向け市場
 Aスタンダード
  ・一定の時価総額(流動性)+基本的なガバナンス水準を
   持つ企業向けの市場
 B  グロース
  ・高い成長可能性を実現するための事業計画を適時・適切
   に開示+相対的にリスクの高い企業向けの市場
─────────────────────────────
 この「東証の大改革」は、すこぶる評判が悪いのです。これに
ついて『週刊東洋経済』は、2022年4月4日号で、鋭く批判
しています。なぜなら、東証一部上場の84%が「プライム」に
そのままスライドしたからです。(添付ファイル参照)『週刊東
洋経済』は、これについて次のように書いています。
─────────────────────────────
 そもそも東証1部を巡っては、かねて玉石混交という批判が渦
巻いている。時価総額が30兆円を超える企業から、同10億円
台の企業までが入り乱れ、規模やガバナンス(統治)の程度があ
まりにもかけ離れている状態だからだ。その状況で改革議論の出
発点にあったのは、上場をゴールとせず、持続的な企業価値向上
にむけてどう動機付けを図り、その一環として最上位市場の構成
企業をどう厳選していくか、ということだった。
         ──『週刊東洋経済』2022年4月4日号
─────────────────────────────
 旧東証1部上場企業のなかには、そのポジションに相応しくな
い企業も多く含まれています。今回の改革は、そういう企業を適
正な市場に位置付ける絶好の機会でもあります。しかし、東証一
部上場の84%が「プライム」に横滑りしてしまったのです。
 実力が伴わないのに旧東証第一部に位置付けられている企業に
とっては、新しいプライムに移籍できないと、企業の一大イメー
ジダウンになります。
 そもそも旧東証一部上場企業は、政権党である自民党に親和性
のある企業が多いのです。当然そういう企業は、プライムにスラ
イドできるよう自民党議員に対して働きかけを強めるはずです。
献金などをエサに「配分を決める役人に働きかけてください」と
いう要請を行うはずです。上記の『週刊東洋経済』には、次のエ
ピソードが出ています。
─────────────────────────────
 「優秀な若者が地元で就職するとしたら、県庁、銀行、1部上
場と相場が決まっているわけ。その1部上場企業がもし“降格”
になったときの影響は、君たちが考えているよりもはるかに大き
いからね。よろしく頼むよ」
 東京・永田町にある自由民主党本部。6階の会議室での会合後
国会議員の1人に呼び止められた金融庁幹部は、そう言われて腰
をぽんと叩かれた。同幹部にとっては、担当外の話だったため、
「なぜ自分に」と思ったが、議員が言わんとしていることはすぐ
にわかった。当時まさに金融庁の審議会で議論していた案件だっ
たからだ。    ──『週刊東洋経済』2022年4月4日号
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/030]

≪画像および関連情報≫
 ●東証改革「終わりではなく始まり」 迫る市場再編
  ───────────────────────────
   「想定より多いな」。東京証券取引所の再編に伴う企業か
  らの申請が大詰めを迎えていた2021年12月。東証幹部
  の目は日々更新されるエクセルシートにくぎ付けだった。従
  来の最上位の東証1部から、あえて中間的な位置づけの「ス
  タンダード」に移行する企業の数が関心の的だ。
   「当初は100社くらいかな、と思っていた」。日本取引
  所グループ(JPX)の最高経営責任者(CEO)、清田瞭
  は明かす。蓋を開けてみると、東証1部の2180社のうち
  スタンダードへの移行を選んだ企業は339社にのぼる。ス
  タンダードへの「くら替え」を選ぶ企業の数を気にするのは
  現在の東証1部が膨張していることの裏返しだ。13年の旧
  大阪証券取引所との統合を経て、上場社数は10年前より約
  3割えた。東証1部の上場約2200社全体を運用対象にす
  る投資家は少なくない。日銀も、金融緩和策で買い入れてい
  る。一方、米国の主要企業の株価指数は500社。東証1部
  の上場企業は「玉石混交」との指摘があった。
          ──2022年3月7日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
1部上場の84%がプライムにスライド.jpg
1部上場の84%がプライムにスライド
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2023年06月22日

●「なぜ、ROEが重視されるのか」(第5979号)

 EJでトヨタの「PBR1倍割れ」のことを書いたのは、6月
15日のことです。そうしたら、16日の日本経済新聞に「PB
R1倍割れトヨタが解消」の記事が出て、6月19日付、日本経
済新聞夕刊の「ニュースぷらす」に「PBR1倍割れ、何が問題
?」という解説記事が掲載されています。日本の株価が、なぜ上
がっているのかが大きな関心を呼んでいるのです。
 「PBR1倍割れ」とは、企業の成長期待の低さを映すもので
日本の時価総額の大きい企業でも低PBRに沈んでいるのです。
誰でも知っている次の10社のうち、実に7社が、PBR1倍割
れになっています。
─────────────────────────────
                   PBR(倍)
     トヨタ自動車 ・・・・・・・・ 1・10
     三菱UFJフィナンシャルG ・ 0・68
     ソフトバンクG ・・・・・・・ 1・07
     ホンダ ・・・・・・・・・・・ 0・65
     三井住友フィナンシャルG ・・ 0・61
     みずほフィナンシャルG ・・・ 0・58
     パナソニックHD ・・・・・・ 1・07
     ゆうちょ銀行 ・・・・・・・・ 0・41
     住友商事 ・・・・・・・・・・ 0・99
     JR東海 ・・・・・・・・・・ 0・92
           ──2023年6月16日現在
        2023年6月19日付、日本経済新聞/夕刊
─────────────────────────────
 PBRにPERにEPS──似たような言葉が次々と登場する
のが株の世界です。これに加えて「ROE(自己資本利益率)」
について知っておく必要があります。なぜなら、米国の企業では
ROEの20%超えが当たり前であるのに、日本企業のROEは
10%程度であるからです。
 「ROE(自己資本利益率)」とは何でしょうか。
─────────────────────────────
        ROE/Return on Equity
    自己資本利益率(株主資本利益率)
─────────────────────────────
 「R」は利益、「E」は株主資本を表しています。株主資本と
は、自己資本とも呼ばれ、主に株主から集めた資金と利益の蓄積
で構成される企業の総資本の一部です。この自己資本がどれだけ
効率的に儲けを生んでいるかの指標がROEです。
 ROEはどのように計算するのでしょうか。計算式は、次のよ
うになります。
─────────────────────────────
      ROE=「当期純利益」÷「自己資本」
─────────────────────────────
 例えば、総資産が100億円で、1億円の当期純利益を上げて
いるA社とB社があります。しかし、A社の自己資本が10億円
B社の自己資本50億円であるので、A社のROEは10%、B
社は2%になります。したがって、A社の方が自己資本を有効に
生かしていることになります。
─────────────────────────────
              A社      B社
     当期純利益   1億円     1億円
      自己資本  10億円    50億円
       ROE   10%      2%
─────────────────────────────
 なぜ、ROEが重視されるのかというと、それには理由があり
ます。日本の投資家は、PER(株価収益率)やPBR(株価純
資産倍率)、配当利回り(年間配当÷株価)を投資判断にする傾
向がありますが、外国人投資家は、自分が出した資金で企業がど
れだけ利益を上げるか、すなわち、ROEを重視する傾向がある
といわれます。したがって、高成長企業が配当を行うと、「その
分を事業に投資してもっと利益を上げるように」と注文をつける
株主もあるほど、ROEを重視します。
 ところで、ここにきて、なぜPBRが注目されているかという
と、東証が3月末にPBRが1倍を下回る上場企業に改善を要請
したからです。その結果、何が起きたかというと、上場企業の自
社株買いの増加です。5月に東京証券取引所の上場企業の自社株
買いは約3・2兆円を超え、2004年以来で過去最高になって
います。この資本効率改善に向けた取り組みが市場に好感され、
33年ぶりといわれる株価を支えているのです。
 「自社株買い」とは何でしょうか。
 自社株買いとは、上場企業が既に発行している株式を自分の資
金を使って買い戻すことです。その目的の1つは、株主に対する
利益還元をすることにあります。
 企業は取得した自己株式を消却することで、発行済株式数を減
らすことができます。その結果、一株当たり利益(EPS)や、
自己資本利益率(ROE)など財務指標を改善することができる
のです。また、発行済株式数が減少することで、1株当たりの配
当金の増加などが期待できます。
 この自社株買いをめぐる政府の方針に、投資家が動揺したこと
があります。2021年12月の衆議院予算委員会において、自
社株買いについて質問した議員に対して、岸田首相は、「自社株
買いに関するガイドライン(指針)を策定する可能性」に言及し
ています。役人のペーパーを読んだだけかもしれませんが、需給
悪化を懸念した多くの投資家が動揺したものです。
 東証の大改革の評判は良くないですが、改革以来、上場企業に
対して、いろいろな要請を出しています。そのため、日経平均株
価が上昇していることは確かであり、改革はけっして無駄ではな
かったといえるのではないでしょうか。
          ──[世界インフレと日本経済/031]

≪画像および関連情報≫
 ●自社株買いは株主にどんなメリットがあるのか
  ───────────────────────────
   上場会社は、株主に対してどのような形で利益還元してい
  るのでしょうか。それには大きく分けて2つの方法がありま
  す。1つは配当金、もう1つは自社株買いです。
   配当金や自社株買いに必要な資金は、税引後利益を利用し
  たり、あるいは利益剰余金や資本剰余金などを取り崩して、
  その資金を使うことも可能です。
   ちなみに自社株買いとは、上場会社が自社の株式を市場で
  購入することです。株価操作に悪用されるおそれがあったた
  め、日本では長い間、禁止されていましたが、持ち合い解消
  の受け皿として利用できるように、1994年から消却など
  に限って解禁されています。
   97年にはストックオプション(自社株購入権)について
  も認められ、さらに2001年からは目的を限定しない自社
  株買い(金庫株)が認められるようになっています。それ以
  外にも、自社株買いの使い勝手がいいように、いくつかの改
  革が進められています。
  2001年からは、法定準備金のうち資本金の4分の1を上
  回る分を取り崩して、自社株買いの原資となる剰余金に振り
  替えることができるようになり、さらに03年からは、取締
  役会の決議でも自社株買いができる(それ以前は株主総会で
  の決議が必要だった)ようになっています。
         ──2020年3月28日付、日本経済新聞
  ───────────────────────────
日本の主要上場企業のPBRは欧米企業に見劣りする.jpg
日本の主要上場企業のPBRは欧米企業に見劣りする
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2023年06月23日

