2023年01月04日

●「朝生で激論/今年の日本はどうなる」(第5885号)

 このEJは、元旦特別号を除いて、2023年はじめてのEJ
になります。今年もEJをよろしくお願い申し上げます。
 例年の私の習慣ですが、新年は「朝まで生テレビ」は録画して
元旦の午後見ることにしています。しかし、今年の朝生は、録画
はしたものの、徹夜になってしまいましたが、最後まで全部生で
見ました。今年の朝生のテーマは次の通りです。
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  ◎朝まで生テレビ「元旦SP」/テレビ朝日
   2023年1月1日(日)01:45〜05:5
    『2023年の日本は良くなる?悪くなる?』
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 なぜ、生で見たかというと、新年のEJのテーマに関係がある
と思ったからです。出演者は、片山さつき、小川淳也、小幡績、
小林慶一郎、駒崎弘樹、田内学、たかまつなな、デービッド・ア
トキンソン、藤井聡、三浦瑠麗、森永卓郎、藤川みな代、そして
田原総一朗の各氏です。今年のテーマに関する視聴者からのメッ
セージの結果は次の通ります。
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      今年の日本は良くなる ・・ 14%
      今年の日本は悪くなる ・・ 85%
             その他 ・・  1%
─────────────────────────────
 「今年の日本は悪くなる・・85%」──今年の日本、何とも
暗い結果になっています。岸田政権に対する国民の強い不満があ
るようです。大きな話題になっている防衛費の増額について岸田
首相は増税を含む財源確保を強引に打ち出す一方で、日本にとっ
て喫緊の課題である少子化対策の財源に対して、あえて曖昧にし
ています。これにはウラがあります。
 防衛費の財源について「消費増税」に言及しなかったのは「消
費税は社会保障の財源である」といってきた手前、いえなかった
のです。しかし、少子化対策としての消費増税なら矛盾しないと
いうことで、岸田内閣は必ず財源の一部として、消費増税を訴え
てくると、経済評論家の森永卓郎氏はいっています。
 今年の朝生のパネラーの一人として、小林慶一郎氏というマク
ロ経済学者が出演しています。シカゴ大学大学院博士課程を修了
して、現在は、東京財団政策研究所研究主幹を務めています。日
本の財政は危機的であり、その膨大な借金を何とかしなければい
けないと主張しており、財務省の考え方とそっくりです。EJで
は、MMT(現代貨幣理論)をテーマに取り上げたさいに、小林
慶一郎氏の主張を対論として紹介しています。小林氏は、「オオ
カミ少年といわれても毎年1冊は財政危機の本を出していくつも
り」というぐらい、日本の財政については強い危機意識をもって
いる経済学者です。
 小林氏は、朝生の議論のなかで、日本の現代の若者は、日本の
膨大な借金に不安を持っており、近い将来財政破綻が起きるだろ
うと不安に思っているので、安心して投資もできない、結婚もで
きないと思っている。したがって、これを解決することが何より
も重要であると主張しています。
 これに対して、経済評論家の森永卓郎氏は、この小林氏の主張
に対して、次のように真っ向から反論しています。
─────────────────────────────
 2020年度でいうと、政府が1600兆円の負債をかかえて
います。その一方で、1100兆円の資産を持っており、その7
割は金融資産なんです。つまり、日本の純債務は500兆円しか
ない。GDPとほぼ同額の債務であるなら、先進国ではほぼ並み
の水準です。しかも、日本の場合、日銀が大量に国債を持ってい
て、それが500兆円ぐらいになる。日銀が国債を保有した瞬間
に借金は消えるんです。ということは、日本は、完全に無借金に
なっているのです。にもかかわらず、財務省は増税を続けようと
している。         ──森永卓郎氏の朝生の発言より
─────────────────────────────
 小林慶一郎氏の発言に対する痛烈な反論です。しかし、当の小
林氏は、ご自身の主張が間違いであるといわれたのにもかかわら
ず、それに対して何も反論しないし、他のパネラーからも、森永
氏の主張に対する反論はなく、別の話題に移っています。まとも
に反論しても森永氏に勝てないからです。
 正確にいうと、普通国債残高は、2022年度末には1029
兆円になるといわれています。GDPの約2倍です。重要なのは
これを「国の借金」と呼ぶことです。これは、正しくは、日本政
府の借金であり、これに地方政府の借金である地方債の約200
兆円を加える必要があります。それに、国の借金というときは、
それに対応する資産についても言及する必要があります。実際に
財務省は借金の額だけを強弁し、資産に関しては一切ふれようと
せず、国民一人当たり約1000万円を超える借金と強弁し、国
民を不安におとしいれています。だから、森永氏は、財務省とい
うカルト宗教に近い役所を廃止せよとまで、朝生において発言し
ているのです。
 しかし、本当に日本は膨大な借金を抱えて、もうどうにもなら
ない状態なのでしょうか。
 そんなことは、けっしてないと思います。しかし、それには成
長戦略が必要ですが、それは、インターネットの次といわれる宇
宙産業や量子コンピュータなどに代表される次世代コンピュータ
の領域ではなく、メタバースがあります。その理由については、
明日から述べていきますが、2023年の最初のテーマのタイト
ルは次のようにしたいと考えています。
─────────────────────────────
     メタバースと日本経済の関係について考える
     ─コンテンツ大国としての強みを生かす─
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/001]

≪画像および関連情報≫
 ●田原総一朗氏「だったらこの国から出て行け!」 朝生で出
  演者に激高
  ───────────────────────────
   2023年1月1日に放送された討論番組「朝まで生テレ
  ビ!」(テレビ朝日系)で、司会の田原総一朗氏が共演者に
  「スタジオから出て行け!」と激高する一幕があった。「本
  当は日本は良くなると思ってるの、思ってないの?」
   大晦日に放送された「朝まで生テレビ!/元旦スペシャル
  〜激論!ド〜する?!/日本再興2023〜」とする約4時
  間の拡大生放送でのひと幕だ。
   司会の田原氏と激論を繰り広げたのは、ジャーナリストと
  して活動するお笑いタレントのたかまつななさん。「日本は
  立て直せる?」とするトピックについて、出演者が番組に出
  演するパネリストらの顔ぶれが長年変わらないことについて
  問題提起したシーンだ。田原氏はたかまつさんなど若いパネ
  リストが出演していることについて触れ、「彼らなんて若い
  じゃない」と発言した。
   もっと若い人に発言させるべきとする指摘が上がったとこ
  ろで、たかまつさんは「発言させてください」と手を挙げ、
  「私は(『日本は立て直せる?』とする質問に対し)「×」
  にしたんですけども、理由としては日本社会でもう諦めがは
  びこってると思うんですね」と切り出した。
                  https://bit.ly/3GxhAXx
  ───────────────────────────
森永卓郎氏.jpg
森永卓郎氏
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2023年01月05日

●「GDP500兆円は結構大きな金額」(第5886号)

 元旦の「朝まで生テレビ」のなかの発言でも光る納得のできる
発言もあります。立憲民主党の政務調査会長、小川純也氏の次の
発言です。
─────────────────────────────
 GDPは一定を割り込むと、国民は食っていけない。ただし、
未来永劫ずっと成長し続けることは地球環境が耐えられない。し
たがって、一定の幅のなかで、均衡させる必要がある。そのため
成長経済に変わる持続可能な均衡経済という概念を入れていかな
ければならない。
 日本のGDPは500兆円。これ、結構大きな数字である。国
民一人当たりでいうと500万円。勤労者が5000万人いると
すると、一人当たりの年収が1000万円であってもおかしくな
いGDPの規模である。
 ところがGDPというのは、賃金と支払い利息、家賃、さらに
企業収益などを総じて500兆円だから、労働者に分配されるも
のが少なく、低賃金になっている。したがって、GDPの拡大よ
りも、再分配を強化すべきである。
 家賃収入という名の不労所得、支払利息という名の金融所得、
そして企業収益、配当、内部留保。これらが厚く成り過ぎていて
500兆円を血液が全身に循環するように国民のすみずみまで行
き渡させるようにしないといけない。
 そのために何をしないといけないか。それは再分配の強化であ
る。相続課税、法人税、所得税の累進性の復活などが、いま必要
になってきている。        ──小川純也氏の発言より
─────────────────────────────
 同じような発言をテレ朝のモーニングショーで、成田悠輔米イ
エール大学准教授から聞いています。成田准教授は最近売れっ子
になっています。日本のGDPは、約500兆円ですが、これが
30年間伸びていないという話が出たときに、成田准教授は「で
も500兆円を30年間持ちこたえるって凄いことですよ」と発
言したのです。
 そこで調べてみたのです。日本の名目GDPが500兆円を超
えたのは1992年のことです。その後のGDPの推移は次の通
りですが、2年間だけ500兆円を割っています。皮肉なことに
民主党政権のときです。これまで、名目GDPの最高額は、安倍
政権時の2019年の558兆円です。
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◎日本の名目GDP推移
  1992年・・505兆円 2007年・・ 539兆円
  1993年・・505兆円 2008年・・ 527兆円
  1994年・・510兆円 2009年・・ 494兆円
  1995年・・521兆円 2010年・・ 505兆円
  1996年・・535兆円 2011年・・ 497兆円
  1997年・・545兆円 2012年・・ 500兆円
  1998年・・536兆円 2013年・・ 508兆円
  1999年・・528兆円 2014年・・ 518兆円
  2000年・・535兆円 2015年・・ 538兆円
  2001年・・531兆円 2016年・・ 544兆円
  2002年・・524兆円 2017年・・ 535兆円
  2003年・・523兆円 2018年・・ 556兆円
  2004年・・529兆円 2019年・・ 558兆円
  2005年・・532兆円 2020年・・ 537兆円
  2006年・・535兆円 2021年・・ 541兆円
                  https://bit.ly/2X1gn1X
─────────────────────────────
 2022年の名目GDPは、22年7〜9月期名目GDPの季
節調整値は554兆円であり、間違いなく500兆円を達成でき
ます。確かに、日本は、これほど長く500兆円以上をクリアし
てきています。成田准教授のいうそのふんばり力はたいしたもの
であり、その力があれば、必ず日本は、経済を復活させることが
できる可能性を持っていると思います。
 しかし、現代の若者は、日本の将来に対して、強い不安を感じ
ています。なぜなら、日本は名目GDPの2倍に当たる1000
兆円を超える借金があり、30年間にわたって経済が成長せず、
諸物価が高騰しているのに、賃金が上がらないままです。それに
加えて、日銀による異次元の金融緩和政策の継続によって円安が
進んでおり、「安い日本」のイメージが定着しつつあります。
 そのため、現代の若者は、日本という国に対して負のイメージ
を抱いています。つまり、必要以上に「自虐的」になってしまっ
ていると思います。例えば、「東洋経済オンライン」は、日本の
ことを次のように書いています。
─────────────────────────────
 日本は、アメリカ・中国に次ぐ「世界3位の経済大国」とよく
言われます(2008年までは世界2位)。ここでの3位は、G
DPのG「総額」の順位です。しかし、一国の経済水準は、GD
Pの「総額」ではなく、「国民1人当たり」で比較するのが、世
界の常識です。
 日本の2021年の1人当たりGDPは3万9340ドルで、
世界28位です(IMF調査)。2000年には世界2位でした
が、そこから下落を続け、世界3位どころか、先進国の中では下
のほうになっています。       https://bit.ly/3IjscKV
─────────────────────────────
 この1人当たりGDPで、日本は近く韓国や台湾にも抜かれる
といわれています。日本にとって負の情報ばかりです。しかし、
日本は本当にそんなに貧乏な国になってしまったのでしょうか。
プラスの情報はないものでしょうか。
 隠されている情報はたくさんあるのです。日本はいわれている
ほど、本当に貧乏なダメな国になってしまったのでしょうか。し
ばらくプラスの情報を収集してみたいと思います。
           ──[メタバースと日本経済/002]

≪画像および関連情報≫
 ●それでも『国の借金問題』が心配な方に寄せて〜日本国家の
  債務はゼロであるハナシ〜
  ───────────────────────────
   お金は負債であり、国債は政府による通貨の供給でありま
  す。
            借方      貸方
   日本政府         1000兆円
   みなさん 1000兆円
   上記の通り、いとも簡単な会計が成立します。もしも、日
  本政府が全ての国債を償還すれば、みなさんの資産であるお
  金(お札・預金)が全て徴収されます。
   お札の発行も、日銀は国債を買い取る事で供給しているわ
  けです。
             借方       貸方
    日本銀行     国債    日本銀行券
    民間銀行  日本銀行券       国債
   この仕訳以外に、日本銀行がお札(日本銀行券)を発行す
  る方法はありません。よって、国債がなければ、日銀はお金
  を発行する事すらできないのです。
   それでも、国債が『国の借金だ!」と頑迷な方には、この
  論説はいかがでしょうか・・・
   『日本の債務残高は1000兆円じゃなくてゼロだよ!』
  っていう、真実のカウンターパンチです。しかも、その資料
  は、財務省さまが提供してくださっています。
                  https://bit.ly/3Gzjebe
  ───────────────────────────
小川純也立憲民主党政調会長.jpg
小川純也立憲民主党政調会長
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2023年01月06日

●「『円安狂騒曲』はなぜ起きたのか」(第5887号)

 2022年は、2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、日本
では「円安狂騒曲」といえる状況が起きています。実はこの傾向
は、2021年秋から、いつまでも新型コロナウィルスの感染対
策にこだわる日本は金融市場から忌避されつつあると、一部の専
門家が警鐘を鳴らしていたのです。
 それにしても、22年初めには、115円ほどだった対ドル円
相場が、10月には「1ドル=151円」台まで円安に振れたの
ですから、まさに「円安狂騒曲」そのものです。このレベルの円
安は、実に32年ぶりのことです。
 「朝まで生テレビ」では、円安狂騒曲については、ほとんど取
り上げられていないのです。為替の問題は、話がどうしても難し
くなるからで、議論していると話が混乱するからでしょう。しか
し、多少難しくなることを承知で、EJはこの問題を取り上げま
す。通貨が安いということは日本の国力に関係するからです。
 一般的に、円高よりも円安の方がメリットがあるといわれてい
ます。「価格効果」といわれるものがあります。円安における価
格効果とは、外貨建てで取引されている製品やサービスにとって
は、円安が進むと、外貨建ての価格は変わらないが、円に換算し
たときの価格は上昇することをいいます。
 例を上げると、1個当たり1ドルで輸出している製品があると
します。「1ドル=100円」のとき、その製品を円換算したと
きの価格は100円ですが、円安が進んで「1ドル=140円」
になったとき、その製品のドル建ての価格は1ドルと変わらない
のに対し、円換算では140円に上昇します。しかし、その製品
を輸入している企業は、円安が進めば進むほど、今までよりも高
い価格で、その製品を輸入しなければならなくなります。
 これによると、日本では世界的に有名な輸出企業が多いので、
円高よりも円安の方が日本経済にとっては有利なように考えられ
ますが、輸出企業の多い製造業では輸出金額の増加によって収益
力が改善しやすくなるものの、非製造業では、輸入コストの増加
によって収益力が悪化するので、円安が必ずしも日本経済に有利
であるとはいえなくなっています。
 これについて、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部
研究員の藤田隼平氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 総務省の公表している2015年の産業連関表(最新調査)を
用いて、円安が進んだ場合に企業の収益力(付加価値率=付加価
値/生産額)がどの程度変化するのかを試算してみると、円安に
よって製造業の収益力が改善する効果よりも、非製造業の収益力
が悪化する効果の方が大きいとの結果が得られる。
 特に近年は、円安がメリットとなる製造業において海外現地生
産比率の上昇により輸出が伸び悩んでいるほか、グローバルサプ
ライチェーンの構築により、製造業、非製造業ともに海外部品や
原材料への依存度が高まっていることなどから、円安が製造業の
収益力を改善する効果は徐々に小さくなり、逆に非製造業の収益
力を悪化させる効果が大きくなっている。
                 https://nkbp.jp/3Zc5uKM
─────────────────────────────
 2023年1月3日の外国為替市場では、対ドル円相場は、一
時「1ドル=129円」という円高ドル安水準をつけています。
これは、日銀がさらなる金融緩和策の修正を行うのではないかと
いう警戒心があるとみられます。
 そもそも、なぜ、円安ドル高になったのかについて、1月4日
付の朝日新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 円相場は2022年、日米の金利差拡大を背景に急速に円安ド
ル高が進んだ。激しいインフレを抑えようと米国の中央銀行、米
連邦準備制度理事会(FRB)が急速に利上げする一方で、日銀
が金利を低く保ったことで、金利の高いドルを買い円を売る動き
が加速。22年初めに115円ほどだった対ドル円相場は、10
月に32年ぶりに1ドル=151円台まで円安に振れた。
 政府と日銀は円買いドル売りの為替介入にも踏み切った。しか
し、その後は逆に日米の金利差が縮小するとの思惑から円高が進
んでいる。       ──2023年1月4日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 それなら、1月3日の外国為替市場では、なぜ、円高/ドル安
になったのでしょうか。それは、日銀が12月20日に、長期金
利の上限をそれまでの0・25%程度から、0・5%程度へ引き
上げたからです。日銀の黒田総裁は「これは利上げではない」と
いいましたが、どうみても利上げそのものであり、外国為替市場
ではそう判断したのです。
 そのため、日経平均株価は一時820円を超える急落に見舞わ
れ、外国為替市場では一気に6円以上円高が進むなどの大混乱に
陥ったのです。市場関係者は、この日銀の措置を「だまし討ち」
と呼び、評判がすこぶる悪いのです。
 この市場の混乱には理由があります。国会では、当然この円安
/ドル高について、日銀への質問が相次いだのですが、この長期
金利の変動幅の引き上げも提案されていたのです。5月10日の
参議院財政金融委員会でのことです。そのとき、日銀の事務方の
トップである内田真一理事は次のように答弁しているのです。
─────────────────────────────
 長期金利の変動幅の引き上げについては、事実上の利上げとな
り、日本経済にとって好ましくない。  ──日銀内田真一理事
─────────────────────────────
 この発言によって、市場関係者は「長期金利の変動幅の引き上
げはない」と警戒心ゼロであったところをいきなり日銀がやった
ので「だまし討ち」ということになったのです。なお、この日銀
の判断には、官邸も一枚噛んでいるともいわれています。11月
10日に黒田日銀総裁が岸田首相と会っているからです。
           ──[メタバースと日本経済/003]

≪画像および関連情報≫
 ●日本円に何が起きている?止まらない円安とその影響
  ───────────────────────────
   20世紀末、日本は経済大国として初めてゼロ金利を導入
  した。新型コロナウイルスのパンデミックの際、多くの国が
  経済を支えるためにこの戦術を導入した。現在は、こうした
  国々は利上げに転じている。他方、複数報道によると、日本
  銀行は2022年10月28日まで開いた金融政策決定会合
  で、金融政策の現状維持を決定。短期金利をマイナスにし、
  長期金利はゼロ%程度に抑える大規模な金融緩和策を維持す
  ると決めた。
   この低金利政策が、日本円に悪影響を与えている。日本円
  は長らく、危機に際して投資家が買う安全な通貨とされてい
  た。しかし今、この立場が危うくなっている。今年だけで対
  ドルで5分の1以上の価値を失っており、1990年以降で
  最安値を更新した。
   円安は、日本とアメリカの政策金利の違いによって生じて
  いる。今年3月以降、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備
  制度理事会(FRB)は、生活費高騰に対処するため、金利
  を0・25%から3・25%まで積極的に引き上げた。金利
  が高ければ高い方が、投資家にとっては、その国の通貨の魅
  力が増す。その結果、低金利国の通貨の需要は減り、その価
  値も下がる。しかし、円安は日本の財政状態がその原因だと
  指摘する専門家もいる。日本経済は過去30年間、ほとんど
  成長していない。また、同国は世界で最も公的債務残高の多
  い国だ。さらに、出生率が低く、世界で最も高齢者の割合が
  多いため、人口の時限爆弾を抱えていると言える。
                  https://bbc.in/3InrU66
  ───────────────────────────
黒田日銀総裁.jpg
黒田日銀総裁
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2023年01月10日

●「日銀『だまし討ち』の真相を推理する」(第5888号)

 日本銀行の黒田総裁は、なぜ、長期金利の変動幅の引き上げを
行ったのでしょうか。この話には、ウラがあると思います。1月
6日の話の続きです。
 黒田日銀総裁が就任以来やってきたことを振り返ってみること
にします。黒田東彦氏が日銀の総裁に就任したのは、2013年
4月のことです。「脱デフレ」を政策に掲げる故安倍晋三首相に
請われての就任です。黒田総裁は、安倍首相の要請に応えて、国
債を買って金融市場に資金を大量に供給する「異次元金融緩和」
を開始します。その目的は、消費者物価の対前年上昇率を2%に
することです。しかし、ことは簡単ではなかったのです。
 2016年には、短期金利をマイナスに設定するマイナス金利
を導入し、長期金利を0%前後に抑える金利コントロール政策を
はじめます。しかし、日銀の保有する国債が2022年9月末時
点には、発行残高の50・26%に積み上がってしまっても、日
銀は目標の消費者物価の対前年上昇率2%には到達できず、岸田
政権になっても、政府は脱デフレ宣言ができないでいます。
 それでは、なぜ日銀は、市場から「だまし討ち」といわれるこ
とがわかっているのに、長期金利の変動幅の引き上げを行ったの
でしょうか。その理由は2つあります。
─────────────────────────────
   @市場が機能不全状態に陥る兆候があらわれたこと
   A円安対応で苦慮する官邸からの要望があったこと
─────────────────────────────
 @の市場の機能不全とは何のことでしょうか。
 これについては、1月7日付の日本経済新聞に関連記事が掲載
されています。
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◎国債、強まる買い手不在/長期金利日銀上限の0.5%到達
 長期金利が6日、日銀が上限とする0・5%に達した。7年半
ぶりの高水準で、日銀が2022年12月20日に長期金利の上
限を0・5%に引き上げてから初の上限到達となった。日銀が、
再び政策修正に動けば、長期金利が上昇(債券価格は下落)する
との警戒から、国債は、日銀以外の買い手が付きにくくなってい
る。市場機能が一段と低下し、企業の資金調達にも支障が出かね
ない。       ──2023年1月7日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 10年物国債(10年債)といえば、長期金利の指標になる国
債ですが、実は、その国債が、昨年の秋以降、業者間取引で売買
が成立しない日が多くなっていたのです。日銀はこれを市場の機
能不全状態であると判断し、長期金利の変動幅の引き上げに動い
たのです。
 上記の日本経済新聞の記事でも10年債に買い手がつかないこ
とを伝えていますが、これは1月17日と18日に控える日銀の
金融政策決定会合で、日銀がさらなる長期金利の変動幅の引き上
げを行うのではないかという市場関係者の疑心があるからです。
なぜなら、1月6日には、日銀が長期金利の上限とする0・5%
に既に達しているからです。
 つまり、市場関係者は、日銀が、6日時点で既に達している長
期金利の上限が0・5%のままで今後推移するとは考えていない
はずです。なぜなら、もし、日銀が10年債をこの利回りのまま
推移させると、他の年限の利回りとの逆転や乖離といった歪みが
さらに拡大すると考えられるからです。
 10年債の利回りは重要な指標です。社債の利回りを決めると
き、10年債の利回りを基準にして、その会社の信用度などを加
味して決定しているからです。
 市場の機能不全状態の典型といえば、英国での「トラスショッ
ク」があります。英国では、国債の暴落をきっかけに、大規模減
税策を掲げて就任したばかりのトラス首相が、辞任に追い込まれ
るという予想を超える事態が起きましたが、この暴落は、政治が
経済に大きな問題を引き起こし得る政策を行おうとしたときに、
「債券自警団」が警鐘を発したといわれています。債券自警団と
は、インフレを誘発するような金融・財政・政策に対して債券を
売ることで抗議する投資家の一団のことをいいます。
 Aの官邸からの要望とは何でしょうか。
 2022年11月10日のことです。黒田日銀総裁は、岸田首
相と会談しています。会談後、黒田総裁は、岸田首相から、持続
的な経済成長を実現するため、エネルギー価格高騰への対応や構
造的な賃上げ、成長のための投資や改革に取り組むとの話があっ
たことを明らかにしています。これについて、第一生命経済研究
所首席エコノミストの熊野英生氏は、情報として、次の趣旨のこ
とを述べています。つまり、10年債の事実上の利上げについて
話したのではないかというのです。
─────────────────────────────
 為替が実体経済に影響するまで3カ月以上のタイムラグがある
とされる。今回の金利上限引き上げを受けた円高が、効果を発揮
するのは、23年4月以降になる。23年4月の電気料金改定で
は、3割近い引き上げが予想されるが、為替が円高方向に修正さ
れれば、電力会社のコスト上昇圧力が軽減され、電気料金を押し
下げる効果が期待できる。      https://bit.ly/3vLspze
─────────────────────────────
 さらに熊野英生氏は、黒田日銀総裁は、次期日銀総裁が金融政
策をやりやすくするため、自らの手で、異次元金融緩和の後始末
に着手したのではないかと予測しています。そうであるとすれば
長期金利の変動幅が0・5%のままであるはずがなく、さらに引
き上げる可能性が十分あります。
 ちなみに次期日銀総裁は、雨宮正佳副総裁と前副総裁の中曽宏
大和総研理事長が有力視されていますが、サプライズとして「新
しい資本主義実現会議」のメンバーである、翁百合氏の名前も挙
がっていることを指摘しておきます。
           ──[メタバースと日本経済/004]

≪画像および関連情報≫
 ●初の女性総裁誕生か?岸田首相が画策する日銀トップ“サプ
  ライズ人事”と政権浮揚シナリオ
  ───────────────────────────
   新年早々、為替相場が大きく動いている。3日の外国為替
  市場では、円が急上昇し、一時1ドル=129円台半ばと7
  カ月ぶりの円高・ドル安水準を付けた。昨年10月の151
  円台後半から約22円も上昇したことになる。マーケットは
  この先、日銀が金融緩和策を縮小すると判断し、ドル売り・
  円買いの動きを強めている。
   今後、為替はどう動くのか。マーケットが注目しているの
  が、日銀の次期総裁人事だ。現職の黒田総裁の任期は4月に
  切れる。低支持率にあえぐ岸田首相は、“サプライズ”人事
  を画策しているという。「サプライズとして浮上しているの
  が、日銀初の『女性総裁』の誕生です。日銀総裁は基本的に
  財務省OBと日銀出身者が交互に就任する『たすき掛け』人
  事が行われてきた。財務省出身の黒田総裁の後任は、日銀現
  副総裁の雨宮正佳氏、中曽宏前副総裁、山口広秀元副総裁の
  名前が挙がっています。ところが、3人とも地味で、総裁に
  なっても刷新感が薄い。そこで岸田首相は『女性総裁』誕生
  で、世間にアピールするつもりではないか、とみられていま
  す。掲げる『女性活躍』政策ともマッチします」(霞が関関
  係者)有力候補として名前が挙がっているのが日本総研の理
  事長で、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」のメンバー
  でもある翁百合氏だ。他に、日銀政策委員会の審議委員を務
  めた白井さゆり慶大教授と、日銀初の女性理事を務めている
  清水季子氏の名が浮上。     https://bit.ly/3k16IbB
  ───────────────────────────
翁百合氏.jpg
翁百合氏
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2023年01月11日

●「日本にも誇るべき『世界一』がある」(第5889号)

 年末から年始にかけて、メディアが取り上げたのは、「安い日
本」「堕ちる!ニッポン」「買い負けする日本」など、どちらか
というと、日本にとって暗い話題ばかりです。
 国の問題点を指摘するのは悪いことではありませんが、あまり
自虐的になるのは考えものです。日本にもまだ「世界一」といわ
れるものがあるからです。
 しかし、それを説明するのは必ずしも簡単ではありません。な
ぜなら、そのためには、現在、日本が、経済的にどのようなポジ
ションにあるのかについて知る必要がありますが、それを理解す
るには、いくつかの難解な経済の専門用語の意味を知る必要があ
るからです。
 「有事の円」という言葉を聞いたことがありませんか。「円は
安全資産」という言葉はどうでしょうか。
 これについて、みずほ銀行チーフマーケットエコノミストの唐
鎌大輔氏は、近著で次のように説明しています。
─────────────────────────────
 為替市場で円が安全資産と呼ばれてきた最大の理由は、多額の
経常黒字を安定的に稼ぎ、結果として、「世界最大の対外純資産
国」というステータスを保持していたことにあった。これは言い
換えれば、「世界で最も外貨建ての純資産を有する国」であり、
「有事の際にはそれだけ外貨売りを行って時間稼ぎをする余裕が
ある」という解釈にもなる。実際、対外純資産には売却が難しい
資産も多く含まれているはずだが、少なくとも世界に多くの通貨
が存在するなか、「相対的に防衛能力が高そうな通貨」であるこ
とは事実である。世界最悪の政府債務残高やハイペースで進む少
子化、結果としての低成長などにもかかわらず円や日本国債が安
定してきた背景に、そうした「鉄壁の需給環境」への信頼があっ
たことは論をまたない。──唐鎌大輔著/日経プレミアシリーズ
              『「強い円」はどこに行ったか』
─────────────────────────────
 「日本は世界最大の債権国である」──このようにいったら、
信じますか。
 そもそも「債権国」とは何でしようか。
 債権国とは、対外債権が債務を上回っている国をいい、逆に債
務超過の国を債務国といいます。日本は、1980年代に入り、
巨額の経常収支黒字を続けた結果,対外債権が累積し,1985
年以降、世界最大の債権大国となっています。
 それでは、米国はどうなのでしょうか。
 米国は、1975年には1400億ドル以上の債権を保有して
いましたが、その後、経常収支の赤字が続いたため、1985年
には債務国になり、1980年代末からは有史上最大の債務国に
転落しています。つまり、米国は、他国から最もたくさんお金を
借りている国ということになります。しかも、その債務は現在も
増え続けています。
 それなら、米国はなぜ破綻せず、繁栄しているのでしょうか。
これは実に興味あるテーマです。このテーマについては、改めて
取り上げることとして、ここでは昨年6月に公表された2022
年度の対外純資産の世界ベスト4を日本円で比較すると、次のよ
うになります。
─────────────────────────────
      ◎2022年対外純資産ベスト4
      1位/日 本 ・・・ 411兆円
      2位/ドイツ ・・・ 315兆円
      3位/香 港 ・・・ 242兆円
      4位/中 国 ・・・ 226兆円
                  https://bit.ly/3IzFCms
─────────────────────────────
 2022年度(2021年末)の日本の対外純資産の正確な数
値は、前年比15・8%増の411兆1841億円になります。
1年で56・1兆円増加し、その増加幅は過去最大です。世界2
位のドイツとの差は、100兆円近くまで開き、31年連続の世
界最大の対外純資産国のステータスを維持しています。
 「国際収支の発展段階説」という考え方があります。1950
年代に、英国の経済学者ジェフリー・クローサーと米国の経済学
者チャールズ・キンドルバーカーによって提唱された概念です。
簡単にいうと、一国が債務国から債権国へと発展する段階を国際
収支の観点から6段階に分けて定義づける考え方です。
─────────────────────────────
          @未成熟な債務国
          A成熟した債務国
          B  債務返済国
          C未成熟な債権国
          D成熟した債権国
          E債権取り崩し国
─────────────────────────────
 上記6つのうち、@〜Cまでを以下に簡単にメモしておくこと
にします。DとEは明日のEJで取り上げます。
 @「未成熟な債務国」──新興国は経済力が弱く、輸出は低水
準、多くのものを輸入しなければならないから貿易収支は赤字、
海外からの所得収支も赤字。したがって、全体収支である経常収
支も赤字。
 A「成熟した債務国」──国内産業が発達し、輸出が増加。輸
入を上回って貿易収支は黒字化。しかし、借金が残っているので
経常収支は赤字のままで、債務国を脱出できない。
 B「債務返済国」──経済力がさらに向上すると、貿易黒字が
一層拡大。経常収支も黒字化するので、本格的な借金返済ができ
るようになる。
 C「未成熟な債権国」──仕事が増えて、給与が上がり、借金
を返済して貯蓄や投資ができるようになる。
           ──[メタバースと日本経済/005]

≪画像および関連情報≫
 ●31年連続「世界最大の対外純資産国」はほぼ円安効果
  経常黒字減でドイツと逆転の日が近づいて・・・
  ───────────────────────────
   財務省が最新(2021年末現在)の「本邦対外資産負債
  残高の状況」を公表。NHKや日本経済新聞など代表的なメ
  ディアが、日本の「対外純資産」が400兆円を超えて過去
  最大になったと報じた。
   対外純資産とは、日本国内の企業や個人、政府が海外に持
  つ資産額から負債額を引いたもの。巨大な対外純資産の存在
  は、国内への投資機会が乏しかった(あるいは魅力がなかっ
  た)ことの裏返しでもあり、過去最大を記録したからと言っ
  て必ずしも喜ばしい話ではない。
   とは言え、日本政治・経済の弱体化が指摘される昨今、円
  の価値が底割れに至らないのはこの巨大な対外純資産のおか
  げというのも一面の真理だろう。
   具体的な数字を見ると、対外純資産残高は前年比15・8
  %増の411・1兆円と2年ぶりに増加した。1年で56・
  1兆円という増加幅も過去最大。世界2位のドイツとの差は
  100兆円近くまでに開き、31年連続「世界最大の対外純
  資産国」のステータスを維持した。しかし、56・1兆円と
  いう増加分の内訳をみると、若干の不安もよぎる。「取引フ
  ロー」要因で増えたのは10・7兆円。後は資産価格の変動
  によるもので、「為替相場変動」要因が62・2兆円の増加
  「その他調整」要因が、116・8兆円の減少だった。
                  https://bit.ly/3ZloXZt
  ───────────────────────────
唐鎌大輔氏.jpg
唐鎌大輔氏
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2023年01月23日

●「政府のエネルギー対策で大丈夫か」(第5890号)

 EJは、1月12日と13日、16日から20日までの7日間
休刊とさせていただきました。24年間継続してきた営業日連載
記録が途切れてしまいましたが、今日からEJを再開します。こ
れからもEJをよろしくお願いします。
 2023年1月21日付の日本経済新聞によると、2022年
12月の消費者物価指数(CPI)は、4・0%に上昇したとい
うことです。これは、変動幅の大きい生鮮食品を除く前年同月比
での上昇率です。消費者物価指数4%の上昇は、第2次石油危機
の影響で物価が上昇した1981年12月以来、実に41年ぶり
のことです。
 あらゆるものが値上がりしていますが、とくにエネルギー関連
は実に15・2%上昇し、その伸び率は、前月の13・8%から
拡大しています。このうち、電気代は21・3%、都市ガス代は
33・3%も上がっています。
 このような物価高騰で心配されるのは、消費の落ち込みによる
大不況の到来です。総務省による昨年11月の家計調査によると
物価変動の影響をのぞいた実質の消費支出は、6カ月ぶりに前年
比マイナスになり、明らかに消費マインドが弱まっています。今
回の不況が深刻なのは、今年の前半にかけての中国、米国、欧州
が景気減速に陥る懸念があることです。
 これに対して、岸田首相はどのような対策を講じようとしてい
るのでしょうか。岸田首相は、エネルギー価格高騰対策として、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 物価高騰の一番の原因となっているガソリン、灯油、電力、ガ
スに対して、集中的な激変緩和措置を講じる。エネルギー関連の
物価高対策として「総額6兆円、平均的な家庭で23年前半に総
額4万5000円の支援となる。        ──岸田首相
              https://s.nikkei.com/3Hku1GN
─────────────────────────────
 23年前半までに平均家庭に対して4万5000円の補助──
これを人気取りのためのバラマキという批判もありますが、岸田
政権としては、もっと「異次元の措置」を講ずるべきです。これ
によって日本経済が不況の淵に沈んでしまうと、元も子もないか
らです。
 実際に、日本をはるかにを上回る大胆な補助をしている国があ
ります。それはドイツです。
─────────────────────────────
【ベルリン=南毅郎】エネルギー問題に関するドイツの専門家委
員会は2022年10月10日、高騰するガス価格の抑制に向け
た具体案をまとめた。12月に国民の負担軽減へ一時金を出し、
2023年3月からガス価格に上限を設ける措置が柱だ。ショル
ツ政権は最大2000億ユーロ(約28兆円)規模の総合対策を
表明済みで、実現すればうち900億ユーロ相当を投じることに
なる。委員会がまとめた中間報告書によると、負担軽減策は2段
階で構成する。
 まず12月に一時金を支給することで、ガス価格の上限制を導
入するまでのつなぎ措置として利用者の負担を直接和らげる。金
額にして1カ月分以上のガス代が免除される可能性がある。
 そのうえで、ガス価格の上限制は23年3月から24年4月ま
で導入する案を示した。具体的には、ガス価格を1キロワット時
あたり原則12セントに抑えることで利用者の負担増を防ぐ。補
助対象は過去の利用実績に照らしてガス消費量の8割となる見込
みだ。産業用ガスは7セントに引き下げ、先行して23年1月か
ら導入する案も盛り込んだ。 https://s.nikkei.com/3QWXNEP
─────────────────────────────
 日本の総額6兆円に対してドイツは2000億ユーロ(約28
兆円)のうち、900億ユーロ(約12兆4000億円)をエネ
ルギー支援に充てるといっているのです。規模がぜんぜん違いま
す。ドイツという国は平時はシブチンといわれるほど、財政を引
き締める国ですが、コロナ禍やウクライナ危機のようなときは、
素早く巨額の資金を使い、国民に手厚い支援を行います。
 諸物価物価高騰は、昨年の秋頃から顕著になっていたのです。
そこでドイツは、12月に一時金を支給し、2023年3月から
ガス価格に上限を設ける措置を設けるという2段構えです。これ
なら、国民は不安を感じないでしょう。その一時金──1か月分
のガス代に相当──は既に年末に支払われています。
 日本についてはどうでしょうか。岸田首相は、2022年10
月に、上記のようなエネルギー価格高騰抑制対策を打ち出しただ
けです。これでは、本当にやってくれるのか、国民は不安になる
と思います。しかも、2023年1月21付の日本経済新聞は、
一面で次のような報道を行っています。
─────────────────────────────
◎東電、3割値上げ申請へ/家庭向け今夏までの実施目指す
 東京電力ホールディングス(HD)は来週はじめにも一般家庭
向け電気料金の値上げを経済産業省に申請する。経産省が認可す
る規制料金とよばれるプランで、家庭向け契約の過半を占める。
申請する値上げ幅は3割前後となる見通し。国の審査を経て今夏
までの料金引き上げを目指す。東電が規制料金を上げるのは、東
日本大震災後に収支が悪化した2012年以来、11年ぶりとな
る。             https://s.nikkei.com/3iS6zaj
─────────────────────────────
 東日本大震災のとき、時の民主党政権が何をしたでしょうか。
なんと復興特別所得税です。税額は、基準所得税額の2・1%で
日本国民は現在もこの税金を支払っています。「こんなときに増
税とは」──信じられない話ですが、岸田政権は、この復興特別
所得税の期間を延長し、防衛費の一部に充てようとしています。
この国民生活が苦しいときにまたしても増税です。どうやら「減
税」という手段は岸田首相の頭の中にはないようです。
           ──[メタバースと日本経済/006]

≪画像および関連情報≫
 ●日本が抱えているエネルギー問題
  ───────────────────────────
   朝食にガスコンロで卵を焼いてトースターでパンを焼く。
  電車に乗って会社や学校へ向かいながら、スマートホンで、
  ニュースをチェックする。日中、パソコンに向かって仕事や
  勉強をし、夜には冷房が効いた快適な部屋で、宅配便で届い
  た本を読む・・・。
   日本のこうした便利な暮らしを支えているのは、電気や都
  市ガス、ガソリンといったエネルギーです。エネルギーなく
  して成立し得ない現代の生活スタイルですが、実は、日本の
  実質GDP当たりのエネルギー消費は世界平均を大きく下回
  ることに成功しています。GDP世界第1位のアメリカと比
  べ、約2分の1、同じ非資源国の韓国と比べ約3分の1程度
  の消費に抑えられているのです。これは、1970年代、2
  度に渡って生じた石油ショックを教訓として、官民を挙げて
  省エネルギー対策に注力してきた結果といえるでしょう。
   しかし、エネルギー利用効率が非常に良い一方で、日本の
  エネルギー需要量そのものは、石油ショック後拡大していま
  す。経済成長と共に生活が便利になり、家庭や企業でのエネ
  ルギー利用機器や自動車の利用が増えていったことがその原
  因です。最終エネルギー消費量は2004年度まで増え続け
  ましたが、その後は減少傾向となり、第1次石油ショック当
  時の1973年度に比べ、2015年度では全体で1・2倍
  のエネルギー需要量となっています。
                  https://bit.ly/3WlYPuY
  ───────────────────────────
総合経済対策で記者会見する岸田首相.jpg
総合経済対策で記者会見する岸田首相
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2023年01月24日

●「日本経済のポジションとはどこか」(第5891号)

 2022年10月21日、それは起きたのです。その日の外国
為替市場は「1ドル=151円」を付けたのです。これは、32
年ぶりの円安であり、日本経済にとって衝撃的な出来事だったと
いえます。問題は、この円安をどう見るかです。
 さまざまな意見がありますが、日本の通貨である円の推移を鋭
い視線で分析している、みずほ銀行、唐鎌大輔チーフマーケット
・エコノミストは次のように述べています。
─────────────────────────────
 従来「1ドル=100〜120円」だった円相場の変動域が、
「120〜140円」や「130円〜150円にスライドしてい
る可能性は高い。この原因として、日本の貿易黒字の消滅と対外
直接投資の急拡大がある。          ──唐鎌大輔氏
─────────────────────────────
 確かに、1922年度の貿易赤字(通関ベース)は20兆45
60億円であり、比較可能な1979年以降で最大になる見通し
です。2023年も13兆5540億円の赤字になるといわれて
います。
 ここで、国際収支の発展段階説における日本のポジションに話
を戻す必要があります。国際収支の発展段階説を以下に再現する
ことにします。
─────────────────────────────
          @未成熟な債務国
          A成熟した債務国
          B  債務返済国
          C未成熟な債権国
        → D成熟した債権国
        → E債権取り崩し国
─────────────────────────────
 以上のうち、@からCまでは簡単に説明をしております。結論
から先にいうと、日本はDの「成熟した債権国」のポジションに
あります。Dの「成熟した債権国」とEの「債権取り崩し国」の
違いは次のようになっています。
─────────────────────────────
           成熟した債権国   債権取り崩し国
      経常収支      黒字        赤字
 貿易・サービス収支      赤字        赤字
   第一次所得収支    大幅黒字        黒字
     対外純資産    大幅黒字        黒字
      金融収支      赤字        黒字
    ──唐鎌大輔著/『「強い円」はどこへ行ったのか』
                 日経プレミアムシリーズ
─────────────────────────────
 前提的な知識として「経常収支」について理解する必要があり
ます。経常収支とは、海外との貿易や投資といった経済取引で生
じた収支を示す経済指標のことです。
 この経常収支の構成要素として、自動車などのモノの輸出から
輸入を差し引いた貿易収支、旅行や特許使用料などのサービス収
支、海外からの利子や配当を示す第1次所得収支、政府開発援助
(ODA)などの第2次所得収支があります。
 この経常収支に、企業の買収や株式投資など金融資産の動きを
示す「金融収支」を加えたものが、国際収支となります。これに
ついては、財務省が毎月統計を公表しています。
 文章で説明すると、わかりにくいので、財務省が公表している
数値を以下に示します。
─────────────────────────────
                 2022年9月現在
   貿易・サービス収支 ・・・ ▲2兆1028億円
        貿易収支 ・・・ ▲1兆7597億円
          輸出 ・・・  8兆8275億円
          輸入 ・・・ 10兆5872億円
      サービス収支 ・・・   ▲3431億円
     第1次所得収支 ・・・  3兆2226億円
     第2次所得収支 ・・・   ▲2104億円
   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        経常収支 ・・・    9094億円
                  https://bit.ly/3ZRL0ra
─────────────────────────────
 第1次所得収支の3兆2226億円から、貿易・サービス収支
の赤字2兆1028億円と第2次所得収支の赤字2104億円を
引くと、9094億円という経常収支が得られます。
 コロナ禍で海外の旅行客が日本に来れなくなることによる、い
わゆるインバウンド需要が減り、サービス収支が赤字になったこ
とと、原油や天然ガスなどのエネルギー資源の大半を海外に依存
する日本は、折からの円安ということもあって、貿易収支は赤字
になっています。
 もともと日本という国は、1970年以降、貿易黒字を確保し
たうえで、海外投資の利子や配当金などの第1次所得収支の黒字
を加えて、大幅な経常黒字を稼ぐ国だったのです。このときの日
本は、国際収支の発展段階説では、Cの「未成熟な債権国」だっ
たのです。この膨大な経常黒字の累積が「世界最大の対外純資産
国」を築き上げたのです。このとき日本は、貿易収支と所得収支
の両方で稼ぐ国家だったわけです。
 しかし、コロナ禍から完全に脱却していないことはあるものの
貿易収支は赤字に転落し、結局、現在、日本の経常収支を支えて
いるのは、第1次所得収支だけということになります。しかし、
第1次所得収支の累積額は大きく、現在でも依然として「世界最
大の対外純資産国」のステータスを守っています。したがって、
現在の日本は、国際収支の発展段階説のDの「成熟した債権国」
に位置付けられているといえます。
           ──[メタバースと日本経済/007]

≪画像および関連情報≫
 ●成熟した債権国に進む日本経済/長谷川正氏
  ───────────────────────────
   日本経済を過去数十年間にわたって振り返ると、大きく変
  化している。この変化を多方面からとらえることができるが
  その1つは産業構造からのアプローチである。石油ショック
  後、産業の「軽薄短小化」、すなわちエネルギー消費量が少
  ない産業構造への転換が生じたが、生産するものは依然とし
  て「モノ」であった。その後、さらに構造転換が進み現在、
  「情報」という目には見えないもの、すなわち「IT化」が
  進展している。このほか、就業構造の変化からもとらえるこ
  とができる。女性の就業率が高まり、いまや日本経済は、女
  性労働力なしでは成り立たなくなっている。労働市場では、
  さらに終身雇用・年功序列制度といった日本経済に深く根付
  いていたと思われた制度が、最近では崩れてきている。この
  ように日本経済の変化を多方面からとらえることができるが
  本レポートでは、日本と海外との、「モノ」や「サービス」
  さらに「所得」の取引によってとらえることにする。日本経
  済の国際化が急速に進んでいるだけに、海外との取引におい
  て、日本経済の構造転換が鮮明に表れているはずである。本
  レポートで明らかになったことを前もって述べると、次の点
  である。
   @貿易・サービス収支の黒字額が縮小傾向にあること。
   A一方、所得収支黒字額は拡大傾向にあること。
   すなわち、日本経済は成熟した債権国に進みつつある。こ
  の動きは、今後さらに強まると見込まれる。なお、「成熟し
  た債権国」の厳密な定義については後で行うことにする。
                  https://bit.ly/3Hm89Lb
  ───────────────────────────
経常収支の推移.jpg
経常収支の推移
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2023年01月25日

●「日本経済に構造変化が起きている」(第5892号)

 「有事の円買い」という言葉があります。2008年に起きた
リーマンショックや、2011年の東日本大震災後では、円が安
全資産として、世界中の投資家から買われ、円高になったもので
す。とくに、2011年10月21日には、「1ドル=75円」
まで円高が進んだのです。
 しかし、日本は国民の誰もが知るいわゆる「借金大国」であっ
て、普通国債の残高は2022年度末には1029兆円に達して
います。そんな国の通貨が、なぜ、有事のさい、世界中の投資家
から買われるのでしょうか。
 それは、日本が世界一の「債権国家」であるからです。財務省
は、日本が稀有の借金大国であることは、財務省のトップである
財務事務次官が、わざわざ一般誌に論文を発表してまで国民に周
知させようとしますが、日本が世界一の債権国家を続けているこ
とは積極的には報道しないので、多くの国民はこの事実を知らな
いでいます。
 しかし、日本は、海外に莫大な資産を保有しているのです。し
たがって、リーマンショックのような経済市場が混乱する有事が
起きた場合、日本の企業や個人の多くが、海外にある資産を国内
へ引き上げることが予想されます。海外資産(多くの場合は米ド
ル建て)を国内に引き上げるということは、米ドルを売って円を
買うということであり、この動きが円高を進行させているという
わけです。これが有事の円買いです。
 しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻では円安が進行し
ています。有事の円買いが起きておらず、逆に円が売られていま
す。この事実をもって「円の実力が低下している」という論調が
支配的です。2022年10月21日には「1ドル=150円」
になったことをもって「円の価値は半減/75円→150円」と
までいわれていますが、必ずしもそうとはいえないと思います。
それならば、2022年2月にウクライナ危機が起きたとき、な
ぜ、円が買われず、ドルが買われたのでしょうか。
 これについて、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大
作チーフ為替ストラテジストは、それには2つの理由があるとし
て、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 大きく2つの理由があります。1つ目は、確かに株価が崩れる
と円買いの連想が働きますが、足元では、ユーロやポーランド・
ズロチなど幅広い通貨に対して、全面的なドル買いが起きていま
す。ドルは世界一の軍事大国の通貨であり、世界中で使われる基
軸通貨であって、市場での流動性も円より高い。この「有事のド
ル買い」と「有事の円買い」が綱引き状態になっています。
 もう1つは、需給面で日本の貿易収支が赤字に転落しているこ
とです。国際商品は基本的に決済にドルを使います。日本の1月
の通関統計をみると、貿易赤字は2兆円規模に上っており、輸入
のためのドル買い需要がそれなりに出ていると考えられます。
                      ──植野大作氏
                  https://bit.ly/3kthDLz
─────────────────────────────
 ロシアのウクライナ侵攻により、コモディディ価格が上昇傾向
にあります。「コモディティ」とは、「商品先物」として取引さ
れているもののことです。具体的に何かというと、原油や天然ガ
スなどのエネルギー、銅や鉄鉱石などの工業用金属、金やプラチ
ナなどの貴金属、あるいは木材や小麦などまで含め、商品先物と
して取引されているもの。それらを総称して「コモディティ」と
呼んでいるのです。
 ウクライナやロシアは、穀倉地帯で貴金属の輸出国でもありま
す。したがって、コモディティー価格が上昇傾向にあるのですが
ドル買い需要が強くなるとの見方から、円買いは限定的になりま
す。逆にいえば、ユーロやズロチといった他の通貨に対しては円
買いがそれなりに進んでいます。
 しかし、今回の円安には構造変化が起きているという見方があ
ります。みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストである唐鎌
太輔氏による分析です。添付ファイルをご覧ください。
 変化は、2002年から2011年の10年間と、2012年
から2021年までの10年間を比較してみるとわかるというの
です。2つのグラフがありますが、はじめに、棒グラフの方を見
てください。
 経常収支は、約172兆円から約144兆円と減少しているも
のの、依然高水準にあります。これは、貿易収支が約96兆円か
ら約8兆円の赤字に転落したものの、第一次所得収支が約125
兆円から約195兆円へと大幅に黒字が拡大した結果なのです。
 続いて折れ線グラフの方をご覧ください。これは、貿易収支と
ドル円相場の推移をあらわしています。これを見ると、2012
年以降、貿易黒字が稼げなくなった結果、その後に際立った円高
・ドル安が起きていないことが分かります。これらについて、唐
鎌大輔氏は、近刊著書で次のように述べています。
─────────────────────────────
 「貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ」というのは「成熟した債
権国」の姿である。リーマンショック、欧州債務危機、アベノミ
クスという局面変化を経験した直後の10年間(2012〜20
21年)で日本は、「未成熟の債権国」を卒業し、国の発展段階
が1つ進んだという事実は間違いなく、ここに構造変化の跡を確
認することはできる。            ──唐鎌大輔著
             『「強い円」はどこへ行ったのか』
                  日経プレミアムシリーズ
─────────────────────────────
 2021年から2022年にかけて、資源価格が高騰し、貿易
赤字が拡大しつつあります。2022年上半期(1月〜6月)の
貿易赤字は過去最大を記録しています。この状態がいつまで続く
のかについても注視する必要があります。
           ──[メタバースと日本経済/008]

≪画像および関連情報≫
 ●「円安」で起こっている日本人が知りたくないこと
  ───────────────────────────
   短期的には、アメリカのインフレ率急落を祈ることが、超
  円安に対処するための日本の唯一の選択肢かもしれない。し
  かし、長期的には、日本企業の競争力を根本的に強化しなけ
  ればならない。なぜなら、それが「実質」円安の根本原因だ
  からである(「実質」円の定義と経済的意義は後述する)。
  円安は、日本企業が国際市場で元気をなくしているから起き
  ているのだ。
   まず、短期的な話をしよう。この1年半、円安の唯一最大
  の要因は、アメリカの金利と日本の金利の差である。そして
  金利の上昇は、アメリカの高インフレに対するアメリカの武
  器である。日米金利差が大きければ大きいほど、日本からア
  メリカへの資金流入が増え、円安が進む。
                  https://bit.ly/3iWQTCM
 ●グラフ出典/唐鎌大輔著の前掲書より
  ───────────────────────────
2つのグラフ.jpg
2つのグラフ
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2023年01月26日

●「誇るべきでない最大の対外純資産国」(第5893号)

 対外純資産は、毎年5月頃に発表されますが、2021年の対
外純資産のベスト4は次の通りとなっています。対外純資産とは
企業や政府などが海外に持つ外貨建て資産の評価額のことで、日
本は、31年連続世界第1位です。
─────────────────────────────
   ◎対外純資産ベスト4
    第1位/日 本 ・・ 411兆1841億円
    第2位/ドイツ ・・ 315兆7207億円
    第3位/香 港 ・・ 242兆7482億円
    第4位/中 国 ・・ 226兆5134億円
─────────────────────────────
 日本が経常黒字を続ける限り、その累積結果として、世界一の
対外純資産のステータスが保持されることになります。しかし、
対外純資産を支える構造は大きく変化しています。これについて
は、添付ファイルのグラフをご覧ください。
 その構造変化は、10年前から顕著になっています。2010
年以前は、海外投資としては証券投資が中心であり、直接投資は
限定的であったのです。ここで、証券投資とは、国外の株式や債
券などの金融資産に投資することであり、これに対して直接投資
とは、国外で事業活動を行うために企業を買収したり、生産設備
などに投資したりすることをいいます。
 これについて、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの
唐鎌大輔氏は、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 2000年代前半においては、日本の対外純資産は、その大半
が証券投資残高、すなわち米国債や米国株などに代表される海外
の有価証券だった。しかし、2011〜2012年頃を境に日本
から海外への対外直接投資が増えた結果、2021年末時点では
約半分(45・8%)は直接投資残高になっている。これは、日
本企業による旺盛な海外企業の買収(いわゆるクロスボーダーM
&A)の結果である。(一部略)
 リーマンショック後は、「金利なき世界」が常態化していたの
で、収益率に優れる直接投資が証券投資より好まれるのは合理的
な展開だったが、背景事情はそれだけとは考えにくい。それまで
断続的に日本が直面していた超円高や自然災害(地震、台風、津
波など)、硬直的な雇用法制など日本特有の様々なカントリーリ
スクが考慮された結果、直接投資は増えてきたのだという解説は
多い。とりわけ、2011〜2012年という時代を境にして直
接投資が増えていることを鑑みれば、やはり2008〜2012
年の超円高局面、2011年3月に発生した東日本大震災などの
影響は大きかったのではないかと推測される。
          ──唐鎌大輔著/日経プレミアムシリーズ
             『「強い円」はどこへ行ったのか』
─────────────────────────────
 この対外純資産の構造変化は、「有事の円買い」に大きな影響
を与えることになります。証券投資が中心であった時代では、有
事が起きたとき、流動性の高い海外有価証券を手放して円に換え
ることは容易に予想することができます。この場合は、有事の円
買いは機能を発揮することになります。
 しかし、直接投資の場合は、リスク回避のために買収した企業
を簡単に手放すとは考えにくいのです。したがって、直接投資の
割合が増えるということは、外貨のまま戻ってこない円の割合が
増えることを意味します。事実そういう傾向は強くなっており、
結果としてそれは「有事の円買い」そのものの退潮を意味するこ
とになるのです。
 しかし、ここで日本として考えるべきことがあります。ここま
で円の価値を支えてきたと思われる「世界最大の対外純資産国」
というステータスは、それほど日本として誇れるべきものではな
いということをです。
 なぜなら、国内から国外への証券投資や直接投資が旺盛だとい
うことは、日本企業として、日本国内に投資すべき魅力的な対象
がないことを意味します。企業として、縮小し続ける国内市場に
投資するよりも、勢いのある海外企業の買収や出資を通じて時間
や市場を買う方が、経営上プラスであると判断した結果であると
考えられるからです。
 唐鎌大輔氏にいわせると、『「世界最大の対外純資産国」は、
単純に資金の流れだけを捉えれば、日本企業による資本逃避(キ
ャピタルフライト)といえなくもない』と断じています。そうす
ると、このステータスは、いわゆる「失われた30年」の副産物
とみなすこともできます。
 31年連続世界一の「世界最大の対外純資産国」というステー
タスを日本はいつまで守れるでしょうか。日本の背後には、ドイ
ツが迫ってきています。これについて、唐鎌大輔氏は、次のよう
に分析しています。
─────────────────────────────
 この点、筆者は諸外国、とりわけドイツとの比較を気にしてい
る。ドイツは単一通貨ユーロという「永遠の割安通貨」を武器に
貿易黒字を稼ぎ続け、「世界最大の経常黒字国」としてのステー
タスを盤石なものにしてきた。この経常黒字のほとんどが貿易黒
字であり、通常ならば「通貨高→輸出減→貿易黒字縮小→経常黒
字縮小」という展開を辿るはずである。
 しかし、ユーロはドイツのほかイタリアやスペインやギリシャ
を含めてユーロであるため、ドイツの地力に相応しいほど強くな
ることは構造上絶対にない。だから、ドイツの経常黒字は減りづ
らいという特質がある。この点は断続的な通貨高をひとつの要因
として輸出企業が生産拠点の海外移管を進め、貿易黒字が消滅し
た日本とは対照的である。
    ──唐鎌大輔著/日経プレミアムシリーズの前掲書より
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/009]

≪画像および関連情報≫
 ●日本は31年連続「世界最大の対外純資産国」/
  それでも円買いに貢献しない理由/唐鎌大輔氏
  ───────────────────────────
   円の信認に注目が集まりやすい昨今、「世界最大の対外純
  資産国」というステータスが「安全資産としての円」のより
  どころになっているのは間違いない。その意味で、年1度の
  対外資産負債残高統計は丁寧にチェックする価値がある。こ
  の点、5月27日、財務省から『本邦対外資産負債残高の状
  況(2021年末時点)』が公表されている。
   今回の本欄ではこの数字を詳しく掘り下げてみたい。具体
  的な数字を見ると、日本の企業や政府、個人が海外に持つ資
  産から負債を引いた対外純資産残高は、前年比56・1兆円
  増の411兆1841億円と2年ぶりに増加している。これ
  は年間の増加幅としては過去最大だ。2位のドイツ(315
  ・7兆円)との差は100兆円近くまでに拡大しており、こ
  れで31年連続「世界最大の対外純資産国」のステータスを
  維持したことになる。      https://bit.ly/3ZTUoup
 ●グラフ出典/──唐鎌大輔著の前掲書より
  ───────────────────────────
日本の対外純資産関連データ.jpg
日本の対外純資産関連データ
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2023年01月27日

●「国債60年償還ルールを廃止せよ」(第5894号)

 1月23日から通常国会がはじまっています。閣議決定された
にもかかわらず、防衛増税実施への反対意見は、与党の自民党の
なかでも根強くあります。防衛費増額の財源確保について、政府
は十分な努力をしていないという不満が渦巻いているからです。
そのための特命委員会も結成され、1月19日に初会合を開いて
います。
 この特命委員会で、国債の「60年償還ルール」を見直すこと
が議論されています。ところで、「60年償還ルール」とはどの
ようなルールでしょうか。
 たとえば、2000年に600億円の10年物国債を発行して
財政支出を行ったとします。2010年になると、600億円の
国債の償還期限がきますが、このさい600億円の国債を償還す
ると同時に、500億円の10年物国債の借換債を発行して、実
質100億円だけ償還します。
 2020年にこの500億円の国債の償還期限がきますが、そ
のさい500億円の国債を償還すると同時に、400億円の10
年物国債を発行して、実質100億円だけ償還します。このよう
に、10年ごとに6分の1ずつ償還していくと、2000年発行
の国債は、2060年に事実上償還を終えることになります。こ
れが、国債の「60年償還ルール」です。
 それでは、なぜ「60年」なのでしょうか。
 一応の理屈はあります。国債を発行して、橋や道路という国の
インフラを整備するとします。これらのインフラの平均耐用年数
が約60年だからです。したがって、耐用年数までに債務の返済
を終えるようにすれば、「インフラという資産」と「国債という
負債」はバランスすることになります。つまり、政府のバランス
シートにおいて、「資産」と「負債」は一致するわけです。
 しかし、これは「建設国債」という名の国債に適用される理屈
であって、「特例公債」──国の歳出が歳入を超えた額に対して
補填目的で発行される国債(赤字国債)にはあてはまらないこと
は明白です。それでは、特例公債はどうするのでしょうか。
 何国債であろうと関係ないのです。すべて60年償還ルールで
償還します。そもそも「なんとか国債」という区別自体が無意味
なのです。なぜなら、これは政府内での便宜的な呼び名であって
国債は国債だからです。仮に、「建設国債」を買おうとしてもそ
んな国債はないので、買うことは不可能です。
 それでは、毎年償還する60分の1の償還費は、どこからくる
のでしょうか。それは「国債整理基金特別会計」です。毎年の国
債残高の「1・6%」が一般会計から組み入れられることになっ
ています。これを「定率繰入」(定率法)といいます。これに対
して、上の例のように10年後に一定額(100億円)を償還す
るのは「定額法」といいます。つまり、債務の償還は定額法なの
に、償還費の積み立ては定率法──これじゃ、計算が合うはずが
ありません。
 ところで、なぜ、1・6%なのでしょうか。それはきっと60
分の1を意識しているものと思われます。上の例にしたがって、
実際に計算してみます。10年経過すると、600億円の1・6
%にあたる9・6億円が国債整理基金特別会計に積み立てられ、
10年目には、100億円ではなく、9・6億円が償還されるこ
とになる──4億円不足します。
 この1・6%は国債残高の1・6%であるので、残高が少なく
なってくると、積立額も減ってきます。上の例で60年目になる
と、国債残高は100億円であるのに、年間積立額は1・6億円
しかなく、84億円も不足します。それでは、どうするのかとい
うと、不足額は別途一般会計から支出することになります。そう
であるなら、年間積立など意味はありません。きわめていい加減
であり、わざわざ財政を悪く見せたいのでしょうか。
 実は、「60年償還ルール」のようなことをやっている国は日
本だけです。グローバル・スタンダードでは、原則的に、政府の
債務(国内で自国通貨で発行されたもの)は、完全に返済(債務
をゼロに)することはなく、事実上、永続的に借り換え(満期が
来た国債を償還するさい、償還額と同額の国債を発行する)され
債務残高は維持されていきます。
 これが個人であれば、「借金を借金して返済する」ことになる
ので問題ですが、国のレベルであれば、何の問題もないのです。
米国、英国、フランス、ドイツなどの主要国は、単に利払いしか
計上していないのです。まして、日本の財政破綻率は、先進国の
なかではドイツと並んで最も低いレベルです。それなのに、財務
省はこの「60年償還ルール」を行い、わざわざ財政を厳しくし
ているのです。
 ZUUオンラインのサイトに掲載されているレポートでは、こ
の日本のやり方に関して次のように述べています。
─────────────────────────────
 グローバル・スタンダードでは積み上がった国の債務をどう返
していくのかという問いそのものが存在せず、利払いを続けなが
ら、債務残高を経済状況も安定させながらどう維持していくのか
という問いのみ存在する。
 その理由は、政府の負債の反対側には、同額の民間の資産が発
生し、国債の発行(国内で自国通貨で発行されるもの)は貨幣と
同じようなものとみなされるからだ。
 日本の異常な財政運営をグローバル・スタンダードに改革すれ
ば、歳出は債務償還費分の16・8兆円程度も削減できることに
なる。防衛費増額分は増税なしに十分にカバーでき、新しい資本
主義の成長投資に本予算でしっかりコミットすることまで可能と
なる。60年償還ルールを廃止するような柔軟な(国民を苦しめ
ない)歳出改革ができれば、積極財政の方針を維持でき、新しい
資本主義で「成長と分配」の好循環の実績を出すことも可能とな
るだろう。             https://bit.ly/3R6LFRu
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/010]

≪画像および関連情報≫
 ●「建設国債の買いオペ」は実行可能か――国債の「60年償
  還ルール」について考える
  ───────────────────────────
   防衛費増額分の財源確保の問題をめぐって、国債の「60
  年償還ルール」のことが話題になっている。このルールを見
  直せば、「埋蔵金」が発掘できて増税なしで防衛財源が確保
  できるという話もあるようだが、そのようなことは実現する
  のだろうか。以下ではこの点について論点整理を行い、それ
  を踏まえて財政運営をめぐる課題について考えてみることと
  したい。
   あらかじめ記しておくと、60年償還ルールをめぐる議論
  をながめるうえでの大事なポイントは、財源不足を補填する
  手段という財政運営の面から見た場合の「国債」と、国が資
  金調達をするために発行する債券(金融商品)としての「国
  債」をきちんと分けて考えるということだ。赤字国債・建設
  国債というのは前者(財政面)から見た場合の国債の区分で
  あり、短期国債・長期国債というのは後者(金融面)から見
  た場合の国債の区分である。
   この両者の違いを意識的に分けて考えると、議論の見通し
  がよくなる。まずはこの点を確認するために、「建設国債の
  買いオペ」について考えてみよう。10年前、「日銀に建設
  国債を買ってもらう」という安倍晋三自民党総裁(当時)の
  発言が話題になったことがあった(2012年11月17日
  の熊本市での講演における発言)。https://bit.ly/3JoQ9B0
 ●グラフの出典/https://bit.ly/401U3G3
  ───────────────────────────
国債60年償還ルール.jpg
国債60年償還ルール
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2023年01月30日

●「朝日政治部記者の書いた衝撃記事」(第5895号)

 「国債60年償還ルール」の話を続けます。岸田政権は、その
スタッフのほとんどが財務省官僚出身であり、岸田首相は彼らの
提言に乗って政権運営を行っています。岸田首相は、あの「日本
は財政破綻に向かっている」という論文を『文芸春秋』誌にわざ
わざ掲載した事務次官をそのまま現職に置いており、財務省的イ
デオロギーに染まっているといえます。
 防衛費増額に増税を持ち出したことで、「国債60年償還ルー
ル」の廃止ないし見直し議論が自民党内から沸き起こり、おそら
く財務省は内心「しまった」と思っていると思います。まさに、
「瓢箪から駒」であります。おそらく財務省が一番国民に知られ
たくないことは、このルールが日本独自のものであり、主要国に
おいては一切行われていないルールであることでしょう。
 そもそもG7の主要国では、国債は利息は支払うものの、その
元本については返済する意思はなく、償還期限が来たら、すべて
借換債を発行して済ませています。それにもかかわらず、どこの
国もやっていない国債の政府への元本返還を日本はわざわざやっ
ているのです。そうであるのに、「日本は借金大国である」とか
「そのうち財政破綻という氷山にぶつかる」とか、評判はさんざ
んです。理屈に合わないではありませんか。
 もともとこの考え方は、1966年に財政法第4条に基づいて
「建設国債」が発行されたとき、この国債については元本につい
ても60年かけて返済しようとして生まれたものです。その趣旨
は悪くないと思います。しかし、それが今やすべての国債に適用
されているのです。
 一方、国債60年償還ルールが適用されない国債もあります。
その典型的なものが「復興債」です。東日本大震災のための復興
債は、償還が復興特別増税に紐付けされています。震災発生時は
民主党の菅直人政権でしたが、期せずして増税議論が巻き起こり
復興特別増税が決まったのです。財務省にとっては「渡りに船」
でしょう。当時のデフレ色濃厚の日本において、増税をするとは
常識的には考えられないことであり、その結果として、日本経済
は、経済成長が一向に実現されないでいます。
 本来菅直人元首相は、突然、所得税増税を掲げて参院選を戦い
大敗北を喫しており、増税賛成派です。その菅内閣に続いたのが
こともあろうに自民党と組んで「社会保障と税の一体改革」を実
現させた野田佳彦内閣です。野田佳彦氏は、自身のこの決断を誇
りに思っているそうですが、多くの国民は、民主党に対して怒り
をもっています。その考え方は、立憲民主党の枝野前代表に受け
継がれています。立憲民主党の支持率が上がらない理由がここに
あります。マニフェストなる公約を破っての増税の恨みは非常に
強く大きいのです。
 それは、民主党の政権獲得時の選挙で「消費税を上げない」と
いう公約を平然と破り、消費税の5%の税率を10%に倍増させ
たからです。しかも、その増税額は社会保障の充実に一向に寄与
しているとは考えられません。野田氏は、財務大臣のときに、財
務省に洗脳されたものと思われます。
 東日本大震災による復興財源の確保を目的とする復興増税は、
所得税、住民税、法人税に上乗せするという形で徴収されていま
す。所得税に関しては、2013年(平成25年)1月1日から
の25年間(2038年まで)、税額に2・1%を上乗せすると
いう形で現在も徴収されているのです。あと16年徴収されるこ
とになります。
 岸田首相の防衛増税に関する所得税増税の考え方はこうです。
復興増税は忘れている人もいるほど長期の増税であり、「国民は
税額の2・1%天引きに慣れている」はずであるから、その税金
の額を増やさずに期間をさらに長期化させても、問題はないと考
えているようです。
 今回の防衛増税に対して国民はどのように考えているでしょう
か。政府寄りとされるNNN(読売テレビ)と読売新聞の調査で
さえ、反対派が賛成派の倍以上という大差になっています。
─────────────────────────────
     ◎NNN/読売新聞/1月19日
      防衛増税に賛成する ・・・ 28%
      防衛増税に反対する ・・・ 63%
─────────────────────────────
 しかし、NNN/読売新聞は、世論調査の結果の報道をしたに
過ぎず、岸田政権としては、世論がどうであれ、増税を実施する
構えです。そもそもメディアは、国債60年償還ルールの問題点
を知っていながら、まったく報道しません。新聞もテレビのモー
ニングショーなども同様です。
 そのような報道をすると、財務省はそのメディアに対して圧力
を加えるからであり、財務省は、そのための潤沢な予算を持って
います。
 しかし、この国債60年償還ルールの見直しに火をつけたのは
朝日新聞です。その記事は、2023年1月12日の朝刊に掲載
されています。この記事のリード文をご紹介します。
─────────────────────────────
 防衛費増額の財源確保をめぐり、自民党は近く政府の借金にあ
たる国債を安定的に返済するしくみである「60年償還ルール」
を見直す議論を始める。制度の廃止や60年の延長が想定される
が、市場の信認に影響を与えかねない。財務省も財政規律が緩む
ことを警戒しており、国債残高が膨張する恐れもある。
          ──2023年1月12日/朝日新聞朝刊
                   https://bit.ly/3jc4fLz
─────────────────────────────
 非常に慎重な書き方ですが、この記事は政治部に所属する記者
が書いたものです。財務省ベッタリの経済部の記者には絶対に書
けない記事です。国債60年償還ルールを見直せば、増税をする
必要はなく、防衛費増額を賄うことは可能です。
           ──[メタバースと日本経済/011]

≪画像および関連情報≫
 ●防衛財源議論で国債償還ルール変更が浮上:岸田首相は施政
  方針演説で増税への理解を訴える/木内登英氏
  ───────────────────────────
   政府は、防衛費増額について、歳出削減策などとともに、
  増税策を含む財源確保を昨年末に閣議決定した。岸田首相は
  1月23日の施政方針演説で、増税実施の決意を改めて述べ
  るとともに、増税実施への理解を広く国民に呼びかけるとみ
  られる。
   しかし閣議決定されたにもかかわらず、増税実施への反対
  意見は与党自民党の中で根強く残る異例の事態となっており
  財源議論は未だ決着していない。実際、自民党は19日に、
  防衛費増額の財源について増税以外の確保策を検討する特命
  委員会の初会合を開いた。その中では、一段の歳出改革や税
  外収入などが検討されたが、さらに、国債の「60年償還ル
  ール」を見直すことも議論されたのである。これは国債償還
  費を減らし、それを防衛費増額の財源に回すことを狙った措
  置であるが、財政健全化の観点からは大いに問題だ。
   政府が発行した長期国債を、60年かけて完全に償還する
  という「60年償還ルール」がある。例えば10年国債を6
  兆円発行すると、10年後の満期には1兆円を完全に償還し
  た上で、残り5兆円分については、10年の借換債を発行し
  て借り換えるのである。仮に「60年償還ルール」を「80
  年償還ルール」に変更すれば、10年後の償還額は7500
  億円と、25%減少することになる。その分を防衛費増額の
  財源に回すことは可能である。  https://bit.ly/3WJo0I0
  ───────────────────────────
防衛増税に反対する萩生田政調会長.jpg
防衛増税に反対する萩生田政調会長
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2023年01月31日

●「60年償還ルール見直し実現するか」(第5896号)

 1月25日の衆議院代表質問で、立憲民主党の泉健太代表と岸
田首相の間で、防衛費増額の財源と防衛力強化に関して、次のや
りとりがありました。
─────────────────────────────
泉 健太代表:額ありき、増税ありきだ。決算剰余金の防衛費へ
 の転用は問題。特定財源化すれば、あらかじめ予算を膨らませ
 て余らせることで(さらに)転用可能だ。
岸田文雄首相:行財政改革の努力を最大限行う。決算剰余金は過
 去の実績を踏まえて規模を見込んでいる。あらかじめ予算を膨
 らませて防衛費に充てることは意図していない。
泉 健太代表:国債の「60年償還ルール」を変更して防衛費を
 捻出するのか。
岸田文雄首相:(ルールを)見直し、政策的な経費増加に使うと
 結果的に国債発行額は増加する。さらには市場の信認への影響
 に留意する必要がある。
         ──2023年1月26日付、朝日新聞より
─────────────────────────────
 岸田首相は、役人の書いた答弁書を読んでいますが、それは、
ルールを見直すと、結果的に国債発行額は増加し、市場の信認が
損なわれるというものです。
 財務省側に立って、「60年償還ルール」の見直しに反対を述
べる主要な意見を列挙することにします。
─────────────────────────────
◎鈴木財務相ほか
 償還期間を延ばすと、国債に対する信用にも影響してくる。日
本の債務残高対国内総生産(GDP)比はすでに世界最悪水準に
あり、異次元緩和で国債を大量購入してきた日銀が政策を見直せ
ば、借換債を含む国債を市場で消化しきれるのかという課題に直
面することになる。日銀が金融緩和策を修正し、金利が上がれば
その分、利払い費も増える。
◎土居丈朗慶応大学教授
 国債償還費は財源とはいえない。米国は議会が政府債務に上限
を設け、ドイツは国債発行を例外とするなど日本より厳しい財政
規律のルールがある。日本では60年償還ルールがそれにあたり
見直す場合には他の規律を考える必要がある。
◎木内登英野村総合研究所エクゼクティブ・エコノミスト
 赤字国債も含めて「60年償還ルール」が見直され、期間が延
長されれば、より将来世代へ負担を転嫁することになる。世代間
の負担の公平性の観点、経済の観点からの問題はより深まること
になる。償還ルールの期間を延長しても、政府の国債発行額、つ
まり政府の債務の水準は変わらない。他方、償還費を抑えること
が可能となるため、新規国債発行へのハードルが下がることで、
財政の規律が一段と緩むことになりかねない。それは、潜在的な
金利上昇リスクや通貨価値の信認低下リスクを高めるだろう。
─────────────────────────────
 財務省系の人は、今回のように、防衛国債を発行しようとした
り、償還ルールを変更しようとしたりすると、「国債が増加して
国債の信認が落ち、長期金利が上がって国債が暴落する」とか、
「将来世代に負担を転嫁する」といって反対します。
 さらに、「日本の債務残高対国内総生産(GDP)比はすでに
世界最悪水準である」とか、「日本は、財政破綻という氷山に向
かって突き進んでいる」のように強い言葉で警告を発し、今にも
日本の財政破綻が起きるかのようにいいます。
 しかし、その一方において、日本は債務残高にほぼ匹敵する金
融資産を保有していることに加えて、国債のほとんどが国内で消
費されているので心配はないとか、日本はダントツの対外純資産
国であって、しかも31年連続世界一であるという事実があった
りします。
 安倍晋三政権のときですが、経済財政諮問会議に2001年に
ノーベル経済学賞を受賞した米国のスティグリッツ・コロンビア
大学教授が出席したことがあります。そのとき、スティグリッツ
教授は、次のように安倍首相にアドバイスしています。
─────────────────────────────
    永久債と長期債で、債務を再構築したらどうか
      ──スティグリッツ・コロンビア大学教授
─────────────────────────────
 この提言にしたがって、永久債はともかくとして、100年後
に償還される国債であれば、少なくとも3世代くらいは、償還費
のことを心配しなくてもいいし、償還費該当分を教育費や防衛費
など他のことに使えることになります。
 「元本が戻ってこない国債なんか売れない」という人がいるか
もしれません。しかし、投資で重要なのは、「元本」よりも「利
子」なのです。
 仮に年率5%の国債を100万円購入したとします。100万
円の5%は5万円であり、20年で100万円の元が取れ、あと
は毎年5万円ずつ増えていくことになります。投資としての魅力
は十分あります。まして相手は民間企業ではなく、政府であり、
絶対安心です。十分売れると思います。
 国家は永続するという前提に立っています。したがって、今回
の「60年償還ルール」の見直し議論は、必ずしも廃止せよとい
うのではなく、60年を80年に延ばすぐらいのことなら十分可
能であるし、それをしたからといって、日本国債の信認が失われ
暴落することなど起こり得ないと思います。
 木内登英氏のいうように、「60年償還ルール」を「80年償
還ルール」に変更すれば、10年後の償還額は7500億円と、
25%減少することになり、その分を防衛費増額の財源に回すこ
とは可能です。しかし、財務省色の強い岸田政権で果たしてこれ
が実現できるかというと、それはほとんど実現性がないと考えら
れます。おそらく防衛増税は実現するものと思われます。
           ──[メタバースと日本経済/012]

≪画像および関連情報≫
 ●国債「60年償還ルール」見直しで防衛費捻出の悪手
  ───────────────────────────
   自民党内で国債の「60年償還ルール」見直しの議論が始
  まっている。岸田文雄政権が決めた防衛費増額では、その財
  源として歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入、増税の4
  つの確保策が検討されている。積極財政派が多数集まる安倍
  派では、増税への反対意見が強いが、同派の幹部である萩生
  田光一政調会長、世耕弘成参議院幹事長らが中心となって浮
  上させたのが、国債60年償還ルールの見直しだ。
   現在のところ、2027年度ベースで年1兆円強(防衛費
  増額の約4分の1)を増税で確保するというのが政府の計画
  だが、償還ルール見直しによって新たに防衛費財源を捻出で
  きれば、増税幅は圧縮できる。安倍派を中心とした積極財政
  派の狙いはそこにある。
   建設国債を財源とした公共事業の建築物は、耐用年数がお
  おむね60年であるため、その建築のための借金(国債)も
  60年で現金償還を完了させるのが望ましいのではないか。
  そうした考え方から生まれたのが60年償還ルールだ。
   具体的には、国債発行残高の1・6%(約60分の1)を
  毎年度の国債償還費として一般会計に計上する。実際には誤
  差が生じるものの、そうやって60年かけて元本を償還して
  いく形を取る。         https://bit.ly/3jawM44
  ───────────────────────────
ジョセフ・スティグリッツ教授.jpg
ジョセフ・スティグリッツ教授
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2023年02月01日

●「『60年償還ルール』高橋氏の意見」(第5897号)

 1月25日のニッポン放送「飯田浩司のOK!Cozy up!」 に
高橋洋一氏が出演して、「60年償還ルール」について、次のや
りとりがあったのです。
─────────────────────────────
高橋:いま話題になっている「60年償還ルール」というのがあ
 りますよね。
飯田:国債の・・
高橋:あれを一時的に撤廃する。2023年度予算では16・4
 兆円の債務償還費があるけれど、実はこれを他のところに繰り
 入れることができるのです。債務償還費をどこに繰り入れるか
 と言うと、もともと国債整理基金特別会計というものがありま
 す。予算で一般会計の歳出は立っていて、他のものはすべて国
 民に配るのだけれど、これは国債整理基金特別会計として、国
 のポケットに繰り入れるのです。
飯田:政府が支出してどこかにお金が行く。
高橋:行き先は間違いなく国のポケットです。右のポケットか、
 左のポケットなのです。左のポケットにはもう1つ、防衛力強
 化資金がある。そこに繰り入れればいいのです。そうすると、
 防衛財源確保法案は、ほとんど意味がなくなるし、防衛増税は
 全部吹っ飛ぶのですよ。
飯田:なるほど。          https://bit.ly/3HgEEcv
─────────────────────────────
 このやり取りを聞いていて理解できるでしょうか。重要なポイ
ントは、毎年の国家予算には、国債残高の1・6%が一般会計か
ら、国債整理基金特別会計に組み入れられることになっているの
です。2023年度予算では、16・4兆円が国債整理基金特別
会計という国のポケットに入ります。これは、国債の償還費に充
てられる資金です。
 実は、この「60年償還ルール」のような制度は、最初はどこ
の国もやっていたのですが、今では合理性がないということで、
廃止しており、今でもやっているのは日本だけです。なぜ、日本
はやっているのかというと、「財務省がやっているから」としか
いいようがないです。
 その旧態依然たる制度を大学の財政学の教授の多くは、何だか
んだとと理屈をつけて、その重要性を説いています。そうしない
と、国債の信認がなくなり、国債が暴落すると発言し、財務省の
歓心を買っています。まさに財務省のポチです。ポチにならない
と、テレビにも出してもらえないからです。メディアも事情はよ
くわかっているのに、財務省を怒らすような記事を書くことは、
まずないといえます。
 しかし、国債整理基金特別会計のポケットにはお金が積んであ
るので、高橋洋一氏によると、財務省ではときどきそれを別の目
的で使うことがあるそうです。それでは、償還のとき、お金が足
りなくなるではないかといいますが、もともと定額で支払うもの
を定率で積んでいるので、そこには誤差が生じ、不足分は借換債
に含めて処理しています。これについては、高橋洋一氏の次の発
言に注目していただきたいと思います。
─────────────────────────────
高橋:「それで何が悪いのか?」ということです。「国債整理基
 金特別会計を他に繰り入れたら国債が暴落する」と財務省は言
 うのだけれど、私は財務省のなかでこれを何回も破った常習犯
 なのです。
飯田:そうなのですか?
高橋:11回やりました。そのうち3回くらいは私の関連です。
 財務省からは、それをやると「国債が暴落する」と言われたの
 ですが、「暴落しない!」と言って進めてしまいました。そう
 したら、全然暴落しなかったのです。
飯田:何に使ったのですか?
高橋:他に使いました。いろいろと。
飯田:前例はあるのですか?
高橋:11回あります。今回は12回目をつくるかどうか、それ
 だけの話ですし、過去11回は何の問題もないですから。
飯田:なるほど。
高橋:まず大丈夫ですね。他の国でこんなことをしているところ
 はないから、まったく大丈夫です。
飯田:「60年償還ルール」で償還費を積んでいる国は、先進国
 にはない。
高橋:ありません。「国債償還が滞るではないか」と言うけれど
 国債整理基金特別会計では借換債という国債を出せるから、何
 の問題もないです。償還資金のための借換債を出すという意味
 で、まったく何の問題も起こりません。過去11回も行ったこ
 とがあるのに、12回目ができないというのは、信じられない
 です。そんなことになったら予算が混乱するでしょう。
飯田:確かに。
高橋:予算組み替えでも私はいいと思うけれど、財務省は絶対に
 嫌だと言うでしょうね。
飯田:なるほど。でも国民からすると、「他からそうやってお金
 が出てくるのであれば、まずはそちらをやってよ」と思います
 よね。いきなり増税ではなくて。  https://bit.ly/3Hg2V2f
─────────────────────────────
 高橋洋一チャンネルという動画があります。「国債60年償還
ルール」について、高橋洋一氏が解説しています。きわめて明快
な解説です。ぜひご覧ください。
─────────────────────────────
   ◎高橋洋一チャンネル
    今回の質問:国債60年償還ルールについて
                  10分22分
             https://bit.ly/3kPx8O2
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/013]

≪画像および関連情報≫
 ●防衛財源確保「国債60年償還」延長論も 自民が本格議論
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   防衛費増額の財源を巡る自民党の特命委員会が16日に始
  まった。歳出改革や税外収入など、増税以外の財源を模索す
  る。国債の「60年償還ルール」見直しで財源を捻出すべき
  だとの案も浮上する。償還期間を延長・廃止しても、浮いた
  国債費を防衛費に使えば借金は膨らむ。借金返済の担保が消
  えれば、市場の信認を失う恐れもある。
   萩生田光一政調会長が委員長を務める。初回の16日は非
  公開の役員会を開いた。増税幅の圧縮に向け、税以外の財源
  を議論する。安倍派を中心に根強い増税への不満を吸収する
  狙いがある。政府は防衛財源の確保法案を通常国会に提出す
  る方針だ。16日は法案審査を優先的に実施することで一致
  した。出席した党幹部は、「国会での法案審議が一段落した
  タイミングで税以外の財源論を議論する。『60年償還ルー
  ル』も議題に上がる」との見通しを示した。
   政府は2022年末、27年度の防衛費を現状から3・7
  兆円ほど上積みする方針を決めた。うち2・6兆円以上を歳
  出改革や税外収入、決算剰余金で捻出。残り1兆円強を法人
  ・所得・たばこの3税の増税で確保する。増税時期の具体的
  な議論は23年に先送りした。
               https://s.nikkei.com/40d4XJe
  ───────────────────────────
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飯田浩司のOK!Cozy up!
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2023年02月02日

●「安倍元首相の『日銀子会社発言』」(第5898号)

 2022年5月9日のことです。故安倍晋三元首相が大分市の
会合で、次の発言をして、大騒ぎになったのを覚えているでしょ
うか。奇しくもその2か月後に、安倍首相は銃撃され、亡くなっ
ています。そのときの発言は次の通りです。
─────────────────────────────
 政府の1000兆円の借金(国債)の半分は日銀に国債を買っ
てもらっている。しかし、日銀は政府の子会社なので、60年で
返済の満期が来たら、返さないで借り換えて構わない。心配する
必要はない。              ──安倍晋三元首相
              https://s.nikkei.com/3JuOV7H
─────────────────────────────
 この発言の趣旨は、日本政府は約1000兆円の借金(国債)
を抱えているが、政府の子会社である日本銀行(日銀)がその約
半分を買ってくれているので、財政破綻などを心配しなくてもよ
いということです。しかし、この安倍発言には、次の2つの問題
点があります。
─────────────────────────────
   1.日本銀行は本当に政府の子会社であるかどうか
   2.日本銀行が半分相当の国債を持つとなぜ安心か
─────────────────────────────
 最初に「1」について考えます。
 この安倍元首相の発言について、鈴木俊一財務相は次のように
明確に否定しています。2022年5月13日のことです。
─────────────────────────────
 日銀は政府の子会社にはあたらない。政府は日銀に55%出資
しているものの、議決権を持たないことなどから、政府が経営を
支配している法人とは言えず、会社法でいうところの子会社には
あたらない。              ──鈴木俊一財務相
                  https://bit.ly/3Ds0hFI
─────────────────────────────
 当の黒田総裁も安倍元首相の発言に対して、5月13日にオン
ラインで行った講演で次のように反論しています。
─────────────────────────────
 日本銀行は、政府から過半の出資を受けているが、議決権が付
与されていないし、金融政策は、政策委員会が決定を行う仕組み
である。日本銀行の金融政策や業務運営は、日銀法により自主性
が認められていて、日本銀行は政府が経営を支配している法人で
はない。               ──黒田東彦日銀総裁
                  https://bit.ly/3RiN7jO
─────────────────────────────
 安倍元首相の発言に対して、肯定的発言も多数あります。国民
民主党代表の玉木雄一郎氏は、ツイッターで次のコメントを発信
し、これに対して「アゴラ」を運営する経済学者、池田信夫氏は
玉木氏のツイートに関連して、次のコメントをしています。
─────────────────────────────
◎国民民主党代表玉木雄一郎氏
 安倍元総理の「日銀は政府の子会社」発言に反発が出ているが
政府は日銀の株の55%保有しており、「統合政府」の考え方は
国際的にも常識。さらに財政法5条但書に基づき借換え債の直接
引受は行われている。その上で、一般的な直接引受は禁止されて
いるので、にわかに独立性が害されているわけではない。
◎池田信夫氏/「アゴラ」
 野党では玉木さんだけが正確に理解している。「統合政府」で
考えるのは常識で、問題は「直接引き受け」を認めるかどうか。
今の日銀法では認めていないが、これも検討の余地がある。
─────────────────────────────
 そして、極め付きは、やはり高橋洋一氏です。高橋洋一氏は、
5月11日、ニッポン放送「飯田浩司のOK!Cozy up!」 に出
演し、次のやり取りをしています。
─────────────────────────────
飯田:この発言に対して「日銀の独立性を脅かす発言だ」と一部
 が報じています。
高橋:この件については私は昔から「マスコミが間違っている」
 と言っているし、安倍さんは小泉政権のときに、副長官や幹事
長、官房長官をされていましたので、安倍さんには何回も説明し
たことがあります。
高橋:何が間違っているかと言うと、「独立性」という意味をマ
 スコミが勘違いしているのです。「子会社としての独立性があ
 る」ということですが、日々のオペレーションについては親会
 社から指示は受けませんよね。指示を受けるのは、大きな方針
 だけです。そういう意味での「独立性」ということです。これ
 は元FRB議長のバーナンキさんも言っています。
飯田:FRBの議長だった方。
高橋:バーナンキさんが日本へ来たときに、日銀で講演したので
 す。そのときに「どういう話をしたらいいか」と私に聞くので
 「独立性の話について、日本の解釈は間違っています」と言っ
 たら、彼はいま私が言ったようなことと同じような話をしてく
 れたのです。しかし、マスコミの報道では、なぜかそこだけ落
 ちていた。
飯田:報じられなかった。
高橋:そこだけすっぽり落ちていた。「ええ?」と思ったので、
 FRBのホームページを確認したら、FRBのホームページに
 は全部きちんと書いてありました。 https://bit.ly/3kRzlIS
─────────────────────────────
 このように、政府や日銀は公式には「日銀は政府の子会社では
ない」と否定しているものの、「日銀の独立性」の解釈の違いで
あって、安倍元首相の発言は、間違いではないといえます。問題
は、「2」の国債の保有の問題ですが、これについては、明日の
EJで検討することにします。
           ──[メタバースと日本経済/014]

≪画像および関連情報≫
 ●「日銀は政府の子会社」/安倍氏発言は本音か?
  焦りの表れか?
  ───────────────────────────
   「日銀は政府の子会社だ」。安倍晋三・元総理のこの発言
  が大きな波紋を広げている。政府・日銀はこれを真っ向から
  否定しているが、政府内では「安倍さんの本音が出た」と見
  る向きも多い。
   発言が飛び出したのは2022年5月9日、大分市で開か
  れた会合だった。安倍氏は1000兆円の政府債務のうち、
  半分は国債の形で日銀が購入しているとしたうえで「日銀は
  政府の子会社なので満期が来たら、返さないで何回借り換え
  てもかまわない。心配する必要はない」と解説してみせた。
   安倍氏は2012年末に政権に返り咲くと、翌13年1月
  に日銀に「物価目標2%」の導入を飲ませ、日銀にアベノミ
  クスの一翼を担わせてきた。黒田東彦氏を総裁に据えたほか
  副総裁、審議委員といった日銀の最高意思決定機関の人事も
  任命権者とし牛耳り、日銀を事実上、政府の支配下に置いて
  きた。
   この間、空前の異次元の金融緩和を続けさせるなど、日銀
  を「便利使い」してきたと言っても過言でない安倍氏として
  は、「政府の子会社」発言に何の違和感も抱かなかったのか
  もしれない。しかし、思わぬ批判が沸き起こった。「身内」
  であるはずの政府・与党内からの猛批判にさらされているの
  だ。「日本銀行は政府がその経営を支配している銀行とは言
  えず、会社法でいうところの子会社にはあたらない」
                  https://bit.ly/3XRrOZ1
  ───────────────────────────
「日銀は政府の子会社」発言の安倍元首相.jpg
「日銀は政府の子会社」発言の安倍元首相
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2023年02月03日

●「統合政府で日本の財政はどうなるか」(第5899号)

 「日本銀行は政府の子会社である」という安倍元首相の発言の
2つの問題点を再現します。
─────────────────────────────
   1.日本銀行は本当に政府の子会社であるかどうか
 → 2.日本銀行が半分相当の国債を持つとなぜ安心か
─────────────────────────────
 続いて「2」について考えます。
 「統合政府」という考え方があります。政府と中央銀行(日本
では日本銀行)を一体化したものを「統合政府」といい、国の財
政状況は統合政府として考えるべきであるという考え方です。
 この「統合政府」の考え方について、鈴木財務相は、2022
年3月16日の参院財政金融委員会において、次のように反対意
見を述べています。
─────────────────────────────
 日銀は、政府から独立して金融政策を行っているにもかかわら
ず、日銀が永久に国債を保有し、結果的に財政ファイナンスを行
うと誤解される恐れがあるため、財政を統合政府で考えるのは適
切でない。                 ──鈴木財務相
─────────────────────────────
 現在、日銀は安倍元首相によるアベノミクス政策の推進によっ
て政府の借金である国債の50%以上を保有しています。これは
統合政府の考え方に立つと、子会社が親会社の債務を負っている
に過ぎないことになります。
 したがって、政府と日銀を統合した連結財務諸表を作れば、親
会社の債権・債務が相殺されてしまいます。これによって政府債
務は激減し、その結果、日本の財政は危機的ではなくなり、逆に
財政余力が生じることになります。このように、統合政府によっ
て、政府と中央銀行が連結財務諸表を作ることは、世界の常識に
なっています。
 そのため、ノーベル経済学賞受賞経済学者、ジョセフ・スティ
グリッツ教授が来日したときに、「政府や日銀が保有する国債を
相殺すると、日銀の資産である国債が相殺される」という発言を
したのです。高橋洋一氏によると、スティグリッツ教授のいった
「相殺する」という言葉は、英文の原資料では「cancelling」と
いう英語をなっていたそうです。
 しかし、会社法上の親子会社が連結財務諸表で一体に評価でき
るのは、その親子会社の目指す目的が一致していることが条件に
なります。しかし、政府と日銀はその目指すものが異なります。
政府と日銀の目指すものとは次の通りです。
─────────────────────────────
 @政府の目的は、国民の生活水準向上のために、福祉、公共投
  資、教育、防衛などの歳出を行うことである。
 A中央銀行の最大の目的は、国民が生活するうえで絶対に欠か
  せない通貨の価値を安定化させることである。
─────────────────────────────
 第2次安倍政権が発足した2013年は、日本経済はデレフの
状況にあったといえます。デフレとは、通貨の価値が強すぎる状
況であり、日銀としては、デフレを克服するには、通貨を増加さ
せることによって、通貨を弱める必要があります。一方政府とし
ては「デフレから脱却する」ためには、継続的に、大規模な財政
出動をする必要があります。
 したがって、「デフレから脱却する」という局面においては、
政府と日銀の目的は、ある程度一致しているといえます。すなわ
ち、政府がアベノミクスを掲げて、デフレ克服に取り組む局面に
おいては、統合政府は説得力を持つことができるといえます。
 しかし、インフレが懸念される状況になると、事情が変わって
きます。インフレが激しくなると、通貨価値は棄損され、国民生
活を混乱に陥れます。日銀としては、通貨価値の安定を図るため
に、膨張する政府の財政を監視する役割を担うことになります。
この段階において、政府と日銀の目指す目的が異なってきます。
そうなってくると、統合政府の考え方は説得力を失いつつあると
いえます。現在はそういう状況に近づきつつあるといえます。ま
さしくこの時期において、日銀の黒田東彦総裁は退任し、3月に
は新総裁が着任することになります。
 統合政府の危うさを指摘する声も多くあります。金融PLUS
の金融グループ次長の石川潤氏は、統合政府について、次の指摘
をしています。
─────────────────────────────
 日銀が国債を買えば買うほど統合政府の負債から国債は消えて
無利子の日銀券や超低金利の当座預金に置き換わる。日銀が買っ
てくれる限り、国債発行を増やしても問題ないという発想はここ
から生まれてくる。
 だが、こうした発想はかなり危ういといえる。日銀はコストな
しにお金を生み出せるとみられがちだが、これは利子の付かない
日銀券の発行などに限った話。現在、日銀の負債は日銀券120
兆円に対し、当座預金が550兆円程度ある。
 当座預金は民間銀行が国債などを日銀に売った見返りとして受
け取ったお金の積み上がりなどで、日銀の国債保有が増えるにし
たがって膨らんできた。民間銀行に支払う当座預金の金利はいま
でこそ極めて低いが、日銀が利上げに動く局面では、政策金利と
同じように上がっていく。
 日銀が国債を買い続けても、言い換えれば、統合政府の負債が
国債から当座預金に置き換わっても、負担はなくならない。むし
ろ、負債が長期の国債から短期の当座預金に置き換わることで、
将来の金利上昇局面で負担が膨らみやすくなる。
               https://s.nikkei.com/3X90rsB
─────────────────────────────
 実際の統合政府のバランスシートについては、来週のEJで詳
細をご紹介することにします。
           ──[メタバースと日本経済/015]

≪画像および関連情報≫
 ●過大債務の実態は不変/銀行課税リスクは避けられない
  スティグリッツ教授の「日銀保有国債の無効化」提案
  ───────────────────────────
   ジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授が、20
  17年3月14日の経済財政諮問会議に出席して行ったプレ
  ゼンテーションが反響を呼んでいる。スティグリッツ教授の
  提案の狙いを考察し、その実現方法と効果(副作用)を検討
  してみる。これは『金利と経済』でも触れた「統合政府とい
  う観点から財政コストを考える」点の応用問題ともいえる。
   スティグリッツ教授のプレゼンテーションに関して公表さ
  れた資料をみると、最終的な結論部分には、下記のように記
  されている。
  ・金融政策は限界に到達しており、日本は成長に悪影響を及
   ぼすことなく必要な税収を得るため、炭素税を導入する必
   要がある。
  ・最も重要なのは構造政策―イノベーションにおけるリーダ
   ーシップを日本が取り戻すために必要な政策を含む。
  ・世界第2位の民主主義国家として、世界は、来る数年間の
   日本のリーダーシップを特に必要とするだろう。
   プレゼンテーション資料全体の流れをみても、スティグリ
  ッツ教授の従来の持論でもある炭素税の導入が関心の中心で
  あることがわかる。しかし、メディアが大きく報道したのは
  必ずしも炭素税導入ではなかった。たとえば、ブルームバー
  グは「スティグリッツ教授:政府・日銀保有国債の無効化主
  張−諮問会議」という見出しで今回のプレゼンテーションを
  報道した。           https://bit.ly/3YaVu3d
  ───────────────────────────
鈴木俊一財務相.jpg
鈴木俊一財務相
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2023年02月06日

●「日銀当座預金に債務性はあるか否か」(第5900号)

 今回のテーマの第1回(1月4日)において、「朝まで生テレ
ビ」での森永卓郎氏の発言をご紹介しています。この発言をもう
一度再現します。
─────────────────────────────
 2020年度でいうと、政府が1600兆円の負債をかかえて
います。その一方で、1100兆円の資産を持っており、その7
割は金融資産なんです。つまり、日本の純債務は500兆円しか
ない。GDPとほぼ同額の債務であるなら、先進国ではほぼ並み
の水準です。しかも、日本の場合、日銀が大量に国債を持ってい
て、それが500兆円ぐらいになる。日銀が国債を保有した瞬間
に借金は消えるんです。ということは、日本は、完全に無借金に
なっているのです。にもかかわらず、財務省は増税を続けようと
している。         ──森永卓郎氏の朝生の発言より
─────────────────────────────
 会計学では、負債の総額を「グロス」、負債から資産を引いた
額を「ネット」といいます。森永卓郎氏によると、日本のネット
債務(純債務)は約500兆円であり、GDPとほぼ同額の債務
なので並みの水準であり、財政破綻の心配などないといっていま
す。これに対して、財務省系の人々は、資産を一切無視して、借
金の大きさだけを問題視しています。
 この森永氏の主張に対して、高橋洋一氏は、自著で次のように
述べています。
─────────────────────────────
 伝統的な財政の考え方では、政府のグロス債務、または債務残
高の対GDP比に着目する。バランスシートの右側だけを見て、
借金がどれだけあるか、その借金がGDPに占める割合はどれぐ
らいか、ということだ。
 しかし、借金だけ見るのは一面的すぎて、本当の財政状況はつ
かめない。それを、まずバランスシートの右側と左側の両方を見
よう。しかも日銀のバランスシートも合体させてみよう、という
のが、「統合政府バランスシート」だ。これは私が勝手にいって
いることではない。        ──高橋洋一著/あさ出版
    『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
─────────────────────────────
 その「統合政府バランスシート」として、高橋洋一氏は、次の
図を掲げています。
─────────────────────────────
   ◎資 産       ◎負債
    資 産 1000   国 債   1500
    国 債  500
    徴税権  400   銀行券など  500
─────────────────────────────
 高橋洋一氏は、負債の「銀行券など」について、「利子負担な
し、償還(返済)負担なしだから、実質的に債務とはいえない。
したがって税収を除いても『統合政府バランスシート』の資産と
負債は、ほぼイーブンになる」といっています。
 これに対して、言論プラットフォーム「アゴラ」の代表である
池田信夫氏は、次のように述べて、政府と日銀の本物の連結財務
諸表を示しています。これについては、添付ファイルをご覧くだ
さい。
─────────────────────────────
 本物の財務省の連結財務諸表では、資産が1121兆円なのに
対して、負債は1661兆円。政府(一般会計+特別会計)は、
540兆円の債務超過なのだ。
 高橋氏のバランスシートがバランスしていないのは、統合政府
の負債に日銀当座預金を入れていないからだ。540兆円の国債
は日銀当座預金でファイナンスされているので、統合政府では負
債側にも同額が計上される。国債をすべて日銀が買い取ったとし
ても、図のように統合政府の負債は消えない。日銀の市中銀行に
対する負債に置き換わっただけだ。
 政府が債務超過になるのは大した問題ではない。ほとんどの国
の財政は赤字だが、資金繰りには困らない。国債が消化できなく
なくなったら増税すればいい。それが高橋氏の図に描かれている
「徴税権」である。つまり、将来の税収が借金の担保になってい
るのだ。
 徴税権は簿外資産で、正確にいうとプライマリーバランスの累
積黒字である。現実には将来、540兆円も黒字が出ることは考
えられないが、国債を全額償還する必要はない。消費税をヨーロ
ッパ並みに上げるだけで、毎年20兆円以上、黒字が増えること
が、財源の担保になっている。    https://bit.ly/3RC6CnF
─────────────────────────────
 日銀当座預金とは何でしょうか。
 日銀当座預金とは、金融機関が日本銀行に開設している原則と
して無利息の当座預金のことです。主として、金融機関同士や、
日銀、国との決済手段のほか、金融機関が企業や個人に支払う現
金通貨の支払い準備、準備預金制度の対象となっている金融機関
の準備預金のために利用されます。
 添付ファイルの「統合政府バランスシート」では、540兆円
の国債は、日銀当座預金でファイナンスされているので、統合政
府バランスシートでは、負債側に同額が計上されています。国債
を日銀が購入したからといって、政府債務がその分なくなること
はないというのです。
 これについては、高橋洋一氏と明治大学教授の田中秀明氏が、
日本の政府債務問題について同様の論争を繰り広げています。し
かし、当初は巨額の政府債務をめぐる是非の話だったものの、日
銀の当座預金に債務性はあるのかという、かなりテクニカルな問
題に入り込んでしまっています。
 果たしてどちらが正しいのでしょうか。明日のEJでもこの問
題について考えることにします。
           ──[メタバースと日本経済/016]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀の債務超過懸念の真相、世界の有識者は「心配無用」
  高橋洋一氏
  ───────────────────────────
   日銀が金融引き締めに転じた際、赤字や債務超過が懸念さ
  れるという説が話題になっているが、その是非はどうか。
   景気が良くなれば国債金利が上がる(国債価格は下落。割
  引債なら、金利1%なら価格99円だが、金利2%なら98
  円)ので、国債を保有していた日銀は損失になるという論説
  だ。実はこの種の議論は、20年以上前から行われている。
   かつてローレンス・サマーズ元米財務長官が来日したとき
  日銀関係者から同様の質問が出たことがあるが、サマーズ氏
  は一言、「So what?(それがどうした)」 とあきれて返答
  したのだ。
   説明は二通りある。一つは中央銀行だけでみる。中央銀行
  の負債は、ほぼ銀行券と当座預金で、銀行券はもちろん無利
  息・無償還だ。形式的に負債であるが、負担がないのだから
  経済的な意味で負債性はない。
   当座預金は銀行券と完全に代替する。このため、これも本
  来は無利息・無償還だ。民間企業が民間金融機関に預ける当
  座預金をみればわかる。しかし、日銀の場合、民間金融機関
  への「お小遣い」として、200兆円までは0・1%の利息
  をつけている。この付利は白川方明(まさあき)総裁時代に
  設けられたものであって、それ以前はなかった。本来の無利
  息であれば、債務超過という概念に意味はないが、仮に一定
  の債務超過になっても大したことはない。むしろ当座預金へ
  の付利を止めるべきだ。    https://bit.ly/3HUKpOs
  ───────────────────────────
統合政府/連結貸借対照表.jpg
統合政府/連結貸借対照表
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2023年02月07日

●「日銀保有国債は政府債務と相殺される」(第5901号)

 知識を整理して先に進みます。政府の借金である国債の残高は
2022年末には1029兆円に上るとみられています。この額
は、国の経済規模(GDP)の2倍を超えており、主要先進国の
中で最も高い水準にあります。
 しかし、この国債残高の半分の約500兆円は日銀が保有して
います。これは、2012年から発足した安倍政権が、日銀と連
携して2020年9月まで推し進めてきた経済政策「アベノミク
ス」の結果であるといえます。
 この日銀の保有する国債約500兆円について、2つの意見が
あります。
─────────────────────────────
    @政府の借金である国債の半分はなくなっている
    A中央銀行による過大な国債保有はリスクがある
─────────────────────────────
 @の根拠は、日銀は政府の子会社であり、政府と中央銀行を合
わせた統合政府バランシートで見れば、政府の国債残高の約半分
は相殺されるという考え方です。
 Aの根拠は、中央銀行が国債の約半分を引き受けても、それは
統合政府バランシート上で負債に計上され、それは、日銀にリス
クをもたらすという考え方です。
 大量に国債を引き受けたことによる中央銀行(日銀)のリスク
について考えてみます。リスクの1つに「日銀が大損をする」リ
スクがあるといいます。
 日銀は金融機関から高値で国債を買っていますが、景気が良く
なると、国債価格は下落します。景気が回復したので、日銀が、
金融緩和策から金融引き締め策へと転ずると、日銀には逆ザヤと
なって巨額の損失が生じます。だから、中央銀行が国債を買うこ
とには強い批判があるのです。
 これに関して、米国の中央銀行であるFRB元議長のベン・バ
ーナンキ氏が、来日したとき、日銀関係者などから、日銀のリス
クについて質問があったのですが、そのとき、バーナンキ元FR
B議長は、次のように答えています。
─────────────────────────────
 日銀資産の評価損は政府資産の評価益だから問題はない。もし
気にするなら、政府と日銀の間で損失補填契約を結べはいい。
             ──ベン・バーナンキ元FRB議長
                 ──高橋洋一著/あさ出版
    『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
─────────────────────────────
 それでは、日銀はどのようにして、国債を入手したのでしょう
か。国債は民間金融機関が保有しているので、日銀は各金融機関
が日銀に対して設定している日銀当座預金に代金を振り込んで国
債を入手しています。
 この場合、政府債務である国債は、当座預金ということになっ
ていますが、投資家は貨幣そのものと認識します。つまり、国債
は貨幣に置き換わっただけです。したがって、統合政府バランシ
ート上では、国債は「資産」に、貨幣や当座預金は「負債」に記
載されます。つまり、国債を貨幣化したに過ぎず、実際としては
それ以上でもそれ以下でもありません。
 これをめぐって、経済学者の高橋洋一氏と田中秀明明治大学教
授が「日銀の当座預金に債務性はあるかないか」というかなりテ
クニカルな論争を繰り広げています。この論争について、経済評
論家の加谷珪一氏は、2016年の時点で、次のように論評して
います。
─────────────────────────────
 高橋氏が主張するように、政府と日銀のバランスシートを統合
すれば政府がもつ負債900兆円のうち、日銀が保有する400
兆円分の国債は相殺され、政府の負債は実質的に500兆円に減
少する。理屈上は、政府が持つ負債をすべて日銀が買い取れば、
政府の借金をゼロにすることも可能だ。
 では、消えてしまった借金はどこに行ったのだろうか。それは
日銀当座預金ということになる。日銀は400兆円の国債を保有
する代わりに、同じ金額分の通貨(日本銀行券と当座預金)を発
行しているので、この会計上の操作は、政府債務を貨幣化したこ
とにほかならない。簡単に言ってしまえば輪転機を回して借金分
だけお札を印刷したというわけだ。
 ここで両氏は、当座預金の債務性について論争を繰り広げてい
る。田中氏は、当座預金を帳消しにはできず、しかもこれを維持
するためには、相応の金利負担が必要であり、実質的に国債と変
わらないと主張。高橋氏は、原則として当座預金は無利息で償還
期限はないので、実質的な債務性はないと主張し、両氏の主張は
対立している。というよりも、両氏の主張はあまり噛み合ってい
ない。               https://bit.ly/3joJXPf
─────────────────────────────
 「日銀の当座預金に債務性はあるかないか」という議論はテク
ニカルで難しいですが、高橋洋一氏のいう通り、日銀当座預金は
一般的な意味での「債務」という解釈にはなりにくいと考えられ
ます。したがって、日銀が国債を買うということは、高橋氏のい
う通り、有償還・有利子の国債を無償還・無利子のマネタリーベ
ースに置き換えることを意味しているのです。
─────────────────────────────
 統合政府のバランスシートで考えるというのは、日銀が購入し
た有償還・有利子の国債が、無償還・無利子のマネタリーベース
と置き換えられることを意味する。このため統合政府のバランス
シートの負債は、負債側は国債等950兆円、日銀券100兆円
日銀当座預金300兆円となるが、マネタリーベースの400兆
円は実質的に負債から除いて考えてもいい。  ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3jsXtkP
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/017]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀当座預金を民間銀行の「預金」と勘違いする人々へ
  高橋洋一氏
  ───────────────────────────
   この「ダイヤモンド・オンライン」(DOL)で興味深い
  論考があった。11月1日の田中秀明氏による「『日本は借
  金が巨額でも資産があるから大丈夫』という虚構」である。
  田中氏は財務官僚出身で、民主党政権時代にブレーンになっ
  ていた人だ。
   この記事は、2015年2月5日の筆者の「国の債務超過
  490兆円を意外と簡単に減らす方法」への反論だろう。こ
  れは、日銀のマネタリーベースには実質的な債務性がないこ
  とを使うと、統合政府ベースで実質的に国債はなくなること
  を書いたものだ。
   田中氏の論考は長く誤りが少なくないが、ここでは次の一
  点に絞っておこう。
   11月1日付けのDOLの論考で、《「統合政府ベースで
  日銀が保有する国債を相殺することができても、日銀に預け
  た民間の預金は負債として残り、統合ベースで見た場合に負
  債が減ることはない。もし、政府が強制的に負債の部から預
  金を落とし政府の負債を減らすというのであれば、それは国
  民から貯蓄を奪うことであり、言い換えれば、預金に対して
  100%の税率で課税することになる。先ほど連結のBSで
  説明した、日本郵政が保有している国債と同じことだ。」》
  と説明している。この記述は誤りである。
                  https://bit.ly/3XVhtvj
  ───────────────────────────
加谷珪一氏.jpg
加谷珪一氏
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2023年02月08日

●「失われた30年/自公政権に責任あり」(第5902号)

 今年に入ってからのEJは、日本においてプラスの面を探して
取り上げています。なぜかというと、元旦夜の「朝生」で、今年
の日本が良くなると答えた人が14%で、悪くなると答えた人が
85%もいたからです。きわめて悲観的な意見です。
 そのため、日本にも世界トップのものがあるとして、対外純資
産31年連続の世界第一位をご紹介したのです。2021年度の
日本の対外純資産は411兆1841億円であり、2位のドイツ
に約100兆円の差をつけています。しかし、この事実を知って
いる日本人は非常に少ないと思います。なぜなら、国もメディア
もこのことを積極的にPRしないからです。
 それから日本人なら子供まで知っている「借金大国日本」の本
当の実態の分析です。日本の国債残高は、2022年度末には約
1029兆円。これは財政を生み出す元となる国の財政規模(G
DP)の2倍を超えています。これがきわめて深刻な事態である
ことは確かです。
 しかし、これにも対外純資産世界一に加えて、国の保有する金
融資産などを考慮する純債務で見たり、日銀がその約半分の国債
を保有している現状についても検討すると、必ずしも危機とはい
えないのです。むしろ問題なのは、失われた30年といわれる経
済の低成長による労働賃金が伸びていないことの方が問題です。
その30年のほとんどの期間において政権を担ってきた自公政権
の経済政策の失敗こそ責任が問われるべきです。
 「防衛増税」に対する国民の怒りがくすぶっています。国民の
多くは、防衛費増額には賛成であるものの、増税はないだろうと
思っています。消費税の税率を5%から10%に倍増させたばか
りであり、現在起きているインフレによる諸物価高騰に政府とし
て何の対策も講じていない岸田政権に対する怒りからでしょう。
 しかし、防衛増税は既に決まっています。決まっていないのは
実施時期だけです。野党は、通常国会で追及するといっています
が、どのように追及しても、政府は絶対に防衛増税を変更しない
でしょう。岸田政権はこの問題に関しては、「聞く耳をもたない
政権」であるからです。
 野党は「増税するなら解散して信を問え!」といっていますが
岸田政権は広島サミット後を解散の時期を慎重に探っているもの
と思われます。仮に選挙をしても、自民党が勝利すると思ってい
るからです。
 しかし、岸田政権について、自民党元事務局長の久米晃氏は、
雑誌『選択』の取材に次のように答えています。自民党は決して
安泰ではないということです。
─────────────────────────────
──自民党はこの10年間、国政選挙で勝ち続けています。
久米:勝ったように見えているだけだ。第2次安倍晋三政権が誕
 生した2012年の総選挙以降、自民党が「国政選挙8連勝」
 などといっているが、間違っている。投票率はずっと下がり続
 けて、有権者の半分程度しか選挙に参加しない。前回の参議院
 議員選挙で自民党の比例票は1800万程度しかとれておらず
 野党を合わせた数字より低いのが実情。それでも野党側に勢い
 がないから、勝っているように見えるだけだ。投票というのは
 有権者による未来への先行投資。選挙に行かないのは、政治に
 対する期待感がないからだ。自民党は決して安泰ではない。
  ──『選択』/2023年2月号「巻頭インタビュー」より
─────────────────────────────
 問題なのは、防衛増税に反対しているのは野党だけではなく、
自民党内部の旧安倍派を中心とする勢力であることです。「国債
60年償還ルール」の変更を主張しているのもこの勢力です。
 この「国債60年償還ルール」の変更ないし、廃止に関して、
ネットではさまざまな批判が出ています。それはこのルールを変
更したり、廃止すると、日本国債の信認が下がるというレポート
です。私は、これらのレポートのほとんどを読みましたが、レポ
ートの著者を調べると、そのほとんどが財務省出身の学者です。
増税の時期になると、いつもこれらの財務省の御用学者たちが蠢
動を始めるのです。
 岸田政権が2023年と2024年にかけて計画している増税
スケジュールは次の通りです。
─────────────────────────────
◎2023年
    4月:国民健康保険料の上限を2万円引き上げ
      :自賠責保険料の引き上げ
   10月:インボイス制度導入(消費税引き上げ議論開始)
◎2024年
    4月:たばこ税増税
      :法人税増税
      :所得税増税
      :復興特別所得税の期間延長
    年内:後期高齢者医療保険の保険料上限を年73万円に
       引き上げ
      :高齢者の介護保険の自己負担を1割から2割へ
      :国民年金加入年齢を60歳から65歳に引き上げ
       決定
                  https://bit.ly/3HVQf28
─────────────────────────────
 もの凄い増税ラッシュです。上記以外に、「異次元の少子化対
策」の財源として、消費税税率13%も、きっと行われるとみて
います。これでは、日本経済はさらに失速し、失われた40年、
50年になってしまいます。
 岸田首相は政権奪取の記者会見で、ある記者から、「財務省の
ポチといわれていますが」といわれ、苦笑いをしていましたが、
首相周辺のスタッフのほとんどが、財務省の出身者で固められて
おり、首相のその提案の上に身を委ねているからです。
           ──[メタバースと日本経済/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「失われた30年」でなく「失った30年」、デジタル革命
  を逸した日本の危機
  ───────────────────────────
   「失った30年」。経済同友会が2022年10月11日
  に発表した提言に次のような一節がある。「バブル崩壊後の
  『失われた30年』は、自責の念を込めて、敢えて『失った
  30年』と表現したい。特に、イノベーションによる社会変
  革は民間が主導すべきであり、企業経営者には日本再興を本
  気で成し遂げる気概に欠けていた」。
   その反省はよしとしよう。ただ、責任は経営者だけにある
  のではない。同友会の提言でも「失った30年は政治・行政
  ・企業による不作為」と記している。そして何よりも問題な
  のは、直近の10年間の不作為だ。少し前までよく使われた
  フレーズは「失われた20年」であった。本来ならこの10
  年は失われた20年を取り戻すべく、DX(デジタル変革)
  などの改革に全力で取り組まなければいけなかった。
   10年前から今日に至るまで、この問題意識は広く共有さ
  れていたはずだ。2012年12月に成立した第2次安倍晋
  三政権の経済政策、いわゆるアベノミクスでは、金融緩和や
  財政出動と共に成長戦略が「3本の矢」とされた。中でも重
  要なのが成長戦略で、規制緩和などにより民間の投資を引き
  出し、イノベーションによる社会変革や経済の持続的成長を
  促そうというものだった。    https://bit.ly/3XkEJC1
  ───────────────────────────
防衛費増額/増税の記者会見.jpg
防衛費増額/増税の記者会見
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2023年02月09日

●「日本は『眠れる森の美女』である」(第5903号)

 2022年12月の話です。慶応義塾大学名誉教授の竹中平蔵
氏の話です。彼は次のようなことを話していたそうです。
─────────────────────────────
 先日参加したロンドンの会合で、参加者から「日本はスリーピ
ングビューティー(眠れる森の美女)」と言われた。企業にはテ
クノロジーも、人材もお金もある。円安をきっかけに、改めて日
本に進出する機運が高まっている。      ──竹中平蔵氏
─────────────────────────────
 「眠れる森の美女」は、ヨーロッパに伝わる古い童話で、魔法
使いによる100年の呪いで眠り続けているお姫様のことです。
ある王子様がその呪いを解いて、お姫様が目を覚ますという話で
す。チャイコフスキー作曲のバレエ音楽にもなっています。
 「眠れる獅子が目を覚ます」という言葉もありますが、現在の
日本は「獅子」というよりも「美女」の表現の方がふさわしいと
いう判断になったものと思われます。
 なぜ、このように、いわれたかというと、2022年10月に
発表されたIMF(国際通貨基金)の「世界経済見通し」が原因
と思われます。これについては、添付ファイルの3つのグラフの
うち、左上の棒グラフをご覧ください。数字を書き出しておくこ
とにします。
─────────────────────────────
    ◎IMFの主要先進国の予想経済成長
          日本 ・・  1・6%
         カナダ ・・  1・5%
          米国 ・・  1・0%
        フランス ・・  0・7%
          英国 ・・  0・3%
        イタリア ・・ ▲0・2%
         ドイツ ・・ ▲0・3%
─────────────────────────────
 これによると、2023年の日本は、G7のなかで最も経済成
長率が高く、適度なインフレがあって、金融緩和が続くという、
株式のようなリスク資産にとっては、極めて居心地の良い外部環
境が続くという判断がされていることがわかります。
 失われた30年といわれ、成長しない経済が特色であった日本
が、予測とはいえ、2023年度は経済成長率がトップになると
は、考えられないことです。昨年後半に急速な円安が進んだこと
によって、多くの人が黒田日銀総裁のことをボロクソに批判しま
したが、黒田総裁の方針は間違っていなかったといえます。
 これについては、添付ファイルの左下の折れ線グラフを参照し
てください。三井住友DSアセットマネジメントの解説を以下に
示します。
─────────────────────────────
 エネルギーや食品の価格上昇を背景に、世界的な高インフレが
続いています。特に欧米諸国は一次産品の値上がりがサービス価
格や賃金にも波及し、ユーロ圏では10%超、米国でも7%台後
半のインフレが続いています。一方の日本では、久しぶりの物価
高が大いに話題となっていますが、消費者物価指数(CPI)
の前年同月比上昇率は3%台にとどまり、変動の大きい食品(酒
類を除く)やエネルギーを除いたCPIは、1・5%の上昇にと
どまっています(2022年10月現在)。
 エネルギー価格の高騰や円安の一服から、日本のインフレは今
後もマイルドな水準に留まる可能性が高そうです。このため日銀
は、当面現在の金融緩和を続けるものと思われ、欧米のように大
幅な利上げによる景気後退リスクをあまり意識しなくてもよさそ
うです。       ──三井住友DSアセットマネジメント
─────────────────────────────
 解説にもあるように、欧米諸国は7%から10%の高インフレ
に見舞われ、中央銀行は政策金利の利上げを行うことによって、
インフレを抑え込もうとしています。しかし、それが長期化する
と、景気が失速し、必然的に経済が弱体化します。
 しかし、日本は、もともと30年デフレで、欧米諸国とは真逆
の金融緩和を現在も続けているのです。それでも物価は高騰して
いますが、欧米諸国よりもはるかに低く、約3%程度に抑えられ
ています。いわゆるマイルドなインフレですが、もともと日本は
それを目指していたはずです。
 黒田日銀総裁は、「異次元金融緩和」の目的として、「2%の
物価上昇」を目指していたのです。もっとも日銀の目指している
のはCPIでも「コアコアCPI」の方です。コアコアCPIと
は、天候や市況など、外的要因に左右されやすい食料(酒類を除
く)とエネルギーを除いて算出した指数のことです。これについ
て、竹中平蔵氏は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 市場であまり議論されないのが不思議だが、日銀の黒田東彦総
裁が就任してから、コアコアCPIの上昇率が2%を超えたのは
初めてのこと。これが続くと日銀は政策を変えやすくなる。
                      ──竹中平蔵氏
─────────────────────────────
 「コアコアCPIの上昇率が2%を超える」とは、日銀の目標
であり、このレベルのマイルドなインフレが持続することは、日
本にとって好都合なことです。これについては、添付ファイルの
右上の折れ線グラフをご覧ください。
 これは、主要株価指数の推移を示していますが、日本のTOP
IXと日経平均がダントツです。この状況が持続して、岸田政権
が経済政策を間違えなければ、日本は完全にデフレから脱却し、
経済は成長するはずです。マイルドなインフレなら、企業は賃上
げをし易くなるし、設備投資も活況化するはずです。そうすれば
日経平均株価4万円超えも実現する可能性があります。しかし、
岸田政権はうまく経済をコントロールできるでしょうか。
           ──[メタバースと日本経済/019]

≪画像および関連情報≫
 ●2023年の日本経済見通し
  ───────────────────────────
   日本は欧米と比べてコロナ禍からの回復が遅れていたが、
  2022年には感染症と経済活動の両立が進む中で順調に回
  復した。ただし、実質GDPは、2019年平均の水準まで
  回復しきれていない。
   2023年の実質GDP成長率は、前年比+1%台の緩や
  かな回復が続く見通しである。海外経済の減速により輸出は
  弱含むことが想定されるが、コロナ禍からの回復余地が残っ
  ている個人消費や設備投資の回復が続き、内需主導の緩やか
  な回復が続くとみられる。2022年は欧米で記録的な高イ
  ンフレが続いていた中、日本のインフレ率は相対的に低位で
  はあったものの、4月以降は日銀の物価目標である2%を超
  えて推移してきた。       https://bit.ly/3x0c8a6
  ───────────────────────────
2023年の日本を占う3つのグラフ.jpg
2023年の日本を占う3つのグラフ
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2023年02月10日

●「『令和のトラトラトラ』が勃発」(第5904号)

 昨日のEJでご紹介したように、2023年は日本経済にとっ
て、30年ぶりに巡ってきた経済成長のチャンスのようです。2
月7日の日本経済新聞の報道によると、政府が次期日銀総裁の後
任として、雨宮正佳副総裁に就任を打診したことがわかると、円
相場は3円以上値下がりし、「1ドル=132円」台半ばまで円
安が進み、日経平均株価は、一時300円以上値上がりしていま
す。金融緩和が当分続くとの期待からです。
 環境面から判断すると、日本の経済成長はやっと軌道に乗ろう
としています。マイルドなインフレが続く限り、日本の経済成長
は軌道に乗ると考えられるからです。しかし、大きなマイナス要
因があります。それは、岸田政権による増税路線が、日本経済に
とってこの千載一遇のチャンスをブチ壊しかねないことです。そ
のバックには財務省の存在があります。
 この財務省がどのような省庁であるか、もっと多くの人が知る
必要があります。事実上の「官庁の官庁」であり、莫大な国家予
算を握り、各政権に重要な影響力を持つ主力官庁です。最近では
「増税カルト教団」と呼ぶ人さえいます。
 ところで、『安倍晋三・回顧録』(中央公論新社)という本が
発刊されているのをご存知でしょうか。
 この回顧録は、安倍氏が首相を退任後の2020年10月から
21年10月、読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏らが18回、
計36時間行ったインタビューを中心に構成され、2月6日に店
頭発売されています。
 この本で安倍氏は、森友学園への国有地売却をめぐる問題につ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 「籠池泰典学園理事長という人物に一度も会ったことがないの
で、潔白だという自信があった」と自身の関与を否定。「財務省
の策略」の可能性に言及し、「財務省は当初から土地取引が深刻
な問題だと分かっていたはずだ。でも、私の元には、土地取引の
交渉記録などは届けられなかった。森友問題は、マスコミの報道
で初めて知ることが多かった」としている。
            ──2023年2月7日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 森友学園事件が安倍首相失脚への策略であったか否かは別とし
て、故安倍晋三氏という政治家は、私の判断ではもっとも厳しく
財務省と対立した人物であったと思っています。このようにいう
と、5%の消費税の税率を自分の任期中に10%に倍増させたで
はないかと反論されますが、この増税は、民主党の野田政権が、
当時下野中の自民党の増税派と組んで法律化したもので、安倍氏
としては、実施するより、他に方法がなかったといえます。その
代わり、安倍首相は、複数の延期と解散総選挙で信を問うていま
す。なお、アベノミクスが成功しなかった原因の一つもこの増税
にあるといえます。
 岸田政権による「1兆円増税」決定を映画のエンドロール風に
書くと、次のようになります。
─────────────────────────────
        主演:岸田文雄内閣総理大臣
        助演:宮沢洋一自民党税調会長
        脇役:木原誠二官房副長官
  製作/脚本/演出:財務省
─────────────────────────────
 岸田首相の周りは、ぎっしりと財務省人材で埋まっています。
税調会長の宮沢洋一氏は首相のいとこですし、政権の内閣官房副
長官の木原誠二氏や総理大臣補佐官の村井英樹氏は財務省出身で
す。さらに、首相の義弟に、財務省理財局長、国税庁長官を務め
た可部哲生氏がいます。加えて、自身の不祥事で総務大臣を辞任
した前総務大臣の寺田稔氏も財務省の出身です。
 まさに財務省一家です。これを財務省が利用しないとは考えら
れないことです。
 それでは「1兆円増税」がどのように決まったかについて、ご
紹介します。
 2022年12月8日(木)のことです。81年前の同日、太
平洋戦争が勃発しています。政府与党政策懇談会という聞き慣れ
ない名前の会議において、岸田首相がいきなり与党側に次のこと
をいい出したのです。トップダウンです。
─────────────────────────────
 安全保障環境が急速に厳しさを増すなか、防衛費は5年以内に
緊急的に強化する必要がある。2027年度以降、財源が毎年4
兆円不足するが、うち約1兆円については国民の税制で協力をお
願いしなければならない。           ──岸田首相
─────────────────────────────
 これを宮沢洋一自民党税調会長は、まるで総理からそういう発
言があることをあらかじめ知っていたかのように、「防衛費の財
源問題が降ってきた。来週から議論する」と引き取っています。
12月15日の与党税制改正大綱の取りまとめまで1週間しかな
いタイミングです。
 これに対して、高市早苗経済安全保障担当相、西村康稔経済担
当相が反対を表明したが、そのまま押し切られています。もとも
と2人が呼ばれたのは政府与党連絡会議であり、そんな案件が飛
び出す会議ではなかったのですが、会議名は財務省の策略によっ
て「政策懇談会」と直前に変更されていたのです。
 翌9日から自民党内は蜂の巣をつつく騒ぎになり、萩生田政調
会長が開いた会議では、発言者の8割が反対論をぶったといわれ
ます。しかし、そのときの会議での反対論は、財務官僚によって
逐一記録され、官邸に上げられています。
 その後、官邸の根回しによって、森元総理が動き、反対の動き
は、鎮静化させられています。官邸ではこの策略を「令和の真珠
湾攻撃」と呼んでいるといわれています。
           ──[メタバースと日本経済/020]

≪画像および関連情報≫
 ●年1兆円の「防衛増税」はあり得ない/その前に講じるべき
  打ち手
  ───────────────────────────
   岸田文雄首相が表明した、いわゆる年間1兆円の「防衛増
  税」をめぐって批判が噴出している。自民党で行われた会合
  では怒号が飛び交う展開になった。岸田首相は、2023年
  年度から2027年度の5年間の防衛費を43兆円規模とす
  る方針で、2019年度から2023年度の総額の約1・5
  倍の金額となり、新たに十数兆円の財源が必要となる。
   財源確保の対象となっているのが「法人税」「たばこ税」
  「所得税」だ。12月11日時点では、法人税7000億〜
  8000億円・たばこ税2000億円強・東日本大震災の復
  興特別所得税2000億円を確保する案が出ている。地政学
  リスクが高まるなか、GDPの2%程度に防衛費を増強する
  ことは既定路線になっている。ただ「そもそも2%で足りる
  のか」「防衛費を何に使うのか」といった議論も必要だ。イ
  ンフラや国際協力など、直接防衛費とは関係ない費目が入る
  のかもしれないという懸念もある。明らかに、「防衛力の中
  身」の説明が足りていない段階での増税はあり得ない。
   現在候補に挙がる3つの税についてはどう考えるべきか。
   「法人税」は企業が賃金を払った後、残った利益に対して
  課税するものであるため、賃上げに影響はないとの意見も見
  かける。しかし、そうとは言い切れない。企業は、法人税が
  課税されるとなれば設備投資や人的資本への投資を萎縮し、
  保守姿勢になるのが普通だ。経営者の決断に、数値だけでな
  く、「不安感・気持ち」の判断も寄与することを考えれば、
  「賃上げ」は明らかにマイナス。 https://bit.ly/3ll184O
  ───────────────────────────
年1兆円強の財源が不足.jpg
年1兆円強の財源が不足
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2023年02月13日

●「黒田金融政策は当分の間継続する」(第5905号)

 今朝のEJの一番のニュースは、何といっても日銀総裁人事で
しょう。当面の日本経済浮上のカギは、黒田総裁後任の新日銀総
裁が握っているといっても過言ではないからです。
 2月11日付、日本経済新聞は、次期日銀総裁と副総裁の人事
について次のように報道しています。
─────────────────────────────
 政府は日銀の黒田東彦総裁(78)の後任に経済学者で元日銀
審議委員の植田和男氏(71)を起用する人事を固めた。黒田氏
の任期は4月8日まで。政府は人事案を2月14日に国会に提示
する。衆参両院の同意を経て内閣が任命する。
 副総裁には氷見野良三前金融庁長官、内田真一日銀理事を起用
する方針だ。現在の雨宮正佳、若田部昌澄両副総裁の任期は3月
19日まで。政府は黒田氏の後任総裁として雨宮副総裁に打診し
たが、同氏は辞退した。
         ──2023年2月11日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 報道を受けて、植田和男氏は、自宅前で朝日新聞の取材に次の
ように、答えています。
─────────────────────────────
記者:黒田総裁による日銀の金融政策について、この10年をど
 う見ているか。
植田:金融政策は景気と物価の現状、それから将来の見通しをも
 とに決めていかなければならない。現状の金融政策は適切だと
 考えている。当面、現状は金融緩和を継続する必要がある。
           ──2023年2月11日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 植田氏が、まだ就任前であるにもかかわらず、「当面、金融緩
和を継続する必要がある」と言明したのは、日本経済新聞が次期
総裁は雨宮副総裁」と報道したとき、市場で円が売られ、株高に
なったからであると思われます。そのため、慎重に市場にメッセ
ージを送ったものと思われます。
 副総裁には、氷見野良三前金融庁長官、内田真一日銀理事を起
用する方針とされていますが、とくに内田真一日銀理事の起用は
注目すべきです。なぜなら、この人事なら、植田新総裁になって
も、まさに植田氏のいう通り、当面は黒田時代の金融政策と大き
な変化はないと考えられるからです。
 内田真一氏とはどういう経歴の人物なのでしょうか。
 内田真一氏は、日銀のプロパーで、前日銀総裁の白川方明氏の
時代の2012年に、40歳の若さで新潟支店長から、企画ライ
ンの重要幹部である企画局長に起用されています。そして、黒田
総裁になってからも企画局長を続投しています。
 黒田総裁になって、総裁の指示で、当時理事で、急遽大阪から
呼び戻された雨宮氏らとともに2週間ほどで「異次元緩和」の原
案を作り上げています。つまり、内田真一氏は「異次元緩和」の
原案の作成者でもあるのです。
 しかし、「2年で2%」の日銀の目標がなかなか達成できない
と、2016年にはマイナス金利政策の導入をしたり、その後の
イールドカーブ・コントロールなどにも、内田氏は、企画局長し
てとして関わっています。
 内田真一氏は、2017年には名古屋支店長、18年には国際
担当の理事になって、企画ラインから離れますが、20年5月に
は、企画局などを担当する理事に昇進し、企画ラインの事務方の
トップに就任しています。明らかに、黒田総裁後を睨んだ人事配
置と考えられます。
 日銀の金融政策・市場エディターで、日本経済新聞の「日銀ウ
オッチ」の執筆を務める大塚節雄氏は、2022年4月2日の時
点て、内田真一氏の次期日銀総裁の副総裁就任を次のように予測
しています。
─────────────────────────────
 日銀は企業や家計を苦しめる輸入インフレを「望ましい物価上
昇ではない」とみて緩和継続の構えを崩さない。米国など海外の
金融引き締め路線のあおりで円安と金利上昇圧力が生じ、3月下
旬には日銀が「指し値オペ」と呼ぶ国債購入の手段で長期金利の
上昇を抑え込もうとするほど円安が進み、円相場は一時1ドル=
125円台まで下落した。海外勢には「日銀が物価上昇と円安の
圧力を放置するのは正しい態度ではない」(外国銀行ストラテジ
スト)として早期の政策修正の観測もくすぶる。
 修正は簡単ではない。いったん金利上昇を容認してしまうと際
限のない債券売りの投機を呼び込みかねない。結局は金融緩和に
追い込まれ、むしろ円安圧力が再燃するリスクもある。そもそも
巨額債務を日銀に支えてもらっている政府にとって、利払い負担
の急増につながる金利上昇は許容しにくい。東短リサーチの加藤
出社長は「様々な不確実性がある非常に難しい局面のなか、現在
の緩和の仕組みに精通する内田氏に引き続き実務のかじ取りを担
わせる必要がある、ということかもしれない」とみる。
               https://s.nikkei.com/3loKZey
─────────────────────────────
 岸田内閣が、次期日銀総裁として本命視したのは、雨宮正佳副
総裁だったのですが、雨宮氏は「今後の金融政策には新しい視点
が必要である」として固辞したため、人事は難航をきわめたとい
われます。最終的には、学者ではあるが、実務経験もあり、現在
の金融政策にも精通している植田和男氏に頼ったといわれます。
しかし、黒田体制を支えた政策参謀である内田真一氏を副総裁と
して残せば、引き継ぎはうまく行くと考えたフシがあります。
 もう1人の副総裁候補である氷見野良三氏は、国際金融姿勢を
担うバーゼル銀行監督委員会や金融安定理事会で要職を務めた国
際派として知られています。ちなみに、氷見野良三氏は、日銀プ
ロパーではなく、大蔵省(財務省)の出身であり、組織変更で、
金融庁に移籍したことを記しておきます。
           ──[メタバースと日本経済/021]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀総裁人事、植田氏の起用に驚きも・・・市場は緩和策の
  行方に注目/読売新聞オンライン
  ───────────────────────────
   新たな日本銀行総裁として政府が指名したのは、経済学者
  の植田和男氏(71)だった。新体制は、戦後初となる学者
  出身の総裁をトップに、副総裁として、金融システムの分野
  で世界をリードしてきた行政マンと、マイナス金利政策を立
  案・設計した日銀マンが脇を固める3人の「トロイカ体制」
  となる。
  「政策の判断を論理的に、判断の結果を分かりやすく説明す
  ることが大事だ」。植田氏は10日夜の取材でこう語った。
  黒田東彦総裁の下で10年続いてきた金融緩和を急に転換す
  れば、金融市場の混乱を招きかねないとの認識がある。
   金融政策の転換は、金融市場を通じて、企業や家計にも打
  撃を与えかねない。低金利を続けるために日銀が大量の国債
  を買い入れているため、日銀の国債保有比率は5割を超えて
  いる。仮に日銀が、国債の買い入れを減らせば、金利が急騰
  する可能性がある。金利の上昇で債券価格が下落すると、国
  債を持つ金融機関の業績は悪化する。企業への貸し出しが鈍
  る可能性もある。
   家計にとっては金利の上昇を通じた負担が増えかねない。
  日銀が昨年12月に長期金利の上限を0・25%から0・5
  %に拡大しただけで、長期金利に連動する金利固定型の住宅
  ローンの利率は軒並み上昇した。日銀がマイナス金利政策の
  撤廃などに動けば、住宅ローンの7割を占める変動型金利に
  も影響を及ぼしかねない。    https://bit.ly/3RNTs7b
  ───────────────────────────
内田真一氏.jpg
内田真一氏
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2023年02月14日

●「植田新総裁への内外専門家の評価」(第5906号)

 政府が植田日銀新総裁を決めたことに対しての国内だけでなく
世界の反響について、もう少し探ることにします。このEJは、
12日(日)に書いていますが、11日は土曜日と建国記念日が
重なっているので祝日であり、夕刊は休刊です。おまけに13日
の月曜日は新聞休刊日ですべての新聞が休刊です。肝心な時に新
聞はきちんと報道できないのです。全新聞が休む新聞休刊日は廃
止すべきです。
 実は、経済専門紙の日経が大チョンボを冒しています。日経は
6日の夕刊、7日朝刊において「日銀新総裁雨宮氏に打診」とい
うスクープを放っていますが、これが大間違いだったことです。
しかし、10日になると、「総裁に植田氏」の報道が一斉に流れ
雨宮副総裁説は一掃されています。これは、官邸からのリークで
あると思われます。
 実は読売新聞の解説によると、新日銀総裁の人選は首相、木原
官房副長官らが、水面下で折衝を重ね、1月下旬には、植田和男
氏の起用が固まったとあるので、2月7日の日経の大スクープは
まさに大間違いだったことになります。読売新聞は、どうして何
でも知っているのでしょうか。
 10日夕方に政府が植田氏を日銀新総裁に起用するとの人事を
固めたという報道が流れると、長期金利(10年物国債の金利)
は上限の0・5%まで上昇し、円相場は「1ドル=129円台」
まで円高が進みましたが、植田氏が「当面金融緩和を継続する」
と発言すると、131円台まで円が売られています。
 植田氏にはこのようなエピソードがあります。2000年8月
こと。植田氏は日銀審議委員をしていましたが、当時日本経済は
バブルが崩壊し、デフレで苦しんでいたのです。その8月の金融
政策決定会合で、「ゼロ金利を解除して利上げをする」という案
に植田氏は、審議委員として反対投票を投じています。
 そのとき、反対したのはたったの2人で、ゼロ金利政策の解除
は賛成多数で決まっています。しかし、その後、国内景気は一層
悪化し、利上げの決定は日銀の拙速であったとの批判が数多く出
されています。景気の動向を見極めないで、利上げをするとこう
いうことが起きるのです。今回もそれに似ています。
 植田日銀新総裁について、日本をよく知る海外のストラテジス
トの評価を拾ってみます。ストラテジストとは、経済動向などを
分析し、投資に関するストラテジー(Strategy=戦略)や方針を
立案する専門家のことです。
─────────────────────────────
◎バンダ・リサーチ/ビラジ・バテル氏(ロンドン在勤)
 これは私の臆測に過ぎないが、雨宮氏が就任を辞退したという
ことは、ハト派でイールドカーブコントロール支持者と見なされ
る同氏と岸田政権との間に明らかな緊張があるということではな
いか。結論として、市場は「クロダノミクス・アベノミクス」か
ら離れた新たな日銀の政策枠組みの確率が高まったことを織り込
まなければならないだろう。これは究極的に円にプラスだ。
◎ノルディア銀行/ヤン・フォンヘリッヒ氏(ヘルシンキ在勤)
 植田氏の下では、少なくとも雨宮氏の場合よりは政策修正の可
能性が高いと市場は考えている。しかし見通しは、数カ月前や日
銀が、10年物国債の許容変動幅を拡大した時に比べ、はるかに
不透明である。
◎CIBC/ジェレミー・ストレッチ氏(ロンドン在勤)
 植田氏は次期日銀総裁の有力候補の中には入っていなかったが
1998〜2005年に日銀審議委員を務めた経歴から、明らか
にある程度の信頼性がある。雨宮氏が起用されるとの観測がかね
てからあり、同氏は路線継続のための候補で、アベノミクスを延
長すると見なされていた。従って、雨宮氏以外の誰であっても政
策正常化を進める確率は比較的高いと考えられ、米国債と日本国
債の利回り格差縮小を促し、円高には寛容になるだろう。
 註:CIBC/カナディアン・インペリアル・バンク・オブ・
   コマース           https://bit.ly/3IhyABX
─────────────────────────────
 続いて、植田和男氏について、日本の専門家の評価はどうなっ
ているでしょうか。
─────────────────────────────
◎三菱UFJ銀行の関戸孝洋氏
 どれ程の難局が待ち受けているか、大げさに言っても言い切れ
ない。日銀は過去10年で相当のことをしてきた。政策も非常に
複雑になった。わずかな政策修正でも多くの市場が影響を受ける
だろう。
◎クレディ・アグリコル証券の会田卓司氏
 植田体制でも日銀が2023年中に金融引き締めに転じること
はないとの従来の予想を変えていない。新執行部の下、日銀が現
行の金融政策の点検・検証を行うとしても、金融緩和効果の持続
性を維持するための手段が議論となり、必ずしも金融引き締めに
つながるものにはならない可能性が高い。
◎元日銀審議委員/野村総合研究所の木内登英氏
 植田氏は、黒田氏の政策姿勢とは距離を置いている。慎重かつ
緩やかに金融緩和の枠組みの見直し、金融政策の正常化を進めて
いくだろう。
◎東短リサーチの加藤出氏
 例えば、米景気が悪化して利下げが視野に入ってくるような状
況になれば、政策の変更を見送るなどの柔軟性を持つ人である。
─────────────────────────────
 以上の専門家の意見を総合すれば、植田和男新日銀総裁は、黒
田政策を急激に変更することはなく、当面は金融緩和を継続しな
がら、じっくりと状況を見極めて、少しずつ政策を変更していく
人のように考えられます。リフレ派とか、構造改革派のように、
「何とか派」というくくり方に当てはまらない人であり、現総裁
を引き継ぐ人材としては最適の人といえます。
           ──[メタバースと日本経済/022]

≪画像および関連情報≫
 ●首相が日銀総裁起用意向の植田氏“現状は金融緩和継続
  が重要”
  ───────────────────────────
   こと4月で任期が切れる日銀の黒田総裁の後任に、岸田総
  理大臣は、日銀の元審議委員で経済学者の植田和男氏を起用
  する意向を固めました。
   植田氏は10日夜、都内で記者団に対し後任の日銀総裁へ
  の起用について「現時点では何も申し上げられません」と述
  べました。一方で今の日銀の大規模な金融緩和については、
  「金融政策は景気と物価の現状と見通しにもとづいて運営し
  なければいけない。そうした観点から現在の日本銀行の政策
  は適切であると思います。現状では金融緩和の継続が必要で
  あると考えています」と述べました。
   在任日数が歴代最長となっている日銀の黒田総裁は、今の
  2期目の任期が4月8日に満了を迎えることから岸田総理大
  臣は、後任人事の検討を進めてきました。そして、日銀の元
  審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する意向を固め与党
  幹部らに伝えました。
   岸田総理大臣としては、植田氏が、日銀の政策運営に深く
  関わった経験があることに加え、経済や金融をめぐる幅広い
  研究実績を重視したものと見られます。日銀総裁の交代は、
  10年ぶりで、新たな総裁は、ひずみも指摘されている「異
  次元の金融緩和」の「出口戦略」をどう描くかといった難し
  い課題に取り組むことになります。
                  https://bit.ly/3jOxEvJ
  ───────────────────────────
植田和男氏.jpg
植田和男氏
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2023年02月15日

●「最も期待できない閣僚とはだれか」(第5907号)

 繰り返しになりますが、現在、日本経済は30年ぶりに良いポ
ジションにつけています。しかし、電気代を筆頭に諸物価が高騰
し、国民の生活は苦しくなっています。高インフレに襲われてい
る米国はFRBによる利上げが続いていて、日米の金利差の拡大
によって円安が定着しています。「インフレ(物価高)と安い日
本」──多くの日本国民はこれをマイナスとしてとらえていて、
政府にさらなる支援を求めています。
 しかし、2023年は、IMFの予測では、G7では日本の経
済成長率はトップと予想されており、政府としての舵取りを間違
えなければ、日本経済はかなり成長する可能性があります。
 黒田日銀総裁の目指す2%の物価上昇は、まだ達成されていま
せんが、日本経済は長い間なかった3%程度のインフレになって
おり、状況は変化しつつあります。
 いわば千載一遇のチャンスが巡りつつあるといえますが、岸田
内閣は「防衛増税」をはじめとする増税を持ち出し、そのせっか
くのチャンスをブチ壊そうとしています。
 そこで気になるのが、日銀新総裁の人事です。しかし、13日
と14日の2日間、EJで検討した結果、植田和男新総裁は、当
面は黒田路線を継続するということなので、適切な人選であった
と評価できると思います。
 問題は、岸田内閣自身です。岸田首相は聞く力を標榜していま
すが、防衛増税などは独断で決めています。そのため、相変わら
ず支持率が低迷していますが、本人はなぜ支持率が低いか、きっ
とわかっていないと思います。
 ところで、女性誌『女性自身』が「岸田政権で最も期待できな
い閣僚」のテーマでアンケートを実施し、約501人の男女から
回答を得ています。ベスト5は次の通りです。
─────────────────────────────
     ◎岸田政権で最も期待できない閣僚
      第1位:岸田文雄 ・・・ 244票
      第2位:高市早苗 ・・・  42票
      第3位:河野太郎 ・・・  39票
      第4位:林 芳正 ・・・  31票
      第5位:浜田靖一 ・・・  15票
─────────────────────────────
 驚くなかれ、第1位は岸田総理大臣で、その得票は全投票数の
約50%を占めるダントツの244票を集めています。なぜ、そ
うなるのか、実際の国民の声は次のようになっています。
─────────────────────────────
・「景気が増税できるほどに回復していないのに、増税しようと
 しているから」(10代男性・学生)
・「国民の生活や将来や今の状況をわかってない」(50代女性
 ・専業主婦)
・「国民に寄り添う力も聞く力も決断する力も何もない。増税な
 どを決断するのはやたらと早い」(60代女性・専業主婦)
・「何が『聞く力』だ。国民の声なんて、何一つも聞いてない。
 ニュースで、顔を観るのも嫌」(40代女性・会社員)
・また2月9日にはフィリピンへ2年で6000億円の官民支援
 を約束したばかり。国民の生活負担が増えるなかでの”海外支
 援”に対する不満の声も少なくない。
・「外国にばかりいい顔をして国民には増税を迫るから」(30
 代女性・専業主婦)
・「国民のためになるようなことは検討に検討を重ね、防衛増税
 はさっさと決める。外国人を大切にして国民を守る気がない」
 (30代女性・医療従事者)    https://bit.ly/3YrEeXR
─────────────────────────────
 確かに、岸田首相の物事の決め方を見ると、「聞く耳を持つ」
といいながら、国民にとっては、十分検討し、慎重に決めて欲し
いことは自ら速断し、すぐに実行して欲しいことは、検討に検討
を重ね、国民にとって不満足な形で実施するか、なかなか実施し
ようとしないところがあります。だから、「検討使(遣唐使)」
といわれるのです。
 振り返ってみると、安倍元首相の国葬に始まり、防衛費増額に
伴う防衛増税、原発再稼働・新設などのエネルギー政策大転換は
「令和の真珠湾攻撃/トラトラトラ」と揶揄されるほど速断して
いますが、統一教会問題、少子化対策、LGBT問題などは相当
な時間をかけています。
 ところで、2023年以降の日本が明るいという根拠の一つと
して、2022年度の設備投資動向計画(修正計画)において、
全産業の投資額が前年度実績25・1%増の30兆8048億円
となり、2007年度以来、15年ぶりに過去最高を更新してい
る事実があります。つまり、設備投資が急増しているわけです。
─────────────────────────────
◎設備投資修正計画(▲は減)
        社数      A     B     C
 全 産 業 950 308048  0・4% 25・1%
 ・ 製造業 525 186909  1・1% 28・2%
 ・非製造業 425 121139 ▲0・7% 20・6%
 海外投資額 578  35202  1・4% 41・3%
           註:A/2022年度修正計画(億円)
                 B/  当初計画比増減率
                 C 21年度実績比増減率
─────────────────────────────
 けん引しているのは製造業で、1・1%増と2年連続プラスに
なっています。その投資額は18兆6909億円と前年度実績比
28・2%増で、1988年以来34年ぶりの高い伸び率である
といえます。しかし、非製造業は伸び悩んでいます。その修正率
は0・7%減と、3年連続のマイナスです。コロナの影響で設備
納入が遅れ、工期遅延が生じているからです。
           ──[メタバースと日本経済/023]

≪画像および関連情報≫
 ●「検討おじさん」岸田氏の経済政策が空中分解の訳
  ───────────────────────────
   やろう、これをやろうと検討しながら、なかなか実行に移
  さない。このことは、「新しい資本主義」ほど当てはまるも
  のはないだろう。
   具体的には、1)日本の企業と国民間にある所得配分を是
  正することによって消費者の購買力を高める、2)日本が高
  度成長期のように多くの起業家を生み出すことで生産性上昇
  を加速させる、というどちらの計画についても、数カ月にわ
  たる検討の末、政府は中途半端な姿勢を示している。
   関係者によれば、岸田首相らはこれらの目標に対して真摯
  に取り組んでいるという。だが、同首相はどんな問題でも抵
  抗勢力に出会うと、たいてい引き下がってしまう。本稿では
  前者の再配分について、現在どのような状況にあるのか検証
  する。
   20年以上にわたって、日本政府は日本の所得配分の偏り
  に大きな役割を果たしてきた。法人に対する税金を1994
  年の最高税率52%から現在の30・6%まで引き下げる一
  方で、消費税を通じて国民には増税してきた。これが、消費
  者の需要、つまりGDPの成長が鈍い主な理由のひとつであ
  る。データを見てみよう。1995年から2022年まで、
  非金融企業の税引き前利益はGDPの6%から17%近くま
  で急増している。それは、賃金の緊縮と金利の引き下げが重
  なったためである。       https://bit.ly/3xiXgUy
  ───────────────────────────
迷走を続ける岸田内閣.jpg
迷走を続ける岸田内閣
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2023年02月16日

●「メーカーの国内回帰の動きが顕著」(第5908号)

 2022年2月24日──ロシアがウクライナに対する軍事侵
攻に踏み切った日です。それから約1年が経過しようとしていま
す。ロシアが特別軍事作戦と呼称する”戦争”は、まだ終結する
どころか、ますます激しくなっています。
 この1年で日本には大きな変化が起きつつあります。これにつ
いては、添付ファイルを参照してください。このグラフは次の2
つのことを示しています。
─────────────────────────────
    @2022年1月〜12月のドル円相場の推移
    A2022年度の製造業の設備投資額の伸び率
─────────────────────────────
 @は「2022年1月〜12月のドル円相場の推移」です。
 こういう危機になると、これまでであれば、円は買われる傾向
にあったのですが、今回の危機では、ドル高が一気に進み、3月
頃から円安の傾向が顕著になり、一時は「1ドル=150円」を
付けるなど、約32年ぶりの円安水準になっています。
 Aは「2022年度の製造業の設備投資額の伸び率」です。
 正確にいうと、2022年度の製造業の設備投資額の前年比伸
び率を示したものです。以下に数字を書き出してみます。
─────────────────────────────
      2022年 3月 ・・  9・0%
      2022年 6月 ・・ 20・5%
      2022年 9月 ・・ 21・2%
      2022年12月 ・・ 20・3%
─────────────────────────────
 現在、日本企業の設備投資意欲が増加しています。22年度の
製造業による設備投資の計画額は、2022年6月以降、20%
増加しています。その中心にあるのは、海外ではなく、国内への
投資です。一体何が起きたのでしょうか。
 1つは円安傾向です。2021年の始めは、1ドル=100円
強だったのですが、ウクライナ危機が起きると、1ドル=120
円を超え、秋までに1ドル=150円まで駆け上がるのです。
 思えば、日本企業の海外生産は、90年代以降の急激な円高を
背景に急進展しています。日本の有力メーカーは、円高でも利益
が出せる生産体制を求めて、中国をはじめ、東南アジア、そして
欧米へと海外生産を拡大させてきたのです。
 しかし、今その海外生産の潮流に変化が生じています。円安に
なると、日本国内での生産に優位が生まれ、海外からの輸入は割
高となり、デメリットを発生させる恐れがあります。問題は、今
回の円安が一時的なものかどうかの見極めです。なぜなら、円安
傾向になったからといって、国内生産に回帰して、また円高にな
るリスクもあるからです。
 こう1つは国際情勢の変化があります。米中対立の激化による
世界経済の分断の動きです。米国による対中国制裁関税の影響は
脱中国を加速させています。さらにそれにウクライナ危機が加わ
り、経済安全保障の面でも過度の海外依存は、有事のさいに国民
生活を脅かすリスクになり、国内回帰の必要性が高まりつつある
のが現状といえます。
 このような情勢変化を受けて、すでに多くの日本の有力メーカ
ーが海外生産を減らし、国内回帰に向けて、実際に行動を起こし
ています。その具体的な例を以下に示します。
─────────────────────────────
◎半導体大手のルネサスエレクトロニクスは、5月に電気自動車
 (EV)向けに需要が拡大するパワー半導体の生産能力増強を
 発表。14年にいったん閉鎖した甲府工場を復活させることを
 明らかにした。
◎SUBARUは、EV専用として約60年ぶりに国内新工場の
 建設を決め、既存工場でのEV生産を含め約2500億円を投
 資する方針である。
◎SMCは岩手県遠野工場(遠野市)のエリアを整備して、「遠
 野サプライヤーパーク」を建設。サプライヤーを誘致し、生産
 能力を拡大する計画である。
◎TDKは、秋田県にかほ市に電子部品の新たな生産拠点となる
 「稲倉工場西サイト」を建設中で、秋田地区の電子部品の生産
 拠点強化を進めている。
◎セイコーエプソンは、水平多関節(スカラ)ロボットの生産能
 力を25年度までに、国内で20年度比で5倍に高める方針で
 あることも伝わっている。米国輸出時の対中制裁関税の影響を
 避けるため、国内での生産能力を増強する意向があるとみられ
 ている。             https://bit.ly/3jWlMrt
─────────────────────────────
 今回の動きのきっかけになったと思われるのは、先端半導体の
量産で世界一の台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県での新工
場建設です。日本政府は数千億円規模の支援をするというかたち
での国策誘致であり、これが、日本への設備投資回帰の呼び水に
なったといえます。
 岸田首相は、2022年10月の所信表明演説で、TSMCの
熊本工場について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 大きな経済効果・雇用創出が見込まれ、経済安全保障の要とな
る半導体には、今後とくに力を入れる。この分野に官民の投資を
集める。                   ──岸田首相
─────────────────────────────
 TSMC熊本工場は、敷地面積約21ヘクタール(東京ドーム
約4・5個分)もあり、2024年末までに稼働予定とされてい
ます。TSMC子会社には、ソニーグループやデンソーも出資し
ており、その投資額は総額86億ドル(約1兆1000億円)で
あり、同工場の雇用予定者は1700人を見込んでいます。まさ
に日本は大きく変化しようとしています。
           ──[メタバースと日本経済/024]

≪画像および関連情報≫
 ●製造業、国内回帰相次ぐ 円安で輸出強化の動きも
  ───────────────────────────
   製造業の間で生産の「国内回帰」が相次いでいる。新型コ
  ロナウイルスや米中貿易摩擦などで混乱したサプライチェー
  ン(供給網)見直しの一環だが、急速な円安を踏まえ、輸出
  競争力の強化をにらんだ動きも出てきた。海外移転を進めて
  きた製造業にとって、歴史的な円安は大きな転機となる可能
  性もある。
   生活用品メーカーのアイリスオーヤマ(仙台市)は9月以
  降、衣装ケースなど約50種類のプラスチック製品の生産を
  中国から国内の複数工場に移し始めた。原油高で日本への輸
  送費用が膨らんでおり、「国内生産への切り替えでコストを
  平均2割削減できる」(同社)という。
   アパレル大手のワールドは、岡山県の工場などで生産能力
  を増強し、百貨店向け製品の国内生産比率を4割から9割に
  高める。コロナ対策のロックダウン(都市封鎖)で、海外か
  らの輸入が滞ったためだ。JVCケンウッドは、カーナビの
  製造をインドネシアや中国から日本に移し、長野県伊那市に
  ある工場の生産規模を5倍に増やす。
   これらは国内販売分を国内で生産する取り組みだが、日立
  製作所の子会社は冷蔵庫などの白物家電に関し、国内生産に
  占める輸出の割合を来年3月までに従来の2倍の10%に引
  き上げる方針だ。円安は海外での価格競争力強化につながり
  企業収益へのメリットも大きい。政府も月内に策定する経済
  対策に、円安を生かして事業展開する企業への支援策を盛り
  込む考えだ。          https://bit.ly/3JZ8SDP
  ───────────────────────────
 ●グラフの出典/日経ビジネス/02.13
円安の進行と企業の設備投資意欲.jpg
円安の進行と企業の設備投資意欲
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2023年02月17日

●「23年の日本の経済見通しは順調」(第5909号)

 2月14日のことです。2022年10〜12月期のGDPの
速報値が、内閣府から発表されました。14日の日本経済新聞夕
刊は、これについて次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎日本のGDP年率0・6%増
         /10〜12/2四半期ぶりプラス
 内閣府が14日発表した2022年10〜12月期の国内総生
産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整
値で前期比0・2%増、年率換算で0・6%増だった。プラス成
長は2四半期ぶり。22年の実質GDPは前年比1・1%増で、
2年連続のプラスだった。新型コロナウイルス禍から経済の正常
化が緩やかに進んでいる。    ──2022年2月14日付
                   日本経済新聞夕刊より
─────────────────────────────
 これによって、2022年の成長率は、個人消費や設備投資な
どが全体を押し上げた結果、2022年における実質経済成長率
は、1・1%になっています。海外需要は0・6ポイント押し下
げになったものの、国内需要が1・7ポイントのプラスになって
います。
 GDPを項目別にみると、個人消費は2・1%増加し、コロナ
禍からの回復によって、サービスなどの消費が伸びています。設
備投資は1・8%増と、2021年の0・8%増からの伸びが加
速しています。
 しかし、2022年は、1〜3月期と7〜9月期がマイナス成
長になるなど、コロナ禍からの回復の足取りは鈍く、2022年
暦年のGDPは546兆円と、コロナ禍前の水準である550兆
円を下回っている状態です。後藤茂之経済財政・再生相は、次の
ようにコメントを出しています。
─────────────────────────────
 ウィズコロナの下で景気が緩やかに持ち直している。目下の物
価高に対する最大の処方箋は、物価上昇に負けない継続的な賃上
げの実現である。       ──後藤茂之経済財政・再生相
─────────────────────────────
 ちなみに、名目GDPは1・3%で、実質GDP1・1%を上
回っています。これは、物価が上昇し、時価のGDP、すなわち
名目GDPが膨らんだ結果です。これを調整するためのGDPデ
フレーターは、前年比プラス0・2%であり、これは2021年
のマイナス0・2%から、上昇に転じています。
 なお、GDPデフレータは、名目GDPの物価水準の変化分を
調整するときに使われます。物価が上昇している場合には、「名
目GDP>実質GDP」となりますが、物価が下落している場合
には、物価の下落分をGDPデフレーターにより膨らませるため
反対に「名目GDP<実質GDP」となります。
 2月9日のEJ第5903号でご紹介した2023年のIMF
の「世界経済見通し」について、2月14日の日本経済新聞夕刊
では、次のようにコメントしています。このなかで日本の経済見
通しについては、1・8%と上方修正し、インフレで苦しむ欧米
と違って、日本は、G7トップの成長率を確保できるものと伝え
ています。
─────────────────────────────
 国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しによると、23年に
日本の実質成長率は1・8%に加速する。この数字だけとれば、
インフレ退治の利上げの影響もあって、成長が鈍化すると思われ
る米国(1・4%)やユーロ圏(0・7%)を上回る予測だ。実
態として経済の正常化は米欧が先行しており、日本はコロナ前と
比べたGDPの回復ではなお後れを取る。
     ──2022年2月14日付、日本経済新聞夕刊より
─────────────────────────────
 それでは、2023年1〜3月期はどうなるかについて、日本
経済新聞は、民間エコノミスト10人に対して、今後の経済見通
しを聞いたところ、次のように、2022年10〜12月期に続
いて、2期連続のプラス成長と予測しています。
─────────────────────────────
    ◎2023年1〜3月期経済見通し
     実質成長率の予測平均=前年比年率1・6%
─────────────────────────────
 10人の予測によると、1〜3月期の実質成長率は1%台半ば
に回復し、2023年を通して1%台を維持すると予測していま
す。個人消費が前年比0・4%増加し、設備投資も0・6%増加
して支えるからです。
 10人の民間エコノミストの予測で一番意見が分かれたのが、
「外需」です。外需とは、輸出から輸入を差し引いたものです。
多くのエコノミストは、世界経済は利上げによる景気減速懸念が
高まると判断し、輸出は減少するとみています。輸出の減少は、
日本経済を下押しします。
 しかし、前向きの見方もあります。伊藤忠総研の前田淳氏は、
外需は0・3ポイントプラス寄与するとしています。それは、イ
ンバウンドが大きく回復するとみているからです。
 インバウンド(Inbound) とは、外国人が訪れてくる旅行のこ
とで、日本へのインバウンドを訪日外国人旅行または訪日旅行と
いいます。これに対し、自国から外国へ出かける旅行をアウトバ
ウンド(Outbound)または海外旅行といいます。
 このインバウンドは、GDP統計では「輸出」に含まれます。
経済学では、輸出が増加すると、国民の収入が増えて国内の消費
も増加するという理論があります。さらに、消費が増えると、ま
た誰かの収入が増え、さらに消費が増えるという好循環が発生す
るため、インバウンド需要による経済効果は、単純な輸出額の増
加よりも大きなものとなるという考え方です。いずれにせよ、日
本経済は、多くの人が考えているより、良い方向に向かっている
といえます。     ──[メタバースと日本経済/025]

≪画像および関連情報≫
 ●緩慢な経済成長/インフレ、ピークに達する/国際通貨基金
  ───────────────────────────
   世界経済成長率は、2022年の3・4%(推定値)から
  2023年に2・9%へ鈍化した後、2024年には3・1
  %へと加速する見込みだ。2023年の予測は、2022年
  10月の世界経済見通し時点から0・2%ポイント上方修正
  されたものの、歴史的(2000―2019年)な平均であ
  る3・8%を下回っている。物価上昇に対処するための中央
  銀行による利上げと、ロシアのウクライナでの戦争が引き続
  き、経済活動の重しとなっている。中国では2022年に新
  型コロナウイルスの急速な感染拡大が成長の妨げとなったが
  最近国境を再び開放したことで当初の予想よりも速い回復の
  道筋がついた。
   世界のインフレ率は、2022年の8・8%から2023
  年に6・6%、2024年に4・3%と鈍化していく見込み
  だが、両年とも依然としてパンデミック前(2017―20
  19年)の水準である約3・5%は上回っている。
   リスクのバランスは依然下振れ方向に傾いているが、20
  22年10月のWEO以降、下振れリスクは和らいだ。上振
  れリスクとしては、各国で見られる繰延需要によって景気が
  押し上げられることや、インフレが予想よりも速く落ち着く
  ことが挙げられる。      https://bit.ly/3xqWepG
  ───────────────────────────
日本経済/2019との比較.jpg
日本経済/2019との比較
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2023年02月20日

●「H3ロケットが打ち上げ『中止』」(第5910号)

 2月17日、日本にとって心配な出来事が起きています。日本
の「H3ロケット」が打ち上げ中止になったことです。これにつ
いて、18日の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎H3打ち上げ「中止」/JAXA補助ロケット着火せず
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、17日、大型ロケット
「H3」初号機の打ち上げを発射直前に中止した。本体1段目で
異常を検知し、補助ロケットが着火しなかったという。詳しい原
因は調査中だが、電子機器の不具合の可能性などがあるという。
2022年度内の再挑戦を目指す。滞れば国の宇宙戦略の見直し
も求められる。  ──2023年2月18日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「H3」ロケットの打ち上げ予定時刻は、17日、午前10時
37分55秒に設定されていたが、カウントダウンが始まり、打
ち上げの6・3秒前に主エンジン「LE9」に着火し、0・4秒
前に主エンジンを補助する固体ロケットブースター2本が着火す
る予定が、「LE9」は着火したものの、固体ロケットブースタ
ーは、何らかの理由で着火しなかったといいます。
 したがって、JAXAは、カウントダウン中であるので、これ
は、「打ち上げ失敗」ではなく、「打ち上げ中止」であるといっ
てます。しかし、予定の日と時刻に打ち上げられなかったという
ことは「打ち上げ失敗」であるといえます。
 今回のH3ロケットの目玉は主力エンジンである「LE9」で
す。なぜなら、このエンジンは低コストを実現できるからです。
ところが、その燃焼実験ではJAXAは何度も失敗しています。
燃焼室の内壁に亀裂が入ったり、エンジンに燃料を送るタービン
にひびが入ったりして、これまで何回も打ち上げが延期されてき
ています。
 しかし、JAXAの岡田匡史プロジェクト・マネージャーは、
「LE9」は正常に立ち上がったといっています。このエンジン
を支える固体ロケットブースターに何らかの原因で、着火信号が
送信されなかったといいます。
 JAXAは、「失敗でなく中止である」といいますが、こんな
ことを繰り返していると日本のロケットの信用性が失われるとし
て、もし「中止」というのであれば、3月中にはぜひ打ち上げる
べきであるといえます。世界の宇宙政策に詳しい鈴木一人東京大
学教授は、次のように警鐘を鳴らしています。
─────────────────────────────
 こうしたことが続くと、国際的な打ち上げ市場におけるイメー
ジが悪くなることは否めない。H3が信頼性の高い技術に基づい
ていることを示すためには、もし今回の問題が軽微ならば、なる
べく早く、再打ち上げを実現することが大切だ。
           ──鈴木一人東京大国際政治経済学教授
             2022年2月18日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 まして日本は、2月7日に三菱重工業が、国産ジェット旅客機
「三菱スペースジェット(MSJ)」事業から撤退することを発
表したばかりであり、日本の産業技術力の信頼性がいま厳しく問
われているのです。
 日本の宇宙ビジネスの現状について知る必要があります。そも
そもロケットの打ち上げ費用を負担するのはどこでしょうか。そ
れは、宇宙に「荷物」を運びたい国や企業です。宇宙に運ぶ荷物
とは衛星や探査機などです。日本のこれまでの実績は、2001
年の運用開始から20年間で、海外から受注した衛星を5回打ち
上げています。20年間で5回です。
 これに対して世界を見ると、受注衛星の打ち上げは、2015
の1年間で、ヨーロッパは6回、アメリカは5回打ち上げている
のです。つまり、欧米は、日本が20年かかってやったことを1
年でやっています。実に大きな差です。
 種子島宇宙センターで日本の打ち上げ技術の基礎を築いたのが
Hシリーズです。
─────────────────────────────
        1986年 ・・・  H1
        1994年 ・・・  H2
        2001年 ・・・ H2A
─────────────────────────────
 Hシリーズでは、これまで、気象衛星「ひまわり」、小惑星探
査機「はやぶさ2」、政府の「情報収集衛星」、カーナビの位置
取得などに使われる準天頂衛星「みちびき」を打ち上げてきてい
ます。とくに「H2A」は、これまで46機中45機打ち上げに
成功しており、97・8%の成功率であり、その信頼度はきわめ
て高いのです。しかし、打ち上げ費用は、約100億円かかって
おり、世界水準より3割程度高額です。
 そこでJAXAと三菱重工業が2014年から開発を始めたの
が「H3」です。このH3で目指したのが、H2Aの半分の50
億円という低コストの実現です。そして2015年からスタート
したのが、ロケットの命ともいえるメインエンジン「LE9」の
開発です。
 問題は、どのようにしてコストを下げるかです。H2Aよりも
設計をシンプルにし、構造を簡素化して部品の数を2割減らした
ほか、3Dプリンタで部品を作ったり、乗用車の電子部品を活用
したりと徹底的にコストを削減したのです。
 ロケットエンジンは、燃焼試験に合格しないと打ち上げには使
えませんが、その燃焼試験が苦難の連続だったのです。2020
年5月の燃焼試験では、タービンにひびが入り、同年度に予定さ
れていた打ち上げが2021年に延期されましたが、またしても
タービンに不具合となる振動が確認され、打ち上げはさらに20
23年に延期されたのです。しかし、その2023年2月17日
も打ち上げが中止されてしまったというわけです。
           ──[メタバースと日本経済/026]

≪画像および関連情報≫
 ●「あり得ない」「敬意のかけらもない」H3打ち上げ中止
  JAXA会見で反発広げた「記者の捨て台詞」
  ───────────────────────────
   鹿児島県の種子島宇宙センターから2023年2月17日
  に打ち上げを予定していたH3ロケットだが、この日のカウ
  ントダウン中にシステムが異常を検知し、打ち上げは中止と
  なった。
   記者会見にのぞんだJAXAの岡田匡史プロジェクトマネ
  ージャーには、報道陣から「失敗ではないか」と認識を確認
  する質問が相次いだ。通信社の記者は「一般にいう失敗なん
  じゃないか」と追及し、岡田氏は否定。「失敗と呼ばれたか
  らといって、何か著しく不具合があるわけじゃないですね。
  皆さんの中では失敗と捉えていないけど、失敗と呼ばれてし
  まうのも甘受せざるをえない状況じゃないんですか」と矢継
  ぎ早に質問すると、設計の想定範囲内での事象のため、やは
  り失敗ではないとの見解を示した。
   この記者は「つまりシステムで対応できる範囲の異常だっ
  たんだけれども、起こるとは考えられなかった異常が起きて
  打ち上げが止まった。こういうことでいいですね」と論点を
  整理し、岡田氏が主張を繰り返すと、「わかりました。それ
  は一般に失敗といいます。ありがとうございます」と突き放
  すように切り上げた。
   通信社の記者とJAXA担当者の攻防は、多くの視聴者の
  目に留まった。この場面がツイッターで「記者の捨て台詞」
  などの文言とともに転載されると1万以上リツイートされ、
  「あり得ない」「難事業に対する敬意のかけらもない対応」
  と記者の態度を疑問視する声が広がっている。
                  https://bit.ly/3YSQPU8
  ───────────────────────────
H3ロケット初号機打ち上げの現場.jpg
H3ロケット初号機打ち上げの現場
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2023年02月21日

●「日本のGDPがドイツに抜かれる!」(第5911号)

 今回のテーマは、依然としてデフレから完全に脱却できていな
い日本が、持ち前の技術力を発揮し、現在世界で急速に進行しつ
つあるデジタル化の変化に便乗し、メタバースなどを積極的に活
用しながら、経済の復活が図れないか検討するのが目的です。
 しかし、三菱重工の国産ジェット旅客機からの撤退など、日本
の持ち前の技術力が揺らいでいることや、足元の急激な円安・ド
ル高によって日本の国力が弱体化しつつあるなど、日本経済の真
の回復にはほど遠いのが現状であるといえます。
 2023年2月19日付の日本経済新聞は、次のようなショッ
キングなニュースを伝えています。
─────────────────────────────
◎名目GDP、ドイツが肉薄/日本世界3位危うく
 日本が維持してきた国内総生産(GDP)で世界3位という地
位が危うくなってきている。長引くデフレに足元の急激な円安・
ドル高が加わり、ドル換算した名目GDPで世界4位のドイツと
の差が急速に縮まっている。世界最大の人口大国になったもよう
のインドも猛追しており、世界経済で日本の存在感はしぼみつつ
ある。    ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 日本が西ドイツ(当時)のGNP(国民総生産)を抜いたのは
1968年のことです。そして、2002年には、日本の名目G
DPはドイツの2倍あったのです。以下、2002年と2022
年とを比較してみます。
─────────────────────────────
     ◎ドル建てGDPによる比較/2002年
      日 本 ・・・ 4兆1800億ドル
      ドイツ ・・・ 2兆0800億ドル
     ◎ドル建てGDPによる比較/2022年
      日 本 ・・・ 4兆2300億ドル
      ドイツ ・・・ 4兆0600億ドル
       ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 なお、この数値は、日本とドイツの名目GDPに年平均の為替
レートをかけあわせて比較しています。20年前の2002年の
場合、日本の名目GDPは、ドイツの2倍以上の規模があったの
ですが、20年後、ドイツは2倍に膨らんだのに、日本はたった
の1%しか増えていないのです。
 この20年間、米国の名目GDPも2倍以上に増えて、25兆
ドルで世界第1位の地位を固め、12倍になった中国が18兆ド
ルで第2位を占めています。このように見ると、日本の不甲斐な
さが明らかになっています。日本とドイツの内訳を見ると、次の
ようになります。
─────────────────────────────
     ◎日本とドイツ/内訳の比較
      日 本/実質GDP ・・・ 1・1倍
             物価 ・・・  −6%
          為替レート ・・・  −5%
      ドイツ/実質GDP ・・・ 1・3倍
             物価 ・・・ 1・4倍
          為替レート ・・・  10%
       ──2023年2月19日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 日本のGDPがドイツに抜かれ、日本はGDP世界第3位に転
落する──これは、日本にとってきわめて屈辱的なことです。な
ぜ、屈辱的かというと、日本の人口は1億2462万人、ドイツ
のそれは8336万人であり、日本の方がドイツよりも1・5倍
多いからです。
 現在、GDPで日本の上位にいる中国の人口は14億1196
万人、GDPトップの米国のそれは3億3390万人であり、い
ずれも日本とは比較にならない人口差です。しかし、ドイツより
も、1・5倍の人口を有する日本がドイツに抜かれるということ
は、それは日本にとって相当ショッキングな出来事になります。
 経済成長を生み出す要因は何かというと、次の3つであるとい
われています。
─────────────────────────────
           @   労働力
           A    資本
           B全要素生産性
─────────────────────────────
 Bの「全要素生産性」とは、@の「労働力」やAの「資本」と
いった量的な生産要素の増加以外の質的な成長要因のことで、技
術進歩や生産の効率化などがそれに該当します。TFPと呼ばれ
ますが、Total Factor Productivity の省略形です。
 一般的に、Bは容易に変化しないので、量的な生産要素である
@で決まるものですが、日本とドイツの場合、人口の多い日本が
優位であるにも関わらず、ドイツに抜かれるということは、日本
が@とAの劣化が激しいということになります。
 みずほ銀行チーフ・マーケットエコノミストである唐鎌大輔氏
は、2023年の為替次第では、ドイツの日本逆転は、2023
年中にもあり得るとして、次のように述べています。新日銀総裁
のうでの見せどころであるといえます。
─────────────────────────────
 日本のドイツに対するリードに関し、22年は、+6・7%、
23年は+6・0%、24年は+5・3%と縮小していく見通し
であることに振れた。ということは、他の条件が全て一定とした
場合、23年中に円が対ドルで▲6・0%下落するか、ユーロが
対ドルで+6・0%上昇すれば、ドル建てGDPに関し日本はド
イツと同等の規模になる。     https://bit.ly/3xDSNM8
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/027]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のGDP、今年にもドイツに抜かれ4位転落の恐れ
  産経新聞
  ───────────────────────────
   米中に次ぎ世界第3位の日本の名目国内総生産(GDP)
  が、経済の長期停滞などを受けて早ければ2023年にもド
  イツに抜かれ、4位に転落する可能性が出てきた。近年の円
  安に伴うドルベースの経済規模の縮小に加え、「日本病」と
  も揶揄(やゆ)される低成長が経済をむしばんだ結果だ。専
  門家は企業の労働生産性や国際競争力を高める政策をテコ入
  れしなければ、遅くとも5年以内には抜かれる可能性が高い
  と警鐘を鳴らす。
   経済規模の国際比較に用いられる名目GDPは、国内で生
  産された財・サービスの付加価値の総額だ。物価変動の影響
  を取り除いた実質GDPに比べて、より景気実感に近いとさ
  れる。国際通貨基金(IMF)の経済見通しでは、22年の
  名目GDP(予測値)は、3位の日本が4兆3006億ドル
  (約555兆円)なのに対し、4位のドイツは4兆311億
  ドルで、ドイツが約6・7%増えれば逆転することになる。
   IMF予測では23〜27年も辛うじて逆転を免れるもの
  の23年時点(予測値)でその差は約6・0%に縮小する。
  第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストの試算では
  仮に今年のドル円相場が年間平均で1ドル=137円06銭
  より円安に振れれば順位が入れ替わる計算という。
                  https://bit.ly/3IC11en
  ───────────────────────────
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経済規模トップ5カ国は20年で変化
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2023年02月22日

●「国産ジェット機はなぜ失敗したか」(第5912号)

 2月7日のことです。三菱重工が国産ジェット旅客機の事業か
ら撤退を表明しています。6日の日本経済新聞は、この件につい
て、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 三菱重工業が国産ジェット旅客機の事業から撤退する方針を固
めたことが6日、分かった。2020年秋に「三菱スペースジェ
ット(MSJ)」の開発を事実上凍結していたが、今後の事業成
長を見通せないと判断した。開発子会社の三菱航空機(愛知県豊
山町)も清算する方針。累計1兆円の開発費を投じながら納期を
6度延期するなど空回りが続いた。新たな産業育成に向けた官民
による国産旅客機の構想は頓挫した。7日にも発表する。
          ──2023年2月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 この事業が発足したのは2008年のことです。経済産業省が
全面支援し、トヨタ自動車も三菱重工業傘下の三菱航空機に出資
するなど、まさに「国策民営」のプロジェクトそのものだったと
いえます。スタート時の名称は「三菱リージョナルジェット(M
RJ)」。それが15年が経過して失敗とは・・・。国策民営プ
ロジェクトの失敗です。
 三菱航空機は、既にMRJについて、国内外の企業から267
機の注文を受けていたのです。これらの企業に対しては、事業撤
退ということになると、違約金の支払いが発生することは必至で
あると思われます。
─────────────────────────────
   ANAホールディング ・・・・・・・  25機
   日本航空(JAL) ・・・・・・・・  32機
   米スカイウェスト ・・・・・・・・・ 200機
   エアマンダレー(ミャンマー) ・・・  10機
 ─────────────────────────
                      267機
─────────────────────────────
 なぜ、このプロジェクトは失敗したのでしょうか。
 それは、一にも二にも「型式証明」がとれなかったことに尽き
ます。型式証明とは、各国の航空当局の審査を通して、開発した
航空機が安全に空を飛べることを立証する耐空証明手続きのこと
です。具体的には、設計から製造工程、品質管理にいたるまで、
機体が安全かどうか、定められた計算方法や各種試験、検証方法
を通して立証するものです。
 「型式証明」が取れなかったのは、三菱航空機だけの責任では
なく、国交省航空局にも重大な責任があります。なぜなら、日本
の空を飛ぶには、国交省航空局の型式証明が必要ですし、販売先
の国の型式証明も必要になります。しかし、国による違いはある
ものの、審査内容はほとんど同じであり、相互に認証し合う協定
もあります。
 そこで、三菱航空機としては、国交省の航空局の審査をクリア
できることに標準を定め、これをクリアすれば、他国の審査にも
対応できるだろうと考えて、事業を進めていたのです。しかし、
これが大きな失敗だったのです。国交省の航空局自体がジェット
旅客機の審査の細部がわからなかったからです。
 国交省航空局にとって国産旅客機「YS−11」以来、半世紀
も航空機の型式証明審査をやったことがなく、まして航空機に独
特の設計をしようとすると、型式証明を取得するのが一層困難化
するのです。その点、米国のFAA(米連邦航空局)などは、ボ
ーイング機などで豊富な経験を積んでおり、知見豊富であるのに
対して、日本は大きく遅れているのです。
 事実上の国家プロジェクトでありながら、国交省航空局にも型
式証明取得のための努力不足があったとして、『日経ビジネス』
は次のように国交省航空局を批判しています。
─────────────────────────────
 機体や操縦システム、電気系統などの設計は、教科書通りの一
般論は存在する。「ある意味、経験則が生きるのが航空機の世界
だが、MRJは燃費性能が高いエンジンや革新的な空力設計、高
度な電気システムを採用した。それがさらに審査を難しくさせ、
必要あるかないか分からない証明作業を求められた。それに三菱
航空機は対応しきれなかった」(同社元関係者)。国家プロジェ
クトでありながら、国が最新の航空機の知見を取り入れ、安全性
を判定する能力を養ってこなかったのは三菱航空機にとって不幸
といえる。三菱重工の組織も、最後まで一枚岩になりきれなかっ
た。   ──『日経ビジネス』より/https://bit.ly/3XDAqSk
─────────────────────────────
 しかし、不可解なことがあります。三菱重工業はこのプロジェ
クトのこれまでの「MRJ/三菱リージョナルジェット」の名称
を途中で「スペースジェットM100」に改称すると発表してい
ることです。2019年6月25日のことです。
 リージョナルジェットというのは、座席数が50席から100
席程度の比較的短距離の地域間輸送航路に適した小型ジェット旅
客機のことであり、リージョナルには「地域の」という意味があ
ります。それをなぜ、名称を変更したのでしょうか。これほどの
巨大プロジェクトの名称変更はあり得ないことです。
 それは、三菱重工が、カナダの重工業メーカーであるボンバル
ディアとのあいだで、同社航空機部門のボンバルディア・エアロ
スペースが製造しているリージョナルジェット機「CRJ」事業
の譲渡契約を締結したからなのです。
 ボンバルディア・エアロスペースは、カナダの国営航空機メー
カーであるカナディアを前身として設立された企業です。同社は
カナディア・リージョナルジェットを「CRJ」として商品化し
1800機以上が生産されるベストセラー機となったのです。
 しかし、近年ではボンバルディアは、経営状態がが悪化し、航
空機事業の譲渡を進めていたのです。
           ──[メタバースと日本経済/028]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱重工が国産初のジェット旅客機事業から撤退
  ───────────────────────────
   三菱重工業は2月7日、国産初のジェット旅客機事業から
  撤退すると発表した。2020年にジェット旅客機「スペー
  スジェット(旧MRJ)」の開発を事実上凍結していたが、
  事業性が見込めないことから名実ともに幕を下ろす決断をし
  た。同社は発表で、開発中止の理由として、国が機体の安全
  性を証明する型式証明の取得には「さらに巨額の資金」を要
  するほか、海外パートナーの協力確保が困難なことや足元で
  のパイロット不足の影響で小型ジェット機の市場規模が不透
  明な点などを挙げた。
   同社はスペースジェットで培った知見を次期戦闘機の開発
  などに活用していくとしている。また、泉沢清次社長は会見
  で、今後の取り組みの一環として「将来の完成機も視野に入
  れた次世代技術の開発や、他社との共同検討も考えていきた
  い」とも語った。
   08年に開発が始まったスペースジェットは初号機の納入
  が6度にわたり延期され、政府からの支援を含め巨額の資金
  が投じられてきた。新型コロナウイルス感染拡大の影響で航
  空需要が激減し、三菱重工は、20年10月にスペースジェ
  ット向けの開発費を大幅に縮小。主力機として位置付けてい
  「M90」の開発はいったん立ち止まることを明らかにして
  いた。             https://bit.ly/3IgCTMU
  ───────────────────────────
「三菱リージョナルジェット/MRJ」.jpg
「三菱リージョナルジェット/MRJ」
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2023年02月24日

●「スコープクローズというネックがある」(第5913号)

 三菱重工業の国産ジェット旅客機撤退の話の続きです。なぜ、
この事業についてEJが追及するかというと、ほとんど国家プロ
ジェクトに近いこの事業の失敗をこのままにしておくと、日本は
今後ジェット航空機というものを製作できなくなるし、「技術の
日本」の誇りに大きな傷がつくからです。
 この事業は、2008年に「三菱リージョナルジェット(MR
J)」としてスタートしましたが、2019年になって、名称を
「三菱スペースジェット(MSJ)」に変更しています。スター
トから11年後にプロジェクト名を変更し、その5年後に事業か
らの撤退を表明しているのです。
 それは、米国では「スコープ・クローズ」という航空会社とパ
イロット組合とが結ぶ労使協定があることを知りながら、三菱重
工がリージョナルジェットにこだわったからであるといえます。
 「スコープ・クローズ」とは何でしょうか。
 広大な領土を有する米国の航空業界では、大きな都市を結ぶハ
ブ(基幹路線)と、各地の小需要路線(スポーク)を結ぶ路線形
態である「ハブ・アンド・スポーク」をとっています。各地の小
需要路線に関しては、大手航空会社は、リージョナル航空会社に
運航の委託をしています。
 しかし、小需要路線のスポークでも、人気路線ができて利用者
が増えると、リージョナル航空会社は、大型航空機を使ってその
需要を満たそうとします。この現象は、大手航空会社のパイロッ
トたちの仕事をリージョナル航空会社に奪われることを意味して
います。
 そこで、大手パイロット組合は、自分たちの仕事を守るため、
リージョナル航空会社と話し合い、運航に関する制限事項を決め
ているのです。2016年12月1日に合意されたリージョナル
・ジェットへの制限は次のようになっています。
─────────────────────────────
       座席数:最大76席
    最大離陸重量:39トン(8万6000ポンド)
─────────────────────────────
 しかし、三菱重工のプロジェクトは、最初から座席数90席の
リージョナルジェット機(MRJ─90)を基本モデルとしてき
たのですが、2016年に上記の制限が決まり、座席数と重量の
制限をオーバーしてしまったのです。
 そこで、「MRJ─90」に関しては、2019年に制限の見
直し検討が行われるので、それに期待をかけると共に、制限が緩
和されない場合に備えて、「MSJ─70」を並行して開発する
ことにしたのです。このモデルは、座席数76席で、最大離陸重
量はギリギリでクリアしています。
 そして、2020年6月に、カナダのボンバルディアのCRJ
事業を買収しています。買収額は、5億5000万ドル(約57
6億円)といわれています。この頃には、6度目の商用初号機引
き渡し延期で「凍結」か「撤退」がささやかれていたにもかかわ
らずです。目的はMSJのアフターケアで、CRJのネットワー
クを活用するためです。
 この買収について、長年日本航空で機長を務め、現役当時ジャ
ンボジェットの乗務時間で、世界最長の記録を保持していた航空
評論家の杉江弘氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 MRJでも、サポート体制には力を入れていくと一応言ってき
たものの、今回のCRJの買収劇を見ていると、当初から本当に
十分なサポート体制を構築できる計画があったのかと疑わざるを
得ない。ボンバルディア側は航空事業から手を引いて、今後は鉄
道事業だけに経営戦略を変更していこうとするなかで、三菱側の
CRJ事業の買収はいわば渡りに船であった。それだけに三菱側
としては、今回の買収によって今後コスト面で経営にどう影響を
与えるかという不安材料も加わったかたちである。
                  https://bit.ly/3EuwGM3
─────────────────────────────
 三菱重工にとって不幸だったのは、「三菱スペースジェット」
が最も重要な時期に、コロナ禍が重なったことです。新型コロナ
の流行により、東京五輪も延期になり、航空機需要が消滅したこ
とがMSJに追い打ちをかけたかたちです。
 三菱重工によるCRJ買収によって、リージョナルジェットの
分野では、ブラジルのエンブラエルと中国のARJが残ることに
なります。エンブラエルは、ブラジルの航空機メーカーであり、
世界第3位の旅客機メーカーでもあります。中国のARJについ
ては、中国国内でしっかりと、シェアを確保しています。
 大きなネックは、これら2社に対して、MSJは価格面では対
抗できないことです。MSJの50億前後という価格に対して、
エンブラエルは約35億円、中国のARJにいたっては30億円
前後の価格といわれます。ボーイング757〜800の価格が約
51億円といわれているので、価格が高すぎます。
 杉江弘氏は、この国産ジェット開発の失敗の原因の一端は、三
菱の「上から目線」と「秘密主義」も関係しているとして、次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 私は2008年秋からエンブラエルのパイロット要員として、
県営名古屋空港にあるジェイエアで勤務を始め、翌2009年3
月より機長として乗務を開始した。一方、三菱航空機のMRJ生
産開発拠点はジェイエアの会社からわずか数百メートルの地にあ
った。そこで私が仮に三菱航空機のスタッフだとしたら、ライバ
ルのエンブラエルのことは当然気になり、それを実際に操縦して
いるパイロットや会社から参考になる話を聞こうとするはずであ
る。しかし、私を含め、同僚のパイロットやジェイエアの会社に
も一切のコンタクトはなかった。   https://bit.ly/3Z9ann8
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/029]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱重工業が国産ジェット開発を断念 → 日本が航空機を
  つくれない理由
  ───────────────────────────
   三菱中工業が、国産初のジェット旅客機「スペースジェッ
  ト(SL、旧MRJ)」の開発を断念し、事業から撤退する
  ことを決めました。2008年に日本初のジェット旅客機を
  つくろうとしてスタートした開発プロジェクトは、15年の
  歳月をかけて失敗に終わったということです。
   日本は「ものづくり」が得意な国と言われます。特に乗り
  物には定評があります。自動車にしても鉄道にしても船にし
  ても、日本のメーカーがつくるものは品質がいいといわれて
  世界で高い評価を受けています。ただ、航空機は世界で存在
  感がまったくありません。
   旅客機はアメリカのボーイング社とヨーロッパのエアバス
  社が世界の2強で、日本の航空機産業はボーイング社の下請
  けに甘んじているケースがほとんどです。そうした現状を打
  破しようとしてスタートしたのが旧MRJプロジェクトでし
  たが、結局、打破できませんでした。どうして日本の航空機
  産業は自前の旅客機をつくれないのでしょうか。
   その原因を探るため、日本の航空機産業の歴史を振り返っ
  てみましょう。日本の航空機産業は軍用機の開発からスター
  トしました。第1次世界大戦で航空機が威力を発揮したこと
  から、日本も軍用機の開発に力を入れ始めました。第2次世
  界大戦が始まると、開発に拍車がかかり、名機と言われる戦
  闘機が次々に太平洋戦争に投入されました。
                  https://bit.ly/3SnmECj
  ───────────────────────────
航空評論家/杉江弘氏.jpg
航空評論家/杉江弘氏
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2023年02月27日

●「ゼロ戦/YS11の設計者は誰か」(第5914号)

 WBCのキャンプをテレビで見ているが、雰囲気はとても良い
ように感じます。とくにメジャー選手で唯一キャンプに参加して
いる、ダルビッシュ選手が、投手たちにカーブやフォーク、ツー
シームやスライダーの投げ方をていねいに教えている姿が印象に
残っています。ITなどの真の技術の指導は、このようにOJT
であるべきと思います。
 2月7日、MRJから撤退を決めた社三菱重工業の泉沢清次社
長は次のようにいっています。
─────────────────────────────
 大きく二つの視点がある。初期の段階で開発の規模の見積もり
手間のかかり方ということが、正直言って少し甘かったのではな
いか。そこの段階でのリソースの確保が足りなかったのではない
かというのが一点ある。もう一つは、単に頭数が足りないという
ことではなくて、経験を持ったエンジニアが我々にいなかった。
おそらく日本の中にいなかった。それで海外の経験のあるエンジ
ニアを投入したということ。その意味で、足りないリソースにつ
いて、いろいろと手は尽くしてきたと思うが、それは十分ではな
かった。             ──泉沢清次三菱重工社長
─────────────────────────────
 「経験を持ったエンジニアが我々にいなかった。おそらく日本
の中にいなかった」と泉沢社長は嘆いています。三菱重工といえ
ば、かつて天才航空機設計者、堀越二郎を擁し、彼の手になる戦
闘機九六式艦上機(ゼロ戦)を開発した名門ですが、そのDNA
が残っていなかったようです。そうさせたのは、間違いなく米国
であり、日本の技術を恐れて、日本には一切の航空機を製造させ
なかったのです。
 ゼロ戦といえば、日中戦争から日米戦争の初期に関しては、向
かうところ敵なしで制空権をほしいままにした戦闘機です。なお
堀越二郎については、2013年のジブリ映画『風立ちぬ』で描
かれています。
 ゼロ戦が戦闘機としていかに優れていたかについては、機銃配
置にあります。ゼロ戦の武装は、左右の主翼に20ミリ機関砲を
各1門に加え、最前方にあるエンジンのすぐ後ろ、胴体の上部に
7・7ミリ機銃が2門設置されています。問題は後者の胴体機銃
に関してです。この機銃は、発射時にプロペラの回転面を弾丸が
通過することになります。弾丸がプロペラにぶつかってしまった
から大変なことになります。
 ゼロ戦では、この難問を解決しているのです。同調発射装置と
いいます。開発者は深海正治氏という人物です。また、松平精氏
という人物は、ゼロ戦の飛行時の異常な振動を制御することに成
功しています。ゼロ戦にはこのように多くの光る技術が凝縮され
ているのです。
 ところで、なぜ、弾丸がプロペラにぶつからないかというと、
「プロペラにぶつからないよう機銃から弾丸が出るタイミングを
調整している」からです。つまり、プロペラの隙間を縫って、弾
丸が通り抜けるようエンジンの回転速度と機銃の発射速度が調整
されているのです。驚くべき技術です。
 しかし、米国は日本のこの驚くべき技術を知っており、終戦後
の昭和20年11月18日、GHQ(連合国占領軍総司令部)の
命により、民間機の航空活動も含め、航空機の生産、研究、実験
を初めとして一切禁止したのです。運輸省航空局も廃止され、大
学の航空学科および航空研究所などもすべて廃止され、日本の空
には模型飛行機すら舞うことがなくなったのです。
 しかし、米国から航空機の研究・開発を禁じられた深海正治氏
は、分野の全く異なる医療現場で内視鏡を設計し、胃カメラを世
界で初めて実用化しています。また、松平精氏は、新幹線の振動
を制御する台車を設計しています。
 GHQの禁止命令も解けた約10年後の昭和31(1956)
年のことです。堀越二郎氏は当時の通産省からオファーがあり、
秘密のプロジェクトに従事しています。それから8年後の、昭和
39年(1964年)、日本初の国産旅客機「YS11」が飛行
に成功したのです。堀越二郎の設計によるものです。YS11は
日本航空機製造が製造した双発ターボプロップエンジン方式の旅
客機で、第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅
客機です。
 「YS11」は、普通「YSじゅういち」と読みますが、正し
くは「YSいちいち」です。その理由は、次の通りです。
─────────────────────────────
 「YS」は輸送機設計研究協会の「輸送(YUSOUKI)」
と「設計(SEKKEI)」の頭文字の「Y」と「S」をとり、
「YS」とした。「11」の最初の「1」は搭載を予定した各種
候補エンジンごとにとった資料ナンバーで、「ダート10」の番
号の「1」であった。後ろの「1」は検討された機体案の番号を
表し、主に主翼の面積や位置によって第0案、第1案となって、
「1」とし、「YS11」と命名された。
                  https://bit.ly/3xN8Mb7
─────────────────────────────
 しかし、「YS11」は、2006年をもって日本においての
旅客機用途での運航を終了しています。そして、2023年2月
7日の三菱重工の「スペースジェット」の開発中止、事業からの
撤退──堀越二郎のDNAは残っていなかったようです。堀越二
郎は、次のようにいっています。
─────────────────────────────
 飛行機は非常に高級な総合工業であり、これに包含される技術
の発達を促進してやみません。日本が将来、本当の文明国に進む
ためには、高度の工業であるとともに、規模の大きいものも持た
なければならない。それには航空機が有望だと思います。
                       ──堀越二郎
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/030]

≪画像および関連情報≫
 ●ボーイングB787は「準日本製」だろう?なぜ日本は大型
  旅客機が作れないのか=中国
  ───────────────────────────
   日本はものづくり大国ではあるが、作れないものもある。
  中国メディアの網易は、2021年8月17日、「日本は民
  間で大型ジェット旅客機が作れない」と指摘する記事を掲載
  した。「米ボーイングの機体製造の一部を担っていて、ボー
  イング機のB787などは準日本製と言っても良いほどなの
  に」と不思議がっている。
   日本の航空機製造はもともと技術が高く、戦時中のゼロ戦
  機は世界最強と言われていたほどだ。記事は、連合国軍総司
  令部(GHQ)の航空禁止令により、航空機産業が止まった
  時期があるとはいえ、日本の部品製造のレベルは非常に高く
  ボーイング社に部品供給するほどの実力があると指摘した。
  しかしながら、「軍用機は作れても民間の大型ジェット機が
  作れない」のは不思議なことだ、といぶかっている。
   記事はこの理由について、3つの要因があると分析してい
  る。1つは「能力不足」の問題で、日本にはこの巨大プロジ
  ェクトを成功させるのに必要な、資金、人材、部品、市場な
  どの総合的な条件が揃っていないとした。2つ目は総合的な
  「技術不足」で、部品を作る能力はあってもコア技術がない
  と指摘した。戦後7年間、航空機の開発・製造が止まってい
  た間に、欧米と差が開いてしまったと分析している。3つ目
  は「市場不足」だ。現在はボーイングとエアバスが市場を独
  占しているので、日本がジェット機を開発しても市場が不足
  しているとした。        https://bit.ly/41nbhyj
  ───────────────────────────
YS11.jpg
YS11
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2023年02月28日

●「世界初のコンピュータENIAC」(第5915号)

 「生成AI」というものが話題になっています。生成AIとは
画像、文章、音声、プログラムコード、構造化データなどさまざ
まなコンテンツを生成することのできる人工知能のことです。大
量のデータを学習した学習モデルが人間が作成するような絵や文
章を生成することができます。
 生成AIの中心にいるのは、「オープンAI」という2015
年に設立された米国の非営利団体であり、現在、そこを中心とす
る多くのスタートアップ企業に巨額の投資が集まっています。こ
のような先端技術はやはり米国がいつも先陣を切っています。
 生成AIについては、目下情報を収集しており、いずれEJで
取り上げるつもりでおります。その前に「ものづくり日本」の象
徴ともいえるものの、意外にも多くの人が知らない、日本のコン
ピュータの製作秘話を取り上げたいと思います。
 世界はじめてのコンピュータは、米国が1946年に開発した
「ENIAC(エニアック)」です。ENIACとは、次の英語
の頭文字をとったものです。
─────────────────────────────
  ◎ENIAC
   Electronic Numerical Integrator and Computer
─────────────────────────────
 ENIACを考案・設計したのは、ペンシルベニア大学のジョ
ン・モークリーとジョン・プレスバー・エッカートの2人です。
開発の目的は、米国陸軍の弾道研究所における砲撃射表の計算で
す。ENIAC開発の資金を出したのは米国陸軍であり、契約は
第2次世界大戦中の1943年6月5日に行われています。ペン
シルベニア大学では「プロジェクトPX」として秘密裏に設計が
進められたのです。1946年2月14日にマシンは完成し、翌
日にペンシルベニア大学で正式に使用が開始されています。EN
IACは1955年10月2日まで運用・使用されています。
 ENIACとはどういうコンピュータだったのでしょうか。
 幅30メートル、高さ2・4メートル、奥行き0・9メートル
総重量27トンという大掛かりな装置で、開発にかかった費用の
総額は、50万ドルであったといわれています。ENIACには
次のようなものが使われていたのです。
─────────────────────────────
        真空管 ・・・・ 17468本
      ダイオード ・・・・  7200個
      リレー装置 ・・・・  1500個
        抵抗器 ・・・・ 70000個
      コンデンサ ・・・・ 10000個
─────────────────────────────
 なぜ、ENAICはこのような巨大なマシンになったのでしょ
うか。それは、今でこそコンピュータは2進数が当たり前になっ
ていますが、ENIACは、内部構造に10進数を使っているか
らです。
 少し専門的になりますが、1桁の10進数を格納するのに10
ビットのリング・カウンターを使っており、1桁の記憶に対して
36本の真空管を必要とするのです。これでは、1万7000本
の真空管が使われても不思議ではないでしょう。
 しかし、メモリがごくわずかなため、プログラムの内蔵能力は
ほとんどなく、パンチカードなどの外部デバイスからプログラム
を取り込む方式が採用されていたのです。
 それでもENIACでは複雑なプログラムを組むことができた
のです。ループ、分岐、サブルーチンが可能で、このプログラミ
ングには女性が大活躍したといたわれています。1997年のこ
とですが、当時ENIACのプログラミングを担当していた6人
の女性がWTTIの殿堂入りを果たしています。WTTIとは、
次の言葉の省力形です。
─────────────────────────────
     ◎WTTI
      Women in Technology International
─────────────────────────────
 ENIACの開発プロジェクトには、ロスアラモス国立研究所
で、マンハッタン計画(米国の原爆開発・製造計画)に従事して
いた著名な数学者、ジョン・フォン・ノイマンが強い関心を持っ
ていたといわれます。ロスアラモス研究所では、ENIACに深
く関与するようになり、最初にENIACで計算したのは、水素
爆弾に関するものだったといいます。その計算の入出力には、約
100万枚のパンチカードが必要だったといわれています。
 ノイマンのこのENIACへの関わりによって、後にノイマン
は、ENIACに変わる新しいコンピュータの開発を示唆するレ
ポートを書くことになります。このノイマンのレポートによって
モーリス・ウィルクスとケンブリッジ大学の数学研究所のチーム
が、1949年に開発したのが「EDSAC(エドザック)」と
いうコンピュータです。
 このコンピュータは2進数を採用し、プログラムとデータの両
方を一緒に格納できる記憶装置(メインメモノ)を備えた世界初
のプログラム内蔵方式のコンピュータであり、後にノイマン式コ
ンピュータと呼ばれるようになります。EDSACは、次の言葉
の省略形です。
─────────────────────────────
  ◎EDSAC
    Electronic Delay Storage Automatic Calculator
─────────────────────────────
 このENIACとEDSACの開発は、日本の科学者たちの強
い関心を引き、日本でもコンピュータを作ろうという機運が盛り
上がってきたのです。日本におけるその1つのプロジェクトが、
東京大学と東芝によるコンピュータ開発プロジェクト「TAC」
です。これについては明日のEJで取り上げます。
           ──[メタバースと日本経済/031]

≪画像および関連情報≫
 ●ENIAC開発の背景
  ───────────────────────────
   ENIACは、一般には、弾道計算のために開発されたと
  いうことになっています。実際、開発の資金を提供した陸軍
  は、弾道計算のために資金提供したのでした。しかし、EN
  IACの構想を考え出したモークリーは、趣味の気象予測の
  ために強力な計算機を必要としていたようです。当時、「気
  象は十分な計算パラメータがあれば完全に予測できる」とす
  る仮説が話題となっており、多くの人が実際の予測に取り組
  んでいました。
   物理学者であったモークリーもその一人で、アメリカの降
  水と太陽の回転の関係について、仮説を立てていました。し
  かし、この仮説が本当かどうか調べるための計算は、あまり
  にも膨大で当時の計算機では間に合わなかったのです。
   モークリーはさまざまな計算機を調べ、自分でも試作し、
  やがて真空管を使うと高速な計算機を作れると言うアイディ
  アにたどりつきます。真空管計算機を作るために、電子工学
  を学ぶ中で、モークリーは若き天才電子工学者、エッカート
  と出会います。陸軍が開催した電子工学の特別講座で、エッ
  カートは最年少の研究助手、モークリーは最年長の受講者で
  した。二人は意気投合し、電子計算機の設計にかかります。
  モークリーは真空管については素人でした。そして、エッカ
  ートは怖いもの知らずの若者でした。
   そんな二人だから、こんなたいそれたことを考えついたの
  です。当時、身近なもので真空管を使った一番複雑な機器は
  テレビで、30本の真空管を使っていました。
                  https://bit.ly/3Z3UpuL
  ───────────────────────────
ENIAC/1946.jpg
ENIAC/1946
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2023年03月01日

●「一向に動かないTACコンピュータ」(第5916号)

 世界最初のコンピュータである米国のENIACは、内部構造
に10進数を使うなど、コンピュータとしては問題のあるマシン
ではありましたが、その開発の様子を伝える米国「ニューズウィ
ーク」/1946年2月号の記事を見て、世界中でコンピュータ
開発競争が巻き起こったのです。
 日本においてもそれは同様で、数学者で、大阪帝大工学部精密
工学科教授だった城憲三(以下、敬称略)は、「ニューズウィー
ク」の記事を読んで、コンピュータの具体的な研究開発に着手し
ます。そして、1950年にENIACの追試実験装置を試作し
2進数による本格的な真空管コンピュータの開発に着手したもの
の、その後トランジスタコンピュータの商用機導入が決定された
ので、開発を中止しています。
 真空管式コンピュータの第2弾は、「TAC」といわれるプロ
ジェクトです。「TAC」は次の言葉の頭文字です。
─────────────────────────────
        ◎TAC
         Tokyo Automatic Computer
─────────────────────────────
 TACは、その名称から、東京大学のコンピュータということ
になっていますが、これには東芝が参加しています。そもそもE
NIACに強い興味を持ったのは、東芝の真空管業務に携わって
いた三田繁で、東大の山下英男などと共に真空管による論理回路
や、ウィリアムス管(ブラウン管式メモリ)などの研究を行って
いたのです。彼らは、ノイマンのENIACの改革レポートなど
を入手して、1951年にコンピュータの組み立てをはじめてい
ます。この世代は東芝が主導権を持っていたので「東芝TAC」
と呼ばれています。
 その同じ1951年に、文部省(文部科学省)科学研究費によ
る電子計算機研究班が立ち上げられ、東大の山下英夫が班長に就
任し、文部省に申請し、当時のお金で1011万円という国内と
しては、巨額の予算がついたのです。ちなみに東大の山下英夫に
ついて、ウィキペディアでは、次の紹介があります。
─────────────────────────────
◎山下英夫
 東大教授。当時理系一の頭脳と呼ばれていた。早くから電子計
算機の重要性を見抜いており、パンチカードに代わるシステム開
発を1940年に着手、1947年にデジタル動作の「山下式画
線統計機」を完成させていた。    https://bit.ly/41tIVT5
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 この1011万円という巨額予算は、当時大蔵省の相澤英之主
計官の力が大きかったといわれます。相澤英之氏は、2019年
に亡くなっていますが、彼は2人の息子に先立たれた経済企画庁
官房長だった1969年、女優の司葉子と再婚しており、多くの
人に知られています。
 このように国の資金が投入されたことによって、このTACプ
ロジェクトは国策プロジェクトに変身しています。その目的は、
日本初のコンピュータの開発です。東大と東芝の役割分担は、東
芝がハードウェア、東大がソフトウェアを担当することになって
います。東大の総括は、雨宮綾夫東京大学教授です。雨宮教授は
音響分析、分子積分表など分子構造に関する研究や電子計算機の
開発に尽力し、東大のTAC開発に関わっています。また、原子
力専門委員会委員なども務め、放射線高分子研究所の設立にも貢
献しています。
 しかし、このプロジェクトは難航を極めるのです。半年も経つ
と、東芝だけではハードウェアが作れないことがはっきりし、東
芝は、東大に協力を求めてきます。そのとき、東京大学が、東芝
に派遣したのは、村田健郎という人物です。村田健郎について、
ウィキペディアは次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 鳥取県生まれ。工学部航空原動機工学科卒業・理学部数学科再
入学などの学歴を経て、前述の時期には、数学科大学院に再入学
(同大最終履歴は助教授)。大学院二年の時「コンピュータ開発
のため、雨宮先生が若い数学者を探しているが、村田は工学部出
身だな。アメリカではフォン・ノイマンがコンピュータをやって
いて、コンピュータ開発にも工学者が必要だ」と言われ、雨宮の
元に移動した。当記事の主要な出典の一つ「日本人がコンピュー
ターを作った!」は、村田がTAC関連のインタビューで答えて
いるもの。             https://bit.ly/41tIVT5
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 当初は、2年かけて研究し、技術レベルを上げるのが目標だっ
たのですが、文部省と大蔵省にさらに予算を出させるため、「2
年で実用化する」というノルマを課せられたといいます。
 しかし、開発陣が危惧した通り、開発はきわめて難航し、試作
機は一向に動かなかったのです。その難航要因は次の通りです。
─────────────────────────────
@ウィリアムス管が設計通りの性能を出せず不安定だった。これ
 は最後まで尾を引いたという。主記憶装置について、水銀遅延
 線でなくウィリアムス管を選んだ理由は、村田いわく、「今と
 なっては誰の考えか、わからない」。東芝が当時作ったウィリ
 アムス管は、アメリカが国家計画で作り、アメリカ国立標準局
 (今のアメリカ国立標準研究所)が評価した、RCA社製のブ
 ラウン管より優れていたという。
A動作周波数の目標を200KHzと高く設定した。
B論理回路がうまく動かなかった。  https://bit.ly/41tIVT5
─────────────────────────────
 しかし、事実上の国家プロジェクトであるTACは、年数を重
ねても、なかなか動かなかったのです。
           ──[メタバースと日本経済/032]

≪画像および関連情報≫
 ●日本初の計数形電子計算機/TAC
  ───────────────────────────
   米国製コンピューターが8時間かけてできない計算を2時
  間で完了できる「TAC」を開発。現在のコンピューター産
  業の礎を築く。
   世界初のコンピューター「ENIAC」は、1945(昭
  和20)年に米軍の弾道計算用に開発され、18000本の
  真空管が使用された。このニュースは1946(昭和21)
  年2月号の『Newsweek』に掲載された。
   マツダ研究所(現:研究開発センター)の三田繁は、この
  記事からコンピューターについて考え始めていた。演算回路
  や制御回路の開発を行い基礎データの収集を始め、1951
  (昭和26)年には文部省初の研究費による「電子計算機製
  造の研究」へと発展し、東京大学(以下:東大)と共同で、
  「TAC」開発がスタートした。
   当初は実験機の開発を目指し、ハードを当社がソフトを東
  大が担当し、実用に可能な大型コンピューターを2年間で製
  造する計画だった。
   ハード製作では、計算機用の高信頼性部品がなく、ラジオ
  用真空管を桁違いの高信頼性製品に開発した。この他、コン
  ピューターの心臓部であるブラウン管メモリーの開発、ブラ
  ウン管蛍光面の物性的均一性、電子ビームの太さ、ビーム駆
  動特性の安定性の確保など開発は困難を極めた。
                  https://bit.ly/3IYWJ0A
  ───────────────────────────
TAC.jpg
TAC
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2023年03月02日

●「日本初のコンピュータ/FUJIC」(第5917号)

 巨額な予算を獲得し、華々しくスタートを切った国家プロジェ
クト「TAC」はなかなか動き出さなかったのです。これとは別
に、たった一人で自らの仕事を能率的に進めるために、コンピュ
ータの開発に取り組んだ人物がいます。岡崎文次氏(1914〜
1998)です。
 岡崎氏は、1949年当時、富士写真フィルム小田原工場に勤
務し、レンズ設計課長を務めていたのです。1948年のことで
す。岡崎氏は『科学朝日』に掲載されていたIBMのコンピュー
タ「SSEC」の記事を読み、機械による即時の大量計算が現実
になったことを悟っています。なお、SSECとは、IBMが開
発した電気機械式計算機のことです。SSECは、次の英語の頭
文字をとったものです。
─────────────────────────────
    ◎SSEC
     Selective Sequence Electronic Calculator
─────────────────────────────
 岡崎文次氏の仕事はカメラレンズの設計です。レンズの設計に
は複雑な計算が必要で、とくに高級レンズになると、計算だけで
数カ月もかかってしまいます。とくに必要な三角関数の計算では
数十人の人間が数表などで計算に取り組むことになるので、とて
も効率が悪かったのです。
 海外のコンピュータを使えば問題は解決できる──岡崎氏はそ
う考えたものの、当時コンピュータは世界に数台しかなく、購入
は不可能。岡崎氏は、自分で作るしかないと考えたのです。
 幸い岡崎氏は、数学が難しいことで有名な第八高等学校(旧制
・後の名古屋大学教養部)の出身で、数学には強く、コンピュー
タの理屈はわかっていたので、会社に対して、コンピュータ開発
の必要性を説く次の提案書を提出したのです。
─────────────────────────────
      「レンズ設計の自動的方法について」
                 ──岡崎文次
─────────────────────────────
 この提案書は認められ、研究予算として、会社から20万円が
支給されたのです。ENIACの開発成功の約3年後、1949
年3月のことです。
 このとき、富士写真フィルムとしては、岡崎氏がまさか一人で
コンピュータを開発しようとしているとは考えていなかったと思
います。しかし、提案書の内容はきわめて秀逸であったので、研
究予算をつけたものと思われます。
 研究予算がついても岡崎氏は、あくまで自分1人で海外から資
料を集め、自分の本業以外の時間を使って、一人でコツコツとコ
ンピュータを組み立てていったといいます。その開発状況につい
てウィキペディアは次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 岡崎は研究・開発作業を業務時間には行わず、本来の仕事の合
間や休暇日を使った。開発の際、モデルにした機種は特になかっ
た。まず、海外の雑誌記事や論文を収集したが、当時は文献がま
だ数少なかったため、かえって調査に余計な時間が出なかった。
 大阪大学の城憲三研究室から文献の一覧表を送ってもらったり
進駐軍が作ったCIE図書館で文献を撮影して読んだりしたとい
う。部品は神田須田町の露店で購入。経費もまとめて高額で請求
すると会社が驚くため、できるだけ安く小刻みに申請していた。
 半年に数十万円ほどだったという。手伝ってもらったのは女性
計算手一人だけで、一人開発のため、意見調整で時間を取られる
こともなかった。社内ではよくも悪くも、さっぱり注目されず、
かえって余計なプレッシャーがかからなかった。
       https://bit.ly/3KJuXXe  ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 この開発のいきさつは、ノーベル物理賞受賞者の中村修二氏が
自身が務めていた日亜化学工業において、青色発光ダイオードを
開発したいきさつとよく似ていると思います。当時の社長(現社
長はその子息)に、中村修二氏は、青色発光ダイオード開発の意
義を説き、米国留学とわずかな研究開発費を受け取り、ほとんど
一人で青色発光ダイオードの開発に成功しています。
 岡崎文次氏が手掛けたコンピュータがどのようなコンピュータ
かについては、明日のEJで述べることにしますが、このマシン
は1956年に3月に完成し、「FUJIC」と名付けられたの
です。この時点で国家プロジェクトの「TAC」はまだ動いてい
なかったので、「FUJIC」が日本最初のコンピュータの栄誉
を担うことになります。しかし、このことを、どのくらいの人が
知っているでしょうか。
 このことについて、角川アスキー総合研究所の遠藤諭氏は、次
のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 さて、このFUJICだが、日本のコンピュータの歴史におい
てどんな位置づけにあるのかを調べてみることにした。と、すぐ
に不思議な位置づけにあることがわかった。日本初の栄誉ととも
にコンピュータ史上に燦然と輝いていておかしくはないし、少な
くともコンピュータに関わる人たちの間では周知の機械となって
いて当然なのに、なぜかFUJICは国産コンピュータの初期の
状況を伝える文献を見ても前面に出てくることが少ない。歴史の
片隅に埋没してしまいそうでさえある。
 この不当な歴史的評価は、どんな理由からなのか。それはおそ
らく、ほぼ同じ時期の開発プロジェクトが国家予算を使った公の
ものであったのに対して、FUJICが一企業の一部署で細々と
作り上げられたものであったからなのだろう。けれども、ほかの
コンピュータがなかなか動かない中で、FUJICが確実に稼働
していたのは事実なのである。    https://bit.ly/3IE4Qyf
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/033]

≪画像および関連情報≫
 ●コンピュータ開発史概要と資料保存状況について
  ───────────────────────────
   コンピュータの研究開発は欧米においては第二次世界大戦
  中に急速に進展した米国のペンシルバニア大学で弾道計算を
  主目的として、真空管18000本を使用したコンピュータ
  ENIACが1943年から開発され、1945年に完成し
  稼動を開始したが、軍事目的であったため、終戦の翌年19
  46年に始めて公表された。これが世界最初のコンピュータ
  とされているが、プログラムは外部制御方式で内蔵方式では
  なかった。
   1949年にはプログラム内蔵方式としては始めてのコン
  ピュータEDSACが、英国ケンブリッジ大学で開発され、
  以降はこの方式のコンピュータが、<表2・1>に示すよう
  に次々と開発された(3)。1948年のトランジスタの発
  明以降は、トランジスタ式コンピュータの研究開発が進み、
  1950年代後半にはその実用化が行われた。
   日本では戦前および戦時中に計算機械の研究は行われてき
  たが、コンピュータ(電子計算機)の研究開発は終戦後開始
  された。1950年前後に大阪大学、富士写真フィルムおよ
  び東京大学で、真空管式コンピュータの開発がほとんど時を
  同じくして開始された。大阪大学の城憲三は「ニューズウィ
  ーク」1946年2月号のEDSACの紹介記事を見て、コ
  ンピュータの具体的な研究開発を開始した(4)。
                  https://bit.ly/3mfv0Qs
  ───────────────────────────
FUJIC.jpg
FUJIC
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2023年03月03日

●「FUJICはどういうマシンか」( 第5918号)

 国家プロジェクトの「TAC」と富士写真フィルムの「FUJ
IC」──次の完成時期を見る限り、日本初のコンピュータの栄
誉に輝くのは「FUJIC」です。ここで完成時期とは、マシン
が正常に作動した時期のことです。
─────────────────────────────
       ◎FUJIC
        着手時期 ・・ 1949年
        完成時期 ・・ 1956年
       ◎TAC
        着手時期 ・・ 1951年
        完成時期 ・・ 1959年
─────────────────────────────
 しかし、日本初のコンピュータが富士写真フイルムの「FUJ
IC」であることをほとんどの日本人が知らないし、システムの
業界でもそれは同様で、知っている人はわずかです。
 それは、ネットでも同じことで、どのように検索しても「FU
JIC」が日本初のコンピュータであることを伝える記事はごく
少数でしかないのです。東芝のサイトにいたっては、「TAC」
のことを次のように紹介しています。
─────────────────────────────
       日本初の計数形電子計算機/TAC
─────────────────────────────
 これは、巨額の予算を取得した国家プロジェクトの「TAC」
が、1企業の1部署で、たった1人で取り組み、非常に少ない予
算で、国家プロジェクトよりも、早くコンピュータを稼働させた
「FUJIC」を国が素直に認めていない証拠です。
 なお、FUJIC開発のすべてについては、開発者の岡崎文次
氏のことを伝える次の著書を読んでいただきたいと思います。
─────────────────────────────
                   遠藤 諭著
     新装版『計算機屋かく戦えり』/アスキー
─────────────────────────────
 それでは、FUJICとはどういうコンピュータであったので
しょうか。少し専門的な説明になることをお許しください。
 第1に、現在のCPUに当たる「論理回路」をどのように作っ
ているかです。
 現在のようにICがない時代なので、「フリップフロップ」と
いわれる論理回路のために、真空管は2極管約500本、3極管
など約1200本、合計1700本の真空管が使われています。
ENIACは1万8000本、EDSACが3000本であった
ことを考えると、非常に少ない真空管でできています。
 フリップフロップは、1ビットのデータを記憶する電子回路の
ことです。「オン」と「オフ」、「0」と「1」の2つの状態を
とりうる回路です。外部から1ビットの信号を与えることで、2
つの状態を切り換えることができます。このフリップフロップを
組み合わせて、2進数の数値を回路上に記憶したり、読み出した
りできるうえ、2進数の加減算を行うことができます。
 第2に、「メインメモリ」をどのように作っているかです。
 真空管の信用度が極めて低い(すぐ切れるなど)ので、「水銀
遅延管」を使っています。これについては、岡崎文次氏自身の解
説を引用します。
─────────────────────────────
 真空管は信頼性が低いわけです。当時、高速なブラウン管メモ
リを使うという手もありましたけど、これはもっと不安定。そこ
で水銀を使った超音波ディレーラインを使いました。音は水銀の
中を1000分の1秒で約1・5メートル進みます。そこで、た
とえば、100万分の1秒の間に何回か音を出したり止めたりす
ると、水銀中に音のあるなしで模様が描けるんです。その、音の
“ある”“なし”が、2進数の0と1に対応する。音波が水銀タ
ンクの端まで行くと、すぐさま同じ音波を送り出す。すると、同
じ模様が再び描かれる。この繰り返しによって模様は描き続けら
れる、つまりデータが保持されるというわけです。記憶できる容
量は1語33ビット扱いで255語でした。  ──岡崎文次氏
                  https://bit.ly/3kBNYQS
─────────────────────────────
 第3に、プログラム方式についてです。
 プログラム内蔵方式で、プログラムは3アドレス式の機械語で
す。用意されている命令は、加減乗除、移動、ジャンプ、入力、
出力、停止など17種類です。
 第4は、入力機器です。カードリーダーに16進数でコーディ
ングし、カード入力のコマンドは「そのまま格納」「2進数にし
て格納」「指定した番地から実行」の3種類です。
 第4は、「出力機器」です。既製品の電動タイプライターを流
用しています。レミントンランドの、手打ち用の一般タイプライ
ターを使い、キーの一つ一つを機械的に針金で引っ張る方式を採
用しています。
 ハードウェアの構造については以上です。ほとんど1人で作っ
たコンピュータとしては、非常によくできています。FUJIC
の完成で、レンズの設計の効率化は達成されたかについて岡崎氏
に聞くと、次の答えが返ってきました。
─────────────────────────────
 設計速度は人手の1000〜2000倍ぐらいあがりました。
労働組合などは、FUJICの完成で、計算担当者が仕事にあぶ
れるのではと懸念していたようですが、それは杞憂に終わりまし
た。                    ──岡崎文次氏
─────────────────────────────
 真空管の時代であっても、FUJICやTACのような立派な
コンピュータを開発する力を日本は持っています。「ものづくり
日本」は現代においても生きている私は信じます。
           ──[メタバースと日本経済/034]

≪画像および関連情報≫
 ●FUJIC/日本最初のコンピュータを一人で創り上げた男
  ──岡崎文次
  ───────────────────────────
   日本最初のコンピュータは、すでにブラウン管に文字を表
  示していたし、輸入品のタイプライターのキーを針金で下か
  ら引っ張る、信じられないようなギミックで文字を印刷して
  いた。岡崎氏が生まれてはじめて引いた図面から作り上げた
  というカードリーダは光学式の読み取りで、穴の位置から、
  フォトセルまでは曲げたガラス棒で光を導いていた。いうま
  でもなく、これは光ファイバーと同じカラクリである。直径
  100ミリ、長さ1450ミリの超音波ディレーラインのタ
  ンクも、数字だけ、言葉だけではそれほどでもない装置だが
  これを一から作り上げることが容易でないことはひと目でわ
  かるような代物である。
   岡崎氏はこれら各部機構を手作りするとともに、当時最大
  のネックだった真空管の安定性を、「数を抑えること」「作
  動させる電圧をギリギリまで下げること」「接点をハンダ付
  けしてしまうこと」という3つの方策で克服したのだった。
  これらの方法はどれも誰もが思いつきそうで思いつかない、
  いかにも岡崎氏らしいあっけらかんとした方法ではないか。
  特に真空管の数を減らすことに関しては、これも一言で片付
  けてしまいがちだが、きわめて緻密なハードウェア的、ソフ
  トウェア的な取り組みが必要となる。そこに平然とアプロー
  チしてやってのけたのが、岡崎氏のFUJIC開発であると
  いえるだろう。
   コンピュータは、高度な回路設計とそれを機械として実現
  するための技術が、バランスよく提供されることではじめて
  動くものだった。コンピュータは、頭でっかちでも、腕力だ
  けでも、決して動くことはないということでもある。
                  https://bit.ly/3Zq2vhP
  ───────────────────────────
インタビューを受ける岡崎文次氏.jpg
インタビューを受ける岡崎文次氏
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2023年03月06日

●「第3極の位置づけを変えた米国」(第5919号)

 なぜ、突然コンピュータの話になったのかというと、日本初の
コンピュータが、国家プロジェクトである「TAC」ではなく、
富士写真フィルムという一企業の一部門に所属するたった1人の
エンジニアが、わずかな予算で組み立てた「FUJIC」であっ
たという事実を知っていただきたかったからです。なぜなら、そ
の事実を知っている日本人が非常に少ないからです。
 FUJICの完成時期は1956年です。世界初のコンピュー
タの「ENIAC」の完成からわずか10年後のことです。この
年の7月に発行された『経済白書』は日本の経済の状況について
次のように書いています。
─────────────────────────────
          もはや戦後ではない
                ──1956年「経済白書」
─────────────────────────────
 敗戦で疲弊した日本経済は1950年の朝鮮戦争の特需景気を
きっかけとして回復し、戦前の水準を上回るほどになっていたの
です。白書では、日本経済は復興の段階を過ぎ、成長の原動力を
技術革新を求める段階に入っていると書いています。当時の日本
は先進国から大きく遅れていた電子技術の壁を超える勢いという
ものがあったのです。
 しかし、現在の日本はどうでしょうか。国に勢いというものが
ありません。2023年3月3日付の朝日新聞には、次のような
ショッキングな記事が掲載されています。
─────────────────────────────
◎先端技術 中国が米国圧倒
 オーストラリアのシンクタンク、豪戦略政策研究所/ASPI
は2日、経済や社会、安全保障などの基盤となる先端技術の国別
ランキングを公表した。8割以上の項目で中国が1位で、ASP
Iは中国が、「これまでの認識以上に多くの分野で先を行ってい
る」と指摘した。  ──2023年3月3日付の朝日新聞より
                  https://bit.ly/3y9007g
─────────────────────────────
 この記事において、中国と米国以外の国で5位以内に入った項
目数は次の通りです。
─────────────────────────────
        英国・インド ・・ 29
            韓国 ・・ 20
           ドイツ ・・ 17
       オーストラリア ・・  9
          イタリア ・・  7
           イラン ・・  6
        カナダ・日本 ・・  4
─────────────────────────────
 日本について、東大先端科学技術研究センターの井形彬・特任
講師(経済安全保障)は、「2軍でも3軍でもなく4軍との結果
は衝撃。守るべき技術がなくなっているということだ。資産や技
術の『集中と選択』を改めて考えるべきだ」と述べています。
 このところ米国の中国に対する姿勢が一段と厳しくなっている
ように感じます。それは、米連邦議会下院を共和党が制したこと
にも関係があります。
 米連邦議会下院の外交委員会は、3月1日、中国発の動画共有
アプリ「ティックトック」の米国内での一般利用を禁ずる法案を
可決しています。その採決は「賛成24/反対16}だったので
す。これまでは、政府機関などの利用の禁止であったものが、一
般利用の禁止であり、影響はきわめて大きなものがあります。
 しかし、この法案が成立するには、下院本会議での可決と上院
の審議・可決が必要であり、成立するかどうかは、現時点ではわ
からないものの、ティックトックの一般利用が制限されると、米
国国内に止まらず、日本をはじめとする西側同盟国にも大きな影
響を及ぼすことになります。
 どうしてこうなったかというと、ロシアによるウクライナ侵攻
によって、米国の中国に対する位置づけが変化したからです。ウ
クライナ侵攻前は、世界は、米国を中心とする自由体制(西側)
と、ロシアなどをはじめとする強権体制(東側)、そして、その
中間に位置し、西側との貿易、投資を通じて経済大国になりつつ
ある中国とインドなどの第3極が存在していたのです。
 西側諸国としては、その第3極をどのように位置づけるか、自
国の発展のカギを握っているといえます。その対応については、
次の3つが考えられます。
─────────────────────────────
         @敵国として位置づける
         A 警戒が必要な第3極
         B警戒が必要ない第3極
─────────────────────────────
 米国と米国企業は、ロシアのウクライナ侵攻前までは、中国を
Bの「警戒が必要ない第3極」として位置づけていたのです。少
なくとも米民主党、バイデン政権はそうです。だからこそ、アッ
プルは、最先端の主力生産拠点を中国の「アイフォーンシティ」
に長年かけて築いてきたのです。
 しかし、ウクライナ危機が起きると、米国は中国の位置づけを
BからA「警戒が必要な第3極」に切り替えて、バイデン政権は
「半導体支援法」を成立させるとともに、「人工知能(AI)と
スーパーコンピュータ」向けの半導体技術の中国への輸出禁止を
打ち出しています。
 これによって、日本を含めた中国とのビジネス関係の深い国々
は、早急な見直しと、対応を迫られています。前トランプ政権は
中国を@の「敵国」とみなし、中国の経済弱体化に向けて、無秩
序に中国製品に追加関税をかけましたが、この関税はバイデン政
権でも撤廃されていないのです。
           ──[メタバースと日本経済/035]

≪画像および関連情報≫
 ●米中新冷戦下の世界とは?
  ───────────────────────────
   第二次世界大戦後の世界は、米国を盟主とする自由民主主
  義陣営とソビエト連邦(ソ連)を盟主とする社会主義陣営に
  分断された世界だった。それが1990年前後に米国を盟主
  とする自由民主主義陣営の勝利で終結すると、世界一の経済
  力・軍事力・情報力・科学技術力を有する米国が唯一の超大
  国として、国際秩序の在り方を決めるパクス・アメリカーナ
  の時代に入った。そして世界経済はひとつに統合されてグロ
  ーバリゼーションが加速することとなった。
   それから30年余りを経たいま、パクス・アメリカーナの
  世界を脅かす国が出現した。グローバリゼーションで経済力
  を飛躍的に向上させた中国である。中国の国内総生産(GD
  P)はおよそ17・5兆ドルと米国経済の4分の3の規模に
  達し、世界第2位の経済大国となった。購買力でみた国際ド
  ルではおよそ27兆ドルと米国の1・2倍に達している。軍
  事面においても米国を脅かす存在となりつつある。世界各国
  の軍事力に関する評価を公表している、グローバル・ファイ
  ヤーパワーによれば、第1位は米国、第2位はロシア、そし
  て中国は第3位となっている。安全保障を考える上でカギを
  握る情報戦においても、中国は北斗衛星導航系統という独自
  の衛星測位システムを整え、米国がGPSを使う情報戦にお
  いても対抗できる体制を築こうとしている。
                  https://bit.ly/3YeQavq
  ───────────────────────────
ティックトックの一般利用の禁止?.jpg
ティックトックの一般利用の禁止?
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2023年03月07日

●「ビヨンド2ナノ/達成は可能か」(第5920号)

 2021年のことです。この頃からコロナ禍が拡大・深刻化し
自動車メーカーの生産ラインが、半導体不足のため、一時的にス
トップしたりする事態が起きるようになり、それが日本経済にも
深刻なダメージを与えつつあったのです。
 2021年5月、自民党は「半導体戦略推進議員連盟」を立ち
上げています。鉄鋼、電力、輸送などインフラ関連でも半導体の
需要はうなぎ上りに増えており、世界の先端技術に追いつくため
には「オールジャパン」で取り組まざるを得ないという認識が醸
成されてきたからです。
 この議連で事務局長を務める衆院議員の関芳弘氏は、その設立
狙いについて次のように述べています。
─────────────────────────────
 世界中で半導体が不足しており、自動車などの最終製品を作る
業界が困っている。まずはそれを解消する必要がある。加えて、
日本の劣勢を挽回するチャンスを今迎えている。半導体の世界で
は、微細化に代わる将来技術の研究が進んでおり、ゲームチェン
ジが起きようとしている。日本が各国と同じスタートラインに立
つことができ、半導体生産で復活を狙えるタイミングだ。
 もう一つは経済安全保障の観点。世界のトップの国々において
は、今後、AI(人工知能)や量子コンピューター、5Gなどの
通信システムが競争力の根源になる。それらに深く関わってくる
半導体については、西側諸国、特にアメリカとしっかりと組んで
作り上げておかないといけない。
 こうした流れを考えると、民間に任せるだけでなく政府の後押
しがいる。アメリカ、ヨーロッパともに半導体産業の支援に動い
ている。日本も同じ西側諸国の共同体として予算を確保すべき。
そこで議連は、官民合わせて10年で10兆円規模の投資が半導
体産業には必要だと提言した。    https://bit.ly/3JawZi2
─────────────────────────────
 とくに重要なのは「経済安全保障の観点」です。ロシアによる
ウクライナ侵攻により、米国は第3極の中心的存在である中国を
「警戒が必要ない第3極」から「警戒が必要な第3極」に位置づ
けを変えています。
 2022年8月9日、米バイデン大統領は、半導体の生産や研
究開発に527億ドル(約7兆5000億円)を超える補助金を
投ずる「CHIPS法」に署名し、法案を成立させています。中
国に対抗する狙いがあり、バイデン大統領は「この分野で再び世
界をリードする」と宣言しています。
 このCHIPS法の支援を受ける半導体企業の目標は、ロジッ
ク半導体の製作であり、「ビヨンド2ナノ」を目指します。この
法律成立と同時に、今後10年間、28ナノ以降の半導体製造に
かかわる中国向け投資の禁止を発表しています。
 日本もこれを受けて、CHIPS法の成立の翌日の2022年
8月10日に、「ラピダス/Rapidus」 株式会社を設立していま
す。トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC
ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が総額73億
円を出資しています。代表取締役社長は、ウエスタンデジタル日
本法人の社長を務めた小池淳義氏、取締役会長に東京エレクトロ
ン前社長の東哲郎氏が就任しています。まさに、オールジャパン
による半導体生産の復活の狼煙の立ち上げです。
 経済産業省は、5月に合意した日米の半導体協力基本原則に基
づいた両国間での共同研究を見据え、次世代半導体研究を行う組
織として「最先端半導体技術センター(LSTC)」を設立する
ことを決定しています。これにより研究開発拠点としてのLST
C、将来的な量産製造拠点としてのラピダスの両輪で、日本の次
世代半導体量産基盤の構築を目指すことになります。
 2022年10月3日、第210回国会において、岸田首相は
所信表明演説において、次のように述べています。
─────────────────────────────
 産業のコメと言われ、大きな経済効果、雇用創出が見込まれ、
経済安全保障の要でもある半導体は、今後特に力を入れていく分
野です。熊本に誘致したTSMCの半導体工場は、地域に10年
間で4兆円を超える経済効果と、7000人を超える雇用を生む
と試算されています。我が国だけでも、10年間で10兆円増が
必要とも言われるこの分野に、官民の投資を集めていきます。
 今回の総合経済対策では、中核となる日米共同での次世代半導
体の技術開発・量産化や、ビヨンド5Gの研究開発など、最先端
の技術開発強化を進めます。 ──岸田首相の所信表明演説から
─────────────────────────────
 EUも負けていません。EUは、2022年11月末に半導体
の開発支援のために、公的資金110億ユーロを投資します。そ
の他、公共と民間合わせて430億ユーロ(約6兆円)を投資す
ることが決まり、12月の閣僚理事会で承認されています。
 実現するのは2023年になりますが、インテル、STマイク
ロエレクトロニクス、インフィニオン、グローバルファンドリー
ズなどの半導体メーカーは、この補助金を当てにして、EUで新
工場の建設を計画しています。
 ところで、「先端半導体」とは、ロジック半導体といい、スマ
ホなどにも使われていて、電子機器の頭脳としての役割を果たし
ています。スマホやデータセンター向けでは、回路の幅が5ナノ
メートルから16ナノメートル程度の製品が主流であり、この分
野では、台湾のTSMCや韓国のサムソン、米国のインテルが先
行しており、日本は大きく遅れています。
 「ナノ」というのは、1ミリメートルの100万分の1が「ナ
ノメートル」であり、数字が低ければ低いほど、微細な回路とい
うことになります。「ビヨンド2ナノ」とは、2ナノ以下の微細
化を目指すという意味であり、このレベルの半導体は、TSMC
とサムソンが競って製作しています。半導体については、もっと
詳しく知る必要があります。
           ──[メタバースと日本経済/036]

≪画像および関連情報≫
 ●経産省主導の半導体会社「ラピダス」成功の鍵を孫正義社長
  が握るワケ
  ───────────────────────────
   次世代半導体の新会社「ラピダス」が話題だ。メディアで
  は「失敗するに決まっている」「経産省主導でうまくいくわ
  けがない」と早くも非難轟々だ。確かに今からTSMCやサ
  ムスン電子と戦うにはあまりに遅すぎる感は否めない。
   日本政府がラピダスを立ち上げる背景には安全保障の問題
  も大きい。中国情勢によって、台湾に半導体を依存するのは
  あまりに不安だ。そこで日本でも半導体を製造できるような
  環境を整備するというのは理解できる。ただ、現状、半導体
  ビジネスは中国市場なくしては回らない。
   先週、ハワイ・マウイ島で「SnapdragonSummit」が開
  催されたが、基調講演は午後1時からと中国市場でオンライ
  ン視聴しやすい時間帯が設定されていた。今週、東京・五反
  田でメディアテックの記者説明会が開催されたが、フラグシ
  ップスマートフォン向けチップで、メディアテックのシェア
  が大幅に伸びている点がアピールされた。メディアテックと
  いえばエントリーやミドルクラス向けというイメージが強い
  が、着々とフラグシップ向けにもシェアを拡大しているのだ。
   中国メーカーには、OPPOやシャオミ、Vitoといっ
  た世界的に販売台数を稼ぐメーカーが多い。自社でチップを
  手がけるアップルやサムスン電子以外に、チップを買っても
  らうには、中国メーカーへの販売は避けて通れないのだ。
                  https://bit.ly/3SNSs3q
  ───────────────────────────
ビヨンド2ナノ.jpg
ビヨンド2ナノ
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2023年03月08日

●「半導体について少し詳しくなろう」(第5921号)

 半導体のことを少し詳しく知る必要があります。半導体とは、
そもそも物質としては鉱石なのです。地球上には天然で存在する
ものだけでも90種類ほどの元素があります。しかしそのうち半
導体として使える素材はごくわずかです。
 半導体とは、本来は、金属などの電気を通す「導体」とガラス
などの電気を通さない「絶縁体」の中間の性質をもった物質の名
前ですが、半導体を使ったトランジスタやダイオードなどの単体
素子や、それらを集積した集積回路などの「半導体デバイス」も
慣習的に半導体と呼んでいます。
 半導体は、物質といっても次の2つに分けることができます。
─────────────────────────────
       @単元素を材料としている半導体
       A複数の元素を材料とする半導体
─────────────────────────────
 @の単元素を材料としている半導体の代表は、シリコンやゲル
マニュウムです。1950年代頃までは主としてゲルマニュウム
とシリコンが使われていたのです。
 Aの複数の元素を材料とする半導体では、純粋な結晶(真性半
導体)では、絶縁体に近いので、リンやヒ素などの不純物を添加
し、電気抵抗を低下させて導体に変化させる必要があります。複
数の元素を材料にした半導体では、高周波デバイスや光半導体と
して多く使われています。
 トランジスタが発明されたのは1947年末のことですが、こ
のときは、ゲルマニュウムが使われました。1955年、当時、
東京通信工業と呼ばれていたソニーは、世界に先駆けて、トラン
ジスタラジオを商品化しています。この頃から日本は半導体の世
界で頭角を現していたのです。
 このときは、ゲルマニュウムが使われましたが、その後の研究
の結果、実用化という点でのシリコンの優位性が確立し、現在で
は半導体(特に集積回路)といえばシリコンが使われています。
 なぜ、半導体の材料としてシリコンが多く使われるのかについ
て述べておきます。
 いくつか理由があります。1つはシリコンが地球上に多く存在
しており、材料として使う物量的な余裕があるということです。
実は、半導体材料に限らず、地球表面で存在するすべての物質で
考えても、2番目に多いのがシリコンです。
 それでは、1番目に多いものは何かというと、それは50%近
くを占める酸素です。シリコンが使われるもうひとつの理由があ
ります。それは、加工のしやすさが上げられます。単に存在する
物質の多さだけで選ばれているのであれば、炭素も比較的豊富に
あるので、多く利用されても良さそうです。しかし、半導体材料
として使う場合の炭素は、加工がしにくいのです。
 半導体のことを短い時間で知る良い方法があります。それは、
次の4つの動画を見ることです。30分足らずで全部見ることが
でき、半導体というものがよくわかります。
─────────────────────────────
       @半導体の話/その1/6:08
           https://bit.ly/3KY2PQu
       A半導体の話/その2/5:55
           https://bit.ly/3ZmdIjg
       B半導体の話/その3/4:54
           https://bit.ly/3ETc8wT
       C半導体の話/その4/8:16
           https://bit.ly/3EX1lSH
─────────────────────────────
 1950年末のことです。1つのチップ上に複数の素子を搭載
する「集積回路(IC)」が発明されたのです。集積回路という
のは、半導体の表面に、微細かつ複雑な電子回路を封入した電子
部品のことです。この集積回路の行く末を示すものとなったのが
「ムーアの法則」と呼ばれるものです。
 「ムーアの法則」は、インテルの創業者の1人であるゴードン
・ムーア氏が、前職のフェアチャイルドセミコンダクター在籍時
に、エレクトロニクスマガジン誌の35周年記念号に寄稿した論
文のことで、なんとか法則といわれるような科学の法則のような
厳密なものではなく、一種の経験則に近いものです。その論文に
おいてゴードン・ムーア氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 部品あたりのコストが最小になるような複雑さは、毎年およそ
2倍の割合で増大してきた。短期的には、この増加率が上昇しな
いまでも現状を維持することは確実である。より長期的には、増
加率はやや不確実であるとはいえ、少なくとも今後10年間は、
ほぼ一定の率を保てないと信ずべき理由はない。すなわち、19
75年までには、最小コストで得られる集積回路の部品数は、6
万5000に達するであろう。    ──ゴードン・ムーア氏
                  https://bit.ly/3JeDznB
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、ムーアの法則がどの程
度実現されているかを示しています。DRAM、NANDフラッ
シュメモリはムーアの法則の線とほぼ一致しています。プロセッ
サ(CPU)については、予測を若干下回っています。しかし、
2年で2倍のトレンドは維持しています。
 このグラフは、日清紡マイクロデバイス株式会社のサイトに掲
載されている吉田典生氏のレポートに出ていたものです。驚くべ
きは、「Wafer Scale Engine」というディープラーニング(深層
学習)に特化したプロセッサです。これは、ムーアの法則の予測
とほぼ同じトランジスタ数をメモリ以外の製品で実現しているか
らです。通常のプロセッサの約100倍のトランジスタ数を、ど
のような手段で実現しているのでしょうか?「それはチップ面積
の最大化である」と吉田典生氏はいっています。
           ──[メタバースと日本経済/037]

≪画像および関連情報≫
 ●Cerebras、85万コアのウェハサイズプロセッサ
  「WSE−2」
  ───────────────────────────
   Cerebras は、2021年4月20日(現地時間)、 ウェ
  ハ面積のほとんどを1つのディープラーニング用プロセッサ
  として動作させる第2世代ウェハスケールプロセッサ「WS
  E−2」(Wafer Scale Engine 2)を発表した。
   同社は、2019年8月に初代のWSEを発表し、16ナ
  ノメートルプロセスで、1・2兆トランジスタを集積した超
  巨大なプロセッサで業界の度肝を抜いたが、WSE−2では
  最新のTSMC7ナノメートルプロセスを採用することで、
  2倍以上となる2・6兆トランジスタを、4万6225平方
  メートルに集積した。
   このプロセッサは幅1ナノメートルのなかに3個のAI処
  理に特化したプロセッサを搭載し、全体として85万コアを
  内蔵。2Dのオンチップメッシュネットワークで結ばれ、イ
  ンターコネクトの総バス幅は220Pbpsにおよぶ
                  https://bit.ly/41Od4wo
 ●グラフ出典/https://bit.ly/3SRnXcX
  ───────────────────────────
ムーアの法則.jpg
ムーアの法則
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2023年03月09日

●「ARMという企業の価値は何か」(第5922号)

 経済産業省主導の半導体製造企業「ラピダス」について、早く
もメディアでは「失敗するに決まっている」という手厳しい声が
上がっています。三菱重工による国産ジェット旅客機進出失敗・
撤退の直後のことでもあり、そういう声が上がってもおかしくな
いといえます。日本は、初期のコンピュータ開発のケースでも見
られるように、こういう国策プロジェクトを成功させるのがあま
り上手ではないからです。
 しかも「ビヨンド2ナノ」という目標は、いくらなんでも高過
ぎるという声もあります。確かに今からTSMCやサムソン電子
と戦うにはあまりにも遅過ぎる感は否めないからです。
 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻によって、西側陣営とし
て経済安全保障を強化するという観点もあり、日本として「ラピ
ダス」を何としても成功させる必要があります。それに微細化に
代わる将来技術の開発も進んでおり、後発の日本もTSMCやサ
ムスン電子と同じスタートラインに立てるという考え方もあり、
事業進出に踏み切ったものと思われます。
 実はもうひとつ日本の「ラピダス」には、大きな強みがあるの
です。それは、今回の事業にソフトバンクが出資陣の一角を占め
ていることです。なぜ、ソフトバンクが投資陣に加わっていると
日本が有利なのかというと、ソフトバンクは、傘下に英半導体設
計大手企業「アーム/ARM」を有しているからです。
 ところで、現在、コロナ禍もあって、世界の半導体大手の業績
が一段と悪化しています。2023年1〜3月期は、10社中9
社が前年同期比で減収となっていることを3月4日の日本経済新
聞が伝えています。顧客の在庫調整でスマホ向けが苦戦し、それ
がデータセンター向けにも波及していると考えられます。半導体
大手には、どういう企業があるのかを知る必要もあると思うので
以下にご紹介することにします。
─────────────────────────────
 ◎半導体大手10社売上高増減率(前年同期比)
            22/10〜12  23/1〜3
    マイクロン(米)    ▲47%    ▲51%
  SKハイニックス(韓)   ▲38%    ▲50%
     インテル(米)    ▲32%    ▲40%
   エヌビディア(米)    ▲21%    ▲22%
    クアルコム(米)    ▲12%    ▲18%
   サムスン電子(韓)     ▲8%    ▲15%
       TI(米)     ▲3%    ▲11%
      AMD(米)     16%    ▲10%
     TSMC(台)     27%    ▲ 3%
   ブロードコム(米)     16%      8%
              https://s.nikkei.com/3ZKeRB8
─────────────────────────────
 ソフトバンク傘下のARMは、上記10社の半導体大手企業の
なかには名前はありません。それでは、一体ARMとは何をして
いる企業なのでしょうか。
 ARMに関しては、私自身こんな思い出があります。年月日は
忘れたのですが、ある夜、私はいつもの通り、午後11時からの
WBSを見るため、テレビの前にいたのです。番組冒頭、大江麻
理子キャスターが、「今日は特別のお客様にお越しいただきまし
た」といい、そこに姿を現したのが孫正義ソフトバンク会長だっ
たのです。その日、孫会長は先ほど英国から帰国し、その足でテ
レビ東京のスタジオに駆け付けたといいます。
 孫会長の英国行きの目的は、英国の半導体設計企業であるAR
Mの買収手続きをするためであり、その手続きを完了して帰国し
たタイミングで、WBSへの出演だったようです。
 2016年9月6日、その日は、ソフトバンクグループが、約
240億ポンド(約3・3兆円)でARMを買収した日です。こ
の3・3兆円という金額は日本企業の企業買収の金額として、過
去最高となったのです。
 孫会長の話によると、ARMには何年も前から買収目的で交渉
を重ねてきたのですが、時価総額が高く、なかなか手に入れるこ
とができなかったそうです。しかし、国民投票によって、英国の
EUからのブレグジットが決まると、買収金額がかなり下がった
ようです。孫会長は、そのタイミングを逃さず、買収を決断した
ということを番組で語っていました。
 しかし、携帯電話会社を営むソフトバンクが、なぜ半導体の設
計会社を買収する必要があるのか、そのときは私はよくわからな
かったことは確かです。
 「私はつねに7手先を読んでいる」──ソフトバンクの孫会長
はこういいます。孫会長は、早くから多くの人がつねに使う電子
デバイスが、PCからスマホに移ることを見抜いていたのです。
そのため、孫会長はいち早くアップルのアイフォーンを受け入れ
独占で販売します。アイフォーンを使いたいためにソフトバンク
のユーザーになった人も多くいます。そのため、NTTドコモと
AUは、大きく遅れることになったといえます。
 スマホのユーザーが増えると、スマホに特化した半導体が必要
になり、その設計のできる企業は価値がある──孫会長はそう考
えたのでしょう。このようにARMの買収は、長期的視野に立っ
て決断したものであると孫会長は強調しています。
 ARM日本法人事業開発ディレクターの春田篤志氏は、ARM
の現状を次のように述べています。
─────────────────────────────
 自動運転、拡張現実(AR、VR、MR)、5G、クラウド、
IоTなど新たな技術領域が拡大するいま、どの領域でもCPU
が必要になることを見据えて活動しています。新たな事業領域と
してサーバー、ネットワーク、ハイパフォーマンスコンピューテ
ィングでも存在感を出していくために取り組んでいます。
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/038]

≪画像および関連情報≫
 ●【3.3兆円】ソフトバンクはなぜARMを買収するのか?
  ───────────────────────────
   ソフトバンクグループが2016年7月18日、英半導体
  設計大手のARMを買収すると発表した。9月末までに買収
  を完了させるという。
   買収金額は約3兆3000億円(243億ポンド)。これ
  までにもソフトバンクは、ボーダフォン日本法人で1兆78
  20億円、米スプリントで約1兆8000億円という、日本
  企業としては大規模な買収を行ってきたが、今回の3兆30
  00億円は、それを大きく上回る。日本の企業の買収案件と
  して過去最大となった。
   中国アリババの一部株式売却のほか、フィンランドのスー
  パーセル、日本のガンホー・オイライン・エンターテイメン
  トの株式売却により、約2兆円の資金を調達。こうしてでき
  た手元資金の2兆3000億円に加えて、みずほ銀行から1
  兆円の融資を受けるが、これは、ブリッジローン(つなぎ融
  資)であり、「買収資金は全額確保している」とする孫正義
  社長の発言は、すべて自らの資金で賄うという意味が込めら
  れている。会見では、ARMの経営陣や英国ケンブリッジ本
  社の体制を維持するとともに、英国での雇用を5年間で倍増
  させ、これまで同様に中立性と独立性を維持することも明ら
  かにした。ARMベースのチップは全世界で年間148億個
  も出荷され、スマートフォンに搭載されているプロセッサー
  や、マルチメディアIP、ソフトウエアに至るまでARMの
  技術が活用されている。     https://bit.ly/3JiHb8h
  ───────────────────────────
孫正義ソフトバンク会長.jpg
孫正義ソフトバンク会長
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2023年03月10日

●「7割のデバイスにARMは入っている」(第5923号)

 結局、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が開発
に取り組んだ新型ロケット「H3」の打ち上げは失敗に終わって
います。2023年3月7日のことです。
 その発射から機体爆破指令を出すまでの様子について、「日経
ビジネス」誌は、次のように書いています。
─────────────────────────────
 7日午前10時37分。種子島宇宙センター(鹿児島県)から
の発射後、飛行は順調そのものだった。発射直後、すぐに訪れる
難所であり、開発陣が最も神経をとがらせていた第1段主エンジ
ン「LE−9」は予定通り燃焼。LE−9の両脇に位置し、固体
燃料を燃やす補助ロケットブースターも発射から116秒後とい
うドンピシャのタイミングで分離された。その後、LE−9もス
ケジュール通りに燃焼を終えお役御免に。1段目と2段目は正常
に分離された。
 ところが直後に管制室は凍り付く。2段目のエンジンが火を噴
かない。着火のデータが送信されてこない事態に「何が起きたか
よく思い出せないが、呆然(ぼうぜん)となった」(岡田氏)。
刻一刻と時が過ぎる中、「液体水素を載せた危険な機体をこのま
ま飛行させることはできない」(JAXA)と判断、機体を破壊
する指令信号を出した。     ──日経ビジネス電子版より
─────────────────────────────
 今回の打ち上げ失敗で深刻なのは、第2段エンジンが着火しな
かったことです。なぜなら、第2段エンジンは、これまでに打ち
上げられているH2Aとほとんど同じ制御システムが使われてい
るからです。H2Aは、2001年の試験機1号機以来、46回
中45回成功しています。
 今回、ロケットの開発陣にとって心配だったのは、1段目のエ
ンジンのLE−9だったのですが、これは今回成功しています。
しかし、絶対に失敗がないと思われていた第2段エンジンが着火
せず、失敗に終わったことは、爆破で機体が失われているだけに
その点検には相当の時間を要すると思われます。
 世界で宇宙開発競争が激化するなか、これ以上の遅れは、日本
の宇宙産業にとって命取りになります。それに三菱重工は、国産
ジェット機進出でも失敗しており、二重の失敗に相当のダメージ
を受けていると思われます。
 ここで話を「ARM」に戻します。ARMは、現在ソフトバン
ク傘下の英国の半導体設計大手企業です。ARMについては、最
新情報があります。2023年3月4日付、日本経済新聞は次の
ように伝えています。
─────────────────────────────
◎アーム、米で単独上場へ/英市場、地盤沈下浮き彫り
【ロンドン=佐竹実】ソフトバンクグループ(SBG)傘下の英
半導体設計大手アームは3月3日、米国市場への単独上場を目指
すと発表した。英政府はロンドン証券取引所への誘致を続けてき
たが、新規株式公開(IPO)先としてつなぎ留めることができ
なかった。ハイテク分野の雄の米国上場は、欧州連合(EU離脱
後に低迷する英市場の地盤沈下をさらに印象づける。
 アームのレネ・ハース最高経営責任者(CEO)が3日の声明
で、「2023年に米国単独上場を目指すことが最善の道と判断
した」と表明した。米アップルなど世界のハイテク企業が集まる
米ナスダック市場に絞るとみられる。
        ──2023年3月4日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 なぜ、英国の企業であるARMが英国に上場せず、米国に上場
するのでしょうか。昨年の12月にはスナク首相がハースCEO
と会い、ロンドン市場への上場誘致を行っています。この会談に
は、オンラインで孫正義会長も参加しています。
 しかし、英国市場の上場企業の時価総額の合計は、米国市場の
10分の1以下であり、ARMが英国市場への上場のメリットは
ほとんどないといえます。現在のロンドン市場は英国のEU離脱
によって投資家の多くが離れており、株式取引額でオランダのア
ムステルダム市場に抜かれています。やはり、英国のEU離脱は
間違いだったのです。
 ところで、ARMというのはどのような企業なのでしょうか。
 これについては、アーム株式会社の代表取締役社長である内海
弦氏が、2019年12月11日〜13日に、東京ビックサイト
で行われた「SEMICONジャパン/2019」で講演をされ
たときのスピーチの一部を引用します。SEMICONは、世界
を代表するエレクトロニクス製造サプライチェーンの国際展示会
のことです。
─────────────────────────────
 世界人口の70パーセントの方たちが使っているデバイスの中
に、私どものマイクロプロセッサが入っています。デバイスとは
何かと言うと、実際には“PC以外の、電子的なものが入ってい
るものすべて”と考えていいと思います。
 実際、年間出荷数としては、200億のデバイスに「ARMプ
ロセッサ」というものが入っておりまして、人口比で言うと1人
3個くらいのプロセッサが、行き渡っているのが実際でございま
す。これは主にスマホで使われています。(中略)
 私どもの場合、総累計の出荷数で言うと1500億個なんです
ね。年間で言うと200億以上の出荷が行われていると。PCな
どは多い多いと言われてますけれども、年間10億未満だと思い
ます。デバイス単体に1つ以上のARMが入っているのを1と数
えていますから、1デバイスに2個以上入っていても1と数えた
うえで、あくまでも半導体のデバイス、パッケージの数で、年間
200億個以上が私どもARMのプロセッサを使って出荷されて
いるのが現状でございます。  ──内海弦ARM株式会社社長
                  https://bit.ly/3YzunPb
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/039]

≪画像および関連情報≫
 ●NVIDIAによるArm買収の破談、その間にRISC-Vの足音が
  ───────────────────────────
   2020年9月にNVIDIAによるARMの買収が発表
  されてから、各国の規制当局が審査を行っていたが、どこも
  厳しい結果になりそうと報道されていた。この暗雲たなびい
  ていたNVIDIAによるソフトバンクグループ傘下のAR
  Mの買収が、ついに取りやめとなった。
   2022年2月8日にNVIDIAとソフトバンクグルー
  プによる契約解消のプレスリリースが出ている。今後はAR
  Mの株式上場を目指すそうである。
   プレスリリース文を読めば、両者の間に対立が生じたわけ
  でなく、依然両者の関係は良好と読める。今後はARMの株
  式上場を目指すそうである。NVIDIAがソフトバンクグ
  ループに支払った先払い金は返金されることなく、ソフトバ
  ンクグループおよびファンドの利益として計上されるとのこ
  とだ。その代わりNVIDIAは20年の間、ARMを使え
  る権利を得たらしい。
   解消に至った理由は、「規制上の大きな課題」と書かれて
  いる。詳しいことは書かれていない。ことここに至って原因
  をあれこれ探っても後の祭りである。しかし、あえて妄想た
  くましく、やじ馬根性で考えるに、主要国の規制当局、そし
  て買収の影響をモロにかぶることになる半導体各社を見渡し
  て、賛成しそうな組織が見当たらなかったのが原因だろう。
                  https://bit.ly/41Vgf5z
  ───────────────────────────
内海弦/アーム株式会社社長.jpg
内海弦/アーム株式会社社長
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2023年03月13日

●「スマホのCPUはどうなっているか」(第5924号)

 ARMの話の続きです。半導体の話なので、少し技術的な話に
なりますが、やさしく説明します。
 「あなたの使っているPCのCPUは何ですか」と普通の人に
聞くと、少し以前では、ほとんどの人が「インテル」と答えたも
のです。「インテル・イン・サイド/インテル入ってる」という
CMが大流行していたこともあり、インテルという企業名を知っ
ている人が多かったからです。
 ところが最近同じ質問をすると、「ライゼン」と答える人が増
えてきています。「ライゼン」は、AMD(アドバンスド・マイ
クロ・デバイセズ)製のCPUです。AMDは、かつてはウイン
ドウズ対応のCPUでは、インテルに次ぐ万年2位を占めている
企業のイメージがあります。「ライゼン」は、将棋の藤井翔太五
冠が購入したというニュースが流れ、一挙にその知名度が高まっ
たといわれます。
 それでは、「スマホのCPUは?」と聞くと、ほとんどの人が
答えられないと思います。スマホもコンピュータですから、CP
Uが入っています。アンドロイドのCPUは次のりです。
─────────────────────────────
        @「コーテックス/Cotex- A7」
        A「コーテックス/Cotex-A35」
        B「コーテックス/Cotex-A72」
─────────────────────────────
 「コーテックス」──聞き慣れない名前だと思いますが、これ
らは、すべてARM系のCPUです。しかし、アイフォーンにつ
いては、アップル社のCPUが搭載されています。アイフォーン
のCPUは世代によって次のようになっています。
─────────────────────────────
       A4/iPad/iPhone 4
       A5/iPhone 4S
       A6/iPhone 5/iPhone 5c
       A8/iPhone 6/iPhone Plus
       A9/iPhone 6S、iPhone 6S Plus
─────────────────────────────
 実は、アイフォーンのCPUも設計はARMなのです。アップ
ル社がARMに設計を委託し、その設計にアップル社が独自の機
能を追加したものです。ARMは設計しかやらない半導体の設計
専門の企業です。こういう設計専門の半導体製造企業を「ファブ
レス」といい、半導体の設計から製造まで手掛けるインテルのよ
うな企業を「ファウンドリ」といいます。台湾のTSMCは製造
に特化した世界最大のシェアを持つファウンドリです。
 スマホのCPUはスペースが小さいので、CPUは、PCとは
異なる設計になっています。クアルコムという米国の携帯電話を
はじめとする移動体通信の通信技術および半導体の設計開発を行
う企業があります。この企業も工場を持たないファブレスですが
世界で最も売上高が高いトップ企業です。
 この米クアルコムが製造する「スナップドラゴン」と呼ばれる
CPUがあります。このCPUには、いくつかのコーテックスと
メモリ、GPUなどが組み合わせられており、さまざまなメーカ
ーのスマホで使われています。このように、システムの動作に必
要なものすべてを一つの半導体に組み合わせたものを「SoC」
(ソック)といいます。ARMは、このSoCの設計に関しても
優れた技術を有しています。
 工場を持たない設計専門のファブレス企業でも、その多くが、
ARMに基本設計を委託しています。この場合、仮にアップルが
ARMに半導体の基本設計を委託し、それに自社独自の仕様の設
計を加えたチップに関しては「アップルのプロセッサ」と呼んで
かまわないそうです。
 それなら、なぜ、ファブレス各社は、ARMに設計を委託する
のでしょうか。それは、ARMが他社にはない優れた技術のノウ
ハウを有しているからです。そのARMの有しているアーキテク
チャとは次の3つです。
─────────────────────────────
     ◎ARMアーキテクチャの特徴
      @低消費電力を目標に設計されている
      ARISCなのにCISC寄りの設計
      B手作業により最適化が可能なCPU
─────────────────────────────
 つまり、ARMの最大の売りは@の「低消費電力の設計」なの
です。現在、ARMの低電力設計は、PCの世界にも広がってき
ています。これについてアーム株式会社の内海弦社長は、講演で
次のように語っています。
─────────────────────────────
 今後どうなるかをもう少しお話していきたいと思います。最近
のニュースでちょっと目立ったもの・・・実はパソコンも、(ス
ライドを指して)これはレノボさんとかが出してきたもので、ウ
インドウズがARMに載りました。
 当然パソコンの中でも電量消費が一番問題で、パソコンで使わ
れて一番嫌だなと思うのはAC−DCのケーブル、結構大きいア
ダプターを持ち歩かざるを得ないんですね。それはなぜかと言う
と、パソコン自体に電気を食うプロセッサが多かったんです。
 じゃあARMを使ったらどうかなということで、メジャーなパ
ソコンメーカーさんがARMプロセッサを徐々に採用するように
なってきました。近々ですと「サーフェス・プロX」というマイ
クロソフトのPCにもARMが使われています。試しに使ってい
ただくと、電池の保ちが明らかに違う。例えば普通のPCは1日
で充電切れになりますけれども、ARMが使われているPCは、
実働数日くらいはそのまま使えるようになります。
                  https://bit.ly/3J8W23C
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/040]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタル世界で最も成功を収めているアーキテクチャ
  ───────────────────────────
   ARMアーキテクチャは世界最大規模のコンピューティン
  グ・エコシステムで、極めて重要な役割を果たしています。
  ARMのパートナーは、このアーキテクチャによって、コス
  トを抑えながら、効率のよいセキュアな方法で製品を製作で
  きています。このように、絶えず進歩する多様なエコシステ
  ムの成功に、世界水準のアーキテクチャ設計を提供してきた
  ARMの実績が表れています。
   パートナーはARMのアーキテクチャの仕様のライセンス
  を受け、その仕様に基づいたシリコンチップを製造します。
  ARMベースのチップを搭載した2500億のデバイスを通
  じて、ARMのアーキテクチャは、さまざまな市場とパート
  ナーのイノベーションを推進しています。
   大部分のスマートフォンで採用され、モバイル市場で主流
  となっているARMのアーキテクチャは、その他の多くの分
  野でも活用されています。何百万もの非常にシンプルなIо
  Tデバイスから、高度な機械学習のアプリケーションまで、
  その用途は多岐にわたります。ARMアーキテクチャにより
  さまざまさらに、完全なツールスイートと、世界規模の確か
  なエコシステムのサポートを利用可能です。なレベルでデバ
  イスを開発できます。ARMアーキテクチャは、特定の命令
  が実行された際のハードウェアの動作を指示する一連の規則
  を規定します。つまり、ハードウェアとソフトウェアのやり
  取りを定義する契約書のような役割を果たし
                  https://bit.ly/3mCQS8y
  ───────────────────────────
CPUとSoC.jpg
CPUとSoC
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2023年03月14日

●「ARMは軽薄短小型のビジネス」(第5925号)

 話を整理します。EJは、今回のテーマで、日本経済の復活の
カギを探っています。既に述べているように、2023年は日本
にとって経済復活の年になる可能性があります。好循環が働くと
日本は経済成長率でG7のトップになるといわれています。
 現在、欧米はかなり激しいインフレに襲われ、なかなか脱出で
きないでいます。米FRBのパウエル議長は、縮小させるとみら
れていた利上げ幅を再加速させることを示唆しています。インフ
レが克服できないからです。
 もちろん日本もインフレですが、そのレベルは欧米ほど深刻で
はなく、政府の政策次第で何とか抑えられるレベルにあります。
これは日銀の金融政策と無関係ではありません。それに加えて、
2023年は日本にとって経済を活性化させる要素が多い年とい
えます。そのひとつに製造業の国内回帰の傾向があります。とく
に、半導体の生産を国内でやろうという動きが加速しています。
 TSMCの熊本工場の建設、「ビヨンド2ナノ」を目指す日の
丸半導体メーカー「ラピダス」の新設など、半導体を中心に動き
が急ピッチになっています。なお、「ラピダス」は、北海道・千
歳市に工場を建設することに決まっています。
 ところで、なぜ、TSMCは、熊本に工場を新設することに同
意したのでしょうか。
 それは、TSMCの最大のサプライヤーがソニーであるからで
す。そしてTSMCの最大の顧客がアップルであり、TSMC、
ソニー、アップルの3社の関係によって、TSMCが熊本に工場
を作ることになったのです。アップルのクックCEOは、早速熊
本工場を視察に訪れています。
 さて、次世代半導体製造企業「ラピダス」は、果たして成功で
きるでしょうか。
 その道が険しいことは確かですが、「ラピダス」にとって有利
なことは、ソフトバンクが投資陣に加わっていることです。なぜ
有利かというと、ソフトバンクは傘下に半導体設計大手のARM
を有しているからです。そのARMが現在、半導体の世界におい
て、革命を起こしつつあるのです。そのことについて、今書いて
いるわけです。
 少し歴史をたどってみます。以下の記述は、既に部分的にご紹
介しているアーム株式会社社長の内海弦氏の2019年12月の
講演をベースにしています。
 ARMの創立は1990年ですから、今年で創立33年になり
ます。本社は英国のケンブリッジにあります。ここはケンブリッ
ジ大学が有名ですが、かなり中心都市から離れていて、日本でい
うと、茨城県つくば市のような位置関係にあります。
 従業員は約6000人程度であり、設計部隊と多少の営業マー
ケティング部隊がいるだけです。もちろん世界展開をしており、
米のシリコンバレー、米テキサツのオースティン、フランスのソ
フィア、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、台湾、中国
などに展開しています。
 売上高は、約2000億円程度と小さく、設計専門のファブレ
スで、IP(Intellectual Property Rights)という知的所有権
だけを有しており、在庫、製造装置などを一切持っていない企業
です。当然知る人ぞ知る企業であって、ARMの名前が一躍有名
になったのは、2016年7月18日の次のニュースです。
─────────────────────────────
◎ソフトバンク、英・ARMホールディングス買収
 ソフトバンクは18日、ARMホールディングス(イギリス)を
買収することで合意したと発表した。買収金額は、約240億ポ
ンド(約3兆3000億円)で、ソフトバンクはARM株1株に対
し、15日の終値(11・89ポンド)に、43%上乗せした、
17ポンドを支払う。        https://bit.ly/4269zl6
─────────────────────────────
 昔から、半導体の製造というと、電気を使い放題使うという重
厚長大型のビジネスだったといえます。それに対してARMの半
導体設計は、なるべく電気を使わない省電力設計を目指しており
そういう意味で、軽薄短小型のビジネスです。
 実は、この経営方針は、ARMの創業時からのもので、アップ
ル社がARMの中心株主だったことと関係があります。なぜ、米
国企業のアップルが、英国のARMのなぜ株主になったのかとい
うと、当時アップルは、「アップル・ニュートン」というPDA
(パーソナル・ディジタル・アシスタント/携帯情報端末)を開
発していたからです。
 PCではなく、PDAのプロセッサということになると、電気
を大量に食うのは困るわけです。したがって、ARMの省電力設
計に期待して、株主になったものと思われます。ARMは、近い
将来、携帯電話がブームとなり、それによるデータ通信を行うよ
うになることを見据えて、省電力のプロセッサの設計に注力して
いたのです。
 私は、アップルのニュートンという端末をよく知っています。
今にして思えば、アップルは、ニュートンというPDAを手掛け
ていたからこそ、後にアップルは、アイフォーンを誕生させるこ
とができたのだと思います。そういえば、ニュートンは、初期の
アイフォーンとそっくりです。
 日本でいうと、3GのFOMAと、iモードの時代から携帯電
話でデータ通信ができるようになりましたが、そのときには既に
ARMのプロセッサが携帯電話に入っていたのです。そのときの
ARMの最大の得意先は、フィンランドのノキア──世界一の携
帯電話会社です。やがて、ウェブブラウジングが始まり、携帯電
話でウェブサイトが見られるようになると、携帯電話のPC化が
一挙に進むことになります。
 この時代を一貫して支えてきたのが、ARMのプロセッサであ
り、小さなデバイスながら、やがて、複数個のARMのプロセッ
サが入るようになっていったのです。
           ──[メタバースと日本経済/041]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルの革新的製品なぜ失敗 「ニュートン」の不幸
  ───────────────────────────
   ニュートンは、スティーブ・ジョブズをアップルから追い
  出した当時の最高経営責任者(CEO)、ジョン・スカリー
  が構想した商品です。
   1990年代初頭、パソコン専業メーカーだったアップル
  でしたが、野心的なスカリーは、パソコン市場だけに限定せ
  ず、家電業界に参入できないか、という構想を持っていまし
  た。アップルのヒットPC「マッキントッシュ」を手軽に持
  ち運べるマルチメディア家電にできれば、一気に市場を支配
  できる・・スカリーはそのような青写真を描いて、新製品の
  開発を進めていたのです。
   紆余(うよ)曲折を経て、92年5月、スカリーは「来年
  初めには新世代の情報家電機器、ニュートンを発売する」と
  宣言します。スカリーはその宣言の中で、PDA(パーソナ
  ル・デジタル・アシスタント=個人用携帯情報端末)という
  新たな造語を公開するとともに、この情報家電という領域で
  やがて3兆ドルという巨大市場ができることを予言します。
   この宣言は業界に大きな影響を与えました。「現在のパソ
  コン市場の10倍の新市場を作る可能性がある」(「サンフ
  ランシスコ・クロニクル」紙)と書かれたように、スカリー
  の情報家電構想は、多くの人に新しい市場の到来を予感させ
  るものだったのです。      https://bit.ly/3ZWAgXN
  ───────────────────────────
アップルのPDA/ニュートン.jpg
アップルのPDA/ニュートン
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2023年03月15日

●「CISCとRISCの違いを知る」(第5926号)

 デジタル携帯電話(第2世代携帯電話/2G)が登場したのは
1993年3月のことです。携帯電話といっても、「携帯・自動
車電話」の時代ですが、NTTドコモが、PDCデジタル方式の
携帯・自動車電話サービスを開始し、世界初のデジタル携帯電話
を利用したデータ通信サービスを開始しています。そのときの通
信速度は次の通りです。「bps」 というのは、ビット・パー・セ
コンドのことで「1秒間に2400ビットの情報を送れる速度」
という意味です。
─────────────────────────────
          通信速度=2400 bps
          bps=bit per second
─────────────────────────────
 今になって考えると、その頃の日本は、携帯電話の世界におい
て、世界を一歩リードしており、ノートPCにおいても、198
9年に東芝が、「ダイナブック/J-3100SS」を開発し、世界の先
陣を切っています。1990年代になると、IBMとアップルが
ノートPCに参入、東芝、アップル、IBMが次々に新機能を加
え、1995年頃には、現在のノートパソコンの標準的な機能の
原型が完成しているのです。
 1993年以後、世の中は、携帯電話の時代に入っていくわけ
ですが、ARMはその3年前の1990年に創業しています。そ
の本格的な携帯電話時代が到来する前の1993年にアップルは
手の平にのるPDAの「ニュートン」を開発しており、既にそこ
にはARMのプロセッサが搭載されていたのです。
 ここでARMの設立のいきさつについて、少し詳しく知る必要
があります。そもそも小型デバイス向けのプロセッサの設計は、
1983年に、英国のエイコーン・コンピュータが開始したもの
です。当時エイコーン社は、「MOS6502」を搭載したコン
ピュータを製造・販売していました。MOS6502とは、米国
のモステクノロジーが、1975年に開発した8ビットCPUの
ことです。小さなハードウェア規模で、シンプルな命令セットを
持つより高速なプロセッサを開発することによって、6502を
置き換えることが目的であったといえます。
 エイコーン社は、「ARM2」「ARM3」とCPUを強化し
ていきますが、ARMアーキテクチャのCPUが人気が出てきた
ので、エイコーン社からCPUコアの設計技術者12人がスピン
アウトするかたちで、1990年にできたのがARM社です。
 はじめのうちは、エイコーン社と、当時の主要な製造事業者の
ひとつであったVSLIテクノロジー社、アップルコンピュータ
のジョイントベンチャーの形をとっていたのです。つまり、アッ
プルは、「ニュートン」のこともあって、最初からARMと近い
関係にあったのです。
 もう一つ知っていただきたいことがあります。CPUには「C
ISC」と「RISC」の2つがあります。
─────────────────────────────
     @CISC/複雑命令セットコンピュータ
      Complex Instruction Set Computer
     ARISC/縮小命令セットコンピュータ
      Reduce Instruction Set Computer
─────────────────────────────
 @の「CISC/複雑命令セットコンピュータ」とは、どのよ
うなCPUでしょうか。
 特徴としては、CPUに高機能な命令を持たせることによって
1つの命令で複雑な処理を実現できるプロセッサです。マイクロ
プログラムを内部に記憶させることで、高機能な命令が実現でき
ますが、その代わり、命令の実行速度は遅くなります。
 インテルのCPUは「CISC」です。大雑把な分類ですが、
PCであるとかサーバーは、CISCと考えてよいと思います。
 Aの「RISC/縮小命令セットコンピュータ」とは、どのよ
うなCPUでしょうか。
 特徴としてはCPU内部に単純な命令しか持たないかわりに、
それらをハードウェアのみで実装して、一つ一つの命令を高速に
処理できます。ワイヤードロジック(物理的に結線された論理回
路)によって全ての命令をハードウェア的に実装してます。した
がって、CISCに比べて命令の実行速度は早くなります。、
 RISCは、スマホや家電製品や機器など、組み込み系といっ
て「独立した機械の中に組み込まれたコンピュータを制御するた
めのシステム」には、RISCが使われます。
 ここまで説明すると、わかると思いますが、ARMという名称
は、次の意味を持っているのです。
─────────────────────────────
    ARM/Advanced RISC Machines Limited
─────────────────────────────
 ARMの創業後しばらくの間は、PCやサーバーはCISCプ
ロセッサ、スマホや家電製品などの組み込みシステムは、RIS
Cプロセッサというように、住み分けができていたのですが、最
近ではPCやサーバーにもARMのプロセッサが使われるように
なっています。これについて、アーム株式会社の内海社長は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 EVのバッテリーマネジメントをするマイコンがほとんどAR
Mなんですが、電力を食ってしまうと意味がないわけですね。そ
ういったところにARMは引き続きより多く使われるようになっ
てきて、今や、バッテリーのセルごとに使われるようになってい
る。あと、カメラの一番大事なところのイメージセンサーの部分
にもARMが入る。デジカメもスマホもそうです。これも電力効
率がいいからその処理の電力効率をよくできる、というところで
メリットがあります。       https://bit.ly/3mQ5BwM
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/042]

≪画像および関連情報≫
 ●現在の視点から見るRISC対CISC論争・再び
  ───────────────────────────
   今回なぜRISCとCISCの話をするのか、その理由を
  お話しましょう。
   1980年〜1990年代のRISC対CISC論争を覚
  えている人はもう結構な年齢になっていると思います。現在
  ではRISCかCISCかという区別をする人はあまりいま
  せん。RISCもCISCもCPUを実装する方針の一つだ
  というのが、大方の認識になっているからです。かつて、R
  ISCは高性能CPUのための技術として登場しました。し
  かし、その対決の対象であるCISCも、RISCとの高速
  化技術やコンパイラ技術の切磋琢磨を経て、それなりの性能
  を出すことが できるようになっています。
   果たして,現在のCPUは、RISCとCISCの研究で
  培われた技術に基づいたいいとこどりの産物なのです。今ご
  ろ、RISCとかCISCとかいっていると時代遅れといわ
  れるかもしれません.その上,CISCと聞くと古臭い感じ
  がするかもしれません。しかし、世の中で最も普及している
  X86はCISCという分類に属します。
   ところが,昨今あえてCISCのよさを強調するCPUが
  登場しました。そうです、ルネサスエレクトロニクスのRX
  マイコンです。RXマイコンは、CISC、ということを強
  調して、命令コード効率の良さをアピールしているのでしょ
  う。さらに,大学の研究室で生まれたRISCという理論の
  理屈臭さを感じさせず、むしろ、親密度を増加させるための
  マーケティングなのかもしれません。
                  https://bit.ly/3JA6hQa
  ───────────────────────────
RISC−V.jpg
RISC−V
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2023年03月16日

●「ジョブズ/アップルから追放される」(第5927号)

 アップルとARMの関係が、ARMの創業時(1990年)以
前からのものであったことは、ここまでの記述でわかっていただ
けると思います。アップルとしては、開発中のPDA「ニュート
ン」のことがあるので、低電力でパワフルなプロセッサがどうし
ても欲しかったのです。
 ところで、アップルにおいて、「ニュートン」の開発を推進し
ようとしたのは、アップル創業者のスティーブ・ジョブス氏では
なく、ジョン・スカリー氏という人物です。
 1981年のことです。当時アップルの業績は悪化しており、
アップルの創業者のスティーブ・ジョブス氏とも対立を深めてい
たアップルの初代社長兼CEOであるマイケル・スコット氏が解
雇されたのです。このようにいうと、創業者がなぜ社長でないの
かという疑問を持つ人がいると思いますが、ジョブズ氏の当時の
肩書きは、「事業統括担当副社長」であり、CEOでも社長でも
なかったのです。
 マイケル・スコット氏が解雇されたので、ジョブス副社長とし
ては、マーケティングに強い代役を探してきて、社長に据える必
要があります。マーケティングは社長の担当であったからです。
 そのとき、ジョブス氏が目を付けたのが、ペプシコーラのジョ
ン・スカリー氏だったのです。
 当時スカリー氏は、ペプシコ―ラの事業担当社長を務めでおり
ペプシのCMにマイケル・ジャクソンを採用したり、ペプシチャ
レンジといって、ブランド名を隠して、複数のコーラを飲ませて
ペプシのコーラが美味しいと伝えるコマーシャルなどの手法を使
うなどして、コカ・コーラを追い上げていったのです。
 ジョブス氏は、ジョン・スカリー氏と会い、アップル社に移る
よう説得します。そのとき、ジョブス氏がスカリー氏を口説き落
としたときの言葉が残っています。大変有名な言葉であり、英文
と日本語訳を以下にご紹介します。
─────────────────────────────
  Do you want to sell sugared water for the rest of your life,
  or do you want to come with me and change the world?
 このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に
世界を変えたいのか?       ──スティーブ・ジョブス
                  https://bit.ly/3ZJ4zRR
─────────────────────────────
 ジョブス氏にこのように説得されたスカリー氏は、1983年
にアップルの社長兼CEOに就任します。1984年1月には、
マッキントッシュ(新PC)のデビューに2人で立ち会うなど、
スカリーとジョブスは「ダイナミック・デュオ」と呼ばれ、順調
にアップルの経営が進行すると思われていたのです。
 しかし、ジョブス氏は、1984年のクリスマス商戦で需要予
測を誤り、マッキントッシュの大量の在庫を抱えてしまいます。
その結果、この年の第4四半期で初の赤字を計上し、従業員の5
分の1に当たる人数の解雇を余儀なくされたのです。
 スカリー社長はこの事態にジョブズ氏の責任は重大であると考
えて、1985年4月にマッキントッシュ部門からの退任を要求
し、取締役会もこれを承認します。しかし、ジョブズ氏はこれを
不服として、逆にスカリー社長を追放しようと画策したものの、
失敗し、ジョブズ氏は全役職を解かれ、アップルを追われること
になるのです。1985年9月のことです。
 このようにして、自分が設立したアップル社を追い出されたス
ティーブ・ジョブス氏は、それから5年間、アップルを離れて仕
事を行い、新しいコンピュータ「NEXT」とOS開発し、それ
をきっかけとして、2000年に正式にアップルの社長兼CEO
に就任するのですが、この話は改めて述べるとして、アップルと
インテルの関係について述べることにします。
 今でもそうですが、PCの世界は、ウインドウズPCとアップ
ルPCに二分され、ユーザーはどちらを使うか選ぶ必要がありま
す。しかし、一般のビジネスパーソンがシェアが20〜30%し
かないアップルPCを使うには相当の決断が必要だったのです。
それほど、インテル/ウィンドウズ連合のシェアは圧倒的であり
アップルは経営危機を常に背負っていたのです。
 それが2006年になると、大きな変化を迎えることになりま
す。そのいきさつについて、あるネットの記事を引用します。と
てもわかりやすく書かれています。
─────────────────────────────
 1994年登場のパワー・マッキントッシュから、パワーPC
(CPUの名前)の採用が始まりました。この画期的なアーキテ
クチャーの採用でアップルの躍進が期待されたのですが、残念な
がら、この頃からインテル・ウインドウズ連合に市場シェアが独
占される状況となり、アップルは経営危機を迎えることになりま
す。その後、パワーPCに別れを告げるのは、ジョブズがアップ
ルに復帰してからの話になります。CPUの変更に関しては3回
目となるこの時、ついにインテル製が採用されました。
 このことによりOSは異なるものの、ウインドウズ機と同じC
PUで動作するマックが登場することになります。マックOSと
ウインドウズOSが、同一のPC上でネイティブに動作する環境
が実現しました。
 基本はマックを使いながら、業務の都合などでウィンドウズ機
も併用しているユーザーにとっては、非常に便利な環境となりま
した。これが2006年の出来事です。
                  https://bit.ly/3YNBX8J
─────────────────────────────
 それからしばらくの間、アップルとインテルの良好な提携が続
くことになりますが、10年を経過したころから、アップルがイ
ンテルから離別するという情報が頻繁に出ることになります。そ
して、コロナ禍のリスクが高まりつつあった2020年6月、ア
ップルはインテルとの関係解消を正式に宣言します。
           ──[メタバースと日本経済/043]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルが描く「インテルなき未来」と、見えてきた
  いくつもの課題
  ───────────────────────────
   インテルは2006年から、Macの製品ラインに、プロ
  セッサーを供給してきた。両社は10年以上にわたる実りの
  ある関係を築いており、「Macブック」や「iMac」は
  「アイフォーン」ほどではないにしても、アップルに大きな
  利益をもたらしている。インテル製チップを搭載するモデル
  の売上高は、今年の1〜3月だけで、70億ドル近くに達し
  た。昨年のインテルの収入の4パーセントはアップル絡みだ
  との報道もある。
   この共生関係は理に適っているように見える。一方でアッ
  プルが独自路線を歩もうとしているのにも納得のいく理由が
  ある。アイフォーンは、すでに自社製の「A」シリーズのチ
  ップを採用しているほか、「アップルウォッチ」には「S」
  シリーズ、「エアポッズ」には「W1」がある。
   また少し前から、「iMacプロ」など一部の製品には、
  インテルのCPUに加えてアップル製のチップ「T2」が組
  み込まれるようになった。同社は1年前には、独自のGPU
  の開発にも着手している。
   つまり、Macにおけるインテルのチップは、アップルの
  製品ラインアップ全体を見回したときに、どちらかと言えば
  例外的な存在になりつつある。アップルが独自プロセッサへ
  の切り替えを進める理由は、大手スマートフォンメーカーが
  クアルコムを切り捨てた理由と同じだ。自分でできるなら、
  人には頼らないほうがいい。  https://bit.ly/3mOOiwo
  ───────────────────────────
スティーブ・ジョブズとジョン・スカリー
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2023年03月17日

●「アップルがインテルから別れる理由」(第5928号)

 2020年6月22日のことです。当日に開催された開発者向
けのオンラインイベントWWDC(ワールド・ワイド・デベロッ
プメント・カンファレンス)の基調講演で、アップルのティム・
クックCEOは次の宣言をしています。
─────────────────────────────
 Macの心臓部を、2年かけて、インテル製プロセッサから、
自社設計のSoC「アップル・シリコン」に切り替える。
            ──2020年6月22日/WWDC
─────────────────────────────
 「アップル・シリコン」とは何でしょうか。
 「アップル・シリコン」は「SoC(ソック)」なので、まず
SoCについて知る必要があります。SoCは、シリコンの半導
体チップの上に多くの半導体素子(トランジスタ)を集積して、
CPU、グラフィックス処理ユニットのGPU、メモリーなどを
載せ、システムとして製品化した半導体部品のことです。SoC
は次の言葉の頭文字をとった言葉です。
─────────────────────────────
         ◎SoC/System on Chip
─────────────────────────────
 添付ファイルを見てください。これが「アップル・シリコン」
(M1)です。CPUがファブリックという切り替え装置を介し
て、GPU、DRAM、キャッシュなどと繋がった回路になって
います。
 CPUはARM設計のプロセッサ・コアであり、グラフィクス
・プロセッサ、機械学習に基づくAIの実行エンジンで高度な画
像処理などに使われる「ニューラル・エンジン」などを統合した
アップル自社設計の高度なSoCになっています。コンパクトな
マザーボードのようなものです。
 2005年のことです。その年のWWDCにおいて、アップル
への復帰を果たしたスティープ・ジョブズCEOは、次のように
宣言し、2006年1月に、最初のインテル製Macを出荷して
います。まさに歴史的な出荷といえます。
─────────────────────────────
 Macのプロセッサを「パワーPC」から、インテルに切り替
える。           ──スティーブ・ジョブスCEO
─────────────────────────────
 「パワーPC」とは、アップル・コンピュータ、IBM、モト
ローラによって開発されたRISCアーキテクチャのマイクロプ
ロセッサのシリーズの名称です。
 これは、当時としては極めて画期的な出来事だっといえます。
なぜなら、アップルとインテル・ウインドウズ連合は対極の関係
であり、アップルがインテルのプロセッサを採用するなど、考え
られなかったからです。なぜ、当時のアップルがインテルのプロ
セッサを採用したのかについて、ITジャーナリストの星暁雄氏
は、そのときの事情について、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 当時のインテルは、世界最高の半導体製造技術を持ち、プロセ
ッサ設計技術でも優れていた。パワーPCやその他のプロセッサ
ではなく、インテルのプロセッサを選んだ方が、Macの競争力
を、少なくとも数年にわたり維持できる。それがインテルに切り
替えた理由だ。
 20年現在のインテルは、半導体市場で世界トップの優良企業
である。だが、05年のインテルとはとは大きな違いがある。現
在のインテルは、半導体製造技術で世界一とは言えなくなってい
るのだ。一方で、TSMCの製造能力は向上し、アイフォーンや
アイパッドのヒットにより、アップル・シリコンの生産規模は大
きくなり、半導体の設計ノウハウも蓄積されている。脱インテル
を実行できる実力を今のアップルは持っているのだ。
 半導体を進化させるということは、微細加工技術を追求してよ
り多くの半導体素子(トランジスタ)をシリコンチップ上に集積
するということだ。つまり「密度」が大事なのだ。かつてのイン
テルはシリコンチップ上に集積する半導体の数を「18カ月で2
倍にする」という苛酷な目標をクリアしていた。この目標は「ム
ーアの法則」と呼ばれている。だが、今やこのペースは達成不可
能となってきた。微細加工を追求した結果、物理的な限界が近づ
き、進化のペースが鈍ってきたのだ。これは、「ムーアの法則の
終焉(しゅうえん)」と呼ばれている。https://bit.ly/3LmJKaK
─────────────────────────────
 星暁雄氏によると、現在のインテルは、ライバル企業に12〜
18カ月遅れている」そうです。インテルのライバル企業とは、
台湾のTSMCと韓国のサムスン電子です。TSMCは、カスタ
ムチップの受託製造に優れ、サムスン電子は、メモリー製造を得
意としています。
 なぜ、インテルがライバル企業に1年以上のつけられてしまっ
たかについては、10ナノメートルプロセスの量産化に遅れたこ
とにあるといわれています。インテルの10ナノメートルプロセ
スである「キャノン・レイク」は、その集積できる半導体素子の
密度は1平方ミリ当たり約1億個程度であるといいます。
 インテルは、「キャノン・レイク」の量産化の時期を公式には
2018年としていますが、実際に市場に出回ったのは2019
年になってからです。ここに1年の差があります。
 しかし、ライバルのTSMCは、インテルのさらに先を行って
います。TSMCは「5ナノメートルプロセス」を量産を、20
20年4月に開始したとされているからです。ちなみに、これは
1平方ミリ当たり約1・7億個のトランジスタの密度をクリアす
ることです。アップル・シリコンは、この5ナノメートルプロセ
スで製造するといわれています。これが、次世代Macやアイフ
ォーンに搭載される予定であるといいます。予定通りに行われれ
ば、2023年には使えるようになるはです。
           ──[メタバースと日本経済/044]

≪画像および関連情報≫
 ●CPUのプロセスルールが小さくなるとどういう原理で何が
  良くなるんでしょう?
  ───────────────────────────
   プロセッサ(CPUやGPUなど)のトランジスタは、C
  MOSといって、2個(以上)のトランジスタが組み合わさ
  ったものになっていて,ON状態にせよOFF状態にせよ、
  どちらかのトランジスタには電気が溜まっている状態になっ
  ています(トランジスタはコンデンサとしての成分を持つた
  め)。そして、ONとOFFが切り替わる瞬間に、片方に溜
  まった電気が流れ、空だったトランジスタに電気が溜まる仕
  組みになっています。この「溜まった電気が流れきって」、
  「もう片方のトランジスタへの蓄電が終了する」までの時間
  が、限界としての最小クロック時間ということになります。
   さて,プロセスルールが小さくなると,トランジスタのサ
  イズが小さくなります。トランジスタが小さくなると、トラ
  ンジスタに生じるコンデンサも小さくなります。コンデンサ
  が小さくなると、「溜まった電気が流れきって」「空だった
  トランジスタへの蓄電が終了する」までの時間も短くなるの
  で、最小のクロック時間を小さくできる(=毎秒あたりのク
  ロック周波数は大きくなる)し、流れる電気の量が減るとい
  うことは発熱も減るので、クロック周波数の増加による発熱
  増大を打ち消すことができます。 https://bit.ly/3YQtL7U
  ───────────────────────────
アップル・シリコン.jpg
アップル・シリコン
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2023年03月20日

●「冨岳もARMアーキテクチャである」(第5929号)

 「インテルか、ARMか」の話をしていますが、人によっては
そんなテクニカルなことはどうでもいいじゃないかと思う人もい
るかもしれません。そもそも日本の半導体会社「ラピダス」の投
資陣のなかに、ARMを傘下に収めているソフトバンググループ
がいることが日本にとって有利に働くのではないかということか
ら、ARMを取り上げてここまで書いてきています。
 そのARMがスマホだけでなく、PCやサーバーに入ってきて
いるという話をしているのですが、それどころではないのです。
現在、総合で世界一である日本のスーパーコンピュータ『冨岳』
(理化学研究所と富士通の共同開発)もARMアーキテクチャを
採用しているのです。驚くなかれ、スーパーコンピュータまで、
ARMなのです。
 なお、「総合で世界一」と書きましたが、スーパーコンピュー
タの世界ランクは主として次の3つの部門の順位で決まります。
しかし、2022年5月、計算速度を競うTOP500では、米
オークリッジ国立研究所にある最新鋭機『フロンティア』に敗れ
2位になっています。『冨岳』はそれまでこの分野で4期連続世
界一だったのに残念です。
 スーパーコンピューターの世界ランクは、次の3つで決まりま
すが、日本は、現在、「HPCG」と「Graph500」では
依然として世界一であり、しかも5期連続です。
─────────────────────────────
    ◎スーパーコンピュータの3分野
     1.  TOP500 ・・ 世界第2位
     2.    HPCG ・・ 世界第1位
     3.Graph500 ・・ 世界第1位
─────────────────────────────
 「HPCG」は、産業応用で使う計算の処理速度を図るもので
あり、「Graph500」は、ビックデータの解析能力の指標
となるものです。しかし、コンピュータは早さが勝負であり、
TOP500」で2位になったことは残念なことです。それにし
ても大きな差がついたものです。
─────────────────────────────
 ◎TOP500上位5位            計算速度
  1位:フロンティア(米国) ・・ 110・2京回/秒
  2位:    冨岳(日本) ・・  44・2京回/秒
  3位:ルミ(フィンランド) ・・  15・1京回/秒
  4位:  サミット(米国) ・・  14・8京回/秒
  5位:   シェラ(米国) ・・   9・9京回/秒
       ──2022年5月31日/読売新聞オンライン
─────────────────────────────
 フロンティアの計算速度は、毎秒110京(けい)2000兆
回(京は1兆の1万倍)であり、富岳の同44京2010兆回の
約2・5倍だったのです。スパコンの開発競争では、同100京
回を上回る計算速度「エクサスケール」が次の目標とされ、突破
したフロンティアが初めてランクインしたのです。
 「アップル・シリコン」に話を戻します。アップル・シリコン
には、A、S、T、W、H、U、Mの7シリーズがあり、とくに
有名というか、よく知られているのは、AシリーズとMシリーズ
の2つです。
 Aシリーズは、アイフォーン、アイパッド、アイポッド・タッ
チ、アップルTVデジタルメディアプレーヤーに採用されている
SoCのファミリーです。1つ以上のARMベースのプロセッシ
ング・コア、グラフィックス・プロセッシング・ユニット(GP
U)、キャッシュ・メモリなど、モバイル・コンピューティング
機能を提供するために必要な電子機器を1つの物理的なパッケー
ジに統合しています。
 これらはアップルによって設計され、2016年以降に発売さ
れたアイフォーン7の時点で、TSMCによって独占的に製造さ
れています。
 Mシリーズというのは、Macやアイパッド向けに開発される
SoCのファミリーのことです。2020年10月にMacブッ
ク・プロという新製品が発売され、それにM1プロとM1マック
スが搭載されていることが明らかになります。
 2022年3月になると、それまでのM1のさらに上を行く、
M1ウルトラが発表されます。M1ウルトラは、20基のCPU
コアと、64基のGPUコア、32基のニューラルエンジンコア
を実装しており、最大RAM容量は128GBです。
 そして、2022年6月6日に、新型Macブック「エア」と
Macブック「プロ」が発表されます。これには、M2チップが
搭載されています。これらのM2チップが、脱インテル後のアッ
プル製品に搭載されることになります。
 このM2チップについて、アップルのサイトでは、次のように
解説しています。
─────────────────────────────
 M2のシステムオンチップ(SoC)設計は、強化された第2
世代の5ナノメートルテクノロジーを使用して構築され、M1よ
り25パーセント多い200億個のトランジスタで構成されてい
ます。トランジスタの増加により、M1より50パーセント高い
1000GB/sのユニファイドメモリ帯域幅を実現するメモリ
コントローラなど、チップ全体で機能が向上しています。
 最新のウインドウズノートPCの10コアチップと比較して、
M2に搭載されたCPUは同じ電力レベルで約2倍のパフォーマ
ンスを実現します。そしてわずか4分の1の電力で、そのウイン
ドウズPC用チップのピークパフォーマンスを達成します。
                 https://apple.co/3YZ6tgf
─────────────────────────────
 このアップルによる「脱インテル」は、インテルだけでなく、
アップルにも相当の負荷がかかります。
           ──[メタバースと日本経済/045]

≪画像および関連情報≫
 ●アップルが描く「インテルなき未来」と、見えてきた
  いくつもの課題
  ───────────────────────────
   アップルが間もなく、「Mac」シリーズにインテルのチ
  ップを使うのをやめるのだという。このニュースを耳にする
  のは何度目だろう。これまでにも多年草のように定期的に現
  れては消えていった話題ではあるが、今回はいくつか注目す
  べき点があるようだ。
   だが、まずはアップルが実際に「脱インテル」を実行する
  のが、いかに難しいかという話から始めよう。
   アップルがこの問題に真剣に取り組んでいるのは本当だろ
  う。2018年4月2日に明るみになったニュースの出元は
  『ブルームバーグ・ビジネスウィーク』のマーク・ガーマン
  だ。ガーマンは、“聖域”であるカリフォルニア州クパチー
  ノの外にいる人間のなかでは、アップルの動向にもっとも詳
  しいと言われている。
   アップルは数年前から、独自のプロセッサの開発だけでな
  く、「MacOS」とモバイルデヴァイス用の「iOS」の
  アプリ統合に向けた準備を進めている。インテル製チップの
  切り替えのための準備は整いつつうるのだ。それでも、イン
  テルとの別離においては、面倒な問題がいくつもある。それ
  にどう対処していくかが、アップルの未来を決めるだろう。
                  https://bit.ly/3Jun5qg
  ───────────────────────────    
日本のスーパーコンピュータ『冨岳』.jpg
日本のスーパーコンピュータ『冨岳』
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2023年03月22日

●「ジョブズがアップルでやったこと」(第5930号)

 スティーブ・ジョブズ氏が、アップル社のCEOになったのは
2000年のことです。スティーブ・ジョブズ氏は、ヘッドハン
ティングし、自ら創業したアップル社のCEOに就任させたジョ
ン・スカリー氏らによって、アップル社を追い出されています。
まるでドラマそのものです。
 アップル社を去ったジョブズ氏は、新しいコンピュータ「NE
XT」とOSを開発し、1996年に業績不振に陥っていたアッ
プル社にNEXTを売却する形で、1997年にアップル社の暫
定CEOに就任します。
 そしてやったことは、不倶戴天のライバルといわれていたマイ
クロソフト社のビル・ゲイツCEOと提携し、同社からの支援を
得ることに成功するかたわら、アップル社の社内のリストラを進
めるなど、会社の業績を向上させたことです。
 そして、2000年、スティーブ・ジョブズ氏は正式にアップ
ル社の社長兼CEOに就任します。しかし、基本給与として1ド
ルしか受け取っていなかったことで、「世界で最も給与の安い最
高経営責任者」といわれます。なぜ、1ドルを受け取ったかとい
うと、居住地のカリフォルニア州法により、社会保障番号を受け
るための給与証明が必要だったからです。
 それからのスティープ・ジョブズCEOの活躍は誰でも知る通
りです。MacOSをNEXTの技術を基盤とするMacOSX
へと切り替えるという基本的なことをしたうえで、ARMと組ん
で、音楽再生機アイポッド、携帯電話アイフォーン、そしてアイ
パッドと、アップルの業務範囲を従来のPCから、デジタル家電
とメディア配信事業へと拡大させています。これには、スカリー
氏が手掛けて失敗に終わっているPDA「ニュートン」の技術も
生きていると思います。
 なかでもジョブズCEOの重要な決断は、それまでアップル社
が採用していたパワーPCのプロセッサをインテル社へと切り替
えたことです。2006年のことです。これは当時としては驚天
動地の決断といえます。パワーPCは、アップル社、IBM、モ
トローラ社の提携で構築されたRISCタイプのとても良いマイ
クロプロセッサだったからです。アップル社のマッキントッシュ
やIBMのRS/6000で採用されており、スーパーコンピュ
ータでも広く採用されています。
 それにしても、ジョブズCEOは、なぜ、インテルのプロセッ
サを採用したのでしょうか。
 マイクロプロセッサ(CPU)を変更することは、変更する側
のアップル社の負担が尋常ではありません。まして、RISCか
らCISCへの変更であり、それまでアップルの開発したソフト
ウェアを動かすには、多くの困難があるからです。
 それでも、ジョブスCEOが決断したのは、当時のインテル/
ウインドウズ陣営の勢いというか、繁栄ぶりであり、売れるPC
を作るには、マーケティング的には、インテルプロセッサの採用
しかなかったからと思われます。
 参考までに、実際にインテルのプロセッサが搭載されたアップ
ル商品を以下に掲載しておきます。
─────────────────────────────
           @iMac
           AMac mini
           BMacBook
           CMacBook Air
           DMacBook Pro
           EMac Pro
           FXserve
─────────────────────────────
 スティーブ・ジョブズ氏について、もうひとつ述べておきたい
ことがあります。ジョブズ氏は、2003年に膵臓がんと診断さ
れていることです。アップル社の社長兼CEOに就任して、3年
後のことです。膵臓がんと宣告されれば、手術できないケースが
多く、手術に成功したとしても、5年生存率は20〜40%とい
われています。
 ジョブズ氏は自らの死期を悟っていたものと思われます。そし
て、2011年10月5日、CEOに就任して11年後、がんと
診断されて7年後に、スティーブ・ジョブズ氏は亡くなっている
のです。おそらく自分がやらなければいけないことをすべてやっ
て、本当に世界を変えて、亡くなっています。現在のアイフォー
ンやアイパッドの普及を考えると、本当に惜しい人材を亡くした
ものです。
 なお、インテルMacの評価について、日経クロステック誌の
テクニカルライター出雲井亨氏は、次のように評価し、その変更
が正しかっと述べています。
─────────────────────────────
 大きな理由は、その性能だ。インテルマックが採用するインテ
ル・コア・デュオは、パワーPCよりも明確に速い。アップルは
数種類のベンチマークの結果として、インテルCPU搭載のiM
acが従来機種と比べて2〜3倍、ノート型のMacBookに
至っては4〜5倍速い、とアピールする。実際に試した結果は後
述するが、確かにインテルマックは従来機種と比べてはっきり体
感できるほどキビキビと動作する。
 パワーPCの性能向上が限界に達しつつあったことも移行の理
由といえる。2003年6月の開発者向け会議で、ジョブズ氏は
「1年以内に3GHzのモデルが登場する」と約束したが、2年
たっても実現しなかった。また最新CPUのパワーPC・G5は
発熱の問題でノートに搭載できず、マックのノートはハイエンド
モデルでも一世代前のパワーPC・G4を搭載していた。このよ
うな状況の中で、アップルがインテルCPUへの移行を選択した
のは自然なこととも思える。     https://bit.ly/3n7u7cX
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/046]

≪画像および関連情報≫
 ●スティーブ・ジョブズとは何者だったのだろうか?
  ───────────────────────────
   後年のスティーブ・ジョブズは病気を別にすれば幸運にも
  恵まれ、かつ市場やメディアに対する対応の仕方を学習した
  からだろう・・・少なくとも対外的には大人の対応が目立つ
  人物になった。しかしスティーブ・ジョブズはスティーブ・
  ジョブズであり、ことアップルに関して自分のビジョンに反
  する意見や相手には相変わらず辛辣で容赦がなかった。果た
  して、スティーブ・ジョブズとは何者だったのだろうか?
   スティーブ・ジョブズはなぜシリコン・バレーに乱立した
  幾多のベンチャー企業の創業者たちと比較してもこれほどま
  でにカリスマ性を失わずにいられたのだろうか?以下は、そ
  んな私自身が常々疑問に思ってきたことに対するひとつの回
  答でもあり、いたづらに神とか天才といった言葉で祭り上げ
  るのではなく、スティーブ・ジョブズという男の本当の凄さ
  をあらためて認識したいとする試みのひとつだ。
   ところで「トラブルメーカー」・・・。この言葉ほど、ス
  ティーブ・ジョブズという人物を一言で表すのにふさわしい
  言葉はないかも知れない。ともかく他人の意見には耳をかさ
  ない・・・という以前に自分の言動に対して他人からどう思
  われるかなどまったく気にしない人物だった。交渉に出向い
  た会社で会議冒頭に「もっとマシな話はないのか」とテーブ
  ルをひっくり返さんばかりの癇癪を起こしたりもした。
                  https://bit.ly/3JPrXrn
  ───────────────────────────
スティーブ・ジョブズ元アップル社長兼CEO.jpg
スティーブ・ジョブズ元アップル社長兼CEO
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2023年03月23日

●「ARMのビジネスモデルとは何か」(第5931号)

 半導体業界において、プロセッサやSoC分野は、次の2つに
分けられます。なお、ここでいうプロセッサとは、CPUのこと
であると考えていただいた結構です。
─────────────────────────────
  ファブレス ・・ 工場(ファブ)を持たない設計専門の
           半導体メーカー
 ファウンドリ ・・ 半導体デバイスを製造する工場を持つ
           半導体メーカー
─────────────────────────────
 ファウンドリには2つがあります。設計から製造までを一貫し
て手掛けるメーカーと、製造に特化するメーカーです。前者が米
国のインテル、韓国のサムスン電子、後者に該当するのは、台湾
のTSMCです。
 ところで、世界で有名な半導体メーカーといえば、クアルコム
アップル、エヌビディア、AMD、そしてARMが上げられます
が、これらはすべてファブレス、半導体を製造する工場を持って
いないのです。
 もっともAMDは、インテルと同様に設計から製造を手掛けて
きたのですが、2012年に自社の製造部門を「グローバルファ
ウンディーズ/GlobalFoundries」 という別会社に分離し、AM
Dはファブレスになっています。ファブレスになってからのAM
Dは好調で、2019年にはCPU「ライゼン」を開発発売し、
販売台数シェアで、今やインテルを突き放しています。
 忘れてはならないのが、日本の半導体メーカーとして誕生した
新会社「ラピダス」はファブレスかファウンドリかのどちらに属
するかです。ラピダスは、「2ナノプロセス以下の製造技術」を
掲げているので、当然、半導体の設計から製造までを手掛ける、
ファウンドリを目指しています。
 このように考えると、世界の半導体メーカーのほとんどは、設
計専門のファブレスということになります。その設計専門のファ
ブレスのなかにあって、ARMが異彩を放っているのは、なぜで
しょうか。
 この疑問に答えるのは、かなりテクニカルな説明が必要なので
この時点では、ARMの場合、同じ設計専門といっても、そのレ
ベルが違うということだけを申し上げておきます。つまり、AR
Mは、単なるファブレスではないということです。
 ARMは、自社設計による半導体のテクノロジーを「知的財産
権」として開発し、半導体メーカーにライセンスを付与していま
す。知的所有権は、IPと呼ばれますが、IPは次の意味を持っ
ています。
─────────────────────────────
◎知的財産権/intellectual property rights
 知的財産権(IP)は特許、著作権、商標などによって法律で
保護されている。こうしたことによって、イノベーターはその発
明もしくは創造によって社会的に認識され、かつ金銭的な利益を
得ることができる。
─────────────────────────────
 それでは、ARMのビジネスモデルとは何でしょうか。
 ARMのテクノロジーを利用するには半導体メーカーは、AR
Mに対して、ライセンス料を支払う必要があります。そのうえで
その後のチップの販売数に応じたロイアリティ(印税)を支払わ
なければなりません。
 これを「2度取り」として、批判する向きもあります。しかし
この批判に対して、アーム株式会社代表取締役社長の内海弦氏は
次のように反論としています。
─────────────────────────────
 これ(ロイアリティ)をやってこなかった半導体知財の会社は
ほとんど潰れているんですね。なぜ潰れるかというのは2つ理由
があります。まずはこれまでのお客様とちゃんと信頼関係を築い
ているのにもかかわらず、新興のお客様に「ロイヤリティはいり
ませんよ」と言ってビジネスモデルを崩しますと、大変信頼関係
が崩れるんですね。
 一貫性を持ったビジネスモデルを30年近く続けていますと、
このモデルできちんと成功を共有できる。これは今となっては非
常にわかりやすいモデルで、リカーシブビジネスモデルとか言わ
れてますけれども。30年前は異端中の異端だったことは間違い
ないと思います。
 最近では半導体メーカーさんだけじゃなくて、セットメーカー
さんにも直接ライセンスする形態もございます。日本ですと最近
は理研さん、富士通さんに使われました。スパコン「富岳」と言
います。ポスト京のスパコンですね。これなどにはセットメーカ
ーさんというかたちで、富士通さんと理研さんに対してライセン
スを行っております。
 こういった先端のことをやられる企業さんの場合は、直接ライ
センスを持って設計に手を加えたいというケースがございます。
そういった場合は、ビジネスモデルとしては同じなんですけれど
も、セットメーカーさんからもまずライセンスフィーをいただい
て、そのあとロイヤリティもいただくことを一貫して行っており
ます。               https://bit.ly/3TqgCBn
─────────────────────────────
 半導体の市場規模は40兆円ぐらいですが、それに乗っかるソ
フトウェアの市場規模は60兆円くらいになります。ハードウェ
アとセットの場合は、175兆円ぐらいに膨らみます。そのなか
にあって、ARMは、せいぜい約2000億円の企業であると、
内海社長はいいます。このままではいけないと内海社長は考えて
いるようです。ビジネスモデルを変革する必要がある、と。
 それてにしても、ソフトバンクグループの孫正義会長は、何に
目を付けて、ARMを買収したのでしょうか。その意図について
も考察してみる価値があると思います。
           ──[メタバースと日本経済/047]

≪画像および関連情報≫
 ●半導体の特需は一巡、在庫調整は2023年後半まで続く
  見込み(世界)/日本貿易振興機構ジェトロレポート
  ───────────────────────────
   インフレの高進や、中国の新型コロナウイルス対策のゼロ
  コロナ政策に伴う経済活動制限、ロシアによるウクライナ侵
  攻の長期化などに伴う世界的な需要の低迷は、2021〜2
  022年に過去最高額を更新する勢いで成長を遂げた半導体
  市場にも、マイナスの影響を及ぼしている。とりわけ、デー
  タの記憶保持の役割を担う半導体回路装置、すなわち、メモ
  リー半導体に対する世界的な需要の減速は、同分野の主要メ
  ーカーに対し、業績見通しの下方修正や投資計画の見直しを
  迫る。半面、電気自動車(EV)をはじめとする車載向けや
  データセンター向けに利用されるパワー半導体などの分野で
  は旺盛な需要が継続しており、市場の二極化が進んでいる。
   他方、最大の需要国の中国の経済失速や、2022年10
  月以降の米国による半導体の対中輸出管理規制の強化に伴い
  中国との取引に関わる半導体のサプライチェーンの再編を模
  索する動きも徐々に進展することが見込まれる。グローバル
  市場向けの半導体供給のハブである韓国、台湾の業界団体や
  有識者の見方を中心に、半導体市況の変化と今後の市場の展
  望を概観する。
   WSTS(世界半導体市場統計)が2022年11月末に
  発表した2022年秋季半導体市場予測によると、同年の世
  界の半導体市場は前年比4・4%増と、前年の伸び(26・
  2%増)から大幅に減速した。2023年については4・1
  %減と、4年ぶりのマイナス成長を見込んでいる。
                  https://bit.ly/3Jxtj8K
  ───────────────────────────
ARMのビジネスモデル.jpg
ARMのビジネスモデル
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2023年03月24日

●「ARM買収などをめぐる3つの謎」(第5932号)

 ARMに対して、ソフトバンクグループの孫会長の対応には、
3つの謎があります。
─────────────────────────────
   @ソフトバンクの孫会長はなぜARMを買収したのか
   AARMはなぜソフトバンクの買収を受け入れたのか
   BARMをなぜエヌビディアに売却しようとしたのか
─────────────────────────────
 まず、@について考察します。
 ソフトバンクグループ(SBG)がARMの買収を発表したの
は2016年9月のことです。そのとき、多くの人が考えたこと
は次の疑問です。
─────────────────────────────
 携帯通信事業のソフトバンクが、なぜ半導体の設計会社を買収
するのか。一体SBGは何を考えているのか。
─────────────────────────────
 しかも、買収金額が高額過ぎるのです。SBGのこれまでの買
収金額と比べても倍近いからです。
─────────────────────────────
  @ボーダフォン日本法人買収 ・・ 1兆7820億円
  A米スプリントの買収 ・・・・・ 1兆8000億円
  BARMの買収 ・・・・・・・・ 3兆3000億円
─────────────────────────────
 これについて、SBGの孫会長は、買収の目的を囲碁に例えて
次のように述べています。
─────────────────────────────
 囲碁は碁石のすぐ隣に打つのは素人のやり方。遠く離れたとこ
ろに打ち、それが50手目、100手目になると力を発揮する。
3年、5年、10年が経過すれば、ソフトバンクグループにAR
Mがいる意味が分かる。ソフトバンクグループの中核中の中核に
なる企業がARMである。      https://bit.ly/2lYeRje
─────────────────────────────
 考えられることがひとつあります。携帯通信事業には、いわゆ
る「土管化」のリスクがあります。携帯通信会社は、その事業に
専念すると、スマホにもアプリにも影響を与えることができず、
ただ通信データを流すだけの土管屋になってしまうリスクがある
ことです。何の付加価値も得られず、通話料や通信料の値下げで
しか、競争に勝つ手段がなく、利益率を押し下げてしまいます。
 孫会長が目をつけたのは、あそらくIоT市場であると思われ
ます。IоTは「モノインターネット」といわれますが、それら
のモノにARMの半導体が入り、インターネットに繋がります。
今後そのモノが激増することから、IоT市場は今後17%の高
い成長が見込まれています。
 もうひとつSBGがARMを買収する大きなメリットがありま
す。半導体の設計をする企業を買収すると、メーカーが今後どの
ようなテクノロジーを必要としているかについて、情報が得られ
ることです。そうすると、そこで得られた機密性の高い情報に基
づいて、SBGは先手を打った事業開発や投資を行うことができ
ることになります。つまり、ARMを買収することによって、携
帯通信のバリューチェーンにおいて川下にいたSBGは、川上に
立つことができるわけです。
 続いて、Aについて考えます。
 既に述べているように、ARMという企業は、資本効率が非常
に高い企業です。粗利益は約95%、営業利益は42%、きわめ
て高い指標を示しています。しかも、ARMの収入源は、ライセ
ンス料とロイアリティが中心です。しかも、このようにして得ら
れるIP(知的財産権)は25年以上有効というのですから、安
定そのものです。
 SBGがARMを買収する前年の2015年でいうと、ARM
が設計した集積回路は148億個、さらにARMチップを搭載し
たスマホが14億個も売れて売れています。モバイル端末での市
場シェアは実に82%、これによってARMには莫大なロイヤリ
ティが入ってきます。
 しかし、業績が好調であればあるほど、株主は「小さくしか儲
けていないんじゃないか」という批判が出てくるものです。それ
が内海弦社長がいう「ARMは2000億円企業です」によくあ
らわれています。
 しかし、ARMとしては、サーバー製品のようにインテルに独
占を許している分野がたくさんあり、その競合に勝利するには、
多くの資金が必要であることがよくわかっています。その点、S
BGの孫正義会長は、早くからARMを高く評価しており、英国
の首相や財務大臣にも会っており、英国政府からも信頼されてい
ます。ARMの経営陣としては、ARMの将来の発展を考えるの
であれば、ソフトバンクの買収に応ずるのは、マイナスではない
と考えても不思議はないとて、SBGの買収に応諾したのではな
いかと考えられます。
 この点について、現在、スペイン在住のITコンサルタント・
佐藤隆之氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 このように競争が激化する半導体設計の中で、ARMの技術力
は突出しており、競合のインテルやAMDですらARMの力を借
りる、つまりライセンス契約を締結するほどです。ほとんどの半
導体市場で高いシェアを有するARMですが、唯一、サーバー製
品だけはインテルの独占を許しています。現在の株価に42・9
%のプレミアムの付いたソフトバンクによる買収により、ARM
は巨額の資金を調達できるので、強みを持つモバイルや組み込み
機器へはもちろん、サーバー製品への投資も拡大させると見られ
ています。  ──スペイン在住・コンサルタント/佐藤隆之氏
─────────────────────────────
 Bについては、来週のEJで述べることにします。
           ──[メタバースと日本経済/048]

≪画像および関連情報≫
 ●ソフトバンク孫社長はARM買収で「シンギュラリティ」
  を先取りしようとしている
  ───────────────────────────
   ソフトバンクグループによるARM買収という発表を受け
  た業界の反応は、総じてネガティブなものだった。「なぜソ
  フトバンクが半導体会社を買うのか」「既存の事業とのシナ
  ジーが期待できない」といったところだ。
   さらに世間を驚愕させたのが、約3兆3000億円という
  あまりにも巨額な買収金額である。過去に、ソフトバンクが
  行ってきたボーダフォン日本法人買収の1兆7820億円、
  米スプリント買収の約1兆8000億円と比べても2倍に近
  い金額なのだから、にわかには、理解できないのも無理はな
  い。実際、翌7月19日の株式市場はソフトバンク株が急落
  した。
   なぜ、孫正義社長は、このような大胆な買収に踏み切った
  のだろうか。もちろん単なる勢いでこんなことをやれるはず
  がない。すべての始まりは、いまから約40年前の孫社長が
  まだ19歳だったときのこと。カリフォルニア大学バークレ
  ー校の学生だった孫社長の目にとまったのは、読みかけのサ
  イエンス雑誌に掲載されていた1枚の摩訶不思議な写真。そ
  れがマイクロプロセッサーの拡大写真であることを、そのと
  き初めて知ったのである。「大きなコンピュータが、指先に
  乗っかるサイズになった。ついに人類は、自らの知性を超え
  るものを自らの手で作り出してしまったという思いに手足が
  ジーンとしびれ、涙が止まらなかった。そのときの感動と興
  奮を、これまでの40年間にわたって潜在意識に中にずっと
  封印していた」まさにその封印を解いたのが、ARMとの出
  会いだったわけだ。       https://bit.ly/3LAJt47
  ───────────────────────────
ARM買収について語る孫正義会長.jpg
ARM買収について語る孫正義会長
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2023年03月27日

●「SBGのARM売却が不成立の理由」(第5933号)

 ARMに対するソフトバンクグループの孫会長の対応を再現し
ます。@とAについては、既に述べていますので、今日は、Bに
ついて述べることにします。
─────────────────────────────
   @ソフトバンクの孫会長はなぜARMを買収したのか
   AARMはなぜソフトバンクの買収を受け入れたのか
 → BARMをなぜエヌビディアに売却しようとしたのか
─────────────────────────────
 2020年9月13日のことです。同日の日本経済新聞に次の
記事が掲載されたのです。
─────────────────────────────
 ソフトバンクグループ(SBG)が傘下の英半導体設計アーム
を米半導体大手エヌビディアに売却する方向で最終調整に入った
ことが13日、明らかになった。2社はSBGがエヌビディア株
を取得するなど、売却に株式交換を組み合わせる方向で調整して
いる。売却額は4兆円規模となる見通しだ。
         ──2020年9月13日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 EJは、技術の専門マガジンではないので、エヌビディアにつ
いて説明する必要があります。エヌビディア(NVIDIA)と
は、コンピュータの画像処理を行うための半導体、GPU(グラ
フィックス・プロセッシング・ユニット)の世界有数の米国のメ
ーカーです。ゲーム分野やAIの機械学習などに用いられること
が多く、1993年に創業し、1999年に米NASDAQ市場
に上場しています。AIのためには、なくてはならない企業の一
つです。
 なんと孫会長は、彼の類稀なる先見の明によって獲得したAR
Mを売却するというのです。売却額は最大400億ドル、日本円
にして4・2兆円になります。ARMは3・3兆円で買収してい
るので、損はしませんが、孫会長が投資目的のために、ARMを
買ったとは思えないのです。
 最大の理由は、SBGの手元資金確保のためと考えられます。
おそらく背に腹は代えられないという思いではないでしょうか。
SBGは投資会社としての側面を強めてきており、「ソフトバン
ク・ビジョン・ファンド」を設立して、多くのAI関連企業に投
資をして事業拡大を進めてきたところだったのです。なかでもA
RMは、近い将来価値が出るとして、SBGが大事に育ててきた
企業です。
 しかし、コロナ禍で、投資先企業の株価下落などによって業績
が急速に悪化し、資金不足に陥ったのです。その防衛策として、
Tモバイルの米国法人や、アリババ、ソフトバンクなど、同社が
持つ株式の一部を売却するなどして、現金の確保を積極化してき
たのです。そこに、エヌビディアが有力な買い手として、登場し
たというわけです。
 米国へのARMの上場か、それとも売却か──どちらも大きな
カベがありますが、上場より多く利益が出せる可能性の高い買い
取り手が現れたことによって、SBGの孫会長の心が大きく動い
たものと思われます。
 しかし、ARMのエヌビディアへの売却は実現しなかったので
す。本契約をめぐり、米連邦取引委員会(FTC)は2021年
12月に半導体市場の競争を阻害するとして、買収差し止めを求
めてエヌビディアを提訴したからです。英国やEU各国の政府な
ども反対姿勢を見せたといいます。
 米連邦取引委員会は、SBGの孫会長を警戒しているのです。
孫会長は、独占禁止法によって、この買収を差し止めるのは無理
があるとして次のように批判しています。
─────────────────────────────
 通常、同じ業界の2社が合併する場合は独占禁止法の問題で止
められるが、エヌビディアとARMは、エンジンとタイヤぐらい
違う物を作っている。そんな2社の合併を独占禁止法で阻止する
のは、同法が始まって以来初めてのケースである。なぜそれほど
までに止めなければならなかったのか。非常に驚いた。
 IT企業や各国政府が、そこまで止めなければならないという
くらいに、ARMは欠かすことのできない最重要企業の一つであ
るということである。         ──SBG孫正義会長
                  https://bit.ly/3JIhZqA
─────────────────────────────
 FTCや英国やEU各国の政府は、孫会長の本音を見抜いて、
売却を差し止めたのではないかと思われます。その本音とは「A
RMをエヌビディアに合併させ、そのうえで、エヌビディアの筆
頭株主になる」というものです。つまり、ARMのエヌビディア
の子会社化で、半導体業界最強の会社を作り、SBGがそこの筆
頭株主になるというものです。
 それでは、孫会長はどうしようとしているのでしょうか。
 それは「プランA」に戻ることです。プランAとは、ARMを
米NASDAQへ上場させることです。ARMの技術はこれまで
IоT機器やスマートフォンのSoCなど、省電力性が求められ
る機器に採用されてきていますが、処理能力の向上で、クラウド
サーバやEV、メタバースなど、さまざまな分野での活用が見込
めるようになっているからです。そういうわけで、孫会長は、半
導体業界史上最大の上場を目指すとしています。
 この売却不成立によって、買収時にエヌビディアが先払いした
12・5億ドル(約1448億円)は、大型買収の手付金のよう
な性質があるため、エヌビディアに返却されず、SBGの利益に
なるといいます。SBGにとって大儲けのように思えますが、エ
ヌビディアは、ARMから20年間のライセンス利用権を取得し
ているので、損はしていないのです。エヌビディアほどの規模で
あれば、20年のライセンス料としての12・5億ドルは、「か
なり格安」といえるからです。
           ──[メタバースと日本経済/049]

≪画像および関連情報≫
 ●ARM再上場を準備するソフトバンクG、孫氏復活は
  「もうしばらく時間を」--赤字は継続
  ───────────────────────────
   ソフトバンクグループは2月7日、2023年3月期第3
  四半期決算を発表。売上高は前年同期比6・4%増の4兆8
  758億円、税引前損益は2900億円、純損益は9125
  億円と、今期も赤字決算となった。
   中国アリババの株式を一部手放すなど、アリババ関連の取
  引で3兆6996億円の利益を得た一方、AI関連を中心と
  した投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」で
  の投資損失が5兆68億円と大きく響いたことが赤字の主な
  要因となっている。
   その背景には世界情勢不安などによる株式市場の不安定さ
  があり、同社もこの四半期、ソフトバンク・ビジョン・ファ
  ンドで新たに投資した企業は2社のみとのこと。攻めから守
  りへと戦略を大きく転換したことから、今回の決算からは代
  表取締役会長兼社長執行役員の孫正義氏が登壇せず、代わり
  に取締役・専務執行役員・CFO兼CISOの後藤芳光氏が
  単独で説明する形が取られている。
   その後藤氏も、株式市場の不安定な時期がまだまだ継続し
  ており「とても楽観視できる状況にない」と話す。それに加
  えて為替の大幅な変動や金利の上昇などもあって市場全体の
  不安定要素が増していることから、後藤氏はソフトバンクグ
  ループの財務健全性に重点を置いた説明を実施している。
                  https://bit.ly/42CSYFZ
  ───────────────────────────
ARMをNVIDIAに売却へ.jpg
ARMをNVIDIAに売却へ
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2023年03月28日

「PCプロセッサのARM化が進行中」( 第5934号)

 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本が3大
会ぶりに優勝!!これは快挙です。専門家の試算によると、その
経済効果は、およそ600億円に上るといわれます。これまで低
迷を続けてきている日本経済の浮上に一役買うことは確かである
といえます。
 ここまで、国産半導体メーカーの新会社「ラピダス」の誕生に
とってその投資陣にARMを傘下に擁するSBGが加わっている
ことの意義について、ARMについて詳しく述べてきています。
たびたび取り上げているARMホールディングの日本法人、アー
ム株式会社の代表取締役社長の内海弦氏は、ARM買収による日
本経済への貢献について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 海外企業の日本法人ではあるものの、アームとして日本の経済
に貢献したいという気持ちは強い。買収前は、英国本社や株主の
意向が重視されており、そういった気持ちを実業につなげるのは
難しいことも多かった。しかし現在は、株主であるソフトバンク
が日本にいるわけで、以前よりも格段に風通しが良くなった。
 日本は技術のタネができる国であり、自動車、ハイテク、FA
医療機器などの分野では技術のトレンドセッターだ。その技術の
タネを使って日本の経済に貢献する活動を強い意志を持ってやれ
る環境が整ったと感じている。  ──アーム株式会社内海社長
                  https://bit.ly/40yEgOy
─────────────────────────────
 ARMについては、まだ述べることがたくさんあります。AR
Mは、コンピュータ・プロセッサとしては、インテルやAMDな
どのCISCアーキテクチャのファミリーと違い、RISCアー
キテクチャのファミリーに属しています。
 プロセッサー・アーキテクチャとしてのRISCは、現在、世
界で最も普及しており、各種センサーからウェアラブル端末、ス
マートフォン、スーパーコンピュータに至るまで、毎年数十億個
ものARMベース・デバイスが出荷されており、過去30年間に
パートナーが出荷したARMベースのチップは2500億個を超
えています。
 2022年10月13日未明のことです。マイクロソフトは、
次のオンライン・イベントを行い、自社ブランドPC「サーフェ
ス」シリーズ3種類の新製品群を発表しています。
─────────────────────────────
     ◎「Microsoft Fall 2022 Event」
      @「サーフェス・ラップトップ5」
      A「サーフェス・スタジオ2+」
      B「サーフェス・プロ9」
─────────────────────────────
 注目なのは「サーフェス・プロ9」です。これには2機種あっ
て、次のようにそれぞれプロセッサーが異なるのです。
─────────────────────────────
 @インテルの「第12世代コアiシリーズ」プロセッサーを
  搭載した仕様/インテル版/価格16万2580円
 Aクァルコムと協業で開発したARM系プロセッサー「SQ
  3」を搭載した仕様/SQR版/価格21万6480円
─────────────────────────────
 注目はAです。この機種は正確には「サーフェス・プロ9ウィ
ズ5G」といい、5Gでの通信機能を標準搭載するモデルであっ
て、「SQ3」というARM系プロセッサーを搭載しています。
遂にPCのプロセッサーにもARMが登場してきています。
 2つの機種とも、ボディサイズ・重量にほとんど違いはなく、
ディスプレイなど基本的なスペックは同じですが、「バッテリー
駆動時間」が違います。インテル版が「一般的な処理で15・5
時間」とされているのに対して、SQ3版は「19時間」となっ
ており、ARM系プロセッサーの特徴を表しています。なお、S
Q3版で動作するのは、ARM版ウインドウズ11ということに
なります。「サーフェス・プロ9」について、ITジャーナリス
トの西田宗千佳氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 マイクロソフトは、SQ3を使った「サーフェス・プロ9ウィ
ズ5G」を、主に企業向けと位置付けている(公式サイトからの
注文では個人でも購入は可能)。個人ユーザー向けに出荷するの
は、あくまでインテル製プロセッサーを使った「サーフェス・プ
ロ9」となる。これは、エミュレーションによる分かりにくさに
関するリスクなどを避けた結果かとも思う。
 マイクロソフトのこの対応は、2020年にアップルが一気に
「M1」でARM系チップに舵を切ったのとは、対照的とも言え
る。アップルも、当初はエミュレーションを売りにしてアプリの
互換性を担保していたからだ。また、5G接続は企業ニーズが中
心、ということも影響しているだろう。だから、インテルのシェ
アが一気に下がる・・・ということは考えづらい。
                  https://bit.ly/3nnqMqz
─────────────────────────────
 ここで「コンピュータ・プロセッサ」といわれ、単に「プロセ
ッサ」と呼ばれることのあるこの技術用語が非常にわかりずらく
なっています。おおまかには「プロセッサ=CPU」と考えて大
きな間違いはありませんが、ARMの拡大によって「SoC」も
プロセッサと呼ばれることもあるからです。PCの世界にもAR
Mプロセッサが進出しつつある現在、CPUとSoCの違いにつ
いて、再度頭の整理をしておく必要があります。
 スマホではSoCは当たり前ですが、ノートPC向けSoCも
あるのです。ノートPCにSoCが搭載されると、何が変わるの
でしょうか。ノートPCを購入するときの前提知識になる可能性
があります。いずれにしても、プロセッサは、インテルとAMD
の時代ではなくなってきているといえます。
           ──[メタバースと日本経済/050]

≪画像および関連情報≫
 ●巻き返しの準備を進める「Intel」/約束を果たせなかった
  「Apple」――プロセッサで振り返る2022年
  ───────────────────────────
   2022年の大みそか――アップルはこの日までに“全て
  の”Macをアップルシリコン化、すなわち自社設計SoC
  への移行を完了するはずだった。しかし現実を見てみると、
  「Macミニ」の一部モデルと「Macプロ」の全モデルに
  は、“いまだに”インテル製CPUのままである。その理由
  は定かではないが、アップルが珍しく自信を持ってアナウン
  スしていた計画を達成できなかった例となってしまった。
   一方でインテルはパフォーマンスコア(Pコア)と高効率
  コア(Eコア)のハイブリッド構造を本格採用した「第12
  世代コアプロセッサ(開発コード名:Alder Lake)」が好評
  を持って迎えられ、一時期の“停滞”を脱してかつてのいき
  おいを取り戻しつつある。
   2022年を締めるに当たり、主にアップルとインテルと
  の2社を、SoC(CPU)視点で振り返ってみよう。
   ここ数年、アップルは自社設計のSoCをうまく活用し、
  さまざまな驚きを演出してきた。
   あまりに多くの人が手にしているため軽視されがちだが、
  アイフォーン13/13プロシリーズが搭載した「A15バ
  イオニックチップ」は、電力効率とピークパフォーマンスの
  バランスに優れた“名作”ともいえるSoCだった。
                  https://bit.ly/42Sg7o6
  ───────────────────────────
「サーフェス・プロ9」.jpg
「サーフェス・プロ9」
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2023年03月29日

●「ARM・PC/使い勝手が変化する」(第5935号)

 SoC(System on Chip)といえば、スマホ用CPUのことで
したが、今や「PC用のSoC」というものが続々と登場してい
ます。そこで、米クァルコム(Qualcomm)のSoC「スナップド
ラゴン/Snapdragon」を使ったノートPCをもう1台ご紹介する
ことにします。クァルコムは、カリフォルニア州に本社を置く米
国のモバイル通信技術関連の大手企業です。
 現在のノートPCに求められる機能としては、次の4つが上げ
られます。
─────────────────────────────
      @パワフルな性能
      A長時間のバッテリー駆動
      B5G回線による常時ネットへの接続
      Cテレワークでの使いやすさ
─────────────────────────────
 このノートPCの条件にすべて合格するノートPCが、ヒュー
レッド・パッカード(HP)製の次のノートPCです。
─────────────────────────────
      ARM系CPUでもウインドウズが動く
   ヒューレッドパッカード/エリート・フォリオ
                 HP Elite Folio
─────────────────────────────
 「エリート・フォリオ」はどのようなPCであるのか、その主
要機能を以下に示すことにします。
─────────────────────────────
   CPU:クァルコム/スナップドラゴン/8cx Gen2(3GHz)
 コア数など:8コア/8スレッド
   メモリ:LPDDR4X/8GB(16GB)
 ストレージ:NVMeSSD(256GB/512GB)
    OS:ARM版ウインドウズ10プロ
    無線:WiFi6、ブルーツゥース
    重量:1・3Kg
    価格:18万4580〜19万7780円
─────────────────────────────
 CPUの欄に「スナップドラゴン」とあります。CPUとあり
ますが、正確にはPCの各種機能が集約化されたSoCです。こ
れはスマホでは定番のARM系のCPUですが、“8cx Gen 2”
はPC用に設計された高性能モデルです。8コア8スレッド(C
PUが8個付いたモデル)で、動作クロックは最大3GHzであ
りながら、きわめて低い消費電力でそれを実現しています。
 添付ファイルに、このエリート・フォリオで、マイクロソフト
オフィスがどのように動くか、インテルのコアi5−7200搭
載ノートPCと比較したベンチマークテストの結果のグラフを付
けています。青がヒューレッド・パッカード、赤がインテルを表
しています。アウトルック以外は、ヒューレッド・パッカードが
上回っているように見えます。
 しかし、インテルのコアi5は、インテルのCPUとしては低
いレベルであると思うので、むしろARM系のCPUでも、イン
テルのコアi5レべルまで来たというぐらいに捉えるべきである
と思います。
 この日本HPエリート・フォリオを試用した芹澤正芳氏は、そ
の使用体験について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 スマホ感覚の実現でもう1つ欠かせないのが長大なバッテリ駆
動時間だ。公称で約21・1時間を実現しており、これならば、
カフェや移動中の社内などでPCを使っても日中の充電は不要と
言える。駆動時間を気にすることなく仕事ができるし、充電器を
持ち運ぶ必要もない。寝るときに充電すれば十分というのはまさ
にスマホと同じだ。(中略)
 また、テレワークでの利用を想定してパワーポイントでスライ
ド作成15分、ワードで文章作成15分、Zoomでウェブ会議
15分、ウェブブラウザ(Edge)でサイト巡回を15分の合計1時
間の利用でバッテリの消費は7%だった。単純計算ではあるが、
この使い方なら約14時間30分はバッテリが持つことになる。
実に心強い。
 ARM版ウインドウズ10ということで動作アプリの問題が一
番気になるところだろうが、32ビット(x86)版アプリが動
き、ARMネイティブアプリも増えつつあるので現状仕事で困る
ことはあまりない。
 何よりファンレスで十分なパフォーマンスがあり、バッテリの
残量を気にせず1日使えるのは何より心強い。カフェで仕事する
際にコンセントが使えるか調べる必要もないし、会議や打ち合わ
せでもバッテリが保つか心配することもなくなるので、ACアダ
プタを持ち歩く必要もない。
 まだまだ数は少ないが、圧倒的な低消費電力を持つARM系C
PU搭載ノートPCは、新たなビジネススタイルを生み出す可能
性を十分持っていると、今回HPエリート・フォリオを試用する
ことで実感できた。        https://bit.ly/3nn0UuW
─────────────────────────────
 HPのエリート・フォリオについて、大事なことを一つ忘れる
ところでした。このノートPCには、CPUを冷やすファンが付
いていないことです。そのため、バッテリーの持ちがよくなって
います。それがARMのCPUの最大の特色です。
 ARMのプロセッサがスマホから発展して、ノートPCまで進
出し、ノートPCの使い勝手が変わろうとしています。13・5
型のディスプレイは、タッチ仕様に加えて、専用ペンの利用も可
能になっています。ペンでちょっとしたことをメモしたり、スマ
ホ感覚でタッチパットも使えます。
 実は、ARMプロセッサの進撃は、インテルとAMDが支配す
るサーバー分野にも進出を行おうとしています。明日のEJで取
り上げます。     ──[メタバースと日本経済/051]

≪画像および関連情報≫
 ●中国半導体業界 脱海外発の動き──RISC−V
  ───────────────────────────
   2020年9月、「ソフトバンクがアームをエヌビディア
  に売却」と大きく報道された。アームもエヌビディアも、一
  般の人々が直接触れることの少ない半導体に関係するIT企
  業だが、ソフトバンクは243億ポンド(約3・3兆円)で
  買収し、400億ドル(約4・2兆円)で売却する、という
  額が桁外れで話題となった。
   日本で時価総額4兆円の企業はセブン&アイ、みずほグル
  ープ、三井物産あたりになる。そのアーム社はコンピュータ
  の基本設計といわれるアーキテクチャー(設計構造)を開発す
  る会社。アーキテクチャーはいわば構造で、組立て方、接続
  方法、指令方法などの規格体系。ICの設計は、決まった受
  け皿の上に設計者が必要な機能を載せていくイメージ。
   同社は、主に半導体企業にライセンス供与して収入を得る
  英国起源の会社である。といってもやはり、なんだそれは、
  と普通思うだろう。例えば、スマートフォンの中核で司令塔
  に当たるプロセッサーは、アイフォーンもアンドロイドもほ
  とんどがアームのアーキテクチャーを採用している。主な理
  由は、アームの特徴である低電力消費にある。スマートフォ
  ン最大の弱点で、いつまでたっても抜本的に解決されない課
  題は電池。現在主流のリチウムイオン電池を搭載した例えば
  アイフォーンも、ほぼ毎日充電しないといけない。そのため
  とにかく消費電力が低いことが求められる。
                  https://bit.ly/3FUrGBe
  ───────────────────────────
エリート・フォリオのベンチマーク.jpg
エリート・フォリオのベンチマーク
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2023年03月30日

●「ARMプロセッサHPC分野進出」(第5936号)

 ARMプロセッサが、スマホやIоTデバイス、ラズベリー・
パイや組み込み機器などの比較的小型電子機器などに幅広く使わ
れているだけでなく、いわゆる「ウインテル」がこれまで支配し
ていたPCの分野や、スーパーコンピュータなどへも進出してい
ることは、ここまでの記述でわかると思います。
 なぜ、そこまで普及したのかというと、ARMのプロセッサは
その性能に対して消費電力少ないことと、発熱が少ないことがメ
リットとして上げられるからです。この消費電力が少ないことと
発熱の少ないことが、コンピュータをはじめとするあらゆる電子
機器において、現在、最も重要になっているのです。
 そしていまARMがターゲットにしているのが、サーバー分野
への進出であり、それは既に始まっています。ARMのサーバー
分野への進出について、ARM日本法人の内海弦社長は、201
9年12月の講演で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 一番最近ですと、サーバーやクラウドでも利用が始まっていま
す。サーバーやクラウドは、ほかのプロセッサで言う“パフォー
マンス重視”の場合の一番の牙城だったわけです。そこでも、だ
んだん電力消費が問題になってきたんですね。
 なぜかと言うと、サーバーのデータセンターを運営する場合に
エアコンの電気代もほぼ同じくらい電気を食っていることが、み
なさんもうおわかりになってきたんです。そうすると、どうやっ
て下げるかと言うと、一番電気を食っているプロセッサとストレ
ージの部分の電力を下げないといけない。電力の先鋒となるプロ
セッサに、電力効率がいいものが求められてきているというのが
現状でございます。         https://bit.ly/3TOvycC
─────────────────────────────
 まだ十分見えていないところが多いですが、ARMのサーバー
向けプロセッサについて、情報を集めてみることにします。AR
Mがサーバー専用プロセッサブランドとなる「ネオバース」を発
表したのは、米国における技術者向けのイベント「ARMテクコ
ン/2018」においてです。「ネオバース/Neoverse」は、サ
ーバー向けに設計されるプロセッサとなり、ARMとしてはこの
「ネオバース」によって、本格的にサーバー向けのプロセッサに
参入したことになります。
 現在、「ネオバース」は、「HPC4分野」といわれる分野に
おいて、着実に採用が拡大しています。「HPC4分野」とは次
の4つの分野です。
─────────────────────────────
      ◎HPC4分野/High Performance Computer
       @クラウドやデータセンター
       A5Gなどの無線通信インフラ
       Bネットワーク/エッジ機器
       Cスーパーコンピュータ
─────────────────────────────
 とくにAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)や、マイクロソ
フトの「アジュール」といったパブリッククラウドへの浸透で、
ARMとしては手応えを得ているといいます。
 ARM英国本社において、インフラストラクチャ事業部門・シ
ニア・バイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーを務めるク
リス・バーギー氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 現在、ARMのなかで、最も勢いのある事業は「車載」、そし
て「インフラ」である。       ──クリス・バーギー氏
─────────────────────────────
 @のクラウドレベルの採用において、アマゾンのAWSや、マ
イクロソフトのアジュールのほか、オラクルの「オラクル・クラ
ウド・インフラストラクチャ」、アリババの「アリババ・クラウ
ド」、テンセントの「テンセント・クラウド」などに採用が拡大
しています。
 Aの5Gなどの無線通信インフラ向けでは、レノボ、デル・テ
クノロジーズ、そして、HPE(ヒューレッド・パッカード・エ
ンタプライズ)が、「ネオバース」ベースのシステムをリリース
しています。
 今後、ARMのサーバー用プロセッサ「ネオバース」がどこま
で拡充するかについて、デル・テクノロジーは、次のような見解
を述べています。
─────────────────────────────
 デルとしては、x86サーバー(インテル系)がすべてARM
サーバーに切り替わるとは思っていません。x86サーバーとA
RMサーバーが共存する「ハイブリッドデータセンター」といっ
たイメージを描いています。
 PCやモバイル、スマートフォンなどの膨大なアクセスをさば
くには、高密度で、低消費電力のウェブサーバーが、多数必要に
なります。ウェブサーバーの上のレイヤでは、大規模なメモリ容
量を必要とするmemcached(メムキャッシュディ)、 データベー
ス、アプリケーションサーバーなどが必要になります。こういっ
たソフトウェアは、現状ではx86をベースとした既存のサーバ
ーが利用されると思います。
 将来的に、64ビットARM上で多くのアプリケーションやシ
ステムが開発され、成熟してくれば、いくつかの機能が、ARM
サーバー上に置かれるようになるでしょう。ただ、現状ではOS
やアプリケーションなどのソフトウェアが開発途上にあるため、
どこまでARMサーバーに置き替わるかわかりません。フロント
のウェブサーバーとして利用するには、現状でもARMサーバー
はメリットがあると思います。    https://bit.ly/42NtndC
─────────────────────────────
 HPC分野の話になると、技術的に難しい言葉がたくさん出て
くるので、内容を正確に把握するのは大変だと思います。
           ──[メタバースと日本経済/052]

≪画像および関連情報≫
 ●ARMは2025年までにデータセンター向けCPUの
  22%を占める
  ───────────────────────────
   台湾の調査会社トレンドフォース(TrendForce)は、クラ
  ウドサービスプロバイダーによるARM対応プロセッサの採
  用が進み、2025年までにデータセンターサーバにおける
  ARMアーキテクチャの普及率が22%に拡大すると予想し
  ている。
   3月下旬に発表されたレポートでは、ARMベースのクラ
  ウドインスタンスの設置台数を増やしているAWSが、AR
  MのCPU設計図が、サーバーに普及する大きなきっかけに
  なっていると指摘し、競合するクラウド事業者が、自社製の
  チップ設計でキャッチアップすることを余儀なくされている
  と述べている。この報告書には、先月NVIDIAがARM
  の買収に失敗し、その後ARMが米株式市場への再参入を計
  画していることが、サーバーの採用にどのような影響を及ぼ
  すかについては言及されていない。
   いずれにせよ、人工知能(AI)や高性能コンピューティ
  ングなどの分野でより大きな需要に直面するクラウドプロバ
  イダーにとって、こうした自社開発のARM互換チッププロ
  ジェクトは、より柔軟な対応を可能にしている。これがデー
  タセンターにおけるARMの採用が今後も続くと、トレンド
  フォースが考える大きな理由の1つだ。「テストが成功すれ
  ば、これらのプロジェクトは2025年に大量導入を開始す
  ると予想される」        https://bit.ly/3npzhBl
  ───────────────────────────
「ネオバースV2」.jpg
「ネオバースV2」
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2023年03月31日

●「日の丸半導体はなぜ敗れたか」(第5937号)

 今回のテーマ「メタバースと日本経済」で、3月7日から半導
体のことを書いています。メタバースが成功するかどうかも、日
本経済が立ち直れるかどうかについても、半導体と無関係ではな
いからです。本日で18回目です。
 「チップ4」という米国主導の枠組みをご存知ですか。
 これは、特定国家──中国のことですが、半導体から中国を排
除しようという意図を持つ考え方です。もっとわかりやすくいう
と、米国主導で、日本、韓国、台湾をまとめ、一種の「半導体同
盟」を作ろうという試みです。
 米バイテン政権がこの枠組みを提案したのは、世界の半導体生
産の8割がアジアに集中しており、それが、米国半導体の弱点に
なっていることに気が付いたからです。半導体生産に関しては、
米国は10%のシェアしか持っていないのです。
─────────────────────────────
      ◎半導体生産の8割はアジア集中
        韓国 ・・・・・・ 24%
        台湾 ・・・・・・ 23%
        中国 ・・・・・・ 15%
        日本 ・・・・・・ 14%
        米国 ・・・・・・ 10%
        欧州 ・・・・・・  5%
       その他 ・・・・・・  9%
                  https://bit.ly/40nNeyt
─────────────────────────────
 半導体生産のシェアで重要なのは、韓国と台湾で47%を生産
していることです。約半分です。とくに台湾は、世界最大のファ
ウンドリのTSMCを中心に米国半導体の多くを作っているとこ
ろです。この状況で、もし、台湾有事で中国が台湾に侵攻し、手
中に収めたら、何が起きるでしょうか。中国側にサプライチェー
ンを握られてしまい、国家の安全保障、軍事防衛を考えると、そ
れは米国の危機そのものといえます。
 かつての日本は半導体生産に圧倒的に強く、1988年には世
界の半導体生産の50%以上を占めていたのです。その日本が今
や中国にも抜かれており、世界第4位に転落しています。一体何
があったのでしょうか。
 これについて、東洋経済・解説部コラムニストである山田雄大
氏は、次のことを指摘しています。
─────────────────────────────
 1940年代後半に、半導体を発明したのはアメリカだ。19
80年代にそのアメリカに日本は半導体の製造で勝った。それは
1970年代に日本が新しい技術を作ったからだ。たとえば、ク
リーンルームという概念を生み出した。アメリカでは製造現場に
靴で入っていたが、日本では清浄な環境で造らないと不良品が出
るとクリーンルームを作った。半導体の基本特許はアメリカ発か
もしれないが、LSI(大規模集積回路)にしたのも日本だ。私
たちの先輩がゼロから切磋琢磨しながらやった。
  もう1つ大事なことがある。マーケットがあったことだ。当
時日本の大手電機は、みんなNTTファミリーで通信機器やコン
ピュータを造っていた。半導体は自社の通信機器やコンピュータ
の部門が大口顧客だった。自社のハードを強くするために強い半
導体がいる。通信機器部門やコンピュータ部門にとって、自社で
半導体部門を持つメリットがあった。各社がよりよいコンピュー
タを作ろうと競い合った。自社の大口顧客に応えるために、半導
体部門も開発に力を注いだ。半導体を利用する顧客が近くにいる
ことでよいものができた。それを外に売れば十分に勝てた。19
80年代から90年代の初頭まではね。
                 https://bit.ly/3M1KWAM
─────────────────────────────
 それほど天下無類であったの日の丸半導体が、なぜ崩壊してし
まったのでしょうか。
 それは、マーケットが通信機器からPC(パソコン)に変わっ
たことが原因です。それも各社独自仕様のPCを作っていたとき
はまだ良かったのですが、1981年からのIBM互換機の時代
になると、半導体は良いものを作るというよりも、同じものをい
かに安く作るかの競争になったのです。
 当時の日本としては、NTT仕様の自社通信機器向けの半導体
は35年の世界で、設計、プロセス、品質管理もその水準でやっ
ており、PC向けについても同じサービスを提供したのですが、
そのとき必要とされたものは、品質よりも安さだったのです。当
時のPCは数年持てばよいと考え方であったといいます。
 もう1つ原因があります。日本は、技術振興のための国家プロ
ジェクトが上手ではないということです。国産コンピュータ製作
国家プロジェクト「TAC」が、個人で製作した富士写真フィル
ムの「FUJIC」に敗れています。その理由について、山田雄
大氏は「半導体部門が決定権を持っていない」として、次のよう
に訴えています。
─────────────────────────────
 半導体部門自体が決定権を持っていないということは、国プロ
が成功しないという問題だけにとどまらなかった。投資などを決
めるのは本社様で、半導体のマーケットをわかっている人間が、
(投資の)賭けに打って出ることはほとんどできなかった。しか
も、半導体が儲かったときは(利益を)全部吸い上げられるし、
損をしたときは(事業を)止めろと言われる。
 欧米では1990年代に半導体事業が総合電機からスピンアウ
トした。日本でそれが起こったのは2000年になってからだ。
そうしてできたのがエルピーダ(メモリ)とルネサス(エレクト
ロニクス)の2社だが、意思決定が10年以上遅かった。
                  https://bit.ly/3ZnELK3
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/053]

≪画像および関連情報≫
 ●日本が半導体戦争に惨敗した真因ーーソフト開発軽視
  が致命傷に
  ───────────────────────────
   1954年、東京通信工業(現ソニー、以下:東通工)で
  テープレコーダーの製造部長を務める岩間和夫氏が、米国ペ
  ンシルベニア州にあるウエスタン・エレクトリック(WE)
  社を訪れた。
   多くの人にとってウエスタン・エレクトリックはまだ聞き
  慣れない名前かもしれないが、傘下にかの有名なベル研究所
  を抱えている。世界のチップ産業の土台をなす「トランジス
  タ」はベル研究所で発明された。1952年、ちょうど米国
  を視察中だった東通工の創業者・井深大氏はトランジスタが
  テープレコーダーの開発に活用できると考え、2万5000
  ドル(当時のレートで約900万円)でトランジスタの特許
  使用契約を結んだ。しかしこの決断は社内から猛反対を受け
  る。トランジスタを発明した米国人でも作れないのに、日本
  人が製造できるはずはないというのだ。井深氏が買い取った
  特許権には、技術の詳細や製造方法は含まれておらず、どう
  作るかも分からないものの図面に大枚をはたいたようなもの
  だった。当時、東通工にあった唯一の資料といえば、同じく
  創業者の盛田昭夫氏が米国から持ち帰った書籍「トランジス
  タ技術」3冊のみだった。途方にくれていたとき、前出の岩
  間氏がトランジスタ研究のため米国に赴くことを申し出る。
  米国ではウエスタン・エレクトリック社の職員が家族のよう
  に喜んで迎えてくれたものの、写真撮影やノートをとること
  は一切許されなかった。    https://bit.ly/42MOaxT
  ───────────────────────────
IC(集積回路).jpg
IC(集積回路)
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2023年04月03日

●「半導体の製造装置中国への輸出規制」(第5938号)

 4月1日(土)の日本経済新聞の1面と3面に半導体関連の重
要記事が掲載されています。
─────────────────────────────
◎半導体「ブロック化」鮮明
 日本が先端半導体の製造装置の輸出規制に踏み出す。中国への
対抗姿勢を強める米国の要請で足並みをそろえる。オランダも同
調する。経済のブロック化が鮮明になり、企業は戦略の見直しを
迫られる。分断のコストが成長の重荷になる懸念も強まる。
          ──2023年4月1日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 このニュースは日本にとって衝撃的です。遂に恐れていたこと
が始まった感があります。ところで、半導体製造装置とは、その
名の示す通り半導体を製造するための装置です。
 半導体の製造工程はきわめて複雑で、たくさんの工程がありま
す。半導体の材料を洗浄する工程、フォトリソグラフィという回
路のパターンを転写する工程、検査をする工程、組み立てる工程
などたくさんの工程があります。
 これを止められると、半導体メーカーは半導体を生産できなく
なります。米国の要請によるもので、事実上中国を対象に、日本
では、外国為替法を改正し、半導体の製造に必要な「洗浄」「成
膜」「露光」「検査」などの各工程において、先端品向け23項
目を今年の7月から規制対象に加えることになります。
 なぜ、これがなぜ日本にとって衝撃的かというと、中国は、半
導体製造装置の重要なお得意様であるからです。規制するという
ことは、それだけ、売れなくなるということであり、売上高の減
少を招くということになるからです。
 当然中国は反発するでしょうし、報復措置も十分あると考えら
れます。早速中国外務省の毛寧副報道局長は、次のような反発の
コメントを出しています。
─────────────────────────────
 世界のサプライチェーン(供給網)の安定を破壊する行為で
 ある。          ──中国外務省毛寧副報道局長
─────────────────────────────
 米国が半導体製造装置の輸出規制にまで、関係国と組んで規制
を行うのは、事態を深刻に認識している証拠です。ところで、世
界の半導体製造装置の市場はどうなっており、日本はどのような
位置を占めているのでしょうか。
 2021年度の半導体装置の世界シェアを以下に示すと、次の
ようになります。
─────────────────────────────
  1位:アプライドマテリアルス ・・・・・ 22・5%
  2位:ASМL ・・・・・・・・・・・・ 20・5%
  3位:東京エレクトロン ・・・・・・・・ 17・0%
  4位:ラムリサーチ ・・・・・・・・・・ 14・2%
  5位:KLA ・・・・・・・・・・・・・  6・7%
  6位:ASМパシフィックテクノロジー ・  3・3%
  7位:SCREENホールディングス ・・  2・7%
  8位:日立製作所(旧日立ハイテク) ・・  2・1%
  9位:キャノン1 ・・・・・・・・・・・  2・7%
 10位:KOKUSAI ・・・・・・・・・  1・5%
                  https://bit.ly/4307Pur
─────────────────────────────
 売上高ベースで評価した場合、トップに位置しているのは、米
国のアプライドマテリアルス、2位のオランダのフィリップスが
出自のASМL、3位は日本の東京エレクトロン、4位は米国の
ラムリサーチです。これら4社は、「半導体製造装置の四天王」
といわれ、この業界に君臨しています。今回はこれら4社が組ん
で輸出規制を行うので、中国への輸出は事実上困難になり、中国
は大きなダメージを受けます。
 ところで、東京エレクトロンはどういう企業でしょうか。
 東京エレクトロンは、売上高海外比率80%超、世界の拠点数
76のわが国を代表する超一流のグローバル企業です。TBSの
出資によって設立され、フラットパネルディスプレイ製造装置に
も強みを持ちます。
 KLAというのは、1975年に設立された米国に本拠を置く
大手半導体製造装置メーカーです。ウエハ検査・計測装置に強み
を持つ企業です。ASМパシフィックテクノロジーは、オランダ
に本拠を置く半導体製造装置メーカーです。成膜工程に強い企業
です。
 7位から10位までは日本企業です。SCREENホールディ
ングスは、ウェハ洗浄に強みをもつ洗浄装置大手です。日立製作
所はプロセス製造装置に強みを持っています。キヤノンは、19
37年に創業された日本を代表する光学・OA機器メーカーで、
カメラ、複写機、プリンターなどの分野で業界首位級です。半導
体露光装置では、オランダのASМL社に差をつけられつつある
ものの、ニコンと並び露光装置大手のメーカーです。
 KOKUSAIは、日立国際電気の半導体事業が2018年6
月に分社して誕生した製造装置メーカーです。半導体回路周辺の
絶縁膜等の成膜装置に強みを持ちます。このように、多くの日本
企業が半導体製造装置にかかわっています。
 この半導体製造装置の輸出規制について、西村康稔経済産業相
は、「最先端品向けに品目を絞っており、影響は限定的である」
と説明しているが、日本企業にとって、かなりの影響を受けるこ
とが必至の情勢です。どうしてこんな楽観的なことがいえるので
しょうか。2022年に10月の中国に対する輸出規制の影響で
10〜12月期の中国向け輸出額は、日本が前年同期比16%減
ですが、米国にいたっては50%減で、アプライドマテリアルス
とASМLの順位が入れ替わっています。それでも止めないとい
けないところに日米輸出規制の難しさがあります。
           ──[メタバースと日本経済/054]

≪画像および関連情報≫
 ●日本政府、半導体製造装置を輸出管理対象に
  米が対中規制要請
  ───────────────────────────
  [東京/31日ロイター]経済産業省は31日、軍事転用の
  防止を目的に、半導体製造装置を輸出管理対象に追加すると
  発表した。中国の台頭を懸念する米国は、製造装置に強い日
  本とオランダに輸出規制の強化を求めていた。日本は,管理
  対象の仕向け地を中国に限らず全地域とし、高性能装置の輸
  出を事前許可制とする。日本メーカー10数社が影響を受け
  る。外為法の省令を改正し、輸出には経産大臣の事前許可が
  必要になる。パブリックコメントの募集を経て5月に公布、
  7月の施行を予定している。対象の仕向け地は全地域だが、
  輸出管理体制の状況などを踏まえ米国など42カ国向けは包
  括許可に、中国を含めその他向けは輸出契約1件ごとの個別
  許可とする。
   東京エレクトロンが手掛けるエッチング装置やニコンが手
  掛ける露光装置など6分類23品目が対象で、回路線幅14
  ナノ前後よりも微細な先端半導体を製造できる高性能装置が
  規制される。経産省によると、10数社が影響を受ける。
   米国は昨年10月、中国が軍事転用する恐れがあるとして
  半導体の輸出規制を強化。先端半導体を作るのに必要な技術
  や製造装置の輸出に広く網をかけた。製造装置メーカー最大
  手の米アプライドマテリアルなどが影響を受ける中、米国は
  有力な製造装置メーカーを抱える日本とオランダにも足並み
  をそろえるよう求めていた。   https://bit.ly/3Gxzzgr
─────────────────────────────
半導体製造装置メーカーの売上高ランキング(四半期ベース).jpg
半導体製造装置メーカーの売上高ランキング(四半期ベース)
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2023年04月24日

●「GFがIBM提訴/ラピダスに影響か」(第5939号)

EJを半月ぶりに復刊します。体力はまだ万全ではないものの
EJを復刊できるレベルに達したと考えています。3日間の新入
社員研修も無事に終了できています。
 今回のテーマにおいて、EJは、3月31日付の5937号ま
でお送りしています。半導体製造装置の規制のことを書いていま
したが、最新のニュースから入ることにします。いずれにしても
半導体に関する話です。
 4月19日のことです。米半導体受託製造大手企業であるグロ
ーバルファウンドリーズ(GF)が、IBMを提訴したのです。
日本の半導体ファンドリとして新設したラピダスはIBMと提携
を結んでおり、ラピダスに影響が及ぶ恐れがあります。これにつ
いて、4月20日の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
【シリコンバレー=渡辺直樹】米半導体受託製造大手のグローバ
ルファウンドリーズ(GF)は19日、知的財産と企業秘密を不
正に利用したとして米IBMを提訴したと発表した。GFは20
15年にIBMの半導体部門を買収したが、IBMが、その後も
提携する日本のラピダスと米インテルに技術を開示したとしてい
る。日本の先端半導体戦略に影響が及ぶ可能性がある。
 米ニューヨーク州の南部地区の連邦裁判所に提訴した。GFは
IBMが部門をすでに売却したにもかかわらず、知的財産と企業
秘密をラピダスなどの提携企業に開示し、「IBMが数億ドルの
ライセンス収入やその他の利益を不当に受け取っている」と主張
している。日本経済新聞はIBMにコメントを求めたが返答がな
かった。同日の決算会見でも訴訟について言及しなかった。ラピ
ダスの広報担当者は「コメントする立場にない」と話し、インテ
ルもこの件についてコメントはないとした。
         ──2023年4月20日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3H51mop
─────────────────────────────
 なぜ、米IBMはGFから提訴されたのでしょうか。
 これについて知るには、日本の半導体企業「ラピダス」がなぜ
誕生したかについて知る必要があります。ラピダスは、2022
年8月に設立されています。それも「ビヨンド・2ナノ」を目指
す本格的なファウンドリです。
 日本に本格的な半導体企業を設立することを一番望んでいたの
は米国政府です。米国としては、米中摩擦の緊張が高まるなかに
あって、地政学的に安全性の高い日本から先端半導体を調達した
かったからです。現在は台湾のTSMCに依存している状況です
が、その依存度がさらに高まるのは、地政学的にも好ましくない
と考えているのです。それに、日本はかつての半導体製造王国で
あり、そのDNAを持っていると米国は考えたのでしょう。
 米国政府と同じ思惑を米IBMも持っていたのです。IBMと
しては、スーパーコンピュータや量子コンピュータの開発に先端
プロセス半導体は欠かせないし、それによってTSMCへの依存
度がさらに高まることは経営戦略上も不安がある──IBMはこ
のように考えたのです。
 一方、米国政府から先端半導体工場設立の要望を受けた日本政
府と国内の半導体関連団体は揺れに揺れていたといいます。なぜ
なら、政府がこれはという企業に打診しても、先端半導体製造を
担おうとする企業が1社も現れなかったからです。それは、技術
的にも資金的にも高い壁があったからです。
 そういうときに、米IBM社から、2ナノ世代プロセスの製造
に必要な「GAA構造」という構造技術を提供するという提案が
きたのです。これを受けて、浮上したのは、既存の企業ではなく
新会社を設立するという考え方です。それは、ラピダスとLST
Cを設立するというアイデアです。LSTCとは、中央研究所機
能を担う半導体研究機関です。STCとは次の省略形です。
─────────────────────────────
  ◎LSTC/技術研究組合最先端半導体技術センター
   Leading-edge Semiconductor Technology Center
─────────────────────────────
 ところで「GAA構造」とは何かです。GAAは「ゲート・オ
ール・アラウンド」(Gate All Around) の省略形で、既存の設
計よりも性能と効率が大幅に向上し、多くの高性能製品の競争力
が変わる可能性があるといわれる半導体の技術です。このGAA
構造を巡って、インテル、サムスン電子、TSMCは、莫大な投
資を行い、技術を競っているのです。GAA構造をやさしく説明
するのは極めて困難なことですが、これは明日のEJ以降で概要
を説明することにします。
 「GAA構造技術を提供する」というIBMからの提案は、新
会社設立を模索していた関係者にとって大きな朗報であり、設立
への決断になったことは確かです。そして、ラピダス設立から4
カ月後の2022年12月、IBMと最先端の回路線幅2ナノメ
ートルの半導体製造で提携しています。そのIBMが、GAAを
含む技術権利の件で、そのGFから訴えられたのです。ラピダス
にとっては大事件です。
 このニュースについて朝日新聞デジタルは、次のように報道し
ています。
─────────────────────────────
◎「ラピダスに秘密を提供」──米半導体受託製造大手がIBM
 を提訴
 GFによると、IBMは、2015年に半導体事業をGFに売
却。GFは、その際、IBMと共同開発した技術の独占的な権利
を譲り受けたにもかかわらず、IBMが提携先のインテルやラピ
ダスに技術を提供し、数億ドルの収入を不正に得ていたと主張し
た。GF側は損害賠償や技術提供の差し止めを求めている。
                 ──朝日新聞デジタルより
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/055]

≪画像および関連情報≫
 ●存在感増すラピダス、2ナノ半導体量産へ打つ布石
  ───────────────────────────
   回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)以下とい
  う世界最先端のロジック半導体の量産を目指すラピダス(東
  京都千代田区、小池淳義社長)が本格的に始動した。3月に
  は北海道千歳市に新工場の建設を決めたほか、ベルギーの世
  界的な次世代技術の研究機関imec(アイメック)と次世
  代半導体の微細加工に必要な極端紫外線(EUV)露光技術
  の開発で連携するなど着々と布石を打っている。
   「新工場は、顧客が望む最終製品に近い形で提供する最初
  のファブ(工場)にしたい。人工知能(AI)を駆使した完
  全自動のファブにするが、後工程でチップを3次元に重ねる
  3Dパッケージング(実装)技術も、融合することを検討す
  る」。4月19日、日刊工業新聞などの取材に応じた小池社
  長は千歳市に建設する新工場について試作ライン段階から、
  ウエハーに回路を形成する前工程だけでなく、ウエハーから
  半導体を切り分けてチップにする後工程も含め、一貫生産を
  する可能性があるとの考えをあらためて示した。こうした半
  導体工場は世界的にも例がない。
   小池社長は、「我々が供給する先端半導体を非常に速いス
  ピードで届けることで、それを使った企業が新たな価値や商
  品を生み出す、そういういい循環を期待している」とした上
  で、「サイクルタイムを極限まで短くするには(複数の半導
  体を一つのチップのように扱う)『チップレット』の技術が
  重要で前工程と後工程が融合しないと成果が刈り取れない」
  と指摘した。          https://bit.ly/3oy3bE4
  ───────────────────────────
ラピダス米IBMと提携.jpg
ラピダス米IBMと提携
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2023年04月25日

●「なぜ、GFはIBMを提訴したのか」(第5940号)

 IBMがGF(グルーバルファンドリーズ)に訴訟を起こされ
ている件ですが、このGFという半導体製造企業について知る人
は少ないようです。なぜなら、「GF」をキーワードとして検索
しても出てこないからです。
 GFは、インテルと並んでウィンテル陣営を支え、このところ
「ライゼン」という名前のCPUが人気のAMD(アドバンスト
・マイクロ・デバイセズ)から、2009年3月、分離・独立し
たファウンドリです。つまり、GFはもともとはAMDの半導体
製造部門だったのです。
 今回GFがIBMを訴えたという訴訟は、IBMの方が先にG
Fを契約不履行であるとして訴えている訴訟と無関係ではないと
いえます。そもそもIBMとGFは、どのような関係にあるので
しょうか。IBMとGFの関係について、ネット上に次の情報が
あります。
─────────────────────────────
 IBMは2014年当時、半導体製造事業から撤退しようとし
ていた。老朽化した製造施設の一部を売りに出したが、一つも売
却先を見つけることができず、最終的にはGFに実質的に15億
米ドルを支払い引き取ってもらった。両社は当時IBMがそれま
で開発に取り組んでいた14nmの製造プロセスをGFが完了さ
せることで合意した(実際にGFはそうした)。GFはIBMに
14nmチップを供給し(これも実際にそうした)、同時に次の
ノードの開発に取り組む計画だった。
 「次のノード」には10nmが想定されていたが、半導体製造
事業での競争状況を踏まえ、GFは10nmを飛び越えてすぐに
7nmに進んだ。GFは、IBMがこの決定にも賛同したと主張
している。
 当時GFは、7nm開発においてTSMCとサムソン電子に大
幅に後れを取っており、2018年には、同プロセスの開発を完
了できない見込みであることを発表した。7nmの開発を完了さ
せていたら、財務面で破滅的な状態に陥っていた可能性があると
同社は主張している。IBMによる契約不履行の訴えの核心は、
GFが7nmチップ製造プロセスの開発に失敗したことである。
                  https://bit.ly/3V1i0LB
─────────────────────────────
 上記のいきさつから判断すると、IBMは自社の半導体部門を
売却するにあたって、GFに15億米ドルを提供し、さらに追加
として10億米ドルを支払っています。これは、半導体部門の売
却というよりも、条件付き資金付きの譲渡のようなものです。そ
れは、GFに対して、生産する最先端の半導体をIBMに優先的
に提供するという約束のためであると思われます。
 GFは、IBMから得た資金を投じて、IBMの製造設備を改
修し、14nmプロセスを開発、続いて7nmプロセスの開発に
着手したのです。なぜ、10nmプロセスではなく、7nmプロ
セスとであるかというと、IBMとは最先端の半導体生産の約束
をしていたからです。
 しかし、競合相手のTSMCやサムソン電子は、既に数百億ド
ルの資金を投入して7nmプロセスに着手しており、GFとして
は大きく遅れていたのです。実際問題として、14nmプロセス
から7nmプロセスへの飛躍は、技術的にきわめて困難であると
判断し、GFは7nmチップの生産を断念し、戦略を転換したの
です。2018年のことです。
 どのように戦略を転換したかというと、1桁台のプロセスノー
ドの生産を断念し、TSMCやサムスン電子では引き受けてもら
えない半導体の生産に切り換えたのです。実は、この需要はたく
さんあって、そのための設備が充実しているGFは売り上げが増
大します。そして、2020年には、IPO(新規株式公開)の
情報もあります。この戦略転換がうまくいって、現在、ファウン
ドリとしては、TSMC、サムソン電子に次いでGFは、世界第
3位になっているのです。
 しかし、IBMはGFの変化を契約違反であるとして、7nm
チップをサムソン電子に委託しています。そして、2020年に
なってGFを契約違反であるとして提訴したのです。その内容は
次のようなものです。
─────────────────────────────
 GFは、高性能半導体チップの開発/供給を含め、IBMに対
する法的義務を果たしていない。この訴訟は、そうした不正と意
図的な契約不履行を隠蔽するためのGFによるさらにもう一つの
試みである。IBMはGFが次世代チップを供給できるよう同社
に15億米ドルを提供したが、GFは最後の支払いを受けてすぐ
にIBMから完全に離れ、自社の発展のためにIBMとの取引で
得た資産を売却した。それによる重大な損害の回復を探る機会を
IBMは歓迎する。         https://bit.ly/3V1i0LB
─────────────────────────────
 2020年といえば、日本が米国政府からの強い要請を受けて
本格的な半導体企業を設立しようと模索していたときです。その
動きをIBMが知らないはずはなく、1桁台の最先端半導体を求
めていたIBMは、日本の関係者に接近し、IBMの技術提供を
提案したのではないかと思われます。つまり、IBMとしては、
GFに期待していたものの、GFが約束を守らなかったので、ラ
ピダスに生産を委託しようと考えたものと思われます。実際に、
IBMとラピダスは、2022年12月に提携を発表し、2ナノ
メートル(ナノは10億分の1)の半導体製造において、協力し
ていくことを約束しています。
 この事実を知ったGFは、IBMが2021年に次世代半導体
技術で協業すると発表したインテルに知的所有権を不法に開示し
悪用したと主張し、「IBMは、潜在的に数億ドルのライセンス
収入やその他の利益を不当に受け取っている」として、IBMを
提訴したものと考えられます。
           ──[メタバースと日本経済/056]

≪画像および関連情報≫
 ●グローバルファウンドリーズがIBM提訴、「ラピダスと
  知財不法共有」
  ───────────────────────────
   [オークランド(米カリフォルニア州)19日ロイター]─
  米半導体受託生産大手グローバルファウンドリーズは19日
  トヨタ自動車やソニーグループなど日本企業8社が出資して
  設立した半導体メーカー、Rapidus(ラピダス)と知
  的所有権および営業秘密を不法に共有したとして、米IBM
  を提訴した。
   IBMとラピダスは2022年12月に提携を発表し、2
  ナノメートル(ナノは10億分の1)の半導体製造で協力し
  ている。グローバルファウンドリーズはまた、IBMが20
  21年に次世代半導体技術で協業すると発表したインテルに
  知的所有権を不法に開示し悪用したと主張。「IBMは、潜
  在的に数億ドルのライセンス収入やその他の利益を不当に受
  け取っている」とした。訴状によると、グローバルファウン
  ドリーズとIBMはニューヨーク州オールバニで数十年にわ
  たり共同で技術を開発。15年にその技術のライセンスと開
  示の独占権がグローバルファウンドリーズに売却された。グ
  ローバルファウンドリーズはIBMに対し、補償的損害賠償
  および懲罰的損害賠償のほか、営業秘密の使用を禁止する差
  し止め命令を求めている。またIBMがグローバルファウン
  ドリーズのエンジニアを採用する動きがラピダスとの提携発
  表から加速しているとし、こうしたリクルート活動の停止を
  命じるよう裁判所に求めた。IBMはロイター宛ての電子メ
  ールで「申し立てには全く根拠がない」と反論した。インテ
  ルはコメントを控えている。ラピダスは「コメントする立場
  にない」としている。      https://bit.ly/3H2I4jt
  ───────────────────────────
4ナノメートルまで微細化された半導体チップ.jpg
4ナノメートルまで微細化された半導体チップ
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2023年04月26日

●「ラピダスとGFのIBM提訴問題」(第5941号)

 4月25日の朝日新聞にラピダスに関する次の記事が掲載され
ています。ラビダスに関する情報が増えてきています。
─────────────────────────────
◎ラピダス追加補助2600億円
 政府方針/次世代半導体新工場に
 大手企業8社が、次世代半導体の国産化をめざす共同出資会社
「Rapidus(ラピダス)」 が北海道に建設する新工場に対し、政
府は新たに2600億円を補助する方針を固めた。次世代半導体
をめぐる国際競争が激しさを増すなか、政府肝いりの事業として
すでに700億円の補助を表明しており、計3300億円に上る
巨額の国費を投じることになる。
           ──2023年4月25日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 何度も繰り返し述べているように、ラビダスは、2022年8
月に設立された日本版の最先端半導体のファウンドリ(製造受託
企業)です。その目標は「ビヨンド2ナノ」です。ナノは10億
分の1を意味します。現在この世界の最先端は2nm(2ナノメ
ートル)ですが、ラピダスは1nm台を狙おうとしています。先
を行くTSMCやサムスン電子を追撃しようというのですから、
その「やる気やすこぶる良し」といえるでしょう。
 ラピダスは、工場建設地に北海道千歳市を選んでいますが、本
気で最先端を目指すのであれば、将来的に3〜4棟の工場は必要
であり、そのためには相当大きな敷地が必要になるからです。つ
まり、今後の拡張性を重視して千歳市を選んでいます。現在、2
つの工場の建設が予定されており、それは「IIM1」と「II
M2」と呼ばれています。
─────────────────────────────
  「IIM(イーム)1」 ・・・ 2nm世代対応工場
  「IIM(イーム)2」 ・・・ 1nm世代対応工場
─────────────────────────────
 ところで、「IIM」とは何でしょうか。
 「IIM」とは、「ファブ(Fab)」 (工場)に代わる半導体
工場の独自の呼び方です。ラピダスの小池淳義社長が口にした言
葉であり、これまでの半導体の常識を打ち破るまったく新しい半
導体の製造を目指しているといいます。なお、IIMは次の英語
の省略形です。
─────────────────────────────
    ◎IIM(イーム)
     Innovative Integration for Manufacturing
─────────────────────────────
 小池社長によると、IIMと呼ぶには、具体的には、次の3つ
のことに力を入れるからであるといいます。
─────────────────────────────
      @サイクルタイムの極限までの短縮
      AAIを活用した製造工程の自由化
      B前工程と後工程の統合の受託生産
     註:前工程=ウェハー工程、後工程:パッケージング
─────────────────────────────
 ラピダスでは、新技術開発のため、どのくらいの人数を集めよ
うとしているのでしょうか。
 既に100人程度の技術者が集まっているといいます。これを
2023年中に200人まで増やす計画で、最終的には300〜
500人の規模になるといいます。どういう人を集めているのか
というと、国内で他企業に移籍した半導体技術者や、海外に移っ
た半導体技術者などで、世界中から毎日のように応募がきている
といわれ、エンジニア集めには苦労していないようです。平均年
齢は50歳程度といわれます。
 ラピダスは、第1陣の技術者を米IBMの開発拠点であるアル
バニー・ナクテク・コンプレックスに派遣しており、開発業務に
当たっているといっています。このことによってわかることは、
ラピダスと米IBMの関係が非常に緊密であるということであり
GFの訴訟は、ラピダスにも大きな影響を与えます。
 アルバニー・ナクテク・コンプレックスとは、ニューヨーク州
アルバニーにあるIBMの先端半導体の研究所のことです。IB
Mは、2015年に半導体の工場と外販の設計チームを別会社に
事業譲渡していますが、先端技術の基礎研究はこの施設で研究開
発を続けているのです。そこでは、IBMの研究員たちが、公共
機関や民間企業のパートナーたちと緊密に、コラボレーションし
ロジック・スケーリングや半導体の能力の限界を超えるために働
いているのです。
 現時点においてのラピダスのIBM依存度は、相当高いと考え
るられます。したがって、もし、GFの訴訟においてIBMの動
きに制限が加えられた場合、人材の確保や半導体の生産自体にも
大きな影響が及びます。これらについて、4月21日の日本経済
新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ラピダスとIBMが量産を目指す2ナノ品はTSMCやサムス
ンも開発を進めている。2ナノ品では素子構造が従来から大きく
変わる。材料や製造手法も変化し、ラピダスのように最先端品参
入を狙う動きがある。GFについても「提訴を通じて、IBMと
(特許を相互利用する)クロスライセンスを結び、最先端品への
参入の足がかりにするのではないか」との見方もくすぶる。
 IBMは「(GFの)申し立ては全く根拠のないものであり、
我々は裁判所が同意すると確信している」とコメントした。ラピ
ダスは「コメントする立場にない」としている。仮にIBMとい
う後ろ盾がなくなった場合、量産化は実現できるのか。先端品の
国産計画はシナリオの複線化も求められている。
         ──2023年4月21日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
           ──[メタバースと日本経済/057]

≪画像および関連情報≫
 ●ラピダスに入り混じる期待と不安
  ───────────────────────────
   近年、様々な面で注目を浴びている半導体業界だが、20
  22年も多くのニュースがあった。そのなかの1つが、次世
  代半導体の量産を目指す新会社Rapidus(株) (ラピダス/
  東京都千代田区)の始動だ。キオクシア(株)、ソニーグル
  ープ(株)、ソフトバンク(株)、(株)デンソー、トヨタ
  自動車(株)、NEC(日本電気(株))、NTT(日本電
  信電話(株))、(株)三菱UFJ銀行といった日本の大手
  企業が出資し、2020年代後半に、2nm世代の最先端ロ
  ジックファンドリーとして量産することを目指すと発表し、
  半導体業界に大きなインパクトを与えた。
   国もバックアップする体制を示しており、NEDO(新エ
  ネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクト「ポスト5
  G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先端半導体製造
  技術の開発」を介して、700億円が、ラピダスに助成され
  る。この助成金を活用してラピダスは、2nm世代のロジッ
  ク半導体技術の開発を行い、国内でTAT(生産の開始から
  終了までにかかる時間)が短いパイロットラインを構築し、
  テストチップによる実証を行う。22年度については、2n
  m世代の要素技術の獲得、EUV露光機の導入着手、短TA
  T生産システムに必要な装置、搬送システム、生産管理シス
  テムの仕様策定、パイロットラインの初期設計を実施する。
                 https://bit.ly/41O0ooQ
  ───────────────────────────
ラピダスが工場建設を決めた工業団地.jpg
ラピダスが工場建設を決めた工業団地
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2023年04月27日

●「GAA構造チップとはどういうものか」(第5942号)

 ラピダスが米IBMから提供を受けるのは「GAA構造」の技
術です。2ナノ世代プロセスの製造に必要な半導体の技術です。
日本の半導体メーカーが量産化できるレベルは40ナノ〜60ナ
ノ程度でしかないのです。IBMでも2ナノ世代プロセスの製造
の技術は持っているものの、量産化技術は持っていないのです。
 トップランナーは、台湾のTSMCと韓国のサムスン電子です
が、この2社も2ナノ世代プロセスのチップは作れるが、量産化
技術はまだ持っていないといわれています。
 このように考えると、ラピダスの目標がいかに高いかわかると
思います。半導体の生産において、よく「微細化」という言葉を
使いますが、微細化とは何でしょうか。なぜ、微細化が必要なの
でしょうか。
 それにはトランジスタの基礎について知る必要があります。ど
こまでやさしく説明できるか自信はありませんが、以下説明を試
みることにします。これから半導体不足問題は、世界レベルで、
さらに深刻になり、話題になることが多くなるので、知っておい
て損はないと考えます。
 半導体にもいろいろありますが、これから説明するのは、「ロ
ジック半導体」の話です。ロジック半導体とは、スマホやPCの
CPUとして使われるもので、電子機器の頭脳の役割を担うもの
です。これまで回路を微細にして、トランジスタ(素子)の数を
増やし計算能力を高めてきています。
 ロジック半導体で使われている「MOSFET」と呼ばれる半
導体があります。「MOSFET」とは次の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
  ◎MOSFET/金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ
   Metal-Oxide-Semiconductor Field Effect Transistor
─────────────────────────────
 添付ファイルの「図A」をご覧ください。これがMOSFET
の一種であるプレーナFETの構造図です。「G(ゲート)」と
呼ばれる部分がありますが、そこに一定以上の電圧を与えるか、
与えないかによって「S(ソース)」と「D(ドレイン)」とい
う部分に電流が流れます。つまり、G(ゲート)は、ON/OF
Fのスイッチの働きをしているのです。これが2進数の0と1に
対応します。
 しかし、チップの微細化によって──これはゲート幅が短くな
ることを意味する──このスイッチの働きが曖昧になります。具
体的には「リーク電流」が起きてしまうのです。つまり、OFF
のときでも電流が流れてしまう現象です。S(ソース)とD(ド
レイン)が水平なので、微細化によって、SとDが近づきすぎる
と、リーク電流が生ずるのです。
 この現象をホースで庭に水をまくさい、ホースを足で踏みつけ
たり、離したりすることに例えることがあります。これではON
/OFFがうまく機能しなくなるのです。
 そもそもなぜ「微細化」が必要なのでしょうか。その理由には
4つあります。
─────────────────────────────
           @ コスト削減
           A 低消費電力
           B動作速度向上
           C  高機能化
─────────────────────────────
 @は「コスト削減」です。
 ここでいうコストとは、トランジスタの製造コストの削減のこ
とです。半導体は、1枚のウェハーという物質の上にトランジス
タを積み上げるのですが、1枚のウェハーに含まれるトランジス
タが増えれば増えるほど、トランジスタ1個当たりの製造コスト
が下がることになります。ちなみにウェハーとは、半導体材料を
薄く円盤状に加工してできた薄い板のことで、半導体基板の材料
として用いられています。
 Aは「低消費電力」であり、Bは「動作速度向上」です。
 微細化とは、トランジスタが小さくなることをいいます。トラ
ンジスタが小さくなるということは、ゲート長が短くなることを
意味しますが、これに成功すると、オン/オフに必要とされる電
子の個数および移動時間が小さくなり、小さな電力かつその素早
い移動によって、低消費電力と高速化が可能になります。
 Cは「高機能化」です。
 これまで複数のチップで実現していた機能を一つのチップ内に
収めることができれば、AとBの理由によって、機能間の通信を
高速化できるし、省電力化も実現できます。
 プレーナFETは、オフのときでも電流が漏れるリーク電流が
問題だったのです。これを防ぐため「FinFET」が考案され
ています。添付ファイルの図Bの真ん中の図形をご覧ください。
リーク電流を防ぐため、チャネルをゲートに食い込ませることで
3面から囲み、リーク電流を抑制しています。「Fin」とは、
英語で魚のヒレを意味し、そのように見えることから「FinF
ET」というのです。
 実は、この「FinFET」は日本が開発した技術です。19
89年に日立製作所が発表しています。しかし、商用生産ができ
るようになったのは20年後の2011年で、その担い手は日本
企業ではなく、インテルだったのです。
 その発展形が図2の一番右の図です。これが「GAA」です。
GAAは「ゲート全方向(Gate All Around)」 と呼ばれ、その
名の通り、ゲートが全方向からチャネルを包み込む構造になって
います。「FinFET」との大きな違いは、チャネルの制御面
を3面から4面に増やしたことです。具体的にいうと、「Fin
FET」のチャネルを90%回転し、縦に積層し、リーク電流を
ほぼ完璧に抑えていることです。いずれにしても、現在ではこの
ように立体構造になっているのです。
           ──[メタバースと日本経済/058]

≪画像および関連情報≫
 ●IBMが「2nm」プロセスのナノシートトランジスタ公開
  ───────────────────────────
   IBMは、米国ニューヨーク州アルバニーにある研究開発
  施設で製造した「世界初」(同社)となる2nmプロセスを
  適用したチップを発表した。同チップは、IBMのナノシー
  ト技術で構築したGAA(Gate-All-Around) トランジスタ
  を搭載している。同社は、「この新しいプロセス技術によっ
  て、2nmチップは、現在生産している最先端の7nmチッ
  プと比べて45%の性能向上と75%の消費電力削減を実現
  できる」と述べている。
   IBMは、7nmと5nmのテストチップのデモンストレ
  ーションも業界で初めて行っている。IBMが発表したテス
  トチップは、約500億個のトランジスタを搭載し、GAA
  トランジスタの一部にナノシート構造を採用している。GA
  Aは、その前身となるFinFETのスケーリングの限界に
  対する解決策として開発された新しいトランジスタアーキテ
  クチャである。         https://bit.ly/3n245s9
  ───────────────────────────
GAA構造とは何か.jpg
GAA構造とは何か
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2023年04月28日

●「失敗は絶対に許されないラピダス」(第5943号)

 ラピダス(Rapidus) とは、ラテン語で「速い」を意味するそ
うです。ところで、ラピダスは果たして成功するのでしょうか。
そういう不安が生ずるのは、これが経済産業省が中心となる国策
プロジェクトだからです。日本は、過去の例を見ても、こういう
国策プロジェクトの運営が上手ではないからです。
 西村康稔経済産業相は、記者会見において、次のように抱負を
語っています。
─────────────────────────────
 次世代半導体はあらゆる分野で大きなイノベーション(技術革
新)をもたらす中核技術だ。米国をはじめとする海外の研究機関
産業界とも連携しながら、わが国の半導体関連産業の基盤の強化
競争力強化につなげていきたい。   ──西村康稔経済産業相
─────────────────────────────
 しかし、景気の良いことばかりはいってはいられない。かつて
政府の主導で作られ、最終的に経営破綻したエルピーダの失敗が
あり、今回のラピダスも、同じことを繰り返すのではないかとい
う不安が一部にあることは確かです。
 ところで、「エルピーダ」という企業をご存知ですか。
 エルピーダは、1999年以降、NEC、日立製作所、三菱電
機のDRAM事業を統合して設立され、2003年には三菱電機
の半導体部門を吸収し、日本で唯一であるDRAM専業メーカー
となった企業です。「日の丸半導体メーカー」といえます。
 DRAMは、PCのメインメモリに使われているメモリですが
現在、DRAMの分野では、韓国勢が圧倒的なシェアを誇ってい
るのです。サムスン電子とSK・ハイニックスを合わせると、実
に70%を超えるシェアを有しています。しかし、1980年代
では、この分野は日本が圧倒的なシェアを独占していたのです。
 ところが「日の丸半導体メーカー」のエルピーダは、2012
年に破綻してしまうのです。
 なぜ、エルピーダは破綻したのでしょうか。微細加工研究所所
長の湯之上隆氏は、エルピーダの破綻について、次のようにコメ
ントしています。
─────────────────────────────
 事業は各社の不採算部門の寄せ集めで、各社からエルピーダに
配属された従業員は、「能力もやる気もない、指示待ち族の集ま
り」と酷評された。
 出身会社ごとの規格を統一することもかなわず、エルピーダの
収益力は低迷。経営危機に陥り、リーマン・ショック後の200
9年には、日本政策投資銀行を通じて300億円の公的支援が行
われた。だが、それでも持ち直すことはできず、最終的に12年
会社更生法の適用を申請して経営破綻した。
                  https://bit.ly/3Lebgpe
─────────────────────────────
 しかし、ラピダスの設立はエルピーダのときとその背景事情が
大きく異なるのです。その一番大きなものは、米中対立の激化で
す。「半導体の開発では絶対中国には負けられない」という強い
決意のもと、2022年8月9日、バイデン米大統領は「CHI
PS法」に署名し、法案を成立させています。CHIPS法とは
次の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
     ◎CHIPS法
      The CHIPS and Science Act of 2022
─────────────────────────────
 この法律の目的は、先端半導体技術において、米国がリーダー
シップを取り戻し、中国の競合をかわすことにあります。この法
律では、安全保障上の懸念のある国において、最先端および先端
半導体製造能力の「実質的な拡張を含む重要な取り引き」が禁止
されます。
 この法律により、米国内の半導体の生産や開発を支援する補助
金として527億ドル(約7兆5000億円)が使われることに
なっています。支援を受ける企業は、今後10年間、28ナノ以
降の半導体製造にかかわる中国向けの投資が禁止されます。これ
に加えて、2022年10月からは、18ナノ以下のDRAM、
128層以上のNANDメモリ、3ナノ以下の回路や基盤を設計
するEDAツールが輸出できなくなっています。これによって、
中国が大きな打撃を受けることは確実です。
 以上が米国の状況ですが、EUも同様の半導体開発支援を目的
として、公的資金110億ユーロを投資し、その他、民間を加え
て、430億ユーロ(約6兆円)を投資することが12月のEU
閣僚理事会で決定しています。
 そもそも半導体不足は何で起きたかですが、それは、コロナ禍
が原因です。これについて、英国の調査会社オムディアの杉山和
弘コンサルティング・ディレクターは、次のようにコメントをし
ています。
─────────────────────────────
 コロナ禍の半導体不足から、半導体サプライチェーンにおいて
製造は、台湾・韓国依存が高いことが認識されました。これに加
えて、米中対立による地政学的なリスクから、日本も自国で必要
な半導体は自国で生産する必要がある、という自国に回避するこ
とが前提にあると思います。この理由は、経済安全保障のリスク
マネージメント要因が大きいとみています
        ──杉山和弘コンサルティング・ディレクター
                 https://bit.ly/3HguQQt
─────────────────────────────
 ラピダス設立は、日本にとって周回遅れの状態から脱出する最
後のチャンスといえます。日本は、世界の半導体の技術レベルと
比較して、10年〜20年以上遅れています。果たして、ラピダ
スによって世界のレベルに追いつくことができるのか、大きな関
心をもって、注視していく必要があります。
           ──[メタバースと日本経済/059]

≪画像および関連情報≫
 ●エルピーダ破綻に見る産業政策の「不在」
  ───────────────────────────
   2012年2月末に、日本唯一のDRAMメーカーで、D
  RAM世界市場3位のエルピーダメモリが会社更生法の申請
  を行い、製造業として戦後最大の負債総額4480億円で経
  営破綻した。2009年6月末に産業活力再生特別措置法の
  認定を経済産業省から受けて、日本政策投資銀行(政投銀)
  の増資引き受け(300億円)や、政投銀と民間銀行団の融
  資(約1000億円)によってテコ入れされてから、3年弱
  だった。この失敗を日本政府、経済産業省の産業政策との関
  わりで評価し、今後のあるべき政策を示唆したい。
   結論を先回りすると、筆者の考えでは、この失敗は産業政
  策の過剰ゆえではなく深いレベルの産業政策の不在ゆえであ
  り、また政策における賢さと断固たる粘り強さの不足ゆえで
  ある。以下、その点を示すが、最初にエルピーダ社自身の問
  題も指摘せねばならない。
   あまり報道されていないが、同社を救済したときの法的認
  定を正確にみると、携帯電話などに向けた「プレミアDRA
  M」を中核とした事業再構築計画に対する認定だった。確か
  に、2010年度に同社のプレミアDRAM売り上げは大き
  く伸びた。だが、それでもその売り上げ比率は同年度に金額
  で30%に過ぎなかった。2009年の救済認定当時から、
  パソコン用などの一般DRAMの生産能力を台湾に移管し、
  同社の広島工場は、プレミアDRAMの生産に傾斜するはず
  だったが、2011年9月末の報道によると、実際は広島工
  場の能力12万枚/月のうち約4割に当たる5万枚分を「こ
  れから」台湾に移管するとされていた。
                  https://bit.ly/3V826ix
  ───────────────────────────
エルピーダメモリ広島工場.jpg
エルピーダメモリ広島工場
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2023年05月01日

●「なぜ、日の丸半導体は敗れたのか」(第5944号)

 エンジニアを目指す現代の日本の若者に「日本はかつて半導体
の王者であり、その世界シェアは50%を超えていた」と話すと
びっくりした顔をします。確かに、半導体における日本のシェア
が6%を切っている現状を見れば、「信じられない」と考えるの
は、むしろ自然であるといえます。
 なぜ、50%を超えるシェアが6%になってしまったのか──
このことを振り返ってみることは、けっして無駄なことではない
と思うので、少していねいに考えてみることにします。原因は4
つあります。
─────────────────────────────
       @日米半導体協定による米国の圧力
       A垂直統合に固執し構造改革に失敗
       B魅力的な製品を作り出せない資質
       C内向きで海外企業の連携が少ない
─────────────────────────────
 第1の原因は「日米半導体協定による米国の圧力」です。
 そもそも半導体産業は、終戦直後の1947年のトランジスタ
の発明からはじまるのです。本格的にトランジスタの工業生産が
はじまるのは1950年代半ばからですが、このとき、日米では
その発展のしかたが大きく異なっており、自然に住み分けができ
ていたといえます。
 トランジスタが発明される前は真空管が使われており、当時主
力の電気製品であるラジオは、現在の電子レンジぐらいの大きさ
だったのです。ソニーをはじめとする日本のメーカーは、真空管
の代わりにトランジスタを使うことによって、弁当箱程度の大き
さの小型ラジオを製作したところ、これが世界的に大ヒットし、
日本の花形輸出商品になります。
 これに続いて、日本の家電メーカーは、白黒テレビ、カラーテ
レビ、VTRもトランジスタを使って、真空管式よりはるかに良
いものができるようになり、それが後のソニーのウォークマンな
どにつながっていきます。その結果、半導体を使った家電製品は
日本の独壇場になり、世界中を席巻したのです。
 これに対して米国の半導体産業はどうかというと、軍事用にシ
フトし、ミサイルやロケットにトランジスタを使うことによって
軽量化を実現させ、遠くまで飛ばせるようになります。1958
年にはトランジスタに続いてIC(集積回路)が発明され、これ
が主流になります。集積回路は爪ぐらいの大きさにトランジスタ
を何百個も搭載することができ、これによって、米国のアポロプ
ロジェクトでは、有人宇宙船の制御システムとしてICが数多く
搭載され、その結果として、人類は無事に月に降り立つことがで
きるまでになったといえます。
 このように、「日本は家電用/米国は軍事用」という住み分け
ができていたので、この頃は貿易摩擦などは起きなかったし、米
国は日本を警戒していなかったのです。1960〜1970年代
のことです。
 しかし、1971年にインテル社がコンピュータに搭載される
DRAMというメモリを開発し、日本でも生産しはじめるように
なって、日米間の確執がはじまります。DRAMは、1キロビッ
トからはじまり、それが4キロビット、16キロビットと、約3
年ごとに4倍ずつ増えるのですが、16ビットまでは米国がりー
ドしており、日本など眼中になかったといえます。しかし、64
ビットになると日本が追いつき、日本が米国をリードするように
なります。
 米「フォーチューン」誌は、DRAMにおける日本の発展につ
いて、1981年に2回にわたり、次の特集記事を掲載し、米国
に警戒を促し、これによって米国に大ショックを与えたのです。
─────────────────────────────
    「日本半導体の挑戦」   1981年 3月
    「不吉な日本半導体の勝利」1981年12月
                 ──「フォーチューン誌」
─────────────────────────────
 フォーチューン誌の3月の記事には、シリコン・ウェハーに擬
した土俵上で関取(日本人)とレスラー(米国人)がにらみ合っ
ているイラストが描かれていましたが、そのイラストを添付ファ
イルにしてあります。
 このフォーチューン誌の記事がきっかけになり、米国は「日本
はダンピングをしている」という難癖をつけ、米商務省が調査に
乗り出します。そして1986年9月に締結されたのが、「日米
半導体協定」です。その内容たるやひどいもので、不平等協定そ
のものであったといえます。日米半導体協定の重要条項をピック
アップすると、次の2つに要約されます。
─────────────────────────────
 1.日本市場における外国製半導体の購入拡大
   日本政府は、外国製半導体の国内のシェアをモニターし、
  これを20%以上に拡大させるよう努力する。
 2.日本製半導体製品のダンピングを防止する
   日本政府は、日本の半導体メーカー各社に半導体のコスト
  と販売データなどを4半期ごとに米国へ提出する。とくに、
  DRAMとEPROMについては、米国政府がFMV(公正
  販売価格)を決定して各メーカーに指示する。
─────────────────────────────
 ふざけた話です。1つは、当時半導体における日本のシェアは
圧倒的で、日本国内での外国製品のシェアは10%ぐらいしかな
かったのです。それを倍の20%に引き上げよというのです。こ
の数値目標が日本の半導体産業の発展を阻むことになります。
 2つ目はもっとひどい。重要半導体のDRAMとEPROMに
ついては、コストや販売データを日本に提出させたうえで、価格
については米国が決めるというのです。当時は中曽根康弘内閣の
時代ですが、国力の差とはいえ、なぜ、日本政府は、何もできな
かったのでしょうか。 ──[メタバースと日本経済/060]

≪画像および関連情報≫
 ●「米国は30年前と同じ」、日米半導体交渉の当事者がみる
  米中対立
  ───────────────────────────
   「このままでは中国は八方ふさがりだ。まるで30数年前
  と同じですよ」
   こう話すのは元日立製作所専務の牧本次生氏。1986年
  から10年間続いた日米半導体協定の終結交渉で日本側団長
  を務めた、半導体産業の歴史の証人だ。米国と中国が繰り広
  げる半導体をめぐる対立に日米半導体摩擦を重ね合わせる日
  本人は多い。牧本氏は「ここで覇権争いに負けたら、中国は
  30数年前の日本のように競争力がそがれるだろう」と警鐘
  を鳴らす。
   米国は2020年9月に華為技術(ファーウェイ)に対す
  る輸出規制を発効し、中芯国際集成電路製造(SMIC)向
  けの製品出荷にも規制をかけた。「『一国の盛衰は半導体に
  あり』をよく理解している米国は、ファーウェイやSMIC
  への禁輸など、中国のエレクトロニクス産業の生命線を絶と
  うとしている」(牧本氏)
   牧本氏は、最先端半導体の製造技術で中国に追いつかれな
  いよう米国が神経をとがらせていることに注目する。微細化
  に欠かせない露光装置を手掛けるオランダの装置メーカー、
  ASMLの機器や技術が中国に渡らないよう、米国は19年
  からオランダ政府に働きかけてきた。
                 https://bit.ly/3AFQ1HO
  ───────────────────────────
1981年3月「フォーチュン誌」記事.jpg
1981年3月「フォーチュン誌」記事
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2023年05月02日

●「構造改革ができぬ日本の半導体企業」(第5945号)

 かつての半導体王国の日本の世界シェアが6%になってしまっ
た4つの原因を再現します。@については説明が済んでいます。
─────────────────────────────
       @日米半導体協定による米国の圧力
    →  A垂直統合に固執し構造改革に失敗
    →  B魅力的な製品を作り出せない資質
    →  C内向きで海外企業の連携が少ない
─────────────────────────────
 第2の原因は「垂直統合に固執し構造改革に失敗」です。
 半導体の設計・製造には莫大なコストがかかります。まして最
先端のチップの製造になると、研究開発費もかかるし、製造技術
も高度化するので、工場を保有して、半導体の設計と製造を一貫
して行う「IDM」を維持することが技術的にも、資金的にも困
難になってきます。IDMとは、次の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
◎IDM
 Integrated Device Manufacturer
 自社内で回路設計から製造工場、販売までの全ての設備を持つ
 垂直統合型のデバイスメーカーのこと。
─────────────────────────────
 そこで、1980年代の後半になると、米国では、IDMを脱
皮し、工場を持たずにICの設計・販売に特化する企業と、受託
を受けて、ICの製造に特化する企業に分離していったのです。
この考え方は、限りある資金をその企業が得意とする分野に投入
するという意味でも、合理的な考え方であるといえます。
─────────────────────────────
   @工場を持たず、ICの設計と販売に特化する企業
                ──→  ファブレス
   A工場を有し、受託を受けてICの製造を行う企業
                ──→ ファウンドリ
─────────────────────────────
 これは一種の構造改革ですが、この考え方を取り入れ、現在最
も成功しているのが、台湾のTSMC(台湾積体電路製造)とい
う企業です。日本の半導体企業はこの動きについていけなかった
のです。そもそも日本という国は、構造改革が苦手な国であると
いえます。
 日本の半導体企業について、この業界に詳しいグロスバーク合
同会社代表の大山聡氏は、2014年のコメントですが、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 誤解を恐れずに言えば、日系半導体メーカーの問題点は、自社
のこだわりや強みを製品ロードマップ上で主張できなかったこと
だろう。技術やノウハウは持っているのに、何を作ったら良いの
か(売れるのか)明確な判断ができず、製品企画の時点で海外企
業に後れを取ったことが最大の原因だ、と筆者は考えている。
 IDM形態で実績を残せなかった日系各社は半導体事業の分社
化にとどまらず、製造部門の売却や閉鎖を進めようとしている。
だが業績悪化の原因は製造部門ではなく、製造部門をフル回転さ
せるだけのヒット商品を作れなかった設計開発部門のはずだ。製
造部門を切り離すことで、確かに固定費の負担は軽減されるだろ
うが、それでヒット商品を生み出すことができるのか、はなはだ
疑問である。むしろ、切り離される製造部門にこそものづくりの
ノウハウが蓄積していて、これをファウンドリー事業に活用する
ことで、本当の「業界再編」が果たせるのではないだろうか。
                  https://bit.ly/40RvqLB
─────────────────────────────
 第3の原因は「魅力的な製品を作り出せない資質」です。
 アップルのアイフォーンは、2021年に2379億台も売れ
ています。対前年18%の増加です。しかし、そのアイフォーン
をバラしてみると、その60%の部品は日本製なのです。しかし
部品はきわめて秀逸なのに、日本のメーカーはそれを集めて魅力
的な製品を作れないのです。
 枡岡富士雄氏という人がいます。ほとんどの人が知らないと思
います。もともと東芝のエンジニアですが、「米国の物まねでな
い新しい技術をつくりたい」として、大変な努力の結果、一人で
NAND型メモリ「フラッシュメモリ」を発明したのです。
 今や「フラッシュメモリ」といえば、デジタルカメラ、アイポ
ッド、USBメモリをはじめ、自動車のエンジン制御やスマホな
どに幅広く使われ、大ヒットしていますが、東芝では正しい評価
が行われず、枡岡富士雄氏は東芝を退社し、東北大学教授に転身
しています。その枡岡富士雄氏のことを2005年11月24日
に読売新聞は「顔」に取り上げ、紹介しているので、添付ファイ
ルにしてあります。日本企業はどうしてこうなのでしょうか。技
術を生かせないのです。
 第4の原因は「内向きで海外企業の連携が少ない」ことです。
 日本は「井の中の蛙」で、国内ばかりに目を向け、海外企業と
連携が少ないことです。対照的なのは、韓国です。韓国は80年
代半ばから、政府の援助を受けて、サムスンなどの財閥が半導体
の生産に乗り出しています。しかし、国内市場だけでは生き残れ
ないと考えて、早い時期からシリコンバレーなどの海外の企業と
も連携を深めていたのです。
 その成果が出て、1991年に世界初の「16M/DRAM」
の開発に成功し、続いて「64M/DRAM」の開発にも成功し
ています。そして、1992年にはDRAM市場で日本を抜いて
世界一になっています。これには、折しもバブル崩壊でリストラ
された70数名の日本の半導体エンジニアが好条件でサムスンに
移籍したことはよく知られています。韓国の凄いところは、現在
でもDRAM市場において圧倒的なシェアを占めて、トップを維
持していることです。日本と大違いです。
           ──[メタバースと日本経済/061]

≪画像および関連情報≫
 ●フラッシュメモリの開発者は「評価されない英雄」
  ───────────────────────────
   こんにちは。NHKエデュケーショナルの佐々木健一と申
  します。今回は、私が作った番組をもとに、『世界を変えた
  「フラッシュメモリ」/日本発の革新的デバイスはいかにし
  て生まれたのか?』というテーマについて、5回にわたって
  お話します。
   まず、このテーマについて話すことになった経緯を軽く説
  明します。私は『ブレイブ/勇敢なる者』という特番シリー
  ズを企画・制作しており、2017年11月に、その第3弾
  として「硬骨エンジニア」という番組を作りました。これは
  東芝フラッシュメモリに関する番組だったのですが、放送後
  多くの反響がありました。
   この番組制作のために取材を始めたのは、東芝の経営問題
  に関するメディア報道がすごく多い時期でした。例えば『週
  刊東洋経済』2017・4・22号や『週刊ダイヤモンド』
  2017・6・3号などのビジネス雑誌のタイトルは『東芝
  が消える日』『三流の東芝 一流の半導体』等で、原子力事
  業に始まり、東芝の経営問題が非常にクローズアップされて
  います。            https://bit.ly/3oVdoe3
  ───────────────────────────
枡岡富士雄氏「顔」.jpg
枡岡富士雄氏「顔」
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2023年05月08日

●「なぜ、IBMとの提携できたのか」(第5946号)

 2023年3月27日のことです。同日付けの日経電子版は、
次のニュースを伝えています。
─────────────────────────────
 理化学研究所は3月27日、次世代の高速計算機、量子コンピ
ューターの国産初号機の稼働を始めインターネット上のクラウド
サービスで公開した。企業や大学に利用を促し、将来の産業応用
に向けた知見を蓄える。日本は米中が主導してきた量子コンピュ
ーターの開発競争で名乗りをあげ、巻き返しを図る。
 理研は埼玉県和光市の拠点に量子コンピューターを設置した。
国内では2021年に川崎市に米IBM製の量子コンピューター
を設置した事例があるものの、国産機の稼働は初めてとなる。計
算の基本単位で性能の目安となる「量子ビット」は64で、IB
M製の27量子ビットを上回る。開発した量子コンピューターは
極低温に冷やし、電気抵抗をなくした超電導の回路で計算する技
術方式を採用する。開発には、理研のほか産業技術総合研究所、
情報通信研究機構、大阪大学、富士通、NTTが参画し、政府も
18年度以降に約25億円を投じたプロジェクトなどを通じ支援
した。      ──2023年3月27日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3ADumAh
─────────────────────────────
 スーパーコンピュータ「冨岳」で、世界を制覇している日本に
とって、国産量子コンピュータの開発は世界に誇るべき大ニュー
スです。当然3月27日には、披露式典が行われていますが、な
ぜか、岸田首相は出席していないのです。当初首相は出席する予
定だったのですが、急遽取りやめになったといいます。一体何が
あったのでしょうか。
 以下の情報は、『選択』2023年/5月号の記事「量子技術
も米国の『属国化』」に基づいて記述していることをあらかじめ
お断りしておきます。驚くべき内容であり、日本の関係者の個人
名も出てくるので、EJとしては個人名の表記は最小必要限度に
とどめることにします。
 仕掛け人は、駐日米国大使のラーム・エマニュエル氏です。エ
マニュエル氏は元シカゴ市長で、シカゴ市といえば、シカゴ大学
と組んで、IBMの量子コンピュータを活用した社会実装の一大
拠点となっています。エマニュエル大使としては、5月19日か
らのG7広島サミットを利用し、そこへ東大を呼び込む仲介役を
自身が演ずることによって、存在感を示したい思惑があるようで
す。その伏線として、1月の岸田首相の初訪米のさいに東大総長
の藤井輝夫氏が随行を求められ、IBMとの関係強化が画策され
ています。米国の狙いは、IBMの127量子ビットの最新マシ
ンの東大への売り込みにあります。
 実は、IBMの量子コンピュータは、2021年7月に川崎市
の施設に27量子ビットの実機が設置され、JSR、トヨタ自動
車、みずほフィナンシャルグループ、三菱ケミカルグループなど
17法人が活用しています。量子イノベーションイニシアチブ協
議会(QII)なる組織とIBMと提携し、実現しています。当
時の東大と理化学研究所のトップがからんでいます。
 しかし、このIBMのマシンは、量子ゲート型機特有の計算エ
ラーが生ずるので、実用としては役に立たないのです。このエラ
ーの訂正機能を備えるには、1000量子ビット以上まで集積度
を高める必要があります。しかし、今回導入しようとしているマ
シンは、127量子ビットでしかないので、実用化にほど遠いと
いえます。もっともIBMは、2023年度中に、1121量子
ビットを達成し、エラー訂正機能を実現するとはいっています。
 不可解なのは、このマシンの導入は既に決まっており、経済産
業省は200億円の支援資金を昨年度の補正予算に計上していま
す。手回しの良い話です。そういう状況にあるので、岸田首相は
理化学研究所と富士通が開発した日本独自の国産量子コンピュー
タの披露式典に、米国大使とIBMに忖度して出席しなかったも
のと思われます。
 文科省のある幹部は、経済産業省が用意している200億円の
支援資金について、次のように非難しています。
─────────────────────────────
 日米協力の名を借りた200億円の予算執行は、いわばIBM
への”賄賂”だ。国産機開発をないがしろにする五神さん(理化
学研究所理事長)の罪は重い。
            ──『選択』2023年/5月号より
─────────────────────────────
 本当に量子コンピュータの国産化は可能なのでしょうか。これ
については、IBMの力を借りなくても十分可能性があります。
これについて、「選択」は次のように書いています。
─────────────────────────────
 1999年、超電導量子デバイスの制御に世界で初めて成功し
たのは、NECの中村泰信である。現在の理研の量子コンピュー
タ研究センター長だ。IBMマシンはこの原理を基礎にしており
最新の127量子ビットの開発までに20年かかっている。比べ
て、中村ら理研の国産機スタッフは、量子コンピュータに唯一積
極的な富士通と共同開発し、わずか2年で64量子ビットに漕ぎ
つけた。理研の国産機開発の可能性は小さくない。(中略)
 「背景にあるのはIBMとの最先端半導体の技術提携だろう。
五神さんは、”チーム甘利”の有力メンバーだから・・」なるほ
ど、電機・電子業界の一部ではこんな囁きが交わされる。
            ──『選択』2023年/5月号より
─────────────────────────────
 半導体の話がなぜ量子コンピュータの話になったのかというと
ラピダスとIBMとの「ビヨンド2ナノ」の提携とこの話が深い
関係にあるからです。案外IBMとしては、日本の量子コンピュ
ータの先端技術が欲しいのではないでしょうか。超電導にかけて
は、日本は世界をリードしているからです。
           ──[メタバースと日本経済/062]

≪画像および関連情報≫
 ●日本の研究グループが世界新の成果 今さら聞けない
  「超伝導」の基礎と歩み
  ───────────────────────────
   <生活に直結する実用的な科学技術で、日本人研究者の貢
  献も目立つ超伝導研究。発見されてからの100年の歴史と
  応用例について概観する>
   成蹊大、東大などの研究グループは、世界最高の超伝導臨
  界電流密度(Jc)を持つ材料を作成したと発表しました。
  マイナス269°Cで、1平方センチメートル当たり1億5
  千万アンペアを達成。総合科学誌ネイチェア系の専門誌であ
  る「NPG Asia Materials」に掲載されました。
   超伝導(「超電導」とも記述)は、研究の発展の節目ごと
  に何度もノーベル賞を受賞しており、日本人研究者の貢献も
  顕著な分野です。医療用のMRI(磁気共鳴画像診断)など
  で、すでに私たちの生活にも導入されている、実用的な科学
  技術でもあります。
   とはいえ、人類が超伝導を発見したのは20世紀になって
  からです。この100年間でどんな進展があったのでしょう
  か。超伝導の歴史と応用を概観しましょう。
   超伝導とは、特定の金属や化合物を絶対零度(0K、マイ
  ナス273・15°C)近くまで冷やしていくと、ある温度
  で電気抵抗が急にゼロになる現象です。電気抵抗とは電流の
  流れにくさのことです。電流が流れると、超伝導体(超伝導
  が起きている物質)以外では熱が発生し、電気のエネルギー
  の一部が失われます。超伝導では、電気抵抗がないため発熱
  せず、エネルギーのロスが起こらないため、電流が流れ続け
  ます。             https://bit.ly/3HrlUb9
  ───────────────────────────
エマニュエル駐日米国大使.jpg
エマニュエル駐日米国大使
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2023年05月09日

●「『チーム甘利』と日米半導体協力」(第5947号)

 「チーム甘利」というのは、雑誌『選択』の造語ではなく、実
際に存在します。「甘利」とは、甘利明自民党前幹事長のことで
す。「チーム甘利」の存在を明らかにしたのは、2022年5月
11日付の「しんぶん赤旗」です。そこには、次のように記述さ
れています。
─────────────────────────────
◎「チーム甘利」/大学ファンド私物化か
 岸田政権が成長戦略の柱と位置づける10兆円の大学ファンド
にかかわって、自民党の甘利明衆院議員・前幹事長に連なる「チ
ーム甘利」の問題が急浮上しています。2022年4月27日の
衆院文部科学委員会で調査を迫った日本共産党の宮本岳志議員に
末松信介文科相はまともに答弁できなくなり、同委理事会への報
告を求められる事態となっています。
 宮本氏が取り上げたのは、主に大学をテーマとした雑誌『文部
科学教育通信』2019年11月11日号の「国立大学は『知識
産業体』の自覚を」と題した甘利氏のインタビュー記事です。
 この中で甘利氏は、政権復帰後、政府の総合科学技術・イノベ
ーション会議(CSTI)の議員だった橋本和仁氏から、後に東
大総長となる五神(ごのかみ)真氏を「この人を東大総長にした
いと思っている」「甘利大臣の大学改革にも興味を持っている」
と紹介されたと証言。甘利氏が「あなたが総長になったら、私に
ついてきてくれますか」と聞くと、五神氏が「その節には一緒に
やります」と応じたとしています。
 五神氏は、実際に東大総長となり、「運営から経営へ」という
キャッチフレーズのもとに国立大学初の大学債(200億円)を
発行しました。こうした姿勢は「『運営から経営へ』などという
国の方針を鸚鵡(おうむ)返しに唱えることが果たして『自立』
だろうか」(駒込武氏編『「私物化」される国公立大学』)と批
判されています。         ──「しんぶん赤旗」より
                  https://bit.ly/3LMNa6z
─────────────────────────────
 これでわかったことがあります。半導体製造の新会社ラピダス
と米IBMの提携に「チーム甘利」──とりわけ、その中心メン
バーである五神真理化学研究所理事長(前東大総長)が深くかか
わっていることです。甘利前幹事長は、自民党の「半導体戦略推
進議員連盟」会長でもあります。
 IBMとしては、自社の「2ナノ技術」の売り先がないまま、
量子コンピュータの第1号機の供与先の日本に、親しいエマニュ
エル駐日大使を引っ張り出し、「チーム甘利」を通じて2ナノ技
術でラピダスとの提携と、IBM製量子コンピュータ2号機の設
置の両方を日本に売り込んだことになります。
 しかし、IBMの2ナノ技術はまだ量産化には成功しておらず
果たしてどれほどラピダスにとって役に立つのか不明です。しか
も、かつてのIBMの大口顧客であった米グローバルファウンド
リーズに訴訟を起こされており、それほど有り難い技術提携であ
るとは思えないのです。
 しかし、量子コンピュータに関しては、少なくとも日本の方が
一歩リードし、国産化が期待されているのに、肝心の理化学研究
所が中心になって、IBMの2号機の導入を決めたことは、量子
コンピュータの国産化にとってブレーキになります。さすがに、
IBMマシンは、理化学研究所ではなく、東京大学に設置される
予定になっています。これについて、『選択』5月号は次のよう
に書いています。
─────────────────────────────
 理研が量子コンピュータを短期間で開発できたのは、超伝導の
要素技術が蓄積されているからだ。希釈冷凍機、低温高周波部品
など超伝導デバイスを構成する部品は、IBMマシンにも使われ
ているが、日本が圧倒的な強みをもつ分野。その技術を、東大と
の共同研究を足掛かりに吸収したいのがIBMの本音だろう。
            ──『選択』2023年/5月号より
─────────────────────────────
 もっとも米国が最先端の半導体の製造をこの時期に日本に委託
しようとするのは、米国の経済安全保障の観点から考えても必要
なことであるといえます。2021年1月13日、世界最大のI
DM、インテルのCEOに就任したパット・ゲルシンガー氏は、
半導体をめぐる環境について、次のようにいっています。
─────────────────────────────
 半導体をめぐる環境は大きく変わりつつある。現在ファウンダ
リーの最先端の製造施設の大部分はアジアにある。このため、業
界では地政学的にもっとバランスを取ってほしいという声が増え
ている。そうした中で、インテルの製造施設は米欧に集中してお
り、ユニークなポジションにある。新しいニーズ、具体的には、
「信頼される半導体のサプライチェーンの構築」というニーズに
応えることができる。──パット・ゲルシンガーインテルCEO
─────────────────────────────
 米国は、世界の半導体出荷額の5割程度を占めていますが、そ
の製造の大部分をファウンドリ最大手の台湾のTSMCに委託し
ています。製造能力において、米国は約1割ぐらいのシェアしか
持っていないのです。そのため、台湾有事などの地政学的リスク
に備えて、同盟国内で最先端半導体の製造能力を確保したいとい
う思惑があります。
 そういう観点から見ると、米国にとって最も期待できるのは日
本なのです。日本は、2ナノの製造技術は持っていないが、半導
体の製造装置や半導体の部品や材料などのトップメーカーが多く
アジアではあるものの、同盟国にしてG7のメンバーであり、米
国としては信頼できる存在です。そういう意味において、この時
期にラピダスが誕生したといえます。ラピダスが成功するか否か
はどのようなビジネスモデルを構築して事業に取り組むかによっ
て決まるといえます。果たしてどのようなビジネスモデルで取り
組むのでしょうか。  ──[メタバースと日本経済/063]

≪画像および関連情報≫
 ●米日の半導体協力・・IBM、販売まで支援する理由とは
  ───────────────────────────
   スーパーコンピューターや人工知能(AI)などに使われ
  る次世代半導体を日本で生産するため、米国が研究と人材育
  成から販売に至る全分野で積極的に協力することにした。
   ジーナ・レモンド米商務長官と西村康稔経済産業相は5日
  (2023年)、ワシントンで会談し、半導体など経済安全
  保障分野の協力を強化することで合意した。この会談には、
  米国のIT大手のIBMと日本の大手企業8社が昨年作った
  半導体会社「Rapidus(ラピダス)」の幹部も同席した。
   両社は次世代半導体の共同研究開発だけでなく、IBM側
  がラピダスの技術者の育成と販売先の開拓などにも協力する
  ことにした。日本経済新聞は「IBMの高性能コンピュータ
  向けの半導体生産をラピダスが受託する」と報じた。先月両
  社は次世代半導体の共同開発を進める内容の協約を結んだ。
   ラピダスは新生企業であるがゆえに優秀な人材と販売先の
  確保が大きな課題に挙げられていたが、今回IBM側が協力
  を約束したことで、負担を大きく減らすことになった。西村
  経済産業相は会談後、記者団に対し、「両社の協力は日米間
  の象徴的なプロジェクトだ。力強く後押ししていきたい」と
  し、「日本が次世代半導体を早期に国産化できるよう協力を
  強化する」と述べた。
                  https://bit.ly/3HqLD3u
  ───────────────────────────
「チーム甘利」.jpg
「チーム甘利」
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2023年05月10日

●「『ラピダス』小池敦義社長の経歴」(第5948号)

 日本の半導体新会社「ラピダス」の社長を務めるのは、小池敦
義氏という人物です。半導体業界に身を投じ、40年以上の経験
を持っています。日立製作所で技術者としてキャリアをスタート
させ、生産技術本部長を務めた後は経営者の道を歩んでいます。
台湾との合弁企業で社長に就き、後にTSMCが主導権を握る製
造受託ビジネス(ファウンドリ)を日本に根付かせようとしたの
ですが、失敗に終わっています。
 2006年にメモリーを手掛ける米サンディスク(現ウェスタ
ンデジタル)に転じて以来、直近まで日本法人トップを務めてい
ます。サンディスクと協業する東芝、キオクシアとの窓口役を担
い、韓国勢としのぎを削ってきた経験を持ち、日米が手を握れば
世界の最先端で十分戦えるとの思いは現在、確信に変わっている
といわれます。日本の半導体新会社のトップとして、十分な経験
を持つ人物であることは確かです。
 小池敦義社長は、今年1月4日のNHKのインタビューで、な
ぜ、いまラピダスなのかについて、次のように語っています。
─────────────────────────────
 これはもう「将来はない」っていうぐらいの危機感を持ってい
た。いまこの半導体が、あらゆるものに使われている。昨今、何
でこれだけ半導体が注目されているかというと、自分の買いたい
車が手に入らない、家電製品も手に入らない、全然手に入ってこ
ない。それが1つの半導体が手に入らないってことで、これはよ
く見えなかったけど、すごく重要なんだっていうことを皆さんが
理解していただけたんですね。これは今までなかったことだと思
う。だからこそこの機会を逃してしまったら、日本のあらゆる産
業はだめになる。あるいは日本だけでなくて、世界がおかしくな
ると感じ取っていた。        https://bit.ly/3NM3dTy
─────────────────────────────
 ラピダスのロードマップは、もの凄くタイトなスケジュールで
す。工場建設から2027年の量産開始まで、たった4年しかな
いのです。既に経済産業省は、工場建設のために2600億円の
補助を決めており、既に3000億円超の支援をしています。し
かし、実際に量産を開始するためには、5兆円規模の資金が必要
になるともいわれており、さらなる投融資を呼び込むことが求め
られます。
 インタビューアーは、成功のためには、何が一番必要かと小池
社長に尋ねたところ、小池社長は次のように述べています。
─────────────────────────────
 やっぱり「人」、「もの」、「金」で言うと、いちばん大事な
のは「人」。これがないと他のもの、金やものがあってもどうに
もならない。だから優秀な人材がいちばんだと思っている。われ
われずっと考えているのは、当然優秀な人に来てもらう、これも
大事なことですけど、優秀な人を育てることだと思う。
 「ラピダスにとって、まさにふもとで、これからちょっとずつ
登り始めるわけですけども、ある程度の人員計画に基づいて、優
秀な人々を日本あるいは世界から集まっていただくことを着実に
やっていくことが大事。われわれの精鋭部隊を送り込んで学習す
ることを具体的に進めていく。2023年は具体的に動き出す非
常に大事な年。「できないことなどないんだ」という信念を持っ
て頑張っていきたい。       https://bit.ly/3NM3dTy
─────────────────────────────
 その肝心な「人」の採用は順調にいっているようです。「毎日
のように、世界中からすごい数の応募がある」と小池社長は打ち
明けています。最先端半導体の製造に携わる人材は、世界中で獲
得競争が激しくなっていて、人材獲得は懸念事項のひとつと見ら
れていましたが、蓋を開けてみれば50代のエンジニアを中心に
採用はすこぶる順調であるといいます。
 EU(欧州連合)も半導体誘致政策がスタートしています。欧
州半導体法に基づいて、ドイツのインフィニオンテクノロジーズ
の工場新設に対して1500億円の補助をすることになっていま
す。5月2日に開かれた工場の着工式に、EUの執行機関である
欧州委員会のフォンデアライエン委員長やショルツドイツ首相が
出席しています。5月3日付の日本経済新聞は、次のように報道
しています。
─────────────────────────────
◎EU、半導体誘致策が始動/独インフィニオンに1500億円
 補助へ/電力価格に懸念、米の3倍
【ドレスデン(ドイツ東部)=林英樹】欧州連合(EU)による
半導体産業の誘致策が始動する。ドイツの半導体大手が2日、同
国ドレスデンで新工場の建設に着手した。EUは4月に暫定合意
した欧州半導体法を初適用し、投資額の2割を補助する予定だ。
経済安全保障の観点から、EUは米中に劣る半導体の域内生産拡
大を目指すが、コスト高などが影を落とす。
          ──2003年5月3日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3AZHpfr
─────────────────────────────
 インフィニオンでは、電気自動車(EV)のモーター制御装置
などに使われるパワー半導体を生産する計画であり、2026年
秋の稼働を目指しています。しかし、米国が企業の投資額の40
%の補助をするのに対し、EUは20%程度にとどまることに対
して、EUとしては焦りを感じているといわれます。
 今回のテーマは、1月4日から64回にわたって書いてきまし
たが、途中に2回も病気で入院せざる得なくなり、書店に行けな
いなど、テーマに対して十分な情報取集ができないなどの事情に
より、テーマとして、うまくまとめることができない状況になっ
てしまっています。
 既に64回書いていますし、このまま続けて書くよりも、新し
い話題を取り上げたいので、今回のテーマは、本号をもって終了
し、明日から、新しいテーマを取り上げることにします。
       ──[メタバースと日本経済/064/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●「ラピダス」に2600億円を追加支援/経産相表明
  ───────────────────────────
   西村康稔経済産業相は25日の閣議後記者会見で、次世代
  半導体の国産化を目指す新会社「ラピダス」に2600億円
  を追加支援すると表明した。ラピダスが北海道千歳市に建設
  を予定している工場の試作ラインの基礎工事などに充てる。
  経産省は、昨年11月にも研究開発のために700億円の支
  援を決めており、ラピダスへの支援額は計3300億円とな
  る。半導体開発をめぐる国際競争が激しさを増す中、国が前
  面に立ち新技術の確立を後押しする。
   追加支援の2600億円は、令和4年度補正予算で確保し
  た4850億円の一部を充当する。千歳市での試作ラインの
  基礎工事に加え、ベルギーの研究機関「imec(アイメッ
  ク)」や米IBMと技術開発を進める費用などに使う。
   半導体は、回路線幅が狭いほど性能が高まる。ラピダスは
  回路線幅が2ナノメートル(ナノは10億分の1)相当の微
  細な半導体の生産技術を開発する計画で、2月には千歳市に
  工場を建設すると発表。令和7年に試作ラインを立ち上げ、
  9年の量産開始を目指している。 https://bit.ly/3NK3LJy
  ───────────────────────────
小池敦義ラピダス社長.jpg
小池敦義ラピダス社長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | メタバースと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする