2022年01月05日

●「『新しい資本主義』は実現可能か」(第5644号)

 2021年10月4日、岸田内閣が発足しました。岸田元政調
会長は、9月の自民党総裁選に向けた政策集として、「新しい日
本型資本主義」という項目を立て、この言葉を選挙戦のキャッチ
フレーズに使って総裁選を戦い、勝利しています。
 具体的にいうと、新自由主義的政策を転換し、中間層への分配
を手厚くする「令和版所得倍増」を実現する──この政策を目玉
に掲げたのです。そして、10月4日に閣議決定した岸田内閣の
基本方針には、この「富める者と富まざる者の分断を防ぎ、成長
のみ規制改革・構造改革のみでない経済をめざす」という文言が
盛り込まれていたのです。
 この「新しい資本主義創設」は、単なる選挙のスローガンだっ
たのかというと、そうではないようです。それは、総裁選にさか
のぼること3か月の6月11日に、次のようなことがあったから
です。それは、岸田氏が、派閥横断型の「新たな資本主義を創る
議員連盟」を発足させ、岸田氏自身が会長に就任したからです。
 この議員連盟には、菅義偉首相の総裁任期が満了する前に党内
の足場を構築する狙いで、「3A」といわれる安倍晋三首相、麻
生太郎副総理兼財務相、甘利明税制調査会長ら150人近い自民
議員が顔を揃えたのです。しかし、この時点で、新議連の方向性
は定まっておらず、他の党内抗争に利用されて終わりかねないと
足元の岸田派から不満も出ていたといわれます。
 問題はこの「新しい資本主義」とは何かということです。
 岸田氏は「新自由主義からの転換」といっているので、現在の
資本主義が「新自由主義」であって、これが大きな格差を生み出
している元凶であるから、これを転換し、分厚い中間層を育て、
格差のない社会を創るといっているのです。そのためには「経済
を成長させ、多くの富を生み出し、それを公平に分配する」しか
ないことになります。
 確かに、日本経済はこのところさっぱり成長しない。それも、
2年や3年ではない。10年、20年以上にわたって成長してい
ないのです。国民の多くは、日本は世界第3位の経済大国である
ことは意識していますが、「経済がまるで成長していない」こと
を知っている人は少ないと思います。
 これを証明する最も衝撃的なデータが添付ファイルにしてあり
ます。1995年から2015年の20年間の名目GDP成長率
推移のデータです。これによると、世界平均がプラス139%で
あるにもかかわらず、日本は断トツの世界最下位のマイナス20
%です。日本の一つ上にドイツがいますが、その成長率はプラス
30%であってプラス成長です。
 問題は、なぜ成長しないかです。要因はいろいろありますが、
最大の原因は日本がデフレだからです。デフレであるのに、最悪
のタイミングで、消費税率を5%から10%へ倍増させたことに
あります。これについてはEJで何回も指摘しています。
 デービッド・アトキンソンという人を知っていますか。
 小西美術工藝社社長で、日本経済の研究を続け、『新・観光立
国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行っ
てきており、BSフジ「プライムニュース」などによく出演して
います。アトキンソン氏は、日本の消費税増税の失敗の原因につ
いて次のように述べています。
─────────────────────────────
 これまでの消費税増税のマイナスは、人口、とりわけ生産性年
齢人口という最大の消費者の数が減っているのに加えて、給料が
上がらない中で、消費税を増税したことが原因です。3%の消費
税が導入された1989年4月、統計局の調査によると日本人の
給与は平均して4・3%増加していました。もちろん消費税導入
への抵抗はあったでしょうが、給料がそれ以上に上がっているの
で、内需がマイナスになることはありませんでした。
             ──デービッド・アトキンソン氏
─────────────────────────────
 これは実に納得できる指摘です。生産性人口の減少に加えて、
給料が上がっていないのに消費税が増税されれば消費が減るに決
まっています。それにしてもデフレの状況下では増税すべきでは
ないのです。デービッド・アトキンソン氏の指摘は、改めて詳し
くご紹介したいと思っています。
 新しい資本主義の問題では、「デジタル社会論/V」でも述べ
たように、データを資本とする資本主義、資本なき資本主義とい
われる「データ資本主義」の問題もあります。そういうわけで、
今年の第1回のテーマは、次のようにしたいと思います。
─────────────────────────────
  「新しい資本主義」とは何か。日本経済は成長できるか
     ── データを制する者が世界を制する ──
─────────────────────────────
 コロナはどうなるでしょうか。
 都内在住の内科医は「この冬、日本ではオミクロン株は流行し
ない可能性が高い」と予測しています。この内科医が注目するの
は今冬のデルタ株の流行状況です。「アワ・ワールド・イン・デ
ータ」によると、12月21日に確認された人口100万人当た
りの感染者数は、欧州516人、北米276人です。これに対し
て、南米は40人、アフリカ27人、アジア16人と地域によっ
て大差があります。
 1か月前の感染者数と比較すると、欧州は17%、北米は61
%、アフリカは900%感染者が増加しています。しかし、南米
では7%、アジアは16%感染者が減少しているのです。東アジ
アから西アジアまでアジア全体で感染者が増加しているのは、韓
国、ベトナム、ラオスなど数カ国しかないのです。アジアの多く
の地域では、夏以降にデルタ株による感染が急速に収束し、再燃
していないのです。日本も同様です。内科医の予測が当たること
を祈るのみです。    ──[新しい資本主義/第001]

≪画像および関連情報≫
 ●「10%消費税が日本経済を破壊する」/藤井聰教授
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各国の経済成長率ランキング
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2022年01月06日

●「新自由主義における3キーワード」(第5645号)

 新しい資本主義を目指すとか、転換するというのは、現在の資
本主義に問題があると岸田内閣が考えているからです。現在の資
本主義は「新自由主義」といわれていますが、それと決別すると
いうのです。
 新自由主義というのは、政府が経済に積極的に介入すべきであ
るとするケインズ主義とは対照的に、自由放任や自己責任を強調
する経済学の思想のことです。オーストリアの経済学者のハイエ
クや米シカゴ派のミルトン・フリードマンらが唱えた思想です。
その基本的なキーワードは次の3つです。
─────────────────────────────
           @市場万能主義
           A 小さい政府
           B金融万能主義
─────────────────────────────
 第1のキーワードは「市場万能主義」です。
 フリードマンによると、自由な市場は価格機能によって資源の
最適配分ができるようになるので、富を最も効果的に配分できる
とします。そのためには、経済活動を可能な限り自由にすべきで
あると主張するのです。
 さらに、市場に任せれば、失業問題は自然に解決するので、経
済活動の中心である企業活動を活性化させることを優先すべきで
あり、経済は供給サイドの強弱で決まるので、産業政策などは必
要なく、規制緩和と減税をすれば、供給サイドは強くなると主張
します。これが「供給サイドの経済学」です。
 これは、政府が需要を管理し、調整することによって、経済は
安定し、成長するとするケインズ主義とは真っ向から対立するこ
とになります。
 第2のキーワードは「小さい政府」です。
 第1のキーワードの市場万能主義を実現するには、政府機能を
できるだけ縮小して小さい政府にし、富裕層に対して減税し、社
会保障制度を否定すればよいと主張します。そうすれば、富裕層
に富が集中し、経済が成長し、国家が栄える──これが新自由主
義者の主張です。しかし、これによって富裕層は栄えるが、中間
層以下はどうなるのかという批判が出るので、その理由付けのた
めに作られたのが「トリクルダウン」という考え方です。
 経済政策は、所得を再配分することではなく、富を創造するた
めにあり、富裕層に富を集中させれば、富裕層は消費をするし、
投資もするので、中間層以下の人々は、そのおこぼれにあずかる
ことができるというのがトリクルダウンの考え方です。
 第3のキーワードは「金融万能主義」です。
 新自由主義は、小さい政府を主張するので、政府が行う財政政
策を否定し、中央銀行の行う金融政策を重視します。したがって
景気対策などは金融政策で行うべきであると主張します。しかし
そういう論拠に立つと、「大恐慌を解決したのは政府が大量の財
政出動をしたニューディール政策である」とする歴史的事実と論
理矛盾が起きてしまいます。
 したがって、新自由主義者は「大恐慌を解決したのは、金本位
制を停止して管理通貨制にし、FRBが市場に資金を潤沢に放出
したからである」と主張します。これを「金融緩和回復説」と呼
んでいます。なお、このような金融万能主義のことを「マネタリ
ズム」といい、信奉者のことをマネタリストといいます。
 ベン・バーナンキ氏という人物がいます。大恐慌の研究家とし
て著名な大学教授であり、あのリーマンショックの時のFRB議
長(日本でいえば日銀総裁)を務めていた人物です。彼は、根っ
からのマネタリスト、つまり、ミルトン・フリードマンの信奉者
として知られています。2002年にブッシュ米大統領(子)が
開催したフリードマンの誕生祝賀会において挨拶し、大恐慌につ
いてフリードマンに対し、次のように語っています。バーナンキ
氏は当時FRBの理事を務めていたのです。
─────────────────────────────
 大恐慌の原因は、FRBの資金供給が不十分であったからだと
するあなたのご指摘は正しかった。FRBは2度と過ちはいたし
ません。               ──ベン・バーナンキ
─────────────────────────────
 バーナンキ氏は「デフレを克服するには、ヘリコプターからお
札をばらまけばよい」と発言したことから、「ヘリコプター・ベ
ン」とか、「ヘリコプター印刷機」の異名をつけられ、デフレで
苦しむ日本に対しては、2001年3月からの日銀の量的金融緩
和政策は中途半端であり、物価がデフレ前の水準に戻るまで、紙
幣を刷り続け、さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を
引き受けるべきだと訴えています。
 安倍前政権になってからの日本は、「アベノミクス」と称して
黒田日銀総裁は、ほぼバーナンキ氏の主張に近い政策を取り続け
てきているものの、デフレからの脱却もトリクルダウンも起きて
おらず、株価が上昇しただけです。
 バーナンキ氏は、2017年に来日し、5月24日に日本銀行
内で講演したさい、次のように語っています。これは、どのよう
に考えても反省の弁として受け取れます。
─────────────────────────────
 私はよく理解できていなかった。特に初期の論文では楽観的過
ぎた。中央銀行がデフレを克服できると決意して金融緩和策を行
うことに私は確信を持ち過ぎた。   ──ベン・バーナンキ氏
─────────────────────────────
 リーマンショック時の2006年から2014年までFRB議
長を務めたバーナンキ氏は、かねてからの主張通り、超金融緩和
を実施していますが、どうも彼はその結果に納得がいかなかった
ようで、FRB議長を退任するとき、「量的金融緩和の経済効果
は理論的に証明されていない」と周囲に打ち明けたということが
伝えられています。これは、バーナンキ氏の疑問として伝えられ
ています。        ──[新しい資本主義/第002]

≪画像および関連情報≫
 ●バーナンキFRB前議長、リーマン破綻「不可避だった」
  ニューヨークのシンポで
  ───────────────────────────
  【ニューヨーク=佐藤大和】米連邦準備理事会(FRB)の
  ベン・バーナンキ前議長(60)は、2014年10月8日
  ニューヨークで「日経アジアン・レビュー(NAR)」が協
  賛した、シンポジウムで講演し、任期の大半を費やした20
  08年の金融危機への対応を振り返った。米大手証券リーマ
  ン・ブラザーズの破綻は「不可避だった」と釈明した一方で
  その後の一連の対策で「金融システムはより強固になった」
  と自信も示した。
   バーナンキ氏が講演の冒頭で強調したのはリーマンの経営
  問題が取り沙汰されていた08年9月当時の雰囲気だ。そも
  そもなぜリーマンを救わずつぶしたのか――。破綻の影響が
  あまりに甚大だっただけに、いまもFRBが最大の批判を浴
  びるのはこの点だ。
   この批判を心外だとバーナンキ氏はいう。「むしろ(放漫
  経営の)リーマン破綻やむなしと傾いていたのは英米経済紙
  の社説や専門家。我々にそんな甘い認識はなかった」と反論
  した。「破綻回避に全力をあげたが、バンク・オブ・アメリ
  カはリーマンではなくメリルリンチを救済した。バークレイ
  ズは(英国)当局の介入でリーマンの買収を見送った」と内
  幕も明かした。「リーマンからは顧客、取引先のみならず従
  業員も逃げ出していた」という状態で、手の打ちようがなく
  なっていた。      https://s.nikkei.com/3sU6fdL
  ───────────────────────────
日本銀行で講演するバーナンキ氏.jpg
日本銀行で講演するバーナンキ氏
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2022年01月07日

●「新自由主義は英国病を克服したか」(第5646号)

 ハイエクやフリードマンが提唱する新自由主義政策を実施する
と何が起きるのでしょうか。
 その典型的な例として、英国と米国の例について、簡単にご紹
介することにします。まず、今朝は英国の例です。
 1960年〜1970年代の英国は、労使紛争の多さと経済成
長不振のため、ヨーロッパ諸国から「ヨーロッパの病人」といわ
れるほど、ひどい状態に陥っていたのです。行き過ぎた社会保障
政策によって、インフレ率がどんどん上がっていき、1970年
代には10%を超えたことはよく知られています。人々は真面目
に働かなくなり、その結果、悪性のインフレ(スタグフレーショ
ン)が進行したのです。
 とくにひどかったのは、1978年から1979年。その冬は
「不満の冬」と呼ばれ、頻発するストライキによって、暖房の石
炭にすら不自由する状況で、それはゴミの回収にも及び、ロンド
ンの町のいたるところでゴミ袋がうず高く積み上がっていたので
す。さらに墓掘り人夫までストライキを行い、死体が6週間も埋
葬されないまま悪臭を放つというような状態になっていたといい
ます。おまけに、墓掘り人夫が墓地のゲートに施錠して、葬儀の
参列者が墓に行けなくなり、墓掘り人夫と葬式の参列者が小競り
合いになる事態も発生しました。
 それでも労働組合に守られた英国の労働者は、昼の日中から、
ティータイムを楽しみ、自分の権利を、ほんの少しも譲ろうとは
しなかったのです。このような状況を指して「英国病」と呼んで
います。鉄の女といわれるマーガレット・サッチャーは、このよ
うな時期に政治の世界に颯爽と登場したのです。
 保守党党首のサッチャーは、1979年の下院議員選挙で、停
滞している経済状況を打開するために、いわゆる新自由主義政策
を掲げて選挙に大勝します。政策を具体的にいうと、「小さい政
府」「規制緩和」「政府の市場への介入の制限」「政府の国民へ
の金品の無償供与禁止」などです。サッチャーは、ハイエクの政
策を支持しており、まさに新自由主義政策を公約として掲げ、国
民に支持を訴えたのです。
 英国にも自国の現状を憂い、何とか国を立て直してもらいたい
と願う国民は多数いて、その勢力が保守党党首のサッチャーを首
相に押し上げます。サッチャーは、首相になったとき、次のよう
に語っています。
─────────────────────────────
 私は、英国を依存社会から自立社会へと変えるつもりで首相に
なったのである。座って待っているのではなく、起き上がって進
む英国である。        ──マーガレット・サッチャー
─────────────────────────────
 首相に就任したサッチャーは、大企業に有利な大幅な減税と規
制緩和を実施し、強硬な反労働組合政策をとって、従来の経済政
策を大転換させたのです。その結果、社会は大混乱になり、労働
組合はストライキを連発して対抗します。そのため、製造業は低
迷し、失業率が大幅に上昇することになります。サッチャーは、
労働組合について次のように強く批判しています。
─────────────────────────────
 ストライキを頻発させて合理化に抵抗する労働組合こそがイギ
リス経済の元凶である。    ──マーガレット・サッチャー
─────────────────────────────
 その一方においてサッチャーは、小さい政府を実現するため、
財政支出面で医療関連費用や社会保障費、教育費を削減したため
国民皆保険制度が破壊され、病院の閉鎖が相次ぐなかで、優秀な
医師が続々と海外に移住し、世界に冠たる英国の医療システムが
崩壊してしまいます。しかし、サッチャーは、国営化されていた
国のインフラ事業を次々と民営化し、規制緩和によって、自由競
争を押し進めたのですが、トリクルダウンは一向に機能せず、経
済は活性化しなかったのです。そのため財政赤字は拡大し、ポー
ルタックス(人頭税)まで強行する事態に追い込まれます。
 人頭税というのは、従来の固定資産税に代るもので、所得額に
関係なく18才以上の住民が一律に支払う税です。1989年4
月から、イングランドとウェールズで実施されています。
 しかし、低所得者に大きな負担を強いる弱者切り捨ての政策は
国民の強い反発を招き、これが原因でサッチャーは辞任に追い込
まれることになります。
 しかし、サッチャーが最も力を尽くしたのは、ロンドン金融資
本市場の活性化です。製造業の停滞で縮小していた労働者の雇用
機会を金融関連事業で吸収しようとしたのです。それに合わせて
サッチャーは「ビックバン」と呼ばれる大胆な金融政策を実施し
ています。具体的にやったことは次の3つです。
─────────────────────────────
      @    売り上げ手数料の自由化
      A銀行と住宅金融公庫の区別の撤廃
      B 証券・金融市場の海外への開放
─────────────────────────────
 これによって何が起きたかというと、いわゆる「ウインブルド
ン現象」です。ロンドンで行われるテニス大会になぞらえたこと
ばです。英国への海外からの投資が増加し、これによって英国の
伝統ある金融機関が外資によって、次々と買収されたのです。し
かし、金融部門における専門職が増加し、英国の産業が工業から
金融への脱工業化が進行し、伝統ある「ロンドン・シティ」を世
界の金融センターとして復興させることに成功しています。
 このように英国については、新自由主義政策は、いささか荒療
治ではあったものの、国を変えることに成功したといえます。こ
の荒療治のなかでインフレも抑え込まれています。現在の日本も
英国と同じ「日本病」にかかっています。約30年間もデフレか
ら脱却できないでいるからです。岸田内閣は、果たしてこの日本
病をサッチャーのように修復できるでしょうか。
             ──[新しい資本主義/第003]

≪画像および関連情報≫
 ●小さな政府」に転換したイギリス/平山往夫氏
  ───────────────────────────
   資本主義は、儲けが少なくなることは嫌なんです。利益率
  を維持する、もしくは高めたいと常に考えるのです。そのた
  めに、大きな政府から、また成長力の高い小さな政府に戻る
  のです。それをやったのが、サッチャーです。サッチャーは
  こんな経済学的なことは意識していなかった。ただ、ケイン
  ズの対局で論戦をしていたハイエクの弟子のキース・ジョセ
  フという人が経済大臣で、サッチャーは彼のアドバイスを受
  けて、小さな政府への政策を選択実行しましたが、彼女を一
  番駆り立てたのは、このまま国営企業等が増えてゆくと英国
  は社会主義国家になるのではという強い懸念でした。
   小さい政府では、政府は余計なことをしない。福祉もカッ
  ト。大学の先生の給与も病院のお医者さんの給与もカット。
  国営企業が担っている8つの部門は、民営化する。企業活動
  がより自由に行えるように規制緩和。そしてもう1つ、重要
  なのが税制改正、累進の傾きを低くするということをしまし
  た。儲かったら、その分儲けた人がより多くの所得を自分で
  使えるようにしたということです。そのほうが人は頑張るの
  で、成長力が高まるからです。大きな政府では累進がきつい
  ので、稼いだ人からより多くの税をもらいます。その分で困
  っている人を救うことも含め多くの福祉を行います。ですか
  ら大きい政府では福祉は公助です。公がやる。それに対して
  小さな政府では国は極力余計なことはしない、自助が原則で
  す。税金も少ないから儲けた人はさらに儲けようとする。追
  加投資もするから、成長率が高くなる。逆に大きな政府のほ
  うは成長率が低い。      https://bit.ly/32VmsVb
  ───────────────────────────
サッチャー元英国首相.jpg
サッチャー元英国首相
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2022年01月11日

●「レーガノミクスと新自由主義政策」(第5647号)

 新自由主義政策を国家が取り入れて実施すると、何が起きるで
しょうか。今朝は米国の例です。
 第2次世界大戦前の米国の資本主義は自由放任資本主義といっ
て、個人の経済活動の自由を最大限に保障し、国家による経済活
動への干渉・介入を極力排除しようとする思想や政策をとってい
たのです。この思想を経済学的に体系化したのは、経済学の父と
いわれるアダム・スミスです。
 しかし、1930年代に大恐慌を起きたことにより、その修正
資本主義として、市場の機能は不完全だと考え、政府による福祉
への介入など、市場経済への介入を肯定するケインズ主義が取り
入れられたのです。米国は、ケインズ主義に基づくニューディー
ル政策によって、大恐慌を克服しています。
 新自由主義は、1970年代にケインズ主義を批判し、盛んに
なった考え方で、政府の市場への介入を最小限にし、市場の働き
で社会全体の利益を最大にできるという自由放任主義に似た考え
方です。特徴としては様々なサービスの民営化や規制緩和などが
上げられます。
 さて、米国の場合です。1970年代以降、米国には新保守主
義(ネオコンサバティズム)、略してネオコンという政治イデオ
ロギーがあり、彼らは、新自由主義・市場原理主義の思想が利用
できると歓迎したのです。
 ネオコンというのは、自由主義や民主主義を重視して、米国の
国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想
です。もともと民主党のリベラル・タカ派だったのですが、以降
に共和党支持に転向して、共和党のタカ派外交政策姿勢に非常に
大きな影響を与えています。
 これらのネオコン一派が、1980年11月の米大統領選挙に
元俳優のロナルド・レーガンを担いで、当選に導いたのです。自
分たちの利益になると判断したからです。ネオコンの支援によっ
て、大統領になったレーガンは、大統領就任後の2月に、次のよ
うな演説をしますが、これについて、経済アナリストの菊池英博
氏は自著で次のように書いています。
─────────────────────────────
 1981年1月に就任したレーガン大統領は、2月18日に議
会で演説し、「アメリカは、大恐慌以来の最悪の経済的混乱にあ
る。インフレ率は12%、失業率は7・5%、金利は年20%で
ある」と国民に訴え、「経済再生計画」として、@小さい政府に
するために社会福祉関連予算を削減するが、「強いアメリカ」を
作るために軍事費を増加する、A所得税の最高税率を引き下げ、
法人税はいくつかの減税措置をとって大幅に削減する、B政府の
規制を大幅に縮小し、とくに環境問題などの社会的規制を撤廃す
る、C金融規制を緩和して安定的な金融政策を実現する、と述べ
たのです。まさに「トリクルダウン理論」「フラット税制」「ラ
ップァ一理論」などに沿った「供給サイドの経済学」の具体化で
す。さらにCは、マネタリズムの考えに従って、インフレ抑制の
ために通貨量を抑制して「ドル高」政策をとり、インフレ率を低
下させる方策を模索します。これらの政策は総合して「レーガノ
ミクス」と称せられますが、まさにこれは、戦後の福祉型資本主
義を破壊し、富裕層中心の新自由主義型資本主義への歴史的な政
策転換でした。               ──菊池英博著
   『新自由主義の自滅/日本・アメリカ・韓国』/文藝春秋
─────────────────────────────
 富裕層に対して減税し、企業に対しては法人税を下げる──素
人的に考えると、そんなことをすれば税収が減るのではないかと
考えます。しかし、こんな考え方もあるのです。
 富裕層の所得税を下げ、企業の法人税を下げると、ものが売れ
多くの投資が行われ、企業では、従業員の賃金を上げるところも
あって、経済全般に良い影響をもたらし、税収も上がるという考
え方です。これが「トリクルダウンの理論」です。
 これがウソであることは、安倍政権のアベノミクスで株価を上
昇させ、企業には法人税を減税しましたが、庶民には賃金が上が
るどころか、何の恩恵もなく、トリクルダウンなどは起きないこ
とがわかっています。おまけに消費税の税率を倍増させられ、そ
の分生活が苦しくなり、デフレに沈んだままです。
 「ラッファー理論」という理論があります。所得税率が0%と
100%という極端なケースを考えます。これは、政府にとって
税収を得ることは不可能です。なぜなら、0%では当然税収はゼ
ロであるし、100%では勤労する意欲がなくなるからです。し
たがって、0%〜100%のうちのどこかに最大の税収が得られ
る税率があるとします。
 もし、現在の税率がその「最適税率」を超える水準にあるとす
れば、減税によって、税率を「最適税率」まで下げることにより
税収を増やすことは可能である──これが、経済学者アーサー・
ラッファーによって提唱された「ラッファー理論」です。
 しかし、この理論には、実証的なデータは乏しく、その正当性
には多くの疑問があり、単にレーガノミクスの正当性を支える理
論のひとつに過ぎないとされています。
 レーガンの前任はカーター政権ですが、そのときの個人所得税
は14%〜70%、法人税の最高税率は46%でしたが、レーガ
ン大統領は、個人所得税の最高税率の70%を徐々に下げ、28
%、法人税も46%から34%まで下げています。それに加えて
減価償却期間の短縮などの実質減税をしているので、全体として
大幅な減税になったことは確かです。
 しかし、トリクルダウン理論はまったく機能せず、税収が激減
しただけです。当然ですが、これによって財政収支は大幅な赤字
に陥ったのです。これは、本来適正な税率によっては入ってくる
べき税収が負債、つまり国債に転化してしまったことを意味して
います。新自由主義政策を取り入れたレーガン時代の米国の状況
については、明日のEJでも継続します。
             ──[新しい資本主義/第004]

≪画像および関連情報≫
 ●「トリクルダウン理論」の解説
  ───────────────────────────
   トリクルとは英語で水などがちょろちょろ漏れ出るの意。
  富裕層が潤い社会全体の富が増大すれば、富は貧困層にもこ
  ぼれ落ち、経済全体が良い方向に進むとする経済理論。その
  本質的なスタンスから「おこぼれ経済」とも言いなされ、現
  実的裏付けや社会科学的な立証はなされていない。
   この説が最初に注目されたのは、18世紀の英国の思想家
  で精神科医のマンデビルの著した『蜂の寓話』(1714年
  刊)からである。作中、蜂は巣の中で醜い私欲にまみれて葛
  藤するに過ぎないが、巣全体はその結果として豊かで富んだ
  社会となると考察した。こうした概念がアダム・スミスなど
  の古典派経済学を経て、ケインズらの近代経済学にも示唆を
  与えた。ただし、経済市場での需要(有効需要)に着目し政府
  が公共事業を増やすなどして、財政・金融的に介入する政策
  (総需要管理政策)に重きを置くケインズのマクロ経済学では
  トリクルダウン理論の部分はほとんど棄却されている。その
  一方で、供給側に着目する経済学派の中では、供給されたも
  のはいつかは消費され需要を生み出すという仮説に基づいて
  投資や供給力が拡大すれば経済成長が期待できるという論調
  もあり、この側面としてトリクルダウン理論が残っていた。
  1980年代にケインズ政策のほころびが大きくなる中で、
  米共和党レーガン政権が採用した経済政策では、後者の学説
  が色濃く反映され、トリクルダウン理論も強く主張されたが
  奏功しなかった。       https://bit.ly/3qPYD9D
  ───────────────────────────
レーガン元米大統領.jpg
レーガン元米大統領
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2022年01月12日

●「レーガン政策で対外純債務国転落」(第5648号)

 レーガン政権は、富裕層に対して大幅な減税を行いましたが、
想定した富裕層の投資はほとんど起こらず、膨大な財政赤字を招
いてしまいます。これによって米国の製造業は海外に移転し、そ
れによる完成品の輸入が増大し、貿易収支が赤字に陥り、いわゆ
る「双子の赤字」を招いてしまいます。そして、米国は1985
年に対外純債務国に転落しています。これは、1918年以来、
67年ぶりのことです。
 国単位でどのくらいの資産を持っているかは、「対外純資産」
として示されます。対外純資産とは、対外債務と対外債権を相殺
したものです。
─────────────────────────────
  対外債務:海外から色々なかたちで借り受けている負債
  対外債権:海外へと色々なかたちで貸し付けている債権
─────────────────────────────
 つまり、米国が対外純債務国に転落したということは、米国の
対外債権から対外債務を引いた額がマイナスになったことを意味
しています。国が対外純債務国に転落すると、政府債務を補填す
る国債を海外にも保有してもらう必要が生じます。
 2013年のデータですが、米国債の41%は政府内保有(年
金基金と中央銀行が保有)であり、59%は民間保有です。この
うちの外国人投資家は、全体の34%(民間保有の57%)、そ
の約20%ずつを中国と日本が保有しています。同盟国の日本は
ともかく、中国に約20%を握られていてることは、米国の中国
に対する外交姿勢に何らかの影響を与えることは必至です。
 ここに主要国の対外純資産のデータがあります。2019年の
データですが、対外純資産がマイナスである国は米国だけでない
ことがわかります。
─────────────────────────────
   ◎主要国対外純資産(2019年末)
       日本 ・・・・・  +364・5兆円
      ドイツ ・・・・・  +299・8兆円
       中国 ・・・・・  +231・8兆円
       香港 ・・・・・  +170・6兆円
    ノルウェー ・・・・・  +108・8兆円
      カナダ ・・・・・   +84・1兆円
      ロシア ・・・・・   +38・9兆円
     イタリア ・・・・・    −3・6兆円
     フランス ・・・・・   −69・1兆円
     イギリス ・・・・・   −79・9兆円
     アメリカ ・・・・・ −1199・4兆円
                  https://bit.ly/3HKyUX4
─────────────────────────────
 この表を見て驚く人は多いと思われます。それは、米国のマイ
ナスの大きさと日本のプラスの大きさです。実は日本ではあまり
話題にはならないものの、日本は、対外純資産の額では30年連
続で世界一なのです。とくに日本の財務省は、増税の雰囲気を妨
げるデータであると考えているのか、データは公表していますが
積極的にPRしようとしていません。
 しかし、為替市場において、円はしばしば「安全資産」や「逃
避先」と表現されますが、それは日本の対外純資産の大きさによ
る信用です。リーマンショックのときのように「雰囲気が危なく
なれば円が買われる」という風潮はまだ残っています。
 しかし、「対外純資産30年連続世界一」ということは、マイ
ナスでこそないものの、日本としてあまり誇るべきことではない
のです。それは長期デフレと関係があります。
 その理由について、みずほ銀行のチーフ・マーケットエコノミ
ストである唐鎌大輔氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 「世界最大の対外純資産国」というステータスは、その響きほ
ど素晴らしいものではない。対外純資産が増えること、つまり国
内から国外への証券投資や直接投資(端的にいえば外国企業の買
収・合併)が旺盛だということは、裏を返せば、国内への投資機
会が乏しいということにもなる。
 日本経済の1990〜2010年は「失われた20年」と呼ば
れるが、その間一度も転落することなく「世界最大の対外純資産
国」であり続けてきたということは、それは「失われた20年」
の産物だったともいえるのではないか。
 ちなみに、前節でふれた直接投資の急増は、この10年弱で進
んでいるトレンドだ。「失われた20年」を経て、多くの日本企
業が「国内市場には期待収益の高い投資機会はない」と判断した
結果なのだろう。より厳しい言い方をすれば、縮小し続ける国内
市場に投資するより、海外企業への買収や出資を通じて時間や市
場を買うほうが中長期的な成長につながると判断した結果だった
ともいえる。
 2010〜2020年の10年間は「日本の企業部門が日本と
いう国を見限り始めた期間」という解釈は、対外純資産の内訳を
見る限り、もはや的外れとは言えない現状がある。今後、199
0〜2020年が「失われた30年」と呼ばれる日もやってくる
のかもしれない。          https://bit.ly/3I1CpIT
─────────────────────────────
 要するに、唐鎌氏の指摘は、日本が30年も対外純債権国であ
り続けている最大の理由は、日本国内には「投資すべき対象がな
い」「国内企業に魅力がない」ことの裏返しであり、そんなに世
界に誇るべきことではないということです。
 上掲の表によると、2019年の時点では、G7のイタリア、
イギリス、フランス、アメリカは、対外純債務国ということにな
ります。いずれも新自由主義が浸透している国々であり、日本は
対外純資産国であるものの、新自由主義的なものは入ってきてお
り、岸田政権はそれと決別しようとしています。
             ──[新しい資本主義/第005]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:米「双子の赤字」、ドルへの影響力復活も
  ───────────────────────────
   [オーランド(米フロリダ州)2021年11月23日/
  ロイター]米国の「双子の赤字」がドルにとって重要な材料
  と考えられていた時代を思い出せるだろうか。
   ドル相場を注視する人々の視野に、米国の経常赤字と財政
  赤字が入っていたのはもう随分と昔のことだ。だが来年、世
  界経済が活況を維持し、米経済が他の地域より優勢であり続
  けるなら、話が変わってくるかもしれない。
   米国の経常収支は悪化している。4−6月期は、1900
  億ドル程度の赤字で、国内総生産(GDP)の3.4%に相
  当。これは過去最悪の6%強だった2005年と06年の半
  分程度にすぎないかもしれないが、絶対額としては07年以
  降で最も大きい。対GDP比は過去5四半期連続で3%を超
  えている。
   米議会予算局(CBO)の見積もりでは、来年の連邦政府
  の財政赤字は1兆ドルを上回り、少なくともGDPの4.7
  %に達する。対GDP比は過去最高だった昨年の14.9%
  今年見込みの13.4%からは大幅に下がる。とはいえ、歴
  史的にはなお高水準だ。経常赤字と合わせて考えると、ドル
  安を防ぐには米国に膨大なドル資金が流入しなければならな
  い。確かに、双子の赤字が来年のドルを左右する一番の要因
  にはならないだろう。その役割を務めるのは金利差で、米連
  邦準備理事会(FRB)が利上げを準備している一方、欧州
  中央銀行(ECB)や日銀などが政策変更を自重している関
  係で、これはドルに有利に働く。 https://bit.ly/3HKIJUL
  ───────────────────────────
みずほ銀行/唐鎌大輔氏.jpg
みずほ銀行/唐鎌大輔氏
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2022年01月13日

●「米国人に評価されているレーガン」(第5649号)

 新自由主義政策といっても、すべてに問題があるわけではなく
よい点もたくさんあります。選挙のときから導入することを宣言
して大統領になり、その政策を実施したロナルド・レーガン米大
統領の米国民の評価はどうなのでしょうか。
 米国の歴代大統領の人気ランキングは、多くのメディア・大学
・団体が行っていますが、最もスタンダードなものでベスト10
とワースト10を以下に示します。
─────────────────────────────
  ◎米大統領ベスト 10
    1位:エイブラハム・リンカーン   共和党
    2位:ジョージ・ワシントン     無所属
    3位:フランクリン・ルーズベルト  民主党
    4位:セオドア・ルーズベルト    共和党
    5位:トーマス・ジェファーソン   民主党
    6位:ドワイト・アイゼンハワー   共和党
    7位:ハリー・トルーマン      民主党
  ★ 8位:ロナルド・レーガン      共和党
    9位:ウッドロウ・ウイルソン    民主党
   10位:ジョン・F・ケネディ     民主党
                  https://bit.ly/3zDus9J
  ◎米大統領ワースト10
    1位:ジェイムス・ブキャナン    民主党
    2位:ドナルド・トランプ      共和党
    3位:アンドリュー・ジョンソン 国民統一党
    4位:フランクリン・ピアーズ    民主党
    5位:ウィルアム・ハリソン   ホイッグ党
    6位:ウォレン・ハーディング    共和党
    7位:ミラード・フィルモア   ホイッグ党
    8位:ジョン・タイラー       無所属
    9位:ハーバード・フーバー     共和党
   10位:ベンジャミン・ハリソン    共和党
                  https://bit.ly/3JWPd4L
─────────────────────────────
 この順位はスタンダードなもので、URLをクリックしてサイ
トを見ていただくとわかるように、功績や任期などが詳しく記述
されており、それらを踏まえての順位になっています。このベス
ト10の8位に、ロナルド・レーガンが入っています。
 「歴史上現在までの米国大統領全てについて考え、誰を米国の
最も偉大な大統領といえますか?」について尋ねたワシントン大
学の調査があります。そのベスト5を以下に示します。2005
年に実施された調査です。ロナルド・レーガンは第2位にランク
されています。
─────────────────────────────
    1位:エイブラハム・リンカーン  20%
  ★ 2位:ロナルド・レーガン     15%
    3位:フランクリン・ルーズベルト 12%
    4位:ジョン・F・ケネディ    11%
    5位:ビル・クリントン      10%
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 同様に「大統領の偉大さ」について尋ねたギャラップ世論調査
があります。2007年に行われた調査であり、そのベスト5を
以下に示しますが、この調査でもロナルド・レーガンは2位にラ
ンクされています。
─────────────────────────────
    1位:エイブラハム・リンカーン  18%
  ★ 2位:ロナルド・レーガン     16%
    3位:ジョン・F・ケネディ    14%
    4位:ビル・クリントン      13%
    5位:フランクリン・ルーズベルト  9%
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 上記のワシントン大学とギャラップ調査では、レーガンのほか
ビル・クリントンが、ベスト5に入っています。これは、偶然で
はなく、レーガンとクリントンには密接な関係があるからです。
大統領になった順番からいうと、レーガン、ブッシュ(父)、ク
リントンの順です。
 ここで忘れられているのは、ブッシュ(父)の役割です。これ
について、(財)国際貿易投資研究所の研究主幹の木内恵氏は、
2001年の論文で次のように述べています。
─────────────────────────────
 それにしても今、何故レーガンか。ひとつには、米国ではここ
にきてレーガノミックスと称される当時の経済政策に対する再評
価の気運が醸成されているからである。日本でも構造改革の必要
性がいわれて久しい。だが、構造改革の着手からその成果を享受
できるようになるまでには相当の時間がかかるのが常である。
 「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに、食うが徳
川」――織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という戦国の3英傑の役
割を詠んだ戯れ歌である。天下統一のグランドデザインを描いた
のが信長、その跡を継いで国内統一を果たしたのが秀吉、そして
徳川家がそれを基に江戸300年の時代を享受する。信長・秀吉
の時代とは、その後に続く徳川時代を生み出す準備期間ともいう
ことができる。信長をレーガンに、秀吉をブッシュに、そして家
康をクリントンに置きかえると、レーガノミックスの着手からそ
の 成果享受に至るまでの流れが見えてくる。
                  https://bit.ly/330a3zG
─────────────────────────────
 レーガン、ブッシュ、クリントンは、重要な仕事を成し遂げて
います。これについては、明日のEJで究明します。
             ──[新しい資本主義/第006]

≪画像および関連情報≫
 ●米国の歴史の概要/新しい保守主義と新たな 世界秩序
  ───────────────────────────
   米国の社会構造の変化は、数年前、というより数十年前に
  すでに始まっていたが、1980年代が到来するころには、
  それが明らかな形となって現れた。米国社会における人口構
  成および最も重要とされる職や技能が大きな変化を遂げたの
  である。
   経済におけるサービス業の優勢が動かしがたいものとなっ
  た。1980年代半ばまでには、被雇用者全体のほぼ4分の
  3が、小売業の店員、事務員、教員、医師、および公務員と
  いったサービス部門で働いていた。
   サービス部門の業務は、コンピューターの導入とその使用
  の増加によって恩恵を得ていた。情報時代が到来し、ハード
  ウェアとソフトウェアによって、それまで予想もできなかっ
  た量の経済・社会動向のデータが集められるようになった。
  連邦政府は1950年代と60年代に、軍事および宇宙関連
  事業のために、コンピューター技術への巨額の投資を行って
  いた。1976年、カリフォルニアの2人の若い起業家が、
  ガレージでコンピューターを組み立て、これが家庭用コンピ
  ューターとして初めて広く商業化されることになった。アッ
  プルと名付けられたこの機種は、革命の火付け役となった。
  1980年代初めまでには、米国内の企業や家庭で何百万台
  ものマイクロコンピューターが使用されるようになり、19
  82年には「タイム」誌が、コンピューターを「マシン・オ
  ブ・ザ・イヤー」と呼んだ。   https://bit.ly/3fbzT65
  ───────────────────────────
レーガンとブッシュ(父).jpg
レーガンとブッシュ(父)
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2022年01月14日

●「レーガノミクスが支持される理由」(第5650号)

 1970年代の米国は、深刻な不況に見舞われ、国民にとって
それは大惨事であったといえます。それは、第二次世界大戦後の
経済ブームの終わりを示し、米国は高い失業率とインフレの組み
合わせであるスタグフレーションに苦しんでいたのです。
 そのとき米国の有権者は「経済を好転させてくれる政治家」を
求め、時の大統領のジミー・カーターを追放し、元ハリウッド俳
優でカルフォルニア州知事のロナルド・レーガンを大統領に押し
上げたのです。
 ロナルド・レーガン大統領の評価は、昨日のEJでも詳しく見
た通り、現在においても非常に高いといえます。それは、もはや
神話的大統領ともいえるリンカーンに次ぐ地位を占めているとい
うのですから驚きです。
 それは、単なる人気ではなく、大統領在任時の業績であるレー
ガノミクスが高く評価されてのことです。つまり、新自由主義政
策が評価されているのです。確かに、米国はこの政策によって、
いわゆる「双子の赤字」を抱える結果になったのにもかかわらず
レーガン大統領の評価は高い支持を集めています。
 なぜ、それほどまでにレーガノミクスが支持されるのかという
と、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュ(父)、ビル・ク
リントンと続く3人の大統領が、それなりの良い仕事をやってい
るからです。それには米国にとって、いくつかの幸運も力を貸し
ているといえます。
 1981年1月20日に大統領に就任したレーガン大統領は、
小さい政府にするために社会福祉関連予算を削減し、「強いアメ
リカ」を実現するために軍事費を増大させ、所得税の最高税率を
引き下げるなど、公約の新自由主義的政策を次々と実施に移しま
す。そのため、レーガン大統領の8年間の財政収支は次のように
大きな赤字になっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/レーガン大統領時   単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1981   599   678   158  ▲79
 1982   618   745   185 ▲128
 1983   601   808   210 ▲207
 1984   667   851   227 ▲185
 1985   734   946   253 ▲212
 1986   769   990   273 ▲221
 1987   854  1004   282 ▲149
 1988   909  1064   290 ▲155
─────────────────────────────
 レーガノミクスと称されるサプライサイドを重視する経済政策
は、レーガン政権の副大統領を務めたブッシュ(父)が1984
年の大統領選で勝利し、1985年に大統領になって、引き継い
で行われています。
 実は、このブッシュ(父)政権時代には、2つの大きな政治的
出来事があったのです。その一つは、1990年の湾岸戦争であ
り、もう一つは1991年のソ連邦の崩壊です。
 ブッシュ(父)大統領は、1990年8月にイラクのクウェー
ト侵攻に端を発し、翌91年1月に米欧軍を主力とする多国籍軍
として米国は戦争に参加しています。
 1991年12月、ソビエト連邦共産党が解散し、連邦構成共
和国の主権国家としての独立が起こります。これは、ソ連との冷
戦の終わりを意味します。レーガノミクスによる国防費の増加は
ソ連への大きな圧迫となったことは確かです。
 しかし、経済の悪化が足かせとなり、ブッシュ(父)政権は2
期目の選挙で敗れ、4年で終了しています。ちなみに、ブッシュ
(父)政権時の財政収支は、次のようになっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/ブッシュ大統領時   単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1989   991  1143   303 ▲152
 1990  1032  1253   299 ▲221
 1991  1055  1324   273 ▲269
 1992  1091  1381   298 ▲290
─────────────────────────────
 1993年に大統領に就任した民主党のビル・クリントンは、
徹底的に米国経済の立て直しに全力を尽くします。クリントン大
統領は、@財政赤字削減の最重視、A政府部門における規制緩和
や職員数削減などを通じての効率化の促進、B投資促進による生
産性向上に尽力しています。この政策は「クリントノミクス」と
呼ばれることもあります。
 このクリントノミクスを効果あらしめたのは、冷戦の終結によ
る国防費の圧縮です。クリントン政権時代の8年間の財政収支は
次のようになっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/クリントン大統領時  単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1993  1154  1409   291 ▲255
 1994  1258  1461   281 ▲203
 1995  1351  1515   272 ▲164
 1996  1453  1560   265 ▲107
 1997  1579  1601   270  ▲22
 1998  1721  1652   268   69
 1999  1827  1703   274  124
 2000  2025  1788   289  236
─────────────────────────────
 これによると、米国の財政収支は1998年から黒字に転換し
双子の赤字のひとつ、財政収支の赤字は解消しています。幸運も
あったものの、レーガノミクスは、この時点で成功を収めている
といえます。       ──[新しい資本主義/第007]

≪画像および関連情報≫
 ●クリントノミクス(アメリカ)
  ───────────────────────────
   クリントノミクスとは、1993年に「アメリカの変革」
  を訴え当選した民主党のビル・クリントン大統領が掲げたマ
  クロ経済政策のことです。主な内容は、政府の産業協力拡大
  と財政赤字削減です。第40代のレーガン大統領、第41代
  のブッシュ大統領(父)は共和党でしたが、第42代のクリ
  ントン大統領は、久々の民主党の大統領です。そのため、経
  済政策の面での方針が共和党時代と大きく異なります。
   民主党は共和党と違って、徹底的なケインズ主義の政党で
  す。「政府は経済問題に積極的に参入すべき」という主張を
  持っています。しかも、クリントン時代はアメリカとソ連が
  対立した「冷戦」が終わっていますから、それまでのように
  軍事にお金をつぎ込まなくてもよくなりました。そのため、
  レーガン、ブッシュ大統領の共和党政権が軍事に重きをおい
  たのに対し、クリントン政権は経済に目を向けました。冷戦
  時代、軍事に割かれていた大幅な予算は削られ、代わって公
  共投資にお金がつぎ込まれるようになったのです。
   さらにクリントン政権は、積極的に対外政策を行ない、N
  AFTAの締結、APECへの積極的な参加などがその代表
  例といえるでしょう。これには二つの意図があると考えられ
  ます。一つは、冷戦後の世界においてアメリカが再び主導権
  を握ろうという意図、もう一つは強気の外交によって貿易赤
  字を解消し国内経済を好転させようという意図です。
                 https://bit.ly/3JOPWoC
  ───────────────────────────
ビル・クリントン元米大統領.jpg
ビル・クリントン元米大統領
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2022年01月17日

●「クリントン大統領日本パッシング」(第5651号)

 第42代米国大統領、ビル・クリントンは、一時的にせよ、米
国の「双子の赤字」のうち、財政赤字を解消した実績を持つ大統
領ですが、その実績は意外に知られていません。しかし、それは
1991年12月のソ連崩壊による冷戦の終結がクリントン政権
を利したことについては、既に述べた通りです。
 しかし、このクリントン政権の外交は、日本人にとっては強い
不満があります。それは、1998年6月にクリントン大統領が
日本を訪れることなしに訪中したことです。クリントン大統領は
まるで日本にあてつけるかのように中国を「戦略的パートナー」
として持ち上げ、日本の経済政策を批判する一方で、日本とはハ
イレベルな接触を避けたことです。
 なぜ、クリントン大統領は、当時は第2の経済大国であった同
盟国の日本を軽視し、意図的に中国を持ち上げるような行動を、
とったのでしょうか。
 それは、クリントン大統領としては、日本のリーダーとの対話
にうんざりしていたことにあると考えられます。クリントンが大
統領であった1993年から2000年までの8年間に、日本の
首相は6人も変わっていることです。宮沢、細川、羽田、村山、
橋本、小渕の6人です。クリントン大統領は、羽田首相を除く5
人とは、首脳会談を行っています。
 このなかで、クリントン大統領が、おそらく一番骨のあるリー
ダーであると買っていたのは、細川護熙首相ではなかったと思わ
れます。就任期間が263日と短かったにもかかわらず、細川首
相は、クリントン大統領と3回の首脳会談を行っています。
 就任直後の1993年9月に国連総会出席の機会に、1993
年11月にAPEC出席の機会にシアトルで、そして1994年
2月の日米包括協議のさいの公式会談の3回です。しかも、日米
包括協議では、細川首相は、数値目標などを主張する米国の要求
を突っぱね、合意に達することができなかったにもかかわらず、
その関係は一層強いものになったように見えることです。
 一体なぜクリントン大統領は、突然訪中したのか、その原因に
ついて、松下政経塾の平山喜基氏のレポートには、次の記述があ
ります。
─────────────────────────────
 当時、このクリントン外交は日本政府や政治家達の大きな反発
を起こし、このことで長期的な両国の国益である親密な日米関係
を崩すものと懸念する声を産み出すもととなった。この亀裂は翌
年の小渕首相の訪米によってやっと修復されたと捕らえられてい
るが、問題の突然のクリントンの行動の背景はアジアの通貨危機
に端を発したと言う見方がある。
 それはアメリカ経済が好調に推移する中でアジア経済の不安定
さがアメリカに波及することを恐れたクリントン政権や財務省は
日本の不良債権問題にも注目し、それが日本経済を崩壊させ、世
界経済に悪影響を与える懸念を持った。そこでクリントン政権、
財務省は日本が不良債権処理、景気刺激を効果的に行うよう圧力
を強めるが、一方で彼らは中国が通貨危機にあたり、通貨切り下
げを行わずアジア経済を安定させたことを称えていた。
                  https://bit.ly/3rjhHNO
─────────────────────────────
 実は、このクリントン外交については、米国内でも強い批判が
出ていたのです。アーミテージ氏やナイ氏などを含む超党派の外
交専門家たちは、レポートなどを通じて、クリントン政権の行動
について批判しています。
 朝鮮半島、台湾海峡、インドネシアなどの不安定なアジアの現
状を指摘し、それを乗り越えるためにも成熟した日米関係の構築
が重要であるとしています。日本は経済が世界2位の規模である
こと、そして軍事力が装備の整った、有能なものであり、それら
を鑑みれば、日米関係はアメリカがアジアへの関わる際の要石で
あり、アメリカの世界的安全保障の戦略にとっての中心的存在で
あると説いています。
 また、当時、ブッシュ(子)大統領候補の外交政策顧問を務め
るコンドリーサ・ライス女史は、ファーリン・アフェアーズ2月
号で、強い口調でクリントン大統領を批判しています。
─────────────────────────────
 今後、アメリカ大統領は9日間も北京に滞在しながら、東京に
も、ソウルにも立ち寄ることを絶対に拒否することをしてはなら
ない。            ──コンドリーサ・ライス女史
─────────────────────────────
 上記の平山喜基氏のレポートによると、クリントン大統領が短
い期間に目まぐるしく変わる日本のリーダーについて、次のよう
に考えていたのではないかと記述されています。
─────────────────────────────
 今、経済分野では日本は世界の足を引っ張らないかと言う懸念
が世界に充満している現状にある。政治においてはクリントンが
日本を飛び越して中国に行ったのは日本のリーダーとの対話が官
僚的でそのような関係に嫌気がさしたので日本を無視したという
見方もある。そのような中、日本の現首相に対してアメリカの議
会調査局のレポートは、「経験、能力に疑問があり、失言癖があ
る」と言及するなど日本政治に信頼を置いていない。我々は他国
に信頼されるに値するリーダーを国際社会で日本が積極的に役割
を果たす為につくっていく努力をすべきと言えるだろ。そうして
我々は国際社会の中で大国として必要とされる役割を日本が果た
しうる環境を真剣に作り出す努力をせねばなるまい。
                  https://bit.ly/3rjhHNO
─────────────────────────────
 この記述にある「日本の現首相」とあるのは、小渕首相のこと
ではないかと考えられます。クリントン大統領が唯一心に残った
日本のリーダーは、同盟国であっても、いうべきことをいい、で
きないことは「ノー」といった細川元首相ではなかったと思われ
ます。          ──[新しい資本主義/第008]

≪画像および関連情報≫
 ●大政変「非自民」細川政権の誕生と挫折/星浩氏
  ───────────────────────────
   93年8月6日、特別国会の衆院本会議が開かれた。議長
  には憲政史上初めて、女性の土井たか子元社会党委員長が選
  出され、首相指名が行われた。結果は、細川護熙氏が262
  票で河野洋平氏が224票。細川氏が第79代の首相に選出
  された。
   細川氏は朝日新聞記者、熊本県知事、自民党参院議員など
  を経て、日本新党代表。私は、朝日新聞の大先輩ということ
  もあって、話を聞く機会が多かったが、戦国武将・細川家の
  末裔で近衛文麿元首相の孫という経歴もあり、いつも「歴史
  の流れ」を考えている様子だった。
   自民党は1955年の結党以来、初めて野党に転落。自民
  社会両党による55年体制は幕を閉じた。細川政権の誕生に
  先立ち、宮沢内閣は8月5日に総辞職したが、その前日の4
  日、河野洋平官房長官が戦時中の従軍慰安婦についての報告
  書をまとめ、談話を発表した。92年1月の宮沢首相と韓国
  の盧泰愚大統領との会談で、調査の要請があったことを受け
  たものだ。談話は、慰安婦募集について「本人たちの意思に
  反して集められた事例が数多くある」などと指摘。河野氏は
  公式に謝罪した。この談話に基づいて、後に「アジア女性基
  金」が設立され、韓国の元「慰安婦」の方々に償い金などが
  支払われる。だが、韓国国内では日本への批判はやまず、こ
  の問題は日韓間の火だねとしてくすぶり続ける。
                  https://bit.ly/3FlP1bS
  ───────────────────────────
クリントン米大統領と細川首相(いずれも当時).jpg
クリントン米大統領と細川首相(いずれも当時)
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2022年01月18日

●「竹中平蔵氏どう扱うか/岸田政権」(第5652号)

 「岸田内閣の支持率が上昇している」──添付ファイルに自民
党内閣の発足後3カ月の支持率のグラフを付けていますが、これ
によると、岸田内閣は、小泉、安倍内閣に次ぐ第3位の地位を占
めています。菅内閣が74%からスタートし、3カ月で58%に
ダウンしたのとは対照的に、岸田内閣は、発足当時の59%から
65%に上昇しています。
 これは、岸田内閣が発足した秋口から、デルタ株の感染が大幅
に下がるという幸運と、国の水際対策を強化してオミクロン株の
流入を防ぎ、他国に比べて流入の時間稼ぎに成功したことです。
 もうひとつ「聞く耳を持つ首相」をアッビールし、一度政府と
して決めた政策でも、それに疑問が出されると、柔軟に変更する
などの対応も現在のところプラスに働いています。
 しかし、肝心の「新しい資本主義」に関しては、実は疑問だら
けです。昨年の9月6日、自民党総裁選に向けた記者会見で岸田
氏は、「新しい日本型資本主義」を掲げ、次のようにいっていた
のです。
─────────────────────────────
 新しい日本型資本主義とは、小泉改革以降の新自由主義政策を
転換することである。            ──岸田文雄氏
─────────────────────────────
 このとき、岸田氏の手元の想定問答集には「小泉改革以降の新
自由主義政策の転換」ではなく、「竹中路線からの転換」と書か
れていたのですが、岸田氏は、あえて「名指し」を避けて、「市
場原理に任せるだけではうまくいかなかった」と述べているに過
ぎないのです。さらに「日本型」は誤解を招きやすいとして「新
しい資本主義」に訂正しています。
 岸田首相が新自由主義からの転換を標榜したということは、誰
が考えても、竹中平蔵氏を政府から遠ざけることを意味していま
したし、それを期待する向きも多かったはずです。それほど、竹
中平蔵氏は、当時米国から強い要請のあった構造改革に辣腕をふ
るってきたからです。
 竹中氏は、2000年7月からの森喜朗政権でのIT戦略会議
での民間委員に就任すると、2001年からの第1次小泉純一郎
政権では、経済財政政策担当大臣とIT担当大臣として入閣。2
002年からの改造内閣では、経済財政政策担当大臣として留任
し、また、金融担当大臣も兼任するようになります。
 さらに竹中氏は、2003年の改造内閣でも留任し、内閣府特
命担当大臣として金融・経済財政政策を担当します。そして、2
004年7月の第20回参議院議員通常選挙に、自民党比例代表
で立候補し、70万票を獲得しトップ当選を果たしています。
 2004年9月、第2次小泉改造内閣において、今度は参議院
議員として、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、郵政民営化
担当大臣に就任。小泉内閣の経済閣僚として、日本経済の「聖域
なき構造改革」の断行に辣腕を振るったのです。
 2005年10月、第3次小泉改造内閣においては、総務大臣
兼郵政民営化担当大臣に就任。このとき、菅義偉前首相が副大臣
として竹中氏に仕えています。菅内閣が誕生したとき、真っ先に
会った民間人が竹中平蔵氏であったのも、このときの縁によるも
のと思われます。
 しかし、2006年9月に小泉首相が引退を表明すると、竹中
氏も任期を4年近く残し政界引退を表明し、9月28日に参議院
本会議で辞職が許可されると、自民党からも離党し、慶応義塾大
学に復帰しています。その後、2012年からの安倍政権におい
ても、竹中氏は、官邸の未来投資会議などの有識者として影響力
を保持し、菅義偉政権でも官邸の「成長戦略会議」に名を連ねる
など、政権のアドバイザーとして、自民党政権に強い影響力を現
在も保持しているのです。
 岸田首相としては、「新自由主義からの脱却」を標榜する以上
このさい、本人は否定するものの、その旗振り役であった竹中平
蔵氏をこのさい官邸から外すべきです。しかし、岸田首相には、
それができなかったのです。
 竹中平蔵氏は、世界から経営者や、政治家らが集まるダボス会
議を主宰する世界経済フォーラムの理事を長く務め、国際的な人
脈や発信力は気になるし、わざわざ虎を野に放つのはマイナスと
考えたのか、小細工をして竹中氏を官邸に残しています。このあ
たりが岸田政権の弱さであり、「新しい民主主義」の実現に疑問
を抱くところです。
 その小細工とは何でしょうか。
 まず、菅政権時代の竹中氏の入っている「成長戦略会議」を廃
止し、首相みずから議長として政権の1丁目1番地とする「新し
い資本主義実現会議」を立ち上げ、そこからは竹中氏を外したこ
とです。それでは、竹中氏をどこに起用したのでしょうか。これ
については、「日経ヴェリタス」の編集委員、清水真人氏は次の
ように書いています。
─────────────────────────────
 首相はデジタル社会の基盤となる規制・行政改革や法令見直し
を推進する司令塔として「デジタル臨時行政調査会」も主宰。さ
らに改革で実装が可能になるデジタル技術やサービスを都市と地
方の格差是正につなげる「デジタル田園都市国家構想実現会議」
も新設した。「田園都市国家」はかつて大平正芳元首相が提唱し
た構想が下敷きだ。首相は竹中氏をこちらに登用した。「官邸が
外すなら全て外せばよい。私もはや70歳。有識者も世代交代す
べきだ」と漏らしていた竹中氏も受け入れ、政権に「是々非々」
で動く。この微妙な落としどころには理由がある。
              https://s.nikkei.com/3Fw8s1S
─────────────────────────────
 竹中平蔵氏が政治に関わったのは2000年からです。しかも
彼は要職で経済・財政を担当しています。日本の長期デフレとは
無関係ではないはずです。一体彼は何をやったのでしょうか。
             ──[新しい資本主義/第009]

≪画像および関連情報≫
 ●竹中平蔵「アベノミクスは100%正しい」
  ───────────────────────────
   アベノミクスは、理論的には100%正しいと思います。
  最近私は、「TINA」という言葉をよく使いますが、これ
  は、英国の元首相のサッチャーの言葉です。TINAとは、
  「There is no alternative」の略、 つまり「これ以外の方
  法はない」という意味です。
   ただ、これが本当に実現できるかどうかはわかりません。
  これは政治の強い決意をもって実行してもらわないといけな
  い。「アベノミクスが正しいかどうか」を議論するよりは、
  「アベノミクスが本当に実現できるかどうか」を議論するほ
  うがいいと思います。
   今年のダボス会議では、参加者は皆、安倍さんを絶賛して
  いました。「彼の言っていることは、正しい」という意見で
  す。この間、経済学者のジョセフ・スティグリッツやアダム
  ・ポーゼンと内閣府で会議を行いましたが、彼らも同意見で
  した。「安倍首相の言っていることは正しいので、きちんと
  実行してほしい。それに尽きる」ということです。
   デフレを解消しようと思ったら、これは貨幣的現象ですか
  ら、金融を緩和しないといけない。財政については、短期に
  は需給ギャップを埋めるけれども、長期には財政再建が必要
  になる。そして、経済を成長させるためには、規制改革を進
  めなければなりません。これらは、否定しようがないことで
  す。まさしく、There is no alternative ですよ。繰り返し
  ますが、問題はこれを実現できるかどうかです。まだ道のり
   は、そうとう遠い状況です。  https://bit.ly/3qsZrSN
  ───────────────────────────
自民党内閣発足3か月の支持率.jpg
自民党内閣発足3か月の支持率
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2022年01月19日

●「毀誉褒貶が相半ばする竹中平蔵氏」(第5653号)

 現代の若者、大学生に「竹中平蔵氏という人を知っているか」
と聞くと、知っている人はほぼゼロ。写真を見せても首をかしげ
るばかり。もっとも竹中氏は、慶應義塾大学名誉教授であるので
慶応大学生に聞けば知っているだろうが、少なくとも若者からは
遠い存在の人であるようです。
 しかし、2000年前後にビジネスパーソンをしていた人、と
くに銀行や保険会社や証券会社などの金融機関に務めていた人で
竹中氏の名前を知らない人はいないはずです。
 「毀誉褒貶が相半ばする人物」という言葉があります。「相半
ばする」が「ちょうど半分」といった意味ですので、「いい評判
とわるい評判が半分半分でウワサされる人であると、よく言う人
もいれば、悪く言う人もいる、そんな人物だ」くらいの意味にな
ります。私は、竹中平蔵氏をそういう人物であるとみています。
 しかし、一部の著名人の竹中平蔵氏に対する評価はきわめて厳
しく、そのいくつかをひろってみます。
─────────────────────────────
・落語家の三遊亭鬼丸からは、「政府にすり寄り、恥知らずな我
 田引水を続け、私腹を肥やす傍ら納税(住民税)の義務を怠る
 いわば国賊です」と、厳しく批判されている。
・れいわ新選組の山本太郎は、名古屋市の中心部で「小泉・竹中
 ろくでもない」と批判する演説を行った。。また普段から竹中
 には厳しい批判を行なっている。
・漫画家の小林よしのりは自身の著書、『日本を貶めた10人の
 売国政治家』の中で竹中をワースト10の中に挙げ、「国民の
 最低限の願いすら打ち砕く」と、厳しく批判している。
・ハフポスト記者であるロッシェル・カップは竹中の「正社員を
 なくすべき」という意見を称賛し、「日本独特の正社員システ
 ムはマイナス面が多く、日本企業の人事管理を歪ませている」
 と述べた。            https://bit.ly/3nAI5Sa
─────────────────────────────
 クリントン米大統領は、冷戦の終結によって、ソ連という重し
のなくなった米国の次の戦略として、当時世界第2位の経済大国
である日本を標的にして、日本に対してさまざまな経済戦略を仕
掛けてきています。
 そのため、日本をパッシングして中国を持ち上げるなどの戦略
と並行して、ロイド・ベンツェン財務長官に命じて、1985年
9月22日の「プラザ合意」を締結しています。この日、米国、
日本、西独、英国、仏国の通貨当局代表が、ニューヨークのプラ
ザ・ホテルに集結し、ドル高是正のための為替市場への協調介入
強化で合意したのです。
 1985年の円・ドルレートは、「1ドル=238・54円」
でしたが、1986年には「168・52円」、1987年には
「144・64円」、1988年には「128・5円」というよ
に、短期間のうちにドルは急激に切り下げられ、日本には猛烈な
円高不況が襲ってきたのです。
 さらに米国政府は、日本政府に対して、減税や銀行への公的資
金の投入、スーパー301条に基づいた市場開放を高圧的に内政
干渉にも近い形で要求してきています。さらに、日米包括経済協
議の開催と、アメリカ合衆国連邦政府による日本政府への「日米
規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書(年次改
革要望書)」を送りつけ、その実行を迫ったのも、クリントン政
権からのことです。
 折しも日本経済は、2000年10月に景気の山を越え、景気
後退局面に突入していたのです。その後、2001年を通じて、
生産は大幅に減少するとともに、失業率も既往最高水準を更新し
景気は悪化を続けていたのです。
 2001年以降、クリントン政権から政権を引き継いだのは、
ブッシュ(子)政権です。民主党の大統領から共和党の大統領に
なったので、日本としては期待したのですが、ブッシュ(子)政
権の本質は、脱冷戦以降の国際秩序を打ち立てようとし、基本的
には、一国主義、国益重視をとる大統領です。
 そのため、クリントン政権からの米国の対日要求は継続され、
日本は、森政権を経て小泉政権になります。2001年のことで
す。このときの閣僚人事は、これまでの自民党の慣習である派閥
からの推薦を全面的に廃止し、首相がこれぞと思う人物を一本釣
りして、大臣を決めていったのです。この政権で、竹中平蔵氏は
経済財政政策担当大臣とIT担当大臣として入閣しています。経
済のことはさっぱりわからない小泉首相は、森政権から引き継い
だ竹中平蔵氏にいっさいをまかせる気で、竹中氏を大臣に任命し
ています。
 2002年1月7日のことです。竹中氏は、経済財政担当大臣
として訪米し、カウンターパートであるハバードCEA(大統領
経済諮問委員会)委員長と会談しています。もともと竹中氏とハ
バード氏は、竹中氏がハーバード大学の客員研究員をしていた頃
からの旧知の間柄であり、いつでも電話で話の出来る間柄であっ
たのです。小泉首相は、そのことを十分知ったうえで、竹中氏を
経済財政政策担当大臣に任命しています。さらに、竹中氏は、リ
ンゼー大統領補佐官(経済政策担当)、そして、オニール財務長
官とも個別に会談しています。
 このとき日本と米国の間で大きなネックになっていたのは、銀
行への特別検査を2002年3月までに完了し、要注意先企業を
洗い直し、「銀行への貸倒引当金の積み増し」を強制し、不良債
権をあぶりだすことであったのです。
 この件については、2001年10月7日、ワシントンで日米
次官級会議が開催され、米国側のジョン・テイラー財務次官は、
不良債権のオフバランス処理(直接償却)だけでなく、企業の再
編が必要であることを強く求めていたのです。この銀行の不良債
権問題の早期処理は、当時日米間の最大の懸案事項になっていた
のです。その矢面に竹中平蔵氏は経済財政政策担当相として向き
合ったのです。      ──[新しい資本主義/第010]

≪画像および関連情報≫
 ●不良債権の発生は銀行と借り手企業の共同責任
  ───────────────────────────
   1997年10月以降、「貸し渋り」というテーマで銀行
  による与信削減の動きが大きな注目を集めるようになった。
  すなわち、膨大な金額にのぼる不良債権を処理するためには
  赤字決算が不可避となるが、その結果、赤字決算金額分だけ
  自己資本が毀損される。ここまでは一般事業法人と同じであ
  る。しかし、銀行の場合、財務内容の健全性維持を狙いとし
  て自己資本比率規制が課されているため、自己資本の減少は
  直ちに貸出を中心とした総資産の圧縮を意味する。
   銀行からみた場合、こうした資産圧縮行動は経営の健全性
  維持という観点から必要不可欠なものであり、私企業として
  はむしろ当然の行動とすらいえる。その一方で、借り手企業
  からみると、銀行の資産圧縮行動はたまったものではない。
   銀行が貸出を減少させるということは、少なくとも借入交
  渉に費やす労力も大きくなる結果、有形・無形の追加的なコ
  ストが発生するということを意味しているため、追加的なコ
  ストを負担しえない限界的な企業においては、借り入れが不
  可能になることすらありうるからである。それゆえ、銀行に
  よる与信機能の急激な低下を食い止め、資金の円滑な循環を
  維持するためには銀行の自己資本を充実させる以外に途がな
  いとして、1998年3月および99年3月の2度にわたっ
  て銀行に対して、公的資金による資本注入が行われた。この
  ように、銀行に対する公的資金注入に至る過程での議論や考
  え方は非常に論理的なものであり、それ自体批判できるもの
  ではない。          https://bit.ly/3qCfU7n
  ───────────────────────────
竹中平蔵経済財政担当大臣.jpg
竹中平蔵経済財政担当大臣
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2022年01月20日

●「バブルにおいて銀行は何をしたか」(第5654号)

 そもそもなぜ銀行の不良債権問題が起きたかについて知る必要
があります。通常であれば、銀行は融資のさいに不動産などの担
保を取ります。担保にもよりますが、融資希望額の60〜70%
をめどに貸し付けを行います。したがって、もし、貸し倒れが起
こっても、担保を回収することで損失は出さずに済みます。
 しかし、日本では、バブル景気時代に高騰した不動産を担保に
甘い融資が行われたのです。通常は多くても担保価値の70%ぐ
らいしか融資をしないのですが、今後の地価の高騰を見越して、
120%を融資した例や、融資を優先するあまり、抵当権の順位
が下位でも、担保を設定して貸し付けるなどの行為も、当時平然
と行われたのです。めちゃくちゃです。
 しかし、そのバブルが崩壊したのです。銀行は、融資先が事業
に失敗して融資の回収ができず、さらに、担保の不動産の価値が
暴落して融資額を下回り、下位の抵当権で担保を設定した金融機
関は、融資回収も担保も取れないという状況が相次いだのです。
こうして回収が不可能になった債権(不良債権)によって、日本
の銀行各行は、深刻な経営危機に陥ったというわけです。
 いくつかの銀行では、これらの事態に対して、若干の小細工を
行っています。債権を審査する基準を甘くして、本来不良債権と
するべき物件を正常債権として区分したり、所定の返済に必要な
資金を追い貸しして、不良債権ではなく正常債権とみなす操作を
行うなど、不良債権総額を低く見せて、経営状態を取り繕ろう行
為をやったのてです。
 これらバブル崩壊後の不景気、信用収縮(クレジット・クラン
チ)のなかで、これらの銀行の行為や疑いが広く報道され、金融
不安を一段と助長したのです。政府は当初、護送船団方式を取り
「金融機関は潰さない」と表明していたのです。
 しかし、1990年3月27日、大蔵省は金融機関に対して総
量規制を行ったのです。それは、1991年12月に解除される
まで約1年9カ月近く続きます。総量規制とは何でしょうか。
─────────────────────────────
 総量規制とは、不動産向け融資の伸び率を貸し出し全体の伸び
率を下回るよう求めたものである。行き過ぎた不動産価格の高騰
を沈静化させることを目的とする政策である。
                  https://bit.ly/3rspR6D
─────────────────────────────
 いわゆる「バブル潰し」です。行き過ぎた不動産価格の高騰を
早期に沈静化させることを目的とした政策です。この政策は、大
蔵省(現財務省)銀行局長・土田正顕名で出されていますが、当
時の大蔵大臣(財務大臣)は、橋本龍太郎氏だったのです。ちな
みに当時の首相は、この1月9日に亡くなった海部俊樹氏です。
 しかし、この政策は、予想をはるかに超えた急激な景気後退の
打撃を日本経済にもたらすことになります。いわゆるバブル崩壊
の一因とされるほどの影響をもたらしてしまい、さらにはその後
の「失われた30年」を日本に招来する要因の一つとなったこと
から、結果的にこの政策は大失敗だったといえます。
 橋本龍太郎氏は、1996年1月に念願の首相になり、村山内
閣で内定していた消費税の税率を3%から5%に引き上げます。
しかし、次の参院選で大敗し、辞任を余儀なくされています。橋
本氏自身は、いかに前内閣で内定していたこととはいえ、デフレ
不況期での増税は躊躇ったものの、大蔵省高官の進言を信じて増
税を実施したのです。橋本氏は、亡くなる間際まで、官僚のいい
なりになった自分を悔いていたといわれます。
 クリントン米政権は、このような状態に陥った日本の金融機関
の処理に対して、構造的改革の必要性を説いたのです。具体的に
は「市場から退場すべき企業(金融機関)は退場させる」ことを
基本方針とし、債権の審査を厳しくして不良債権の隠蔽を認めず
また不良債権に対する貸倒引当金の積み増しを要求したのです。
 まず、兵庫銀行が銀行として戦後初めて倒産し、更には北海道
拓殖銀行のような都市銀行や、日本長期信用銀行・日本債券信用
銀行のような長期信用銀行まで破綻する事態になったのです。破
綻を逃れた他の大手銀行も、国から大規模な公的資金注入を受け
て、その場をしのぐという有様に陥ります。
 このように、銀行の体力が奪われたことは、バブル崩壊後の日
本経済を再建するうえで大きな足枷になったといえます。銀行は
融資に対して過度に慎重になり、中小企業に対する貸し渋りや貸
し剥がしといった現象も目立つようになります。このため不景気
に加えて、資金調達が困難になったために、新規事業の立ち上げ
が不可能になったばかりでなく、融資を受けられないことによる
倒産、さらには倒産が倒産を呼ぶ連鎖倒産、失業率上昇、中高年
の自殺者も急増し、深刻な社会問題になったのです。
 しかし、ここまでは、橋本政権の次の小渕政権、森政権での話
であり、竹中平蔵氏は森政権でIT担当大臣としては既に活躍し
ていたものの、この問題のメイン舞台である不良債権の処理に登
場するのは、小泉政権になってからのことです。
 2002年1月17日、ブッシュ(子)米大統領は、何となく
フィーリングの合う小泉首相に対して、極秘扱いの次のような内
容の「親書」を届けています。
─────────────────────────────
 これは「外圧」でなく、友人としての助言と、受け取ってほし
い。日本政府が銀行検査を強化するなどの措置をとってきたこと
は喜ばしい。しかしながら、銀行の不良債権や企業の不稼動資産
が、早期に市場に売却されていないことに、強い懸念を感じる。
日本が不良債権を処分し、(塩漬けになっている)資金や企業の
不稼動資産を解き放ち、最も効果的に資産を活用できる人たちの
手にゆだねて、機能を回復させることが必要だと信じている。
                   ──ブッシュ米大統領
             2002年2月28日付、朝日新聞
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第011]

≪画像および関連情報≫
 ●不良債権処理・先送りからの訣別/鶴光太郎上席研究員
  ───────────────────────────
   「聖域なき構造改革」を標榜する小泉内閣にとって不良債
  権問題の解決は文字通り待ったなしの状況である。先の緊急
  経済対策で決められた不良債権のバランス・シートからの切
  り離し(2〜3年以内の直接償却)が確実に実行されれば、
  特に、主要行にとって不良債権問題の抜本的な解決に向けて
  の大きな前進になることは間違いない。しかし、こうした政
  策の成否は、まさに、過去10年近く続けられてきた不良債
  権問題先送りのメカニズムとその経済への影響の正しい理解
  によるといっても過言ではなく、それなくしては、不良債権
  問題が、もう一度振り出しに戻ってしまう危険性も否定でき
  ない。90年代の邦銀の貸出行動を説明する重要なキー・ワ
  ードは「ソフトな予算制約」である。これは元来、旧共産圏
  諸国において、非効率な国営企業にお金がルーズに注がれる
  現象を示した用語であるが、市場経済に移行してからも、銀
  行・企業間関係に広く見られる現象として注目されてきた。
  基本的なメカニズムは、プロジェクトが不良化した企業に対
  しては既に融資(及びモニタリング費用負担)が行われてい
  るので、銀行は融資をストップして損切りするよりも、追加
  的に融資して少しでも利益が出ると考えれば、これまでの融
  資全体では赤字となったとしても再融資して損を少しでも取
  り戻した方が有利になるというものである。つまり、「ソフ
  トな予算制約」のメカニズムは「追貸し」の理論的な根拠を
  与えるのである。       https://bit.ly/3qCT7Iq
  ───────────────────────────
橋本龍太郎元総理/小泉純一郎元総理.jpg
橋本龍太郎元総理/小泉純一郎元総理
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2022年01月21日

●「銀行不良債権処理にこだわる米国」(第5655号)

 昨日のEJでご紹介したブッシュ米大統領による小泉首相に対
する親書をよく読むと、そこに米国の意図を読み取ることができ
ます。まず、「銀行の不良債権や企業の不稼動資産が、早期に市
場に売却されていないことに強い懸念を感じる」とあります。
 銀行に対する検査を厳しくすると、多くの不良債権が生み出さ
れます。ブッシュ大統領はそれらの不良債権が整理回収機構(R
CC)に買い取られたのはいいが、その多くが塩漬けになってい
ることを懸念しているといっているのです。
 そして、それらを「最も効果的に資産を活用できる人たちの手
にゆだねて、機能を回復させることが必要である」といいます。
この場合、最も効果的に資産を活用できる人たちとは、要するに
「ハゲタカ・ファンド」のことであり、ブッシュ大統領は、整理
回収機構が抱えている不稼動資産を、外資(つまり米国のファン
ド)に早く委ねよといっているのです。安く買いたたくことがで
きるからです。極めてムシのよい話です。ちなみに、整理回収機
構とは、金融機能の再生及び健全化を行うための銀行・債権回収
会社のことです。
 具体的な例を上げます。これはクリントン政権のときの話です
が、日本長期信用銀行(長銀)のケースです。長銀は、吉田内閣
が打ち出した「金融機関の長短分離」政策(短期金融は普通銀行
長期金融は長期信用銀行と信託銀行に担当)に沿って、1952
年に設立された銀行であり、長期資金の安定供給を目的にしてい
たのです。その設立の経緯から、吉田茂・池田勇人と連なる自民
党の宏池会(岸田首相の派閥)と関係が深かった銀行です。
 長銀は、バブル景気時には積極的な融資拡大路線を行っていま
したが、それが仇となってバブル崩壊後の不況で巨額の不良債権
を抱えてしまいます。最終的に1998年に経営破綻し、一時国
有化されてしまうのです。
 その破綻後の長銀のトップに就いたのが安斎隆氏(セブン銀行
初代社長で、現同行特別顧問)です。安斎氏は、1998年4月
に日銀で信用担当の理事に就任していますが、この役職は金融シ
ステムの安定に責任を持つ役職です。この安斎氏によると、6月
にサマーズ米財務副長官が来日し、当時の小渕首相、松永光蔵相
そして速水日銀総裁と相次いで会談しています。
 来日の狙いは、日本の金融危機はアジア全体の経済・通貨不安
を再燃させかねないとして、抜本的な不良債権処理を日本に迫っ
たのです。確かに前年の1997年には、山一證券や北海道拓殖
銀行が破綻しており、長銀も処理を誤ると、平成不況を象徴する
大型倒産になりかねない状況だったからです。
 そのとき、サマーズ米財務副長官は、速水日銀総裁に対し、日
銀の考査資料を提出せよと要求してきたそうです。速水総裁はそ
れを受け入れ、担当の安斎氏に対し、提出するよう命令してきた
といいます。この米国の要求は、きわめて無礼な話です。このと
きのいきさつについて、日経のレポートは、安斎氏の話に基づい
て、次のように書いています。
─────────────────────────────
 考査結果は銀行の健全性を中央銀行として克明に調べた極秘の
資料だ。米国は日本に当事者能力がないとみたのか、考査資料を
手に入れ、不良債権問題に介入する姿勢が露骨だった。「今日は
用意できない。明日出す」。安斎氏はこう言い返し、最後まで渡
さなかった。米国には「指示を拒んだ」と言われたが、国家で解
決すべき問題だとの思いだった。長銀は2000年、米系ファン
ドのリップルウッドに譲渡された。サマーズ氏は、同ファンドの
トップと旧知の仲とされた。  https://s.nikkei.com/3AeFJxg
─────────────────────────────
 ブッシュ米大統領が小泉首相に親書を送ってきたのは2002
年1月7日です。だが、このブッシュ親書は「極秘扱い」になっ
ています。その理由は日本国民の税負担で、米国企業が不良債権
を安く買い取るという露骨で身勝手な要求だったからです。
 2002年1月27日に日本政府は、対応策をまとめています
が、内容は「空売り規制」など、株価対策などに重点を置かれた
ものになっていて、米国が親書で求めたものとは、ほど遠い内容
でした。これに対し、米国は「苛立ち」を強め、3月19日には
ハバードCEA委員長が自身が来日し、東京で講演し、「重要な
ことは資産の買取りが行われ、それが政府以外の民間の市場関係
者の手に早く入ることである」と強調しています。それは、大蔵
省出身の柳沢伯夫金融担当大臣の強い抵抗があったからです。竹
中経済財政担当大臣と柳沢金融担当大臣の意見は、まったく合わ
なかったのです。
 2002年9月に入ると、事態は急展開します。まず、小泉首
相が訪米し、9月12日にニューヨークで、ブッシュ大統領と日
米首脳会談を行います。そこで小泉首相は「不良債権処理の遅れ
を認め、不良債権の処理を加速させる」ことを約束します。
 そのとき、ハバードCEA委員長は来日しており、柳沢金融担
当大臣と竹中経済財政担当大臣と個別に会談し、不良債権処理を
加速させるために、さらに厳しい検査をし、公的資金注入も必要
であると説いていますが、竹中大臣は同調したものの、柳沢大臣
は、今はその必要はないと反対しています。
 9月15日に帰国した小泉首相は、柳沢、竹中両大臣と個別に
会談し、不良債権処理の加速度について話し合っています。しか
し、両大臣の意見は次のように対立したままだったのです。
─────────────────────────────
◎柳沢大臣
 不良債権処理は着実に進んており、大口債権の最終処理を1年
以内に実施できるよう大手行に義務付ける。
◎竹中大臣
 これまでのやり方では市場や欧米は信用しない。経営状態が悪
い銀行には税金を投入し、国有化が必要だ。
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第012]

≪画像および関連情報≫
 ●「不良債権処理」で米国にどんな利益が?/日本共産党
  ───────────────────────────
  【問い】政府の「不良債権早期処理」方針の背景にはアメリ
  カの要求があるとのことです。アメリカにとってどんな利益
  があるのでしょうか。(埼玉・一読者)
  【答え】「不良債権の早期最終処理」は、三月の日米首脳会
  談で、当時の森首相が米側の要求にこたえて公約し、6月の
  日米首脳会談でも小泉首相が「構造改革」の柱として約束し
  たものです。
   米国の要求の裏には、米国経済が減速するなか、日本の銀
  行が身ぎれいになり「ジャパンマネー」でもっとアメリカの
  国債や株を買い支えてもらいたいということがあります。ま
  た身ぎれいになる銀行があれば、おいしいところはアメリカ
  の金融機関が買収したり、合併したりできるという思惑もあ
  ります。6月の首脳会談でブッシュ大統領が、「外国からの
  直接投資の促進が重要だ」とのべたのも、この思惑を代弁し
  たものです。
   3月の日米首脳会談の直前、米の店頭市場(ナスダック)
  は最大級の株安になり、続いて東京市場の株価が16年ぶり
  に1万2千円を割りこむといったように、日米同時株安の状
  況を呈していました。このままでは米国へ資金が流れず、ア
  メリカの株は大変なことになる――これが、日本の銀行の不
  良債権早期処理というブッシュ政権の要求につながっていま
  す。アメリカ側の要求には、日本経済は米経済に密接に関係
   しており、その日本経済が銀行の不良債権によって、悪く
  なっているという認識があります。https://bit.ly/33R4svs
  ───────────────────────────
ブッシュ米大統領と小泉首相.jpg
ブッシュ米大統領と小泉首相
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2022年01月24日

●「小泉・竹中による柳沢大臣追放劇」(第5656号)

 2002年9月15日のことです。小泉首相は米国から帰国す
ると、柳沢、竹中両大臣と個別に会談し、不良債権処理の加速策
について、話し合っています。柳沢、竹中両大臣の主張は完全に
食い違い、小泉首相は米国の要請をこれ以上伸ばせないと判断し
たのです。そして小泉首相は「柳沢切り」を決断します。この両
大臣の主張の違いについて、大門実紀史氏(日本共産党参議院議
員)は次のように書いています。
─────────────────────────────
 柳沢大臣は「不良債権処理は着実に進んでいる。大口債権の最
終処理を1年以内に実施するよう大手行に義務づければ良いので
はないか」と、従来の主張をくり返したが、竹中は、柳沢路線を
真っ向から否定し「これまでのやり方では市場や欧米は信用しな
い。経営状態の悪い銀行には税金を投入し、場合によっては国有
化するべきだ」と米国と同じことを強硬に主張し「柳沢ではダメ
だ」と訴えた(「ウィークリイ・ポスト」10月11日)。
 さらに、20日の経済財政諮問会議でも竹中が「不良銀行の国
有化」を強く主張したが、柳沢は頑としてそれを受け入れなかっ
たという(同)。なお、9月13日の「日経」経済教室で、ハバ
ードCEA委員長は「破たん寸前の金融機関を整理することこそ
選択肢とすべきである」と、銀行の救済でなく淘汰を主張してい
る。               https://bit.ly/3KC5GMm
─────────────────────────────
 2002年9月30日のことです。内閣改造が行われ、柳沢伯
夫金融担当大臣は更迭され、竹中平蔵経済財政担当大臣が金融担
当大臣を兼務することになったのです。これによって、竹中大臣
は全権を掌握するに至ったのです。ハバードCEA米委員長は、
竹中大臣の金融担当大臣兼務を歓迎し、「竹中大臣こそ真の改革
者である」と持ち上げたのです。
 10月30日、政府は、不良債権処理「加速」のための「金融
再生プログラム」「総合デフレ対策」を発表し、資産の査定方法
の厳格化、自己資本が不足する銀行に公的資金を注入することを
明記しています。どのように考えても、これは竹中平蔵氏が米国
側についたことによって成立しています。したがって、竹中氏は
米国側の利益を代表していると、竹中氏に対して強い批判があり
それは今でも尾を引いているといえます。
 そのため、小泉首相が退陣を表明したとき、竹中氏は参院議員
でしたが、竹中氏も4年近い任期を残したまま、政界引退を表明
しています。もし、小泉首相の引退後も参院議員を続けていたら
どのようなバッシングを受けるかわからないと考えたからでしょ
うか。自らが、小泉首相あっての自分であることをよく認識して
いたからともいえます。
 しかし、今にして考えてみると、どちらが正しかったのかにつ
いては、一概にはいえないのです。小泉・竹中の荒療治によって
多くの犠牲が出たものの、日本の銀行の不良債権が処理され、銀
行が健全化したことは事実だからです。しかしながら、デフレか
らは、現在になっても一向に脱却できていません。
 2021年8月6日、柳沢伯夫氏は、『平成金融危機/初代金
融再生委員長の回顧』(日本経済新聞出版)の出版に当たって、
日本経済新聞記者とのインタビューで、そのときのことを次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
――小泉内閣で金融機関への公的資金投入に反対し当時の竹中平
 蔵経済財政担当相と対立しました。
柳沢:私が資本注入を検討・容認した1998〜99年ごろとは
 状況が変わった。銀行の経営責任を問わずに投入すべきではな
 いと考えた。官邸主導を初めて実行した小泉純一郎元首相は竹
 中氏ら民間人から意見を聞いていた。担当の私がなかなか言う
 ことを聞かないと退任させた。そういうやり方をすべきではな
 かった。
――官邸主導は弊害もあります。
柳沢:内閣府や内閣官房に担当を集中させ誰も責任を取らない政
 治につながった。金融担当相は特命の担当相で、首相の思いつ
 きで政策も変わる。    https://s.nikkei.com/3fOEUlG
─────────────────────────────
 どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。
 それは「ワシントンコンセンサス」に基づいて行われていると
いえます。「ワシントンコンセンサス」とは何でしょうか。
 それは、米国による冷戦終結後の世界を経済的に支配するため
の総合戦略です。
 米国の首都ワシントンには、米国政府(財務省)、ウォール街
世界銀行、IMF(国際通貨基金)、IIE(国際経済研究所)
FRB(連邦準備制度理事会)などが集結しており、米国は、こ
れらの機関の共通認識のもとに、新自由主義的な政策や、対外的
な政策(国際機関を通じた支援、援助)を行っていたところから
「ワシントンコンセンサス」といわれるようになったのです。こ
のワシントンコンセンサスによるコンディンショナリーには次の
問題点があります。
─────────────────────────────
 @コンディショナリティに基づいた改革を通じて対象の国の市
  場を開放させることは、競争力を持つ先進国のグローバル企
  業にチャンスを与えるものである。
 Aコンディショナリティは、固有の歴史、文化を背景に作られ
  てきたその国の社会に大変革を求めることになり、アメリカ
  的な社会になることが求められる。
─────────────────────────────
 こういう仕組みになっている以上、岸田内閣が「新自由主義か
ら決別する」といっても、言葉だけに終わることは目に見えてい
ます。なぜなら、新自由主義はその帰結として「格差拡大」を必
然的にもたらすことになります。
             ──[新しい資本主義/第013]

≪画像および関連情報≫
 ●「ワシントン・コンセンサス」の消滅と新しい「ワシントン
  ・コンセンサス」
  ───────────────────────────
   2021年4月11日、「ワシントン・コンセンサス」を
  提唱したジョン・ウィリアムソンが83歳で亡くなった。彼
  の唱えたワシントン・コンセンサスは彼の死とともに消滅し
  てしまったのかもしれない。ここでは、国際通貨基金(IM
  F)と世界銀行の本部が置かれたワシントンD.C.において
  ワシントン・コンセンサスが果たしてきた役割を説明し、そ
  れが現在、ワシントンにおいてどう変貌しているのかについ
  て論じてみたい。
   実は、このワシントン・コンセンサスという言葉は、19
  89年以降、長く使われるなかで、さまざまの意味をもつよ
  うになっていった。ウィリアムソン自身の整理によると、三
  つの異なる意味をもつようになったとしている。2004年
  1月13日、彼が世銀で行った「開発のための政策処方箋と
  してのワシントンコンセンサス」という講義のなかで明らか
  にしたものだ。
   第一の意味は、ウィリアムソンが当初使ったオリジナルの
  意味である。それを理解するためには、時代背景を知る必要
  がある。1960年代から1970年代にかけて、好景気に
  沸くラテンアメリカ諸国は、インフラ整備や工業化のために
  多額の借金をしていた。1980年代初頭に金利が急上昇し
  たことで、これらの借金は返済不能となり、債務不履行の危
  機に陥る。米国の政治家たちは、自国の銀行の損失を心配し
  て、ラテンアメリカからできるだけ多くの返済を引き出すた
  めの計画を次々と打ち出す。  https://bit.ly/3tOYpmd
  ───────────────────────────
柳沢伯夫元金融担当大臣.jpg
柳沢伯夫元金融担当大臣
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2022年01月25日

●「近衛文麿を彷彿とさせる岸田首相」(第5657号)

 竹中平蔵氏に関して、日本の金融機関の不良債権処理について
詳しく述べましたが、ここで話を岸田政権に戻します。このとこ
ろ、支持率が伸びていますが、岸田首相の「聞く力」を標榜する
姿勢が支持されているという人がいます。いったん決めた政策で
も、よりよいアイデアが出れば、それを取り入れるという柔軟な
姿勢が支持されているというのです。
 「18歳以下への10万円給付」の政策があります。もともと
公明党が衆院選で掲げた政策です。所得制限なしで、現金10万
円を申請不要の「プッシュ型」で支給するというものです。
 しかし、これに対して岸田政権、というよりも自民党は「待っ
た」をかけています。所得制限をつけるべきだというのです。親
の年収が960万円未満とすることと、5万円を現金で先に支給
し、残りの5万円は教育関連商品が買えるクーポン券にするとい
うものです。この条件で自公は合意しています。
 これに対して、自治体によっては、政府の決めた方式では、か
えって経費がかかるので、現金で10万円を一括支給していいか
という意見が出され、岸田首相は、結果としてそれを受け入れて
います。首相本人としては「聞く耳」を大事にしたつもりでしょ
う。これまで自民党政権は、一度決めた政策を変更することはほ
とんどなかったので、この柔軟さは驚きをもって受け止められた
ものです。しかし、多くの自治体では、この政策変更によって大
きな混乱が起きているといわれます。
 しかし、これは、あまりにもケチくさい政策だとは思いません
か。総額にして2兆円にしかならない政策です。世界第3位の経
済大国である日本の政策としては、あまりにもミミッチイです。
こんなものは、最初からポンと現金で年内に給付すべきです。所
得制限だの、クーポンなどの条件は財務省の意向でしょうが、こ
の役所は、どうしようもない役所であると思います。公文書を改
ざんしても反省しないし、何よりも30年もの間、日本をデフレ
のままにして平然としているのですから話になりません。
 これに関して、岸田政権に一家言を持つ高橋洋平氏は、新著の
冒頭で次のように述べています。
─────────────────────────────
 岸田政権のグダグダ感はあまりにひどいです。GOTOトラベ
ルもなぜ人の移動が一番激しく、観光業界や飲食店、小売業界が
一番儲かる年末年始を外したのか、私にはわけがわかりません。
 日本経済のX字回復を求めるのなら、新型コロナの感染も十分
に収まり、需要も非常に高い年末年始を外すことなど考えられま
せん。GOTOトラベルもGOTOイートも、期待していた人た
ちは、かき入れ時を外されてガクッと来ています。
 もし、今後、オミクロン株が流行し、またまた緊急事態宣言が
出たらどうなるのでしょうか。新型コロナで我慢してきた飲食店
観光業界、小売業界の方々が気の毒でなりません。
 さらに、1月後半か2月から始まるとされるGOTOトラベル
も、平日と休日では特典や割引率を変えるという案も練られてい
るようです。いろいろな条件をつけたら、使い勝手が悪くなるこ
とがわからないのでしょうか。        ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 人の意見に耳を傾ける「聞く耳を持つ」ことは大変よいことで
あり、長たる人の心得としては立派なことです。しかし、それを
売り物にするのは考えものです。優柔不断であると思われるから
です。ある自民党の中堅参議院議員は、岸田氏を「バランスの岸
田だからね」というし、「本当に自分がやりたい政策がない」と
厳しく見る自民党関係者もいます。ある経済団体の幹部は「近衛
文麿を彷彿させる」と指摘する向きもあります。
 近衛文麿という宰相は、名門貴族・近衛家の生まれで、戦前の
政界で貴族院議長や外相などの要職を歴任し、3度も首相を務め
た人物です。細川護熙元首相の祖父に当たる人です。
 この近衛文麿首相は、優柔不断な宰相として知られています。
日中戦争の野放図な戦線拡大が危惧されたさい、蒋介石との首脳
会談で”手打ち”する構想が持ち上がったのです。この構想に近
衛は承知したのに、南京行きの航空機をチャーターしておきなが
ら、近衛は直前にドタキャンしています。この首脳会談を軍部の
側から進めていた石原莞爾は次のように激高したといわれます。
─────────────────────────────
 2000年にも及ぶ皇恩を辱うして、この危機に優柔不断では
日本を滅ぼす者は近衛である。         ──石原莞爾
─────────────────────────────
 近衛文麿首相について、昭和天皇は、近衛が亡くなったときに
次のように述べていたことが、初代宮内庁長官の田島道治氏の手
になる『拝謁記』に、次のように書かれていたことがわかってい
ます。
─────────────────────────────
 (近衛は)意思が弱いし、悪(にく)まれたくないし、聞き上
手で、誰にでもかつがれる。          ──昭和天皇
                 田島道治著『拝謁記』より
─────────────────────────────
 この話はさておき、なぜ10万円の給付をわざわざ現金とクー
ポン券に分けたかですが、現金で配ると「消費に使われず、貯蓄
に回ってしまう」からということになっています。これはおそら
く財務省の考え方であると思います。
 異常なほど長く財務大臣に居座った麻生前財務相も、国民に現
金で給付すると「ほとんど貯蓄に回ってしまい、消費にまわらな
い」と口癖のようにいっていたからです。これは、果たして本当
のことなのでしょうか。
 結論からいうと、このロジックはきわめておかしいのです。財
務省はその理屈を知っていて、この話法を使っているフシがあり
ます。          ──[新しい資本主義/第014]

≪画像および関連情報≫
 ●首相の座に就く岸田文雄氏はどんな人物なのか
  ───────────────────────────
   岸田文雄は祖父、父とも元衆議院議員で、安倍晋三元首相
  と同じ政治家3代目である。1957(昭和32)年7月に
  東京・渋谷区で通産官僚の父・岸田文武の長男に生まれた。
  父の勤務の関係で小学校1〜3年はニューヨークで暮らし、
  地元の公立学校に通った。帰国後、東京の永田町小、麹町中
  開成高を経て早稲田大学法学部に進み、卒業後、日本長期信
  用銀行(現在の新生銀行の前身)に就職した。
   30歳で退職する。衆議院議員だった文武の地元秘書とな
  り、広島市に移住した。早大時代から40年以上の友人の岩
  屋毅(早大政経学部卒。衆議院議員)が述べる。
   「昔から自己主張する人ではなく、人の話をよく聞く。ガ
  ツガツしたところはない紳士。新しい宏池会のプリンスとい
  う育てられ方をされ、謙虚で誠実な人柄でそつなくこなして
  きた感じです」
   秘書に転じたときから、政治家に、と志を立てた。岸田が
  語る。「政治や官僚に触れる機会が多い環境で育った。小さ
  い頃、アメリカにいて、人種差別など理不尽な世の中に対し
  て、正義感とか義憤を人一倍強く抱いた。それが政治を志す
  気持ちにつながった」「酒豪だが、行儀のよいイケメン」が
  定評だ。秘書時代、広島県三次市出身で自動車メーカーのマ
  ツダの重役秘書だった女性と見合い結婚した。後に岸田の選
  対本部長を引き受ける林正夫(広島県議・元議長・自民党広
  島県連幹事長)は、「秘書のとき、よくマツダに行くね、と
  冷やかしたことがある。    https://bit.ly/3Ap5hrK
  ───────────────────────────
近衛文麿元首相.jpg
近衛文麿元首相
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2022年01月26日

●「定額給付金は貯蓄に回ると問題か」(第5658号)

 18歳以下の人に一人当たり10万円を配るという政策──目
的は子育て世帯の支援です。コロナ禍で若年世帯の収入が減り、
支援のニーズは高いはずです。公明党の衆院選の公約ですが、こ
のような政策は、前の政権の菅政権において実施しておくべき政
策だったといえます。はっきりしていることは、その目的が景気
対策ではなく、困窮世帯の支援であるということです。
 ところが実施に当たって、岸田政権は、所得制限と半分の5万
円のクーポン券化を求めています。現金を配るのは、バラマキで
あって、死んでもやりたくないという、超シブチンの財務省の意
向が強く反映されています。何しろ、あのバラマキ反対の矢野財
務次官の仕切る役所ですから、こうなるのです。
 所得制限を設けるということは、給付先を特定する事務手続き
上、給付までに時間がかかりますし、10万円を現金とクーポン
券に分けるには、クーポン券の印刷など、多くの手間とコストが
かかります。このように総額がわずか2兆円でしかない政策の場
合、年内に現金で配るのがスピーディーであるし、ベストです。
同じ10万円でも年内に届くのと、年を越すのとでは、天と地ほ
ど違うからです。こういうことは安定した高給を保証されている
財務省の役人にはきっとわからないのでしょう。
 そもそも、クーポン券にするのは、景気対策にもしたいからで
す。彼らは、現金を配ると、その分貯蓄が増えるだけでムダに終
わってしまうので、せめて景気対策にしたいと考えているからで
す。しかし、これは若年層世帯への支援であり、困窮者支援対策
であって、何よりもスピードが必要なのです。
 なお、この10万円給付には「児童手当受給世帯」への仕組み
が使われるので、15歳未満の子供に対しては、申請は不要で、
プッシュ型で届きますが、16歳から18歳の子供の分について
は申請が必要になります。それに所得制限やクーポン券化が加わ
ると一層手続きが面倒になります。
 2020年5月の特別定額給付金(国民1人当たり10万円)
の使い道について、ニッセイ基礎研究所による調査では、その要
点について、次のようにレポートしています。
─────────────────────────────
◎コロナ禍で銀行口座の預金は増加傾向にある。ニッセイ基礎研
 究所の調査でも、特別定額給付金の使い道の2位は、「貯蓄」
 (26・1%)である。この背景には、経済不安で貯蓄にとど
 めていることや、外出自粛により使い道がないために貯蓄にと
 どまっていることなどがあげられる。あらためて消費者の意識
 に注目して給付金の使い道を捉える。
◎一方、外食や旅行など必需性の低い消費項目に費やす消費者で
 は、経済不安のない層が多い。ただし、感染状況の収束が見え
 ない中では、いったん旅行などを保留しているために、見た目
 上貯蓄にとどまってる部分もあるだろう。なお、給付金を使っ
 ているとはいえ、生活費の補填にあてる消費者は、当然のこと
 ながら、経済不安が強い傾向がある。
◎「貯蓄が増えているために、お金に困っている人は少ない」と
 の見方もあるようだが、少なくとも給付金が貯蓄にとどまる理
 由は、主に経済不安の強さによるものである。特に、比較的若
 い現役世代については、貯蓄が増えていても、決して経済状況
 に余裕があるわけではない。データとして見える事実と背景に
 ついて、丁寧に読み解く必要がある。
       ──ニッセイ基礎研究所上席研究員/久我尚子氏
                  https://bit.ly/3tPSBJe
─────────────────────────────
 実際問題として、特別定額給付金は指定銀行口座に振り込まれ
るので、すぐ引き出して使わない限り、貯蓄としてストックされ
ます。しかし、特別定額給付金が口座に振り込まれた時点で、手
元の資金を安心して使う場合もあるのです。
 定額給付金が大多数の国民の口座に振り込まれた9月の時点で
菅政権になっており、菅首相は首相に就くと、対象地域から外さ
れていた東京都を加えて、直ちに年末に向けて、GOTOトラベ
ルキャンペーンを展開しています。このキャンペーンは、菅首相
が官房長官時代に旗を振ってはじめた事業であるからです。した
がって、実際には特別定額給付金はGOTOトラベルにも十分使
われているはずです。
 ところで、たとえ現金給付金が貯蓄に回ったとしても、タイム
ラグで投資が増えるので、景気にプラスの効果をもたらすという
経済の専門家の意見もあります。貯蓄に回ったとしてもマイナス
ではないのです。高橋洋一氏は、これについて、近著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 貯蓄に回ってはいけないと思い込んでいるのが間違いです。貯
蓄に回ったら消費の喚起にならないといいますが、そうではあり
ません。(一部略)貯蓄に回ると消費が落ちるという言い方をし
ますが、確かに貯蓄に回った分は、一時的に消費分が落ちます。
しかし、時間が経つとお金はまた回り出します。
 貯蓄に回ったお金は、金融機関の貸し出しを通じて投資になる
のです。GDPの構成要素である民間消費が投資になるだけで、
GDPそのものは減りません。消費が減った分は、タイムラグは
ありますが、投資が増えるのです。
 だから、消費だけに着目して、「減った、減った」と騒ぐのは
本当におかしなことなのです。経済学でISバランスを勉強しま
す。ISバランスとは、investment and saving  のことで、セ
イビングというのは、所得から消費を引いた金額。これが増える
と、investmentが増えると習うはずですが、マスコミも岸田政権
をも公明党も勉強していないのでしょう。   ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第015]

≪画像および関連情報≫
 ●定額給付金はそんなに悪いのか/ニッセイ基礎研究所
  ───────────────────────────
   定額給付金の評判が非常に悪い。私自身は、昨年2008
  年8月にこの政策が決まった時から支給されるのを心待ちに
  しているのだが、各種世論調査によれば、定額給付金に反対
  している人の方が賛成している人よりも圧倒的に多いという
  ことだ。
   第一の批判は、定額給付金はばらまき政策で好ましくない
  というものだ。しかし、そもそも景気対策というのは、多少
  なりとも「ばらまき」の性質を持っているものではないか。
  景気悪化で急速に落ち込んでいる需要を、お金をばらまかず
  に浮揚させることは至難のわざだろう。
   定額給付金は景気浮揚効果が小さいという批判も多い。支
  給されたお金のかなりの部分は消費されずに貯蓄にまわって
  しまうというものだ。私自身、マスコミからの取材に対して
  はきまって「定額給付金によるGDPの押し上げ効果は限定
  的」と答えてきた。しかし、GDPを押し上げないからとい
  って、必ずしも悪い政策というわけではない。
   確かにGDPの押し上げだけを考えれば、公共事業のほう
  が効果的だ。定額給付金(あるいは減税)を1兆円実施して
  もGDPはその何割かしか増えないが、公共事業を1兆円追
  加すればGDPは少なくとも1兆円は増えることになる。公
  共事業(公的固定資本形成)はGDPの需要項目のひとつだ
  からだ。しかし、道路や橋などの施設は作ったらそれでおし
  まいではない。それがあまり役に立たないものだとしても、
  維持、修理などにかかるコストは後の世代が負担しなければ
  ならないのだ。        https://bit.ly/32pAfTZ
  ───────────────────────────
高橋洋一氏.jpg
高橋洋一氏
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2022年01月27日

●「ジニ係数で格差は拡大していない」(第5659号)

 現代は「格差社会」といわれています。それを象徴するのは、
米国における次のような事実です。
─────────────────────────────
◎アメリカでは所得分布で上位1%にあたる人々が、全体の60
 %を占める中間層を上回る富を保有していることが、連邦準備
 制度理事会(FRB)の最新データで明らかになっている。
                  https://bit.ly/3Ar6Llg
◎コロナ禍のこの1年(2021年)、多くのアメリカ人が純資
 産を増加させている。なかでも、トップレベルの超富裕層が保
 有する資産の価値は急騰した。   https://bit.ly/3IzkuJw
◎ポリシー・スタディーズによると、富の集中は米国では特に加
 速しており、米国で最も裕福な3名、ジェフ・ベソス、ビル・
 ゲイツ、ウォーレン・バフェットの資産額の合計は、米国人の
 下位50%の資産額の合計を上回っているという。
                  https://bit.ly/3GXcnpO
─────────────────────────────
 これらの米国でみられる極端な所得格差の現状は、新自由主義
的政策がもたらすものとされていますが、日本の所得格差の現状
はどうなのでしょうか。
 「アベノミクスで格差は広がっている」──こういうことはよ
くいわれますが、果たして本当しょうか。ジニ係数を分析して検
証してみることにします。
 所得格差は「ジニ係数」によって知ることができます。ジニ係
数には次の2つがあります。
─────────────────────────────
          @ 当初所得ジニ係数
          A再分配所得ジニ係数
─────────────────────────────
 基本的考え方はこうです。完全な所得分配ができている場合を
「0」とし、1つの世帯が所得を独占している場合を「1」とし
ます。この「0」と「1」の間で、その所得格差の度合いを示す
のがジニ係数です。税金や社会保険料、公的年金などの社会保険
の給付金を含むかどうかの違いがあり、含むものが「当初所得ジ
ニ係数」、含まない実質所得の不平等を示すものが「再分配所得
ジニ係数」です。イタリアの統計学者、コラド・ジニにちなんで
「ジニ係数」と呼ばれています。
 添付ファイルに、1990年から2017年までの「当初所得
ジニ係数」(上)と「再分配所得ジニ係数」(中)の推移、20
17年における年齢階級別のジニ係数の改善度(下)を示してあ
ります。
 「上」のグラフの当初所得ジニ係数の推移を見ると、1999
年以降に上昇ペースが上がっていますが、2014年から201
7年にかけては低下に転じていることがわかります。
 1999年以降に上昇ベースが上がった時期の特徴としては、
世界的に経済のグローバル化が加速し、それに伴って生産拠点の
海外移転が急速に進んだことがあります。これにより、雇用機会
が海外に流出したことや、海外から安い製品が大量に輸入される
ようになったことが、それまでと異なる点です。事実、消費者物
価指数を時系列で見れば、当初所得ジニ係数が上昇している期間
に物価は下落しており、就業者数も減少傾向にあります。
 しかし、2014年から2017年にかけては、低下に転じて
います。これは、明らかにアベノミクスと関係があります。アベ
ノミクスによって、格差が拡大したのではなく、逆に改善してい
るのです。その背景には、次の2つがあります。
─────────────────────────────
 @アベノミクスの異次元金融緩和により、極端な円高・株安が
  是正され、生産拠点の海外移転に歯止めがかかった。
 A結果として、就業者数が500万人近く増加し、これによっ
  て、低所得層の所得が底上げされたことなどがある。
─────────────────────────────
 2015年以降の海外生産比率は頭打ちになっている一方で、
消費者物価指数も上昇に転じています。極端な円高・株安の是正
による名目経済規模の拡大、女性や高齢者を中心とした労働参加
率の上昇などが相まって、日本国民の稼ぐ力が誘発されたものと
考えられます。
 続いて、同じ時期の「中」のグラフの再分配所得ジニ係数の推
移を見てください。これは、再分配所得ジニ係数を時系列で示し
たものです。これによると、バブル崩壊以降の局面では、当初所
得ジニ係数は2014年まで上昇トレンドでしたが、再分配所得
ジニ係数は、2000年代後半以降、低下トレンドに転じている
ことがわかります。これによると、社会保険料・税金の支払いや
社会保障給付を加味すれば、むしろ所得格差は縮小していること
を意味しています。
 また「下」の年齢階級別にみると、高齢期ほど改善度が大きく
ジニ係数の改善には高齢化に伴う年金制度の成熟化などが影響し
ていると厚労省は指摘しています。そして何よりも、ジニ係数の
改善度を税と社会保障に分けると、社会保障による改善度が相対
的に大きく上昇しているのです。つまり、公的年金をはじめとす
る社会保障による再分配が効いており、当初所得ジニ係数の動き
のみで判断すると、所得格差が拡大しているとミスリードしてし
まうことになります。
 当初所得ジニ係数は、純粋に前年の所得を対象に計算して求め
られた数値です。しかし、実際に私たちが受け取る所得は、そこ
から社会保険料や税金が控除される一方で、年金や医療、介護な
どの社会保障給付が加えられるのです。
 したがって、実際の所得格差を示すのは、こうした再分配後の
所得格差(再分配所得ジニ係数)ということになります。これで
見る限りにおいて、日本の場合、格差はあまり広がらず、分配は
平等に改善されているのです。岸田内閣は、この事実を知ってい
るのでしょうか。     ──[新しい資本主義/第016]

≪画像および関連情報≫
 ●貧困層とお金持ち「アベノミクス恩恵」の大格差
  ───────────────────────────
   菅義偉首相率いる菅政権が誕生した。この菅政権が継承す
  る安倍政権の総括がさまざまな角度からなされているが、ち
  ょっと変わった視点でこの7年8カ月を評価してみたい。
                  https://bit.ly/3tXCPvK
  ───────────────────────────
ジニ係数で検証する日本の格差.jpg
ジニ係数で検証する日本の格差
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2022年01月28日

●「なぜトリガー条項を使わないのか」(第5660号)

 1月25日のことです。萩生田光一経済産業相は、閣議後の記
者会見で、ガソリンなどの燃料価格の抑制策を次のように表明し
ています。
─────────────────────────────
 石油元売りに補助金を支給し、販売価格の上昇に歯止めをかけ
る。金額は1リットル当たり3・4円で、27日にも補助適用後
の価格で購入できるようにする。 ──2022年1月25日付
                       日本経済新聞
─────────────────────────────
 この政府の対応は、1月24日時点のガソリン価格が全国平均
で170円を超える見通しであるので、出されたものです。ガソ
リン価格が上がっているのはわかっていたので、政府が価格を抑
えようとする政策をとるのは当然ですが、なぜ、石油元売りに対
して補助金を出すのでしょうか。
 いうまでもないことですが、ガソリン価格が上昇して困ってい
るのは、元売りだけでなく、消費者も困惑しています。そうであ
るのに、なぜ元売りに補助金を出すのでしょうか。元売りに補助
金を出しても、小売価格が下がる保証はないのです。これに対し
て、萩生田経産相は、実際に小売価格がどこまで下がるか注視し
たいといっています。全国のガソリンスタンドをリサーチして、
小売価格がどの程度下がるか調べるといっているのです。
 この補助金は、2021年度補正予算で燃料価格の急騰を抑え
る対策として、ガソリン価格が全国平均で、1リットル当たり、
170円を超えた分に対し、5円を上限として、元売りを補助す
る仕組みになっています。これには、軽油や重油、灯油も対象に
なっています。
 しかし、ガソリンというのは、約40%が税金なのです。そう
であるならば、その税金を時限的にでも下げれば、価格が下がる
ので、元売りも消費者も助かるのです。わざわざ補正予算を組ま
なくても対処できるのです。
 しかし、財務省は、隙さえあれば増税を狙っている役所ですが
減税だけは「絶対にやらない」ことに徹しています。彼らの頭の
辞書には、「増税」という言葉はあっても、「減税」という言葉
はないのです。これも日本が、30年も続いているデフレから脱
却できない原因の一つになっています。
 ところで、租税特別措置法第89条という法律の条文があるの
をご存知でしょうか。
─────────────────────────────
 ◎租税特別措置法第89条
  「揮発油価格高騰時における揮発油税及び地方揮発油税の
  税率の特例規定の適用停止」
─────────────────────────────
 これは、「レギュラーガソリンの1リットルあたりの価格が3
か月連続で160円を上回った場合、翌月からガソリン税の旧暫
定税率25・1円の課税を一時的に停止する」というものです。
 今回のガソリンの価格高騰では、すでに発動要件を満たしてお
り、仮に発動されればレギュラーガソリンは1リットル140円
台になる計算です。つまり、ガソリン高騰時に、ガソリン価格の
減税を定めた法律なのです。なぜ、使わないのでしょうか。
 これは、旧民主党政権時代の2010年に導入されたもので、
「トリガー条項」といわれています。しかし、東日本大震災の復
興財源確保のために、一度も発動されないまま、法律は凍結され
ています。したがって、今回凍結を解除すれば、即座に減税を行
うことができるのです。旧民主党については、いろいろ批判は多
いですが、このように良い仕事もしているのです。
 当然のことながら、野党は今回凍結解除を求めましたが、岸田
政権は、こういうことは「聞く耳」を持たず、1月20日の国会
で、岸田首相は財務省の役人のメモを読んでいます。
─────────────────────────────
 買い控えやその反動による流通の混乱があることから、凍結解
除は適当でない。               ──岸田首相
─────────────────────────────
 岸田首相は「財務省のポチ」といわれるほど、財務省寄りの人
物であり、側近も財務省出身のスタッフが周りを固めています。
凍結を解除してトリガー条項を実施すると、年間3兆2000億
円程度あるガソリン税と軽油引取税の税収が減るため、絶対にや
らないのです。多くの国民は、このトリガー条項の存在をすっか
り忘れています。
 この点について、財務省の役人であった高橋洋一氏は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 今回は石油の元売りと商社に補助金を出すということになって
います。1リットルのレギュラーの価格が170円を超えたら、
最大5円補助するとなっています。ただし、元売りや商社に補助
金を渡すと、そのまま懐に入れられてしまう可能性があります。
 ガソリン価格の値下げに使わないかもしれない。そうされても
文句は言えません。「価格は自由でしょ」って言われたらそれき
りです。さらに、補助金では最大5円しか下げられませんが、減
税なら20円でも下げることができます。だから、政策論として
はおかしい。ただ、これに官僚が絡めば別です。官僚は、減税と
補助金のどちらかを選べと言われたら、必ず補助金を選びます。
減税だと、ガソリンの特別会計の税収が減るため、それは嫌だと
なります。自分の裁量できる額が減ってしまうのが嫌なのです。
一方、補助金は官僚自らがつけられるからいいし、権限もある。
「ありがとうございます」と業者が頭を下げてくれます。減税だ
と、官僚に頭を下げる人はいません。     ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第017]

≪画像および関連情報≫
 ●ガソリン元売りに補助金、大ブーイングでも減税したくない
  政治のウラ
  ───────────────────────────
   高騰するガソリン価格への対策として、政府が17日、石
  油元売り会社に補助金を出す形で小売り価格の上昇を抑える
  方針を打ち出したことにネット上で猛反発が出ている。こう
  した形での補助金は初めてというが、国民感情に与える波紋
  は小さくなさそうだ。政府の新しい対策はこの日夕方、萩生
  田経産相が発表した。萩生田氏は12日の時点で補正予算よ
  り機動性のある予備費の活用による対策を明言していたが、
  業界への補助金という形に結実した。
   他方、維新と国民がガソリン税を実質的に減税する「トリ
  ガー条項の凍結解除」を打ち出し、近く両党で法案を共同提
  出する方向が決めたばかりだったが、この日の発表前にも松
  野官房長官はトリガー条項の発動について、「ガソリンの買
  い控えや、その反動による流通の混乱や、国・地方の財政へ
  の多大な影響などの問題があることから凍結解除は適当でな
  い」などと考えを示していた。
   こうした政府の“塩対応”に対し、衆院選の最中から「ト
  リガー条項の凍結解除」を公約に掲げていた国民の玉木代表
  は、ツイッターで「元売りへの支援ではガソリンの購入価格
  が下がるかどうか分からない。しかも170円/1リットル
  を超えないと発動されないし下がっても最大5円/1リット
  ル」と政府案を問題視。「それより国民民主党が主張するト
  リガー条項の凍結解除なら160円/1リットルを超えれば
  25・1/1リットル下がるのでより効果的だ。全てが小出
  しで中途半端」と重ねて批判した。https://bit.ly/3rOao0U
  ───────────────────────────
萩生田経産相.jpg
萩生田経産相
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2022年01月31日

●「事業規模を大きくし財政出抑える」(第5661号)

 2021年11月19日のことです。岸田内閣は、新たな経済
対策を閣議決定しています。東京新聞は、このことを次のように
報道しています。
─────────────────────────────
 政府は19日、財政支出が過去最大となる55兆7000億円
の新たな経済対策を閣議決定した。民間の投資分なども含めた事
業規模は78兆9000億円にのぼる。18歳以下の子どもへの
10万円相当の支給などお金を配る政策が柱で規模が膨らんだ。
対策実行のためには新たな国債(借金)発行は避けられないが、
政府は財源確保の議論は後回しにしている。(坂田奈央)
    ──東京新聞/東京・ウェブ https://bit.ly/35zKnuI
─────────────────────────────
 この種の報道内容のポイントは、次の2つです。2つの違いに
注目すべきです。
─────────────────────────────
        財政支出:55兆7000億円
        事業規模:78兆9000億円
─────────────────────────────
 この場合、注目されるのは「財政支出」です。財政支出は必ず
「前年度歳入によって行われる」ので、2021年度歳出は20
20年度歳入によってまかない、これに借金「国債」を合わせま
す。新聞報道は、「財政支出55・7兆円」を強調して、過去最
大と書き立てます。その内訳は次の通りです。
─────────────────────────────
      コロナ対策   ・・ 22・1兆円
      経済再開    ・・  9・2兆円
      新しい資本主義 ・・ 19・8兆円
       防災     ・・  4・6兆円
     −−−−−−−−−−−−−−−−−−
                 55・7兆円
─────────────────────────────
 これに対して「事業規模」とは、景気浮揚などを狙った経済対
策で動くお金の規模のことです。国による財政支出のほか、財政
投融資、地方自治体や企業の資金、金融機関の融資も含みます。
 このうち、国の財政支出、または、国と地方合計の財政支出が
「真水」と呼ばれます。財務省は、国の財政を悪化させる(と考
える)真水の拡大をできるだけ抑え、その他を膨らませて事業規
模を大きく見せる手口を使います。しかし、報道機関はそのこと
はよくわかっているので、「事業規模」よりも「財政支出」の方
に注目して「財政支出が過去最大となる55兆7000億円」と
いうように報道するのです。
 55・7兆円についても前菅政権からの積み残し分もあり、実
際の真水は22兆円でしかないのです。これでは財政支出55兆
円の半分にもならず、事業規模78・9兆円の3分の1にも届か
ない。真水が大きくないと、経済の回復は困難な情勢です。
 これは、高橋洋一氏の指摘ですが、「新しい資本主義」の財政
支出に19・8兆円が計上されています。しかし、補正予算で見
ると8・3兆円でしかないのです。10兆円不足しています。な
ぜでしょうか。それは、財政投融資で作られる「10兆円規模の
大学ファンドの年内実施」を「新しい資本主義」の予算に入れて
いるからです。つまり、これは、経済対策として2021年度に
おいて、既に執行中の政策なのです。
 しかし、岸田首相は、2021年12月6日の所信表明演説で
は、それがあたかも「新しい資本主義」における成長戦略である
かのように語っています。
─────────────────────────────
 新しい資本主義」の下での成長
 まずは、成長戦略です。官と民が共に役割を果たし、協働して
成長のための大胆な投資を行います。
(1)イノベーション
 科学技術によるイノベーションを推進し、経済の付加価値創出
力を引き上げます。上場を果たしたスタートアップが、更に成長
していけるよう、上場ルールを見直すなど、スタートアップ・エ
コシステムを大胆に強化します。
 大学改革にも積極的に取り組みます。
 『十兆円の大学ファンドを年度内に創設する』とともに、イノ
ベーションの担い手たる研究者が、大学運営ではなく、研究に専
念できるよう、研究と経営の分離を進めます。
 成長をけん引する、科学技術分野の人材育成を強化するため、
大学の学部や大学院の再編に取り組みます。さらに、地域の中小
企業と連携した大学発ベンチャーの創出にも取り組みます。
 『』は私がしたものですが、これが、「新しい資本主義」のい
の一番の政策ですから、岸田政権の成長戟略のお里がしれてしま
うというものです。             ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 「需給ギャップ」というものがあります。個人消費や投資など
の「総需要」(実質GDP)と、労働力や生産設備などの潜在的
供給力(潜在GDP)との差のことです。供給力が総需要より高
ければ、マイナスの需給ギャップとなり、その分の需要が必要に
なります。
 内閣府によると、2021年7〜9月期はマイナス4.8%で
あったと2021年12月2日に発表しています。金額換算で年
27兆円程度の需要不足に相当するとしています。そうであると
すると、27兆円の需給ギャップに対して、実質22兆円の経済
対策では足りませんが、あと一息ということになります。
 しかし、高橋洋一氏は、内閣府は失業率を高めに見ているので
需給ギャップは低めに出ているとしています。
             ──[新しい資本主義/第018]

≪画像および関連情報≫
 ●基調的な物価の低迷が続くなか独自の道を歩む日銀
  (金融政策決定会合)/木内登英氏
  ───────────────────────────
   10月27・28日に開かれた日本銀行金融政策決定会合
  では、政策変更は行われず事前予想通りの無風に終わった。
  展望レポートでは、2021年度の実質GDP成長率の見通
  し(政策委員見通しの中央値)は+3・4%と、前回7月時
  点での見通しの+3・8%から下方修正された。7月時点と
  比べて新規感染者数は大幅に低下するなど個人消費を取り巻
  く環境は改善してきたが、それを上回る景気への逆風が新た
  に生じているため、見通しは下方修正されたのである。
   逆風の第1は、不動産部門の不振を映した中国経済の減速
  傾向である。緊急事態宣言の下で個人消費が低迷する日本経
  済を下支えしてきた輸出が、そのけん引役を失っている。第
  2は、東南アジアでの感染拡大を受けた半導体など自動車部
  品の調達難に伴う自動車の生産減少である。この要因は、今
  年7〜9月期、10〜12月期の実質GDP成長率をそれぞ
  れ年率で2%程度押し下げる可能性が見込まれる。第3は、
  原油価格など資源価格上昇の企業、個人への影響だ。年初か
  らの原油価格上昇と円安の影響により、実質個人消費は1%
  程度押し下げられると見込まれる。
                 https://bit.ly/3KYhU22
  ───────────────────────────
岸田首相所信表明演説.jpg
岸田首相所信表明演説
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2022年02月01日

●「需給ギャップ埋まらない経済対策」(第5662号)

 2021年11月10日のことです。ニッポン放送「飯田浩司
OK! Cozy up!」に、数量政策学者の高橋洋一氏が出演し、内閣府
が発表した需給ギャップについて話しているので、その部分を取
り上げます。
─────────────────────────────
飯田:需給ギャップは、内閣府の推計だと「22兆円」と書いて
 ありますけれど。
高橋:あれは蹴上げが入っているのです。いちばん上のところを
 少し低めに見積もっているのですよ。内閣府の推計だと、失業
 が多いところを見ているわけです。簡単に言うと、前は550
 兆くらいあったけれど、「いまはそれより30兆くらい低いで
 しょう」という言い方の方が簡単なわけです。
飯田:要するに、100%の実力を出したら稼げるGDPの額を
 低く見積もれば、その差は縮まると。
高橋:それは需給ギャップが小さく見えますよ。だから逆に言う
 と、需給ギャップが埋まっていても、物価が上がらないという
 状況になるわけです。
飯田:その推計値通りに需給ギャップが埋まっても。
高橋:だから実績値が、内閣府の推計値を上回れば普通、物価が
 上がるはずなのに、上がらないのです。
飯田:なるほど。
高橋:すぐに「これは想定しているところが低過ぎる」とわかり
 ますよ。私はそれを補正して計算しました。そうすると35兆
 円くらいになるのです。
飯田:なるほど。確かにコロナ前の景気がいいときは、550兆
 くらい日本は稼げていたと。
                  https://bit.ly/3IFnPaa
─────────────────────────────
 高橋洋一氏の言葉には若干解説が必要です。「蹴上げ」とは何
でしょうか。
 「蹴上げ」とは、階段の一段の高さのことです。建築基準法で
は住宅の階段(共同住宅の共用の階段を除く)の蹴上げは23セ
ンチ以下と決められている。足が乗る平らな部分を「踏み面」、
階段の垂直になった部分を「蹴込み」といいます。何をいいたい
のかというと、内閣府の推計は、下限となる失業率を高めに見て
いるので、潜在GDPが低めに出ます。失業率が高いところを基
準にすると、総労働力が低くなるので、供給力は低くなり、潜在
GDPは低くなります。
 この対談でも高橋氏はいっていますが、高橋氏の計算によると
日本の需給ギャップは年換算で約35兆円です。2021年第三
四半期(7〜9月)は、第二四半期よりも拡大しており、年換算
で45兆円ぐらいになると高橋氏はいっています。
 そうであるとすると、22兆円程度の新規国債発行ではぜんぜ
ん足りないのです。需給ギャップは必ず全部埋めるというのが大
原則です。いずれにしても、岸田政権の経済政策は、あまりにも
「ショボい」の一言に尽きると高橋氏はいっています。要するに
経済というものがよくわかっていないというのです。
 岸田政権にはもうひとつ大きな懸念があります。それは、必ず
増税を仕掛けるといわれていることです。内閣発足時に「聞く耳
を持っている」という首相に対し、ネットにおいて、次のような
失礼な質問をした人がいます。
─────────────────────────────
 岸田さんは「『財務省のイヌ』、『財務省のポチ』といわれ
 ているそうですが・・・」
─────────────────────────────
 非常に失礼きわまる質問であり、普通であれば無視するでしょ
うが、岸田首相は次のようにていねいに答えています。
─────────────────────────────
 先日の配信でお答えしましたが、正直言って、なんでだろうか
なと(苦笑)私は自民党政調会長時代、去年の前半だけで100
兆円を超える経済対策を実施し、財務省の反対を押しきって10
兆円の予備費も確保しました。今後も新型コロナ対策や成長戦略
実現のために、大胆な財政出動を続けてまいります。
                       ──岸田文雄
─────────────────────────────
 しかし、岸田政権は、参院選を乗り切ったら、増税を考えてい
るといわれます。岸田首相は、既に布石を打っています。自民党
総裁選で勝利し、第1次岸田内閣が発足した2021年10月4
日の翌日、岸田総裁は、自民党の税制調査会長に宮沢洋一氏を決
めています。宮沢洋一氏は、自らの従兄弟で、宮沢喜一元首相を
伯父に持つ人物で、広島県選挙区を守っています。この人はゴリ
ゴリの財務畑の出身です。
 この宮沢税制調査会長は、昨年の11月19日に時事通信のイ
ンタビューにおいて、既に増税をブチ上げています。
─────────────────────────────
 自民党の宮沢洋一税制調査会長は、11月19日、党本部で時
事通信などのインタビューに応じた。2022年度改正に関し、
企業による持続的な賃上げを促すための税制の実現に改めて意欲
を示した。また、将来的な課題として、高齢化で膨らむ社会保障
支出を賄うための消費税増税について、「かなり有力な選択肢と
して議論されることは間違いない」との見方を明らかにした。
                  https://bit.ly/3KYMJTZ
─────────────────────────────
 「失われた30年」といわれる日本の長期デフレは、財務省に
大きな責任があります。EJではそのことを何回も検証していま
す。しかし、彼らは何も反省していません。安倍前首相は、消費
税を10%までに上げたとき、あと10年は消費税率はいじらな
いといっています。ところが、あれからまだ2年しかたっていな
いのに、増税を口にしています。彼の頭のなかは、きっと増税し
かないのでしょう。    ──[新しい資本主義/第019]

≪画像および関連情報≫
 ●首相と税調会長のはざま
  ───────────────────────────
   1997年、橋本龍太郎首相が行財政改革を進めていると
  きのことだ。橋本政権で進める改革にアドバイスをもらうた
  め、官僚が竹下登元首相を訪ねると「中曽根財政、竹下税制
  という言葉があったんだ」とにこやかに語ったという。
   竹下氏は大平正芳政権、その後の中曽根康弘政権で蔵相を
  務めている。この時、話を聞いた元官僚は「中曽根政権の蔵
  相時代を含め「あの頃の税財政はすべて自分が仕切った」と
  いう自負を感じた」と振り返る。
   「竹下税制」と誇ったのは89年に首相として消費税を導
  入したからだ。竹下氏はよく「79年に財政再建の国会決議
  をして10年かけて89年の消費税に持っていった」と口に
  した。79年には大平首相が導入を目指した一般消費税が頓
  挫。すると与野党で「財政再建は一般消費税(仮称)によら
  ず、まず行政改革、歳出合理化などを推進」と決議した。当
  時蔵相だった竹下氏が幅広い与野党人脈を生かし、決議に持
  ち込んだ。
   決議は当初「消費税を導入させないため」とみられたが、
  その後の中曽根政権は行革と歳出改革を実施した。竹下氏が
  「中曽根財政」も高く評価したのは、79年決議で設定した
  ハードルを、竹下氏が蔵相を務めた中曽根政権でクリアして
  消費税を導入したからだ。https://s.nikkei.com/32ILW8B
  ───────────────────────────
宮沢洋一税制調査会長.jpg
宮沢洋一税制調査会長
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2022年02月02日

●「減税だけは絶対にしない岸田政権」(第5663号)

 2022年1月31日付の日本経済新聞の一面に次の記事が出
ています。
─────────────────────────────
 ◎ガソリン税の一時軽減/経産相「否定しない」
  萩生田光一経済産業相は、30日のフジテレビの番組で、ガ
 ソリン税を一時的に引き下げる「トリガー条項」の凍結解除に
 ついて「否定しない」と述べた。
         ──2022年1月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ガソリンのトリガー条項については、1月28日のEJで取り
上げていますが、萩生田経産相の発言を聞くと、その解除に前向
きの姿勢であることがわかります。しかし、岸田政権は、減税だ
けは、何があってもやらない政権です。そのため、トリガー条項
の解除については、岸田首相自身が「買い控えや税収への影響な
どがあるため適当ではない」として、凍結解除に否定的な姿勢を
示しており、明らかにこの政権が財務省支配政権であることを示
しています。ちなみに31日の国会でも、岸田首相は「トリガー
条項は使わない」と明言しています。
 しかし、萩生田経産相は、岸田首相とはかなり意見が違うよう
です。なぜなら、萩生田経産相は、トリガー条項について次のよ
うに述べ、使わなかった理由を釈明しているからです。
─────────────────────────────
 トリガー条項は就任当初から視野に入れて検討してきたが、年
末には対応できないと判断し、補助金をつくった。トリガー条項
という制度がある以上は使うことを常に考えなければならない。
                     ──萩生田経産相
         ──2022年1月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 安倍前政権のときは、経済産業省が官邸を仕切っていましたが
岸田政権では財務省が官邸を仕切っています。財務省はトリガー
条項の凍結を解除するのは税収が減るので絶対反対の姿勢ですが
経産省は違うぞと安倍派の大臣である萩生田経産相は、アナウン
スしているように感じます。
 財務省の高官はもちろんのこと、財務省の息のかかった政治家
にとって、増税に尽力したことは勲章になるので、やりたくて仕
方がないといいます。とくに同じ増税でも、消費税の増税を一番
やりたいと思っています。
 なぜ、消費税の増税が勲章ものかというと、徴税コストが他の
税金に比べて安いことと、国民全員にかけることができるので、
徴収額が馬鹿にならないことです。それに消費税では「相互牽制
性」が働くので、誤魔化すのが難しいのです。
 「相互牽制性」とは何でしょうか。
 商品を売る方が消費税を誤魔化そうと考えたとします。しかし
仕入れる方は、消費税は控除の対象になるので、消費税分を明確
にします。逆も同じです。一方がキチっと消費税を払っていれば
もう一方も支払わざるを得ないのです。そうしないと、商取引が
うまくできなくなります。これが相互牽制性です。このように、
税務当局が介入しなくても、相互牽制で消費税は確実に徴収でき
るのです。したがって、財務省にとって消費税は、とてもよい税
制なのです。
 我々がうっかり忘れてしまっていることがあります。それは、
2019年10月の消費税増税です。消費税率8%が10%に引
き上げられていることです。消費税を引き上げると、確実に景気
は悪くなります。確かに、2019年10〜12月のGDPは、
対前期比で7・1%減(年率換算)だったのです。この時点でコ
ロナはあまり話題になっていなかったはずです。
 2020年1〜3月期のGDPは2・2%減(年率換算)の2
期連続のマイナス成長になり、コロナ禍とのダブルパンチとなっ
てしまいました。通常消費増税をした後の四半期の景気は確実に
下がりますが、その後の四半期では少し持ち直すものです。
 しかし、それにコロナの影響が重なり、景気はさらに後退して
しまったのです。それから2年以上にわたってコロナ禍の影響を
受けて、景気はさらにひどいことになっています。忘れていると
いうことは、景気が悪いのは、コロナ禍のせいばかりではなく、
日本の場合は、短い期間の間に、5%から8%、8%から10%
へと消費税率が引き上げられた後に、コロナに襲われたというこ
とをです。すべてがコロナのせいではないのです。
 米国の大統領は、日本と違い、よく大規模減税を行いますが、
その財源のひとつとして、富裕層の増税を行っています。そのよ
うな当たり前のことが日本ではできていません。逆に消費税を上
げたときは、その分、法人税を減税しています。日本国民はなぜ
怒らないのでしょうか。やることが真逆です。きちんと徴収すべ
きところから、税が徴収されず、取りやすいところからを取ろう
とします。財務省が仕事をしていないのです。
 岸田氏は、総裁選で分配の強化として、「金融所得課税」をや
ることを口にしていましたが、投資家と富裕層の強い反発があり
株価が下がると、あっという間に引っ込めてしまいました。要す
るに自分の発言に覚悟がないのです。今の自民党は、財界などの
富裕層との結びつきが強く、彼らのマイナスになる政策は実施し
にくいのです。
 ちなみに、金融所得課税とは、株式の配当金や譲渡益といった
金融所得にかかる税のことですが、一律20%になっている税率
を岸田首相は引き上げることを発言したのです。
 今は深刻なコロナ禍で、消費増税をいえるような環境ではあり
ませんが、経済状態が少し落ち着くと、財務省は必ず消費増税を
迫ってくると思います。そのとき、彼らが必ず口にするのは「こ
のままでは日本の財政は破綻する」という国民に対する脅しを仕
掛けてきます。そう、現矢野財務事務次官の論文です。この論文
についてはいずれ取り上げます。
             ──[新しい資本主義/第020]

≪画像および関連情報≫
 ●「金持ち優遇」の金融所得課税 岸田首相はなぜ切り込め
  ないのか
  ───────────────────────────
   成長と分配の好循環を目指す岸田文雄首相が自民党総裁選
  時から主張していた「金融所得課税強化」。政府与党が12
  月10日に取りまとめた2022年度税制改正大綱では、金
  融所得課税強化について「検討が必要」とされ、いったんは
  見送られた格好だ。市場では、金融所得課税が強化されると
  これまでの「貯蓄から投資へ」の流れに水を差されることに
  なるのではないか、と批判的な声も多いが、経済アナリスト
  の森永卓郎氏は、「いまの日本の金融所得課税は不公平税制
  の象徴」と指摘する。どういうことなのか。森永氏が解説す
  る。岸田首相が掲げる「成長と分配」の重要な柱だった金融
  所得課税強化が、あっけなく見送られた。2023年度の改
  正以降の検討対象として位置付けられたものの、市場関係者
  や経済界の反発も強く、このまま立ち消えになる可能性もあ
  るだろう。
   金融所得課税とは、株式の配当金や譲渡益などの金融所得
  にかかる税のこと。現在、給与などに対する所得税は、収入
  が多いほど税負担が重くなる「累進課税」が適用され、税率
  は最大45%。一方で、金融所得への課税は一律15%(所
  得税のみ)となっており、金融所得が多い人ほど税負担が軽
  くなる。本来、所得が増えれば税負担が上がって当然なのだ
  が、金融所得に適用されている分離課税および定率課税のお
  かげで、金融所得が多い人はどんなに稼いでも税率が変わら
  ない不公平がまかり通っているのだ。
                  https://bit.ly/3ukKdl9
  ───────────────────────────
改めて「トリガー条項」使わないの発言.jpg
改めて「トリガー条項」使わないの発言
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2022年02月03日

●「財務省官僚が脇を固める岸田政権」(第5664号)

 かつて安倍政権において、「1億総活躍」が目玉政策として取
り上げられたことがあります。なぜ、1億総活躍かというと、そ
のときの目標が、老若男女の誰もが頑張って、GDP600兆円
の達成を成し遂げようとしたのです。
 アベノミクスのはじめの刺激によって、そのときは、国全体が
活気づくのではないかと期待は多少はあったのですが、現実はそ
んなに甘いものではなかったのです。現在はっきりしていること
は、600兆円への道のりは遠く、世界に占める日本のGDPへ
のシェアは、30年前の18%から現在は6%になっています。
忘れられた30年、30年デフレが深く影を落としています。
 そして、豊かさの指標とされる1人当たりGDPにいたっては
世界24位まで後退し、アジアでもシンガポールや香港の後塵を
排しています。今のところ日本は韓国よりも上位にいますが、韓
国の成長率を考えると、このままではいずれ韓国にも抜かれてし
まうことは必至です。日本は何をしているのでしょうか。岸田政
権はそれを達成できる政権なのでしょうか。
 30年もデフレが続く国──そんな国は他にあるでしょうか。
ここまでくると、日本の経済戦略は、明らかに間違えていると思
わざるをえません。日本は、何よりも優先して経済を成長させる
必要がありますが、それをやれるのは政権党である自民党であり
自民党に重大な責任があります。
 岸田首相は当初所得倍増政策を口にして、すぐ引っ込めていま
すが、その達成はけっして不可能ではありません。それを達成す
るためには、計算上次のことを実現する必要があります。インフ
レ率を4%にして、名目成長率が5%になると、14年間で所得
倍増は実現します。もし、名目成長率が7%になれば、10年で
所得倍増は実現します。これでやっとEUや米国に追いつけるレ
ベルです。ところが日本は、それと真逆のことをしています。他
の国にはできるのに、なぜ、日本ではできないのでしょうか。
 複数の要因があると思いますが、日本が経済成長できないこと
に責任があるのは、財務省とその考え方です。簡単にまとめて書
くと、次のようになります。
─────────────────────────────
 日本の財政は健全ではない。したがって、何よりも優先して
 財政再建を急ぐべきである。     ──財務省の考え方
─────────────────────────────
 安倍元政権は、経済の面ではよく頑張ったと方だと思います。
アベノミクスの方向は間違っていなかったのですが、その前政権
(民主党政権)と自民党が結託し、法律化されていた消費税の増
税計画を変更せず、無謀にも、2回にわたり、消費税の税率を5
〜10%に倍増させた責任があります。これによって、アベノミ
クスによるデフレ脱却はできないで終わっています。
 岸田現政権は、財務省の包囲網に囲まれています。岸田首相の
派閥である宏池会が財務省と深い関係があるからですが、岸田首
相を支える大臣や補佐官などに財務省出身者がズラリです。添付
ファイルに写真を付けておきます。
─────────────────────────────
        寺田 稔内閣総理大臣補佐官
        村井英樹内閣総理大臣補佐官
          木原誠二内閣官房副長官
           後藤茂之厚生労働大臣
         小林鷹之経済安全保障大臣
─────────────────────────────
 高橋洋一氏の著書に面白い話が出ています。財務省の力の源泉
は、下部機関の国税庁を有していることです。財務省のキャリア
は、40歳前半で国税庁に出向します。その出向先の役職は、東
京国税局調査査察部長です。このポストを務めた後、官邸勤務に
なるのです。
─────────────────────────────
 官邸勤務になって官房長官などの秘書官になります。その秘書
官になった時の最初の挨拶が、「前職は東京国税局調査査察部長
です」から始まります。この挨拶を聞くと、官房長官や副長官の
政治家は、「おおっ」とものすごく驚きます。
 そして、続いて、「東京国税局調査査察部長でしたので、部長
として、今回の査察部の人事は私がやりました。何かありました
ら、何なりと私に申し付けてください」と挨拶するのです。
 これを言われると、政治家がみなビックリします。東京国税局
の調査査察部長をやった人間が、自分の秘書官か、ということと
同時に、その政治家を査察できる能力と人脈を持っているという
ことを宣言されたからです。         ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 自分の前職が東京国税局調査査察部長であることを伝えるだけ
でなく、そこの人事は私がやったので、どのようなことでもやろ
うと思えばできますよと政治家に暗に伝えることによって、一種
のプレッシャーをかけているのです。こんなことができるのは、
財務省が国税庁という実行部隊を傘下に持っているからこそであ
り、財務省は国税庁を手放すことはないのです。
 政治の側からいうと、財務省から国税庁を切り離して、歳入庁
として内閣府に移管したいのです。実際にそういう案は何回も野
党から出ています。
 しかし、財務省は、絶対にこれを拒否し、あらゆる手段を駆使
して、この案を主張する政治家をスポイルしようとします。政治
家というものは、何らかの秘密を持っているものであり、彼らに
対しては絶対に抵抗不能です。
 まして国を統治した経験のない野党の議員に増税についていう
ことをきかせるくらい朝飯前のことであるといえます。だから、
旧民主党が政権をとったとき、財務省のいいなりになってしまっ
たのです。        ──[新しい資本主義/第021]

≪画像および関連情報≫
 ●「歳入庁」という誰も反対しない構想が実現しない理由
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   世の中には、その建前に対しては有効な反論が全くないの
  に、実現しないものがある。世界のレベルでは、例えば「世
  界平和」だ。世界が平和になることに対して、誰も表立って
  反対しない。これは昔からそうなのだが、実現していない。
  世界のどこかで深刻な戦争・紛争があるし、将来の戦争・紛
  争の種になりそうな対立関係が常に存在する。
   率直に言って、世界平和が実現しないのは、直接的には戦
  争・紛争を自分にとって有効な手段として使いたい為政者が
  存在するからだし、間接的だがより本質的には戦争・紛争・
  対立関係がある方が好都合な勢力が存在するからだろう。
   日本のレベルに目を転じると、「歳入庁」がこれによく似
  ている。税金に加えて、年金、健康保険、雇用保険などの社
  会保険料の徴収、ついでに付け加えるならNHKの受信料な
  ども、「公の制度として集めることが必要なお金」なのだか
  ら、一括して強制的に集めて、それぞれの財源として配分す
  るなら、効率がいいし、何よりも徴収漏れに伴う不公平が起
  きにくい。これを実現する仕組みとして、海外に例があるこ
  ともあって、期待されている有力なアイデアが、「公の共通
  集金人」とも言うべき歳入庁だ。 https://bit.ly/3LdUgyC
  ───────────────────────────
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岸田首相の脇を固める財務官僚
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2022年02月04日

●「首相が緊急事態宣言を避けたい訳」(第5665号)

 東京都の新型コロナ病床使用率が、都が「緊急事態宣言」の発
出の要請を検討するとしていた50%を超えています。これに対
して岸田首相は、社会経済活動を維持するためにも「宣言の発出
は検討していない」という否定的考え方です。これには、岸田首
相なりの思惑があると考えます。
 この件に関して、2月1日放送 「飯田浩司のOK! Cozy up!」
が取り上げているので、ご紹介します。この番組は、忙しい現代
人の朝に最適な情報を送るニュース情報番組で、多彩なコメンテ
ーターと朝から熱いディスカッションが行われるので、ときどき
チェックしています。この日は、経済アナリストのジョセフ・ク
ラフト氏がコメンテーターとして出演していました。
─────────────────────────────
飯田:重症者用の病床使用率は5・1%ということですが、全体
 としてどうご覧になりますか?
クラフト:昨日(1月31日)、政権幹部と話しましたが、政府
 はやるつもりはないと思います。
飯田:やるつもりはない。
クラフト:緊急事態宣言というのは、経済を犠牲にしてでも命を
 守るために行うものです。今回は、飯田さんがおっしゃったよ
 うに重症者用の病床使用率はまだ5%程度です。まん延防止等
 重点措置が始まったばかりですから、その効果を見極めるとい
 うこともあるでしょう。
飯田:効果を。
クラフト:予想通り、沖縄で感染者が減って来ています。おそら
 く今週がピークで、東京や大阪でも減って来るのではないかと
 いう予想もできます。それらを見極めてから考えるということ
 だと思います。ウィズコロナということも考えて、経済を回し
 ながらやって行くのではないでしょうか。緊急事態宣言は発令
 されないと思います。
飯田:都知事などは緊急事態宣言の発令基準を明確化して欲しい
 と、ある意味でジャブを投げていますけれども。
クラフト:岸田総理も言っていましたが、要請は構わないのです
 けれども、まん延防止等重点措置は自治体が決めて、緊急事態
 宣言は政府が決めるということです。基準を決めるのもいいで
 すが、デルタ株とオミクロン株では感染力などが全然違う。同
 じ基準では計れません。その都度変えて、臨機応変に対応して
 行かなければなりません。今回は感染力がデルタ株の3倍だと
 言われていますが、重症化リスクは3分の1とも考えられてい
 ます。そのような状況で、果たして経済を止めてまで、緊急事
 態宣言が必要でしょうか。     https://bit.ly/3GgegN7
─────────────────────────────
 岸田首相は、政府として今の時点で緊急事態宣言を発出するつ
もりがないことを繰り返し強く発言しています。しかし、オミク
ロン株による感染は拡大の一途をたどっており、大都市における
病床は、日に日にひっ迫しつつあります。これを放置しておいて
いいのでしょうか。
 実は、これにはウラの事情があります。緊急事態宣言が発出さ
れると、首相自身も自由に動けなくなることです。現在、自民党
はいくつもの問題を抱えています。不穏な動きをしている派閥も
あるし、キーマンとはコンタクトを図る必要もあります。公明党
との参院選での選挙協力についてもギクシャクしており、早急に
手を打つ必要があります。
 そのため、岸田首相としては、根回しとして、多くの人と会い
会食をする機会が増えているのです。しかし、これは、かなりリ
スクのある行動です。もし、岸田首相自身が感染しなくても、濃
厚接触者になる可能性は十分あります。もしそんなことがあると
衆議院で始まっている予算案の審議にも重大な影響を与えること
になります。
 岸田首相は、年明け早々、自民党副総裁の麻生太郎氏と、選対
委員長の遠藤利明氏に、帝国ホテルの鉄板焼き店「嘉門」で三者
会談を行っています。麻生氏は麻生派会長、遠藤氏は谷垣グルー
プの代表世話人の一人です。岸田氏が率いる岸田派を含め、宏池
会を源流にした「大宏池会構想」の実現には、欠かせない顔ぶれ
であるといえます。
 そして、1月7日は、東京大手町の読売新聞本社のビューラウ
ンジで、同読売新聞本社主筆の渡邊恒雄氏と会食しています。安
倍元首相、菅前首相に続いて岸田首相も「ナベツネ詣で」をやっ
ています。本来あってはならないことであるのに、日本のメディ
アは一切批判しないでスルーしています。
 そして、1月11日、午後6時47分、東京・丸の内パレスホ
テル内の日本料理店「和田倉」で、安倍元首相と1時間20分に
わたって2人だけで会食をしています。この会談をセットしたの
は、萩生田光一経産相ですが、本人は当日、インドネシア訪問の
予定が入ったので、この会合には参加していません。
 1月14日、岸田首相は、高市早苗政調会長、古屋圭司政調会
長代行、木原稔政調副会長の3人と、オークラ東京内の日本料理
店「山里」で会食をしています。安倍元首相に最も近いメンバー
であり、政策を実現するには、十分な根回しをしておく必要があ
ります。
 このように、今年に入ってから、1月17日の通常国会召集前
に、コロナ対策の間隙を縫って、岸田首相は、これだけの人間に
会っていますが、読売の渡邊恒雄氏を含めて、驚くべきほど安倍
偏重のメンバーばかりです。何としても通常国会召集前に、会っ
て会っておかなければならなかったものと思われます。それほど
現在の自民党は、安倍支配が広がっているのです。
 これに加えて、岸田首相にとって頭が痛いのは、幹事長に抜擢
した茂木敏充氏と公明党との折り合いが悪いことです。そのため
これまで参院選で定着していた「相互推薦」が風前の灯火になっ
ています。この件も岸田首相が公明党と話し合う必要が出てくる
と思います。       ──[新しい資本主義/第022]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相、東京への緊急事態宣言は「現時点で検討していな
  い」答弁で「総合判断」連発
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   岸田文雄首相は1月31日の衆院予算委員会の質疑で新型
  コロナウイルスの感染拡大対応し、東京都から緊急事態宣言
  発令の要請があった場合について「現時点では検討していな
  い」と否定的な認識を示した。この日、東京都は新規感染者
  数は1万1751人が確認された。25日から1週間連続で
  1日あたり1万人超となり、病床使用率は49・2%で、都
  が緊急事態宣言の要請を検討する基準とした50%が目前に
  迫っている。
   現在、34都道府県からの要請を受けて、まん延防止等重
  点措置が適用されているが、コロナ対応の病床使用率が上昇
  し、一般医療との両立が困難となっている地域が急増してい
  る。立憲民主党の江田憲司氏から緊急事態宣言の発令につい
  て「自治体から要請があれば認めるのか」と問われた首相は
  「まん延防止等重点措置の効果も見極めて、総合的に判断す
  る。少なくとも現時点では緊急事態宣言の発出は政府として
  は検討していない」と明言した。首相は江田氏から重ねて宣
  言発令の可能性を問われたが「政府として総合判断する」な
  どと「総合判断」を連発し、最後まで答弁を変えなかった。
   東京都の小池百合子都知事は30日、緊急事態宣言発令の
  要請について「繁華街の夜の滞留人口は抑制されている。病
  床は重症、中等症など中身もあり、総合的に検討する」と慎
  重な構えを示していた。     https://bit.ly/3IXVjAH
  ───────────────────────────
緊急事態宣言発令は現時点では考えていない/岸田首相.jpg
緊急事態宣言発令は現時点では考えていない/岸田首相
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2022年02月07日

●「矢野次官の論文がもたらす大波紋」(第5666号)

 岸田政権が発足して3カ月が経過して、この政権についていろ
いろなことがわかってきています。政権発足当初は、さしたる実
績を上げたとは思えないのに、これまで支持率がジリジリと上昇
していました。
 それは、過去の政権とどこが違うかというと、反発があると見
るや、自説をあっさりと引っ込めて善後策を検討して見せる融通
無碍の手法が成功しているように見えます。そして、何よりもわ
かってきたのは、岸田文雄氏という政治家が、どこにでもいる調
整型の普通の政治家の1人であるということです。
 しかし、オミクロン株による感染が猛威を振るう「第6波」に
なってから、ワクチンの3回目接種の致命的な遅れが、誰の目に
も明らかになったことで、はじめて支持率を下げています。岸田
政権が発足したとき、感染が下火になっていたので、河野大臣の
ときに比べて、ワクチンチームの人数削減、チームの部屋の場所
の移動、ワクチン交渉の権限を厚労省がすべて握ることによって
情報を出さなくなるなど、接種は都道府県任せになり、それが3
回目接種の遅れにつながっていると考えられます。
 もうひとつ岸田政権で気になることは、財務省寄りの政権であ
ることが鮮明になっていることです。それを象徴しているのが、
政権発足と同時に『文藝春秋』2020年11月号に掲載された
現職の矢野康治財務事務次官による岸田政権の政策批判ともとれ
る次の論文の扱いです。
─────────────────────────────
                        矢野康治著
 「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」
           ──『文藝春秋』/2020年11月号
─────────────────────────────
 この論文は、日本の財政が危機に瀕しているのに、いわゆる各
党がこぞって掲げる”バラマキ”政策を批判したものですが、そ
れは、財務省が支える自民党の政策も歯に衣を着せず、批判した
ことになります。この矢野論文は次のように書かれています。そ
れは、日本の財政破綻を予告する内容です。
─────────────────────────────
 私は一介の役人に過ぎません。しかし、財政をあずかり国庫の
管理を任された立場にいます。このバラマキ・リスクがどんどん
高まっている状況を前にして、「これは本当に危険だ」と憂いを
禁じ得ません。すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務を
併せると、1166兆円に上ります。GDPの2・2倍であり、
先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている。それなのに、さら
に財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交っているのです。
 あえて今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向
かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大
なのに、この山をさらに大きくしながら、航海を続けているので
す。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんで
したが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいていま
す。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわ
からない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいる
のです。             https://bit.ly/34BQ2Qm
─────────────────────────────
 この論文は大きな反響を巻き起こしたのです。こともあろうに
国の財政を担当する財務事務次官の地位にある者が、こういう内
容の論文を誰でも買える一般の雑誌に発表することが前代未聞で
あるからです。
 この矢野論文については、多くの識者から意見が出されていま
すが、それらを要約すると、次の3つになります。
─────────────────────────────
 第1の問題は、矢野次官が自ら言うように「財政をあずかり国
庫の管理を任された立場」という重要な立場にいながらそういう
立場にはあるまじき行為に及んだことにある。
 第2の問題は、矢野次官のように責任ある立場の人間がこのよ
うな論文を公表することは、格付け会社が、日本国債の格付けを
下げるリスクをわざわざ犯すことにつながる。
 第3の問題は、矢野次官が「このままでは、日本は財政破綻す
る」と乾坤一擲のメッセージを発したのに、長期金利は高騰せず
超低金利のまま、反応しなかったことである。
─────────────────────────────
 朝日新聞系の言論サイト「論座」は、矢野論文について、キー
パーソンに意見を求めて特集しているので、その一部を以下にご
紹介することにします。
─────────────────────────────
◎鈴木俊一財務相
 財政健全化に向けた一般的な政策論を述べたもの。手続き面も
問題ない。政府の考えに反するようなものでもない。財政健全化
はとても大切なものと思っている。
◎高市早苗・自民党政調会長
 大変失礼な言い方だ。基礎的な財政収支にこだわって、本当に
困っている方を助けない。子供たちに投資しない。これほどばか
げた話はない。
◎山口那津男・公明党代表
 財政を維持する観点からの一つの見識を示したもの。政治は国
民の生活や要望を受け止めて合意を作り出す立場だ。
◎櫻田謙悟・経済同友会代表幹事
 書かれていることについては100%賛成。ファクト(事実)
だと思う。常識的に考えても最も多くの政府債務を抱えている国
そしてOECD加盟諸国の中で最も成長率と生産性が低いといわ
れている国が無視してよいはずがない。    ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第023]

≪画像および関連情報≫
 ●矢野論文が投げかけたもの
  ───────────────────────────
   矢野康治財務次官が債務膨張を続ける財政の現状を憂える
  論文を月刊誌に発表してからもうすぐ2カ月。衆院選公示日
  直前の論文発表はインパクトこそあったものの、国民の意識
  を財政健全化の方向へ転換させたとまでは言えないようだ。
  政府の2021年度補正予算案は、消費税増税などの効果も
  あって税収を6兆4320億円積み増した。同年度の税収は
  過去最高となる見込みだ。一方、追加歳出総額も巨額で、補
  正としては過去最大の35兆9895億円。特例公債(赤字
  国債)と合わせ22兆580億円の国債追加発行も盛り込ま
  れている。政治はバラマキ批判に痛痒(つうよう)を感じな
  いのか、大盤振る舞いの感は拭えない。
   日本財政を「氷山に向かうタイタニック号のようなもの」
  にたとえた矢野論文だが、「財政破綻」を厳密には定義して
  いない。財政への信認低下から金利が急激に上昇したり、国
  債格付けが大幅に下がったりする状態なのか、さらに踏み込
  んで利払いが滞る事態なのか。
  「財政破綻」が「いつどんな形で起きるか」を予測する能力
  は政府にも経済アカデミズムにも、そして市場にもない。日
  本の財政悪化リスクを重く見て、金利上昇にかける外国人投
  資家はこれまでも出現した。思惑に反して金利は上昇せず、
  こういった取引はいつしか負け続きの「ウィドー・メーカー
  ・ディール」と呼ばれるようになった。敗戦で夫を亡くす人
  が続出するようなもの、というわけだ。
              https://s.nikkei.com/3orWLDJ
  ───────────────────────────
矢野次官論文.jpg
矢野次官論文
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2022年02月08日

●「矢野論文には大きな間違いがある」(第5667号)

 『文藝春秋』/2021年12月号に、岸田首相と作家でタレ
ントの阿川佐和子さんとのインタビューが出ています。聞き手の
阿川さんは、『聞く力』(文春新書)の著者です。話は矢野論文
に及びますが、その部分のやり取りを再現します。
─────────────────────────────
阿川:本誌(『文藝春秋』)先月号で、財務省の矢野康治事務次
 官が、政治家によるバラマキ政策を批判された。どう受けとめ
 ていらっしゃいますか。
岸田:いろんな議論があっていいと思っています。ただ、政府の
 結論が出てから「自分の意見はこうだから」と言うのでは、政
 府としてけじめがつかない。最後に結論が出たら従ってもらえ
 ると、私は信じております。
阿川:現時点で矢野次官の処分はお考えですか?
岸田:全く考えていません。     https://bit.ly/3LdUaXv
─────────────────────────────
 本来であれば、これは処分ものです。本人は、麻生副総理や直
接上司の鈴木財務相の了解を得ているので、平然としていますが
財務次官が自分の担当の財政の問題点を論文にして、一般誌に寄
稿するなど前代未聞であり、あってはならないことだからです。
 今後のこともあるので、岸田首相は、矢野事務次官を更迭すべ
きであったと思います。なぜなら、矢野事務次官の論文には誤り
があるからです。どこが違うかについては今後EJで詳しく説明
するつもりです。もし、岸田首相が矢野事務次官を即座に更迭し
ていたら、多くの人が岸田首相を大きく見直して、支持率がさら
に上がったと思います。
 矢野康治財務次官は、論文の核心部分において、次のように記
述しています。
─────────────────────────────
 国民は、永田町や霞が関に対して、「やるべきこと(真に必要
なこと)だけをちゃんとやってくれよ」と思っている方が多いの
ではないだろうか。だとすると国の将来を心配している国民の期
待に、自分たちは的確に応えられていないのではないかと思って
きました。ですから、この原稿では、国民のみなさんにも、事実
を正直にお知らせし、率直な意見を申し上げて、注意喚起をさせ
ていただきたいのです。
 わが国の財政赤字(「一般政府債務残高/GDP」)は256
・2%と、第2次大戦直後の状態を超えて過去最悪であり、他の
どの先進国よりも劣悪な状態になっています(ちなみにドイツは
68・9%、英国は103・7%、米国は127・1%)。
                  https://bit.ly/3B5aIN0
─────────────────────────────
 高橋洋一氏は「矢野論文は、財務全体を見ないで、一般会計の
ひとつの会計しか見ておらず、資産を無視している」と問題点を
指摘しています。すべての会計を合わせて、資産と負債の両方を
見るのが、会計学の基本ですが、一部を見て、資産を無視してい
るのです。財務省は一貫してこの姿勢です。
 矢野論文では、なぜか日本の債務残高については書かれておら
ず、政府債務のGDP対比の数字を強調しています。GDP対比
256・2%。この方が負債の大きさをわかりやすく示せると考
えているのでしょう。
 地方と政府の債務残高は約1500兆円です。巨額ではありま
すが、日本政府(地方を含む)には1000兆円の資産がありま
す。これでも500兆円の赤字ですが、これは日本銀行との連結
で考えれば問題は解消します。日本銀行は日本の国債500兆円
を保有しています。日本銀行は日本政府の子会社ですから、連結
決算が会計学の常識であると高橋洋一氏はいいます。つまり、連
結で見ると、日本の政府債務は「プラスマイナス=ゼロ」という
ことになります。
 この矢野論文について、はっきりと間違いであると明言したの
は、政治家では安倍元首相だけです。安倍首相は、矢野論文につ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 矢野さんは、一般会計における税収と歳出の不均衡と債務残高
をもとに、財務危機を論じています。しかし、一般会計だけでな
く、特別会計を含めたすべての政府関係予算を合算して見なけれ
ばならない。日銀は金融政策において政府から独立していますが
会計的には政府と連結して考えるべきです。
 政府と日銀の連結バランスシートを見ると、1500兆円の資
産に対して、負債は国債の1500兆円と銀行等の500兆円。
銀行券には金利がつかないし、償還しなくてもいいので、形式的
な負債といえる。少しでも会計を勉強すれば、日本が債務超過に
陥っていないことがわかるはずです。     ──安倍元首相
         ──月刊『WILL』/2021年12月号
─────────────────────────────
 「統合政府」という考え方があります。これは、政府と中央銀
行を一体と捉える考え方で、「現代貨幣論/MMT」と呼ばれる
非主流派の経済理論がとっている考え方です。高橋洋一氏もこの
考え方に立っており、著書に「統合政府のバランスシート」の図
が掲載されているので、添付ファイルにしてあります。
 資産に「徴税権」がありますが、これは将来にわたって税金を
徴収する権利です。見えない資産といえます。これをどのくらい
のタイムスパンで考えるかで、金額が変わってきますが、50兆
円を8年としても400兆円です。日本政府には、毎年50兆円
以上の税収があるので、日本はまったく財政的に問題はないとい
えます。財政破綻などありえないのです。
 MMTは、メインではないものの、EJのテーマとして一度取
り上げていますが、もう一度ていねいに研究し直す必要があると
思います。なぜなら、MMTの視点に立つと、何か新しいもの、
新しい考え方が見えてくるからです。
             ──[新しい資本主義/第024]

≪画像および関連情報≫
 ●財務次官論文を考える
  ───────────────────────────
   財務省の矢野康治事務次官が「財務次官、モノ申すこのま
  までは国家財政は破綻する」と題する論考を月刊文藝春秋に
  寄稿した。「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いてい
  て、もうじっと黙っているわけにはいかない」という矢野次
  官の論考には賛否両論の議論がある。
   矢野氏は、国と地方あわせて国内総生産(GDP)の2・
  2倍にあたる長期債務がありながら、「さらに財政赤字を膨
  らませる話ばかりが飛び交っている」と指摘。向こう半世紀
  近く続く少子高齢化を乗り切るため、「平時は黒字にして有
  事に備える」という歳出・歳入の構造改革が不可欠だと主張
  する。
   これに対して、矢野氏の論考の反対論者は、@日本経済が
  低迷する状況での緊縮政策は国民生活を悪化させる、A自国
  通貨建て国債は債務不履行(デフォルト)にならない、B増
  発する国債の元利払いは日本銀行の通貨発行で賄えるーーな
  どとして、歳出・歳入の改革よりも新型コロナ対策を優先せ
  よと主張する。
   そもそもバブル崩壊後、税収減と景気対策で発行残高が急
  増していた日本国債のデフォルトリスクを指摘する海外の格
  付け会社に対して、財務省が「日本国債のデフォルトリスク
  はない」と主張していたことも反対論者が緊縮政策は不要と
  する根拠になっている。     https://bit.ly/3grhQcP
  ───────────────────────────
統合政府のバランスシート.jpg
統合政府のバランスシート
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2022年02月09日

●「矢野論文を小林/中野両氏が激論」(第5668号)

 矢野財務次官の論文について、「文春オンライン」において、
きわめて興味ある議論が行われています。論文に賛成の立場に立
つ小林慶一郎氏と反対の立場に立つ中野剛志氏による討論です。
─────────────────────────────
 ◎文春オンライン/2021年12月16日配信
  「この程度の認識だったのか」バラマキ批判の”矢野論文”
  をめぐり、財政再建派と反対派が激突!
                  https://bit.ly/3GyFHSq
─────────────────────────────
 小林、中野両氏ともに経済産業省の官僚からスタートし、今や
2人ともに著名なマクロ経済学の専門家です。どちらかというと
小林慶一郎氏は正統派であり、財務省の考え方に近く、中野剛志
氏は革新派であり、MMT研究の大家でもあります。この討論を
再編集し、分析を行いたいと思います。
─────────────────────────────
司会:本日は、矢野氏に近い「財政再建派」の小林さんと、反対
 の立場をとる中野さんとで議論していただくわけですが、まず
 論文に対する率直な感想をお聞かせください。
小林:わりと「正統派の財務省の言い分がそのまま書いてある」
 という印象ですね。ちょっと財政破綻の危機感を煽りすぎてい
 る嫌いはありますが、大筋では同意できます。矢野さんがイメ
 ージする「財政破綻」とは、国の借金が膨らみ続けることで日
 本国債の格付けが下がり、金利が暴騰して、ハイパーインフレ
 を招くシナリオだと思いますが、その懸念は私も共有するとこ
 ろではあります。
中野:財務省がなぜそこまで財政再建にこだわるのか、実はあま
 りよく分かっていなかったんですが、この論文を読んで「この
 程度の認識だったのか」と驚きました。もちろん内容には何一
 つ賛同できません。日本の財務次官がいかに間違っているかを
 示したという意味で、歴史的文献としての価値は高いと思いま
 すが(笑)、この論文には、少なくとも3つの大きな問題点が
 あると思います。
小林:では、ひとつずつうかがいましょう。
中野:第一に日本財政の破綻を懸念するこの論文自体が、日本財
 政の信認を毀損している点です。矢野さんがご自身で書かれて
 いる通り、財務次官は(財政をあずかり国庫の管理を任された
 立場)にあります。学者や評論家ではない。そういう責任ある
 立場の人が日本の財政について「タイタニック号が氷山に向か
 って突進しているようなもの」と書いたわけで、そのこと自体
 が日本国債の格付けを下げて、日本経済全体に悪影響を及ぼす
 ことになりかねない。日本財政の信認を守るべき財務次官とし
 て、あるまじき行為です。
小林:しかし例えば90年代の不良債権のときは、誰もがその問
 題を認識しながらも、そこに触れると「マーケットや国民がパ
 ニックになる」という理由で多くの官僚は口を噤んでいたわけ
 です。それが官僚として正しい態度だったのか。
  私は、大きな問題が存在し、現状で解決の方法が見出されて
 いない場合は、その問題を国民に明らかにしたうえで、「一緒
 に解決法を考えましょう」と呼びかけるべきだと思う。その意
 味で矢野さんの行動は評価されていいのではないでしょうか。
─────────────────────────────
 中野剛志氏の指摘する3つの問題点のうちの第1点については
私は中野氏の意見に賛成です。矢野次官は財務省の事務方のトッ
プとして、財政をあずかり、国庫の管理を任された立場にあるの
ですから、各党の政策に関して異論があるのであれば、自分の仕
事として、政策に反対し、財務省として撤回に努力すべきです。
それは、おそらく非常に困難なことでしょうが、そういう意見を
論文にして、たとえ上司の許可を得たとしても、職名を使って一
般誌に寄稿するなど、もってのほかです。そのようなことは、上
司に相談があった時点で、上司がストップをかけるべきです。
 もし、ある企業でそのようなことを担当職の管理者がやったと
したら、間違いなく、その担当職は職を解かれるはずです。それ
に、そもそも今回矢野次官が論文として発表した内容は、改めて
矢野次官から説かれるまでもなく、財務省の見解として、繰り返
し、国民に対し、訴えかけてきた内容と同じであり、そこに新し
さはほとんどありまぜん。もし、新しさがあるとすれば、日本を
タイタニック号に喩えたぐらいのことです。
─────────────────────────────
中野:そこで私が考える矢野論文の第二の問題点が出てきます。
 それは財政を掌る財務次官が官僚としてのタブーを破ってまで
 「このままでは財政破綻する」というメッセージを発したのに
 マーケットがほとんど無反応だった点です。矢野さんのメッセ
 ージ通り、日本が本当に財政破綻に向かっているのなら、この
 論文が出た直後に長期金利が上がってもおかしくないのに、実
 際には0・1%に満たないままです。要するに、日本は財政破
 綻に向かっていないということです。矢野さんはご自身の主張
 の間違いを自ら証明した恰好になったんですよ。
小林:私はマーケットが反応しない状況だからこそ、このタイミ
 ングで論文を出したんだと思います。つまり今はコロナの影響
 もあり、日本はデフレ下にあり、日銀が国債を買い支える状況
 が続いている。だから論文が出ても、金利や物価が急に上がる
 心配はなかったわけです。問題は日銀が買い支えられなくなっ
 たときで、このままならいずれその日が来る。だから今、警鐘
 を鳴らすんだというのが矢野さんの主張ですよね。
─────────────────────────────
 小林慶一郎氏は、矢野次官は、自分の意見がマーケットに反応
しない時期を見計らって論文を出したといっていますが、これは
おかしな意見です。それはさておき、なぜ長期金利が上がらない
のかは重要です。これについては、明日のEJで解説します。
             ──[新しい資本主義/第025]

≪画像および関連情報≫
 ●公然とバラマキ批判/財務次官の乱心ではなかった
  ───────────────────────────
   冷静に考えれば、財務省の事務次官が勝手に『文藝春秋』
  でバラマキ合戦と化した与野党の政策論争を公然と批判する
  わけがない。矢野次官は財務省内でも財政再建原理主義者と
  して知られる過激派だ。だが、官僚としてわきまえる範囲を
  軽々しく乗り越えてしまうほどバカではない。そんな男が事
  務次官まで登りつめるはずがない。
   しかし、これには自民党が猛反発。高市成長会長は「失礼
  だ」とNHKの討論番組で怒りにあらわにした。また自民党
  内からは「たかが役人ふぜいが政治家を批判するなど許し難
  い。罷免しろ」という声が溢れ出している。
   だが、矢野次官の裏には麻生前財務大臣がいるのだ。だか
  ら後任の鈴木財務大臣も記者会見で矢野次官の寄稿は「手続
  き的にも、これまでの政府の基本方針にも反してはいない」
  と擁護した。
   総裁選で金融所得課税を強く訴えてた岸田総理は、株式市
  場の下落をみて、あっという間に課税案を引っ込めてしまっ
  た。矢野次官の造反劇は岸田総理の軽さと比べたらじつに立
  派である。もちろん、コロナので痛んだ今、財政出動は必要
  だ。誰に、どう配るのか。中身を精査することなく、またど
  んぶり勘定のバラマキの規模を競うことが、衆院選勝利の決
  め手だと信じ込んでいる政治家どもは、国民はバカにしてい
  る。矢野次官のバラマキ批判に怒り心頭してるひまがあるな
  ら、メリハリのある精緻なバラマキにバージョンアップすべ
  きだ。             https://bit.ly/3speWLp
  ───────────────────────────
小林慶一郎氏VS中野剛志氏.jpg
小林慶一郎氏VS中野剛志氏
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2022年02月10日

●「国債供給過多なのに金利が下がる」(第5669号)

 矢野康治財務次官にとって一番ショックだったのは、論文が発
表されても、マーケットがまるで反応しなかったことでしょう。
財政を掌る一国の財務次官がタブーを破ってまで、「日本は、こ
のままでは、タイタニックのように巨大な氷山にぶつかって破綻
する」とまでいっているのに、実際にはマーケットはピクリとも
反応していないのです。
 もし、矢野次官のいっていることが本当のことなら、発表直後
に長期金利(10年物国債金利)が跳ね上がってもおかしくない
はずです。しかし、金利は0・1%に満たない状態のままです。
これは日本が財政破綻に向かっていないことを意味しています。
どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 添付ファイルのグラフを見てください。これは、財務省のウェ
ブサイトに出ているもので、「利払費と金利の推移」をあらわし
たものです。
 まず、棒グラフは、国債の残高をあらわしています。よく知ら
れているように、1975年から2020年まで、国債の残高は
右肩上がりで上昇を続けています。どうしてこうなるのかという
と、償還期日のきた国債は、そのつど同額ないし一部の借換債を
発行して償還されるからです。
 しかし、これとは対照的に金利(国債利回り)は低下の傾向を
たどっています。国債利回りは国債価格とは逆の動きをします。
─────────────────────────────
    国債利回りの上昇 ─→ 国債価格の値下がり
    国債利回りの下落 ─→ 国債価格の値上がり
─────────────────────────────
 普通は、モノの供給を増やすと、需給が悪化して、値段は下が
るものですが、国債の場合はたくさん発行するほど、値段は高く
なるのです。
 国債は政府の借金です。もし家計(個人)や企業が多額の借金
をすると、それに応じて信用は下がります。借金が返済できず、
借り換えをすると、貸し手は貸し倒れリスクを考えて、金利を高
くします。したがって、借金が増えるほど金利は上昇し、返済が
困難になります。しかし、日本政府の場合は、借金が増えるほど
信用力が高くなり、金利が下がっているのです。グラフによると
確かに金利は一貫して下がっています。その結果、利払い費も下
がっているのです。
 なぜ、利払い費まで下がるのでしょうか。
 それは、金利が低下しているからです。国債は償還日がくると
償還する金額の借換債が発行され、償還されますが、これは、過
去に発行された金利の高い国債が金利の低い国債に置き換わるこ
とを意味します。これによって、金利負担が軽減され、利払い費
が安くなるというわけです。
 この場合、最大の問題は、なぜ、借換債で国債を償還するのか
ということです。借換債というのは、普通国債の一種で、国債整
理基金特別会計において発行され、その発行収入は同特別会計の
歳入の一部となります。国債の借換債の発行に当たっては、その
発行限度額について国会の議決を経る必要はありませんが、これ
は、建築国債や特別国債(赤字国債)のような新規財源債と異な
り、債務残高の増加をもたらさないという借換債の性格に基づく
ものです。この国債の償還に関しては、小林慶一郎氏と中野剛志
氏の間では、次のように完全に意見が異なり、激しい論争が行わ
れています。
─────────────────────────────
小林:矢野論文の背景にあるのは、「将来世代にツケを残しては
 いけない」ということだと思うんです。国債は将来世代からの
 前借りで、いずれその金は返さなきゃいけない。これまでのよ
 うに日銀が買い支えられるうちはいいけど、もし将来において
 例えば制御できないようなインフレが起きたら、将来世代への
 大きな負担を残すことになる。それは避けたいという矢野さん
 の思いは否定すべきではないでしょう。
中野:違います。国債は将来の増税で償還しなきゃいけないと思
 い込んでいるから「将来世代へのツケ」だと誤解するのです。
 国債の償還は、増税ではなく借換債の発行によって行うべきで
 す。それから、私は制御できないインフレは基本的に「起きな
 い」と考えています。
小林:国債の償還を借換債で出来るなら、国家運営に税は不要と
 いう話になり、まったく同意できません。これは後ほど議論し
 ましょう。
─────────────────────────────
 日本の場合、国債残高が積み上がっているのに、なぜ、金利は
下がるのでしょうか。これについては、さらなる分析が必要であ
り、来週のEJで解明することにします。矢野論文の最大の問題
点は、インフレについて言及していないことです。これについて
小林慶一郎氏と中野剛志氏は次のように議論しています。
─────────────────────────────
中野:矢野論文の3つ目の問題点は、今、私と小林先生の間で議
 論したようなインフレの問題について、矢野論文はまったく触
 れていないことです。
小林:そこは端折ってますね。
中野:でも人を説得しようとしているのだから、端折ってはダメ
 でしょう。「財政再建か、積極財政か」の議論は国内外含めて
 山ほどあったのですよ。この論争に関する積極財政派の主張は
 だいたい次の3つです。
 @日本政府は自国通貨を発行し、国債は自国通貨建てなので、
  財政破綻しようがない。
 A財政赤字の拡大は金利の高騰を招くことはない。
 B財政赤字が制御不能なインフレを引き起こす可能性は低い。
小林:非常にわかりやすく整理されていると思います。
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第026]

≪画像および関連情報≫
 ●「矢野論文」やぶへび・・積極財政派が反発、膨張止まらぬ
  22年度予算案
  ───────────────────────────
   政府による2022年度当初予算案の編成作業が、大詰め
  を迎えている。新型コロナウイルス禍で一般会計歳出総額は
  107兆円を超え、10年連続で過去最大となる見通しだ。
  「このままでは国家財政は破綻する」−。財務省事務次官が
  月刊誌に寄稿した「矢野論文」は、自民党など積極財政派の
  猛反発に遭い、財政膨張に歯止めがかからない。
   「予想外に反響が大きかった。申し訳ない」。東京・霞が
  関にある財務省の会議室。10月中旬の幹部会合に、審議官
  や各局の局長ら約30人が一堂に集まった。出席者によると
  矢野康治事務次官はその場で謝罪の言葉を口にしたという。
  財務官僚トップの異例の謝罪は、同月8日発売の月刊誌「文
  芸春秋」への寄稿に対するものだ。自民党総裁選や衆院選を
  めぐる与野党の政策論争を「ばらまき合戦」と痛烈に批判。
  「矢野論文」と名付けられた寄稿の波紋は広がり、自民党か
  らも「大変失礼な言い方だ」(高市早苗政調会長)と表立っ
  て批判が上がった。
   財務省関係者によると、矢野氏は幹部会合で、当時の麻生
  太郎財務相に加え、首相だった菅義偉氏に事前に説明したこ
  とも明かしたという。会合に出席した同省幹部は「内容も手
  続きも問題はなかったが、与党への釈明に走り回った現場へ
  のおわびの意味があるのだろう」と解釈する。
                  https://bit.ly/3rE86m9
  ───────────────────────────
利払費と金利の推移.jpg
利払費と金利の推移
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2022年02月14日

●「日本の長期金利が上がらない理由」(第5670号)

 国債は政府の借金です。その国債を増発し、供給量を増やし、
その残高が積み上がると、普通であれば長期金利(以下、金利)
は上昇するはずです。
 しかし、日本の場合は、そうなっていないのです。なぜ、そん
なことが起きているのでしょうか。それは、次の2つに分けて考
える必要があります。
─────────────────────────────
            @経済要因
            A需給要因
─────────────────────────────
 @の「経済要因」について考えます。
 「経済要因」としては、日本が低成長・低インフレに陥ったこ
とが上げられます。もともと低いインフレ率はさらに低くなり、
若干マイナスになってデフレに陥っています。そのデフレが30
年も続いているのです。そのような国は日本しかなく、デフレの
長期化のせいで金利が上昇しないのではないかというわけです。
 Aの「需給要因」について考えます。
 しかし、たとえデフレであったとしても、際限なく国債を発行
し続ければ、値崩れが起こり、金利は上昇するはずです。しかし
その国債の供給を受け入れる強い需要があったとすれば、どうで
しょうか。それがあったのです。
 それは、銀行や生損保などの金融機関からの旺盛な国債の需要
です。長期的に経済が低迷しているので、民間からの資金需要が
乏しく、金融機関は資金運用難に陥っており、国債ぐらいしか有
力な運用先がなかったからです。
 日本は世界有数の預金大国です。いかに金利が低下しても国民
は貯蓄性向を高めています。それは、長期経済低迷のせいでもあ
りますが、国民が強い将来不安を抱いているからです。最も多く
の預金を持つ高齢者は、年金制度が揺らぐことへの不安から、預
金を積み上げています。
 添付ファイルを見てください。2つの棒グラフがあります。財
務省のウェブサイトに出ていたものです。上のグラフは、「家計
の金融資産」の推移をあらわしています。
 現金・預金を見ると、その直近残高は、2021年6月の時点
で、約1000兆円あります。この額はおおむね国債の発行残高
と見合っています。累増する国債は、金融機関を介して、増え続
ける預金で消化されることになります。財務省は、「国債の発行
残高が1000兆円を突破」とか、「GDP対比200%の国債
の残高」と債務だけを強調しますが、家計の金融資産は、現金・
預金だけで、1000兆円を超えているのです。
 つまり、政府が国債で調達した資金は、各種の公共事業や、補
助金などで民間に支払われます。使われた資金は、最終的には銀
行預金として着地するはずです。それは、あたかもお金が政府と
銀行預金の間で、増殖しながら循環しているようなものです。
 通常の金融理論によると、金利がゼロになると、高い金利を求
めて資金は移動し、国内に有望な投資先がないと、金利の高い外
貨にシフトするものです。しかし、日本人は、「リスク回避」の
性向が非常に強いので、積極的に外貨リスクを取ろうとせず、資
金は国内に滞留することになります。
 この傾向は、企業部門においても同じなのです。添付ファイル
の下の棒グラフは、金融機関を除く企業の金融資産をあらわして
います。成長期待が乏しいという見通しから、設備投資をしてリ
スクを取るより、将来不安に備えて内部留保を厚くしておきたい
ためであると思われます。ちなみに、2020年度末の金融業を
除く企業の金融資産は1287・4兆円です。
 自民党の高市政調会長は、2021年10月13日夜のBSフ
ジの番組で、税制について次の発言をしています。
─────────────────────────────
 法人税に手を突っ込む予定だ。現預金に課税するかわりに、賃
金を上げたらその分を免除する方法もある。
                 ──自民党の高市政調会長
─────────────────────────────
 この高市発言について、野村総合研究所/金融ITイノベーシ
ョン事業本部・エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 高市政調会長が課税対象として検討する企業の現預金は、企業
の貸借対照表では、左側(借方)の資産に計上される。内部留保
とは逆側である。そして、企業の現預金、あるいは手元流動性は
内部留保と連動している訳ではない。それにも関わらず、両者を
混同した議論は多い。(一部略)企業の金融資産全体に占める現
預金の比率は、20〜25%程度で、90年以降ほぼ横ばいであ
る。この点からも、企業が利益を現預金に死蔵させており、経済
活動の活性化のために前向きに使っていない、また、その傾向を
強めているとの指摘は当たらない。      ──木内登英氏
                  https://bit.ly/3HFtIUF
─────────────────────────────
 高市発言はさておき、金融市場が矢野論文を無視したのは、こ
れまで述べてきたことをすべてわかったうえで、「変化が生ずる
ことは当面ない」と判断したからです。
 矢野論文に近い内容は、国債発行残高が100兆円未満だった
1981年の「経済白書」にも見られます。そこには、次のよう
に書いてあります。
─────────────────────────────
 最も現実的な問題である財政赤字の現状からみてみよう・・・
景気回復過程にもかかわらず、公債依存度はむしろ逆に上昇の一
途をたどり・・公債依存度は主要国中最大となっている。
          ──1981年経済白書「経済白書」より
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第027]

≪画像および関連情報≫
 ●[FT]長期金利が低いナゾ 各国財政、債務膨張で脆弱に
  ───────────────────────────
   これまでアナリストは、この奇妙な市場の振る舞いについ
  て、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が
  再び悪化する恐れがあること、中央銀行(中銀)が大量に資
  産を買い入れていること、あるいは何より、現在のインフレ
  率の急上昇は一時的であるとの見方が強いこと、などが原因
  だと説明してきた。最近の統計をみると、どれも説得力に欠
  ける。だが1つ、筋の通る説明が存在する。それは世界が、
  「債務の罠(わな)」に陥っているというものだ。
   過去40年で世界の国債残高は3倍以上に増加し、全世界
  の国内総生産(GDP)の350%に達した。中銀が金利を
  ゼロやマイナスまで引き下げる歴史的な緩和措置をとったた
  め、マネーが株式、国債をはじめとした資産に流れ込んだ。
  世界の投資市場の規模はGDPと同程度から4倍にまで膨れ
  上がった。        https://s.nikkei.com/3sts95S
  ───────────────────────────
家計と民間法人企業の金融資産.jpg
家計と民間法人企業の金融資産
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2022年02月15日

●「財政破綻はないがインフレは注意」(第5671号)

 小林慶一郎氏と中野剛志氏の矢野康治財務次官の論文に対する
論争に戻ります。中野氏は矢野論文には3つの問題点があると考
えていますが、それらの問題点とは次の通りです。
─────────────────────────────
 第1は、日本財政の破綻を懸念するというこの論文発表自体が
  日本財政の信認を毀損しているということ。
 第2は、「このままでは財政破綻する」というメッセージを発
  したのに、マーケットが無反応だったこと。
 第3は、インフレの問題が重要であるが、これについて、矢野
  論文においてはまったく触れていないこと。
─────────────────────────────
 この論争においては、中野剛志氏が積極的に自分の意見を述べ
ているのに対して、小林慶一郎氏は、一歩引いて議論しているよ
うに感じます。正面切って議論しようとしていないのです。
 一番意見がぶつかったのは、国債をどのように捉えるかという
点です。小林氏が「国債は将来世代からの前借りで、いずれその
金は返さなきゃいけない。これまでのように日銀が買い支えられ
るうちはいいけど、もし将来において、例えば制御できないよう
なインフレが起きたら、将来世代への大きな負担を残すことにな
る」と強調したのに対して、中野氏は「制御できないインフレな
ど起きない」としたうえで、「国債は将来の増税で償還しなきゃ
いけないと思い込んでいるから、『将来世代へのツケ』だと誤解
する。国債の償還は、増税ではなく、現行の借換債の発行によっ
て行うべきである」と反論しています。
 この論点について、小林氏は「国債の償還は本来なら借換債で
すべきではない」と強調し、「そんなことができるなら、国家運
営に税は不要ということになるので、同意できない」と強く反対
しています。それ以降の論争です。
─────────────────────────────
中野:与野党の政治家たちは、こうした論点を踏まえた上で積極
 財政を唱えているわけです。ですから矢野さんが、「やむにや
 まれぬ大和魂」で彼らを批判するなら、先ほどの三つの点に論
 理的に反論すべきなんです。とくに2019年にMMT(現代
 貨幣理論)が話題となり、「自国通貨を発行できる政府は財政
 赤字を拡大しても債務不履行になることはない」と主張して、
 大論争になったわけです。
  ところが矢野論文は、自国通貨建て国債の性格についても、
 金利についても、インフレについても、反論どころか言及さえ
 していない。それで、政治家を「バラマキ合戦」呼ばわりです
 から、これは相当レベルの低い議論ですよ。
─────────────────────────────
 議論はここで終わっています。この中野剛志氏の発言に対する
小林氏の反論は、掲載されていません。したがって、矢野論文に
対する議論はきわめて中途半端なものに終わっています。
 発言から、小林氏と中野氏の違いをいうと、インフレに関して
の主張が異なります。政府の借金がこのまま増加し続けると、制
御できないインフレになる」と主張する小林慶一郎氏に対して、
中野氏は「制御できないインフレなど起きない」と逆の主張をし
ています。
 小林慶一郎氏は、この論点に対して、別の企画のMMTに対す
る討論のなかで、次のように述べています。この討論には、MM
Tの提案者であるニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン
教授も参加しています。
─────────────────────────────
 主流派の経済理論とMMTとの違いは、政府の債務膨張を深刻
な問題ととらえるかどうか、にある。主流派は国内総生産(GD
P)に対する政府債務の比率が高くなりすぎると、やがて国債価
格が暴落し、貨幣価値が下落するハイパーインフレが起きると警
戒する。
 一方、MMT論者は、自国通貨建てで国債を発行する主権国家
は、決して破綻せず、政府債務を問題にする必要はないと主張す
る。私は主流派の理論をもとに政府債務の問題をとらえ、日本の
政府債務がこのまま膨張し続ければ、安定した経済環境を維持で
きなくなると警鐘を鳴らしてきた。MMT論者は財政支出を増や
す過程でインフレが起きそうになったら対策を打てばよいという
が、政府債務が大きいときに金利を上げたら財政への信認が失わ
れる。それを防ぐために日銀が国債を買えば、今度はインフレを
抑えられない。              ──小林慶一郎氏
              https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
 MMT論者は、自国建て国債が発行できる国であれば、いかに
政府債務が積み上がっても、それによって財政破綻が起きること
はないが、インフレには警戒すべきであるといいます。これに関
してMMTの強力な提唱者であるニューヨーク州立大のステファ
ニー・ケルトン教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 政府が支出を考える際、制限となるのは財源ではない。インフ
レが起きるかどうかだ。誤解があるが、MMTはいくらでも通貨
を発行すればよいというのではない。通貨を発行する政府があら
ゆるレベルの支出を承認できるということだ。
 日本が完全にMMTを実践しているわけではないが、MMTが
数十年間主張してきたことが正しいと証明しているのが日本だ。
財政赤字が自動的な金利上昇につながるわけではないし、量的緩
和も機能している。MMTについては、どのようにインフレを避
けるのかという批判が強い。ただインフレを生もうと20年間苦
心している日本がインフレの回避法を考えるのはおかしなところ
もある。          ──ステファニー・ケルトン教授
              https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第028]

≪画像および関連情報≫
 ●MMT「インフレ制御不能」」批判がありえない理由
  ───────────────────────────
   去る2019年4月2日に寄稿した論考「異端の経済理論
  /MMTを恐れてはいけない理由」で、筆者はMMT(現代
  貨幣理論)が、日本で一大ムーブメントを起こすかについて
  「残念ながら、筆者は悲観的である。権威に弱く、議論を好
  まず、同調圧力に屈しやすい者が多い日本で、異端の現代貨
  幣理論の支持者が増えるなどということは、想像もつかない
  からだ。そうでなければ、20年以上も経済停滞が続くなど
  という醜態をさらしているはずがない」と予測した。
   実際のところは、国会でMMTが頻繁に論議されるように
  なり、また、自民党などの一部にMMTを支持あるいは研究
  しようという動きが予想以上に出てきた。
   その一方で、政策当局(財務大臣・日銀総裁など)は、M
  MTを一蹴しており、マスメディアに登場する学者・評論家
  ・アナリストの大半もまた、MMTを批判を展開している。
  やはりMMTは、「異端」の烙印を押されたままである。
   典型的なMMT批判というのは、次のようなものである。
  「(財政赤字を拡大させれば)必ずインフレが起きる。(M
  MTの提唱者は)インフレになれば増税や政府支出を減らし
  てコントロールできると言っているが、現実問題としてでき
  るかというと非常に怪しい」 MMT批判のほとんどは、こ
  のような「インフレを制御できない」というものに収斂して
  いる。            https://bit.ly/34W673p
  ───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授.jpg
ステファニー・ケルトン教授
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2022年02月16日

●「自国通貨建国債発行国の破綻なし」(第5672号)

 新しい資本主義を考えるとき、日本経済成長の政策を考えると
き、MMT(現代貨幣理論)の理解は欠かせないと思います。M
MTはEJで一度取り上げていますが、消化不良で終わった感が
あります。そこで、このテーマで、もう一度チャレンジしてみる
ことにします。
 日本のMMTの主唱者の一人、中野剛志氏について、日本の経
済学者で、日本銀行副総裁の若田部昌澄氏と、経済アナリストの
森永卓郎氏は、次のような評価を下しています。
─────────────────────────────
◎若田部昌澄氏
 中野が経済学を理解した上で、自説に適した理論を的確に選び
「そう言われればそうかな」と思ってしまうような論を展開して
いる。
◎森永卓郎氏
 中野の議論もきちんと経済学に基づいたもので立つ経済学が違
うのだと若田部が指摘していると書評に書いている。「国内市場
の保護のために最も強力な手段は為替である」という点に関して
は、若田部と中野の立場は一緒であり、円高やデフレは基本的に
は貨幣問題で、資金供給量の多寡が為替・物価を決定するという
基本的な経済理論を共有していると述べている。
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 ダイヤモンドオンラインにおいて、素人の記者が、中野剛志氏
に対して、徹底的にMMTについて迫るという興味ある次の企画
が出ています。
─────────────────────────────
 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞い
 てみた。          ──ダイヤモンドオンライン
                 https://bit.ly/33lPZbe
─────────────────────────────
 しかし、この連載は13回もある長文であり、EJでは重要な
要点を絞って、要約することにします。狙いは、MMTに対する
正しい理解です。
 MMTというのは、ポッと出の新奇な理論という印象がありま
すが、中野剛志氏はそれは間違いであるとしたうえで、MMTは
20世紀初頭のクナップ、ケインズ、シュンペーターらの理論を
原型として、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキーなどの卓越
した経済学者の業績も取り込んで、1990年代に成立した経済
理論であると説いたうえで、世界中の経済学者や政策担当者が受
け入れている主流派経済学が、大きな間違いを犯していることを
指摘しています。
─────────────────────────────
──もしも、現実の経済政策に影響を与えている主流派経済学が
 大きな間違いを犯しているとしたら一大事です。しかし、「主
 流派経済学の理論が基盤から崩れ去る」と聞くと、やはり「ま
 さか」という気がします。そこで、改めてMMTについてご説
 明いただけませんか?
中野:MMTを最も手短に説明するとこうなります。日英米のよ
 うに自国通貨を発行できる政府(中央政府+中央銀行)の自国
 通貨建ての国債はデフォルトしないので、変動相場制のもとで
 は政府はいくらでも好きなだけ財政支出をすることができる。
 財源の心配をする必要はない、と。
──「政府はデフォルトしないから、いくらでも好きなだけ財政
 支出できる」と聞くと、やはり抵抗を感じます。政府やマスコ
 ミはずっと「これ以上財政赤字を増やしたら、財政破綻する」
 と言い続けているし、多くの国民もそう思っているはずです。
中野:まぁ、そうですね。それが社会通念でしょう。でも、「日
 本政府はデフォルトしないから、いくらでも財政支出できる」
 というのは、MMTを批判する人々も同意している、あるいは
 同意できる、単なる「事実」を述べているにすぎないんです。
──単なる事実ですって?しかし、「GDPに占める政府債務残
 高」は240%に近づいており、主要先進国と比較しても最悪
 の財政状況です(添付ファイル参照)。これも厳然たる事実で
 すよね?
中野:ああ、これはよく見るグラフですね。たしかに、「GDP
 に占める債務残高」は深刻な財政危機に陥っているギリシャや
 イタリアよりずっと悪くて、日本はダントツの最下位です。
                 https://bit.ly/3HRwrdU
─────────────────────────────
 確かに、グラフを見ると、日本の債務残高がダントツで高いで
す。これは否定できない事実です。しかし、ダントツ1位の日本
は財政破綻せず、2位のギリシャ、3位のイタリアが財政危機に
陥っているのはなぜでしょうか。
 これは、明確な根拠があります。それはギリシャもイタリアも
ユーロ加盟国であるからです。もともとギリシャは「ドラクマ」
イタリアは「リラ」という自国通貨を持っていたのですが、両国
は、自国通貨を放棄し、ユーロという共通通貨を使っており、そ
のため、自国通貨建ての国債は発行できないのです。
 しかし、ユーロ建ての国債は発行できます。ところがその発行
権を持つのは欧州中央銀行だけであって、ユーロ加盟各国にユー
ロ建て国債を発行する権限はないのです。このことから、自国通
貨建て発行権を持つことがいかに有利か理解できると思います。
 これに対して反論もあります。自国通貨建ての国債を発行でき
る国でも財政が破綻した国があるというのです。アルゼンチンが
そうです。アルゼンチンには「ペソ」という通貨があり、自国通
貨建て国債を発行できるのに、2001年に破綻しています。
 これに対して中野氏は、「アルゼンチンの場合は、外貨建ての
国債がデフォルトしたことによる財政破綻である」と主張してい
ます。外貨建て国債の場合は、その外貨の保有額が足りなければ
デフォルトします。    ──[新しい資本主義/第029]

≪画像および関連情報≫
 ●救世主かトンデモ理論か・・・MMTは世界経済を
  本当に救えるか?
  ───────────────────────────
   「なぜ景気後退局面にもかかわらず、経験則から消費を弱
  らせるとわかっていた消費増税を実施したのか」「なぜ政府
  の財政出動は事業規模で見れば多額だが、実際の真水の部分
  はこんなに渋いのか」という疑問を持っていただければ、こ
  こから先は興味深く読んでいただけるのではないか。
   MMTとは、Modern Monetary Theory の頭文字を取って
  作られた略称である。日本ではMMTは「現代貨幣理論」と
  いう訳で知られている。MMTの特徴については後述すると
  して、まずはMMTが注目を集めた背景を説明したい。景気
  後退の真っただ中で、消費増税をした理由は何か。内閣府の
  『令和元年度年次経済財政報告』では今回の消費増税を「財
  政健全化のみならず社会保障の充実・安定化、教育無償化を
  はじめとする『人づくり革命』の実現に不可欠なもの」と説
  明している。財政健全化が消費増税の理由の1つだ。
   また、新型コロナウイルス禍のいま、実態としては他国に
  見劣りする財政出動しかしないのも財政健全化を優先したい
  からだろう。要は財政健全化のために現在ある財政赤字を減
  らして、黒字に持っていきたい。そうしないと国家が破綻す
  るという考え方だが、MMTは「財政黒字こそ、経済にブレ
  ーキをかける元凶だ」と考える。そもそも、EU加盟国とは
  違って、日本は日銀が自国通貨の「円」をお札として刷るこ
  とができる。これを「自国通貨発行権がある」という。
                 https://bit.ly/3rMG0oJ
  ───────────────────────────
債務残高国際比較(対GDP比).jpg
債務残高国際比較(対GDP比)
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2022年02月17日

●「国家の財政運営を家計に例える愚」(第5673号)

 前回に続いて、素人が当然と考える日本財政の危機についての
疑問を中野剛志氏にぶつけていきます。
─────────────────────────────
──いまの日本の一般歳出のうち、税収等で賄えているのは約3
 分の2。残り3分の1は新規国債で賄っている状態です。そし
 て累積赤字はどんどん積み上がっています。これが民間企業や
 家計なら確実に破綻しますよね?だからこそ、政府はプライマ
 リーバランスの黒字化を訴えているのでは?
中野:たしかに、政府債務は積み上がっています。しかし、国家
 の経済運営を企業経営や家計と同じ発想で考えるのは、絶対に
 やってはならない初歩的な間違いです。なぜなら、政府は通貨
 を発行する能力があるという点において、民間企業や家計とは
 決定的に異なる存在だからです。  https://bit.ly/3LvMhNk
─────────────────────────────
 政府の借金(国債)を家計に例えるのは、財務省の常套手段な
のです。具体的には次のようにいっています。
─────────────────────────────
 歳出と歳入には大きなギャップ(財政赤字)があります。国の
財政を、家計に例えると、年収(税収)約630万円ありますが
このうち約237万円を借金の返済(国債費)に充てなければな
りません。実際に使える残りのお金は約393万円です。
 ただし、この家では家計費(一般歳出等)として年間約829
万円を必要とするので、不足分の約436万円を新たに借金する
ことになります。その結果、年々借金が増え続け、その残高は約
9990万円に達しています。 ──国税庁/税の学習コーナー
                 https://bit.ly/3GSWZKc
─────────────────────────────
 この表現のなかに「国の財政を、家計に例えると・・」とあり
ますが、国の財政と家計を同一視するのは問題があります。なぜ
なら、国の財政と家計はぜんぜん違うものだからです。政府には
通貨発行権というものがあり、家計と同一に比較すべきでないか
らです。国税庁のウェブサイトでこのような表現を使っているこ
とは問題です。しかし、「政府には通貨発行権がある」という表
現にも厳密には違和感があります。
 厳密にいうと、通貨には紙幣と硬貨がありますが、発行権とし
ては硬貨は政府、紙幣は日本銀行にあるからです。だからこそ、
中野剛志氏はここでは「国家の経済運営」という言葉を使い、そ
ういう批判を回避しています。中野氏への質問は続きます。
─────────────────────────────
──そもそも政府がこれ以上借金ができなくなるときが来るので
 はないですか?いまの日本には、民間の金融資産(預金)が豊
 富にあるから、銀行は国債を引き受けることができますが、い
 ずれ民間の金融資産が逼迫してくれば、国債を引き受けること
 ができなくなるはずです。
中野:それも世間でよく言われることで、主流派の経済学者もそ
 う主張しています。だけど、それは完全な誤りです。その証拠
 に、添付ファイルを見てください。国債引受のために民間の金
 融資産が減っているならば、国債金利を上げなければ新たな国
 債を引き受けてもらえないはずですよね?
  しかし、1990年代から国債を発行しまくって政府債務残
 高がどんどん増えて、「国債金利が高騰する、高騰する」と言
 われ続けてきましたが、ご覧のとおり長期国債金利は下がり続
 けています。世界最低水準で、ついにはほとんどゼロにまで下
 がっています。あなたが言うのが本当ならば、こんなことは起
 きるはずがないですよね?
――そうですよね。
中野:しかも、国債金利が世界最低水準にあるということは、世
 界中のどの国よりも、国家財政が信認されている証拠でもあり
 ます。なぜ、そんな国が財政危機なんですか?
――うーん            https://bit.ly/3LvMhNk
─────────────────────────────
 「なぜ、長期金利が高騰しないのか」については、2月10日
のEJ第5669号で説明しています。ところが、2月4日のこ
とですが、6年ぶりに長期金利が上昇したのです。そのときの日
本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎日本にも金利上昇圧力 迫る0・25%、日銀は抑制策検討
 米欧発の金利上昇圧力が、日本にも波及してきた。日本の新発
10年物国債の利回りは0・20%と6年ぶりの高水準をつけ、
日銀が許容範囲の上限としている0・25%が視野に入る。接近
すれば、日銀は無制限に国債を買う「指し値オペ」を3年半ぶり
に発動する見通し。金利上昇を抑え込むことで、緩和を続ける姿
勢を明確にする構えだ。
 4日の米債券市場で米10年債利回りが一時1・93%と前日
より0・10%上昇し約2年ぶりの高水準をつけた。1月の米雇
用統計で雇用者数や賃金の伸びが市場予想を上回り、米連邦準備
理事会(FRB)が利上げを加速するとの見方が強まった。
              https://s.nikkei.com/367Hnpy
─────────────────────────────
 この金利上昇に対して日銀は「指し値オペ」という異例の公開
市場操作を発動して金利上昇を抑え込んでいます。具体的には、
0・25%の金利で10年物国債を無制限に買うと市場に通知し
たのです。銀行など民間の投資家は、これによって0・25%よ
り、高い金利(安い国債価格)で他の投資家に売れなくなるので
金融市場の金利は、0・25%が事実上の上限になります。
 しかし、日本の長期金利が上昇しない理由は、確かにあります
が、こういう事態も十分あり得るのです。政府債務の拡大が金利
上昇の理由ではありませんが、このような不測の事態も将来十分
起こり得ることを知っておく必要があります。
             ──[新しい資本主義/第030]

≪画像および関連情報≫
 ●指値オペで長期金利抑制に動く/第一生命経済研究所
  熊野英生氏
  ───────────────────────────
   なぜ、日銀が急いで金利上昇を止めにかかったかという理
  由には、日本のCPIに事情がある。2月18日には1月の
  CPIが発表されるが、そこでの発表にはマーケットは一喜
  一憂することはない。米国の場合は、目先の1月と2月のC
  PIをみてFRBが3月16日に政策金利引き上げを開始す
  る公算が高いということがある。もしかすると、3月の利上
  げは2回分の+0・50%の大幅利上げもあり得ると警戒す
  る人もいる。
   日本では、1・2月ではなく、4月のCPIが重要だ。昨
  年4月の携帯電話料金プランの引き下げが一巡して、前年比
  1・5%前後まで上昇率は跳ね上がるだろう。ウクライナ情
  勢次第では、ガソリン・灯油もさらに上がる。政府は、価格
  抑制の補助金を支給し、それを止めにかかっているが、完全
  に価格統制ができるとは考えにくい。
   日銀の立場からすれば、消費者物価が2%に達したときは
  金融緩和解除に向けた軌道修正を勘ぐられる。黒田総裁は、
  それを徹底的に否定するが、そうした観測は消えにくい。そ
  こで、指値オペを使って、緩和姿勢をことさらに強調する必
  要があるという訳だ。FRBは3月利上げ開始、ECBは年
  内利上げ開始が予想される。  https://bit.ly/3uVbye2
  ───────────────────────────
政府債務残高及び長期国債金利の推移.jpg
政府債務残高及び長期国債金利の推移
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月18日

●「国債発行で民間の金融資産増える」(第5674号)

 前回、質問者は、「いまの日本の一般歳出のうち、税収等で賄
えているのは約3分の2。残り3分の1は新規国債で賄っている
状態」といっていますが、2021年度予算で、事実を数字で確
認してみます。
 2021年度予算の一般会計歳出総額は、106・6兆円です
が、その内訳は次のようになっています。
─────────────────────────────
 社会保障      ・・・ 33・6%(35・8兆円)
 国債費       ・・・ 22・3%(23・8兆円)
 地方交付税交付金等 ・・・ 15・0%(15・9兆円)
 公共事業      ・・・  5・7% (6・1兆円)
 文教科学振興    ・・・  5・1% (5・4兆円)
 防衛        ・・・  5・0% (5・3兆円)
 その他       ・・・ 13・4%(14・3兆円)
─────────────────────────────
 要するに、2021年度においては、これだけのお金が必要に
なるということですが、これに対する歳入の内訳は、次のように
なっています。
─────────────────────────────
 所得税       ・・・ 17・5%(18・7兆円)
 法人税       ・・・  8・4% (8・4兆円)
 消費税       ・・・ 19・0%(20・3兆円)
 その他税収     ・・・  8・9% (9・5兆円)
 その他収入     ・・・  5・2% (5・6兆円)
 公債金       ・・・ 40・9%(43・6兆円)
─────────────────────────────
 2021年度予算の国の一般会計歳入106・6兆円は、税収
等と公債金(借金)で構成されますが、税収等では歳出全体の約
3分の2しか賄えておらず、そこりの3分の1は公債金(借金)
に依存しています。質問者の指摘の通りです。
 これでみると、消費税の税収は、所得税・法人税よりもダント
ツに大きく、歳入全体の19%を占めています。財務省が消費税
率の引き上げにやっきになる気持ちはわかります。
 日本経済はバブル崩壊後の1990年度を境に低迷し、税収は
減少傾向にあります。つまり、出て行くお金が大きく、入ってく
るお金が少ないのですから、歳出と税収の差は開くばかりです。
これを「ワニの口」のように開くばかりと例えるのです。
 以上のことを前提として、議論は今日から核心に入ります。中
野剛志氏によると、主流派経済学者は重要な事実誤認をしている
といっています。
─────────────────────────────
中野:実はなぜこんなことになるのか、「国債金利が高騰する」
 「財政破綻する」と言い続けてきた経済学者もまともに説明で
 きていません。いや、説明できるはずがないんです。というの
 は、彼らが根本的な「事実誤認」をしているからです。
――事実誤認ですか?
中野:ええ。あなたは先ほど「民間の金融資産(預金)が豊富に
 あるから、銀行は国債を引き受けることができる」とおっしゃ
 いましたね?つまり、銀行が国債を買う原資は民間が銀行に預
 けている金融資産だというわけです。そして、政府は、国債を
 発行することで民間の金融資産を吸い上げて、それを元手に財
 政支出を行っているのだから、国債を発行すればするほど民間
 の金融資産は減ると考えているわけですよね?
――そうですね。
中野:しかし、そこが、決定的な間違いなんです。事実は逆で、
 「国債を発行して、財政支出を拡大すると、民間金融資産(預
 金)が増える」んです。
――ちょっと理解できません・・・。「国債を発行して、財政支
 出を拡大すると、民間金融資産(預金)が増える」なんてこと
 があるわけないじゃないですか?
中野:しかし、それが事実です。理解できないのは、あなたが、
 「貨幣とは何か?」を正しく理解していないからです。もっと
 も、主流派経済学も貨幣について正しく理解していません。さ
 きほど、「世界中の経済学者や政策担当者が受け入れている主
 流派経済学が大きな間違いを犯していることを、MMTが暴い
 てしまった」と言いましたが、このポイントがまさにそれなん
 です。              https://bit.ly/34E0K9C
─────────────────────────────
 毎年毎年長期にわたって、国債の残高が積み上がっていること
は動かすことのできない事実です。「借金が積み上がっている」
わけです。質問者は、このような状態でも国債が発行できている
のは、民間の金融資産(預金など)が豊富であるから、銀行など
の金融機関が国債を引き受けてくれているというのです。
 しかし、毎年のことですから、そのようにして政府が民間の金
融資産を吸い上げていくと、金融資産は減少し、やがて国債を引
き受けられなくなる──国債を発行すればするほど、民間の金融
資産は減ると考えているわけです。
 これに対して、中野剛志氏は、そこが決定的な間違いであると
指摘し、次のようにいっているのです。
─────────────────────────────
 国債を発行して、財政支出を拡大すると民間金融資産(預金)
が増える。それが理解できないのは、「貨幣とは何か?」という
ことを正しく理解していないからである。   ──中野剛志氏
─────────────────────────────
 国が借金をしているといっても、国が返す円というお金自体を
発行しているのですから、国がお金を返せなくなるという事態は
発生しえないわけです。
 この中野氏のMMTロジックについては、来週のEJで掘り下
げることにしたいと考えています。
             ──[新しい資本主義/第031]

≪画像および関連情報≫
 ●財務次官のバラマキ政策批判が話題、国の借金「ワニの口」
  はなぜ開き続けるのか
  ───────────────────────────
   ワニの口とは、一般会計の歳出と税収の推移を示す折れ線
  グラフが「ワニの口」のようにどんどん開いていく状態をた
  とえた表現です。矢野次官が平成10年頃に命名したもので
  す。なぜ、歳出と税収で乖離が生まれてきたのかと言えば、
  歳出を増加せざるを得ない事情がその都度生じてきたからで
  す。ワニの口が開き始めたのは、1990年ですが、この時
  はバブルが崩壊して株価や不動産価格が暴落しました。政府
  は、その後、経済対策として公共投資、減税、地域振興券の
  配布、規制緩和などを行いました。その結果、歳出は増え、
  税収が減ったので、ワニの口が開きました。1999年にな
  ると、ITバブルにより株価が上昇し、税収が増え、歳出も
  減少に転じました。2001年から小泉政権となり、道路公
  団民営化や郵政民営化など行政改革に取り組み、歳出削減も
  なされたため、ワニの口は閉じかけました。
   ところが、2008年にリーマンショックが起こり、政府
  は2009年4月、「経済危機対策」を発表し、国民1人に
  つき、1万2000円(18歳以下と65歳以上は2万円)
  の「定額給付金」が支給されました。そのためワニの口は再
  び広がりました。2014年になると、アベノミクスによる
  る効果と、消費税を8%に引上げたことによる税収の増加に
  よって、ワニの口は閉じてきました。さらに、2019年に
  消費税を10%に引上げ、さらに税収を増やそうとしました
  が、新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年、
  大幅に歳出の増加をせざるを得ない状況となりました。この
  ように、ワニの口が広がったのには理由があるわけです。
                  https://bit.ly/3oTpeT9
  ───────────────────────────
「貨幣が理解できていない」/中野剛志氏.jpg
「貨幣が理解できていない」/中野剛志氏
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2022年02月21日

●「貨幣は物々交換から始まっている」(第5675号)

 2月19日付、日本経済新聞の有名コラム『大機小機』は、次
のように記述しています。
─────────────────────────────
 永田町でMMT(現代貨幣理論)が流行している。国債をいく
ら出しても大丈夫だ、と与党の政治家が公然と議論している。政
治家が「財政破綻はあるはずないからいくら金を使っても大丈夫
だ」という姿には、「北朝鮮が攻めてくるはずはないから自衛隊
は遊んでていい」という主張と同じくらい違和感を持つ。国民が
「財政破綻はない」と安心して信じることを政治の目標にするの
には賛成だが、それは政治家自らが「財政破綻は起きない」と信
じ込むこととは違う。危機に備える心構えを政治家が示して初め
て国民は危機が起きないと信じられる。
   ──2022年2月19日付、日本経済新聞「大機小機」
─────────────────────────────
 MMTをごく簡単にいうと、「自国通貨を持つ国は、過度なイ
ンフレにならない限り、政府はいくらでも借金できる」というこ
とになります。これに対して、「そんなバカなことがあるか」と
『大機小機』の筆者は怒っているのです。
 しかし、1万円札を発行するコストはわずか20円ほどです。
したがって、いささか極端なことをいえば、国債の償還をしたい
なら、お札を印刷して返せばよいのです。1万円札は単なる紙切
れであり、日本銀行が「1万円」と印字しているから価値を持っ
ているに過ぎないとMMT論者はいいます。
 しかし、主流派経済学者や財務省は、国債償還は増税で行うべ
きであると主張します。そして彼らの決まり文句の「次世代にツ
ケを回すべきでない」とエラソーに主張します。財務省が実質支
配する岸田内閣は、きっとコロナが収束したら、増税しようと考
えていると思います。東日本大震災の「復興特別所得税」のよう
にです。これは、現在も所得税に2・1%上乗せされ、2038
年まで徴収されることになっています。旧民主党の菅政権のとき
でしたが、増税を主張したのは「日本学術会議」です。旧民主党
の菅政権も日本学術会議も何もわかっていません。旧民主党の菅
政権と野田政権は、首相が財務省に完全に洗脳され、公約にない
増税路線を取り、日本の「失われた30年」に貢献しています。
 中野剛志氏によると、主流派の経済学者は、「貨幣とは何か」
がわかっていないことに問題があるといいます。主流派経済学の
標準的な教科書とされる『マンキュー・マクロ経済学I入門編』
には、貨幣について、次のように記述されています。ニコラス・
グレゴリー・マンキュー氏は、著名なハーバード大学経済学部教
授です。
─────────────────────────────
 原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのうちに何
らかの価値をもった「商品」が便利な交換手段(つまり貨幣)と
して使われるようになった。その代表的な「商品」が貴金属、と
くに金である。これが、貨幣の起源である。
 しかし、金そのものを貨幣とすると、純度や重量など貨幣の価
値の確認に手間がかかるので、政府が一定の純度と重量をもった
金貨を鋳造するようになる。
 次の段階では、金との交換を義務づけた兌換紙幣を発行するよ
うになる。こうして、政府発行の紙幣が標準的な貨幣となる。最
終的には、金との交換による価値の保証も不要になり、紙幣は、
不換紙幣となる。それでも、交換の際に皆が受け取り続ける限り
紙幣には価値があり、貨幣としての役割を果たす。
             ──N・グレゴリー・マンキュー著
  『マンキュー・マクロ経済学I入門編』/東洋経済新報社刊
─────────────────────────────
 要するに最初は物々交換から始まったといっているのです。し
かし、物々交換はやはり不便であり、金や銀などの貴金属、つま
りそれ自体で価値のあるモノを選んで、それを「交換の手段」と
したというわけです。これを「商品貨幣論」といいます。
 中野剛志氏は、この「商品貨幣論」が間違っているといってい
るのです。これでは、「不換貨幣」の普及がきちんと説明ができ
ないからです。中野氏は次のようにいっています。
─────────────────────────────
 いや、この考え方は間違いだと、本当は私たちはすでに知って
います。なぜなら、1971年にドルと金の兌換が廃止されて以
降、世界のほとんどの国が、貴金属による裏付けのない「不換貨
幣」を発行しています。ところが、誰も貨幣の価値を疑いはしま
せんでした。そして、マンキューがそうであるように、商品貨幣
論では、なぜ不換貨幣が流通しているのかについて納得できる説
明ができないのです。
 そもそもイギリスでは、17世紀後半、すり減って重量が減っ
た銀貨が流通していましたが、物価や為替相場にまったく影響を
与えませんでした。銀貨にはそれ自体に価値があるから流通して
いるのだとすれば、すり減った銀貨が同じ価値で流通しているの
は“おかしな現象”ということになりますよね?
                 https://bit.ly/36pRM05
─────────────────────────────
 この商品貨幣論は、主流派経済学では定説になっていますが、
MMTではこれが間違いであると主張するのです。交換の手段と
して使っている兌換紙幣そのものには価値はないが、金などに交
換できるので価値があるとする考え方は、不換紙幣になったとき
問題を起こすはずです。しかし、そういう問題は、一切起きてい
ないし、スムーズに不換紙幣に移行しています。
 それに、かつて貨幣の起源を研究した歴史学者や人類学者、社
会学者たちも、今日に至るまで誰ひとりとして、「物々交換から
貨幣が生まれた」という証拠資料を発見することができないでい
ます。それでは、MMTでは、貨幣をどのようにとらえているの
でしょうか。明日のEJで検討します。
             ──[新しい資本主義/第032]

≪画像および関連情報≫
 ●お金の起源を教えます!過去から現在までのお金の歴史
  ───────────────────────────
   一度は社会科の授業などで聞いたことがあるかもしれませ
  んが、お金が生まれる前は「物々交換」を行っていた、とい
  うのが現在の通説となっています。
   その昔、各集落で猟師や漁師、農夫といった得意分野を持
  つ人々が、それぞれの得意分野の食糧を多めに確保し、必要
  に応じて不得手な分野の食糧と交換していました。また、食
  糧以外のものが交換対象となることもしばしばありました。
   しかしこの方法では、相手が自分の持っているものを欲し
  くない場合には、相手のものと交換してもらうことができま
  せん。また食糧同士で交換すると、鮮度が異なる・得意分野
  のものと価値が釣り合わないといった問題も出てきます。
   その後、人々は「物品交換」を行うようになります。物々
  交換では直接欲しいもの同士を交換しますが、物品交換では
  「布・塩・貝・砂金(金と銀を配合したもの)」などの比較
  的価値が下がりにくい物品と欲しいものを交換します。
   現在のお金の役割を特定の物品が担っていた、と考えると
  分かりやすいですよね。とくに中国では貝(貝貨)を用いた
  物品交換が一般的となりました。今でも「財」「貯」「貨」
  などお金に関する漢字に「貝」が多く使われているのはこの
  ためだといわれています。ただ、この物品交換にも欠点があ
  りました。布や塩、貝などは物品交換を行わなくても製造や
  入手が可能でした。また、砂金の配合率を変えること、つま
  り偽造が比較的容易で、適正な価値で取引をすることが困難
  なケースがあったのです。   https://bit.ly/3gVEwlV
  ───────────────────────────
グレゴリー・マンキュー教授.jpg
グレゴリー・マンキュー教授
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2022年02月22日

●「信用貨幣論に立脚しているMMT」(第5676号)

 MMTの主唱者といえば、ステファニー・ケルトン氏の名前が
上げられます。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校教授
(経済学/公共政策)です。2016年及び2020年の米大統
領選(民主党予備選)において、バーニー・サンダーズ上院議員
の政策顧問を務めています。
 ブルームバークの「2019年の50人」、プロスペクト誌の
「2020年世界のThinkerトップ50」に選出されています。
 ステファニー・ケルトン教授の著書としては、2020年刊行
の次の本があります。ニューヨーク・タイムズのベストセラーに
なった本です。
─────────────────────────────
           ステファニー・ケルトン著/土方奈美訳
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
                        早川書房刊
─────────────────────────────
 この本のなかに「モズラー家のエピソード」という話が紹介さ
れ、主権通貨を発行する国の資金調達に関する基本原則や貨幣と
いうものの本質を説いています。EJでも一度取り上げたことが
ありますが、この話はあまり現実的でないし、少しわかりにくい
ところがあります。
 これに対して中野剛志氏は、イングランド銀行の季刊誌(20
14年春号)の『現代の経済における貨幣創造』をベースに解説
しているので、それをフォローしてEJ風に説明します。
 主流派経済学が説く貨幣の説明は「商品貨幣論」ですが、MM
Tは「信用貨幣論」に立脚しています。「信用貨幣論」とは何で
しょうか。
 設定は、「ロビンソン・クルーソーとフライデーしかいない孤
島」になっています。その孤島において、ロビンソン・クルーソ
ーは、春に野苺を収穫してフライデーに渡します。その代わりに
フライデーは、秋に獲った魚をクルーソーに渡すことを約束する
のです。その意味することは次の通りです。
 春の時点で、クルーソーがフライデーに対して「信用」を与え
るとともに、フライデーにはクルーソーに対して獲れた魚を渡す
という「負債」が生じています。そして、秋になって、フライデ
ーがクルーソーに魚を渡した時点で、フライデーの「負債」は消
滅するわけです。
 しかし、口約束では証拠が残らず、後でもめることになるので
フライデーがクルーソーに対して、「秋に魚を渡す」という「借
用証書」を渡すのです。この「借用証書」が貨幣になるというの
です。
 これに対する経済学が素人の記者と中野剛志氏の対話が次のよ
うに展開されます。
─────────────────────────────
――たしかに、クルーソーは、秋になってその「借用証書」をフ
 ライデーに渡せば、魚と交換できますから“貨幣っぽい”よう
 な気はしますが、あくまでもクルーソーとフライデーの間での
 取り決めというだけではないですか?
中野:では、話を少しアレンジしましょう。
 この島には、クルーソーとフライデー以外に火打ち石をもって
 いるサンデーという第三者がいるとします。そして、サンデー
 が「フライデーは約束を守るヤツだ」と思っているとともに、
 「魚が欲しい」と思っていれば、クルーソーはフライデーから
 もらった「秋に魚を渡す」という「借用証書」をサンデーに渡
 して、火打ち石を手に入れることができるでしょう。
  さらに、この三人に加えて、干し肉を持っているマンデーと
 いう人もいたとします。そして、マンデーも「フライデーは約
 束を守るヤツだ」「魚が欲しい」と思っているとすれば、今度
 は、サンデーが例の「借用証書」をマンデーに渡して干し肉を
 手に入れることができるでしょう。その結果、フライデーは、
 「秋に魚を渡す」という債務を、マンデーに対して負ったこと
 になります。そして、秋になってマンデーがフライデーから魚
 を手に入れれば、フライデーの「借用証書(負債)」は破棄さ
 れるわけです。          https://bit.ly/3BA4vZA
─────────────────────────────
 ここで重要なことが2つあります。
 第1は、クルーソーとフライデーの取引が、春と秋という異な
る時点で行われるということです。もし、同時に行われるのであ
れば、それはクルーソーの野苺とフライデーの魚による物々交換
ということになります。この場合は、取引が一瞬で成立するので
「信用」や「負債」は発生しないのです。
 取引が異なる時点で行われるからこそ、そこに「信用」と「負
債」が生まれ、フライデーが負った「負債=借用証書」が貨幣と
して機能しているのです。
 第2は、「借用証書」というものは必ずデフォルト(債務不履
行)リスクがあり、よほど強い信用性がないと、流通しないとい
うことです。そこには、つねに「不確実性」が存在していること
になります。
 ここにわからないことがひとつあります。デフォルトの可能性
がほとんどなく、すべての人々から信頼される「特殊な負債」の
みが貨幣として受け入れられ、流通するようになるのかというこ
とです。これでは通貨にはならないと思います。
 ロビンソン・クルーソーの例では、一定の時期が過ぎ、借用証
書の約束のものを相手に渡した時点で負債は消えますが、その約
束のものとは何であるかです。
 これに対して中野剛志氏は「政府は国民に対して税を課して、
法律で定めた通貨を『納税手段』として定める」というのです。
つまり、国民にとって法定通貨は「納税義務の解消手段」として
の価値を持つことになります。これについては、24日のEJで
さらに詳しく説明することにします。
             ──[新しい資本主義/第033]

≪画像および関連情報≫
 ●実録!「連帯保証人」になってわかったMMTの本質
  ───────────────────────────
   今日の貨幣論であるMMTは、この3つの貨幣論のいずれ
  にも不備があるとする。商品貨幣論は、もともと貨幣とは、
  物々交換の不便を補うものとして発展し、保存が可能で、持
  ち運びが便利な、交換の万能性を有した価値、つまりは万能
  商品のようなものだというものだが、物々交換による経済な
  ど歴史上存在していないという事実によって覆される。
   2番目の国定貨幣論は、国家は貨幣を作り出すことは可能
  だが、国家権力が及ばないところでも流通する地域マネーを
  うまく説明できない。
   3番目の信用貨幣論は、前2者に比べればはるかに現代貨
  幣の本質に近づいているものだが、最初に貨幣への信頼が生
  まれたのは何によってなのかという問いにうまく答えること
  ができない。
   MMTは、上記のうち、国定貨幣論と信用貨幣論を架橋し
  てみせたのである。MMTが主張するのは、貨幣とは社会的
  技術であり、貨幣とは国家が税の受領という行為によって信
  頼を供与した負債であるという、国定信用貨幣論である。
   「貨幣とは負債」という当たり前のことを理解するために
  は、現代貨幣というものが「通貨と預金」であるという事実
  に注目する必要がある。     https://bit.ly/3I3DcJn
  ───────────────────────────
 ●図の出典:https://bit.ly/3Bz0Zi0
貨幣とは「借用証書」である.jpg
貨幣とは「借用証書」である
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2022年02月24日

●「不換紙幣がなぜ流通しているのか」(第5677号)

 製造原価がわずか20円でしかない1万円札が、なぜ1万円と
しての価値を持つのでしょうか。この素朴な疑問に答えるために
「商品貨幣説」と「信用貨幣説」があり、MMTは後者に属して
いるというところまで説明が進んでいます。正確にいうと、貨幣
をめぐる学説には、もうひとつあります。
 ドイツの統計学者であるゲオルク・フリードリッヒ・クナップ
は、貨幣の価値を担保しているのは、国家による法的な強制力で
あるといっています。これを「貨幣固定説」といいます。MMT
が立脚する「信用貨幣論」はその一種です。貨幣固定説について
は、ウィキペディアに次の解説があります。
─────────────────────────────
 マクロ経済学において、貨幣国定説とは、お金は物々交換に付
随する問題に対する自然発生的な解決策あるいは債務を代用貨幣
化する手段というより、経済活動を管理しようとする国の試みに
起因し、不換紙幣(法定通貨)の交換価値は国が発行する通貨で
支払われる税金を経済活動に対して賦課する権力に由来すると主
張する貨幣理論である。         ──ウィキペディア
                  https://bit.ly/3sVJd4y
─────────────────────────────
 信用貨幣論は、実質的に価値のない紙幣が価値を持ちうるのは
それを使って税が納められるからであるという説です。すべての
国民は税を納めるという「負債」を負っており、その納める手段
が貨幣だというのです。納税すると、負債は消滅します。この点
に関して、中野剛志氏と記者は次のやり取りをしています。
─────────────────────────────
中野:政府は円やポンドやドルを自国通貨として法律で定めます
 が、次に何をするかというと、国民に対して税を課して、法律
 で定めた通貨を「納税手段」として定めるわけです。これで何
 が起こるかというと、国民にとって法定通貨が「納税義務の解
 消手段」としての価値をもつことになります。納税義務を果た
 すためには、その法定通貨を手に入れなければなりませんから
 ね。ここに、その貨幣に対する需要が生まれるわけです。こう
 して人々は、通貨に額面通りの価値を認めるようになり、その
 通貨を、民間取引の支払いや貯蓄などの手段として──つまり
 「貨幣」として──利用するようになるのです。要するに人々
 がお札という単なる紙切れに通貨としての価値を見出すのは、
 その紙切れで税金が払えるからというのがMMTの洞察です。
 貨幣の価値を基礎づけているのは何かというのを掘って掘って
 掘り進むと、「国家権力」が究極的に貨幣の価値を保証してい
 るという認識に至ったのです。
――なるほど・・。つまり、フライデーが発行した「借用証書」
 をクルーソーがフライデーに持っていったら魚がもらえるよう
 に、政府が発行した「借用証書」を政府に持っていったら「租
 税債務」を解消してもらえるということですね?
中野:そういうことです。      https://bit.ly/3H906hb
─────────────────────────────
 貨幣は、納税の手段としての価値を持ちますが、それを担保し
うる徴税権力が確立した国家においては、必ず貨幣として流通す
るようになります。そのうえで、しだいに納税だけでなく、社会
習慣として貨幣が一般の交換手段としても受け入れられるように
なるです。実際にそうなっています。
 しかし、これだけの説明では、いまひとつ納得できない人もい
ると思います。そもそも現在使われている通貨は貴金属などの物
理的価値による裏付けがないのにもかかわらず、なぜ流通してい
るのかという基本的な問いに、物々交換からスタートしたとする
主流派経済学では、次のような説明しかできないでいます。
─────────────────────────────
     みんなが受け取ると信じているからである
─────────────────────────────
 これをMMT論者は、「答えになっていない。無限後退に陥っ
ている」と強く批判しています。「無限後退」とは、ものごとの
説明または正当化を行うさい、終点が来ずに同一の形の説明や正
当化が、連鎖して無限に続くことをいいます。
 MMTでは、1万円と印刷されている紙幣を、1万円分の何か
と交換できるという意味にとらず、「政府が納税時に1万円分と
して受け取ってくれる証」として考えます。そして貨幣が流通す
る理由を「納税義務に必要だから」と説明するのです。そこに政
治権力がかかわっているからこそ流通するというのです。この考
え方に立つと、納税時に使えないビットコインなどの暗号資産は
通貨ではないということになります。
 これに関して、ステファニー・ケルトン教授は、自著で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 MMTは、このような歴史的に不正確な物々交換説を拒絶し、
代わりに表券主義(チャータリズム)に関する膨大な研究に依拠
している。表券主義とは古代の統治者や初期の国民国家が独自通
貨を導入することを可能にしたのは税金制度であり、それによっ
て通貨が個人間の交換手段として使われるようになったと考える
立場だ。           ──ステファニー・ケルトン著
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
                        早川書房刊
─────────────────────────────
 MMTをバカにせず、ていねいに調べて考えてみると、今まで
多くの人が常識的に正しいと信じていた経済財政の知識が、まる
で間違っていたことがわかってきます。しかもそれが、それなり
に強い説得力を持っているのです。
 政府が貨幣を納税の手段として認めるということは、国家がそ
れを認めることを意味しています。それこそ、それが、なぜ、流
通しているのかの正解であるからです。
             ──[新しい資本主義/第034]

≪画像および関連情報≫
 ●MMTが、こんなにも「エリート」に嫌われる理由
  ───────────────────────────
   MMT(現代貨幣理論)は、高インフレでない限り、財政
  赤字を拡大してよいと主張する。これに対して、主流派経済
  学者は、「そんなことをしたら、超インフレになる」と激し
  く批判している。(中略)
   問うべきは、なぜ、このような極端な議論がまかりとおっ
  ているかということである。日本は、20年という長期のデ
  フレに苦しんでいる。そんな日本が超インフレを懸念して、
  デフレ下で政府支出の抑制に努めたり、増税を目指したりし
  ている姿は、どう考えても異常である。「インフレ恐怖症」
  とでも言いたくなるほどだ。
   なぜ、これほどまで極端にインフレが恐れられているので
  あろうか。
   そして、なぜ、MMTは、こんなに嫌われているのであろ
  うか。その理由の根源は、貨幣の理解にある。主流派経済学
  の標準的な教科書は、貨幣について、次のように説明してい
  る。原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのう
  ちに、何らかの価値をもった「商品」が便利な交換手段(つ
  まり貨幣)として使われるようになった。その代表的な「商
  品」が貴金属とくに金である。これが、貨幣の起源である。
                  https://bit.ly/36igXS4
  ───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授の本.jpg
ステファニー・ケルトン教授の本
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2022年02月25日

●「国家財政を家計に例える狙い探る」(第5678号)

 1983年、当時の英国首相のマーガレット・サッチャー氏は
次の演説をしています。
─────────────────────────────
 「国家には国民が自ら稼ぐ以外に収入源はない。国家が支出を
増やそうと思えば、国民の貯蓄から借りるか課税を増やすかしか
ない」。政府の財政には私たち個人のそれと同じような制約があ
る、と言ったわけだ。支出を増やすには、そのための資金を調達
する必要がある、と。「政府のお金などというものが存在しない
ことはわかりきっている。存在するのは納税者のお金だけだ」。
国民が政府により多くを望むのであれば、その費用を負担しなけ
ればならない。  ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
─────────────────────────────
 ステファニー・ケルトン教授は、自著の第1章に「家計と比べ
ない」という章を設けて、このサッチャー演説を取り上げていま
す。問題は、サッチャー元首相が本当のことが分かっていてこの
発言を行ったのか、知らなかったのかということです。ところで
テリーザ・メイ元首相も「政府は金の成る木を持っているわけで
はない」という発言をしています。
 要するに、政府にはカネのなる木はないので、政府が野心的な
新事業をやるには、納税者からもっとお金を集めないとできない
といっているのです。つまり、増税が必要なのであるということ
をいっています。
 つまり、増税が必要であることを国民に分かってもらうには、
国家の財政運営を家計に例えることは、国家にとってきわめて都
合がよいのです。そのため、政府はあえてそれをやるのです。日
本の財務省も同じです。ウェブサイト(国税庁)ではっきりとそ
う書いています。しかし、これは、正しくないのです。ただ、な
ぜ正しくないかを説明するのは、かなり面倒なのです。
 まず、前提として、流通している通貨とは何かを明らかにする
必要があります。現代経済において流通している通貨には、次の
2種類あります。
─────────────────────────────
            @現金通貨
            A銀行預金
─────────────────────────────
 @の「現金通貨」には紙幣と鋳貨があります。紙幣は日本銀行
が発行し、鋳貨は政府が発行することになっています。通貨には
Aの「銀行預金」が入るのです。日本の場合、貨幣のほとんどは
銀行預金であり、現金通貨は貨幣の約20%でしかありません。
銀行預金は、給料の受け取りや貯蓄、公共料金の支払いなどに使
われており、事実上、貨幣として機能しているからです。まして
スマホ決済が普及している現代では、現金預金はますます少なく
なっています。
 それでは「銀行預金」を創造しているは誰でしょうか。これに
関して、中野剛志氏は記者との対談で、次のやり取りを展開して
います。これは、きわめて重要な対話です。
─────────────────────────────
中野:貨幣の大半は銀行預金として存在しているんです。ここで
 質問です。どのお札にも「日本銀行券」と印刷されているよう
 に、紙幣は中央銀行(日本銀行)がつくっていますが、では、
 銀行預金(預金通貨)を創造しているのは誰だと思いますか?
――私たちが稼いだ現金を銀行に預けているのが「銀行預金」で
 すから、私たちが創造しているのでは?
中野:多くの人が直感的にそう思いますが、よく考えるとおかし
 いんです。たとえば、あなたが手元にある現金1万円を銀行に
 預けたら、預金は1万円増えるけれど、手元の現金は1万円減
 りますよね?つまり、あなたの総資金に増減はないわけですか
 ら、それを「創造」と言うことはできません。
――そう言われればそうですね・・・。では、誰が銀行預金を創
 造しているんですか?
中野:銀行です。実は、預金通貨は、銀行が「無」から創造して
 いるんです。
――そんなバカな・・・。
中野:いえ、それが「事実」です。銀行が個人や企業に融資をし
 たときに、新たな銀行預金が生み出されるのです。
――いやいや。銀行は、私たちが預けた銀行預金を元手に融資し
 ているんですよね?だから、銀行が創造しているわけではない
 でしょう。
中野:そう思っている人が多いですが、それも間違いです。実際
 には、銀行は預金を元手に貸出しを行うのではなく、貸出しに
 よって預金という貨幣を創造しているのです。そして、借り手
 が債務を銀行に返済すると、預金通貨は消滅します。
                  https://bit.ly/35fQDaW
─────────────────────────────
 常識的には、銀行は、預けた預金をもとにして、融資をしてい
ると思います。そうだと思い込んでいる人が大半です。これは、
国家財政を家計に例えるのと同じ発想です。全然違うのです。
 中野氏のいう「銀行は預金を元手に貸出しを行うのではなく、
貸出しによって預金という貨幣を創造している」が、正解なので
す。そして、もうひとつ大切なことは、「そして、借り手が債務
を銀行に返済すると、預金通貨は消滅する」という部分です。
 例えば、銀行がある企業に1000万円を融資するとき、銀行
はその企業の銀行口座に1000万円と電子的に記帳するだけで
銀行が保有している1000万円を振り込むのではないのです。
この場合、融資金の1000万円は銀行がまさしく創造したこと
になります。いうまでもないことながら、もちろん、その企業は
その1000万円を事業資金として使えます。しかし、返済と同
時に経営者にとってその債務はなくなるので、消滅するのです。
             ──[新しい資本主義/第035]

≪画像および関連情報≫
 ●財政赤字を家計の赤字にたとえるべからず
  ───────────────────────────
   財務省のホームページは、予算を家計にたとえて説明して
  います。生活費がいくら、収入がいくらで、不足する分は借
  金をしている、という説明です。
   加えて財務省は「家計の抜本的な見直しをしなければ、子
  供に莫大な借金を残し、いつかは破産してしまうほどの危険
  な状況です」「毎月の生活費の水準を抑えることにより・・
  ・」としています。わかりやすい例えで国民の危機感を煽り
  増税や歳出削減等に理解を得よう、ということなのでしょう
  が、いささかミスリーディングです。
   第一は、「家の外に借金をしている」という例えです。日
  本国と外国との関係で言えば、巨額の対外純資産を持ってい
  るので、日本が外国からの借金に苦しんでいるわけではあり
  ません。ここがミスリーディングです。「父さんが給料以上
  に使っているので不足分を母さんから借金をしている。一方
  で母さんは倹約家でしっかり貯めている。そこで、母さんは
  父さんに貸して、残りを銀行に預けている。
  父さんは銀行や高利貸から借りているわけではないので、家
  計としては問題ない」という例えの方が、遥かに良いでしょ
  う。問題は、父さんと母さんの夫婦喧嘩が絶えないことくら
  いでしょう(笑)。とはいえ、母さんからの借金を減らすの
  は容易なことではありません。それは、父さんの支出が家族
  のためのものだからです。    https://bit.ly/3h6247z
  ───────────────────────────
マーガレット・サッチャー元英国首相.jpg
マーガレット・サッチャー元英国首相
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2022年02月28日

●「信用創造の原理を深く理解すべし」(第5679号)

 前回を少し振り返ります。ある企業が銀行から1000万円の
融資を受けたとします。そのさい、銀行はその企業の口座にキー
ボードを使って「1000万円」と記帳します。そのため、これ
を「キーストロークマネー」と呼んでいます。このさい、重要な
のは、この1000万円は銀行にある1000万円の預金をその
企業に融資したのではなく、純粋に1000万円が創造されたも
のであるということです。これを「信用創造」と呼んでいます。
 これに対して「そんなことどうしていえるのか」という反論も
あります。企業はその融資金の1000万円の資金を引き出して
使うわけで、それは銀行にストックされている預金から1000
万円を引き出しているといえるのではないかというわけです。
 しかし、全国銀行協会が編集している『図説わが国の銀行』に
は次の記述があります。
─────────────────────────────
 銀行が貸出を行う際は、貸出先企業Xに現金を交付するのでは
なく、Xの預金口座に貸出金相当額を入金記帳する。つまり、銀
行の貸出の段階で預金は創造される仕組みである。
         ──全国銀行協会編/『図説わが国の銀行』
─────────────────────────────
 もうひとつ動かぬ証拠もあります。2019年4月4日の参議
院決算委員会において、「銀行は信用創造で十億でも百億でもお
金を創り出せる。借入が増えれば預金も増える。これが現実。ど
うですか、日銀総裁」という野党の質問に対して、黒田日銀総裁
は次のように答弁しています。
─────────────────────────────
 銀行が与信行動をすることで預金が生まれることは、委員ご指
摘の通りです。              ──黒田日銀総裁
─────────────────────────────
 この黒田日銀総裁の発言で、企業や個人の借り入れで、預金が
創造されることは理解できると思います。これをバランスシート
で書くと、企業では次のようになります。
─────────────────────────────
    ≪企業の場合≫
           資産         負債
     預金1000万円  借入金1000万円
─────────────────────────────
 このように企業には負債が発生します。つまり、企業が銀行に
「1000万円を期日までに返す」という負債であり、これによ
って、1000万円の預金が創造されます。この場合、銀行のバ
ランスシートは次のようになります。
─────────────────────────────
    ≪銀行の場合≫
           資産         負債
    貸出金1000万円   預金1000万円
─────────────────────────────
 この場合、銀行の「預金1000万円」がなぜ負債になってい
るのかというと、それは企業の引き出しに備えるためです。つま
り、銀行は企業に対して1000万円の現金通貨を支払う負債を
負っていることになります。
 以上の話の後、中野剛志氏と記者との間には、次のやり取りが
展開されます。
─────────────────────────────
――ところで、信用創造に元手となる資金が不要なのだとしたら
 銀行は、いくらでも、好きなだけ貸し出すことができるわけで
 すか?
中野:いやいや、さすがにそんな“ドラえもん”のような話には
 なりません(笑)。さすがに借り手側に返済能力がなければ、
 銀行は貸出しを行うことはできません。だからこそ、銀行は、
 融資の際に借り手を審査するわけです。
  つまり、銀行の貸出しの制約となるのは貸し手(銀行)の資
 金保有量ではなく、「借り手の返済能力」ということになりま
 す。大雑把にいえば、「借り手側に返済能力がある限り、銀行
 はいくらでも貸出しを行うことができてしまう」ということ。
 もっと言えば、「借り手側に返済能力がある限り、銀行はいく
 らでも預金貨幣を生み出すことができる」ということです。念
 のために付け加えておくと、民間銀行の信用創造には法令によ
 る制約はありますが、本質的には、信用創造の制約となるのは
 借り手の返済能力だと考えてよいでしょう。
――なるほど。          https://bit.ly/3MeV078
─────────────────────────────
 以上のことで明確になったことがあります。それは、信用創造
の原理が、政府が国債を発行するときにも当てはまるということ
です。現在、政府が国債を発行して、その大多数を日本銀行や民
間銀行が引き受けていますが、これは銀行が政府に対して信用創
造することを意味しており、そのさい民間の金融資産(預金)の
制約は一切受けないのです。
 したがって、国債をいくら発行して赤字財政支出が膨れ上がっ
たとしても、民間の金融資産が減ることなどないので、国債金利
が高騰するという事態も起こらないのです。
 それどころか、国債を発行して、財政支出を拡大させることに
よって、財政支出額と同額だけの預金通貨が増えるのです。信用
創造の原理が働いているからこそこういうことが起こります。国
債の発行や償還については、正確に理解されていない部分が多く
これについてもEJで取り上げて説明します。
 しかし、政府は、日本銀行にしか口座をもっていないし、民間
銀行から直接融資を受けられないのです。したがって、いささか
複雑なオペレーションが必要になりますが、これについては、明
日のEJで詳しく説明します。この信用創造の原理は大切な知識
であり、正確に理解しておく必要があります。
             ──[新しい資本主義/第036]

≪画像および関連情報≫
 ●「寓話で学ぶ信用貨幣論」の補足説明1
  ───────────────────────────
   お金ってどうやって生まれるの?
  あらゆる経済の根幹をなすこの問の答えを、特に日本では、
  驚くほど多くの人が間違えています。私の肌感覚では、専門
  家も含め、概ね日本人の9割くらいが間違えていると思いま
  す。経済学部の私のゼミ生も最初は全員間違えていました。
   典型的な間違いを挙げます。下記のリンクはグーグルで、
  で「信用創造」と日本語で検索した結果に出てきた上位3つ
  です。             https://bit.ly/3HlBli3
   そして、全部の解説が間違っています。ちなみに、「信用
  創造」とは英語の「money creation」の訳語。つまり、より
  平易に訳せば「お金の創造」のことです。
   3つの解説に共通しているのは、「銀行は預かった(もし
  くは借りた)お金を又貸ししてお金を増やしている」という
  部分です。これ、間違いです。もしこれが本当だったら、銀
  行って何なのでしょう。金主のお金を高利で貸し出す闇金と
  何が違うのでしょうか。
   もちろん、現実社会の近代的な「銀行」は、400年くら
  い前のその誕生時から現在に至るまでそんな「又貸しビジネ
  ス」はしていません。「何もないところから」借り手の信用
  を担保にお金を生み出す。これが現実社会の信用創造です。
                 https://bit.ly/3M00Lpb
  ───────────────────────────
国会で答弁する黒田日銀総裁.jpg
国会で答弁する黒田日銀総裁
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●「政府と日銀による統合政府B/S」(第5698号)

 なぜ、日本の財政出動は少ないのでしょうか。一般論として考
えれば、それは日本の借金(国債残高)があまりも巨額であるか
らでしょう。少なくとも多くの日本人はそう考えていると思いま
す。借金に借金を重ねると、日本の財政は破綻してしまうのでは
ないかと不安になるからです。
 しかし、思い切った財政出動をしないと、日本経済はデフレか
らいつまで経っても脱却できないのも事実です。国債の発行を少
しでも減らし、プライマリーバランスを黒字にすると、いつまで
もデフレから抜け出せなくなるはずです。しかし、借金が多い財
政がトラウマになって、思い切った財政出動ができないでいると
いえます。
 1995年にデフレが始まったとすると、今年で実に27年に
なります。こんなに長期間デフレに陥っている国は、日本だけで
す。そろそろ「20年デフレ」を卒業して、「30年デフレ」と
いっても過言ではありません。
 本当に日本は財政危機ではないのでしょうか。このことを明ら
かにする必要があります。このテーマは、EJでは何回もやって
いるのですが、以前から「日本に財政問題はない」と主張する高
橋洋一氏の新著も参考にしながら、改めてていねいに考えてみた
いと思います。
 「日本は重い財政問題を抱えている」という人は、何を根拠に
そういっているのでしょうか。これについて、高橋洋一氏は会計
学の観点から、次のように述べています。
─────────────────────────────
 会計学では、負債の総額を「グロス」、負債から資産を引いた
額を「ネット」という。このうちどちらに着目するかが、ポイン
トだ。ひとことでいえば、財政問題があるといっている人たちは
政府のバランスシートの右側(負債だけ)、つまりグロス債務ま
たはグロス債務残高の対GDP比を見ているのだ。
 政府のグロス債務残高は1000兆円、これはGDPの2倍で
ある。だから「日本は大変な財政問題を抱えている」「財政再建
が必要だ」「そのためには増税と歳出カットだ」と主張している
わけである。
 これほどの財政難のなかで借金がさらに増えては困るから、増
税で税収を増やす一方、政府の支出を減らそう、もっと倹約しよ
うというわけだ。
 これの何がおかしいか。すでに「答え」をいってしまったよう
なものだから、もうわかるはずだ。要するに彼らは、借金だけを
見て騒いでいるのである。     ──高橋洋一著/あさ出版
      『99の日本人がわかっていない新・国債の真実』
─────────────────────────────
 「資産があるじゃないか」というと、財務官僚は必ず「資産と
いっても売れない資産が多い」と反論します。確かに道路や橋な
どは売れないと思います。
 しかし、高橋氏によると、日本政府の資産の大半は金融資産で
あり、売ろうと思えば、すぐ売れるのです。かつて、大蔵官僚で
あった高橋洋一氏がいうのですから、間違いがないことです。た
だ、財務省としては、売りたくないと考えているのです。
 実は日本政府の金融資産は、政府関連子会社への出資金、貸付
金が多いのです。民間企業でも経営が苦しくなってきたら、関連
子会社を処分することはあり得ることです。政府の借金の額が本
当に多くてみっともないと思うなら、そういう政府関連子会社を
いくつか売却すればよいのです。
 しかし、財務官僚の上層部は、絶対にそういう資産は売りたく
ないのです。だから、道路とか橋とかいうのです。本当は売る必
要がない(財政問題はない)からですが、政府関連子会社を売っ
てしまうと、財務省の幹部は、自分たちの天下り先がなくなって
しまうからです。だから、国民に負担を押し付けて、増税や歳出
削減で、財政の見映えをよくしようとしているのです。自分の再
就職先ぐらい自分で探せ!といいたいです。日本がデフレから抜
け出せないのは、財務省に重大な責任があります。実にけしから
んことです。
 2017年のことです。ノーベル経済学賞を受賞したコロンビ
ア大学教授、ジョセフ・スティグリッツ氏が来日し、経済財政諮
問会議に出席したことがあります。そのとき、スティグリッツ教
授は、次の趣旨の提言をしています。
─────────────────────────────
 日本は財政政策による構造改革を進めるべきである。具体的に
いうと、政府や日銀が保有する国債を相殺することで、政府の債
務は瞬時に減少する。   ──ジョセフ・スティグリッツ教授
           ──高橋洋一著/あさ出版の前掲書より
─────────────────────────────
 スティグリッツ教授は「政府や日銀が保有する国債を相殺する
ことで」といっていますが、これは、政府の財務状況を「統合政
府バランスシート」でとらえていることを意味します。日銀は、
政府の子会社であり、民間企業が関連子会社と連結決算をするよ
うに、統合政府のバランスシートはあり得るのです。高橋氏によ
ると、一国の財務状態を「統合政府バランスシート」で考えるこ
とは海外ではそれが当たり前のことであるということです。
 「日本銀行は独立性がある」とよくいわれますが、これは日銀
が金融政策を執行するときのことであって、政府は、金融政策に
基本的には介入できないのです。しかし、組織的には、日銀は政
府の子会社なのです。
 そもそも国債残高の対GDP比も、日本の場合、国債残高が多
いのは事実ですが、それぞれの国の考え方によって算出された国
債残高を比較したものに過ぎず、必ずしも公正な比較とはいえな
いのです。日本の場合も、統合政府で考えると、政府の債務は、
大幅に減少してしまうのです。したがって、日本に深刻な財政問
題は存在しないということになります。
              ──[新しい資本主義/055]

≪画像および関連情報≫
 ●日本の問題をはき違えてい「財務省」の大きな罪
  /リチャード・カッツ氏
  ───────────────────────────
   日本の財政赤字は「氷山に向かうタイタニック号」のよう
  なものだという矢野康治財務事務次官の発言で唯一新鮮だっ
  たのは、選挙で選ばれた政府の政策を、水面下での会話では
  なく、影響力のある『文藝春秋』誌上で厳しく批判したこと
  だ。約半世紀前、1978年から財務省は政府が抜本的な歳
  出削減と増税をしない限り「日本は崩壊ししかねない」と、
  首相を脅し続けて自分たちのいいなりにしようとしてきた。
  最近は国債市場の暴落を”ネタ”にしている。財務官僚たち
  は影で、首相を次々と「犠牲」にすることで消費増税を繰り
  返せると影でジョークを言っているほどだ。
   仮に財務省の警告が正しければ、それは国益のためだった
  と言えるだろう。しかし現実には、財務省は何度も間違って
  きたし、かたくなに主張を改めようとしなかった。公平のた
  めに言うと、確かに財務省の見解は多くの高名なエコノミス
  トの間でも共有されている。2012年にはエコノミスト2
  人が、財政緊縮策を実施しなければ2020年から2030
  年までの間に国債の暴落が起こると予測していた。
   1990年代半ば、財務省は橋本龍太郎首相を説得して消
  費税を3%から5%に引き上げさせた。引き上げ幅は健全な
  経済状態では問題にならないほど小さかったが、不良債権の
  肥大化により日本の体力が低下しているというアメリカ政府
  の指摘が無視されていた。    https://bit.ly/3uyUkBz
  ───────────────────────────
ジョセフ・スティグリッツ教授.jpg
ジョセフ・スティグリッツ教授
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2022年03月01日

●「国債発行して公共事業を実施する」(第5680号)

 政府が1億円の国債を発行し、公共事業を実施するケースにつ
いて考えてみます。前提知識ですが、市中銀行は、日本銀行に対
して当座預金口座を持っており、政府も日銀当座預金口座を有し
ています。この日銀口座預金口座が重要な役割をします。
 まず、第1段階として、この発行される国債を市中銀行が引き
受ける場合、市中銀行が開設している日銀当座預金が1億円減り
政府が開設する日銀当座預金にその1億円が振り替えられます。
なお、この取引プロセスは、民間の預金とは無関係です。
 第2段階として政府は、公共事業の発注企業に1億円の小切手
を交付します。政府発行の小切手を受け取った企業は、自分の取
引銀行に持ち込み、代金の取り立てを依頼します。それと同時に
その銀行は、1億円を企業の口座に記帳します。キーストローク
マネーです。この瞬間に1億円という新たな民間預金が誕生した
ことになります。つまり、政府が国債を発行して借金を増やすと
それと同額の民間預金が創造されるのです。
 第3段階として、銀行から取り立てを依頼された日銀は、政府
の日銀当座預金から、銀行の日銀当座預金へ、1億円を振り替え
ます。この1億円は、さきほど銀行が国債を購入したときに、振
り替えられたものです。
 これに関する記者と中野剛志氏とのやり取りは、次のように展
開されています。
─────────────────────────────
中野:つまり、銀行の日銀当座預金から政府の日銀当座預金に振
 り替えられた1億円が、再び銀行の日銀当座預金に戻ってくる
 わけです。赤字財政支出をしても日銀当座預金に変化は生じな
 いわけですから、国債金利も、一切変化しないということにな
 ります。
――あれ?ということは、銀行の日銀当座預金に戻ってきた1億
 円で、再び1億円の新規国債を購入できるということですか?
中野:そのとおりです。このオペレーションは無限に繰り返すこ
 とができるのです。しかも、このオペレーションを回す度に、
 国債発行額と同額の民間預金が増えていくわけです。つまり、
 国債の発行によって民間の金融資産を吸い上げているのではな
 く、財政赤字の拡大によって、民間で流通する貨幣量を増やし
 ているということです。
――これもまた、魔法のような話ですね・・・。
中野:そうですね。ただし、これは、MMTのオピニオンではな
 く、国債発行の実務を説明しているだけの話です。単なる「事
 実」なんです。だから、財務省や主流派の経済学が主張してい
 る「財政赤字の増大によって民間資金が不足し、金利が上昇す
 る」などという現象など起きるわけがない。ましてや、「国債
 を消化できなくなる」などということなどありえないんです。
 そのような誤った主張をするのは、単に「事実誤認」をしてい
 るからというだけのことです。   https://bit.ly/3M67SfF
─────────────────────────────
 ここで、2月10日のEJ第5669号での小林慶一郎氏と中
野剛志氏の議論を思い出していただく必要があります。議論を再
現します。
─────────────────────────────
小林:矢野論文の背景にあるのは、「将来世代にツケを残しては
 いけない」ということだと思うんです。国債は将来世代からの
 前借りで、いずれその金は返さなきゃいけない。これまでのよ
 うに日銀が買い支えられるうちはいいけど、もし将来において
 例えば制御できないようなインフレが起きたら、将来世代への
 大きな負担を残すことになる。それは避けたいという矢野さん
 の思いは否定すべきではないでしょう。
中野:違います。国債は将来の増税で償還しなきゃいけないと思
 い込んでいるから「将来世代へのツケ」だと誤解するのです。
 国債の償還は、増税ではなく借換債の発行によって行うべきで
 す。それから、私は制御できないインフレは基本的に「起きな
 い」と考えています。
小林:国債の償還を借換債で出来るなら、国家運営に税は不要と
 いう話になり、まったく同意できません。これは後ほど議論し
 ましょう。
─────────────────────────────
 国債の利払いと償還の問題です。小林氏は、国債の残高を積み
上げていくと、将来制御不能なインフレが起きる恐れがあり、そ
れは将来世代に大きなツケを回すことを意味する──こういって
います。この点において、小林慶一郎氏と中野剛志氏の意見は大
きく異なります。しかし、小林氏は、これについての議論を避け
ているように感じます。肝心なことが議論されていません。これ
についての中野氏の見解は次の通りです。
─────────────────────────────
 よく聞く話ですが、それも誤りです。「国債の償還財源は将来
世代の税金でまかなわれなければならない」という間違った発想
をしているから、そういう話になるんです。だって、自国通貨を
発行できる政府は永遠にデフォルトしないのだから、債務を完全
に返済し切る必要などありませんからね。つまり、国債の償還の
財源は税である必要はなく、国債の償還期限がきたら、新規に国
債を発行して、それで同額の国債の償還を行う「借り換え」を永
久に続ければいいのです。実際、それは先進国が普通にやってい
ることです。だから、英米仏などほとんどの先進国において、国
家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていま
せん。ところが、なぜか日本は償還費も計上しているんですけど
ね・・・。             https://bit.ly/3vnrJ3W
─────────────────────────────
 国債の利払い、償還財源について、基礎を知る必要がありそう
です。借換債とは何なのでしょうか。これについては明日のEJ
で研究してみたいと考えています。
             ──[新しい資本主義/第037]

≪画像および関連情報≫
 ●「間違いだらけの財政説明」/大石久和氏
  ───────────────────────────
   番組アシスタントの新保友映です!
   前回に続いて、今回も経済のお話です。「日本の借金は本
  当に1000兆円あるのか」「公共事業費は社会保障費を圧
  迫しているのか」、このあたりのことを大石久和さんに伺っ
  てみました。
  新保:「借金1000兆円」とよく耳にしますが、この言い
  方は正しくないんですか?「今年の予算要求の見込みでいう
  と、国債と借入金を合わせると1250兆円ですから「10
  00兆円の借金」という表現は正しくないとしても、国債や
  借入金があることは間違いないんです。ただその中身を見る
  と借金とは決して言えないし、きちっと説明もされていませ
  ん」(大石)          https://bit.ly/3BZfzQk
  ───────────────────────────
 ●図出典/https://bit.ly/3vniukv
国債発行が通貨供給量を増やす.jpg
国債発行が通貨供給量を増やす
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2022年03月02日

●「国債の発行は本当に問題があるか」(第5681号)

 「ワニのくち」という言葉があります。これは、論文で有名に
なった矢野康治現財務次官の作った言葉だそうです。「ワニのく
ち」とは、歳入(税収)と歳出の差が、ワニのくちのように開い
ていることを例えたものです。矢野財務次官は『文藝春秋』20
21年11月号で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 歳出と歳入(税収)の推移を示した2つの折れ線グラフは、私
が平成10年ごろにワニのくち″と省内で俗称したのが始まり
ですが、その後、四半世紀ほど経っても、なお、「開いた口が塞
がらない」状態が延々と続いています。
 ロスト・デケイズ≠ニも呼ばれるバブル崩壊後の20年ほど
の間は、「財政再建は時期尚早だ。もっと経済がよくなってから
だ」という声が強く、財政健全化の議論が、先送りされがちでし
た。今、標梓されている「経済最優先」も、要するに財政再建は
後回しということです。
 急激すぎる財政再建が経済の腰折れを招きかねないという懸念
ばごもっともですが、日本の財政は(景気がよくても赤字のまま
という)「構造赤字」であり、いわゆるバブル期(1990年前
後)でも、ワニのくちは狭まりはしたものの、歳出と税収が逆転
する(黒字になる)ことはありませんでした。また、安倍政権下
で有効求人倍率が1・6を超えるほどのいわゆる完全雇用状態の
下でも、黒字にはなりませんでした。
 ですから、「経済成長だけで財政健全化」できれば、それに越
したことはありませんが、それは夢物語であり、幻想です。
                ──矢野康治財務事務次官著
『財務事務次官、モノ申す/このままでは国家財政は破綻する』
             『文藝春秋』/2021年11月号
─────────────────────────────
 矢野財務次官は、東京大学法学部出身の官僚の多い財務省では
珍しく、一橋大学経済学部の出身です。一応経済に関しては専門
家であるわけです。
 「わにのくち」を閉じるには、要するに税収の範囲内で国家運
営をやるのが正しいという考え方に立つ必要があります。いわゆ
るプライマリーバランスもそれと同じ考え方です。
 しかし、これは家計の発想です。国家の財政運営を家計のそれ
に例えています。なぜなら、家計では、収入の範囲内で生活をせ
ざるを得ないからです。
 ここで「国債」というものについて、根本から考え直してみる
必要があります。
 国債とは何でしょうか。
 国債とは「政府の借金である」といわれます。しかし、これが
ときどき「国の借金である」という意味にも使われますが、正し
くは「政府の借金」です。国ではありません。
 問題は「借金」という言葉です。「借金」という言葉はイメー
ジがよくないのです。個人の生活では、借金は、あくまで返済で
きる範囲内でするべきであり、もちろん、約束の期日には、きち
んと返済する必要があります。したがって、国家であれ、政府で
あれ、借金を膨らませるのは良くないことであるという発想につ
ながります。
 しかし、この考え方を改める必要があります。これについて、
高橋洋一氏は「政府の借金」を「個人の借金」ではなく、「企業
の借金」と捉えるべきであるとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 国債を理解するには、「政府」を「企業」に置き換えて考えて
みるとわかりやすい。「個人」ではなく、「企業」というところ
がポイントである。
 世の中には「無借金経営」だと胸を張る企業もあるようだが、
先祖代々の莫大な資産でもなければ、自己資金だけで起業などで
きない。だから、たいていの企業は銀行から金を借りる。起業し
たあとも、ずっと金を借りるのが普通だ。そのお金で設備投資な
どをして、商売を広げるためだ。新しい機械を入れたり、自社ビ
ルを建てたりするわけである。
 そして、いろんな企業が銀行からお金を借りて商売を広げるほ
ど、取引が多くなる。要はお金が多くやりとりされ、経済が活性
化する。ここで「借金はダメだから、銀行から融資を受けない企
業のほうがいい企業だ」と考える人がいたら、その人は企業活動
の何たるかをまったく理解していないことになる。これでは、経
営者が、すべて悪人になってしまう。     ──高橋洋一著
    『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
                         あさ出版
─────────────────────────────
 一般企業は、株式会社であれば株を発行し資金を調達(自己資
本)します。それでも足りなければ、銀行借入や社債を発行(他
人資本/いわゆる借金で、政府でいえば、国債発行による資金調
達)して、経営を行います。何も問題はないはずです。
 「歳出」(出ていくお金)は、社会保障、公共事業、防衛、文
教及び科学振興などであり、国債費というものもあります。いず
れも私たちの生活にかかわる必要な出費です。
 「歳入」(入ってくるお金)は、次の2つに分かれています。
─────────────────────────────
              @税 収
              A公債金
─────────────────────────────
 @税収については説明の必要はありませんが、A公債金という
のは、国債の発行額のことです。税収だけでは足りないので、発
行する国債の額を明示しているのです。この公債金の欄には、実
は財務省は「将来世代の負担」と注釈を入れています。財務省と
しては、あくまでも「国債発行は悪」というイメージを植え付け
ようとしているのです。増税への布石です。
             ──[新しい資本主義/第038]

≪画像および関連情報≫
 ●日本国債がそれでも持ちこたえているカラクリ
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルスの世界的なパンデミックによって、世
  界経済が停滞している。各国政府は国民を救うため、これま
  での財政均衡の姿勢を崩し、集中的な財政支出を一斉に始め
  た。IMF(国際通貨基金)の調べによると、各国政府によ
  る新型コロナによる経済対策の総額は、10兆ドル(約10
  70兆円)に達しているようだ。6月10日現在の数字では
  あるが、世界の国内総生産に占める財政支出総額の割合は、
  リーマンショック時の2倍以上になるのではないかと試算さ
  れている。
   アメリカでは、総額で約3兆ドル(約320兆円)に達す
  る財政支出が計画されており、EU(欧州連合)でも、コロ
  ナで打撃を受けた国々を支援する総額7500億ユーロ(約
  90兆円)規模の「復興基金」の創設が決まった。
   お金を必要としているのは政府だけではない。企業もまた
  ストップしてしまった収入を社債の発行などによって賄う必
  要があり、今年4月の世界の社債発行額は、1980年以降
  で最高、過去10年の月平均の2・2倍となる6314億ド
  ル(約67・5兆円)になったと報道されている。アメリカ
  も含めてゼロ金利政策が行われている現在、金利の負担はな
  いものの、世界中で国債や社債が発行されている状況は、こ
  れからの世界経済に大きな歪みをもたらすかもしれない。
                  https://bit.ly/3hJd8YR
  ───────────────────────────
矢野康治財務事務次官.jpg
矢野康治財務事務次官
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2022年03月03日

●「ロシアがウクライナを攻める理由」(第5682号)

 ウクライナが大変なことになっています。私の手元にはさまざ
まな情報が集まってきています。EJを20年以上書いていると
多くのソースから情報が多く集まってくるのです。そこで、現在
のテーマに関係はありませんが、日刊のEJとしては、週末の2
日間はこのテーマを取り上げることにします。なお、この原稿は
3月2日に書いております。
 今回のロシアの、というよりもプーチン大統領の狙いは、ウク
ライナの主権を奪い、ロシアの支配下に置くことにあります。そ
のため、ロシアは基本的な計画に基づいて、相当前から時期を定
めて実施に移してきています。それに、いずれもオリンピックの
時期に意識してそれを行ってきていると思われます。
 2008年8月のことです。北京夏季五輪開催式の日に、ロシ
アは、隣国ジョージア(旧称グルジア)に侵攻したのです。そし
て2014年3月18日、ソチ冬季五輪のパラリンピック(3月
7日〜16日)の終了直後、ロシア軍はウクライナ南部クリミア
半島に侵入し、半島を併合しています。
 ロシアの基本的な計画とは、ロシアの隣国の親露勢力を焚き付
けて、一定レベルの勢力に育て、その勢力を支援するという名目
で軍隊を送り込むというものです。ロシアの隣国は、もともとは
ソ連邦の一部を構成していたのですから、どこにも一定の親露勢
力というものは存在するのです。
 ジョージアとウクライナに共通しているのは、その親露勢力の
規模が大きく、ともに中央政府の支配の及ばない親露分離派地域
を国内に抱えていることです。親欧米国のジョージアでは、20
08年8月、親露分離派地域の南オセチア自治州をめぐって、政
府軍と自治州の戦闘が勃発したのです。自治州住民に露国籍を付
与していたロシアは、「自国民の保護」を名目にジョージアに侵
攻したのです。
 これとそっくり同じことが、ウクライナで起きているのです。
ウクライナでは、2014年のクリミア併合後、東部のドネツク
・ルガンスク両州で、ロシアの支援を受けた親露派武装勢力が中
枢施設を占拠し、政府軍との大規模戦闘に発展しています。これ
は自然に起きたことではなく、ロシアが時間をかけて親露派を育
ててきたのです。
 ウクライナの場合、ドネツク・ルガンスク両州の親露派が中央
政府からジェノサイド的なひどい弾圧を受けてきたとして、国際
司法裁判所(ICJ)に訴えていますが、ICJは「そのような
事実はない」として、却下しています。しかし、ロシアはその決
定を無視し、あったと主張しているのです。あくまでそれを軍隊
を入れる理由にしているからです。この点ロシアは自国にとって
都合の悪いことは受け入れない中国と一緒です。
 2015年2月に和平合意(ミンスク2)が結ばれますが、ウ
クライナのゼレンスキー大統領は、その具体的履行で行き詰まっ
ていることは確かです。これまでに約1万4千人が死亡し、膠着
状態が続いています。ロシアは両州の親露派支配地域でも約60
万人に国籍を付与しています。
 しかし、ロシアによる今回のウクライナへの特別軍事作戦は、
本日現在、うまくいっていないのです。これは、ロシアにとって
大誤算だったといえます。もともと、ロシアはどのような計画を
立てていたのでしょうか。次の5段階の計画です。
─────────────────────────────
 1.空港や軍事施設を攻撃し制空権  2月24日実施予定
   を確保する。
 2.ウクライナ軍を包囲し、武装解  2月末まで完了予定
   除・無力化する。
 3.ゼレンスキー現政権を打倒する  2月〜3月初旬予定
 4.新しい権力機構を形成。大都市  3月初旬予定
   から統治に着手
 5.本格的政権をスタート      5月9日の記念日は
                   新政権が祝う予定
            ──3月2日/「テレビ朝日」より
─────────────────────────────
 この計画によると、2月末には、ロシア軍は、ウクライナ軍を
包囲し、武装解除・無力化されていなければならないのです。し
かし、3月2日になっても、ロシア軍は、制空権はおろか、武装
解除もできていないのです。ただ、ロシア軍が首都キエフを包囲
しつつあります。
 どうしてこうなったのでしょうか。それには、プーチン大統領
の次の3つの誤算があったのです。
─────────────────────────────
    第1の誤算
     ウクライナ軍の戦力を過少に評価したこと
    第2の誤算
     ゼレンスキー大統領の評価を間違えたこと
    第3の誤算
     ロシア軍兵士の士気がきわめて低いレベル
─────────────────────────────
 第1の誤算について考えます。
 はじめは「3日でキエフは陥落する」といわれたのです。クリ
ミア半島が併合された2014年以来、ウクライナ軍は米軍から
の武器援助や戦力増強訓練などを通じて非常に精強になっている
のです。ロシアは、2月24の宣戦布告後すぐロシア空軍6機が
出撃しています。制空権を奪うためです。
 しかし、ウクライナ空軍MiG−29MU2戦闘機によって、
6機とも撃墜されています。このウクライナ空軍は通称「キエフ
の幽霊/ゴーストキエフ」と呼ばれているそうです。
 それから米国から供与された対戦車砲ミサイル「ジャベリン」
によって、多くのロシア軍戦車が犠牲になっています。これは、
ロシアにとって大きな誤算になったといえます。
             ──[新しい資本主義/第039]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア軍も大被害か/ウクライナ報道では驚愕の数字
  欧米は減速指摘
  ───────────────────────────
   ウクライナに侵攻中のロシア軍は、2月26日、ウクライ
  ナの首都キエフ掌握を狙って一帯での市街戦を続けた。ただ
  ウクライナメディアによると、ロシア軍も戦車100台を失
  うなど大きな被害が出ている模様だ。欧米の当局者からは、
  ウクライナ側の激しい抵抗でロシア軍の侵攻が減速したとの
  見方も出ている。ウクライナのゼレンスキー大統領は同日、
  「私たちは戦う」と徹底抗戦を訴えた。
   AP通信によると、ロシア軍はキエフに向けて進軍を試み
  ており、大規模な攻撃に向けて進路を確保している可能性も
  あるという。砲撃などによりアパートや橋などに被害が出て
  おり、キエフ市当局は市街戦が継続していると住民に警告。
  シェルターに避難するよう呼びかけている。
   ウクライナの国営通信社は26日、保健当局の情報として
  ロシアによる侵攻で子ども3人を含む少なくとも198人の
  ウクライナ市民らが死亡したと報じた。負傷者は子ども33
  人を含む1115人に上るという。
   一方で、インタファクス・ウクライナ通信によると、ウク
  ライナ軍参謀本部は、ロシア軍の戦車約100台、装甲車約
  540台、軍用機16機などを破壊し、ロシア側に3千人以
  上の犠牲が出たと推計している。ウクライナ大統領府のポド
  リャク顧問は26日、ウクライナのテレビ番組で、「キエフ
  とほかの都市への、ロシア軍によるすべての攻撃は撃退され
  た」と主張した。        https://bit.ly/3tGdLrJ
  ───────────────────────────
MiG−29MU2戦闘機.jpg
MiG−29MU2戦闘機
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2022年03月04日

●「プーチンには3つの誤算があった」(第5683号)

 ウクライナ問題を今日も取り上げます。プーチン大統領の3つ
の誤算の話を続けます。「第1の誤算」については説明が終わっ
ているので、「第2の誤算」から説明します。
─────────────────────────────
    第1の誤算
     ウクライナ軍の戦力を過少に評価したこと
  → 第2の誤算
     ゼレンスキー大統領の評価を間違えたこと
  → 第3の誤算
     ロシア軍兵士の士気がきわめて低いレベル
─────────────────────────────
 第2の誤算について考えます。
 プーチン大統領にとっておそらく最大の誤算というべきは、ウ
クライナのゼレンスキー大統領の人物評価を間違えたということ
でしょう。ゼレンスキー氏は、もともとショービジネスの世界を
通じて、ロシアとも深いつながりがあったコメディー俳優であり
いわば政治のズブの素人だった人です。
 そのゼレンスキー氏を大統領の座に押し上げたのは、「既存の
政治家には国を変えられない」という有権者の強い思いがあった
からで、2019年4月の大統領選の得票率は73%で、現職ポ
ロシェンコ氏を50ポイント近く引き離す大勝利だったのです。
 しかし、就任後はこれといって目立った実績がなく、ロシア侵
攻前の支持率は20%台と低迷していたのです。やはり、政治の
素人のマイナス面がもろに出たという感じです。
 こういうゼレンスキー大統領を見て、プーチン大統領は、この
男なら、ロシアが本気で戦争を仕掛ければ、たちまち国外に逃げ
出すだろうと考えたのです。そうすれば、首都キエフは簡単に落
ちると計算したのでしょう。
 実際に、バイデン米大統領から、国外脱出なら航空機を用意す
ると打診されたそうですが、ゼレンスキー大統領は、「私が必要
としているは弾薬であり、脱出のための足ではない」と拒否し、
今や「国家指導者に求められる最大の責務である国民の保護のた
めに、キエフの地下のシェルターから、ユーチューブを通して、
連日国民を励まし続け、多くの国民の支持を集めています。今や
彼に対する国民の支持率は91%、12月の調査の3倍に達して
いるといわれます。
 第3の誤算について考えます。
 ゼレンスキー大統領の勇気ある行動に勇気づけられたウクライ
ナ軍と国民のモラールアップとは対照的に、大挙侵攻してきてい
るロシア軍の士気が非常に低いのです。その理由として、考えら
れるのは、次の3つです。
─────────────────────────────
       @ウクライナ侵攻作戦の不徹底
       A兵站体制が不十分/食糧不足
       B装備が古く、各地で敗戦続出
─────────────────────────────
 第1は「ウクライナ侵攻作戦の不徹底」です。
 ウクライナに向かうロシア軍の多くは、どうやら今回の作戦の
趣旨が知らされていないようです。何のためにイスラエルに来て
いるかわからない兵士も多いといいます。精強として知られるロ
シア軍としては考えられないことです。それは作戦の決定過程に
あるようです。これについては後述します。
 第2は「兵站体制が不十分/食糧不足」です。
 そもそも一週間で片付くと考えていた戦争が今日まで延びてい
るのです。軍を後方で支える兵站体制が不十分であり、食料も不
足しているようです。「ハラが減っては戦はできぬ」で、近代装
備のウクライナ軍から攻撃を受けると、簡単に降伏したり、戦車
や車両を置いて逃げる兵士も多いといいます。また、戦費は10
日分しかないという情報もあります。
 第3は「装備が古く、各地で敗戦続出」です。
 ロシアはウクライナ侵攻前から経済に苦しく、近代的な装備を
整えるのが苦しい状況にあります。そのため、都市攻撃において
空挺部隊の展開が不十分で、ロシア軍の地上部隊がウクライナ軍
の激しい抵抗に遭うという悪循環に陥っています。それにキエフ
攻略のため、約8000キロメートル離れた極東地域から投入し
た東部軍管区の装備はとくに近代化率が低く、ソ連時代の戦車も
あるといわれています。
 ロシアにおいて、国家の物事を決めているのは、プーチン大統
領と次の4人の側近です。添付ファイルの写真(A〜D)で顔が
わかるようになっています。
─────────────────────────────
   バトルシェフ安保会議書記 ・・・・・・・・ A
   ショイグ国防相 ・・・・・・・・・・・・・ B
   ボロトニコフ連邦保安庁(FSB)長官 ・・ C
   ナルイシキン対外情報庁(SVR)長官・・・ D
─────────────────────────────
 この4人について、『選択』/2022年3月号は次のように
解説をしています。
─────────────────────────────
 ショイグを除く4人は旧ソ連国家保安委貞会(KGB)の元将
校であり、1970年代後半から80年代にかけて、レニングラ
ード(現サンクトペテルブルク)KGB防諜部門の同僚だった。
レニングラードKGBはソ連時代、反体制派の弾圧に辣腕を振る
った伝説がある。暗殺、心理工作、サイバー攻撃、諜報活動など
現在のロシアの破壊工作は、レニングラードKGBの経験が起点
になっている。     ──『選択』/2022年3月号より
─────────────────────────────
 たった5人で決めて、下部組織にまで徹底させるのはなかなか
大変であろうと思います。これが「プーチン密室会議」です。
             ──[新しい資本主義/第040]

≪画像および関連情報≫
 ●プーチン氏の精神状態に異変?ウクライナ攻撃は
  「密室決定」か
  ───────────────────────────
   ロシアの政治評論家、アンドレイ・コレスニコフ氏は「ウ
  クライナ危機は、帝国主義に増幅されたロシアの愛国主義の
  暗黒の展開だ。ロシアの安保エリートの目標は、帝国復活に
  ある」と指摘した。4人のうち、プーチン氏が最も信頼する
  とされるパトルシェフ書記は、昨年末、メディアに登場し、
  「ウクライナ指導部はヒトラー並みの悪人ぞろいだ。キエフ
  の政権は人間以下の存在だ」と酷評していた。この激しいレ
  トリックは、「ウクライナの極端な民族主義者やネオナチ」
  を糾弾したプーチン氏の開戦演説と重複する。開戦決定や、
  戦争目的をウクライナの非軍事化、中立化、非ナチ化に設定
  したことも、側近らとの「密室決定」だったかもしれない。
  2月に逮捕された反政府系学者ワレリー・ソロベイ氏は「ロ
  シアは、プーチンの国だが、政権はパトルシェフのものだ」
  と述べ、パトルシェフ氏が政権運営の第一人者と分析してい
  た。同氏の長男は4年前、30代で農相に抜擢された。
                  https://bit.ly/3tk9v0G
  ───────────────────────────
プーチンの密室会議メンバー.jpg
プーチンの密室会議メンバー
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2022年03月07日

●「日本の財政赤字は少な過ぎる!?」(第5684号)

 話を「新しい資本主義」のテーマに戻します。もう一度矢野論
文に目を向けてみます。この財務次官は何か大きな勘違いをして
いるように思うからです。
─────────────────────────────
 我が国の財政赤字(一般政府債務残高/GDP)は256・2
%と、第2次大戦直後の状態を超えて過去最悪であり、他のどの
先進国よりも劣悪な状態になっています。ちなみに、ドイツは、
68・9%、英国は103・7%、米国は127・1%。
 (中略)
 国内に目を転じれば、これはあくまでもマクロで見た数字です
が、家計も企業もかつてない金余り″状況にあります。特に企
業では、内部留保や自己資本が膨れ上がっており、現預金残高は
259兆円(2020年度末)。コロナ禍にあっても、マクロ的
には内部留保のうちの現預金が減っていません。
 また家計においても、マクロ的には、全世帯を所得階層別に5
分割したうち、最も低い所得階層を含む全ての階層で貯蓄が増え
ています。           ──矢野康治財務事務次官著
『財務事務次官、モノ申す/このままでは国家財政は破綻する』
             『文藝春秋』/2021年11月号
─────────────────────────────
 矢野次官は、「家計も企業もかつてない金余り″状況」にあ
ると指摘しています。こんなときに究極のバラマキ″政策であ
る10万円給付などやっても貯蓄が積み上がるだけであり、消費
に回らないと批判しています。
 「最も低い所得階層を含む全ての階層で貯蓄が増えている」と
いうことは、2月14日のEJ第5670号で指摘しているよう
に事実です。しかし、これは「経済の先行きが不安で心配」であ
るからこそ、貯蓄が増えているのです。金が有り余っているから
消費をしないのではないのです。しかし、何か矢野次官のロジッ
クはおかしいのです。
 中野剛志氏と記者の対話に次のようなやり取りがあります。
─────────────────────────────
中野:自国通貨発行権をもつ政府は、原理的にはいくらでも国債
 を発行することはできますが、財政赤字を拡大しすぎるとハイ
 パーインフレになってしまいます。だから、財政赤字はどこま
 で拡大してよいかと言えば、「インフレが行きすぎないまで」
 ということになります。したがって、財政赤字の制約を決める
 のはインフレ率(物価上昇率)だということになります。
――やはり、「財政規律は必要である」と聞いて、ちょっとホッ
 としました。
中野:そうですでよね(笑)。ところで、ここで不思議なことに
 気づきませんか?
――なんでしょうか?
中野:財務省も主流派経済学者もマスコミも、「日本の財政赤字
 が大きすぎる」と騒いでいますよね?しかし、財政赤字が大き
 すぎるならば、インフレが行き過ぎているはずです。ところが
 日本はインフレどころか、20年以上もデフレから抜け出せず
 に困っているんです。おかしいと思いませんか?
――たしかに・・・。
中野:つまり、日本がデフレだということは、財政赤字は多すぎ
 るのではありません。少なすぎるんです。
――財政赤字が少なすぎる・・・。驚くべきお話ですが、理屈と
 してはそうなりますよね。    https://bit.ly/3HNEJmg
─────────────────────────────
 GDP比256・2%の財政赤字──これが非常に問題である
と財務省はいうのですが、本当にそうであるなら、日本はインフ
レになっているはずです。ところが、日本はインフレどころか、
デフレに陥っているのです。
 ところで、デフレとは何でしょうか。
 第2次世界大戦後において、世界中の国の経済政策担当者が最
も恐れていたのがデフレです。ところが日本は、1991年頃に
バブルが崩壊してデフレに陥り、30年経った現在でも、デフレ
から抜け出せていません。第2次世界大戦後、世界で初めてのデ
フレ禍です。しかも、デフレは日本だけです。
 国の経済政策担当者といえば財務省です。現在の日本の経済状
況は、社会の成熟、産業構造の変化、少子高齢化といった要因で
は説明できないのです。しかし、財務省の事務方のトップである
財務次官の財政に関する考え方が、図らずも今回の論文で明らか
になりましたが、この考え方ではデフレを深めるだけで、そこか
ら脱却することはとうてい不可能です。
 なぜ、日本は異常なほど貯蓄が多いのでしょうか。
 それは、デフレと関係があります。デフレは、経済全体の需要
(消費と投資)が、供給に比べて少ない状態が続く現象です。需
要がないということは、ものが売れない状況が続くということを
意味します。つまり、デフレは、物価が下落していくことですか
ら、裏返していえば、お金の価値が上がっていくということを意
味します。デフレとは、持っているお金の価値が上がっていく現
象なのです。
 そのため、デフレになると、人々がモノよりもおカネを欲しが
るようになります。したがって、デフレになると、消費者であれ
ば、モノを買うのを我慢して貯金するでしょうし、企業であれば
投資をして事業を拡大するよりも、内部留保として現預金を貯め
込むことをしようとするはずです。つまり、現在日本に起こって
いることは、デフレが長期化した結果であるといえます。
 ところが財務省の矢野次官は、財政赤字の危機を訴えるだけで
デフレから脱却しようと努力しようとしていないのです。財政赤
字の巨大さを訴えるだけでなく、積極的な財政出動をしてデフレ
からの脱却を図るべきです。財務省は財政赤字の大きさに怯える
のではなく、むしろさらに拡大させるべきです。
             ──[新しい資本主義/第041]

≪画像および関連情報≫
 ●政府の1000兆円の借金はどうやって減らすのか?
  伊藤元重氏
  ───────────────────────────
   日本の財政問題についてさまざまな議論が行われています
  が、全ての議論の冒頭、背景にあるのは、日本はすでに10
  00兆円を超えた借金を抱えていることです。これはもう返
  済する以外にどうにもなりませんから、何とか返済しなくて
  はならない。このことがある意味で、財政健全化、財政再建
  の危機感を煽っています。
   確かに、政府が厖大な借金を抱えていることは大きな問題
  です。借金の返済と金利を払うためだけに財政支出の一部を
  取らなくてはなりませんから、それだけで財政が窮屈になっ
  てしまいます。しかし、それ以上に多くの専門家が恐れてい
  ることは、将来、日本の財政に対する不安感が募り、マーケ
  ットの信任の揺らぎが起こったとき、国債の金利が上がって
  しまうかもしれないということです。
   現在、日本の10年物国債の金利は0.5パーセント前後
  ですが、仮にこれが2.5パーセントまで、2パーセントポ
  イント上がるとすると、1000兆円の2パーセントの金利
  負担になります。大変な額になるわけです。もちろん金利が
  上がったからといって、すぐに金利負担が増えるわけではあ
  りません。過去に発行した国債はすでに金利が決まっており
  新たに発行する分だけ金利が上がるのですから。しかし、金
  利が上がってくると財政が厳しくなることも確かですから、
  できるだけ早くこうした状況を脱却しなければならないとい
  う議論になっているのです。   https://bit.ly/3tsFFqL
  ───────────────────────────
各国名目GDP推移.jpg
各国名目GDP推移
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2022年03月08日

●「クラウディングアウト違っている」(第5685号)

 主流派経済学──私が大学で学んだ経済学もこの経済学ですが
この分野には多数の優れた学者がいます。しかし、MMT(現代
貨幣論)のロジックに立つと、それはきわめて常識的であり、素
人でも理解できるロジックで、正しいように思えます。しかし、
主流派経済学では、多くの場合、それは違うというのです。どう
して、意見がこうも異なるのでしょうか。
 「クラウディングアウト」という経済学の用語があります。こ
れについて、ウィキペディアには次の説明があります。
─────────────────────────────
 クラウディングアウトとは、行政府が資金需要をまかなうため
に大量の国債を発行すると、それによって市中の金利が上昇する
ため、民間の資金需要が抑制されること。「クラウディングアウ
ト」(crowding out)の字義は「押し出す」という意味である。
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 このウィキペディアの説明をもう少しわかりやすくいうと、次
のようになります。
 政府が大量の国債を発行し、財政出動するとします。この国債
を購入するのは主に銀行です。したがって、銀行から政府へお金
が回ることになります。そうすると、銀行が持っているお金が減
ります。これは、お金の希少性が上がったことを意味します。
 希少性が高くなったお金を融資するさいは、当然ですが、金利
が上昇します。金利が上昇すると、会社の経営者は従来の金利な
ら設備投資をしようかと思っていても、上昇した金利で借りてま
で投資をするべきかどうかを考えるでしょう。その結果、投資を
諦める会社がきっと出てくるはずです。これによって民間の投資
が縮小します。この現象をクラウディングアウトというのです。
 つまり、政府が国債を大量に発行すると、それは市中金利を上
昇させ、民間の経済活動(投資のための資金調達や住宅購入など
の消費行動)に抑制的な影響を与えてしまうことをいうのです。
 ウェイン・ゴドリー(1926−2010)という英国の経済
学者がいます。彼は、英国経済に対する悲観論と英国政府に対す
る批判で有名な経済学者であったといわれます。MMTの主唱者
であるステファニー・ケルトン教授の本に、ゴドリーの財政に関
する考え方の解説が出ています。それは、政府の収支(黒字か赤
字か)がわれわれにどのような影響を及ぼすかを理解するための
シンプルではあるが、非常に説得力のあるモデルです。
─────────────────────────────
    「政府部門の収支」+「非政府部門」 =0
    「政府部門の赤字」=「非政府部門の黒字」
─────────────────────────────
 このモデルはきわめてシンプルです。上記2つの等式は、同じ
ことの裏返しです。経済の片側で赤字が出れば、反対側にちょう
ど同じだけの黒字ができます。経済の片側の支払いが受け取る分
より多ければ、もう一方はまったく同じだけ受け取る分のほうが
多くなるはずです。つまり、マイナスの反対側にはつねに同じだ
けのプラスがあるのです。
 添付ファイルに2組のバケツの絵が3つ(ABC)ありますが
それは、次の3つのことを示しています。
─────────────────────────────
         A ・・・・ 財政赤字
         B ・・・・ 財政均衡
         C ・・・・ 財政黒字
─────────────────────────────
 第1に、Aのバケツを見てください。
 政府は100ドルを私たち(非政府部門)のバケツに入れます
が、90ドルを税金として抜き取るとします。そうすると、政府
は10ドルマイナスになり、私たちは10ドルのプラスになりま
す。この場合、政府部門は赤字になります。重要なことは、財政
赤字は国民の貯蓄を食いつぶすのではなく、増やしていることで
す。政府がこのペースで、赤字支出を続ければ、毎年10ドルず
つ私たちのバケツに貯まっていき、時間が経過すると、それは私
たちの金融資産になります。
 第2に、Bのバケツを見てください。
 これは支出を税収の範囲内にとどめるとします。政府は100
ドル支出し、100ドルを税として徴収します。そうすると、両
方のバケツから黒字は消滅します。これが財政均衡です。日本の
財務省はこの財政均衡を目標としています。プライマリーバラン
スは、この考え方をベースとしています。しかし、これは、家計
とまったく同じ考え方です。
 財政均衡によって経済全体の状況が良くなるのであれば、すな
わち、完全雇用や物価安定が実現すれば、財政均衡に文句をつけ
る筋合いはないのです。しかし、経済の均衡を保つには、財政赤
字による支援が不可欠なのです。
 第3に、Cのバケツを見てください。
 これは、政府が90ドル支出し、税として100ドル徴収する
ケースです。増税をして財政健全化を達成しようとするとこうな
ります。いま財務省が何とかして達成したいと考えているのはこ
の政策です。
 これは政府のバケツから私たちのバケツにドルが流れ込んでく
るのではなく、逆方向に流れ出しています。政府の側にプラスサ
インが付き、私たちのほうにマイナスがついたのです。これを続
けると、政府は黒字化しますが、私たち、すなわち民間は赤字に
なります。
 これは、クラウディングアウトの認識とは逆になります。民間
の貯蓄を食いつぶすのは、財政赤字ではなく、財政黒字というこ
とになるからです。なぜ、この事実を指摘する主流派経済学者は
いないのでしょうか。政府の財政収支には意を払うが、民間のバ
ケツにどう影響するかを全く考えていないのです。
             ──[新しい資本主義/第042]

≪画像および関連情報≫
 ●「クラウディングアウト」は起こらない
  ───────────────────────────
   昨日、大阪で行われた勉強会に参加してきました。いち参
  加者として、ほかの参加者からの質問に答えるという形は、
  とても居心地がよかったです。また、いままでに知ったこと
  を一人の民間人として伝える側に回ることもとても大切なこ
  とだと実感しました。さて、その中で受けた質問に対して、
  ブログでも書いておきます。
   質問は「国債を発行すると、お金が政府に取られるので、
  それだけ民間に回るお金が少なくなるのではないか」という
  質問です。経済学では「クラウディングアウト」(締め出し
  効果)と言われるものです。今までの主流派経済学では「国
  債の発行+政府支出増」という「信用創造の第2の経路」を
  無視しています。そのため、国債を発行しても通貨の供給量
  は増えないという立場を取っています。
                  https://bit.ly/3IMr6VF
  ───────────────────────────
ゴドリーの3つのモデル.jpg
ゴドリーの3つのモデル
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2022年03月09日

●「政府債務ゼロにすると何が起きるか」(第5686号)

 「日本は空前の借金大国、ほとんど返済不能な借金を抱えてい
る。国が破産しなければいいが・・・」──これは現代の日本人
のほとんどが認識しています。そして、いずれ増税のラッシュが
来るに違いないと考えています。
 しかし、MMT(現代貨幣論)の主唱者であるステファニー・
ケルトン教授は、「日本経済はMMTの正しさを世界に証明して
いる」と発言しています。そして、日本の債務は危機でも何でも
なく、日本がその気になれば明日にも返済は可能であるとして、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 たとえば、日本の例を見てみよう。日本の債務の対GDP比は
240%と、先進国で最高だ。2019年9月末時点で日本の債
務残高は、1335兆5000億円と過去最高を記録した。実に
1000兆円を超えているのだ。エンツィ上院議員が1000兆
という単位の借金を聞いたらなんと思うだろうか。恐ろしくたく
さんのゼロが並んでいる。「タイム」誌が、特集するとしたら、
「あなたには1050万円(約9万6000ドル)の借金があり
ます」という書き出しになるだろう。しかしアメリカと同じよう
に、日本も債務の持続可能性については何の問題もない。なぜな
ら日本は通貨主権国であり、日本政府の支払義務をすべて処理し
てくれる中央銀行があるからだ。金利が好ましくない動きを見せ
れば日本銀行が止められるので、金融市場が日本を債務危様に追
い込むことはできない。日本も日銀のコンピュータのキーボード
を叩くだけで、債務をそっくり返済することができる。
               ──ステファニー・ケルトン著
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
                        早川書房刊
─────────────────────────────
 1000兆円を超える財政赤字──とんでもない借金ですが、
ここで昨日のEJで説明したA、B、Cの3種類のバケツの話を
思い出していただきたいのです。Aが財政赤字、Bが財政均衡、
Cが財政黒字を表しています。世間一般の評価では、Cの財政黒
字が理想で、次はBの財政均衡、いちばんイメージの良くないの
はAの財政赤字ということになります。
 しかし、本当のところは、非政府部門(つまり、民間部門)の
バケツにドルが貯まるのは財政赤字のときだけです。すなわち、
財政が赤字のときだけに民間部門にドルがもたらされることを意
味しています。銀行に企業や個人から借り入れがあったときに、
新たに預金が生まれるのと同じ、「信用創造の仕組み」が働いて
いるからそうなるのです。
 日本の財務省は、国民を脅かすのに使えるデータ、すなわち、
「巨額の恐ろしい財政赤字」を強調する一方で、その巨額の財政
赤字が民間部門に及ぼすプラスの影響についてはなぜか説明しよ
うとしないのです。矢野論文はまさにそうです。
 「財政黒字」がそんなによいのでしょうか。
 米国のケースですが、政府債務がゼロだったことが1回だけあ
ります。1835年、アンドリュー・ジャクソン大統領の時代が
そうです。FRBの設置が1913年のことですから、中央銀行
が債務を引き受けたわけではないのです。せっせと赤字財政を転
換し、債券保有者にお金を返済したのです。これに10年かかっ
ています。その結果、1823〜1836年は財政黒字だったの
です。それではその間よいことがあったのでしょうか。
 そうではなかったのです。それまでには、経験のしたことのな
い最悪の景気後退に突入してしまったのです。その原因は明らか
です。財政黒字は、経済から資金を吸い上げるからです。財政赤
字はその逆であり、民間の所得、売り上げ、利益を下支えし、景
気を維持するのです。
 次の表は、米国の政府債務の減少率の年と、景気後退の始まる
年を示したものです。これを見ると、政府債務が減少するに伴い
景気後退が始まっていることがわかります。
─────────────────────────────
  政府債務ゼロの期間   債務減少率 景気後退開始年
  1817〜1821     29%    1819
  1823〜1836    100%    1837
  1852〜1857     59%    1857
  1867〜1873     27%    1873
  1880〜1893     57%    1893
  1920〜1930     36%    1829
         ──ステファニー・ケルトン著の前掲書より
─────────────────────────────
 かつての米国の、政府債務を完済するというこの試み、に関し
て、ステファニー・ケルトン教授は、自著で次のようにコメント
しています。
─────────────────────────────
 国家債務の完済は、当初は国をあげてのパレードに催するほど
の偉業と思われた。ホワイトハウスは当初、毎年発表する『大統
領経済報告』で、このニュースを大々的に取り上げるつもりでい
た。だがその後、怖気づき、結局報告書のこの章はひつそりと削
除された。それが明らかになったのは、ナショナル・パブリック
ラジオ(NPR)の経済番組『プラネットマネー』が、政府の秘
密の報告書を入手したからだ。そこには政府が債務をすべて返済
するという、恐ろしいシナリオが描かれていた。ホワイトハウス
はそれを全国民に発表せず、ひっそりと隠した。なぜか。それは
米国債市場そのものを消し去ることの影響を懸念したからだ。政
府高官の多くが国家債務に抱く、愛憎入り混じった感情がまたも
頭をもたげたのだ。ホワイトハウスは国家債務の消滅を願いつつ
米国債をすべて消滅させるようなリスクは負えなかった。
         ──ステファニー・ケルトン著の前掲書より
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第043]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:財政赤字は「むしろ良い」、変わりつつある評価
  ───────────────────────────
  [ロンドン2020年1月8日/ロイターBREAKINGVIEWS]
   最近まで、ほとんどのエコノミストは、政府が平常時にさ
  さやかな規模以上に借り入れを膨らませる行為を非難してき
  た。彼らはおおむね政府を信用せず、公的債務が民間投資を
  圧迫するだけでなく、物価を高騰させ、景況感を冷やすと証
  明できる理論を持っていた。ところが今や、財政赤字はそれ
  ほど悪い存在ではない。むしろ、総じて良いとの見解が優勢
  だ。古い考え方が死に絶えたわけではない。政府はいわば国
  家という大きな家族で、収入以上にお金を使うべきでないと
  いう理屈は直観的に訴えかける力がある。ドイツのメルケル
  首相も、こうした価値観を「シュバーベン地方の主婦」たち
  の倹約精神になぞらえている。
   「財政赤字悪玉論」により、ユーロ圏加盟国は平常時に財
  政赤字を国内総生産(GDP)比3%までに抑えるよう求め
  られ、ドイツは「債務ブレーキ」と呼ばれる制度を導入。財
  政赤字がGDPの0.35%に達すると、原則としてさらな
  る政府借り入れを禁じているほどだ。
   依然として少数の政治家(主としてドイツ人)は、大規模
  な財政赤字を計上するのは、単純によろしくないと考えてい
  る。一部の有名エコノミストも同意見だ。ブルームバーグに
  よると、米大統領経済諮問委員長を務めたクリスティナ・ロ
  ーマー氏は最近、大幅な財政赤字の持続は「強力かつ健全な
  超経済大国になるための方策にならない」と発言した。
                  https://bit.ly/3pCFPuE
  ───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授.jpg
ステファニー・ケルトン教授
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2022年03月10日

●「あちらの赤字はこちらの黒字なり」(第5687号)

 「あちらの赤字はこちらの黒字」──これは、ステファニー・
ケルトン/ニューヨーク州立大学教授の本の第4章のタイトルの
名称です。これと同趣旨のことを高橋洋一嘉悦大学教授は次のよ
うにいっています。
─────────────────────────────
 借金というのは、必ず誰かの資産になる。国債は政府の借金だ
が、貸している民間金融機関にとっては「資産」である。民間金
融機関は、国債という資産を買って、利子収入を得ているのであ
る。今ほど低金利では、「利ざやで儲ける」というほど大きな額
にはならない。しかし、わずかでも利子収入を生む「資産」であ
ることには違いない。
 しかも、国債は金融市場の「コメ」だ。だから金融機関は、金
利が低くても国債を買い続ける。借金とは、どこまでいっても、
「借りる側」と「貸す側」の二者関係の話だ。貸し手が喜んで貸
している間は、金利は低いままだが、「なんだか危ないから、も
う貸したくない」という貸し手が増えれば金利は上がる。国債は
金利が低いまま取引されているから、「発行されすぎ」というロ
ジックは成り立たない。やはり単純な話なのである。
                 ──高橋洋一著/あさ出版
    『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
─────────────────────────────
 一方に借り手がいれば、必ず他方に貸し手がいます。当然のこ
とです。民間部門の中でも誰かの「債務」は誰かの「債権」を意
味しています。「債務」というのは金品を支払う義務ということ
であり、「債権」というのは金品を要求する権利のことです。
 AがBにお金を貸せば、Aは債権者であり、Bは債務者になり
ます。政府が国債を発行して銀行がそれを引き受ければ、銀行が
債権を持ち、政府は債務を負います。債権というのは、土地やお
金などとともに資産に含まれます。したがって、政府が借金をす
ればするほど、民間部門の金融資産は増加するのです。
 ところで、国債の売買はどのようにして、行われるのでしょう
か。政府は予算を立てますが、そのうち税収でまかなえない部分
は、国債を発行してまかなうことになります。その概要について
知っておく必要があります。
 政府の発行した国債は、基本的には銀行や信用金庫、証券会社
など、民間の金融機関が引き受けることになります。政府は国債
をこれらの民間金融機関に売り、その代金が予算に使われます。
以下、整理します。
─────────────────────────────
      @売買者 ・・・・・    財務省
      A購入者 ・・・・・ 民間金融機関
─────────────────────────────
 国債は、どのようにして売買されるのでしょうか。国債は、つ
ねに「入札」によって売買されます。これについて、高橋洋一氏
は次のように解説しています。ちなみに、高橋洋一氏は、かつて
大蔵省(現財務省)時代に、国債の売買を担当してきたことがあ
るそうです。
─────────────────────────────
 国債の入札は多数の金融機関によって行われるが、入札は一度
きりで、その入札額によって買えるかどうかが決定する。国債の
基本単位は「100円」だから、「100円1銭」や「100円
5銭」といった非常に小幅な入札額の競争だ。ちなみに、金融機
関同士では、どこがいくらで入札したかはわからない。入札が出
揃ったら、財務省の担当者は、入札額が高い順に売り先を決めて
いき、発行額に足りたところで切る。それ以下の入札額を出した
ところは、国債を買えない、ということだ。
           ──高橋洋一著/あさ出版の前掲書より
─────────────────────────────
 国債を発行するとき、財務省は、民間金融機関に対して次のよ
うに通達します。「利率1%の10年債を額面1000億円発行
します」。伝えるのは次の3つです。
─────────────────────────────
    @   利率は何%か ・・・     1%
    Aいくら発行するのか ・・・ 1000億円
    Bいつ償還されるのか ・・・   10年債
─────────────────────────────
 国債が買えるかどうかは、民間金融機関の国債担当者の腕の見
せどころになります。基本単位は「100円」であり、もし、基
本単位の100円で額面100億円買うと入札すると、100億
円支払うことになります。実際の入札額は「1銭刻み」になるの
で、入札額は「100円1銭」とか「100円2餞」というよう
になります。財務省の担当者は、入札された額を検討し、財務省
として最もトクなところを選ぶことになります。
 入札の判断を決めるのは「利子」です。このケースでは、金利
は1%で額面に対してかかるので、利回りを考慮して額面を決め
ることになります。金利が1%で100億円買うのであれば、毎
年1億円の利子収入ということになります。100億円買う場合
年1億円の利子収入は変わらないのです。
 銀行の国債担当者が入札額を決める場合、今後金利が下がると
考える場合、入札額を少し高くします。金利が高いうちに確実に
国債を買っておくという判断です。逆に金利が上がると考える場
合は、入札額を少し低くします。このあたりのさじ加減がなかな
か難しいのです。なぜなら、100円で100億円入札する場合
と、90円で100億円入札する場合では、利回りに差が出てく
るからです。添付ファイルの図をご覧ください。
─────────────────────────────
 100億円で1億円の利子収入の利回り ・・・   1%
  90億円で1億円の利子収入の利回り ・・・  1.1%
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第044]

≪画像および関連情報≫
 ●【初心者対象】国債って何?/仕組みや利回りを
  分かりやすく解説
  ───────────────────────────
   国債とは、簡単にいうと国が発行する債券のこと。日本国
  が発行する債券は「日本国債」と呼ばれます。債券とは資金
  を借り入れする際に発行される有価証券で、借用証書でもあ
  ります。債券は発行される団体によって呼称が異なります。
   @地方公共団体が発行する債券・・・地方債
   A企業が発行する債券・・・・・・・ 社債
  国家として、社会保障の整備や各種インフラ整備などには税
  金を充てるのが一般的です。しかし、それらの財政支出が税
  収入で賄えなくなると、国は国債を発行して投資家からお金
  を募ります。国の借金の申し出に賛同した投資家が国債を購
  入することで、国にお金が入る仕組みになっています。「国
  債=国の借金」という捉え方が一般的なのは、国家と投資家
  の間にこのやり取りがあるからです。
                  https://bit.ly/3ISTFkm
  ───────────────────────────
 ●図の出典/──高橋洋一著/あさ出版の前掲書より
国債の利回り.jpg
国債の利回り
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2022年03月11日

●「なぜデフレから脱却できないのか」(第5688号)

 ウクライナ問題でこういう情報があります。8日時点で入って
きた情報ですが、ウクライナのゼレンスキー大統領が依然として
ネットを使って国民を励ます演説を続けられているには、それを
支える優秀なスタッフがいるからです。ミハイロ・フェドロフデ
ジタル相(副首相)です。つねに大統領のそばにいて、大統領を
支えている31歳の大臣です。
 ミハイロ・フェドロフデジタル相は、ロシアの攻撃によって、
インターネットが使えなくなることを恐れて、米電気自動車大手
テスラのイーロン・マスクCEOと連絡を取り、衛星を介したイ
ンターネットサービスを維持する方法について、マスクCEOの
アドバイスを受けてそれを実施しています。昨年はじめてデジタ
ル庁を作り、何をしているのかわからないどこかの国のデジタル
大臣とは大変な違いです。
 さて、既に述べているように、政府の発行する国債は民間金融
機関が引き受けます。そのとき、日本の中央銀行である日本銀行
は何をしているのでしょうか。
 日銀が政府から直接国債を買うこともあります。いわゆる日銀
による国債引き受け──財政ファイナンスといいます。しかし、
これは財政法第5条によって、原則的に禁止されています。しか
し、限定的ではあるものの、毎年行われています。
─────────────────────────────
【第5条】すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引
き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを
借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、
国会の議決を経た金額の範囲内ではこの限りでない。
─────────────────────────────
 それでは、日銀は何をしているのかというと、必要に応じて、
民間金融機関の持っている国債を時価で買い上げています。この
国債の売買は、日銀が金融緩和政策の一環として行う「買いオペ
レーション」と呼ばれています。
 日銀が民間金融機関が保有している国債を買う場合、その代金
は、民間金融機関の持っている日銀当座預金に振り込まれること
になります。この日銀当座預金には原則として利息はつかないこ
とになっています。
 したがって、銀行としては、日銀当座預金としてストックして
おいてもお金は増えないので、それを引き出して企業や個人に貸
し付けようとします。つまり、利子のつくお金に変えようとしま
す。これによって、金利が下がり、世の中に出回るお金が増える
ことになります。
 この世の中に出回るお金と物の量のバランスによって、物価が
決まります。よりお金の量が物の量を上回ると、インフレになり
ますし、デフレの状況下では景気が良くなる可能性があります。
これを「アベノミクス」という政策として実行したのは、安倍政
権であり、「リフレ政策」ともいわれています。
 リフレ政策というのは、インフレにならない程度の水準まで物
価を引き上げるために、金融政策や財政政策を実施することをい
います。世の中に出回る資金の量を増やすなどの方法で、人々が
予想する将来の物価水準を示す期待インフレ率を押し上げること
によって、デフレから脱却しようとする政策です。
 このリフレ政策について、中野剛志氏と記者は、次のやり取り
をしています。
─────────────────────────────
中野:ええ。主流派経済学の何が痛いかというと、「貸出が預金
 を生む」という事実を知らないことなんです。ついでに言って
 おくとですね、「デフレ脱却のため」という触れ込みで、主流
 派経済学者が主張して実行された、いわゆる「リフレ政策」が
 ほとんど効果がないのも当たり前のことなんです。
――そうなんですか?
中野:もちろんです。「リフレ政策」とは、日銀は「インフレ率
 を2%にする」という目標(インフレ・ターゲット)を掲げ、
 その目標を達成するべく、大規模な量的緩和(マネタリー・ベ
 ースの増加)を行うというものです。
  マネタリー・ベースとは、銀行が日銀に開設した「日銀当座
 預金」のことです。銀行が保有している国債や株式を、日銀が
 “爆買い”して、その対価として「日銀当座預金」を爆発的に
 増やせば、銀行は積極的に企業などに貸し付けることで、市中
 の通貨供給量(現金と預金通貨)を増やすことができると考え
 たわけです。(中略)
  ところが、いまはデフレなので借り手がいないわけです。だ
 から、いくら「日銀当座預金」を積み上げても、貨幣供給量は
 増えません。実際、量的緩和で400兆円くらい日銀当座預金
 を増やしたはずですけど、ただ“ブタ積み”されているだけで
 インフレ率は2%には遠く及ばないですよね?
――つまり、「信用創造」を理解していないから、誤った政策を
 実施してしまったと?
中野:そうですね。信用貨幣論と信用創造を理解している人は、
 量的緩和をやる前からこの結末はわかっていました。だけど、
 2001年から2006年まで量的緩和が実施され、さらに、
 2012年に成立した第2次安倍政権のもとで、さらに“異次
 元”の量的緩和が実行されてしまったわけです。
――なんだか、ガックリくるお話ですね・・・。
                  https://bit.ly/3KmOvgI
─────────────────────────────
 2013年6月からスタートした安倍政権によるアベノミクス
は、当初劇的に株価を上昇させるなど、順調でしたが、それは、
第1の矢の「大胆な金融政策」と、第2の矢である「機動的な財
政政策」が効いたからです。だから、消費税の増税などしないで
財政政策をもっと積極的に実施していたら、もしかすると、デフ
レから脱却できたかもしれないのです。
             ──[新しい資本主義/第045]

≪画像および関連情報≫
 ●失敗か成功か、8年弱のアベノミクスで得た教訓
  ───────────────────────────
   アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、投
  資を喚起する成長戦略という「3本の矢」で構成された。日
  本銀行による国債の大規模購入など異次元の金融緩和政策、
  防災・減災・国土強靱化の公共事業支出が、その中心を担っ
  た。もうひとつの基本的メッセージは、「経済成長なくして
  財政再建なし」だ。公的債務残高約1100兆円(GDP<
  国内総生産>比約2倍)と先進国で突出した最悪水準にある
  財政について、経済成長にともなう税収増を重視して、増税
  などの負担増は極力避ける姿勢をとった。
   安倍首相在任中に2度の消費増税が実施されたが、これは
  第2次安倍政権より前の野田佳彦・旧民主党政権が自民・公
  明との3党合意で決めたものだ。安倍首相自身は終始、増税
  には消極的なスタンスであり、「経済成長を実現すれば、税
  収増を通じて財政健全化の課題は解決する」という論法で一
  貫していた。
   このようなアベノミクスについて、当初描いた将来想定と
  実際の帰結では、どんな相違があっただろうか。それを具体
  的に検証するには、第2次安倍政権が発足当初に、アベノミ
  クスの成果を前提として策定した「中長期の経済財政に関す
  る試算」(2013年8月8日公表)を見てみるといい。こ
  こでの将来推計値と実績値を比較してみよう。まずは、経済
  成長だ。            https://bit.ly/3hK4SHY
  ───────────────────────────
ミハイロ・フェドロフデジタル相.jpg
ミハイロ・フェドロフデジタル相
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(3) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月14日

●「日本は財政破綻するという大ウソ」(第5689号)

 「我々はウクライナを攻撃していない」──ロシアのラプロフ
外相の発言です。3月10日、ウクライナ危機がはじまってから
はじめて行われたウクライナのクレバ外相とロシア外相の会談の
後の発言です。平然とウソをついています。
 外交官が公開の席でこんなウソをついて大丈夫なのかなと普通
の人は思いますが、実はぜんぜん平気なのです。なぜなら、ロシ
アの外交官というのは、自分が明らかにウソだと分かっていても
それを堂々と語る話術があり、それと同時に、周りのみんなもウ
ソだと分かっていることを本人も分かりながら、それでも堂々と
語る技術を徹底的に訓練されているからです。
 彼らのロジックはこうです。「ウクライナのゼレンスキー政権
は過激派のネオナチ政権で、ウクライナ特定地域在住のロシア人
に対して、ジェノサイド(民族大量虐殺)的攻撃を加えているの
で、我々は彼らを解放するために行動しているだけである」。こ
れもほとんどウソですが、ロシアのプーチン政権がウクライナを
攻撃するための大義名分になっています。
 ロシアのウソは論外ですが、日本の経済においてもこういうウ
ソが平然とつかれています。それは財務省のいう次のメッセージ
です。それは、数字としては事実であり、一見ウソには思えない
し、日本の主流派経済学者はこれと同じ意見です。
─────────────────────────────
 日本政府の財政赤字(一般政府債務残高/GDP)は256%
であり、他の先進国よりも劣悪な状態にある。このままでは、財
政が破綻する。         ──矢野康治財務省事務次官
─────────────────────────────
 しかし、この矢野財務次官の主張は間違っています。彼が自分
の主張が間違いであることを知っていて、あえてそういうウソを
ついているのか、本当にそう思っているかはわかりませんが、現
職の財務次官が一般誌にその主張を公開している以上、正しいと
信じていると思います。
 主張が間違いであるというのは、次のような論理展開です。
 国債は政府の借金である。その多くは日本の民間金融機関が引
き受けている。それらの金融機関が「国債は多く発行され過ぎて
いる」と判断したら、当然国債は買われなくなる。そうすれば国
債の金利が上がる。この状態が続くと、需要と供給の関係で、買
う人が少なくなり、さらに金利が上昇する。
 しかし、現在でも国債の金利は低いまま、正常に取引されてい
る。民間金融機関は国債を求めている。ということは、国債は発
行され過ぎていないということになる。
 どうでしょうか。国債は正常に取引されており、財政破綻など
あり得ないことです。
 財政法第4条に次の一文があります。
─────────────────────────────
財政法第4条:国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、
 その財源としなければならない。
─────────────────────────────
 これは、「借金をしないで、歳入(国の収入)だけで、予算を
まかないなさい」といっているのです。こういう国の考え方自体
が、国の財政を家計と同一視していることになります。
 もちろん、そんなことで、国家の財政を運営できるわけがなく
借り入れについては「建設国債」の発行が認められています。つ
まり、インフラ整備や建築などの予算に関しては「建築国債」、
財政運営資金が不足するときは、例外的に「特例公債」の発行も
認められています。ここでいう「特例公債」がいわゆる「赤字国
債」といわれるものです。
 しかし、建設国債も赤字国債も同じ国債です。お金に色はつい
ていないのです。要するに、建設国債も赤字国債も、その年の予
算のうち、税収でまかないきれないものを補うために発行される
のです。そこには、「なるべく借金をさせないようにする」とい
う家計的配慮があります。ここから税収を増やすために、「赤字
国債ではなく増税」という発想が生まれてくるのです。
 これに関して、財務官僚出身の高橋洋一氏は、次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 国債を発行して得た資金は必要な用途に割かれるだけである。
だから、もちろん、金融市場の現場では、建設国債と赤字国債は
同じ国債として扱われており、区別されていない。その証拠に、
もし金融機関で国債を買ったら、自分が買った国債は建設国債な
のか、赤字国債なのか聞いてみたらいい。どっちであるとは答え
られないはずだ。
 建設国債と赤字国債を区分しているのは、政府の予算の中だけ
である。それも、先進国で予算において国債を建設国債と赤字国
債とに区別しているのは、基本的には日本だけだ。
                 ──高橋洋一著/あさ出版
    『新・国債の真実/99%の日本人がわかっていない』
─────────────────────────────
 「建設国債は可」という考え方のバックには「モノが残る借金
はよい」という考え方があります。この考え方はおかしいです。
「投資のための借金は可」とすべきです。モノにこだわるから人
に投資するという発想がなく、日本は、世界に比して、教育投資
が大きく遅れています。「赤字国債を発行してまでやることでは
ない」と考えてしまうからです。「建設国債」を作るなら「教育
国債」を作るべきであります。
 日本経済が成長しない原因はデフレですが、そのデフレから日
本が30年も抜け出せない原因は「赤字国債」を忌避する国家の
姿勢にあります。何をいいたいのかというと、赤字国債をなるべ
く発行したくないという考え方があるため、財政の出動を極端な
ほどに抑制しているからです。このことについて、中野剛志氏の
考え方などを参考にして検討していくことにします。
             ──[新しい資本主義/第046]

≪画像および関連情報≫
 ●「赤字国債など総動員」ってまずくない?
  岸田首相発言に違和感
  ───────────────────────────
   「赤字国債をはじめ、あらゆるものを動員する」。就任後
  間もない昨年11月の岸田文雄首相の発言が、気になってい
  た。巨額の経済対策の財源に赤字国債を充てると勇ましく宣
  言しているが、赤字国債は本来なら財源不足を補うため仕方
  なく発行するはずのものである。「動員」してしまうのはマ
  ズいのではないか。官僚や専門家に悪影響がないか聞いてみ
  た。【大久保渉/デジタル報道センター】
   まずは発言を思い出したい。岸田首相は2021年11月
  19日、内閣記者会のインタビューのなかで、経済対策の財
  源に関する質問にこう答えていた。
   「今は緊急時で国民の命や暮らしを守るために必要なもの
  をしっかりと用意しなければいけない。財源については赤字
  国債をはじめ、あらゆるものを動員する」
   インタビューの後半では、別の記者からの財政規律に関す
  る質問に「今は緊急事態」と改めて経済対策の必要性を強調
  し、「財源は赤字国債も含め、あらゆる手段(政府の判断で
  自由に使える)予備費等を総動員して考えていかなければい
  けない」と繰り返した。「あらゆるものを動員」「総動員」
  と威勢はいいが、結局は赤字国債、すなわち借金である。発
  言は、海外メディアのロイターやブルームバーグが当日の電
  子版で「経済対策の財源、赤字国債はじめあらゆる手段を総
  動員」などと報じた。翌日の朝刊では、日経新聞が1面で報
  じ、毎日新聞は5面の一問一答記事の中に盛り込んだ。
                  https://bit.ly/3MVGsd1
  ───────────────────────────
ロシア/ラブロフ外相「我々は攻撃していない」.jpg
ロシア/ラブロフ外相「我々は攻撃していない」
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2022年03月15日

●「MMTは真にブードゥ−経済学か」(第5690号)

 ロシアは、米国の支援を受けてウクライナが生物兵器の研究を
していたと、とんでもないことをいいはじめています。ロシアが
生物兵器を使うための「偽旗作戦」だといわれています。偽旗作
戦とは、攻撃手を偽る軍事作戦の一種で、海賊が「降伏」の旗を
掲げて敵敵を油断させて、逆に相手の船を乗っ取るという行為に
由来します。旧ソ連のお家芸の一つです。
 現在EJで展開しているMMT(現代貨幣理論)も、主流派経
済学者から「トンデモ理論」といわれており、まったく相手にし
ない経済学者もたくさんいます。
 EJでは、MMTを過去にも取り上げており、関連書籍をほと
んど読んでみましたが、実際に行われている経済政策に照らして
みると、MMTの方が納得できる点が多いことは事実です。もち
ろん、MMTのすべてが正しいというつもりはありませんが、ア
タマから反対せず、素直に主張を聞く価値はあると考えます。
 岩村充早稲田大学名誉教授は、もちろんMMTには反対の立場
の主流派経済学者ですが、MMTの主唱者の一人であるステファ
ニー・ケルトン教授について次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 MMTに反発する学界主流派の中には、日本でも有名なポール
・クルーグマンやケネス・ロゴフあるいはロバート・シラーなど
超大物が顔をそろえていますし、実務エコノミストからもサマー
ズ元財務長官とか、ジェローム・パウエル現FRB議長なども攻
撃側に立つという具合です。
 一方で、MMTの主唱者ステファニー・ケルトンは、それまで
ほぼ無名だった1969年生まれの大学教授です。普通なら臆し
そうなものなのですが、私が彼女をすごいなと思うのは、そうし
た権威筋や実権派の面々にひるまず反論するところです。このあ
たりの風景は、はたで見ている分には、彼女があのジャンヌ・ダ
ルクのように映るところもあって、やや不謹慎ながら「よっ、ケ
ルトン!」とでもお声かけしたくなるところもあるのですが、そ
れはやめておきましょう。彼女の主張は、いくら何でも難点が多
すぎるからです。       ──岩村充早稲田大学名誉教授
                  https://bit.ly/3tQCCZF
─────────────────────────────
 著名な経済学者が反対したからといって、その理論が間違って
いることにはならないと思います。もともとMMTを持ち出した
のは、アレクサンドリア・オカシオ・コルテスという米国の若い
下院議員です。彼女は、再生可能エネルギーを100%にするた
めの政策「グリーン・ニューディール」の財源として、MMTに
基づいて、赤字国債の発行を主張しているのです。
 これにノーベル賞受賞経済学者であるクルーグマンは、MMT
を「経済モデルなんてものじゃない」とバカにしたように吐き捨
て、ハーバード大学教授のケネス・ロゴフ氏は「ナンセンス」と
切り捨て、米国の経済学者で元財務長官のローレンス・サマーズ
氏は「MMTはいかがわしいブードゥ−経済学」と揶揄していま
す。はじめからバカにしているし、きわめて感情的な反対のよう
に感じます。ていねいにMMTについて検討して出した言葉とは
とうてい思われないものです。
 安倍政権のアベノミクスでは、日銀は、2013年6月から、
インフレ率を2%に設定し、その目標を達成するべく、大規模な
量的緩和政策を実施しています。
 量的緩和政策というのは、中央銀行の行う金融緩和政策のひと
つであり、その目的は、モノが売れず景気が悪いときに金利を下
げることです。反対に景気が過熱したときに金利を上げることを
金融引き締めといいます。金融緩和には次の2つがあります。
─────────────────────────────
           @質的金融緩和
           A量的金融緩和
─────────────────────────────
 @の「質的金融緩和」とは何でしょうか。
 質的金融緩和とは、日銀が保有する国債の保有期間を延ばした
り、国債以外にも買い入れたりする、いわゆる「質的」な手段に
よって、市中に出回るお金を増やすことです。日銀が保有する国
債を長く保有すること、そして国債以外に証券取引所に上場され
ている投資信託など多様な金融資産を買い入れることがここでい
う質的金融緩和です。
 Aの「量的金融緩和」とは何でしょうか
 金利を下げるといっても、金利がゼロになると、それ以上下げ
られないことになります。そこで、日銀は、金融機関が政府から
買った国債を買い取って、金融機関の持つ「日銀当座預金」残高
を増やします。金利はゼロになると、それ以上下げられませんが
日銀当座預金の量ならいくらでも増やせるわけです。そういうわ
けで、日銀の黒田総裁は「かつてない異次元のレベル」と銘打つ
「超金融緩和」を実施したのです。
 結局、日銀は、この量的緩和によって400兆円くらい日銀当
座預金を増やしたはずですが、現在にいたってもインフレ率2%
は達成されていないのです。これは、どのように考えても、政策
の失敗というしかないわけです。しかし、日銀は現在でもこの政
策を続けています。これについて、中野剛志氏は、次のように述
べています。
─────────────────────────────
 中央銀行は、インフレ対策は得意ですが、デフレ対策は苦手な
のです。ところが、主流派の経済学の教科書には、中央銀行がマ
ネタリー・ベース(日銀当座預金)を操作することで、貨幣供給
量を増やしたり減らしたりしていると書いてあります。恐ろしい
ことに、経済学の教科書は、事実と異なることを教えているので
す。これは、現代の天文学の教科書が天動説を教えているような
ものでしょう。           https://bit.ly/3CBPqav
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第047]

≪画像および関連情報≫
 ●日銀の量的緩和がもたらす致命的な3つの害悪
  小幡績慶応義塾大学大学院准教授
  ───────────────────────────
   まず、日銀が当たり前のようにやっている長期国債の買い
  入れから見ていこう。これも本来は不要である。
   国債買い入れの目的は、金利を低下させることである。だ
  が、本来であれば、これは短期金利のコントロールのための
  手段である。だから、伝統的には世界中の中央銀行が長期国
  債を買い入れることはせず、超短期のコール市場の金利のコ
  ントロールの補助として、短期国債を買い入れてきたのであ
  る。むしろ本来の呼び方である「オペ」(オペレーション)
  という言葉がふさわしい。
   しかし、リーマンショック以降、世界では量的緩和が長期
  国債の買い入れを意味するものとして定着してしまった(も
  ともと「量」とは民間銀行の日銀への当座預金の量であり、
  長期国債の買い入れとは無関係である)。
   ただ、現実的な効果としては強力で、民間における投資活
  動への直接的な金利の影響は、長期金利によるものであるか
  ら、短期金利をコントロールして長期金利に間接的に影響を
  与えるという伝統的な金融政策を超える絶大な力を持った。
  再び、しかし、日銀は、この強力な手段も使い果たしてしま
  い、長期金利を直接目標にしてコントロールを図る、イール
  ドカーブコントロールに移行した。目標を「10年物の金利
  をゼロとする」と宣言してしまっているから、長期金利低下
  効果(上昇させる場合も今後ありうるから正確な用語として
  はターゲット効果)はさらにより直接的である。
                 https://bit.ly/3MEYNe9
  ───────────────────────────
岩村充早稲田大学名誉教授.jpg
岩村充早稲田大学名誉教授
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2022年03月16日

●「どうして、財政出動を躊躇うのか」(第5691号)

 ガソリン価格が高騰しています。ウクライナ情勢の深刻化の影
響を受けて、ガソリンはさらに170円/Lを超えて、高騰する
ものと考えられます。政府は、これに対応するための激変緩和措
置として、石油元売り会社へ5円の補助金を支給してきましたが
ガソリンの高騰が収まらないので、3月から、補助金を5円から
25円に引き上げて高騰を抑えようとしています。
 この政府の措置は非常に姑息なやり方です。「トリガー条項」
を何とか実施したくない政府の意思のあらわれでもあります。な
ぜか。減税は「絶対にやりたくない」からであり、財務省が猛烈
に反対しているからです。これを見ても財務省こそ日本のデフレ
を加速させている張本人であることがわかります。
 トリガー条項を巡っては、政府、自民党、公明党、国民民主党
の間で、ドタバタが続いています。ほとんどの人は、何をやって
いるのか、複雑でわからないと思われるので、簡単に説明するこ
とにします。
 ガソリンは、次のように、ガソリン税と石油税の2つに消費税
が課せられています。完全な二重課税です。税としてきわめて好
ましくないことを平然とやっています。
─────────────────────────────
    ガソリン税 ・・・ 53・8円×消費税10%
      石油税 ・・・   28円×消費税10%
─────────────────────────────
 この「53・8円」のなかには、「25・1円」の上乗せ分が
含まれています。トリガー条項というのは、ガソリンの平均小売
価格が1リットル当たり160円を3カ月連続で超えた場合、ト
リガーを弾くように25・1円を減税する措置のことです。旧民
主党政権時代の2010年度税制改正で導入されています。しか
し、東日本大震災が発生した2011年に、旧民主党政権が被災
地の復興財源を確保するため凍結を決め、現在も凍結されたまま
なのです。
 今こそこの凍結を解くべきだと国民民主党、公明党が岸田政権
に求めているのです。ところが、岸田首相周辺の財務省出身の取
り巻きスタッフや、財務省が猛烈に反対し、元売りへの補助金を
5円から25円に引き上げて、トリガー条項の凍結解除をやらな
いようにしようとしています。したがって、元売り25円引き下
げは、明らかにこの上乗せ分「25・1円」を意識しています。
 「25円下げるからいいじゃないか」ということのようですが
この上乗せ分25円には消費税10%がかかっており、トリガー
条項凍結解除で25円を減税すると、その消費税部分まで取れな
くなってしまうからです。この対応を見ても、財務省はただのケ
チで、まるで経済というものを理解していません。
 テーマに戻ります。安倍政権のアベノミクスという名のリフレ
政策は、なぜ中途半端に終わったのでしょうか。リフレ政策とい
うのは、デフレ状態を脱却し、インフレにならない程度の水準ま
で物価を引き上げるために、金融政策や財政政策を実施すること
をいいます。世の中に出回るお金の量を増やすなどの方法によっ
て、人々が予想する将来の物価水準を示す期待インフレ率を押し
上げ、デフレから脱却しようとする考え方です。
 リフレとは「リフレーション」のことであり、デフレからは何
とか脱却したが、本格的なインフレには達していない状態のこと
をいうのです。そのための「異次元の量的緩和」です。
 量的緩和とは、金融機関が日銀に対して設けている日銀当座預
金に国債などを買い入れて、資金を供給し、市中のお金の量を増
加させようとする日銀の政策です。
 しかし、日銀が金融機関の日銀当座預金にいくら資金を積み上
げても、銀行がそれを引き出して、企業や個人に融資しないと、
市中に流通するお金の量は増えないのです。ところがデフレでは
資金需要が低いので、銀行から融資を受ける人は少ないので、資
金が日銀当座預金にブタ積みされるだけになっています。
 これについては、添付ファイルをご覧ください。上下2つのグ
ラフがあります。GDP、財政支出、マネタリーベース(日銀当
座預金)の関係を示しています。
 一目見てわかるように、マネタリーベースは、1993年頃よ
り、どんどん増えていますが、GDPは伸び悩んでいます。これ
をみれば、誰だって、マネタリーベースとGDPの伸びとは無関
係であることがわかります。
 しかし、財政支出とGDPは、ぴったりくっついています。こ
のグラフを見れば、財政支出を増やせば、GDPは伸びるのでは
ないかと誰でも思います。したがって、2013年にアベノミク
をはじめるとき、もっと積極的に財政支出を伸ばすという発想が
なぜ出てこないか不思議です。確かに3本の矢のうち第2の矢で
ある「機動的財政出動」があり、財政出動しているのですが、安
倍政権は、5%だった消費税の税率を2回に分けて、10%に倍
増するという愚かなことをしているのです。増税は、いうまでも
なく、金融引き締め政策です。これは、アクセルとブレーキを一
緒に踏むようなものです。
 添付ファイルの下のグラフは、OACD33か国の、1997
年から2015年の財政支出の伸び率にGDPの成長率をプロッ
トしたものです。明らかに財政支出とGDPの成長率には強い相
関があることは明らかです。
 これを見ると、成長率のトップは中国で、日本の成長率は最下
位です。天と地の差です。負けている理由は「財政支出が少なす
ぎる」ということです。こんなことは学者でなくても素人でもわ
かります。縛っている理由は、対GDP比256%の政府の借金
でしょうか。日本では、おそるおそる財政出動しているように感
じます。「そんなものは関係がない」とMMTは主張しているの
です。びっくりするような財政出動をしても、日本はデフレです
から、絶対インフレにはならないのです。財務省と日本の主流派
経済学者は理屈をこねずに反省してほしいものです。
             ──[新しい資本主義/第048]

≪画像および関連情報≫
 ●世界が前代未聞の債務の波に襲われても破綻しない理由
  アレックス・ハドソン氏
  ───────────────────────────
  <世界全体の債務残高は277兆ドルに達し返せる当てもな
  いが、それでも政府は必要な支出を惜しんではいけない>
   いかに私たちが健忘症でも、まだ忘れてはいないだろう。
  わずか10年前までは(少なくともヨーロッパでは)緊縮と
  禁欲、そして徹底した歳出の削減だけが生きる道だったこと
  を。「天気のいいうちに屋根の穴を塞ぎ」、借金を減らして
  経済成長を促せ。それが必須で、借金のし過ぎは取り返しが
  つかないことになる。それこそが常識だった。
   「最新の研究によれば、債務残高がGDPの90%を超え
  ると長期の成長にネガティブな影響を及ぼすリスクが高まる
  そうだ」。10年前に、英財務相となる直前のジョージ・オ
  ズボーンはそう言い、こう付け加えていた。英国の債務残高
  は「2年以内にGDPの90%を超える見込み」だと。
                  https://bit.ly/3J9CTO1
  ───────────────────────────
GDPと財政支出の関係.jpg
GDPと財政支出の関係
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2022年03月17日

●「消費税増税と経済への大ダメージ」(第5692号)

 3月14日の外国為替市場のドル円相場は、次の通りとなって
います。
─────────────────────────────
         1ドル=117円81銭
─────────────────────────────
 前週末午後5時時点に比べ1円10銭の大幅なドル高・円安に
なっています。かつては、ウクライナ危機というような有事には
ドルより円が買われ、「有事の円高」といわれたものですが、今
回は見る影もありません。
 主要国のGDPシェア(ドル建て)を調べると、1995年か
ら2015年の20年間で、日本のGDPシェアは、17・5%
から5・9%に縮小しています。このままでは、日本はとても先
進国とはいえないいベルに転落してしまいます。
─────────────────────────────
           1995年   2015年
       日本  17・5%    5・9%
     アメリカ  24・6%   24・3%
    ヨーロッパ  33・6%   25・0%
       中国   2・4%   15・0%
      その他  21・8%   29・9%
                  https://bit.ly/3KFPMPZ
─────────────────────────────
 なぜ、こうなってしまうのでしょうか。
 それは、どのように考えても、日本の経済政策の失敗にあると
いっても過言ではないと思います。はっきりしていることは、思
い切った財政支出がないということです。
 添付ファイルを見てください。このグラフは、1985年から
2017年までの当初予算と補正予算の公共事業関係費の推移を
示しています。当初予算の棒グラフは青色、補正予算は橙色で表
示されています。
 2009年から2012年までは、民主党政権ですが、このと
きは、民主党が「コンクリートから人へ」のスローガンの下、公
共事業費を大幅に削減したのです。しかし、安倍政権でもグラフ
にしてみると、民主党政権のときと、大して変わっていないので
す。当初予算で見ると、鳩山民主党政権下の公共事業関係費の当
初予算(2010年)よりも、むしろ低いくらいです。やはり、
財政出動に関しては、おそるおそるやっている感じです。
 その結果、国と地方公共団体が実施した社会資本の形成の推移
を調べてみると、日本だけが大幅に公共事業費を削減しているこ
とが明らかです。1996年(平成8年)を100とした数値は
次のようになっています。社会資本とは、いうまでもなく、道路
港湾、公園、病院、学校、保育園などの公共施設の新設や改良な
どを指します。
─────────────────────────────
       イギリス ・・・・ 278・2
       アメリカ ・・・・ 198・7
       フランス ・・・・ 160・8
        ドイツ ・・・・  96・7
         日本 ・・・・  47・4
                  https://bit.ly/3KFPMPZ
─────────────────────────────
 これを見ると、デフレの日本だけが他の先進国の4分の1程度
しか公共事業をやっていないのがわかります。これでは、デフレ
から脱却できるわけがなく、日本の「後進国化」が一段と加速し
ています。
 現在の日本経済の惨状の主要な原因は1989年の消費税の創
設(3%)と、その後30年の間に3回の税率引き上げをやって
税率を10%にしたことにあります。
─────────────────────────────
      1989年 ・・  3%/竹下政権
      1997年 ・・  5%/橋本政権
      2014年 ・・  8%/安倍政権
      2019年 ・・ 10%/安倍政権
─────────────────────────────
 これに加えて、2008年にはリーマンショック、2011年
には、東日本大震災が起きています。消費税の税率の3回の引き
上げのうち、デフレ突入の引き金を引いたのは、1997年の橋
本政権のときの3%から5%の引き上げです。
 日本は、1990年初頭のバブル崩壊によって、資産価値が半
分になるという激しいショックに見舞われています。これによっ
て物価が下落し、デフレ突入の最悪のタイミングの1997年に
消費税を2%引き上げ、それがトリガーになって、そのままデフ
レに突入しています。
 皮肉なことに、消費税の増税は、いずれも自民党政権以外のと
きに決められ、法案化されています。橋本政権のときの5%への
引き上げは、社会党の村山政権のときに決められていますし、安
倍政権のときの2回の引き上げも、民主党の野田政権のときに決
められていたものを安倍政権が実行したものです。もちろん、い
ずれも自民党も賛同して決めたものですが・・・。
 財務省は、自民党政権以外の政権のとき、素人同然の政権幹部
の洗脳を行うのです。「消費増税をしないと、社会保障費が大変
なことになる」と脅し、決断させるのです。とくに民主党政権の
ときの菅内閣、野田内閣はそうです。菅内閣は、消費税増税を公
約にして参院選に大敗していますし、野田内閣にいたっては、当
時野党の自民党と組んで「社会保障と税の一体改革」を決定し、
法案化までしているのです。
 そもそも社会保障の財源を消費税によって行うのは、間違って
います。老齢化の進行によって社会保障は増加の一途をたどりま
すが、消費税でそれを賄うとなると、その都度増税が必要になる
からです。        ──[新しい資本主義/第049]

≪画像および関連情報≫
 ●デフレの主犯は97年の消費税5%増税
  ───────────────────────────
   安倍首相は「デフレ」からの脱却を目指し、@経済がプラ
  ス成長し、Aインフレ率が2%を超えれば、経済が成長して
  いるとして消費税を8%へ引き上げることを狙っている。し
  かしそもそも日本経済がデフレ経済に陥ったのは、1997
  年に消費税を3%から5%に引き上げてからなのである。下
  の図を見ると、GDPデフレーターの値は、97年に消費税
  が引き上げられた翌98年からマイナスに落ち込み、その後
  一貫してマイナス、つまり、デフレが続いていることが分か
  る。ではなぜ消費税が5%に引き上げられたらデフレに突入
  したのか。それは消費税5%増税を期に、国民の賃金が引き
  下げられたからである。下図のように、国民の現金給与総額
  (月平均)は消費税が5%に引き上げられた97年の翌98
  年から、ほぼ一貫して減少を続けていることが分かる。20
  12年には消費税5%増税後の最低を記録している。日本経
  済は97年の消費税5%増税の悪影響から、いまだに脱出で
  きていないのである。
  消費税が5%に引き上げられると物価が上昇する→国民は商
  品の購入を減らす→商品が売れないので企業は商品の価格を
  引き下げる→利益を確保するために賃金を引き下げる・・。
  こうして消費税5%増税で賃金が下がり、商品の価格が下が
  るデフレ経済に突入したのである。
                  https://bit.ly/36fGcVa
  ───────────────────────────
公共事業関係費.jpg
公共事業関係費
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2022年03月18日

●「プライマリーバランス真に必要か」(第5693号)

 最初にウクライナ情勢について述べます。ロシア軍によるキエ
フの攻撃が激しさを増していますが、ウクライナ軍は、当初の想
定よりも、ロシア軍の猛攻を受け止めています。
 ウクライナ軍の善戦を支えているのが「IT軍」の存在です。
「IT軍」とは何でしょうか。14日のWBS(テレビ東京)で
は、IT軍の指揮を執る、ウクライナデジタル庁のボルニャコフ
副大臣(40)のインタビュー映像を伝えています。
 これによると、ボルニャコフ副大臣は、ロシア軍がウクライナ
に侵攻してきた2月24日にIT軍を創設。現在、ある比較的安
全な場所において、IT軍全体の指揮を執っているそうです。I
T軍は、それぞれの場所において、IT軍の参加は登録制で、審
査がありますが、かなり多くのITエンジニアが応募していると
いわれています。
 もともとウクライナは「東欧のシリコンバレー」といわれ、約
30万人のITエンジニアがおり、近年は海外企業の格好の開発
委託先となっているのです。これらのスタートアップ企業のエン
ジニアが、アプリ開発などの技術を使い、それぞれの得意の分野
で、ロシアに抵抗運動を実施しているのです。今やデジタル戦争
の時代です。
 さすがのプーチン大統領は、ウクライナの予想外の抵抗には手
を焼いています。今の状態では、首都キエフは、とても落ちそう
にありません。また、ロシア軍の戦死者も増えており、ロシア国
内でのデモは、どんなに罰則を厳しくしても、今後ロシア各地で
続発すると思われます。ロシアは、当初失脚させるつもりであっ
た現在のゼレンスキー政権の存続を認めて、停戦を交渉するしか
手はなさそうです。
 話を「新しい資本主義」のテーマに戻します。「プライマリー
バランスの黒字化」ということがよくいわれます。プライマリー
バランスというのは、国や地方自治体などの基礎的財政収支のこ
とです。簡単にいうと、「収入と支出のバランス」の話です。社
会保障や公共事業に代表されるような行政が行うサービスにかか
る経費を、消費税などの税収で賄えているかどうかを示していま
す。要するに「収入の範囲内で支出をしなさい」という話です。
つまり、これも国家の運営を家計の収支に例えており、財務省の
間違った考え方です。
 このプライマリーバランスについての中野剛志氏と記者のやり
とりをご覧ください。
─────────────────────────────
中野:プライマリー・バランスとは、税収・税外収入と、国債費
 (国債の元本返済や利子の支払いに充てられる費用)を除く歳
 出との収支のことです。つまり、プライマリ ー・バランスは
 その時点で必要とされる政策的経費を、その時点の税収等でど
 れだけまかなえているかを示す指標ということです。
──プライマリーバランスを黒字化するということは、何を意味
しますか。
中野:このプライマリー・バランスを黒字化するということは、
 歳出を切り詰め、税収を増やすことを意味します。ところが、
 歳出によって民間への貨幣供給が増え、徴税によって民間に流
 通する貨幣量が減るわけですから、プライマリー・バランスの
 黒字化に成功して、税収が歳出を上回るようになるということ
 は民間に流通する貨幣量が毎年減っていくということにほかな
 りません。
――つまり、デフレがもっとひどくなるわけですね。しかも、プ
 ライマリー・バランスの黒字化によって、毎年、民間に流通る
 貨幣量が減るということは、極端に言えば、これをずっと続け
 ると、いずれ民間に流通する貨幣はなくなってしまうことにな
 りますね?
中野:そういうことです。プライマリー・バランスの黒字化とは
 国民を貧困化させることにほかならないのです。20年以上も
 デフレで苦しみ続けたうえに、コロナショックに見舞われた日
 本で、プライマリー・バランスの黒字化をめざすのは“自殺行
 為”に近いわけです。
――“自殺行為”ですか・・・。   https://bit.ly/3IkpsJA
─────────────────────────────
 ところで、岸田政権は、プライマリーバランスについてどのよ
うに考えているのでしょうか。
 岸田首相は、2022年1月14日、政府の経済財政諮問会議
で、プライマリーバランス(PB)について、次のように答えて
います。そのことを伝えるロイターの記事を以下に示します。
─────────────────────────────
[東京/14日/ロイター]岸田文雄首相は14日、国と地方の
基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を2025年度
に黒字化するという政府の目標について、現時点において変更が
求められる状況ではないと述べ、目標を堅持する姿勢を示した。
                  https://bit.ly/3qbRHnE
─────────────────────────────
 内閣府は、年初と夏の年2回、今後10年程度のPBの推移な
どを含む経済財政見通しを経済財政諮問会議に提出しています。
実質2%・名目3%を上回る高成長を前提とする「成長実現ケー
ス」と、実質1%・名目1%台前半程度での推移が前提の「ベー
スラインケース」の2つのケースの試算ですが、成長率の実現が
非常に難しく実現の可能性は低いです。しかし、岸田政権は「や
る」といっているのです。
 ノーベル経済学賞を受賞したクリストファー・シムズ教授とい
う人がいます。シムズ教授は、2017年2月の来日講演におい
て、自身の「物価水準の財政理論」に基づいて、「将来不安によ
り支出が萎縮している日本で必要なのは、継続的な財政拡大とイ
ンフレ実現への政治的コミットである。基礎的財政収支(プライ
マリーバランス:PB)黒字化に固執するとデフレから脱却でき
ない」と述べています。  ──[新しい資本主義/第050]

≪画像および関連情報≫
 ●高市氏、PB黒字化目標「凍結に近い状況に」/財務次官の
  指摘を批判
  ───────────────────────────
   次期衆院選(2021年10月19日公示31日投開票)
  を目前に控え、各党の政策責任者らが10日、NHKの討論
  番組に出演した。自民党の高市早苗政調会長は、基礎的財政
  収支(プライマリーバランス)を黒字化するという政府の財
  政再建目標は「凍結に近い状況が出てくる」と述べた。
   高市氏は、岸田文雄首相が国家的な課題に取り組むため、
  「財政の単年度主義の弊害是正」を掲げていることを踏まえ
  「長期的なスパンで取り組むべきことがあるということで、
  これは実質上、一時的にこのプライマリーバランスについて
  は凍結に近い状況が出てくる」と述べた。
   また、財務省の矢野康治次官が今月8日発売の月刊誌「文
  芸春秋」に寄稿し、衆院選や、自民党総裁選での政策論争を
  「バラマキ合戦」と懸念を示したことについて、高市氏は、
  「大変失礼な言い方だ」と批判した。そのうえで「基礎的な
  財政収支にこだわって本当に困っている方を助けない。未来
  を担う子供たちに投資しない。これほどバカげた話はない」
  と述べた。矢野氏の寄稿をめぐっては、岸田首相は10日の
  フジテレビの番組で「いろんな意見が出てくる。これは当然
  あっていいと思う」と述べ、「いったん方向が決まったなら
  ば、関係者には、しっかりと協力してもらわなければならな
  い」と語った。         https://bit.ly/3KTOHnI
  ───────────────────────────
クリストファ・シムズ教授.jpg
クリストファ・シムズ教授
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2022年03月22日

●「少な過ぎる日本の生産的政府支出」(第5694号)

 デービット・アトキンソン氏という人がいます。この人は日本
人以上に日本に精通している在日英国人の経営者です。元々は、
ゴールドマン・サックスのアナリストでしたが、茶道に打ち込み
長野県軽井沢町に所有する別荘の隣家が日本の国宝や重要文化財
などを補修している小西美術工藝社社長の家だった縁で、経営に
誘われて2009年に同社に入社し、2010年5月に会長に就
任している人物です。
 なぜ、日本経済は成長しないのか──これに関して、アトキン
ソン氏は次のように答えています。
─────────────────────────────
 日本は、人口減少と「3大基礎投資」の不足が要因となり、賃
金が上昇せず、経済が成長しない状態に陥っています。この状況
から脱却するには、
 「研究開発」
 「設備投資」
 「人材投資」
という「3大基礎投資」を喚起し、経済を成長させ、その成果で
賃金を上昇させるための経済政策が求められます。つまり、長期
的な経済成長や賃金の引き上げは、あくまでも投資によってのみ
実行できるという経済学の大原則を忘れてはいけないということ
です。           ──デービット・アトキンソン氏
                  https://bit.ly/3MYeAF1
─────────────────────────────
 アトキンソン氏によると、政府の財務支出には、次の2つがあ
るのです。
─────────────────────────────
  A生産的政府支出   Productive Government Spending
  @移転的政府支出 non-Productive Government Spending
─────────────────────────────
 「生産的政府支出」とは、民間企業の生産性に影響を与え、経
済成長に貢献する支出のことです。そのなかには、インフラ投資
や教育が含まれます。「非生産的政府支出」とは、簡単にいうと
社会保障費のような「移転的支出」を意味します。
 添付ファイルを見てください。これは1980年から2019
年までの政府支出の割合を示しているグラフです。赤は移転的政
府支出、青は生産的政府支出をあらわしていますが、2000年
頃から移転的政府支出は増えていますが、生産的政府支出は横ば
いになってます。これについて、アトキンソン氏は次のようにコ
メントしています。
─────────────────────────────
 GDPに対する日本の政府支出の割合は、他国と比較しても決
して低いわけではないのですが、社会保障費以外の予算が異常に
少ないのです。日本では生産年齢人口の減少と高齢化が同時に進
んでいるため、政府支出のうち社会保障費の金額が大きく膨らん
でいます。特に2000年あたりから社会保障費は大きく増えて
いるのに、生産的政府支出(PGS)は抑制されて、ほとんど増
えていません。
 社会保障費などは「移転的政府支出」と呼ばれ、経済成長には
貢献しないと分析されています。一方、インフラ投資、教育や基
礎研究などの政府支出は、経済全体の質の改善・向上につながる
ので、「生産的政府支出(PGS)」と位置づけられ、経済成長
率の改善に寄与することが確認されています。
              ──デービット・アトキンソン氏
                  https://bit.ly/3CVh6XT
─────────────────────────────
 生産的政府支出の先進国の対GDP比の平均は24・4%、途
上国平均ですら20・3%ですが、日本のそれは実に10%以下
です。日本は、高齢者率が世界一高いということも影響している
と思いますが、それにしても低すぎます。
 多くの日本人は、日本という国を実際よりも小さな国と考えて
います。しかし、日本は1億人以上の人口を抱えた世界第11位
の人口大国であり、GDPは560兆円、それに世界第3位の経
済大国です。
 これだけの大国の経済を動かすには、相当規模の金額が必要な
のですが、財務省が仕掛けた「対GDP比256・2%の借金大
国」というプロパガンダに怯えて、投資すべきものに思い切って
投資してこなかったのです。基本的には、入ってくる税収の範囲
内で政府支出をすべしというプライマリーバランスなどに縛られ
ていると、日本はますます貧しい国になりつつあります。
 ここで考えるべきことがあります。政府の支出(歳出)に関し
て多くの人が抱いているイメージは、国には大きな財布というも
のがあって、政府の支出は、その財布から行っているというもの
です。これ、家計の考え方と同じです。しかし、この考え方はお
かしいのです。
 「財政法」の第5条に次の規定があります。
─────────────────────────────
財政法第5条:すべて、公債の発行については、日本銀行にこれ
 を引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行から
 これを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合、
 において国会の議決を経た金額の範囲内ではこの限りでない。
─────────────────────────────
 この条文の趣旨は、政府は国債の発行に当たって、それを日本
銀行に直接引き受けさせてはならないとしています。もっと専門
的にいうと、政府が貨幣の発行を財源に支出を行ってはならない
ということです。これは「財政ファイナンス」といって、禁じ手
になっています。
 しかし、政府が予算を執行するとき、政府短期証券を発行して
それを日銀に買わせて、財源を賄っています。これは、財政ファ
イナンスではないのでしょうか。
             ──[新しい資本主義/第051]

≪画像および関連情報≫
 ●日本人の知らない経済政策「PGSを増やせ!」
  ───────────────────────────
   財政出動については必要性を訴える人がいる一方で、反対
  の声を上げるエコノミストも少なくありません。そこで今回
  は財政出動に反対する人の意見を検証し、両者の妥協点を探
  ります。
   特に記事後半の「生産的政府支出(PGS)」の議論に注
  目していただきたいと思っています。「政府支出は経済成長
  に対してマイナスである」という当時のコンセンサスを大き
  く変えたPGS論文が1990年に発表されたことは、日本
  にとってきわめて大切な新しい論点です。
  「反対意見1:政府支出を増やすと、生産性が上がっても、
  労働生産性は上がらない」
   まずはこの意見から説明します。
   改めて、生産性の本質を確認しましょう。生産性は、創出
  された付加価値の総額(=GDP)を全国民の数で割ったも
  のです(1人あたりGDPとも言われます)。さらに分解す
  ると、付加価値総額を働いている人数で割った金額(=労働
  生産性)に、全国民に占める働いている人の比率(=労働参
  加率)をかけたものが生産性です(生産性=労働生産性×労
  働参加率)。労働生産性が1000万円で、労働参加率が、
  50%であれば、生産性は500万円となります。
                 https://bit.ly/3MWygce
  ───────────────────────────
社会保障ばかり増えている.jpg
社会保障ばかり増えている
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2022年03月23日

●「生産的政府支出には財源制約なし」(第5695号)

 永濱利廣氏というエコノミストがいます。第一生命経済研究所
経済調査部首席エコノミストです。よくテレビにも登場しますし
経済の解説も平易でわかりやすく、ていねいです。
 永濱氏もMMTの本を書いていますが、その本で、パナソニッ
クの創業者・松下幸之助氏の言葉を引用して、MMTに関連して
次のように述べています。
─────────────────────────────
 「それが必要であり、やらねばならないことであれば、即刻に
やる。またやってはならないことがあれば、仮に金があってもし
ない/松下幸之助」
 即刻やらなければならないことに関しては、「予算がないので
次の年度まで待ってくれ」と言い訳をするのではなく、財源の制
約なしにやるべきだし、もしやる必要がないことであれば、「予
算が余ったのでムダだけどやります」という役人根性ではなく、
お金があってもやらないという姿勢が求められるというのが、松
下氏の考え方であり、この考え方はある意味、MMTに通じる考
え方と言えるかもしれません。
           ──永濱利廣著/ビジネス教育出版社刊
          『現代貨幣論/MMTとケインズ経済学』
─────────────────────────────
 昨日のEJで述べた「生産的政府支出」(PGS)などは、政
府として即刻やらねばならないことですが、日本政府は、国債残
高の対GDP比が256%もの借金を抱えているので、どうして
も、必要な予算でも抑制してしまうのです。これは、政府が財務
省のワナにはまっているといえます。
 実際問題として、政府が何か新しいことをやろうとすると、必
ず「財源はどうするのか」という議論が起こり、非常にやりにく
くなっています。MMTでは、財源などは気にすることなく、そ
れが将来の経済の成長に寄与すると判断できるものであれば、躊
躇なくやるべきであるとしているのです。
 永濱利廣氏は、MMTの原則として「政府は自国通貨建てで売
られるものであれば、常に購入可能であり、財源成約はない」と
断じています。しかし、これは「政府は無制限に支出すべきだ」
ということを意味していないと断っています。そんなことをすれ
ば、インフレが起きてしまうからです。
 しかし、日本は現在超長期デフレであり、インフレのことなど
心配せず、何でもやれるし、やるべきであります。それは、デフ
レから脱却するためにも必要なことです。
 昨日のEJで、政府の発行する国債を中央銀行である日銀が引
き受ける「財政ファイナンス」は禁じ手であり、財政法第5条で
禁じられているということを述べました。しかし、これはあくま
で建前であり、実際にそれは平然と行われているのです。昨日も
述べたように、政府が予算執行するとき、政府は、政府短期証券
を発行し、それを日銀に購入させて、財源を賄っています。
 この件に関して、井上智洋氏という若い経済学者が、自身のM
MTの本で、意味深なことを述べています。井上智洋氏は、駒澤
大学経済学部准教授で、専攻はマクロ経済学です。井上氏は非常
にわかり易いMMTの本を書いており、そこで「明示的財政ファ
イナンス(Over Monetary Financing)OMF」 というものを紹
介しています。
─────────────────────────────
 財政ファイナンスというのは、政府が貨幣発行を財源に支出を
行うことです。これは実際に行われていることで、MMTの文脈
では、中央銀行がキーストロークによって作り出したお金を、政
府が支出に充てることを意味します。
 ただし、実際には政府支出の財源が租税や国債であるかのよう
に偽装されています。支出と同額の税金を徴収したり国債を発行
したりすることによって、あたかも財政ファイナンスを行ってい
ないかのような装飾が施されているというわけです。
 OMFは、その装飾をはぎとって、あからさまに財政ファイナ
ンスを実施しょうということです。      ──井上智洋著
     『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社選書メチェ
─────────────────────────────
 意味深な表現というのは、「政府支出の財源が租税や国債であ
るかのように偽装されています。支出と同額の税金を徴収したり
国債を発行したりすることによって、あたかも財政ファイナンス
を行っていないかのような装飾が施されている」の部分です。
 これは何を意味しているのでしょうか。
 実際には、財政ファイナンスを日常的に行っているのですが、
財政法第5条ではこれを禁止しているので、政府支出の財源が租
税や国債であるかのように偽装されているといっているのです。
 そもそも税の考え方がMMTでは異なるのです。税に関して、
中野剛志氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 そもそも、税の考え方が間違っているんです。これまで税金は
政府の支出に必要な財源を確保するのに不可欠なものだと考えら
れてきましたが、MMTによれば、これがそもそもの間違いなん
です。なぜなら、自国通貨を発行できる政府は、原理的にはいく
らでも国債を発行して、財政支出ができるからです。そのような
政府が、どうして税金によって、財源を確保する必要があるんで
しょうか?そんな必要はないんです。とはいえ、無税にするとハ
イパーインフレになってしまう。だから、税というものは、需要
を縮小させて、インフレを抑制するために必要だと考えるべきな
のです。インフレを抑えたければ、投資や消費にかかる税を重く
する。逆に、デフレから脱却したければ、投資減税や消費減税を
行う。つまり、税金とは「財源確保の手段」ではなく、「物価調
整の手段」なのです。            ──中野剛志氏
                  https://bit.ly/36ss7np
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第052]

≪画像および関連情報≫
 ●消費増税は意味なし!・・・日本はMMTの正しさを証明し
  たのか
  ───────────────────────────
   MMTが正しいのならば、変動相場制を採用しており、自
  国通貨を発行できる日本は財政赤字を気にする必要はないわ
  けで、そもそも消費増税をしなくてもよいのだが、なぜ増税
  を実施したのか。
   これまで通り、極力中立的な立場で説明を重ねたいため、
  その理由を財務省が公表している資料から見ていきたい。内
  閣府の『令和元年度年次経済財政報告』には消費増税する理
  由として、財政健全化のほか、社会保障について言及されて
  いる。財務省が公表しているデータによれば、1990年度
  の当初予算において、66・2兆円の歳出のうち、17・5
  %に当たる11・6兆円が社会保障費だった。
   しかし、少子高齢化が進んだことで、2019年度の予算
  では、99・4兆円の歳出のうち、34・2%に当たる34
  兆円を社会保障費が占めており、この30年間で社会保障費
  は約3倍に膨れ上がったことがわかる。19年度予算におけ
  る一般会計歳出101兆4571億円のうち、社会保障費は
  34兆593億円であり、歳出総額の約3割(33・6%)
  を占めるまでになった。基本的には社会保障費は保険料で賄
  うものだが、それだけだと、現役世代に負担が集中してしま
  う。そこで、国債の発行や税金でも賄っているが、国債は子
  どもや孫の世代に負担を先送りにしていることと等しいとし
  て、消費増税によって財政の健全化を図ろうとした。
                  https://bit.ly/3udT5Hy
  ───────────────────────────
永濱利廣氏.jpg
永濱利廣氏
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2022年03月24日

●「税は『財源確保』の手段ではない」(第5696号)

 税金とは「財源確保の手段」ではなく、「物価調整の手段」で
ある──MMTにおける税の考え方です。しかし、主流派経済学
では、税金はあくまで「財源確保の手段」であり、政府が何かを
支出するには、それに対応する財源が必要であり、税による財源
の確保が必要であるという考え方です。
 これは、家計の考え方とまったく同一です。したがって、政府
といえども、税収(収入)を上回る歳出(支出)を続けることは
好ましいことではないと考えます。
 しかし、現実は少し違うのです。ステファニー・ケルトン教授
の本に、2019年の上下両院に軍事費を増額させる法案を成立
させたときのいきさつが次のように出ています。
─────────────────────────────
 たとえば軍事費だ。2019年、上下両院は、軍事費を増やす
法律を通過させた。これによって2018年度に承認した金額を
800億ドル上回る、7160億ドルの支出が認められた。この
支出をどのようにまかなうかという議論は一切なかった。増加分
の800億ドルをどこから調達するかなど、誰も尋ねなかった。
政府の追加支出をまかなうために、政治家は増税もしなければ、
預金者から800億ドルを追加で借り入れることもしなかった。
議会は持ってもいないお金を支出すると約束したのである。それ
ができるのは、米ドルに対して特別な権限があるからだ。
         ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
─────────────────────────────
 ここでもう一度MMTが立脚する「信用貨幣論」のことを思い
出していただきたいのです。これについては、2月24日のEJ
第5677号以降で述べています。ここで製造原価がわずか20
円でしかない1万円札が、なぜ1万円としての価値を持つかは、
それで税金が支払えるからであると国家が認めるというのが「信
用貨幣論」の考え方です。
 ここで「モズラーの逸話」について話をする必要があります。
「モズラー」というのは、MMTの創始者といわれるウォーレン
・モズラー氏のことです。この逸話については、EJでは別のテ
ーマのときに紹介しているのですが、簡単に再現します。
 モズラー氏は、子供たちが一向に家事を手伝わないことに不満
を持っていたのです。そこでモズラー氏は、ある日、子供たちに
対して、家事を手伝ったら、その手伝いの度合いに応じて、パパ
の名刺をあげると、宣言します。しかし、子供たちは、それでも
一向に家事を手伝わなかったのです。
 子供たちの意見はこうです。「パパの名刺なんか欲しくないか
ら」です。モズラー氏は「モズラー・オートモーティブ」という
ヘッジファンドを設立した投資家であり、ビジネスマンであれば
名刺を欲しがったかもしれませんが、子供にとってはパパの名刺
をもらっても何の意味がなかったからです。
 そこでモズラー氏は一計を案じます。子供たちに対して次の宣
言をしたのです。「月末に30枚の名刺を納めることを義務付け
る。もし、名刺を納めないと家から追い出すぞ」と。びっくりし
た子供たちは、目の色を変えて家事の手伝いをして名刺を集める
ようになったのです。パパの名刺が子供たちにとって、急に価値
を持つようになったからです。
 あり得ない話ですが、これが「モズラーの逸話」です。この逸
話から、次の3つのことが導けます。
─────────────────────────────
        @納税より先に政府支出がある
        A納税により貨幣は価値を持つ
        B租税は「財源」ではないこと
─────────────────────────────
 第1は「納税より先に政府支出がある」です。
 モズラー氏は、家事の手伝いをした子供たちに対して名刺を渡
しています。これは公共事業を行った業者に対して、お金を支払
うのに似ています。子供たちがパパに名刺を渡すという納税相当
の行為を行うのはその後のことです。
 第2は「納税により貨幣は価値を持つ」です。
 納税によって貨幣は価値を持つようになります。名刺自体は子
供たちにとって価値がないのと同様に、紙幣もただの紙切れであ
り、価値がないのですが、それによって納税ができることによっ
て価値を持つのです。
 第3は「租税は『財源』ではないこと」です。
 モズラー氏自身が自分の名刺を欲しがらないように、政府も紙
幣自体が欲しいわけではないのです。名刺にせよ、紙幣にせよ、
印刷すれば、済む話だからです。租税を徴収しなかったとしても
政府は紙幣をいくらでも印刷できるからです。(参照:井上智洋
著/『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社選書メチェ)
 この3つのうち、「納税より先に政府支出がある」は、MMT
にとって、きわめて重要です。これを「スペンディング・ファー
スト」といいます。主流派経済学では、最初に租税があって、そ
れを財源に政府支出を行うと考えるのに対して、MMTでは、最
初に政府支出があって、国民は、それによって手に入れたお金を
使って納税を行うのです。
 つまり、次の2つのモデルがあるのです。
─────────────────────────────
 「税金+借金」→「政府支出」 ・・ 家計と同一のモデル
 「政府支出」→「税金+借金」 ・・ 通貨発行体のモデル
─────────────────────────────
 上のモデルは、家計と同一のモデルであり、下のモデルは、通
貨発行体モデルです。主流派経済学の考え方として考えても、常
識として考えても、家計と同一モデルに立脚するのが、正しいと
考えます。しかし、じっくりと考えてみると、やはり、ファース
トスペンディングが正しいということになるのです。
             ──[新しい資本主義/第053]

≪画像および関連情報≫
 ●MMTで出てくる『税は財源では無い』の意味
  ───────────────────────────
   ぶっちゃけ、MMT(現代貨幣理論)は理論を名乗っては
  いるが、基本骨子にあるものは極めて単純な現実観察であり
  リンゴが地面に落ちるのを、単にリンゴが落ちたと見たまま
  を述べているだけである。古典派の連中が、地球は平らで端
  は滝になっているとか言うのに対して「地球一周してみたけ
  ど、滝なんて無かったぞ」と述べているだけなのだ。MMT
  が観察したものは簿記会計だとか実際の予算の執行である。
  経済学というのは現実なんて全く見てきていなかったのだ。
   経済学という代物が、市井の人に植え付けてきた固定観念
  には誤りが非常に多く。そして、多くの人はそういう色眼鏡
  を掛けている事に気が付かない。仮に指摘したとしても、本
  当に付けている実感が無いので、素朴に誤った前提で反論し
  てくる。今回はどういう色眼鏡があるのかを解説しつつ『税
  は財源では無い』の意味を判りやすく解説する。
  色眼鏡1:政府は支出するために、資金を調達しなければな
  らない。
   MMTは『税は財源では無い』と述べる。コレには色々な
  意味があるが、コレを聞くと、「予算として使用されている
  だろ?」と普通の人は考える。政府は支出するために資金を
  調達しなければならないという前提だ。だが、実際の予算の
  執行を考えると、そもそも歳入を歳出に使うのは『不可能』
  な事に気が付く。コレをMMTではスペンディングファース
  トと呼ぶ。政府は収入が入る前に支出しているのだ。何かと
  言うと極めて単純な話だ。    https://bit.ly/3IpjV4w
  ───────────────────────────
ウォーレン・モズラー氏.jpg
ウォーレン・モズラー氏
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2022年03月25日

●「『政府支出』」→『税金+借金』」(第5697号)

 昨日のEJの「モズラーの逸話」に関連する2つのモデルを再
現します。
─────────────────────────────
 「税金+借金」→「政府支出」 ・・ 家計と同一のモデル
 「政府支出」→「税金+借金」 ・・ 通貨発行体のモデル
─────────────────────────────
 ステファニー・ケルトン教授は、この2つのモデルについて相
当悩んだようです。ケルトン教授は、自著のなかで、自分が「政
府支出」→「税金+借金」のモデルを理解するまでのことを次の
ように明かしています。
─────────────────────────────
 「税金+借金」→「政府支出」が支配的な見解になっているた
めに、たいていの人はおそらくそれに近いイメージを持っている
のだろう。国家の財政の仕組みについてじっくりと考えたことの
ない人でも、政府が必要な資金をまかなうには国民のお金が必要
なのだと思っている。(中略)課税と政府支出の実態について、
このような考え方に初めて触れたときには、私もぎょっとした。
 モズラーによると、政府はまず支出をし、それから課税や借り
入れをするという。これは、サッチャーの発言のまったく逆で、
「政府支出→(税金+借金)」という図式になる。モズラーの説
明では、政府は誰か費用をまかなってくれる人を探すことなどせ
ず、さっさと支出することによって自国通貨を生み出す。モズラ
ーはほとんどの経済学者が見落としていたことに気づいた。その
考えは当初独創的なものに思われたが、実は大部分はそうではな
かった。私たちが知らなかっただけだ。モズラーの主張はアダム
・スミスの『国富論』、ジョン・メイナード・ケインズの『貨幣
論』など、経済学の古典にすでに書かれていたものだ(そして経
済学者ものちにそれに気づいた)。人類学者、社会学者、哲学者
なども、はるか昔に通貨の本質や税の役割について同じような結
論に達していたが、経済学者は大きく後れを取っていた。
         ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
─────────────────────────────
 文中の「サッチャーの発言」というのは、2月25日のEJで
ご紹介した発言で、「国家には国民が自ら稼ぐ以外に収入源はな
い。国家が支出を増やそうと思えば、国民の貯蓄から借りるか課
税を増やすかしかない」というものです。これは「税金+借金」
→「政府支出」のモデルそのものです。
 ケルトン教授の発言で重要なことは、「政府支出→(税金+借
金)」のモデルは、経済学の古典にすでに書かれていたものであ
るという部分です。主流派の経済学者も後になってそれに気がつ
いたが、今さらそれをいうと、自分の理論構築に支障をきたすの
で、MMTをトンデモ理論扱いにしているフシがあります。だか
ら、発言がどうしても感情的になるのです。
 もちろん税は、納税のためにだけあるのではありません。いろ
いろなことに活用できます。これに関して、中島剛志氏と記者の
やり取りは次のように展開されています。
─────────────────────────────
中野:民間経済が成り立つためには、取引や貯蓄など、納税以外
 の目的で流通する貨幣が存在していなければなりません。つま
 り、貨幣をすべて税として徴収せずに、民間に残しておかなけ
 ればならないんです。
  ということは、「財政支出>税収」の財政赤字でなければ通
 貨が流通しないということになります。もっとも、銀行が信用
 創造をやりまくっていたら、財政は黒字になるかもしれません
 が、それはバブルという異常な状況でしょう。ですから、MM
 Tは、「正常なケースは、政府が財政赤字を運営していること
 すなわち税によって徴収する以上の通貨を供給していることで
 ある」と結論づけるのです。
――「財政赤字が正常な状態」というのは驚きですが、たしかに
 そういう理屈になりますね。
中野:しかも、日本は20年もデフレに苦しんでいるわけですか
 ら貨幣供給量を増やさなければならないわけですよね?にもか
 かわらず、日本は一生懸命、財政支出を抑制することで貨幣供
 給量を抑制するとともに、この20年間で3度も消費増税をす
 ることで貨幣供給量を減らす努力をしてきたことになります。
――それでは、デフレから脱却できないのも当たり前ということ
 になりますね。
中野:ええ。「財政赤字をこれ以上、増やすべきではない。政府
 の借金の財源を確保するために、消費税の増税が不可欠だ」と
 いう通説が、あたかも良識であるかのようにまかり通っていま
 すが、これは、信用貨幣論を理解している人間からすれば「デ
 フレを悪化させて、国民をもっと苦しめたい」と言っているに
 等しいのです。
――そうだとすれば、実に恐ろしいことですね・・・。
                  https://bit.ly/3wlWiaF
─────────────────────────────
 ほぼ30年間、まったく経済が成長していない日本──これは
明らかに国の経済政策が完全に間違っています。税は市場から資
金を引き上げ、貨幣量を減らす効果を持ちます。増税は、金融引
き締め政策であり、不況が拡大し、デフレがさらに一層深化する
だけです。「新しい資本主義」を掲げる岸田政権は、果たしてこ
の状況を変えることができるのでしょうか。
 安倍政権は、「リーマンショック級の出来事があれば消費税率
を引き上げない」といっていましたが、リーマンショックをはる
かに超えるコロナショックが起こっているのに、一度引き上げた
税率を頑なに下げようとしません。矢野財務次官は論文において
「消費税の引き下げは問題だらけで甚だ疑問」であると書いてい
ます。彼らは一度上げた税率を一時的でも絶対に引き下げないと
いっているのです。    ──[新しい資本主義/第054]

≪画像および関連情報≫
 ●支援金の財源は「税金」ではない?経済学の新理論
  MMTを解説
  ───────────────────────────
   米国では世界最多となる150万人以上の新型コロナウイ
  ルスの感染者数が確認されている。今回のコロナ禍で、もっ
  とも大きな影響を受けている国の1つといえるだろう。
   米連邦政府は、新型コロナウイルスへの対策や、企業や家
  計への支援をするために、第2四半期に過去最大の3兆ドル
  (約320兆円)の借り入れをする方針を明らかにしたが、
  これで債務残高は25兆ドル(約2560兆円)の大台を突
  破することが確実視されている。
   このように新型コロナウイルスへの対応に伴い政府の債務
  残高が膨れていく環境下、先ほど紹介した記事のなかで、米
  国の中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB)の元
  議長であったベン・バーナンキは、以下のような考えを披露
  している。
  司会者:FRBが支出に用いたのは税金だったのですか?
  バーナンキ:いえ、税金ではありません。私たちはただ、コ
  ンピューターを使って操作しただけです。
   大学生たちが疑問に思ったポイントは、ここだった。景気
  が悪くなれば、政府が財政出動をするのは教科書通りだが、
  財源を確保するためには税収が必要だと思っていたのに「コ
  ンピューターを操作しただけ」とバーナンキが答えた意味が
  わからなかったという。     https://bit.ly/3wqwJ8v
  ───────────────────────────
MMTを講義するケルトン教授.jpg
MMTを講義するケルトン教授
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2022年03月28日

●「政府と日銀による統合政府B/S」(第5698号)

 なぜ、日本の財政出動は少ないのでしょうか。一般論として考
えれば、それは日本の借金(国債残高)があまりも巨額であるか
らでしょう。少なくとも多くの日本人はそう考えていると思いま
す。借金に借金を重ねると、日本の財政は破綻してしまうのでは
ないかと不安になるからです。
 しかし、思い切った財政出動をしないと、日本経済はデフレか
らいつまで経っても脱却できないのも事実です。国債の発行を少
しでも減らし、プライマリーバランスを黒字にすると、いつまで
もデフレから抜け出せなくなるはずです。しかし、借金が多い財
政がトラウマになって、思い切った財政出動ができないでいると
いえます。
 1995年にデフレが始まったとすると、今年で実に27年に
なります。こんなに長期間デフレに陥っている国は、日本だけで
す。そろそろ「20年デフレ」を卒業して、「30年デフレ」と
いっても過言ではありません。
 本当に日本は財政危機ではないのでしょうか。このことを明ら
かにする必要があります。このテーマは、EJでは何回もやって
いるのですが、以前から「日本に財政問題はない」と主張する高
橋洋一氏の新著も参考にしながら、改めてていねいに考えてみた
いと思います。
 「日本は重い財政問題を抱えている」という人は、何を根拠に
そういっているのでしょうか。これについて、高橋洋一氏は会計
学の観点から、次のように述べています。
─────────────────────────────
 会計学では、負債の総額を「グロス」、負債から資産を引いた
額を「ネット」という。このうちどちらに着目するかが、ポイン
トだ。ひとことでいえば、財政問題があるといっている人たちは
政府のバランスシートの右側(負債だけ)、つまりグロス債務ま
たはグロス債務残高の対GDP比を見ているのだ。
 政府のグロス債務残高は1000兆円、これはGDPの2倍で
ある。だから「日本は大変な財政問題を抱えている」「財政再建
が必要だ」「そのためには増税と歳出カットだ」と主張している
わけである。
 これほどの財政難のなかで借金がさらに増えては困るから、増
税で税収を増やす一方、政府の支出を減らそう、もっと倹約しよ
うというわけだ。
 これの何がおかしいか。すでに「答え」をいってしまったよう
なものだから、もうわかるはずだ。要するに彼らは、借金だけを
見て騒いでいるのである。     ──高橋洋一著/あさ出版
      『99の日本人がわかっていない新・国債の真実』
─────────────────────────────
 「資産があるじゃないか」というと、財務官僚は必ず「資産と
いっても売れない資産が多い」と反論します。確かに道路や橋な
どは売れないと思います。
 しかし、高橋氏によると、日本政府の資産の大半は金融資産で
あり、売ろうと思えば、すぐ売れるのです。かつて、大蔵官僚で
あった高橋洋一氏がいうのですから、間違いがないことです。た
だ、財務省としては、売りたくないと考えているのです。
 実は日本政府の金融資産は、政府関連子会社への出資金、貸付
金が多いのです。民間企業でも経営が苦しくなってきたら、関連
子会社を処分することはあり得ることです。政府の借金の額が本
当に多くてみっともないと思うなら、そういう政府関連子会社を
いくつか売却すればよいのです。
 しかし、財務官僚の上層部は、絶対にそういう資産は売りたく
ないのです。だから、道路とか橋とかいうのです。本当は売る必
要がない(財政問題はない)からですが、政府関連子会社を売っ
てしまうと、財務省の幹部は、自分たちの天下り先がなくなって
しまうからです。だから、国民に負担を押し付けて、増税や歳出
削減で、財政の見映えをよくしようとしているのです。自分の再
就職先ぐらい自分で探せ!といいたいです。日本がデフレから抜
け出せないのは、財務省に重大な責任があります。実にけしから
んことです。
 2017年のことです。ノーベル経済学賞を受賞したコロンビ
ア大学教授、ジョセフ・スティグリッツ氏が来日し、経済財政諮
問会議に出席したことがあります。そのとき、スティグリッツ教
授は、次の趣旨の提言をしています。
─────────────────────────────
 日本は財政政策による構造改革を進めるべきである。具体的に
いうと、政府や日銀が保有する国債を相殺することで、政府の債
務は瞬時に減少する。   ──ジョセフ・スティグリッツ教授
           ──高橋洋一著/あさ出版の前掲書より
─────────────────────────────
 スティグリッツ教授は「政府や日銀が保有する国債を相殺する
ことで」といっていますが、これは、政府の財務状況を「統合政
府バランスシート」でとらえていることを意味します。日銀は、
政府の子会社であり、民間企業が関連子会社と連結決算をするよ
うに、統合政府のバランスシートはあり得るのです。高橋氏によ
ると、一国の財務状態を「統合政府バランスシート」で考えるこ
とは海外ではそれが当たり前のことであるということです。
 「日本銀行は独立性がある」とよくいわれますが、これは日銀
が金融政策を執行するときのことであって、政府は、金融政策に
基本的には介入できないのです。しかし、組織的には、日銀は政
府の子会社なのです。
 そもそも国債残高の対GDP比も、日本の場合、国債残高が多
いのは事実ですが、それぞれの国の考え方によって算出された国
債残高を比較したものに過ぎず、必ずしも公正な比較とはいえな
いのです。日本の場合も、統合政府で考えると、政府の債務は、
大幅に減少してしまうのです。したがって、日本に深刻な財政問
題は存在しないということになります。
              ──[新しい資本主義/055]

≪画像および関連情報≫
 ●日本の問題をはき違えてい「財務省」の大きな罪
  /リチャード・カッツ氏
  ───────────────────────────
   日本の財政赤字は「氷山に向かうタイタニック号」のよう
  なものだという矢野康治財務事務次官の発言で唯一新鮮だっ
  たのは、選挙で選ばれた政府の政策を、水面下での会話では
  なく、影響力のある『文藝春秋』誌上で厳しく批判したこと
  だ。約半世紀前、1978年から財務省は政府が抜本的な歳
  出削減と増税をしない限り「日本は崩壊ししかねない」と、
  首相を脅し続けて自分たちのいいなりにしようとしてきた。
  最近は国債市場の暴落を”ネタ”にしている。財務官僚たち
  は影で、首相を次々と「犠牲」にすることで消費増税を繰り
  返せると影でジョークを言っているほどだ。
   仮に財務省の警告が正しければ、それは国益のためだった
  と言えるだろう。しかし現実には、財務省は何度も間違って
  きたし、かたくなに主張を改めようとしなかった。公平のた
  めに言うと、確かに財務省の見解は多くの高名なエコノミス
  トの間でも共有されている。2012年にはエコノミスト2
  人が、財政緊縮策を実施しなければ2020年から2030
  年までの間に国債の暴落が起こると予測していた。
   1990年代半ば、財務省は橋本龍太郎首相を説得して消
  費税を3%から5%に引き上げさせた。引き上げ幅は健全な
  経済状態では問題にならないほど小さかったが、不良債権の
  肥大化により日本の体力が低下しているというアメリカ政府
  の指摘が無視されていた。    https://bit.ly/3uyUkBz
  ───────────────────────────
ジョセフ・スティグリッツ教授.jpg
ジョセフ・スティグリッツ教授
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2022年03月29日

●「個人の道徳心を経済に持ち込むな」(第5699号)

 国債を大量に発行すると、その利払いや償還のことが心配にな
ります。国債は政府の借金であるので、当然利子を支払わなけれ
ばならないし、返済期限が到来したら、元本を返済しなければな
らなくなるからです。当たり前の話です。
 この場合、国債を大量に保有している日銀は、当然利子が収入
として入ってきます。この利子収入を日銀はどうしているのかと
いうと、国庫納付金として政府に収めているのです。これは政府
にとって「税外収入」になります。
 また、政府の金融資産は、政府系企業への出資金や貸付金が多
いので、そこからも当然利子収入があります。この利子収入と日
銀からの税外収入を合わせると、国債の利払いは賄えてしまうの
です。したがって、利払いについては心配はないのです。
 それでは、元本の償還はどうするのでしょうか。
 国債の元本償還は、民間金融機関に新たに国債を発行して買っ
てもらって支払います。この国債を「借換債」といい、普通の国
債として販売されます。断っておきますが、「建設国債」「赤字
国債」「借換債」と名前は異なりますが、国債は国債であって、
購入する金融機関は単に国債として購入します。建築国債を購入
したとか、借換債を購入したとかの区別はないのです。
 主流派経済学者は、この借換債を「借金を借金で返す」と批判
します。しかし、これは、家計の発想と同じです。既にEJでご
紹介した借換債に関連する主流派経済学者の小林慶一郎氏と中野
剛志氏の次の討論を再現します。
─────────────────────────────
小林:私は矢野論文の背景にあるのは、「将来世代にツケを残し
 てはいけない」ということだと思うんです。国債は将来世代か
 らの前借りで、いずれその金は返さなきゃいけない。これまで
 のように日銀が買い支えられるうちはいいけど、もし将来にお
 いて例えば制御できないようなインフレが起きたら、将来世代
 への大きな負担を残すことになる。それは避けたいという矢野
 さんの思いは否定すべきではないでしょう。
中野:違います。国債は将来の増税で償還しなきゃいけないと思
 い込んでいるから「将来世代へのツケ」だと誤解するのです。
 国債の償還は、増税ではなく借換債の発行によって行うべきで
 す。それから、私は制御できないインフレは基本的に「起きな
 い」と考えています。
小林:国債の償還を借換債で出来るなら、国家運営に税は不要と
 いう話になり、まったく同意できません。これは後ほど議論し
 ましょう。            https://bit.ly/3qEdDbv
─────────────────────────────
 国の財政運営を家計と例えると、借金を借金で返すのはまさに
自転車操業であって、やってはいけないことです。しかし、個人
ではなく、企業の場合は、借り換えは、銀行が応じてくれる限り
自転車操業ではないのです。銀行としても、すべて返金されてし
まうよりも、返済可能であれば、借り換えしてくれる方が有り難
いはずです。
 まして国家であれば、企業よりもはるかに信用できるので、ロ
ーリスクローリターンの国債であっても、金融機関としてはつね
に保有しておきたい債権なのです。
 これに関して、高橋洋一氏は、借換債に関して次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 個人レベルで考えれば「借金を重ねるのは悪いこと」となるが
国レベルでは、借金を返すために借金をするのは当然だし、何も
悪いことはないのだ。
 民間金融機関は、国債の償還を受けたら、そのお金でまた新し
く国債を買う。政府は、償還すると同時に新発国債を買ってもら
えるのだから、借金の返済で首が回らない、という事態には陥ら
ない。このように、国債の償還と新規国債の発行は、政府と数多
の民間金融機関の間で、つねにグルグルと巡っている。
 ちなみに、国債入札できる民間金融機関は、銀行から信用金庫
保険会社、証券会社まで240社あまりにのぼる。国債はつねに
引く手数多の状態で、240あまりの民間金融機関が、よってた
かって「売ってくれ」と入札していると考えていい。
                 ──高橋洋一著/あさ出版
      『99の日本人がわかっていない新・国債の真実』
─────────────────────────────
 「財政運営を家計に例える」──これは、何度いわれても、ど
うしてもそのように考える人は少なくないものです。高橋洋一氏
は、大学でマクロ経済を教えるとき、それを「合成の誤謬」とい
う言葉で教えているそうです。「合成の誤謬」とは、個人のレベ
ルでは、正しいことでも、同じことを大勢の人がやったら困ると
いうことです。
 例えば、「倹約」は、個人の生活では正しいことですが、国民
全体が倹約をしだしたら、とんでもないことになります。みんな
が、一斉に節約をし、貯蓄に励んだら、どうなるでしょうか。
 当然、消費が大きく落ち込み、企業の業績が悪化し、給料はダ
ウンし、下手すると、多くの失業者が出ることになる。これが合
成の誤謬です。
 ポール・クルーグマンやクリストファ・シムズなどの著名なマ
クロ経済学者は、「経済政策は無責任にやるものだ」といってい
るそうです。これは「個人レベルの道徳心を経済に持ち込むな」
ということをいっているのです。これは、「合成の誤謬」のこと
を意味します。
 主流経済学者は、できるかぎり国債の発行を抑制すべきである
と主張します。しかし、それをすると、政府が使えるお金が少な
くなり、それが政府需要を圧縮し、公共事業が減少することによ
って、雇用が減少します。個人レベルでは当たり前のことを国が
適用すると、大きな間違いが起きるのです。
              ──[新しい資本主義/056]

≪画像および関連情報≫
 ●「合成の誤謬」と「囚人のジレンマ」の違い
  ───────────────────────────
   合成の誤謬は、「個人にとっては良い行為でも、全体的に
  とっては悪い行為と言えるもののこと」。人は自分にとって
  利益のある行動をしがちですが、それによって全体には不利
  益がもたらされることを言います。
   囚人のジレンマは「理論上では他者と協力した方が明らか
  に利益が大きくなるケースであっても、現実問題として協力
  しない方が得策であるときに、人は自己利益に走るという状
  況のこと」。人は全体よりも個人の利益に走りがちであると
  いう状況を示した言葉です。
   合成の誤謬とは、個人にとっては良い行為でも、全体的に
  とっては悪い行為と言えるもののことです。個人の利益と全
  体の利益が一致しないという意味になり、個人の利益に走る
  ことで、全体の利益が失われるような状況を指しています。
  こういったケースというのは、至るところで見ることができ
  日常生活の中に大いに潜んでいるのです。
   囚人のジレンマとは、理論上では他者と協力した方が明ら
  かに利益が大きくなるケースであっても、現実問題として協
  力しない方が得策であるときに、人は自己利益に走るという
  状況のことです。
   全員が協力すれば最大の利益になるとしても、1人でも裏
  切れば、その裏切った人間だけが最大の得をすると思われる
  ケースでは、誰か1人は最低でも裏切るだろうと考え、各自
  が自己利益に走り、結果的に多くが協力しない状況を迎えま
  す。このような光景は現実で普通にありえるのです。
                  https://bit.ly/36PwzwA
  ───────────────────────────
小林慶一郎氏VS中野剛志氏.jpg
小林慶一郎氏VS中野剛志氏
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2022年03月30日

●「永久債と長期債での債務を再構築」(第5700号)

 3月28日のEJでも述べた通り、ノーベル経済学賞受賞者の
ジョセフ・E・スティグリッツ・米コロンビア大学教授が来日し
安倍政権下の経済財政諮問会議に出席しています。2017年3
月14日のことです。
 実は、このときとは別の会合で、スティグリッツ教授は、経済
財政諮問会議で安倍首相にある提言をしたことを話しているので
す。その席には、伊藤隆敏コロンビア大学国際・公共政策大学院
教授と、フォーブス・ジャパン編集長の高野真氏が同席していた
そうです。そのやりとりの一部をご紹介します。
─────────────────────────────
高野:スティグリッツ教授は最近(3月半ばに)来日され、安倍
 晋三首相に面会されたそうですね。何を提案されたのですか。
スティグリッツ:主に第3の矢(成長戦略)についてだ。金融政
 策が限界に達している、と。マイナス金利を導入した国の中で
 も、日本の政策は最も思慮深いといえる。
伊藤:3階層構造方式の金利適用だ(注:基礎残高がプラスの金
 利、マクロ加算残高がゼロ金利、政策金利残高=日銀当座預金
 がマイナス金利)。
スティグリッツ:非常に熟考されたものとはいえ、政策金利に重
 要な役割をゆだねることには懐疑的だ。米国では5%からゼロ
 金利に下がったが、投資も増えず、大した効果が出なかった。
 ゼロからマイナスとなれば、なおさらだ。欧州でも機能すると
 は思えない。(中略)政府債務の期間構造も変えるべきだ。永
 久債の発行で金利上昇時の政府債務リスクが減り、景況感も高
 まる。また、日本銀行が保有する国債の無効化も提案した。
伊藤:無効にすることなどできない。
スティグリッツ:いや、可能だ。できる。
                  https://bit.ly/3tHJiKL
─────────────────────────────
 このやりとりのなかで、スティグリッツ教授が「日本銀行が保
有する国債の無効化も提案」といっていますが、この「無効化」
は財務省の誤訳ではないかと高橋洋一氏はいっています。「無効
化」は「cancelling」を訳したものですが、これは「相殺する」
とすべきです。わざとか英語が下手なのかわかりませんが、意味
をかえってわからなくしています。
 ちなみに、このとき、スティグリッツ教授は、「消費税の増税
はしない方がよい」と提言していますが、安倍首相は、聞く耳を
もっていませんでした。
 ところで、「日本銀行が保有する国債の無効化も提案」とは具
体的にどういうことでしょうか。これについての伊藤教授と、ス
ティグリッツ教授とのやりとりは次の通りです。
─────────────────────────────
伊藤:永久(に利息がつかない)ゼロクーポン債に組み替えると
 いうことか。
スティグリッツ:そのようなものだ。日銀保有の国債の40%以
 上を日本政府が保有しているのだから、左ポケットに負債を抱
 え、右ポケットに債権を持っているようなものだ。
伊藤:だが、政府と日銀のバランスシートを統合すると、日銀の
 負債(銀行券)が政府の負債になる。
スティグリッツ:日本の政府債務残高は対国内総生産(GDP)
 比で230%だが、ほとんどが国内資金によって買い支えられ
 ている。公的部門に保有されている国債を差し引くと、実質的
 には140%程度だ。永久債に組み替えれば、十分対処可能な
 範囲である。これは、経済学の基礎理論にのっとった提言だ。
高野:理論上は素晴らしいが、実際には、かなり難しいのではな
 いか。
スティグリッツ:いや、私の提言は人々に自信を与えるだろう。
 金融にさほど明るくない人は230%という数字に驚くが、方
 策は多い。            https://bit.ly/36TUQS8
─────────────────────────────
 「永久債」という考え方もあります。永久債とは、償還期限の
定めがない債券のことです。特徴として永久に利子(クーポン)
が支払われます。通常の債券よりも利率が高めに設定されている
ことが多く、投資家は長期にわたって高い利回りを得ることがで
きるとされています。
 スティグリッツ教授は「永久債と長期債で債務を再構築したら
どうか」といっているのです。仮に100年先に償還が訪れる国
債であれば、少なくとも3世代くらいは、償還費の心配のないこ
とになります。
 元本が返ってこない国債が果たして売れるのかという疑問があ
ります。これに関して高橋洋一氏は次のように反論しています。
─────────────────────────────
 ここで「元本が戻ってこない国債に、お金を出すところなんて
あるのか」という疑問が浮かぶかもしれないが、はっきりいって
素人丸出しの考えである。こういう話で「元本が戻ってくるかど
うか」が気になって仕方ない人には、投資はおすすめしない。
 投資で重要なのは、どちらかというと元本より利子である。仮
に100万円を投資したなら、その利子がいつ、どれくらい入っ
てくるかというキャッシュフローで考えれば、元本が戻ってくる
かどうかなど、二次的な問題に過ぎない。
                 ──高橋洋一著/あさ出版
      『99の日本人がわかっていない新・国債の真実』
─────────────────────────────
 永久債をやっている国はあるのでしょうか。実はさくさんある
のです。リーマンショックのあった2008年以前は、英国など
の先進国で行われていますが、近年では、新興国での発行も、目
立っています。大和総研のレポートによると、なかでも、中国の
2009年以降の累計発行額は878億ドルと世界で最大になっ
ています。だからこそ、スティグリッツ教授が日本に対して提案
したのです。        ──[新しい資本主義/057]

≪画像および関連情報≫
 ●「財政をめぐる7つのウソ」/大石久和氏
  ───────────────────────────
   今回は、思想遍歴の紹介は一時休止にして、正しい財政認
  識を獲得するための説明をしたい。この欄でも何度か財政を
  論じてきたが、ここにまとめて示すのは、全建会員が正しい
  理解を獲得し、安心と自信を持って業務に邁進してほしいか
  らである。公共事業=インフラ整備などをやるために建設国
  債を発行し続けても、財政破綻など論理的に起こり得ないの
  だが、それを否定する「財政破綻論」ばかりがメディアを駆
  け巡り、インフラの整備水準が他の先進国から劣後する状況
  がつくられてきた。この財政破綻論は、ウソで塗り固められ
  ていると言ってもいい状況なのだが、すべてのメディアがウ
  ソを垂れ流しているから、人々もすっかりだまされている。
  是非一度頭のリセットボタンを押してお読みいただきたい。
  (これについての詳しい説明は、筆者(会長)が出演する全
  建の講習会で行うこととしているので、楽しみにして参加し
  ていただければ幸いである)塗り固められた7つのウソこれ
  らのウソとは次に示すとおりである。@「財政を家計にたと
  えると」のウソ、A「国の借金」のウソ、B「借金1000
  兆円」のウソ、C「国債は後世へつけ回し」のウソ、D「消
  費増税しかない」のウソ、E「健全財政が正しい」のウソ、
  F「このままでは財政は破綻する」のウソこう並べてみると
  財政説明はウソだらけ なのだ。  https://bit.ly/3LjkIWO
  ───────────────────────────
伊藤隆敏教授/スティグリッツ教授/高野編集長.jpg
伊藤隆敏教授/スティグリッツ教授/高野編集長
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2022年03月31日

●「なぜ防災関連公共投資を減らすか」(第5701号)

 日本の国債残高の対GDP比が256・2%であることは事実
です。それは、第2次世界大戦後の状況を上回る他のどの先進国
よりも劣悪な状況にあります。しかし、それは第2次世界大戦後
の政治の責任であり、その間のほとんどの政権を担ってきた自民
党に責任があります。つまり、自民党の財政政策が失敗したとい
うことです。もちろんその財政を預かる財務省にも重大な責任が
あります。
 しかし、今般の未曽有のコロナ禍において、少しでも政府が財
政出動をしようとすると、それを財務省は自身の責任を棚に上げ
て、バラマキといって非難し、このままでは日本は氷山に衝突し
てしまうぞと国民に脅しをかけています。
 米スティグリッツコロンビア大学教授は、そんなに財政赤字が
気になるなら、日本政府の財政赤字を「永久債と長期債で債務を
再構築したらどうか」と提案しているのです。しかし、財務省と
日本の主流派経済学者は、その提案を無視し、あくまでプライマ
リーバランスを黒字化しようとしています。聞く耳をもたないと
はまさにこのことです。
 それでは、日本はこれまでどの程度財政出動してきたのかにつ
いて考えてみることにします。メディアがほとんど報道しない事
実です。
 日本の国土の面積は全世界のたったの0・28%です。しかし
全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の20・5%が、
その狭い日本で起こっているのです。それに台風などによる水害
などは毎年頻発し、大きな被害が出ています。
 しかし、日本政府は、この20年間、そのような災害対策の予
算を増やしてきたのかというと、そうではないのです。添付ファ
イルに2つのグラフがありますが、上のグラフは、米国、英国、
日本の治水関連予算の推移を表しています。これは、1996年
を100とした場合のグラフですが、米英に比べると、日本は一
貫して下がっています。つまり、日本は必要なことにも財政支出
を制限し、減らしているのです。なぜ日本はここまで財政支出を
絞るのでしょうか。これでは、日本はいつまで経ってもデフレか
ら脱却できないことは確かです。デフレの恐ろしさが、まるでわ
かっていないようです。
 まして今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海
トラフ地震が、日本経済に与える被害総額は、20年間で最悪の
1410兆円になるといわれています。それなのに、日本政府は
治水関連予算を一貫して下げているのです。長年にわたる財務省
のプロパガンダが政府に効いているのでしょうか。
 コロナ禍においても同じことがいえます。国立感染症研究所の
研究者は、2013年の312人から現在は294人。米国と比
較すると、人員は42分の1、予算は1077の分の1しかない
のです。それに加えて保健所は、1992年には全国に852カ
所あったのですが、2019年には472カ所に減っています。
45%の減少です。その結果、多くの人がコロナで肺炎にかかり
病院に入院できず、自宅で亡くなっています。
 土居丈朗氏という財務省出身の経済学者がいます。土居氏はこ
とのほか、財政再建に熱心で、日本の医療費を減らすために、病
床数を減らすべしとウェブサイトで力説していましたが、そのサ
イトは現在では閉じられています。そしてコロナ禍が収束してい
ない2021年11月に、現職の財務事務次官が、一般誌に「バ
ラマキをやめよ」という論文を出しています。これらの学者は、
偏見を持たず、ぜひ基礎からMMTを勉強をしていただきたいと
思います。
 添付ファイルの下のグラフをご覧ください。これは、2005
〜2015年の日本の分野別論文数の国際比較です。青が日本で
橙色が日本以外の国です。目を覆いたくなるほどの結果です。プ
ラスは、医学、数学、天文学のみで、後はすべてマイナスという
ことになります。このグラフについて、中野剛志氏は、次のよう
にコメントしています。
─────────────────────────────
 このグラフは、2005年以降のデータですが、国公立大学の
独立行政法人化が始まったのは2004年のことです。運営費交
付金を毎年1%ずつ減らすなど財政健全化に努めたほか、大学を
さんざんいじくり回した結果が、これなんです。
 国富・国力の源泉である学術すらもボロボロになっているわけ
です。近年、日本人がノーベル賞を取ったと喜んでいますが、す
べて過去の成果ですから、これからはもう日本の学術は、ダメに
なってしまうのではないでしょうか。     ──中野剛志氏
                  https://bit.ly/3iGVjdq
─────────────────────────────
 なぜ、それほど、財政赤字が恐いのでしょうか。
 防災分野の公共投資やコロナ禍のような災害に起きれば、たと
え財政が危機的状況にあっても、思い切った手を打つはずです。
なぜなら、それが国家の存亡や生命財産にかかわることであり、
優先して取り組むのが政府の役割だからです。
 しかるに、東日本大震災でも、安倍政権でも、日本は真逆の増
税をやっています。しかも、消費税の税率を倍増させているので
す。中野剛志氏は、こういっています。
─────────────────────────────
 例えば、戦争中に敵から攻められて、自分の国を守るために軍
艦をつくる必要があるけれど、「財政危機が心配だから、戦時国
債を発行しません」という国がありますか?財政健全化のために
は占領されたほうがマシだという判断は普通はないですよ。
                      ──中野剛志氏
─────────────────────────────
 ウクライナの問題において、日本のテレビ局のキャスターのな
かには、「ウクライナのゼレンスキー大統領は、降伏して国民の
命を救うべきだ」と平然という人がいるのです。日本人も落ちた
ものだと思います。     ──[新しい資本主義/058]

≪画像および関連情報≫
 ●病床・保健所を削減しまくってきた理由と今後のあり方
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルス感染症の再拡大が懸念されるなか、昨
  年まで進められてきた「病床削減」方針を見直そうという動
  きが出てきました。すでに削減されてきた保健所や感染症病
  床のあり方も問われています。もっとも一連の削減にも理は
  あったのです。増大する一方の医療費をどうするかという問
  いに新型ウイルスが示した「伝染病の脅威は去っていない」
  という警告を加えて我々はどうすべきでしょうか
   日本の病床数が多い理由として常にあげられるのが「社会
  的入院」と重症者用のベッドを軽症者が入院しているケース
  などです。社会的入院は本当は自宅で暮らせる程度の傷病者
  が病院に入っている状態。一人暮らし世帯が増加して在宅だ
  と面倒をみてくれる人がいないとか、公的医療制度のおかげ
  で自己負担分が小さくて済むといからといった理由が考えら
  れます。            https://bit.ly/3LjQB1h
  ───────────────────────────
防災分野/教育分野への公共投資.jpg
防災分野/教育分野への公共投資
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2022年04月01日

●「現実を説明できない主流派経済学」(第5702号)

 2008年11月のことです。英国の女王エリザベス二世は、
著名な経済学の世界的権威たちに対し、リーマン・ショックの金
融危機に関して、次のように問いかけたそうです。しかし、みな
押し黙ったままであったといいます。
─────────────────────────────
 なぜ、誰も、このような危機が来ることを、わからなかったの
でしょうか。              ──エリザベス二世
─────────────────────────────
 エリザベス女王がいうように、権威あるエライ経済学者たちが
なぜ、金融危機を予測できなかったのか疑問です。私は、大学で
経済学を学びましたが、正直いって、何となく現実と乖離した学
問のように感じたものです。むしろ、トンデモといわれるMMT
の方が、現実を説明てきるように感じるのです。
 こんな話があります。ある理論経済学者が、「実際の日本経済
について講義してくれと言われて困ったことがある」と書いてい
るそうです。つまり、主流派経済学の理論では、現実のことを説
明できないようです。
 中野剛志氏は、権威ある経済学者たちが、金融危機を予測でき
なかった理由について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 主流派経済学が「危機」を予測できなかったのは、むしろ当然
のことですよ。主流派経済学の理論モデルは、信用貨幣を想定し
ていないのだから、当然、信用創造を行う銀行制度も想定してい
ません。銀行の存在がきちんと想定されていない理論モデルが、
金融危機を予想できるわけがないじゃないですか。
 もっと言えば、そのような非現実的な経済理論が世界中の経済
政策に影響を及ぼしていたことこそが、金融危機を引き起こした
とすら言えるでしょう。そのことを指してクルーグマンらは、主
流派経済学の理論モデルを「有害無益」と批判したんです。(中
略)要するに、主流派の経済学者たちは、アダム・スミス以来、
200年以上にもわたって、貨幣についての正確な理解を欠いた
まま、物々交換経済の幻想を前提に、精緻を極めた理論体系を組
み上げてきたということです。そして、いまや主流派経済学のな
かからも、それに対する強い批判が生まれつつあるんです。
                 https://bit.ly/3wLmKLd
─────────────────────────────
 確かに、経済学では「信用創造モデル」というのは、出てこな
かったと記憶しています。信用創造モデルのことを知ったのは、
銀行論の本を読んだときで、非常に新鮮に感じて、信用創造モデ
ルについて、EJでひとつのテーマとして取り上げたことを覚え
ています。
 MMTに対する反対論には、やや感情的なものが多いですが、
「数学モデルがない」ことを指摘する人もいます。EJでもたび
たび取り上げている高橋洋一氏がそうです。
 高橋洋一氏は、リフレ派といわれる一派に属していますが、M
MTがよくわからないという理由について、次のようにコメント
しています。
─────────────────────────────
 リフレ派は今から20数年前に萌芽があるが、筆者らは世界の
経済学者であれば誰でも理解可能なように数式モデルを用意して
きた。興味があれば岩田規久男編『まずデフレをとめよ』(20
03年/日本経済新聞社)を読んでほしい。数式モデルは、@ワ
ルラス式、A統合政府、Bインフレ目標で構成されている。
 これらのモデル式から、どの程度金融政策と財政政策を発動す
るとインフレ率がどう変化するのかが、ある程度定量的にわかる
ようになっている。この定量関係は黒田日銀で採用されている。
 リフレ派は数式モデルで説明するので、アメリカの主流経済学
者からも批判されていないどころか、スティグリッツ、クルーグ
マン、バーナンキらからは概ね賛同されている。しかし、日本で
は、リフレ派の主張は、しばしばMMTの主張と混同される。筆
者からみると、MMTでは数式モデルがないので、どうして結論
が出てくるのかわからない。         ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3iHBv9t
─────────────────────────────
 中野剛志氏によると、経済学は、狭隘な専門主義が進行してい
て、地政学はおろか、歴史学、政治学、社会学への接近すら拒否
しているという無残なありさまであると述べています。
 MMTに数学モデルが欠落していることに関して、『21世紀
の資本論』の著者、トマ・ピケティ氏は、同書で現在の経済学に
ついて、次のように批判しています。
─────────────────────────────
 率直に言わせてもらうと、経済学という学問分野は、まだ数学
だの、純粋理論的でしばしばきわめてイデオロギー偏向を伴った
憶測だのに対するガキっぽい情熱を克服できておらず、そのため
に歴史研究やほかの社会科学との共同作業が犠牲になっている。
経済学者たちはあまりにもしばしば、自分たちの内輪でしか興味
を持たれないような、どうでもいい数学問題にばかり没頭してい
る。この数学への偏執狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な
方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるは
るかに複雑な問題には答えずにすませているのだ。
    ──トマ・ピケティ著/山形浩生/守岡桜/森本正史訳
             『21世紀の資本論』/みすず書房
─────────────────────────────
 ウクライナ紛争を見ていて、わかったことがあります。それは
もし、中国が尖閣諸島を獲りにきたとき、米国は直接介入してこ
ないと思われることです。それは、今回と同様に第3次世界大戦
になるのを恐れるからです。したがって、日本は「自分の国は自
分で守る」ためにいろいろなことをやるべきです。そのためには
応分の財政出動は不可欠です。日本はもっとMMTを研究すべき
です。           ──[新しい資本主義/059]

≪画像および関連情報≫
 ●中国が「台湾侵攻」「尖閣侵奪」すればアメリカはどう動く
  沖縄に中国兵が上陸する可能性も/デイリー新潮
  ───────────────────────────
   米国のバイデン大統領はこれまでも、現地への派兵を否定
  してきた。核保有国である英仏を含むNATOもまた、直接
  的な軍事行動は控えている。この状況にほくそ笑んでいるの
  が、中国の習近平国家主席。そのまなざしの先には台湾、そ
  して尖閣諸島が見据えられている。
   中西輝政・京都大学名誉教授(国際政治学)が言う。「米
  インド太平洋軍の司令官(当時)は昨年3月、米国議会の公
  聴会で“今後6年以内に(中国の台湾への)脅威が顕在化す
  る”と明言しています。習近平の3期目の任期が27年末に
  終わる前に、台湾奪取という成果を上げるのでは、と警戒さ
  れているのです。また、中国の軍備増強のペースが極めて速
  いというのも懸念材料とされています」
   河野克俊・前統合幕僚長も、中国の現実的な脅威について
  次のように語る。「中国はこの30年間で軍事費を42倍と
  驚異的に伸ばしています。米海軍が保有する艦隊の数は、約
  290隻であるのに対し、中国海軍は350隻と上回ってい
  ます。また、昨年11月に公表された米国の報告書では、中
  国が核戦力の増強を進め、強化をしているとありました」
   当然、彼の国が台湾へ軍事行動を起こせば、日本もただで
  は済まないという。「台湾と110キロしか離れていない尖
  閣が、巻き込まれないわけがありません。台湾有事は日本有
  事です」(同)さらに、元外務省国際法局長で同志社大学の
  兼原信克特別客員教授は、尖閣諸島に限らないと警鐘を鳴ら
  す。「石垣などの各島には陸上自衛隊の基地があり、米国と
  同盟関係にある日本の基地を無力化したい中国に攻撃される
  恐れがあります。最悪の場合、中国兵が上陸してくることも
  想定しなくてはなりません」  https://bit.ly/3DmN0Nq
  ───────────────────────────
トマ・ピケティ.jpg
トマ・ピケティ
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2022年04月04日

●「日本は『安い国』に堕落している」(第5703号)

 今年に入ってから、連日円安が急加速しています。この円安は
「悪い円安」といわれています。人口減少、少子高齢化を背景と
する日本の国力低下や、先進国のなかで突出して悪いといわれる
財政状況などの日本特有のネガティブな事情から「悪い円安」と
いわれているのです。
 3月28日の外国為替市場での円相場は一時「1ドル=125
円10銭」と、6年7か月ぶりの円安/ドル高水準をつけたので
す。「有事の円買い」どこへやらです。
 原因は、米連邦準備委員会(FRB)がインフレを防ぐために
急速に金利を上げたのに対し、日銀は「物価安定目標」2%の持
続的な達成に向けて、依然として、異次元金融緩和を維持してい
るからです。つまり、日本と米国の金利差が開くことによって、
円を売ってドルを買う動きが加速しているのです。
 テレビのワイドショーでは、この急速な円安に対して日銀が金
利引き上げに動けないのは、1000兆円を超す政府の借金のせ
いであるとコメンテーターがいっていましたが、これはためにす
る意見です。つまり、日銀が金利を上げようとすると、利払い費
が暴騰してしまうからというのです。しかし、何でもかんでも政
府の借金のせいにするのは考えものです。
 これに関する黒田日銀総裁は、次のように「悪い円安」を否定
しています。
─────────────────────────────
 黒田東彦日銀総裁は1月18日の金融政策決定会合後の記者会
見で、この「悪い円安」論について問われた際、「為替円安が全
体として経済と物価をともに押し上げて、わが国経済にプラスに
作用しているという基本的な構図に今のところ変化はないと考え
ています。従って、悪い円安ということは考えていません」と明
言。「為替円安の影響が、業種や企業規模、あるいは経済主体に
よって不均一であるということには十分留意しておく必要がある
と思っている」ものの、「いずれにしても、悪い円安というよう
なものは、今考えていませんし、考える必要がないと考えていま
す」と、否定的な見解を何度も繰り返した。
        ──2022年3月29日/日経ビジネスより
─────────────────────────────
 3月30日の昼、首相官邸で、岸田首相と黒田日銀総裁が会談
をしています。会見後、黒田総裁は記者団に対して「為替は経済
情勢を反映し、安定的に推移することが望ましいと申し上げた」
と語っています。
 外国為替市場では、この会見の様子が伝わると、一時「1ドル
=121円台」と前日の夕刻に比べて2円以上円高が進んでいま
す。政府・日銀が協調して円安対策を打つとの思惑から、円買い
が進んだものと思われます。「1ドル=124〜5円」が黒田ラ
インと呼ばれ、このラインを超えて戻らないと、何らかの手が打
たれる可能性はあります。
 しかし、このところ日本はずっと円安です。最近の円安は、こ
こまで述べてきたことと無関係ではないのです。日本は、国力を
強くするための大事な投資──インフラ投資も、教育投資も、デ
ジタル投資も、その他の投資も、政府の借金が多いというトラウ
マにとらわれて、何もしてきていないのです。
 国が行う投資だけではないのです。個人も投資しないのです。
元本を失いたくない、損をしたくないと思っているからです。リ
ーマンショックのときの日経平均株価は7162円です。それが
アベノミクスでは3万円を超えているのです。もし、そのとき、
日経平均株価に連動する投資信託を購入していたら、大きく資産
を増やせたはずです。
 日本の家計金融資産構成比率は、「現金・預金」が54・3%
です。他国と比較すると、米国は13・3%、ユーロエリアでは
34・3%。日本の現金・預金保有率は、他国を大きく上回って
います。損したくないと考える人が、日本では、他の先進国と比
較して実に多いのです。
 日本でビックマックを買うと390円です。これを2021年
当時の為替レート「1ドル=110円」で換算すると、3・55
ドルになります。ところが、米国のビックマックは5・65ドル
です。日本円にすると621・5円。つまり、日本のビックマッ
クは、米国の62・8%ということになります。
 米国人が日本に来て、ビックマックを買うと、「なんて安いん
だ」と感じますし、日本人が米国でビックマックを買うと、「米
国は物価が高い」と感じるわけです。
 ちなみに、ユーロ圏のビックマックは、ドル換算で5・02ド
ル、英国のビックマックは3・5ドル、韓国は4・0ドル。日本
は、韓国よりも安いのです。海外旅行をしたとき、米国など先進
国の国民は豊かな旅行を楽しむことができ、日本人は貧乏旅行し
かできないことになります。これに関して「ビックマック指数」
というものがあります。次の算式で計算します。
─────────────────────────────
 ビックマック指数=「(ドル表示のその国のビックマック価
 格)÷(米国のビックマック価格)−1」×100
─────────────────────────────
 2022年2月5日時点のビックマック指数のベスト5を以下
に示します。日本は33位の390円です。
─────────────────────────────
             価格(円)   価格(ドル)
  1位:   スイス 804円     6・98ドル
  2位: ノルウェー 734円     6・39ドル
  3位:  アメリカ 669円     5・81ドル
  4位:スウェーデン 667円     5・79ドル
  5位:ウルグアイ  625円     5・43ドル
 33位:    日本 390円     3・38ドル
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/060]

≪画像および関連情報≫
 ●ひろゆきが断言、日本はどんどん安い国になって「アフリ
  カ化」していく
  ───────────────────────────
   日本は安い国になりつつあります。これは事実。そしてお
  金を持っている人にとっては、すごく快適な国です。ビジネ
  スをするときには低い給料で人を雇えるし、オフィスでも住
  宅でも家賃が安い。ご飯が安くておいしい。治安もいい。
   この日本の「快適さ」の裏にあるのは、人のコストが安い
  ということです。そしてなぜ安いかというと、非正規労働者
  という立場の弱い働き手がいるから。
   労働者はずっと雇ってもらえるという安心感がないと、雇
  う側と対等に戦えない。「働けなくなったら怖い」なんて思
  って、嫌でもサービス残業を受け入れてしまう。日本は最低
  賃金が低いのに、サービス残業まで受け入れているから、実
  際の時給に換算するとかなり低くなりますよね。
   20代ならまだしも、30代や40代になって非正規で体
  を壊しでもしたら「あ、俺もうアウトだわ」ってなる。お金
  はなくて、自分の頭脳と肉体しか戦えるものがないという人
  にとっては、日本はすごく厳しい国です。
   フランスには派遣労働がなくて、人のコストが高い(注:
  フランスにも派遣のような間接雇用の制度はあるが、厳しい
  制限が設けられている)。だから企業は人間の代わりに機械
  を使ってコストを下げようってなる。たとえばファストフー
  ド店には大体、タッチパネル式の注文端末が導入されていて
  人が注文を受けることがすごく少なくなっています。それが
  日本だと今でも、「人のぬくもりが大事」なんて言って、人
  を減らす方向にいかないじゃないですか。
                  https://bit.ly/3Lzyp3I
  ───────────────────────────
ビックマック.jpg
ビックマック
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2022年04月05日

●「ユーラシア大陸の覇者が世界制覇」(第5704号)

 3月12日のBSフジの番組「プライムニュース」での出来事
です。この番組の反町MCが、ロシアの軍勢は圧倒的多数であり
ウクライナは、とても勝てるとは思えないのに、市民の多くが命
を失う状況において、ゼレンスキー大統領は「なぜ、降伏しない
のか」と不思議そうにコメントしたのです。
 そのときコメンテーターの一人として出演していた軍事評論家
の小泉悠氏は、半ば呆れたように「反町さんは、たとえ勝てそう
もない相手でも、何とか自分の国を守ろうと必死にがんばってい
ることがそんなに不思議なことなのですか。自国が侵略を受けて
いるときに、国民として戦うのは当然のことじゃないですか」と
反論するシーンがあったのです。
 この反町MCと同様の発言をしている元大都市の著名な知事も
いますが、平和ボケの権化といえます。現代の日本人の多くがこ
のように考えているのでしょうか。実に情けない限りです。小泉
悠氏の発言は、至極当然のことであると私は思います。
 もし、中国軍が大挙して尖閣諸島に進出してきたときに、日米
同盟があっても米国は、積極介入を躊躇うのではないかと思われ
ます。なぜなら、尖閣諸島は日本の領土であっても、人の住んで
いない無人島であるし、やはり第3次世界大戦になることを米国
は何よりも恐れているからです。
 やはり、日本は「自分の国は自分で守る」という気概を持つべ
きであり、軍事費の増強などに取り組むべきです。2000年代
に、中国が軍事費を年率2桁台のペースで増大させていたにもか
かわらず、平和ボケしている日本は、財政再建を優先するために
防衛費を削減したのです。2003年以降の10年間で中国が軍
事費を3・89倍にしたのに対して、日本の防衛費は0・95%
と逆に減額していたのです。
 これに関連して、中野剛志氏が指摘している歴史的事実があり
ます。第2次世界大戦が起きる前のイギリス、フランス、ドイツ
の関係です。中野氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 第1次大戦後のフランスは、金本位制の下でフランの価値を維
持するために均衡財政を志向していたため、1930年から33
年にかけて軍事費を25%も削減し、1930年の軍事費の水準
は1937年まで回復しませんでした。これに対して、1933
年から38年までの間、ナチス・ドイツは軍事費を470%も増
やしたんです。
 イギリスも同様です。当時のイギリスの政府内では大蔵省の影
響力が支配的で、外務省がヨーロッパにおける政治的危機に対す
る積極的な関与を主張しましたが、大蔵省はこれに反対して宥和
政策を唱えて、外務省を抑えました。しかも、大蔵省は、財政上
の理由から、1939年3月まで陸軍の拡張に反対し続けたので
す。このように、健全財政論のイデオロギーがフランスやイギリ
スを縛っていたためにヨーロッパの勢力均衡の崩壊とナチス・ド
イツの台頭を招いて、それが第2次世界対戦の勃発へとつながっ
ていったんです。          https://bit.ly/3LoNpBE
─────────────────────────────
 ズビグネフ・ブレジンスキーという人がいます。カーター政権
の国家安全保障担当の大統領補佐官や、オバマ政権の外交顧問な
どを務め、米国外交に隠然たる影響力をもった政治学者です。彼
は、地政学的な観点から、ソ連崩壊後の世界の動きを洞察し、米
国外交の基軸にしていた人物です。
 ブレジンスキーは、英国の地理学者で政治家のハルフォード・
マッキンダー卿の「ハートランド論」に着目したのです。ハート
ランドというのは、東ヨーロッパ(ユーラシア大陸)の中核地域
のことで、次の仮説を立てています。
─────────────────────────────
   ユーラシア大陸の支配者こそが世界の支配者になる
─────────────────────────────
 ブレジンスキーは、この仮説を前提に1991年12月のソ連
崩壊によって、米国としては、西側からはNATO、南側からは
中東諸国との同盟、東側からは日米同盟の3方向からユーラシア
大陸を取り囲み、ユーラシア大陸にはいない米国が、覇権国家と
して、そこを支配するという壮大な構図を描き、それを外交の指
針にしたのです。
 米国のこの外交方針に基づいて、グローバル化の時代が、はじ
まったといえます。グローバル化とは、資本や労働力の国境を越
えた移動が活発化するとともに、貿易を通じた商品・サービスの
取引や、海外への投資が増大することによって世界における経済
的な結びつきが深まることを意味します。
 問題は、ユーラシア大陸の西側を占めるロシアの覇権を封ずる
ことです。そのため、EUとNATOを東に展開し、ロシアの覇
権を牽制しようとします。このとき、重要な地域になるのがウク
ライナです。米国としては、ウクライナを何とか西側に帰属させ
ロシアを民主国家化させるべく働きかけます。現在、まさにこの
地域において、ロシアとウクライナの紛争が起きているのです。
ロシアとしてはウクライナをむざむざと西側陣営に渡すことは自
国の破滅につながると考えて戦争を起こしたのです。
 ユーラシア大陸の東側においては、日米同盟によって中国の領
土的な野心を牽制しつつ、東アジアを安定化させる地域大国であ
る中国と米国との協調関係を維持・構築させます。これによって
米国は、東アジアにおいて米中日の勢力均衡を保つバランサーの
役割を演じるべきであるとブレジンスキーは論じたのです
 確かに、世の中はブレジンスキーの予測したように、動いてい
るように見えたのですが、必ずしも米国の思惑通りの展開には、
なっていないのです。
 まず、一番大きな誤算は、このところ米国の覇権が目に見えて
衰えてきていることです。それに中国の台頭です。中国は経済的
にも軍事的にも米国を上回る勢いで、目下国力を伸ばしてきてい
ます。           ──[新しい資本主義/061]

≪画像および関連情報≫
 ●米外交に潜む独善性 対中政策を転換させた男が警鐘
  ───────────────────────────
   ホワイトハウスに陣取る外交・安全保障政策の司令塔(国
  家安全保障担当大統領補佐官=ナショナル・セキュリティー
  ・アドバイザー)といえば、読者の多くはヘンリー・キッシ
  ンジャー氏(ニクソン政権およびフォード政権、98歳)や
  ズビグニュー・ブレジンスキー氏(カーター政権、故人)を
  思い浮かべるかもしれない。2人とも退任後も論客として鳴
  らし、著書の大半が日本語に翻訳された。
   このポストをトランプ政権の前半、2017〜18年に務
  めた、ハーバート・レイモンド(H・R)・マクマスター氏
  (59歳)も骨太の論理構成と透徹した歴史観を基に国家安
  全保障会議(NSC)を切り盛りした。陸軍中将にして歴史
  学者でもある同氏が任期中を振り返りつつ、アメリカと世界
  が現在、直面する数々の脅威を鋭く分析した『戦場としての
  世界:自由世界を守るための闘い』の日本語版が日本経済新
  聞出版から刊行された。訳者の村井浩紀・日本経済研究セン
  ター・エグゼクティブ・フェローに、読みどころを語っても
  らった。
   トランプ政権は2017年12月に発表した文書、「国家
  安全保障戦略」で中国を競争相手と明記し、それまでの歴代
  政権が続けてきた「関与政策」に終止符を打った。党派によ
  る分断が著しい米国にあって、この対中強硬策に対する支持
  は超党派で広がり、現在のバイデン政権にも引き継がれてい
  る。つまりマクマスター氏が率いていた当時のNSCのチー
  ムが米国の対中戦略の歴史的な転換を実現させた。
                  https://bit.ly/3iYkk3M
  ───────────────────────────
スビクネフ・ブレジンスキー氏.jpg
スビクネフ・ブレジンスキー氏
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2022年04月06日

●「ウクライナは緩衝地帯であるべき」(第5705号)

 ズビグネフ・ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交
指針を振り返ります。米国は、西側からはNATO、南側からは
中東諸国との同盟、東側からは日米同盟の3方向からユーラシア
大陸を取り囲み、ユーラシア大陸にはいなくても、覇権国家とし
て、そこを事実上支配する──壮大な外交戦略です。
 この外交戦略を壊したのは、ブッシュ(子)大統領です。20
01年9月11日のテロが起きると、ブッシュ政権は、確たる証
拠もないのに「イラクは大量破壊兵器を保有している」という情
報に基づいて、いきなり戦争を仕掛けたのです。中東諸国の民主
化を企てるという途方もない目標を掲げての戦争です。これは、
現在起きているロシアによるウクライナ侵攻に酷似しています。
 イラクの侵攻については、父親のブッシュ政権も行っています
が、こちらは、十分な配慮をもって行っているのです。戦争の原
因は、イラクのフセイン大統領が、隣国クウェートに軍を侵攻さ
せたことにあります。
 ブッシュ(父)大統領は、武力による侵略は黙認できないと考
えて、辛抱強く国際包囲網を築き、国連安全保障理事会決議とい
うお墨付きを得て、武力行使に踏み切っています。しかも、短期
間の戦闘でイラク軍をクウェートから追い出し、そこで軍事作戦
を止めています。米国の大統領としてきわめて思慮深い適切な対
応であったといえます。
 しかし、ブッシュ(子)大統領は、本気でイラクのフセイン大
統領を潰しにかかったのです。しかも、国連安全保障理事会の許
可があるかどうか明確でないまま、イラクへの攻撃が行われたこ
とです。ブッシュ(父)大統領の慎重さに比べると、大きな違い
があります。
 この戦争は、ブレジンスキーの戦略である「南側の中東諸国と
の同盟」を不安定にするだけの愚挙であったことは確かです。し
かも、肝心の大量破壊兵器は発見できなかったのですから、お粗
末の極みといえます。だからこそ、今回のロシアによるウクライ
ナ侵攻を猛烈に批判する米国に対し、ロシアは「イラク戦争で米
国も同じことをやっているじゃないか」と批判を返しています。
 この米ブッシュ政権の愚挙に関して、真っ先に賛成したのは、
当時の日本の小泉政権です。
 これに関して、中野剛志氏は、日本の対応について、次のよう
に厳しく批判しています。
─────────────────────────────
 私は、2003年にイラク戦争が起こったときに、「これはま
ずい」と思いました。これで、アメリカの覇権国家としての寿命
が縮まる、と。
 アメリカがフセインを叩き潰すのは簡単かもしれないけれど、
フセインがいることでなんとか均衡状態を保っていた中東は混乱
を極めて、泥沼状態になるに違いない。そうなれば、アメリカは
もっとはやく疲弊していくことになる。当時、私はイギリスのエ
ディンバラ大学に留学して、経済ナショナリズムの研究を深めて
いたこともあって、そう直観しました。
 ところが、その頃、日本では、大多数の識者が「日米同盟が大
事だから、イラク戦争賛成」などと言ってましたが、「バカな・
・・」と思いました。アメリカの覇権が衰えればアメリカの一極
体制で最も恩恵を受けていた日本が最もまずいことになります。
本当はあのとき、日本は「日米同盟が大事だから、イラク戦争反
対」と主張すべきだったんです。   https://bit.ly/37gaVC9
─────────────────────────────
 ブレジンスキーはかねてからこういっていたのです。「NAT
Oの東方拡大によってウクライナまでを米国の勢力圏に収める。
ロシアは西洋化し、無害化すればよい」と。エリツィン政権なら
それは十分可能であると考えたのでしょう。
 しかし、ロシアでは、その後、プーチンが政権を握り、かつて
の軍事大国ソ連の復活をひそかに狙っていたのです。そのさい、
ロシアの立場に立つと、ポーランドやバルト3国まではNATO
加盟を何とか容認したものの、ウクライナのNATO加盟だけは
絶対に許せない限界だったのです。
 なぜなら、ロシアにとって、もしウクライナが敵国に回ると、
黒海に出る道をすべて奪われてしまうし、もし、ウクライナにミ
サイルを置かれると、ロシアは米国によって本当に無害化されて
しまうと考えたからです。そこで、2014年にウクライナにお
いて、親ロシア政権が倒れ、親ヨーロッパ派による政変が起きた
とき、ロシアは慎重に作戦を練り、ウクライナに侵攻してクリミ
アを奪取したのです。今考えると、今回の事態は、プーチン大統
領の考え方に立てば、十分予測できたことであったといえます。
 今回のロシアによるウクライナ侵攻について、米国の戦略の失
敗であると、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 この結末を予測していたアメリカの要人もいました。たとえば
冷戦初期のアメリカの外交政策立案者で、ソ連の封じ込めなどの
戦略を立てたジョージ・ケナンです。彼は、1998年当時、N
ATOの東方拡大はロシアの反発を招くとして強く反対していま
した。しかし、アメリカは「攻撃的」な戦略をとってしまった。
そして、ウクライナ侵攻を目の当たりにしたブレジンスキーは、
「欧米諸国はウクライナをNATOに引き込むつもりはないとロ
シアに保証するべきである」と言わざるを得なくなったんです。
 ヘンリー・キッシンジャーが「西側諸国はウラジミール・プー
チンのことを悪魔のごとく扱うが、そんなものは政策ではない。
政策欠如の言い訳に過ぎない」と断じましたが、結局のところ、
東ヨーロッパの現実を冷徹に見据えれば、ウクライナを西側陣営
に組み入れようとするのではなく、ロシアとの間の中立地帯とし
て、緩衝地帯におく「防衛的」な戦略が、賢明だったということ
です。               https://bit.ly/3LCZjIi
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/062]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?背景は?
  ───────────────────────────
   ロシアはなぜウクライナの軍事侵攻に踏み切ったのか?そ
  の背景を、ロシアの外交・安全保障の専門家などに詳しく聞
  くと、2つのキーワードが浮かびあがってきました。
   @  「同じルーツを持つ国」
   A「NATOの”東方拡大”」
  そもそもから、わかりやすく解説します。
   それを知るカギは、30年前のソビエト崩壊という歴史的
  な出来事にさかのぼる必要があります。
   もともと30年前まで、ロシアもウクライナもソビエトと
  いう国を構成する15の共和国の1つでした。ソビエト崩壊
  後、15の構成国は、それぞれ独立して新たな国家としての
  歩みを始めました。
   これらの国では新しい国旗や国歌が制定されました。ソビ
  エト崩壊から30年たっても、ロシアは同じ国だったという
  意識があり、とりわけウクライナへの意識は、特別なものが
  あると言われています。
   ロシアの外交・安全保障政策に詳しい笹川平和財団の畔蒜
  泰助主任研究員は、ロシアとウクライナの関係を考えるうえ
  ではさらに歴史をさかのぼる必要があると指摘しています。
  8世紀末から13世紀にかけて、今のウクライナやロシアな
  どにまたがる地域に「キエフ公国=キエフ・ルーシ」と呼ば
  れる国家がありました。    https://bit.ly/3qWCO91
  ───────────────────────────
ジョージ・ケナン.jpg
ジョージ・ケナン
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2022年04月07日

●「『地政経済学』という学問がある」(第5706号)

 今回のEJのテーマは「新しい資本主義」です。岸田政権が実
現すべきテーマとして取り上げたからです。このテーマでは、新
しい視点から経済を分析するために、経済評論家の中野剛志氏に
よるMMT(近代貨幣論)の考え方をベースに解説しています。
 ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交指針──この
構想は、既に完全に壊れています。まず、ジョージ・ブッシュ米
(子)大統領がイラクに侵攻したことによって、中東との関係が
不安定化しています。しかし、オバマ米政権によって、イランと
6カ国(米・英・仏・独・ロ・中)の核合意が結ばれ、修復が行
われたものの、2018年にトランプ米大統領が、何の戦略もな
しに、この合意から米国は離脱し、経済制裁を復活させると表明
しています。
 さらにトランプ米政権は、中国を敵視し、熾烈な関税戦争を仕
掛けて、中国との対立を深めています。それに加えて、今回のウ
クライナ紛争によって、ロシアと米国は深刻に対立してしまって
います。これに対して西側諸国の経済制裁は、非常に厳しいもの
であり、これによって、中国、ロシア、北朝鮮を必要以上に接近
させる結果になっています。このように、ブレジンスキーによる
ソ連邦崩壊後の米国の外交指針は完全に崩壊したといってよいと
いえます。
 さて、経済学の話が、なぜ、現在のウクライナ紛争に話になっ
たのかということですが、中野剛志氏は「地政経済学」というも
のを提唱しているからです。この地政経済学について、中野剛志
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 私は、日本の経済成長の低迷し始めた時期と、冷戦終結のタイ
ミングが一致しているのは偶然ではないと思っています。日本の
高度経済成長は冷戦構造という下部構造の上に実現し、日本の経
済停滞は冷戦終結という下部構造と関係があるというふうに見て
おかなければならない。つまり、経済学と地政学は密接に関係し
ているということです。
 この視点なくして、まともな国家政策などありえません。経済
が地政学的環境にどのような影響を与えるのか、そして地政学的
環境が経済をどのように変化させるのかについても考察しなけれ
ば、国際政治経済のダイナミズムを理解できず、国家戦略を立案
することもできないのです。このことを訴えるために書いたのが
『富国と強兵/地政経済学序説』という本だったんです。
 地政経済学は、私の造語ですが、経済力(富国)と政治力・軍
事力(強国)との間の密接不可分な関係を解明しようとする社会
科学です。地政学なくして経済を理解することはできず、経済な
くして、地政学を理解することはできない。だから、地政学と経
済学を総合した「地政経済学」という思考様式が必要だと考えた
んです。              https://bit.ly/3DNrIIP
─────────────────────────────
 「地政学」とは、その国がどこにあるのか、どんな海と山に囲
まれているのか、資源は豊かなのか・・・といった地理的要素か
ら、その国の政治や外交、行動原理などを読み解く学問です。世
界の動き、国際政治の思惑が見えてくる「地政学」は、ビジネス
につながる学問・教養としてニーズが高まっています。
 この地政学と経済学を結びつけて考えるのが「地政経済学」で
すが、経済は所与の政治的秩序の上に成り立っているものであり
政治から切り離しては、有意義な研究をすることができないと中
野氏は主張しています。
 例えば、日本の場合、隣国にロシア、中国、北朝鮮といういず
れも核兵器を持つ、価値観の異なる国があります。しかるに、日
本経済はデフレに沈んでおり、隣国が着々と軍事費を積み上げて
軍備を強化しているのに、日本はリスクに対する何の対応措置も
とってきていない状態です。
 今回のロシアとウクライナの戦争をみてもわかるように、IT
デジタル技術が重要な戦力になることがわかっていますが、日本
は、そのITデジタル技術においても、他国に大きく遅れていま
す。つまり、地政学的には何もしていないのです。これは、ノー
テンキ以外のなにものでもないといえます。
 ところが、日本の同盟国の米国も、経済学と地政学は分離して
しまっています。なぜ、地政学と経済学は分離してしまったので
しょうか。これらの疑問に対して、中野剛志氏は次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 興味深いのは、地政学と経済学が分離した理由について、ダー
トマス大学教授のマイケル・マスタンドゥノが、冷戦構造の影響
を指摘していることです。
 冷戦下においては、アメリカにとって安全保障上の脅威はソ連
でしたが、ソ連は経済的な競合相手ではありませんでした。一方
アメリカの経済上の脅威は、西ドイツや日本だったけれど、これ
らの国々は同盟国であり、安全保障上の脅威ではありませんでし
た。そのため、対ソ連を想定した軍事研究から経済への関心が脱
落し、経済研究は安全保障を無視したというわけです。
 しかし、1998年の時点でマスタンドゥノは、冷戦が終結す
れば、安全保障と経済は再び結びついていくであろうと論じてい
たのですが、それから20年がすぎても、依然として地政学は経
済学との接点を欠落させたままです。ただし、地政学者や国際政
治学者の多くは国力の基礎に経済力があることは認めています。
どうやら、彼らが経済に関する知識に乏しいのが原因となってい
るようなんです。          https://bit.ly/3LHhf4t
─────────────────────────────
 経済学──主流派経済学では、数学で武装された偏狭な専門主
義が進行しており、ますます現実とは隔離している状況です。そ
れは、地政学はおろか、歴史学、政治学、社会学への接近すら拒
否しているという偏狭主義に陥っています。
              ──[新しい資本主義/062]

≪画像および関連情報≫
 ●評論家、小浜逸郎が読む『富国と強兵 地政経済学序説』
  (中野剛志著)主流派経済学を超える試み
  ───────────────────────────
   古い経済学を捨てて、地政学と経済学との融合を、目指す
  600ページ超の野心的な大作。利益を目指して合理的に行
  動する経済人という主流派経済学の人間規定は根本から問い
  直されるべきだ。それは動態としての人間をとらえず、未来
  への行動に付きまとう不確実性や、制度を通して動く集団と
  しての人間を視野から外してしまう。政治と経済とは密接・
  複雑に関係しているのに、主流派経済学は自律的な科学のよ
  うに君臨してきた。しかしこの経済学の基礎にあるのは新自
  由主義というイデオロギーである。これが生み出したグロー
  バリズムは、国家が経済活動に対して持つ欠くべからざる意
  義を無視し、格差の拡大、成長の行き詰まり、金融危機、世
  界不況、技術開発の鈍麻、政治的秩序の混乱など、経済自由
  主義が潜在的にもつ危機的な側面を露呈させただけだった。
   著者は西欧近代の黎明(れいめい)期から現在の国際社会
  に至るまで、人間の政治経済活動を大きく動かしてきた動因
  と原理に詳細な視線を巡らす。特に著者が強調するのは、時
  代や国に応じて戦争が古い経済体制を塗り替え、行き詰まっ
  ていた体制に息を吹き返させてきた経緯である。それは経済
  のみならず、技術、組織形態、国民的意識や政治制度をも刷
  新する。そして重要なのは、それらが戦後終息してしまうの
  ではなく、そのまま残り続けるという事実である。
  ───────────────────────────
『富国と強兵/地政経済学序説』.jpg
『富国と強兵/地政経済学序説』
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2022年04月08日

●「ドゥーギンの新ユーラシアリズム」(第5707号)

 ズビグネフ・ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交
指針について説明してきましたが、ロシアによる2月24日から
のウクライナ侵攻について、プーチン大統領の決断に影響を与え
たとみられる、ある論文が注目を集めています。それは、ロシア
の極右地政学者、戦略家として知られるアレクサンドル・ドゥー
ギン氏による次の論文です。
─────────────────────────────
    アレクサンドル・ゲレヴィチ・ドゥーギン著
    『地政学の諸基盤─ロシアの地政学的将来』
        “The Foundations of Geopolitics:
        The Geopolitical Future of Russia”
─────────────────────────────
 この論文が話題になったきっかけは、米ワシントン・ポスト紙
が、3月22日に今回のロシアによるウクライナ侵略にからみ、
著名コラムニスト、デービッド・フォン・ドレール氏による「プ
ーチンの思想基盤」と題する論考を掲載したことにあります。
 ドゥーギン氏の論文は、2014年にプーチン大統領が軍事力
投入によって奪ったウクライナ南部のクリミア併合の直後、国際
オピニオン雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で詳しく取り上げ
られ、欧米諸国で話題になっていたのです。
 ドレール氏は、ワシントン・ポスト紙において、プーチン大統
領がどのような考え方のもとにウクライナ侵攻に踏み切ったのか
について、次のように述べています。少し長いですが、プーチン
大統領が、なぜウクライナ侵攻を決断したのかがよくわかるので
そのまま以下にご紹介します。
─────────────────────────────
◎プーチン大統領は、ウクライナ侵攻開始3日前の去る2月21
 日、国民向け演説で、ウクライナ国家および国民の存在を否定
 する演説を行い、その真意を測りかねた西側専門家たちを困惑
 させた。しかし、発言は決してタガの外れたものではなく、実
 はファシスト的予言者であるアレクサンドル・ドゥーギンなる
 人物の所業を踏まえたものだった。プーチンの頭脳≠ニもい
 われるドゥーギンは、欧州では、30年近く前から新右翼とし
 てその名が知られ、米国においても、極右思想家の評判が高か
 った。
◎ドゥーギンは、欧州とアジアをリンクさせたユーラシア統合が
 ロシアの戦略目標であるとの観点から、ライバルである米国に
 おいては、人種的、宗教的、信条的分裂を醸成させると同時に
 英国についても、スコットランド、ウェールズ、アイルランド
 間の歴史的亀裂拡大の重要性を唱えてきた。
  英国以外の西欧諸国については、ロシアが保有する豊富な石
 油、天然ガス、農産物などの天然資源を餌食にして自陣に引き
 寄せ、いずれ北大西洋条約機構(NATO)自体の内部崩壊に
 いく、とも論じてきた。
◎プーチンはまさに、この指示を忠実に見守ってきた。米国では
 極右活動家グループが連邦議事堂乱入・占拠事件を引き起こし
 英国はEU離脱を実現させ、ドイツはロシア産天然ガスへの依
 存を強めてきた。これらの動きに気を良くしたプーチンはドゥ
 ーギンの作成したプレイブックの次のページに目を転じ、「領
 土的野心を持った独立国家としてのウクライナこそが、全ユー
 ラシアにとっての大いなる脅威となる」と宣言、今回侵略に踏
 み切った。
◎プーチンがいずれ、仮にウクライナにおけるロシア問題≠
 処理できたとして、次に目指すものは何か?ドゥーギンが描く
 構図によれば、今後、ドイツがロシアへの依存度を一段と高め
 ることによって、欧州は次第にロシア圏とドイツ圏へと分断さ
 れていく。英国は(EU離脱後)ボロボロの状態となり、ロシ
 アは漁夫の利を得ることで「ユーラシア帝国」へと拡大・発展
 していく・・・というものだ。
◎ドゥーギンはさらに、アジア方面についても、ロシアの野望を
 実現するために、中国が内部的混乱、分裂、行政的分離などを
 通じ、没落しなければならないと主張する一方、日本とは極東
 におけるパートナーとなることを提唱する。
  つまるところ、ドゥーギンは第二次大戦後の歴史の総括とし
 て、もし、ヒトラーがロシアに侵攻しなかったとしたら、英国
 はドイツによって破壊される一方、米国は参戦せず、孤立主義
 国として分断され、日本はロシアのジュニア・パートナー
 として中国を統治していたはずだ、と論じている。
                  https://bit.ly/3LLpCvW
─────────────────────────────
 以上のデービッド・フォン・ドレール氏の論考によると、プー
チン大統領が、ドゥーギン氏の「新ユーラシアリズム」を参考に
して、ウクライナ侵攻を決断したことはほぼ間違いないと考えら
れます。それならば、ウクライナ侵攻開始後、40日を過ぎてい
るのに、まだ目標を達成していないのはなぜでしょうか。
 ロシアは、サイバー攻撃が得意な国というイメージがあります
が、プーチン大統領自身は、スマホもPCも使えない、ITオタ
クといわれています。部下への命令も固定電話で行い、執務室に
は固定電話がズラリと複数並んでいるだけだそうです。
 一方、ウクライナは、「東欧のシリコンバレー」といわれるほ
ど、ITが発達している国です。今回のロシアによるウクライナ
侵攻で、ウクライナが大国ロシアの進撃に対し、意外に強い抵抗
を示しているのは、もちろん、欧米による最新兵器の提供の効果
もあるものの、ウクライナの30万人ともいわれる「IT軍」が
バックグラウンドで戦況を支えているからです。ロシアは情報戦
ではウクライナに完敗しています。
 ロシアは、そういうウクライナに対して、ソ連時代の旧態依然
たる戦法で攻め込んだのです。それが戦況が思わしくない原因と
されているのです。確かにロシア軍は弱いです。
              ──[新しい資本主義/063]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜロシア軍は弱いのか…ウクライナの頑強な抵抗を支える
  対戦車砲「ジャベリン」は勝利の象徴
  ───────────────────────────
   ウクライナ侵攻を続けるロシア軍が「弱すぎる」との見方
  が強まっている。報道によればNATO(アメリカ軍中心の
  軍事同盟)関係者は、この1カ月で7000〜1万5000
  人のロシア兵が死亡したと推定しているという。ロシアのタ
  ブロイド紙『コムソモリスカヤ・プラウダ』も、ロシア兵、
  9861人が死亡、1万6153人が負傷したと報じている
  (現在は削除済み)。
   ロシアは、侵攻を始める直前、ウクライナとの国境付近に
  15万人以上の兵を集結させ、軍事訓練をおこなった。しか
  し、アメリカ国防総省によると、現在のロシア軍は、侵攻前
  と比較して10%以上の戦力を喪失している可能性があると
  いう。長期化する戦いのなかで、ロシア軍の将校6人が死亡
  したとされている。ウクライナで指揮を執る将校は20人程
  度とされており、この情報が確かなら3割が死亡した計算に
  なる。ロシアの軍事力は世界2位と言われ、約7兆2600
  億円の年間軍事予算を誇る。約4800億円のウクライナを
  圧倒してもいいはずなのに、なぜここまで苦戦しているのだ
  ろうか。
   ロシア軍が停滞する理由について、軍事ジャーナリストの
  黒井文太郎氏は、「管理がうまくできていないことによる混
  乱」と語る。「まず、電子戦がうまくいっていません。通常
  だったら、自分たちが安全に電波を使えるようにして、相手
  は使えないようにする。それがロシア軍は全然できていない
  んです。たとえば、ウクライナ側が普通にドローンを飛ばし
  てロシア側の偵察ができている。電子戦を徹底すれば、ドロ
  ーンなんて飛ばせないはずです」 https://bit.ly/3xchLDs
  ───────────────────────────
アレクサンドル・ドゥーギン氏.jpg
アレクサンドル・ドゥーギン氏
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2022年04月11日

●「ロシアへの経済制裁効いていない」(第5708号)

 「経済安全保障」ということが最近盛んにいわれています。岸
田政権では、経済安全保障担当大臣が新設されるなど、重要な政
策分野として浮上しています。経済と安全保障が密接に結びつい
ているという考え方は新しいものではありませんが、近年、中国
が経済規模や技術水準、軍事力などの様々な面で、米国と競合す
るなか、外交・安全保障における経済的要素の重要性が認識され
るようになってきているからです。
 その流れにおいて、経済制裁が戦争に代わる有効な手段として
重視されてきています。ウクライナ侵攻で、ロシアには今までか
つてなかったほどの厳しい経済制裁が科せられているとされ、や
がてロシアはデフォルトに陥るといわれていますが、一向にその
気配はありません。プーチン大統領は、かねてから、「経済制裁
には十分耐えられる」と豪語しています。
 確かに、ロシアの通貨の対ドルレートは、侵攻前の「1ルーブ
ル=1・3セント前後」から、3月7日には0・73セントまで
約44%も下落しています。しかし、3月25日以降は、「1ル
ーブル=1・2セント台」まで回復しているのです。
 それでは、3月上旬のルーブル急落は何だったのかというと、
経済制裁に直面したロシアの富裕層たちが、国内のルーブル建て
資金をドル・ユーロなどの外貨や金、暗号資産にシフトして、資
金を保全しようとしたからです。
 このとき、ロシアの中央銀行総裁であるナビウリナ氏は、中央
銀行総裁として、実に適切な手を打っています。ナビウリナ総裁
は、プーチン大統領が、ウクライナ侵攻を命令した時点で辞任し
ようと申し出たのですが、プーチン大統領による必死の引き留め
によって、留任したといわれています。
 ナビウリナ総裁は、金利を一時20%まで引き下げ、輸出で受
け取った外貨の売却義務などの厳しい為替管理を課して、資本の
流出を抑えたのです。こうしておけば、ルーブルの相場を決める
のは、経常収支ということになりますが、ロシアの経常収支は、
過去10年くらいは、GDP対比2〜7%の黒字であり、これに
よって、ルーブルは安定したのです。史上最強の経済制裁は、今
のところまるで効いていないといえます。
 それだけではないのです。ロシアは2014年のクリミア併合
後、ロシアの中央銀行は金をコツコツと貯め込んできたのです。
プーチン大統領はなかなかしたたかです。このロシアの金保有に
関して、4月9日付の「日刊ゲンダイ・デジタル」は、次のよう
に報道しています。
─────────────────────────────
 ロシアという国の信用によってお金の価値が決まる通貨管理制
度では、ルーブルはジリ貧です。ロシア中銀が金を買っているの
はルーブルと金を結びつけ、ルーブルの信用を金で担保する“金
本位制”を実行しているのです。3月末以降のルーブル高はこの
影響が大きい。2014年のクリミア併合以降、ロシアは金の保
有を増やしてきました。
 海外にある金の一部は凍結されている可能性がありますが、何
より、世界3位の金産出国です。掘れば金の保有量は増えます。
当面、ルーブルを担保する金は準備できるとみられます」(金融
ジャーナリストの森岡英樹氏)    https://bit.ly/3rzMln9
─────────────────────────────
 オレグ・ウステンコ氏という経済の専門家がいます。2019
年5月からウクライナのゼレンスキー大統領の経済アドバイザー
を務めていますが、ウステンコ氏は、ロシアのウクライナ侵略を
止めるためには、金融制裁だけでは力不足で、米欧の西側諸国が
ロシアからのエネルギー輸入を完全に止めなければならないと主
張しています。
 なぜかというと、ロシアは今でも石油とガスの輸出を続けてい
るからです。しかも、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、
これらの製品の価格は上昇し、ロシア経済の最も重要な部門に大
きな利益をもたらしているからです。
 しかし、米国は4月6日になって、今まで影響が大きいとして
見送っていたロシア最大手銀行ズベルバンクとの取引禁止を決め
ましたが、焦点のエネルギー分野で特例を設定しているし、EU
もエネルギー輸入禁止には及び腰です。これでは、ロシアを追い
詰めることは不可能です。これに関して、ゼレンスキー大統領は
次のように批判しています。
─────────────────────────────
   戦争犯罪よりも西側諸国は経済的損失を恐れている
         ──ウクライナ・ゼレンスキー大統領
─────────────────────────────
 3月になると、外国企業の事業休止が相次いでいます。IKE
A、スターバックス、マクドナルド、ユニクロと、ロシア人に愛
されるブランドが次々と閉店しています。しかし、その一方で、
KFCやバーカーキングなどは、ロシア人がオーナーのフランチ
ャイズ店はそのままです。
 赤の広場に面する130年の伝統を誇るグム百貨店では、ルイ
・ヴィトン、ディオール、ブルガリ、カルティエ、エルメス、グ
ッチ、シャネルなどの高級ブランドが軒並み店を閉じていますが
撤退を決めたわけではないのです。
 注意すべきは、「ロシアから撤退」ではなく、「一時休業」で
あることです。ロシアには、企業側の理由で従業員を解雇する場
合、次の仕事が見つかるまでの期間、最大3か月は給与を補償し
なければならないという法律があります。仮に今から企業が一時
休業ではなく完全撤退を決めたとしても、ロシアで失業問題が本
格化するのは6月かそれ以降になるはずです。したがって、ロシ
ア人は西側諸国が期待するように、経済の面では何も困っていな
いのです。せいぜい砂糖などが不足する程度です。
 しかし、ブチャでの惨劇などは、ロシアにとって大ダメージに
なります。これによって、ウクライナ問題は、節目が変わる可能
性があります。       ──[新しい資本主義/064]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシアへの経済制裁が「まだ十分に効果を発揮していない」
  これだけの理由
  ───────────────────────────
   ウクライナ侵攻に伴い、西側各国がロシアに科した経済制
  裁が十分な効果を発揮していないとの見方が出ている。最大
  の原因は、ロシアにとっての生命線である原油の禁輸措置を
  実施しているのが、米国だけにとどまっていることである。
  ロシアに致命的な打撃を与えるには、欧州への天然ガス供給
  を止める必要があるが、これは西側経済にとって大打撃とな
  るため、なかなか踏み切れないという事情がある。
   西側各国は、ロシアに対して主に2つの経済制裁を実施し
  ている。ひとつはロシアが保有する外貨準備の引き出しを制
  限する措置、もう1つはSWIFTと呼ばれる国際送金ネッ
  トワークからのロシアの排除である。どちらもロシア経済に
  とって大打撃であることは間違いないが、致命的な影響を与
  えているとまでは言えない。実際、プーチン政権は譲歩する
  構えを見せていないし、ロシア国内ではインフレが進んでい
  るものの、経済が、壊滅状態という状況にはなっていない。
  厳しい経済制裁を科しているにもかかわらず、ロシア経済が
  完全に破綻していない理由の1つは、経済制裁が効果を発揮
  するまでには時間がかかるというタイムラグの存在である。
  だが、それ以上に大きいのは、ロシアにとって最大のアキレ
  ス腱である石油と天然ガスの禁輸措置が実施されていないこ
  とである。          https://bit.ly/3NS2sG5
  ───────────────────────────
ナビウリナロシア中央銀行総裁.jpg
ナビウリナロシア中央銀行総裁
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2022年04月12日

●「主流派経済学の貨幣論に問題あり」(第5709号)

 「経済安全保障」が重視される現代──それだけに国の経済政
策の是非が問われますが、そのベースになる経済学が間違ってい
るといわれています。したがって、現岸田政権が、日本経済を成
長させるために、「新しい資本主義」を内閣のメインテーマに取
り上げたことは間違ってはいないといえます。
 しかし、この内閣の閣僚やそれを支える官僚には、間違った経
済学をベースに経済政策を実施しようとする財務省出身者があま
りにも多いので、その改革は期待できそうにはないのです。
 主流派経済学者たちは、MMT(現代貨幣論)をトンデモ経済
学といってバカにしますが、主流派経済学にも大きな間違いがあ
ることは、多くの学者から指摘されています。しかし、それを修
正しようとはしないのです。このままでは日本はどんどん貧しく
なり、衰退してしまいます。主流派経済学者のなかにも革新派の
学者もいて、現在の経済学には問題があることを認めており、そ
れぞれ手厳しく論評しているので、そのいくつかを紹介します。
─────────────────────────────
◎サイモン・ジョンソン氏/IMFチーフエコノミスト
  世界金融危機によって経済学もまた危機に陥っており、主流
 派経済学とは異なる新たな経済理論が必要である。
◎ポール・クルーグマン氏/2008年ノーベル経済学賞受賞
  過去30年間のマクロ経済学の大部分は、よくて華々しく、
 役に立たなく、悪くてまったく有害である。
◎トマ・ピケティ氏/著作が有名
  経済学という学問分野は、まだ数学だの、純粋理論的で、し
 ばしばきわめてイデオロギー偏向を伴った憶測だのに対するガ
 キっぽい情熱を克服できておらず、そのために歴史研究やほか
 の社会科学との共同作業が犠牲になっている。
◎ポール・ローマー氏/2018年ノーベル経済学賞受賞
  主流派経済学の学者たちは画一的な学界の中に閉じこもり、
 きわめて強い仲間意識をもち、自分たちが属する集団以外の専
 門家たちの見解や研究にまったく興味を示さない。彼らは、経
 済学の進歩を権威が判定する数学的理論の純粋さによって判断
 するのであり、事実に対しては無関心である。その結果、マク
 ロ経済学は過去30年以上にわたって進歩するどころかむしろ
 退歩したといえる。
─────────────────────────────
 それでは、主流派経済学、いま世の中で最も主流とされる経済
学のどこが問題なのかについて、なるべくわかりやすく説明する
ことにします。なお、必要に応じて、前に述べた同じことを繰り
返すことがあるので、承知しておいてください。
 中野剛志氏によると、何が問題なのかというと、主流派経済学
が「商品貨幣論」に立脚し「信用貨幣論」を認めないことです。
それでは、商品貨幣論とは何でしょうか。
 それは世の中の多くの人々が考える貨幣論です。1万円札の原
価は22円から24円程度です。仮に30円としましょう。原価
が30円でしかないのに、1万円札が1万円の価値があるのは、
それが同じ価値のあるモノと交換できるからであり、そのように
人々が信じているからです。さかのぼると、それは「物々交換」
に行き着くのです。
 経済学の標準的教科書である『マンキュー・マクロ経済学』に
は、貨幣について、次の記述があります。
─────────────────────────────
 交換の際に皆が紙幣を受け取り続ける限り、紙幣には価値があ
り、貨幣としての役割を果たす。
      ──『マンキュー・マクロ経済学T/入門編』より
─────────────────────────────
 これは、貨幣の説明としては、きわめて曖昧模糊であり、中野
剛志氏は、これについて、次のように厳しく批判しています。
─────────────────────────────
 この主流派経済学の説が正しいとすると、貨幣の価値は「みん
なが貨幣としての価値があると信じ込んでいる」という極めて頼
りない大衆心理によって担保されているということになります。
そして、もし人々がいっせいに貨幣の価値を疑い始めてしまった
ら、貨幣はその価値を一瞬にして失ってしまうわけです。
                  https://bit.ly/3rCGVI3
─────────────────────────────
 1万円札の話をしましたが、1万円札は貨幣です。しかし、銀
行預金も貨幣に含まれます。しかも、貨幣の大半を占めるのは、
現金よりもむしろ銀行預金のほうです。日本では、貨幣のうち現
金が占める割合は2割未満です。銀行預金は、給与の受け取りや
貯蓄、公共料金の支払い、クレジットカードの引き落としなどに
使われており、それは貨幣そのものになっています。
 しかし、人々は貨幣というと、現金をイメージしてしまうもの
です。貨幣には「使用価値」というものがあります。使用価値と
いうのは、もし金であれば、置物に形を変えることができますし
貴金属なら自分を飾れます。もし、コメであれば、食べることが
できます。これは主流派経済学における「財」に近い概念である
といえます。
 しかし、貨幣には、そのような使用価値はありません。ただし
貨幣は商品に交換できますが、商品が貨幣に交換できるという保
証はないのです。交換できると信じているだけです。したがって
貨幣はモノと交換できると信じる媒体になります。信用できない
状態になれば、ただの紙切れになります。
 しかし、貨幣の大半は、いわゆる現金ではなく、銀行預金とい
うことになると、人々の考え方は変わってきます。ITデジタル
化が進むにつれて、人々は現金を使わなくなり、カードやスマホ
で決済をするようになります。事実そうなりつつあります。そう
なると、「貨幣=銀行預金」のイメージが強くなってくることは
確実です。現在はその過程にあります。
              ──[新しい資本主義/065]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明で
  きますか?               ──佐藤 優氏
  ───────────────────────────
   それでは人為的に貨幣を作ることが出来るのであろうか。
  これについては、肯定論と否定論がある。肯定論者はブロッ
  クチェーン技術を使えば、仮想通貨を作ることができると主
  張する。しかし、この見方は、恐らく間違っている。
   筆者の貨幣観に大きな影響を与えたのは、ユニークなマル
  クス経済学者の宇野弘蔵(1897〜1977年)だ。
   マルクス経済学者というと、共産主義者であるという印象
  が一般的だが、宇野はそうではない。宇野は、マルクス『資
  本論』の理論を継承する者という意味でマルクス経済学者と
  いう言葉を使っており、共産主義イデオロギーによって『資
  本論』を革命の書として読む人たちをマルクス主義経済学者
  と呼んで区別している。
   宇野は、『資本論』の内容であっても、論理性が崩れてい
  る箇所については修正すべきであると考える。その主張を初
  めて展開したのが1947年に河出書房から上梓された『価
  値論』だ。その後、青木書店から出た版が長らく読まれてい
  たが(筆者も学生時代にこの版を読んだ)、現在はこぶし書
  房から復刊されている。商品の交換を円滑に行うためには貨
  幣が不可欠だ。
   「貨幣による商品の購買は、その商品の販売者をしてふた
  たびまた同じ貨幣による商品の購買を可能ならしめる手段を
  あたえる。商品はつねに流通から消費にはいってゆくにすぎ
  ないが、その価値は、貨幣として運動を継続してゆく」
                  https://bit.ly/3LVca8J
  ───────────────────────────
ポール・ローマー氏.jpg
ポール・ローマー氏
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2022年04月13日

●「主流派経済学が貨幣論に弱い理由」(第5710号)

 主流派経済学における貨幣の考え方は、商品貨幣論といわれ、
この考え方をさかのぼると、物々交換に行き着くのです。貨幣は
商品との交換を前提としたツールであり、貨幣それ自体の使用価
値はありません。
 16世紀から18世紀の話ですが、ヨーロッパ地域では「重商
主義」というものが支配的な考え方だったのです。重商主義とは
国家の輸出を最大化し、輸入を最小化するように設計された国家
的な経済政策です。重商主義では、富を代表するものは金銀また
は「財宝」です。これは金銀貨幣を最大に重視し、これらの増大
を重視する経済政策のことです。
 これを獲得する唯一の手段は海外貿易のみ。したがって、富の
獲得される場所は海外市場ということになります。国家は自国の
生産物を海外に輸出し、海外からの輸入をできるだけ抑制し、そ
の貿易差額を金・銀で受け取って貯め込むことによって目的は達
成できると考えたのです。
 アダム・スミスはこれに異を唱えます。富は特権階級(金銀を
重視する階級)ではなく、諸階層の人々にとっての「生活の必需
品と便益品」を増すことであると説いたのです。つまり、自国の
労働によって、生産力が高くなれば、それだけ富の量は増大する
──スミスはその著『国富論』において、重商主義の批判から自
由放任の思想を展開しています。
 そのさい、アダム・スミスは、『国富論』において、貨幣は商
品交換用のツールであるとする商品貨幣論を唱えています。これ
が商品貨幣論の元祖です。これについて、アダム・スミスは、重
商主義を批判するあまり、貨幣に関しては理論の隅に追いやって
しまったと批判され、これをアダムとイブの故事に因んで、「ア
ダムの罪」と呼ぶ学者もいます。
 この「アダムの罪」に関して、三橋貴明氏は、自著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 アダム・スミスにしても、貨幣について物々交換の不便性を解
消するために生まれ、「貨幣がすべての文明国で普遍的な商業用
具となったのはこのようにしてであり、この用具の媒介によって
あらゆる種類の品物は売買され、相互に交換されている」と、お
カネを「用具」呼ばわりしているのです。用具ということは、物
理的な形を持つという話になります。
 おカネは「交換用の商業用具である」と説明したアダム・スミ
スの考え方が、最終的には金本位制や金属主義に繋がっていきま
す。これが、いわゆる「アダムの罪」です。
                  https://bit.ly/3E3rPAk
─────────────────────────────
 この「アダムの罪」を引き継いで「ドグマ」にまで仕立て上げ
たのが、フランスの古典派経済学者であるジャン・バティスト・
セイです。「セイの法則」といわれるものがあります。
─────────────────────────────
       供給はそれ自体の需要を生み出す
─────────────────────────────
 ある商品を生産して市場に供給すると、それに見合う需要が生
じるというものです。この考え方に立つと、過剰生産はありえな
いということになります。
 セイは、あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が
一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えて
も価格が下がるので、ほとんどの場合、需要が増え、需要と供給
は一致すると考えたのです。したがって、国の購買力(国富)を
増やすには、供給を増やせばよいと主張したのです。
 つまり、こういうことです。ある商品を市場に供給しても、そ
れに見合う需要が生じないことがあります。そういう場合、その
商品の価格が下がるので、結果として供給と需要はバランスする
と考えるわけです。セイの法則は、「近代経済学の父」といわれ
るリカードが採用したことから、マルクス、ワルラス、ヒックス
などの多くの経済学者によって継承されたのですが、ケインズに
よって否定され、修正されています。
 この間のやり取りについて、中野剛志氏と記者の議論をご紹介
します。セイの法則はドクマと化していたのです。
─────────────────────────────
中野:現実の世界では、供給は常に需要を生み出すなどというこ
 とはあり得ません。モノを作って売り出したら、必ず誰かが買
 うなどということがあるはずがない。「セイの法則」など、現
 実には存在しないんです。ただ、物々交換の世界であれば、た
 しかにありうるかもしれない。物々交換経済では、何らかの財
 を購入するときには、必ず別の誰かが供給した何らかの財と交
 換されるからです。物々交換では、供給と需要は表裏一体の関
 係にあるわけです。
――なるほど・・・。
中野:ただし、そのような物々交換経済を想定すると、私たちが
 日々使っているリアルな貨幣は“蒸発”してしまいます。実際
 セイは、貨幣は、単に生産物と生産物の交換における媒介物に
 すぎないとみなしていたんです。
――しかし、貨幣は貯蓄のためにも使われますよね?
中野:そうそう、セイの貨幣観はおかしいんです。結局のところ
 「セイの法則」は「物々交換幻想」に導かれた仮説にすぎない
 ということです。ところが、生産物が常に生産物に交換され、
 供給が常にその需要を生み出すという「セイの法則」が成立す
 るのであれば、需要と供給は常に均衡するので、過剰生産やそ
 れによる不況や失業といった事態は、たしかに生じなくなりま
 す。そして、そこから、「自由市場に委ねれば需給は常に均衡
 する」という市場原理が導き出されるわけです。
                  https://bit.ly/3uuOnGK
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/066]

≪画像および関連情報≫
 ●セイの法則と経済学の間違い
  ───────────────────────────
   セイの法則とは、ジャン=バティスト・セイが考えた「供
  給は自ら需要を作り出す」という考えです。分かり易く言う
  と、「何かモノを作れば、必ず欲しがる人がいる」というこ
  とです。この考えは、生産物が他の生産物と交換される、物
  々交換の世界では成立します。しかし、人類の歴史上物々交
  換が行われていた歴史は存在しません。あえて、物々交換が
  行われていた時代は、金貨が使われていたヨーロッパです。
  これについては、物々交換で詳しく説明しています。そして
  セイの法則が出来たのもまさにこの時代です。人類が、お金
  の認識を間違えた頃に生まれた法則など、正しいはずがない
  のです。
   セイの法則は主流派経済学の理論モデルとなっています。
  セイの法則については、「供給は自ら需要を作り出す」とい
  う考えが元になっているため、デフレを一切考慮していませ
  ん。なぜなら、生産に対して需要が必ず生まれるのであれば
  生産に対して需要が不足するということは起きません。つま
  り、デフレは起きないということになります。つまり、主流
  派経済学はインフレ対策の学問であり、デフレでは全く使え
  ないのです。しかし、世界恐慌を始めとするデフレ不景気は
  実際に世界で起きます。日本なんかは、ここ20年間ずっと
  デフレです。その日本では、20年間ずっと主流派経済学者
  の言うことを聞いてきました。つまり、日本はデフレの状況
  で20年間ずっとインフレ対策を行ってきたのです。
                  https://bit.ly/37Dtsbs
  ───────────────────────────
ジャン・パティスト・セイ.jpg
ジャン・パティスト・セイ
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2022年04月14日

●「レオン・ワルラスの一般均衡理論」(第5711号)

 「セイの法則」に関連して、もう一人どうしても紹介しなけれ
ばならない人物がいます。現在の主流派経済学に深く関係する人
物です。それは、レオン・ワルラス(1834年〜1910年)
というフランスの経済学者です。ワルラスは、次の2つのことを
提唱した人物です。これらは、「セイの法則」が成り立つことを
前提として構築された理論といえます。
─────────────────────────────
           @ワルラスの法則
           A 一般均衡理論
─────────────────────────────
 第1は「ワルラスの法則」です。
 ワルラスの法則とは、「各経済主体の予算制約条件を総計する
と、全ての財の需要量と供給量の価値額は常に等しくなる」とい
う法則のことです。
 簡単にいうと、完全競争の市場においては、一方の市場におい
て「超過需要」(品不足)が生じているときは、もう一方におい
て「超過供給」(売れ残り)が必ず生じていると仮定するのが、
ワルラスの法則です。
 第2は「一般均衡理論」です。
 上記ワルラスの法則に基づいて、完全競争下では、社会全体に
おける財市場は、最終的に需要と供給が均衡状態に至るというの
が「一般均衡理論」です。
 このレオン・ワルラスがどのような人物であり、主流派経済学
にどのような貢献をしたかについては、中島剛志氏と記者のやり
とりを読むとよくわかるので、ご紹介します。
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中島:なかでも重要なのが、ワルラスです。彼は「セイの法則」
 が成り立つことを前提として、経済全体の市場の需給が均衡す
 ることを数理的に体系づけた「一般均衡理論」を確立すること
 で、新古典派経済学を主流派の地位へと押し上げた人物です。
  そして、主流派経済学は、今日もなお、ワルラスが確立した
 「一般均衡理論」から出発して、分析を精緻化させたり、拡張
 させたりしているんです。
  1980年代以降、主流派経済学の世界では、この「一般均
 衡理論」を基礎としたマクロ経済理論を構築しようとする試み
 が流行しました。経済全体を扱うマクロ経済学も、「一般均衡
 理論」で全部説明してしまおうというのです。
  この試みは、「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」と呼ばれ
 ています。これは、簡単に言えば、経済全体(マクロ)に生じ
 るあらゆる現象を個人(ミクロ)の合理的行動から説明すると
 いう考え方です。世の中に起こることはすべて個人の合理的選
 択の結果だという想定になります。
──本当ですか?僕自身、合理的選択ができているとは思えない
 ですが・・・。
中野:でも、そう想定しているのです。それで、この「マクロ経
 済学のミクロ的基礎づけ」の挑戦から、RBCモデル(実物的
 景気循環モデル)、さらにはDSGEモデル(動学的確率的一
 般均衡モデル)という理論モデルが開発され、1990年代以
 降のマクロ経済学界を席巻することになりました。
  DSGEモデルは、小難しい数学を駆使した理論モデルで、
 いかにも科学的な装いをしています。しかし、問題なのは、こ
 の理論モデルの基礎にあるのが「一般均衡理論」だということ
 です。
――「一般均衡理論」が、仮説にすぎない「セイの法則」を前提
 にしたものだから問題だと?
中野:そうです。ワルラスは、一般均衡理論を構築するにあたっ
 て、消費者と生産者の取引の量やタイミングはすべて正確に知
 られているという仮定を導入していました。取引における一切
 の「不確実性」がないものとしたんです。別の言い方をすれば
 市場の一般均衡が実現するのは、デフォルトという事態が起き
 得ない世界においてなのだということです。
――だとすれば、あまりに仮想的な話ですね・・・。
                  https://bit.ly/3xhqVid
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 要するに、ワルラスの一般均衡理論は、少し難しくいうと、変
動する現実をある一時点でせき止め、与件を固定化し、そこにお
いて競争を徹底的に行うと、社会全体がこれ以上変化しない均衡
状態に至るとした理論です。
 しかし、そのような市場は実際に存在するでしょうか。
 実際のビジネス上の取引は、同時的に行われる物々交換とは大
きく異なります。製造業であれば、製品を製造する時点と製品を
売る時点が異なる時点間で行われます。製造するための機械の搬
入や原材料の調達、社員の雇用も必要です。すなわち、ビジネス
は、それぞれ異なった時点間で行われるのが通例です。そこには
時間というものが存在しているのです。
 そういう状況において、モノやサービスを受け取る人や企業に
は、必然的に「負債」が発生しますが、将来は何が起きるかわか
らないので、「負債」には常にデフォルトの可能性があります。
この不確実性を克服しなければ、経済活動が活発化することはな
いのです。そこに貨幣が必要になってくるのです。
 一般均衡理論は前提として、売買において不確実性がなく、デ
フォルトの可能性がないのであれば、「信頼の欠如」という問題
を克服する必要もなくなります。そうであるとすると、貨幣とい
うものは不必要になるわけです。つまり、ワルラスの一般均衡理
論では貨幣というものは存在しないのです。
 これに対して、ジョン・メイナード・ケインズは、ワルラスの
一般均衡理論で想定されている経済が現実の市場と大きく乖離し
ていることを強く批判し、ワルラス流の価格決定モデルは非現実
的であると強く批判したのです。
              ──[新しい資本主義/067]

≪画像および関連情報≫
 ●量的緩和の理論的根拠としての「ワルラス法則」
  武田真彦氏
  ───────────────────────────
   量的・質的金融緩和(QQE)の下で大胆な量的緩和が実
  行されたにもかかわらず、マネーサプライに目立った影響が
  及ばなかったことを第4回に示した。これはリフレ派の想定
  する「マネタリーベース→マネーサプライ→物価・景気」と
  いう重要な政策波及経路が、ワークしなかったことを意味し
  ている。
   この経路はその第1段階(マネタリーベース→マネーサプ
  ライ)で頓挫しているので、第2段階(マネーサプライ→景
  気・物価)を論じる意味は乏しいかもしれない。しかし、リ
  フレ派の主張を評価するためには、彼らが第2段階について
  何を言っていたかも検討する必要がある。そこで今回は、リ
  フレ派が量的緩和の根拠としてきた「ワルラス法則」につい
  て説明する。
   リフレ派は「ワルラス法則」に言及しつつ、「日銀がより
  多くの貨幣を供給して貨幣の超過需要を解消すれば不況や失
  業を解消できる」と主張してきた。事の発端は、2010年
  2月16日、衆院予算委で山本幸三議員(自民)がした質問
  と、白川方明総裁(当時)による答弁である。ここにその要
  点を再現しよう。
  山本:「今、GDP(国内総生産)ギャップが35兆円ぐら
   いあるといわれていますね。物の世界で35兆円の超過供
   給の状況だ。そうするとお金の世界ではどうなるんだと。
   ワルラスの法則というのがありますね、ワルラスの一般均
   衡。これは、あなたはご存じでしょうけれども、どういう
  ことになるか分かりますね」   https://bit.ly/3E3Fg38
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レオン・ワルラス.jpg
レオン・ワルラス
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月15日

●「現実に立脚した経済学は存在する」(第5712号)

 昨日のEJで取り上げたワルラスの一般均衡理論──これが新
古典派経済学を主流派の地位に押し上げた理論ということですが
必要以上に難解です。これを単行本で読むと、数式がズラリと出
てきてさっぱりわかりません。経済学部の大学生は、これには閉
口しているようです。
 要するに、ワルラスの一般均衡理論は「市場取引では需要と供
給の一致点で価格と取引量が決定される」という、当たり前のこ
いっているだけですが、ワルラスはそれを数学的に厳密な分析を
行って、均衡が存在する前提条件や均衡が決定されるまでのプロ
セスを説明しています。
 中野剛志氏にいわせると、この理論は、小難しい数学を駆使し
た理論モデルであり、数学によっていかにも「科学的な装い」を
しているだけのように見えるといっています。その点、MMTで
は数学なんか出てきませんが、非常によく現実を理解できます。
経済学はそうあるべきです。
 しかし、現実をちゃんと説明できる経済学もあります。それが
ケインズ経済学です。このケインズ経済学についての中島剛志氏
と記者の対話をご紹介します。
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──中野さんは、主流派経済学が「非現実的」な前提をもとに構
 築されている問題点を指摘されました。特に、「不確実性」を
 排除した理論体系であることが問題である、と。
中野:しかし、現実に立脚した経済学はちゃんとあるんです。た
 とえば、ケインズ経済学です。ジョン・メイナード・ケインズ
 は、ケンブリッジ大学で数学を修め、分析哲学者でもあり、ま
 た、インド省や大蔵省で役人として勤務したほか、投資家とし
 ての一面ももつ多面的な人物です。そして、彼は自らの経験や
 実社会の観察を通して、1980年代の世界恐慌に有効な手立
 てを打つことのできない主流派経済学の根本的な問題を見抜い
 たうえで、信用貨幣論をベースにした現実的な経済理論を構築
 しました。古典的な経済学を否定する理論的革新であり、「ケ
 インズ革命」と呼ばれるものです。
――20世紀において、ケインズは最も重要な人物のひとりとさ
 れていますね?
中野:ええ。まさに天才だと思います。そのケインズ理論の根底
 にある概念が「不確実性」です。彼は、人々が、将来に向かっ
 て経済活動を行うなかで、本質的に予測不可能な「不確実性」
 に直面しているという現実を出発点に、市場不均衡、有効需要
 の不足、失業、デフレは、構造的に不可避の現象であることを
 論証しました。「自由放任で市場が均衡する」という主流派経
 済学の主張を否定したんです。
  そのうえで、雇用を生み出すためには、自由市場に委ねるの
 ではなく、政府の公共投資(財政政策)によって有効需要の不
 足を解消しなければならないと主張しました。つまり、世の中
 の「不確実性」を低減するためには、国家(政府)が適切に市
 場に関与する必要があると論じたわけです。
                  https://bit.ly/3uBnzEN
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 ジョン・メイナード・ケインズは、貨幣論には力を入れており
1923年には『貨幣改革論』、1930年には『貨幣論』を発
表しています。そしてそれらを踏まえて、1936年には『雇用
・利子および貨幣の一般理論』を発表。これは、ケインズの代表
作であり、以後、ケインズ経済学と称されるようになり、経済学
の主流になったのです。
 ケインズは、古典派経済学の矛盾点を修正して伝えています。
「セイの法則」に関しては、この法則が働かない局面を想定し、
その局面での有効な経済政策を提示しています。これについて、
経済評論家の植草一秀氏は自著で、次のように述べています。
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 仕事をしたいという人がいれば、その人がなんらかの仕事につ
けるように賃金が変動する。時給1000円であれば人を雇おう
と思わない企業が、時給が800円であれば人を雇うかもしれな
い。この場合は、労働力の価格、すなわち賃金が下落することに
より、仕事を欲する労働者に仕事が行き渡るわけである。
 これに対し、たとえば、賃金などがそれほど自由に変動しない
局面では、働きたいと思う人が手を挙げても、誰も雇う企業が現
れない状態が長期北してしまうことがあるのだと、ケインズは考
えるわけだ。
 この場合には、供給量は需要の水準によって制約を受ける。つ
まり、供給能力をフルに生かすためには、政府が人為的に需要を
追加してやることによって、その遊休化してしまった供給力を生
かせると考えるのである。いわゆる裁量的な政府支出の追加=有
効需要の追加によって、失業問題を解消するという処方箋が生ま
れてくる。            ──植草一秀著/青志社刊
  『機能不全に陥った対米隷属経済からの脱却/日本の再生』
─────────────────────────────
 市場にまかせておけば、見えざる神の手によって、自然に供給
と需要は一致するというのではなく、供給能力をフルに生かすた
めに、政府が人為的に需要を追加する措置をとることによって、
「セイの法則」は成立するというのです。きわめて現実的な考え
方であるといえます。
 しかし、このようなケインズ経済学に基づく裁量的な政策には
問題点もあったのです。政府が財政支出を拡大すれば、経済が浮
上しますが、その副作用として、財政赤字を拡大させてしまう側
面を持つからです。
 その結果、1970年代を通じて、各国で激しいインフレをも
たらしています。そのため、このケインズ経済学による経済政策
には見直しの機運が強まっていったのです。日本もこの経済政策
で失敗した国のひとつであるといえます。
              ──[新しい資本主義/068]

≪画像および関連情報≫
 ●生き返ったケインズ理論/今さら聞けない経済学
  ───────────────────────────
   経済学の門を叩いた人は、洋の東西を問わず等しくケイン
  ズの理論を学びます。なぜなら、誰しもが学ぶ「マクロ経済
  理論」の生みの親がケインズだからです。ケインズを知らず
  して経済学を語ることなかれ、ともいわれ、世界中がケイン
  ズの理論を用いて経済政策を立案してきました。
   しかし1970年代の中頃、経済理論家の中の「マネタリ
  ズム」と呼ばれる理論を推し進めたグループは、「世界はも
  はやケインズ理論を必要としないし、ケインズの理論はむし
  ろ古くて間違ってさえいる」「ケインズ理論は死んだ」とい
  う意見を唱えるようになりました。ところが20世紀末から
  21世紀に入って世界経済が危機的状態に突入したことで、
  再びケインズ理論は生き返ったとも言われています。今回は
  こうしたケインズ理論の変遷を考えてみましょう。
   ケインズが世界経済の再生を主張し、さっそうと現れたの
  は30年代の初めで、世界経済が「大不況の嵐」に直面して
  いる時でした。この大恐慌から世界経済を立て直すためにケ
  インズは、経済の再生・拡大には、まず、「物がどんどん売
  れる」ということが何よりも重要であると強調したのです。
  つまり、人びとの旺盛な購買力があってこそ、その国の生産
  力は増強され、より生産規模は拡大するものだということ。
  旺盛な購買力とは、その国で作りだされる物とサービスを人
  びとがどんどん買うことを意味し、それを経済学では、「需
  要」と呼びます。        https://bit.ly/3E7GZo9
  ───────────────────────────
ケインズ.jpg
ケインズ
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする