2022年07月19日

●「いま中國経済で何が起きているか」(第5774号)

 2022年7月15日付、日本経済新聞/夕刊は、次の記事を
一面トップで報道しています。
─────────────────────────────
◎中国、0・4%成長に失速/4〜6月実質ゼロコロナ直撃
 【北京=川手伊織】中国国家統計局が7月15日発表した20
22年4〜6月期の国内総生産(GDP)は、物価の変動を調整
した実質で前年同期比0・4%増えた。新型コロナウイルスの感
染封じ込めを狙う「ゼロコロナ」政策で経済活動が滞り、1〜3
月の4・8%増から失速した。景気は6月から持ち直しているが
政府が22年の成長率目標とする「5・5%前後」の達成は厳し
い。     ──2022年7月15日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 中国の習近平政権による「ゼロコロナ」政策で、中国の経済が
おかしくなっていることはわかっています。しかし、どうもそれ
だけではないようです。最近の経済に関する中国のトピックスを
以下、いくつかひろってみます。
─────────────────────────────
◎中国の就活、悲観論拡大
 【北京=川手伊織】16〜24歳の若年失業率は6月、19・
3%と最高を更新した。大卒でも希望の職につけず、内定の取り
消しで涙をのむ学生も多い。現役学生には、将来の就職活動がさ
らに厳しくなるとの悲観論も広がる。(中略)
 「博士課程への進学も視野に入れている」。6月に中国人民大
学を卒業したばかりの蔡さん(22)は不安そうに語る。9月に
始まる新学期に修士課程に進むが、視線は3年後にある。「若年
雇用は今後数年間、さらに厳しくなる」とみているからだ。
 中国の若年失業率は、6月まで3カ月連続で最高を更新した。
上海市のロックダウン(都市封鎖)など新型コロナウイルスの感
染封じ込めを狙う「ゼロコロナ」政策で、景気が悪化した影響が
大きい。     ──2022年7月16日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 良い就職先に就けない学生が多いので、大学院に進学する学生
が増えています。20年に修士課程を終えた学生数は、10年前
の2倍に達し、20年の国勢調査によると、最終学歴が大学院と
いう割合が24歳で3・7%、33歳(1・8%)の2倍に達し
ています。中国の就活市場は、企業に有利な「買い手市場」の色
彩が濃くなりつつあります。
─────────────────────────────
◎中国新幹線/負債120兆円
 【大連=渡辺伸】中国版新幹線「高速鉄道」を運営する国有企
業、中国国家鉄路集団の路線延伸がとまらない。景気底上げを目
指す政府の意向をくみ、2035年に路線を現在より7割増やす
方針だ。ただ、無軌道な拡大で不採算路線が増え、足元の負債総
額は120兆円の大台に達した。今後さらに70兆円超の建設費
がかかるとみられ、巨大国有企業が抱える「国の隠れ債務」が、
中国経済のリスク要因となる懸念がある。
          ──2022年7月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 コロナ禍からの景気底上げを狙う政府の意向を汲み、中国の新
幹線を運営する国有企業、中国国家鉄路集団が路線の伸長にやっ
きになっています。鉄路集団は、巨額の費用捻出のため、社債な
どの債権を発行し、国有の銀行や証券会社がそれを引き受けるこ
とを政府は認めています。しかし、この無軌道な拡大によって、
不採算路線が増加し、借金は増える一方です。
 このように中国はいろいろな問題を抱えています。中国経済の
実態は本当のところどうなっているのでしょうか。
 宮崎正弘氏という中国ウオッチャーがいます。中国全土をくま
なく踏査し、中国経済の実態報告に定評があり、中国に関する著
書も多くあって、私はその多くを持っています。その宮崎氏は、
新著の冒頭で、最近の中国について次のように書いています。
─────────────────────────────
 体温調節ができないほどの悪性の風邪をごまかしていたら末期
癌になっていた。脳死状態を宣告されたため生命維持装置を装着
し、かろうじて循環機能を維持しっつ、臓器移植を待っているの
が中国経済の真の姿である。
 そもそも中国経済は国内総生産(GDP)世界第2位とされて
いるが、その真偽も精査されなければならない。中国政府の公表
数字には「ごまかし」しかないからだ。
 中国国家統計局の3割水増しは常識にしても、在庫を統計に入
れている。海外資産も大半が不良債権である。外国銀行からのド
ルの借り入れも外貨準備高に算入しているのだ。
 こうした特殊事情を理由に推測するしかないが、1600兆円
と吹聴されている中国GDPは、かなり正確に見積もって、実質
900兆円あたりだろう。それでも日本の530兆円より多いこ
とは確かだが・・・。            ──宮崎正弘著
          『中国経済はもう死んでいる』/徳間書店
─────────────────────────────
 深刻な話です。しかし、外から見ていると、中国はそのように
見えません。本当のところはどうなのでしょうか。その実態を掴
むことは、日本にとっても重要なことです。
 ロシアによるウクライナへの侵攻によって、中国とロシアは連
携をしています。中国もロシアも日本にとっては隣国です。それ
らの国と日本との関係は今後どうなっていくのかについて、次の
テーマで考えます。
─────────────────────────────
     「中国とロシアは今後どうなっていくのか」
      ──中国でいま何が起きているのか──
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/001]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済は悪化、20年のコロナ禍より幾つかの側面で
  深刻/李首相
  ───────────────────────────
   中国の李克強首相は同国経済について、新型コロナウイル
  スのパンデミック(世界的大流行)が世界を襲った2020
  年よりも幾つかの側面で悪化しているとの見方を示し、失業
  率の低下に取り組むよう求めた。
   首相は当局者らに対し、失業率を低下させ、今年4−6月
  (第2四半期)の経済活動が「妥当なレンジ」で推移するよ
  う確実を期すことを求めたと、国営メディアが報じた。
   ゴールドマン・サックス・グループのエコノミストらは、
  首相が4−6月の経済成長を強調した点について、3月初め
  に設定された成長目標の達成が「厳しい」ことを「暗に認め
  る」ものかもしれないとリポートで指摘。「4月の非常に弱
  い経済活動の伸びや5月に入ってからの勢いに欠ける回復、
  継続的な失業率上昇を踏まえ、中国の政策当局者の間では景
  気下支えの緊急性が高まっている」と分析した。
   首相は厳格な新型コロナ対策が経済に与える影響の抑制に
  努めると示唆したが、そのための具体的な方策は示さなかっ
  た。「われわれは防疫対策と同時に、経済発展の任務もやり
  遂げなくてはならない」と語った。
   コロナ感染封じ込めのロックダウン(都市封鎖)が繰り返
  し実施されているため、米国の経済成長率が1976年以降
  で、初めて中国を上回る可能性が高まっている。こうした状
  況の中、中国政府の指導部は成長の下支えに努めている。
                  https://bit.ly/3yHr6m1
  ───────────────────────────
チャイニーズGDP.jpg
チャイニーズGDP
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2022年07月20日

●「中国がゼロコロナにこだわる理由」(第5775号)

 2022年3月14日のことです。中国・広東省の深せん、東
莞両市がいきなりロックダウンされたのです。読売新聞オンライ
ンは、次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎「ゼロコロナ」の中国で感染拡大、深センが都市封鎖
 【広州=吉岡みゆき、北京=川瀬大介】新型コロナウイルスの
感染が広がっている中国で、国内外の製造業が集積する広東省の
深セン、東莞両市が14日、事実上のロックダウン(都市封鎖)
に踏み切った。わずかな感染拡大も許さない「ゼロコロナ」政策
の徹底により、日系企業などの操業に早くも影響が出ている。
                 https://bit.ly/3aNV67S
─────────────────────────────
 深せん、東莞両都市は、広東省を代表する大都市で、深せん市
の人口は大阪府の倍の1756万人、東莞市の人口は、1000
万人です。これらの大都市がロックダウンされたのです。しかし
ロックダウン前日の3月13日の深せんのコロナ感染者は無症状
者を含めて86人、東莞市にいたってはたったの12人、これで
ロックダウンするのですから、考えられないことです。深せんの
半分の人口の大阪府の同じ日の感染者は4897人、深せん市と
東莞市の両方を合わせた人数の50倍の感染者です。
 3月17日に、習近平国家主席は、共産党政治局常務委員会に
おいて、次の演説を行っています。
─────────────────────────────
 中国におけるコロナ蔓延の抑制は、世界をリードしている。世
界のどの国よりも中国はコロナを抑え込んでいる。このような政
策が共産党指導体制と社会主義の優越性を表している。自分の緊
急の任務として感染拡大を1日も早く徹底的に封じ込めよう。
                    ──習近平国家主席
─────────────────────────────
 国のトップがこんなことをいっているようでは、西側諸国が実
施している「コロナ共存」なんか、中国ではとてもじゃないが、
口にできないと思います。
 続いて上海市です。上海市のトップは李強上海市共産党委員会
書記。習近平国家主席の側近中の側近です。上海市は、3月27
日と4月5日の2段階にわたって、上海市全域がロックダウンさ
れたのです。上海市といえば2600万人の大都市です。解除さ
れたのは6月1日ですから、約2カ月間、上海市は、機能不全に
陥ったのです。
 この上海市のロックダウンに関して、やはり著名な中国ウオッ
チャーである福島香織氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 上海の場合、武漢と違ってわずか4日、東西地域合わせても8
日という短期間で、終わりの見える封鎖だ、と当初は予告されて
いた。だから、さほど恐れるほどでもない、と思ったら大間違い
だった。ロックダウンは2か月以上に及んだ。武漢よりもずっと
外国人が多く、中国経済のエンジン部であり、国際社会へのショ
ーウインドーでもある2600万人都市の上海でロックダウンが
行われるインパクトは、2020年1月の武漢の60日のロック
ダウンに匹敵、あるいはそれ以上の悲劇をもたらした。上海の新
規感染者数はロックダウン2日目の3月30日の段階で6000
人弱。無症状感染がほとんどだ。それなのに4日も家から一歩も
外に出られないのだ。            ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 この上海のロックダウンのさい、上海市トップの李強共産党委
員会書記が住宅を視察したさい、住民から「食べ物がない」「恥
を知れ」などと住民から罵声を浴びせられたのです。住民として
は、準備不足のまま厳しいロックダウン(都市封鎖)を強いられ
たことによる市政府への不満をぶつけたかたちです。
 習近平主席の構想によると、この李強上海市書記は自分の側近
中の側近で、その能力を買っており、上海で実績を積ませて、現
首相の李克強が務める首相の地位を任せる予定の人物です。それ
が上海のコロナロックダウンで失敗をしてしまったということで
話題になっています。
 これについて、4月29日のブルームバークは、次のように報
道しています。
─────────────────────────────
 中国が現在見舞われている新型コロナウイルスを巡る混乱で、
誰が責任を取ることになるのか。共産党指導部の人事を決める重
要な党大会を秋に控え、それが習近平総書記(国家主席)の権力
の強さを示す試金石になる。
 習氏は3月、党幹部が新型コロナ対策の職務を怠れば誰であれ
罰するとあらためて強調した。だが、数週間に及ぶ上海のロック
ダウン(都市封鎖)で処分されたのは下級の職員15人だけだ。
上海市のトップは、党中央政治局員で習氏の最側近の1人とされ
る李強氏が務めるだけに、同市の失態に対する批判は習氏にまで
及ぶリスクがある。         https://bit.ly/3cnJfhf
─────────────────────────────
 ここでいろいろな疑問が湧いてくると思います。中国のコロナ
対策は、誰の目からしても過激であり、異常です。他国からみれ
ば、わずかな数の感染者に対して、大都市をロックダウンしてま
で「感染者ゼロ」にこだわるゼロコロナ政策を国家主導で展開し
て経済を悪化させています。
 そもそも中国では、経済運営の担当は国務院総理(首相)、す
なわち、李克強首相の仕事です。しかし、習近平主席は、その権
限を李首相から奪い、経済問題を審議する中央財経委員会の主導
権を自ら握っているのです。これまで経済に関する重要な決定は
すべて習近平主席の判断で実施されてきています。
                 ──[新中国論/002]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の「ゼロコロナ」政策は来年に入っても続く
  ───────────────────────────
   米国のバーンズ駐中国大使は6月16日、新型コロナウイ
  ルス感染を徹底的に抑え込む中国の「ゼロコロナ」政策は来
  年に入っても続く公算が大きいと指摘した。大都市のロック
  ダウン(都市封鎖)や移動制限を伴う同政策によって、米欧
  の対中投資が大きく妨げられているとも述べた。
   バーンズ大使は、同日開かれたオンラインイベントで「私
  の率直な想定ではゼロコロナは恐らく2023年の最初の数
  カ月も続く。中国政府がこれを示唆している」と語った。中
  国はゼロコロナ堅持、大規模検査で封じ込め、むしろ危険と
  の指摘も。
   同大使は、また、上海市の厳格なロックダウンが多くの米
  ビジネス関係者の出国を促したと分析。一時は米大使館と上
  海総領事館で80人の館員が昼夜を問わず、対応にあたり、
  「出国を望んだり、水や食料、医療を求めたりした」米国民
  を支援したと明らかにした。上海がコロナ大規模検査を毎週
  末実施、7月末まで新規感染16人でもバーンズ氏はますま
  す「攻撃的な」中国政府が自国経済をどの方向に導こうとし
  ているのか依然として不透明だとも指摘。中国はテクノロジ
  ーなど特定のセクターに対する締め付けを継続するのかに関
  して相反するメッセージを発しているとも述べた。
   さらに、中国市場は外国企業にとってあまりに重要であり
  全面撤退はできないものの、商業会議所の調査や意見交換に
  基づくと、コロナ対策の移動規制を中心とする不確実性で対
  中追加投資に関して企業が二の足を踏んでいるとも語った。
                 https://bit.ly/3OdDIad
  ───────────────────────────
李強上海市書記.jpg
李強上海市書記
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2022年07月21日

●「ゼロコロナ対策権力闘争化の様相」(第5776号)

 なぜ、中国、いや、習近平国家主席は、ゼロコロナ対策にこだ
わっているのでしょうか。
 それには2つの理由があると思います。
 1つの理由は、武漢での成功体験です。
 中国は武漢で、最初のロックダウンをし、新型コロナウイルス
感染者を封じ込めるのに成功しています。10日間で架設の「火
神山医院」を完成させ、武漢市をロックダウンするなど、あっと
いう間にコロナ感染者を抑え込んでいます。それがテレビで報道
され、世界中の人がそれを目にしています。
 そして、時間差で世界中が新型コロナパンデミックに襲われ、
大騒ぎになっているときに、中国の感染者は、ほとんど抑え込ま
れていたのです。コロナの発生元が自国かもしれないのに不謹慎
の誹りを免れませんが、習近平主席は、このときの成功体験に、
酔ってしまったといえます。そして、WHOのテドロス事務局長
が中国にやってきたときに、その自慢話をしています。
 実は、武漢での一連の指揮をとったのは、習近平主席ではなく
李克強首相だったのですが、それを自分の手柄のようにテドロス
事務局長に伝えています。そのとき、習近平主席は、ミャンマー
に外遊中であり、中国にはいなかったからです。
 もう1つの理由はワクチンの事情です。
 現在、中国と西側諸国の感染対策の違いは、ワクチンの種類と
接種率の違いです。これについて、福島香織氏は、新著で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 習近平がゼロコロナ政策を堅持できたのは、なにも官僚たちが
習近平のメンツを重んじたからだけではなかった。実際にウィズ
コロナに転換したくてもできない事情もあった。
 中国国家衛生健康委員会・感染症対応処置工作指導チームの専
門家組長、梁万年はCCTV(中国中央電視台)のインタビュー
番組で、中国は多くの国家と違って現行の防疫措置政策を転換で
きないとし、その理由として目下のワクチン接種率を挙げた。特
にブースター接種率が高くなく、老人や虚弱な体質の人々が依然
として感染しやすい状況にあると説明していた。梁万年は「もし
中国でワクチン接種が強化され、科学技術研究が加速して治療薬
ワクチン開発が進めば、そしてオミクロン株がまた変異してより
感染率や致死率が低くなれば、それが最もよい(ゼロコロナ政策
を転換する)機会となる」とも説明していた。 ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 感染症対応処置工作指導チームの専門家組長、梁万年氏は言葉
を濁しているものの、要するに、「中国製のワクチンがほとんど
効かない」という事実です。
 中国製の新型コロナ対応ワクチンには、次の3種類があります
が、日本を含む西側諸国で接種されているファイザー製やモデル
ナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンとは、性質が
異なり、昔ながらの技術で作られているのです。
─────────────────────────────
    @ 中国医薬集団:シノファーム
    A科興股生物技術:シノバック・バイオテック
    B  康希諾生物:カンシノ・バイオロジクス
─────────────────────────────
 中国としては、武漢での感染者封じ込めの成功実績と、中国製
のワクチンを中国寄りの国に提供することによって、中国の世界
覇権に貢献させるつもりだったのです。ワクチン外交です。
 ところが、中国製のワクチンは、効き目が低く、3回目以降の
接種には、ほとんどの国で使われなくなったのです。コロナワク
チンの海外供給量については、添付ファイルを参照していただく
として、2022年5月7日付、日本経済新聞は、次のように報
道しています。
─────────────────────────────
 (英国の調査会社)エアフィニティによると、中国製ワクチン
は1〜2回目の接種では使われても3回目の追加接種(ブースタ
ー接種)では利用が激減している。パキスタンは1回目と比べて
3回目が98%減、インドネシアは93%減、バングラデシュは
92%減、ブラジルは74%減だった。北京の調査会社ブリッジ
・コンサルティングによると、ブラジルとインドネシアは21年
に終了した中国製ワクチンの購入契約を更新しなかった。
 新型コロナワクチンは中国、欧米勢ともに20年末ごろに実用
化したが、輸出では中国勢が先行した。東南アジア、中東、南米
などにいち早く供給し、20年12月〜21年3月は中国3社が
ファイザーを上回った。欧米製はまず先進国が大量確保し、新興
国や発展途上国は中国製しか選べなかった事情もある。
          ──2022年5月7日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3uUy0TD
─────────────────────────────
 中国国内では、「中国製ワクチンは効かない」とは誰もいえな
い雰囲気があります。今さらmRNAワクチンを米国から輸入す
るわけにもいかず、習近平主席の推進するゼロコロナ政策を推し
進めるしかない──これが中国の対応です。中国のワクチン外交
の失敗といえます。
 実はもうひとつ理由があります。それが、党内権力闘争になっ
ているということです。中国共産党内にはゼロコロナ緩和主義者
がいます。それは、李克強首相を中心とする一派です。3月11
日の全人代閉幕時の記者会見で、李首相は「起こり得る変化に速
やかに対応しつつ、少しずつ物流や人の行き来を正常化させてい
く」と答えています。李首相としては、経済の担当者としてそう
いう発言をする責任があります。しかし、習近平主席にとっては
絶対にそれを受け入れることはできないのです。
                 ──[新中国論/003]

≪画像および関連情報≫
 ●中ロのワクチン外交を苦々しく感じているあなたへ
  ───────────────────────────
   先日、南米ペルーから一時帰国した友人に驚く話を聞きま
  した。同国の多くの政治家が、承認前の新型コロナウイルス
  のワクチンを内密に接種していたことが発覚し、現職の閣僚
  が次々と辞任に追い込まれているというのです。国民を守る
  べき政治家が、自分や家族の接種を急ぐ姿は、「みっともな
  い」の一言に尽きます。私がびっくりしたのは、使われたの
  が中国シノファーム社のワクチンだったということ。中国製
  のワクチンを打ちたい人がどれほどいるのか・・・というの
  が多くの日本人の偽らざる本音ではないでしょうか。
   「ワクチン外交」──という言葉を最近よく耳にします。
  中国やロシアが自国で開発・製造したワクチンを途上国など
  に提供して、外交上の“武器”にしているという意味で使わ
  れています。実際、ペルーでは中国大使館を通じて同国の政
  治家などに“儀礼的に”提供されていたというのですから、
  その裏にどのような思惑があるのかと疑ってしまいます。た
  だ、我々日本人が直視しなければならない現実があります。
  日本では、塩野義製薬やアンジェスなどがワクチン開発を急
  いではいますが、実現は早くても2022年以降と見込まれ
  ています。日本は世界有数の経済大国であり、近年は毎年の
  ようにノーベル賞受賞者が日本人から選ばれています。日本
  発の画期的な新薬だって少なからずあるのに、新型コロナに
  関しては海外からの輸入ワクチンに頼らざるを得ない。こう
  した状況が、残念ながら当面は続いていくのです。国産ワク
  チンの実現が危ぶまれている状況を、「ワクチン敗戦」と称
  する口さがない人も少なくありません。
                 https://nkbp.jp/3aFvvOt
  ───────────────────────────
コロナワクチンの海外供給量.jpg
コロナワクチンの海外供給量
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2022年07月22日

●「中国で李克強首相期待論が顕在化」(第5777号)

 明らかに中国に何らかの異変が起きています。2022年5月
25日のことです。中国の中央政府である国務院は次の会議を開
催しています。
─────────────────────────────
◎2022年5月25日開催
 「経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議」
 【新華社北京5月26日】中国国務院は25日、全国経済安定
化テレビ電話会議を開いた。李克強(り・こくきょう)中国共産
党中央政治局常務委員・国務院総理が重要演説を行った。韓正中
国共産党中央政治局常務委員・国務院副総理が会議を主宰した。
                  https://bit.ly/3PuJl4K
─────────────────────────────
 この会議の写真は添付ファイルにしてありますが、中国で普通
に行われる会議とはいささか異なるのです。会議のタイトルは、
「経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議」となっている
ので、テーマは「経済」ということになります。
 昨日のEJで述べたように、これまで経済をテーマとする会議
は、中央財経委員会で行われ、そのトップは国務院総理(首相)
が担っていたのです。胡錦濤政権時代の同委員会のトップは、温
家宝氏(首相)でした。しかし、習近平政権になってから、習近
平国家主席は、同委員会の主任の座を李克強首相から奪い、経済
運営の主導権は習近平主席が握っているのです。
 そういう状況において、この会議はきわめて異例です。そもそ
も国務院の主催であり、李克強首相がトップになっている会議だ
からです。この時期、このような会議が堂々と行われる異常さに
ついて、中国人ではあるが、2007年に日本国籍を得た石平氏
は、最近の著書で次のように述べています。
─────────────────────────────
 習近平政権になってからは、どの分野の会議にしても「習主席
不在」の全国大会が開催されたことはなく、異例中の異例、まさ
に前代未聞のことである。その意味するところはすなわち、李首
相が習主席から経済運営の主導権を奪い返しつつあって、そして
地方における自らへの支持を拡大しているということである。全
国の10万人規模の幹部たちが李首相召集の会議に参加してきた
この光景は、まさに、李首相自身の勢力拡大と地位上昇の象徴で
あって、少なくとも経済運営の面においては、「天下」はもはや
「李克強の天下」となった。
 大会において李首相は「重要講話」を行い、経済立て直しの具
体策を示す一方、習主席肝煎の「ゼロコロナ政策」に対する言及
は一切なかった。言ってみれば李首相は、「ゼロコロナ政策」の
乱暴さと愚かさを特徴とする「習近平路線」と一線を画して、自
らの現実路線を標榜しているのである。──石平著/ビジネス社
       『バカ殿を指導者にした/断末魔の習近平政権』
─────────────────────────────
 さらに注目すべきことがあります。この5月25日の会議に、
解放軍上将の魏鳳和国防相が参加していることです。これはまさ
に前代未聞のことであり、習近平体制への反対姿勢を示したもの
ととられても仕方がない行為です。これに対して、習近平主席が
沈黙していることが不気味です。
 まだ、あります。外から見ていると、何でもかんでも習近平主
席が牛耳っている現代の中国においては、考えられないことが起
きています。
 上記の5月25日の李克強首相主催の会議に管濤(かんとう)
という著名な経済学者が参加していることです。管濤氏は、中国
銀行所属の学者で、彼は、4月12日の中国紙・毎日経済新聞に
登場し、李克強首相を次のように絶賛したのです。
─────────────────────────────
 李克強首相は各業界の抱える問題と困難を詳しく把握しており
問題のポイントをきちんと押さえている。人々は中央上層部が当
面の情勢を把握していないのではないかとの心配を抱いていたが
李首相は実情をきちんと理解しているだけでなく、具体的な対策
も持っている。だから心強い。
            ──石平著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 現在の中国では、李克強首相を褒めるということは、習近平主
席を批判することを意味するので、なかなかできないことです。
しかも、それを中国メディアが取り上げているという事実です。
明らかに現在の中国において、李克強首相が力をつけてきており
それは、暗に習近平体制への批判として捉えることができます。
 4月29日のことです。恒例の共産党政治局会議が開催されて
います。この会議のなかで、コロナ対策についても言及があり、
次の2つのことが示されたのです。
─────────────────────────────
  @感染拡大を防ぐのと同時に経済を安定させるべきである
  Aコロナウイルスの変異と経済発展の効果的な統括を図る
─────────────────────────────
 多くの中国ウオッチャーは、これによって中国も、極端なゼロ
コロナ対策を改め、現実路線に戻ると期待したのです。ところが
その6日後の5月5日、習近平主席が共産党の最高指導部である
中央政治局常務委員会を主催したのです。そこでは、当然ゼロコ
ロナ対策の緩和について言及があることが期待されたのです。し
かし、そこで示されたものは、これまでのゼロコロナ対策の正当
性を主張する次のような内容だったのです。
─────────────────────────────
 今までのコロナ対策、つまりゼロコロナ政策は、党の政策と趣
旨に基づいて定められたものであって、科学的であり、有効な政
策である。しかも重要な戦略的効果をすでに挙げたものである。
            ──石平著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/004]

≪画像および関連情報≫
 ●ゼロコロナ政策維持に腐心する習近平政権/秋の党大会にら
  み景気対策で庶民の不満緩和に躍起
  ───────────────────────────
   【北京=新貝憲弘】中国の政権が、厳しい行動制限で新型
  コロナウイルスの感染拡大を抑え込む「ゼロコロナ」政策の
  維持に腐心している。長期政権を目指すため政策の成果を誇
  示する習氏だが、上海でのロックダウンに代表されるように
  経済への悪影響は深刻。景気対策や部分的な緩和にも踏み切
  り、庶民の不満を和らげようと懸命だ。
   「わが国は人口規模が大きいため、『集団免疫』や『成り
  行き任せ』のような防疫政策を取れば目も当てられない結果
  になる」
   習氏は6月末に湖北省武漢市を視察した際、ゼロコロナ政
  策が中国の実情に合わせて生まれたものであり、とくに高齢
  者や子どもを守るためにも維持しなければならないと強調し
  た。習氏の発言はゼロコロナ政策の堅持に聞こえるが、実際
  は緩和とも取れる動きが相次いでいる。
   中国政府は隔離期間を2週間から1週間に短縮したほか、
  国内移動の制限も緩和。李克強首相は積極的なインフラ投資
  で就職難の解決や消費喚起を促すよう指示した。国営新華社
  通信は「われわれはコロナ防疫と経済社会の発展をよく釣り
  合わせ、今年の経済を比較的良いレベルまで発展させる自信
  がある」との論評を配信した。  https://bit.ly/3ATj6kx
  ───────────────────────────
経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議.jpg
経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議
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2022年07月25日

●「イデオロギ−化する中国コロナ対策」(第5778号)

 中国において現在も続いているゼロコロナ対策──これについ
て、話を整理します。
─────────────────────────────
◎2022年 4月29日/  共産党政治局会議
 ・ゼロコロナ対策を緩和し、経済を活性化させるべきである
◎2022年 5月 5日/中央政治局常務委員会
 ・ゼロコロナ政策は党の最も重要政策であり、科学的である
◎2022年 5月25日/国務院主催の全国会議
 ・経済における重要全国会議だが、ゼロコロナ対策は不言及
─────────────────────────────
 まず、共産党政治局会議で、ゼロコロナ対策を緩和し、経済を
活性化させるべきという決議をしています。これは、至極まっと
うな決議です。しかし、習近平主席は、その共産党政治局会議の
決議をその上部機関である中央政治局常務委員会において否定し
ています。
 習近平主席は、ゼロコロナ対策を緩和するつもりはまったくな
いようです。しかし、政治局会議の委員は25人で、全体の意見
をまとめるのが大変であるのに対し、その上部組織である中央政
治局常務委員会は委員は7人であり、習近平主席がコントロール
できるので、この委員会で潰したのです。7人の委員を色分けす
ると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎中央政治局常務委員会の7人
     ★習近平主席派
      習近平、栗戦書、王こねい、趙楽際
     ★反対派
      李克強、汪洋
     ★中立派
      韓正
─────────────────────────────
 政治局常務委員会では、李克強首相と汪洋委員は、ゼロコロナ
対策に反対したものの、しかし、数の力に敗北しています。これ
によって、中国のゼロコロナ対策は絶対化され、継続されること
になったのです。
 これに反発するように、李克強首相は、国務院主催の全国会議
を開いています。この会議には、李克強首相以下、4人の国務院
副総理全員と、関連中央官庁責任者らが参加し、推定参加者人数
は10万人にのぼる大会議です。しかし、そこでは、ゼロコロナ
対策については言及されていません。
 北京冬季五輪まで1カ月を切る、2022年1月1日のことで
す。西安(シーアン)市という中国陝西省の省都があります。古
くは、中国古代の諸王朝の都となった長安のことです。国家歴史
文化名城に指定され、世界各国からの観光客も多い都市です。
 その西安市の党中央政治委員である孫春蘭副首相の名義で、あ
る指示が出されています。これを受けて、1月2日に、陝西省党
委員会の劉国中書記から次の命令が出されます。これら2つの指
示を以下にまとめます。
─────────────────────────────
  ◎孫春蘭副首相の指示
   西安市で拡大中のコロナ新規感染者をゼロにせよ
  ◎陝西省党委員会劉国中書記
   できるだけ早く、「社会面清零」目標を実現せよ
─────────────────────────────
 ここでいう「社会面清零」とは何のことでしょうか。
 これは、感染者をゼロにすること、消し去ること、いなくなる
ようにすることを意味します。
 おそらく西安市のある「小区」(コミュニティ)に感染者が出
たものと考えられます。それをできるだけ早く「消し去れ!」と
いっているのです。
 実際にその小区には、大型のバスがやってきて、そこの住民を
全員乗せて、郊外の隔離施設に連れて行ったのです。このときの
様子を福島香織氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 ターゲットとなった小区の住民は何の前ぶれもなく、身の回り
の必需品すら取りまとめる時間もほとんど与えられず、1台のバ
スに老人から乳幼児、妊婦まで一緒くたに詰め込まれ、目的地す
ら判明しないまま郊外、たとえば漢中や安康区の隔離施設に連れ
ていかれた。一部ではきちんとしたホテルを借り上げて隔離施設
にしているところもあるようだが、私がインターネット上で見た
動画では、水栓一つあるだけで、暖房すら備わっておらず、2段
パイプベッドが4〜5個設置されている小汚い部屋に案内された
隔離対象住民が「あまりに環境が悪い」と激怒していた。聞けば
配給の食事も人数分に満たなかったらしい。
 そもそも、感染拡大防止のための措置なのに、団地の居住者を
何世帯も一緒くたに健康な人も具合の悪い人も分けずにバスに乗
せ、狭い衛生環境の悪い部屋に隔離すれば、むしろ交差感染が起
きやすい環境をつくることにはならないか。  ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 中国のフリージャーナリストの江雪氏は、この西安市の悲劇を
『長安十日』と題するレポートにまとめ、1月4日に微信(ウィ
ーチャット)にアップして大きな話題になっています。このレポ
ートは、1月8日までに削除されています。
 「感染者を出さないようにする」という目標はいいのですが、
町から感染者及び濃厚接触者を強制隔離してそれを実現するのは
乱暴です。本当に住民のことを考えてやっているのか疑問に感じ
ます。中国におけるゼロコロナ対策は、単なる感染防止対策を超
えて、イデオロギーになってしまっています。
                 ──[新中国論/005]

≪画像および関連情報≫
 ●アングル:終わらぬ中国「ゼロコロナ」政策、経済への影響
  長期化
  ───────────────────────────
  [北京7月14日/ロイター]中国は新型コロナウイルスを
  巡り、厳格に感染を抑止する「ダイナミックゼロ」政策を小
  幅に修正しているものの脱却する兆しは見えず、ワクチン接
  種でも遅れを取っている。このことは中国経済に暗い影を落
  とし続けそうだ。
   政府はダイナミックゼロ政策脱却に向けた工程表を示して
  いない。こうした政策は来年も続くと予想されており、住民
  と企業を覆う不透明感は長引く見通しだ。最近も感染が散発
  して一部都市ではロックダウン(都市封鎖)が実施された上
  感染力の強い新型コロナ変異種「BA.5」が登場したため
  懸念はさらに強まっている。ロックダウンの影響に加え、く
  すぶり続ける不動産市場の問題と世界経済の不確実性が中国
  経済に重くのしかかる。
   今週は、上海の住民2500万人に新型コロナの集団検査
  が義務付けられた。野村の推計では、11日現在、31都市
  が全面的もしくは部分的なロックダウンを実施中。これらは
  国内総生産(GDP)の4分1に寄与する地域であり、約2
  億5000万人が影響を受けている。諸外国がコロナとの共
  生を図っているのとは対照的に、中国の習近平国家主席は厳
  格な対策によって救われた命を強調する。
                  https://bit.ly/3Ptw2Se
  ───────────────────────────
中國におけるPCR検査.jpg
中國におけるPCR検査
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2022年07月26日

●「中国のGDP数値を信用できるか」(第5779号)

 2022年1月17日のことです。中国政府国家統計局は、次
の発表をしています。
─────────────────────────────
 2021年の国内総生産(GDP)の成長率は、8・1%で
 ある。             ──中国政府国家統計局
─────────────────────────────
 8・1%──これは主要国と比べてとんでもなく高い成長率で
あるといえます。それからもうひとつ、中国のような巨大な国で
前年(2021年)のGDP成長率が1月に出る異常な計算の速
さです。しかも、この数値は予想値ではなく、確定値なのです。
普通は4月か5月頃に発表されます。
 そこで、中国の2021年の四半期ごとのGDP成長率を以下
に示すことにします。
─────────────────────────────
  ≪2021年度≫
  第1四半期( 1〜 3月) ・・・・・ 18・3%
  第2四半期( 4〜 6月) ・・・・・  7・9%
  第3四半期( 7〜 9月) ・・・・・  4・9%
  第4四半期(10〜12月) ・・・・・  4・0%
─────────────────────────────
 これによると、第1四半期(1月〜3月)が18・3%と異常
に高いことがわかります。この高い成長率が、2021年全体の
成長率を大きく押し上げても8・1%増になっています。なぜ、
こんなに高いのか、その原因は何でしょうか。
 2021年の第1四半期の成長率は、その前年、2020年第
1四半期のGDPと対比しています。当時の中国は、武漢発の新
型コロナウイルスの感染が拡大し、武漢市をロックダウンをして
いるところから、経済活動も消費活動もマヒしており、2021
年第1四半期の成長率は6・8%のマイナス成長だったのです。
だから、経済の回復した2021年第1四半期が18・3%と大
飛躍したということになります。一応理屈は通っています。
 しかし、中国のこうした経済に関する公表数値は水増しされて
いるといわれています。国家が、いや今や世界第2位の経済大国
の中國が公表数字を水増しするとはとんでもないことですが、中
国では、しかるべき地位のある人がその事実を認めています。
 一番有名なのは「李克強指数」です。2007年に、遼寧省の
トップを務めていた李克強氏が、米国の大使に次のように述べた
話は有名です。
─────────────────────────────
 遼寧省のGDP成長率など信用できません。私は、省の経済状
況を見るために、省内の鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消
費の推移を見ています。            ──李克強氏
─────────────────────────────
 2017年1月のことです。この遼寧省で中国の統計をめぐっ
て、歴史な出来事が起きたのです。2017年2月9日の産経新
聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 【上海=河崎真澄】中国全土に31ある省クラスの地方政府が
8日までに個別に公表した2016年の域内総生産(GDP)の
規模の合算が、中国国家統計局が1月20日に発表した全国GD
P統計の総額を2兆7559億元(約47兆円)も超過していた
ことが分かった。超過額は、省クラス経済規模で国内11位の上
海市ひとつ分に相当する。地方のGDP水増し疑惑は、たびたび
指摘されてきたが、中国国家統計の信頼性にも改めて疑問符がつ
きそうだ。
 国家統計局の発表では、香港やマカオを除く全土の16年GD
Pが名目で74兆4127億元だった。欧米諸国などに比べ異常
に早い発表で、信頼性が問われる数字とはいえ、地方政府からの
報告とは別に独自集計した公式なものだ。一方、中国紙、21世
紀経済報道が伝えた31の地方政府の個別発表統計を産経新聞が
合算したところ、中央の発表額を3・7%上回っていた。
 物価変動の影響を除く16年の実質成長率は国家統計局発表で
前年比6・7%だが、31の地方のうち27までが6・7%を超
え、中央との整合がとれなかった。残る4地域は、北京市が全国
と同じ6・7%で、6・1%の黒竜江省と4・5%の山西省が下
回った。遼寧省のみは、2・5%のマイナス成長に落ち込んでい
る。          ──2017年2月9日付、産経新聞
─────────────────────────────
 この事件をきっかけに、中国の公表数字が正確になると期待し
たものの、2017年1月20日、中国国家統計局の局長は、記
者会見を開き、次のようにこれに全面反論しています。
─────────────────────────────
◎「中国の統計は正確/捏造疑惑に高官反論」
 【北京時事】中国国家統計局のねいきってつ局長は、20日、
記者会見で「全国レベルの統計は正確で信用できる」と述べ、こ
のところ国内で急速に高まっている統計捏造(ねつぞう)疑惑に
反論した。遼寧省の陳求発省長が17日、財政統計の数字は虚偽
だったと表明したのが騒ぎの発端。中国メディアが相次いで報じ
国内総生産(GDP)統計もうそではないかとの疑念が一気に強
まった。遼寧省のケースでは、省内の県などの自治体が2011
〜14年に財政収入を2割ほど水増しして報告していた。出世を
目指す幹部が、地元経済の好調ぶりをアピールする狙いがあった
ようだ。              https://bit.ly/3aZ8KVL
─────────────────────────────
 公表数字のウソに関しては、日本でも国土交通省の統計不正が
発覚しており、他国を批判できませんが、中国のGDPの数値に
ウソがあったとすると、日本は現在でも世界第3位の経済大国で
あるだけに、無関心ではいられないところです。今回は、このこ
とについても徹底的に掘り下げてみたいと考えています。
                 ──[新中国論/006]

≪画像および関連情報≫
 ●中国政府発表の「GDP8・1%成長」が大ウソだと断言
  できるこれだけの理由/経済評論家朝香豊氏
  ───────────────────────────
   中国国家統計局により2021年のGDP速報値が発表さ
  れ、年間のGDP成長率は8・1%に達したことになってい
  る。だが、この数字を文字通り受け止めてはいけないのは今
  回も同じである。深刻な電力不足があり、度重なるロックダ
  ウンがあっても、GDPは年率8・1%も成長したと主張し
  ているのである。すごい国である。
   恒大集団に代表される不動産危機が訪れる中でも、国家統
  計局の数字では、不動産セクターは前年比5・2%、建設業
  も前年比2・1%の成長を果たしている。こんなことがあり
  うるだろうか。
   中国の2021年の粗鋼生産量は10・3億トンで、20
  20年の10・65億トンより3%減少している。だが、工
  業は9・6%成長したことになっている。粗鋼(鉄)は大半
  の工業の基礎材料であり、粗鋼生産量が大きく落ち込む中で
  工業分野が10%近くも成長することはどう考えてもありえ
  ないだろう。
   また、2021年の前半だけで35・1万社の飲食店が閉
  店したことからもわかるように、今、中国の実店舗経営は大
  変な苦境に陥っている。鄭州市のある火鍋料理店は、入口の
  ガラス戸に「私たちの辛い歴史(辛酸史)」という、開業か
  ら現在に至るまでの厳しい状況についての箇条書きの説明を
  掲載した。           https://bit.ly/3zsoSbB
  ───────────────────────────
中国国家統計局の記者会見.jpg
中国国家統計局の記者会見
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2022年07月27日

●「中國の経済統計のウソのカラクリ」(第5780号)

 経済の数字を国として意図的に改ざんする──これは簡単なこ
とではありません。経済には常識というものがあり、そんなこと
をすれば、他の経済の統計数値に矛盾が起きてしまうからです。
その誤魔化せない数値に「輸入統計」があります。
 ある国にとっての輸入は、それに対する外国にとっては輸出で
あり、輸出国側に記録が残ります。そのデータは、WTO(世界
貿易機関)に登録され、ネットを通して公開され、誰でも見るこ
とができるようになっています。したがって、この数字を誤魔化
すことは困難です。
 一般的に輸入が減るときは、国内の需要が縮小し、自国の供給
力が余っています。逆に輸出が増えているときは、国内の需要が
旺盛であり、そのため自国の供給力では足りなくなっています。
これが経済常識といわれるものです。
 2015年の中国の実質経済成長率は6・9%という高い成長
率を示しています。中国の公式発表によると、2014年と20
15年の実質経済成長率は次の通りです。2015年の成長率は
前年より0・4%減少しています。
─────────────────────────────
    2014年実質経済成長率 ・・・ 7・3%
    2015年実質経済成長率 ・・・ 6・9%
─────────────────────────────
 中国の2015年の輸入額は13・2%も大幅に減少していま
す。それなのに、実質経済成長率は0・4%しか減っていない。
あり得ないことです。実際にOECD加盟国30カ国の過去15
年間のデータを検証してもそのような事例は皆無です。したがっ
て、この場合、輸入の伸び率のマイナス幅は隠しようがありませ
んが、経済成長率の鈍化の数値を大きく変更していると思われま
す。どうしても経済成長率を落としたくない事情があるのです。
これについては、改めて述べることにします。
 なぜ、統計データを改ざんするのでしょうか。
 それは、その国家にとって戦略的意義があるからです。それは
旧ソ連でも行われていたことです。
 中国の経済数値のウソについては、中国の政治家や学者も指摘
しています。最近の例でいうと、楼継偉(ろうけいい)氏の経済
フォーラムでの発言があります。楼継偉氏は、ただの経済人では
ありません。中国の元財務部長(日本の財務大臣)だった人であ
り、そういう人物が、中国政府の統計数字への疑問を次のように
述べています。
─────────────────────────────
 好調な数字ばかりだ。中国は困難に直面していると(口では)
言うが、統計数値には表れていない。報道も、あれが増えたこれ
が増えたと言うだけで、何を失ったかに触れない。
        ──楼継偉氏/2021年12月11日の発言
                  https://bit.ly/3PAgwo0
─────────────────────────────
 もうひとつ、中国人民大学のマクロ経済学者、向松祚(こうし
ょうそ)教授は、公の場において、2018年の本当の成長率は
政府のいう6%台などではなく、本当は1・67%であると発言
しています。東洋証券のレポートを紹介します。
─────────────────────────────
 高名な経済学者で、中国人民大学国際通貨研究所・副所長、中
国農業銀行・主席エコノミストなど数々の役職を兼務する向松祚
氏が、2018年12月16日、人民大学で開かれた“改革開放
40周年記念フォーラム”において講演し、中国の今年度実質G
DP成長率は、政府が云う6%台どころではなく、研究所の試算
では1・67%だと発言した。
 同氏によると、中国経済は明らかな下振れリスクに見舞われて
おり、そのような事態を招いた要因として、米中貿易戦争と、民
営企業の投資減少などを挙げている。これは海外の辛口評価では
なく、中国の国家公務員の発言である。18日の香港メディアの
“蘋果日報 (Apple Daily)”によれば、向松祚氏の講演は中国
当局による統計データの瞞着を暴いたため、中国共産党中央宣伝
部の逆鱗に触れ、当局は動画の削除を命じたという。
                  https://bit.ly/3PLBGiC
─────────────────────────────
 中国は、2022年度のGDPの成長目標を5・5%としてい
ますが、中国経済の専門家の多くは、目標達成は難しいという見
方をしています。それは、中国経済が抱える「三重苦」とウクラ
イナ問題による原油価格の上昇があります。
 中国経済が抱える「三重苦」とは何でしょうか。それは次の3
つのことを意味しています。
─────────────────────────────
    @不動産市況の悪化
    A新型コロナ感染再拡大による人流・物流の寸断
    BIT先端企業への締め付け強化
─────────────────────────────
 とくに深刻であるのは@の「不動産市況の悪化」です。
 業界最大手の恒大集団が破綻に瀕しています。いや、恒大集団
は完全に破綻していますが、破綻という処理をしていないだけで
す。多くの日本人は、日本のバブル崩壊のときのように、大手の
不動産会社の破綻というぐらいの認識ですが、そんなレベルの破
綻ではないのです。
 恒大集団は、日本でいえば三井不動産、三菱地所、住友不動産
を合計したよりも大きい規模です。これらの企業が倒産し、企業
に付随する多くのデベロッパーが連続倒産したら、それは建築業
にも、不動産代理店もバタバタと連鎖倒産が起きてしまいます。
これには、必然的に金融がからむので、中国発の金融恐慌が起き
る可能性が大です。もし、起きれば、それはリーマンショックの
10倍以上の規模になることは確実です。
                 ──[新中国論/007]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、「経済絶好調」は大ウソ?苦悩にあえぐ
  中小企業の実態
  ───────────────────────────
   経済、学術などさまざまな分野において、中国は米国と並
  ぶ経済大国に成長を遂げた。世界が、パンデミックの経済的
  ショックに苦戦する中、一早く回復基調に転じ、今や米国を
  しのぐ勢いだ。しかし、実際は国内の物価が高騰し追加金融
  緩和が講じられるなど、足元が揺らいでいるのではないかと
  の疑念もささやかれるなど、その実態には不透明さが漂って
  いる。
   世界で最初に新型コロナの危機に直面したにも関わらず、
  中国は迅速かつ厳格な措置を講じることで感染拡大の抑制に
  成功した。これが経済活動の早期回復につながった。さらに
  6兆元(約101兆6150億円)規模の大型財政出動や国
  内外からの生産需要の急増という強力な追い風に背中を押さ
  れ、「中国一人勝ち」の状況を創り上げた。コロナ禍にも関
  わらず、2020年の貿易黒字は、前年から27%増の53
  50億ドル(約58兆6934億円)と、過去最高に近い水
  準を記録した。
   国際通貨基金(IMF)が2021年7月に発表したデー
  タによると、世界がコロナの大打撃を受けた2020年、主
  要国の中で、唯一経済がプラス成長を記録したのは中国のみ
  だった。            https://bit.ly/3vfIsW3
  ───────────────────────────
向松祚教授.jpg
向松祚教授
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2022年07月28日

●「中国不動産市場が急成長した理由」(第5781号)

 中国の不動産最大手の恒大集団が経営破綻したのではないかと
いう情報が出たのは2021年の秋頃のことです。それから約6
カ月後の2021年12月9日付の日本経済新聞は、恒大集団に
ついて、次のように伝えています。
─────────────────────────────
◎中国恒大「一部デフォルト」/フィッチが格下げ
【上海=土居倫之】格付け会社フィッチ・レーティングスは9日
巨額の債務を抱えて経営難に陥った中国恒大集団の格付けを部分
的な債務不履行(デフォルト)に認定したと発表した。米ドル債
の利払いを確認できなかったためだ。米ドル債の発行残高は2兆
円規模で、中国企業として今後過去最大のデフォルトになる可能
性がある。海外投資家の中国企業に対する警戒も一段と強まりそ
うだ。      ──2021年12月9日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3S1y7Xp
─────────────────────────────
 中国の恒大集団が問題なのはドル建て債があるからです。人民
元建ての債務であれば、中国の中央銀行である中国人民銀行が人
民元を刷れば表向きは解決するので、民間企業を国有化して片付
けてしまうのですが、ドル建て債はどうしようもありません。中
国人民銀行は、ドルは刷れないからです。
 航空、不動産、金融サービス、観光、物流など、幅広く手掛け
ている「海航集団」という中国の企業があります。この企業は、
2021年1月に倒産していますが、なぜか生き残って、まだ、
定期便を飛ばしています。
 まだあります。北京大学系のIT企業である「北大方正集団」
精華大学系のハイテク企業の「紫光集団」は、どちらも倒産して
いますが、依然として営業を続けています。
 中国の企業は、一つの企業の名の下で、いろいろな事業を手掛
けるところが多いので、「○○集団」という名前になることが多
いといえます。そういう企業が倒産すると、正規の破産などの手
続きをとらず、手形などをジャンプさせて一時的に延命させ、そ
の間にプラスの事業は国有企業に売却します。その結果、一番損
をするのは、一般の債権者ということになります。具体的にいう
と、民間の投資家や外国銀行です。ルールを守らないで、無茶苦
茶なことをやっているわけです。
 恒大集団でもきっとそれをやっています。その証拠に恒大集団
の2020年末の手形融資残高は約3兆円でしたが、2021年
6月にはそれが11・6兆円に膨れ上がっています。おそらく、
手形をジャンプさせて、金利を上げたので、こういう結果になっ
たものと思われます。
 2022年7月19日付、日本経済新聞に恒大集団がらみの次
のニュースが報道されています。
─────────────────────────────
◎中国住宅ローン、相次ぐ返済拒否
【北京=川手伊織】中国で建設工事が止まった未完成住宅の購入
者が、住宅ローンの返済を拒否する動きが相次いでいる。物件引
き渡しの遅れに抗議するためだが、不動産開発会社も政府の規制
強化で資金不足に苦しむ。返済拒否が広がると、銀行の貸出残高
の2割を占める住宅ローンの不良債権リスクが高まりかねない。
 中国では、新築マンションの竣工前に購入契約を済ませる人が
多い。2021年後半から住宅市場が低迷し、在庫が積み上がっ
ている。それでも販売額の9割が建設中の物件だ。入居前から住
宅ローンの返済が始まる例が多い。
 6月末、陶磁器で有名な江西省景徳鎮市。不動産開発大手、中
国恒大集団が手掛ける未完成物件の持ち主が集団で「工事を再開
しなければ住宅ローン(の支払い)を止める」と公表した。これ
が世間の関心を集め、各地の未完成物件にも広がった。中国メデ
ィアによると、18日時点で返済拒否の公表を確認できた開発案
件は300カ所を超えた。
         ──2022年7月19日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3OtOMQA
────────────────────────────
 この記事を読むと、日本人にはピンとこないことがあります。
日本の場合、マンションなどの住宅を取得する場合、購入契約時
に、購入価格の5%〜10%の手付金を支払います。そして、物
件が完成して引き渡しが終われば、銀行は購入者との住宅ローン
の契約に基づいて、購入価格全額をデベロッパーに支払い、購入
者は、それ以後、契約にしたがって銀行に住宅ローンを支払って
いくことになります。これが常識です。
 しかし、中国の場合は違うのです。中国では購入者に住宅ロー
ンを提供する銀行は、購入契約時に、つまり建物ができていない
時点で購入価格の全額をデベロッパーに支払うのです。したがっ
て、中国のデベロッパーは、その代金を使って次の住宅を建設す
ることができるのです。実際に恒大集団は、そのようにして次々
と住宅を建設することができたというわけです。
 これは全額前金で住宅建設ができるので、住宅デベロッパーに
とって、こんなおいしい話はないのです。恒大集団がこの手法で
次々とマンションなどの住宅建築計画を打ち上げ、工事に着手す
る前に得られる巨額な資金を使って、さらなる住宅建設計画や投
資を行い、急成長したのです。
 このような手法では、住宅が完成する前に住宅デベロッパーが
倒産するケースも出てくることになり、このケースでは、住宅が
完成する前に、銀行への住宅ローンの支払いがはじまることが多
発することになります。
 上記の日経の記事は、未完成住宅の購入者が住宅ローンの返済
を拒否する動きを伝えているのです。多くの住宅購入者が「恒大
集団に限って住宅建設を放り出すことはない」と信用したからこ
そ、購入契約を結んでいるので、恒大集団の破綻情報を知り、そ
の怒りが爆発したということになります。
                 ──[新中国論/008]

≪画像および関連情報≫
 ●天下の国営企業ですら経営難に/「恒大集団の破綻」でつい
  に始まった中国の倒産ドミノ
  ───────────────────────────
   中国の不動産会社が震源となった信用不安が、いよいよ収
  拾がつかなくなってきた。昨秋から社債の元利払いが懸念さ
  れてきた恒大集団の他にも、社債の元利払いが滞らせる債務
  不履行(デフォルト)が続出。その頻度は日本の「失われた
  10年」にもなかったほどで、中国の資本市場が機能不全を
  起こすなど、97〜98年ごろの日本に、そっくりの状況に
  なってきた。そこで日本の「失われた10年」に照らして、
  いま中国で起きている現象をどう位置づければいいのか、改
  めて考えてみたい。
   日本で上場企業の経営破綻が相次ぐようになったのは97
  年からだった。この年の夏に「影響が大き過ぎて潰せない」
  と言われ続けてきた上場ゼネコン(総合建設会社)が立て続
  けに3社も破綻し、9月にはスーパーマーケットを国内外で
  展開していたヤオハンジャパンの転換社債が債務不履行を起
  こした。さらに11月には、三洋証券、山一証券、北海道拓
  殖銀行が破綻し、三洋証券は短期金融市場でデフォルトを起
  こした。この97年後半を境に信用不安が一気に広がった。
  信用不安を媒介したのは株式市場や資本市場、短期金融市場
  などのマーケットである。ここでは98年の資本市場を例に
  とってみよう。        https://bit.ly/3b97bVh
  ───────────────────────────
新築物件の販売は大半が建築中.jpg
新築物件の販売は大半が建築中
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2022年07月29日

●「住宅は人が住むためのものである」(第5782号)

 中國には、「炒房(チャオファン)」という言葉があります。
投機目的で住宅を何軒も購入して、高く売りさばくことを意味す
る言葉です。「炒」は転がすという意味であり、「房」は、不動
産、住宅を意味します。しかし、「炒房」が成功するには、不動
産価格が右肩上がりで高騰していることが条件になります。
 現在、日本では、住宅ローンは年収の8倍から10倍ぐらいは
借りることができます。現在日本は金利が安いですから、14倍
ぐらいまでは大丈夫です。日本のバブルの全盛期のピークは、東
京は年収の18倍、京都が18・6倍、地方は13倍といったと
ころです。
 しかし、中国の場合、不動産購入者の支払い能力からすれば、
不可能なレベルの価格になっています。深せんで年収の60倍、
北京と上海は50倍、地方は35倍ぐらいで、異常なほど価格が
膨れ上がっています。完全なバブルです。
 こういう状況において、2020年冒頭に習近平主席は次の発
言を行っています。同様の発言を2022年3月の全人代で、李
克強首相も行っています。
─────────────────────────────
  住宅は人の住むためのものであって、投機の対象ではない
                   ──習近平国家主席
─────────────────────────────
 ここで中国における不動産の位置づけについて、簡単にふれて
おく必要があります。記述に当たっては、ジャーナリストの中島
恵氏のレポートを参考にさせていただいております。
 そもそも中国では、土地は国家のものであり、企業や個人が土
地を売買することは禁止されています。しかし、土地の使用権に
ついは、地方政府の許可を得れば取得することは可能であり、住
宅の使用権については、最大で70年までとなっています。
 1978年の改革開放以前の話ですが、住宅を建設または管轄
していたのは、地方政府や国有企業であり、不動産は民間には解
放されなかったのです。当時、都市部に住むほとんどの人は「単
位(ダンウエイ)」と呼ばれる組織(職場や学校、団体)などか
ら、非常に安い家賃で誰もが平等に住宅が分配されていました。
しかし、それは住宅ではあるものの、職場の敷地内か近隣に存在
し、今でいうところの社宅や寮のようなものだったのです。19
78年の資料によると、都市部の1人当たりの居住面積は、たっ
たの3・6平方メートルしかなく、トイレや台所は、共用であっ
たとされています。
 ところが改革開放期を経て、1980年代に入ると、住宅制度
改革がはじまり、いわゆる「分譲住宅」が登場し、その販売が解
禁されます。中国初の分譲住宅は、恒大集団が本拠を置く深せん
に登場し、「東湖麗苑」と称するマンションだったとされていま
す。この「東湖麗苑」について、ジャーナリストの中島恵氏は、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 このマンションは現存しており、当時の販売価格は1平方メー
トル当たり1000元(当時の為替レートで計算すると約12万
9000円)だったが、中国の不動産サイトによると、2020
年には、同、約5万8000元(約87万円)となっている。今
は外観も古くなったマンションだが、中国元ベースで見れば、約
40年間で50倍以上も値上がりしたことがわかる。
                  https://bit.ly/3Bhrk6h
─────────────────────────────
 1990年代の後半に入ると、大きな変化が起こります。分譲
住宅の開発や売買ができるようになり、これまで「単位(ダンウ
エイ)」に住んでいた人に、その住宅を非常に安い価格で払い下
げられるようになったからです。その後、この時点で住宅を入手
できた人と、入手できなかった人との間にもの凄い格差が生まれ
ることになります。
 これらの住宅を取得した都市部に住んでいた人に対しては、当
分の間、転売が禁じられていましたが、上海市を皮切りに徐々に
転売が認められるようになっていきます。これが非常な高値──
平均10倍──で売れたのです。これによって、巨額の資金を手
にした都市部の住人は、その資金でさらに不動産を購入し、それ
を転売することを繰り返す、いわゆる「炒房(チャオファン)」
によって、大金持ちになっていくのです。
 こうなってくると、住宅は住むためのものでなく、お金を生む
手段、すなわち、投機の手段と化しています。これがますます過
熱しているので、習近平主席が「住宅は人の住むためのものであ
る」とクギを刺したのです。
 中国の不動産問題には、もうひとつ厄介な問題があります。そ
れは「理財商品」といわれるものです。
 「理財商品」とは、中国国内で販売されている高利回りの資産
運用(投資信託)商品のことです。商品の元本は保証されていな
いものも多く存在します。預金金利より高い利回りが提示され、
中国国内の投資家や国有企業の巨額資金が入っています。融資先
の債権を小口化して販売するなどし、シャドーバンキングの代表
的な商品ともいえます。
 恒大集団も資金集めのため理財商品を発行していますが、今年
の1月早々次の問題を起こしています。
─────────────────────────────
[広州/1月4日/ロイター]──巨額債務を抱え経営難に陥っ
ている中国の不動産開発大手、中国恒大集団が販売する資産運用
商品(理財商品)を購入した投資家約100人が、4日、広東省
広州市の同社ビルに詰めかけて、資金の返済を求める抗議活動を
行った。同社が不動産プロジェクトを継続するため、理財商品の
償還が見送られるとの懸念が背景。投資家は昨年秋にも抗議活動
を実施。「恒大、金を返せ」と叫んだ。https://bit.ly/3PCwOgg
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/009]

≪画像および関連情報≫
 ●天下の国営企業ですら経営難に・・・「恒大集団の破綻」で
  ついに始まった中国の倒産ドミノ
  ───────────────────────────
   中国の不動産会社が震源となった信用不安が、いよいよ収
  拾がつかなくなってきた。昨秋から社債の元利払いが懸念さ
  れてきた恒大集団の他にも、社債の元利払いが滞らせる債務
  不履行(デフォルト)が続出。その頻度は日本の「失われた
  10年」にもなかったほどで、中国の資本市場が機能不全を
  起こすなど、97〜98年ごろの日本に、そっくりの状況に
  なってきた。そこで日本の「失われた10年」に照らして考
  えていきたい。
   日本で上場企業の経営破綻が相次ぐようになったのは97
  年からだった。この年の夏に「影響が大き過ぎて潰せない」
  と言われ続けてきた上場ゼネコン(総合建設会社)が立て続
  けに3社も破綻し、9月にはスーパーマーケットを国内外で
  展開していたヤオハンジャパンの転換社債が債務不履行を起
  こした。さらに11月には、三洋証券、山一証券、北海道拓
  殖銀行が破綻し、三洋証券は短期金融市場でデフォルトを起
  こした。
   この97年後半を境に、信用不安が一気に広がった。信用
  不安を媒介したのは株式市場や資本市場、短期金融市場など
  のマーケットである。ここでは98年の資本市場を例にとっ
  てみよう。資本市場に欠かせないインフラの一つに、債券格
  付けがある。最上級のAAA格からAA格、A格、BBB格
  と続き、ここまでが投資適格とされる。ところが98年当時
  BBB格のれっきとした投資適格企業でも債券を発行できな
  くなった。           https://bit.ly/3ze3Zzy
  ───────────────────────────
恒大集団に資金返還を求める抗議活動.jpg
恒大集団に資金返還を求める抗議活動
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2022年08月01日

●「ペロシ議長の訪台は実施されるか」(第5783号)

 ペレス米下院議長の台湾訪問について考えます。このEJが届
く8月1日早朝にはどうなっているかわかりませんが、あえて論
じてみることにします。
 もともとペロシ下院議長の台湾訪問は4月に計画されていたの
です。しかし、ペロシ議長がコロナに感染し、この計画は一時棚
上げになります。ところが7月になってこの話が再び話題になり
ペロシ議長は8月の台湾訪問を検討しているという情報が伝わっ
てきたのです。
 7月20日のことです。バイデン米大統領は、記者団にこの話
について意見を問われ、次のように答えています。
─────────────────────────────
 ペロシ議長の訪台について、米軍はそれがいい考えだとは思っ
ていない、と思う。だが、状況がどうなっているのか、私は知ら
ない。( "I don't know what the status of it is")
                   ──バイデン米大統領
─────────────────────────────
 これは、バイデン大統領の「大失言」です。「その話は知らな
い」といえばよかったのです。それを「米軍が反対している」と
いう機密情報を明かしてしまったからです。
 ペロシ議長は、中国政府の人権抑圧政策に厳しい態度をとって
おり、天安門事件やチベット動乱における中国政府の行為を強く
批判しているため、民主党内では最も中国に厳しい議員の一人と
も言われている人です。
 さらに米下院議長といえば、大統領、副大統領に次ぐ3番目の
役職であり、そういう人物が台湾を訪問するということになれば
米国は公式に「台湾を支持している」というスタンスを示すこと
になります。ましてペロシ議長が訪台するとなると、民間機では
なく、軍用機を使うことになります。そうなると、米軍が堂々と
台湾に派遣されていることになるので、中国としては、絶対に認
めることはできないのです。
 これに対して中国は7月19日、外務省報道官のコメントとし
て、次のように絶対反対を表明しています。
─────────────────────────────
 もしペロシ議長が訪台すれば、我々は主権と領土の一体性を守
るために、断固として強力な措置をとる。  ──外務省報道官
─────────────────────────────
 米軍が反対している──それでもペロシ議長が訪台することに
なれば、議長が登場する軍用機を護衛するために、戦闘機編隊を
出動させ、空母も派遣する大事になります。これに対して、7月
26日、中国国防省は次のように表明しています。
─────────────────────────────
 もし、米国がペロシ議長の訪台計画を実行すれば、中国人民解
放軍は、けっして座視しない。外部からの介入と、台湾独立の策
略を阻止するために、強力な手段を講ずるであろう。
                      ──中国国防省
─────────────────────────────
 ペロシ議長の訪台情報がわかった以上、中国だってこういわざ
るを得ないのです。たとえ噂が出ても、大統領が「私はそんなこ
とは知らない」といっていれば、大統領に下院議長の訪台計画を
止める権限はなく、たとえ実際に訪台が行われても、中国は非難
はしますが、軍事衝突に発展する可能性は低いのです。
 ところがバイデン米大統領は、ペロシ議長の訪台計画を暗に認
め、米軍が反対していることを口にしてしまったのです。こうな
ると、実施すれば、中国としては嫌でも面子にかけて軍事行動を
せざるを得なくなり、米中の軍事衝突のリスクが高まる恐れが増
大します。
 また、ペロシ議長を説得して、訪台を実施しないことになって
も、バイデン政権の弱腰が非難される事態に陥り、さらに支持率
が下がることは確実です。これによって、中国としては「米国は
中国の脅威に屈した」と喧伝するはずです。
 そういうさなか、7月28日にバイデン米大統領と中国の習近
平国家主席との電話会談が行われたのです。この模様について、
7月30日付の朝日新聞デジタルは次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ホワイトハウスによると、バイデン氏は、台湾を中国の一部だ
とする中国政府の立場を認知した米国の「一つの中国」政策に変
更がないと伝えた一方、「台湾海峡での一方的な現状を変更しよ
うとする、平和と安定を損なう試みに強く反対する」と釘を刺し
た。一方、中国外務省によると、習氏は台湾問題について「我々
は外部勢力の干渉に断固として反対し、いかなる形の台湾独立勢
力にも一切の隙間を与えない」と強調。「火遊びをすれば必ず自
らを焼く」と米側に警告した。ペロシ氏の訪台計画も念頭に、台
湾関与を強める米国の姿勢を強く牽制(けんせい)したものだ。
            ──7月30日付、朝日新聞デジタル
                 https://bit.ly/3PJZuDW
─────────────────────────────
 習近平主席のいう「外部勢力の干渉に断固として反対し、火遊
びをすれば必ず自らを焼く」という部分は、ペロシ議長の訪台計
画を念頭においた発言であることは確かです。
 3月にもバイデン/習近平会談は行われていますが、このとき
はお互いの顔の見えるテレビ電話方式だったのですが、今回は電
話でのやり取りに終わっています。中国側が電話会談にこだわっ
た結果とされ、米中の間の溝は一層深まったといえます。電話だ
といいたいことがいえるからでしょう。
 米中の話し合いの本心は、インフレを抑えたいバイデン政権に
とって、中国製品への制裁関税の一部引き下げ案を検討していた
といわれます。習近平主席にとっても、秋に共産党幹部の党大会
を控えているので、米国による関税引き下げは、渡りに船だった
のですが、成果なしに終わっています。
                 ──[新中国論/010]

≪画像および関連情報≫
 ●米ペロシ下院議長 近く訪台の見方 慎重論も 動向に
  関心集まる
  ───────────────────────────
   アメリカのペロシ下院議長が、近く台湾を訪問するとの見
  方が出ていることについて、バイデン政権からは、慎重に検
  討すべきだという声が出ていて、中国がアメリカの台湾への
  接近に警戒を強める中、下院議長の動向に関心が集まってい
  ます。アメリカのペロシ下院議長は、ことし4月に日本とと
  もに台湾を訪れる予定でしたが、直前に新型コロナウイルス
  への感染が確認され、訪問を延期しました。
   こうした中、イギリスの新聞、フィナンシャル・タイムズ
  は先週、複数の関係者の話として、ペロシ議長が、台湾への
  支持を表明するため、代表団を率いて来月、台湾を訪問する
  ことを計画していると報じました。
   これについて、ホワイトハウスのジャンピエール報道官は
  25日、記者会見で「政権は、議員に対して地政学的かつ安
  全保障上の観点などから、外国訪問にまつわる情報を日常的
  に提供している」と述べたうえで「ペロシ議長の日程を先ん
  じて発表することはしない」と述べました。
   アメリカの下院議長は、大統領が死亡したり職務が遂行で
  きなくなったりした場合に大統領権限を継承する順位が副大
  統領に次ぐ2位で、台湾訪問をめぐる報道に中国はすでに強
  く反発しています。       https://bit.ly/3PSkCbq
  ───────────────────────────
ナンシー・ペロシ米下院議長.jpg
ナンシー・ペロシ米下院議長
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2022年08月02日

●「ソ連の国家統計処理を受継ぐ中国」(第5784号)

 2022年2月26日のことです。モスクワのゴルバチョフ財
団は、一刻も早い戦闘停止と和平交渉開始を呼びかける声明を出
しています。ロシアによるウクライナ侵攻がはじまったのは、2
月24日のことであり、きわめて早いタイミングでこの声明は出
されています。声明の全文を掲載します。
─────────────────────────────
◎相互の尊重/双方の利益
 2月24日に始まったウクライナでのロシアの軍事作戦に関連
し、一刻も早い戦闘行為の停止と早急な平和交渉の開始が必要だ
と我々は表明する。世界には人間の命より大切なものはなく、あ
るはずもない。相互の尊重と、双方の利益の考慮に基づいた交渉
と対話のみが最も深刻な対立や問題を解決できる唯一の方法だ。
我々は、交渉プロセスの再開に向けたあらゆる努力を支持する。
                   ──ゴルバチョフ財団
                  https://bit.ly/3zfF7Yp
─────────────────────────────
 現在、50歳以上の人で、ミハイル・ゴルバチョフ氏の名前を
知らない人はいないはずです。元ソ連大統領で、現在、財団総裁
のミハイル・ゴルバチョフ氏(91)は約30年前、米ソ冷戦を
終結に導き、ノーベル平和賞を受賞しています。
 ゴルバチョフ氏は何をやったのでしょうか。
 1985年、ゴルバチョフソ連大統領は、中央統計局の改革に
乗り出し、経済統計の整備をはじめたのです。1990年、ソ連
は、IMF、世界銀行、OECDなどの調査団を受け入れ、この
ときの調査結果は、「IMF等によるソ連経済調査報告書」にま
とめられ、公開されています。社会主義国家のソ連では考えられ
ない画期的なことです。
 これがゴルバチョフソ連大統領による「グラスノスチ(情報公
開)」です。しかし、その次の年の1991年、ソ連が崩壊して
しまうのです。
 ソ連崩壊から3年後の1994年のことです。ロシア科学アカ
デミーのヨーロッパ比較社会・経済研究センターのヴァレンチン
・ミハイロヴッチ・クードロフ氏という経済学者は次のように述
べています。
─────────────────────────────
 現在のロシア統計は旧ソ連の統計から生まれ、悪しき伝統を引
き継いでいる。ソ連時代には生産の伸び率が意識的に水増しされ
ていた。分析に必要な分類[グループ分け]のできない統計表が
作成され、多くのデータばかりか、あらゆる部門にわたる統計も
公表が制止されていた。こうした統計では、重要な経済研究はも
とより、適切な行政的決定にも役に立たない。
 例えば、ソ連における工業生産が(1917年から1987年
までの)70年間に330倍に増加し、国民所得が、149倍に
なったことを裏付けるような計数はまったく存在しない。ところ
が、ほかならぬこうした数字がソ連邦国家統計委員会の統計年鑑
記念号に載っている。
──ヴァレンチン・ミハイロヴッチ・クードロフ著/是永純弘訳
        『世界経済と国際関係』1994年1月号より
    上念司著/『習近平が隠す本当は世界3位の中国経済』
                講談社+α新書744−2C
─────────────────────────────
 なぜ、中国の話がソ連の話になるのかというと、中国は、この
ソ連式の統計処理を受け継いでいると思われるからです。そうな
ると、公表されるGDP統計自体が信用できなくなります。
 日本のGDPが中国に抜かれたのは2010年のことです。そ
もそも中国のGDPに占める不動産ビジネスの割合は、公式では
20%とされていますが、実態は30%以上はあります。中国と
しては、何としてもGDPで日本を追い抜き、GDP世界2位に
浮上したかったのです。そういう意味からも、中国のGDPには
嵩上げ部分があると考えられます。
 経済評論家の上念司氏の上記の本に、きわめて興味深いグラフ
が掲載されています。それを添付ファイルにしてあります。この
グラフは、1985年を起点とし、中国政府発表のGDPの公式
統計、GDPの水増しの量が3%、6%、9%と設定した場合の
それぞれの2016年時点でのGDPの伸び率を示しています。
 そうすると、公式統計において日本は大差を付けられているも
のの、少なくとも2010年の時点では、中国はたとえ9%の水
増しでも、日本のGDPを抜いていないのです。ちなみに、20
16年の日本のGDPは522兆円です。これは、中国のGDP
の計算が異常に早いことと無関係ではありません、
 住宅建設に限っていうと、中国のデベロッパーは、地方政府か
ら開発の許可を取って土地の利用権を取得すると、直ちに開発計
画物件の販売計画を立てて、販売を進めることができます。何し
ろ住宅が完成していなくても、住宅の購入契約を締結した時点で
住宅の代金全額を手にすることができるし、しかもこのお金は、
実質的に無利子なのです。
 したがって、中国のデベロッパーは、その代金を使って、次々
と住宅を建設できるし、いろいろな事業の展開も可能です。つま
り、人為的に住宅のバブルの創出がやれるので、GDPをいくら
でも膨らませることができます。
 住宅の購入者がなぜそういう仕組みを許してきたかというと、
住宅を購入したときから、住宅が完成して引き渡しを受けるまで
の期間に住宅の価格が上がることが期待できたからです。購入契
約時よりも住宅の価格が何倍にもなっていれば、そのまま住宅を
転売すれば大儲けができます。つまり、引き渡し時の転売です。
これは、購入契約書自体を売るということと同じですから、その
契約書自体が金融商品化していることになります。
 だからこそ、習近平主席が「住宅は人が住むもの」とわざわざ
念を押したのです。こういう仕組みで、中国のGDPは膨張して
いったのです。          ──[新中国論/011]

≪画像および関連情報≫
 ●中国で新築住宅販売が半減!不動産バブル崩壊とゼロコロナ
  対策の「板挟み」
  ───────────────────────────
   中国経済の減速傾向が鮮明になっている。不動産バブルの
  崩壊と新型コロナウイルスの感染再拡大の悪影響が大きく、
  中国経済は二つのマイナス要因に挟撃されている。いずれも
  共産党政権の想定を上回る勢いで、中国経済を下押ししてい
  る。3月の暫定値ではあるが、不動産開発上位100社の新
  築住宅販売は、前年同月比で53%減少した。原因として、
  共産党政権が不動産バブルの軟着陸(バブルつぶし)を目指
  して、不動産融資などの規制を強化したことが決定的だ。
   また、コロナ禍対策に関して、習近平政権はゼロコロナ対
  策を徹底している。それは社会と経済活動の維持に欠かせな
  い人流や物流、サプライチェーンを寸断している。
   個人消費、自動車などの生産、さらに建設活動などの鈍化
  は免れないだろう。2022年、中国が5・5%前後の経済
  成長率目標を達成することが難しくなっている。不動産企業
  向けのローンなどを組み込んだ「理財商品」の価値がさらに
  下落し、共産党政権への不平や不満が増える展開も否定でき
  ない。習政権は3期目続投を円滑に実現するために、急速か
  つ大規模な景気刺激策を打ち出さなければならないと危機感
  を強めているだろう。
   不動産バブル崩壊と感染再拡大の挟撃によって、中国経済
  の減速が止まらない。加えて、IT先端企業への締め付け強
  化も、景気を下押ししている。その目的の一つは、SNSを
  用いて人々が共産党政権の目の届かないところで結託し、党
  独裁体制への批判が増える展開を阻止するためだろう。
                  https://bit.ly/3SbZgaq
  ───────────────────────────
日中のGDP推移.jpg
日中のGDP推移
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2022年08月03日

●「灰色のサイが動き出している中国」(第5785号)

 「中国で『灰色のサイ』が動き出している」──最近、よくい
われることばです。「灰色のサイ」とは何か。何を意味している
のでしょうか。
 金融市場のリスクを説明するのに動物を使って表現することが
よくあります。例えば、「黒い白鳥(ブラックスワン)」という
表現があります。スワンは「白鳥」というように白色ですが、あ
るとき黒い白鳥が現れ、それまでの常識が崩れるということを意
味します。2008年のリーマンショックは、まさに黒い白鳥が
出現したのです。
 チャイコフスキーの「白鳥の湖」という有名なバレエがありま
すが、このバレエは、同じバレリーナが正反対の性格をした白鳥
・オデットと、黒鳥・オディールを演じるところが、見どころに
なっています。
 これに対して、「灰色のサイ」は、日常に当たり前に存在しま
す。静かにしているうちはいいのですが、いったん暴れ出すと、
手に負えなくなり、極めて大きな影響を及ぼす存在になることを
いいます。つまり、日頃当たり前に存在し、誰も不思議に思わな
い存在が、突如問題を起こし、手をつけられなくなるものを「灰
色のサイ」というのです。
 米国の作家であるミシェル・ワッカー氏が、著書『グレー・リ
ノ/灰色のサイ』で示し、2013年のダボス会議で提起して、
知られるようになった表現です。
 現在の中国経済にとっての「灰色のサイ」は地方政府や企業に
積み上がった過剰債務のことです。2019年1月21日に、地
方や中央政府のトップを北京に集めた学習会では、習近平主席が
「わが国の経済情勢は総じて良好」としつつも、「『黒い白鳥』
だけでなく、『灰色のサイ』も防がなければならない」と強調し
たといわれています。
 中国の不動産市場の4大民営企業は「碧万恒融」といわれてい
ます。「碧万恒融」とは次の4つの民営企業を表しています。
─────────────────────────────
         碧 ・・・・  碧桂園
         万 ・・・・ 万達集団
         恒 ・・・・ 恒大集団
         融 ・・・・ 融創中国
─────────────────────────────
 これらの民営不動産デベロッパーに現在何が起きているかを知
るために、中国ウオッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の渡辺哲
也氏との対談をご紹介します。
─────────────────────────────
渡邊:中国には民間と国有の2種類のデベロッパーがあります。
 今、破綻しているのはみんな民営デベロッパーなのです。銀行
 融資が非常に厳しくなっているので、習近平政権はたぶん最終
 的には民営デベロッパーを全部潰すつもりでしょう。
宮崎:潰したら、中国経済が縮小して、目も当てられなくなりま
 す。すでに言ったように中国では地方政府が土地使用権を民間
 デベロッパーに売ってきました。民間デベロッパーがいなくな
 ると困るでしょう。
渡邊:しかし習近平政権は今、民間デベロッパーの開発中の案件
 を全部、国有デベロッパーに買い取らせています。だからデベ
 ロッパーも人民公社になるのではないですか。
宮崎:日本でいえば三菱地所、三井不動産、東急不動産が国有化
 されるということですね。
渡邊:IT化するとも言えるでしょう。専売公社になるというこ
 とです。民間デベロッパーが土地専売公社や不動産専売公社に
 なります。
宮崎:人民公社になるなら、中国は再びかつてのような社会主義
 に舞い戻ることになります。その代わり人民公社路線ではもう
 中国の経済発展は望めませんね。しかし毛沢東時代に戻るのだ
 から、習近平主席からすれば本望でしょう(笑)。
渡邊:共産主義としての理想が現実になるということです。習近
 平政権は「貧富の格差を是正し、すべての人々が豊かになる」
 という「共同富有」という方針を掲げています。
           ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 中国政府は、ここ数年、この不動産バブルを何とか小さくしよ
うと、バブル圧縮政策を手を替え、品を替えて実施してきたので
すが、うまくいかず、ついに強力な規制を実施することにしたの
です。2020年に中国政府は、「三道紅線」(3本のレッドラ
イン)という一種の兵糧攻め策を打ち出します。その3本のレッ
ドラインとは次の通りです。
─────────────────────────────
    ◎「三道紅線」
    @資産負債比率70%超
    A純負債資本倍率100%超
    B手元資金の短期債務倍率が100%割り込み
─────────────────────────────
 これら3つの指標のどこかに該当した企業には、銀行からの融
資の制限を行うというものです。この政策によって、2020年
だけで、不動産企業が500社以上が倒産しています。不動産市
場の四大民営企業「碧万恒融」も、この3本のレッドラインのい
ずれかに該当しており、なかでも恒大集団は3本のレッドライン
にすべてに該当し、経営上のピンチに陥っています。
 恒大集団の債務には、外国人向けのドル建て債券195億ドル
が含まれており、もし倒産ということになると、国際市場に対し
ても影響は小さくないのです。もし、倒産ということになれば、
リーマンショック級になるといわれています。
                 ──[新中国論/012]

≪画像および関連情報≫
 ●「中国不動産の連鎖倒産が止まらない」これから習近平政権を
  待ち受ける最悪のシナリオ/真壁昭夫氏
  ───────────────────────────
   足許で、中国の不動産大手の恒大集団(エバーグランデ)
  が、本格的な破綻に向かうとの懸念が高まっている。同社の
  米ドル建て社債の価格の推移を確認すると、2022年3月
  に償還を迎える債券も、2025年6月に償還を迎える債券
  も7〜8割の債務減免を織り込んでいる。9月23日と29
  日に期限を迎えた2本のドル建て社債の利払いは実施されず
  30日間の猶予期間に入った。
   中国の不動産業界では、エバーグランデ以外にもデフォル
  ト懸念が高まる企業が増えている。中国経済は投資に依存し
  た成長の限界を迎え、共産党政権の経済運営に対する不透明
  感が増している。返済能力が低下しデフォルト懸念が高まる
  不動産業者をどう救済、再編するかは共産党政権の意思決定
  にかかっている。
   今後、エバーグランデの経営破綻が、2008年のリーマ
  ンショックのような世界的な金融危機につながる可能性は低
  い。ただ、同社のデフォルトを発端に中国の不動産市況が悪
  化すれば中国国内の理財商品の価値は棄損され、経済の減速
  はより鮮明化するだろう。それは、世界経済にとって無視で
  きないリスク要因だ。中国経済の成長を支えた不動産市場は
  かつての輝きを失い窮地に陥りつつある。その象徴の一つが
  約33兆円の負債を抱えるエバーグランデのデフォルト懸念
  だ。重要なポイントは、エバーグランデ以外にも、資金繰り
  が逼迫して債務の返済能力への不安が高まる大手、準大手の
  不動産デベロッパーが急速に増えていることだ。状況は切羽
  詰まっている。        https://bit.ly/3JmjWbB
  ───────────────────────────
恒大集団.jpg
恒大集団
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2022年08月04日

●「不動産危機に加えて雇用も深刻化」(第5786号)

 8月1日付の日本経済新聞第13面に中国の不動産危機関連の
記事が出ています。
─────────────────────────────
◎中国不動産に庶民の乱/25兆円外貨リスク再燃
 中国で住宅購入者のローン支払い拒否が続出している。不動産
会社の建設資金不払いで工事が中止、物件引き渡しのめどがたた
ないためだ。経営悪化に拍車がかかり、1870億ドル(約25
兆円)に及ぶ不動産会社の外貨建て債券の不履行(デフォルト)
リスクが再び高まっているほか、銀行に波及する恐れもある。庶
民の乱は海外投資家にとって危機の芽になっている。
 「9月末までに工事を再開しなければ、すべての購入者が住宅
ローン返済を停止する」。7月15日、上海市郊外、浦東新区の
マンション「君御公館」の購入者はこう表明した。工事現場はコ
ンクリートの骨組みが放置され、人けがないまま。契約上の期限
の9月引き渡しは絶望的な状況だ。
          ──2022年8月1日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 中国の住宅建築の場合、住宅が完成する前、購入契約が締結さ
れた時点で、住宅ローンの支払いは開始されることは既に述べた
通りです。それでも住宅建築が行われていれば、購入者は安心で
きますが、それが、工事現場には人気がなく、コンクリートの骨
組みがそのまま放置され、引き渡し期日までに完成しそうもない
という事態になれば、住宅ローンの支払い拒否が起きても仕方が
ないということになります。
 問題は、住宅ローンの支払い拒否による銀行への波及リスクで
す。現時点では最大1兆7500億元(約35兆円)ということ
ですが、この程度であれば管理可能という意見もあります。しか
し、今後住宅ローンへの支払い拒否が加速度化することが考えら
れるのです。なぜなら、工事が未完成のまま販売された物件の面
積は74億平方メートルに及び、上海市全体を上回る規模に膨ら
んでいるからです。ちなみに上海市全体の面積は63億4000
万平方メートルです。
 中国の不動産ビジネスは、GDPの30%を占めるといわれて
います。その不動産ビジネスが危機的状況に瀕しているので、当
然経済に深刻な影響が生じてきています。加えて、新型コロナウ
イルスの感染拡大の影響もあって、経済の下振れ圧力が高まり、
雇用情勢が深刻化しています。
 中国の失業率は2022年4〜6月期で5・11%です。とく
に16〜24歳の失業率は2022年4月に過去最悪の18・2
%を記録し、社会的な関心を集めています。中国の雇用問題の専
門家は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 雇用問題の専門家によれば、中国の目下の労働市場は(需要側
と供給側の間に)構造的矛盾を抱えており、それを新型コロナの
影響がさらに際立たせている。また、大学新卒者の就職難は広く
認識されているが、実際には青年農民工(訳注:農村から都会に
出て就職する若い出稼ぎ労働者)も厳しい構造問題に直面してい
るという。
 中国社会科学院の財経戦略研究院は6月11日、経済と雇用の
問題に関するフォーラムを開催。その席で、同院の人口・労働経
済研究所の張車偉所長は、過去2年余りの新型コロナの(経済に
対する)打撃を受けて中国が新たな「就職氷河期」に突入したと
の見方を示した。         https://bit.ly/3vuSRgM
─────────────────────────────
 中国の大学新卒者は、2020年に874万人、2021年は
907万人、2022年は1074万人です。有効求人倍率は、
0・88ということなので、単純計算では、12%が雇用戦線に
取り残されることになります。中国自身が「就職氷河期」に突入
したことを認めています。
 中国の就職難、すなわち、失業者ブームは、経済の悪化、コロ
ナ対策に加えて、習近平主席の国家政策──習近平の文革2・0
といわれる──重要な原因のひとつになっています。これに関し
て、中国ウォッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の渡邊哲也氏の
対談をご紹介します。
─────────────────────────────
渡邊:文革2・0による失業者も少なくありませんね。中国当局
 は2021年7月、教育産業では小中学生を対象とした学習塾
 の新規開業の認可を取り消しました。既存の学習塾も非営利団
 体にされてしまったのです。同時にゲーム業界でも新作ゲーム
 発売に必要な認可を止め、子どもに対するゲーム利用の厳しい
 制限を課し、アプリ配信会社にもゲームを排除するように圧力
 をかけました。
宮崎:それによって教育産業(主に塾講師)およびゲーム産業の
 失業者は合計1000万人と言われています。しかし、実態は
 2000万人近いのではないか。というのも、教育産業とゲー
 ム産業から締め出された若者だけでも1000万人は超えると
 されるからです。
渡邊:さらにネットを使った家庭教師も全部禁止でしょう。
宮崎:これまで若者に人気の職場はIT関係やメディア関係でし
 た。けれども求人が多いのは不動産販売、製造業など不人気の
 業種ばかりです。  ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 毛沢東という人の政治スタイルは、政治がすべてであり、経済
はどうでもいいという人だったようです。習近平主席もそれに似
ていて、ちゃんとビジネスとして成り立っている教育産業やゲー
ム産業に圧力をかけ、それに関わる大勢の人の雇用を奪って、失
業率の向上に貢献しています。これでは経済がますます悪化する
ばかりです。           ──[新中国論/013]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の若者を襲う就職難、コロナの影響だけではない厳しい
  現実【洞察☆中国】
  ───────────────────────────
   中国教育部(日本の文部科学省に該当)が発表した統計に
  よると、今年秋に、中国の大学新卒者数は前年より167万
  人増え、1076万人となる。史上初めて1000万人を突
  破。2000年に新卒の数はわずか100万人だった。年々
  増え、この20年余で約10倍だ。(文:日中福祉プランニ
  ング代表・王青)
   「ゼロコロナ政策」で中国経済が失速している中で、多く
  の専門家は「新卒者にとってこれからの時代の就職は極めて
  厳しい状況になる」と指摘している。「就職難」の背景には
  上述した経済状況が原因であることはいうまでもない。さら
  に、昨年あたりから政府が繰り出すさまざまな規制が雇用市
  場に大きな影響を与えている。
   昨年7月に打ち出した小中学校の勉強の負担を減らすとい
  う「双減政策」、インターネット関連や不動産関連にも、厳
  しい規制が加えられた。大手学習塾運営関連企業だけで、約
  1000万人の失業者が出たと伝えられている。このほかも
  大規模なリストラが行われた。特に今年に入り、資本市場の
  変化で「テンセント」や「EC大手京東」などの人員カット
  のニュースが大きく注目された。もともと、これらの大手は
  今まで、一番雇用をつくり出していただけに、雇用市場への
  ダメージは大きい。      https://bit.ly/3oH00a7
  ───────────────────────────
中國都市部調査失業率の推移.jpg
中國都市部調査失業率の推移
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2022年08月05日

●「なぜビッグテックを敵視するのか」(第5787号)

 中国の経営者など知らないという人でも、馬雲(ジャック・マ
ー)という中国の経営者はご存知だと思います。そうです。アリ
ババの創業者です。ソフトバンクの孫正義氏と親しく、ソフトバ
ンクの取締役を務めていたこともあります。
 ジャック・マー氏といえば、印象に残っているシーンがありま
す。2017年のことです。ジャック・マー氏は、ニューヨーク
にあるトランプタワーを訪れ、ソフトバンクの孫正義氏に続いて
海外のIT企業経営者としては2人目のドナルド・トランプ次期
アメリカ大統領の会談相手となり、その場でマー氏は5年間でア
メリカ国民100万人の雇用を創出すると、トランプ氏に約束し
ています。
 実は、この時点でジャック・マー氏は、習近平指導部の怒りを
買っていたのです。「勝手なことをする」と。どうしてかという
と、大統領選挙期間中に中国に対して雇用喪失の責任を負わせる
という発言を繰り返していたトランプ氏に、ジャック・マー氏が
事前の承認なしに面会したことに不快感を持ったのです。
 さらに、2020年10月24日に習近平指導部を激怒させる
決定的な出来事が起こります。その日、上海で開かれた金融機関
の幹部や金融監督当局や政府の要人が出席した会合で、ジャック
・マー氏はスピーチを行い、中国政府批判を繰り広げたのです。
政府による国内の金融規制が技術革新の足かせとなっており、経
済成長のためには改革が必要だと指摘したほか、中国の銀行は、
質屋程度の感覚で営業しているとまで発言したのです。
 この発言に激怒した習近平主席は、2020年11月5日、ア
リババ傘下のアント・フィナンシャルの上海・香港同時上場を直
前に阻止。習近平政権は、反市場独占キャンペーンを開始し、ア
リババを含むインターネットプラットフォーム・メガ企業を独占
禁止法を盾にして、厳しく取り締まり、思い罰金刑まで課したの
です。ジャック・マー氏が創設した湖畔大学(ビジネスパーソン
養成学校)は国家に接収され、2021年5月に名称も変更され
ています。
 実は、江沢民政権と胡錦濤政権では、ジャック・マー氏は、ビ
ジネスマンの手本にように評価され、憧れの対象だったのです。
現在の習近平政権の頃から考えると、当時の中国はインターネッ
トもあまり規制されておらず、比較的自由だったといえます。そ
して、「ジャック・マーのように努力すれば金持ちになれる」と
もてはやされ、共産党からも賞を受ける存在だったのです。
 しかし、習近平政権時代になってからは、考え方が変わったの
です。習近平主席は、民間企業を信用しておらず、とくにアリバ
バのようなインターネットプラットフォーム・メガテックは、そ
のビジネスの性格上、必然的に自然に多くの情報が集まるので、
これは中国共産党にとって、リスクがあると考えたのです。
 これについて、中国ウォッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の
渡邊哲也氏は、次のように話しています。
─────────────────────────────
渡邊:中国共産党は国民が情報を持つのが怖いから、インターネ
 ットにどんどん規制をかけるようになりました。
宮崎:国民だけでなく民間企業に対しても情報の規制を厳しくし
 ていますね。
渡邊:習近平政権としては、民間企業がビッグデータという形で
 国が持つべき情報を勝手に使っているのは国家の脅威になると
 いう判断です。だから民間企業に制裁を科し、場合によっては
 潰しにかかっています。(一部略)
宮崎:アリババ自身も2021年4月に罰金を課されましたね。
渡邊:独禁法違反で罰金は約182億元(約2100億円)とい
 う巨額なものでした。ジャック・マー氏は2020年11月に
 中国共産党を批判するような発言をした後、6カ月近く行方不
 明になっています。
宮崎:ジャック・マー氏に対しては習近平政権から何らかの圧力
 があったのは間違いありません。
渡邊:習近平政権は、アリババのアリペイとアントの金融事業を
 分社化したうえで、決済の情報等を共産党が管理する別会社に
 移して単なるサーピサ一になれと言っていると思われます。
宮崎:要するにアリババはアリペイで、テンセントもウィーチャ
 ットペイで、中国国民の買い物履歴、行動履歴のデータを持っ
 ているわけでしょ。そうした情報を共産党が独り占めしたいの
 はよくわかります。
渡邊:アリペイやウィーチャットペイに関連するメイン事業は、
 アリババが通信販売や物流、テンセントは、ゲームやアニメな
 のです。      ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 習近平政権は、アリババなどに代表される、いわゆるインター
ネット・ビッグテックを規制の対象にする考え方として、「共同
富裕」というスローガンを掲げています。この「共同富裕」の考
え方は、「金持ちは国民の敵」というイメージを庶民に植え付け
ることに成功しつつあります。
 「共同富裕」は国民全体を豊かにすることを意味し、所得格差
など、急速な経済発展のもとで後回しにされてきた公平性の問題
に対する取り組みを通して、共産党への信認度を高める試みとい
えます。
 その一方において、「共同富裕」の考えは経済の下押し圧力に
なるということは認識されています。2021年8月に開催され
た中国共産党中央財経委員会では、不動産開発、学習支援、IT
の3つの産業について、「発展論理は大きな変化に直面し、成長
への貢献は低下する」とされています。つまり、経済への下押し
圧力になることは認めながらも、共産党政権を維持するためには
必要不可欠なことであると考えているのです。
                 ──[新中国論/014]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済はどう変わる? 習政権が掲げる「共同富裕」とは
  ───────────────────────────
   中国共産党政権が掲げるスローガン「共同富裕」。注目さ
  れている背景には、中国で広がる経済格差がある。「共同富
  裕」とは、具体的にどのような意味なのだろうか。これまで
  の「先富論」との違いや習近平国家主席の狙い、実現方法や
  今後の経済への影響について解説する。
   習近平国家主席は2021年8月、「共同富裕」の方針を
  前面に打ち出すと宣言。国際社会から注目を集めた。この言
  葉は一体どのようなものなのだろうか。
   共同富裕とは、貧富の差を縮小して社会全体が共に豊かに
  なることを指す。習主席は、高所得層や大手企業の高すぎる
  所得を調整し、社会に還元するよう促している。
   実は「共同富裕」という言葉は習主席が考案したものでは
  ない。古くは儒教を起源とする概念だ。1953年に「建国
  の父」と呼ばれる毛沢東氏が提唱した。ケ小平元国家主席が
  唱えた「先富論」と比較されやすいが、対立する概念ではな
  いことに注意が必要だ。
   先富論とは「先に豊かになれる者から豊かになりなさい」
  という意味を持つ。ただし、ケ氏の発言の意図は、一部の人
  「だけ」が金持ちになることを推奨するのではない。なれる
  者が「先に」豊かになることで、最終的に社会全体が豊かに
  なることを目指す。
   先富論を掲げてきた中国はこれまで急速な経済成長を遂げ
  米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった。しかし同時に経
  済格差が拡大し、深刻な社会問題になっている。
                  https://bit.ly/3Sh1khp
  ───────────────────────────
ジャック・マー(馬雲)氏.jpg
ジャック・マー(馬雲)氏
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2022年08月08日

●「台湾政策のあいまいさからの脱皮」(第5788号)

 ナンシー・ペロシ米下院議長が、8月2日の午後10時43分
米軍用機で台北の松山空港に到着しています。現職の米下院議長
の台湾入りとしては、1997年のニュート・ギングリッチ氏以
来、25年ぶりの台湾入りになります。
 しかも、ギングリッチ氏のときは、事前に中国を訪問し、その
うえで台湾入りしているのに対し、ペロシ議長はアジア歴訪であ
りながら中国には寄らず、訪問先のマレーシアのクアラルンプー
ルから、直接台湾入りしていることが大きく違います。
 しかし、中国としては、ギリギリ回避できると踏んでいたよう
です。それは、7月28日夜に、バイデン米大統領との電話会談
が予定されていたからです。そこで習近平主席はバイデン大統領
を説得できると考えていたようです。この電話会談で、習近平主
席はバイデン米大統領に対し、ペロシ議長の訪台を念頭に次のよ
うに厳しく警告しています。クギを刺したのです。
─────────────────────────────
 台湾問題に関する中国政府と中国人民の立場は一貫しており、
中国の主権と領土の一体性を断固として守ることは、14億人以
上の中国人の確固たる意志である。中国の民意に逆らって火遊び
すれば、大やけどを負うことになる。     ──習近平主席
─────────────────────────────
 しかし、米中首脳による電話会談がこの時期にセットされてい
たことが、逆にペロシ訪台を止めることができなかった原因とい
えます。もともとこの米中首脳会談は、米国としては、インフレ
を少しでも緩和するため、中国への制裁の一部解除について話し
合う予定でいたのです。中国にとってもこれはメリットのある話
であるはずです。
 しかし、8月は中国にとって時期が最悪なのです。8月には、
長老たちと人事などの諸問題について話し合う北載河会議があり
それをクリアして、秋には自身の3期目を決める共産党大会が控
えているからです。
 バイデン大統領としても、ただでさえ支持率が低迷しているの
で、軍が反対しているペロシ訪台を内心止めたかったに違いない
と思います。米大統領に下院議長の外遊を止める権限はありませ
んが、訪台すれば、万一の場合、中国との戦争になりかねないリ
スクがあると判断されれば、大統領は水面下でペロシ議長と交渉
し、訪台を延期するか、断念してもらうことは不可能ではなかっ
たといえます。その場合は、どんなに訪台の噂が出ていても、下
院議長の訪台計画は、はじめからなかったことにして、実行に移
さなければいいからです。
 しかし、ペロシ訪台の情報は早くから表沙汰となっていたし、
時期も8月はじめに設定され、米議会がペロシ議長の訪台を全面
的に支持していたので、ペロシ議長としては、訪台をやめる選択
肢は最初からなかったといえます。
 このような状況において米中首脳会談を開けば、ペロシ訪台が
テーマとならざるを得ないし、中国としては、それを厳しく警告
することになります。バイデン大統領も、習近平主席から「火で
焼かれて大やけどをするぞ!」と脅され、ペロシ訪台を断念すれ
ば、米国は中国に屈したと喧伝される結果になるので、やらざる
を得なくなります。
 そして実際にペロシ議長の台湾訪問は強行されたのです。これ
について、中国分析に詳しい遠藤誉氏は、次のようにコメントし
ています。
─────────────────────────────
 習氏がここまで言い、それでもペロシ氏は台湾に入った。はっ
きり言って「習近平の負け」であり、「習近平のメンツは丸つぶ
れ」である。これほどメンツをつぶされて、抗議声明だけなら、
権威が失墜する。必ず報復する。その最たるものが「台湾包囲作
戦」だ。(一部略)
 台湾と中国の中間線を越えて、台湾を含む6海域。すべての流
通を遮断するので、この報復が最も重い。台湾の軍隊が人民解放
軍に一発でも報復狙撃すれば「戦争開始」になるから台湾は撃て
ない。中国は台湾の長期包囲網の予行演習をしているようだ。
          ──2022年8月5日発行「夕刊フジ」
              /「鈴木棟一の風雲永田町」より
─────────────────────────────
 バイデン米大統領、ペロシ米下院議長、習近平中国国家主席、
この3人のうち、誰が一番勝ったかといえば、ダントツにペロシ
議長です。圧勝です。
 これについて、メネンデス上院外交委員長(民主党)は、米国
の台湾政策について「これまでのあいまいさを少なくする必要が
ある」とし、「台湾海峡の平和と安定を維持するための抑止力に
は、明確な言葉と行動が求められている」として、今回のペロシ
訪台を評価しています。
 これに対して、復旦大学国際問題研究所長の呉心伯氏は、中国
立場に立って、次のように論評しています。
─────────────────────────────
 米議会のペロシ下院議長の訪台は、中国に決定的な対米不信を
生んだ。新政権に代わろうが、長期間変わらないものになるだろ
う。7月末の中米首脳協議で習近平(シーチンピン)国家主席は
バイデン大統領に台湾問題での懸念を伝えた。中国はバイデン氏
がペロシ氏を説得してくれると信じていた。
 しかし期待は裏切られた。明確になったのは、バイデン氏には
国内政治をコントロールする意思も能力もないということだ。い
くら中米関係で前向きな発言をしても、もはや彼には何の期待も
できない。米国は確かに三権分立の制度を採っているが、外交は
行政府、つまり大統領に責任がある。バイデン氏とペロシ氏は同
じ党に属している。バイデン氏の説得工作が十分でなかったこと
は明らかだ。  ──2022年8月5日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/015]

≪画像および関連情報≫
 ●緊張激化を承知で訪台強行、ペロシ氏の評価は?
  ───────────────────────────
  【ワシントン=吉田通夫】注目された台湾訪問を終えたペロ
  シ米下院議長。威圧を強める中国に屈することなく台湾をは
  じめとする民主主義国家を支援する姿勢を示したことで評価
  を高めた一方、中国との間で緊張が高まることを知りながら
  訪台を強行したことに疑問の声も上がっている。
   ジャンピエール米大統領報道官は3日の記者会見で、「議
  長の訪台は前例があり、中国政府が台湾海峡やその周辺で攻
  撃的な軍事活動を強化する口実にはならない」と従来の米政
  府の立場を繰り返し、中国に自制を求めた。
   だが中国は、ペロシ氏の訪台計画が報じられた7月中旬か
  ら厳しい対抗措置をとると通告。米国家安全保障会議(NS
  C)のカービー戦略広報調整官が2日の記者会見で、中国側
  の大規模な演習を「事前の予想通り」と述べたことからも分
  かるように、強い反発を予期していた。それでも政治家キャ
  リアの集大成として訪台を熱望するペロシ氏をバイデン政権
  は止められず、中国政府に台湾への圧力を強めるための口実
  を与える形となった。
   米シンクタンク大西洋評議会のシャーリー・ハーギス氏は
  ペロシ氏が中国の威圧に屈することなく訪台したことで「民
  主主義を支持し独裁主義に反対するという、レガシーを築い
  た」と評価した一方、「中国との緊張を不必要に高め、われ
  われを(ロシアが侵攻する)ウクライナと台湾という二面戦
  争に位置付けたかもしれない」と懸念も示す。
                 https://bit.ly/3OXVa2M
  ───────────────────────────
台湾入りしたペロシ下院議長.jpg
台湾入りしたペロシ下院議長
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2022年08月09日

●「中国の対台湾への軍事演習の見方」(第5789号)

 本稿執筆時点の2022年8月7日現在、中国軍はペロシ訪台
に抗議の意思を示すとして、台湾周辺での軍事演習を続行させて
います。演習は7日までとなっているものの、台湾海峡の「中間
線越え」は今後も常態化する可能性があります。これについて、
NHKウェブでは、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことに対抗して、
中国軍は台湾周辺での大規模な軍事演習を7日午後まで行うとし
ていますが、今後も台湾海峡の「中間線」を越える軍事活動を常
態化させ、軍事的な圧力を強めるのではないかと懸念が広がって
います。アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことへの対
抗措置だとして、中国軍は今月4日から日本時間の7日午後1時
まで期間を設けて、台湾を取り囲むように合わせて6か所の海域
と空域で大規模な演習を行っています。(中略)
 一方、台湾国防部は6日も中国軍の航空機や艦艇が台湾海峡の
「中間線」を越えて活動したことを確認し「台湾本島に対する攻
撃の模擬訓練」という見方を示しています。そして「中国軍が連
日、台湾海峡周辺に航空機や船舶の航行禁止区域を設定して演習
を行っていることは、一方的な現状変更だ」と非難しました。大
規模な軍事演習の終了後も中国が「中間線」を越える軍事活動を
常態化させて、台湾に対する軍事的な圧力を強めるのではないか
と懸念が広がっています。      https://bit.ly/3dcRBbS
─────────────────────────────
 軍事的に台湾を攻略することを考えるとき、台湾海峡と、その
南側、フィリピンのルソン島との間のバシー海峡の2つの海峡を
封鎖することが必要条件になります。これら2つの海峡について
は、添付ファイル「中国軍の演習区域」を参照してください。
 今回、中国が演習を行っているエリアは、これら2つの海峡を
含んでおり、台湾進攻のさいの実践訓練を行っているものと考え
られます。これについて、笹川平和財団の小原凡司上席研究員は
なぜ、それが必要なのかについて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 この2つの海峡を封鎖すれば、台湾の物流を止めることができ
る。戦略物資だけでなく、食料品も入ってこなくなり、台湾が干
上がる。それが「できる」という中国の意思表示だろう。
           ──笹川平和財団の小原凡司上席研究員
              2022年8月6日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 中國には、どのような状況になったら、台湾を武力侵攻すべき
か判断する「戦争触発6項目条件」というものが定められていま
す。その6項目とは、次の通りです。
─────────────────────────────
    @台湾当局による公然とした独立宣言
    A台湾当局による独立をめぐる住民投票の実施
    B台湾の外国軍駐留
    C台湾の核兵器開発再始動
    D台湾が軍事手段を持って大陸を攻撃したとき
    E台湾での大規模暴動発生 ──福島香織著/徳間書店
      『習近平最後の戦い/ゼロコロナ、錯綜する経済/
                    失策続きの権力者』
─────────────────────────────
 このように中国は、台湾はあくまで中国の一部であるとする、
「1つの中国」を主張しますが、はっきりいってこれは無茶苦茶
な主張といえます。なぜなら、台湾は、独立した政府と通貨と軍
隊を持ち、独自の憲法を有し、中国とはまったく異なる民主主義
政治を行っている事実上主権国家であるからです。
 しかし、もし、台湾が主権国家と同じような振る舞い、例えば
国連への加盟申請を行えば、中国はそれをもって台湾が@の「公
然とした独立宣言」をしたとみなし、戦争を仕掛ける口実にする
はずです。
 そもそも中国は、国交を結ぶときに「1つの中国」を認めさせ
ています。国交締結の条件にしているのです。これは、米国と日
本も同様です。しかし、米国は、「台湾関係法」を制定し、台湾
に対し、武器の支援などを行えるようにしています。
 台湾関係法は、カーター政権による台湾との米華相互防衛条約
の終了に伴って、1979年に制定されたものであり、台湾を防
衛するための軍事行動の選択肢を米大統領に認めています。しか
し、米軍の介入は義務ではなく、オプションであるため、この法
律は米国による台湾防衛を保証するものではないのです。
 今回の中国の台湾への軍事演習について、元自衛艦隊司令官の
香田洋二氏と、軍事に詳しい元官房副長官補の兼原信克氏は、ペ
ロシ訪台後の中国の軍事演習に次のように述べています。
─────────────────────────────
◎香田洋二氏
 米国は軍事的に中国よりも優位に立つ。ペロシ氏の台湾訪問は
米国が中国の脅迫や警告でけん制されないと示した。中国が(軍
事演習などで)強気に出ているのは、国内向けの発信の側面があ
る。中国軍の実戦に近い軍事演習は日米がさまざまな情報を集め
る機会にもなる。あまり利口なやり方ではない。一気に事態が緊
迫することがあり得るとすれば、中国の意図した挑発によって現
場で衝突が起きた場合だ。
◎兼原信克氏
 中国はペロシ氏の台湾訪問を脅しによって止められると思って
いたのだろう。このままでは党大会を前に習近平国家主席に傷が
付きかねないということで軍事演習を始めた。米国を甘く見たと
ころがある。米中間の緊張は高まっているものの、中国が早期に
台湾に侵攻することはないだろう。
          ──2022年8月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/016]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、台湾周辺で過去最大の軍事演習を開始 米下院議長の
  訪台で反発
  ───────────────────────────
   アメリカのナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問を受け、
  中国は4日、台湾近海で過去最大の軍事演習を開始した。実
  弾演習は、現地時間4日正午(日本時間午後1時)に始まっ
  た。台湾が領海だと主張する沿岸12カイリ(約22キロ)
  内でも演習が行われる予定。中国軍は台湾の北東沖と南西沖
  の海域に、弾道ミサイルを複数発射した。
   ペロシ米下院議長は2日深夜から3日夜までの短い時間な
  がら、台湾を訪問。物議を醸した。台湾を分離した省とみな
  している中国は3日、「必要かつ正当な」軍事演習を4日か
  ら7日まで実施すると発表した。台湾は、中国が現状変更を
  試みているとしている。中国の反発は、この軍事演習が主体
  だ。併せて台湾との貿易を一部遮断する措置も取っている。
   今回の演習では、世界で最も交通量の多い航路の一部にお
  いて、「長距離実弾射撃」などを行う予定だとしている。台
  湾は船舶に対し、代替航路を探すよう求めた。隣国・日本や
  フィリピンとは、代替航空路について交渉している。
   台湾によると、中国の戦闘機27機がすでに、台湾が設定
  している防空識別圏に侵入したという。台湾の国防部(国防
  省)は3日、ジェット機を発進させ中国側に警告を発した。
  国防部はその後、おそらくドローンとみられる正体不明の航
  空機が金門島の上空を飛行したと付け加えたと、ロイター通
  信は報じた。台湾軍は航空機を追い払うため照明弾を発射し
  警戒を続けたという。      https://bit.ly/3bATvCB
  ───────────────────────────
中国軍の演習区域.jpg
中国軍の演習区域
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2022年08月10日

●「中国はいつ台湾進攻を実施するか」(第5790号)

 現時点で明確にいえることではありませんが、中国による台湾
侵攻は、いつ起きてもおかしくない状況であるといえます。ここ
習近平時代の10年間、中国の軍備は拡大増強され、その数にお
いては、米国に十分匹敵する規模になりつつあります。空母も、
「遼寧」「山東」に続いて「福建」が今年の7月に就航し、3隻
体制になっています。なお、「福建」は、中国にとって待望の電
磁カタパルトが装備されいてます。
 しかし、2021年7月の時点での米軍と中国軍との軍事力の
比較では、圧倒的に米軍が勝っており、まだまだ中国軍は、米軍
に及ばない状況です。
─────────────────────────────
         軍事費 ・・・・ 米国
         総兵力 ・・・・ 中国
         地上軍 ・・・・ 米国
         空軍力 ・・・・ 米国
         海軍力 ・・・・ 米国
         核弾頭 ・・・・ 米国
        ミサイル ・・・・ 中国
                  https://bit.ly/3bAUH9b
─────────────────────────────
 問題は数ではないのです。空母打撃群というのは、空母および
その航空団、護衛艦およびその搭載武器システムを駆使して、対
空・対地・対水上および対潜のいずれの分野においても、優れた
戦闘能力を備える必要があります。
 それに加えて、空母自ら洋上を機動するという機動力に加えて
空母の充実した旗艦能力に支えられた指揮・統制および情報戦能
力にも優れていなければなりません。中国は、そういう空母打撃
群を駆使して、一度も戦争をしたことのない国であり、11隻の
空母を有し、何回も戦争をしている米国に勝てるはずがないとい
えます。むしろ空母を駆使する戦闘であれば、もともと海洋国家
であり、日本海軍のDNAを受け継ぐ海上自衛隊の方がはるかに
優秀です。しかも日米で米国の空母を使って、共同訓練を何回も
やっているので、日本の海上自衛隊の方が慣れています。
 そういう米国との実力差については、中国もよくわかっていて
今台湾に手を出すことはないと考えられます。習近平主席の計画
としては、今年の10月の共産党大会において3期目を決定し、
さらにそれから5年後の2027年までに、台湾の統一化を実現
するというものです。2027年は、人民解放軍創設100周年
に当たる記念の年でもあり、その成果を持って、その年の共産党
大会で4期目を決めるという計画です。
 しかし、その習近平主席の計画に今黄色信号が点滅しはじめて
います。コロナ禍もあって経済が落ち込み、不動産バブルの崩壊
をはじめ、多くの国内問題が生じています。それに習主席が進め
るゼロコロナ政策の評判がよくないのです。押さえ込んでいるは
ずの李克強首相が最近になって積極的に動き出しています。
 そういうときに、最悪のタイミングで、ナンシー・ペロシ米下
院議長が、習近平国家主席がバイデン米大統領に事前に懸念を伝
えていたにもかかわらず、台湾を訪問したのです。これによって
中国国民は、米国に対する反発だけでなく、中国政府にも不満を
向けています。「何をやっているのか」というわけです。
 8月8日(月)の「羽鳥慎一モーニングショー」で、テレビ朝
日の千々岩中国総局長は、中国国民の中国政府への批判が相当強
いことをレポートしていました。それに加えて千々岩中国総局長
は、「個人意見だが、これまで絶対確実と考えてきた『習近平3
選』が絶対確実とはいえない」と発言しています。台湾発の新興
ニュースメディア「ザ・ニュース・レンズ」も、中国国民は「政
府は口だけ」と、政府への失望を次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ペロシ氏を止められなかったことで、「中国政府は口だけだっ
た」などとする失望の声が急増。それに対し「環球時報」の元編
集長、胡錫進氏は微博で、「台湾はすぐ隣だ。われわれは全ての
カードを握っている」とし、「わが党や政府、中国人民解放軍を
信じろ。ペロシは中国の主権や領土権を覆すことはできない」と
訴えた。SNSの書き込み内容に過敏な中国当局だが、炎上しが
ちな胡氏の過激メッセージについては、削除してこなかった。ニ
ューズウィーク誌は、専門家の見解として、「当局は暗黙の了解
で胡氏の強硬路線を支持しているからだ」と伝えた。
                  https://bit.ly/3zxmgIc
─────────────────────────────
 実は、昨年の暮れのことですが、習近平指導部は不審な動きを
しているのです。関連のある2021年12月23日の毎日新聞
は次のように報道しています。日本人がこの記事を読んでも何の
ことかわからない人が多いはずです。
─────────────────────────────
 中国軍の階級最高位の上将で、国防大学政治委員を務めた劉亜
洲氏(69)が今月、当局に連行され、汚職などの疑いで調査を
受けていることが23日、分かった。複数の関係筋が明らかにし
た。劉氏は、故李先念・元国家主席の娘である李小林・前中国人
民対外友好協会会長の夫。李小林氏は対日政策に深く携わったが
劉氏は対日強硬派としても知られる。 https://bit.ly/3PbCgFI
─────────────────────────────
 習近平主席という人は、何か大きなことをする前には、そのこ
とに反対意見を持つ人を何らかの理由をつけて、逮捕したり、失
踪させるなどして、ことを進めてきています。きわめて慎重な人
です。習近平主席が就任以来進めてきている「トラもハエもたた
く」のスローガンで知られる汚職根絶運動の一環です。
 それでは、劉亜洲氏とは何者なのでしょうか。習指導部はなぜ
劉亜洲を連行したのでしょうか。彼は一体何をやったのでしょう
か。12日のEJで解説することにします。
                 ──[新中国論/017]

≪画像および関連情報≫
 ●中国国民は不満、ペロシ氏訪台への政府対応/強硬な出方の
  理由にも
  ───────────────────────────
   ペロシ米下院議長の台湾訪問を阻止するために中国の対外
  強硬派が提案していたような過激な措置が取られなかったこ
  とで、一部の本土市民は失望している。
   中国共産党機関紙系の環球時報前編集長、胡錫進氏は先に
  軍用機によってペロシ氏の搭乗機を「強制的に排除」するこ
  とさえ可能だとツイートしていた。その投稿はすでに削除さ
  れており、胡氏はペロシ氏が台湾に到着した後、ソーシャル
  メディア「微博(ウェイボ)」を通じ、「外交努力と世論に
  よってペロシ氏の訪台を阻止できなかった」と認め、「人々
  は失望している」と書き込んだ。
   5年に1度の共産党大会を年内に控えている習近平総書記
  (国家主席)にとって、国民の失望は特に問題だ。ミサイル
  試射や台湾周辺での軍事演習の計画、経済的報復措置で中国
  は対応したものの、特に胡氏が強く抱いていたような期待に
  は応えなかった。
   市民の不満は中国政府が台湾に対するより強い措置を打ち
  出す理由になるかもしれないと、中国共産党の新聞で編集長
  をしていたケ聿文氏は指摘。国民の失望は「習総書記の権威
  に対する大きな打撃だ」と述べた。外務省の華春瑩報道官は
  北京で3日開いた記者会見で、米国と台湾は「中国の対抗措
  置を徐々にかつ執拗に感じるだろう」と発言。「中国の主権
  と領土の一体性を断固として守るため、われわれは必要なあ
  らゆることを行うと非常に明確にしている」としたうえで、
  「しばらく辛抱してほしい」と呼び掛けた
                  https://bit.ly/3zHvoKs
  ───────────────────────────
劉亜洲上将.jpg
劉亜洲上将
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2022年08月12日

●「台湾武力統一放棄論を説く劉亜洲」(第5791号)

 2021年12月19日のことです。劉亜洲なる人物が失踪さ
せられたのです。「失踪させられる」とは微妙な表現ですが、当
局によって、どこかに連れていかれたと考えられます。
 この劉亜洲氏は、中国国防大学の元政治委員で、解放軍きって
の理論家であり、「上将」の肩書で呼ばれる軍の大物です。この
「上将」という階級ですが、もともとは「大将」の下位で、「中
将」の上位の階級として位置付けられていますが、現在では大将
がほとんど任命されないので、上将が事実上の最高ランクのポジ
ションとなっています。劉亜洲氏は八大元老の一人で、国家主席
を務めたこともある李先念氏を岳父に持つ大物です。
 劉亜洲氏は、かねてから「台湾武力統一放棄論」を公然と主張
していた人物として知られます。中国ウオッチャーの一人、福島
香織氏によると、この事件はメディアの報道ではなく、ニューヨ
ーク在住の中国人作家、卒汝諧氏が、今年の2月19日にブログ
上に次のように書き込んだことによって判明したのです。
─────────────────────────────
 今朝、北京の兄貴分(消息筋)の一人から電話があって、劉亜
洲が北京で、その弟の劉亜偉が広州で同時に拘束されたという。
私が「どういうことなのか?こんなタイミングで劉亜洲が何かし
でかしたというのか」と聞くと、兄貴は「劉亜洲は自分を過大視
しており、眼中に誰も映っていない。だから習近平本尊を根本的
に馬鹿にしていた。それが様々な反動的言論の中に常に散見され
ていた」と言う。         ──福島香織著/徳間書店
              『習近平最後の戦い/ゼロコロナ
             錯綜する経済、失策続きの権力者』
─────────────────────────────
 現在、はっきりしているのは、弟の劉亜偉氏については、逮捕
されたわけではなく、連絡もとれているということですが、劉亜
偉氏によると、兄の劉亜洲については、連絡がとれず、どういう
状況にあるのか皆目わからないといいます。
 劉亜洲氏とその一家について、福島香織氏の本から要約して、
ご紹介します。
 劉亜洲氏は、1952年生まれ、空軍上将で、第18期中央委
員を務めています。北京軍区、成都軍区の空軍政治委員、規律検
査委員書記、国防大学政治委員を歴任し、2017年には退役し
ています。
 複数の弟がいますが、次男の劉亜蘇氏はかつての総参謀部情報
局に所属する情報将校で、外交の裏工作的な仕事、インテリジェ
ンス方面の専門家です。かつては、広東省情報調査研究センター
主任などを務めて、台湾マフィアを介して中台統一工作に関わっ
ていたとされています。
 三男の劉亜偉は、米国留学後に米国に定住し、複数の大学教授
を務めた後、米民主党系シンクタンク、カーターセンターに所属
する中国問題研究者として活躍。カーター大統領の訪中に5回随
行し、当時の中国の最高指導者、ケ小平とも面識があります。
 つまり、劉亜洲氏は軍人ファミリーの出身で、現在なお兄弟が
軍の中枢にいて、妻の李小林氏はかつての国家主席、李先念氏の
娘という大変な名門一家であるといえます。なお、劉亜洲氏は、
日本に対する過激な反日言論でも知られ、反日タカ派軍人として
知られていましたが、最近の論評は大きく変わってきているとい
えます。とくに注目すべきは福島香織氏による次の記述です。
─────────────────────────────
 彼の反日/言論も風向きが変わってきており、2019年10
月の『当代世界』誌への寄稿文では、(中国が、釣魚島「=魚釣
島」を軍事攻略しようとしたら)日本が4時間で(解放軍)東海
艦隊を殲滅することはあり得ると、日本の軍事力を評価している
ともとれる発言をして、中国愛国世論からバッシングを受けたこ
ともあった。劉亜洲はその優秀さ、李先念の娘婿という立場から
習近平政権1期日の初期に国防部長になるのではないか、という
予測もあったのだが、その後、習近平との関係が急激に悪化して
いくのは、こうした発言が習近平のカンにさわったからではない
かという声もある。  ──福島香織著/徳間書店の前掲書より
─────────────────────────────
 劉亜洲氏の記述によると、「中国が尖閣諸島を軍事攻略しよう
としたら、日本が4時間で(解放軍)東海艦隊を残滅することは
あり得る」とありますが、それができるかどうは別として、習近
平指導部がこれを見たら、激怒するのは目に見えています。しか
し、日本の海上自衛隊は、能力的には、それをやり遂げることは
十分できると思っています。問題は法律の問題です。
 ある中国の軍事専門家は、尖閣諸島に上陸することはやろうと
思えばできるが、銃弾や食料を島に運ぶ兵站をどうするかが一番
の難問であると指摘したといわれます。中国は船で運ぼうとする
でしょうが、それを許すような海上自衛隊ではありません。
 そもそも尖閣諸島に中国の海上民兵が上陸した時点で、那覇か
ら航空自衛隊機が出撃し、航空優勢を確保しようとします。この
とき、尖閣諸島に一番近い下地島空港が使えれば、さらに盤石で
す。これで、中国の艦船は尖閣諸島に近づけなくなります。
 現代の日本人は、自衛隊の本当の実力については知らない人が
多いと思いますが、実はなかなか精強なのです。日本の海上自衛
隊は、米国海軍主催でハワイ周辺海域で実施されている各国海軍
の軍事演習「リムパック」に1980年から毎回参加しています
が、今や米海軍に次ぐ規模の艦艇で参加し、きわめて優秀な成績
を収めています。
 これとは別に、米軍と海上自衛隊は、奪われた島を奪還する訓
練も何回もやってきています。自国の領土ですから、そう簡単に
占領させるわけにはいかないからです。とくに日本の海上自衛隊
は、旧日本海軍のDNAを受け継いでいるので、きわめて精強で
す。劉亜洲という人は、そういう日本の海上自衛隊の実力をよく
知ったうえで、尖閣列島に下手に手を出すと痛い目に遭うと警告
したのでしょう。         ──[新中国論/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「中国は武力衝突避けるべき」習主席側近の論文が波紋
  尖閣めぐり日中衝突すれば「中国に退路はない」
  ───────────────────────────
  【北京=矢板明夫】中国人民解放軍の上将で、習近平国家主
  席の側近として知られる国防大学政治委員の劉亜州氏が最近
  共産党機関紙、人民日報が運営する人民ネットなどで発表し
  た日中関係に関する論文で「中国は武力衝突を極力避けるべ
  きだ」と主張し、中国国内で波紋を広げている。専門家の間
  では、「習政権が従来の対日強硬策を改めた兆しかもしれな
  い」との見方が浮上している。
   劉氏は論文の中で、近年の日中関係の悪化について「北東
  アジアだけの問題ではなく、米国が裏で糸を引いている」と
  の認識を示した。その上で、安倍晋三首相を「日本の右翼勢
  力」と決めつけ、「中国との対立を深めることを通じ、憲法
  改正につなげようとしている」と推測した。
   尖閣諸島(沖縄県石垣市)の現状について、劉氏は「19
  80年代までのような日本による単独支配の状況でなくなっ
  た」と主張。同海域で中国が日本と武力衝突すれば、「中国
  は勝つ以外に選択肢はなく、退路はない」と強調した。さら
  に「敗北すれば、国際問題が国内問題になる可能性がある」
  とし、現在の共産党一党独裁体制を揺るがす事態に発展しか
  ねないとの危機感を示した。劉氏は一方で、武力衝突で日本
  が負けても、尖閣諸島の実効支配の主導権を中国に渡すだけ
  で実質的損失はほとんどないとした。
                 https://bit.ly/3A84QDH
  ───────────────────────────
劉亜洲元空軍上将.jpg
劉亜洲元空軍上将
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2022年08月15日

●「日本海軍は消滅せずに続いている」(第5792号)

 先週金曜日のEJで、劉亜洲氏という中国の元空軍上将が20
21年暮れから行方不明になっているというニュースをお伝えし
ました。この劉亜洲氏は、反日の急先鋒として知られている人で
すが、日本の自衛隊の実力をよく調べていて、「中国が尖閣諸島
を軍事攻略しようとしたら、日本が4時間で(解放軍)東海艦隊
を殲滅することはあり得る」と、ある雑誌への寄稿文で述べてい
ます。ちなみに、劉亜洲氏は「台湾武力統一放棄論」を提唱して
います。習近平主席に睨まれて当然です。
 ロシア軍によるウクライナへの侵攻以来、日本への戦争などあ
り得ないと考えていた大半の日本人の考え方が、いまここにきて
大きく変わりつつあります。それと同時に「今の自衛隊で大丈夫
なのか」「自衛隊はどこまで戦えるのか」という疑問も感じてい
る人が多いと思います。
 日本の自衛隊の実力がどのレベルであるかについては、簡単に
はいえませんが、こと海上自衛隊に関しては、その戦闘能力は、
相当高いレベルにあることは確かです。それは、かつての帝国海
軍のDNAをしっかりと受け継いでいるからです。それを一番よ
く知っているのは米軍です。したがって、米国海軍と海上自衛隊
が組むと、世界最強とまでいわれています。
 それには、そもそも海上自衛隊の創立について知る必要があり
ます。これに関してぜひ読んでいただきたい本があります。この
本を読むと、知られざる海上自衛隊誕生秘話について詳しく知る
ことができます。日本人にとってきわめて痛快な話であります。
─────────────────────────────
                        阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 海上自衛隊の誕生秘話とは何でしょうか。このことは、自衛隊
の実力を知るうえで、役立つと思われるので、若干テーマから脱
線しますが、少していねいにお話しすることにします。
 昭和20年(1945年)8月の敗戦を機に、帝国海軍は消滅
します。海軍軍人は武装解除され、日本海軍の持つ戦艦「長門」
をはじめとする残存艦艇はしかるべく処分されたのです。
 しかし、この時期において武装解除されないで、そのまま生き
残った部隊があります。それが、帝国海軍掃海部隊です。それも
尋常な規模ではないのです。掃海部隊の陣容は、艦船391隻、
人員1万9100人に及び、田村久三海軍大佐が率いる指揮官を
はじめ、すべて乗組員は海軍時代のそのまま残り、日本近海の機
雷除去に取り組んだのです。
 GHQの民生局は、掃海部隊を指揮する旧海軍士官を追放しよ
うとしたのですが、米極東海軍司令部がこれに反対し、海軍の現
役部隊がそっくりそのまま残ったのです。これによって、「日本
海軍は消滅していない」といわれるようになります。
 なぜ、海軍掃海部隊が残されたかです。それは、終戦当時の日
本列島の沿岸水域には多数の機雷が敷設されており、ポツダム宣
言受託後マニラで開かれた日米軍担当者会議で、その機雷の処理
は終戦処理の一環として日本が行うことになったからです。
 この機雷によって、多くの犠牲が出ています。阿川尚之著の前
掲書は次のように記述されています。
─────────────────────────────
 戦争が終わると、日本の沿岸には、米海軍が敷設した感応磯雷
が約1万1000個、帝国海軍が敷設した防御用機雷が、約5万
5000個残っていた。経済活動再開にとって、機雷の存在は危
険きわまりない。現に何隻もの民間船舶が触雷して沈没し、多数
の犠牲者が出た。たとえば降伏直後の1945年8月22日、朝
鮮半島へ帰還する人々を大湊から舞鶴へ移送中の「浮島丸」が舞
鶴烏島付近で触雷沈没、524名の溺死者を出した。10月7日
には、関西汽船の「室戸丸」が内海九州航路再開第一船として大
阪港を出港直後に触雷沈没、336名の死者および行方不明者を
出した。生存者はわずか25名である。1948年1月28日に
は同じ関西汽船の「女王丸」が瀬戸内海の牛窓港に向けて黒島付
近を航行中触雷し、15分で沈没、193名の人命が失われた。
戦後船舶の触雷による被害は、1953年現在で死亡および行方
不明1294名、重軽傷402名に上る。
                ──阿川尚之著の前掲書より
─────────────────────────────
 このとき、帝国海軍掃海部隊の掃海作業ぶりを見て、その練度
の高さに舌を巻いたのが、日本に駐在していたアーレイ・バーク
海軍少将です。バーク少将は、極東米海軍司令官ターナー・ジョ
イ中将の補佐役として日本に赴任していたのです。
 海軍軍人であるアーレイ・バーク少将にとって、掃海作業が地
味ではあるものの、いかに重要であるかを熟知しています。ボロ
ボロの老朽船を率いながらも、その掃海技術の練度の高さは驚く
べきものであり、少なくとも米国海軍の掃海部隊を、はるかに上
回っていると見抜いています。それは、日本海軍そのものが、い
かに優秀であるかの証明であると判断したのです。
 この掃海部隊は、海軍省から名称変更された復員省、復員庁第
2復員局、総理庁第2復員局、運輸省海運総局掃海管船部を経て
規模を少しずつ縮小しながら、1948年に発足した海上保安庁
へと引き継がれ、部隊は一度も解体されることなく、現在に至っ
ています。
 話はこれで終わりではないのです。1950年6月26日に朝
鮮戦争が始まります。1950年9月15日、国連軍最高司令官
マッカーサー元帥の指揮のもと、国連軍は、韓国ソウルの西方約
20キロ付近の仁川(インチョン)へ上陸し、北朝鮮からソウル
を奪還することに成功しています。
 アーレ―・バーク少将は、ジョイ中将から、北朝鮮の東岸に位
置する元山上陸作戦案の立案を命じられます。東西から平壌を突
こうという作戦です。しかし、この作戦には大きな難問があった
のです。             ──[新中国論/019]

≪画像および関連情報≫
 ●世界は「機雷除去は海自掃海に任せるのが当然」と思って
  いる/元タンカー乗りが怒りの直言(下)木村正人氏
  ───────────────────────────
   実践で鍛えられてきた海上自衛隊の実力は世界でずば抜け
  た実力を有しており、また世界はそれを認め、期待していま
  す。ペルシャ湾掃海は最初にアメリカ海軍、イタリヤ海軍、
  イギリス海軍などが掃海に従事し、浮流機雷は除去しました
  が、残りは海底に潜む磁気機雷で、この掃海は海上自衛隊に
  すべてを任せ撤収しました。
   100%の掃海を目指し、海上自衛隊掃海部隊の実力を発
  揮し、完全に100%の掃海を成し遂げました。世界の国々
  特にタンカー乗りは『Japan Navy(正式にはJapan Maritime
  Self-Defense Force)』を大絶賛しております。
   確かに我が海上自衛隊が持つ掃海能力は、ずば抜けて世界
  一と賞賛されるモノです。ですから、ホルムズ海峡の掃海は
  海上自衛隊掃海部隊に任せるのが当然との考えです。これこ
  そが国際貢献であり、しかも最大の利益を得るのは我が国の
  輸送路確保です。シーレーン防衛の最大の功績です。
   ところが我が国ではシーレーン防衛の重要性を理解できず
  に自衛隊掃海部隊の活躍をまったく無視するか、憲法を踏み
  にじるとんでもない違法行為のような受け取られ方で、誠に
  義憤を感じています。日本は海に囲まれた国ですが、江戸時
  代の鎖国令を引きずったままの感覚で、海運に関する知識も
  関心も低く、国民生活の必需品がどのようにして輸送されて
  いるのか関心がありません。これは国民の全体の発想、価値
  観で、(シーレーンの重要性を理解していなかった)戦前の
  軍部の発想そのものです。    https://bit.ly/3C31P9f
  ───────────────────────────
アーレイ・バーク氏.jpg
アーレイ・バーク氏
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2022年08月16日

●「朝鮮戦争で掃海任務を果たす日本」(第5793号)

 アーレイ・バーク中将は、朝鮮戦争における「元山上陸作戦計
画」を立案するに当たり、大きな問題があることを発見します。
それは、当時北朝鮮東海岸沖には、ソ連専門家の援助を受けて、
北朝鮮が、数千個に及ぶ機雷を敷設していて、とても上陸できる
状況にはなかったことです。しかも、作戦予定日は10月20日
と決められていて、時間がないのです。
 しかし、朝鮮戦争が始まった1950年9月の時点において、
米太平洋艦隊の掃海部隊の任務は解かれており、掃海任務は、駆
逐艦補給艦隊部隊の付随業務に格下げされていたのです。バーク
中将が「元山上陸作戦計画」を立てる時点で、米太平洋艦隊の有
する掃海艇は、たった7隻しかなかったといいます。
 連合軍にそれを実行できる掃海部隊はいないし、米国から派遣
させるのでは間に合わない。方法はひとつしかなかったのです。
それは旧日本海軍の掃海艇部隊の投入です。問題は、日本側がそ
れを受け入れるかどうかです。
 何よりも海上保安庁長官の大久保武雄氏と話し合うことが必要
であると考えたアーレイ・バーク中将は大久保氏に電話をかけて
「極東米海軍司令部へ速やかに足を運ばれたし」と要請します。
このとき、極東米海軍司令部は旧東京銀行本店に設置されていた
のです。明治生命館は極東空軍司令部だったと思います。
 大久保長官は、掃海艇派遣の要請を受けて仰天します。バーク
中将は、日本の掃海技術は世界一であり、ぜひ協力してほしいと
頭を下げて頼んでいます。その模様について、阿川尚之氏は次の
ように書いています。
─────────────────────────────
 当然のことながら大久保は大いに驚き、要請に応じるのを渋っ
た。日本は北朝鮮と戦争状態にない。そもそも憲法9条が日本に
戦争を禁じているではないか。海上保安庁は軍隊ではない。その
艦艇が直接戦闘地域に出て掃海活動に従事することはできない。
掃海は戦闘行為でないとバークは反論したが、大久保は自分の権
限では決定ができないと、どうしても首を縦に振らなかった。こ
の件は吉田首相の判断を仰がねばならない。そこでバークと大久
保は車に乗り込み、首相官邸をめざす。
 思ったとおり、吉田の反応も鈍かった。吉田はバークに、この
件についてマッカーサー元帥は承認しているのかと尋ねた。バー
クは「だから私がここにいるのです」と答える。いくら抵抗して
も、日本は米軍の占領下にある。マッカーサーまで了解している
のではしかたがない。最終的に吉田が折れて、海上保安庁の掃海
部隊が朝鮮海域に出動することが決まった。このことはもちろん
極秘とされた。               ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 海上保安庁長官の大久保武雄氏は、米軍からの要請を受けるに
当たって、GHQから文書をもって日本政府に指令を出すよう要
請しています。掃海隊員に名分を与える必要があると考えたから
です。この申し入れを受けて、極東米海軍司令官のジョイ中将は
1950年10月4日、山崎運輸大臣あてに、次の指令を出して
います。
─────────────────────────────
 日本政府は、20隻の掃海艇、一隻の試航船、4隻の巡視船を
可及的速やかに門司に集結すべし、なお、これらの船艇の掃海活
動については後令す。 ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 GHQからのこの指令を受けて、日本政府は、呉、下関、大阪
小樽、名古屋、新潟の各基地から艦艇25隻と乗組員が集められ
海上保安庁航路啓開部長、田村久三元海軍大佐を総指揮官とする
四個掃海隊から成る特別掃海部隊が編成されたのです。田村総指
揮官は、終戦直後の日本近海の水域の掃海作業を見事にやり遂げ
たときの指揮官です。
 こうして編成された特別掃海部隊が、下関の唐戸桟橋に集結し
たのは、1950年10月6日のことです。その日、大久保海上
保安庁長官は、旗艦「ゆうちどり」のサロンに田村総指揮官以下
各隊指揮官ならびに艦長を招集して、掃海隊朝鮮出動の経緯なら
びに日本政府の意向を伝え、次のように激励しています。
─────────────────────────────
 日本が独立するためには、私たちはこの試練を乗り越えて国際
的信頼をかちとらなければならない。諸君の門出に当たって、唐
戸の岸壁には日の丸の旗を振る人はいないけれども、後世の日本
の歴史は必ず諸君の行動を評価してくれるものと信ずる。
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、この掃海作戦は簡単なものではなかったのです。一緒
に掃海任務に当たった米掃海艇「パイレーツ」と「ブレッジ」の
2隻は、機雷に触れて沈没し、死者12名、負傷者92名を出し
日本のMS14号(MSは駆逐艦)も触雷して沈没、死者1名、
負傷者18名の犠牲者を出しています。
 このとき旗艦「ゆうちどり」に集まった艦長たちは、いったん
掃海を中止し、吃水の低い小型船による事前掃海を行い、そのう
えで本格掃海を行うべきであると主張しています。田村総指揮官
は、このことを米側に申し入れたのですが、掃海の遅延で、上陸
作戦が遅れていることに焦る米側と意見がまとまらず、日本の掃
海艇1隻が戦線を離れて下関港に帰投してしまっています。
 しかし、その後の日本の掃海艇は、抜群の仕事ぶりを米側に見
せつけ、困難な掃海作業を完璧にやり遂げます。そして、元山上
陸作戦は、予定より6日遅れの10月26日、連合軍は、安全が
確保された航路を通って、無事元山に上陸することができたので
す。日本の掃海艇が一度掃海した海域では、やり直しが必要にな
るよう触雷事故は一切なく、連合軍は改めて日本の掃海技術のレ
ベルの高さに驚嘆したといわれています。
                 ──[新中国論/020]

≪画像および関連情報≫
 ●旧日本海軍1200人が朝鮮海域で掃海作業
  /秘匿された戦死者
  ───────────────────────────
   今から70年前の1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発
  してから3カ月余、海上保安庁特別掃海隊が戦乱の朝鮮海域
  に派遣された。連合国軍総司令部(GHQ)の指示だった。
   期間は1950年10月2日から12月12日までの2カ
  月余り。約1200人の旧海軍軍人が掃海艇46隻、大型試
  航船(水圧機雷掃海用)に乗り込み、元山、群山、仁川など
  の各海域で掃海に従事した。
   日本掃海隊の技術の高さには定評があり、国連軍の軍事作
  戦に大きく寄与した。しかし、機雷27個を処分したものの
  掃海艇1隻が触雷・沈没し、死者1人と重軽傷者18人をだ
  した。しかし、戦後に「戦死者」をだしたこと、さらに旧日
  本海軍軍人を出動させた事実は約30年間、秘匿された。明
  らかになったのは朝鮮戦争時に海上保安庁長官(初代)だっ
  た大久保武雄による著書『海鳴りの日々』によってである。
  その後、研究論文などが発表されているが、多くの人が知る
  史実ではない。
   そもそも、どのような経緯で旧海軍軍人が戦乱の朝鮮海域
  に派遣されることになったのだろうか。当事者であり、事情
  をよく知る大久保証言などをもとに振り返る。
   国連軍は1950年9月、仁川につづいて元山上陸作戦を
  敢行しようとしていた。だが、北朝鮮は国連軍の上陸を阻止
  するために多数のソ連製機雷を主要港に敷設しており、上陸
  作戦が遅延していた。      https://bit.ly/3C1kli1
  ───────────────────────────
元山上陸作戦を指揮するマッカーサー元帥.jpg
元山上陸作戦を指揮するマッカーサー元帥
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2022年08月17日

●「日本人の心に触れたバークの変心」(第5794号)

 大の日本人嫌いだったアーレイ・バーク氏は、占領軍として赴
任した日本において、戦場であいまみえた日本海軍の優秀さを改
めて知り、日本海軍のDNAを何とかして残そうと大変な努力を
します。その結果、生まれたのが海上自衛隊です。
 阿川尚之氏の小説『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』では、
日本の海上自衛隊誕生の歴史を研究テーマとしてまとめようとす
る米海軍軍人、ジェームズ・アワー氏が軸になって、さまざまな
エピソードをつないでいます。
 そのアーレイ・バーク米提督(バーク氏は少将で日本に赴任し
その後大将に昇格)の力なしでは、とうてい実現しなかったと思
われるのが、海上自衛隊の特務艦(駆逐艦)「あきづき」と「て
るづき」の米国からの供与です。それもただの供与ではない。こ
れら2隻の駆逐艦は、1957会計年度の米海軍建造予算によっ
て「域外調達」されているからです。
 「域外調達」とは、このケースでは、米国政府が、米国の企業
に発注するのではなく、日本の造船所に艦艇を発注し、完成と同
時に海上自衛隊へそれを供与することをいいます。つまり、米国
民の税金を使って、艦艇をすべて外国で調達し、そのうえで、完
成品を外国の軍隊に供与することを意味します。
 当時は冷戦のさなかであり、共産主義と対峙するため、同盟国
の戦力をできるかぎり増強させるのは、米国の国益に叶うことで
はあったのですが、それでも域外調達による艦艇供与は、米議会
でも反対が多かったものの、バーク提督の尽力で、それが可能に
なったのです。この経緯について、阿川尚之氏は、次のように書
いています。
─────────────────────────────
 実は海上自衛隊の装備充実を図るため、また日本の造船能力を
高めるために、国内の反対を押し切ってまで域外調達を推進した
のは、米海軍の最高指揮官である作戦部長アーレイ・バーク大将
である。この方式の採用には、バーク大将が草創期の海上自衛隊
に示した並々ならぬ好意が感じられる。バークはこの他にも、当
時の最新鋭対潜哨戒機P2V−7を16機、それより小型の対潜
哨戒機S2F−1を60機無償貸与し、P2Vー7の国産化にも
協力を惜しまなかった。海上自衛隊がいまでもバーク大将を恩人
として、記憶しているのには、それだけの理由がある。
                      ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 なぜ、バーク提督は、日本のために、ここまで尽力してくれた
のでしょうか。もともとバーク氏は「日本嫌い」で有名だった人
だからです。日米開戦時はワシントンで勤務していたバーク氏は
艦隊勤務を強く希望し、1943年2月、第43駆逐隊司令とし
て、南太平洋に出陣します。
 海軍大佐に昇進したバーク氏は、同年10月、第23駆逐隊群
司令に任じられ、旗艦「チャールズ・S・オースバーン」に着任
します。そのとき、集合した傘下の駆逐艦長たちに、かねて用意
していた戦術書を渡しています。その表紙には、次のように書か
れていたのです。
─────────────────────────────
    ジャップを殺すに役立つなら、重要なり
    ジャップを殺すに役立たぬなら、重要でなし
    常に貴艦の練成度を高め、戦闘に備えよ
    常に戦闘準備状況を、上官に報告せよ
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 バーク氏は、この言葉通り、日本海軍との海戦において、大活
躍をします。そして、第23駆逐隊群司令在任中に、日本海軍の
巡洋艦1隻、駆逐艦9隻、潜水艦1隻を沈め、飛行機30機を落
とすという大戦果を挙げています。この功績により、少将に昇進
したアーレイ・バーク氏は、1950年9月、ターナー・ジョイ
極東米海軍司令官の参謀副長として、はじめて日本に着任するこ
とになるのです。
 その日本で、ほんのささいな出来事から、バーク氏は、日本人
を根本から見直すことになります。その出来事について、阿川氏
の本から引用します。
─────────────────────────────
 9月3日に東京へ着くと、バークは米軍人の宿舎となっていた
帝国ホテルに旅装を解く。ホテルの従業員が、じかに接する初め
ての日本人であった。しかし、多忙であったので、言葉交わす機
会がほとんどない。朝は6時半にホテルを出て、夜は10時ごろ
帰ってくる。ただ寝るだけのホテル生活である。部屋は小さく、
べッドと椅子と鏡台があるだけ。なんだか陰気だった。
 そこで1カ月はどしたある日、バークはホテルの地下の花屋で
花を求め、コップに入れて鏡台の上に置いた。次の夜勤務から戻
ると、花は花瓶に移され、きれいに飾られている。部屋がずっと
明るくなった。その後もときどき、新鮮な花が加えてある。小枝
の類がはんのわずかというときもあったが、いつも美しく生けら
れていた。数週間後バークはフロントで花を飾ってくれる心遣い
に謝辞を述べた。ところがホテル側はそんなことをしていない、
米軍から禁じられているという。誰がやっているのかわからず、
調査を約束してくれた。しばらくして、それが部屋係のメードの
行ないとわかる。   ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 バーク氏は、ホテルに頼んでメイドに会わせてもらい、礼を述
べたのです。メイドは小柄の年配の婦人でした。彼女の給与はご
くわずかで、そこから花を買ってくれていたのです。バークは、
いくらかお金を包もうとしたのですが、メイドは絶対に受け取っ
てくれない。金で感謝するのは、日本では礼儀に反するからとい
うらしい。バーク氏はただお礼をいうしかなかったのです。
                 ──[新中国論/021]

≪画像および関連情報≫
 ●特別寄稿=秘められた日米友好物語=敵国から「トモダチ」
  へ=サンパウロ市在住 酒本恵三氏
  ───────────────────────────
   平成23(2011)年3月11日。日本に甚大な被害を
  もたらした東日本大震災が起こりました。自衛隊、警察、消
  防が必死の救援活動を繰り広げました。この時、アメリカ軍
  が「トモダチ作戦」と銘打ち、瓦礫の除去や多くの救援物資
  を届ける復興支援をしてくれました。実は、この話の裏には
  今から60年以上前におきたひとつの物語があったのです。
   それは大東亜戦争(太平洋戦争)の終結からわずか5年後
  昭和25(1950)年9月のことです。まだ戦争の傷跡が
  残る日本に、一人のアメリカ人がやってきました。太平洋の
  中でも、日米合わせて9万人以上もの犠牲を出した激戦「ソ
  ロモン海戦」で日本軍の脅威となった男です。そのアメリカ
  海軍の総督の名は、アーレイ・バーク(1901−1996
  年)。彼は敗戦国日本を支配する占領軍の海軍副長として、
  アメリカから派遣されてきたのです。
   「朝鮮戦争」勃発の直後でした。バークが東京の帝国ホテ
  ルにチエックインした時のことです。従業員「バーク様、お
  荷物をお持ちします」バーク「やめてくれ。最低限のこと以
  外は、私に関わるな!」
   彼は敵だった日本人をとにかく嫌い、侮蔑していました。
  日本軍の真珠湾攻撃によって親友を失い、血みどろの戦いで
  多くの仲間や部下を失っていたからです。消えない心の傷は
  日本人への激しい憎悪へと変貌していたのです。
   「我々にとって日本人を一人でも多く殺すことは重要だ。
  日本人を殺さないことならば、それは重要ではない」という
  訓令を出したほどでした。   https://bit.ly/3w1AmRe
  ───────────────────────────
初代護衛艦「あきづき」.jpg
初代護衛艦「あきづき」
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2022年08月18日

●「日本海軍再建プランとバーク少将」(第5795号)

 アーレイ・バーク氏がソロモンの海で、駆逐隊群司令として戦
い、日本海軍に大きなダメージを与えていたとき、当時日本海軍
ラバウル方面海軍最高指揮官を務めていたのは草鹿任一氏です。
そのとき、2人は会ったことはなかったのですが、バーク氏とこ
の草鹿任一氏には後に面白いエピソードがあります。
 日本敗戦後、草鹿氏は公職追放になり、職を失います。草鹿氏
は、鉄道工事の現場でつるはしを握り、奥さんが街角で花を売り
生活を支えていましたが、食料にも不足しているという情報が日
本に赴任しているバーク氏の耳に入ったのです。
 バーク氏は、敵として戦った相手とはいえ、国が敗戦したこと
で生活に困窮しているとは気の毒であると考えて、匿名で食料品
の詰め合わせを草鹿氏の自宅に届けさせたのです。その結果、次
のような”事件”が起こります。
─────────────────────────────
 数日後バークの執務室のドアが突然開いて、小柄な日本人が喚
きながら飛び込んできた。草鹿である。バークは何事かと思い、
引き出しのピストルに手を伸ばす。変なまねをしたら、撃つ気で
あった。急いで呼ばれた通訳を通して、草鹿は言った。「侮辱す
るのはよせ、誰の世話にもならない。特にアメリカ人からは何も
もらいたくない。アメリカ人とは関係をもたない」。それだけ言
うと、プンプン怒りながら出ていった。バークは提督に好感を抱
いた。自分が彼の立場であったら、まったく同じことをするだろ
うと思った。                ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 その後、1950年の暮れにバーク氏は、草鹿任一、富岡定俊
坂野常善という3人の旧日本海軍提督を招き、帝国ホテルで懇親
会を開いてねぎらっています。そのときは、特別掃海部隊が任務
を終了し、当時のバーク少将が、何かと旧日本海軍のために尽力
してくれていることが3人にはわかっていたので、会は盛り上が
り、バーク氏はこれをきっかけに多くの日本の海軍提督と接触を
重ねていくことになります。そして、大嫌いだった日本人がます
まえす好きになっていったのです。
 しかし、日本滞在中のアーレー・バーク氏に最も大きな影響を
与えたのは、日米開戦前夜駐米大使を務めた野村吉三郎元海軍大
将です。バーク氏は、帝国ホテルで、自分のためにわずかな給料
から自ら花を買い、花瓶に花を生けてくれたメードの親切な行い
をきっかけに、日本のことをもっと知りたいと思い、野村氏に教
えてもらおうと思ったのです。
 後からわかったことですが、あのメードの夫は、海軍の軍人で
太平洋戦争で戦死していたのです。そのような境遇の人物が、ど
うしてかつての敵である自分にあれほど優しくできるのか、知り
たいと思ったからです。野村氏は、バーク氏を自宅に招き、着物
を着せて、畳に座らせ、話をはじめています。阿川氏は、この野
村氏とバーク氏の交流を次のように書いています。
─────────────────────────────
 こうして戦争に負けた国の引退した老海軍大将と、戦争に勝っ
た国の前途ある海軍少将のあいだで、交流が始まった。日本に滞
在した約9カ月のあいだ、バークは忙しい合間を縫ってほぼ1週
間に一度野村会う。野村はバークに、地理や天候そして国民性と
いった、いつの時代にも変わらぬ要素がいかに重要かを教えた。
 「国連軍が鴨録江に近づいたら中国は参戦するだろうか」とあ
る日、バークが尋ねると、野村は「必ず参戦する、奇襲攻撃をか
けるために密かに参戦するだろう」と、確信をもって答えた。周
恩来がインドでのスピーチで警告しているではないか。国家は狼
のごとくだ。隅に追い詰められたら必ず激しく抵抗する。バーク
はその内容を国連軍の情報担当者に知らせたが、誰も耳を貸そう
としなかった。そして野村の予言は100%正しかったと、バー
クは記す。      ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 実は、戦前の日本の英米協調派である野村吉三郎氏をはじめと
する海軍指導部は、将来の海軍再建を考えていたのです。そのた
めに第2復員省(旧海軍省)内部では、密かに日本海軍の再建計
画の作成が行われ、時期を待っていたといわれます。
 バーク氏も、日本が本土と重要な海上交通路を防衛するために
十分な規模の海軍を持つべきであるという見解を持っていたので
す。そして、そのさいには、少なくとも10人の最も優秀な帝国
海軍士官を選び、新しい海軍を創設すべきであるという考え方を
示しています。具体的には、1948年5月に発足した海上保安
庁の強化策です。
 しかし、海上保安庁創設すらも、日本海軍の復活につながると
して、対日理事会で、ソ連が反対し、英国、中国、オーストラリ
アは警戒感を示したのです。
 しかし、1948年の終わり頃から、米国の態度が変化をはじ
めます。米国家安全保障会議が、日本における軍事能力の拡張を
秘密裏に推進するという決定を下したからです。そして1950
年6月に朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサー元帥は、警察予備
隊の発足と海上保安庁の8000人増強を日本政府に対して書簡
で要請しています。警察予備隊は自衛隊の前身になります。朝鮮
戦争が事態を大きく動かしたのです。
 極東米海軍司令官のターナー・ジョイ中将は、日本海軍再建を
主張する元海軍大将である野村吉三郎氏に対して、ソ連から米国
に返還されたフリーゲート艦が18隻あるが、それを日本に貸与
してもよいと提案し、ジョイ中将も海上保安庁の海軍化進めるよ
う提案しています。
 しかし、頃よしと判断し、野村氏は、日本の考える新海軍再建
構想をジョイ中将に示すと、自分の考え方より構想が大き過ぎる
と、反対の意思を示し、野村氏がさらに詳しい説明をしたいと申
し入れると、「バーク少将と相談してくれ」とバーク氏を紹介し
たのです。            ──[新中国論/022]

≪画像および関連情報≫
 ●海上自衛隊が使った唯一の旧海軍駆逐艦 護衛艦「わかば」
  の数奇な人生
  ───────────────────────────
   太平洋戦争に敗戦した日本は残っていた戦闘艦艇のほとん
  どをアメリカやソ連などに引き渡しましたが、そののち発足
  した海上自衛隊に旧日本海軍の駆逐艦が1隻だけ再就役しま
  した。どのような経緯で護衛艦に転身できたのでしょうか。
   海上自衛隊は太平洋戦争後に発足し、旧日本海軍の文化や
  伝統の一部を継承している組織ですが、護衛艦についても一
  隻だけ旧日本海軍の中古を使ったことがあります。それが、
  1950年代後半から1970年代初頭にかけて用いられた
  「わかば」です。
   護衛艦「わかば」の前身は、旧日本海軍の駆逐艦「梨」で
  す。この艦は太平洋戦争中、大量に建造された松型駆逐艦の
  ひとつで、艦の大きさは全長100メートル、基準排水量は
  1350トン、満載排水量は1580トン、主兵装として、
  12・7センチ高角砲(高射砲)を単装と2連装各1基計3
  門、4連装魚雷発射管1基、対潜水艦用の爆雷投射機2基、
  爆雷投下軌道(レール)2条などを装備していました。
   「梨」は1945(昭和20)年3月15日に竣工したも
  のの、太平洋戦争はすでに最終局面を迎えつつあり、もはや
  動かす燃料にも事欠く状況でした。やがて、終戦直前の7月
  28日、瀬戸内海にある山口県の平郡島沖合にて停泊中に、
  「梨」はアメリカ海軍の艦載機による攻撃を受けて転覆沈没
  しました。本来ならここで艦歴はピリオドを打ちます。実際
  沈没したのち除籍もされています。しかし、「梨」の歴史の
  歯車は止まりませんでした。沈没地点の水深が浅かったため
  民間企業がくず鉄として「梨」を流用しようと、1954年
  に引き揚げたのです。      https://bit.ly/3dxpLHe
  ───────────────────────────
野村吉三郎氏.jpg
野村吉三郎氏
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2022年08月19日

●「米海軍と一体/世界一海上自衛隊」(第5796号)

 元海軍大将の野村吉三郎氏らが、元海軍の仲間らと考えた日本
海軍再建プランの概要は次のようなものです。軍は陸軍と海軍と
し、海上兵力としては、巡洋艦2隻、駆逐艦13隻を含む総隻数
275隻、21万トン、兵力約3万4000人です。日本として
はかなり控えめの案だったのですが、当時の極東米海軍司令官、
ターナー・ジョイ中将がその規模の大きさに驚き、補佐役のアー
レイ・バーク少将にすべてを任せてくれたのは、日本にとって幸
運だったといえます。
 実際にバーク少将と交渉の任に当たったのは、保科善四郎元海
軍中将です。しかし、1950年6月にジョン・フォスター・ダ
レス米国務省顧問が来日し、吉田首相と会談したのですが、ダレ
ス顧問は、海、空軍は米国が引き受けるので、日本は陸軍兵力増
強だけでいいという意見であったといいます。
 こういう国務省の考え方に対し、日本海軍再建のために尽力し
てくれたのはバーク少将です。もし、バーク少将なかりせば、お
そらくフリーゲート艦を中心とする、コーストガード(沿岸警備
隊)的な海上部隊しか誕生しなかったといわれています。
 しかし、バーク氏と野村氏らが作り上げたプランを最終的に潰
したのは、日本の大蔵省(現財務省)です。このプランの海軍の
維持費に問題があるとして反対の論陣を張ったのです。せっかく
米海軍の好意的な提案を潰された保科氏は「我が国の将来を考え
遺憾極まりなし」と慨嘆しています。
 結局、小さく作って大きく育てる方針のもと、1952年4月
小規模な「海上警備隊」が、とりあえず海上保安庁の付属機関と
して発足します。そして同年8月、海上警備隊は海上保安庁から
独立し、警察予備隊とともに保安庁警備隊になります。そのさい
海上保安庁の航路啓開部門、つまり、朝鮮水域で活躍した掃海部
隊は海上警備隊に吸収されます。そして、講和条約発効後の19
54年7月、海上自衛隊として発足したのです。事実上の日本海
軍はこのように誕生したのです。
 海上自衛隊は、バーク氏の功績を忘れないために、海上幕僚長
(海上自衛隊の最高位)が訪米するたびに、必ずバーク氏を表敬
訪問しています。そして、歴代の防衛駐在官が誕生日になると、
自宅に花を届け、それをバーク氏が1996年に亡くなるまで続
けたといいます。バーク氏はこれをとても喜び、今では米海軍よ
りも、海上自衛隊のほうが自分を大事にしてくれるといっていた
そうです。
─────────────────────────────
 1996年1月1日、肺炎をわずらったバークは、ワシントン
郊外べセスダの海軍病院で静かに息を引き取った。94歳であっ
た。『ワシントンポスト』はバークの死を一面で報じた。葬儀は
海軍兵学校のチャペルで行なわれた。卒業の日、バークがボビー
と結婚式を挙げた同じ場所である。クリントン大統領がボビー夫
人の傍らに座り、海軍長官、海軍作戦部長はじめ各界の代表、バ
ークの兵学校クラスメートや戦友が出席して、この英雄の冥福を
祈った。                  ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 当然のことですが、バーク氏の葬儀に参列した日本人のなかに
海上自衛隊を代表して、石田捨雄元海上幕僚長の姿があったので
す。石田氏は、バーク氏が米海軍作戦部長であった最後の時期に
防衛駐在官としてワシントンに勤務し、バーク氏とは何回も会っ
ており、引退後も夫人も含めて付き合いがあったので、海上自衛
隊の代表として葬儀に参列したのです。
 そのさい、石田夫妻は棺の中を見る機会があったといいます。
棺の中のバーク氏の死顔は端正で威厳に満ちており、胸に真っ赤
な勲章がつけられていたのです。それは、1961年に日本政府
が贈った勲一等旭日大綬章だったのです。副官によると、日本の
勲章を胸につけることは、バーク氏の遺言によるものであること
がわかっています。
 ここまで阿川尚之氏の名著『海の友情』をベースにして、「日
本の自衛隊はどこまで戦えるか」について、海上自衛隊を中心に
一週間にわたってご紹介してきました。何をいいたかったのかと
いうと、日米安全保障条約を基軸とする米国と日本の共同作戦遂
行能力のレベルの高さです。それは、様々な政治的な困難を乗り
越えて1980年2月から海上自衛隊が参加したリムパック(環
太平洋合同演習)での演習において磨きがかけられ、現在に及ん
でいます。この日米の海上兵力の連携について、阿川氏は次のよ
うに記述しています。
─────────────────────────────
 日米海上兵力の任務役割分担を実行するためには絶対必要条件
が一つあった。それは海上自衛隊と米海軍間の高度な共同作戦遂
行能力である。任務役割分担について日米の政治家がいくら強い
決意を表明しても、両国の部隊がともに作戦を遂行できなければ
何の意味もない。そのためには海上自衛隊と米海軍が共同訓練を
頻繁に行ない、各術科の腕を磨いておかねばならない。またイン
ターオペラビリティー、すなわち、艦艇、航空機、武器などのハ
ードだけでなく、作戦の立て方、指揮命令の出し方、通信の仕方
など、ソフトに関してもできる限り共通化を図らねばならない。
 この両面において、海上自衛隊はそもそも三自衛隊の中で一番
進んでいた。おそらく今でもそうである。川村元海将補によれば
海上自衛隊と米海軍は基本的に同じ装備を使い、同じ手順で動か
している。したがって米海軍の艦や飛行機に海上自衛隊の将兵が
乗ってそのまま動かすことができる。逆もまた真である。
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 「日本の自衛隊とだけは戦いたくない」──ネット上にそうい
う記事が溢れています。日本の自衛隊は精強です。まして日米で
組むと、世界一強いといっても過言ではないでしょう。
                 ──[新中国論/023]

≪画像および関連情報≫
 ●アジア最強とも称される海上自衛隊、「その実力には警戒
  心を持たざるを得ず」=中国
  ───────────────────────────
   日本は四方を海に囲まれた島国であるため、安全保障的に
  は海上における防衛力が重要となる。中国も近年では国産空
  母の就役のみならず、新型艦艇を多数建造して海軍力を強化
  しており、そのためか、日本の海上戦力には興味津々のよう
  だ。中国メディアの百家号はこのほど、海上自衛隊は「アジ
  ア最強とも称されている」と紹介する記事を掲載し、その実
  力を知ると警戒心を持たざるを得ないとしている。
   記事はまず、敗戦国である日本は空母や原子力潜水艦、戦
  略爆撃機、核兵器などは憲法により保有できないと指摘。し
  かし、それでも日本の海上戦力を発展させる障害とはなって
  おらず、「多くのヘリコプター搭載型護衛艦」を就役させた
  と伝えた。しかも、その排水量は他国の軽空母よりも大きい
  ほどで、「ヘリコプターを搭載しているだけで、実質的には
  軽空母と変わらない」としている。
   また、日本は他国から注意を引かないように「護衛艦」と
  名乗っていると主張。このヘリコプター搭載型護衛艦にF3
  5B戦闘機を搭載できるように改造する計画まであると伝え
  た。このほか、日本は多くの潜水艦を保有しており、なかで
  も「そうりゅう型潜水艦」は注目に値すると紹介。世界で初
  めてリチウムイオン電池を搭載したこの潜水艦は、長期間潜
  水することができて静粛性にも優れていると指摘した。さら
  に、海上自衛隊は対潜能力も世界一流で、空中、海上、海中
  の「三位一体」対潜システムを構築していると紹介。数多く
  の対潜哨戒機を保有していると伝えている。
                 https://bit.ly/3AoUHTj
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最大の護衛艦「いずも」.jpg
最大の護衛艦「いずも」
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2022年08月22日

●「ロシアが認めないクリミア大爆発」(第5797号)

 話をテーマに戻します。ここまで中国について述べてきていま
すが、「ロシア/ウクライナ危機」について、新しい情報に基づ
き、少し述べることにします。
 ここにきて、「クリミア情勢」が、大きな問題になってきてい
ます。2022年8月9日、2014年にロシアが一方的に併合
したとするクリミア半島で、大規模な爆発が起きたのです。クリ
ミア半島は、黒海の北岸にある半島であり、もともとはウクライ
ナ領で、現在はロシアに併合されたかたちになっているものの、
現在でも主権はウクライナにあります。
 この大爆発について、8月9日の産経新聞は、次のように報道
しています。
─────────────────────────────
 ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミア半島で9日
大規模な爆発が起きたもようだ。ロイター通信が複数の目撃者の
話として報じた。爆発は露軍の基地があるクリミア西部ノボフェ
ドロフカ周辺で起きたとみられ、爆発音が10回以上聞こえて黒
煙が上がったという。
 タス通信によると基地には航空機やヘリコプターなどが駐留し
ている。地元当局者は5人が負傷したと述べた。露国防省は弾薬
の爆発であり、攻撃を受けたわけではないと説明。装備への損害
は出ていないとしている。──2022年8月9日付、産経新聞
─────────────────────────────
 この爆発事件の犯人は誰かです。常識的には、ウクライナ軍で
あると思います。米軍が供与したという「ハイマース(高機動ロ
ケット砲システム)」で攻撃したのではないかと誰でも考えるは
ずです。何しろ現在ロシアとウクライナは、”戦争”をしている
からです。
 しかし、奇怪なことに、ロシア側は「弾薬の爆発であり、攻撃
を受けたわけではない」と否定しています。考えてみると、こう
いうことは前にもあったことです。今年の4月14日に起きたロ
シアの黒海艦隊旗艦ミサイル巡洋艦「モスクワ」が明らかにミサ
イルで攻撃されたときも、ロシア側は、内部爆発といい、「モス
クワ」をえい航中に沈没したときの状況について、読売新聞オン
ラインは次のように報道しています。
─────────────────────────────
【ワシントン=田島大志】露国防省は沈没の経緯について「目的
地の港に引航中、海が荒れて船体がバランスを失った」と説明。
乗組員約500人は付近の艦艇へ退避したとしている。ウクライ
ナ当局は13日に対艦ミサイル「ネプチューン」2発を命中させ
たと発表していたが、露側は攻撃を受けたことを認めていない。
      ──2022年4月15日付、読売新聞オンライン
─────────────────────────────
 ところで、なぜ、ロシアは、明らかに、ウクライナの攻撃であ
ることがわかっているのに、すぐ認めないのでしょうか。
 それには、次の3つの理由があると思います。前提として、今
回のロシアのいう「特別軍事作戦」という名の戦争において、ク
リミア半島と黒海は、ロシアにとって最重要地域であるというこ
とがあります。
─────────────────────────────
 1つは、ウクライナの攻撃であるとすぐ認めると、報復をする
必要があるということです。これはメンツの問題でもあります。
しかし、報復をするには「戦争宣言」をする必要があり、それは
ロシア国内の事情から現在は非常に難しいということです。
 2つは、クリミア半島と黒海は、ロシアにとって重要拠点であ
り、今回の特別軍事作戦における占領地域への重要な補給ルート
になっているということです。もし、ここをウクライナに押さえ
られると、この”戦争”に勝利することが困難になります。
 3つは、重要地域であるクリミア地区が直接攻撃されたときは
上司、すなわち、プーチン大統領の指示を仰いで対処する必要が
あるため、あえて別な理由を公表し、時間稼ぎをする必要がある
のです。クリミア半島と黒海への攻撃はこれに該当します。
─────────────────────────────
 ところで、クリミア半島への攻撃は、8月9日に続いて、16
日にも行われています。さすがに、ロシアもこの攻撃については
ウクライナ側の破壊工作であると認めています。8月18日付の
日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ロシアが2014年に一方的に併合したウクライナ南部クリミ
ア半島の情勢が不安定化してきた。9日のロシア軍航空基地に続
き、16日には北部ジャンコイのロシア軍弾薬庫で大規模な爆発
が発生した。ウクライナ側の攻撃とみられ、ロシアの補給網や出
撃拠点をたたくことで戦局を打開する狙いがありそうだ。ロシア
側が強力な報復行動に出る恐れもある。
         ──2022年8月18日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 今回のクリミア半島への攻撃は、ハイマースなどを使ったミサ
イル攻撃ではなく、パルチザン活動であるとされています。パル
チザンとは、他国の軍隊または反乱軍などによる占領支配に抵抗
するために結成された非正規軍のことで、ウクライナ軍特殊部隊
が連携しているものと思われます。
 クリミア半島のロシア軍の基地や軍事施設では、厳格な審査に
おいて、「反ロシア派ではない」と認められたかつてのウクライ
ナ人が、多数雇用されていますが、今回の破壊工作はそれらの雇
用員による破壊工作であるとされているのです。
 これは、ロシア軍にとって衝撃的な事態です。クリミア半島が
ロシア領になってよかったという人がほとんどであるというロシ
ア側の発表がウソであることがバレてしまうからです。しかも、
このパルチザン攻撃は、今後も収まる気配がないからです。ウク
ライナ軍は、今後もヘルソン、クリミア半島の攻撃を仕掛けてく
るものと考えられます。      ──[新中国論/024]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア軍「破壊工作受けた」認める/クリミア半島の
  弾薬庫爆発
  ───────────────────────────
   ロシアが2014年に強制編入したウクライナ南部クリミ
  ア半島で16日、ロシア軍の弾薬庫が爆発し、ロシア通信に
  よると、民間人2人が負傷した。露国防省は「破壊工作」を
  受けたと認めつつ「深刻な死傷者はいない」とした。クリミ
  ア半島ではよ9日、ロシアの黒海艦隊の航空部隊が拠点とす
  る航空基地で爆発が起きたばかりで、米メディアは、ウクラ
  イナを支持するパルチザン部隊が関与した可能性を報じてい
  た。ウクライナ軍が何らかの形でこれらの爆発に関与した可
  能性もある。
   報道によると、爆発があったのは半島北部ジャンコイの弾
  薬庫。午前6時15分ごろ発生し、付近の送電線や線路、住
  宅などが損傷した。ロシア軍は現場から半径5キロ以内を立
  ち入り禁止とし、約2000人が避難したという。誰が「破
  壊工作」をしたのかなど、爆発原因の詳細は明らかになって
  いない。
   一方、露紙コメルサント(電子版)によると、半島中部シ
  ンフェロポリ付近の露軍航空基地でも16日、複数の爆発音
  があり、黒煙が上がった。被害の規模など詳細は分かってい
  ない。ウクライナでは15日、ゼレンスキー大統領がクリミ
  ア半島の奪還と再統合に向けた諮問会議を設立する大統領令
  に署名した。ウクライナ最高会議(議会)は同日、戒厳令と
  国民総動員令を90日間延長する法案を可決し、徹底抗戦の
  構えを強めている。       https://bit.ly/3QTc0B8
  ───────────────────────────
クリミア半島における大爆発.jpg
クリミア半島における大爆発
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2022年08月23日

●「ロシアクリミア攻撃を恐れる理由」(第5798号)

 ウクライナの最近の戦況については、テレビでは、5〜6人の
ほぼ同じ顔ぶれの解説者が各局で分析を行っていますが、主要メ
ディアでのウクライナ危機関連の情報はかなり減っています。そ
れは、ロシアがウクライナに侵攻してから、既に半年になるから
であり、「ウクライナ疲れ」というか、多くの人が、この戦争で
毎日亡くなっているのに、不謹慎ではありますが、飽きたという
か、全体として、関心が薄れてきているように感じます。
 ネットでは非常に多くの情報が流されています。問題はその真
偽です。EJでは、テレビや新聞・雑誌はもちろんのこと、ネッ
トからも多くの情報を入手し、そのなかから、確度の高い、信頼
のできる情報を厳選してお伝えしていきます。
 8月9日と16日のクリミア半島における大爆発は、クリミア
西部のサキ空軍基地において起きています。この空港はロシア黒
海艦隊付属の第43海軍航空連隊の拠点であり、Su30戦闘機
やSu24爆撃機が駐留されており、弾薬庫もあります。弾薬庫
を狙った攻撃で6回の大爆発が起こり、航空機9機が破壊され、
軍人24人が死亡したという情報があります。
 この爆発によって基地周辺の民間施設も被害が出ています。基
地に隣接する集合住宅62、商業施設20、数10の民家が被害
を受け、数10台の車が破壊されています。ロシアにとっては、
黒海艦隊旗艦「モスクワ」の撃沈に続く大損害といえます。
 このウクライナによるサキ空軍基地の爆破について、英国のロ
シアの専門家であるマーク・ガレオッティ氏は、次のことを指摘
しています。
─────────────────────────────
 (ウクライナのクリミア攻撃によって)戦争の形態が変わる可
能性がある。ウクライナが戦争をエスカレートできるという意思
表示であり、危険と機会の両方を併せ持つ。
                ──マーク・ガレオッティ氏
                  https://bit.ly/3wfRkLW
─────────────────────────────
 このマーク・ガレオッティ氏のいう「戦争の形態が変わる」と
はどういうことでしょうか。
 ここまでのウクライナ戦争は、ロシアが戦車や航空機でウクラ
イナ領内に侵攻し、ミサイルによる攻撃を加えて街を破壊し、領
土を制圧する。それをウクライナ軍が西側諸国から供与された新
兵器を使って、反撃して押し返すとというスタイルで、ここまで
きています。
 ロシアは苦戦をしている──こういわれていますが、それでも
ロシアは、ここまでの戦闘でウクライナの領土の5分の1を占領
し、現在、そのロシア化が進められています。しかし、ウクライ
ナによるクリミア半島への攻撃は、これまでのスタイルとは性質
が異なるものがあります。
 クリミア半島は、2014年以来ロシアが一方的に支配してい
ますが、ウクライナは、主権はウクライナにあると主張していま
す。しかし、ロシアは既にクリミア半島を「自国領」としており
そこにウクライナ軍が攻撃を加えることは、ロシア領を攻撃する
ことになります。これは、米国をはじめとする西側諸国が、ウク
ライナに様々な軍事援助をしながらも、一番気にしているところ
です。なぜなら、ひとつ間違えると、ロシアが窮地に陥って核兵
器を使い、第3次世界大戦に突入する恐れがあるからです。
 前大統領で、タカ派的言説を強めるドミトリー・メドベージェ
フ安保会議副議長は、7月に自身のブログで、次のように世界に
警告しています。明らかに核による脅しです。
─────────────────────────────
 ウクライナがクリミアを攻撃すれば、「審判の日」が即座に訪
れるだろう。      ───メドベージェフ安保会議副議長
─────────────────────────────
 今回攻撃を受けたクリミア半島のロシアのサキ空軍基地は、最
も近いウクライナ軍の基地から200キロ以上離れており、ウク
ライナ軍が米国から供与を受けている「ハイマース」による攻撃
ではありません。なぜなら、供与を受けた「ハイマース」の射程
は80キロでしかないからです。
 ウクライナ国産や英国製の対艦ミサイルであれば、その射程は
300キロありますが、対艦ミサイルの速度は遅く、ロシアの防
空システムであれば十分対応可能のはずです。しかし、そうであ
るなら、4月のウクライナ製の対艦ミサイル「ネプチューン」で
ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」が、あっさり沈没させられた
のは、理解に苦しむところです。案外ロシアは、攻撃には強いが
防御はそれほどでもないのかもしれません。
 表面上は平静を保ってはいるものの、ウクライナによるクリミ
ア半島の攻撃にはロシアは衝撃を受けています。こんなに早くウ
クライナ軍がクリミア半島への攻撃を加速させてくるとは思って
いなかったからです。ロシアが一番恐れているのは、クリミア大
橋を爆破されることです。
 クリミア大橋は、プーチン大統領が2014年にクリミア半島
を併合した後、着手したロシアのクラスノダール地方のタマン半
島とクリミア半島の間を結ぶ橋のことです。この橋の重要性につ
いて、共同通信ロシア/東欧ファイル編集長の吉田成之氏は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 全長18キロメートルの鉄道道路併用橋であるクリミア大橋は
2019年末に全面開通したヨーロッパ最長の橋である。プーチ
ン大統領の友人である新興財閥のローテンブルク兄弟が建設を受
注した。プーチン氏からすればロシアによるクリミア併合の「完
了」を象徴する大事業であった。逆にウクライナからすれば、併
合の「固定化」を象徴する、おぞましいシンボルである。
                  https://bit.ly/3CrvF7c
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/025]

≪画像および関連情報≫
 ●「クリミア攻撃」示唆に波紋 ウクライナ高官、欧米兵器で
  ―ロシアは「終末の日」警告
  ───────────────────────────
   ウクライナ国防省高官が、ロシアが併合した南部クリミア
  半島を欧米の重火器で攻撃することを示唆し、波紋が広がっ
  ている。ロシア側は反発し、核使用をちらつかせて反撃を警
  告。米国などもプーチン政権を過度に刺激しないよう、ロシ
  ア領内を射程に収めない兵器に限って供与を認めてきた経緯
  があり、困惑しているもようだ。
   「破壊すべき標的の一つだ」。スキビツキー国防省情報総
  局報道官は16日の地元テレビで、クリミアの軍事目標を米
  国の高機動ロケット砲システム(HIMARS)や英国の多
  連装ロケットシステム「M270」で攻撃可能かという質問
  に答えて明言した。
   スキビツキー氏は「クリミアはロシアからウクライナ南部
  に兵器を送り込むためのハブになっている」「全土へのミサ
  イル攻撃に(クリミア駐留の)黒海艦隊が活用されている」
  と理由を挙げた。
   ウクライナのレズニコフ国防相は先に、英BBC放送に対
  し、HIMARSでロシア領内を攻撃しないことになってい
  ると説明していた。ただ、クリミアがあくまでもウクライナ
  領で、攻撃しても米国などとの約束をほごにしたことになら
  ないと解釈した可能性がある。 https://bit.ly/3A9BMdN
  ───────────────────────────
「クリミア大橋」記念切手.jpg
「クリミア大橋」記念切手
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2022年08月24日

●「プーチン大統領が考えていること」(第5799号)

 2022年2月24日、ウクライナ侵攻を決断したロシアのプ
ーチン大統領の最大のミスは、ゼレンスキー大統領という人物を
完全に見誤ったことです。ウクライナの国民も、プーチン大統領
とは別の意味で、ゼレンスキー氏を見誤っていたということがい
えると思います。
 ウクライナには、長い間にわたって、経済、汚職、民族紛争と
いう難問を抱えていて、ウクライナ国民はそれらを解決できる大
統領を祈る思いで望んでいたといえます。
 2015年のことです。『国民の下僕(しもべ)』というタイ
トルの政治風刺ドラマ24話がテレビで放送されたのです。その
主役を務めたのが俳優のゼレンスキー氏です。一介の歴史教師が
ふとしたことから素人政治家として大統領に当選し、権謀術数が
渦巻く政界と果敢に対決する姿をユーモアを交えながら描いた作
品ですが、ウクライナでは大ヒットしたのです。
 このドラマがあまりに痛快であったことが、国民の間では作中
で描かれた主人公とゼレンスキー氏とを重ね合わせ、現実の大統
領選挙への出馬を期待する動きが起きたのです。それほど国民は
当時の政治に不満を持っていたといえます。
 2019年の大統領選において、ゼレンスキー氏はその一部の
国民の期待に応えて、ドラマのタイトルと同じ「国民の下僕」と
いう政党を立ち上げ、ネットを巧みに使って選挙戦を勝ち抜き、
本当に大統領に当選してしまったのです。当選当時におけるゼレ
ンスキー氏に対する支持率は、70%という驚異的なものであっ
たといいます。
 しかし、国民はすぐにゼレンスキー大統領に失望します。国民
が解決を望んでいるウクライナの抱える難問を何ひとつ解決でき
なかっからです。そもそも政治はスブの素人であり、相手もそう
見ているので、うまくいくはずがないのです。
 とくに2014年に締結されたロシアとの「ミンスク議定書」
で決められている親ロシア派の分離独立を認めず、あくまで「主
戦論」を唱える民族派の突き上げの動きに同調し、ミンスク合意
を反故にし、NATO加入にも動いたことで、プーチン大統領の
怒りを買うことになります。プーチン大統領が、「ネオナチ」と
いっているのは、このことを指しています。このように、ウクラ
イナの国内が混乱したこともあって、ゼレンスキー大統領の支持
率は、2021年10月には、25%まで落ち込んでしまってい
ます。45%のダウンです。
 ウクライナのこういう状況を見て、プーチン大統領は、いま首
都のキーウを攻めれば、ゼレンスキー政権は崩壊し、大統領は海
外に逃亡するに違いない読んだのです。それは、戦争というレベ
ルにも達しない「特別軍事作戦」で十分であると判断したものと
思われます。
 しかし、このプーチン大統領の目算は狂います。簡単に落とせ
ると考えていた首都キーウは陥落するどころか、ウクライナ軍の
激しい抵抗にあって計画は挫折します。おまけにロシア軍の会話
が傍受され、大量の戦車と将兵の命が奪われてしまいます。
 ロシアの作戦としては、キーウ郊外のホストメリにあるアント
ノフ空港を空挺部隊のヘリボーン作戦で制圧し、これを空挺堡と
して、航空優勢を奪い、キーウ掌握を目指したのですが、意外に
ウクライナの防空システムが強固で、計画に失敗します。この防
空システムには、ある無人機が使われているのですが、これにつ
いては、改めて述べます。
 ロシアの侵攻が始まるや、ゼレンスキー大統領は、逃げ出すど
ころか、首都キーウに陣取り、戒厳令を引いて戦時体制を整える
など、獅子奮迅の活躍をします。ネットを駆使して西側各国にロ
シアの侵攻の「非動さ」を訴え、もともと得意である弁舌で、ウ
クライナ支援を要請したのです。そしてロシアをテロ支援国家に
認定してほしいと訴えています。宣伝戦ににおいては、明らかに
ロシアの敗北です。
 ここでプーチン大統領は冷静になり、作戦をキーウから東部に
移し、東部をある程度固めると、東部から南部へと兵力を移しつ
つあります。このプーチン大統領の考え方について、作家で、元
外務省分析官の佐藤優氏は次のように解明しています。
─────────────────────────────
 ロシアは、ウクライナの国土を分割し、朝鮮半島のような状態
にすることを狙っています。そのために重要なのが、黒海沿岸で
す。激戦になっている南東部のマリウポリを陥落させ、クリミア
半島の西のオデーサ(オデッサ)も手に入れれば、その西隣はロ
シアが実効支配している“沿ドニエストル共和国”。国際的には
承認されていない、モルドバ国内の一地域です。
 すると黒海沿岸は、自国の領土からドンバス地域、マリウポリ
クリミア半島、オデーサを経て、ロシアが地続きで支配できるよ
うになります。首都のキーウを占領するよりも、ウクライナを海
上から封鎖してしまうほうが、戦略的な意義は大きいのです。対
外貿易がさらに閉ざされれば、ウクライナは完全に日干しになり
ます。      ──佐藤優氏   https://bit.ly/3QEWc5g
─────────────────────────────
 その”ロシア領”のクリミア半島にウクライナ軍が攻撃を仕掛
けています。ウクライナ軍の装備は、米国をはじめとする西側諸
国の援助によって、徐々に強化されつつあります。ゼレンスキー
大統領は、最近になって、「ウクライナと自由な欧州全体に対す
るロシアの戦争はクリミアで始まった。それはクリミアの解放で
終わらねばならない」といっています。プーチン大統領にとって
は、絶対に容認できないことです。
 ロシアがウクライナ南部を攻略しようとすると、ロシアの兵站
を支えているクリミア大橋の爆破をウクライナ軍が本気で仕掛け
てくる可能性は大です。そうなると、ロシアは窮地に陥ることに
なります。ウクライナはクリミアをどう攻めるのか、ロシアはど
うクリミアをどのように死守するのかがカギになってきます。
                 ──[新中国論/026]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア本土を結ぶ「クリミア大橋」付近で爆発・・ウクライ
  ナ側がドローン攻撃か
  ───────────────────────────
  【キーウ=笹子美奈子】ロイター通信は18日、ウクライナ
  南部クリミアにあるロシアのベルベック軍用飛行場近くで4
  回の爆発が起きたと伝えた。ロシアに属する地元当局も同日
  露本土とクリミアを結ぶ「クリミア大橋」付近で、爆発音が
  あったと明らかにした。ウクライナ側がドローン(無人機)
  の攻撃を繰り返している可能性がある。
   ベルベック飛行場での爆発に関しては、地元当局幹部が防
  空システムでドローンを撃墜したとSNSに投稿した。別の
  地元当局幹部は18日、クリミア大橋がかかるケルチでも防
  空システムが作動したとしている。
   ウクライナ軍参謀本部は18日夕の戦況報告で、露軍が南
  部に重火器などの装備を伴った大隊戦術群(BTG)二つを
  転戦させたと分析。18日には、露軍が多数の地対空ミサイ
  ル「S300」をウクライナとの国境付近に輸送したことを
  確認したと明らかにした。これに対し、ウクライナ軍は南部
  で弾薬庫など露軍の拠点への攻撃を続けている。
   一方、ウクライナ国営通信によると、東部ハルキウ州の検
  察当局は19日、ハルキウ市で17〜18日に2度にわたっ
  て起きた露軍の砲撃による死者は計21人になったと明らか
  にした。同市では19日朝にも3地区で露軍の砲撃があり、
  少なくとも1人が死亡した。   https://bit.ly/3QHclaG
  ───────────────────────────
ウクライナ/ゼレンスキー大統領.jpg
ウクライナ/ゼレンスキー大統領
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2022年08月25日

●「ウクライナTB2を恐れるロシア」(第5800号)

 8月21日付の朝日新聞は、クリミア半島がウクライナ軍の無
人機で攻撃を受けたことを次のように伝えています。
─────────────────────────────
 ロシア国営タス通信は20日、ロシア占領下のウクライナ南部
クリミア半島セバストポリで同日、ロシア黒海艦隊司令部の付近
に無人機が飛来し、ロシア側の対空兵器で撃墜されたと報じた。
無人機が墜落した司令部の屋根が焼けたが、けが人はなかったと
いう。無人機を飛ばしたのが誰なのかは明らかになっていない。
 タス通信によると、艦隊司令部の周辺は、この影響で封鎖され
た。また、ロシアの支配下で「市長」を務める人物はSNSへの
投稿で、できる限り自宅にとどまるよう呼びかけた。
           ──2022年8月21日付、朝日新聞
                  https://bit.ly/3Aa5TSf
─────────────────────────────
 このニュースに書かれている無人機は、トルコ製の偵察/攻撃
型無人機「バイラクタルTB2」(添付ファイル)であると思わ
れます。TB2は、全長6・5メートル、翼の幅は12メートル
の無人航空機です。レーザー誘導爆弾を搭載でき、遠隔操作や自
動操縦を使って約27時間にわたって半径300キロ圏内を飛び
続けることができます。
 ロシア軍の侵攻を受けた2月の時点で、ウクライナ軍が持って
いる無人機といえば、TB2しかなく、ウクライナ海軍と空軍で
あわせて約20機ほど保有していたといわれています。TB2を
最初に購入したのは2019年、2020年に追加購入し、これ
を実戦で使っています。実戦で使ったのは、ロシア侵攻前、東部
ドンバス地方の分離独立派支配エリアにおいてです。
 しかし、このTB2は、ロシアの正規軍が相手では通用しない
と考えられていたのです。理由は2つあります。
 第1の理由としては、ロシア軍の空爆とミサイル攻撃能力の高
さです。ロシア軍が侵攻開始とほぼ同時に行うであろう空爆とミ
サイル攻撃によって、ウクライナ軍のTB2は、地上管制システ
ムもろとも破壊されてしまうと考えられていたのです。
 第2の理由としては、ロシア軍の高度な防空能力です。ロシア
軍は、豊富な戦闘機戦力と防空システムを保有していることから
TB2はロシア軍に撃墜されると思われていたのです。
 しかし、こういう予想を覆し、ウクライナ軍は、TB2を巧み
に使い、大いにロシア軍を苦しめています。軍事情報サイト「オ
リックス」によると、3月23日までのウクライナ軍のTB2の
成果は次のようになっています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍はTB2を使用して、まず戦車部隊と補給部隊を
防護しているロシア軍の地対空ミサイルを攻撃。中/短距離地対
空ミサイルシステム「ブーク」と短距離地対空ミサイルシステム
「パーンツィリ」と「トール」の発射装置を少なくとも10基以
上破壊しました。
 地対空ミサイルを制圧後、ウクライナ軍はTB2を偵察と対地
支援任務に使用しました。戦闘車両やトラックヘの攻撃を行い、
装甲戦闘車両6両、火砲5門、多連装ロケット発射機1基、ヘリ
コプター9機、燃料輸送列車2両、トラックなどの車両24両を
破壊しました。
 さらにロシア軍の指揮を混乱させるため、野戦指揮所2か所と
通信所1か所も攻撃しました。ロシア軍の作戦遂行に大きな影響
を与えたと指摘されています。
 なお、実際の戦果はこの内容を大きく上回る可能性があると、
オリックスは説明しています。オリックスが取りまとめた戦果は
写真またはビデオで確認できたものだけで、ウクライナ軍は無人
機の戦果についてほとんど公表していないからです。
 TB2は地上目標に対する戦果に加えて、海上目標に対しても
戦果をあげています。ウクライナ軍は、南部オデーサ沖の黒海海
域で5月7日にロシア海軍の哨戒艇2隻と上陸艇1隻をTB2で
撃破したと発表しました。     ──「軍事研究/8月号」
       ──元航空自衛隊技術幹部/空将補・宮脇俊幸著
            『ウクライナ軍無人機、善戦の理由』
─────────────────────────────
 ウクライナ軍は、2019年に入手したTB2を戦略的に運用
して成果を挙げるテクニックを習得しています。ゼレンスキー大
統領は、自分の政権をつくるとき、思い切ってITに強い若手を
積極的に大臣に任命しています。その中心になっているのが、ミ
ハイロ・フェドロフデジタル変革大臣(31歳/副首相兼務)で
す。ロシアの侵攻がはじまるや、イーロン・マスク氏と連絡をと
り、「スターリンク/衛星インターネットアクセス」の貸与を申
し出て、ネットが使える環境を確保した人物です。このフェドロ
フデジタル大臣が、TB2なども扱うIT軍の指揮を執っている
ものと思われます。
 ロシアのウクライナに対する特別軍事作戦において奇妙なのは
現在にいたっても、ロシア、ウクライナ両軍とも航空優勢をとっ
ていないことです。ロシアの戦闘機は、ウクライナ空域を慎重に
避けて、ロシア領空域ないし、ベラルーシ空域から、ミサイルを
撃っています。ロシアがウクライナの防空体制を強く意識してい
る証拠といえます。このことと、TB2の運用とは無関係ではな
いと思われます。
 米英から提供されるロシア軍に関する情報に基づき、侵攻直前
の分散配備を含め、通信衛星なども利用して、TB2を巧みに運
用して戦果を挙げていることは確かです。なお、ウクライナ軍は
西側諸国からTB2以外の無人機、「スイッチブレード」「フェ
ニックスゴースト」などの新しい無人機の供与を受けており、ロ
シア軍はこうしたウクライナの無人機を非常に警戒しています。
現在、行われているウクライナ軍によるクリミア半島の攻撃も、
これらの無人機が活躍していることは確かです。
                 ──[新中国論/027]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナの英雄に?無人機「バイラクタルTB2」大活躍
  “バイラクタルの歌”が愛国歌に
  ───────────────────────────
   2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻してか
  ら、1か月が経過した現在も、ウクライナは頑強な抵抗を続
  けています。
   ウクライナの頑強な抵抗は、ウクライナ国民の愛国心や日
  本を含めた諸外国からの防衛装備品の供与など、様々な要素
  により成り立っているものと考えられますが、ウクライナ軍
  が使用している無人航空機システム「バイラクタルTB2」
  の予想以上の働きぶりも、ウクライナ国民の支えとなってい
  ると筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
   バイラクタルTB2はトルコのバイカル・テクノロジーが
  開発した、ガソリンエンジンを動力とする無人航空機です。
  同機のように中高度を長時間連続飛行する能力を持つ無人航
  空機システムは「MALE」に分類されます。
   バイラクタルTB2はMALEの代表格であるアメリカの
  MQ−9B「リーパー」に比べるとサイズが一回り小さく、
  ミサイルや爆弾などの最大搭載量もMQ−9Bの1700キ
  ログラム。1700キログラムに対して150キログラムと
  大きくはありません。ただ、機体が小型であることに加えて
  F−16戦闘機などと同様に、主翼と胴体を一体化した「ブ
  レンデッド・ボディ」を採用したユニークな機体形状により
  MQ−9Bなどに比べてレーダーや目視による発見がされに
  くくなっているとも言われています。
                 https://bit.ly/3pyKm0J
  ───────────────────────────
バイラクタルTB2.jpg
バイラクタルTB2
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2022年08月26日

●「なぜクリミア半島を攻撃するのか」(第5801号)

 ウクライナとロシアの戦争は、いつ、どのようにして終わるの
でしょうか。
 そのためには、ウクライナ南部の戦況について知る必要があり
ます。ウクライナ軍がパルチザンや様々な無人機を使って、果敢
に攻撃を仕掛けているようですが、専門家も本当の戦況は把握で
きていないようです。
 パルチザンとは、既に説明しているように、現体制、すなわち
ロシアの一方的併合に反対する抵抗勢力の一部が民兵化したもの
であり、ウクライナ特殊部隊と何らかのかたちで結びついて、ク
リミア半島に攻撃を仕掛けているものと考えられます。
 8月14日のことです。ウクライナ・ヘルソン州からロシア軍
の司令官らが退却したとミコライウ州知事が伝えています。AN
Nニュースは、これを次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍が南部へルソン州奪還に向け攻勢を強めるなか、
同じく南部ミコライウ州の知事が、ロシア軍の司令官らが「退却
した」との見方を示した。ヘルソン州に隣接するミコライウ州の
キム知事は8月13日、「ロシア軍の司令官らはドニエプル川を
越えて退却している」と明らかにし、ロシア側がヘルソンを放棄
したことを示唆しました。
 ヘルソン州ではウクライナ軍がロシア軍の補給の要を断とうと
橋を相次いで攻撃している。12日にはドニエプル川にかかるヘ
ルソン州内の最後の橋を攻撃し、軍事物資などの補給をできなく
したという。イギリス国防省は橋が破壊されたことで、「数千人
のロシア兵が船での補給に頼らざるを得なくなっている」と分析
している。(ANNニュース)    https://bit.ly/3QYZgsU
─────────────────────────────
 なぜ、いまウクライナ南部が戦争の中心になりつつあるのかに
ついて考えてみる必要があります。それには、プーチン大統領が
何を考えて、ウクライナ侵攻を仕掛けたのかについて、その原点
に迫る必要があります。
 添付ファイルをご覧ください。ウクライナにおけるロシア軍の
制圧地域を示しています。これを見ると、クリミア半島がロシア
が制圧している地域の兵站拠点になっていることがよくわかりま
す。「兵站」とは、後方に位置して、前線の部隊のために、軍需
品・食糧などの供給・補充や、後方連絡線の確保などを任務とす
る部隊のことです。
 クリミア半島を制圧すると、2つの海を押さえることができま
す。2つの海とは、黒海と、黒海北部にある内海で、ケルチ海峡
によって黒海と結ばれているアゾフ海です。この場合、黒海を押
さえている都市はヘルソンであり、アゾフ海を押さえているのは
マリウポリであることを押さえておくべきです。
 今やこの2つの都市は、ロシア軍によって制圧されており、こ
れによって、プーチン大統領による「海を押さえる戦略」は、理
にかなったものということができます。今やウクライナに残され
ている海への出口はオデーサだけです。ロシア軍は、そのオデー
サにも攻撃を加えており、オデーサを制圧されると、ウクライナ
は、完全に海への出口のない内陸国になってしまいます。
 そのため、ロシアは、2014年に電撃的にクリミア半島に侵
攻し、この半島に新ロシア派のクリミア共和国を樹立し、一方的
に併合してしまっています。これによって、ロシアは、黒海には
黒海艦隊を常駐させ、事実上黒海に支配しています。
 さらにクリミア半島を制圧したプーチン大統領は、最初から計
画していたように、クリミア半島とロシア大陸を結ぶクリミア大
橋を4年の年月をかけて完成させ、クリミア大橋の開通式のとき
はプーチン大統領が自らトラックを運転して車列を先導し、クリ
ミア大橋を渡っています。2019年12月23日のことです。
 ウクライナは、ここにきて、クリミアの奪還にマトを絞ってき
ています。8月9日のことです。ウクライナのゼレンスキー大統
領は、ビデオ演説で次のように宣言しています。
─────────────────────────────
 ウクライナと自由な欧州全体に対するロシアの戦争は、クリミ
アで始まった。それはクリミアの解放で終わらねばならない。
             ──ゼレンスキーウクライナ大統領
                  https://bit.ly/3wLl9o3
─────────────────────────────
 ゼレンスキー大統領は、当初は停戦の条件として、ロシアがウ
クライナに侵攻した2022年2月24日(木)以前の状態に戻
し、クリミア半島については、何年かかけて、ロシアと話し合う
といっていたのです。しかし、8月9日には、ロシアがクリミア
に侵攻した2014年3月1日(土)以前に戻すべきと条件を厳
しくしています。このゼレンスキー大統領の宣言によって、この
ロシアのいう「特別軍事作戦」が、休戦に持ち込まれる可能性は
なくなったということがいえます。
 ゼレンスキー大統領は、なぜハードルを上げて、クリミア半島
奪還に向けて動き出したのでしょうか。それは、米国をはじめと
する西側諸国から、かねてから供与を希望していた兵器が届いた
からであると思われます。
 クリミア半島を奪還するには、現在、ロシアに制圧されている
ヘルソン市を奪還することが必要です。そのため、ウクライナ軍
は、複数のドエプル川にかかっている橋を攻撃し、補強路を断っ
て、ヘルソン市に迫っています。ロシアがもしヘルソンを落とす
と、クリミア半島の防衛は一層困難化します。そして、ウクライ
ナが違法であるとしているクリミア大橋を攻撃し、破壊するよう
なことがあると情勢はさらに緊迫化します。
 プーチン大統領にとっても、クリミア半島は今回の特別軍事作
戦の原点であり、ここをむざむざとウクライナ軍に奪われること
になったら、メイツ丸ツブレです。かくして、戦争はさらに長期
化せざるを得ない状況になりつつあります。
                 ──[新中国論/028]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナ軍、ロシア占領の南部ヘルソンで主要な橋をまた
  破壊と 移動に不可欠
  ───────────────────────────
   ウクライナ軍は、8月13日、ロシア軍が占領する南部ヘ
  ルソン州で移動に欠かせない主要な橋をまたひとつ破壊した
  と発表した。ウクライナは、ロシアが侵略開始から間もなく
  占領したヘルソン州を奪還しようと、激しい戦闘を展開して
  いる。
   ウクライナ軍によると、ノヴァ・カホフカのダムにかかる
  橋はもはや通行不能だという。この主張の客観的な検証はさ
  れていない。南部軍管区はフェイスブックに、「ノヴァ・カ
  ホフカのダムにかかる道路橋の破壊が確認され、使用できな
  くなった」と書いた。
   ウクライナ軍は7月末にも、ヘルソン州を流れるドニプロ
  川の渡河に重要なアントニフスキー橋を通行不能にした。西
  側消息筋は、アメリカ製の高機動ロケット砲システム「ハイ
  マース」によって、この橋は「使用不能になった」としてい
  る。イギリス国防省は13日、連日定例の戦況分析で、ウク
  ライナ軍による8月10日の精密攻撃で、重い軍用車両はノ
  ヴァ・カホフカの道路橋でドニプロ川を渡ることができなく
  なったと指摘した。ノヴァ・カホフカは、ヘルソン市から約
  55キロ北東にある。イギリス国防省はさらに、アントニフ
  スキー橋についてロシアは場当たり的な修復しかできておら
  ず、橋は構造的に破損したままだと説明。先週にはヘルソン
  近くの主要な鉄道橋もさらに破壊された。
                 https://bbc.in/3PK68td
  ───────────────────────────
ウクライナ南部の攻防/7月25日現在.jpg
ウクライナ南部の攻防/7月25日現在
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2022年08月29日

●「日中首脳会談は9月に実現するか」(第5802号)

 今回のテーマは、メインは「新中国論」ですが、このテーマの
スタート日、7月19日のEJで書いているように、「新中国/
ロシア論」です。そのなかで、8月15日〜19日までは海上自
衛隊創設秘話、8月22日〜26日まではロシア/ウクライナ情
勢について書いています。今後もロシア/ウクライナ情勢につい
ては書いていきますが、今週からメインの話題を「新中国論」に
戻します。
 岸田首相がコロナに感染したのは、8月21日のことです。と
ころが、翌22日、中国の習近平国家主席から岸田首相に「早い
回復を望みます」というお見舞いの電報が届いたのです。そこに
は、「今年は中日国交正常化50年で、私はあなたとともに新し
い時代の要求に合致する中日関係の構築を推進していきたい」と
いうメッセージが添えられていたそうです。
 このところ日中の間では緊張が高まっています。8月4日に予
定されていた日中外相会談が、中国側の申し入れにより、中止に
なったからです。中止の理由は、ペロシ訪台直後に開始された中
国軍による台湾周辺での連日にわたる軍事演習に関して、日本を
含む先進7カ国(G7)外相が共同声明で「中国を不当に非難」
したからであるといいます。
 日中外相会談は中止になったものの、もうひとつの日中との重
要会談が、8月17日に天津で開かれたのです。日中両政府によ
る高官協議です。日本側の高官とは、秋葉剛男国家安全保障局長
中国側は、ヤン・ジエチー共産党政治局委員(漢字が難しいので
「楊氏」を使用)、中国の外交トップで、王(ワン・イー)外相
よりもランクが上の人物です。
 なぜなら、中国では、外交戦略を判断するのは外務省ではなく
共産党中央外事委員会であり、楊氏は、その委員会の事務局長で
あるからです。
 会談を呼びかけたのは中国側で、ペロシ訪台前のことですが、
こちらは中止にならず、予定通り実施されています。ペロシ訪台
があっても、G7の中国非難声明があっても、コロナ禍によって
厳しい防疫体制が敷かれている北京が使えなくても、場所を天津
に移してまで高官協議は実施されています。中国にとって、それ
がきわめて重要な会談であると思われるからです。
 しかし、この会談は外形的には「異様なもの」ということがで
きます。一つは、公表された写真は、両者とも仏頂面で、並んで
立っているだけであり、握手もなく、背後には両国の国旗がない
ことです。もう一つは、会談が7時間の長きに及んだことです。
そのような長時間、2人は一体何を話し合ったのでしょうか。
 中国側の狙いは日中首脳会談の実現にあると考えられます。習
近平主席が、岸田首相にお見舞い電報を送ってきたことは、この
流れならば理解できます。
 この時期にこの会談が開かれたことについて、8月23日付の
日本経済新聞は次のように解説しています。
─────────────────────────────
◎日中、握手なき高官協議/公表写真、国内反発を警戒
 習氏の総書記3期目がかかる党大会を秋に控え、中国側は対外
関係を安定させたい。その際に日本が台湾問題でどこまで米国と
歩調を合わせるつもりかを確認する必要があるという。
 日中は9月末に国交正常化50年を迎える。習氏は両国関係を
安定させる節目として重視する発言をしてきた。一方で、中国側
には党大会前に日本と接触した後、日本が台湾支持で突出した動
きをされては困るという不安もある。
 中国にとって日本は接近しすぎれば強硬派や世論から突き上げ
を受ける国だ。日本との対話を志向しつつ、疑念も抱える結果が
握手や国旗のない写真に表れた。これまで楊氏と安保局長の会談
の多くは国旗を背に握手する写真を撮ってきた。
         ──2022年8月23日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日中国交正常化50周年記念日は9月19日です。この日に日
中首脳会談が電話ではなく、対面で行われるのがベストであるこ
とは確かです。しかしそれは果たして可能でしょうか。
 しかも、9月27日には安倍元首相の国葬があり、世界中から
VIPが来日します。国葬に習近平主席が出席するという情報は
なく、情報によると、中国政府は、王岐山国家副主席を安倍元首
相の国葬に派遣する予定であるといわれます。
 しかし、2016年以降の話ですが、日中首脳会談はその3カ
月前以内には、楊政治局委員と日本の当時の安全保障局長(北村
滋氏)とが会って決めているので、今回の会談も首脳会談につい
て何らかのやりとりがあったことは間違いないと考えられます。
 有力な中国ウオッチャーの一人である近藤大介氏の情報による
と、9月29日に、岸田首相と習近平主席とのオンライン会談が
開かれるのではないかといわれます。その根拠として、8月1日
からおよそ2週間にわたって、習近平主席は、元国家主席などの
長老たちと「北戴河会議」なる秘密会議を行い、習主席の3期目
が条件付きで、了承されたのではないかといわれます。その条件
とは、中国経済をV字回復させることといわれます。
 そのためには、周辺国、なかでも日本との関係改善は必須であ
り、そのために日中国交正常化50周年を利用する方針になった
のではないかというわけです。これについて、近藤大介氏は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 天津会談は7時間に及んだが、中国側の報道からは、50周年
を機に日中関係を改善したいという中国側の意思がありありと見
える。ただし、その条件は「日本が台湾問題に干渉しないこと」
である。<台湾は中国領土の不可分の一部分である。台湾問題は
中日関係の政治的基礎であり、両国間の基本的信義である>(8
月18日付新華社)        https://bit.ly/3dXuKBq
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/029]

≪画像および関連情報≫
 ●日中首脳会談を「検討」/林外相表明、秋の実現探る
  ───────────────────────────
   日中両政府は岸田文雄首相と習近平(シー・ジンピン)国
  家主席による首脳会談の調整を始めた。国交正常化50年の
  節目を9月に控え関係の改善を探る。林芳正外相は19日の
  日本経済新聞とのインタビューで会談の実現に向け「具体的
  に検討する」と表明した。
   首相と習氏の対話は、2021年10月の電話協議以降な
  い。対面での首脳間の協議は、19年12月以降開いていな
  い。日中両政府は対面やオンライン、電話での協議など形式
  を含め検討する。現状では今秋のオンラインでの協議が有力
  だ。11月にインドネシアで開く20カ国地域首脳会議(G
  20サミット)の場など日中以外の第三国で会談する案もあ
  る。中国は8月4日、ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発し
  台湾周辺で大規模な軍事演習を始めた。日本の排他的経済水
  域(EEZ)に弾道ミサイルが5発落下した。林氏は中国の
  行動を非難したうえで、「こうしたときこそ意思疎通が重要
  だ」と言及した。「建設的で安定的な日中関係を双方の努力
  で構築する必要がある」と語った。17日には秋葉剛男国家
  安全保障局長が中国・天津で中国外交担当トップのヤン・ジ
  エチー共産党政治局員と7時間会談をした。日中間の対話を
  継続する方針を確かめた。
              https://s.nikkei.com/3RdJ9Yt
  ───────────────────────────
日中高官協議.jpg
日中高官協議
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2022年08月30日

●「北戴河会議で何が決められたのか」(第5803号)

 中国の北戴河会議について少し述べることにします。この会議
は、北京にほど近い河北省の避暑地の「北戴河」において、毎年
夏の時期に、共産党の現役指導部や、引退した長老らが集まる会
議のことです。
 党の重要方針や幹部人事などについて話し合われるそうですが
非公式会議の位置づけのため、会議がいつ行われ、何が話され、
何が決められたかについてはほとんどわからないのです。しかし
少し時間をおいて、この会議に出席した現役指導者の行動や、メ
ディアなどに表れる記述を通して推測することはできます。
 北戴河会議がいつ行われたかについては、現役指導者の行動を
チェックしていれば大体把握できます。今年の場合、8月1日か
ら約2週間、現役指導者は一斉に姿を消しています。北戴河会議
がはじまったのです。そして、8月16日になって、李克強首相
が深せんに姿を現しています。これは、北戴河会議が終わったこ
とを意味します。
 この李克強首相の行動について、中国ウオッチャーの福島香織
氏は、北戴河会議との関連で次のように述べています。
─────────────────────────────
 この北戴河会議でどのようなやり取りがあったのかは、今はま
だわからない。ただ、チャイナウォッチャーたちがそれぞれの推
測を突き合わせながら導き出した概ねの結論としては、習近平に
とってあまり楽しい会議ではなかったようだ。その根拠と推測さ
れる状況について説明していきたい。
 まず、北戴河会議が終了したと世間にはっきりと最初にシグナ
ルを送ったのが、習近平ではなく李克強であったという点から、
この会議の内容は李克強にとって有利なものではなかったか、と
いう見立てがある。
 李克強は8月16日、広東省に視察にいき、深せんで地方官僚
を集め座談会を開いた。李克強は半袖シャツの軽やかな恰好で、
マスクをつけない状況で屋外で若者と対話したり、企業を視察し
て企業関係者からの意見に耳を傾けていた。李克強は若者や企業
関係者から歓迎されているようで、時折拍手なども起きていた。
            JBプレス/https://bit.ly/3Rdz4L3
─────────────────────────────
 なぜ、今年の北戴河会議が注目されるのかについては、今秋の
共産党大会において、習近平の3期目の総書記就任がかかってい
るからです。確かに現在の中国は不動産不況やコロナ禍があって
経済が低迷している様子が読み取れます。そのため、北戴河会議
において長老からクレームが噴出して、3期目就任に黄色ランプ
が灯っているのではないかといわれており、例年以上に北戴河会
議が注目されているのです。
 この福島香織氏のレポートについて、中国分析の第一人者とい
われる遠藤誉氏は、まず、福島氏の言わんとしていることを次の
ようにまとめています。
─────────────────────────────
 @存在感を強める李克強:北戴河会議終了後、最初にシグナル
  を送ったのが、習近平ではなく李克強だった(李克強に関す
  る報道が8月16日で、習近平のは8月18日だったことを
  指している)。したがって、北戴河会議の内容は李克強にと
  って有利なものであったにちがいない。
 A李克強は「ケ小平の改革開放の成果の1つである経済特区の
  深せん」で経済問題に関する座談会を開催した。習近平の経
  済政策は改革開放逆行路線とみなされている。おそらく習近
  平は党内で批判を受けたにちがいない。
                  https://bit.ly/3QU5Otl
─────────────────────────────
 そのうえで、遠藤誉氏は、福島氏の指摘は問題があるのではな
いかとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 たしかに李克強に関する報道は、8月16日にあった。李克強
に関しては8月18日にも報道している。しかし文字数はいずれ
も1200文字ほどで、写真も前者は1枚、後者は2枚だ。一方
習近平に関する報道は、やや速報的に8月17日に3本(17日
の1本目、17日の2本目、17日の3本目)あり、18日には
2本あり(18日の1本目、18日の2本目)、19日にも2本
(19日の1本目、19日の2本目)、最終的には8月18日に
非常に本格的に編集した総合バージョンが報道された。
 少なくとも、この総合バージョンを見る限り、この1本だけで
5600文字を超えており、写真も23枚もある。ほかに7本も
報道があるので、合計したら、比較にならないほど習近平に関す
る報道の方が圧倒的に多い。習近平に関する最初の報道日時が8
月17日になったのは、慎重を期してミスがないように編集して
いるからだ。
 JBプレスでは、「1」の現象を以て李克強が存在感を強めた
としているが、それは早計ではないだろうか。こういう推論をす
るときには「人の噂」ではなく、あくまでも自分で「ファクト」
を執拗なほど追いかけ、自らの目で第一資料を入手し確認しなけ
ればならない。   ──遠藤誉氏 https://bit.ly/3QWeE9Q
─────────────────────────────
 遠藤誉氏にいわせると、日本では「習近平より李克強の方が人
気が高く、評価されている」とする「チャイナ・ウォッチャー」
が多くいるが、それは「習近平憎し」の感情からくる「錯覚」に
過ぎないと切り捨てています。
 遠藤誉氏は、既に北戴河会議は、長老たちに強い発言力はない
といいます。そのためにこそ習近平主席は、就任と同時に「トラ
もハエもたたく」という腐敗撲滅運動を展開し、摘発し、逮捕し
て牙を抜いてきたのです。したがって、長老たちに現役指導者を
引きずり降ろす力など既にないといいます。このような遠藤氏の
主張については、明日のEJで取り上げます。
             ──[新中国・ロシア論/030]

≪画像および関連情報≫
 ●中国共産党、北戴河会議終了/胡春華副首相の処遇に焦点
  ───────────────────────────
   【北京=羽田野主】夏に中国共産党の指導部と、引退した
  長老が国政の重要課題を話し合う今年の「北戴河会議」が終
  わったもようだ。習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主
  席)は秋の党大会に向けて3期目の体制づくりを進めている
  が、距離があるとされる胡春華(フー・チュンホア)副首相
  の昇格の有無に焦点が当たっている。
   中国共産党の機関紙、人民日報(電子版)は17日、習氏
  が遼寧省を視察中と伝えた。16日には李克強(リー・クォ
  ーチャン)首相の広東省での会議出席が伝えられた。最高指
  導部が河北省の北戴河を離れたとみられる。
   党関係者の間で関心を集めているのが党序列25位以内の
  政治局員である胡氏の処遇だ。胡氏は名門の北京大学に上位
  の成績で入学したエピソードを持つ秀才で、中国共産党の青
  年組織、共産主義青年団(共青団)のトップも務めた。内モ
  ンゴル自治区や広東省のトップも歴任しており、最高指導部
  入りを狙える位置にいる。
   党内で実務型の能吏との評判がある胡氏の昇格を見込む声
  がある。中国の不動産市場が低迷し中国経済が難局にさしか
  かっていることから、李首相の後継と期待する見方もある。
  胡氏は北戴河会議に先立つ7月27日、人民日報に論文を投
  稿。習氏の農業政策の指導力をたたえ、習氏の名前に50回
  以上触れて「忠誠」を示した。
              https://s.nikkei.com/3KnOJFD
北戴河の風景.jpg
北戴河の風景
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2022年08月31日

●「『習下李上』など絶対あり得ない」(第5804号)

 今年になって、ネットユーザーを中心に「習下李上」という言
葉がいわれるようになっています。「習下李上」の意味は、習近
平が下馬(下野)し、李克強が上位に立つということです。中国
では「下野」のことを「下馬」といいます。これについては、こ
のテーマの冒頭部分でも取り上げています。
 しかし、中国分析の第1人者といわれる遠藤誉氏は、これにつ
いて完全否定し、それは日本の一部の中国ウオッチャーと日本の
メディアによるフェイク情報であると断言しています。遠藤氏は
自身のコラムで次のように発言しています。
─────────────────────────────
 習近平が下馬すれば、中国大陸の八大民主党派の「中国国民党
革命委員会」とか「台湾民主自治同盟」などの党首が、習近平に
取って代わるわけではない。中国は中国共産党が統治する一党支
配体制であることに変わりはないので、何も喜ばしいことはない
のである。
 日本人は李克強がまるで個人の意思で何か発言していると勘違
いして、「習近平が失墜して李克強の人気が上昇している」とか
「李克強が習近平をガン無視」といった類のことを書いては喜ん
でいるが、李克強はあくまでもチャイナ・セブン(中共中央政治
局常務委員会委員7名)の合意の結果の一つを発表する役割をし
ているだけで、そこには、寸分たりとも「個人の意思」はない!
「個人の言葉」は皆無なのである。       ──遠藤誉氏
                  https://bit.ly/3RiQl5R
─────────────────────────────
 つまり、遠藤氏がいうには、今年の秋の共産党党大会において
李克強首相が習近平総書記に代わって総書記になることはあり得
ないし、そういう総書記を選ぶシステムになっていないというの
です。実際に今年の全人代閉幕後の記者会見において、当の李克
強首相自身が、「これが最後になる」と退官の意思を表明してい
ます。遠藤氏は「習下李上」などあり得ないというのです。
 中国のことを知るには、どのようにして、「中国共産党中央総
書記」が選ばれるのかについて、そのシステムを知る必要があり
ます。以下、遠藤誉氏の説明を参考にして解説します。
 誰が中国共産党中央総書記を選べるのか──それは約14億人
の中国人のうちの約200名しかいない中国共産党中央委員会委
員であり、彼らに投票資格があります。
 14億人の中国人のうち、約1億人が中国共産党員です。正確
にいうと、9514・8万人(2021年6月5日現在)です。
このうちの約3000人が、全国代表として全国津々浦々の行政
区分地区から選ばれた「全国代表」として、5年に1回開催され
る共産党大会に参加するのです。
 その3000人の中から、中国共産党中央委員会委員200名
を選ぶのです。具体的には、党大会の全国代表を選ぶ選出母体が
それぞれ割り当てられた「候補者」をノミネートします。これら
ノミネートされる人物が適切であるか否かは、総書記をトップと
する中央組織が審査監督するので、中国共産党にとって、不都合
な人物が総書記に候補者に選ばれることは皆無です。
 この200人の選出に当たって、中国共産党は小細工をしてい
ます。200人を選ぶのですが、10%増しの候補者をノミネー
トして、10%を落選させるのです。これを中国共産党は「党内
民主」と呼び、「中国共産党は民主的な選挙を行っている」と胸
を張るのです。
 問題は、総書記を選ぶ200人ですが、このような仕組みであ
ると、習近平氏に反対する人物がこの200人に入る可能性はほ
とんどないといえます。これについて、遠藤誉氏は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 ここで重要なのは、今年秋の党大会で「次期中共中央総書記」
に関して投票する資格を持っているのは、習近平の「指導」の下
で選ばれた中共中央委員会委員候補者で、その中から選ばれた中
共中央委員会委員であることを考えると、習近平が継続して総書
記になることに反対する者が、その候補者リストの中に入ってい
るということはほぼ「あり得ない」ということである。
          ──遠藤誉氏/ https://bit.ly/3q9fIvr
─────────────────────────────
 共産党大会が閉幕すると、直ちに一中全会(中国共産党中央委
員会第一次全体会議)が開催され、そこで中央委員会が投票して
中国共産党中央総書記が決定されます。そして、翌年3月に開催
される全人代(全国人民代表大会)で国家主席が選出され、一連
の儀式の全過程が終了するのです。
 習近平主席は、自分の前任者である胡錦濤氏が、その前任者の
上海閥の江沢民氏が権力を完全には手放さなかったため、自分が
やりたいことが思うようにできず、大変苦労しているのを見てい
たのです。
 そこで、総書記就任と同時に胡錦濤前主席にも協力を要請し、
「トラもハエもたたく」というスローガンで、汚職腐敗防止を強
化したといいます。当時、権力中枢にも、地方行政府にも汚職が
蔓延し、ひどい状態であったからです。「腐敗を防止しなければ
共産党が滅び、国も亡ぶ」と考えていたからです。
 そのかたわら、習近平主席は、地方行政府にも、自分の周辺に
も自身の腹心を配置し、権力基盤を固めていったのです。その視
線の先には、通常2期10年と決められている総書記の任期を撤
廃し、終生支配をもくろんでいたということがいえます。
 同様に、いわゆる北戴河会議においても、習近平主席は、引退
した「長老」に口出しさせないことをモットーとしてきており、
この秘密会議が以前ほど重要視されず、形骸化、儀式化されつつ
あります。したがって、この北戴河会議において、現政権の方針
が大幅に変更されることなどあり得なくなっているといいます。
このようにして、習近平主席の終生総書記実現は、不動のものと
なっているのです。    ──[新中国・ロシア論/031]

≪画像および関連情報≫
 ●習近平が終身権力者になる前触れ? 中国メディアが使い始
  めた、ある尊称
  ───────────────────────────
   中国共産党の秋の党大会は、どうやら10月末頃に行われ
  るようだ。情報筋から、そういう観測がだんだん伝わり始め
  た。香港英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(7
  月18日付)が特ダネとして、習近平が11月に欧州4カ国
  (ドイツ、フランス、イタリア、スペイン)の首脳を北京に
  招くことを決定したと報じた。多くのチャイナウォッチャー
  たちがこの報道を、習近平が秋の党大会を乗り越えて総書記
  任期3期目を継続することが確定しているという予測の補強
  材料にしている。もっとも、7月19日にこの件について記
  者が外交部定例記者会見で質問したとき趙立堅報道官は「ど
  こからの情報だ?フェイクニュースだ」と一蹴している。
   加えて香港紙「明報」(7月11日付)が、秋の党大会で
  正式に習近平に「人民領袖」の尊称が使われるようになると
  報じ、習近平の第3期目総書記連任は確実だという中国政治
  学者の意見を引用した。
   果たして本当に習近平総書記の3期目の連任は確実になっ
  たのだろうか。習近平を「人民領袖」と呼ぶことが決定する
  という明報の特ダネ報道については、まもなく中国中央テレ
  ビ(CCTV)が人民領袖いう言葉を使い出したので、まっ
  たくのフェイクというわけではなさそうだ。
                 https://bit.ly/3KvCmqX
  ───────────────────────────
遠藤誉氏.jpg
遠藤誉氏
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2022年09月01日

●「なぜ、2隻の駆逐艦で航行したか」(第5805号)

 8月29日(月)のEJで、日中高官協議について取り上げま
したが、新しい情報が入ってきたので、この日中高官協議の裏側
についてお伝えします。ポイントは2つです。
 第1のポイントは、8月2日午後2時(米東部時間)から秋葉
剛男国家安全保障局長が、ホワイトハウスで、米側のカウンター
パートである、ジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保
障)と会談していることです。これは、明らかに、天津での日中
高官協議のすり合わせであると考えられます。
 サリバン大統領補佐官は、2021年3月に米アラスカ州・ア
ンカレッジで行われた米中外交・安全保障会議高官会議で楊政治
局委員と会談しています。このときは、米中双方から関係者が参
加しています。会談の冒頭から報道陣の前で、激しい非難の応酬
が繰り広げられ、異例の展開になったあの会談です。
 しかし、この会談を契機として、サリバン氏がバイデン大統領
の、楊氏が習近平主席の代理人として、両首脳のホットライン役
を担っています。
 日本経済新聞によると、会談を呼びかけたのは中国としていま
すが、ジャーナリストの歳川隆雄氏は、首相官邸幹部からの情報
によると、2カ月前に日本から申し入れ、楊氏から日時・場所を
指定してきたのは、2週間前のことであるということです。日中
どちらが会談を持ちかけたかについては不明ですが、状況を分析
すると、中国からの申し入れの方が、スジが通っていると思いま
す。台湾問題で、日本が突出した行動をとらないようクギを刺し
たいのは中国であり、そのために日中国交正常化50年を利用し
ようとしていると考えられるからです。
 思えば、日本が尖閣諸島を国有化してから、この9月11日で
10年になります。このときは胡錦濤政権でしたが、野田内閣に
よる尖閣諸島国有化によって、中国は、北京の人民大会堂で行う
予定で準備をしていた日中国交正常化40年式典を中止していま
す。今回も台湾問題をめぐって、そういうことが起こらぬよう日
本を呼び出したものと思われます。
 第2のポイントは、今回の日中高官会議が、「テタテ会議」で
あったことです。テタテ会議の「テタテ」とは、フランス語で、
1対1の会談のことをいいます。
 つまり、今回の日中高官会議は、握手や背後の国旗がないだけ
ではなく、通訳も記録係(ノートテイカー)もいない、文字通り
のサシの会談であり、すべて英語で行われたということです。し
かも、夕食は交えたものの、7時間連続で、深夜まで行われたの
です。何が話し合われたかは不明ですが、徹底的に、秘密主義に
立っているのです。
 昨日、8月28日、米海軍のイージス巡洋艦2隻が「航行の自
由作戦」と称して、中国軍による軍事挑発が激化している台湾海
峡を通過しています。実施したのは、米海軍第7艦隊所属のイー
ジス巡洋艦「アンティータム」と「チャンセラーズビル」の2隻
です。注目すべきは、このイージス巡洋艦の艦名が、ともに南北
戦争に関係があることです。南北戦争の2つの激戦地の名前と一
緒なのです。アンティータムはメリーランド州、チャンセラーズ
ヴィルはバージニア州にあります。
─────────────────────────────
       @   アンティータムの戦い
       Aチャンセラーズヴィルの戦い
─────────────────────────────
 南北戦争は、奴隷制度の撤廃など、人権問題を想起させるもの
で、南北戦争に関わりのある両艦の航行には、中国に向けた強い
メッセージがあります。これによって、米国は口だけではなく、
軍事行動でも武力による台湾侵攻は許さないとするメッセージを
中国に送ったといえます。
 通常米海軍の行う航行の自由作戦は、軍艦1隻での航行が多い
のですが、なぜ、2隻の巡洋艦で台湾海峡を航行したかについて
国際政治に詳しい福井県立大学の島田洋一教授は、次のように述
べています。
─────────────────────────────
 (なぜ、2隻で航行したかというと)中国側が軍事演習の規模
を拡大させたので、米国もレベルを上げたである。ペロシ氏訪台
をはじめ、米国では超党派で「台湾有事」への抑止を強化するよ
う求める動きが続いている。中には、米台軍事演習や台湾へ攻撃
的な武器を供与する法律を成立させようとする動きもある。バイ
デン政権は、過激な法案の成立には慎重である一方で、航行作戦
など具体的に中国への圧力を強める必要性を感じていた。
               ──島田洋一福井県立大学教授
           2022年8月29日付、「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 ところで、ペロシ議長を台湾の人はどのように迎えたのでしょ
うか。8月2日、多くの台湾の人々は、ペロシ議長が前の訪問地
マレーシアから飛び立った米軍要人機「SPAR19」を、リアルタイ
ムで飛行機の航跡を追うことができるウェブサイト「フライトレ
コーダー24」で凝視していたといいます。およそ70万人、そ
のほとんどが台湾の人々であったといいます。なぜなら、ペロシ
議長の訪問予定地に台湾は入っていなかったからです。
 飛行機はマレーシアから東に向かったのです。本来ならば北上
が最短ルートですが、係争地の南シナ海の上空を超えなければな
らない。サイトを見ている台湾の人々は、来るか来ないか不安で
いっぱいだったといいます。
 ところがフィリピン近辺で飛行機が舵を北にとった瞬間、大歓
声が上がったといいます。「ペロシ議長はやはり台湾に来てくれ
る!」と喜びが広がったのです。台湾の人々は、これほどの思い
でペロシ議長を迎えているのです。
 したがって、ペロシ議長が去った後の台湾は、中国の威嚇演習
もひるまず、いたって平静で、株価も正常だったといいます。
             ──[新中国・ロシア論/032]

≪画像および関連情報≫
 ●米ペロシ下院議長「訪台に込めたもう一つの目的」とは
  ───────────────────────────
   米国のペロシ下院議長の台湾訪問に反発する中国が8月4
  日から大規模な軍事演習を実施し、台湾海峡が緊迫の度を増
  している。ペロシ氏は中国の強硬な反対を押し切って訪台し
  た理由について「台湾の民主主義を支援するため」との声明
  を発表したが、発言や行動を精査すると、「米国の半導体産
  業強化」というもう一つの目的が浮かび上がる。
   米下院はペロシ氏訪台前の7月28日、半導体の製造や研
  究に527億ドル(約7兆円)の補助金を投入する法案を可
  決した。バイデン大統領の署名で成立する。半導体受託生産
  で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は米政府の強
  い要請もあって120億ドルをかけてアリゾナ州で工場建設
  を進めており、補助の対象になるのは確実だ。
   バイデン氏は昨年、半導体サプライチェーン(供給網)を
  見直す大統領令に署名し、半導体製造強化に500億ドル規
  模を投じる方針を表明した。だが、裏付けとなる法案の審議
  は、野党・共和党の反対などで大幅に遅れていた。TSMC
  創業者の張忠謀(モリス・チャン)氏らも早期成立を繰り返
  し求める中、与党・民主党のペロシ氏にすれば、ようやく政
  権の要望に応えたことになる。8月2日夜に台湾に到着した
  ペロシ氏は翌3日朝、立法院(国会)を訪れた。台湾側の参
  加者に対し、同行している5人の議員を「半導体の法案成立
  に共同で貢献してくれた」と紹介した。
                 https://bit.ly/3wGJ4EO
  ───────────────────────────
台湾海峡を航行する米駆逐艦「アンティータム」.jpg
台湾海峡を航行する米駆逐艦「アンティータム」
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2022年09月02日

●「台湾の中国軍事演習の受け止め方」(第5806号)

 ナンシー・ペロシ米下院議長の訪台以降、中国軍用機は直後か
ら現在も台湾海峡の中間線越えを繰り返しています。29日時点
で、その回数は延べ398機です。さらに、ドローンも毎日のよ
うに飛来しています。
 中国の福建省に近い台湾の金門島には、28日、29日、30
日、ドローン4機が飛来しています。蔡英文総統は、国防部に対
し、国の空域を守るため、必要かつ強力な対抗措置を取れと命令
しています。この命令を受けた台湾国防部は、台湾領内のニ胆島
付近を旋回していた中国のドローンに対して、威嚇射撃を行い、
そのうえで撃ち落としています。国の安全のために当然のことを
したまでですが、台湾にとっては実はじめてのことです。
 今回の中国によるペロシ訪台の報復として、中国の大規模軍事
演習の結果は、おそらく中国にとっては誤算だったはずです。台
湾社会がいたって平静で、人々はパニックにならず、もちろん株
価も正常であったからです。
 ある漁港では、メディアに「漁に出るのか」と聞かれた漁師は
「今日は潮がいいので、海に出ないわけにはいかない。なぜなら
大漁間違いなしだから」と笑って漁に出ていったといいます。あ
るいは次のようにもいっています。
─────────────────────────────
     あれは「紙老虎(ピンイン)」だから・・
─────────────────────────────
 「紙老虎(ピンイン)」とは「張り子の虎」という意味です。
国防部の関係者もきわめて冷静でした。なぜなら、今回、中国軍
は、海軍と空軍、ミサイルしか動いておらず、地上軍の動きがな
かったからです。地上軍が動かなければ、台湾侵攻は実際には起
きず、単なる脅しにとどまると判断したからでしょう。そして、
台湾に対するこのプレッシャーは、共産党大会が開催される10
月6日まで続くであろうと予測しています。
 1996年にも「台湾海峡危機」は起きています。この危機の
そもそもの原因は、台湾の李登輝総統が、米国の母校のコーネル
大学から「台湾の民主化経験」に関する演説を行なう招待を受け
これに対して、米国がビザ(査証)を発行したことを原因として
起きています。台湾を外交上孤立させようとしている中国は、こ
の種の台湾要人のアメリカ訪問に対して、一貫として反対しきた
からです。中国は、李登輝総統は台湾独立運動の考えを持ってい
るので、地域の安定への脅威であると主張していたのです。
 米国のその措置に対して中国は激怒します。中国人民解放軍の
副参謀長熊光楷中将は、次のように米国を脅したのです。
─────────────────────────────
 もしアメリカが台湾に介入したら、中国は、核ミサイルでロサ
ンゼルスを破壊する。アメリカは、台北よりロサンゼルスを心配
した方がよい。       ──中国人民解放軍/熊光楷中将
─────────────────────────────
 中国人民解放軍は、口だけでなく、台湾の周辺地域で、大規模
な軍事訓練を行っています。1995年8月15日から25日に
かけて、海軍による実弾を伴うミサイル発射し、さらに、11月
には陸軍も加わって、広範囲の陸海演習を行っています。
 翌1996年3月23日は、台湾の総統選挙が行われます。中
国政府は台湾市民に対して、「李登輝総統に投票することは戦争
を意味することになる」というメッセージとして、投票日の23
日直前の3月8日から15日にかけて、大規模な軍事演習を行っ
たのです。基隆市と高雄市の港から25マイルから35マイルの
地点に向けて、ミサイルを発射しています。この海域の船舶輸送
は70%がこの2つの港の間を通り、発射実験区域と近かったの
で、大混乱に陥ったのです。
 これに対して、米国のクリントン政権は、ベトナム戦争以来最
大級の軍事力を動員して反応します。1996年3月8日、米国
は西太平洋に駐留していたインデペンデンス空母打撃群を台湾近
くの国際海域に展開すると発表し、3月11日には、さらにミニ
ッツを中心とした空母戦闘群をペルシャ湾から、急行させたので
緊張は一挙に高まったのです。
 3月15日には、中国政府は、3月18日から25日まで模擬
上陸作戦を行う計画を発表したので、緊張がさらに増大します。
さすがにこのときは、「戦争がはじまる」と台湾市民は動揺して
います。株価は下落し、人々は海外に逃れようとし、移民申請が
急増したり、フェイクニュースが乱れ飛んで、台湾国内では大混
乱が起きたといわれています。今回とは大きな違いです。
 そして、米国の2隻の空母打撃群による構えが素早く構築され
空母ニミッツは、台湾海峡に入っています。ここまでやられると
思っていなかった中国は、大きく動揺し、ことを収めざるを得な
かったのです。米国の素早い戦闘への即応力を目の前で見せつけ
られ、これが後の中国の複数空母体制へのこだわりとなっている
ことは確かです。今後の台湾情勢について、ジャーナリストの野
嶋剛氏は、8月29日のアエラ・ドットにおいて、次のように書
いています。
─────────────────────────────
 「中国には、まだ台湾を攻撃する自信も余裕もない。半導体も
台湾の生産に頼りきっている。台湾企業も中国にたくさん進出し
て中国の経済を支えている。米国もいるし、今回は台湾を攻撃は
できない。だから見せかけの脅しだってわかっていた」
 中国の軍事演習はなお断続的に続くようだ。習近平氏が、最高
指導者を規定の2期10年で終えないで在任を続ける「3選」が
秋の共産党大会で確定するといわれている。そのときまで軍事演
習は緩まないと、台湾の人々は見ている。逆にそれは、中国の演
習は国内向けの習近平氏の威信確立のためにやっていることで、
台湾を攻め落とすためではないという解釈が成り立つのである。
                 https://bit.ly/3KCBP6L
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/033]

≪画像および関連情報≫
 ●台湾有事、最大の危険は中国の「戦略的判断ミス」/戦前の
  日本と類似点も〈週刊朝日〉/宮家邦彦氏
  ───────────────────────────
   度重なる中国の恫喝(どうかつ)とバイデン米政権の要請
  を無視するがごとく、8月2日にペロシ米下院議長は予想ど
  おり台湾訪問を強行しました。少なくとも短期的には、ペロ
  シ議長は確信犯、習近平国家主席は3期目を固め、バイデン
  大統領はレームダック化を回避するという、三者三様の見事
  な「出来レース」でした。
   中国側の準備も万全でした。台湾を包囲する大規模軍事演
  習など一朝一夕には実施できません。内外の外交評論家は米
  中関係悪化、経済学者は国際経済への悪影響を、軍事専門家
  は米中の偶発的衝突の可能性をそれぞれ語り始めましたが、
  筆者にはいま一つピンときません。なぜかというと、台湾情
  勢は近視眼的な議論ではなく、歴史の大局観に基づいて読み
  解く必要があるからです。
   筆者が初めて台湾を訪れたのは、1973年に遡(さかの
  ぼ)ります。当時は国民党の一党独裁。街で見かけた「中華
  民国」の地図には、「台湾省」と「共産党占領中」の本土の
  各省が描かれていました。知人の台湾人実業家は、日本製電
  子オルガンを解体して「台湾産」の電子楽器を試作していま
  した。そんな台湾も今や民主主義を実践し、世界の半導体市
  場をリードしています。「隔世の感」とはまさにこのことで
  しょう。           https://bit.ly/3pW5FcZ
  ───────────────────────────
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米原子力空母「ニミッツ」
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2022年09月05日

●「公安司法を習主席の側近で固める」(第5807号)

 2022年9月3日付、日本経済新聞に中国の人事に関する次
の記事が出ています。
─────────────────────────────
◎習氏側近、最高検幹部に/司法・警察完全掌握へ布石
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 【北京=羽田野主】中国の国会に相当する、全国人民代表大会
(全人代)常務委員会は2日、中国湖北省トップの党委員会書記
だった応勇氏を最高人民検察院(最高検)副検察長に任命する人
事を決めた。応氏は習近平総書記(国家主席)の側近として知ら
れる。今回の人事は習氏が目指す司法・警察部門の完全掌握に向
けた布石とみられる。──2022年9月3日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 習近平主席の2期10年は、今から考えると、自身の政敵を排
除するための10年間だったといえます。今回の人事の対象者で
ある応勇氏は、2000年代に習近平氏が浙江省のトップだった
とき、高等人民法院長を務め、習氏の信頼を得て、習近平氏の側
近として知られている人物です。
 しかし、今年の4月に一転名誉職に転任し、そのまま引退する
ものとみられていたのです。しかし、今回の人事で、来年3月に
は検察長(検事総長)に昇格することは確実とみられます。そも
そも公安・司法部門は、これまで周永康氏らの習近平氏の敵対勢
力が長く支配してきており、習氏の権力掌握が最も遅れていた分
野とされ、今回の人事は習氏が抜擢したものと思われます。
 公安系の人事といえば、6月14日には、中国共産党常務委員
会は、王小洪氏を公安部長に起用しています。王小洪氏も習主席
の福建省時代からの側近で、2021年には、公安省内党組織の
トップを務めていましたが、今回の人事で「閣僚ポスト」に格上
げされたことになります。出世です。
 ちなみに、中国公安というのは、CIAとFBIを兼ねたよう
な組織であり、外国人や反政府活動家、自由派弁護士などを監視
するとともに、共産党幹部の動向も見張っているのです。
 いわゆる習近平派が、公安の主導権を握りつつあることについ
て、中国ウオッチャーの一人である宮崎正弘氏は、次のように解
説しています。
─────────────────────────────
 過去10年、公安部は反習近平の牙城と見られ、なかなか手を
出せなかった。歴代最高幹部の秘密を握っていたからだ。不穏な
空気が支配していたため、時間をかけての追撃となり、人事で締
め付け嘗て公安系を牛耳った周永康人脈を完全に排除した。習近
平は10年の時間をかけて、執拗な権力闘争をへて公安系の主導
権を握ったのである。
 王小洪は習近平が福州市党委書記だった1990年代に同市公
安局副局長。習の政権発足後に北京市公安局長、2016年から
公安次官を務めていた。権力中枢を見張っていたのである。北京
でクーデターを未然に防ぐには、警備担当と公安の掌握が独裁者
にとって第一の重点課題だ。信頼できる部下以外に任せるわけに
はいかないのである。習近平が公安系にメスを入れた理由は軍事
委員会を掌握できたという自信が背景にあり、目の上の癌だった
周永康系の残党=孫力軍次官や停政華・前司法相らを規律違反な
どを口実として摘発した。          ──宮崎正弘著
 『ウクライナ危機後に中国とロシアは破局を迎える』/宝島社
─────────────────────────────
 このように、習近平主席の3期目就任は、盤石のものとなりつ
つあり、10月6日の共産党大会において、3期目(5年)に就
任するものと思われます。
 しかし、その一方で、中国経済は、過剰ともいえるコロナ対策
もあって、深刻になりつつあります。2022年4月の時点の経
済の情勢は次のようになっています。
─────────────────────────────
        自動車販売 ・・・ ▼40・0%
       住宅販売価格 ・・・ ▼32・2%
      不動産販売価格 ・・・ ▼29・5%
     住宅新規着工面積 ・・・ ▼26・3%
        飲食店収入 ・・・ ▼23・0%
       パソコン販売 ・・・ ▼17・0%
          小売り ・・・ ▼11・0%
─────────────────────────────
 これに加えて、中国の景況感を示す指数として「PMI」があ
ります。PMIとは、次の言葉を省略したものです。
─────────────────────────────
         PMI=購買担当者景気指数
         Purchasing Manager's Index
─────────────────────────────
 「PMI」とは、企業の購買担当者らの景況感を集計した景気
指標のひとつです。国別や、製造業、サービス業ごとの集計も行
われています。PMIの指標の見方としては、50を判断の分か
れ目とし、この水準を上回る状態が続くと景気拡大、50を下回
る状態が続くと景気減速を示します。
 中国国家統計局は、4月のPMI(製造部門)は47・4と発
表しています。3月よりも2・1ポイント低下し、2カ月連続で
50を大きく割り込んでいます。3月も悪かったが、4月がさら
に悪くなった理由のひとつに、上海のロックダウンがあります。
 一方、中国の著名メディアと研究機関が一体化した「財新」に
よると、4月のPMI(製造部門)は46で、国家統計局よりも
低く、こちらの方が正しいと考えられます。この同じ財新が5月
5日に発表した数字によると、4月の中国のサービス部門のPM
Iは36・2、前月4月の42から大幅にダウンしています。こ
れは、財新の2005年11月の統計開始以来、2番目に悪い数
字になっています。中国経済はここまでダウンしているのです。
             ──[新中国・ロシア論/034]

≪画像および関連情報≫
 ●中国よこれで「共産主義国」か!不動産経済崩壊で大失業
  時代到来とは/現代ビジネス
  ───────────────────────────
   7月中旬から8月中旬にかけて、中国国内の各業界や企業
  あるいは政府当局が一連の経済関連数字を公表したが、それ
  らを一目で見れば、中国経済全体は今、地滑り的な沈没が起
  きている最中であることが分かる。
   例えば7月11日、中国汽車(自動車)工業協会が発表した
  ところによれば、今年上半期、中国の全国自動車販売台数は
  1205・7万台、前年同期比では6・6%減となった。
   「6・6%減」は数字上では大きなマイナスではないが、
  裾の広い自動車産業が経済全体に占めるウエートの大きさか
  らすれば、自動車市場の衰退は中国経済にとっての大打撃で
  あることに変わりはない。
   7月21日、国内各経済紙が報道したところによると、今
  年上半期、中国3大航空会社の中国国際航空・東方航空・南
  方航空は合わせて470億元(約9150億円)の赤字を計上
  したという。ゼロコロナ政策による人的流動の制限もあって
  中国の航空業界は今、未曾有の大不況に見舞われているので
  ある。8月10日、中国を代表するIT大手のアリババグル
  ープは今年第2四半期の営業成績を発表した。グループ全体
  の純利益は前年同期比で53%減となったことがこれで判明
  された。同じ日に、国内各経済紙が一斉に、アリババに関す
  るもう1つの重大ニュースを伝えた。今年上半期、グループ
  全体は何と1万3616人の従業員を解雇したという。
                  https://bit.ly/3enqtYl
  ───────────────────────────
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最高検副検察長/応勇氏
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2022年09月06日

●「イデオロギー強くこだわる習近平」(第5808号)

 中国経済が深刻化しています。中国という国がここまで発展し
軍事大国化しつつあるのは、中国経済の急速な発展・拡大があっ
てのことです。しかし、習近平という国家指導者は、かつての毛
沢東がそうであったように、経済運営よりもイデオロギーにこだ
わるタイプの政治家のようです。
 真に中国の経済をさらに発展させようと考えるならば、アリバ
バ、テンセント、摘滴出行などの民間企業の発展をもっと支援す
べきであるのに、その巨大化を恐れて、規制を必要以上に強化し
最終的には国有化しようと考えているようです。
 また、中国では、経済運営は中央財経委員会のトップである首
相の仕事ですが、習近平主席はその委員会のトップの地位を李克
強首相から取り上げたにもかかわらず、経済再生に力を入れると
いうよりも、思想というか、イデオロギーを浸透させることにこ
だわっています。つまり、李活強首相には、勝手なことをさせな
いようにしているように見えます。
 2021年11月8日、習近平主席は、中国共産党第19期中
央委員会第6回全体会議(6中全会)において、「歴史会議」な
るものを採択しています。自身の3期目就任を確実にするための
重要な布石のひとつです。ここで、いわゆる西側資本主義社会へ
の挑戦を勇ましく宣言しています。
 そしてその決議文には、毛沢東、ケ小平と自身を並べて、次の
ように自画自賛しています。その思い上がりを、誰も進言できな
いでいます。
─────────────────────────────
 中央政治局は、中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲
げ、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、ケ小平理論に加えて
『三個代表論』(江沢民)、『科学的発展観』(胡錦涛)、そし
て、習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想を指針として
堅持した。科学技術の自立自強に向けた取り組みを積極的に進め
改革開放を不断に深化させた。貧困脱却の艱難攻略という戦いに
予定通り勝利した。(中略)
 『中華民族の偉大な復興』と『中国の夢』の実現であり、勝利
の栄光を勝ち取った中国共産党と中国人民は必ずや新時代の新た
な道のりで勝負することが可能と確信している。──宮崎正弘著
          『中国経済はもう死んでいる』/徳間書店
─────────────────────────────
 香港とマカオから自治を取り上げ、一国二制度の約束を踏みに
じったことについては、「愛国者による香港政治」、「愛国者に
よるマカオ統治」と言葉を置き換えています。都合の悪いことは
すべて「愛国」でごまかしています。危険な思想です。
 さらに今後の計画については、「四つの意識」「四つの自信」
「二つの擁護」「五位一体」「四つの全面」という漢詩的語彙を
きらびやかに並べています。習近平氏はこういう数字を頭に付け
た標語が好きなようです。
 ひとつずつ説明するのはやめますが、「四つの意識」「四つの
自信」「二つの擁護」について説明します。
─────────────────────────────
 ◎「四つの意識」
  政治、大局、核心、一致
 ◎「四つの自信」
  道、制度、理論、文化
 ◎「二つの擁護」
  @習近平国家主席の党中央と全党の核心としての地位を守る
  A党中央の権威と集中の徹底も擁護する
           ──宮崎正弘著/徳間書店の前掲書より
─────────────────────────────
 このあたりで、習近平なる中国の指導者が、とのような人物で
あるかについて知る必要があります。これについては、福島香織
氏の本を参考にしてご紹介します。
 江沢民、胡錦濤、習近平という中国の3人の国家主席を比較し
てみることにします。
 江沢民氏は、ケ小平元主席の指名によって、総書記、国家主席
に抜擢されてその地位に就いています。江沢民氏の回顧録による
と、「自分がその地位をちゃんと勤め上げられるほど優秀ではな
い」ということを認識していたといいます。しかし、江沢民氏は
それを優秀な部下を出身地の上海から呼び寄せることによって、
補うことができるリーダーだったといいます。そのため、上海出
身の優秀な役人たちによる上海閥が誕生します。
 江沢民氏の後の胡錦濤氏は、精華大学を実力で卒業したテクノ
クラートであり、まじめで謙虚で、ケ小平元主席に気に入られて
いた人材です。しかし、共産党政権のトップに立つには共産党政
権樹立に貢献したいわゆる「革命烈士」という「血統」が必要で
あり、そうでないとトップに立つのは困難だったといえます。
 しかし、胡錦濤氏は、茶葉行商人の息子で、革命の血統とは何
の関係もなかったのですが、チベット自治区書記時代の実績が評
価され、ケ小平元主席の評価も高かったので、トップに就くこと
ができたのです。
 これに対して、習近平氏は、精華大学化学工程部という名門大
学を卒業し、官僚キャリアを積んだ後、精華大学法学院で、法学
博士課程を修了しています。しかし、習近平氏が入学したときは
毛沢東の文化大革命中の最中であり、大学試験は中止されでおり
「工農兵学員」という名の模範的な労働者・農民・兵士に対する
無試験の推薦入学しか方法がなかったのです。
 習近平氏の場合、父親の習仲勲が失脚中ではあったものの、建
国元老の一人であり、いわゆるコネクションがあったのです。そ
のため、大学入学が無試験で許されています。
 しかも、官僚になってからも、父親のコネは大いにものをいい
いろいろな特別扱いを受けて、出世を重ねています。「習仲勲同
士の息子」のブランドは大いに役立ったといいます。
             ──[新中国・ロシア論/035]

≪画像および関連情報≫
 ●赤子情懐/習近平氏と父親の物語
  ───────────────────────────
   「父がこつこつと中国人民のために尽くす姿は生涯を人民
  に奉仕する事業に全力を注ぎ込む上で、励ましとなった」。
  習近平国家主席は、父親の習仲勲氏について、長寿を祝う手
  紙の中でつづっています。
   習近平氏は「父から受け継ぎたい、吸収したい尊い品性が
  たくさんある」と述べています。その一つが「赤子情懐(祖
  国に忠実な人の心中にある祖国を愛する気持ち)」です。
           「私は農民の子だ」
   習仲勲氏は、「民衆の中から選出された民衆の指導者」で
  す。よく「自分は農民の子だ」と言い、常に自らを労働者の
  一員としていました。
   習仲勲氏は、20歳に満たないうちに中国北西部にある陝
  甘辺根拠地の創設に身を投じました。陝甘辺根拠地の創設を
  巡る闘争の中で党と民衆の間に築き上げられた固い絆を振り
  返り、「民衆の支持なくして、われわれの全てはない」と述
  べています。
   習仲勲氏が当時、陜甘辺根拠地で執務していた場所は毎日
  人で埋め尽くされていました。最も気心の知れた友人と見な
  されていたからです。習近平氏は「父方の祖父は農民で、父
  は農民から革命の道を歩んだ。私自身も7年間、農民として
  働いていた」と話しました。農家出身という素朴な感情は、
  ずっと心に刻み込まれています。https://bit.ly/3cJqULU
  ───────────────────────────
江沢民元主席/胡錦濤元主席.jpg
江沢民元主席/胡錦濤元主席
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2022年09月07日

●「習近平はどういう指導者であるか」(第5809号)

 昨日から引き続き、習近平主席の人物像に迫っていくことにし
ます。その前提として、江沢民、胡錦濤、習近平という3代の中
国の最高指導者(国家元首)の任期を以下に示します。
─────────────────────────────
     ◎江沢民
      1989年11月〜2002年11月
     ◎胡錦濤
      2002年11月〜2012年11月
     ◎習近平
      2012年11月〜
─────────────────────────────
 江沢民氏は、1989年の天安門事件で失脚した趙紫陽総書記
の後任としてケ小平主席から指名され、上海市党委員会書記から
総書記になっています。しかし、江沢民氏は自分の能力を自覚し
ており、優秀な部下で自分の周囲を固めることで、職責を果たす
ことができた指導者であるといえます。
 胡錦濤氏は、前任者の江沢民政権の基本路線にそって、堅実な
国家運営を行った指導者です。2010年にGDPで日本を抜き
貿易・投資の自由化促進などについても、無難な経済運営を実施
し、2008年のリーマンショックで打撃を受けたものの、危機
から早々と抜け出して国際経済をリードするなど、主として経済
運営で功績を上げたリーダーです。
 西側諸国との関係も胡錦濤政権時代が一番良好だったというこ
とができます。共産党政権ではあったものの、中国国民は比較的
自由にものがいえたのです。しかし、貧富の格差の問題や腐敗の
広がりについて、徹底力を欠き、ほとんど進捗しなかったといえ
ます。その原因としては、胡錦濤政権と江沢民院政の激烈な権力
闘争があったのです。
 中国の国家指導者には、中国共産党総書記、国家主席に加えて
軍トップの中央軍事委員会主席の3つが資格があります。これら
3つの資格のうち国家主席については、任期は5年で2期を超え
て就任できないと憲法に定められていますが、総書記と軍のトッ
プである中央軍事委員会主席には任期の定めがなかったのです。
そのため、江沢民氏は政権を引き継ぐとき、中央軍事委員会主席
の地位にそのまま居座ったのです。院政のためです。
 さらに、江沢民氏は、胡錦濤政権の次の政権のため、無能では
あるが、家柄の良い、当時浙江省書記であった習近平氏を温存し
ていたのです。これも院政のためです。つまり、習近平氏は、も
ともと江沢民派に属していたのです。
 しかし、2011年に習近平氏が総書記に就任し、2012年
3月に国家主席に就任すると、いわゆる反腐敗キャンペーンを展
開し、自身の政敵を排除していったのです。その矛先は、自分の
出身閥である江沢民派にも、ケ小平派にも向けられています。狙
いは、ただひとつ政敵の排除です。
 そして、2018年3月の全人代で、憲法を改正し、国家主席
の任期を撤廃したのです。これによって、習近平氏は、共産党総
書記、国家主席、中央軍事委員会主席の3つの権力をすべて手中
に収め、独裁色を一層強めていったのです。
 そういう習近平主席について、中国ウオッチャーの福島香織氏
は、習近平主席について次のように論評しています。
─────────────────────────────
 まったく自分に自信のない習近平は、結局、自分に権力を集中
させ、すべてを自分がコントロールすることで自信を得ようとし
た。少しでも自分と異なる意見を言ったり、習近平に批判的なそ
ぶりを見せたりする人間は許容できなかった。軍制の思い切った
改革を断行し、指揮系統を自分に集中するよう、軍の四大総部を
解体して、その機能を中央軍事委員会の下部組織に置いた。軍に
は、ことさら強い忠誠心を求め、同志ではなく「主席」と呼ばせ
た。次に国務院組織改革を行った。組織改革に伴う人事の抜擢は
有能さより、いかに習近平に従順でごますりがうまいかによって
決まった。
 本来、経済政策は首相の管轄だったが、経済政策も自らが主導
権をとらずにはいられなかった。習近平は、李克強首相の頭越し
に、劉鶴(副首相)ら実務能力の高い経済官僚をブレーンとして
頼りに、自分で次々と鍵となる重要経済政策を打ち出したが、お
おむね失敗している。
 なぜなら、経済官僚たちは習近平と違う意見を言ってしまった
り、その高い知見によって習近平のコンプレックスを刺激すれば
逆に怒りを買って、失脚させられるかもしれない、とびくびくし
て、その本領を発揮できなかったからだ。
 有能と知られた劉鶴ですら米中貿易戦争の交渉過程で、習近平
の気に染まぬ提案をしてしまい、その寵愛を失ってしまった。習
近平は中央軍事委員会連合合作指揮センター総指揮、中央国家安
全委員会主席、中央全面深化改革指導小組組長、中央軍事委員会
深化国防軍隊改革小組組長、中央ネット安全情報化指導小組組長
中央外事指導小組組長、中央対台湾工作指導小組組長、中央財経
指導小組組長など、あらゆる組織のトップを兼務した。これほど
肩書きの多い共産党指導者は過去になかった。 ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 ケ小平氏は、権力が長く特定の人物に集中すると、共産党体制
が崩壊するリスクがあると考えていたのです。そのため、集団指
導体制というかたちで、仕事の責任を党中央政治局常務委員メン
バーで分担させるシステムをつくったのです。
 しかし、習近平氏は、その体制というかシステムを自身の任期
である2期10年をかけて、完全にブチ壊し、自身が永遠に中国
を支配できる中国の「皇帝」を目指しています。きわめてリスク
の多いことであるといえます。
             ──[新中国・ロシア論/036]

≪画像および関連情報≫
 ●トランプが警戒する中国の習近平とは何者か?米国主導の国
  際秩序に宣戦布告/
  ───────────────────────────
   チャイナリスクとは何か、と聞かれると、経済崩壊、軍事
  的脅威、社会動乱などの言葉が頭をよぎるのだが、私はとり
  あえず、習近平政権自身がチャイナリスクではないか、と答
  えることにしている。というのも、習近平政権は前の二つの
  政権、江沢民、胡錦濤政権と明らかに質の違う危うさをはら
  んでいるからだ。江沢民政権、胡錦濤政権時代にはある程度
  予測できた動きが習近平政権では予測できない。
   では、習近平政権とはどんな政権なのかといえば、これは
  私と同じ「中国専門ジャーナリスト」でも、人によってずい
  ぶん違う。
   習近平[1953〜/2013年より第七代中華人民共和
  国主席、第四代中央軍事委員会主席。太子党]は、非常に優
  れた為政者で大衆に人気があり、力強いリーダーシップがあ
  り、ケ小平[1904〜1997/毛沢東死後の実質最高指
  導者として「改革開放」を進める]に次ぐ共産党中興の祖と
  なる、ロシアのプーチン[1952〜/第四代ロシア連邦大
  統領。元KGB職員]タイプの実力者と評価する人もいる。
  一方、歴代指導者の中で最弱の「皇帝」であり、能力も党内
  の信頼も低く、党中央においては孤立し軍権も掌握できてい
  ない、という人もいる。あるいは、強烈な独裁者であり、第
  二の毛沢東[1893〜1976/中華人民共和国初代国家
  主席。大躍進政策、文化大革命を実行]を目指し、亜文革を
  起こそうとしている危険人物という人もいる。
                  https://bit.ly/3TKJkfQ
  ───────────────────────────
習近平中国国家主席.jpg
習近平中国国家主席
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2022年09月08日

●「『共同富裕』で中国はどうなるか」(第5810号)

 こんな話があります。中国では、人口約14億人のうち10億
人はまだ飛行機に乗ったことがないといわれます。2億8000
万人の高所得層をのぞいて、11億人の可処分所得は毎年わずか
1600元(約2万5000円)ということです。その一方で、
未曽有の大金持ちが増えており、貧富の格差が非常に大きくなっ
ています。
 そこで習近平政権では「共同富裕」という名のキャンペーンを
大々的に打ち出しています。「皆で一緒に豊かになろう」という
キャンペーンでしょうか。
 実は、この「共同富裕」は共産主義国や社会主義国にとっては
原点ともいうべきものです。資本主義は、経済を大きく発展させ
る一方で、経済格差を生みやすいデメリットがあります。そこで
貧富の差がない平等な社会をつくろうと、19世紀半ばにドイツ
のマルクスとエンゲルスが体系化したのが共産主義という思想で
す。これは全ての資本(土地やお金、生産手段)を国民が共同で
所有し、平等に分配する理想社会を目指すものです。社会主義国
は、その前段階と捉えればよいと思います。
 この「共同富裕」の概念を作ったのは毛沢東です。正確にいう
と、1953年12月の中国共産党中央委員会において、「中国
共産党中央による農業生産協同組合の発展に関する決議」を採択
したとき、この考え方を打ち出しています。
 しかし、この毛沢東の考え方に対し難色を示したのは、「4つ
の近代化」を旗印として、経済発展を優先するケ小平を中心とす
る一派です。4つの近代化とは、工業、農業、国防、科学技術の
分野のことであり、それは、すなわち、今でいう「改革開放」路
線を意味します。
 彼らは、社会主義の本質的欲求である「共同富裕」を尊重して
いたものの、社会主義の初期段階において、「共同富裕」を目指
すと、「共同貧困」になりかねないことを懸念していたのです。
 しかし、毛沢東は、聞く耳を持たず、1966年8月に「司令
部を砲撃せよ」と題する評論を人民日報に掲載し、はじめたのが
「文化大革命」です。
 しかし、この文化大革命は、毛沢東が亡くなる1975年まで
続いたのですが、大失敗に終わっています。経済が停滞し、中国
は非常に貧しい国になってしまったのです。経済的な豊かさを示
す一人当たりのGDPは、1978年の時点で中国は156ドル
で、世界138カ国中135位まで、貧しくなってしまったので
す。もっとも文化大革命をはじめる前の1960年の中国もけっ
して豊かではなかったのですが、それでも世界101カ国中84
位であり、ビリよりも18カ国も上だったのです。
 毛沢東が亡くなってからも、路線対立は収まらなかっのですが
1985年頃から、ケ小平は、最終的には「共同富裕」を目指す
ものの、「先富論」を打ち出して、改革開放路線を正式に打ち出
したのです。「先富論」とは、先に豊かになれる者たちを富ませ
落伍した者たちを助けること。そして、富裕層が貧困層を援助す
ることを一つの義務にして、最終的には「共同富裕」を実現する
ことをいいます。
 中国の改革開放政策によって、中国の経済は飛躍的な発展を遂
げて、現在にいたっています。1990年頃から、中国の一人当
たりGDPは、右肩上がりで上昇し、2010年に名目GDPで
日本を抜き、世界第2の経済大国になっています。ケ小平が推進
した改革開放は大成功であったわけです。
 しかし、習近平政権は政権発足当初から「共同富裕」という言
葉を使っていますが、少しずつ発言回数を増やしています。ブル
ームバークの調べによると、2019年までは、1年間5〜15
回述べる程度だったのですが、2020年になると30回、20
21年8月までは60回以上というように、言葉の使う回数を増
やしてきています。
 そして、2021年8月17日に開催された中央財経委員会第
10回会議からは、明確に「共同富裕」を打ち出しています。そ
れが経済の下押し圧力になることを承知のうえで、その実現のた
めに、国民の自由を規制し、中国共産党による統制を強化する動
きが加速しています。そして、打ち出されたのは、次の3つの統
制強化です。
─────────────────────────────
          @金持ち崇拝の戒め
          A新三座大山の退治
          B若年層の教育指導
─────────────────────────────
 これら3つの統制強化については、明日のEJで詳しく述べま
すが、@の「金持ち崇拝の戒め」に関して、宮崎正弘氏は「関羽
像」が解体されたとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 象徴的な出来事があった。中国は賢沢禁止令に続いて、「金儲
けの神さま」である関羽像を解体したのだ。湖北省荊州市の「関
公義園」に巨大な関羽像があった。高さ57メートル。洪水の町
として知られる荊州で、観光事業のシンボルだった。ところが、
2021年9月に中央政府の路線変更により、無駄な金遣いだっ
たとして、解体作業がはじまったのである。本拠地の湖北省は、
関羽ゆかりの地、しかも荊州は、関羽の主戦場だったゆえに高層
ビルのような関羽像を設立させたのでだ。習近平の「共同富裕」
キャンペーンは金儲けを戒める目的がある。  ──宮崎正弘著
          『中国経済はもう死んでいる』/徳間書店
─────────────────────────────
 「共同富裕」キャンペーンが開始されるや、「贅沢品は敵」と
なって、中国の宴会では必ず出るマオタイ酒で利益を上げてきた
「貴洲茅台酒」の株価が暴落し、時価総額で23兆円が蒸発して
しまっています。この蒸発分だけでも、サントリーとハイネケン
をあわせた時価総額を超えています。
             ──[新中国・ロシア論/037]

≪画像および関連情報≫
 ●突如、習近平が連呼し始めた「共同富裕」とは?
  ───────────────────────────
   中国共産党にとって一番大事なことは何か?それは共産党
  の維持、そして表裏一体になる中華人民共和国の維持だ。そ
  のなかでは反乱要因や権力を侵そうとする人たちを確実に取
  り除くというのが基本。彼らが最も恐れるのは国民の不満に
  よる社会不安であり、社会が安定するならば国民ウケする政
  策を優先し少々の経済的ダメージは厭わない。
   「共同富裕」は1953年に毛沢東が提唱した“貧富の格
  差を縮小して社会全体が豊かになる”という意味のスローガ
  ン。中国語がわからなくても漢字を読めば、意味合いはすぐ
  わかるだろう。これほど社会主義思想にぴったりくる言葉は
  ない。ただ、いきなりそれを実現するのは非現実的なことか
  ら、ケ小平が1970年代に改革開放を進めたときには“先
  に富める者から豊かになれ”という「先富論」を説き、最終
  目標として「共同富裕」を打ち出している。
   格差や不平等はいつでも世界の国々の大きな問題で戦争や
  革命の引き金になってきた。世界史的にはロシア革命がわか
  りやすいが、19世紀に入って資本主義経済が発達し、資本
  家と労働者、都市と農村の格差が拡大したことで平等な社会
  を実現するため社会主義的思想が台頭し、市民が団結、革命
  に至った。中国政府にとっても例外ではない。
                  https://bit.ly/3Bh9jo9
  ───────────────────────────
関羽像.jpg
関羽像
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2022年09月09日

●「『共同富裕』を実現する統制計画」(第5811号)

 中国の習近平政権が「共同富裕」の実現のために打ち出したと
みられる統制強化を再現します。
─────────────────────────────
          @金持ち崇拝の戒め
          A新三座大山の退治
          B若年層の教育指導
─────────────────────────────
 第1の統制は「金持ち崇拝の戒め」です。
 これは、習近平政権が誕生したときから行われている「贅沢禁
止令」につながる統制と裏返しの関係があります。金持ちから金
を吐き出させる政策であり、標的になったのは、アリババ集団な
どの巨大ネット企業に対する独占禁止法違反を理由とした罰金徴
収、上場の妨害、ファンビンビン氏などの著名な映画俳優に対す
る税務調査強化による罰金の徴収、富裕層の財産に対する第3次
分配と称する高額寄付の奨励などです。
 この「金持ち崇拝の戒め」について、福島香織氏は次のように
コメントしています。
─────────────────────────────
 習近平の掲げる「共同富裕」路線は、ケ小平の先富論で先に豊
かになった民営企業の富を党と国家に還元させ(国有化、国家接
収)、未だ貧しい農民、労働者への再分配を国家と党の手で行う
ということだ。その方法は「労働の対価として給与を支払う市場
原理による一次分配」、「一次分配の偏りを税金・社会保障・財
政支出によって是正する二次分配」「寄付や慈善によって富裕層
の富を移転する三次分配」がある。
 この三次分配は、これまでになかった新しい考え方で、欧米の
寄付文化のようにも見えるが、専制体制においては、自由意志の
寄付文化というよりもは、極権政治による強制的な富の供出とい
える。                   ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 中国には昔から「劫富済貧(ごうふさいひん)」という思想が
あります。金持ちを脅かしてその財産を奪い、貧民に分配して救
済する、という意味です。中国共産党は、党設立の当時からこの
思想を旗印にして「革命」を起こして政権奪取に成功したという
歴史があります。
 劉世錦という著名な経済学者がいます。政治協商会議・経済委
員会副委員長を務めています。劉世錦氏は習政権の進める「共同
富裕」は、劫富済貧的であるとして、次のように述べています。
今年の3月9日のことです。
─────────────────────────────
 これでは、共同富裕はまったく達成できない。むしろ逆に「共
同貧困」を作り出すことになる。金持ちからお金を奪ったら、金
持ちが貧乏人になる。しかし、貧乏人が救済されても金持ちには
なれない。結果的にみんな貧乏人になってしまう。──劉世錦氏
                  ──石平著/ビジネス社
       『バカ殿を指導者にした/断末魔の習近平政権』
─────────────────────────────
 第2の統制は「新三座大山の退治」です。
 「三座大山」とは何でしょうか。
 「三座大山」とは、中国人民を苦しめた3種の反動勢力──帝
国主義、封建主義、官僚資本主義のことをいいます。ここでいう
「新三座大山」とは、次の3つを意味しています。
─────────────────────────────
   「教 育」 ・・・    学習塾の非営利団体化
   「不動産」 ・・・     三道紅線/総量規制
   「医 療」 ・・・ 薬価の統制/医療費負担軽減
─────────────────────────────
 上記3つのうち、「教育」と「不動産」について考察します。
 2021年7月のことですが、中国政府は、教育産業では小中
学生を対象とした学習塾の新規開業の認可を取り消しています。
既存の学習塾は非営利団体にされてしまっています。これと同時
にゲーム業界では新作ゲーム発売に必要な認可を中止し、同時に
子供に対するゲーム利用について厳しい規制を設けています。
 これにより、教育産業は大打撃を受け、ネットを使う業者を含
めて、塾の講師やゲーム産業関連の失業者は2000万人を超え
るといわれています。
 続いて、「不動産」について考察します。
 「総量規制」については、銀行の資産規模に応じて、総融資残
高に占める住宅ローンなどの残高の上限比率を定めています。不
動産市場の安定に向けて、不動産会社の負債に依存した事業拡大
を警戒しているのです。人民銀行などは、開発業者の負債規模に
応じて、新規の銀行融資を制限する資本調達規制も全面適用する
方針だそうです。
 「三道紅線」とは何でしょうか。
 3つのレッドラインという意味で、3つとは次の通りです。
─────────────────────────────
    @総資産に対する負債比率が70%以下
    A自己資本に対する負債比率が100%以下
    B短期負債を上回る現金の保有
─────────────────────────────
 「総量規制」についても「三道紅線」にしても、民間の不動産
業者に対する兵糧攻めであり、恒大集団などをはじめとする大手
・中堅の不動産デベロッパーは60社以上が完全に3つのレッド
ラインを超えており、もし、ドミノ連鎖的な倒産が起きると、金
融システミックリスクが引き起こされる可能性もあります。しか
し、これは習政権の進める「共同富裕」の革命なのです。なお、
「若年層の教育指導」については来週のEJで取り上げます。
             ──[新中国・ロシア論/038]

≪画像および関連情報≫
 ●習氏、長期体制優先で「共同富裕」見直しか 経済減速で
  IT締め付け停止
  ───────────────────────────
   【北京=三塚聖平】中国共産党が、習近平総書記(国家主
  席)の看板政策として昨年から進めてきた「共同富裕」を見
  直す動きをみせている。貧富の格差解消を掲げて強めた国内
  IT大手への締め付けについて党指導部が方針転換を決めた
  と報じられた。新型コロナウイルスの感染拡大などにより中
  国経済の減速懸念が強まる中、習氏の長期体制を目指す今秋
  の党大会に向け、政治的な安定を最優先させたとみられる。
   共産党が4月29日に開いた中央政治局会議は、IT大手
  に関して「健全な発展を後押しする具体的な措置を実施すべ
  きだ」と支援する姿勢を示した。中国インターネット通販最
  大手のアリババ集団などを苦しめてきた規制強化については
  「特別な改善を完了し、平常状態の管理を行う」との方針を
  表明した。
   香港英字紙のサウスチャイナ・モーニング・ポスト(電子
  版)は会議終了直後、関係者の見方として、党指導部がIT
  業界への締め付けを停止すると伝えた。5月4日までの労働
  節(メーデー)の連休後、中国の規制当局がアリババなど、
  IT大手幹部を招いて会議を開き、そうした方針を伝えると
  いう。習氏は昨年8月、かつて毛沢東が提唱した共同富裕と
  いうスローガンを強調。党指導部は、「高過ぎる収入の合理
  的な調節」や「高所得層と企業の社会への還元」を打ち出し
  た。その後、高収入の象徴である芸能界やIT業界などがや
  り玉に挙がり、芸能人の脱税での摘発が続発。アリババは共
  同富裕の促進のために計1千億元(約2兆円)の拠出表明に
  追い込まれた。        https://bit.ly/3D04roN
  ───────────────────────────
「共同富裕」を推進する習近平主席.jpg
「共同富裕」を推進する習近平主席
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2022年09月12日

●「共同富裕の一環/極端な教育介入」(第5812号)

 習近平主席が3期目就任をかけて打ち出した「共同富裕」の3
つの統制強化を再現します。@とAについては既に説明が終わっ
ており、Bについて説明します。
─────────────────────────────
          @金持ち崇拝の戒め
          A新三座大山の退治
        → B若年層の教育指導
─────────────────────────────
 第3の統制は「若年層の教育指導」です。
 中国では理解できないことが突然起こります。2021年2月
24日のことです。中国政府が学校教育に関する「ある通知」を
出してきたのです。その通知には、5月1日から次の2つのこと
を実施するという内容です。これら2つを削減するという意味で
「双減」と称しています。この双減政策は、北京・上海など9つ
の大都市で試行されるということです。
─────────────────────────────
           @宿題負担軽減
           A学習塾の削減
─────────────────────────────
 中国の義務教育は、日本と同じ「6・3・3制」をとっていま
す。それを前提として簡単にまとめると、次のようになります。
─────────────────────────────
 宿題については、小学校1・2年生には出さない。小3〜6年
生は60分以内で仕上がるもの、中学生は90分以内で仕上がる
ものにする。このさい、親は宿題を監督・指導せず、教師が行う
ことにする。
 塾について、関係機関の厳正な審査と認可の下で非営利型のみ
運営を認め、新規の教科学習を認めず、国外でオンラインなどを
通して勤務する外国人講師を雇用してはならず、夜の9時までに
は授業を終える。学校の教員について、塾との兼職禁止、週5日
毎日最低2時間の放課後の教科教育以外の指導に従事する(5+
2モデル)などがある。
─────────────────────────────
 この通知は、学校や学習塾関係者にとってまさに「寝耳に水」
だったといえます。これによって大手の学習塾はもちろん、中小
の教育関係会社も免れることなく、軒並み株価が30〜50%以
上急落し、「全滅」の状態です。しかし、不思議なことに、習近
平政権は、それによって経済が落ち込むことなど、まるで気にし
ていないようです。経済オンチなのでしょうか。
 なお、このことと関係があるかどうかはわかりませんが、その
直前のことです。2月18日に中国の教育部、日本でいえば文部
科学省が通達を出し、5月1日から全国の小中学校に「法治副校
長」を配置すると発表しています。この法治副校長は、全国の裁
判所、検察、公安警察から推薦派遣されます。彼らは一体何のた
めに配置され、どんな仕事をするのでしょうか。これについて、
石平氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 建前においては学校のなかの法治教育、犯罪予防、安全管理を
担当するということですが、考えてみれば、小中学校の犯罪予防
や法治教育を別に公安要員がやらなければならないことはありま
せん。結局、これは、公安から小中学校に監視要員が配置され、
「洗脳教育」の役目を果たすという意味合いになります。
 中国の文化大革命時代には、全国の小中学校にいわゆる労働者
宣伝隊という人々が派遣されてきたのです。私の学校にもいまし
たね。工場の労働者が学校に乗り込んできて、学校を牛耳るんで
すよ。学校の校長先生も彼らの話を聞かなければならない。そう
いう人々が教育現場の教師が、きちんと共産党の方針に従ってい
るかどうかを監視したり、別の意味では生徒側に対して洗脳教育
も担当したのです。         ──石平著/ビジネス社
       『バカ殿を指導者にした/断末魔の習近平政権』
─────────────────────────────
 この中国版のゆとり教育ともいえる「双減政策」の狙いは何で
しょうか。それは、長期的な少子化対策であると考えられます。
 その背景には、中国の出生数の激減があります。2022年1
月17日、中国統計局は、2021年の出生数を発表しましたが
前年比で138万人減の1062万人で、1949年の建国以来
最低の数字だったのです。
 こうした出生数の削減は5年以上続いていて、2015年には
36年間にわたって実施してきた一人っ子政策を廃止し、「第2
子を容認」を実施しています。しかし、時すでに遅し、一向に出
生率は増えず、2021年には「第3子容認」をしましたが、史
上最低の出生率になってしまったというわけです。
 そこで、宿題などの量を減らし、子供の負担軽減と、親たちの
負担も軽くさせることに成功すれば、子育ての余裕が生まれ、結
果として少子化対策につながると考えたものと思われます。それ
にしても、内容が極端で、きわめて対症療法的な施策です。
 この双減政策に関して、福島香織氏は次のように厳しく論評し
ています。
─────────────────────────────
 理念として掲げられた子供たち、保護者たちの受験プレッシャ
ー、教育費プレッシャー問題が解決され、貧富の差による教育格
差の問題なども解決されたのか、という点にっいては、私の仄聞
する限りでは、「塾・学習支援企業」の地下組織化、ヤミ化が進
み、むしろ時間当たり単価が高騰し課外授業の質が落ちて、都市
に比べて、農村の情報やコネや資金のない家庭が割を食う状況に
なっているらしい。             ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/039]

≪画像および関連情報≫
 ●「中国版ゆとり教育」が目指す「安定」と引き起こす
  「混乱」
  ───────────────────────────
   中国政府はこの夏から小中学生の@宿題A塾通い――の二
  つを大幅に減らす「双減」政策を強力に推進している。受験
  競争に伴う子どもの負担を緩和しようとの取り組みは、いわ
  ば「中国版ゆとり教育」だと言えそうだ。ただ、一連の政策
  の背景には若年層の不満を抑えこみ、社会の不安定化を未然
  に防ごうという中国政府の狙いも透けて見えるうえ、塾の経
  営を困難にし、子どもたちの進路を政府が左右しようとする
  強引な手法は反発も呼んでいる。
   「要するに、本当にやる気のある子どもだけが大学に行け
  ばいいということだ。そもそも今後の中国では事務職の仕事
  が減る一方、技能労働者は不足する。そうした社会では、み
  んなが大学に行く必要はないし、塾も必要ないということだ
  ろう」
   教育改革に関する中国政府の狙いについて中国政府系研究
  機関の研究者に聞くと、こんな解説が返ってきた。将来的に
  は中国も人工知能(AI)技術の発展などで事務系のホワイ
  トカラーの仕事は減り、ブルーカラーの技能労働者の需要が
  増えると見通しこうした未来に合わせた改革なのだという。
  中国の大学進学率は、この10年間、急速に上がり続けてき
  た。中国教育省によると、2010年には26・5%だった
  が、20年には54・4%と倍増している。
                 https://bit.ly/3BqhZbM
  ───────────────────────────
双減政策.jpg
双減政策
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2022年09月13日

●「習主席は共同富裕で何を狙うのか」(第5813号)

 習近平主席の掲げる「共同富裕」路線を整理して、まとめてお
くことにします。
 「共同富裕」とは、ケ小平による「先冨論」によって、先に豊
かになった民営企業の富を中国共産党と国家に還元させ、それを
未だ貧しい農民や労働者へ再分配するというものです。分配には
次の3段階があります。
─────────────────────────────
  @1次分配 ・・ 労働の対価としての給与による分配
  A2次分配 ・・ 1次分配の偏りを税などにより是正
  B3次分配 ・・ 寄付や慈善による富裕層の富の移転
─────────────────────────────
 @の「1次分配」とAの「2次分配」については驚きはありま
せんが、問題はBの「3次分配」には、問題があります。本来寄
付や慈善は個人の自由意志によって行われるものですが、中国の
ような一党独裁の専制国家においては、強制的な富の供出になっ
てしまうことです。
 アリババは、「共同富裕」の政策に基づいて、2021年9月
に2025年までの間に1000億元(1・7兆円)の寄付を行
うと発表しています。これは、当局によるアリババ傘下のアント
グループの上場阻止事件や、創業者の馬雲氏の3カ月に及ぶ「失
踪」(おそらく逮捕?)事件があり、寄付しないと犯罪者のレッ
テルを張られ、罰金として富を収奪されることを恐れて、自ら寄
付を名乗り出ているものと思われます。これは寄付ではなく、党
や国家による富の収奪そのものです。
 アリババの馬雲氏は、世界的な著名人であるので、他への見せ
しめの「出る杭は打たれる」のケースといえますが、中国以外で
はあまり知られていない孫大午氏のケースをご紹介します。孫大
午氏は河北大午農収集団の創業者です。孫大午氏については、福
島香織氏の本から引用します。
─────────────────────────────
 孫大午は軍退役後の1984年に、兵役時代の農牧経験をもと
に鶏1000羽、豚50頭の農場からスタートして1995年に
は中国500強民営企業になるまで事業を拡大したカリスマ経営
者だ。最終的には大午集団は従業員は9000人以上、固定資産
は20億元、年平均生産額は20億元超えという超優良企業に発
展した。そうした実績をもとに、孫大午は、国家の庇護のもとに
胡坐をかいた国営農場や国有企業の在り方や共産党の経済政策に
ついて、しばしば厳しい意見を発表していた。 ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 孫大午氏は、裸一貫からのし上がった民営企業家で、地道な努
力を重ねて、他業種にまたがる大集団企業にまで自社を発展させ
た農民企業家として、多くの農民や労働者らの低層社会の人々か
ら尊敬を集めていた人物です。
 そこで、孫大午氏は、自らの経験に基づいて、国営の農場や国
有企業の在り方について、一種の提言を行ったのです。しかし、
中国では、国家に対するこういう提言を許さないのです。孫大午
氏に対しては、地元の公安当局から「国家機関を侮辱した」とし
てサイトの閉鎖や6カ月間の営業停止と罰金15000元を課さ
れ、さらに別件容疑で逮捕されてしまいます。しかし、このとき
は執行猶予も付き、罰金で済んでいます。
 しかし、孫大午氏は、2020年に米メディアのRFA(ラジ
オ・フリー・アジア)に次の発言を行っています。
─────────────────────────────
 公有制度は共産党が発明したものであり、社会主義経済の基礎
は、本来私有経済であるべきである。      ──孫大午氏
           ──福島香織著/徳間書店の前掲書より
─────────────────────────────
 この発言が原因かどうか不明ですが、2020年8月に、確た
る法的根拠もなく、大午集団の建物をいきなり国有農場が強制収
用しようとして、従業員と警察がもみ合い、20人以上が負傷す
るという事件が起きます。当然のことながら、大午集団側は当局
へ強い抗議をしています。
 しかし、孫大午氏は、この件で裁判にかけられ、2021年7
月28日、人民法院は、挑発扇動罪で、懲役18年、罰金311
万元という重罪に処せられます。これによって、大午集団の広大
な農場は国家に接収され、9000人の従業員が解雇されたので
す。「共同富裕」の名の下、少しでも国家の方針に逆らう姿勢を
見せると、こういう目に遭うことになります。こういう事例は、
現在の中国では、枚挙にいとまがないほどたくさんあります。
 習近平主席が民営企業経営者を嫌うのは、民営企業の成功者が
自分にはない強いカリスマ性を持ち、国内的にはもちろんのこと
馬雲氏のように国際社会からも高い評価を得ている者がいること
です。これは、習近平政権にとって「脅威」と考えるのです。
 中国には、「双循環」という考え方があります。双循環には、
国内循環と国際循環という2つの循環があります。
─────────────────────────────
       ◎「双循環戦略」
        Dual Circulation Strategy
─────────────────────────────
 習近平政権としては、国際循環の重要さはよくわかっているも
のの、その前に国内循環をもっと強くしたいと考えています。そ
こで、一帯一路沿線国を増やし、それを「準国内」として機能さ
せようとしています。
 この一帯一路沿線国を増加させて準国内を増やし、それを含め
た国内循環を強固なものにし、閉じられた経済圏を確立したいと
考えています。つまり、閉じられていれば、中国共産党が経済を
コントロールできると考えるからです。
             ──[新中国・ロシア論/040]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の新たな発展戦略となる「双循環」──
  「国内循環」と「国際循環」の相互促進を目指して
  ───────────────────────────
   双循環という概念は、2020年5月14日に中国共産党
  中央政治局常務委員会において初めて提起された。その内容
  は、後に行われた一連の重要な会議において次第に明らかに
  なり、7月21日の企業家座談会と8月24日の経済社会分
  野専門家座談会における習近平総書記の演説をベースに次の
  ようにまとめられる。
   双循環とは、国内循環を主体とし、国内と国際の2つの循
  環が相互に促進する新たな発展戦略のことである。これは、
  中国の発展段階・環境の変化に基づいて提起されたものであ
  り、中国の国際協力と競争の新たな優位性を再構築するため
  の戦略的選択である。これまで、経済のグローバル化が進ん
  だ外部環境の下では、市場と資源を外に求めることは、中国
  の急速な発展に重要な役割を果たした。しかし、現在のよう
  な、保護主義が台頭し、世界経済が低迷し、グローバル市場
  が萎縮した外部環境の下では、中国は国内の巨大な市場とい
  う優位性を十分に生かさなければならない。
   双循環戦略を実施するに当たり、生産・分配・流通・消費
  に重点を置きながら、供給側の構造改革と内需拡大という方
  針を堅持し、需要と供給の拡大均衡を目指さなければならな
  い。その上、サプライチェーンのレベルアップを図り、技術
  革新(イノベーション)を大いに推進し、コアとなる技術の
  開発に力を入れ、未来の発展のための新たな優位性を作り上
  げなければならない。      https://bit.ly/3L4hK9E
  ───────────────────────────
孫大午氏.jpg
孫大午氏
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2022年09月14日

●「中国の『米国超え』は困難である」(第5814号)

 9月5日付の米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(WS
J)に次の記事が出ています。
─────────────────────────────
◎「中国経済の『米国超え』懐疑論が浮上」
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 【香港】中国経済がここ1年に急減速したことで、同国がいつ
米国を抜いて世界最大の経済国になるのかを巡り、専門家の間で
予想を見直す動きが広がっている。そもそも「米国超え」はあり
得るのかといった懐疑的な見方も浮上してきた。
 ドル建ての国内総生産(GDP)換算で、中国は2020年代
末までに米国を追い抜くとの見立てが、最近までエコノミストの
間では支配的だった。ところが、中国当局による徹底した「ゼロ
コロナ」感染対策や、不動産市場の投機抑制といった政策により
経済成長に急ブレーキがかかっており、今年に入って景気見通し
が急激に悪化している。      ──2022年9月5日付
      「ウォールストリート・ジャーナル/電子版」より
─────────────────────────────
 「2020年代末までに中国はGDPで米国を追い抜く」──
中国が公表する経済数値が正しいとすれば、それは十分あり得ま
すが、その数値の正確性には疑問があり、まして昨今の中国の国
内事情を勘案すると、上記WSJが伝える「米国超え」の懐疑論
は当然のことです。
 それに中国は豊かになったといっても、14億人の人口のうち
6億人は月収200ドル以下で暮らしているといわれています。
中国は名目GDPでは世界第2の経済大国ですが、豊かさを示す
1人当たりGDPは、世界65位(2021年現在)でしかあり
ません。ちなみに米国は6位、日本は28位です。残念なことに
日本はどんどん順位を下げています。
 それにしても、9月に入るや、メディアでは、中国経済の停滞
論の記事が満載です。参考までに、日本経済新聞「経済教室」の
論文をご紹介しておきます。URLをクリックすれば、記事全文
を読むことができます。
─────────────────────────────
◎苦境続く中国経済@/2022年9月5日
                 福本智之大阪経済大学教授
              「人口動態、不動産不況に影響」
              https://s.nikkei.com/3Dg3F7e
◎苦境続く中国経済A/2022年9月6日
               西村友作対外経済貿易大学教授
              「投資主導で安定成長」道険し」
             https://s.nikkei.com/3d2QmMy
◎苦境続く中国経済B/2022年9月7日
                 渡辺真理子学習院大学教授
             「指導部、『創造的破壊』に慎重」
              https://s.nikkei.com/3eGSjPa
               日本経済新聞「経済教室」より
─────────────────────────────
 上記3つの論文を読むと、中国には様々な問題があり、このま
までは、中国の経済は失速し、とてもではないが、米国を抜いて
世界一の経済大国になることは困難です。その理由としては、次
の3つを上げることができます。
─────────────────────────────
            @債務危機大
            A人口の減少
            B国際的孤立
─────────────────────────────
 @の「債務危機大」とAの「人口の減少」については当然のこ
とすが、Bの「国際的孤立」とは何でしょうか。
 それはたくさんあります。独善的なワクチン外交、中国共産党
の体制や政策に異を唱える国に対する「報復」措置を吠える戦狼
外交、一帯一路戦略でみられる借金の罠、そして台湾問題があり
ます。この台湾問題に関連して、昨年来のリトアニアへの恐喝問
題も発生しています。
 リトアニアへの恐喝問題とは、バルト3国のひとつであるリト
アニア共和国が、2021年7月、首都ビリニュスで「駐リトア
ニア台湾代表処」を開設したことが原因で起きています。問題は
日本や欧米諸国が、台湾の公館に使う名称「台北代表処」ではな
く、「台湾代表処」という名称で開設したことにあります。これ
はなかなか勇気のいることです。
 中国にとっては、「台北」という都市の名前なら許容範囲であ
るものの、「台湾」という名称を認めたことで、猛反発が起こっ
たのです。中国は、これを「『一つの中国』への挑戦」と受け止
め、リトアニアから自国の大使を召還し、外交関係を格下げして
います。そして、リトアニア企業との取引を停止し、輸入を事実
上差し止めています。さらに、他のEU加盟国の企業に対しても
リトアニアの原材料を使った製品を中国へ輸出しないように圧力
を掛けています。まさに恐喝外交、戦狼外交です。
 2021年12月15日、在中国リトアニア大使館員ら19人
が、中国を退去し、パリ経由でリトアニアに帰国しています。そ
して、2022年8月12日、リトアニア運輸・通信省のバイシ
ウケビチウテ副大臣が台湾を訪問しています。これに対して中国
は、リトアニアの運輸・通信省とのやり取りを停止し、同分野で
の交流や協力も取りやめるとしています。このように両国は台湾
をめぐって関係が悪化しています。このようなことをしていれば
中国は国際的孤立をさらに深めてしまうだけです。
 しかし、中国経済の苦境は、このまま放置すると、深刻な金融
危機を引き起こす恐れがあります。しかし、経済に強いとはいえ
ない習近平政権の取っている措置は、対症療法そのものであり、
危機を回避できるとは思えないものです。
             ──[新中国・ロシア論/041]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の「やられたらやり返す」戦狼外交が抱く難問
  ───────────────────────────
   中国共産党の体制や政策に異を唱える米欧日などに対して
  「報復」措置を吠える「戦狼外交」は、19世紀以降に西洋
  や日本に領土や主権を侵食された「屈辱の歴史」からはい上
  がり、今や「強国」になった国民のナショナリズムを刺激し
  ており、習近平共産党総書記(国家主席)は求心力を高める
  国内的効果を狙っている。
   しかし、ロシアのウクライナ侵攻を受け、アメリカのバイ
  デン大統領が、ロシアのプーチン大統領について「権力の座
  にとどまってはならない」と述べ、米欧日などの西側民主主
  義陣営と、中ロを中心とした権威主義陣営の対決がより鮮明
  になる中、習近平は体制の存亡を懸けた対西側イデオロギー
  闘争を勝ち抜く「宣伝戦」の一環として「戦狼外交」を強化
  する必要性を感じているだろう。ただロシアに偏りすぎる印
  象も避けたい意向で、その強硬宣伝工作のあり方が問われて
  いる。習近平が2月4日、ウクライナ侵攻を前に北京冬季五
  輪開会式に出席したプーチンと会談し、公表した共同声明で
  こう明記された。「中ロは、外部勢力が両国共同の周辺地域
  の安全と安定を破壊することに反対し、外部勢力がいかなる
  口実であれ、主権や国家の内政に干渉することに反対し、カ
  ラー革命に反対する」
   習近平は米欧日などを念頭に、権威主義陣営を動揺、弱体
  化させる「カラー革命」への警戒感をあらわにした形だ。共
  産党体制を維持、安定させ、社会主義の優位性を広めるため
  習近平にとって中ロ「共闘」は、ウクライナ危機がどう転ぼ
  うと絶対的な原則である。    https://bit.ly/3Rytq6N
  ───────────────────────────
戦狼外交官/趙立堅報道官.jpg
戦狼外交官/趙立堅報道官
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2022年09月15日

●「外資が逃げると中国は金欠になる」(第5815号)

 中国の不動産市場の現況について、ケネス・ロゴフ米ハーバー
ド大学教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国にとって不動産の影響は、関連産業も含めると国内総生産
(GDP)の29%にも及び、不動産の活動が20%減少すると
GDPが5〜10%減少する可能性があるという。
          ──ケネス・ロゴフ米ハーバード大学教授
─────────────────────────────
 中国の不動産に異変が起きています。不動産の値崩れ、取引量
の急減、デベロッパーの相次ぐ債務不履行、住宅購入者による住
宅ローン返済拒否の拡大などです。
 既に述べているように、中国では、住宅完成前に資金を支払う
予約販売のケースが多いので、予定通りに住宅が完成しないと、
住宅の完成前に住宅ローンが始まることになります。しかし、こ
のところデベロッパーの資金繰りが悪化して、約束の期日までに
住宅が完成しないケースが多くなっているので、住宅購入者のロ
ーン支払い拒否が増えているのです。こういう急増している未完
成物件のことを中国では「爛尾楼」(ランウェイロウ)といって
います。
 中国の現況は明らかに不動産バブルです。なぜかというと、中
国は、これまで巨額のインフラ投資を行うことによって、高い経
済成長を実現するエンジンにしてきたのです。2008年のリー
マンショックのさいは中国は4兆元(当時のレートでは約57兆
円)の景気対策は「世界を救った」と称賛されたものです。その
資金は、ほとんどインフラ投資や住宅投資に投入されています。
 一に投資、二に投資、三に投資なのです。それは、個人消費が
弱いからでもありますが、GDPを短期間で嵩上げするにはこれ
が一番効果的なやり方です。
 その投資量たるや、けた外れで、マイクロソフトの創業者であ
るビル・ゲイツ氏は、その投資資金の超巨額さを次のように表現
しています。
─────────────────────────────
 中国の2011年〜13年の3年間のセメント消費量は66億
トンであり、これは、アメリカが20世紀の100年間の消費量
である45億トンを超えている。     ──ビル・ゲイツ氏
─────────────────────────────
 中国は、そういう投資を現在まで15年も続けてきたのです。
こういうことをしていけば、次第に大きなリターンを望めない不
要不急のインフラが積み上がるのは当然のことです。10年前に
は、モンゴル自治区のオルドス市などに人が住んでいない「鬼城
(グェイチョン)」が多数出現していたことをEJで書いたこと
を覚えています。
 とくに高速鉄道の総延長は、地球一周分の4万キロに達してい
ますが、ほとんどが赤字路線で、高速鉄道を運行する中国国家鉄
路集団の負債は、120兆円を超えています。しかし、それでも
まだ延長する方針を変えていません。
 そういう中国に現在深刻な事態が起きています。中国から外国
の対中債券投資の引き上げが起きていることです。つまり、外資
が逃げ出していることです。
 ここで、添付ファイルを見てください。このグラフは、産経新
聞特別記者の田村秀男氏のコラムに掲載されていたものです。外
国人保有の中国債券(青)と外貨準備(赤)について、今年の1
月と比較したものです。その驚くべき急減ぶりと、人民元相場の
下落が示されています。これについて、田村秀男氏は、次のよう
に解説しています。
─────────────────────────────
 これは、全て中国特有の通貨・金融制度に起因する。中国は流
入する外貨すなわちドルに応じて人民元資金を発行し、土地配分
権を持つ党官僚がその資金と結びつけて不動産、インフラなど、
固定資産投資を行い、GDPをかさ上げしてきた。外貨の流入源
は経常収支黒字、それと外国からの対中投資で、言い換えると中
国の対外債務である。
 他方で、習政権は対外膨張策をとるので対外投資が増える。さ
らにもう一つ大きな資本流出がある。規制の網をかいくぐる資本
逃避で、膨らむと、国内資金の裏付けになる外貨はマイナスにな
る。いま最大の資本流出要因は外国からの対中債券投資の引き揚
げだ。ロシアのウクライナ侵略戦争開始後、激しくなっている。
          ──「田村秀男/『お金』は知っている」
        2022年9月9日(8日発行)「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 ところで中国の個人消費はなぜ低いのでしょうか。
 2021年の中国の個人消費(対GDP比)は、38・5%で
す。日本は平均して約60%ですが、このところコロナ禍もあっ
て減少しています。2022年6月の日本の個人消費は56・3
%、それでも中国に比べれば、かなり高いレベルにあります。
 中国の個人消費が低い原因は、高い貯蓄率と表裏の関係にあり
ます。なぜ、貯蓄に励むのかというと、世界第2位の経済大国で
あっても、中国の場合、年金、医療などの、社会的セーフティー
ネットが脆弱であるからです。
 今後中国経済がどうなるかについて、真壁昭夫多摩大学特別招
聘教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 短期間で中国の不動産市況が底打ちに向かう展開を予想するこ
とは難しい。共産党政権が債務問題の深刻化に直面する企業や金
融機関に公的資金を注入し、不良債権処理を余儀なくされるまで
不動産バブル崩壊の負の影響は増大する可能性が高い。貧富の格
差は拡大し、若年層などの失業率はさらに上昇して国民の不満が
追加的に高まるだろう。  ──真壁昭夫多摩大学特別招聘教授
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/042]

≪画像および関連情報≫
 ●中国:不動産に依存した経済発展の終焉
  ───────────────────────────
  ◆中国版総量規制の導入に、新型コロナウイルス感染症の再
  拡大に伴う厳格な移動・行動制限が加わり、中国の不動産市
  場はかつてない落ち込みを経験している。住宅ローン金利引
  き下げなどのテコ入れ策にもかかわらず、住宅需要が刺激さ
  れないのは、住宅を完成前に購入し、銀行への住宅ローンの
  返済が始まっても、工事中断により、その物件が手に入らな
  い懸念があるためである。デベロッパーへの資金サポートな
  どにより、工事を再開させることが、不動産市場の不振脱出
  の第一歩となろう。
  ◆より長期的な観点で、今後の中国の不動産市場はどうなる
  のであろうか。中国政府としては、銀行の担保割れを引き起
  こすような住宅価格の暴落、あるいは調整の長期化は、避け
  たいところであろう。しかし、その懸念は燻ぶり続ける。中
  国版総量規制は、住宅に対する需要と供給をともに抑制する
  ことで、価格のソフトランディングを目指す意図がある。し
  かし、この政策によって、不動産の開発と販売に依存した経
  済発展パターンは立ち行かなくなる。これが経済成長鈍化の
  一因となろう。
  ◆今後の中国の不動産デベロッパーの勢力図は、国有企業を
  主体に、健全性の高い(当局の政策・意図に従順な)民営企
  業がそれを補完する、という形になる可能性が高い。
                 https://bit.ly/3BvvvLg
  ───────────────────────────
中国の外貨準備及び外国の中国債権保有の1月末比.jpg
中国の外貨準備及び外国の中国債権保有の1月末比
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2022年09月16日

●「皇帝気取りの第3回目の歴史決議」(第5816号)

 2022年9月13日付の日本経済新聞によると、習近平主席
が14日から16日の日程で、中央アジアの2カ国──カザフス
タンとウズベキスタンを訪問します。コロナ後の初外遊になりま
す。14にはカザフスタンのトカエフ大統領と会談し、16日に
はウズベキスタンで、ロシアのプーチン大統領と会談する予定に
なっています。
 10月16日には、第20回共産党大会が行われますが、この
時期の外遊は、異例の第3期目入りを既に決めている余裕が感じ
られます。プーチン氏との会談は、11月にインドネシアで開か
れるG20サミットを前に中ロの結束を確認するためです。
 9月13日付の日経には、もうひとつ重要なニュースが出てい
ます。10月16日の党大会で、中国軍の最高意思決定機関であ
る党中央軍事委員会の副主席が入れ替わるというニュースです。
習近平氏は、党のトップの総書記と国家主席、そして中央軍事委
員会主席の3つの肩書を持っています。
 注目されているのは、実際に実務を担う中央軍事委員会副主席
のポストを誰が占めるかということです。このポストには、現在
中央軍事委員の苗華氏の副主席昇格がほぼ確定しているといわれ
ます。苗華氏は、習氏が福建省勤務時代に知り合った30年来の
関係があり、陸軍偏重の人民解放軍を陸・海・空軍が一体となっ
て戦える体制に尽力した人物といわれます。これは、台湾奪取の
布石と考えられます。
 メディアの記事などを読むと、習近平主席は、要所要所にしか
るべき人材を配置し、例えば「台湾侵攻」などの重要決断をする
ときは、そういう専門家の意見を聞いて判断する体制を築いてい
るように見えます。
 しかし、習主席は、重要ポストに自分に忠誠を誓う人材を配置
するいわゆる側近政治をやっているという意見があります。ウク
ライナへの侵攻を始めたプーチン大統領も似たようなことをやっ
ています。これは、大きなリスクです。福島香織氏は、習近平主
席について次のように述べています。
─────────────────────────────
 習近平は、自分を肯定し賞賛する人間しか許さず、自分と異な
る意見や批判の粛清に明け暮れたため、出世を願う官僚たちは習
近平を懸命に肯定し、自ら率先して習近平路線に沿うように動い
た。習近平路線に内心不服であっても、習近平ににらまれて粛清
されたくないために、あえて自我を出さず、習近平の命令に粛々
と従うようになった。習近平の方針に従えば、まずい結果になる
とわかっていても、あえて反対せず、失敗に向かって言われた通
りのことしか行わない。これは一種のサボタージュという形によ
る消極的な抵抗にも思われた。        ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 こういうことをしていると、トップの耳には正しい客観的な情
報が届かなくなります。もし、正しいと思うことを進言すると、
粛清されてしまう恐れがあるからです。実際に、「台湾への軍事
侵攻は米国の介入を招き、成功しない」と警告した劉亜洲空軍上
将は、現在行方不明になっています。
 習近平主席が、いかに自分を偉く見せるかに腐心しているかは
2021年11月8日の中央委員会全体会議(6中全会)で採択
された「歴史決議」の構成を見るとよくわかります。そもそも中
国では、歴史決議がこれまでに2回行われています。したがって
習近平総書記の歴史決議は3回目となります。
─────────────────────────────
  ◎1945年/毛沢東総書記
   「若干の歴史問題に関する決議」
  ◎1981年/ケ小平総書記
   「建党以来の若干の歴史問題に関する決議」
  ◎2021年/習近平総書記
   「党の100年奮闘の重大成果と歴史経験に関する
   中共中央の決議」
─────────────────────────────
 第1回の歴史決議も第2回のそれも、路線競争に決着をつける
ために行われたものです。1回目は、中国共産主義の毛沢東と、
ソ連共産主義の王明との対立の決着をつけるためのものであり、
2回目は、毛沢東路線継続の華国峰と改革開放のケ小平の対立に
決着をつけるためのものです。それでは、3回目の歴史決議の意
義は何でしょうか。
 これについて、福島香織氏は、3回目は、「習近平の勝利戦宣
言」の内容ですが、勝利宣言としては、長いだけで、前2回の歴
史決議に比べると、きわめてインパクトに欠けるとして、次のよ
うに厳しく論評しています。
─────────────────────────────
 この歴史決議は、勝利宣言としては実に中途半端で、冗長なだ
けで、内容的にはこれまでの2度の歴史決議に比べてインパクト
に欠けるものだった。また党内・人民からの支持・評判もさほど
高くない。
 内容を簡単に説明すると、共産党100年の歴史分割について
は、毛沢東時代前期、毛沢東時代後期、ケ小平・江沢民・胡錦濤
時代、習近平時代と4分割で見出しをとり、習近平時代に関して
は13の小見出しをとって、そこに、「党の100年奮闘の歴史
意義」「党の100年奮闘の経験」の総括、「新時代の中国共産
党」という展望の章が加わり、全部で序言と7章で構成されてい
る。全文約3万6000字のうち2万字が習近平新時代の解説に
割かれ、予測を裏切らない習近平権力至高化に向けた宣伝決議で
その意義は、はっきりと書かれていないが、文脈として改革開放
終結宣言といえる。  ──福島香織著/徳間書店の前掲書より
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/043]

≪画像および関連情報≫
 ●「第3の歴史決議」で見えた習近平の権力と脆弱性
  ───────────────────────────
   日本を含め世界中が注目した中国共産党の「第3の歴史決
  議」なる文書が先日、公表された。タイトルは『党の百年奮
  闘の重要な成果と歴史的経験に関する中共中央の決議』(新
  華社日本語版の表記)。中国語での字数は約3万6000字
  日本語訳は約5万5000字にのぼる。日本の新聞1ページ
  の活字が約1万1000字なので、5ページ分相当の膨大な
  文書だ。
   日本語訳が公表されたからといって全文を読む人は、中国
  研究者や政府関係者らごく一部の専門家に限られるだろう。
  筆者も覚悟して日本語訳を読んでみたが、これほど読みにく
  くわかりにくい文書はあまり見たことがない。翻訳が悪いの
  ではなく、定義や意味が不明な抽象的な言葉や造語がこれで
  もかというほど次から次へと列挙されているから読みにくい
  のである。
   しかし、決議が言いたいことだけはよくわかった。まずア
  ヘン戦争以降に屈辱的な歴史を刻んだ中国の運命を変えて今
  の素晴らしい中国を作ったのは、結党百年を迎えた中国共産
  党であるということ。次にこれから先、「中華民族の偉大な
  復興」という「中国の夢」を実現するためにも中国共産党の
  指導が不可欠であるということ。最後は、その中国共産党に
  とって習近平国家主席の存在が党の「核心」として不可欠で
  あるということだ。      https://bit.ly/3BAHFCN
  ───────────────────────────
3回の歴史決議.jpg
3回の歴史決議
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2022年09月20日

●「ハリコフ奪還で戦争はどうなるか」(第5817号)

 先週は、ウクライナ情勢に大きな変化があったようです。ウク
ライナ軍が、これまでロシア軍が制圧していた東部ハリコフ洲の
大部分の地域を奪還したことです。9月13日のことです。ロシ
ア側もこの事実を認めています。
 ハリコフ州の中心都市であるイジュム市は、ロシア軍の補給路
になっており、ロシアの支配地域では最重要の都市であったとい
えます。もともとロシア軍は兵力不足に悩んでいます。それでも
イジュム市は要衝なので、エリート部隊で固めていたのです。
 しかし、まさか攻めてこないと考えていた南部のクリミア半島
にウクライナ軍が頻繁に攻撃を仕掛けてきたので、ロシア軍は東
部部隊の一部を南部に移します。その結果、手薄になった東部地
域に、ウクライナ軍が、ロシア軍の想定を上回る戦車など機甲戦
力で攻撃してきたのです。軍事専門家によると、米軍がよくやる
作戦で、明らかに米軍の知恵が入っているといいます。
 これについて、元陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏は、ウ
クライナ軍のハリコフ洲の奪還について、次のような分析を行っ
ています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍による南部奪還作戦に焦ったロシア軍が、東部の
エリート部隊を南部に転用し、その結果、イジュム市などに穴が
できた。ウクライナ軍は、主導性のない作戦や、規律の乱れ、士
気の低下などで、自ら危機を招いている。   ──渡部悦和氏
              2022年9月12日/夕刊フジ
─────────────────────────────
 このウクライナ軍によるハリコフ洲の奪還について、ロシア側
は軍の再編成と一部撤退とアナウンスしていますが、メディアは
「ロシア大敗」と報道しています。これは文字通り「ロシア軍の
大敗北」といえます。それは次の3つの理由からです。
─────────────────────────────
 第1は、ロシア軍は、自軍の戦車や榴弾砲や弾薬などを置き去
りにして逃げている。
 第2は、ロシア兵士の多くは、軍服を脱ぎ捨てて、一般市民に
紛れて敗走している。
 第3は、未確認ではあるもののロシア軍のトップとされる将官
が捕虜になっている。
─────────────────────────────
 第1の理由について考えます。
 戦争において、占領地を計画的に撤退するときは、自軍の兵器
は、すべて爆破するなど、敵軍が使えない状況にして撤退するの
が原則です。しかし、ロシア軍はすべてをそのままにして逃走し
ています。慌てふためいて逃げたという印象です。
 第2の理由について考えます。
 多くのロシア軍の兵士は、軍服を脱ぎ捨て、一般人に紛れて逃
げています。あちこちにロシア軍の軍服が、脱ぎ捨ててあったか
らです。それは、撤退するのに、十分な時間がなかったことを物
語っています。
 第3の理由について考えます。
 ウクライナ軍のイジュム市への攻撃によって、多くのロシア軍
人が捕虜になっていますが、そのなかに軍のトップレベルの将官
と思われる人物が捕虜になっています。まだ本人と特定されたわ
けではないですが、おそらくアンドレイ・シチェポイ陸軍中将で
はないかとみられています。
 この人物は、捕虜になったとき、中佐の軍服を着ていたそうで
すが、おそらく身分を隠すため、階級が下の将官の軍服を着てい
たと考えられます。もし、この人物が本当に中将であったとすれ
ば、第2次世界大戦後はじめてのことになります。ネットでは、
次のように報道されています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍の反転攻勢により、ロシア軍の前線は突破され、
部隊が混乱する中、ある一人のロシア軍士官が、ウクライナ軍に
よって捕らえられた。9月9日にSNSに投稿された映像には後
ろ手に手錠を掛けられ、跪く2人の兵士。2人の恰幅の良い兵士
は右目あたりから血を流している。この男性、ロシア軍西部軍管
区司令官アンドレイ・シチェヴォイ中将とされている。彼は中佐
の階級章が付いた軍服を着ているが、身分を隠すために下級将校
の制服に着替えたとされている。シチェヴォイ中将は7月20日
に、西部軍管区司令官に任命されている。中将という将軍クラス
が捕虜となれば、第二次大戦以来の大戦果となる。これまで12
人の将軍クラスの将校が戦死しており、このクラスの戦死は非常
に稀だが、捕虜となるのは更に稀だ。しかし、シチェヴォイ中将
の捕虜については、ウクライナ、ロシア双方ともに公式発表はな
い。                https://bit.ly/3RNurs2
─────────────────────────────
 ロシアは、東部ハリコフ洲の大敗北を「軍の再編成」と称して
いますが、これについては、「東部ドンバス地域」(ドネツク、
ルガンスク両洲)の解放という特別軍事作戦の目的を達成するた
めであるとしています。
 この東部ドンバス地域では、ルガンスク州の制圧については、
ほぼ終わっていますが、ドネツク州では、60%は制圧している
ものの、残り40%については、まだウクライナ軍が支配を継続
しています。
 これについて米シンクタンクの「戦争研究所」は、9月11日
に次のような見解を発表しています。
─────────────────────────────
 ハリコフ州の喪失で、露軍がドネツク州を制圧できる見通しは
無くなった。露軍が今後、局所的な前進に成功する可能性はある
ものの、戦いの流れはウクライナ側に傾いた。
          ──戦争研究所 https://bit.ly/3dmayJr
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/044]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナ軍の奪還地域、6000平方キロ以上
  ルガンスク一部解放/高橋杉雄氏の分析
  ───────────────────────────
   ウクライナは8月下旬にヘルソン州など南部の奪還作戦を
  始めたと発表し、その後、電撃的に北東部ハリコフ州での反
  転攻勢に着手した。ロシア軍はウクライナ軍が北東部に兵力
  を集めていることに気づいていたはずだが、「敵の本命は南
  部」と思い込み、迎撃準備を十分にしていなかった可能性が
  大きい。どんなに技術が発達しても、最終的に判断するのは
  人間だ。今後の戦況を左右するほどの判断ミスをしてしまっ
  た。奪還されたハリコフ州のクピャンスクは、鉄道網の要衝
  だ。ここを失ったことで露軍は北東部での補給を維持できな
  くなった。ロシア領に接する地域を奪還されたことで、自国
  に逆侵攻されることにも警戒せざるを得なくなった。この地
  域を露軍が再奪還することは難しく、北東部からのウクライ
  ナ軍への圧力は減る。
   露側に思い違いをさせたこの作戦を陽動作戦と言い切れな
  いのは南部の奪還が単なる「おとり作戦」ではないからだ。
  ヘルソン州を奪還すれば、東部からクリミア半島まで地続き
  だった露軍の支配地域は分断される。ウクライナ軍の南部奪
  還の動きは続くとみられる。米国から供与された高機動ロケ
  ット砲システム(ハイマース)は露軍の補給路を断つのに効
  果を発揮し、北東部へ戦力を向ける下地を作った。このこと
  は、西側諸国の今後の支援にも弾みをつけるだろう。
                 https://bit.ly/3BRhcBb
  ───────────────────────────
捕虜説のロシア軍のシチェボイ陸軍中将.jpg
捕虜説のロシア軍のシチェボイ陸軍中将
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2022年09月21日

●「すへてのロシア軍を追い出す作戦」(第5818号)

 9月15日〜16日、習近平主席とプーチン大統領は、中ロ主
導の地域協力組織「上海協力機構(SCO)」首脳会議に合わせ
て、対面での会談を行っています。これについて、9月16日付
日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 プーチン氏は会談で「ロシアはウクライナ危機に関する中国の
バランスのとれた立場を高く評価する」としたうえで、「ウクラ
イナ危機に関する中国の懸念を理解しており、すべての問題を説
明する用意がある」と述べた。中国側が長期化するウクライナ侵
攻に懸念を伝えていたようだ。(中略)
 台湾情勢に危機感を強める習氏と、ウクライナの戦況悪化に焦
るプーチン氏。両者の接近は、ロシアが経済で中国に従属し、中
国がロシアの「反米」路線に引き込まれる危うさをはらむ。今回
の中ロ首脳会談には、ウクライナでのロシア軍の苦戦が影を落と
した。     ──2022年9月16日付、日経電子版より
              https://s.nikkei.com/3qJeSp8
─────────────────────────────
 ロシアのプーチン大統領としては、苦境に陥っているウクライ
ナ情勢に対して、中国に何らかの支援を求めたいところですが、
それを避けたい中国としては、先手を打って、事前に長期化する
ウクライナ侵攻に対する懸念を伝えていたようです。そのため、
プーチン大統領の「中国の懸念に対して説明する」という発言に
なったのです。中国はこの問題に深入りしたくないからです。
 実は一般にいわれている以上にロシア軍は、軍事的にウクライ
ナ軍に追い込まれているのです。それは、ウクライナ軍が奪還し
た東部ハリコフ洲だけでなく、ロシア軍がほぼ制圧したはずの隣
のルハンシク洲のクレミンナ市からも兵を引いているという情報
があるからです。それだけでないのです。メリトポリ市長による
と、ロシア軍は南部でもクリミア半島に逃げ込んでいるというの
です。ロシア軍に何が起きているのでしょうか。
 元防衛省情報分析官、西村金一氏は、現在のロシア軍について
次のように述べています。
─────────────────────────────
 現在、ロシアの主な攻撃手段は火砲。イジュム市などの戦いが
あったこの20日間で大きな損害を出した。侵攻当初の保有数の
70%を失った。このままでは、ロシア軍は火砲不足により、継
戦能力を失うだろう。  ──元防衛省情報分析官、西村金一氏
      8月15日/TBS「BS/TBS報道1930」
─────────────────────────────
 この西村金一氏の発言を裏付けるロシア軍が失った火砲などに
ついて、9月13日現在の数字です。
─────────────────────────────
     ◎戦車/歩兵戦闘車など
      2175台(7929台)↓27%減
     ◎多連装ロケット
       311台( 711台)↓44%減
      8月15日/TBS「BS/TBS報道1930」
─────────────────────────────
 ロシアのウクライナ侵攻から、丸7カ月です。それだけの期間
戦っていれば、当然兵器は失われていきます。しかし、その補給
がうまくいっていないようです。それに比べると、ウクライナ軍
は、もともと総動員で兵力が多いうえ、米欧から最新兵器が届き
つつあり、勢いを増しています。
 それでは、今後ウクライナ軍は、どのような作戦でウクライナ
の領地を占領しているロシア軍を攻めるかです。これについては
ウクライナと支援する米欧との間で合意形成ができているといわ
れています。
 これについて、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長、吉田成
之氏は、次の事実を明かしています。
─────────────────────────────
 米英をはじめとするウクライナ支援の枠組みである連合国側と
の連携緊密化だ。公表されていないが、反攻作戦開始直前、アメ
リカとの間でウクライナは高官協議を開催、作戦の概要について
調整を行った。
 アメリカ側からはジェイコブ・サリバン大統領補佐官(安全保
障問題担当)、アメリカ軍制服組トップのマーク・ミリー統合参
謀本部議長が、ウクライナ側からはアンドリー・イェルマーク大
統領府長官とヴァレリー・ザルジニー総司令官が参加した。ここ
で戦争の進め方について合意できた。今後も両国は、ロイド・オ
ースティン国防長官とオレクシー・レズニコフ国防相の間でも、
今後適宜、意見や情報を交換するという。
 さらに2022年9月8日には、アメリカのブリンケン国務長
官が事前の予告なしにキーウ入りして、ゼレンスキー大統領と会
談した。ここで、両国は戦争をめぐる大戦略ですり合わせができ
たといわれる。合意内容は公表されていないが、同じ時期にキー
ウで開催されたウクライナ情勢に関する国際会議での議論が合意
内容を反映したものになっている。https://bit.ly/3BMyMWB
─────────────────────────────
 ここでの合意内容は公表されていないものの、容易に推測でき
ます。それは、最近ゼレンスキー大統領がしばしば口にしている
「ウクライナを2014年以前の状態に戻す」ということです。
つまり、クリミア半島も含めて、ロシア軍を追い出し、すべてウ
クライナに取り戻すということです。それは、米欧の武器支援が
順調に行われれば、戦略上十分可能であるといえます。
 しかし、そこまで追い詰めると、ロシアは核兵器を使うのでは
と懸念がありますが、それはできないと考えられます。なぜなら
ロシアの国内でもプーチン大統領退陣の声が上がりつつあるから
です。そんな状況では、さすがのプーチン大統領でも、とても核
兵器を使うことなどできないと考えられるからです。
             ──[新中国・ロシア論/045]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア軍敗走で強まるプーチン批判/ニューズウィーク
  ───────────────────────────
   ウクライナ軍の反転攻勢でロシア軍の敗走が重なるなか、
  ロシアの当局者の間でウラジーミル・プーチン大統領の辞任
  を求める声が広がっている。政権が反体制派を厳しく取り締
  まるロシアでは異例の事態だ。
   プーチンは2月24日、ウクライナに対する軍事侵攻を開
  始。圧倒的な兵力を誇ったロシア軍は数日で首都キーウを陥
  落させる勢いだったが、アメリカをはじめとする同盟諸国の
  支援を受けたウクライナの強力な抵抗に遭った。これにより
  ロシア政府はウクライナ侵攻の当初の目標を達成することが
  できずにいる。
   ウクライナ軍は、先週から、南部ヘルソンや東部ハルキウ
  (ハリコフ)でロシア軍部隊を奇襲し、1600平方キロ以
  上の領土を奪還した。とくにこの週末、ロシア軍はイジュー
  ムなどの主要都市から撤退を余儀なくされた。この一連の敗
  北が「反プーチン」機運の広がりにつながっているようだ。
  サンクトペテルブルクのスモルニンスコエ地区の区議である
  クセニア・トルストレムは、9月12日にツイッターに投稿
  を行い、ロシア地方議会の区議35人がプーチンの辞任を求
  める要請書に署名したと明かした。プーチンによるウクライ
  ナ侵攻が、ロシアに「害を及ぼしている」というのが理由で
  ある。モスクワなど複数の主要都市の区議グループも要請書
  に署名している。トルストレムはこの要請書について、誰の
  「名誉を傷つける」ものでもないとしている。
                 https://bit.ly/3eZEZ8Z
  ───────────────────────────
苦境に立っているプーチンロシア大統領.jpg
苦境に立っているプーチンロシア大統領
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2022年09月22日

●「ロシア軍は今や敗北の危機にある」(第5819号)

 ロシアの始めたウクライナへの「特別軍事作戦」について、プ
ーチン大統領は、次のようにいっています。
─────────────────────────────
 国連憲章第7章51条に則り、ドネツク人民共和国とルガンス
ク人民共和国の要請に応えて、ウクライナの非軍事化と非ナチ化
を目的に特別軍事作戦を実施するが、ウクライナの占領は目的と
していない。           ──プーチンロシア大統領
─────────────────────────────
 上記国連憲章第7章51条は、「平和に対する脅威、平和の破
壊及び侵略行為に関する行動」について定めています。なお、ド
ネツク人民共和国とルガンスク人民共和国は、特別軍事作戦を始
める前に、ロシアが勝手にウクライナから切り離し、その独立を
承認したものであり、2014年のクリミア共和国も同じです。
 要するにロシアは、ウクライナのなかで自国領にしたい地域に
おいて親ロシア派勢力を結集し、人民共和国を結成させ、それを
ロシアが国家として勝手に独立を認め、その国からの要請を受け
たかたちで軍隊を派遣する──こういう筋書きで特別軍事作戦を
実施したのです。クリミア半島も同じ筋書きで奪取しています。
 しかし、そんなことをウクライナ政府が認めるはずがないので
政治工作でゼレンスキー政権を崩壊させ、ウクライナに親ロシア
政権を樹立させることによって、それぞれの共和国の主権を認め
させるという戦略です。
 しかし、プーチン大統領は、この特別軍事作戦で、最初に大き
なミスを冒します。この作戦の計画通りに、ドネツク洲とルガン
スク洲に兵力を集中させ、その制圧に全力を尽くせばよかったの
ですが、いきなりウクライナの首都キーウを攻めたことです。そ
れは、部下の進言によるものとされていますが、プーチン大統領
は、ゼレンスキー大統領の評判の悪さや、支持率の低さを見て、
まず、キーウを占領し、ゼレンスキー政権を倒し、電撃的に親ロ
シアの傀儡政権を樹立し、そのうえで、ドネツク洲とルガンスク
洲、そしてクリミア半島を正式にロシア領にする──そういう構
想を描いていたものと思われます。
 しかし、それが大誤算だったことは明らかです。2014年に
クリミア半島をロシアに占拠されて約8年間、ウクライナ軍は米
軍の指導を受けて見違えるほど強くなっていたのです。どこの国
でも、あのように自国の領土を略奪されて、何とも思わない国は
ありません。欧米からの武器支援を受けて、ウクライナ軍は精強
な軍隊に変貌していたのです。
 ところで、今回のウクライナ軍による東部ハルコフ州の大部分
の地域の奪還は、一部の軍事専門家によると、この戦争の帰趨を
決するほどのロシア軍の大敗北であり、もはやロシア軍の負けは
決まったと考えても不思議はないそうです。
 それを正確に伝える番組が、9月18日にテレビ朝日(BS)
で放送されています。その特別軍事作戦に関する部分のビデオが
あるのでご紹介します。時間は、約55分かかりますが、興味の
ある方はご覧いただきたいと思います。内容は充実しています。
─────────────────────────────
◎テレビ朝日「日曜スクープ」/2022年9月18日放送
 「領土奪還で形成逆転/ロシア敗走/ウクライナ快進撃に続く
 展開は?」テレ朝news
 ゲスト/駒木明義(朝日新聞論説委員)、山添博史(防衛省防
 衛研究所)
 アンカー/木内登英(野村総合研究所エグゼクティブエコノミ
 スト)             https://bit.ly/3QSSgNN
─────────────────────────────
 詳しくはビデオを見ていただくとして、ロシア軍がハリコフ洲
のイジュム市を失ったことが、なぜ致命的なのかについて、要点
をまとめることにします。添付ファイルを見てください。
 これは、ウクライナ東部の地図ですが、ウクライナ軍の奪還前
(9月6日)と奪還後(9月17日)の比較をしています。赤が
ロシア支配地域、青がウクライナの奪還地域です。これを見ると
ウクライナ軍がわずかな期間で、非常に広大な地域を奪還したこ
とがわかると思います。約8500キロ平方メートルの地域を奪
い返したのです。この地図を基にして説明します。地図と地名の
表記が異なっていますが、これまで述べてきた地名の表記にした
がって説明します。
 ウクライナ軍の奪還前の地図(左)をご覧ください。ロシア軍
にとって、補給を担う重要地域は、イジュム市とクビャンスク市
の2つです。ともに交通の要衝であり、食料や兵器や弾薬の補給
を担う重要都市です。
 イジュム市は、ウクライナ東部ハリコフ州の都市で、ハリコフ
の約138キロ南東、そしてドネツ川両岸に位置しており、ドン
バス地域の玄関口といわれています。イジュム市は4月1日にロ
シア軍が制圧し、東部侵攻の司令部を置いています。ロシア領の
ベルゴルドからは道路が整備されており、そこから大量の物資が
運び込まれる要衝になっています。もう1つのクビャンスク市も
ロシア国内と道路だけではなく、鉄道もつながっており、ロシア
軍にとって重要な補給線になっています。
 ロシア軍にとってこの2つの重要都市が、今回のウクライナの
反撃によって、奪還されてしまったのです。つまり、ロシア国内
からの補給線は完全に断ち切られてしまったことになります。こ
れでは、ロシアの特別軍事作戦の目的であるドンバス地域のロシ
ア化は、ほぼ不可能になったといえます。
 しかし、ウクライナ軍は、南部のヘルソン市にも攻撃をかけて
おり、ドニエプル川にかかる橋を攻撃し、ロシア軍の兵器や弾薬
の補給路断絶を実施しています。そのため、多くのロシア軍がク
リミア半島に逃げ込んでおり、情報によると、一部の部隊からは
ウクライナ側に降伏交渉を持ちかけてきているといいます。ロシ
ア軍は深刻な兵士不足に陥っているとみられます。
             ──[新中国・ロシア論/046]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナ軍攻勢、ロシア軍敗走?/小川敏氏
  ───────────────────────────
   ウクライナ情勢が激変する兆候が見られだした。ロシア軍
  のウクライナ占領が近づいたのでなく、ウクライナ軍がロシ
  ア軍に占領された領土を奪還してきたのだ。ウクライナのゼ
  レンスキー大統領は9月11日、「イジュームやウクライナ
  東部ハルキウ(ハリコフ)州の小さな都市バラクリアがわが
  軍によって解放された」と表明した。ウクライナ軍の発表で
  は「奪還された領土の広さは約3000平方キロになる」と
  いうのだ。
   ロイター通信やAFP通信はその状況を感動的に伝えてい
  る。「バラクリヤの中心に再びウクライナ国旗がはためく。
  ハルキウ北東部の小さな町は、ウクライナ軍が奪還した最初
  の町であり、ロシア軍が3月下旬にウクライナ中部から撤退
  して以来、初めてだ。町の人々はウクライナ軍兵士を見て泣
  き出すものもいる一方、パンケーキを兵士たちに差し出す人
  々もいる」と報じている。ドイツのメディアは、「バラクリ
  ヤは戦争のターニングポイントとして、ウクライナの歴史に
  残る可能性がある」とまで報じている。
   注目すべき点は、ハルキウとドネツク州を結ぶ交通の要所
  イジュームが10日、ウクライナ軍側に落ちたとすれば、ロ
  シア軍にとって戦略的に大きな痛手だ。ロシア国防省はウク
  ライナ軍の攻勢を認める一方、「現在、軍の再編成中」とい
  う。ロシア軍はウクライナ軍の攻勢にパニックになって、大
  量の戦争装備を置き去りにしていったという。
                 https://bit.ly/3UjATZm
  ───────────────────────────
ウクライナ軍「電撃作戦」の戦果.jpg
ウクライナ軍「電撃作戦」の戦果
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2022年09月26日

●「部分的動員令でロシア中は大混乱」(第5820号)

 9月21日のことです。ロシアのプーチン大統領は国内向けの
演説で、予備役の部分動員を認める大統領令に署名したことを公
表しました。その規模は約30万人といわれています。
 予備役とは、兵役の経験のある元軍人で、現在は一般社会で生
活している者をいいます。これに対して現在兵役に従事している
軍人は現役軍人と称しています。ロシアには、2500万人の予
備役がいるので、30万人集めるのは可能です。今回召集される
のは、ウクライナでの紛争で必要となる特殊技能を持つ者とされ
ていますが、どういう技能かは公表されていません。
 そのため、自分が対象者であるかどうか分からず、現在、ロシ
ア人はパニックになっており、予備役への徴兵を逃れようと、海
外に逃亡しようとする者も多く、ビザなしで渡航できるトルコな
ど海外への航空チケットは価格が高騰し、入手困難に陥っている
といわれます。トルコのイスタンブール行きのチケットは通常は
3万円程度ですが、37万円に値上がりしています。また、ロシ
ア全土で動員令の反対デモが頻発しています。
 もう既に召集令状が届いている者も多いといわれますが、これ
についてこんな話があります。「プーチンの口」といわれるペス
コフ報道官の息子のところに召集令状が届き、その息子が出頭を
拒否したというニュースです。
 ある程度事情がわかっているロシア人は、この戦争はロシアの
戦争ではなく、プーチンの戦争であることをよく知っています。
しかし、自分に関係がなければ、勝手にやってくれというスタン
スだったのですが、召集令状などが届き、自分に影響が及んでく
ると、「オレはプーチンの戦争で死にたくない」と、慌てて逃げ
出すなど、無責任な話です。
 数字を整理してみましょう。なぜ、30万人なのかです。ロシ
ア軍が2月にウクライナに侵攻したとき、投入した兵力は約19
万人といわれています。これに東部ドンバス地方に、親ロシア派
戦闘員が数千人いたとされています。
 ロシア政府は、これに加えて、金銭的な優遇と引き換えに、大
規模な兵の募集を行っています。これに応じて、シベリアやコー
カサスといった貧しい地域から、チェチェン紛争を経験した戦闘
員などが追加の部隊員としてウクライナの戦場に投入されていま
す。人数については不明です。
 ロシアでは、徴兵制度があり、18〜27歳の男性に対して、
1年間の兵役義務があります。しかし、健康状態や学生であるな
ど、さまざまな理由によって免除されます。したがって、高官の
子弟などは、留学と称して海外に逃亡するなど、さまざまな理由
をつけて兵役逃れをしている者が多くいます。
 なお、ロシアでは、平時における軍の規模を次のように定めて
います。
─────────────────────────────
       軍人上限 ・・・・ 100万人
       一般職員 ・・・・  90万人
─────────────────────────────
 これについても、プーチン大統領は、8月に13万7000人
を追加雇用する大統領令に署名しています。これは来年1月から
実施されることになっていますが、これも兵が不足していること
あらわしています。
 5月28日、ロシア政府は「志願兵の年齢上限の撤廃」を発表
しています。志願兵の年齢は、ロシア人なら18歳から40歳、
外国人は18歳から30歳と定められていたのですが、この上限
を法改正で撤廃したのです。ロシア軍は、既にこの時点で、兵力
不足に陥っていたのです。
 まだあります。ワグネルという軍事会社があります。ワグネル
はウクライナのドンバス戦争において、2014年から2015
年にかけて、ドネツクとルガンスクの地域において、親ロシア派
分離主義勢力を焚き付けて支援し、やがて共和国を設立させるに
いたるのです。クリミアと同じ手口です。
 ロシア政府はワグネルに依頼して、囚人から兵士を募集してい
ます。情報によると、6カ月間の兵役で、釈放と20万ルーブル
(約47万円)の報酬を約束しています。最前線には出さないし
後方支援の仕事であるとも強調していたようです。
 ロシアの受刑者の支援団体が、独立系メディアの取材に応じた
ところによると、この試みは、次のような悲惨な結果に終わって
いるようです。
─────────────────────────────
 受刑者支援団体の分析によると、ワグネルと契約を結んだ囚人
は約3000人。10日間から2週間の訓練で前線に送られたも
のの、ほぼ全員が戦死したと結論づけています。
                  https://bit.ly/3xGvqlN
─────────────────────────────
 しかし、ロシアはこの特別軍事作戦での死者は「5937人」
としか発表していません。本当にそうであれば、こんなに、たび
たび兵を募集する必要などないはずです。ロシア兵の死者情報を
まとめておきます。英国とウクライナの数字は、2022年7月
現在発表のものです。
─────────────────────────────
    ◎特別軍事作戦でのロシア軍の死者数
       ロシア国防省 ・・・・  5937人
      イギリス国防省 ・・・・ 25000人
     ウクライナ国防省 ・・・  50000人
─────────────────────────────
 現在、ロシアでは、召集令を逃れるため、大混乱になっている
ようです。国外に逃亡しようとする者、自ら腕などを折って、健
康検査で不合格になることを狙う者、コネを使って召集を逃れよ
うとする者が続出しているようです。このような精神の若者が仮
に召集され、兵役に就いても、およそ軍人として、使いものにな
らないことは明らかです。 ──[新中国・ロシア論/047]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア軍の死者・負傷者「7万〜8万人に達した」/米国防
  総省が推計
  ───────────────────────────
   米国防総省は8月8日、2月にウクライナ侵攻が始まって
  以来、ロシア軍の死傷者は7万〜8万人に達したとの推計を
  明らかにした。カール次官(政策担当)は「ロシアが戦争開
  始時の目的を何一つ達成していないことを考えると、注目す
  べきことだ」と強調した。
   カール氏は記者会見で「戦争において正確な数字は分から
  ないが、ロシア軍は6カ月足らずで7万〜8万人の死傷者を
  出したとみて間違いないだろう」と述べた。これは戦闘によ
  るロシア軍の死者と負傷者を合計した数だという。
   米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7月20日、死
  傷者は約6万人(うち死者約1万5千人)とする推計を明か
  していた。今回の数字は、これを上回る推計となった。
   また、ロシア軍が現時点までに3千〜4千両の軍事車両を
  失ったとも指摘。精密誘導兵器や巡航ミサイルなども「かな
  りの割合」を消費していると述べた。
   カール氏は最近の戦況について「この数週間、ロシア軍は
  東部で少しずつ前進しているが、大きな犠牲を伴っている」
  と指摘。「東部の状況は基本的に安定し、焦点は南部に移り
  つつある。ウクライナ軍が南部に圧力をかけ始め、ロシア軍
  が再配備を余儀なくされたことが一因である」との見方を示
  した。             https://bit.ly/3dzjlbk
  ───────────────────────────
30万人の予備役を召集するプーチン大統領.jpg
30万人の予備役を召集するプーチン大統領
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2022年09月27日

●「30万人動員でなく、100万人」(第5821号)

 9月21日、プーチン大統領の国民向けの演説後に公表された
大統領令は10項目から成るが、人数に関する第7項に関しては
「機密扱い」になっています。なぜ、機密扱いなのでしょうか。
「30万人」という数字がどこから出たのでしょうか。
 ロシアの専門家によると、プーチン大統領は演説で「部分的動
員」とはいいましたが、30万人という数字については一言も話
していません。30万人という数字を口にしたのは、ショイグ国
防相のようです。
 ところがです。ロシアの独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ
・ヨーロッパ」は、招集人数が30万人ではなく、大統領令にひ
そかに100万人と記されていると報道したのです。このメディ
アは、ロシア政府の圧力で3月末から活動停止を余儀なくされて
おり、現在ではヨーロッパに亡命して、「ノーバヤ・ガゼータ・
ヨーロッパ」として、ユーチューブやSNSなどを使って、ニュ
ースを配信しています。これに慌てたペスコフ大統領補佐官は、
「偽情報だ」と火消しにやっきになっています。
 しかし、これはけっして偽情報ではないようです。それは、現
在、ロシア中に巻き起こっている反戦デモの逮捕者に対して、当
局は、次々と召集令状を渡しているからです。したがって、30
万人なんてウソで、必要なだけ、戦地に兵士として送り込む計画
のようです。これに対して、ウクライナのゼレンスキー大統領は
兵士として戦地に送られるロシア人に対して、次のように呼び掛
けています。
─────────────────────────────
 半年間でロシア軍の5万5000人が死亡、数万人が負傷して
いる。犠牲を避けたければ、抗議したり、逃亡したり、捕虜にな
るため、投降したりしてほしい。   ──ゼレンスキー大統領
─────────────────────────────
 このロシア側の動きに対して、ウクライナのポドリャク大統領
府顧問は、ロシアの動員令について次のように述べています。
─────────────────────────────
 ロシアの動員令はわれわれにとって何ら脅威にはならない。戦
争の最初の段階で送り込まれたロシア兵は、訓練も経験もあるプ
ロの軍隊であるが、われわれはそれを撃退している。そこで、多
くのロシアの将校が戦死している。
 今回の動員令によって送り込まれてくるホワイトカラーのロシ
ア兵は、実際の戦場での戦闘経験もなく、訓練が必要である。そ
れには数カ月かかるが、その指導者である将校が決定的に不足し
ている。将校は急増できず、だから数だけに頼らざるを得ない。
当然士気も低いし、われわれの脅威にはならない。
               ──ポドリャク大統領府補佐官
          9月23日放送「TBS/1930」より
─────────────────────────────
 実戦の経験はないし、怖いし、命は惜しい。したがって、士気
も低い──そういう兵士を急増して、戦地に送ってくるロシアに
対して、ウクライナ軍は、投降勧奨を行う作戦で対抗するといい
ます。実際に現在、投降者は急増しています。「命が惜しければ
投降して捕虜になれ!」と呼びかける作戦です。
 これには、ロシア側も警戒していて、「兵役に関する刑法の修
正案」を可決しています。戦場で逃亡したり、自ら投降したりす
る兵士に対する罰則を強化する法律の制定です。こうなってくる
と、否応なしの徴兵そのものです。
 9月23日、ウクライナ東部、南部の占領地で、「ロシアへの
編入」を問う親ロシア派勢力の住民投票がはじまっています。ロ
シアとしては、本当はもっと戦況がロシアにとって安定した状況
で実施したかったのでしょうが、逆に攻め込まれ、占領地を奪い
返されないために行っています。占領地をロシア領にしてしまえ
ば、ウクライナ軍としては攻めにくくなると読んでの作戦である
と思われます。国際法を無視した無茶苦茶な理屈ですが、ウクラ
イナにとっては、攻めにくくなることは確かです。
 ところで、9月21日の演説で、プーチン大統領は、気になる
ことをいっています。それは次の部分です。
─────────────────────────────
 アメリカ、イギリス、NATOは、軍事行動をわが国の領土へ
移すようウクライナに直接働きかけている。もはや公然と、ロシ
アは戦場であらゆる手段でもって粉砕され、政治・経済・文化、
あらゆる主権を剥奪され、完全に略奪されなければならないと、
語られている。
 核による脅迫も行われている。西側が扇動するザポリージャ原
発への砲撃によって、原子力の大災害が発生する危険があるとい
うだけでなく、NATOを主導する国々の複数の高官から、ロシ
アに対して大量破壊兵器、核兵器を使用する可能性があり、それ
は許容可能という発言も出た。      ──プーチン大統領
                 https://bit.ly/3BGyuPV
─────────────────────────────
 プーチン大統領は「(西側のわれわれへの)核の脅し」という
言葉を使っています。何のことかと思ったのですが、それは、ザ
ポリージャ原発への砲撃のことだったようです。プーチン氏は、
原発への砲撃は、ウクライナ軍によるものであるとし、それをロ
シアに対する核の脅しと表現しています。どうやら、これをいう
ために、原発を攻撃したものと思われます。
 どう考えても、ウクライナ軍が自国の領地にある原発を攻撃す
るはずがないし、やったのはロシア軍であることは明々白々の事
実であるのに、そういうウソを一国の大統領が、平然と平気でつ
くのです。「西側諸国から核の脅しをされたので、こちらも領土
への攻撃があれば、領土の保全のために核で反撃することもあり
得る」という理屈です。「核の脅し」を一貫してやっているのは
国連の常任理事国の1つであるロシアではありませんか。ロシア
は、そんな恐ろしいウソを平気でつく国なのでしょうか。
             ──[新中国・ロシア論/048]

≪画像および関連情報≫
 ●自らの政権の足元に地雷を仕掛けたプーチン氏
  ───────────────────────────
   モスクワ(CNN)テレビ放送された国民向けの演説で、
  21日夜、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ侵攻での
  「部分的動員」を発表した。これはプーチン氏が実質的に、
  ロシア人との暗黙の社会契約を破ったことを意味する。契約
  に基づきロシアの市民は、権力者らが利益をくすねたり争い
  を起こしたりするのを許す代わりに、自分たちの私生活には
  介入させない。
   戦争が新たな段階に入りつつある中、追い詰められたプー
  チン氏は自分の背後にロシア人の相当な部分を引きずり込ん
  でいる。同氏が事実上行ったのは国内に向けての宣戦布告で
  あり、結果的に野党勢力や市民社会のみならず、ロシアの男
  性人口を敵に回したことになる。
   なぜプーチン氏はそんな危険を冒すのか?それは本人自ら
  世間の戦争に対する関心の欠如を数カ月にわたり促してきた
  からだ。国民の動員は深刻な不満を社会にもたらす。だから
  こそ総動員ではなく部分的動員を決断したわけだが、長い目
  で見れば自身の政権の足元に地雷を仕掛けたことに他ならな
  い。短期的には、動員に対する妨害行為に直面するだろう。
  もうずいぶんと長い間、プーチン氏は大衆の間で戦争を遠ざ
  ける姿勢を助長してきた。今やロシア人はそのつけを払い、
  兵士として使い捨てにされようとしている。
                 https://bit.ly/3dCnSJR
  ───────────────────────────
ロシア全土に広がる反戦デモ.jpg
ロシア全土に広がる反戦デモ
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2022年09月28日

●「ロシアが南東の風の日に核を使う」(第5822号)

 ウクライナ軍による東部ハルコフ州の奪還をはじめとする反転
攻勢は、ロシアに一大衝撃をもたらしたことは確かです。それは
ロシアのプーチン大統領が、30万人の予備役の動員を可能にす
る大統領令にサインし、既に占拠しているルガンスク洲とドネツ
ク洲において、無理を承知で、急遽住民投票を強行してロシア領
とし、ウクライナ軍のこれ以上の攻撃を防ぐ手立てをとったこと
によくあらわれています。ロシアとしては、「このままでは、負
ける!」という危機感を感じたからです。
 問題は、ロシアによる「核の脅し」です。もし、ウクライナ軍
が、ロシア領──住民投票によって、ロシア領とした地域を含む
──に対して攻撃を加えた場合、プーチン大統領が「核の利用も
辞さない」ともとれる発言をしていることです。それは、演説中
に、次の表現で宣言されています。
─────────────────────────────
 わが国の領土の一体性が脅かされる場合には、ロシアとわが国
民を守るため、われわれは、当然、保有するあらゆる手段を行使
する。これは脅しではない。       ──プーチン大統領
                  https://bit.ly/3SaI6tr
─────────────────────────────
 プーチン大統領は、上記の話の前段では「わが国は、さまざま
な破壊手段を保有しており、一部はNATO加盟国よりも最先端
のものだということを思い出させておきたい」と述べています。
NATO加盟国よりも優れた破壊手段を持っていることを忘れる
なという脅しです。
 ここで考えてみるべきことがあります。ロシアは、どのような
状況に陥ったとき、核兵器を使うかということです。これには、
大別すると、次の2つのケースが考えられます。
─────────────────────────────
 1.ロシアが、ウクライナの占領している地域から撤退せざ
  るを得なくなったとき
 2.ロシアが、西側の諸国から何らかの「核によるブラフ」
  を受けたと実感したき
─────────────────────────────
 「1」について考えます。
 「1」は、ロシアがこの戦争に負けるときです。既に支配して
いるドンバス地域(ルガンスク洲+ドネツク洲と)に加えて、ク
リミアからも撤退することを意味します。当然、ウクライナ軍の
目的は、ウクライナからロシアに占領された全地域を奪還し、ロ
シア人をウクライナから追い出すことですから、今後も攻撃を続
けることになります。
 ロシアのやっていることは、住民投票によって国境線を決める
暴挙です。これは明らかに国際法違反です。しかも、その選挙に
しても、銃を持った兵士が投票用紙を持って住居を個別訪問し、
目の前で書けと迫っています。こんなものは、選挙ではないし、
暴挙そのものです。
 「2」について考えます。
 プーチン大統領は、演説で、しきりと「西側からの核の脅し」
という言葉を使っていますが、何を意味しているのでしょうか。
これについては、昨日のEJでも取り上げていますが、もう少し
ていねいに考えてみます。
 「核の脅し」は、もっぱらプーチン大統領がやっていることで
西側諸国はロシアに対して核の脅しなどかけていません。しかし
プーチン大統領は、ロシア軍が占拠しているウクライナ南部のザ
ポリージャ原発に対して、ウクライナ軍が攻撃を加えているとし
て、それを核の脅しとしているようです。これは、誰が考えても
ロシアの自作自演です。ロシアがわざと原発を攻撃し、ウクライ
ナのせいにしているのです。しかし、これは今後の伏線です。
 今回のウクライナ危機で分かったことですが、ロシア人は明ら
かにウソとわかるウソを平気で何回もつき、それを既成事実化し
ています。ウソも100回つくと、真実になるというわけです。
これは、国家としての信用失墜につながり、国として大きなマイ
ナスですが、プーチンロシアは、それを平然と行っています。
 もうひとつあります。これは、真偽がわからないのですが、西
側NATO諸国は、水面下でロシアが核兵器を使うことを憂慮し
て、何回も警告を発していると思われることです。
 バイデン米大統領は、表面的には、9月18日放映の米CBS
テレビのインタビューで、ウクライナ侵攻で劣勢に立たされてい
るロシアが、もし化学兵器や戦術核兵器を使えば、次のように発
言しています。
─────────────────────────────
 もし、ロシアが核兵器を使えば重大な結果を招くことになる。
ロシアが何をするかによって対策を決める。
                   ──バイデン米大統領
─────────────────────────────
 実はこの問題については、米国情報局では、何度も議論されて
いるようですが、結論は出ていないようです。「核には核で反撃
する」から「通常兵器で反撃する」までいろいろあり、結論は出
ていないと考えられます。
 しかし、米情報当局は、ロシアの核兵器保管施設を監視してお
り、核弾頭がトラックやヘリコプターに積み込まれたり、核兵器
を扱うための特殊訓練を受けた部隊の活動が活発化したりした場
合にそれを素早く検知することが可能であるといっています。
 しかし、ウクライナ軍としては、不当に占拠されている地域の
奪還を進めることは確実です。ロシア軍は増強されても士気が低
下しており、ウクライナ軍が勝ち進む可能性は大です。これを西
側NATO諸国は止めることはできません。そうなった場合、プ
ーチン大統領が決断するかもしれない最悪の選択はザポリージャ
原発に戦術核を撃つことです。それもロシアに影響の及ばないよ
うに、南東の風の吹く日にです。こういう情報も伝わってきてい
るのです。        ──[新中国・ロシア論/049]

≪画像および関連情報≫
 ●プーチンが「小型核」を撃ったら、世界はどのようにして
  核戦争に突入するのか
  ───────────────────────────
   冷戦時の核兵器はその破壊力において、広島を破壊した原
  爆を凌駕していた。実験爆発では、ワシントンの兵器が最大
  で広島の1000倍、モスクワの兵器には3000倍の威力
  があった。これには「巨大な報復の可能性」という脅威を見
  せることによって相手の攻撃を抑止する、いわゆる「相互確
  証破壊」の効果があった。この心理的ハードルは、非常に高
  い。そのため、核攻撃など考えられないと見なされるように
  なったのだ。
   そして今日のロシアとアメリカは共に、破壊力の弱い核兵
  器を持っている。威力は広島に落とされた原爆の数分の一に
  過ぎない。その分、使うことに対する恐怖心は少なく、選択
  肢として考えやすいものだろう。
   プーチン大統領はウクライナ戦争のさなかで自国が持つ核
  の威力を警告し、原子爆弾を警戒態勢に入れ、軍には危険な
  原発を攻撃させた。こうした経緯を踏まえ、先述の小型兵器
  に対する懸念が高まっている。紛争で追い詰められたと感じ
  たら、プーチンが「小さい核兵器」を爆発させることを選ぶ
  かもしれない、という懸念である。76年前の広島・長崎で
  定められたタブーを破るかもしれないのだ。
   ハンブルク大学やカーネギー国際平和基金に所属する核の
  専門家、ウルリッヒ・キューンいわく「可能性はまだ低いが
  高まっている」と指摘する。「ロシアの戦況は良くなく、西
  側諸国からの圧力も強まっている」からだ。
                  https://bit.ly/3Sb0n9L
  ───────────────────────────
戦術核爆弾.jpg
戦術核爆弾
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2022年09月29日

●「ロシアと距離を置く中国とインド」(第5823号)

 今回のテーマは今日で50回です。中国とロシアについて、現
在進行中の問題について書いてきましたが、このテーマはひとま
ず置いて、10月3日から新しいテーマに移行します。
 9月15日〜16日の両日、ウズベキスタンのサマルカンドで
「上海協力機構/SCO」の首脳会議が開催されています。今回
の会議は、新型コロナウイルスの感染拡大後、はじめて対面方式
で行われています。
 SCOは、1996年の設立で、もともと中国と国境を接して
いたロシアと旧ソ連3カ国が結集して、「上海ファイブ」として
はじまっています。2001年に「上海協力機構/SCO」とし
て衣替えし、本部は北京に置かれたのです。
 現在、中国、ロシアのほか、中央アジア4カ国(カザフスタン
ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン)と、インド、パキス
タンの8カ国が正式に加盟しています。各国間の国境地域の安定
と信頼の醸成、加盟国間の協力促進が目的になっています。今回
は、イランが参加して加盟覚書に調印しています。その他、ベラ
ルーシが加盟申請中です。
 今回、プーチン大統領は、ウクライナの戦況が厳しさを増すな
か、習近平主席に内心何らかの支援を期待していたはずです。し
かし、習近平主席はことのほか、プーチン大統領に冷たかったよ
うです。それは、会談の順番によくあらわれています。
 会談は、15日に行われましたが、開催国のウズベキスタンに
続いてキルギス、トルクメニスタン、タジキスタンと会談し、モ
ンゴルをはさんで、やっと6番目がロシアだったのです。会談の
内容も、習主席はウクライナのことは一切触れず、具体的な項目
を示さずに次の言葉があっただけです。
─────────────────────────────
習近平国家主席:中ロの核心的利益に関わる問題について、相互
 に力強く支援する。
プーチン大統領:中国のバランスの取れた立場を高く評価してい
 る。我々は中国側の懸念を理解している。我々は「ひとつの中
 国」の原則を堅持している。台湾海峡における米国とその衛星
 国の挑発を非難する。
─────────────────────────────
 中国の「プーチン大統領への冷遇」ぶりは、中国のメディアの
扱いにもあらわれています。中国共産党の機関紙「人民日報」の
報道を見ると、習主席のウズベキスタン訪問やウズベキスタンの
トップとの首脳会談などの様子はトップ記事で扱っているのに対
し、その一方で、プーチン氏との首脳会談の扱いは3番手の扱い
でしかなかったのです。
 しかも、ウズベキスタンのトップとは固く握手する写真を掲載
したのに対し、プーチン氏との会談では、握手すらせず、それぞ
れが正面を直視している写真を載せていることです。どのように
考えても、習近平主席は、プーチン大統領に冷たい対応をしてい
ることは確かです。
 プーチン大統領は、インドのモディ首相との会談でも、モディ
首相から、次のように、厳しい言葉を投げかけられています。
─────────────────────────────
モディ首相:今は戦争の時代ではない。問題解決に重要なのは対
 話と外交である。
プーチン大統領:われわれは、ウクライナでの紛争を早く終わら
 せるために全てのことをしているが、停戦に応じないのは、ウ
 クライナの方である。
─────────────────────────────
 9月24日、国連総会で、インドのジャイシャンカル外相、中
国の王毅(ワン・イー)外相、ロシアのラブロフ外相が演説して
いますが、これについても次にまとめておきます。
─────────────────────────────
インド外相:ウクライナ紛争の激化が続くなか、われわれは誰の
 側に立つのかと頻繁に聞かれる。インドは平和の側にあり、国
 連憲章とその創設の原則を尊重する側に立つ。
中国の外相:ウクライナ危機の平和的解決に資するすべての努力
 を支持する。
ロシア外相:ウクライナは、ロシアとの戦いで(米国や英国の)
 消耗品でしかない。米国は台湾で火遊びをし、台湾への軍事支
 援を約束している。
         ──2022年9月26日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 現在、ロシアでは部分的動員令をめぐって、全国的に戦争反対
デモが起きています。プーチンの大統領の演説によると、兵役経
験ある専門技能の持ち主30万人ということですが、兵役経験の
ない者、学生、高齢者のところにも召集令状が届いており、プー
チン政権に忠実な人物でさえ公然と懸念を表明しています。追い
込まれてやったので、こういう混乱が起きているものと思われま
す。畔蒜泰助・笹川平和財団シニア・リサーチ・フェローは、プ
ーチン大統領の描く出口について次のように述べています。
─────────────────────────────
 今回、部分的な動員をかけたその先に、プーチンが描く出口シ
ナリオが、あるとすれば、それはやはりナポレオン、ヒトラーを
苦しめた冬将軍を、今度はヨーロッパにむけて襲わせることだ。
つまり、天然ガスの供給を意図的に止め、冬の需要期に、エネル
ギー危機を引き起こすことだ。ロシア側がこれを仕掛けるのは間
違いない。その結果、特にヨーロッパ側でウクライナ支援疲れが
起きることを期待しているのだと思う。ヨーロッパがこの冬を超
えて、エネルギー危機をどこまで耐え忍ぶことが出来るかが、実
は最大の焦点であることは、開戦当初から変わってはいない。む
しろ、その深刻度は増している。
         ──畔蒜泰助氏 https://bit.ly/3dGkNZh
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/050]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア、対象外も招集 動員めぐる混乱に
  親プーチン派も苦言
  ───────────────────────────
   ロシアのプーチン政権が始めた予備役兵の部分的動員で、
  本来は対象外のはずなのに招集令状が届くケースが続出し、
  親プーチン派の上下両院議長が当局に対して苦言を呈する混
  乱ぶりとなっている。
   ショイグ国防相は21日、部分的動員の対象は、「戦闘経
  験を持つ者」で約30万人規模と説明した。だが、ロイター
  通信などによると、兵役経験のない人や徴兵年齢を超えた人
  にも招集令状が届くケースが相次いでいるという。
   マトビエンコ上院議長は25日、ネット交流サービス(S
  NS)への投稿で「そのような行き過ぎた行為は絶対に容認
  できない」と指摘し、「部分的動員が基準に完全かつ絶対的
  に準拠して実施されることを保証してほしい」と招集担当者
  に求めた。
   ウォロジン下院議長も同日、「間違いがあれば、修正する
  ことが必要だ。あらゆるレベルの当局がその責任を理解すべ
  きだ」と投稿したという。ロシアでは21日の動員令の発令
  以降、多くのロシア人男性が徴兵を避けるために国外への脱
  出を試みている。ショイグ氏は21日、潜在的に動員できる
  国民が「2500万人いる」とも発言しており、対象者とな
  る基準の不明確さが、国民の混乱を助長している可能性があ
  る。【ベルリン念佛明奈】   https://bit.ly/3dG5tvM
  ───────────────────────────
習近平/プーチン会談.jpg
習近平/プーチン会談
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2022年09月30日

●「世界から孤立を深めているロシア」(第5824号)

 ロシアのウクライナ侵攻から7カ月が経過して、ロシアのプー
チン大統領は、部分動員令を発令し、軍の立て直しを図っていま
すが、ロシアの状況は、報道されている以上に深刻な状態で、プ
ーチン政権の足元は大きく揺らいでいます。ロシアで部分動員令
が発令されたいきさつについて、詳しい情報が入ってきたので、
お伝えします。
 重要なことは、ウクライナ軍は、ロシア軍が支配する東部と南
部の制圧地域に対して、現在も、激しく攻撃を加えていることで
す。その攻撃のスピードは早く、ロシア軍の現場では危機感を感
じている状況のようです。
 ロシア軍の参謀本部のブルガコフ次官は、ハリコフ州をウクラ
イナ軍に奪還された原因は、ハリコフ州からプーチン大統領の命
令で、主要部隊を南部ヘルソンとドネツク市周辺に移したことに
あるといっています。信じられないことですが、プーチン大統領
は、自ら軍の頭越しに直接命令を下しているようです。ロシアほ
どの大国のやることではありません。
 そこでブルガコフ次官などロシア軍幹部は、プーチン大統領の
指示の失敗を理由にして、プーチン大統領の意見を聞かずに総動
員令をショイグ国防相に進言したものと考えられます。ショイグ
国防相は、総動員令についてプーチン大統領に進言したところ、
大統領は「1日待ってくれ」といって決断を延ばし、そのうえで
総動員令ではなく、「予備役の部分動員令」を命令したのです。
総動員令をかけた場合の国民の反発を恐れたからです。
 しかし、軍としては、部分動員を複数回行えば総動員になると
いうことで、部分動員に譲歩したようです。現在、ロシア政府が
見境なく、召集をかけているのは、そういう裏事情があったから
と思われます。ブルガコフ次官は補給失敗の責任をとって、解任
され、後任としてミジンツェフ大佐が就任する人事が発表されて
います。これは本来プーチン大統領こそ責任を取るべきです。
 ロシア政府は、部分動員令とあわせて、ウクライナ東・南部4
州──ルハンスク州、ドネツク州、サボリージャ州、ヘルソン州
で「住民投票」を強行し、ロシア領への編入手続きを行っていま
す。しかも、投票のほとんどは戸別訪問で、銃を構えた兵士が付
き添うなかで、目の前で投票させるのです。とても「ノー」と書
けない威圧下での投票です。しかも、ロシアが占領したという4
州は、いずれも、すべてが制圧されたわけではなく、戦闘中の地
域が残っています。
 これについて、9月28日付の日本経済新聞は、次のように報
道しています。
─────────────────────────────
 27日、ほぼ終了した、ウクライナ東・南部4州での「住民投
票」はロシア軍の威圧と強要の下で実施された。9割を超える賛
成はプーチン政権の事前の指示に沿った結果とみられる。米欧日
は「国連憲章や国際法に明白に違反する」などと非難を強めてい
る。ウクライナメディアや通信アプリへの投稿によると、武装し
たロシア兵が有権者宅を訪れて賛否を確認したり、その場で投票
させたりした。賛成票を投じるよう威嚇や圧力が横行していた可
能性が高い。
 英国防省は27日、ロシアのプーチン大統領が30日に議会演
説を予定しており、併合を公式に宣言する可能性があると指摘し
た。主要7カ国(G7)は23日、「住民投票を承認せず、偽の
併合が起きても決して認めない」などと明記した首脳声明を発表
した。ロシアに追加の経済的代償を払わせる用意があるとも表明
していた。    ──2022年9月28日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3foEm9c
─────────────────────────────
 プーチン大統領としては、ウクライナ軍から攻め込まれている
状況で、住民投票はやりたくなかったはずです。しかし、ウクラ
イナ軍の攻撃力が強くて、押され気味の状況で、とくに南部のヘ
ルソン市では激戦が続いています。
 何とかこれを食い止めなければならないが、とにかく兵力が足
りない。そのため、大急ぎで住民投票を行い、強引といわれよう
が、不正選挙といわれようが、国際法違反といわれようが、かま
わない。占領地をロシア領にしてしまえば、ロシアが核兵器を使
うのでないかと恐れて、プーチン大統領は、ウクライナ軍の攻撃
が緩むだろうと考えているのです。プーチン大統領は、30日に
併合を一方的に宣言するはずです。
 深刻なのは、ロシアが4州をロシア領として宣言すると、ロシ
ア人にされたウクライナ人を動員令で召集し、戦場に投入する恐
れがあることです。実際にヘルソン市では、18〜35歳の男性
は、ヘルソン市から出ることが禁止されています。そうすると、
ウクライナ人がウクライナ人と戦うという残酷極まることになっ
てしまいます。
 今回のウクライナ危機で分かった一番重要なことは、「ロシア
が意外に戦争に弱い」ということです。この衝撃的な事実は、ロ
シアの衛星国といわれる中央アジア諸国の「ロシア離れ」を引き
起こしています。この中央アジア諸国のなかで今やプーチン支持
を明確に打ち出しているのは、タジキスタンしかなく、ウズベキ
スタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタンは、いずれ
も欧米との経済的結びつきが強く、プーチン支持を打ち出すこと
で米国からの経済制裁を課される事態を恐れています。
 また、カザフスタンでは、この1月に国内暴動が起こり、ロシ
アが治安維持のために軍を派遣しています。しかし、そんなカザ
フスタンも今回ウクライナへの軍の派遣を断っています。このよ
うに、中央アジアでもロシアの孤立は深まっています。
 今回のテーマは、まだまだ書くことはたくさんありますが、こ
のテーマは、本日をもってひとまず置いて、もう少し事態が動い
たら、また改めて取り上げることにします。10月3日からは、
新しいテーマを取り上げます。
         ──[新中国・ロシア論/051/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア動員令は「正規軍崩壊の証し」ウクライナ、東部
  で要衝迫る
  ───────────────────────────
   【ベルリン時事】ウクライナのゼレンスキー大統領は22
  日夜(日本時間23日朝)のビデオ演説で、ロシアの部分動
  員令は「正規軍が耐えきれずに崩壊した」ことを認めたもの
  だとして、攻勢の継続を明言した。
   ウクライナ軍は東部でロシア軍の一部防衛線を突破し、要
  衝に迫っているもようだ。ゼレンスキー氏は「ロシア指導部
  のいかなる決定も、ウクライナに何の変化ももたらさない」
  と強調した。米シンクタンクの戦争研究所は22日、ロシア
  は部分動員令で一部の予備役を招集するとの約束を破り、一
  般市民の強制的な動員にも動いていると指摘。戦力は大きく
  向上しない一方、国内で反発が強まっていると分析した。
   戦争研究所はロシアからの情報に基づき、ウクライナ軍が
  東部ドネツク州リマンの北方約20キロや北西約22キロの
  地点でロシア軍の防衛線を突破したもようだと分析した。5
  月にロシア軍に制圧されたリマンは、6月に陥落した東部ル
  ガンスク州の拠点都市セベロドネツクの西方に位置し、セベ
  ロドネツク奪還への重要な拠点となり得る。また、英国防省
  によると、ウクライナ軍は北東部ハリコフ州では、撤退を続
  けるロシア軍が防衛線を敷こうと試みたオスキル川東岸で、
  複数の拠点を確保した。同省は「戦況は依然複雑だが、ウク
  ライナ軍はロシア軍が重要と位置付ける領域に圧力をかけて
  いる」と説明した。      https://bit.ly/3DX42Uw
  ───────────────────────────
南部ヘルソン州を攻撃するウクライナ軍戦車.jpg
南部ヘルソン州を攻撃するウクライナ軍戦車
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