●「賃金・物価スパイラルが起きている」(第5980号)

 欧米のインフレがなかなか収まりません。6月22日の日本経
済新聞から、英国と米国のインフレの状況について、記事をピッ
クアップします。
─────────────────────────────
◎英消費者物価8・7%上昇/5月根強いインフレ懸念
 【ロンドン=大西康平】英統計局が21日発表した英国の20
23年5月の消費者物価指数は前年同月比8・7%上昇した。伸
び率は前年比横ばいで、鈍化しなかったのは3カ月ぶり。賃金と
サービスの価格の上昇による根強いインフレへの懸念が高まって
いる。(中略)
 英国は賃上げを求めるストライキが頻発。4月の平均賃金の前
年同期比の伸び率は2カ月連続で上昇して6・5%となった。
◎「米インフレ圧力なお強く」/FRB議長、議会で証言
 【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)のパウ
エル議長は21日、米連邦議会の下院金融サービス委員会で証言
した。米国の物価上昇率は鈍化傾向にあるが、パウエル氏は「イ
ンフレ圧力は依然として強く、(目標の)2%に戻すには長い道
のりがある」と強調して、追加の金融引き締めの必要性を示唆し
た。       ──2023年6月22日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ところで、世界の中央銀行は、政策金利を何によって決めてい
るのでしょうか。
 これについては、昔から論争があるのです。「ルールか、裁量
か」の論争です。現実には、「ルール」と「裁量」の一方だけが
正しいと決めることはできないので、近年の先進国の金融政策運
営を見ると、基本的にはルールに従いつつ、ある程度の裁量は必
要という考え方が主流であるといえます。
 「ルール」というものは存在します。1993年に米国の経済
学者ジョン・ブライアン・テイラーが提唱したルールで、「テイ
ラールール」といわれています。
 テイラールールは、インフレ率とGDPから、望ましいインフ
レ率(インフレターゲッティングの目標値)を実現するために必
要な金利水準を算出することができます。日銀を含む主要国の中
央銀行は、このルールから得られる数値を参考にして、政策金利
の決定を行っています。
 渡辺努東京大学大学院教授の著書には、米Fed(連邦準備制
度)が制御する金利、フェデラルファンドレート(FF金利)の
実績値と、テイラールールの公式を使って算出された金利水準の
推移を示すグラフが掲載されています。このグラフを添付ファイ
ルにしてあるので、ご覧ください。渡辺努教授は、このブラフに
ついて、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 これを見ると、過去のFedによる金利操作は、おおむねテイ
ラールールが指示する水準に沿っていることがわかります。しか
し、2020年以降を見ると、FF金利の実績値とテイラールー
ルが指示する金利水準が大きくかけ離れていることに気がつきま
す。2020年の春、米国ではパンデミックによる景気悪化にと
もないインフレ率が下がりました。このときテイラールールが指
示した金利水準は、なんとマイナス5%でした。マイナス金利を
採用している中央銀行は日銀を含め世界にいくつかありますが、
さすがにそこまで大幅にマイナスを掘り進んだ例はありません。
 テイラールールの公式には「マイナス金利は難しい」という要
素は入っていないので、プラスであれマイナスであれ、必要な金
利水準はこれだと手加減なしに指示してくるのです。しかしこの
ときFedは、マイナス金利は副作用が大きいと考えており、ま
た、そもそもパンデミックにともなう景気悪化は一過性と考えて
いたこともあって、実際に行われた利下げの水準は、ゼロにとど
まりました。その後、インフレ率が上昇するにつれて、テイラー
ルールは、金利の大幅引き上げをFedに要求するようになりま
す。しかしFedはすぐには利上げに向かいませんでした。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 米国の中央銀行であるFRBは、金融政策の実施を通して、米
国の雇用の最大化、物価の安定化、適切な長期金利水準の維持を
実現し、その結果として、米国経済を活性化することを目標とし
ています。しかし、日銀の場合、日本銀行法第1条第1項、第2
条には、金融政策の目的として、物価の安定は、経済が安定的か
つ持続的成長を遂げていくうえで不可欠な基盤であるとしている
ものの、雇用の最大化は目的に入っていません。
 今回のインフレの原因となったものは、最初の経済ショックを
もたらしたパンデミックとウクライナ戦争です。渡辺努教授は、
これを「インフレの第1ラウンド」と呼んでいます。この第1ラ
ウンドで、中央銀行がうまくインフレを収束させていれば、第2
ラウンドはなかったのです。
 しかし、第1ラウンドで中央銀行は利上げを行い、インフレを
鎮静化させようとしたのですが、収束させることができなかった
のです。これが賃金の上昇に火をつけ、それに伴う人件費増を企
業が価格に転嫁し、第1のインフレが賃上げを経由して、さらな
るインフレを呼んで、第2ラウンドに入ってしまったのです。こ
のような状況を「賃金・物価スパイラル」といいます。
 まして欧米の経営者は、日本の経営者と違って、人件費が上が
れば、それに応じて、モノやサービスの価格を必要以上に引き上
げ、それがインフレを加速させてしまうことが多いのです。そう
すると、物価はさらに上がり、それが賃金の要求が激しくなると
いうように、どんどんインフレが進行してしまうのです。これが
「賃金・物価スパイラル」であり、現在のインフレはそうなって
います。米国のFOMCのメンバーは、年内にあと2回の利上げ
が必要だといっています。果たしてそれで、インフレは収まるの
でしょうか。    ──[世界インフレと日本経済/032]

≪画像および関連情報≫
 ●英国と日本の賃金・物価スパイラル【渡辺努】/2022年
  ───────────────────────────
   英国ではインフレ率が二桁に達した。ボリス・ジョンソン
  前首相とベイリー中央銀行総裁は、英国経済が賃金・物価ス
  パイラルに突入する可能性があるとの見方を示している。一
  方、労組は、賃金の上昇がインフレに追いついていないと訴
  えており、真っ向から対立している。
   賃金・物価スパイラルはインフレの第二段階だ。パンデミ
  ックと戦争をきっかけにインフレが起こった。インフレは生
  計費を上昇させるので、人々は雇用主に賃上げを要求する。
   労働者は賃金を上げてもらえないなら他の職場に移ると脅
  したり、ストライキに打って出たりする。そうした交渉を経
  て、雇用主は、良質な労働力を失いたくないという思いから
  賃上げ要求を受け入れる。これで労働者は当面の生活が維持
  できるようになる。
   次は、雇用主(経営者)がどのようにして経営を維持する
  かを考える番だ。賃上げで人件費が増えるので、そのままで
  は収益が悪化してしまう。人件費以外のコストを削るという
  のは一つの方法だが、それにも限界がある。最終的には自分
  の作る製品の価格を人件費増の分だけ引き上げる、つまり価
  格に転嫁することになる。かくして、物価がもう一段上がり
  それを受けて労働者の生活が再び困窮し、賃上げ要求が再び
  なされる。それがさらに・・・というように、値上げと賃上
  げのスパイラルがいつ終わるともなく続く。
        https://koken-publication.com/archives/1681
  ───────────────────────────
テイラールールが指示する金利水準.jpg
テイラールールが指示する金利水準
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2023年06月26日

●「日本以外の9カ国は逆イールド」(第5981号)

 今回のテーマにおいて「逆イールド」のことを取り上げたのは
6月2日のEJ第5965号でのことです。逆イールドとは、短
期金利と長期金利の逆転現象のことです。米国の2年債と10年
債が逆転したことを伝えています。債券は通常、満期までの期間
が長いほど利回りが高くなります。期間が長ければ、その分返済
が不透明になるため、投資家がより高いリターンを求めるからで
す。これが逆転すると不況になるといわれています。
 2023年6月24日の日本経済新聞は、11面で逆イールド
の拡大について、次のように伝えています。
─────────────────────────────
◎「逆イールド」先進国で拡大
 景気後退のサインとされる「逆イールド」が先進国で広がって
いる。「G10」と呼ばれる主要10通貨のうち、日本を除く9
カ国で債券の長短金利の逆転が発生する異例の事態となった。イ
ンフレが長期化するなか、22日に英国など複数の国が利上げに
踏み切るなど、金融引き締めの流れは継続している。景気の先行
きに対する警戒感が一段と増している。
         ──2023年6月24日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 記事を少し補正します。日本を除く9カ国とは、ベルギー、カ
ナダ、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スウェーデン、
英国、米国の9カ国です。なぜ、逆イールドになると不況になる
のかというと、短期金利は、預金や短期市場を通じた調達金利で
あり、中期や長期の金利は貸出金利に当たるからです。逆イール
ドが起きれば、調達金利が貸出金利を上回ることになり、銀行は
貸し渋ったり、貸出金の回収を急いだりするので、その結果、景
気後退に陥りやすくなるというわけです。
 日本とそれ以外の9カ国とは、金融政策の違いによって、政策
金利は次のようになっています。日本は実にマイナス金利です。
─────────────────────────────
                政策金利/2023
    日 本            −0・10%
    米 国       5・00%〜5・25%
    ユーロ 3・50%、4・00%、4・25%
    英 国             4・50%
─────────────────────────────
 しかし、日本でもインフレは進行しています。総務省が23日
に発表した5月の消費者物価指数によると、生鮮食品を除くと、
前年同月比3・2%の上昇です。より物価の基調に近い生鮮食品
とエネルギーを除く総合で見ると、前年同月比4・3%の上昇で
あり、上昇率は0・2ポイント拡大しています。この伸び率は、
第2次石油危機末期の1981年6月以来、41年11カ月ぶり
の伸び率です。
 しかし、日本の物価は政府の政策支援の影響を受けて、抑え込
まれていることを知っておく必要があります。これについても日
本経済新聞は次のように書いています。
─────────────────────────────
 足元の物価は政府の政策支援で抑えられている。電気・都市ガ
ス代の抑制と全国旅行支援による押し下げは生鮮食品を含む総合
に対して計1・05ポイントある。総務省によると、政策効果が
ないと仮定すると、5月は前年同月比4・3%のプラスとなり、
4・0%だった米国を上回ることになる。当面は価格転嫁の動き
と円安が物価に一定の上昇圧力をもたらす可能性が高い。
         ──2023年6月24日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 その一方で、22日の米ニューヨーク外国為替市場では、円安
ドル高が進んでいます。一時、昨年11月以来約7カ月ぶりとな
る「1ドル=143円」台まで円は下落しています。これをどう
見るかです。
 昨年秋の円安局面では、円が144円まで下がった9月14日
に日銀が「レートチェック」というものをやっています。レート
チェックとは、中央銀行が民間銀行に対して、「いまのレートは
いくら?」と聞くことをいいます。この情報は市場関係者にすぐ
伝わりますから、円売りドル買いを続ける市場関係者に対する牽
制になります。
 しかし、それでも円安は止まらず「1ドル=146円」に迫っ
た9月22日、24年ぶりとなる円買いドル売り介入に踏み切っ
ています。さて、現在の143円に対して、日本政府はどう動こ
うとしているのでしょうか。
─────────────────────────────
 政府・日銀はこれまで、介入にあたり重視するのは為替の水準
ではなく、値動きの大きさだとしてきた。鈴木俊一財務相は20
日、「ドル円水準は安定的に推移するのが望ましい。引き続き為
替動向に注目している」と市場を牽制(けんせい)した。
 ただ、市場は、昨年9月の「最近の為替相場の変動は、やや大
きい」という鈴木氏の発言より、牽制の度合いが弱いと受け止め
る。財務省関係者は「1日で1円も2円も動いていた前回とは違
う」と言う。 ──2023年6月24日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
 確かに昨年9月と現在は事情が異なるのです。昨年は、円安が
物価高に拍車をかけていましたが、今年は4月以降、輸入物価は
前年同月比でマイナスに転じています。円安は、訪日外国人の増
加につながり、株価をバブル後最高値圏にまで押し上げているの
です。米FRBも今年中にあと2回利上げをするといっています
が、終わりは見えていると思います。
 しかし、経済が好循環に入る起点となる賃金の上昇は、依然と
して物価上昇に追いついていません。物価を考慮した実質賃金は
4月まで13カ月連続で前年割れとなっています。賃上げ問題は
日本にとって、大きな課題です。
          ──[世界インフレと日本経済/033]

≪画像および関連情報≫
 ●2023年の世界経済成長率は2・1%、世界銀行が予測
  ───────────────────────────
   世界銀行は6月6日、「世界経済見通し」〔プレスリリー
  ス(英語、日本語)〕を発表した。2023年の世界の経済
  成長率(実質GDP伸び率)は、2・1%と、2022年の
  3・1%から低下すると予測した(添付資料表参照)。前回
  2023年1月発表の1・7%からは0・4%ポイントの上
  方修正となったが、世界的な金利上昇が続く中、世界の経済
  成長は減速し、新興・途上国・地域の金融リスクが高まって
  いるとの見方を示した。
   中国を除く新興途上国・地域(EMDEs)では成長率が
  2022年の4・1%から2・9%に後退する見通し。これ
  らの国々の大半ではこれまで、先進国・地域における最近の
  金融不安がもたらす影響は限定的だったが、現在では信用状
  況が世界的にますます厳しくなり、EMDEsの4カ国に1
  カ国が事実上、国際債券市場へのアクセスを失っているとし
  た。また、EMDEsの経済活動は、2024年末までパン
  デミック直前に予想された水準を約5%下回ると見込まれて
  いる。新型コロナウイルス、ロシアによるウクライナ侵攻、
  世界的な金融引き締めによる成長減速という三重のショック
  が足かせとなり、EMDEsの成長が減速する状況が当面続
  くと予想されている。ただし、東アジア大洋州エリアのEM
  DEsの成長率は、中国の成長率の力強い回復に支えられて
  持ち直すと予測。    ──JETROビジネス通信より
  ───────────────────────────
足下で逆イールドが深まる.jpg
足下で逆イールドが深まる
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2023年06月27日

●「アマゾンの詐欺は実に巧妙である」(第5982号)

 6月23日にアマゾンで本を一冊購入しました。新刊書なので
すが、書店では見つからなかったので、アマゾンで購入したもの
です。アマゾンのアカウントはかなり前に取得しており、そのア
カウントを使ったのです。
 前にもEJで述べたことがありますが、私は書籍を購入すると
きは、大型書店(主として池袋・ジュンク堂丸善)に足を運ぶこ
とにしています。なぜかというと、本を選ぶのに各階に椅子が多
く用意されていることや、書店に行くことによって、思いがけな
い書籍を発見することが多いからです。アマゾンのアカウントは
一般の書店では売っていない古い書籍を購入するためのものであ
り、これまでアマゾンでモノを買ったことは1回もない今どき不
思議な人間の一人であると思います。
 しかし、最近では、年齢による体力の衰えにより、ジュンク堂
に行くのでさえ、億劫になり、本とCDに関しては、少しずつ通
販を利用するようになっています。
 なぜ、アマゾンの話をしているかというと、最近では、アマゾ
ンを利用する場合、とんでもない詐欺に遭うリスクがあると思う
からです。しかも、それは非常に巧妙に仕組まれており、うっか
りすると、多くの人がひっかかってしまうと考えます。したがっ
て、テーマとは外れますが、今日のEJはアマゾンによる詐欺の
話をすることにします。
 最近、PCには、各種銀行、各種クレジットカード会社、ウー
バーイーツ、アマゾンなどから、利用確認のメールや、利用の一
部制限などのメールが毎日送られてきます。そのほとんどを私は
使っていないので、いつも完全に無視しています。皆さんのPC
はどうでしょうか。
 これは、機械的に膨大なメールアドレスを自動的に作成して、
送り付けてくるので、送付側としては相手を特定して送ってくる
わけではありません。そのメールに反応するのを待っているので
す。したがって、身に覚えのないメールは、絶対に開封すること
なく、即削除をお勧めします。まして、銀行やクレジットカード
会社が本当に本人に何かを確認したいときは、そのほとんどは封
書か、場合によっては書留で送られてくるので、メールで送られ
てくることはありません。
 一度銀行のATMで通帳を忘れたことがあったのですが、その
ときは、私の携帯電話宛てに銀行から電話があり、窓口に取りに
行ったことがあります。近郊によると、メールで本人に通知する
ことはないそうです。
 しかし、アマゾンなどの通販業者の場合は、メールで商品注文
の確認メール、手続き終了メール、商品発送メール、商品着信メ
ールがその都度送られてきます。とても親切であり、商品を受け
取る側としては助かります。私がアマゾンで注文した本は、23
日に注文し、24日の昼にポストに入っていました。プライム会
員のサービスです。
 今回の場合、23日の注文後、アマゾンから詳細な注文書籍の
確認メールがアマゾンから届いています。ところが、注文日の6
月23日の夜、アマゾンから次のメールが来たのです。異常なの
は午前3時39分という時間です。正確にいうと、24日の午前
3時39分ということになります。
─────────────────────────────
 Amazonアカウントのロック解除と情報の更新のお知らせ

 尊敬するお客様へ
 Amazonをご利用いただき、ありがとうございます。お客様のア
カウントのセキュリティを最優先に考えておりますが、最近のセ
キュリティ上の問題により、お客様のアカウントがロックされて
います。
 お客様のアカウントを安全に保つために、以下の手順に従って
アカウントのロック解除と情報の更新を行ってください。
                       (以下省略)
─────────────────────────────
 既に6月23日の18時25分にアマゾンから、注文の確認メ
ールが届いており、アカウントのロックはあり得ないのですが、
メールのフォームはアマゾンのそれと酷似しており、うっかりす
ると、ひっかかってしまいます。
 メールは開封していませんが、指定するURLをクリックし、
アカウントの書き直しをしていたら、その情報は完全にメールの
差出人に渡ってしまっていたことになります。アマゾンのアカウ
ントのフォームは、プログラマであれば、そっくり作り直すこと
ができます。
 6月24日、午前11時52分、アマゾンから注文商品到着の
通知があり、商品はポストに入っていました。しかし、その後、
13時11分にアマゾンから、次のメールが届いたのです。
─────────────────────────────
 Amazon お客様
 この度はAmazon をご利用いただき、誠にありがとうございま
す。お客様の注文の支払い方法に問題が発生しており、現在注文
を出荷できない状況になっています。問題が解決されるまで、ご
注文を出荷することができませんので、ご迷惑をおかけして申し
訳ございません。お客様のAmazon アカウントで登録されている
支払い方法について、以下の点を確認してください。
                       (以下省略)
─────────────────────────────
 商品が届いた後ですから、矛盾もいいところですが、私がアマ
ゾンを利用したことはわかっているようです。なぜ、わかったの
か理解できないでいます。偶然なのでしょうか。最近の詐欺は実
に巧妙化しており、十分に注意して利用しないと、ひっかかって
しまいます。身に覚えのないメールは絶対に開封しないことです
が、覚えのあるメールであれば、注意が肝要です。
          ──[世界インフレと日本経済/034]

≪画像および関連情報≫
 ●今来たAmazonからのメールは詐欺かも?見極める
  4つのポイントを解説
  ───────────────────────────
   知名度が高く、生活に密着した「Amazon」。そんなアマゾ
  ンの名前を悪用した詐欺が急増していることをご存じでしょ
  うか。最近の手口は巧妙化しており、アマゾンの公式メール
  アドレス「amazon.co.jp」からメールが送信されるケースも
  多発しています。そして、ユーザーは悪質な詐欺だと見分け
  がつかず、なんの疑いもなく添付されたURLをクリックし
  てしまうのです。
   アマゾンを名乗った詐欺の目的は、主に個人情報を盗取し
  てさまざまな場面で悪用すること。そして、アマゾンの詐欺
  メールに気付かず偽サイトにログインしてしまった場合は、
  直ちにログイン情報を変更したり、登録しているクレジット
  カード情報を削除したりと対処しなければなりません。
   冒頭でも述べたとおり、大手ECサイトであるアマゾンを
  装った詐欺が近年多発しています。フィッシング対策協議会
  によれば、2020年の1年間だけを見てもフィッシング詐
  欺の報告件数は毎月増加傾向にあり、同年12月には、32
  171件もの報告がありました。前月と比べても1204件
  増えています。そして、フィッシング詐欺に悪用されている
  ブランド調査では圧倒的にアマゾンが多く、全体の約50%
  を占めている状況です。アマゾンのほかには、「三井住友カ
  ード」「楽天」「アプラス(新生銀行カード)」 「MyJCB」
  などもブランド名が悪用されています。
  https://securitynews.so-net.ne.jp/topics/sec_20189.html
  ───────────────────────────
詐欺が多いアマゾン.jpg
詐欺が多いアマゾン
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2023年06月28日

●「賃金と物価が手を取り合い凍り付く」(第5983号)

 インフレになると何が起きるでしょうか。高インフレが進行す
ると、物価が上がり、生計費が上昇します。生計費とは生活者が
生活をするうえで必要になる経費のことです。生計費が上がると
生活をしていけなくなるので、労働者は雇用主に賃上げの要求を
出します。
 企業が労働者の要求に素直に応じてくれるとは限らないので、
労働者は賃上げ実現のためにストライキを行ったり、それに応じ
てくれる企業に移ろうとしたりします。こういう動きが現在、欧
米で起きていますが、現在の日本では考えられない状況です。
 しかし、昭和30年代後半から40年代にかけて、日本でもそ
ういう状況が起きていたのです。私が勤務していた生保会社では
さすがにストライキはしなかったものの、交通機関が長期ストラ
イキをしていて電車が動かないので、会社に何日も泊まり込んだ
りして、仕事をしたものです。
 労働者の要求に対して賃上げを実施した企業は、人件費の増加
分を製品やサービスの価格に転嫁します。そうすると、物価がま
た上がって、生計費が増加し、労働者は企業に対して賃上げを要
求します。この繰り返しです。それに企業が応ずると、さらに物
価が上がり、高インフレが進行します。これを「賃金・物価スパ
イラル」といいます。
 この「賃金・物価スパイラル」には、3つの条件が整うことが
必要であるとして、渡辺努東京大学大学院教授は、これについて
次のように述べています。
─────────────────────────────
 賃金・物価スパイラルが起こるための基本的な要件は、インフ
レ予想の不安定化です。しかし、それ以外にもいくつかの条件が
必要で、それらが揃ったとき、スパイラルが起こることが知られ
ています。
 第1の条件は、労働需要が旺盛であること、そして、それにも
かかわらず労働供給が増えずに労働需給が逼迫し、労働者の交渉
力が強くなっていることです。
 第2は企業に関するものです。企業の価格決定力が強く、人件
費の増加分を価格に転嫁する能力をもつことが条件となります。
 そして第3の条件は、企業が人件費増を価格に転嫁するか否か
を考える際に、ライバル企業も価格転嫁を行うと確信できること
です。
 以上の3つの条件が揃ったとき、労働者は賃上げを要求し、企
業は賃上げを受け入れたうえで人件費増を価格に転嫁するという
ことを行い、スパイラルが生じます。
          ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 しかし、日本の場合は、欧米とは大きく異なります。国際的に
見た場合、日本の賃金がどのような位置にあるのかご存知でしょ
うか。賃金の伸び率があまりにも低いのです。
 世界の先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟
国の名目賃金の2000年から2021年の伸び率で見ると、日
本は「−0・2%」で最下位です。同じ年度における実質賃金で
見ると、日本は「0・1%」で、最下位のメキシコ、ギリシャ、
スペイン、イタリアに次ぐビリから5番目です。日本はこんなレ
ベルに甘んじています。
 内閣府の資料によると、「1991年=100」とする、20
20年の名目賃金と実質賃金の主要国の伸び率は次の通りです。
─────────────────────────────
          名目賃金      実質賃金
       米国  249・1   146・7
       英国  243・4   144・4
      ドイツ  200・5   133・7
     フランス  181・7   129・6
       日本  100・1   103・1
        註:1991=100とした場合/内閣府資料
─────────────────────────────
 名目賃金とは企業から従業員に支払われる金額のことです。こ
の名目賃金から消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引
いて算出した金額が実質賃金です。2023年5月9日に厚労省
が発表した3月の実質賃金は、前年同月に比べ2・9%減少し、
12カ月連続のマイナスとなっています。基本給や残業代などを
合わせた現金給与総額は29万1081円で0・8%増加して、
15カ月連続のプラスでしたが、物価の上昇率に追いつかない状
況が続いています。
 欧米では、賃金と物価が手を取り合って上昇していますが、日
本では、賃金と物価が手を取り合って凍り付いているのです。添
付ファイルをご覧ください。渡辺努教授の本に出ていたグラフで
すが、棒グラフは、賃金改定(ベースアップと定昇を含む)を行
わない企業の割合がどのように変化したかを表しています。19
75年から90年代前半までは、賃金改定を行わない企業の割合
は2〜3%で、ほとんどの企業は賃金改定を行っていたのです。
 ところが1990年代後半になると、賃金改定を行わない企業
の割合が激増し、2000年の始めには、その割合が全体の25
%を超えています。しかし、2010年頃から、賃金改定を行わ
ない企業が減少し、2013年以降は顕著に減少しています。こ
れは、アベノミクスが寄与していると考えられます。
 折れ線グラフは、賃金改定を実施した企業の平均賃金改定率を
表しています。目盛りは右です。しかし、賃金改定の幅は限定的
であり、せいぜい2%程度にとどまっています。これを見ると、
日本の場合、すべての企業の平均値が動かず、凍り付いているこ
とがわかります。
 このような日本の賃金の実情は、どのようにしたら、変えるこ
とができるでしょうか。
          ──[世界インフレと日本経済/035]

≪画像および関連情報≫
 ●誤解が多すぎ「日本の賃金が上がらない」真の理由
  宮川勉学習院大学経済学部教授
  ───────────────────────────
   日本の経済成長を議論するうえで、「生産性の低さ」は大
  きな課題となっている。労働生産性を見ると、主要先進7カ
  国(G7)で最も低く、OECDでも23位にとどまる。た
  だ、生産性に対する誤解は少なくない。「生産性が低い」と
  感じる人がいる一方で、「こんなに一生懸命働いていて、も
  うこれ以上働けないくらいなのに、生産性が低いといわれて
  も・・・」と思う人もいる。
   はたして生産性とは何なのか、生産性を向上させるために
  はどうすればいいのか。生産性の謎を解く連載の第3回は、
  「生産性と賃金の関係」について、学習院大学経済学部教授
  の宮川努氏が解説する。
   日本経済の低迷が続く中で、「日本は生産性が伸びないか
  ら、低迷が続いている」という議論が行われている。一方、
  賃金もまた長期にわたって低迷を続け、2022年7月に行
  われた参議院選挙の重要な争点の1つになった。
   経済学者は、こうした長期にわたる賃金所得の低迷の背後
  には必ず生産性の動向が関係していると考えているが、生産
  性への言及は少ない。ここでは、この問題を労働生産性とい
  う概念を使って簡単に説明し、生産性向上こそが賃金上昇の
  王道であるということを述べたい。
         https://toyokeizai.net/articles/-/629479
  ───────────────────────────
賃金改定を行わない企業の割合.jpg
賃金改定を行わない企業の割合
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2023年06月29日

●「株価の高度恐怖症/4%ライン」(第5984号)

 2023年6月27日付、日本経済新聞の「クローズアップ日
経平均株価」の15日間の星取表です。右端が直近、○は上昇、
●は下落を表しています。当日の日経平均株価は3万2698円
81銭です。
─────────────────────────────
      ◎日経平均株価の過去15日の騰落
       ○●●○○○○●○●○○●●●
─────────────────────────────
 この日経平均株価の動きをどう見るべきでしょうか。6月27
日付の日本経済新聞「スクランブル」は次のよう書いています。
─────────────────────────────
◎日本株「4%ライン」の警報
 日本株の息切れ懸念が強まってきた。株と米国債の利回りから
はじいたデータ上では、過去10年以上にわたって何度も跳ね返
されてきた割高ラインが突破され、相場の先行きに警戒信号がと
もる。上値の重さを払拭するために、期待先行の買いを裏付ける
企業業績の「確度」が必要な局面にさしかかっている。
         ──2023年6月27日付、日本経済新聞
                   「スクランブル」より
─────────────────────────────
 日経平均株価は、直近安値の3月中旬から6月19日にかけて
27%上昇しています。しかし、先週は11週ぶりに反落し、こ
のところ3日間連続して下落しています。これには、株の世界で
いうところの「高所恐怖症」といわれる数値が関係しているとい
われています。
 少し専門的な話になりますが、東証株価指数(TOPIX)の
予想益回りから、米国10年債利回りを差し引いた「日米イール
ドギャップ」という指標です。この指標は「4%」が底であり、
このラインに近接すると、株価の調整が起きるのです。アベノミ
クスのときもそうであったといわれています。
 この日米イールドギャップは、先週末の時点で3・3%と、4
%を大きく割り込んでいます。これは「警戒水準」に当たる数値
です。ちなみに、東証株価指数(TOPIX)とは、東京証券取
引所に上場する銘柄を対象として算出・公表されている株価指数
であり、日経平均株価と並ぶ日本の代表的な株価指標であるとい
えます。TOPIXは次の言葉の略です。
─────────────────────────────
        ◎東証株価指数(TOPIX)
         Tokyo Stock Price Index
─────────────────────────────
 2011年から2023年までの日米イールドギャップがグラ
フとして、添付ファイルにしてあります。大和証券が作成したも
のです。4%が警戒ラインであり、下に向かうほど、株は割高感
があるということになります。
 なぜ、日米イールドギャップが4%を割ったのでしょうか。6
月27日の日経の「スクランブル」では、その理由について、次
のように書いています。
─────────────────────────────
 4%突破の大きな要因は2つある。PBR(株価純資産倍率)
1倍割れ企業に是正要請をした東京証券取引所と、商社株を買い
増すバフェット氏の存在だ。両者が呼び水となった期待先行の買
いが相場を押し上げた。(中略)
 肝心の業績見通しはどうか。大和証券がまとめた主要企業の業
績予想は、23年度の経常利益(金融除く)は前年度比2・8%
の増益にとどまる。一方、24年度は同7・8%の増益と、利益
の伸びが大きくなる見通しだ。(中略)
 ただ、投資家の目線が来期に向くのは4〜9月期決算発表の後
とされる。秋ごろまでは目が向かいにくく、目先は上値が重くな
りそうだ。    ──2023年6月27日付、日本経済新聞
                   「スクランブル」より
─────────────────────────────
 今回の日本の株高には、投資の神様といわれるウォーレン・バ
フェット氏が日本の総合商社に注目し、株を買い増ししているこ
とが、株式市場を活性化させていることは確かです。バフェット
氏が率いる投資・保険会社バークシャー・ハサウェイが日本の5
大商社の株式を買い始めたのは、20208月の頃であったとい
われています。5大商社とは、伊藤忠商事、丸紅、三井物産、住
友商事、三菱商事のことです。
 問題は、バフェット氏は、なぜ、日本の商社株を買っているの
でしょうか。
 6月26日発行の「日刊ゲンダイ」は、バフェット氏の次なる
戦略について、次のように報道しています。さすが投資の神様、
先の先を読んでいます。
─────────────────────────────
 日本政府が半導体やEV(電気自動車)への産業支援策を本格
化させましたが、ここに商社が大きく絡むとバフェット氏は読ん
だのかもしれません。
 もう一つ、忘れてはならないのがウクライナ紛争です。戦争そ
のものはいまだ終結せず、ウクライナの反転攻勢も報じられてい
ます。一方で復興に向けた動きも出てきました。先週21〜22
日には61カ国の代表がロンドンに集まり、ウクライナ復興会議
が開かれています。この会議を通じて、65億ドル(約9200
億円)の支援が固まりました。
 エネルギーなどインフラ関連の支援も実施されます。今後、こ
の会議に限らずさまざまな形でウクライナ支援は行われていくで
しょう。復興に日本の5大商社が深く関わるのではないか――そ
うバフェット氏が感じたとしても不思議はありません。
          ──2023年6月26日/日刊ゲンダイ
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/036]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜバフェット氏は日本株を買い増すのか/尾藤峰男氏
  ───────────────────────────
   4月上旬のウォーレン・バフェット氏の突然の来日、その
  後のインタビューや報道記事での発言をきっかけに、日本株
  への関心が高まっている。来日の目的は、軒並み7・4%の
  保有比率まで株式を買い増した5大商社(伊藤忠商事、三菱
  商事、三井物産、住友商事、丸紅)の経営陣との会談であっ
  た。この会談は、バフェット氏から申し入れたもので、投資
  先に、投資した意図や今後の保有姿勢を説明し、商社の事業
  戦略や経営方針を聞き、お互いの信頼関係を築くためであっ
  た。バフェット氏自身、この面談は大変有意義であったと、
  満足げに答えている。
   バフェット氏が来日して、商社株を買い増し、日本株への
  さらなる投資意向を表明(4月11日)してから5月26日
  までで、日経平均株価は実に10・72%も上昇、その間の
  米S&P500種株価指数の上昇幅、2・35%を大幅に上
  回った。日経平均株価は5月19日に33年ぶりの高値を更
  新、19日まで実に海外勢は8週連続の買い越しで、8週間
  の買い越し額は3兆6000億円に上った。海外勢がバフェ
  ット氏の日本株へのさらなる投資意向の表明に触発されたこ
  とは明らかである。バフェット氏の世界の投資家への影響力
  の強さを改めて実感する。
           ──「エコノミスト」/オンラインより
                 https://onl.sc/hsGms5m
  ───────────────────────────
日米イールドギャップは警戒水準に.jpg
日米イールドギャップは警戒水準に
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2023年06月30日

●「『3つの4』を実現する日本経済」(第5985号)

 欧米のインフレが収まりません。6月26日に、欧州中央銀行
(ECB)が主催する国際金融会議「ECBフォーラム」がポル
トガルで開催されたのですが、ラガルドECB総裁は基調講演で
次のように述べています。
─────────────────────────────
 見通しに重大な変化がなければ7月も利上げを継続する。ユー
ロ圏のインフレ率は高すぎで、今後も高止まりするだろう。中央
銀行が近い将来、政策金利がピークに達したと完全に自信を持っ
て言えるようになる可能性は低い。
          ──クリスティーヌ・ラガルドECB総裁
         ──2028年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 しかし、欧米のこのような状態に対して、日本経済はまさに景
気回復の好循環のセトギワに立っているといえます。2023年
6月27日放送の「BSフジプライムニュース」では、まさしく
この問題について議論が行われています。今日のEJは、この番
組から一部の発言をひろってみることにします。詳しくは、ビデ
オをご覧ください。
─────────────────────────────
◎2023年年6月27日(火)/プライムニュース
 『いつまで続く?株価高 下期の経済見通しは?/与野党の経
 済通が激論』     https://tver.jp/episodes/epxdl5qscf
─────────────────────────────
 まず、司会者から現在日本株が上昇している背景について、尋
ねられたPWCコンサルティング合同会社チーフエコノミストで
元日銀審議委員の片岡剛士氏は、次のように発言しています。
─────────────────────────────
司会:なぜ、現在日本株は注目されているのですか。
片岡:日本以外の海外を見ると、欧米はインフレで利上げが行わ
 れていますし、中国もコロナ後の経済状況がうまくいってなく
 て、期待できない状況です。そのなかにおいて、比較的安定し
 ている日本へ目線が向けられていると思います。日本経済の状
 況は、ポジティブな材料でいうと、金融緩和を継続しており、
 経済にネガティブな影響が少ない。それに、コロナ外交、イン
 バウンド需要もあり、相対的に日本が選ばれているのです。
司会:株価が上がっていると、日本経済は成長しているといえる
 のでしょうか。
片岡:日本以外の国のほとんどの国は、株価は右肩上がりなので
 す。日本のように、1990年代以降、バブルが崩壊して30
 年かかってデフレが続いていますが、諸外国は安定したインフ
 レの下で、株価は緩やかに上がっています。現在の日本はいわ
 ば、異常な状態から普通の状態に戻りつつあるといえます。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 続いて、司会者は、玉木雄一郎国民民主党代表に対して、同じ
質問をしています。
─────────────────────────────
司会:玉木さんはどのようにお考えですか。
玉木:4万円を超えますよ。私はいつも日本経済を「3つの4」
 を達成できるようにすべきであると思っていますが、今 それ
 が達成されようとしています。
  1つの「4」は、名目賃金上昇率が4%程度になろうとして
 いることです。今年の連合の春闘の要求は、定期昇給を含む賃
 上げ額は、平均で前年同期に比べて、4795円増の月1万1
 114円、賃上げ率は1・59ポイント増の3・70%であり
 ほぼ4%に近いといえます。これは30年ぶりの高水準です。
  2つの「4」は、10人の日本のエコノミストによる今年度
 の名目GDPは4%を予想していることです。
  3つの「4」は、日経平均株価は、このまま行くと、4万円
 を超えると予想されます。
  これらの「3つの4」が達成されると、日本の税収は70兆
 〜80兆になります。日本の金融財政担当者は、これを達成で
 きる政策を実施すべきです。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 これに対してもう一人の出席者である宮沢洋一自民党税制調査
会長に対して、司会者は次の質問をします。
─────────────────────────────
司会:日本経済は明らかに回復基調にある。そういうときに増税
 というのはやめた方がよいというのが、玉木さんのお話しでし
 た。これに対して宮沢さんはどうお考えですか。
宮沢:増税といっても、消費税を上げるという話と防衛増税は違
 うと思います。法人税を3%を下げたけれど、よいことは何も
 なかったのですよ。だから1%ぐらい返してもらってよい。中
 小企業は対象外です。所得税は現在は増税にならない。しかし
 私も対象者ですが、たばこを吸う人は増税になってしまうので
 すよ。したがって、それが景気の足を引っ張るとか、経済の足
 話引っ張るとか、私にはとても想像がつかない。
       ──2023年年6月27日/プライムニュース
─────────────────────────────
 日経平均株価は、6月27日現在、3万2538円で、このと
ころ4日連続で下げていますが、玉木国民民主党代表は、4万円
になるといっています。きっかけは、コストプッシュインフレで
す。これによって、物価が上昇したことがきっかけで、経済の好
循環がはじまったのです。日本はこの状況を大事にしなければな
らないと考えます。インフレで物価が上がれば、企業はそれを製
品やサービスに価格転嫁して、労働者の賃金を上げる──この何
でもないことが、日本ではこの30年間できなかったのです。岸
田政権には慎重に対応してほしいものです。
          ──[世界インフレと日本経済/037]

≪画像および関連情報≫
 ●日経平均「4万円超え」期待させる“中長期”の景気循環
  日本株上昇の背景に日本景気の拡大
  ───────────────────────────
   東京株式市場で日本株が堅調な推移を続けている。日経平
  均株価は、バブル崩壊後の高値の更新を続け、1990年以
  来、33年ぶりに3万3000円台を回復した。
   日本株上昇の背景として、海外投資家による買いの動きや
  日本株の割安感、東京証券取引所による上場企業に対する企
  業価値改善への対応の要請などが指摘されている。しかし、
  こうした動きだけでは、上昇相場の継続は見込みにくく、日
  本経済の相対的な底堅さが評価されているとみられる。
   米国や欧州では、金融引き締めが続く中、銀行不安などの
  金融問題に対する懸念も払拭し切れていない。金融引き締め
  の効果はラグを伴い今後も続くと予想されており、景気の先
  行きに対する不安が強い。
   これに対して日本では、日本銀行がインフレ率の上昇につ
  いて目標である2%を持続的・安定的に達成する状況には、
  至っていないと判断しており、金融緩和を続けている。加え
  て、米国や欧州などに比べ、日本は経済再開・正常化に向け
  た動きが遅れ、足元で景気の持ち直しの動きが明確となって
  きている。23年1〜3月期のGDP統計(2次速報)では
  実質成長率が上方修正され、前期比年率プラス2・7%と2
  %台後半の成長が示された。経済再開・正常化に向けた動き
  を受け、個人消費が増加しているほか、新型コロナウイルス
  の感染拡大防止対策として打ち出されていた入国制限などの
  水際対策の緩和でインバウンド需要も急増している。
           https://diamond.jp/articles/-/325047
  ───────────────────────────
2023年6月27日/BSフジプライムニュース.jpg
2023年6月27日/BSフジプライムニュース
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2023年07月03日

●「なぜ、米国は景気後退しないのか」(第5986号)

 「BIS/国際決済銀行」と呼ばれる組織があります。193
0年に設立された中央銀行をメンバーとする組織であり、スイス
のバーゼルに本部があります。「BIS」は次の言葉の略字です
が、行名の由来は、第1次世界大戦後のドイツの賠償金支払いを
円滑化する目的で生まれたものです。
─────────────────────────────
     ◎BIS/国際決済銀行
      Bank for International Settlements
─────────────────────────────
 BISには、日本を含め63カ国・地域の中央銀行が加盟して
おり、日本銀行は1994年9月以降、理事会のメンバーを務め
てきています。
 そのBISが「今回の世界インフレはしぶとい可能性がある」
と指摘し、警鐘を鳴らしています。これについて、6月28日付
の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 BISは、インフレ抑制を優先課題として、中銀に対して「最
大のリスクは早すぎる勝利宣言だ」と金融引き締めの継続を訴え
る。これまで世界の主要中銀は利上げを繰り返してきたが、足元
では米連邦準備理事会(FRB)が11会合ぶりに利上げを見送
るなど政策判断には差も出始めた。
 もっとも、急激な利上げの長期化は金融システムを不安定にさ
せかねない。BISの分析によると、過去の金融引き締め局面で
は高水準の債務や急激なインフレ、住宅価格の急騰を伴う場合に
「銀行に深刻なストレスを引き起こしてきた」。
 具体的に利上げ開始から3年以内に銀行危機が発生する確率は
急激なインフレの場合で25%、住宅価格の高騰では35%との
推定を示した。各国政府が巨額の財政措置に動いた新型コロナウ
イルス禍以降は、これらの条件をすべて満たしている。
         ──2023年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日銀をのぞく世界の中央銀行が利上げを続けていますが、経済
規模で加重平均して計算した「世界の政策金利」は6%台に近づ
いています。加重平均とは、平均値を出す項目それぞれの重みを
加味して割り出す平均値のことですが、この「6%」という数字
に注目すべきです。なぜなら、データを遡れる2008年1月以
降で最高であるからです。
 SMBC日興証券によると、6月26日時点で「5・9%」で
あり、リーマン危機のあった2008年9月の「5・7%」を超
えています。問題はそれでもインフレは収まらないことです。
 今回のインフレでもうひとつわからないことがあります。これ
について、FRBのパウエル議長は次のように表現しています。
─────────────────────────────
 1年以上にわたって政策金利を引き上げてきたにもかかわらず
直近の四半期のインフレ率や経済成長率が予想を上回っている。
政策は(経済を)十分に制約していないのかもしれない。
                 ──パウエル米FRB議長
       ──2023年6月29日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
 要するに、米FRBの利上げは、銀行に対しては大きなプレッ
シャーを与えているものの、雇用や経済成長に対しては、大きな
ダメージを与えていないのです。銀行に関しては、FRBが6月
28日に公表した大手行のストレステスト(健全性審査)では、
不況下でも必要な資本を確保できるとの試算を示していますが、
地銀破綻などを踏まえ、銀行の財務をより強固にする方針です。
 この問題に関しては、1年前の2022年7月27日に高橋洋
一氏が、ニッポン放送「新行市佳のOK! Cozy up!」 に出演。米
FRBの利上げについて次のやり取りをしているので、その部分
を要約してご紹介します。
─────────────────────────────
高橋:日本も同じはずなのですが、アメリカの中央銀行では、雇
 用とインフレの両方を見るのです。雇用の方は失業率で見るの
 ですが、現在は4%を切っているくらいだから、これは大丈夫
 である。ただし、「インフレだけが高い」という状況です。
新行:失業率は低いけれど、インフレ率だけが高い。(中略)
高橋:2期連続で四半期のGDPが下がると「リセッション」と
 いう言い方をします。景気後退ですね。そうなる確率は高いで
 すが、リセッションになっても消費や設備投資はプラスなので
 そういう意味ではあまり大したリセッションではありません。
新行:消費や設備投資がプラスだから。
高橋:雇用を悪くするまでの利上げはしない。FRBとして、そ
 れだけは確実です。この話で「日本も利上げが」と言うけれど
 利上げすると日本は雇用が悪くなってしまう状況です。これに
 よってアメリカ経済が「ガタン」と落ちるということはありま
 せん。雇用は確保されているので。
新行:消費や設備投資がプラスだから。
高橋:どうしてアメリカがそんなにいいかというと、先に経済対
 策を打っているからです。GDPギャップが埋まっている。埋
 まっているなかでインフレ率が高くなりやすいのだけれど、そ
 の上でサプライチェーンの話など、いろいろな要因があるから
 多少インフレになっているというレベルです。
新行:日本の場合は?
高橋:常に失業率とインフレ率の両方を見るのです。失業率を悪
 化させないレベルで「金利を引き締めない」ということは正し
 いのですが、日本で直ちにやると、失業率が上がります。日本
 でやってはいけません。
          ──2022年7月27日/ニッポン放送
                「新行市佳のOK! Cozy up!」
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/038]

≪画像および関連情報≫
 ●5%も利上げしたのに米国景気はなぜ腰折れしないのか
  みずほ証券チーフMエコノミスト/上野奏也氏
  ───────────────────────────
   米国のリセッション(景気後退)入り観測には根強いもの
  がある。景気先行指数は、14カ月連続で前月比マイナスに
  なっている。この有名な合成指数の発表元である米調査会社
  コンファレンス・ボードのエコノミストは最近のインタビュ
  ーで、「金利上昇と高インフレを受け、今後数カ月以内にリ
  セッション入りするだろう」と明言。今年4〜6月期から、
  10〜12月期までは小幅なマイナス成長と予測した。
   その一方で、「米国はリセッション入りを回避できる」と
  いう強気の見方も、一定の支持を得ている。米国のエコノミ
  ストを対象とするサーベイでは、リセッション入りの確率は
  6割台になることが多い。逆に言えば、それを「ソフトラン
  ディング(軟着陸)」と呼ぶかどうかは別にして、リセッシ
  ョン入りが回避されるケースが3割台の確率で見込まれてい
  るということである。また、筆者のように、リセッション入
  りを一応予想しているものの、それは、「リーマン・ショッ
  ク」や「コロナショック」に見舞われた後のような「深い」
  景気悪化ではなく、「浅い」ものにとどまるだろうと見てい
  るエコノミストも、少なからずいる。では、景気が後退した
  かどうかは、誰が決めるのか。米国ではNBER(全米経済
  研究所)という民間の研究組織が、何人もの重鎮を含む経済
  学者たちによるデータに基づいた議論を経た上で判定してい
  る。             https://onl.sc/CKxhS2Y
  ───────────────────────────
世界の政策金利は米金融危機後で最高に.jpg
世界の政策金利は米金融危機後で最高に
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2023年07月04日

●「東証改革/ユニコーンを育てる」(第5987号)

 6月30日の日経平均株価の終値は3万3189円04銭──
依然として3万円台を維持しています。今回の株高の要因の1つ
が、東京証券取引所の積極的な改革への取り組みが功を奏してい
ることは確かです。
 岸田内閣は、2022年11月24日に「スタートアップ育成
強化のための5か年計画」を発表しています。ここで、スタート
アップとは何かについて知る必要があります。とくにベンチャー
との違いについて理解する必要があります。
 ベンチャーもスタートアップも、「創業してさほど時間が経過
していない」小さい企業のイメージがありますが、それは違いま
す。ベンチャーとスタートアップの違いは、ビジネスモデルにあ
ります。ベンチャーは、既存のビジネスモデルをベースに収益性
を高める工夫をするか、スケールを拡大することで売り上げ増大
を狙う企業であり、創業間もない企業が多いです。
 これに対してスタートアップは、今までにないイノベーション
を起こし、新しいビジネスモデルを手探りで構築することによっ
て、短期間で高い成長性が期待できる企業であり、起業時期や事
業規模を問わない企業です。つまり、既存の企業でも技術革新に
よって、スタートアップになれる可能性があるのです。
 東京証券取引所(東証)は、上場企業のPBR(株価純資産倍
率)1倍割れ解消を打ち出し、それなりの効果を上げていますが
次に狙っているのが新興市場開拓です。岸田内閣のスタートアッ
プ育成政策を実現する取り組みですが、これは、そんなに簡単な
ことではないといえます。
 実際問題として東証で新規株式公開(IPO)をするには、小
粒な企業ばかりであり、市場が将来の日本の経済をけん引しうる
新興企業を生み出せていないといえます。これについて6月27
日付の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 日経平均株価が33年ぶり高値を更新し、証券市場のさらなる
底上げに不可欠なのが新規株式公開(IPO)の復調だ。東証が
市場再編した2022年のIPO件数は3年ぶりに減り、ITバ
ブル時の半分程度にとどまる。スタートアップの資金需要をつか
みきれていないことが一因で、日本を通り越して米国で上場する
国内の起業家も出てきた。
 「新しい技術やサービスに対するアメリカの投資家の理解と寛
容さは段違いだ」。3月、米ナスダック市場に上場したシーラテ
クノロジーズ(東京・渋谷)の杉本宏之会長はこう語る。「シー
ラは投資家から小口の資金を集め、賃貸物件などに投資するクラ
ウドファンディングを手がける。日本では「(比較的)新しいサ
ービスという理由で投資家の反応がよくなかった。資金を集めら
れないリスクがあった」(杉本氏)。
         ──2023年6月27日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 最大の問題は、「ユニコーン」が育ちにくいことです。ところ
で、ユニコーンとは何でしょうか。
 ユニコーン企業とは、「評価額が10億ドルを超える設立10
年以内の未上場の企業」のことです。なお、評価額によって、次
の3種類があります。
─────────────────────────────
                  評価額   企業数
  @ ユニコーン企業   10億ドル以上 1144社
  A デカコーン企業  100億ドル以上   51社
  Bヘクトコーン企業 1000億ドル以上    3社
     https://www.bridge-salon.jp/toushi/unicorn/#back
─────────────────────────────
 上には上があるものです。こういうように書かれると、ヘクト
コーン3社とはどういう企業か知りたくなりますね。それは、次
の3社です。
─────────────────────────────
           社名     評価額  国籍
    第1位:Bytedance 1400億ドル  中国
    第2位: SpaceX 1003億ドル  米国
    第3位: SHEIN 1000億ドル  中国
─────────────────────────────
 第1位の「バイトダンス」は、動画共有サービス「ティックト
ック」を運営する中国のテクノロジー企業、第2位の「スペース
X」は、世界で初めて民間人だけでの宇宙旅行に成功したアメリ
カの航空宇宙メーカー、第3位の「シーイン」はファストファッ
ションを扱う中国のアパレル企業です。中国が強いです。
 なぜ、日本ではユニコーンが育たないのでしょうか。
 国別のユニコーンは、1位の米国の650社超に対し、日本は
たったの6社、100倍以上の差がついています。これに関して
日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 上場予備軍のスタートアップに投資するベンチャーキャピタル
(VC)は、ファンドの償還期限までに未公開株の転売先を見つ
けられず、企業に早期のIPOを促すケースが少なくない。(中
略)十分に資金調達できず小粒なまま上場すれば機関投資家には
見向きもされない。「流動性が小さく買うことができない」(大
手生保)からだ。機関投資家の後ろ盾がなければ企業の資金調達
もままならない。東証によると上場後に公募増資する企業は14
%どまり。小粒で上場した挙げ句、市場からも資金を調達できな
い悪循環に陥る。状況を変えるには上場予備軍に機関投資家や富
裕層の資金を呼び込む必要がある。東証はこのほど、市場再編の
有識者会議でグロース市場の「機能強化に向けた方策」を本格的
に議論することを決めた。    ──2023年6月27日付
                       日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/039]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相「来年はスタートアップの育成に一段と力を」
  東京証券取引所の大納会に出席/2022年12月30日
  ───────────────────────────
   岸田首相は2022年12月30日、東京証券取引所の大
  納会に出席し、「上場審査のあり方を見直すなど、政府とと
  もに市場改革を進めて頂きたいと期待している」と述べた。
   岸田首相は30日、今年最後の取引を終えた東京証券取引
  所の大納会に出席し、「日本が直面する様々な社会課題の解
  決を担う主役は『スタートアップ』であると考えている。来
  年はその育成に一段と力を入れていきたい」と強調した。そ
  の上で「上場審査のあり方を見直すなど、政府とともに市場
  改革を進めて頂きたいと期待している」と述べた。
   また岸田首相は「来年は新しい資本主義を本格起動させて
  いく年だ。多くの政策課題もあるが一つ一つ乗り越えて、成
  長と分配の好循環を実現し、新しい日本を切り開いていく」
  と決意を語った。首相が大納会に出席するのは2013年の
  安倍元首相以来。
    https://www.fnn.jp/articles/gallery/465468?image=2
  ───────────────────────────
2022年12月30日/東証大納会に岸田首相出席.jpg
2022年12月30日/東証大納会に岸田首相出席
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2023年07月05日

●「スタートアップに融資する銀行を作る」(第5988号)

 今回のテーマは今日で40回になります。しかし、世界インフ
レは収まっておらず、日本経済の先行きについてもウオッチング
してみたいと思います。そうすると、あと50回ぐらいは必要と
なり、長くなってしまうので、一応今回のテーマは7月7日で終
了し、10日からは新しいテーマで書くことにします。
 昨日のEJで、「ユニコーン」のことをご紹介しました。ユニ
コーンは、企業価値10億ドル以上の未上場企業のことです。現
在「チャットGPT」で話題になっている米国のオープンAI社
は、ユニコーンであり、その企業価値は290億ドルです。こう
いう企業が日本では、育たないのです。
 文章や画像を自動的に作成する「生成AI」のスタートアップ
に対する期待が世界的に高まっており、それらの企業に投資が集
中し、続々とユニコーンが誕生しているのです。
─────────────────────────────
    <大規模言語モデル>
     米オープンAI   ・・ 290億ドル
     米アンソロピック  ・・  44億ドル
     コーヒア(カナダ) ・・  20億ドル
    <開発者向けモデル>
     米ハギングフェース ・・  20億ドル
     米レブリット    ・・  12億ドル
    <企業向けサービス>
     米ジャスパー    ・・  15億ドル
     米グリーン     ・・  10億ドル
         ──2023年6月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 私自身生成AIに関しては強い興味を持っています。とくに米
グリーン社は、企業向けのインサイトエンジンです。ウェブブラ
ウザ上のグリーンの検索窓に知りたいことを入力すると、マイク
ロソフト365やグーグル・ワークスペース、セールスフォース
などの企業で利用しているSaaSシステムを横断的に検索して
知りたい情報を瞬時に探し出すシステムを構築しています。これ
に生成AIを応用することによって、商談の進み具合を診断する
ことが可能になります。生成AIは、営業管理に応用できるので
す。生成AIについてはいずれEJでも取り上げます。
 2023年5月8日のことです。三菱UFJフィナンシャル・
グループと、イスラエルのフィンテック企業、リクイディティ・
キャピタル社は、両社の合弁企業、マーズ・グロース・キャピタ
ル社の下に、日本のスタート・アップ企業を融資対象とするファ
ンドと欧州のスタートアップ企業を融資対象とするファンドを新
たに設立することを決定したことを公表しています。
 銀行、とくに日本の三菱UFJ銀行をはじめとする伝統的な銀
行にとって、ハードルの高かったスタートアップ企業に融資する
ビジネスを開始するというのです。
 マーズ・グロース・キャピタル社とは、どのような企業なので
しょうか。6月30日付の日本経済新聞は、この合弁企業につい
て次のように説明しています。
─────────────────────────────
 シンガポールに拠点を置くマーズ・キャピタルは、日々の売り
上げや取引先からの入金など80以上の指標について集めたビッ
グデータをAIで分析し、1〜2日で融資の可否などを決める。
企業とシステムをつなぎ、顧客への請求書などから資金繰りをチ
ェックし、貸し倒れリスクなども洗い出す。
 赤字でも十分成長性があると見込めば最短1カ月程度で融資す
る。マーズ・キャピタルの広島竜太郎共同最高経営責任者は「我
々が自ら融資先の『事業計画』を作ることができる」と語る。ど
れだけ融資できるかを合理的に判断できるようになるという。ア
ジアや欧州で展開し、発足2年で融資額は最大1300億円程度
に膨らむ見通し。
 これまで銀行は担保や現預金、売掛金などを分析し企業への融
資を判断してきた。マーズ・キャピタルは融資先が手がけるサー
ビスの解約率や、日々の資金の流れを示す請求書などを分析して
融資を決める。高い成長を見込めるが足元ではまだ赤字のクラウ
ドサービス企業などへの融資が可能になった。
         ──2023年6月30日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 もともと三菱UFJは、これまでもスタートアップの投資に熱
心であり、その残高は3年前の5〜6倍にあたる1000億円を
超えるレベルに達しています。イスラエルのリクイディティ・キ
ャピタル社との合弁企業、マーズ・グロース・キャピタル社を設
立したのは、2020年8月のことです。
 コロナ禍に起因するとみられる世界インフレによる金融引き締
めで、これまで上場予備軍の資金を支えてきたベンチャーキャピ
タルからの融資が細ってきたのを受けて、このたびマーズ・グロ
ース・キャピタル社を通して有望なスタートアップへの融資に本
腰を入れることになったのです。
 米CBインサイツによると、世界の2023年1〜3月のスタ
ートアップへの資金調達額は、前年同期比で6割も減少している
のです。日本も同様で3割減っています。これを三菱UFJをは
じめとする日本の伝統的銀行は、商機ととらえているのです。日
本の銀行はかねての低金利で融資の利ざやが薄くなっているので
顧客から継続的にデータを取り込んで与信機能を与えるノウハウ
を有するマース・グロース・キャピタル社にとっては、好機当来
というわけです。
 他の日本の伝統的銀行も追随しています。三井住友銀行は、今
後3年間で、スタートアップに1000億円規模を融資する計画
を立てていますし、みずほ銀行もスタートアップ融資の審査部門
を設立しているし、あおざら銀行系のあおぞら企業投資もファン
ドの新設を検討しているといわれます。
          ──[世界インフレと日本経済/040]

≪画像および関連情報≫
 ●MUFG、国内と欧州でスタートアップ向け融資ファンド
  を設立へ
  ───────────────────────────
  (ブルームバーグ):三菱UFJフィナンシャル・グループ
  (MUFG)傘下の三菱UFJ銀行は8日、日本と欧州のス
  タートアップ企業を融資対象とするファンドをそれぞれ設立
  すると発表した。
   発表によると、イスラエルのフィンテック企業との合弁会
  社「マーズ・グロース・キャピタル」の下に、日本企業を対
  象とするファンドを2023年度中に、欧州企業を対象とす
  るファンドを6月ごろにそれぞれ設立する。
   マーズは21年に事業を開始しており、AI(人工知能)
  審査モデルを活用し、すでにアジアの企業向けに融資してい
  る。5月現在の運用資産総額は7億5000万ドル(約10
  10億円)、22年度の内部収益率(IRR)は12・7%
  だった。日本企業対象ファンドは、時価総額1000億円以
  上のユニコーン企業や将来ユニコーン企業になることが見込
  まれる企業が対象。ファンド総額は最大200億円で、三菱
  UFJ銀行のほか、外部の投資家からも資金を募る。
   一方、欧州企業対象ファンドはマーズの既存ファンドから
  の資金拠出を受け、スタートアップ企業に融資する。ファン
  ド総額は最大2億5000万ドル。MUFGの亀澤宏規社長
  は昨年12月のブルームバーグとのインタビューで、スター
  トアップ向け融資について、23年度をめどに国内でのサー
  ビス開始を目指す考えを明らかにしていた。
                   ──ブルーム・バーク
  ───────────────────────────
投資増に伴って企業価値も急騰.jpg
投資増に伴って企業価値も急騰
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2023年07月06日

●「現在の円安は日本の国力低下の証」(第5989号)

 6月26日〜28日、欧州中央銀行(ECB)主催で、国際金
融会議「ECBフォーラム」が、ポルトガルの歴史的観光地シン
トラで開催されました。その最終日には、主要中銀のトップであ
る次の4人によるパネル討議が行われたのです。
─────────────────────────────
     パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長
     ラガルドECB総裁
     ベイリー英イングランド銀行総裁
     日銀植田和男総裁
     米CNBCキャスター/サラ・アイゼン氏
─────────────────────────────
 ただの4人ではない。世界経済を動かしている4人なのです。
ここで日銀総裁が下手な発言をすると、円売り注文を発動しかね
ない。そういうこともあって、前任の黒田総裁は、フォーラム出
席を辞退することもあったようです。
 何しろ、米国、欧州、英国は、利上げによる金融引き締めを実
施しているなかで、日本だけが金融緩和をやっているのにインフ
レはそんなにひどくなっていない──当然質問は植田総裁に集中
してきます。
 まして、前日27日には円安が「1ドル=144円」まで進行
していたのです。植田総裁はどう対応したのでしょうか。実際に
パネル討議で、どういうやりとりが行われたかについての情報は
ありませんが、おおよそ次のようなやりとりがあったものと思わ
れます。植田総裁の英語は、日本人特有の訛りがなく、きわめて
流暢であったそうです。
─────────────────────────────
司会:日本株が30年ぶりの高値をつけているが?(日本の株高
 が国際的な話題になっている)
植田:一般論として株価は金利と経済情勢を映すものである。
司会:円安が進行しているが?
植田:それは、本日、この壇上にご出席の3銀行の方々の影響で
 ある。(会場が爆笑)
司会:金融政策の違いについて
植田:私は20年以上前に日銀審議委員を務めたが、そのときの
 金利は、20から30ベーシス(1ベーシスは0・01%)で
 あった。それが今はマイナス10ベーシス。金融政策が効果を
 発揮するのには25年はかかるのではないか。(瞬間的に会場
 は拍手を交え笑いの渦と化した)
司会:(4総裁に対して)最近ストレスを感じていることはない
 か?(欧米の中銀総裁たちは毅然とした表情で「自分に与えら
 れた仕事だ。やるべきことをやる」という模範解答をしたのに
 対して)
植田:中央銀行総裁になると、こんなに出張や記者会見が多いと
 は思わなかった。(会場爆笑)
─────────────────────────────
 「こんな面白い日銀総裁はいない」──植田総裁は大変な評判
です。肝心なことは、ストレートに答えないし、都合の悪い質問
をさせないように巧みに伏線を張ったりしています。それだけ英
語が流暢なのです。この植田日銀総裁の国際会議初デビューにつ
いて、朝鮮日報は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 植田総裁の世界デビューに対しては、典型的な学者スタイルで
沈着冷静だった黒田東彦前総裁とは全く異なる印象と評されてい
る。読売新聞は「各国の報道関係者が待機するプレスセンターで
も、植田総裁が発言するたびにどよめきが起き、これまでの日銀
総裁とは違うという印象を与えたようだ」と伝えた。日本経済新
聞は「黒田前総裁も英語には堪能であったが、植田総裁の英語は
発音も日本人特有の訛(なま)りが少なく、語彙も豊富だ」と評
価した。
 植田総裁は1974年に東大理学部を卒業し、米マサチューセ
ッツ工科大(MIT)で博士号を取得。93年から東大経済学部
教授を歴任し、98年から2005年まで日銀政策委員会審議委
員を務めた。今年4月に、経済学者出身としては初めて日銀総裁
に就任した。    ──「朝鮮日報」/キム・ドンヒョン記者
─────────────────────────────
 しかし、現在起きている円安傾向はいささか問題があります。
はっきりしていることは、「現在の円安はドル高ではない」とい
うことです。現在、幅広い通貨に対するドルの強さを示す「ドル
指数」が下落しているのに、依然として円安ドル高になっている
からです。
 黒田前日銀総裁による異次元金融緩和で、円高修正が進んだと
いっても「1ドル=100円〜110円」のレンジに回帰してい
たのです。しかし、今や110円どころか130円になっており
120円が遠くなっています。明らかに昨今の円安は、国力の低
下によるものという見方をする専門家が多くなっています。
 BISが算出する通貨の購買力を示す「実質実効為替レート」
によると、円は95年に付けたピーク比の下落率が62%、先進
国では極めて異例です。
─────────────────────────────
         ピーク比下落率        最高値
  アルゼンチン  ▲82・5%   2001年10月
    セルビア  ▲78・4%   2000年11月
  インドネシア  ▲68・1%   1997年02月
     トルコ  ▲62・0%   2008年08月
      日本  ▲62・0%   1995年04月
  アルジェリア  ▲54・8%   1994年03月
      註:実質実効為替レートのピーク比下落率上位
          ──2023年7月3日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
          ──[世界インフレと日本経済/041]

≪画像および関連情報≫
 ●ドル円はまだまだ急落地合い/若林栄四氏
  ───────────────────────────
   ドル円は、昨年の10月21日に151・95円で天井を
  つけ、その後87日間下落し、今年の1月16日に127・
  23円というドルの安値を記録しました。つまり、151・
  95円から24・72円下落したということです。この下落
  は6・18円(1単位)の4倍に相当します。
   相場は下落があれば必ず戻るという原則があります。現在
  の相場は139・50円程度で推移しており、これは24・
  72円の半分、すなわち12・36円の上昇となり、これは
  半値戻しの位置に相当します。
   最近の相場は140円台を試みましたが、苦戦しており、
  現在の落ち着きどころは、139・50〜60円付近と見ら
  れ、これは半値戻しの位置であり、どちらかというとサポー
  トではなくてレジスタンスになりつつあるんではないかなと
  思います。
   月足の分析からは、72度線が重要な角度となっており、
  139・33円がこの線によって抑えられていました。この
  72度線は急落の傾向を示しており、この傾向が続くと、1
  ヶ月に約1・55円ずつ下落することになります。6月末に
  は138・04円、7月末には136・49円となる見込み
  です。全体的に見ればまだ急速な下落局面の中にあると解釈
  できます。メディアの報道に惑わされることなく、大局的な
  視点で市場状況を判断することが重要だと考えます。
   https://www.gaitame.com/media/entry/2023/06/06/140905
  ───────────────────────────
国際会議初デビューの植田日銀総裁.jpg
国際会議初デビューの植田日銀総裁
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2023年07月07日

●「日経平均株価は4万円に達するか」(第5990号)

 本日は「七夕/たなばた祭り」です。株式格言に次の言葉があ
ります。
─────────────────────────────
      ◎株式相場のアノマリー(経験則)
            「七夕天井・天神底」
─────────────────────────────
 「七夕」は7月7日であり、「天神」とは天神祭のことで、日
本各地の天満宮で催される祭りです。なかでも7月24日〜25
日に開催される大阪天満宮の天神祭は有名です。したがって、こ
の格言は、7日をめがけて相場が上昇し、大阪市内で天神祭が開
かれる25日前後に向けて下落するという経験則なのです。
 6月4日の日経平均株価の終値は、3万3422円52銭であ
り、3万3000円前後で足踏みをしています。この状態が7日
まで続き、それを頂点として25日までは下落傾向が続き、大阪
天神祭の頃は底になることを暗示しているものと思われます。ち
なみに、過去5年の7月7日から7月末までの日経平均株価の騰
落は2勝3敗であるといわれています。
 私自身が株をやっているわけではありませんが、このところの
日本経済は「何かが違う」と感じているので、日経平均株価が、
本当に4万円に行くかに注目しているのです。これに関連して、
7月4日付の日本経済新聞の「ディープ・インサイト」に、次の
論文が掲載されています。これはなかなか興味深い論文であると
思うので、本テーマの最後に要約します。
─────────────────────────────
    日本経済新聞コメンテーター/梶原誠氏
        『膨らみ続けた「超バブル」』
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 既に引退している伝説の投資家のジョージ・ソロス氏の話です
が、安倍晋三政権による金融緩和への期待で、株価と円安が一気
に進んでいた2012年11月からのアベノミクス相場で、ソロ
ス氏は、日本株を買い、円売りで荒稼ぎしていたのに、2013
年春になると、あっさりと撤収してしまい、そのドライさが話題
になったものです。バブルを警戒したからであるといわれます。
 そのジョージ・ソロス氏が、リーマン危機のさいに打ち出した
「スーパーバブル崩壊」といわれる仮説があります。しかし、こ
の仮設は、幸運にしてこれまで実現していません。この仮説につ
いて、梶原誠氏は次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 経済危機やバブル崩壊が起きるたびに、政府や中央銀行が財政
金融政策を打って封じ込める。繰り返すうちに、信用バブルは維
持できない程に膨らみ、ついに崩壊して歴史の転換点を迎える。
その引き金が、100年に1度の衝撃を持つリーマン危機だと警
告した。
 仮説は実現しなかった。リーマン危機も封じられたからだ。震
源地である金融機関は債務圧縮を余儀なくされたが、政府が代わ
りに債務を背負って景気を刺激した。中央銀行は国債を買って政
府の債務拡大を支えた。だがそれらの代償として、世界の国内総
生産(GDP)に対する債務の割合が当時の290%から330
%に拡大し、超バブルは深刻化した。「ディープ・インサイト」
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 梶原誠氏は、2023年の前半(1月〜6月)が終了した時点
で世界の市場を振り返ってみると、不安なことが2つあるという
指摘をしています。
─────────────────────────────
          @ビットコイン高
          Aハイテク株高騰
─────────────────────────────
 不安なことの第1は「ビットコイン高」です。
 現在、時価総額が最大の暗号資産(仮想通貨)であるビットコ
インの価格は、6月21日に4月14日以来の高値となる3万8
00ドルまで急騰しています。
 ビットコインの価格が上がるということは、多くの投資家が、
各国政府の政策に不満なときに起きています。英国の「エコノミ
スト」誌は、6月、「各国政府など多額の債務を抱えた借り手は
借金の価値が減るインフレを喜ぶ」と書いています。
 米テスラを率いるイーロン・マスク氏は、インフレで目減りす
るドルを避けるべきであると主張し、ビットコインに執着してい
るといわれます。
 不安なことの第2は「ハイテク株高騰」です。
 ハイテク株は、リスクがあると売られる景気敏感指数株です。
しかし、米S&P500種株価指数の500社を、GAFAMに
テスラ、エヌビディアを加えた「テック7社」と、「主要493
社」に分けて株価指数化したところ、上昇率はテック7社が60
%に迫る一方で、主要493社は10%に届かず、テック株の突
出ぶりが目立っています。
 テック7社が盤石なのは、GAFAMはインターネットを、テ
スラは電気自動車を、エヌビディアはAIをインフラとして普及
させているからです。梶原誠氏は、この論文を次のような印象深
い言葉で締めくくっています。
─────────────────────────────
 ソロス氏の警告が、いつまでも外れるとは限らない。超バブル
がしぼんでも跳ね返す力を日本企業が養えば、マネーのトラウマ
は癒えて日本株は選ばれ続ける。株価の回復に安堵してそれがで
きなければ10年前、ソロス氏が容赦なく、日本株の買いを手じ
まったようにマネーは去る。    「ディープ・インサイト」
          ──2023年7月4日付、日本経済新聞
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      ──[世界インフレと日本経済/042/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●ひとこと解説/
  上野奏也氏/みずほ証券チーフマーケット・エコノミスト
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   ソロス氏の「スーパーバブル崩壊」仮説のように、大きな
  危機が発生してカネあまりに頼った資産価格上昇は清算を強
  いられるという考え方は他の識者も唱えてきた。かつてイン
  グランド銀行総裁を務めたマーヴィン・キング氏は著書「錬
  金術の終わり」で、銀行システムに内在する欠陥を指摘。大
  きな金融危機がいずれ到来すると警鐘を鳴らした。だが、記
  事にもある通り、危機に直面した有能な実務家が緊急対応を
  しっかりとると、往々にして危機は封じ込められる。
   また、中国の不動産バブルのように、他国(日本)の経緯
  を十分研究した上で、経済に激震が及ばないようにした事例
  もある。「消防士」としての当局者の立ち回りが、事態を大
  きく左右する。 ──2023年7月4日付、日本経済新聞
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梶原 誠氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界インフレと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする