2021年01月01日

●「新年のご挨拶/2021.1.1」(新年特集号)

 2020年のEJは、1月6日の第5160号から12月25
日の第5399号までの240本を、営業日の毎日、一日も欠か
さず、お届けしました。その間、同じコンテンツをブログにも投
稿しています。2020年に取り上げたテーマは、次の2つにな
ります。6月からコロナの情報を追って行ったので、事実上テー
マなしのフリーで、143回書くことになってしまったのです。
今年はそれを改め、テーマに沿って書こうと考えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.消費税は廃止できるか ・・・・・・・・・・ 97回
 2.コロナ後の世界どうなる ・・・・・・・・・143回
 ―――――――――――――――――――――――――――
                        240回
―――――――――――――――――――――――――――――
 今年のEJの最初のテーマは「デジタル社会論」です。元旦特
別号では、その予告編ともいうべきことについて、書くことにし
ます。デジタル社会がある意味において、恐ろしい社会であるこ
とがわかると思います。
 グーグルに「グーグルテイクアウト」というサービスのあるの
をご存知ですか。ユーザーがグーグルのサービスを利用すること
によって得られる、いわゆる利用履歴をユーザー本人の意思でダ
ウンロードできるサービスです。
 例えば、グーグル検索の情報、本人の位置情報、動画の視聴履
歴、Gメールのやり取り、アップロードした写真のやり取り、そ
れに、もしアンドロイドを利用していれば、どんなアプリをダウ
ンロードしたかなど、それは47種類に及びます。
 これに関してこんな実験があったのです。この実験の被験者に
なったのはX氏という男性です。X氏はスマホを片時も離さず利
用していて、この実験の被験者になることを了解した人です。実
験の主催者はNHKであり、データ分析を行ったのは青山のIT
企業ミソシル社です。ミソシル社は、個人データの解析・マーケ
ティングを専門とする企業です。
 NHKは、X氏に対してグーグルテイクアウトの仕組みを教え
て、データをダウンロードしてもらい、それをUSBメモリーに
入れて、ミソシル社に提供したのです。ミソシル社は、このデー
タ以外X氏のことはまったく何も知りません。データは、9年分
に及んでいましたが、そのデータ量は2・74GBに過ぎなかっ
たといいます。
 実験の目的は、このデータだけで、X氏についてどのくらいの
ことがわかるのかを調べることです。ミソシル社の実験チームは
X氏について、次の情報を把握したのです。
─────────────────────────────
 実験チームは「Xさんの人物像をざっと把握するには、直近1
週間の位置情報で事足りる」という。1週間で記録されていたX
さんの位置情報は215。この情報を地図上にプロットしていっ
たところ、その大半が関西圏、特に大阪市に集中していることが
わかった。215のプロットをより詳細に見ていくと、最多に及
ぶ20プロットが大阪市西淀川区にある特定のマンションから発
信されていた。これにより、実験チームはXさんの自宅とみられ
る物件を突き止めることができた。
 また、位置情報には高度の情報も含まれている。自宅とみられ
るマンションから発信されていたXさんの高度の情報は7〜8メ
ートル。一般的に、マンションは1階あたり3メートルの高さに
なっている。そのことから、Xさんの居住フロアは3階であるこ
とも推測できた。
 さらに、物件さえ特定できれば、家族構成や年収も推定するこ
とができる。実験チームはXさんの自宅とみられる物件の名前を
グーグルで検索。住宅情報サイトに同じ物件の情報が上がってい
た。築30年を超える賃貸マンション、間取りは1K、部屋の広
さは30平米程度。これらの情報をもとに考えると、Xさんは独
身、あるいは単身赴任ではないかということが推測される。
 そして、家賃。Xさんが暮らしているとみられる3階にある部
屋の家賃は、管理費込みで5万5000円。家賃の3倍を月収と
仮定すると、Xさんの月収はおよそ16万5000円。その12
カ月分を年収だと考えると、年収は198万円。
               ──NHKスペシャル取材班編
    『やばいデジタル/現実(リアル)が飲み込まれる日』
                  講談社現代新書2594
─────────────────────────────
 実は、実験チームが発見したのは、これだけではないのです。
位置情報の「移動形式」を分析すると、X氏の場合、「徒歩」と
「電車」だったため、車の所有はないと判明しています。しかし
Xさんの職業特定は難航したのです。日中の位置情報を追跡して
も、特定のオフィスなどに位置情報のプロットが集中することが
ないからです。しかし、夜の位置情報を調べると、午後7時から
午後10時にかけて、ある特定のバーから繰り返し位置情報が発
信されていたのです。バーの名前は「ザ・インターセクション」
といい、常連客とも考えたが、毎夜のことであるので、このバー
で働いているか、あるいは経営者と推測しています。
 以上から、X氏は、大阪市西淀川区在住、賃貸マンション3階
在住の年収200万円の1人暮らしのパー経営者。車なしという
ことが判明したのです。これはピタリ事実と一致しています。
 どうでしょうか。これ以外にもたくさんのことがわかっている
のです。Xさんはグーグルのグーグルフォトの利用者であるので
顔写真まで判明しています。
 デジタル社会の恐ろしさがよくわかると思います。自民党の河
井克行夫妻の捜査でもスマホを任意で提出させ、その位置情報を
を解析して、買収の犯罪行為を把握しています。EJではメリッ
トばかりではない、デジタル社会の闇にもメスを入れていこうと
考えています。EJの配信は1月4日からです。

≪画像および関連情報≫
 ●「デジタルツイン」とは何か
  ───────────────────────────
   私たちが働く組織(企業含む)では、基本的にオフィスに
  出勤し、様々な部署で様々な人がそれぞれの役割・任務・責
  任に従い、協働しながら多様な業務を遂行しています。
   こうした人々が働く現場は、もともと「アナログ」なもの
  でした。コミュニケーションは基本、リアルな会話によって
  行われ、業務も紙ベースでのやり取りが大半でしたね。とこ
  ろが、デジタルトランスフォーメーション、要するに「デジ
  タル化」が進む近年、多くの業務はITシステム、アプリケ
  ーション上で行われるようになってきました。全体的なペー
  パーレス化はまだまだそれほど進んではいないものの、たと
  えば、会議の資料は事前に出席者にパーワーポイントやワー
  ドファイルを配布、議事録は直接PC打ち込んで後日メール
  で共有するといったスタイルが一般的になりつつあります。
   このように、デジタル化が進んだ組織では、人々の業務内
  容がそっくりそのまま何らかのデジタルデータとして記録さ
  れるようになっています。「デジタルフットプリント(デジ
  タルな足跡)」と言いますが、私たちの日々の活動内容の足
  跡がデータ化され、蓄積されているのです。
   プロセスマイニングは、上記のようなITシステムやアプ
  リケーションの操作を記録したトランザクションデータ=イ
  ベントログデータを分析することで、目に見えなかった業務
  プロセスの流れや、誰がどの業務を担当しているか、また誰
  と誰が協働しているかをビジュアルに可視化します。
                  https://bit.ly/3mVNAaY
  ───────────────────────────
2021年元旦.jpg
2021年元旦
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月04日

●「日本のDX化の遅れは深刻である」(第5400号)

 このEJは、元旦特別号を除いて、2021年はじめてのEJ
です。今年もEJをよろしくお願い申し上げます。
 コロナ禍で世界中が騒然となっていた2020年5月のことで
す。GAFAM5社の時価総額が東証1部上場企業2170社の
それを上回ったのです。GAFAMとは、いうまでもなく、次の
米国の5社のことです。
─────────────────────────────
        G ・・・    グーグル
        A ・・・    アップル
        F ・・・ フェイスブック
        A ・・・    アマゾン
        M ・・・ マイクロソフト
─────────────────────────────
 5社の時価総額は、合計で約5兆3000億ドル(約560兆
円)に達し、東証一部の約550兆円を上回ったのです。時価総
額というのは、上場企業の株価に発行済株式数を掛けたものであ
り、企業価値を評価する指標です。その企業を買収するさいの価
格であると考えてもよいと思います。時価総額が大きいほど、企
業には将来があるということになります。
 2016年の時点では、東証一部の方が2倍以上大きかったの
です。しかし、この3年半で東証一部が、時価総額を4%減らし
たのに対し、マイクロソフトの時価総額は2・8倍、アップルも
2・1倍になっています。このコロナ禍でもGAFAM5社の業
績は堅調であり、メディアや小売りの旧来型の企業の苦境が強ま
るなかで、2020年1〜3月期の決算では、5社とも増収、最
終損益も全社が黒字を確保しています。
 2020年7月1日のことです。電気自動車(EV)メーカー
の米テスラが、日本のトップ企業であるトヨタ自動車を時価総額
で抜いて、世界一の座に就いています。
─────────────────────────────
   テスラ:2077億ドル(約22兆2740億円)
   トヨタ:2021億ドル(約21兆0185億円)
─────────────────────────────
 ここで大きな疑問が生じます。テスラはそんなに大きな企業な
のかということです。テスラの2020年第1四半期(1〜3月
期)の販売台数は7万7100台。これは前年比で約2倍ですが
このペースで生産しても年間せいぜい30万台です。
 これに対してトヨタの販売台数は、2019年度が947万台
であり、テスラより30倍以上も多いのです。つまり、テスラは
自動車メーカーとしては、まだ初期段階に過ぎないのです。しか
し、自動車メーカーとしては、そんな初期段階のテスラにトヨタ
は、時価総額でテスラに抜かれています。どうしてこのようなこ
とになったのでしょうか。
 それは、日本の自動車メーカーがEVビジネスを甘く見ていた
からです。あくまで、ガソリンエンジンにこだわり、EVがこれ
からの主流になるとは考えていなかったことです。まさか、巨大
な電池パック搭載の高額EVが、これほど大きな市場を作るなど
とは、まったく予想していなかったからです。EVが普及しても
エンジンと電気の2つの動力源で走るハイブリッド主流の時代が
もっと長く続くと考えていたからです。
 2〜3年前から「DX」という言葉が流行し、定着しつつあり
ます。DXとは、次の言葉の略語です。
─────────────────────────────
 DX/Digital transformation
 ICTの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に
 変化させる。
─────────────────────────────
 要するに、DXとは、企業がこれから先において避けては通れ
ないデジタル技術による業務やビジネスの変革のことです。DX
の必要性がいわれ出して以来、既に2〜3年になりますが、電通
デジタルの調査によると、DXに着手済の日本企業はわずかに8
%しかないのです。DXの必要性はわかっていても、具体的に何
から手をつけていいかわからない企業がほとんどです。
 もはや待ったなしです。しかし、2020年9月に菅政権が誕
生して、デジタル庁の創設が決まったことは一歩前進です。今年
9月に開設される予定ですが、まだ全体像が見えていません。シ
ンガポールの「カブテック(政府テクノロジー局)」をお手本に
するそうです。
 カブテックは、デジタル化を成長戦略の中核に位置付けるシン
ガポール政府の方針により、2016年に発足し、既に3000
人の職員を擁しています。職員の80%はエンジニアで、その半
数は、AI、ビッグデータ、サイバー防御などの業務を担当する
専門家です。有能な人材であれば、民間企業を上回る高収入で採
用しています。これまでのように民間に委託して開発するのでは
技術革新のスピードに追い付けなくなっているのです。河野太郎
規制改革相は、昨年27日〜30日の日程でシンガポールに出張
し、ガブテックを視察しています。
 また、2021年には、フェイスブックがデジタル通貨「リブ
ラ」をスタートさせると言明しており、各国の金融当局には緊張
が走っています。「リブラ」とは一体何か。それは金融システム
にどのような影響を与えるのか。今までの仮想通貨とどこが違う
のか。フェイスブックのユーザー27億人が使ったらいったい何
が起きるのでしょうか。
 そこで、EJは次のテーマで、しばらく考察し、書いていくこ
とにします。
─────────────────────────────
  デジタル社会は生活をどのように変革し何をもたらすか
  ──社会のデジタル化で日本はどのように変わるか─
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/001]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタル競争力、世界2位/シンガポールの重点戦略とは
  ───────────────────────────
   シンガポール中心部にある屋台街「マックスウェル・フー
  ドセンター」。鉄骨の屋根の下、4畳半ほどの広さの屋台が
  100あまり軒を連ね、チキンや海鮮、カレーなどさまざま
  な料理の香りが漂う。その屋台の店頭に最近、QRコードが
  掲げられるようになった。センターの開業以来30年以上、
  腸詰めなどを売ってきた「チャイニーズストリート・フリッ
  ターズ」のウン・コクファさん(63)は驚く。「政府の後
  押しで、導入する店が一気に増えたね」
   大きな理由は、しくみが簡単になったことだ。現金商売が
  主流の屋台街ではクレジットカード会社などが様々な電子決
  済を導入しようとしてきたが、手間が増えるため、敬遠する
  商店主も多かった。これに対し、いま広がっているQRコー
  ドは政府が開発。20以上の決済サービスに対応し、店頭に
  いくつものQRコードを並べなくてすむ。支払いは客がQR
  コードをスキャンして送金するだけで、店側の手間はいらな
  い。政府は5月、屋台街のデジタル化を始めると発表した。
  商店主や利用者を支援するため、約1千人を全国の屋台街に
  配置。月に20件以上のQRコード決済を受け付けた屋台に
  は、月300シンガポールドル(約2万3千円)の助成金も
  出し始めた。「コロナ流行を受け、デジタル化は必須。チャ
  ンスでもある」(イスワラン情報通信相)。2021年6月
  までに、1万8千人いる屋台の店主に電子決済導入を働きか
  ける。現金を使わず、接触が減ればコロナの感染拡大防止に
  も役立つと見込む。       https://bit.ly/3mZTKqy
  ───────────────────────────
GAFAM東証一部を抜く.jpg
GAFAM東証一部を抜く
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

●「なぜヤフーはグーグルに敗れたか」(第5401号)

 デジタル社会とは、インターネットが究極なほどに、高度に発
達した社会のことです。激しさを増しつつある米中の対立も、巨
大“ITプラットフォーマー”同士の対立として捉える必要があ
ります。現代は、GAFAMに代表されるプラットフォーム企業
が企業の時価総額を上げている傾向があります。
 ところで、日本人はインターネットをどのように利用している
でしょうか。これを知るには、日本におけるトータルデジタルで
のリーチ(利用者数)を調べればよいのです。トータルデジタル
でのリーチとは、日本の人口に対する利用者数のことです。最新
の数値は、2019年度のトップ10があります。ニールセンに
よる調査です。
─────────────────────────────
  ◎2019年度          平均月間リーチ
   1.グーグル ・・・・・・・・・・・・ 56%
   2.ヤフー・ジャパン ・・・・・・・・ 54%
   3.ユーチューブ  ・・・・・・・・・ 50%
   4.LINE ・・・・・・・・・・・・ 48%
   5.楽天 ・・・・・・・・・・・・・・ 41%
   6.フェイスブック ・・・・・・・・・ 41%
   7.アマゾン ・・・・・・・・・・・・ 38%
   8.ツイッター ・・・・・・・・・・・ 36%
   9.インスタグラム ・・・・・・・・・ 30%
  10.アップル ・・・・・・・・・・・・ 27%
                  https://bit.ly/3pEzOer
─────────────────────────────
 2019年度は、グーグルがそれまでトップのヤフージャパン
を抜いてトップに就いています。ユーチューブの3位は変わって
いません。日本においては、GAFAにまじって、ヤフー・ジャ
パン、LINE、楽天が健闘しているといえます。
 ネットビジネスにおいては、「入り口」を押さえた企業がビジ
ネスの勝者になるといわています。その勝者をめぐって、グーグ
ルとヤフーが、しのぎを削ってきたのです。米国でヤフーが誕生
したのは1995年3月であり、グーグルは、1998年9月の
創業です。既にヤフーについては、米国での役割を終了して退場
しましたが、1996年1月設立のヤフー・ジャパンは生き残っ
ており、現在でも巨大なネットワーク企業として、その存在感を
示しています。
 ヤフーはポータルサイトである──このようによくいわれます
が、ポータルサイトとは何でしょうか。ポータルとは玄関のこと
であり、「インターネットの入り口」を意味しています。それは
自分が見たい情報にたどり着くための「入り口」のことです。
 ポータルサイトには、デパートのフロアガイドのような機能が
あり、どこへ行けば自分が探し求める情報があるかを知ることが
できるようになっています。
 ヤフーは、ポータルサイトにユーザーに役に立つようなサイト
を集めて「お役立ちリンク集」を作ることができれば、ポータル
サイトに多くのユーザーを集めることができると考えたのです。
そしてこれによって、「純粋想起」をとることを狙ったのです。
「純粋想起」については、IT評論家の尾原和啓氏の解説をご覧
ください。
─────────────────────────────
 「カレーといえばココイチ(カレーハウスCoCo壱番屋)」
「うどんといえば香川県」のように、ジャンル名から特定のブラ
ンドをイメージできることを「純粋想起」といいます。「ポータ
ルサイトといえばヤフー」「インターネットといえばヤフー」と
いうポジションをいったん築くことができれば、ライバルたちが
それを覆すのは容易ではありません。
 ネットビジネスの世界でも「ネットオークションといえばヤフ
オク!」とか、「料理レシピといえばクックパッド」とか、「グ
ルメサイトといえば食べログ」のように、自分のニーズとそれを
かなえてくれる場所が純粋想起で結びつくと、(一時的にしろ)
大きな成功を収めることができます。
 大量の情報があふれるインターネットであっても、純粋想起さ
えとれれば、一気に市場を占有することができる。これが「勝者
総取り(ウィナー・テイクス・オール)」と呼ばれる現象です。
ネットビジネスでは勝者はたいてい1人だけで、2番手以下は、
その他大勢」扱いされてしまうのです。
                ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 しかし、「検索といえばヤフー」といえるかといえば、必ずし
もそうなっていないのです。それは、サイトを単位として、「お
役立ちリンク集」を人力で作っていたからです。だが、現在のよ
うに情報量が爆発的に増えてくると、人力では限界があります。
 この点グーグルは、ネット上の情報量が爆発的に増えるのを予
測して、ヤフーが「サイト」を単位にしていたのに対し、グーグ
ルはサイト内の「ページ」を単位として、ロボットがそれらをす
べて収集し、その結果を一定の手順で並び変えて表示できるよう
にしたのです。グーグルでは、その一定の手順のことをアルゴリ
ズムと称し、「ページランク」と呼称しています。
 ここで「ページ」とは、文字通りウェブページを意味するので
はなく、グーグルの共同創業者の1人であるラリー・ページ氏が
開発したことによって、「ページランク」と称したことは多くは
知られていないことです。
 「ページランク」のメカニズムは、そのページがさまざまなサ
イトから、どれほどリンクが貼られているかによって、ページの
表示順位を決めるという手法を採用しているのです。これによっ
てグーグルは、「検索ならグーグル」という純粋想起を獲得する
にいたったのです。ヤフーの完敗です。
              ──[デジタル社会論/002]

≪画像および関連情報≫
 ●ページランクとは何か
  ───────────────────────────
   グーグルが採用している、インターネット上でページから
  ページへと張られたリンクをもとに、各ページの重要度を推
  定する手法。学術論文などでいわれる「よく引用されている
  論文は良い論文だ」という考えに近い。ウェブページから、
  ウェブページへとリンクを張ることは、リンク元ページがリ
  ンク先ページに対して「このページを見ると良いよ」と推奨
  していることを意味すると考え、多くのページからリンクを
  張られているページは、多くの人から推奨されている良いペ
  ージであるとして評価が高くなる仕組み。
   グーグルは各ページに対してページランクを割り当ててお
  り、グーグルツールバーなどを使うと、ページランク値を確
  認できるとされているが、実はグーグルツールバーなどで確
  認できる値は順位付けに使っているページランクそのもので
  はない「ツールバーページランク(TBPR)」だと言われ
  る。ページランクが高いと検索結果で上位に来ると思われが
  ちだが、グーグルは現在数百種類もの情報をもとに順位付け
  を決定しており、ページランクはそこで使われている指標の
  1つに過ぎない。最近では「内容」「検索後との関連性」と
  いった指標の重み付けがページランクよりも高くなっており
  どれだけページランクが高くても関連性がないと上位には表
  示されないとの考え方が一般的となってきている。ちなみに
  ページランクとは「ウェブページのランク」ではなく、グー
  グルの共同創設者の1人、ラリー・ペイジの名前からとった
  「ペイジ・ランク」であるとのこと。
                  https://bit.ly/350GYBS
  ───────────────────────────
ラリー・ページ氏(グーグルの共同創業者).jpg
ラリー・ページ氏(グーグルの共同創業者)
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

●「意思のエコノミーで勝つグーグル」(第5402号)

 ヤフー(正確にいえば、ヤフージャパン)は、なぜ、グーグル
に敗れたのでしょうか。それは、サイトとページの差、人力とロ
ボットの差だけではなく、両社の間には、もっと根本的な差が存
在するのです。
 それは、マーケティングでいうところのエコノミーの違いに行
き着くのです。
─────────────────────────────
   1. アテンション・エコノミー/注目のエコノミー
   2.インテンション・エコノミー/意思のエコノミー
─────────────────────────────
 これについて、『インテンション・エコノミー』という著書の
訳者でもある栗原潔氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 インテンション・エコノミーは、アテンション・エコノミーの
もじりです。アテンション・エコノミーとは顧客の関心(アテン
ション)が重要な財になっている経済です。顧客の関心を引くた
めに「ビッグデータ」を分析してターゲット広告したり、コンテ
ンツのパーソナライズをしているのが現在の中心的なものの売り
方です。先進的なようでいて、売り手が推測作業に基づいて顧客
の関心を惹こうとしているという点で、基本的なモデルは過去か
らあるマスメディアと同じです。
 そうではなくて、顧客の意図(こういう製品を買いたい/こう
いうコンテンツならいくら払ってもいい/こういう契約条件なら
サービス使ってもいい)を、売り手側にダイレクトに知らせて、
それに応えられる企業が顧客に売るというのが『インテンション
・エコノミー』の基本的考え方です。 https://bit.ly/2KQPCMo ─────────────────────────────
 つまり、こういうことです。ポータルサイトを目指すヤフーは
そのトップページに、アクセスしてくるユーザーにアピールする
ため、広告を注目を集めるところに置こうとします。それは当然
の行為です。しかし、この場合、広告にどのような工夫がこらさ
れていようとも、ユーザーの意思とは無関係です。これがアテン
ションの限界です。
 これに対してグーグルは、ユーザーが検索するとき、検索窓に
打ち込んだキーワードやフレーズ、すなわち「検索クエリ」に対
して広告を出します。これを「検索連動広告」といいます。例え
ば「フライパン」を買いたいと考えている人がいます。その人は
単に「フライパン」とか「フライパン通販」をキーワードにして
検索すると思います。そうすると、その結果として、あらゆるフ
ライパンが表示されます。
 試しに、「フライパン」をキーワードとして、複数回検索して
見てください。そして、表示されたフライパンの広告をいくつか
クリックすると、その後、他のキーワードで検索した場合も、検
索結果が表示されるページにフライパンの広告が多く表示される
ようになります。
 この場合、広告主は「フライパン」というキーワードを登録し
「フライパン」と検索したユーザーに対して、広告を出すように
設定しているのです。そうすれば、フライパンを求めている人に
対して、フライパンの広告をぶつけることができます。そこには
確実にユーザーの意思が働いています。これを「インテンション
・エコノミー(意思のエコノミー)」というのです。
 この検索連動広告は、広告主の裾野を確実に広げ、今までなら
経費の関係で、広告を出せなかった経営者でも広告を出せるよう
になったといえます。
 実はグーグルの検索連動広告は、さらに精度が高くなっている
のです。「精度が高い」ということは、真にユーザーに対して利
益を与えることを意味します。その点に関して、尾原和啓氏は次
のように述べています。
─────────────────────────────
 グーグルはインターネット広告界の巨人ですが、お金をもらっ
ているからといって、広告主の言いなりになっているわけではあ
りません。たとえば、広告主が高いお金を払って上位の枠に広告
を表示させようとしても、ユーザーがその広告をクリックしなけ
れば情報としての価値が低いと判断して、その広告を自動的に下
位に表示するようにしているのです。グーグルにとっては、広告
も検索結果と同じように、ユーザーのためになることが第一で、
上位に表示されるサイトは、ユーザーの「意思」にかなうもので
なくてはならないということです。──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 そして今やインターネットで情報を探そうという人にとって、
グーグルは欠かせない存在になっています。まさに純粋想起が、
「検索といえばグーグル」になっているからです。これによって
ヤフーとの勝負はこと検索に関しては決着がついています。なぜ
なら、2011年からヤフー・ジャパンは、グーグルの検索技術
を使っているからです。
 それでは、ヤフー・ジャパンは何をしているのでしょうか。ヤ
フー・ジャパンは、現在でもトップの集客力を持つポータルサイ
トとして、君臨しているからです。
 それは、ヤフー・ジャパンは、まさにネットの総合デパートを
目指したのです。「ヤフーニュース」にはじまって、「ヤフー乗
換案内」「ヤフー天気」「ヤフー映画」「ヤフーショッピング」
「ヤフオク」「ヤフーファイナンス」「ヤフー不動産」など、ま
さに、ネットの総合デパートになっているのです。これによって
ヤフーは、何かを探すという目的型の検索では、グーグルに譲っ
たものの、何かを漠然と探索する非目的型の検索では覇者となっ
ています。さらに、ここにきてヤフーは、重要な決断をしていま
す。2019年11月に、LINEと経営統合して、経営基盤を
さらに盤石なものにしているからです。
              ──[デジタル社会論/003]

≪画像および関連情報≫
 ●トヨタにも繋がるヤフーLINE統合が起こす衝撃
  ───────────────────────────
   2019年11月に発表されたヤフーとLINEの経営統
  合。2社の経営統合によって、検索やSNS、ネット通販、
  金融などさまざまなインターネットサービスを一手に担う、
  利用者数1億人超の巨大グループが、生まれることになりま
  す。統合発表時に開催された共同記者会見では、共同CEО
  となる両社社長から「米中に次ぐ第三極を目指す」という大
  胆なビジョンが提示されました。
   しかし、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック
  アップル)と両社を傘下にもつ新生Zホールディングスを比
  較すれば、時価総額では前者は軒並み50兆円以上であるの
  に対して、後者は3兆円強と1桁違い、研究開発費では前者
  が2兆円前後に対して後者は3社合わせても200億円と2
  桁違い。研究開発費の違いが企業としての足腰の強さの違い
  を表しています。
   さらに、ヤフーとLINEがただ経営統合しただけなら確
  かに国内では強大な企業連合となりますが、海外では残念な
  がらLINEが大きなマーケットシェアを有しているタイ・
  台湾などでの強大な連合にとどまってしまう。やはり中国や
  インドにも攻め込むようなインパクトがなければ「第三極」
  と呼べるようなものにはならないのではないでしょうか。
                  https://bit.ly/34ZmeL2
  ───────────────────────────
インテンション・エコノミー.jpg
インテンション・エコノミー
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月07日

●「入り口を制するものが覇者になる」(第5403号)

 テーマの「デジタル社会論」を書くに当って、何冊かの本を読
みましたが、最も啓発されたのは次の本です。GAFAM時代の
今後の動向を読み取るうえで、参考になります。
─────────────────────────────
                       尾原和啓著
  『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
                      /NHK出版
─────────────────────────────
 著者の尾原和啓氏は、IT批評家と称していますが、その経歴
は多彩です。NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクル
ートケイ・ラボラトリー取締役、楽天(執行役員)の事業企画投
資、新規事業に従事。経産省対外通商政策委員、産業総合研究所
人工知能センターアドバイザーなど。著書多数。
 上記著書は、デジタル社会を論ずるに当って多くの示唆を含ん
でいると思うので、しばらくこの本を参考にして、EJを書いて
いきます。
 2021年以降において、起きる大変化について知るには、イ
ンターネットそのものについて改めて理解する必要があります。
そのため、検索の技術について振り返っています。インターネッ
トというネットワークは、ハイパーリンクが網の目のように張り
巡らされている世界です。この世界を「ウェブ」といいますが、
これは「くもの巣」を意味します。ハイパーリンクとは、ページ
とページをつなぐリンクのことです。
 そのハイパーリンクの先に膨大なコンテンツがあるのです。そ
のコンテンツは時々刻々増加しています。そのため、グーグルは
そのリンクをたどってひたすらウェブを自動的に巡回する「スパ
イダー」というプログラム(ロボット)を開発し、ブロードバン
ドによって高速化されたスピードで情報を収集しています。「ス
パイダー」も「くも」を意味しています。
 インターネットがこういう構造になっている以上、「検索」は
この世界を支配するキーポイントになります。この検索の世界で
は激しい競争が行なわれましたが、現在、グーグルがこの世界の
勝者になっています。「検索といえばグーグル」を勝ち取ったの
です。日本では「ググる」という言葉にすらなっています。
 しかし、「入口を制する者が覇者になる」といわれるインター
ネットビジネスですが、最近は検索だけが、すべての入り口では
なくなっています。つまり、ネットの入り口が、次の2つに分か
れているのです。
─────────────────────────────
        1. 目的型 ・・・ 検索
        2.非目的型 ・・・ 探索
─────────────────────────────
 探すべきものが明確になっている場合は「1」の目的型、すな
わち、検索です。しかし、「傾向を調べたい」とか「何が流行し
ているか」など、目的が必ずしも明確ではない場合は「2」の非
目的型になります。
 インターネットの入り口「ポータル」は、尾原和啓氏によると
次の3つに分けられます。
─────────────────────────────
          1. コンテンツ
          2.  コマース
          3.コミュニティ
─────────────────────────────
 このポータルの3分類に、目的型と非目的型を組み込むと、添
付ファイルの図になります。この図は、尾原和啓氏の上記の著書
に出ていたものです。この図に関して、尾原和啓氏は、次のよう
に解説しています。
─────────────────────────────
 ネットで「何を探すか」もどんどん拡張されていきます。テキ
ストも動画も広い意味では「コンテンツ」ですが、コンテンツ以
外にも、物やサービスを探す「コマース」やつながりたい人を探
す「コミュニティ」が出てきて、それぞれに覇者が生まれます。
 BtoCで物を買うときは、買いたい物があらかじめ決まって
いる「目的型」の覇者はアマゾンで、いろいろな商品を見比べな
がら選びたい「非目的型」の覇者は楽天です。一方、CtoCの
場合は「目的型」の覇者はヤフオク!で、「非目的型」の覇者は
メルカリです。「コミュニティ」については、「目的型」と「非
目的型」という区別はあいまいで、リアルな知り合いとつながる
ときの覇者はフェイスブックやLINEで、バーチャルの中で匿
名のままつながるサービスとして、SHOWROOMのようなも
のが出てきているという構図です。──尾原和啓著の前掲書より
─────────────────────────────
 コンテンツには、テキストと動画がありますが、テキストで目
的のものを見つける検索はグーグルが制し、ヤフーは非目的型の
ニュースで覇者となっています。動画はブロードバンドによる通
信回線の速度が向上したために登場したものですが、これはユー
チューブが制しています。動画の数が少ないときは「どんな動画
があるかな」という非目的型の探索でしたが、数が増えるとユー
チューブで目的型の検索が行なえるようになっています。
 コマースは、まず企業から物を購入するBtoCが発展し、消
費者同士のCtoCが登場し、定着しています。この世界では、
目的型はヤフオク!、非目的型はメルカリが制しています。サー
ビスでは、「就職」「転職」「住宅購入/賃貸」などを得意とす
るリクルートが制しています。
 コミュニティについては、リアルの世界では、LINEとフェ
イスブックの支配が圧倒的です。とくにフェイスブックの今後の
動向は注目されます。SHOWROOMというのは、仮想ライブ
空間でアーチストやアイドルとつながるものです。現在のポータ
ルは、これらをすべて含んでいる世界であるといえます。
              ──[デジタル社会論/004]

≪画像および関連情報≫
 ●GAFAに代わる「次世代の覇者」の産声が聞こえる、グー
  グル訴訟に見る20年の周期
  ───────────────────────────
   GAFAに取って代わる次世代の覇者はどこか――。そん
  なことを考えるべき時期になったのかもしれない。米司法省
  が、2020年10月20日に反トラスト法(独占禁止法)
  違反でGAFAの一角である米グーグルを提訴した。検索サ
  ービスやインターネット広告での市場支配力を行使して、競
  合企業を不当に締め出しているとの判断から提訴に踏み切っ
  た。訴訟の行方は全く予断を許さないが、長丁場の戦いにな
  るのは確実だ。米フェイスブックに対しても、米連邦取引委
  員会(FTC)が反トラスト法違反の観点から調査を続けて
  おり、今後GAFA各社が次々と訴訟に巻き込まれる可能性
  もある。日本や欧州連合(EU)などの独禁当局もGAFA
  に対する監視を強化しており、GAFAへの風当たりは米国
  だけでなくグローバルで強まりつつある。
   今回の提訴が意味するのは、GAFAの市場支配が「最終
  段階」に達したということだろう。訴訟の行方のいかんにか
  かわらず、GAFA各社がこれ以上、IT市場での支配力を
  強めることはないはずだ。もう少し言えば、IT業界におけ
  るGAFAの覇権の「終わりの始まり」と捉えることもでき
  る。単に、訴訟を抱え込んだり、世界の独禁当局の監視の目
  が厳しくなったりしたためではない。それくらい巨大な企業
  になったため、革新的なサービスで市場をリードする力が減
  衰するのは避けられないからだ。 https://bit.ly/2LeukIH
  ───────────────────────────
ポータルの分類.jpg
ポータルの分類
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

●「なぜキャッシュレスが進まないか」(第5404号)

 「フリクションレス」という言葉があります。ストレスのない
状態です。面倒くさくないことです。お客側も店側もあまり手間
のかからないことです。
 たとえば、駅の売店で夕刊紙を買う場合を考えてみます。現金
で払おうとすると、小銭入れからコインを出して渡すと、店側は
そのコインを受け取らなければなりません。釣銭を出さなければ
ならない場合は、コロナの感染が拡大している昨今であり、買う
方も売る方もストレスがたまります。それでは、キャッシュレス
で払うとどうなるかです。
 クレジットカードで支払う場合はどうかというと、これはお客
側だけの操作で決済は完了するので、店側はレシートを渡すだけ
で済み、ストレスはかかりません。さらにお客側がスマホに金額
を入力し、店側がOCRリーダーなどで、非接触で「ピッ!」と
読み取ることができれば、お客側も店側もフリクションレスで決
済を完了できます。
 各国のキャッシュレス決済の状況はどうなっているのでしょう
か。キャッシュレス推進協議会による2015年〜16年のデー
タによると、日本は18%〜19%です。それにしても、韓国の
キャッシュレス化は他国を圧倒し96%です。
─────────────────────────────
            2015年   2016年
         韓国  89・1%  96・4%
       イギリス  54・9%  68・6%
         中国  63・9%  65・8%
    オーストラリア  51・0%  58・2%
        カナダ  55・4%  56・3%
     スウェーデン  48・6%  51・5%
       アメリカ  45・0%  46・0%
       フランス  39・1%  40・7%
        インド  38・4%  34・8%
         日本  18・4%  19・9%
        ドイツ  14・9%  15・6%
         ──キャッシュレス推進協議会/2019年
─────────────────────────────
 日本の場合、銀行口座はもちろんのこと、クレジットカードを
持っているのは当たり前であり、しかも現金をいつでもどこでも
おろせるATM網がコンビニを含め、全国津々浦々まで広がって
おり、現金が使い易い環境にあります。この利便性が、がかえっ
て現金中心の決済から脱却できないでいるのです。
 このフリクションレスについて既出の尾原和啓氏は、昨今流行
し、定着しているものは、すべてそれが条件になっているとして
次のように述べています。
─────────────────────────────
 グーグルは「知りたいことがすぐにわかる」から、アマゾンは
「ほしいものがすぐに手に入る」から、フェイスブックは「知り
たい人の近況がすぐにわかる」から、LINEは「話をしたい友
だちとすぐに連絡がとれる」から、ユーザーに広く受け入れられ
ました。スポティファイは「聞きたい音楽がすぐに聞ける」から
キンドルは「読みたい本がすぐに読める」から、実際に音楽を聞
いたり、電子書籍を買ったりする人が増えたのです。(中略)
 考えてみれば、インターネットも、情報同士がつながったこと
で、あらゆる情報へのアクセスがフリクションレスになったから
こそ、世の中に大きな変化をもたらしたのです。お金のやりとり
がフリクションレスになれば、それと同じか、それ以上のインパ
クトがあるはずです。      ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 ジャック・ドーシー氏という米国の経営者がいます。この人は
ツイッターの創業者で元CEOとして有名ですが、現在はスクエ
アのCEOとして知られています。彼は、アップルの共同経営者
スティーブ・ジョブス氏や、テスラの共同経営者イーロン・マス
ク氏のように、先見性のある革新的な思想の持ち主として広く知
られています。
 ところで、「スクエア」とは何かご存知でしょうか。
 彼は、ある路上店舗で、気に入ったアート作品を見つけて、買
おうとしたのですが、クレジットカードが使えず、買えなかった
ことがあるのです。
 彼は、そのときの経験からアイフォーンかアイパッドさえ持っ
ていれば、それに小型のカードリーダーを接続することで、簡単
にクレジットカード決済ができるシステムを開発したのです。こ
れを「スクエア」といいます。これらの小型カードリーダーを含
むセットは5000円弱で購入できるので、どのような店舗でも
採用可能です。なお、スクエアは、クレジットカード決済だけで
なく、電子マネー決済も可能です。決済のイメージについては、
添付ファイルの写真を参照してください。
 このジャック・ドーシー氏について、尾原和啓氏は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 ジャック・ドーシーには、現金の受け渡しは、売る人と買う人
の間でしかたなくやっている行為にすぎないので、その手間を除
いてあげれば、売る人と買う人の意識が一瞬でつながって「価値
の交換」がそこらじゅうで起きるはずだという思いがあります。
自分が好きでこだわっているものを、その価値がわかる人に届け
ることは、本来とても素敵なことです。支払いがフリクションレ
スになれば、「好き」と「好き」をもっと気軽にもっとたくさん
結びつけることができるので、そうした結びつきを豊かにするこ
とが、キャッシュレス化の本質的な意味だというわけです。
                ──尾原和啓著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/005]

≪画像および関連情報≫
 ●QRコードはもう古い、アリババやテンセントが進めるのは
  「顔認証決済」
  ───────────────────────────
   2015年時点でキャッシュレス比率60%を誇る中国で
  はQRコード決済が常識になっていることは有名だ。日本で
  も多くのQRコード決済サービスが登場し、その普及率を各
  社が競っている状況であるが、中国はすでに次のステージへ
  進んでいるという。それが「顔認証決済」である。
   なぜアリババやテンセントは、顔認証決済の導入に力を入
  れているのだろうか。世界のキャッシュレスをけん引する中
  国の現状から、日本が見失いつつあるキャッシュレスの本質
  が見えてきた。中国の街中消費での決済手段がスマートフォ
  ン決済になっていることはすでによく知られている。アリペ
  イ(アリババグループのアリペイが運営)と、ウィーチャッ
  トペイ(テンセントが運営)の2つが主に使われ、QRコー
  ドを使って決済をすることから、俗に「QRコード決済」と
  呼ばれる。経済産業省の資料によると、日本のキャッシュレ
  ス比率は19・8%(2016年)であるのに対し、中国で
  は60%(2015年)となっている。このデータはやや古
  く、現在の大都市部では90%以上の決済がキャッシュレス
  になっている印象だ。紙幣や硬貨を目にすることが、極端に
  少なくなっている。中国の都市はQRコードだらけだ。スー
  パーやコンビニでは、買い物客がスマホにQRコードを表示
  し、これをレジでスキャンしてもらい決済をする。自動販売
  機にもQRコードをかざして飲み物を買う。地下鉄やバスに
  もQRコードで乗車する。    https://bit.ly/3pZJlNF
  ───────────────────────────
スクエアのイメージ.jpg
スクエアのイメージ
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月12日

●「QRコード決済デジタル化を加速」(第5405号)

 あるIT企業の社内のカフェには、QRコードとともに、次の
メッセージが書かれているプレートが置いてあります。
─────────────────────────────
 このコーヒーの原価は28円です。コーヒー一杯30円でお
 願いします。
─────────────────────────────
 社員はスマホでQRコードを読み取り、30円と入力処理し、
コーヒーを飲んでいます。これを現金でやろうとすると、集金箱
を用意しなければならないし、お釣りには対応できないので、小
銭がないと、コーヒーが飲めないことになるので不便です。
 このQRコード決済は「アプリにお金を貯める」という発想か
ら生まれています。現在、それを具体化するものとして、「○○
ペイ」というのが流行しています。ペイペイ、LINEペイ、楽
天ペイ、メルペイなどなど。これらはいずれも、事前にアプリに
お金チャージする方式です。この決済方式が普及すると、世界に
17億人いるといわれる銀行口座を持たない人でもスマホさえあ
れば、簡単に決済ができるようになります。これについて、既出
の尾原和啓氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 たとえば、インドネシアでは配車アプリの「グラブ」や相乗り
アプリの「ゴジェック」がライドシェア市場を席巻していて、ド
ライバーの人たちは料金をアプリにプールしています。料金を現
金で受け取っても、コンビニなどでアプリにチャージできます。
つまり、銀行口座をもっていなくても、アプリに給料をためてお
けるわけです。そして、アプリ内にためておいたお金が、電子マ
ネーとして使えれば、そもそも銀行口座はいらなくなります。
                ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 QRコード決済の代表的な存在である「ペイペイ」の決済方法
の仕組みについて、簡単に説明します。
 いわゆる「○○ペイ」の基本は、アプリにお金(電子マネー)
を貯めて、その残高で決済する方式です。それが面倒であれば、
クレジットカードに紐付けしておけばよいのです。「ペイペイ」
の場合、クレジットカードを「ヤフーカード(Y!)」にしてお
くと、ポイントが貯まり易くなります。「ペイペイ」は、次の2
つの決済方式を採用しています。いずれにしても、事前に「ペイ
ペイ」のアプリをスマホにインストールし、登録を済ましておく
必要があります。
─────────────────────────────
      @QRコード決済/ユーザー・スキャン
       ・QRコードが掲示されている
      Aバーコード決済/ストア−・スキャン
       ・お店にバーコードを提示する
─────────────────────────────
 @の「QRコード」決済の方法です。
 店舗がQRコードを提示している場合、決済に当ってお客は、
スマホでそのQRコードを読み取り、支払い金額を入力処理し、
店舗側にそれを確認してもらえば決済は完了です。もし、支払い
金額が残高を上回る場合、不足分を登録してあるクレジットカー
ドから自動チャージして決済は完了します。
 Aの「バーコード」決済の方法です。
 お客は店側に「ペイペイ」で支払うことを告げ、店舗に対して
アプリが表示するバーコードを提示し、店側はそれをバーコード
リーダーで読み取り、決済は完了します。
 利用金額によって、0・5%が「ペイペイボーナス」として貯
まるなど、様々なサービスがあります。ポイントは、後日加盟店
で「1ポイント=1円」で使えます。さらに、クレジットカード
払いに設定すれば、クレジットカードのポイントも一緒に貯まる
ことになります。
 とくにペイペイは、ソフトバンクとヤフーの共同出資による決
済サービスであり、最近、取扱店舗と利用者数を急速に拡大して
おり、有力です。利用額と支払い方法に応じて、ポイント還元率
が3段階に変化します。とくに「ヤフーカード(Y!)」は、ポ
イントプログラムのあるクレジットカードなので、これと紐付け
ておくと、カードのポイントとの二重取りもできます。
 しかし、上記のようなキャッシュレス決済が実現するためには
本人確認が確実に行なわれること条件になります。そのために必
要なものはIDとパスワードです。これによってインターネット
の各サイトは「パーソナライゼーション」を行っています。パー
ソナライゼーションとは何でしょうか。
 パーソナライゼーションとは、サイトがその人向けにサービス
をカスタマイズさせることをいいます。同じウェブサイトにアク
セスしても、実はユーザーごとに違うコンテンツを表示している
のです。これは、サイト側がアクセスしてくる人を識別している
からできることなのです。
 私は日経電子版を利用していますが、単に日経をPCやスマホ
で見ることができるだけではなく、その他の日本経済新聞社が提
供する多くの記事や情報──会員でないと読めない記事も含めて
読めるようになっていることに気が付きました。単にアクセスす
るだけで、日経系のサイトは、私を会員として、パーソナライゼ
ーションしてくれているのです。
 どうして、そのようなパーソナライゼーションができるのかと
いうと、ネットの裏側でIDを識別してくれているからです。こ
れを可能にしているのは「クッキー(Cookie)」です。クッキー
には、サイトを訪れたユーザーの情報が保存されているのです。
ですから、クッキーを無効にしてしまうと、サイト側は、ログイ
ンする人が誰だかわからないので、そのつど、ログインIDとパ
スワードを要求してくることになります。
              ──[デジタル社会論/006]

≪画像および関連情報≫
 ●QRコード決済って何?
  ───────────────────────────
   スマホで利用できるキャッシュレス決済としては,携帯電
  話時代からモバイルスイカなどが利用できるおサイフケータ
  イ(アンドロイドの場合)がありました。おサイフケータイ
  は、ソニーの非接触ICカード技術方式「フェリカ」を利用
  しており、アイフォーンのアップルペイも同じ仕組みです。
  おサイフケータイは,店頭の読み取り機にスマートフォンを
  かざすだけで,決済ができる電子マネーです。
   一方,最近話題になっているのが,ペイペイや楽天ペイ、
  LINEペイなどのQRコード決済と呼ばれる方式です。元
  々は中国で普及した方式で,レジでQRコードを読み取った
  り,アプリに表示されるバーコードを店員に提示して、読み
  取ってもらうことで決済ができる方式です。
   スマホのキャッシュレス決済としてはおサイフケータイが
  あるのに,なぜQRコードの読み取りなど,手間がかかるQ
  Rコード決済が最近話題になっているのでしょうか?
   おサイフケータイは,読み取り機にかざすだけで高速に決
  済ができ,セキュリティも配慮されているという使う側にと
  っては良いことだらけですが,お店に設置する読み取り機を
  導入するのにQRコード決済に比べて費用がかかるという欠
  点があります。一方,QRコード決済のシステムは,おサイ
  フケータイに比べて設置費用が安価で,おサイフケータイが
  コスト面で導入できなかった小さなお店や,イベント会場な
  どでも導入しやすいという利点があります。これは提供側の
  都合ですが,使える場所が多いというのは,使う側の利点に
  もなります。          https://bit.ly/38kvU4S
  ───────────────────────────
QRコード決済/ユーザー・スキャン.jpg
QRコード決済/ユーザー・スキャン
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月13日

●「QRコード決済デジタル化を加速」(第5405号)

 あるIT企業の社内のカフェには、QRコードとともに、次の
メッセージが書かれているプレートが置いてあります。
─────────────────────────────
 このコーヒーの原価は28円です。コーヒー一杯30円でお
 願いします。
─────────────────────────────
 社員はスマホでQRコードを読み取り、30円と入力処理し、
コーヒーを飲んでいます。これを現金でやろうとすると、集金箱
を用意しなければならないし、お釣りには対応できないので、小
銭がないと、コーヒーが飲めないことになるので不便です。
 このQRコード決済は「アプリにお金を貯める」という発想か
ら生まれています。現在、それを具体化するものとして、「○○
ペイ」というのが流行しています。ペイペイ、LINEペイ、楽
天ペイ、メルペイなどなど。これらはいずれも、事前にアプリに
お金チャージする方式です。この決済方式が普及すると、世界に
17億人いるといわれる銀行口座を持たない人でもスマホさえあ
れば、簡単に決済ができるようになります。これについて、既出
の尾原和啓氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 たとえば、インドネシアでは配車アプリの「グラブ」や相乗り
アプリの「ゴジェック」がライドシェア市場を席巻していて、ド
ライバーの人たちは料金をアプリにプールしています。料金を現
金で受け取っても、コンビニなどでアプリにチャージできます。
つまり、銀行口座をもっていなくても、アプリに給料をためてお
けるわけです。そして、アプリ内にためておいたお金が、電子マ
ネーとして使えれば、そもそも銀行口座はいらなくなります。
                ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 QRコード決済の代表的な存在である「ペイペイ」の決済方法
の仕組みについて、簡単に説明します。
 いわゆる「○○ペイ」の基本は、アプリにお金(電子マネー)
を貯めて、その残高で決済する方式です。それが面倒であれば、
クレジットカードに紐付けしておけばよいのです。「ペイペイ」
の場合、クレジットカードを「ヤフーカード(Y!)」にしてお
くと、ポイントが貯まり易くなります。「ペイペイ」は、次の2
つの決済方式を採用しています。いずれにしても、事前に「ペイ
ペイ」のアプリをスマホにインストールし、登録を済ましておく
必要があります。
─────────────────────────────
      @QRコード決済/ユーザー・スキャン
       ・QRコードが掲示されている
      Aバーコード決済/ストア−・スキャン
       ・お店にバーコードを提示する
─────────────────────────────
 @の「QRコード」決済の方法です。
 店舗がQRコードを提示している場合、決済に当ってお客は、
スマホでそのQRコードを読み取り、支払い金額を入力処理し、
店舗側にそれを確認してもらえば決済は完了です。もし、支払い
金額が残高を上回る場合、不足分を登録してあるクレジットカー
ドから自動チャージして決済は完了します。
 Aの「バーコード」決済の方法です。
 お客は店側に「ペイペイ」で支払うことを告げ、店舗に対して
アプリが表示するバーコードを提示し、店側はそれをバーコード
リーダーで読み取り、決済は完了します。
 利用金額によって、0・5%が「ペイペイボーナス」として貯
まるなど、様々なサービスがあります。ポイントは、後日加盟店
で「1ポイント=1円」で使えます。さらに、クレジットカード
払いに設定すれば、クレジットカードのポイントも一緒に貯まる
ことになります。
 とくにペイペイは、ソフトバンクとヤフーの共同出資による決
済サービスであり、最近、取扱店舗と利用者数を急速に拡大して
おり、有力です。利用額と支払い方法に応じて、ポイント還元率
が3段階に変化します。とくに「ヤフーカード(Y!)」は、ポ
イントプログラムのあるクレジットカードなので、これと紐付け
ておくと、カードのポイントとの二重取りもできます。
 しかし、上記のようなキャッシュレス決済が実現するためには
本人確認が確実に行なわれること条件になります。そのために必
要なものはIDとパスワードです。これによってインターネット
の各サイトは「パーソナライゼーション」を行っています。パー
ソナライゼーションとは何でしょうか。
 パーソナライゼーションとは、サイトがその人向けにサービス
をカスタマイズさせることをいいます。同じウェブサイトにアク
セスしても、実はユーザーごとに違うコンテンツを表示している
のです。これは、サイト側がアクセスしてくる人を識別している
からできることなのです。
 私は日経電子版を利用していますが、単に日経をPCやスマホ
で見ることができるだけではなく、その他の日本経済新聞社が提
供する多くの記事や情報──会員でないと読めない記事も含めて
読めるようになっていることに気が付きました。単にアクセスす
るだけで、日経系のサイトは、私を会員として、パーソナライゼ
ーションしてくれているのです。
 どうして、そのようなパーソナライゼーションができるのかと
いうと、ネットの裏側でIDを識別してくれているからです。こ
れを可能にしているのは「クッキー(Cookie)」です。クッキー
には、サイトを訪れたユーザーの情報が保存されているのです。
ですから、クッキーを無効にしてしまうと、サイト側は、ログイ
ンする人が誰だかわからないので、そのつど、ログインIDとパ
スワードを要求してくることになります。
              ──[デジタル社会論/006]

≪画像および関連情報≫
 ●QRコード決済って何?
  ───────────────────────────
   スマホで利用できるキャッシュレス決済としては,携帯電
  話時代からモバイルスイカなどが利用できるおサイフケータ
  イ(アンドロイドの場合)がありました。おサイフケータイ
  は、ソニーの非接触ICカード技術方式「フェリカ」を利用
  しており、アイフォーンのアップルペイも同じ仕組みです。
  おサイフケータイは,店頭の読み取り機にスマートフォンを
  かざすだけで,決済ができる電子マネーです。
   一方,最近話題になっているのが,ペイペイや楽天ペイ、
  LINEペイなどのQRコード決済と呼ばれる方式です。元
  々は中国で普及した方式で,レジでQRコードを読み取った
  り,アプリに表示されるバーコードを店員に提示して、読み
  取ってもらうことで決済ができる方式です。
   スマホのキャッシュレス決済としてはおサイフケータイが
  あるのに,なぜQRコードの読み取りなど,手間がかかるQ
  Rコード決済が最近話題になっているのでしょうか?
   おサイフケータイは,読み取り機にかざすだけで高速に決
  済ができ,セキュリティも配慮されているという使う側にと
  っては良いことだらけですが,お店に設置する読み取り機を
  導入するのにQRコード決済に比べて費用がかかるという欠
  点があります。一方,QRコード決済のシステムは,おサイ
  フケータイに比べて設置費用が安価で,おサイフケータイが
  コスト面で導入できなかった小さなお店や,イベント会場な
  どでも導入しやすいという利点があります。これは提供側の
  都合ですが,使える場所が多いというのは,使う側の利点に
  もなります。          https://bit.ly/38kvU4S
  ───────────────────────────
QRコード決済.jpg
QRコード決済
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月14日

●「アリババの『芝麻信用』とは何か」(第5407号)

 「芝麻信用」というものをご存知ですか。信用組合の名前では
ありません。中国アリペイの信用スコアのことです。
─────────────────────────────
           芝麻信用
           ゴマしんよう・Sesame Credit
─────────────────────────────
 中国のIT企業「アリババ」が運営するショッピングサイトに
「タオパオ」というのがあります。当初タオパオは、出品業者の
不正が多く、悩んでいたのです。出店業者の不正とは、サイトで
プレゼンしている通りのの品物が届かないことです。
 しかし、出店業者に対するユーザーによる評価制度を導入する
ことで、そういう不正業者は減少し、信用される行動をとった方
がとくであるという認識が広まったのです。
 この経験から、アリハバでは、ユーザーに対しても、信用され
る行動をしている人には利益を与え、逆に、信用に反する行動を
とった人にはサービスに差をつける信用スコアの導入を検討し、
傘下の複数のサービスにまたがって利用できる「信用スコア」を
開発したのです。これが「芝麻信用」です。アリババ傘下の「ア
ントフィナンシャル」が運営する決済サービス「アリペイ」の機
能の一つとして、2015年から提供されています。
 詳細は不明ですが、芝麻信用は、スコアリングには、次の項目
が利用されています。
─────────────────────────────
      @     アリペイでの支払い履歴
      A        個人の学歴や職歴
      Bマイカーや住宅など資産の保有状況
      C            交友関係
      D             その他
─────────────────────────────
 このうち、AとBについては、アリペイ上では把握できません
が、サービスを登録するときに必須の入力項目にして、入手して
いるものと思われます。
 芝麻信用のスコアは、次の5つの領域を総合的にチェックし、
作成します。
─────────────────────────────
   1.身分特質 ・・ ステイタスや高級品消費など
   2.履約能力 ・・    過去の支払い履行能力
   3.信用歴史 ・・    クレジットヒストリー
   4.人脈関係 ・・          交友関係
   5.行為偏好 ・・    消費面の際立った特徴
─────────────────────────────
 そして、これら5つの領域それぞれの指標を総合的に点数化し
信用ランクを次の5つに分類しています。正確なスコアリングの
分布は公表されていませんが、550〜699の範囲にほとんど
が分布されているそうです。
─────────────────────────────
       950〜700 ・・ 信用極好
       699〜650 ・・ 信用優秀
       649〜600 ・・ 信用良好
       599〜550 ・・ 信用中等
       549〜350 ・・ 信用較差
─────────────────────────────
 中国では、公共サービスを含め、極端なデポジット社会です。
デポジットというのは、事前預託金ないし保証金のことで、ほと
んどのサービスにデポジットが必要になります。レンタカーなど
のレンタルサービスをはじめ、病院での診察や公共図書館の本の
貸出しなどにもデポジットが必要になります。国民を信用してい
ないのです。
 しかし、芝麻信用で「信用がある」と認定された人に対しては
ほとんどのデポジットは不要になります。また、アリペイを提供
しているアントフィナンシャルグループの提供する金融商品では
金利優遇などのサービスも享受できます。つまり、信用のある人
は中国では多くの面において優遇されるのです。
 ちなみに、中国の信用スコアは、芝麻信用のような金融事業者
が展開するものだけでなく、地方政府などが展開するものもある
のです。この地方政府による信用スコアは、地域住民の行動を監
視し、スコア化するもので、あるべき行動を取らせることを目的
としてスコアを管理するのです。要するに、住民をランク付けし
ているわけです。
 こういう考え方は、日本には到底馴染まないものです。これに
ついて、ITメディアの山谷剛史氏は、芝麻信用と比較して地方
政府によるスコアについて次のように述べています。
─────────────────────────────
 地方政府系の信用スコアは、一部地域で新型コロナウイルス対
策として使われた。パンデミックとなった武漢に医療スタッフや
医療物資や義援金を送った人はスコアが上がり、新型コロナ対策
に非協力的だったり、ネットでデマを流したりした人はスコアが
下がる仕組みだ。スコアが上がれば行政手続き審査が省かれ、競
売などでも有利になる。逆に、スコアが下がれば審査に時間がか
かり、ビジネスなどで不利に働く。
 一方、芝麻信用に代表される民間企業の信用スコアは、クレジ
ットカードが普及しきっていない中国において、与信サービスと
して登場した。金融企業系の信用スコアを上げるには、個人情報
を入力する必要がある。家や車の所有状況、水道光熱費の引き落
とし状況、出身大学といった個人情報を入力すると、スコアは顕
著に上がる。クレカの与信を勤続年数や年収で判断するのと同様
に、そういったステータスが、個人の信用度を推し量る上で重要
とされているからだ。        https://bit.ly/3q8FwFY
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/008]

≪画像および関連情報≫
 ●中国で浸透する「信用スコア」の活用、その笑えない実態
  ───────────────────────────
   たいていの場合、イギリスではクレジットスコア(金融機
  関が与信審査で参考にする数値)はクレジットカードやロー
  ンの申請の判断にしか使われない。しかし中国では、政府が
  より広範な「社会信用システム」なるものの構築を進めてい
  る。人々を日々の行動などさまざまな基準で採点し、14億
  人いる中国国民の「信用度」を査定することが、最終的なゴ
  ールだ。
   近未来の世界の悪夢のように聞こえるかもしれないが、運
  用はすでに始まっている。中国ではこの社会信用システムの
  せいで航空券や鉄道のチケットを売ってもらえなかったり、
  NPOなどの組織の立ち上げが禁止されたり、特定のデート
  サイトが利用できなくなるといった事態が現実に起きている
  のだ。一方で、スコアが高ければさまざまな「特典」が受け
  られる。
   政府は14年にこのプロジェクトに着手した。20年まで
  の全国展開を見込んでおり、個人の行動を追跡して採点する
  だけでなく、民間企業や政府職員の業務なども評価対象とす
  る計画だ。システムが完成すれば、すべての中国国民は公的
  および私的機関から提供された自分の個人データの統合ファ
  イルをもつことになる。まだ試験運用の段階だが、現在はバ
  ラバラになっているデータベースをひとつにまとめる準備が
  行われている。         https://bit.ly/2LFTyQ4
  ───────────────────────────
芝麻信用信用スコア.jpg
芝麻信用信用スコア/span>
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月15日

●「虎の尾を踏んだジャック・マー氏」(第5408号)

 「信用スコア」導入のメリットはどこにあるのでしょうか。
 「それは疑うコストを下げることである」として、尾原和啓氏
は次のように述べています。
─────────────────────────────
 これまでは、たとえば賃貸住宅を借りる場合、収入を証明する
書類や保証人が必要でした。不動産会社は借り主がどれくらいの
規模の会社に勤めているか、年収はいくらあるか、保証人(親)
の経済状況はどうかまで見て、家賃の支払い能力があるか、危険
人物でないかを調べます。つまり「この人は信用できる人間か」
ということを調べるために、手間とコストをかけてきたのです。
 しかし、いまは芝麻信用のスコアを見るだけで、「この人は、
800点もあるから、よほどちゃんとした人なのだな」と瞬時に
見分けがつきます。疑うコストがかからないので、その分、煩雑
な手続きを簡略化することができるのです。
                ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
─────────────────────────────
 2018年10月のことです。アントフィナンシャルは、「相
互宝/シャン・フ−・パオ」という保険サービスを発表したので
す。これは、芝麻信用スコアが650点以上の人でないと、加入
できない重大疾病を保障する保険サービスです。芝麻信用スコア
が高い人に限定したのは、保険料の支払い能力に問題のない人に
絞ったからです。
 この保険のユニークなことは、加入時には保険料に相当する保
障コストがかからず、将来時点で発生する給付の多寡に応じて後
払いをする点にあります。分かり易くいうと、加入期間中に保障
対象の病気にかかって保険金が支払われると、これを残りの加入
者で、割り勘にするというものです。それが保険料になります。
これまでの保険料の額は、わずか0・1元(1・65円)という
安さです。なぜなら、加入者がスタートから1ヶ月で2000万
人を突破し、1年で1億人を突破したからです。
 現在、アントフィナンシャルは、「アント・グループ」と名称
変更し、2020年11月5日に上場する予定でしたが、11月
4日に突然上場延期に追い込まれたのです。たった1日前の延期
です。いったい何があったのでしょうか。
 一説によると、アリババの創業者ジャック・マー氏の発言に対
して、習近平総書記が激怒し、アントの上場の延期を命令したと
いうのです。確かに1日前の上場延期命令は、習近平総書記にし
かできないことであると思われます。ジャック・マー氏は、いっ
たい、いつ、どこで、どんな発言をしたのでしょうか。
 その発言の舞台は、2020年10月24日に上海で開催され
た金融サミットです。
 ジャック・マー氏は、以前から自分の考え方が習近平指導部の
それと合わないことに早くから気が付いていたのです。そこで、
2019年9月にアリババの会長職を自ら引退し、教師に戻ると
宣言していたのです。しかし、複雑な株の間接所有で、アント発
行済み株式の50・5%を保有し、グループの中で、最も革新的
で金のなる木であったアントを実質支配していたのです。
 さて、この上海金融サミットで、ジャック・マー氏は、予定の
15分をオーバーし、およそ次のことを訴えています。
─────────────────────────────
 バーゼル合意は「老人クラブ」のようなものである。中国の金
融は未熟で、銀行は考えが古い。だから、イノベーションが必要
である。中国は管理能力は強いが、監督能力が欠乏している。昨
日の方法では、未来は管理できない。古い規制で新しい取り組み
を縛るとイノベーションは生まれない。
             ──ジャック・マー氏の演説の要旨
─────────────────────────────
 これは、痛烈な中国批判です。とくに、「バーゼル合意は老人
クラブのようなものだ」と、多くの国で導入され、中国でも採用
されている銀行規制を批判しています。確かに、バーゼル合意は
ヨーロッパでは金融デジタル化といったイノベーションの足かせ
となっており、中国には合わないとマー氏は述べているのです。
 このジャック・マー氏の演説について「東洋経済デジタル」は
次のように解説しています。
─────────────────────────────
 この金融サミットには、国家副主席の王岐山氏や前中国人民銀
行総裁の周小川氏など大物が出席。特に、王岐山氏は開幕スピー
チで「近年、新しい金融技術が普及し効率性や利便性が高まった
一方で、金融リスクも拡大している」と警鐘を鳴らしていた。ジ
ャック・マー氏のスピーチは、この王岐山氏の発言を否定したと
も取れる内容になったのだ。
 中国メディア「財新」によれば、ジャック・マー氏はスピーチ
原稿を自らまとめ、金融事情に精通したアント関係者には事前に
見せなかった。関係者は「ジャック・マーひとりの増長だ」と明
かしているという。         https://bit.ly/3brJMMD
─────────────────────────────
 この爆弾発言をしたジャック・マー氏は、ここ2ヶ月ほどの間
公の場に姿を見せていないのです。レギュラー審査員として出演
していた起業家育成コンテスト番組「アフリカズ・ビジネス・ヒ
ーローズ」も、11月に行われた収録には参加せず、アリババ幹
部が代役を務めています。そして、同番組のサイトの審査員の欄
からマー氏の名前は削除されています。習近平政権の批判は、絶
対に許さない中国のことであり、まして、国家副主席の王岐山氏
や前中国人民銀行総裁の周小川氏の面前での金融体制批判であり
政権としては看過できなかったのではないかと思われます。
 ジャック・マー氏といえば、アリババを創業し、新規事業を次
々と成功させてきている改革の旗手です。そういう人を排除する
点が中国という国の最大の弱点であるといえます。
              ──[デジタル社会論/009]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の金融監督当局を激怒させたジャック・マー/アント
  上場延期は舌禍が招いた
  ───────────────────────────
   中国電子商取引最大手アリババグループ創業者の馬雲(ジ
  ャック・マー)氏にとって、まさに「口は災いのもと」を痛
  感すべき結果になった。
   中国の起業家として最も華やかな存在である馬氏は10月
  24日、銀行界の大物や金融監督当局や政府の要人が出席し
  た上海の会合で、監督当局や銀行を公然と批判。国内の金融
  規制が技術革新の足を引っ張っており、経済成長を高めるな
  ら改革がなされねばならないと主張。中国の銀行は、まるで
  「質屋」程度の感覚で営業していると率直に意見した。
   だが、この発言がきっかけとなり、最終的にはアリババ傘
  下の電子決済サービス「アリペイ」を運営するアント・グル
  ープの上場が一時延期される事態へと発展したとロイターが
  取材した政府当局者や企業幹部、投資家らは口をそろえる。
   それによると、馬氏が批判を浴びせた金融監督当局や共産
  党幹部らは、感情を害し、同氏が一代で築き上げた「金融帝
  国」の頭を抑える作業に乗り出した。そのハイライトが3日
  発表されたアントの上場延期だった。予定ではアントは5日
  に上海と香港で新規株式公開(IPO)を実施し、370億
  ドル(約3兆8300億円)を調達することになっていた。
  馬氏は自分の言葉がどんな影響を及ぼし得るかきちんと認識
  していなかったかもしれないが、2人の関係者の話では、馬
  氏に近い人々は用意されたスピーチの内容を事前に知って困
  惑し、金融監督当局のお偉方が来場する以上、もっと穏当な
  内容にすべきだと提案していた。ところが馬氏はそれを断り
  自分は言いたいことを言えるはずだと信じている様子だった
  という。            https://bit.ly/35vurGV
  ───────────────────────────
アリババ創業者/ジャック・マー氏.jpg
アリババ創業者/ジャック・マー氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月18日

●「位置情報だけでどこまでわかるか」(第5409号)

 1月1日に配信したEJ新年特集号において、「デジタルツイ
ン」について書きました。そのとき、ご紹介した「グーグルテイ
クアウト」については、早速ご自分の分をダウンロードされた読
者もいて、関心の高さが感じられます。しかし、これは予告編で
ありまして、詳しくは、本号から述べることになります。新年特
集号と重複する部分がありますが、ご了承ください。
 PCにせよ、スマホにせよ、グーグルのサービスをわれわれは
四六時中使っています。そのためグーグルサイドには、それぞれ
のユーザーの個人情報がストックされていきます。例を上げると
グーグル検索、グーグルマップ、ユーチューブ、グーグルフォト
Gメール、グーグルカレンダーなど、2020年3月現在、グー
グルテイクアウトに対応している項目は、全部で、47項目にわ
たっています。これらのグーグルサービスは、すべて無料で使え
るので、PCやスマホを持つ人であれば、誰でも当然のように毎
日使っており、今や不可欠な存在になっています。
 これらのスマホの利用履歴を分析することによって、何がどこ
まで分かるのか──このテーマにNHKが挑戦したのです。
─────────────────────────────
      企 画:NHKスペシャル取材班
      被験者:X氏
      目 的:X氏のデジタルツインを作る
    実験チーム:IT企業ミソシル社
─────────────────────────────
 実験の目的は、実験チームのミソシル社にグーグルテイクアウ
トでダウンロードしたX氏の9年分のデータ2・74GBを渡し
それ以外には、X氏について何の情報も与えていない状態で、ど
れだけX氏について知ることができるかにあります。
 実験チームが最初に取り組んだのは、位置情報──とりあえず
X氏の一週間分に当る215の位置情報の分析です。その情報を
地図上に記録して行くと、大阪市に集中しており、とくに20回
が大阪市西淀川区にある特定のマンションから、頻繁に発信され
ていることがわかったのです。そのため、実験チームはこのマン
ションをX氏の自宅と認定したのです。なお、情報の高度は、7
〜8メートルであり、マンションの3階と認定されています。位
置情報には高度の情報も含まれているのです。
 GPSには、大別すると、次の2つの情報が含まれています。
─────────────────────────────
 @位置情報/いつ、どこにいたか/緯度・経度特定
  日付、時刻、緯度、経度、高度など
  1000分の1秒単位で自動的に記録されている
 A移動速度/移動形式/位置情報の変化
  移動形式は、徒歩、ランニング、電車、地下鉄、自転車、車
  フェリー、ヨット、スキーなど15項目
               ──NHKスペシャル取材班編
    『やばいデジタル/現実(リアル)が飲み込まれる日』
                  講談社現代新書2594
─────────────────────────────
 X氏がどのような住宅に住んでいるかが分かると、家族構成や
年収の推定できるようになります。住宅情報サイトでX氏のマン
ションついて調べると、築30年を超える賃貸マンションで、間
取りは1K、広さは30平米程度です。このことから、X氏は独
身か、単身赴任のサラリーマンではないかと推定されます。
 このマンションの家賃は管理費込みで5万5000円。月収は
月額家賃の約3倍と仮定すると約16万5000円、年収はその
12倍の198万円、200万円前後の年収ではないかと推定さ
れます。位置情報だけで、自宅や年収までわかってしまうとは、
まさに驚きです。
 もし、X氏が単身赴任のサラリーマンであるとすると、日中は
特定のオフィスに通っているはずですが、X氏の昼の位置情報は
特定のオフィスとみられる場所に集中しておらず、日によって行
く場所がバラバラです。これによって、X氏の職業はサラリーマ
ンではないと考えられます。
 しかし、夜の位置情報を調べると、午後7時から午後10時に
かけて、特定の場所から頻繁に位置情報が発信されていることが
判明したのです。その場所は「インターセクション」というバー
であることも分かり、その経営者か、バーテンダーなどの従業員
として働いていることが推定できます。緯度と経度から、バーの
場所は正確に特定することができるのです。
 実験チームは、位置情報から、X氏について、次のプロフィー
ルを把握したのです。
─────────────────────────────
 大阪市西淀川区の賃貸マンションの3階に暮らす、年収200
万円の1人暮らしのバー経営者である。
         ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
 GPSのもうひとつの情報である「移動速度/移動形式」を分
析すると、X氏の場合、移動形式のほとんどが電車と徒歩である
ことから、車は持っていないと考えられます。
─────────────────────────────
        電 車:78・378158%
        徒 歩: 8・935779%
         ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
 驚くべきことですが、実験チームによるX氏に関するここまで
の分析は、ほぼ的中しているのです。それは、X氏自身が認めて
います。したがって、グーグルサイドがその気になれば、そうい
うユーザーをターゲットとした的確な広告が打てることになりま
す。つまり、グーグルの提供する様々な無料のサービスを使うこ
との対価として、われわれは、貴重な個人情報を提供しているこ
とになります。       ──[デジタル社会論/010]

≪画像および関連情報≫
 ●今さら聞けない「デジタルツイン」とは?
  ───────────────────────────
   近年「デジタルツイン」という言葉が注目を集めています
  が、具体的にどのようなものなのか、言葉だけではイメージ
  が湧きにくいかもしれません。デジタルツインの概要や活用
  シーン、具体的な活用事例を知り、自社のビジネスへの導入
  を検討しましょう。
   デジタルツインとは、物理世界(現実世界)に実在してい
  るものをデジタル空間でリアルに表現したものを指します。
  現実世界の仕組みや稼働状況などをデジタル空間に構築し、
  リアルなシミュレーションを可能にする技術です。IoTが
  普及し、あらゆるモノのデータ取得が可能になったことで、
  デジタルツインの技術も飛躍的に進化しました。
   あらゆるビジネスにおいて、シミュレーションは欠かせま
  せん。市場規模に合った商品の開発や自動車の安全技術の確
  立など、ありとあらゆる業界でシミュレーションが行われて
  います。デジタルツインもシミュレーションの一種です。し
  かし、従来のシミュレーションとのもっとも大きな違いは、
  現実世界の変化とリアルに連動している点にあります。たと
  えば、何らかの機械部品の耐久性をシミュレーションすると
  しましょう。機械部品は使用を続けるうちに摩耗・破損など
  が発生し、いつまでも当初の性能や姿を留めているわけでは
  ありません。従来のシミュレーションでは、こうした摩耗や
  破損による変化は、人の手でデータを改めて入力する必要が
  ありました。しかし、デジタルツインではそうした手間は必
  要ありません。現実世界で生じた変化と連動しているため、
  機械部品の摩耗などについてもリアルタイムで仮想空間に再
  現されるのです。        https://bit.ly/3oQFWQU
  ───────────────────────────
デジタルツイン/NHKスペシャル.jpg
デジタルツイン/NHKスペシャル
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月19日

●「検索の履歴は人生の履歴そのもの」(第5410号)

 グーグルテイクアウトに記録されている、位置情報のログ(記
録)の解析だけで、X氏がどこに住んでおり、独身か妻帯者か、
職業は何か、収入はどのくらいか、車を持っているかどうかなど
がすべてわかってしまうのです。驚くべきことです。
 この位置情報の解析について、NHKスペシャル取材班は、次
のように述べています。
─────────────────────────────
 位置情報の解析は、すでに、現代社会の様々な場面で行われて
いる。たとえば、検察による捜査。2020年6月、河井克行前
法務大臣と妻の案里参議院議員(肩書は当時)が逮捕された選挙
違反事件。検察当局が現金を受け取ったとされる地元議員らに任
意で提出させたのはスマホだった。その位置情報を解析すること
で、現金提供の目時や場所の確認を進めていたという。
 また、たとえば、日銀による景気分析。グーグルは一人一人の
スマホの位置情報をもとに、レストランやショッピングセンター
などの人出がどう変化したかを、地域別に公表している。日銀は
このビッグデータを利用して、2020年7月、新型コロナウイ
ルス禍の経済・物価情勢の行方を展望するレポートを発表した。
「いつ、どこに、誰がいたか」ということに過ぎない位置情報も
それを、誰が、どのような目的で使うのかによって、重要な意味
を帯びてくるのである。    ──NHKスペシャル取材班編
    『やばいデジタル/現実(リアル)が飲み込まれる日』
                  講談社現代新書2594
─────────────────────────────
 続いて「検索履歴」で何がわかるかです。検索履歴とはグーグ
ルの検索窓に入れるキーワードのことです。グーグルでは、ユー
ザーが行なった検索の履歴──どのようなキーワードで何を検索
したかを「マイアクティビティ」として、本人が消去しない限り
データを保存しています。
 しかし、昨今のいわゆるGAFAの情報利用について世界的に
懸念が広がってきているので、2020年6月から、グーグルは
プライバシー保護のため、検索履歴、位置情報については、18
ヶ月までの保存を原則とし、期間を過ぎると、自動的に消去され
るようになっています。
 Xさんの場合、マイアクティビティに残されている検索履歴は
2011年からの9年分であり、3万5765回になります。N
HKスペシャル取材班は、このデータをAIに読み取らせ、そこ
からX氏の人物像を解析させたのです。AIの分析によって、X
氏のプロフィールは次のように割り出されています。
─────────────────────────────
 Xさんは、2018年7月ごろに東京で脱サラし、10月ごろ
から職業訓練校で観光について学んだ。しかし、2019年初頭
に退校し、単身引っ越しパックを使って、大阪市に転居。物件を
居抜きで借り上げ、4月ごろには、バー「ザ・インターセクショ
ン」を開業した。 ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
 検索キーワードでなぜこれほど正確にプロフィールが分かるの
でしょうか。検索は初期のうちは、百科事典的な答えしか得られ
なかったのですが、最近のグーグルの検索では、AIが機能して
おり、何かに困ったときに、人にものを尋ねるように聞くと、そ
れに適切に対応してくれるようになっています。
 Xさんの場合、2018年の検索ランキングの上位に「失業保
険」と「ハローワーク」という言葉が頻繁に出てきたのです。こ
の年にX氏は、脱サラを決意し、7月にそれを実施しています。
職業訓練校で「観光」について学習していますが、一大決断をし
て、大阪市に転居しています。そして、バーを居抜で借り上げて
バーを開業しています。そういうプロセスが検索ワードにあらわ
れているのです。NHKスペシャル取材班編は、これについて、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 実験チームはXさんの分析をしながら、こう解説した。「人間
は大きな決断をしなければいけない時にはすごく慎重になる。だ
から、検索したり、実際にその場所に行ってみたりして、情報を
集めたくなる。逆に言うと、そういうライフイベントに関わるデ
ータはグーグルにたまりやすい。いつ引っ越しをしたのかとか、
いつ結婚をしたのかみたいなところは、今我々が分析したように
知りうると思ってよいかと思います。
         ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、X氏のある1ヶ月分の
データを取り出し、分析したところ、特徴的だったのは検索の時
間帯です。それは、バーの営業時間帯と思われる午後8時以降も
回数が落ちることなく検索していることです。これは、バーが相
当ヒマであることを示しています。そのせいか、同じ時期の検索
履歴には、インターネット回線や、動画配信などのサービス名と
「解約」という単語の組み合わせが頻出していたのです。
 これを実験チームは、バーの経営が軌道に乗らず、経済的に困
窮しているので、複数の有料サービスを解約していると実験チー
ムは推測しています。これが正しかったかどうか、実験チームの
ディレクターとX氏の1問1答をご覧ください。
─────────────────────────────
ディレクター:店の経営状態は?
Xさん:赤字ですね。お客さんは平均1人、2人。ゼロの時もあ
    りますね。
ディレクター:その時は何を?
Xさん:インターネットで検索したり、動画を見たり、スマホで
    ゲームしたりですかね。
         ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/011]

≪画像および関連情報≫
 ●他人に見られたくないグーグルの検索履歴を
  表示させない方法
  ───────────────────────────
   グーグルが検索履歴を記憶する仕組みは、検索精度をより
  高めるための便利な機能です。しかし、自分の検索履歴や閲
  覧履歴を他人に見られたくないと考える人もいるでしょう。
  グーグルの検索履歴を表示しない方法を、デバイス別に紹介
  します。
   グーグルには、ウェブページなどの検索履歴を保存する機
  能が備わっています。検索履歴の確認方法と、履歴管理の重
  要性を確認しましょう。グーグルでは、検索の精度を高める
  ため、ユーザーが過去に検索したキーワードや検索結果から
  アクセスしたページの履歴を保存しています。
   この機能により、グーグルがユーザーの検索傾向を学習し
  次回以降の検索でユーザーが求めていると思われる情報を予
  測して表示するなど、より検索しやすい環境が整っていくの
  です。しかし、検索履歴や閲覧履歴は、ユーザーの趣味趣向
  をダイレクトに示すものでもあり、中には他人に知られたく
  ないような内容の検索履歴も含まれているでしょう。
   異なるデバイスでグーグルを利用したとしても、グーグル
  アカウントが同じであれば、検索履歴も各デバイス間で共有
  されてしまいます。他人にグーグルの検索履歴を見られない
  ようにするためには、管理方法をしっかりと理解しておくこ
  とが重要です。         https://bit.ly/3oTyDYH
  ───────────────────────────
X氏の時間帯別の検索回数(1ヶ月分の集計).jpg
X氏の時間帯別の検索回数(1ヶ月分の集計)
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月20日

●「香港デモで使われるデジタル追跡」(第5411号)

 香港では、2019年6月から始まった「逃亡犯条例改正」へ
の反対に端を発し、空前の盛り上がりを見せた香港のデモの参加
者が今になって次々と逮捕されています。確かにデモの盛り上が
りはすさまじく、人口700万人の香港で200万人が参加する
という空前の規模のデモが起こり、香港政府はこの条例の撤回に
追い込まれています。
 しかし、香港の警察は、デモ自体は違法であるとして、デモの
参加者を次々と逮捕しているのです。確かにデモは警察の許可を
得ておらず、違法であることは事実です。それがなぜ、今になっ
て、香港の警察は、デモのリーダーを特定できたのでしょうか。
彼らは、逮捕を恐れて、顔をマスクやサングラスで隠し、身元が
特定されることを防いでいたはずです。
 なぜ、今かといえば、2019年10月19日開催の四中全会
において、中国が「香港特別行政区国家安全維持法」(国安法)
を成立させたからです。この法律は、香港から自由を奪う法律で
あり、1997年に香港が英国から中国に返還されるさい、50
年間、香港には高度な自治を認めるという約束を踏みにじるもの
だからです。この法律によって、香港行政府は、これまでできな
かったことができるようになったのです。
 複数の人権団体によると、香港国安法は、これまで与えられて
いた被告人の保護を損なっているようであるとして、次の指摘を
行なっています。
─────────────────────────────
 新法では、裁判が非公開で行われたり(第41条)、陪審員な
しで行われたり(第46条)する可能性があるという。また裁判
官は、中国に対して直接的な責任を負う香港特別行政区行政長官
が任命できる(第44条)。
 また、容疑者は保釈されないとある(第42条)。容疑者の拘
束期間についても制限がないようで、事件は「しかるべきタイミ
ングで」処理されるべきだとだけ記されている。
 捜査から判決、処罰に至るまでの全てを、中国大陸の当局が引
き継ぐこともできる(第56条)。  https://bbc.in/3inuV7n
─────────────────────────────
 中国の法律の最大の問題点は、基準が曖昧で、わかりにくいこ
とです。中国国内で多くの日本人がスパイ容疑で逮捕され、服役
させられていますが、何が理由で逮捕・起訴されたのか、はっき
りしないことです。すべては中国共産党の恣意的判断で、罪が決
まってしまうようです。
 そこで香港でやれるようになったのが「デジタル追跡」です。
それは、香港当局が通信会社にスマホの通信記録を提出させ、そ
の行動を追跡し、デモ参加者を特定する──その情報を警察に与
えて首謀者を逮捕させているのです。これに関して、NHKスペ
シャル取材班は次のように書いています。
─────────────────────────────
 警察がデジタル追跡によって捜査・逮捕を行っているというこ
とは、若者たちの間ではたびたび語られているものの、当局が公
式に認めているわけではない。しかし、香港のデジタル事情に精
通する、香港中文大学のロクマン・ツイ准教授はこう指摘する。
 「警察は、裁判所の命令なしに、通信会社からデータを提供さ
せていると見ています。企業が集めたデータを使って、市民を逮
捕できるようになっているのです。香港の人々はそのことに強い
懸念を抱いています」。    ──NHKスペシャル取材班編
    『やばいデジタル/現実(リアル)が飲み込まれる日』
                  講談社現代新書2594
─────────────────────────────
 警察の「デジタル追跡」を察知したデモの参加者たちは、「デ
ジタル断ち」をして、それを防ごうとしていますが、あまりうま
くいっていないようです。「デジタル断ち」とは、スマホのGP
Sをオフにし、スマホで通話しないようにし、トランシーバーを
使うなど、ネットワークに痕跡を残さないようにすることをいい
ますが、リーダー格は次々と逮捕されています。
 「シュタージ2・0」という言葉が流行していますが、ご存知
でしょうか。
 ところで、「シュタージ」とは、かつての東ドイツにあった秘
密警察・国家保安省の名前です。シュタージについては、ネット
上に次の解説があります。2014年の記事です。
─────────────────────────────
 ドイツ民主共和国(東ドイツ)政府が国を掌握するための手段
として利用し、独裁政治を支えたシュタージ(正式名は国家保安
省)。この悪名高きシュタージに囚われた国民の数は25万人を
超え、東西ドイツの再統一から25年目を迎えようとする今日で
も、当時のシュタージの恐怖に脅かされている人は少なくない。
 ベルリンに東西を分断する壁が築かれたのは、1961年8月
のこと。1950年から1960年にかけて東ドイツの経済状況
は悪化し、豊かな西側への亡命者が続出したことが壁建設の理由
であった。だが、壁の建設後に状況はさらに悪化。これにより逃
亡の意図を口にしたり、国外への旅行の申請を行ったりした者は
誰でも収監される可能性があった。そして、「逃亡の危険あり」
と判断された者、社会主義統一党を批判する者たちは政治犯とし
て囚われ、公式には存在しなかった政治犯収容所へと送られ恐喝
を受けた。諸処を解明する記録はほとんど残っておらず、収監理
由が未だに特定されない人もいる。  https://bit.ly/3iqPrUn
─────────────────────────────
 シュタージはこの監視体制について、国民1人ひとりについて
膨大なデータベースを構築し、国家にとって不利益な行動を起こ
す人物を特定し、逮捕していったのです。現代のこの監視体制は
IT技術によって、巨大IT企業はもっと精度が高い監視ができ
るようになっています。それを使っている国もあります。これが
「シュタージ2・0」です。皮肉なことに30年たって再びこの
体制ができてしまったのです。──[デジタル社会論/012]

≪画像および関連情報≫
 ●欧米では導入で苦心 接触追跡アプリ、「監視」との声も
  ───────────────────────────
   パリ郊外のテレビ局で音声技師として働くギヨーム・モベ
  ールさん(34)は、6月初旬に追跡アプリ「STOP COVID」
  をダウンロードした。スマートフォン上で個人情報の扱いな
  どに同意する手続きは数分で済んだ。
   過去数日の間に感染者と15分以上、1メートル以内の距
  離で接した場合、自動的に通知が来る。モベールさんは電車
  を避けて自家用車で通勤し、職場も消毒が徹底されている。
  アプリのアラームは、今のところ鳴らない。「これで感染が
  防げるなら便利」。両親にも利用を勧めたという。
   ドイツも16日に追跡アプリを導入。政府担当者は「世界
  最高のアプリだ」と胸を張り、「ダウンロードするのは個人
  には小さな一歩だが、パンデミックとの戦いの大きな一歩で
  ある」と利用を呼びかけた。ドイツが導入したアプリは、他
  人との接触情報を個人のスマホ内にとどめる「分散型」技術
  と呼ばれ、個人情報は守られる。日本と同様、米IT大手の
  アップルとグーグルの技術に頼る。ドイツでは国民の46%
  がアプリに否定的との研究機関調査もあったが、19日まで
  に960万ダウンロードされた。個人情報の扱いを厳しく規
  制する一般データ保護規則(GDPR)を定めるEUは4月
  にコロナ対策でもプライバシー保護を徹底するよう指針を作
  成。欧州では当初、独仏伊など8カ国でアプリ技術を作り、
  データを政府で管理する「集中型」の仕組みを作ろうとした
  のである。           https://bit.ly/3sBPhy9
  ───────────────────────────
香港におけるデモ活動.jpg
香港におけるデモ活動
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月21日

●「監視資本主義とデジタル民主主義」(第5412号)

 「シュタージ2・0」の話の続きです。現在、シュタージ──
東ドイツ秘密警察・国家保安省の本部は、建物が博物館となって
おり、この博物館に行けば、シュタージのかつての活動を見るこ
とができます。シュタージは、対外諜報活動に加えて、当時の東
ドイツの国民のあらゆることを知ろうとし、盗聴器が家の壁やコ
ンセントの中、自動車のドアの内部などに仕掛けられ、電話が盗
聴されていたのです。完全な監視社会です。
 当局が少し問題があると判断した人物には、多くの監視員が市
中に紛れ込み、隠しカメラで写真を撮り、その行動を監視し、ど
こで、誰と会い、どんな表情をしていたかにいたるまで記録して
膨大なデーターベースを構築しています。郵便物はもちろん配達
前に開封され、中身が調べられ、気が付かないように封印されて
いたのです。このデーターベースは現在も保存されており、本人
が、自分のファイルに限り、閲覧することができます。
 ドイツ緑の党の国会議員で、デジタル分野に精通しているコン
スタンティン・フォン・ノッツ氏は、データの保護に関して、次
のように警告を発しています。
─────────────────────────────
 スパイ活動という観点では、当時のシュタージよりも、現在の
巨大IT企業の方がはるかにうまくいっているでしょう。大企業
や政府は必ずしも善良ではないという感覚を我々は心の深い部分
で抱えています。私たちが自分のデータの奴隷になりたくないな
ら、データを保護し、規制する必要があります。「データ保護」
という言葉は、単にデータを守るという意味だけではなく、人間
の尊厳とプライバシーを守る盾という意味があるのです。
               ──NHKスペシャル取材班編
    『やばいデジタル/現実(リアル)が飲み込まれる日』
                  講談社現代新書2594
─────────────────────────────
 現在ロシアの大統領であるウラジーミル・プーチン氏は、かつ
ては、このシュタージの工作員であり、それを裏付ける身分証が
ドイツ東部ドレスデンのシュタージ記録保管所で発見されていま
す。その写真をネット上で発見したので、添付ファイルにしてあ
ります。若いですね。
 シュタージに代表される苦い歴史を有するヨーロッパでは、現
代の巨大IT企業(GAFA)による個人データ独占には、高い
関心と警戒心を持ち、世界に先んじて議論を重ね、様々な対応策
を打ち出しています。そして、EUでは、世界でも最も厳しいと
いわれるデータ保護の法律「GDPR」を施行したのです。20
18年5月25日のことです。GDPRとは、次の言葉を省略し
たものです。
─────────────────────────────
      ◎GDPR:EU一般データ保護規則
      General Data Protection Regulation ───
──────────────────────────
 GDPRによって、企業が個人情報を取得するさいのルールは
きわめて厳格化され、事実上、企業が人物像のプロファイリング
をすることは禁止されています。違反したときの罰則は厳しく、
その制裁金は最大2000万ユーロ(約25億円)もしくは連結
決算の4%という巨額になっています。
 このように、ごく少数のプレーヤーの手に権力が集中し、イノ
ベーションや競争が妨げられることを「監視資本主義」といいま
す。監視資本主義とは、企業が個人情報を収集することで、消費
者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組
みのことです。
 EUでは、このGDPRだけでなく、2017年からDECO
DEを立ち上げています。GDPRが、法律というトップダウン
型であるのに対して、DECODEは、個人データの主権を個人
に取り戻すための個人からのボトムアップを目指しています。D
ECODEとは、次のことを意味しています。
─────────────────────────────
 ◎DECODE/脱中心的市民所有データエコシステム
     DEcentralized Citizens Owned Data Ecosystem
─────────────────────────────
 DECODEの理念は、個人データの主権を個人に取り戻すこ
とにあり、そのための新技術を開発し、プライバシーを保護しな
がら、企業、行政、そして個人にもメリットのあるシステムを作
る社会実験です。DECODEには500万ユーロの資金が提供
され、ヨーロッパ中の研究者や政策立案者、プログラマを集積さ
せて、現在、14の個別プロジェクトが進行しています。
 これらのプロジェクトは、主としてスペインのバルセロナ市や
オランダのアムステルダム市ではじまっていますが、パルセロナ
市のDECODE担当者のポール・バルセス氏は、「データは新
しい人権」として次のように述べています。
─────────────────────────────
 データはいわば新しい人権だと考えるようになりました。もは
や市民が生み出すデータを行政サービスで使用することほ避けら
れません。しかし、それは人々に許可をもらったうえで利用する
形にしなければいけないのです。
 なぜデータを使用するのか、目的は何か、どういった条件、ど
ういった契約関係のもとで使用するのかといったことを説明する
透明性が必要であると考えています。透明性が基本原則として確
保されることは、長い目で見ると、行政や企業が行おうとしてい
ることを市民に理解してもらえるということなので、結果的に物
事がスムーズに流れ、生活もより便利になっていくでしょう。逆
に透明性がなければ、いずれ信頼が失われてしまい、社会は間違
った道を進んでいくことになるでしょう。
         ──NHKスペシャル取材班編の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/013]

≪画像および関連情報≫
 ●監視資本主義とはなにか/「スーパーシティ 」の内実を
  暴く/小笠原みどりの「データと監視と私」
  ───────────────────────────
   監視資本主義とは、企業が個人情報を収集することで、消
  費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げ
  る仕組みを指す。個人情報の収集は現在、私たちがインター
  ネットにアクセスする度にほとんど自動的に生じている。
   ズボフ教授は、特に米IT大手企業グーグルに焦点を当て
  る。例えばグーグルで何を検索したか、グーグルの管理する
  Gメールで、誰に何回、どんなメッセージを送ったかなどの
  データから、私たちの興味や関心、人間関係がわかる。グー
  グルはこうして大量に抽出したデータを他の企業に売って、
  企業が私たち一人ひとりに狙いを定めたターゲット広告を打
  つことを可能にしてきた。だから個人情報によって収益を上
  げる仕組みは、IT企業だけでなく、他の小売業やサービス
  業を含む市場全体に及び、実際のところ、日本でも多くの企
  業が「21世紀の石油」とばかりに、個人情報集めに躍起に
  なっている。
   グーグルは便利だし、何を検索しているか、メールに何を
  書いているか見られても別に構わない、と感じる人もいるか
  もしれない。が、企業があなたの仕事や週末の行動パターン
  を探るだけでなく、秘密や弱みや悩みにつけ込み、不安を煽
  ってダイエット商品を買わせたり、興奮を誘ってゲーム中毒
  にさせたりしているとしたら、どうだろうか。
                  https://bit.ly/3oYbsMQ
  ───────────────────────────
シュタージ時代のプーチン氏.jpg
シュタージ時代のプーチン氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月22日

●「COCOAは本当に役に立つのか」(第5413号)

 「データは新しい人権である」──そういう時代において、ス
マホの個人データが新型コロナウイルスの感染拡大防止に有効で
あると実証されつつあるのがコロナの「追跡アプリ」です。
 韓国のコロナ追跡アプリに「コロナ100M」というのがあり
ます。これは、ユーザーが新型コロナの患者から100メートル
の距離に来たら教えてくれるというアプリです。
 韓国疾病対策センターなど、政府系機関から情報を得て、感染
者の国籍や年齢、性別、移動履歴などを地図で示すというもので
す。同様に地図で感染者の移動履歴を示す「コロナ・マップ」と
いうアプリも人気になっているそうです。
 韓国では、氏名は伏せるものの、クレジットカードの利用履歴
やスマホの位置情報、防犯カメラの映像も分析して、感染者のお
おまかな住所のほか、行動をたどり、立ち寄った店などが分刻み
に公開されています。アプリのユーザーは、これを見ることによ
り、感染のリスクを避けることができるというものです。
 民主諸義国として、韓国は個人情報を相当大胆に使っている国
といえますが、中国は、位置情報のほか、病院の診察データも連
動させて、監視するアプリを開発しています。QRコードを色で
3分類しているのです。アプリを開発したのは、中国のネット2
強であるアリババとテンセントです。
 どのようなアプリであるかは、日本経済新聞記者の次のレポー
トをご覧ください。
─────────────────────────────
 「健康コード見せてください」。記者が取材先を訪れると、受
付で必ず声をかけられる。スマホをとりだし、アプリを起動して
QRコードを見せる。この色が感染状況を表す。
 赤色は「感染」、黄色は「濃厚接触の疑いまたは隔離が必要」
緑色は「問題なし」だ。当局が個人ごとに状況を判断して色を変
える。コード確認は空港や駅のほか、飲食店や商業施設でも求め
られる。記者の場合、週に一度通うスポーツジムも提示しないと
入れない。3月に日本に一時帰国した同僚は、中国に戻るとしば
らくコードは黄色になった。2週間の自宅隔離となったため実際
に入店を拒否されたことはないが、ルールを守らない人がいた場
合はコードが役に立つのだろう。アプリの利用は強制ではない。
だが、最近では一部で緩みもあるとはいえ日常的に多くの場所で
提示を求められるため、事実上は義務に近い。
               https://s.nikkei.com/2LRo2PD
─────────────────────────────
 問題は日本です。日本は、国家がテクノロジーを使って、デジ
タル監視することを最も嫌う国です。マイナンバーカードが普及
しないのは、日本人がICTが苦手であるだけでなく、カードが
様々な個人情報と紐づけられるのを嫌うからです。そういう国民
性を十分意識して、厚生労働省が構築したのが、コロナ接触確認
アプリ「COCOA」です。「COCOA」とは何でしょうか。
それは、次のことを意味しています。
─────────────────────────────
   ◎COCOA/新型コロナウイルス接触確認アプリ
       COVID-19 Contact-Confirming Application
─────────────────────────────
 COCOAは、「接触確認アプリ」という名称で、ITエンジ
ニアなどで作る複数のグループがボランティアで開発を始めたも
のです。その主導的な役割を担ったのは、コード・フォー・ジャ
パンという企業です。もっとも最終的に決まったアプリについて
は、民間の開発した複数のアプリのどれかを選ぶのではなく、厚
生労働省が一つのアプリとして提供することになったのです。そ
の基本的設計仕様は、コード・フォー・ジャパンの仕様と酷似し
ています。
 COCOAを含むこうした追跡アプリの仕様は、スマホに内蔵
されたブルートゥースという通信技術を使います。ちなみに日本
における濃厚接触の定義は「1メートル以内かつ15分以上の接
触」となっています。
 COCOAのアプリをダウンロードしたスマホ同士がすれ違う
と、ブルートゥースによって、お互いにデータを記録する仕組み
になっています。
 問題はCOCOAの仕組です。通常は次のように理解されてい
ます。このアプリのユーザーが、PCR検査を受けるなどした結
果、コロナに感染し、陽性になったとします。その場合、感染者
は自らその旨をアプリに登録します。当然それが正しいかどうか
のチェックが行なわれ、陽性の登録が行なわれます。この陽性の
登録が行なわれたスマホが、他のCOCOAがダウンロードされ
ているスマホとすれ違うと、そのスマホに陽性者との接近が記録
されるのです。
 しかし、このシステムの場合、陽性者がCOCOAを利用して
いなかったり、利用していても陽性登録をしない場合、まったく
役に立たないことになります。
 実はCOCOAも様々なバージョンアップが行なわれているよ
うです。例えば、「iOS13・7」からは、「設定」には「接
触通知」(赤色)ボタンが登場しています。そのボタンをタップ
し、「接触ログ記録の状況」を「→」します。そして「接触チェ
ックの記録」をタップすると、日ごと、時刻ごとに、厚生省から
提供されたキーのリストを見ることができます。なお、8日以前
のものは表示されません。
 要するに、COCOAのアプリがインストールされているスマ
ホ同士がすれ違うと、それぞれのキーが記録されます。医療機関
などで、感染が確認されたCOCOAユーザーは、過去14日間
に自分が送信したキーを任意で提出すると、厚労省はそれをまと
めて、毎日COCOAユーザーに配信します。これが一致するス
マホには、感染者との接触が通知される仕組みになっているので
す。これについて、来週のEJで、より詳しく解説します。
              ──[デジタル社会論/014]

≪画像および関連情報≫
 ●接触追跡アプリはなぜ役に立っていないのか?
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルスの接触追跡アプリは、多くの難問に突
  き当たっている。だが、サイエンス誌に掲載された新しい評
  論の執筆者によると、この構想自体をあきらめる必要はない
  という。その代わり、執筆者たちの主張によれば、接触追跡
  アプリの成功には、倫理的で信頼が置けること、地域に根ざ
  していること、新しい有効なデータに適応できる必要がある
  という。
   現代の公衆衛生は、感染症の突発的発生時に接触者を追跡
  することが前提となっており、接触追跡アプリは新型コロナ
  ウイルス感染症との戦いに大きく貢献するものとして期待さ
  れてきた。パンデミックの初期において、各国政府と企業は
  新型コロナウイルスの拡散防止策の一環として、接触追跡ア
  プリを立ち上げた。意外なことに、グーグルとアップルもこ
  の取り組みに参加している。だが、現在では、接触追跡アプ
  リによって新型コロナの拡散に歯止めをかけられるという前
  提には欠陥があることが明らかになってきている。アプリの
  ダウンロード率は低く、使用率はさらに低い。さらに運用の
  課題にも直面している。手作業にせよ自動にせよ、接触追跡
  という手法は必要とされる規模に達していないのだ。最近の
  ピュー研究所の調査によると、人々は公衆衛生当局を信頼し
  て自身のデータを提供することを躊躇しており、保健所など
  の知らない人からの電話に出ない、といった別の問題点も明
  らかになっている。       https://bit.ly/3o1XpV8
  ───────────────────────────
COCOAの画面.jpg
COCOAの画面
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月25日

●「感染者との接触をどう探知するか」(第5414号)

 1月22日のEJで、新型コロナ接触アプリ「COCOA」を
取り上げましたが、わかりにくいのと、不正確な部分もあったの
で、もう少し詳しく説明することにします。
 そもそもこのアプリは、本当に役に立つのでしょうか。
 COCOAは、社会全体で60%以上がインストールしないと
機能しないといわれています。しかし、2017年現在、ガラケ
ーを含むモバイル端末全体では普及率は84%に達しているもの
の、スマホの保有率はまだ60・9%しかなく、60%以上がイ
ンストールされるのはほとんど不可能です。
 しかし、COCOAには次の特色があります。匿名性が厳重に
担保されているのです。
─────────────────────────────
   1.位置情報などの個人情報を一切利用しない
   2.スマホを特定するようなIDも利用しない
   3.陽性者のアプリへの登録は本人の意思次第
─────────────────────────────
 それでは、これほど徹底して、個人情報を利用しないのに、な
ぜ感染者との接触を探知できるのでしょうか。
 COCOAは、厚労省が管理する「HER─SYS」(新型コ
ロナウイルス感染者等把握・管理支援システム)と、「通知サー
バー」によって構成されています。HER─SYSというのは、
保健所や自治体などが、感染者の情報・状況を管理するためのシ
ステムです。「通知サーバー」というのは、COCOAがアクセ
スするためのサーバーのことです。しかし、COCOAがHER
─SYSに直接アクセスすることはありません。
 22日のEJで、COCOAには、ブルーツゥースという無線
技術が使われると述べましたが、正確には「BLE」という技術
が使われています。BLEとは次の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
       ◎BLE/Bluetooth Low Energy
         クラス1:約100メートル
         クラス2: 約10メートル
         クラス3:  約1メートル
─────────────────────────────
 つまり、BLEは、低電力消費・低コスト化に特化した規格の
ことです。クラスには3種類がありますが、COCOAは、クラ
ス3が使われています。既に述べているように、日本における濃
厚接触の定義は、「1メートル以内、かつ15分以上の接触」と
されています。
 COCOAは、BLEのクラス3を利用しているので、COC
OAをインストールしているスマホ同士が1メートルの範囲内に
入り、15分以上そのままだと、スマホ同士で「接触符号」を交
換し、それぞれのスマホに保存します。
 どんな状況が考えられるかというと、電車に乗って座席に座っ
たときを考えてください。左右前方のほとんどの人がスマホを操
作しており、それらのスマホにCOCOAがインストールされて
いれば、1メートル以内の範囲であれば、「接触符号」を交換し
合うことになります。「接触記号」は、毎日ランダムに生成され
る「日次鍵」と時刻から、「ハッシュ関数」で生成されます。ハ
ッシュ関数というのは、その数値から元へは戻せない一方的関数
のことです。なお、これらの「接触符号」は、14日が経過する
と順次消去されます。
 さて、COCOAをインストールしているユーザーの誰かが、
PCR検査を受けて、コロナに感染していたことがわかったとし
ます。この場合、そのユーザーはアプリに登録することになりま
すが、そのさい保健所から発行される「通知番号」をアプリに入
力することになっています。ちなみに、感染者が登録するかどう
かは本人の意思しだいです。強制されることはありません。なお
登録しても、それが他の人に知られることはありません。
 「通知番号」が入力されると、アプリは、感染していた可能性
のある期間の「日次鍵」と時間情報をまとめた「診断鍵」と呼ば
れる情報を通知サーバ−に送ります。通知サーバーは、受け取っ
た「診断鍵」をCOCOAをインストールしている全ユーザーに
送信します。
 スマホ側では、「診断鍵」に含まれる情報から、陽性者の「接
触符号」を生成し、過去に交換して、スマホに保存中の「接触符
号」と比較します。もし、一致するものがあると、感染の可能性
があるので、ユーザーに通知をします。例えば、次のようなメッ
セージがアプリに表示されます。
─────────────────────────────
 COVID−19にさらされた可能性があります。
 新型コロナウイルス陽性登録者と接触した可能性があります。
 詳細はこちら。Appからその接触の日付、期間および信号の
 強さにアクセスしました。
─────────────────────────────
 ところで、iOS、アイフォーンの場合、iOS13・7以上
の場合、「設定」を開くと、「接触通知」のボタンが新設されて
います。これを次のように操作すると、14日間の「接触チェッ
クの記録」を調べることができます。
─────────────────────────────
 「接触通知」→「接触のログ記録の状況」を「>」→「接触チ
ェックの記録」を「>」→「日付」の表示を選択して「>」
─────────────────────────────
 以上の操作をすると「新規ファイル」がずらっと表示されてい
ますが、これが接触した人の「接触符号」です。1人ひとりタッ
プして、「一致したキーの数」が「0」であれば、通知サーバー
から届いた感染者のキーと一致しないということで、感染者と接
触していないことになります。もし「0」でないときは、感染者
と接触した疑いがあるので、保健所に連絡して相談を受ける必要
があります。        ──[デジタル社会論/015]

≪画像および関連情報≫
 ●ある日、スマホに「濃厚接触」通知が!
  ───────────────────────────
   厚生労働省は2020年6月19日、接触確認アプリCO
  COAをリリースした。スマートフォンにインストールして
  おくと、新型コロナウイルスに感染した人との接触情報を知
  らせてくれるという。筆者がリリース翌日使い始めると、8
  月末に接触通知を受け取り、PCR検査をすることになった
  のである。この3カ月余、アプリを使った感想と見えてきた
  課題をまとめた。
   「ウイルスにさらされた可能性があります」―。8月28
  日(金)未明、スマホでメールをチェックしている最中、突
  然プッシュ通知が現れた。「まさか!」。一気に鼓動が速く
  なった。どのアプリからの通知なのか、確認する間も無く消
  えてしまった。だが、心当たりは1つしかない。2カ月前に
  入れたCOCOAだ。
   あわててアプリを開いてみると、「陽性者との接触は確認
  されませんでした」との表示が・・。「見間違いだろうか」
  ──。困惑したのも無理はない。事前の計算では、使用2カ
  月ほどなら通知が届く確率は極めて低いはずだったからだ。
  厚労省のホームページによると、COCOAの仕組みは以下
  の通りだ。このアプリをスマホに入れ、「ブルートゥース」
  という無線通信機能をオンにすると、半径1メートル以内に
  15分間とどまった他のスマホの識別情報を記録していく。
  この識別情報はだれのスマホか特定できないようランダムに
  生成し匿名化する。       https://bit.ly/2M1ueEX
  ───────────────────────────
COCOAの仕組み.jpg
COCOAの仕組み
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月26日

●「COCOAはだれが開発したのか」(第5415号)

 COCOAは、どこが作ったのでしょうか。
 このアプリは、人材サービス会社のパーソルホールディングの
子会社であるパーソルプロセス&テクノロジーが厚生労働省から
受注して開発したものです。
 COCOAの原型になるものは2020年3月20日にシンガ
ポールでリリースされた「Trace Together」というアプリです。
以下は、その関連記事です。
─────────────────────────────
 感染拡大を抑えるために有効とされるソリューションの1つに
スマートフォンを使ってCOVID−19感染者との濃厚接触を
検出し、行動変容を促すコンタクト・トレーシングシステムがあ
る。現在は、感染が判明した患者の記憶を頼りに濃厚接触者を特
定しているが、正確な行動履歴は把握しきれず、また不特定多数
の接触者には連絡手段がないのが問題だった。感染者が多い地域
では、患者にインタビューする保健機関のスタッフの負担も大き
くなる。
 この問題を解決するために、シンガポールの政府技術庁と保健
省は、コンタクトトレーシングアプリ「Trace Together」を3月
20日にリリースした。このアプリは、スマートフォン端末間の
ブルートゥース信号を使って、アプリがインストールされている
ユーザー同士の接近を各々の端末内に記録する。自身の感染が判
明した際にはデータを保険機関に提出し、保険機関から濃厚接触
者に連絡してもらうシステムだ。   https://bit.ly/3c790QM
─────────────────────────────
 COCOAの原型というよりもまるでそっくりです。このシン
ガポールのアプリのリリースを機に、世界各地で同様のアプリを
開発するためのプロジェクトが立ち上がっています。もちろん、
日本国内にも複数のプロジェクトが立ち上がったのです。
 アップルとグーグルも、アップルのiOSとグーグルのアンド
ロイドのユーザーが二分している日本の事情に合わせて、どちら
の端末(スマホ)でも相互運用できるAPI(アプリをプログラ
ミングするインターフェース)を5月20日に発表しています。
それが、「Exposure Notification API」です。 その関連記事を
次に示します。
─────────────────────────────
 グーグルとアップルは、新型コロナウイルス感染症で、陽性に
なった人との“濃厚接触”の可能性を知らせてくれる仕組みであ
る「Exposure Notification」 のユーザーインターフェイスとサ
ンプルコードを公開した。アンドロイド、iOS向けのもの。ま
たAPIを使ってアプリを配信する際のポリシーも開示された。
 新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、世界中で「コン
タクト・トレーシング」と呼ばれる仕組みづくりが導入、あるい
は開発が進められている。アップルとグーグルは4月11日、濃
厚接触したかどうか判定する仕組みを共同開発する計画を発表。
当初は「コンタクト・トレーシング(Contact Tracing)」 とし
て発表されたが、1週間後、「Exposure Notification (直訳す
ると“曝露通知”)」となった。4月30日には、初期のAPI
が開示されていた。         https://bit.ly/363XnpK
─────────────────────────────
 西村康稔コロナ担当大臣は、政府会見として「6月19日にア
プリをリリースする」と言明しています。しかし、すべての基に
なるグーグルとアップルのAPIの仕様が発表されたのは、20
20年5月20日です。それから、わずか1ヶ月後のリリースで
すから、超高速の開発になります。グーグルプレイストアもアッ
プルのアップストアの審査も必要なので、実際の開発期間は、実
質2週間ぐらいしかなかったはずです。
 それが実現できたのはフェイスブックを通じて有志で集まった
次のエンジニア集団の努力によるものです。
─────────────────────────────
           COVID-19 Radar Japan
─────────────────────────────
 このエンジニア集団の中心開発者は、日本マイクロソフトに所
属する廣瀬一海氏です。エンジニア界隈では、「デブロイ王子」
の異名で知られる有名人です。廣瀬氏は、開発の経緯について、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 20年ほど前、エンジニアとして駆け出しの頃、日本医師会総
合政策研究機構に所属して医療・介護用ソフトなどをつくってい
ました。その頃に公衆衛生について勉強して関心があったという
こともあり、新型コロナウイルスの感染状況についてはかなり心
配していました。
 何かできることがないかと思っていた中、3月にシンガポール
政府がコロナ感染追跡アプリをリリースしました。シンガポール
政府は、元々管理国家ともいわれていますし、不透明な部分があ
ります。医療用ソフトをつくっていた身として、医療は透明性が
不可欠と思っています。透明性が担保されたアプリがあれば、他
の国でも使ってもらえるのではないかと思いました。本当に趣味
で、世界のどこかで使ってくれる人がいたらいいなあというノリ
で始めたんです。
 ただ、正直誰かに託したかった。誰かが動いてくれることを期
待したんですが、誰も最初は動かなかったので、知人に声をかけ
たり、フェイスブックなどで広く呼びかけたりして、日本在住の
5人のコアメンバーと一緒に、進めていくことになりました。
                  https://bit.ly/365rw80
─────────────────────────────
 COCOAは、この5人のメンバーが、オープンソースソフト
ウェア(OSS)として、開発したものといっても過言ではない
と思います。彼らは、ボランティアでこのアプリの開発に当り、
結果としてそれが採用されたのです。しかも、OSSとしての開
発なのです。        ──[デジタル社会論/016]

≪画像および関連情報≫
 ●接触確認アプリ「COCOA」まるで役に立たない訳
                      /野口悠紀雄氏
  ───────────────────────────
   6月19日から、利用可能になった日本版接触確認アプリ
  「COCOA」には、いくつかの深刻な問題があることが明
  らかになりました。システムの不具合は修復されたのですが
  COCOAの運営に不可欠な感染者情報の収集システムHE
  R−SYSが完全に機能していません。
   さらに、COCOAから通知を受けても、大部分の人が検
  査を受けられませんでした。保健所の実情を考えると、これ
  が容易に改善されるとは考えられません。COCOAは、不
  安を煽るだけのアプリになっています。
   新型コロナウイルスに関して、「接触確認アプリ」という
  ものが開発されています。アプリの利用者同士が一定の距離
  内に近づくと、お互いのデータを記録します。そして、新型
  コロナウイルスの陽性者がその情報をアプリに登録すると、
  過去14日間に半径1m以内で15分以上接触していた人に
  通知されるのです。
   この原型は、アップルとグーグルが共同開発したアプリで
  す。うまく機能すれば、コロナと共存する社会での強力な武
  器になるでしょう。日本でも、厚生労働省による日本版接触
  確認アプリCOCOAが、6月19日から利用可能になって
  います。接触確認アプリがうまく機能するためには、多くの
  人が使うことが必要です。    https://bit.ly/366Sv3i
  ───────────────────────────
COCOAの実質的開発者/廣瀬一海氏.jpg
COCOAの実質的開発者/廣瀬一海氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月27日

●「なぜアプリ開発者を批判するのか」(第5416号)

 国産の接触確認アプリCOCOAは、リリース以来、不具合が
相次いでいます。今年に入ってからも何らかの不具合があったよ
うです。テレビでお馴染みの池袋の大谷クリニックの大谷義夫院
長は次のように述べています。
─────────────────────────────
 多いときは、2日に1回はCOCOAアプリの接触で来院され
る方がいた。それが年明けから1例だけ。何か不具合でもあった
のかなと推測はしていたけれど、通常診療に追われて、どうして
だろうなど考える時間はなかった。     ──大谷義夫院長
                  https://bit.ly/3qJ5Zdp
─────────────────────────────
 安倍前首相は、このアプリについて「政府主導で取り組む」と
いっていましたが、実際の開発体制で厚労省は、工程管理をお門
違いの人材サービス会社のパーソルホールディングスに丸投げし
同社はさらにパーソナルプロセス&テクノロジーに業務を委託、
さらにそれが2社に委託されているようです。
 しかも、これらの企業はアプリの工程管理を行っているだけで
実際の開発はボランティアの技術者が担っています。いい替える
と、たまたまボランティアで接触確認アプリを開発していたエン
ジニアグループのアプリをそのまま採用したかたちになっている
のです。そうでなければ、あれほどの短期間でアプリを構築する
ことは不可能です。したがって、ある程度のバグの発生は仕方が
ないと考えます。
 そういうこともあって、彼らはアプリをオープンソースソフト
ウェア(OSS)として開発していたのです。OSSとは、ソー
スコードの全てが公開されているソフトウェアのことです。ソー
スコードとはプログラミング言語によって記述されたプログラム
です。COCOAの元プログラムといわれる「Covid 19 Radar」
は、現在でもそのソースコードが公開されています。誰でもそれ
を使うことができるのです。
 多くの場合、ソースコードを公開するOSSの狙いは、そのア
プリを世界中のエンジニアの知見を借りて、さらに良いものにし
たいという点にあります。OSSであれば、誰もがその改良を行
なえるし、集合知を結集することができるからです。
 「Covid 19 Radar」をOSSにした狙いについて、メインの開
発者である廣瀬一海氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 コードを公開した背景ですが、当時、シンガポールのアプリは
コードが公開されておらず、オープンソースにする計画も発表さ
れていませんでした。COVID−19の感染拡大が世界的な大
問題になっている中で、シンガポールと同様のコンタクトトレー
シングの仕組みを世界各地で取り入れるために私のコードを役立
ててほしいと考え、ある程度アプリが形になった段階でオープン
ソース化しました。エンジニアリソースや、コンピューティング
リソースが限られている地域や国家でも実装しやすいように、ラ
イトな設計にこだわっています。
 また、このプロジェクトのアプリは、日本以外の欧州や他国に
おけるユーザーのプライバシー保護のために、個人情報を極力取
得しないことを開発の軸にしています。
 でも、本当に、個人情報を取っていないかどうかは、コードを
公開して第三者が検証可能な状態にしないとわかりません。個人
の医療情報を扱うアプリの透明性を担保するためにも、オープン
ソース化は必要だと考えました。   https://bit.ly/3c5QsQF
─────────────────────────────
 しかし、リリース以来、不具合が続発していることもあってか
COCOAに関するネット上の批判は相当ひどいものだったので
す。「こんなに社会的責任が重い存在が不完全であることは許せ
ない」とか、「企業が開発していると思った」とか、「開発費を
無駄遣いしている」とか、事情を知らないとはいえ、事実と異な
る大量の非難が開発者たちに対して浴びせられたのです。
 かつて廣瀬氏自身が医療・介護用ソフトを制作していた経験か
ら、社会のためになると信じて、会社の仕事としてではなく、ボ
ランティアで確認アプリを開発したのに、ここまでいわれてしま
うと、モチベーションを維持できないでしょう。廣瀬氏も自身の
ツイッターで、次のように激白し、次のリリースで開発から離れ
委託会社などに託したい考えを示しているといわれます。
─────────────────────────────
  この件で、われわれのコミュニティは、メンタルと共に
  破綻した。
─────────────────────────────
 COCOAの仕組みをよく調べてみると、なかなかよいアプリ
であると思います。課題は、スマホにインストールする人が増え
ることと、陽性になった人が必ず登録することが必要です。
 著名なソフトウェア技術者である松本行弘氏は、COCOAへ
の批判について次のように述べています。
─────────────────────────────
 提案したいのは「生産的ではない、相手に対するリスペクトが
ない批判はカッコ悪い」という価値観を広めて回ることです。そ
うやって長い時間をかけてでも価値観をアップデートすることで
不幸な状況を減らしていけるのではないでしょうか。
 COCOAは新型コロナ感染流行を遅らせるための有効な手段
となるべく開発されたアプリです。それがOSSとして開発され
たことは素晴らしいことだったと思いますが、なにぶんみんなの
経験値が低かったので、いろいろな問題も発生しました。特に透
明性について課題があったと思います。その経験を糧にして、今
後政府とOSSのより良い関係が構築できればよいと思います。
また、ネットでの皮肉にさらされて傷つく人が少なくなることを
期待したいです。          https://nkbp.jp/2KNYBy6
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/017]

≪画像および関連情報≫
 ●内閣副大臣が語る「コロナ接触確認アプリ“COCOA”」
  をめぐる4つの事実
  ───────────────────────────
   「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム」をリード
  する、内閣府副大臣の平将明氏はこのほど、接触確認アプリ
  COCOAに関する記者向けのグループインタビューを開い
  た。平副大臣のインタビューから、特に4つの項目に絞り、
  接触確認アプリの価値について考えてみよう。
  【その1】:接触確認アプリの導入は「6割」に達しなくて
  も価値は十分にある。「色々言われますが、私は意外と多く
  の方にインストールしていただけたと思っています」
   平副大臣は、インストール数の点についてそう答えた。7
  月31日午後5時の段階での、同アプリのダウンロード数は
  約996万件。「人口の6割」という言葉が先行していたの
  で、いかにも少ないように思われるが、実はそうでもない。
   現在広く普及しているLINEやペイペイなどのアプリが
  1000万ダウンロードに到達するには最低数ヶ月かかって
  おり、ペースはかなり早い。ヤフーの元社長で、現在は東京
  都副知事の宮坂学氏も、自身のツイッターアカウントで「C
  OCOAは健闘。40日で(1000万)到達は驚異的」と
  コメントしている。一方で、「数が少ない」という批判が出
  るのは、「人口の6割がインストールしないと、効果が出な
  い」という言説が広がったためだ。安倍総理の会見でも「6
  割」という数字が明示されていた。
                  https://bit.ly/2KJUymh
  ───────────────────────────
大谷クリニック/大谷義夫院長.jpg
大谷クリニック/大谷義夫院長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月28日

●「22年にデジタル人民元スタート」(第5417号)

 2021年1月25日付の朝日新聞の第2面に次の大きな記事
が掲載されています。
─────────────────────────────
 ◎デジタル人民元/10万人実験
  中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)の開発や研
 究が、各国で加速している。先行する中国は2022年の発
 行を目指し、日本銀行も今春にも実証実験に着手している。
 今後の動向次第では、金融システムや国際的な通貨体制にも
 影響する可能性があり、各国のせめぎ合いも激しくなってい
 る。       ──2021年1月25日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 デジタル人民元とは何でしょうか。
 デジタル人民元とは「中国のデジタル法定通貨」のことです。
現在流通している現金(人民元)のデジタル版ですが、既存のア
リペイ(支付宝)、ウィーチャット(微信)などのスマホ決済サ
ービスと、「国家が管理する法定通貨であるため、法律により強
制通用力が付与されることや、停電時やオフラインでも支払いが
できる」などの点で異なり、中央銀行がコントロールする通貨と
いうことで、絶対的な信用が担保されています。
 そもそも中国が、デジタル人民元の発行に本腰を入れるように
なった背景には、フェイスブックが発行しようとしている「リブ
ラ」の存在があります。かつて中国は、ビットコインを通じた資
本流出を経験しており、「リブラ」には相当警戒心を強めていま
す。フェイスブックは、現在、27億4000万人のユーザーが
おり、その影響は甚大なものになるからです。
 加えて、米国の大統領がトランプ氏からバイデン氏に交代した
とはいえ、一向に収束の兆しの見えない「米中対立」についても
中国政府がデジタル人民元の開発を急ぐ要因にもなっています。
中国としては、ドルからの脱却は、米国と対峙する有力な手段で
あると考えているからです。
 デジタル通貨導入の準備体制を判断する指標の一つとして、国
や地域の現金の流通額による差があります。
─────────────────────────────
              各国の現金の流通額
          中国       8・3%
      スウェーデン       1・3%
          日本      21・3%
        ユーロ圏      11・1%
          米国       8・3%
     GDPに対する割合。国際決済銀行(BIS)による
           ──2021年1月25日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 現金の流通額のGDPに対する割合で見ると、日本は先進国で
はダントツの21・3%で、どこでも現金が得られる環境にあり
ます。そのため、日本銀行は実証実験は行うものの、「発行計画
はない」としており、導入には消極的です。
 先進国で最も準備が進んでいるのはスウェーデンで、GDPに
対する割合は1・3%と電子決済サービスが進んでいます。現在
民間業者と組んで、技術面の実験を行っていますが、それでも実
際の発行時期はまだ決まっていません。
 欧州連合(EU)は、個人情報保護に熱心であり、GAFAM
に代表される米IT大手企業が市場で独占的地位を悪用している
と批判を強めています。「リブラ」の公表を受けて、その対抗上
デジタル通貨についてタスクフォースを立ち上げ、検討を始めた
ところです。
 米国も中央銀行によるデジタル通貨については、金融政策の効
果の低下や、不正送金の増加など、金融システムへの懸念を強め
ています。FRBのパウエル議長は、デジタル通貨の評価作業を
行っているとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 この問題はまさにアメリカにとって、一番に行うことよりも正
しく行うことが重要と考えている。ドルが世界的に重要な役割を
担っていることを考えると、研究と政策開発の最前線に留まるこ
とは不可欠。ドルは世界の基軸通貨であり、ドルに対する世界的
な大きな需要は引き続き存在している。
 2020年11月21日/IMF会合──FRBパウエル議長
                  https://bit.ly/3ojngrM
─────────────────────────────
 結局、この問題で一番積極的で、実施時期も決まっているのが
中国だけということになります。中国は、2022年の発行を目
指し、冬季五輪までに実施するとして、一般市民による実証実験
もスタートさせています。
 こうした中国の動きに対し、甘利明衆議院議員は、中国とは名
指ししないものの、中国を念頭に次のように述べています。
─────────────────────────────
 米ドルの基軸通貨体制に代って、CBDCで覇権を握ろうとす
る国が出てくれば、混乱や争いが生ずる。    ──甘利明氏
─────────────────────────────
 デジタル通貨は、最初にそれを定着させた国がその後の競争で
優位に立つ「先行者利益」が大きいといわれます。経済覇権を争
う米国が「デジタルドル」に慎重な立場を崩さないなか、中国人
民銀行(中央銀行)は、「デジタル通貨の先駆者にならなければ
ならない」と強調し、早期の導入で競争の主導権を握る姿勢を鮮
明にしています。
 つまり、中国は、基軸通貨であるドルへの強い対抗意識を持っ
ていて、ドルをベースに国際的な資金決済を行う国際銀行間通信
協会(SWIFT)に対し、2015年には、元ベースの国際銀
行間決済システム(CIPS)を立ち上げるなど、米国主導の金
融秩序からの脱却を目指しています。デジタル元は2022年ス
タートを明言しています。  ──[デジタル社会論/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「デジタル人民元」ついに登場?流通現金に代わるか
  ───────────────────────────
   中国人民銀行(中央銀行)の関係責任者はこのほど公開の
  場で、「現在、デジタル通貨システムの開発を進めており、
  『デジタル人民元時代』がまもなく訪れる」と明かした。人
  民銀がデジタル通貨を打ち出すのはなぜか。人民銀のデジタ
  ル通貨はネット決済やいわゆる「仮想通貨」とどのような関
  連や相違があるのか。人民日報海外版が伝えた。
   人民銀がデジタル通貨の発行を研究するのは思いつきでは
  ない。2014年から現在まで、すでに5年にわたりデジタ
  ル通貨の研究を行い、17年には中国人民銀行デジタル通貨
  研究所も設立された。現在、同研究所が出願中のデジタル通
  貨技術関連の特許は74件に上る。
   ここ数年、インターネット科学技術、特にブロックチェー
  ン技術の発展にともなって、世界でさまざまな「仮想通貨」
  が誕生している。例えば最近よく話題になるビットコインや
  ライトコインなどがそうだ。それでは人民銀が今回発行する
  デジタル通貨は、こうした商業的な「仮想通貨」と何が違う
  のか。通貨の属性を考えると、ビットコインなどの「仮想通
  貨」は本質的には通貨ではない。「仮想通貨」は国が発行す
  る法定通貨が国の信用を後ろ盾にしているのとは異なり、そ
  の投機性が監督管理の厳格化や技術的問題といった要因の影
  響を受けるため、価格が大幅に上下動しがちであり、また自
  国や世界の通貨金融システムの正常な秩序を大きく揺るがす
  こともある。          https://bit.ly/3sVQIrx
  ───────────────────────────
デジタル人民元/米国は経済覇権を守れるのか.jpg
デジタル人民元/米国は経済覇権を守れるのか
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月29日

●「『お金のインターネット』を作る」(第5418号)

 中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)の開発が各国で加速
している原因をたどると、2019年6月18日に突如発表され
たフェイスブックによる「リブラ」にあります。ところで、「リ
ブラ」は、2020年12月1日から「ディエム」に名称が変更
されています。「ディエム」とは、ラテン語で「日(デイ)」と
いう意味になります。なぜ、名称が変更になったのでしょうか。
 いずれにせよ、中国は「デジタル人民元」を2022年の冬季
五輪(中国開催)までにスタートさせると公表しているので、通
貨のデジタル化が世界で一段と加速することは確かです。そこで
そもそも「リブラ」とは何なのか、フェイスブックは何を目的と
して「リブラ」を開発したのか、なぜ名称を「リブラ」から「デ
ィエム」に変更したのか、その背景などについて、しばらく考え
ることにします。名称は変更されていますが、あえて旧称「リブ
ラ」の名称で書くことにします。
 「リブラ」に関する本は、ほとんど購入しましたが、しばらく
は、日本経済新聞の藤井彰夫氏と西村博之氏による次の書籍を参
考に書くことにします。
─────────────────────────────
      藤井彰夫/日本経済新聞上級論説委員
    西村博之/  日本経済新聞編集委員共著
      『リブラの野望/破壊者か変革者か』
             日経プレミアシリーズ
─────────────────────────────
 世界銀行によると、銀行口座を持っていない人々は、新興国を
中心に世界に17億人いるそうですが、このうち10億人は、携
帯電話を持っているといわれます。リブラは、こういう人たちが
インターネットを通じて金融インフラにアクセスできるようにす
るシステムです。具体的には、リブラはモノの購入の決済やネッ
トを通して低コストで送金するシステムであるといえます。いわ
ば「お金のインターネット」を作ろうというわけです。
 インターネットでは、メールをやり取りしたり、コミュニケー
ションを交わしたり、あるデータを添付ファイルにして送ったり
いろいろなことができます。しかし、データを送る場合を考える
と、XというデータがAからBに送付される場合、Aの手元にあ
るXのコピーを送っていることになります。
 電子書籍を販売することを考えてみます。本の完成原稿は版元
にあって、その本の購入申込者に対しては、そのコピーを送るだ
けですから、完成原稿はつねに版元に残ります。データを送ると
きはそれでいいですが、お金を送るときは、それでは困るわけで
す。しかも、セキュリティがしっかりしていないと、送る途中で
お金を盗まれることだってあります。
 ビットコインができたとき、世界初のウェブブラウザ「ネット
スケープ・ナビゲータ−」の開発者、マーク・アンドリーセン氏
は、その開発者に対して次の賛辞を贈っています。
─────────────────────────────
 ビットコインは、初めてひとりのインターネット・ユーザーが
別のインターネット・ユーザーに固有のデジタル・プロパティを
譲渡することを可能にしたという点だ。その譲渡は、安全かつセ
キュアーであることが、システム上保証されており、全てのユー
ザーが「所有権がAさんからBさんに移ったのだ」ということを
たちどころに認知でき、誰もこの委譲の正統性に疑問を挟むこと
は出来ない仕組みになっている。このブレイクスルーの持つ意味
は深遠だ。           ──マーク・アンドリーセン
─────────────────────────────
 AさんからBさんに1万円を送金するとします。この場合、A
さんの銀行口座の残高から1万円が減って、Bさんの銀行口座の
残高が1万円増えないといけないわけです。これをセキュア―の
環境で、誰の目にも明らかに1万円の移転が行なわれたことを実
現させるには、高度な技術が必要になります。アンドリーセン氏
はそのことをいっているのです。
 電子マネーといわれているものがあります。JRの「Suica」
セブン&ホールディングスの「nanaco」、イオンの「WAON」など
いろいろあります。これらの電子マネーは、基本的には、事前に
チャージしおく必要があり、使えば電子マネーの発行会社にその
分が回収される仕組みです。したがって、現金のように転々流通
させることはできません。このように、通貨として認められるた
めには、「転々流通する」ことが必要なのです。しかし、ビット
コインはそれを実現しているのです。驚くべきことです。
 リブラが正式に発表されたのは、2019年6月18日のこと
です。実は、その前の週に主要メディアのジャーナリストがある
場所に集められたのです。場所は、旧サンフランシスコ造幣局の
建物です。この建物は、サンフランシスコ市街地の中心部にあり
ますが、シリコンバレーのフェイスブック本社から50キロも離
れているのです。
 すでにリブラが何であるか知っているわれわれには、なぜ、わ
ざわざ造幣局のビルに記者を集めたかはわかりますが、集められ
た記者たちにとっては、一体何の話が行なわれるのか、さっぱり
見当がつかなかったのです。
 しかし、その場所には、マーク・ザッカーバーグCEOの姿は
なく、説明に当ったのは、リブラの開発プロジェクトのリーダー
であるデビッド・マーカス氏です。マーカス氏は、米決済大手の
ペイパルの社長をしていた2014年、ザッカーバーク氏に引き
抜かれ、電撃的にフェイスブックに転じた人物です。
 移籍後は、対話アプリ「メッセンジャー」の開発などを担当し
た後、2018年春から、リブラ立ち上げの特別チームを率いて
きたのです。「お金のインターネット」を作りたい──これは、
ペイパルの社長をしていたときからのマーカス氏のアイデアであ
り、それがフェイスブックに移籍して5年後に、まさに花開こう
としていたのです。そして、リブラは、6月18日に正式に発表
されたのです。       ──[デジタル社会論/019]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタル通貨、「ドル防衛」へFRBも独自研究
  ───────────────────────────
  【ダボス(スイス東部)=河浪武史】日欧中央銀行がデジタ
  ル通貨の発行を視野に共同研究に乗り出す。中国も「デジタ
  ル人民元」で基軸通貨ドルに揺さぶりをかける。フェイスブ
  ックの「リブラ」は、官民の枠を超えてデジタル通貨の覇権
  争いに火をつけた。サイバー攻撃を懸念して「現状維持が最
  善」としていた米連邦準備理事会(FRB)も外堀を埋めら
  れ、独自研究に乗り出す。
   「中央銀行デジタル通貨(CBDC)の知見を共有するた
  めグループを設立した」。日欧やカナダなど6中銀は、20
  20年1月21日、国際決済銀行(BIS)とともにデジタ
  ル通貨研究に乗り出すと表明した。
   欧州中央銀行(ECB)は既に「デジタルユーロ」の研究
  に着手しており、ラガルド新総裁は「取り組みを加速する」
  と表明してきた。英中銀や日銀を巻き込んで動き始めたのは
  フェイスブックのデジタル通貨「リブラ」計画を封じ込め、
  さらには世界の準備通貨としてのドル覇権も切り崩す2つの
  狙いがある。リブラは世界のあらゆる中銀に危機意識を持た
  せた。リブラがまず目指すのは、国境をまたいだ送金ビジネ
  スだ。中銀システムは刷新が遅れており、外国送金に時間が
  かかるだけでなく、手数料などの利用者のコストも平均7%
  と重い。リブラ責任者のデビッド・マーカス氏は「ネットを
  使えばコストも時間も削減できる」と説く。
               https://s.nikkei.com/3adCOsq
  ───────────────────────────
サンフランシスコ旧造幣局.jpg
サンフランシスコ旧造幣局
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月01日

●「リブラ公表タイミングはよくない」(第5419号)

 「リブラ」とは一体何でしょうか。デジタル通貨であることは
わかりますが、ビットコインとはどう違うのでしょうか。なぜ、
これほど大騒ぎになるのでしょうか。リブラがビットコインと違
う点が3つあります。
─────────────────────────────
     1.一国に留まらぬグローバルな通貨である
     2.価値の安定のための工夫が施されている
     3.大手プラットフォーマーが主導している
─────────────────────────────
 これらの特徴についてはいずれ詳しく述べますが、上記「3」
の「プラットフォーマー」──ここではフェイスブックを指して
いる──については、明らかにしておく必要があります。
 いわゆるプラットフォーム企業が登場する前は、メーカー全盛
時代だったのです。ハードを製造し、販売する企業は、ハードの
価値をユーザーに提供することが価値創出の源泉だったのです。
ユーザーにハードの価値を提供するとは、すなわちハードの単体
またはハードのシステムを販売することであり、供給者の立場と
いうことになります。
 しかし、インターネットが普及すると、商品やサービス・情報
を集めた「場」を提供する企業が出現します。これが供給者とし
ての立場ではなく、ユーザーが自由にサービスを選択して、情報
を発信したり、行動したりする「情報基盤」となって発展したの
です。つまり、プラットフォームとは、商品やサービス・情報を
集めた「場」を提供することで利用客を増やし、市場での優位性
を確立するビジネスモデルのことです。
 このプラットフォーム企業について、元ソニー社長の出井信之
氏は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 プラットフォーム企業の価値は、参加者の数であり、参加者の
価値観など属性の分析ができるデータをもつことが、その基本に
なっている。また、ユーザーにとって便利な生態系であることが
必要条件である。(中略)ユーザーにとって便利なプラットフォ
ーマーは、ハード単独の商品、差別化を提供する単品価値企業で
はなく、ユーザー主体の生態系としてのプラットフォーム提供者
であることが重要である。この認識をするための「意識改革」が
企業改革の最も本質の部分なのだ。この認識こそ、21世紀の最
大のテーマである。 ──出井伸之著/角川インターネット講座
                『進化するプラットフォーム
         /グーグル・アップル・アマゾンを超えて』
─────────────────────────────
 2019年6月18日、フェイスブックは正式に「リブラ」を
発表し、このプロジェクトを共同で進めるリブラ協会が活動を開
始します。最初の仕事は、リブラの概要をまとめたホワイトペー
パーの公表です。そのメモは次のようになっています。
─────────────────────────────
 ・仮想通貨の名前は「リブラ」。2020年前半のスタート
  を予定。
 ・スマートフォンなどを使い、ほぼ手数料なしで、世界中に
  送金が可能になる。
 ・ネット上や現実の店舗でも手軽に代金の支払いができる。
 ・ブロックチェーン(分散型台帳)を使って情報改ざんなど
  の不正を防止
 ・預金や国債などの資産で裏打ちする「スティープル・コイ
  ン(安定通貨)」を志向
 ・ドル、ユーロ、円など主要通貨のバスケットと価格を連動
 ・リブラの担い手は「リブラ協会」。フェイスブックはその
  一構成員           ──藤井彰夫/西村博之著
            『リブラの野望/破壊者か変革者か』
                   日経プレミアシリーズ
─────────────────────────────
 フェイスブックがリブラを公表した2019年6月18日とい
う日は、フェイスブックがリブラのような革新的な企画を公表す
る日としては、ベストの日ではなかったといえます。なぜなら、
そのとき、フェイスブックは、2004年の創業以来、最大の危
機に陥っていたからです。その危機とは何でしょうか。
 フェイスブックへの批判が高まったのは、2018年3月に発
覚したプラットフォーマー企業では、絶対にあってはならないス
キャンダルです。英ケンブリッジ大学の研究者が、学術目的で、
フェイスブックから得た利用者のデータを英情報分析会社ケンブ
リッジ・アナリティカに不正に横流ししていたことが、明らかに
なったのです。この情報は、ネット上では次のようにもっと詳し
く出ています。
─────────────────────────────
 2014年頃、ケンブリッジ大学に在籍するロシア系アメリカ
人学者、アレクサンダー・コーガン氏が、心理クイズアプリを作
成。約30万ダウンロードされたそのアプリに仕組まれたフェイ
スブックAPIを経由し、ダウンロード。ユーザーとその友人ら
約5000万人分のユーザー情報をコーガン氏が取得。コーガン
氏から、ケンブリッジ・アナリティカ(CA)へと売却され、C
A社がそれを利用して、スティーブ・バノン率いるトランプ陣営
をはじめ、複数の選挙活動をサポートした、というストーリーで
ある。(CA社は「ケンブリッジ」であるが、ケンブリッジ大学
とは無関係である)         https://bit.ly/36tf427
─────────────────────────────
 フェイスブックといえば、匿名登録を許さず、実名や写真など
も公開することが原則とされているSNSです。当然、その分セ
キュリティ対策は厳重であろうと信じているユーザーが多いと思
われますが、フェイスブックは個人情報管理に関して、きわめて
甘いところが多いのです。リブラ公表のタイミングはベストタイ
ミングとはいえないのです。 ──[デジタル社会論/020]

≪画像および関連情報≫
 ●フェイスブックに創業以来の危機、ザッカーバーグは
  なぜユーザーの信頼を失ったのか
  ───────────────────────────
   英ケンブリッジ・アナリティカによるフェイスブックユー
  ザー情報悪用のニュースが、2018年3月17日に報道さ
  れて以来、同社の対応は後手に回ってきた。
   高まる世論に押し切られる形でマーク・ザッカーバーグ最
  高経営責任者(CEO)が複数の米メディアに直接釈明をし
  たのは発覚から5日間たってからだ。その後、米英有力高級
  紙に謝罪の全面広告を掲載したが、遅きに失した感がある。
   米PR企業レビックのリチャード・レビックCEOは「対
  応までに5日間もかかったことはショッキングだ。ザッカー
  バーグ氏が、フェイスブックが直面するチャレンジに立ち向
  かう能力があるか疑問だ」と手厳しい。
   フェイスブックへの信頼の揺らぎは各所に表れている。ロ
  イター通信が3月26日に発表した米国の成人2237名を
  対象にした世論調査では、51%が「フェイスブックは信頼
  できない」と回答した。米調査企業サーベイモンキーの調査
  では、フェイスブックの好感度が2017年10月の61%
  から48%へと急落している。また、同社の株価も急落。3
  月26日には一時、発覚前から累計900億ドル(約9兆4
  737億円)の時価総額が失われた。加えて、米連邦取引委
  員会(FTC)がフェイスブックのユーザーのプライバシー
  保護で法令違反がなかったかを捜査中だと発表する一方、米
  上院の司法委員会と通商科学運輸委員会がザッカーバーグC
  EOの証言を要請した。     https://bit.ly/2L8C3bw
  ───────────────────────────
フェイスブック.jpg
フェイスブック
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月02日

●「FBはデータを販売しているのか」(第5420号)

 フェイスブックの個人データ流出事件──フェイスブックが実
名登録が前提のSNSであるため、データ流出はユーザーにとっ
て、きわめて重大なリスクです。ケンブリッジ・アナリティカの
事件、昨日のEJではデータが不足していたため、これをもう少
していねいに見ることにします。
 ケンブリッジ・アナリティカ社は、英国のSCLグループとい
うコンサルティング会社の子会社として、2013年に設立され
た選挙コンサルティング会社です。
 ケンブリッジ・アナリティカ社は、学術目的として、最大87
00万人分の個人データをフェイスブックから入手しているので
す。このデータには、「友達」の情報も入っています。そもそも
これが「けしからん」のです。
 きっと、加入登録の約款に、学術目的にはデータを提供するこ
とがあると書いてあるのでしょう。しかも、ケンブリッジ・アナ
リティカ社は、トランプ陣営に雇われ、これらのデータはトラン
プ陣営に有利なように、フェイクニュースなどを流すために使わ
れているのです。これがなぜ学術目的なのでしょうか。
 これとは別にケンブリッジ・アナリティカ社は、もうひとつ別
ルートから、フェイスブックからユーザーの個人情報を得ていま
す。これについては、著名な木内登英氏の著作から引用すること
にします。
─────────────────────────────
 英ケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン教授は、フェ
イスブックで利用できる性格診断アプリを開発した。当時のフェ
イスブックの連携アプリは、本人の情報だけでなく、友人の情報
まで簡単に取得することができたという。
 その後同社は、コーガン教授が開発したアプリから得た個人の
特性に関する情報と、フェイスブックから得た個人情報とを組み
合わせて、有権者それぞれの嗜好や政治的方向性を把握した上で
トランプ候補に有利な情報、対立候補のクリントン氏には不利な
情報、いわゆるフェイクニュースを流した。
 このように、フェイスブックのアプリから取得された2種類の
個人情報が、ユーザーが了承した利用目的と異なる形で不正に利
用され、その不正利用をフェイスブックが防ぐことができずに情
報管理能力が厳しく問われたのが、「フェイスブックによる個人
情報流出事件」である。   ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 このケンブリッジ・アナリティカ社は、米国の地理的、統計的
な情報を5000のデータポイントにおいて分析し、個々の有権
者に対して、それぞれ異なる選挙用のメッセージを流し、投票行
動に影響させようとしたのです。
 例えば、メキシコとの国境に近い南部の州には民主党支持の白
人が多く住んでいますが、これらの層に対して、「もし、クリン
トン候補が大統領になれば、難民や移民が大量に流入する」とい
う情報を流せば、選挙結果に強い影響を与えることができます。
こういう選挙用のフェイクニュースの発信に、フェイスブックの
情報が使われた可能性が高いのです。
 問題は、このような情報の利用が、フェイスブックの規約に違
反していたかどうかということです。BBCニュース・テクノロ
ジー担当記者は、次のようにレポートしています。
─────────────────────────────
 当時、データはフェイスブックの仕組みを使って収集されてい
たし、他の多くの開発者も利用していた。ただ、データを第三者
に共有することは開発者にも認められていなかった。
 もう1つの主要な論点は、性格診断クイズを直接回答した人で
あっても、それが潜在的にドナルド・トランプ氏の選挙陣営に共
有されることは分からなかっただろうことだ。フェイスブックは
ルール違反があったことを認知したら、アプリを消去し、情報が
削除されたことの保障を要求すると述べている。
 ケンブリッジ・アナリティカ社は、データを使ったことはない
し、収集したデータはフェイスブック社から消去しろと言われた
ときに消去したと主張している。フェイスブック社と英国のデー
タ保護を管轄する情報コミッショナー事務局(ICO)は、とも
にデータが適切に使用不能となっているかを確認したいとしてい
る。                https://bbc.in/2MopZn5
─────────────────────────────
 また、フェイスブック社は、このデータは、2015年に破棄
するというフェイスブックとの取り決めにもかかわらず、そのま
ま保持され、不正に再利用されたと訴えています。この件に対し
て、フェイスブックのマーク・ザッカーバークCEOは、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 わたしがフェイスブックを始めました。そして、このわたした
ちのプラットフォームで起きることは、最終的にはわたしの責任
です。わたしたちのコミュニティを守るために必要なことに、真
剣に取り組んでいます。ケンブリッジ・アナリティカ関連で起き
た問題は、新しいアプリではもう起こり得ません。ですが、過去
に起きてしまったことは変えようがありません。
                 ──ザッカーバークCEO
                  https://bit.ly/3tfAQ3m
─────────────────────────────
 上記のザッカーバークCEOの発言は、あまりにも一般的であ
り、この問題の重大性に対して真摯に向き合っているとは思えな
いものです。フェイクニュースの問題が明らかになってからも、
フェイスブックやグーグル、ツイッターなどのプラットフォーマ
ーは、データを小出しにするなどして、時間稼ぎをしたといわれ
ています。彼らは、フェイクニュースを当初は否定し、是正措置
を講じようとはしなかったのです。
              ──[デジタル社会論/021]

≪画像および関連情報≫
 ●フェイスブックは、あなたのすべてを知っている
  ───────────────────────────
   ケンブリッジ・アナリティカはフェイスブックのデータを
  使って、国民の政治選択に影響を与えようとしたと言われて
  いる。しかし、そもそもなぜ、いちばん好かれていないテク
  ノロジー企業であるフェイスブックが、ユーザーに関するデ
  ータをそんなに持っているのだろうか?
   インスタグラムやワッツアップ、その他のフェイスブック
  傘下の製品のことはひとまず忘れよう。フェイスブックは、
  世界最大のソーシャルネットワークを作った。しかし、彼ら
  が売っているのはそれとは別のものだ。こんなインターネッ
  ト格言を聞いたことがあるだろう、「もし製品が無料なら、
  あなた自身が製品だ」。
   ここで特にそれが当てはまる理由は、フェイスブックが、
  グーグルに次ぐ世界第2位の広告会社だからだ。2017年
  第4四半期、フェイスブックは129・7億ドルを売り上げ
  そのうち127・8億ドルが広告収入だった。つまりフェイ
  スブックの売上の98・5%は広告から生まれている。
   広告は必ずしも悪いものではない。しかし、フェイスブッ
  クはニュースフィードの広告の飽和状態に達した。そのとき
  この会社にできることが2つあった。新しいサービスと広告
  フォーマットを作ることと、スポンサー付き記事を最適化す
  ることだ。           https://tcrn.ch/3rdEXv1
  ───────────────────────────
マーク・ザッカーバードCEO.jpg
マーク・ザッカーバードCEO
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月03日

●「アップルVSフェイスブック対立」(第5421号)

 2021年2月1日付、朝日新聞朝刊3面に次の記事が出てい
ます。見出しとリード文を示します。
─────────────────────────────
 ◎アップル vs FB 鮮明/個人情報保護めぐり対立
   個人情報保護をめぐり、米アップルと米フェイスブック
  (FB)の対立が鮮明になっている。アップルが1月、プ
  ライバシー保護策強化のため、iPhone 上などでアプリに
  よる追跡を許すかどうか今春から利用者に通知すると発表
  したのが発端だ。FBは、アップルに対し、独占禁止法違
  反の提訴も検討していると報じられ、巨大IT同士の異例
  な対立に発展している。
       ──2021年2月1日付、朝日新聞朝刊より
─────────────────────────────
 アップルからすると、「GAFA」とひとくくりにされて、そ
こで取得される個人情報の扱いまで同列に見られることに強い違
和感を感じています。とくに、フェイスブック(F)とグーグル
(G)VSアップル(A)では、そのビジネスモデルが違うから
です。現在、とくに関係が先鋭化しているのは、FBとアップル
の関係です。
 アップルは、PCのメーカーであると同時にアイフォーンやア
イパットなどの機器を売り、アプリや有料の音楽、動画サービス
で儲けるビジネスであるのに対して、FB(グーグル)は、無料
のサービスを提供する提供する見返りに、広告収入を得るビジネ
スです。明らかにアップルとはビジネスモデルが違うのです。
 今回アップルが打ち出したのは、端末ごとに割り振られた「広
告主向け識別子」と呼ばれる情報をアプリ企業が取得するさい、
ユーザーに対して同意を求める仕組みです。この場合、ユーザー
が同意を拒否してもアプリは使えるのです。
 もう少し具体的にいうと、例えば、アイフォーン上で、あるア
プリを開いたときに、次のメッセージが出て、利用者の意思を問
うスタイルです。
─────────────────────────────
 このアプリが、あなたの利用履歴を他のアプリやウェブサイト
上でも追跡することを許しますか。     YES   NO
─────────────────────────────
 おそらくユーザーのほとんどはこのようなメッセージが出れば
「NO」を選ぶはずであり、アプリから得られる情報をターゲッ
トにして広告収入を得るフェイスブックのビジネスモデルにとっ
て大打撃になります。
 アップルのこの方針に対し、フェイスブックのCEOマーク・
ザッカーバーク氏は、異例の強い批判を口にし、近く独禁法む違
反で訴訟を起こす準備を進めているといいます。
─────────────────────────────
 アップルは、自分たちが支配的なプラットフォーム(iOS)
を持っているという立場を使い、われわれや他のアプリの邪魔を
するあらゆるインセンティブ(動機)を有している。
               ──マーク・ザッカーバーク氏
─────────────────────────────
 現在、アップルの機器は全世界で16億5千万台を超えて普及
しており、フェイスブックやグーグルは、その機器上で無料のサ
ービスを提供することで、いわゆるウインウインの「共存関係」
を築いてきたのです。しかし、昨今のプライバシー保護への関心
が高まるなか、アップルとしては、自社の機器上でフェイスブッ
クなどが情報収集を行うことへの透明性を高めることが必要であ
ると判断したのです。
 これは、フェイスブックにとっては、自らのビジネスの根幹に
関わることであるので猛然と反対し、アップルとの対立が鮮明に
なっているのです。それにアップルがこの対応を取ると、「アン
ドロイド」というスマホのOSを持つグーグルも、アップルと同
調せざるを得なくなります。
 GAFAに関しては、反トラスト法(日本の独占禁止法)によ
る取り締まりに向けた動きが既に始まっており、2019年6月
には、米司法省と米連邦取引委員会(FTC)が、その捜査の管
轄分担に次のようにすることで、合意しているのです。
─────────────────────────────
        グーグル/アップル ・・ 司法省
     フェイスブック/アマゾン ・・ FTC
─────────────────────────────
 GAFAへの反トラスト法適用に関して、既出の木内登英氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 米国でも、GAFAを反トラスト法で取り締まることは以前か
ら議論されてきたが、議論がなかなか進まなかった。その背景に
は、従来、反トラスト法は、独占状態下で不当に高い価格を消費
者に押し付け、不利益を生じさせている企業を取り締まることを
目的にしてきたことがある。GAFAの提供するサービスは、既
に見たように無料あるいは、低価格のものが多いことから、従来
の法解釈の下では、GAFAの独占を違法とすることは難しかっ
たのである。これに対して米司法省は、新たな解釈を用いて現行
の反トラスト法を適用してGAFAを取り締まる方向に舵を切っ
たのである。        ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 考えてみると、米司法省と米連邦取引委員会(FTC)が捜査
分担で合意したのは2019年6月のことです。2019年6月
といえば、6月18日にフェイスブックが「リブラ」を発表して
いるのです。GAFAへの批判が高まりつつあるそのような時期
に、フェイスブックは、なぜ、新仮想通貨「リブラ」を公表した
のでしょうか。その狙いは、一体何でしょうか。
              ──[デジタル社会論/022]

≪画像および関連情報≫
 ●米GAFA、なぜ分割論?
  ───────────────────────────
   GAFA分割論は、米議会下院司法委員会の反トラスト小
  委員会が、強大になったGAFAの支配力を抑え込むことを
  目的に、米国版独占禁止法である反トラスト法改革を提案し
  たことがきっかけだ。
   反トラスト小委員会は、大企業には厳しい態度で臨むこと
  が多い民主党が主導。提案に伴って、GAFAが反トラスト
  法に違反していることを1年4か月にわたって調査した報告
  書を公表。それによると、4社は協力の市場支配力を得てお
  り、競争環境を歪めており、小委員会では、その是正のため
  には反トラスト法の抜本改革や会社分割が必要と提言してい
  る。GAFAについては、それぞれの市場の「プラットフォ
  ーマー」だが、報告書での定義は「ゲートキーパー」。「門
  番」という意味だが、ここでは、「取捨選択する権限を持つ
  者」を表す。それぞれが支配する市場へのアクセスを条件に
  不当な契約を押し付けたり、買収を繰り返したりして独占状
  態を築いた。
   その結果、じつはイノベーション(技術革新)が滞り、消費
  者の選択の幅を狭め、引いては民主主義が制約を受けた――
  というのが反トラスト委員会の言い分だ。この反トラスト小
  委員会の報告書について、トランプ大統領を支持する共和党
  は賛同しておらず、議会で承認され、実現する公算が大きく
  はない。            https://bit.ly/3atA3TX
  ───────────────────────────
GAFA.jpg
GAFA
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月04日

●「リブラ発表に隠されたFBの思惑」(第5422号)

 「リブラ」が公表された2019年6月18日、その開発プロ
ジェクトのリーダー、デビット・マーカス氏は、テレビに出演し
キー局のキャスターと対峙したのです。
─────────────────────────────
キャスター:ここまでフェイスブックへの不信が高まっている時
 期に、なぜ不可解な企て(リブラのこと)をするのか。
マーカス氏:リブラは分権化された仕組みをもち、リブラ協会の
 メンバーによって運営される。フェイスブックはそのメンバー
 の一つに過ぎない。フェイスブックは自身の影響力と支配力を
 制限するために多くの労力を費やしている。
      ──藤井彰夫/西村博之著/日経プレミアシリーズ
            『リブラの野望/破壊者か変革者か』
─────────────────────────────
 個人データ流出事件の影響で、実際この時期のフェイスブック
の経営は、最悪の状況にあったのです。株価は2018年7月を
ピークに一本調子で下げ、2018年末には4割も低い水準まで
落ち込んでいたのです。そのため、機関投資家からは、ザッカー
バークCEOに対し、兼務する会長職の辞任を求める声まで、上
がっていたといわれます。
 フェイスブック経営陣としては、この嫌な雰囲気を何とか変え
たいという強い気持ちがあったことは確かです。そしてもうひと
つ、近くFTC(連邦取引委員会)から、個人情報の管理に問題
があったとして、相当額の制裁金が課せられることになっていた
のです。これによってフェイスブックの株価がさらに下がる恐れ
があります。
 そのため、フェイスブックは、その秘蔵っ子である「リブラ」
の発表を早めにぶつけて、そのショックを少しでも和らげたいと
いう気持ちがあったことは事実です。実際に7月24日、FTC
は、フェイスブックに50億ドル(約5400億円)の制裁金を
課してきたのです。プライバシー問題に関するFTCの制裁金と
しては、過去最大額の金額です。
 しかし、そうしたもろもろのフェイスブックの思惑は大きく外
れたようです。その顛末について、藤井彰夫/西村博之著の前掲
書は、次のように書いています。
─────────────────────────────
 データ流出で傷ついたフェイスブックの過去のイメージと決別
し、未来へと脱皮するきっかけとしたい。そんな思いを映したリ
ブラ構想は、同社の期待と裏腹に、むしろ世間の警戒感を高める
こととなった。公共財の色彩が強い通貨の発行に、フェイスブッ
クが関わることに対し、批判が噴出したのだ。フェイスブックの
「信用」問題は、のっけからリブラの足を引っ張った。
 先陣を切ったのは米議会だ。「個人のプライバシーや国家安全
保障への懸念があるリブラは、開発を一時停止すべきだ」。7月
上旬、米下院金融サービス委員会のウォーターズ委員長(民主)
がそう述べると、当局関係者も呼応した。
 パウエル連邦準備理事会(FRB)議長は、「リブラはプライ
バシー問題、資金洗浄、消費者保護などで、深刻な懸念を引き起
こしている」と述べ、「審査が、1年以内に完了するとは思わな
い」と踏み込んだ。ムニューシン米財務長官も安全保障の観点か
ら、「深刻な懸念をもっでいる」と述べ、フェイスブックがテロ
資金などへの対策を講じる必要があると強調した。鳴り物入りの
発表から1ヶ月足らずのうちに、リブラは四面楚歌に近い状況に
置かれていた。    ──藤井彰夫/西村博之著の前掲書より
─────────────────────────────
 こうした騒ぎを受けて動揺したのは、創業メンバーであるリブ
ラ協会のメンバーです。リブラ協会については、後から詳しく述
べますが、当初は、フェイスブックの子会社「カリブラ」を含む
28の企業が参加を表明していたのです。
 「現時点ではリブラへの参画を見送る」という声明を発し、リ
ブラ協会から最初に離脱したのは、電子決済大手の米ペイパル・
ホールディングスです。2019年10月4日のことです。ペイ
パル・ホールディングスの離脱を受けて、ピザ、マスターカード
イーベイ、ブッキング・ホールディングス、ストライブ、メルカ
ドバゴの7社が次々と離脱し、リブラ協会には21の企業や団体
が残ったことになります。
 フェイスブックのザッカーバークCEOは、2019年10月
23日、米下院金融委員会の公聴会に呼び出しを受けています。
そのとき、ザッカーバークCEOは、リブラの開始時期にこだわ
らず、議会の求める課題の解決に努力し、米当局の承認が得られ
るまでは、リブラを発行しないことを約束しています。しかし、
形勢逆転を狙った次のような変化球も投げています。
─────────────────────────────
 米国がこの分野をリードしなければ、他国がするだろう。他国
の政府や企業は、米国と同じ規制制度や透明性に対するコミット
メントを持たずに実行するかもしれない。
 実際問題として中国は、素早く動いて、似たアイデアを数ヶ月
中に始動させようとしでいる。大部分がドルに裏打ちされたリブ
ラは、米国の金融覇権と民主的な価値を世界に広げる。米国が技
術革新しなければ金融覇権は保証されない。
           ──ザッカーバークCEOの米議会発言
─────────────────────────────
 ザッカーバークCEOは、リブラを与野党が結束しやすい「中
国への対抗」という構図を持ち出し、ドル覇権や民主主義の担い
手としてのリブラの役割を印象づけようとしたのです。このマー
ク・ザッカーバークという人物は、なかなかしたたかです。
 GAFAに対する規制は、これからますます厳しくなると予想
されます。そうなると、それに伴うコスト増加で、従来のネット
ビジネスのスタイルでは儲からなくなり、金融業に新たな活路を
見出すようになっている可能性もあります。
              ──[デジタル社会論/023]

≪画像および関連情報≫
 ●リブラは「失敗している」金融システムを修復できる
  :ザッカーバーグ氏
  ───────────────────────────
   マーク・ザッカーバーグ氏は、リブラは銀行口座を持たな
  い世界17億人の人々に金融サービスを提供することができ
  ると議会で証言するつもりだ。そして、リブラが実現しなけ
  れば、中国の新しいデジタル通貨がそれを実現するとも。
   フェイスブックCEOのザッカーバーグ氏は23日に予定
  されている下院金融サービス委員会での証言に先立ち、証言
  文の書面を公開。リブラは人々がより簡単に送金できるよう
  になるグローバル・ペイメント・サービスとして構想されて
  いると述べた。
   「現行のシステムはそれらに失敗している」とザッカーバ
  ーグ氏は述べた。「金融業界は停滞しており、我々が求める
  イノベーションをサポートするデジタル金融アーキテクチャ
  ーも存在しない。私はこの問題は解決でき、リブラはその手
  助けになると信じている」
   特に、同氏はフェイスブックの役割──および同社が直面
  している批判──を強調した。「私は、これは構築すべきこ
  とだと信じている。だが、現時点で我々は理想的なメッセン
  ジャーではないことを理解している。我々はここ数年、数多
  くの問題に直面している。人々はこのアイデアをフェイスブ
  ックではない誰かに出して欲しいと思っているに違いない」
  ザッカーバーグ氏は、リブラのローンチが許可されなければ
  アメリカは世界において「金融でのリーダーシップ」を失う
  かもしれないと警告し、「中国は数カ月以内に同様のアイデ
  アを発表するために迅速に行動している」と述べた。
                  https://bit.ly/3reklmh
  ───────────────────────────
デビッド・マーカス氏.jpg
デビッド・マーカス氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月05日

●「リブラは11兆ドルの現金を吸収」(第5423号)

 世界には、銀行口座を持たない人が、途上国を中心に17億人
いるといわれます。17億人といえば、世界の人口の約30%に
あたりますが、そんなに多くの人が、銀行を利用できず、金融シ
ステムから疎外されています。フェイスブックは、リブラによっ
て、そういう人たちを救う金融包摂(ファイナンシャル・インク
ルージョン)を可能にすることを強調しています。
 ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)とは、貧困
や難民などに関わらず、誰もが取り残されることなく金融サービ
スへのアクセスができ、金融サービスの恩恵を受けられるように
することを意味します。
 銀行口座を持たない人のことを「アンバンクド」と呼んでいま
す。世界銀行の調査によると、こうした銀行口座を持たないアン
バンクドは新興国に集中していますが、そのうちの半分は、バン
グラデシュ、中国、インド、インドネシア、メキシコ、ナイジェ
リア、パキスタンの7ヶ国のなかにいるといわれます。
 しかし、アンバンクドの3分の2(11億人)は、携帯電話を
持っているといわれます。しかし、携帯電話とインターネットへ
のアクセス手段の両方を持っている人は、世界のアンバンクドの
なかの25%程度に過ぎないのです。その比率は次のようになっ
ています。
─────────────────────────────
           ブラジル ・・・ 60%
          南アフリカ ・・・ 33%
             中国 ・・・ 25%
     バングラデシュその他 ・・・ 10%
─────────────────────────────
 このように見ると、アンバンクドのなかで、リブラのようにス
マホ上のアプリを駆使しての決済ができる人の割合は、けっして
高いないのです。したがって、フェイスブックが強調しているよ
うに、リブラによって金融包摂が一挙に進むということは、かな
り、オーバーな表現といえます。
 さて、金融包摂はともかくとして、そもそもリブラがなぜこれ
ほどの騒ぎになっているのでしょうか。
 それは、フェイスブックのユーザーが27億人を超えているか
らです。世界の人口を添付ファイルにしていますが、フェイスブ
ックのユーザーの27億人は、世界一の人口を誇る中国の倍近く
になるのです。2019年現在、中国の人口は14億3378万
人、インドは13億6641万人です。既にフェイスブックのユ
ーザーは国のレベルを超えているのです。
 このことから「もし、リブラの導入を許せば、金融全般をフェ
イスブックに支配される」ということがいわれます。これに対し
てフェイスブックは、このリブラ計画が、軌道に乗るまでの期間
については、指導的な役割を果すものの、その後は、リブラ協会
の他のメンバーと、同じ義務や権利を持つに過ぎないことを強調
しています。
 リブラを仕切るリブラ協会(リブラを「ディエム」に変更して
いるので「ディエム協会」になるかどうかは不明)とは、どうい
う役割りを果すのかについて、既出の木内登英氏は、次のように
述べています。ちなみに、リブラ協会には、フェイスブックの子
会社「カリブラ」が参加しています。
─────────────────────────────
 意思決定の透明性を高める観点から、リブラ協会にはガバナン
ス強化の仕組みやルールが導入されている。リブラ協会は自らを
非営利組織と位置付け、そこに1部組織として評議会と理事会を
設けている。
 評議会は、リブラ協会の各メンバーの代表によって構成され、
最高の権限を持つ。最も重要な決定には、3分の2を超える多数
の賛成が求められる。また評議会の議決権は、当初はリブラ協会
への出資額、つまり、リブラ投資トークンの持ち分、将来的には
リブラの持ち分に比例する。権限の集中を避けるために、創設メ
ンバー1組織あたりの議決権には、上限が設定される。
 理事会は、評議会を代表してリブラ協会を監督し、協会執行部
に運営上の助言を行う。理事会の構成メンバーは5〜19人とし
厳密な数は評議会が決定する。なお、リブラ・リザーブの運用か
ら得られる利益は、リブラ協会のメンバーにリブラ投資トークン
の持ち分に応じて配当として支払われる。この配当ルールは、事
前に設定し、リブラ協会が運用を監督する。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 リブラが発行されると、それによって世界に流通する現金が代
替されると考えられます。世界の現金流通額は2017年の時点
で「31兆ドル」と推定されています。
 これに対して、フェイスブック関連アプリの利用者は27億人
ですが、これは2018年の世界の人口73億人の37%で、実
に3人に1人ということになります。彼らがもし一気にリブラを
使うようになれば、現金の利用は大幅に減少するはずです。
 もし、リブラが世界の現金発行額の37%程度を代替すると、
現金は11・5兆ドル、日本円で1240兆円が減少してしまう
ことになります。
 このように、現金がリブラに代替されると、その分、中央銀行
の利子所得は減少し、リブラ協会がそれに代って利益を得ること
になります。リブラ協会は、リブラの発行と引き換えに受け取る
代金を、主要法定通貨(ドル、ユーロ、英ポンド、円など)で構
成される銀行預金や短期国債などで保有することになります。こ
れが「リブラ・リザーブ」(準備金)です。当然、そこには、巨
額の運用収益が発生する可能性があります。リブラの利用が広が
ると、リブラ協会は、巨額の収益を手にすることになります。こ
のような計画が、現在、音を立てて進行しつつあります。
              ──[デジタル社会論/024]

≪画像および関連情報≫
 ●仮想通貨を巡る中国の深謀遠慮、「アリババがリブラ参入」
  騒動も
  ───────────────────────────
   米フェイスブックの主導する仮想通貨・リブラは、まだ始
  まってもいないのに悪評が高い。各国の中央銀行は、金融政
  策への支障やマネーロンダリングの懸念を主張し、全面的に
  規制モードで進行中だ。そんな中、リブラに多大な関心を寄
  せる国がある。中国だ。
   「えっ、中国のアリババ集団がリブラをやるの?しかも日
  本で?」。今夏、仮想通貨関係者の間でひそかに注目を集め
  た“異変”があった。リブラとはもちろん、米フェイスブッ
  クが主導する仮想通貨の構想だ。発行主体はフェイスブック
  が加盟している非営利団体のリブラ協会(本部・スイス)。
  ブロックチェーン技術を使い、2020年前半の発行開始を
  目指している。
   リブラ協会は、構想のメンバーとなる企業・団体(協会加
  盟者)を公開している。現時点ではフェイスブック以外はマ
  スターカードやペイパル、ウーバー・テクノロジーズなど米
  国の企業・団体が中心だ。中国はおろか、日本を含むアジア
  の企業・団体はまだどこもメンバーとなってはいない。
   にもかかわらず、なぜ中国のハイテクガリバー、アリババ
  の名前が仮想通貨関係者の間で飛び出したのか。その理由は
  インターネットのドメイン登録にある。フェイスブックがリ
  ブラ構想を発表したのは6月18日。まさにその日、アリバ
  バ傘下のクラウド子会社、アリババ・クラウド・コンピュー
  ティング(阿里雲)の法人名義で、「libra」表記を含
  むドメイン登録が複数あったのだ。そのうち2件は、日本を
  示す「jp」の表記を含んでいた。https://bit.ly/3oJF3Jd
  ───────────────────────────
「フェイスブック『人口』はすでに国家を超越」.jpg
「フェイスブック『人口』はすでに国家を超越」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月08日

●「採用されない岡田晴恵教授の提言」(第5424号)

 「デジタル社会論」と少し離れますが、今朝は新型コロナウイ
ルスについて述べることにします。どうしても、いいたいことが
あるからです。1月24日付の「デジタル毎日」に次の記事が出
ています。
─────────────────────────────
◎新型コロナ 自宅療養中21人死亡/12月以降10都府県
 新型コロナウイルスに感染後、自宅で療養したり、入院先など
が決まらず、自宅で待機したりしている間に亡くなった人が昨年
12月以降、1都9府県で少なくとも21人に上ることが毎日新
聞のまとめで判明した。病院に入らない感染者が増えるなか、自
宅療養者への支援の重要性が高まっている。
 毎日新聞の集計によると、自宅療養中や入院先などの調整中に
亡くなったのは東京都が8人で最も多く、栃木、千葉、神奈川、
京都の各府県が2人、埼玉、群馬、大阪、兵庫、広島の各府県が
1人だった。            https://bit.ly/39SYV8v
─────────────────────────────
 この、入院先が決まらず、やむなく自宅療養中の感染者が急死
するケースが相次いでいることについて、1月26日の衆院予算
委員会において、立憲民主党の辻元清美議員が、「公助で救えな
かった命がある責任は感じているか」との質問に対し、菅義偉首
相は次のように述べただけです。
─────────────────────────────
     責任者として大変申し訳く思っています。
                 ──菅義偉首相
─────────────────────────────
 この人はいつもそうですが、このような深刻な事態に対し、国
の最高責任者として、言葉が足らないと思います。国民の生命と
財産を守るのが内閣の責務であるといつもいいながら、具体的に
は何かをしているようには見えないからです。医療体制が崩壊し
つつあるので、自分は謝るしかないと思っているのでしょうか。
 この問題の解決策はあります。私は、在宅のときは、いつも、
「羽鳥慎一モーニングショー」を見ていますが、昨年の第1次緊
急事態宣言のときから、毎日のように、白鴎大学の岡田晴恵教授
が出演し、いくつもの重要な提言をしているのを聞いています。
とくに重要な提言は以下の3つです。
 第1の提言は「各医療機関は『発熱外来』を作り、PCR検査
を実施せよ」です。
 今でこそ多くの医療機関が外部にテントを張るなどして「発熱
外来」を設けるようになりましたが、多くの医療機関は、すぐに
は対応しなかったのです。「発熱外来」は、感染症対策のいろは
の「い」なのですが、これに関して岡田教授の古巣でもある厚労
省は、聞かないフリをして、積極的に動いていません。
 やがて感染者が増加し、病床がひっ迫してくると、無症状の感
染者は、病院ではなく、ホテルなどを借り切って隔離させるよう
になったのです。病床を空けるためです。その頃から、岡田教授
は、ホテルなどでは限界が来るので、次の提言をするようになっ
ています。
 第2の提言は「無症状の感染者は、体育館などで、医師のいる
環境におく」です。
 岡田教授はこういうのです。感染者は、多少「密」になっても
いいから、体育館などを借り切って、少し不自由ですが、そこで
隔離生活を送ってもらう必要があります。地震や津波などの災害
のときと同じです。現在はまさにその非常時なのです。
 そういう体育館には、医師が必ず常駐し、もしものとき、すぐ
応急措置が取れるようにします。これは、プライバシーの確保に
は、確かに問題がありますが、大勢の人の目のあるところの方が
急変に気がつきやすいメリットもあるのです。
 無症状の感染者の管理については、現在やむなく行なわれてい
る「自宅療養」が一番危険です。家族がいれば、クラスターにな
る危険がありますし、1人の場合は病状の急変が心配です。それ
に薬も与えられていないので、自宅「療養」ではなく、自宅「放
置」と同じです。ホッタラカシです。
 しかし、感染者自身が「自宅療養」を望む場合について、岡田
教授は、次の提言をしています。
 第3の提言は「感染者がやむなく自宅療養を望む場合はアビガ
ンを与えよ」です。
 アビガンについて、日本医療機器開発機構のサイトには、次の
ように出ています。
─────────────────────────────
 アビガンはインフルエンザの治療薬です。すなわち、同じウイ
ルスでもコロナウイルスの治療薬としては承認されていません。
そして効能・効果の使用上の注意としてこの薬は、「当該インフ
ルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ
患者への投与が検討される医薬品である」とされており、とても
特別な薬なのです。         https://bit.ly/2MXKOFO
─────────────────────────────
 アビガンは、新型コロナウイルスで入院できた患者に対しては
医師の判断により、投与されています。それによって、症状が改
善したケースも多く報告されています。
 岡田教授は、やむを得ず、自宅療養の感染者に対してはアビガ
ンを処方すべきと提言しています。なぜなら、アビガンは錠剤で
あり、医師の手を借りず自分で服用できるからです。確かにアビ
ガンは、まだ承認されておらず、リスクがあることは確かです。
しかし、感染症学者でり、医師でもある岡田教授が勧めているの
です。やむなく自宅待機をせざるを得ない感染者に対しては、医
療関係者の判断のもと、アビガンを服用することも、あってもい
いのではないでしょうか。急死よりマシです。
 これらの岡田晴恵教授の提言を、国はなぜことごとく無視する
のでしょうか。不思議でなりません。
              ──[デジタル社会論/025]

≪画像および関連情報≫
 ●コロナ「突然重症化した人」の驚くべき共通点/10日間救急
  治療室で患者を診た医師の見解
  ───────────────────────────
   私は30年間救急医療に携わっている。1994年には、
  挿管法を指導する画像システムを考案した。呼吸を助けるた
  めの管を挿入するプロセスを指導するものだ。これを契機に
  私は挿管法のリサーチを行うようになり、その後、過去20
  年は世界各地の医師たちに向けて気管処置の講座を行ってい
  る。3月末、新型コロナウイルス感染患者がニューヨークの
  病院にあふれ返るようになり、ベルビュー病院で10日間、
  ボランティアで支援にあたった。この間私は、このウイルス
  によって致命的となる肺炎の早期発見ができていないこと、
  そして患者を、人工呼吸器を使わずに回復させるための方法
  がもっとあるはずだと考えるようになった。
   ニューハンプシャー州の自宅からニューヨークまでの長距
  離運転中、友人のニック・カプトに連絡をした。彼はブロン
  クスに勤務する救急医で、すでに新型コロナ騒ぎの渦中で奮
  闘していた。私は今後自分が直面するだろう事態、安全を保
  つ方法、そしてこの疾患に対する彼の見解を知りたかった。
   「リック、これはいまだかつて誰も見たことのないものだ
  ぞ」と彼は言った。その通りだった。新型コロナによる肺炎
  は、ニューヨーク市内の医療システムに重大な影響を及ぼし
  ている。            https://bit.ly/3rrw299
  ───────────────────────────
岡田晴恵氏.jpg
岡田晴恵氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月09日

●「リブラは果して儲かるビジネスか」(第5425号)

 リブラ協会の話の続きです。リブラは、世界の主要通貨のバス
ケットに連動しています。この通貨バスケットというのは、通貨
の交換価値を決めるさいに、複数の通貨を入れた「バスケット」
を想定し、それを1つの通貨と見立てて交換レートを算出する方
式のことです。ドイツのニュース週刊誌「デア・シュピーゲル」
の報道によると、割合は次のようになっています。
─────────────────────────────
       米ドル ・・・・・・・ 50%
       ユーロ ・・・・・・・ 18%
       円   ・・・・・・・ 14%
       ポンド ・・・・・・・ 11%
       シンガボールドル ・・  7%
─────────────────────────────
 このバスケットに中国の人民元が入っていないことに対して、
デビット・マーカス氏は、議会証言として「入らない」と明言し
ています。中国は米国に次ぐ世界第2位の経済規模を誇るにもか
かわらずです。おそらくフェイスブックとしては、フェイスブッ
クが中国で禁止され、リブラを普及させることへのハードルが高
いと判断したものと思われます。
 これについて、日本経済新聞の藤井彰夫氏と西村博之氏は、次
のように述べています。
─────────────────────────────
 中国に対する米議会の警戒感も背景にあるようだ。バージニア
州選出のマーク・ワーナー上院議員はフェイスブック宛ての書簡
で、中国が人民元を外貨準備に加えるよう各国に圧力をかけてい
ると指摘し、リブラを裏付ける通貨に人民元が含まれないことを
確約するよう求めている。米中摩擦が激しくなるなか、人民元を
バスケットに含めることで、ただでさえリブラに批判的な世論を
刺激するのはフェイスブックにとって得策でない。ただ、フェイ
スブックはワーナ−議員の書簡に応える形で議会に宛てた書簡で
こうも記している。「新たな通貨をリブラの準備基金に加えるか
どうかは、そのときの事実や状況によっで決めることになる」。
人民元を含める可能性を完全に排除したわけではない。
      ──藤井彰夫/西村博之著/日経プレミアシリーズ
            『リブラの野望/破壊者か変革者か』
─────────────────────────────
 リブラの通貨バスケットにシンガポールが入っていることは注
目すべきことです。シンガポールは、金融市場や法的インフラが
発達しており、安定的に通貨や国債を取引できることに加えて、
いわゆるフィンテックを国策として強化していることがバスケッ
トに加えられた理由と考えられます。
 リブラのもうひとつの大事な特色は、リブラには資産の裏付け
があることです。具体的にいうと、預金や国債を保有し、それに
よってリブラの価値を裏打ちする仕組みになっています。これを
「リブラ・リザーブ」と呼んでいます。
 ビットコインには、裏付け資産がないのです。この場合、市場
の価格は需要で決まり、それを買いたい人が多ければ値上がりし
逆に売りたい人が多ければ値下がりします。現在、ビットコイン
は高騰していて、本稿執筆時の2月7日現在、ビットコインは、
「1ビットコイン=414万0576円」にまで上昇しているの
です。こうなってしまうと、ビットコインは投機商品であっても
通貨としては機能しなくなります。リブラの設計者は、こうした
ビットコインの通貨としての欠陥を踏まえて、その価値を資産で
裏打ちする仕組みを考えたのです。
 これは、2月5日のEJ第5423号でも書いていますが、リ
ブラは現金に代替されやすく、普及し易いのです。何しろフェイ
スブックの利用者は27億人であり、これは世界の人口73億人
の37%を占め、3人に1人は使っている計算になります。もし
フェイスブックの利用者が、一斉にリブラを使い始めると、かな
りのスピードで、世界中に流通している現金は減少してしまうこ
とになります。
 仮に世界の現金発行額の37%(フェイスブック利用者)をリ
ブラが代替すると、現金は11・5兆ドル(約1240兆円)減
少してしまい、それによる中央銀行の利子所得は減少し、その代
り、リブラ協会は大儲けできることになります。
 リブラ協会は、リブラの発行と引き換えに受け取る代金を主要
法定通貨で構成される銀行預金や短期国債などのかたちで、リブ
ラリザーブとして保有しますが、これが莫大な運用収益を生む可
能性が高いのです。
 もし、リブラが世界中の現金11・5兆ドルを代替したとする
と、どうなるかについて、既出の木内登英氏が予測しています。
 この場合、11・5兆ドルのリザーブをリブラ協会が保有する
ことになります。この11・5兆ドルをすべて米国短期国債で保
有すると、現在でも年率2%程度の利子所得が発生することにな
り、その規模は2300億ドル(25兆円)に及ぶのです。
 この金額は、リブラシステムの運営費に使われますが、リブラ
教会のメンバー(出資者)に配分されるのです。リブラ協会のメ
ンバーは、現在は21組織ですが、これを100組織まで増やす
ことが計画されています。
 メンバーになるには、1000万ドル以上を出資することが条
件とされていますが、仮に100の組織が、それぞれ1000万
ドルを出資して、リブラ協会に加入したとすると、その場合、リ
ブラ協会を構成するそれぞれの組織は、2300億ドルの100
分の1である約23億ドルを毎年手にすることになるのです。こ
れは、出資額1000万ドルの実に230倍の利益を上げること
になります。もっとも全てのことがうまくいった場合の予測に過
ぎませんが、リブラは相当儲かるビジネスになる可能性はありま
す。これに対して、中央銀行を含む世界の銀行は当然反対するこ
とは明らかです。銀行は、リブラ協会に入ることはできないから
です。           ──[デジタル社会論/026]

≪画像および関連情報≫
 ●FBの仮想通貨「リブラ」でクレジットカードは20世紀の
  遺物になる/2020年2月/大前研一氏
  ───────────────────────────
   2019年10月、米下院金融委員会の公聴会に世界最大
  のSNSであるフェイスブック(FB)社のマーク・ザッカ
  ーバーグCEOが出席した。ザッカーバーグ氏といえば、F
  Bの個人情報が不正流出した問題で18年4月にも米上院の
  公聴会に出席して陳謝、問題への対処とプライバシー保護の
  取り組みについて説明している。そのザッカーバーグCEO
  が再び公聴会に出席した理由、それはFB社が発行を予定し
  ている仮想通貨「リブラ」の安全性について証言をするため
  である。
   19年6月、FB社は、かねて計画を進めてきた独自の仮
  想通貨リブラを20年にスタートすると発表した。仮想通貨
  というと価値が乱高下して投機の対象になった「ビットコイ
  ン」などを思い起こす向きもあるだろうが、リブラは従来の
  仮想通貨とは異なる。これまでの仮想通貨は発行・運営母体
  が不在で価値の裏付けもなかった。
   しかし、リブラの場合、リブラの普及や運用を専門に行う
  FBの子会社「カリブラ」をはじめ、クレジット大手のビザ
  やマスターカード、ネット決済大手のペイパル、配車サービ
  ス大手のウーバー・テクノロジーズ、音楽配信大手スポティ
  ファイなど28の民間企業・団体で創立した「リブラ協会」
  が主導してリブラの運営、監督を行う予定になっている。
                  https://bit.ly/3jof0WT
  ───────────────────────────
リブラ協会.jpg
リブラ協会
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月10日

●「フェイスブックの5つの経営理念」(第5426号)

 2012年のことです。フェイスブックは次の5つの経営理念
を発表しています。この経営理念の延長線上にリブラ計画がある
と考えられます。
─────────────────────────────
   1.FOCUS ON IMPACT  ・・   影響力を重視
   2.MOVE FAST     ・・    迅速に行動
   3.BE BOLD      ・・    大胆であれ
   4.BE OPEN      ・・  オープンであれ
   5.BUILD SOCIAL VALUE ・・ 社会的価値を築く
─────────────────────────────
 第1は「FOCUS ON IMPACT」です。
 最も大きな影響力を持ちたければ、最善の道は、最も重要な問
題の解決に常に重点を置くことです。簡単なことのように聞こえ
ますが、多くの会社がこれをうまくできず、時間を無駄にしてい
るとわれわれは考えます。フェイスブックで働く者には全員、取
り組むべき最大の問題を発見することが得意であってほしいと考
えています。
 第2は「MOVE FAST」です。
 素早く動けば、より多くのことが築け、より早く学ぶことがで
きます。しかし多くの会社は、成長するにつれて、のんびりしす
ぎて、機会を逸することより失敗を恐れ、動きが鈍りすぎてしま
うものです。わが社のモットーは、「素早く動き、破壊せよ」で
す。もし自分が何も壊していないなら、それは素早さが足りない
からと考えます。
 第3は「BE BOLD」です。
 何か偉大なものを築くということは、リスクを負うことです。
それが恐怖になることもあり、多くの会社が自分たちのなすべき
大胆なことができなくなっています。だが、世界がこれほど早く
変化している中では、リスクを負わないことは失敗も同然です。
もう1つのわが社のモットーは「最大のリスクは、リスクを負わ
ないこと」です。たとえ時にそれが間違いであったとしても、全
社員に大胆な決断を下すことを奨励しています。
 第4は「BE OPEN」です。
 われわれは、より開かれた世界ほど素晴らしい世界だと考えま
す。何故なら、情報を多く持つ人ほど、より的確な決断を下すこ
とができ、より大きな影響を及ぼせるからです。これはわが社の
経営についても同様です。フェイスブックでは全員が社内各部の
情報に可能な限り十分にアクセスし、最善の決定を下し、最大限
の影響を与えることができるよう努めています。
 第5は「BUILD SOCIAL VALUE」です。
 フェイスブックは、単に一企業を築くために存在しているので
はなく、より開かれ、つながった世界を作るために存在していま
す。フェイスブックで働く者全てには、日々のあらゆる活動にお
いて、世界にとって真に価値あるものをどのようにして築くか、
という点に力を注いでもらいたいものです。
 フェイスブックにとって2012年という年は、意義のある年
であったといえます。2012年2月、フェイスブックは、最初
の株式公開を行い、カリフォルニア州メンローパークに本部を移
転しています。そして9月には、フェイスブックのアクティブ・
ユーザー数は10億人を超えています。そういう年に、フェイス
ブックは、将来を見据えて、上記5つの経営理念を発表したので
はないでしょうか。
 そして、この経営理念は、ホワイトペーバーに記載されている
次の「リブラ計画」の6つの理念とも関連が深いのです。とくに
5つの理念の5番目「社会的価値を築く」に深く関連していると
いえます。
─────────────────────────────
◎「リブラ計画」の6つの理念
 ・もっと多くの人が金融サービスや安価な資本を利用できるよ
  うにする必要がある、と私たちは考えます。
 ・グローバルに、オープンに、瞬時に、かつ低コストで資金を
  移動できるようになれば、世界中で多大な経済機会が生まれ
  商取引が増える、と私たちは考えます。
 ・人びとは次第に分散型ガバナンスを信頼するようになる、と
  私たちは考えます。
 ・グローバル通貨と金融インフラは公共財としてデザインされ
  統治されるべきである、と私たちは考えます。
 ・私たちには全体として、金融包摂を推進し、倫理的な行為者
  を支援し、エコシステムを絶え間なく擁護する責任がある、
  と私たちは考えます。  ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 よく知られているように、そもそもフェイスブックはハーバー
ド大学の学生だったマーク・ザッカーバーグが、ハッキングをし
て得た女子学生の身分証明写真をインターネット上に公開し、公
開した女子学生の顔を比べて勝ち抜き投票させる「フェイスマッ
シュ」というゲームを公開したことがきっかけで誕生した企業で
す。しかし、これは大学内で大きな問題になり、ザッカーバーグ
は、ハーバード大学の半年間の保護観察処分を受けるに至ったの
です。2004年のことです。
 最初は遊びのつもりだったのですが、2004年に正式にフロ
リダ州にLLC(合同会社)として、登録しています。パートナ
ーは、ザッカーバーグ、モスコヴィッツ、サベリンの3人です。
後にフェイスブックの経営に参加したジェフ・ロスチャイルドは
次のように述懐しています。「私は、連中がデートサイトを作っ
ていると思った。しかし、彼らのビジョンを理解すると、今まで
のサイトとはまったく別物だった。大学内限定で友達との情報を
交換するもっとも効果的なチャンネルを作ろうとしている」と。
2012年は、今後のフェイスブックを決める重要な年だったと
いえます。         ──[デジタル社会論/027]

≪画像および関連情報≫
 ●FB新理念はわずか5語/ザッカーバーグの効果的メッセー
  ジ発信法
  ───────────────────────────
   フェイスブックは、友人・家族・グループをつなぐサービ
  ス──これは、マーク・ザッカーバーグCEOが同サイト立
  ち上げから10年間発信してきたメッセージだ。彼は現在、
  同社の次の10年を導く新たなビジョンを策定するため、効
  果的なリーダーシップ手法を活用している。
   フェイスブックが米シカゴで、2017年6月下旬に開催
  した第1回「コミュニティー・サミット」で、ザッカーバー
  グは「私たちは、この10年間、世界をよりオープンでつな
  がったものにすることに注力してきた。私たちには、世界の
  絆を強める責任がある」と述べ、同社を導く光となるビジョ
  ンとなる新たな企業理念を発表した。
   ザッカーバーグは、フェイスブックが、「人々にコミュニ
  ティー構築の力を与え、世界の絆を強める」ために今後も存
  在していくと表明。スライドにはこのビジョンが「世界の絆
  を強める」というたった5つの単語で要約された。
   ザッカーバーグは1か月前、米ハーバード大学の卒業式で
  スピーチを行い、このビジョンを説明していた。その中で、
  彼は「コミュニティー」という言葉を16回使い、「私たち
  の世代で、より緊密につながる、より大きな機会をつかめる
  かどうかは、コミュニティーを構築し、全ての人が目的意識
  を持つ世界を創造する皆さんの能力にかかっている」と卒業
  生に向けて語った。       https://bit.ly/3rATwZN
  ───────────────────────────
講演するザッカーバークCEO.jpg
講演するザッカーバークCEO
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月12日

●「無料ビジネスで利益を出す仕組み」(第5427号)

 今年に入ってから「クラブハウス」という新しいSNSが流行
しているのをご存知でしょうか。
 クラブハウスとは、米サンフランシスコのスタートアップ企業
アルファ・エクスプロレーションが2020年の春にスタートさ
せたサービスです。
 ところで、最近よく「スタートアップ企業」という言葉が使わ
れますが、どのような企業を指すのでしょうか。日本でいうとこ
ろのベンチャー企業とはどう違うのでしょうか。
 スタートアップ企業とベンチャー企業の違いは、ゴールの違い
にあります。ベンチャー企業は中長期的に課題に取り組み、世の
中の課題を解決しようとしますが、スタートアップは主に短期間
でのエグジット(EXIT)を目的にしています。なぜ、エグジット
かというと、新しい市場を作り出すために、短期間で急成長を狙
うからです。
 日本では、スタートアップは「比較的新しいビジネスで急成長
し、市場開拓フェーズにある企業や事業」という意味で使われま
す。スターアップを目指す起業家は、イノベーションを通じて、
人々の生活や社会を変えるために起業し、その組織は、ファウン
ダーを含め即戦力になる人間で構成されており、しっかりとした
ビジネスモデルもないなかで、模索しながら新しいビジネスモデ
ルを開発し、急激な成長を目指すのです。
 つまり、「非常に高い率で成長し続けるビジネス形態」であれ
ば、会社の規模や設立年数は関係なくスタートアップといえるの
です。そういう意味では、GAFAもスタートアップですが、こ
のレベルに達すると、プラットフォーマーといわれます。
 それはさておき、「クラブハウス」を一言でいうと、音声のS
NSです。というよりも、目下大流行の音声版のZOOMという
べきです。招待制を採用しているからです。「room」と呼ば
れるテーマごとの部屋で、音声だけの会話を楽しむというもので
す。1月24日の時点で世界で200万人のユーザーがいます。
このクラブハウスについて、2021年2月7日付、日本経済新
聞は次のように、報道しています。
─────────────────────────────
 雑談感覚で人とつながることができるのが特徴だが、新メディ
アとしての可能性を探ろうと著名人も使い始めた。テスラのマス
クCEOが登場した際は、roomに入れる約5000人分が瞬
時に埋まった。会話の後半には、米株式市場で起きた乱高下の一
因とされるスマホ証券「ロビンフッド」のCEOも現れ、米メデ
ィアが会話の内容をニュースとして取り上げる事態が起きた。
          ──2021年2月7日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「フリーミアム」(freemium)という言葉があります。これは
GAFAによって代表されるプラットフォーマーの無料サービス
のことです。フリーミアムは、「フリー(無料)」と「プレミア
ム(割増)」を合わせた造語です。
 このプラットフォーマーの無料サービスが、なぜビジネスとし
て成り立つのかについて、木内登英氏は「補完財」というミクロ
経済学の基礎的な概念を使って説明できるといいます。
 「補完財」とは何でしょうか。
 「補完財」とは、相互に補完して効用を得る財のことです。代
表的な例として、パンとジャム、自動車とガソリン、コーヒーと
砂糖などが上げられます。例えば、パンの価格が下がると、当然
パンの需要は高まりますが、この場合、補完財であるジャムの需
要も、その価格が変化しなくても、高まることになります。
 この関係を基にして、木内登英氏は、プラットフォーマーの無
料サービスについて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 プラットフォーマーが無料で提供する財・サービスが、他の財
・サービスヘの需要を高め、利益の増加をもたらすことから、無
料サービスを提供することが合理的な企業行動となるのである。
例えば、フェイスブックが仮にリブラ自体では儲けることはでき
なくても、SNSがリブラの補完財であり、リブラの利用拡大が
SNSのユーザー拡大に繋がり、ターゲット広告などによる収益
拡大をもたらすのであれば、フェイスブックは低コスト、あるい
は無料でリブラを提供することができる。
 フリーミアムという言葉が使われる場合には、単に無料のサー
ビスを提供することではなく、無料のサービスを提供した上で、
それにより、高機能化されたサービス、あるいはカスタマイズさ
れた付加価値の高いサービスを有料で提供することで、全体とし
て収益を得るというビジネスモデルを指すことの方が多い。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 ネットビジネスには「5%ルール」というものがあります。全
体では95%が無料サービスの利用者であっても、5%の有料サ
ービス利用者がいればビジネスは成立するというルールです。木
内氏は、これに該当するものとしてアマゾンの有料会員制サービ
ス「アマゾンプライム」を上げています。
 年会費を払ってプライム会員になると、過剰なほどのサービス
が受けられます。なぜ、このようなサービスができるのかという
と、会員が多いことと、年会費が「前払い」であるからです。2
018年の時点で、米国における会員数は8500万人。米国の
人口が約3億2000万人ですので、米国では実に4人に1人が
プライム会員ということになります。アマゾンは、この制度を世
界16ヶ国で展開しており、2018年の時点で、プライム会員
が世界全体で1億人を超えています。
 米国内だけで考えても、年会費119ドルの会員が8500万
人いると、前受金は100億ドルを超えます。アマゾンはこの資
金を元手に新サービスの拡大やコンテンツの拡充に努めているの
です。           ──[デジタル社会論/028]

≪画像および関連情報≫
 ●フリーミアムとフリートライアル、どちらを選ぶべきか
  ───────────────────────────
   フリーミアムは、無料での利用をベースに「機能」などに
  制限を設けるモデルとなります。ざっくり表現すると「ずっ
  と無料で使えるけど、この機能を使うなら課金してね」とい
  う価格形態です。全顧客の5%が有料ユーザーであれば、ビ
  ジネスとして成り立つと言われています。
   最近、フリーミアムで成功した企業といえば、ZOOMで
  しょう。ZOOMは、1on1であれば時間制限なく、快適
  なウェブ会議(もしくは飲み会)を無料で実現することがで
  きます。しかし、参加者が3名以上になると時間制限(40
  分)が設けられるため、ここで多くのユーザーが有料プラン
  へ移行することとなります(さすがに接続し直すのは面倒な
  ので)。
   フリーミアムはこのように、何に制限を設けるか、その線
  引きが重要となります。ZOOMのように「機能」に制限を
  設ける例もあれば、ドロップボックスのように「容量」に制
  限を設ける例もあります。ポイントとしては、ユーザーに最
  も価値を感じてもらえる機能を、有料プランとして提供する
  こと(無料プランで提供しないこと)でしょう。しかし、機
  能をあまりにも絞り過ぎると「何もできないじゃん!」と、
  かえってネガティブな印象を与え、結果的に離脱されてしま
  う可能性があります。      https://bit.ly/2LFq9Gn
  ───────────────────────────
クラブハウス.jpg
クラブハウス
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月15日

●「なぜ、GAFA解体論が起きるか」(第5428号)

 話が色々な方向に飛んでいますが、GAFAによって代表され
るプラットフォーマーのひとつがデジタル通貨を発行することの
影響について考えています。そのためには、プラットフォーマー
がどういう事業者であり、それをどうとらえるかについて明確に
しておく必要があるので、様々な角度から考えています。
 リブラに対する規制の議論でも大きな焦点になっているのが、
プラットフォーマーによる個人データの扱いと、プライバシー保
護の問題です。これはきわめて難しい問題です。
 一見すると、プラットフォーマーが提供するサービスを、ユー
ザーが無料で利用するメリットに対して、プラットフォーマー側
は、それによって得られる個人データを利用し、広告収入などに
よって利益を上げる、ウインウインの関係を生み出すビジネスモ
デルのように見えます。
 これに対して、木内登英氏は、けっしてウインウインの関係で
はないとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 ユーザーには付加価値のあるデータを自ら作り出すという意味
で、生産活動を行う生産者という側面もある。しかし、ユーザー
が生産したデータヘの対価は、プラットフォーマーからは直接的
には受け取っていない。仮にユーザーが自ら作り出した個人デー
タを、他の企業に売っていれば、収入を得ることができる。それ
を諦めて、プラットフォーマ一に個人データを差し出していると
いう点で、実はユーザーには機会費用が発生しているのである。
 もう一つの対価、コストは、利用者が提供する個人データに関
わる様々なリスクだ。個人が提供したデータが、実際にどのよう
に使われるのかが必ずしも明らかでない。もし個人が特定される
状態でデータが外部に流出してしまえば、深刻なプライバシー侵
害の問題を引き起こしてしまうのである。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 極端なことをいえば、プラットフォーマーは登録されている個
人データそのものを何らかの理由を付けて、他の企業に売ること
もできるし、外部の組織と情報を共有することもできます。あの
ケンブリッジ・アナリティカ社へのデータ流出事件がそれを示し
ています。とくにフェイスブックは、これまでに何度も個人デー
タの漏洩事件を起こしており、そういうプラットフォーマーがリ
ブラの発行によって、金融の情報まで握ることに深い懸念が示さ
れているのです。
 その場合、プラットフォーマーは、個人データの使い方に関す
る詳細な文書をユーザーに示して「同意」を求める方法を採用し
ています。しかし、そのような文章をていねいに読むユーザーは
少なく、プラットフォーマーとしては、それに付け込んで、個人
データの利用について、依然として、高い自由度を維持している
のが現状です。
 もうひとつプラットフォーマー側にも当初想定していなかった
追加的なコストが発生しつつあります。もともとプラットフォー
マーは、投稿の「場」を提供するだけで、ユーザーが投稿するコ
ンテンツの内容には一切関知しない方針だったのです。
 ところが、最近になって、コンテンツのチェックは、不可避に
なっています。世論を操作する目的の投稿や、フェイクニュース
明らかな選挙対策用コンテンツ、ヘイトスピーチなどの問題のあ
る投稿が増えてきたからです。コンテンツをいちいちチェックす
るには、相当の労働力の投入が必要であり、当初想定していない
追加的なコストがかかることになります。ツイッター社やフェイ
スブックが、トランプ前米大統領のツィートに対して警告したり
利用を永久に停止するなどの措置をとったのもこのような考え方
の一環であるといえます。
 本稿執筆時の2月13日付の日本経済新聞朝刊「ディープイン
サイト」に、この問題と関係のある次の記事が掲載されているの
で、ご紹介します。同趣旨のコンテンツは、2月3日付のEJ第
5241号でも取り上げています。
─────────────────────────────
 Deep Insight
 ◎GAFAルールでいいか/本社コメンテーター/村山恵一
 「父と娘の公園での一日」。米アップルが、1月に公開した約
10ページのレポートは、イラストつきの表紙こそ楽しげだが、
中身は重い。
 知らぬ間に個人データがやりとりされる一日を描き、アップル
製品でプライバシーを守ろうと呼びかける。近く導入する目玉の
機能「AAT」ももちろん紹介している。アプリで個人を追跡し
データを収集したいなら、事前に利用者の許可を受けよというも
のだ。
 このATTについて批判を集めたサイトがある。「商売が減速
する」「アップルの行為は間違い」。中小事業者が動画や音声で
登場し、導入阻止を叫ぶ。立ち上げたのは事業者たちだけではな
い。米フェイスブックだ。個人の興味や行動に即した広告がAT
Tによって制約される。低予算の事業者からターゲティング広告
という集客の手段を奪っていいのか。そう訴える。
         ──2021年2月13日付、日本経済新聞
                      添付フィル参照
─────────────────────────────
 GAFAには、解体論、分割論が出ています。とくにフェイス
ブックには、ライバルとして浮上してきた写真共有の「インスタ
グラム」や対話アプリの「ワッツアップ」を買収したことによる
ライバル不在の状況を作っていますが、これは反トラスト法に触
れるとして、その適用が検討されています。ライバル不在によっ
て、質の低い競争しか起こらず、それが消費者の利益を損ねてい
るという考え方です。これに関してザッカーバークCEOは絶対
反対を表明しています。   ──[デジタル社会論/029]

≪画像および関連情報≫
 ●GAFA解体論を間違って理解しないために知っておくべき
  “L字型”の基礎理論/富岡秀夫氏
  ───────────────────────────
   2020年10月6日に、米国下院の反トラスト小委員会
  が、GAFAの分割も含む提言を盛り込んだ報告書を公表し
  たことは色々なニュースで取り上げられているとおりです。
  あくまでも議会の提言ですので、必ずしもこのままGAFA
  の分割が進められるわけではないのですが、このような巨大
  企業の分割は、競争政策の界隈では構造分離と呼ばれ、米国
  ではこれまで実際に行われてきています。例えば、1911
  年には、連邦最高裁の命令によりロックフェラー財閥の石油
  会社スタンダード・オイルが分割されました。また、電話発
  明者グラハム・ベルに源流を持つ通信会社AT&Tが、19
  84年にやはり競争法を巡る訴訟の結果分割されています。
  ちなみに、日本でも1999年にNTTの再編成が行われま
  したが、このAT&T分割がモデルになっています。
   このGAFA解体論についてのよくある誤解は「GAFA
  は巨大だから解体すべき」というものです。これは100%
  誤りというわけではないのですが、決して正しい理解ではあ
  りません。私は総務省で色々な仕事をしてきた中で、特に通
  信市場の競争政策というテーマに長く携わってきましたので
  その経験を踏まえ、構造分離に関する競争政策の基礎理論に
  ついて書いておきたいと思います。少し抽象的で難しい話か
  もしれませんが、なるべく分かりやすく書いてみます。
                  https://bit.ly/3rOaWC7
  ───────────────────────────
「ディープ・インサイト/2021年2月13日」.jpg
「ディープ・インサイト/2021年2月13日」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月16日

●「IMFによるデジタル通貨の特性」(第5429号)

 2020年10月19日、国際通貨基金(IMF)は、世界各
地の中央銀行や民間企業などが検討を進めるデジタル通貨に関す
る報告書を公表しています。
 IMFは、そのなかで、デジタル化の加速で、国際金融市場の
流動性が高まり、将来的には、ドル基軸体制が崩れる可能性もあ
ると指摘し、今後官民による複数のデジタル通貨圏の出現もあり
得ると分析しています。
 そのなかでIMFは、フェイスブックが主導する仮想通貨「リ
ブラ」の影響力について、次のように言及しています。
─────────────────────────────
 IMFは、民間企業のデジタル通貨が世界市場を独占したり、
いくつかの主要通貨が地域ごとに割拠したりする四つの将来像を
提示して、利点や課題を探った。
 米フェイスブックが主導する仮想通貨(暗号資産)「リブラ」
計画のように、民間が発行する単独の通貨が世界中で使われるよ
うになった場合は、急速に影響力を拡大。法定通貨のようになり
各国は自国の金融政策を制御できなくなると強調。多極化した通
貨圏が生まれる場合も各国は制約にさらされるとした。
 一方、国際金融の構図は変わらないまま、デジタル通貨が国際
決済の手段に限定して使われる可能性もあるとした。現在は世界
の外貨準備高の約6割を占めるなどドルが圧倒的な支配力を持っ
ている。(共同)           ──毎日新聞デジタル
                  https://bit.ly/3qh6HyN
─────────────────────────────
 加えて、IMFは、デジタル通貨が今後世界で広く利用されて
いく背景として、デジタル通貨の特徴を6つ上げています。
─────────────────────────────
    @利便性     ・・ Convenience
    A同時偏在性   ・・ Ubiquity
    B補完性     ・・ Complementality
    C取引コストの低さ・・ Transaction costs
    D信用      ・・ Trust
    Eネットワーク効果・・ Network effects
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 第1の特徴は「利便性」です。
 社会のデジタル化が進展するにつれて、デジタル通貨は、現金
や銀行預金以上に生活のなかで流通しつつあります。SNSのア
プリ上にデジタル通貨をストックし、その送金ができるなどユー
ザーの利便性に配慮された設計になっています。
 第2の特徴は「同時偏在性」です。
 伝統的な銀行システムよる海外送金はコストと時間がかかりま
すが、デジタル通貨はより早くて安価で送れます。しかし、その
海外送金先において、デジタル通貨を現地通貨に換えるという問
題点があります。
 第3の特徴は「補完性」です。
 仮に、株式や債券がブロックチェーンで取引されるようになれ
ば、ブロックチェーン上でデジタル通貨による決済が同時に完了
するようになる。商品の受け渡しと資金決済を同時に実施でき、
決済を自動化できますち。
 第4の特徴は「取引コストの低さ」です。
 デジタル通貨の送金は、ほとんどコストがかからず、しかも決
済は迅速に完了します。これは、ユーザーにとって、大きな魅力
になっています。
 第5の特徴は「信用」です。
 調査によると、若年層を中心に、デジタル通貨を発行・運営す
るIT企業は、銀行よりも信用できるといわれます。
 第6の特徴は「ネットワーク効果」です。
 ネットワーク効果とは、製品やサービスの利用者が増えるほど
その製品やサービスのインフラとしての価値が高まることをいい
ます。多くの人がある特定のデジタル通貨を使うようになると、
商店での買い物や個人間の送金にそのデジタル通貨を使うのが当
たり前になってインフラ化し、そのデジタル通貨の利用価値が高
まり、さらに多くのユーザーが使うようになります。
 ここで考えなければならないことがあります。それは、大手プ
ラットフォーマーによる金融業への参入です。フィンテックとい
う言葉があります。この言葉は、ファイナンスとテクノロジーを
組み合わせた造語です。
─────────────────────────────
    ◎フィンテック(FinTech)
     金融(Finance) + 技術(Technology)
─────────────────────────────
 フィンテックは、2015年頃から注目を集めるようになりま
したが、これは、スタートアップ企業による金融サービスのユー
ザーへの新たな利便性の提供を目的として、伝統的な銀行業務の
一角を切り崩し、実施したものであり、銀行にとって大変な脅威
になったのです。
 こうしたフィンテックに対して銀行は、自らフィンテックを推
進させる一方で、スタートアップ企業と連携して、新しい技術を
取り入れるなどの動きが見られ、いずれにせよ、銀行に大きな変
革をもたらしたのです。
 しかし、今度はGAFAに代表される大手のプラットフォーム
企業が本格的に金融業に参入しようとしているのです。まして、
フェイスブックのように、新しいデジタル通貨を伴って参入しよ
うとする動きに関しては、その影響が一般銀行だけでなく、中央
銀行まで巻き込む事態に発展する可能性があります。その影響は
スタートアップ企業のときとは、比べものにならないくらいの変
化が起きようとしているのです。
              ──[デジタル社会論/030]

≪画像および関連情報≫
 ●IMF、世銀、G20が中銀デジタル通貨のルール策定へ
  ───────────────────────────
   G20(20カ国・地域)財務大臣・中央銀行総裁会議は
  10月13日、IMF(国際通貨基金)と世界銀行、国際決
  済銀行(BIS)と協力して、銀行システムにおける中央銀
  行デジタル通貨(CDDS)のルールを策定する、と発表し
  た。まとめた報告書によると、G20、IMF、世界銀行、
  BISは、2020年末までに、米ドルなどに連動するステ
  ーブルコインの規制枠組みと、中央銀行デジタル通貨(CD
  DS)の設計やテクノロジー、実験の調査・選定を完了。
   IMFと世界銀行は2025年末までに各国間のCDDS
  取引を促進するための技術能力を持つとしている。各国は、
  「通貨と金融の安定に対するリスクをコントロールするため
  の最低限の監督・規制基準を妥協することなく、クロスボー
  ダー決済が直面する課題に対処するために、新たな多国間プ
  ラットフォームと世界的なステーブルコイン規制、中央銀行
  デジタル通貨(CDDS)の適用範囲を検討する」と、20
  08年の金融危機後に結成されたG20金融安定理事会(F
  SB)は述べた。
   先週、7つの中央銀行、FRB(米連邦準備制度理事会)
  カナダ銀行、ECB(欧州中央銀行)、イングランド銀行、
  スイス国立銀行、スウェーデン国立銀行(リクスバンク)、
  日本銀行──はBIS(国際決済銀行)を通じて、各国の中
  央銀行が中央銀行デジタル通貨(CDDS)に求める特性の
  概要を示したレポートを発表した。https://bit.ly/2N6XFGb
  ───────────────────────────
フィンテック.jpg
フィンテック
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月17日

●「プラットフォマーによる金融進出」(第5430号)

 BIS(国際決済銀行)の調査によると、プラットフォーマー
の業務範囲は、次のようになっています。
─────────────────────────────
  ◎プラットフォーマーの分野別収入構成
   コミュニケーションサービス ・・・ 14・8%
   消費財 ・・・・・・・・・・・・・ 21・6%
   IT技術およびコンサルティング ・ 46・2%
   金融 ・・・・・・・・・・・・・・ 11・3%
   その他 ・・・・・・・・・・・・・  6・1%
         ──2018年BIS経済年次レポートより
─────────────────────────────
 上記構成比のなかで最大は、「IT技術およびコンサルティン
グ」の46・2%ですが、「金融」も11・3%と、既にコア業
務の一角を担う規模になっています。プラットフォーマーは、今
後支払いや送金などの決済業務を皮切りに、続々と金融業に参入
してくるのは必至であり、それは、既存の金融機関や金融当局に
とって大きな脅威になりつつあります。
 ここで研究すべきは、中国のモバイル決済の2大プラットフォ
ーマーといわれる次のグループです。
─────────────────────────────
   1.     アリペイ ・・ アリババグループ
   2.ウィーチャットペイ ・・    テンセント
─────────────────────────────
 米国の「GAFA」に対して、中国では「BAT」といわれま
す。Bは「バイドウ」、Aは「アリババ」、Tは「テンセント」
を表しています。バイドウは検索エンジンを提供し、中国のグー
グルといわれています。アリババはネットショッピング(電子商
取引)、テンセントはSNSを提供しています。これに、ファー
ウェイを加えて「BATH」ともいいます。このうち、アリババ
とテンセントは、スマホで簡単に操作できる決済サービスから、
金融業に深く入り込んでいったのです。
 アリババグループは、アマゾンを念頭に置いて、決済サービス
から金融業に入っています。これについて、立教大学の田中道昭
ビジネススクール教授は、アマゾンとアリババ、それからSNS
のテンセントについて、次のようにコメントしています。田中教
授は、『アマゾン銀行が誕生する日』(日経BP)の著者です。
─────────────────────────────
◎アマゾンに対して
 アマゾンは、銀行業の免許を取得しなくてもすでに金融サービ
スを展開しています。アマゾンに出店している法人向け融資「ア
マゾンレンディング」や、銀行口座を持たない人のネット通販を
可能とする「アマゾンキャッシュ」や「アマゾンギフト」などで
決済・融資・預金と、主要な金融業務を網羅しています。
◎アリババに対して
 アリババも、アマゾンと同じようにEC事業から物流、実店舗
クラウドへと展開しました。しかし当初から金融決済に力点を置
き、決済アプリ「アリペイ」を全ての商取引の入り口にした点が
独創的でした。ビッグデータを活用した生活サービスを提供して
アリババ経済圏を拡大しており、銀行、証券、保険、投資信託な
どを合計した金融資産額は日本のメガバンク並みです。
◎テンセントに対して
 2019年6月時点で最先端のフィンテック大国は、米国では
なくAI技術などの社会実装が進む中国でしょう。IT巨大企業
のアリババが先行し、交流サイト(SNS)のテンセントが追う
構図で、テンセントは、小売部門が手薄なものの、顧客接点の多
いSNSを使えるのが強みです。   https://bit.ly/3daGGxn
─────────────────────────────
 そして、田中道昭教授は、アマゾン、アリババ、テンセント、
これら3社は、間違いなく次世代の国際金融界におけるメーンプ
レーヤーであるというのです。
 このような動きに対して、日本は何をしているのでしょうか。
田中教授は、楽天、LINE、ソフトバンク、SBIの4社に注
目しているといいます。なかでも最大の注目ポイントは、ソフト
バンクであるといい、次のように述べています。
─────────────────────────────
 孫正義会長兼社長は、米国ではアマゾン創業者のジェフ・ベゾ
ス氏やフェイスブックマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者す
らしのぐとの評価もあります。ペイペイへの増資はEC事業や金
融サービスを中核にした新たなビジネスモデルを構築する第一歩
とみます。ペイペイを重要な入り口としてライドシェアや通信・
エネルギーまでを結びつけ、さまざまなサービスに顧客を誘導す
るシステムを構築するのでしょう。金融事業においては正直これ
までソフトバンクに出遅れ感がありましたが、経営の決定スピー
ドは早いです。一見アリババの経営手法に似ています。孫会長は
同社の筆頭株主として取締役会メンバーでもあります。
                  https://bit.ly/3deWLlq
─────────────────────────────
 日本において、先行しているように見えるのは、傘下に銀行、
証券、損保を持つ楽天です。しかし、楽天はその経営戦略におい
て、いくつか問題点があります。とはいってもプラットフォマー
が金融業務に力を入れると、楽天のように、その高い知名度や顧
客への浸透力を生かして、投資信託や生損保商品なども、そのプ
ラットフォームで提供するようになるはずです。
 そのような事態になると、プラットフォーマーは、既存の銀行
や証券会社、保険会社などの金融機関のサービスでは実現できな
い、高い利便性を顧客にもたらすことになるのは必至です。これ
に対して、銀行、証券、損保、生保などの既存の金融機関はどの
ように対処すればよいでしょうか。つまり、既存の金融機関は、
これまで戦ったことのない相手と熾烈な戦いをしなければならな
くなります。        ──[デジタル社会論/031]

≪画像および関連情報≫
 ●「日本の金融は、自らが次代のプラットフォーマーとなれ」
  20年越し、JSOL江田氏の執念
  ───────────────────────────
   特徴かつ長所の一つだと思いますが、日本の金融機関は、
  内部に大量かつノイズの少ないデータを保管しています。た
  とえば、銀行が保管しているお客さまの入出金明細もその一
  つです。
   ところが、この財産は長い間眠った状態で、利用は限定的
  でした。現在、劇的にAI(人工知能)などの数理技術が進
  歩し、計算コストが下がったことで、過去から蓄積されたデ
  ータが、莫大な価値に転換しうる時代に入っています。他国
  の金融機関や他の産業、とりわけGAFAのようなプラット
  フォーマーにとっては、垂ぜんのデータだと思います。
   ただし、金融機関にとって、この長所を活かせるモラトリ
  アムは長くありません。デジタルデータとその供給者は増加
  の一途で、アグリゲーターはそれらを吸引しながら重力を増
  してきています。SNSなどのデータは、今のところ単体で
  は質量は軽くて弱い吸引力しか持ちませんが、異種混合に重
  元素が合成されはじめると、2年程度内に、巨大なデータプ
  ラットフォーマーが出現するかもしれません。
   金融機関は、オイシイデータの供給者としてわずかなフィ
  ービジネスを志向するのか、自らが既存の資産を活かしてブ
  ラックホールとなるのか、そんな岐路に立っているように思
  います。もう一つ、日本の金融機関の長所は、大量に優秀な
  人財を抱えていることです。こちらの財には、短期間で他者
  がキャッチアップできない価値が具備されています。データ
  がインテリジェンスに転換された後、それを実現するのは、
  人間です。金融機関にプラットフォーマーのポジションを期
  待する理由がここにあります。  https://bit.ly/3ajdVMU
  ───────────────────────────
アリババグループ創業者/ジャック・マー氏.jpg
アリババグループ創業者/ジャック・マー氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月18日

●「中国アリババグループに注目する」(第5431号)

 アリババについて考えてみます。アリババといえば、「独身の
日」が有名です。中国では、11月11日を、数字の1がたくさ
ん並ぶことから、「独身の日」と呼んでいます。この日をネット
通販の特売セールの日に仕立て上げたのがアリババです。10月
の国慶節(建国記念日)と12月のクリスマスの間の11月に消
費を盛り上げ、自社のECサイト「天猫(テンマオ)」に顧客を
呼び込むことを狙って、2009年から実施しています。
 2019年の「独身の日」の売上高の詳細を見てみると、次の
ようになっています。たった1日で、この売上高です。
─────────────────────────────
  ECの流通総額(GMV):2684億元(約4兆円)
  発注された荷物数:13億個
  顧客数:5億人
  参加したブランド(企業数):20万社
  1秒当りの処理件数:54・4万件
─────────────────────────────
 ところが、2020年のGMVは7697億元(約12兆円)
です。前年比62・8%増です。例年は、11月11日の一日の
みですが、昨年は11月1〜3日と11日の計4日間だったので
この凄い売上高になったのてす。
 もちろんたった1日でこれだけ売れるのには、それなりの仕掛
けがあります。この日に買うとトクだからです。500億元(約
7500億円)に上る大規模な値下げをしたり、高額商品を購入
するさいに、無利息で24ヶ月分割払いを可能にするなど、なり
ふり構わない戦略で取引高を伸ばしています。アリハバが、現在
手がけている事業は、ざっと次のようになっています。
─────────────────────────────
 ・BtoB/ECサイト「アリババドットコム」
 ・BtoC/ECサイト「天猫(テンマオ)」
 ・越境ECサイト「天猫国際/テンマオ・グローバル」
 ・CtoC/ECサイト「タオパオマーケットプレイス」
 ・決済サービス「アリペイ」
 ・クラウドコンピューティング
   アリババ・クラウドコンヒューティング
 ・スマート製造プラットフォーム「犀牛智造」
─────────────────────────────
 このなかで、2020年になってはじめてわかった事業があり
ます。それが「犀牛智造(シーニュージーザオ)」です。これに
ついて「日経トレンドX」に次の記事があります。
─────────────────────────────
 2020年9月16日、中国EC最大手のアリババ集団傘下で
スマート製造プラットフォームを運営する「犀牛智造(シーニュ
ージーザオ)」は、独自のスマート工場「迅犀(シュンシー)デ
ジタルファクトリー」とその成果を初めて公表した。これはアリ
ババの創業者で前CEOの馬雲(ジャック・マー)氏が、16年
に提唱した「五新(新小売、新製造、新金融、新技術、新エネル
ギー)」戦略のうち、「新製造」の取り組みの1つだ。
        ──日経Xトレンド https://bit.ly/3u4iHWE
─────────────────────────────
 なぜ、この「犀牛智造」が凄いのでしょうか。
 「犀牛智造」は、アリババ傘下の縫製工場です。しかし、ただ
の縫製工場ではないのです。この工場は、アリババの通販サイト
の出店企業の商品を作っています。それも通販サイトで売れた商
品だけを生産するのです。工場内には、ITや人工知能を駆使し
た最新の設備が整っており、それを可能にしています。つまり、
この工場では、在庫を抱えないで済むのです。
 極端な表現を使うと、この工場では、それぞれデザインもサイ
ズも異なるアパレル製品の自動製造化を実現しているのです。全
ての生産ラインが自動化され、デジタル化が極限まで追求されて
います。例えば、縫製ラインでは、1台1台のミシンが、すべて
プラットフォームに接続した情報端末になっており、オペレータ
ーが手慣れた様子でタブレットの表示を確認しながら、ミシンを
操っています。
 この「犀牛智造」の凄さについて、2021年2月13日付の
朝日新聞朝刊は、次のように解説しています。
─────────────────────────────
 アリハバの通販サイトで商品が売れると、その情報が工場に瞬
時に届き、売れた分だけの生産を始める。アパレルに限らず、通
常の製造業は、予測に基づいて売る前に作り、売れなかったら、
在庫を抱える。そうしたリスクをアリババに頼めば、すべて解決
できるというわけだ。(中略)
 このプラットフォームが広がれば、10兆元(約160兆円)
規模の中国のネット通販市場で半分以上を占めるアリババ上で商
品を売れる。支払いはユーザー10億人超のアリペイを使い、犀
牛が商品を製造する。新たな独占の形が生まれようとしている。
    ──2021年2月13日付、朝日新聞「けいざい+」
─────────────────────────────
 これがアリババの「新製造」のひとつのスタイルです。これま
でそうしたアリババについて、中国政府は賞賛し、2018年改
革開放40周年に貢献した100人の1人としてジャック・マー
氏を選び、表彰しています。しかし、昨年のクリスマスイヴに、
規制当局はアリババの家宅捜査に踏み切っているのです。
 原因は、昨年10月のアリババの創業者、ジャック・マー氏が
中国の金融当局の批判ともとれる発言を行ったことです。これに
ついては、1月15日のEJ第5408号でも詳しく述べていま
す。中国では、民間企業が、このようなかたちで、突出して成長
することを嫌がるのです。中国共産党の政権維持にとって、民間
企業の発展はマイナスであり、アリババのように行き過ぎてしま
うと、手のひら返しで排斥されてしまうのです。
              ──[デジタル社会論/032]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:中国アリババ、最悪のクリスマスイブに
  ───────────────────────────
   [香港/12月24日ロイター]──中国の電子商取引大
  手アリババ・グループにとっては、最悪のクリスマスイブと
  なった。中国政府は24日、同社が独占的な行為に関与した
  疑いがあるとして正式に調査を開始。香港株式市場の同社株
  は約9%下落し、時価総額600億ドルが吹き飛んだ。金融
  規制当局は、アリババ傘下の金融会社アント・グループにつ
  いても調査を進めている。
   アリババのカリスマ創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は
  中小企業の味方としてイノベーションを推進。国内で高い人
  気を集めている。こうした熱狂的な支持が、政治的な責任を
  問われる下地になったのかもしれない。
   馬雲氏は今年10月、フィンテック企業に対する過剰規制
  に公の場で苦言を呈した。一部では、これがもとでアント・
  グループの新規株式公開(IPO)が差し止められたとの見
  方も出ている。アントは事実上、馬雲氏が経営権を握ってお
  り、IPOは過去最大規模になると予想されていた。
   確かに、中国政府はアリババとアントに意趣返しをしたよ
  うに見える。だが恐らく、理由は、両社の市場支配力以外の
  何物でもない。アントのモバイル決済サービス「支付宝(ア
  リペイ)」は、テンセントの決済サービスとともに国内市場
  を支配。アントは、国内でも特に人気が高いマネーマーケッ
  トファンド(MMF)も運用している。
                  https://bit.ly/3jPo7QA
  ───────────────────────────
犀牛智造.jpg
犀牛智造
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月19日

●「アリハバのビジネスは問題がある」(第5432号)

 アリババの話を続けます。アリババが、ここまで巨大な存在に
なったのには、そのウラで、相当あくどいこともやってきていま
す。アリババ傘下のアリペイを担当するアントフィナンシャルは
ローン事業として、利用者に融資を行い、その債権をまとめて証
券化して、「資産担保証券/ABS」として投資家に売却してい
るのです。そして、そこで得た金額をさらに利用者に融資し、そ
れによって得た債権を再び証券化することを繰り返しています。
これは、2008年のリーマンショックで行なわれた手法──信
用力の低い人向けの債権を証券化するのと同じです。
 アントフィナンシャルは、この手法で元手の30億元(約48
0億円)を100倍の3千億元(約4・8兆円)まで膨らませて
います。つまり、アントフィナンシャルは、融資で高い利息を得
つつ、債権が焦げ付くリスクは、証券化した金融商品を購入した
投資家が負う、ムシの良いビジネスです。
 さらにそれに加えて、プラットフォーマーとして得た膨大な決
済情報を利用して信用スコアを構築し、それに基づく情報を銀行
に売り、銀行と一緒に融資を行ったのです。この場合、利息は銀
行が稼ぎ、アントフィナンシャルは、銀行への情報提供料で稼ぐ
というウインウインの関係を築いています。しかし、そのほとん
どは、銀行が貸しているのです。
 これらの小額ローンの融資残高は、2020年6月時点におい
て2・1兆元(約34兆円)になっていますが、このうち、アン
トフィナンシャルは、わずか2%しか負担していないのです。非
常に巧妙な商売をしているわけです。
 この中国の小額ローン制度には大きな問題点があります。もと
もと少ない元手を証券化で膨らませるアントフィナンシャルの手
法は、それらの債権が不良債権化するリスクをはらんでいます。
そのさいには、自己資本が足りず、金融リスクを引き起こす恐れ
があります。
 実際問題として、このアントフィナンシャルの小額ローン事業
は、2017年末で、返済が3ヶ月以上遅れたケースは消費者向
けでは0・68%、中小企業向けでは1・1%ですが、コロナ発
生後は、消費者向けと中小企業向けの両方で2%を超えるように
なってきています。
 また、アントフィナンシャルは、「独身の日」の売上高をさら
に高めるため、次のようなことをやっているとして、朝日新聞の
「けいざい+」は、次のように書いています。
─────────────────────────────
 アリババの通販サイトで開かれる、年に一度のセール「独身の
日」。その直前の昨年10月、北京市内のインターネット企業で
働く、女性(27)のスマホには、借金の限度額を一時的に5千
元引き上げるという通知が届いた。女性の月収1万元の2倍以上
約2万5千元まで使えるとあって、女性は普段は買わない化粧品
を買おうかと迷った。だが、寸前にやめたという。「カモにされ
る」だけで、お金持ちになったわけじゃない。
 中国では、いま、カモにするという意味の「割韮菜(ニラを刈
る)」という意味が広がっている。その代表例がアントだ。スマ
ホで簡単に借りられる便利な方法で、金融の知識の乏しい若者が
アリペイで借金するよう仕向ける。ネット上ではアントやマーを
批判、揶揄する投稿が相次いでいる。
    ──2021年2月11日付、朝日新聞「けいざい+」
─────────────────────────────
 現在、アリババグループの前途には、暗雲が広がっています。
2020年11月の「独身の日」、これについては既に述べたよ
うに、数々の記録を打ち立てたにもかかわらず、アリババの11
日の株価は、実に前日比9・5%安(香港市場終値)と急落し、
香港版のナスダック指数と呼ばれるハンセンテック指数のなかで
下落率トップを記録したのです。
 これについて、東洋経済の秦卓弥記者は、その理由について次
のように書いています。
─────────────────────────────
 ダブルイレブン商戦が最も盛り上がる最終日直前の11月10
日。中国の規制・監督当局である国家市場監督管理総局がネット
企業の独占行為を監督強化する新たな指針(「プラットフォーム
企業の経済領域での独占禁止ガイドライン」)を公開したのだ。
アリババをはじめ市場シェアを急速に高めているネット企業によ
る取引先への不当な圧力や消費者データの乱用などを防ぐ枠組み
を設けるもので、11月末まで意見を公募する。(中略)
 こうしたデジタル企業のサービスは、今や中国の生活の隅々ま
で根を張る一方、熾烈な競争環境下で取引先にサービスの二者択
一を迫ったり、国民のビッグデータを企業が占有したりするなど
その弊害も見え始めている。これまで政府がグレーゾーンとして
見逃していたデジタル企業の支配力を弱めようという動きだ。
                  https://bit.ly/3pt2TJh
─────────────────────────────
 もちろん、アリババに対しては、既に述べているように、20
20年10月24日の上海金融サミットでのアリババの創業者、
ジャック・マー氏の「中国の問題は金融のシステミック・リスク
ではなく、金融エコシステムの欠如というリスクである」の発言
があります。
 これは、マー氏の前に講演をした王岐山国家副主席の「近年、
新しい金融技術が普及し、効率性や利便性が高まった一方で、金
融リスクも拡大している」という警鐘の反論としてとらえられた
ものと思われます。ジャック・マー氏は、習近平国家主席の怒り
を買ったのです。
 このように、これまで一世を風靡してきた中国のプラットフォ
ーマーのビジネススタイルには逆風が吹いているのです。これは
アリババだけでなく、中国のグーグルといわれるテンセントに対
しても規制の網がかけられようとしています。
              ──[デジタル社会論/033]

≪画像および関連情報≫
 ●一気に加速する中国プラットフォーマーへの統制強化
  ───────────────────────────
   スマートフォン決済のアリペイを提供するアリババ(阿里
  巴巴集団)傘下の金融会社アント・グループは、2020年
  11月に香港と上海に上場し、4兆円規模の資金調達を実施
  する予定だった。しかし、その直前に当局によって上場延期
  に追い込まれる、というまさに異例の事態となった。
   これは、金融分野などへもビジネスを急拡大させてきた中
  国プラットフォーマーに対して、当局が統制を強化させ始め
  た象徴的な事件だ。実際、これを契機に、規制強化の動きが
  一気に加速したのである。
   上場延期の決定から僅か数日後には、巨大ネット企業の独
  占的な行為を規制する新たな指針の草案が公表された。巨大
  ネット企業が競争を大きく阻害する市場支配力を手にし、ま
  た消費者データを悪用して消費者の権利を侵害しているとの
  懸念を理由に、当局は監視・規制の強化に乗り出したのであ
  る。EC(電子商取引)市場で圧倒的なシェアを握るアリバ
  バは、その市場支配力で中小・零細企業を破綻に追い込み、
  また優越的な立場を利用して、取引先に対して不当な圧力を
  かける行為が長年問題視されており、この新たな指針は、主
  にアリババが念頭に置いたものと考えられる。
   また中国政府は、スマートフォンのアプリを通じた個人情
  報の収集を規制する方針を打ち出している。情報収集の際に
  は必ず利用者の同意を得たうえで、決められた項目以外は集
  めてはならないとしている。   https://bit.ly/3s8jVyn
  ───────────────────────────
王岐山国家副主席.jpg
王岐山国家副主席
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月22日

●「テンセントのキーンラボの超実力」(第5433号)

 テンセントという中国の企業をご存知ですか。
 日本においては、アリババほどは知られていませんが、中国広
東省深センに本拠を置く持ち株会社で、ネット関連の子会社を通
じ、SNS、インスタントメッセンジャー、ウェブホスティング
サービスなどを提供しています。そのテンセントは、今やゲーム
事業でも利用者を増やし世界一の売り上げを記録。コロナ禍のな
か、ビジネスコミュニケーションツール事業を拡大しています。
 このテンセントの最大の売りは、SNSの「ウィーチャット/
微信」です。中国版LINEともいわれ、11億人以上のユーザ
ーを持ち、主に中国・マレーシア・インド・インドネシア・オー
ストラリアなど、中国を中心とした海外ではポピュラーなメッセ
ージアプリです。そしてLINEが決済アプリ「LINEペイ」
をやっているように、テンセントも「ウィーチャット・ペイ」を
運営しています。
 テンセントというIT企業の恐るべき技術力を見せつけた有名
な話があります。昨年のことですが、時価総額で日本のトヨタを
抜いた米国のテスラという企業をご存知でしょうか。
 そのテンセントの研究部門である「キーン・セキュリティ・ラ
ボ」は、テスラの有名なEVセダン「モデルS」に遠隔攻撃され
る脆弱性があることを発見し、ネットワーク経由で車内システム
に侵入して、リモートからドアを解錠したり、運転中の車両のワ
イパーやブレーキを作動させたりできることをユーチュープで公
開したのです。
 もちろん、テンセントは、脆弱性情報を公開する前にテスラへ
報告しており、テスラは即時に脆弱性を修正しています。この技
術は、2017年の世界最大のセキュリティカンファレンス「ブ
ラックハット/2017」で、テンセントのセキュリティ技術者
が攻撃方法の詳細を解説し、世界を驚嘆させています。
 テンセントの「キーン・セキュリティ・ラボ」は、新技術への
先行研究を通じた車両安全の向上という使命のもと、自動車メー
カーのコネクティッドカーの技術開発に対する助言を通じ、その
セキュリティ機能の強化をサポートし続けています。
 テンセントの今後について、日経ビジネス編集部は、次のよう
に予測しています。
─────────────────────────────
 テンセントは拡大を続けている。同社は、アニメ、映画、そし
てドラマなど、日本が得意とする娯楽分野に進出を始めている。
18年8月のアジア競技大会ではゲームの腕を競う戦いが公開競
技として実施されたが、テンセントは競技種目となる6ゲームの
うち5つに関与していた。
 オランダのゲーム市場調査会社「ニューズー」によると、17
年のゲーム事業売上高の世界ランキングでテンセントはトップに
立った。同社は当初、利用者数が11億人を突破したウィーチャ
ットで中国のインターネット社会をけん引していたが、17年に
は事業の中核はゲームとなっていた。
 17年の売上高、約2377億元(約4兆円)のうち、オンラ
インゲームは約978億元(約1兆6600億円)と4割を占め
る。中国は人件費の安さを武器に、衣料品や家電、スマートフォ
ンなどの分野で日本を圧倒した。テンセントは日本がよりどころ
とする、創造力を要する分野でも日本を超えようとしている。
 (中略) 同社は、世界で11億人のユーザーを抱えるウィー
チャットを提供し、近年では世界一のゲーム事業売上を達成して
いる。中国政府によるゲーム規制や、米国からウィーチャットが
規制を受けるなど逆風も吹きつつあるが、コロナ禍でのビジネス
コミュニケーションツールの市場では事業拡大を続けている。今
後も同社の動向から目が離せない。  https://bit.ly/3dvsRtt
─────────────────────────────
 アリババにしてもテンセントにしても、プラットフォーマーで
あり、決済業務を起点にして、着々と金融業に参入しようとして
きています。これらのプラットフォーマーが次に狙っているのは
個人や中小企業を対象とする貸出業務です。貸出業務は、フィン
テック企業も始めていますが、プラットフォーマーの貸出しも増
加しつつあります。
 次のデータは、プラットフォーマーとフィンテック企業が行う
合計貸出額を1人当たりの規模で各国比較したものです。
─────────────────────────────
◎プラットフォーマー/フィンテック企業の貸し出しビジネス
      アルゼンチン ・・   1・5ドル
      ブラジル ・・・・   0・9ドル
      中国 ・・・・・・ 372・3ドル
      フランス ・・・・   9・3ドル
      日本 ・・・・・・   3・4ドル
      韓国 ・・・・・・ 115・6ドル
      メキシコ ・・・・   1・2ドル
      英国 ・・・・・・ 110・3ドル
      米国 ・・・・・・ 126・3ドル
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 突出しているのは、中国の372ドル(2017年)であり、
韓国、米国、英国が続いています。日本は、わずか3・4ドルに
過ぎないのです。ほとんどは、フィンテック企業による貸し出し
ですが、韓国、アルゼンチン、ブラジルは、プラットフォーマー
による貸し出しの比率が高くなっています。なかでも韓国は突出
しています。
 しかし、フィンテック企業とプラットフォーマーによる貸出の
総額が、銀行も含む貸出全体に占める比率はけっして高くなく、
主要国のなかで最大の中国でさえも、その比率はわずか3%にも
達していないレベルに過ぎないのです。
              ──[デジタル社会論/034]

≪画像および関連情報≫
 ●銀行はいずれなくなる?グローバル・プラットフォーマー
  の戦略とは?
  ───────────────────────────
   ITとAIの進化に伴って最も劇的な変革が起きる代表的
  な業界は金融業界でしょう。昔ながらの銀行は大きく業態を
  変えるか、もしくは無くなることになるかもしれませんね。
  <先端技術進歩で銀行業務3分の1奪われる?>
  (2018年4月12日付 日本経済新聞)
   「シティグループが3月にまとめた銀行の未来に関するリ
  ポートは、最大で3分の1の銀行業務が大手ハイテク企業や
  新興のフィンテックによって置き換えられる可能性を指摘し
  た。北米では2025年までに支払いや資産運用、融資など
  の分野で34%の売り上げを失うと予想している。リポート
  は『銀行員が将来について心配することといえば、フィンテ
  ックよりビッグテック(大手ハイテク企業)だろう」として
  有力な競合相手として米アマゾン・ドット・コムやフェイス
  ブック、中国のテンセントやアリババを挙げた』」
   今、世界中でフィンテック企業が続々と誕生し、すごいス
  ピードで成長しています。また、グーグル、アマゾン、フェ
  イスブック、アリババなど「ビッグテック」がそういうフィ
  ンテック企業を買収したり、提携したりして自社のエコシス
  テム(生態系)に取り込んで業務領域を拡大しています。い
  わゆる「プラットフォーム戦略」ですね。「プラットフォー
  ム戦略」とは、関係する企業やグループを自社の「場」(プ
  ラットフォーム)にのせることで、新しいビジネスのエコシ
  ステムを構築する経営戦略です。 https://bit.ly/3dwvcoa
  ───────────────────────────
テスラEVセダン「モデルS」.jpg
テスラEVセダン「モデルS」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月24日

●「人口の67%がLINEユーザー」(第5434号)

 ここで改めて「プラットフォーマー」の定義について考えてみ
ることにします。プラットフォーマーとは、ネット上に「場」を
提供し、そこを通してモノの売買とか、その決済とか、検索とか
チャットとか、モノの交換などを行う事業体のことです。
 このような観点で考えると、日本にもプラットフォーマーは、
たくさんあります。楽天とか、ヤフー!ジャパンとか、メルカリ
とか、LINEなどがあります。問題は、その規模がGAFAに
到底及ばないことです。
 そのなかで、最近注目すべきなのはLINEです。LINEは
電子メールよりも簡単に、しかも無料で対話できるということで
日本を中心に利用者が急増し、日本には、約8400万人のユー
ザーがいます。SNSでは日本一です。
 このLINEについて、最近気になることがあります。それは
LINEについて紹介するとき、「無料通信アプリLINE」と
必ず断ることです。なぜ、気になるのでしょうか。それは、LI
NEは、基本的には無料ではないからです。
 技術的なことには踏み込みませんが、LINEはVoIPとい
う技術を使う、パケット通信なのです。VoIPというのは、次
の言葉の省略形です。
─────────────────────────────
     VoIP/Voice over Internet Protocol
          IPを利用して通信をする技術
─────────────────────────────
 簡単にいうと、VoIPとは音声もパケットデータとして発信
するのです。このパケット料金は、携帯電話を契約しているキャ
リアとの契約によって支払われています。ほとんどの場合、定額
料金のなかで消化されているので、無料と感じているだけです。
もし、LINEを使い過ぎると、キャリアとの契約によっては、
料金がかかる場合もあります。したがって、通信は無料ではない
のです。
 そのことはさておき、LINEは2018年にスマホを使った
決済サービス「LINEペイ」の利用拡大に乗り出しています。
これに対しては、後で述べるLINEの重要な決断が行なわれて
います。
 LINEのユーザー数は、2020年3月末日現在、8400
万人を超えています。これは、アプリのダウンロード数ではなく
「月間アクティブユーザー数」であり、LINEがいかによく使
われているかを示しています。月間アクティブユーザー数とは、
1ヶ月の間に1回以上LINEを使ったユーザーの数であり、ス
リーピング・ユーザー数を含んでいないのです。
 2020年3月末日時点での日本の人口は、1億2595万人
であり、人口の66・7%がLINEのアクティブユーザー数と
いうことになります。
 2020年1月、LINEによる日本のスマホユーザーに対し
て実施した調査によると、いつもスマホで見るのは「LINEの
み」というユーザーが40・6%もおり、他のサービスと比べて
突出しています。この調査では、LINEは82・5%、ツイッ
ターは36・4%、フェイスブックは24・6%だったのです。
─────────────────────────────
 LINEオンリー ・・・・・・・・・・・・ 40・6%
 LINE+ツイッター ・・・・・・・・・・ 18・8%
 LINE+ツイッター+フェイスブック ・・ 14・6%
 LINE+フェイスブック ・・・・・・・・  8・5%
 ツイッターオンリー ・・・・・・・・・・・  2・4%
 フェイスブックオンリー ・・・・・・・・・  0・9%
                  https://bit.ly/2NuBdqF
─────────────────────────────
 LINEペイの利用拡大に対して、LINEは重大な決断をし
ていると上述しましたが、これはなかなかの思い切った決断であ
るといえます。これについて、既出の木内登英氏は次のように述
べています。
─────────────────────────────
 LINEペイの利用を飛躍的に拡大させるには、まずはそれを
使える場所を格段に増やす必要がある。そこで始めたのが、手数
料無料化という戦略だ。LINEはスマートフォンにインストー
ルするだけで決済端末となる専用アプリを店舗に無料配信してい
るが、このアプリを使って決済した場合には、店舗(中小業者)
の手数料が3年間無料になる。
 販売額に応じて課される決済手数料は日本では現在3〜4%が
主流だ。米国では2・5%、中国では0・5〜0・6%がスタン
ダードとされている。LINEの場合、とりあえずは3年間とい
う限定ではあるものの、無料というのはかなり衝撃的だ。これを
きっかけに、今や、手数料無料化が日本のスマートフォン決済の
業界標準(スタンダード)となってきた感がある。さらに、LI
NEは、利用者には決済金額の3〜5%をポイント還元して、店
舗側と利用者側の双方からLINEペイの利用を促す戦略をとっ
たのである。        ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 3年間の限定とはいえ、手数料無料は販売店から見れば大歓迎
です。販売店としては、LINEペイ利用のお客に対しては相当
のサービスをしても、割りに合うのです。ましてお客に関しても
決済金額の3〜5%をポイントとして還元しているのです。問題
は、LINEはどうしてそんなことができるのかです。
 それは、LINEの場合、そのビジネスモデルは、手数料で儲
けるのではなく、本業のネットサービスで儲けるようになってい
るからです。これは、プラットフォーマーの最大の強みであり、
とても手数料で稼ごうとする銀行などの金融業が、まとも戦って
勝てる相手ではないということを意味しています。
              ──[デジタル社会論/035]

≪画像および関連情報≫
 ●銀行はいずれなくなる?グローバル・プラットフォーマーの
  戦略とは?
  ───────────────────────────
   ITとAIの進化に伴って最も劇的な変革が起きる代表的
  な業界は金融業界でしょう。昔ながらの銀行は大きく業態を
  変えるか、もしくは無くなることになるかもしれませんね。
  <先端技術進歩で銀行業務3分の1奪われる?>
   (2018年年4月12日付 日本経済新聞)
  「シティグループが3月にまとめた銀行の未来に関するリポ
  ートは、最大で3分の1の銀行業務が、大手ハイテク企業や
  新興のフィンテックによって置き換えられる可能性を指摘し
  た。北米では2025年までに支払いや資産運用、融資など
  の分野で34%の売り上げを失うと予想している。
   リポートは「銀行員が将来について心配することといえば
  フィンテックより、ビッグテック(大手ハイテク企業)だろ
  う」として、有力な競合相手として、米アマゾン・ドット・
  コムやフェイスブック、中国のテンセントやアリババを挙げ
  た」
   今、世界中でフィンテック企業が続々と誕生し、すごいス
  ピードで成長しています。また、グーグル、アマゾン、フェ
  イスブック、アリババなど「ビッグテック」がそういうフィ
  ンテック企業を買収したり、提携したりして自社のエコシス
  テム(生態系)に取り込んで業務領域を拡大しています。い
  わゆる「プラットフォーム戦略」ですね。
                  https://bit.ly/3breZhc
  ───────────────────────────
LINE.jpg
LINE
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月25日

●「ヤフー!ジャパンとLINE統合」(第5435号)

 ここでLINEに関連して、「ヤフー!ジャパン」について述
べる必要があります。ところで「Yahoo!」とは、何を意味してい
るかご存知ですか。
 「ヤフー!」とは「ガリバー旅行記」に出てくる「ならず者」
のことで、創業者のジェリー・ヤンとデビット・ファイロは、自
分たちのことを何をするかわからない「ならず者」と考えていて
「会社が大きくなっても、ならず者、ワイルドでいたい」という
思いから命名したといわれます。
 そもそもヤフー!は、ウェブディレクトリを原型とした、ポー
タルサイトを提供・運営している企業です。ウェブディレクトリ
とは、サイトを細かな分野別に階層で分類・整理したディレクト
リ型の検索エンジンによる検索のことです。検索といえば、グー
グルですが、グーグルは、クローラーによる自動巡回で、情報を
収集するロボット型検索エンジンがメインになっていますが、初
期の段階では、ディレクトリ型の検索エンジンによる検索をやっ
ていたのです。
 ところで、ポータルサイトというのは何でしようか。
 ポータルサイトとは、「玄関」や「入口」という意味があり、
ポータルサイトとは、インターネット上にあるさまざまなページ
の玄関口となる巨大なウェブサイトのことをいいます。
 ポータルサイトには、話題のニュースや天気など、生活する上
で必要なあらゆる情報が多く掲載されており、多くのユーザーが
アクセスすることになります。ヤフー!はそれが狙いなのです。
 つまり、PCを立ち上げると、最初に開くサイトがポータルサ
イトであり、そこを起点にして、他のサイトにアクセスするよう
にさせるのがポータルサイトの狙いです。ヤフー!ジャパンは、
日本最大級のポータルサイトです。ヤフー!ジャパンは、ヤフー
株式会社が運営しています。
 日本最大のポータルサイトともなると、多くのアクセスにより
多くの情報、すなわち、ビックデータが集まってきます。これら
を利用して、ヤフー!ジャパンは多彩な事業を展開しています。
 インターネットオークションの「ヤフオク!」、出店型ショッ
ピングの「ヤフー!ショッピング」、旅行商品の販売サイト「ヤ
フー!トラベル」、ヤフー!地図、ヤフー!グルメ、ヤフー!路
線情報などを統合した「ヤフー!ロコ」、日本の株式情報や税金
や不動産に関する情報を提供する「ヤフー!ファイナンス」、そ
の他、「ヤフー!メール」、「ヤフー!知恵袋」などなど、たく
さんの事業を展開しています。
 そのヤフー株式会社が2018年にさらに動いたのです。20
18年2月には、自社のビッグデータと企業や自治体などのデー
タを掛け合わせて分析し、そこから得られる知見をさまざまな事
業に活用する「データフォレスト構想」を発表しています。
 さらに、2018年10月からは、「ペイペイ」の提供を始め
ています。これらに関しては、次のコメントがあります。
─────────────────────────────
 ヤフーは長くオンラインの情報を扱う企業だったが、現在、ヤ
フーが注力する「ペイペイ」は、インターネットとリアルをつな
ぐ架け橋として、川邊氏(社長CEO)は「今まで得られなかっ
たデータが得られる」と見る。ペイペイ自体は別会社なのでデー
タをそのまま流用できないが、何らかのデータ連携を図り、さら
なるサービス改善・強化につなげたい考えだ。
 ヤフーが集約してきたデータとAIを活用することによるビジ
ネスの改善に対して、自社内にとどまらずにクライアントの事業
創造、改善につなげるサービスを提供するのが今回のデータフォ
レスト構想だ。2018年2月に構想を発表し、実証実験への参
加者を募っていたが、問い合わせ企業や自治体は100以上にの
ぼり、有力な知見をお互いに得られそうな20のパートナーと実
験を行ってきたという。       https://bit.ly/3ktM801
─────────────────────────────
 なぜ、ここまでヤフー!ジャパンについて書いてきたかという
と、2019年11月18日、ヤフー!を子会社に持つZホール
ディングス(ZHD)と、LINEが緊急記者会見を開いて、経
営統合の基本合意を発表したからです。
 どのようなかたちになるのかというと、ヤフー!ジャパンを傘
下に収めるZホールディングとLINEが、同じ名前なのでやや
こしいのですが、新しい統合会社「ZHD」を設立し、その下に
ヤフー!ジャパンとLINEを100%子会社の兄弟会社として
傘下に収めるというものです。これについては、添付ファイルの
図があります。
 このヤフー!ジャパンとLINEの経営統合は、コロナ禍のた
め、当初の計画通りには進まなかったのですが、この3月に全て
が完了することになっています。2021年1月8日、Zホール
ディングス川邊健太郎社長CEOは、この経営統合について、次
のように述べています。
─────────────────────────────
 実は、僕らZホールディングスという会社は「未来は予測する
ものではなくて作るもの」と言っていますので、来年、今年はど
うなるということはあまり言わないようにしていますが、確かな
ことは、21年はコロナ禍からまだまだ脱却できずにいるのだろ
うということは言えますよね。
 その中で、オンライン化は確実に進んでいくでしょう。それと
次世代移動通信規格「5G」のインフラ敷設が進んでいくことも
確実で、それに連動したアプリケーションや取り組みが増えてい
くことになるでしょう。この二つが自明の未来としてあると思っ
ています。そうした前提がある中で21年春にいよいよLINE
との統合を終えて、ヤフー!、LINE、ペイペイという、3つ
の国民的サービスを持った会社になります。
                  https://bit.ly/37FXCbk
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/036]

≪画像および関連情報≫
 ●ヤフー・LINE、3月1日統合 米中巨大ITを追撃
  ───────────────────────────
   ヤフー親会社のZホールディングス(HD)と対話アプリ
  大手LINEが3月1日、経営統合する。統合により検索・
  通販サイトや対話アプリ、金融など、幅広い分野で経営効率
  を高め、国内首位としてサービスを拡充。米グーグルを含む
  「GAFA」や中国のオンライン通販最大手、阿里巴巴(ア
  リババ)集団など巨大IT企業を追撃する。
   統合手続きの完了により、ZHDはLINEをヤフー同様
  に完全子会社として傘下に置く。ヤフーのサイトの年間利用
  者数は8000万人規模。LINEの月間利用者数は、86
  00万人。ZHDは、国内人口の過半を占める顧客基盤を生
  かし、通販から決済、コンテンツ配信など全方位で業容を拡
  大したい考えだ。
   統合後の課題の一つが、人工知能(AI)を活用した顧客
  分析、サービス向上の具体化。ZHDの川辺健太郎社長は、
  「世界をリードするAIテックカンパニーを目指す」と述べ
  先進技術の開発と世界展開に意欲を示している。
   統合は、新型コロナウイルス感染拡大で各国の競争法(独
  禁法)審査手続きが長引き、予定より半年近く遅れた。コロ
  ナ危機を受けてデジタル化は国内外で急加速しているが、Z
  HDの時価総額はGAFA各社の数十分の1程度にとどまり
  投資余力に開きがある。金融機関関係者はZHDが世界で躍
  進するには「日本市場を固めた上、革新的なサービスを提供
  できるかどうかが重要になる」と指摘する。
                  https://bit.ly/3pQLeeV
  ───────────────────────────
ヤフー!ジャパンとLINEの経営統合.jpg
ヤフー!ジャパンとLINEの経営統合
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月26日

●「ソフトバンクGの意向が強く反映」(第5436号)

 ヤフー!ジャパンとLINEの経営統合──どこにメリットが
あるでしょうか。
 表向きは「GAFA」や中国など、海外勢に対する危機感とい
うことになっています。確かに、ネット産業というのは、国をま
たいでビジネスができるので、優秀な人材やお金、データなどが
全部強いところに集約してしまうものです。つまり、強いところ
が総取りをしてしまうのです。しかも、ヤフー!ジャパンとLI
NEが一緒になっても、海外勢には規模的にぜんぜん及ばないレ
ベルです。統合の基本合意が発表された2019年11月18日
の会合でのスライドによると、時価総額、営業利益、研究開発費
従業員数のいずれをとっても、米国のA社とはとても比較になら
ない規模であることは明らかです。
─────────────────────────────
         ヤフー!+LINE     米国A社
   時価総額        3兆円   98・0兆円
   営業利益     1600億円    2・9兆円
  研究開発費      200億円    2・4兆円
   従業員数      1・9万人    9・9万人
                  https://bit.ly/2P9b2Gy
─────────────────────────────
 ヤフー!ジャパンの川邊健太郎社長にいわせると、なぜGAF
Aが最大の脅威かというと、「GAFAは日本のユーザーに支持
されており、出ていってほしいと思われていない」ことを指摘し
ています。川邊社長自身、ユーチューブをよく見ているし、キン
ドルで本を読んでいるからです。
 しかし、川邊社長は、日本のデジタル化はこれからであり、そ
こに十分可能性はあるとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本は、テクノロジーで解決できる課題がたくさんある。課題
先進国。日本は人口減の時代を迎えるが、最初に訪れるのが労働
人口問題。日本の生産性が落ち、社会の効率性が起きる。自然災
害は、今年(2019年)もいろいろなことがあった。ITは防
災に役立てる。例えば、ヤフー防災アプリと、LINEアカウン
トの地方自治体を連携させれば、もっと多くの人を救えるように
なる。      ──川邊健太郎ヤフー!ジャパン社長CEO
─────────────────────────────
 ヤフー!ジャパンは、日本最大のポータルサイトであり、LI
NEは、日本最大のアクティブユーザーを持つ企業です。その両
社が、なぜ経営統合に至ったのかというと、この両社のトップは
年に1回ほど、情報交換の機会を設けていたといいます。明らか
にヤフー!ジャパンの方が熱心であり、川邊社長は会うたびに、
「大きいことを一緒にやろう」と毎回LINEの出澤社長に話し
たものの、いつも笑って済まされていたといいます。それが20
19年になって何かが変わったのです。
 ちなみに、ソフトバンクグループの孫正義代表は、今回の経営
統合には、ほとんど関与していないということになっています。
ヤフー!ジャパン社長の川邊氏によると、LINEの出澤社長と
話をして、その後、ソフトバンクの宮内謙社長、LINEの親会
社NAVER幹部とも話をして、そのうえで孫代表にプレゼンし
100%賛成の合意を受けていたといいます。
 しかし、それは建前で、ソフトバンクグループとしては、この
経営統合には、相当乗り気であったといわれます。2019年に
何があったかについて考えてみると、それは携帯電話に深く関係
する法改正が行なわれています。2019年10月には、電気通
信事業法が改正されているのです。これによって、スマホの割引
がは大きく規制されることになり、これまでのスマホの競争政策
に大きな影響を与えることになったのです。
 携帯電話会社同士のこれまでの競争は、スマホのハードウェア
の価格を大幅に引き下げて、激しい競争をしてきています。とく
にソフトバンクは「実質0円」として、ハードウェアを実質0円
にして、月々の通信料で長期間にわたって、それを返していくと
いう仕組みであり、ユーザーにとっては新機種に乗り替えるとき
負担がラクだったのです。私は、アイフォーンを2008年の3
GSの頃から使っていますが、この制度のおかげで、新しい機種
にバージョンアップするのがラクであったことは確かです。これ
がスマホの普及拡大に寄与したのです。
 しかし、安倍政権の後期の頃から、日本の携帯電話料金は高過
ぎるという意見が総務省から強く出されたのです。これには当時
官房長官であった菅義偉氏の影響が大きかったと思われます。そ
の結果、成立したのが電気通信事業法の改正です。
 これによって、スマホのハードウェアの値引きが困難になり、
通信キャリアは、通信料とインターネットサービスを一体でサー
ビスを提供することによって、お得に利用できるようにするとい
う競争が行なわれることになったのです。そして、これが、20
20年9月に成立した菅政権によって、携帯料金の値下げが政策
として強く打ち出されることになったのです。
 実際問題として、KDDI(au)は、2018年からネット
フリックスの映像配信サービスをセットにして利用できるプラン
を出していますし、NTTドコモも、2019年12月から新料
金プランのひとつ「ギガホ」の契約者であれば、アマゾンジャパ
ンの「アマゾン・プライム」が1年間無料で利用できる「ドコモ
のプランについてくるアマゾン・プライム」の提供を開始してい
るのです。そういう時期に、ヤフー!ジャパンとLINEの経営
統合が合意されています。
 したがって、このヤフー!ジャパンとLINEとの経営統合が
今後のソフトバンクの携帯電話のサービス競争に深く関係してく
るのではないかと思われます。これによって、携帯電話会社の競
合が今までとは変質してきているといえます。経営統合の詳細に
ついては、まだ明らかになっていません。
              ──[デジタル社会論/037]

≪画像および関連情報≫
 ●最安プランのKDDIが抱える「携帯大手3社でひとり
  負け」となるリスク
  ───────────────────────────
   NTTドコモが新プラン「ahamo」を発表して以降、
  競合各社の動向が注目されていたが、ソフトバンクに続き、
  KDDIも新プランを表明したことで、主要3社の料金体系
  がすべて出揃った。この新プランの導入が、通信業界にどの
  ような影響を与えるのか。
   携帯電話料金の引き下げは菅政権の目玉政策のひとつであ
  り、菅氏は通信行政を担当する総務大臣に腹心の武田良太氏
  を送り込むなど、相当な力の入れようだった。日本の通信料
  金は、かつては認可制だったが、1996年には届け出制に
  移行、2004年には完全自由化されており、法律上は政府
  が料金について直接指示することはできない。
   当初、通信各社は政府からの値引き要請に難色を示してい
  たが、現実問題として強大な権力を持つ政府からの要請を拒
  絶するのは難しい。業界最大手のドコモが大幅な割安プラン
  「ahamo」を発表したことで、各社もそれに続くことに
  なった。ahamoの料金は20Gバイトで月額2980円
  となっており、この金額には1回あたり5分以内の無料通話
  分も含まれている。新規契約事務手数料や機種変更手数料、
  さらには番号移転手数料も無料である。
                  https://bit.ly/3uupQ2G
  ───────────────────────────
川邊社長と出澤社長.jpg
川邊社長と出澤社長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月01日

●「プラットフォーマーと銀行の将来」(第5437号)

 プラットフォーマーが続々と金融業に進出してきています。今
のところ、決済と小額資金の貸し出し程度ですが、やがて、融資
や資産運用、保険などに進出してくるはずです。なかには、フェ
イスブックのようにデジタル通貨の発行までするようになること
は時間の問題です。こうなると、普通の銀行だけではなく、中央
銀行にまで影響が及ぶことになります。
 このようなプラットフォーマーによる金融進出によって銀行が
どうなるかについて、IMF(国際通貨基金)は、次の3つのシ
ナリオを示しています。
─────────────────────────────
  ◎第1のシナリオ
   デジタル通貨発行企業と銀行が共存するようになる
  ◎第2のシナリオ
   デジタル通貨発行企業と銀行が相互補完関係になる
  ◎第3のシナリオ
   デジタル通貨発行企業が銀行にとって代わる可能性
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 第1のシナリオは「デジタル通貨発行企業と銀行が共存するよ
うになる」ことです。
 これは、最も可能性のあるシナリオといえます。プラットフォ
ーマーが発行するデジタル通貨を使うには、個人の銀行預金を取
り崩してデジタル通貨を購入する必要があります。そうすると、
デジタル通貨は個人の銀行預金を代替することになり、その分、
銀行預金が減ることになります。
 しかし、そのデジタル通貨の代金のほとんどは、そのデジタル
通貨の発行元である企業、仮にリブラ協会(ディエム協会という
のかもしれないが)のような企業や団体の銀行預金として保有す
ることになります。したがって、銀行の小口銀行預金は減っても
預金の総額としては大きくは変化しないのです。そのため、銀行
預金・貸出機能は顕著には変化しないことになります。このよう
に一応デジタル通貨と銀行は共存できるわけです。
 しかし、ぜんぜん変化がないわけではないのです。まず、個人
の小口預金が企業の大口預金に代替することによって、預金金利
が高くなることが上げられます。それに、銀行は個人顧客との関
係が失われ、顧客の取引履歴データの多くをプラットフォーマー
に吸い上げられることになります。また、デジタル通貨を発行す
る企業の預金は、特定の大手銀行に集中し易くなり、中小銀行の
預金残高は減少し、貸出業務に支障をきたすことになります。
 第2のシナリオは「デジタル通貨発行企業と銀行が相互補完関
係になる」ことです。
 これは、デジタル通貨を発行する企業と銀行がウインウインの
関係になることです。デジタル通貨の発行企業、すなわち、プラ
ットフォーマーは、その提供する数々のサービスを利用するユー
ザーを分析し、銀行に見込顧客を紹介することが可能です。それ
に加えて、顧客の信用力を判断し、それを情報として銀行に販売
することによって、銀行の貸出業務を助けることができます。ま
さに相互補完の関係といえます。
 第3のシナリオは「デジタル通貨発行企業が銀行にとって代わ
る可能性」です。
 このシナリオは、近い将来を前提とするならば、最も可能性の
低いシナリオということになります。なぜなら、資金力では、プ
ラットフォーマーは、銀行に圧倒的な差をつけられているからで
す。プラットフォーマーは、銀行のように、個人の預金を集める
ことで大量の資金を調達することは出来ないからです。
 しかし、時が経つにつれて、デジタル通貨を発行するプラット
フォーマーの資金量が増えてくると、銀行は少しずつ力を失って
いくことが考えられます。これについて、木内英登氏は次のよう
に予測しています。
─────────────────────────────
 個人が持つ銀行預金は、現金と同様に決済目的で保有している
部分と、運用目的で保有している部分とに分かれる。このシナリ
オでは、前者は、デジタル通貨にほぼとって代わられてしまうこ
とになる。そして、決済目的で利用されなくなった銀行預金から
も、個人は、投資信託などより運用利回りが高い商品へと資金を
移していくだろう。
 そして、預金という資金調達手段を失った銀行は、市場での資
金調達を強いられるだろう。ただし、貸出業務もデジタル通貨発
行企業に奪われていくため、銀行のバランスシートは、現在と比
べて大幅に縮小し、銀行のプレゼンスも大きく低下することが避
けられない。デジタル通貨を発行するプラットフォーマーが銀行
にとって代わる状況が定常状態に至れば、預金と貸出を大幅に失
った銀行が取り付け騒ぎ(バンク・ラン)に見舞われるリスクは
次第に低下する。この際には、銀行システムの安定性は以前より
も高まると言えるかもしれない。また個人は銀行預金から投資信
託などリスク性商品へと資産を移すことになるため、「貯蓄から
投資」への流れが加速することが、経済的にはプラスの効果をも
たらす可能性も考えられるところだ。
        ──木内登英著/東洋経済新報社の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、銀行がデジタル通貨を発行するプラットフォーマーに
とって代わられる事態が生ずると、個人の金融資産が大きなリス
クにさらされるマイナス面も出てくるはずです。現行の銀行預金
は、預金保険制度によって一部保証されるなどの措置がとられて
います。さらに、銀行が長年培ってきたどのような企業に貸出を
増加させ、企業の技術力、成長力を支えるかの目利きの判断など
のいわゆる信用創造機能が弱体化し、経済の活力を削いでしまう
ことも大きく懸念されることです。第3のシナリオはあってはな
らないのです。       ──[デジタル社会論/038]

≪画像および関連情報≫
 ●銀行とデジタル・プラットフォーマーのビジネスの類似性
      ──大和総研グループ/金融調査部/内野逸勢氏
  ───────────────────────────
   メディアで最近よく目にするプラットフォーマーのビジネ
  スモデルを改めて定義してみよう。まずプラットフォーマー
  とは“デジタル・プラットフォーマー”という言葉で置き換
  えられる。次にそのビジネスモデルは「つながりに着目した
  ビジネスモデル」と「データに着目したビジネスモデル」の
  2つに分類される。
   前者は、あらゆる場所からオンライン上でアクセスする消
  費者の多種多様なニーズと、様々な財・サービスの供給者と
  の「つながりに着目したビジネスモデル」であると言える。
  組織の内部の特定機能を代替するために外部の機能をつなぐ
  「APIエコノミー」、複数の金融機関の個人口座の情報を
  つなぐ「アリゲーションサービス」などのビジネスが台頭し
  ている。さらにヒト・モノ・カネの多種多様かつ膨大な情報
  をあらゆるニーズに“つなぐ”(仲介)「マッチングエコノ
  ミー」「シェアリングエコノミー」などが当てはまろう。
   「つながりに着目したビジネスモデル」は必然的に契約と
  課金が伴う。契約形態は、サービスと利用者を“つなぐ”効
  率性が劇的に改善することで、購入契約よりもレンタル、サ
  ブスクリプション型のサービス利用契約を選択する消費者が
  多くなる。このため契約・課金は少額化・短期化し、決済は
  銀行口座を経由した決済よりも、利便性の高いモバイル決済
  が主流となる。これにより決済の多様化が進む。当然、顧客
  の取引情報が付随してくる。これが後者の「データに着目し
  たビジネスモデル」ということになろう。
                  https://bit.ly/3dPqhyH
  ───────────────────────────
木内登英氏.jpg
木内登英氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月02日

●「『シニョリッジ』について考える」(第5438号)

 「シニョレッジ」という言葉をご存知でしょうか。
 「シニョレッジ」とは、通貨発行益のことです。フェイスブッ
クが「リブラ」の発行を宣言したとき、一番大きく反応したのは
各国の中央銀行です。それは、デジタル通貨が中央銀行のシニョ
レッジに関係してくるからです。
 リブラのようなデジタル通貨は、銀行預金にとって代わると述
べてきていますが、これに関して、木内登英氏は、リブラによっ
て代替される現金について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 金利が付かないリブラによって代替されやすいのは、民間銀行
が提供する金利が付く銀行預金よりも、まずは中央銀行が発行す
る金利が付かない現金だろう。
 中央銀行は現金という利払い負担が発生しない債務と引き換え
に、民間銀行から国債などを買い取り、利子所得を稼いでいる。
これをシニョレッジ(通貨発行益)という。リブラによって現金
発行が減っていけば、この利子所得も減ってしまい、中央銀行の
業務に大きな支障が生ずる可能性がある。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 シニョレッジというのは、鋳造した貨幣の額面と原価の差額の
ことです。古代ローマの時代から使われているラテン語で、日本
では、江戸時代に「出目(でめ)」と呼ばれたのです。貨幣改悪
鋳造によって生じた益金を意味し、出目高といっていたのです。
 ここで大事なことは、「紙幣」を発行する権限を持っているの
は日本銀行、「硬貨」発行の権限は政府になります。そのため、
政府は、硬貨の材料費、鋳造費と硬貨の額面(1円、5円、10
円、50円、100円、500円)との差額は、シニョレッジと
いうことになります。
 しかし、現代では、シニョレッジとは、中央銀行が中央銀行当
座預金と現金を発行することで得られる「利子所得」を指すよう
になっています。日本の場合で考えると、国内の民間銀行は、日
本銀行(以下、日銀)に対して、当座預金を持っています。日銀
当座預金がそれです。
 日銀は、金融緩和など必要に応じて、民間銀行から国債などの
金融資産を買い入れ、その代金を日銀当座預金に振り込みます。
そして、民間銀行は必要な現金をその当座預金から取り崩して使
いますが、そのときはじめて、日銀は現金を市場に対して発行し
たことになるのです。日銀のバランスシートは、簡単にいうと、
次のようになっています。
─────────────────────────────
         ◎日本銀行のバランスシート
          資産:     国債など
          負債:現金/日銀当座預金
─────────────────────────────
 この場合、資産である国債などは金利が付き、日銀は利子所得
が得られます。一方、負債側には、市中に出回っている現金と日
銀当座預金が計上されています。この市中に出回っている流通現
金と日銀当座預金の合計額を「マネタリーベース」といいます。
 この日銀当座預金には、法律で定められている銀行預金の一定
比率分の「所要準備」が含まれていますが、これには金利は付き
ません。しかし、それを上回る分については、日銀は金利を支払
う必要があります。
 したがって、日銀としては、バランスシートの資産側にある国
債などから得られる利子所得と、超過準備に対する利子支払いの
差額がシニョレッジということになります。
 しかし、仮にフェイスブックが発行するリブラが日本中に普及
し、市中から現金を代替するようになると、その分日銀による現
金の発行が減少し、それによってシニョレッジも減少することに
なります。この場合、リブラによって代替された現金は、リブラ
を仕切るリブラ協会にストックされるようになります。
 これについて、木内登英氏は「シニョレッジが中央銀行からリ
ブラ協会に移る」ことを意味するとして、次のように警告を発し
ています。
─────────────────────────────
 これが、中央銀行にとって大きな打撃となるのは、中央銀行の
業務は、このシニョレッジによって支えられているからに他なら
ない。公的部門の中央銀行の業務は財政資金によって賄われてい
ると考える向きも少なくないかもしれないが、それは誤りだ。中
央銀行は通常、政府から資金を得ていないのである。この点は、
実は、中央銀行の政治からの独立を支える要因の一つともなって
いる。シニョレッジが大幅に減少すれば、中央銀行の職員給与も
支払われなくなり、業務は滞ってしまう可能性が生じる。また、
中央銀行の収益が悪化して、局面によっては赤字化や自己資本の
毀損などの問題が生じ、中央銀行の財務の健全性を損ねてしまう
危険性もあるだろう。それを受けて、政府が中央銀行に公的資金
を注入するような事態にまで発展すれば、中央銀行の独立性は大
きく低下してしまいかねない。
      ──木内登英著/東洋経済新報社による前掲書より
─────────────────────────────
 既に述べたように、フェイスブック関連アプリの利用者数は世
界で約27億人、世界の人口73億人の37%、実に3人に1人
はフェイスブックのユーザーなのです。これらのユーザーが一斉
にリブラを使い始めると、市中の現金の多くは、リブラによって
代替されてしまうはずです。
 そうすれば、中央銀行のシニョレッジは、大幅に減少すること
になります。これは確実に中央銀行の利子所得を減らす原因にな
ります。世界の中央銀行が一斉に緊張するのは当然のことです。
もちろん消極的ではあるものの、日銀も動き出しています。
              ──[デジタル社会論/039]

≪画像および関連情報≫
 ●見えてきた中央銀行デジタル通貨の「想像図」
  ───────────────────────────
   日本でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)をめぐる検討
  が本格化する。日本政府のいわゆる「骨太の方針」に、「中
  央銀行デジタル通貨を検討する」との記述が加わった。これ
  を受け、日本の中央銀行である日本銀行はデジタル通貨検討
  のチームを結成した。これまで日本銀行はデジタル通貨の発
  行には慎重な姿勢だったが、今後は変わるかもしれない。
   その一方で、民間主導のデジタル通貨の議論も進行中だ。
  デジタル通貨が本格的に登場すれば、現実世界の経済システ
  ムが複数のマネー――異なる銀行の預金口座や異なる企業の
  ポイントなど――に分断されている現状を変えることができ
  る。「サイロ」のように分断されたシステムが並んでいる状
  況から、デジタル通貨で結びついたより円滑な経済へと変わ
  る。もちろん課題は多いが、立場が異なる関係者の間で、問
  題意識が共有されつつある。そして技術的な基盤となるブロ
  ックチェーン技術も実績が積み上がってきた。「中央銀行デ
  ジタル通貨」(CBDC)と一口にいっても、その実態をは
  っきり示した資料は乏しい。しかも論点が多く議論が複雑に
  なりがちである。下の図は、各国の中央銀行をメンバーとす
  る組織であるBIS(国際決済銀行)の資料に登場する「マ
  ネーフラワー」という図だ。4つの軸を1枚に収めた複雑な
  図となっている。このように中央銀行デジタル通貨を位置付
  けるのは大変な作業なのだ。   https://bit.ly/3dUo45a
  ───────────────────────────
マネーフラワー.jpg
マネーフラワー
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月03日

●「リブラは儲かるビジネスになるか」(第5439号)

 ここで、フェイスブックが「リブラ」を発行した場合、発行元
であるフェイスブックには、どのような収入源が得られるのかに
ついて考えてみる必要があります。
 リブラは、次の2つの収益源をフェイスブックにもたらすこと
になります。
─────────────────────────────
       1.裏付資産から得られる金利収入
       2.金融サービスによる手数料収入
─────────────────────────────
 「1」は「裏付資産から得られる金利収入」です。
 リブラの仕組みでは、リブラの発行と引き換えに受け取る代金
を主要法定通貨で構成される銀行預金や短期国債などで保有する
ことになっています。これを「リブラ・リザーブ」といいますが
そこには巨額の運用収益が発生します。
 しかし、これらの金利収入は、リブラ・システムを仕切るリブ
ラ協会のメンバー間で分配されると、ホワイトペーバーに書いて
あります。これは、リブラのシニョレッジ(通貨発行益)という
べきです。リブラのユーザーには何の恩恵もないのです。日本銀
行の場合、シニョレッジは必要な経費を差し引き、国庫に納付さ
れ、社会に還元しています。
 これについて、西村博之日本経済新聞論説委員は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 世界の17億人の銀行口座をもたない人々のうち、1割に当り
1・7億人がリブラを使うようになり、1人当たり10ドル分の
リブラを購入すると仮定する。さらにフェイスブックのユーザー
の約半分に当る12億人が、それぞれ50ドルをリブラと交換す
る。これで約610億ドル(6兆5000億円)もの資金がリブ
ラ・リザーブに流れ込み、これに対して利子が付く。
 仮に金利が1%としても、年間で6位ドル(650億円)を超
えてくる。将来、金利が上昇すれば金利収入はさらに膨らむこと
になる。こうした金利収入は中央銀行の場合、最終的には国庫に
納付され、国民のものになる。銀行に預金した場合も、預金者に
は金利が支払われる。ところがリブラの場合、お金を出してリブ
ラを買った利用者には直接的な形で金利収入が還元されることは
ない。金利収入は、まずリブラ協会の経費、システムの開発・運
営コストに当でられる。そして、残りがリブラ協会メンバーに還
元される。利用者は金利を受け取る代わりに、割安な取引手数料
などを通じて間接的に恩恵を受ける、というのがリブラ協会の立
場である。 ──藤井彰夫/西村博之著/日経プレミアシリーズ
            『リブラの野望/破壊者か変革者か』
─────────────────────────────
 リブラ協会のメンバーは現在21社です。リブラ協会としては
これを100以上の組織まで増やすことが計画されています。な
お、リブラは複数の企業によって運営されるコンソーシアム型の
設計をとっています。
 「2」は「金融サービスによる手数料収入」です。
 技術的な話になりますが、リブラには「MOVE」というプロ
グラミング言語が実装されており、これによって、プログラマブ
ルにお金を制御できます。
 これを使うと、投資やローン、保険など、既存の金融において
広く親しまれているサービスの大半は、リブラ上で再現できるの
です。これらのサービスで発生した取引に対し、手数料を課して
いくことで、フェイスブックはプラットフォーマーとして、手堅
い収益源を確保できるといえます。
 リブラ研究会では、リブラは債権市場について大きな変化をも
たらすとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 たとえば、金融マーケットの例として、債券市場があります。
今日、債券市場は世界全体で見ると、100兆ドル規模を誇る巨
大な金額が動く産業となっています。これまでは、債券や不動産
証券の発行や二次流通など、アセットを流動化させるまでに複雑
な行程が挟まっており、巨額の手数料が中間プレイヤーの元に落
ちていきます。
 しかし、今後リブラ上に多様な金融サービスが誕生し、ブロッ
クチェーンを活用したデジタル化が一般的になっていくと、証券
の発行から販売、二次流通にかかる各種手続きが効率化されるこ
とが見込まれます。そして、今後さまざまなアセットの流動化が
リブラ上で活発に行われるようになった場合、フェイスブックは
ビジネス上、極めて大きな恩恵を受けることになります。
          ──リブラ研究会編/日本経済新聞出版社
     『リブラの正体/GAFAは通貨を支配するのか?』
─────────────────────────────
 裏付資産の管理に関しては、フェイスブックが自由にできない
仕組みが取り入れられています。裏付資産は、世界中に分散させ
た複数のカストディアンに管理を委託する仕組みを取り入れてい
ます。カストディアン(Custodian) というのは、投資家に代わ
って有価証券の管理(カストディ)を行う機関のことです。とく
に、国外の有価証券に投資するさい、現地で有価証券を管理する
金融機関のことをいいます。これによって、リブラ協会が不正を
行うリスクを低減しています。
 このカストディアンには定期的な監査が入ることで、ブロック
チェーン上で発行されているリブラの総発行量と監査法人が出す
監査結果から、リザーブの量とリブラの総発行量に矛盾がないか
監督されることになります。
 フェイスブックの狙いは、リブラの提供を通じて「リブラ経済
圏」を構築することです。リブラの使い勝手を良くし、リブラと
いうグローバル通貨を手段として、世界中の企業や個人を巻き込
み、ネット上に巨大なマーケットプレイスを作るのが狙いです。
              ──[デジタル社会論/040]

≪画像および関連情報≫
 ●国家を超える経済圏となるのか FB仮想通貨「リブラ」
  に各国が強い警戒感
  ───────────────────────────
   米フェイスブックが2020年のサービス開始を予定して
  いる仮想通貨「リブラ」に対して、米国をはじめとする各国
  政府が強い警戒感を示し始めています。これは、リブラがも
  たらす影響がいかに大きいのかということの裏返しですが、
  なぜ各国政府は、民間企業1社が提供するだけの仮想通貨に
  これほどまで警戒しているのでしょうか。
   リブラはビットコインと同様、ブロックチェーンの技術を
  使って開発されますが、ビットコインとの最大の違いは、ド
  ルやユーロなど既存通貨によって価値が担保されている点で
  す。資産の裏付けが明確なので、価値が毀損しにくく、価格
  も安定的に推移する仕組みになっています。しかもフェイス
  ブックは全世界に27億人の利用者を抱えていますから、こ
  こに価格変動が少ない安定的な仮想通貨が出てくると、国家
  を超える経済圏が出現する可能性があります。マイナーな通
  貨だったビットコインとは根本的に違う存在と考えてよいで
  しょう。
   このためリブラに対しては、各国政府が過剰とも言える反
  応を示しています。米国のムニューシン財務長官は7月15
  日、リブラについて「国家安全保障上の問題だ」と強い懸念
  を表明。翌16日には米上院が公聴会を開催しましたが、議
  員からは懸念の声が相次ぎました。フランスで開催された主
  要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議では、リブラの
  規制について早急な対応を取る必要があるとの認識で一致し
  ています。           https://bit.ly/3q4h8Vw
  ───────────────────────────
ディエム/diem.jpg
ディエム/diem
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月04日

●「第3波に突入のビットコイン高騰」(第5440号)

 3月3日のビットコインの価格を調べてみると、次のような驚
くべき数字になっていました。
─────────────────────────────
 ◎1ビットコイン/2021年3月3日/9:00現在
              517万8714円24銭
─────────────────────────────
 517万円といっても驚くなかれ、2月20日頃は600万円
を記録しています。昨今のビットコインの価格に関連して、昨年
3月時点で31位だった米電気自動車(EV)CEOイーロン・
マスク氏が、年末には世界長者番付において、アマゾン・ドット
・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏に次ぐ2位に躍進したのです。
 さらに1月8日には、そのトップのベゾス氏を抜いて、世界一
になったのですが、その翌週には再び2位に転落するなど、激し
く首位争いを展開しています。
 これはテスラ株の変動によるものですが、実はビットコインが
テスラ株を動かしているのです。今や有名米企業や金融機関にい
たるまで、ビットコインを資産に組み入れるところが増加してい
ます。ビットコインは現在「第3波」を迎えているのです。
 ビットコインの価格変動にはこれまでに2波があったのです。
 第1波は2013年のキプロス金融危機です。キプロス政府が
発動した資本規制の網をくぐる資金逃避に、ビットコインが使わ
れたからです。
 第2波は、2016年〜2018年であり、主役は中国と日本
です。国内の厳しい規制や管理を嫌い、中国の投資家がビットコ
インを大量に購入したのです。しかし、中国当局がビットコイン
の取引を禁止するに及んで、今度は日本の投資家がビットコイン
を買いはじめたのです。しかし、コインチェック事件など、取引
所からの通貨の大量流出などが相次ぎ、規制も強化されたので、
日本でのブームは沈静化しています。
 そして、現在ビットコインの第3波がはじまっています。この
第3波の特徴について、日本経済新聞社・論説委員長の藤井彰夫
氏が、2021年3月1日付、「核心」において、次のように解
説しています。
─────────────────────────────
 今回の第3波の主役は米国で、米ドルからビットコインへの資
金流入は7割を超す。第3波の特徴は、これまで暗号資産と距離
を置いてきた有名企業や金融機関も参加し始めたことだ。価格の
上がり方も急角度だ。
 テスラやマイクロストラテジー、スクエアなど米企業が購入し
たほか、米銀大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロンがビッ
トコインの資産管理業務への参入を表明。貴金属などと同様に運
用資産の分散先として注目が集まり始めた。カナダでは最近ビッ
トコインに投資する上場投資信託(ETF)も始まった。
 「(ビットコインは)取引に使うには非常に効率が悪い」「価
格変動の大きさに注意すべきだ。投資家が被るであろう潜在的な
損失を心配している」。2月22日、イエレン米財務長官は取引
の過熱に警鐘を鳴らした。ラガルド欧州中央銀行(ECB)総裁
も「非常に投機的な資産でマネーロンダリング(資金洗浄)を助
長している」と規制強化の必要性を訴えている。
      ──2021年3月1日付、日本経済新聞「核心」
        「ビットコインの逆襲」/藤井彰夫論説委員長
─────────────────────────────
 ビットコインの価格の高騰化傾向に対する当局の激しい反応は
フェイスブックのリブラに対する当局の反応に似たところがあり
ます。まさに「国家VS暗号資産」の構図です。
 2019年7月16〜17日のことです。米国の議会で、リブ
ラに関する公聴会が開かれています。また、同時期にフランスに
おいて、G20財務相・中央銀行総裁会議も開かれていますが、
リブラが主要議題に取り上げられ、議論が行なわれ、議長総括と
して、次の声明が出されています。
─────────────────────────────
    リブラに関しては最高水準の規制が必要である
                ──G20議長総括
─────────────────────────────
 これに反応して、当時のトランプ米大統領は、リブラに反対す
る趣旨のツイートを立て続けに3連発しています。
─────────────────────────────
≪第1弾≫
 私は、ビットコインや他の仮想通貨のファンではない。それら
はマネーではないし、その価値の変動は大変大きく、ほとんど何
の根拠もない。規制されない暗号資産は、麻薬取引などの違法行
為を助長させる。
≪第2弾≫
 同様に、フェイスブックのリブラの「仮想通貨」も、根拠も頼
りがいもないものだ。もし、フェイスブックとその他の企業が銀
行になりたいのであれば、新たな銀行免許を取り、他の銀行と同
じように、国内と国際の双方の銀行規制に従うべきだ。
≪第3弾≫
 我々は米国でただ一つの本物の通貨を持っている。それは、こ
れまで以上に強くなっており、頼れる信頼がおけるものだ。世界
中でこれまでで一番支配力のある通貨であり、今後もそうあり続
けるだろう。それは米ドルと呼ばれている。
      ──藤井彰夫/西村博之著/日経プレミアシリーズ
            『リブラの野望/破壊者か変革者か』
─────────────────────────────
 トランプ前大統領のツイートは不規則発言といわれますが、ど
こかの国とトップと違って、これは官僚の書いたものを読んでい
るのではなく、大統領自身の仮想通貨に対する考え方をそのまま
書いており、リブラについてはまさに本質を衝いています。
              ──[デジタル社会論/041]

≪画像および関連情報≫
 ●米株市場でビットコイン保有会社に脚光、テスラの
  投資発表追い風
  ───────────────────────────
   [2月10日/ロイター]米国株式市場では、今年に入っ
  てから暗号資産(仮想通貨)ビットコインに投資している企
  業の株価が大幅にアウトパフォームしており、米電気自動車
  (EV)メーカー大手テスラによるビットコインへの15億
  ドル投資発表を受けてさらに値を上げている。
   テスラは8日、ビットコインに約15億ドル投資したと明
  らかにし、テスラ車両や製品の購入でビットコイン利用を受
  け付ける見通しを示した。これを受けて、ビットコインは急
  騰。9日には4万8000ドル超の過去最高値を付けた。テ
  スラ株は発表を受けて8日に上昇。9日は1.6%下落した
  ものの、年初来の上昇率は20%と、S&P総合500種の
  4%高をアウトパフォームしている。
   ビットコインに投資している企業の株価も上昇。ソフトウ
  エア会社マイクロストラテジーは9日に22%値を上げ、今
  週に入ってからの上昇率が50%を超えたほか、年初来の上
  昇率も200%を超えている。同社はこれまでに約7万10
  79ビットコイン(現在30億ドル超相当)を購入。同社の
  時価総額(118億ドル)に対する比率が25%を超えてい
  る。カナダの金融テクノロジー会社モゴも9日に45%高。
  テスラの発表を受けてからの上昇率は85%となった。同社
  は昨年12月にビットコインに最大150万カナダドルを投
  じると表明していた。      https://bit.ly/2NWIVdl
  ───────────────────────────
トランプ前米大統領.jpg
トランプ前米大統領
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月05日

●「吊し上げられるザッカーバーク氏」(第5441号)

 昨日のEJでのトランプ前米大統領のリブラに対するメッセー
ジの一部を再現します。
─────────────────────────────
 もし、フェイスブックとその他の企業が、銀行になりたいので
あれば、新たな銀行免許を取り、他の銀行と同じように、国内と
国際の双方の銀行規制に従うべきだ。 ──トランプ前米大統領
─────────────────────────────
 米国では、このトランプ前大統領のツイートに代表される「取
り締まる側」と「取り締まられる側」の対立が深まっています。
たまたま時期が、フェイスブックの不祥事が相次いだときだった
ことから、フェイスブックCEOは、2019年10月にリブラ
に関する公聴会と称して、何度も米下院金融サービス委員会に呼
び出され、ほとんど吊るし上げに近い状態で、質問を受けている
のです。まさに「取り締まる側」と「取り締まられる側」の激突
の構図そのものです。
 2019年10月23日のことです。この日も米下院金融サー
ビス委員会で公聴会が開かれ、ザッカーバーク氏は単独で出席し
ています。そのときの様子について報道しているWIREDのレ
ポートによると、ザッカーバーク氏は、議員1人5分の持ち時間
で、4時間以上、連続して質問を受けています。さすがに、ザッ
カーバーク氏は、トイレ休憩を要請したのですが、それも許され
ないほどの厳しさだったといわれます。このWIREDのレポー
トには次のように書かれています。
─────────────────────────────
 ザッカーバーグは、委員会で証言するためにワシントンDCに
に来た時点で、こうなるだろうとある程度はわかっていた。この
日の証言はフェイスブックのCEOただひとりだった。60人近
い議員が自分を叩こうと待ち構えているのを、ザッカーバーグは
知っていたのだ。それでもフェイスブックの仮想通貨計画が危機
に直面していたので、来ざるをえなかった。
 パートナー企業が手を引き、規制当局は禁止すると息巻き、委
員長のウォーターズをはじめとする議員はフェイスブックが計画
の一時停止に踏み切るべきだと考えていた。
 「皆さんは、この計画を推進しているのがフェイスブックでさ
えなければとお考えのことでしょう」と、冒頭のあいさつでザッ
カーバーグは言った。そのとき、委員会室の両側に設置されたデ
ィスプレイの画面には、フェイスブックがこれまで起こしてきた
さまざまな問題を資料化したスライドがランダムに映っていた。
「調停、違反、侵害」とタイトルの付いた長い一覧表もそのなか
には見受けられた。         https://bit.ly/3beQipf
─────────────────────────────
 ザッカーバーク氏は、リブラについて「フェイスブックはリブ
ラの理想的なメッセンジャーではない」といい、「もし、この提
案を受け入れてもらえるなら、フェイスブック自身がリブラ協会
を脱退してもよい」とまでいっています。
 「理想的なメッセンジャーでない」という意味は、フェイスブ
ックに対して数々の世の批判が最も激しいときの提案であるとい
う意味であると思われます。そして「このプロジェクトは、資金
送金をテキストメッセージの送信と同じくらい簡単に、かつ安価
にすることをビジョンにしており、金融サービスにアクセスでき
ないアンバンクドに恩恵をもたらすものであるので、諦めるつも
りはない」と強調しています。上記のWIREDの記事中にある
ザッカーバーク氏の冒頭のあいさつ「皆さんは、この計画を推進
しているのがフェイスブックでさえなければと、お考えのことで
しょう」はそれをあらわしています。
 この件に関し、リブラに詳しく、『リブラの正体/GAFAは
通貨を支配するのか?』の著者の1人であり、みずほ銀行チーフ
マーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、次のようにコメント
しています。
─────────────────────────────
 リブラに限ったことではないですが、暗号資産の潜在能力に大
きな期待を抱く向きほど既存の為政者を目の敵にする傾向が強い
と感じます。ビットコインがブームの絶頂を迎えたときも、リブ
ラの可能性が論じられている本書執筆時点でも同様ですが、既存
の通貨当局が不要になるという極端なシナリオが暗号資産の支持
層から嬉々として語られることが少なくありません。
 しかし、本書執筆時点で公開されている情報を踏まえる限り、
リブラは既存の金融システムを活用しなければ稼働できません。
そうであれば大前提として、既存権力からの理解や承認が必要で
す。それゆえ、ことさらに対立を煽るような論調には違和感を覚
えるというのが筆者の基本認識です。既存権力と対立する限り理
解も承認もされないので、プロジェクトはそもそも成立しないと
いうのが素直な理解ではないでしょうか。
          ──リブラ研究会編/日本経済新聞出版社
     『リブラの正体/GAFAは通貨を支配するのか?』
─────────────────────────────
 リブラは、発行金額に対して、リブラリザーブという裏付資産
を保有する仕組みになっています。これは、ドルやユーロなどの
主要通貨で構成されるバスケットを前提に銀行預金や短期国債な
どの安全資産で構成されることになっています。そして、この運
営に関しては、フェイスブックではなく、スイス・ジュネーブに
本拠を置くリブラ協会が行うことになっています。
 法定通貨に裏付けられるということは、既存勢力が法定通貨向
けに提供する中央銀行の資金決済システムに依存することを意味
しています。このようにリブラは、設計的には、既存勢力に楯突
けない仕組みになっているのです。これが、リブラが他の多くの
暗号資産と根本的に異なる点といえます。リブラは、価格変動が
抑制される「ステープル・コイン」といわれるゆえんです。した
がって、目くじら立てて反対する代物ではないのです。
              ──[デジタル社会論/042]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜフェイスブックのLibraが嫌われているのか? 懸念さ
  れる4つの重大すぎるリスク
  ───────────────────────────
   世界最大のソーシャルプラットフォームであるフェイスブ
  ックが2019年6月18日、暗号通貨リブラを主導して立
  ち上げた。早くも「悪用できる穴が多い」「国家のような存
  在になり、当局ににらまれる」など重大な問題点が指摘され
  ており、リブラが広く流通するほど、政治的なイシューにな
  る。フェイスブックにとって逆説的に怖いのは、リブラが既
  存の通貨を超える大成功を収めることではないか――。その
  潜在的なリスク要因4つを整理する。
   「信用不足から銀行口座やクレジットカードを持てない、
  世界17億人の低所得層は、フェイスブック最高経営責任者
  (CEO)のザッカーバーグ氏を救世主とみなすだろう」米
  経済専門局CNBCの名物コメンテーターの、ジム・クレー
  マー氏は、リブラの発表を受けて、ザッカーバーグ氏をこう
  持ち上げた。
   リブラを使えば、専用のデジタルウォレット「カリブラ」
  を介して、銀行口座を持てない人でも基本的な金融サービス
  が使えるようになる。世界中の消費者や企業間の取引が円滑
  化される可能性がある。1年後、2020年の運用開始を目
  指し、当初はポジティブな評価が目立った。米金融大手のサ
  ントラストは、「フェイスブックは、リブラによってSNS
  だけでなく、世界のeコマースのリーダーになろうとしてい
  る。27億人というユーザー規模、ブランド力とバランスシ
  ートの面で、同社にかなう相手はいない」と分析。
                  https://bit.ly/3kL5c9P
  ───────────────────────────
公聴会におけるザッカーバークCEO.jpg
公聴会におけるザッカーバークCEO
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月08日

●「カンボジア/バコンに日本の技術」(第5442号)

 2021年3月6日、日経の夕刊に、EJの今回のテーマに関
連のある次の記事が掲載されています。
─────────────────────────────
   ◎バイデン氏がIT規制派起用/特別補佐官にウー氏
      ──2021年3月6日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 ここで、ウー氏とは、コロンビア大学のティム・ウー教授のこ
とで、バイデン政権は、ウー教授を国家経済会議(NEC)のテ
クノロジー・競争政策担当の大統領特別補佐官として起用したと
いうのが記事の内容です。米司法省は、2020年10月、グー
グルのインターネット検索サービスについて、独禁法違反で、提
訴しているし、米連邦取引委員会(FTC)は、昨年12月に、
フェイスブックを独禁法違反の容疑で提訴しています。それに加
えて、ティム・ウー教授のテクノロジー・競争政策担当の大統領
特別補佐官の起用です。米国のプラットフォーマーにとっては、
厳しい情勢になりそうですし、フェイスブックのリブラ(ディエ
ム)の発行にも赤ランプが灯ることになります。日本経済新聞は
ウー氏について次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 ウー氏はグーグルやフェイスブック、アマゾンといった巨大I
T企業の寡占が進んでいる現状に警鐘を鳴らし、巨大IT企業の
解体や反トラスト法(独占禁止法)の強化を主張。「ネット中立
性」という言葉を生み出したことでも知られる。
        ──2021年3月6日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 ところで、2020年10月28日のことです。タイの有力英
字紙バンコク・ポスト電子版は「カンボジア中銀デジタル通貨が
正式に稼働開始」という見出しで、ロイター電を引用して次のよ
うに報道しています。
─────────────────────────────
 カンボジアは10月28日、ブロックチェーン(分散型台帳技
術)によって日本企業が設計し、中央銀行が後押しするデジタル
通貨を結合した電子通貨「バコン」(BAKONG)が完全に稼働はじ
めたのだ。
 「バコン」では米ドルとカンボジア・リエルの取引が可能で、
カンボジア国民による個人のスマホ間での支払・送金を可能にす
ることが期待されている。(中略)日本のフィンテック・スター
トアップであるソラミツ「バコン」開発に参加した。中銀は昨年
7月から「バコン」をパイロット稼働していた。現在までに20
の金融機関がこのプロジェクトに参加しており、数十社が今後参
加する見通しだ。──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 このニュース、日本人の何人が知っていたでしょうか。私自身
も日本経済新聞はよく見ているつもりですが、この記事は読んで
いません。ネットで調べると、2017年4月21日付の有料会
員限定のフィンテック関係の記事として、次のタイトルの記事が
出ていました。
─────────────────────────────
◎「日本発」の仮想通貨技術、カンボジア中銀が採用
 カンボジアの中央銀行は仮想通貨技術「ブロックチェーン」を
使った新しい決済手段を開発する。日本のフィンテックベンチャ
ーのソラミツ(東京・港)が開発した技術を使う。海外の中銀が
日本企業のブロックチェーン技術を採用するのは初めてとみられ
る。決済システムの整備が遅れている国で、日本発の技術を生か
した新しい決済インフラの開発が始まる。
        ──2017年4月21日付有料会員限定記事
─────────────────────────────
 この記事は、日本のフィンテックベンチャー「ソラミツ」が、
カンボジア中央銀行からブロックチェーンを使う仮想通貨の開発
を受注したことを伝えるニュースです。知っている人は知ってい
るのでしょうが、テレビなどで大きく取り上げられていないニュ
ースであることは確かです。私が知ったのは、今年に入って、上
記のソラミツ代表取締役社長の宮沢和正氏の著書を書店で見つけ
て、はじめて知ったのです。
 著者略歴によると、著者の宮沢和正氏は、ソニーを経て、楽天
にて、電子マネー「Edy」の立ち上げに参画、楽天Edy執行
役員を経て、ソラミツに入社しています。
 楽天の電子マネー「Edy」といえば、電子マネーの進化系で
あり、唯一転々流通のできる電子マネーとして知られています。
私自身は「Edy」を使っていませんが、ビットコインをEJの
テーマに取り上げたとき、一番メインに読んだ本のひとつ、野口
悠紀雄氏の『仮想通貨革命』(ダイヤモンド社)に、次のように
出ていたのです。
─────────────────────────────
 電子マネーは(Edy to Edyなどを例外とすれば) 一回限りの
利用しかできない。しかし、ビットコインは、企業や個人の間を
転々流通する。この点で、現金通貨と同じだ。
              ──野口悠紀雄著『仮想通貨革命
   /ビットコインは始まりにすぎない』/ダイヤモンド社刊
─────────────────────────────
 Edy to Edy(エディトゥエディ)とは、サービス登録したおサ
イフケータイのエディから、他のおサイフケータイへ指定した額
のエディを送ることができるサービスのことです。数ある他の電
子マネーではできない芸当です。エディは現金通貨にきわめて近
いといえます。
 念のため、触れておくと、「Edy」とは、Eはユーロ、Dは
ドル、Yは円を表しています。この「Edy」の開発者がカンボ
ジアの「バコン」の開発の中枢を担ったのです。素晴らしいこと
だと思います。       ──[デジタル社会論/043]

≪画像および関連情報≫
 ●カンボジア「バコン」導入の目的と今後/潮田玲子氏
  ───────────────────────────
   カンボジア国立銀行(中央銀行/以下中銀)は2020年
  10月28日、リテール向けの決済システム及び中銀デジタ
  ジタル通貨(CBDC)である(「バコン」の正式リリース
  を発表した。中銀によるブロックチェーン1を活用したデジ
  タル決済の実用化としては世界初の事例で、利用者の取引内
  容は中銀のレッジャー(台帳)にて記録・管理される。当該
  システムにはカンボジアの18の金融機関が参加している。
  利用者はスマートフォンに、「バコン」のアプリをダウンロ
  ードし、銀行窓口でカンボジアの通貨リエルまたは米ドルの
  現金をバコンに換金後、電話番号やQRコードを通じ、無料
  で個人間・企業間送金や店舗での支払いが可能となる。1日
  の利用額は250ドル程度に制限されているが、銀行で口座
  開設し本人確認の手続きをすればその額は拡大する。カンボ
  ジアでは、1970年から1993年までの内戦による国内
  政治・経済の混乱や、その後の国際的な復興支援で国内に外
  貨が流入した結果、いわゆる「ドル化」2が進行した。金利
  について、決済性預金に関してはリエル建てよりドルの方が
  高く、借入関連ではドルの方が低いこともあり、農村部での
  支払、税金や公共料金の支払、一部の公務員給与支払等、以
  外の国内取引の多くはドル建て決済となっている。同国中銀
  によると、2020年9月末時点の国内預金に占める外貨預
  金の比率は92%、マネーストック(M2)に占める同比率
  は84%にのぼる。       https://bit.ly/2NZhPCx
  ───────────────────────────
コロンビア大学のティム・ウー教授.jpg
コロンビア大学のティム・ウー教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月09日

●「カンボジアはどんな状況だったか」(第5443号)

 ソラミツがカンボジア国立銀行の案件に応札できたのは、カン
ボジア国立銀行と名乗る人物からの次のメールです。
─────────────────────────────
 おはようございます、皆さん。私はカンボジア国立銀行のXX
Xです。われわれは中央銀行デジタル通貨を発行したいと考えて
います。あなた方の開発しているブロックチェーン「ハイパーレ
ッジャーいろは」プラットフォームでテストしたいと思います。
あなたがたのサポートを是非とも期待しています。
        ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 「ハイパーレッジャーいろは」とは何でしょうか。
 読みにくいので、かたかなで記述しましたが、正式名称は、次
の通りです。
─────────────────────────────
             Hyperledger IROHA
       主導開発元:ソラミツ株式会社
─────────────────────────────
 「Hyperledger」とは何でしょうか。
 ハイパーレッジャーは、ブロックチェーン技術を仮想通貨に限
定せず、最大限に利用することを目的として、誕生したブロック
チェーン技術の推進コミュニティーのことです。
 プロジェクトの立ち上げにあたって、リナックスOSの普及を
サポートする非営利の共同事業体であるリナックス・ファウンデ
ーションが中心になり、オープンソースの理念から世界中のIT
企業が協力して、ブロックチェーン技術の確立を目指しているの
です。リナックス・ファウンデーションは、2000年に設立さ
れた非営利の技術コンソーシアムのことです。
 このコミュニティーのなかには、複数のプロジェクトが存在し
グローバルレベルで、共同検証が進められていたのですが、20
17年当時、活動が続けられていたブロックチェーンのプラット
フォーム開発プロジェクトは、3つあり、その1つがソラミツ株
式会社というわけです。参考までに、ソラミツ株式会社以外の2
社についても記述しておきます。
─────────────────────────────
    Hyperledger fabric
    主導開発元:米IBM
    Hyperledger Sawtooth Lake
    主導開発元:米インテル・コーポレーション
─────────────────────────────
 米IBMや米インテルと肩を並べるソラミツという企業は只者
ではありません。ソラミツとカンボジア中央銀行との契約が成立
した2017年当時、カンボジア国内での銀行口座開設率はわず
か22%であり、78%の国民は銀行口座を保有していないアン
バンクトであったのです。
 しかし、その一方で、スマホの普及率は150%であり、2台
保有している人が多かったのです。1台はプライベート用で、家
族や知人との通信用であり、もう1台はビジネス用です。贅沢の
ようですが、スマホを持っていないと仕事も探せないし、仕事の
声もかからないので、スマホはカンボジア国民にとって、必須ア
イテムになっていたのです。
 当時カンボジア国内では、スマホを利用して、「ウイング」と
いう送金サービスが流行していたのです。ウイングを営む事業者
は、農村部を含めてカンボジア全土に4000店舗も展開されて
いるのです。どのようにして送金するのかというと、都市部で働
く人が、農村部の自分の家族に送金する方法を解説します。
─────────────────────────────
 @都市部のウイング店舗で現金を預け、パスワードを発行し
  てもらう。
 AそのパスワードをSNSを使って、農村部の自分の家族に
  送信する。
 B家族は近くのウイングの店舗に行き、送付されたパスワー
  を見せる。
 Cウイングの業者は、そのパスワードを確認照合のうえ現金
  を支払う。
─────────────────────────────
 送金手数料としては、1米ドル程度はかかりますが、現金のま
ま輸送するよりもはるかに安全であるし、スピードも速いので゛
幅広く利用されているのです。
 このカンボジアの「ウイング」と似たような送金システムは他
の国でも見られます。ケニアの「エムぺサ」は、仕組みが「ウイ
ング」とそっくりです。この「エムペサ」について、野口悠紀雄
氏は自著で、次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 このサービスは、ケニアの携帯電話会社サファリコムに出資し
た英携帯電話大手のボーダフォンが、07年に開始した。エムぺ
サの代理店(取次店)で現金を預けて自分のエムぺサロ座に入金
してもらってから、送金相手にSNSを送る。メッセージを受け
取った人は、取次店でSNSと身分証明書を提示すると、現金を
受け取れる。「エコノミスト」の記事によると、ケニアの成人人
口の3分の2以上に当たる1700万人が、エムぺサを利用して
いる。エムぺサを通じて行なわれる資金移動は、ケニアのGDP
(国内総生産)の約25%に相当する。
             ──野口悠紀雄著/ダイヤモンド社
     『仮想通貨革命/ビットコインは始まりにすぎない』
─────────────────────────────
 カンボジアの国立銀行は、このような「ウイング」の流行に眉
をひそめたのです。何とかしなければならない。カンボジア国立
銀行は、実態を調査し、問題点の抽出を行ったのです。
              ──[デジタル社会論/044]

≪画像および関連情報≫
 ●個人間送金サービスはアプリで対応!銀行口座を使わない
  仕組みを解説
  ───────────────────────────
   個人間送金とは、個人から個人へお金を送ること。金融機
  関を通したお振込みや、郵便局の現金書留なども個人間送金
  となりますが、近年、注目を集めているのは、スマートフォ
  ンなどのアプリを使って、お金をやり取りする個人間送金で
  す。個人間送金は「P2P金融サービス」ともいわれていま
  す。P2Pとは、Peer to Peer の略で ネットワークに接続
  されたコンピュータ端末同士が直接通信する方式のこと。つ
  まり、パソコンやスマートフォンを介して、365日24時
  間、送金を行うことができるサービスです。
   個人間送金は、キャッシュアウト(現金の引き出し)する
  際に手数料がかかりますが、送金時の手数料が発生しないた
  め大きな魅力となっています。銀行からの送金は、利用者が
  手数料を負担しないといけない上に、国外にお金を送金する
  際はさらなる手数料がかかります。そのため、個人間送金と
  呼ばれる送金方法が注目を集めているのです。
   日本ではまだ十分に浸透しているとは言い難いですが、海
  外に目を向けると個人間送金が日常の風景となっている国が
  あります。例えば、アメリカのペイパルの子会社が運営して
  いる「Venmo (ベンモ)」というサービスは、手数料無料で
  ソーシャル機能を含めた使い勝手の良さがウケて、若い世代
  を中心に人気を博しています。割り勘や建て替えをする際に
  「Venmo me 10$」といった具合に、Venmo が動詞として浸
  透するほど日常化しています。   https://bit.ly/2Oy4iS1
  ───────────────────────────
カンボジア国立銀行.jpg
カンボジア国立銀行
posted by 平野 浩 at 08:08| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月10日

●「『バコン』はどういうシステムか」(第5444号)

 カンボジア国立銀行の狙いは、ファイナンシャル・インクルー
ジョン(金融包摂)にあります。貧困や難民などに関わらず、誰
もが取り残されることなく金融サービスへアクセスでき、金融サ
ービスの恩恵を受けられるようにすることです。
 そのためにカンボジア国立銀行は、実態調査を実施し、次の問
題点を把握しています。
─────────────────────────────
 1.決済・送金サービス事業者は、銀行口座を通していない
  ので、中央銀行は取扱金額が捉えることが困難である。
 2.もし、決済・送金サービス事業者が経営破綻した場合、
  利用者からの預かり金を十分保全できない状況である。
 3.このままでは、相互運用性がないため、複数の決済・送
  金サービスが乱立し、利用者や店舗の利便性に欠ける。
 4.決済・送金サービス事業者のなかには、資金繰りに影響
  が出て、店舗への代金の振り込みまでに時間がかかる。
─────────────────────────────
 これら4つの問題点に対して、カンボジア国立銀行は、解決策
として、次の2つの案が検討されたのです。
─────────────────────────────
【プランA】決済・送金サービス事業者を既存の銀行間システ
 ムに組み込み、管理する方法。この場合、決済・送金サービ
 ス事業者にとってコンプライアンス・コスト(法規制順守の
 ためにかかるコスト)が重荷となる。
【プランB】中銀がネットワークを整備したうえで、決済・送
 金サービス事業者を含む金融機関をこれに参加させ、相互連
 結して、いわば全国共通の財布を作る方法。この場合、コン
 プライアンス・コストは抑えられる。
        ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 カンボジア国立銀行は、「プランA」と「プランB」を慎重に
検討した結果、「プランB」を選択し、これを実現するためには
ブロックチェーン技術が不可欠であるので、業者の選定を行い、
2016年12月に、ブロックチェーン技術を開発しているソラ
ミツを含む数社に絞って、システムの構築を打診したのです。そ
の結果、ソラミツ株式会社が選定されています。
 カンボジアのデジタル通貨「バコン」とは、どのような通貨な
のでしょうか。
 デジタル通貨システムに、ブロックチェーン技術がどのように
からんでいるかについては、技術的に難解であるので、改めて述
べることにし、全体のイメージを掴んでいただくために、通貨シ
ステムの概要について述べます。
 「バコン」は、現金と同等の価値を有し、転々流通可能なトー
クン型のデジタル通貨です。「トークン」という言葉は、さまざ
まな文脈で使われることがあり、明確な定義がありませんが、仮
想通貨業界では、一般的に既存のブロックチェーン技術を利用し
て発行された仮想通貨のことを指して「トークン」と呼ぶことに
なっています。
 「バコン」のアプリは、世界中のスマホ利用者が利用している
アップストアかグーグルプレイからダウンロードできます。しか
し、「バコン」アプリを実際に利用するためには、カンボジアの
携帯電話番号を入力し、SMS認証を受ける必要があります。S
MS認証というのは、スマホの電話番号を使って、本人確認を行
う認証手段の一つです。
 カンボジアに在住し、カンボジアの携帯電話番号を登録してい
る人であれば、誰でも簡単にオンラインで「バコン」口座を開設
し、決済や送金ができるようになります。
 海外からの旅行者については、カンボジアの携帯ショップでパ
スポートを提示して本人認証を受けたあと、カンボジアのSIM
カードを購入し、電話番号を登録すれば「バコン」が使えるよう
になります。
 「バコン」への入金は、リエルか米ドルの現金を参加している
銀行の窓口か送金事業者の店舗に持って行けば「バコン」と交換
できます。「バコン」を入手すれば、スマホの簡単な操作で、個
人間や企業への送金ができるほか、QRコードをスキャンして、
店舗などでの決済を簡単に行うことができます。
 ところで、カンボジアは、なぜ、この時期にデジタル通貨「バ
コン」導入を急いだのでしょうか。これについて、ソラミツ社長
である宮沢和正氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 金融インフラの整備が遅れている発展途上国では、政府や中央
銀行が積極的に金融包摂に乗り出さなければ、「デジタル人民元
(DCEP)」のような他国のデジタル通貨やフェイスブックの
「リブラ」のような民間デジタル通貸に市場を奪われてしまう恐
れがある。したがって他国のデジタル通貨が世界に普及する前に
自国による金融包摂を実現することが最重要課題であり、そのた
めには迅速に自国のデジタル通貨を普及させ、通貨の独立性を保
つ必要がある。これが金融包摂、金融政策力の維持、自国通貨の
強化の意味である。       ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 現在、カンボジアでは自国通貨のリエルと米ドルが流通してい
ます。しかし、このところ、自国通貨のリエルの流通が弱くなっ
ており、国全体の流通額では70%が米ドルです。その交換比率
は次の通りです。
─────────────────────────────
      1米ドル=4000〜4100リエル
─────────────────────────────
 つまり、「リエルの復権」もデジタル通貨導入の動機のひとつ
になっているのです。実際に「バコン」導入後、その発行額は全
体の60%に達しています。 ──[デジタル社会論/045]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜカンボジア中銀はデジタル通貨を発行するのか?
  ───────────────────────────
   カンボジアの中央銀行デジタル通貨「バコン」を開発する
  ソラミツの宮沢和正氏(特別顧問)が2020年1月20日
  都内のイベント「デジタル通貨と規制セミナー」に登壇。2
  020年から導入される予定のブロックチェーンを基盤とし
  た「バコン」を紹介し、「なぜカンボジアが中銀デジタル通
  貨を発行するのか?」について「金融包摂」「自国通貨の強
  化」「国家全体の決済アーキテクチャを簡素化する」という
  3つの理由を指摘した。
   少額のリテール決済から高額の銀行間取引までできるバコ
  ンは、2019年7月から実用化のテスト運用を行っている
  段階だ。カンボジア最大の銀行アクレダを含む9つの銀行な
  どと接続して、実際のお金の価値を使って数千人のユーザー
  が送金や店舗での支払いを行っている。正式なシステムの稼
  働は2020年内を目指す。
   開発を進めるのは日本のブロックチェーン企業ソラミツ。
  特別顧問の宮沢氏は、過去に電子マネー「エディ」(現・楽
  (楽天エディ)立ち上げの中心的や役割を果たした人物であ
  り、今回もプロジェクトリーダーとして構想から仕様書を作
  成し、推進してきた。デジタル通貨「バコン」は、カンボジ
  ア国立銀行が各銀行にバコンを発行し、各銀行が利用者に展
  開する「間接発行」方式を採用。「直接発行」方式と比較し
  て、中央銀行が本人確認や口座管理を行う必要がないため負
  荷が減り、各銀行の役割は、現在と同じものを維持できると
  いう。             https://bit.ly/3v4cZVi
  ───────────────────────────
ソラミツ/宮沢和正社長.jpg
ソラミツ/宮沢和正社長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月11日

●「カンボジア『バコン』の仕掛け人」(第5445号)

 カンボジア国立銀行とソラミツ株式会社が「バコン」システム
の共同開発契約を調印したのは2017年4月のことです。それ
から8ヶ月でプロトタイプが完成し、さらに1年7ヶ月で本番シ
ステムが稼働しています。そして、コロナ禍によって少し予定は
遅れたものの、2020年10月、「バコン」システムの正式運
用が始まったのです。
 世界初のCBDC(Central Bank Digital Currency) という
ことになります。これは、カンボジアはもちろんのこと、日本に
とっても画期的なことですが、日本ではあまり知られていない状
況にあります。
 しかしソラミツは、2020年10月28日、中銀デジタル通
貨(CBDC)への貢献が認められ、ロンドン・べースの中央銀
行専門誌セントラル・バンキングが主催するアワードで、次の賞
を受賞しています。
─────────────────────────────
   FinTech & RegTech Globsl Awards 2020
       中銀デジタル通貨パートナー賞
─────────────────────────────
 しかし、カンボジア国立銀行は、「バコン」はCBDCと認め
ていないのです。「バコン」は、「新しい通貨」ではなく、「新
しいモバイル決済システム」であると主張しているのです。なぜ
でしょうか。それは、「バコン」が中銀デジタル通貨とした場合
次の問題点があるからです。
─────────────────────────────
 1.新しい通貨の発行には法律の変更が必要になるが、これ
  は、かなりの時間を要する。
 2.紙からデジタルへの変更は、紙幣が使えなくなるという
  勘違いによる混乱が起こる。
        ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 「バコン」をCBDCと認めないのは、「バコン」導入の目的
が別のことにあるからです。このことを主張するのは、カンボジ
ア国立銀行の責任者のチア・セレイ統括局長です。
 チア・セレイ統括局長は、添付ファイルを見ればわかるように
総括責任者としては考えられないほど若い女性です。チア・セレ
イ氏は、中央銀行にあたるカンボジア国立銀行(NBC)のチア
・チャント総裁の娘で、NBCにある各局を束ねる統括局長を務
めています。英国や豪州で教育を受け、流暢な英語を操る国際人
で、才色兼備として人気も高く、NBCの顔として世界的に知ら
れている人物です。
 「バコン」の導入は、チア・セレイ統括局長の強い思いでもあ
ります。チア・セレイ統括局長によると、今回の「バコン」導入
の狙いは、自国通貨「リエル」の復権にあるというのです。主権
国家にとって、自国通貨は国のアイデンティティーであり、国民
のプライドでもあります。ところが、カンボジアでは、自国通貨
の「リエル」よりも、米ドルの方が普及し、定着してしまってい
るのです。これについて、チア・セレイ統括局長は次のように話
しています。
─────────────────────────────
 「350万リエルで何が買えますか」と尋ねると、国民はどれ
くらいの額なのかを把握するのに、少し時間がかかる。それが、
「350万ドル」と言うと、瞬時に理解する。これがいまだに国
民の意識だ。リエルの信頼や安定性、強さの問題が原因ならば、
そこを改善すればいい。これが意識や習慣、国民心理の問題とな
ると、変えるのはとても難しい。政府が強制的にリエルを使えと
言っても、いい影響は出ないだろう。
 脱ドルを迫るより、むしろリエルの日常的な利用促進を国民に
呼びかけていくしかないと考えている。国民が自主的に自国通貨
を採用するようになることが重要だ。 https://bit.ly/3v1XYTX
─────────────────────────────
 公益財団法人・国際通貨研究所の2019年5月のレポートに
よると、2017年時点の銀行預金に占めるドルの割合は94%
であり、銀行貸出に占めるドル建ての割合は98%に達していま
す。カンボジア政府としては、2019年までに貸出ポートフォ
リオの10%以上を何とかリエル建てにしようとしたものの、達
成できていない状況です。かといって、急激な脱ドル化は経済を
混乱させるだけです。
 そこで国外からドル建ての投融資は受け入れるものの、日常の
決済は、自国通貨で行うようにしたいとする願望が、独自デジタ
ル通貨「バコン」の開発の背景にあるといいます。要するに、チ
ア・セレイ統括局長の意図は、「国民が使いたくなる自国通貨を
作る」ことにあったのです。チア・セレイ統括局長は、次のよう
にも語っています。
─────────────────────────────
 国民のライフスタイルが米ドルでつくられてきたのと同時に、
ビジネスも米ドル基盤。なぜ変える必要があるのかと言う人もい
る。ただ、気づいてほしい。金融政策はその国独自のものでない
とならない。経済成長が続く中、中央銀行が国民のためにできる
ことは増えているのに、私たちが刷るお金を使ってくれなければ
それすらもできない。問題が起きた時に責任をもって国民を助け
られるよう、私たちのお金を使ってほしい。米ドルへの執着は長
期的視点で見ると、決して国のためにはならないということを理
解してもらえるよう、啓発活動を続けている。まずは、物価をリ
エルで感覚的に瞬時に理解できるよう、リエルの値段表示を増や
したり、公務員給料をリエル建てにしたりして、意識の改善を図
っていく。時間がかかることは間違いないが、少しずつ国民意識
が変わってきているのを感じている。 https://bit.ly/3v1XYTX
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/046]

≪画像および関連情報≫
 ●カンボジア、デジタル通貨の運用を開始──ソラミツの技術
  を採用
  ───────────────────────────
   カンボジアの中央銀行は2020年10月28日、日本企
  業の技術を採用したデジタル通貨の運用を開始した。ブロッ
  クチェーンを基盤とする中央銀行デジタル通貨システム「バ
  コン」はカンボジアのリテール決済と銀行間決済を支える。
  カンボジア国立銀行は、フィンテック企業のソラミツ(東京
  ・渋谷区)と共同でバコンを開発。昨年7月からカンボジア
  全土で試験運用を行ってきた。
   カンボジア国内の電話番号を持っていれば、バコンのスマ
  ートフォンアプリを使うことができる。デジタルリエルまた
  は米ドルのウォレットを保有し、QRコード等を通じて個人
  間や企業間の送金や、店舗での支払いが可能だ。
   送金手数料はかからず、安全でスピーディなデジタル通貨
  決済システムの導入は、金融基盤のデジタル化を進めるカン
  ボジアにとって、大きな一歩となった。スマートフォンの普
  及率は高まる一方、多くのカンボジア国民は銀行口座サービ
  スなどの金融サービスにアクセスできない状況にある。東南
  アジアの国々にとっては共通する社会課題で、バコンはカン
  ボジアの金融包摂を強化する施策の一つでもある。ソラミツ
  はブロックチェーン「ハイパーレジャーいろは」の開発に参
  画してきた。カンボジア中央銀行は、同技術がバコンのリテ
  ール決済部分に最も適していると判断し、ソラミツとの共同
  開発を進めてきた。       https://bit.ly/3ru4kJt
  ───────────────────────────
チア・セレイ統括局長.jpg
チア・セレイ統括局長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月12日

●「バコンはトークン型デジタル通貨」(第5446号)

 カンボジアのデジタル通貨「バコン」について、その開発の経
緯などは述べてきた通りですが、肝心の「バコン」とはどういう
通貨なのか、ビットコインやリブラなどとは、どこが違うのか、
中枢部に使われているブロックチェーン「ハイパーレッジャーい
ろは」とはどういうものかについて、説明していきます。デジタ
ル通貨には、次の2つのタイプがあります。
─────────────────────────────
         @  口座型/支払指示型
         Aトークン型/転々流通型
─────────────────────────────
 「口座型/支払指示型」というのは、電子マネーやQRコード
決済といったタイプがそれに該当します。顧客は、指定のアプリ
をスマホにダウンロードし、そのアプリに貯めた電子マネーを加
盟店がQRコードなどで読み取って決済を行います。決済処理は
スピーディーに行われるので、顧客側、店舗側ともにメリットが
あります。
 資金の清算は、締め切り日において、決済事業者と加盟店の間
で行われます。決済事業者は、決済された電子マネー分の現金を
加盟店の銀行口座に振り込みます。これが口座型です。
 したがって、口座型では、決済された資金をすぐに仕入れなど
の支払いに充当できないのです。この場合、加盟店の売上金が振
り込まれるまで、1ヶ月程度かかる場合もあります。
 「トークン型/転々流通型」というのは、完全に現金と同じ扱
いになります。リテール決済における加盟店での支払いや企業間
の送金においても、現金と同様に、デジタル通貨が最初の所有者
から次の所有者に転々流通するので、後日の資金清算の必要がな
く、受け取ったデジタル資金をそのまま支払いなどに使うことが
できます。
 しかし、転々流通型のデジタル通貨は、従来のデジタル技術で
は実現が困難だったのですが、それを可能にしたのが、他ならぬ
ブロックチェーン技術です。これについて、ソラミツの宮沢和正
氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 紙幣は有機体であり、1万円札を誰かに手渡せば手元から消え
去り、もう一度支払いに使うことはできない。二重使用の禁止と
いう通貨の大原則を紙媒体によって表現したのが紙幣である。ブ
ロックチェーンは、それを電子的に表現したものである。これま
でデジタル情報は複製を防止する手段がなかったため、紙幣のよ
うなトークン型の通貨として利用することはできなかった。ブロ
ックチェーンが可能にしたのは、トークン型の通貨の二重使用を
防ぐことである。この技術によって、デジタル通貨が可能となっ
た。      ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 問題は銀行間の送金です。「バコン」導入前は、一定時間、送
金と着金のデータをストックしておき、、1日に2回、バッチ処
理で差分のみを決済していたのです。これを「時点ネット決済」
といいます。それでは、「バッチ処理」とは何でしょうか。バッ
チ処理の「バッチ」とは、英語の「Batch」 が語源であり、「一
束」とか「一群」という意味になります。つまり、バッチ処理と
は、一定量の(あるいは一定期間の)データをストックし、一括
処理するための処理方法のことです。
 しかし、この方式にはリスクがあります。決済を行う時点で、
どちらかの銀行で金額が巨額になり、資金が不足してしまうリス
クです。一番怖いのは、ある銀行の資金不足が別の銀行の資金不
足に連鎖して、システミック・リスクが起きることです。
 これを防ぐには、まとめて処理するのではなく、取引ごとに資
金を移動させる必要があります。そこで「バコン」導入後は次の
ようになっています。
 「バコン」導入後、銀行Aから銀行Bに送金する場合について
考えます。銀行Aはカンボジア国立銀行(NBC)のリザープロ
座から相当額の「バコン」を送金してもらい、この「バコン」を
銀行Bに送金することで、銀行間決済が完了します。この方式を
「RTGSシステム(即時グロス決済)」といいます。これに対
して時点ネット決済はDTNSシステムといいますが、このシス
テムをRTGSシステムに変更することによって、コストが大幅
に縮小し、リアルタイムの銀行間決済が可能になったのです。こ
れこそトークン型デジタル通貨「バコン」を発行する大きなメリ
ットになっているといえます。RTGSシステムとDTNSシス
テムの意味を整理しておきます。
─────────────────────────────
      ◎DTNSシステム/時点ネット決済
        Designated Time Net Settlement
      ◎RTGSシステム/即時グロス決済
           Real-Time Gross Settlemen
─────────────────────────────
 DTNSシステムとRTGSシステムは、ともに中央銀行にお
ける金融機関間の口座振替の手法です。RTGSのもとでは、D
TNSと異なり、ある金融機関の不払いがどの金融機関への支払
いの失敗であるかが必ず特定され、その他の金融機関の決済を直
ちに停止させることはないのです。このように、DTNSと比較
すると、システミック・リスクの大幅な削減が可能である点で、
RTGSは優れた仕組みであるといえます。
 しかし、「バコン」による中央銀行における金融機関間の口座
振替をRTGSで実施するには、中央銀行であるカンボジア国立
銀行と、傘下の各金融機関において、「バコン」が流通する仕組
みを作る必要があります。これは大変な作業です。そのためには
各銀行に銀行のAPIの整備を行う必要があります。これについ
ては、来週のEJにおいて考えることにします。
              ──[デジタル社会論/047]

≪画像および関連情報≫
 ●世界初の中銀デジタル通貨の商用化と日本における展開
  ───────────────────────────
   カンボジア国立銀行とブロックチェーンを活用した中銀デ
  ジタル通貨を共同開発し2020年4月に正式運用を開始、
  日本発のオープンソース・ブロックチェーンを開発するソラ
  ミツ。本稿では、ソラミツ代表取締役社長宮沢氏にデジタル
  通貨の商用化と日本における展開について解説する。
   我々ソラミツは、2017年4月にカンボジア国立銀行と
  ブロックチェーンを活用した中銀デジタル通貨の共同開発契
  約に調印した。2019年7月に商用システム「バコン」が
  完成。テスト運用を実施後、2020年4月に正式運用を開
  始した。中国やスウェーデンなどが中銀デジタル通貨を検討
  する中でカンボジアは世界初の商用化を達成した。現在12
  の銀行が参加し、国民はスマートフォンでデジタル化した現
  地通貨のリエルや、ドルを送金や店頭での決済に活用してい
  る。少額のリテール決済から高額の銀行間取引まで一貫して
  ブロックチェーン化し、国家全体の決済アーキテクチャーの
  大幅な簡素化・低コスト化を実現した。
   デジタル通貨には、現金に近いトークン型と銀行口座に近
  い口座型の2つの実現方法がある。「バコン」はトークン型
  のデジタル通貨であり現金と同等の価値を持つ。ファイナリ
  ティ(決済の確定)があるため、リテール決済における加盟
  店での支払いや企業間の送金においても、現金決済と同様に
  後日の資金清算や振込指示・着金確認の必要がなく、企業の
  業務が大幅に削減される。    https://bit.ly/3viBUoa
  ───────────────────────────
「バコン」を紹介する提示.jpg
「バコン」を紹介する提示
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月15日

●「銀行APIの整備が成否をにぎる」(第5447号)

 中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)を発行するに当って
は、様々な準備が必要になります。何よりも必要なのは、銀行A
PIの整備の義務付けです。ところで「API」とは何を意味し
ているのでしょうか。ウィキペディアで調べると、次のように説
明されています。
─────────────────────────────
 API(Application Programming Interface)とは アプリケ
ーションプログラミングインターフェースのことで、ソフトウェ
アコンポーネント同士が互いに情報をやりとりするのに使用する
インタフェースの仕様のことである。   ──ウィキペディア
                  https://bit.ly/2OmXTK4
─────────────────────────────
 この説明では、素人にはわかりにくいので、さらにかみ砕くと
「APIとはソフトウェアの機能を共有できる仕組み」というべ
きです。これは、われわれがメインバンクを選ぶさいの基準を考
えてみると、理解できます。メインバンクを選ぶとき、ATМや
支店へのアクセスがよい銀行を選びますね。便利だからです。
 しかし、これは現金を扱うさいの利便性の判断基準であり、デ
ジタルの時代になると、銀行を選ぶ基準が違ってきます。これま
でATМで行ってきた残高照会やお金の引き落とし、振り込み、
送金などの処理をすべてアプリを通して行うことになります。
 このさいに、アプリを提供するフィンテック企業と、口座を管
理する銀行とのシステムの間を結ぶのがAPIであり、これはデ
ジタルの世界の銀行のATМです。つまり、APIとはソフトウ
ェア、すなわちアプリの機能を共有できる仕組みということにな
ります。したがって、APIを整備しない銀行は、選ばれない銀
行になってしまうことになります。
 カンボジア国立銀行は、2016年頃から各銀行に対して、A
PIの整備を義務付け、2018年頃には、ほとんどの大手銀行
が整備を完了させています。これに加えて中央銀行であるカンボ
ジア国立銀行がハブ機能を構築し、ほどんどの銀行が銀行API
を利用して、中央銀行の「FAST」というネットワークで接続
されています。バコンはこの銀行APIネットワークとFAST
経由で、銀行間で送金されています。これに関する日本の事情に
ついて、宮沢和正氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本も銀行APIの整備を呼びかけているが、中央銀行や全銀
協にそのハブ機能がないため、決済事業者は各銀行とそれぞれ契
約し、それぞれ開発投資をして、N対М(多対多)での接続をし
なければいけない。これは決済事業者ごとの重複投資になる。
 また、決済事業者は銀行利用料を払わなければならない。カン
ボジアの場合は、中央銀行と契約して銀行APIに接続するだけ
ですべての銀行への送金が可能になり、簡単に「バコン」から各
銀行口座への入出金ができるようになる。この仕組みにより、大
幅なコスト削減、契約の手間の削減、重複投資の防止を行うこと
ができた。    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デ
 ジタル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 ちなみにカンボジア国立銀行は、「バコン」を直接利用者に発
行していません。直接発行方式ではないからです。もし、そんな
ことをすると、中央銀行が全利用者の口座管理や本人確認業務を
しなければならなくなり、そんなことは、はじめから不可能であ
るからです。
 したがって、中央銀行が現金を発行する場合と同様に、各銀行
は国立銀行からバコンを受け取り、利用者は現金に対応するバコ
ンを各銀行から受け取る間接発行方式をとっています。本人確認
や口座管理は各銀行に任せられているのです。
 つまり、カンボジア国立銀行では、現金、すなわち、リエルや
USドル金を回収しながら、同額のバコンを発行しているので、
市場の通貨流通量には変化は生じないのです。カンボジアは、こ
れを早くから着手し、既に実行に移しています。それは、中国か
らデジタル人民元が怒涛のように国境を越えて入ってくることが
察知できたからです。カンボジアとしては、その前に新たな金融
商品や利便性を武器に、バコンをできるかぎり、カンボジア国内
に根付かせておく必要があったからです。
 それでは、「バコン」システムのカバナンスについては、どう
なっているのでしょうか。これについて、宮沢和正は次のように
説明しています。
─────────────────────────────
 カンボジア国立銀行の「バコン」システムのガバナンスは、通
貨発行者、通貨送金者、実行承認者、監査人、システム管理者、
人事権保有者などの役割に分かれて、ブロックチェーンで管理さ
れている。それぞれの役割は「ハイパーレッジャーいろは」の役
割と権限を詳細に設定できるRBAC機能を利用して、限定的な
機能のみが実行できるようになっている。
 三権分立のような相互牽制の仕組みがブロックチェーンで実現
されているため、不正な操作から完全に防御されている。したが
ってシステム管理者であっても「バコン」の一切のデータの改竄
は不可能であり、内部犯行や操作ミスなどを防ぐことができる。
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 上記文中の「RBAC機能」というのは、認められたユーザー
のシステムアクセスを制限する新しいコンピュータセキュリティ
の手法のひとつで、ポリシィを柔軟にできるアクセス制御法とい
えます。「RBAC」というのは次の言葉の省略です。
─────────────────────────────
         RBAC
         Role Based Access Control
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/048]

≪画像および関連情報≫
 ●日本の技術も使われている、カンボジアの中銀デジタル通貨
  『バコン』とは/金融アナリスト久保田博幸氏
  ───────────────────────────
   カンボジアで中央銀行が発行する中央銀行デジタル通貨シ
  ステム「バコン」の運用が10月28日に正式に始まったそ
  うである。「バコン」はカンボジアの通貨リエルや米ドルと
  も連動している。名称は国内の著名な寺院の名前から取った
  そうである。「バコン」は日本企業の技術を採用したそうで
  ある。この開発を進めたのは日本のブロックチェーン企業、
  「ソラミツ」だとか。
   「バコン」の利用者はスマホにアプリを入れると、自分の
  バコン口座から相手の電話番号やQRコードを使って支払い
  ができる。中央銀行デジタル通貨「バコン」は、カンボジア
  国立銀行(中央銀行)が各銀行にバコンを発行し、各銀行が
  利用者に展開する「間接発行」方式を採用している。つまり
  中央銀行に個人が口座を持つかたちの「直接発行」方式では
  ない。中央銀行が本人確認や口座管理を行う必要がないため
  負荷が減る。日銀が想定している中央銀行デジタル通貨もこ
  の方式かと思われる。
   カンボジアでは15歳以上の国民のうち8割近くが銀行口
  座を持っていないが、スマートフォンの普及率は高いことで
  スマートフォンを使った通貨システムの普及が進む可能性を
  意識したものかと思われる。
   中央銀行デジタル通貨システムについては、安全性ととも
  に、いつでもどこでも使える汎用性を有しているのかが大き
  なポイントとなる、さらにマネーローンダリングなど犯罪に
  使われないことも前提となろう。 https://bit.ly/2OPgz51
  ───────────────────────────
カンボジア.jpg
カンボジア
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月16日

●「バコン導入のための準備の周到さ」(第5448号)

 ソラミツの社長、宮沢和正氏は、カンボジアにおけるデジタル
通貨導入を前提とするカンボジア国立銀行の準備の的確さと日本
における遅れについて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 カンボジア国立銀行は、将来の金融システムを見据えて、20
15年ごろから国内約120行の銀行XМLベースの銀行API
(ISО−20022)の導入を義務化し、2017年には、参
照系・更新系を含む銀行APIの導入が完了した。さらに、最新
技術のISО−20022を活用したセンター・ハブ機能を中央
銀行内に設置し、このハブ機能と全銀行をつなぐ金融ネットワー
クを構築し、FASTネットワークと呼んでいた。
 日本の場合、銀行APIの導入の大枠方針が決まっているもの
の、すべての銀行に導入されておらず、銀行口座の入出金を行う
更新系のAPIが未整備である。さらに、センター・ハブ機能が
ないため、フィンテック事業者は、個別に各銀行と契約を結び、
個別に接続するための、多額な開発投資が必要となる。各銀行と
の接続仕様がそれぞれ微妙に異なるため、開発コストがさらに増
える。     ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジ
  タル通貨「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 ソラミツの社長、宮沢和正氏は、楽天エディー執行役員を務め
た人物です。数ある電子マネーのなかで、楽天エディーは、唯一
転々流通できる一歩進んだ電子マネーといわれています。
 しかし、銀行のAPIの整備が遅れている日本では、エディー
への銀行口座チャージを実現するには、各銀行と個別に折衝して
契約を締結しなければならず、一行接続するたびに数千万円の投
資が必要であったのです。その点、カンボジアでは、FASTと
いうセンター・ハブ機能を使えば、銀行一行ごとに交渉して契約
する必要はないのです。その点、カンボジアの方が日本よりはる
かに進んでいます。
 カンボジアの「バコン」がスタートする前には、「ウイング・
ペイ」とという決済サービスがカンボジア全土で普及していたこ
とは、3月9日のEJでご紹介した通りです。この件について、
宮沢和正氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 カンボジアにおけるモバイル送金事業者大手のウイング社は、
2009年にサービスを開始し、現在では、カンボジア全土に約
8000の両替所のような小規模店舗を展開している。
 これらの店舗で現金を預けて暗証番号を送信し、相手は最寄り
の店舗で現金を受け取ることが可能である。また、「ウイング・
ペイ」という決済サービスを開始し、約3万店の店舗などで支払
いが可能である。しかし、現金化する際に手数料がかかり、出金
金額に応じて0・28米ドルから1・5米ドルと比較的高い点が
難点とされている。また、万が一、ウイングが経営破綻した場合
預けている現金は保証されないのも欠点である。
 カンボジア国立銀行は、2017年4月のソラミツとの共同開
発調印の頃から、ウイングとは決して敵対しない、うまく連携し
て取り込んでいく」と明言していた。その理由は、農村部には、
銀行の支店がないが、ウイングは農村部も含めてカンボジア全土
に店舗網を展開しているからだ。ウイングと連携してこれら店舗
網を活用し、「バコン」を受け取った農村部の人々が現金に交換
するときにウイングの店舗を活用することを最初から考えていた
ためである。          ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 つまり、カンボジア政府は、ウイングの店舗を銀行と同じよう
にバコンの交換所として扱ったのです。ウイングを「バコン」の
仲介業者として認定し、既に出来上がっているウイングのネット
ワークを上手に活用し、さらなる店舗拡充を続けさせたのです。
その結果、ウイングの店舗は3万店にまで拡大しています。
 その一方で、新たなQRコード決済を開始しようとする業者の
認可については禁止しています。カンボジア国立銀行は、これに
ついて次の声明を出しています。
─────────────────────────────
 今後、広域で使用可能な新たな決済手段を開始することは禁止
する。学校内や病院内などの限られた地域で使えるプリペイド決
済手段は問題ない。         ──カンボジア国立銀行
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 宮沢和正氏の本によると、当初はカンボジア最大の銀行である
アクレダ銀行が反対の姿勢であったようです。アクレダ銀行は、
独自のインターネット・バンキング・アプリを先行的に開発し、
多くのユーザーをもっていたからです。つまり、同じようなこと
をアクレダ銀行も考えていたのです。そこに「バコン」の導入で
す。どこの銀行もバコンが使えるようになるので、先行者利益が
なくなってしまう。そのための反対姿勢です。
 しかし、現在では、アクレダ銀行も前向きにバコンを活用する
ようになり、バコンのユーザーへの発行金額も14行の約50%
を占め、他行を引き離しているようです。
 ここで問題になるのは、銀行間の競争領域をどうするかという
問題です。アクレダ銀行は、自行のインターネット・バンキング
や各種金融商品の販売、情報提供などの独自機能をバコンの標準
アプリに付加してカスタマイズしたいという要望を持っているの
です。つまり、各銀行は、独自機能を付加して差別化を図りたい
というわけです。そのためには、バコンシステムの中枢部で機能
するブロックチェーンを担うソラミツの協力が必要になります。
そこで、そういう仕事を担う現地企業とソラミツの合弁会社の設
立を望む声が多く上がってきたのです。これはソラミツ社として
も十分メリットがあり、願ってもないことであったのです。そし
て誕生したのが、合弁会社ソラミツ・クメールです。
              ──[デジタル社会論/049]

≪画像および関連情報≫
 ●駆け足で成長するカンボジア
  ───────────────────────────
   豊かなものがどんどん入って、情報が飛び交うカンボジア
  は日々成長しています。エネルギッシュな熱気が街に溢れて
  いる、そんなカンボジアの今をイラストレーターの平尾香さ
  んがレポート!
   カンボジアってどんな国?私のイメージは、アンコールワ
  ット、地雷、ボランティア。ぐらいでした。それって、ひと
  昔の日本のイメージは?っていう質問に、スシ、フジヤマ、
  ゲイシャと答えられた時に、日本人なら、うーんという顔に
  なっちゃうのと同じ感覚じゃないかなぁと。
   この旅で、私のカンボジアのイメージはかなり広がりまし
  た。20代にバックパックを背負って旅したアジアの国々、
  お隣のタイとベトナムには訪れたことはあったけど、カンボ
  ジアを訪れるのは初めて。雰囲気は近いかな?湿気を含んだ
  ムンムンした熱気の中、屋台があって、カメラを不思議そう
  にみる子供達、トゥクトゥクタクシー、高床式の家、物売り
  タイダイ柄のTシャツ着たヒッピー欧米人。同じような光景
  は、今のカンボジアにもありましたが、時代は進んでおりま
  した。到着した空港からプノンペン市内中心部へ向かうタク
  シーの窓から街の景色が流れて行きます。スコールの雨の中
  車もバイクもトゥクトゥクも、すごい交通量。プノンペンの
  街は、高層マンションや商業ビルが、次々と建設されていま
  す。全部がゴールドなんていう派手なビルは中国資本なんだ
  そう。日本資本のイオンモールは、カンボジアではちょっと
  おしゃれな買い物スポットであり、デートスポット。
                  https://bit.ly/3vs4Hqb
  ───────────────────────────
プノンペン市内のアクレダ銀行.jpg
プノンペン市内のアクレダ銀行
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月17日

●「オンライン本人認証は重要である」(第5450号)

 昨日のEJで触れた合弁会社「ソラミツ・クメール」社につき
ソラミツ社長の宮沢和正氏は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 中銀デジタル通貨以外の独自機能は競争領域てである。だから
各金融機関が自由に機能を追加することは理にかなっている。こ
の場合、利用者からみた「バコン」の使い勝手には大きな変更が
出ないように配慮しながら「バコン」の標準APIに独自機能を
追加する開発が必要となる。
 これらの開発を、各銀行から一手に引き受ければ、ソラミツに
とっては大きなビジネスチャンスになる。カンボジア国立銀行は
国内にブロックチェーンのエンジニアを増やしていき「バコン」
システムの保守や拡張を国内のエンジニアに任せられるようにし
たい。タイやマレーシアとのクロスボーダー送金や決済において
も、自前のエンジニアで進めていけるようにしたいという目標が
あった。決済・送金だけではなく、証券・保険・不動産のトーク
ン化や小口化を進めて「バコン」で決済できるようにしたい。本
人確認も法律を整備してオンラインで完結するeKYCを導入し
たいといった計画も持ち上がっていた。
 こうした目的を実現するため、カンボジア国立銀行とソラミツ
の利害が一致し、現地企業とソラミツ創業者の武宮が出資して、
合弁会社「ソラミツ・クメール」が誕生した。主に先述の開発を
担っていくエンジニア集団である。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 この文中の「eKYC」は、 electronic Know Your Customer
を意味しており、本人確認をオンラインでできるようにするとい
うものです。なぜ、「eKYC」が必要かというと、カンボジア
国立銀行から次のような要望を受けたといいます。カンボジアで
は、多くの家庭の主婦が家計を助けるため、マレーシアにメイド
として働きに出ていますが、次の2つの問題点があるのです。
─────────────────────────────
     @カンボジアへの送金手数料が非常に高い
     A家に送ると、父親が浪費してしまうこと
─────────────────────────────
 上記2つのうち、@については、バコンを使えば、カンボジア
とマレーシアとのクロスボーダー送金手数料を安くできます。
 Aについては、バコンを家に送らず、送金を必要とするカンボ
ジアの学校や病院などに直接送れるようにしたいのです。そうす
れば、お金が別の目的に使われることを防げます。しかし、それ
には、オンラインによる本人確認とそのための法律改正が必要に
なってきます。そもそも「本人確認」は、「当人認証」と、「身
元確認」の2つに分かれるのです。このうち、「当人認証」には
次の3つがあります。
─────────────────────────────
   1. 知識認証 ・・・ パスワードや秘密を聞く
   2,所有物認証 ・・・ カードなど所有物を認証
   3. 生体認証 ・・・ 身体的な特徴を認証する
─────────────────────────────
 1の「知識認証」というのは、パスワードやあらかじめ登録し
てある「秘密」を聞いて認証する方法です。2の「所有物認証」
は、カードなどの本人の所有物で認証します。3の「生体認証」
は、身体的特徴や行動的特徴を認証するものです。
 しかし、これらは、いずれも当人性を確認するだけであり、仮
に全部の認証を行ったとしても、その人の年齢などデモグラフィ
ックな属性はわからないのです。これに対して、「身元確認」は
性別、年齢、居住地域といった属性を認証します。法治国家で使
われる本人確認の方法は、全て「身元確認」です。
 「2要素認証」というものもあります。これは、「知識認証」
と「所有物認証」など当人認証の手法を2つ使うということを意
味していますが、身元確認は含まれていません。これは、例えば
サイトにパスワードを入力してログインした後に携帯電話にショ
ートメッセージで認証番号を送るケースがありますが、これは携
帯電話の所有とパスワードの知識を認証しているので、「2要素
認証」になります。
 しかし、これからのデジタル社会では、オンラインでの本人確
認が不可欠になります。これについて、宮沢和正氏は、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 日本においてもオンラインで完結する本人確認が法律改正によ
り認められるようになった。いままではオンラインで個人情報を
入力し、免許証のコピーなどの本人確認書類を添付しても本人確
認は完結せず、最終的には葉書などを郵送し、確実に本人が登録
住所に住んでいることを確認する必要が法律に明記されていた。
そのため、オンラインだけでは本人確認が完結せず、葉書などの
郵送の手間とコストがかかっていた。しかし、シンガポールなど
ではオンラインで完結する本人認証が確立しており、eKYCと
呼ばれている。
 日本もソラミツなどが金融庁に働きかけた結果、自分の動画を
送るか、免許証などの写真付きの本人確認書類が画像のコピーで
はなく厚みがあるオリジナルであることなどをオンラインで提示
できれば、葉書などの郵送が不要になった。その結果、大きなコ
スト削減につながっている。ソラミツは、カンボジア国立銀行に
対して、同様の法律改正とeKYCシステムの導入を働きかけて
いる。eKYCが実現すれば、近くに銀行の支店がない農村部の
人々にとってもオンラインで口座開設ができるようになり、カン
ボジアにとって銀行口座開設率の向上と金融包摂が進む重要な施
策になる。           ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/050]

≪画像および関連情報≫
 ●eKYCとは何か?本人確認や銀行口座連携の手法、関連
  サービスを解説
  ───────────────────────────
   デジタルによる本人確認の仕組みである「eKYC」が注
  目が注目されている。本人確認の手法としては、アナログの
  KYCが一般的であるし、それを電子化させたeKYCの概
  念自体も古くからある。それが、新型コロナウイルス感染症
  の感染拡大防止対策としてリモートワークへの移行と、通信
  キャリアの銀行口座連携サービスにおける大規模な不正利用
  事件が発生したことで、オンラインでの本人確認が話題に上
  ることになった。本記事では TRUSTDOCKとLiquidなど、
  eKYCサービスを提供する企業取材を基に、eKYCの概
  要や市場規模、関連ビジネス、活用事例などを紹介。普及を
  妨げる課題や今後の展望などを考察する。
   eKYCとは、広義では「オンラインなどの非対面で本人
  確認を行う」ことであり、狭義では、「『犯罪収益移転防止
  法』などの法規制で定義されている具体的な手法」と捉えら
  れる場合もある。
   そもそも、eKYCは、複数の単語から成り立っている。
  KYCは 「Know Your Customer (顧客を知る)」の略で、

  顧客確認や本人確認を意味する。e は「electronic」の略で
  あり、2つをくっつけてeKYC(電子的な本人確認)とい
  うわけだ。eKYCを理解するには、まず、アナログの「e
  KYC(本人確認)」について知る必要がある。
                  https://bit.ly/30MZtHt
  ───────────────────────────
「eKYC」とは何か.jpg
「eKYC」とは何か
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月18日

●「デジタル円実現の可能性はあるか」(第5451号)

 カンボジアの「バコン」は2020年10月にスタートしたば
かりであり、スタート以来のバコンの利用状況の情報はまだ入っ
ておりません。
 しかし、2019年7月18日から約半年後2020年1月末
までのバコンのテスト運用のデータはあります。取引件数ベース
でリエルの利用は63%、ドルの利用は37%、取引金額ベース
でリエルの利用が56%、ドルの利用が44%になっています。
 このように、バコンのパイロット運用後、リエルの利用が増加
しているのです。これについて、ソラミツの社長の宮沢和正氏は
その理由について次のように述べています。
─────────────────────────────
 カンボジア全体のリエルの流通比率が22%、ドルが78%、
(世界銀行2017年)だったのに対して、「バコン」ではリエ
ル利用が約66%と大幅に増加した。なぜリエルが増えたのだろ
うか。現段階では入手できる情報が不足しており、定かではない
が、いくつかの理由が考えられる。
 まず、デジタル通貨になったことにより、リエル紙幣のように
嵩張ることがなくなった。1米ドルが約4000リエルであり、
リエル紙幣は財布の中で非常に嵩張る。それが解消されたため、
国民がリエルを保持・利用することに抵抗がなくなった可能性が
高い。また、農村部に住み、近くに銀行の支店がない国民もオン
ラインで「バコン」の口座開設ができ、都市部で働く人からの仕
送りを簡単に受けることができる点もリエル利用が拡大した要因
と思われる。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 バコン導入前のカンボジアでは、国全体で米ドルが約70%を
占めていたのです。カンボジア国内の両替比率では「1米ドル=
4000〜4100リエル」です。これでは、リエルを持ち歩く
場合、財布がパンパンになってしまうのです。しかし、バコンの
場合、デジタル通貨なので、財布がパンパンになる心配はないわ
けで、自国通貨リエルの復権につながるというわけです。
 カンボジアのデジタル通貨「バコン」に日本のブロックチェー
ン技術が使われている──このことに日本は、どれほどの関心を
もっているのでしょうか。
 当然、情報は伝わっているはずですが、あまり大きなニュース
になっていないようです。むしろ、フェイスブックのリブラ(デ
ィエム)の方が大きく扱われています。この点について、宮沢氏
の本には、次の記述があります。
─────────────────────────────
 19年9月の「FIN/SUМ2019」で、私は「ハイパー
レジャーいろは」と「バコン」のプレゼンテーションをした。光
栄なことに、ソラミツは「UKアワード」を受賞した。このとき
傍聴していた山本幸三・自民党金融調査会長(衆議院議員)が、
「バコン」プロジェクトに関心を持った。同年11金融調査会デ
ジタル通貨推進プロジェクトチームの第一回が開催され、自民党
国会議員、財務省、金融庁、日本銀行のメンバー40人ほどが参
加した。私は「中央銀行デジタル通貨について」と題して「バコ
ン」の概要を説明した。
 この会合がきっかけとなつて、事態は大きく動く。2020年
1月には山本議員をはじめ自民党のメンバー数名とソラミツの武
宮がカンボジア国立銀行を訪問した。一行は同銀行幹部と会って
「バコン」誕生の経緯やサービス内容の詳細について説明を受け
た。2月にはデジタル通貨推進PT第2回が開催され、「カンボ
ジア中央銀行デジタル通貨の発行実態と日本における提言」と題
して、山本議員がカンボジア出張について報告した。この場で武
宮が「バコン」の発行実態の数値情報、詳細な技術的背景、日本
で実現させる場合の課題や解決案などについて提案をしている。
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 当然のことですが、これは、日本のデジタル化に関係する重要
な案件であり、研究が進められていて当然です。山本幸三衆院議
員がといえば、元大蔵官僚で、自民党金融調査会長であり、金融
のプロフェッショナルです。
 ところで、問題は、ソラミツのブロックチェーン「ハイパー・
レッジャーいろは」で果たして日本の人口をすべてカバーできる
かどうかです。カンボジアの人口は約1600万人に対して日本
の人口はその10倍近くあります。
 ビットコインは、決済時の処理は非常に遅く、ブロックチェー
ンへの書き込みに10分を要し、1秒間に7件程度の処理能力し
かないのです。これに対し、「ハイパー・レッジャ−いろは」は
書き込みは1、2秒。1秒間に数千件の処理能力があるといわれ
ています。しかし、この速度は、通常のデーターベース・サーバ
ーよりはきわめて遅いのです。
 「ハイパー・レッジャ−いろは」は、ブロックチェーンの種類
としては、「コンソーシアムチェーン」に属しています。ブロッ
クチェーンには、次の3つの種類があります。
─────────────────────────────
        1.  パブリックチェーン
        2. プライベートチェーン
        3.コンソーシアムチェーン
─────────────────────────────
 1の「パブリックチェーン」は、管理者がおらず、不特定多数
が参加できるチェーンで、ビットコインはこのタイプです。2の
「プライベートチェーン」は、管理者のいるブロックチェーンで
金融機関が主として採用しています。3の「コンソーシアムチェ
ーン」は、特定の管理者が複数存在するブロックチェーンであり
バコンシステムは、このタイプに属しています。
              ──[デジタル社会論/051]

≪画像および関連情報≫
 ●カンボジアの国立銀行デジタル通貨を共同開発
  日本発のブロックチェーン企業ソラミツとは?
  ───────────────────────────
  ◎武宮様ご自身の経歴とソラミツ設立の経緯を教えて下さい
   武宮氏(以下、武宮):もともとは米国の大学でコンピュ
  ーターサイエンスを学んでいた時に来日して、日本電気(N
  EC)で修論の研究を行いました。卒業後は日本で国際電気
  通信基礎技術研究所(ATR)の研究技術員として働いてい
  ます。その後、2013年1月に初めてビットコインを利用
  しました。電子メールと同様の感覚でお金を送れることに大
  変驚き、感動したことを覚えています。その時から私は、社
  会の効率を向上する為にお金をデジタルデータに置き換える
  技術を考え続けてきました。そして、ビットコインではあり
  ませんが他の仮想通貨のコミュニティーに参加しはじめたの
  です。そのなかで、NEМの合意形成システムとして、プル
  ーフ・オブ・インポータンスを提案して、NEМの開発に参
  加したりしました。そういった過程を経て、共同創業者であ
  る松田、岡田と出会い、2016年2月にソラミツ設立にい
  たったのです。
  ──ソラミツのミッションはどのようなものですか?
  武宮:ソラミツ株式会社は、ブロックチェーン技術を用いた
  システムを開発することで産業にイノベーションを起こし、
  社会の効率を向上することを目的として設立しました。特に
  金融業界はデジタル技術の可能性を十分に活かしきれておら
  ず、社会ではデジタルマネーはまだ経済活動の基本となって
  いません。           https://bit.ly/3tybVHD
  ───────────────────────────
ハイパー・レッジャーいろは.jpg
ハイパー・レッジャーいろは
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月19日

●「コンソーシアムチェーンとは何か」(第5452号)

 昨日のEJの最後で触れたブロックチェーンの種類を再現し、
もう少し説明を加えます。
─────────────────────────────
        1.  パブリックチェーン
        2. プライベートチェーン
        3.コンソーシアムチェーン
─────────────────────────────
 ビットコインのブロックチェーン「パブリックチェーン」は、
完全な非中央集権的で、ノード参加者に制限がなく厳格な合意形
成承認が求められるパブリックチェーンです。合意形成には、P
ОW(プルーフ・オブ・ワーク)と呼ばれるマイニングという時
間のかかる計算が必要になります。
 しかし、金融機関のようなスケーラビリティやファイナリティ
プライバシー保護といった側面を重視する団体にはパーミッショ
ンド型のブロックチェーンが向いています。これには、2の「プ
ライベートチェーン」と、3の「コンソーシアムチェーン」があ
ります。そのなかでも、コンソーシアムチェーンは合意形成にお
いて、複数の団体を必要とさせることで、ある程度の合意形成の
妥当性を確保することができます。従って、パブリックチェーン
とプライベートチェーンの中央に位置するブロックチェーンであ
るといえます。
 コンソーシアムチェーンに属するソラミツ社の「ハイパーレッ
ジャーいろは」は、シンプルな設計で、開発者に理解しやすく、
開発しやすい構造になっています。通貨やポイントなどのデジタ
ルアセットを簡単に発行・送受信できるライブラリを用意してい
ます。このブロックチェーンに実装されている合意形成アルゴリ
ズムは、ソラミツ社が独自に開発した「スメラギ」と呼ばれるア
ルゴリズムです。コンソーシアム型のブロックチェーン設計とす
ることで、スメラギは2秒以内のファイナリティ(決済完了性)
を目指しています。高速のファイナリティを実現することにより
金融機関の決済や対面型決済などのシステムの実現も可能になり
ます。またスループット(単位時間あたりの処理能力)について
も、1秒間に数千件以上の処理スビートがあります。
 仮に日本のデジタル通貨の実現にソラミツのブロックチェーン
「ハイパーレッジャーいろは」を使う場合、そこに「スケーラ・
ビリティ」が必要になってきます。スケーラ・ビリティとは、拡
張性のことで、CPUなどの基本的なハードウェアの処理能力を
上げることに加えて、合意形成のアルゴリズムやメモリーの使い
方を改善することによって、それを実現できるといわれます。
 現在の「ハイパーレッジャーいろは」の処理能力は、1秒間に
数千件のレベルですが、これを少なくとも1秒間に数万件にレベ
ルアップする必要があります。専門的な話になりますが、スケー
ラ・ビリティの代表的手法としては、次の3つがあります。
─────────────────────────────
      1. オフチェーン・スケーリング
      2.サイドチェーン・スケーリング
      3.       シャーディング
─────────────────────────────
 1の「オフチェーン・スケーリング」は、ブロックチェーンの
外に一部取引を移管する手法のことであり、2の「サイドチェー
ン・スケーリング」は、既存のブロックチェーンから新たに構築
したブロックチェーンに資産を移管し、取引を処理する手法のこ
とです。3の「シャーデング」は、検証対象取引と検証参加者を
複数のグループに分割し、検証作業を分担する手法のことです。
 スケーラ・ビリティに関してソラミツ社は、上記3の「シャー
ディング」に注目しており、社長の宮沢和正氏は、次のように述
べています。
─────────────────────────────
 ソラミツでは「シャーディング」に注目している。例えば、日
本全国をカバーするブロックチェーン‥ネットワークを構築する
場合、都道府県ごとのグループに分割してブロックチェーンを構
築して検証作業を分担しそれぞれのブロックチェーンで、500
万人から1000万人の送金・決済処理を実行する。
 また、47都道府県のブロックチェーンを連結し、クロス・チ
ェーン・トランザクション(異なるチェーン間をまたがる送金・
支払い処理)を実行する。さらに都道府県間のクリアリング処理
を行う二層目のブロックチェーンを構築する。このような二層構
造のブロックチェーン・ネットワークを構築することにより、理
論的には数億人から数十億人の処理を行うことが可能と考えられ
ソラミツではその検証作業を準備中である。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 こうしたソラミツ社の活躍により、日本におけるデジタル通貨
の導入は、どうなるのでしょうか。
 実は、法定通貨の電子化を世界で初めて進めたのは、シンガポ
ールなのです。2000年12月に、当時、シンガポールの通貨
発行主体であった「シンガポール通貨理事会」(BCCS)が、
「2008年までに電子法貨にする」という、当時としては、驚
くべき計画を発表しています。
 その目的は、現金のハンドリングコストを下げ、社会全体の決
済の効率化を高め、シンガポールのキャッシュレス化を進めるこ
とにあります。シンガポールでは、これを「電子法貨構想/SE
LT」と呼んでいたのです。
 しかし、このSELTは実現することなく終了しています。お
そらく導入コストの大きさが関係したものと思われます。しかし
1990年頃から日銀では「電子現金プロジェクト」という秘密
のプロジェクトが進行していたのです。はっきりと、中央銀行が
電子マネーを発行する計画であり、当時としては驚くべき計画で
あったといえます。     ──[デジタル社会論/052]

≪画像および関連情報≫
 ●日本銀行、いよいよ動き出した「デジタル通貨」計画の
  ヤバすぎる中身/ジャーナリスト・砂川洋介氏
  ───────────────────────────
   2020年夏、新型コロナで世界の経済情勢はここ数十年
  で経験したことがない状況下におかれている。そんな中、各
  国中央銀行による中銀デジタル通貨(CBDC)に関するニ
  ュースが相次いで伝わっている。
   年始には、日本銀行(日銀)が、他の主要中央銀行や国際
  決済銀行などとともに中銀デジタル通貨(CBDC)の活用
  可能性を評価するための研究グループを設立した。また、2
  月には決済機構局に研究チームを発足させ、7月には「デジ
  タル通貨グループ」を新設している。
   さらに、7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改
  革の基本方針(骨太の方針)」に、「中央銀行デジタル通貨
  については、日本銀行において技術的な検証を狙いとした実
  証実験を行うなど、各国と連携しつつ検討を行う」という一
  文が加わった。
   今年に入っての日銀の動きに、政府が乗ったような状況と
  いえよう。7月2日に日銀がHP上で発表した第一弾のレポ
  ート「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術
  的課題」では、「誰がいつでも何処でも、安全確実に決済に
  利用できる」という現金の特性はCBDCが備えるための技
  術的な課題について整理している。
   本レポートでは「CBDCが「ユニバーサル・アクセス」
  と「強靭性」という2つの特性を備えることが、技術的に可
  能かどうか検討することが重要なテーマとなる」と指摘して
  いる。             https://bit.ly/3vACNsc
  ───────────────────────────
ブロックチェーンの種類.jpg
ブロックチェーンの種類
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月22日

●「日銀電子現金PTが研究したもの」(第5453号)

 中島真志氏の本によると、日本銀行(日銀)では、1990年
頃に「電子現金プロジェクト」という極秘プロジェクトがあり、
中島真志氏も若手の研究員として、このプロジェクトのメンバー
に参加していたそうです。
 そのプロジェクトで検討を進めていくプロセスにおいて、デジ
タル通貨の問題点が3つ浮かび上がってきたのです。いずれもす
べて検討したことですが、簡単に振り返ってみます。
─────────────────────────────
 1.現金の持つ「転々流通性」をどのように確保するかとい
  う問題である。
 2.現金の持っている「匿名性」をどこまで確保するかとい
  う問題である。
 3.基本的にデジタルデータは複製(コピー)が可能だとい
  う問題である。
                 ──中島真志著/新潮社刊
                  『アフタービットコイン
        /仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』
─────────────────────────────
 「1」は、デジタル通貨に現金の「転々流通性」をいかにして
持たせるかの問題です。
 このような現金の性質のことを「オープン・ループ型」といい
ますが、この場合は、中央銀行の手を離れたところでデジタル通
貨が次々と持ち主を変えて流通することになります。したがって
もし途中で偽造や二重使用が行われても、その発見は、きわめて
困難です。しかし、そうかといって、一つひとつの取引に中央銀
行が絡むのはさらに困難なことです。
 取引件数が膨大になりますし、それに安全性のためのチェック
を行うと、とんでもないコストが生じてしまうことになります。
そのため、転々流通性を断念することによって「スイカ」や「パ
スモ」などの電子マネーが生まれたのです。しかし、そのなかに
あって、楽天の「エディ」は「転々流通性」を持たせようとして
努力したわけです。ソラミツ社の社長である宮沢和正氏は、その
エディの執行役員を務めていたことがあり、それが、「ハイパー
・レッジャーいろは」の開発に生きていると思われます。
 「2」は、現金の持つ「匿名性」をどこまで確保する必要があ
るかという問題です。この問題に関して専門家からは、次の提言
が行われています。
─────────────────────────────
 普段は、匿名性を確保しておき、非常時にのみ、匿名性をなく
すようにする。つまり、偽造などの問題が起きたとき、どこでそ
れが発生したかを把握するため、匿名性をなくすというもの。
           ──中島真志著/新潮社刊の前掲書より
─────────────────────────────
 「3」は、「デジタルデータはコピーができる」ものであると
いうことです。もちろんそれができてしまうと、とんでもないこ
とになりますので、複雑に暗号技術を組み合わせて、コピーでき
ないようにガードするのです。
 しかし、その防御技術を破る不正技術が開発されると、無限に
偽札が作られてしまうことになります。まして、現代は「量子技
術の時代」であり、もし量子コンピュータが進化すると、現代の
ほとんどの暗号技術は解読されてしまうといわれています。現在
世界において、その「量子技術」の分野で、トップを走っている
のは中国なのです。
 デジタル通貨のこれら3つの問題点について、中島真志氏は、
自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 この点から考えると、ブロックチェーンというのは、やはり画
期的な発明であると思わずにはいられません。デジタルデータを
扱いながら、取引をブロックごとに確定させ、前のブロックの要
素を次のブロックに盛り込むことによって、偽造や二重使用を防
ぐことを可能にしており、コピー問題を解決しています。当時、
こうした技術があれば、電子現金プロジェクトは、もっと進展し
ていただろうと思いますし、現在、各国の中央銀行がデジタル通
貨の発行に向けて一斉に動き出しているのは、その画期的なイノ
ベーションの価値に気が付いたからかもしれません。
           ──中島真志著/新潮社刊の前掲書より
─────────────────────────────
 このように考えると、ブロックチェーンがいかに素晴らしい技
術であるかがわかります。さて、日本銀行では、2016年にブ
ロックチェーンを使った基礎実験を行っています。このとき、ブ
ロックチェーンとしては、リナックスの「ハイパーレッジャー・
ファブリック」を使っています。ここで思い出していただきたい
のは、3月9日のEJ第5443号でご紹介した3つのブロック
チェーンのプラットフォームです。ハイパーレッジャー・プロジ
ェクトは、リナックスと同様にオープンソースであり、ソースコ
ードが公開されています。これは、コンペティションの結果、2
016年10月に次の3社が選ばれているのです。
─────────────────────────────
   @Hyperledger IROHA
    主導開発元:ソラミツ株式会社
   AHyperledger fabric
    主導開発元:米IBM
   BHyperledger Sawtooth Lake
    主導開発元:米インテル・コーポレーション
─────────────────────────────
 日銀の実証実験は2016年であり、@のソラミツの「ハイパ
ーレッジャーいろは」の存在も知っていたはずですが、日銀は、
Aの米IBMの「Hyperledger fabric」を使って実証実験を行っ
ています。日銀は、なぜ、ソラミツ社のブロックチェーンを選ば
なかったのでしょうか。   ──[デジタル社会論/053]

≪画像および関連情報≫
 ●【独占】ハイパーレッジャー統括:ブロックチェーンから
  GAFAは生まれない
  ───────────────────────────
   IBMやインテルなどの名だたる企業が参加して開発を進
  めるオープンソースのブロックチェーンプロジェクト、ハイ
  パーレッジャー。個々のプロジェクトは、およそ14を数え
  その技術を活用するために加盟する企業は、270社を超え
  る。そのハイパーレッジャー・プロジェクト全体を統括する
  非営利組織がある。リナックス・ファウンデーションと呼ば
  れる、インターネットの歴史と共に歩んできた財団だ。例え
  ばスマートフォンのアンドロイドOSは、グーグルがリナッ
  クスをベースに開発したものだ。同財団の推進する技術は、
  日常のシーンになくてはならないものになっている。
   ハイパーレッジャーは2019年7月30・31日の2日
  間、都内で年に一度のメンバー・サミットを行った。ハイパ
  ーレッジャーが日本で同イベントを開いたのは、今回が初め
  て。コインデスク・ジャパンは、ハイパーレッジャーを統括
  するエグゼクティブ・ディレクターのブライアン・ベーレン
  ドルフ(Brian Behlendorf)氏に話を聞いた。
  ──ハイパーレッジャーの目標は何ですか?
   各企業の協業のために必要なインフラになることだ。市場
  や業界には、非常に難しい協業の問題がある。例えばサプラ
  イチェーンにおける追跡可能性だ。原料や製品を追跡するた
  めに、誰かが管理する大きなデータベースを置いて「それを
  信じなさい」と言っても、多様な参加者がいる中で信じたい
  と思う企業はいない。分散化されたデータベースで、各社が
  プロセスごとに製品を追跡・相互検証していくことが求めら
  れる。             https://bit.ly/316vZ7v
  ───────────────────────────
中島真志氏.jpg
中島真志氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月23日

●「ソラミツ社はなぜ選定されたのか」(第5454号)

 今から考えると、2016年という年は、中央銀行によるデジ
タル通貨開発(CBDC)熱が一気に高まった年といえるかもし
れないのです。
 そもそもカンボジア国立銀行から、ソラミツ社に対して「スー
パーレッジャーいろは」のテストを行いたいというメールが届い
たのが、2016年12月13日のことです。
 2016年6月にソラミツ社は、リナックスが主催する「ハイ
パーレッジャー」というブロックチェーンの世界標準を目指すプ
ロジェクトに参加する決断をし、スイスのダボス会議で、ソラミ
ツ社のブロックチェーンの技術をプレゼンしています。
 宮沢和正氏は、このプロジェクトについて、次のように述べて
います。
─────────────────────────────
 このプロジェクトは、オープンなプロトコルと標準技術を開発
するためのさまざまな独立した取り組みをまとめたものだ。独自
のコンセンサス(合意形成)アルゴリズムとストレージ・モデル
を持つさまざまなブロックチェーン、アイデンティティのための
サービス、アクセス制御、およびスマートコントラクトなどの技
術が含まれている。
 アクセンチエア、エアバス、アメリカン・エクスプレス、バイ
ドウ(百度)、シスコ、ドイツ銀行、ダイムラー、JPモルガン
SAPなどの18社がプライムメンバーになり、世界の200社
以上の企業が集まって、ブロックチェーン技術の開発と標準化、
普及を図っている。日本からは、富士通、日立、NECがプライ
ムメンバーとして参加している。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 このとき、ソラミツ社は設立して半年しか経過しておらず、そ
ういうスタートアップ企業が、名だたる世界のテック企業の前で
プレゼンをしたのです。その審査結果は、2016年10月に発
表され、無名のソラミツ社は、最初のインキュベーションの3社
に選出されたのです。インキュベーションとは、「親鳥が卵を抱
く」「孵化させる」という意味を持つ英語「incubate」の名詞形
です。つまり、育成対象のフレームワークとして、IBM、イン
テルに次いで、ソラミツ社が選出されたのです。
 これは、大ニュースです。しかし、それを知る人はきわめて少
ない。当然ニュースが残っているはずだと思い、ネットをていね
いに探したのですが、発見できなかったのです。そこで、宮沢和
正氏の本から、その部分を引用します。
─────────────────────────────
 2016年10月、ニューヨークでハイパーレジャーの審査結
果の発表が行われた。200社を超える企業が集まり、ハイパー
レジャーの最初の「インキュベーション」(育成)対象フレーム
ワークとして3社が選出された。ハイパーレジャー参加企業の投
票による選考で、IBM、インテルという巨大企業と並んで、無
名のソラミツも世界標準候補として選ばれた。
 この時点では、プロトタイプしかでき上がっていない状況では
あったが、武宮や、当時ソラミツをサポートしていたエンジニア
の五十嵐太清が設計した日本発のブロックチェーン・アーキテク
チャーが世界に認められたのだ。
 ハイパーレジャー・プロジェクトはリナックスと同様、オープ
ンソースである。武宮たちが開発したプロトタイプは日本発の技
術であることを強調したネーミングである「IROHA」(いろ
は)と命名されていたが、この瞬間から「ハイパーレジャーいろ
は」に名称が変更された。オープンソースの性格上、その名称を
含むすべての知的財産権はハイパーレジャー・プロジェクトに無
償譲渡された。
 ソースコードもウェブ上にすべて開示した。世界中のエンジニ
アが無償で利用することができ、多くのエンジニアの英知を集め
ての改良が可能となった。たとえソラミツがなくなったとしても
良い技術であれば世界中の誰かが改良やサポートを続けてくれる
から、ソラミツが最初に開発した「ハイパーレジャーいろは」は
永久に生き続ける。       ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 ソラミツがこのインキュベーション3社の1つとして選ばれた
のが2016年10月ですが、カンボジア国立銀行からメールが
きたのが2016年12月13日です。当然ウェブ上に公開され
ているソースコードを分析して、ソラミツ社にオファーを出して
きたことは確かです。
 ところが日本銀行は、2016年にブロックチェーンの基礎実
験をしています。やはり、リナックスが主催する「ハイパーレッ
ジャー」プロジェクトの3社のブロックチェーンを選定している
のですが、日本のソラミツ社が選ばれているのに、IBMの「ハ
イパーレッジャー・ファブリック」を使って実験をしています。
日銀が、なぜソラミツ社の「ハイパーレッジャーいろは」を採用
しなかったのかは不明です。
 日銀の実験結果については、認証局は1つ、検証ノード(取引
先の金融機関)は4〜16というきわめて小規模な設定で行われ
ているのですが、それでもレイテンシ(決済指図が送られてから
取引処理が行われるまでの時間)の拡大が確認されたとしていま
す。これは、検証ノードが増えるにしたがって、遅れが拡大する
ことになるので、ネックになります。ちなみに日銀の取引先金融
機関は500以上あるので、この遅れは大きな問題です。
 その点、カンボジア国立銀行は「ハイパーレッジャーいろは」
の決済処理能力の高さを評価しています。日銀としては、たとえ
日本企業であっても、無名のソラミツのブロックチェーンを選ぶ
気持ちにはなれなかったのでしょう。要するに信用していないの
です。何しろ相手は天下のIBMですから。
              ──[デジタル社会論/054]

≪画像および関連情報≫
 ●日本発祥のブロックチェーン「いろは」が商用版に、地域通
  貨や企業通貨への採用進むか
  ───────────────────────────
   日本企業のソラミツが原型を開発したブロックチェーンの
  「ハイパーレジャー・いろは」が、このほど商用化バージョ
  ンの認定を受け、一般提供が始まった。企業を含めて無償で
  利用できる。スマートフォンとの相性がよく、決済や認証を
  必要とするシステムの構築に不可欠なコマンド群もあらかじ
  め定義。電子決済サービスの開発効率化にも大いに貢献しそ
  うな「いろは」の特徴と、それを主導するソラミツの事業を
  展望する。
   米国時間5月6日、ブロックチェーン基盤の「ハイパーレ
  ジャーいろは、以下「いろは」」は商用バージョン(V1・
  0)としての認定を取得し一般提供が始まった。「いろは」
  は、2016年2月創業の日本企業、ソラミツがその原型を
  開発して無償提供し、その後300名を超えるコミュニティ
  メンバーが参加して開発が進められてきた。オープンソース
  として無償での利用が可能で、開発者向けサイト GitHub を
  通じて誰でもダウンロードできる。
   「ブロックチェーン=仮想通貨(暗号資産)」との誤解は
  電子決済サービスに携わる業界関係者の中では少ないのでは
  ないかと思われるが、仮想通貨は「ブロックチェーンを利用
  したアプリケーション(サービス)の1つ」と位置付けられ
  る。それに対してブロックチェーンである「いろは」は、特
  定のアプリケーションを指す言葉ではなく、さまざまなアプ
  リケーションをその上に載せて動かすための、土台のソフト
  ウェアといえる。        https://bit.ly/38ZpVSU
  ───────────────────────────
ハイパーレッジャーいろは.jpg
ハイパーレッジャーいろは
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月24日

●「『デジタル円』は本当にできるか」(第5455号)

 日本銀行は、2016年からソラミツのブロックチェーン「ハ
イパーレッジャーいろは」の存在を知っていたのに、使わず、同
じハイパーレッジャーのIBMのファブリックを使い、レイテン
シ(通信の遅延時間)があると結論づけています。日銀は、あま
り「デジタル円」には積極的ではないようです。
 しかし、カンボジア国立銀行は2016年末にソラミツ社にメ
ールを送り、2017年4月にカンボジア国立銀行とソラミツ社
は共同開発契約を調印。2017年末にプロトタイプイプが完成
しています。
 2019年7月に「バコン」の本番システムのテスト運用を開
始し、世界中で、誰でもアプリをダウンロード可能になっていま
す。そして、新型コロナが原因で少し計画が遅れたものの、20
20年10月に本番をスタートさせています。世界初のCBDC
の快挙です。
 しかし、ソラミツの宮沢和正氏の本によると、2020年2月
に日銀主催の会合があったのですが、日銀の幹部からソラミツに
対して、次の発言があったそうです。
─────────────────────────────
 カンボジアは金融システムが未整備だから、ブロックチェーン
が開始できた。日本は、一足飛びに新技術に移行しないし、すべ
きではない。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 これに対し、宮沢和正氏は、「最初からやらないと決めつける
な」として、次のように猛反論しています。
─────────────────────────────
 そうではありません。カンボジアは先見の明と新しい技術に対
する理解、十分な調査と勇気があったから踏み出せたのです。日
本が古い技術にしがみ付いていると、デジタル人民元やリブラに
勝てず、世界から取り残されます。技術は日進月歩ですので、最
初からやらないと決めつけずに、小規模でブロックチェーンの実
証実験を行うべきであると思います。
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 直近の日銀の対応として、2021年3月16日、日本経済新
聞社と金融庁主催のフィンテック・カンファレンス「フィンサム
/2021」において、黒田日銀総裁は、日銀のCBDCについ
て、次のように述べています。
─────────────────────────────
 現時点でCBDCを発行する計画はないとの考え方に変わりは
ないが、この春からいよいよ実験を開始する予定です。
                     ──黒田日銀総裁
─────────────────────────────
 日銀の実証実験に関しては、次の3段階が予定されているとい
われます。黒田日銀総裁がいう「この春からの実験」とは、「概
念実証1」を指していると思われます。
─────────────────────────────
【概念実証フェーズ1】
  システム的な実験環境を構築し、決済手段としてのCBDC
 の中核をなす、発行、流通、還収の基本機能に関する検証
【概念実証フェーズ2】
  フェーズ1で構築した実験環境にCBDCの周辺機能を付加
 してその実現可能性などを検証
 【パイロット実験】
  概念実証を経て、さらに必要と判断されれば、民間事業者や
 消費者が実地に参加する形でのパイロット実験を行うこと
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 2016年はCBDC熱が高まった年といわれますが、それは
中国でもそういえるのです。習近平主席が「ブロックチェーン」
という言葉を使ったのは、2019年10月24日開催の政治局
学習会といわれていますが、遠藤誉氏によると、ブロックチェー
ンという言葉自体は、その前から使われているというのです。
 ブロックチェーンという言葉は、2016年3月16日の全人
代の最終日に、第13次五ヵ年計画(十三五計画と呼称)が決議
されていますが、そのなかに、ブロックチェーンという言葉が使
われているといいます。
─────────────────────────────
 モノのインターネット、クラウドコンピューティング、ビッグ
データ、人工知能(AI)ディープラーニング、ブロックチェー
ン、遺伝子工学などの新技術は、ネット空間を「人と人」から万
物のインターネット・パフォーマンス、デジタル化、スマート化
への駆動し、今や、それらが存在しない空間はないというところ
まで至っている。           ──遠藤誉・白井一成
        ・中国問題グローバル研究所(GRICI)編
 ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社刊
─────────────────────────────
 2016年以来、「ブロックチェーン産業パーク」というもの
が、中国各地に雨後の筍のように林立し始めています。それ以来
ブロックチェーンに関する政策は大幅に増え、2019年におけ
る全世界のブロックチェーン関連政策は大幅に増加し、その数は
600を超えています。そのうち、267項目は中国であり、全
世界の45%を占めています。(添付ファイル参照)
 ブロックチェーン発展レベルでのトップ5大都市は、北京、深
せん、杭州、上海、広州の順です。さらに、中央人民銀行をはじ
めとした4大国有商業銀行を含む36の銀行がブロックチェーン
を応用した政策を実施しているといわれます。この分野でも中国
の技術の進展はすさまじい勢いがあります。
              ──[デジタル社会論/055]

≪画像および関連情報≫
 ●キャッシュレス大国、中国が推し進めるデジタル人民元とは
  ───────────────────────────
   2019年は様々なプロジェクトが独自ネットワークをロ
  ーンチ、また大企業も続々とブロックチェーンのコンソーシ
  アムを組成(提携の発表)するなど、業界にとっても変化の
  大きな1年となりました。そんな中、15億人を超える巨大
  なユーザーベースを持つフェイスブックが6月に「リブラ」
  を発表したことは、大きな衝撃を与えましたが、その直後、
  中国から中央銀行発行の「デジタル人民元」発行に関しての
  報道が相次ぎ、その勢いはとどまることなく2020年に突
  入しました。
   中国のデジタル人民元(DCEP)は、中国の中央銀行に
  より発行が計画されている、人民元をデジタル化したものを
  指します。”Digital Currency Electronic Payment”
   デジタル人民元の発行が行われるのは、基本的に中央銀行
  から民間銀行に対してのみとなります。また、民間銀行が保
  有する人民元の紙幣の枚数以上の発行はできないため、極度
  なインフレやビットコインのような激しい価格変動は起こら
  ず、基本的には従来の人民元の紙幣同様に利用することがで
  きます。中国は国際ブランドである銀聯や、QRコード決済
  であるアリペイ、ウィーチャットペイなどすでにキャッシュ
  レスの形が浸透しており、キャッシュレス大国として知られ
  ています。デジタル人民元はそれらのように会社に依存する
  形の資金管理や決済とは違い、国が主導する形でのデジタル
  通貨発行ということになります。
                  https://bit.ly/3c9T53A
  ───────────────────────────
各国ブロックチェーン政策数/2019.jpg
各国ブロックチェーン政策数/2019
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月25日

●「『いろは』は具体的には何なのか」(第5456号)

 ここまで、宮沢和正氏の本に基づいて、ソラミツ社の「ハイパ
ーレッジャーいろは」について書いてきましたが、これは、いっ
たい何なのかということが今ひとつはっきりしません。そこで、
宮沢和正氏の本を参考にして、EJ風に解説を試みることにした
いと思います。
 ソラミツ社のウェブサイトを見ると、会社について次の説明が
あります。
─────────────────────────────
 ソラミツは、ブロックチェーン技術の開発と、これを活用した
新たなアプリケーションやサービスの提供を、目的とする会社で
す。私達はデジタル時代におけるユーザー主体の新たなアイデン
ティティ管理を、ブロックチェーン上で実現することを目指して
います。            https://soramitsu.co.jp/ja
─────────────────────────────
 「ハイパーレッジャー」は、オープンソースOSの「リナック
ス」の開発を推進してきたリナックス・ファウンデーションが始
めたものです。そもそもオープンソースとは何かというと、これ
についてウィキペディアに次の解説があります。
─────────────────────────────
 オープンソース (英: open source)とは、ソースコードを商用
非商用の目的を問わず、利用、修正、頒布することを許し、それ
を利用する個人や団体の努力や利益を遮ることがないソフトウェ
ア開発の手法。             ──ウィキペディア
                  https://bit.ly/31bCgyT
─────────────────────────────
 2016年10月に、ソラミツ社の「ハイパーレッジャーいろ
は」は、ハイパーレッジャー参加企業の投票による選考で、イン
キュベーション(育成)対象フレームワークとして、IBM、イ
ンテルという巨大企業と並んで選ばれています。ブロックチェー
ン・プラットフォームの世界標準候補としてです。これは、大変
なことです。
 2017年1月の時点で、ソラミツにはたった4人しか正規社
員はいなかったそうです。現社長の宮沢和正氏は5人目の正規社
員だったのです。しかし、2020年11月現在、事業の拡大に
応じて従業員が増加し、ソラミツグループは日本を含めて5法人
6ヶ国にオフィスがあり、70人規模に達しているそうです。
 「ハイパーレッジャーいろは」は、オープンソースであるので
ソラミツ社は、「いろは」によって、一切の収益を上げることは
できないことになります。それでは、ソラミツ社は、何によって
収益を上げるのかというと、次の3つを上げています。
─────────────────────────────
1.「いろは」を活用してアプリケーションを開発し、その販売
  を行うことと、システム・インテグレーションによる売上。
2.「いろは」をビジネスに活用するための開発・実行・管理ツ
  ール群、設計・開発支援などの技術コンサルティングなど。
3.「いろは」を活用したさまざまなサービスを提供する企業を
  他社と共同で立ち上げることでその収益をシェアすること。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 「ハイパーレッジャーいろは」のソースコードは公開されてい
るので、他の企業がそれを使って、上記の3つのことをやること
はできます。しかし、当然のことながら、ソラミツ社が一番「い
ろは」の全体のアーキテクチャーの細部にいたるまで熟知してい
るので、通常ではこれを上回ることは困難です。
 宮沢氏の本には、「ハイパーレッジャーいろは」について、次
の記述があります。
─────────────────────────────
 APIは「C++」のプログラミング言語を使用して記述され
ているので、自分でAPIを追加することは可能であるが、それ
には「ハイパーレジャーいろは」全体のアーキテクチャーを知る
必要があり、容易ではない。
 「ハイパーレジャーいろは」はあえてチューリング完全を選択
せず、信頼できるAPIのみを経由して動作させることで、バッ
クドア(管理者や利用者に気付かれないよう秘密裏に仕込まれた
遠隔操作のための接続窓口)やバグの混入を防いでいる。
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 きわめて専門的な内容ですが、「チューリング完全」とは何を
意味するのでしょうか。
 「チューリング完全」については、ウェブ上の「ブロックチェ
ーン用語集」に、次の説明があります。
─────────────────────────────
 計算理論で、ある計算のメカニズムがチューリング機械と同じ
計算能力がある場合、その言語をチューリング完全と呼ぶ。簡単
に言えば、あらゆる処理を実行できる計算能力を備えている性質
のこと。ビットコインはチューリング完全性を備えていないが、
イーサリアムでは、チューリング完全なプログラミング言語を実
装している。しかしイーサリアムは、チューリング完全性を備え
ることによって、何らかのバグが生じた時に、処理が永遠に終わ
らない「無限ループの問題」も持っている。
                  https://bit.ly/3lID9sp
─────────────────────────────
 「チューリング」というのは、英国の数学者、暗号研究者、計
算機科学者のアラン・チューリングのことです。ある計算モデル
がチューリングマシンと同等の計算能力を持つマシンということ
を意味しています。
 ここで「チューリングマシン」とは、万能なコンピュータのイ
メージを意味しています。これについては、明日のEJで述べる
ことにします。       ──[デジタル社会論/056]

≪画像および関連情報≫
 ●トヨタ、ブロックチェーンでGAFAに対抗 自動車・都市
  データを「民主化」
  ───────────────────────────
   トヨタ自動車が、ブロックチェーン技術の開発に本腰を入
  れる。2020年3月16日、同技術を活用した4種類の実
  証実験を進めていると発表した。クルマの利用履歴などをブ
  ロックチェーンに記録し、他社のデータと連携させて便利に
  する。いわゆる「データの民主化」(同社)を実現し、個人
  情報を大量に囲い込む米グーグルなど「GAFA」に対抗す
  る。トヨタは2019年4月、グループで構成するブロック
  チェーンの研究開発組織「ブロックチェーン・ラボ」を立ち
  上げた。同年内に行った実証実験で「有用性を確認した」と
  いう。2020年度内に実サービスに近い形での実験を開始
  することに加えて、自社サービスの一部をブロックチェーン
  上で実行する考えだ。加えて、提携先を多く募って新しいサ
  ービスを模索する。
   「分散型台帳」とも呼ばれるブロックチェーンには、特定
  の事業者にデータを集中させない仕組みに加えて、改ざんを
  防ぎやすい特長がある。トヨタは「インターネット誕生以来
  の革命」と位置付けており、自動車業界に多くの利点をもた
  らすとみなす。さらにトヨタは、ブロックチェーンはデータ
  を皆で共有して管理する「民主化」に役立つとみており、個
  人情報などを独占するGAFAへの対抗手段にもなると考え
  ている。「データは特定の企業が所有するものではなく、皆
  で管理していくものだ」(トヨタの担当者)と訴えた。
                  https://bit.ly/3rgIgkC
  ───────────────────────────
アラン・チューリング.jpg
アラン・チューリング/2019
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月26日

●「『いろは』のどこが優れているか」(第5457号)

 「チューリングマシン」とは、数学者のアラン・チューリング
が開発したとされる、あらゆる問題が解ける仮想的な万能マシン
のことですが、それと同等の計算能力を持つ計算モデルのことを
「チューリング完全」というのです。重要なことは、ここでいう
「計算モデル」とはプログラミング言語を指すということです。
 ソラミツの宮沢和正氏は、「ハイパーレッジャーいろは」につ
いて、「あえて『チューリング完全』を選択せず、信頼できるA
PIのみを経由して動作させる」といっていますが、これは何を
意味しているのでしょうか。
 つまり、宮沢氏は、「ハイパーレッジャーいろは」は、チュー
リング完全な言語ではなく、チューリング不完全な言語であると
いうのです。チューリング不完全な言語とは、ある特定の目的に
対して専門化されている言語のことです。
 表計算ソフト「エクセル」を例をとって考えてみます。エクセ
ルは、あらゆる計算に対応できる万能なプログラムです。さらに
VBAというアプリケーションの拡張機能を使うと、計算エンジ
ンと組み合わせて、ほとんどの計算が可能になり、自動化も実現
できるのです。つまり、エクセルは「チューリング完全」といえ
ます。VBAはプログラミング言語です。VBAは次の言葉の省
略です。
─────────────────────────────
      ◎VBA
       Visual Basic for Applications
─────────────────────────────
 自動化に関連して、ブロックチェーンの「スマートコントラク
ト」について知る必要があります。スマートコントラクトはビッ
トコインの次に時価総額が大きい暗号資産(仮想通貨)「イーサ
リアム」に実装されている機能です。
 スマートコントラクトとは、プログラムに基いて自動的に契約
を実行できる技術のことです。スマートコントラクトとは、あら
かじめ契約内容を設定しておき、その条件を満たすと自動で契約
が結ばれます。この技術はブロックチェーンと組み合わさること
で信頼性の高い1対1の取引を実現することが可能になります。
 スマートコントラクトは、このブロックチェーンとスマートコ
ントラクトという別々の技術が一つに掛け合わさることで、化学
反応が起きているというようなイメージです。これについては、
添付ファイルを参照してください。
 契約というものは、次の4つで構成されており、A〜Cを自動
的に実施することができます。
─────────────────────────────
         @契約定義
         Aイベント発生
         B価値の交換、契約執行
         C決済
─────────────────────────────
 スマートコントラクトの提唱者は、米国の経済学者にして暗号
研究者のニック・サボ氏です。サボ氏は、スマートコントラクト
を表すものとして、自動販売機を例として上げています。
 自動販売機は、「利用者がお金を入れる」「飲みたいジュース
のボタンを押す」、すると、自動販売機からジュースが出てくる
──この流れを「利用者と自動販売機が契約した結果」と考える
と、お金の投入とボタンを押す行為は契約行為であり、この行為
が行われたときのみに自動販売機はサービスを提供します。つま
り、スマートコントラクトは、ある行為に紐付いた結果にいたる
までの契約の自動化をするためのものです。
 「イーサリスク」というスマートコントラクトを活用した分散
型保険プラットフォームがあります。イーサリスクでは、保険金
の支払い可否の判定や、支払いの実行を自動で行うことができま
す。保険金の支払いプロセスを自動化しているので、人件費の削
減につながり、ユーザーは割安な手数料でサービスを利用するこ
とができます。しかし、システムづくりには、プログラミングを
する必要があります。
 このように、世界の多くのブロックチェーンには、それぞれ特
殊な言語で記述する必要があります。
─────────────────────────────
  イーサリアム           ・・ Solidity
  ハイパーレッジャー・ファブリック ・・ Go
  リブラ(ディエム)        ・・ Move
─────────────────────────────
 これに対して、「ハイパーレッジャーいろは」について、宮沢
和正氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 効率よくプログラミングするには、これらの言語に精通したエ
ンジニアと十分にテストされ、品質やセキュリティに関して問題
のない多種多様のライブラリーが必要になる。こうした特殊な技
能を持ったエンジニアの採用は困難で、給与水準も非常に高い。
 これに対して「ハイパーレッジャーいろは」は、パイソンやジ
ャバスクリプトなどの、ほとんどのソフトウェア・エンジニアが
知っているブログラミング言語で開発が可能である。
 つまり、ブロックチェーンのプログラミングは、特殊なスキル
を持った少数のエンジニアではなく、一般の多くのエンジニアが
開発・運用・メンテナンスできるようになる。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 ここまでの検討で、ソラミツ社のブロックチェーン「ハイパー
レッジャーいろは」の使い勝手は、他のブロックチェーンに比べ
て、相当使いやすく、さまざまなシステム要件に合わせて設計で
きることがわかってきています。
              ──[デジタル社会論/057]

≪画像および関連情報≫
 ●スマートコントラクト言語にチューリング完全性は本当に
  必要か?ーSolidityの課題と代替案
  ───────────────────────────
   誰しもに、お気に入りの靴や、好きな食べ物があるのと同
  じように、誰にでもお気に入りのプログラミング言語がある
  でしょう。私がこの記事を書いているのは、あなたの好きな
  言語を諦めて欲しいからではありません。(どうか、私を信
  じてください、私はそんなことを言おうとは夢にも思いませ
  ん)。その代わりに、私は、私たちが一緒に旅をして、その
  旅が、私たちに考える機会をもたらしてくれることを望みま
  す。本稿では、「チューリング完全性」について議論し、ス
  マートコントラクト開発におけるその有用性を評価するとと
  もに、代替案を検討し、結果として同じ結論に到達できる期
  待を持っています。
   チューリング完全性についてよくご存知でない方に向けて
  とても簡潔な説明をしたいと思います。過去に聞いたことが
  あるが、詳細を忘れてしまった方にとっては、記憶を呼び戻
  す手助けになると思います。
   アラン・チューリングは数学者で「チューリングマシン」
  と呼ばれる仮想マシンを発明しました。この仮想マシンは、
  無限量のメモリにアクセスし、メモリー内でいつ書き込み、
  読み取り、移動すべきかを、決定するプログラムを実行しま
  す。また、どのような条件下で終了し、次に何をすべきかに
  ついてもプログラムが指示します。これらの条件に合ったプ
  ログラムを記述できるプログラミング言語はチューリング完
  全言語と呼ばれています。    https://bit.ly/3w00AlJ
  ───────────────────────────
 ●図の出典/https://bit.ly/3chrw8D
スマートコントラクト.jpg
スマートコントラクト
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月29日

●「会津大学地域通貨『白虎』の開発」(第5458号)

 カンボジア国立銀行のデジタル通貨「バコン」の開発には、福
島県会津若松市が深くかかわっています。ところで、なぜ、会津
若松市なのでしょうか。
 会津若松市というと、私は、会社の仕事で、携帯端末「ライフ
プランナー」の指導に訪れたことがあります。雪の降る寒い日で
営業職員が大勢集まる市の公民館のような場所で、指導したこと
を今でも鮮明に覚えています。
 会津若松市には、会津大学という大学があります。江戸時代の
会津は教育熱心な藩として知られ、日新館という輝かしい伝統の
藩校があったのです。しかし、会津地域には、長く4年制大学が
なかったので、新たに県立の4年制大学を設置することにしたの
です。大学の設置に当たっては、国際化、高度情報化社会が進展
する中で、世界的視野を持ち、将来の情報科学を担い、発展させ
る人材の育成が最も重要であると考え、コンピュータ理工学に特
化した大学とし、1993年4月に開学しています。
 カンボジアのデジタル通貨「バコン」が正式に発足したのは、
2020年10月のことですが、ソラミツ社は2020年7月に
は「ハイパーレッジャーいろは」を使った地域通貨「Byacco/白
虎」を開発し、会津大学内で正式運用を開始しています。会津若
松市の有限会社スチューデント・ライフ・サポート(SLS)社
株式会社AiYUМUとソラミツ社が組んで開発したのです。
 つまり、「白虎」は、会津大学のために開発された日本初のデ
ジタル地域通貨ということになります。そういうこともあって、
現在のソラミツ社の会津支社(会津大学産学イノベーションセン
ター内に設置)には、会津大学卒の学生が多く入社しています。
 ICT専門の4年制大学は、日本にはあまりないはずです。こ
の大学がどのような大学かについて、宮沢和正氏は次のように紹
介しています。
─────────────────────────────
 入学すると、1年生からプログラミングを徹底的に教え込まれ
大量の課題が課せられ、徹夜で作業をする学生もいる。3年生か
らは英語だけの授業が本格的に始まり、卒業論文や修士論文は英
語で書かなければいけない。4年間で卒業できるのは75%程度
だという。
 このような厳しい環境で育った学生はIT業界で評価が高く、
ヤフーやNTT、ドコモなど大手に就職する学生もいて、ここ数
年の就職率は97〜98%である。また、大学ではIT技術だけ
でなく、起業に必要な教育も実施され、自らベンチャー企業を立
ち上げる学生も多い。2017年3月末時点の大学発のベンチャ
ー企業は18社あり、学生数あたりでは全国屈指の数だ。
 先の世界大学ランキングでは、「教育リソース」、「教育満足
度」、「教育成果」、「国際性」の4項目で評価されるが、会津
大は教育満足度が87・4点、国際性が75・8点と高く、全体
の評価を押し上げている。
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 なにしろ会津大学の学部は理工学部しかないのです。それで4
年制です。そして、世界各国からICTの専門家を集め、たまた
ま冷戦終結と重なったことから、とくにロシアからは一流の研究
者が集まり、現在はカナダやインドなど17ヶ国から42人の研
究者が在籍し、教員の40%は外国人です。そのため、学内では
英語を使う機会が多くなっています。
 上記のスチューデント・ライフ・サポート社は、会津大学の学
生の生活支援と、大学と地域が身近な存在になることを目的とし
て、会津若松商工会議所の活動のなかから生まれています。現在
は、会津大学内食堂、売店、ブックセンター、カフェ、留学生用
寮、会津大学短期大学食堂、売店などを運営しています。株式会
社AiYUМUというのは、会津若松市が進めるICT関連整備
事業の民間運営会社です。
 つまり、地域通貨「白虎」は、大学の学生や食堂などのあらゆ
る支払いに対応できる地域通貨なのです。その特徴は、次の3つ
があります。
─────────────────────────────
          @   トークン型
          A   転々流通型
          Bブロックチェーン
─────────────────────────────
 仮想通貨の世界におけるトークンは、仮想通貨との違いも明瞭
ではなく、人によって定義があいまいです。「トークン型」とい
うのは、商品との引換券や代用貨幣という意味があります。つま
り、トークンとは「何か別の価値を代替するもの」という意味に
なります。たとえば、カジノのチップは、トークンの一例ですし
ギフトカードのように商品を購入できるものもトークンです。
 「転々流通型」は、人から人へ、企業から企業へと譲渡が繰り
返されるものを意味します。スイカとかパスモとかワオンなどの
電子マネーは、転々流通できません。つまり、トークン型と転々
流通型の2つの条件が揃うと、データ自体が現金と同じ価値を持
ち、銀行口座と関係なく使うことができます。つまり、決済され
た金額をそのまま仕入れなどで使うことができるのです。
 「ブロックチェーン」によって、改ざんや二重取引は不可能で
あり、ブロックチェーン同士の接続は容易であるので、複数のデ
ジタル地域通貨をつなぐこともできます。
 「白虎」は、会津大学の食堂と売店、ブックセンターなどで運
用を開始し、段階的に大学外へ広げる計画であるといいます。そ
して、スマートシティー構想を進める会津若松市の官民が普及を
支援すれば、「白虎」が会津市内全域で使えるようになると思わ
れます。「白虎」はカンボジアの「バコン」の技術を活用し、そ
れを日本向けのデジタル地域通貨に最適化したものです。
              ──[デジタル社会論/058]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ会津大学は“日本初”の「デジタル地域通貨」を
  導入したのか
  ───────────────────────────
   会津大学は、2020年7月1日から、ソラミツ、スチュ
  ーデント・ライフ・サポート、AiYUМUと共同で「デジ
  タル地域通貨」の正式運用を開始する。売店やカフェテリア
  などで、法定通貨に連動するデジタル通貨を利用できるよう
  になる予定だ。会津大学が採用したのは、デジタル地域通貨
  「Byacco/白虎」である。
   「白虎」は、リナックスファウンデーションが主催するオ
  ープンソース開発コンソーシアムであるハイパーレッジャー
  から生まれたブロックチェーン基盤「いろは」を基に開発さ
  れた。非改ざん性を持つブロックチェーンを基盤にするため
  通常のキャッシュレス決済手段では困難な「転々流通(IC
  カード同士で一方ICカードに蓄積した額を他方に移転でき
  る仕組み)」を実現しているという。
   「白虎」は、日本初となるブロックチェーンを活用したデ
  ジタル通貨だ。その基盤にはソラミツとカンボジア国立銀行
  が共同開発した中銀デジタル通貨「バコン」の技術がある。
  バコンは2019年7月にパイロット運用を開始し、101
  4の銀行や決済事業者と接続して1万人以上のユーザーの送
  金や店舗での支払いなど本番環境のテスト運用をスタートし
  ている。このように実績がある基盤を用いたため、「白虎」
  は、“日本向けの最適化”が3カ月程度で完了するなど、開
  発コストの低減にも成功したという。
                  https://bit.ly/31rHbvC
  ───────────────────────────
会津大学.jpg
会津大学
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月30日

●「デジタル通貨は3つの種類がある」(第5459号)

 ここまでの検討によって、「デジタル通貨」には、その発行主
体によって、次の3種類があることがわかります。
─────────────────────────────
   @「中銀デジタル通貨」
    ・中央銀行が発行するリテール向けデジタル通貨
     カンボジア「バコン」などCBDC
   A「デジタル民間通貨」
    ・民間の金融機関や企業が発行するデジタル通貨
     「リブラ」など
   B「デジタル地域通貨」
    ・自治体や商工会議所等が発行するデジタル通貨
     「白虎/Byacco」など
    ──宮沢和正著『ソラミツ/世界初の中銀デジタル通貨
      「バコン」を実現したスタートアップ』/日経BP
─────────────────────────────
 「中銀デジタル通貨」に火をつけたのは、間違いなくフェイス
ブックの「リブラ」であると思います。これに一番強く反応した
のは中国です。もともと中国は、7年前のビットコイン騒動のさ
い、ビットコインに資金が流れ続けると、通貨や金融政策を当局
が操作できなくなるという強い危機感を抱いたのです。そこで、
人民元に取って代わる仮想通貨などの台頭を抑えるため、使い勝
手のよいデジタル通貨を自ら発行する計画を立てたのです。
 情報によると、そのリブラは、各国当局に反対され、「ディエ
ム」と名称を変更し、複数通貨のバスケットから、単一通貨に1
対1の価値を持つデジタル通貨に変更する方針であるということ
です。米ドルを裏付けとする「米ドル版リブラ」として、今年中
に登場するといわれています。
 興味があるのは「デジタル地域通貨」です。会津大学の「白虎
/Byacco」があります。これなら、どこの自治体でもやろうと思
えば、実現可能です。宮沢和正氏は、日本の現行法でも可能な次
のようなアイデアを提案しています。スマートコントラクトを使
うと、こんなこともできるのです。
─────────────────────────────
 デジタル通貨の特性として、ブロックチェーンのスマートコン
トラクトを活用し、発行主体が管理可能な範囲で、減価(インフ
レ)や増価(デフレ)などの施策を打つことで、消費促進や人の
動きを変えることが可能となる。
 増価や減価の事例としては、例えば1万円で1万1000円分
のデジタル地域通貨が購入可能で、それが1ヵ月以内に使用しな
いと1万円分の価値に戻ってしまうといった施策だ。これによっ
て消費を喚起することができる。1000円分のプレミアムの増
価、有効期限到来による1000円分の減価は、現行法でも対応
可能と考えられる。デジタル地域通貨はプレミアムをつけたり、
有効期限をつけたり、特定地域に限定したりなどの機能を持たせ
て、中銀デジタル通貨にできない地方創生や地域内での経済効果
をもたらしながら発展していくだろう。
                ──宮沢和正著の前掲書より
─────────────────────────────
 3月25日に閉幕した国際決済銀行(BIS)のイノベーショ
ンサミットにおいて中国の人民銀行デジタル通貨研究所の所長は
2022年の北京冬季五輪までに「デジタル人民元」の発行を宣
言しています。
 このような中国の積極姿勢に対して、これまでの日銀は、CB
DCに関して次のように見解を述べており、その態度はきわめて
消極的です。欧米も同じような見解です。
─────────────────────────────
 日本人は現金が好きであり、ATМはそこら中にある。お札の
偽造はないし、現金でまったく不便はない。キャッシュレスやデ
ジタル通貨は必要ない。           ──日銀の見解
─────────────────────────────
 しかし、その日銀も3月26日に「デジタル通貨/CBDCに
関する官民の連絡協議会」を立ち上げ、同日の初会合で2021
年4月から、2022年3月までの1年間にわたって、CBDC
の実証実験を次の3段階にわたって実施するとしています。
─────────────────────────────
◎第1段階
  コンピューターシステム上の実験環境で電子的にお金をやり
 取りし、不具合が生じないかなどを調べる。発行や流通といっ
 た通貨に必要な基本機能を検証し、こうした取引の記録システ
 ムも実験する方針である。
◎第2段階
  保有額に上限を設けるなどより高度な条件を設定する。オフ
 ラインでの決済や匿名性の確保、セキュリティー対策について
 も検証する。
◎第3段階
  民間事業者や個人が実際の支払いに使えるかを試すパイロッ
 ト実験に進む想定である。
       ──2021年3月27日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 日米欧の金融当局も、今やデジタル通貨が喫緊の課題であると
いう認識に変わりはありませんが、デジタル通貨化を急ぐことに
よる「銀行離れを招くリスク」を恐れています。
 デジタル通貨があまりにも使い勝手が良すぎると、銀行預金か
らデジタル通貨に資金が一気に流れ、既存の金融システムが揺ら
ぎかねないリスクがあると、米FRBパウエル議長も、ドイツ連
邦銀行ワイトマン総裁も述べています。欧州中央銀行(ECB)
のラガルド総裁は、デジタル通貨には基本的には賛成ですが、実
際の導入は4〜5年後になるといっています。それだけに、中国
のデジタル人民元には強い懸念を示しています。
              ──[デジタル社会論/059]

≪画像および関連情報≫
 ●日米欧を置いてけぼりにする中国の「デジタル人民元」の猛
  スピード/真壁昭夫氏
  ───────────────────────────
   現在、中国人民銀行(中国の中央銀行)が急速に人民元改
  革を進めている。その取り組みは大きく2つある。1つは、
  外貨準備を構成する資産の多様化(ポートフォリオの分散)
  だ。その一環として、人民銀行は米国債に加えて、わが国の
  国債などを購入している。
   もう1つは人民元のデジタル化だ。それによって、共産党
  政権は、資金フローの厳格な管理による通貨価値の安定と、
  人民元の流通範囲の拡大を目指している。近年、世界の中央
  銀行が、法定通貨のデジタル化(CBDC)への取り組みを
  進めているが、中国人民銀行のデジタル通貨開発には、主要
  先進国の中央銀行を上回る規模感とスピード感がある。
   人民元の国際化や今後の国際通貨体制に与える影響などを
  考えると、中国による日本国債取得よりも、人民元デジタル
  化のインパクトが大きい。長期的な目線で考えると、人民元
  のデジタル化が進み、それを用いる国が増えた場合、国際通
  貨体制は変化する可能性がある。
   今すぐではないにせよ、デジタル化された人民元の流通範
  囲が拡大するにつれて、世界の基軸通貨としての米ドル(ド
  ル)の覇権が揺らぐ展開は排除できない。中国人民銀行が人
  民元改革に取り組む背景には、共産党政権が人民元の為替レ
  ートの安定を目指していることがある。中国にとって重要な
  ことは、米国の意向に影響されずに、自国の社会・経済状況
  に合うよう為替政策を運営する国際的な立場を確立すること
  である。            https://bit.ly/3dfGlrl
  ───────────────────────────
デジタル人民元.jpg
デジタル人民元
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月31日

●「中国の経常収支黒字額が減少傾向」(第5460号)

 今回のテーマも今日で60回になります。なるべく1つのテー
マにつき、50回ぐらいにしたいのですが、なかなかうまくいか
ないでいます。しかし、そろそろこのテーマを閉じるところに来
ていると思います。
 ところで中国は、なぜ「デジタル人民元」を発行しようとして
いるのでしょうか。
 今や中国といえば、世界第2位の経済大国であり、軍事大国で
あり、先端技術大国でもあります。向かうところ敵なしで、その
態度は傲岸不遜、米国何するものぞという勢いです。しかし、そ
の実態をていねいに見ていくと、不安要素はたくさんあります。
 中国を取り巻く背景的な事実を探ってみると、中国では、貿易
収支に加えて、サービス、投資収益収支などを含む経常収支が、
米中の貿易摩擦が激化する以前から、減少しているのです。IM
Fは、中国の経常収支は2022年には赤字に転ずると予想して
います。既出の木内登英氏は、この点について、次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 中国の経常黒字額は、リーマン・ショック(グローバル金融危
機)が発生した2008年に4200億ドル程度にまで拡大した
が、その後は、大規模な景気刺激策による輸入増加の影響なども
あって、縮小傾向での推移を続けている。2015年時点で中国
の経常黒字額は世界最大であったが、2016年にはドイツに抜
かれ、また2017年には日本にも抜かれて、現在世界第3位と
なっている。        ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 経常黒字が縮小する原因にはいろいろありますが、サービス収
支の悪化は重要な原因の一つです。経常収支は、貿易収支とサー
ビス収支などの合計です。いずれも収支ですから、外貨の受取か
ら支払を差し引いた金額となります。
 2008年には4200億ドルの経常黒字があったのですが、
その巨額な黒字が縮小してきているのです。何が影響しているの
でしょうか。
 サービス支払いの急激な増加には、国外渡航規制の緩和を受け
て、中国人の海外旅行が拡大したことが大きく影響しています。
例えば、中国人が海外旅行で食事代金を払えば輸入、外国人が中
国旅行で食事代金を支払えば、輸出になります。したがって、海
外旅行者が激増すると、輸入が増えることになります。そういう
状況において、中国は米国との貿易摩擦の影響で、輸出が抑制さ
れ、それに輸入拡大の圧力がかかるので、貿易収支が急速に悪化
し、結果として経常収支の悪化傾向が加速することになります。
 このことに関係しますが、中国では、外貨準備額(ドル建て)
に異変が生じています。かつて日本は外貨準備高は世界一でした
が、中国の外貨準備高は2006年には日本を抜いて、世界一に
なり、現在もその地位を維持しています。しかし、米中対立が激
化する頃からその増加ペースは減少しています。もし、中国の経
常収支が赤字になり、その赤字が拡大するようなことになると、
外貨準備高は急速に取り崩されていくことになります。
 この経常収支黒字の縮小と外貨準備高の伸び悩みが中国にどの
ような影響が及ぶかについて、木内登英氏は、次のようにコメン
トにしています。
─────────────────────────────
 米国との貿易摩擦の激化を受け、輸出抑制などを通じて経常収
支の悪化を強いられること自体、中国経済の成長には大きな制約
となるが、それに加えて、外貨準備不足による対外債務返済の支
障という金融面での問題も、将来的には中国経済の大きな制約要
因になる可能性が出てきたのである。これは、米国との経済の覇
権争いにとって非常に不利なことだ。
        ──木内登英著/東洋経済新報社の前掲書より
─────────────────────────────
 これに関連するのが人民元の下落傾向です。米中対立がさらに
深まって、人民元の下落が続いています。一部では、米国による
関税率引き上げの影響を相殺するため、当局が元安を容認してい
るとの見方もありますが、中国人民銀行の関係者からは「1ドル
=7元」を超える元安は阻止するとの発言が出ています。人民元
安が進めば、資本逃避が進み、景気悪化とさらなる元安が起きる
という悪循環を避けたいからです。
 ここで問題になってくるのは人民元の国際化です。本当の意味
で米国に対抗するには、人民元が国際通貨としての地位を確立し
ている必要があります。中国としては、人民元の国際化に努力は
していますが、きわめてうまくいってはいないのです。国際取引
における最新のシェアは、次の通りです。添付ファイルをご覧く
ださい。添付ファイルでは、人民元は「Yuan」と英語表記されて
います。「エン」と似ていますね。
─────────────────────────────
         ドル ・・・ 62・0%
        ユーロ ・・・ 20・1%
          円 ・・・  5・7%
        ポンド ・・・  4・4%
        人民元 ・・・  2・0%
        その他 ・・・  5・8%
                  https://bit.ly/3m0YOMz
─────────────────────────────
 中国の紙幣をよく見ると「元」とは書かれていません。戦前期
において、日本が使っていた「圓」が正式な表記で、「元」はそ
れを簡略化した「簡体」表記なのです。日本もかつて「圓」表記
をしていたのですが、戦後簡略化されて「円」となり、中国では
「元」と簡略化されているわけです。ちなみに中国では「円」の
ことを「Yuan」と発音しているそうです。
              ──[デジタル社会論/060]

≪画像および関連情報≫
 ●人民元国際化、中国の新戦略/日本経済新聞
  ───────────────────────────
   コロナショックで一層激化した米中対立は、香港の自治問
  題をきっかけに、貿易分野から金融分野へとその主戦場を移
  した感がある。
   中国政府を強く刺激したのは、香港の銀行のドル調達を制
  限することが米国政府内で一時検討された、と報道されたこ
  とだ。米政府が事実上支配下に置く、ドル建て中心の国際銀
  行送金の大半を担うSWIFT(国際銀行間通信協会)に介
  入して、香港の銀行の活動を制限することが検討されたので
  はないか。
   SWIFTから対象国の銀行を外すことで、その国と海外
  との間の貿易を遮断することは、米国がテロ指定国への経済
  制裁の実効性を高めるための常とう手段だ。米国が将来、そ
  れを中国にも適用するリスクを、従来以上に中国政府は意識
  したことだろう。
   国際通貨基金(IMF)の2019年の報告書によると、
  中国の輸入に占めるドル建て決済の比率は92・8%と、主
  要国中で最高水準だ。SWIFTを通じたドル建て決済がで
  きなければ、中国の貿易は壊滅的な被害を受ける。米国が近
  い将来そうした措置を講じるとは考えにくいが、中国として
  は生き残りをかけて備えておくことが必要となる。その対抗
  策が人民元の国際化推進である。
               https://s.nikkei.com/3w7Az3Q
  ───────────────────────────
International Monetary Fund, Bloomberg.jpg
International Monetary Fund, Bloomberg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月01日

●「中国に立ちはだかる米国ドル覇権」(第5461号)

 中国問題分析の第1人者である遠藤誉氏が所長を務める中国問
題グローバル研究所の理事、白井一成氏は、米国とその他の国と
の関係について次のように述べています。
─────────────────────────────
 国のモデル化を考える上では、アメリカとその他諸国との関係
は「銀行」と「一般企業」との関係に近い。銀行と一般企業とは
資金を通じて表裏の関係にあり、重要な点も必然的に異なる。銀
行が存続するためには資金をどれだけ調達できるかが重要である
一方、一般企業が存続するためには、生存に最低限必要なキャッ
シュアウトフロー(資金の流出)の把握が重要である。
 覇権国家であるアメリカは、ネットワークの外部性(同じ財・
サービスを消費する個人の数が増えれば増えるほどその財・サー
ビスから得られる便益が増加するという現象)と軍事力で世界を
支配しているため、基軸通貨であるドルの信用力が重要である。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 白井一成氏は、「米国はネットワークの外部性と軍事力で世界
を支配している」と述べているが、「ネットワークの外部性」と
は何でしょうか。
 ネットワークの外部性──これはマーケティングで使われる用
語で、その代表例として、SNSを上げることができます。LI
NEやツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどによっ
て代表されるSNSでは、利用者が増えれば増えるほどサービス
の質や利便性が上がります。数人の友達だけが使っているよりも
多くの人が利用するSNSの方が便利に決まっています。
 ネットワークの外部性の間接的効果としては、マイクロソフト
のウインドウズOSとマックOSを上げることができます。現在
では、大分事情が違ってきましたが、いわゆるデファクト・スタ
ンダートのOSの方が使っている人が多いので便利です。これも
ネットワークの外部性の現象であるといえます。
 米国の場合、輸入代金の支払いを含め、対外債務のほとんどは
自国通貨であるドル建てです。基軸通貨国である米国は、自らド
ルを作り出し、それを対外債務の返済に充てることができますが
米国以外の国ではそうはいきません。ドルを手当てする必要があ
るからです。
 中国はどうなのでしょうか。中国といえども、中国企業の対外
資産では、人民元建ての比率は依然として低く、ドル建てに偏っ
ており、民間銀行のドル調達は容易ではないのです。これに関し
て、既出の木内登英氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国大手商業銀4行の年次報告書によると、2018年末時点
のドル建て債務は、ドル建て資産を上回ることになった。201
6年までは、ドル建て資産がドル建て債務を大きく上回っていた
のにである。こうした変化は、主に最大手の中国銀行によっても
たらされているようだ。2018年に中国銀行のドル建て債務は
ドル建て資産を700億ドル程度上回った。中国銀行はその年の
年次報告書で、こうしたドル建て資産と債務の不均衡は、簿外の
ドル資金で十分に対処されていると説明している。それは、通貨
スワップなどのデリバティブ取引だ。しかし、それらは、安定し
たドル調達手段であるとは言えない。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 上記の指摘に加えて、中国の中央銀行である中国人民銀行は、
日本銀行など他の主要中央銀行と違って、基軸通貨国の中央銀行
であるFRBと相互に通貨スワップ協定を結んでいないのです。
そのため、非常時において、民間銀行がドル不足に陥ったときに
FRBからドルを調達し、民間銀行を助けることはできないこと
になります。
 外貨準備があるではないかという人がいるかもしれませんが、
外貨準備を切り崩して民間銀行のドル調達を助けると、これは人
民元売りの為替介入と同じ結果を招き、それによる人民元安を引
き起こし、国外への資金逃避が拡大し、中国にとってマイナスの
結果になる恐れがあります。
 このように、中国にとって通貨覇権は、ドル覇権という大きな
壁が立ちはだかっています。国際送金を担うSWIFT(国際銀
行間通信協会)によると、決済総額のうちドルの構成比は金額ベ
ースで42・2%で第1位、ユーロは31・7%で第2位になっ
ています。
 BIS(国際決済銀行)の2019年のデータによると、為替
売買代金に占めるドルの構成比は第1位の88・3%です。同じ
2019年末時点のIMFのデータによると、外貨準備高に占め
るドルの構成比は60・9%で第1位、第2位は20・5%で、
ユーロが第2位です。
 この圧倒的なドル覇権に対して中国は、米国をのぞく各国と通
貨スワップ協定を締結しています。これに関して、既出の白井一
成氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国が締結した通貨スワップ協定のうち、人民元よりも市場シ
ェアが高い通貨(ドル、ユーロ、円、ポンド、豪ドル、カナダド
ル、スイスフランの7通貨)の引出限度額は、1・45兆人民元
(0・2兆ドル)である。中国のドル債務(0・5兆ドル)と比
較すると、やや心許ない。      ──遠藤誉・白井一成/
          中国問題グローバル研究所編の前掲書より
─────────────────────────────
 このような状況に加えて、フェイスブックの「リブラ」(ディ
エム)の発行宣言です。とくにリブラの場合、中国はドルを含む
通貨バスケットであることを重視し、デジタル人民元発行を決断
するに至るのです。     ──[デジタル社会論/061]

≪画像および関連情報≫
 ●中国通貨スワップの二面性【フィスコ世界経済・金融シナリ
  オ分析会議】
  ───────────────────────────
   2013年以降に中国が、通貨スワップを締結したのは、
  40中銀、総額は3・7兆人民元(0・5兆ドル)に上る。
  2016年以降に契約締結が確認できたものに限定しても、
  総額は3・5兆人民元となる。引出限度額が大きい国・地域
  は、香港(4000億人民元)、韓国(3600億人民元)
  ECB(3500億人民元)、英国(3500億人民元)、
  シンガポール(3000億人民元)などである。
   日本も、2018年に中国と2000億人民元の通貨スワ
  ップを締結した。通貨スワップの契約内容の詳細が公表され
  ているわけではない。日本銀行のリリースでは、日本銀行は
  2000億人民元を、中国人民銀行は3・4兆円が引出限度
  額と明記されている。必要になった際には、日本は人民元を
  中国は円を引き出すことになる。
   中国の通貨スワップは二つの側面を持つ。中国が助ける側
  に回るケースと、助けてもらう側に回るケースである。中国
  は一帯一路外交を積極展開してきた。「習近平が外国を訪問
  する時に必ず要求する3つの神器」として、「人民元取引シ
  ステムの構築」、「通貨スワップ協定」、「適格外国機関投
  資家の限度枠撤廃」が指摘されており、中国の通貨スワップ
  協定は、人民元の国際化、あるいは一帯一路沿線国における
  人民元の普及も念頭に置かれている。
                  https://bit.ly/39wchXH
  ───────────────────────────
中国の経常収支の推移.jpg
中国の経常収支の推移
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月02日

●「デジタル覇権をめぐる米中の競合」(第5462号)

 「シナリオプランニング」という経営学の手法があります。以
下に定義を示します。
─────────────────────────────
 シナリオプランニングとは、起きるかもしれない未来のさまざ
まな姿を具体的に描くことで、最も確率の高い誰もが予想する未
来のみならず、インパクトの大きい未来のほかの可能性に備える
ための方法論です。つまり、シナリオ・プランニングのメリット
は、「必ず起きる未来」だけではなく、「不確実性の高い未来」
を想定の範囲内に入れることです。  https://bit.ly/3uf7u4V
─────────────────────────────
 中国問題グローバル研究所(GRICI)理事の白井一成氏は
同研究所の遠藤誉所長との共著において、米中のデジタル通貨へ
の関与について、シナリオプランニングを試みているので、その
概要を以下にご紹介します。一種の思考実験です。
 デジタル覇権に対する米中両国の関与姿勢を次のように分けて
考えることにします。
─────────────────────────────
            ◎積極的
            ◎消極的
            ◎傍 観
─────────────────────────────
 しかし、中国は既にデジタル人民元発行に舵を切っているので
中国については「傍観」を外し、中国の2つの可能性、米国の3
つの可能性、計5つの可能性について検討します。
 中国の2つの可能性とその主観的確率は次のようになります。
─────────────────────────────
      @中国の積極的関与 ・・・ 30%
      A中国の消極的関与 ・・・ 70%
─────────────────────────────
 まず、@の「中国の積極的関与」について考えてみます。可能
性としては、次の2つがあります。
 中国がデジタル覇権について積極策を行うということは、「資
本移動の自由化」が行われることが前提になります。この実現に
は、経済活性化のための市場原理導入による混乱を政治体制の維
持よりも優先する政府が出現することです。なぜ、「資本移動の
自由化」が前提かということについて、白井一成氏は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 共産党の体制維持を最優先する中国が積極策をとるということ
は、政治体制の大転換によって、資本移動の自由化を行うことを
前提としている。政治体制に変化がなければ、国内の大胆な規制
緩和による企業の競争力向上、不透明な法律の改正、不良債権の
大幅な処理を進めることが困難で、中国の外から稼ぐ力は早晩失
われる。盤石なドル保有が為替の安定を保証しているとすれば、
その基盤が失われた際の資本移動の自由化は、中国からの資本流
出を招くだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 しかし、これは「共産党政権維持」を最優先する現在の習近平
政権では実現は困難であると考えられます。したがって、現体制
の延長では無理であり、新しい政治体制の下で、社会主義市場経
済が行われることが考えられます。これが1のケースです。
 2のケースは、政治体制が民主主義に転換するケースです。も
しこれが実現したら、新しい中国の誕生というべき劇的変化とい
うことになります。日本や米国をはじめとする自由主義陣営がこ
のような中国の出現を願い、これまでサポートをしてきたわけで
す。しかし、これは、現在では幻想に過ぎなかったことがわかっ
てきています。
 つまり、@の「中国の積極的関与」は、実現性がもっともあり
えないケースですが、可能性としてはゼロではなく、その主観的
確率は30%となっています。
 続いて、Aの「中国の消極的関与」について考えます。このケ
ースでは、中国が一帯一路向けにデジタル人民元を発行する可能
性があります。政権の政策が変わらない場合は、このケースの可
能性が一番高く、70%の主観的確率があります。
 この場合、デジタル人民元の信用力が重要になります。経常黒
字、豊富な外貨準備高が必要ですが、現在の中国は、この面の安
定性が揺らいでいるといえます。一帯一路経済が順調に成長する
ことが重要です。
 続いて、米国の3つの可能性とその主観的確率は次のようにな
ります。
─────────────────────────────
      @米国の積極的関与 ・・・ 30%
      A米国の消極的関与 ・・・ 60%
      B   米国の傍観 ・・・ 10%
─────────────────────────────
 @の「米国の積極的関与」について考えます。米国は既にドル
覇権を握っているので、現時点ではデジタル覇権までも積極的に
目指すとは思われず、関与しても消極的になります。しかし、今
後の情勢しだいで、米国の同盟国がデジタル法定通貨のコンソー
シアムを米国が主導するよう求めてきた場合は、米国が関与する
可能性もあります。
 しかし、中国の出方によって、米国が積極的関与に転ずる可能
性があります。中国のデジタル人民元が普及拡大し、それが米国
の通貨覇権に影響を及ぼすような状況になると、米国は今までの
姿勢を一転させ、積極関与に転換する可能性があります。そうい
う可能性があるので、主観的確率が30%になっています。@に
ついては、来週のEJでも述べます。
              ──[デジタル社会論/062]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタルをめぐる覇権争いを日本人は知らない
  ───────────────────────────
   「AI(人工知能)でリーダーとなるものが世界を支配す
  る」。3年前、2017年にロシアのプーチン大統領が述べ
  た言葉である。
   時は経ち、2020年10月、私たちは新型コロナウイル
  スのパンデミックでリアルな人間同士の接触を避ける世界に
  生きている。このパンデミックは世界各国でデジタルテクノ
  ロジーへの依存をより一層加速させた。私たちがスクリーン
  越しに人と会話する時間は今や日常となった。
   そしてニュースを見ればアメリカ大統領選を前にしてティ
  ックトック買収問題をめぐって米中が思惑を巡らしている。
  中高生に人気の動画アプリが二大大国の政治と司法を巻き込
  み、マイクロソフトやオラクルといった巨大IT企業が買収
  を競うことになろうとは誰が予測できただろうか。
   ティックトックを開発したバイトダンス(北京字節跳動科
  技)は一流のAI開発者を数多く抱えることで知られ、その
  機械学習技術を用いてユーザーの嗜好を学習し、ユーザーが
  アプリを使用する時間を日々、増加させている。現在のAI
  はユーザーが気づくこともなく、アプリの裏側で大量のデー
  タを処理し、学習し続けているのだ。冒頭のプーチン大統領
  の言葉は今ではあまりに当たり前のことのように聞こえる。
  オンラインの世界での私たちの行動がデータとなり、AIに
  よって解析されていることは日常である。
                  https://bit.ly/31yhF8a
  ───────────────────────────
米中デジタル戦争.jpg
米中デジタル戦争
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月05日

●「デジタル人民元に米国はどう出る」(第5463号)

 米国の3つの可能性とその主観的確率を再現します。
─────────────────────────────
      @米国の積極的関与 ・・・ 30%
      A米国の消極的関与 ・・・ 60%
      B   米国の傍観 ・・・ 10%
─────────────────────────────
 @の「米国の積極的関与」については、既に述べていますが、
さらにコメントを付け加えます。米国は、現在のところデジタル
通貨には消極的ですが、GAFAによって代表される米国のテッ
ク企業の動きによっては、積極化する可能性があります。これに
ついて、中国問題グローバル研究所の白井一成氏は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 アメリカの主要テック企業がデジタルドルの使用を推奨し、ウ
ォレットが共通になり、利用料の支払いやポイントの交換、友人
への送金や、出店企業やオークションで出品した売上の入金も、
すべて共通デジタル通貨になるイメージをしてみよう。
 海外に行っても、すべてデジタルドルで消費できれば、わざわ
ざ高い両替手数料を払って紙幣を持つ必要もなければ、カード払
いの為替手数料もいらない。また、アプリ内の余剰資金で、優れ
た運用商品が買えるようになるかもしれない。
 アメリカの資産のほとんどがブロックチェーン上でトークン化
され、世界中からマイクロインベストメント(少額での投資)が
可能になれば、かなりの人気を博すだろう。こうなれば、企業で
も、売掛金や買掛金、運用や借入もデジタルドルでという動きに
なってくるだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 Aの「米国の消極的関与」について考えてみます。これに関連
するのは、フェイスブックのリブラ(ディエム)に対する米国の
対応です。フェイスブックはリブラの名称を変更するとアナウン
スして以来、動きが報道されませんが、それは米国国内のデジタ
ル通貨に対する批判が強いことを意味しています。
 リブラに関しては、その発行が銀行制度や銀行の経営に大きな
悪影響を与えて、中央銀行の金融政策の有効性を低下させる可能
性があることや、マネーロンダリング(資金洗浄)の温床になり
かねないと強い批判があります。これに対する主観的確率が60
%であることはそれを意味しています。
 リブラ(ディエム)をどうするかに関して木内登英氏は、次の
ように「捻り潰すべきではない」と主張しています。
─────────────────────────────
 民間企業が生み出す様々なイノベーションを積極的に金融業に
取り入れていくことで実現する、利便性の高い新しいサービスの
提供を後押しすることは、金融当局の重要な務めでもある。
 こうした点に照らせば、世界各国の金融当局はリブラ構想を捻
り潰すべきではないし、また、実際にそうはしないだろう。リブ
ラを捻り潰したとしても、第2のリブラは必ず出てくるし、フェ
イスブックが暗に指摘しているように、将来的には、中国のアリ
ペイ、ウィーチャットペイ、あるいは、中国の中銀デジタル通貸
が、世界を席巻する可能性も考えられるからだ。
 金融当局は、知見を集めてリブラがもたらす様々な問題点を洗
い出し、適切な規制のありかたを十分に議論し、規制の体制を整
えた上で、リブラを受け入れるべきだろう。今後、リブラに続く
グローバルなデジタル通貨の発行が続くことも予想される中、こ
の機会を使って、十分に時間を掛けて規制体系を作り上げておく
ことが求められる。     ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 Aの対応は、中国のデジタル人民元の動きを見て対応するとい
う米国の消極的関与です。フェイスブックのリブラ(ディエム)
で対抗する手もあるかもしれません。
 Bの「米国の傍観」について考えます。これもデジタル人民元
の動きを見ながらの「傍観」です。しかし、現在の米バイデン政
権は、中国の出方に敏感であり、いずれにせよ、米国が傍観的態
度をとることはあり得ないことです。したがって、その主観的確
率は10%になっています。
 ここで添付ファイルを見てください。これは、中国問題グロー
バル研究所の遠藤誉氏と白井一成氏の本に出ていたものですが、
表の「アメリカ」のところに一か所誤植があります。「消極的関
与(30%)」とあるのは、「積極的関与(30%)」の誤りで
す。このマトリックスから、5つのシナリオが考えられます。白
井一成氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 中国、アメリカの姿勢によって、6(2×3)通りのシナリオ
が考えられるが、中国が積極的に関与する場合、アメリカが消極
的に関与するケースと傍観するケースとでは、シナリオに実質的
な差が生じないため、ここでは5通りのシナリオに分けている。
 現状は「今にもデジタル人民元を始めようとする中国に対して
アメリカは様子見状態」という状況である。デジタル人民元発行
間近の中国は最初に行動をとる可能性がある。ドル覇権に不満を
抱えているのは中国なので、行動をとる動機もある。先行者利益
を得たいという思惑もあるだろう。中国が先行すれば、それだけ
アメリカの覇権崩しに寄与するだろう。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 この中国問題グローバル研究所による「米中デジタル覇権の5
つのシナリオ」から経済・金融・通貨の未来について、明日から
検討をはじめることにしたいと思います。
              ──[デジタル社会論/063]

≪画像および関連情報≫
 ●「デジタル人民元」実用化を急ぐ中国の本気度
  ───────────────────────────
   中国人民銀行は2014年からデジタル通貨に関する研究
  をスタートし、2017年に、デジタル通貨研究所を設立し
  た。2019年までに、デジタル通貨研究所と中国人民銀行
  系列の印刷科学技術研究所、中鈔クレジットカード産業発展
  会社の3者が97項目の特許出願を申請するなど、デジタル
  通貨の発行方法やシステム、ブロックチェーン技術、デジタ
  ル通貨ICカード、デジタルウォレットなど、広範囲でデジ
  タル通貨に関する研究は進んでいる。現在で明らかになって
  いるデジタル人民元構想からは、大きく3つの特徴を見て取
  ることができる。
  【特徴@】通貨供給スキームが現在と同じ二重構造
   1つ目は、現在の通貨供給スキームと同じで、中国人民銀
  行が発行し商業銀行が流通させる2層構造であることだ。中
  国では、中国銀行、中国工商銀行、中国農業銀行、中国建設
  銀行の国有銀行4行を総称して商業銀行と呼ぶ。2層構造と
  はすなわち、中国人民銀行が商業銀行の準備金と引き換えに
  デジタル人民元を発行し、商業銀行がそれぞれの顧客の希望
  に応じて顧客の人民元建ての預金をデジタル人民元と交換す
  ることで、デジタル人民元を流通させる仕組みだ。
                  https://bit.ly/3wn4LrE
  ───────────────────────────
5つのシナリオの確率.jpg
5つのシナリオの確率
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月06日

●「デジタル人民元戦略の狙いは何か」(第5464号)

 米中のデジタル覇権の「5つのシナリオ」の検討に入る前に、
中国問題グローバル研究所(GRICI)によって詳細に描かれ
ている中国のデジタル人民元戦略について、その概要を把握する
必要があります。
 同研究所の理事、白井一成氏は、中国のデジタル人民元戦略に
ついて、次のようにまとめています。
─────────────────────────────
 一帯一路で版図を広げつつ、「債務の罠」で他国に影響力を行
使する。同時にBSNによってイノベーションを加速させ、域内
の経済発展を促進させる代わりに、中国がデータを握る。また、
拡げた版図でデジタル人民元を流通させることで、金融を通じて
中国が支配的地位を確立する。超監視社会の実現であり、中国を
中心としたデジタルの冊封体制が完成する。デジタル法定通貨で
の戦いは、アメリカと中国の基軸通貨をめぐる熾烈な覇権争いの
幕開けを告げることになり、今世紀における地経学最大の問題の
一つとなろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 このなかで、いくつか説明が必要な言葉があります。「債務の
罠」と「BSN」です。「債務の罠」とは何か。
 「債務の罠」とは、中国にインフラ整備などの支援を受けた国
が、借りた資金を返済できない場合、中国がその国を政治的影響
下に置くことをいいます。
 典型的な例がスリランカです。中国政府は一帯一路の名の下で
スリランカ政府にハンバントタ港の建設で13億ドルを貸し付け
ていましたが、その資金を期日までに返済できず、スリランカは
99年にわたる同港の運営権を、中国国有企業に譲渡することに
なったのです。
 続いて「BSN」とは何でしょうか。
 BSNは、中国が2020年4月に立ち上げたブロックチェー
ンプラットフォーム──Blockchain-based Service Network の
ことで、次の説明があります。
─────────────────────────────
 BSNの目的は、膨大な数の中小零細企業や学生などの個人に
BSNを活用したアイデア着想・イノベーションを促し、ブロッ
クチェーン技術の急速な発展と普及を加速させていくこと。BS
Nのホワイトペーパーによると、BSNの設計と構築コンセプト
はインターネットに派生しているとのこと。インターネットは、
TCP/IPプロトコルを使用したすべてのデータセンターの接
続によって形成されている。
 そして、BSNもブロックチェーン動作環境プロトコルのセッ
トの作成を使用したすべてのデータセンターの接続によって形成
されている。インターネットと同様に、BSNはクロスクラウド
クロスポータル、クロスフレームワークのグローバル・インフラ
ストラクチャ・ネットワークでもある。
                  https://bit.ly/3wpdI46
─────────────────────────────
 BSNについては、改めて取り上げて、その狙いなどについて
考えます。
 世界開発センターによると、中国が一帯一路関連事業で投資す
る68ヶ国のうち、24ヶ国は債務超過に陥るリスクを抱えてい
るといわれています。具体的には、南アフリカ、シエラレオネ、
カメルーン、ザンビア、アンゴラ、ジブチ、エチオピア、タンザ
ニア、トーゴ、マダカスカル、モンゴル、東ティモール、ミャン
マー、カンボジア、ラオス、パキスタン、スリランカ、クウェー
ト、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、パプアニューギ
ニア、バヌアツ、キリバスの24ヶ国です。
 スリランカにおける中国からの直接投資残高は5・7%、中国
との貿易総額に占める比率は13・5%──これを「スリランカ
基準」といいますが、直接投資の面では42ヶ国、貿易の面では
63ヶ国がこの基準を上回っています。
─────────────────────────────
   ◎上記24ヶ国に関して
    名目GDP ・・・・・・・  1・5兆ドル
    貿易総額  ・・・・・・・  0・7兆ドル
    中国との貿易総額 ・・・・ 1858億ドル
   ◎スリランカ基準のいずれかを満たす81ヶ国
    名目GDP ・・・・・・・ 11・1兆ドル
    貿易総額  ・・・・・・・  6・0兆ドル
    中国との貿易総額 ・・・・  1・5兆ドル
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 いわゆる一帯一路関連国は138ヶ国です。また、中国と国境
を接している国は14ヶ国です。具体的にいうと、東から北朝鮮
ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ア
フガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャ
ンマー、ラオス、ベトナムです。このうち、北朝鮮とブータンを
のぞく12ヶ国が一帯一路関連138ヶ国に含まれます。このな
かで、中国への依存度が非常に高い国、キルギス、タジキスタン
、ラオスの3ヶ国も中国に隣接しています。
 これらの国々に対して、人民元決済を浸透させていけば、クロ
スボーダー人民元決済総額に対して、相応の影響力を与えること
ができるはずです。しかし、SWIFTのデータによると、人民
元の決済総額を米ドル並みにするにはするには、現状の人民元の
決済総額を20倍にする必要があります。中国が通貨覇権を米国
から奪うには、彼我の差は大きいのです。しかし、デジタル人民
元であれば、違った結果が出る可能性があります。中国がデジタ
ル人民元に賭ける狙いはここにあります。
              ──[デジタル社会論/064]

≪画像および関連情報≫
 ●中国「一帯一路」、参加国なぜ増える?欧米諸国に衝撃
  ───────────────────────────
   中国が主導するシルクロード経済圏構想「一帯一路」。参
  加する国が、だんだんと増えています。2019年3月23
  日には、イタリアが正式に参加を決定。主要7カ国(G7)
  のメンバーとしては初めてで、欧米諸国にとっては衝撃でし
  た。一帯一路とは何なのか、なぜ参加国が増えているのか。
  分かりやすく解説します。
  ――そもそも、一帯一路って何?
   中国が進める巨大な経済圏構想です。まず歴史的な背景を
  見てみましょう。中国とヨーロッパの間でははるか昔から、
  貿易が盛んに行われてきました。中国の絹がヨーロッパ大陸
  にたくさん運ばれたことから「シルクロード」と呼ばれ、一
  般的には中国の長安(現在の西安)からローマを結ぶ貿易の
  道を指します。
   一帯一路はいわば「現代のシルクロード」だと中国政府は
  言っています。2013年秋に、習近平国家主席が中国から
  中央アジアを通ってヨーロッパに至る「陸のシルクロード」
  に加え、南シナ海やインド洋を通ってヨーロッパ、アフリカ
  などに至る「海のシルクロード」を再現する構想を打ち上げ
  ました。中国政府は、陸の経済圏を「一帯」、海の経済圏を
  「一路」と名付けました。この二つを合わせて、中国語で、
  「一帯一路(イータイイールー)」、英語では「ワン・ベル
  ト・ワン・ロード」と呼ばれています。
                  https://bit.ly/3fHmO6l
  ───────────────────────────
中国と国境を接する14ヶ国.jpg
中国と国境を接する14ヶ国
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月07日

●「中国の『アジア元』構想とは何か」(第5465号)

─────────────────────────────
 周知のように、現在の世界通貨体系は、ドルが覇権を握ってい
る。近年では、世界の中央銀行が保有する外貨準備におけるドル
のシェアが減少し続けているが、依然として62%のシェアを占
めており、独占している。(一部略)
 世界諸国における中央銀行が保有する外貨準備の人民元の割合
は2%しかない。人民元という小さなさなぎはデジタル化によっ
て蝶になる。そして、世界諸国はこれを機に独自のデジタル通貨
を導入し、そのか細い翅を羽ばたかせれば、それがもたらす「バ
タフライ効果」は必ず世界の通貨システムにハリケーンのような
衝撃的影響を与えることになるだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 これは、中国問題グローバル研究所の中国代表である北京郵電
大学経済管理学院の孫啓明教授の一文です。中国がデジタル人民
元で何を狙っているかがよくわかる一文です。藤誉・白井一成共
著のなかで紹介されているものです。中国という国は、1%の可
能性さえあれば、100%の努力を惜しまない国です。そして一
度立てた目標は何100年かかろうとも実現させようとします。
 孫啓明教授が述べているように、世界の中央銀行が保有する外
貨準備のドルの割合は62%、人民元は2%です。中国はこの絶
望的な差をデジタル人民元で逆転しようとしています。これは凄
いことです。米国は、現在のところ、通貨のデジタル化には消極
的であり、中国の出方を慎重に窺っていまするこのような状況に
おいて、中国問題グローバル研究所の白井一成氏は、日本の取る
べき戦略について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本にとっての最適戦略は、中国が積極的になる前に、日本が
アメリカの積極策を引き出し、ドルのデジタル化と普及に最大限
貢献することだ。しかし、アメリカは現在のドルによる利益を享
受しているので、アメリカにデジタル化のインセンティブがある
かどうか不明である。日本がアメリカの同意を得ず、デジタル化
を進めれば有らぬ誤解を生むかもしれない。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 中国問題グローバル研究所の所長で、中国分析の第一人者とさ
れる遠藤誉氏は、中国は米国の無関心さに乗じて、その逆のこと
を積極的にやろうとし、現在、着々と手を打っていると述べてい
ます。そのカギを握るのは、ブロックチェーンです。2019年
現在の、全世界のブロックチェーン企業の特許申請数は次のよう
に、圧倒的に中国がリードしています。
─────────────────────────────
 ◎全世界のブロックチェーン企業の特許申請数ランキング
         中国 ・・・・・ 60%
       アメリカ ・・・・・ 22%
         日本 ・・・・・  6%
         韓国 ・・・・・  5%
        ドイツ ・・・・・  3%
        その他 ・・・・・  4%
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 孫啓明教授が考える中国の考えはこうです。現在、世界の中央
銀行が保有する外貨準備においては、ドル(62%)と、ユーロ
(20%)が盤石の地位を占めています。それならば、ドルとユ
ーロ以外の国際決済通貨が連携すれば、「三つ鼎」の世界通貨体
制ができる──そのとき、その成否のカギを握るのは5%のシェ
アを持つ日本であると。
 中国は、ASEAN、アフリカをはじめ、一帯一路を形成する
すべての国にデジタル人民元を拡大し、そのうえで、「中日韓自
由貿易協定」を結び、人民元、日本円、韓国ウォン、香港ドルに
より構成されるバスケットに裏づけられる、価格の安定している
スティーブルコインを民間主導で開発し、まず、クロスボーダー
取引で実験してみるべきであるといっています。
 そして、最終段階として、人民元、日本円、韓国ウォンを「ア
ジア元」として、ドル、ユーロ、アジア元の「三鼎体制」を確立
するというのです。それに伴い、対外投資を担当する「一帯一路
デジタル中央銀行」を設立すると宣言。もちろん、日本や韓国が
それに乗るかどうかは別として、中国としては、そういう構想を
持っているということです。そして、孫啓明教授は最後に次のよ
うにいっています。
─────────────────────────────
 (日本や韓国と)取引するに当たって、現在交渉が加速してい
る中日韓自由貿易協定(FTA)を利用する。スティーブルコイ
ンによる便利なクロスボーダー決済サービスは、中日韓の経済貿
易協力を促進するだろう。香港はこの地域の主要な貿易・金融セ
ンターとして、本土(中国大陸)に支えられ、アジアに拠点を置
き、世界にサービスできるという利点を生かして、クロスボーダ
ー貿易の新しい研究と応用に積極的に参加する。FTAとステー
ブルコインがあればSWIFTを経由しなくても、すぐに取引で
きる。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 このように、中国は戦略的に一歩一歩計画を進めています。既
に韓国は、中国によって、日中韓から引き剥されつつあります。
菅総理とバイデン米大統領との日米首脳会談が延期されたのは、
米国の準備の事情のようです。米国にとっても戦略的に日本を取
り込まないと、大変なことになるということは十分わかっている
はずです。問題は、首脳会談で日本は何を要求されるかです。
              ──[デジタル社会論/065]

≪画像および関連情報≫
 ●日中韓、日中韓、FTA交渉を加速 協力深化には課題
  ───────────────────────────
  【成都=杉原淳一】安倍晋三首相と中国の李克強首相、韓国
  の文在寅大統領は2019年12月24日、中国・成都で首
  脳会談を開いた。会談終了後に公表した成果文書には、「日
  中韓自由貿易協定(FTA)の交渉を加速する」と盛り込ん
  だ。ただ、日韓では輸出管理、日中では次世代通信規格「5
  G」で、さや当てを続けており、協力深化に向けた課題は多
  い。安倍首相は首脳会談後の共同記者発表で「十分な付加価
  値を有する日中韓FTAを追求することを確認した」と述べ
  た。日本にとって中国は1位、韓国は3位の有力な貿易相手
  国だが、日中と日韓の間にはFTAが結ばれていない。関税
  の引き下げや電子商取引のルールなどを整備することで、3
  カ国経済の潜在力を引き出したい考えだ。
   中国は日本が参加し、米国が参加していない枠組みのFT
  Aにはいずれも前向きだ。米中摩擦をにらみ、米国以外の国
  との仲間づくりを進めたい意向がある。米国に対抗する狙い
  から、中国は、独自の経済圏構想「一帯一路」を推進してい
  る。中国は米国に偏っていた輸出先を分散させる方針を掲げ
  ており、とくに日本向け輸出を伸ばしたい考えとみられる。
  日本は日中韓に東南アジア諸国連合(ASEAN)などを加
  えた16カ国で交渉する東アジア地域包括的経済連携(RC
  EP)を実現させた後で、高いレベルの経済連携として日中
  韓FTAを成立させたい考えだ。
               https://s.nikkei.com/3wpLiXC
  ───────────────────────────
遠藤誉氏.jpg
遠藤誉氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月08日

●「デジタルドル発行の実現の可能性」(第5466号)

 中国問題グローバル研究所理事、白井一成氏のシナリオプラン
ニングによる「米中対決の5つのシナリオ」について検討するこ
とにします。5つのシナリオとは次の通りです。
─────────────────────────────
   ◎第1のシナリオ ・・・  9%
    中国の積極的関与VS米国積極的関与
   ◎第2のシナリオ ・・・ 21%
    中国の積極的関与VS米国の消極的関与/米国の傍観
   ◎第3のシナリオ ・・・ 21%
    中国の消極的関与VS米国の積極的関与
   ◎第4のシナリオ ・・・ 42%
    中国の消極的関与VS米国の消極的関与
   ◎第5のシナリオ ・・・  7%
    中国の消極的関与VS米国の傍観
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 第1のシナリオは、「中国の積極的関与VS米国積極的関与」
のシナリオです。
 米国と中国がデジタル覇権を目指してガチンコで戦うシナリオ
ですが、実際にそれが起きる可能性は低い(9%)という考え方
です。もし、ガチンコでやれば、ドル覇権国(ドル基軸通貨国)
の米国が勝つと思われます。それに、ガチンコでやるには、中国
は資本開放をする必要があります。これについて、白井一成氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国が資本移動を自由化するためには、政治体制の変更を伴う
可能性が高い。平時における体制変更は容易でない。また体制変
更が資本解放に直結するわけでもない。資本解放のためには世界
銀行が求めたような市場経済化を達成し、中国が潜在成長率(資
本、労働力、生産性という3つの生産要素を最大限に活用できた
場合のGDP成長率)を高めることが必要となろうが、米中冷戦
を継続しながら、それを実現することはなかなか困難な道であろ
う。一時期にせよ、大規模な資本逃避は避けられなさそうだ。
   ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
 第2のシナリオは、「中国の積極的関与VS米国の消極的関与
/米国の傍観」のシナリオです。
 このシナリオも、シナリオ1と同様に中国は資本開放をするこ
とが前提となっています。これは、中国にとって最大の難問であ
ります。これは、もし実施すると、大規模な資本逃避が起きる可
能性があり、政治体制の転換すら伴うからです。
 もし、中国がこの難問をクリアし、米国がその動きに関し、消
極的対応や傍観するならば、これまで米国に集中していた資本が
中国に向かうことになり、中国はデジタル覇権を確立する可能性
があります。その可能性は21%です。
 折しも世界はデジタル化に急速に進んでおり、これに関して白
井一成氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 裏付け資産なしのオープン型デジタル人民元が発行され、世界
中で広範に使用される。「中国のウォレット全面解放」という西
側諸国にとっての脅威シナリオが実現することになる。デジタル
資産の規模が「ウォレット(人口)×取引数」に連動すると見る
と、巨大な人口を抱える中国の潜在力は大きいと考えるのが自然
であろう。体制変更により、その大きい潜在力をフルに発揮する
ことになる。中国に富が集中し、エネルギー調達も可能になる中
で、中国による監視社会化が実現しよう。一帯一路への風当たり
も強かったが、一帯一路経済圏も完成し、「中国の夢」も成就す
る。 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
 しかし、中国は、米国を中心に世界的にその覇権主義が嫌われ
てきており、中国によるデジタル覇権奪取の動きに関して、ヨー
ロッパを含む民主主義国全体に、中国に対して強い警戒心が生ま
れてきています。それによって米国が、積極的関与に転換する可
能性は十分残されています。
 第3のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の積極的関与」
のシナリオです。
 このシナリオは、米国の強気の政策に関して、中国が怯むとい
うか、弱気になるケースです。米国がコトの重大さに気が付き、
デジタルドルを発行し、デジタル人民元を凌駕する姿勢を見せる
と、同盟国の日本をはじめ米国に同調する国は増加し、中国は突
き放されてしまうことになります。米国は既存のドルは失うが、
デジタルドルの発行自体には障害はないはずです。
 その可能性は21%。これに関して、白井一成氏は、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 中国にとっては、せっかくアメリカの背中が見え、もう少しで
覇権取りが見えたところだったかもしれないが、これで決定的に
アメリカに突き放されてしまうことになる。消極的であったデジ
タル覇権にすらアメリカが積極的であるのであれば、他の分野で
もアメリカの攻勢は当然強いものであるだろう。
 中国の劣勢は鮮明になっていき、「中国の夢」は潰えてしまう
ことになる。ロシア、日本に続く形で、中国もアメリカの前に屈
してしまうことになる。覇権取りという野心を捨てざるを得なく
なった中国は、これまでの無理もたたってしまい、さまざまな問
題点が噴出するだろう。「中所得国の罠」を体現することになっ
てしまう。
   ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/066]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタルドルの可能性/金融アナリスト・久保田博幸氏
  ───────────────────────────
   米国のイエレン財務長官は2月22日のニューヨーク・タ
  イムズ主催のバーチャル会議で、ソブリンデジタル通貨の発
  行を「中央銀行が検討するのは理にかなっている」と発言し
  た。さらにデジタルドルは、米国におけるファイナンシャル
  ・インクルージョン(金融包摂)面の困難に低所得世帯が対
  応するのを支援する可能性があるとの認識を示した(23日
  付ブルームバーグ)。
   カンボジアの中央銀行は昨年10月に、中央銀行デジタル
  通貨システム「バコン」の運用を開始した。このデジタル通
  貨は日本企業の技術を採用したものである。中央銀行デジタ
  ル通貨は、カリブ海の島国バハマでも、本格的な運用が始ま
  った。そして中国も昨年10月に、ハイテク都市の深センを
  皮切りにデジタル人民元の大規模な実証実験をスタートさせ
  た。イエレン氏は今年1月の議会公聴会で、暗号資産(仮想
  通貨)に関わるマネーロンダリングやテロリストの利用等、
  犯罪に利用される点が課題だと指摘していた。
   これに対して中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、それ
  自体が法定通貨となるものである。ECBのラガルド総裁も
  昨年11月にECBが数年以内にデジタル通貨を創設する可
  能性を示唆していた。日銀は現時点で中央銀行デジタル通貨
  を発行する計画はないとしているが、決済システム全体の安
  定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に
  的確に対応できるよう、しっかり準備しておくとしている。
                  https://bit.ly/3fNYi3a
  ───────────────────────────
バイデン大統領とイエレン財務長官.jpg
バイデン大統領とイエレン財務長官
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月09日

●「中国は真に資本自由化ができるか」(第5467号)

 シナリオプランニングの「米中対立の5つのシナリオ」を再現
します。
─────────────────────────────
   ◎第1のシナリオ ・・・  9%
    中国の積極的関与VS米国積極的関与
   ◎第2のシナリオ ・・・ 21%
    中国の積極的関与VS米国の消極的関与/米国の傍観
   ◎第3のシナリオ ・・・ 21%
    中国の消極的関与VS米国の積極的関与
 → ◎第4のシナリオ ・・・ 42%
    中国の消極的関与VS米国の消極的関与
 → ◎第5のシナリオ ・・・  7%
    中国の消極的関与VS米国の傍観
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 第1のシナリオから第3のシナリオまでの説明は、既に終わっ
ています。第4のシナリオから始めます。
 第4のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の消極的関与」
のシナリオです。
 結論からいうと、このシナリオは実現の可能性が一番高いとい
えます。その発生確率は42%であり、それを示しています。も
ともと米国は通貨のデジタル化には消極的であるので、このシナ
リオでは、中国が積極姿勢から、何らかの事情で、消極姿勢に転
じたということになります。その理由は何でしょうか。
 それは、やはり、資本の自由化が困難であるということになり
ます。通貨覇権を握るためには、資本の自由化が不可欠ですが、
その実現には、政治体制の転換が必要になるからです。
 なぜ、中国は資本の自由化ができないのでしょうか。
 トランプ前米大統領は、中国を「為替操作国」に指定しました
が、高橋洋一嘉悦大学教授は、これに関連して、中国の資本の自
由化について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国で自由な資本移動を許すことは、国内の土地を外国資本が
買うことを容認することになり、土地の私有化を許すことにもつ
ながる。中国共産党にとっては許容できないことであり、そうし
た背景があるので、中国は必然的に、@自由な資本移動を否定し
A固定相場制と、B独立した金融政策になる。
 米国はこうした中国を「為替操作国」というレッテルを貼り、
事実上、固定相場制を放棄せよと求めるわけだ。これは中国に自
由主義経済体制の旧西側諸国と同じ先進国タイプになれと言うの
に等しい。中国が「為替操作国」の認定から逃れたければ、為替
の自由化、資本取引の自由化を進めよというわけだが、為替の自
由化と資本移動の自由化は、中国共産党による一党独裁体制の崩
壊を迫ることと同義だ。今回の措置は、ファーウェイ制裁のよう
に、米国市場から中国企業を締め出すための措置だと見る向きも
あるが、筆者にはそれにとどまらない深謀遠慮があるように思わ
れる。               https://bit.ly/2R8LIBm
─────────────────────────────
 高橋教授の解説で明らかであるように、中国が政治体制を大幅
変更することは、不可能なことです。そうであれば、世界第2位
の経済大国に甘んずるしかないことになります。
 第5のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の傍観」のシナ
リオです。
 このシナリオの想定は、世界中が新型コロナウイルス対策のヘ
リコプターマネーによって、法定通貨の価値の凋落が起こり、非
中央集権的なデジタル資産がその主軸を占めるというものです。
法定通貨が価値を落とし、金が価値を生むというように、デジタ
ル通貨を位置づけるというものです。
 中国問題グローバル研究所の白井一成理事は、初期のビットコ
イン信奉者を例にひき、次のように述べています。
─────────────────────────────
 初期のビットコイン信奉者は、法定通貨の膨張に危機感を募ら
せ、ビットコインをデジタルゴールドと位置づけることで、イン
フレのない貨幣世界の建設を夢見てきた。まさに彼らが想定した
未来の到来である。しかし、その想定された世界よりも、実際に
は、さらにデジタル化が加速し、非中央集権のサービスや資産も
拡大しよう。インフレが進行し、ビットコインや美術品などの希
少な資産の価格も上昇するだろう。デジタル化と法定通貨の相対
的な地位低下によって、国家の衰退も顕著となろう。
  ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編前掲書
─────────────────────────────
 白井一成氏によるシナリオプランニングにおいて書かれている
「中国の積極化」とは、中国の政治体制の変化があるか、規制が
解放されることを前提にしています。しかし、現在の中国の状況
を考えると、そのようなことが最も実現しにくい可能性であると
いうことができます。
 シナリオプランニングは、その最も起こりえないと思われる可
能性をも含めて考えるプランニングです。そういう起きる可能性
が小さいことが、もし、起きたこと場合への対処も、隣国である
日本としては考えておく必要があります。
 もし、中国にそのような体制変化が起きたとすると、そこに巨
大な市場を持つ比較的民主主義な国が出現することになります。
これが日本に与える影響は計り知れないものがあります。この場
合、日本の東アジアでの民主主義国というポジションが相対的に
低下し、日本が埋没してしまうことになります。そのとき、日本
はどう対処すべきでしょうか。
 このように、白井氏による5つのシナリオをベースとして、日
本の立ち位置、戦略について、改めて検討する必要があると思い
ます。           ──[デジタル社会論/067]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、米中経済戦争で遠のく資本自由化
  ───────────────────────────
   中国は、できるだけ早期に資本自由化をしようと望んでい
  る。中国が今後、さらなる発展を遂げていくためには、資本
  自由化によって海外から多くの資金を集めることが不可欠だ
  からだ。ところが、少しでも窓を開けようとすると、海外の
  投機資金が入り込んできて経済を不安定にさせてしまう。こ
  れまでは貿易収支の大幅黒字が続いたのでなんとか持ちこた
  えてきたが、米中経済戦争の激化によってそれも難しくなっ
  てきた。(拓殖大学名誉教授・藤村幸義)
   李克強首相は2013年に、主宰する国務院(内閣)常務
  会議で、各分野の改革を積極的に進めていくようにとの指示
  を出している。中でも注目されたのは、かねて懸案となって
  いた資本自由化について具体的な実施案の検討を指示したこ
  とだった。これを受けて、資本自由化に向けての準備的な措
  置がいくつか打ち出されたりした。
   ところが、15年の人民元切り下げをきっかけに、海外へ
  の資金流出が激化した。外貨準備はその後の2年間で2割以
  上も減ってしまった。資金流出を防ぐために、外貨リスク準
  備金の導入、一方向の為替変動を抑制するシステムの導入、
  資金流出規制の強化など、資本自由化に逆行する規制策を導
  入せざるを得なかった。     https://bit.ly/31TmSrd
  ───────────────────────────
米中対決.jpg
米中対決
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月12日

●「中国は経済で米国に対抗できるか」(第5468号)

 最近つくづく感ずることがあります。それは、日本の国力が劣
化しつつあるということです。典型的なのは、日本の新型コロナ
ウイルス対応のワクチン接種率の異常なほどの低さです。202
1年4月9日現在のG7の人口100人当たりのワクチン接種回
数は次の通り、日本は、ワクチンそのものの考え方の違いもある
でしょうが、ダントツの最下位です。
─────────────────────────────
        英国 ・・・・ 56・1回
        米国 ・・・・ 51・7回
       ドイツ ・・・・ 19・5回
      イタリア ・・・・ 19・5回
      フランス ・・・・ 19・1回
       カナダ ・・・・ 18・6回
        日本 ・・・・  1・2回
                  https://bit.ly/3uBxQ10
─────────────────────────────
 しかし、経済という側面から見ると、日本は世界第3位とはい
え経済大国であり、それなりの地位を築いています。キャッシュ
フロー分析というものがあります。この手法で日本の生存可能年
数を算出してみます。現在の日本は、世界第2位の1・4兆ドル
の外貨準備を保有しています。それと、世界第1位の対外純資産
3・1兆ドルを抱え、2009年から2018年の年平均のドル
・キャッシュフローは740億ドルとなっています。
 外貨準備の1・4兆ドルと対外純資産の3・1兆ドルを合計し
て4・5兆ドル──1ドル=109円とすると、日本は約491
兆円のドルを保有しています。ほぼ日本の国家予算に匹敵する額
になります。これだけあれば、食糧とエネルギーの調達には、年
平均で2000億ドル必要ですが、キャッシュフローがなくなっ
たとしても、約20年は生存できる計算になります。これは、そ
れで大変なことであると思います。
 しかし、問題点もあります。日本の問題点について、、白井一
成氏は次のように指摘しています。
─────────────────────────────
 現在は、ドルストックを豊富に抱え、ドルを毎年稼いでいるか
らドル円の為替相場は安定し、いつでもドルを調達できるわけで
あるが、外貨準備の中のドルの構成比は95%と高いと推定され
る一方で、金の構成比は3%とかなり低い。仮に金が高騰した場
合、ヨーロッパ諸国(ドルの構成比は27%程度と推定されるの
に対して、金の構成比は52%と推定される)に逆転される可能
性がある。これは一例であるが、資産価値は相対的であるため、
常にポートフォリオ的な発想が必要である。
 また、対内投資は他国に比べ圧倒的に低い。過去の巨額の貿易
黒字にあぐらをかき、日本の中に魅力的な投資先を作ってこなか
ったということであるが、今後は貿易が縮小する中で、投資受入
れは死活問題である。しかし、見方によっては投資受入れ余地が
あると前向きに考えることもできる。投資環境を整備し、海外か
らの投資を喚起すれば、膨大な外貨を獲得できる可能性がある。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 米中が徹底的に対立し、中国が台湾や尖閣諸島への軍事圧力を
強めた場合、米国は、同盟国を巻き込んで、中国に対して徹底的
な経済制裁を仕掛けるはずです。それに中国は耐えられるでしょ
うか。それだけの備えが中国にあるでしょうか。
 4月1日のEJ第5461号でも少し述べたように、基軸通貨
国である米国とそうでない他国との関係は、銀行と一般企業との
関係に近いといえます。非常に弱い存在なのです。中国はよほど
経済をしっかり守らないと大変なことになります。
 その備えとして、中国は各国と通貨スワップ協定の締結に必死
になっています。2013年以降に中国が通貨スワップ協定を締
結したのは、40の中央銀行で、総額は3・7兆元(0・5兆ド
ル)に上がります。しかし、中国は、米国のFRBと通貨スワッ
プ協定を締結していないのです。
 各国の中央銀行と互いに協定を結ぶ目的は、自国に通貨危機が
起きたさい、自国通貨の預け入れと引き換えに、協定を結んだ相
手国の通貨をあらかじめ定めたレートで融通してもらえる協定で
す。日本も2018年に中国と2000億人民元の通貨スワップ
協定を締結しています。しかし、その契約内容の詳細は、公表さ
れていないのです。
 しかし、単に「通貨スワップ協定」という場合は、次のことを
意味しています。
─────────────────────────────
 通貨を対象とするデリバティブ(金融派生商品)取引のひとつ
で、異なる通貨間の金利と元本を交換する(スワップする)取引
を、「通貨スワップ」といいます。例えば、ドルでの支払いのた
めドル建て社債を発行して、通貨スワップで円に換えれば利払い
や元本償還が円になるため、将来の支払いが円貨で確定します。
                  https://bit.ly/2Q6C0yZ
─────────────────────────────
 中国の通貨スワップ協定は、3年周期で定期的にほとんど更新
されていますが、2021年に更改が予定されているのは、現在
中国と政治的対立が激化しているオーストラリア、それにジェノ
サイド問題で対応が注目される英国が更改期に当たっています。
 なお、日本も2021年の更改組になりますが、公開すること
になるはずです。なお、協定の有効期限は2021年10月25
日です。日本銀行のリリースによると、日銀は2000億人民元
が、中国人民銀行は3・4兆円が引出限度額として明記されてい
ます。そうする必要が生じたとき、日本は2000億人民元を、
中国人民銀行は3・4兆円を引き出すことになっています。
す。            ──[デジタル社会論/068]

≪画像および関連情報≫
 ●顕在化した中国のアキレス腱、外貨ひっ迫と人民元不安
  武者リサーチ代表/武者陵司氏
  ───────────────────────────
   世界経済と金融市場のアキレス腱が中国であることがはっ
  きりしてきた。国際金融市場を不安にしている資源国やアセ
  アン、アジアNIES諸国の通貨下落、経済悪化はひとえに
  中国経済の急減速を原因としている。鉄道貨物輸送量、粗鋼
  生産量、発電量、輸出・輸入額など中国の基本的なミクロデ
  ータはいずれもゼロないしはマイナス圏にあり、7%成長と
  いう公式統計は実態を反映せず、中国の経済は失速したとい
  う観測も誤りとは言えないかもしれない。また安定していた
  金融市場も上海株式は6月のピーク以降4割の大暴落となり
  8月には予想外の人民元の切り下げから元の暴落の懸念も顕
  在化した。そして、それまで中国情勢に対して超然としてい
  た世界の株式市場も、中国発の第二のリーマンショックぼっ
  発の懸念からか、8月末以降急落した。
   言うまでもなく米・日・欧先進国は経済拡大の途上にあり
  世界リセッションの可能性は低い。また中国リスクの高まり
  世界的株価下落に対しては各国では追加的政策、量的金融の
  増額、財政拡大が打ち出され、それも株価を支えるだろう。
  他方中国でも財政出動や金融緩和、資本取引規制や為替統制
  市場価格操作などが打ち出され、一定の成長復元、市場の鎮
  静化がなされる公算もある。リーマンショックのようなスパ
  イラル的悪循環の可能性は考えにくく、一方方向の株価下落
  にもならないだろう。      https://bit.ly/2PQ1JvO
  ───────────────────────────
中国人民銀行.jpg
中国人民銀行
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月13日

●「国際社会のルールに従わない中国」(第5469号)

 2021年4月10日付の日本経済新聞の夕刊に次の記事が掲
載されていました。
─────────────────────────────
  アリババに罰金3000億円/中国当局、独禁法違反で
     ──2021年4月10日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 驚くのは罰金の額の大きさです。中国で独禁法を管理する国家
市場監督管理総局が、これまでに課した罰金額では、2015年
の半導体大手の米クアルコムの60億8800万元(約1000
億円)が最高額でしたが、それが3倍の3000億円ですから驚
きです。アリババの2019年の中国国内の売上高(4557億
1200万元)の4%が罰金が対象になったのです。
 これは、アリババの創業者であるジャック・マー(馬雲)氏に
対する習近平国家主席の怒りの現れです。馬雲氏は、2020年
10月、フィンテック企業に対する政府の過剰規制に公の場で政
府を批判し、習近平主席の怒りを買ったのです。
 これがもとで、事実上、馬雲氏の支配下にあるアント・グルー
プの新規株式公開(IPO)が差し止められています。アント・
フィナンシャルは事実上、馬雲氏が経営権を握っており、そのI
POは、過去最大規模になると予想されていたのです。これにつ
いては、2月17日のEJ第5430号〜第5432号に詳しく
記述しています。
 アントグループの上場は現在も棚上げにされたままです。なお
上記の日経夕刊の記事は、次のことを指摘してしめくくられてい
ます。アリババはもうダメかもしれないのです。
─────────────────────────────
 欧米メディアは、中国政府がアリババに対し、傘下のメディア
関連の一部の資産を処分するように要求したとも報じている。香
港英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)な
どが売却対象になる可能性があるという。こうした動きは、アリ
ババの日々のEC事業にも影を落としつつある。取引先の一部か
らは、「アリババとの取引をやめることはないが、今までより同
社との距離を置くようにしている」との声も出ている。
       ──2021年4月10日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 習近平主席は「中国は法治国家である」とよく発言します。し
かし、中国は法治国家ではありません。それは、法の概念が西側
社会と違うからです。
 西側社会では、法とは、統治者や王などの支配者を縛るもので
あり、国民に対する権利章典の意味も存在します。権利章典とは
人権を規定した章典のことです。しかし、中国などの儒教国家に
おける法とは、支配者が立場の弱いまたは低いものを律するため
に存在するのです。米国の独立宣言の文面に、この言葉が書かれ
ています。この言葉は、7月4日の独立記念日に無数の集会で朗
読され、何世代にもわたり学童に暗唱され、あらゆる政党の政治
家によって引用され、裁判所の判決の中で頻繁に言及されます。
─────────────────────────────
 われらは次に述べる事柄は自明の真理と信じる。すなわち、人
はすべて平等に創られている。創造主によって、人は、生存、自
由そして幸福の追求という他者から侵されることがない権利を与
えられている。これらの権利を確保するため、政府は人々の間に
樹立されるのであり、その正当な権力は、被統治者の同意に基づ
く。  ──米国の独立宣言より。  https://bit.ly/323wGz3
─────────────────────────────
 これに対して中国などの儒教国家における「法」は支配のため
の「法」であり、概念そのものが異なるのです。しかし、力の弱
かった時の中国は、この国際社会の法に縛られ、大変苦労したと
考えられています。
 しかし、力をつけた現在では、公然と国際法を否定し、自らの
支配するための「法」を世界に対して押し付けるようになってき
ています。「小が大に事えること」──事大主義を中国は、東ア
ジアの国々に押し付け始めたのです。「昔の中国とは違うぞ」と
ばかり、中華の天子が世界の中心であり、その文化や思想は神聖
である「中華思想」を押し付けるようになったのです。
 2019年4月のことです。習近平国家主席は、中国共産党機
関紙「求是」において論文を発表し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 「中国の特色ある社会主義はあくまでも社会主義であって、何
か他の主義ではない。一国がどのような主義を実行するかに関し
て鍵を握るのは、その主義がその国家が直面する歴史的課題を解
決できるかどうかである。中華民族が貧弱で、列強に搾取されて
いた頃、あらゆる主義や思想が試された。資本主義の道は切り開
けなかった。改良主義、自由主義、社会ダーウィニズム、無政府
主義、実用主義、ポピュリズム、無政府組合主義など、外から続
々と、流れ込んできたが、どれも中国の前途と運命に関わる問題
を解決できなかった」と述べている。     ──渡辺哲也著
        『2030年「シン・世界」大全』/徳間書店
─────────────────────────────
 この習近平主席の発言は、己の力を過信した傍若無人の発言で
あるといえます。これは、これまで西側諸国が長年にわたって作
り上げてきた国際社会のルールには中国は従わないぞと宣言した
に等しいからです。
 中国は、その翌年の2020年7月1日に、香港国家安全維持
法を施行しています。習近平国家主席の考え方に基づいて発令さ
れた禁断の法律の施行です。このようにして香港返還時の「英中
共同声明」で定められた「1国2制度の50年間維持」の約束は
約束の半分以上の年数を残して、あっさりと反故にされてしまっ
たのです。香港返還は1997年7月1日に行われているので、
わざわざその記念日に香港国家安全維持法(国安法)を施行して
いるのです。        ──[デジタル社会論/069]

≪画像および関連情報≫
 ●「香港激震/踏みにじられた一国二制度」(時論公論)
  ───────────────────────────
   イギリスから返還23周年の記念日を1日に迎えた香港で
  は、施行されたばかりの国家安全維持法に反対する香港の人
  たち1万人が、身の危険をかえりみず抗議デモを行い、警官
  隊とぶつかりました。香港当局の発表によりますと、これま
  でに国家安全維持法に違反したとされる10人を含む、合わ
  せておよそ370人が逮捕されたということです。香港の人
  たちの激しい怒りに対して、中国政府で香港問題を担当する
  責任者は次のように述べて法律の施行を正当化しました。
   「この法律は、香港が正常な軌道に戻る転換点となるもの
  だ。香港の返還23年に合わせた『誕生日プレゼント』であ
  り、将来、その価値が表れてくるだろう」
   それでは、今回、香港議会の頭越しに北京の中央政府から
  押し付けられた形の香港国家安全維持法とは、どのような法
  律なのでしょうか。
   発表によりますとこの法律は、▽国家の分裂や▽政府の転
  覆、▽テロ活動、それに▽外国勢力との結託によって、国家
  の安全に危害が及ぶ犯罪を処罰するものです。最も重い罪に
  は「終身刑」が課せられると規定されています。また、香港
  政府からの管理を一切受けずに、中央政府が独立して取り締
  まりができる出先機関も設けられます。さらに容疑者を中国
  本土で裁判にかけることもできると規定されています。
                  https://bit.ly/3mAgJK4
  ───────────────────────────
香港激震/踏みにじられた「一国二制度」.jpg
香港激震/踏みにじられた「一国二制度」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする