2017年07月03日

●「本当に豊洲移転でよいのだろうか」(EJ第4554号)

 今回からEJの執筆方針を一部変更することにします。EJの
第1号は1998年10月15日で、2017年10月16日で
ちょうど20年になります。EJは日刊メールマガジンですが、
2005年からは同じ内容をブログに掲載しています。多くの読
者に支えられ、ここまで書き進めることができました。改めてご
愛読に感謝します。
 EJには、他のメルマガにない次の3つの特色があります。
─────────────────────────────
     1.特定テーマの連載コンテンツである
     2.毎回コンテンツ文字量が等量である
     3.土日祝祭日以外の営業日に発刊する
─────────────────────────────
 世にメルマガはたくさんありますが、EJのような特色を持つ
メルマガは他にはないと自負しています。ブログEJには、平均
して、毎日5000回から6000回のページビュー(PV)が
あります。その日のコンテンツによっては、PVが1万回を超え
ることはよくあります。
 ところで執筆方針の一部変更というのは、1テーマの平均回数
を20回から40回にして、取り上げるテーマを増やすという変
更です。このところ100回を超えるテーマが多くなり、1年に
せいぜい3つくらいのテーマしか取り上げられなくなっているか
らです。そうすることによって、取り上げられるテーマが一挙に
増えることは確かです。
 少なくとも10回以上書けると判断したテーマについては、取
り上げるつもりでいます。そうすることによって、政治、外交、
経済、文化、技術などの幅広い分野にわたって最新のテーマを広
げられると考えています。
 その第1回として、次のようなテーマで、中央卸売市場論を取
り上げることにします。
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     築地再整備か豊洲移転か/中央卸売市場論
     ─ なぜ豊洲になったのか/謎に迫る ─
─────────────────────────────
 この問題には多くの謎があります。そもそも1986年に東京
都は、築地での設備再整備を決定し、総合予算2380億円を組
んで、1991年から工期15年の計画で、築地での営業を続け
ながら、改装工事を進めていたのです。それから5年が経過して
工事は突然中止になっているのです。
 どうして中止になったのでしょうか。工期がさらに伸び、予算
もさらに膨らみ、これ以上の工事は不可能という結論が出された
のです。しかし、その理由ははっきりしないのです。それ以後、
築地で商売をする業者は、「築地再整備は不可能」ということが
刷り込まれることになったのです。しかし、この「築地再整備は
不可能」は何の根拠もないウソと考えられます。
 もうひとつ疑惑があります。それは、築地の代替地として豊洲
が選ばれた経緯です。こともあろうに、ベンゼン、シアン、ヒ素
など発ガン性があったり、猛毒な有害物質で汚染されていること
がわかっている東京ガス工場跡地への移転なのです。そこに鮮度
が重視される生鮮食品を扱う市場を移転させようというのです。
はっきりいって正気の沙汰ではありません。
 それに当の東京ガス自体が東京都に売る気はぜんぜんなく、東
京ガス自身は、別の開発計画を考えていたのです。それを売れと
いって迫ったのですから、東京都としては、当然不利な条件を受
け入れることになるのです。それでもそれを強行したのは石原慎
太郎元都知事です。
 築地市場の豊洲新市場移転に一貫して反対し、築地市場の豊洲
移転に反対するべく都知事選にも何回も挑戦した宇都宮健児氏は
豊洲市場について次のように述べています。
─────────────────────────────
 築地市場の移転先とされている豊洲新市場の土地は、東京ガス
が1956年から1976年までの20年間、石炭を原料として
都市ガスを製造してきた土地である。都市ガスの製造工程でベン
ゼン、シアン化合物などが発生し、石炭中に含まれる水銀、ヒ素
鉛、クロムなどが副次的に生産され工場数地の土壌や地下水を汚
染した。青果や鮮魚などの生鮮食品を取り扱う市場の移転先とし
ては、最も相応しくない場所と思われるのに、なぜ、東京都が築
地市場の移転先として東京ガス豊洲工場跡地に決めてしまったの
か、大きな疑問が残る。      ──宇都宮健児氏論文より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 もうひとつ完成している豊洲市場は、建物そのものは立派に見
えますが、そこで仕事をする業者にとって、きわめて使いずらい
面がたくさんあることです。なぜ、わざわざ大金を積んでそんな
不便な市場を建設したのでしょうか。
 それは、さらに市場の設計自体が都庁の一部の幹部と一部の市
場関係者によって進められ、そこで仕事をする卸売業者の意見を
幅広く聞きとっていないからです。それは、そもそも市場移転に
反対する市場関係者が多く、そういう意見聴取ができなかったこ
とによるのです。移転に反対する人たちに移転する新しい市場の
設計について聞けるはずがないからです。
 まだあります。都議会が豊洲市場関連予算は、63対62の1
票差で決まっていることです。それは、当時移転に反対していた
民主党の花輪なる議員、こともあろうに「東京都中央卸売市場築
地市場の移転・再整備に関する特別委員会」の委員長をしていた
人物が賛成派に寝返ったことによって成立しているのです。その
ウラには何があったのでしょうか。
 このように、築地市場の豊洲移転問題には多くの疑惑があるの
です。真相を究明するには、いささか情報が少な過ぎるものの、
明日から、その真相に迫っていくつもりです。
              ──[中央卸売市場論/001]

≪画像および関連情報≫
 ●宇都宮健児氏、築地再整備の思いを森山候補に託す
  ───────────────────────────
   都政の改善を求めて小池知事に直談判した宇都宮健児弁護
  士が今夕、「築地再整備」を訴える森山たかし候補の応援に
  入った。宇都宮弁護士が昨年8月、都庁を訪ねて小池知事に
  突きつけた「10項目の要望書」には、豊洲への移転見直し
  が含まれていた。
   小池知事一流のマヤカシだったとはいえ、築地移転の一時
  凍結は宇都宮弁護士の要望に沿ったものだった。街宣の会場
  となったのは中央区勝どきのタワーマンション前。マイクを
  握った宇都宮氏は中央区の有権者に呼びかけた。
   「市場の移転先を決めた石原都知事をチェックできなかっ
  た自民、公明が反省なく豊洲移転を訴える。けしからん。こ
  ういう候補者はぜひ引きずり降ろそうではありませんか。
   都民ファーストは知事が(移転)方針を発表する前、独自
  の方針を出せなかった。今の都民ファーストは、小池知事を
  チェックできるか。自公以上に癒着している。大政翼賛会で
  はないか。5年後に小池知事が都知事であるか分からない。
  全く無責任だ。5年後、仲卸の皆さんが居なくなったら、築
  地の活況は取り戻せない。森山さんは築地市場の再整備を高
  らかに謳っている。中途半端な政策を変えられる大きな原動
  力になる。私の思いをぜひ森山たかしさんに受け継いで頂き
  たい。私のこれまでの運動を継承できるのは、中央区におい
  て森山さんしかいない」。     http://bit.ly/2trUYD9
  ───────────────────────────

森山高至候補を支援する宇都宮健児氏.jpg
森山高至候補を支援する宇都宮健児氏
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2017年07月04日

●「築地はどのように構築されたのか」(EJ第4555号)

 築地・豊洲問題を正確に把握するには、まず「築地」がどのよ
うにしてできたのかについて、少し歴史を振り返ってみる方法が
あります。難しい問題を考えるとき、歴史から入ると重要なヒン
トが掴めるものです。築地の歴史を知るうえで参考にしたのは次
の論文です。一部を引用し、一部を要約することにします。
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     中沢新一(文)深澤晃平(図版協力)
           「築地アースダイバー」
    『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 太田道灌が武蔵野の地に建設した江戸城は、後北条氏の所有に
なっていたのです。豊臣秀吉によって後北条氏が滅ぼされると、
秀吉は家康を彼の本拠地である駿河から武蔵の地に移させること
を決断します。秀吉としては、家康の力を何とかして削いでおき
たいと考えたのです。当時武蔵は未開の地であり、家康としては
相当の覚悟をもってこの地に乗り込んだのです。
 当時の江戸は、武蔵国と下総国の国境である隅田川の河口の西
に位置し、日比谷入江と呼ばれる入江が、後の江戸城の間近に入
り込んでいたのです。家康の目に飛び込んできたのは、葦と萱の
原野の広がる武蔵野と、台地の上に残された廃墟のようになった
城館、そして茫漠と広がる海の光景であり、町と呼べるようなも
のは一切なく、毎日の食材を手に入れるのも苦労する状態だった
といいます。
 そういう家康を救ったのは、佃村と大和田村の漁民たちなので
す。これについて、日本の人類学者で思想家でもある中沢新一氏
は、次のように書いています。
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 そのとき家康の近くに心強い味方がいた。大阪から家康につき
従ってきた佃村と大和田村の漁民たちである。彼らはひょんなこ
とから家康の知遇を得て、本能寺の変、関ケ原の役、大阪の陣で
も海賊的海民らしい、頼もしい活躍をした。この佃・大和田の難
波漁民たちは、建設のはじまった江戸に住んで、白魚をはじめと
する海の食材を江戸城に供給する役をになった。
                  ──中沢新一氏論文より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 家康は、何はともあれ、江戸城の建設と、その前に広がる海の
大規模な埋め立てに佃村と大和田村の漁民たちの手も借りて、取
りかかったのです。このとき日比谷入江が埋め立てられて出現し
たのが日本橋です。佃村と大和田村の漁民たちは日本橋の住民に
なったのです。
 彼らは、毎朝海に漕ぎ出して魚や貝を採り、江戸城や大名たち
に収めた残りを販売しても良いという許可をとったのです。この
頃になると、江戸の人口は急増し、魚や貝の買い手にこと欠くこ
とはなかったのです。浦安や芝の漁民は早くから江戸市中に小さ
な魚市場を開設し、江戸町民に魚を売っていたので、佃・大和田
両村の漁民、すなわち、日本橋の住民たちも負けてはいられず、
何とか日本橋に自分たちの市場を開設したいという思いを強くし
ていたのです。
 そして、その日本橋に魚市場を開設するという日本橋住民の願
いは認められたのです。まず彼らは、隅田川の河口分に浮かぶ中
州を埋め立てます。これが「佃島」です。この対岸の日本橋に開
いたのが日本橋魚河岸です。
 明暦3年(1657年)に大火が起きます。俗にいう「振袖火
事」です。この火事は、築地ができる重要なきっかけになるので
す。これについて小沢新一氏の論文から、引用します。
─────────────────────────────
 この火事で大量の瓦礫が出た。この瓦礫を日本橋の西方にある
「鉄砲洲」の先にある海に沈めて、埋立地の拡大を図ろうという
計画が立てられた。このとき佃島漁民は率先して埋め立て工事を
請け負った。その理由は、佃島を自分たちだけの力で海中に築造
してみせた彼らこそ、江戸きっての埋め立て工事の熟達者であっ
たということと、東国の一向宗門徒のための本願寺別院を埋め立
てられた土地に建ててよいという許可が得られたからである。佃
島の漁師をはじめ、江戸湾周辺の漁民のはとんどすべてが、一向
宗(浄土真宗)の門徒であった。
   『現代思想』2017年7月臨時増刊号の小沢新一の論文
─────────────────────────────
 このように、振袖火事の残骸である大量の瓦礫を海に沈め、そ
れに台地を削り取った土を運んできて、海の埋め立て作業が進め
られたのです。この作業を担ったのは佃島漁師が中心です。この
努力によって、鉄砲洲の西南には広大な新しい埋立地が、海中か
ら出現します。
 瓦礫と土を築いて固めて出来た土地という意味でこの地は「築
地」と命名されます。しかし、既に日本橋には魚河岸があり、築
地は魚市場ではなく、寺町になったのです。浄土真宗の寺院や墓
地が次々と建立され、一部の地域は、いくつかの武家屋敷が建て
られたのです。したがって、築地界隈はかなり長い間、「閑寂な
場所」というたたずまいだったのです。
 しかし、幕末になると事情が一変します。ペリーが来航してい
らい、幕府は、近代的海軍を創設する必要性を痛感するようにな
り、築地川の東に海軍軍艦操縦所を建設します。この施設は本格
的な海軍の教育機関になり、ジョン万次郎や勝海舟が教授を務め
たのです。
 この海軍訓練所は、その後2度の大火によって焼失し、その跡
地に外国人専用の築地ホテルが建設され、多くの外国人が集まる
場所になります。その後築地には海軍省、海軍大学校、海軍軍医
学校、海軍省技術研究所などができるのです。魚市場としての築
地市場のできるのはまだ先の話です。
              ──[中央卸売市場論/002]

≪画像および関連情報≫
 ●築地市場周辺に残る、日本海軍発祥の史跡
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   「現在の築地市場周辺は、海を埋め立てて作った人工岸で
  あることは有名です。江戸時代中期の地図からは、すでに直
  線軸で整然と区画整備された区割や海岸線を確認することが
  でき、今日の街並みの原型を感じることができます。
   とはいえ、当時は江戸湾を望む静かな入り江だったようで
  す。陸奥白河藩主であり老中職にあった松平定信は老後、現
  在の魚市場がある区画を将軍より与えられた際、海を望む風
  光明媚な景色を大変気に入って、ここに松平家の下屋敷「浴
  恩園」を建造し余生を送ったと言われています。
   そんな平穏な海の町が軍事拠点へ変貌していったきっかけ
  それは、日本の歴史をも変えることになった黒船の来航でし
  た。江戸末期の1853年(嘉永6年)、横須賀にペリーの
  黒船艦隊が到着すると、幕府は西洋式海軍の必要性に迫られ
  急速に軍事力増強のための施策が計られるようになります。
   1855年(安政2年)、まずは長崎に「海軍伝習所」が
  完成します。ところが、江戸からは遠くて不便だったため、
  海に面した築地の地に2年後の1857年(安政4年)、軍
  艦の運転講習や航海術を学ぶための「軍艦教授所」が創設さ
  れました。長崎の「海軍伝習所」の第1期生であり、後に初
  代海軍卿となる勝海舟は1859年、この築地の「軍艦操練
  所」で教授方頭取を務めており、その際に<一連の施設名を
  「軍艦操練所」と改称しています。 http://bit.ly/2sADJvb
  ───────────────────────────

日本海軍発祥の地「旗山」.jpg
日本海軍発祥の地「旗山」
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2017年07月05日

●「日本橋魚河岸からの築地への移転」(EJ第4556号)

 「東京市」といっても若い人にはピンとこないかもしれません
が、東京も現在の大阪と同じように、「東京府」の東部に「東京
市」が存在する時代があったのです。1889年(明治22年)
から、1943年(昭和18年)まで東京市だったのです。
 なぜ、東京市のことを取り上げたのかというと、東京市は東京
の心臓部ともいうべき日本橋に、日本橋魚河岸が広大な地域を占
有して存在していることに一貫して反対だったからです。つまり
移転を促していたのです。
 ここで市場を構成する人々について、若干の予備知識が必要に
なります。簡単にいうと、市場には次の2種類の業者がいます。
─────────────────────────────
           1.卸売業者
           2.仲卸業者
─────────────────────────────
 1の「卸売業者」は、漁師などの生産者や出荷者から依頼され
た魚の販売を引き受けて、市場でセリにかけ、仲卸業者などに卸
売りする業者です。中央卸売市場の卸売業者になるには、農林水
産大臣の許可が必要です。次に述べる「仲卸」に対して「元卸」
とも呼ばれます。
 2の「仲卸業者」は、卸売業者からセリなどで買った魚を市場
内にある店で小分けして、魚屋や料理屋などの買出人に販売する
業者です。築地市場の扇形の建物のなかの約800店がこれに当
たります。
 さて、東京市の再三に当たる移転勧告に対して、仲卸業者の大
半は移転に賛成していたのですが、卸売業者は頑強に反対し聞く
耳を持たなかったのです。卸売業者の多くは、日本橋に地所や家
を所有していたので、移転に反対していたのです。
 これは、築地市場のケースとは逆です。築地市場の豊洲移転で
は、卸売業者は豊洲への移転に賛成し、仲卸業者はほとんど全員
築地再整備を主張しているからです。
 この市場の移転問題はなかなか決着がつかないのです。何かと
すったもんだして、20年余りの月日が流れたのです。しかし、
その決着をつけたのは、1923年(大正12年)9月1日に起
きた関東大震災です。
 時の東京市長は第7代の後藤新平市長です。後藤市長は、この
大震災を奇貨として、東京の大胆な大改造を実施したのです。現
在の東京は、後藤市長の描いたプランが実現したかたちで存在し
ているといっても過言ではないのです。
 後藤新平氏といえば、今回のテーマには関係ありませんが、次
の名言で知られています。
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 よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中
だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ。 ──後藤新平
          ウィキペディア  http://bit.ly/2tAl1YZ
─────────────────────────────
 この震災によって、日本橋界隈は一面の焦土と化し、卸売業者
も仲卸業者もすべて焼け出されたのです。日本橋に土地を持つ卸
売業者はあくまで日本橋での復興を望んだのですが、東京市の意
向を受けて、政府は戒厳令を発令して日本橋への立ち入りを禁じ
たのです。これによって、300年を超える歴史を持つ日本橋魚
河岸は、歴史の幕を閉じたのです。
 中川新一氏は、その後の日本橋魚河岸について次のように述べ
ています。
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 東京市は大震災を好機として、魚河岸を中央卸売市場として整
備する計画を実行に移した。このとき新しい中央卸売市場の場所
は、築地の海軍学校跡と決められた。まだ建物もできていない築
地の更地に仮市場を開いて、仲買たちはさっそくに商売を開始し
た。問屋たちもしだいに戻ってきて、日本橋魚河岸さながらの店
舗街が立ち並び、その脇で建設工事が進行した。
 東京市専属の建築技師らによって、築地の新市場の設計が決め
られた。汐留駅からの貨物車を乗り入れるために、築地本場の全
体構造は扇型をとることになった。この設計プランは、まことに
「天才的」なものであり、扇型をしたこのユニークな近代建築の
構造によって、市場内部で展開される物流の流れがみごとにコン
トロールされることになった。
 またそれによって、仲買人(仲卸)の間で伝えられてきた暗黙
の身体知が、確実に保存され、次世代へと伝えられていくことが
可能になった。まさしく築地市場の建築は「モダン」と「伝統」
を結び付けることに成功したのである。    ──中沢新一著
                「築地アースダイバー」より
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 中央卸売市場としての築地はこのようにして誕生したのです。
重要なことは、中沢新一氏のいう「扇型をした近代建築の構造」
という点と「仲買人の間で伝えられてきた暗黙の身体知が確実に
次世代へと伝えられる」という点にあります。
 これは何をいっているのでしょうか。実はこれは、築地か豊洲
かについて議論するさい、きわめて重要な論点です。これについ
ては、明日のEJで述べることにします。
 築地市場は、空襲によっても大きく破壊されることはなく、建
物の大半が戦後まで残っています。敗戦後の一時期において、青
果棟の一部が米軍に接収され、そこがクリーニング工場として使
われたことがあります。
 しかし、それをもって「築地も土壌が汚染されている」と豊洲
移転の正当性を宣伝する向きがありますが、青果棟の床のコンク
リートは破壊されておらず、排水はそのまま海に流されており、
問題はないと考えます。何が何でも豊洲へと政治的ともいえる強
い動きがあるのは確かです。
              ──[中央卸売市場論/003]

≪画像および関連情報≫
 ●日本橋魚河岸は、築地市場の前身
  ───────────────────────────
   魚は日本人の食生活に深くかかわってきた。魚自体はさほ
  ど進化しているとは思えないので、大昔の人が食べていたも
  のと同じものを我々は食べていることになりそうだ。好まれ
  る食べ方は時代によって違ったり、基本的には鯵(あじ)なら
  鯵、鮭(さけ)なら鮭で、まったく同一のもの食べ続けてきた
  という点で、めずらしい食材、また貴重な食料といえる。
   江戸に幕府が開設されて以来人口は急増し、将軍吉宗の時
  代には百万都市となっていたようである。その需要を満たす
  ために魚の流通システムがだんだん整備され、魚市場が出来
  上がっていった。いわゆる魚河岸である。代表的なのが日本
  橋、この図会には日本橋の魚市場の活況の様子がこと細かく
  描かれている。
   威勢のいい掛け声が聞こえてきそうな図会をよく見てみる
  と、魚の種類の多さとその大きさに驚く。どうしてこんなに
  大きいのか、絵だから多少の誇張はあるにせよ、出典先であ
  る『江戸名所図会』は、当時をもっとも忠実に描いたものと
  して定評ある書物であることを考えてみると、やはり今より
  魚は全般に大きかったのではないかと思う。当時の江戸前の
  海(江戸湾)は現在の東京湾よりずっと広く、環境もよく魚の
  宝庫だった。自然の生け簀状態で、遠くの海まで行かなくて
  も大きな魚がたくさん捕れたのではないか。
                   http://bit.ly/2ugk8Co
  ───────────────────────────

日本橋魚河岸の風景.jpg
日本橋魚河岸の風景
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2017年07月06日

●「なぜ、築地市場は扇型デザインか」(EJ第4557号)

 市場の機能を知るために、市場を構成する人についてさらに詳
しく述べます。卸売業者と仲卸業者に3の「買出人」を加える必
要があります。中央卸売市場は、大別するとこれら3種類の人間
で構成されています。
─────────────────────────────
        1.卸売業者──元卸
        2.仲卸業者──仲卸
        3.     買出人
─────────────────────────────
 3の「買出人」とは、魚屋などの小売商、寿司屋、飲食店など
自分の店で売る商品や料理の材料を、市場内の仲卸業者の店に仕
入れにくる人たちのことです。
 元卸は昔の問屋さんのことで、産地の魚介を自分の資本力で集
めて市場に持ってくるのが仕事です。築地市場では、元卸は水産
で7社あり、東証第1部上場を含む大企業です。
 この元卸と密接につながっているのが仲卸です。仲卸は、数は
多いものの、そのほとんどは中小企業か零細企業です。仲卸の重
要な仕事は「セリ(競り)」です。セリは、元卸の持ち込んだ魚
のなかから、良い魚を選んで値段をつける制度です。これを毎日
繰り返している仲卸は、自然に元卸の持ち込んだ魚の質を見分け
る目利き力が備わってきます。これがいわゆる「築地ブランド」
を作り上げるのです。
 その仲卸の目利きを信用して、買出人が市場内の仲卸の店に魚
を買いに来るのです。仲卸から見れば、買出人の向こうには消費
者が広がっているわけです。このように、仲卸は、元卸と買出人
の中間に入って働くことから、仲卸が市場をダイナミックに動か
す存在になっています。
 問題は、市場の設計が、元卸、仲卸、買出人の動きにマッチし
ているかどうかです。日本橋魚河岸はその点かなり問題があるの
ではないかと、人類学者で思想家でもある中沢新一氏は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 日本橋魚河岸時代の店舗の配置図などを見てみると、問屋(元
卸)と仲買とが混在しているので、荷物を運搬する時、動線がも
のすごく混乱したのではないかと想像されます。いまのターレの
動きよりも凄いことが起きていたのではないか。──中沢新一氏
「天才的な築地市場」/『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 その点、築地市場はきわめて理想的にできているといえます。
それは、300年を超える日本橋魚河岸での仕事の伝承を踏まえ
て、築地市場の設計技師たちと市場関係者による共同作業で構築
され、とくに仲卸にとって最適な仕事場として作り上げられてい
るからです。
 これについて、実際に仲卸をされている中澤誠氏に中沢新一氏
がインタビューする『現代思想』の企画において、中澤誠氏は、
次のように述べています。
─────────────────────────────
──築地市場の持つもう一つの「天才性」は、中澤さんも指摘さ
れている、あの扇型の構造ではないでしょうか。
中澤:あの猪瀬さんがこの扇型の悪口を言うわけです、移転推進
を言っている人が。これは列車の時代のレイアウトで、いまの時
代には適していないとやたら強調されています。これは言い掛か
りもいいところで、長い貨物列車を入れるために扇型にしたのは
事実ですが、貨物列車と今のトラックを比べたら貨物列車のほう
がずっと大きいんですから、そこにトラックが入れないと批判す
るのは、詭弁もいいところです。
 卸が全国から荷物を集めてくる。扇型の一番外側に、卸の売り
場がずうっと並んでいる。その内側に仲卸がびっしりと並んでい
る。卸と仲卸の間は、わずか何歩という距離。五、六で、卸と仲
卸が密着してくっついている。        ──中沢新一氏
          「天才的な築地市場」/(インタヴュー)
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 中澤誠氏のいうように、築地市場の扇型のデザインは荷物の運
搬に当初鉄道を利用したことによるものですが、現在ではトラッ
クで輸送が行われています。遠洋漁業の発達によって築地に集ま
る魚は多様化され、さらに冷凍技術の発達によって、輸送手段も
大きく進歩しているのです。
 実は、扇型のデザインは、元卸、仲卸、買取人の配置にも重要
な意味があるのです。扇の一番外側には元卸の店舗が並んでおり
外からトラックで運び込まれた荷物はここに下ろされます。
 そして、それらの荷物はセリ場に運ばれ、そこでセリが行われ
るのです。仲卸はそのセリに参加し、自分の目利きで選んだ魚を
扇の中央部に展開している自分の店舗に運び、販売できるよう魚
に必要な処理を行うのです。
 その仲卸の店に買出人が現れ、仲卸の目利きで確保された魚を
購入し、その荷物を扇型の内側に作られた「潮待茶屋」と呼ぶ発
送所から、トラックに乗せて発送します。「潮待茶屋」とは、仲
卸から荷を各地に配送する場所のことです。
 この扇型の外側から内側への流れにそって、魚類の荷の流れは
きちんと整序され、くるくると機敏に動くターレがその流れを駆
動させていくのです。一見すると、きわめてゴチャゴチャしてい
るようで、業務が非常に機能的、効率的に行われているのではな
いかということです。それは、長く日本橋魚河岸の時代から、元
卸と仲卸、そして買取人の間で、それぞれの動きにマッチするよ
うに築地市場が作られているからです。
 ここで考えるべきことがあります。それは、築地市場は本当は
誰も気がついていないだけで、とてつもなく素晴らしいものでは
ないかということです。しかし、それは豊洲市場にはどこを探し
てもないのてです。     ──[中央卸売市場論/004]

≪画像および関連情報≫
 ●そもそも卸売市場の役割とは?
  ───────────────────────────
   2016年11月7日に開場予定だった築地市場は、小池
  百合子都知事の鶴の一声によって延期されることになりまし
  た。その後、新たな移転地として整備されていた豊洲市場は
  当初の説明とは異なる土壌汚染対策がなされていたことが発
  覚。小池都知事が緊急記者会見を開くなど、先行きの不透明
  感は増しています。
   紛糾する築地市場の移転問題ですが、翻って私たち消費者
  にとっても築地市場は、“食”という大きな問題でもありま
  す。築地市場は、中央卸売市場と呼ばれる“食”にとって重
  要な場所になります。今般、食品流通のあり方も大きく変化
  するなか、卸売市場はどんな機能を果たしているのでしょう
  か?築地市場の移転計画が浮上したのは、今から30年以上
  も前に遡ります。当時、築地市場の水産物取扱量は年々増加
  していました。そうした中、市場が手狭になったこと、物流
  が鉄道輸送からトラック輸送へとシフトして市場の構造が時
  代に合わなくなっていたこと、老朽化などを理由に築地市場
  を閉鎖と市場の移転計画が検討されていたのです。今般、話
  題になっている築地の移転計画は、このときから始まってい
  ると言っても過言ではありません。 http://bit.ly/2uhLTdS
  ───────────────────────────

築地市場の扇型デザイン.jpg
築地市場の扇型デザイン
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2017年07月07日

●「築地市場『古い、狭い、危ない』」(EJ第4558号)

 石原慎太郎氏が東京都知事にはじめて就任したのは、1999
年4月23日のことです。今回のテーマに深く関係するので、石
原都政の期間を次に示しておきます。
─────────────────────────────
   ◎石原東京都知事就任期間
    1999年4月23日〜2012年10月31日
─────────────────────────────
 東京都知事の任期は4年であり、石原都政は3期1年6ヶ月で
あったことがわかります。2017年3月3日に開いた会見によ
ると、知事就任直後に都幹部から築地市場の視察を求められ、同
年9月に視察を行っています。視察後、石原知事は築地について
次の発言をしています。
─────────────────────────────
    築地は、「古い」「狭い」そして「危ない」
               ──石原東京都知事
─────────────────────────────
 第1に「古い」について考えます。
 築地市場が古いことは確かです。築地市場は、1923年に制
定された中央卸売市場法に基づき、東京都中央卸売市場として開
設されたのは1935年のことであり、確かに80年以上の年月
が経過しています。
 本来古いこと自体は悪いことではないのです。古いからいいこ
ともあるのです。したがって、石原氏としては、次のようなこと
をいいたいのだろうと思います。
─────────────────────────────
    ・古いから、市場として時代遅れになっている
    ・古いから、衛生面などに問題が山積している
    ・古いから、建物の耐震構造などに問題がある
                       など
─────────────────────────────
 既に述べたように、日本橋魚河岸が築地に中央卸売市場として
移転したのは関東大震災の後であり、それだけに地盤には石材を
使用し、建物も強固にするなど、当時としては、十分な耐震技術
を駆使して建設されています。もちろん再整備計画においては、
最新の耐震補強をすべきです。
 第2に「狭い」について考えます。
 狭いというのは、面積的に狭いという意味と、狭いがゆえに、
取扱量などに影響が出るという2つの面があります。そのそれぞ
れについて考えます。
 食料流通学の権威である三国英実広島大学名誉教授は、築地市
場が面積的に狭いということに関して次のように述べています。
─────────────────────────────
 鉄道輸送がトラック輸送に代わったため、現在の築地市場は引
込線が撤去されているが、卸売場の面積は拡大している。豊洲新
市場は大きな道路で、水産の卸売場と仲卸売場が分断され、青果
棟も分断されている。築地市場は市場内を縦横無塵に移動でき、
青果物も水産物も仕入れたい業者にとっては買い回りも容易であ
る。80年以上過ぎているとはいえ、生鮮食料品の卸売市場とし
ての合理性を有している。          ──三国英実氏
             「築地市場の役割と存続の必要性」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 続いて、市場が狭いということが市場の取引量などに及ぼす影
響についてです。確かに築地市場の取扱数量は減少しています。
これについて、2009年に東京都が発行した『築地市場の移転
整備/疑問解消BOOK』では、「施設の狭隘・過密化への対応
の遅れ」と断じています。
 しかし、三国英実教授は、狭いことが取扱量減少の原因ではな
いと、次のように反論してしています。
─────────────────────────────
 水産物を例に見ると、築地市場の築地市場の水産物取扱数量は
1989年から2007年の間に78万1000トンから、56
万8000トンに減少している。この間の全国中央卸売市場取扱
量、425万2000トンから、276万5000トンに減少し
ている。減少率では、築地市場の27・3%に対して、全国が、
35・0%で全国の中央卸売市場の方が大きい。──三国英実氏
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 第3に「危ない」について考えます。
 これについて、三谷英実教授は、危ないのは、築地市場よりも
豊洲市場の方であるとして、次のように反論しています。
─────────────────────────────
 豊洲新市場で最も心配されるのが、30年以内に起こる可能性
が高い首都直下型大地震である。豊洲の土壌には、東京ガスが、
1956年から1988年まで、石炭などから都市ガスを製造す
る過程で発生した有害汚染物質が大量に蓄積されている。大地震
による亀裂や液状化で地下の汚染物質の噴出する確実性が高い。
その場合は、卸売市場の営業もたちまち停止に追い込まれるであ
ろう。「危ない」のは、築地市場より豊洲新市場である。
                      ──三国英実氏
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 確かに、現在の築地市場はお世辞にもきれいであるとはいい難
い状態です。それは、東京都が石原知事の時代から築地の移転を
決め、どうせ移転するのだからと補修工事などを一切やってこな
かったからです。石原都政は、13年以上に及んだのですから、
そうなるのは当たり前です。東京都の怠慢そのものです。豊洲市
場は、築地の仲卸業者に何の相談もせず、一部の者だけで設計し
工事を完成させています。これについては来週のEJで取り上げ
ます。           ──[中央卸売市場論/005]

≪画像および関連情報≫
 ●「豊洲移転」の真の理由と築地の真価を問う
  ───────────────────────────
   小池百合子氏が反・自民都連を打ち出し、鳴り物入りで都
  知事に就任したのは1年前のこと。五輪、築地問題で「決め
  られない政治」と批判されれば「おっさん政治」と切り返し
  離党、写真集発売と常に話題をふりまいてきた「小池劇場」
  だが、課題は依然、山積み。迫る都議選を前に、国政にも影
  響大な「都民ファースト」の中身と行方を徹底検証する。第
  2弾は築地市場の移転問題の行方──。
   築地市場(東京都中央区)の移転問題で6月20日、小池
  百合子都知事は緊急記者会見を開き、豊洲(同・江東区)へ
  中央卸売市場を移転し、築地跡地は5年をめどに再整備する
  基本方針を発表。「世界の台所」は「食のテーマパーク」と
  して再開発し、市場機能をも持たせるというプランを打ち出
  した。「築地は守る。豊洲は活かす」
   こう述べる小池都知事だが、将来の市場併存について具体
  策は、今後の課題、都民の動向次第となった。都政の重要課
  題である市場問題が動き出すことになるが、母親や女性たち
  の多くが懸念する「安全・安心」の問題を含め、私たち自身
  が築地市場の問題と向き合うことが求められている。そもそ
  も築地市場の豊洲への移転計画は、1999年4月に都知事
  となった石原慎太郎氏が同年9月、「古い、狭い、危ない」
  として、築地より広い豊洲への移転方針をトップダウンで決
  めたことに遡(さかのぼ)る。しかし計画が進むにつれて、
  市場として使えるスペースが築地よりもかえって狭く、業者
  にとって使い勝手が悪く、有害物質による汚染もあり危険で
  あるという問題が明るみに。   http://exci.to/2sBA9G0
  ───────────────────────────

石原慎太郎元知事.jpg
石原慎太郎元知事
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2017年07月10日

●「築地ブランドを失ってもいいのか」(EJ第4559号)

 現在は世界中で「日本食ブーム」が起きています。日本への観
光客も急増しています。日本中に外国人が溢れている感じです。
それらの訪日外国人の声を聞くと、多くの日本食のなかでも、新
鮮な生のネタを使う寿司は、日本で食べるものがいちばんおいし
いといいます。今や寿司店は世界中にありますが、日本で食べる
寿司はまるで別物のように感じられるようです。
 それは、水産物の「目利なのです。それが「築地ブランド」な
のです。築地市場がものをいっているのです。市場が日本食の味
に深く絡んでいるのです。
 世界の卸売市場は物流センター化が進んでいます。築地市場の
ように床にマグロがゴロゴロしている市場は今どきなくなってい
るのです。しかし、それと引き換えに物流センター化した市場で
は、総じて味覚文化の水準が低下したといわれています。
 かつての話ですが、スーパーの魚が二級品だった時代が長く続
いたことがあります。それは仕入れの失敗です。魚を相対取引で
購入していたからです。築地市場では、元卸の持ち込んだ魚から
仲卸が良い魚をセリで競り落としてしまいます。これらの魚の目
利きが選んだ飛び切りの魚は、その時点でなくなってしまうこと
になります。
 築地市場では、セリが終わるとベルが鳴り、競り残った魚が相
対取引で販売されます。それをスーパーは資本力を生かして仕入
れていたのです。だから二級品の魚になってしまいます。現在で
は、卸売市場法の規制緩和により、セリよりも先に相対取引が行
われるようになっています。そのため、セリそのものもなくなり
つつあるといえます。つまり、卸売市場を近代化すればするほど
セリのような中間機構、つまり仲卸の仕事はなくなっていくので
す。このことについて既出の中沢新一氏は、次のように日本の魚
河岸の伝統である「仲卸」の役割の重要性を説いています。小池
知事にも耳を傾けて欲しい言葉です。
─────────────────────────────
 いまいろいろなところで、市場の物流センター化が進んでいま
す。日本の地方市場でもそういうことが起きています。物流セン
ターには仲卸という存在がいません。セリもなくされていく傾向
にあります。僕はそれをあらゆる種類の「中間機構」を廃止して
いこうとする、現代の資本主義の全体的傾向に対応した変化と見
ています。食文化のようなデリケートな領域では、それがどうい
う状況を作り出していくかは、いまからでも予想がつきます。
 その先には当然、電子取引の世界が待っています。「種」とい
う「中間機構」を排除してしまうそういう世界では、「個」は直
接剥きだしの状態で「普遍」に向かい合うことになります。(中
略)築地市場なんて古めかしい汚いもの潰してしまえと、乱暴な
ことを言っている人たちがいます。それを聞くと、なんて時代遅
れの人たちなんだろうと感じます。
 市場を物流センターに作りかえる。これは何を言っているかと
いうと、生命と自然を結ぶ活動をしている「中間機構」である仲
卸たちを、市場から排除することにほかなりません。それはある
種のモダニズムの極限ではありますが、そういう近代型の資本主
義はもう終末に向かっているのではないでしょうか。
           ──伊東豊雄氏×中沢新一(徹底討論)
               「『みんなの市場』をめざす」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 伊東豊雄氏という建築家がいます。高松宮殿下記念世界文化賞
やRIBAゴールドメダル、日本建築学会賞作品賞2度、グッド
デザイン大賞、2013年度プリツカー賞などを受賞している一
流の建築家です。
 伊東豊雄氏は、新国立競技場のコンクールに参加し、最終選考
11作品に残っていますが、もともと旧国立競技場を改修して再
生させるというプランを提案していたのです。それは明治神宮を
包み込んでいる森に建てられるべき建物はどうあるべきかという
観点を踏まえての提案だったのです。
 実は、築地市場移転問題は、国立競技場問題に酷似しているの
です。東京五輪をビジネスとして考えている人たちは、あくまで
旧国立競技場を壊して新しく作ることを前提にしているのです。
そういう人たちは、国立競技場を神宮の森のなかに建つ建築物の
ひとつとしては考えていないのです。
 したがって、伊東豊雄氏のプランは余計なお世話とばかり、完
全に無視され、旧国立競技場は解体されてしまったのです。そし
てザハ案が一度は採用されたのですが、安倍首相によって撤回さ
れ、再度コンペティションが行われたのです。伊東豊雄氏は、採
択はされなかったものの、このコンペティションにも参加し、B
案とと呼ばれる設計案を提出しています。
 中沢新一氏は伊東豊雄氏と一緒に築地市場を見学に行ったとき
のことです。最後に築地市場の全体を見渡せる屋上の駐車場に上
がり、市場全体を見渡したとき、伊東氏はポツリとこういったそ
うです。「ここは聖地なのですね・・・」と。中沢氏は「聖地」
とはどういう意味かと尋ねると、伊東氏は次のように話してくれ
たそうです。
─────────────────────────────
 僕が「聖地」という意味は、その場所が特別な力を持っている
ということです。明治神宮の内苑・外苑も上から見たらあそこだ
けが森としてぽっかりと残っていて他は開発の手が余すところな
く入り込んでいる。それは何か特別な謂れがないと残されない空
間です。最初のザハ案があの場所に実現されてしまったら、外苑
はグローバルな経済によって犯された風景になってしまう。だか
ら、僕はコンペティションに参加する前には、改修で十分ではな
いかと話していました。──伊東豊雄氏×中沢新一(徹底討論)
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/006]

≪画像および関連情報≫
 ●汚される“聖地”「国立競技場」解体工事の官製談合疑惑
  ───────────────────────────
   2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアム
  として立て替えられる国立競技場(東京都新宿区)の解体工
  事入札が、異例の事態に陥っている。発注元の職員が参加業
  者の入札関連書類を提出期限前に一方的に順次開封し、その
  上で予定価格を操作したのでは−との官製談合疑惑が浮上、
  国会でも追及されたのだ。12月には3回目の入札が行われ
  るが、一連の騒動の波紋は収束しておらず、「五輪の聖地」
  が紡いだ栄光の歴史に汚点を残しかねない情勢だ。
   10月7日の臨時国会参院予算委員会は、緊迫した空気に
  包まれていた。「手続きが不公正で官製談合の疑いがある」
  7月に行われた国立競技場の解体工事の入札をめぐり、参加
  業者から内閣府に官製談合を疑う苦情申し立てがあったこと
  について、民主党の蓮舫氏が疑惑を追及した。それに対し、
  工事発注元で、参考人として出席した独立行政法人「日本ス
  ポーツ振興センター」(JSC、東京都港区)の河野一郎理
  事長は「第三者を入れた部会の調査で、談合なしと決定して
  いる」と、疑惑の払拭に努めた。ただ、河野理事長は蓮舫氏
  の別の質問に、弁護士や公認会計士らによるJSCの調査部
  会が入札担当職員に直接聞き取りをしないまま「談合の事実
  はなかった」と判断していたことも明らかにし、調査手法に
  も懐疑的な視線が注がれた。    http://bit.ly/2uIRN74
  ───────────────────────────

中沢新一氏.jpg
中沢 新一氏
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2017年07月11日

●「卸売業者の意見をなぜ聞かないか」(EJ第4560号)

 東京都議選の投票日直前に毎日新聞は、「中央卸売市場」を築
地から豊洲に移転すべきかどうかについて世論調査を行い、次の
ように伝えています。
─────────────────────────────
 毎日新聞が6月27、28両日に実施した電話世論調査で、豊
洲市場(江東区)の移転問題については「移転すべきだ」が28
%で、「移転を中止し築地市場を再整備すべきだ」の21%を上
回った。【樋岡徹也、関谷俊介】    http://bit.ly/2sS2UOP
─────────────────────────────
 「豊洲移転すべき28%/築地を再整備すべき21%」──大
差ではないことと、男女で意見に大きな差があるのです。男性は
「移転すべき」は4割で「再整備」の倍であるのに対し、女性は
「どちらともいえない」が54%を占めています。
 東京都の小池知事は、築地/豊洲併用論を打ち出していますが
その具体的内容は明らかになっておらず、知事自身は、どちらと
も決めていないのが現状であると思われます。都議会で態度を明
確にしているのは自民党と公明党の「豊洲移転」、共産党は「築
地再整備」です。自民党と公明党は、都議会の与党として「豊洲
移転」を推進しており、共産党ははじめから「豊洲移転」に反対
し、一貫して「築地再整備」を主張しています。
 現在、豊洲移転に反対する人のほとんどは、土壌汚染が解決し
ていないことを最大の原因に上げています。素人にはこれが一番
わかりやすいからです。しかし、そこを仕事場として使う市場関
係者の多くは、豊洲市場の市場としての使い勝手の悪さに強い不
満を持っているのです。
 一方、人類学者の中沢新一氏をはじめとする文化人、三国英実
氏などの農業・水産関係の専門家、伊東豊雄氏や森山高至氏など
の建築家の多くは、一貫して「築地市場は残すべきである」とし
て築地再整備を主張しています。
 それなら、都議会与党の自民党と公明党はなぜ「豊洲移転」を
推進したのでしょうか。それは、豊洲に新しい市場をつくろうと
する意思よりも、築地から市場を立ち退かせ、跡地の築地を再開
発しようとする何らかの強い意思が働いていたというしかないと
思うのです。そもそも市場よりも、移転後の築地の土地に最大の
関心があったということです。それは、築地が銀座にも近く、交
通の便もいい東京都の中心部であり、価格も高く売却できるから
です。この考え方は、かつて東京市の、日本橋魚河岸を移転させ
ようとする考え方に似たところもあります。
 ところで、築地市場の移転を決定し、豊洲の東京ガス跡地に土
地を取得し、移転を推進したのは石原慎太郎知事その人です。石
原氏は、自分が知事になったときには移転の方向は決まっていた
ので、その方針に沿って進めただけといっていますが、「築地市
場移転問題をめぐる」年表を見ると、石原知事が最初から相当の
意欲を持って、移転を進めたことは明白です。
 石原慎太郎氏がはじめて東京都知事に就任したのは、1999
年4月のことです。その11月に東京都は、東京ガス側に市場の
移転候補地として豊洲が最適であることを伝えています。ここに
石原氏の意思が入っていることは間違いないことです。
 問題なのは、石原都政時代の東京都が豊洲市場を設計するさい
築地の市場関係者の一部からしか意見を聞かず、独断で進めたと
みられることです。とくに市場の仲卸業者には秘密にしていたよ
うです。既出の中沢新一氏は、伊東豊雄氏との対談で、そのこと
を次のように述べています。
─────────────────────────────
 豊洲新市場の建築計画は当初、市場の仲卸たちには秘密にして
進行していたようです。それで出来上がった建物をはじめて案内
された市場の人たちは、思わず絶句して、帰りのバスの中はさな
がらお通夜のようだった。そのあとしばらくして、盛り土がなさ
れていなかったことや、土壌汚染があいかわらずの酷さだったこ
とがわかってきて、移転にたいする気持ちが変わってきた。
 築地市場の人たちの気持ちとしては、当初は移転も仕方のない
ことだと思っていたようです。しかし、じっさいに豊洲新市場の
建築を知るようになって、ここでは自分たちは、仕事ができない
と痛切に感じるようになりました。それほどに、豊洲新市場の建
物群は、ナマものを扱う市場の仕事場にふさわしくない構造をし
ているのです。    ──伊東豊雄氏×中沢新一(徹底討論)
               「『みんなの市場』をめざす」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 なぜ、仲卸業者の意見を聞かないで、豊洲市場を建設したので
しょうか。それは、仲卸関係者のほとんどが一貫して市場移転に
反対していたので、意見を聞くことができなかったものと思われ
ます。確かに、新任の石原知事が築地市場の移転を考えていると
知った市場関係者は、1999年12月にそれに反対する総決起
大会を開いているからです。この総決起大会には、日本共産党都
議団も参加しています。
─────────────────────────────
   1999年12月
   「築地市場移転に断固反対する会」総決起大会開催
─────────────────────────────
 かつて東京市は関東大震災を奇貨として、かなり強引に日本橋
魚河岸を築地に移転させましたが、そのさい移転に当たっては、
そこで働いていた業者の意見を取り入れ、何とか日本橋魚河岸の
文化を残そうと努力しています。その結果、魚河岸の文化は築地
に確実に伝えられ、さらなる発展をしたのです。
 しかるに築地市場の豊洲移転はついては、業者に対して少なく
ともそういう配慮はまったくなされていないのです。完成してか
ら案内され、仲卸業者たちは愕然としたのです。そのときはじめ
て豊洲市場が業者の立場に立った設計になっていなかったことが
わかったのです。      ──[中央卸売市場論/007]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲市場をゼロから見直すべきこれだけの理由
  ───────────────────────────
   結論から言うと、豊洲問題の解決には、日本の食文化がか
  かっているという視点が必要だ。かねてから様々な問題が指
  摘されてきた築地卸売市場の豊洲移転問題が、ここに来て、
  二進も三進もいかない状況に陥っている。
   元々、土壌が汚染されていることがわかっているガス会社
  の工場跡地に、世界最大の食品市場を移転させることには、
  根強い反対意見があった。しかし、市場の移転によって、築
  地という銀座から徒歩圏内にある都内の一等地の広大な土地
  の再開発が生み出す莫大な経済的利益は、そんな懸念をかき
  消すのに十分な魔力を持っていた。旨味、といった方がいい
  かもしれない。だから、もともと豊洲は食品市場の移転先と
  して立地条件が適していたから選ばれたわけではない。元々
  築地の再開発ありきで、押し出されるように豊洲に追いやら
  れた市場だ。設計段階から多くの問題を抱えたままの見切り
  発車となった。
   最近は豊洲市場問題で毎日のようにテレビに出ている一級
  建築士で建築エコノミストの森山高至氏は、地下水の汚染や
  盛り土問題が浮上する以前から、建築家の視点で、豊洲市場
  の問題点を自身のブログなどで指摘してきた。
                   http://bit.ly/2uXtAKz
  ───────────────────────────

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築地市場移転反対に立ち上がった市場業者
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2017年07月12日

●「なぜ、豊洲移転の話が出てきたか」(EJ第4561号)

 こんな話があります。1986年9月のことです。中曽根内閣
の副総理で民間活力担当であった金丸信氏らの何人かの閣僚は、
当時の東京都の鈴木俊一知事の案内で、東京臨海部と豊洲、晴海
地区を遊覧船で視察したのです。
 そのとき、金丸副総理は船を豊洲埠頭に着けて欲しいと要望し
ます。だが、そのときは、船を埠頭に着けることはできなかった
ので、海上からの視察になったのですが、もうひとつ金丸副総理
は鈴木知事に次の要望を出していたのです。
─────────────────────────────
 臨海部を視察後、東京ガス本社で、鈴木知事と東京ガスの安
 西浩会長と会食をしたい。        ──金丸副総理
─────────────────────────────
 この要望に鈴木知事は、東京ガスの意図を察し、会食は断った
といわれます。東京ガスはこの頃から豊洲の再開発を狙っていた
のです。実際に金丸氏は視察後、「金丸民活懇」を発足させ、積
極的にウォーターフロント開発構想を打ち上げたのです。東京都
はこれを受けて1988年に次の方針を策定しています。
─────────────────────────────
   臨海部副都心開発基本計画+豊洲+晴海開発基本方針
                      ──東京都
─────────────────────────────
 しかしこのとき鈴木知事は、築地市場の移転はまったく考えて
おらず、1986年の第4次再開発基本方針に基づき、1991
年1月から築地での再整備工事を進めていたのです。この基本方
針によると、築地の老朽化、狭隘・過密化などによって、再整備
が急務であるとし、次のように書かれています。
─────────────────────────────
 築地市場を他の場所に移転することは、流通の実体、社会的要
因から極めて難しい。現在地は隅田川の河口に面し、周辺には豊
海などの冷蔵庫群が控えるという優れた地理的条件下にありなが
ら、しかも22・5haという都心部としては広い敷地を有して
いる。                http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
 これは、鈴木俊一知事には築地を移転させるという考え方が、
まったくなかったことを示しています。それどころか、1988
年11月に鈴木知事は、築地市場の再整備に当たって基幹施設は
平面という卸売市場業界の常識に反する「水産1F/青果2F」
という前例のない大規模立体化計画を築地再整備基本計画として
決定しています。このように、鈴木市長は築地再整備になかなか
意欲的であったことがこれでわかります。
 それが青島幸男知事を経て石原慎太郎知事になって一変するの
です。石原氏は、知事就任のとき、既に豊洲市場への移転の方向
は決まっていたといっていますが、これは事実と異なります。し
かし、市場問題にはまるで関心のなかった青島幸男知事の時代に
都の市場部が築地市場の移転の可能性を密かに検討しはじめてい
たことは確かです。
 不思議なのは、営業を続けながら工事を続けてきた築地の再整
備工事が、1996年、約400億円を注ぎ込んだ時点で、突然
中断されたことです。一般的には工事が行き詰っていたといわれ
ますが、それを裏付ける事実はないのです。この工事中断は青島
知事の時代ですが、青島知事は市場問題には関心がなかったので
役人の中断するという報告をそのまま受け入れたものと思われま
す。それ以来、「築地の再整備は困難である」との噂が意図的に
流さるようになります。
 1996年1月、当時の市場長は「年頭会見」で、次のような
発言をしています。
─────────────────────────────
 築地市場の移転を検討するとすれば、豊洲なら可能性がある。
築地市場は現行計画を見直す必要がある。
                ──番所宏育東京都庁市場長
                   http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
 この時点で都は築地市場の移転を模索しています。なぜ、築地
再整備を中断したのでしょうか。何しろ都民の税金が約400億
円も既に使われているのです。
 1997年10月、東京都は、第14回再整備推進協議会にお
いて、次の発言をしています。
─────────────────────────────
 これまで関係業界から要請のあった移転候補地について、@臨
海副都心地区、A晴海地区、B豊洲地区が考えられるが、検討の
結果、Bについてはわずかながら可能性がある。
                   http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
 この時点では、東京都は築地再整備を完全に諦め、移転候補地
を探しています。これら、3つの候補地のうち、臨海副都心地区
は既に利用計画が具体的に決められており、入る余地はないとし
晴海地区については地域が狭すぎるとして外され、消去法で豊洲
地区が有力候補になっていたのです。
 「築地市場の現在地での再整備について」というタイトルの東
京都の文書には、豊洲について次の記述があります。あくまで豊
洲ありきですが、そこが東京ガスの跡地であることを知りながら
土壌汚染についてはまったく考慮されていないのです。
─────────────────────────────
 豊洲地区については、住宅系を中心とした開発整備計画が都と
して決定され、地権者との話し合いが進んでいるが、本地区は地
権者も少ないため、築地全業界が一致結束し、さらに、開発整備
計画の変更を都として決定すれば、100%不可能ではないであ
ろう。                http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/008]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲移転問題に見るファイナンス・リテラシーの壁
  ───────────────────────────
   今回取り上げるのは、メディアを賑わせている築地市場の
  豊洲移転問題です。「誰が決めたのか」「責任は誰にあるの
  か」「瑕疵担保条項をなぜ放棄したのか」といった議論を連
  日目にし、ファイナンスを勉強した諸氏の中には違和感を抱
  く方が結構いるのではないでしょうか?
   ファイナンスを学ぶ際、例えばグロービス経営大学院では
  ケーススタディを通じて「油田発掘プロジェクトAは初期投
  資が少ないが埋蔵量も少なく、Bはその逆。どちらを採用す
  べきか」「A社はX社を買収すべきか、それとも設備投資を
  増やして自力成長を目指すべきか」「A社は自社生産を外部
  アウトソースに切り替えるべきか」という意思決定の訓練を
  繰り返し行います。それらの分析の王道(というか唯一の判
  断基準)は、「それぞれの計画案の総投資額とそのプロジェ
  クトが将来にわたって生み出すキャッシュフローの正味現在
  価値(NPV)を計算して、NPVの高い方のプロジェクト
  を選択する」という方法です。
   築地市場に投資して再整備するか、豊洲へ移転するか、と
  いう問いは上記のケーススタディの応用事例にすぎません。
  (公共事業なのでどちらのNPVもマイナス、どちらがより
  小さいか、となるかもしれませんが)。
                   http://bit.ly/2tIny0F
  ───────────────────────────

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鈴木俊一元東京都知事
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2017年07月13日

●「なぜ築地再整備は中断されたのか」(EJ第4562号)

 なぜ、鈴木俊一知事が肝入りで、1991年から営業を行いな
がら鋭意進めてきた築地市場再整備工事を1996年になって突
然中断したのでしょうか。
 築地再整備中断の表向きの理由として東京都が上げているのは
次の2つです。
─────────────────────────────
 1.予定されていた築地再整備総予算の2380億円よりも
   1000億円以上かかることが明らかになったこと
 2.営業を続けながらのローリング工事は困難があり、工期
   が予定の14年から20年に延びる恐れがあること
─────────────────────────────
 これは事実上の「築地再整備不可能」の宣言です。この言葉は
築地市場移転派がつねに口にする言葉です。「築地市場の再整備
なんか今まで何回も失敗している。現実的ではない」です。
 しかしこれは東京都の大ウソなのです。このウソを暴いた人が
います。一級建築士の水谷和子氏です。水谷和子氏は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 私は今年、市場問題を調査する都議会の百条委員会に提出され
た段ボール箱174個分もの資料のリストから、「これは・・」
と思える資料は情報開示請求して改めて確認。根気のいる作業で
したが、20年続いたウソを裏付ける証拠資料をようやく手に入
れました。         ──水谷和子/「日刊ゲンダイ」
                   http://bit.ly/2tLwzGr
─────────────────────────────
 水谷和子氏は、これらの百条委員会用に提出された膨大な資料
を基にして、「日刊ゲンダイ」に次の4回の連載を掲載していま
す。この連載によって、東京都が築地市場を豊洲に移転させるウ
ラの話がわかるので、以下は水谷氏の連載を参照にして記述する
ことにします。
─────────────────────────────
          一級建築士/水谷和子著
       「築地移転/20年目の事実」
   2017年6月22日〜6月27日付/「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 1999年5月11日のことです。石原慎太郎知事が当選して
から約1ヶ月後のことです。同日の午後2時35分に、ある会議
が行われているのです。出席者は次の通りです。
─────────────────────────────
 期日:1999年5月11日
 時間:午後2時35分〜3時00分
 場所:東京都庁7階小会議室
 議題:中央卸売市場の事業説明の概要
 出席:石原慎太郎知事、浜渦武生特別秘書、福永正通副知事、
    青山やすし副知事
 主催:東京都市場当局
─────────────────────────────
 ここでどのような話があったかについては、会議資料から窺い
知ることができます。それは、築地市場の再整備の現況の報告と
市場会計の積立金の説明であると思われます。なお、情報が限ら
れているので、推定も交えて書いています。
 市場会計の積立金は3005億円。このうち、既に400億円
を一般会計に貸し付け、その資金は築地市場再整備に使われてい
ます。つまり、現在の積立金はその分を引くと、2605億円と
いうことになります。
 ちなみに、築地市場を含む都内11ヶ所の卸売市場の会計予算
は東京都の一般会計からは切り離し、独立採算が原則です。この
3005億円は当時の築地市場の再整備工事の費用として蓄えて
きたものです。さらに1999年度には、2000億円を築地市
場再整備用として、一般会計に貸し付けることになっているので
す。そういう計画だったからです。
 しかし、400億円を一般会計に貸し付けた1996年時点で
築地再整備工事は中断され、当然のことながら、このことは実行
されていないのです。しかし、積立金の残高は会議の時点では、
605億円に減っているのです。
 どうしてこのようなことになるのでしょうか。この会議では、
その事情が説明されたものと思われます。その事情について、水
谷和子氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 なぜ巨額の積立金を無謀にも取り崩したのか。その答えには、
当時の東京都の財政状況が大きく影響しています。88年に当時
の鈴木俊一都知事が鳴り物入りで立ち上げた「東京臨海副都心開
発基本計画」──。土地の投機熱が頂点に達していた頃の壮大な
プロジェクトは、バブル崩壊によって進出企業が次々と撤退。臨
海部の開発資金は、主に進出企業に出資を募る独立採算の特別会
計(臨海会計)で賄っていましたが、撤退企業への権利金の返済
ラッシュで行き詰まったのです。
 そして臨海会計はいよいよ底を尽き、現預金の残高は2000
万円弱という悲惨な状況となりました。その臨海会計の破綻危機
を救ったのが、築地再整備の積立金でした。一般会計に貸し付け
た計2400億円は巡り巡って、バブル政策の尻拭いに流用され
たのです。                 ──水谷和子著
         「築地移転20年目の真実」/日刊ゲンダイ
                   http://bit.ly/2tH2lWM
─────────────────────────────
 何ということでしょうか。もともと築地市場再整備のための予
算は東京都のバブル政策の尻拭いに使われていたのです。これが
築地再整備が進まない原因です。東京都の役人が築地市場の移転
地を探しはじめたのは、こういう事情だったのです。
              ──[中央卸売市場論/009]

≪画像および関連情報≫
 ●小池百合子都知事よ「愚鈍なロバ」となるなかれ
  ───────────────────────────
   「ビュリダンのロバ」という寓話(ぐうわ)がある。腹を
  すかせたロバが、左右2方向に分かれた辻に立っている。そ
  れぞれの道の先には同じ距離、同じ量の干し草が置かれてい
  るが、いずれか一方を選べずに餓死してしまう。両者に優劣
  をつけることができないという「選択の壁」にぶつかり、結
  果として身を滅ぼしてしまうことを表しているらしい。
   ことほど左様に意思決定は難儀なものだ。まさか東京都の
  小池百合子知事はロバと同じ轍(てつ)は踏むまいが、混迷
  する築地市場の移転問題をみるにつけ余計な心配がよぎって
  しまう。豊洲への移転か、築地の再整備か−。分かれ道を作
  り出したのは他ならぬ小池氏だった。移転延期を表明したの
  が昨年8月31日。以後、豊洲市場の主な建物下に土壌汚染
  対策の盛り土がなかった実態や、不透明な施設落札の経緯、
  基準値を大幅に超える有害物質の検出など次々と問題が噴出
  した。延期の決断がなければ表沙汰にならなかったであろう
  事柄もあり、都行政のずさんさや怪しげな利権構造の一端を
  暴いたという点では、まさに「小池流」の面目躍如だ。
   加えて、都議会百条委員会という“お白州”に石原慎太郎
  元都知事を引っ張り出す流れを作り、「大年増の厚化粧」発
  言の意趣返しまで果たした。小泉純一郎元首相や橋下徹前大
  阪市長らと同様、仮想敵を仕立て、メディアを通じた劇場型
  の手法で世論を導く政治的センスは出色。圧倒的支持率もう
  なずける。            http://bit.ly/2ucGuXE
  ───────────────────────────

水谷和子氏.jpg
水谷 和子氏
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2017年07月14日

●「築地再整備は実質何もしていない」(EJ第4563号)

 築地再整備を決めた鈴木俊一知事は都知事4選を果たしており
4期目は次の4年間です。この期間中に築地の再整備工事は進め
られていたはずです。
─────────────────────────────
    鈴木俊一知事/4期目
    1991年4月23日〜1995年4月22日
─────────────────────────────
 確かに、東京都は築地市場の「第4次再整備基本方針」に基づ
き、1991年1月から築地の再整備工事をはじめています。こ
の工事は、鈴木都政の4期目の4年間を通して、続けられていた
ことになっています。しかし築地市場の完成当時の写真と見比べ
ても、どこをどのように工事したのか、はっきりしないのです。
写真を見ても、どこも変わっていないように見えるからです。
 もちろん、当初の工期は14年ですから、鈴木知事退任後さら
に10年間工事を続け、2005年に完成する予定だったことに
なります。何とも超スローペースの工事です。もっとも営業を続
けながらの工事であり、当時は築地の最盛期であったので、時間
がかかることは理解できますが・・・。
 実は、鈴木都政4期目の4年間を通して、準備段階で400億
円を使いながら、仮説の駐車場などを作っただけに止まっている
のです。したがって、築地市場自体は何も変わっていないのは当
然のことです。なぜそうなったのかというと、理由は次の3つに
絞られます。
─────────────────────────────
       1.種地が確保できなかったこと
       2.あまりに時間と費用がかかる
       3.業界の調整が大変だったこと
─────────────────────────────
 ここで「種地」とは、工事のためある部分を移動するための土
地のことです。そのため、業者同士でモメたりと、いろいろ大変
だったことは理解できます。この築地再整備について、建築家で
東北芸術工科大学教授の竹内昌義氏は、築地再整備について次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 この平成元年(1989年)前後は築地市場のピークの時期で
ある。最も混んでいた時代である。計画自体は青果と水産で二階
建て。再開発のビルが新大橋通り沿い、隅田川沿いにも建設され
る大規模な再開発プロジェクトであった。ローリング(少しずつ
工事の現場を移動していき、結果として全部の工事をする方法)
するためのスペースがなかったことも理解できる。しかし、当時
のローリング工事の計画は、市場機能の配置に対しての配慮があ
まり感じられない。ここから約30年、時代は大きく変化したの
である。        ──竹内昌義著/「築地市場改修案」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 5年間という年月をかけて、しかも400億円もの大金を使っ
てできたのは「仮設の駐車場」だけです。そんな馬鹿なことはな
いと思います。したがって、1996年に一般会計に築地再整備
費用の名目で貸し付けた400億円もバブル政策の後始末に使わ
れたものと思われます。したがって、その後の追加の2000億
円と合わせて「臨海会計」のために使われたのです。
 つまり、東京都は最初から築地再整備などやる気はなかったの
です。ただし、東京都の市場当局としては、鈴木知事の治世下で
は最小限の工事にとどめ、築地再整備にはまるで関心のない青島
治世下の4年間で築地の移転地を必死で探していたものと思われ
ます。青島幸男知事は、臨海副都心計画は実施しないことを公約
にして当選しているのです。
 築地再整備のための市場会計の積立金がバブル政策の後始末に
使われたのではないかという噂は市場関係者間ではかなり広がっ
ていたようです。築地問題に詳しいジャーナリスト池上正樹氏の
レポートによると、ある市場関係者は次のように述べています。
─────────────────────────────
 当初、築地での再整備計画で、都は約2400億円の予算を組
んでいたんです。しかし、バブルが崩壊して、臨海再開発も失敗
し、財政が悪化した。本来は、築地再整備のための独立会計予算
をその穴埋めで使ってしまい、資金が不足した。だから築地を売
却して、移転するしかなくなってしまったのです。
                   http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
 これに加えて池上正樹氏は、「東京魚市場卸協同組合五十史」
の次の記述を紹介しています。
─────────────────────────────
 都の路線変更にあったのは、バブル経済の破綻で都市場の財政
事情が極めてひっ迫してきたことがある。都市場は企業会計方式
を採用しており、施設整備費の大部分は起債に依存していた。使
用料で賄うことなどは殆ど不可能である。起債残高が1000億
円もある中で、すべてを築地市場に投入するわけにはいかない事
情があった。             http://bit.ly/2uLlxB5
─────────────────────────────
 このように、築地市場を再整備するための積立金を取り崩して
しまった東京都の市場当局としては、それを取り戻す方策として
考えたのが築地市場の売却です。今や築地は銀座に近い東京の一
等地であり、高く売れるからです。
 その代わり、築地市場をどこかに移動させる必要があるが、な
るべく土地の安い場所に移動させることができれば、市場を建て
ても欠損の穴埋めができるからです。そしてそのターゲットとし
て選ばれたのが、豊洲の東京ガスの跡地なのです。そのさい、食
の安全・安心のことはまるで考えていなかったのです。まさに役
人の浅知恵です。土壌汚染のことなどほとんど考えていなかった
と思われます。       ──[中央卸売市場論/010]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ豊洲が選ばれたのか/「築地移転延期」
  ───────────────────────────
   そもそも、築地市場の移転先として豊洲が選ばれたのはな
  ぜか。老朽化が進んでいる築地市場をめぐっては、1980
  年代〜90年代に移転や現在地での再整備が検討されたが、
  調整の難航や整備費の増大などで、都はいったん計画を中断
  した。業界団体の要望などを受け、都は平成10年ごろから
  再び移転先の模索を開始。候補地には豊洲のほか、江東区の
  石川島播磨重工業造船所跡地や有明北、中央防波堤内側、中
  央区晴海の5ヶ所が挙がった。
   選定の条件となる用地の広さや交通アクセス、築地の商圏
  への近さを検討し、都は豊洲のみが全ての条件を満たすと判
  断した。ただ、対象地は東京ガスの工場跡地で、同社は土地
  売却に前向きではなかったが、移転を進める石原慎太郎知事
  (当時)は“右腕”の浜渦武生副知事(同)を交渉役にあて
  「三顧の礼を払って説得した」(石原氏)。
   ガスの製造過程ではベンゼンやシアン化合物、ヒ素などの
  有害物質が発生する。13年の同社による調査で、工場跡地
  の土壌から環境基準の1500倍に上るベンゼンが検出され
  たが、都は「東京ガスの土壌汚染処理が完了すれば問題はな
  い」とし、反対の声も上がる中で、同年に豊洲移転を正式に
  決めた。             http://bit.ly/2tgbu54
  ───────────────────────────

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青島幸男元東京都知事
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2017年07月18日

●「最初からなかった築地再整備計画」(EJ第4564号)

 問題を整理します。築地再整備のために用意していた2400
億円の予算を、臨海副都心計画破綻の穴埋めに使ってしまった東
京都の市場当局は、何とかしてこの危機を乗り切る必要があった
のです。当時の市場長は宮城哲夫氏です。
 危機の打開策は、築地の再整備ではなく、中央卸売市場を別の
場所に移転させ、価値の高い築地を売って欠損している会計を修
復させるしかないと考えたのです。そこで、既にスタートしてい
た築地再整備工事を世間にはわからないよう事実上中断させ、築
地市場問題に関心の薄い青島幸男知事の4年間に、築地市移転の
候補地を探し、東京ガスの跡地しかないと判断したのです。
 そして、1999年5月11日に、宮城市場長は、就任間もな
い石原知事に対し、予算状況を説明し、そして、次のことを訴え
たのです。
─────────────────────────────
・豊洲の開発は、地権者との最終合意が平成13(2001)に
 予定されており、それから逆算すると、平成11(1999)
 年10月頃には結論を出さないといけない。
・豊洲周辺は道路の整備が進んでいるが、幹線道路の整備が平成
 27(2015)年には終了するので、その時点で移れば、現
 在地で20年、30年かけて整備するより、短時間で再整備を
 することができる。            ──水谷和子著
         「築地移転20年目の真実」/日刊ゲンダイ
                   http://bit.ly/2ulNulS
─────────────────────────────
 ひどい話です。この時点では工事中であるはずの築地の再整備
は断念し、「豊洲ありき」でコトは進んでいたのです。そのため
東京都は、築地再整備は困難、実現はさらに20年、30年かか
るという世論を形成しようとしていたのです。
 この刷り込みは、小池都政になった現在も根強く残っており、
築地市場の豊洲新市場への移転を「やむなし」とする移転推進派
のバックボーンになっているのです。確かに、築地再整備に着手
した1991年は築地市場は活況を呈していて、種地はなく、営
業を継続しながらでの再整備が困難だったのです。しかし、現在
では取扱高も半分に減少し、種地はいくらでもあるのです。それ
でもまだ再整備は多くの費用と時間がかかるので困難という人が
多いのは、この刷り込みの成果なのです。
 1999年5月11日の会議に話を戻します。宮地市場長が説
く築地市場移転について、その会議の出席者の一人である青山や
すし副知事は、次のように反対しています。
─────────────────────────────
 移転で腹を決めても、中央区は反対しているし、関係の議員も
反対している。また、移転跡地の売却を考えているが難しい面が
あるし、公園整備など一般会計の持ち出しが必要になることも考
えられ、慎重な判断が必要である。
               ──水谷和子著の前掲資料より
─────────────────────────────
 青山やすし氏は、小池知事登場後「築地か豊洲か」の問題で、
よくテレビに出演する機会がありますが、当時の責任者の一人で
あるにもかかわらず、テレビでは、まるで関係のない部外者のよ
うな発言をしています。しかし、当の石原知事はそのときの会議
では、次のような質問をしただけだったといいます。
─────────────────────────────
        ・遠洋漁船は築地に接岸できるのか
    ・大田市場の移転はどのくらいかかったのか
               ──石原慎太郎知事
─────────────────────────────
 石原知事にしてみれば、都知事に就任早々、鈴木都政以降の臨
海副都心計画破綻処理の難問を突きつけられ、築地市場どころで
はなかったといえます。1979年に初当選した鈴木俊一知事と
いえば、自民党をバックにして大企業が歓迎するハコもの行政を
展開した知事として知られています。
 新宿に巨大庁舎を建設して都庁を移転させ、江戸東京博物館や
東京芸術劇場を作り、臨海副都心開発を計画し、1989年に着
手しています。1980年代といえば、日本は株式市場に続いて
不動産価格も投機資金で沸騰していたのです。いわゆるバブル現
象ですが、その頂点が1989年だったのです。それから10年
後に石原都政が開始されることになります。
 このようにして築地再整備のための積立金はバブル処理のため
に使われてしまったのですが、石原都政の間を通じて、市場会計
だけではなく、さまざまな隠蔽工作が行われています。これらの
穴埋め隠蔽工作について、「櫻井ジャーナル」というタイトルの
ブログでは、次のように書かれていいます。ちなみにこのブログ
の記事の日付は、2013年12月になっています。
─────────────────────────────
 こうした中、進められた臨海副都心開発は破綻、2001年に
は「臨海副都心事業会計」を、黒字の「埋立事業会計」「羽田沖
埋立事業会計」と統合して帳簿上、赤字と借金の一部を帳消しに
するという詐欺的な行為に出る。が、地方債と金利負担がなくな
ったわけではなく、2013年から20年度までに約2465億
円を返済しなければならないという。この破綻プロジェクトを誤
魔化そうとすればするほど事態は悪化、このまま進めば東京はデ
トロイト化しかねない。
 鈴木から猪瀬まで東京都は大変な無駄遣いを続けてきたわけだ
が、その一方で福祉政策を切り捨て、学校や図書館などの予算は
削り、職員の給与を引き下げてきた。庶民が恩恵を受ける政策を
「バラマキ」と批判してきたマスコミは、巨大資本や富裕層を儲
けさせる政策には寛容な姿勢を示している。
                   http://bit.ly/2tsX01V
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/011]

≪画像および関連情報≫
 ●「豊洲移転&築地再開発」案はまやかし/平将明氏
  ───────────────────────────
   大田青果市場の元仲卸業者として、豊洲市場移転問題の行
  方を懸念していました。結論を先延ばしにしていた小池百合
  子都知事は都議選の前に決断、「豊洲移転&築地再開発」案
  をぶち上げ、7月2日の都議選に大勝しました。しかし、こ
  れは小池都知事が繰り出した”まやかし”で、このまま進め
  ることには警鐘を鳴らす必要があります。私はその正体を暴
  き、合理的解決策を導きたいと思います。
   豊洲市場移転問題については、私が前回のコラムで「決め
  ないわけにはいかない」と指摘した通り、小池都知事は都議
  選前に決断を下しましたね。豊洲への移転は歓迎したいと思
  いますが、まったく余分なのは築地の再開発。豊洲に移転し
  た後、築地に戻ってくるのは絶対にありえない。税金のムダ
  遣いになるので止めなければいけません。
   小池都知事の何が一番の罪かというと、築地の人たちを分
  断したことです。30年近く時間をかけてようやく豊洲に行
  くと心を一つにしたのに、それを昨年11月に止め、分断し
  てしまいました。また、築地の再整備ができるというような
  ことを打ち出し、さらに分裂を深めました。小池都知事は、
  「決断できない」という批判もあり、それが都議選に不利だ
  という考えから決断を演出したわけです。
                   http://bit.ly/2tWLQpP
  ───────────────────────────

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青山やすし元東京都副知事
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2017年07月19日

●「石原元都知事はどう決断したのか」(EJ第4565号)

 1999年5月11日の会議で、築地市場再整備の予算の状況
と豊洲ありきの市場移転計画を聞いた石原知事は、結局、3ヶ月
後に築地市場を豊洲に移す決断をしたのです。宮城市場長の次の
言葉が知事の早期決断を促していたからです。再現します。
─────────────────────────────
 豊洲の開発は、地権者との最終合意が平成13(2001)に
予定されており、それから逆算すると、平成11(1999)年
10月頃には結論を出さないといけない。   ──水谷和子著
         「築地移転20年目の真実」/日刊ゲンダイ
                   http://bit.ly/2ulNulS
─────────────────────────────
 宮城市場長は「1999年10頃まで」と石原知事に決断を求
めたのです。決断までには5ヶ月しかないのです。結局、石原知
事は3ヶ月で結論を出しています。そのとき、石原知事は、宮城
市場長らにどのような言葉で伝えたのでしょうか。
 水谷和子氏は、1999年8月10日付の「Gブリ資料」と、
8月13日付の「Gブリ概要」を開示請求をして入手し、次の石
原知事の言葉を掴んでいます。「G」とはガバナーのG、つまり
知事、「ブリ」はブリーフィングのことです。
─────────────────────────────
 ・移すだけの話。多摩の方に行くわけじゃないんだよな
 ・移転の場合、豊洲はいつ頃から工事に入る予定か
 ・いまのアクセスではだめだろ。この地区だけ、環2を早く
  つくればいいのでは
 ・予算の面が何より重要だな
 ・ローリング(築地市場を営業しながらの再整備)なんかで
  やっていられない。移転しかないな
 ・築地市場には視察に行く      ──石原慎太郎知事
              ──水谷和子著の前掲資料より
─────────────────────────────
 このようにして、東京都の市場当局は、市場会計の帳尻合わせ
のために、青島知事に相談することなく、築地市場での再整備を
あきらめ、築地市場の売却を前提にその移転先を東京ガス豊洲工
場跡地しかないと決めたのです。そしてそのその決断を着任早々
の石原知事に求めたのです。
 この一連の東京都の判断は、その後の都政に少なからぬ影響を
与えることになります。それは現在の小池都政でも「築地か豊洲
か」の論争を巻き起こしています。その問題点をまとめると、次
の4つになります。
─────────────────────────────
 1.豊洲市場への移転を正当化するため築地市場の再整備が
   困難であるとの嘘を宣伝をしたこと
 2.安全・安心を考慮しないで、ガス製造工場の跡地に中央
   卸売市場を移転させようとしたこと
 3.市場会計の帳尻合わせのために価値のある築地市場の売
   却を前提に移転させようとしたこと
 4.都民には築地市場を現地で再整備すると宣言しているの
   に実際には工事を行っていないこと
─────────────────────────────
 石原知事が豊洲移転を決断し、東京ガスとの交渉を実際にはじ
めることにしたのは、知事就任の半年後の1999年11月24
日のことです。その日、福永正通副知事が東京ガスを訪問しまし
たが、東京ガス側は「ただちに移転ありきの検討はできない」と
断っています。これには少し事情があるのです。
 石原慎太郎氏が都知事に就任する約6ヶ月前の1998年9月
21日のことですが、その日、東京都は東京ガスを訪問していま
す。このとき東京都は、ある事情について、東京ガス側に説明し
詫びを入れに行ったのです。どのような事情かについては、日本
共産党の赤旗編集局による著書から引用します。
─────────────────────────────
 開示された資料をみると、1998年9月21日、最初の東京
ガスとの話し合いが始まりました。この記録を見ると、話し合い
の発端は、都にたいして、水面下で臨海部への移転の可能性につ
いて、三菱総研に委託して調査していたことを抗議するものでし
た。臨海部への移転の可能性について、都が、東京ガス豊洲工場
跡地もその対象の一つとして、東京ガスに許可もなく8月から調
査を行っていたことが発覚し、同年9月21日になって経緯の説
明に東京ガスに訪問しました。
 東京ガス側は文書での謝罪も要求しました。このことが、築地
市場の移転との関連で問題になるのは、98年4月、市場業界6
団体から臨海部への移転可能性の調査・検討の要望が都に出され
て、水面下で都が具体的に動きだしていたということです。
        ──赤旗編集局著/日本共産党東京都議団監修
        『徹底追及/築地市場の/豊洲移転/崩された
             「食の安全・安心」/新日本出版社
─────────────────────────────
 当時、業界団体と東京都との間では「築地市場再整備推進協議
会」という公式な協議の場があったのです。その第15回の協議
会が1999年2月に行われているのですが、そのときは、19
97年10月開催の第14回の協議で確認された「築地現在地で
の再整備案を出発点とする」ということが全員で再確認されてい
るのです。つまり、この時点ではあくまで築地再整備だったので
すが、都の市場当局は内心豊洲移転を決めていたのです。
 そして1999年11月24日、福永副知事が東京ガスを訪問
し、豊洲の東京ガス跡地を買いたいと申し入れたのですが、東京
ガスは拒否しています。東京ガスとしては、東京都に対してよい
感情を持っていなかったと思われます。しかし、その後、石原知
事の命を受けた浜渦武生特別秘書が東京ガスを訪問し、水面下で
交渉を行うことが決まるのです。しかし両者が合意するまでには
2年の月日を要するのです。 ──[中央卸売市場論/012]

≪画像および関連情報≫
 ●東京都がひた隠す 豊洲汚染地・土地売買の深い闇
  ───────────────────────────
   これは犯罪だ。民間企業なら背任に問われる所業が、東京
  都では野放しになっている。豊洲新市場の土地買収に責任を
  負うのは誰なのか?汚染された土地の買収過程に疑問を抱い
  た市民らが、高値で購入したのは、公金の違法支出だとして
  「返還」を求めた裁判が佳境を迎えている。
   豊洲新市場が立つ土地は、もとは東京ガスの工場跡地だっ
  た。ガス精製過程で様々な毒物が出る。東京都は2001年
  に豊洲への移転を決定。東京ガスは同年、土地に汚染が残る
  ことを明らかにした。2007年に開かれた専門家会議では
  基準値の4万3000倍ものベンゼンや860倍ものシアン
  化合物が測定されたことが明らかになった。にもかかわらず
  2011年に都は土地代金を払ってしまった。汚染を知りな
  がら購入したのである。
   原告団の証拠説明書によれば、東京ガスは汚染対策工事費
  用100億円と、追加の78億円を支払っているが、そんな
  金額では極度に汚染された豊洲の浄化は困難だった。都が支
  払った土地代金は1859億円。だが都はさらに汚染対策費
  849億円をつぎ込んだ。土地代の半分ほどに当たる。もっ
  と安く買うこともできたはずだ。東京ガスは売り物にならな
  い土地を高く売り抜けたことになる。
                   http://bit.ly/2cbDJOK
  ───────────────────────────

石原元都知事.jpg
石原元都知事
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2017年07月20日

●「築地市場再整備の歴史を振り返る」(EJ第4566号)

 石原知事は都知事に就任するや、非常に早いテンポで築地市場
の豊洲移転を決めています。市場会計の問題があるので、東京都
の役人の書いた筋書きに乗らざるを得なかったという事情もある
ことは確かです。
 石原慎太郎氏が東京都知事に就任したのは1999年4月23
日のことです。そして、2001年2月に石原知事は都議会で、
築地市場の豊洲移転方針を表明しています。約2年ですが、その
間の年表を作ってみます。
─────────────────────────────
◎1999年 4月23日:石原知事就任
       5月11日:石原知事市場会計の現状を聞く
       8月13日:築地市場の移転を決める
       9月   :石原知事築地市場視察/「古い、
             狭い、危ない」と発言
      11月 9日:築地市場再整備推進協議会で、都
             は再整備の困難性指摘。移転に方
             向転換が必要と発言
      11月24日:福永副知事東京ガスを訪問。豊洲
             工場の土地の売却を打診
◎2000年 6月 2日:東京ガスが都に質問状
       7月   :浜渦武生氏が副知事に就任。
      10月 4日:浜渦副知事が福永副知事に代わっ
             て東京ガス担当になる。
 2001年 1月25日:東京ガスは実施済みの土壌汚染調
             査の結果および対策工事内容発表
◎2001年 2月   :石原知事が都議会で築地市場を豊
             洲に移転する方針を表明
─────────────────────────────
 これを見ると、石原氏は、知事就任後約4ヶ月で、再整備をす
ることで決まっていた築地市場を豊洲へ移転させる決心を固め、
そのうえで築地を視察しています。視察をしてから決めるのでは
なく、決めてから視察しているのです。決めた以上、「築地には
問題がある」ということを強調する必要があります。それがあの
「古い、狭い、危ない」の発言になるのです。この発言が実態を
あらわしていないことは、7月7日のEJ第4558号で詳しく
述べています。            http://bit.ly/2tv2db3
 ここで築地市場の年表を作る必要があります。築地市場は開設
後約50年が経過した頃から、何回にもわたって再整備の計画が
持ち上がっては消えています。そして、鈴木俊一都政が終わった
頃から、東京都として、移転に舵を切るのです。次の年表を見る
と、東京都が何とかして築地市場を移転させたがっている様子が
よくわかります。
─────────────────────────────
◎1935年:築地市場開設
◎1986年 1月:
 東京都が首脳部会議で築地市場の現地再整備を決定
◎1986年12月:
 第4次東京都卸売市場整備計画策定。築地市場を大井市場への
分散・移転方針させる計画を断念し、現在地での再整備を決定。
◎1990年 6月:
 築地市場再整備基本設計/工期14年、総工費2380億円
◎1991年11月:
 第5次東京都卸売市場整備計画策定。現在地において営業を続
けながら、再整備(水産1階/青果2階の立体配置)
◎1991年〜1995年:
 再整備工事に着工すると、以下の問題が顕在化。@工期の遅れ
A整備費の増嵩(再試算で3400億円)、B業界調整の難航
◎1993年:
 築地市場に正門仮設駐車場、仮設搬入別棟完成。整備費が当初
の計画より約1000億円増加し、3400億円に膨張
◎1995年:
 1995年7月に臨海地区を調査し、8月に初めて豊洲の名が
移転候補地の1つとして上がったこと。東京都キーマンの発言。
「いまは豊洲への移転の方向で動いている」(青島知事特別秘書
/辺見廣明氏)「番所市場長が築地は豊洲へ移転しなければなら
ないという趣旨の話をあちこちで吹聴していたので、『市場長の
立場でいうべきことではない』とクギを刺した覚えがある」(青
島知事時代副知事/植野正明氏)
◎1995年10月:
 水産仲卸、水産卸など市場3団体が工事促進の要望書を東京都
に提出。
◎1995年11月:
 買荷、茶屋など市場3団体が工事見直しの要望書を都に提出
◎1996年 1月:
 番町市場長が年頭に次の発言。「築地市場の移転を検討すると
すれば、豊洲なら可能性がある。築地市場は現行計画を見直す必
要がある」。
─────────────────────────────
 いわゆるバブル時代ではハコモノづくりが当たり前です。19
86年以降の東京都の対応を見ると、ごった返している築地市場
を苦労して再整備するよりも、新しくハコモノの市場を建設し、
築地を売れば・・・という意思がありありです。そこには、世界
に誇るべき日本の文化遺産である築地市場をなんとかして遺そう
という意思がまるで感じられないのです。
 新しいハコモノを作れば、多くの利権が得られるうえ、天下り
できるところも増えるのです。しかし、現在地での再整備では、
そういうメリットはほとんど得られず、東京都の上級幹部はもと
もと乗り気ではなかったのではないでしょうか。それにしてもこ
ともあろうに、ガス工場の跡地に水産物を扱う卸売市場を移そう
というのは最悪です。    ──[中央卸売市場論/013]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ「最もふさわしくなかった」豊洲が選ばれたのか
  ───────────────────────────
   都の中央卸売市場は、1986年の第4次再整備基本方針
  に基づき、91年1月から、築地での再整備工事を進めてい
  た。基本方針では、「老朽化」「狭溢・過密化」などによっ
  て、再整備が緊急な課題になっているとして、次のように必
  要性を示している。
   「築地市場を他の場所に移転することは、流通の実体、社
  会的要因から極めて難しい。現在地は隅田川の河口に面し、
  周辺には豊海などの冷蔵庫群が控えるという優れた地理的条
  件下にありながら、しかも22・5haという都心部として
  は広い敷地を有している」。
   つまり、この時までは、市場は移転するのではなく、あく
  までも築地での再整備が前提だった。88年11月、当時の
  鈴木俊一都政は、庁議に諮り、再整備基本計画を決定してい
  る。それは、基幹施設が「平面」という卸売市場業界の常識
  を破る「水産1階、青果2階」という前例のない大規模立体
  化計画だった。築地で再整備だったはずが、東京魚市場卸協
  同組合(以下、東卸)が02年11月に発行した『東京魚市
  場卸協同組合五十年史』によると、95年8月、市場当局が
  前月に調査に出かけた港湾局と「協議」したという記述があ
  る。港湾局からは、<臨海部に市場が立地できる場所は城南
  島(東京都大田区)、豊洲、外防(※筆者注:中央防波堤外
  側)であれば可能性がある>ことを示唆されたという。
                   http://bit.ly/2vsRY73
  ───────────────────────────

築地市場におけるセリの風景.jpg
築地市場におけるセリの風景
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2017年07月21日

●「豊洲移転の真の原因は都市博中止」(EJ第4567号)

 築地市場の豊洲移転の経緯について調べてみると、全ての原因
が青島幸男都知事による都市博開催中止にあることがわかってき
ます。全ては、青島都政の4年間に東京都の市場当局(2人の市
場長)が根回しをし、石原都政で実現させようとしたものです。
これによって次の3つのことがわかってきます。
─────────────────────────────
 1.石原元知事は、自分が都知事になったとき、築地市場の
   豊洲への移転のレールは敷かれていたといっているが、
   まんざら嘘ではない
 2.東京ガスは、計画があったので中央卸売市場に豊洲工場
   の跡地を売るつもりはなかったといっているが、それは
   本当のことではない
 3.築地市場再整備を否定し、豊洲への流れをつくったのは
   番所宏育市場長と宮城哲夫市場長で、そのバックには自
   民党の政治家がいる
─────────────────────────────
 1995年4月に都知事選があったのです。鈴木俊一知事の高
齢引退による都知事選です。臨海副都心地区で開催が予定されて
いた世界都市博覧会を推進する石原信雄氏と、都市博に反対する
青島幸男氏の事実上の一騎討ちです。
 自民・社会・公明・民社・自連・連合が推薦し、さきがけが支
持する石原信雄氏が、東京都知事選では史上初のオール与党相乗
りで立候補したこともあって、誰もが石原氏が勝利すると思って
いたのです。しかし、都市博中止を公約にした青島幸男氏が勝利
し、青島都知事が誕生したのです。そして公約通り、青島知事は
多くの反対を押し切り、都市博を中止したのです。
 そもそも都市博は臨海副都心開発の起爆剤として企画されたも
のであり、多くの企業は当然都市博が行われるものと信じて既に
開発に取り組んでいたのです。東京ガスもそのひとつです。それ
が突然中止になったのですから、大幅な開発計画の見直しを余儀
なくされることになります。築地市場のある幹部は、東京ガスの
計画について、次のように語っています。
─────────────────────────────
 東京ガスが豊洲に計画していたのは、レインボーブリッジから
豊洲に橋をかけるというマンハッタン・ベネチア構想といわれる
ものでしたが、都市博中止で頓挫。東京ガスは同時に計画されて
いた豊洲の護岸強化工事などを進めていましたが、都が撤退した
ことにより、約60億〜70億円の工事費を自前で拠出しなけれ
ばならなくなった。その時に助け舟を出したのが、監督官庁でも
ある都の港湾局長(当時)、つまり石川千代田区長でした。
                   http://bit.ly/2tgJBLe
─────────────────────────────
 ここに石川雅己千代田区長が登場するのです。今年初めの千代
田区長選で、小池知事の支援を受けて、圧勝したあの区長です。
石川雅己氏は当時東京都の港湾局長を務めていたのです。そのた
め、東京ガスの幹部が豊洲の所有地に東京都の公的な施設を誘致
できないかと石川港湾局長に相談したのです。
 その結果、石川港湾局長は、東京ガスに対し、築地市場を豊洲
に移転させるプランを提案したのです。築地市場の移転先を豊洲
に特定したのは、おそらくこれが初めてであろうと思います。し
かし、当時築地市場は、現在地で営業しながら再整備を進める方
針を決定し、工事が始まっていたのです。前出の築地市場の幹部
は、これについて次のように述べています。
─────────────────────────────
 もちろん石川局長だけで市場移転の話が進むはずもなく、95
年夏頃、番所(宏育)築地市場長(当時)、自民党の政治家らが
秘密の会合を持ったとされています。この時から築地再整備の流
れがガラリと変わった。        http://bit.ly/2tgJBLe
─────────────────────────────
 石川雅己氏は1963年に都庁に入庁し、1975年に千代田
区役所に企画課長として出向しています。石川氏と千代田区の関
係はここからはじまるのです。この頃から石川氏は、都議会自民
党のドンと呼ばれていた内田茂氏に見込まれるようになります。
 都庁に戻ってからは港湾局長、福祉局長を歴任して、1999
年に退職し、首都高速道路公団理事を務めた後、2001年に千
代田区長に当選します。3期までは内田氏の支援を受けて当選、
4期は内田氏が対立候補者を立てたのですが勝利し、5期は小池
氏の支援を受けて当選し、現在現職です。
 築地市場の豊洲移転は、市場関係者には極秘のうちに進められ
ます。築地市場移転問題について長年取材している池上正樹氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 都は市場の人たちには内緒にしたまま、港湾局主導で調査や交
渉が行われていたのです。95年7月に臨海地区を調査し、8月
に初めて豊洲の名が移転候補地の一つとして挙がったのです。築
地再整備と並行して移転先が模索され始めた。しかし、そもそも
臨海再開発失敗による財政悪化で、築地を売却して移転させるし
かなくなったのです。         http://bit.ly/2tgJBLe
─────────────────────────────
 東京都が市場問題で動き出せば、市場関係者に当然情報は漏れ
てきます。寝耳に水の話ですから、業界6団体は当然態度を硬化
させます。その対応に当たったのが、番所市場長の後任の宮城哲
夫市場長です。宮城氏はこういっています。
─────────────────────────────
 豊洲は40ヘクタールもあって広いし、いい場所を見つけたと
思った。だけど市場の卸とか仲卸の組合は理事長が推進派か反対
派かで、方針が代わるんです。私のときも、まとめきれなかった
ですね。   ──宮城哲夫市場長   http://bit.ly/2tgJBLe
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/014]

≪画像および関連情報≫
 ●千代田区長と築地市場の豊洲移転都の関係
  ───────────────────────────
   千代田区長選は小池百合子を担いだ′`となった現職・
  石川雅己氏の勝利に終わった。報道では今のところ、『週刊
  朝日』(2017年2月17日号)の「豊洲移転きっかけは
  「小池派区長説」を追う」が唯一、気を吐いた印象だ。
   とはいえ、石川区長が築地市場の移転に絡んでいたことを
  示し、特に都庁港湾局長時代の辣腕に触れたことは重要だが
  その背景には踏み込めてはいない。
   答えを先に示せば、港湾局長時代の石川氏は、既に内田茂
  都議の実質的な傀儡だったのだ。記事では、石川が都局長と
  して政策を立案したように書かれているが、当時から都庁で
  は内田都議の後ろ盾がなければ、誰も局長などの幹部ポスト
  には就けなかった。つまり、石川区長こそ「内田茂チルドレ
  ン」の筆頭格なのだが、いまだに正確な報道が行われていな
  い「なぜ石川区長と内田都議は反目したのか」というポイン
  トを詳報してみようと思う。
   まずは元千代田区職員に、もつれた糸を解き明かしてもら
  おう。「決定的なきっかけは2008年、内田茂さんの落選
  です。この時、例えばゼネコンや、政治ブローカーといった
  都政関係者≠フ間で、『これで内田は終り』という雰囲気
  が蔓延したんですね。そしてゼネコンなどが内田さんの代り
  として注目したのが、01年に千代田区長に当選していた石
  川雅己さんでした」。
    http://www.yellow-journal.jp/politics/yj-00000450/
  ───────────────────────────

石川雅己千代田区長.jpg
石川雅己千代田区長
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2017年07月24日

●「豊洲移転問題と内田茂氏との関係」(EJ第4568号)

 築地市場の豊洲移転について、都議会のドンといわれる内田茂
氏はどういう役割を果たしていたのかについて、調べることにし
ます。本人によると、「豊洲のことは知らない」といっています
が、そんなことはあり得ないことです。内田氏は自民党東京都連
会長や幹事長として、長年都議会を事実上仕切ってきており、自
民党とのパイプも強いので、築地市場を豊洲に移転させることに
ついても、大きな役割を果たしているのです。
 これについては、そもそもの話からはじめなければならないの
です。東京ガス側は、もともと東京都に豊洲工場の跡地を売るつ
もりはなく、東京ガス自身が独自の開発計画をもっていたと主張
しています。つまり、東京ガスとしては本当は売りたくなかった
のだが、東京都があまりにも熱心なので、売ってあげたというス
タンスをあくまでとりたかったようです。
 しかしこれは事実とは異なるのです。東京ガスは都市博を見込
んで、豊洲地区で壮大な開発計画を掲げていたのですが、都市博
中止で計画が狂ってしまったのです。それは豊洲の護岸強化工事
に約60億〜70億もの工事費を既に注ぎ込んでいたからです。
このままでは、これらの工事費は、東京ガスの自己負担になって
しまいます。ちなみに正確にいうと、その工事を行っていたのは
東京ガスの子会社の東京ガス豊洲開発(現東京ガス用地開発)と
いう会社です。
 そこで、何とか東京都に公共施設を豊洲に移転してもらうべく
都に働きかけることを考えたのです。公共施設がくれば、莫大な
工事費は減免される可能性があるからです。そのとき、さすがに
築地市場の移転は考えていなかったと思われます。東京ガスだか
らこそ、まさかガス工場の跡地に、食品を扱う中央卸売市場の移
転は考えにくかったからです。
 そこで東京ガスが相談したのは、当時東京都の港湾局長をして
いた現千代田区長の石川雅己氏だったのです。その石川港湾局長
が提案したのは、築地市場の東京ガス豊洲工場跡地への移転構想
です。当時の石川港湾局長は、内田チルドレンの1人といわれて
おり、ここで内田茂氏と豊洲移転問題が、強い関連を持つことに
なるのです。
 当時築地市場は、現地での再整備を進めており、豊洲の「と」
の字も出ていなかったのです。しかし、1995年になると、状
況は一変します。石川港湾局長が自民党議員を絡めて、相当暗躍
したといわれます。
 これについて、当時青島都知事時代に特別秘書を務めていた辺
見廣明氏は石川雅己氏について、副知事として市場を担当した植
野正明氏は当時の番所宏育市場長に関して、次のように厳しい意
見を述べています。
─────────────────────────────
◎辺見廣明特別秘書
 95年夏にそう話したことは覚えていないが、当時から豊洲が
移設先という話は聞いていました。石川氏がどの程度関与してい
たかはわかりませんが、彼は自民党の内田都議と仲が良く、業者
との蜜月が過ぎるという噂が絶えなかった。このため青島知事の
判断で港湾局長職は1年間だけで代わってもらい、福祉局長に就
いて頂いたという経緯がありました。
◎植野正明副知事(市場担当)
 番所築地市場長が、築地は豊洲へ移転しなければならないとい
う趣旨の話をあちこちで吹聴していたので、「市場長の立場で言
うべきことではない」とクギを刺した覚えがあります。
                   http://bit.ly/2tgJBLe
─────────────────────────────
 しかし、東京都と東京ガスとの正式な交渉は遅々として進まず
進展しなかったのです。1997年10月に「築地市場の現在地
での再整備について」という文書が出されます。中央卸売市場名
の文書です。そこには、次のように書かれていたのです。
─────────────────────────────
 豊洲地区は消費地に遠く、運搬に伴う時間、労力のロスは大き
くなろう。買出し人の多くは、都心部から橋を渡って来場し、ま
たもときた道を戻らなければならない。消費地から離れ、道路も
混雑するとなれば、買出し人の数は減少し、市場の活気は衰え、
都民との距離は遠くなる。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 この文書では、明らかに築地での再整備が望ましいという主張
ですが、東京都は中央卸売市場名があるのに、この文書の作成を
否定し、怪文書扱いにしてしまったのです。そのうえで東京都は
1998年8月から、三菱総合研究所に依頼して、東京ガスの豊
洲の土地の調査をはじめているのです。このとき、東京ガスの了
解を得ていなかったといわれています。
 小池知事の時代になってやっと「海苔弁」ではなくなった東京
都の開示資料によると、東京都から東京ガスへの最初の訪問につ
いて次の記述があります。
─────────────────────────────
 最初に都の中央卸売市場の部長が東ガスを訪ね、豊洲の売却を
打診したのは1998年9月21日だ。初対面なのに東ガス側は
のっけから不満を爆発させる。
 「調査は8月から始まっているのに今頃になっての挨拶は不満
だ。なぜ、事前に話に来なかったのか。トップも怒っている」。
 都は、前述のように三菱総研に委託し、同年8月から東ガスの
豊洲の土地の調査を開始していたが、束ガスに事前に説明してい
なかった。都は「説明が遅れたことについては大変申し訳ない」
と陳謝した。だが、東ガスはおさまらない。
                ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/015]

≪画像および関連情報≫
 ●都議会のドンの引退で混迷を深める豊洲移転問題
  ───────────────────────────
   東京・千代田区長選の結果を受け、“都議会のドン”こと
  内田茂都議が政界を引退する見通しとなった。これで豊洲移
  転問題も、小池都知事の主導でスムーズに解決する・・・と
  思いきや、現実にはさらなる混迷が待ち構えていた。様々な
  利権と思惑がうごめく内幕を追う――。
   小池百合子都知事と“都議会のドン”こと内田茂都議(元
  自民党都連幹事長)の代理戦争と化した、2月5日の千代田
  区長選。結果は小池知事の推す現職、石川雅己区長が大勝。
  ドン内田が支援する与謝野馨元財務相の甥、与謝野信候補の
  得票は石川区長の3分の1弱にとどまり、都議会自民の退潮
  はもはや誰の目にも明らかだ。知事ブレーンのひとりが興奮
  気味にふり返る。
   「この『代理戦争』をトリプルスコアの大差で勝った事実
  は重い。今回の選挙で完全に潮目が変わった。7月の都議選
  でも千代田区長選と同じく、都民は自民にNOを突きつける
  ことになるはずです」知事の番記者も、こう太鼓判を押す。
  「豊洲移転を決めた石原慎太郎元知事の参考人招致を小池知
  事はかねて求めていたが、石原さんは、首を縦に振らなかっ
  た。しかし千代田区長選を経て、それも実現することになっ
  た。小池知事に強烈な追い風が吹いています。この勢いは夏
  の都議選まで続くと見ています」。http://amba.to/2eCUmos
  ───────────────────────────

内田茂氏.jpg
 
内田 茂氏
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2017年07月25日

●「浜渦副知事による水面下での交渉」(EJ第4569号)

 東京ガスはもともとは自分の方から東京都に話を持ちかけなが
ら、当初から東京都に対し、なぜ、「売る気はない」と口にして
いたのでしょうか。
 それはよい条件で豊洲を売るための作戦なのです。東京ガス側
は、東京都が豊洲の土地を必要とする事情を入手した多くの情報
をから把握しており、相当無理な条件を出しても、東京都は必ず
買うと踏んでいたようです。
 東京ガスは、東京都との交渉に臨むに当たって、次の3つの目
標を立てています。これが東京ガスのシナリオです。したたかな
きわめてムシのいい目標であるといえます。
─────────────────────────────
    1.汚染地を汚染なしの正常価格にて購入させる
    2.土壌汚染対策は法律が求める最低限のレベル
    3.後で新たな土壌汚染が発覚しても負担しない
─────────────────────────────
 結果として、東京ガスは、この目標を3つともクリアし、最高
の条件で東京都に売ることに成功しています。そういう意味で東
京ガスの作戦は大成功に終わったといえます。
 東京ガスは、豊洲埠頭の先端部に当たる6街区と7街区は売れ
ないと主張し、豊洲地域の根本に当たる4街区と5街区ではどう
か東京都に提案します。
 東京ガスとしては、先端部は開発計画があるとしていたものの
この部分はかつてのガス工場の中心部であり、土壌汚染が最も深
刻であったからと思われます。本来汚れた部分の処理は売主の負
担になるので、それを避けたかったものと思われます。
 しかし、東京都側は次の理由から、あくまで先端部の土地の取
得にこだわったのです。そのさい、土壌汚染のことをほとんど気
にしていないのは気になるところです。
─────────────────────────────
 市場を豊洲地域の根本(4、5街区)に配置すると、まちが先
端部と既成市街地に分断される。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 結果として現在の豊洲市場の配置は次のようになっています。
つまり、汚染の最もひどい街区に水産仲卸棟と水産卸棟を配置し
ているのです。
─────────────────────────────
        5街区 ・・・   青果棟
        6街区 ・・・ 水産仲卸棟
        7街区 ・・・  水産卸棟
─────────────────────────────
 2000年7月に副知事に就任した浜渦武生氏が東京ガスとの
交渉の担当者として、はじめて東京ガスを訪問したのは2000
年10月4日のことです。そのとき、区画整理事業で土地の価格
がどのくらいになるのか、開発者負担金がどのくらいかを示して
欲しいと東京ガス側から要請があったのです。これに対して浜渦
氏は「それについては水面下でやりましょう」と提案し、了承さ
れています。
 当時の会談の記録を見ると、東京都は東京ガスのために次の3
つの対策に配慮するという約束をしています。東京ガスという一
企業のために、東京都がここまで配慮するということは普通はあ
り得ないことです。
─────────────────────────────
         1.東京ガスの株主対策
         2.東京ガスの役員対策
         3.東ガスの社会的責任
─────────────────────────────
 「1」は、豊洲地域の売却によって、東京ガスの株主に損をさ
せない仕組みを作ることに東京都は配慮するということを意味し
ています。「2」は、東京ガスの役員に対しては、市場移転によ
るプラスイメージを与えるよう努力するということです。「3」
は、東京都からの申し入れにより、東京ガスとしては「公共事業
には協力する」という社是に沿って、市場移転を受け入れるとい
う格好をとるということが確認されています。
 その後は、まさに「水面下」での交渉であったように、記録は
残っていないのです。しかし、2017年3月の100条委員会
で東京ガスから提出された資料に、2000年12月22日、浜
渦氏の腹心の部下といわれる赤星経昭理事が浜渦氏の指示として
次のことを迫ったとするメモがあったのです。
─────────────────────────────
 「土壌汚染Xデー」を迎えれば土壌問題が噴出し、豊洲の地価
が下落する。石原知事が安全宣言で救済するから、早急に結論を
出して欲しい。         ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 ここでいう「土壌汚染Xデー」というのは、2001年1月に
発表予定だった東京ガスの豊洲地域の汚染調査結果のことで、も
し、そこで高い数字が出ても、莫大な費用のかかる汚染除去では
なく、石原知事の安全宣言があれば、覆土する拡散防止でよしと
する都の環境確保条例で処理できるので、早く決断せよと迫った
ものと考えられます。なお、このメモの存在について、赤星経昭
氏は否定しています。
 このメモに基づき、2001年2月21日、移転についての諸
条件の協議をはじめる「覚書」が浜渦副知事と東京ガスの伊藤春
野副社長の間で交わされたのです。そして同日、石原知事は都議
会において、築地市場の豊洲移転を正式に表明しています。
 「覚書」の内容は、市場移転による土地利用の変更に伴い、土
地区画整理事業費と公共減歩、防潮護岸の整備の開発者負担など
を見直したものです。内容については明日のEJで説明します。
              ──[中央卸売市場論/016]

≪画像および関連情報≫
 ●音喜多氏が提起した「土壌Xデー」とは何か
  ───────────────────────────
  2017年年3月11日(土)
  ○音喜多議員の発言
   「東京ガス側から提出された資料から、我々都民ファース
  トの会は驚くべき新たな事実を発見いたしました。それは、
  浜渦副知事が都の環境確保条例と国の土壌汚染対策法の成立
  を、ある意味では利用して東京ガスに圧迫あるいは脅迫とも
  とれる交渉を行って、強引に土地の売却を承諾させていた可
  能性を示唆するものです」。
   「東京都と東京ガスの交渉において、都側の赤星理事は、
  浜渦副知事からの指示として、土壌汚染Xデー、あるいは、
  Xデーという単語を用いて、この日、これは土壌Xデーです
  ね、を迎えれば、土壌問題が噴出し、東京ガスが所有する土
  地の価格が下落する。結論さえ出せば、石原知事が安全宣言
  で救済するから、早急に結論を出すように、などと伝えてい
  る様子が克明に記録をされています」。
  「この東京ガス側の記録の作成者は末尾に脅かしてきた、こ
  れ以上議論をしても無駄など、激しい憤りを節々ににじませ
  ています。・・」。「福永証人に伺います。当時、引継ぎを
  行った浜渦副知事及び赤星理事たちが、このようなあからさ
  まな政治的圧力を用いた交渉を行っていたことはご存知でし
  たでしょうか。この東京ガス側に赤星理事が突き付けて土壌
  Xデー、この単語に聞き覚えはないでしょうか」。
  ○福永証人/「全てに全く事実を承知しておりません」
                   http://bit.ly/2vKHaRN
  ───────────────────────────

東京ガス豊洲工場操業時/1968年.jpg
東京ガス豊洲工場操業時/1968年
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2017年07月26日

●「土対法と環境確保条例の関係探る」(EJ第4570号)

 2001年2月21日──この日は重要な日です。石原知事が
都議会で「豊洲に移転する」と正式に表明した日だからです。
─────────────────────────────
 中央卸売市場については、豊洲地区を新しい市場の候補地と
 し、今後、関係者と本格的な協議を進める。──石原都知事
─────────────────────────────
 しかし、2000年12月の第54回審議会でも関係者の同意
が得られておらず、築地市場のある中央区も移転に同意していな
い時点での発表です。きわめて乱暴な決定といえます。
 それが何に基づいているのかというと、東京都が豊洲への移転
について、東京ガスと諸条件の協議を始めるとする「覚書」を締
結したからです。「覚書」の日付も2001年2月21日です。
 問題は、協議をはじめる「覚書」のレベルで、なぜ石原知事が
移転を表明したかということです。
 それは協議に入れば東京ガスは必ず豊洲を売るという確証が得
られていたからです。その根拠が「土壌汚染対策法(土対法)」
という法律にあるのです。時の石原都政は、築地市場の豊洲への
移転を決断させるために、とんでもないことをしているのです。
 まず、「築地移転問題の真相を読む」という座談会での一級建
築士・水谷和子氏の発言を読んでください。
─────────────────────────────
 問題は、法律(土対法)の制定過程、条例の制定過程です。土
対法が成立するのが、2002年5月で、翌年2月に施行されま
す。しかしそれに先だって、環境確保条例を東京都は2000年
12月に公布、2001年10月には施行しています。つまり、
法成立の前にすでに条例ができているということです。土対法の
準備過程の情報は東京都にもしっかり入っていたはずですし、タ
イミング的にはまるで東京ガスと交渉するためにつくった条例に
見えてしまいます。   ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
            「築地移転の闇をひらく」/大月書店
─────────────────────────────
 この問題を考えるさいに重要なのは、2000年12月22日
に行われた東京都と東京ガスの会談で、赤星経昭理事が浜渦副知
事の指示として東京ガスに迫った次の発言です。
─────────────────────────────
 東京ガスの豊洲地域の汚染調査の結果(赤星氏は「土壌汚染X
デー」といっている)、莫大な費用のかかる汚染除去をしなけれ
ばならなくなる。しかし、石原知事の安全宣言があれば、覆土す
る拡散防止でよしとする都の「環境確保条例」で処理できるので
早く決断した方がよい。       ──赤星氏発言(要旨)
─────────────────────────────
 この発言を赤星氏もそれを指示したとする浜渦氏も否定してい
ます。しかし、100条委員会のさい、東京ガスから提出された
資料のなかに、このことを記録したメモがあったのです。
 土対法が成立すると、「10メートル・メッシュ」で土壌汚染
の調査をしなければならなくなります。こうなると、巨額の費用
が東京ガスにかかります。ただし、この法律は、2002年5月
に成立し、2003年2月に施行されています。この土対法の構
想は、1995年くらいから国レベルの準備が始まっており、自
治体には早くから情報が伝わっていたはずです。
 そこで、東京都は、この法律が成立する前の2000年12月
に「環境確保条例」なる条例を制定し、土対法よりも早く施行さ
せたのです。「環境確保条例」の施行は、2001年10月から
になります。この条例では、土対法よりはるかに粗い調査で済む
「30メートル・メッシュ」を容認しています。こうすれば、豊
洲市場の調査は、2001年の調査なので、「環境確保条例」が
適用されることになります。
 水谷和子氏のいうように、タイミング的に見ても「環境確保条
例」は、東京都が東京ガスと交渉するためにつくった条例といわ
れても仕方がないといえます。浜渦副知事(当時)は、このまだ
成立していない「環境確保条例」を使って、東京ガスに豊洲の土
地を売るよう迫ったのです。
 本来であれば、土地の売主である東京ガスが負担すべき土壌汚
染対策費を不当に軽減させる措置を講ずることは、それだけ東京
ガスの利益増大に貢献することを意味します。豊洲の土地購入を
巡る東京都の対応はそれに近く、きわめて問題です。
 2001年2月21日の「覚書」には、土壌汚染対策をどうす
るかについての記述はないのです。2001年7月6日に、東京
都と東京ガスは、「覚書」以降の交渉を踏まえて、浜渦副知事と
東京ガスの伊藤副社長が次の基本合意を結びますが、そこにも土
壌汚染対策の記述はないのです。
─────────────────────────────
                  2001年7月6日付
 築地市場の豊洲移転に関する東京都と東京ガスとの基本合意
─────────────────────────────
 ところがです。2000年12月の「覚書」にも、2001年
7月の「基本合意」にも、それぞれセットになった「確認書」が
あることがわかったのです。それは、東京ガスが100条委員会
に提出した資料のなかに存在したのです。
 永尾俊彦氏は、情報開示請求により、「基本合意」とセットに
なった「確認書」を入手しています。内容は、明日のEJで述べ
ますが、こういう重要資料が「海苔弁」なしで入手できるように
なったことは真相の解明に役立ちます。
 自民党や自民党支持勢力は、小池都政を「既に決まっているこ
とをほじくり返し、仕事らしい仕事は何もしていない」と批判し
ていますが、小池知事は「海苔弁」をなくしたことだけでも大変
な功績があると思います。自民党は、自分たちに都合の悪い資料
は今も徹底的に隠しまくっているからです。今後も過去の悪事は
どんどん明るみに出てくると思います。「情報公開」は小池都政
の大きな功績です。     ──[中央卸売市場論/017]

≪画像および関連情報≫
 ●土壌汚染地に食品市場の建設を許容する技術者は皆無
  ───────────────────────────
   豊洲市場では目下、建物の地下を空洞にした決定プロセス
  が、大きな問題になっています。実は、土木学会・建設マネ
  ジメント委員会・環境修復事業マネジメント研究小委員会が
  2013年に、豊洲への市場建設について調べていました。
  土木学会は建築学会と並んで、建設関係者に大きな影響力を
  持つ有力な学会です。その具体的な内容は、日本大学理工学
  部土木工学科に2013年4月に提出された、下池季樹氏に
  よる学位請求論文、『土壌汚染対策事業の最適なマネジメン
  ト手法導入に関する研究』に掲載されています。この論文は
  審査に合格し、同氏には2013年10月に工学博士の学位
  が授与されました。
   執筆者の下池季樹氏は、土壌汚染対策事業の現場管理に従
  事している技術者ですが、それと同時に土木学会・環境修復
  事業マネジメント研究小委員会の小委員長という立場にあり
  ました。そして同論文自体は、小委員会のメンバーと協同し
  て、調査・研究した成果に基づいています。したがって、個
  人の論文であると同時に、土木学会小委員会による豊洲事業
  への見解であるとも受け取れるのです。同論文の中に、豊洲
  市場と土壌汚染対策法の「怪しい関係」が記されています。
  同法を管轄するのは環境省で、小池百合子都知事は元環境大
  臣でした。小池知事は「怪しい関係」に気がついているので
  しょうか。           http://nkbp.jp/2eEZd8P
  ───────────────────────────

100条委員会での浜渦武生氏.jpg
100条委員会での浜渦武生氏
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2017年07月27日

●「東京都と東京ガスとの『確認書』」(EJ第4571号)

 話が複雑になってきたので、少し整理して先に進めます。そも
そも東京都は、なぜ多くの業者が望んでいる築地市場再整備を断
念し、中央卸売市場を誰も望んでいない豊洲に移転させようとし
たのでしょうか。
 それは、鈴木俊一都政の臨海副都心開発計画に基づく箱モノ行
政失敗の尻拭いに、市場会計の築地市場整備費を使い切ってしま
い、価値の高い築地市場の土地を売却して、帳尻を合わせるしか
なくなったからです。つまり、築地を売るのが目的であって、そ
のために中央卸売市場をどこかに移転せざるを得なくなったので
す。その移転先が東京ガス豊洲工場の跡地だったのです。
 東京ガス豊洲工場は、1956年から1988年まで約30年
以上にわたって都市ガスを製造していたのです。当然のことなが
ら、その製造過程ではヒ素が使われ、ベンゼン、シアン化合物が
副産物として生成されていたのです。また、タールも生み出され
ドラム缶に入れて仮置きされていたものの、長い年月が経過して
ドラム缶が腐食し、タールが地中に深く沁み込んでしまっている
のです。東京ガスによると、あまりにもタールの量が多いので、
その残滓を木屑と混ぜて、都内の銭湯に燃料として出荷していた
といいます。それほどの量だったのです。
 そのような場所に、こともあろうに生鮮物を扱う中央卸売市場
を移転させようと画策してきた当時の市場長や港湾局長、石原都
政以降の知事、副知事、市場長らの東京都の幹部は、何の良心の
呵責もないのでしょうか。少なくとも、私が調べてきた限りでは
豊洲移転を推進しようとしてきた関係者は、食の安全・安心をま
るで考えていないといわざるを得ないのです。
 それどころか、彼らは、土壌汚染を誤魔化し、その結果として
東京ガスに不当な利益供与を行ったとしか思えないのです。その
証拠はいくつもあります。そのひとつが2001年7月6日の基
本合意の12日後に当たる7月18日付の「確認書」です。情報
開示請求でその確認書を入手した既出の永尾俊彦氏は、この確認
書について自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 開示請求でわたしは、「基本合意」の「確認書」を入手した。
「マル秘」と押印されたその確認書の日付は2001年7月18
日。「基本合意」を交わしたわずか12日後だ。この確認書には
汚染処理について「現処理計画」によるとされている。「現処理
計画」とは、東ガスが2001年2月にまとめた汚染土壌の工事
計画書のことで、操業由来の汚染のひどい所のみ掘削除去するが
主として盛土によって汚染の拡散を防ぐ計画だ。全面掘削よりは
るかに安上がりになる。
 また、土地の譲渡価格は「売買契約締結時の時価相当額を基本
とし、協議する」とある。汚染が残る土地を「時価相当額」つま
り、汚染を考慮しない売買時の価格で買いますよという意味だ。
公表されなかった文書ではこんなことを決めていた。これは正真
正銘の「密約」だ。
 都側は、知事本部「野村實」、東ガス側は、活財推進室「高木
照男」と直筆で署名されているが、役職名も公印もない。100
条委員会では、石原元知事や浜渦元副知事ら喚問された都側の関
係者は野村氏以外全員この確認書を「知らない」と否定した。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 この確認書について注目すべき点がいくつもあります。
 注目すべき点の第1は、この確認書においてはじめて土壌汚染
処理について触れていることです。「土壌汚染処理については、
『現処理計画』による」と書いてあります。
 この「現処理計画」は汚染のとくにひどいところだけ掘削除去
し、盛り土によって汚染を防ぐ処理のことです。この計画のバッ
クボーンとなる法的根拠は2000年12月に東京都が公布し、
2001年10月施行の「環境確保条例」です。
 この条例は、2002年5月公布、2003年2月施行の「土
壌汚染対策法」をにらんで東京都があえて制定したのではないか
と思われます。まるで豊洲の土地を購入するために東京都が制定
したと思われても仕方がないのです。土対法の方が環境確保条例
よりもはるかに厳しいからです。
 注目すべき点の第2は、土地の譲渡価格についてふれているこ
とです。土地の譲渡価格は「売買契約締結時の時価相当額を基本
とし、協議する」とあります。要するに、土地に汚染が残ってい
ても、時価相当額で購入するといっているのです。これはとんで
もないことです。通常、土壌汚染対策費が用地費の20〜40%
になると、「ブラウンフィールド」といって、売買が成立しない
のです。そのために、土壌汚染があるのにないことにして、譲渡
価格を決めたのでしょうか。
 注目すべき点の第3は、この確認書の存在を石原元知事も浜渦
元副知事も「知らない」といっていることです。認めたのは、確
認書に署名のある野村實氏だけです。浜渦氏に至っては100条
委員会において、怒りをにじませて次のようにいっています。
─────────────────────────────
 基本合意については、確かに自分がまとめたものである。しか
し、わたしが東京ガスとの交渉を担当していたのは基本合意まで
で、その先はさわっていない。役人が勝手なことをしてくれた。
                      ──浜渦武生氏
─────────────────────────────
 このように浜渦氏は「確認書は知らない」といっていますが、
確認書のタイトルは、「基本合意にあたっての確認書」となって
おり、別文書になっているものの、基本合意とセットであること
は明らかです。それを浜渦氏は「そんなものは知らない」という
のですが、きわめて不自然です。
 この確認書については、引き続き疑問点を追及していくことに
します。          ──[中央卸売市場論/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「ブラウンフィールド」とは何か
  ───────────────────────────
   「ブラウンフィールド」、直訳すると“茶色い大地”とな
  ります。このように呼ばれる土地にどのようなイメージを持
  つでしょうか?
   大部分の人は、植物が生育していない、土がむき出しの土
  地や広大な原野を想像すると思われますが、実は、「ブラウ
  ンフィールド」とは、“産業活動等に起因した汚染土壌の存
  在、もしくは存在する可能性により遊休化した土地”のこと
  を指します。つまり、土壌汚染が原因となって、売却や再利
  用ができずに放置されている土地のことです。
   想像していただきましょう。新宿駅から電車で30分の私
  鉄沿線、駅徒歩5分の場所にある廃業した工場、再開発をし
  てマンションにするには絶好の土地です。しかしながら、5
  年以上、土地が再開発される様子もありません。不思議な話
  だとは思いませんか?
   実はこの土地、かつて操業していた工場で使用していた有
  害物質の漏洩や廃棄物の埋め立て等により、土壌汚染が発生
  しているのです。しかも、敷地全域、地面から地下10メー
  トル近くまで汚染が広がっています。これらの土壌汚染浄化
  費用は、土地の価格の2倍以上と算定されました。つまり、
  土地所有者がこの土地を売却すると、土地価格の2倍以上の
  土壌汚染対策費用が必要となることになります。
                   http://bit.ly/2upd48s
  ───────────────────────────

東京ガス豊洲工場.jpg
東京ガス豊洲工場
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2017年07月28日

●「東京ガスを不当に儲けさせる内容」(EJ第4572号)

 東京ガスは、一貫して豊洲工場跡地の売却には消極姿勢を見せ
ていたのですが、その狙いは何だったのでしょうか。
 それは、汚染された土地を東京都に売り付ける「批判かわし」
ではないかと考えられます。なぜなら、豊洲工場の跡地は汚染が
ひどいことは最初からわかっており、本来であれば「売れない土
地」なのです。土壌汚染対策費が、用地費の20%を大きく超え
る「ブラウンフィールド」に該当するからです。
 その問題の土地を東京都が買ってくれるというのですから、東
京ガスにとっては願ってもない話です。それでもそこに中央卸売
市場ができるということになると、東京ガスとしても汚染を懸念
して、汚染の少ない豊洲の根本部分の一、二街地ではどうかと提
案したのですが、東京都は40ヘクタールの広さが必要であると
主張して、この提案を断っています。そして、もっとも汚染度の
高い五、六七街区を選んだのです。
 東京ガスの立場に立って考えると、一番心配なのは土壌汚染対
策費用が嵩張ることです。しかし、東京ガスは、東京都が築地市
場代替地が豊洲しかないことを知っていたので、その足元をみて
浜渦副知事との水面下の折衝で、おそらく相当強く土壌汚染対策
費用の軽減を主張し、もっとも満足すべき条件で、豊洲工場跡地
を売ることに成功したものと考えられます。
 これについて、2001年の動きをもう1度検証する必要があ
ります。なぜなら、この年に築地市場を豊洲の東京ガス工場跡地
に移転させる基本条件が決まっているからです。重要なことは、
東京都と東京ガスが水面下で締結されたとする「築地市場の豊洲
移転に関する東京都と東京ガスの基本合意に当たっての確認書」
であり、それは水面下の「密約」であるといえます。
─────────────────────────────
◎2001年 1月25日:東京ガスは実施済みの土壌汚染調
             査の結果および対策工事内容発表
◎2001年 2月21日:浜渦副知事が東京ガス副社長と、
             豊洲移転について条件協議開始の
             「覚書」を締結
       2月21日:石原知事が都議会で築地市場を豊
             洲に移転する方針で、東京ガスと
             条件協議を進めると表明
       4月18日:中央卸売市場審議会の「都卸売市
             場整備基本方針」答申。豊洲を移
             転候補地として検討すべきである
       7月 6日:「築地市場の豊洲移転に関する東
             京都と東京ガスの基本合意」締結
       7月18日:「基本合意に当たっての確認書」
             /知事本部/野村實、東京ガス活
             財推進室木照男の署名
      10月 1日:環境確保条例条例施行
      12月21日:都卸売市場整備計画(第7次)策
             定。築地市場の豊洲地区への移転
             を決定
─────────────────────────────
 東京ガスは、東京都に売却する土地の土壌汚染を本気でやれば
売却が困難になることは百も承知だったのです。したがって20
01年1月25日に公表した土壌汚染調査の結果と対策工事内容
は、汚染のとくにひどいところだけ掘削除去し、盛り土によって
汚染を防ぐ処理をするという「現処理計画」をベースに公表した
のです。しかし、これによって、土壌汚染対策を東京ガスが実施
するという意思表明ができたことになります。
 この東京ガスの「現処理計画」に明確な裏付けを与えるため、
東京都は「土壌汚染対策法」の成立前に「環境確保条例」を制定
し、2001年10月1日から施行しています。これによって、
「現処理計画」には正当性が与えられ、その後さらに汚染が生じ
ても「30メートル・メッシュ」という甘い対応で切り抜けるこ
とができるからです。
 2月21日に、東京都と東京ガスは、細部の条件を詰める「覚
書」を締結し、石原都知事は、それに基づいて築地市場を豊洲へ
移転する方針であることを都議会に発表します。
 5ヶ月後の7月6日、東京都と東京ガスは「築地市場の豊洲移
転に関する東京都と東京ガスの基本合意」を締結しますが、12
日後に「基本合意に当たっての確認書」が東京都と東京ガスの間
で交わされています。この確認書については、水面下で交わされ
3月の100条委員会のさいに、東京ガスが提出した大量の資料
のなかから発見されています。
 この確認書の存在について認めたのは、当時知事本部の野村實
氏なる人物だけで、石原元都知事をはじめ、浜渦元副知事ら喚問
された都側の関係者は全員「知らない」と否定しています。
 これについて、既出の永尾俊彦氏は、自著において、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 東ガスが浜渦副知事に示した用地交渉に応じる条件は、土地区
画整理事業に参加する東ガスの負担金と東ガスの土地価格はいく
らかを示すことだったが、浜渦副知事の結んだ基本合意には、そ
の2つの条件提示がない。しかし、確認書には東ガスなど開発者
が負担するはずだった防潮護岸の負担金330億円をゼロにし、
東ガスの土地価格は区画整理事業後に推計1661億円になり、
371億円も増えるなど東ガスをボロもうけさせる二条件が示さ
れている。    ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 2017年6月31日、100条委員会ではこの確認書などに
関して、浜渦武生氏と赤星経昭氏の2人を偽証と認定し、刑事告
発しています。100条委員会での証言に偽証があったと認定さ
れたからです。       ──[中央卸売市場論/019]

≪画像および関連情報≫
 ●浜渦氏らの偽証認定/「しんぶん赤旗」
  ───────────────────────────
   東京都築地市場(中央区)の東京ガス豊洲工場跡地(江東
  区)への移転問題に関する都議会調査特別委員会(百条委員
  会)は31日、証人尋問での浜渦武生元副知事ら2人の陳述
  が偽証だと認定し、本会議において刑事告発の議決を求める
  動議を可決しました。日本共産党、公明党、東京改革(民進
  党系)、都民ファーストの会、生活者ネットが賛成し、自民
  党は反対しました。
   浜渦氏は、豊洲の用地取得の交渉を担いました。証人尋問
  で、東京ガスが市場移転を受け入れる2001年7月の「基
  本合意」以降は、合意と一体で結ばれた「確認書」の存在を
  知らず、相談も報告も受けていないなどと述べました。
   動議提出会派を代表して日本共産党の、かち佳代子都議が
  賛成意見を表明しました。かち都議は、浜渦氏が関与し、報
  告を受けた記録が5件以上に及び、「勘違いや記憶違いなど
  とは言えない」と指摘。偽証の動機について「汚染対策でも
  費用負担でも譲歩を重ね、4万3000倍のベンゼンが検出
  されながら、汚染処理費の東京ガス負担はわずか78億円で
  かつ瑕疵(かし)担保責任を免責するという結果となった責
  任を逃れるためだった」と批判しました。
   偽証認定の提案について、自民党が前回の意見開陳でまと
  もに反論できずに、「ためにする告発」などと発言したこと
  に対し、かち都議は「誹謗(ひぼう)中傷以外の何物でもな
  い。浜渦氏を擁護する自民党の態度はあまりにも見苦しい」
  と強調しました。百条委は、元都政策報道室理事の赤星経昭
  氏についても、「確認書」などを知らないと述べたことにつ
  いて偽証と認定しました。     http://bit.ly/2eQ0Hgp
  ───────────────────────────

浜渦元副知事/赤星元政策情報室理事.jpg
浜渦元副知事/赤星元政策情報室理事
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2017年07月31日

●「東京ガスのシナリオに屈した東京都」(EJ第4573号)

 築地市場を東京ガス豊洲工場跡地に移転する──この重要な決
定は、2001年にすべてが決まっています。2001年の年表
の一部を再現します。
─────────────────────────────
 2001年 7月 6日:「築地市場の豊洲移転に関する東
             京都と東京ガスの基本合意」締結
 2001年 7月18日:「基本合意に当たっての確認書」
             /知事本部/野村實、東京ガス活
             財推進室木照男の署名
 2001年10月 1日:環境確保条例施行
─────────────────────────────
 ここで重要なポイントは、7月6日の「築地市場の豊洲移転に
関する東京都と東京ガスの基本合意書」は公表されているものの
7月18日に交わされたという「基本合意に当たっての確認書」
は、あくまで水面下の合意であり、署名当事者以外誰もその存在
を否定していることです。
 実は、東京都はその後何回も東京ガスと土壌汚染対策について
合意を積み重ねています。2002年7月31日に、「豊洲地区
開発整備に係る合意」が東京都と東京ガスとの間に締結されてい
ます。これによって汚染土壌対策は、東京ガスが都の環境確保条
例に基づき、調査および必要な土壌汚染対策を実施し、措置完了
の届出を行うことになります。この合意書の押印者は前川耀男知
事本部長(現・練馬区長)、高橋信行港湾局長碇山市場長以下5
人の局長です。これにより、東京ガスとの交渉は、前川知事本部
長がトップを務める知事本局が行っていたことがわかります。
 2003年2月に「土壌汚染対策法(土対法)」が施行されま
す。その間、石原知事は引き続き知事に在職していますが、豊洲
問題を担当する東京都の担当者は何人も代わっています。確認書
の存在を知らない担当者からすれば、土対法が施行されているの
で、それと比較すると、東京ガスの土壌汚染に対する取り組みは
あまりにも甘いと考えるのは当然のことです。
 しかし、その後の東京都と東京ガスの土壌汚染に関する交渉の
経過をみると、署名者以外誰も知らないと主張するこの2001
年7月18日の「基本合意に当たっての確認書」がカベになって
豊洲市場の土壌汚染問題は東京都に不利に展開します。その交渉
について永尾俊彦氏は自著で次のように記述しています。
─────────────────────────────
 この日(2003年4月3日)、都側からは環境局の部長らも
参加し、都は「(東ガスの)2001年2月の(豊洲の土壌汚染
対策の)工事計画書に、『環境負荷の高い箇所から対策を実施』
と書いてあるのは、当面負荷の高い所から実施し、最終的に全部
処理するということなのか」と質問した。
 東ガスは、「そうではなく、汚染の中心部である負荷の高い箇
所のみ実施する」と答えた。その根拠として東ガスは「平成13
(2001)年7月に市場移転に関する基本合意が締結され、現
処理計画で対策を実施すると確認している」と先に紹介した確認
書の内容をタテにとる。都は重ねて「(東ガスのガス工場の)操
業由来の部分は全部(東ガスが)処理する」のではないのかと問
うが、東ガスは「売却時には汚染土壌は残る」と明言している。
 なおも東ガスの汚染処理範囲を広げようとする都に対して、東
ガスは「そもそも、市場の移転は(浜渦)副知事を含めた話であ
り、そのために土地を売却するのであるから、今の処理計画が不
満なら話が白紙に戻る」と開き直る。
 同年5月29日にも都は、東ガスの汚染処理範囲を広げようと
するが、東ガスは「2001年7月の二者間合意で土壌汚染対策
は今の計画で良い旨確認している」とここでも「二者間合意」、
つまり確認書をタテに譲らない。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 このような丁々発止としたやり取りの結果、東京都と東京ガス
は、2005年5月31日付で、「豊洲地区用地の土壌処理に関
する確認書」を交わしています。その確認書には次のことが決め
られていたのです。
─────────────────────────────
 環境基準を超える操業由来の汚染土壌はAP(荒川河口の基準
水面)2メートルより下にあるものを除き、除去するか、または
原位置での浄化などにより、処理基準以下となる対策を行う。
       ──「豊洲地区用地の土壌処理に関する確認書」
─────────────────────────────
 しかも、この確認書では、AP2メートル以下の汚染は残った
ままになります。実は、2011年3月11日の東日本大震災で
豊洲地区は液状化していたことを共産党都議団が現地調査で確認
しており、ひどい汚染状態に戻っているのです。しかし、この事
実については、共産党都議団以外は口を閉ざして積極的に語ろう
としていないのです。
 東京ガスは、この確認書に基づき、102億円をかけて、工事
を行い、2007年4月27日に都環境局に「汚染防止措置完了
届」を提出しています。東京ガスとしては、これによって豊洲の
土壌汚染処理は終りと考えていたと思います。
 おりしも、浜渦副知事は、2005年7月、当時の100条委
員会における証言が偽証と認定され、辞任しています。偶然です
が、まるで東京ガスとの一連の土壌汚染問題の処理が終わるタイ
ミングで都庁から去っていることになります。
 なぜ、浜渦副知事が都庁を去ることになったのかについては、
築地市場の豊洲移転問題と無関係ではないので、改めて検証する
ことにします。
 皮肉なことに、東京ガスによる土壌の汚染防止措置完了以後に
豊洲の地下水から、環境基準を大幅に超える汚染の発見が相次ぐ
ことになるのです。     ──[中央卸売市場論/020]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲用地、渋る東京ガスを説得/都側「無茶な話だが」
  ───────────────────────────
   東京都の豊洲市場(江東区)の用地購入や土壌汚染対策工
  事をめぐり、所有者だった東京ガスと都との交渉記録が情報
  公開請求に対して開示されたことが分かった。これまで大部
  分が黒塗りだったが、情報公開を進める小池百合子知事の方
  針で、一部の固有名詞を除いて明らかにされた。都が築地市
  場(中央区)の豊洲移転にこだわった経緯が具体的に見えて
  きた。開示されたのは、1998〜2005年と11年の交
  渉記録など。約140枚の文書で、同社と都の計31回の交
  渉内容が記録されている。土地売却や追加の土壌汚染対策工
  事に消極的だった東京ガス側に対し、都が説得を続ける様子
  が分かる。共産党都議団の請求に都が応じた。
   豊洲市場用地をめぐる交渉記録文書は、これまで都議会な
  どで資料要求や情報公開請求がされてきたが、大部分が黒塗
  りだった。しかし、「移転を決めた石原慎太郎知事時代の責
  任を調べる」とする小池氏の方針を受けて、都が東京ガス側
  と協議し、同社側の固有名詞を除いてほぼ開示された。まだ
  非開示の文書もあり、交渉の全容が判明したとは言えない。
  豊洲への移転決定の経緯について、当時の知事だった石原氏
  は小池氏の質問に「(当時の資料を)全て公開し、何が行わ
  れたかご覧いただくしかない」などと回答。小池氏は資料の
  調査を続ける方針を示している。  http://bit.ly/2eXLD0g
  ───────────────────────────

これまで浮上した移転候補地.jpg
これまで浮上した移転候補地
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2017年08月01日

●「専門家会議と技術会議新設の理由」(EJ第4574号)

 石原都政の3期目──2007年4月〜2011年3月の知事
選では、石原知事は公約にはじめて「豊洲の土壌汚染の解決」を
掲げて当選しています。豊洲の土地の汚染状況が市場関係者だけ
でなく、都民も強い関心を持つようになったからです。
 3期目の石原都政は、この公約を実現させるため豊洲の土壌汚
染対策の提言をするための「専門家会議」を立ち上げ、2007
年5月19日に第1回の専門家会議を開催しています。専門家会
議の座長は、平田健正和歌山大学教授です。
 この会議は、小池都政になった2016年10月15日に同じ
メンバーで再招集されています。豊洲市場にあるべきはずの盛り
土がなく、それに対する対策を練るためです。なぜ、石原都政時
代と同じメンバーかというと、それが平田健正氏の座長を引き受
ける条件だったからです。しかし、この専門家会議の人選と平田
座長についてはあまり評判がよくないのです。以下は、『論座』
/2007年12月号に掲載された記事です。
─────────────────────────────
 専門家会議の座長である平田健正和歌山大学システム工学部教
授(環境水理学)は、三菱金属(現・三菱マテリアル)などが開
発した複合施設、大阪アメニティパーク(OAP)内のマンショ
ンを関連会社が土壌汚染を隠して販売した事件で、三菱側と住民
側が対策を話し合うために設置された検討会で、三菱側推薦の学
者として座長を務めているのだ。
 また、平田座長は土壌汚染の修復ビジネスに力を入れている三
井金属鉱業や前澤工業などから、01年〜06年の6年間に14
50万円も寄付を受けている。OAPの検討会では、住民側推薦
の学者として前出の畑教授も選ばれた。
 ところが、畑教授らの日本環境学会は豊洲の土壌汚染に早くか
ら取り組んできたのに、同学会の学者は都の専門家会議には一人
も選ばれなかった。都のいう「公正」さとは、私企業のそれにす
ら及ばない程度のものなのだ。
 また、首都直下型地震が今後30年以内に起こる確率は70%
とされるが、同会議には地震の専門家も入っていない。さらに食
品衛生の専門家も、何より最大の利害関係者である、市場で働く
人々の代表が入っていない。     http://amba.to/2u9f1mn
           ──『論座』/2007年12月号より
─────────────────────────────
 専門家会議のメンバーの選定に当たったのは当時の後藤正新市
場建設調整担当部長です。後藤部長は「公正に選定した」といっ
ていますが、後藤部長が独断で決めるということは考えられない
ことであり、石原知事サイドから、何らかの指示があったことは
間違いないと思います。石原知事はかつて環境大臣を経験してお
り、土壌汚染関係の専門家人脈を知っている可能性は大です。
 とうのは、東京都としては、この時点であまり学問的に厳格な
検査をやって欲しくはないはずです。ビジネス的観点からある程
度妥協のできる人物が座長であって欲しいのです。そういう意味
で公害訴訟において、企業側の座長の経験のある平田健正氏は、
石原都政では最適任だったのでしょう。
 そういう観点から、厳格な査定をすることで知られる日本環境
学会の畑教授や食品の専門家、市場関係者、地震学者などは選か
ら漏れているのです。石原知事は、今年の3月3日の会見で専門
家会議について次のように触れています。
─────────────────────────────
 豊洲市場は科学者が「問題ない」といっているんですよ。それ
なのに移転せず、築地で働いている人を生殺しにして、ランニン
グコストを無駄にしている責任は小池さんにある。
                ──石原慎太郎元東京都知事
                   http://bit.ly/2f087xA
─────────────────────────────
 この石原発言に関係しますが、都議選前に自民党都議の何人か
がテレビで、「小池知事は自分が選んだ専門家会議が『豊洲は安
全である』といっているのに移転を決められないでいる」と発言
していましたが、これは大間違いです。小池都政における専門家
会議は、小池知事自身が選んだメンバーではなく、石原都政のと
きの専門家会議が再現されたものだからです。
 この専門家会議を結成した2007年10月、東京都の調査で
豊洲の地下水から環境基準の1000倍のベンゼン、80倍のシ
アン化合物を検出したのです。これを受けて、東京都は土壌汚染
詳細調査を開始し、さらに2008年5月の詳細調査では、豊洲
の土壌から環境基準の4万3000倍のベンゼンなど高濃度の汚
染物質を検出したのです。
 この問題に対応するため、東京都は2008年8月、専門家会
議の提言を実現するための「技術会議」(座長/原島文雄東京電
機大学教授)を発足させています。しかし、この技術会議にも不
可解なことが多いのです。いちばん不可解なのは、メンバーが座
長以外は公表されていないことであり、原島座長の専門はロボッ
ト工学であり、土壌汚染の専門家ではないことです。これについ
て、あるサイトは次のように書いています。
─────────────────────────────
 技術会議の委員は、環境・土木・情報処理の各分野から学識経
験者5名を選定するというが、原島座長のみ公表で委員名は明ら
かにされていない。加えて原島座長はロボット工学が専門の電気
工学者であり、専門分野の不適合性は否めない。また、石原知事
の意向により、「なるべく低価格で短期間で実施できる新技術工
法を選定するために設置された」という。
                  http://amba.to/2uaQixG
─────────────────────────────
 さらに東京都は、任命直後に原島文雄氏を首都大学東京の学長
に招聘しているのです。2009年から4年間です。この事実か
ら原島座長は、やはり東京都に近い学者であるといえます。
              ──[中央卸売市場論/021]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲市場の設計に対する疑問/お墨付きを与えた技術会議
  ───────────────────────────
   豊洲市場は、日建設計が都から発注を受け、設計図面・施
  工図面を書き上げた。それを都は発注条件を満たしているか
  細部にわたって検証し、必要あれば図面の書き換えなど要請
  し、最終図面を了承して、ゼネコン側に図面を渡し、ゼネコ
  ンは設計図面を忠実に施工する。
   施工の進捗については、日建設計は設計の管理・監修業務
  も請け負っており、また、都の担当局の専門家も図面どおり
  に進捗しているか必ずチェックに入る。
   以上が通常も行われている大型官庁工事の設計会社や施主
  官庁の進捗検査の有りようだ。下記図では都の説明図ではな
  い空洞が建物地下にあることが確認され、都は説明不足だっ
  た、説明を忘れていたとおトボケ答弁を繰り返している。
   東京に住むとわかるが地震が昔から多い、それも東日本大
  震災後は頻繁に発生している。豊洲市場は向こう何十年も使
  用するもの。30年以内に大きな地震の発生確率もすでに国
  や都から発表されている。建築物に対しての液状化対策工事
  はなされているが、地下に眠る有害物質が噴出してくる可能
  性は拭いきれない。万が一、地下空洞コンクリにひび割れが
  多数発生し、有害物質が地下室に噴出すれば、その対策工事
  に市場は長期にわたり閉鎖に追い込まれる可能性もある。
                   http://bit.ly/2vd8Guk
  ───────────────────────────

「専門家会議」の平田健正座長.jpg
「専門家会議」の平田健正座長
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2017年08月02日

●「豊洲の用地はブラウンフィールド」(EJ第4575号)

 2008年5月に豊洲移転予定地の地下水と土壌から大量の汚
染物質が検出されたことに対して、都の専門家会議は対策として
次の提言を行っています。その提言の内容については、今までで
あれば全面「海苔弁」であったのですが、小池知事の情報公開に
よって、永尾俊彦氏はその内容を入手しています。
─────────────────────────────
 これまで検討していた対策として、ガス工場の操業時の地盤面
から下2メートルの土を入れ替え、その上に2・5メートルの盛
り土をすることに加えて、今後検討するべき対策として、操業時
の地盤2メートル下から不透水層までの土壌の入れ替えも検討が
必要である。なお、この実施には約973億円の費用がかかる。
  ──2008年4月16日付、石原知事へのブリーフィング
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 ここで「不透水層」とは、水を通さない粘性の土層のことで、
土対法では「難透水層」といいます。豊洲の場合、場所によって
それぞれ異なりますが、地下数メートルのところに2〜20メー
トルにわたって不透水層が存在しています。つまり、豊洲の対象
地域の不透水層までの土をすべて汚染のない土と入れ替えるべし
という提言です。もちろん大工事になります。
 東京都の市場当局は、この専門家会議の提案を技術会議に持ち
込み、実現可能な計画に変更させています。技術会議では、それ
を専門家会議が地下水の移動を止めるために盛り込んでいる建物
下の止水板をやめることで費用を586億円に削減しています。
しかし、それでも巨額な土壌整備費です。
 本来売り地の土壌汚染費用は売主の負担であり、東京ガスが負
担する義務があります。しかし、浜渦元副知事を中心とするこれ
までの東京ガスとの交渉では、2005年5月30日付で「豊洲
地区用地の土壌処理に関する確認書」が交わされており、東京ガ
スは、その確認書に基づき102億円かけて2007年4月27
日に工事を終了し、都環境局に「汚染防止措置完了届」を提出し
ています。つまり、それ以上の汚染が出ても、東京ガス側には負
担義務はないのです。
 ところが、2010年1月5日付の朝日新聞は、東京都と東京
ガスとの合意文書や確認書には、土地の売却後に汚染物質が出た
場合の汚染者負担での処理を義務付ける「瑕疵担保条項」がない
ことをスクープしたのです。
─────────────────────────────
 都は、豊洲地区(江東区)の予定地を所有していた東京ガスに対
策費約586億円の一部負担を求める協議を申し入れている。だ
が、同社との合意文書には、新たな汚染に対する同社の費用負担
などの義務を定めた条項がなく、障害になる恐れがあるという。
解決への道のりは不透明だ。
          ──2010年1月5日付、朝日新聞より
─────────────────────────────
 このことが新聞に出たことで、汚染原因者の東京ガスが負担し
ないのはおかしいとの声が上がり、東京都としては東京ガスに対
して追加費用の負担を求めざるを得なくなったのです。
 しかし、合意書や確認書で決められていることの処理は終わっ
ているとして、東京ガス側の抵抗は激しかったのです。その交渉
の模様について、永尾俊彦氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 その協議は2011年1月18日から始まった。当初、都は東
ガスに都独自の対策を行った分などを除く222億円の負担を求
めた。だが、東ガスの大幅値下げ要求に都はどんどん譲歩し、2
月7日には86億円を提示するが、東ガスは抵抗。2月25日の
交渉では、東ガスは「70億円」を提示したが、都は「知事に説
明している手前、最低80億円は死守したい」と譲らなかった。
「知事に説明」していたのだから、石原知事も暇庇担保責任を問
えないことや東ガス負担額について知っていた。結局78億円で
妥結する。           ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 ひどい話です。586億円かかる汚染土壌対策費のうち、東京
ガスは、値切りに値切って78億円で済ましているのです。結局
東京ガスは土壌汚染対策費は、180億円しかかかっていないの
です。東京都の収支計算は次のようになります。
─────────────────────────────
     豊洲用地費 ・・・・・・ 1882億円
     土壌汚染対策費 ・・・・  858億円
     防潮護岸工事費 ・・・・  330億円
     ―――――――――――――――――――
                  3070億円
       註:@用地費は東京ガス以外分を含む
         A防潮護岸工事は全額東京都負担
─────────────────────────────
 用地費1882億円に対して、土壌汚染対策費858億円で用
地費の45・5%。用地費の20%〜40%になると「ブラウン
フィールド」になるので、豊洲の土地は完全なブラウンフィール
ドで、本来売れない土地です。それを時価で買ってもらったこと
になるので、東京ガスは大儲けということになります。東京ガス
は汚染対策費としては180億円しか負担していないからです。
それだけに、石原元知事と浜渦元副知事には、重大な責任があり
ます。そもそもガス工場の跡地に中央卸売市場を移転させること
自体が間違いなのです。
 そのせいか、東京ガスは、2013年〜15年の3年間に都職
員を4人受け入れるなど、都庁の「天下り先」になっています。
都庁から人材を受け入れる理由を聞くと、「自治体の施策に精通
した人材へのニーズがある」と答えています。
              ──[中央卸売市場論/022]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲問題で都が技術会議録の改竄疑惑
  ───────────────────────────
   東京都が盛り土問題発覚後の2016年9月16日に、盛
  り土の工法を検討した「技術会議」の会議録に「『建物下に
  作業空間を確保する必要がある』と提言を受けた」との資料
  を追加し、公表していたことが分かった。技術会議の複数の
  元委員は、毎日新聞の取材に、「作業空間をつくる認識はな
  かった」と証言しており、都が会議録を改ざんした可能性も
  ある。
   都が追加したのはホームページ(HP)上に掲載されてい
  る第9回技術会議(2008年12月25日開催)の「技術
  会議が独自に提案した事項」との資料。資料では汚染物質の
  除去・地下水浄化の確認方法として「地下水から基準値を超
  える汚染物質が検出された場合、浄化できるように建物下に
  作業空間を確保する必要がある」と記載されている。
   追加掲載に当たって、都は一部の委員に「会議録に詳細な
  資料を追加する」と連絡したが、資料の内容は説明しなかっ
  たという。毎日新聞のこれまでの取材に、委員を務めた根本
  祐二氏や川田誠一氏は「盛り土をするという前提で議論して
  いた。技術会議では、空洞をつくるという話にはなっていな
  い」と証言している。追加資料が掲載されたことについて、
  委員を務めた長谷川猛氏は「技術会議が作業空間を設けるよ
  う提言をした事実はない。技術会議の提言とすることで責任
  転嫁しようとしているのではないか」と話した。【林田七恵
  芳賀竜也】            http://bit.ly/2vX3KaJ
  ───────────────────────────

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朝日新聞のスクープ記事
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2017年08月03日

●「激しい対立と確執/浜渦VS内田」(EJ第4576号)

 ここで再び内田茂氏に話を戻します。以下は次の「週刊文春」
の記事を参照にして記述します。
─────────────────────────────
 「石原慎太郎とドン内田“無責任コンビ”の癒着『豊洲問題』
混迷の元凶」    ──「週刊文春」2016年10月6日号
                   http://bit.ly/2tXoIou
─────────────────────────────
 石原慎太郎氏がはじめて当選を果たした1999年4月の東京
都知事選。そのとき、都議会自民党幹部の内田茂氏は、森喜朗自
民党幹事長(当時)と一緒に、明石康元国連事務次長を擁立して
います。それに対する石原陣営は、内田茂氏を念頭に次のスロー
ガンを掲げていたのです。「ブラックボックスと戦う」といって
いた小池氏とよく似ています。
─────────────────────────────
          都政の悪人を成敗する
─────────────────────────────
 したがって、石原氏が知事になったときは、知事と都議会自民
党は険悪な関係にあったといえます。石原知事がそのことを思い
知るのは、腹心の友の浜渦武生氏を副知事に就任させる人事案が
議会で否決されたときです。当時都議会では自民党と公明党が過
半数を握っており、それに加えて内田氏が都議会運営に強い影響
力を発揮できたので、知事の人事案を否決できたのです。
 人事案だけではなく、予算案をはじめ、知事の出すほとんどの
案に対し、議会はことごとく反対します。これには、石原知事も
困り果て、当時の小渕恵三首相に「議会が回らないので、助けて
欲しい」と頼み込みます。結局、野中官房長官(当時)の仲介で
内田氏との手打ちの場が築地の料亭に設営されます。
 その場には、野中官房長官、内田茂氏と都議3人が顔を揃えた
のですが、その席で石原知事は「よろしくお願いします」と頭を
下げ、内田氏との手打ちが行われます。そして、その直後に石原
知事は築地を視察し、「狭い、古い、危ない」と発言しているの
です。築地市場の移転についても、その場で何らかのやり取りが
あったものと思われます。そして、約1年後の2000年7月に
浜渦氏の副知事就任を都議会は承認しています。
 浜渦氏は副知事に任命されると、石原知事の命を受け、豊洲の
土地取得のため、東京ガスとの交渉に辣腕を振うのですが、実は
豊洲のある江東区の区長にも手を打っています。東京都の優位性
をフルに使った巧みな交渉です。しかし、その結果、豊洲の土地
は取得できたものの、東京都にとって非常に高い買い物になって
しまったのです。
─────────────────────────────
 浜渦氏は、当時の江東区長に「豊洲に架かる橋を5本、環状2
号線の整備、観光施設の開設」を約束し、江東区長から東京ガス
に「跡地を新市場に」と要望させた。東京ガスにも工事費軽減な
どの“アメ”を与え、2001年7月に移転合意にこぎつけたの
です。しかしその後も東京ガスに譲歩を重ねた結果、都は“汚染
された土地”に“きれいな土地”並みの代金を支払う羽目になっ
た。その額は計1900億円近くにのぼります。(都庁幹部)
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
─────────────────────────────
 石原元知事は、自分に関心のあることしか興味はなく、興味の
ないことは人任せにしてしまうところがあります。市場移転問題
も、興味のない仕事のひとつです。都庁への出勤も週に2〜3回
で、その分副知事、とくに信頼している浜渦氏にすべて任せてし
まうことが多かったといいます。そのため、浜渦氏は都庁内で大
変強い権限を握ることになります。そのことを「週刊文春」は次
のように書いています。
─────────────────────────────
 浜渦氏に説明に行く時は手紙を書かないといけない。手紙を見
て、来る必要のない職員には電話で断ったり、×と返事を出した
りしていました。気に入らないことをした職員には詫び状も書か
せていた。この“お手紙行政”によって、浜渦氏は情報をコント
ロールするシステムを作り上げたのです。(元都庁幹部)
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
─────────────────────────────
 そういう浜渦氏に対して、内田茂氏は警戒を強めつつも、石原
知事の人気は利用できると考えます。「是々非々で行く」という
のが内田氏の考え方です。これは、石原都政では成功しましたが
小池都政には通じなかったといえます。
 2003年に内田氏は都議会議長に就任します。議長は権力の
象徴です。都議会自民党は、国との太いパイプを利用し、さまざ
きな利権を握ってきたのです。都知事と議会はどちらも東京都民
から選挙で選ばれており、「二元代表制」であるとして、どのよ
うな知事が就任しても都議会、なかんずく都議会議長は都政に対
して大きな影響力を持つことになります。しかし、浜渦氏が事実
上知事の権限を代行するようになると、内田氏の利権にもどんど
ん手を突っ込んできたのです。2004年に大手町の合同庁舎跡
地が三菱地所に払い下げられる計画をめぐり、浜渦氏と内田氏は
激突することになります。この場面に誰もが知っている意外な人
物が登場します。
─────────────────────────────
 国の都市再生本部の和泉洋人氏(現・首相補佐官)と連携し、
この計画を主導していたのが浜渦氏です。一方、地元業者から陳
情を受けていた内田氏は特定企業を優遇していると不満を持って
いた。04年末、議長室で内田氏は浜渦氏と話し合いましたが、
交渉は決裂。内田氏は激怒していました。浜渦氏は後に三菱地所
と都が出資する東京交通会館の副社長に天下りします。
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/023]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱地所などに恩恵/特定企業利する「都市再生」
  ───────────────────────────
   都心の国有地を入札なしの随意契約で安く売らせ、その後
  土地の容積率を一気に現行の2・4倍に当たる最高クラスの
  1690%にまで引き上げて延べ床面積を増やし、開発する
  三菱地所などに大きな利益をあげさせる――。石原都政と小
  泉内閣の肝いりで進んでいる「都市再生」プロジェクトの計
  画案が本紙の調べで判明しました。特定企業を利する不透明
  さに地元の東京・千代田区でも批判が出ています。
   この国有地は東京・大手町合同庁舎跡地約1・3ヘクター
  ル。もともと競争入札で売却される予定でしたが、石原都知
  事が2002年秋、塩川財務相(当時)に「大手町地区の街
  づくり」に向けた「処分」を要望。その後、政府の都市再生
  本部(本部長・小泉首相)が「大手町合同庁舎跡地の活用に
  よる国際ビジネス拠点」づくりとして第5次都市再生プロジ
  ェクトに決定しました。国、都はそれぞれ約6千万円、8百
  万円の調査費(04年度)をつけています。
   この実態を示すのが本紙の入手した独立行政法人・都市再
  生機構(旧都市基盤整備公団・地域振興整備公団)や三菱地
  所作成の資料です。資料によると、まず、都市再生機構が受
  け皿になって国有地を随意契約で安く購入。土地区画整理事
  業でこの土地を日本経団連などの土地と交換し、経団連など
  を跡地に移転させます(図)。   ──「しんぶん赤旗」
                   http://bit.ly/2uizNjo
  ───────────────────────────

大手町合同庁舎跡地をめぐる状況.jpg
大手町合同庁舎跡地をめぐる状況
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2017年08月04日

●「社会福祉総合学院事件の深層探る」(EJ第4577号)

 1999年4月に東京都知事に初当選してから、少なくとも、
2007年4月の都知事第3期当選の頃までの石原都政は、石原
慎太郎氏個人の政治家兼作家の高い人気に支えられ、高い支持率
を誇っていたといえます。2003年に都議会議長に就任した内
田茂氏の率いる都議会自民党も、当初この石原知事の高い人気を
利用しようと考えていたフシがあります。
 しかし内田氏にとってうるさい存在になってきたのは、石原知
事の命を受けて忠実に動く浜渦武生副知事(当時)の存在です。
石原都政は、長い間にわたって守り続けてきた都議会自民党の利
権にまで手をつけようとしてきたからです。
 元来政治家としての石原慎太郎氏は地方の首長よりも国会議員
に向いていると思います。一時期「石原慎太郎を総理にしたい」
と本気で考えていた国民が多くいたことは確かです。「彼なら日
本政治の閉塞感を一掃してくれる」と期待したからです。
 しかし、国会議員としての石原氏はポストに恵まれず、「東京
から日本を変える」をスローガンに東京都知事選に打って出たの
です。それに「伏魔殿といわれる都議会を変える」という強い意
思と正義感をもって都政に臨んだことは確かです。
 ところで、浜渦武生氏という石原慎太郎氏の腹心の部下といわ
れる人物は、2005年7月に100条委員会にかけられ、偽証
をしたとして辞任させられています。それから12年後の今年の
5月に、築地市場の豊洲移転における東京ガスとの交渉において
またしても100条委員会にかけられ、都議会から偽証と認定さ
れています。2回にわたる100条委員会です。
 この事実だけを見ると、浜渦氏は、よほど悪いことをした人物
のように思えますが、2007年の偽証告発の理由について都民
は知る必要があります。それによって、当時の都議会自民党の実
態がわかるからです。浜渦氏が最初の100条委員会にかけられ
たのは、「東京都社会福祉総合学院」に関する事件の関連です。
浜渦氏は、東京都の監理団体の担当を任されていたのです。
 2005年2月23日のことです。東京都政の包括外部監査で
東京都の補助金で建設された東京都社会福祉総合学院の施設が民
間の学校法人に、格安で転貸されている実態が明るみに出たので
す。自民党都議会議員にとって、福祉関係の利権はきわめて重要
です。それを都議会のドンといわれる内田茂都議会議長(当時)
が仕切っており、知事といえども踏み込めない牙城といわれてき
たのです。しかし石原知事は、浜渦副知事を監理団体担当者に任
命し、そこへの切り込もうとしたのです。
 そもそも「東京都社会福祉総合学院」は何であり、何が問題な
のでしょうか。
─────────────────────────────
 この東京都社会福祉総合学院は施設の建設中に当初計画が変更
となり、学校教育を終え社会に一端出た後、最新の知識や高度な
技術を習得するために行なわれるいわゆるリカレント教育に特化
するということになった。その結果、東京都社会福祉総合学院は
開校時、昼間はほとんど施設を利用しないことになっていた。
 東京都社会福祉総合学院は、翌年、昼間に空いた教室を民間の
学校法人に貸し付けた。同時に、夜間行なっている学院の事業も
同じ民間の学校法人に運営委託するとしたのである。その後、民
間の学校法人は、東京都社会福祉事業団と5年間の定期建物賃貸
借契約を結ぶとともに、新たな専門学校である臨床福祉専門学校
を設立し、昼間の空いた教室を使用し現在に至っている。
                   http://bit.ly/2u61jFo
─────────────────────────────
 社会福祉事業団は、金融機関から融資を受けて校舎を建設して
います。当然、支払いが発生しますが、それは全額東京都からの
補助金で支払えるのです。そもそもなぜ補助金が出るかというと
社会福祉事業団の事業を援助するためです。
 しかし、社会福祉事業団は学校施設を民間の学校法人に貸し付
け、本来事業団が行うべき事業(リカレント教育)もその学校法
人に委託しています。もちろんは学校施設のテナント料は入りま
すが、結果として、東京都が民間の学校法人に補助金を継続的に
出しているのと同じになります。包括的外部監査報告によると、
その総額は21億円以上になるというのです。
 浜渦副知事は、知事の指示をバックに、包括外部監査人と都庁
の総務、財務、福祉保健の3局長に対して、精力的に調査をはじ
めたのです。その都度浜渦副知事から報告を受けている石原知事
は、定例会見でこの問題について次のように発言しています。
─────────────────────────────
 とても大事な問題が出てきて私もちょっとびっくりしている。
都有地を使って、特定の学校法人が学校を設置して運営している
ということだが、私は認めた覚えはない。(平成)13年11月
に民間に委託するということだけは聞いたが、かなり無理なこと
をしている感じがする。大体、学校なんて、前後合わせて3ヶ月
でできるもんじゃない。しかも、残っている文書の中に「特例中
の特例」だとか、どういう権限で出たかわからない「念書」なる
ものがあって、とっても大変な問題だと思う。そういう形で運営
されていたのは初めて聞いた。正すものは正していかないといけ
ないと思っている。けが人が出るかもしらんね、この問題は。
                   http://bit.ly/2hpuwFv
─────────────────────────────
 「けが人が出るかもしれんね」──この発言は石原知事から都
議会のドンといわれる内田都議会議長に対する強烈な牽制になっ
たのです。石原知事が選挙中にいっていた「都知事の悪人を成敗
する」を実行に移すぞという都議会自民党への石原流の威嚇だっ
たと考えられます。
 しかし、石原知事も浜渦副知事も、少し事態を甘く見ていたよ
うです。結果としてこの悪人成敗は失敗し、石原知事は腹心の部
下である浜渦副知事を失うことになるのです。これについては来
週のEJで述べます。    ──[中央卸売市場論/024]

≪画像および関連情報≫
 ●政争に終わらせてはいけない東京都の社会福祉法人問題
  ───────────────────────────
   学院の建物は、学院の委託事業および独自の福祉人材養成
  事業を学院の建物を用いて行うという条件のもと公募した結
  果、平成14年4月に特定の学校法人に5年間の定期建物賃
  貸借契約を結んで一括賃貸されており、建物の90パーセン
  ト相当部分は特定の学校法人が使用し、賃貸料収入は事業団
  の収益事業として計上されている。
   学院の建物は、特定の学校法人が継続的に使用する可能性
  があるが、借入金償還額および利息相当額は、すべて都から
  の補助金として事業団に支出されており、現況を維持すれば
  今後、平成22年までに約18億円、累積で約21億円が都
  から支出されることが見込まれている。
   学院建物の賃貸料はプロポーザル方式による提案額を参考
  として決定されている。平成15年度の賃貸料は56700
  千円であるのに対し、その維持コストは、東京都が所有する
  土地の地代を考慮しなくても現在の賃貸料より大きな費用で
  あり、学院建物の建設経緯と福祉人材養成機関としての性質
  を考慮しても現在の賃貸料とは大きな乖離がある。
   施設の活用状況を見ても、1)シャワー設備付きアリーナ
  2)防音装置付きピアノ練習室および3)OA室等の利用度
  はきわめて低いままになっている。
   よって、このような学院運営の実態を踏まえ、都からの補
  助を極力削減できるよう、学院の運営のあり方について抜本
  的な見直しを図られたい。     http://bit.ly/2vvoDwR
  ───────────────────────────

浜渦武生氏/内田茂氏.jpg
浜渦武生氏/内田茂氏
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2017年08月07日

●「35年にわたる都議会の漆黒の闇」(EJ第4578号)

 就任2期目の2005年頃までの石原知事は、思うように仕事
が進まず、焦っていたように感じます。国会議員より自治体の首
長の方が、国のトップのようなものだから何でもできるといわれ
ますが、それには議会をコントロールする必要があります。
 日本では、憲法93条で、地方自治体の首長と地方議員を住民
が直接選挙で選ぶ「二元代表制」をとるよう定めています。二元
代表制では、議員は法律や予算などを審議・決定する権限を有し
ますが、その執行は行政の長が責任をもつため、立法権と行政権
の分離が徹底化されるといわれます。
 石原知事の2期目(1999年4月〜2007年3月)までは
都議会は自公両党が過半数を握っており、なかでも自民党の力が
強く、とくに当時議長の内田茂氏の力が突出しており、知事とい
えども内田氏の了解なしにはことが進まなかったのです。当時野
党第一党の民主党(当時/後の民進党)も、野党というよりも、
与党の自公両党に近いスタンスだったといえます。
 そこで石原知事としては、都議会自民党が死守している最大の
利権である福祉関係の利権のひとつを摘発しようとしたのです。
これが東京都社会福祉総合学院をめぐる事件です。石原知事と浜
渦副知事は、この摘発に乗り出そうとします。
 2005年1月20日のことです。都庁知事室には、包括外部
監査人の守屋俊晴氏(公認会計士)が、監査結果の事前報告にき
ていました。しかし、監査人からは、社会福祉総合学院について
詳しい説明がなかったので、浜渦副知事は、社会福祉総合学院に
ついて詳しい説明を要求します。
 その翌日の21日、再び守屋監査人が補助者の公認会計士を伴
い、浜渦副知事室を訪問し、どのような書類を作成するか知事の
リクエストを浜渦氏に求めたところ、副知事からは「時系列につ
いて報告して欲しい」という要望が出されたといいます。
 2月2日になって、包括外部監査人から「監査報告概要版の補
足説明」という書類が届けられます。そこには、次のようなこと
が書かれていたのです。
─────────────────────────────
◎「監査報告概要版の補足説明」
 敬心学園(社会福祉事業団から物件を借りている学校法人)の
収益事業に対して都が補助金を出していることにもなる。土地と
建物の財産的価値を考慮に入れた賃貸料で契約できるように交渉
し、それができないならば5年間の賃貸借契約の期間満了をもっ
て、更新せず、全庁的に本件資産の有効活用を図るなど、抜本的
な対策を講じる必要がある。
        ──「都政新法報」  http://bit.ly/2hpuwFv
─────────────────────────────
 社会福祉総合学院問題を、補助金の不正疑惑とみるかどうかは
見解の分かれるところですが、知事サイドは不正であると考えた
のです。しかし、不正とする以上は、もっと証拠を揃えるべきで
あり、その根拠とされる書類(上記)を監査人に要求して作らせ
ているところから、都議会自民党はこれを石原知事らによる「疑
惑の捏造」と判断したのです。
 しかし、知事サイドとしては、この問題を議会で取り上げるに
は野党に質問してもらう必要があります。石原知事の「けがにん
が出る」発言の直後に浜渦副知事は民主党の富田政調会長を自室
に呼んで次のように質問を要請します。2005年2月25日の
ことです。
─────────────────────────────
 予算特別委員会で質問をしてほしい。学院の件について、疑問
点を並べてくれればいい。知事が「けしからん。担当の副知事か
ら答弁させる」と言う。あとはすべて自分が答弁する。
                ──上掲「都政新法報」より
─────────────────────────────
 2005年3月3日、本会議の休憩中に民主党の名取憲彦幹事
長は、議長室に内田議長を訪問し、富田政調会長が浜渦副知事に
しつこく質問するよう頼まれ、困っていると相談しています。そ
のとき、内田議長もその件について多くの情報を握っており、名
取幹事長に次のようにアドバイスしています。
─────────────────────────────
 そんなことを民主党の会派として受けたら大問題にもなるし、
議会の中でも孤立する。あなたの会派もバラバラになってしまう
のではないか。議会の立場としても見過ごすことはできない。こ
の問題で私は、一切関与していないのだから、議会に手を突っ込
むようなことはやめさせた方がいい。質問はやらせない方がいい
んじゃないか。         ──上掲「都政新法報」より
─────────────────────────────
 結局、民主党は、知事サイドの要請を受けて、2005年3月
14日、予算特別委員会において、東京都社会福祉総合学院問題
について質問しています。このときの浜渦副知事の答弁が後の百
条委員会の設置に繋がるのです。
 この民主党の質問と浜渦副知事の答弁について、都議会自民党
と公明党は、内容に重大な疑義があるとして、これまで35年間
一度も開催されたことのない百条委員会の開催を決めます。35
年間開催されなかったのは、都議会と都庁との癒着が原因である
ことは明らかです。
 そして、2005年5月12日に百条委員会が開催されたので
す。しかし、そこで審議されたのは、百条委員会のメインの議題
であるべき社会福祉総合学院問題の内容ではなく、浜渦副知事が
民主党に対して議会での質問を働きかけた「やらせ質問」を重大
視し、浜渦氏の答弁を偽証と認定したのです。百条委員会が多数
を持つ与党ペースで、進んだからです。
 百条委員会の結果、浜渦副知事、福永副知事、横山教育長、櫻
井出納長が辞職する騒ぎになったのですが、これは与党勢力が浜
渦副知事を追い落とすための委員会であったことは明らかです。
              ──[中央卸売市場論/025]

≪画像および関連情報≫
 ●浜渦副知事更迭で何が見えたか/世田谷区長保坂展人氏
  ───────────────────────────
   東京都政で前代未聞の「副知事VS自公」の睨み合いは、
  石原知事の側近である浜渦副知事更迭で、いちおうの決着を
  見たかに見える。いかにも伏魔殿と呼ばれる東京都庁と都議
  会を象徴するような話じゃないか。税金の使い道をチェック
  するために議会があるのだとしたら、3月に民主党都議が、
  (浜渦副知事に依頼されたという社会福祉総合学院の運営を
  めぐる問題点)の徹底的な審議するべきだ。
   都議会民主党の対応が、いっそう事態を把握することを阻
  んではいないだろうか。浜渦氏に質問を依頼されたかどうか
  ――これが都議会の自民・公明側が問題にした点だが、「依
  頼されていない」と主張しながら百条委員会に出席しないと
  いう姿勢には疑問が残る。事実、民主党会派内からも批判の
  声もあがっている。
   橋梁をめぐる談合事件では都の発注する工事を請け負って
  きた建設会社に都のOBが天下り、都側の発注情報を得て談
  合調整を進めていたとの報道(5月29日朝日新聞)もあり
  石原都政下の「改革」なるものが官僚利権の撤廃にはほど遠
  いうわべだけのものだったことを示している。
   やがて来月、都議会議員選挙がある。本来なら、都庁・都
  議会を含めた大騒動の顛末が有権者の大きな注目・関心を集
  めてもおかしくないが、現実は正反対だという。「構図が複
  雑」すぎて、いったい何が問題で、誰と誰が衝突して、人事
  紛争となっているのか判らないので関心が持てないというの
  だ。               http://bit.ly/2ufwkXP
  ───────────────────────────

世田谷区長/保坂展人氏.jpg
世田谷区長/保坂展人氏
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2017年08月08日

●「百条委員会での浜渦副知事追放劇」(EJ第4579号)

 なぜ、社会福祉総合学院問題を詳細に書いているのかというと
小池知事が登場するまでの都庁と都議会の関係がどのようなもの
であったかの一端を知るためです。なぜ、市場関係者の意向を無
視して築地市場が豊洲のガス工場の跡地へ移転することになった
のかについても、このことと無関係ではないからです。
 当時、江東区選出の民主党都議会議員であった柿沢未途氏(現
民進党衆議院議員)は、ネット上の「定例会報告」のサイトで、
社会福祉総合学院問題と百条委員会の顛末について、痛烈に批判
しているので、概要をご紹介することにします。かなり長文なの
で、部分的に取りあげて解説します。
 まず、柿沢未途氏はこの百条委員会(2005年5月12日)
によって、なぜ、特別職の3人が辞任することになったのかにつ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 特別職3人が辞表を出すという事態の裏側には、都議会の有力
議員の理事者側への働きかけがあったと言われています。そうし
た議会側の働きかけに応じる形で特別職が辞表を書いたという話
を私たちも聞いています。もしこれが事実だとするなら、議会か
ら執行機関側への重大な政治介入というべきであり、浜渦副知事
の議会への働きかけを云々する資格などありません。
 さらに言えば、強引な「偽証」認定こそ行ったものの、浜渦副
知事の「やらせ質問」に関する立証も十分とは言えません。わが
会派の名取幹事長の証言によれば、わが会派がこの問題に取り組
む端緒となったのは、浜渦副知事の働きかけというより、むしろ
石原知事からの問題提起だったことが明らかになっています。
          ──平成17年第2回定例会/柿沢未途氏
                   http://bit.ly/2vDGm5k
─────────────────────────────
 百条委員会で浜渦副知事は、民主党に「やらせ質問」の働きか
けを行ったのかと質問され、「やっていない」と答えています。
これが「偽証」と認定されたのです。しかし、当の民主党の名取
幹事長は、質問をしたのは浜渦氏というよりも、石原知事からの
問題提起であるといっています。実際、石原知事は2005年5
月20日の記者会見で次のように発言しています。
─────────────────────────────
 名取幹事長とある席で会った時に、「非常にこれについて関心
をもっているので、民主党もこの問題について考えてほしい。詳
しくは、監理団体担当の浜渦から聞いてくれ」と言った。その後
彼が呼ばれて説明をしたと思うが、そのとき、質問をやってほし
いと依頼はしてないはずである。        ──石原知事
                   http://bit.ly/2hpuwFv
─────────────────────────────
 浜渦氏の発言が虚偽であるとするから、「やらせ質問」をする
よう求められた富田政調会長の証言が必要になります。しかし、
富田氏は、自分は社会福祉総合学院問題とは無関係であることを
理由として百条委員会の出席を拒否したのです。そのため浜渦氏
の「やらせ質問」の立証は不十分のままです。
 百条委員会の調査項目は1〜5まであるのですが、「やらせ質
問」に当たるものはなく、強いていえば6の「その他調査に必要
な事項」に辛うじて該当しますが、これはあくまで1〜5に関連
するものであり、「やらせ質問」はテーマではないのです。しか
し、百条委員会では、肝心の社会福祉総合学院問題について質疑
はなく、「やらせ質問」があったなかったに終始したのです。ま
さに、都庁と都議会は伏魔殿そのものです。
─────────────────────────────
 そもそもこの百条委員会は、特定の個人を糾弾し、断罪するた
めに設置された委員会ではありません。社会福祉総合学院の運営
等に関して、違法、不法、あるいは不適正な点はないか、そのこ
とを調査するために設置されたものです。
 にもかかわらず百条委員会の議論は、浜渦副知事の「やらせ質
問」追及に終始し、さらにその立証を目的として、わが会派の富
田議員の証人出頭まで求めてきました。そして「社会福祉総合学
院の運営等と何ら関わりがない」ことを理由として、出頭要請に
応じないと、富田議員は刑事告発相当であるとの議決まで行いま
した。一体、何のために設置された百条委員会だったのか、浜渦
副知事を追い落とし、返す刀で民主党議員を吊るし上げようとい
う、そうした政治的な意図をもった委員会であったのかと勘ぐら
ざるを得ません。  ──平成17年第2回定例会/柿沢未途氏
─────────────────────────────
 これは、何が何でも政敵を追い落とすという当時の都議会自民
党と公明党の暴挙というべきです。さらに、柿沢未途氏は、次の
ように書いて、「定例会報告」を終えています。
─────────────────────────────
 社会福祉総合学院の施設の90%以上が、いや委託部分を含め
ると100%近くが、特定の学校法人の施設として使用されてい
る実態、そしてそれに対して都が総額21億円もの補助金を支出
している実態、包括外部監査でも指摘をされたこうした実態が、
都民の目から見て、はたして適正なものと言えるのか、非常に疑
問です。
 こうした疑問に対して詳細な検討がなされないまま、浜渦副知
事を辞職に追い込んだことをもって、百条委員会は、その幕を閉
じようとしています。まことに本末転倒と言わざるを得ません。
 議会と知事、そして官僚機構を巻き込んだ都庁内の「コップの
中の嵐」を、都民は冷ややかな目で見ています。
          ──平成17年第2回定例会/柿沢未途氏
─────────────────────────────
 このようにして、石原知事は腹心の部下である浜渦武生副知事
を失うのです。その後、石原知事はどのようにして、都政運営を
行ったのでしょうか。これについて興味深い事実があります。
              ──[中央卸売市場論/026]

≪画像および関連情報≫
 ●石原&浜渦都政の異常さを証言からみてみる
  ───────────────────────────
   2005年7月3日投票の都議会議員選挙まで1ヶ月をき
  りました。都議選を前に、石原都知事の30年来の側近・浜
  渦武生副知事の強権的な姿勢が明らかになってきています。
  週に2・3回しか都庁に来ない知事に代わって都庁を支配。
  都庁の各部署は、浜渦氏に事前に説明しないと知事にブリー
  フィング(事業説明)できない状況だったと報じられていま
  す。強権ぶりに気づかなかったという知事の姿勢は情けない
  限りですが。浜渦氏に指示をうけるため、「お手紙」と呼ば
  れる文書を出すことが当たり前。現場の声が届かないトップ
  ダウンの都政運営のもとで、福祉・保育施策も次々に切られ
  ているというのが実態です。
   具体的な証言でふれていきます。「彼は弱者といわれる者
  すべてが嫌いなのです。障害者、高齢者、女性、外国人、貧
  しい人、失業者、ホームレスなど。でも、地方自治体におい
  て、これらの人々のために行う施策は大きな比重を占めるも
  のであり、嫌だから切り捨ててよいものではないはずです。
  しかし、石原慎太郎は、それを行っているのです。弱者や福
  祉などという言葉は彼の前では禁句のようなものでしょう。
  (中略)想定問答を作る職員は、これまで作り上げてきた福
  祉の理念がガラガラと崩れるのを、自ら率先して、理論構成
  していかなければなりません。知事はそれを見て笑っている
  のでしょう。どうせ職員など、局長も含めて、奴隷のように
  しか見ていないでしょうから。   http://bit.ly/2vC2nk8
  ───────────────────────────

柿沢未途衆院議員.jpg
柿沢未途衆院議員
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2017年08月09日

●「『石原VS内田』の凄まじい暗闘」(EJ第4580号)

 もう一度東京都知事のポジションについて考えてみる必要があ
ります。石原慎太郎氏は、自民党の国会議員でしたが、だからと
いって、都議会自民党から支援を受けられるかというと、それは
関係がないのです。なぜなら、東京都知事も都議会議員も都民か
ら直接選挙で選ばれるからです。
 石原氏が1999年4月に都知事選に出馬したとき、都議会自
民党は、当時の森喜朗自民党幹事長とともに、元国連事務次長の
明石康氏を担いで、石原氏と戦っています。したがって、都議会
自民党と自民党にとって石原陣営は敵なのです。ちょうど小池知
事が立候補した状況とよく似ています。
 まして石原氏は、1995年の衆院本会議で勤続25年表彰を
受けた際の挨拶で議員辞職を表明しています。そのとき、おおよ
そ次のような刺激的な発言をしています。
─────────────────────────────
 私が所属する自民党を含めてすべての政党は、最も利己的で卑
しい保身に走っている。このような何もしない政党には、とても
いる気がしないので、この機会に国会議員を辞職したい。
             ──石原慎太郎衆議院議員(当時)
─────────────────────────────
 それだけに、1999年に突如都知事選に出馬を表明したとき
は、都民からかなりの驚きをもって受け止められ、既成政党批判
の受け皿にもなって、都知事選に勝利を収めています。しかし、
こういう状況で誕生した都知事は、都議会の運営には相当の苦労
を強いられるものです。石原都政も副知事人事すら決まらない状
況で最初からつまづいたことは、既に述べた通りです。
 権力というものは、それが何であれ、長期化すると、必ず腐敗
するものです。都議会自民党も長い間にわたって、自分たちの天
下がいつまでも続くように、それこそ営々と数多くの利権を作り
上げてきたのです。彼らにとってときどき代わる都知事に対し、
何かというと「二元代表制」を口にし、知事と都議会は車の両輪
であると主張し、どんな知事が誕生しようとも、何ら恐れること
はなかったのです。
 自分たちに従わなければ知事を潰すし、知事が従えば是々非々
で協力するものの、利権には知事といえども絶対に手を触れさせ
ない姿勢を堅持したのです。それが如実にあらわれたのは、20
09年の都議会議員選挙です。民主党が自民党に勝利し、政権交
代を成し遂げた年の都議選です。
 このとき、都議選で自民党候補は大量落選し、東京都連幹事長
を務めていた内田茂氏も落選しています。この事態に石原知事を
はじめ東京都選出の自民党国会議員たちは、チャンス到来とばか
り、内田氏を都連幹事長の座から外そうとしたのです。しかし、
それは失敗し、内田氏は落選議員でありながら自民党東京都連幹
事長の職を続け、利権を死守しています。
 そのときの自民党東京都連の混乱を元東京都議会議員で、現在
「都民ファーストの会」の代表を務める野田数氏は、ブログで次
のように述べています。
─────────────────────────────
 当時の石原慎太郎知事も加わり、石原伸晃都連会長以下、都連
の国会議員は、落選した内田氏を都連幹事長から外そうとしてい
た。しかし、都議会議員の数が圧倒的に多く、多勢に無勢であっ
た国会議員と石原知事は、都議会議員の抵抗になすすべがなかっ
た。加えて東京都連の幹事長職は、東京都内の各級選挙の公認権
を持ち、業界団体に対しての影響力も強いため、小選挙区選出の
国会議員は最後まで抵抗しきれなかったのである。そのときの抵
抗も内田氏本人が前面に出るのではなく、側近で現議長の川井し
げお氏(当時)が数少ない国会議員の前で机をバンバン叩いて威
嚇していたという。私も会派の控え室で「内田先生じゃないとカ
ネ作れないじゃないか!」と凄んでいるのを聞いたことがある。
        ──「私は「都議会のドン」内田茂の裏の顔を
       ここまで知っている!」 http://bit.ly/2aZ0sd3
─────────────────────────────
 2005年5月18日のことです。腹心の浜渦副知事が百条委
員会で答弁を偽証と認定された日の6日後です。石原知事は長男
の伸晃氏の仲介で、内田茂議長と話し合っています。その会談の
目的は浜渦氏を辞任させるので、告発を見送って欲しいという要
請であると思われます。
 内田議長はそれを了承し、ある提案をします。それは石原知事
の三男である宏高氏のことです。当時宏高氏は、みずほ銀行を退
職して、2003年11月の衆院選に東京3区から自民党公認で
出馬したものの落選し、浪人中であったのです。
 たまたま宏高氏の東京3区の隣の4区で、2005年10月に
補選が予定されていたのです。不祥事で同区の中西一善・自民党
衆院議員が辞職したことによる補選です。内田氏はこの4区の補
選で宏高氏が立候補するなら、東京都連として公認を出し、応援
すると提案します。東京都選出の国会議員は、選挙のさいは都議
会議員の応援を受けるので、願ってもない提案です。
 結局、石原知事は、息子を人質にとられ、「浜渦辞任」と「宏
高公認」を取り引きしたのです。実際には宏高氏は、この補選で
はなく、同年9月に突如行われた小泉首相による「郵政選挙」で
東京3区から立候補し、民主党(当時)の松原仁氏を破って初当
選しています。
 しかし、流石の内田茂氏も、腹心の川井前議長も、小池百合子
知事の前では何もすることができず、内田氏は自らの後継者も先
の都議選で当選させられなかったのです。都議会自民党は、20
09年の都議選のときより惨敗し、23名しか当選者を出すこと
しかできなかったのです。公明党と同数です。
 東京都知事が地域政党を立ち上げ、多数の候補者を擁立し、当
選させることによって知事自身の勢力を作る──これは今までの
都知事には誰もできなかったことであり、都議会を改革する新し
い方法であるといえます。  ──[中央卸売市場論/027]

≪画像および関連情報≫
 ●「都議会のドン」内田茂の裏の顔をここまで知っている!
  ───────────────────────────
   2011年7月1日に自民党所属都議会議員の樺山卓司氏
  が自殺した後、都議会上層部のご機嫌取りかウケを狙ったの
  かわからないが、若手の議員たちがこぞって樺山氏の自殺を
  揶揄するような発言をしていた。さらにベテラン議員たちも
  また酒の肴のように冒涜を通り越した言葉を発していたので
  ある。若手からベテランまで、まるで「ポイント稼ぎ」とし
  か思えないような異常ないじめ方だった。
   樺山氏が自殺した時も多くの国会議員に相談したが、誰一
  人として声を上げてくれる人はいなかった。みんな厄介ごと
  のように、樺山氏の問題を封印したのである。この自浄能力
  のない自民党都連が現状のままなら、都民にとっては不利益
  しか与えないだろう。
   東京都議会は首都東京を牽引する議会だから、開かれた議
  論闊達な場だとお思いの有権者も多くいただろうが、実態は
  そのようになっていない。都議会を一言で言えば、ムラ社会
  であり、ムラ議会なのである。議論など一切行われず、とり
  わけ都議会自民党の所属議員は上層部の決定に追随するだけ
  である。たとえ賛否が分かれる案件も一糸乱れることなく賛
  成するのはこのような体質によるものだ。本来であれば、政
  策も自民党内で様々な議論があり、意見集約を経た結果、賛
  成か反対か判断するはずだが、そのようなプロセスもない。
  このものを言わせない体質が大きな問題であり、都民からの
  不信感を呼んでいる。       http://bit.ly/2vdO82P
  ───────────────────────────

野田数都民ファーストの会代表.jpg
野田数都民ファーストの会代表
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2017年08月10日

●「なぜ内田茂氏はドンと呼ばれたか」(EJ第4581号)

 2005年7月、石原知事の側近の浜渦副知事が辞任に追い込
まれます。しかし、石原知事は、浜渦氏が辞任した後も、相変わ
らず週に2〜3回しか登庁しないのです。その間の仕事はすべて
部下に任せ切りです。
 2005年〜2007年までの知事日程表によると、知事の登
庁日数は次のようになっています。
─────────────────────────────
       2005年 ・・・・ 129日
       2006年 ・・・・ 126日
       2007年 ・・・・ 103日
─────────────────────────────
 これによると、石原知事は3日に一度しか登庁していないこと
になります。非常に良い身分です。石原氏は、この3年の間に作
家として次のベストセラーを出しています。
─────────────────────────────
 「俺は君のためにこそ死ににいく」(映画脚本)/2005
 「老いてこそ人生」(幻冬舎文庫)/2002
 「新・堕落論─我欲と天罰」(新潮新書)/2011
─────────────────────────────
 知事が3日に一度しか登庁しないので、その間の知事の仕事を
カバーしていたのは、かつての浜渦副知事であり、そのため浜渦
副知事は副知事でありながら、事実上知事の権限の一部を行使し
ていたといえます。これでは浜渦独裁になります。
 それでは、浜渦氏が辞めた後は誰がその役割をやっていたので
しょうか。
 その役割は、内田茂氏が浜渦氏から引き継いだのです。つまり
内田氏は、都議会議員として都議会議長を務めながら、浜渦氏に
代わって副知事の仕事を手伝い、さらに自民党東京都連の幹事長
も務めていたことになります。これが石原知事在任中は続いてい
たことになるので、これなら、東京都議会のみならず、東京都選
出の自民党議員に対しても、内田氏が絶大な権限を有していたこ
とが理解できると思います。もちろん、築地市場の豊洲移転につ
いても内田氏は深く関与しています。
 それでは、なぜ、石原知事は、内田茂氏に心を許したのでしょ
うか。都知事選のときは、内田氏のことを「都庁の悪人」といい
その悪人を退治するとまでいっていたのにです。
 これについて、東京都政に詳しい政治評論家の鈴木哲夫氏は、
ベテラン国会議員の言葉として、次のように述べています。
─────────────────────────────
 石原知事は都議会自民を守旧派に見立ててみずからの存在を高
めようとしていました。本来、都議会自民党は徹底的にケンカし
ていい敵でしたが、内田さんは逆に石原人気を利用し、むしろ味
方につければいいと考えるのです。石原知事側近であり、剛腕で
強敵の浜渦武生元副知事だけは表立って辞任に追い込み、一方で
は、石原知事の子煩悩を利用して2人の息子、伸晃さんと宏高さ
んをいわば人質≠ノした。         ──鈴木哲夫著
  『誰も書けなかった/東京都政の真実』/イースト・プレス
─────────────────────────────
 東京都政のトップという重要な役目を担いながら、3分の1し
か登庁せず、自分の関心のあることしか真面目に向き合おうとし
ない石原知事の仕事ぶりに心底怒りを覚えますが、それが築地市
場の移転にどのように影響して行ったのかについて、このあとの
EJで考えていくことにします。
 石原知事が設置した専門家会議は、2008年7月に土壌汚染
対策の専門家会議の結論をまとめて、解散しています。その結論
は、次の2つの柱から成っています。
─────────────────────────────
 1.東京ガスの工場のあった旧地盤面から2メートルの土を
   入れ替え、その上に2・5メートルの盛り土をする。
 2.地下水管理システムを設計・構築し、汚染地下水が上昇
   して盛り土を再汚染しないようにコントロールする。
─────────────────────────────
 もう少し詳しく解説します。まず、最も汚染のひどい旧ガス工
場の地盤面から地下2メートルまでの土をすべて入れ替え、その
上に2・5メートルの盛り土をするのです。盛り土は、ベンゼン
や揮発性ガスの上昇を抑えるのに有効な措置です。
 しかし、それでは、その盛り土の下に汚染された地下水が残っ
てしまい、せっかくの盛り土が再汚染される恐れがあります。そ
のため、地下水を浄化する管理システムを構築し、盛り土の再汚
染を防ぐというものです。
 この専門家会議の決定には、よくわからないながらも、それな
りの説得力があったので、仲卸業者などの豊洲移転反対派の市場
関係者の一部には「ここまでやってくれるなら」と、築地移転の
ための準備に取り組む業者も出はじめていたのです。
 しかし、小池知事の時代になって、この盛り土がなく、その部
分には地下空間ができていたことが判明したのです。これは、専
門家会議が結論として出した土壌汚染対策が無意味になることを
意味します。しかし、これについては、後から述べるとして、そ
の先を進めます。
 この専門家会議の結論は、2008年8月に新発足の技術会議
に委ねられ、2009年2月に「豊洲新市場整備方針」が決定さ
れます。この方針には、間違いなく盛り土はあったのです。
 土壌汚染問題が解決したことに自信を持った石原知事は、20
10年10月22日に議会で築地市場の豊洲移転を正式に表明し
ます。そして石原知事は次のように宣言したのです。
─────────────────────────────
 もし、議会が決めかねているならば、知事が大きく歯車を回す
ことになる。                 ──石原知事
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/028]

≪画像および関連情報≫
 ●「豊洲の盛り土」/専門家会議
  ───────────────────────────
   2007年に「4・5メートルの盛り土が前提」と答申を
  出した専門家会議が、問題発覚を受けて再結集した。座長の
  平田健正・放送大学和歌山学習センター所長が17日、都庁
  で会見を開き、今後の対策を示した。
   会見にはオブザーバーとして会議に参加する「市場問題プ
  ロジェクトチーム(PT)」の小島敏郎座長(元環境省審議
  官・弁護士)も臨席した。
   開口一番、平田座長は「前回と同じメンバーで、事務局も
  都から独立する形であればお引き受けする」と条件を都に突
  きつけたことを明らかにした。
   本来ならば、自分達が専門的見地から提言した事を頭から
  無視した東京都に、また協力する筋合いは無い。専門家会議
  は都からのフリーハンドを約束させた。再調査したデータも
  専門家会議で一元管理する。会議は全て公開の席上で行ない
  答申の時期も制約はないという。
   平田座長は、メディアに対しても公平でない部分が多々あ
  るとし、全て情報は会議を通すと明言した。
   この日、平田座長は冒頭発言だけでなく記者との質疑応答
  まで、会見の一切を取り仕切った。都に任せると都合のいい
  記者に都合のいい質問をさせるからだ。平田座長はまた「築
  地市場の方々とのコミュニケーションができるような雰囲気
  作りが一番大事。会議の席上でご意見を伺って行きたい」と
  述べた。             http://bit.ly/2d4TaJZ
  ───────────────────────────

都議会本会議における内田茂都議.jpg
都議会本会議における内田茂都議
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2017年08月14日

●「豊洲移転予算はなぜ成立したのか」(EJ第4582号)

 築地市場の豊洲移転を推し進めた石原都政にとって、大きな誤
算の1つは、2009年都議選における自民党の惨敗です。この
とき自民党は48議席を10議席減らし、38議席しか獲得でき
ず、第1党の地位を失います。これは1965年の黒い霧事件に
よる自主解散で日本社会党に第1党を奪われて以来の大敗です。
2009年7月12日の都議選の結果は次の通りです。
─────────────────────────────
      ◎2009年7月12日/都議選結果
            獲得議席  改選前議席
      自由民主党   38     48
      公明党     23     22
      民主党     54     34
      生活者ネット   2      4
      日本共産党    8     13
      無所属      2      4
─────────────────────────────
 当時豊洲移転を推進していたのは、自由民主党と公明党に無所
属であり、豊洲移転に反対していたのは民主党、生活者ネット、
日本共産党です。選挙前と選挙後の推進派と反対派の数は次のよ
うになります。
─────────────────────────────
        豊洲移転推進派  豊洲移転反対派
     選挙前     74       51
     選挙後     63       64
─────────────────────────────
 選挙の結果、たった1票差ではあるものの、豊洲移転反対派の
票が賛成派を上回ったのです。なお、この選挙で内田茂氏は落選
しましたが、自民党東京都連幹事長の職は続けています。確証は
ないものの、この間、内田東京都連幹事長は築地市場の豊洲移転
に向けて、種々の裏工作を行ったものと推定されます。
 この2009年夏の都議選について、日本共産党赤旗編集局は
次のように書いています。
─────────────────────────────
 09年夏の都議選で、共産党都議団は13から8議席に後退す
る一方、民主党は、「築地市場の移転に民主党はNO!自民党は
YES」とマニフェストに掲げ、34から54議席になり、築地
市場の豊洲移転問題で反対を表明する会派が多数となりました。
 その結果、その直後の9月の都議会第3回定例会で「東京都中
央卸売市場築地市場の移転・再整備に関する特別委員会」が設置
されます。
 翌10年の都議会第1回例会で、共産党都議団は、市場会計に
おける築地市場の1300億円近い豊洲新市場移転関連経費を削
除する修正案を提出しました。都議選で「移転ノー」を公約した
政党・会派が共同すれば、少なくとも移転用地購入費を削除でき
たのです。ところが民主党は、移転中止の公約を破り、共産党の
修正案に反対し、自らは修正案も提出せずに、予算に賛成したの
です。     ──赤旗編集局著/日本共産党東京都議団監修
     「徹底追及【築地市場の】豊洲移転」/新日本出版社
─────────────────────────────
 1票差であっても多数は多数です。「これで豊洲移転を阻止で
きる」と日本共産党東京都議団が考えても不思議はありません。
なぜなら、民主党は「豊洲移転NO!」を公約に掲げて選挙戦を
戦ったのですから当然のことです。
 しかし、多数をとったはずの民主党は、その後の重要な局面に
おいて不思議な行動をとることになります。なお、選挙後に設置
された上記の「東京都中央卸売市場築地市場の移転・再整備に関
する特別委員会」の委員長は、民主党の花輪智史氏という議員で
あることを覚えておく必要があります。
 このとき、豊洲移転の重要局面といえば、予算の都議会におけ
る承認です。
─────────────────────────────
  1.豊洲新市場予定地の用地取得費1260億円の可決
  2.豊洲移転の経費を含む中央卸売市場会計予算の可決
─────────────────────────────
 上記「1」については、都議会予算特別委員会において、第1
党である民主党は、反対であったはずの築地市場の移転関連予算
について、一転して賛成に回り、可決されています。これについ
て、「都政新報」(2010年3月30日)は、次のように報道
しています。
─────────────────────────────
 都議会予算特別委員会は28日未明、築地市場の移転関連経費
の扱いで対立していた中央卸売市場会計予算案に付帯決議を付け
て、民主、自民、公明の賛成多数で可決した。民主党は、豊洲新
市場予定地の用地取得費1260億円を削除する修正案を準備し
ていたが、提案を見送り、原案可決に回った。同党の大沢昇幹事
長は「修正案と同等の意味合いを持つ付帯決議がまとまり、我々
の要求が盛り込まれた」と語った。しかし、会派内からは「都が
現在地再整備をフェアに検討してくれるのか」と懸念する声も聞
かれた。本会議の採決は、きょう30日に行われ、都青少年健全
育成条例改正案を除くすべての議案が可決される見通し。
                   http://bit.ly/2hT3iao
─────────────────────────────
 豊洲移転反対の公約を掲げた選挙戦を戦って勝利したはずの民
主党は、なぜ移転関連予算に賛成したのでしょうか。もし、民主
党が反対すれば、1260億円の移転関連経費は予算から削除で
きたのです。それが一転しての可決です。そこに何らかの裏工作
があったのではないかと疑われているのです。
 民主党のいい分としては、「付帯決議が通ったので、修正案を
用意していたが、撤回した」といっているのですが、どのような
付帯決議でしょうか。    ──[中央卸売市場論/029]

≪画像および関連情報≫
 ●民主、予算案賛成へ「都民から裏切りだ」/しんぶん赤旗
  ───────────────────────────
   東京都が築地市場(中央区)を高濃度の有害物質で汚染さ
  れた江東区豊洲地区に移転させようとする問題で、都議会民
  主党は2010年3月27日、移転経費を盛り込んだ新年度
  都中央卸売市場  会計予算案に賛成し、移転予定地の購入
  費を削除する修正案の提出を取りやめる方針を固めました。
  昨年の都議選での公約を破るもので、都民から「裏切りだ」
  との批判があがっています。同党は土地購入費を削除する修
  正案を各会派に提示していましたが、自民党などと密室協議
  を重ねた結果、提出を取りやめたもの。
   27日の都議会予算特別委員会で民主党の和田宗春都議は
  「現在地再整備を検討すべきだ」としながら、土地購入費の
  削除は求めませんでした。
   日本共産党の大山とも子都議は、マスコミの世論調査でも
  6〜7割が豊洲移転に反対し、築地での再整備を望んでいる
  ことをあげ、「築地市場の現在地再整備は技術的には十分可
  能であり、再整備案を公募しないのは無責任だ」ときびしく
  批判しました。日本共産党は、土地購入費を含む移転関連経
  費1281億円を全額削除する修正案を発表。民主党などに
  対し土地購入費削除の一点で共同し、修正案を成立させるよ
  う申し入れていました。      http://bit.ly/2fAdROS
  ───────────────────────────

予算案可決後の石原知事.jpg
予算案可決後の石原知事
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2017年08月15日

●「豊洲予算への民主党の不可解対応」(EJ第4583号)

 東京都は、何回かに分けて、豊洲の土地を購入しています。東
京都はその都度予算案を議会の審議にかけて通しています。なか
でも節目というべき予算の可決は次の2つです。
─────────────────────────────
  1.豊洲新市場予定地の用地取得費1260億円の可決
               ──2010年3月30日
  2.豊洲移転の経費を含む中央卸売市場会計予算の可決
               ──2011年3月11日
─────────────────────────────
 これらの2つの予算案を阻めば、築地市場の豊洲移転は阻止す
ることはできたはずです。しかるに、結果としてこれら2つ予算
案は、当時都議会第1党の民主党が原因で、可決されています。
民主党は、2009年夏の都議選で圧勝し、54議席を獲得し、
都議会第1党になっています。ちなみに民主党は、都議選で「移
転反対」を公約にして勝利しているのです。
 「1」に関しては、昨日のEJで述べた通り、民主党は、付帯
決議として民主党の要望が盛り込まれたので、可決に賛成したと
主張していますが、その「付帯決議」とは次の通りです。
─────────────────────────────
 築地市場の老朽化を踏まえると、早期の新市場の開場が必要で
あるが、これを実現するためには、なお解決すべき課題が多いこ
とから、予算の執行に当たっては、以下の諸点に留意すること。
 1.議会として、現在地再整備の可能性について、大方の事
   業者の合意形成に向け検討し、一定期間内に検討結果を
   まとめるものとする。知事は議会における検討結果を尊
   重すること。
 2.土壌汚染対策について、効果確認実験結果を科学的に検
   証し、有効性を確認するとともに、継続的にオープンな
   形で検証をし、無害化された安全な状態での開場を可能
   とすること。
 3.知事は、市場事業者それぞれの置かれている状況及び意
   見などを聴取し、合意形成など「新市場整備」が直面し
   ているさまざまな状況を打開するための有効な方策を検
   討すること。
          ──「都政新報」 http://bit.ly/2hT3iao
─────────────────────────────
 この付帯決議は、築地市場の再整備について可能性を検討し、
豊洲に移転する場合は、市場関係者の合意と、豊洲市場の土壌汚
染対策をオープンで行い、無害化の状態で開場できるようにする
など、「築地市場の移転反対」を掲げていた党としては、きわめ
てゆるい条件といえます。そもそも「付帯決議」には法的拘束力
はなく、移転反対の公約に反する行動をとることの単なるエクス
キューズでしかないものです。
 「2」の予算案の可決の経緯について述べます。
 この予算は、豊洲移転の経費を含む中央卸売市場会計予算であ
り、これが決まると、築地市場の豊洲への移転は事実上決まって
しまう重要な予算です。
 この予算が審議されたときの都議会の情勢は、定員127人の
うち欠員が1人おり、議長を除くと125人、豊洲移転の賛否で
は「賛成62対反対63」で、反対派の方が1票ながら上回って
いたのです。
 ところが、反対のはずの民主党議員が1人裏切って移転賛成派
に回り、予算案は可決されたのです。またしても民主党によって
豊洲移転がほぼ確定することになります。そこには一体何があっ
たのでしょうか。
 裏切ったのは、「東京都中央卸売市場築地市場の移転・再整備
に関する特別委員会」の委員長を務めていた民主党の花輪智史議
員です。花輪氏は、都議会で議決の直前、民主党に会派離脱届を
出して、姿をくらましたのです。
 2011年3月11日の採決当日、行方不明だった花輪智史議
員は、自民党議員2人にガードされて議場に姿を現し、花輪議員
が予算案に賛成票を投じて、予算案は可決されます。この状況を
見れば、誰が考えても自民党の有力者があることを条件にして、
花輪議員を取り込み、寝返らせたことは明らかです。これを主導
したのは、落選中の内田自民党都連幹事長ではないかといわれて
います。その約1時間後にあの東日本大震災が起きるのです。
 花輪議員は、3月25日付で、会派離脱の理由と、なぜ自分が
築地市場の豊洲移転に賛成したかについて、次のブログで詳細に
述べています。その一部を掲載します。
─────────────────────────────
◎「私の決断」/2011年3月25日
 私は、一昨年の9月25日から「東京都中央卸売市場築地市場
の移転・再整備に関する特別委員会」委員長の職にありました。
 この特別委員会は、3人の学識経験者と15人の業界関係者な
どの参考人招致を含め、1年半にも及び、委員会と理事会を開催
し、土日も含めて、熱心かつ真摯な議論を重ねてまいりました。
また、大阪市中央卸売市場の視察も実施し、議論を深めてまいり
ました。公正中立な委員会の運営に努めるという使命を負った委
員長であったがゆえ、この間、私は、所属していた都議会民主党
の一議員という立場を超えて、築地市場の移転・再整備について
冷静に考えることができたと思っています。
 こうした議論と熟考を重ねた末、申し上げなければならないこ
とは、「この問題をこれ以上先送りすることは許されない」とい
うことです。私、花輪ともふみは、この時点で築地市場の移転・
再整備問題に「結論を出す」大きな決断をするに至りました。
 私は、都民のみなさんのために最良、最善の選択は何かを熟慮
した結果、今回、豊洲移転経費を含む東京都中央卸売市場会計予
算に賛成いたします。         http://bit.ly/2uzg9oo
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/030]

≪画像および関連情報≫
 ●カネのために魂を悪魔に売ると大災害が起きる?
  ───────────────────────────
   2011年3月11日の現実に起きたドラマは凄いもので
  ある。東日本大震災は2011年3月11日の14時46分
  頃。この14時46分頃という時刻はSF小説の小松左京著
  「日本沈没」での日本沈没が始まる時刻とほぼ同じ。そして
  2011年3月11日13時何分(正確には解らないが13
  時代)に、都議会で63票VS62票で築地市場の豊洲移転
  が決定する。
  ―――――――――――――――――――――――――――
    ◎築地市場豊洲移転決定
        →2011年3月11日13時××分頃
    ◎東日本大震災
        →2011年3月11日14時46分頃
  ───────────────────────────
   上記の二つの大事件は因果関係があるのか?ありそうであ
  る。しかしその関係をハッキリさせることは当然難しい。し
  かし世界には偶然というものは存在しない。この二つの大事
  件は非常に深く関係しているだろう。
   築地市場が豊洲市場に移転を決定する投票は、63票VS
  62票で決まった。たった1票差。しかもその大事な1票と
  投じた人物は、ずっと反豊洲移転派の民主党都議であった。
  しかし投票の直前に行方不明となり、2011年3月11日
  の投票日に豊洲移転推進派の自民党の都議に守られて、豊洲
  移転賛成に1票を投じたのである。http://exci.to/2wTPVcC
  ───────────────────────────

モーニング・ショーのフリップ.jpg
モーニング・ショーのフリップ
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2017年08月16日

●「豊洲移転反対/一貫性なき民主党」(EJ第4584号)

 都議会の「花輪造反事件」は、東日本大震災の騒ぎのなかで都
民には、ほとんど知られることなく忘れ去られたのです。それが
2016年に小池百合子氏が東京都知事選に出馬し、勝利したこ
とによってこの事件が蘇ったのです。小池氏が「都議会にはドン
がいる」と暗に内田茂氏の存在を指摘する発言をしたことにより
内田氏の剛腕ぶりを示す逸話のひとつとして、この事件がワイド
ショーなどに取上げられたからです。
 花輪智史氏は、世田谷区議を1期務めた後、2005年に民主
党から出馬し初当選、2009年の都議選でも再選し、民主党が
第1党になったことによって、市場移転特別委員会委員長に就任
するなど、有力中堅議員として活躍しつつあったのです。
 しかし、2011年3月11日、自民党の誘いに乗り、民主党
に会派離脱届を提出し、豊洲移転の経費を含む中央卸売市場会計
予算案に賛成、成立させたのです。その翌月、都議会議員を辞職
し、世田谷区議選に自公両党の推薦を受けて出馬したのです。こ
こまでは自民党との下約束があったものと思われます。
 しかし、自民党の幹部や石原知事の応援を受けたものの、あえ
なく落選。その後、2度にわたり選挙に挑戦したものの、次のよ
うにいずれも落選しています。やはり「裏切り者」のレッテルは
非常に重かったといえます。
─────────────────────────────
  ◎2011年04月24日
   ・世田谷区議選に出馬するも落選
  ◎2012年12月16日
   ・衆議院選挙に維新比例で出馬するも落選
  ◎2013年06月23日
   ・都議会議員選挙に日本維新の会で出馬するも落選
─────────────────────────────
 ところで民主党は、2010年3月の豊洲の土地取得費を含む
予算に賛成しています。このとき、民主党は第1党で多数を持っ
ており、豊洲の土地取得費を削除する修正案を通すことができた
のですが、ほとんど無意味ともいえる付帯決議を付けることで予
算案に賛成しています。
 それでいて民主党は、翌年の豊洲移転経費を含む予算案には反
対に転じましたが、与党は花輪議員の裏切りによって予算案を可
決させます。このように民主党の行動には一貫性がなく、都議選
でも公約を破っています。そういう意味では、豊洲移転を決めた
のは自公両党だけではなく、民主党も一枚噛んでいます。
 国会でも同様です。2009年の衆院選で自民党を倒して悲願
の政権交代を成し遂げながら、公約したことをきちんと実施しな
い一方で、やらないと約束した消費税の増税を党内の反対を押し
切って自公両党と一緒に実現させ、多くの議員を離党させる原因
をつくっています。要するに何事にも中途半端なのです。これで
は、都民を含む国民に支持が広がらないのは当然です。
 民主党の政権交代の立役者である小沢一郎自由党代表は、野党
としての民進党の中途半端さについて、『週刊ポスト』誌のイン
タビューで、次のように述べています。
─────────────────────────────
──:安倍政権に厳しく対峙すべき野党も、民進党をはじめ、本
   気で戦っているようには見えない。
小沢:無気力に見える。野党がやるべきはいい意味の政権批判。
   僕は、第1次安倍政権のときは、年金問題、次の福田政権
   はガソリン税問題で攻め立てた。「民の竈」の話だから、
   必ず国民の信頼が得られると信じていたから。それが響い
   て安倍さんは退陣した。今でも、野党が国民の暮らしを考
   えて反対すれば、共感を得られる。多少荒っぽいことやっ
   てもね。
──:それはどうだろうか。ガソリン国会の時のように院内でピ
   ケを張ったりすれば、国民に冷ややかな視線で見られるだ
   けではないか。
小沢:違います。政権と一体となったメディアが国民にそう思わ
   せようとしているだけだ。ガソリン国会では、野党がとこ
   とん騒いだから、メディアが報道し、国民に野党の主張が
   伝わった。今回の共謀罪だって、野党がもっと騒いで委員
   会で採決させずに国会を止めていれば、国民は「野党は何
   を騒いでいるんだ?」となる。野党は人数が少ないから、
   国民に知らせるために多少荒っぽいやり方は仕方がない。
──「反対ばかりするな」と批判されるのを恐れて、「建設的野
   党」になろうとしている。
小沢:法案を作る役人はあらかじめ修正の“のりしろ”を考えて
   提出しているから、野党が修正協議に乗ってくればしめた
   もの。本来、野党は対案を出さなくとも困らない。堂々と
   「基本的な考え方が違うから、政府の法案に沿った対案な
   んかない」と言えばよい。
        ──『週刊ポスト』/2017年5月26日号
─────────────────────────────
 築地市場の豊洲移転について、自民党と公明党は、一貫して賛
成の姿勢を取る一方で、日本共産党は一貫して反対しています。
これら3党は旗手鮮明ですが、民主党(民進党)だけは、どっち
つかずの姿勢です。当時の鳩山由紀夫代表(政権交代前)は、次
のように街頭で連呼していたのです。
─────────────────────────────
 築地市場移転をやめさせるためには、たった一つ、都議選で
 勝つことです。           ──鳩山由紀夫代表
─────────────────────────────
 これについては、「関連情報」の日本共産党「しんぶん赤旗」
を読んでください。政策がフラフラするようでは、何年経っても
国民の信用は得られないと思います。民主党(民進党)は、それ
にまだ気が付いていないようです。都議会の民進党はどちらかと
いえば自公寄りです。    ──[中央卸売市場論/031]

≪画像および関連情報≫
 ●都議会民主党 また公約破り/「しんぶん赤旗」
  ───────────────────────────
   都立3小児病院の廃止に続いて築地市場移転予算も賛成。
  民主党が自民党と密室協議を重ねたあげくに、築地市場の豊
  洲移転予算に賛成する方針に転じたことは、都議選公約を再
  び投げ捨てるものにほかなりません。
   民主党は昨年7月の都議選で「築地市場の移転に・・民主
  党は、「民主はNO/自民はYES」をマニフェストの最重
  点に掲げました。築地市場前での告示第一声で鳩山由紀夫代
  表は、「築地市場移転をやめさせるためには、たった一つ、
  都議選で勝つことです」と強調。多くの都議候補が「築地市
  場は現在地で再整備」と公約しました。
   都議選の結果、与党の自民党・公明党が過半数を割り、日
  本共産党、民主党、生活者ネット・みらいが過半数を占め、
  石原慎太郎知事の無謀な市場移転計画にストップをかけるこ
  とができる議会構成となりました。
   猛毒物質のベンゼン、シアン化合物、ヒ素で高濃度汚染さ
  れた豊洲地区への市場移転計画には、仲卸業者や消費者団体
  日本環境学会など各団体が反対、集会やデモには日本共産党
  のほか民主議員も参加しました。
   移転問題が焦点となった今都議会で、日本共産党は新年度
  の中央卸売市場会計予算案から移転関連予算全額を削除する
  修正案、民主党は用地取得費だけ削除する修正案を各会派に
  提示。「土地購入費削除」の一点で共同すれば豊洲移転にス
  トップをかけられる可能性が生まれました。
                   http://bit.ly/2vT9RQ7
  ───────────────────────────

現在の野党について語る/小沢一郎氏.jpg
現在の野党について語る/小沢一郎氏
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2017年08月17日

●「『盛り土なし』は早い段階で決定」(EJ第4585号)

 小池都政になった2016年8月25日、この日は、豊洲新市
場の食品を扱うすべての建物の地下が「地下空間」になっている
事実を東京都がはじめて認めた日です。
 事態を重大視した日本共産党都議団は、東京都に対し、現地視
察を申し入れ、9月7日に豊洲7街区の水産卸売棟地下の視察が
認められます。そのとき共産党都議団が目にしたのは、建物の地
下に広がる空間と、床一面に相当量の水が溜まっている光景だっ
たのです。その敷地は2メートルの新しい土の上に2・5メート
ルの盛り土で固められているはずだっのです。
 小池知事は、9月10日の土曜日に緊急記者会見を開き、衝撃
の事実を明らかにします。このときの記者会見のニュースのひと
つを再現します。
─────────────────────────────
 9月10日午後5時から開かれたの緊急会見の中で小池知事は
東京都が、敷地全体に行ったと説明してきた盛り土について、実
際には水産卸売場など主要な建物の地下では、行われていなかっ
たことを明らかにした。その上で「青果棟、水産棟などにおいて
4・5メートルの盛り土が、行われていなかったのではないかと
いった疑問が出てきた」とした上で、建物の下が空間になってい
て盛り土がない状態になっていたと説明した。「『全てが盛り土
がされている』というのは、現状において正しくないということ
で、ここで訂正したい」と表明。都のこれまでの説明に、問題が
あったという認識を示した。      http://bit.ly/2fEQ5Bs
─────────────────────────────
 翌日から各テレビ局のワイドショーはこのニュースを大々的に
取り上げ、豊洲新市場の地下がどのようになっているかについて
模型などを使って、連日報道が行われたのです。
 そもそも「盛り土」とは、どのような目的で、行われることに
なっていたかについて、8月10日のEJ第4581号で説明し
た専門家会議の結論を再現します。
─────────────────────────────
 1.東京ガスの工場のあった旧地盤面から2メートルの土を
   入れ替え、その上に2・5メートルの盛り土をする。
 2.地下水管理システムを設計・構築し、汚染地下水が上昇
   して盛り土を再汚染しないようにコントロールする。
─────────────────────────────
 このとき石原都政では、石原知事自身の考え方なのか、知事の
スタッフの知恵なのかはわかりませんが、実に巧妙な「科学的根
拠」づくりの仕組みをつくっていたのです。それは、専門家会議
の解散直後に「技術会議」を設置したことです。この会議の目的
は、専門家会議で提言されたものを具体化することです。
 しかし、この技術会議は、座長はロボット工学の権威である原
島文雄東京電機大学教授であることはわかっていますが、他のス
タッフは一切非公開です。したがって、誰がどのように発言し、
何を決定し、何をしなかったかは明らかにされないのです。
 そのため、専門家会議で提言されたことでも、その具体化が行
われるプロセスで技術会議で変更されてしまうことは十分あり得
ることです。仮に専門家会議の提言をそのまま実行すると膨大な
資金がかかるので、一部を実施しないで、価格を下げるようなこ
ともやっています。このように、スタッフも内容も非公開であれ
ば、何をされても都民にはわからないのです。
 さて、専門家会議の豊洲新市場の土壌汚染対策は、東京ガス工
場時代の地表面から2メートルの地下の土はすべてきれいな土に
入れ替え、その上に2・5メートルの盛り土をする──すなわち
4・5メートルの土を盛るというのが1つ目の柱です。
 それに加えて、汚染地下水が上昇して盛り土を再汚染させない
ため、地下水をAP(水位基準)2メートル以下に制御し、管理
する地下水管理システムを設置します。これが2つ目の柱です。
この2つがうまく機能すれば、土壌汚染は防げるというのが、専
門家会議の提言です。
 問題は、その提言を技術会議がどのようにして具体化したのか
についてはまったく不明なことです。しかし、これら2つの柱の
うち、建物の下にあるべきはずの盛り土はなく、地下空間がポカ
リと空いて、水がたまっていたのです。どうしてこのようになっ
てしまったのでしょうか。
 地下水管理システムの設計を請け負ったのは、日水コン(本社
東京/野村喜一社長)ですが、東京都に次の2つの設計報告書を
提出しています。
─────────────────────────────
      1.詳細設計報告書/2014年3月
      2.修正設計報告書/2015年3月
─────────────────────────────
 これら2つの報告書には「地下水管理システムの概要」と題し
た概念図が掲載されているのですが、この図には盛り土がなく、
地下空間が描かれています。なお、このシステムに関しては、東
京都の中央卸売市場の土壌汚染を所管する土木部門、システムの
設計監理を行う建設部門の担当になっています。
 したがって、これら2つの部門の担当者は、報告書を見ている
はずであり、盛り土のないことは最初から知っていたはずです。
しかし、小池知事に提出するためにまとめた「第1次自己検証報
告書」では、建設部門は知っていたが、土木部門は知らなかった
と記述しています。明らかに土木部門はウソをついています。
 もうひとつ不可解なことがあります。「土壌汚染対策工事と地
下水管理に関する協議会」という卸や仲卸など市場関係者と情報
交換する協議会があります。こ協議会にも「詳細設計報告書」は
配付されていますが、概念図に関しては盛り土がちゃんと載って
いるのです。つまり、東京都は市場関係者に関しては、盛り土が
あることにしていたのです。東京都の担当部署は、市場関係者に
対し、明らかにウソをついてきたことになります。
              ──[中央卸売市場論/032]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲問題で都が技術会議録の改竄疑惑?
  ───────────────────────────
   今朝、たまたま『モーニングバード』という、羽鳥さんの
  やってるモーニングショーを見てたら、スクープということ
  で、都がHP上の会議録を9月16日になって追加資料を掲
  載していた、ということが明らかになったそうだ。また、毎
  日新聞も同様の改竄疑惑を報じている。
   東京都が盛り土問題発覚後の9月16日に、盛り土の工法
  を検討した「技術会議」の会議録に「『建物下に作業空間を
  確保する必要がある』と提言を受けた」との資料を追加し、
  公表していたことが分かった。技術会議の複数の元委員は、
  毎日新聞の取材に「作業空間をつくる認識はなかった」と証
  言しており、都が会議録を改ざんした可能性もある。
   都が追加したのはホームページ(HP)上に掲載されてい
  る第9回技術会議(2008年12月25日開催)の「技術
  会議が独自に提案した事項」との資料。資料では汚染物質の
  除去・地下水浄化の確認方法として「地下水から基準値を超
  える汚染物質が検出された場合、浄化できるように建物下に
  作業空間を確保する必要がある」と記載されている。
   追加掲載に当たって、都は一部の委員に「会議録に詳細な
  資料を追加する」と連絡したが、資料の内容は説明しなかっ
  たという。毎日新聞のこれまでの取材に、委員を務めた根本
  祐二氏や川田誠一氏は「盛り土をするという前提で議論して
  いた。技術会議では、空洞をつくるという話にはなっていな
  い」と証言している。       http://bit.ly/2uCs84x
  ───────────────────────────
 ●図形出典/赤旗編集局著/日本共産党東京都議団監修「徹底
  追及【築地市場の】豊洲移転」/新日本出版社

豊洲新市場の地下の状況.jpg
豊洲新市場の地下の状況
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2017年08月18日

●「『盛り土なし』技術会議の決定か」(EJ第4586号)

 専門家会議は、豊洲新市場の土地にどのような調査をしたので
しょうか。
 専門家会議は土壌汚染対策法(土対法)にしたがい、10メー
トルメッシュ(10メートル×10メートルの方眼)に分け、区
画ごとにサンプラー(サンプルをとる管)を土中に挿して、地下
水の概況調査を行っています。
 全体で約4100区画を調べた結果、ベンゼン4万3千倍、シ
アン化合物860倍の高濃度の汚染が見つかり、豊洲新市場全域
に高濃度汚染が広がっている可能性が出てきたのです。
 専門家会議の平田健正座長は、この汚染状態を重視しして、追
加調査を行っています。その結果、サンプラーがたまたまタール
溜まりを貫通した結果であることが判明したといいます。なぜ、
そんなことがいえるかというと、汚染が見つかった周辺の土にサ
ンプラーを挿して調べた結果、同様の汚染が発見できなかったか
らであるという説明をしています。
 この平田座長の言葉から、専門家会議が当初実施した土壌汚染
の調査方法がわかります。区画(メッシュ)の中心部分にサンプ
ラーを挿し、地下水を採取して調べます。もし、何も出なければ
その区画は土壌汚染なしと判断し、その区画については、何もし
ないのです。これに対して、もしある区画で高濃度の汚染が出た
場合は、その区画の他の部分をいくつか調べて、汚染がなければ
汚染の発覚した場所は、たまたまタール溜まりだったと判断し、
その周辺の土をすべて入れ替えるというやり方です。
 しかし、10メートルメッシュでそのやり方をすれば、ほとん
どの汚染を見逃してしまうことになります。おそらくタール溜ま
りはそれぞれの区画にまだら模様に存在していると考えられるか
らです。たまたま汚染がなかったからといって、その区画を「汚
染なし」と判断できないからです。さらにもっと問題なのは、ベ
ンゼンなどの揮発性物質のガスの上昇です。それを防ぐのに有効
なのは盛り土なのです。
 そのため、専門家会議は、全区画の2メール以下の土をすべて
入れ替え、その上に2・5メートルの盛り土をするという提言に
なったものと思われます。この専門家会議のこの汚染土壌処理に
ついて、一級建築士の水谷和子氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 「ベンゼンやシアン化合物を含んだタールだまりはクラスター
爆弾のように散らばっている」と、日本環境学会・坂巻幸雄土壌
汚染ワーキンググループ長は発言しています。散らばったタール
だまりを全部探し出すことは、実際のところ不可能です。
 平田座長の結論も「汚染(タールだまり)を全部見つけること
はできない。したがって上部2メートルは全部土壌を除去、その
下は見つかった汚染は除去するが、見落とす汚染もあるから、地
下水も汚染される」でした。したがって「4・5メートルの健全
土を盛り土するが、盛り土が汚染されないように地下水位を管理
する」、以上が専門家会議の結論となったのです。
            ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 専門家会議はこの提言をまとめて解散し、その実施は、専門家
会議の解散直後に立ち上げられた「技術会議」に委ねられます。
しかし、この技術会議はメンバーや検討内容は非公開になってお
り、おそらくその技術会議のなかで、市場施設の地下の盛り土は
行わない決断がなされたものと思われます。
 専門家会議と技術会議──この2段構えの提言の実現機構につ
いては、8月2日付、EJ第4575号でも取り上げているよう
に、多くの疑惑があります。それは、技術会議が提言の骨抜きを
やっている疑惑があるからです。    http://bit.ly/2uT9y6x
 この場合、もし後になってそれが発覚しても、メンバーが非公
開であれば、追求しようがないからです。座長は原島文雄教授で
あると公開されていますが、原島教授はロボット工学の専門家で
あり、土壌汚染について専門外です。
 このように、証拠はありませんが、おそらく「盛り土なし」は
技術会議で決められたものと考えます。したがって、豊洲新市場
の設計段階から「盛り土なし」は前提になっていたのです。東京
都の新市場整備部は、市場関係者にはこのことを知られてはなら
ないと考えて、表向きは「盛り土あり」の概念図を公開していた
のです。どうせ建物の地下の話であり、建物が建ってしまえばわ
かるはずがないと考えたのでしょう。技術会議で決めたとすれば
石原知事がこの事実を知らないはずはないと考えます。
 しかし、設計が相当程度進んだ段階になって、新市場整備部は
「盛り土なし」が心配になり、「盛り土あり」の設計に変更しよ
うとしたフシがあります。永尾俊彦氏は、開示資料に基づいて、
次のように記述しています。
─────────────────────────────
 都は、盛土がなくても安全なのか不安だったらしく、「修正設
計報告書」では盛土がない場合のリスク評価まで行っていた。地
下水から揮発したベンゼンなどがガスとして隙間や亀裂から建物
内に入り、人の健康や生鮮食品にどの程度影響を与えるかを「レ
ベッカ」という計算式で試算した。これは専門家会議も使った式
を踏襲した。結論は10万人に1人という「目標発がんリスク」
をクリアするのは、ベンゼンの場合、地下水の環境基準は1リッ
トル当たり0・01ミリグラムだが、その約10倍の0・118
ミリグラムまでは許容されるとなっている。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 この「修正設計報告書」は、日本共産党都議団が入手したもの
です。「盛り土なし」の事実を東京都が最初から知っていたとす
れば、それは都民への裏切りそのものです。
              ──[中央卸売市場論/033]

≪画像および関連情報≫
 ●都がまたウソ 豊洲新市場“地下空間の危険性”認識
  ───────────────────────────
   豊洲市場問題をめぐって、またまた東京都の役人のウソが
  発覚した。土壌汚染対策として専門家会議が提言した「盛り
  土」を無視し、主要建物の地下部分に巨大な空間を設けてい
  たことについて、都は「土壌汚染対策法でベンゼンの拡散を
  防ぐには、厚さ10センチ以上のコンクリートで遮断すれば
  いいと定められており、安全性に問題はない」と釈明してい
  る。しかし、都は土壌汚染対策に着手した2007年当時か
  ら、地下空間の危険性を認識していたことが分かったのだ。
   2016年9月14日の読売新聞によると、都は07年5
  月に土壌汚染対策を検討する専門家会議を設置。その初会合
  で、建物の下に地下空間を設け、市場で運搬用に使われるタ
  ーレー(荷台付き小型三輪車)置き場などに使用する案を提
  示した。
   これに対して委員である専門家は「ベンゼンなど揮発性の
  物質は、ちょっとでも隙間や亀裂があれば室内に入り込む可
  能性がある」と指摘。都はこれを受けて、ターレー置き場を
  地下から地上に変更した。
   ところがその後、都は独断で地下空間を設けることを決め
  11年3月に市場建物の基本設計の入札を実施した。ウソに
  ウソを重ねる都庁の役人に、もはや市場移転問題を担当する
  資格はない。もし民間企業だったら「全員クビ」が当たり前
  だ。               http://bit.ly/2w9xowC
  ───────────────────────────

原島文雄氏.jpg
原島 文雄氏
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2017年08月21日

●「専門家会議の提言を検証してみる」(EJ第4587号)

 石原都政のときの豊洲関連の土壌汚染隠しは、正しいデータを
提出しなければならない専門家会議にも及んでいます。それらは
小池都政になってからの情報公開──「海苔弁はがし」によって
すべて明らかになっています。メディアもそのことはわかってい
るはずですが、さらに自民党の支持率を下げることにつながるの
で、無視しているようにみえます。
 きわめてテクニカルな話になりますが、どのようなデータを隠
したのか、そしてその隠したことが、どのような結果をもたらし
ているのかについて、知っていただきたいと思います。
 土対法関連の専門用語に「難透水層」というものがあります。
地下水を通しにくいか、通しやすいかという意味で使われる地層
のことです。地下水を通しやすい「透水層」に対して、粘土など
のように水を通しにくい層を「難透水層」といいます。完全に水
を通さない層は「非透水層」と呼ばれます。
 これに関して「透水係数」という言葉があります。これは、土
の中を水が移動する速度をあらわす言葉です。難透水層が多いと
透水係数の数値は小さくなり、汚染物質が上昇してこないことの
証になります。そのため、土対法では、土の下に連続した難透水
層がないか少ない、つまり透水係数が高いと判断された場合は、
深さ10メートルまでの汚染調査が求めています。したがって、
非常に経費がかかることになります。
 一級建築士の水谷和子氏は、東京都の役人がこの透水係数の数
値を誤魔化していたといっています。これも小池知事の「海苔弁
はがし」で明らかになったのです。水谷和子氏は次のように述べ
ています。
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 私がこの問題に取り組み始めたのは、専門家会議の半ばころで
す。友人に勧められて参加した築地見学会で、案内してくれた仲
卸のまぐろ屋さんと名刺交換をしたのがきっかけです。
 専門家会議の論争が気になり、初めて開示請求したのが地質調
査報告書でした。驚くことに、そこに書かれていた透水係数が専
門家会議で示されていたものとは違っていたのです。都は数値を
10倍安全側に書き換えて専門家会議に報告していました。都は
後日それを「誤記」としてホームページ上に訂正文を載せたので
すが、そのときは、すでに専門家会議は終了し、新たに技術会議
が開かれていました。都の虚偽報告が調査深度決定に及ぼした影
響は大きかったと思います。報告書の前提が変わるほどだったは
ずです。                  ──水谷和子氏
            ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 透水係数を10倍改竄しているということは、難透水層がない
のにあったといっているのに等しいのです。そうであるとすると
難透水層があるという前提で構築された専門家会議の土壌汚染対
策をきちんとやっても、汚染を防ぐことは困難であるということ
を意味します。まして、その肝心な盛り土がなかったのですから
土壌汚染対策にはなっていないということです。
 そこで、専門家会議の提言を少し詳しく以下に検証します。豊
洲新市場の地下構造図を添付ファイルにしてあるので、それを参
照しながら説明します。ここで「AP」について説明する必要が
あります。これは、土木関係用語であり、「高さ」を示す数値で
す。「AP」とは東京都中央区新川にある霊岸島水位観測所の最
低水位をもって定められています。
─────────────────────────────
    TP:トウキョウ・ペイル/東京湾の平均海面
    AP: アラカワ・ペイル/荒川の工事基準面
─────────────────────────────
 図のAP+2メートルには砕石層があります。それより以下に
ついては東京都は何もしていないので、そこには高濃度の汚染土
壌が残されています。そのため、砕石層を含め4・5メートルの
盛り土をして、汚染土壌が上昇してくるのを防いでいるのです。
確かに盛り土は行われているのですが、肝心の市場建物の下の盛
り土は行われておらず、地下空間になっています。
 問題は地下水の水位です。満潮時の海水面がAP+2メートル
です。しかし、台風などで大雨が降ったりすると、一挙に地下水
の水位が上昇し、砕石層よりも上に上がってきます。そうすると
本来きれいなはずの盛り土は汚染されてしまいます。
 しかし、ベンゼンなどの揮発性のガスについては盛り土によっ
て防ぐことができます。しかし、市場建物の地下は空間ですから
地下空間にはガスが充満し、いろいろな隙間から建物内部に侵入
してきます。これは防ぐことはできません。
 そのため、地下水管理システムが必要になったのです。この地
下水管理システムによって、地下水の水位をAP+1・8メート
ル以下に保つことができれば、満潮時はもちろん、増水時でも砕
石層よりも上部に上がってこないようにできるというのが専門家
会議の提言なのです。しかし、既出の水谷和子氏は、次のように
反論しています。
─────────────────────────────
 地下水管理システムが本格作動したのは2016年10月17
日と言われています。建物外にある観測井戸の5週間分の地下水
位を見てみると、低くて砕石層の上端AP2・5メートル前後、
高くてAP4・5メートル付近にあります。専門家会議の管理水
位AP2メートルまで下がった記録はなく、また技術会議の提言
した日常管理水位AP1・8メートルに至ってはもちろん1度も
記録したことはありません。満潮時の海水面がAP2メートル付
近ですから、AP1・8メートルで日常管理することはそもそも
物理的に難しく、机上の空論であったのではないかと思います。
      ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/034]

≪画像および関連情報≫
 ●盛り土/地下空間/汚染物質――豊洲市場問題とは何か
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   2016年11月7日に築地から移転されるはずだった豊
  洲市場。汚染物質に対する安全性の検証の必要性から小池百
  合子都知事の移転延期決定後、「盛り土」「地下空間」など
  計画と異なる工事の実態が明るみになり、小池都知事の判断
  が注目を集めています。
   見えにくくなった豊洲市場問題の論点を建築という観点か
  ら、若山滋氏(建築家・名古屋工業大学名誉教授)が整理し
  ます。トランプ氏とクリントン氏の選挙戦は、嫌われ者どう
  し、史上最悪の大統領戦と言われ、アメリカを二分する接戦
  を演じたのだが、小池都知事の選挙戦は圧勝であった。結局
  日本でもアメリカでも、人々は「変化」を選択したのであり
  その余震がまだ続いている。
   圧勝の余勢を買って、新知事が就任後最初に問題としたの
  が、築地市場の豊洲移転である。いくつかの論点が浮かび上
  がったが、センセーショナルに報じられたのは盛り土問題で
  あった。今更、という印象もあるが「あれは一体何だったの
  か、建築の専門家として説明してほしい」という声も強いの
  で、正直な印象を述べてみたい。この話を聞いて、初めは何
  が問題なのかよく理解できなかった。すでに竣工した建築の
  下に、しかるべき盛り土が行なわれていない、というが、わ
  れわれの頭の中には、その程度の土は掘り返して工事するも
  のという考えがある。       http://bit.ly/2wlkwTx
  ───────────────────────────

豊洲新市場の地下構造.jpg
豊洲新市場の地下構造
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2017年08月22日

●「地下空間は基本設計前からの条件」(EJ第4588号)

 石原元知事は、築地市場の豊洲移転問題にはもともと関心は薄
かったものの、東京オリンピックの開催には強い意欲を持ってい
たのです。しかも、なぜか東京オリンピックの2016年開催に
は相当自信を持っていたようです。
 2009年2月6日、石原知事は「豊洲新市場整備方針」を決
定します。このときは「盛り土あり」の方針になっています。問
題なのは、この整備方針の巻末に記載されている豊洲新市場の開
場時期と環状2号線完成時期です。
─────────────────────────────
   ◎豊洲新市場開場時期及び整備スケジュール
    開場時期は平成26(2014)年12月
   ◎環状2号線完成スケジュール
    完成時期は平成28(2016)年 3月
─────────────────────────────
 環状2号線は、全長14キロの都道で、臨海部と都心を結ぶ大
動脈として機能させる予定の道路です。東京五輪では臨海部に選
手村を建築する予定のため、選手の移動にこの道路は不可欠にな
るのですが、この道路は築地市場が移転する前提で設計されてい
るのです。そのため石原知事は、豊洲新市場の開場時期をこの時
点で2014年12月と明記したのです。明らかに「2016年
東京五輪ありき」のスケジュールであるといえます。
 もうひとつ考慮すべきことがあります。2008年5月頃とい
えば、石原知事は自らの発案で設立した新銀行東京の経営が破綻
し、都が出資した1000億円を棄損、400億円の追加出資を
決めたことで、都議会や都民から厳しく批判されていた時期に当
たります。そういう時期に豊洲市場予定地の地下水から、環境基
準の4万3千倍のベンゼンが出て、石原知事にとって頭の痛い問
題が噴出した時期であったのです。
 そのため知事は、2008年7月に出された専門家会議の提言
──盛り土による市場整備にかかるコストのことを非常に気にし
ていたといいます。専門家会議の提言を実行すると、1000億
円ぐらいのコストかかるといわれていたからです。
 しかも、2009年には石原知事にとって計算外のことが2つ
も起きたのです。それは、2009年7月12日の都議選で「豊
洲市場への移転反対」を唱えていた民主党が自民党に勝利し、都
議会第1党になったことと、2009年10月2日にコペンハー
ゲンで開かれたIOC大会で、東京はオリンピックの開催地から
外れたことです。
 豊洲新市場の基本設計が「盛り土あり」ではじまったことは確
かです。しかし、2011年2月に基本設計プロポーザル(企画
提案型業者決定)で日建設計が採用されたときの基本設計には、
主要3棟の建物の地下には地下空間が描かれています。都が基本
設計に与えた条件のなかに、建物地下に「盛り土なし」の条件が
あったことになります。つまり、設計に当たって都が建物の下に
は地下空間を設けることを決めていたことは確かな事実です。
 小池知事の指示による「豊洲市場地下空間に関する調査特別チ
ーム」による「第2次自己検証調査報告書」によると、興味深い
ことがわかります。
 2012年5月30日の日建設計との打ち合わせで、都の担当
者は日建設計側に次の質問を行っているのです。
─────────────────────────────
 2012年5月16日に建物下の「盛り土なし」との指示を出
したが、以下の理由から、「盛り土あり」に変更は可能か。
            ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 「以下の理由」とは何かというと、「竣工後10年以降は、地
下水のポンプアップを中止する可能性があり、その場合、AP4
メートル程度まで地下水が上昇する可能性があるが、建物地下が
地下水のプールになるのを避けたい」というのが理由です。
 つまり、市場施設の建物下の「盛り土なし」で設計を指示して
おきながら、後で不安になり、変更を申し入れているのです。し
かし、日建設計は次のように変更を拒否しています。
─────────────────────────────
 これに対し日建設計は、「すでに6街区は図面がFIXし、社
内では実施設計を描き始め、後戻りできない状況である。さらに
埋土分の工期延長の懸念があることから、埋土なしの与条件で進
めていきたい」と回答しています。基本設計に着手した11年3
月から、盛り土なしは与条件として都から示されてきたことでし
たから、設計側から言えば今さらの感がある話だったのかもしれ
ません。設計の納期も全体の工期も待ったなしの状況で進められ
ていたことが、記録からも察することができます。
 東京都はその後、5、7街区の建物下の埋土についても同様の
要望を出していますが、その後、盛り土ありへの変更が実現され
ることはなく、全域での盛り土なしが確定しました。
      ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著の前掲書より
─────────────────────────────
 「建物地下の空間がプールになるのを避けたい」──まさに現
在の状況を予測しています。小池都政になって地下空間が発見さ
れたとき、そこは地下水のプールになっていたのです。それは何
を意味するかというと、地下水管理システムが機能しないことの
証明であるからです。つまり、地下水の水位のコントロールがほ
ぼ不可能であることはあらかじめ予測されていたのです。
 それではなぜ、「盛り土あり」に設計を戻そうとしたのでしょ
うか。それは、盛り土があれば、ある程度の地下水は覆い隠すこ
とができるからです。つまり、豊洲の土地は、そんな難しいこと
をクリアしない限り、使える土地ではなく、まして生鮮食品を扱
う中央卸売市場として全く不適の土地なのです。建物が完成した
現在でも、その状況は何も変わっていないのです。
              ──[中央卸売市場論/035]

≪画像および関連情報≫
 ●卸売市場を建設することじたいが無理筋の計画
  ───────────────────────────
   まずは、これまでの経緯を簡単に整理しておこう。
  報道・世論が沸騰する真っ只中、東京都の内部聴聞で地下空
  間を設けた理由について問われた当時の関係職員たちは、そ
  れが「汚染再発時の作業スペースだった」と証言した。次い
  で、小池都知事の采配で9月30日に公表された「自己検証
  報告書」には、地下空間の必要性を「技術会議が独自に提案
  した」と記されていた。
   ところが、10月7日に開かれた都議会の経済・港湾委員
  会に呼ばれた岸本良一中央卸売市場長は、「地下空間の必要
  性を提示したのは技術会議ではなく都職員の誤りだった」と
  謝罪した。複数回にわたる技術会議の全体を通して「空間」
  が議論されたため「技術会議の提案」と記録されてしまった
  のだという。
   10月13日になって、事態はさらに急転する。
  基本設計の発注先候補へのヒアリングを目的として開かれた
  「プロポーザル技術審査委員会・第3回」(2011年2月
  4日)の議事録で、都はそれまで黒塗りにしてきた部分を開
  示した。すでに報じられたように、そこには応募企業「日建
  設計」の主任技術者が「盛り土ではなく地下空間を」と提案
  する発言記録があったのである。  ──藤野幸太郎氏論文
                   http://bit.ly/2uRpgkf
  ───────────────────────────

地下水のプール状態の豊洲新市場地下空間.jpg
地下水のプール状態の豊洲新市場地下空間
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2017年08月23日

●「『土壌ロンダリング』のマジック」(EJ第4589号)

 築地市場の豊洲移転について、石原都政での東京都は大きなウ
ソをいくつもついています。一級建築士の水谷和子氏は、そのな
かでも、最も許せない、犯罪性の高いウソをいくつか指摘してい
ますが、そのウソを取り上げることにします。
 2006年11月10日のことです。その日、東京都は、不動
産鑑定士らでつくる財産価格審議会(財価審)に対して、豊洲市
場予定地の売買価格が適正であるかどうかを審議してもらうため
の議案書を提出しています。その議案書には、次のように記述さ
れていたのです。
─────────────────────────────
 土壌汚染が発見された場合には、従前の所有者(仮換地前の所
有者:東京ガス[株])が処理対策を実施することになっている
ため、土壌汚染は存しない更地として評価する。なお、土壌汚染
調査の結果、(中略)汚染物質(シアン化合物、ベンゼンなど)
の存在が判明したが、既に条例に基づく適切な処理対策が実施さ
れ、その作業は完了しており、現在汚染物質は存在しない。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 土地の売買の場合、売却前はもちろんのこと、売却後であって
も、土地から汚染物質などが出た場合は、売り主が責任を持って
処置をすることはすべての不動産取引の常識になっています。
 豊洲の土地の場合、売主の東京ガスは、都の環境確保条例にし
たがって土壌汚染除去の処理を行い、完了届を提出しています。
したがって、現在汚染物質は存在しない状態なので、時価で購入
したものであると議案書には記述されています。この議案書につ
いて都の財産価格審議会は、豊洲の土地の売買価格は適正なもの
として承認しています。
 しかし、既に述べているように、都の環境確保条例は、土壌汚
染に対して厳格な処置を求める土壌汚染対策法(土対法)に先ん
じて都が制定した条例であり、土対法よりもゆるい土壌汚染対策
になっています。まるで、東京ガスのために制定した条約のよう
なものです。なぜなら、土対法の少し前に、都の環境確保条例は
制定されているからです。
 この議案書については、2010年11月16日の都議会経済
・港湾委員会で、民主党の伊藤ゆう都議が塩見清仁中央卸売市場
監理部長に質問しています。
─────────────────────────────
 伊藤:土壌汚染については、「土壌汚染物質が発見された場
    合には」ですから、新たに発見された場合には東京ガ
    スが処理対策を実施することになっていますと、普通
    の人はこう読むんじゃないですか。
 塩見:この評価条件を読む限りにおいては、そういったこと
    を一概にいえるということでも、いえないということ
    でもない。つまりこれからそういうことが読めない。
    (速記録)      ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 上記の塩見中央卸売市場管理部長の答弁は、何をいっているの
かさっぱりわかりません。いかにも尻尾をつかませない官僚答弁
の典型であるといえます。
 2007年6月21日の都議会経済・港湾委員会で、民主党の
大沢昇都議は、後藤正新市場建設調整担当部長に次の質問をして
います。やり取りを再現します。
─────────────────────────────
 大沢:もし都の調査で新たな汚染が見つかったら、誰が処理
    し、費用を負担するのか。
 後藤:豊洲新市場予定地における汚染物質の処理等につきま
    しては、汚染原因者(東ガス)の負担でございます。
    したがいまして、東京都は平成17(2005)年5
    月、東京ガス株式会社との間で処理基準(環境基準)
    を超える操業由来の汚染土壌について、同社が適切に
    処理を行うという内容の確認書を取り交わしておりま
    す。(速記録)    ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、東京都と東京ガスの契約書には「瑕疵担保条項」はな
く、契約後に土地から新たな汚染物質が出てきても──実際に何
回も出てきているが──東京ガスはいっさい負担する義務はない
のです。そうであるとすると、東京都は民主党の大沢都議の質問
に対して、明白なウソをついたことになります。
 東京中央卸売市場労働組合委員長の中澤誠氏は、「土壌ロンダ
リング」という言葉を使っています。汚い土地が東京都が制定し
た条例を通過させると、キレイな土地に変身するマジックのよう
だと皮肉っているのです。中澤誠氏の主張です。
─────────────────────────────
 東中労の中澤誠委員長は、汚染された土地が条例を通せば、法
令上はキレイな土地になる手品のような手法を「土壌ロンダリン
グ」と呼ぶ。麻薬売買など犯罪で得た金を、口座に移し替えて資
金の出所や受取人を分からなくするマネーロンダリング(資金洗
浄)になぞらえた造語だ。「市場が汚したんじゃない。東ガスが
汚したのに、何で市場がキレイにしなきゃなんないの」。
 2013年9月7日、東中労などが呼びかけて、久しぶりに移
転反対のデモが行われ、約400人が参加した。「ええじゃない
か。ええじゃないか。築地市場がええじゃないか。豊洲市場はダ
メじゃないか」。ドラムのリズムにあわせ、口々に唱和しながら
銀座周辺を練り歩いた。かつて水産仲卸が中心だった移転反対運
動は、水谷さんら市民有志や東中労の他、食の安全を心配する消
費者団体や女性団体がになうようになっていく。
                ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/036]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲新市場の土地売却の真相/ジャーナリスト松崎隆司氏
  ───────────────────────────
   東京都議会の議会運営委員会は2月20日の理事会で、築
  地市場の移転先としている豊洲新市場(江東区、東京ガス工
  場跡地)をめぐる問題を解明するため、地方自治法100条
  にもとづく調査特別委員会(百条委員会)を設置することで
  合意。石原慎太郎元都知事や岡本毅東京ガス会長ら19人の
  証人喚問を決めた。筆者は1月18日に東京ガスに対して、
  都への土地売却の経緯について公開質問状を提出していた。
  その内容について公開する。
  ――豊洲用地について、いつ頃にどういう経緯で東京都に売
  却したのか。
  東京ガス:もともと弊社は、弊社豊洲用地について独自に同
  用地の開発計画(商業、オフィス、住居等を念頭に置いた開
  発プラン)を立案し、開発案件の誘致に着手するとともに、
  具体的な取組みを推進しておりました。そのような中、東京
  都は、当初の築地市場における現在地再整備計画を方針転換
  し、1999年11月、弊社に対して、築地市場の豊洲地区
  (埠頭先端部)への移転、すなわち弊社豊洲用地の東京都へ
  の譲渡を打診してきました。弊社は東京都に対し、独自の開
  発計画が先行していることを説明し、市場移転先を東京都所
  有地のある埠頭根元とする事への再考のお願いと、併せて東
  京都に対し、後記の弊社が独自に実施した弊社豊洲用地の土
  壌汚染調査の結果を報告しております。
                   http://bit.ly/2wbBcx5
  ───────────────────────────

中澤誠東中労委員長.jpg
中澤誠東中労委員長
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2017年08月24日

●「豊洲液状化を隠そうとした東京都」(EJ第4590号)

 2011年3月11日14時46分──東日本大震災が起きた
日と時刻です。この日の午前中に都議会で築地市場の豊洲への移
転関連予算案が1票差で可決されています。
 東日本大震災では浦安市が液状化で最大の被害を受けましたが
新市場の予定地である豊洲でも液状化が起きています。豊洲市場
予定地では、いくつもの噴砂が確認され、護岸まわりの散歩道に
は大きな亀裂が入っており、地盤が水平方向に移動する「側方流
動」が起きていたのです。
 添付ファイルの写真は、左は3月13日(2日後)当時のもの
で、あちこちに、このような水の溜まった亀裂が発見されていま
す。右は地震からしばらく経過した後の豊洲予定地で、亀裂の部
分にブルーシートがかけられているのがわかります。しかし、豊
洲の液状化についてはメディアがあまり取り上げなかったことも
あって、多くの話題になっていません。
 小池都政になってからの海苔弁外しによって明らかになった技
術会議の記録によると、技術会議の安田進委員と長谷川猛委員が
現場の調査を行っていますが、その時間はせいぜい2時間程度の
ものであり、どれほどの事実がわかったのかは疑問です。しかし
その報告は次のようなものだったのです。
─────────────────────────────
       流動化は縦にしか起こっていない
                  ──技術会議委員の報告
─────────────────────────────
 重ねて技術会議の性格について述べると、その目的は専門家会
議の提言を具体化・実現化するための組織ではあるものの、その
実態は、実現化の過程で、提言を変更したり、予算を削ったりし
ているのです。そのため、専門家会議は、メンバーや会議内容は
オープンですが、技術会議は座長を除くメンバーは非公開である
うえ検討内容も非公開です。もっとも海苔弁外しによって、ある
程度の検討内容はわかるようになっています。
 「流動化は縦にしか起こっていない」──これは詭弁です。液
状化は、地震で地盤が液状化した際に、地盤が水平方向に移動す
る現象(側方流動)のことであり、「縦にしか起こっていない」
などということは考えられないからです。
 しかし、東京都は、当初「噴砂」は液状化ではないと主張して
いましたが、その後、液状化の事実は認めたものの、次のように
開き直ったのです。
─────────────────────────────
 液状化対策をしていない埋立地では液状化は発生して当然。だ
からこそ、液状化対策を確実に行うことが大切です。
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 液状化の事実に市場関係者は愕然とします。なぜなら、「液状
化したら、市場は何日も使えなくなり、物流が変わってしまうか
らです。まして中央卸売市場は、都の震災対策条例で重要建築物
に指定されており、食料の供給基地にもなっているのです。
 市場関係者は、さいわいまだ建物は建っていないので、液状化
によって汚染がどのようになったのかについて再調査して欲しい
と東京都に申し入れをしたのですが、都はこの要求を次の理由に
より、拒否しています。
─────────────────────────────
 憤砂は、地震により液状化した部分の地下水に圧力が加わり、
地中から地表部に向かって、地下水とともに砂が噴出するという
メカニズムで発生する現象です。特に、新市場予定地のように、
地表がアスファルト舗装などで覆われていない場合には、地下水
が垂直方向へ向かう動きが阻害されないため、基本的には横方向
に動くとは考えにくい。     ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 何をいっているのかというと、豊洲市場予定地では、汚染物質
はタテに動くのであって、ヨコには動かないというのです。都と
しては、新市場の開場時期が大幅に遅延しており、再調査をすれ
ばさらに遅れるし、もし調査して汚染物質が移動などしていたら
土壌汚染対策をまた一からやり直すことになり、カネもかかるの
で、再調査を拒否したのです。
 東京都の主張は明らかに矛盾しています。激しい液状化が起き
た浦安市では、噴砂は垂直に動いたとみられ、跡は空洞化して陥
没しています。しかし、豊洲の場合は、陥没はしておらず、クレ
ーターのようになっているので、噴出個所の下部の横からも流動
化した砂が移動し、吹き上げた可能性が高いからです。
 ここに2011年3月29日付の東京都と日建設計の打ち合わ
せの記録があります。タイトルは「豊洲新市場建設工事基本設計
構造打ち合わせ(臨時)」となっています。都からの出席者は、
新市場整備部、施設整備課、基盤整備担当課の3人です。冒頭に
都の職員(氏名は黒塗り)は、次のように発言しています。
─────────────────────────────
 現在は、「建物周辺にのみ液状化対策を行い、建物直下には行
わない」方針となっている。液状化・土壌汚染・既存躯体撤去に
ついては、改めて再整理するべきと考えている。ただし、不安を
煽らないよう、このような状況であることを市場関係者には漏ら
さないで欲しい。           http://bit.ly/2vX9D9P
─────────────────────────────
 これは、明らかに東京都の日建設計に対する「口止め」です。
そもそも築地市場を豊洲へ移転させることに関して、ここまで述
べてきたように、都はさまざまなウソをついており、どうしても
隠蔽体質を持つようになってしまうのです。
 豊洲新市場の土壌汚染対策に関しては「盛り土なし」の問題に
加えて、この液状化の問題もあるのです。市場の建物は完成して
おり、小池知事の方針もあって、来年には豊洲市場に移る予定に
なっています。       ──[中央卸売市場論/037]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ、豊洲の液状化は騒がれるのか
  ───────────────────────────
   豊洲新市場の地下水の汚染は地上とは関係ない。これは、
  ネットでは当初から言われてきたのに、最近ようやくワイド
  ショーで言われるようになってきました。そこで「豊洲が大
  地震で液状化して地下水が噴出したらどうする」という、い
  ちゃもんがつけられています。ネット上ではとうの昔に論破
  されてるのですが、未だにツイッターではこの問題ではしゃ
  ぐ人がいるので整理しておきましょう。
  1.豊洲が液状化したら築地は潰れてる
   豊洲で地下水が噴出するほどの大地震が起きたら、直線距
  離で2キロしか離れていない築地も大地震に見舞われます。
  最新の建設物が壊れるくらいであれば、耐震基準も満たして
  いない築地の建物は崩壊し、営業できないどころか中で働く
  人が多数死傷し、周囲にアスベストがばらまかれて一帯は立
  入禁止になるでしょう。豊洲に移転しないほうが甚大な被害
  が予想されるんです。
  2.地下水が噴出しても汚染は微量では
   食の安全面で見れば、地下水が噴出し、それに含まれる有
  害物質(水のままか気化したものか)が食品に付着、その状
  態で出荷され小売店等を通じて食卓へ、という経路で汚染が
  広がる可能性が論理的にはありえます。
                   http://bit.ly/2vd4uYv
  ───────────────────────────

液状化の痕跡がある豊洲市場予定地.jpg
液状化の痕跡がある豊洲市場予定地
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2017年08月25日

●「豊洲市場の土壌汚染把握は不十分」(EJ第4591号)

 東京都が築地市場から豊洲新市場への移転に関してついたウソ
はたくさんあります。ここまでそのウソのいくつかについては指
摘してきております。一度ついてしまったウソは、そのウソを覆
い隠すために、さらに大きなウソを何回もつかねばならなくなっ
てしまうものです。
 なかでも絶対に許せないウソは、建物が建ったあとでは、どう
することもできないウソです。そういうウソは2つあります。既
に指摘している事実ですが、改めて、新しい観点から考察を加え
ることにします。
─────────────────────────────
    1.「透水係数」を大幅に改竄していること
    2.「盛り土」をせず、地下空間にしたこと
─────────────────────────────
 今回は「1」について、少していねいに検証します。
 少しややこしい話になりますが、豊洲新市場が中央卸売市場と
して使えるかどうかの判断の基準になりますので、しばらくお付
き合いください。
 「透水係数」というのは、各地層の水の通しやすさをあらわす
指標です。透水係数の数値が高ければ水を通しやすいし、低けれ
ば、通しにくいのです。さて、土壌汚染を調べるボーリング調査
では、土対法の規定により、地層の試料を次のように採取するこ
とになっています。
 まず、地表から50センチの土壌を採取します。それ以深につ
いては、10メートルまで、1メートルごとに土壌を機械的に採
取していく必要があります。しかし、途中に水がたまっている層
(帯水層)がある場合、その底面が難透水層であるときは、その
底面までの試料を採取すればよいことになっています。しかし、
これは汚染が連続していないことを前提としています。
 ここで「難透水層」とは、既に述べたように、水を通しにくい
粘土質の層のことをいいます。つまり、この難透水層が底になっ
ている帯水層は、それよりも下に汚染は拡散しないので、帯水層
の底面までの試料でよいことになっています。
 それでは、帯水層の底面が難透水層であるかどうかをどのよう
にして調べるのでしょうか。
 それには透水性測定機器を使って調べます。この場合、難透水
層の条件は土対法では、次のように決められています。
─────────────────────────────
 透水係数が「1.0×10のマイナス6乗センチ/秒」 より
 小さいとき、難透水層とする。
─────────────────────────────
 東京都はこの調査を行い、採取した31検体の透水係数を次の
ように報告しています。
─────────────────────────────
     1.08×10のマイナス7乗センチ/秒台
─────────────────────────────
 数値の意味は難解ですが、東京都はデータを大きく書き換えて
います。専門家会議ではその数値を真正なものとして、地下10
メートル以内の難透水層の存在を認め、土壌汚染対策を決めてい
ます。それは、それだけゆるい対策になっていることを意味しま
す。これについて、一級建築士の水沢和子氏は、次のようにコメ
ントしています。
─────────────────────────────
 一番危険側の数値を1ケタ安全側に書き換えていたのですから
「データ改ざん」といわれても仕方がないでしょう。仮に転記ミ
スだとしたら、都の管理能力が疑われ、都の提出した資料すべて
の信憑性にかかわります。          ──水谷和子氏
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 難透水層の決定にはもう1つ条件があります。それは、「難透
水層は切れ目なく連続している」という条件です。難透水層が連
続しているかどうかは、豊洲新市場の全域にわたって調べる必要
がありますが、東京都は約40ヘクタールある広大な市場用地内
で、70ヶ所について調べたに過ぎないのです。
 これについて、東京都の担当者に問うと、担当者は次のように
答えています。
─────────────────────────────
 東京湾の埋立地である豊洲の地層の成り立ちを考えると、難透
水層は一定の連続性を持っていると考えるのが常識。それにボー
リング調査の結果をふまえて総合的に判断しました。専門家会議
も認めています。             ──東京都担当者
                ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 土対法において定められている上記の土壌汚染調査は「無単元
調査法」といい、この方法では、地層を正確に把握できないとさ
れ、汚染も把握できないといわれます。NPO日本地質汚染審査
機構理事長の楡井久茨木大学名誉教授は、無単元調査法について
次のように述べています。
─────────────────────────────
 土対法は(無単元調査法によって)骨抜きにされ、むしろ汚染
の拡大に寄与している。     ──楡井久茨木大学名誉教授
                ──永尾俊彦著の前掲書より
─────────────────────────────
 それではどうすればよいかについて楡井教授は、地層を一つの
単元とみて、地層ごとに汚染を確認する「単元調査法」を提唱し
ています。単元調査法は、病巣をレントゲンで撮るように、地層
を透視図で診断する方法です。東京都の調査は問題のある土対法
の無単元調査の数値を改竄し、難透水層の連続性についてもきち
んと調査しておらず、土壌汚染は相当びどい状態で残っていると
思われます。        ──[中央卸売市場論/038]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲市場の土壌汚染対策の問題点/「週刊金曜日ブログ」
  ───────────────────────────
   東京都は、豊洲市場用地(江東区)で、土壌汚染対策法施
  行規則で定められた地下水を通しにくい粘土層の上端(帯水
  層の底面)の土壌の試料採取を211箇所でやっておらず、
  発がん性物質ベンゼンの汚染調査をしていなかった。201
  6年10月15日に築地市場(中央区)内の講堂で開かれた
  豊洲の土壌汚染対策を話し合う専門家会議(座長=平田健正
  ・放送大学和歌山学習センター所長)第1回の審議の中で、
  都が初めて明らかにした。
   都内在住の一級建築士・水谷和子さんが、都に開示させた
  資料から、「ベンゼンによる汚染の可能性が高いのに、都は
  333箇所で帯水層底面の試料採取をしていません」と昨年
  8月に都庁で記者会見を開き、独自に作成した試料未採取箇
  所の分布図も公表、指摘していた。都はこれまで試料を採取
  していない箇所があることは認めていたが、箇所数は明らか
  にしていなかった。
   2010年に土壌汚染対策法が改正され、帯水層の底面の
  試料採取が義務付けられたが、都の調査は08〜09年に行
  なわれたもので、一部を除いて帯水層底面の試料採取をやっ
  ていなかった。          http://bit.ly/2w6xYIK
  ───────────────────────────

楡井久茨城大学名誉教授.jpg
楡井久茨城大学名誉教授
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2017年08月28日

●「盛り土の有無をめぐる多くの意見」(EJ第4592号)

 7月25日付、EJ第4591号で、東京都がついた絶対に許
せないウソを2つ上げましたが、それを再現します。
─────────────────────────────
    1.「透水係数」を大幅に改竄していること
  ⇒ 2.「盛り土」をせず、地下空間にしたこと
─────────────────────────────
 今回は「2」について詳しく検討することにします。いわゆる
「盛り土問題」を新しい視点から考えます。
 小池都政になって、豊洲新市場のほとんどの建物の下にあるは
ずの盛り土がなく、建物の下には地下空間が広がっていたことが
わかり、さまざまな批判が盛り上がっています。盛り土は、専門
家会議の提言であり、移転を渋る市場関係者に苦渋の決断を迫る
切り札であっただけに市場関係者の怒りは頂点に達したのです。
 2016年10月15日、築地市場内の講堂で、再招集された
第1回の専門家会議において、仲卸「山治」の山崎康弘氏は、次
のように怒りを爆発させています。
─────────────────────────────
 僕たち五回も(豊洲移転反対の)デモをやって、六万、七万の
署名を石原知事に持って行きましたよ。でも、僕ら中小企業の仲
買なんですよ。(豊洲新市場を)あそこまでつくられたら、自分
の信念曲げてでもやっぱ向こうに行かなきゃいけないんだなと断
腸の思いで移転の準備をしてきましたよ。でも(都は)、盛土や
るって言っていたのにやってないじゃないですか!
         ──永尾俊彦著/岩波ブックレット/968
「ルポどうなる?どうする?築地市場/みんなの市場をつくる」
─────────────────────────────
 市場関係者、とくに中小企業の仲卸業者のほとんどは、豊洲新
市場への移転には反対です。しかも、東京都は、市場関係者の意
見も聞かずに豊洲新市場を建設し、専門家会議が約束した土壌汚
染を防ぐはずの盛り土をやっていなかったのですから、彼らが怒
るのは当然です。
 そもそも4・5メートルの盛り土の根拠は何なのでしょうか。
平田健正専門家会議座長は次のように述べています。
─────────────────────────────
 平田座長は、水や土の汚染が広がる経路を遮断することはでき
ても、大気の経路の遮断は難しいことから、盛り土によるベンゼ
ンやシアン化合物などの揮発性の汚染物質について地上汚染阻止
の効果についてRBCA(米方式)の計算式を使って評価しまし
た。条件で入力したのが4・5メートルの盛り土です。地表に到
達する汚染の軽減を計算で求め、安全を確認したとしています。
            ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 ネットなどを見ると、豊洲新市場の地下に盛り土がなかったこ
とを問題にするのは、建築的な知識のない人のいうことであると
いう意見の人も多くいます。建築家で、名古屋工業大学名誉教授
の若山滋氏は、盛り土について次のように述べています。
─────────────────────────────
 すでに竣工した建築の下に、しかるべき盛り土が行なわれてい
ない、というが、われわれの頭の中には、その程度の土は掘り返
して工事するものという考えがある。木造住宅や軽量の鉄骨造は
盛り土の上に載せる感覚であるが、規模の大きい鉄筋コンクリー
ト造では、地下空間と基礎構造が一体化され、最下部にはほとん
ど人の入らない水槽、配管、メンテナンス・スペースなどが設け
られることも多い。
 そして地盤の悪いところでは、ボーリング調査によって地耐力
の出る支持層まで杭を打って構造体を支えるのである。冷凍など
市場特有の設備に加え、防災や情報の設備も多くなり、最近の建
築はパイプ類が増えており、これが地下に集中する。東京の地下
は、地上と同様に都市化が進んでいると言うべきであろう。
                   http://bit.ly/2wtEWdI
─────────────────────────────
 安倍政権の内閣官房参与の藤井聡氏は、豊洲新市場を「地下室
が有るケース」と「盛り土上の建物ケース」に分けた場合、前者
の方が衛生的であり、しかも安全であるという説をブログに書い
ています。
─────────────────────────────
 そもそも、建築物を建てるときには「基礎杭」をうつのですが
その基礎杭にそって、(毛細管現象によって)盛土下の地下水が
建築物下に上がってくることは想定範囲内の事実です。そしてそ
こまで上がってきた地下水は、コンクリート壁の打ち継ぎ目の目
地や壁そのものに存在する小さな割れ目などを通って、建物内に
も浸入することは避けられません。つまり「地下室有りケース」
のみならず、「盛り土上建物ケース」でも、基礎杭を打つ以上は
地下水が建物内に侵入することは不可避なのです。
 したがって、そういう建物のところまで昇ってきた地下水をく
み上げる排水システムは、いずれのケースでも必須なのです。こ
の時、A)「地下室有りケース」の場合には、(排水システムが
適正である限り)、(市場で活用される)地上階に、地下水が浸
入する可能性はほぼゼロになりますが、B)「盛り土上建物ケー
ス」においては、(市場で活用される)地上階に、地下水が直接
浸入する危険性があるのです!逆に言うなら、A)「地下室有り
ケース」の場合には、その地下室のおかげで、地下水と、地上階
の市場施設を「遮断」することが可能となるのです!
                   http://bit.ly/2ivAzZA
─────────────────────────────
 しかし、「盛り土なし」は、東京都がそのことを発見されるま
で隠蔽していたことが問題なのです。地下空間が正しいのであれ
ば、なぜ、専門家会議は、「盛り土あり」を提言したのでしょう
か。            ──[中央卸売市場論/039]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲新市場“盛り土案潰し” 真犯人は石原元都知事
  ───────────────────────────
   信じられないデタラメが次々と発覚する豊洲新市場騒動で
  新事実が浮上した。「私はだまされた」と被害者面していた
  石原慎太郎元都知事が、実は盛り土案潰しの“真犯人”だっ
  たというのだ。
   石原氏は2016年9月13日のBSテレビで、豊洲新市
  場の建物下に盛り土がされず、コンクリートで固めた地下空
  間がつくられていた問題について、「私はだまされた。手を
  抜いて、していない仕事をしたことにして予算措置をした。
  都の役人は腐敗している」とまくし立てていた。
   ところが、在任中の2008年、敷地全体に盛り土すると
  の専門家会議の提言に難癖をつけ、地下にコンクリートの箱
  を埋め込む工法を都庁幹部に強く推していたことが分かった
  のだ。15日の東京新聞によると、石原氏は08年5月10
  日の定例会見で、豊洲の土壌汚染対策について「(盛り土案
  より)もっと費用のかからない、しかし効果の高い技術を模
  索したい」と語っていた。
   さらに同月30日の会見では「担当の局長にも言ったんで
  すがね。もっと違う発想でものを考えたらどうだと。どこか
  に土を全部持っていって(略)3メートル、2メートル、1
  メートルとか、そういうコンクリートの箱を埋め込むことで
  その上に市場としてのインフラを支える。その方がずっと安
  くて早く終わるんじゃないか」と語っていた。
                   http://bit.ly/2wtpLRA
  ───────────────────────────

内閣府参与/藤井聡教授.jpg
 
内閣府参与/藤井聡教授
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2017年08月29日

●「なぜ都は盛り土なしを隠したのか」(EJ第4593号)

 豊洲新市場の建物の地下に盛り土がなく、広大な地下空間が存
在していたという事実──小池都政がはじまってこのことが明ら
かになると、「盛り土か、地下空間か」の議論がはじまり、都政
ににわかに注目が集まります。テレビのワイドショーに連日取上
げられ、さまざまな議論が展開されたのです。
 しかし、この問題の本質は、専門家会議提言の盛り土が地下空
間に変更され、工事が行われたことを東京都が市場関係者や一般
都民に隠していたことにあります。たとえ「盛り土」が専門家会
議の提言であっても、都が諸般の事情から変更することは十分あ
り得ることです。盛り土をやめて地下空間に変更したのであれば
なぜそうする方がよいのかについて市場関係者と一般都民に説明
し、納得してもらえばよかっただけのことです。
 ところが東京都はそうしていない。それどころか設計図を盛り
土があるものと地下空間になっているものと2種類用意し、巧妙
に使い分けています。すなわち、建築関係者には地下空間のある
正規のものを示し、市場関係者に対しては盛り土のあるもの、そ
して一般都民には、ホームページなどで盛り土のある設計図を公
開しています。つまり、東京都はこのことで、市場関係者と一般
都民を騙したことになります。
 東京都はなぜそのようなことをしたのでしょうか。ネットなど
では、多くの人がこれについて書いていますが、ひとつだけ真実
に迫っているレポートを発見しました。それが、ジャーナリスト
/藤野光太郎氏の次のレポートです。
─────────────────────────────
  議事録で判明!豊洲「盛り土」が「空間」に化けた理由
             ジャーナリスト/藤野光太郎氏
                 http://bit.ly/2wPyUDK
─────────────────────────────
 以下、藤野光太郎氏のレポートをベースにして、EJが収集し
た情報も加えて、この問題を推理することにします。
 築地新市場の問題には、次の2つの土壌汚染関係の条例と法律
が絡んでいます。
─────────────────────────────
   1. 環境確保条例/2001年10月 1日施行
   2.土壌汚染対策法/2003年 2月15日施行
─────────────────────────────
 東京都の「環境確保条例」については、7月28日付のEJ第
4572号と7月31日付のEJ第4573号で詳しく書いてい
ますが、東京都が東京ガスから豊洲の土地を手に入れるために、
この条例は重要な役割を果たしています。
─────────────────────────────
 ◎7月28日付のEJ第4572号/「東京ガスを不当に儲
  けさせる内容」         http://bit.ly/2v1XbGr
 ◎7月31日付のEJ第4573号/「東ガスのシナリオに
  屈した東京都」         http://bit.ly/2v9wG1x
─────────────────────────────
 東京ガスは、当初ブラウンフィールドになることが確実な豊洲
ガス工場の跡地は売却するつもりはなかったし、売れるはずがな
いと考えていました。なぜなら、売却後に必ず生ずると思われる
土壌汚染の対策費用負担が耐えられないと判断したからです。そ
のため、東京ガス独自の土地の利用計画を策定していたのです。
 そこに東京都から豊洲の土地を買いたいという話があり、最初
は真剣に取り合わなかった東京ガスでしたが、石原都政になって
浜渦副知事から水面下での折衝を求められると、それに応ずるよ
うになります。
 2000年の暮れに浜渦氏から密かに持ちかけられた話は、東
京ガスにとって衝撃的なものでした。それは環境省が「土壌汚染
対策法」という法律の制定を準備しているという情報です。そし
て、東京都はそれに先駆けて土壌汚染対策に関わる条例を作るこ
とになっているが、いま売却を決断すればその条例に基づいて土
壌汚染対策を行うことになり、それは、国の土壌汚染対策法より
もはるかにゆるい基準で汚染処理が可能であるという話です。ま
さにこの条例が「環境確保条例」です。
 確証はないのですが、後で問題になる瑕疵担保条項の免除につ
いての密約もこの水面下の交渉で約束されていたと思われます。
これによって東京ガスは、豊洲の土地の売却に当たっての土壌汚
染対策は、土対法ではなく、東京都の環境確保条例で実施し、そ
の総額はたったの108億円で済んでいるのです。東京ガスは後
から78億円を追加支出し、土壌汚染対策費は合わせて180億
円負担しています。その代り、東京都は用地取得後の土壌汚染対
策費として858億円を支出していますが、それでも汚染は除去
できず、さらなる支出が必要になっています。これは本来東京ガ
スも負担すべき性格のコストですが、東京ガスとの売買契約には
瑕疵担保条項がないのです。
 さて、土壌汚染対策法は、2003年2月15日に施行されて
います。皮肉な話ですが、東京ガスはゆるい基準の環境確保条例
に基づき汚染処理を済ましているのに、豊洲の土地を購入した東
京都は、条例よりもはるかに厳しい基準の土対法で土壌汚染を処
理しなければならなくなっています。
 さらに土対法は、2010年4月1日に大幅に改正され、その
基準はさらに厳しくなっています。実は、このことと盛り土をや
めて地下空間を作ったこととは関係があるのです。
 土対法は、環境確保条例に比べれば、きわめて厳しい基準です
が、改正土壌汚染対策法(改正土対法)から見ると、ゆるゆるの
基準なのです。これについては明日のEJで述べます。
─────────────────────────────
     土壌汚染対策法/2003年 2月15日施行
   改正土壌汚染対策法/2010年 4月 1日施行
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/040]

≪画像および関連情報≫
 ●「豊洲の地下空間の謎」/小笠原誠治の経済ニュースゼミ
  ───────────────────────────
   豊洲の主要建物の地下が空間になっていることが謎となっ
  ています。何故こんなところに特別な用途もない空間を設け
  たのか、と。
   それに対し、東京都は、配管のためだなどと説明していま
  すが・・・どうにも腑に落ちません。仮にそれがそうだとし
  ても、では、何故配管のため地下空間を作ったことを隠して
  いたのか、と。
   対外的には、主要建物の下も4・5メートルの盛り土がな
  されたことになっていたからです。おかしいでしょう?費用
  を浮かすためだったのか、なんて声も上がっていますが、私
  はそれは違うと思います。
   では、何故地下空間を作ったかというと・・・
  新しい市場が稼働し始めた後、万が一、新たに環境基準を超
  える汚染物質が計測された場合に備えたのではないかと、私
  は想像します。
   どういうことかと言えば、東京都の担当者たちは、地下2
  メートルまでの汚染された土壌を掘り出し、そして、その上
  に4・5メートルのきれいな土を埋めることによって汚染対
  策は万全を期すことができると対外的に説明していたものの
  仮に新市場が稼働した後、基準値を超える汚染物質が計測さ
  れたような場合、主要建物の地下を掘り返す必要などが生じ
  る訳ですが、そうなると市場を通常どおり稼働させることが
  物理的に不可能になり、生鮮食品の取引に重大な影響を及ぼ
  し兼ねないことを懸念してのことだと思うのです。
                   http://bit.ly/2wGGhyb
  ───────────────────────────

豊洲新市場の地下空間.jpg
豊洲新市場の地下空間
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2017年08月30日

●「改正土対法と豊洲市場の土壌汚染」(EJ第4594号)

 平田健正氏を座長とする専門家会議は、2007年5月19日
から2008年7月26日までの約1年間にわたって開催され、
「豊洲新市場敷地全体に4・5メートルの盛り土をする」ことを
提言し、解散しています。ちなみに専門家会議は小池都政になっ
て、平田座長の下に同じメンバーで再招集されています。
 専門家会議結成時点においては、2003年2月15日に土壌
汚染対策法(土対法)は施行されており、さらにそれが厳しい内
容に改正され、2010年4月1日から施行されるという情報は
メンバーには入っていたはずです。
 ジャーナリストの藤野光太郎氏によると、約1年間の専門家会
議では、土対法と改正土対法を強く意識する発言が相次いでいる
ことを指摘し、次のように述べています。旧専門家会議とは、石
原都政で設立された専門家会議のことで、小池都政になって再招
集された専門家会議(新専門家会議)と区別しています。
─────────────────────────────
 9回にわたって開かれた旧専門家会議の議事録を読むと、全体
を通して通奏低音のように東京都の担当者と専門委員との間で意
識されていることがあった。専門委員や都の担当者らのやりとり
に数回出てきた「土壌汚染対策法(土対法)」である。(中略)
 旧専門家会議で強く意識されていたのは、その土対法と、同時
期に環境省で審議されていた同法の改正(2008年5月参院通
過、09年4月公布、10年4月施行)にまつわる、関係者たち
の「心配事」である。「心配事」とは、端的にいうと、ユルユル
の法律である土対法の改正によって、豊洲予定地が汚染地域に指
定されるかもしれない、という懸念である。議事録には、そうし
た類の発言が散見される。       http://bit.ly/2gfjpie
─────────────────────────────
 専門家会議が改正土対法を「心配事」としてとらえたのは、東
京ガスから購入した豊洲の土地が、改正土対法で定めるところの
「要措置区域」に該当するからです。要措置区域とは、人の健康
被害のおそれがある土壌汚染が存在する土地のことで、法で定め
る措置が必要な土地なのです。豊洲の土地は、かつてガスを製造
していた工場の跡地ですから、その土壌は有害物質で汚染されて
おり、一定の土壌汚染対策が必要になります。
 しかし、豊洲の土地は、東京ガスによって時の東京都の環境条
例「環境確保条例」に基づいて土壌汚染処理が済んでおり、改正
以前の土対法では、それでOKだったのです。土対法は、200
3年2月の施行であり、それ以前に対策を済ましている土地には
適用されないからです。
 しかし、改正土対法ではその土地は「要措置区域」ではないも
のの、「形質変更時要届出区域」に指定されるのです。この場合
その土地をそのままのかたちで保有する場合は、人の健康被害の
おそれがないとして措置は不要ですが、その土地を宅地造成した
り、建物を建築する場合は、土地の形質を変更する土地として、
自治体に届け出し、法で定められた土壌汚染対策の措置を講ずる
必要があります。
 このことについて、第8回の旧専門家会議で、平田健正座長は
苦渋をにじませて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 土壌汚染対策法というのは何でもかんでも浄化しなさいという
ことではなくて、いわゆる有害物質があって、それが人に対する
健康影響を及ぼすような曝露経路は遮断しましょうということが
まず大前提。そのためには管理をしましょう。管理をするにも、
どこにどういう物質があって、濃度がどうであって、どういう管
理が必要かということをきちんとやりましょうというのが土壌汚
染対策法なのですね。
 ただし、附則のほうで、いわゆる平成15年ですか、2003
年の2月以前に対策を始めたものについては、土壌汚染対策法は
かかりませんよということだったのですが、今回は修正をされて
かかりますということですね。そうしたときにここはどうなるか
といいますと、また移転ありきかと言われるとつらいのですが、
東京都が東京都に対して計画書を出すわけです。そのときに環境
はどう判断をされるかというと、汚染があるわけですから、恐ら
く指定区域(「形質変更時要届出区域」)に指定をされると思い
ます。                http://bit.ly/2xCVWel
─────────────────────────────
 この場合、平田座長がいっているように、土地は東京都のもの
であるので、東京都が東京都に対して土壌汚染対策計画書を出し
て、東京都の決定に従うということになります。ここで問題にな
るのは、豊洲の土地は「形質変更時要届出区域」になるので、公
示されることです。これは、水産物などの生鮮食料品を扱う中央
卸売市場の土地や周辺の環境が、改正土対法の形質変更時要届出
区域であることが公開されることを意味します。いわゆる「豊洲
ブランド」を大きく損なうことを意味していてます。
 もっとも形質変更時要届出区域の指定を解除する方法はありま
す。平田座長は、専門家会議で次のように述べています。
─────────────────────────────
 指定区域に指定された後で、どういう対策をするのですかとい
うことを対策して、対策が終わった後、2年間は地下水をチェッ
クしてくださいということになるのですね。この骨格は変わりま
せんので、その間に地下水がオーケーであれば、指定区域は解除
をされるということになると思います。その手続があるというこ
とですね。              http://bit.ly/2xCVWel
─────────────────────────────
 結局、豊洲の土地は改正土対法に基づき、土地全域に4・5メ
ートルの盛り土を施すなどの土壌汚染対策を施し、2年間にわた
り、9回の地下水モニタリング調査を終了し、汚染が認められな
い場合に形質変更時要届出区域の指定が解除されるのです。しか
し、地下水モニタリング調査は、9回目の調査で高度の汚染物質
が検出されたのです。    ──[中央卸売市場論/041]

≪画像および関連情報≫
 ●築地市場の豊洲移転問題/大城聡氏
  ───────────────────────────
   豊洲市場予定地は東京ガスの工場跡地であり、昭和31年
  から昭和63年まで都市ガスの製造・供給が行われていた場
  所です。土壌からは、これまで環境基準を大きく超える汚染
  物質が見つかっています。
   東京都は土壌汚染対策を行ったとしますが、豊洲市場予定
  地は、現在でも土壌汚染対策法の汚染が存在する区域(形質
  変更時要届出区域)に指定されており、まだ指定解除されて
  いません。
   土壌汚染対策法は、土壌の特定有害物質による汚染の除去
  できた場合には、形質変更時要届出区域の指定を解除すると
  定めています(同法11条2項)。「汚染の除去」が完了す
  るためには、「地下水汚染が生じていない状態が2年間継続
  することを確認すること」が必要とされています(同法施行
  規則40条別表6)。これが2年間の地下水モニタリング調
  査の問題です。
   2014年11月18日から地下水を採取調査しています
  ので、2016年11月7日の移転予定日時点では、「地下
  水汚染が生じていない状態が2年間継続することを確認する
  こと」ができません。そのため、11月7日時点では、汚染
  が存在する区域(形質変更時要届出区域)の指定解除ができ
  ないのです。           http://bit.ly/2vhzxXf
  ───────────────────────────

専門家会議座長/平田健正氏.jpg
専門家会議座長/平田健正氏
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2017年08月31日

●「9回目地下水汚染調査が悪い理由」(EJ第4595号)

 そもそも東京都は、改正土壌汚染対策法で「形質変更時要届出
区域」に指定されるような土地を築地市場の移転用地として購入
すべきではなかったのです。この決断をした石原慎太郎都知事と
それを後押しした都議会与党の責任はきわめて重大です。
 なぜなら、中央卸売市場が形質変更時要届出区域であることは
生鮮食料品の安全・安心のうえで、きわめて問題があり、かつ対
外的にマイナスです。そこで東京都は、形質変更時要届出区域の
指定を外すため、改正土対法に基づき、土壌汚染対策を行い、そ
れに加えて、2年間にわたる地下水の水質モニタリング調査を実
施しています。2年間の調査で測定値が環境基準以下であれば、
形質変更時要届出区域の指定が外されるからです。
 問題はその地下水のモニタリング調査です。2年間の地下水モ
ニタリング調査が開始されたのは、2014年11月からです。
同じ月に第18回の技術会議で汚染対策工事完了の確認が行われ
ています。ちなみに同年2月に舛添都政がはじまっています。
 この地下水モニタリング調査は、全部で9回が行われています
が、その8回目が終了し、9回目の調査結果が出る前の2016
年11月7日に舛添知事は、豊洲新市場開場を決めています。し
かし舛添知事の突然の辞任で2016年8月に小池百合子氏が都
知事に当選し、小池都政がスタートしています。そして、小池知
事により、築地市場移転の延期が決断されます。これら9回にわ
たる地下水モニタリング調査は次の企業に発注されています。
─────────────────────────────
  ◎第1回〜第3回
   環境計量:株式会社日立プラントサービス
   試料採取:株式会社日水コン
  ◎第4回〜第8回
   環境計量:ユーロフィン日本環境株式会社
   計量証明:IASジャパン株式会社産業分析センター
  ◎第9回
   環境計量:湘南分析センター
─────────────────────────────
 地下水モニタリング調査結果は、第1回〜第8回までの調査で
は、汚染濃度はすべて環境基準以下に収まっています。だからこ
そ、当時の舛添知事は、東京五輪用の道路のこともあるので、ど
うせ第9回目の調査結果も環境基準以下に収まると判断し、その
結果の出る2017年1月まで待たず、豊洲移転の時期を11月
7日に決めたと考えられます。
 しかし第9回の調査結果は衝撃なものでした。調査地点201
ヶ所のうち、72ヶ所という広範囲で。環境基準値を超えるベン
ゼンやシアンが検出されたからです。とくにベンゼンにいたって
は、基準値の79倍とこれまでにない濃度を検出したのです。
 事態を重く見た小池知事は、平田健正氏を座長とする専門家会
議を再招集し、原因究明を命じたのです。
 専門家会議は、急に数値の跳ね上がった第9回の調査結果は暫
定値として、メンバーが立ち会いの下で、地下水の採取、環境計
量などの調査を行い、2017年3月19日に第10回目の地下
水モニタリング調査の結果を発表しています。3月19日付の日
本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 東京都の豊洲市場(江東区)の土壌汚染対策に関する専門家会
議が、19日開かれ、地下水モニタリングの再調査結果を公表し
た。再調査の対象となった29地点のうち、ベンゼンは最大で飲
み水の環境基準の100倍を、ヒ素は同3・6倍を検出した。シ
アンは18地点で検出した。(中略)
 再調査は2回に分けて実施。数値の精度を確保するため、4つ
の検査機関で分析した。再調査結果を9回目結果と比べると、検
出濃度が高まった地点と低くなった地点がまざっており、同会議
の平田健正座長(放送大学和歌山学習センター所長)は「(地下
水の汚染状況は)上がったり下がったりなので、どちらの傾向と
も言えない」との見方を示した。 http://s.nikkei.com/2vuZqPs
    ──2017年3月19日付、日本経済新聞(電子版)
─────────────────────────────
 9回目の暫定値とその再調査の数値が跳ね上がった原因として
は、次の2つが考えられます。
─────────────────────────────
 1.1〜8回までの調査と9回、10回の調査に調査手法の
   違いが考えられること
 2.9回以降の調査は地下水管理システムが作動し、地下水
   の流れが変わったこと
─────────────────────────────
 結論からいうと、「1」は原因としては考えられないといわれ
ます。地下水の採取や環境計量の方法については、改正土対法に
定められており、調査会社による多少の違いがあったとしても、
そういう人為的な誤差は、出てもせいぜい数倍程度であり、環境
基準値79倍もの汚染が誤差として出るはずがないからです。
 そこで考えらせれるのは「2」です。地下水管理システムは、
2016年10月14日にはじめて稼働しています。9回目の地
下水の採取は、その後の11月24日と30日に実施されている
からです。汚染処理の専門家は次のように述べています。
─────────────────────────────
 観測用の井戸は筒状で、スクリーン(網)を通して土壌中の水
が浸み込んでくる構造になっている。地下水管理システムは水を
汲み上げると、地中の水が井戸に向って移動する。水に溶けた状
態で残っていた汚染物質が井戸に吸い寄せられ、あちこちの井戸
で観測された可能性が高い。基準値79倍のベンゼンは、土壌汚
染対策で取り切れていなかった汚染と見られる。
                  http://nkbp.jp/2wV4bW8
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/042]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲市場の9回目の地下水モニタリング調査
  ───────────────────────────
   豊洲市場の「地下水モニタリング調査」をめぐり、環境基
  準の79倍となるベンゼンなどが検出された、9回目の調査
  を担当した業者が都の指示により、過去8回とは違う手順で
  調査していたことを4日の都議会の委員会で明らかにしまし
  た。都は業者に対し、過去とは違う手順で行うよう伝えたこ
  とを認めました。豊洲市場の問題を審議する都議会の特別委
  員会は、平成26年から2年間にわたって、合わせて9回行
  われた「地下水モニタリング調査」を担当した業者を参考人
  として呼んで、質疑を行いました。
   この調査では、検出された有害物質が7回目までは環境基
  準を下回ったのに対して、8回目はわずかに上回り、さらに
  9回目では環境基準の79倍となるベンゼンなどが検出され
  ました。このため、4日の参考人の質疑は、一連の調査が適
  正だったかを焦点に進められ、9回目の調査については、担
  当した業者の統括部長が出席しました。
   モニタリング調査では、まず井戸に溜まっていた地下水を
  取り除く、「パージ」と呼ばれる作業を行ったあと、新たに
  井戸に溜まった地下水を採って分析することになっています
  が、統括部長は都の指示により、パージで取り除いた地下水
  そのものを分析に回していたことを明らかにしました。
                   http://bit.ly/2wbcagZ
  ───────────────────────────

地下水モニタリング調査の結果を説明する平田座長.jpg
地下水モニタリング調査の結果を説明する平田座長
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2017年09月01日

●「専門家会議で改正土対法の先読み」(EJ第4596号)

 ここまでの経緯で既にわかると思いますが、なぜ豊洲の建物の
地下に地下空間が必要であったかについてまとめます。2001
年以降の土壌汚染対策関連の条例及び法律を再現します。
─────────────────────────────
  1.   環境確保条例/2001年10月 1日施行
  2.  土壌汚染対策法/2003年 2月15日施行
  3.改正土壌汚染対策法/2010年 4月01日施行
─────────────────────────────
 築地市場を豊洲に移転させる決断は、2000年のはじめに石
原元知事によって行われています。ただ、石原氏は、日本の技術
は世界一であるという信念を持っていて、土壌汚染ぐらい日本の
技術をもってすれば十分消滅させることができると信じていたの
です。だからこそ都知事選3期目の公約として「豊洲の土壌汚染
を解消させる」を掲げ、当選しています。
 この公約に基づいて石原都政がつくったのが、平田健正氏を座
長とする「専門家会議」であり、2007年5月19日に第1回
の会合を開いています。その時点で東京ガスは、都の環境確保条
例に基づく土壌汚染対策工事を行い、「汚染防止措置完了届」を
東京都にを提出しています。土対法の施行以前の対策工事なので
土壌汚染はまだ残っているものの、次の附則第3条により、土対
法の適用を免れることができたのです。
─────────────────────────────
【附則第3条】
 第3条の規定は、この法律の施行(2003年2月15日)前
に使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場
の敷地であった土地については、適用しない。
─────────────────────────────
 土対法は、2003年2月の施行ですが、専門家会議が設置さ
れた時点で既に2010年4月に改正土対法が施行されることは
決まっていたのです。問題は、その改正で上記の附則第3条が撤
廃されるという情報が出ていたことです。
 そうなると、東京都は土地の買主でありながら、莫大な費用を
かけて、改正土対法に基づく大がかりな土壌汚染対策をしなけれ
ばならなくなります。まして、東京ガスとの契約では瑕疵担保条
項を外しているので、すべて東京都が負担しなければならなくな
ります。そういうわけで、専門家会議では、これにどう対応する
かが重要な課題になったのです。
 ジャーナリストの藤野光太郎氏は、これについて、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 言うまでもなく、東京ガスが豊洲の地の使用を廃止したのは土
対法の施行前である。もし、法改正でこの附則第3条が外された
り、または本則のどこかに新たに厳しい規定が盛り込まれるなど
して、豊洲の予定地が土壌汚染対策法の規制対象区域に指定され
れば、そこは「汚染地域」として確定し、手続き上、大掛かりな
汚染調査と根本的な汚染対策が義務づけられることになる。豊洲
の用地取得で都は、所有者である東京ガスが汚染対策を免れ得る
「瑕疵担保特約」を差し出して買収契約を成功させていたからで
ある。そうした経緯から、ただでさえ莫大なコストが発生するの
に、盛り土だけで埋め尽くしてしまえば、当然、その後の汚染再
発時に対策のための機器やシステムが搬入・設置できず、工事で
稼働させることになる重機の出入口もなくなる。
 東京都の幹部や担当者、専門家会議の委員たちが法改正の行方
を注視していたのは、豊洲予定地にそうした対策が必要になるか
否かで変わる土壌汚染対策の必要枠である。都の担当者は当時、
法改正で豊洲の敷地が汚染指定区域になった場合を想定し、前述
の諸作業に備えた建物下の空間確保がどうしても必要だったわけ
だ。こうした懸念から「盛り土が地下空間に化けた」のである。
                   http://bit.ly/2vtUQFj
─────────────────────────────
 専門家会議には、いうまでもないことながら、東京都の関係部
署の幹部が参加しています。彼らが最も恐れたのは、附則第3条
がなくなり、豊洲新市場の用地が「汚染地域」のレッテルを貼ら
れることです。それもこれもこれまでの土壌汚染をきちんとやっ
てこなかったからです。
 いやそれよりも問題なのは、そもそもひどい土壌汚染があるこ
とがわかっているガス工場の跡地を築地市場の移転地に選定し、
東京ガスに過分の恩典を与えてまで、購入したことです。常識で
は考えられない石原都政の最悪の決断といえます。
 専門家会議のメンバーの心配した通り、改正土対法から附則第
3条を撤廃され、豊洲新市場は「形質変更時要届出区域」に指定
されています。これは豊洲新市場が、土壌汚染区域であるという
レッテルそのものです。このレッテルは何としても外す必要があ
ります。そのための2年間の地下水のモニタリング調査だったの
ですが、最後の最後の9回目の調査で環境基準を大幅に上回る汚
染物質が生じています。
 しかし、建物は既に完成しており、東京五輪までにあと3年を
切っています。藤野幸太郎氏は、最後に次のような興味深いこと
を述べて、このテーマを閉じています。
─────────────────────────────
 ちなみに、旧法施行から約半年後に環境大臣となったのが、い
ま辣腕を揮っている小池百合子都知事である。環境大臣として3
年間在任中は、今回の汚染問題の急所である「附則第3条」が有
効な土対法が運用された。とはいえ、改正法の諸規定にも同様の
甘い規定が残っている。その改正法にさえ「形質変更時要届出区
域」として指定された豊洲予定地は、誰が判断しても明らかに生
鮮食料品の市場としては不適と言わざるを得ない。
                   http://bit.ly/2vtUQFj
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/043]

≪画像および関連情報≫
 ●もう「地下空間」というのはやめたらどう?/高橋洋一氏
  ───────────────────────────
   テレビでは依然として築地市場の豊洲移転に関する報道が
  多いが、実態としては先週の本コラムで書いた方向になって
  いる。つまり、マスコミがいくら「地下空間」という謎めい
  た名称で報道しようとも、地下ピットの水質調査や空気測定
  の結果は「環境基準の範囲内」、つまり安全なのだ。
   どこの建物にもある地下ピットを、「地下空間」と呼ぶこ
  とを筆者は疑問に思っていた。実際、筆者が出たテレビ番組
  では、そのスタジオがある建物にも、配管修繕のために地下
  ピットがあると説明したのに、それでも豊洲のピットのこと
  は地下空間と呼んでいたからだ。
   知人のメディア関係者は、どの建物にも地下ピットはある
  ものと分かっても、それでは視聴者がそれを問題あるものと
  見てくれないので、あえて問題があるような「地下空間」と
  いう表現を使うと言っていた。この話を聞いて、マスコミの
  底の浅さが改めてわかった。
   先週のテレビ報道では、鉛が出たとか一部マスコミはまだ
  騒いでいた。環境測定は、一定の方法で行うので、都議会の
  各政党が「独自調査でこれこれが出た」というのはあまり報
  道するに値しないのだが、何か出ないとマスコミとしても困
  るのだろう。しかし、結果として、都だけが調査するよりも
  はるかに都民を安心させることになった。
       2016年9月の記事/ http://bit.ly/2xzLpkJ
  ───────────────────────────

ジャーナリスト/藤野光太郎氏.jpg
ジャーナリスト/藤野光太郎氏
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2017年09月04日

●「使い勝手がすこぶる悪い豊洲市場」(EJ第4597号)

 ここまで豊洲新市場の用地の土壌汚染の劣悪さについて述べて
きましたが、既に完成している市場の建物についてはどうなので
しょうか。
 豊洲新市場の最大の問題点は、市場関係者の意見をほとんど聞
かないで設計され、建てられていることです。そのため、築地市
場ほどの市場を移転させようというときに必要とされる慎重さと
配慮がほとんど感じられない設計になっています。
 これは、豊洲の地形の問題ですが、豊洲新市場は環状2号線と
315号線が直交しており、市場の建物は次のように3分割され
ています。添付ファイルも参照してください。
─────────────────────────────
     1.    青果棟 ・・・・・ 5街区
     2.水産仲卸売場棟 ・・・・・ 6街区
     3. 水産卸売場棟 ・・・・・ 7街区
─────────────────────────────
 この場合、卸売と仲卸は、仕事上緊密な連携が必要ですが、豊
洲市場の場合、315号線という幹線道路で隔てられているので
道路の下に3本の「アンダーパス」が設けられています。しかし
これで1日に2000台ものターレー(小型運転車ターレット)
がスムーズに行き来できるかどうか非常に疑問です。築地市場の
ように、流れるような動線は望むべくもないのです。
 これについて、築地市場に詳しい中沢新一氏は、豊洲の卸売棟
と仲卸棟の問題点について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 仲卸棟は4階建ての建物になっている。水産仲卸の仕事場は1
階の部分、買い出しが3階と4階で、そこに駐車場が付属してい
る。卸売棟から仲卸棟までは、1・5キロほどの外周道路によら
なければたどり着けないようになっているので、荷受した荷物は
トラックなどで仲卸棟に運び込まなければならない。仲卸棟1階
で荷分けされた水産物の荷は、ターレに乗せられ、3階と4階の
買い出し人のもとに運ばれる。このときターレは、建物の外に接
してつくられたループ状の渡り廊下を登っていかなければならな
い。築地市場内を自在に動き回っていたターレもこの窮屈な渡り
廊下の中では一方向に流れていくしかなく、多くの仲卸はかえっ
て事故が起きやすくなるのでは、という懸念を抱いている。
       ──中沢新一氏の論文「築地市場の『富』」より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 豊洲新市場の売り場面積は築地の売り場の1・1〜1・2倍で
あり、建物全体では1・7倍という「広さ」が強調されていたの
ですが、実際の豊洲の売り場には仕切りが設けられるなど、非常
に使い勝手はよくないのです。
 中沢新一氏は、「豊洲新市場は広い」という東京都の触れ込み
に疑問を持っています。売り場の設計がそれを使う人の立場に重
点をおいて設計されておらず、自由に広く使える空間が狭くなっ
ているからです。このような豊洲新市場の問題点を中沢氏は、次
の3つにまとめています。なお、読み易くするため、文章は一部
リライトしてあります。
─────────────────────────────
1.魚市場では、全国から運ばれてきた魚を並べ、選び、店に運
  ぶ、を繰り返す。荷物は移動するだけでなく、広げて仕分け
  する必要があるが、その空間が確保されていない。
2.物流の中心であるターレーの動き回れるスペースについての
  考慮がほとんどなされていない。そのため、集荷と荷分の作
  業の流れが、いちいち寸断され、非効率的である。
3.建物が立体構造になっているため、品物は縦方向に動かす必
  要がある。だが売れた品物を上階に運ぶためのエレベーター
  は7基、スロープは3本と決定的に不足している。
4.店舗のスペースが築地店舗よりも狭い。そのためマグロのよ
  うな大きな魚を切るのが不便であるなど、使い勝手がよくな
  い。使い勝手が悪いと、コストアップにつながる。
       ──中沢新一氏の論文「築地市場の『富』」より
─────────────────────────────
 考えられないことですが、東京都は何から何まで、ごく一部の
市場関係者を除いて、豊洲関係の情報を徹底的に隠しまくったの
です。市場関係者は、設計図を見せて欲しいと都に要求しますが
東京都は拒否しています。設計図は、2011年6月に日建設計
から東京都に納品されています。
 築地の業界紙「日刊食料新聞」は、都条例に基づいて情報公開
請求を出したのですが、東京都は全面黒塗りの設計図を出し、非
開示を貫いたのです。「日刊食料新聞」はこれを不服とし、裁判
になったのです。おかしな話です。情報公開請求は、内容を知る
ために行うのに、内容が全面わからないようにして返しても、開
示したことになることです。裁判は2年にわたって行われ、東京
都が敗訴し、やっと設計図は公開されたのです。
 豊洲新市場は、土壌汚染対策費を除いても莫大なカネがかかっ
ています。それでいて、その使い勝手は最悪なのです。市場関係
の意見を聞かないで作ったからです。仲卸業務を営む中澤誠氏は
その設計について次のように批判しています。
─────────────────────────────
 極端な話で言えば、お寿司屋さんがサシミのツマを買いに行く
にも、歩いて水産から青果に買いに行けない市場だということで
す。市場内の物流用ルートがまったくつながっていないので、一
度外に出て、車に乗って外周道路を通って行かないと買えない。
こんなことは論外です。買い物しやすい、しづらい、という話以
前に一度外に出てからでないと、買い回りがでない、ということ
です。         ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/044]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲移転問題は「公害紛争」/室伏謙一氏
  ───────────────────────────
   築地市場の豊洲新市場への移転問題は、当初移転を予定し
  ていた2016年11月7日を前に、小池知事が移転延期を
  決定したことを契機に、一気に注目を集めるようになった。
   小池知事は移転延期の理由として、@安全性への懸念、A
  巨額かつ不透明な費用の増大、B情報公開の不足を挙げてい
  る。このうち、@は言うまでもなく生鮮食料品を取り扱う豊
  洲新市場の敷地の土壌が汚染されており、食の安全や健康へ
  の影響が懸念されるということ、Aは整備・移転費用がなぜ
  そんなに大きな規模になったのか精査し、都民に説明する必
  要があるということ。
   延期決定の発表以降、この@とAに関するものを中心にメ
  ディアでは情報が飛び交っている。毎日どころか1日に数度
  新しい情報がもたらされることもあり、その度に東京都をは
  じめ、関係者の発言や説明は二転三転。多くの国民は、一体
  どこに真実があるのか?と思っているのではないだろうか。
   確かに、@及びAを中心に情報が飛び交っているといって
  も、問題の核心に迫るものがあるのかと言えば、まだそこに
  は至っていないというのが実情であろう。どころか、豊洲移
  転問題は一体何が問題なのかさえもみえにくくなっているよ
  うに思われる。筆者には、整備・移転費用の大きさもさるこ
  とながら、一義的には敷地の土壌汚染を巡る問題に思える。
  では、土壌汚染を巡る問題とは?漠然と食の安全、健康への
  影響や風評被害で豊洲市場経由の生鮮食料品が売れなくなる
  といった事柄が想定できそうだが、あいまいさは否めない。
                   http://bit.ly/2esj0oI
  ───────────────────────────

豊洲新市場配置図.jpg
豊洲新市場配置図
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2017年09月05日

●「業界6団体が移転に賛成した理由」(EJ第4598号)

 かつて石原慎太郎元知事は築地市場を視察して「古い、狭い、
危ない」と宣言、豊洲での新市場開設を目指します。今になって
考えると、つくづく最悪の選択だったといえます。
 しかし、このなかで「狭い」については、あまり異論はなかっ
たと思われます。築地市場は明らかに狭かったからです。仲卸業
を営む中澤誠東京中央卸売市場労働組合委員長は、これはウソで
あると断言しています。
─────────────────────────────
 「豊洲新市場は広い」と説明されてきました。築地市場の狭隘
化を解消するのだと。これが大嘘なのです。現在の築地は総面積
が23ヘクタールで、豊洲新市場は、その倍となる40ヘクター
ルと説明されていますが、実際に、私たちが作業したり、物流の
ターレーなどが通るための可動域で考えてみると、圧倒的に豊洲
新市場は使える部分が少ない。豊洲新市場の建物で、物流に使え
る敷地は、建坪で言えば18・3ヘクタールしかないのです。そ
れ以外のほとんどは、車が待機するための駐車場と、外周道路と
公園です。
 築地の場合は、23ヘクタールのすべてが平面で広がっている
ので、逆に言えば、ありとあらゆる場所が物流の場所になるとい
うことです。市場用地とは別に中央区の駐車場などもあるので、
非常に効率よく面積を使うことができているんですね。
     ──中澤誠氏の論文「まだまだある、使えない」より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 日本の伝統的な生活空間のモジュールは、畳一畳分、つまり、
1・8メートルですが、豊洲新市場の店舗の幅は1・5メートル
しかないのです。わずか30センチの差ですが、この差で人間は
狭さを感じるものです。このようなことになったのは、幅広く市
場関係者の意見を聞かず、市場のなんたるかを知らない人が設計
したからです。
 それでいて東京都は、「店舗スペースは広くした」といってい
ます。これに対して中澤誠氏はそれは料金を取る施設スペースの
部分を広くしただけだといっています。築地市場にも料金がかか
る施設スペースがありますが、その横や後ろには、必ず共用スペ
ースがあって、業者はそこに荷物や、集荷のためのターレーを駐
車させているのです。
 ところが、豊洲新市場では、そういう共用スペースをなくして
施設スペースにしています。事業者にとっては、お金を払う場所
は増えたものの、実質的に使えるスペースは狭くなるということ
で不満が高まっています。
 築地・豊洲問題をここまで東京都、すなわち移転を進める側か
ら年表をたどってみてきましたが、市場関係者側からも見る必要
があります。東京都は、自分たちの都合による移転であるにもか
かわらず、何とか業界団体の要望による移転というかたちにした
かったのです。築地市場には業界6団体というものがあります。
─────────────────────────────
       1.築地市場を利用する水産卸 〇
       2.        水産仲卸 ×
       3.          青果 〇
       4.       売買参加人 〇
       5.       関連事業者 〇
       6.       買出人組合 ×
               移転賛成:〇/移転反対:×
─────────────────────────────
 この「水産仲卸」には、東京魚市場卸協同組合(東卸)──こ
れは業界の中で最大の団体ですが、1998年11月に「築地市
場の豊洲移転の是非」について、全組合員投票を行っています。
その時点で移転候補地として豊洲の名前は出ていましたが、その
時点では、土壌汚染のことは誰も知らないことです。そのときの
投票結果は次の通りです。
─────────────────────────────
 現在地(築地)での再整備 ・・・ 495票 56・8%
 豊洲移転         ・・・ 376票 43・1%
                      註:白票1票
─────────────────────────────
 この時点で移転に賛成していたのは、水産卸、青果、売買参加
人、関連事業者の4団体です。これを見ると、移転反対は2団体
ですので、移転賛成が圧倒的のように見えますが、人数的には反
対が多数なのです。石原慎太郎氏が知事になる前の状況です。
 この結果を見て、当時の都の中央市場長である宮城哲夫氏は次
のように市場関係者に約束しています。
─────────────────────────────
 1団体たりとも、反対があれば、絶対に豊洲には行きません
                 ──宮城哲夫中央市場長
─────────────────────────────
 ところがです。6団体中2団体が「移転反対」だったのですが
この反対2団体の理事長が非常に不透明な理由で更迭され、その
2団体の理事長は移転賛成に回ります。東京都と都議会自民党の
非常に汚い裏工作の結果です。
 しかし、既に全組合員投票で豊洲移転を否決している東卸は、
理事長が代わったといっても、それだけで賛成に転ずることは困
難です。そこで東卸では、組合員のなかから選ばれた一部の組合
員で構成する「総代会」なるものを作って、2014年にその総
代会が、1998年の全組合員投票の移転否決決定を覆し、移転
を可決させてしまったのです。
 これは、例えていうなら、国民投票で決定されたことを国会が
勝手にひっくり返すような暴挙といえます。このような強引なこ
とが行われ、形の上では業界6団体としては、豊洲移転賛成で決
まっているのです。しかし建物は完成しても、現在も豊洲移転は
行われておりません。    ──[中央卸売市場論/045]

≪画像および関連情報≫
 ●大事な議論がされない(築地市場編)
  ───────────────────────────
   豊洲市場移転に反対する方々が挙げる反対理由は,土壌汚
  染,建物の耐震性不足,施設の設計不備というところです。
  これらの問題がなければ、喜んで移転するとはいきませんよ
  ね。なぜなら,本当に理由が別にありそうだからです。表向
  きの理由は当然,移転先が豊洲とわかった後,さらに豊洲市
  場の施設の設計内容が分かった後に出てきたものです。とこ
  ろが,東京都中央卸売市場のホームページの「築地市場移転
  決定に至るまでの経緯」によれば,移転先がどこだろうと,
  移転そのものへの反対運動が昔から繰り返されています。再
  初の反対運動は昭和50年代の大井市場(現・太田市場)移
  転の時から起こっています。移転構想自体は、昭和30年代
  からあります。築地市場が取扱量や交通量の増加に対応でき
  なったためで,そのころから問題を抱えているわけです。
   大井市場移転の時も,水産業界の意見がまとまらず,都は
  水産業界に統一見解の要請をしています。その間,移転反対
  の総決起集会が築地本願寺で行われたりしたためかどうか分
  かりませんが,移転をあきらめ,昭和61年に築地現在地で
  の再整備が決定しています。平成3年に再整備工事に着手し
  たものの,工期の遅れや工事費の増加,そして業界調整の難
  航のため頓挫します。       http://bit.ly/2x1udrD
  ───────────────────────────

中澤誠東卸労働組合委員長.jpg
中澤誠東卸労働組合委員長
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2017年09月06日

●「築地は守る/豊洲は活かすの意味」(EJ第4599号)

 都議選で大勝した後の小池百合子知事は、その都政に関して批
判が集まっています。都庁周辺を取材する都政新報は、就任1年
目の評価について、100点満点で次の評点をつけています。な
お、舛添前知事については1期目前半の評価です。
─────────────────────────────
      石原慎太郎元知事 ・・・ 71・1点
       舛添要一前知事 ・・・ 63・6点
       小池百合子知事 ・・・ 46・6点
─────────────────────────────
 小池知事に関しては、あまりにも評価が低いというか、厳し過
ぎると考えます。もし小池知事が豊洲新市場移転を延期しなけれ
ば、土壌汚染のこと、盛り土のことなど、すべてのことが闇に葬
られていたと思うからです。もし移転してから後でそれが発覚し
中央卸売市場の運営が中断されるようなことになったら、大変な
ことになります。9分9厘決まっていた移転を延期させることは
相当の勇気ある決断が必要であったと評価できます。だからこそ
小池知事の率いる都民ファーストの会が多くの都民の支持を得て
大勝したのです。
 さて、都議選に先立つ2017年6月20日に小池知事は、築
地市場の豊洲新市場への移転問題について、方針を表明していま
す。日本経済新聞の記事に基づいて、論点をまとめます。
─────────────────────────────
 築地の再開発を含む市場の新たなプランについて、都職員にま
とめるよう指示した。理由は2つ。まず豊洲市場はこれまで約6
千億円をかけてつくられてきたわけだが、豊洲ありきで移転後の
計画が不十分ではなかったか。築地市場を売却して費用の穴埋め
をするとの計画はあったが、移転後に毎年生じる年間100億円
近い赤字にどう対応していくのか。
 2点目だが、日本一の世界に誇る築地ブランドは長い間、汗水
流して必死の思いで育て守ってきた市場の人に対して、向き合っ
ていく必要があると感じたからだ。
 築地市場は5年後をめどとして再開発する。環状2号線は五輪
前に開通させる。そのあとの築地市場跡地は五輪用のデポ、輸送
拠点として活用する。その後、食のテーマパーク機能を有する新
たな市場として東京をけん引する一大拠点にする考え方だ。
 豊洲の中央卸売市場は冷凍、冷蔵、物流、加工などの機能をさ
らに強化することで、将来にわたる総合物流拠点になりうる。築
地再開発と豊洲利用の具体案は事業者、都民とオープンな場を設
け、広く情報公開しながら検討していく。都は業者、都民の皆さ
んの信頼回復に向けて徹底的に努力する。
                http://s.nikkei.com/2evcg9f
─────────────────────────────
 上記の小池発言をひとことで表現すると、「築地は守る、豊洲
を活かす」ということになります。この言葉は、何を意味してい
るのでしょうか。
 小池知事の話をトレースすると、まず、豊洲新市場に対してさ
らなる土壌汚染対策を施し、2018年秋までには築地市場を豊
洲新市場に移転させます。続いて、築地市場を解体し、その跡地
については、東京五輪用の輸送拠点として利用します。
 東京五輪終了後、築地跡地を整備し、食のテーマパーク機能を
有する新たな市場として東京をけん引する一大拠点にするといっ
ています。そのさい、豊洲新市場に移った市場関係者は希望に応
じて築地新市場に戻ってこれるようにするといっています。
 この表現ではっきりしていないのは、築地に作るという食のワ
ンダーランドとは具体的に何かということです。この食のワンダ
ーランドの正体について、現時点で都議会も市場関係者も明確に
把握できていない状況です。
 NHKテレビの「ニュース・ウォッチ9」では、小池知事が築
地移転問題について方針を表明したその日に、この問題を取り上
げています。テーマは「築地は守る、豊洲は活かす」です。番組
ではその席に、120年以上も続く仲卸業者の酒井兄弟──酒井
信義氏と酒井衛氏を呼んで、意見を聞いています。その一部をご
紹介します。
─────────────────────────────
◎保里リポーター
 小池知事の表明について、築地で働く人はどう受け止めたので
 しょうか。120年以上続く仲卸業者の酒井さん兄弟です。豊
 洲への移転の準備を進めながらも、できれば築地で商売を続け
 たいと願ってきました。小池知事が打ち出した築地の再開発に
 ついてどのように受け止められましたか。
◎仲卸業者/酒井信義さん
 小池さんの出された結論は、ぼくは違うと思う。やっぱり築地
 市場を守るなら築地でやるべきだと思う。
◎仲卸業者/酒井衛さん
 現実的じゃない。市場を将来的に二分するというのは、ありえ
 ないと思う。(中略)
◎仲卸業者/酒井信義さん
 仮に受けざるをえないとすれば、豊洲を使い勝手のいい、みん
 なが喜んで働ける市場にしてもらいたい。できるだけ築地に戻
 りたい。5年といわず、3年くらいで戻れるように。
                   http://bit.ly/2x44vCB
─────────────────────────────
 築地市場の仲卸業者のほとんどは、ここまで述べてきたように
豊洲新市場移転に反対です。ところが舛添知事に代わった小池知
事が豊洲移転を延期して、築地市場の再整備の可能性を期待して
いたのです。しかし、小池氏は「築地は守る」とはいったものの
豊洲新市場に移転の決断をしたので衝撃を受けています。
 しかし、小池知事の真意は別のところにあります。築地市場の
再整備は完全になくなったわけではないのです。
              ──[中央卸売市場論/046]

≪画像および関連情報≫
 ●【記者座談会】/「築地は守る、豊洲は活かす」
  ───────────────────────────
  A:東京都の市場移転問題で20日、小池百合子知事が基本
    方針を示したね。
  B:豊洲移転か築地再整備かと注目が集まる中、示された方
    針は「築地は守る、豊洲は活かす」という市場の両立案
    だった。市場機能を豊洲に移転した上で、築地市場は民
    間事業者とともに土地を有効活用し、5年後をめどに再
    開発する。豊洲は冷凍冷蔵・物流・加工などの機能を強
    化して将来にわたる総合物流拠点とする計画だ。
  C:小池知事は会見中の質疑で「豊洲は新たな中央卸売市場
    としての機能を優先させ、築地も市場機能を確保できる
    方策を見出したい」と発言した。築地は都にとって「莫
    大な資産」のため売却は考えず、貸し付ける。隣の浜離
    宮庭園の活用も想定している。築地は「築地ブランド」
    を生かした「食のテーマパーク」機能を持つ東京をけん
    引する一大拠点とし、豊洲は「ITを活用した総合物流
    センター」とする。両市場を通ることになる環状2号は
    2020年の東京五輪前に開通させ、築地市場跡地は当
    面五輪用の輸送拠点として活用するという。
  A:収支面は大丈夫なのだろうか。
  C:「賢い支出のための選択」により、持続可能な市場を構
    築できるとしている。豊洲の機能強化による賃料改善と
    築地の賃料や地代収入などで両市場会計を黒字化する見
    通しを立てている。築地市場の再開発は、銀座からも近
    く立地がいいだけに、その動向に注目が集まるね。特区
    制度を活用するという話も聞こえてくるけど。
                   http://bit.ly/2xIk3ch
  ───────────────────────────

築地移転方針を表明する小池知事.jpg
築地移転方針を表明する小池知事
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2017年09月07日

●「豊洲は築地市場の一時的な移転先」(EJ第4600号)

 2017年9月5日、都議会では築地市場の豊洲市場への移転
関連事業費約55億円を盛り込んだ補正予算案が可決されていま
す。これには、共産党、日本維新の会、東京・生活者ネットワー
クが反対しています。
 これによって、東京都は豊洲市場で追加の土壌汚染対策工事を
行い、来年秋に築地市場を豊洲市場に移転させる予定です。これ
には、小池知事に反対姿勢をとる都議会自民党も反対はできず、
補正予算案に賛成しています。しかし、これは必ずしも築地市場
そのものの移転とは限らないのです。
 現在、豊洲市場の建物の下は地下空間になっています。その床
は砕石層であり、そこに水が溜まっています。これから都が行う
土壌汚染対策追加工事の目的は、その水を完全に抜いたうえで、
ここにコンクリートを敷き、下から土壌汚染物質が上がってこな
いようにすることです。
 しかし、この追加工事で土壌汚染が止まるほど、豊洲市場の土
壌汚染拡散の状況は生易しいものではありません。何しろ豊洲市
場の土地は「形質変更時要届出区域」という汚染地域のレッテル
が貼られたままです。こんなところを首都東京の中央卸売市場に
すれば、国際的信用を失ってしまうことになります。
 したがって、小池知事は表面上は「中央卸売市場は豊洲市場で
ある」といっていますが、これは本音ではないはずです。その根
拠は、小池知事が3年9ヶ月もの長期にわたって環境大臣を務め
ていたことと関係があります。
 しかも、小池知事は、土壌汚染対策法(土対法)が施行された
6ヶ月後に環境大臣になっているのです。
─────────────────────────────
      土壌汚染対策法施行:2003年2月15日
   小池百合子氏都知事に就任:2003年9月22日
─────────────────────────────
 そのため小池知事は、当然のことながら、土対法に詳しいし、
熟知しています。小池氏にしてみれば、環境大臣を務めた東京都
知事として、石原都政でやったこととはいえ、汚染区域のレッテ
ルが貼られている豊洲市場に生鮮食品を扱う中央卸売市場は作り
たくはないはずです。さらに、小池知事は、豊洲市場は今後いく
ら土壌汚染対策を施しても、いわゆる「無害化」は困難であると
考えています。これについては、平田健正専門家会議座長もその
ことに言及しています。
 しかし、築地市場を再整備するには、現在の築地市場を一時的
にどこかに移転させる必要があります。これまで築地市場の再整
備がうまく進まなかったのは、代替地がなかったことが原因であ
るといわれています。
 ところが今回は、土壌の無害化こそ達成されてはいないものの
豊洲市場が完成しています。そこで最小限度の追加的汚染防止対
策を施したうえで、一時的に築地市場を豊洲市場に移転させ、東
京五輪が終了すると同時に、豊洲市場も含めたかたちでの新しい
スタイルの中央卸売市場を作るという構想を立てているのではな
いかと考えられるのです。したがって、「豊洲市場=中央卸売市
場」であるとは限らないのです。
 まさかと考える人もいると思います。しかし、この説を支持す
る人は少なくないのです。ニューホライズンキャピタル取締役兼
社長の安東泰志氏は、小池知事のいう「築地は守る、豊洲は活か
す」に関して、次のように述べています。
─────────────────────────────
 小池都知事は20日の記者会見で、市場移転問題について「築
地は守る、豊洲は活かす」と述べ、事実上、築地再開発・再整備
を軸とする方向性を打ち出した。
 豊洲市場は、築地市場の一時移転先として利用した後、冷凍冷
蔵・物流・加工等の総合拠点として用途転用することで湾岸地域
の物流センターとして発展させていくという。メディアの中には
豊洲に一時移転することをもって「豊洲への市場移転」と報じる
向きもあるようだが、そうではない。
 現時点で、「白紙の状態から市場機能をどうするか」と問われ
れば、市場環境の変化を踏まえるならば豊洲市場のような巨大な
設備を、しかも東京ガスの工場跡地という、市場に最も不向きな
場所に整備することなどあり得ない判断であろう。しかし、現実
には既に土地建物を手当てし、整備してしまった以上、次善の策
を考えなければならない。その観点からすると、筆者は今回の案
は非常に理に適ったものであると考える。
         ──安東泰志氏/  http://bit.ly/2wwXDMR
─────────────────────────────
 小池都政の市場問題PTの委員の一人である東北芸術工科大学
の竹内昌義教授は、築地市場関連雑誌によく論文を寄稿されてい
る人です。EJがよく取上げる『現代思想』の「築地市場」特集
にも「築地市場改修案」という論文が掲載されています。竹内教
授の「築地は守る、豊洲は活かす」についての論評です。
─────────────────────────────
 私は市場問題PTの委員として市場のあり方を検討してきた。
その上で、小池都知事の今回の築地、豊洲両方を活かすという案
を支持する。これはこれでよく考えられた案だ。この市場の問題
は、長きにわたって議論され、検討されてきた。その過程で多く
の誤解や思い込みが存在する。(中略)
 小池知事の発表は具体的ではないと言われる。確かに現時点で
見えていないことは多い。また、市場を2市場、並存できないの
も事実である。ここへきての、逆の誤解もある。築地が更地にな
るかのような印象を話す人もいる。誰もそんなことは言っていな
い。築地を食のワンダーランド化するにあたり、築地自体の建物
の資源も必要と私は考える。確かに具体的にはまだなっていない
部分が多くある。           http://bit.ly/2eJDHjx
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/047]

≪画像および関連情報≫
 ●具体策なし 小池知事「築地は守る&豊洲は生かす」は裏目
  ───────────────────────────
   「知事が逃げた」――。20日行われた小池百合子都知事
  の会見で、記者の間からこんな失笑が漏れた。小池知事が満
  を持して発表した「築地市場移転」の最終案。表明したプラ
  ンは築地を豊洲に移転させる一方、さらに将来的に築地にも
  市場機能を持たせるというもの。「5年後をめどに築地を食
  のテーマパーク機能を持つ一大拠点に再開発する」というの
  だ。豊洲と築地の両市場が併存することを視野に入れている
  という。なんとも壮大な構想だ。
   ところが会見時間はわずか30分。しかも質疑応答は2人
  に限定し、時間もたったの4分だった。記者から「大事な問
  題だから、もうちょっとやりませんか?」との声が上がった
  が、小池知事は無視して会場を出て行った。
   「まさに“言語明瞭・意味不明”の会見でした。豊洲にい
  つ移転するのか、5年後に築地に市場機能を戻した場合、豊
  洲はどうなるのか、豊洲に業者の一部が残り、市場が2つに
  なっても弊害はないのかなど疑問は山ほどある。築地をどう
  つくり変えるのかも知りたいのに、十分答えないまま打ち切
  りになった。普段、オープンとか情報公開などと主張してい
  るのに、この日の小池知事は異常でした」(全国紙記者)
    「日刊ゲンダイデジタル」   http://bit.ly/2eDAi2d
  ───────────────────────────

築地市場における「せり」の風景.jpg
築地市場における「せり」の風景
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2017年09月08日

●「小池知事は最初から『築地温存』」(EJ第4601号)

 小池知事の「築地は守る、豊洲は活かす」について、前都議会
自民党幹事長の木啓氏は、公式ブログで次のように批判してい
ます。タイトルは「『決められない政治』への逆戻りは許されな
い」。なお、木啓氏は今回の都議選で落選しています。
─────────────────────────────
 都議会議員選挙が6月23日から告示される直前の6月20日
小池知事は延期していた築地市場の豊洲移転について、「築地を
守る、豊洲を活かす」という築地も豊洲も活用する考えを、これ
も独断で表明しました。今回も議会及び都庁の関係部局に知らさ
れることなく、この案は一方的に表明されたのです。(中略)
 結局、都議選前に「決められない知事」のイメージを払しょく
するためにこのような案を出したのでしょうが、内容は不透明な
部分がほとんどで、築地の業界関係者も判断のしようがないとい
うのが正直なところのようです。    http://bit.ly/2w8RHGa
─────────────────────────────
 ボロクソです。木啓氏は、築地市場の豊洲移転にストップを
かけている小池知事が「決められない知事」との批判を避けるた
め、わけのわからない案を出してきたととらえています。もっと
も「決められない知事」という印象操作をしていたのは、かつて
木幹事長が率いた都議会自民党ではありますが・・・。
 小池知事は、「築地は守る、豊洲は活かす」の方針を発表した
直後、築地市場に足を運んで市場関係者幹部に説明を行っていま
す。そのとき、東京都水産物卸売業者協会会長の伊藤裕康会長は
次のようにいっています。
─────────────────────────────
 伊藤:豊洲移転を決められたことは評価したい。しかし、豊
    洲と築地に2つの市場が併存することは絶対に理解が
    できない。
 小池:あくまで豊洲市場が中央卸売市場になります。
─────────────────────────────
 小池知事はここで「中央卸売市場は豊洲」と明言しています。
これに関連して、この小池知事の説明会に出席していた最大の業
界団体「東京魚市場卸協同組合」(東卸)の早川豊理事長は記者
に対して次の趣旨のことを話しています。
─────────────────────────────
 記者:小池知事の説明をどう思うか。
 早川:2つの市場は成り立たない。卸、仲卸、買参人が一堂
    に会して商品を評価し、販売するという市場本来の機
    能が2ヶ所同時並行で行えるとは到底思えない。もっ
    とも、再開発後の築地が中央卸売市場になるのであれ
    ば話は別だが。
─────────────────────────────
 小池知事は、明言はしていませんが、あくまで豊洲市場は、築
地が再開発されるまで一時的に中央卸売市場の機能を持つものの
築地が完成したあかつきには、中央卸売市場の機能は築地市場に
戻ることを示唆しています。
 なぜなら、豊洲市場は、追加土壌汚染対策はするものの、今後
とも土壌汚染はなくならず、無害化が困難との判断が小池知事に
あるからです。豊洲市場の土壌汚染は、初期段階できわめてゆる
い土壌汚染対策しかしておらず、その状態で建物を建てているの
で、いつまで経っても土壌汚染がなくならないのです。そのこと
は、環境大臣を務めた小池知事はよくわかっています。
 もうひとつ特記すべきことがあります。それは、この「築地は
守る、豊洲は活かす」のプランは、都議会自民党の印象操作であ
る「決められない知事」の批判を払しょくするために慌てて考え
出されたプランではないことです。
 小池氏は、知事に就任した時点で既に「築地市場温存」の方針
を決めていて、側近に命じてその実現プランを作成させているの
です。それを裏付ける文書も存在します。「現代ビジネス」編集
部がその文書を手に入れていますが、そこには市場問題の解決案
として、次の4つの選択肢が示されています。
─────────────────────────────
 1.予定通り豊洲に移転
 2.豊洲移転は中止、築地市場を改修して使う
 3.築地市場をそのまま使い、豊洲市場は倉庫として使う
 4.築地市場を再整備し、その間は一時的に豊洲へ市場機能
   を移転する          http://bit.ly/2wIVZHY
─────────────────────────────
 選択肢の1つずつについて、その実現性が検討され、最終的に
「4」が選択されたものと考えられます。この「4」こそ、小池
知事が明らかにした「築地は守る、豊洲は活かす」プランにつな
がるのです。そこには、次のように書かれています。
─────────────────────────────
 築地市場の再整備が終わり、市場機能が築地へ戻されたのちに
は豊洲市場を物流拠点やショッピングモールとして活用する。
                   http://bit.ly/2wIVZHY
─────────────────────────────
 なぜ「4」なのでしょうか。それは「築地のブランド」を守る
ためです。小池知事のいう「築地は守る」とは、20日の会見で
も述べた仲卸の人たちを守るということです。
─────────────────────────────
 築地市場の価値、そして高いブランド力というのは、これは東
京都の莫大な資産であると考えられます。高い知名度、そして長
い歴史、日本で唯一市場がブランドになった稀有な存在といって
いいかと思います。そして、その築地ブランドの核をなすのが仲
卸の皆さんでありまして、この仲卸の方々の目利き力ということ
が、まさにブランドの宝の中の宝という部分かと思います。
             小池知事  http://bit.ly/2vNXdmk
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/048]

≪画像および関連情報≫
 ●市場移転計画で見逃された「築地」ブランド/牧野直哉氏
  ───────────────────────────
   東京都観光汽船(TOKYO CRUISE)をご存じだ
  ろうか。浅草やお台場、日の出桟橋といった東京の湾岸エリ
  アを結ぶ船舶を運航している。東京湾に設けられた乗船地と
  隅田川を通って浅草を結ぶルートでは、漁船からも海産物の
  荷下ろしが可能な築地市場の岸壁を眺められる。この岸壁こ
  そ築地市場が移転せざるを得なくなった時の経過と環境変化
  を象徴している。
   築地市場は、日本橋にあった市場が関東大震災で潰滅的な
  被害を受け、当時の陸運と海運を考慮し、復興事業の一環と
  して移転されたという経緯がある。築地市場の開設以降、物
  流は鉄道輸送ではなく陸上のトラック輸送が主役となった。
  東京都中央卸売市場の「豊洲市場について」のページには、
  市場移転にまつわる情報が掲載されている。築地市場開業当
  時とは物流インフラも大きく異なっており、今や食品サプラ
  イチェーンはトラック輸送が支えている。豊洲市場は首都高
  速湾岸線に近い立地だ。築地から豊洲への移転理由の1つは
  物流手段の変化だ。世界最大の取扱量を誇る海産物も、いま
  や全国から陸上を経由してトラックで築地へ運びこまれる。
   物流手段の変化も、手狭なスペースの問題も、いずれも市
  場機能のハード(設備)の問題だ。一方で築地市場から豊洲
  市場への移転に必要となるソフト面は、どのように対応され
  てきただろうか。問題の根底には、移転後の市場に求められ
  る「あるべき姿」や「ビジョン」の欠落が大きく影響してい
  る。移転と同時進行で進んだ2020年の東京オリンピック
  の開催決定と準備が、ビジョンなき移転事業に拍車をかけて
  しまった。           http://nkbp.jp/2xQYBlA
  ───────────────────────────

早川豊理事長/伊藤裕康会長.jpg
早川豊理事長/伊藤裕康会長
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2017年09月11日

●「豊洲市場最大の売りとは一体何か」(EJ第4602)

 築地移転問題の小池知事の結論である「築地は守る、豊洲は活
かす」は、なかなか意味の深い言葉です。この人はなかなかの造
語の名人であるといえます。けっして、追い込まれて苦し紛れに
出した方針でないことは確かです。
 「築地は守る」とは「築地ブランドを守る」ということです。
小池知事によると、「築地ブランドを守る」をいい換えると「仲
卸の人たちを守る」ということになります。なぜなら、豊洲市場
でそれは実現できないからです。これについては、これから明ら
かにしていきます。
 一方、「豊洲は活かす」は、文字通り既に出来上がっている豊
洲市場を活かすことです。築地市場を再整備するにせよ、巨額の
お金をかけて作り、せっかく完成している豊洲市場を使わないで
売るという選択肢はないはずです。
 しかし、豊洲市場は、土壌汚染区域というレッテルが貼られて
いる土地の上に建っています。したがって、生鮮食料品を扱う中
央卸売市場として不適格であり、築地市場に新しいスタイルの市
場が再建できたときは、市場機能を戻すということを言外に含め
て表現されています。これが「築地は守る」ということばに含ま
れる意味です。
 それでは、豊洲市場はどうするのかというと、豊洲は物流セン
ターとして活用するのです。これについては、既出の安東泰志氏
が次のように具体的に述べています。
─────────────────────────────
 では、豊洲市場はどうするのか。ここで注目すべきは、その立
地特性と優れた冷凍物流機能だ。すなわち、豊洲は羽田と成田に
近い上、今回の一連の意思決定の結果環状2号線が開通すれば、
一層利便性が高まり、湾岸地域の物流センターとして極めて有利
な立地である。そこで豊洲では、市場機能のうちの、転配送機能
や市場外流通機能を維持発展させることで発展的に用途転用する
ことが可能である。大手卸売業者は中央卸売市場としての豊洲市
場をベースにすることも合理的であろう。   ──安東泰志氏
                   http://bit.ly/2eQ0r1g
─────────────────────────────
 ここまでEJはどちらかというと、築地市場が重要であること
を中心に述べてきていますが、豊洲市場についてもよい点は、た
くさんあり、これについても述べる必要があります。
 豊洲市場について知るには、東京都が次のハンドブックを作成
しています。参照をお勧めします。しかし、このハンドブックは
築地市場には問題があり、豊洲市場へ移転するしかないというロ
ジックで作られていることを念頭に置いて読む必要があります。
─────────────────────────────
    「築地市場の移転整備/疑問解消BOOK」
              http://bit.ly/2hibqj9
─────────────────────────────
 以下の説明は、添付ファイルの「<基幹市場>として選ぶなら
どちら?」を見ながら、読んでいただきたいと思います。豊洲市
場のメリットは次の3つです。
─────────────────────────────
          1.食の安全確保
          2.効率的な物流
          3.多様なニーズ
─────────────────────────────
 「1」は「食の安全」です。
 ハンドブックでは、次のようなロジックで「食の安全」につい
て、説明しています。
─────────────────────────────
 豊洲新市場は閉鎖型の施設ですので、築地のように商品を野ざ
らしにすることはありません。さらに温度管理もしっかりとでき
るので、商品を低温を保持したまま途切れることなく流通させる
「コールドチェーン」が確立できます。
       ──「築地市場の移転整備/疑問解消BOOK」
─────────────────────────────
 豊洲市場は全館閉鎖型の施設です。「コールドチェーン」とは
生鮮食品や冷凍食品などを、産地から消費地まで一貫して低温・
冷蔵・冷凍の状態を保ったまま流通させる仕組みのことです。
 豊洲市場がコールドチェーンを確立するには、HACCP(ハ
セップ)を取得する必要があります。HACCPは、食品の衛生
状態を科学的に分析、管理するための手法のことで、食の安全を
高めるために必要であるだけでなく、食品の輸出にも結びつくこ
とになります。
 「2」は「効率的な物流」です。
 豊洲市場には、専用の荷さばき場を確保できるので、衛生面で
も品質面でも、より「安全・安心」を確保できます。築地では、
面積が狭いため、搬入する車両と搬出する車両が同じ駐車スペー
スを使わざるを得なかったのですが、豊洲では搬入口と搬出口を
分けることで可能になっています。食品の入り口と出口を別にす
ることで、食品同士の接触機会を減らし、衛生面を一段と向上さ
せることができます。
 「3」は「多様なニーズ」です。
 豊洲市場では、築地市場よりも面積が広いので、大手スーパー
などの食品加工やパッケージする施設を置くことが可能になって
います。これは市場としての付加価値であるといえます。
 また、大口顧客のために、商品を店舗ごとに仕分けられるスペ
ースがとれることや、一時保管するための低温倉庫なども置くこ
とが可能になっています。
 このように考えると、築地市場に比べて豊洲市場は良いことづ
くめですが、築地市場で一番多い「仲卸業者」の視点に立って考
えると、彼らにとって豊洲市場は、特段のメリットは何もないこ
とがわかります。それでいて移転にはカネはかかるし、店舗面積
も狭いのです。       ──[中央卸売市場論/049]

≪画像および関連情報≫
 ●最新設備コールドチェーン破綻で鮮魚が風雨にさらされる
  ───────────────────────────
   「こんなことでいいのか!」――。“推進派のドン”こと
  伊藤裕康築地市場協会会長も“激オコ”だ。豊洲移転の最大
  のウリは、魚介類を産地から途切れることなく低温を保ち輸
  送する「コールドチェーン」だ。鮮度を落とさず消費者に届
  ける“最新鋭設備”に大枚をはたいたはずが、使い勝手を無
  視した造りのせいで宝の持ち腐れ。ちっとも機能しそうにな
  いのだ。
   「豊洲では荷台が横に開く『ウイング型』の運送用トラッ
  クは、生鮮食品が外気に触れてしまうため採用できません。
  接車し荷卸しするための『バース』も、荷台の後部の扉が開
  くタイプのトラックが、バックで入ってくることを想定した
  造りになっています」(運送業界関係者)
   荷を卸しやすいウイング型にも対応した築地より、手間と
  時間がかかるのは確実。しかも、「3.5メートルの高さ制
  限のある場所があるため、通行できない車両がある」(東京
  都中央卸売市場輸送協力会の椎名幸子会長)というから、豊
  洲のコールドチェーンは破綻へまっしぐらだ。15日の市場
  問題プロジェクトチームのヒアリングで、伊藤会長がまあ怒
  ること。             http://bit.ly/2wNtcmc
  ───────────────────────────

基幹市場として選ぶならどちら?.jpg
基幹市場として選ぶならどちら?
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2017年09月12日

●「市場が近代化すると仲卸が消える」(EJ第4603号)

 改めて卸売市場について考えます。卸売市場というのは、次の
3種類の人たちによって構成されています。再現します。
─────────────────────────────
        1.卸売業者──元卸/大卸
        2.仲卸業者─────仲卸
        3.        買出人
─────────────────────────────
 「1」の卸売業者(元卸/大卸)は昔の問屋のことで、各産地
から生産者(漁業者)が取ってくる魚を集め、市場に運んでくる
業者です。当然のことですが、大きな資本力が必要です。築地市
場には7社の大卸があって、いずれも大企業です。つまり、大卸
は、商品の提供者、売り手ということになります。
 一方、買出人は自分のお店──例えば、寿司店や料理店などを
持っており、店でお客に出す料理のネタを仕入れる業者のことで
す。したがって、買出人の先には一般消費者の世界が広がってい
ることになります。買出人は、商品の買い手です。
 この大卸と買出人の間に入るのが仲卸業者です。大卸が運び込
んでくる魚の目利きをし、セリによって魚の値段をつけ、魚の加
工をして、買出人に提供します。現在、築地市場の仲卸業者の数
は600社を超えますが、ほとんどは中小企業です。
 実は、この仲卸という仕事には、何度も廃止の危機が襲ってい
ます。明治の初めに日本橋魚市場でも仲卸の廃止が叫ばれたし、
築地に移るときも廃止論が出ています。しかし、それでも長い間
にわたって、仲卸は生き延び、現代にいたっています。
 仲卸の仕事で重要なのはセリですが、これは大昔に制度化され
仲卸の歴史とともにあります。しかし、1999年の卸売市場法
の改正で、国の制度としてのセリはなくなっています。現在は、
各市場で特定の魚に絞って行うようになっています。この制度と
してのセリの廃止も、仲卸という仕事を危機にさらしているとい
えます。このセリ制度について、現在仲卸の仕事をしている中澤
誠氏は、インタビューで次のように述べています。
─────────────────────────────
──:セリとは何よりも、生産者のために生まれた制度として
   始まった。
中澤:・・のだと思います。
   もしセリがなくて、法定価格みたいなものだとしたら、
   生産者はそれによって権力の支配下に置かれてしまいま
   す。その間のクッションとして仲卸のセリが生まれて、
   非常にうまく機能したということですね。
中澤:制度化したというのが大きいのではないでしょうか。逆
   に消費サイドから見た場合、セリとは品質に値段をつけ
   る制度ですね。セリをやるということは、生産者はいい
   品質のものを生産しよう、あるいはいい魚を取ってこよ
   う、いい状態で東京に送ろう、という動機になるわけで
   す。セリでいい値段がつけば自分が儲かるわけだから。
   消費者の側から見ると、生産者が良い品質のものを作ろ
   うとすることは消費者にとっても非常に良いシステムな
   んですね。この卸売市場を、品質の競争でやろうと決め
   たのは、これは天才ではなかろうかという感じです。
    ──インタビュー/中澤誠氏「天才的な築地市場」より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 昨日のEJで検討した豊洲市場移転の3つのメリット、「食の
安全確保」「効率的な物流」「多様なニーズ」は、いずれも仲卸
業者にとってはほとんどメリットがないのです。
 「食の安全確保」については、仲卸業者の問題ではなく、市場
全体の問題です。それでも、本来は「古い、狭い、危ない」築地
市場から、「新しい、広い、安全な」豊洲市場への移転だったは
ずですが、「古い」は「新しい」になったものの、「狭い」は必
ずしも「広く」ならず、土壌汚染の問題が出たことによって「危
ない」は豊洲にそのまま残っています。
 「効率的な物流」も仲卸にはあまり関係がありません。入荷は
大卸の仕事ですし、出荷に関しては効率的になるメリットはあっ
ても、仲卸だけのメリットではないし、「多様なニーズ」に関し
ても仲卸には特段のメリットはありません。
 つまり、仲卸業者の視点から見ると、豊洲市場移転はお金ばか
りがかかって、ほとんどメリットはないのです。だからこそ、ほ
とんどの仲卸業者が築地市場再整備を求めて、豊洲市場移転に反
対しています。
 それだけではないのです。市場が近代化すればするほど、仲卸
の仕事はなくなっていく傾向にあります。それが証拠に海外の卸
売市場には仲卸に当たる職人がほとんどいないと、中沢新一氏は
いっています。
─────────────────────────────
 海外の物流センターには、築地市場の仲卸にあたる職人がほと
んどいない。いたとしてもその数も能力も限られていて、築地市
場のように数百人を超える上質の味覚職人を、常時揃えておくこ
となどはとうていできていない。こうした物流センター化した市
場では、スーパーで売っているような平均的な食材は簡単に手に
いれることができるが、平均値を超えた逸品は、なかなか手に入
らなくなっている。そのためフランスでもイタリアでも、以前に
比べると、味覚の水準が低下したと嘆く食通が多くなった。
        ──中沢新一氏論文「築地市場の『富』」より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 和食がなぜブームになっているのか。なぜ、築地の寿司は、世
界一おいしいのか──それは腕の立つ仲卸職人がいるからです。
こういうものは、意識して残さないと、いずれ、消滅してしまい
ます。こういう仲卸たちを守ることが、築地ブランドを守ること
につながるのです。     ──[中央卸売市場論/050]

≪画像および関連情報≫
 ●食のプロの技が築き上げた“世界一の市場”
  ───────────────────────────
   築地場内には、マグロなどの大物鮮魚専門の店や、活魚が
  メインの店など、専門性の高い仲卸の店が所狭しと並んでい
  る。そのうちの二つの仲卸業者に、話を伺った。
   まず訪れたのは創業当時から生マグロにこだわる西誠(に
  しせい)。三代目代表の小川文博さんに、マグロを扱う際の
  知識と技について伺った。
   「せりの前には、『下ヅケ』と呼ばれる事前チェックをお
  こないます。尻尾の断面で脂の状態を確認し、味を想像しな
  がら下ヅケするんです。生マグロは時期を外すと見た目は一
  緒でも美味しくないこともありますし、いろんな知識をもと
  に値付けをしますが実際に切ってみたら予想と違った、とい
  うこともありますね」と小川さん。大きなマグロは、解体も
  一筋縄ではいかない。解体用の包丁は何種もあり、大きいも
  のでは150センチメートルほど。さらに片刃になっていて
  まっすぐ切るのも難しいが、プロの手と技によって丁寧に小
  分けにされ、店頭に並んでいく。
   マグロは獲れる場所や時期により種類が異なり、味もまた
  それぞれ。「築地市場のすごさは、たくさんのマグロが入っ
  てくることですね。その数はほかに類をみません。そのなか
  からお客さんの要望に合わせて、どういったマグロが良いか
  を考え、仕入れるのが私たちの仕事です」。
                   http://bit.ly/2eTV94X
  ───────────────────────────

築地仲卸「西誠」.jpg
築地仲卸「西誠」
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2017年09月13日

●「水産物の目利きは情報化が難しい」(EJ第4604号)

 このテーマの冒頭の部分で取り上げたことがありますが、かつ
てスーパーの魚が二級品だったことがあります。当時の卸売市場
法では、市場で魚の売買が相対取引でやれるのは、セリが終わっ
後と決められていたのです。セリが終わった後では、仲卸の目利
きから外れた魚しか残っていないから、必然的に二級品になるの
です。これは青果についても、同じことがいえます。
 しかし、これにはスーパーのような大量購入業者からクレーム
がつき、規制が緩和され、現在では夜中の1時頃からセリよりも
早く相対取引ができるようになっています。大量に魚を運び込ん
でくる大卸業者としては、大量に購入してくれるスーパーのよう
な大資本にまとめて売りたいと思うのは当然のことです。
 そういうわけで、現在スーパーには一級品の魚も多く出品され
るようになっていますが、二級品も多く混ざっています。しかも
スーパーでは魚や野菜はすべてサランラップに包まれ、光線の工
夫によって、すべて清潔に新鮮に見えてしまうのです。とくに鮮
魚の場合、素人の消費者がよい魚かどうか判断できるのは、見た
目の色あいか、価格ぐらいしかないのです。
 とくに刺身については、その当たり外れは、ヒフティー・ヒフ
ティーです。したがって、せめて正月くらいは、おいしい魚介類
を食べたいとして、多くの人が築地まで魚を買いに行くのです。
スーパーで買うのと違って、当たり外れが少ないからです。
 これに関して建築家の伊東豊雄氏は、「東京はサランラップ・
シティである」と主張し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 だいぶ前に、僕は東京を指して「サランラップ・シティ」とい
うことを言いました。つまりコンビニに行くと、野菜や魚など生
鮮食品がすべてサランラップに包まれている。そうすると匂いも
ないし、全部清浄に見えてしまう。しかしフランスのスーパーに
行ったら、土のついた野菜が並んでいる。本来生まの商品をわれ
われは、ラップされることによって記号として消費しているので
す。要するにいま豊洲移転でやろうとしていることは巨大なサラ
ンラップ・シティというか、巨大なコンビニエンス・ストアにし
ていこうとしているのではないでしょうか。仲卸人の、動物的な
カンで魚の肌の色、その光具合を一瞬で見極め、値をつけ分けて
いく。それがなくなるわけですから。それはもう、いきなり大き
なマグロを切り刻んでパックにしてしまうようなものですよね。
           ──伊東豊雄氏×中沢新一(徹底討論)
               「『みんなの市場』をめざす」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 シドニーの水産物市場は、情報化・IT化が非常に早くから進
んでいます。この市場の入札場には、3種類に区分された水産物
ごとに、時計型の電光掲示板が1台ずつ導入されています。
 電光掲示板のディスプレイには、魚の種類名、生産者、産地、
重量、色、等級が表示されます。等級は、「A+」から「B−」
まで4ランクに分かれています。この等級は、品質保証チームと
いうのがあり、そのチームが、魚の形や脂の乗りと傷み具合など
を総合的に判断して決めています。入札参加者は、電光掲示板の
ディスプレイに表示される、これらの情報を見ながら端末を使っ
て落札していくのです。築地市場のセリとは大きく違います。
 このシドニー水産物市場の場合、品質鮮度管理指針というもの
がよく整備されています。そうでなければ、鮮度の高い良い魚を
選定することは困難です。それでも「等級」に関しては、品質保
証チーム人の目で決めているのです。この部分は、今後AI(人
工知能)がよほど高度化しない限り、IT化するのは困難である
と思われます。
 築地市場では、そのIT化こそ大きく遅れているものの、ベテ
ランの仲卸たちの熟達した目利きによって魚を選んでいるところ
に、何物にも代えられない貴重な価値があるといえます。
 築地市場で海老専門の仲卸店を営む平井啓之氏はこの道45年
の経験があり、1日に1万本もの海老を扱ってきたため、ひとた
び海老を手にすれば、大きさ、重さ、状態を一瞬で見分けられる
といいます。平井氏は、海老の識別はどれほど機械が発達しても
人にしかできない仕事であるといい、次のように述べています。
─────────────────────────────
 生き物だから、色も見なけりゃなんない、鮮度も見なけりゃな
んない、色で識別もしなきゃなんない、指で触って柔らかさ固さ
も見なきゃなんない、脱皮してるかしてないか。まず形。形をお
客さんの注文のサイズに合わせて。みんな形が違うんだ。脱皮し
ながら大きくなっていくんですよ。プロのお客さんは大きさで使
い分けてるんです。焼き物にしたり刺し身にしたり。握って、首
と尻尾が出るくらいの大きさは天ぶらですね。
  ──弘 理子氏論文「築地市場─驚きの職人技と人間模様」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
─────────────────────────────
 現在、日本には多くの外国人観光客が訪れますが、これらの観
光客で「築地」の名前を知らない人はいないといわれます。築地
市場には、和食ブーが続くなかで、観光、飲食、買い物などを目
的にして、毎日1万人以上の人が訪れます。もちろん、外国人観
光客だけでなく、日本人も含めてです。包丁を売る店の売り上げ
の約50%は外国人であるといわれます。そのような築地の文化
を簡単に潰してはならないのです。
 そういう築地ブランドを新設の豊洲市場が引き継げるかという
と、それは明らかに「NO」です。それに、豊洲市場には欧米に
見られるIT化された市場機能もないし、少し厳しいいい方をす
れば、ただの巨大な冷蔵施設に過ぎないのです。何よりも豊洲市
場では、築地市場の「宝」ともいうべき仲卸業者が生き残る余地
が少ないことがあります。それは、中間機構を廃止していこうと
する現代の資本主義の全体的傾向に対応した変化といえます。
              ──[中央卸売市場論/051]

≪画像および関連情報≫
 ●小池都知事方針/若林共産党都委員長に聞く
  ───────────────────────────
   東京都築地市場(中央区)の豊洲新市場(江東区、東京ガ
  ス豊洲工場跡地)への移転問題で、小池百合子知事は20日
  市場を豊洲に移転するとともに、築地市場は売却せず、市場
  としての機能を残す基本方針を発表しました。この基本方針
  をどう見るか、日本共産党東京都委員会の若林義春委員長に
  聞きました。
   小池知事が築地市場を売却せず、市場としての機能を残す
  と表明したことは、市場移転問題をめぐる都の従来の立場か
  らの大きな転換であると評価しています。石原慎太郎知事以
  来の都政は、築地市場を売却し、豊洲開発の原資にするとい
  うものでした。小池知事は、この立場からの大転換を都知事
  として初めて公式に発表したわけで、大変重い意味を持ちま
  す。築地の仲卸業者の8割が築地で商売したいと願い、すし
  屋さん、小売店も「やっぱりお魚は築地から」と声を上げて
  きました。日本共産党都議団も十数年間にわたって豊洲移転
  に反対し、築地市場の再整備を訴えてきました。こうした力
  が、石原都政以来の築地売却という方針の根幹を覆し、一歩
  動かしたことは明らかです。しかし、築地をいったん更地に
  して、豊洲移転を進めるという小池知事の基本方針には非常
  に重大な問題があります。豊洲市場の最大の問題は、東京ガ
  ス工場の操業がもたらした土壌汚染問題、食の安全・安心の
  問題です。小池知事は都議会第2回定例会で、都が約束した
  「無害化」は達成できていないとしておわびしました。汚染
  土壌を取り除くことはできず、安全が確保されていないこと
  を認めたわけです。        http://bit.ly/2vNYpSy
  ───────────────────────────

外国人観光客とセリの風景.jpg
外国人観光客とセリの風景
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2017年09月14日

●「豊洲新市場は本当に大丈夫なのか」(EJ第4605号)

 9月9日、東京都の小池知事は、築地市場からの移転方針を表
明後、改めて豊洲市場を視察しています。このとき、市場関係者
からは、知事に対し「安全宣言」を求めましたが、小池知事は、
消極的な姿勢に終始しています。おそらく小池知事は、「安全宣
言」は出さないと思います。それは、あくまで来年の豊洲移転が
一時的な移転であることを示唆しているからです。
 9月11日のEJ第4602号で、豊洲市場について東京都発
行の「築地市場の移転整備/疑問解消BOOK」を使ってご紹介
しました。しかし、これは、豊洲移転を促進する東京都が作成し
ているハンドブックなので、明らかに豊洲市場の良い点に重点を
置いて紹介した内容になっています。
 そこで、本当のところ実際はどうなのかについて、小松正之氏
の豊洲市場論をご紹介します。小松正之氏は、元水産庁の漁業交
渉官の経験があり、現在、東京財団上席研究員を務めておられま
す。小松正之氏は著書では、あくまで豊洲移転を前提としたうえ
で、豊洲市場の問題点を客観的に指摘しているからです。
 小松氏は、豊洲市場の最大の問題点として、建物の配置と交通
アクセスの不便さを指摘し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 問題として一番目につくのは、市場機能の根幹をなす建物の配
置と交通アクセスの不便さである。豊洲新市場のメインの建物は
「水産卸売場棟(7街区)」「水産仲卸売場棟(6街区)」「青
果棟(5街区)」の3棟に分かれており、しかも水産の7街区と
6街区の間は都道(補助315号線)が分断している。
 両街区をつなぐのは道路下に設けられた約100mの4本の連
絡通路で、通路幅は12〜36m、天井までの有効高さは2・5
〜2・9m。ここをピークの時間帯には何百台ものターレが行き
来するのである。また7街区と5街区の間も都道(環状二号線)
が走っている。今の築地市場の水産仲卸と青果仲卸の店舗間は数
分あれば着く距離であるが、豊洲では6街区の水産仲卸棟と5街
区の青果棟をはしごして買物すると、その間は優に地下鉄一駅分
はある。                  ──小松正之著
    『「豊洲市場」これからの問題点』/マガジンランド刊
─────────────────────────────
 小松氏に指摘されるまでもなく、築地市場に比べて豊洲市場の
交通アクセスの不便さについては、最初からわかっていたことで
す。築地市場は、最寄りの都営大江戸線・築地市場駅に加え、東
京メトロ日比谷線・築地駅から徒歩5、6分。JR新橋駅からは
徒歩15分であるし、都営バスに乗れば6分で到着します。
 これに比べて豊洲市場には、ゆりかもめの市場前駅があるだけ
で、天候悪化でよく止まるので有名です。そうすると、車で行く
しかありませんが、晴海通り一本しかないのです。もし雪が降れ
ば、築地を通り過ぎてから凍結しやすい「橋梁」を3本通らなけ
れば豊洲に着かないのです。ちょっとした台風が来ても、豊洲に
たどり着くのは容易ではないのです。
 小松正之氏は、これに加えて、豊洲市場の問題点をさらに4つ
指摘しています。以下、内容を要約します。
─────────────────────────────
     → 1.   衛生・品質と温度管理
     → 2.情報の広域化とIT化の遅れ
       3.  減少する入荷量と集荷力
       4 .物流の近代化の大幅な遅れ
                ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
 今回は1と2について、2と3は、明日のEJで解説すること
にします。
 「1」について考えます。
 豊洲市場は、完全密閉型になっています。温度管理は、3つの
棟でそれぞれ異なります。
─────────────────────────────
     水産卸棟(7街区) ・・・ 10・5℃
    水産仲卸棟(6街区) ・・・ 25・0℃
      青果棟(5街区) ・・・ 23・0℃
─────────────────────────────
 築地市場に比べると、室温が下がることになりますが、何のた
めの室温低下なのかがはっきりしないのです。おそらくコールド
チェーンを狙ったのでしょうが、働く人の健康には配慮している
のでしょうか。海外市場では、鮮度劣化を防ぐために0〜5℃と
なっています。
 オーストラリアのシドニー水産市場では、温度による水産物の
劣化や腐敗を誰でも客観的に判断できる科学的基準で示していま
す。その結果、シドニー市場では次のような鮮度管理指針があり
−1℃から5℃の間の温度で管理することになっています。
─────────────────────────────
  4℃では、0℃の2倍の速度で劣化・腐敗が進行する
 10℃では、0℃の4倍の速度で劣化・腐敗が進行する
 16℃では、0℃の6倍の速度で劣化・腐敗が進行する
                ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
 「2」について考えます。
 豊洲市場における商品に対する情報化と透明化は、先進諸外国
比べて非常に遅れています。日本では、水産物のセリや相対取引
への参加者は買出人に限定されていますが、ノルウェーやアイス
ランドなどの水産物市場では、一定の条件を満たしていれば、セ
リや相対取り引きに、PCを使って誰でも参加できるのです。そ
れほど、開かれた市場になっているのです。
 そのためには、ITによる商品に対する情報化と透明化が不可
欠ですが、豊洲市場は、基本的に築地市場をそのまま持ってきた
だけであり、IT化には大きく遅れています。
              ──[中央卸売市場論/052]

≪画像および関連情報≫
 ●日本人に築地・豊洲への基本理解が不足/小松正之氏
  ───────────────────────────
   水産業の衰退に対し、水産行政が無為のまま時間をだらだ
  ら過ごし、漁業者からの不満に対しては補助金で何とかごま
  かし、基本的な漁業の法制度の改革をしないことに対して警
  鐘を初めて鳴らした書籍「これから食えなくなる魚」(幻冬
  舎新書)を出版したのが2007年5月であった。当時はと
  てもセンセショナル(衝撃的)な出版物であった。その時の
  編集担当者から、次は2年後に「「築地」を取り上げて書い
  ていただけませんか」とお願いされた。築地は奥が深そうで
  しかし、体系的な書物がないので、書きたい気持ちは大いに
  あったが、まだ知識と経験が不足し、時期尚早と判断したが
  気持ちの中に引っかかっていた。
   その後、「日本の食卓から魚が消える日」(日本経済新聞
  社)(2010年)の中で初めて流通や築地市場と豊洲新市
  場へ移転に、「東京湾再生計画」(雄山閣)(2010年)
  で外国市場との比較に触れた。私は農林水産省の役人時代か
  ら、築地市場にはよく通う。今は尚更、足しげく通う。視察
  と関係者との意見交換と教えを乞うためである。今は、年に
  30回以上も通うし、築地の隅々まで見て漸く質問ができる
  ようになったことは、私に築地市場や生鮮食品流通について
  知識と経験が蓄積されてきたことを意味する。
   ところで、私が水産庁課長や国際交渉担当参事官の時代に
  部下とともに築地市場の視察に出かけたが、彼らは築地市場
  の視察は一度で結構と言った。私には春夏秋冬そして日々顔
  が異なる築地市場がとても魅力的で何度通っても苦ではなく
  むしろ多大な至福であった。その思いは今でも変わらない。
                   http://bit.ly/2gWmSCI
  ───────────────────────────

豊洲市場施設概要.jpg
豊洲市場施設概要
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2017年09月15日

●「大局的戦略的発想のない豊洲市場」(EJ第4606号)

 小松正之氏による豊洲市場の問題点の指摘を続けます。今回は
3と4です。
─────────────────────────────
       1.   衛生・品質と温度管理
       2.情報の広域化とIT化の遅れ
     → 3.  減少する入荷量と集荷力
     → 4 .物流の近代化の大幅な遅れ
                ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
 「3」について考えます。
 かつて築地市場は、1980年代から1990年代頃のバブル
の絶頂期には、世界中から水産物を買い付け、国内からのものを
加えると、その水産物の取扱数量は90万トン、取扱金額にして
9000億円もあったのです。日本中のおいしい水産物はすべて
築地市場に集まってきたのです。
 しかし、現在では築地市場への入荷量は半減しています。20
16年の水産物の取扱量は、40万9866トンで、2006年
(57万2617トン)に比べて、28%も減っています。これ
に関して小松正之氏は、築地市場は近年凋落の一途を辿っている
日本の沿岸漁業に資源管理を徹底するようメッセージを発するべ
きであるとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 アイスランドやノルウェー、オーストラリア(シドニー)など
では、ITQ(「画像および関連情報」参照)のような厳格な資
源管理制度をベースにして、安定した漁獲物の提供、および漁獲
物の情報化が容易になっている。
 ところが日本では、そのようなシステムの構築と中央卸売市場
を結びつける構想など全くない。豊洲は水産物の集荷センターに
なるべきであるが、集荷の責任を負う卸売業者と仲卸業者は、何
ら新たな努力をせず、水産物は当然豊洲に集まるものとの甘い期
待感をもっているように見受けられる。    ──小松正之著
    『「豊洲市場」これからの問題点』/マガジンランド刊
─────────────────────────────
 「4」について考えます。
 築地市場はもちろん、最新の豊洲市場でも、その近代化は大幅
に遅れています。小松正之氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 オランダの花卉市場では、プログラミングされた動線に沿って
無人車両で商品を搬送できるようになっている。ところが豊洲市
場内の仲卸業者が卸から搬送する場合は、築地と同じように各社
ごとのターレ(豊洲では環境保全のために電動ターレのみ)を使
うことになっているため水産仲卸で500台以上、青果で150
台程度のターレが稼働する。各ターレの動きには一定の指示が与
えられないし、人件費なども膨大である。
 しかも、水産卸売棟と仲卸棟は1階⇔4階、青果棟は1階⇔3
階の移動が必要な場合がある。大型エレベーターと垂直搬送機が
あるとはいえ、上下移動にはそれなりの時間がかかる。
                ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
 現代は、運転手のいない無人自動車が一般道路を走行しようと
いう時代です。まして各種生産工場などでは、AI技術を駆使し
た、いわゆる「工場内物流」が常識になりつつあります。現代の
技術であれば、十分可能なことです。
 しかし、豊洲市場は、これから移転する最新の市場でありなが
ら、欧米の市場では既に行われているプログラミングによって、
商品を決められた場所に搬送する無人車両などの「市場内物流」
の構想がどこにもありません。
 せっかく巨額なお金をかけて豊洲に新市場を作りながら、どう
してこのようなことが起きるのかというと、築地市場から豊洲市
場への移転に当たって、日本の中央卸売市場をどう考えるかとい
う大局的・戦略的構想がまるでなく、豊洲新市場は、築地市場か
らの単なる物理的移転になってしまっているからです。
 小松正之氏は、むしろ築地市場の建築の方が、大局的、戦略的
な洞察があったとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 築地市場は、車社会になってからはその物流の動線がネックと
なったにせよ、鉄道・船舶輸送が全盛だった開設当時においては
じつによく考えられた施設構造になっていた。関東大震災後とい
うこともあり耐震技術も駆使し、床も水はけがよく滑らないよう
な石材を惜しげもなく使った。少なくともハード面の整備におい
ては、市場としての機能を検討、熟考した末に設計されたもので
豊洲市場建設のプロセスより格段に優れていたと思う。
                ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
 小松正之氏のこの著書は2017年1月に刊行されたものであ
り、小池知事の築地・豊洲2市場併用宣言は、当然その前提には
なっていません。既に完成している豊洲市場で理想の中央卸売市
場として運営するのは困難ですが、豊洲市場とこれから新築する
新築地市場を合わせて、大局的・戦略的構想に基づいた中央卸売
市場の運営を実現する余地は残されると思います。小松氏は、こ
の著作を次のようにしめくくっています。
─────────────────────────────
 豊洲の新しい中央卸売市場の開設が遅れれば、日本市場の優位
性と日本に集荷される水産物の減少を招くのみである。世界は、
現在の東京都と中央卸売市場関係者の対応を、冷めた日で見てい
ると思われる。世界規模の水産物の貿易流通調達の「ジャパン・
パッシング」を、豊洲市場移転論争は助長していると見るべきで
もはや一刻の猶予もない。    ──小松正之著の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[中央卸売市場論/053]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ漁業補助金を撤廃できないのか/小松正之氏
  ───────────────────────────
   日本が資源回復の光明を見いだせないなかで、アイスラン
  ドやノルウェーなど回復に成功している国がある。その決定
  的な違いは採用している管理制度。主な漁業先進国が取り入
  れているのはオリンピック方式ではなく、IQ方式やITQ
  方式と呼ばれるものだ。
   まず、IQ方式だが、これは「Individual Quota」、つま
  り個別漁獲割当方式といって、TACで設定された漁獲量を
  それぞれの漁業者に割り当てる方法のことをいう。「自分の
  漁獲量が決まっているから、他人の動向に左右されることな
  く漁ができます。年間を通じて操業計画が立てられるのでコ
  ストの計算もできますし、市場を見ながら高い魚を選んで漁
  をすることもできる。韓国は1999年にIQ方式を導入し
  2003年に110万トンだった沿岸・近海の漁獲量が20
  08年には130万トンに増加しています」。
   しかし、このIQ方式には制約もある。たとえば、ある業
  者は2000トンの漁獲枠を割り当てられたが、達成するに
  は船を大型化するなどの新たな投資が必要になる。それを望
  まずに1000トンしか漁獲しなかった場合は、残りの10
  00トンの枠が無駄になる。経営戦略に合わせて漁獲量を調
  整することが難しいのだ。「そこで、漁業者同士で漁獲枠を
  賃貸・売買できるITQ方式が登場しました。これによって
  漁業者は、より計画を立てて漁ができるようになった。ノル
  ウェーやアイスランド、オーストラリア、アメリカはみんな
  ITQ方式を採用しています」。 http://nkbp.jp/2xh27rJ
  ───────────────────────────

小松正之氏.jpg
小松 正之氏
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2017年09月19日

●「3回連続汚染度悪化/追加の検査」(EJ第4607号)

 7月3日から書いてきた「中央卸売市場論」は、今回を含めて
あと4回で終了します。当初は30回程度でまとめたかったので
すが、調査していくと隠された事実が続々と出てきて、結局58
回まで膨らんでしまいました。しかし、大事なことはきちんと書
いたと自負しています。
 来年の秋に豊洲市場への移転を宣言した小池知事に対し、市場
関係者は「豊洲市場の安全宣言を出せ!」と迫っています。その
さなかのことですが、9月14日の日本経済新聞は次の記事を掲
載しています。
─────────────────────────────
 東京都は9月14日、豊洲市場の敷地内の地下水から8月中旬
に環境基準の120倍のベンゼンを検出したと発表した。昨年以
来、ベンゼンの濃度は100倍前後と高止まりが続いている。シ
アンとヒ素も基準超のまま。一方、同時期に実施した市場建物内
などの空気調査ではベンゼンなどの濃度は環境基準を満たした。
 土壌汚染対策の有識者からなる専門家会議は市場建物内の空気
について「科学的な安全は確保された状態にある」とのコメント
を公表した。地下水の結果に関しては「(従来に比べ)全体的に
見れば、大きく汚染状況が変化した傾向は確認できない」として
いる。豊洲市場では、地下水を生鮮食品の洗浄水や飲み水として
使わない。市場の業界団体は小池百合子知事に対して、豊洲市場
の「安全宣言」を求めている。  ──日本経済新聞電子版より
                http://s.nikkei.com/2x80HgX
─────────────────────────────
 ここで、この豊洲市場の地下水モニタリング調査は何のために
やっているのかを改めて考える必要があります。豊洲市場の地下
水調査は、東京都が土壌汚染対策工事を終えた2014年から2
年間の計画で調査し、1回〜8回はすべて環境基準以下をクリア
していたのです。そして、2017年1月公表の最後になる9回
目も環境基準以下がクリアできれば、改正土対法による汚染区域
(形質変更時要届出区域)のレッテルが外せたのです。ところが
第9回の調査結果は基準値の最大79倍のベンゼンなどが検出さ
れ、汚染区域のレッテルは現在も外せないままです。
 このことは、8月31日のEJ第4595号でも述べています
が、きわめて重大なことです。首都東京都の中央卸売市場が汚染
区域の上に建っているからです。
 なぜか、メディアは熱心に取り上げないのですが、この地下水
汚染調査は、不思議なことだらけです。なぜなら、石原、猪瀬、
舛添各知事のときの第1回〜第8回までの検査結果は、そのすべ
てが環境基準値以下であるのに、小池知事になってからの第9回
の調査結果だけが、なぜ、環境基準値の79倍のベンゼン検出な
のでしょうか。石原、猪瀬、舛添各知事が豊洲移転推進派であっ
たことを考えると、その調査結果に何らかの改竄があった疑惑は
否定できないと思います。
 おかしなことはまだあります。この9回目が突出して数値が高
かった理由について専門家会議は、9回目を担当した調査会社が
それまでと異なることや、調査手法が異なること、それに加えて
9回目のサンプル採取が地下水管理システムが稼働した直後だっ
たので、その違いが出たのではないかと述べています。
 専門家会議のこの発言は明らかにおかしいです。業者が違って
も、地下水の汚染調査の方法は、改正土対法に詳しく定められて
おり、誤差が出てもせいぜい数倍程度であって、79倍の差が出
るはずがないからです。
 それに、地下水管理システムが稼働した直後の地下水サンプル
採取だったというのも限りなく疑わしいです。それなら、専門家
会議のメンバーが主導して実施した第10回の地下水モニタリン
グ調査では、豊洲市場の29ヶ所の調査結果でも100倍にのぼ
るベンゼンが検出されたことです。数字が悪化しており、地下水
管理システムが稼働しているならば、数値が改善するか、現状維
持であるべきなのに、数値が悪化しているのは、地下水には深刻
な土壌汚染がまだあるということです。
 この仮説が明確に裏付けられたのが、第11回目に当たる今回
の調査結果です。なんと12O倍のベンゼン検出です。さらに数
値が悪化しています。
─────────────────────────────
         第 9回調査: 79倍
         第10回調査:100倍
         第11回調査:120倍
─────────────────────────────
 これについて、専門家会議の見解は、とても納得のいくもので
はありません。専門家会議は次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 地下水は、有害物質の濃度が低下傾向にある地点もあり、全体
的に見れば大きく汚染状況が変化したとは確認できない。市場で
地下水は使わず、大気も汚染されていないため安全である。
                   ──専門家会議の見解
─────────────────────────────
 随分甘い見解であると思います。79倍、100倍、120倍
と数値が高くなっていることには触れず、有害物質の濃度が低下
傾向にある地点があることをことさら強調し、数値の上昇につい
てはコメントしていないのです。明らかに逃げています。
 それに「市場では地下水は使わない」は、明らかに今までより
もハードルを下げています。しかも、ベンゼンは揮発性があり、
空気中に拡散し、当然市場内にも入ってきます。そのために専門
家会議は盛り土を提案したはずです。その盛り土がなかったので
すから、ベンゼンが空気中に拡散することになります。
 「地上と地下に分けて考える」──専門家会議のこの発言は、
土壌汚染が結局は除去できなかったことのエクスキューズに聞こ
えます。豊洲市場は、改正土対法の汚染区域の上に建っている事
実です。          ──[中央卸売市場論/054]

≪画像および関連情報≫
 ●「地上」の健康リスク指摘した報告書を都の専門家は無視
  ───────────────────────────
   東京都の築地市場(中央区)の移転先である豊洲市場(江
  東区)の地下水から、今年1月に環境基準の79倍のよベン
  ゼンが検出されたことを受けて再調査をしていた都の専門家
  会議(座長=平田健正放送大学和歌山学習センター所長)は
  3月19日、79倍が検出されたのと同じ井戸から100倍
  のベンゼンが検出されたと発表した。
   しかし、平田座長は、「(市場の建物内の)地上と地下は
  分けて考えるべき。地上の観測値に変化はなく、地上は安全
  だ」と述べた。実は都は今回のベンゼンが環境基準の100
  倍という結果では地上も安全とは言えない試算をした報告書
  を、日水コン(東京都、野村喜一社長)というコンサルタン
  ト会社にまとめさせていた。だが、同日の専門家会議ではそ
  の報告書にはまったく触れなかった。
   専門家会議は、ベンゼンなど揮発性ガスの上昇を抑える効
  果があるとして盛土を対策の柱として提言、2008年に一
  度解散した。だが昨年9月、肝心の盛土がないことが発覚、
  小池百合子都知事が新たな対策を提言してもらうために専門
  家会議を再招集した。2008年の提言では、地下水から揮
  発したベンゼン、シアンなどがガスとしてすき間などから地
  上の建物内に入り、人の健康や生鮮食料品にどの程度影響を
  与えるかを試算した。その結果、市場の地下水が環境基準以
  下に維持されていれば人の健康に問題はなく、食の安全・安
  心への悪影響も小さいと結論付けた。ただ、これはあくまで
  も盛土があることが前提だった。  http://bit.ly/2jBja2b
  ───────────────────────────

豊洲の地下空間を調べる平田座長.jpg
豊洲の地下空間を調べる平田座長
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2017年09月20日

●「小池都知事は安全宣言を出すのか」(EJ第4608号)

 小池知事は、築地と豊洲の2市場併用プランを知事になるとき
から持っていたといわれます。さらに豊洲市場の土壌汚染の実態
についても、自身の環境大臣時代の人脈を使って相当程度情報を
掴んでいたはずです。つまり、その時点から基本的に築地市場で
の再整備を心のなかでは決めていたと思われます。
 これまで築地市場の再整備を阻んできたのは、築地市場を営業
しながら、工事をすることの困難さです。種地がなかったからで
す。しかし、現在は土壌汚染問題が残っているとはいえ、豊洲市
場がいつでも使える状態で完成しているのです。
 これを使わない手はないし、知事としても既に莫大なコストを
かけて完成している豊洲市場を活かさなければならない。そのた
め、2018年中に築地市場を豊洲市場に移転し、東京五輪終了
後に5年程度の年月をかけて、築地市場を再整備して戻すことを
考えていると思われます。それにその時点では、AIなどの技術
による社会のIT化が一段と進み、卸売市場そのものも大幅に変
革せざるを得なくなると読んでいます。「築地を守る、豊洲を活
かす」とはこういうことを示しているのです。
 しかし、2市場併用プランについては「現実的ではない」とか
「コスト的に無理」とか、「2つの市場はあり得ない」とか、い
ろいろな批判が出ています。これらの批判について、小池知事は
次のように反論しています。
─────────────────────────────
 どうして日本の宝物を両方とも生かさないのかと思いますね。
土地は一度売却してしまうと、あとはディベロッパーに切り売り
されるだけで元には戻らない。私たちの方針を批判する方々は、
そのことの意味をわかっているのでしょうか。江戸時代の日本橋
魚河岸から、関東大震災後の築地外国人居留地開発を経て現在に
至る築地の歴史的魅力を保つためにも、土地全体が残るかたちの
ほうがいい。築地が培ってきた文化と、世界への発信力に終止符
を打つなどという、それこそ「もったいない」真似をなぜするの
でしょうか。
 その一方で、市場移転について二十年も三十年も議論を続けて
いるうちに、物流の環境や技術が飛躍的に進歩しました。距離だ
けを問題にする従来の立地の在り方も大きく変わっています。フ
ロン規制による冷蔵施設の需要がさらに増大するなかで、私は目
先の利害よりも、将来にわたる施設としての「持続可能性」を考
えるべきと考えます。「とにかく決めたことだから、市場を早く
豊洲に移せ」というだけでは、あまりにも無責任。豊洲を生かし
築地も守ることを考えて何が悪いか、と思います。
      ──「Voice/ボイス」/2017年10月号
─────────────────────────────
 これに対し、築地市場の主要業界団体のトップで構成する「築
地市場協会」は、小池知事に対し、知事による豊洲市場の安全宣
言を求め、要望書を提出しています。その目的は、風評被害の払
しょくですが、もし豊洲市場で予期せぬ事態が発生したときの補
償などの目的もあるものと思われます。
 しかし、小池知事は明確な安全宣言は出さないと思います。な
ぜなら、豊洲市場は、改正土対法では土壌汚染区域に指定されて
いるからです。これについて、東卸市場労働組合委員長の中澤誠
氏と一級建築士の水谷和子氏は、小池知事の安全宣言について次
のように述べています。
─────────────────────────────
中澤:そんなこと(知事の安全宣言)が可能でしょうか。自分の
   やったわけではないものの責任を、小池さんが自ら背負う
   形で安全宣言できるでしょうか。
水谷:土壌汚染対策法上で言えば、豊洲市場用地はおそらくずっ
   と高濃度汚染地区です。環境基準の10倍を超える汚染区
   域です。小池都知事も、そんな場所に「安全宣言」は、と
   うてい出せないでしょう。そんな尻ぬぐいするとは思えま
   せん。
中澤:どう想像しても、小池さんが安全宣言をする場面が思い浮
   かびません。自分が行ったことならまだしも、人の尻ぬぐ
   で安易に安全宣言をしたら、その後何が起こっても、小池
   知事の責任になります。それと同じ理由で農林水産省も認
   可しづらいはずです。(一部略)
            ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 安全宣言といえば、舛添前知事が定例記者会見でそれに近い宣
言をしています。しかし、舛添氏は、土壌汚染対策はしなければ
ならないもの(マスト)ではなく、それがあるからといって市場
を開業できないわけではないことを強調しています。
─────────────────────────────
記者:じゃあ、市場関係者とか外に向かってここは安全ですよと
   宣言したということとイコールだと捉えても大丈夫なわけ
   ですか。
舛添:大丈夫ですよ。間違ってほしくないのは、それがなければ
   開けないというマストの条件ではありませんけれどやった
   ということ。よく誤解があって、それもやっていないのに
   開くのか、それやって結果が出たらどうなると。その因果
   関係は法律上は全くありませんということを申し上げたい
   ので、私はこれで十分安全であると、ですから市場を開設
   しますということを責任持って申し上げたいと思います。
        ──2014年12月9日、舛添知事定例会見
                   http://bit.ly/2y89z5C
─────────────────────────────
 要するに、舛添前知事は地下水に土壌汚染は残るが、豊洲市場
は「安全」として、安全宣言をしたのですが、その後に「盛り土
なし」が判明します。この時点で安全宣言は崩壊しています。
              ──[中央卸売市場論/055]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲移転、風評被害払拭は「安全宣言より情報発信」
  ───────────────────────────
   築地市場(東京都中央区)の豊洲市場(江東区)への移転
  問題を検証する都の市場問題プロジェクトチーム(PT)は
  8月4日、豊洲市場の風評被害の払拭に向け「『安全宣言』
  という単発的な対策ではなく、継続的な情報発信などを提案
  する」といった内容を含む提言をまとめた。今後、提言を盛
  り込んだ豊洲市場の安全・安心に関する報告書を小池百合子
  知事に提出する。築地市場の業界団体から移転前に小池氏が
  安全宣言をするよう求める声が上がっており、小池氏の対応
  が注目される。
   提言では都が市場移転に向けて実施する追加の土壌汚染対
  策工事を「安全・安心に資する」と評価する一方、対策に関
  するPDCAサイクル(計画・実行・評価・改善の継続)を
  行うことが有用であると指摘。
   さらに風評被害払拭について「豊洲市場用地は、法律的・
  科学的に安全であり、被害が生じているわけでもない。こと
  さら『安全宣言』というのも奇妙だ」とした上で、追加対策
  の内容や効果、大気や水質の測定値を公表して正確な情報を
  発信するよう促した。小池氏は同日の定例記者会見で「(P
  Tの)提案を参考にしながら深めていきたい」として、情報
  発信の在り方などについて検討を進める見解を示した。
                   http://bit.ly/2hatWvG
  ───────────────────────────

記者会見する伊藤裕康会長.jpg
記者会見する伊藤裕康会長
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2017年09月21日

●「世界に類のない日本の卸売市場法」(EJ第4609号)

 これからの中央卸売市場問題を考えるさいに知っておくべきこ
とがあります。それは、日本のような中央卸売市場制度は世界で
も珍しく、同様の制度は韓国と台湾にしかないことです。この場
合、韓国や台湾はかつて日本が統治していた国であり、日本の制
度が受け継がれたものと考えることができます。
 日本の中央卸売市場制度のどこが特異であるかというと、卸売
業者(大卸+仲卸)に対する法的な締め付けが大変に厳しい点に
あります。具体的にいうと、原則的に卸売業者は、法律で定めら
れた手数料でしか商品を売ってはならないことになっており、自
由に値付けができないのです。
 どうしてこのような制度になったのかというと、そのきっかけ
は、1918年(大正7年)に起きた米騒動にあります。当時イ
ンフレが発生するなかシベリア出兵が発表され、米相場は一気に
上昇します。そうすると、相場の上昇を見た各地の米問屋は、米
の買い占めや売り渋りをはじめ、主食の米が庶民に行き渡らなく
なってしまったのです。これが新聞で報道されると、この傾向は
一気に全国に波及したのです。これが「大正の米騒動」です。
 この事件をきっかけにして、公設市場開設への議論が一気に進
みます。しかし、立場によって、その狙いはバラバラであり、こ
れは現代にも引き継がれています。
─────────────────────────────
 ◎市民に食品を効率よく行き渡らせる ・・・ 社会運動家
 ◎都市の衛生のために市場を管理する ・・・   内務省
 ◎無駄の多い取り引きを統制させたい ・・・  農商務省
─────────────────────────────
 1923年に「中央卸売市場法」が成立し、1927年の京都
市を皮切りに、日本各地に中央卸売市場が誕生します。そこでは
公正な価格決定と取り引きの明朗化が謳われたのです。これによ
り、それまでの問屋市場は中央卸売市場に移され、取り引き方法
の合理化の手段として、委託販売、セリ売り、場内現物取引が決
められ、手数料制が導入されたのです。
 しかし、時代が進むにつれて、規制緩和が行われ、セリ売りに
ついても、制度としては1999年になくなっています。現在で
は、市場ごとに一部の水産物について行われていることは既に述
べた通りです。このままでは、セリ売りはやがてなくなってしま
うことは確実です。
 安倍内閣に規制改革推進会議というのがありますが、その農業
ワーキンググループが作成した次の文章があります。
─────────────────────────────
 特に、卸売市場については、食糧不足時代の公平分配機能の必
要性が小さくなっており、種々のタイプが存在する物流拠点の一
つとなっている。現在の食料需給・消費の実態等を踏まえて、よ
り自由かつ最適に業務を行えるようにする観点から、抜本的に見
直し、卸売市場法という特別の法制度に基づく時代遅れの規制は
廃止する。       ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著
           『築地移転の闇をひらく』/大月書店刊
─────────────────────────────
 セリ売りが全廃されると、価格で競うしかなくなります。価格
競争になると、時間とともに鮮度の落ちる生鮮食品は、不利で足
元を見られ、買い叩きが起きてしまいます。そうなると、生産者
(漁業従事者)の収入がダウンし、とくに小規模の生産者は、割
に合わないと生産をやめてしまうことになります。この傾向は現
在も続いており、漁師を生業とする人たちは減っています。
 セリ売りがどれほど大事であるかについては、東卸市場労働組
合委員長の中澤誠氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 築地市場では、沖縄のマグロに一番いい値がついたことがある
のです。普通、マグロと言ったら大間が有名です。けれどもその
日並んでいた中で、これはどう見ても沖縄のマグロがいいと、そ
の日仲卸の目利きが、一番いい値段をつけたことがあります。そ
うすると東京中の一流の寿司屋が、築地で値段がついたならば間
違いないということで、その沖縄のマグロを買っていくのです。
 これはどういうことか。つまり、大間のマグロだったらブラン
ドとして名が知られていますから、素人でも値段が付けられる。
けれども、沖縄のマグロにもこうやっていい値段がつくというこ
とは、日本中にたくさんいる、ブランド力のない生産者のやる気
を引き出すんです。それが築地ブランドです。名前だけでない、
実体がともなっている。それが築地の実力なのです。
      ──中澤誠/水谷和子/宇都宮健児著の前掲書より
─────────────────────────────
 小池知事は、このセリ売りを何とかして残そうとしています。
それは仲卸業者を守ることで実現されます。そしてそれは「築地
を守る」ことにつながるのです。ということは、築地市場にも市
場機能持たせることを意味しています。小池知事の説明によると
民間に貸し付けて、一部の市場機能や商業施設を複合させ、食文
化の発信地として築地ブランドを守るとしています。つまり、築
地の民営化を目指しているのです。
 しかし卸売市場法では、20万人以上の人口を有する自治体が
設置する中央卸売市場について、民間参入を禁じており、2市場
併用案を実現するには、市場法の規制緩和が必要になります。こ
れについて小池知事は、ここに特区制度を活用しようとしている
のではないかといわれています。
 これは、特区制度を推し進めようとしている安倍政権にとって
悪い話ではないと思います。世論の関心の高い市場移転問題が特
区を利用して解決できれば、特区の有用性を宣伝でき、「築地を
守るため」「食の安全を守るため」という大義名分も立つので、
特区活用の可能性は十分あります。
 しかし、2市場併用案については、市場関係者にとって多くの
疑問があります。これについては、明日のEJで考えることにし
ます。           ──[中央卸売市場論/056]

≪画像および関連情報≫
 ●小池知事/「特徴を生かせば共存可能」2市場両立に自信
  ───────────────────────────
   「私は豊洲移転ありきではなく築地」。東京都の小池百合
  子知事は6月20日夜、産経新聞の単独インタビューに応じ
  市場移転問題を検討するにあたっては、築地ブランドの活用
  を重視していたことを明かした。豊洲移転・築地再開発の両
  立案には業界内からも批判が出ているが、「特徴を生かせば
  共存可能」と反論した。
   このタイミングで、具体性が十分でない基本方針を発表し
  たとの指摘には、「昨年に定めたロードマップ(工程表)に
  従って一つずつ詰めてきた」。ただ、その一方で築地への思
  いを強く打ち出した。「途中から豊洲移転の話がメディアに
  躍った。私は豊洲移転ありきではなく、築地なんですよ、基
  本的に。豊洲移転のイメージが先行しているのはよろしくな
  いと思った」。両立案によって市場機能が分割されることに
  業界内から批判が上がっていることに対しては「その前に、
  都内に11の卸売市場があることをどうするんだという話が
  ある」と反論。「いまネットで、個人が注文してしまう時代
  になっているわけで、市場を取り巻く環境はこれからも激変
  していく。それぞれの特徴を生かして共存できると思う」と
  指摘した。            http://bit.ly/2y8IHCn
  ───────────────────────────

2市場両立案は実現可能/小池知事.jpg
2市場両立案は実現可能/小池知事
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 中央卸売市場論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

●「豊洲プラス築地併用は実現するか」(EJ第4610号)

 築地市場の豊洲移転問題をここまで調べてきて、わかって来た
ことがあります。卸売市場の近代化を進めれば進めるほど、仲卸
業者が消えるという事実です。実際に海外の卸売市場には仲卸と
いう役割は存在しないのです。
 現在、日本の「和食ブーム」を担っているのは、築地市場にお
ける500社を超える仲卸業者の存在であるといわれています。
思想家にして人類学者でもある中沢新一教授は、仲卸の存在につ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 築地市場のユニークさは物流センターとしての機能だけに限定
されない。仲卸を中心にしてかたちづくられてきた「中間機構」
の中に、味覚をめぐる莫大量の身体的暗黙知が蓄積され、それが
いまも健全な活動を続けている。
 食材にたいする「目利き」、魚体を扱う驚くべき職人技、料理
文化への繊細な配慮などによって築地市場は日本の食文化を根底
で支える存在になっている。築地市場は我々の宝物である。そし
てなによりも築地市場には未来がある。この未来を絶ってしまっ
てはならない。──中沢新一氏論文「築地アースダイバー」より
      『現代思想』2017年7月臨時増刊号/青土社刊
─────────────────────────────
 既に述べたように、諸外国の生鮮食料品を扱う卸売市場には、
仲卸業者はほとんど存在しておらず、日本のような中央卸売市場
は韓国と台湾にしかない独自のものです。これをもって、豊洲市
場移転推進派の人たちは、日本の卸売市場は遅れているという議
論をする人がいますが、この考え方は間違っていると思います。
なぜなら、日本が世界のなかで最も魚をよく食べる国のひとつで
あるからです。
 世界176ヶ国で1人当たりの1日の魚介類消費量ランキング
というものがあります。FAO(国連食糧農業機関)の2012
年のデータにおける順位は次のようになっています。
─────────────────────────────
          国名         消費量
     第 1位:モルディブ   381グラム
     第 2位:アイスランド  242グラム
     第 3位:キリバス    198グラム
     第 6位:日本      155グラム
     第 7位:韓国      154グラム
     第18位:フィンランド  101グラム
     第27位:ベトナム     89グラム
     第31位:中国       85グラム
                  FAO Statistics Division
                   http://bit.ly/2fBTMVE
─────────────────────────────
 この順位を見ると、日本は、魚をよく食べる国において、先進
国のトップに立っています。ダントツ第1位のモルディブは、イ
ンドの南西に浮かぶ島国で、約1200もの島々から成り立って
います。もっとも食べる魚はカツオで、3食カツオということも
珍しくないといわれます。
 それに比べると、日本は多種類の魚介類をさまざまな料理にし
て食べる国であり、魚介料理の豊富さに関しては世界に冠たる国
であるといえます。だから、いま世界で「和食ブーム」が起きて
いるのです。
 したがって、日本の中央卸売市場は仲卸を大事にする市場であ
るべきです。既出の東京財団上席研究員の小松正之氏は、著書で
築地市場や豊洲市場をオランダのイムイデン漁港市場、オースト
ラリアのシドニー水産物市場、ニュージーランドなどのオークラ
ンド水産物市場と比較して、大きく遅れていることを指摘してい
ますが、それらの国よりも、多くの魚を食べる国である日本は、
もっと独自の市場でもよいと思っています。しかし、先端のAI
やIT技術は積極的に取り入れる必要はあると考えます。
 豊洲と築地の2市場併用案について、築地市場協会の伊藤裕康
会長は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 知事の発言は、比較的バランスの取れたものであったことは評
価したい。ただ、大づかみの方針が示されただけで中身はこれか
ら。都と話を詰め、理想的な市場に近づけたい。しかし、市場は
卸業者や仲卸業者などが一堂に会するものであって、2つの市場
は成り立たない。      ──築地市場協会の伊藤裕康会長
─────────────────────────────
 伊藤会長は、市場というものは、大卸、仲卸、買出人が一同に
会さなければ機能しないといいますが、豊洲市場は、水産卸棟と
水産仲卸棟は315号線という道路で分断され、1・5キロも離
れています。その行き来は、道路地下のアンダーパスをターレー
で行うことになり、相当時間がかかります。
 しかも、仲卸棟は4階建ての建物で、仲卸は1階、買出人は3
階と4階になっており、築地市場のように、とても「一同に会し
ている」とはいえないのです。大卸、仲卸、買出人が一同に会し
ている築地市場に比べて非常に不便です。
 そのため、築地市場が再整備された後は、豊洲市場は、高度に
自動化された全館冷房の物流センターに改造して使い、整備後の
築地市場は、セリなどを行う一部の市場機能を移転し、買出人の
店舗を築地市場に戻して食のテーマパーク化するというのが、小
池知事のいう「築地は守る、豊洲は活かす」の考え方なのです。
 東京五輪が終り、築地整備の終了する2025年までの約8年
間、その間の技術革新はきっと目をみはるものになるはずです。
この間の技術革新は、AI(人工知能)の力が加わるので、これ
までとは比べ物にならないほど、高速に進化します。そうなれば
豊洲と築地の距離の問題は解決しているはずです。7月3日から
書いてきた今回のテーマは本号が最終回です。長い間のご愛読を
感謝いたします。  ──[中央卸売市場論/最終回/057]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲へ市場は移転、築地は「食のテーマパーク」に!
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   懸案の築地市場移転問題で昨日20日(2017年6月)
  小池都知事が会見して、「豊洲への移転」「五輪後に築地を
  再開発」という基本プランを明らかにした。ただ、具体的な
  活用案は今後詰めるとしている。知事は、この問題を都議選
  のテーマにしたいようだが、果たしてこれで票になるのかど
  うか。知事が示したプランは、1)豊洲は総合物流拠点とす
  る、2)築地は5年後をめどに「食のテーマパーク」など再
  開発する、3)具体的な活用案は今後、事業者・都民と広く
  検討する、というものだ。
   つまり、「築地は守る。豊洲を活かす」。築地は五輪まで
  に更地にし、2号線道路を通す。その後、築地は再開発──
  だが知事は、「豊洲移転」とは言わなかった。実際は豊洲へ
  市場機能を移すにしても、築地の当事者が依然、賛成・反対
  に分かれている。
   確かに築地の人気は高く、ブランド化もしている。日の入
  場者4万2000人、CNNが選ぶ「世界の生鮮市場ベスト
  10」の2位(1位はどこだ?)。観光客のスポットでもあ
  る。ここから動きたくないという人たちもいる。さらに費用
  の問題がある。豊洲移転に6000億円かかる。うち、44
  00億円は、築地の跡地を売却して捻出する予定だったのだ
  が、これを売らないとなると、どこかで捻出しないといけな
  い。               http://bit.ly/2yeOlTt
  ───────────────────────────

築地市場からの移転を待つ豊洲市場.jpg
築地市場からの移転を待つ豊洲市場
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 中央卸売市場論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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