2022年04月18日

●「ケインズ経済学の逆をやった日本」(第5713号)

 国の経済を活性化させるには、「供給」を高めるべきか、「需
要」を高めるべきかによって経済学が違ってきます。「セイの法
則」は、「供給」を高めれば、それに見合う「需要」は自然に生
み出されるというのですから、供給重視派、サプライサイド経済
学ということになります。新古典派経済学の基本的な考え方は供
給重視の経済学です。
 これに対して、ケインズ経済学は、国の経済力を高めるには、
「需要」の増大が必要であるという考え方に立ちます。需要の増
大には、人々の購買力を高める必要があります。問題は、購買力
を高めるには、どうすべきかです。そのために、政府は仕事を作
り出して、人々に与えなさいというのが、ケインズ経済学の考え
方です。具体的には、政府の公共投資(財政政策)によって仕事
を作り出せというわけです。
 しかし、政府の公共投資によって景気が上昇すれば、今度は政
府支出を減らして、経済にブレーキをかけることが必要です。イ
ンフレを抑制すること、すなわち、バブルを防止するためです。
 ところが、日本は、これと真逆のことをやって、バブルが発生
し、その後の政府の対応がまずかったために、デフレに突入して
しまったのです。日本政府は、デフレ期においても、3回も消費
税増税を行うなど、真逆のことを行い、現在もデフレから脱却で
きないでいます。
 この間の事情については、中島剛志氏と記者の問答がわかりや
すいので、読んでください。
─────────────────────────────
中野:ケインズ経済学は、簡単に言うと、景気がよいときには政
 府支出を減らすことでインフレを抑制(バブルを防止)し、景
 気が悪いときには、政府支出を増やすことでデフレを回避する
 というものです。ところが、この30年間、日本はケインズ経
 済学と正反対のことをやり続けてきたんです。
  1980年代後半から90年まではバブルでした。景気がい
 いから民間はどんどん借金をして、土地や株式に投資しまくっ
 た。そして、バブルが崩壊して、1998年からデフレが始ま
 ると、民間負債はどんどん減っていったわけです。
――バブル期に過剰に信用創造がされ、デフレになって信用創造
 が行われなくなったということですね?
中野:そういうことです。では、この間、政府は何をやっていた
 か?ケインズ経済学では、景気がよいときには公共投資を減ら
 すとされているのに、1985年から政府は金利を低めに維持
 し、かつ公共投資をがんがん増やしたのです。だから、バブル
 になったのです。なぜ、こんなことをやったのか?アメリカの
 要求なんです。アメリカの対日貿易赤字が膨らんでいたので、
 日本の内需を拡大して、アメリカ製品の輸入を増やすように要
 求したのです。その政治的圧力に屈する形で低金利を維持し、
 かつ公共投資を増やしたために、バブルを引き起こしてしまっ
 たわけです。
――そうだったんですね・・・。
中野:ええ。そして、1991年にバブルが崩壊して、今度はデ
 フレの危機になった。それに対応して、当初、政府は公共投資
 を増やしたことで、デフレ化するのを食い止めていたんですが
 1996年に橋本内閣が成立して以降、財政再建を優先するた
 めに、公共投資を減らしたうえに、消費税増税をやってしまっ
 た。その結果、1998年からデフレに突入したわけです。だ
 から、ケインズ経済学に意味がなかったのではなく、その逆で
 日本はケインズ経済学とは正反対のことをやったから失敗した
 んです。それも2度も。こんなことをやれば、どんな国だって
 「20年」くらい簡単に失われますよ。
                  https://bit.ly/3jIOnwx
─────────────────────────────
 ここで考えてみることがあります。日本のバブルはなぜ発生し
なぜ崩壊したのかということです。ハイマン・ミンスキーという
米国シカゴ出身の経済学者がいます。この人は、金融不安定説を
唱えた経済学者ですが、この主張は、「市場メカニズムが経済を
安定化させる」という主流派経済学に反逆するものでしたから、
生前のミンスキーは、経済学界で異端視され、経済学者としては
認められていませんでした。
 そのため、ミンスキーの著作はさっぱり売れず、絶版になって
しまったのですが、2007年〜2008年の金融危機が起きる
と、突然注目され、広く受け入れられるようになったのです。な
ぜなら、ミンスキーの理論が金融危機がなぜ起きたのかについて
最も妥当な説明を提供しているからです。
 なぜなら、既に述べているように、リーマンショックについて
は、経済学者は誰も予測ができなかったからです。
 そのミンスキーの著作は次の通りです。日本語版は、1989
年に多賀出版から『金融不安定性の経済学』のタイトルで出版さ
れています。
─────────────────────────────
           ハイマン・ミンスキー著
       『不安定な経済を安定化させる』
       Stabilizing an Unstable Economy
─────────────────────────────
 この本に書かれていることは、資本主義という経済システムは
本質的に不安定であり、必ずバブルとその崩壊を引き起こすとい
うものです。この本について、前FRB議長で、現米財務長官の
ジャネット・イエレン氏や、イングランド銀行のマーヴィン・キ
ング氏を含む上級中央銀行家たちは、ミンスキーの洞察を引用し
始めています。
 ノーベル賞を受賞したエコノミストのポール・クルーグマン氏
は、この金融危機で注目を集めた講演のタイトルを「皆がミンス
キーを読み直した夜」としています。
              ──[新しい資本主義/069]

≪画像および関連情報≫
 ●復活したケインズの不確実性
  ───────────────────────────
   9395円──本紙恒例の年初特集で経営者に聞いた20
  11年の日経平均株価予想の安値平均である。回答者20人
  の中で9000円を割ると予想したのは2人、最安値予想で
  も8500円だった。対ドル円相場の高値予想は平均で82
  〜83円。80円を突破する円高を予想した経営者は一人も
  いなかった。
   予想が外れたことを責めるつもりはない。本来、未来は不
  確実だからだ。しかも、その不確実性は保険でカバーできる
  ようなリスクではない。予想が外れたら保険にまで破綻が飛
  び火するようなリスクかもしれないからだ。
   経済史家のスキデルスキーによれば、こうした計算できな
  いリスクに多くの市場参加者は直面していると考えたのがケ
  インズである。これに対し新古典派の経済学者は、市場参加
  者が将来の変化や動きの確率分布に関して完全な知識を持ち
  計測可能なリスクだけに直面するとみていたという。
   どちらの見方が的を射ていたかは3年前の金融危機を想起
  すれば明らかだ。その意味で危機後に復活したケインズとは
  実体経済が落ち込んだときに財政政策の有効性を唱えたケイ
  ンズよりも、むしろ将来の価格や利益を予想して投資が行わ
  れる資本主義経済では常に不確実性が伴うことを洞察したケ
  インズだった。     https://s.nikkei.com/3rqsHtA
  ───────────────────────────
ハイマン・ミンスキー.jpg
ハイマン・ミンスキー
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2022年04月19日

●「ミンスキー安定性は不安定化する」(第5714号)

 ハイマン・ミンスキーの話を続けます。彼の説は、極めてシン
プルそのものです。それは、英単語3つであらわされています。
─────────────────────────────
            安定性は不安定化する
        Stability is destabilising.
─────────────────────────────
 主流派経済学では「市場は基本的に安定している」という考え
方に立っています。安定といっても何も変わらないという意味で
はありませんが、経済は着実に成長している状態であるという意
味です。市場で経済危機などを引き起こすには、石油価格の上昇
や戦争の勃発、インターネットの発明など、何らかの外部ショッ
クが発生する必要があるという考え方です。
 しかし、ミンスキーはこれには絶対に同意しなかっのです。ミ
ンスキーは、そのような外部ショックではなく、経済のシステム
自体が内部のダイナミクスを通じてショックを引き起こす可能性
を内包していると考えたのです。なぜかというと、経済が安定し
ていると、銀行、企業、その他の経済主体は、どうしても楽観的
になるものであり、彼らは好況が今後も続くと想定し、利益を追
求するためには、これまで以上に大きなリスクを冒し始めるもの
であると考えるからです。つまり、次の危機の種は好況のときに
蒔かれると考えたのです。これがミンスキーの「安定性は不安定
化する」という意味です。
 ミンスキーは、「債務には次の3つの段階がある」と考えてい
ます。これがわかると、「安定性は不安定化する」ということが
一層わかりやすくなります。
─────────────────────────────
           @ ヘッジ段階
           A 投機的段階
           Bポンツィ段階
─────────────────────────────
 第1は「ヘッジ段階」です。
 「ヘッジ段階」では、銀行と借り手は危機の発生のことも考え
て、慎重になります。これによって、ローンは適度な金額で組ま
れ、借り手も最初の元本と利息の両方を返済する余裕がある場合
にローンは成立します。
 第2は「投機的段階」です。
 危機がなく、楽観が高まるにつれ、銀行は借り手が元利返済で
はなく、利息を支払うだけの余裕があると見られると、ローンを
組み始めます。事態を甘く考えるからです。ローンの抵当資産の
価値が上昇している場合などはこの段階になります。
 第3は「ポンツィ(ポンジー)段階」です。
 「ポンツィ」とは何でしょうか。「ポンツィ」とは、金融詐欺
師チャールズ・ポンツィから来ています。ここで銀行は、利息も
元本も支払う余裕のない企業や家計に対してでも、融資を行うよ
うになります。繰り返しになりますが、これは資産価格が今後も
上昇するという信念によって支えられています。
 これは、どうみても日本のバブルの発生と崩壊を想起させる理
論です。日本のバブルは、「投機的段階」を経て、「ポンツォ段
階」になり、崩壊しています。
 ミンスキーに関しては、後の経済学者によって造られた用語で
ある「ミンスキー・モーメント」という言葉が有名です。これは
ちょうど、トランプ(カード)で建てた家全体が倒れる瞬間を指
しています。ポンツィ金融は資産価格の上昇に支えられており、
資産価格が最終的に下落し始めると、借り手と銀行はシステムに
返済できない負債が存在することに気づき、人々は急いで資産を
売り払い、さらに大きな価格の下落を引き起こすのです。それが
「ミンスキー・モーメント」です。
 ミンスキーについて、東京大学名誉教授の吉川洋氏は、次のよ
うにコメントしています。吉川洋氏は、日本の主流派経済学を代
表する人物です。主流派経済学はリーマンショックを予測できな
かったのです。
─────────────────────────────
 ミンスキーの理論で中心的な役割を果たすのは、「負債」であ
る。負債がなくても「過剰」な、あるいは事後的に見て誤った投
資が行われることはありうる。しかし負債が存在すると、過剰な
投資の規模はより大きくなるし、借り手が破綻した場合に貸し手
にコストが発生し連鎖反応が生じる。こうした意味でミンスキー
理論が強調するとおり、過大な負債は金融危機の温床となるので
ある。それにしても「過剰」な投資、「過大」な負債はどのよう
に生まれるのか。
 彼の理論では、企業や銀行、あるいは個人も、結局のところ、
長期的な好況の下では「強気」となり、ポンジーファイナンスに
も手を出すようになる、しょせん人間とはそういうものなのだ、
という前提に立つ。
 これは「合理的期待」や「市場の効率性」を仮定する新古典派
経済学の考え方とはまったく異なる。主流派マクロ経済学の立場
からは、ミンスキーはほとんど論じるに値しないものとして無視
されてきた、といっても過言ではない。
 だが現実の経済でバブルが発生し、金融危機が起きることは、
今や誰も否定できない。さすがに経済学の世界でも、金融市場が
いつも効率的に機能するわけではない、ということを認めたうえ
で「バブル」を正面から分析しようとする試みがなされてきた。
 例えばロバート・シラー米エール大学教授は、投資家心理を従
来の経済学よりはるかに柔軟に取り入れ、金融市場の不安定性に
関する分析を行い、著書「根拠なき熱狂」はベストセラーとなっ
た。こうした分析に基づき、シラー教授は早くから米国の住宅価
格上昇の行き過ぎを警告していた。
              https://s.nikkei.com/3Oazq4w
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/070]

≪画像および関連情報≫
 ●ミンスキーモーメントとは?
  ───────────────────────────
   ミンクシーの瞬間は、金融市場の安定性について悲観的な
  見方をしていた20世紀の米国経済学者であるハイマン・ミ
  ンスキーの哲学にちなんで名付けられたフレーズです。ミン
  クシーは、投機が価格を不自然に高いレベルに引き上げ、必
  然的に壊滅的な崩壊につながるため、自由市場は根本的に不
  安定であると考えていました。
   この考えは、投機は強気市場として知られる成長の幻想の
  みを作成するという前提に基づいており、それは後に流動性
  の圧迫が発生すると持続不可能であることが証明されていま
  す。流動性の圧迫は、貸し手の間で支配的な認識の成長であ
  り、ミンスキーの瞬間に達します。そこでは、市場で利用可
  能な投資資金が不足しているという信念が、銀行による貸付
  の引き締めにつながります。
   これはさらに、経済における金利と銀行の信用要件を高め
  るためのフィードバックループメカニズムとして機能し、全
  体的な資本の流れを減らします。ミンスキーのモーメントの
  概念は、ハイマンミンスキーの経済哲学にちなんで名付けら
  れましたが、1998年に、当時のアジアの金融危機に言及
  するために使用した世界的な投資マネージャーであるポール
  マカリーによって最初に造られました。アジアの危機は、投
  機家が米ドルに結び付けられたアジア市場の通貨の価値を、
  そのような通貨の価値が最終的に急落する程度まで引き上げ
  たために発生しました。    https://bit.ly/3uHVbRJ
  ───────────────────────────
異端の経済学者ミンスキー.jpg
異端の経済学者ミンスキー
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2022年04月20日

●「資本主義は繁栄により脆弱化する」(第5715号)

 ハイマン・ミンスキーの話をしていますが、実は彼の「銀行シ
ステム論/金融不安定性論」は、MMT(現代貨幣論)に大きな
影響を与えたMMTの先行理論の1つなのです。
 MMTに影響を与えた先行理論としては、ゲオルグ・フリード
リヒ・クナップの表券主義、アルフレッド・ミッチェル=イネス
の信用貨幣論、アバ・ラーナーの機能的財政論、ウェイン・ゴド
リーの部門バランス論などに続き、ハイマン・ミンスキーの「銀
行システム論/金融不安定性論」があります。MMTは、こうし
た先行理論を統合した理論といえます。
 なお、これまでMMTといえば、ステファニー・ケルトン教授
をEJでは紹介していますが、MMTの源流といえる重要人物が
います。L・ランダル・レイ氏です。現在、ニューヨークのバー
ド大学教授兼レヴィ経済研究所上級研究員をしていますが、MM
Tのテキストというべき次の書籍を上梓しています。中島剛志氏
はこの本の解説を担当しています。
─────────────────────────────
          L・ランダル・レイ著/島倉原訳
             中島剛志/松尾匡(解説)
    『MMT現代貨幣理論入門』/東洋経済新報社
─────────────────────────────
 実は、L・ランダル・レイ氏は、ミンスキー教授のティーチン
グ・アシスタント(授業助手)を務めていたことがあるのです。
そのとき、ミンスキー教授は、レイ氏に対して、次のように小言
を言ったそうですが、レイ氏はそのときのことを次のように記述
しています。
─────────────────────────────
 私がミンスキーのティーチング・アシスタント(授業助手)を
務めていたとき、彼は私を自分のオフィスに呼び、「考え方は急
進的でも構わない。だが、服装はそうはいかない」と小言を言っ
た。タンクトップに短パン、ビーチサンダルという私のお気に入
りスタイルに彼は眉をひそめ、オフィスでは必ずワイシャツ、ス
ラックス、ネクタイを着用するように言ったのだ。何年か後に、
知ったのだが、実は彼も大学院生のときランゲ教授から全く同じ
小言をもらっていた。        https://bit.ly/3M5425z
─────────────────────────────
 ミンスキー教授の講義は実にユニークであったものの、学生に
対しては、とてもていねいに話したといいます。ミンスキー教授
の講義の様子がユーチューブで公開されています。日本語訳は付
いていませんが、雰囲気はわかります。興味があったら、覗いて
見てください。約15分の動画です。
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        ハイマン・ミンスキー教授の講義風景
     Hyman Minsky in Colombia, November 1987
              https://bit.ly/3jFkGN3
─────────────────────────────
 ミンスキーは、資本主義というシステムは、繁栄によって安定
化せず、むしろ脆弱化するといっているんです。とくに好景気の
時に金融危機の種が蒔かれるといいます。好景気になると、人々
の心は「楽観」が支配的になり、経済全体に負債の割合が高くな
ると、ほんのちょっとした資産価値の下落でも、それが引き金に
なって金融危機が勃発し、デフレ不況に転落する──これが、ミ
ンスキーのいう「金融不安定性論」です。日本のバブル発生から
崩壊、そしてデフレ不況の状況とそっくりです。
 以上のことに関連する中野剛志氏と記者の問答をご紹介するこ
とにします。この問答もそろそろ終わりです。
─────────────────────────────
――バブルとデフレとは真逆の現象ですが、本質は同じですね?
 「楽観」が支配的な時期には、どんどん融資を受けて投資する
 ことが経済合理的であり、その結果、バブルが生まれる。
  「悲観」が支配的な時期には、節約することが経済合理的で
 あり、その結果、デフレが進行する。だとすると、やはり、市
 場に任せれば需要と供給が自然と均衡することはないというこ
 とになりますね?
中野:そうそう。だからこそ、ミンスキーは、「一般均衡理論」
 を信奉する主流派経済学から「異端視」されたわけです。
――あと、ミンスキーは、「信用創造」こそがバブルとデフレの
 原因となっていると言ってるようにも聞こえます。
中野:そのとおりです。銀行が、「無」から預金通貨を生み出す
 「信用創造」のメカニズムが資本主義の発展の原動力になった
 わけですが、それは同時に、資本主義の構造的な不安定性の主
 因でもあったわけです。
  もちろん、ミンスキーは信用創造という銀行制度を否定して
 いるわけではありません。彼はこう言います。「銀行制度と金
 融は、我々の経済においてきわめて撹乱的な力となりうる。し
 かし、動態的な資本主義にとって必要となる金融とそのビジネ
 スへの対応の柔軟性は、銀行制度の過程なしには、あり得ない
 のである」と。
  つまり、彼は、資本主義の中核となる銀行制度を積極的に評
 価していたということです。だから、社会主義者のように、資
 本主義に代わる全く新しい経済システムを構築しようとは考え
 ませんでした。そうではなく、本質的に不安定な資本主義を救
 出するためには、どうすればよいかを考えたのです。
――常識的な考え方ですね?     https://bit.ly/3Ma4kID
─────────────────────────────
 やはり、日本経済再生のカギは、主流派経済学が絶対に認めな
い「信用創造」にありそうです。「信用創造」については、既に
何回も取り上げて説明していますが、MMT(現代貨幣論)の基
本の基本でもあり、明日のEJでもう一度、この問題について検
証してみたいと考えております。
              ──[新しい資本主義/071]

≪画像および関連情報≫
 ●「MMT」は誤解されている/赤字容認より重要な「完全雇
  用」とは何か=佐藤一光(岩手大准教授)
  ───────────────────────────
   現代貨幣理論(MMT)への注目が高まっている。米国で
  民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員が支
  持したのを皮切りに、日本でも注目を集め、賛成・反対双方
  の論者がメディアなどで持論を展開している。もっとも、M
  MTには数十年にわたる議論の膨大な研究蓄積がある。
   政治的オピニオンに流されるのではなく、学術的蓄積に敬
  意を払って注意深く読み解く必要がある。賛否のいずれにし
  ても、MMTの論理構成を正確に理解することが建設的な議
  論の第一歩となろう。本稿はMMTへの批判を念頭に置いて
  その提唱者のひとりであるランダル・レイの考え方について
  解説する。
   レイの政策的主張は、失業率をゼロにすることが中心であ
  る。レイによれば、政府の財政赤字の水準を高めることで完
  全雇用を実現できるという。この考え方は経済学者のアバ・
  ラーナーの機能的財政(functional finance)という考え方
  に基づいている。機能的財政の考え方によれば、失業が存在
  しているということは財政赤字が少ない、すなわち租税負担
  が重過ぎるか、政府の支出水準が低過ぎることを意味してい
  る。この考え方はケインジアンの考え方に似ている。ケイン
  ジアンは不況の時に失業が増加するのは有効需要が不足する
  からであると考える。したがって、不況期には公共事業など
  の政府支出を増加させるか、減税を行うことによって失業を
  減らすことができるという。  https://bit.ly/38SqdOd
  ───────────────────────────
L・ランダル・レイ氏とその著作 - コピー.jpg
L・ランダル・レイ氏とその著作 - コピー
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2022年04月21日

●「信用創造によってGDPが増える」(第5716号)

 内閣府が公表したGDPの2次速報値によると、日本の実質成
長率は1・6%。しかし、米国は5・7%と37年ぶりの高成長
を記録しています。IMF(国際通貨基金)によると、昨年の先
進国の平均成長率は5・0%。日本は1%台。日本は突出して低
すぎます。
 それでいて、家計の金融資産と企業の現預金は史上最高水準を
記録し続けています。なぜか貯蓄にはとても熱心なのです。成長
していないのに、政府は何かを大きく間違えています。
 そもそも企業は、不確実な未来に対してリスクをとって積極的
に投資し、個人は生活を豊かにするために消費をする──これが
経済を成長させるのですが、日本の現状は、ぜんぜんそうなって
いないのです。最大のマイナス要因は、給与がぜんぜん上がって
いないことです。
 しかし、日本のGDPは、現在のところ、米国、中国に続き世
界第3位です。世界第4位のドイツは、日本に迫ってきています
が、まだ差があります。しかし、日本のGDPは20年以上成長
していない。「失われた30年」といわれはじめています。
 ちなみに、2012年からの10年間の日本の名目GDPの数
字を並べてみると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎日本の名目GDP推移
     2012年 ・・・・・ 500.4兆円
     2013年 ・・・・・ 508.7兆円
     2014年 ・・・・・ 518.8兆円
     2015年 ・・・・・ 538.0兆円
     2016年 ・・・・・ 544.3兆円
     2017年 ・・・・・ 553.0兆円
     2018年 ・・・・・ 556.1兆円
     2019年 ・・・・・ 559.8兆円
     2020年 ・・・・・ 538.6兆円
     2021年 ・・・・・ 553.4兆円
                  https://bit.ly/3KNX98r
─────────────────────────────
 日本の名目GDPの推移を見ると、少しずつ伸びているように
見えます。ところが、20年前の2001年の名目GDPは53
1・6兆円であるし、さらに5年前の1996年のそれは535
・6兆円であって、現在の名目GDPが、25年前の名目GDP
とあまり変わっていないのです。明らかに、日本経済は伸びてい
るといえない状況にあります。
 安倍政権では、名目GDP600兆円の達成を目指したのです
が、デフレ期に2回にわたる消費税増税によって、それを潰して
います。経済政策が何たるかがわかっていないのです。
 経済の問題を考えるとき、常識的に正しいと思っていることが
間違っていることがよくあります。前財務大臣の麻生太郎氏は、
よく記者団に次のようにいっていたものです。
─────────────────────────────
 政府の財政を黒字化する目標(プライマリーバランス『PB』
黒字化目標)を堅持する。そうしないと日本国債が投げ売られる
からね。               ──麻生太郎前財務相
─────────────────────────────
 これは間違っています。なぜなら、国の経済というものを家計
に例えているからです。経済をコントロールする本家本元の財務
省自体がわかっていないのです。彼らに任せていると、日本は先
進国の座から滑り落ち──もう滑り落ちていますが、世界第3位
の経済大国からもいずれ脱落するでしょう。このところ、鈴木現
財務相も認める「悪い円安」がどんどん進行し、日本はますます
貧しくなっています。
 まず、「信用貨幣論」について知る必要があります。ある個人
が、自分の家のリフォームをしようとして、銀行に500万円の
融資を申し込んだとします。銀行は、その人が融資金を返済でき
るかどうかを審査して融資するかどうか、利子をどのくらいにす
るかを決定します。
 融資が決まったとします。銀行はその人の銀行口座にキーボー
ドを操作して「500万円」と印字します。これをキーストロー
クマネーといいます。それと引き換えにその人は500万円の借
用書を銀行に渡します。これで融資成立です。銀行は、いざとい
うときの現金通貨の引き出しと融資後の銀行間決済に備えて、法
律で決まっている一定額を日本銀行の当座預金に預け入れます。
これで銀行の融資業務は終わりです。
 このさい、大事なことは、その人の銀行口座に500万円と書
き込んだ瞬間に、日本の貨幣が500万円増えるのです。キース
トロークマネーによる信用創造です。銀行が保有している500
万円をその人に融資したのではなく、新しく500万円が生み出
されるのです。これを信用創造(money creation)といいます。
 断っておきますが、これはMMTではなく、銀行では常識的に
行われていることです。銀行は、預金者から預かったお金、すな
わち、預金を又貸ししたのではなく、融資金を500万円と印字
した瞬間に、何もないところから、借り手の信用をベースにして
500万円を創造させたのです。
 リフォームの資金を手に入れたその人は、資金を全額使い、そ
れらは工務店や大工さん、家財メーカーなどの所得になり、その
500万円は日本のGDPに計上されます。つまり、日本のGD
Pが500万円増えたことになります。このように、銀行から資
金の融資を受ける人が多ければ多いほど、GDPは増加すること
になるのです。
 しかし、これは借金ですから、その人は、銀行に返済する義務
があります。そして、返済がすべて行われると、キーストローク
マネーの500万円は消滅します。これによって、日本のマネー
ストック(市中に流通するお金)から500万円が消失します。
              ──[新しい資本主義/072]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の中と現実の経済学――7分で読める「信用創造論」
  ───────────────────────────
   「銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが
  貸出しなどの与信行動、信用を与える行動、すなわち信用創
  造を行うことにより増加することになるということで、この
  点も委員ご指摘の通りであります」(平成31年4月4日参
  議院決算委員会における黒田東彦日本銀行総裁の答弁より)
  「預金という元手がなくても、貸出をすれば、それと同額の
  預金が生まれる」。これは金融の実務に携わる人にとっては
  自然な話ですが、この説明に対してはしばしば拒否反応がみ
  られます(なお、信用創造についてのこのような説明はしば
  しば「万年筆マネー」と呼ばれます)。その理由のひとつは
  この説明が「無から有が生まれる」という印象を与えるもの
  になっていて、このような説明をする人が錬金術師のように
  見えてしまうというところにあるようです。もうひとつの理
  由は、「お金」という公的な性格を有するものを、民間の銀
  行が勝手に創り出せてしまうということに対する違和感にあ
  るようです。
   中学や高校の教科書に出てくる信用創造のモデルには本源
  的預金(現金)という「元手」がきちんとあります。これに
  対し、「貸出をすると預金が生まれる」という説明では、現
  金という確固たる元手がないまま、実体のないお金が勝手に
  増殖していくように見えるので、この説明を怪しいと感じる
  のは致し方ないことなのかもしれません。
                  https://bit.ly/3jNT1JG
  ───────────────────────────
麻生前財務相.jpg
麻生前財務相
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2022年04月22日

●「インフレ率2%達成されない理由」(第5717号)

 いわゆる「お金」のことを「通貨、貨幣、現金、マネー」と呼
称していますが、それぞれの意味は混乱しています。「通貨の単
位及び貨幣の発行等に関する法律」では、「通貨とは、貨幣及び
日本銀行が発行する銀行券を言う」としています。
 ここで「貨幣」とは、政府貨幣(硬貨)のことであり、日本銀
行の発行する銀行券とは紙幣(お札)を意味し、両方合わせて、
いわゆる「現金通貨」ということになります。
 しかし、日本銀行の定義によると、「預金」も通貨の一種とし
ています。なぜかというと、現代経済では、支払いの大部分が銀
行預金を用いて行われているからです。まして、現代はデジタル
社会であり、カードやスマホでの支払いが増加し、現金通貨を使
う人は急激に減りつつあります。
 預金には、M1、M2、M3の種類があって、全体のほぼ80
%を占めています。市中に流通する通貨量の残高のことを「マネ
ーストック」といいますが、そのなかで、「通貨の単位及び貨幣
の発行等に関する法律」でいうところの現金通貨はわずか20%
に過ぎないのです。
 さて、どうしたら、景気を良くし、経済を活性化することがで
きるでしょうか。
 はっきりしていることがあります。それはマネーストックを増
やせばよいのてです。つまり、市中に流通する通貨の量を増やせ
ばよいのです。もっと具体的にいうと、マネーストックの約80
%を占める銀行預金を増やすのです。
 といっても、何らかの方法で預金者を増やすということではあ
りません。それは銀行の営業の仕事です。信用創造のメカニズム
を使って、マネーストックを増やすのです。つまり、信用創造で
銀行預金を劇的に増加させることです。
 角谷快彦氏という学者がいます。現在、広島大学大学院社会学
研究科准教授です。その角谷准教授からの設問です。
─────────────────────────────
【問題】
 安倍政権で「黒田バズーカ」と言われた大規模な量的緩和(日
銀が市中銀行の持つ国債を大量に買い取ってのマネタリー・ベー
ス増加)に関する質問です。黒田日銀総裁は「インフレ率2%」
を目標に、2013年3月から、マネタリー・ベースをおよそ、
380兆円増やしましたが、その間、日本の実質の物価はほとん
ど何も変化しませんでした。これは要するに、市中銀行が持って
いる大量の国債を、日銀が現金化し、市中銀行の日銀当座預金を
380兆円程度も積み上げたということです。この政策が物価に
ほとんど何も影響しなかった理由について考えてみてください。
─────────────────────────────
 この問題中の「マネタリーベース」とは、市中に流通している
現金通貨(預金を含む)、すなわち、マネーストックに、各金融
機関が日銀に設けている日銀当座預金の合計額のことです。
 さて、インフレ率を上げるには、マネーストックを増やす必要
があります。そのためには、銀行に大量の資金を提供しなければ
ならないと日銀は考えるわけです。そのため、黒田総裁は、大規
模な量的緩和を行い、銀行の保有する国債を買い取って、その代
金を金融機関の日銀当座預金に積み上げたのです。それが380
兆円です。しかし、2022年4月現在でも2%のインフレ目標
は達成されていません。なぜ、でしょうか。
 日銀としては、マネタリーベースを増やせば、銀行はそれを引
き出し、企業や個人の融資に回せると考えたのです。セイの法則
ではありませんが、供給を増やせば、それに見合う需要が増える
はずと考えたのでしょうか。
 しかし、日銀が提供した膨大な資金は、一向に引き出されるこ
となく、日銀当座預金に「ブタ積み」にされたままです。肝心の
企業や個人に資金需要がないからです。それは、デフレが原因だ
からです。
 こういう場合、どうすればよいのでしょうか。
 企業や個人に資金需要がない場合、その分政府がお金を使って
何かをやる必要があります。金融政策ではなく、大規模な財政政
策をやる必要があるのです。具体的には、政府が借金をして、公
共投資を増やし、信用創造によって、マネーストックを増やすの
です。そうすれば、インフレ率の2%は達成できます。しかし、
これは、信用貨幣論に立った考え方です。ただ、過度のインフレ
にならないよう留意する必要があります。
 ところが、主流派経済学が立脚する商品貨幣論に立つと、ただ
でさえ政府の借金が膨大なのに、そのうえまだ借金をするなんて
考えられない。そんなことをすれば日本は財政が破綻するという
武藤財務事務次官のような考え方になってしまいます。そのため
には、政府の借金を少しでも減らすために、消費税をさらに増税
して、プライマリーバランス(PB)を黒字化する必要があると
いう、一見正しく思える政策が推進されるのです。なぜ、正しく
見えるかというと、国の財政を家計と同一視しているからです。
だから、20年以上デフレから脱却できないのです。
 「信用創造」の仕組みを1分40秒で説いた珍しい動画がある
ので、ご紹介することにします。広島大学大学院の角谷快彦准教
授のサイトに出ていたものです。残念ながら、英語ですが、何と
か理解できます。
─────────────────────────────
  ◎Where does money come from?/お金はどこから来るか
                 https://bit.ly/3ry0eSB
─────────────────────────────
 角谷快彦氏によると、フローニンゲン大学の Dirk Bezemer 教
授の説明に加え、後半でIMFエコノミスト Michael Kumhof 氏
氏が「銀行の又貸し説は完全に間違っている」とした上で「銀行
は何もないところからお金を生み出す」と証言しています。手品
ではありません。これが信用貨幣論の考え方です。
              ──[新しい資本主義/073]

≪画像および関連情報≫
 ●日本景気はコロナ以前から重症ですよね
  ───────────────────────────
   お金を作り出しているのは日銀だけではない。民間銀行も
  お金を作り出している。ここを理解するのに邪魔になる概念
  が存在し、それを作り出しているのは貴方自身なのです。
   ここで貴方がお金を借りると想定します。貴方は20万円
  が必要になり、知人に借金を申し込みます。知人は子供時代
  からの親友でAさんとBさんです。
   Aさんは預金が5万円。
   Bさんは預金が200万円。
   当然ですが貸してくれるのはBさんです。理由は現金(預
  金)を20万円以上持っていなければ貸すことができないか
  らです。しかしこの発想が「管理通貨制度」「信用創造」を
  理解する障害になるのです。個人レベル(価値観や常識)で
  考えてはいけません。何故ならお金は物ではないからです。
   2022年現在、現金で商品を購入する人は昭和の時代と
  比較すると減少しています。クレジット・カードを利用する
  人が増えているからで、現金を持ち歩かなくても買い物がで
  きます(100円ショップでも利用できる)。
   昭和の時代は現金が主流でしたので、「お金=物」と感じ
  ていたと思います。今でも現金主義の人は存在しますが・・
  財布にお金が無くても買い物ができる。この現実を受け止め
  ることは可能だと思います。何故ならお金は物ではなくデジ
  タル・データーだからです。では、貴方が優良企業の社長だ
  と仮定します。貴方の会社は新規ビジネスを起こすことにな
  り、取引銀行に20億円の融資を持ち掛け承諾されました。
  しかし取引銀行の金庫には1億円しか存在しません。取引銀
  行はどのように貴方の会社の口座に20億円を振り込むので
  しょうか?          https://amba.to/3JTFIC5
  ───────────────────────────
「信用創造」の解説動画.jpg
「信用創造」の解説動画
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2022年04月25日

●「岸田内閣ではデフレの脱却は無理」(第5718号)

 コロナ禍、ウクライナ情勢、急速な円安などが原因で、物価が
急激に上昇しています。これらに対する緊急対策の財源として、
当然補正予算を組むべきです。しかし、岸田内閣は、今年度予算
の予備費で対応すると主張し、あくまで補正予算を組むべきとす
る公明党とモメていたのですが、4月21日、自民党と公明党は
2022年度補正予算案を編成し、今国会中の成立を目指すこと
で合意しました。
 実は、一時は決裂しそうになったのですが、夏の参院選が迫っ
てくるなかで、連立を組む公明党とゴタゴタを起こすのはマイナ
スと考えて、岸田首相が公明党の山口代表と協議して、補正予算
を組むことで合意したのです。茂木自民党の幹事長の調整能力の
低さが露呈した感があります。
 はっきりしていることがあります。岸田内閣では、デフレから
の脱却は無理であるということです。最初は「所得倍増」といっ
ていたのに最近は一切口にしていません。それから看板に掲げた
「新自由主義との決別」は、新自由主義のシンボルである竹中平
蔵氏を政府の会議メンバーに入れて事実上ダメにし、「プライマ
リーバランス(PB)の黒字化は先延ばし」といっていたのに、
最近では「PBは堅持する」に変わっています。それでいて、支
持率は60%台を維持しています。
 今回、当初は、補正予算を組まず、今年度予算の予備費で対応
すると自民党が主張したのは、参院選を意識したからです。なぜ
なら、補正予算の場合は、国会で審議しなければならず、参院選
直前に予算委員会で野党にいろいろとやりこめられるリスクを避
けたかったという動機からです。今年度の予備費を使うのであれ
ば、そういう国会審議はスルーできるからです。
 しかし、肝心の補正予備案の額は、まさに妥協の産物で、緊急
対策で使った予備費の補充と、原油価格高騰対策も合わせて、2
兆7000億円程度というミミッチイ額なのです。これは、完全
に、ケタが1桁違います。2兆円ではなく、20兆円以上必要で
す。これについて高橋洋一氏は、夕刊フジの自身の22日のコラ
ムで、次のように述べています。
─────────────────────────────
 今回のロシアによるウクライナ侵攻では、エネルギー価格上昇
や原材料価格上昇が懸念されている。しかしながら、本コラムで
強調してきたように、国内には供給が需要を上回る「GDPギャ
ップ」が相当額ある。筆者は30兆円程度以上と試算しており、
約17兆円とする政府の試算は過少推計だと考える。
 GDPギャップにより、エネルギー価格や原材料価格の上昇が
最終消費価格に転嫁できないことへの対策は比較的シンプルだ。
それらの価格上昇を抑えるために、ガソリン税や個別消費税を減
税することだ。その一方で、値上がり分を価格転嫁し、その悪影
響を吸収するために、GDPギャップを解消するくらいの有効需
要を作る補正予算が必要だ。要するに、減税財源を含んだ大型補
正予算が最良の経済対策になる。       ──高橋洋一著
    2022年4月22日付、「日本の解き方」/夕刊フジ
─────────────────────────────
 高橋洋一氏は、減税財源を含めた30兆円程度の補正予算を組
むべきといっているのです。それがたったの2兆7000億円。
どうしてこんな少額なのでしょうか。ケチというか、先が見えて
いないというか、国民のことなんか考えていないというか、唖然
とせざるを得ません。
 岸田内閣は前にも指摘したとおり、岸田首相の周りを財務省出
身の補佐官や大臣がぎっちり固めており、岸田首相は彼らの意見
を聞いて、政策を進めています。それによって、何か問題が起き
ると、首相が足して2で割る政策にする。したがって、政策が中
途半端になり、効果のある政策にならないのです。今回も茂木幹
事長と山口代表の両方の顔を立てたのです。
 はっきりしていることは、この内閣では絶対に減税をやらない
ということです。このコロナ禍で、米国をはじめ主要国のほとん
どは、大規模な減税を行い、そのうえで巨額の特別給付金を繰り
返し給付しています。ところが、日本では、特別給付金の話が出
ると、特定の貧困者に絞って、わずかばかりの給付金案に矮小化
し、間違っても減税はしない方針です。貧困者も税金を払えとい
うわけです。もしかすると、矢野康治財務次官の例の論文は、必
ず出てくる消費税の特定期間減税の話を潰すため、財務省が仕組
んだ画策だったのではないかと思われます。つまり、財務大臣以
下、財務省全体が仕組んだ減税潰しです。
 それにしても、予備費を積み増す補正予算とは前代未聞です。
なぜなら、予備費を多く持っていると、与党にとっては、国会審
議をしないで、好きなことに使えるので便利だからです。しかし
予備費は国民の税金であり、自民党や公明党のポケットマネーで
はないのです。おそらく、補正予算の審議では、与党は野党に相
当厳しく追及されると思います。
 予備費とは何でしょうか。内閣は、予見し難い予算の不足に充
てるため、予備費として相当と認める金額を歳入歳出予算に計上
することができます。さらにすべての予備費の支出について、日
本国憲法第87条により、事後に国会の承諾が必要ですが、国会
の承諾が得られない場合でも、取引の安全を保つため支出は有効
になっています。ただし内閣の政治責任が問われます。過去には
1989年12月1日と2008年5月28日に参議院が予備費
を承諾しなかったことがあります。
 4月23日付、日本経済新聞は、トップ記事として、次の記事
を掲げています。
─────────────────────────────
      「予備費」使途9割追えず/12兆円
              コロナ以外流用懸念
   ──2022年4月23日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/074]

≪画像および関連情報≫
 ●トリガー条項の凍結解除が先送りされる「本当の理由」
  ───────────────────────────
   中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也が4月11日
  ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。燃油価格
  の高騰対策に関する検討チームがトリガー条項の凍結解除を
  先送りにする理由について解説した。
   自民、公明、国民民主の3党は4月8日、燃油価格の高騰
  対策に関する検討チームで協議を行った。ガソリン税の一部
  を減税する「トリガー条項」の凍結解除については結論を先
  送りする方向で、国民民主党は凍結解除が困難な場合、同等
  の効果が見込める対策を講じるよう求めた。
  野村)今回、国民民主党は予算に賛成しました。その理由と
   して、トリガー条項の凍結解除をするのであれば、という
   話がありました。それにも関わらず先送りになっている。
   それが、「一体なぜなのか」、ということが重要だと思い
   ます。
  飯田)予算に賛成したにも関わらず。
  野村)ガソリン価格が上がっているということは、重要な問
   題です。これからウクライナの戦況悪化が予想されるなか
   で、原油価格は上がる一方なわけです。そうすると、ガソ
   リンも含めて、さまざまなものの値上がりにつながってい
   く。「悪いインフレ」という言葉がありますけれども、原
   材料が上がることによって、経済が悪化するという問題が
   生じるわけです。       https://bit.ly/38fV6LX
  ───────────────────────────
トリガー条項解除をめぐる会談.jpg
トリガー条項解除をめぐる会談
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2022年04月26日

●「なぜ信用貨幣論を採用しないのか」(第5719号)

 2022年度の国家予算は、107兆5964億円です。この
金額は2021年度当初予算対比0・9%増で、10年連続で過
去最大を更新しています。なお、この予算のなかには、新型コロ
ナウイルスの感染再拡大に備えて、5兆円の予備費を引き続き積
んでいます。
 さて、この予算は、4月1日から執行されていますが、その金
額は、どこにあるのでしょうか。どこから調達しているのでしょ
うか。政府には、どこかに税金を貯めておく大きな金庫のような
ものがあって、そこから支出している──そのようなイメージを
描いていませんか。
 確定申告の時期ですから、巨額の税金が納められており──そ
れは前年度の税金ですが、それを使って新年度の予算を執行して
いるのでしょうか。
 それも違います。税金として納められたお金は、納められた瞬
間に消滅するのです。したがって、そのお金を使うことはあり得
ないのです。これについて、広島大学大学院教授の角谷快彦氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本で暮らす私達は日本円で税金を払いますが、日本に最初か
ら日本円があったわけではありません。最初に政府が「何もない
ところから」創出したから日本円があるのです。
 このことは、政府の予算執行にも表れていて、年度はじめの4
月1日に政府が国会の議決を経た予算を「何もないところから」
執行し、確定申告によってその年度の税収が確定する(税の払込
が終わる)のは翌年の5月頃です。ですので、そもそも政府は、
町内会のように集めた会費で成り立っているのではなく、「何も
ないところから」貨幣を生み出して供給し、その後に税金を徴収
しているのです。そして、これらは仮説や意見や学説ではなく、
単なる事実です。   ──【角谷快彦】寓話で学ぶ信用貨幣論
                  https://bit.ly/3vHvIqL
─────────────────────────────
 角谷教授の主張する「政府は、『何もないところから』貨幣を
生み出して供給し、その後に税金を徴収している」とは本当のこ
とでしょうか。
 この「何もないところから、生み出して供給」というのは事実
です。よく「政府はお札を刷って」という表現が使われますが、
実際にお札を刷るわけではなく、しかるべき手続きを行い、キー
ボードで必要な金額をタイプし、まさに「何もないところから」
お金を生み出しているのです。
 これに関連する中野剛志氏と記者の問答を次に掲載します。し
かし、これは、MMTの主張というわけではなく、事実です。
─────────────────────────────
中野:だけど、実際に予算執行の実務もそうなっているんです。
 政府が予算執行するとき、政府は、まず政府短期証券を発行し
 て、日銀に買わせて、財源を賄っています。そして、徴税は事
 後的な現象です。実際、確定申告を行うのは会計年度が終わっ
 たときですよね?つまり、実務上も、集めた税金を元手に政府
 が財政支出しているわけではないんです。
  これは、論理的に考えても当たり前のことです。なぜなら、
 政府が、国民から税を徴収するためには、国民が事前に通貨を
 保有していなければならないからです。
――あ、そうか。「ない」ものは払えないですもんね。
中野:そうですよね?では、国民は、その通貨をどこから手に入
 れたのでしょうか?
――通貨を発行する政府からですよね。
中野:そうです。ということは、政府は徴税する前に支出して、
 国民に通貨を渡していなければならない、ということになりま
 す。国民に通貨を渡す前に、徴税することは、できないからで
 す。つまり、税を財源に政府支出をするのではなく、政府支出
 が先にあって、徴税はその後だということです。これをMMT
 は「Spending First」 と表現します。「支出が先だ」という
 わけです。
――なるほど。          https://bit.ly/37BXqgG
─────────────────────────────
 中野剛志氏の言葉に「政府は、まず政府短期証券を発行して、
日銀に買わせて、財源を賄っています」というのがあります。し
かし、これは「財政ファイナンス」といい、財政法で禁じられて
います。しかし、それはあくまで表向きのことです。
 財政ファイナンスについて、井上智洋という駒澤大学経済学部
准教授が次のように述べています。井上准教授は、MMT系の学
者ではありませんが、MMTの研究者として知られています。
─────────────────────────────
 財政ファイナンスというのは、政府が貨幣発行を財源に支出を
行うことです。これは実際に行われていることで、MMTの文脈
では、中央銀行がキーストロークによって作り出したお金を、政
府が支出に充てることを意味します。ただし、実際には政府支出
の財源が租税や国債であるかのように偽装されています。支出と
同額の税金を徴収したり国債を発行したりすることによって、あ
たかも財政ファイナンスを行っていないかのような装飾が施され
ているというわけです。           ──井上智洋著
     『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社新書メチュ
─────────────────────────────
 井上智洋准教授の言葉に「中央銀行がキーストロークによって
作り出した政府支出の財源が、租税や国債であるかのように偽装
されている」という表現があります。
 なぜ、そんなことをしなければならないのでしょうか。禁止さ
れている財政ファイナンスは、堂々と行われており、慣例になっ
ているのに、なぜ国民に隠すのでしょうか。その方が政府にとっ
ては都合がよいからでしょうか。
              ──[新しい資本主義/075]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の経済学を絶対視する危うさ:大学共通テストの出題
  から考える
  ───────────────────────────
   教科書に載っている主流経済学は、必ずしもすべてが正し
  いとは限らない。経済学は物理学など自然科学と異なり、学
  派ごとの意見の対立が大きく、決着のついていない問題が少
  なくないからだ。
   ところが主流経済学をかじっただけの人は、それがすべて
  だと思い込み、絶対の真理であるかのように主張する。危う
  い議論だと言わざるをえない。その一例が今年1月、大学入
  学共通テストの出題で「信用創造」が話題になった際の反応
  だ。信用創造(預金創造とも呼ばれる)は、これまで伝統的
  な解説では、「銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀
  行全体として最初に受け入れた預金額の、何倍もの預金通貨
  (当座預金など現金に非常に近い機能を備えた預金)を作り
  出すこと」と説明されてきた。
   たとえば、最初にAさんがa銀行に100万円を預金する
  と、a銀行は1万円を支払い準備として手元に残し、99万
  円をBさんに貸し出す。Bさんがその99万円をb銀行に預
  けると、b銀行は1万円を手元に残して98万円をCさんに
  貸し出す。Cさんが98万円をc銀行に預け・・・と預金と
  貸し出しが繰り返され、預金通貨の量は「100万円+99
  万円+98万円・・・」と膨らんでいく。この伝統的な説明
  は、直感的にはわかりやすいものの、「銀行は預金を元手に
  貸し出しを行う」という誤った理解を招くとされる。
                 https://bit.ly/37EAEoh
  ───────────────────────────
角谷快彦広島大学大学院教授.jpg
角谷快彦広島大学大学院教授
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2022年04月27日

●「デフレのこわさを知らない日本人」(第5720号)

 こんな話があります。長期化するコロナ禍で日本経済がおかし
くなっています。2020年4月のことですが、新型コロナウイ
ルス対策の一環として、国民全員に一律10万円を給付する「特
別定額給付金」が決定されたときのことです。
 所得制限を設けないで国民全員に一律に現金を給付する──こ
れは、日本としては画期的な政策だったのですが、あまりにも金
額が少な過ぎたといえます。なぜなら、コロナによる政府の行動
自粛要請によって、仕事や収入を突然失う人が大勢出て、それら
の人々が当面暮らしていくには、最低でも、20万円程度は必要
だったからです。
 これについて、「少ない」と考える学者グループが立ち上がり
それを政府に伝える努力をしたのですが、どうしても叶わなかっ
たそうです。MMT(現代貨幣論)に詳しい駒澤大学経済学部の
井上智洋准教授もその一人です。政府としてはこの他に、持続化
給付金や雇用調整助成金の拡充なども合わせて行っており、これ
で何とかやれると考えていたものと思われます。
 しかし、日本以外の先進国では、消費税の減税を行ったり、給
付金を複数回給付したりしていますが、日本では給付金は1回限
りであるし、減税は完全に無視されています。それどころか、東
日本大震災のときのように、頃合いを見て、増税実施を口にする
議員もいるのですから驚きです。
 それでも安倍政権は、決まっていた「低所得層に30万円を配
る」という案を公明党の意見を受け入れて撤回し、所得制限なし
に国民全員に10万円の定額給付金を配布したのは、正しい決断
だったといえます。その「30万円の案」をプランニングしたの
は、当時の岸田政調会長、現在の岸田首相なのです。
 この日本政府の姿勢について、井上智洋准教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 国民の間に、追加給付を切望する声が挙がっていたにもかかわ
らず、政府が採用しなかった理由は明確だ。お金をケチるという
「緊縮」体質が政府にしみついているからだ。この非常時におい
て一見意識が変わってきているように思えるが、政府は「財政規
律を守るべきだ」という基本的なスタンスを捨て切れていないだ
ろう。財政支出の大幅な増大は避けられないが、それでもなるべ
く少なく抑えたいという思惑が見え隠れする。政府のこの緊縮路
線は、コロナ対策に十分な予算を確保しないという問題だけでな
く、コロナ収束後の増税という次なる問題を生み出すだろう。
         ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
         井上智洋駒澤大学経済学部准教授/解説より
─────────────────────────────
 上記ステファニー・ケルトン教授の著書の井上准教授の解説に
はさらに興味あるエピソードが載っています。MMTの考え方は
「自国通貨を持つ国にとって、政府支出が過剰かどうかを判断す
るバロメータは、赤字国債の残高ではなく、インフレの程度であ
る」ということになります。
 つまり、日本を悩ませている例のGDP対比240%の国債残
高というのは関係ないというわけです。日本の場合、インフレど
ころか、デフレであり、このさい財政出動を思い切って行い、一
刻も早くデフレから脱却する努力をするべきです。
 2019年7月、MMTの旗手であるステファニー・ケルトン
教授の講演が日本で行われましたが、そのさい、聴衆からインフ
レに関する質問をいくつも浴びせられて、ステファニー教授は、
次のようにいっていたそうです。
─────────────────────────────
 日本はデフレ気味なのに、みなさんインフレの心配ばかりし
 ている。        ──ステファニー・ケルトン教授
─────────────────────────────
 日本は、デフレの怖ろしさがわかっていないのです。デフレに
慣れてしまったといえます。インフレは物価が異常に高騰するな
ど、直接目に見える現象があらわれるし、お金の価値が下がるの
で、直接生活にも影響します。これに対してデフレは、物価が少
しずつ続落するほかは、その他に目に見える現象があらわれない
し、ある程度の年数を重ねてじわじわと経済力が弱まり、気が付
いたときは、現在の日本のように賃金が上がらず、経済が成長し
ない状況に陥ってしまうのです。
 第2次世界大戦後、世界中の経済政策担当者が最も恐れたのは
デフレであり、大戦後、何とかしてデフレにならないよう努力し
てきたのです。ところが、日本は1991年ごろにバブルが崩壊
し、1997年の消費増税などの緊縮財政を主因として、デフレ
に突入し、20年以上が経過した現在も、デフレから完全に脱却
できていません。このように日本は、第2次世界大戦後、世界で
初めてデフレになった国なのです。
 日本人はその言い訳として、「日本は成熟化した社会になって
いて、もはや経済成長は望めない」という人がいますが、それは
おかしな意見です。確かに新興国のように高度成長は望めないと
しても、日本以上に成熟しているはずの欧米先進国は、ちゃんと
成長しているのですから・・・。
 デフレになると、人々はモノを買わなくなるので、マーケット
が縮小します。その結果、企業の売り上げが下がり、対応を誤る
と赤字に転落し、倒産する企業が増えます。労働者は、給与が下
がり、やがて仕事そのものがなくなり、失業者が増加します。そ
の結果、現代の世代がどんどん貧困化していくことになります。
 加えて、デフレ下では、企業は投資しなくなります。マーケッ
ト自体が縮小して行くので、投資はリスクがあるからです。その
結果、将来世代も貧困化していくことになります。長い年月をか
けて、そういう現象が起きていくのです。日本は、もっと真剣に
デフレと向き合う必要があります。
              ──[新しい資本主義/076]

≪画像および関連情報≫
 ●コロナ後はインフレかデフレか/上智大学/中里透氏
  ───────────────────────────
   コロナ前の状況を振り返ると、日本だけでなく米国や欧州
  各国でも、低インフレ、低金利と低成長の併存が大きな関心
  事となっていた。金利の引き下げの余地が限られる中で経済
  がデフレに陥ると、通常の金融緩和政策によってそこから抜
  け出すことは困難になり、経済の停滞が続いてしまうおそれ
  があるからだ。
   もっとも、コロナ禍を経てこのような状況には変化が生じ
  最近ではむしろインフレの高進を懸念する声が聞かれるよう
  になった。コロナ禍によって生じた供給制約と財政金融両面
  からの大規模な対策が物価を押し上げるというのがその理由
  だ。資源価格の高騰が、それに加わる。コロナ前に経済の緩
  慢な動きをとらえて真っ先に「長期停滞論」を唱えたローレ
  ンス・サマーズ教授(ハーバード大学・元財務長官)が、最
  近ではインフレの高進に対する懸念を繰り返し表明している
  ことは、やや極端ではあるが、象徴的な出来事といえるだろ
  う。実際、米国の消費者物価指数の前年同月比は足元6・2
  %と31年ぶりの高い伸びを示しており(エネルギーと食料
  品を除いた指数でみると4・6%上昇)、インフレに対する
  懸念が一定の広がりをみせている。
   日本については原油高の影響などにより、9月の消費者物
  価指数(生鮮食品を除く総合)が1年半ぶりに前年同月比プ
  ラスに転じた。円安の進行による食品や日用品の値上がりも
  懸念される。         https://bit.ly/3OzCHuu
  ───────────────────────────
井上智洋駒澤大学経済学部准教授.jpg
井上智洋駒澤大学経済学部准教授
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2022年04月28日

●「なぜ2%目標は達成できないのか」(第5721号)

 デフレの話を続けます。そして、どうしたら、日本は、デフレ
から脱却できるかについて考えたいからです。
 デフレとインフレには、次の違いがあります。
─────────────────────────────
   ・インフレ ・・・ 継続的に物価が上昇する状態
   ・ デフレ ・・・ 継続的に物価が下落する状態
─────────────────────────────
 市中に流通する通貨の供給量を増やすとします。そうすると、
商品に対して通貨の価値が下落します。これによって、商品の価
値が上がるので、物価が上がることになります。これがインフレ
の状態です。
 これに対して、通貨の量が少ない場合は、商品に対して通貨の
価値が上がるので、商品の価値が下がります。これによって、物
価が下がることになります。これがデフレの状態です。
 安倍政権時のアベノミクスによると、インフレもデフレも貨幣
現象であるとして、「マネタリズム」の立場で、デフレ脱却を目
指したのです。
─────────────────────────────
◎マネタリズムとは何か
 ケインズ経済学に基づく裁量的経済政策に反対し、市場機構の
作用に信頼をおき、貨幣増加率の固定化を主張する政策的立場の
こと。ミルトン・フリードマンによって代表される。
─────────────────────────────
 現在、日本はデフレ下にあります。日本がデフレから脱却する
には、通貨量をもっと増やせばよいということになります。そう
すれば、通貨の価値が下がり、商品の価値が上がるので、結果と
して、物価が上がることになるからです。
 そこで日銀は、安倍政権時の2013年から、インフレ目標を
2%に定め、日銀と政府の政策協定による異次元金融緩和を始め
たのです。しかし、この金融政策は、安倍政権から菅政権、そし
て現在の岸田政権まで引き継がれてきていますが、現在でも2%
のインフレ目標は達成されてはいない状況です。
 マネタリズムでは、日銀は民間銀行から国債などを買い入れて
その代金を銀行が日銀に設けている「日銀当座預金」に積み上げ
ます。これを「マネタリーベース」といいます。そうすれば、銀
行は必要に応じて、当座預金から資金を引き出して、融資のかた
ちで、市中に流すことができます。つまり、資金需要が旺盛であ
れば、市中に循環する資金量は増加します。この市中に循環する
通貨量のことを「マネーストック」といいます。
─────────────────────────────
   ◎マネタリーベース ・・・ 日銀当座預金の金額
   ◎マネー・ストック ・・・ 市中に循環する通貨
─────────────────────────────
 日銀は、国債残高を毎年80兆円ずつ増加させ、結果として、
約450兆円もの巨額な資金を日銀当座預金に積み上げたのです
が、それでも2%のインフレ目標が達成できなかったのです。な
ぜ、達成できなかったのでしょうか。
 問題の核心はここです。マネタリズムが正しければ、約450
兆円もの巨額の金額を当座預金に積み上げたのですから、それに
よって市中に通貨供給ができるはずです。条件は整っています。
しかし、そのとき日本は深刻なデフレ下にあり、日銀の思うよう
にならなかったのです。
 確かに、日銀がやれることは資金を当座預金に積み上げるまで
であって、それらの資金が市中に通貨として供給されるには、銀
行が資金を引き出して、企業や個人などに幅広く融資する必要が
あります。しかし、その肝心の資金需要がなく、資金は空しく当
座預金に積み上げられるのみ。これを「ブタ積み」といいます。
 しかし、日銀の黒田東彦総裁ほどの金融のプロが、それをなぜ
予測できなかったのでしょうか。これは、私の推測ですが、黒田
総裁は「信用乗数は一定である」と信じていたのではないかと思
います。信用乗数とは次のことを意味しています。
─────────────────────────────
◎信用乗数とは何か
 中央銀行が市場に供給する資金量(マネタリーベース)と経済
全体の通貨供給量(マネーストック)との比率。「貨幣乗数」と
も呼ばれる。「マネーストック=信用乗数×マネタリーベース」
で表すことができる。信用乗数が低下すると、マネーストックも
低下することになる。
─────────────────────────────
 わかりやすくいうと、マネタリーベースは中央銀行が当座預金
に積み上げた資金量のことであり、これに対してマネーストック
は、銀行が当座預金から資金を引き出し、融資などのかたちで市
中に流した通貨量のことです。この割合がプラスで一定であれば
中央銀行がマネタリーベースを増やせば、その一定割合は市中に
流れ、マネーストックは増加するはずです。主流派経済学では、
そう考えられているのです。
 これに対して、MMT(現代貨幣論)の考え方では、信用乗数
は一定ではなく、そもそも信用乗数は、後から計算されるもので
あって、最初から決まっているものではないとします。井上智洋
駒澤大学准教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 マネタリーベースを減少させることでマネーストックを減少さ
せられても、マネタリーベースを増大させることで、マネースト
ックを増大させることは必ずしもできなくて、その際に信用乗数
が低下してしまうことがあります。これはよく「ひもで引っ張れ
ても、ひもで押せない」というたとえで説明されています。
                      ──井上智洋著
     『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社新書メチュ
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/077]

≪画像および関連情報≫
 ●鵜呑みにできない!現代日本のリフレ派経済学
  /経済学者・青木泰樹氏
  ───────────────────────────
   それではなぜ支配的な経済学の貨幣の定義には、預金通貨
  が含まれていないのでしょう。先に示した国民経済の簡略イ
  メージを思い出してください。個人や企業(実体経済)の保
  有する預金とは、「預け入れ」という名称がついております
  が、実際は銀行への「貸し付け」のことです。
   すなわち実体経済の預金(資産)は、銀行にとっての同額
  の負債であり、民間経済内で合計すると、純額としてゼロに
  なってしまうのです。その場合、民間ムラで資産(購買力)
  として残るのは現金だけとなります。
   このように経済学の基本的な考え方は、単純に「政府」と
  「民間」を対峙させるだけで、各部門の内部(2軒の家の存
  在)にまで洞察を加えないために、どうしても現実経済を考
  える場合に齟齬が出てしまうのです。
   しかし、経済学の貨幣の定義と現実のそれが異なっていよ
  うと、両者を関連づける概念があります。それが、マネース
  トック(M)とベースマネー(H)の比率として定義される
  「貨幣乗数(M/H)」です。この貨幣乗数の値が一定の値
  として安定しているならば、「貨幣とは現金のことだ」とす
  る経済学の定義を現実に適用しても問題はなくなります。そ
  の場合、ベースマネーとマネーストックの間に一定の比例関
  係が常に維持されます(貨幣乗数の定義式を因果式と解釈す
  れば)。            https://bit.ly/3Lis2Cp
  ───────────────────────────
黒田東彦日銀総裁.jpg
黒田東彦日銀総裁
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2022年05月02日

●「紐で引っ張れても押すことは困難」(第5722号)

 円安が急加速しています。4月28日のことです。日銀は、金
融政策決定会合において、安倍政権以来続けている大規模な金融
緩和策の継続を決め、指定した利回りで国債を無制限に買い入れ
る「指し値オペ」を毎日実施することを決めています。このよう
に、日銀が金利を低く抑え込む姿勢を明確にしたことによって、
円安は急加速し、131円台をつけています。
 10年物国債金利のことを「長期金利」といいますが、日銀は
その長期金利の変動幅を「プラスマイナス0・25%程度」と決
め、「連続指し値オペ」を毎日実施すると公表しています。ちな
みに長期金利が上がるということは、国債の価格が下落すること
を意味します。
 「連続指し値オペ」とは、0・25%の利回りで長期国債をす
べて無制限にオペ(公開市場操作)で買い入れるという宣言であ
るので、この水準を上回る利回りでの取引はなくなり、結果とし
て金利の変動幅は0・25%程度を維持できることになります。
しかし、米欧が金利を上げているときに、日銀がこの措置を取れ
ば当然円を売って、ドルを買い入れる動きが高まり、円安になり
ます。それが現在の「1ドル=131円」というわけです。
 なぜ、日銀は円高に動かないのかというと、今回の物価上昇は
一時的なものであるとみていることや、日本がまだデフレから脱
却できていないこと、そして、そもそも「円安」には介入しない
という方針があるからです。
 本題に戻ります。4月28日のEJで、金融政策について、次
のように述べたことについて解説します。
─────────────────────────────
   (金融政策は)ひもで引っ張れてもひもで押せない
─────────────────────────────
 文庫本についている「しおりひも」というものがあります。こ
のひもで本を引っ張ることはできますが、逆に押すことはできま
せん。黒田日銀総裁は、銀行の保有する国債を購入して、銀行の
日銀当座預金に代金を積み上げましたが、銀行はそれを引き出し
て、積極的に貸し出しを行っていないという現象を指して、「ひ
もで押している」と例えているのです。すなわち、日銀が銀行の
日銀当座預金にいくら資金を積み上げても(マネタリーベースを
増やしても)銀行を通して、市中に資金は流れない(マネースト
ックを増加する)ことを意味しているのです。
 一方、財政政策は、鉛筆に例えることがあります。鉛筆で本を
後ろから前に動かすことはできますが、これは景気を押し上げる
ことにつながるという意味です。
 念のため、マネタリーベースとマネーストックの関係を再現す
ることにします。
─────────────────────────────
   ◎マネタリーベース ・・・ 日銀当座預金の金額
   ◎マネー・ストック ・・・ 市中に循環する通貨
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、日銀の資料にもとづく
データで、井上智洋駒澤大学准教授の本に出ていたものですが、
マネタリーベースとマネーストックの関係を示しています。これ
を見ると、1980年から2000年までは、マネタリーベース
とマネーストックは同じ軌跡をたどっているものの、2000年
以降はマネタリーベースは大きく動いています。1999年から
ゼロ金利政策が導入されているからです。
 しかし、マネタリーベースをいくら増やしても、マネーストッ
クはほとんどその影響を受けておらず、およそ2%の低位安定状
態にあります。2013年の黒田日銀総裁による異次元緩和が始
まり、マネタリーベースが跳ね上がっていますが、マネーストッ
クに変化がないことが読み取ります。これをマネタリーベースと
マネーストックの「デカップリング」と呼んでいます。
 このように見てくると、デフレは、単なる貨幣現象ではなく、
需要不足が原因であることがわかります。個人や企業の資金需要
が決定的に不足しているからです。このようなときは、いくら中
央銀行がマネタリーベースを増やしても、マネーストックは伸び
ないのです。そういうときは、政府が代わって需要を増やす政策
を導入して、需要を増やす必要があります。それは、積極的な財
政政策を実施することです。しかし、財政政策になると、財務省
はGDP対比240%の国債残高の話を持ち出して、猛烈に反対
します。財務省は一致結束ワンパターンです。
 これに関して、MMT(現代貨幣論)に詳しい自民党衆議院議
員、西田昌司氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 単に銀行に通貨供給をするだけでは、デフレからの脱却はでき
ず、借り入れというリスクを冒してでも、投資をしようとするだ
けの需要が必要なのです。そこで国債発行による政府の財政出動
が必要になるのです。
 政府が国債発行するということは、政府が負債を背負うという
ことです。それを原資として財政出動するということは、予算執
行を通じて国民側に預金資産を与えることになります。
 民間の借入金が増えないのは、デフレ下においては返済のリス
クを背負うことを避けるからです。一方で、国債は自国建通貨で
発行する限り、返済不能に陥ることは有り得ません。国債の償還
時期がくれば、税金に頼らなくても同額の国債を発行すれば資金
調達ができるのですから、返済不能になることは絶対に有り得な
いのです。(一部略)
 このように、国債発行による財政出動によって、政府は民間に
資金を供給することができるのです。また、社会保障の充実が図
られると、将来に対する国民の不安は減少します。将来に対する
不安が少なくなれば、安心して将来に対する投資を行うこともで
きます。              https://bit.ly/3vRcIGr
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/078]

≪画像および関連情報≫
 ●不況を終わらせるには,国内最大の経済主体である政府が
  カネを使うべき/京都大学/藤井研究室
  ───────────────────────────
   今の日本は、大変な不況に苛まれている。どの業界の人も
  業績がなかなか上がらない。なぜかと言えば要するに,どん
  な業界の人も「客が少ない」からであって、だからみんな儲
  からなくなってしまっている。で,みんな儲からないから、
  みんなオカネを派手に使えない。みんながオカネを派手に使
  わないから、結局は、また全ての業界でますます客が少なく
  なっていく。これがいわゆる「デフレ・スパイラル」だ。
   このスパイラルを止めるために何が必要かと言えば、要す
  るに「客が増やす」ということだ.客がたくさんいて、たく
  さんオカネを使ってくれさえすれば、どの企業も業界も儲か
  るようになっていく。そうすると,みんなオカネを使うよう
  になって、結果,景気が良くなっていく。
   では、どうやればお客が増えるのか。
   繰り返すが、デフレの状況では,みんな業績が不振だから
  みんな派手にはオカネを使わない。だから,あの手この手で
  民間の消費や投資を刺激しても、さして客は増えない。実際
  デフレ不況になってはや15年が過ぎたが、その間政府は、
  改革だ、特区だ、金融緩和だと、あの手この手の取り組みを
  やってきたものの、それらは悉く失敗し、未だにデフレは終
  わっていない。
   でもたった一つだけ,もの凄く効率的かつ簡単に「お客を
  増やす」方法がある。それは国内最大の経済主体である「政
  府」自身がお客になるという方法だ。
                  https://bit.ly/3y5TvTY
  ───────────────────────────
マネーストックおよびマネタリーベースの増大率.jpg
マネーストックおよびマネタリーベースの増大率
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2022年05月06日

●「『デフレは貨幣現象』は正しいか」(第5723号)

 日本が20年以上もデフレから脱却できないのは、明らかに政
府の経済政策の失敗が原因です。2019年1月30日のことで
す。当時の安倍首相は、衆議院本会議の代表質問で、国民民主党
の玉木雄一郎代表に対して、次のように答弁しています。
─────────────────────────────
 デフレには様々な原因があるが、基本的に貨幣現象との考えは
変わらない。したがって、金融政策が引き続き重要であり、政府
・日銀が緊密に連携し、あらゆる政策を総動員してデフレ脱却を
目指す。                 ──安倍晋三首相
─────────────────────────────
 「デフレは貨幣現象である」という言葉は、安倍元首相が繰り
返し使っており、黒田日銀総裁による異次元の金融緩和は、この
考え方から出ていると考えられます。
 しかし、この「デフレは貨幣現象である」という考え方は、正
しくないのではないでしょうか。なぜなら、2013年から安倍
政権が「アベノミクス」と称して続けている金融政策が、途中で
菅政権、そして現在の岸田政権に変わってはいるものの、9年間
かけても目標である2%の物価目標は、2022年5月現在、達
成されておらず、日本はデフレから脱却できていないからです。
 確かにこのところ、消費者物価指数は、ウクライナ危機による
原油高と円安によって、押し上げられつつありますが、まだ2%
には達しておらず、仮に2%に到達しても「安定的にそれが持続
する」ことが求められるのです。「デフレは貨幣現象である」に
関して、同じ自民党の参議院議員である西田昌司議員は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 デフレは通貨の供給不足から生じている様に見えますが、真の
原因は需要そのものの減少であることが分かります。銀行からの
借り入れというリスクを背負って、事業をしようとするだけの需
要が、不足していることが問題なのです。将来に対する見通しも
含めた、確固たる需要が必要なのです。確実な需要を民間の事業
者に与えることが、結果として銀行の信用創造を機能させ、通貨
供給の増加につながるのです。つまり、銀行の貸し出しを増やす
ことができるのです。デフレは単なる通貨現象ではなくて、需要
不足が原因なのです。        https://bit.ly/380XXJ7
─────────────────────────────
 中央銀行である日銀が、金融機関の日銀当座預金にいくら資金
を積み上げて資金(マネタリーベース)をジャブシャブにしても
個人や企業の資金需要自体がないので、市中に循環する資金の量
(マネーストック)が増えないので、物価は上昇しないのです。
 これに関して、経済評論家の三橋貴明氏は、自身の「デフレは
貨幣現象か?」の議論で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 貨幣について「モノやサービスが購入されたお金」と定義する
と、確かに「貨幣の量が増えれば物価は上昇する」は正しい。と
はいえ、モノやサービスが購入された貨幣の量とは、要するに、
「名目GDP」のことである。貨幣の定義を「モノやサービスが
購入されたお金」と設定し、「デフレは貨幣現象だ」と主張する
のであれば、それは「デフレの原因は総需要(名目GDP)の不
足」と言っているに等しい。
 現実の日本で、「デフレは貨幣現象」と言っている人々(代表
が竹中平蔵氏)が、「デフレは名目GDPという総需要不足が原
因」という意味で、「デフレは貨幣現象」と言っているとは思え
ない。何しろ、デフレの原因が総需要の不足と理解すると、第三
の矢として「規制緩和」は主張できなくなるはずなのだ。
                 https://bit.ly/3w2WtWL
─────────────────────────────
 日本はバブルが崩壊してデフレになっていますが、そのとき、
民間(個人や企業)は、借金返済や貯蓄に精を出し、消費や設備
投資、住宅投資などを極力減らし、結果として総需要が不足する
事態に突入しています。
 総需要が不足する事態──三橋貴明氏が、これを「名目GDP
の不足」というのは、名目GDPが「国民が働き生み出した付加
価値(モノ・サービス)に対し、誰かが消費、投資として支払う
ことで創出された所得」のことだからです。
 この場合、誰かが「モノやサービスに対する消費や投資を増や
す」しかないのです。ここで「誰か」とは、政府のことであり、
政府が通貨を発行し、国債発行でお金を借り入れ、所得が創出さ
れるように使う必要があります。つまり、財政政策を積極的に実
施するということです。
 ところが、これに必ず「財源がない」と反対するのは財務省で
す。国債を発行するというと、国債は国の借金であり、ただでさ
え、日本政府は巨額の借金を抱えており、その借金を少しでも減
ら努力をすべきであるというのです。そうでないと、それは将来
の世代にツケを回すことになるというのです。
 これは完全に間違っています。国の財政運営を家計のそれと一
緒にするべきではないのです。この考え方こそ日本がデフレから
脱却できない原因であるといえます。財務省がわかってそういっ
ているのか、経済のメカニズムを理解しないので、そういってい
るのかはわかりませんが、「国の財政運営と家計のそれとは別の
ものである」ということを財務省は絶対に受け入れないのです。
 国債とは、家計の借金とは根本的に異なる性質のものです。家
計の借金は、返済のことや、利払いのため、原資の調達が必要に
なりますが、国債にはその必要はないからです。国債にも利払い
や償還があるじゃないかと反論する人がいると思いますが、実際
に国債の償還には、国債を新たに発行することで済ましているの
です。しかも、そのことを財務省は、誰よりもよく理解していま
す。「国債発行は主権国家の通貨発行権の行使そのものである」
と理解すべきであると思います。
              ──[新しい資本主義/079]

≪画像および関連情報≫
 ●第1回:「アベノミクスの不整合」/三橋貴明氏/2013
  ───────────────────────────
   今さら感があるが、実は第二次安倍内閣の経済政策、通称
  「アベノミクス/三本の矢」には、大きな不整合があった。
  三本の矢とは第一の矢「金融政策」、第二の矢「財政政策」
  そして第三の矢が「成長戦略」の三つの政策である。第一の
  矢と第二の矢はいいとして、果たして第三の矢「成長戦略」
  とは何を意味しているのか。当初は分からなかった(という
  か決まっていなかった)が、その後の政府の発表によると、
  どうやら「規制緩和」のようである。ほとんどの日本国民は
  気がついていないだろうが、第三の矢が規制緩和となると、
  アベノミクスには「デフレ対策」として明らかに不整合が存
  在することになる。
   デフレとは、バブル崩壊後に企業や家計などの「民間」が
  借金返済や銀行預金を増やし、消費や投資(住宅投資、設備
  投資)を減らしてしまうことで発生する経済現象だ。国民経
  済全体から見ると、国民がモノやサービスを生産する力、す
  なわち供給能力に対し、総需要(消費と投資)が不足してい
  る状況になる。総需要とは、要するに名目GDPだ。デフレ
  の国は、供給能力(潜在GDPともいう)が名目GDPを上
  回り、「総需要が不足」しているのである。総需要が不足し
  ている以上、対策は(本来は)簡単だ。誰かが消費や投資を
  増やし、名目GDP(総需要)を押し上げればいいわけであ
  る。              https://bit.ly/3ydknS1
  ───────────────────────────
経済評論家/三橋貴明氏.jpg
経済評論家/三橋貴明氏
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2022年05月09日

●「信用創造について改めて検証する」(第5724号)

 マネタリーベースとかマネーストックなど──話が複雑になっ
ているので、話を整理して先に進むことにします。
 簡単にいうと、日本がデフレから脱却するには、市中に流通す
るお金の量を増加させる必要があります。なぜなら、お金の量が
増えると、お金の価値が下がり、モノの価値が上がるので、物価
が上昇するからです。日銀は2%の物価目標を掲げています。
 この市中に流通するお金のことを「マネーストック」といいま
す。かつては「マネーサプライ」と呼称していたのですが、20
08年6月から「マネーストック」と呼ぶようになっています。
 マネーストックには、M1、M2、M3が含まれますが、それ
は以下の通りです。詳しい説明は省略します。
─────────────────────────────
◎マネーストック統計の指標の定義
 M1 = 現金通貨+預金通貨
 M2 = 現金通貨+国内銀行等に預けられた預金
 M3 = M1+準通貨+CD(譲渡性預金)
 ※M1は、従来のM1にゆうちょ銀行や農業協同組合、漁業共
  同組合等のデータを追加
─────────────────────────────
 これに対して「マネタリーベース」とは、日銀当座預金に積み
上げられている金額のことです。厳密にいうと、ここには「預金
準備」と銀行の保有分である「流通現金」というものが含まれる
のですが、それをいうと、話がややこしくなるので、あえて触れ
ないことにします。
 いずれにしても、日銀が供給している資金が、日銀当座預金に
積み上がっているだけでは、「ブタ積み」といって、市中には流
通しないのです。銀行がそれを企業などに貸し付けて、初めて流
通するようになります。日銀は、安倍政権、菅政権、岸田政権の
間のこの9年間に約450兆円以上もの資金を日銀当座預金に積
み上げましたが、マネーストックは増えていないのです。
 こういうときに必要なのは「財政出動」です。その定義として
「コトバンク」には次の説明があります。
─────────────────────────────
 景気の安定・底上げを図る経済政策の一つ。税金や国債などの
財政資金を公共事業などに投資することによって、公的需要・総
需要を増加させ、国内総生産(GDP)や民間消費などの増加促
進を図る。需要の増加による失業者の雇用機会の創出も見込まれ
る。不況期の景気刺激策として用いられる政策。
                 https://bit.ly/39sMhPC
─────────────────────────────
 財政出動とは、景気の悪化などで、民間に資金需要がないとき
に、政府が借金して事業を行い、景気を刺激する財政政策のこと
です。これは政府の決断によって実施されます。
 その実行プロセスですが、3月1日のEJ第5680号でも述
べたことの繰り返しですが、その資金の動きについて、ここでも
う一度解説することにします。この公共事業の取引によって、市
中に循環する資金が1億円増加することになります。つまり、マ
ネーストックが1億円増えるのです。
 政府が総額1億円の公共事業を実施する決断をしたとします。
資金は国債で賄い、市中銀行が引き受けるとします。第1段階と
して、その銀行保有の日銀当座預金から、1億円が政府の日銀当
座預金勘定に振り替えられます。なお、この資金の動きは、国債
を購入する市中銀行の日銀当座預金が日銀から供給されたもので
あり、民間預金とはまったく無関係のオペレーションです。
 第2段階として、政府は公共事業の発注にあたり、請負企業に
政府小切手で1億円を支払います。第3段階として、請負企業は
小切手を取引銀行に持ち込み、代金の取り立てを依頼します。
 第4段階として、銀行は小切手相当額を企業の口座に電子的に
記帳します。ここが重要です。この瞬間に、市中には1億円の預
金が創造されたことになるからです。市中に流通するお金が1億
円増えたことを意味しています。信用創造の法則によってです。
それと同時に銀行は、日銀に1億円の取り立てを依頼します。
 第5段階として、それを受けて、政府の日銀当座預金勘定から
国債購入の銀行の日銀当座預金に1億円が振り替えられます。つ
まり、ここでその銀行には1億円が戻ってきたことになります。
 政府の財政政策の場合は、政府が国債を発行して、つまり、民
間から借金をして、それによって、公共事業費にかかる資金が創
出されますが、ある企業が銀行に融資を申し入れ、承認された場
合、文字通り、その融資資金は、銀行が融資を受ける企業の口座
に金額を電子的にタイプした瞬間に、同額の預金がが文字通り創
出されるのです。
 この場合、銀行の預金からその融資金を出したのではなく、融
資企業の口座に銀行が融資金額をタイプした瞬間に生み出される
のです。これについての中野剛志氏のコメントです。
─────────────────────────────
 元手となる資金の量的な制約を受けることなく、貸出しをする
ことができる「信用創造」という銀行制度は、実に恐るべき機能
だと思いますよ。
 だけど、この「信用創造」がなければ、資本主義経済は現在の
ように発展することはなかったはずです。現代の資本主義経済は
大規模な設備投資を必要としますから、巨額の資金を調達しなけ
ればなりません。もし、銀行が元手となる資金を集めなければ貸
出しができないのだとしたら、巨額の設備投資を行うことはでき
なかったでしょう。
 実際、18世紀後半から19世紀前半にかけて、イギリスで産
業革命が起きたのも、それに先行して、銀行制度ができていたか
らだと言われているんです。         ──中野剛志氏
                  https://bit.ly/3yfjZ5u
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/080]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の中と現実の経済学――7分で読める「信用創造論」
  ───────────────────────────
   今年の共通テストの出題をきっかけに、信用創造について
  の教科書的な説明の当否がネット上で話題となっています。
  本源的預金(現金)をもとに貸出が行われ、貸し出されたお
  金が預金として銀行に戻り、再び貸し出されて(以下繰り返
  し)、本源的預金の何倍ものお金が市中に出回るようになる
  という信用創造論の説明は、中学や高校の教科書にも登場し
  て親しみ深いものです。お札の行き来を通して金融のしくみ
  を日常の感覚で自然に理解できるという点ではこの説明(し
  ばしば「又貸しモデル」と呼ばれます)に大きな利点がある
  といえるでしょう。
   もっとも、このことは同時にこのモデルの欠点でもありま
  す。というのは、お札(日銀券)という「モノ」の行き来に
  囚われて、「与信というのは貸し手と借り手の間の債権債務
  関係をめぐる問題である」という視点がすっかり抜け落ちて
  しまうからです。ネット上で展開されている議論も、そのた
  めにやや混乱が生じているように思われます。そこで、本稿
  ではこの議論について論点整理を行ってみたいと思います。
   「銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが
  貸出しなどの与信行動、信用を与える行動、すなわち信用創
  造を行うことにより増加することになるということで、この
  点も委員御指摘のとおりであります」(平成31年4月4日
  の参議院決算委員会における黒田東彦日本銀行総裁の答弁)
   「預金という元手がなくても、貸出をすれば、それと同額
  の預金が生まれる」。これは金融の実務に携わる人にとって
  は自然な話ですが、この説明に対してはしばしば拒否反応が
  みられます。         https://bit.ly/3LMevDr
  ───────────────────────────
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中野剛志氏と新刊書
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2022年05月10日

●「どうして『財政出動』しないのか」(第5725号)

 繰り返しになりますが、日本がデフレから脱却するには、市中
に循環するお金の量を増やせばよいのです。そのための経済政策
としては、中央銀行による金融政策と、政府による財政政策があ
ります。日本では、安倍政権以来9年間にわたって、日銀による
異次元量的緩和という金融政策を続けてきていますが、その狙い
は、お金の価値を下げて、モノの価値を上げる、すなわち、物価
を上げることにあります。しかし、目標である2%の物価目標を
達成できていません。
 いわゆる財政出動は、1929年、英国のジョン・メイナード
・ケインズによって提唱されたものです。当時米国では、バブル
が発生し、経済の立て直しが急務の時代だったのです。株式市場
は軒並み暴落し、金融政策以外に経済を立て直すすべがなかった
時代に、デフレを克服するために財政出動が行われ、事態を収拾
することができたのです。
 しかし、日本では、政府が財政出動しようとすると、財務省や
財務省系の議員から猛烈な反対の声が上がります。「対GDP比
240%の借金があるのにさらに借金を重ねようというのか」と
いう批判です。このことは、財務省による長年にわたるプロパガ
ンダによって国民に刷り込まれており、国民からも反対の声が上
がります。財務省の国民に対するプロパガンダとは、次のような
刷り込みです。財務省は、増税しやすい環境をつくろうとしてい
るようです。
─────────────────────────────
      @国の財政運営を家計のそれに例える
      Aこのままでは日本の財政が破綻する
      B税金を「バラ撒き」に使うのは最悪
      C歳入の範囲内で歳出を行う均衡財政
─────────────────────────────
 結論からいうと、上記の4つのことはすべて間違っています。
 @に関しては、財務省はウェブサイトで、国家の財政運営を家
計のそれと比較していますし、Aに関しては、現職の矢野財務事
務次官が『文藝春秋』に論文を書いて、国民に直接財政の危機を
訴えています。そのさい、予算を「バラ撒き」に使うべきではな
いとも訴えています。Cは、プライマリーバランスをプラスにす
べきであると、財務省の方針である均衡財政を主張しています。
 こういう状況ですから、政治家としても、財政出動を行うのは
相当の勇気がいるのです。
─────────────────────────────
 財政出動 → 赤字の拡大 → 支持率低下 → 政権交代
  → 緊縮財政 → 景気の悪化 → 支持率低下 → 政
 権交代
─────────────────────────────
 安倍政権は、アベノミクスと称して、3本の矢から成る政策を
実施したものの、第3の矢は機能不全に終わったし、第2の矢と
して財政政策は行っているものの、消費税の増税を2回も行うな
ど、チグハグな政策で、デフレ脱却を果たしていないのです。
─────────────────────────────
      第1の矢:      大胆な金融政策
      第2の矢:     機動的な財政政策
      第3の矢:民間投資を喚起する成長戦略
─────────────────────────────
 なぜ、国家財政を家計に例えるべきではないかということにつ
いて、従来とは別の視点から考えてみたいと思います。
 元財務官僚の高橋洋一氏の本に出ていた話です。上司から国家
財政を家計に例えるプランを作れと命令されたことがあるそうで
す。そのとき、高橋氏は「個人に例えるのではなく、企業に例え
るべきでは?」と反論したところ、上司は「国民に増税に協力し
てもらうには個人の方がいい」といわれたそうです。これでわか
るように彼らはわかってやっているのです。
 個人のレベルでは、「収入の範囲で生活をする」ことは、当た
り前のことであり、借金は返済可能の範囲内でするべきであると
考えています。財務省は、この感覚を国家財政の運営についても
働かせてほしいと考えたのです。気持ちはわかります。
 しかし、企業では、勢いのある企業ほど多くの借金をしており
借金は当たり前のことです。この点、個人の借金とは意味合いが
異なるのです。だからこそ、高橋洋一氏の上司は「企業ではなく
個人」という注文をつけたのでしょう。
 個人の借金の場合、自分が生きている間に返済する必要があり
ます。しかし、国家の場合、個人とは異なって寿命が限られてい
るわけではなく、永続するものと見なされています。そうである
ならば、たとえGDP対比240%の借金があったとしても、少
しずつ返していけばよいのです。これは、個人の場合には、絶対
にできないことです。これについて、駒澤大学准教授の井上智洋
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 実際の国家は個人とは異なって寿命が限られているわけではな
く、永続するものと見なされています。そしていまの資本主義経
済は、永続的な経済主体は必ずしも借金を完済する必要がないと
いう前提で成り立っています。それは、借金を踏み倒すという意
味ではないので、注意してください。MMTに対して「借りたお
金は返しましょう」などという途方もなく的外れな批判をする人
がいましたが、「借金し続けること」と「期日に借金を返さない
こと」とはまったく異なります。国債は満期(返済期限)が来た
ら、償還されなければなりません。平たく言えば、借りたお金は
返さなければならないということです。ただし、その際に借入債
を発行することで借金を継続することで借金を継続することがで
きます。  ──井上智洋著『MMT/現代貨幣理論とは何か』
                     講談社選書メチェ
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/081]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ政府は財政出動しないのか?
  ───────────────────────────
   日本の経済の話題に触れる前に、今回のキーワードである
  財政出動をみなさんはご存知でしょうか?
   聞いたことはあるけれども、詳しく説明はできないという
  人もいるかもしれません。まずは、簡単にですが用語の説明
  をしましょう。
   財政出動とは、簡単に言うと景気を良くするために行われ
  る方法の1つになります。例えば、景気が悪い時、私たちの
  基本的な知識では、お金を積極的に使うことで経済的な循環
  を計った方が良いと言われますよね。
   しかし、みなさんのお金をただ使うだけでなく、どこに、
  どのように使うのかも重要なポイントになることをご存知で
  しょうか?
   闇雲に使っているだけでは、実は効果がないのです。今回
  の財政出動の場合は、税金等で集めたお金を、主に公共事業
  に使っていこうと考えることになります。公共事業には、身
  近な物で言うと例えば道路や、公共施設を建設するというこ
  とが挙げられますよね。特に、景気が悪い時はリストラ等で
  仕事を失ってしまったという人も少なからずいるでしょう。
  このような人たちは、消費を促す前に仕事がなければ、生活
  をすることすらできませんよね。
   ですので、失業者に対して、新しい仕事を提供するという
  意味合いでも活躍することがあると言えるでしょう。ここま
  での説明を聞くと、決して悪い方法ではありませんよね。こ
  の政策の結果、民間の消費やGDPが増えていくことを想定
  していますので、少しずつ景気が回復していくことも予想で
  きるでしょう。        https://bit.ly/38Vo7gq
  ───────────────────────────
ジョン・メイナード・ケインズ.jpg
ジョン・メイナード・ケインズ
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2022年05月11日

●「M2が急上昇したウラにあるもの」(第5726号)

 ここまで何回も「信用創造(money creation)」の話をしてき
ています。日本がデフレから脱却する方策を考えるとき、この信
用創造の考え方が必要になるからです。
 銀行が企業に10億円を融資する場合、銀行がその企業の銀行
口座に電子的に10億円とタイプした瞬間に、市中に循環するお
金の量(預金)、すなわち、マネーストックが10億円増加する
ことになります。これが信用創造の考え方です。この10億円は
銀行が保有している資金を貸し出したのではなく、新しく10億
円の預金が創造されたのです。だから、「マネー・クリエーショ
ン」といいます。したがって、企業や個人がリスクを取って、銀
行から融資を受けないと、お金の量は増加しないのです。
 それでは、融資に当たって、銀行にとって、何らかの制約はあ
るのでしょうか。
 もちろん、制約はあります。銀行が融資を実行できる貸出残高
は、銀行が日銀に保有している当座預金(日銀当座預金)の残高
が限度になっています。それは次のように決められます。
 ある銀行の日銀当座預金の残高が100億円であるとすると、
日本銀行は、その当座預金残高の100倍までの融資を実行して
よいということになっています。そうすると、この銀行は1兆円
まで貸し出しをしてよいことになります。その比率は1%ですが
これを「預金準備率」といいます。預金準備率は、金融機関の種
類や預金金額、預金の種類により、大体2〜0・05%の間で決
まっています。
 したがって、黒田東彦総裁が仕切る日銀の異次元量的緩和政策
は、銀行から国債などを買い取って、銀行の日銀当座預金の残高
を積み上げる政策ですから、銀行が融資できる金額は大幅に増え
ていることになります。
 しかし、企業や個人に融資を受けようという資金需要がないた
め、それらの資金は、空しく「ブタ積み」になったままであると
いうことは既に述べている通りです。
 先日のことですが、書店に行ったところ、次の本が新規に出版
されていたので購入しました。なぜかというと、そこには、重要
な情報が載っていたからです。
─────────────────────────────
             ──植草一秀著/ビジネス社
        『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
   資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 植草一秀氏も、日銀の異次元量的緩和に関して、次のように解
説しています。
─────────────────────────────
 日本銀行は金融機関が保有する日銀当座預金の残高をコントロ
ールすることによって、銀行の融資可能金額に上限を設定するこ
とができるのです。かつて日本では、資金需要が非常に旺盛でし
た。世の中には、銀行から融資してほしいという需要が無限に存
在しました。このような状態では、銀行は日銀に保有している当
座預金残高を最大限に活用して、融資=貸出を最大限に実行しま
す。日銀当座預金の残高が100億円で、預金準備率が1%であ
れば、1兆円まで貸出=融資を実行することになります。
 2013年に日本銀行総裁に就任した黒田東彦氏は、銀行が保
有している国債を大量に買い取り、銀行の日銀当座預金の残高を
激増させる政策をとりました。このとき、世の中の銀行の融資に
対する需要が旺盛であれば、銀行は融資を激増させていたでしょ
う。このことによって世の中に存在する預金量、つまりマネース
トックが大幅に増大したと考えられるのです。
          ──植草一秀著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、上記の植草一秀氏の本
に出ていたものですが、これは、「M2」の前年比の伸び率を示
したものです。
 マネーストックには、M1(エムワン)、M2(エムツー)、
M3(エムスリー)とありますが、M2は「準通貨」といわれ、
日本の代表的なマネーストックです。
─────────────────────────────
 ◎M2(エムツー)とは何か
 準通貨とは、解約することでいつでも、現金通貨や預金通貨と
なって、決済手段として使える金融資産のこと。定期預金・据置
貯金・定期積金などのこと。これを定期性預金ともいう。
─────────────────────────────
 グラフを見るとわかるように、M2は、長期にわたって2%〜
4%の伸び率の間で推移しています。つまり、マネーストックは
伸びていないのです。しかし、それが2020年に一変します。
2021年2月には実に9・6%の伸びを示したのです。
 何が起こったかというと、2020年のコロナ不況です。2月
から3月にコロナの感染拡大で、株価が急落、景気は一気に悪化
したのです。このコロナ不況に対応し、日本では、国民一人10
万円の特別給付金配付をはじめとする巨大な経済対策が発動され
ています。つまり、巨額の財政出動が行われたからです。また、
企業に対しても、コロナ対応の資金繰り対策として、銀行融資を
大幅に拡大したので、M2が激増する原因になっています。
 現在の日本では、政府の財政出動が思い切ってやれるのは、コ
ロナ不況のような降って湧いたような大災害──しかも、全世界
レベルのパンデミックによる不況に対するときのみです。何しろ
日本は、東日本大震災のときですら、増税を実施する国だからで
す。その増税は現在も継続しており、所得税に関しては2013
年始から25年間、税額に2・1%を上乗せするかたちで行われ
ていますし、住民税は2014年度から10年間、年間1000
円を徴収されています。日本では、コロナ不況が終わったら、借
金が増えたということで、また、増税しかねないのです。
              ──[新しい資本主義/082]

≪画像および関連情報≫
 ●経済格差が拡大! 庶民にはコロナ不況でも「高級車ブラン
  ド」が好調という日本の現状
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルスの影響で経済的に厳しい状況に追い込
  まれているというのが庶民感覚だが、数字は異なる事実を示
  している。たとえば、日本銀行が毎月発表しているマネース
  トック(現金通貨や預金通貨など通貨量の残高)は、過去最
  高を更新しつづけている。ちなみに2021年6月のマネー
  ストックは、M3という指標において、前年同月比5・2%
  増となる1518兆8000億円と過去最高だった。同じ指
  標での前月のマネーストックが1514兆9000億円だか
  ら、およそ4兆円がひと月で増えたことになる。
   マネーストックという言葉の響きからすると預金が増えて
  いるというイメージを受けるかもしれないが、この言葉は融
  資を含めて金融部門から経済全体に供給されている通貨の総
  量のことだ。マネーストックが増えているということは、一
  般論でいうと景気が良いことを示している。コロナ禍におい
  てお金の工面に苦心しているという庶民感覚とは異なり、数
  字は市場にお金がジャブジャブと余っている状況となってい
  ることを示している。
   よく言われるように格差拡大が進んでいると捉えることが
  できる。クルマ好きにとっては高価格帯のクルマがよく売れ
  ているイメージがあって、それによって格差の広がりを実感
  している人も多いのではないだろうか。
                  https://bit.ly/38ZtWta
  ───────────────────────────
日本M2前年比伸び率.jpg
日本M2前年比伸び率
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2022年05月12日

●「バイデン政権による大型経済政策」(第5727号)

 現在の2022年から30年を引くと1992年になります。
日本のバブル崩壊は、1991年(平成3年)3月から1993
年(平成5年)にかけて起きています。ということは、日本のデ
フレは、30年間続いていることになります。
 3月に内閣府が公表したGDP2次速報値によると、2021
年の日本の実質成長率は1・6%でした。米国は5・7%と37
年ぶりの高成長を記録しています。日本ときわめて対照的です。
国際通貨基金(IMF)は、2021年の先進国の平均成長率は
5・0%と推計していますから、日本の経済の回復力は、あまり
にもというか、いや、突出して弱いといえます。
 日本経済は、生産力が壊滅した太平洋戦争の敗戦から、わずか
10年で戦前のレベルまで回復しています。それが、30年もか
かって、なぜ停滞から抜け出せないでいるのでしょうか。
 この失われた30年、不況からの脱出手段が金融政策に限定さ
れ、思い切った財政出動がほとんど行われていないのです。その
代わり、消費税の税率を3%を5%、5%を8%、8%を10%
へと3回も上げています。緊縮政策だけは、過剰なほどに厳しく
やっています。これでは、景気が低迷するのは当たり前です。
 その一方で、家計の金融資産も企業の現預金も史上最高水準を
記録し続けています。貯蓄には異常なほど熱心なのです。デフレ
では、お金の価値が上がるので、こういうことが起きるのです。
本来であれば、企業はリスクを取って積極的に投資し、個人は生
活を豊かにするために消費する──これが経済成長の源泉になる
のですが、日本の場合、そうなっていないのです。だから、国連
機関の世界幸福度ランキングでは、日本は先進国で最低レベルに
ランキングされています。
 これによってもっと深刻なのは、この長期停滞によって、人口
の60%が、成長経験のないまま現在に至っていることです。日
本人の過半の人々が「成長を知らない」のです。これは、きわめ
て日本にとって深刻なことであると思います。
 これに対して、米国のバイデン政権は、その就任から現在まで
何をやったかです。バイデン大統領は、自身が副大統領を務めた
バラク・オバマ政権時のスタッフの多くを再び登用したことから
「やる気のない政権」とみなされ、この新大統領に期待する声は
けっして多くはなかったのです。
 しかし、バイデン政権は、大方の期待に反し、成立直後から、
画期的な大型経済政策を次々と行っています。
─────────────────────────────
  1.「米国救済計画」/2021年 3月11日発表
                American Rescue Plan
  2.「米国雇用計画」/2021年 3月31日発表
                 American Jobs Plan
  3.「米国家族計画」/2021年 4月28日発表
               American Families Plan
─────────────────────────────
 第1は「米国救済計画」です。
 これは、新型コロナウイルス対策であり、ワクチンの普及など
の医療対策に加えて、一人最大1400ドル(約15万円)の現
金給付、失業給付の特別予算、それに加えて、3000億ドルの
地方政府支援などから構成されています。
 これは、1・9兆ドル(約200兆円)もの大型追加経済対策
です。これにトランプ政権下において発動された経済対策を合わ
せると、その規模は5・8兆ドルというとんでもない額の財政出
動になるのです。名目GDP比では、約28%になります。
 これは、通常の年間支出は約4・4兆ドルを上回るものであり
リーマン・ショック時の経済対策が1・5兆ドルをはるかにしの
ぐ財政出動であったのです。それでいて、世論調査によると、国
民の70%がこの政策を支持しています。
 第2は「米国雇用計画」です。
 これは、インフラ投資、研究開発投資、製造業の支援などに8
年間で約2兆ドルを投じる計画です。この財源として、法人税の
増税(連邦法人税率を21%〜28%へ引き上げ)であり、多国
籍企業への課税の強化(多国籍企業の海外収益への課税を21%
に倍増)させ、格差是正を意図した計画になっています。
 第3は「米国家族計画」です。
 まず、中低所得層の保育負担の軽減に2250億ドル、介護な
ど包括的な有給休暇制度の確立に2250億ドル、幼児教育の機
会拡充に2000億ドル、コミュニティカレッジの無償化に10
50億ドル、子供のいる世帯の税額控除の期間の延長など、人的
資本の形成を目的としたものであったのです。
 そして、格差是正を目的として、連邦個人所得税の最高税率を
37%から39・6%に引き上げると同時に、年収100万ドル
超の富裕層の株式などの譲渡税(キャピタルゲイン)にも、この
39・6%の最高税率を適用することを決めています。
 バイデン政権のこのきわめて大型の経済対策に関しては、これ
までの米国では、何よりも財政赤字の拡大を招いたり、インフレ
になったり、金利の高騰を引き起こすとして、忌避されてきたも
のです。まして「米国雇用計画」や「米国家族計画」は、富裕層
やウォール街の金融階級が大きな不満を抱くのは確実であり、と
くにこのような「大きな政府」への傾斜は、野党の共和党は絶対
反対であり、当然大きな反対の声が巻き上がり、なかなか実施で
きなかったものです。
 実際に「米国雇用計画」に関しては、バイデン政権と、超党派
グループとの合意によって、その規模が軽減されたり、一部の修
正が行われているのは事実です。しかし、テキサス大学のジェー
ムス・ガルブレイス教授は「この政策で最も重要なのは、財政赤
字だの、国家債務だのに関する標語に一切言及していないことで
あり、短期の経済政策ではなく、緊縮財政に逆戻りしない意思を
感じられる」と高く評価をしています。
              ──[新しい資本主義/083]

≪画像および関連情報≫
 ●バイデン政権1年の評価−追加経済対策やインフラ投資で
  成果も党内対立などから支持率は低迷、中間選挙に向け問
  われる真価
  ───────────────────────────
   バイデン大統領の就任から1月20日で1年が経過した。
  バイデン政権は追加経済対策や超党派のインフラ投資法案を
  成立させたほか、21年に統計開始以来最高となる645万
  人の雇用を創出するなど一定の成果を挙げた。
   一方、新型コロナ対策では新型コロナ感染者数の抑制に成
  功していない。また、党内対立から社会保障改革や気候変動
  を盛り込んだ大型歳出法案(ビルドバックベター法)成立の
  目途が立っていない。さらに、足元でインフレが高進に伴い
  国民の不満が高まるなど、バイデン政権は多くの課題を抱え
  ている。
   本稿ではバイデン政権の1年を振り返り、バイデン政権の
  成果とバイデン政権が抱ええる課題について整理するほか、
  バイデン政権の評価や22年11月に予定されている中間選
  挙の見通しについて論じた。バイデン政権と与党民主党の支
  持率が低迷する中、中間選挙に向けてバイデン政権は政権運
  営の立て直しを図りたい所だが、支持率回復の糸口はつかめ
  ておらず、中間選挙に敗北して「ねじれ議会」となる可能性
  が高まっている。その場合、バイデン政権は、早くもレイム
  ダック化しよう。
   (追加経済対策)3月におよそ1・9兆ドル規模の追加経
  済対策が成立──バイデン大統領は、就任当初に最優先の政
  策課題として新型コロナ対策と並び、追加経済対策を掲げ、
  21年3月11日におよそ1・9兆ドル規模となる「米国救
  済計画」を、財政調整措置を活用して上下院の民主党議員の
  単独過半数で成立させた。    https://bit.ly/3FvRwtL
  ───────────────────────────
バイデン米大統領.jpg
バイデン米大統領
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2022年05月13日

●「バイデン政権経済政策への高評価」(第5728号)

 バイデン政権による巨額の財政出動に関して、多くの経済学者
が意見を寄せています。その論争の中心が「新自由主義からの決
別」であり、奇しくも日本の岸田政権も新自由主義的政策から脱
却し「新しい資本主義」を提唱するといっているので、一応表面
上は似ているといえます。
 これについて、中野剛志氏が新刊書を上梓し、第1章の「静か
なる革命」において詳細に論じています。
─────────────────────────────
        中野剛志著/ダイヤモンド社
           『変異する資本主義』
─────────────────────────────
 ここで、これまで米国において定着していた新自由主義とは何
かを明らかにする必要がありますが、学者の学問論争にしたくな
いので、ごく簡単に述べることにします。
 新自由主義とは、要するに「政府などによる規制の最小化と、
自由競争を重んじる考え方」ですが、もう少しきちんと述べると
次のようになります。
─────────────────────────────
◎新自由主義とは何か
 新自由主義は、ケインズ主義的福祉国家の所得再分配政策など
がもたらす「過剰統治」と国家の肥大化こそがシステムの機能不
全の原因として、規制緩和、福祉削減、緊縮財政、自己責任など
を旗印に台頭した経済政策のことである。
─────────────────────────────
 「ワシントンコンセンサス」という言葉があります。この言葉
と新自由主義は関係があります。この言葉は、1989年に国際
経済研究所の研究員だった国際経済学者ジョン・ウィリアムソン
氏によって用いられたもので、貿易と資本市場とを自由化するこ
とが理念として据えられ、規制緩和や「小さな政府」を目指し、
自由化と民営化を迅速に行うことが重要視されたのです。そして
このことは、アメリカ主導の資本主義や経済の開発政策を最適な
方法で進めていこうとすることを表しています。
 中野剛志氏は、ワシントンコンセンサスは、1980年以降先
進諸国の経済学や経済政策における支配的なイデオロギーになっ
てきたが、それから40年の時を経て現在のバイデン政権によっ
て、ワシントンコンセンサスの終わりを告げようとしていると述
べているのです。
 なぜ、このようにいわれるのかです。今回のバイデン政権の経
済政策は、財政赤字の拡大や連邦所得税の最高税率の引き上げな
どを伴うものであり、これだけで新自由主義のイデオロギーから
大きく逸脱しているといえます。その経済政策について、多くの
重要人物が支持を表明しているのです。
 まず、国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ
専務理事は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 IMFとしては、非常に珍しいことだが、現在の政策に関して
3月から各国政府に対して支出を促す。最大限お金を使い、さら
にもう一段支出を増やすように求める。
       ──クリスタリナ・ゲオルギエバIMF専務理事
          中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 IMFの専務理事がこのようにいうのは、非常に珍しいことで
す。何しろIMFといえば、1980年代以降、新自由主義のイ
デオロギーを信奉し、債務国に仮借のない財政規律を求めること
で、きわめて悪名の高いガチガチの国際機関だったからです。そ
のIMFのトップが、「最大限お金を使い、さらにもう一段支出
を増やすように求める」といっているのですから、とても信じら
れない話ではあります。
 ローレンス・サマーズという著名な経済学者がいます。サマー
ズ氏は、単なる経済学者ではなくて、世界銀行チーフエコノミス
ト、米財務副長官、財務長官などを歴任した大物経済人です。サ
マーズ氏は、2013年以降、先進国の経済が低成長、低インフ
レ、低金利から抜け出せない長期停滞に陥っている現状について
その対策として、積極的な財政政策を行うべきであると説いてき
ていますが、サマーズ氏は、バイデン政権の「米国救済計画」の
意図や内容については評価しているものの、その予算規模である
1・9兆ドル(約200兆円)は、米国経済の需給ギャップに比
して、あまりにも大き過ぎ、インフレを招くリスクが高いと批判
したのです。
 この批判に噛みついたのは、ノーベル経済学賞受賞の経済学者
ポール・クルーグマン氏です。これについて、中野剛志氏は、ク
ルーグマン氏の主張を次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 クルーグマンは言う。そもそもパンデミックとの戦いは戦争の
ようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激
策が必要か」などという議論をする者がいるか。戦争に勝つのに
必要なだけ財政支出を行うに決まっているではないか。
 そうサマーズを挑発した上で、クルーグマンは、サマーズの指
摘するインフレのリスクについては、こう反論した。
 第1に、本当の需給ギャップなど、誰も分かりはしない。第2
に、米国救済計画の内訳を見ると、インフレを招くような景気刺
激策は少ない。第3に、インフレが起き始めたら、金融引き締め
政策をやればよいだけの話だ。  ──ポール・クルーグマン氏
          中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 実は、バイデン政権の経済政策に関する米国内での論争は、こ
れで終わりではないのです。それは、バイデン政権の財務長官で
あるジャネット・イエレン氏の参戦です。イエレン氏も優れた経
済学者ですが、イエレン氏の主張は来週のEJでご紹介します。
              ──[新しい資本主義/084]

≪画像および関連情報≫
 ●クリスタリナ・ゲオルギエバIMF専務理事
  ───────────────────────────
   クリスタリナ・ゲオルギエバ氏は国際通貨基金(IMF)
  の専務理事を務める。2019年9月25日に選出され、同
  年10月1日に就任した。IMF専務理事として就任する以
  前、ゲオルギエバ氏は2017年1月から2019年9月ま
  で世界銀行の最高経営責任者(CEO)を務めた。同職在任
  中は3か月間、世界銀行暫定総裁の役を担った。
   世界銀行CEOに就任する前、ゲオルギエバ氏は欧州委員
  会の副委員長(予算・人的資源担当)として、欧州連合(E
  U)の課題設定を支えていた。その職務において、1610
  億ユーロ(1750億米ドル)のEU予算と3万3000人
  の職員を管理した。また、ユーロ圏債務危機と2015年難
  民危機への対応も統括した。それ以前には、国際協力・人道
  支援・危機対応を担当する欧州委員として、世界最大規模の
  人道支援予算を管理した。
   ゲオルギエバ氏は1993年、世界銀行の環境エコノミス
  トとして公的機関でのキャリアを始めた。世界銀行には17
  年間勤務し、持続可能な開発担当局長、ロシア連邦担当局長
  環境担当局長、東アジア・太平洋地域の環境・社会開発担当
  局長などさまざまな上級職を歴任した後、2008年には副
  総裁兼官房長に任命された。同職においては、世界銀行幹部
  理事会、出資国の間での対話を調整した。
                 https://bit.ly/3vYUSCy
  ───────────────────────────
ゲオグギエバIMF専務理事.jpg
ゲオグギエバIMF専務理事
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2022年05月16日

●「経済政策における静かな革命勃発」(第5729号)

 財政出動(積極財政)とは、経済を良くしたり、景気を安定さ
せたりする目的で行われる政治政策のことで、1929年の世界
恐慌の時代に、英国の経済学者、ジョン・メイナード・ケインズ
によって提唱されたものです。
 しかし、財政出動をはじめとするいわゆるケインズ主義は、景
気の刺激策であり、重ねて行うと、インフレを招いたり、国の財
政を悪化させるマイナス面があるとして、金融政策を中心とする
新自由主義に変わって現在にいたっています。
 現在米国のバイデン政権では、コロナ禍を契機に、この経済政
策に「静かなる革命」が起きているようです。このことを最初に
指摘したのは、ウォーリック大学名誉教授であるロバート・スキ
デルスキー氏です。スキデルスキー氏は、ジョン・メイナード・
ケインズの評伝三部作の著作で知られ、ジェイムズ・テイト・ブ
ラック記念賞やアーサー・ロス書籍賞、ライオネル・ゲルバー賞
などを獲得している経済学者です。スキデルスキー名誉教授の主
張は、次の通りです。
─────────────────────────────
 ケインズ主義が新自由主義にとって代わられてからというもの
積極財政はインフレを招くだけであるとして忌避されてきた。積
極財政が単に需要を刺激するだけであるなら、確かに高インフレ
のリスクがあるだろう。だが、公共投資が技術開発など供給力の
強化へと向けられるのであれば、高インフレは回避されるだけで
なく、将来の経済成長が可能になる。
 しかも、今日、財政政策は、金融政策よりも強力な景気対策と
いうにとどまらず、気候変動対策や感染症対策に資本を振り向け
社会を良くするための手段である。これは、経済政策に関する考
え方の革命的な転換である。   ──スキデルスキー名誉教授
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 ロバート・スキデルスキー名誉教授による「静かなる革命」の
バックボーンになる思想・理論に影響力を与えられる経済学者が
います。現在、バイデン政権の財務長官を務めるジャネット・イ
エレン氏(添付ファイル)です。
 ジャネット・イエレン氏とは何者でしょうか。
 イエレン氏は優れた経済学者であり、1997年から99年ま
で、クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長、2014年
から18年にかけては、米国の中央銀行総裁にあたる連邦準備制
度理事会(FRB)議長を務め、現在のバイデン政権では、財務
長官の重責を担っている重要人物です。
 2016年のことです。当時FRB議長であったジャネット・
イエレン氏は、次の演題で講演を行っています。
─────────────────────────────
         「危機後のマクロ経済研究」
       ジャネット・イエレンFRB議長
─────────────────────────────
 ここで「危機」とはリーマン・ショックのことです。イエレン
FRB議長は、2008年に起きたこの世界金融危機は、積極的
な財政金融政策によって一応克服され、景気は回復したものの、
その後の経済はなかなかリーマンショック前の水準に復帰せず、
経済はきわめて低位で推移していると指摘したのです。いわゆる
経済の長期停滞現象です。イエレン議長は、その理由について、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 不況になると、失業者が増え、労働力が落ちる。企業は、設備
投資や研究開発投資を控えるから、生産設備の増加や技術革新に
よって生産性を向上させる機会が失われる。起業も乏しくなるで
あろう。こうして、不況の間に供給力が落ち込む。そうなると、
その後に不況が終わり、需要が回復したとしても、供給が不足し
ているため、経済成長が起きにくくなるというのである。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 これは、いわば危機の後遺症であり、経済学では「経済の履歴
効果」というのです。イエレン議長は、2016年の講演におい
て、このことを指摘しています。
 この現象は、デフレ下にある日本の経済の状況に酷似していま
す。しかも、日本の場合は、3回の消費税増税で、税率を3%か
ら10%に上げているので、停滞は一層深刻化しています。不況
期に増税による緊縮財政を行うことは、絶対にやってはならない
禁じ手であるのに、それを無視して強行したのです。
 そのような経済の停滞が続いているときに起きたのは、新型コ
ロナウイルスによるパンデミックです。2020年3月にWHO
が「パンデミック」と宣言してから、丸2年以上経った現在でも
収まってはいません。これは、1930年代の世界恐慌以来とい
われる深刻な大不況を世界にもたらしています。
 これは、リーマンショックのときとは、比較にならない大不況
を世界にもたらしており、これにも当然履歴効果があると思われ
るので、これによる需要の深刻な急減は、供給能力にも大きなダ
メージを与え、慎重に経済対策を打たないと、その後遺症はさら
に長期的に、経済の成長にブレーキをかけることは確実です。
 そして、2022年2月24日のロシアによるウクライナへの
全面侵攻が起こります。経済の長期停滞、パンデミック、ロシア
によるウクライナへの特別軍事作戦──経済にとって、まさにト
リプルパンチです。
 この状況下において、米国が打ち出した経済政策は、従来のマ
クロ経済政策の考え方を一新するものであり、その考え方の下で
の巨額な財政出動政策です。まさに財政政策の復権であり、イエ
レン財務長官だけでなく、それは多くの経済学者の間で共有され
ているものです。イエレン財務長官の考え方については、さらに
明日のEJでも述べます。  ──[新しい資本主義/085]

≪画像および関連情報≫
 ●米国救済計画、インフレ高進への寄与「小さい」=財務長官
  ───────────────────────────
   [ワシントン/2021年12月1日/ロイター]──米
  国のイエレン財務長官は1日、バイデン大統領の、1兆90
  00億ドル規模の米国救済計画によって需要が増大したが、
  現行のインフレ高進の小さな一因に過ぎないと述べた。下院
  金融サービス委員会での証言で、同計画が需要を押し上げた
  のは明らかだが、必要以上の刺激策で現行のインフレ高進に
  つながったとの見方は公平ではないと指摘。「米国救済計画
  により国民の懐が暖まり、米経済の旺盛な需要を支えたこと
  は確かだが、現在のインフレの規模と要因を見る限り、その
  寄与度はせいぜい小さいものだ」と語った。
   バイデン大統領の対応に伴うインフレへの影響に関する共
  和党議員からの質問に対しては、長期にわたる失業や高い失
  業率をもたらしかねない需要不足に対応するために景気刺激
  策を実施する「非常に適切な理由」があったと主張。「景気
  刺激策は成功し、需要を押し上げた。これはインフレに関連
  するいくつかの要因の一つだ」とした。
   また、インフレの主要因は、新型コロナウイルスのパンデ
  ミック(世界的大流行)であり、その影響で需要が、サービ
  スからモノへと「大幅に」転換し、サプライチェーン(供給
  網)の問題や労働力供給への持続的な影響をもたらしたと分
  析。パンデミックは労働力に「異常なショック」を与え、健
  康問題への懸念から多くの低所得労働者が仕事に復帰できな
  い状況にあるが、パンデミックが収束すればその影響は軽減
  するだろうとした。       https://bit.ly/3FLkTbS
  ───────────────────────────
ジャネット・イエレン米財務長官.jpg
ジャネット・イエレン米財務長官
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2022年05月17日

●「イエレン財務長官の3つの考え方」(第5730号)

 2020年7月のことです。ブルッキングス研究所において、
当時のイエレンFRB議長と、前議長のベン・バーナンキ氏が、
新型コロナウイルス対策の証言を行っています。ブルッキングス
研究所というのは、米国の由緒あるシンクタンクのことです。
 そのとき、イエレン氏とバーナンキ氏は次のように提言してい
るのです。
─────────────────────────────
 財政赤字や政府債務を恐れずに、財政出動を行うべきである
           ──イエレン議長/バーナンキ前議長
─────────────────────────────
 ただし、その財政支出先は何でもよいのではなく、イエレン議
長らは、次の3つを例示しています。
─────────────────────────────
 @医療研究の支援、検査や病院の能力の拡充、必要物資の供
  給、ビジネス・学校・公共交通機関の再開の支援などの包
  括的な計画
 A失業対策
 B地方政府に対する財政支援
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 まさにこの3つこそが、バイデン政権の「米国救済計画」その
ものであることが分かります。これに対して、同じ2020年6
月、日本の場合、何が起きるかわからないという名目で、第2次
補正予算に10兆円の財政支出先不明の「予備費」を計上してい
ます。米国が財政支出先を明確にして計画化しているのと比べる
とズサンそのものであり、対照的です。
 予備費は、その使途について事後に国会で報告する義務があり
ますが、与党はそれをほとんどを守っておらず、結局うやむやに
なってしまっています。したがって、10兆円の巨額の予備費を
認めてしまうと、自公与党は10兆円をいわばポケットマネーと
して、自由に使えるのです。もちろん、コロナ禍対応の使途以外
に使っても、事後の究明は難しいのです。
 米バイデン政権の場合、ジャネット・イエレン財務長官は、大
規模な財政支出を実施するに当たって、次の3つの考え方を明確
にしています。それを中野剛志氏の上記の本から要約します。
─────────────────────────────
 第1として、不況による需要の急減には長期的に経済を傷つけ
る「履歴効果」というものがあり、放置すると景気が自動的に回
復して元通りになるというものではない。それゆえに一時的な需
要の急減といえども放置すべきではなく、速やかに財政出動を行
うべきである。これには経済学者の間で合意ができている。
 第2として、財政支出を拡大させるに当たっては、財政の持続
可能性を気にかけることは、確かに重要である。ちなみに、この
場合、財政の持続可能性を示す指標は「対GDP比の政府債務残
高」である。しかし、金利が低い場合は、債務返済の費用は低く
なるので、財政支出による便益は資金調達の費用を上回る。
 第3として、アメリカ経済を再建し、より多くの人々により繁
栄をもたらし、アメリカの労働者が競争が激化するグローバル経
済を勝ち抜けるようにするための「長期のプロジェクト」へと、
財政の支出先を振り向ける。財政政策は、単に不足する需要を埋
めて雇用を創出するのではなく、支出先を政府が指定する。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 ここで、ジャネット・イエレン財務長官の「財政の持続可能性
を示す指標は『対GDP比の政府債務残高』である」という言葉
に留意すべきです。なぜかというと、日本の場合、政府債務残高
は対GDP比240%であり、積極的な財政出動など到底できな
いことになってしまうからです。
 どうして日本だけが突出してこの比率が高いのかというと、そ
の理由は、はっきりしています。この30年間、経済がさっぱり
成長していないからです。今や経済成長率で順位をつけると、日
本は世界第158位です。したがって、30年もの間、政府債務
残高は累増するなかで、ほとんどGDPが増えなければ、政府債
務残高の対GDP比は高くなるのは当たり前です。
 日本は、GDPでは米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国で
すが、2021年の実質GDP成長率の世界ランキングは以下の
通りになります。日本の比率は1・62%で、世界158位であ
り、G7中最下位です。
─────────────────────────────
     第 39位:イギリス ・・ 7・44%
     第 45位:フランス ・・ 6・98%
     第 50位:イタリア ・・ 6・64%
     第 65位:アメリカ ・・ 5・68%
     第 95位: カナダ ・・ 4・56%
     第138位: ドイツ ・・ 2・79%
     第158位:  日本 ・・ 1・62%
                  https://bit.ly/3PccaUp
─────────────────────────────
 しかし、イエレン財務長官は、「金利が低い場合は、債務返済
の費用は低くなるので、財政支出による便益は資金調達の費用を
上回る」といっており、財政出動の判断基準を金利水準にも置い
ています。日本の金利水準は米国の10分の1以下であり、GD
P対比240%でも、財政出動にうって出るべきですが、日本政
府はやろうとしているようには見えません。財務省が猛烈に抵抗
しているからです。
 そもそも「GDP対比00%」という基準は本当に正しいので
しょうか。このことをもっときっちり議論する必要があると思い
ます。誰が決めたかわからない基準に縛られることには、大いに
疑問を感じます。      ──[新しい資本主義/086]

≪画像および関連情報≫
 ●MMTを考える/ニッセイ基礎研究所
  ───────────────────────────
   MMTに関する議論は大幅な財政赤字を続けることで財政
  が破綻するかどうかという点に集中している。しかし、財政
  破綻についてのMMTの支持派と批判派の間の議論は、論点
  がずれているためにかみ合っていない。
   「自国通貨を持つ国は財政破綻しない」というMMTの主
  張は、批判する側からすると荒唐無稽に見える。しかし、こ
  れは暗黙のうちに現在主要国が採用している制度を前提とし
  ているか、破綻を回避しようとすると財政以外で経済的な大
  問題が発生してしまうと考えているためである。
   現在の制度に囚われず、物価や外貨の資金繰りといった財
  政以外の問題を無視して、財政破綻を単に「財政支出をまか
  なう資金が調達できなくなる」あるいは「政府が債務不履行
  に陥る」ということだとすると、MMTの主張するように財
  政破綻を回避することは常に可能で、財政破綻は起きないは
  ずだ。例えば、自国通貨を発行する中央銀行がある国では、
  政府は国債などの自国通貨建ての債務の履行が困難になった
  際には、国の支払いのために中央銀行が自国通貨を増発して
  支払えば良いので、債務不履行は回避できる。レイは、現代
  の貨幣(マネー)は単なる引換券(トークン)や債務の記録
  に過ぎないと述べている。MMTは、政府が支出を行うため
  に必要な資金は、必要であれば中央銀行にある政府の当座預
  金残高の数字を増やすというコンピューターへのキー入力だ
  けで作り出すことができると主張している。
                  https://bit.ly/3Pcf7nX
  ───────────────────────────
ベン・バーナンキ元FRB議長.jpg
ベン・バーナンキ元FRB議長
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2022年05月18日

●「長期停滞から脱却させる財政政策」(第5731号)

 米バイデン政権が打ち出した1・9兆ドル(約200兆円)の
「米国救済計画」──コロナ禍への対策ということもあるが、こ
れはリーマンショック時の経済対策をはるかにしのぐ、空前の財
政出動であるといえます。しかもこの経済政策に関して、ジャネ
ット・イエレン財務長官を筆頭に、米国の名だたる主流派経済学
者たちの多くが賛意を表明しているのです。まさにこれは経済学
の「静かな革命」であるといえます。
─────────────────────────────
    現在、先進国の経済は『長期停滞』に陥っている
─────────────────────────────
 これは、ハーバード大学元学長ローレンズ・サマーズ氏が20
13年11月のIMFのコンファレンスにおける講演で提起した
問題です。もともと「長期停滞」という言葉は、1939年に米
国の経済学者アルヴィン・ハンセン氏が唱えたものです。それは
世界恐慌後に停滞が続く米国の経済について、ひとつの仮説とし
て論じたものであり、サマーズ氏は、この古典的な議論を現代に
よみがえらせたといえます。
 米国の経済成長率は、日本に比べると大きく伸びているように
見えますが、平均するとせいぜい2・3%ぐらいです。しかも、
1990年代後半の好況はITバブルであり、リーマンショック
前の2003年から2007年までの好況は住宅バブルだったの
で、米国はこのところ15年以上、金融の安定性を伴う本当の意
味の好況というものを経験していないのです。
 主流派経済学者たちは、市場には需要と供給を自動的に均衡さ
せるメカニズムというものが備わっているという前提を共有して
おり、不況というものは、起きたときに正しく手当をしておけば
後は自然に元の状態に戻ると考えていたのです。つまり、不況と
いうものを一時的な経済現象と捉えていたわけです。
 しかし、リーマンショック後になって、この長期停滞現象に気
がつきはじめた経済学者が増えてきます。それがFRB議長時代
のジャネット・イエレン氏であり、ローレンズ・サマーズ氏など
の主流派経済学者なのでうす。
 この長期停滞に関して、サマーズ氏は、次のような仮説を立て
たのです。その仮説を中野剛志氏の本から引用します。
─────────────────────────────
 通常であれば、需要不足による不況を克服するには、金融緩和
政策が有効である。それは、次のような考え方による。
 まず、自然利子率(均衡実質利子率)というものを想定する。
自然利子率とは、需給が瞬時に調整されて均衡するという仮想の
世界において成立する実質利子率のことである。自然利子率が達
成されている時には、完全雇用が実現していることになる。
 そこで、金融政策は、現実経済における実質利子率を自然利子
率に一致させることを目指して運営される。具体的には、中央銀
行が、名目利子率を自然利子率の水準に誘導するのである。
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 しかし、この主流派経済学の考え方で経済を運営していくと、
困ったことが起きたのです。それは、名目利子率、つまり、金利
がゼロに近いか、限りなくゼロになってしまったことです。この
場合、上記の需要と供給が均衡する「自然利子率」は、ゼロより
もさらに低いことになります。つまり、これは金融政策が限界に
達し、不況から脱出させる有効な処方箋ではなくなったことを意
味します。経済の長期停滞から脱却するための政策には、次の3
つがあります。
─────────────────────────────
            @金融政策
            A構造改革
            B財政政策
─────────────────────────────
 この3つの政策のうち、@の「金融政策」は、長期停滞下にお
いてはその有効性は低下しています。それは、上記のように、名
目利子率が下限のゼロに達してしまうからです。
 それでは、Aの「構造改革」はどうでしょうか。
 構造改革とは、経済の潜在成長力を高めるため、規制改革など
によって、資本市場や労働市場を流動化し、競争を活発にするこ
とによって、生産性を向上させる新自由主義的政策のことです。
 日本においては、小泉純一郎政権(2001年4月〜2006
年9月)が、「構造改革なくして景気回復なし」「聖域なき構造
改革」などのスローガンを掲げて断行した郵政民営化・三位一体
改革・医療制度改革などの一連の新自由主義的な施策を指してい
ますが、デフレを加速させただけで終わっています。
 ローレンス・サマーズ氏は、Aの構造改革には否定的です。な
ぜなら、構造改革は供給力を高める効果はあるものの、それに伴
う需要の拡大が伴わないと、デフレ圧力が発生するからです。
 Bの「財政政策」についてはどうでしょうか。サマーズ氏は次
のように考えています。
─────────────────────────────
 残された選択肢は、財政政策である。
 財政政策、すなわち公共投資や民間投資を促進して、支出を拡
大する。これこそが、サマーズが最も推奨する処方箋にほかなら
ない。サマーズは、長期停滞をもたらしている構造的な問題を解
消するために、公共投資を用いるべきだと主張する。特に、イン
フラ整備のための公共投資はGDPを拡大するので、結果的に、
対GDP比の公的債務負担を軽減するだろう。金利がほぼゼロの
時に、5〜10%のリターンをもたらす公共投資を行うのは理に
適っているとサマーズは強調するのである。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/087]

≪画像および関連情報≫
 ●世界経済は長期停滞に突入したのか
  リチャード・N・クーパーハーバード大学教授
  ───────────────────────────
   かつて40年の長きにわたる高度成長を遂げた日本経済が
  ここ四半世紀、ほとんど成長していない。経済規模を示す国
  内総生産(GDP)は、1997年から2015年にかけて
  わずか12%(物価変動調整後)しか拡大しておらず、年平
  均成長率は0・6%にとどまっている。こうした状況は「長
  期停滞(secular stagnation)」と呼ばれる。この表現は、
  1930年代後半にハーバード大学のアルヴィン・ハンセン
  教授が「長期停滞論」を唱えたことをきっかけに広く用いら
  れるようになったが、近年、同じくハーバード大学のローレ
  ンス・サマーズ教授らが使い始めたことで再び注目されるよ
  うになった。サマーズ教授らが問いかけているのは、日本の
  みならず、欧州、さらには世界全体で長期停滞が起きている
  のではないかということである。
   長期停滞は2つの全く異なる(しかし矛盾しない)要因に
  よってもたらされる。1つは経済の「供給サイド」の問題で
  ある。たとえば、労働力人口の伸び率低下による負の影響を
  打ち消して余りある労働生産性の向上が得られないと、潜在
  的経済成長力が損なわれる。もう1つの要因は、その結果と
  して、生産性の向上につながる投資が限界に達し、製品や生
  産プロセスにおける目に見える技術的進歩にも限界があるこ
  とによって、起こりうるものである。この状況は、ここ何年
  か労働力人口が減少している日本にあてはまりそうである。
                 https://bit.ly/3l9AKY9
  ───────────────────────────
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ローレンス・サマーズ元米財務長官
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2022年05月19日

●「サマーズはどう主張を修正するか」(第5732号)

 このところ、評論家の中島剛志氏の所論を参考にして、日本は
なぜ、デフレから脱却できないのか、日本経済はなぜ長期間にわ
たって成長できないのかなどについて、EJ風にいろいろな角度
から検討してきています。
 中島氏にいわせると、それは主流派マクロ経済学の考え方に問
題があるからだといいます。なぜなら、国の経済政策は、社会主
義の国は別として、主流派マクロ経済学の考え方によって決まっ
ているからです。
 ところが、その主流派マクロ経済学でも現在の経済現象を合理
的に説明できなくなっています。その経済現象のひとつとして問
題になっているのが、リーマンショック後における経済の「長期
停滞」現象です。
 ローレンス・サマーズ氏といえば、主流派マクロ経済学の最高
権威学者の一人ですが、そのサマーズ氏自身も、長期停滞という
現象が、主流派経済学の理論と政策に大きな修正を迫ってきてい
ることを認めています。
 問題は従来の考え方からの転換のやり方です。それには、次の
2つがあります。
─────────────────────────────
 1つは、主流派経済学の基本的な分析枠組みは温存しつつ、長
期停滞に対する診断や処方が可能になるように、修正を加えるこ
とである。
 2つは、主流派経済学の基本的な分析枠組みを根本的に否定し
長期停滞が説明できる、まったく別の理論体系に、乗り換えるこ
とである。                 ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 サマーズ氏は上記「1」と「2」の中間の立場を取り、主流派
「2」のように、主流派マクロ経済学に革命を起こそうとまでは
考えていないと、中野剛志氏はいいます。
 中野剛志氏によると、一番大きな問題は「信用創造」について
主流派マクロ経済学が誤解していることです。それは、主流派マ
クロ経済学が「貸付資金説」に立脚しているからです。貸付資金
説というのは、簡単にいうと、貯蓄の増加が利子率に影響を与え
るという考え方に立っています。
 貸付資金説は、貸付資金の需給によって利子率が決定されると
いう考え方です。この考え方によると、貯蓄の増加は貸付資金の
供給増になるので、需要に変動がない場合、利子率は低下するこ
とになります。
 問題は、この貸付資金説に立つと、銀行は借り手に貸し付けを
行うさい、銀行口座に貯蓄された資金(預金)を元手としている
ことになってしまいます。これは「信用創造」を否定することに
つながります。
 ここまで何度も述べてきているように、銀行は銀行が保有して
いる預金を借り手に「又貸し」しているのではなく、銀行が借り
手に資金を貸し出すことによって、預金を創造していることにな
ります。つまり、ある企業に対して銀行からの貸し出しが承認さ
れ、その企業の口座に貸出資金がプリントされた瞬間、貸出資金
分の預金が新しく創造されるのです。
 なお、これは、MMT(近代貨幣論)でも何でもなく、銀行員
であれば誰でも常識として知っている知識です。これに関して、
中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 主流派経済学だけでなく、銀行実務に関する通俗観念もまた、
預金を借り手に貸し出しているものと誤解している。こうしたこ
とから、イングランド銀行は、この貸付資金説という根深い誤解
を払拭すべく、季刊誌において「商業銀行は、新規の融資を行う
ことで、銀行預金の形式の貨幣を創造する」という解説を掲載し
ている。
 ちなみに、我が国の全国銀行協会も、「銀行が貸出を行う際は
貸出先企業Xに現金を交付するのではなく、Xの預金口座に貸出
金相当額を入金記帳する。つまり、銀行の貸出の段階で預金は創
造される仕組みである」と解説している。
 さて、銀行は、信用創造によって、言わば無から貨幣(預金)
を生み出すことができるわけであるから、貸し出しに必要なのは
事前の資金ではなく、信用できる借り手の存在だけということに
なる。     ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 「信用創造」の立場に立つと、信用できる借り手の存在さえあ
れば、貨幣は銀行によって創造されるので、貯蓄によって投資が
制約を受けることはないことになります。つまり、貯蓄によって
投資が制約されるのではなく、投資(銀行からの貸し出し)する
ことによって、貯蓄(預金)が生み出されるのです。主流派マク
ロ経済学の論説はこのあたりのことがきわめて曖昧です。
 また、「供給が需要を生み出す」というセイの法則は、主流派
マクロ経済学の前提条件のはずですが、長期停滞に当たって、需
要こそが供給を生み出すという真逆のことをサマーズ氏ほどの大
物主流派マクロ経済学者がいいだすということは、単なる従来の
理論の修正では済まない大変更になります。
 もうひとつ、イエレン財務長官は「金利が低い場合は、債務返
済の費用は低くなるので、財政支出による便益は資金調達の費用
を上回る」といっており、サマーズ氏もこれに同意していますが
これもおかしいのです。
 中央銀行は、ベースになる短期の利子率を政策金利として決め
ることができるので、他のさまざまな利子率に影響を与えること
ができます。そうであるならば、利子率は中央銀行によって、操
作可能ということになるので、利払いの負担を軽くしたければ、
中央銀行が政策金利を下げればよいだけの話です。したがって積
極財政ができる根拠は低金利ではないことになります。
              ──[新しい資本主義/088]

≪画像および関連情報≫
 ●セイの法則が破れる二つのパターン――増産に必要な条件
  ――(寄稿コラム)
  ───────────────────────────
   あっさり言えば、セイの法則は物々交換経済を前提にして
  おり、したがってある財の超過供給というのは、その時点で
  必ず他の財の超過需要を意味していることになり、広範の財
  の超過供給というのはあり得ないということである。
   これに対するケインズ及びケインジアンの簡便な反論(セ
  イの法則が破れる一つ目のパターン)は、記事にも書いた通
  り、貨幣や安全資産(貯蓄用資産)を導入した場合の指摘で
  ある。こうした貯蓄資産への需要過剰(供給不足)がある場
  合は、実物財、実物サービスでの広範な需要不足はあり得る
  ことになるではないか、というのがケインジアンの基本的な
  アイデアである。その帰結として、ケインジアンは『潜在貯
  蓄過剰』の解消を通じて消費の最大化を実現しようとする。
  (潜在貯蓄需要を満たすための貯蓄資産供給≒財政赤字の提
  供、或いは貯蓄よりも消費を促すような再分配政策や社会政
  策など)
   しかし、今回は別方向からセイの法則の破れ(セイの法則
  が破れる二つ目のパターン)にアプローチしたい。セイの法
  則、ひいては経済学(の余剰分析)では、生産効率化は、シ
  ンプルに生産量の増加として処理される。正確には、生産効
  率化によって生じる生産可能フロンティアのシフトが、実際
  に起こる生産のシフトを描写すると考える。
                 https://amba.to/3PkigC6
  ───────────────────────────
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講演する中野剛志氏
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2022年05月20日

●「対GDP比債務残高は正しいのか」(第5733号)

 主流派マクロ経済学では、「政府の財政赤字は民間貯蓄でファ
イナンスされている」と考えているようですが、これは正しくな
い考え方です。なぜ、そのように間違えるのかというと、主流派
マクロ経済学は、「信用創造」を認めないからです。
 政府の信用創造のプロセスは、個人や企業が銀行から資金を借
りる場合と基本的には同じです。銀行により、貸出金額が自身の
銀行口座に記帳された瞬間に、その貸出金額と同額の預金が新し
く創造されるのです。つまり、預金のかたちをとった貨幣が新し
く創造されることになります。これまで、何回も述べてきている
信用創造のプロセスです。
 政府が国債発行による財政支出をする場合も同様で、その支出
額と同額の民間貯蓄(預金)が生み出されるのです。これについ
て、中野剛志氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 政府が発行した国債を銀行が購入する場合、銀行は中央銀行に
設けられた準備預金を通じて購入している。その準備預金は、中
央銀行から供給されたものであって、民間部門の預金を集めたも
のではない。すなわち、政府の財政赤字は、民間貯蓄でファイナ
ンスされてなどいないのである。       ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 日本の場合、政府が新規に国債を発行し、それがどのようなプ
ロセスで同額の預金を創造するかについては、3月1日のEJ第
5080号で詳しく述べています。
─────────────────────────────
     ◎2022年3月1日/EJ第5680号
      「国債を発行して公共事業を実施する」
             https://bit.ly/3MmT24d
─────────────────────────────
 ここで問題になるのは、ジャネット・イエレン、ローレンス・
サマーズ両氏をはじめとする積極財政を唱えるようになった主流
派マクロ経済学者たちが主張する次の歯止めです。
─────────────────────────────
 超低金利下における財政拡張は、財政の持続可能性(対GDP
比)を安定化し、改善するという論拠に立つべきである。
─────────────────────────────
 これに関して中野剛志氏は、主流派マクロ経済学は「財政赤字
は民間貯蓄によってファイナンスされている」という誤解をして
いると主張しています。なぜなら、実際に財政赤字は、民間貯蓄
によってファイナンスされてはいないからです。
 それでは、実際に財政赤字をファイナンスしているのは、何で
しょうか。
 それは中央銀行の通貨(準備預金)です。これは信用創造のメ
カニズムによって十分説明が可能です。これについては、上記の
2022年3月1日/EJ第5680号において、詳しく説明し
ていますので、興味があれば参照してください。個人や企業が銀
行から融資を受けるさい、その資金が信用創造されることによっ
て、その金額が創造されるからです。
 そうであるとすると、対GDP比政府債務残高という指標は、
とくに意味はないことになります。つまり、この指標は、債務の
持続可能性とは何も関係がないからです。もちろん、中央銀行が
創造できるのは自国通貨に限られます。したがって、MMTでい
う自国通貨建ての国債に関しては、デフォルトになることはあり
得ないということになります。
 それでは、政府の財政運営は、何を基準にして行われるべきな
のでしょうか。
 それは、1943年にアバ・ラーナーによって提唱された「機
能的財政」にヒントがあります。アバ・ラーナーはロシアのベッ
サラビアで生まれ、イギリスで教育を受けたあと教え始めたもの
の、1939年からはアメリカ合衆国に移住して活躍した経済学
者です。生涯を通してケインズ経済学を一貫する形で活動したこ
とからケインズ主義経済学者であるといえます。
 「機能的財政」について、中野剛志氏は、次のように説明して
います。
─────────────────────────────
 機能的財政とは、簡単に言えば、財政支出、課税の増減、国債
の発行といった財政政策を、財政政策が国民経済に与える影響を
基準にして運営すべきであるという考え方である。財政政策が国
民経済に与える影響が基準となるのであるから、財政運営の指標
は、例えば失業率、インフレ率、金利水準といったものになる。
 具体的には、失業率が高い場合には、財政支出を拡大したり、
減税を行ったりして需要を創出すべきである。逆に、完全雇用を
達成し、かつインフレ率を抑制すべき状態にある場合には、財政
支出を抑制することになる。あるいは、金利を上げる必要がある
場合には、国債を発行し、銀行がそれを購入して準備預金を減ら
すようにし、逆に、金利を下げたい場合には、中央銀行が国債を
購入する。
 このようにして、財政赤字の大小、課税の軽重、国債発行額の
多寡は、対GDP比の政府債務残高ではなく、ましてやプライマ
リー・バランスでもなく、失業率やインフレ率といった国民経済
の状態を基準にして判断されるべきとするのが、「機能的財政」
なのである。  ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 これは実に驚くべき主張です。財政運営の基準とすべきは、対
GDP比の債務残高ではなく、失業率やインフレ率などによって
決めるべきであるというからです。この基準であれば、日本は、
対GDP比の債務残高は、世界最大級ではあるものの、失業率は
悪くないし、インフレ率は、ゼロ、もしくはマイナスであるので
十分財政出動できる余地があるからです。
              ──[新しい資本主義/089]

≪画像および関連情報≫
 ●累積債務の対GDP比縮小で財政再建が進んでいると
  言えるのか
  ───────────────────────────
   「2015年度に対GDP比でPB赤字を半減するという
  目標を立てた。2020年度にはPBの黒字化を目標として
  いるが、これは、政府の税収と政策的経費との関係になって
  いる。勘案するものは果たしてそれだけでいいのか。それだ
  けで全て見てしまうのではなく、累積債務に対するGDP比
  世界でも割とこれを指標としているところがあるが、GDP
  を大きくすることで、累積債務の比率を小さくすることにな
  る。そこで投入された国家資源がしっかりとしたストックに
  なっていくことについて、どう評価するかという観点から伊
  藤議員はおっしゃったのだろうと思うが、もう少し複合的に
  見ていくことも必要かなと思う」
   2014年12月22日の経済財政諮問会議での安倍首相
  の発言である。2015年年2月12日の同会議では、内閣
  府は、2015年度の基礎的財政収支(PB)は16兆4千
  億円の赤字となる見通しであり、毎年名目成長率3%の高い
  成長が続くと仮定しても、黒字達成目標の2020年度でも
  9兆4千億円の赤字が残るとの試算を示した。もちろん20
  17年度からの消費税率10%への再増税は、織り込み済み
  だ。上記2つの事実は、基礎的財政収支(PB)を2020
  年度に黒字化するという目標の達成が困難になってきたので
  財政再建の取組みが遅れているという批判を招かないために
  アベノミクスの第三の矢である成長戦略のもたらす実績を反
  映させて国内総生産(GDP)を拡大することにより、国の
  累積債務は減らさなくても小さく見せることが出来るのだか
  ら、このような見方も検討すべきではないかと言っているよ
  うに見える。         https://bit.ly/3LmCxDZ
  ───────────────────────────
アバ・ラーナー.jpg
アバ・ラーナー
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2022年05月23日

●「アーサー・オークン『高圧経済』」(第5734号)

 少し問題を整理して先に進めます。話がややこしくなってきて
いるからです。次の文章は、ある大学で経済学を勉強している学
生が、ウェブサイトにアップロードしている文章の一部です。な
お、この文の出典はあえて控えます。ご本人に失礼なことがあっ
てはいけないからです。
─────────────────────────────
 日本は安全なのでしょうか。これから検討していきたいと思い
ます。日本の総貯蓄率は外国に比べて高いので、その貯蓄を使っ
て銀行などが国債の購入をしています。その貯蓄の額は1400
兆円。どのように購入するのか具体的にいうと、まずわたしたち
はお金を銀行に預けます。銀行はその預金を使って企業に融資し
たりします。その一例が国債の購入です。国債は一般的な債券に
比べ、金利も高く、さらには国が返済債務を負っているという非
常に魅力的なものであるため、銀行も購入するのです。そして、
国債の買い手のほとんどは国内企業で、海外の買い手は5%くら
いです。          ──あるゼミナールの学生の一文
─────────────────────────────
 ここで述べられていることは、一般の人から見ると、ごく常識
的で当たり前のことです。わたしたちは、銀行にお金を預けると
銀行はその預金から企業に融資したり、国債購入もその一環で行
われると信じているからです。
 しかし、この主張は主流派経済学が説く「貸付資金説」の考え
方そのものです。銀行は、蓄えられている預金を元手にして貸付
を行っているという考え方です。したがって、国債発行は、民生
貯蓄に依存しているということになります。
 しかし、何度もいうように、これは間違いです。政府が新規に
国債を発行し、民間銀行がそれを引き受けたとすると、その銀行
の日銀当座預金(準備預金)から国債購入分の金額が減り、政府
の日銀当座預金に振り替えられます。
 ここで重要なことは、そもそも準備預金というものは日本銀行
から供給されたもの──つまり、日銀によって創造されたお金で
あって、民間銀行の預金を集めたものではないということです。
なお、国債発行によって、購入銀行の日銀当座預金から政府の日
銀当座預金に振り替えられたお金は、回りまわって購入銀行の当
座預金に戻ってくるので、国債発行によって生み出された資金は
日銀が創造した資金ということになります。
 繰り返しますが、この「信用創造」の考え方は、銀行員であれ
ば、だれでも知っているものであり、日本の全国銀行協会も日本
銀行も、黒田日銀総裁も認めている考え方です。しかし、それで
も主流派経済学者は、あくまで「貸付資金説」に立脚し、「信用
創造」を認めようとはしないのです。
 ここで言葉を整理します。政府が国債を発行すると、その分だ
け資金が創造され、民間貯蓄は増えますが、財政赤字はその分膨
らみます。しかし、国民が心配する次のようなことは、起こりよ
うがないのです。
─────────────────────────────
   財政赤字によって資金が逼迫して国債金利が上昇する
─────────────────────────────
 実際に日本では過去20年以上にわたって、巨額の政府債務を
累積し続けてきていますが、長期金利(10年物国債の金利)は
最低水準で推移してきています。確かに、日本の対GDP比国債
残高は240%ではあるものの、5月20日のEJでご紹介した
アバ・ラーナーの「機能的財政」によれば、今度こそ日本は、米
国がやっているように、ここでデフレから脱却するために、積極
的な財政出動をすべきであるといえます。
 アーサー・オークンという米国の経済学者がいます。彼が発見
した「オークンの法則」という法則が有名です。実質GDPと失
業率の変化の間に負の相関がみられるという法則です。具体的に
は、実質GDP成長率が上昇すると、失業率は低下するという経
験則のことです。
 このアーサー・オークンは「高圧経済」という概念を発表して
います。米国のジャネット・イエレン財務長官は、この概念が米
国経済の長期停滞脱却に活用できると考えているのです。高圧経
済について、中島剛志氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 「高圧経済」とは、需要が十分にあって、労働市場がタイトな
状態の経済を指す。言わば、インフレ気味の経済である。高圧経
済の下では、大きな需要が存在することから、企業は積極的な投
資を行って、生産能力を拡大する。また、技術開発投資や起業も
活発に行われる。雇用機会が十分にあり、労働市場がタイトであ
るため、労働力はより生産的な仕事へと移動する。
 したがって、政府による公共投資によって、需要を拡大し、高
圧経済の状態を作り出すことができれば、民間投資が誘発され、
供給力が高まり、経済成長が可能になる。しかも、高圧経済を維
持するためには、政府は財政支出を一時的に拡大するだけではな
く、長期間、継続する必要があるかもしれない。端的に言えば、
積極的な財政金融政策は、もはや単なるカンフル剤ではなく、長
期的な成長戦略でもあるということだ。これは、確かに、従来の
主流派経済学のマクロ経済政策の考え方を根本的に修正するもの
であった。                 ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 もし日本が、現状を好機と捉えて、完全雇用とデフレ脱却を目
指して、積極的な財政出動を行ったとすると、総需要が拡大して
いわゆるオークンがいうところの「高圧経済」の状態が生み出さ
れ、それが民間企業の設備投資や技術開発投資を活性化させ、労
働力はより生産性の高い仕事へと移動して、起業も活性化するは
ずです。その結果、供給力が強化され、経済成長を促すと考えら
れるからです。財政支出を人材、研究開発、インフラ整備などに
振り向けるべきです。    ──[新しい資本主義/090]

≪画像および関連情報≫
 ●「高圧経済」とは?イエレン氏の唱える「やり過ぎな経済
  策」が、日本に超必要なワケ/第一生命・藤代宏一氏
  ───────────────────────────
   バブル崩壊以降、物価上昇率が低い状態が続く日本では、
  物価が上がらないことを前提とする経済活動が、定着してし
  まった。こうした思考パターンを払拭し、日本経済を完全復
  活に導くためにはどうすれば良いか。経済復活のヒントにな
  るのが、「履歴効果」と「高圧経済」だ。就職氷河期時代の
  日本の状況や、元FRB長官イエレン氏のとった経済政策な
  どを振り返りながら、2つのキーワードを解説したい。
   まず「(負の)履歴効果」とは、端的に言えば「一時的な
  経済ショックが長期にわたってマイナスの影響を与える」こ
  とである。
   何らかの理由で経済活動が急激に縮小すると、危機が終わ
  っても経済活動のレベルがすぐに元の状態に戻らない傾向に
  ある。危機時に本来使うべきおカネが削られてしまうことで
  成長の種が撒かれず、低成長が長期化してしまうことが一因
  だ。ここで言う「本来使うべきおカネ」とは、雇用や設備投
  資、すなわち労働者育成や最新設備導入、研究開発費など成
  長に必要なおカネである。そうした支出が過度に抑制される
  と危機が過ぎ去った後に、熟練労働者の不足に直面したり、
  新製品の開発が進まず技術革新が滞ったりすることで低成長
  が長期化してしまう。
   日本では1990年代前半のバブル崩壊から2000年代
  前半(ITバブル崩壊や金融システム不安)までの不況の影
  響で「就職氷河期」と呼ばれる極端な新卒採用の抑制が長期
  化し、その結果、人的資本の蓄積が進まず、長期停滞の一因
  になったとの指摘がある。   https://bit.ly/3MCHycO
  ───────────────────────────
アーサー・オークン.jpg
アーサー・オークン
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2022年05月24日

●「日本は巨額の財政出動ができるか」(第5735号)

 5月20日未明のことです。東急田園都市線の電車内で、乗客
を殴るなどしたとして、暴行容疑で逮捕された男がいます。財務
省総括審議官の小野平八郎容疑者です。なぜ、この話をEJが取
り上げるのかというと、この事件の現在のテーマと、いささか関
係があるからです。
 米国は、ここまで述べてきているように、このさい積極的な財
政出動に踏み切っていますが、日本で果たしてそれができるかど
うかのカギを握ってるのが、自民党の財政政策を決める次の2つ
の組織です。
─────────────────────────────
              本部長       最高顧問
 財政健全化推進本部  額賀福志郎   麻生太郎元財務相
  財政政策検討本部   西田昌司    安倍晋三元首相
─────────────────────────────
 組織の性格としては、財政健全化推進本部は自民党総裁(岸田
首相)の直轄であり、財政政策検討本部は政調会長(高市早苗政
調会長)の直轄組織であることです。
 財政健全化推進本部の額賀福志郎本部長は、自民党のベテラン
衆議院議員ですが、経済財政に一家言を持つ議員として知られて
います。第2次森改造内閣で経済財政政策担当大臣、第1次安倍
改造内閣と福田康夫内閣で、財務大臣を務めています。
 これに対して、政調会長の直轄組織である財政政策検討本部の
本部長の西田昌司参院議員は、積極財政派の議員です。西田議員
は、いわゆる小泉・竹中の聖域なき構造改革について反対し、民
主党政権下の財政金融委員会などで、デフレや復興需要が相交わ
る経済状況で、有効な財政出動・金融緩和を実施せずに、増税路
線に走るのは順序が違うとして強く反対してきています。
 「経済は生き物」と考えており、二項対立的な解釈が多いハイ
エクとケインズの理論も、当時の状況に応じて構築されたように
その都度経済状態を見立てて適切な政策を実施しなければならな
いと主張してきています。また、西田氏はMMT(近代貨幣論)
について、自民党内で一番詳しい議員です。
 現在、岸田内閣は、6月に政府として経済財政運営と改革の基
本方針(骨太の方針)をまとめることになっていますが、その前
提として、自民党の提言を受ける必要があります。その提言を行
うために、この2つの組織間の意見を調整しなければならないの
ですが、現在、意見が激突しているのです。
 財政健全化推進本部では、あくまで、財政健全化の旗を降ろさ
ず、PB(プライマリーバランス)の黒字化目標の堅持を強く求
めているのに対して、財政政策検討本部では、その修正を求めて
いるのです。
 とくに5月19日には自民党本部で開かれた会合において、両
本部の意見は激突し、怒号が飛び交う事態となったといいます。
実はこの議論の板挟みになっていたのが、小野平八郎総括審議官
だったのです。小野総括審議官は、そのうっぷんを晴らすためか
深酒を飲み、その未明(20日午前0時半)、電車内で乗客とト
ラブルを起こしてしまったのです。
 小野平八郎総括審議官は直ちに更迭され、総括審議官は、新川
浩嗣官房長が兼務することになっています。しかし、財政健全化
推進本部としては、強力なスタッフを失ったことになります。そ
れにしても、わからないのは、泥酔している小野氏は、なぜハイ
ヤーを利用しなかったのでしょうか。なぜ、混雑している電車に
乗ったのでしょうか。財務省の総括審議官ぐらいの人であれば、
普通であれば、ハイヤーで帰るはずです。
 実は、この財務省の「総括審議官」のポストには因縁があるの
です。これについて、「NEWSポストセブン」は、次のように
書いています。
─────────────────────────────
 小野氏は財務省の「出世の登竜門」の主計局主計官から主税局
総務課長などを歴任して、昨年7月に総括審議官に就任したが、
このポストは不祥事と因縁がある。
 同省がかつて官官接待事件で大量の処分者を出した時、省内の
綱紀を担当する官房長だった武藤敏郎氏も監督責任を問われて降
格処分になった。だが、当時の同省首脳部が“10年に1度の大
物次官候補”と見られていた武藤氏に出世の道を残すために、ほ
とぼりが冷めるまでの「待機ポスト」として用意したのが総務審
議官の役職。組織改革で現在の総括審議官の名称になった。武藤
氏はその後、財務事務次官や日銀副総裁を歴任、現在は東京五輪
・パラリンピック組織委員会事務総長を務めている。
 以来、総括審議官は財務官僚の「次官コース」となり、これま
でに増税路線で知られた勝栄二郎氏など10人近い次官を輩出し
てきた。「次の財務次官」と見られている茶谷栄治・主計局長、
「次の次の次官」が有力な新川浩嗣・官房長も総括審議官を経験
している。その先が“小野次官”の出番と見られていた。
                  https://bit.ly/3wzTaYG
─────────────────────────────
 高市早苗政調会長は、2%の物価上昇率を達成するまでは、プ
ライマリーバランスの黒字化目標を凍結し、財政出動を続けるべ
きであるとしています。財政政策検討本部のバックには、安倍元
首相がついていますが、それでも米国のような大胆な財政出動は
とてもできないと考えられます。
 財務省は、経済学というものがわかっていないし、そのために
日本がデフレから脱却できず、日本の国力はどんなに下がったと
しても、彼らにとって何も困らないのです。日本としては、防衛
費をGDP比で2%に引き上げる目標や、脱炭素の取り組み、半
導体などの経済安全保障に関わる重要技術の支援など、政府の支
出増は必至の情勢です。そのさい、きっと財務省は「財源はどう
するのか」と主張し、おそらく増税を提案すると思われます。こ
のさい、国民を含めて、経済学というものをもっと勉強すべきで
あると考えます。      ──[新しい資本主義/091]

≪画像および関連情報≫
 ●自民党「財政政策検討本部」は、積極財政への大転換エンジ
  ンとなるか?
  ───────────────────────────
   臨時国会に先立ち、自民党の政務調査会に「財政政策検討
  本部」が設置された。外部専門家も招いてその意見を聞きつ
  つ、議論が進められていくことになる。有益な提言を取りま
  とめ積極財政への大転換のエンジンとなり得るのだろうか。
  (政策コンサルタント 室伏謙一)
   自民党総裁選は積極財政対緊縮財政の闘いであり、10月
  31日に投開票が行われた衆議院議員選挙は積極財政対緊縮
  財政の闘いを飛び越えて、積極財政という方向を向いた、そ
  の中身をめぐる闘いであった(もちろん、積極財政とうそぶ
  いた超緊縮勢力との闘いという面もあったが)。一方で、矢
  野財務事務次官の寄稿文による批判のみならず、「バラマキ
  合戦」と揶揄する声も大手メディア経由で聞こえた。
   結果についてはご承知の通りだ。緊縮勢力である日本維新
  の会が41議席と改選前から30議席伸ばしたのみならず、
  選挙後早々から、いわゆる文書交通費をターゲットにして日
  割り払いにすることや、使途を明らかにすることなど、緊縮
  の主張を強めていっている。
   日本維新の議席増(といってもかつての最大議席獲得時の
  54議席に比べればまだ13議席足りないが)に恐れをなし
  たというよりも、それを受けて維新の主張に流され始めた各
  党がこの緊縮の主張に便乗、関係法の改正案まで協議される
  に至ったということだろう。しかし、この協議は土壇場で先
  送りにされた。        https://bit.ly/3sSKPNn
  ───────────────────────────
額賀福志郎氏/西田昌司.jpg
額賀福志郎氏/西田昌司
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2022年05月25日

●「2020年末72兆円の資産超過」(第5736号)

 「私は国家公務員は『心あるモノを言う犬』であらねばならな
いと思っています。どんな小さなことでも、違うとか、よりよい
方途があると思う話は、相手が政治家の先生でも、役所の上司で
あっても、はっきりいうようにしてきました。『不偏不党』──
これは、全ての国家公務員が就職する際に、誓約書に書かせられ
る言葉です。財務省も霞が関全体も、そうした有意な忠犬の集ま
りでなければなりません」──『文藝春秋』2021年11月号
 これは現財務事務次官の矢野康治氏の言葉です。とても立派な
ことをいっていますが、財務省は自省に都合の悪いことは隠すし
国民から税金をとることしか考えていません。その驚くべき例が
次にあります。
─────────────────────────────
 ◎日本政府は72兆円の資産超過(2020年末)
  一般政府貸借対照表(内閣府公表)
                      単位:10億円
 1.非金融資産             782686.2
   (1)生産資産           661761.9
   (2)非生産資産(自然資源)    121135.6
       a.土地          116260.0
 2.金融資産              700398.6
   (2)現金・預金          123425.0
   (3)貸出              19009.3
   (4)債務証券            66445.6
   (5)持分・投資信託受益証券    180423.9
       うち株式           69089.5
   (8)その他の金融資産       308787.9
   期末資産             1483084.8
 3.負債               1411418.2
   (3)借入             151103.0
   (4)債務証券          1181255.0
 4.正味資産               71666.6
                ──植草一秀著/ビジネス社
           『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
      資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 これは、内閣府公表の「一般政府貸借対照表」です。これによ
ると、日本政府は、2020年末に1411兆円の債務を抱えて
います。これは、2020年第4四半期の名目GDP546兆円
の258%に該当します。確かに膨大な借金です。
 しかし、バランスシートをよくみると、日本は「期末資産」と
して1483兆円もの金融資産を保有しており、負債を差し引い
た正味資産は72兆円の資産超過になっています。この事実につ
いて、財務省、とりわけ「心あるモノを言う犬」である矢野次官
はどう答えるのでしょうか。
 一方、財務省は、同じ2020年3月末のバランスシートとし
て、次を公表しています。
─────────────────────────────
 ◎財務省版バランスシート(2020年3月末)
  中央政府貸借対照表
 ■資産合計 ・・・・・・・・・・・・・・・ 681兆円
 現金・預金(@)               46兆円
 有価証券(外貨証券等)(A)        126兆円
 運用寄託金(B)              113兆円
 貸付金(財融貸付金等C)          107兆円
 出資金(D)                 76兆円
 ───────────────────────────
 有形固定資産(D)             189兆円
 ───────────────────────────
  ・道路等の公共用財産           152兆円
  ・庁舎の固有財産              32兆円
 その他(未収金等)              23兆円
 ───────────────────────────
 資産・負債差額              ▲592兆円
 ───────────────────────────
 ■負債合計 ・・・・・・・・・・・・・・ 1273兆円
 短期証券(外国為替資金資金証券等A)     77兆円
 公的年金預り金(B)            121兆円
 財投預託金(C)                6兆円
 財投債(C)                 91兆円
 建設公債                  281兆円
 特例公債                  612兆円
 その他(復興債等)              15兆円
 借入金(交付税特会等)            32兆円
 その他(未払金等)              37兆円
         ──植草一秀著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 財務省公表のバランスシートによると、2020年3月末時点
で592兆円の債務超過なっています。これは、どうしたことで
しょうか。
 内閣府公表のバランスシートでは「72兆円の資産超過」であ
るのに、財務省公表のバランスシートでは「592兆円の債務超
過」になっています。正反対です。
 これは、内閣府のバランスシートは「一般政府」のそれである
のに対して、財務省のバランスシートは「中央政府」のそれなの
です。一般政府と中央政府──これはどう違うのでしょうか。
 財務省としては、何が何でも「政府は借金が多い」ことを国民
にアッピールしたいのです。借金が多くてもそれを上回る金融資
産があれば、氷山にぶつからなくて済みます。この謎説きについ
ては、明日のEJで述べることにします。
              ──[新しい資本主義/092]

≪画像および関連情報≫
 ●イェール大名誉教授「"日本財政は破綻寸前"はウソと断言で
  きる理由」/浜田宏一氏
  ───────────────────────────
   日本は国債残高が大きいが、ポルトガルとは異なり、外貨
  などの金融資産を多く持ち、非金融資産、つまり公共の建物
  港湾、道路、森林など実物資産も多く持つ。財務省は政府債
  務(GDP比)を比較して日本は破産寸前だというが、増税
  して権限を強くしたいがための詭弁と考えられる。
   財政の健全性をより正確に測るには、政府の純資産(総資
  産から総負債を引いたもの)によって測られるべきなのであ
  る。図でいえば、日本の純資産はほとんどゼロであり、他国
  と比較しても健全と言える。
   民間で例えて言えば、日本は多くのローンを借りて土地な
  どの資産を多く持つお金持ちというにすぎず、「日本政府は
  破産寸前」とは言えない。「タイタニック号が氷山に向かっ
  て突進しているようなもの」などと、矢野次官は日本の財政
  状況を例えたが、誇大妄想の限りである。
   財政均衡論者からの反論として、実物資産(金融資産以外
  の資産)を考慮することに対しては、例えば道路公団は道路
  を売れないという批判を聞く。しかし、有料道路からは道路
  料金の収入があり、国債の金利の資産はそれで賄える。日本
  の国債残高は世界最悪であるから、増税してプライマリー・
  バランスを均等化せよ」という財務省、財政均衡論者の主張
  は、前提が間違っているのである。ところが財務省は、この
  誤った理解のもとに、国民や経済学者、エコノミストに対し
  て、「政府も民間主体と同じように財政収支を絶えず均衡化
  せよ」という論理を当然として議論を進める。
                 https://bit.ly/38EiXWA
  ───────────────────────────
矢野康治財務省事務次官.jpg
矢野康治財務省事務次官
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2022年05月26日

●「財務省は借金をわざと過大にする」(第5737号)

 昨日のEJの謎の解明です。まず「一般政府」と「中央政府」
の違いを明らかにする必要があります。内閣府の貸借対照表は、
「一般政府」、財務省のそれは「中央政府」です。「一般政府」
と「中央政府」には、次の違いがあります。
─────────────────────────────
 ◎一般政府
  国民所得計算において国全体の経済活動の状況を見る場合に
 用いられる制度部門別分類の一つであり、国、地方を含めた公
 的部門をいう。
 ◎中央政府
  中央政府は、各地方の事柄ではなく、国全体の事柄を扱う政
 府。地方政府などと対比される概念である。
─────────────────────────────
 つまり、「一般政府」という場合は、中央政府と地方政府(地
方公共団体)の両方が入るのですが、「中央政府」という場合は
地方政府は対象外になります。問題は、財務省は、なぜ「中央政
府」のバランスシートに絞ったかです。
 これについて、昨日のEJで示したバランスシートの関連部分
を以下に示します。
─────────────────────────────
 ◎日本政府は72兆円の資産超過(2020年末)
  一般政府貸借対照表(内閣府公表)
                      単位:10億円
 1.非金融資産             782686.2
   (1)生産資産           661761.9
   (2)非生産資産(自然資源)    121135.6
 ◎財務省版バランスシート(2020年3月末)
  中央政府貸借対照表
 有形固定資産(D)              189兆円
─────────────────────────────
 内閣府公表の一般政府のバランスシートでは、一般政府の「生
産資産」は662兆円です。これに対して、財務省公表の中央政
府の「有形固定資産」は189兆円であり、大きな違いがありま
す。どうしてこのような違いになるのでしょうか。
 国債といえば、普通の人は「赤字国債」をイメージしますが、
「建設国債」というものがあります。どちらも国債には違いはな
いのですが、建設国債は、公共事業費、出資金及び貸付金の財源
として認められている国債です。道路や橋のなどの建設にはこの
国債で資金調達ができます。それらの建設の結果、生まれる資産
の道路や橋などの公共インフラは多くの場合、地方政府区分にな
ります。
 しかし、一般政府のバランスシートの場合、地方政府の分の資
産も含めてすべてが対象になりますが、中央政府に絞ると、建設
国債などによる資産の分が抜けるので、借金の額が大きくなるの
です。しかも、この場合、一般政府のバランスシートにすると、
72兆円もの資産超過になるのです。これでは、政府の借金が過
大であると連呼してきた財務省としては非常に困るわけです。
 そのため、財務省はあえて中央政府のバランスシートに絞って
公表したものと思われます。ここに財務省の悪質性があります。
財務省としては、少しでも借金を多く国民に見せたいのです。な
ぜなら、増税しやすい環境を作れるからです。
 この一般政府と中央政府のバランスシートのからくりを指摘し
たのは植草一秀氏であり、著書に掲載されています。これについ
て、植草一秀氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 2つの統計数値の相違はどこから生まれているのでしょうか。
財務省公表数値は、中央政府の資産・負債バランスですが、内閣
府公表資料は、一般政府の資産・負債バランスなのです。財務省
統計と内閣府統計の資産の内訳を見ると、中央政府の有形固定資
産が189兆円であるのに対して、内閣府続計の一般政府・生産
資産は662兆円で、ここに最大の相違があります。
 これは建設国債等によって建造される公共インフラの所有権区
分が多くの場合で、地方政府区分になっているためだと思われま
す。国は国債を発行して借金を増やしているものの、見合い資産
が中央政府ではなく地方政府の資産として計上されているのだと
思います。したがって、資産負債のバランスを判断するには中央
政府ではなく、地方政府を含む一般政府で見るのが正しいという
ことになるのです。       ──植草一秀著/ビジネス社
           『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
      資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 ところで財務省は、なぜ、PB(プライマリーバランス)の目
標達成にこだわるのでしょうか。
 はっきりしていることは、財政再建のためではないということ
です。狙いは消費増税です。PBを達成しようと思うと、経済は
さらに成長しなくなり、必ずや増税やむなしという話になるので
す。それでは、財務省はなぜ増税にこだわるのでしょうか。
 それは、税金をたくさん集めて、財政を健全化したいわけでは
けっしてないのです。それは、増税すると、財務省の予算権限が
増えて、各省庁に恩を売ることができるし、各省庁所管の法人へ
の役人の天下り先の確保につながるからです。
 単に税収を増やしたいわけではないのです。税収は経済成長で
も増えますが、財務省は、経済成長による予算増を嫌い、あくま
で増税による予算増を狙っています。高橋洋一氏によれば、増税
による税収の増加分は、財務省のおかげとなって、財務省は予算
配分をするとき、各省庁に十分恩を着せられるからです。なぜ、
そこまで恩を売るのかというと、やはり各省庁が所管する法人へ
の天下りが狙いです。彼らにとって、これほど重要なことはない
のです。間違っても天下国家のためではないのです。
              ──[新しい資本主義/093]

≪画像および関連情報≫
 ●財務省が増税したがる理由とは?
  ───────────────────────────
   まず、消費税を増税する理由を、財務省はどのように説明
  しているのでしょうか?
   財務省のホームページでは、所得税や法人税ではなく、消
  費税を増税する理由に、“少子高齢化”を挙げています。具
  体的には、“今後少子高齢化が進む中で、若い世代が減って
  いくにも関わらず、社会保障財源のために所得税、法人税の
  引き上げを行うことで、若者や現役世代にはますます負担が
  かかるため、特定の世代に負担が集中せず、広い世代で負担
  されている消費税が、社会保障の財源に相応しいため”とし
  ています。
   つまり、わかりやすく言うと、所得税や法人税を増税する
  よりも、消費税を増税する方が国民のためになるという解釈
  のもと、財務省は消費税を増税しているということです。ま
  た、財務省は、消費税を財源にするメリットとして、以下の
  ことも挙げています。
  ◎景気などの変化に左右されにくく、税収が安定している
   消費税は、所得税や法人税と比べて、その時その時の景気
   の影響を受けることがほとんどなく、それは財務省ホーム
   ページに掲載されている、“一般会計税収の推移”を見る
   ことで理解できます。
  ◎経済活動に中立的である
   消費税は、収入に応じて課税されるものではなく、労働意
   欲を阻害するものではありません。また、貯蓄や投資に課
   税されるものでもないため、こうした経済活動にも影響を
   与えにくいです。       https://bit.ly/39O3iUt
  ───────────────────────────
財務省.jpg
財務省
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2022年05月27日

●「経済哲学と国家安全保障との関係」(第5738号)

 今回のバイデン政権によって行われつつある経済政策のパラダ
イム転換に大きな貢献をした人物がいます。ここでパラダイム転
換というのは、従来の世界観や考え方の枠組みが、根本的に動揺
ないし崩壊して、新しいものに置き換わることをいいます。その
人物というのは、44歳の若さで大統領補佐官(国家安全保障問
題担当)に登用されたジェイク・サリバン氏です。
 サリバン氏は、イエール大学ロースクールを卒業後、弁護士に
なりましたが、30歳のとき、地元ミネソタ州選出の上院議員の
顧問弁護士になり、2008年の大統領選挙では、ヒラリー・ク
リントン陣営に参加しています。
 その後、オバマ政権下で、クリントン氏が国務長官に就任する
と、クリントン長官は、サリバン氏を国務長官副補佐官に登用し
2011年には政策企画本部長に任命しています。2013年に
クリントン氏が国務長官を退任すると、サリバン氏はジョー・バ
イデン副大統領(当時)補佐官に就任することになります。そし
て今回のバイデン政権において、大統領補佐官(国家安全保障問
題担当)に就任しているのです。
 サリバン氏は、大統領補佐官に就任する1年前のことですが、
外交誌の『フォーリン・ポリシー』に国務省に勤務している人物
と共著で、ある論文を書いていす。そこには、現バイデン政権の
経済政策の思想がめんめんと展開されていたのです。
 このサリバン氏の論文に関連して、国家安全保障問題と経済学
の関係について、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 それは、サリバンが経済政策と安全保障戦略、言わば「富国」
と「強兵」とは密接不可分であり、「米国が地政学的に成功する
か、失敗するかを決めるのは、経済学である」と考えているから
にほかならない。
 そういう思想を持つサリバンをバイデン大統領が抜擢したとい
うことは、バイデン政権の経済政策は、安全保障戦略と大いに関
係する可能性が高いということを意味する。逆に言えば、バイデ
ン政権の安全保障戦略は、経済的な観点なしには理解できなくな
るだろうということだ。           ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 米国における経済哲学は、建国以来変遷を続けてきているとい
えます。重商主義、自由放任主義、ケインズ主義、そして新自由
主義というようにです。実は、経済哲学には安全保障問題が深く
関わっているのです。
 経済と安全保障──この2つは、本来関係のないものであった
はずです。米国の立場に立って考えると、冷戦の時代は、米国の
安全保障上のライバルはソ連です。しかし、ソ連は米国の経済的
な脅威ではなく、安全保障の担当者は経済に関心を持つ必要はな
く、安全保障の問題だけを考えればよかったといえます。
 その一方で、当時の米国の経済的なライバルは、日本と西ドイ
ツです。しかし、日本も西ドイツも、安全保障上の脅威ではなく
むしろ同盟国なので、経済政策の担当者は、経済のことだけを考
えていればよかったのです。
 そういう時代が長く続いて、ソ連が崩壊し、冷戦が終結すると
米国は、安全保障においても経済においても、米国の前から敵は
姿を消し、そして、国家からも自由になるという錯覚にとらわれ
る──このように中野剛志氏は述べています。
 この国家からも自由になるという錯覚は、いわゆるグローバリ
ゼーションのことであり、国家の経済介入を極度に嫌う新自由主
義が支配的なイデオロギーとなったのも、米国の前から敵がいな
くなる米国の一極支配がもたらしたものといえます。
 しかし、この新自由主義に基づく経済政策や、グローバリゼー
ションが、米国経済の長期停滞と格差の拡大を招き、その結果、
米国の国力は落ち、社会は深刻な分断に陥ることになります。
 そこに米国のライバルとして姿を現したのが中国です。しかも
この中国は、安全保障の面でも経済の面でも、やがて米国に追い
つき、追い越すパワーを持つ強力な敵として、米国の前に立ちは
だかる存在となりつつあります。
 ジェイク・サリバン大統領補佐官は、以上のような複雑な状況
を鋭く読み取り、新自由主義に代わる「新しい経済哲学」として
いわゆる「経済ナショナリズム」を求めています。経済ナショナ
リズムは、自国経済に対する外国の支配を排除して,経済の自立
的発展をはかろうとする運動ないし、イデオロギーのことであり
少し前であれば、これはいわば異端思想であって、そのような主
張をしようものなら、必ずやエリートたちから爪弾きされたと思
われます。しかし、その経済ナショナリズムを堂々と説く人物が
大統領補佐官に登用されているのです。まさに現在、「経済政策
の静かなる革命」が起きているといえます。サリバン補佐官の主
張について、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 サリバンは、財政政策を外交・安全保障政策の一部とみなして
いることに注目すべきである。興味深いことに、サリバンは「国
家債務より過少投資の方がより大きな安全保障上の脅威である」
と明言した上で、次のように主張したのである。「成長率、イン
フレ率、利子率、いずれも停滞している中では、米国には投資の
余地はないなどというシンプソン・ボウルズ委員会の議論の脅し
に屈するべきではない。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 上記「シンプソン・ボウルズ委員会」というのは、オバマ大統
領が2010年に設置した財政健全化に関する超党派の委員会の
ことで、2015年までにプライマリーバランスの達成を提言し
ていたのです。サリバン大統領補佐官は、この委員会の脅しに屈
するべきでないと一蹴しています。
              ──[新しい資本主義/094]

≪画像および関連情報≫
 ●中野 剛志「異端の思想 経済ナショナリズムとは何か」
  ───────────────────────────
   中野氏によれば、国際関係論や国際政治経済学などの学問
  領域においては、本来3つのイデオロギーがあるのだそうで
  す。イデオロギーというのは、世界はどのように動いている
  のか、あるいは動くべきかについての考え方であり、世界観
  とも言えるものです。
   3つのイデオロギーのうち、私たちに最もなじみがあるの
  が「経済自由主義」です。経済の動きは、いわゆる「市場の
  メカニズム」にゆだねるべきであるというもので、今日の多
  くの経済学者の基本的な考え方になっています。これは資本
  主義を支えてきた理論体系で、アダム・スミスの『国富論』
  を発端として、膨大な理論がこれまで積み上げられてきてい
  ます。2つ目は、「マルクス主義」です。創始者は言うまで
  もなくマルクスで、東西冷戦時代には、自由主義経済を標榜
  する西側諸国に対して、東側諸国が採用した経済理論です。
  こちらも、しっかりした理論体系が作られています。
   3つ目が中野氏が主な研究分野として取り組んできた「経
  済ナショナリズム」です。経済ナショナリズムは、確固たる
  理論体系がなかったこともあり、学術的ではないと考えられ
  てきました。それは、国の指導者の思い込みや偏見、利己的
  な感情に基づく、「態度」や「姿勢」であり、間違った思想
  だともみなされてきたのです。たとえば、オイルショックは
  中東産油国が協調して行なった、原油価格の一方的な引き上
  げがもたらしたものですが、資源ナショナリズムと非難され
  ました。            https://bit.ly/3wX8Vct
  ───────────────────────────
ジェイク・サリバン大統領補佐官.jpg
ジェイク・サリバン大統領補佐官
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2022年05月30日

●「経済安全保障を正面に据える政権」(第5739号)

 日本の現岸田政権は、看板政策として「新しい資本主義」を掲
げています。しかし、なかなかその原案が出てこないのです。し
かし、5月28日付、朝日新聞はその原案を次のように報道して
います。
─────────────────────────────
 原案は「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画〜人
・技術・スタートアップへの投資の実現」と題し、デジタル化や
最先端技術の開発、サプライチェーン(供給網)の再構築などに
ついて、官民一体となった大規模投資を進めるとうたう。その上
で、経済安全保障の強化は新しい資本主義の「根幹」だと位置づ
けた。重点投資する4本柱として、「人」「科学技術・イノベー
ション」「スタートアップ」「グリーン・デジタル」を掲げ、具
体策を列挙。人への投資では、貯蓄から投資へのシフトを進める
ため、NISA(少額投資非課税制度)の拡充や、国民の預貯金
を資産運用に誘導する新たな仕組みを創設し、「資産所得倍増プ
ラン」を検討する。  ──2022年5月28日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 岸田政権は、経済安全保障の強化は新しい資本主義の「根幹」
であると位置づけたうえで、経済安全保障大臣に47歳の小林鷹
之氏を任命し、5月11日に「経済安全保障推進法」を国会で成
立させています。
 そして、重点投資をする柱は4つ──人、科学技術・イノベー
ション、スタートアップ、グリーンデジタルと決まりましたが、
肝心の投資の財源はどうするのかについては、明らかになってい
ないのです。まして、小林鷹之氏は、東大法学部卒の財務省官僚
出身のエリートであり、財務省の財政健全化の分厚いバリアを果
たして本当に破れるのか、まったく未知数です。
 これに対して米国のバイデン政権は、小林大臣よりもさらに3
歳若いジェイク・サリバン氏を大統領補佐官(国家安全保障問題
担当)に任命し、経済哲学そのものを、新自由主義的なものから
財政政策中心へと、パラダイム・チェンジさせようとしているの
です。だからこそ米国は「米国救済計画」のような経済対策に対
して、1・9兆ドル(約200兆円)もの巨額な予算をつけるこ
とができるのです。
 さて、日本では、はじめとなる「経済安全保障推進法」には、
4つの柱があります。
─────────────────────────────
          @   供給網の強化
          Aインフラの安全確保
          B先端技術の研究開発
          C  特許の非公開化
─────────────────────────────
 これら4つの柱について、小林鷹之大臣は、5月26日放送の
「NEWS WEB」で次のように述べています。
─────────────────────────────
◎経済安全保障担当小林鷹之大臣に問う日本の針路
 これまでさまざまな産業の脆弱性というものを洗い出してきた
中で、分野横断的な課題ということで4つ提示しました。この4
つの項目はバラバラで存在しているわけではなくて、当然いろい
ろリンクしてくるわけです。例えばサプライチェーンを強じん化
するといったときに、ある物資の供給も強じん化しようとすると
いろんな手法があります。例えば国内の生産基盤を強化するとい
うこともあるし、備蓄もあろうし、それに加えて例えば代替物資
を開発するというアプローチもあると思います。
 例えば代替物資を開発するといったときに新しい技術というも
のが生まれてくる可能性もあります。別途、重要技術を官民でし
っかりと育成していこうという、そういうパーツも柱として1つ
入ってるんですけれども、そうするとこのサプライチェーンの強
じん化のところと、官民で先端技術を育成していこうというとこ
ろは当然親和性がありますし、リンクしうる。そういう中でこの
4つの項目をばらばらにではなくて、一体としてやっていこうと
いうのがまず1つです。
 もう1つ、この4つの項目の中に基幹インフラの信頼性と安全
性の確保という項目があります。これは例えば電気やガスや水道
あるいは金融。こういう国民生活の基盤となるインフラに、主に
サイバー攻撃をイメージしていただければと思うんですが、基幹
インフラの重要な設備がある外部の主体によって妨害行為のツー
ルとして使われて何か起こってしまった場合、国民生活あるいは
国民の生命に甚大な影響が生じうるわけです。今、大変なことに
なっているウクライナも2015年に変電所が大規模なサイバー
攻撃受けて、あるいは去年もアメリカ最大の石油パイプラインが
サイバー攻撃を受けて大変なことになりました。日本もそういう
リスクがある。これはそれぞれの基幹産業が共通に抱えているリ
スクでございますので、当然ひとつひとつの業法を改正していく
という選択肢ももちろんあったと思いますけれども、今回こうし
たサイバー上のリスクについては各業種、結構共通するところも
ございますので、これは一体として変えていく、整備していくと
いうことで今回、新規の立法といたしました。
                 https://bit.ly/3wUNcBK
─────────────────────────────
 そもそも「経済安全保障推進法」は、岸田政権発足前から甘利
明前幹事長が中心になって進めてきた自民党の新国際秩序創造戦
略本部が、2020年12月に示した「経済安全保障戦略策定」
の提言に基づいて、2021年5月に「経済財政運営と改革の基
本方針2021」としてまとめたものがベースになっています。
 甘利前幹事長は小選挙区での議席を失ったことで、幹事長を辞
任したものの、岸田政権の政策として「経済安全保障推進法」の
制定につながっています。このように「経済安全保障」を政権の
正面に据えることは多くの注目を集めることは確かです。
              ──[新しい資本主義/095]

≪画像および関連情報≫
 ●(社説)経済安保法 懸念残した国会審議/朝日新聞
  ───────────────────────────
   経済安全保障推進法が国会で成立した。経済活動に国が介
  入するうえでは透明性と民主的決定の確保が不可欠だが、こ
  の法律では、具体的な運用の多くが政府が今後決める政省令
  に委ねられた。国会の審議でも政府側はあいまいな説明に終
  始した。過度な介入につながらないか、懸念を抱かざるをえ
  ない。
   推進法は、(1)経済や国民生活に不可欠な「特定重要物
  資」の供給網を強化(2)基幹インフラ14業種の設備に懸
  念のある製品が導入されないか事前に審査(3)先端技術で
  の官民協力(4)原子力や高度な武器に関する技術の特許非
  公開――が柱だ。違反には最大懲役2年の罰則がある。
   政府は特定重要物資の供給を担う企業に助成したり、基幹
  インフラを担う企業への審査結果次第で勧告や命令を出した
  りできる。「アメとムチ」で企業に協力を促す仕組みだ。
   朝日新聞の社説は、国際環境や技術の変化を踏まえた政策
  対応の必要性は認めつつ、経済活動や国際分業への悪影響を
  軽視せず、介入は、最低限度にとどめるべきだと主張してき
  た。推進法も、規制措置で「経済活動に与える影響を考慮」
  し、「合理的に必要と認められる限度」にとどめると明記し
  た。しかし一方で、特定重要物資や事前審査対象になる設備
  の指定など、政令や省令に委ねられた項目が、138カ所に
  上った。これでは、どんな経済活動がどの程度規制されるの
  かがはっきりしない。      https://bit.ly/3lNE63s
  ───────────────────────────
小林鷹之経済安全保障大臣.jpg
小林鷹之経済安全保障大臣
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2022年05月31日

●「国の自由度をランキングで決める」(第5740号)

 ロシアによるウクライナ侵攻──今どき主権国家に対し、いき
なり大量の戦車で攻め込む──はっきりいって無茶苦茶な話です
が、このロシアがいうところの「特別軍事作戦」は、既に3カ月
が過ぎて、当初劣勢だったロシア軍が巻き返し、じりじりと大勢
の民間人を殺して、ウクライナの都市を奪っていきます。ロシア
がいったん奪ったところを絶対返還しないことは、目下不当に占
拠されている日本の北方領土をなんだかんだといって返さないこ
とを考えると、ウクライナも同じ運命をたどると思われます。し
かし、国際社会はロシアをもはや許さないでしょう。
 ロシアは一応民主主義国であり、かつては、G8のメンバーで
あったのです。しかし、2014年のロシアによるウクライナ領
クリミア半島の併合を受け、ロシアの行動が戦後の国際秩序を大
きく揺るがしたとみなし、G8から外されたのです。これをきっ
かけにして、ロシアはかつてのソ連と同じ体制に戻ろうとしてい
るようで、もはやロシアは民主主義国ではありません。
 一時トランプ米前大統領は「ロシアをG7に戻し、G8を再現
しよう」と提案しましたが、G7では、それならクリミア半島を
ウクライナに返すべきという意見が出て、実現しませんでした。
今やロシアは、G7にはまったく興味を持っていないし、プーチ
ン大統領自身、戻る気などさらさらなかったようです。
 フリーダム・ハウスという米国の組織があります。1941年
に米国で設立された無党派・独立組織であり、「政府が国民に対
して、説明責任を果たしている民主主義国家でこそ、自由は繁栄
する」との信念の下、民主主義を守るために活動しているとする
組織です。
 フリーダム・ハウスでは、各国の自由度を次の3つの区分で評
価しています。
─────────────────────────────
        @自由なし(Not Free)
        A一部自由(Partly Free)
        B  自由(Free)
─────────────────────────────
 問題は、どのようにして3つを区分するかですが、次の2つの
スコアを基準として決めています。しかし、この評価法は、毎年
評価の仕方に若干の変更があります。直近の2020年調査(2
021年版)では次のようになっています。
─────────────────────────────
          @政治的権利スコア(PR)
           ・Political Rights score
          A自由権スコア(CL)
           ・Civil Liberties score
─────────────────────────────
 どの国がどの位置づけになるかは、添付ファイルを参照してく
ださい。日本のスコアは、「PR40/CL56」で、かなりの
高得点であり、カナダが「PR40/CL58」で、満点に近く
トップを占めています。
 2020年のデータで、「自由なし/一部自由/自由」の国が
それぞれどのくらいの割合で存在するかについては、次のように
なっています。「自由」の国は、2005年時点で89あったも
のの、2020年には82に減少しています。
 それに対して「自由なし」の国は、2020年には54に増加
しています。国の指導者から見ると、面倒な手続きがいらない分
「自由なし」の国の方が何かと便利なのでしょう。「一部自由」
な国が「自由なし」にならないよう、「自由」な国は努力する必
要があります。
─────────────────────────────
◎自由度別の国数推移(2020年)
          自由なし  一部自由    自由
    1990    50    50    64
    1995    53    67    76
    2000    48    58    86
    2005    45    58    89
    2010    47    60    87
    2015    50    59    86
    2020    54    59    82
                 https://bit.ly/3MSoUxP
─────────────────────────────
 問題は、「自由なし」の国が経済力で力を持つことです。経済
力が豊かな国が「自由なし」の国になると、それは軍事大国にな
る可能性があり、世界のリスクが大きくなるからです。
 世界のGDPの自由度別構成比で比較してみると、次のように
なります。「自由」な国のGDP比率が2005年の85・3%
から2021年の61・3%に減少する一方で、「自由なし」の
国は、2005年の10・2%が2025年の27・4%に拡大
しています。それだけ自由主義陣営として、リスクが大きくなっ
ているといえます。
─────────────────────────────
◎世界GDPの自由度別構成比の推移(名目USドル)
          自由なし   一部自由     自由
   1990   6.2%  10.8%  83.1%
   1995   5.8%  11.4%  82.7%
   2000   7.3%   6.9%  85.8%
   2005  10.2%   4.5%  85.3%
   2010  16.5%   7.8%  75.8%
   2015  22.2%   8.9%  68.9%
   2020  25.6%  10.7%  63.7%
   2025  27.4%  11.3%  61.3%
                  https://bit.ly/3LUPJ35
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/096]

≪画像および関連情報≫
 ●民主主義と専制主義の戦い:その歴史と今後の行方
  ───────────────────────────
   英南西部コーンウォールで2021年6月11〜13日に
  主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開催された。サミッ
  トに先立ち行われた10日の米英首脳会議で、ジョー・バイ
  デン米大統領とボリス・ジョンソン英首相は、法の支配など
  民主主義の基礎となる、価値の順守をうたった「新大西洋憲
  章」に合意・署名した。
   これにより、第2次大戦後の国際秩序を構想した旧憲章を
  80年ぶりに刷新し、新たに中国やロシアが代表する専制主
  義への対抗軸を打ち出した。旧憲章はファシズムと戦う諸国
  の支持を受けて、その共同指針としての役割を、担うことと
  なった。新憲章も8項目からなり、民主主義の価値の擁護、
  領土保全の尊重などを明記した。
   米政府高官は両憲章の共通点を「民主主義がベストな統治
  形態だと示すことだ」と語る。さて、バイデン大統領は、就
  任後初めてとなる記者会見(2021年3月25日)で、中
  国との関係について「民主主義と専制主義の闘いだ」と位置
  づけたうえで、中国との競争を制することに力を注ぐと強調
  した。ちなみに、民主主義の対抗軸とされる言葉には、専制
  主義(absolutism)や権威主義(authoritarianism)などが
  あるが、本稿ではこうした個別の言葉の定義にはこだわらず
  相互交換用語として自由に使用している。
                  https://bit.ly/3lRQwaj
  ───────────────────────────
主要国の自由度スコア.jpg
主要国の自由度スコア
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2022年06月01日

●「戦争は格差を著しく縮小化させる」(第5741号)

 今回のテーマの連載は、6月6日(月)に100回を数えるこ
とになります。今回が97回ですので、100回を超えることは
不可避ですが、近くテーマを切り替えるつもりです。
 今回のテーマは、次のように設定し、1月5日から5カ月間、
書いてきています。
─────────────────────────────
  「新しい資本主義」とは何か。日本経済は成長できるか
     ── データを制する者が世界を制する ──
─────────────────────────────
 このテーマで迫りたかったのは、「日本経済は成長できるか」
「そのためには何をすべきか」の2点です。この種のテーマは、
EJでは何度も取り上げていますが、いつも最後まで詰め切れな
いで終わっています。今回もそうなりそうですが、しかし、今回
は新しい発見があったと思います。
 それは、現バイデン米政権において、米国の経済哲学がパラダ
イム・チェンジしたことです。これは、重要なニュースであると
思います。具体的にいうと、新自由主義からの完全脱却です。そ
して、これをケインズ主義に戻すということです。
 簡単にいうと、ケインズ主義は、市場へ国家の介入を是とする
経済哲学ですが、新自由主義は市場への国家の介入を極力少なく
しようとする経済哲学です。こうした経済哲学がバイデン政権の
2つの経済政策に密接にリンクしているのです。
─────────────────────────────
   「米国救済計画」 ・・・ 新型コロナウイルス対策
   「米国雇用計画」 ・・・ 中国という地政学的脅威
─────────────────────────────
 戦争や地政学的脅威は、経済哲学に大きな影響を与えます。戦
争になると、戦費を賄うため、国債発行のハードルが下がり、多
額の戦時国債が発行されます。それに加えて、戦争、とくに総力
戦になると、国民を階級の壁を越えて団結させ、戦場へと動員さ
れます。そして国のために戦った労働者階級は、戦後、市民とし
ての権利を強く国に要求するようになります。その結果、戦争は
国民を平等化させる効果があります。
 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、その著作『21世紀
の資本』のなかで、20世紀半ばから、先進諸国の所得格差が、
劇的に縮小した事実を次のように説明しています。
─────────────────────────────
 20世紀に格差を大幅に縮小させたのは戦争の混沌とそれに伴
う経済的、政治的ショックだった。平等拡大にむけた段階的同意
に基づく紛争なき進展が見られたわけではない。20世紀に過去
を帳消しにし、白紙状態からの社会再始動を可能にしたのは調和
のとれた民主的合理性や、経済的合理性ではなく、戦争だった。
    ──トマ・ピケティ著『21世紀の資本』/みすず書房
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 ピケティ氏は、所得格差を解消させたのは世界大戦であったと
いっています。バイデン政権の「米国救済計画」は、新型コロナ
ウイルス対策として位置付けられていますが、バイデン大統領は
新型コロナウイルス対策を「戦争」に例えているのです。いわゆ
る「戦争のメタファ」です。バイデン大統領は、2020年11
月25日の演説で次のようにいっています。
─────────────────────────────
 我々は、この国で、1年近く、ウイルスと戦ってきた。それは
苦痛、喪失感、不満をもたらし、多くの命が犠牲になった。26
万人の米国民の犠牲であり、しかもそれは増え続けている。我々
は分断された。そして、互いにいがみ合っている。この国が戦い
に倦んでいることは知っている。しかし、我々は、互いにではな
く、ウイルスと戦っていることを思い出す必要がある。
                    ──バイデン大統領
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 バイデン米大統領は、2021年2月の演説では、新型コロナ
ウィルスの死者数が50万人を超えたことについて、2つの世界
大戦とベトナム戦争の犠牲者を足したよりも多いとして、新型コ
ロナウィルス対策を戦争と同じと例えています。
 このように、新型コロナウイルス対策を「戦争」に例えること
によって、巨額財政支出を正当化しているといえます。戦時中は
敵国に勝利するまで、巨額の戦時国債を発行して、戦費を調達せ
ざるを得ないからです。
 新型コロナウイルス対策を戦争に例えるのはわかるとしても、
「米国雇用計画」は成長戦略であり、戦争に例えるのには無理が
あります。この計画の正当性には、戦争のメタファではなく、地
政学的脅威としての中国をターゲットとしています。
 これについて、ジャネット・イエレン財務長官は、2021年
1月19日の上院財政委員会指名公聴会で、次のように発言して
いるのです。
─────────────────────────────
 中国との経済競争に勝利するには、国内で、労働者、インフラ
教育、そして、イノベーションに転換的な投資を行うことが必要
だ。我々は国内でより進歩しなければ、長期的に競争力を維持で
きない。         ──ジャネット・イエレン財務長官
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 ターゲットは中国である──バイデン米大統領は、「経済を成
長させ、米国の競争力を高め、国家安全保障上の利益を促進し、
今後の中国とのグローバルな競争に勝利する地位を確保する」と
発言しています。そういう経済安全保障上も財政政策は安全保障
政策として不可欠であるとしているのです。
              ──[新しい資本主義/097]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナ侵攻と新型コロナ〜歴史上まれな流行拡大時
  の戦争〜
  ───────────────────────────
   2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻しま
  した。ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を阻
  止するための行動と見られており、国際的な非難がロシアや
  プーチン大統領に向けられています。そして、時はまさに新
  型コロナウイルスの流行が拡大中のこと。ロシア、ウクライ
  ナともにオミクロン株による感染者数がピークに達しつつあ
  る中で、こうした軍事行動が取られたのです。今回は軍事行
  動が新型コロナの流行に及ぼす影響などについて、歴史をふ
  り返りながら検討してみたいと思います。
   人類の歴史の中には、戦争中に感染症が大流行した事例が
  数多くあります。例えば、紀元前5世紀に古代ギリシャの覇
  権を争ったペロポネソス戦争の渦中、アテネで疫病が大流行
  しました。この感染症が何だったかは今もって謎ですが、市
  民10万人のうち、約25%が死亡する大きな被害になりま
  した。これが原因で、アテネは敗北し、衰退の道へと進みま
  す。時を経て、ローマ帝国が最盛期を迎えたマルクス・アウ
  レリウス帝の時代(2世紀)のこと。中東遠征軍の中で発生
  した天然痘の流行がローマ帝国全体に波及し、皇帝自身もこ
  の病で亡くなっています。14世紀に大流行したペスト(黒
  死病)も戦争に関係しています。ヨーロッパだけで3000
  万人以上が死亡した流行は、英国とフランスの間で争われた
  百年戦争の途中で発生しました。16世紀以降もヨーロッパ
  では局地的な戦争が繰り返されますが、常に戦場で流行した
  のが発疹チフスでした。これはシラミに媒介される感染症で
  不潔な状態にいる兵士の間でまん延しました。
                  https://bit.ly/3PPtcYQ
  ───────────────────────────
トマ・ピケティ氏.jpg
トマ・ピケティ氏
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2022年06月02日

●「日本は真に財政出動ができるのか」(第5742号)

 5月31日付、日本経済新聞は、政府による経済財政運営と改
革の基本方針(骨太の方針)の原案をニュースとして伝えていま
す。多くの人は、普段この手のニュースに関心を持ちませんが、
これは、日本が岸田政権によって、デフレから脱却できるかどう
かを検証する重要ニュースです。
─────────────────────────────
◎収支黒字化「堅持」から後退
 25年度財政目標/骨太に「検証」明記
 政府は6月にまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の
方針)の原案に、国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバラ
ンス、PB)を2025年度に黒字化する目標を検証すると記す
方針だ。健全化目標は維持しつつ、財政出動を制約しないとも明
記する。「堅持」を表明した前回の骨太の方針から事実上、後退
させる。
 政府は、25年度のPB黒字化を財政再建の目標にかかげてき
た。原案には「財政健全化の旗を下ろさず、これまでの財政健全
化目標に取り組む」として、25年度の達成を維持する姿勢は示
す。原案は31日の政府の経済財政諮問会議で提示する。
      ──2022年5月31日付、日本経済新聞/朝刊
─────────────────────────────
 そうでなくても岸田政権は、緊縮財政派(増税派)のスタッフ
の多い財務省寄りの政権であり、コロナ禍から脱却しなければな
らない新年度の財政運営が注目されるからです。
 問題はPB、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の扱い
をどうするかです。なぜなら、PBは緊縮財政そのものであり、
これまでの政府は2025年度に黒字化するという目標を掲げて
おり、これを死守するともいっているからです。記事を見ると、
玉虫色的表現そのものであり、何をいっているのかわからない表
現です。財務省に対する配慮がありありです。
 「PBを2025年度に黒字化する目標を検証すると記す方針
で、健全化目標を維持するものの、財政出動を制約しないとも明
記する」としています。何をいっているのかわかりませんが、何
はともあれ、「財政出動を制約しない」と明記するだけマシとい
えます。このさい、PBの目標を果たすことがどれほど意味のな
いことであるかは、今回の連載を読んでいただければわかってい
ただけると思います。
 デフレから脱却できないことによって、日本という国がどれほ
ど凋落してしまっているか、緊縮財政派の財務省は本当にわかっ
ているのでしょうか。
 添付ファイルを見てください。これは、OECD35カ国の平
均賃金の国際順位をあらわしているグラフです。日本は、35カ
国中実に22位です。韓国は19位であり、日本を上回っていま
す。日本は米国の半分強であり、韓国の90%強であって、OE
CD平均よりも、はるかに下です。経済が成長しないことによっ
て、日本の立ち位置は年々下がっているのです。
 こういう状況のときに、もし、増税によって税収を増やし、歳
出を切り詰めるなどの緊縮財政を続けることによって、PB目標
を達成したとしても、日本はますますデフレの底に落ち、そこか
ら這い上がれなくなります。そうなると、日本の平均賃金はさら
に下がることになるのです。
 実は、この事実を知っている日本人は少ないのです。日本は確
かに経済成長はしていないものの、先進国クラブといわれるG7
の一国であり、GDPは中国に抜かれたものの、世界第3位の経
済大国である──今でも、そのように考えている日本人は多いの
です。これについて、一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は、近刊
書で次のように述べています。
─────────────────────────────
 これは、下りのエレベーターに乗っている人のようなものだ。
閉ざされたエレベーター内からは外の様子は見えない。そして、
エレベーターの中にいる人たちとの間の相対関係は変わっていな
い。だから、自分の位置は変わっていないと感じる。しかし、エ
レベーターの外との関係ではその人の位置は下がっでいるのだ。
 日本は島国であるため、海外旅行に出かけないと世界における
自国の相対的地位を実感できない。だから、外国との比較で日本
の地位が下がっていることを自覚しにくいのだ。そうしている問
に、これまで述べたような大きな変化が生じてしまった。
                     ──野口悠紀雄著
              『日本が先進国から脱落する日/
  ”円安という麻薬”が日本を貧しくした』/プレジデント社
─────────────────────────────
 ところで、添付ファイルのグラフは「購買力平価」で比較した
平均賃金であり、これについても知っておく必要があります。
 購買力平価とは、ある国の通貨建ての資金の購買力が、他の国
でも等しい水準となるように、為替レートが決定されるという、
どちらかというと、とてもわかりにくい概念です。
 似た概念に「ビックマック指数」というのがあります。これに
ついては、4月4日のEJ第5703号で述べているので、参照
してください。
─────────────────────────────
     2022年4月4日/EJ第5703号
      「日本は『安い国』に堕落している」
                  https://bit.ly/3a5iuwO
─────────────────────────────
 ビックマックは、日本では390円です。現在日本は超円安で
あり、「1ドル=127円」です。ところが、米国では、ビック
マックは5・65ドル。それが日本では3・07ドルで同じビッ
クマックが食べられるのです。つまり、それだけ日本は、「安い
国」になってしまっているのです。デフレというものが、いかに
恐ろしいかこれでわかると思います。
              ──[新しい資本主義/098]

≪画像および関連情報≫
 ●外食も賃金も・・日本がはまった「何でも安い国」の深刻
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルス感染拡大による逆風が続く外食産業で
  回転ずしチェーン大手のくら寿司が健闘している。2021
  年10月期の連結業績予想は、売上高が前年度比8・3%の
  増収となり、純利益が14億6900万円の黒字(前年度は
  2億6200万円の赤字)に転じる見通しだ。ワクチン接種
  の進展に加え、セルフレジ導入などの効果が出て業績改善を
  見込むという。
   同社の岡本浩之取締役は、海外店舗(台湾39店舗、米国
  32店舗)が好調なことも業績改善に寄与していると説明す
  る。岡本氏は、「米国ではカリフォルニア州など出店地域で
  店内飲食の制限が解除されたことで今年7月以降は、コロナ
  禍以前に比べ売り上げの伸び率は2桁だ。おいしいすしが食
  べたいという欲求が高まっていたのではないか」と語る。
                 https://bit.ly/38WpdJe
  ───────────────────────────
OECD加盟国の平均賃金世界比較/2020.jpg
OECD加盟国の平均賃金世界比較/2020
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2022年06月03日

●「岸田政権の財政運営はどうなるか」(第5743号)

 昨日の続きですが、5月31日、経済財政諮問会議が開かれ、
そこで「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の原案
が示されています。注目すべきは、PBによる財政再建の目標で
ある「25年度」が明記されないことになったのです。6月1日
付の日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 財政再建の目標は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリー
バランス、PB)を25年度に黒字とし、国内総生産(GDP)
に対する債務残高の比率を安定的に下げていくことだ。31日の
案は、「これまでの財政健全化目標に取り組む」とした。
 一方で、「現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政
策の選択肢がゆがめられてはならない」とし、「必要な検証を行
う」と強調した。
 経済情勢によっては目標を先送りして財政出動を優先すると読
める。山際大志郎経済財政・再生相は31日の経済財政諮問会議
後に記者会見し、「財政健全化に対して方針を変えたわけではな
いし、後退させたわけでもない」と語ったものの、目標の位置づ
けは下がった。   ──2022年6月1日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 なぜこうなったのでしょうか。自民党内では安倍元首相をバッ
クに持つ高市早苗政調会長を中心とする積極財政派の勢いが強く
なっているからです。このように、財政出動が積極化されるのは
悪いことではありませんが、問題はその投資先です。米国では財
政支出先は政府が指定するとし、中野剛志氏は、イエレン財務長
官の考え方を次のように伝えています。
─────────────────────────────
 アメリカ経済を再建し、より多くの人々により繁栄をもたらし
アメリカの労働者が、競争が激化するグローバル経済を勝ち抜け
るようにするための「長期のプロジェクト」へと、財政の支出先
を振り向けると述べている。財政政策は、単に不足する需要を埋
めて雇用を創出するという、伝統的なケインズ主義的景気対策と
して使うのではなく、財政支出先のターゲットを政府が指定する
というのである。言うならば、財政政策を産業政策として活用す
るつもりなのだ。              ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 これに対して、岸田政権の重点投資先は、「人」「科学技術・
イノベーション」「スタートアップ」「グリーン・デジタル」に
なっていますが、これは菅前政権下でまとめた成長戦略とほとん
ど同じであり、新鮮味はあまりないです。
 そして何よりも、経済財政運営の枠組みは「大胆な金融政策」
「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」のいわゆ
る3本の矢は、安倍政権のそれをそのまま踏襲するとしているの
で、アベノミクスと何も変わらないのです。これが”岸田風”な
のかもしれませんが、新鮮味はほぼゼロです。
 5月5日のことですが、岸田首相は英国で、ロンドンの金融街
シティーのギルドホールで演説しています。この会場には200
人以上が入るのですが、前日まで100人くらいしか集まらず、
必死で人集めをしたと官邸幹部が漏らしています。そこで、岸田
首相は、「安心して日本に投資をしてほしい。インベスト・イン
・キシダ(岸田に投資せよ)」と述べ、自身が掲げる「新しい資
本主義」を説明し、対日投資を呼びかけています。これも、20
13年に安倍元首相が米ニューヨーク証券取引所で「バイ・マイ
・アベノミクス(アベノミクスは「買い」だ)」と演説したこと
を意識しているように思えます。
 ところであまり話題になりませんが、岸田首相の英語力はどの
レベルなのでしょうか。なぜなら、日本で岸田首相が英語で話す
シーンをあまりみないからです。岸田首相は、外相経験が長いと
いうこともあり、かなりのレベルの英語力です。ここに2019
年のシンガポールサミットで、外相として岸田氏が演説をしてい
る動画があります。非常にスムースに話していますし、慣れてい
るという感じがします。
─────────────────────────────
  ◎シンガポールサミット(2019年)の岸田外相の演説
                  https://bit.ly/3a7L0xP
─────────────────────────────
 岸田首相の英国のシテイでの演説では、もっと言うべきことが
あったはずです。それは、東証の市場再編についてです。これに
ついて、経済評論家山崎元氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 岸田首相のシティー講演の主旨は日本の資本市場への投資の勧
誘だった。今回の話で印象的だったのは、「貯蓄から投資へ」の
文脈で、NISA(少額投資非課税制度)制度に言及があった一
方で、今年になって市場再編が行われた東京証券取引所について
全く言及がなかったことだ。
 NISAについては、首相の周囲にいる官僚から情報が入って
いたのだろう。「この10年間で米国は家計金融資産が3倍、英
国では2・3倍になったが、日本では1・4倍にしかなっていな
い」という岸田首相が講演で披露した数字は、つみたてNISA
の説明会で何度も聞いた話だ。
 国民の投資を増やして「資産所得を倍増する」という目標設定
は、海外投資家から見ても悪くない。分母が小さいから「倍増」
は案外簡単に達成できるかもしれない。
 一方、東証の市場再編は、特にプライム市場について海外投資
家から見た投資魅力の向上を意図したものだったと推察されるに
もかかわらず、岸田首相がアピールできるような魅力が全く生じ
なかったということなのだろう。ここで言及なしは痛い。証券関
係者にとっては残念なことだった。  https://bit.ly/3N6fuPu
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/099]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相 英国で講演 日本への積極的投資を呼びかけ
  ───────────────────────────
   イギリスを訪れている岸田総理大臣は、ロンドンの金融街
  シティーで講演し「日本経済はこれからも力強く成長を続け
  る」と強調し、日本への積極的な投資を呼びかけました。ま
  た来月、新型コロナの水際対策をG7=主要7か国並みに緩
  和する方針を明らかにしました。
   講演の冒頭、岸田総理大臣は、ウクライナへの侵攻を続け
  るロシアを非難したうえで「特に核兵器使用の脅威を現実の
  ものとして考えなければならない状況となったことに特別な
  強い感情を抱く。私が被爆地、広島出身の政治家だからであ
  り、『広島の記憶』が平和を取り戻すための行動に駆り立て
  る」と述べ、国際社会と連携してきぜんと対応する考えを強
  調しました。
   そして、今後の経済政策について「私からのメッセージは
  一つだ。日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心し
  て日本に投資してほしい。『Invest in Kishida』だ」 と述
  べ、日本への積極的な投資を呼びかけました。
   そのうえで「日本はこれまでも、これからも世界に開かれ
  た貿易・投資立国であり続ける」と強調し、▽新型コロナの
  水際対策を来月には、ほかのG7=主要7か国並みに円滑な
  入国が可能となるよう緩和する方針を表明したほか、▽イギ
  リスのTPP=環太平洋パートナーシップ協定への加入を強
  く支持する考えを示しました。 https://bit.ly/3PRVD8q
  ───────────────────────────
シテイで演説する岸田首相.jpg
シテイで演説する岸田首相/2020
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2022年06月06日

●「岸田/新しい資本主義の正体とは」(第5744号)

 6月1日のことです。衆院予算委員会では、岸田首相と関係閣
僚が出席し、集中審議が行われました。そのなかで、立憲民主党
の原健太代表と岸田首相の間で次のやりとりがあったのです。
─────────────────────────────
立民/泉:「@大胆な金融政策、A機動的な財政政策、B民間投
 資を喚起する成長戦略」──アベノミクスと一字一句同じであ
 ります。総理が今回出されたものは、アベノミクスと呼びます
 か、呼びませんか。
岸田首相:私の経済政策は「新しい資本主義」と申し上げており
 ます。アベノミクスとは呼んでおりません。
立民/泉:問題が出されたら、みんな、アベノミクスと答えるん
 じゃないですか。総理!これアベノミクスじゃないですか。ア
 ベノミクスの堅持だというべきじゃないですか。
岸田首相:まったく異なると思っています。マクロ経済政策は維
 持しながらも、経済の全体像について、示させていただいてお
 ります。
─────────────────────────────
 こんにゃく問答のようです。首相は、「『新しい資本主義』は
アベノミクスも基礎とした新しい概念だ」と述べ、アベノミクス
を修正するものではないと強調しています。経済政策と資本主義
の関係の整理がよくできていないのではないでしょうか。とくに
何が「新しい」のかさっぱりわかりません。
 ところで、資本主義とは何でしょうか。
 このようにいうと、またしても難しい学問論争になってしまう
ので深入りはしませんが、チェコの高名な経済学者、ヨーゼフ・
アロイス・シュンペーターによると、次の3つの特徴を有する産
業社会のことであると定義しています。
─────────────────────────────
       @    物理的生産手段の私有
       A   私的利益と私的損失責任
       B民間銀行による決済手段の創造
─────────────────────────────
 シュンペーターという経済学者は、企業者の行う不断のイノベ
ーション(革新)が経済を変動させるという理論を構築した人で
あり、経済成長の創案者でもあるといわれています。
 学問的な資本主義の定義はおくとして、「経済成長」には国民
はもっと関心を持つべきです。ドルに換算した日本の名目GDP
は、1995年が「5・5兆ドル」ですが、2020年にはそれ
が5兆ドルに満たなくなっています。25年かけて、国力がこん
なに下がっているのです。つまり、「国が安くなっている」とい
うことができます。
 一方、中国の場合、1995年にはGDPが1兆ドルにも満た
なかったのですが、今や「17兆ドル」に達しています。つまり
国力が17倍になったことを意味します。日本国の経済の政策担
当者──そのほとんどは自民党政権ですが、もっと責任を感じる
べきです。しかし、彼らは本当の意味において、経済というもの
がわかっていません。政治家はもっと経済を勉強すべきです。
 ところで、岸田首相のいう「新しい資本主義」は、元内閣府参
与で、「公益資本主義」を掲げる事業家にして、ベンチャーキャ
ピタリストの原丈人氏の影響を受けているという説があります。
 確かに原丈人氏の著作には、「新しい資本主義」というタイト
ルの次の本もあります。
─────────────────────────────
                      原丈人著
    『新しい資本主義・希望の大国・日本の可能性』
             PHP新書/2009年4月
─────────────────────────────
 公益資本主義というのは、欧米型の株主資本主義でも、中国型
の国家資本主義でもない資本主義のことで、社会全体の利益、つ
まり公益を追求する資本主義を称する概念であり、原丈人氏が自
著『21世紀の国富論』において提唱したものです。
 しかし、原氏と岸田首相とは、昵懇というわけではないようで
このニュースを報道した『選択』/2022年6月号は、次のよ
うにコメントしています。
─────────────────────────────
 原氏は岸田首相のアドバイザーを自任しているようだが、「首
相と昵懇」というのには語弊がある。「岸田さんは『聞く力』が
あるから、原さんの意見にも耳を傾けているが、『新しい資本主
義』の台本は現職の経産官僚が書いたものであって、原さんの公
益資本主義がベースではない。内閣審議官の新原浩朗や、首相秘
書官の荒井勝喜らは、原さんの存在を煙たがっている」と政界関
係者。(中略)
 首相動静に原氏との面会の記録がないのは、実際に会っていな
い証左で、主に首相の懐刀である木原誠二官房副長官が原氏の話
を聞いているという。「原氏の主眼は「自らが経営する投資ファ
ンドの資金調達にあるのではないか」と指摘する声もある。
 原氏は、シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル(VC)
「デフタパートナーズ」を1984年から運用。ヘルスケア分野
に投資していると標榜し、東レや江崎グリコ、住友ファーマなど
名だたる経団連企業が出資元に名を連ねるが、目立った実績は乏
しい。「運営の実態がよくわからないファンド」(VC業界関係
者)との声も。       ──『選択』/2022年6月号
              「”指南役”原丈人とは何者か/
            岸田無能の象徴『新しい資本主義』」
─────────────────────────────
 岸田政権の「新しい資本主義」に基づく経済政策をめぐって、
財政健全化推進本部と財政政策検討本部は、骨太の方針をめぐっ
て激しいやり取りが行われており、自民党は、騒然となっていま
す。これについては、明日のEJで述べることにします。
              ──[新しい資本主義/100]

≪画像および関連情報≫
 ●「ネオリベ」からの転換?それとも新社会主義?
  /井上智洋氏(駒澤大学准教授)
  ───────────────────────────
   岸田政権が掲げる「新しい資本主義」とは、何だろうか?
  それは当初、「新自由主義からの転換」を意味していたよう
  だ。ただ、新自由主義――いわゆる「ネオリベ」という言葉
  は、レッテル貼りに使われることが多いので、注意しなけれ
  ばならない。
   もちろん、ここ数十年間の日本では、国営事業の民営化や
  最高税率の引き下げ、株主重視の経営が進んできたので、そ
  れらを新自由主義的と呼べないことはない。だとしても、新
  自由主義からの転換そのものに、「新しい」要素はないだろ
  う。それは新自由主義的ではなかった時代に戻るだけの話で
  あって、むしろ「古き良き資本主義への回帰」と言った方が
  腑に落ちる。事実、岸田首相は「令和版の所得倍増」「デジ
  タル田園都市国家構想」など、昭和を想起させる言葉を多く
  にしている。
   ただ、ことさら目くじらを立てる必要はない。「新しい資
  本主義」は、ひとまず「キシダノミクス」(岸田政権の経済
  政策)を意味するものと心得ておけば良いだろう。これまで
  「新しい資本主義」というキャッチフレーズは、「スカスカ
  で不気味」(経済評論家の山崎元(はじめ)氏)、「新しい
  バブル」(慶應義塾大学大学院准教授の小幡績(せき)氏)
  などと散々な評価を受けている。
                 https://bit.ly/3NSL6YU
  ───────────────────────────
衆院予算委員会集中審議.jpg
衆院予算委員会集中審議
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2022年06月07日

●「『骨太の方針』をめぐる党内論争」(第5745号)

 5月24日のEJで、現在、自民党には、元財務相の額賀福志
郎氏を本部長とする「財政健全化推進本部」と、安倍派の参院議
員の西田昌司氏を本部長とする「財政政策検討本部」という2つ
の組織があり、国の財政運営の基本を決める「骨太の方針」につ
いて、激しい路線対立が起きていることを伝えています。
 「財政健全化推進本部」のバックには麻生副総裁、「財政政策
検討本部」には安倍元首相が、それぞれ最高顧問として控えてお
り、今年度の経済財政運営方針をめぐって対立しているのです。
 5月19日のことです。財政健全化推進本部の事務局長を務め
る越智隆雄元内閣府副大臣の携帯電話に安倍元首相から怒りの電
話がかかってきます。越智氏は安倍派に属する衆議院議員です。
以下は、そのやりとりです。
─────────────────────────────
安倍:君はアベノミクスを批判するのか。
越智:批判はしていません。
安倍:周りはアベノミクス批判だといっているぞ。
越智:僕はアベノミクス信奉者です。だって、経済政策を担う副
 大臣を2回もやったじゃないですか。
安倍:そうだな。    ──2022年6月3日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 このとき安倍元首相の手元には、骨太の方針の提言案の情報が
入っていたのです。そこには、次のようなことが書かれていたと
いいます。安倍元首相は、それがアベノミクスの批判であると受
け取って、事務局長の越智氏に抗議の電話をしたのです。
─────────────────────────────
 近年、多くの経済政策が実施されてきたが、結果として、過去
30年間のわが国の経済成長は主要先進国の中で最低レベル。ま
た、「初任給は30年前とあまり変わらず、国際的には人件費で
見ても「安い日本」となりつつある。
            ──2022年6月3日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 財政政策検討本部は「アベノミクスの批判は許さない」として
財政健全化推進本部との間で、何度か文書のやりとりが行われま
したが、それでも決着がつかなかったといいます。そのため、5
月23日午後、議員会館の安倍氏の事務所に、安倍、麻生、西田
額賀のトップ4氏が顔を揃え、その場で安倍氏側の修正案が示さ
れ、それを受けて提言を修正をすることを条件として、額賀本部
長に一任されたのです。そして、やっと5月26日に、推進本部
は、提言を発表するに至っています。
 安倍政権が発足した2012年12月と、6月1日時点の主要
指標を比較すると、次のようになります。
─────────────────────────────
◎第2次安倍政権以降の主な経済指標
             2012年         現在
  日経平均株価  1万 0230円    2万7457円
  為替相場/対ドル  85円15銭    128円92銭
  実質賃金指数     105・9      100・6
  有効求人倍率     0・83倍      1・23倍
    国債残高  705兆72億円 991兆4111億円
            ──2022年6月3日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 これを見ると、日経平均株価は倍増し、有効求人倍率も大きく
伸びているものの、その一方で大幅な円安が進行し、賃金は減少
しています。その結果、国債残高は286兆円増加しています。
 アベノミクスは失敗だったのでしょうか。
 アベノミクスについては、EJのテーマとして取り上げたこと
があります。2014年11月19日から109回にわたって書
いています。興味があったら、参照してください。
─────────────────────────────
 「検証!アベノミクス」
 2014年11月19日/EJ第3919〜
           2014年5月01日/EJ第4027
                  https://bit.ly/3Q11N5Y
─────────────────────────────
 アベノミクス自体はけっして失敗ではなかったと思います。し
かし、その間に増税を2回やったのでは、うまくいくはずがあり
ません。この点について、産経新聞特別記者・田村秀男氏は、新
刊書で同様のことを次のように述べています。
─────────────────────────────
 アベノミクスにしても金融緩和、財政政策、成長戦略の3本の
矢を推進するとぶち上げました。初年度はとくに金融緩和と財政
出動を積極的にやり、成功したと言つてもいいでしょう。ところ
が翌年は、財政を引き締めてしまい、消費税の増税までやってし
まいました。これは大失敗です。財務省の仕業ですが、この財務
省のロジックを、政治家が跳ね返せなかったことが、最大の問題
です。跳ね返せない理由のひとつは世論でしょう。とくに学者で
す。財務省の考えに近い学者が主流になつていることです。これ
らの学者たちがメディアを使って──と言っても大体「日本経済
新聞」や「朝日新聞」なのですが──いつも均衡財政論をぶちま
す。財政均衡、つまり政府の予算で経常収入(租税や印紙収入な
ど)が経常支出(最終消費支出や移転支出など)と相等しくなく
てはいけないと主張するのです。そのため、消費税の増税はしな
ければならない、財政支出は削減しなきやいけない。そうすれば
財政は均衡するとばかり言っています。それで日本国民に「しゃ
あないな」という雰囲気にさせているわけです。財務官僚は百も
承知でもそれに乗っかっています。      ──田村秀男著
                 『「経済成長」とは何か/
    日本人の給料が25年上がらない理由』/ワニブックス
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/101]

≪画像および関連情報≫
 ●安倍首相の評価は真っ二つ/「アベノミクス」の成功と失敗
  をどう見るか/近藤駿介氏
  ───────────────────────────
   その日は突然やってきた。2020年8月28日、7年8
  カ月続いた「安倍一強体制」は総理の持病悪化による辞任に
  よって予想外のタイミングで幕引きとなった。第二次安倍政
  権ほど賛否がはっきり分かれた政権も珍しい。政権支持率は
  発足当時は期待から高く、その後徐々に落としていくのが一
  般的なパターンである。第二次安倍政権の支持率も紆余曲折
  があったものの、全体的にはこの一般的なパターンの範囲内
  だった。第二次安倍政権と他の政権との違いが鮮明になった
  のは辞任後だった。
   世間が驚かされたのは、安倍総理辞任会見直後に実施され
  た世論調査で支持率が急上昇したことだった。日本経済新聞
  の8月世論調査での支持率は55%と前月比12%上昇し、
  共同通信の調査でも56・9%と前週比20・9%も上昇し
  た。辞任発表後の支持率急上昇に対しては、「辞任を歓迎し
  た」といった冷ややかなものから、「アベノミクスの成果に
  対する敬意」といった前向きのものまで様々な見方が出てい
  る。このように評価が大きく分かれる原因は、基準を「政治
  姿勢」に置くか、「経済政策」に置くかの違いによるものだ
  と思われる。総裁選に立候補した岸田政調会長が「国民の声
  を丁寧に聞く、人の声を“聞く力”。こうしたものも政治に
  求められるのではないかと思う」と「聞く力」を強調し、石
  破元幹事長が「国民を信じて、“共感と納得”の政治を目指
  す」として「納得と共感」をスローガンに掲げているのは、
  安倍政権の問題が「政治姿勢」にあったとみているからであ
  る。逆説的にいえば「経済政策」には批判する隙がないとい
  うことでもある。       https://bit.ly/3Mf5D8w
  ───────────────────────────
安倍首相退陣/アベノミクスの成否.jpg
安倍首相退陣/アベノミクスの成否
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2022年06月08日

●「政治に問題があって成長できない」(第5746号)

 「コンクリートから人へ」──これは、2009年に就任した
民主党の鳩山由紀夫首相が、公共事業から家計支援に軸足を移す
ことを宣言した経済政策のスローガンです。
 このとき、政権を失った自民党は「財源がどこにある」といっ
て徹底的に反対の姿勢をとり、財務省は政権与党に慣れていない
民主党の大臣への洗脳作戦で「コンクリートから人へ」の政策を
潰し、最も首相にしたくない小沢一郎氏を検察を使い、証拠を改
ざんするなどの汚い手を使って、政治的に排除し、民主党をして
公約にない消費税の増税をさせたのです。それが現在の10%の
消費税です。
 しかし、「コンクリートから人へ」──これは正論です。この
言葉は、あの田中角栄元首相の次の語録からきています。
─────────────────────────────
       政治とは何か。それは生活である
                ──田中角栄
─────────────────────────────
 その意味するところは、国民が働く場所を用意し、衣食住を向
上させ、戦争を起こさず、穏やかに暮らせるようにするのが政治
の目的であるということです。小沢一郎氏はこの言葉の精神を自
身の政党名に込めて「国民の生活が第一」と命名しています。
 添付ファイルを見てください。これは、みずほリサーチ・テク
ノロジーズのレポートに出ていたものです。人への投資の割合を
官民で、GDP比で主要国と比較したものですが、日本の投資は
圧倒的に少ないことが分かります。「コンクリートから人へ」の
経済政策は間違っていないのです。この責任は政権与党、とりわ
け自民党にあります。しかし、それでも、多くの日本人は、何が
あっても、自民党に投票します。
 岸田政権においては「コンクリートも人も」になっており、重
点投資ではなく、バラ撒きに近く、日本の経済を成長させる政策
であるとは思えません。これでは、これまでと同じであり、経済
は成長せず、賃金も上がりません。政治は、国民を豊かにして、
はじめて成功したといえるのです。そのためによい方法があるは
ずです。それは、現在10%の消費税の税率を一時的に下げるこ
とです。まして、現在は円安の影響や、コロナ禍、ウクライナ危
機もあって、電気代や食料をはじめとして、生活に欠かせないあ
らゆるものの物価が大幅に上昇しつつあります。しかし、賃金は
依然としてまったく上昇していないので、国民の生活は一段と苦
しくなっています。
 こういう経済状況ですから、もし、野党のいうように、消費税
を10%から5%に下げれば、その分国民の生活はラクになりま
す。コロナ禍では、米国をはじめとして、あの財政規律の厳しい
ドイツでも、減税をしていますが、日本は絶対にやりません。日
本の政権与党の議員の頭には、法人税の減税は許容しても、消費
税の減税などする意思はまったくないのです。その動かぬ証拠が
ここにあります。
 先の衆院選の候補者全員に対して、毎日新聞が行った調査で、
消費税の一時的減税について聞いています。その全体と自民党の
投票結果は次のようになっています。
─────────────────────────────
 ◎消費税をどうするべきか
                   全体   自民党
  引き上げるべき          1%    2%
  当面は10%を維持すべきである 38%   89%
  引き下げるべきである      58%    5%
  その他              3%    4%
                  https://bit.ly/3NlU54N
─────────────────────────────
 ここで重要なのは、野党を含めた全体では「引き下げるべきで
ある」がトップの58%を占めていることです。これが国民の意
思です。驚くべきなのは「10%を維持すべき」が、自民党では
89%を占めていることです。この考え方こそが、日本がデフレ
から脱却できない理由です。
 「消費税を時限的に下げるべき」というと、首相をはじめとす
る閣僚は、必ず次のように答弁し、反対します。これは、財務省
の役人からのQ&Aです。
─────────────────────────────
 消費税は社会保障の一部財源になっており、一時的であって
 も、引き下げることは困難である。
─────────────────────────────
 この点について、現職の矢野康治財務事務次官は『文藝春秋』
で、次のように反論しています。
─────────────────────────────
 コロナ対策の窮余の一策として、一時的に消費税率を引き下げ
てはどうか、という政策の提案もあります。しかし消費税は、す
でに社会保障制度を持続させていくための、極めて重要な「切り
札」として位置づけられています。
 増え続ける高齢世代の社会保障費をいかに支えるか。この方策
については長年議論されてきました。その結果、少子高齢化の進
展を見据え、減りゆく勤労世代からの保険料や所得税などだけで
は高齢世代を支えていけないという結論に達したのです。
 ──矢野康治著『財務次官、モノ申す「このままでは国家が財
    政は破綻する」』/『文藝春秋』/2021年11月号
─────────────────────────────
 消費税を社会保障の財源にする──これは、財務省の策略に与
党議員が騙されてしまった結果です。そんなことをしている国は
ありません。もし、そんなことをすれば、今後社会保障は増える
一方ですから、消費税の税率は上がる一方になります。財務省は
いいでしょうが、国民は悲惨なことになります。それに、消費税
の財源は、消費増税にさいに同時に行われている法人税の減税の
原資になっているのです。  ──[新しい資本主義/102]

≪画像および関連情報≫
 ●「社会保障のための増税」はまやかし/控える給付減
  ・負担増
  ───────────────────────────
   安倍内閣は10月から消費税率を10%に引き上げる姿勢
  を崩していない。しかし、7月1日の日銀短観(企業短期経
  済観測調査)では企業の景況感が2期連続で悪化。2015
  年6月と16年12月のこれまで2回の10%への増税延期
  時よりも現在の経済状況は悪く、到底増税に耐えられる状況
  にない。
   参院選に関する各種世論調査では、社会保障と並んで消費
  税増税の是非に有権者の関心が高く、軒並み「反対」が「賛
  成」を上回る。「10%ストップ!」の声を投票行動に結び
  つけ、審判を下す必要がある。
   6月に閣議決定された「骨太の方針2019」は、10月
  の10%への消費税増税を明記。「社会保障に対する安定的
  な財源を確保する」などとしている。
   しかし「社会保障のための消費税増税」という議論は、法
  人税や所得税を減らす分を消費税分で置き換えるに過ぎず、
  まやかしの議論であることは、この間の経緯を見ても明らか
  だ。1989年度から2018年度までの消費税収は、累計
  372兆円。一方で、同時期の法人税の減収分は累計291
  兆円となる。消費税収の約8割が法人税収の穴埋めに使われ
  たことになる。消費税導入時との比較では、現在の税収構造
  は、減税等により所得税収、法人税収が低下。消費税収が、
  所得税収に匹敵するまでに増えているにもかかわらず、国の
  税収全体はほとんど増えていない。
                 https://bit.ly/3MkdTUK
  ───────────────────────────
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日本の人への投資は官民ともに見劣りする
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2022年06月09日

●「一番滞納が多いのは消費税である」(第5747号)

 「われわれはウクライナに侵攻していない」──ロシアが大量
の戦車でウクライナの首都キーウに向けて攻め込んでいる映像が
テレビで大量に流されているなかでロシアのラブロフ外相がいっ
た言葉です。明らかにウソです。ラブロフ外相の立場に立てば、
そういわざるを得なかったのです。
 こういうウソを「プロパガンダ」といいますが、プロパガンダ
には、2つがあります。情報源を明らかにして行うプロパガンダ
が「ホワイト・プロパガンダ」、情報源を隠して行うプロパガン
ダが「ブラック・プロパガンダ」です。
 ロシアの場合、ホワイト・プロパガンダでもウソをついていま
す。つまり、国民に嘘をついているということです。政府声明な
ので、国民の知るところとなりますが、対外的に本当のことをい
えば、国内向けにいっていることがウソだとわかってしまう。し
たがって、ここは国際社会からいかに非難を浴びようとも、国民
にいっていることと同じこと、すなわち、ウソをいわざるをえな
いのです。ラブロフ外相やネベンジャ国連大使が、明らかにウソ
だとわかることを対外的声明や国連でのスピーチで堂々といって
のけるのはこのためです。
 何でプロパガンダの話をしたかというと、財務省も国民に対し
てさまざまなプロパガンダを行っているからです。たくさんあり
ますが、「このままでは日本の財政は破綻する」とか「消費税の
多くは社会保障の財源に使われる」などは、その代表的なものと
いえるでしょう。
 矢野康治財務事務次官は、『文藝春秋』において、消費税を一
時的にも下げることが、どれほど大変なことかについて、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 日本では、消費税はきちんと価格に転嫁しなければならないと
法律で定めていますので、あらゆる財・サービスの値段を具体的
にどこまで下げるか、電車やバスの運賃料金からから診療報酬に
至るまで、値決めと値札の付け替えをせねばならず、実行するま
でに最低半年以上かかることになります。法改正等も含めた政策
実現ラグを考えると、引き下げの実施はずっと先の話になり、そ
もそもコロナ対策としての有効性が甚だ疑問なのです。(中略)
 いったん引き下げた消費税率をいつ上げ戻すのか、上げ戻す場
合の駆け込み需要と反動減対策はどうするのか・・・などと難題
は他にもあまたあります。さらに、もう一つだけ問題点を指摘し
ますと、仮に消費税率を5%に引き下げた場合、軽減税率対象品
目については108分の3引き下げられ、その他は110分の5
引き下げられることとなり、低所得者ほど恩恵が(額でみても率
でみても)小さくなってしまうという逆進性が高まってしまう問
題もあります。
 ──矢野康治著『財務次官、モノ申す「このままでは国家が財
    政は破綻する」』/『文藝春秋』/2021年11月号
─────────────────────────────
 経済を成長させるということはGDPを伸長させることです。
そのために一番効果的なのは、個人消費を伸ばすことです。なぜ
なら、日本の場合、GDPの60%が個人消費だからです。まし
て、昨今は生活に欠かせない諸物価が高騰しており、その一方に
おいて、コロナ禍も続いていて、労働者の賃金が上がっておらず
実質収入は減少しているのです。これでは、個人消費は上がるど
ころか、下がってしまいます。
 賃金を上げるには、経済を成長させる必要があります。これが
できないのであれば、時限的に消費税を引き下げ、実質所得を増
やさなければなりません。しかし、財務省のトップは、消費税を
下げることや、さらにそれを元に戻すことの事務負担がどんなに
大変かをめんめんと訴えています。
 しかし、それをするのが財務省をはじめとするすべての役所の
仕事なのです。そのために、世の中に何が起きようと公務員は給
与が保証され、昇給もきちんと行われているのです。そういう優
越的立場にいて、いうべきことではないと考えます。
 ちなみに、コロナ禍の緊急経済対策として、56の国と地域が
日本の消費税に当たる付加価値税を下げています。英国では、半
世紀ぶりに大企業向けの法人税率を現行の19%から25%に引
き上げる(23年4月から)ことを発表。米国のバイデン大統領
も、連邦法人税率を現行の21%から28%への引き上げを提案
し、イエレン米財務長官は、各国の法人税引き下げ競争を終わら
せ、G20が協力して共通の最低税率を設ける国際的な取り組み
を呼び掛けていますが、日本は知らん顔です。
 消費税は、コロナ禍であろうと、天変地異が起ころうと、赤字
であろうと、徴収される税金です。とくに日本の場合、いったん
上げた税率は、何が起ころうと、上げることはあっても、絶対に
下げないのです。したがって、その消費税の滞納額たるや、国税
全体の半分以上を占める3200億円に達しています。まさに日
本経済の成長を止めているのは、この消費税です。
─────────────────────────────
      ◎2019年/国税新規発生滞納額
       所得税  22%/1249億円
       法人税  14%/ 765億円
       相続税   5%/ 275億円
       消費税  58%/3202億円
       その他   1%/  36億円
                  https://bit.ly/3arqAQH
─────────────────────────────
 消費税は、社会保障財源の目的税ではありません。したがって
「社会保障に使われる」といっても、お金に色はついていないの
です。このテーマは、EJでは何回も取り上げていますが、最近
のデータを使って、本当のところ何に使われているのかについて
検討してみることにしたいと思います。
              ──[新しい資本主義/103]

≪画像および関連情報≫
 ●消費税は社会保障のため?本当に消費税は必要なのか?
  ───────────────────────────
   TOKYO MX(地上波9ch)/朝のニュース生番組
  「モーニングCROSS」(毎週月〜金曜7:00〜)。9
  月24日(木)放送の「オピニオンオピニオンCROSS
  neo」のコーナーでは、公認会計士で税理士の森井じゅん
  さんが“消費税と社会保障”について述べました。
   菅首相(当時)は総裁選中の質疑応答で、「社会保障の財
  源確保のため、将来的には消費税を引き上げる必要がある」
  と述べました。しかし、翌日の記者会見では「安倍首相(※
  会見当時)は『今後10年ぐらい上げる必要がない』と発言
  している。私も同じ考えだ」と軌道修正しており、今後の菅
  政権の方針が注目されています。
   菅首相(当時)は「消費税は社会保障のための財源」とし
  ていますが、森井さんは「そもそも消費税導入の理由は、社
  会保障ではない」と指摘。導入理由は「直間比率の是正」で
  直接税が高いのでもっと間接税を増やすという話だったと言
  います。直接税とは「納税しなければいけない人と負担する
  人が同じ」で、いわゆる法人税や所得税のこと。一方、間接
  税は「実際に納税する人と負担する人が異なるもの」で、た
  ばこ税などがそれにあたり、「消費税も間接税としてカウン
  トされているが、そこは議論の余地があるところ」と森井さ
  ん。そして、消費税導入の要因でもある「直間比率の是正」
  については、「これは法人税と所得税を下げ、消費税を引き
  上げるという財界の要望」と指摘。結果的に、日本の税収は
  今やその要望通りに法人税が減り、消費税の割合が増加して
  います。           https://bit.ly/3aHLxH9
  ───────────────────────────
消費税の引き下げは好ましくはない/矢野次官.jpg
消費税の引き下げは好ましくはない/矢野次官
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2022年06月10日

● 「社会保障に使われていない消費税」(第5748号)

 6月1日のことです。衆議院予算委員会において、れいわ新選
組の大石晃子議員が、先週の予算委員会で岸田首相が「消費税の
減税は考えていない」と答弁したことに対し、首相を「資本家の
犬、財務省の犬」といった言葉を使い、複数枚のパネルを使って
批判したことが話題を呼んでいます。
 仮にも一国の首相をこのような言葉を使って批判するのは、国
会議員として失礼であると思います。ネット上で話題になってい
るので、そのときの動画をご紹介します。
─────────────────────────────
     期日:2022年6月1日(水)
     場所:衆議院予算委員会
     質問:れいわ新選組の大石晃子衆議院議員
     時間:4分22秒
             https://bit.ly/3NOV25m
─────────────────────────────
 しかし、言葉遣いには問題がありますが、大石議員が指摘して
いることはほぼ事実です。ところで、日本各地で組織された「民
主商工会」(民商)の全国組織である全国商工団体連合会(全商
連)という組織があります。その全商連が「消費税は社会保障の
ために本当に使われているのか」のタイトルで書いたレポートが
あります。これによると、消費税は社会保障の安定財源という割
には、消費税が導入されてから、社会保障が充実するどころか、
むしろ改悪されていることを次のデータで示しています。
─────────────────────────────
       消費税導入以前/1988年度  2020年度
サラリーマン本人の窓口負担      0%→    10%
高齢者の窓口負担(外来)       1割→     3割
国民健康保険料・税/1人平均 56372円→ 90233円
厚生年金支給開始年齢        60歳→    65歳
国民年金保険料(月額)     7700円→ 16610円
介護保険料              なし→  5869円
障碍者福祉の自己負担  応能負担/9割無料→ 定率1割負担
                  https://bit.ly/3xj5woj
─────────────────────────────
 確かにこれによると、社会保障はどんどん厳しさを増していま
す。しかし、それは、少子高齢化が急速に進むなどの要因もあり
仕方がないことであるともいえます。
 それに消費税は最初から社会保障の安定財源として導入された
ものではなく、そう呼ぶようになったのは、2012年に、当時
与党の民主党と、自民党と公明党の3党が組んで成立させた「税
と社会保障の一体改革」からです。バックに財務省がいます。
 しかし、そうであっても消費税は社会保障の目的税ではなく、
それを目指すというに過ぎません。消費税の税収は、一般財源と
して何にでも使えるのです。お金に色はついていないので、税収
として入ってくると、何にでも使えるし、仮にそれを指摘された
としても、どのようにでも言い訳はできるようになっています。
ここにまやかしがあります。実際には、消費税収分のほとんどは
社会保障にまわっていないのです。
 財務省という役所が、一般会計と特別会計で動かすお金の額は
GDPの50%相当といわれます。それだけ財務官僚は、日本の
命運を握っています。しかし、財務官僚は、何よりも、プライマ
リーバランス(基礎的財政収支)──一般会計で歳入総額から国
債発行などによる収入を引いた金額と、歳出総額から国債費など
を引いた金額のバランス──これをプラスに持っていくことに、
偏執狂的な情熱を燃やしています。
 これは、国債を償還することになるので、緊縮財政です。これ
をすると、市場からお金を吸い上げる一方で、税金が実体経済に
戻らなくなるので、不況になって経済が委縮し、経済が成長しな
くなります。「国が借金をすることで、国民の資産が増える」こ
とをどうしても彼らは理解できないようです。
 産経新聞特別記者の田村秀男氏は、近著で矢野康治財務事務次
官について次のように触れています。
─────────────────────────────
 一時期、民主党政権のトップたちが「このままでは日本はギリ
シャのように財政が破綻する」と言っていましたが、あれは完全
に民主党政権が財務官僚に洗脳されてしまっていたのです。財務
官僚に「ギリシャみたいになったらどうしますか。あなたのせい
にされますよ」と言われて震え上がって、一生懸命消費税の増税
を画策して、三党合意にもっていった。
 「財務省はまず国のことを思って、経済を良くしようと考える
はずなのに・・・」と思われるかもしれませんが、財務官僚とい
う人たちはほんとうに不思議です。
 いまの事務次官の矢野康治さんと話をしたとき、「いや、私は
財務省のなかでも、経済のことはいちばんわかってますから」と
の自負を述べておられましたが、その矢野さんが、一生懸命増税
と緊縮財政のことばかり考えている。
 財務省自身が魔物みたいなもので「財政は均衡させなきやいけ
ない。均衡させるためには緊縮財政をやらなきやいけない。増税
をしないといけない」という”緊縮狂”というべきか、これが性
根になっているとしか思えません。      ──田村秀男著
                 『「経済成長」とは何か/
    日本人の給料が25年上がらない理由』/ワニブックス
─────────────────────────────
 財務省は、偏執狂ならぬ緊縮狂に陥っている──このあたりに
日本が経済成長できない原因があります。政治家は、財務省と張
り合うことはマイナスと考えていて、積極的には戦おうとしない
のです。財務省の力は、政権運営に慣れていない民主党を手玉に
とったことで十分発揮されています。一番わからないのは、財務
官僚は本当に国家運営を家計と同じように考えているのかという
ことです。         ──[新しい資本主義/104]

≪画像および関連情報≫
 ●プライマリーバランス黒字化目標導入という罪とは別のもう
  一つの罪/杉っ子の独り言
  ───────────────────────────
   私はプライマリーバランス黒字化目標に対して批判的な立
  場です。デフレ脱却のためには「国債増刷」と「財政出動」
  のセットの政策以外に、有効な方法がありません。
   もし、国家の財政運営を家計簿や企業経営と同じように考
  えて、「政府の政策は税収の範囲内で行うべき!」という人
  が居られれば、それはGDP3面等価の原則を知らない人で
  しょう。知っていても理解していない人でしょう。
   なぜならば、支出=生産=所得であって、支出するのは、
  家計(個人)でなくても企業(法人)でなくてもよく、政府
  が支出するでも全く問題がないからです。実際、内閣府のホ
  ームページで公表されるGDPの1次速報、2次速報、確報
  値では、政府最終消費支出という項目があります。個人消費
  や企業設備投資の他に、公務員(警察官・消防官・救急隊・
  自衛隊・学校の先生・役所省庁職員など)の給料や公共事業
  投資もまた支出であることに変わりありません。
   国債を増刷して、その財源を元に公務員を増やした結果、
  公務員に払う給料が増えた場合、政府支出増=政府サービス
  (医療・介護・防衛・防犯・災害救助・教育などなど)の生
  産増加=公務員の所得増加となりまして、経済成長(GDP
  拡大)に貢献するのです。さて、そもそもこのプライマリー
  バランス黒字化を導入されたのはいつか?そしてそれは誰が
  主導したのか?2001年に竹中平蔵氏がプライマリーバラ
  ンス黒字化を言い出しました。その結果、日本は景気が悪く
  なって財政出動をしなければならない状況に陥ったとしても
  財政出動ができなくなってしまったのです。
                 https://bit.ly/3GQdubw
  ───────────────────────────
れいわ新選組/大石あきこ議員.jpg
れいわ新選組/大石あきこ議員
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2022年06月13日

●「骨太の方針をめぐる党を割る論争」(第5749号)

 6月7日のことです。政府は今年の「経済財政運営と改革の基
本方針/骨太の方針」を閣議決定しています。とくに今年の骨太
の方針の決定は重要であったといえます。考えてみると、日本が
長期デフレでも、十分な財政出動ができなかった理由の一端は骨
太の方針の内容にもあるからです。
 これは、政府プラス自民党と財務省のいわば戦いです。今回は
財務省を代表する財政健全化推進本部と、政調会長を中心とする
財政政策検討本部の2つのグループに分かれて、骨太の方針をめ
ぐって、激しい議論が行われたのです。麻生元財務相と安倍元首
相の戦いといってよいと思います。その激しさは、党を割るので
はないかといわれるほど、激しかったといいます。
 しかし、岸田首相は明らかに財務省寄りであるので、政府とし
ては、財政健全化グループと財政積極派グループの中間に位置し
ている感じです。当初財務省は、当然のように今年度の骨太の方
針に次の文言を明記することを政府に働きかけています。
─────────────────────────────
 2025年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字
化目標を堅持する。
─────────────────────────────
 しかし、これについては、財政積極派グループが猛烈に反対し
削除を要求しています。最終的に財務省はこれを受け入れざるを
得なくなり、最終段階になって、次の一文を加えてきたのです。
─────────────────────────────
 骨太方針2021に基づき、経済・財政一体改革を着実に推進
する。             財政健全化推進本部の追加文
─────────────────────────────
 骨太方針2021には2025年のプライマリーバランス黒字
化達成が明確に記述されており、この一文は財務省の猿芝居であ
ると高橋洋一氏はいっています。これは事実上黒字化目標堅持を
継続し、当初予算が抑制されるので、自民党政調全体会議は大紛
糾することになります。これについて財政政策検討本部長の西田
昌司氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 「姑息」というのは、新たな一文が文案の最後に何事もなかっ
たように加えられていたことだ。これが財務省のやり方で、油断
も隙もない。PB黒字化に固執すれば岸田首相が掲げる「新しい
資本主義」はもちろん、喫緊の課題である防衛力強化など、長期
的視野に立った重要政策の当初予算を柔軟に実行できない。
 財務省は、民間経済への視点を著しく欠き、深い考えもなく、
PB黒字化に固執している。政治や国民を下に見て、日本経済を
停滞させ、デフレを招く根源は、息の根を止めないといけない。
              ──西田昌司財政政策検討本部長
              2022年6月8日付、夕刊フジ
─────────────────────────────
 しかし、財政健全化推進本部はこの追加分のカットには頑強に
反対し、次の一文を加えることで、骨太の方針は閣議決定される
ことになったのです。
─────────────────────────────
 ただし、(それが)重要な政策の選択肢をせばめることがあっ
てはならない。               ──最終追加文
─────────────────────────────
 これだけの騒ぎになっているのに、肝心の岸田首相の態度は、
まったく煮え切らないの一語に尽きます。これでわかることがあ
ります。矢野康治現財務次官の『文藝春秋』への論文投稿は、独
断でやったものではなく、麻生前財務相、現鈴木財務相が了承の
うえでやったのではないかということです。もしかすると、岸田
首相も事前に伝えられていたと考えられます。もし本当だとすれ
ば、「財務省のイヌ」といわれても仕方がないと思われます。
 財務省が拠りどころとしているには、財政法第4条です。第4
条とは、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その
財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付
金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を
発行し又は借入金をなすことができる」とあります。一体なぜこ
のような法律が存在するのでしょうか。
 この財政法第4条と憲法第9条は、占領下の1947年に制定
されたもので、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から日本
に押し付けられたものです。GHQが財政政策を縛ったのは、日
本を経済的に発展させないためであり、憲法第9条とともに、日
本を「戦争ができない国」にするためのものです。当時の世界は
日本が再軍備することを極端に恐れたのです。
 この財政法第4条に関して、産経新聞特別記者の田村秀男氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本共産党は『しんぶん赤旗』で「この規定、戦前、天皇制政
府がおこなった無謀な侵略戦争が、膨大な戦時国債の発行があっ
て、はじめて可能であったという反省にもとづいて、財政法制定
にさいして設けられたもので、憲法の前文および第9条の平和主
義に照応するもの」と説明しています。国家主権を自ら制限する
もので、いかにも日本共産党の言い分ですね。しかし、共産党が
墨守する憲法解釈に、保守を自称する与党の政治家の大半が縛ら
れるのは奇々怪々と言うしかありません。
 そもそも憲法は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権
利」の尊重を謳っています。政府が財政均衡主義を貫くことで、
デフレ不況を引き起こし、経済をゼロかマイナス成長にしてしま
うことは、国民が幸福になる権利をブチ壊すようなものです。
                      ──田村秀男著
                 『「経済成長」とは何か/
    日本人の給料が25年上がらない理由』/ワニブックス
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/105]

≪画像および関連情報≫
 ●風化する財政法4条、戦前の教訓どこへ
  ───────────────────────────
   建設国債の発行を認めている財政法4条を巡る議論がにわ
  かに熱を帯びている。教育無償化などの財源を、建設国債の
  発行で賄おうとの動きだ。麻生太郎財務相は「名を変えた赤
  字国債と変わらない」と否定的な姿勢を堅持するが、自民党
  では安倍晋三首相の指示のもとでの検討が進む。戦前の教訓
  はどこへいったのか。
   財政法は4条で「国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を
  以て、その財源としなければならない」として国債発行を原
  則禁止しているが、「公共事業費、出資金及び貸付金」向け
  の建設国債の発行を例外的に認めている。1966年に戦後
  はじめて発行した建設国債は2016年度末に277兆円と
  政府債務全体の約3割に及ぶ。1990年代までは赤字国債
  よりも発行額が大きく、借金の膨張の要因となってきた。
   使途拡大の議論の焦点となりそうなのが、無形資産への計
  上を認めるか、という点だ。財政法の解説で権威のある「予
  算と財政法」には研究開発費のような使途であっても「(出
  資金であれば)後世代がその利益を享受でき、その意味で無
  形の資産と観念しうるものについては妥当性がある」と記し
  ており、使途拡大の論拠のひとつとなっている。政府内には
  出資金の要件を満たさなくても、計上可能にしようともくろ
  む向きさえある。    https://s.nikkei.com/3zu5ewg
  ───────────────────────────
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田村秀男氏と近刊書
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2022年06月14日

●「日本はけっして借金大国ではない」(第5750号)

 もう一度矢野康治財務事務次官の論文の冒頭部分を読んでみて
ください。
─────────────────────────────
 私は一介の役人に過ぎません。しかし、財政をあずかり、国庫
の管理を任された立場にいます。このバラマキ・リスクがどんど
ん高まっている状況を前にして、「これは本当に危険だ」と憂い
を禁じ得ません。すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務
を併せると1166兆円に上ります。GDPのの2・2倍であり
先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている。それなのに、さら
に財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交っているのです。
               ──財務事務次官/矢野康治著
    「財務次官、モノ申す/このままでは財政は破綻する」
             『文藝春秋』/2021年11月号
─────────────────────────────
 散々聞かされてきている「国の長期債務は973兆円、地方の
債務を併せると1166兆円、GDPの2・2倍」──借金だけ
が誇張されていますが、正確にいうと、ウソがあります。メディ
アなどは、「国の借金1000兆円/国民一人当たり800万円
の借金」と大々的に報道しています。国民はこれをそのまま信じ
ています。メディアはわかっていないかもしれませんが、財務省
は、よくわかっていてウソをついています。
 それは「国の長期債務973兆円」という部分です。これは、
正確にいうと「政府の長期債務」というべきです。国と政府は違
います。「国=政府」ではなく、国とは、政府と民間を合わせた
ものをいいます。確かに、政府は約1000兆円の借金を負って
いますが、そのほとんどは民間が貸しています。
 つまり、貸し手も日本、借り手も日本、これは国のなかでの貸
し借りの問題であって、国の借金ではないのです。この場合、民
間といってもピンとこないと思うので、正確にいいます。日本政
府の国債の90%以上は日本の機関投資家が保有しています。機
関投資家とは何でしょうか。銀行、生命保険会社、損害保険会社
年金運用基金など、国民の資産を集めて運用する機関が機関投資
家で、彼らが日本政府の借金(国債)のほとんどを貸しているの
です。民間が貸しているのですから、民間の「資産」ということ
になります。
 ところで、2022年5月28日付の日本経済新聞に次の記事
が掲載されています。
─────────────────────────────
◎日本の対外純資産最高/昨年末15%増411兆円、円安影響
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 日本に住む人が海外で保有する資産の評価額が、円安の影響で
膨らんでいる。財務省が27日発表した対外資産負債残高による
と、2021年末時点の日本の対外純資産は20年末に比べて、
15・8%増の411兆1841億円と、過去最高を更新した。
31年連続で世界最大の純債権国となり、2位のドイツを100
兆円近く引き離した。
 日本の対外純資産が400兆円を超えたのは初。13年末以降
は300兆円台で推移していたが、21年末は増加幅が56兆円
とこれまでで最も大きかった。20年末に33兆円程度に縮まっ
たドイツとの差が再び開いた。
         ──2022年5月28日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 対外純資産については、毎年財務省が発表しています。しかし
これについては、毎回非常に控え目に報道されるので、多くの人
は気がつかないで、見逃してしまいます。
 日本を主語にしていうと、対外純資産とは、日本が海外に投資
している金額から、海外から投資されている金額を差し引いた金
額のことです。ここで投資とは、政府債券や社債、株式、土地な
どの資産を現地通貨で保有することです。
 確かに日本も海外から投資を受けていますが、それよりもはる
かに多くの金額を海外に投資しています。日本の対外純資産が世
界一多く、しかも31年連続で日本は世界一なのです。それなの
に、多くの日本人は、日本は世界一の借金大国であることを信じ
ています。財務省のプロパガンダがそうさせているのです。
 ただ、対外純資産が長年にわたって日本が世界一であることに
はマイナスもあります。それは、日本国内に魅力的な投資先がな
いことを意味するからです。これについて、みずほ銀行チーフエ
コノミストの唐鎌大輔氏は、次のようにコメントしています。現
在の日本には、巨大な借金よりも改善すべきことがあるのです。
─────────────────────────────
 対外純資産が増えること、つまり国内から国外への証券投資や
直接投資(端的にいえば外国企業の買収・合併)が旺盛だという
ことは、裏を返せば、国内への投資機会が乏しいということにも
なる。日本経済の1990〜2010年は「失われた20年」と
呼ばれるが、その間一度も転落することなく「世界最大の対外純
資産国」であり続けてきたということは、それは「失われた20
年」の産物だったともいえるのではないか。
 ちなみに、直接投資の急増は、この10年弱で進んでいるトレ
ンドだ。「失われた20年」を経て、多くの日本企業が「国内市
場には期待収益の高い投資機会はない」と判断した結果なのだろ
う。より厳しい言い方をすれば、縮小し続ける国内市場に投資す
るより、海外企業への買収や出資を通じて時間や市場を買うほう
が中長期的な成長につながると判断した結果だったともいえる。
 2010〜2020年の10年間は「日本の企業部門が日本と
いう国を見限り始めた期間」という解釈は、対外純資産の内訳を
見る限り、もはや的外れとは言えない現状がある。今後、198
080〜2020年が「失われた30年」と呼ばれる日もやって
くるのかもしれない。       https://bit.ly/3MLuOQq
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/106]

≪画像および関連情報≫
 ●日本が一番の対外純資産保有国…世界全体で対外純資産額の
  実情(2022年時点最新版)
  ───────────────────────────
   国単位での資産額は債務と債権を相殺した、特定の国から
  他の国々に対する「対外純資産額」で示される。その額につ
  いてIMFの公開値を基に、世界全体での実情を確認する。
  対外純資産とは、対外資産と対外負債を合算したもので「対
  外」とは該当国が他国に保有している資産や負債のこと。大
  まかな説明としては「資産…海外に対して色々な形で貸し付
  けているもの」「負債・・・海外から色々な形で借り受けて
  いるもの」となる。
   次に示すのはIMFのデータベースで対外純資産額を確認
  できる国のうち、年ベースで取得可能な最新値となる、20
  20年分がある国はその値、またない国は得可能な2005
  年以降の値で最新のものを適用した計174か国について、
  上位国と下位国を抽出したもの。基データにある通り米ドル
  換算された値を用いている。
   全世界を対象としても、最大の対外純負債を持つのはアメ
  リカ合衆国。次いでスペインだが、アメリカ合衆国の額が大
  きすぎてグラフがアンバランスとなっている。アメリカ合衆
  国とスペインとの差は10倍以上。スペインの次はイギリス
  フランス、アイルランド、オーストラリア、メキシコ、ブラ
  ジル、トルコ。経済的に難儀していることもあり、やはりそ
  うなのかという感想を抱く国もあれば、意外なところで顔を
  見せていると思わせる国もある。 https://bit.ly/3xE1jM2
  ───────────────────────────
対外純資産/2020年.jpg
対外純資産/2020年
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2022年06月15日

●「実体経済をいかに活性化させるか」(第5751号)

 このところ、よく産経新聞特別記者、田村秀男氏の所説を取り
上げています。産経新聞は保守系の新聞で、田村秀男氏は、その
新聞の特別記者にして、編集委員兼論説委員を務める大物記者で
す。田村氏が書く実名記事は、注目されていて、とくに大物政治
家に大きな影響を与えるとされています。その田村氏は、現在の
日本経済について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 現代の経済というものを考える際に前提にしなければならない
のは、実体経済と金融経済(または資産経済)があるということ
です。まずは、実体経済なのですが、これはGDP──国内総生
産。一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付
加価値の合計額のこと──に直結していて、モノとサービス、そ
して人が動く世界です。
 もうひとつの金融経済、こちらのほうはまだ経済学が全容を解
明していない部分で、資産市場において動きます。例えば株式が
該当します。株式は、いわば企業にとってみれば借金です。元本
(株価)は、払う必要はないけれど、配当はしなければなりませ
ん。株式市場では元本が変動して、どんどん上下して、それが投
資家同士で売った、買った、得した、儲けた、損したという話に
なるわけです。               ──田村秀男著
                 『「経済成長」とは何か/
    日本人の給料が25年上がらない理由』/ワニブックス
─────────────────────────────
 実体経済というのは、いわば人々の暮らしの経済です。そこで
は、モノやサービスが動きます。企業は、設備投資をしたりして
新しいビジネスに備えようとし、一般家庭では、子供の教育を充
実させようと子供を塾に通わせたり、若者は、将来の見通しを立
てたうえで、結婚したり、子供を作ったり、住宅を建てたりしま
す。こういうことは、すべて「実体経済」のなかで行われます。
ごく普通の人にとって、経済といえば実体経済のことなのです。
 しかし、現在の日本では、実体経済にお金が回らずに、金融経
済にばかり、お金が動いています。金融経済の中心であるはずの
銀行は、本来であれば、企業にお金を貸して、設備投資や雇用増
加を促すなどして、実体経済にお金を回す努力をすべきです。家
計であれば、住宅ローンを貸し付けて住宅建築を勧めたり、家の
リフォームのための資金を貸し付けたりします。そうすれば、住
宅産業や電機メーカーなどにもお金が回り、実体経済がうるおう
はずだからです。
 ただ、銀行は、いずれにしても、きちんと返済のできる企業や
人を探し、融資を積極的に促進すべきなのですが、そういう営業
努力を怠っていると思います。経済がデフレ化しているので、仕
方がない面もありますが、銀行は、営業を強化して、融資先を開
拓する努力を怠っているように感じます。ここに日本のGDPが
成長しない重要な原因があります。
 銀行は、それよりむしろ、資金を資産運用に回した方が儲かる
として、証券部門まで作って、資金をそちらで運用したり、国内
に投資すべきところがない場合は、国外に投資する先を探し、海
外投資を増やしています。昨日のEJで、「対外純資産」が日本
が31年連続でトップである話をしましたが、銀行などの金融機
関が海外投資を増やしている結果として、対外純資産が膨らんで
いるということも考えられます。
 このような現象が生じたうえで、何が起きるかについて、田村
秀男氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 実体経済が委縮していくと、企業は企業で、国内で商売しても
設備投資しても、人を雇っても全然ダメだという判断をします。
見通しがありませんから。ということで企業もますます国外に出
て行くことになります。要するに、日本経済は自滅している。残
念ながら、いまはそういう過程をたどっているのだと思います。
         ──田村秀男著/ワニブックスの前掲書より
─────────────────────────────
 長年続く異次元の金融緩和によって、お金は、ジャブジャブに
余っています。家計の金融資産だけで2000兆円!──このお
金を実体経済に取り入れる必要がありますが、どうすればいいの
でしょうか。
 一方で、お金を借りたいと思っている人がいます。お金という
ものはどこかで余っていて、貸し手はたくさんいるものです。な
ぜなら、お金は持っているだけでは増えないので、どこかに貸し
て、利益を還元したい──そう思っている人はたくさんいるから
です。このお金の借り手と貸し手の利害が一致するから、資本主
義ではお金が動いて、パイが大きくなるのです。これが経済の成
長であり、資本主義は借金で回るといえます。
 さて、実体経済にお金を回すにはどうすればよいでしょうか。
答えはあります。誰かが借りて実体経済に回せばよいのです。そ
の「誰か」とは誰か。実体経済の主体は次の3つです。
─────────────────────────────
             @企業
             A家計
             B政府
─────────────────────────────
 第1に企業ですが、利益の出ている企業ではお金が余っていて
お金を金融市場で運用しており、借金する必要はありません。つ
まり、資金需要がないのです。一方、赤字の企業には、資金需要
はありますが、銀行がなかなか貸してくれません。
 第2に家計ですが、貸せるほどお金を持っている人は、リスク
を恐れてゼロ金利でも銀行に預けて、現預金で持っています。し
かし、銀行は、貸したい企業や人は借りてくれないし、借りたい
企業や人には、焦げつきを恐れて貸そうとしません。
 結局、Bの政府しかないということになります。ここは政府の
出番なのです。       ──[新しい資本主義/107]

≪画像および関連情報≫
 ●激震コロナショック〜経済危機は回避できるか〜
  ───────────────────────────
   この記事は、2020年3月28日に放送した「NHKス
  ペシャル/激震コロナショック経済危機は回避できるか〜」
  をもとに制作し、2020年4月3日に公開したものを再公
  開しました。
   日本は今、新型コロナウイルスの感染爆発を防げるかどう
  かの瀬戸際にある。感染拡大は私たちの仕事や暮らしに大き
  な影を落とし、ロックダウンと呼ばれる、いわゆる“都市封
  鎖”も対岸の火事ではない。世界経済は大きく揺さぶられ、
  日経平均株価はわずか1か月で30%以上も下落した。コロ
  ナショックによる世界的経済危機をどうしたら回避すること
  ができるのか。3人の専門家を交えて、徹底検証する。
   世界の180を超える国と地域で猛威を振るう新型コロナ
  ウイルス。未知のウイルスは、世界経済を直撃し、いわゆる
  「コロナショック」を引き起こしている。世界の金融市場に
  は動揺が走り、ニューヨーク株式市場では歴史的な下げ幅を
  記録。アメリカの4月から6月までの国内総生産(GDP)
  は前期比でマイナス24%という衝撃的な予測も出ている。
   世界はリーマンショックを超える危機的な状態に陥るので
  はないかという不安が連鎖している。未曾有の危機に直面し
  ている当事者たちは、今回のコロナショックをどのように受
  け止めているのか。グループの傘下にアメリカのウイスキー
  メーカーなどを持つグローバル企業の経営者、新浪剛史さん
  は事態を深刻に受け止めている。 https://bit.ly/3aK7i94
  ───────────────────────────
田村秀男氏/産経新聞特別記者.jpg
田村秀男氏/産経新聞特別記者
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2022年06月16日

●「資本主義は借金をすることで回る」(第5752号)

 なかなか受け入れられない考え方かもしれませんが、「資本主
義は借金をすることで回る」のです。なぜなら、誰かの借金は、
誰かの資産になるからです。日銀が金融緩和を続けていますから
資金は潤沢にあるのです。しかし、そのお金が市中に流れず、滞
留してしまっています。それがデフレの原因です。
 借金とは正反対ですが、無駄遣いをせず、せっせと貯蓄に励む
──これは一人ひとりにとっては正しいことですが、国民の多く
がこれをやると、経済は停滞してしまいます。企業も同様です。
銀行から借金をして積極的に事業を拡大せず、過去の負債をひた
すら返済する──バランスシートを修復すると、確実に経済の成
長は止まってしまうのです。
 これを「合成の誤謬」といいます。個々のレベルでは正しい対
応をしても、経済全体で見ると、悪い結果をもたらしてしまうこ
とをいいます。かつて野村総合研究所創発センター主席研究員の
リチャード・クー氏が、日本のデフレを「バランスシート不況」
と名付けて次のように解説しています。
─────────────────────────────
 一国の経済というのは家計部門が貯蓄した資金を企業部門が借
りて使うことで回っている。ところが、企業部門がバランスシー
トの修復のため借り入れをやめ、借金返済に回ると、家計部門が
貯蓄した資金は借りて使う人がいなくなり、そのまま銀行に滞留
してしまう。しかも企業部門も全体で見て借金返済の方が借り入
れより大きいとなると、この純借金返済額も誰も借りる人がいな
いことになり、銀行に滞留してしまう。ということは、現状では
家計の貯蓄総額と企業の借金返済の合計が「使われぬカネ」とな
り、経済全体のデフレギャップとなってしまうのである。この状
況を放置しておくと、毎年毎年、家計の貯蓄と企業の借金返済分
だけ総需要が失われ、経済は縮んでいくことになる。
            ──リチャード・クー著/楡井浩一訳
     『デフレとバランスシート不況の経済学』/徳間書店
─────────────────────────────
 添付ファイルを見てください。これは1980年から2017
年までの38年間のM2、GDP、国内銀行貸出残高、国債残高
を示しています。
 「M2」とは何でしょうか。正確には「マネーストックM2」
──これは、日本中の現金・預貯金のうち、ゆうちょ銀行や農協
に預けたお金を除いた金額のことです。全てを含めたものを「マ
ネーストックM3」というのですが、M2が日銀のデータで一番
継続性があるので、よくM2が使われます。
 これを見ると、@のマネーストックM2は、一貫して右肩上が
りで増え続けています。しかし、バブル崩壊後の1991年から
1992年にかけて一瞬停滞しているのがわかります。信用収縮
が起きたからです。
 信用収縮とは、信用が破綻して借金が減り、同時にお金が減る
ことを意味しています。バブルが崩壊し、経済成長がストップし
た状態です。信用収縮は信用創造の逆です。
 信用収縮の前と後が対照的なのはBの民間銀行の貸出です。信
用収縮の前は、1980年から右肩上がりで上がっていて、一時
は500兆円でピークをつけています。しかし、信用収縮後は急
激に減り、100兆円減って400兆円まで下っています。しか
し、アベノミクスが始まる2013年頃からは、グラフは、少し
上向きになっています。しかし、日本の銀行は、1993年以降
はお金を貸さなくなっています。
 その原因を作っているのは、CのGDPがまったく横ばいであ
ることです。つまり、経済が成長しなくなったからです。経済が
成長しなくなると、銀行は貸し出しを増やせないのです。
 しかし、@のマネーストックM2は、右肩上がりで増えていま
す。これを支えているのは、Aの国債残高です。バブル崩壊後は
国債残高は急激に増加し、@に迫る勢いです。これは、銀行が民
間貸出を増やさなくなったので、政府が代わりに借金を増やして
M2を支えているのです。そのおかげてマネーストックM2は一
応右肩上がりで増えているのです。
 私は、安倍政権は、森友問題、桜を見る会など、いろいろ不祥
事がありましたが、それまでの政権に比べると、経済運営はよく
やった方だと思います。アベノミクスもその考え方は間違ってい
なかったし、最初の1年はそれまでの民主党政権のときとは見違
えるほど、経済に勢いが出てきたのです。それは、異次元の金融
緩和と機動的財政出動が効いたといえます。
 問題は、既に法律化されている8%への消費増税です。しかし
安倍首相は異例の2度目の首相登板であり、その経験から財務省
の役人のいうことをそのまま受け入れず、多くの識者から意見を
聞いても引き上げに慎重だったのです。しかし、信頼する黒田総
裁からも要請があったので、最終的に増税を決断します。これに
ついて、田村秀男氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 奇妙なことに、日銀の黒田東彦総裁は、2013年に「消費税
を予定通り8%に引き上げないと、国債が暴落するテールリスク
がある」と増税に慎重な安倍晋三総理(当時)を脅して、増税に
踏み切らせました。テールリスクとは巨大隕石の衝突のような天
文学的確率のリスクのことですが、それを強調するようでは中央
銀行総裁の資格はありませんね。そんな詭弁を弄してまで、出身
母体である財務省の増税画策に与したのです。増税の結果、デフ
レ不況が長引き、日銀自身が政府との共同声明で公約している物
価安定目標のインフレ率2%を達成できなくなっています。そう
いう意味でも黒田さんの罪は重いと私はいまでも憤っています。
                      ──田村秀男著
                 『「経済成長」とは何か/
    日本人の給料が25年上がらない理由』/ワニブックス
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/108]

≪画像および関連情報≫
 ●検証アベノミクス:2度の消費増税で財政政策が機能せず
  =藤井・元内閣参与
  ───────────────────────────
  [東京26日/ロイター]第2次安倍内閣で内閣官房参与を
  務めた藤井聡氏(京都大学大学院教授)は、歴代最長政権と
  なった安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」について、
  消費増税によって第2の矢である財政政策が十分に機能しな
  かったとの見方を示した。
   その上で足元のコロナ禍で内需が低迷する状況に対応する
  ため、さらなる財政出動と消費税減税が必要と語った。24
  日に書面で回答した。
  <財政政策がマイナスに>
   藤井氏はアベノミクスの成果について、「2014年3月
  までの期間、消費税5%の状況下で10兆円の補正予算を組
  んだこと。この時、非常に大きな効果があったことは間違い
  ない」と指摘。3本の矢のうち、2本目に当たる「機動的な
  財政出動」の初期の対応を評価した。一方で藤井氏は「14
  年の消費増税で、この成功は消し飛んでしまった。そもそも
  第2の矢は『財政支出額マイナス増税額』で測るべきもので
  増税前まではプラスだったものが14年4月の増税以降、そ
  れがマイナスになった」と説明。「アベノミクスをやろうと
  してやれなかったことを意味する」との見方を示した。「第
  1の矢(大胆な金融政策)や第3の矢(民間需要を喚起する
  成長戦略)をいくらやっても、第2の矢を打たなければ資金
  は市場には回らないし、デフレも終わらない」と述べた。
                 https://bit.ly/3tsWAdG
  ───────────────────────────
マネーストックとGDP/借金の推移.jpg
マネーストックとGDP/借金の推移
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2022年06月17日

●「黒田日銀総裁発言をめぐる珍対応」(第5753号)

 黒田日銀総裁がつるし上げを食っています。なぜ、つるし上げ
られているのでしょうか。6月6日に行われた講演で、次のよう
にいったことが原因です。
─────────────────────────────
    日本の家計の値上げ許容度も高まってきている
                 ──黒田日銀総裁
─────────────────────────────
 黒田総裁は「表現が適切でなかった」と謝罪しましたが、これ
は、マクロ経済のなかの話であって、別に失言ではないと考えま
す。黒田総裁は、添付ファイルのグラフを示して、次のように話
しています。
 なじみの店で、いつも買うなじみの商品が10%値上がりした
とします。その場合、そのままその商品を購入するか、他店に移
るかを調べると、日本では、2021年8月と2022年4月で
は次のように異なるのです。
─────────────────────────────
         2021年8月   2022年4月
  そのまま購入する   43%       56%
  他店に移る      57%       44%
─────────────────────────────
 これによると、2021年8月の時点では、値上げがわかると
安い価格で売る他店に移った人が多かったものの、2022年4
月の時点になると、そのままその店で買う人が多くなっているこ
とを示しています。これを黒田総裁は「家計の値上げの許容度が
高まった」と表現したのです。
 これについて、慶応義塾大学経済学部准教授・小幡績氏は、次
のように黒田総裁を擁護しています。
─────────────────────────────
 今回の発言は配慮に欠けていたと思いますが、もともと日銀に
は“家計の値上げ許容度”という統計の指標があって、いわば学
術用語みたいなものなんです。 だから、黒田さんも、悪気なく
使ってしまったのではないかと・・・。
           ──小幡績慶応義塾大学経済学部准教授
─────────────────────────────
 この件に関して、経済学者の高橋洋一氏も、「黒田総裁の発言
は別に失言ではない」として、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」との発言はイ
ンフレ期待の底上げが実現しつつあるという趣旨を含んでいたと
思われるが、「値上げを受け入れている」とのヘッドラインに変
換されたことも相まって世論の大きな反発を招き、新聞・テレビ
・雑誌を筆頭に多くのメディアがこの発言を批判的に報じた。
 正直、言葉尻を捉えるという類いの報道であるとも感じるが、
この騒動は「いかに日本という国において物価上昇が受け入れら
れないか」を示したものともいえる。     ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3zCqXCf
─────────────────────────────
 そもそもメディアは、黒田発言を取り上げるのであれば、添付
ファイルのグラフも示すべきであるのに、そうしていません。日
銀総裁の講演は、すべて日銀のウェブサイトに公開されており、
発言はグラフに関係するので、グラフも一緒に示すべきです。た
だ、一部の言葉だけを切り取って、報道するのでは、黒田総裁の
真意を伝えることに不十分です。
 これは、高橋洋一氏が指摘していることですが、黒田日銀総裁
に対して国会で質問した国会議員の経済──とくにマクロ経済に
関する知識のあまりにもなさです。まず、立憲民主党・白真勲参
院議員の次の質問と黒田総裁の答弁です。
─────────────────────────────
白 :日本銀行は通貨および金融の調節を行うに当たっては、物
 価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資するこ
 とをもってその理念とすると日本銀行法の第2条にありますが
 最近食料品を買った際、以前と比べて価格が上がったと感じる
 ものがあったのかどうか、ご自身がショッピングしたときの感
 覚、実感をお聞かせください。
黒田:私自身、スーパーに行ってですね、物を買ったこともあり
 ますけれども、基本的には家内がやっておりますので、包括的
 にですね、物価の動向を直接買うことによって、感じていると
 いうほどではありません
─────────────────────────────
 「物価」といっても、白議員のいう物価と、黒田総裁のいう物
価の概念は異なるのです。黒田総裁のいう物価は、消費者物価指
数のことをいっているのです。これについては、来週のEJで取
り上げる予定です。
 続いて、立憲民主党代表、泉健太氏の黒田日銀総裁への質問で
す。ちなみに、泉健太代表も黒田発言について、党会合において
「全く生活実感のない、生活実態を見ていない、無神経な発言を
している」と酷評していたのです。
─────────────────────────────
 物価高を止めるという意味では金利を少し引き上げることも
 選択肢に入れるべきではないか。     ──泉健太代表
─────────────────────────────
 民主党政権時代は、円高ドル安であり、政府として介入して円
高を是正したことが記憶にあるのだろうと思われます。しかし、
円安の場合は、円高のときに同じことはできないのです。高橋洋
一氏の話によると、枝野幸男前代表も「金利を上げた方が経済成
長する」といっていたといいますが、あまりにも経済に疎いので
はないかと思われます。もし、いま利上げを行うと、設備投資需
要がさらに落ち込み、GDPギャップは拡大し、日本経済は、デ
フレの底に落ち込んでしまうことになります。
              ──[新しい資本主義/109]

≪画像および関連情報≫
 ●三浦瑠麗氏/立憲議員の国会質問にあきれ「日本全体の議論
  の質を落としている」
  ───────────────────────────
   国際政治学者の三浦瑠麗氏(41)が、6月7日放送のフ
  ジテレビ情報番組「めざまし8(エイト)」(月〜金曜前8
  ・00)に生出演。日銀の黒田東彦総裁をめぐる参院予算委
  員会の答弁について「議論の質を落としている」と語った。
   黒田総裁は3日に行われた参院予算委員会に出席し、物価
  高をめぐる政府の対応について立憲民主党・白真勲参院議員
  から「食料品を購入する際、以前と比べ価格が上がったと感
  じるものがあるか」などと質問を受けた。
   この質疑に対し三浦氏は「こういう取り上げ方は一番やっ
  てはいけないと思う」と発言。「みなさんの一人ひとりのこ
  とではないんですよ、家計というのは。日本全体の家計とい
  うこと。事実しか語っていない」といい「黒田総裁は専門家
  なわけです。専門家がマクロの全体の話を見て言っているの
  に“私が行った今日のスーパーでは、白菜はこのくらいの値
  段でしたけど”っていうね、エピソードベースで反論しよう
  というのは一番やってはいけない。これが日本全体の政治や
  経済に関する議論の質を落としている。感情論で専門家の意
  見に反対するのはやめた方がいい」と持論を展開した。黒田
  総裁の発言については、「給料を上げるまでの時間稼ぎがで
  きるだけ、全体としてみれば家計に貯蓄があるということ。
  低所得者に保障とか保険をすべきでない、と話しているわけ
  ではない。給料を上げるのに相当の期間がいる中、ベアが決
  まるまでの時間稼ぎができると言っているわけです」と分析
  した。            https://bit.ly/3tyYnOv
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値上げに対するアンケート調査
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2022年06月20日

●「黒田日銀総裁異次元金融緩和継続」(第5754号)

 黒田総裁の率いる日銀の物価目標は「2%」です。なぜ、2%
なのでしょうか。黒田総裁は、2014年3月の日本商工会議所
での講演で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本銀行としては、「物価の安定」を消費者物価指数の前年比
で数値的に定義すると「2%」であると考えています。その理由
をあらかじめ申し上げると、次の3つです。
 第1の理由は、消費者物価指数の特性、すなわち、消費者物価
指数には、上方バイアス、つまり、指数の上昇率が高めになる傾
向があるということです。
 第2に、景気が大きく悪化した場合にも金融政策の対応力を維
持するために、ある程度の物価上昇率を確保しておく方が良いと
いう、「のりしろ」と呼ばれる考え方です。
 第3に、こうした考え方は、主要国の中央銀行の間では広く共
有されており、多くの中央銀行が「2%」の物価上昇率を目標と
する政策運営を行っていることです。つまり、「2%」は、「グ
ローバル・スタンダード」になっているということです。
    ──黒田日銀総裁の講演より/https://bit.ly/3y1osZe
─────────────────────────────
 消費者物価指数というのは、消費者が購入するモノやサービス
などの物価の動きを把握するための統計指標であり、総務省から
毎月発表されています。
 消費者物価指数は、全国と東京都区部の2種類あり、東京都区
部は速報で集計され、当月分が発表されます。全ての商品を総合
した「総合指数」の他、価格変動の大きい生鮮食品を除き500
品目以上の値段を集計して算出されている「生鮮食品を除く総合
指数」も発表されます。この数値が2%台を持続的に維持するよ
うにしようというわけです。
 物価論をはじめると長くなるので、これ以上踏み込みませんが
黒田総裁は豊富な資料に基づいて、緻密な話をされる人です。こ
の人にとって失言はあり得ないと思います。まして講演で話をさ
れるときは、多くの資料分析に基づいて話をされています。「家
計が値上げを受け入れている」という発言は、講演で黒田総裁が
提示したグラフをメディアが掲載しなかったことに原因があると
思います。「表現が不適切だった」と陳謝したのは、黒田総裁は
この件で騒ぎを大きくしたくなかったのだと思います。
 4月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年比で「2・
1%」に達しています。といってもこれは、物価上昇率の上振れ
であり、一時的なものとされています。2%が安定的に持続され
ることが大切なのです。実際に、食料、エネルギー、情報通信費
を除く消費者物価は「プラス0・5%程度」とされています。
 現在米国では、中央銀行に当たるFRBが、金融政策として、
利上げを繰り返していますが、これは急速なインフレを抑えよう
として必死になっているからです。その物価上昇率は8%を超え
ており、深刻です。これに対して日銀は一貫して異次元の金融緩
和政策を続けており、これが異常な円安の原因になっているので
す。西側諸国の物価上昇率と今年の経済成長の見通しは次のよう
になっています。
─────────────────────────────
           物価上昇率 今年の経済成長見通し
      米国 ・・ 8・6%       3・7%
    ユーロ圏 ・・ 8・1%       2・8%
      日本 ・・ 2・1%       2・4%
           ──2022年6月18日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 日銀は、6月16日〜17日に開催した金融政策決定会合にお
いて、黒田総裁は利上げに動くという観測もありましたが、大規
模金融緩和を継続する方針を決めています。これは、当然のこと
であるといえます。なぜなら、日本のGDPが新型コロナウイル
スの流行前の水準にまだ戻っていないからであり、景気回復の勢
いが依然として弱いからです。
 しかし、これによって、さらに円安が進み、「1ドル=140
円」もあり得る状況になっています。これがさらなる物価上昇を
招き、賃金も上がらず、年金も減額されているなかで、国民の生
活が一段と苦しくなることは確かです。
 円安によるインフレ──これを「岸田インフレ」と野党は呼び
日銀に対しても利上げを迫っていますが、もし、利上げをした場
合、ただでさえ勢いのない日本の景気をどん底に落としかねない
のです。利上げは緊縮政策であり、デフレ基調の日本でこれをや
るとデフレが一層深化してしまうからです。
 ガソリン代も「1リットル=170円」を超えようとしていま
すが、政府はガソリンの元売り会社に補助金を支払い、対応して
いるだけです。これはきわめて姑息なやり方です。補助金でお茶
を濁しているからです。
 こんなときこそ「減税」──それも野党各党の掲げる消費税の
時限的引き下げです。財務省は、時間がかかることや、戻すとき
大変であることなど、できない理由を並べてやろうとしませんが
減税も立派な経済政策であり、今こそやるべきです。
 岸田首相は、「消費税は社会保障の安定的財源であり、時限的
にせよ、引き下げは考えていない」と述べていますが、消費税の
増税分はほとんど社会保障に回っていません。消費税は、社会保
障の目的税ではないからです。
 コロナ禍での経済疲弊、諸物価高騰、上昇しない賃金など、こ
れだけ揃っても、政府が何もしないとすればそれは無能です。コ
ロナ禍では西側のほとんどの国が減税をやっています。やらない
のは日本だけです。トリガー条項を解かないのも、消費税の減税
がからんでいるからです。とにかくこの内閣は、減税に関わるこ
とは絶対にやらない方針です。それどころか、参院選が終わった
ら、防衛費増強のために増税をしかねない内閣です。
              ──[新しい資本主義/110]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀黒田総裁の常識は「世界の非常識」 緩和継続・円安
  放置で海外投資家の笑いモノに
  ───────────────────────────
   もはやテコでも動かず、円安を放置だ。日銀は17日まで
  開いた金融政策決定会合で、異次元緩和の継続を決定した。
  会合後の会見で、黒田東彦総裁は「最近の急激な円安は経済
  にとってマイナス」との認識を示したが、「為替をターゲッ
  トに政策を運営することはない」とも語り、庶民を苦しめる
  物価高騰の元凶である円安進行にはノータッチ。会見終了後
  は、ジワジワと円安が進み、再び1ドル=135円台に近づ
  いている。
   「会合前の市場は、外国人投資家が日銀の緩和策も限界と
  とらえ、政策修正に動くとの観測から円を買い戻す動きが活
  発化。16日には一時132円台まで上昇していたのです。
  なぜなら、世界規模の物価上昇を受け、『緩和どころじゃな
  い』が海外の常識。各国とも積極的な利上げで通貨価値を下
  支えし、輸入インフレ防止に必死です。かたくなに緩和を維
  持する黒田総裁の常識は世界の常識と乖離しています」(経
  済評論家・斎藤満氏)
   15〜16日には先進国の中央銀行が相次いで金融引き締
  めの方針を打ち出した。米連邦準備制度理事会(FRB)は
  通常の3倍にあたる「0・75%」の大幅利上げを決定。英
  ・イングランド銀行も5会合連続の利上げを決め、スイスの
  中央銀行は市場の予想に反して、「まさか」の利上げに踏み
  切った。           https://bit.ly/3OsWsDf
  ───────────────────────────
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会見する黒田日銀総裁
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2022年06月21日

●「日本が選ぶのは地獄@か地獄Aか」(第5755号)

 「日本橋のプーチン」──最近投資家の間で流行りつつある言
葉です。誰のことかというと、日銀の黒田東彦総裁のことです。
投資家たちの多くは、「黒田は円安を放置し、円売りを招いてお
り、世界の非常識といわれている」と考えているので、この名前
が付けられたそうです。これに関して、6月18日発売の「日刊
ゲンダイ」は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 15〜16日には先進国の中央銀行が相次いで金融引き締め方
針を打ち出した。米連邦準備制度理事会(FRB)は通常の3倍
にあたる「0・75%」の大幅利上げを決定。英・イングランド
銀行も5会合連続の利上げを決め、スイスの中央銀行は市場の予
想に反して「きさか」の利上げに踏み切った。
 主要中銀以外でも5月以降は、豪州、インド、ブラジル、サウ
ジアラビア、チェコ、ポーランド、アルゼンチン、メキシコ、南
アフリカ、韓国、ハンガリーなどの中銀が利上げを決定した。欧
州中央銀も7月1日に量的緩和を終了し、21日の次回会合で、
0・25%の利上げに踏み切る方針を表明済み。気がつけば日銀
だけが国際レベルの利上げの潮流から完全に取り残されている。
         ──6月18日発売の「日刊ゲンダイ」より
─────────────────────────────
 実は、6月15日のことですが、円を買い戻す動きが起きてお
り、16日には一時「1ドル=132円台」まで、円は上昇して
いたのです。これを「有事の円買いの復活」と報道したメディア
もあったのです。世界中の中央銀行が利上げをしているので、さ
すがの黒田総裁も利上げに動くのではないかと投資家は考えたか
らだと思います。
 しかし、日銀はピクリとも動かなかったのです。これで少なく
とも黒田総裁の任期(2023年3月)までは、金融緩和策は続
くものと考えられます。
 19日の日本経済新聞の社説では、日銀の金融政策が変更され
ないことを前提にして、次のように社説を書いています。
─────────────────────────────
 これ(円安)にどう対応すべきか。円安による輸入物価の高騰
で幅広い品目が値上がりし、購買力が毀損する痛手は大きいが、
円安には円安の利点もある。円安の風をうまく生かす政策や経営
が重要になる。
 即効性がありそうなのは、海外からの観光客や投資の誘致だ。
政府はインバウンドについて外国人観光客は団体旅行しか認めな
いなどの制約を課しているが、こんな不自然な縛りのある国はほ
ぼない。政府は一日も早く外国人の受け入れを本格化すべきだ。
 外からの直接投資が増える効果にも期待したい。台湾の半導体
大手、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県で新工場建設を決
めたのに続き、米マイクロン・テクノロジーも広島工場で最先端
メモリーの量産を近く始める。日本政府の補助金が両社の投資の
呼び水になったが、日本事業が軌道に乗れば、追加投資につなが
る循環が期待できる。      ──2022年6月19日付
  日本経済新聞「社説」より https://s.nikkei.com/3OlLTlh
─────────────────────────────
 しかし、こうした日銀の政策と岸田政権の経済政策は、必ずし
も息が合っているとはいえないのです。日経の社説が指摘してい
るように、円安の日本にとって、インバウンドは絶好のチャンス
です。しかも、日本は、コロナ禍後において、世界中の人が行き
たい国のトップを占めているからです。
 日本政策投資銀行と日本交通公社が共同で行った特別調査によ
ると、アジア居住者では旅行先として、日本は67%で圧倒的に
トップであり、欧米豪居住者でも日本が36%とトップを占めて
いるからです。
 それなのに、岸田政権は、海外旅行者をツアーガイド付き団体
旅行に限定し、しかも、マスク着用の条件を付けて制限している
のです。フランス人などは、早々にマスク着用なら、日本ではな
く、別のところに行くといっています。これは、海外旅行者を大
幅に受け入れて、感染者が増大し、直後の参院選に影響を与える
ことを恐れた判断であると思います。
 なぜ、黒田総裁は金融緩和政策を続けているのでしょうか。
 これについて、経済学者で、イエール大学アシスタント・プロ
フェッサーの成田悠輔氏は、19日のテレビで面白いことをいっ
ていました。日本の場合、政策的に無策ではなく、どっちに転ん
でもいいことはあまりなく、「地獄@」と「地獄A」しかないと
いうのです。
 「地獄@」は、このまま金融緩和政策を続けると、円安はさら
に加速し、物価は高騰し、生活が苦しくなる地獄です。
 「地獄A」は、日銀が利上げに踏み切ると、企業に資金がさら
に回らなくなり、景気が深刻化します。まして日本は、デフレ下
にあるので、利上げのような緊縮政策をとると、さらに景気は悪
化し、デフレがさらに深化する恐れがあります。そうであるなら
は、他国に比べれば日本の物価はまだ安いので、「地獄@」を選
択したと思われるというのです。
 「地獄@」をとった以上、政府はそれに対応する経済政策を実
施する必要があります。すなわち、円安による物価上昇に対する
対策です。岸田内閣は、これに対する対策をまだ実施していない
からです。
 最も政府として行うべきは、全野党が求めている消費税の減税
です。政府は無視していますが、無策では済まないと思います。
フランスでは、マクロン大統領は楽勝と思われていた大統領選で
極右国民連合のルペン氏に大苦戦しています。その背景にあった
のはインフレです。物価上昇率は、1月2・9%、2月3・6%
3月4・5%、4月4・8%に上昇していたのです。これに対し
ルペン候補は、ガソリン税の大幅引き下げと、日本の消費税に当
たる付加価値税を生活必需品で0%にするなどを訴えて、マクロ
ン陣営を揺さぶったのです。 ──[新しい資本主義/111]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ円安?なぜ日銀は金融緩和を続ける?日本と世界の
  「経済力格差」の真相
  ───────────────────────────
   2021年10〜12月期のGDPギャップ(潜在的な需
  要と供給の差)はマイナス3・1%、金額にして年換算で、
  17兆円の需要が不足している。人々が欲しいと思うモノや
  サービスが見当たらず、新しい需要を生み出すための構造改
  革が足りないからだ。需要の旺盛さをはじめ「経済の実力の
  差」が、米国やユーロ圏とわが国の金融政策の方向性の違い
  に明確に表れている。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
   米国およびユーロ圏とわが国の金融政策の違いが鮮明であ
  る。4月中旬以降の米国では、「より大きな幅で追加利上げ
  が実施される」と予想する投資家が急増した。想定を上回る
  ペースで物価が上昇しているため、連邦準備制度理事会(F
  RB)が追加利上げやバランスシート縮小を急ぐとの警戒感
  は高まるだろう。
   ユーロ圏でも物価は高騰している。早ければ7月に欧州中
  央銀行(ECB)が利上げに踏み切る可能性がある。その一
  方で、わが国の需給ギャップはマイナスだ。日本銀行は、物
  価の上昇を定着させるべく、緩和的な金融政策を続けるだろ
  う。金融政策の方向性の違いは、実体経済と株価や為替レー
  トなどの金融市場に顕著な影響を与える。今後、米国の追加
  利上げなどによって、世界経済の減速は鮮明化する可能性が
  高い。             https://bit.ly/3tKt2IH
  ───────────────────────────
成田悠輔氏.jpg
成田悠輔氏
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2022年06月22日

●「7月に黒田支持派を切り崩す策略」(第5756号)

 今週のメディアは「黒田日銀総裁論」一色です。6月16日〜
17日開催の金融政策決定会合で、金融緩和継続を決めた黒田総
裁の判断を巡って賛否両論があります。これは、経済というもの
を知る良い機会でもあるので、黒田総裁の判断の是非について引
き続き考えたいと思います。
 そもそも黒田東彦日銀総裁とはどういう人物なのでしょうか。
 黒田氏は、東京教育大付属駒場中学・高校から、東大法学部を
経て、大蔵省(現財務省)に入省しています。いわゆる秀才コー
スですが、黒田氏は若くして度胸が据わっていて、エリート官僚
らしからぬ人物だったようです。
 1989年のことです。この年に消費税が創設されていますが
その年の参院選で自民党は大敗を喫し、過半数割れに追い込まれ
ています。この参院選で、土井たか子委員長が率いる社会党が躍
進し、マドンナ旋風といわれたのです。「山が動いた」のです。
 自民党敗北の原因は、消費税だけではなく、リクルート事件や
宇野宗佑首相の女性問題など、いろいろあって、自民党に逆風が
吹いたのです。
 このとき、大蔵省主税局の官僚たちは消費税が廃止されると右
往左往していましたが、当時大蔵大臣秘書官だった黒田氏は、そ
ういう官僚たちに対し、「動ずることはない。廃止されることは
ない」といっていたそうです。その頃から、黒田氏は将来の次官
候補の一人として、注目される存在になっていったのです。
 日本の金融機関破綻が相次いだ金融危機のさなかの1999年
に黒田氏は、大蔵省内ナンバー2といわれる財務官に就任し、通
貨政策を担うことになります。この頃の黒田氏は、あまり目立つ
存在ではなかったようです。前任者の「ミスター円」といわれる
榊原英資氏の存在が大きかったからです。
 なぜ、榊原氏が「ミスター円」といわれるようになったかです
が、1995年当時、「1ドル=79円」まで進んだ超円高を前
例のない巨額介入によって解決した手腕が買われたのです。黒田
氏は、この榊原流の大胆さから学んで、「異次元金融緩和」に踏
み切ったのではないかといわれています。その榊原英資氏も今回
の黒田氏の判断は正しいと支持しています。
 黒田氏は省内少数派の金融緩和論者であり、次期日銀総裁の候
補に名前が挙がっている伊藤隆敏・コロンビア大学教授と金融緩
和について共同論文を提出しています。さらに2002年、黒田
氏は、インフレ目標など非伝統的な金融政策採用を訴える論文を
元アジア開発銀行研究所長で東大名誉教授の河合正弘氏と共に発
表しています。
 それから、10年後のことですが、これらの論文がきっかけと
なって、当時野党だった自民党の安倍晋三総裁の目に止まり、首
相となった安倍氏が当時財務官僚の「天下り指定席」といわれる
国際機関「アジア開発銀行総裁」をしていた黒田氏を日銀総裁に
任命し、黒田理論を全面的に取り入れたアベノミクスがはじまっ
たのです。これについて財務省は「次官でない人物が日銀総裁に
なる人事は前例がない」という、どうでもいい理由で最後まで反
対の姿勢を貫いていたといわれます。
 岸田首相は、安倍/菅時代の経済路線を転換して、自前の経済
政策を進めたいと考えています。その肝心の自前の「新しい資本
主義」は何のことか、一向に見えてきていませんが、要するに、
財務省主導の路線に戻そうとしているのです。だから「財務省の
犬」といわれるゆえんです。
 岸田首相は、今回の黒田発言を「失言」とみなし、参院選の終
了後の7月20日を反転攻勢の日と定めているようです。これに
ついて、『週刊ポスト』7月1日号は次のように書いています。
─────────────────────────────
 天王山とみられているのは7月20日の金融政策決定会合だ。
 岸田内閣は国会同意人事で、7月に任期が切れる2人の日銀審
議委員の1人に財務省に近い金融緩和慎重派″のエコノミスト
を指名した。これによって日銀政策決定会合の勢力は、黒田路線
支持派(4人)と慎重派(5人)が逆転することになる。
     ──2022年6月20日発売/「週刊ポスト」より
─────────────────────────────
 しかし、黒田総裁の意見に反対する新任の日銀審議委員の就任
は、7月22日付であり、7月の金融政策決定会合が開かれるの
は、その2日前であるので、黒田支持派が優位の状態で会合が開
催されることになります。
 しかし、岸田首相は、黒田総裁の来年の退任後も残る日銀審議
委員に働きかけて、7月の会合において、黒田総裁に「NO」を
突き付けるよう説得しようとしているようです。官邸と財務省は
8月末が来年度予算の概算要求の締め切りであるので、何とか7
月の決定会合で金融政策を変更させたいと考えている──このよ
うに『週刊ポスト』は書いています。つまり、岸田政権は、黒田
総裁の首を取ろうとしているようです。
 どのように考えても、現在の日本の経済の状況では、ここは黒
田総裁のいうように、金融緩和を続けるしかないと思います。そ
してそれによる物価上昇に対しては、思い切った財政出動をし、
消費税の減税などを行うべきです。しかし、何が起ころうと、財
務省に支配されている岸田内閣は、減税、まして消費税の減税は
絶対にやらない方針です。
 ここで日銀が利上げに動くと、それは金融引き締めを意味する
ことになり、経済状況はさらに悪化し、デフレはさらに深化しま
す。しかし、それが財務省の思うツボなのです。財務省は経済と
いうものがわかっていない。デフレの最中に緊縮財政をする──
無茶苦茶です。もちろん、参院選が終わると、黒田総裁の首切り
だけではなく、高市早苗政調会長をはじめとするアベノミクス支
持派を人事で外し、「反アベノミクス政権」を築くつもりのよう
です。岸田首相は、周辺に次のように漏らしています。「参院選
に勝てば人事は好きなようにやらせてもらう」と。
              ──[新しい資本主義/112]

≪画像および関連情報≫
 ●黒田総裁発言の騒動が示した「リフレ派の終わり」
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   黒田東彦・日本銀行総裁は6月6日、東京都内で講演し、
  商品やサービスの値上げが相次いでいることに言及したうえ
  で「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」と述べ
  これを持続的な物価上昇を実現するための「重要な変化」と
  形容した。これがたいへんな批判を浴びて、8日に黒田総裁
  が撤回したことは大々的に報じられているとおりである。
   しかし、この発言は予定稿どおりの発言であり、黒田総裁
  による「失言」というのは正確ではなく、純粋に描写が政治
  的配慮を欠いた、ラフに言えば民意との齟齬があったという
  事案と言える。
   擁護するわけではないが、発言はこれまでの政策姿勢と何
  ら矛盾しない。2013年以降、アベノミクスの名の下でリ
  フレ政策が目指したのは拡張的な財政・金融政策により日本
  の民間部門(とりわけ家計部門)の粘着的なデフレマインド
  を払拭し、インフレ期待を底上げしようというものだった。
  それは物価上昇(ラフに言えば値上げ)が普通に行われる社
  会を目指すということでもあった。
   物価上昇を起点に賃金上昇も起こり、景気も回復する――
  物価上昇が「原因」で景気回復が「結果」というリフレ派と
  呼ばれる人たちの思想は、筆者などエコノミストの一部から
  は明らかに倒錯していると指摘されたが、その政策思想を民
  意を受けているはずの国会議員の多くが熱狂的に支持したの
  が9年前だ。そして、現在、世界的にインフレ懸念が高まろ
  うとも緩和路線を続けて、円安に躊躇することなく指値オペ
  で金利を抑え続けるという黒田体制の路線は、是非は別にし
  て、一貫性がある。       https://bit.ly/3tLXzFY
  ───────────────────────────
黒田東彦氏/榊原英資氏.jpg
黒田東彦氏/榊原英資氏
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2022年06月23日

●「物価高騰に対しどう対処すべきか」(第5757号)

 現在米国ではインフレが進行し、大変なことになっているよう
です。ニューヨークでは、家賃が今年1月までの1年間で33%
アップし、今年3月までの消費者物価は8・5%に上昇している
からです。何しろ醤油ラーメンが約20ドルといいますから、現
在のレートであれば、2500円を超えることになります。それ
にチップも支払う必要があります。しかし、平均時給は5・6%
上昇するなど、賃上げも行われているので、苦しいけれども米国
人は何とかやっていけるのです。ただ、ガソリン高などの影響で
バイデン大統領の支持率は低下しています。
 19日に投開票されたフランス国民議会(下院)の決選投票で
マクロン大統領率いる与党連合が議席を346から245に減ら
し、過半数ラインの289を大きく下回り、敗北しました。物価
高騰への有権者の不満が逆風になったのです。
 日本の場合、さまざまな要因で物価が高騰しているのに、賃上
げは行われておらず、年金が6月から減額されており、実質的な
収入減で生活が苦しくなっています。しかし、岸田内閣はそのた
めの対策としては何も行っておらず、参院選に突入しようとして
います。この内閣は、何かをやったわけでもないのに支持率は高
く、参院選は乗り切れると考えているのでしょう。
 しかし、物価に関わるときの選挙は厳しいのです。1998年
7月の参院選がそうです。当時の橋本龍太郎政権は、支持率は高
かったのですが、選挙中所得税の恒久減税をめぐる総理の発言が
二転三転したことによって、国民の「橋龍人気」は急落し、自民
党は予想を大きく下回る44議席で大敗し、橋本政権は退陣に追
い込まれています。
 気になるのは、立憲民主党です。立憲民主党の泉健太代表は、
5月20日の衆院予算委員会において、次のように政府に対して
質問しています。
─────────────────────────────
 物価高を止めるという意味では、金融政策において、金利を少
し引き上げることも選択肢に入れるべきではないか。
                   ──立憲民主党泉代表
─────────────────────────────
 また、民主党出身の元首相で、公約に反し、自民党と組んで、
社会保障と税の一体改革を成立させ、5%の消費税を10%にさ
せた野田佳彦氏は、6月20日に街頭演説で、次のように訴えて
います。
─────────────────────────────
 世界中どの国も物価を下げようと努力しているが、日本だけ金
融緩和を続けている。金融緩和ということは物価を上げようとい
うことだ。内外金利差が広がれば、金利が高いところにお金が流
れるのは当たり前だ。ドルがどんどん買われ、円安になる。こん
な国に誰がしたのか。            ──野田元首相
─────────────────────────────
 このように立憲民主党は、日銀の金融政策は間違っており、こ
のさい、他国のように、金利を引き上げて、物価上昇に歯止めを
かけるべきであると訴えていますが、これは間違っています。
 ジャーナリストの歳川隆雄氏は、6月20日発行「夕刊フジ」
の自身のコラム「歳川隆雄の永田町・霞が関インサイド」におい
て、次のように泉健太代表を批判しています。
─────────────────────────────
 (日米の金融政策の違いにおける)こうした円安に加えて、ロ
シアのウクライナ侵攻による原油高騰のダブルパンチを受けた日
本は、急速な物価高に直面している。
 では、金融緩和路線にこだわる黒田氏にその責を求めるべきな
のか。答えは「否」である。
 野党第一党の立憲民主党は、物価上昇を奇貨として、岸田文雄
政権批判を強め、日銀にインフレ対策(金融引き締め)を要求し
ている。他方、物価高対応という面では岸田政権の財政出動(財
政拡大)は不十分だとする。まさに「金融引き締め」と「財政拡
大」を同時に求めるという、相矛盾した支離滅裂な批判である。
        ──2022年6月20発行「夕刊フジ」より
─────────────────────────────
 ここまで述べてきているように、経済学はけっしてやさしくは
ありませんが、国の経済を動かす立場の国会議員としては、もっ
ときちんと勉強すべきです。
 現在、米FRBのとっている金利の性急な引き上げは、「ビハ
インド・ザ・カーブ」ではないかという声が出ています。ビハイ
ンド・ザ・カーブ(behind the curve)とは何でしょうか。
 ビハインド・ザ・カーブとは、一般的に「遅れる」とか「後手
に回る」という意味になります。投資に関しては金融政策におい
て、景気の過熱や物価の上昇に遅れるかたちで政策金利の引き上
げ(利上げ)を行うことを意味します。
 戦略的・意図的に利上げを遅らせる場合と、意図しないうちに
利上げが遅れてしまっている場合の両方に、ビハインド・ザ・カ
ーブという言葉を用いることができますが、今回の場合は、後者
ではないかといわれています。
 これについて、マネックス証券のチーフFXコンサルタントの
吉田恒氏は、FRBの金融政策の急速な見直しは、ビハインド・
ザ・カーブであるとして次のように述べています。
─────────────────────────────
 FOMC(米連邦公開市場委員会)の金融政策見通しの急変が
続いている。これほどの急変ぶりでは、「ビハインド・ザ・カー
ブ(後手に回る)」批判を受けるのも当然ではないか。そして、
「ビハインド・ザ・カーブ」を巻き返す急激な金融政策の変更は
金融市場の混乱をもたらす可能性があることを過去の歴史が示し
ているだけに、今後の影響は要注意だろう。
                  https://bit.ly/3QLceLE
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/113]

≪画像および関連情報≫
 ●米FRBはまだわかっていない。インフレ率は2023年
  も高いままだ
  ───────────────────────────
   0・75%の大幅金利引き上げを実行しながらも、FRB
  (連邦準備制度)はいまだにインフレを理解していない。そ
  の結果、米国民は今後数年間、強いインフレを経験し、最終
  的にFRBは、現在予想されている以上に高い金利を推し進
  めることになるだろう。6月15日に発表された0・75%
  の金利引き上げは、それまでのより緩やかな政策からの好ま
  しい転換だった。FRBによるバランスシート縮小の決定は
  正しい方向への新たな一歩だ。そして政策決定委員会は「本
  委員会はインフレ目標を2%に戻すことを確約します」と正
  しい発言をした(金融政策は、FRBの理事7名と地域連邦
  準備銀行総裁12名中5名からなる連邦公開市場委員会によ
  って実施される)。しかし、そのインフレ予測と金融政策は
  FRBが理解していないことを示している。彼らはインフレ
  のダイナミクス、とりわけ金融政策がインフレに影響を与え
  るのに要する時間を誤解している。供給問題は不定期に去来
  することから、FRBは「コアPCEインフレ」を監視して
  いる。これは食料とエネルギーを除いた個人消費支出の価格
  指標の変化のことだ。この指標が過去12カ月間に5%上昇
  した。今回の決定に合わせて公表された見通しによると、委
  員会は2022年のインフレ率(12月における前年同月と
  の比較)を4・3%と予測している。
                  https://bit.ly/3ObvOir
  ───────────────────────────
立憲民主党泉健太代表の質問.jpg
立憲民主党泉健太代表の質問
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2022年06月24日

●「GDPギャップというものがある」(第5758号)

 高橋洋一氏の分析による米FRBの対応をさらに見ていくこと
にします。
─────────────────────────────
         A=全体の消費者物価指数対前年同月比
         B=Aからエネルギーと食品を除く指数
       1月    2月    3月    4月
  A  7・5%  7・9%  8・5%  8・3%
  B  6・0%  6・4%  6・5%  6・2%
─────────────────────────────
 FRBが政策金利を3月中旬になって「0・0〜0・25」か
ら「0・25〜0・5%」へ引き上げ、さらに5月上旬になって
「0・75〜1・0%」へと再引き上げ。したがって、ビハイン
ド・ザ・カーブ」、すなわち、後追いといわれるのです。
 ここで政策金利というのは、日銀など各国の中央銀行が金融政
策において使用する短期金利のことで、金融機関の預金金利や貸
出金利などに影響を及ぼします。
 米国のケースに比べると、日本の4月の消費者物価指数対前年
同月比(A)と、Aからエネルギーと食品を除く指数(B)は、
次の通りで、利上げをする状況ではないのです。
─────────────────────────────
                4月
           A  2・5%
           B  0・8%
─────────────────────────────
 つまり、米国は現在インフレですが、日本はインフレではない
のです。日本には巨額なGDPギャップがあり、インフレではな
いからです。GDPギャップというのは、経済の供給力と現実の
需要との間の乖離のことをいいます。
 それでは、日本のGDPギャップはどのくらいあるのでしょう
か。これについては、2022年6月7日付の日本経済新聞が、
内閣府の発表として、次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎国内需要不足21兆円/22年1〜3月前四半期から悪化
 内閣府は6月6日、日本経済の需要と潜在的な供給力の差を示
す「需給ギャップ」について、2022年1〜3月期はマイナス
3・7%だったとの試算を発表した。
 金額は年換算で21兆円の需要不足だった。21年10〜12
月期のマイナス3・3%(19兆円)から悪化し、10四半期連
続のマイナスとなった。需給ギャップは消費や設備投資といった
経済全体の需要と、労働時間などから計算する潜在的な供給力と
の差をいう。需要が供給を上回ると物価は上がりやすくなる。
        ──2022年6月7日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 およそ21兆円のGDPギャップ──米国はドル高なのに高い
インフレですが、日本は円安なのにインフレではない。どこが違
うのかというと、バイデン政権は、発足直後に、大型財政出動を
行っており、GDPギャップが解消されているので、インフレ率
が高くなっているのです。
 5月25日に、ニッポン放送 「飯田浩司のOK! Cozy up!」
に高橋洋一氏が出演し、これについて、問答を行っているので、
以下にご紹介依します。
─────────────────────────────
飯田:補正予算案は、「物価高騰緊急対策」などと言われていま
 すが。
高橋:まず、セオリーがわかっていて、やっているのだと思いま
 す。現状を考えると、4月の物価がどうなっているのかという
 ことですが、総合で2・5%上がって、「生鮮食品を除く総合
 指数」で2・1%上がっています。「インフレ」とみんな言い
 たくなるのだけれども、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合
 指数」を「コアコア指数」と言うのですが、これが物価の基調
 なのです。
飯田:コアコア指数が?
高橋:それを見ると、コアコア指数は0・8%で全然上がってい
 ない。ですので、インフレにはなりません。アメリカやヨーロ
 ッパの「生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数」は6%以上
 6〜8%という数字になっているのです。そのくらいにならな
 いとインフレではないのです。どうして日本だけ違うのかと言
 うと、総供給と総需要の差である「GDPギャップ(需給ギャ
 ップ)」という言葉があります。
飯田:GDPギャップ?
高橋:日本はまだ30兆円程度のGDPギャップがあります。ヨ
 ーロッパやアメリカはほとんどありません。だから物価が上が
 るのです。逆に言うと、GDPギャップがあるから日本は物価
 の基調である「コアコア指数」が上がらない。このときの対策
 はセオリーが簡単で、GDPギャップをまず埋めるのです。
  ギャップを埋めると、実は物価が上がる。物価が上がるけれ
 ども、対策を行うので「上がった物価の多くの部分は、経済対
 策によって吸収できる」というのがセオリーなのです。でも、
 それをやっていないのです。    https://bit.ly/3y9ETCS
─────────────────────────────
 つまり、GDPギャップがプラスの場合(総供給より総需要が
多い)はインフレギャップといい、好況や景気が過熱しており、
物価が上昇する要因になります。逆にGDPギャップがマイナス
の場合(総需要より総供給が多い)はデフレギャップといい、景
気の停滞が不況になって、物価が下落する原因になります。
 日本のGDPギャップは、上記日経の記事に見るように、21
年10〜12月期のマイナス3・3%(19兆円)から悪化し、
10四半期連続のマイナスになっているのです。したがって、日
本は、金利を上げる状況にはぜんぜんないのです。
              ──[新しい資本主義/114]

≪画像および関連情報≫
 ●米FRB利上げ:識者はこうみる
  ───────────────────────────
  [15日/ロイター]米連邦準備理事会(FRB)は14─
  15日に開いた連邦公開市場委員会(FOMC)で、フェデ
  ラルファンド(FF)金利の誘導目標を75ベーシスポイン
  ト(bp)引き上げ、1.50─1.75%とした。27年
  ぶりの上げ幅で、会見したパウエル議長は、7月の次回会合
  でも50bpもしくは75bpの利上げを示唆した。FOM
  C後、米株は上昇、ドルは売られた。市場関係者の見方は以
  下のとおり。
  <アクサ・インベストメント・マネージャーズ/債券ストラ
  テジスト 木村龍太郎氏>
   FRB(連邦準備理事会)の先行きの景気に対する自信が
  やや揺らいでいるようだ。期待インフレに働きかけるヘッド
  ラインのインフレ率が、国際商品価格やサプライチェーンと
  いったFRBがコントロールできない要因に左右され、利上
  げしたとしても将来のインフレが予想通り下がるか自信がな
  いということで、安定的・持続的な成長パスもやや揺らぎつ
  つあると感じた。また今回が75ベーシスポイント(bp)
  の利上げ、7月も50bpまたは75bpの利上げというの
  は結構タカ派な決定だったが、にもかかわらず米金利は短期
  まで含めて大きく低下で反応した。
   特に2023年末には政策金利が3.8%まで上がるとい
  うのがFOMC(連邦公開市場委員会)参加者の中央的な見
  通しだが、足元の市場の織り込みは3.3%まで低下。投資
  家の間ではFRBは見通し通りに利上げができないのではな
  いか、あるいは利上げしても来年末には既に利下げに追い込
  まれるのではないか、と景気の持続性にやや悲観的な見方を
  している。つまり「FRBの見通しほどうまくいかないだろ
  う」ということで、FOMC後の金利低下につながった。
                 https://bit.ly/3ObqOKJ
  ───────────────────────────
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インフレギャップとデフレギャップ
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2022年06月27日

●「消費税減税をめぐる与野党の攻防」(第5759号)

 6月22日に参院選が公示され、選挙戦が始まっています。7
月10日投開票ですので、19日間と選挙戦が非常に長期間に及
びます。20日現在の岸田内閣の支持率を見ると、次の2つの新
聞社については、支持率が5〜6%下がっています。
─────────────────────────────
  ◎6月20日現在/岸田政権支持率
                支持      不支持
  日本経済新聞  60%(▲6%)  32%(9%)
    朝日新聞  48%(▲5%)  44%(7%)
─────────────────────────────
 支持率自体は高いのですが、支持率のグラフのトレンドは下方
に向かっています。原因は物価上昇です。日本経済新聞の調査に
よると、資源高騰や円安などによる足元の物価上昇については、
「許容できない」が64%で、「許容できる」の29%を大きく
上回っています。物価高対策を「評価しない」は69%で5月か
ら8ポイント上昇しています。
 物価の問題は、国民全般に関係するので、与党としては、よほ
ど具体的な対策を打ち出さないと、野党攻勢もあるので、支持率
は投開票日までどんどん下落し、思わぬ敗戦を喫することがあり
ます。21日午前に物価対策本部で岸田首相は、次のように述べ
ていますが、肝心の物価高への対策としては、具体的には何もな
い状態です。
─────────────────────────────
 正確に直結する物価動向を注視し、きめ細かく切れ目なく対応
していく。                  ──岸田首相
─────────────────────────────
 これに対する野党7党は、「消費税減税」にマトを絞っており
こちらはきわめて具体的な政策をぶつけてきています。しかし、
21日午後の党首討論では、岸田氏は、消費税減税に対しては、
次のように発言しています。
─────────────────────────────
 消費税減税は考えておりません。消費税は法律上、社会保障目
的税として位置づけられております。      ──岸田首相
─────────────────────────────
 岸田首相のこの発言が出るや、SNS上では、「目的税ではな
くて、何でも使える普通財源」「一般財源でごちゃ混ぜになって
いる」「ウソを垂れ流すのダメ」という、もの凄い批判のツイー
トが飛び交ったのです。
 この岸田首相の「消費税は法律上社会保障目的税として位置づ
けられている」という発言は、間違っています。それでは岸田首
相は何を根拠にそういっているのかというと、次の消費税法第1
条第2項の条文です。
─────────────────────────────
◎消費税法第1章第2項
 消費税の収入については、地方交付税法に定めるところによる
ほか、毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会
保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する費用に充て
るものとする。
─────────────────────────────
 しかし、条文に書かれているといっても、「消費税は社会保障
目的税」とはいえないのです。これに対して、税理士で、立正大
法制研究所特別緊急員の浦野広明氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 岸田首相が消費税を社会保障目的税と断言したのは、国民をミ
スリードする問題発言です。確かに消費税法上、使途は社会保障
や少子化対策と規定されており、目的税のように錯覚しがちです
が、法人税や所得税と同じく一般財源です。実際には、消費税は
国の借金返済や社会保障以外の歳出に充てられています。この規
定自体、国民を欺くために設けられたと考えられます。
                      ──浦野広明氏
 ──22日発行「日刊ゲンダイ」/ https://bit.ly/3ynj0QF
─────────────────────────────
 「お金に色はない」といいますが、たとえ法律上使途を明らか
にしていても、一般財源として入ってくると、基本的には何にで
も使えるのです。実際に2019年1月の衆参本会議で安倍首相
(当時)は、「消費税の増税分の5分の4を国の借金返しに充て
ていた」と認めています。要するに、消費税は何にでも使える一
般財源(普通財源)であり、社会保障の目的税ではないのです。
まして、物価が1%上がると、年間の消費税負担は、約2000
億円も増えるので、財務省はホクホクです。
 19日(日)にも、SNSを騒がせる事件があったのです。そ
れは、NHKの日曜討論においてです。れいわ新選組の政審会長
大石晃子議員と高市政調会長の次のやり取りです。
─────────────────────────────
大石:数十年にわたり法人税は減税、お金持ちは散々優遇してき
 たのに消費税減税だけをしないのはおかしい。
高市:れいわ新選組から消費税が法人税の引き下げに流用されて
 いるかのような発言が何度かありました。これは事実無根であ
 ります。消費税は法律で社会保障に使途が限定されており、デ
 タラメを公共の電波で言うのはやめていただきたい
  ──20日発行「日刊ゲンダイ」/https://bit.ly/3xLOU7G
─────────────────────────────
 れいわ新選組の大石晃子議員といえば、6月10日のEJでご
紹介したように岸田首相を「財務省の犬」と命名した議員です。
大石議員は大阪大学工学部出身のリケジョで、消費税のことは十
分すぎるほど調べ上げている人物です。
 このときの高市発言に対して、SNS上では「デタラメ、ウソ
つきはどっちだ」「高市に税収の表見せてやって」など批判が溢
れたのです。これの真偽は明日のEJで明らかにします。
              ──[新しい資本主義/115]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田政権の空っぽインフレ対策で参院選は波乱あり
  選挙中発表の「経済指標」に自民ビクビク
  ───────────────────────────
   参院選の最大の争点は物価高──時事通信が10〜13日
  に実施した世論調査によれば、岸田政権の物価高への対応に
  ついて「評価しない」が54・1%と「評価する」の13・
  8%を大幅に上回った。内閣支持率も、4カ月ぶりに5割を
  切った。国民は岸田政権の空っぽの物価対策に気づきつつあ
  る。参院選は「自民優勢」との前評判だが、「波乱含み」に
  なってきた。
   7月10日の投開票が確定した参院選。勝敗のカギを握る
  のが接戦の17選挙区だ。この17選挙区を、与党、野党の
  どちらが制するのかで選挙結果は大きく変わってくる。北海
  道(改選数3)は自民、立憲がそれぞれ2人の候補を立て、
  大激戦となっている。東京(同6)は、自民が2人擁立して
  いるが、2議席確保は困難とみられている。維新が関西掌握
  を目指す京都(同2)も自民候補は決して安泰ではない。新
  潟、長野、山梨、沖縄は、6年前、野党が勝った1人区。自
  民は野党と激しく競り合っている。
   この17選挙区は投開票日までに自民に“逆風”が吹けば
  自民が落としてもおかしくない。自民党に打撃を与えそうな
  のが、選挙中に発表される2つの経済指標だ。岸田首相周辺
  もどんな数字が出るのか戦々恐々としているという。公示日
  (22日)直後の24日、総務省が発表するのが5月の「消
  費者物価指数」だ。4月は2%台の物価上昇率だったが、5
  月は、さらに物価高騰と円安が進行しているだけに、2%台
  を上回る可能性がある。    https://bit.ly/3OeSU7D
  ───────────────────────────
浦野広明氏.jpg
浦野広明氏
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2022年06月28日

●「消費増税分は法人税減税の穴売め」(第5760号)

 昨日の続きです。「消費税は法律上社会保障目的税として位置
付けられている」──この岸田首相発言は完全な間違いです。と
いうよりも、これを首相が発言すると、国民に大きな誤解を与え
ます。岸田首相は、「聞く耳を持っている」ということを売り物
にしていますが、「減税」だけは聞く耳を持っていません。真っ
向から反対します。
 目的税というのは、ある特定の経費を支弁する目的で賦課する
租税のことであり、地方道路税、都市計画税、水利地役税、入湯
税、国民健康保険税などがそれに該当します。
 例えば、都市計画税というのは、市街化区域に土地または家屋
を所有している人に課税される目的税です。納める税金は、道路
や公園、または下水道などの都市計画事業に充てる費用として使
われます。
 消費税は、確かに第1条第1項に主たる使途についての規定は
ありますが、目的税ではありません。この規定は、消費税が導入
されたときには存在せず、消費税導入から20年以上たった20
12年、消費税率を5%から10%に段階的に引き上げる法律を
決めたときに、国民の批判をかわすためにというより、少し厳し
くいえば、国民を騙すために付け加えられたものです。しかし、
いったん税金として入ってきてしまえば、お金に色は付いてない
ので、消費税は何にでも使えるのです。
 実際に消費税増税分は、社会保障費ではなく、その「8割」が
政府の(国ではない!)借金返済に使われているのです。このこ
とを2019年1月28日、第98回国会で安倍首相(当時)自
身が施政方針演説で明言しています。「増税分の5分の4を借金
返しに充てていた」と。国の借金ではありません。政府の借金を
増税して返す──政府として一番やってはいけないことではあり
ませんか。自民党はそれをやっています。
 もうひとつ、高市政調会長が怒り狂っているという消費税が法
人税減税の穴埋めに使われているのではないかという件ですが、
これも事実です。しかし、これもお金に色は付いていないので、
消費税の税収分が法人税減税で減った部分の穴埋めに使われたと
いう証拠は残念ながら示せませんが、消費税を増税するときはい
つも法人税を減税していることは事実です。そのためか、財界の
首脳のコメントは、消費税増税は賛成で「よくやった」と政府に
ヨイショしています。
 財務省の「一般会計税収の推移」によると、消費税が導入され
た1989年度の消費税の税収は3・3兆円でしたが、昨年度は
21・1兆円と6倍になっています。これに対して、法人税は、
1989年は19兆円でしたが、昨年度は12・9兆円に減って
います。消費税収は6倍も伸びているのに、法人税収は減少して
いる──これでは、消費税収が法人税減税の穴埋めに使われたと
いわれても、反論できないのではないでしょうか。
 高市政調会長は、消費税減税について「増税前の駆け込み需要
や減税前の買い控えも起こる」「事業者も大変ですよ」などと必
死にできない理由を並べ立てていましたが、これは『文藝春秋』
上に載った矢野康治財務事務次官の主張をそのままトレースした
ものです。
 これについて、昨日のEJでご紹介した税理士で立正大法制研
究所特別研究員の浦野広明氏は次のように反論しています。
─────────────────────────────
 事業者から「変更が大変だから、消費税減税はやらないで欲し
い」との声は聞いたことがありません。多少手間がかかっても、
減税により消費が上向くことを望んでいます。そもそも、引き上
げはできるのに、引き下げはできないのはおかしい。また、値上
げラッシュで価格変更は日常茶飯に行われており、値札替えが負
担とも思えません。高市氏の発言は消費税減税の否定が先にあり
きで、かえって国民の不信を招いたような気がします。
    ──浦野広明氏/6月20日発行「日刊ゲンダイ」より
─────────────────────────────
 日銀の黒田総裁の話ですが、安倍首相(当時)が消費税率を5
%から8%に引き上げるとき、多くの学者などの意見を聞いて、
さんざん迷っていたのですが、そのとき、黒田総裁は次のように
いって、安倍首相の決断を促したのです。
─────────────────────────────
 消費税を予定通り8%に引き上げないと、国債が暴落するテー
ルリスクがある。             ──黒田日銀総裁
─────────────────────────────
 アベノミクスが金融緩和と財政出動で軌道に乗りつつあったと
きです。信頼している黒田総裁から、このようにいわれた安倍首
相は、消費税を8%に引き上げる決断をします。
 実はこのとき、財務省は財務省出身の日銀総裁である黒田氏に
「首相に増税をきちんとやるよう勧めてくれ!」と、強いプレッ
シャーをかけていたのです。黒田総裁としては、本当はやらない
方がいいのだが、立場上「やるな」とはいえないので、「テール
リスク」という言葉を使って首相に謎をかけたのです。安倍首相
は、おそらく「テールリスク」を単なる「リスク」だと勘違いし
て、税率を8%に引き上げたのです。しかし、テールリスクとは
次の意味なのです。
─────────────────────────────
 マーケットには大小さまざまなリスクがありますが、発生する
確率が非常に低いリスクによって暴落や暴騰が実際に発生するこ
とをテールリスクと呼びます。ちなみに、テールとは、騰落率分
布の端や裾野を意味する言葉。突然の政権交代やテロなどが代表
的なものです。           https://bit.ly/3ybYbGz
─────────────────────────────
 黒田総裁としては、「法律として決まっている消費税率引き上
げをやらなくても、国債が暴落する恐れはない」ということを首
相に伝えたかったのだと思います。
              ──[新しい資本主義/116]

≪画像および関連情報≫
 ●消費増税で穴埋めされる法人減税 逆累進性の解消が急務
  ───────────────────────────
   法人税の法定税率である法人実効税率が、2011年38
  ・54%、13年37%であったが、18年には29・74
  %に引き下げられた。しかし法人税を納税できる利益を上げ
  る企業は、全企業の3割ほどで、ほとんどが大手や中堅企業
  だ。それゆえこの法人税率引き下げは、これらの企業を利す
  るが、大多数の企業には及ばない。他方で消費税収の約8割
  が、この法人減税の穴埋めとなった。
   消費税を導入した1989年から2018年度までの30
  年間の消費税収額合計は372兆円、その間の法人税減額合
  計は291兆円(出展・消費税をなくす全国の会「ノー消費
  税」300号)。要するに法人税の減税分を、消費税で穴埋
  めしてきた。
   ところで30%弱の法人実効税率は「資本金1億円以上の
  外形標準課税適用法人」の実効税率であり、これらの企業は
  法人税と「事業税プラス地方法人特別税」を外形標準課税率
  で支払う。これに対して外形標準課税の対象でない資本金1
  億円以下の中小企業では、たとえば18年4月〜19年3月
  事業年度の同様な法人税率が36.81%、19年10月か
  らは33.58%と高く、逆進的となっている。これまで法
  定税率について述べたが、企業が実際に納税しているところ
  の実効負担率で見ると、法人税はさらに「逆累進」となって
  いる。       ──早稲田大学名誉教授・田村正勝氏
  ───────────────────────────
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大石晃子氏VS高市早苗氏
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2022年06月29日

●「防衛費増強をめぐるさまざな暗闘」(第5761号)

 日本には、中国やロシアなどよりも、もっと恐ろしい「抵抗勢
力」が国内に存在します。それが、財務省であり、その財務省の
論理を各界へ浸透させる便宜手段としての組織「財政制度等審議
会(財政審)」です。財政審には、財務省の息のかかった経済学
者、財界人、金融専門家など30人で構成されています。
 財政審では、財務省の主計局の官僚が議題と報告書を提出し、
何度かの会合を経て、官僚が諮問案をまとめて財務相に提出する
かたちをとるのですが、この会合で反対が出ることはほとんどな
く、財務省はこれで各界の総意を得ているというお墨付きにして
いるのです。財務省の意見に反対するような人は絶対にメンバー
にしないからです。したがって、財務省の自作自演同然なカラク
リといえます。現在のメンバーについて知りたければ次をクリッ
クしてください。          https://bit.ly/2EX6c8V
 この財政審が、5月25日に建議を取りまとめています。自民
党内に広がる防衛費増強に対する議論に、あらかじめ、防衛線を
張ったかたちになります。JIJI.COMは、これについて、
次のように報道しています。
─────────────────────────────
 財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は、5月25日、建議
(意見書)を取りまとめた。国と地方を合わせた基礎的財政収支
(PB)を2025年度に黒字化するという財政健全化目標を堅
持するべきだと強調。政府・与党内で大幅な増額を求める声が強
まっている防衛費については、「規模ありきではない」とけん制
した。政府が6月に閣議決定する経済財政運営の基本指針「骨太
の方針」に反映させたい考えだ。
 建議は「危機に対応できる余力を持った持続可能な財政構造の
確立」の必要性を指摘。最近の円安進行を踏まえ、「円に対する
市場の信認がこれまで以上に問われる中、仮にPB目標を後退さ
せれば信認を失うリスクが大きい」と警鐘を鳴らした。
 防衛力の強化をめぐっては、「経済・金融・財政の強いマクロ
構造がなければ、防衛力を継続的かつ十分に発揮することはでき
ず、結果的に『戦わずして負ける』ことにもなりかねない」と強
調した。              https://bit.ly/3yipdNp
─────────────────────────────
 問題は、この財政審の建議に何が書かれているかです。建議で
は、日本には、経済、金融、財政面において脆弱性があり、それ
らの低減と防衛力強化をいかにして両立させるかが問題であると
指摘しています。そして防衛力は、国民生活、経済、金融などの
安定性があってはじめて発揮できるものであると説いています。
要するにプライマリーバランスがマイナスの状態ではダメである
ことを強調しているのです。
 そして、各国の防衛費対GDP比を一層増加させるためには、
他経費を削減して、国防費に一層重点配分するか、国民負担を増
加させるしかないと指摘しています。さらに、欧米、中国、韓国
と日本とを比較しながら、公共投資、文教、社会保障など、他の
政策経費を削減するか、増税で国防費増を賄うか、それとも双方
を選択するしかないと強調しています。
 この財政審の建議が提出されているからこそ、岸田内閣は防衛
費増強の財源を明確化できなかったのであり、それを骨太の方針
に反映させられなかったのです。選挙前に増税などといったら、
選挙に勝てないからです。この建議について産経新聞特別記者で
ある田村秀男氏は、次のように批判しています。
─────────────────────────────
 「経済・金融・財政面における『脆弱性』」をここまで深刻化
させてきたのはだれか。「経済・金融・財政面の脆弱性を低減」
する役割を担うのは何か。GDPの5割以上相当の資金を占める
財政を取り仕切る財務省と財務官僚のはずである。国家エリート
としての矜持、内心忸怩たる思いがまるでない。(中略)
 経済が持続的にプラス成長している他の主要国と、四半世紀以
上もの間、経済規模が委縮し続けているデフレ日本と同一視する
無定見ぶりにはあきれるが、固より、財務官僚にはその自覚はな
い。財政を含む国家の根幹となる政策を決定する国会と内閣がそ
んな財務官僚に誘導されてきた。(中略)
 「中長期の経済財政への試算」は、GDP成長率について、安
倍晋三政権時代以降の政府目標である実質2%、名目3%の「成
長実現ケース」と、従来の低成長ケースに分け、財政手出、税収
基礎的財政収支などを2031年度まで試算している。21年度
は補正予算、22年度は政府予算通りで、23年度以降は見通し
とは言え、財務省の腹積もりである。添付ファイルは、この成長
実現ケースの数値をもとに作成した財政の緊縮・拡張度である。
                        田村秀男著
   ──『正論』2022年7月号「国防こそ最大の福祉/」
       財政均衡主義が日本の安全を壊す」/産経新聞社
─────────────────────────────
 防衛費増大をめぐる論争には防衛省事務次官人事もからんでい
ます。政府は、6月17日の閣議で、防衛庁の島田和久事務次官
を退任させ、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官を充てる人事を決め
ています。この人事をめぐり、ギクシャクがあったのです。
 島田次官は、安倍元首相の秘書官を6年半務め、官房長を経て
そのまま次官になり、丸2年やってやっていて、安倍元首相の主
導する防衛費増強を支えていました。岸田首相は、事務次官の任
期は2年であるとして、事務次官交代を図ったのです。
 まず、岸防衛相が官邸に島田次官の続投を打診して断られ、安
倍首相が松野官房長官に電話して、「功労者に対してこういうや
り方はあり得ない」とクレームをつけたところ、岸田首相が安倍
氏の議員会館事務所を訪問して、「人事は既に決まっている」と
告げています。選挙の勝敗にもよりますが、防衛費をめぐり、こ
んなやり取りがあったのです。健康の懸念もあることから、選挙
後の改造で岸防衛相の交代も考えられます。安倍元首相に取って
ピンチです。        ──[新しい資本主義/117]

≪画像および関連情報≫
 ●防衛費の増額は本当に必要か? 「巨費を投じても効果は
  乏しい」専門家は否定的〈AERA〉
  ───────────────────────────
   ロシアや中国の軍事的脅威に対応するため、岸田文雄首相
  は日米首脳会談で「防衛費の相当な増額」を表明した。自民
  党が掲げる国内総生産(GDP)の2%を防衛費にすれば、
  約11兆円に相当する。今年度の防衛費の約6兆円から約5
  兆円の増額だ。巨費を投じてどんな効果があるのか。そもそ
  も、本当に必要なのか。──AERA2022年6月13日
  号から。
   防衛省は、ステルス戦闘機F35を147機購入する計画
  だ。陸上基地用のF35A(1機約100億円)が105機
  空母用のF35B(同約140億円)を42機購入するが、
  米国側が契約後に値上げすることもあり、円安も手伝って、
  より高価になりそうだ。旧式化しつつある戦闘機を新鋭機に
  入れかえるのは当然であっても、ミサイル攻撃に対し「敵基
  地攻撃」や「反撃能力」で対処しようとし攻撃用の各種のミ
  サイルの購入や開発に巨費を投じても効果は乏しい。山岳地
  帯のトンネルに潜み、自走発射機で移動するミサイルを秒速
  7・9キロで1日1回世界各地の上空を通過する偵察衛星で
  撮影するのは極めて困難。高度3万6千キロで周回する静止
  衛星からはミサイルのような小さな物は映らない。無人偵察
  機を上空で旋回させれば対空ミサイルで撃墜される。相手が
  先にミサイルを発射すればその首都など固定目標に反撃する
  ことは可能だが、首脳部の現在位置はわからない。核ミサイ
  ルに対し火薬弾道ミサイルで報復するのは、大砲に対し拳銃
  で応戦するような形となる。  https://bit.ly/3HVBfzO
  ───────────────────────────
激烈な緊縮財政を企図する財務省.jpg
激烈な緊縮財政を企図する財務省
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2022年06月30日

●「バイデン対習近平長時間電話会談」(第5762号)

 バイデン米大統領の支持率は、最新の調査によると、先週から
6ポイント低下して、36%と就任以来最低の数字を記録してい
ます。このままだと、今年11月の中間選挙で民主党が上下両院
もしくはどちらかで、過半数議席を確保できない可能性が高まっ
ているといえます。
 問題は不人気の原因は何かです。新型コロナウイルスへの対応
に関する支持率(47%)は不支持率(46%)と拮抗しており
経済への取り組みを支持する登録有権者は28%、銃による暴力
(32%)や、ロシアによるウクライナ侵攻への対応(42%)
も、それほど支持されていないようです。
 このバイデン大統領について次のような話があります。5月の
始めのことです。バイデン大統領は、バーンズCIA(米中央情
報局)長官、オースティン国防長官、ヘインズ国家情報長官の3
人を呼びつけ、こっぴどく叱りつけたというのです。それは、米
側が流した情報をもとにウクライナ軍が輝かしい成果を挙げたと
いう報道について、「このようなリークは絶対に許さん。即刻辞
めるようにいえ!」という強い口調で叱りつけたといいます。
 確かにその後この手の情報は、ピタリと報道されなくなったこ
とは事実です。こんなことで、ロシアのプーチン大統領を刺激し
てはいかんというわけです。
 もうひとつ、ピューリッツァー賞を何度も受賞したベテラン評
論家、トマス・L・フリードマン氏は、5月6日付のニューヨー
クタイムズ紙に寄せた論評において、バイデン大統領が、中国の
対ロ軍事支援を阻止したことを高く評価しています。この論評に
よると、バイデン大統領は、3月18日に習近平国家主席との2
時間にわたる長い電話会談で、習近平国家主席にそれを決断させ
たといわれます。そのとき、バイデン大統領は、習主席に次のよ
うに迫ったといわれます。
─────────────────────────────
 もし、中国がロシアへの軍事援助に手を貸すようであれば、中
国は、米国、欧州の2大市場を失うという「きわめて否定的な結
果」を招くことになるだろう。     ──バイデン米大統領
           ──『正論/7月号』/巻頭コラムより
─────────────────────────────
 中国としても台湾進攻を行えば、米国をはじめとする西側の厳
しい経済制裁を受けることはわかっていますが、それをどのくら
い深刻に受け止めるかの問題です。中国という国の隆盛は、経済
力があってのことであり、もし、米欧という二大巨大市場を失う
ことの打撃は大きいと思います。
 その会談のとき、習近平主席は「台湾に関して米国の政策は変
わったのか」とバイデン大統領に尋ねています。そのときのバイ
デン大統領の返事は「不変である」というものだったといわれま
す。この点に関してバイデン大統領の考え方は一貫しています。
 バイデン大統領は、来日のさいの記者会見で「中国が台湾に対
して侵攻したら、米国は軍事的に関与するのか」と問われ、「イ
エス。われわれにはそうする責任がある」と答えています。これ
に対して、ホワイトハウスとオースティン米国防長官は、すかさ
ず、米国の立場に変更はないと火消しに走っています。そのため
この発言は、バイデン大統領の失言といわれているのですが、こ
れは失言ではありません。
 なぜなら、バイデン大統領は、「イエス」に続いて次のように
述べているからです。
─────────────────────────────
 われわれは「一つの中国」の方針に関しては遵守しているが、
武力で現状を変更しようとする試みには賛成できない。
                   ──バイデン米大統領
─────────────────────────────
 バイデン大統領の発言は次のように読み取れます。中国と台湾
が平和的に「一つの中国」になることについて、われわれは異を
唱えるつもりはない。しかし、武力でそれを行うのは反対であり
何らかの対応をせざるを得ない──これは、もし、中国が武力で
台湾を奪い取ろうとすれば、米国として何らかの対応処置を取る
ということを意味しているといえます。
 中国の習近平主席が米欧による経済制裁を受けることについて
ロシアの例を参考にすることは間違いないことです。プーチン大
統領は、サンクトペテルブルグで開催している「国際経済フォー
ラム」でオンラインで演説し、西側のロシアに対する経済制裁に
ついて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 欧米側は、ロシア経済を破壊しようとしたが、明らかに失敗し
た。今年の春先には、ロシア経済の先行きに対して悲観的な見通
しが予想されたが、現実のものとなっていない。制裁にもかかわ
らず、ロシアの経済対策が機能している。ロシアへの制裁によっ
て、欧米側でむしろ物価が上昇しているとしたうえで、欧米側は
世界的な食料などの価格高騰の責任をロシアに転嫁している。
                    ──プーチン大統領
─────────────────────────────
 しかし、これはプーチン大統領の強がりです。プーチン政権の
1期目と2期目──2000年から2008年までは、ロシアの
経済成長率は平均して7%伸びています。プーチン大統領は上機
嫌で、「ルーブルを国際通貨にする」と豪語していたものです。
しかし、ロシアがクリミアを併合した2014年以降は、ロシア
は経済成長していないのです。2014年から2020年までの
GDP成長率は、年平均0・38%です。欧米と日本が今回より
もはるかに軽い経済制裁をかけた結果です。
 これに今回の非常に重い経済制裁が加わったのですから、その
ダメージは尋常なものではないはずです。経済制裁は年が経つに
つれて効いてきます。それは、今年の夏から秋にかけて、はっき
りと目に見えるかたちになっていくはずです。
              ──[新しい資本主義/118]

≪画像および関連情報≫
 ●中国はウクライナ戦争で台湾戦略を変化させるのか
  /岡崎研究所
  ───────────────────────────
   バーンズ米中央情報局(CIA)長官は、5月7日に行わ
  れたフィナンシャル・タイムズ紙とのインタビューで、ウク
  ライナ情勢は中国指導部の台湾統一戦略に何らかの影響を与
  えているだろう、と述べた。
   習近平がロシアによるウクライナ侵略の残忍性との関連に
  より中国にもたらされる可能性のある評判の低下に少々動揺
  し、戦争がもたらした経済的な不確実性にも不安になってい
  るとの印象を強く受ける。
   中国は「プーチンがやったことが欧州と米国を接近させた
  事実」にも失望しており、台湾につき「どんな教訓を引き出
  すべきか慎重に検討している。
   プーチンのロシアからの脅威を過小評価することは出来な
  いが、習の中国は「われわれが国家として長期的に直面する
  最大の地政学的課題」だ。
   上記のバーンズの発言は、慎重な言い回しのなかにも、米
  CIA当局の判断が的確に示されている、と言って良いだろ
  う。プーチンと習近平は、オリンピックの開会式に合わせて
  北京で会談し、両者の間の連携には「限界」はない、と宣言
  した。しかし、ロシアのウクライナ侵攻後、欧米各国の間で
  反ロシアの同盟関係が急速に進んでいることを見て、習近平
  は不安の色を隠せないようだ。 https://bit.ly/3QRRmCg
  ───────────────────────────
習近平主席を説得できたか/バイデン米大統領.jpg
習近平主席を説得できたか/バイデン米大統領
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2022年07月01日

●「消費減税なら年金財源3割カット」(第5763号)

 6月26日のNHKの『日曜討論』で、またしても与党から、
とんでもない発言が飛び出し、騒ぎが起こっています。発言の主
は、自民党の茂木幹事長です。
─────────────────────────────
 消費税なんですが、みなさんからお預かりしている消費税、こ
れは年金・介護・医療そして子育てシェア、社会保障の大切な財
源です。これをですね、野党のみなさまがおっしゃるように下げ
るとなると、年金財源は3割カットしなくてはならなくなる。
     ──26日の「日曜討論」における茂木幹事長の発言
                  https://bit.ly/3yoOuph
─────────────────────────────
 茂木幹事長という人は頭の良い人です。その理由をちゃんと説
明しています。年金には「国庫負担分」があります。金額にする
と12・8兆円。公的年金の収入は52・5兆円(2020年度
予算)。12・8兆円はその24%に相当します。この国庫負担
金は消費税収を財源にしています。したがって、消費税を6%引
き下げると、年金収入は13兆円の減収になり、年金財源が約3
割カットされてしまうことになります。
 理路整然としています。しかし、これは自民党の立場からの論
理展開です。年金制度が創設されてからしばらくの間は、保険料
が大量に入ってくる一方で、出て行く年金が少なかったので、年
金資金は貯まる一方だったのです。そのため、無駄な箱モノを建
てたりして、巨額の資金が無駄に使われ、財源が相当減少してし
まったのです。そのため、年金の種類に関係なく、誰でも受け取
れる基礎年金の部分に税金を投入することが決められたのです。
それが国庫負担分です。
 そのため政府は、年金支給のため、毎年国庫負担金分を税金か
ら手当てしなければならなくなり、その財源に毎年苦慮するよう
になります。何しろ日本は経済が30年も成長しない国であり、
税収が増えないからです。しかし、それは政府の責任であり、ひ
いては、超長期政権の自民党の責任です。そこで考えられたのが
消費税を増税し、それを国庫負担分の財源にする方法です。
 そういうわけで、消費税を5%から10%に税率を引き上げる
ときに、消費税法第1条第2項に「毎年度、制度として確立され
た年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するた
めの施策に要する経費に充てるものとする」を加えて、主たる使
途を明記したのです。
 しかし、これは、消費税を社会保障の目的税にしたわけではな
く、税金として入ってくるものから国庫負担を手当てすることに
は変わりがないのです。お金には色はついていないからです。こ
のことは、6月27日のEJで述べています。
 しかし、そもそも年金は、収入のなくなった高齢者が支給を受
けるものです。その支給の原資を、一部とはいえ、年金以外に収
入のない高齢者も負担せざるを得ない消費税で用意する──完全
に間違っていると思います。
 しかも、コロナ禍はまだ終わっておらず、そうでなくても国民
全般に収入が減っているのに、物価は高騰し、実質収入は激減し
ています。政府として何か対策を立てるべきです。そのための政
権与党ではありませんか。
 しかし、収入を突然上昇させることは困難であり、誰もが支払
わざるを得ない消費税を暫定的に減額し、実質収入をこれ以上下
げないように配慮する──これが政府として採択すべき合理的な
政策であると思います。消費税減税は、コロナ禍以降、経済対策
の一環として世界中で行われています。減税を実施している国と
地域は、世界で91になるのです。主要国で減税していないのは
まさに日本だけです。
 税理士で、立正大法制研究所特別研究員の浦野広明氏は、今回
の茂木発言について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 恐らく茂木さんの言った「年金3割カット」は国が負担する社
会保障費の3割、約10兆円規模を指しているのだと思いますが
消費税を減税しても、他に財源を見つければ解決する話だと思い
ます。例えば、試算によると、金持ちや大企業優遇の現行の税制
を見直して“応能負担”に基づく累進化を進めれば、約40兆円
の税収が見込まれます。消費税が法人税減税などの穴埋めに使わ
れているといった問題もあるのに、いきなり「年金カット」を言
い出すのは、いくら何でも乱暴です。
 消費税減税に踏み切って、法人税の累進化を進められないのは
自民党が輸出製造業などから莫大な企業献金をもらっているとい
うこともあるのでしょう。でも、物価高に苦しむ多くの有権者は
消費税減税を望んでいると思います。消費税減税は自民党政権に
とって弱点となっているようです。      ──浦野広明氏
                 https://bit.ly/3NkMYZC
─────────────────────────────
 減税は絶対にしない──これが岸田内閣のポリシーのようであ
り、だから「財務省寄り」といわれています。岸田首相は、減税
に関してだけは「聞く耳」をまったく持っていないようです。し
かし、この物価高で何もしないで選挙に突入するとは大変な自信
であり、それは驕り以外のなにものではありません。
 直近の毎日新聞と社会調査研究センターの世論調査では、支持
は48%で、5月21日の前回調査(53%)より5ポイント下
落しています。不支持は44%で、前回調査(37%)より、7
ポイント上昇しています。支持が50%を切り、支持と不支持が
「48対44」と4ポイント差に迫っています。
 選挙まで、今日を含めて、まだ9日間あるのです。ひとつでも
失言が出ると、支持と不支持は逆転します。岸田内閣のこの考え
方から推測すると、防衛費を増加させるのは、赤字国債は論外で
必要な歳出を削減するか、増税で賄うしかないという方針でくる
と考えられます。「新しい資本主義」はどこへ行ってしまったの
でしょうか。        ──[新しい資本主義/119]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田政権の「新しい資本主義」よりも「新しい経済政策」の
  ほうがよほど重要だ
  ───────────────────────────
   岸田政権の「新しい資本主義」を批判するのは無駄だ。な
  ぜなら、筆者に言わせれば中身がゼロであり、岸田政権自身
  もそれを知っていて、ほかにもっといいキャッチコピーを思
  いつかなかっただけのことではないか。「アベノミクスとは
  ちょっとだけ違うよ」(わずかに左だよ)ということ以上のも
  のはない。
   そもそも、資本主義とは、制度でも体制でもなく、近代に
  生まれた社会の状況を描写したにすぎず、一政府ごときに作
  れるものでも変えられるものでもない。善悪を超えて、歴史
  的事実として、社会的現状として受け入れざるを得ないもの
  だ。一方、経済政策は作ることができる。変えることができ
  る。それこそが政権の役割だ。ただ、残念なことに、どうも
  岸田政権にはいいアイデアが浮かばないようだ。資産所得倍
  増政策は所得倍増計画をモジっただけで、中身は株式投資の
  すすめにすぎず、アベノミクスと同じになってしまった。当
  初の戦略から離脱してしまっている。さらに、現在の物価高
  に対して、財政政策で金をばら撒くという180度逆の政策
  を行っており、経済学どころか、経済の原理原則も、わかっ
  ていないようだ。財政出動すればインフレは加速する。
  インフレを抑えるためには財政を絞り、金利を上げ、景気の
  過熱を抑え、円安を止めるしかない。正反対だ。
                 https://bit.ly/3A7BkOG
  ───────────────────────────
茂木幹事長.jpg
茂木幹事長
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2022年07月04日

●「欧米と日本はロシアに負けている」(第5764号)

 西側陣営に属している日本から見ると、ロシアは、主権国家で
あるウクライナに理不尽にもいきなり大量の戦車などで軍事侵攻
し、ウクライナの各都市をミサイルで破壊して多くの人命を奪っ
ています。そして現在も、軍事作戦を継続し、世界中から非難を
浴びても平然としています。しかし、西側諸国からの今までにな
いほど厳しい経済制裁によって、ロシア経済は、壊滅的な打撃を
受けているように見えます。
 しかし、これは西側の有力国、なかんずくG7から見た風景で
す。6月30日と7月1日付の日本経済新聞のトップコラム『岐
路に立つG7』によると、「自由民主主義国」と分類される国は
2012年には42カ国ありましたが、2021年には34カ国
に減少しています。人口ベースで見るならば、自由民主主義国は
世界のわずか13%でしかないのです。そこで悩んでいるのは、
新興国と呼ばれる国々です。どっちの陣営につくのがプラスか、
迷っているからです。
 「BRICS」といわれる新興国の枠組みがあります。ブラジ
ル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国による枠組
みです。ところで今回のG7サミットでは、アルゼンチンとイン
ドネシアの両首脳を招いています。
 ところが、G7会合の前日、BRICSは、オンラインで拡大
会合を開き、そこには、アルゼンチンとインドネシアの両首脳の
姿があったのです。しかも、アルゼンチンの首脳は、その場で、
BRICSへの正式加入を希望しています。おそらくプーチン大
統領の策略でしょうが、G7が招いたアルゼンチンとインドネシ
アの首脳をわざわざ拡大会合として招待したのです。
 インドネシアのジョコ大統領は、G7の会合を終えると、その
足でモスクワに向かい、30日にプーチン大統領と対面での会談
に臨んでいます。もっともインドネシアの場合は、G20の議長
国であり、そのための訪問であって、モスクワ訪問はG20成功
のための業務の一環とも考えられます。そのために、ジョコ大統
領は、G7の前に、ウクライナを訪問して、ゼレンスキー大統領
とも会い、ゼレンスキー大統領の親書をプーチン大統領に届けて
います。インドネシアが、ロシアとウクライナの仲裁役を買って
出ようとしているのでしょうか。どちらからも嫌われない作戦の
ように見えます。
 「ロシアに制裁!」といっても、G7各国は一枚岩ではなく、
それぞれに政治的なウィークポイントを抱えています。G7のな
かで、ロシアに一番依存していないのは米国で、石炭、原油、天
然ガス、いずれも禁輸に踏み切っています。しかし、米国では、
11月に中間選挙があり、バイデン現政権は、インフレなどの影
響もあって、支持と不支持が逆転し、足元に大きな政治的不安を
抱えています。
 英国は、制裁には熱心であり、石炭と原油の禁輸に合意してい
ますが、その実施は、2022年末までにとしており、まだ実施
に移していない状況です。
 EUとしては、石炭については禁輸で合意していますが、その
実施は2022年8月からであり、まだはじまっていません。ま
た、EU各国も、それぞれ苦しい事情を抱えており、その政治的
な足元はそれぞれきわめて不安定です。
 フランスは、エネルギー問題が物価高などを通じて内政に影響
を及ぼし、マクロン陣営は、低所得者層を中心に不満が充満し、
6月19日の国民議会(下院)選挙で敗北し、与党連合は過半数
割れに追い込まれています。
 ドイツのシュルツ首相は「ロシアへのエネルギー依存度を下げ
ることが必要だ」とはいうものの、ガス問題については口を閉ざ
しています。国際エネルギー機関(IEA)によると、ドイツの
20年のロシア産ガスへの依存度は46%であり、これはG7の
なかでは最も高いのです。英国の依存度は3%、フランスは20
%です。しかも、ドイツは既にロシアからパイプラインを通じた
ガス供給を一部削除されており、苦しい状況にあります。
 それでは、日本についてはどうでしょうか。
 ロシアは、岸田政権が前安倍政権と異なり、ウクライナ侵攻を
めぐって欧米と共同歩調を取って、厳しい対ロ制裁に加わってい
ることに対して、日本を欧米と共に「非友好国」に指定していま
す。そしてとくに日本が直接関係のない北大西洋条約機構(NA
TO)の首脳会議にまで出席したタイミングを狙って、ロシアは
日本に対して、切り札を切ってきたのです。それがロシア大統領
令「サハリン2/譲渡命令」です。究極の嫌がらせです。7月2
日付の朝日新聞は、これについて、一面トップ記事で次のように
伝えています。
─────────────────────────────
◎サハリン2/譲渡命令/ロシア大統領令
 日本、LNG権益失う恐れ/プーチン氏、制裁対抗か
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロシアのプーチン大統領は、6月30日、日本の商社も出資す
るロシア極東の液化天然ガス(LNG)・石油開発事業「サハリ
ン2」の運営を、新たに設立するロシア企業に譲渡するよう命令
する大統領令に署名した。
 ウクライナ侵攻をめぐり対ロ制裁を強める日本への対抗措置と
みられ、日本側が事業の権益を失う恐れが出てきた。サハリン2
で生産するLNGの約6割は日本向けとされ、日本のエネルギー
戦略にも大きな影響を与える可能性がある。
            ──2022年7月2日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 「サハリン2」は、生産する6割が日本向けとされ、三井物産
(12・5%)と三菱商事(10%)が参加しています。この権
益が奪われると、日本のエネルギー政策にとって大打撃になるこ
とは確実です。しかも、日本も現在、参院選の真っ只中であり、
選挙結果にも重大な影響があるものと考えられます。
              ──[新しい資本主義/120]

≪画像および関連情報≫
 ●「サハリン2」継続か撤退か、割れる経済界 欧州は「脱
  ロシア」急ぐ
  ───────────────────────────
   日本企業が出資するロシア・サハリンの資源開発から欧米
  企業が撤退を表明し、日本の経済界にも、波紋が広がってい
  る。エネルギーの安定供給を優先するのか、痛みを伴ってで
  も欧米企業と足並みをそろえるのか、主張は割れている。
   英石油大手シェルが撤退を決めた「サハリン2」は日本へ
  のLNG(液化天然ガス)の輸出拠点で、三井物産が12・
  5%、三菱商事が10%出資している。日本はLNGの約8
  %をロシアからの輸入に頼る。石油の約4%と比べて依存度
  は高い。三井物産幹部は今後の対応について「エネルギー安
  全保障をどう考えるか政府と協議する」と話す。
   サハリン2で生産するLNGの約6割は日本向けとされ、
  東京電力と中部電力が出資する火力発電会社JERAのほか
  東京ガスや大阪ガスなどが調達する。広島ガスのように調達
  量の約5割を占めるところもある。撤退によって供給がスト
  ップし、代わりに価格の高い短期契約で市場から買うことに
  なれば、電気代やガス代のさらなる値上がりにつながる。
   日本商工会議所の三村明夫会頭は3日の会見で「都市ガス
  や電気を使うユーザーに影響することをきちっと考えて対応
  すべきだ」と強調。日本企業が権益を手放しても中国がその
  分を引き受ける可能性に触れ、現実的な対応を求めた。萩生
  田光一経済産業相も8日の参院経産委員会で「我々が権益を
  手放しても第三国がただちにそれをとって、ロシアが痛みを
  感じないのであれば(経済制裁の)意味がない」と述べた。
                 https://bit.ly/3I70KxU
  ───────────────────────────
サハリン2.jpg
サハリン2
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2022年07月05日

●「8年間かけて制裁に強い経済構築」(第5765号)

 ところで、ロシアの経済の状況はどうでしょうか。
 産経新聞特別記者、田村秀男氏がグラフで見せてくれます。添
付ファイル「ロシアの通貨、物価と金利」をご覧ください。
 ロシア軍がウクライナ国境を越えて侵攻したのは、2月24日
のことです。米欧日の制裁前における2021年12月と、20
20年1月における、ロシア通貨ルーブルの対ドル、対ユーロ、
消費者物価上昇率、短期金利の位置を確認してください。
 米国は、かなり早くからロシアのウクライナへの侵攻の情報を
掴んでいて、実施すれば金融制裁をかけるとロシアに通告してい
たのです。何とかして思い止まらせようと考えたからです。した
がって、ロシアがウクライナに侵攻をはじめると、直ちに第1弾
の金融制裁がかけられたのです。
 そうすると、ロシア通貨ルーブルは、対ドルでも対ユーロでも
急落し、短期金利は上昇し、消費者物価は高騰しています。しか
し、4月を過ぎる頃になると、通貨ルーブルは、対ドルでも、対
ユーロでも元の位置に戻っています。短期金利は4月頃から急速
に下がりはじめ、5月の中頃には2月の時点よりも低くなってい
ます。ただ、消費者物価だけは、上昇したままになっていますが
5月頃から下がる傾向を示しています。物価について、田村秀男
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 物価は高水準だが、峠を越えたようである。2月下旬時点で約
6400億ドル(約86兆7000億円)のロシアの対外準備は
6月下旬までに600億ドルほど減ったあと下げ止まっている。
外準減はルーブルの買い支え市場介入に伴うのだが、もはや介入
も最小限で済む。ロシアの外貨資産の安定した運用に協力してい
るのは中国である。中国はロシア石油と穀物の輸入を急増させて
いるばかりでなく、約1000億ドル分のロシア外準を預かり、
ルーブル相場下支えに協力する。中国の対露協力を野放しにして
いることが、G7制裁不発の一大要因なのだ。
        ──「田村秀男/『お金』は知っている」より
                6月30日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 プーチン大統領は、2022年4月18日、閣僚たちを集めて
次のように勝利宣言を行っています。このニュースは、ロシア全
土にテレビ中継されています。
─────────────────────────────
 西側諸国による我が国の市場にパニックを生み出す作戦は、間
違いなく失敗した。彼らは、金融・経済情勢を一気に揺るがした
が、我が国は耐え抜いた。消費者市場を人為的に規制しなかった
のは正しい決定だった。むしろ欧米諸国の経済の方が悪化してい
る。通貨ルーブルの為替レートは、ほぼウクライナへの特別軍事
作戦前の水準に戻っている。    ──プーチンロシア大統領
─────────────────────────────
 西側諸国の多くの人は、これを「プーチンの強がり」ととった
でしょうが、ロシアの経済状況が、ウクライナ侵攻前に戻ってい
ることは事実です。
 どうしてこうなったかです。この答えは、2022年6月3日
付の金野雄五北星学園大学経済学部教授のレポートによって明ら
かです。以下、要点をまとめます。
 ロシアは、2014年にウクライナのクリミア半島を併合しま
したが、そのとき、ロシアは国際的な経済制裁を受けています。
このとき、米欧はロシア要人の資産凍結や渡航制限、金融規制の
実施や、エネルギーに関しても、北極海や北極圏での石油開発の
に利用する資機材や技術の輸出を禁じています。
 ここでプーチン大統領は学習したのです。「これに対抗するに
は、経済を自国のみで完結できるかたちにする必要がある。その
ためには、やるべきことはたくさんある」として、ひとつずつ実
行していったのです。
 まず、対外債務をきれいにする必要があります。そのため、対
外債務の返済をはじめています。その結果、クリミア併合直前の
2013年12月に7288億6400万米ドルあった官民合わ
せた対外債務残高を、2021年12月には4799万6200
万米ドルと、約35%減らすことに成功しています。
 財政健全化も図っています。2014年に、国内総生産(GD
P)比1%ほどあった財政赤字を、新型コロナウイルス感染拡大
前の2019年には2%ほどの黒字に転換させています。どのよ
うにしてやったかというと、主に歳出を削減し、原油をはじめと
したエネルギー価格の下落で税収が減ったとしても、財政赤字に
陥り難い体制を作り上げていたのです。「プーチン、恐るべし」
彼は、今回のウクライナ侵攻に備えて、西側諸国が課している経
済制裁に耐え抜く経済を着々と作り上げていたのです。
 これに対して日本政府は、30年を要しながら、まだデフレか
ら脱却できず、経済を成長させられないでいます。プーチン大統
領は、経済にも通じているのです。なお、ロシアの経済回復に貢
献したのは、ロシア中央銀行のエリヴィラ・ナビウリナ総裁もそ
の一人です。「デイリー新潮」の記事です。
─────────────────────────────
 ルーブルのV字回復に大きく貢献したのはロシア中央銀行だ。
西側諸国に米ドルとユーロの外貨準備が凍結され、為替介入を事
実上行うことができなくなったロシア中銀は、投機的なルーブル
売りが膨らむのを抑止する目的で政策金利を9・5%から20%
へと一気に引き上げた。ロシア中銀はさらにロシア財務省ととも
に資金規制を導入し、海外貿易の売上高の80%に相当する外貨
を強制的にルーブルに両替することを義務付けた。ロシア中銀が
実行したこれらの政策の効果はてきめんだった。ルーブルは安定
を取り戻し、輸入インフレの悪化は回避された。
                 https://bit.ly/3NAVWlK
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/121]

≪画像および関連情報≫
 ・ロシアへの経済制裁が期待したほど効かない理由
  ───────────────────────────
   ロシアのウクライナ侵攻は、どうやら長期化が避けられそ
  うにない。ロシア軍は4月上旬、首都キーウ(キエフ)周辺
  からは撤退したが、ブチャなどの近郊都市における残虐行為
  が発覚した。その後もロシア軍が戦力を集中している東部戦
  線では、大規模な民間人の死傷者が出ている模様である。4
  月7日にブリュッセルで行われたG7外相会合は、戦争犯罪
  行為を厳しく非難するとともに、ウクライナ向けの人道支援
  と対ロシア経済制裁の強化方針を打ち出した。
   ところが経済制裁は、かならずしも効果を上げていないよ
  うなのである。通貨ルーブルは2月24日の開戦と同時に、
  いったんは1ドル=70ルーブル台から120ルーブルくら
  いまで下落したのだが、4月に入った頃からほぼ元通りの水
  準に戻している。
   ロシア中央銀行は、通貨防衛のために9・5%から一気に
  20%まで引き上げた政策金利を、4月11日からは17%
  に戻している。まるで余裕を見せられているようだが、「国
  内の民間業者が輸出によって得た外貨の80%を強制的にル
  ーブルに転換させる」などの防衛策が一定の効果を上げてい
  るようだ。その代わりと言っては何だが、ロシア国債は案の
  定デフォルト(債務不履行)になりそうだ。
                  https://bit.ly/3yBtzj6
  ───────────────────────────
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ロシアの通貨、物価と金利
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2022年07月06日

●「『サハリン2』に未練のある日本」(第5766号)

 西側諸国がロシアに対してかけた経済制裁が、なぜ効かなかっ
たかについて考えています。岸田政権は、元安倍政権と違って、
ウクライナに侵攻したロシアに対して、G7と一体になって非常
に厳しい姿勢で臨んでいます。
 2014年のロシアのクリミア侵攻のときは、安倍政権でした
が、日本はG7とともに制裁は課したものの、ロシアのプーチン
大統領をして、日本を「非友好国」と指定するほどの厳しい制裁
ではなかったように思います。
 しかし、ロシアは隣国であるし、北方領土の問題や、日ロ漁業
交渉もあるので、プーチン政権やその後の後継政権と領土交渉が
できる余地を残しておく必要があります。それが外交というもの
です。まして岸田首相は、外相を長く務めていましたが、プーチ
ン大統領とそれほど親しい関係とは思えないのです。
 そういう意味において、岸田政権として、やらないでもよかっ
たのではないかと思われることが2つあります。
─────────────────────────────
     @駐日ロシア外交官の国外への追放措置
     A岸田首相のNATO首脳会議への参加
─────────────────────────────
 ところが、ロシアに対して一貫して強気の岸田首相ですが、日
本企業(三井物産/三菱商事)が出資する「サハリン2」事業に
ついては、同じくこの事業に参加する英蘭ロイヤル・ダッチ・シ
ェルが撤退を表明したにもかかわらず、「サハリン2はきわめて
重要なプロジェクト」であるとして、「撤退しない」と主張して
います。ロシアに対する強気な姿勢は、サハリン2に関しては、
かなりトーンダウンしているようにみえるのです。
 そういう岸田政権に向けて、プーチン大統領は、サハリン2を
ロシア側が新たな設置する会社への移管を定めた大統領令に署名
したと通告してきたのです。NATO首脳会議がロシアを「最大
かつ直接の脅威」と指摘した直後のタイミングであり、プーチン
大統領による岸田政権への強烈な「報復措置」と考えられます。
 ロシア産のLNG(液化天然ガス)は、日本のLNG輸入の約
9%を占めますが、これが止まると、値上げが続いている電気・
ガス料金が、さらに高騰する可能性があります。ロシアに強気な
岸田首相が、サハリン2に対してだけは、何となく弱気なのには
別な事情もあります。
 それは、岸田首相の選挙区・広島市に本社を置く広島ガス株式
会社(通称:広島ガス)という企業がありますが、このガス会社
は、LNGの年間輸入量のうち、約5割に当たる20万トンをサ
ハリン2から仕入れている関連しています。もし、これが止まる
と、広島の県民生活や県経済に、重大な影響が出ることになりま
す。プーチン大統領は、そのことを百も承知していて、サハリン
2に手を出してきたものと考えられます。明らかに日本に対する
報復であるといえます。しかし、岸田首相は「すぐに液化天然ガ
スが止まるものではない」の一点張りで逃げているように感じま
す。この間の事情について、7月2日発行の「日刊ゲンダイ」は
次のように報道しています。
─────────────────────────────
 今年3月の参院経済産業委員会で、野党議員が、「(広島ガス
が)サハリン2からの調達ができなくなってしまった場合、(広
島の)県民生活や県経済に大きな影響が出るのではないか」と懸
念を示していた通り、供給停止のツケは消費者に回ってきかねな
い。すでに電力大手10社のうち8社が、燃料費の上昇分を価格
転嫁できる料金制度の上限に到達。広島に本社を置く中国電力も
上限に達したうちの1社だ。
 「生活必需品や光熱費の高騰は今まさに起こっている問題。前
々から業界団体や県民から物価高への不安が出ていたのに、岸田
首相は何ら対応できていない。サハリン2をめぐっても「対応を
考える」と繰り返していますが、本当に対策を講じているのか疑
問です」(広島県政関係者)これが「外交の岸田」の軍拡外遊三
昧の“成果”だとしたら、そのツケを払う地元有権者は、浮かば
れない。    ──2022年7月2日発行「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 広島ガスとは別に、ロシアによるサハリン2の措置に日本が衝
撃を受けている情報もあります。とにかくサハリン2に関する日
本の対応は、非常に潔いとは思えないものであるからです。英蘭
ロイヤル・ダッチ・シェルは、ロシア軍がウクライナに侵攻した
直後、このプロジェクトからの撤退を表明しています。きわめて
潔いし、「不当なことは許さない」という断固たる姿勢です。
 また、サハリン2に隣接する石油・天然ガス開発プロジェクト
であるサハリン1に出資する米石油大手のエクソンモービル社も
3月にはこの事業からの撤退を決断し、その翌月には、撤退に伴
う損失として、34億ドルにのぼる損金処理を既に行っているの
です。日本だけがサハリン2に関しては、ダラダラと、未練がま
しく「撤退しない」と表明しているのです。「日本憎し」に凝り
固まっているプーチン大統領は、その日本の弱みを衝いてきたと
いえます。
 この日本の鈍い姿勢には、日本がサハリン2に関連した新規事
業を経済産業省が主導して、ロシアと密かに進めつつあったこと
に関連しています。それは、ロシア最北部に位置するギタン半島
でのLNG開発事業です。この開発事業には、初期投資だけでも
1兆2千億円もの資金が投入される予定になっているウルトラビ
ッグプロジェクトです。
 経済産業省としては、ここから算出される天然ガスから、水素
を分離し、クリーンエネルギーに区分される水素を確保する計画
だったといわれています。したがって、サハリン2から撤退する
と、この事業の計画が雲散霧消してしまうので、サハリン2から
の撤退を躊躇っているのです。なお、この計画には、安倍元首相
が一枚噛んでおり、その命を受けて、今井官房参与が動いていた
とされています。      ──[新しい資本主義/122]

≪画像および関連情報≫
 ・サハリン2の次は「中国による北方領土開発」か、ロシアの
  報復は止まらない/近藤大介氏
  ───────────────────────────
   連日の猛暑で電力不足がクローズアップされる中、日本国
  内で「サハリン2ショック」が収まらない。6月30日、ロ
  シアのウラジーミル・プーチン大統領が、極東地域の日ロ共
  同天然ガス事業「サハリン2」に新たに事業体を設立し、す
  べての資産をその事業体に移行するという大統領令に署名し
  た。権益を求める会社は、1カ月以内にロシアに再申請を行
  うようにとのことである。その際の条件などは不明だが、日
  本側がとても受け入れられないような条件を突きつけられる
  可能性がある。
   「サハリン2」は、ロシアのガスプロムが50%+1株、
  イギリスのシェルが27・5%−1株(2月に撤退を表明済
  み)、三井物産が12・5%、三菱商事が10%の権益を保
  有している。2009年、「中東一辺倒のエネルギー輸入先
  を分散させる」との日本政府の肝煎りで稼働した。生産量の
  約6割をLNG(液化天然ガス)として日本向けに輸出して
  おり、日本の輸入LNGの約9%にあたる。
   日本には翌7月1日にこのニュースが伝わり、それから数
  日、岸田文雄政権は、日本国内に広がる「サハリン2ショッ
  ク」を抑えるのに躍起になっている。実は私は、シェルが、
  「サハリン2」からの撤退を表明した直後の3月初旬、岸田
  政権のある関係者から、こんな話を聞いていた。「三井物産
  と三菱商事は『絶対に撤退しない』と強情を張っている。ま
  た萩生田光一経産相も、『権益を日本が手放せば、第三国に
  渡ってしまい、ロシアを制裁することにならない』と述べて
  いる」。            https://bit.ly/3ulYY6G
  ───────────────────────────
プーチン大統領/サハリン2について宣言.jpg
プーチン大統領/サハリン2について宣言
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2022年07月07日

●「ロシア人はなぜ平然と嘘をつくか」(第5767号)

 2022年7月5日付、日本経済新聞に作家のミハイル・シー
シキン氏の寄稿『プーチンは皇帝か』が掲載されています。その
冒頭の一部を以下に転載します。
─────────────────────────────
 このごろは、ロシア人であるということに苦痛を覚える。今や
全世界にとってロシア語と言えば、ウクライナの街を爆撃し、子
どもを殺害する者の言語、戦争犯罪人の言語、殺人者の言語と同
等と見なされてしまう。この「特別軍事作戦」の目的はロシア人
やロシアの文化、ロシア語を、ウクライナのファシストたちから
救うためだという。だが実際には、この戦争はウクライナのみな
らず、ロシア人やロシアの文化、私の母語に対する犯罪なのだ。
 (中略)プーチンは最後まで戦うだろう。新たに何千人もの命
を火の中に投げ入れながら。しかし、彼に勝ち目はない。彼は国
民に勝利を与えたかった。勝利は、自分が「真の」ツァーリ(訳
注=皇帝)であることの唯一の証しだからだ。
        ──2022年7月5日付、日本経済新聞より
                 https://bit.ly/3AuwQBY
─────────────────────────────
 シーシキン氏は、モスクワ生まれですが、30代からスイスに
住み、ロシア語とドイツ語で作家活動をしています。ロシアの主
要な文学賞をすべて受賞し、プーチン政権には一貫して批判的で
2014年のソチ五輪などで、ボイコットを呼びかけています。
 ロシアは、ウクライナ侵攻以来、シーシキン氏のような知識人
の多くを既に失っています。多くの知識人が既にロシアを離れて
いるといわれます。
 目の前で、ウクライナ中部のポルタワ州のショッピンセンター
にロシアからのミサイルが着弾し、燃え上がっている映像を前に
しても、「ロシアは民間施設を攻撃しない」とか、「この攻撃は
ウクライナがやったものである」とか、平然とウソをつくロシア
の政治家や外交官や軍人には、通常の感覚からいえば、唖然とせ
ざるを得ないのです。
 ロシアによるウクライナ侵攻がはじまった直後の3月頃だった
と思いますが、ミハイル・ユーリエヴィチ・ガルージン駐日ロシ
ア連邦大使がTBSの『報道特集』という番組に出演し、同番組
の金平茂紀記者とウクライナ問題について激しい討論したことが
あったのです。
 そのとき、ガルージン大使が「ロシア軍はけっして民間人を攻
撃しない」というのに対して、番組で民間住宅がロシア軍のミサ
イルで炎上している動画を見せると、「これはあなたたちが、わ
れわれを貶めるために作ったフェイク動画だ」と顔色も変えずに
平然といったのです。テレビの生放送でも、そういうウソをつく
のは驚きです。駐日ロシア大使といえば、ロシアを代表して日本
に駐在している外交官です。そういう国を代表する人物が、ウソ
ではあり得ないTBSのニュース動画に対して「これはフェイク
ニュースだ」という。私はこの番組を見ていたのですが、大使の
言葉を聞いて、唖然としてしまったことを覚えています。
 こういうロシア人のウソについて、ロシアに在住するある日本
人は『ロシア人の根深い嘘の文化』と題して、ネット上で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 ロシアに住んでいて、本当にうんざりすることが、フェイクニ
ュース(虚偽情報)の存在だ。私がロシア人の気質で最初につま
ずいたのが、自己保身のために平気で嘘をつく、決して謝らない
通弊だった。それは密告や投獄が日常茶飯事だった共産主義社会
で生き残るために必要な知恵だったのだろう。
 今でも社会悪や政権の不正を告発する者が逮捕され、時には闇
に葬られるという「正直者が馬鹿を見る社会」が現存する。世界
に衝撃を与えている、欧米に向け拡散されるフェイクニュースの
背後に、ロシアが関わりを持つと言われている。もっともロシア
人の友人たちは、その存在すら認めようとしない。かつてKGB
(ソ連国家保安委員会)のお家芸だった偽情報工作は、ロシアの
根深い嘘の文化を背景にしていると考えてよい。
                  https://bit.ly/3nFCOs2
─────────────────────────────
 そもそもかつてのソ連は、国家による計画経済が欧米の資本主
義経済に敗北し、崩壊しています。現在のロシア経済は、今回の
ウクライナ危機による西側諸国の制裁によって、徐々に孤立化を
深め、ソ連化しつつあります。これが長期化すると、ロシアは再
び敗北する可能性があります。
 今回のウクライナ危機に関して、西側諸国は、エネルギーを過
度にロシアに依存することのリスクを嫌というほど、感じている
はずです。そのため、今後一部のロシアの友好国は別として、エ
ネルギーのロシアヘの依存度を計画的に下げていくはずです。そ
うなるとロシア経済のソ連化は一挙に進行することになります。
 そのひとつにロシアの自動車産業があります。ロシアの自動車
最大手に「アフトバス」という企業があります。アフトバスは、
仏ルノー傘下の企業でしたが、制裁の影響で部品調達が困難にな
り、4月上旬以降は生産がストップしています。ルノーは、5月
16日にロシアからの完全撤退を表明し、アフトバスは独立して
事業を存続することになったのです。
 これに対してプーチン政権は、5月に新車の認可条件を大幅に
緩和する大統領令に署名しています。これによって、6月には主
力車「ラーダ」の最新モデルを発表しています。ところがこの新
車には、エアバッグやABS(アンチロックブレーキシステム)
を搭載していないのです。つまり、5月の大統領令は、昨今の排
ガス対策が施されていない車の販売に道を開くためのものだった
のです。これらの装置には、欧米や日本の技術が不可欠で、国内
での代替生産が不可能になったからです。こんな車を快適性や安
全性に慣れているロシアの消費者が買うはずがないのです。
              ──[新しい資本主義/123]

≪画像および関連情報≫
 ●「帝国」が崩壊して、「冷戦」が終わる ロシアを突き
  動かした屈辱感
  ───────────────────────────
  ――ロシア軍のウクライナ侵攻については、「これまでとは
   違う時代の始まり」だと分析する論者が多いように思いま
  す。なぜ、これをむしろ「古い時代の終わり」と位置づける
  のでしょうか。
   今回の出来事は、ソ連という「帝国」が崩壊する最終段階
  にあたると考えるからです。「帝国」は衰退する過程で様々
  な問題を引き起こします。第1次世界大戦前後までに、「帝
  国」は世界の他の多くの地域で消え去りましたが、ソ連と中
  国は、その後も「帝国」の特徴を維持し続けてきました。歴
  史の大きな流れからみると、今回の侵略は、その帝国が崩壊
  する際にしばしば生じる、血なまぐさい事件の一つだと思い
  ます。それは同時に、「冷戦」が、名実ともに終わりを告げ
  ようとしていることも意味しています。
  ――冷戦が終わったのは1989年にベルリンの壁が崩壊し
  米ソ首脳が冷戦終結を、宣言した時ではないのでしょうか。
   冷戦は、米ソが世界を巻き込んで長期にわたってぶつかり
  合った激しい争いでした。今から振り返ると、89年の冷戦
  の終結はあまりにも平和的でした。やはり冷戦のような争い
  の最後は流血を避けられないのではないか。その具体的な例
  が、ウクライナ侵攻という形で今になって現れてきたのだと
  思っています。「帝国」が衰退する過程では、強かった時代
  へのノスタルジーと自分たちの現実の力との間、自分たちが
  考える国際的な地位と実際の国際社会での扱いの間に、大き
  なギャップが生じます。衰退する帝国は、このギャップに耐
  えられない。失われた栄光を取り戻すために、非合理的な行
  動や、現実を無視した暴力に訴えてしまうのです。ウクライ
  ナに侵攻したロシアにうかがえるのも、そのような姿です。
                 https://bit.ly/3bR1bk0
  ───────────────────────────
ロシアの主力車「ラーダ」.jpg
ロシアの主力車「ラーダ」
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2022年07月08日

●「バイデンは中間選挙で勝てるのか」(第5768号)

 ロシアへの日米欧の経済制裁は、少しずつ効いてはきているも
のの、ロシアに大きなダメージを与えるにいたっていません。ま
た、ウクライナへの欧米の武器の支援もスムーズではなく、数が
決定的に不足しており、そうしている間に、ロシア軍は東部のル
ハンスク州の完全制圧を宣言し、この州の隣のドネツク州におい
て、複数のウクライナ軍支配地に対し、砲撃をはじめています。
戦況はロシア軍に有利な状況が続いています。
 正確な情報ではないものの、現在ロシア軍の兵力は約30万人
であり、これに対してウクライナ軍は約100万人といわれてい
ます。ロシア軍の数が少ないのは、あくまで「特別軍事作戦」で
あって戦争ではないからです。戦争ということになれば、国家総
動員令によって大軍を送ることができますが、特別軍事作戦への
ロシア国内の反対の声が多くなっている現状では、プーチン大統
領は、国家総動員令をかけるのに躊躇っているようです。
 今後は、ドネツク州西部地域の攻防に移り、もし、ドネツク州
全体がロシア軍に制圧されるような事態になると、ロシアは軍の
体制を立て直し、国家総動員令をかけて、首都キーウに攻撃をは
じめるという一部の専門家の意見もあります。ウクライナ軍には
欧米に支援を期待する火力が決定的に足りないのです。欧米から
のウクライナに対する武器支援がうまくいっていないのです。
 ところで、ウクライナを支える米国のバイデン政権の国内の支
持率が思わしくないのです。
 中間選挙に向けて、米メディアによる「議会で共和党を望むか
民主党を望むか」という問いに関しては、6月25日の時点では
次のように共和党がリードしています。
─────────────────────────────
      ◎6月25日現在
       共和党 ・・・・・ 44・8%
       民主党 ・・・・・ 42・5%
─────────────────────────────
 現在、米国の中間選挙(上院の3分の1と全下院議員改選)に
立候補する候補者を決める予備選は、全米の半分を超える26州
で既に投開票を終えていますが、トランプ前大統領が支持する候
補者が圧倒的に優勢です。
 野党・共和党の予備選では、上下両院と州知事選の合計で、ト
ランプ前大統領が推薦する候補者の9割超が勝利しています。ト
ランプ推薦候補の成績は次のようになっています。
─────────────────────────────
       上院選 ・・・・・ 12勝01敗
       下院選 ・・・・・ 89勝05敗
      州知事選 ・・・・・  7勝03敗
─────────────────────────────
 2022年5月にクイニピアック大学の実施した調査によると
バイデン政権の現在の支持率は次のようになっています。
─────────────────────────────
     ◎バイデン政権の支持率
                支持  不支持
         経済政策  32%  63%
        コロナ政策  48%  47%
      ウクライナ政策  44%  50%
─────────────────────────────
 バイデン政権の支持を奪っているのは、米国におけるインフレ
です。4月8・3%、5月8・6%と上昇しつつあります。バイ
デン政権の発足時には1%であったことを考えると、米国民はバ
イデン政権の明らかな失政であるとみています。
 問題は、中間選挙で民主党が勝てるかどうかです。米国の中間
選挙は、上院の3分の1が入れ替わり、下院は全議員が改選され
ることになっています。この場合、下院で過半数が維持できない
と、議会がいわゆる「ねじれ」の状態になり、法案が通りにくく
なってしまうのです。
 重要なのは、上院のゆくえです。現時点では、上院はかろうじ
て民主党に有利です。上院の定員は100ですが、60以上を確
保する必要があります。上院では、60を取らないと「フィリバ
スター」といって、議事妨害を受ける恐れがあるからです。日本
の議会でいえば「牛歩戦術」のようなものです。フィリバスター
とは、オランダ語で「海賊」の意味です。
 果たして、バイデン政権は、中間選挙で勝てるのでしょうか。
もし中間選挙で負けてしまうと、法案がほとんど通らず、必要な
政策を何も打てなくなります。つまり、バイデン政権は2年にし
て、レイムダック化してしまうことになります。もし、そうなる
なら、当然ロシアへの姿勢も変化するし、ウクライナへの対応も
変わる可能性があります。
 これについて、経済評論家の渡辺哲也氏と、中国ウォッチャー
として著名な宮崎正弘氏が、次のように話しています。
─────────────────────────────
渡辺:現状では、中間選挙で民主党が上下院とも負けるとすでに
 予測されています。
宮崎:逆に言うと、中間選挙で共和党が両院とも勝利するのが見
 えてきたということですね。(中略)上院と下院ともに共和党
 が勝利すると同時に民主党のバイデン大統領はレームダック化
 します。
渡辺:上院と下院ともに共和党が過半数を占めると、共和党政権
 と同じ状況になって、グリーン政策も全部ひっくり返ります。
 バイデン政権がCOP26などで約束した温暖化対策も完全に
 すっ飛ぶ格好になるのです。トランプ時代に完全に先祖返りす
 ると言っていいでしょう。    ──宮崎正弘/渡辺哲也著
 『プーチン大恐慌/ウクライナ後の世界で日本が生き残る道』
                        ビジネス社
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/124]

≪画像および関連情報≫
 ●バイデン大統領が中間選挙で「敗北濃厚」な深刻事情
  =前嶋和弘氏
  ───────────────────────────
   「国の中に多くの不満と疲労感があることは、承知してい
  る」──。バイデン米大統領は1月19日、政権発足から1
  年の節目に演説し、雇用状況の改善などの成果を挙げながら
  も、国内に課題が山積していることを認めた。バイデン氏は
  新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」が広がる中で
  「パニックは起きていない」と強調するとともに、もう一つ
  の課題に挙げたインフレについては、供給網の混乱解消など
  を通じて沈静化を図る考えを力説した。
   だが、就任から丸1年の節目となったこの日、バイデン氏
  自身は強い徒労感に襲われたのではないか。というのも、同
  日の連邦議会上院で、バイデン氏が強く推進してきた投票権
  擁護に関する2法案の可決が絶望的になったからだ。
   バイデン政権と与党・民主党は、人種マイノリティー(少
  数派)の投票の機会を広げる「投票の自由法案」と、各州で
  進む投票ルールの変更について司法省の監督権限を拡充する
  「ジョン・ルイス投票促進法案」の二つの連邦法の制定を目
  指してきた。米国の各州で投票を制限する州法が広がる動き
  に対抗するのが狙いだ。
   ニューヨーク大学ブレナン司法センターによると、米国で
  は2021年に郵便投票の利便性の縮小、投票の時間や場所
  の制限、身元確認の強化など34の規制法が19の州で施行
  された。テキサスやジョージアなど共和党が地盤とする南部
  で顕著だ。           https://bit.ly/3RaYjyx
  ───────────────────────────
中間選挙で敗色濃厚のバイデン政権.jpg
中間選挙で敗色濃厚のバイデン政権
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2022年07月11日

●「安倍元首相死去による2つの喪失」(第5769号)

 2022年7月8日、日本の政治史上、思いもよらぬ出来事が
起きたといえます。安倍晋三元総理が、奈良市の近鉄大和西大寺
駅前の広場で、参院選の応援演説をしているとき、背後から近づ
いてきた男に銃で撃たれ、ドクターヘリで運ばれた橿原市の県立
医科大学付属病院において、懸命な救命措置が行われたものの、
亡くなったことです。
 首相経験者が銃撃されて亡くなるケースは、戦後には例がなく
選挙演説中に銃撃され、死亡したケースとしては、1932年2
月、右翼結社の血盟団の団員が、衆議院選挙の最中、井上準之助
前蔵相が演説会場で演説しているときに銃撃され、死亡したケー
スがあります。まして今回は、街頭演説中のことであり、背後か
ら狙われたら、防ぐのは困難です。こういうことが連鎖しないこ
とを祈るばかりです。
 安倍元首相の死去に関しては、世界各国の首脳から、多くの弔
電が寄せられていますが、ロシアのプーチン大統領からも、次の
ような弔電が届いています。
─────────────────────────────
 安倍晋三氏の死に際し、深いお悔やみを申し上げます。犯罪者
の手は、長きにわたり日本政府を率い、両国間の関係発展に多く
を成し遂げた、優れた政治家の命を絶ちました。私とシンゾーは
定期的な連絡を取り続けましたが、その中で彼の素晴らしい個人
としての、またプロフェッショナルな資質が、完全に発揮されて
いました。    ──ロシア・ウラジミール・プーチン大統領
─────────────────────────────
 おそらく現在の日本で、プーチン大統領から、これだけの弔電
をもらえる人は、安倍元首相だけであろうと思います。北方領土
返還のため、成功も前進もなかったものの、これほど努力した政
治家は、安倍晋三元首相以外いないと考えられるからです。
 ロシアといえば、2018年平昌冬季五輪のフィギュアスケー
ト女子で金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワさん=ロシア=は
8日、銃撃されて死去した安倍晋三元首相に「謹んでお悔やみ申
し上げます」と表明。2度にわたる面会の写真をインスタグラム
に24時間限定で投稿し、メッセージに「涙」の絵文字を付けて
います。秋田犬の「マサル」贈呈の件で、安倍元首相と2回会っ
ているからです。
 それにしても、安倍元首相を失ったことは、自民党にとって、
いや、政府与党にとって、次の2つ喪失につながる恐れがあると
考えられます。
─────────────────────────────
    @財務省と向き合えるパワーを持てる勢力の喪失
    Aロシアとの関係の修復ができるキーマンの喪失
─────────────────────────────
 @について考えます。
 2012年12月26日からスタートした安倍政権は、202
0年9月16日に総辞職するまで、安倍首相の連続在任日数は、
2822日となり、第1次政権を含む通算在任日数は3188日
で、いずれも憲政史上最長となっています。
 その間、安倍政権は、日本をデフレから脱却させるために、日
銀と連携によるアベノミクスを推進させています。アベノミクス
がうまくいったかどうかについては諸説がありますが、民主党の
野田政権と自民党プラス公明党が組んで法律化していた「社会保
障と税の一体改革」によって税率を5%〜10%に引き上げざる
を得なくなり、結果として日本経済をデフレから脱却させること
には失敗しています。
 しかし、安倍政権が一貫して財務省勢力と戦っていたことは確
かであり、その点は評価できます。その他、森友問題や桜を見る
会などの不祥事はありましたが、首相を降りたものの、自民党の
最大派閥の長として、日本にとって、最も重要な防衛力強化問題
に取り組むため、財務省勢力と渡り合えるパワーを持つ存在であ
ることは確かです。しかし、安倍元首相の死去によって、政治の
パワーバランスが変わるざるを得なくなります。7月9日付、日
本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 政府が6月に決めた経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方
針)。安倍氏は基礎的財政収支(プライマリーバランス)の目標
年次を設けないよう働きかけた。防衛費も5年以内に国内総生産
(GDP)比で2%とするよう求め、政府に自身の主張をのませ
た。背景にあったのが最大派閥の会長という党内力学だった。首
相が率いる岸田派は党内第4派閥にとどまる。安倍氏を無視して
党プロセスを進めるのは難しく、安倍氏が決定権を握る構図が生
まれていた。1990年代以前の政府と党の関係に戻る兆しも指
摘されていた。
 参院選後の政権運営を巡っても安倍氏の意向は注目を集めた。
安倍氏が次期総裁選などでも首相を支え続けるのか、他の候補を
擁立するかが政権運営を左右した。安倍氏の死去は党内力学を変
える。最大派閥の清和政策研究会(安倍派)には安倍氏の後継と
して衆目の一致する候補者が乏しい。
        ──2022年7月9日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 Aについて考えます。
 ロシアによるウクライナ侵攻によって西側諸国は、経済制裁に
よる脱ロシア化を進めており、日本もそれに深く参加しています
が、ロシアという国がなくなるわけではなく、日本はロシアの隣
国であり、領土問題を抱えています。したがって、いつかは、ロ
シアとの関係修復を図る時期が来ると思います。それは、日本の
国益にとって、最善の方法で行う必要があります。
 安倍元首相は、そのさいのキーマンになり得る存在であり、日
本は、そういう大事なキーマンを失ったことになります。これは
日本にとって、大きな損失になると思います。
              ──[新しい資本主義/125]

≪画像および関連情報≫
 ●安倍元首相死去、政治情勢にどう影響「岸田首相は独自路線
  を取るか」政治アナリスト・伊藤惇夫〈dot.〉
  ───────────────────────────
   安倍晋三元首相が、街頭演説中の奈良市西大寺東町の路上
  で凶弾に倒れた。最大派閥・清和政策研究会(清和会)の領
  袖で保守の象徴である安倍氏は、国政に大きな影響力を示し
  てきただけに、今後の政治情勢にも変化を及ぼしそうだ。岸
  田文雄首相の政権運営や今後の政策にどんな影響が考えられ
  るのか。政治アナリストの伊藤敦夫氏に話を聞いた。
   岸田首相と安倍氏は、これまで微妙な関係を見せていまし
  た。安倍氏は岸田首相に、人事や政策面でいろいろと注文を
  つけていました。これに対し岸田首相はいなしたり、受け入
  れるそぶりを見せたりと、「曖昧路線」をとってきました。
   例えばごく最近では、防衛省事務次官の人事をめぐり、岸
  田首相は安倍氏の要望を蹴っています。他方で、防衛力の強
  化や改憲の問題では、一見、安倍氏の要求をのんでいるよう
  な姿勢を見せていた。しかし、岸田首相は安倍氏が主張して
  きた「防衛費を対GDP比で2%にする」という言質を与え
  ることはしないし、改憲についても、参院選後に改憲勢力が
  33分の2を占めても一気に進めるかは微妙なところです。
   岸田首相の曖昧路線は、意識的なものなのか性格のためな
  のかはわからないところもありますが、党内最大派閥である
  安倍派の存在が首相に影響を及ぼしていたのは間違いありま
  せん。安倍派は数の上ではこれからも最大派閥ですが、これ
  までのような影響力を及ぼせるかは難しいところでしょう。
                 https://bit.ly/3bPPOss
  ───────────────────────────
トランプ米大統領と安倍首相(当時).jpg
トランプ米大統領と安倍首相(当時)
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2022年07月12日

●「大きく変化する自民党内派閥力学」(第5770号)

 2022年夏の参院選は、自民党の圧勝に終わっています。も
ともと与党自民党・公明党が負ける選挙ではなかったのですが、
選挙終盤に安倍元首相が銃撃され、死亡するという大アクシデン
トがあったので、「弔い合戦」のような雰囲気が出来上がり、自
民党が圧勝したともいえます。
 まして今回の選挙は、ロシアによるウクライナへの侵攻が起こ
り、日本の防衛に関して危機意識が高まっていたので、政権選択
選挙ではないものの、「有事は自民党を勝たせる」べきという国
民の意思が高まった結果の勝利といえます。
 安倍元首相は、とにかくひたすら何かを懸命にやろうとした首
相です。政治評論家の田原総一郎氏は、安倍元首相を評して「や
りたいことがはっきりしている政治家」と評していますが、まさ
にその通りであると思います。
 国内では、日銀の黒田総裁と組んで、異次元の金融緩和の下で
アベノミクスを展開し、日本経済をデフレから脱却させようとし
ています。デフレからの脱却は、2つの消費増税によって実現し
ませんでしたが、日本経済を揺るがしたことは確かです。それが
ここまでできたのは、彼が2度目の首相経験者であったことと無
関係ではないと思います。
 外交面では、「地球儀を俯瞰する外交」という理念を掲げ、世
界の76カ国・地域において、日本が主体的な役割を担う外交を
積極的に展開し、台頭する中国を念頭に、自由と民主主義に基づ
く国際秩序の維持を目的とした「自由で開かれたインド太平洋」
構想を打ち出しています。この構想は、世界のリーダーから支持
を得て、日本の国際社会での評価と存在感を高めることになった
ことは確かです。「TIME」誌が、次回の表紙に安倍元首相の
写真を掲げて特集を組むことが、それをよく物語っています。
 その安倍元首相が突然いなくなったことは、日本の内政・外交
に大きな変化を及ぼすことになります。現在、日本は、内政・外
交ともに危機的状況にあるといえます。それは、「安倍プラス岸
田」でなら、何とか乗り切れると私は思っていたのですが、安倍
首相がいなくなると、失礼ながら、現在の岸田首相では、強い不
安感を感じざるを得ません。
 なぜかというと、岸田首相は「新しい資本主義」を提唱してい
ますが、その具体策は、「目新しさゼロ」であり、「アベノミク
スとどう違うか」もはっきりしません。失礼ながら、経済が本当
にわかっているのかどうか疑問です。
 岸田首相に関しては「岸り人/きしり人」という言葉があるこ
とは、ご存知でしょうか。
 政権発足直前の昨年9月、東証一部の時価総額は、778兆円
だったのですが、岸田首相は、「金融所得課税の強化」「自社株
買い制限」の2つを掲げ、大幅な規制緩和もしないことがわかっ
てしまったため、今年の1月末には、時価総額は679兆円にま
で落ち込んでしまったのです。時価総額というのは、ある上場企
業の株価に発行済株式数を掛けたものであり、企業価値や規模を
評価するさいの指標です。
 4カ月で100兆円が吹き飛んだことで、SNS上では「岸り
人」という言葉が飛び交うようになったのです。「岸り人」とは
岸田政権発足後、資産を大幅に減らした投資家を指す造語を意味
します。アベノミクスで億単位の金融資産を築いた投資家を「億
り人」と呼びましたが、「岸り人」はそれをもじったものです。
 今回の参院選直前、猛烈な物価高が日本を襲いましたが、岸田
内閣は、それに対する具体的な対策を何もアナウンスせずに選挙
に突入しています。これは、「どうしていいかわからない」とい
うように国民に受け止められていますが、それでも参院選に自民
党は圧勝してしまうのです。
 これは想像ですが、首相になった人が自分の内閣を安定的に運
営しようと思うなら、財務省との関係を良くすることが必要にな
ると考えます。財務省は予算を担っており、自分が思うように政
策を進める場合、財務省から反対されると、やりにくくなるから
です。だから、財務省を敵に回したくないのです。
 それを一番感じたのは、民主党政権のときです。民主党政権で
は、鳩山内閣、菅内閣、野田内閣の3つの内閣が誕生しています
が、菅直人元首相と野田佳彦元首相は、次の時期に財務相を経験
しています。
─────────────────────────────
 ◎鳩山内閣
  菅 直人財務相/2010年 1月 7日〜
                 2010年 6月 8日
 ◎菅 内閣
  野田佳彦財務相/2010年 6月 8日〜
                 2011年 9月 2日
─────────────────────────────
 もともと民主党は、公約として、こども手当「1人当たり月額
2万6000円」を掲げて政権交代しましたが、その実現に当た
って、財務省から「そんな財源はない」と突き放されたのです。
そして、菅、野田元首相ともに財務省流の「財政均衡論」によっ
て、あっけなく洗脳されてしまっています。菅直人元首相は、増
税を掲げて参院選を戦い、敗北します。
 その後、菅内閣で財務相を務めた野田佳彦元首相は、財務省に
よって、同じく洗脳され、公約に反して、こともあろうに当時野
党の自民党と組んで、「社会保障と税の一体改革」の法律化を実
現させています。しかし、これによって、民主党党内は、大荒れ
になり、小沢グループの大量離脱を招いています。
 しかし、岸田内閣は、既に述べているように、それを支えるス
タッフのほとんどが、財務省出身の政治家であり、財務省寄りで
す。その岸田内閣の財務省寄りの姿勢への圧力になっていたのが
党内最大派閥を率いる安倍元首相だったのです。
              ──[新しい資本主義/126]

≪画像および関連情報≫
 ●安倍元首相、急逝のウラで…マスコミがあえて報じない、
  岸田政治「外交と国防」のシナリオ
  ───────────────────────────
   参議院選挙の選挙期間が終わった。安倍晋三元首相が銃撃
  され亡くなるという、長い政治記者生活の中でも未曽有の出
  来事に驚愕しながら、筆者自身も投票を終えた。
   秋の臨時国会での大胆な財政支出、そして憲法改正や来年
  度予算編成での防衛費増額に意欲を見せていた安倍元首相が
  7月8日、近鉄大和西大寺駅前で遊説中、銃撃され死亡した
  ことは、この先、補正予算案の編成や安全保障政策に多大な
  影響を与えることになる。
   筆者は、今回の参議院選挙を、「自公VS野党ではない。
  岸田VS安倍の戦いだ」と位置づけ、安倍元首相による自民
  党候補の応援演説の内容に着目してきた。6月27日、千代
  田区で開かれた生稲晃子候補の決起集会で、安倍元首相は、
  「1993年に初当選した同期の中で、最もハンサムなのは
  岸田さんだが、最も人柄が良いのは私」と笑いをとった。そ
  して、話が経済に及ぶと、アベノミクスの実績を強調し、円
  安であっても「金利を上げるべきではない」と、自身が敷い
  てきた路線を堅持するよう求めた。
   7月6日、横浜駅西口で三原じゅん子候補の応援に駆け付
  けた際は、憲法への自衛隊明記と防衛費のGDP比2%まで
  の増額に触れ、「自分で努力しない国に手を差し伸べてくれ
  る国はどこにもない。日本とアメリカの間には強固な同盟関
  係があるが、何もしない日本のため戦うことにアメリカ国民
  の理解を得ることができるだろうか」と、駅前を埋め尽くし
  た聴衆に熱く防衛力の強化を訴え続けた。
                  https://bit.ly/3bXE5rT
  ───────────────────────────
菅直人元首相/野田佳彦元首相.jpg
菅直人元首相/野田佳彦元首相
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2022年07月13日

●「防衛省関連人事をめぐる岸田構想」(第5771号)

 本テーマでの連載は今回が127回であり、長くなっているの
で、7月15日(金)で終了する予定です。本当は次のテーマと
しては、「メタバース」を考えており、現在、本などを読んで準
備していますが、まだ情報が足りません。そこで、別のテーマを
用意することにします。19日からそのテーマを取り上げます。
 現在、財務省が一番警戒しているのが、防衛予算の増大です。
「GDP対比2%」という数字が出ていますが、岸田政権は「は
じめから数字ありきではない」と否定しています。
 これに対し、岸田首相は、安倍元首相が猛反対することは承知
のうえで、電光石火ある人事を断行しています。6月17日の決
定です。この人事について、6月17日付の朝日新聞デジタルは
次のように伝えています。
─────────────────────────────
 政府は17日の閣議で、防衛省の島田和久事務次官(60)を
退任させ、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官(60)を充てる人事
を決めた。(中略)ただ、島田氏は国の外交・防衛政策の基本方
針となるNSSを9年ぶりに改定するという岸田政権にとって重
要課題を担っており、続投が既定路線だった。それだけに島田氏
の交代には省内に驚きが広がっている。
 政府関係者によると、交代は首相官邸の主導で決まり、「次官
は2年間が通例」と理由が防衛省に示された。岸信夫防衛相は、
継続性の観点から反対の意向を示したが、覆らなかったという。
島田氏は約4年間空席だった防衛相の政策参与に就任する。
 安倍氏も島田氏の交代を疑問視しているという。岸田政権に影
響力をもつ安倍氏が防衛費の議論をリードするようにGDP(国
内総生産)比2%を訴えてきたが、島田氏との関係を指摘する声
がある。省内には、「安倍氏と島田氏が近いことはみんな分かっ
ている。官邸がよく思わなかったのでは」(幹部)との見方もあ
る。     ──2022年6月17日付、朝日新聞デジタル
                  https://bit.ly/3uFsoNb
─────────────────────────────
 岸田首相のいい分は、「事務次官の任期は2年が原則である」
の1点張りです。それも、後進者に道を譲るというのでもないの
です。新しく任命された鈴木敦夫防衛装備庁長官は、島田次官と
同期であって、霞が関では、同期の任命はないというのが原則に
なっています。実際問題として、同期が2代続けて事務方のトッ
プである事務次官に就任するのは、2007年の防衛省発足後、
一度もないことです。
 岸田首相の本当の狙いは、今後の防衛費増大の決定に関し、安
倍元首相に近い人物を重要ポストに置きたくなかったことにあり
ます。なぜなら、島田和久氏は2次安倍政権で6年間も首相秘書
官を務め、安倍元首相に近いことで知られるからです。岸田首相
としては、そういう安倍元首相に近いを人を外したかったという
ことに尽きます。
 この人事には、岸防衛相が難色を示し、松野博一官房長官に反
対を申し入れましたが、聞き入れられなかったといいます。そこ
で、安倍首相は首相官邸にクレームの電話を入れています。その
ときのやり取りについて、「フライデイ・デジタル」は次のよう
に伝えています。
─────────────────────────────
 栗生俊一内閣官房副長官(63)は、(安倍元首相のクレーム
の電話に対して)、「次官の就任2年での交代は慣例」「決定事
項ですので」と電話一本で冷たく切り捨てたそうです。今回の人
事を主導したのは、栗生副長官と木原誠二内閣官房副長官、そし
て財務省の面々です。そもそも、安倍元総理は今年の経済財政運
営の指針「骨太の方針」で、防衛費の大幅増額を主張。原案では
「GDP2%」を本文に入れ、必要額達成までの年限を「5年以
内」と明記させた。その立役者こそ、安倍元総理の腹心である島
田次官でした。この動きを苦々しく思っていた財務省は、島田氏
を議論から排除することが念願だったのです。安倍元総理の骨太
に関する発言を受け、文言を修正するハメとなった岸田総理は周
囲に恨み節を吐いており、今回の人事はその意趣返しという側面
があります。            https://bit.ly/3Rk5ODz
─────────────────────────────
 この岸田側近の無礼な対応に腹を立てた安倍元首相は、岸田首
相に電話をかけて、事務所に呼びつけ、島田次官を続投させるよ
う迫ったといいます。しかし、岸田首相は、「事務次官の任期は
2年であり、既に決まったことである」と一方的に安倍首相に伝
えています。これによって、岸田首相と安倍元首相の間にはかな
り亀裂が入ったものと考えられます。
 岸田首相が狙っているのは次の内閣改造での防衛相を交代させ
る人事です。現在の岸防衛相は、このところ身体が悪く、車椅子
で移動するまでになっています。岸田首相は、病気を理由に岸防
衛相を退任させる意向です。しかし、岸防衛相は、安倍元首相の
実の弟であり、安倍元首相との対立は必至ですが、それでもやる
つもりだったといいます。しかし、その安倍元首相はいないので
す。岸田首相にとって、側近にとって、財務省にとって、こんな
都合の良い話はないということになります。
 それでは、岸田首相は、誰を防衛相に任命しようとしているの
でしょうか。
 その意中の人は、寺田稔内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に
関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)です。寺田氏は、
元財務官僚であり、広島県出身で、自民党の広島県連会長を務め
ています。安倍元首相がいないなか、この人事はほぼ確実に実行
されると思います。岸防衛相退陣です。
 添付ファイルとして、首相官邸、防衛省の人脈図を図解してい
ます。そのためにこそ、島田財務事務次官をやや強引に辞任させ
たのです。岸田首相は、寺田稔防衛大臣、鈴木敦夫防衛事務次官
のコンビで、防衛費増大問題をコントロールさせようとしている
のです。          ──[新しい資本主義/127]

≪画像および関連情報≫
 ●島田防衛次官、退任し参与に 官邸は留任認めず
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   防衛省の島田和久事務次官が1日付で退任した。年末に国
  家安全保障戦略などの改定を控え、岸信夫防衛相は島田氏の
  留任を求めたが、首相官邸側が「任期2年」の慣例を主張し
  認めなかった。岸氏はこれを受け、島田氏を同日付で防衛相
  政策参与と防衛省顧問に充てた。
   「日本が作る防衛計画に世界中が注目し、期待している。
  皆さんの力で大いなる成果を出してほしい」。島田氏は1日
  の離任式で、幹部職員らを前にこう訓示した。関係者による
  と、岸氏の実兄である安倍晋三元首相も、島田氏の交代に反
  対した。島田氏は、2012年12月から約6年半、首相秘
  書官として安倍氏に仕え、現在でも関係が深い。
   今回の人事は、防衛費増額をめぐる政府・自民党内の対立
  が原因との見方がある。安倍氏はかねて、大幅増を求める発
  言を繰り返してきた。政府が先月閣議決定した経済財政運営
  の基本指針「骨太の方針」をめぐっても、「国内総生産(G
  DP)比2%」に言及した上で、「防衛力を5年以内に抜本
  的に強化する」と明記させた。
   こうした動きに対し、官邸幹部は「一線を退いた人は発言
  を控えるべきだ」と反発。島田氏を退任させることで、安倍
  氏をけん制するとともに、安保戦略などの改定論議を、岸田
  文雄首相の主導で進める狙いがありそうだ。
                  https://bit.ly/3yvEwRT
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防衛省事務次官人事相関図.jpg
防衛省事務次官人事相関図
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2022年07月14日

●「強制貯蓄が溶ければ景気回復する」(第5772号)

 参院選に大勝したにもかかわらず、岸田首相の顔は厳しいまま
です。それは、安倍元首相を突然失った喪失感によるものである
ことは確かですが、これからは何もかも自分で決断してやらなけ
ればならない立場になったことによる不安感を伴う責任感ではな
いかと考えられます。
 安倍元首相の突然の逝去を受けて、岸田首相は親しい人に、次
のようにいったといわれます。
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 もう一つの中心がなくなった。どうやって安定をつくるのか、
考えないといけない。             ──岸田首相
           2020年7月12日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「もう一つの中心」とは何かというと、宏池会には「楕円の理
論」というものがあって、ものごとには、二つの中心がある方が
一つよりも安定するという考え方です。その二つの中心の一つが
安倍元首相であり、もう一つが自分であると考えて、ここまで、
やってきたが、その一つが突然なくなってしまった。その喪失感
が、岸田首相の表情を厳しくさせているのです。
 岸田政権の課題はたくさんありますが、何よりも重視すべきは
エネルギー問題のからむ物価高への適切な対策であり、早急に景
気を回復させることです。6月14日(火)に、ニッポン放送の
「飯田浩司のOK! Cozy up!」に高橋洋一氏が出演して、 次の
やりとりをしています。
─────────────────────────────
飯田:資金繰りについて飲食業の方々に聞くと、むしろコロナ禍
 から起動していくときに運転資金が必要なので、「ここから先
 が踏ん張りどころなのですよ」という話を聞きます。
高橋:金融支援でどこまでできるかわかりませんが、やはり景気
 をよくしないと本質的には難しいですよ。
飯田:全体のマクロをよくしていかないと。
高橋:日本銀行はこんな話をしていないで、全体のマクロ経済を
 よくすることを考えていただきたいです。「急速な円安が経済
 にマイナス」と言われていますが、「急速」ということはない
 と思います。
飯田:急速ということは
高橋:こういう関係を活かすマクロ経済政策により、需給ギャッ
 プ(GDPギャップ)を縮めるようにするべきです。黒田さん
 はGDPギャップについて、強制貯蓄があるから縮まるかのよ
 うに説明していますが、大問題です。飲食が大変なら「Gо・
 Tоトラベル」など「呼び水」になることをやるべきです。そ
 うすれば本当に需要が出ます。
飯田:資金繰りを支援するのであれば、経済を回して利益を上げ
 てもらった方がいいと。
高橋:日銀の黒田総裁は「強制貯蓄で回復します」などと言わず
 に、「ここは呼び水が必要です」ということで、「総理Gо・
 Tоトラベルをぜひ」と言った方が面白いではないですか。
                  https://bit.ly/3aC84VX
─────────────────────────────
 このやり取りのなかで、「強制貯蓄」という言葉が出てきます
が、これは何を意味しているのでしょうか。
 これは、日銀がいい出したことですが、「感染症の影響下で消
費機会を失ったことなどにより積み上がった手元資金」を意味し
ています。例えば、夏休みに旅行に行く予定でいた家庭が、コロ
ナ禍で行けなくなったとします。そのさい、旅行に使う資金が使
えなくて手元資金として残りますが、その資金のことを「強制貯
蓄」といっているのです。2020年中に約20兆円が強制貯蓄
されたと見ています。国民一人当たり16万円になります。
 一方、「リベンジ消費」という言葉もあります。「リベンジ消
費」は、我慢した分を日頃より高価な商品──高級時計とか、高
級車などの購入やサービスに使うことをいいますが、多くの場合
これは長続きしないのです。
 黒田日銀総裁は、強制貯蓄があるから、これが溶ければGDP
ギャップは埋まるといっていますが、「旅行にいったことにして
貯蓄する」と考える家庭もあります。そのためには「Gо・Tо
トラベル」など「呼び水」が必要であり、黒田総裁はそのことを
強調すべきであると高橋洋一氏がいうのです。
 そもそも景気回復のための経済政策はGDPギャップ(需給ギ
ャップ)を有効需要で埋める必要があります。6月6日の内閣府
発表の2022年1月〜3月のGDPギャップは、▲3・7%、
これは、年換算で21兆円の需要不足ということになります。
 高橋洋一氏によると、内閣府の推計は甘いところがあって、実
際にはGDPギャップは30兆円はあり、これを解消しない限り
日本はデフレから脱却できないといっています。現在、米国はイ
ンフレになっていますが、これは、バイデン政権になってから、
大型の財政出動をして、GDPギャップがなくなっているからイ
ンフレになっています。つまり、デフレから脱却するということ
は、このGDPギャップをなくすことを意味します。
 なぜ、GDPギャップをなくさなければならないかについて、
高橋洋一氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 経済対策では、GDPギャップを有効需要で埋めるという原則
がある。というのは、GDPギャップがあると、その後(だいた
い半年程度で)失業率が上昇するからだ。政府には最低限、雇用
を確保する責務があると考えれば、余計な失業を放置しておくの
は許さないという考えだ。もちろん、雇用を維持したうえで、給
与が高くなれば申し分ないが、経済対策の一般則では雇用を確保
した上でないと、給与は上がりにくい。    ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3P2t1IF
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              ──[新しい資本主義/128]

≪画像および関連情報≫
 ●デフレギャップ、内閣府版は過去最大 日銀となぜ違う
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   内閣府が2020年10月8日に公表した2020年4〜
  6月期の需給ギャップのマイナス幅は数字を遡れる1980
  年以降で最大となった。マイナスなのは、日本経済の供給の
  「実力」に対する需要不足を示し、「デフレギャップ」と呼
  ばれる。これに先立つ5日に日銀が公表した同じ時期のデフ
  レギャップは11年ぶりの大きさと、リーマン・ショック時
  よりはまだ小さい。内閣府と日銀でなぜ違うのか。
   内閣府が「GDPギャップ」と呼ぶ需給ギャップは、4〜
  6月期はマイナス10・2%だった。3四半期連続で水面下
  に沈み、マイナス幅はリーマン・ショック後で最も大きかっ
  た09年1〜3月期のマイナス6・9%を上回った。
   需給ギャップとは、実際の需要を示す現実のGDP(国内
  総生産)と日本経済の平均的な供給力である潜在GDPの差
  を、潜在GDPに対する比率で%表示したもの。経済全体の
  「稼働率」を表しているといえ、需要不足による設備や労働
  力の遊休の度合い、景気の状況、物価の下落圧力などを知る
  ための重要な指標だ。日銀版では4〜6月期はマイナス4・
  83%だった。約4年ぶりにマイナス圏に転じ、その深さは
  09年4〜6月期以来とこちらも深刻な需要不足を示してい
  る点では変わりない。だが、どうして数字に違いが出てくる
  のだろう。        https://s.nikkei.com/3IzvA2r
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GDPギャップ.jpg
GDPギャップ
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2022年07月15日

●「なぜ、防衛国債ではいけないのか」(第5773号)

 経済の問題を取り上げて、昨日まで128回書いてきて、本日
にいたっています。このテーマは今回で最終回です。なぜ、日本
経済は30年近く成長しないのか──この問題について、さまざ
まな角度から検討してきたつもりです。
 数学のように答えの出せる問題ではありませんが、政府の経済
財政政策の失敗というしかないと思います。疑問なのは、日本で
デフレが長期間にわたって続いていることを知らない人は少ない
ですが、「30年近く日本経済が成長していない」ということを
知る日本人が少ないことです。若者が経済に関心が薄いというこ
ともあると思います。
 最近になって日米の金利差の拡大による円安が進み、物価が高
騰して、賃金が長期にわたって増加していないという事実にはじ
めて気がついた人は多いと思います。
 今回のような円安は20年ぶりということです。当時に比べて
深刻なのは、日本の平均年収が20年前より下がっていることで
す。2000年と2020年の年収を比較してみます。OECD
のデータです。
─────────────────────────────
       2000年 ・・・ 464万円
       2020年 ・・・ 440万円
─────────────────────────────
 ドル建てでみた場合、世界における日本の給与水準は2000
年には、OECD加盟国のなかでは3位だったのですが、現在そ
の地位は大幅に下落しています。経済で見ると、日本は明らかに
劣化しています。かつての「経済の日本」は、もはやどこにも存
在しないのです。しかし、国民が選挙で必ず選ぶ政党は、相も変
わらず自民党です。
 もっとも野党が良いというわけではないと思います。今や野党
から有力議員が続々と自民党に乗り換えつつあります。それも選
挙に強い議員ばかりです。野党では、いつまで経っても政権交代
ができないと思っているです。したがって、今回の参院選の結果
は、「自民党の大勝」ではなく、「野党の大敗」ととらえるべき
であります。
 自民党は、選挙区における1人区では28勝4敗、6年前の参
院選では21勝11敗でしたから、今回は圧勝です。しかし、そ
れにしても比例が少ないです。選挙区でこれだけ勝てば、比例で
はもっととれるはずですが、20議席の予測に対して18議席に
とどまっています。その影響で、全体の獲得議席65に対して、
63に終わっています。
 問題は自民党の減った分、つまり自民党批判票の受け皿が、既
成野党ではないということです。3議席を得たれいわ新選組、1
議席のNHK党、参政党などのミニ政党に分散してしまっていま
す。これらのミニ政党が目立ったことについて、『夕刊フジ』の
「鈴木棟一の風雲永田町」は次のように書いています。
─────────────────────────────
 政権への不満の受け皿。新しい参政党は176万票も集めた。
社民党より多かった。これまでもミニ政党は数多く出現し、ほと
んどが一過性で消えた。どれだけ長持ちするか、だ。
       ──2022年7月12日発行『夕刊フジ』より
─────────────────────────────
 岸田政権の懸案事項は、防衛費の増強です。岸田首相はロシア
や中国の軍事的脅威に対応するため、「防衛費の相当な増額」を
既に表明しています。自民党が掲げるGDPの2%を防衛費にす
れば、約11兆円に相当します。今年度の防衛費は約6兆円です
から、実に5兆円の増額になります。
 問題は財源です。亡くなった安倍元首相は、「防衛国債」と銘
打って、当然全額国債で賄うべきであると主張していましたが、
これまで岸田首相は財源については明言していません。おそらく
岸田首相は、東日本大震災のときのように、増税で賄うべきと考
えていると思います。何回もいうように、岸田首相は完全な財務
省寄りの政治家です。
 もし、ここで増税で防衛費の増額分を賄うとなると、日本経済
のさらなるデフレの深化は必至であり、国際的に日本の地位は、
低下していきます。経済が弱いのでは、防衛費を増額しても国は
守れないと思います。経済力こそ国のパワーです。
 防衛費を「5兆円増やす」というと、大変なことのように考え
ますが、新型コロナ対策予備費として、5兆円の予算がついてお
り、しかもかなり余っているといわれます。しかし、財務省は防
衛費に関しては、「削れ!削れ!」の1点張り。財務省の考えて
いる防衛予算に関するレポートについて、元陸上幕僚長の岡部俊
哉氏は次のように反論しています。
─────────────────────────────
 財務省に言いたい。国債の問題だ。資料には「我が国の経済・
財政力を踏まえた『持続可能』な戦略」というタイトルで、「継
続的な支出を暫定的な手段によって裏付けなく賄い続ければ、結
果的にそれ自体が我が国の脆弱性になりかねない」とある。
 明らかに国債発行は、絶対にやらないぞということを言ってい
る。建設国債は認められているが、防衛はどうか。今の国の平和
と安全は将来に向けて続けていかないといけない。これは建設国
債発行の考え方と同じで、今の人も負担するし、将来の人もやっ
ばり負担してもらわないといけない。その観点でいけば防衛国債
というか、名前は違うにしても、少なくとも国債発行というのは
前向きに考えるべきじやないか。──元陸上幕僚長の岡部俊哉氏
              『正論』/2022年7月号より
─────────────────────────────
 「自分の国は自分で守る」──この当たり前のことが今の日本
はできていないと思います。それは、防衛・自衛隊のOBたちの
財務省作成のレポート「我が国の経済・財政力を踏まえた『持続
可能』な戦略」に対する強い憤りによくあらわれています。
          ──[新しい資本主義/129/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●防衛予算10兆円規模へ引き上げで世界3位へ?
  国防に商機! 日本の軍需関連企業まとめ
  ───────────────────────────
   ロシアによるウクライナ侵攻を受け、岸田文雄首相は防衛
  費を増額していく方針を示した。自民党内からは、防衛予算
  を現状の2倍に近い10兆円規模にまで引き上げるという構
  想も出てきており、国内で軍需産業に関連する企業にとって
  は一大ビジネスチャンスが訪れている。
   2021年度の日本の防衛関係費は、2020年度と比べ
  て547億円増えた5兆1235億円で、9年連続の増額と
  なった。このうち、装備品の修理や整備、調達などのための
  「物件費」は、全体の約6割に当たる2兆9316億円だっ
  た。この3兆円という国内市場の規模は、例えば、たばこ市
  場や化粧品市場よりも大きい。
   東京新聞の記事によると、世界各国の軍事支出を多い順に
  並べたランキング(2020年)では、1位が「米国」(7
  780億ドル)、2位が「中国」(2520億ドル)。3位
  の「インド」以下は、1000億ドルを切り、「ロシア」、
  「イギリス」、「サウジアラビア」、「ドイツ」、「フラン
  ス」と続き、9位に日本が入っている。もしも自民党内から
  出ているように日本の防衛費が倍増すると、日本の軍事支出
  は、インドを抜いて世界第3位になるという。上記の「物件
  費」が、防衛予算全体に占める割合が一定とすると、防衛費
  が10兆円に膨らんだ時、物件費は6兆円に拡大する。そう
  なると、市場規模は百貨店業や自動車整備業などを上回るこ
  とになる。           https://bit.ly/3IC2X4A
  ───────────────────────────
岡部俊哉元陸上幕僚長.jpg
岡部俊哉元陸上幕僚長
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