2006年05月01日

現代は秘密結社のブームである(EJ1827号)

 本日から新しいテーマです。テーマは「秘密結社の謎と真相」
です。なぜいま「秘密結社」という一見古めかしいものを持ち出
したのか――それには次の2つの理由があります。
 第1の理由は、現代は異常に感ずるほど秘密結社に関心が集ま
っている時代であるということです。例を上げると、『ダ・ヴィ
ンチ・コード』があります。
 いま書店に行くと、特設のコーナーにダン・ブラウンの『ダ・
ヴィンチ・コード』が積み上げられています。それに数多くの謎
解き解説書も発売されています。売れ行きは好調のようです。ど
この書店でもそういう現象が起こっているのです。
 『ダ・ヴィンチ・コード』は単なる小説なのですが、その核と
なっているのは「シオン修道院」という秘密結社であり、秘密結
社小説といってよいのです。なお、『ダ・ヴィンチ・コード』
5月20日に映画が封切られることになっています。
 秘密結社を取り上げる第2の理由は、複数のEJの読者からの
熱心な要望に応えるためです。もちろんEJでは、過去に秘密結
社を取り上げたことがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     1999.10.26/EJ0248号
     1999.11.09/EJ0257号
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当時としては、10回という相当長い連載でしたが、反響は大
きかったのです。
 もともと秘密結社に関しては昔から多くの資料を集めており、
いつかは取り上げようと思っていたのですが、『ダ・ヴィンチ・
コード』で関心が高まっているいまが一番良いチャンスであると
判断したのです。最初の何回かはその予告編のようなものと考え
ていただきたいと思います。
 秘密結社について語るとき、「陰謀史観」というものを明らか
にする必要があります。今まで秘密結社の話は陰謀史観と一緒に
語られることが多かったからです。それでは、「陰謀史観」とは
一体何でしょうか。
 「陰謀」というのは、「密かに計画する、よくない企て」とい
う意味です。陰謀史観を簡単にいうと、世の中には「闇の勢力」
というものがあって、ありとあらゆる社会・経済・政治的事象を
密かに後ろで操っている――そういう考え方を明確な根拠もなく
一般的にいうことを陰謀史観と呼んでいるのです。
 例えば、最近いわれている次の主張があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2001年9月11日の世界貿易センタービルに対するテロは
 モサドの陰謀である。ユダヤ人は事前に避難して被害に遭って
 いない。                ――陰謀史観の例
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これなどは典型的な陰謀史観といえます。そこに確たる証拠は
ないのです。国際政治、外交、安全保障などの領域で説明が付か
ない問題が出てくると、何でも「それはユダヤ人のせいである」
としてしまう考え方です。
 これに対して、陰謀史観をアタマから否定してしまう考え方が
あります。「陰謀など世界のどこにも存在しない」という考え方
がそうです。つまり、極端から極端――両極端の考え方であり、
不思議なことに中間が存在しないのです。
 陰謀史観に関するあるホームページに次の主張が掲載されてい
ます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 日本の真珠湾攻撃はルーズベルトの描いたストーリーにはまっ
 ただけのことであった。アメリカ国民に参戦を認めさせるため
 にあえて日本軍にハワイを攻撃させたのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これなどは、一見陰謀史観の典型のようにみえますが、公開さ
れた機密文書をひとつずつ歴史的に検証していくと、それが事実
である可能性が出てきています。ルーズベルトはハワイの将兵の
生命を犠牲にして、国内に参戦の機運を作り出した張本人である
可能性が高いのです。
 このように、極端と極端の議論ではなく、その中間的な考え方
もあってもよいのではないかと思われるのです。
 ハリー・G・ウェストとトッド・サンダースによる次の本が話
題になっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ハリー・G・ウェスト/トッド・サンダース編
 『トランスペアレンシーとコンスピラシー――ニュー・ワール
 ド・オーダーへの疑惑のエスノグラフィー』(2003)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 トランスペアレンシーというのは、「透明性」とか「公開性」
という意味です。現代社会は、このトランスペアレンシーが強く
求められているのです。具体的にいうと、政府や企業の情報公開
ということになります。
 ところが、透明化によって秘密のヴェールが剥がされればされ
るほど、逆にコンスピラシー(陰謀)の部分が大きくなってきて
いるというのです。
 冷戦の終りとベルリンの壁の崩壊に際して、時のブッシュ大統
領(父)は「ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)」とい
うスローガンを掲げています。この頃からトランスペアレンシー
ということがいわれ出したのです。
 このブッシュ大統領のことば――ニュー・ワールド・オーダー
は、世界支配の大陰謀の代名詞のようになって、コンスピラシー
は横行するようになったと上記の本は訴えています。
 ブッシュ(親子)大統領は、いわゆる「ならずもの国家」に対
して透明性を求め、核兵器を隠しているとして、イラクを攻撃し
ています。米国も陰謀パラノイアにとりつかれてしまっているの
でしょうか。           ・・・・・[秘密結社01]


≪画像および関連情報≫
 ・ユダヤ人陰謀論
  ユダヤ人が秘密結社を通じて手を結び、世界(ことに経済)
  に影響力を及ぼしているとするもの。昔から存在した陰謀論
  であり、日本ではユダヤ=フリーメイソンの陰謀が説かれる
  ことが多い。日本のユダヤ陰謀論を説いた本が海外で問題に
  されたこともあった。偽書とされる「シオンの議定書」(プ
  ロトコール)」が有名。アメリカ合衆国などには単なる一般
  庶民にも多数のユダヤ人がいるにもかかわらず世界的財閥、
  報道機関、ハリウッドにユダヤ系の人が多いと無理やり関連
  付ける論者がいるためこのような陰謀論となった。
                    ――ウィキペディア

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2006年05月02日

世界を支配する2大財閥(EJ1828号)

 世の中には闇の勢力があって、それが世界を牛耳っているとい
われます。闇の勢力などというと、いかにもおどろおどろしいで
すが、世界が数少ないグループというか、財閥というか、シンク
タンクというか、そういう集団によって影響を与えられているこ
とは間違いのないことです。
 世界情勢を分析するとき、次の考え方に立つことが必要である
といえます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  世界情勢は力のある企業グループ(財閥)の闘争である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そうであるとしたら、その「力のある企業グループ(財閥)」
の実体は何でしょうか。それは次の2つのグループであるといっ
てよいと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.米ロックフェラー財閥
        2.英ロスチャイルド財閥
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 米ロックフェラー財閥が代表しているのは、米国の保守本流系
の財閥です。保守本流とは、人種・宗教的な観点に立って考える
と「WASP/ワスプ」的な財閥である――そのようにいってよ
いと思います。
 それでは、「WASP/ワスプ」とは何でしょうか。
 WASPとは次の言葉の頭文字です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 W  ・・・ White    ・・ 白人
 AS ・・・ Angro Saxon ・・ アングロ・サクソン系
 P  ・・・ Protestant  ・・ 新教徒
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アングロ・サクソン系とは、5世紀ごろ民族大移動でドイツの
北西部からグレートブリテン島に移住したアングル人とサクソン
人の総称であり、現在のイギリス国民およびイギリス系の人々や
その子孫を指しています。つまり、英国から植民地の米国に移民
してきて、今日の米国人の基礎を作った人々のことです。
 プロテスタントとは、宗教改革活動を始めとして、カトリック
教会から分離し、とくに福音主義を理念とするキリスト教諸派の
総称です。
 ちなみに、現在のキリスト教の女性観は一部教派を除き、基本
的には男女平等ですが、カトリックは男女ともに不完全で、合わ
せて十全になるものとし、プロテスタントは、男女それぞれが、
完全な人格として女性の独立を前提とする傾向があります。
 このような米国の保守本流の財界で、最も力があり、かつ著名
な財閥がロックフェラー財閥なのです。特徴としては、南ドイツ
系ですが、ユダヤ人ではなく、プロテスタントであり、カトリッ
クではないのです。ちなみに、大統領を出したルーズベルト家は
南ドイツ出身のプロテスタントのファミリーなのです。
 このロックフェラーに対抗しているのは、ユダヤ系のロスチャ
イルド財閥です。ロスチャイルドは、ドイツのフランクフルト出
身のユダヤ財閥ですが、その中にあって一番力が強いのは英国の
ロスチャイルド家なのです。
 ロスチャイルド財閥は、シオニスト系財閥の代表というべき存
在です。ここで知っておくべきことがあります。それは、「シオ
ニズム」と「シオニスト」という言葉の意味です。
 「シオニズム」――これは、ユダヤ人の間に起きた祖国「イス
ラエル」建国運動のことなのです。1948年にイスラエルは、
建国されていますが、その後はイスラエルを拡張し、アラブ諸国
に対して強硬主義を取ることを支持する主義をシオニズムといい
それを行う人をシオニストというのです。
 注意すべきことは、すべてのユダヤ人イコールシオニストでは
ないということです。ワーバーグ家というドイツ系のユダヤ財閥
は、少なくともその初代においてはシオニズムには反対であり、
ロスチャイルドと対立していたのです。その一方で、米国の財閥
の中には、人種的にはユダヤ系でなくても、ロスチャイルド財閥
と連携する財閥も出てきたのです。
 このように米国の企業は、ロックフェラー系とロスチャイルド
系に大別できるのですが、米国の企業と付き合うときはこのこと
に十分に留意する必要があるのです。その教訓ともいうべき事例
があります。
 それは、1985年9月のNTTインターナショナルとAT&
Tとの包括業務提携の締結です。当時のNTT社長は真藤恒氏で
すが、結果は大失敗だったのです。それは、NTTが、AT&T
との提携を1987年秋の契約更改時に契約解消しているからで
す。それは、アラブ諸国からNTTインターナショナルが取引拒
否を受けたのが原因です。
 このことを理解するには、米国の情報通信産業の所属財閥につ
いて知る必要があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ロックフェラー財閥系  ロスチャイルド財閥系
          IBM        AT&T
          MCI         NCR
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これを見れば明らかなように、AT&Tはロスチャイルド系、
すなわち、シオニスト系企業だったのです。これでは、アラブ系
企業がボイコットしてくるのは当然のことです。実は、1984
年のレーガン政権の時代に、AT&Tの分割が決定されたのです
が、それがこれから爆発的発展が期待される情報通信事業の主導
権をシオニスト系企業には絶対に渡さないようにする米国保守本
流の戦略の一環だったのです。
 そんなことも知らないで、こともあろうにシオニスト系企業と
包括業務提携を締結した真藤NTTは、戦略的な大失敗を冒して
しまったのです。         ・・・・・[秘密結社02]


≪画像および関連情報≫
 ・ジョン・ロックフェラー(1839〜1937)
  ―――――――――――――――――――――――――――
  実業家、ロックフェラー財閥の創始者。ニューヨーク州生ま
  れ。農産物の仲買人から未開な分野だった石油精製に目をつ
  け、1882年スタンダード石油トラストを創設。全米精油
  業の95%を支配し、「石油王」と呼ばれ、企業合同の先駆
  者となる。金融、鉄道に事業を拡大し、業界に君臨したが、
  1911年引退。シカゴ大学や財団の設立など、晩年は慈善
  事業で余生を送った。
  ―――――――――――――――――――――――――――

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2006年05月08日

クリントンはなぜ大統領になれたか(EJ1829号)

 ある特定のグループが国を動かしているのではないかという仮
説に立ってこのテーマを記述しています。この場合、ある特定グ
ループ――それは財閥と呼んでもいいし、シンクタンクと称して
もいいですが、ただ外部から明らかにグループが特定されてしま
うのは困るわけです。
 したがって、そのグループ自体の存在、その目的とスタッフ、
実施する業務の内容などが秘密にされるという意味で、それらの
グループを秘密結社と呼ぶこともできるわけです。
 そういうグループの存在が一番感じられるのは米国の政権なの
です。そこで今週は直近の2つの政権――クリントン政権とブッ
シュ現政権を例にとって考えてみることにします。
 ビル・クリントン――そもそもこの大統領に米国民、いや当の
民主党員は当初は期待していなかったはずなのです。1992年
4月、クリントンはニューヨーク州での予備選挙で勝利し、民主
党大統領候補の指名を確実にしています。しかし、この時点でこ
の候補がいかに頼りない候補であったかについて、1992年4
月9日付の産経新聞は次のように報道しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ――候補に悩む民主党/止まらぬクリントン離れ――
 米民主党指導部の期待に反し、クリントン候補(アーカンソー
 州知事)は米大統領選のニューヨーク州予備選挙で、民主党員
 を自分のもとに団結させることができなかった。人格上の弱点
 を抱える同候補では11月の大統領選でブッシュ大統領に勝て
 ないと党員らが見ているためとみられる。・・・クリントン候
 補は女性問題、徴兵逃れ、それにマリファナ使用などの疑いを
 かけられ、党員の信用を失いつつある。
          ――1992年4月9日付、産経新聞より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 米国の大統領選では、4大テレビ局が予備選における出口調査
を行っていますが、それによるとクリントン候補の人気のなさが
鮮明になっていたのです。
 次の数値は、予備選に投票した民主党員のなかで「現在立候補
している人物以外に立候補して欲しい」と答えた人の比率です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    ニューハンプシャー州 ・・・・・ 29%
    ジョージア州 ・・・・・・・・・ 40%
    スーパーチューズデイ ・・・・・ 50%
    コネチカット州 ・・・・・・・・ 60%
    ニューヨーク州 ・・・・・・・・ 66%
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ところがです。ニューヨークの予備選挙が終わって、クリント
ンが民主党の指名獲得が確実になると、今までクリントンの人格
上の弱点を非難してきたマスコミは、手のひらを返したように、
クリントンのマイナス情報を伝えなくなったのです。
 ちなみに米国のマスメディアは、ほとんど英ロスチャイルド系
なのです。明らかに何らかの指示が出ていると思われます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ≪ロックフェラー財閥系≫
             NBCテレビ T V
     ウォールストリートジャーナル 新 聞
   USニューズ&ワールド・リポート 週刊誌
       ≪ロスチャイルド財閥系≫
                CNN T V
             ABCテレビ T V
             CBSテレビ T V
        ニューヨーク・タイムズ 新 聞
          ワシントン・ポスト
           ニューズウィーク 週刊誌
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それにしても、このクリントンという人物――その実績を見る
と、およそ米国の大統領にふさわしくない人物といえます。彼の
実績としては、アーカンソーという南部の田舎の州の知事を12
年間務めただけだからです。
 ところで、米国のアーカンソー州についてどのくらいご存知で
しょうか。
 アーカンソー州の人口は約260万人、全米人口の100分の
1に過ぎないのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 勤労者の平均賃金 → 49位 全般的福祉状況 → 45位
 平均個人所得   → 47位 幼児の死亡率  → 49位
 全般的労働条件  → 49位 若年層の雇用  → 50位
 教師の給与    → 50位 環境政策    → 48位
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この調査は米国のいくつかの研究所が行っているきわめて権威
のある調査なのですが、これによると、アーカンソー州は全米に
おいて最低クラスの州なのです。
 しかも、このドン尻の州をクリントン知事が引き継いで30位
ぐらいにしたというのであれば、見事な行政手腕といえますが、
12年やってそのままなのです。全米50州のなかで49位の州
を引き継いで、12年やって49位のままだったのです。これで
は、行政手腕のなさを疑われても仕方がないでしょう。
 それに加えて女性スキャンダル、徴兵拒否、マリファナ疑惑と
いうのですから、まともであればとても米国の大統領になれるよ
うな人物ではないはずです。
 しかし、それにもかかわらずクリントンは、当時湾岸戦争に勝
利して最強であったブッシュ大統領を破って大統領になっている
のです。そして何よりも不思議なのは大統領としてのクリントン
はそれなりの仕事をきちんとやっているのです。むしろ、現ブッ
シュ大統領よりも評価は高いといえます。その秘密は何でしょう
か。明日、その秘密に迫ります。  ・・・・・[秘密結社03]


≪画像および関連情報≫
 ・アーカンソー州/マッカーサー・パーク
  アーカンソー州はビル・クリントン前大統領の出身地として
  有名であるが、アーカンソー州の州都リトルロックは、あの
  ダグラス・マッカーサーの出身地でもある。
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1960〜70年、公民権運動のさなか、黒人との共学を反
  対する白人が多いため、人種差別の街としてアメリカ国内で
  は評判の悪かったアーカーンソー州のリトル・ロックだが、
  私たち戦前、戦中派の日本人にとっては、あのダグラス・マ
  ッカーサーの出身地といった印象の方が強いかもしれない。
  http://www.plans.jp/shashinshu/nanbu/080.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

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2006年05月09日

米民主党とはどういう党なのか(EJ1830号)

 米国の政治において、イスラエルやシオニスト・ロビーを批判
することはタブーだったのです。シオニスト・ロビーとは、イス
ラエルを支持する圧力団体で、AIPAC(アメリカ/イスラエ
ル広報委員会)といい、イスラエルの政策を批判したり、パレス
チナ人への配慮を表明すると、メディアを中心に嵐のような批判
が巻き起こるのがつねだったからです。
 既に述べたように、米国のメディアの主力はシオニスト系であ
り、イスラエル批判を行った多くの議員――ほとんど共和党の議
員−−彼らは、マスコミによる批判の集中砲火を浴びて落選の憂
き目に遭ってきたのです。そして、あの父ブッシュも、その1人
だったのです。
 1991年9月、ブッシュ大統領は、イスラエルへの100億
ドル信用保証を米国政府が行うことを拒否したのです。イスラエ
ルが頑として和平に応じないからです。つまり、ブッシュ大統領
は反シオニストの立場を鮮明にしたわけです。
 危機感を抱いたシオニスト派は、何としてもブッシュ再選は阻
止しなければならないと考えたのです。そのとき民主党の大統領
候補の指名を確実にしていたのは、無名の大統領候補、ビル・ク
リントンであったのです。シオニスト派としては、不本意ではあ
るけれども、クリントンを担いで当選させるしかないと考えて、
ブッシュ大統領に対して、マスメディアによる一大ネガティブ・
キャンペーンを展開したのです。
 ところで、米国の民主党という政党は、どういう党なのでしょ
うか。ケンブリッジ・フォーキャスト・グループ代表の藤井昇氏
は、米民主党について次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そもそも民主党とはどんな党なのか。
 極論しよう。民主党とはユダヤ人と黒人のための党である。ユ
 ダヤ系市民の約八割は民主党支持である。彼らは民主党政治家
 のブレーンの大部分を占め、同時に最大の資金源である。19
 92年の大統領選で、クリントンの個人献金の六割は、全米総
 人口の三%にも満たないユダヤ系市民からのものだった。
 ――藤井昇著、「巨大対立軸のなか、日本の進むべき道を探る
    /ロックフェラー対ロスチャイルド」より。徳間書店刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1992年の大統領選において、マス・メディアがブッシュに
不利な報道をしたことは、「ワシントン・ポスト紙」のオンブズ
マン、ジョアン・バード女史の調査――選挙前の73日間の調査
によって明らかになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ≪対ブッシュ候補≫
     有利な記事 ・・・・・・・・・ 175本
     不利な記事 ・・・・・・・・・ 184本
   ≪対クリントン候補≫
     有利な記事 ・・・・・・・・・ 195本
     不利な記事 ・・・・・・・・・  52本
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この数字を見ても、報道は明らかにブッシュ候補にとって不利
であり、クリントン候補に偏向していたのです。シオニスト・ロ
ビーが得意とするマス・メディア戦略です。
 全米におけるユダヤ系市民は約600万人です。取るに足らな
い数といえます。しかし、これらのユダヤ系市民は極めて優秀で
あり、マスコミ、学界、法曹界、小売業、金融業、芸能界などの
分野で圧倒的ともいうべき力を保持しているのです。
 政治的な重要なロビイストとしては次の3つのグループがある
のです。これも一種の秘密結社といえます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.アメリカ・イスラエル広報委員会 ・・ AIPAC
 2.安全保障ユダヤ研究所 ・・・・・・・ JINSA
 3.反中傷連盟 ・・・・・・・・・・・・ ADL
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 選挙となると、これらの団体は、一斉に民主党の候補をバック
アップし、政治資金を供給するのです。そして、ひとたび政権を
獲得すると、豊富な人材を閣内に送り込み政権を支えるのです。
 ここにひとつの疑問が出てきます。民主党には当時大統領選に
出馬するのにふさわしい候補者がいなかったのでしょうか。
 そんなことはないのです。クオモ・ニューヨーク州知事、ビル
・ブラッドレー上院議員、ロックフェラー上院議員など有名候補
がたくさんいたのです。しかし、誰一人として、このときの大統
領選には手を上げなかったのです。それはなぜでしょうか。
 それは、いくつもの点で民主党議員は、このときは出馬しにく
かったからです。
 何よりも当時ブッシュ大統領は湾岸戦争勝利の直後ということ
もあり、人気抜群の強力な候補であり、勝ち目はないと考えてい
たのです。それにブッシュ大統領は中東和平を推進しており、冷
戦後の世界秩序の確立に向けて、彼の幅広い外交手腕が社会から
求められている時期だったのです。
 したがって、強敵であるブッシュ候補と戦う民主党候補として
は、政治資金と選挙組織の両面でシオニスト勢力の全面支持を取
り付けないととても勝ち目はないのです。その結果できる政権は
シオニストの100%ひも付き政権になってしまうのです。これ
では外交は非常にやりにくくなります。
 こういうわけで、民主党の有力議員は出馬しないのが得策とし
て誰も手を上げなかったのです。そのため、結局民主党の候補は
クリントン、ケリー、ハーキン、ソンガスらの小物候補ばかりと
なってしまったのです。
 クリントン自身としては、当初今回の選挙はトライアル・ラン
と考えていたのです。しかし、選挙戦が進むにつれて、シオニス
ト派の全面的バックアップを受けて、クリントンは着実に基盤を
広げていくことになります。    ・・・・・[秘密結社04]


≪画像および関連情報≫
 ・AIPACについて/田中宇氏のメルマガより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  AIPACは1950年代に設立された団体で、1970年
  代から入植運動と連動したリクード右派系の団体となった。
  AIPACが最初に大々的な政治運動を行ったのは1977
  年に米政府(カーター政権)がサウジアラビアに新型の戦闘
  機を売却したことに対し、ユダヤ系アメリカ人社会を代表す
  るかたちで抗議した時だった。ちょうどイスラエル政府がア
  メリカの仲介でエジプトとの和解に動いていたころである。
  イスラエル建国から1967年の第三次中東戦争でイスラエ
  ルがアラブ諸国に大勝するまでは、シオニスト左派が強く、
  67年の圧勝を契機に右派が強くなったものの、対抗して左
  派と国際社会はイスラエルとエジプトの和解を皮切りに事態
  を和平の方向に持っていこうとし、1978年のエジプトと
  の和解を成立させた。それをはねのけるため、右派はアメリ
  カから活動家集団を移住させ、占領地での入植運動を強化し
  その一方でアメリカでAIPACなどを使ったイスラエル右
  派への支持活動を活発化させた、と見ることができる。
  http://tanakanews.com/f0705israel.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

1830号.jpg
ロツクフェラー対ロスチャイルド
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2006年05月10日

クリントン政権と財界保守本流(EJ1831号)

 1992年11月、クリントンは米大統領選に勝利したのです
が、その政権には次の3つの特徴があったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の特徴:中東政策に関しては、イスラエル支持一辺倒の親
       シオニスト外交であること
 第2の特徴:経済政策に関しては、一国繁栄主義で、管理貿易
       主義的的な色彩が強いこと
 第3の特徴:中国政策に関しては、PLOへの支持を表明して
       いる中国に反対を貫くこと
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の特徴は、イスラエル支持の外交になるのは当然であった
のですが、それにしてもクリントンという人にはかなりのツキが
あったといえます。それは、1992年6月23日のイスラエル
の総選挙で和平推進派の左派(労働党)連合が、大差で勝利して
いたからです。
 というのは、クリントンは中東政策に関しては、ブッシュが拒
否を表明していたイスラエルの債務保証を確約し、占領地への入
植停止は援助の条件とはせず、和平会議の中で交渉の対象とする
など、シオニスト・ロビーの意向に沿って選挙戦に臨んでいたか
らです。もし、和平絶対拒否の右派連合のシャミル政権が勝って
いたら、クリントン政権はそれを支持せざるを得ず、大方の米国
民の強い反発を買っていたと思われるからです。やはり、大統領
になるほどの人は運が強いといえます。
 第2の特徴の経済政策において、クリントン大統領の経済ブレ
ーンとしてサポートしたのは、次の5人です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.ロバート・ライシュ  ・・ 労働長官
 2.ジェフリー・サックス ・・ 閣外ブレーン
 3.ローレンス・サマーズ ・・ 財務次官
 4.ロバート・ルービン ・・・ 国家経済安全保障会議議長
 5.ミッキー・カンター ・・・ 通商代表
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ライシュ、サックス、サマーズの3人はいずれもハーバート大
学教授であり、ルービンはゴールドマン・サックス社会長、カン
ターは弁護士でロビイストですが、いずれもユダヤ/シオニスト
のリベラル派なのです。
 しかし、肝心の財務長官には、ロイド・ベンツェンが就任して
ています。ロイド・ベンツェンは民主党の大物議員ですが、民主
党内でも最も保守的なメンバーであり、シオニストの望む中東で
の戦火の拡大には一貫して反対の姿勢です。
 第3の特徴である中国政策に関しては、当初クリントン政権は
親中国のブッシュ政権に反対し、中国に対して厳しい姿勢を取っ
てきたのです。中国はPLOの支持を明確にしている国であり、
中国が工業化して安い労働力で米国に輸出攻勢をかけてくること
を警戒する勢力が民主党内には強かったからです。
 しかし、それは最初のうちだけであり、クリントン政権は、ま
るで日本に当てつけるかのように親中国にのめり込んで行くこと
になるのです。
 このように、クリントン政権は最初のうちこそこれら3つの特
徴を持っていたのですが、政権発足と同時にこれら3つの特徴は
ことごとく反転してしまうことになるのです。
 クリントンが大統領選を制すると同時に素早く動き出したのは
米財界保守本流のロックフェラー財閥です。彼らはかつてのカー
ター政権のときと同じ戦略で、民主党のクリントン政権を事実上
乗っ取ることを考えたのです。
 共和党のニクソン大統領がウォーターゲート事件で失脚した後
を受けて登場した民主党のジミー・カーターは、清貧なイメージ
で人権外交を標榜し、米国民の支持を得て、大統領を勝ち取った
のです。しかし、彼を政治的に支えたのは、ディヴィット・ロッ
クフェラーが率いる日米欧三極委員会という名のシンクタンク、
いや秘密結社だったのです。
 ディヴィット・ロックフェラーは、当時チェース・マンハッタ
ン銀行の頭取であり、ロックフェラー・グループの総帥だったの
です。彼は、1949年から70年の長きにわたり、東部エリー
トたちで構成するシンクタンク、外交関係評議会(CFR)の理
事を務め、世界の政財界に幅広いネットワークを持つ経済界のド
ンとして君臨していたのです。
 そして、ロックフェラーは、米国、西ヨーロッパと日本の財界
人や官僚や学者による諮問機関設立の必要性を痛感し、1973
年に日米欧三極委員会を立ち上げたのです。
 カーター政権は、この日米欧三極委員会が全面的に支えたこと
によって誕生したのです。カーターはこの秘密結社のメンバーに
なることによって、ビジネス界、マスコミ、国内外の政府高官を
含むエリートたちの多数と知り合い、世界中に知人や友人のいる
エリートになったのです。
 そのため、カーター政権には、日米欧三極委員会のメンバーが
多数入っているのです。したがって、予期に反してクリントンが
大統領に当選したとき、ロックフェラーはカーター政権のときと
同様に人材を政権に送り込み、事実上政権をハイジャックしてし
てしまえばよいと判断し、事実その通りに行ったのです。
 クリントン政権の国務長官、ウォーレン・クリストファーは、
かつてのカーター政権のとき、国務副長官として政権入りしてお
り、クリントン政権では国務長官として入閣しているのです。
 しかも、この国務省の中東和平推進チームは、ブッシュ政権の
ときと同じチームが担当することになり、シオニスト・ロビーと
しては「これでは何のためにクリントンを勝たせたのかわからな
い」と慨嘆したといわれています。それほど、米財界の保守本流
の勢力は強かったのです。
 要するに大統領はあくまで看板に過ぎず、そのバックの勢力が
国や世界を動かしているのです。  ・・・・・[秘密結社05]


≪画像および関連情報≫
 ・日米欧三極委員会とは何か
  日米欧三極委員会の目的は、北米、西欧、そして日本のエリ
  ート間のパートナーシップを強化し、西側資本主義の利益を
  守り、とりわけ新興国からの挑戦に対する資本主義社会の対
  応策を調整していこうというものである。これは、まさしく
  CFR(外交関係協議会)の国際版といえるものである。

1831号.jpg
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2006年05月11日

クリントンの裏切りとシオニストの反発(EJ1832号)

 1993年1月9日付の「インターナショナル・ヘラルド・ト
首席リビューン」には、次の見出しが出ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ユダヤ人団体、クリントンの対イスラエル政策に懸念!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1993年1月といえばクリントン政権発足と同時です。クリ
ントン大統領が政権の人事について、必ずしもシオニスト系の人
物を要職に指名しないことが明らかになってきたので、ユダヤ/
シオニスト組織から猛烈な反発が出ており、こういう記事が出た
ものと思われます。はっきりいって、シオニスト派にとって、そ
れほどクリントンの裏切りはひどいものだったのです。
 EJ第1830号でご紹介した藤井昇氏の本を精読すると、政
権外部からはとうてい窺い知ることはできない人事の詳細が記述
されています。ロックフェラー財閥によって代表される米財界保
守本流によるクリントン政権の換骨奪胎の様子が、政権発足当初
からはじまっていたことがわかります。
 1993年5月に、次の人事が発表されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ステファノポロス首席報道官の解任・降格
   デヴィット・ガーゲン、ホワイトハウス補佐官に就任
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ステファノポロス首席報道官はギリシャ系のシオニスト色の強
い人物だったのです。当時、米財界保守本流はトルコを経由して
中央アジアのイスラム教圏の経済開発に力を入れていて、親トル
コだったのですが、トルコとギリシャは伝統的に敵対関係にあり
ギリシャはシオニスト派と結びついていたのです。
 ホワイトハウス入りしたデヴィット・ガーゲン補佐官は、ニク
ソン、フォード、レーガンの3代の共和党大統領に仕えた経験が
あり、筋金入りの保守本流の人物です。このガーゲンのホワイト
ハウス入りを契機に彼は実務上の権力の中枢を握り、ホワイトハ
ウスを仕切るようになっていったのです。このようにして、大統
領を支えるスタッフまでが、ロックフェラー財閥系のスタッフに
よって入れ替えられていったのです。
 このようにして、シオニスト派によって本丸を固めたはずのク
リントン政権は保守本流の勢力によって換骨奪胎され、変質を遂
げていったのです。その変質ぶりが一番よくわかるのは、NAF
TA/北米自由貿易協定の取り扱いなのです。
 もともと民主党の経済政策は一国繁栄主義――経済ナショナリ
ズムの管理貿易主義のはずです。したがって、NAFTAに関し
ては、ほとんどの議員が反対を表明していたのです。
 北米自由貿易協定/NAFTAは、アメリカ、カナダ、メキシ
コの3国間で自由に貿易をしようという協定です。ブッシュ政権
の末期の交替期の1922年12月に署名され、1994年1月
1日から発効しています。NAFTA成立以降、域内の貿易は拡
大し、特にメキシコの発展に伴いアメリカとメキシコの貿易が大
幅に拡大しています。
 それでは、民主党はどうして反対したのでしょうか。
 それは、民主党が経済政策に関しては保護主義/管理貿易派で
あったことと、メキシコというカトリックとスペイン語の国をど
う見るかという根本的な問題がそこにあったからです。とくに反
対の先頭に立ったのは、民主党のロス・ペローだったのです。
 NAFTAに関しては、政府間の調印は終わっていたのですが
議会の批准が済んでいなかったのです。クリントンは大統領選に
おいては、もちろん「NAFTA反対」を掲げて選挙戦に臨んで
いたのです。
 そういう状況のなかで、当のロス・ペローと副大統領のゴアと
の間でテレビ討論が行われたのです。そのとき、米国民はクリン
トン政権の変質ぶりに驚いたのです。というのは、選挙のときは
ロス・ペローよりもシオニスト寄りで保護主義者だったゴアが
NAFTAを堂々と援護したからです。
 1993年11月20日、NAFTAは批准されます。このと
きクリントン大統領は自ら一人ひとりの議員の説得に当たるなど
して、法案可決に全力を上げたのですが、クリントン政権の民主
党は、上院でも下院でも反対票が賛成票を上回ったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ≪民主党≫        ≪共和党≫
      賛成   反対       賛成   反対
  上院  27   28   上院  34   10
  下院 102  156   下院 132   43
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 こうしたクリントン大統領の変質ぶりを見せつけられたシオニ
スト派は、1993年後半には反撃に転じます。1993年12
月20日を境にして、クリントン夫妻が不動産投資にからんで選
挙資金を不正融資したのではないかという、いわゆる「ホワイト
ウォーター・スキャンダル」が、ニューヨーク・タイムズ紙上に
登場してくるのです。
 このスキャンダルによる「クリントン・バッシング」は、19
94年に入って一層激しくなるのです。クリントンはシオニスト
の支援を受けて大統領に当選したにもかかわらず、当選後は、米
財界保守本流派に鞍替えした裏切り者であり、シオニスト派のメ
ディアは一斉にクリントンを攻撃したのです。
 このように、クリントンは大統領ではあるけれども、実際に国
を動かしているのは、ロックフェラーを中心とする米財界保守本
流のスタッフなのです。藤井昇氏は、米国の大統領職について次
のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アメリカ大統領職とは、しょせん、アメリカ財界政治部の一要
 職にすぎないということである。――藤井昇著、「ロックフェ
          ラー対ロスチャイルド」より。徳間書店刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− [秘密結社06]


≪画像および関連情報≫
 ・NAFTA/北米自由貿易協定
  加盟国間の関税を10年から15年の間に撤廃すること、金
  融や投資を自由化すること、知的所有権の保護を図ることな
  どを目指し、1992年12月に調印され、1994年1月
  に発効。NAFTAは約4億人の消費者を持ち、ヨーロッパ
  経済地域に次ぐ世界第二位の自由貿易地域を形成している。
  しかし、当初から、カナダやメキシコにおける環境、労働、
  人権などが、米国企業によって犠牲になることが懸念され、
  環境保護団体や労働組織など多方面から反対の声が挙がって
  いる。1994年1月1日の協定発効日には、先住民の多い
  メキシコ南部チアパス州で、NAFTAに反対してサパティ
  スタ民族解放軍が武装蜂起している。

1832号.jpg
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2006年05月12日

「PNACとブッシュ現政権」(第1833号)

 ここまでは、ロックフェラー財閥対ロスチャイルド財閥の構図
で米クリントン政権を分析してきましたが、現在の米国はこの2
つの財閥――秘密結社の対決構図だけで説明できるほど、単純で
はないのです。
 現ブッシュ政権は、米財界保守本流の政権ですが、この政権は
PNACというグループ――Pはプロジェクトの意ですが、一時
的な特定目的の集団ではなく一種のサークル的な秘密結社である
――このグループを抜きにしては語れないのです。PNACとは
次の頭文字を取った略語です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    PNAC = 新アメリカの世紀プロジェクト
    Project for the New American Country
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 PNACは、1997年6月、 ウィリアム・クリストルとい
う人が設立した団体です。クリストルは有力保守系政治雑誌の編
集人ですが、ハーバート大学で博士号を取得し、ペンシルバニア
大学で教鞭を取っていたこともある秀才です。
 クリストルの父親は、「ネオコンサーバティブの父」と呼ばれ
るアーヴィング・クリストルという人です。このネオコンサーバ
ティブ――略して「ネオコン」=新保守主義と呼ばれています。
クリストルは、ブッシュ(父)政権下では、ダン・クゥエール副
大統領の首席補佐官を務めているのです。
 2001年1月にブッシュ政権が誕生すると、PNACのメン
バーが続々と政権入りしています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    ディック・チェイニー副大統領
    ドナルド・ラムズフェルド国防長官
    ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官
    リチャード・パール国防政策委員長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 現在、イラクの状況は米国にとって最悪といえるものです。あ
るとしていた大量破壊兵器は発見されず、戦争の大義というもの
がなくなっています。米兵の戦死者の数も多く、ブッシュ大統領
の支持率はドン底に落ち込んでいます。
 しかし、ブッシュ政権――というよりPNACとしては所期の
目的を果たしたと考えているでしょう。それは絶対に口に出して
はいえませんが、米国としては大きな脅威をひとつ取り除くこと
に成功したからです。
 ブッシュ大統領は就任直後の2月16日に、突如米英両軍の戦
闘爆撃機24機でイラクの首都バッダット近郊の同国軍対空防衛
司令部など5ヶ所を空爆しています。今にして思えば、ブッシュ
政権の姿勢をこれで見せつけたのです。「前のクリントン政権と
は違うぞ」という姿勢を誇示したのです。
 PNACが恐れていたのは実はイランやイラクではなく、中国
の台頭なのです。中国のイラクへの武器輸出は、1981年から
2001年の間に全体の18%に達していたのです。これにより
イラクへの兵器供給国として中国は、フランスを抜いてロシアに
次いで第2位になっているのです。
 さらに中国は、1990年代後半において、ミサイル技術、先
端レーダーシステム向け部品、神経ガス用の化学物質、さまざま
なミサイル関連のハイテク装置や巡航ミサイルなどをイラン、パ
キスタン、シリア、リビアに売却しているのです。
 中国としては要するに中東の石油が欲しいわけです。イラクの
フセイン大統領はそういう中国の足元を見て取引を持ちかけてい
るのです。したがって、PNACとしては、まず、イラクを攻撃
して中国の野望をくじく必要があると考えたのです。
 なぜ、そうしなければならないのか。PANACのウィリアム
・クリストルは、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そうしなれば、これから10年後には、我々はイラク、イラン
 北朝鮮、中国がそれぞれ核兵器でアメリカを攻撃できる能力を
 持った世界に住んでいることになるだろう。そしてその間に、
 我々は中国の攻撃から台湾を守らなければならないのかどうか
 の決断を迫られ、サダム・フセインが再びクウェートの石油を
 奪取しようという試みに直面することになる。
  ――菅原出著、「日本人が知らないホワイトハウスの内戦」
                       ビジネス社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このような中東への大量破壊兵器拡散を加速化させている中国
に対して、当時のクリントン政権は圧力をかけるどころか、「戦
略パートナー」と呼び、関係強化を図ろうとしていたのです。そ
れだけではないのです。クリントンはアーカンソー知事の時代に
大物華僑であるリッポーグループから不正献金受けたという疑惑
が取り沙汰されるなど、中国との間には黒い噂があるのです。
 このような優柔不断のクリントンと比べるとブッシュ現大統領
は、どちらかというとあまり評価の高くない大統領であるとされ
ているものの、どうやら実体はかなり違うようです。決してPN
ACの考え方に盲従せず、自分のペースで慎重にイラクへの決戦
の火蓋を切っています。
 目的は将来の禍根を絶つためにフセインの支配するイラクを潰
すこと――中国とことを構えるわけにはいかないので、近い将来
米国を攻撃してくる敵をひとつ減らすことが狙いなのです。イラ
クの後始末は大変ですが、ブッシュ大統領はその大事な仕事をや
り遂げたのです。
 レーガン政権のとき、ブッシュ・ジュニアは、当時国務長官を
していたジョージ・シュルツの自宅を訪ね、フーバー研究所のス
タッフと3時間半にわたり、国内経済から外交政策に関して議論
したことがあります。そのときシュルツをはじめフーバー研究所
の研究員はブッシュ・ジュニアの物事の本質を掴み取る速さに舌
をまいたというのです。      ・・・・・[秘密結社07]


≪画像および関連情報≫
 ・PNACについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「米帝国論」がワシントンで注目されている。震源地は、外
  交・安保問題の研究所「新アメリカの世紀プロジェクト」P
  NAC。5年前に発足した新参シンクタンクだが、ブッシュ
  政権の大物が深くかかわり、政策決定に及ぼす影響力は無視
  できない。イラクや中国に対する強硬策を求めるなど、政権
  の単独行動主義を思想的に下支えしている。(ワシントン=
  杉本宏)
  http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/pnac.html
  ―――――――――――――――――――――――――――


ブッシュ大統領.jpg
ブッシュ大統領

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2006年05月15日

クリントン前大統領の正体を探る(EJ1834号)

 EJ第1830号からEJ第1832号にかけて、クリントン
がシオニスト派の支持を受けて大統領選を戦い、強敵父ブッシュ
元大統領を破って当選したものの、大統領になると一転して世話
になったシオニスト派を裏切り、米財界保守本流の意向に沿って
行動したことについてお話ししました。そして、それは、ロック
フェラー財閥主導による政権の換骨奪胎、すなわち、政権乗っ取
りが行われた結果であると述べています。
 これは、『ロックフェラー対ロスチャイルド』(徳間書店刊)
の著者、藤井昇氏の所説を参考にして書いたものです。しかし、
よく考えると、この説には少し矛盾があるのです。クリントンは
1996年の大統領選で対抗相手のボブ・ドールを破り、余裕を
持って再選されているからです。
 第1期ではシオニスト派を裏切ったのですから、1996年の
選挙では支持が得られないはずです。ロックフェラーに代表され
る財界の保守本流としても、独自の候補を立てればよいわけです
から、別にクリントンを応援するまでもない――それなのにクリ
ントンは楽勝しているのです。
 ところで、1992年の大統領選に意外な事実があるのです。
現在、ウエスト・ヴァージニア州選出の上院議員であるジェイ・
ロックフェラーなる人物が1992年の大統領選に民主党から出
馬し、予備選でクリントン候補に敗れているという事実です。
 これは、EJで何回もご紹介している副島隆彦氏の所説なので
すが、これが正しいとすると、EJ第1830号において、19
92年の選挙には、ロックフェラー上院議員は手を上げなかった
と書いたのは誤りということになります。
 このジェイ・ロックフェラーとは何者でしょうか。
 この人は、ロックフェラー家の正当な嫡男であり、正式名称は
ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー4世です。創業者の初
代石油王ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー1世(ロック
フェラー・ジュニア)の4代目ということになります。彼の父親
は、ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー3世です。以下、
4世をジェイ・ロックフェラーと呼ぶことにします。
 それでは、どうしてロックフェラー4世は選挙でクリントンに
敗れてしまったのでしょうか。
 それは、4世の叔父に当たるロックフェラー家現当主デイヴィ
ット・ロックフェラーがクリントンの方に肩入れしたからなので
す。これは、副島氏によると、要するに「本家と分家の争い」で
あるというのです。
 3世が亡くなったとき、ジェイは41歳であり、十分後を継げ
る年齢に達していたにもかかわらず、3世の弟であるネルソン・
ロックフェラーが当主となり、さらにネルソンが死去すると、や
はり3世の弟である当時64歳の現当主のデイヴィット・ロック
フェラーへ当主の座がたらい回しされたのです。つまり、2代に
わたって分家があとを継いでいることになります。そこには、典
型的な跡目相続の醜い争いがあるのです。
 1992年の大統領選のさい、当時現当主のロックフェラーは
77歳に達していたのですが、世紀の嫡男であるジェイが大統領
選に出ると知ると、クリントンに肩入れして予備選でジェイを敗
退させ、それを阻止したのです。そして、91歳に達した現在も
デイヴィットはロックフェラー家の当主を続けているのです。
 そうなると、クリントンは一体何者かということになります。
なぜ、ロックフェラーが当時アーカンソー州の知事でしかないク
リントンを支援したのでしょうか。
 それには、ロックフェラー家の家系を少したどってみる必要が
あります。ロックフェラー2世には次の5人の男の子がいたので
す。つまり、5人兄弟です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ジョン・ダヴィットソン・ロックフェラー3世
   ネルソン・ロックフェラー
   ローレンス・ロックフェラー
   ウィンスロップ・ロックフェラー
   デイヴィット・ロックフェラー  → 現当主
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このうち、3世に次いでネルソン、デイヴィットがそれぞれ当
主になったことは既に述べました。注目すべきはウィンスロップ
・ロックフェラーという人物です。驚くべきことに副島氏は、ク
リントンは、このウィンスロップ・ロックフェラーの実子である
というのです。そういう噂は確かにあったのですが、副島氏はわ
ざわざ米テキサス州まで取材に行き、それが間違いないことを確
認しているのです。
 確かに、ウィンスロップはアーカンソー州の知事をやっていま
すし、後にクリントンが州知事になれたのも納得がいきます。ま
た、クリントンが大秀才しかもらえないローズ奨学金で英国に留
学していること、エール大学に入学していること――普通の貧し
い家庭の子供が歩める道ではないのです。
 クリントンが高校生のときに時のジョン・F・ケネディ大統領
と握手した話は有名ですが、そのセレモニーの主催者はアーカン
ソー州知事であった父のウィンスロップなのです。米国のメディ
アはこのときの映像をよく流していましたが、実はクリントンの
そばに父親が写っていたのに、メディアの映像ではそれがカット
されているのです。
 クリントンは次の大統領選で妻のヒラリーを出馬させ、夫婦そ
ろってホワイトハウスに復帰することを狙っています。これにも
デイヴィット・ロックフェラーの影がちらついているのです。
 ところで4世のジェイはニューヨークの金融財界を掌握しよう
として動いているといわれます。そして遅まきながら、当主の座
を本家に戻そうとしています。それには、現当主のデイヴィット
とクリントンが立ちふさがることは間違いないといわれます。
 このようにクリントンはロックフェラー家の現当主をバックに
驚くべき政治力を持っているのです。  ・・・[秘密結社08]


≪画像および関連情報≫
 ・副島隆彦著、『老人税』/祥伝社刊
  ロックフェラーといえばアメリカを支配する黒幕と言われて
  いますが、ヨーロッパを支配しているのはロスチャイルド一
  族で、両者は対立・競争関係にあるという人がいます。また
  「陰の世界政府」と呼ばれ、世界を陰で動かしている勢力は
  ロスチャイルドやロックフェラーをも操ることのできる大き
  な力をもつ組織だという説もあります。
  http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-rojinzei.html

1834号.jpg
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2006年05月16日

米国の陰の政府/ロックフェラー(EJ1835号)

 一般的にロックフェラーと聞いて何を連想するでしょうか。
 おそらく日本人は「世界一の石油王」、「世界一の大金持ち」
それから「慈善家」というところでしょうか。また、ニューヨー
クの国連ビルを連想する人もいるかも知れません。確かにニュー
ヨークの国連ビルの敷地は間違いなくロックフェラー家が国に寄
付したものだからです。
 しかし、ここまで見てきたように、ロックフェラーには別の顔
があり、ヨーロッパを支配しているとされる英ロスチャイルドと
並ぶ大財閥として、米国の政治や経済などを仕切っている「陰の
政府」のような存在なのです。
 ロックフェーに関してはさまざまな本が出ていますが、大変参
考になった本のひとつに次の本があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 E・M・ジョセフソン著、馬野周二監訳
 『ロックフェラーがアメリカ経済をダメにした』/徳間書店
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 著者のE・M・ジョセフソン氏は、ニューヨーク市の内科の開
業医なのですが、政界に詳しく、テレビキャスターやコラムニス
トとして、上下両院でも爆弾質問を行うなど活躍をした人です。
 既に1975年に亡くなっていますが、米国政府の真相を暴く
書籍を7冊も書くなど、米国の政治に大きな影響を与えた人物で
あるといえます。
 同書の監訳者の馬野周二氏は通産省の技官を経て、ニューヨー
ク工科大学の教授も勤めた人です。米国政府の技術開発に携わっ
た経験から、技術者としての見地で米国政治とビジネスの実態を
知る機会があり、帰国後に米国の政治・経済・歴史の再構築に取
り組み、多くの著書を出版しています。
 馬野氏は単なる同書の翻訳者ではなく、同書の冒頭に「はじめ
に」という章を設けて、馬野氏自身の意見を述べているのですが
この部分が大変興味深いのです。
 「人民の、人民による、人民のための政治」――米国の建国の
精神であり、現在米国はそれを世界中に輸出しているといってい
ますが、ジョセフソンは米国の実体はそのようなものではなく、
次のようなものであるといっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  米国の実体は少数の支配家系による強固な独裁政治である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、今までの米国の大統領の大部分が血脈上つながってお
り、東部エスタブリッシュメントを形成しているのです。血脈が
つながっていれば一族のようなものであり、一体となって支える
ことによって米国を支配できるのです。
 しかし、米国国土の中西部や西部、南部が開拓されるにつれて
血脈がつながっていない者もホワイトハウスの主になる者も出て
くることになります。例えば、ニクソンやレーガンは西部、カー
ターやクリントンは南部の出身であり、血脈はつながっていない
のです。
 こういう場合は、勝手なことをさせないように政権にスタッフ
を送り込み、国家運営の実権を握ってしまうのです。このことは
カーター政権やクリントン政権のケースでも分析した通りです。
もし、彼らが勝手なことをしようとすると、間違いなく失脚させ
られるか、命を奪われることもあるのです。
 彼らの傀儡であったとみられる32代米大統領――フランクリ
ン・D・ルーズベルトは、米国史上唯一四選された大統領ですが
彼は政治生活を総括して、次のような意味深なことばを残してい
るのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 政治・経済のことについては偶然に起こることは一つもない。
 偶然に起こったように見えても、それはそうなるように図られ
 ていたのだと結論づけてもいい。
            ――フランクリン・D・ルーズベルト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ところで「陰の政府」といわれるロックフェラー財閥が管理す
る財産は、どのくらいあるのでしょうか。
 ロックフェラー財閥が管理する財産は、6400億ドル、多国
籍企業200社支配、米国の10大メーカーのうち6社、10大
保険会社のうち6社、富は全米国民総生産の50%を超えるとい
われます。
 イスラエル・ユダヤとの関係では、ロスチャイルド財閥が「シ
オニズム」――イスラエル建国を支持してバック・アップしてい
るのに対して、ロックフェラー財閥は、どちらかというとアンチ
・シオニストの傾向が強いということは既に述べた通りです。こ
れらの超巨大財閥が世界各地で激突しつつ、覇権を争っていると
いわれます。
 一般的に世界経済を牛耳っているのは、ロックフェラー財閥を
含めて次の7つの財閥であるといわれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.ロックフェラー財閥   5.モルガン財閥
   2.ロスチャイルド財閥   6.ベクテル財閥
   3.サッスーン財閥     7.ザハロフ財閥
   4.クーン・ロエブ財閥
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロックフェラーはもともとはWASPであり、ユダヤ系ではな
いのですが、ユダヤ財閥と緊密な関係ができるなかで融合し、ユ
ダヤ化しています。ユダヤ系財閥の中心はもちろんロスチャイル
ド財閥です。
 サッスーン財閥はロスチャイルドの支家の一つで、中国・上海
を本拠地にしています。クーン・ロエブ財閥はロスチャイルド財
閥の米国支店、モルガン財閥はウォール街を本拠地として金融業
で成功、ベクテルとザハロフは軍需財閥で、ユダヤと米国の軍事
支配の先兵です。         ・・・・・[秘密結社09]


≪画像および関連情報≫
 ・フランクリン・D・ルーズベルト
  ルーズベルトはその任期中に世界恐慌と第2次世界大戦を経
  験し、20世紀における中心人物のうちの一人であった。ル
  ーズベルトのリーダーシップはアメリカ合衆国を世界恐慌か
  ら回復させ、第2次世界大戦までの世界構造の中で枢軸国に
  対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。しかしながら、
  スターリンに対する微妙な姿勢は後の歴史家によって批判の
  対象となった。彼の平和に対する国際組織の展望は死後に国
  際連合として結実した。       ――ウィキペディア

1835号.jpg
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2006年05月17日

イルミナティ=フリーメーソンではない(EJ1836号)

 EJ第1834号でご紹介した本の著者ジョセフソンは、ロッ
クフェラーの行動を分析した結果、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ロックフェーの行動はイルミナティのそれである
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「イルミナティ」とは何でしょうか。
 イルミナティとは、「啓明結社」とも「光明結社」ともいう秘
密結社のひとつであり、もう既にその歴史を終えています。この
ようにいうと、研究家の人たちから、「そんなことはない。現在
もイルミナティはある」という反論を受けそうですが、歴史的に
いうのであれば既に終わっているというのが正しいのです。
 ただ、その幻想は現代もなお陰謀史家の頭のなかで生き続けて
おり、いわゆる世界的な陰謀にはすべてこのイルミナティの影が
あると考えられているようです。それに世界最大の秘密結社とい
われるフリーメーソンについてもイルミナティと同一視している
人がたくさんいるようですが、これも間違いです。
 そこで、イルミナティとはどのような経緯で結成され、どのよ
うな活動をやったのか――簡単に歴史を調べてみるのは、無駄で
はないと思います。
 イルミナティが発足したのは、ドイツのバイエルン地方であり
創立者はこの地方のインゴルシュタット大学の法学部長をやって
いたアダム・ヴァイスハウプトという人物です。
 ヴァイスハウプトはユダヤ人であり、少年期に戒律の厳しいこ
とで知られるイエズス会の修道士を任されたのです。このとき強
い反宗教意識が芽生えるのです。しかし、好奇心の強いヴァイス
ハウプトは、バビロニアやエジプトなどのデモーニッシュな密儀
や秘儀に心ひかれるようになっていったのです。
 ヴァイスハウプトは極めて優秀であり、27歳の若さでインゴ
ルシュタット大学の法学部長に栄進します。しかし、彼はその大
学で陰湿ないじめに遭うのです。若い教授の才能に対する妬みや
そのあまりの自由思想に対する反発からです。そのいじめは常軌
を逸しており、これによって彼は、少しずつ人間を信用できなく
なっていくのです。
 その対抗策としてヴァイスハウプトは、自分と意見を同じくす
る仲間を集め、秘密裏に会合を開き、会の存在と内容については
一切の他言を禁じたのです。そして、リーダーシップのあるヴァ
イスハウプトは、会員に対して自分への完全服従まで要求したの
です。このようにしてはじまった組織がイルミナティの前身であ
り、本格的に秘密結社として発足したのは、1776年5月1日
のことです。
 当時は自由思想は隆盛をきわめており、イルミナティの会員は
急速に増えていったのです。
 イルミナティというのは次の言葉から由来すると一般的には考
えられています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    illuminate = イルミネート → 啓蒙する
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 別の考え方もあります。本当のところは、イルミナティは「光
を与える」という意味だというのです。ここで「光」とは「ルシ
ファー(ルチフェル)」のことです。
 聖書によれば、ルシファーとは「サタン」であり、悪魔という
ことになります。旧約聖書にはこういうことが書いてあります。
ルシファーは光の天使として天上において大きな力を持っていた
が、その力を過信して自らが神になろうとしたので神の怒りを買
い、地獄に突き落とされた「堕天使」である――このように記述
されています。
 その真偽はおくとして、イルミナティという秘密結社の目的と
は何でしょうか。
 ヴァイスハウプトは、当時既に存在した秘密結社であるフリー
メーソンを研究し、イルミナティの会員を次の3つの階級に分け
ています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           1.養 成 的位階
           2.メーソン的位階
           3.密 儀 的位階
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イルミナティの目的についてヴァイスハウプトは、「密儀的位
階」に達した会員にのみ伝えているのです。つまり、ここでいう
養成的位階とメーソン的位階は、いわば洗脳のレベルを示すもの
と考えてよいでしょう。
 密儀的位階をクリアした会員にヴァイスハウプトが伝えたイル
ミナティの目的とは次の7つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  →  1.あらゆる統合政体(国家)の廃絶
     2.私有財産の廃絶
     3.相続権の廃絶
     4.愛国主義的の廃絶
  →  5.すべての宗教の廃絶
     6.結婚の廃絶による家族制度の廃絶
  →  7.世界政府の樹立
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ヴァイスハウプトは、とくに1、5、7に力を入れていたので
す。国家の廃絶を強く望み、ユートピア的な世界政府の実現を目
指し、そのためには暴力革命も辞さないという、当時としては極
めて過激な思想だったのです。
 このイルミナティの思想は、明らかにマルクス共産主義の思想
に通じています。カール・マルクスはユダヤ人の弁護士の子とし
てドイツのライン州トリールに生まれています。そして、16歳
のとき、彼はジャスト支部というイルミナティの組織に入会して
いるのです。           ・・・・・[秘密結社10]


≪画像および関連情報≫
 ・カール・マルクス
  ―――――――――――――――――――――――――――
  カール・マルクスは1818年5月5日、トリールに生まれ
  ました。父はハインリッヒ、母はヘンリエッテ。両親ともユ
  ダヤ教の由緒あるラビ(指導者)の出身。つまり、マルクス
  はユダヤ人社会の名門に生まれたのです。父は1789年の
  フランス革命とその後のナポレオンのトリール支配から啓蒙
  思想の影響を受け弁護士(トリール市の法律顧問)になりま
  すが、フランスはワーテルローの戦い(1814年)で敗退
  し、トリールを奪還したプロイセン(ドイツ)は伝統的なキ
  リスト教信仰を押しつけ、ユダヤ教徒を公職から追放する条
  例を作りました。父は信仰を守るか、それとも職を守るかの
  選択を迫られ、その結果、職を選び、1816年にユダヤ教
  を捨てキリスト教に改宗、洗礼名ハインリッヒ(それまでは
  ヘッシェル)を名乗るようになったのです。
  http://www.geocities.jp/thkxp/chack/z-chack09.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

1836号.jpg
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2006年05月18日

ユダヤ人の戦略と秘密結社(EJ1837号)

 秘密結社の話をするとき、ほとんどの人は「そんなもの本当に
あるのか」と疑います。誰も「私はこれこれこういう秘密結社に
属している」とはいいませんし、そういう結社が看板をかけて存
在しているわけではないからです。
 また、こっそりと隠れて何かをやっているというわけでもない
のです。秘密結社はある意味で堂々とやっています。しかし、一
般的な印象では、「人に隠れてよからぬことをやっているグルー
プ」というイメージが付きまとうことは確かです。
 さて、秘密結社になぜ「秘密」という言葉が使われているので
しょうか――これには、次の3つの理由があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.その存在自体が秘密である
       2.誰が属するかは秘密である
       3.何をやってるか秘密である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1は「その存在自体が秘密である」ということです。
 その結社に属する結社員(以下、会員)は、こういうグループ
が存在することを他人にいってはならないのです。そのグループ
の存在は会員だけがわかっていればよいことであって、こんなグ
ループがありますよと、第三者に対していう必要はないのです。
 第2は「誰が属するかは秘密である」ということです。
 その存在自体を明かしてはならないのですから、誰が会員であ
るかを他言することは厳禁です。具体的にいうと、会員名簿は門
外不出なのです。したがって、ある人は○○結社の会員だという
人がいたら、それは非会員が憶測でいっていることになります。
 第3は「何をやってるか秘密である」ということです。
 何のための結社であるか――つまり、結社の目的は会員ですら
一部の人にしか知らされていないのです。それだけ秘密性は高い
ということです。結社の中には入社儀式を行い、それを重視して
いるところがありますが、入社儀式は絶対に他言禁止なのです。
 もうひとつ秘密結社には何らかの意味でユダヤ人が深く介在し
ています。イルミナティの創始者であるアダム・ヴァイスハウプ
トはユダヤ人ですし、そのイルミナティに入会したカール・マル
クスもユダヤ人です。
 秘密結社について考えるとき、ユダヤ人が基本的にどういう考
え方をする民族であるかについて知っておく必要があります。ユ
ダヤ人は亡国の民として国を持たず、流浪の民として行く先々で
あらゆる迫害を受けてきたのです。
 ユダヤ人はそういう経験から、しだいに次のような考え方を持
つようになってきたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.自分たちを迫害しているのは「国家」である
   2.国家の中枢にはエリートたちの「家」がある
   3.迫害の阻止には家の内部から壊すべきである
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まず、自分たちを迫害しているのは「国家」という組織である
と考えたのです。そして、国家の支配階級を構成し、その権力の
中枢をなしているのは一部のエリート(貴族)が構成する「家」
であると認識しているのです。
 これは実に鋭い観察力であると思います。要するに国を動かし
ているのは「家」――ロックフェラー家であるとかロスチャイル
ド家であるとかそういう少数の「家」、すなわち結社であると見
抜いているからです。
 そして、そういう「家」は外からは力を加えて崩すよりも、何
らかの方法で「家」の内部に入り込み、内部から崩壊させるしか
ないという戦略まで立てているのです。その結果、ユダヤ人は、
「家」の中に自然に入り込める職業――医者か弁護士などを積極
的に職業として選んだといわれます。
 ニューヨークはとくにユダヤ人の多い都市で、ユダヤ系の人々
の支持を取り付けないと、市長にはなれないといわれます。ニュ
ーヨークの開業医は99.99%までがユダヤ系であり、弁護士
や新聞・雑誌の経営者のほとんどはユダヤ系なのです。
 さらにユダヤ人は力を持つために、積極的に金融業を生業とす
ることを厭わなかったのです。ヨーロッパのキリスト教世界では
「金銭を生業とするのは卑しいことである」という思想があり、
ユダヤ人が金融業を営むのを放置したのです。つまり、金融業は
ユダヤ人に任せたのです。
 ニューヨーク株式市場に上場している経営者や管理職のなかで
指導的な立場に立っている人のユダヤ人の比率は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       WASP ・・・・・ 95%
       ユダヤ系 ・・・・・  5%
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このようにユダヤ系はわずか5%ですが、経済・金融面に強く
巨額のマネーにかかわっており、加えて資質も優秀なので、政治
的にも強い影響力を握っているのです。文字通り、内部からコン
トロールをはじめているのです。
 世界最大の金融センター・ニユーヨークのウォールストリート
で活動している人々は、大きくわけてユダヤ系と非ユダヤ系とに
二分されますが、ユダヤ系証券会社の旗頭はソロモン・ブラザー
ズ社であり、ゴールドマン・サックス社もユダヤ系です。
 非ユダヤ系からユダヤ化した証券会社には、ロックフェラー財
閥の主力であるメリルリンチ社のほか、ファースト・イースト、
モルガン・スタンレー社などがあるのです。
 また、WASPであってもユダヤ人の内部侵入戦略によって融
合が進み、ユダヤ化しているのです。表面上はWASPのフリを
していますが、本当はユダヤ系になっているのです。
 世界の富の3分の1が米国に集中しているといわれます。その
潤沢な資金の大半はユダヤ系の富裕層が保有し、運用していると
いわれています。         ・・・・・[秘密結社11]


≪画像および関連情報≫
 ・ユダヤ人の定義とは
   古い民族の「ユダヤ人」と、ユダヤ教徒の「ユダヤ人」は
  同一ではない。現代イスラエル国の帰還法によると、母親が
  「ユダヤ人」であるか、ユダヤ教に改宗した人のこととされ
  る。一方、トーラーによると、ユダヤ人であるためには母親
  がユダヤ人でなければならない。
   「ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する人々」という定義は、
  古代・中世にはあてはまるが、近世以降では、キリスト教に
  改宗したユダヤ人(例えばメンデルスゾーン)も無神論者の
  ユダヤ人(例えばフロイト)も一面では「ユダヤ人」と呼ば
  れるのが現実であり、特に19世紀以降の西欧では、民族を
  指す言葉と考えた方が良いという人もいる。
                    ――ウィキペディア

1837号.jpg
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2006年05月19日

イルミナティとフリーメーソンの関係(EJ1838号)

 ロックフェラーのことを述べてきた関係で、フリーメーソンに
ついて詳しく説明する前に、イルミナティについて説明をしよう
と試みています。その方がフリーメーソンをより理解できると思
うからです。
 イルミナティの創始者であるヴァイスハオプトは非常にカリス
マ性があり、何人も彼の話を聞くと、強い共感を覚えたといわれ
ます。彼はその時点で既に大きな組織になっていた秘密結社フリ
ーメーソンのあるロッジに自ら入会するのです。「組織を支配し
ようと思うなら、内部に入るべし」というユダヤ人の考え方の実
践といえます。
 ヴァイスハオプトの強烈な個性と巧みな説得力はその組織のな
かでめきめきと頭角をあらわし、押しも押されぬこのロッジの中
心人物にのし上ったのです。このようにして、ヴァイスハオプト
は、メーソンの組織内部にイルミナティ派を増やしていき、事実
上ロッジを支配するようになっていたのです。
 この動きをメーソンの本部は放っておかず、会員に命じていろ
いろな手を打ったのですが、既にメーソン内部でイルミナティの
勢力は既にゆるぎないものになっていたのです。
 1782年7月16日にイルミナティとフリーメーソンの間で
会談が行われ、協議の結果、イルミナティは正式にフリーメーソ
ンの中のひとつの派とすることになったのです。しかし、これは
ヴァイスハオプトの巧みにして、強引な説得力の賜物であり、イ
ルミナティとの合併に強く反対するフリーメーソンの会員は少な
からずいたのです。
 その一方でイルミナティが加わったことで、フリーメーソンの
会員は300万人を超える大組織になり、著名にして有望な会員
が次々とイルミナティの思想に取り憑かれるような事態になって
いったのです。とくに感受性の強い学者や作家、芸術家などがイ
ルミナティの魅力に取り憑かれたといわれます。
 その1人がゲーテなのです。ゲーテは晩年、「ファウスト」に
よってドイツ文学の金字塔を築いたのですが、その作品はイルミ
ナティ的な神秘主義をロマン主義文学に託したものなのです。
 イルミナティとの合併以前からのフリーメーソンのメンバーで
ゲーテと同様にロマン主義文学者である哲学者のジャン=ジャッ
ク・ルソーもイルミナティに共感を抱き、その自由思想によって
フランス革命に霊感を与えたといわれています。
 フランス革命といえば、経済的自由主義者として中心となって
働いたオノーレ・ミラボーも、イルミナティに強い共感を覚えた
フリーメーソン・メンバーとして知られています。
 しかし、イルミナティはその思想があまりに過激であるために
反発し警戒するフリーメーソンの穏健派のメンバーも多く、イル
ミナティ派の動きには強い批判も多かったのです。
 1783年のことです。イルミナティ派の一部が、時の政府と
教会の崩壊を狙ってテロによる軍事行動を起こすクーデター計画
があるという内部告発を受けて、バヴァリア政府が調査に乗り出
したのです。
 そして政府に動かぬ証拠を掴まれたイルミナティは、1785
年3月2日に活動停止処分なり、ヴァイスハオプトは国外追放さ
れたのです。これによってイルミナティは、フリーメーソンから
はもちろん地上から完全に消滅したかに見えたのです。
 秘密結社の研究家によるイルミナティについての一般的見解は
次のようなものです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イルミナティは、陰謀史家のとり憑かれた頭の中の妄想として
 しか存在しないような秘密結社である。彼らは、私たちすべて
 の生活は、ある秘密のエリートたちによって支配されていると
 いう恐ろしいセオリーを成立させるために、ありとあらゆるも
 のを動員しているのだ。     ――ニック・ハーディング
 ――海野弘著、『秘密結社の世界史』より。平凡社新書315
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、現在ではイルミナティは大きく変質しているのです。
現在イルミナティは「三百人委員会」というエリート・グループ
に支配されており、その目的は「ニュー・ワールド・オーダー/
世界秩序」をつくることであるといわれます。
 この新しいイルミナティ観に火をつけたのは、女性の陰謀史家
とされるネスタ・H・ウェブスターの次の本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ネスタ・H・ウェブスター著/馬野周二訳
  『世界革命とイルミナティ』 東興書院/1990
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ウェブスターによると、フランス革命からロシア革命にいたる
まですべてイルミナティの仕業であるというのです。現在、多く
出版されている、いわゆる陰謀論のネタ本のひとつです。
 このように、もともとあったフリーメーソンという秘密結社に
イルミナティという一派が入り込み、一体化したのです。すぐイ
ルミナティ派は犯罪を計画して姿を消したのですが、フリーメー
ソンにはイルミナティ的な因子が多く残されているのです。
 したがって、フリーメーソンを語るとき、本来のフリーメーソ
ンについて語るか、イルミナティ的なフリーメーソンを語るかに
よって、その内容は大きく異なってくるのです。
 フリーメーソンについて書かれた本もどちらに重点を置いて書
くかによって違ってきます。少しでも面白く書こうとすると、次
の図式に重きを置くようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    ユダヤ = イルミナティ =フリーメーソン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 私はフリーメーソンには、これらの両面があると考えるべきで
あると思っています。そのためには、イルミナティについても詳
しく知る必要はあるのです。そういう意味からウェブスター女史
の所説も取り上げたいと思います。 ・・・・・[秘密結社12]


≪画像および関連情報≫
 ・ネスタ・H・ウェブスター女史について
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ネスタ・H・ウェブスター女史は、大英帝国の最盛期、ヴィ
  クトリア女王時代の富豪である父と、大僧正の娘である母と
  の間に生れた、奇しき運命の子である。世人が全く知るとこ
  ろがない、近代西洋世界を暗黒の中から動かしてきた秘密結
  社の正体を、女史の霊眼は余すところなくここに剔抉した。
  本書は単に過去の分析をもって終るものではない。90年代
  を再び暗黒に鎖すべく活動するイルミナティの危険。女史が
  幽界から打ち鳴らす警鐘を、読者は聞くことが出来るだろう
  か。本書は1921年初版、1961年女史の死の直前に第
  6改訂版が出され、今日なお幾種類かの翻刻版が出回ってい
  る。      http://item.rakuten.co.jp/book/418931/
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

1838号.jpg
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2006年05月22日

SNSも一種の秘密結社である(EJ1839号)

 ここで「秘密結社」そのものについて、考えてみることにしま
す。秘密結社というと、何となく秘密的な、陰謀的な、神秘的な
おどろおどろしいイメージがありますが、よく考えてみると、こ
の世の中は秘密結社だらけなのです。
 秘密結社の定義とか分類という話になると、必ず出てくるある
名前があります。それは、セルジュ・ユタンという人物です。彼
は、秘密結社を次の2つに分けています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         1.政治的秘密結社
         2.入社的秘密結社
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「政治的秘密結社」とは、国王や政府を倒すという政治的目的
を持った結社であり、その目的ゆえにその存在は秘密とされ、メ
ンバーの名前も秘密にされます。
 フランス革命のさいのジャコバン・クラブやロシア革命の時の
ボリシェヴィキは、政治的秘密結社といえます。これらの秘密結
社は、その政治的目的が達成されると結社は閉じられるのです。
 「入社的秘密結社」とは、「入社式/イニシエーション」が重
要な意味を持ちます。入社式を通ってメンバーになることが大事
なのです。そして、最初の入社式を通ると、さらに上の段階への
入社式があり、その階段を一段一段上がっていくことに意義があ
るのです。フリーメーソンはその典型です。
 セルジュ・ユタンによると、入社式秘密結社では、とくに迫害
されていなければその存在は隠されておらず、入社儀式だけが非
公開であり、秘密に行われるだけであるとしています。
 ところで、セルジュ・ユタンというと、あのノストラダムスの
予言集の編集を行った人です。『ノストラダムスの大予言』の著
者、五島勉氏は、同書のなかで、セルジュ・ユタンを次のように
紹介しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 セルジュ・ユタンというのは、ソルボンヌ大学出身、やはりユ
 ダヤ系フランス人のすぐれた神秘哲学者である。〔中略〕ノス
 トラダムス研究家としても、表面に出ている人としては、本場
 の第一人者。詩の解釈をつづけるかたわら、フランス各地に埋
 もれたノストラダムスの原本・異本を掘り起こし、正確な編集
 をしてきたことで知られている。
  ――五島 勉著、「ノストラダムスの大予言X」、祥伝社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さて、ユタンの秘密結社の分類ですが、「政治」と「入社」と
対比してみると、政治は「目的」であり、入社は「方法」であっ
て対立項になっていない――これでは区分する共通基準になって
いないというのが、陰謀作家と称される海野弘氏の主張です。
 それならばどのように分類すべきでしょうか。
 海野弘氏の所説をご紹介しましょう。添付ファイルの図をご覧
ください。
 まず、縦軸の両極に「秘密」と「公開」があります。秘密結社
の秘密のレベルにはいろいろあるので、縦軸にそのレベルをとっ
ています。次に横軸の両極、すなわち左右――「私」と「われわ
れ」を配置しています。「私」とは個人、内的、精神世界であり
「われわれ」は社会、外的、現実世界をあらわします。
 これら縦軸、横軸によって4つの面が形成されます。4つの面
のそれぞれについて考えます。
 「T」は個人的な精神世界であり、秘密性が高いのです。秘密
の宗教カルトなどはこれに属するのです。なお、秘密――シーク
レット(secret)の「sec-」は「分離し、隠す」という意味です。
 「sec-」は「sect/セクト」につながってきますが、これは分
派――とくに宗教的分派の意です。なお、宗教的分派は「cult/
カルト」と呼ばれることもあります。
 「U」は私的な内的世界ですが、秘密性はなくオープンです。
芸術や学問のグループなどはこれに属します。もっとも作品――
成果は発表され、誰でも見ることはできますが、その創造プロセ
スは必ずしもオープンというわけではありません。
 「V」は、オープンで、社会的な団体・組織をあらわしていま
す。協会とか組合といった一般的な集団のほとんどはこれに属す
るといってよいと思います。
 「W」は、社会的、政治的で、きわめて秘密性が強いのです。
一般的な秘密結社という場合は、ほとんど「W」を指していると
考えて間違いがないでしょう。イルミナティやフリーメーソンな
ども「W」に属します。
 現代は「秘密結社ブーム」といわれています。個人的興味が多
様化している時代といわれています。その典型的なものに、最近
大流行の「SNS/ソシャール・ネットワーキング・サービス」
があります。
 SNSは、その存在は告知されていますので、秘密性は薄いと
いえます。そういう意味では「V」ですが、SNSは入会に関し
ては閉じており、会員である人の推薦メールがないと入れないの
です。そこに多少の秘密性があります。そして入会してからは個
人的な付き合いの世界であり、「U」の世界であるといえます。
 海野弘氏は、現代においてなぜ秘密結社が流行しているのかに
ついて次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 秘密結社は共通の認識の危機からあらわれる。常識は分裂し、
 バラバラになり、分離する。私たちは社会へのつながりを失っ
 て、小さなグループに逃避しようとする。現代社会において、
 「秘密」はどのようなものになっているだろうか。現代の二つ
 の傾向が「秘密」を形成していると思われる。一つは「ビジュ
 アル・カルチャー(視覚文化)であり、もう一つは「インター
 ネット」である。  ――海野弘著、『秘密結社の世界史』
                     平凡新書/315
−−−−−−−−−−−−−−−−  ・・・・[秘密結社13]


≪画像および関連情報≫
 ・海野弘著、『秘密結社の世界史』/平凡新書/315
  ―――――――――――――――――――――――――――
  人はなぜ“秘密結社”に魅せられるのか?ヴィジュアル・カ
  ルチャー、インターネットの発達によって、見える表面と見
  えない背後の二重化が進んだ現代では、物事の背後にある秘
  密を垣間見たいという欲望が高まっている。古代密儀、テン
  プル騎士団、薔薇十字団、フリーメーソン、イルミナティ、
  KKK、ナチス、カルト、マフィア。古代から中世、近代、
  二十世紀、現代に至るまで秘密結社という「隠された視点」
  から世界史を読み直す。
  ―――――――――――――――――――――――――――

1839号.jpg
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2006年05月23日

免除された石工/フリーメーソン(EJ1840号)

 「秘密結社」という言葉の意味について、もう少し考えておく
必要があります。
 「秘密」とは何でしょうか。
 「秘密」とは、隠されたもの、覆われたもの、つまり、見えな
いもののことです。「見えない」には2つの意味があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.「見えない」は不安であり、危険である
   2.「見えない」には真実が潜むことがある
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の「見えない」は不安であり、危険である――われわれの
世界は見えることが中心になっています。見えることは事実なの
です。私たちは見える世界に住んでいるのです。
 ですから、「見えない」ことは不安であり、危険だと感ずるも
のです。「見えない」ものとしての「秘密」は、不安であり、危
険であり、怪しげなのです。秘密結社が怪しげな陰謀の巣窟とさ
れるのはそのためです。
 しかし、見えるものは、仮象や幻想に過ぎないという考え方も
一方にあります。第2の「見えない」には真実が潜むことがある
――これはそのことをいっているのです。この考え方は、秘密に
こそ本当のものがある――その隠れたものに達することが本当の
知識であり、智恵なのです。
 海野弘氏は、「視覚は二重化した知覚」であるとして、次のよ
うに述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでは、視覚というのが二重化した知覚であるであることが
 わかる。見える側としての表、見えない個としての裏、見える
 外、見えない内、見える地上、見えない地下、上と下といった
 二分化が現われる時、「秘密」が成立し、「秘密結社」がつく
 られる。   ――海野弘の論文「すべてはつながっている/
                    秘密の世界ゲーム」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 一般社会というパブリックな世界にあって、社会に何らかのゆ
みやひずみができると、そこにポケットのように秘密結社ができ
るわけです。秘密結社は、表、外、上の一般社会に何らかの問題
や葛藤があるときに生ずるのです。
 現代において秘密結社が話題となっているのも、この考え方に
よれば一般社会に何らかの問題が発生しているためであるとも考
えられるのです。
 「結社」についても考えておきたいと思います。「結」は「む
すぶ」という意味であり、「ゆう」とも呼びます。つまり、メン
バーを一つに結んでいる紐帯という意味になります。それでは、
何がメンバーを結びつけているのでしょうか。それが密儀や奥義
なのです。そういう共通の秘密があると結束が強くなるのです。
 中国の秘密結社は「○○会」と呼ばれるそうです。「三合会」
というようにです。「会」とは人の集まりのことですが、「蓋」
という意味もあるのです。たとえばつぼにぴったり合う蓋をする
――そうすると密閉された内部空間ができますが、それが秘密結
社になります。
 英語でこれに該当するのが「フード」なのです。フードとは頭
巾のことです。例えば、「ブラザー・フード/兄弟団」などとい
うのです。そういえば、フードをすっぽりかぶるクー・クラクス
・クラン(K.K.K)という有名な秘密結社があります。
 さて、内なる秘密結社と外を繋いでいるものについて、海野氏
は興味深い意見を述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 秘密結社を外から隔てるのが、壁ではなくて敷居であることに
 注目しなければならない。壁は物理的な境界であり、越えにく
 いが、敷居は、精神的な境界で越えようと思えば越えられる。
 しかし、他人の家の敷居を勝手に越えてはならない、と考えら
 れている。秘密結社において、内と外は絶縁されているわけで
 はなく、ある程度通れるようになっている。内と外をどのよう
 につないでいるのかが、それぞれの結社の違いとなっている。
                ――海野弘氏の前掲論文より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さて、そういう秘密結社の代表的な存在が「フリーメーソン」
です。おそらく「フリーメーソン」という名前を一度も聞いたこ
とがないという人はいないと思いますが、それが何を目的とする
結社なのかということになると、百論があって、さっぱり実体が
掴めないというのが実情です。
 フリーメーソン――このことについて書かれた本によると、フ
リーメーソンとフリーメーソンリーという言葉が使い分けられて
いますが、まず、この言葉の意味から明らかにしましょう。
 フリーメーソンというときは特定の個人を指すのですが、フリ
ーメーソンリーというときは、フリーメーソンの集団を意味して
いるのです。もっともフリーメーソンリーという言葉を一切使わ
ず、フリーメーソンで個人も集団を意味することもあります。
 さて、この「フリーメーソン」――フリーは「自由な」、メー
ソンは「石工」という意味です。直訳すると「自由な石工」とい
う意味になります。
 この場合、「フリー」は「自由な」という意味よりも、「デュ
ーティ・フリー」の「フリー」――すなわち「免除された」とい
う意味にとらえるべきです。つまり、「何らかの義務が免除され
ている石工」という意味です。
 ところで、なぜ「石工」が問題になるのでしょうか。日本では
石工というと、墓石造りを連想してしまいます。それにどのよう
な義務を免除されていたのでしょうか。
 それには、フリーメーソンの歴史をたどってみる必要があると
思います。しかし、フリーメーソンの歴史は一向にすっきりして
いないのです。極めて複雑怪奇な話になると思いますが、明日か
ら挑戦してみたいと思います。    ・・・・[秘密結社14]


≪画像および関連情報≫
 ・クー・クラックス・クランとは何か
  クー・クラックス・クランのメンバーは、フードを備えた白
  いローブを着用している。それは敵に報復するために死後の
  世界から戻った兵士の幽霊を表し、顔を隠している。白いロ
  ーブとフードのもう1つの意味は「匿名の功績」であり、メ
  ンバーは神によって使命が与えられたと信じ、謙遜の象徴と
  して白いローブとフードを着用する。また別の説は、中世の
  テンプル騎士団員を模倣した物だとする。オリジナルのクー
  ・クラックス・クランの指導者には「テンプル騎士団員」の
  位階を持ったスコットランド人の石工が多数いた。
  "Grand Wizard"、"Exalted Cyclops"、"Kleagle"と言った位
  階は、クー・クラックス・クラン内での地位を示すために使
  用されたのである。         ――ウィキペディア

1840号.jpg
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2006年05月24日

ソロモンの神殿とは何か(EJ1841号)

 フリーメーソンリーはいつ誕生したのでしょうか。
 公式には、1717年6月ということになっています。ロンド
ンにあった4つのロッジが合同して「グランドロッジ」を作って
以来、「フリーメーソンリー」と呼ばれるようになったというの
です。したがって、発祥の地は英国であるという説です。
 何がベースになったのでしょうか。
 一般的には、中世の石工ギルドから発展したものである――と
いう説が有力なのですが、英国に中世の石工ギルドが存在したと
いう記録は一切ないのです。しかし、ヨーロッパ各国には中世の
ギルドは多く存在しているのです。ところが、ヨーロッパでは石
工ギルドは存在していたものの、フリーメーソンリーがあったと
いう痕跡はないのです。
 考えてみると、当時石工たちは教会や地主に雇われていた身分
です。そういう石工たちがフリーメーソンのような組織を作れる
能力もそれを許す環境もなかったはずです。
 中世の石工のほとんどは教育らしい教育も受けておらず、文字
の読み書きですら、できなかったというのです。そのような石工
たちが、現在のフリーメーソンの行っているような複雑な儀式を
作り出すなどは到底できなかったと考えられるのです。
 伝えられていることによると、フリーメーソンリーには多くの
王侯や貴族が加入しているのです。そういう事実と石工による職
能的組合の間には大きな隔たりがあります。このように考えても
フリーメーソンが中世の石工ギルドの発展形であるという説は根
拠が薄いと考えるべきでしょう。
 もうひとつ、フリーメーソンは、ソロモン王の神殿と結びつけ
て語られることが多いのです。ところで、ソロモン王の神殿とは
何でしょうか。
 エルサレムにあるといわれる「ソロモン王の神殿」には次の3
つがあるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.紀元前570年にソロモン王自身が建てたもの
   2.紀元前6世紀前半にゼルバベル王が建てたもの
   3.イエス・キリストの時代ヘロデ王が立てたもの
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ソロモン王などというと、神話の世界であり、果たしてソロモ
ンが実在したのかどうかも明確ではありませんが、ソロモン王は
多くの神殿を建てたといわれているのです。
 ソロモンは旧約聖書の「列王記」に登場する古代イスラエルの
第3代の王で、父はダビデ王です。ソロモン王は「賢者」といわ
れていますが、「賢者」の名称はソロモン王より何千年も前から
宗教的な建物の建造者に与えられる尊称だったのです。
 ここで、ソロモンの神殿がどういう建物であったかについて述
べておきたいと思います。常識的に考えると、ソロモンの神殿と
はユダヤ人が彼らの神を拝む場所である−−このように考えてし
まいますが、違うのです。
 それは基本的に人間が訪れる場所ではなく、神――古代ユダヤ
民族が唯一神「ヤハウェ」の恒久の住い――というよりはっきり
いうと、神を閉じ込めておく場所なのです。したがって、その大
きさは村の教会堂ぐらいのものと考えるべきです。
 しかし、当時のユダヤ人の建築技術は非常に低く、単純な壁以
上のものは作れなかったのです。そこで、ソロモンは親交のある
ツロの王ヒラムに助力を求めたのです。
 ヒラムの支配下にあったティルスやシドン(古代フェニキアの
海港都市)の人々は当時最高の建築技術と卓越した彫刻・装飾技
術を持っていることで知られており、小アジアにおいては建築の
仕事を独占していたのです。ツロの王ヒラムは、ソロモン王の要
請に快く応じ、ティルスから3306人もの労働者を送り、神殿
建設に不可欠な材木と石を遣わしてくれたのです。
 このとき神殿建設の中心的役割を果たしたのが、「ヒラム・ア
ビフ」なる人物なのです。ややこしい話なのですが、このヒラム
はヒラム王とは別人なのです。このヒラム・アビブなる人物――
後で詳しく述べることになるので、覚えておいていただきたいと
思います。
 ソロモンの神殿については現在まったく残っていないのです。
ソロモンの神殿についての記述をご紹介しましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  その石造りの神殿の内側には、ティルスから持ってきたヒマ
 ラヤ杉が張られていた。壁の厚みは9キュービット――約4.
 1メートルで、これがヒマラヤ杉と樅の屋根を支えていた。壁
 と床、そして天井は純金張り、智天使――ケルビムと花の彫刻
 が施されていた。(中略)
  その中心には、シッテム(アカシア材)で作られた約1.2メ
 ートル、幅と高さが各約60センチの長方形の箱が置かれてい
 た。これが「契約の聖櫃」と呼ばれるもので、その中に3つの
 ものが収められていた――十戒を記した2枚の石板、および神
 ヤハウェ自身である。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このソロモンの神殿は、「ダヴィンチ・コード」とも関係のあ
るテンプル騎士団――日本では聖堂騎士団という――と深い関係
があるのです。なぜなら、テンプル騎士団の「テンプル」とは、
ソロモンの神殿のことを指しているからです。
 このソロモンの神殿の建設者であるソロモン、ヒラム王そして
ヒラム・アビフ――この3人とフリーメーソンリーは深く結びつ
いているのです。
 テンプル騎士団とは何か――複雑で扱いにくいテーマですが、
明日からテンプル騎士団の歴史について探っていきたいと考えて
います。              ・・・・[秘密結社15]


≪画像および関連情報≫
 ・ソロモンの神殿
  歴史的にはソロモン王が紀元前10世紀に建設した神殿(第
  一神殿)と、バビロンの捕囚からの解放後、紀元前515年
  にゼルバベル王の指揮でほぼ同じ場所に再建された神殿(第
  二神殿)、さらに紀元前20年、ヘロデ王によって完全改築
  に近い形で大拡張された神殿(ヘロデ神殿)がある。この神
  殿はユダヤにおいてユダヤ人が立てこもったため、紀元70
  年のローマ帝国軍による攻撃によって破壊され、現在「嘆き
  の壁」と呼ばれる部分のみが遺構として残る。

1841号.jpg
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2006年05月25日

テンプル騎士団の歴史を探る(EJ1842号)

 テンプル騎士団が生まれたのは1118年のことであり、発足
メンバーは9人といわれています。場所はフランスのボルドーと
いうところです。
 その中心人物はユーク・ド・パヤンスであり、その正式名称は
次のような長い名前が付いていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    キリストとソロモン神殿の貧困同胞騎士団
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この騎士団の目的は、地中海沿岸の港町ヤッファとエルサレム
間の巡礼を保護することです。エルサレムの総主教ボードゥアン
2世は、この新たな結社に対して宿営地を与えたのです。その土
地はかつてソロモン王の神殿があった土地なのです。ソロモンの
神殿は3つがあることは昨日のEJで述べましたが、これはヘロ
デ王が建てたソロモンの神殿の跡地なのです。
 この騎士団――これは騎士団であると同時に修道会であったと
いう特色があります。つまり、日本風にいえば、武士と僧侶が一
体になったものなのです。この騎士団に入ると、修道会なみの厳
しい戒律を守る必要があるのです。そのため、彼らのことを修道
騎士と呼んだのです。
 当時、彼らの敵は異教徒であるイスラム教徒です。彼らは小集
団でも強力な軍事力を持っていたのです。エルサレムがイスラム
教徒に占領されたりしたときは十字軍が出陣したのですが、エル
サレムに通う巡礼の保護まではしてくれなかったのです。
 したがって、その役を買って出たユーク・ド・パヤンスをはじ
めとする騎士団の申し出にエルサレムの総主教ボードゥアン2世
は感動して、ヘロデ王のソロモンの神殿の跡地を宿営地として提
供し、諸費用をすべて負担したのです。
 しかし、いくら記録を調べても、彼らが実際に巡礼を保護した
という証拠がまったく存在しないのです。一体彼れらの狙いは何
だったのでしょうか。
 結局、9人の騎士団は一向にメンバーを増やすことなく、9年
間にわたって、ボードゥアン2世の寄付に頼って、その宿営地で
ひたすら何かをやっていたわけです。
 1126年10月にボードゥアン2世が亡くなると、まるでそ
れを待っていたかのように、ユーク・ド・パヤンスは積極的に行
動しはじめたのです。ユーク・ド・パヤンスは同じ騎士団のアン
ドレ・ド・モンパールを通じて、教皇ホノリウス2世に接近しよ
うとします。モンパールの叔父がクレルヴォール大修道院長――
後の聖ベルナールだったからです。
 パヤンスの工作は成功し、パヤンスは教皇ホノリウス2世に会
うことができ、騎士団に「会憲」を与えて欲しいと要望したので
す。「会憲」というのは、キリスト教会内部において正当な地位
を与えることを意味していたのです。
 1128年1月31日――トロワで行われた評議会で、騎士団
は会憲を授与されたのです。ここにはじめて騎士団員は、自らの
マントを纏うことを許され、真の修道騎士となったわけです。
 会憲を手にしたテンプル騎士団は、積極的に新しいメンバーの
募集をはじめます。会員は国家の垣根を超えて増加を続けたので
す。反イスラムという旗印の下に、フランス、イギリス、イタリ
ア、スペインなどからも会員になる者が増えていき、やがてテン
プル騎士団は押しも押されぬ勢力となっていったのです。
 テンプル騎士団は、ローマ教会に承認された組織でありながら
組織としては独立しているのです。騎士団の中には独自の司祭が
いて、一般の司祭の指図を受けることはないのです。それに税の
免除という大変な特権も手にしたのです。さらに土地の取得や管
理、新しいビジネスをやることも認められたのです。
 テンプル騎士団に入るには、自らの財産をすべて騎士団に献納
することが求められます。加えて、新入会員はすべて貴族の出身
に限られるなど、厳しい条件があったのです。そして、入会に当
たっての財産は剣だけに限定されたのです。
 それに組織が大きくなるにつれて寄進も大きくなり、新会員の
寄進される財産もあるので、テンプル騎士団は自然にヨーロッパ
中に大変な財産を抱えるようになっていったのです。
 1139年にテンプル騎士団は、時の教皇インノケンティウス
2世から、修道士のための聖堂を建てることを許可されているの
です。さらに「軍事宗教組織」という地位も与えられたのです。
 そのため、テンプル騎士団は、フランス王のルイ7世による第
2回十字軍に参加し、大活躍をするのです。とくに1153年の
アスカロン占領にはテンプル騎士団は大いに貢献したのです。
 テンプル騎士団は十字軍と違い、エルサレムに常駐して警備し
て戦ったので、多くの尊敬を集めたのです。そのため寄進の額は
ますます増えていったのです。西欧には9000を超えるテンプ
ル騎士団の所領があったといわれます。プロヴァンスにはとくに
多くあったといわれます。
 そして、テンプル騎士団はビジネスとして銀行業務を始めたの
です。中世では教会や修道会は、すべて銀行の役割を果たしてき
ており、とくに珍しいことではないのです。貴族たちは自分の財
産を教会の金庫に預けておけば安全なので、教会は寄託というか
たちで財産を預かったのです。
 まして軍事力を持っているテンプル騎士団に預けておけば安心
と多くの貴族が財産の寄託をしたといわれます。テンプル騎士団
のパリの城館「タンプル塔」ではフランス王室の財産を預かった
のです。フランス王室はルーヴル宮に金庫を持っていましたが、
テンプル騎士団に預けた方が安心と考えたのでしょう。
 テンプル騎士団が発展したので、ユーク・ド・パヤンスは巨額
の冨を得て、スコットランドの地に初の騎士団の支部を設けてい
ます。これが後で重要な意味を持ってくるのです。そして、テン
プル騎士団は、1307年までは発展に次ぐ発展を遂げて拡大し
ていくことになります。そして、要するにテンプル騎士団は当時
の特権階級だったのです。      ・・・・[秘密結社16]


≪画像および関連情報≫
 ・テンプル騎士団について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「騎士」と聞いて、どんな人物像を思い浮かべるだろうか。
  ファンタジーや歴史物語が好きな方なら、「主君のために命
  を投げ出す忠節無比の勇者」「弱きを助け強きをくじく正義
  の戦士」といった答えを返すだろう。そして歴史をひもとき
  神に一生を捧げる「修道士」をも兼ねた騎士たちがいたこと
  を知れば、きっと胸が高鳴るに違いない。今回は、そのよう
  な騎士の一団、「テンプル(神殿)騎士団」の数奇な運命に
  ついての話である。第1回十字軍がイスラーム勢力から聖地
  エルサレムを奪い、王国を建ててから約20年後のこと。聖
  地をめざす巡礼者は増えたが、山賊・追いはぎが出没するそ
  の道のりは危険きわまりなかった。そんな中、齢60近いに
  もかかわらずまったくのボランティアで巡礼路をパトロール
  する剛の者がいた。その名をユーグ・ド・パイヤンという。
  http://homepage3.nifty.com/ryuota/templarii.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1842号.jpg
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2006年05月26日

テンプル騎士団の本当の目的は何か(EJ1843号)

 テンプル騎士団の話を続けます。地中海沿岸の港町ヤッファと
エルサレム間の巡礼を保護する――これがテンプル騎士団の目的
だったはずです。
 しかし、騎士団創設当初の人数はたったの9人――このような
人数で、強力なイスラム教徒軍から巡礼を保護できるはずはない
し、事実保護した証拠や記録は何ひとつ出てきていないのです。
しかも、彼らは9年間もヘロデ王のソロモンの神殿にこもって何
かをしていたのです。一体何をしていたのでしょうか。
 彼らはヘロデ王の神殿の遺跡の地下を発掘して、トンネルを掘
り、何かを探していたようなのです。皮肉なことに、巡礼の保護
に当たったという証拠はありませんが、遺跡を発掘していたとい
う証拠ならたくさんあるのです。
 フランスの歴史家、ゲタン・ドラフォージュは次のように記述
しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この9人の騎士たちの真の使命は、おそらくはモーセの時代に
 遡る、ユダヤ教および古代エジプトの秘儀の伝承のエッセンス
 が含まれた遺物と写本を発見することであった。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 また、『神々の指紋』の著者、グラハム・ハンコックも次のよ
うに述べて、その証拠として、後年イスラエルの考古学者が発見
したトンネルの存在についての公式文書を示しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 騎士たちの目的の中心は神殿の遺跡そのものであり、また、そ
 こには大規模なる発掘の跡も残っている。
                 ――グラハム・ハンコック
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 また、20世紀初頭において、英国陸軍工兵隊のチャールズ・
ウイルソンは、この神殿の地下からテンプル騎士団のものと思わ
れる遺品の数々を発掘したと報告しています。明らかに、テンプ
ル騎士団の9人は、9年間もかけて、ひたすら神殿の地下のトン
ネルを掘り進んで、何かを探していたのです。
 問題は、何を探していたのか、そして、それは発見されたのか
ということですが、それがいずれもはっきりとはしないのです。
はっきりしていることは、騎士団の9人は上層部――はっきりし
ていない――から密命をを受けてやっていたということです。
 推測ですが、おそらく9人によって何かが発見され、その功績
によって騎士団には大変な特権が与えられたとは考えられないで
しょうか。そうでなければ、テンプル騎士団に対してキリスト教
会が、あれほどの特権を与えるはずがないからです。
 おそらく直接命令を出したのはボードゥアン2世ではないかと
考えられます。あくまで巡礼を守るというのは表向きの理由と考
えられます。そうでなければ、本来の職務を果たさない9人の騎
士団の費用を負担するはずがない――自然に考えると、このよう
に推理できます。
 しかし、ボードゥアン2世は亡くなってしまったので、ユーグ
・ド・パヤンスは、その発見したものを教皇のホノリウス2世に
示して、騎士団は会憲を手にしたとは考えられないでしょうか。
いずれにせよ、騎士団の設立の本当の目的は不明のままになって
いるのです。
 その本当の目的はおくとして、テンプル騎士団のその後の運命
について述べることにします。
 テンプル騎士団が勢力を拡大し、銀行業務なども当たって、保
有資産が増えてくると、その転覆を企む者が出てくるものなので
す。それに騎士団自身も金回りが豊かになると、態度も横柄にな
り、しだいに人々の信頼を損ねるようになります。このようにし
て騎士団は少しずつ評判を落としていったのです。
 当時のフランスの国王は悪名高きフィリップ4世――彼は莫大
な借金を抱えていたのです。主として借金をしていたのはユダヤ
の豪商からですが、テンプル騎士団からも融資を受けていたとい
われます。
 そこでフィリップ4世はユダヤ人の弾圧をはじめ、彼らの財産
を没収するというひどいことをはじめたのです。これによって借
金をチャラにしてしまおうというわけです。
 これに味をしめたフィリップ4世は、テンプル騎士団も潰しに
かかったのです。そして、テンプル騎士団に対して、次の2つの
難題を突きつけるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.テンプル騎士団は聖ヨハネ騎士団と合体せよ
   2.皇太子のテンプル騎士団への入団を承認せよ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 聖ヨハネ騎士団はフィリップ4世の傀儡であり、事実上テンプ
ル騎士団を自分の傘下に置くということですし、王子を騎士団に
入れれば、内部から崩されます。そこで、テンプル騎士団は両方
とも断固拒否したのです。
 フィリップ4世は、自分に逆らうローマ教皇を政治的に失脚さ
せ、その地位に気心の知れたクレメンス5世を着けて足場を固め
てから、テンプル騎士団の料理に取り掛かったのです。
 1307年10月、フィリップ4世はフランス全土にいるテン
プル騎士団を全員を一網打尽に逮捕させたのです。その総数は、
3000人〜4000人に及んだといわれます。
 そのときのテンプル騎士団の総長は、ジャック・デ・モレーで
すが、彼は何かの間違いであり、おとなしく縛につけと団員に抵
抗を禁じたのです。
 モレー総長は、フィリップ4世の狡猾な思惑を見抜けなかった
のです。そして、遂にテンプル騎士団の最後のときがやってくる
のです。              ・・・・[秘密結社17]


≪画像および関連情報≫
 ・フィリップ4世
  ―――――――――――――――――――――――――――
  フランスの王(在位1285年〜1314)。整った顔立ち
  のため端麗王と称される。官僚制度の強化に努め、絶対王政
  への端緒になった。対外的には豊かなフランドル地方の支配
  を目指し、フランドルの都市市民と激しく争った。また、ロ
  ーマ教皇と激しく対立し、フランス国内の支持を得てアナー
  ニを起こし、最終的に教皇権を従え教皇庁をアヴィニョンに
  移した(教皇のアヴィニョン捕囚)。また、テンプル騎士団
  を異端として弾圧・解体したため、後世に悪評を得ることに
  なった。              ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

1843号.jpg
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2006年05月29日

テンプル騎士団は消滅したのか(EJ1844号)

 テンプル騎士団の最後の総長であるジャック・デ・モレーとい
う人は、騎士道精神にのっとった行動をする立派な人物であった
といわれます。
 フィリップ4世がモレーらにかけた容疑は異端を取り入れよう
としたということだったのですが、彼らは容疑を認めず、無実を
訴え続けたのです。しかし、あくまで容疑は逮捕の理由を作るた
めだったのですから、無実の訴えが通るはずがありません。
 フィリップ4世はテンプル騎士団の隊員へ徹底的な拷問を行わ
せたのですが、ジャック・デ・モレーを始めとする隊員たちは容
疑を認めなかったというのです。とくにモレーは隊長としての尊
厳を重んじ、最後まで全面否認を貫いたのです。
 そして、1314年3月14日、モレーはセーヌ河の中洲で火
あぶりの刑に処せられたのですが、彼は最後の最後まで無実を訴
えたのです。そして処刑直前、モレーはフィリップ4世とクレメ
ンス教皇に対して、次のようにいって死に臨んだといわれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 余は国王と教皇を決して許さない。一年以内に、必ずや神の法
 廷に引きずり出す。
      ――加治将一著、『石の扉/フリーメーソンで読み
                  解く歴史』 新潮社刊行
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実はこの予言は当たったのです。まもなくフィリップ4世は、
46歳で唐突に死亡し、クレメンス教皇も同じように死亡してし
まったのです。いずれも一年以内だったといいます。
 そのため、これは「ジャック・デ・モレーの呪い」として後年
有名になり、フランスにおけるテンプル騎士団全員が逮捕された
1307年10月13日――その日が金曜日であったことから、
以来「13日の金曜日」は、欧米諸国で不吉な日といわれるよう
になったのです。
 フィリップ国王は、騎士団を始末すると、彼らの隠し持ってい
るはずの金銀・財宝を探したのですが、どこにも見つからなかっ
たといわれます。騎士団の金銀・財宝はどこかに運び去られたあ
とだったようです。
 中でも騎士団がソロモンの神殿から「聖杯」――最後の晩餐で
使徒と回し飲みしたときの盃、もしくは十字架にかけられたキリ
ストから流れる血を受けた盃――を探し当て、それを持ち去った
のではないかという噂が流れたのです。これが以後、聖杯伝説と
して伝えられるようになります。映画『ダヴィンチ・コード』も
結局は、この聖杯伝説をアレンジしたものであるといえます。
 ここで触れておかなければならないことがあります。フィリッ
プ国王は、テンプル騎士団を逮捕するに当たって、周辺諸国であ
る英国やドイツに対してテンプル騎士団を逮捕するよう呼びかけ
ています。英国やドイツは一応テンプル騎士団を逮捕して裁判に
はかけますが、ほとんどが無罪になっていることです。
 このように国によって対応が異なるのですが、テンプル騎士団
は、フィリップ4世の指示を受けたクレメンス教皇によって13
12年に解散させられているのです。これによって歴史上はテン
プル騎士団は200年の歴史の幕を閉じています。
 さて、テンプル騎士団が運び去ったといわれる金銀・財宝はど
うなったのでしょうか。
 フィリップ国王がテンプル騎士団を逮捕するという情報をいち
早く掴んだ騎士団の一部があるのです。そこでその騎士団は、財
宝とともにイングランドの北部のスコットランドに逃れたという
説があります。1307年のことです。
 当時、スコットランドはイングランドからの独立を目指して戦
争を展開していたのです。ときのスコットランドの国王は、ロバ
ート・ド・ブルース(ロバート1世)――彼はマーガレット女王
の死後に王位継承に名乗りを上げた13人のうちの一人の孫なの
です。しかし、戦争はきわめて劣勢だったのです。
 ところが、1307年の後半からはカコットランド軍は急に強
くなり、次々と各地でイングランド軍を打ち破り、イングランド
を追い詰めていったのです。そして、1327年にスコットラン
ドは正式に独立国として認められることになります。
 興味深いのは、ロバート1世の率いるスコットランド軍がなぜ
突然強くなったのかです。ここにフランスから脱出したテンプル
騎士団の一部とつながってくるのです。
 とにかく当時のスコットランドは問題山積だったのです。12
98年にはフォールカークの戦いでイングランド軍に大敗し、愛
国者でナイトのウォレスは、その後7年間にわたってゲリラ戦を
行い、イングランドに抵抗したのですが、1305年には捕らえ
られます。そしてウォレスは八つ裂きの刑に処せられたのですが
国王はそれを見殺しにしたり、1306年2月には別の反乱軍の
首領でライバルのジョン・カミンを教会内で殺害して、クレメン
ス教皇に破門されるなど、散々だったのです。
 ところが、フィリップ4世の暴挙に追われたテンプル騎士団の
一部がフランスからスコットランドに行ったとされる時期は、ス
コットランドのロバート国王がイングランド軍との戦争において
劣勢となっていた時期と一致するのです。
 推測ですが、フランスのテンプル騎士団の一部――どの程度の
規模であるかはわからないが、ロバート1世の率いるスコットラ
ンド軍に加わって、それによってスコッドランド軍が強くなった
のではないかと考えられるのです。
 当時のテンプル騎士団は、鉄の規律に基づく卓抜の軍事力を有
しており、軍の指揮能力も当時のスコットランド軍よりも数段上
をいっていたのです。軍隊というものは、そういう一団が加わっ
ても軍全体の戦闘能力は大きく上がるものなのです。
 もちろん当時、スコットランドにも、テンプル騎士団の支部が
あったのであり、フランスを脱出したテンプル騎士団の一部がス
コットランドに向った可能性は高いのです。なぜなら、イングラ
ンドはフィリップ4世寄りだったからです。 ・[秘密結社18]


≪画像および関連情報≫
 ・スコットランドについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「スコットランド」という国を知っていますか? 多分、多く
  の日本人が、ウィスキーを思い浮かべ、何となくヨーロッパ
  の北の方をイメージすることでしょう。「ザ・ユナイテッド
  ・キングダム」を日本語ではイギリスと呼び、イギリスに対
  応する英語は「イングランド」と習う。これでイギリス人=
  イングリッシュ、スコットランド=イギリスの一部=イング
  ランドの北の方、という間違った等式を作ってしまう。多く
  のスコットランド人が「イギリス人」と呼ばれるのを嫌う。
  私の夫は日本語が全く話せないが、「私はスコットランド人
  です、イギリス人ではありません」だけは言える。このペー
  ジは、スコットランドの実情を日本の人々に理解してもらう
  ことを目的に、何の計画もなく、ただただ思いつくことを書
  くつもりである。
       http://www.holyrood.org.uk/nihongo/index.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1844号.jpg
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2006年05月30日

テンプル騎士団が核心である(EJ1845号)

 5月25日に映画『ダヴィンチ・コード』を鑑賞したのです。
平日の午後3時という時間帯であったにもかかわらず、満員の盛
況でした。原作の人気を反映していると思います。
 映画の内容はかなり難解であるといえます。原作を読まないで
行けばほとんどわからないでしょうし、原作を読んで観に行って
もよくわからない部分が残ると思います。
 この映画のキーワードは秘密結社――テンプル騎士団、シオン
修道会、オプス・デイ――これら3つの秘密結社のそれぞれの関
係がかなり複雑であって、映画を一回見ただけでは、すんなり納
得できないと思うのです。それにマクダラのマリアのミステリー
がからんできます。
 今回EJのテーマでは、秘密結社――なかでもフリーメーソン
について探求していきますが、それは「ダヴィンチ・コード」
謎にも直結する問題でもあるのです。映画では、「フリーメーソ
ン」という言葉はラングドンのセリフとして確か1回だけ出てく
るだけですが、この映画とフリーメーソンは、深く密接な関係が
あるのです。しかし、映画ではそれが意識的に隠されています。
 謎を解く鍵はテンプル騎士団にあります。彼らは「異端」の疑
いで逮捕されています。本当の意味で根も葉もないことではなく
必ずしもフィリップ4世のでっち上げでもないのです。そうでな
ければ、いかにフィリップ4世といえども、周辺諸国に対して、
同様にテンプル騎士団を捕えるべしと同調を呼びかけることはで
きなかったはずです。
 事実、フィリップ4世の呼びかけに同調したイングランドでは
異端審問所においてテンプル騎士団の団員を調べています。そし
て何人かの団員から、次の証言を引き出しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1311年6月、イングランド異端審問所は、とある騎士団
 員から、「入団の際にイエスは人であって、神ではないと告げ
 られた」という興味深い情報を引き出した。
  また他の団員は、ジャック・ド・モレーが「イエスは人に過
 ぎず、全能の神は天と地を作られた偉大なる建築家であり、十
 字架に架けられたりはしていない」と述べていたと証言した。
 この証言は多くの専門家を驚かせた。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このように、テンプル騎士団はイエス・キリストの神性に関し
ては急進的な考え方を持っており、それがマクダラのマリアの話
にもつながってくるのです。しかし、彼らは徹頭徹尾、敬虔なる
カトリック教徒だったのです。彼らが有していた特別の知識や秘
密の儀式はキリスト教の信仰を補完するものだったのです。しか
し、彼らはそのように、身も心も捧げてきた教会と教皇に裏切ら
れたことになるのです。
 映画『ダヴィンチ・コード』には、興味深い場所がいくつも出
てきます。その1つは、秘密の謎を解くために、ラングドンとソ
フィーは英国に行き、最初に訪れれたテンプル教会です。
 法曹関係の施設が密集するフリート街から少し入ったところに
それはあります。これはテンプル騎士団によって1185年に献
堂された最初で最大の教会です。
 9人の騎士の彫像があるロンドンに唯一残る円形の教会であり
地下鉄のテンプル駅のすぐ近くなのに、都心の喧騒から隔絶され
た静寂さが漂う場所として知られています。
 それから、スコットランドの首都、エディンバラの南11キロ
にあるロスリン礼拝堂――実はこれこそ多くの学者が議論の対象
としている場所であり、「暗号の大聖堂」、「石のタペストリ」
「石の庭園」などと呼ばれるスコットランドの名所なのです。
 ここは、テンプル騎士団、薔薇十字団、聖杯伝説、フリーメー
ソンなどなど、そういう謎が一番詰まった場所であるともいうこ
とができます。このロスリン礼拝堂については、後で詳しく取り
上げることになります。
 さて、ダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」の種本になっ
ているのは、次の2つの本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      マイケル・ベイジェント/リチャード・リー/
      ヘンリー・リンカーン著/林和彦訳/柏書房刊
 『レンヌ・ル・シャトーの謎/イエスの血脈と聖杯伝説』
 ――――――――――――――――――――――――――−−
     リン・ピクネット/クライブ・プリンス著/林和彦訳
 『マクダラとヨハネのミステリー/2つの顔を持ったイエス』
                         三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 とくに『レンヌ・ル・シャトーの謎』は重要ですが、次のよう
な内容です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マグダラのマリアは娼婦であり、罪深い女とされているが、実
 はそれはカトリック教会の陰謀なのだという。実は彼女はキリ
 ストと結婚していて、その子どもを宿し、フランスに逃れてき
 たというのである。そしてフランスのメロディンガ王朝は彼女
 の子孫の血脈であるという。その血脈はシオン修道院という。
 テンプル騎士団と密接につながっている秘密結社に受け継がれ
 た。聖杯というのも、その聖なる血のことだという。
  ――海野 弘著、『秘密結社の世界史』/平凡新書/315
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 映画に登場する謎の宗教史学者、リー・ティーピングは、『レ
ンヌ・ル・シャトーの謎』の著者、リーとベイジェントをもじっ
た綴り変えなのです。彼は物語のスフィンクスであり、謎に満ち
ていて、いわば物語のエンジンの働きをしている存在です。イア
ン・マッケランが演じています。    ・・・[秘密結社19]


≪画像および関連情報≫
 ・悪魔には問題があるが、神にもついても疑問はある
  ―――――――――――――――――――――――――――
  カトリック教会は1885年、レンヌ・ル・シャトー管区に
  33歳の、ハンサムで、教養あるソニエールを任命した。ベ
  ランジェ・ソニエールは6世紀西ゴート族の聖地の上に建つ
  街の小さな教会を修繕し始めた。村の教会は1059年にマ
  グダラのマリアに献堂されたものであり、その改修中に彼は
  (推測ではあるが)秘密の羊皮紙を、祭壇に隠された西ゴー
  トの柱の中の穴から発見した。
              http://www.voynich.com/rennes/
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ソニエール――この名前は、ルーヴル美術館長、ジャック・
  ソニエールとして使われています。

1845号.jpg
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2006年05月31日

トリノの聖骸布の謎を解明する(EJ1846号)

 「トリノの聖骸布」というのをご存知でしょうか。
 これは、処刑されたキリストが磔から下ろされたとき、その遺
骸を包み込んだ布のことです。当然のことながら、布には血が染
みわたって濡れてしまったのですが、後日その布を洗って干して
みたところ、人の全身像のようなものが浮き出ていたのです。
 少し正確にいうと、大きさ「437センチ×111センチ」の
麻布に、キリストと思しき磔刑に処せられた男性の全身像が写真
のネガ状に鮮明に写っているのです。その顔がキリストにきわめ
て似ていたところから、キリストの復活の証拠であるとして「聖
骸布」として、後世に伝えられたのです。
 それでは、なぜ「聖骸布」に「トリノの」という形容詞が付い
ているのでしょうか。
 それは、現在はバチカン市国が所有し、トリノ市の聖ヨハネ大
聖堂に保管されているからです。しかし、どういう経路でトリノ
に来たのかについては、はっきりしていないのです。また、この
この聖骸布――その真贋をめぐって今まで800年もの間、大論
争が行われてきたのです。
 聖骸布に関して行われた直近(1986年)の調査では、炭素
年代測定の手法を用いて布の年代が計測された結果、この布が、
1260年から1390年に縫合されたもので、良く出来た捏造
物であるとする結論が出されているのです。
 しかし、テンプル騎士団を調べていて、聖骸布に関する新説を
発見したのです。それは、フィリップ4世に逮捕され、拷問を受
けたジャック・ド・モレーに関しての新しい情報です。
 ド・モレーを取り調べたフランスの異端審問所長官、ギョーム
・アンベールは、当代随一の勇者として知られるジャック・ド・
モレーを何とか殺したくないと考えていたのです。そこで、彼は
パリのテンプル騎士団のテンプルを訪れ、徹底的に調査をしたの
です。そうしたところ、2階に真鍮のプレートの付いた大きなド
アを発見したのです。
 この後は、既にご紹介済みの『封印のイエス』から引用するこ
とにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  その部屋の中にあったものは、どう見ても反キリスト的な装
 飾の数々であった――中央に目の付いたピラミッド、星をちり
 ばめた天井、そして定規とコンパス。
  これを見たアンベールは、やはり噂は事実であったのだ、と
 確信した。東に目をやると、そこには2本の柱があり、またそ
 こにあった白木の箱の中には、14フィート (約4.3メート
 ル) の屍衣と、人間の頭蓋骨、そして2本の大腿骨があった。
 これこそ、「復活」の儀式に使うものであろう。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらは後で述べるフリーメーソンの儀式で使われるものだっ
たのですが、アンベールはこれを動かぬ証拠として、ド・モレー
に自供を勧めたのです。しかし、ド・モレーはこれを拒否したの
です。そして、結局、ド・モレーは1314年に処刑されてしま
うのですが、処刑の方法はキリストと同じ磔刑であったと『封印
のイエス』の著者は書いています。29日のEJでド・モレーは
セーヌ河の中洲で火あぶりの刑と書きましたが、処刑の方法をめ
ぐっては諸説があるようです。
 『封印のイエス』の著者によると、ド・モレーの体は、十字架
から降ろされ、屍衣に包まれ、冷たくじめじめした土牢に入れら
れたのです。大量の血と汗、それに乳酸の混じった液体が、ド・
モレーの体の形にこの布を深く染め上げたのです。『封印のイエ
ス』の記述は次のように続きます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この屍衣に染みついたド・モレーの姿は極めて鮮明であった。
 布に染み込んだ乳酸が、漂白剤のフランキンセンスと反応した
 からである。長い鼻、真ん中から分けた長い髪、豊かな髭、が
 っしりした6フィート(約1.8メートル)の肉体は、この聖
 堂騎士団(テンプル騎士団のこと)の最後のグランドマスター
 の肖像とぴったりと符合する。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『封印のイエス』の著者は、現在「トリノの聖骸布」と呼ばれ
ているものは、キリストのそれではなく、ド・モレーの屍衣であ
ると主張するのです。
 既に述べたように、バチカンは「この布は1260年より以前
のものではあり得ない」と発表しています。したがって、キリス
トのそれでないことは証明されているのです。
 しかし、ジャック・ド・モレーが処刑されたのは1314年で
あり、この布がド・モレーを包んだものである可能性は十分ある
のです。キリストに顔が似ているといっても、考えてみると、誰
もキリストの顔を見た人はいないのです。その点、ド・モレーに
は肖像絵が残っており、顔はきわめてよく似ているのです。もし
かしたら、われわれがキリストとして親しんできた顔は、ド・モ
レーであるかも知れないということになります。
 もうひとつきわめて奇怪なことがあります。バチカンがこの発
表を行った日が10月13日――ド・モレーが逮捕され、拷問さ
れた日と同じなのです。とても偶然とは思えないのです。
 考えてみると、バチカンは一貫して「聖骸布は聖遺物ではあり
得ない」としてキリストであることを否定してきています。した
がって、バチカンは最初からわかっていて、まさにその布のゆか
りの日を選んで発表したのではないか――『封印のイエス』の著
者はこのように推理しています。    ・・・[秘密結社20]


≪画像および関連情報≫
 ・トリノ聖骸布の放射性炭素年代測定
  長年論争が続いたトリノ聖骸布の作成時期は、1986年9
  月のワークショップを契機に、AMSによる放射性炭素年代
  測定から調べる事となった。ここに紹介する3編の原論文は
  その経過と結果を示すものである。一つはトリノ聖骸布の美
  術史的及び宗教的側面からの位置づけの考察である。次は前
  述のワークショップを組織し、測定計画を議定書として教皇
  庁に提出する迄を述べる。第3論文はAMSによる測定で、
  トリノ聖骸布が中世の作である事を示す。
  http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/040200.html

1846号.jpg
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2006年06月01日

グノーシス主義とは何か(EJ1847号)

 1999年に一度フリーメーソンの話をEJのテーマとして取
り上げましたが、その後何回かさらに詳しい特集をしようと思っ
たことがあります。そのためには資料を集める必要があります。
添付ファイルに付けた本は、資料のひとつとして今から4〜5年
前に購入した本です。
 一読して、かなり難解であり、当時の私の知識では歯が立ちそ
うになかったので、そのまま積んでおいたのです。しかし、最近
になって「ダヴィンチ・コード」関連の書籍を読むと、必ずとい
ってよいほど、この本が引用されているので、驚いたのです。
 だから、本というものは買えるときに買っておくべきものなの
です。そうすれば、後で必ず役に立ってくるものです。いずれに
せよ、この本はフリーメーソンの謎を解く重要な鍵になると考え
ています。
 著者は、次の2人ですが、特徴的なことは、2人ともフリーメ
ーソンと名乗っていることです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          クリストファ・ナイト
          ロバート・ロマス
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もうひとつ変わっていることは、2人とも専門分野が特殊であ
ることです。こういう本を書く人といえば、歴史の専門家か作家
と相場が決まっていますが、ナイトは広告とグラフィック・デザ
インの専門家であり、ロマスは半導体工学の専門家であり、弾道
ミサイルの誘導システムの開発などに従事したこともあるという
のですから、驚きです。
 歴史問題をめぐって日本と韓国、中国との関係がおかしくなっ
ています。しかし、歴史というものは必然的に改ざんされるもの
なのです。なぜなら、人間というものは、どうしても自分に都合
の悪いものは隠蔽してしまう傾向があるからです。
 ローマ・カトリック教会にしても、やはり都合の悪いことは隠
蔽するか、「異端」として葬り去ってきました。そうでもしなけ
れば、今日われわれの知るキリスト教なるものは、影も形もなく
なっていたはずです。
 前述のナイト/ロマスによると、過去にあったと考えられる発
見には次の3つに分類できるというのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.発見されて、公式に記録に残っている
    2.隠滅されたか、失われてしまっている
    3.発見されたが、秘密にされているもの
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 テンプル騎士団は、既に述べてきたように、ソロモンの神殿か
ら何かを探し出し、それを教皇に示し、その見返りに特別な権利
を得ていたと考えられます。それは、カトリック教会側にとって
隠しておきたいものであったとすると、テンプル騎士団を異端と
して弾圧することには納得性があります。フィリップ4世の単な
る企みばかりではなかったというのはこういう根拠からです。
 しかし、いくら巧妙に隠していてもそれは後日必ず発見される
ものなのです。事実20世紀には、宗教に関する失われた写本が
数多く発見されています。その中でもキリスト教会にとって衝撃
を与えた発見は次の2つです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         「死海文書」
         「ナグ・ハマディ文書」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「グノーシス」という言葉をご存知でしょうか。
 グノーシスという言葉はギリシャ語で「知識」、もしくは「理
解」を意味するそうです。といっても、それは普通の「知識」や
「理解」ではなく、ナイト/ロマスによると、「より霊的な、た
とえていえば仏教徒が瞑想によって悟るような知識」を指してい
るのです。
 グノーシス主義とは、己を知って、自然と自然科学を評価する
ことが神への道であるとし、イエス・キリストを神ではなく、釈
尊やムハンマドらと同じ意味で悟りを得た人物とみなす――こう
いう特色があるのです。
 1945年12月に、一人のアラブ人が、上エジプトのナグ・
ハマディで考古学上驚くべき発見をしているのです。それが「ナ
グ・ハマディ文書」――別称「グノーシス福音書」といわれるも
のです。さらに同時期に、死海北西岸の岩山のクムラン洞穴群を
中心とする各地で発見されたのが、「死海文書」です。旧約聖書
の研究、キリスト教成立前後のユダヤ教の姿を知るうえでの貴重
な文献であり、一般にはイエスの生まれる少し前の文書だといわ
れているのです。
 ダン・ブラウンの「ダヴィンチ・コード」のプロットを支える
宗教的な土台というかスタンスは、この「グノーシス福音書」を
土台としているのです。歴史の闇に葬られた思想の再発見につな
がるとされるこの福音書は、「ダヴィンチ・コード」において、
ダン・ブラウンによって、この文書を本当の事実とウソを融合さ
せる道具立てとして巧みに使われています。
 映画のシーンにもありましたが、ダン・ブラウンは宗教学者の
リー・ティービングをして、ソフィーに次のように明言し、その
証拠として、ナグ・ハマディ文書、すなわち、「グノーシス福音
書」――ポスター並みの大きさの革装本を見せています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イエスとマクダラのマリアの結婚は史実として記録されている
                  ――リー・ティービング
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ナグ・ハマディ文書には、新約聖書の福音書と同じくらい古い
ですが、そこには新約聖書とは異なるイエスの教えが書かれてい
るのです。「ダヴィンチ・コード」はこれをプロットの核心とし
ているので、話題騒然となったのです。 ・・・[秘密結社21]


≪画像および関連情報≫
 ・ナグ・ハマディ文書
  1945年12月、エジプト南部に位置するナイル河畔の町
  ナグ・ハマディ付近で、一人のアラブ人農夫によって発見さ
  れた。彼らは肥料に使う軟土を掘り出すために、ナグ・ハマ
  ディ郊外へと出かけた。そこは150以上の洞窟がある山で
  エジプトの長い歴史の中で、墓場や修道院などに使われた場
  所だった。そこを掘っていると偶然、赤い素焼きの壺が出て
  きた。好奇心に駆られた彼らは、それを割ったところ、中か
  ら出てきたのは、ボロボロになったパピルスの写本の束だっ
  たのである。
  http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/gnousisu/naguhamady.htm

1847号.jpg
『封印のイエス』
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2006年06月02日

教会はなぜ文書を隠したのか(EJ1848号)

 再び今回のテーマを追求する本の話です。
 「ダヴィンチ・コード」の人気がいかに凄いかを実感させられ
る出来事がありました。実は、ダン・ブラウンの種本のひとつで
ある『レンヌ・ル・シャトーの謎/イエスの血脈と聖杯伝説』
池袋のジュンク堂に探しに行ったときのことです。
 現在、ほとんどの書店では特設コーナーを設けて、ダン・ブラ
ウンの「ダヴィンチ・コード」と何種類かの謎解き本を積み上げ
ています。しかし、「ダヴィンチ・コード」の最大の謎解き本は
ベイジェント/リーによる『レンヌ・ル・シャトーの謎/イエス
の血脈と聖杯伝説』なのです。
 しかし、肝心のこの本はそういうコーナーには置かれていない
のです。これは、書店のマネジャー自身がこのテーマに関心がな
いか、このテーマをよく研究していないかのどちらかです。なぜ
なら、この本こそこの特設コーナーに置いておけば、必ず売れる
本だからです。
 おそらくほとんどの書店ではこの本を在庫として持っていない
でしょう。しかし、ジュンク堂は本の揃え方に関しては定評のあ
る書店であり、必ずあると考えたので見に行ったのです。案の定
店員に『レンヌ・シャトー・・・』といったとたんに、すぐ本の
ある場所を教えてくれたのです。これでいかに「ダヴィンチ・コ
ード」の関心が高いかがわかったのです。
 この本は5000円を超える価格の高価な本であり、何とか図
書館でと考えたのですが、本はあったものの、何と10人以上も
予約が入っている始末です。さすがに知っている人は知っている
ものと感心したしだいです。
 しかし、そのとき目的の本のそばに並んでいたのが、次の書籍
です。2006年5月25日第一刷とありますので、出たばかり
の本です。これも500ページを超える大書ですが、手に入れる
ことができました。これは大変な収穫だったと思います。普通な
ら売れない本ですが、「ダヴィンチ・コード」が流行っているの
で、こういうが出版されるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著
 『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に到る西欧
 秘儀結社の知られざる系譜』           三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ダヴィンチ・コード」がこれほどのブームになったことにつ
いて、エレーヌ・ベイゲルスという歴史学者は、インタビューに
答えて、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 わたしたちにとってダン・ブラウンの本が興味深いのは、きわ
 めて重大な問いを投げかけているからです。もし彼らが――つ
 まり、教会の指導者たちが――キリスト教初期の歴史の大部分
 を隠蔽したというなら、わたしたちは何を知らないのでしょう
 か。何を知るべきなのでしょうか。その答は非常に大きな意味
 を持っており、わたしは歴史学者として、これはとても大事な
 問いだと考えています。
         ――ダン・バーンスタイン著/沖田樹梨亜訳
       『ダ・ヴィンチ・コードの真実』より 竹書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イエスについて書かれた記録で一番古いものは、イエスの死か
ら20年もあとに書かれた手紙なのです。続いて古いのは新約聖
書の福音書ですが、これはイエスの死から40年〜70年も経過
しているのです。
 したがって、ナグ・ハマディ文書のように初期のキリスト教に
ついて知る手かがりになるものは貴重なのです。もし、教会がそ
れらの文書を隠蔽したとすれば、そこに都合の悪いことが書かれ
ていたということになります。
 ナグ・ハマディ文書――すなわち、グノーシス福音書では「復
活」については次のように書かれているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 通常の人間は霊的には死の状態にあるが、修行によって霊的な
 啓明を得ると、その瞬間に復活が起こり、真の意味で生きてい
 る状態になる。             ――ピリポ福音書
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 こういう解釈は、難しくなるので踏み込むことは控えますが、
現在まで伝承されている復活の概念とは、大きな差があるといえ
ます。それにこの「霊的な復活」という考え方はフリーメーソン
に非常に近い考え方なのです。
 前述の歴史学者、エレーヌ・ベイゲルスはこれに関連して次の
ように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マクダラのマリアによる福音書には、あなた自身のなかに人の
 子を見出しなさいと記されています。言い換えれば、自分自身
 のなかに神を探しなさいということです。どちらかといえば仏
 教の教えに似ていますね。もちろん司祭たちから見れば異端で
 す。彼らに言わせれば、神へと近づく唯一の道は教会を通して
 見つけるべきなのですから。
         ――ダン・バーンスタイン著/沖田樹梨亜訳
       『ダ・ヴィンチ・コードの真実』より 竹書房刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 自分自身の中に神を見出す――そのためには修行が必要になり
ますが、精進によってそれは可能になると、グノーシス福音書は
説いているのです。この考え方においては、教会や司祭はいらな
くなってしまいます。ローマ・カトリック教会が異端として弾圧
したのは当然でしょう。
 興味深いことは、マクダラのマリアがイエスの単なる同行者で
はなく、重要な弟子としてみなされていたということです。ダン
・ブラウンの本によって、このような問題が提示された波紋は小
さくないと考えます。       ・・・・・[秘密結社22]


≪画像および関連情報≫
 ・ナグ・ハマディ文書とは何か
  ナグ・ハマディ文書とは、1945年にエジプトで発見され
  た13巻からなるコデックス(冊子本)形態による写本(古
  文書)。エジプトのナグ・ハマディ村(古代の名はケノボス
  キオン。アスワンから北東約225キロメートルに位置する
  小村)に近いジャバル・アッターリフの土中から発見された
  ため、この名がある。従来、原典に乏しく謎が多かったグノ
  ―シス主義思想の解明に大きく貢献した。
                    ――ウィキペディア

1848号.jpg
『テンプル騎士団とフリーメーソン』 『レンヌ・ル・シャトーの謎』
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2006年06月05日

エジプトとフリーメーソンの関係(EJ1849号)

 上エジプトのナグ・ハマディから発見された13巻から成る文
書/ナグ・ハマディ文書――そこに記述されている初期キリスト
教の考え方と、フリーメーソンのそれとは一致することがきわめ
て多いのです。どうやら、エジプトとフリーメーソンとは深い関
係があるようなのです。
 自由な石工/フリーメーソン――「フリー」については、何ら
かの義務を免除されたという意味であることは既に述べましたが
「メーソン」とは何でしょうか。
 「メーソン」とは、文字通りに訳せば「石工」のことです。つ
まり、フリーメーソンとは「何らかの義務が免除された石工」の
ことであり、フリーメーソンリーとは、そういう石工たちの結社
――グループというか、組合というか、そういう組織を意味して
います。
 日本で「石工」というと、墓石などを彫っている職人をどうし
ても想像してしまいます。しかし、1700年代のヨーロッパに
おいては、石の職人というと、少し違うイメージになるのです。
この点に関しフリーメーソンの研究家で、作家の加治将一氏――
『石の扉』の著者は、自著の中でヨーロッパと石の関係について
次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ヨーロッパの町並みを思い出してみてください。都市は、石で
 埋め尽くされています。荘厳な聖堂、途方もなく巨大な城、華
 麗な教会、そして美しくつらなる家並。それら建物はもちろん
 のこと、道路、橋、水道というインフラまでも、すべて石で出
 来ているのです。まさに石こそ国家の要、石こそ国の最重要素
 材でした。石工がいなくなれば、城壁ひとつ作れないのですか
 ら、石工の「マスター」(親方)は最重要人物ということにな
 ります。――加治将一著、『石の扉/フリーメーソンで読み解
                  く歴史』より。新潮社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで「石工のマスター」という言葉が出てきますが、「マス
ター」は単なる現場監督ではないのです。当時は石を運ぶ車両も
現代のようなものはないし、石を積み上げるクレーンなどの機械
ももちろんなかったので、人力が中心となります。
 人力を効果的に使うには、そのグループが上からの指揮命令系
統で動く組織――ギルド的組織になっている必要があります。そ
のためにはその組織の上の立つ人は、強大な権限を有するリーダ
ーシップのある人物でなければならないわけです。とくに城壁な
どを作る場合は、軍事の知識や能力にも長けている経験のある人
物である必要があります。
 また、現代のようにコンピュータはもちろん、クレーンなどの
建築機械のない時代にあって、巨大な石を正確無比にしかも高く
積み上げるためには、それこそ精密な構造計算などの高等数学が
自在にこなせる人物でなければならないわけです。そういう人が
ここでいうフリーメーソンの「グランドマスター」ということに
なるのです。
 どうでしょうか。「石工」のイメージが相当変わったのではな
いでしょうか。
 フリーメーソンのロッジ(集会所)のグランドマスターという
のは、城をはじめとする巨大な建造物の建築計画――つまり、巨
大な国家プロジェクトを担える人物、すなわち、ひとつの国家の
王か、現在でいえば一国の首相クラスの人材である必要がありま
す。したがって、フリーメーソンの初代のグランドマスターがソ
ロモン王であるといわれるのは、その真偽は別としてそう荒唐無
稽なことではないのです。
 ある建造物のプロジェクトは、そのつど石工たちを募集し、終
了すると解散するのです。石工の中には腕のよい人も、中ぐらい
の人も、ローレベルの人もいます。建築を計画を推進する側とし
ては、人の募集に際して石工の技術の熟達度を知りたいと考える
のは当然です。そのため、あらかじめ資格試験を行い、技量のラ
ンクを付けておこうということになったのです。それが「ブルー
・ロッジ」いわれる3ランクと結びついてくるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ≪ブルー・ロッジ≫
  第1段階:エンタード・アプランティス ・・・ 徒弟
  第2段階:フェロー・クラフト ・・・・・・・ 職人
  第3段階:マスター ・・・・・・・・・・・・ 親方
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フリーメーソンにおいて何よりも特徴的なのは、上記の位階制
度です。位階制度は、フリーメーソン各派によっても、また時代
によってもさまざまに変化していますが、その基本をなすものは
『徒弟』『職人』『親方』という3位階なのです。
 この位階を石工職人の技能的な段階と考える見方と、それを人
間の霊的進化の過程をあらわす象徴的な位階とみなす考える方が
あります。
 技能的な段階と考える見方に立つと、フリーメーソンに加入す
ると、まず『徒弟』の位階に属し、7年の研鑽を積んで『職人』
の位階に達し、さらに7年を経て、そして最後に『親方』の位階
に進んで行くとしています。
 現在米国で主流となっている考え方は「スコティッシュ・ライ
ト」といって、『徒弟』『職人』『親方』という3位階の上にさ
らに30位階を設ける考え方です。合計33という数字は、キリ
ストの生涯と一致するのです。
 それからもうひとつ、33という数字はソロモンの神殿に関係
するのです。ソロモン神殿は建設以来33年、ヤハウェの神殿と
して輝き続け、その後破壊されているからです。33位階につい
ては後で説明する機会があります。
 このように考えると、エジプトのピラミッドの建設にはフリー
メーソンが関与しているのではないかと誰でも思います。明日は
そのことについて考えます。    ・・・・・[秘密結社23]


≪画像および関連情報≫
 ・フリーメーソン・ペンダント
  23万円もするフリーメーソン・ペンダントがある。この他
  にフリーメーソン時計というのもあり、フリーメーソングッ
  ズはかなり多いのです。ところで、映画「ダヴィンチ・コー
  ド」でも、アクセサリーではないが、リー・ティービングが
  聖杯のありかを示すキー・ストーンを持っていたが、あれは
  何だったのか。しかし、このペンダントは凝っている。次の
  アドレスをクリックして、説明を読んでみてはどうか。
  ―――――――――――――――――――――――――――
   http://www.s-russia.co.jp/catalog-p/maso-s-1.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1849号.jpg
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2006年06月06日

古代エジプト王朝の2本の柱(EJ1850号)

 エジプトのピラミッドの建設にフリーメーソンが関わっていた
かどうか――これを示す証拠は現在のところ明確なものは何もな
いのです。何しろ今から5000年以上前の話なのです。その時
代にフリーメーソンが存在したかどうかは誰にもわからないので
す。しかし、調べれば調べるほど、フリーメーソンはエジプトと
密接な関係があるといえます。
 エジプトといえばナイル川です。エジプトは雨が少ないので、
そこに住む人々にとって、ナイル川は生命線だったのです。8月
の終わりから9月にかけて決まってナイル川は氾濫します。氾濫
が激しいとその被害は甚大なものになりますが、逆に少な過ぎる
と、今度は灌漑用の水が得られず、飢饉になってしまうのです。
このように、エジプト人は死ぬも生きるもナイル川の振る舞いに
よって大きな影響を受けたといえます。
 ナイル川流域に定住農耕民が出現したのは、紀元前3000年
代のことです。はじめに村落ができ、その村落はやがて国へと発
展し、紀元前3100年には上下エジプトを支配する統一王朝が
誕生していたのです。
 上エジプト、下エジプトといわれても、ピンとこないと思いま
す。添付ファイルの地図を見てください。エジプトでは、古い時
代から砂漠が広がっていたため、ナイル川の近くだけが居住に適
していたのです。
 居住民は、広さが日本の4倍程度の面積となる範囲で生活をし
ていたのです。ナイル川の上流は谷合であって、ナイル川一本だ
けが流れ、下流はデルタ地帯が広がっています。そして、上流と
下流でそれぞれ違った文化が発展したのです。それが上エジプト
と下エジプトです
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  上エジプト ・・・ ナイル川上流の細長い峡 谷地帯
  下エジプト ・・・ ナイル川下流に広がるデルタ地帯
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 初期キリスト教に関する秘密文書が見つかったのは、上エジプ
トのナグ・ハマディです。何かを隠すには格好の場所です。いわ
ゆるギザのピラミッド群は下ピラミッドにあるのです。位置関係
を頭に入れておいてください。
 ピラミッドができる前、上下エジプトには2つの柱が立ってい
たといいます。地図にあるように、上エジプトの南の柱、下エジ
プトの北の柱です。
 南の柱はのちにテーベとなる古代都市ネヘブにあり、北の柱は
アヌという都市(聖書ではオン)にあったのです。これらの柱は
「聖柱」と呼ばれています。
 この上下エジプトは、紀元前3100年頃に統一され、統一王
朝ができているのです。二つの国土がひとつになると、南北の2
つの聖柱は、天空女神ヌウトの光で空中で結ばれ、巨大な門を形
成しているとエジプト人は考えたのです。
 東の方からその巨大な門に向うと、右側に北の柱、左側に南の
柱が立っているわけです。これらの2本の柱は、フリーメーソン
リーの儀式にも登場するのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       右の柱 ・・・ ヤキン → J
       左の柱 ・・・ ポアズ → B
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 エジプトでは、世界はヌンと呼ばれる原始の混沌から出現した
と考えたのです。その混沌のなかに秩序を確立すること――それ
は世界を確立することにつながるのです。この「確立」をあらわ
すものが、ヤキンです。
 これに対して左の柱は、ボアズ――すなわち「力」です。下エ
ジプトが強力な侵略者に襲われると、上エジプトの発揮する力を
意味しているのです。そして、ヤキンとボアズの2本の柱――J
とBが健在であれば、それは「安定」を意味するのです。
 これら2本の柱は二元論をあらわしていて、それぞれ次のよう
なキーワードを意味しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         J/ヤキン   B/ポアズ
         オシリス    イ シ ス
         男  性    女   性
         太  陽    月
         昼       夜
         火       水
         金       銀
         能  動    受  動
         3       5
         赤       白 か 黒
         啓  発    無 駄 口
         牡 牛 座    双 子 座
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フリーメーソンの儀式と深い関係があるといわれるモーツァル
トの歌劇『魔笛』には「夜の女王」が出てきますが、それに対応
するのは「ザラストロ」です。ザラストロは胸に太陽の紋章をつ
けていることでわかるように昼の象徴なのです。そして、夜の女
王は月の光を浴びて登場します。夜と昼、月と太陽というキーワ
ードがそれぞれ対応しているのです。
 とにかく『魔笛』は謎だらけのオペラなのです。そして、それ
は驚くほど、フリーメーソンの儀式に酷似しているのです。いず
れにしても、このヤキンとボアズ――エジプトの統一王朝のとき
に存在していたことがわかっています。実はソロモンの神殿にも
2本の柱があり、「ダヴィンチ・コード」とつながってきます。
 そして、もうひとつ、エジプト文化の中心には「マアト」とい
う考え方があります。これがメーソンリーの考え方と非常によく
似ているのです。「マアト」については、明日詳しく考えたいと
思いまいす。           ・・・・・[秘密結社24]


≪画像および関連情報≫
 ・旧約聖書『創世紀』より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が
  深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われ
  た。『光あれ』と。こうして、光があった。神は光を見て、
  良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と
  呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である」。
       http://www.relache-jpn.net/report/tarot.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

1850号.jpg
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2006年06月07日

1851号/「王位継承の秘儀と秘密結社

 エジプトでは、人が死ぬと42の神々の前で、罪の否定告白を
しなければならないのです。それが終わると死者の審判が行われ
るのです。
 そのさい、秤にかけられるのが死者の心臓と「マアト」といわ
れるものです。マアトとは、ダチョウの羽根のことであり、エジ
プトの絵画に描かれている、この羽根を頭につけた女性が女神マ
アトなのです。マウトは古代エジプトの正義と真実の女神であり
太陽神ラーの娘とされています。
 さて、罪の否定告白において、そのいっていることが正しいと
秤は釣り合い、死者は無罪となり、永遠の命を手に入れて冥界の
住人になります。もし、釣り合わない――つまり、心臓の方が重
いと、ワニに似た怪物にその心臓を食べられてしまい、二度と復
活できなくなってしまうのです。ミイラを作るとき、4つの内蔵
(小腸、胃、肝臓、肺)をカノポス壺に納めるのに、心臓だけミ
イラの中に残しておくのはこのためです。
 このように、マアトは裁判で正義を判定する道具として使われ
正義、真実、公平を意味しているのです。ナイト/ロマスの『封
印のイエス』には次のように書いてあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 エジプトの特色は、秩序への欲求である。エジプトの宗教は単
 なる倫理的満足ではなく、正義こそが秩序の基盤であるという
 考えであった。「マアト」という観念は単なる公正ではない。
 もともとこの語は、ちょうど神殿の平面図のように、水平で秩
 序ある左右対称のものを指す言葉であった。のちにそれは正義
 真実、公平を指す言葉となった。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 少し話が難しくなって恐縮ですが、自らフリーメーソンと名乗
るナイト/ロマスによると、これほど簡潔にメーソンリーを叙述
した一文はないといいます。メーソンリーとは、友愛と相互扶助
と真実に基づく道徳の体系であるといえます。
 エジプトにおけるマアトの観念は、宗教というよりも、惑星の
運行から日常生活にいたる、あらゆる「正しさ」を表わす観念で
あって、法律の基礎となったのです。それはマアトが死者の裁き
で公正の基準として使われることからもいうことができます。
 そういう人類の思考と自然の調和――人々がマアトにしたがっ
て生きれば、神はナイルの恵みをもたらしてくれるが、もし、そ
のバランスが崩れれば、それは王と国民の責任である――このよ
うに考えたのです。
 このように万物に秩序と調和を求めるのは、フリーメーソンの
中心課題であり、その根本観念において、エジプトのマアトとメ
ーソンは一致する点が少なくないのです。それでは、エジプトの
観念とメーソンのそれはどちらが先なのでしょうか。
 残念ながら、それをはっきりと決める証拠はないのです。しか
し、マウトと同様にメーソンリーは宗教ではなく、両者ともに最
終的には、その象徴に「建築」を求めるのです。ナイト/ロマス
がいっているように、「マウトとは、ちょうど神殿の平面図のよ
うに、水平で秩序ある左右対称のものを指す言葉である」という
ように、建築と結びついているのです。
 エジプトでは、王が死ぬと、その瞬間にその息子はホルス――
すなわち、王になったのです。それは「死と再生(復活)」を意
味しており、そのために秘密の儀式が行われます。なぜ、そのよ
うな儀式をするのでしょうか。
 王が死んで次の王に代わる――これは国家にとって最も危険な
ときなのです。それは反乱の絶好機であるからです。そのために
王は神であってエジプトの霊統を直接受け継ぐものであることを
示す必要があったのです。この儀式は昔から口頭で伝承され、外
に漏らすことは禁止されたのです。
 ナイト/ロマスは、エジプトのこの秘儀について、『封印のイ
エス』で次のようにかなり具体的に書いています。少し長いです
が、重要なことなので、ご紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  王位継承の秘儀の中核となる最も重要な部分は、新王候補者
 が星の世界へと旅立ち、そこで神々の社会の一員と認められて
 ホルスとなり、死んだ王――すなわち新たなオシリス――から
 霊的な冠を授けられる、という一連の儀礼である。
  そしてこのとき、古い王と新たな王はともにオリオン座に旅
 立ち、ひとりはその天上の住まいに残り、もうひとりは地上の
 王国に帰還することになる。
  新たな王は、王家の秘密を守る中心グループに属する司祭長
 が処方したある薬品によって「死ぬ」。この薬は緩慢な硬直状
 態を起こす幻覚剤である。これによって新王候補者はあたかも
 死体のようになってしまう。
  世が明け、薬の効果が切れると、候補者は新たなホルスとな
 り、神々の世界から戻ってくる。この処方は厳密に計算され、
 明けの明星が地平線上に昇る、まさにそのときに王が意識を取
 り戻すようになっていた。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここまでやられたら、もはや王に歯向かうものはいなくなりま
す。それは神に逆らうことになるからです。したがって、この儀
式は重要であり、秘密は厳重に守られなければならないのです。
 こういう重要な秘密を長年にわたって守っていくには、通常の
世界とは切り離された特殊な集団――すなわち秘密結社が必要と
なったのです。初期キリスト教、エジプトの秘教、そしてメーソ
ン――そこには密接な関係があります。 ・・・[秘密結社25]


≪画像および関連情報≫
 ・オシリスとホルス
  「オシリス」
  冥界の支配者。両手には王権の象徴である王笏を持つ、足は
  ミイラのように束ねられている。オシリス神話ではイシスの
  夫であり、ホルスの父である。身体の色は再生復活を意味す
  る緑の色に塗られた。人間は死ぬとオシリス神になって復活
  すると考えられていた。
  「ホルス」
  両眼が月と太陽である天空の神。ハヤブサあるいはハヤブサ
  頭を持つ人物の姿であらわされた。国王は、第1王朝の時代
  からホルス神の化身であると考えられていた。ホルス神をの
  せたセレクと呼ばれる宮殿を模した長方形の枠の中に、王の
  ホルス名が書かれた。
  http://www.roy.hi-ho.ne.jp/mizuchi/Egypt/kamigami/osiris.htm

1851号.jpg
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2006年06月08日

ヘムオンはグランドマスターである(EJ1852号)

 エジプトとフリーメーソンの関係を調べていくと、どうしても
ピラミッドという建築物とフリーメーソンは関係があるのではな
いかと考えてしまいます。
 よく知られているように、米国の1ドル紙幣の裏には「目の付
いたピラミッド」の絵が描かれています。添付ファイルの図をご
覧ください。
 目については改めて詳しく述べるとして、ここではピラミッド
に注目したいのです。なぜ、米国の1ドル紙幣にピラミッドが印
刷されているのでしょうか。
 いうまでもなく、ピラミッドはエジプトの代表的な文化遺産で
すが、それを自国の紙幣にわざわざ刷り込むのは異常なことであ
るといえます。どうしてそのようなことをしたのでしょうか。
 それは、「ピラミッドと目」はフリーメーソンの象徴であり、
米国合衆国の建国にフリーメーソンが深くかかわっていたからで
あるというのがその理由とされています。
 そうであるとしたら、ピラミッドはフリーメーソンと深い関係
を持ってくることになります。「ピラミッドはフリーメーソンが
作った」という驚くべき説を主張するのは、フリーメーソンの研
究家で作家の加治将一氏です。以下、加治氏の説を要約してご紹
介していきますが、その前にピラミッドの知識を少し整理してお
くことにします。
 エジプトの首都カイロの南西13キロのギザ台地――そこに3
大ピラミッドがあります。それは下エジプトにあって、東向きに
建っています。3大ピラミッドとは次の3つの王のものとされて
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          1.クフ王 
          2.カフラー王
          3.メンカフラー王
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 なかでも最大のものはクフ王のピラミッドです。底辺は233
メートル、各辺は東西南北に面し、4つの隅はほぼ直角をなして
います。高さは137メートル、壁面の傾斜角は52度です。こ
のピラミッドには、一個2.5トンの石灰石が230万個も使わ
れており、210段にわたって積み上げられています。
 クフ王のピラミッドは誰が建てたのでしょうか。
 その名前が上がっているのはクフ王の政権のときの宰相をして
いたヘムオンという人物です。当時エジプトには次の2派があり
どちらが国政を執るかで競い合っていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     星 を信仰している ・・・ 星 信仰派
     太陽を信仰している ・・・ 太陽信仰派
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 エジプトにはもともと土着のエジプト人がいて、そこへ外来人
が入ってきてエジプトを制覇したのです。それが北から入ってき
た人たちです。彼らにとって、自分たちが来た方向がはっきりと
わかるものは北極星だったということで、星派となったのです。
 これに対して、民族派、古代エジプトに住んでいた人たちは太
陽信仰派なのです。早稲田大学の吉村作治教授は、この拮抗した
状況がピラミッドに表れているといいます。
 クフ王は太陽信仰派で、それを広めようとしていたのです。し
かし、宰相のヘムオンは星派につながっていたのですが、クフ王
はそれを承知でヘムオンにピラミッドの設計と施工をまかせたの
です。彼の父親がスネフェル王のピラミッドの設計、施工をした
経験があり、ピラミッドを作るノウハウを持っていたからです。
 ヘムオンは、表面上は太陽信仰を具現させるかたちでピラミッ
ドを作っているのですが、凝った工夫をしたのです。ビラミッド
を太陽の昇る東向きにし、そこに神殿を作っているのですが、入
り口は北側に置いています。それに、3つ並んだピラミッドは星
を想起させます。太陽派に合わせてピラミッドを作りながら、星
派の思いを巧みに取り入れているわけです。
 重要なことは、ヘムオンは土着のエジプト人ではなく、外部の
人間であったということです。つまり、ヘムオンは外部からやっ
てきたテクノクラートであったという点です。
 加治将一氏は、ヘムオンこそグランドマスター―もっとも加治
氏はフリーメーソンのという意味ではなく、古代エジプトに存在
した密教のそれであるといっていますが――フリーメーソンのグ
ランドマスターと考えれば、ヘムオンに関する疑問は氷解するの
です。なぜなら、これほどの事業を仕切った人物であるヘムオン
の記録がエジプトにおいてほとんど出てきていないからです。ヘ
ムオンがフリーメーソンであれば、秘密とともに存在し、闇に消
えたとしても不思議はないからです。
 ところで、ピラミッドを建造したのはヘムオンであったとして
それは何の目的に作られたのでしょうか。
 ピラミッドの使用目的は「王の墓ではない」という見解は吉村
作治教授からも出ています。なぜなら、ピラミッドの中から、一
体のミイラの柩も出てきていないし、墓であるという表示もどこ
にもないからです。
 それなら、ピラミッドは何の目的に使われたのでしょうか。
 加治将一氏は、ピラミッドの使用目的について、次のように述
べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ピラミッドは何らかの儀式に使われる建造物である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 加治氏は、フリーメーソンの儀式を行う場としてピラミッドを
考えています。そうすると、ピラミッドの謎はすべて氷解してし
まうのです。そして、それはエジプトの神話ともぴったりと符合
するのです。そのエジプトの神話とは、具体的には「オシリスと
イシス」の物語です。明日のEJでは、ピラミッドがどのように
使わたるかについて説明します。    ・・・[秘密結社26]


≪画像および関連情報≫
 ・吉村作治教授の「エジプト博物館」/今回のEJは吉村教授
  の次の記事を参考にして記述しています。
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ヘムオンとは人の名前です。「へム」」と「オン」に分かれ
ます。「オン」は「ヘリオポリス」。太陽信仰の中心である
町の名前です。ヘリオポリスという名前からしてギリシャっ
ぽいですね。ピラミッドをギザに造った理由の中に、この3
つの並び方がオリオン星座のまん中の星に似ているという話
をしましたね。
  http://www.yugakusha.net/study/yoshimura_egypt/200504-3.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1852号.jpg
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2006年06月09日

大ピラミッドの内部はどうなっているか(EJ1853号)

 加冶将一氏の主張する「ピラミッド=フリーメーソン儀式の館
論」をご紹介する前に、クフ王のピラミッドの内部がどうなって
いるのかについて少し詳しく説明しましょう。
 添付ファイルの図でわかるように、現在の入口と本来の入口は
違うのです。本来の入口は斜面から斜めに下降する通路が「地下
の間」につながっているのですが、この地下の間は未完成のまま
になっています。
 この地下の間は何のためにあるのでしょうか。なぜ、未完成の
ままなのでしょうか。面倒だから途中でやめたのでしょうか。そ
れとも予算が足りなくなったのでしょうか。そこは闇に閉ざされ
ている文字通り漆黒の空間です。
 しかし、この地下の間から上方に細い通路があって、大回廊に
つながっているのです。そこは非常に狭いため這ってよじ登るし
かないのです。これは何のための通路でしょうか。
 さて、現在の入口から内部に入ってみましょう。幅、高さとも
に1メートルほどの通路で、登り勾配は26度です。大人であれ
ば屈まないと通れないほどの狭さです。なぜ、このような狭い通
路にしたのでしょうか。ピラミッド建築の設計者は高度な技術を
持っており、広い通路を作れたはずなのです。
 その狭い上昇通路を39メートル進むと、南に向かって水平な
通路に出ます。この通路も高さが1メートルほどであり、屈まな
いと前進できないのです。そして、その水平通路を49メートル
進むと、「女王の間」と呼ばれる部屋に達するのです。
 この女王の間――広さは南北5.68メートル、東西6.22
メートルで、ほぼ正方形の部屋になっています。天井は切り妻造
りで三角天井になっており、高さ6.22メートルとかなり高い
のです。この切り妻造りが女王の間といわれるゆえんです。
 アラブでは、女性を埋葬する場合、三角天井の墓に埋葬する習
慣があったのです。これに対して男性の墓の屋根は、平らな石で
あるといいます。したがって、三角天井になっているので、女王
の間と名づけたものと思われます。
 女王の間には通気孔とみられる孔が2本あります。縦横20セ
ンチぐらいの孔です。しかし、不思議なことにこの孔は何者かに
よって巧妙に隠されており、1872年にウェインマン・ディク
ソンによって発見されるまで、その存在を誰も知らなかったので
す。しかも、そのうちの南側の1本は、ピラミッド外部とはつな
がっていなかったのです。何のための通気孔なのでしょうか。
 この通気孔にはさらに謎があるのです。1993年にドイツ人
の技術者のルドルフ・ガンテンブリンクが最新鋭のリモコン・ロ
ボットを使って、南側のふさがった通気孔の1本を調べたところ
外壁までの途中に金属が取り付けられた石灰岩のドアで閉ざされ
た空間があることがわかったのです。これについては、エジプト
考古庁が現在調査中です。
 女王の間から水平通路を元に戻ると、上昇通路のところに出て
きます。この上昇通路は高さ46メートル、横幅は2メートル強
になって一挙に広くなり、視界が開けます。ここではじめて大人
も立って歩けるようになります。これを大回廊といいます。
 上昇勾配26度の大回廊を46メートル登り終わると、また水
平通路が南に延びています。そこを歩くと、「王の間」と呼ばれ
る部屋に達します。
 王の間――広さは幅5.25メートル、奥行き10.5メート
ル、高さ5.8メートルで、女王の間の2倍ほどの広さの長方形
の部屋なのです。石灰岩で仕上げられた女王の間と違って、この
部屋は花崗岩を積み上げて内壁が作られています。各石と石の間
はカミソりの刃はおろか空気まで通さないほどに完璧に接合され
ているのです。
 王の間の通気孔は2本――南側の通気孔は傾斜角45度で、オ
リオン座のベルトの3つの星を指しており、北側の孔は、32度
28分の角度で北極星を指しているのです。
 王の間については、添付ファイルを見ていただきたいのですが
こちらも三角屋根になっていますが、女王の間と違うのは切り妻
造りにはなっておらず、平らな岩が何枚も天井として層をなして
いる点に注目していただきたいと思います。
 とにかく地上45メートルの高さの王の間に、これだけの巨岩
を持ち上げて精緻に結合させ、4500年経過した現在でもその
構造に歪みひとつ生じさせないのは驚くべきことといえます。
 もうひとつ、ピラミッド内部は「ウォーン」という音響が響い
ており、とくに王の間ではそれが大きな唸り声のように聞こえる
というのです。一種のピラミッド・パワーでそのような音響が聞
こえるのでしょうか。
 この不思議な音響のせいでしょうか、この王の間には多くの逸
話があるのです。
 18世紀にナポレオンがエジプトに遠征したさい、ひとりで王
の間で一夜を明かしたといわれているのです。翌朝になって、ピ
ラミッドの外に出てきたナポレオンの顔は真っ青で、身体はぶる
ぶる震えていたというのです。どうやら、彼が困惑するような何
かがあったと考えられます。
 第2次世界大戦中の1943年、米国のルーズベルト大統領は
エジプトに滞在中、予定されていた王の間見学を自ら辞退してい
ますし、1964年にエジプト国内を旅行中だったソ連のフルシ
チョフ首相は、大ピラミツドの内部に入るのをKGBに制止され
取りやめているのです。
 はっきりしていることは、大ピラミッドは王の墓ではないので
すが、それなら何のための建物なのでしょうか。少なくとも実用
的なものとはとても考えられないのです。
 そこで出てきたのが、何らかの秘密の儀礼を行う場所ではない
かという説です。そのような儀式のためにかくも巨大な建造物を
造るなど考えられないというなかれ、古代では宗教と巨大建造物
は一体のものなのです。そういう意味で、ピラミッドが儀礼の館
という説は説得力を帯びるのです。   ・・・[秘密結社27]


≪画像および関連情報≫
 ・クフ王
  ―――――――――――――――――――――――――――
  紀元前2500年ごろ、ギリシア名クオプス。エジプト古代
  国第4王朝(前2613〜前2494)ごろ,クフ王に関し
  て残る同時代の史料はきわめて少ない。クフ王の治世につい
  て語る最古の史料はヘロドトスの『歴史』である。これによ
  りこの王はエジプト最大のピラミッド(ギゼーの第1ピラミ
  ッド)を建てた王として,また奴隷を酷使した暴君として知
  られている。
    http://www.tabiken.com/history/doc/F/F145L200.HTM
  ―――――――――――――――――――――――――――

1853号.jpg
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2006年06月12日

ピラミッドは秘密結社入社儀式である(EJ1854号)

 加治将一氏は、クフ王のピラミッドは、エジプト神話に一貫し
て流れている「愛」と「死」と「復活」の儀式のための建物では
ないかといっています。
 加治氏は、これをフリーメーソンの入社儀式に当てはめて考え
ています。入社候補者は未完成の地下の間に集められるのです。
目隠しをされています。もっとも目隠しをされていなくても、地
下の間は漆黒の闇で何も見えません。これは「死」を意味してい
るのです。そして、この闇のなかで、これまでの生き方を振り返
って懺悔するのです。
 一定の期間が過ぎると、候補者は司祭に導かれて、大回廊に通
ずる小さな上方通路を這ってよじ登ります。この穴は非常に狭く
四足でよじ登らなければならないのです。これは人間としては認
められていないことを意味しています。
 候補者のなかには、登り切れず地下の間にすべり落ちてしまう
者もいます。しかし、登り切らない限り、先に進むことはできな
いのです。
 登り切ると、水平の通路が南に通じています。ここも立って歩
くことはかなわず、身体を屈めて進むしかないのです。とかし、
なんとか二足で歩くことができます。そして候補者は、女王の間
に導かれます。目隠しはまだされたままであり、その状態で司祭
たちによっていろいろな試問が行われます。そして、合格した者
だけが次の段階に進むことができるのです。資格なしと判断され
た者はピラミッドの外に出されてしまうのです。
 女王の間を出て水平通路を戻り、大回廊に出ます。しかし、こ
こには落とし穴があり、その穴に落ちてしまう者もいます。神に
運を試されるのです。穴に落ちてしまうと、元の地下の間に逆戻
りしてしまうことになります。
 それをクリアした候補者は、大回廊を上に向かって歩かされま
す。ここは立って歩くことができます。はじめて、人間として認
められたことを意味しています。そして、候補者は王の間に導か
れます。儀式の総仕上げです。
 そこでも何らかの試問が行われ、それが済むとはじめて目隠し
が外されます。まぶしい一筋の光が目に飛び込んできます。これ
は通気孔から入ってくる光です。この光は復活をあらわしている
と加治氏はいっています。
 この記述は、既にご紹介している加治将一氏の次の本に出てい
ます。改めてご紹介しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    加治将一著
    『石の扉/フリーメーソンで読み解く歴史』
                    新潮社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、これをもってこのピラミッドが建てられた時代に既に
フリーメーソンが存在したということではないのです。加治氏自
身も、「古代エジプトに存在した密教の儀式ではないか」といっ
ているのです。それにしてもピラミッドがフリーメーソンの儀式
にぴったりの建物構造であることは確かなのです。
 一般的にピラミッドは「王の墓」と考えられています。古代エ
ジプトのピラミッドのほとんどは「墓」なのです。なぜなら、そ
の内部には石棺があって、その中からミイラが必ず発見されてい
るからです。
 ところが、ギザの3大ピラミッドは例外なのです。最も巨大な
クフ王のピラミッド――第1ピラミッドには墓を示す証拠は何も
ないのです。ピラミッドの中心部分を「玄室」――王の間――と
いいますが、そこには石棺はあるものの、中にはミイラはおろか
副葬品も一切なかったのです。
 3大ピラミッドのうち、内部からミイラが発見されたのは、第
3ピラミッドからだけです。1837年に玄室から石棺が発見さ
れ、周辺から人骨が発見されているのです。
 ところが、発見された石棺と人骨は外部に持ち出され、英国に
向けて船積みされてしまうのです。しかし、途中で船が難破し、
貴重な遺品は海に沈んでしまったのです。しかし、この発掘を指
揮したのは、リチャード・ハワード・ヴァイスなる人物であり、
問題のある人物なのです。
 このリチャード・ハワード・ヴァイス――貴族出身で、英国の
陸軍大佐なのですが、彼は中東を歴訪し、エジプトでピラミッド
――とくに3大ピラミッドの調査に従事したのです。そして、第
1ピラミッドの「王の間」からある空間を発見するのです。この
空間――独特の石積みの最上部の空間で、「重力拡散の間」と命
名されています。
 そして、この重力拡散の間からクフ王の名のヒエログリフがあ
ることをヴァイスは見つけているのです。1873年5月のこと
です。この功績に対し、英国は将軍の地位を贈っています。
 しかし、後年宇宙考古学者ゼカリア・シッチンによって、これ
が真っ赤な偽物であることが証明されたのです。そうなると、最
大の第1ピラミッドが「クフ王のピラミッド」であるという根拠
がなくなってしまったのです。それに加えて、海で消失したとい
う第3ピラミッドの石棺と人骨も、果たして本当なのかどうか大
変疑わしいものとなってしまったのです。
 3大ピラミッドが王の墓ではないとすると、果たしてこれらの
ピラミッドは何のための建物であるかということになります。秘
密結社の儀式の建物というのもひとつの考え方ではありますが、
何かもっと大きな秘密がそこに隠されているのではないかとも考
えられるのです。
 それにピラミッドの建設年代は、紀元前2500年以上前のこ
とであり、ノアの洪水よりもさらに前のことであると推定されて
いるのです。ということは、3大ピラミッドは、ノアの洪水の被
害を受けているのです。そのような古い時代の建物にどうしてフ
リーメーソンの痕跡があるのでしょうか。 ・・[秘密結社28]


≪画像および関連情報≫
 ・3大ピラミッドの見方
  3大ピラミッドを見ると、一番大きく見えるのは、中央の第
  2ピラミッド(カフラー王)が一番大きく見える。しかし、
  一番大きいのは第1ピラミッド(クフ王)である。遠いのと
  少し、低いところにあるので、そのように見えるのである。
  そして一番左が第3ピラミッド(メンカウラー王)である。

1854号.jpg
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2006年06月13日

3大ピラミッドとカッパーラ思想(EJ1855号)

 ヒラム・アビフ――この名前を覚えておられるでしょうか。
 5月24日のEJ第1841号で、ソロモンの神殿について書
いたときにご紹介しています。偉大なる王ソロモンは、古代ユダ
ヤ民族の唯一神「ヤハウェ」の神殿を建築しようとし、親交の深
いツロの王ヒラムに助力を求めたのです。
 ややこしい話ですが、このツロの王ヒラム――ヒラム・アビフ
とは別人なのです。ヒラム・アビフとは、ヒラム王が当時高度な
建築技術を持っていたティルス(ツロの支配下にあった古代フェ
ニキアの海湾都市)の労働者3306人と一緒にエルサレムに派
遣した神殿建設の設計・総括管理者の名前なのです。
 結論から先にいうと、このヒラム・アビブこそが最初のフリー
メーソンであるといわれているのです。
 今まで何度も取り上げているナイト/ロマスの本には、次のよ
うな記述があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 メーソンリーの第3階級の儀式では、われわれを困惑させる人
 物の名が言及される。それは「ソロモン王の神殿の完成の直前
 に殺害された建築家の棟梁、ヒラム・アビフ」である。だが、
 聖書のどこを見ても、ソロモン王の神殿を建造した建築家の名
 は登場しない。(中略)ヘブライ語で「ヒラム」とは、「高貴
 な」とか「王のような」を意味し、「アビフ」は古いフランス
 語で「失われた者」を意味する。すなわち、この名は「失われ
 た王」を意味するのである。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、ナイト/ロマスは、「ヒラム・アビフ」とは後世の人
物の発明によるものだといっているのです。彼らは、ヒラム・ア
ビフは殺害されており、そのため、名前に「失われた王」の意味
を込めて、後世にメッセージを伝えようとしたのではないかとい
っているのです。
 既に見てきたように、ソロモンの神殿はあのテンプル騎士団と
も深い関係があり、そのいずれもフリーメーソンに結びついてく
るのです。そして、フリーメーソンの謎に迫るとき、避けて通れ
ないものがあるのです。それが「生命の樹」です。
 「生命の樹」とは、旧約聖書の「創世記」(2章9節以降)に
出てくるエデンの園の中央に植えられている木のことです。もと
もとエデンの園にいたアダムとイブ――つまり、人間が、禁止命
令を無視して「智恵の樹」の実を食べてしまったので、生命の樹
も食べるのではないかと神は恐れて、人間をエデンの園から追放
したといわれているのです。
 この生命の樹――具体的にいうと、ユダヤ教神秘主義「カッパ
ーラ(カバラ)」が創り出したものなのです。カッパーラの奥義
はきわめて深遠であり、簡単には説明できないのですが、その基
本中の基本といえる象徴が「生命の樹」なのです。これには、カ
ッパーラのすべてが凝縮されているのです。
 「生命の樹」には3つの柱があります。「柱」とは神を意味し
ているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.「慈悲」の柱 ・・・ 御子イエス
    2.「均衡」の柱 ・・・ 御父エロヒム
    3.「峻厳」の柱 ・・・ 聖霊ルーハ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実は、ギザの3大ピラミッド――これはそのまま3つの柱に当
てはまるのです。ここで「御父エロヒム」とは「聖書」の絶対神
ヤハウェのことであり、御父、御子、聖霊の3神が揃っているの
です。つまり、3人の神です。
 この3神は、ギザの3大ピラミッドに対応します。すなわち、
中央の第2ピラミッドが「均衡」の柱で御父エロヒム、向って右
側の第1ピラミッドは、「慈悲」の柱で御子イエス・キリスト、
左側の第3ピラミッドは、「峻厳」の柱で聖霊ルーハというわけ
です。つまり、3大ピラミッドは、カッパーラの思想に基づいて
建設されているということになります。
 つまり、3大ピラミッドは「生命の樹」であり、絶対3神の神
殿なのです。興味深いのは、3大ピラミッドそれぞれの中心部分
――玄室の天井の違いです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.第1ピラミッド ・・・ 平 坦な天井
    2.第2ピラミッド ・・・ 三角形の天井
    3.第3ピラミッド ・・・ 半円形の天井
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 とくに興味深いのは、第2ピラミッドの玄室が三角形であるこ
とです。「生命の樹」においては、中央の柱が高く、三角形の空
間ができるのです。これは絶対3神が形成する「至高世界」を意
味しているのです。つまり、ピラミッドのかたちそのものが、至
高世界の雛形になっているわけです。
 問題は、第2ピラミッドの意味する「御父エロヒム」、すなわ
ち「ヤハウェ」と「御子イエス・キリスト」の関係です。かたち
から見れば、キリストはヤハウェの息子ということになりますが
「ヤハウェ」は神としてのキリスト、つまり、人間として受肉す
る以前のキリストのことであって、同じキリストのことを意味し
ているのです。
 このカッパーラの奥義を一般の人間に公開した人がイエス・キ
リストなのです。イエスは「生命の樹」を解き明かし、この世に
は絶対3神がいること、そして自らが絶対神のひとりであるヤハ
ウェであることを公開したのです。
 これがユダヤ教徒らの怒りを買って、イエス・キリストは十字
架刑に処せられることになるのです。「生命の樹」については、
明日考えましょう。         ・・・・[秘密結社29]


≪画像および関連情報≫
 ・『わたしはある』はヘブライ語で「ヤハウェ」
  ―――――――――――――――――――――――――――
  『ヤハウェ』とは旧約聖書の絶対神の名前である。つまりは
  ユダヤ教徒が崇拝する神、天地万物を創造したとされる唯一
  絶対神である。しかし、ヤハウェと言われても、一般的な日
  本人には馴染みのない名前であろう。というのは、日本語訳
  の聖書では、ヤハウェという固有名詞を全て「主」という一
  般名詞に読み替えているからだ。ゆえに、いくら聖書の中を
  探したからとて、その名前を見つけることはできない。ちな
  みに、新約聖書にも「主」という単語が出てくるが、あれは
  ギリシア語の「キボトス」を訳したものであるため、ヤハウ
  ェとは違い、純粋に「主」という意味の一般名詞である。神
  はモーセに「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言
  われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わた
  しはある』という方が、わたしをあなたたちに遣わされたの
  だと。http://www.fitweb.or.jp/~entity/seisho/yhwh.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1855号.jpg
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2006年06月14日

『生命の樹』の基本構造を知る(EJ1856号)

 「生命の樹」――単なる抽象論ではないのです。その基本構造
を示す具体的な図があるのです。添付ファイルをご覧ください。
 まず、次の3つの柱があります。これについては、昨日のEJ
で既にご紹介しましたが、再現しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           1.慈悲の柱
           2.均衡の柱
           3.峻厳の柱
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 続いて、10個の「セフィロト」というものがあります。「生
命の樹」は、この10個のセフィロトによって構成されているの
で、sephirothic tree ともいわれるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.「ケテル」    ・・・ 王冠 Kether
   2.「コクマー」   ・・・ 智恵 Cochma
   3.「ビナー」    ・・・ 理解 Binah
   4.「ケセド」    ・・・ 慈悲 Chesed
   5.「ケプラー」   ・・・ 神々しい力 Geburah
   6.「ティファレト」 ・・・ 美  Tiphereth
   7.「ネツァク」   ・・・ 永遠 Netzach
   8.「ホド」     ・・・ 威厳 Hod
   9.「イエソド」   ・・・ 基礎 Iesod
  10.「マルクト」   ・・・ 王国 Malchut
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 実は、これら10個のセフィロトの外に、もうひとつ、「ダア
ト」という不可視のセフィロトがあるのです。この「ダアト」の
目的については、すべてのセフィロトについてしっかりとした知
識を持っている者に対してのみ伝えられたといわれています。
 「ダアト」については、次の記述があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ダアト」の非セフィラーは目には見えないが、この世界を越
 えたところから「知識」を伝える声である
      ――ゼヴ・ベン・シモン・ハレヴィ著/大沼忠弘訳
             『ユダヤの秘儀/カバラの象徴学』
                         平凡社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 続いて、セフィロトとセフィロトを結ぶパス――小道――があ
ります。これは22種類あり、すべて名前が付いているのです。
資料として使えるので、すべて出しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.アレフ  (ケテル → コクマー)
    2.ベート  (ケテル → ビナー)
    3.ギーメル (ケテル → ティファレト)
    4.ダレット (コクマ → ビナー)
    5.ヘー   (コクマー → ティファレト)
    6.ヴァヴ  (コクマ → ケセド)
    7.ザイン  (ビナー → ティファレト)
    8.ヘット  (ビナー → ゲブラー)
    9.テット  (ケセド → ゲブラー)
   10.ヨッド  (ケセド → ティファレト)
   11.カフ   (ケセド → ネツァク)
   12.ラメド  (ゲブラー → ティファレト)
   13.メム   (ゲブラー → ホド)
   14.ヌン   (ティファレト → ネツァク)
   15.サメフ  (ティファレト → イェソド)
   16.アイン  (ティファレト → ホド)
   17.ペー   (ネツァク → ホド)
   18.ツァディー(ネツァク → イェソド)
   19.コフ   (ネツァク → マルクト)
   20.レーシュ (ホド → イェソド)
   21.シン   (ホド → マルクト)
   22.タヴ   (イェソド → マルクト)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」をよく見ると、3つのセフィロトとパスで作る三
角形が3つあることがわかります。それによって、3つの世界が
生まれるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     @――A――B ・・・ 至高世界
     C――D――E ・・・ 中高世界
     F――G――H ・・・ 下層世界
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この3つの世界――実に奥が深いのです。ここまで述べてきた
ことと関連付づけると、ギザの第1ピラミッドの内部構造はその
ままこの3つの世界に当てはまるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    地下の間 ・・・ 星 の栄光 → 下層世界
    女王の間 ・・・ 月 の栄光 → 中高世界
    王 の間 ・・・ 太陽の栄光 → 至高世界
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらに、王の間の奇妙な石積み造作にも留意する必要がありま
す。EJ第1853号の添付ファイルを参照していただくとわか
るように、その構造は4枚の板石を6個の石で支える全部で10
個の石による構造物であり、それに床石の1個を加えると、全部
で11個の石が使われています。そして天井はというと、支え石
がなく、下と隔離された三角形構造をしているのです。
 つまり、この構造物はカッパーラの「生命の樹」をあらわして
いるのです。石の数が11個であり、「ダアト」を入れれば「生
命の樹」の11個のセフィロトと石の数がぴったり一致するから
です。3大ピラミッドは、カッパーラの奥義がこめられている建
造物なのです。           ・・・・[秘密結社30]


≪画像および関連情報≫
 ・鏡餅には「生命の樹」が隠されている
  ―――――――――――――――――――――――――――
  鏡餅をカッバーラの奥義「生命の樹」と見立てる。すると、
  鏡餅の上下三段構造はそのまま「生命の樹」の三栄光に対応
  する。すなわち、下から下層世界=星の栄光、中高世界=月
  の栄光、そして至高世界=太陽の栄光だ。つまり、一番上の
  ミカンは、太陽の栄光を象徴していることになる。オレンジ
  色のミカンは、そのまま太陽の色。丸い形は、そのまま太陽
  の球体を表現しているとは考えられないだろうか。もし、そ
  うなら2枚の丸い餅と1個のミカンは、全部で3つの太陽を
  示しているともいえる。太陽は光であり、光の神、すなわち
  絶対神の象徴だ。よって、鏡餅は太陽三神、すなわち御父と
  御子と聖霊を示唆していたのである。
          http://www.kitombo.com/mikami/0120.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1856号.jpg
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2006年06月15日

ダ・ヴィンチが鏡文字を書いた理由(EJ1857号)

 「ダ・ヴィンチ・コード」の大ヒットによって、当然のことで
すが、小説や映画の筋とは離れても、レオナルド・ダ・ヴィンチ
という人物自身が注目されています。ダン・ブラウンがこの芸術
家を小説の題材に選んだ狙いは見事に当たったといえます。
 レオナルド・ダ・ヴィンチという人は、おそらくアルベルト・
アインシュタインと並ぶ稀に見る大天才といえます。画家、彫刻
家、建築家、エンジニア、発明家など――幅広い専門分野を完璧
にマスターしてしまっているからです。しかし、そのいずれの分
野においても、物事の原理を探求するために、「自然の摂理」を
探求することに執念を燃やした人物なのです。
 EJの今回のテーマは秘密結社――とくにフリーメーソンの起
源を明らかにすることを目的として書き進めています。幸いなこ
とに、ダン・ブラウンの小説の大ヒットのおかげで、秘密結社に
関しても世間の耳目が集まっており、秘密結社に関する本も多数
出版されているので、よいタイミングであるといえます。
 そして話は「生命の樹」まできています。しかし、この「生命
の樹」――なかなか難解なのです。この謎を解くために、レオナ
ルド・ダ・ヴィンチのやったことを知る必要があるのです。
 歴史研究家のマーティン・ランの著書――「ダ・ヴィンチ・コ
ード」の謎解き本の1つに、レオナルド・ダ・ヴィンチについて
次の記述があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1490年から1495年の間、彼は絵画と建築にまつわる
 論文や、力学と人体の構造についての本を執筆している。さら
 に、数々の科学的領域にわたる研究を続けた。文章とスケッチ
 ですべてを詳細に記録しており、その多くは今も残っている。
  レオナルドは左利きだったため、反転筆記はさほど困難では
 なかった。ただし第三者が読むのは容易ではないうえ、スペル
 ミスや略語によって、より難解なものになっている。しかも彼
 のメモは、理論的な順序で記されているとは限らなかった。彼
 は鏡文字を全域で用いたり、他者との通信からは通常の筆記に
 も慣れていた事実がうかがえる。
   ――マーティン・ラン著/秋宗れい訳、『ダ・ヴィンチ・
           コード デコーデット』より。集英社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで不可解なことがひとつあります。それは、レオナルドが
「鏡文字」を使っていた事実です。鏡文字とは、鏡に映してはじ
めて読める文字、つまり、右から左に逆さに書かれた文字や上下
が反転になった文字のことです。
 なぜ、レオナルドは鏡文字を使ったのでしょうか。これについ
ては、次の4つの仮説があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.生来左利きであったため
        2.学界への意趣返しのため
        3.暗号化し秘密文書にする
        4.早期出版の版下づくり説
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 レオナルドの研究家によると、彼は両手を使って文字を左右か
ら非常に早いスピードで書いていたそうです。したがって、鏡文
字を書くのは難しくなかったといえます。
 また、レオナルドは学者ではなかったため、当時の学界ではレ
オナルドの説は疎んじられたといいます。その意趣返しに普通で
は読めない鏡文字を使って、論文の内容を暗号化したという説も
あります。さらに、全く逆に論文や構想をすぐに出版できるよう
版下づくり――版下は反転して作る――を作者自らがやったのだ
という説もあるのです。
 しかし、これらの説とはぜんぜん異なる説があります。それは
カッパーラの思想と関係があるという説です。どうしてかという
と、カッパーラはその前に立つと誰もが自分を偽ることはできな
いという意味から、「鏡」にたとえられることがあるのです。
 ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」には、レオナルド
の作品「ウィトルウィウス的人体図」が出てきます。円と四角に
描かれた裸の男性は、デザインの斬新さとあいまって、見るもの
に強烈なインパクトを与えるものとなっています。
 「生命の樹」も人間のかたちで表わしたものを「アダム・カド
モン」――人形(ひとかた)というのです。なぜ、「アダム」な
のかというと、アダムが神の似姿として創造されたからです。し
たがって、「原初の人」という意味で「アダム・カドモン」とい
うのです。
 確かに各セフィロトが、人体の頭部、手足、胴体などの部分に
対応しており、人のかたちとしてとらえることができます。そし
て、これは「ウィトルウィウス的人体図」ととても共通点が出て
くるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     1.どちらも五角形として表現できる
     2.どちらも左右対称の図であること
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 五角形の頂点を結んだときにできる星型を「五芒星」といいま
すが、これは人体を意味するのです。そして左右対称――しかも
「ウィトルウィウス的人体図」では人間の美的概念でもっとも美
しいとされる黄金比率(1.618)が下敷きになっています。
 カッパーラは鏡なのです。それを蔑む者は期せずして己をも蔑
むことになるのです。生命の樹も同様であり、それを鏡に映して
みる必要があります。鏡像反転させてはじめて、本当の生命の樹
があらわれるというのです。
 レオナルドの代表作「モナ・リザ」は、それを鏡像反転させて
彼自身の自画像の上に重ねてみると、ぴったりと一致するです。
これはとても偶然とは思えない一致といえます。秘密結社「シオ
ン修道会」の総長をしていたともいわれるレオナルド・ダ・ビン
チ、カッパーラとの関連はあって当然です。 ・[秘密結社31]


≪画像および関連情報≫
 ・「アダム・カドモン」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ヘブライ語で「最初の人間」の意味。最初の人間の原形であ
  り、宇宙秩序の構造を繁栄していて、原罪が犯され、地上の
  「アダム」がエデンから追放された後も、悪の汚染を免れて
  いたという。この思想は『光輝の書』(13世紀)において洗
  練され、セフィロトの教義と関係があるとされる。
      http://cthulhu.hp.infoseek.co.jp/rakuen.a.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1857号.jpg
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2006年06月16日

絶対三神/三位一体か三神か(EJ1858号)

 リチャード・エリオット・フリードマンという人物をご存知で
しょうか。彼は次の著作で大変有名になった人です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    リチャード・エリオット・フリードマン著/松本英昭訳
 『旧約聖書を推理する−−本当は誰が書いたか』――海青社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フリードマンという人は、ハーバード大学近東言語文明科を卒
業し、同大学の大学院を修了して博士号を得た人物です。とくに
「聖書」の研究家として有名です。
 この本に大変興味深いことが書いてあるのです。それは、次の
ような内容です。
 18世紀において、「聖書」の作者は誰かというテーマを追求
していた聖職者と医者と大学教授がいたのです。彼らは別々に研
究していたのですが、3人とも同じことに気が付いたのです。い
くつもあるのですが、「創世記」の第1章と第2章の矛盾につい
てご紹介しましょう。
 「創世記」第1章27節には次の有名な記述があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに
 創造し、男と女とに創造された。
                ――「創世記」第1章27節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、「創世記」第2章では、次のように記述されているの
です。明らかに矛盾しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け
 手を造ろう。         ――「創世記」第2章19節

 神はそのうえで、動物や鳥を造り、人が寝込んだすきに「あば
 ら骨の一つを取って、その所を肉でふさぎ、人から取ったあば
 ら骨でひとりの女を造りあげた。
             ――「創世記」第2章19〜22節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 聖職者と医者と大学教授は、なぜ、このような矛盾が生じたの
かを別々に考えた結果、同じ結論に達したのです。それは2つの
テクストを合体したことから生じた矛盾である――ということで
す。2つのテクストとは、次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.神のことを「ヤハウェ」と呼ぶテクスト
    2.神のことを「エロヒム」と呼ぶテクスト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 日本では「ヤハウェ」という言葉をほとんど聞きません。なぜ
なら、日本語で書かれた「聖書」には「ヤハウェ」という言葉は
一切出てこないからです。それはすべて「主」という言葉に置き
換えられているからです。
 それでは、「エロヒム」とは何でしょうか。
 「エロヒム」とは「エル」の複数形です。「エル」は単数形な
のです。複数形にするのは、ユダヤ教では「尊敬する」という意
を込めているのです。さて、このエロヒム――御父(キリストの
父)を意味しているのです。
 「旧約聖書」については、「神はひとりである」というのは常
識なのです。しかし、「新約聖書」になると、このあたりのこと
がとても微妙になってくるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.イエス・キリストは神のひとり子である
    2.御父の子、イエス・キリストも神である
    3.御父に遣わされた聖霊もまた、神である
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これでは神が3人いることになります。そこで出てきたのが、
三位一体の考え方です。つまり、神はあくまでひとりであるが、
そのペルソナ(仮面)として、御父、御子、聖霊がある――こう
いう考え方に立っているのです。わかったようなわからないよう
な考え方であるといえます。
 「ヤハウェ」はヘブライ語で「YHWH」のことであり、「わ
たしはある」という意味なのです。ところが、「出エジプト記」
に次の記述があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 神はモーセに「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言
 われ・・・・。     ――「出エジプト記」第3章14節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これにより、「ヤハウェ=イエス・キリスト」ということにな
ります。整理すると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  御父とは「エロヒム」のことであり、イエスの父である
  御子とは「イエス・キリスト=ヤハウェ」のことである
  聖霊とは御父「エロヒム」の遣わした聖霊ルーハである
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 なぜ、このような議論をしているのかというと、「絶対3神」
がわからないと、カッパーラの思想が理解できないからです。ユ
ダヤ教やイスラム教は「神はひとり」として3神を認めていない
し、キリスト教は3神は認めるが、あくまで三位一体の考え方に
立っています。それでいて、カッパーラは、日本の神道も含めて
すべての宗教に深く取り入れられているのです。
 ところで、「神はひとり」という表現を使いましたが、神を数
える単位は何でしょうか。
 そうです。「柱」なのです。「生命の樹」の3つの柱――真ん
中に立つ「均衡の柱」、向かって右の「慈悲の柱」、左の「峻厳
の柱――それに神道にも3柱の神は登場します。これらは3神を
認めてはじめて理解できるのです。カッパーラにおいては「柱」
は神の象徴なのです。        ・・・・[秘密結社32]


≪画像および関連情報≫
 ・「ヤハウェ」について
  ユダヤ教徒が一般生活において、神の名を「ヤハウェ」と呼
  ぶことはない。かわりに「神」、「主」(アドーナイ)「御
  名」(ハシェーム)などの呼称を用いる。かつては大祭司が
  年に一度神殿の聖所に入り民全体のあがないの犠牲を捧げる
  時にのみ唱える特別な名であった。対して、アラビア語にお
  いて、ヤハウェは「アッラーフ」と呼称される。これはイス
  ラムとキリスト教徒双方に共通する。
                    ――ウィキペディア

1858号.jpg
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2006年06月19日

10個のセフィロトとモーセの十戒(EJ1859号)

 今回のEJのテーマ「秘密結社の謎と真相」――今回でちょう
ど33回です。非常に広範囲のテーマであって、どのようにして
まとめるのか苦慮しているところです。しかし、多くの人にご愛
読頂き感謝いたします。
 今週はカッパーラを具現したといわれる「生命の樹」について
述べていきますが、その記述について参照させていただいている
のが、飛鳥昭雄氏と三神たける氏による学習研究社発行の次の本
とそれを中心とする一連のシリーズです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    飛鳥昭雄/三神たける著
    「『陰陽道』の謎/失われたカッパーラ」 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この一連のシリーズは、世間一般常識とはかけ離れた内容もあ
り、批判も少なくないようですが、真面目に読んでみると、謎に
包まれたテーマ――三神氏は「謎学」と命名――に光を当てる情
報に溢れており、とても参考になります。それは、飛鳥・三神両
氏が実際に現地を調査され、独自に入手している情報に基づいて
いるからです。これらの情報を今後使うとき、いちいち断らない
ときもありますが、あらかじめお断りしておきます。
 「生命の樹」――エデンには、もうひとつ「知恵の樹」があり
その実を人間が食べてしまったのです。そのうえで「生命の樹」
の実まで食べると、人間ではなく神と同等の存在になるので、神
は人間をエデンの園から追い出したのです。そして、神は「生命
の樹」を守るため、「ケルビム」と「燃える剣」を置いたといわ
れています。この意味については後述します。
 「生命の樹」――このカッパーラの思想は、特定の宗教にだけ
見られるものではなく、すべての宗教に見られる思想なのです。
ユダヤ教、キリスト教、仏教、そして日本の神道――そのすべて
にカッパーラの思想は見られます。
 カッパーラは、ヘブライ語で「授けられたもの」という意味で
す。つまり、カッパーラとは「絶対神から授けられた叡智」のこ
とであり、「生命の樹」はそれを具現したものなのです。
 そしてこの叡智を授けられた者が「預言者」なのです。アダム
エノク、ノア、セム、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、サ
ムエル、ダビデ、ソロモン、イザヤ、ヨハネ、ペトロ、ヤコブ、
ヨハネ、マタイ・・・すべてカッパーラを授けられた預言者であ
るというわけです。
 さて、3本柱から成る「生命の樹」には全部で11個の球体が
ついていますが、このうち「ダアト」と呼称する1個は隠された
状態になっています。これらの球体を「セフィロト」と呼ぶこと
は既に述べました。
 既に述べているように、「生命の樹」には3つのセフィロトと
パスで作る三角形が3つあって、それぞれの世界を構成していま
す。それに加えて、11個のセフィロトのうち一番下にある「マ
ククト」だけで作る「滅びの世界」が加わって、4つの世界が構
成されるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      @――A――B ・・・ 至高世界
      C――D――E ・・・ 中高世界
      F――G――H ・・・ 下層世界
      I       ・・・ 滅び世界
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」のセフィロトを結ぶ小道「パス」――よく見ると
単にセフィロト同士を結んでいるのではなしに、立体構造になっ
ており、複雑に入り組んでいることがわかります。
 重要なのは、一番上にあるセフィロトの「ケテル」から次のよ
うにジグザグに下降する次のパスなのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 @「ケテル」→A「コクマー」→B「ビナー」→「ダアト」→
 C「ケセド」→D「ゲブラー」→E「ティファレト」→F「ネ
 ツァク」→G「ホド」→H「イエソド」→I「マルクト」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは「神の意思の通り道」といわれているのです。神の意思
は「雷光の閃光(カブ)」というかたちで上記のジクザグのパス
を通って「マルクト」に至るのです。そして、「マルクト」から
人は「生命の樹」を上に昇りはじめるのです。
 つまり、生まれたばかりの人間は、「マルクト」の状態にあり
「生命の樹」のパスを上に昇っていきます。これが「人間的に成
長する」という意味なのです。
 「マルクト」と「ダアト」をのぞく10個のセフィロトは、モ
ーセが絶対神から授かった「十戒」が対応しています。つまり、
この世における人間の行動規範「十戒」をセフィロトとして表現
しているわけです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「ケテル」 ・・・・ わたしのほかに神があってはならぬ
 「コクマー」 ・・・ いかなる像も造ってはならぬ
 「ビナー」 ・・・・ 神、主の名をみだりに唱えぬこと
 「ケセド」 ・・・・ 安息日を心に留めこれを聖別せよ
 「ゲブラ」 ・・・・ 父母を敬いなさい
 「ティフアレト」 ・ 殺してはならない
 「ネツァク」 ・・・ 姦淫してはならない
 「ホド」 ・・・・・ 盗んではならない
 「イエソド」 ・・・ 隣人に関して偽証してはならぬ
 「マルクト」 ・・・ 隣人の家を欲してはならぬ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 22個のパスは、ヘブライ語のアルファベット22個に対応し
ているのです。古代エジプトではそこから22枚のカードを作っ
たのです。それが「タロット・カード」になったのです。これは
大アルカナと呼ばれています。小アルカナは56枚で、後のトラ
ンプの原型となったのです。     ・・・・[秘密結社33]


≪画像および関連情報≫
 ・「タロット・カード」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  古来よりインドや中国ではカードが使用されており、これら
  がタロットの原形になったと推測されている。その後、ジプ
  シーの占い師やムーア人の侵略によって、東洋のカードはヨ
  ーロッパに伝わったという。しかし、タロット・カードが現
  在見られる形(大アルカナ22枚、小アルカナ56枚)にな
  ったのはいつ頃なのか、どこで制作されたのか、誰が図柄を
  定めたのかとなると、歴史の闇に包まれてはっきりしたこと
  は言えない。一説にはエルサレムに住んでいたユダヤ教神秘
  主義者が大成したともされる。
    http://www.fitweb.or.jp/~entity/shinpi/tarotto.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ・添付ファイルの図
  飛鳥昭雄/三神たける著
  「『陰陽道』の謎/失われたカッパーラ」より 学研

1859号.jpg
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2006年06月20日

相撲と『生命の樹』との関係(EJ1860号)

 一番下にあるセフィロトである「マルクト」は、それひとつで
滅びの世界を形成しています。この世界はこの世の世界ではなく
ここにいたる者は精神の地獄を味わうとされています。そういう
意味で「マルクト」は「地獄の門」ともいわれるのです。
 それ以外の世界――至高世界、中高世界、下層世界に関して、
新約聖書には次のように記述されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 また、天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝
 きと地上の体の輝きとは異なっています。太陽の輝き、月の輝
 き、星の輝きがあって、それぞれ違いますし、星と星の間にも
 違いがあります。
    ――「コリント信徒への手紙T」第15章40〜41節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 以上を3つの世界と対応させると、次のようになるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      至高の世界 ・・・・・ 太陽の輝き
      中高の世界 ・・・・・ 月 の輝き
      下層の世界 ・・・・・ 星 の輝き
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」をよく見ると、中高世界から至高世界の間に「ダ
アト」という隠されたセフィロトがあります。したがって、中高
世界から至高世界に昇るには「ダアト」を顕現させる必要がある
のです。そのため「ダアト」は神の世界に直結する「天上の門」
といわれています。ちなみにこの「ダアト」には10、「マルク
ト」には0という数字が割り当てられています。
 「生命の樹」には多くの変形バージョンがあるのです。しかし
その基本構造は変化していないのです。その基本構造とは垂直な
3本の柱と7つの水平の段階(添付ファイル参照)です。これに
ついては、添付ファイルの図の右側の燭台をごらんください。
 1本の主柱の両脇に合計6本の支柱が伸びる構造をしているの
ですが、これとまったく同じ姿をした古代イスラエルの神器が旧
約聖書のなかに出てくるのです。それを「メノラー」というので
す。神がシナイ山頂でモーセに与えた特殊な燭台なのです。
 このメノラー――古代イスラエルの神殿や移動式神殿「幕屋」
に安置されているのです。このメノラーの主柱と支柱の先に据え
られた7個の灯火皿に油を注ぎ、聖所と呼ばれる第1の部屋を7
つの輝きで決して絶えることなく照らし続けるのです。そして、
秘密の儀式がそこで行われるのです。
 このイスラエルの神殿「幕屋」は次の構造になっているのです
が、それは「生命の樹」の4つの世界に対応しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    1.幕屋の至聖所 ・・・・・ 至高世界
    2.幕屋の聖所 ・・・・・・ 中高世界
    3.幕屋を囲む板垣の中 ・・ 下層世界
    4.幕屋を囲む板垣の外 ・・ 滅び世界
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この幕屋――日本の神社の構造とそっくりです。幕屋の至聖所
は「本殿」、幕屋の聖所は「拝殿」、幕屋を囲む板垣の中は「境
内」、幕屋を囲む板垣の外は「境内の外」に対応するのです。
 もともと神道では、古い樹木には神が宿るとして、木に対する
信仰があるのです。「生命の樹」に通じるものはたくさんあると
いうわけです。ということは、神道にもカッパーラの思想が入っ
ているということを意味します。
 ところで、相撲は元来神社の境内で行われていたのです。相撲
はスポーツというよりも儀式であり、イスラエルの幕屋と密接な
関連があります。つまり、それは「生命の樹」とも関連があると
いうことになります。
 相撲の千秋楽に「三役揃い踏み」というのがあります。この三
役とは、大関、関脇、小結のことです。横綱が入っていないので
す。しかし、千秋楽の残り三番ですから当然横綱が入りますし、
揃い踏みは横綱も登場して四股を踏みます。どうして四役ではな
いのでしょうか。
 実は横綱はあとから作られたものであり、この三役揃い踏みと
いう儀式は横綱ができる前からあったのです。それまでは相撲の
最高位は大関であり、関脇、小結がそれに続いたのです。
 そこで、相撲の最高位を大関にすると、至高世界を形成するセ
フィロトと三役は次のように対応するのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ケテル ・・・・・ 大関
      コクマー ・・・・ 関脇
      ビナー ・・・・・ 小結
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それから「幕内」という言葉ですが、これは「幕屋」からきて
いる言葉です。三役の下位の前頭は15枚あります。これは5枚
ずつセフィロトに対応するのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ケゼド ・・・・・ 前頭筆頭  〜 5枚目
      ゲブラー ・・・・ 前頭 6枚目〜10枚目
      ティファレト ・・ 前頭11枚目〜15枚目
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらに下位は、ひとつのセフィロトに2つの地位が対応するの
です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      ネツァク ・・・・ 十両 幕下
      ホド ・・・・・・ 三段目 序二段
      イエソド ・・・・ 序の口、前相撲
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうでしょうか。相撲と「生命の樹」はきわめて密接な関連を
持っているのです。相撲を観るということは「生命の樹」の上昇
する過程を見ているのです。     ・・・・[秘密結社34]


≪画像および関連情報≫
 ・幕屋とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  幕屋(まくや)とは、聖書に登場する移動式の神殿のことで
  ある。会見の天幕(かいけんのてんまく)とも呼ばれる。た
  だし、過去の聖書翻訳において、幕屋(ヘブライ語/ミシュ
  カーン)と天幕(ヘブライ語 オーヘル)とを明確に区別し
  ているものはあまりなく、それぞれの翻訳間に表記のばらつ
  きが存在する。
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%95%E5%B1%8B
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ・添付ファイルについては次のURLを参照
    http://www.fitweb.or.jp/~entity/shinpi/kabara2.html

1860号.jpg
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2006年06月21日

1ドル紙幣の目の正体は何か(EJ1861号)

 「生命の樹」の話が続いていて、困惑されている読者も多いと
思います。それが秘密結社にどのように関係するのかと・・・。
あるいは、「ダ・ヴィンチ・コード」の興味で読み始めた読者も
ひょっとするとこれは別の話かも・・と考えはじめているかも知
れないと思います。
 しかし、あとでそれはすべて繋がってくるのです。今はそれを
理解するための前提知識についてお話ししているのです。その話
の中心が「生命の樹」というわけです。
 ここで、もう一度1ドル紙幣の裏側のピラミッドの目の話に戻
してみたいと思います。1ドル紙幣の目をよく見ると、ピラミッ
ドの頂上に浮いた三角形の中に目があります。
 この三角形は「生命の樹」の「ケテル」、「コクマー」、「ビ
ナー」によって形成される三角形なのです。これは、至高世界で
すから、その中の目は「神(ヤハウェ)の目」――万物を見通す
目ということになります。しかし、この目の正体については、諸
説があるのです。
 一般的に陰謀論者の意見として、1ドル紙幣のピラミッドの目
は絶対神ヤハウェの目ではなく、堕天使ルシファー(サタン)の
目であるというのです。EJ第1836号で、イルミナティの話
をしましたが、そのときイルミナティは「光を与える」という意
味で、その「光」とはルシファーを指していることをご紹介して
います。そして、そのとき、イルミナティという秘密結社が17
76年5月1日に発足しているということも伝えています。
 このことから、1ドル紙幣のピラミッドの目はルシファーの目
であるといわれているのですが、この説は、そんな馬鹿なことは
ないと正面切って否定できないほどの根拠があるのです。
 それは、1ドル紙幣のピラミッドの一番下に書かれている次の
文字にあります。虫眼鏡でよく見てください。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           MDCCLXXVI
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これはローマ数字なのです。ご存知のようにローマ数字は単位
が次のようになっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   I =   1       C = 100
   V =   5       D = 500
   X =  10       M =1000
   L =  50
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これによって、「MDCCLXXVI」を計算してみると次の
ようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1000+500+100+100+50+10+
   10+5+1=1776
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1776年といえば、1776年7月4日に米国が独立を宣言
しています。しかし、米国は独立宣言したものの、その後英国の
戦闘力によって苦しめられ、果たして本当に独立できるのかどう
かおぼつかない状況だったのです。そうであるとしたら、1ドル
紙幣に載せるのは、正式な独立日である1783年7月4日の方
ではないでしょうか。
 実は「MDCCLXXVI」は米国の独立宣言のことではなく
秘密結社イルミナティが創立された日なのです。イルミナティの
創立日は1776年5月1日です。「MDCCLXXVI」の最
後の2文字は「VI」ですが、これは5月1日を暗示していると
とることもできます。もともとピラミッドの目のデザインは、イ
ルミナティのシンボルマークそのものなのです。
 それに5月1日は「ベルテーン祝祭」――この日は悪魔に仕え
る魔女たちにとって記念すべき日なのです。それは、ルシファー
が地獄より地上に戻ってきて、空の上に宿る日といわれているの
です。まだ、あります。1ドル紙幣のピラミッドの上と下に書か
れている2つのラテン語です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ANNUIT CCEPTIS → 誕生の告知
   NUVOS ORID SECLORUM
              → 新しい非宗教的団体
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このラテン語は「新しい非宗教的団体の誕生の告知」という意
味になるのです。どうみても、イルミナティの誕生の告知としか
考えられないのです。
 一方、「MDCCLXXVI」というローマ数字をバビロニア
語で読むと「1110」という数字になります。これをアラビア
語では「666」になるのです。そして、これら2つの数字を加
えると、次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1110+666=1776 ――→ 1776年
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして、もうひとつ大切なことがあります。それは、1ドル紙
幣のピラミッドの目は分析の結果、左の目であることがわかって
いるのです。
 「ライト」は英語で「右」という意味ですが、「正しい」とい
う意味でも使われるのです。欧米では「右手優位」の傾向がある
のです。後で述べますが、カッパーラにおいても右を重視するの
です。それなのに、なぜ「左目」なのでしょうか。
 「左」は、「右」よりも一段劣るというか、正しくないという
意味を持つことがあります。最後の審判において、人類が裁かれ
るときも、右側に正しい者、左側には正しくない者が集められて
いるのです。
 されにしても、米国はなぜ、ピラミッドの目のようなものを紙
幣に載せているのでしょうか。    ・・・・[秘密結社35]


≪画像および関連情報≫
 ・米国の紙幣と日本の千円札の怪
  ―――――――――――――――――――――――――――
  アメリカのドルは、アメリカという国家の貨幣ではありませ
  ん。FRB(連邦準備制度理事会)という私的機関の証券な
  のです。アメリカ政府はそれを買って流通させています。言
  わば民間銀行の債権なのです。これについてはユースタス・
  マリンズという人の書いた「民間の所有する中央銀行」面影
  橋出版に詳しく書かれています。そしてこの機関はイギリス
  にある巨大な銀行によって支配されています。それらの人々
  はイルミナティという組織を通して世界を統一し支配する計
  画を立てているのです。この目は長年アメリカ国民を監視し
  てきました。そして今や日本の国民を監視し始めたのです。
  http://www.ne.jp/asahi/petros/izumi/arano/arano041122.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

1861号.jpg
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2006年06月22日

人生は「生命の樹」を上昇すること(EJ1862号)

 人間は受肉した瞬間から「生命の樹」を昇りはじめるといいま
す。人間の人生とは「生命の樹」を上昇することなのです。その
「生命の樹」を上昇するために通過しなければならないセフィロ
トの数は「ダアト」を含めて全部で11個です。
 そして、3つのセフィロトがひとつの世界を構成します。3つ
のセフィロトは、絶対3神をあらわす3つの柱からひとつずつ選
ばれるのです。したがって、世界を構成する基本数は「3」とい
うことになるのです。
 最高位の世界である「至高世界」――3本柱の頂点に位置する
セフィロト「ケテル」「コクマー」「ビナー」は、「ケテル」を
中心とした三角形の世界になっています。
 この世界は他の世界とは大きく異なるのです。それは、この至
高世界は、隠されたセフィロト「ダアト」によって隔離されてい
るという点です。つまり「ダアト」を顕現させないと、入れない
世界なのです。それは、神々の世界であり、直接絶対3神とまみ
える世界ということになります。
 これに対して最後のセフィロト「マルクト」1個で構成される
「滅びの世界」――これはどういう世界でしょうか。これについ
ては、イエスの「タラントンのたとえ話」があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  主人から5タラントン、2タラントン、1タラントンをそれ
 ぞれ預かった3人の僕(しもべ)がいた。最初の僕は5タラン
 トンを使って商売し、10タラントンにした。次の僕も2タラ
 ントンで商売し、4タラントンにした。最後の僕は失うことが
 恐ろしくなり、1タラントンを土に埋めて隠しておいた。後日
 結果を見た主人は、何もしなかった僕を叱責し、すぐさま追い
 出してしまったという。
  人間は、みなマルクトから上昇するのが宿命である。最終的
 に真理を得たのにマルクトに留まっている人間は、何も成長し
 ていないことを意味する。人間として霊的に未熟な状態であり
 忌むべき世界である。だからこそ、「精神の地獄」といわれる
 のである。
                ――飛鳥昭雄/三神たける著
       『失われた堕天使/「ルシファー」の謎』 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」を昇るというのは要するに木登りです。高いとこ
ろに昇ると、下にいたときには見えなかったものが見えてくるの
です。ところで、大臣のことを「○○相」といいます。首相とか
財務相とか外相とかいうようにです。どうして「相」の字を使う
かご存知でしょうか。
 それは「相」の字を分解してみるとわかります。「相」の字は
「木+目」に分解できます。これは「木に登って見る」――少し
高い段階から世界を見る人」という意味なのです。
 もともと「見る」には次の3段階があるのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    見 ・・・ 普通に立って見る 「人+目」
    看 ・・・ 手をかざして見る 「手+目」
    相 ・・・ 高いところで見る 「木+目」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 霊的にレベルアップする――フリーメーソンにもそういう成長
段階があるということをEJ第1849号で述べています。「ス
コティッシュライト」という考え方で「徒弟」「職人」「親方」
の上に30位階を積み上げ、全部で33位階あることについて説
明しています。
 この「33」という数字は、キリストの生涯の数であり、ソロ
モンの神殿は建設されて33年経過して破壊されています。実は
この33という数字は「生命の樹」と深い関係があるのです。そ
れは、次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  『「ダアト」を含む11個のセフィロト』
           + 『22本のパス』= 33
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さて、木登りにはつねに危険が伴います。「生命の樹」を昇る
過程においても霊的成長の途中で、いきなり「生命の樹」を滑り
落ちる可能性があるのです。それは、「生命の樹」には「ケリッ
ポト」という穴が口を開けているからなのです。
 「生命の樹」の最も高い位置から、滑り落ちた例として語り伝
えられているのが「堕天使/ルシファー」の話です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」を最後まで登り詰めたのは、光の天使ルシフェル
 (ルシファーと同じ)である。ルシフェルは、もっとも神に近
 い存在だった。おそらく「生命の樹」における「太陽の栄光=
 「至高世界」にまで踏み込んでいたことは間違いない。まさに
 神の奥義に肉薄したからこそ、ルシフェルは神になろうとした
 のである。つまり、彼は、セフィロト「ケテル」に至った天使
 だったのである。しかし、ルシフェルは「生命の樹」を甘く見
 ていた。「生命の樹」は鏡である。いくらカッパーラの奥義を
 得たとしても最後の最後で本性があぶりだされる。傲慢となっ
 たルシフェルは「生命の樹」に邪悪な存在として映った。と、
 そのとき、セフィロト「ケテル」にぽっかりとケリッポトが口
 を開けた。まさに御父エロヒムの栄光を手にしようとした瞬間
 ルシフェルは落ちた。     ――飛鳥昭雄/三神たける著
       『失われた堕天使/「ルシファー」の謎』 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このようにして、ルシファーは「生命の樹」の最上階から真っ
逆さまに転落してしまったのです。どこに落ちたのでしょうか。
実は最下位のセフィロト「マルクト」ではなく、これを突き抜け
て別な世界に入ってしまったのです。かくして、天使の3分の1
を味方につけて神に挑んだルシファーの反乱はもろくも崩れてし
まったのです。           ・・・・[秘密結社36]


≪画像および関連情報≫
 ・「ルシファー」とは何か
  「ルシファー」とはキリストの伝統で、サタンの別名とされ
  る。「ルシファー」は英語からの音訳で、その他日本ではル
  キフェル(羅)、ルチーフェロ(伊)ルシフェル(西・葡)
  などとも表記される。「ルシファー」はもともと、ラテン語
  で「光を帯びたもの」(lux 光 + -fer 帯びている、生じて
  いる)を意味し、キリスト教以前から「明けの明星」を指す
  ものとして用いられ、オウィディウスやウェルギリウスなど
  の詩歌にも見られる語である。無論、ヘブライ語の旧約聖書
  にもギリシャ語の新約聖書にも使われてはおらず、元来は、
  サタンや堕天使といった伝統と一切無縁のものだった。
                    ――ウィキペディア

1862号.jpg
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2006年06月23日

『死の樹』というものがある(EJ1863号)

 「生命の樹」に関して、どうしても理解しておくべきことがひ
とつ残っています。それは「死の樹」の話です。人生とは、「生
命の樹」を昇ることであると述べましたが、そうしていると、何
かのはずみに別世界に入ってしまうことがあるのです。その別世
界が「死の樹」です。
 その別世界「死の樹」の入り口は、「ケリッポト」と呼ばれる
落とし穴です。光の天使ルシファーは「生命の樹」を順調に昇り
最高位のセフィロト「ケテル」にたどりついた瞬間にケリッポト
に落ちて、「死の樹」に入ってしまったのです。それはカッパー
ラの奥義がわかった瞬間、傲慢になって神を超えようとしたから
であるといわれています。
 「ケリッポト」とは、どういう世界なのでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ケリッポトは虚無に満ちており、有益なものは何ひとつ生まな
 い。他人を攻撃することで自分を正当化しようとするが、何も
 得はしない。ただただ虚しさだけが残る。本人はそれを認めた
 くないため、さらに頑なになってしまう。よほどの悔い改めが
 ない限り、彼らが「生命の樹」に戻ることはできない。
                ――飛鳥昭雄/三神たける著
       『失われた堕天使/「ルシファー」の謎』 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それでは、「死の樹」とは何でしょうか。飛鳥昭雄/三神たけ
る両氏は次のように説明しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「死の樹」の構造は「生命の樹」とまったく同じである。大地
 には「生命の樹」が生えており、その大地を境にして、地下に
 「死の樹」が生えている。両者は、互いに上下左右が正反対の
 関係になっている。ちょうど平面上で「生命の樹」を180度
 ひっくり返せば「死の樹」になる。
          ――飛鳥昭雄/三神たける著、前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで重要なのは「上下左右が正反対の関係」という部分なの
です。実は「死の樹」にも三本柱があり、11個のセフィロト、
22本のパスがあるのです。したがって、いきなりケリッポトが
開き、「死の樹」の世界に入っても、本人は気づかないのです。
 「生命の樹」と「死の樹」の関係は、このように説明されても
ちょっとピンとこないものです。そこでやってみる価値のあるこ
とは、紙に書かれている「生命の樹」の左サイドに鏡を立て、さ
らに「生命の樹」の下の部分にも同じことをし、鏡に写った「生
命の樹」を見ることです。それがここでは「死の樹」と考えてお
いてください。
 「死の樹」の世界に入ってしまうと、どうなるのかについては
次の説明があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」から「死の樹」に移っても、本人からすれば何も
 変わったようには見えない。それまでと同じように、「生命の
 樹」を上昇していると錯覚する。「生命の樹」が180度引っ
 繰り返っているのと同じように自分も引っ繰り返っているため
 に、自分では上昇しているように見える。
          ――飛鳥昭雄/三神たける著、前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで、「生命の樹」の三本柱のことを思い出していただきた
いと思います。EJ第1856号で述べたように、「生命の樹」
に向かって右が「慈悲の柱」、中央が「均衡の柱」、そして左が
「峻厳の柱」になります。そして、これら3つの柱は次のように
絶対3神をあらわしているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     「慈悲の柱」 ・・・・・ 御子キリスト
     「均衡の柱」 ・・・・・ 御父エロヒム
     「峻厳の柱」 ・・・・・ 聖霊 ルーハ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」を正面から見ると、キリスト、すなわち絶対神ヤ
ハウェは御父エロヒムの右、聖霊ルーハはエロヒムの左になりま
す。この場合、御子イエス・キリストは必ず御父エロヒムの右に
こなければならないのです。これによると、イエスはエロヒムの
右になっているからいいではないかと考えますが、これはちょっ
とおかしいのです。
 というのは、この並び方では、御父エロヒムの側に立って考え
ると、イエスはエロヒムの左になってしまうのです。こういうこ
とは絶対にあり得ないのです。
 イエス・キリストが御父エロヒムの右でなければならないとい
うことについてはさまざまな根拠があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ・主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の
  座に着かれた。――マルコによる福音書
 ・ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の
  右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子
  が神の右に立っておられるのが見える」と言った。
            ――使徒言行録」第7章55〜56節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでいっている「神の右」とは神に向かって右のことではな
いのです。あくまでも神から見て右です。そうすると、「生命の
樹」の3本柱は位置がおかしいということになります。
 ところが「生命の樹」の左に鏡を置き、鏡に写る「生命の樹」
を見ると、「慈悲の柱」と「峻厳の柱」は逆転し、イエスは神の
右になります。ここに鏡像反転が重要な意味を持ってきます。
 ここから、われわれが見ている「生命の樹」は実は「死の樹」
なのではないか――本当の「生命の樹」は鏡像反転したものがそ
うではないかという考え方が出てきます。この謎解きは、来週の
EJで行いたいと思います。     ・・・・[秘密結社37]


≪画像および関連情報≫
 ・「慈悲の柱」と「峻厳の柱」というのか
  ―――――――――――――――――――――――――――
  人の子に言い逆らうものは赦される。しかし、聖霊に言い逆
  らう者は、この世でも後の世でも赦されることはない。
                  ――マタイによる福音書
  ―――――――――――――――――――――――――――
  聖霊は厳しい。正義の味方なのである。イエス・キリストを
  冒とくしても、慈悲によって赦されるが、聖霊を冒とくすれ
  ば峻厳によって正義が貫かれ、契約通り罪を要求される。し
  たがって、「生命の樹」を昇るさいも「峻厳の柱」に属する
  セフィロトを通るときは十分注意する必要がある。

1863号.jpg
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2006年06月26日

『生命の樹』の裏側にあるもの(EJ1864号)

 カッパーラについて説明している本の「死の樹」のイラストを
見ると、「生命の樹」が生えている地下に向かって正反対に生え
ている樹が「死の樹」として説明されています。
 つまり、「生命の樹」の下の部分に鏡を当てたとき、鏡に写る
のが「死の樹」であるというのです。しかし、なぜ、ここで鏡が
出てくるのでしょうか。なぜ、鏡像反転なのでしょうか。
 鏡と反対向きの樹――これは日本の神道の伝説に共通点がある
のです。それは、天照大神を天の岩戸から外へ導き出すあの「天
の岩戸開き神話」です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 天照大神が天岩屋に籠もったとき、天の岩戸の前には榊が置か
 れた。しかも、たんに置かれただけでなく、そこに八咫鏡がか
 けられた。         ――「天の岩戸開き神話」より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まず、「榊」という字をよく見ていただきたいのです。「神の
木」と書いてあります。これは「生命の樹」に通じるものがあり
ます。しかも、この榊――供えるときは逆向きに置くことになっ
ているのです。「逆木(さかき)」とも解釈できます。
 その榊にかけた「八咫鏡(やたかがみ)」――これは、「生命
の樹」に鏡を立てて見るという意味に取ることもできます。この
ことから、「生命の樹」の本質を知るには、鏡に写さなければな
らないという奥義(秘伝)が伝えられているのです。
 こういう「生命の樹」などの奥義――僧侶や修験者などが修行
して一定のランクに達すると伝授されるものなのです。いわゆる
「資質の証明」――それを伝授するに足る資質、すなわち秘密を
守れることが認められると伝授されるものなのです。
 ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』に次の記述があり
ます。ラングドンとソフィーが、チューリッヒ保管銀行パリ支店
長ヴェルネの手引きで逃走中の車の荷台の中のシーンです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ソフィーは落ち着かない顔つきになった。祖父によく宝探しを
 させられたと言っていたのを、ラングドンはふと思い出した。
 “資質の証明”だ。キー・ストーンも同様の発想に基づく。も
 っとも、それを言うなら、この種の試練は秘密結社ではひどく
 ありふれてぃる。何よりも有名なのは、フリーメイソンのそれ
 だ。長年かけて、会員は自分が秘密を守れることを証明し、儀
 式をおこない、さまざまな試練を経ることによって、高位へと
 昇進する。第三十二位階のフリーメイソンに任命されて、要求
 はしだいに重くなっていく。
        ――ダン・ブラウン著/越前敏弥訳/角川文庫
            『ダ・ヴィンチ・コード(中)』より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さて、「生命の樹」と正反対に地底に伸びる「死の樹」は絵画
として描くのは面白いですが、解決できない問題が残るのです。
それは御子イエス・キリストの位置です。「生命の樹」の下に鏡
を当て、画像を上下反転させてもイエスは御父エロヒムの方から
見て左に位置したままです。右に位置するようにするには、鏡を
上下反転させた上で、さらに左右反転させる必要がある――あま
りにも複雑過ぎると思うのです。
 イエスが御父の右にくる――これは極めて重要なことであり、
動かし難いことです。そうであるなら、神の方から見て、イエス
が右にくる状況がひとつだけあるのです。こちらから神を見ると
イエス(慈悲の柱)はエロヒムの右に位置しています。というこ
とは、神の方から見るとイエスは、エロヒムの左に位置すること
になります。
 しかし、こういう状況でイエスがエロヒムの右にくるのは、3
神がこちらに背中を見せている状況だけです。これなら、イエス
は間違いなくエロヒムの右に位置しています。そうなると、「生
命の樹」もこちらに裏側を見せていることになります。つまり、
われわれは「生命の樹」の裏側を見ているわけです。
 この「生命の樹」の裏側こそ「死の樹」であるとは考えられな
いでしょうか。
 この考え方の方が、地下に向かって逆さまに「死の樹」が生え
ているという考え方よりも説得性があると思うのです。つまり、
「生命の樹」と「死の樹」は背中合わせに存在している――パラ
レル・ワールドのようなものです。
 この考え方に立つと、「死の樹」をもっとうまく説明できると
思います。「生命の樹」を順調に昇っていたら、ちょっとしたは
ずみで「死の樹」に入ってしまい、それに気が付かないというこ
とも理解できます。自分は「生命の樹」を昇っているつもりでい
るのに、知らないうちに「死の樹」を昇っている――そして最上
位のセフィロトに達してはじめてピラミッドの目の本当の主が堕
天使ルシファーの目であると聞かされて愕然とする――そう考え
ることはできると思います。
 「死の樹」には入ってしまうと、すべてが正反対に見えるので
す。したがって、自分のやっていることが見えなくなります。あ
のオウム真理教が典型的な例です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 オウム真理教の人間は傲慢である。サリン事件をはじめ、数多
 くの殺人、反社会的なことをしでかしたにもかかわらず、教祖
 麻原彰晃が自らの正当性を主張してやまない。信者の多くもま
 た、麻原を神のごとく崇拝し、日夜、修行を続ける。
                ――飛鳥昭雄/三神たける著
     「『陰陽道』の謎/失われたカッパーラ」より 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「死の樹」はマイナスなのです。したがって、プラスのことを
しようとするにはマイナスのこと、つまり、反社会的なことをし
なければならないわけです。マイナス、マイナス、プラスである
からです。「ポワ」などの考え方はこのように考えると、解けて
くると思います。          ・・・・[秘密結社38]


≪画像および関連情報≫
 ・「死の樹」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  地獄には「生命の樹」ならぬ「死の樹」が生えているのだ。
  あたかも「生命の樹」の根のごとく、「死の樹」は地下に向
  かって伸びている。当然ながら、その構造は「生命の樹」と
  まったく同じである。両者は、互いに上下左右が正反対の関
  係になっている。ちょうど平面上で「生命の樹」を180度
  ひっくり返せば「死の樹」になる。
                ――飛鳥昭雄/三神たける著
       『失われた堕天使/「ルシファー」の謎』 学研
  ―――――――――――――――――――――――――――

1864号.jpg
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2006年06月27日

三大宗教はつながっている(EJ1865号)

 フリーメーソンに代表される秘密結社について語るとき、避け
て通れないのがソロモンの神殿です。ユダヤ教徒は、近い将来メ
シアが出現し、ソロモンの神殿を再建するという「旧約聖書」の
預言を現在でも信じているのです。
 そのソロモンの神殿があったエルサレムが、どのような場所な
のかについて知っておく必要があります。エルサレム――いうま
でもなく、イスラエル共和国の中心的都市ですが、この都市は大
きく次の2つに分けることができます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.ユダヤ人が建国以来築き上げてきた新市街地
   2.三大宗教の世界的な巡礼地(聖地)旧市街地
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 世界三大宗教――ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で
ある旧市街地は、ぐるりと城壁に囲まれ、その中央にオリーブ山
があります。この山は標高825メートル――イエス・キリスト
が死後3日目に復活し、その40日後に昇天したといわれる山で
あり、その山頂に立つと、聖地が一望にできるのです。
 ちょうど真正面下に日の光を浴びて金色に輝いているのが「岩
のドーム」――イスラム教の礼拝堂「モスク」です。そしてこの
ドームを中心とした周辺一帯が「神殿の丘」といわれる約14万
平方キロの「モリヤ山」です。
 ユダヤ教によれば、そこは世界が創造されたときの「基礎石」
が置かれた場所であり、基礎石の三層下には泉が湧いて、天地創
造以来その泉の水が水脈となって全世界に流れ渡っているという
「世界のヘソ」ともいえる重要な場所なのです。
 また、ここはユダヤ人の太祖といわれるアブラハムが神と契約
を結んだ聖なる山であり、その後ダビテ王が都を築き、その後継
者であるソロモン王が神殿を築いた場所なのです。そのソロモン
の神殿――紀元70年に崩壊するまで、ユダヤ人の宗教、政治、
文化の中心地だったのです。
 そしてこの場所は聖書の預言の地なのですが、十字軍時代の一
時期をのぞいてイスラム勢力の侵略によって、今日までイスラム
教徒の支配下にあります。
 さて、オリーブ山から聖地一帯を眺めると、モリヤ山の裾野か
ら谷間にかけて、墓が無数に並んでいます。そこは「ケデロンの
谷」といって、ユダヤ人の墓となっているのです。墓は何層にも
なっており、表面の墓は新しいものです。なぜ、このようなとこ
ろに墓が密集しているのでしょうか。
 岩のドームの神殿の中には、全部で8つの門があるのですが、
今でも開かない開かずの門があります。それは「黄金の門」とい
われるのです。(添付ファイル参照)
 なぜ、開かずの門かというと、ユダヤ教徒が「旧約聖書」の預
言通りに将来メシア(救世主)が現われ、現在の岩のドームの場
所にソロモンの神殿が再建されると信じているからです。そして
イスラム教徒もその預言を信じているのです。
 再建された神殿にメシアが入るとき、ケデロンの谷を通って、
その黄金の門を通ると預言されており、メシアがその谷を通ると
き、そこに葬られている死者はすべて蘇ると信じられているから
です。現在その場所はイスラム教の管轄下にあり、メシアは通さ
ないとして、この黄金の門を開かずの門にしたのです。つまり、
イスラム教でも預言は信じられているということです。
 キリスト教では、「イエス=メシア」と考えており、その点が
「メシアはこれから現われる」とするユダヤ教と決定的に違うの
です。しかし、ここで重要なことは、ユダヤ教、イスラム教、キ
リスト教のいずれも、「旧約聖書」については同じ聖典としてい
るということです。
 三大宗教は、「旧約聖書」という同じテキストを有し、聖地も
エルサレムに集中している――あきらかに共通性があるといわざ
るを得ないのです。それに日本の「神道」もユダヤ教と密接な関
係があるのです。
 そのひとつに漢字があります。よく知られているように、漢字
は中国で発生し、4〜5世紀に日本に伝えられたものです。中国
の道教の思想が入ってくるのもこの頃です。6世紀は日本独自の
「陰陽道」が形成されています。
 陰陽道から見ると、漢字は単なる文字ではなく、それ自体が意
味を持つものと考えられています。その漢字にもカッパーラの思
想が込められているといわれているのです。
 陰陽道に「漢字破字法」というものがあります。これによって
漢字からそこに隠されている意味を読み取るのです。
 例を上げて説明します。「船」という字を分解すると、次の3
つに分解できます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「船」=「舟」+「八」+「口」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「八」はそのまま「8」という数字を示し、「口」は人をあら
わしています。「人口」という言葉があるようにです。そうする
と、「船」とは「8人が乗った舟」――これは「旧約聖書」に記
されているノアの箱舟のことです。このように、漢字が聖書の故
事につながってくるのです。
 「天皇」という漢字を分析してみましょう。「天皇」それ自体
は道教の神の名前ですが、分解すると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    「天皇」=「工」+「人」+「白」+「王」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「天」を分解すると「工人」――大工のことです。「白王」と
は、「白く輝く王」という意味です。すなわち、「大工にして、
白く輝く王」――これは、イエス・キリストと同じ意味です。イ
エスはガラリアの大工の息子です。なお、「工人」と「石工」は
ほとんど同じ意味であり、これはフリーメーソンにも結びついて
くるのです。            ・・・・[秘密結社39]


≪画像および関連情報≫
 ・「陰陽道」とは何か
  陰陽道(おんみょうどう)は、古代中国で生まれた自然哲学
  思想、陰陽五行説を起源として、日本で独自の発展を遂げた
  自然科学と呪術の体系。「いんようどう」とも読む。陰陽道
  に携わる者を陰陽師といい、陰陽師集団のことも陰陽道と呼
  ぶ。                ――ウィキペディア

1865号.jpg
posted by 平野 浩 at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

漢字にはカッパーラがある(EJ1866号)

 漢字破字法によって、もうもう1字分解してみる価値のあるも
のがあります。それは「高」の字です。
 結論からいうと、「高」の字は「生命の樹」をあらわしている
のです。「高」という字には、添付ファイルに示した旧字がある
のです。かつて高島屋が使っていた「高」の字です。
 3大ピラミッドのうちで最大のピラミッドである第1ピラミツ
ドの王の間のことを思い出して欲しいのです。この玄室には空の
石棺が置いてあったのですが、それが「高」の字の下の「口」を
あらわしています。玄室の天井は平坦ですが、それは「高」の下
の部分の箱型の部分です。
 この玄室の上には奇妙な石積みがあるのです。玄室の天井の板
石の上に、左右の支え石とともに3枚の板石、そして、さらにそ
の上に支え石なしでもう一枚、そして、その上に三角形の屋根が
載っているのです。(添付ファイル参照)
 これらの構造物が「生命の樹」に一致することは、EJ第18
56号の最後の部分で説明しているので、これ以上の説明は省き
ますが、「高」の字の箱型の上の部分は、旧字では「目」の字に
なっていることに注目していただきたいのです。これはピラミッ
ドの目と考えられますし、一見すると「梯子」にも見えます。こ
れは「ヤコブの梯子」といわれるものです。
 漢字破字法で分析すると、「梯」の字は、「弟の木」になりま
す。ここでいう「弟」とは預言者イサクの息子のヤコブのことで
あり、これは天まで届く「ヤコブの梯子」を意味しています。カ
ッパーラにおいて「ヤコブの梯子」は、そのまま「生命の樹」を
上昇することを象徴しているのです。
 このように、神道がカッパーラの思想に合致している例はいく
つも上げることができます。「古事記」の「神代の巻」といえば
聖書の「創世記」に当たるものですが、そこにはこの世のはじめ
に誕生した3人の神が登場します。3人の神は「原初三神」とい
いますが、明らかに絶対三神のことと考えられます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.高御産巣日神 ・・・ 御子 → 高木神
   2.天之御中主神 ・・・ 御父
   3.神産巣日 神 ・・・ 聖霊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この原初三神のうちで「高」という文字を含むのは、御子に当
たる「高御産巣日神」だけであり、さらにこの神は「高木神」と
もいわれるのです。「高木」は「高い木」そのものであり、天ま
で届く木を象徴しているのです。また、神々が住む「高天原」も
「高」という字が使われています。
 このように宗教には共通性があるのですが、とくにカッパーラ
の思想はどの宗教にも見られるものです。いずれも「生命の樹」
のようなものがあり、修行によって一歩一歩位階を上に昇ってい
くのです。そしてその位階ごとに「資格の証明」が果たされた者
に対して秘儀が口頭伝承される――その結果、秘儀の秘密を守る
組織としての秘密結社が必然的に誕生するのです。
 ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』には、シオン修道
会、オプス・デイ、それにテンプル騎士団という秘密結社が登場
します。そして、ダン・ブラウンは、この部分は小説ではないと
いう意味を込めて、小説の冒頭に次のような断り書きを掲載して
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この小説における芸術的作品、建築物、文書、秘密儀式に関す
 る記述は、すべて事実に基づいている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それでは、世界最大の秘密結社といわれるフリーメーソンは、
シオン修道会、オプス・デイ、テンプル騎士団とどのような関係
にあるのでしょうか。
 フリーメーソンの起源として有力視されているのが「ヒラム・
アビブ説」です。このヒラム・アピブという人物は、これまでに
何回か登場しているのですが、彼は、ソロモンの神殿の設計・建
設を総括して担当した人物です。
 ソロモンの神殿は、「生命の樹」を基本構造としており、世界
の雛形といわれているのです。つまり、ソロモンの神殿は物質的
な神殿ではなく、全人類によって構成される絶対神の神殿である
と考えるのです。フリーメーソンは、この神殿の構築を狙ってい
るといわれているのです。
 フリーメーソンについては、いろいろなとらえ方がありますが
絶対神ヤハウェ自身がフリーメーソンである――こういう説もあ
るのです。絶対神ヤハウェが天地創造するさまを描いた絵画にコ
ンパスを使っているのがあります。そういう意味で、昨日のEJ
において、「天皇」が「大工にして、白く輝く王」と解釈される
と述べましたが、天皇自身もフリーメーソンであるといえないこ
ともないのです。イエスも天皇も、「世界という神殿を建設する
大工、すなわち建設者」という発想です。確かに日本の天皇は、
神道の秘儀の伝承者であることは間違いはないことですから。
 フリーメーソンについて書かれた本は多いですが、どの本を見
てもその起源は非常に曖昧であり、はっきりしていないのです。
何しろすべてを秘密にすることで成り立っている組織ですから、
はっきりしないのは当然といえます。
 今から4500年前にノアの洪水が起こり、ノアの家族8人が
生き残ったといわれていますが、ノア自身がカッパーラの思想を
持つ預言者であったと考えられるのです。だから、神はノアを助
けたのでしょう。そして、ノアの3人の息子は父からカッパーラ
の秘儀の口頭伝承を受けていたものと思われるのです。
 そして、ノアの死後に3人の息子――長男セム、次男ハム、3
男ヤフェト――彼らは、今日の世界中のすべての人間の祖となっ
たのです。またしても「3」という数が出てきます。絶対3神の
「3」です。そして、フリーメーソンもここからはじまるという
説に立って考察を進めていきたいと思います。 [秘密結社40]


≪画像および関連情報≫
 ・「旧約聖書」――創世記より
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ヤハウェ・エロヒム(主なる神と日本では訳されている)は地
  上に増え始めた人々が悪を行っているのを見て、これを洪水
  で滅ぼすと「神に従う無垢な人」であったノア(当時600
  歳)に告げ、ノアに箱舟の建設を命じた。ノアとその家族8
  人は一生懸命働いた。その間、ノアは伝道して、大洪水が来
  ることを前もって人々懸命に知らせたが、耳を傾ける者はい
  なかった。             ――ウィキペディア
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ・イラストの出典について
  飛鳥昭雄/三神たける著
  『陰陽道』の謎/失われたカッパーラ」より 学研

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2006年06月29日

『生命の樹』とフリーメーソン(EJ1867号)

 フリーメーソンは宗教ではありませんが、カッパーラの思想に
には深い関係があると思います。そういう観点から、その起源を
探ると、神話の世界まで遡ることになります。
 ノアの3人の息子は世界中の人間の祖といわれています。それ
を具体的に整理すると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.セム → モンゴロイド/黄色人種
   ユダヤ人、アラブ人、シリア人、トルコ人、中国人、朝鮮
   人、日本人など
 2.ハム → ネグロイド/黒色人種
   エジプト人、フェニキア人、カナン人、エチオピア人、パ
   レスチナ人など
 3.ヤフェト → コーカソイド/白色人種
   アーリア人、アングロサクソン人、ギリシャ人、スラブ人
   ペルシャ人など
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 セム、ハム、ヤフェト――これら3人のノアの息子は、いずれ
も預言者であり、それぞれの人種ごとにカッパーラを展開し、3
種類のフリーメーソンができたのです。これら3種類のフリーメ
ーソンを「生命の樹」に対応させると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.セ  ムメーソン ・・・ 「生命の樹」右側
   2.ヤフェトメーソン ・・・ 「生命の樹」中央
   3.ハ  ムメーソン ・・・ 「生命の樹」左側
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 中心となったのは「生命の樹」の右側に位置するセムメーソン
です。長男ということで、父親のノアから大神権のすべてを継承
し、絶対神の祭司「メルキゼデク」になっています。したがって
セムの子孫は単なる預言者ではなく、絶対神の儀式を行う祭司を
務めたのです。そして、その末裔からはイエス・キリストが誕生
しているのです。
 ノアの箱舟が漂着したのは現在のトルコ領内のアララト山――
ここからすべての人類が広がったのですが、セム系の子孫は東に
向かったので、モンゴロイドがユーラシア大陸の東に数多く存在
するのです。中でも最大の数を誇ったのは中国人です。そのため
中国文化の中にはセムメーソンが伝えたとみられるカッパーラが
多く発見されるのです。
 メルキゼデクのセムは、後継者として自らの直系のひとりであ
るアブラハムを選んでいますが、彼はヘブライ人と呼ばれる民族
だったのです。そのため、彼らをヘブルメーソンといいます。ヘ
ブルメーソンの最大の特色は、そこから多くの預言者を輩出して
いることです。
 続いて、ヤフェトメーソンです。イエス・キリストの教えが最
もダイレクトに広がったのはヨーロッパです。使徒ペテロやパウ
ロが古代ローマ帝国に布教し、それが国教として認められたこと
はきわめて大きなことだったのです。
 古代ローマ帝国が瓦解しても、それから生まれたイタリア、ド
イツ、フランス、イギリス、オーストリア、ハンガリー、ルーマ
ニア、ユーゴスラヴィア、スペイン、ポルトガル・・など、いず
れもキリスト教を受け入れたのです。
 欧米社会の基盤はキリスト教であり、キリスト教を知らないと
欧米の文化は理解できないといわれます。ヨーロッパはキリスト
教をめぐる布教と闘争の歴史であるということができます。
 セムメーソンとヤフェトメーソンには次の違いがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    セム  メーソン ・・・ 精神的、宗教的
    ヤフェトメーソン ・・・ 合理的、科学的
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 したがって、現在、フリーメーソンとして知られる組織のほと
んどはヤフェトメーソンを起源にするのです。その近代フリーメ
ーソンの起源は英国であり、ここから広がったのです。
 最後は、ハムメーソンです。古代エジプト文明はハムメーソン
によって築かれたのです。しかし、ハムメーソンにはカッパーラ
の奥義は伝えられていないのです。
 しかし、古代エジプトは、13〜17王朝については、異民族
支配の王朝だったのです。紀元前17世紀頃、メソポタミア地方
の覇権を握っていたヒクソス人がエジプトを占領し、ヒクソス人
が自らファラオになって君臨したのです。
 ちょうどそのヒクソス人の侵入と前後して、エジプトにヤコブ
の息子のヨセフがやってくるのです。預言者であるヨセフはその
秀でた能力によって宰相にまで昇り詰めるのです。これによって
多くのイスラエル人がエジプトにやってきます。彼らの多くはヘ
ブルメーソンだったのです。
 ところが、紀元前16世紀になってエジプト人の勢力が強くな
り、覇権を奪い返したのです。彼らは異民族のヒクソス人を追い
出し、イスラエル人を奴隷にしたのです。
 エジプトは多神教だったのですが、多くのイスラエル人がこれ
を拒んだことが、第18期王朝のファラオ、イクナートンの宗教
改革につながるのです。イクナートンは、多神教を否定し、唯一
神教を打ち立てたのです。
 紀元前13世紀に、古代エジプトに住んでいたイスラエル人に
ひとりの預言者が誕生します。モーセです。当時のファラオはラ
ムセス2世――もっとも強力な専制君主です。彼は、イスラエル
人が救世主の出現を信じているのを聞いて、奴隷の新生児を軍隊
に殺させるような残虐なことをしたのです。
 しかし、モーセは奇跡的に難を逃れ、数奇の運命をたどって、
自分の出自を知らないままエジプトの宰相の地位に就きます。し
かし、後に自分がイスラエル人であることを知り、同胞とともに
立ち上がり、同胞とともにエジプトを脱出するのです。世にい
う「出エジプト」です。       ・・・・[秘密結社41]


≪画像および関連情報≫
 ・「出エジプト」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  キリスト教はイエスキリスト、イスラム教はモハメット、仏
  教はお釈迦様が言わずと知れた各宗教の創始者である。それ
  ではユダヤ教の創始者は誰であるのか。ユダヤ教は徹底的な
  偶像拒否、唯一神信仰の宗教である。それゆえに神自身が創
  始者としていると言える。キリスト教はイエスキリストを神
  としているので、その意味ではキリスト教も神自身を創始者
  としているとも言える。
   http://www.ijournal.org/IsraelTimes/history/moses.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

1867号.jpg
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2006年06月30日

33位階のスコティッシュ・ライト(EJ1868号)

 世界最大の秘密結社――フリーメーソンについては諸説があっ
て、それらの説をていねいに見ていくと、ますます実態が見えな
くなってしまいます。もともと秘密結社は、目的、儀式、会員に
ついて秘密を守っている団体ですから、実態が見えないのは当然
なのですが、「儀式を秘密にする」という点が宗教の世界に非常
に近いものを感じます。
 そもそも儀式とは何なのでしょうか。
 これは秘密であり、結社員でないとわからないのです。儀式は
位階ごとに設けられており、下の位階の結社員は上の位階の儀式
やその目的はわからないのです。それを知るには位階を一歩一歩
昇ることがひたすら求められるわけです。
 なぜ、そのようなことをするのでしょうか。
 EJでここまで述べてきたことは、それを明らかにするための
ものといえます。「生命の樹」について詳しく述べたのは、この
疑問を解くためです。そして、人生とは「生命の樹」の位階を昇
ることである――という一応の結論にたどりついています。
 ここまでの考察のように、フリーメーソンがかなり古い時代か
ら存在したのは間違いないようです。昨日のEJで述べた神話の
世界のノアの3人息子――セム、ハム、ヤフェトが、それぞれモ
ンゴロイド、ネグロイド、コーカソイドの祖であり、それぞれの
メーソンが誕生しているという説の真偽はともかくとして、世界
中にメーソンが存在することは事実なのです。
 EJ第1849号で述べたように、フリーメーソンには「スコ
テッシュ・ライト」という考え方があって、「徒弟」、「職人」
「親方」の3位階の上に30位階を積み上げ、33の位階がある
のです。以後の説明に関連してくるので、そのすべてを上げてお
くことにします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ≪ブルーロッジ≫
     1.徒弟
     2.職人
     3.親方
   ≪完全なるロッジ≫
     4.秘密の親方
     5.完全な親方
     6.親密な秘書
     7.主監と判事
     8.建物の管理者
     9.選ばれた9人
    10.選ばれた15人
    11.選ばれた12人
    12.建築の大棟梁
    13.エノクまたはソロモンのロイアルアーチ
    14.完全なる被選抜者
   ≪薔薇十字の支部≫
    15.東方または剣の騎士
    16.イェルサレムの王子
    17.薔薇十字の騎士
    18.薔薇十字の支部
   ≪カドシュの法院≫
    19.大司教
    20.象徴的ロッジの棟梁
    21.ノアの末裔またはプロシアの騎士
    22.王者の斧の騎士またはレバノンの王子
    23.幕舎の長
    24.幕舎の騎士
    25.青銅の蛇の騎士
    26.恩寵の王子
    27.殿堂の指揮官
    28.太陽の騎士または成熟した王子
    29.聖アンドリューのスコットランド騎士
    30.カドシュの騎士
   ≪最高法院≫
    31.大審問長官
    32.王者の秘密の棟梁
    33.最高大総監
   http://unkokuse.hp.infoseek.co.jp/shinpi/meison.html
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フリーメーソンに入って、第3位階の「親方」になると、スコ
ティッシュ・ライトへの勧誘を受けるのだそうです。入る入らな
いは自由ですが、ほとんどの人は加入するそうです。
 「スコティッシュ・ライト」――名前からいってスコットラン
ドに関係があることは確かですが、その誕生は、フランスのボル
ドー地方なのです。フランスのボルドといえば、何かを思い出し
ませんか。そうです。テンプル騎士団の発祥の地なのです。それ
が、なぜ、スコットランドなのか――これについて後で明らかに
なります。
 「生命の樹」の裏側に「死の樹」があるように、フリーメーソ
ンについても2つの相反する捉え方があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.フリーメーソン=イルミナティ
      2.病院などに寄付をする慈善団体
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 秘密結社という言葉からくる影響からか、とくに日本でフリー
メーソンというのは、何やらよからぬことを企んでいる秘密団体
としてとらえられているようです。それは、フリーメーソンをイ
ルミナティと同一視する陰謀史観に立つ考え方です。しかし、欧
米人のフリーメーソン観は、病院や施設に巨額の寄付をする慈善
団体か相互扶助団体としてとらえています。「生命の樹」と「死
の樹」の関係と同じです。      ・・・・[秘密結社42]


≪画像および関連情報≫
 ・フリーメーソン/東京ロッジ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日本に30近くあるフリーメイソンのロッジを統轄している
  のは、東京にあるグランド・ロッジである。その東京ロッジ
  を訪れてみると、ロッジの前にモニュメントが立てられ、フ
  リーメイソンのトレードマークである直角定規とコンパスを
  重ねたシンボルが描かれていることがわかる。奇妙なことに
  直角定規とコンパスの中心には『G』という一文字が刻まれ
  ている。ロッジの内部に入ると、天井にこの『G』が書かれ
  ている場合が多い。さて、この『G』はいったい何を意味し
  ているのか?
   http://unkokuse.hp.infoseek.co.jp/shinpi/meison2.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1868号.jpg
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2006年07月03日

米国紙幣と13の謎(EJ1869号)

 もう一度1ドル紙幣について考えることにします。ここまでの
知識があれば、さらにいろいろなことが発見できるはずです。ま
ず、表面から見ていきます。表面には初代米国大統領のジョージ
・ワシントンの肖像画が出ています。
 ワシントンといえば、革命軍を率いて英国軍と戦い、1783
年に英国の植民地だった米国を独立に導いた功績によって、米国
の初代大統領になった人物です。
 ところで、現在米国で発行されている紙幣は何種類あるかご存
知でしょうか。そして、その紙幣の表面に印刷されている人物の
名前が全部いえるでしょうか。
 現在発行されている紙幣(連邦準備券)は7種類であり、それ
ぞれの表面に印刷されている人物は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.  1ドル紙幣 ・・・ ジョージ・ワシントン
 2.  2ドル紙幣 ・・・ トマス・ジェファーソン
 3.  5ドル紙幣 ・・・ アブラハム・リンカーン
 4. 10ドル紙幣 ・・・ アレキサンダー・ハミルトン
 5. 20ドル紙幣 ・・・ アンドリュー・ジャクソン
 6. 50ドル紙幣 ・・・ ユリシーズ・グラント
 7.100ドル紙幣 ・・・ ベンジャミン・フランクリン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの7人はいずれもフリーメーソンなのです。亡くなった
場合、フリーメーソンであったことはいってもいいことになって
いるので、間違いないと思われます。
 紙幣の中でも象徴的なのは、やはり1ドル紙幣なのです。とく
に裏面には通常ではないデザインが施されていることは既に述べ
た通りです。
 裏面には左側には、例の目の付いているピラミッド、右側には
米国の国璽として描かれた鷲がデザインされています。この鷲も
よく見ると、不思議なデザインが施されています。
 『石の扉』の著者、加治将一氏は、国の象徴ともいうべき1ド
ル紙幣にピラミッドを印刷することの異様さについて、次のよう
に述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 アメリカ合衆国の中枢は、東部エスタブリッシュメント、つま
 り、白人、アングロサクソン、プロテスタントという通称「W
 ASP」に代表される保守的な面々に握られていました。(中
 略)人種差別は国の差別に直結します。エジプト人などは扱い
 は黒人並みか、それ以下でした。そういう環境にあって、なぜ
 ピラミッドなどという、見下した国の象徴をぶつけたのか。
 ――加治将一著、『石の扉/フリーメーソンで読み解く歴史』
                         新潮社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 7種類の米国紙幣に出ている人物を見てもわかるように、米国
の建国には明らかにフリーメーソンがかかわっています。そうで
あるとしたら、1ドル紙幣にピラミッドが出てきても何も不思議
はないのです。しかも、ピラミッドは未完成であり、頂上の三角
形は浮いています。
 それにピラミッドは「生命の樹」とも深い関連があるのです。
頂上の三角形は、ケテル、コクマー、ビナーで至高世界を形成し
ている――そして「全てを見通す目」が付いています。
 ピラミッドをもっと細かく観察しましょう。ピラミッドは何段
ありますか。ルーペで見ながら数えてみると13段あるのです。
それから、紙幣裏の右に描かれている鷲をよく見てください。鷲
は左手にたくさんの矢を持ち、右手にはオリーブの枝を持ってい
ます。矢は軍事をあらわし、オリーブの枝は平和をあらわしてい
ます。その矢の数とオリーブの枝の葉の数を数えてください。い
くつあるでしょうか。
 いずれも13なのです。それだけではありません。鷲の頭上に
星がデザインされています。星はいくつありますか。驚くなかれ
やはり13個なのです。
 米国にとって「13」は不吉な数なのです。13という席のな
い飛行機は多いし、13階がないビルもあるそうです。12階の
次は14階なのです。それほど、「13」を嫌っている国が、こ
ともあろうに米国を象徴する1ドル紙幣に「13」を4つも使っ
ているのです。何か異常だと思いませんか。
 「13」にはどのようなん意味があるのでしょうか。
 米国国務省のホームページには、「13」は「13州」のこと
であるという説明があります。確かに米国が独立したときの州の
数は13州だったのです。しかし、建国の時点の州の数を紙幣に
これほどしつこく表示する必要がどこにあるのでしょうか。これ
から増えるに決まっているのです。実際に建国してから数年で、
20州になっているのです。
 まだ不可解なことがあります。鷲の上の13個の星ですが、そ
の外縁を線でなぞると、上向きと下向きの正三角形を組み合わせ
たかたちになります。これはダビデの星――イスラエルの国旗に
なるのです。ここにはっきりと、ユダヤが顔を出しています。
 それでは、この4つも出てくる「13」は表向きは「13州」
とされていますが、本当は何を意味しているのでしょうか。
 これは、スコティッシュ・ライトの13位階――「ソロモンの
ロイアルアーチ」を意味しているのです。「ロイヤルアーチ」と
は「神殿の基礎石」のことであり、国家でいえば、成文化された
基本法を意味しているのです。
 鷲が掴んでいるオリーブはフリーメーソンの象徴であり、鷲が
見ている方向には目の付いたピラミッドがある――これは、米国
民はフリーメーソンを範とすべしという意味なのです。これに対
してピラミッドの目は正面を見ている――これは、世界、宇宙に
対して目を開いているという解釈がされているのです。
 それにしても1ドル紙幣にまでソロモンの神殿が登場してくる
とは・・驚くべきことです。     ・・・・[秘密結社43]


≪画像および関連情報≫
 ・米国の7種類の紙幣について
  アメリカ合衆国ドルは、その信頼性からしばしばアメリカ合
  衆国の国外でも使われ、特に輸出入など国際的な商取引の決
  済に多く使用されている。また、アメリカ合衆国以外の国が
  自国の通貨として採用していることもある。そのため、欧州
  連合(EU)のユーロと並ぶ世界通貨といえる。現在は、合
  衆国中央銀行(連邦準備制度理事会)がアメリカ合衆国ドル
  の発行を管理している。1ドルは、100セントである。ア
  メリカ合衆国ドルの記号は、ドル記号($)である。
                    ――ウィキペディア

1869号.jpg
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2006年07月04日

テンプル騎士団はどこに逃げたか(EJ1870号)

 世界最大の秘密結社といわれるフリーメーソン――その起源を
たどっていくと、神話の世界までさかのぼることができます。そ
して、必ず「ソロモンの神殿」にぶつかるのです。ソロモンの神
殿とフリーメーソンの間に何らかの関係があることは確かです。
 ソロモンの神殿といえば、テンプル騎士団です。既に述べたテ
ンプル騎士団について少し復習してみましょう。最初の結成メン
バーは9人のフランス人で、エルサレムの聖地に通う巡礼の護衛
をすることを目的に、騎士団の編成を当時のエルサレムの王ボー
ドゥアン2世に申し出て許されたといわれています。
 しかし、騎士団当初の9人のメンバーのままで、彼らはソロモ
ンの神殿の遺跡の上に建てられていた宿舎に立てこもり、9年間
にわたって、何かをしていたのです。もちろん、巡礼の護衛など
は何もやっていないのです。
 彼らはそこで一体何をしていたのでしょうか。
 彼らは、ひたすらソロモンの神殿の遺跡を長年にわたって調査
し、おそらく何かを発見したものと思われるのです。隊長のユー
グ・ド・バヤンスはボードゥアン2世が亡くなると直ちに政治的
な活動を開始して、教皇ホノリウス2世と取り引きをし、ある特
権を手に入れるのです。
 テンプル騎士団は、その特権を基にして大変な発展を遂げるの
です。信者や教会からの多額の寄付を受けて富を増やし、領土を
拡張し、フランス以外にもイングランド、ドイツ、シチリアなど
に拡大し、各国に支部が置かれたのです。
 一体彼らはソロモンの神殿で何を発見したのでしょうか。きっ
とそれは当時のヴァチカンにとって都合の悪いものだったに違い
ないと思われます。つまり、教皇ホノリウスは、ユーグ・ド・バ
ヤンスに恐喝されたのではないかと思うのです。そうでないと、
ヴァチカンがテンプル騎士団に対して、そのような特権を与える
はずがないのです。一体テンプル騎士団はどのような秘密をソロ
モンの神殿で手に入れたのでしょうか。
 それは、テンプル騎士団の総長であるジャック・ド・モレーが
いったという次の言葉に隠されていると思われます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イエスは人に過ぎず、全能の神は天と地を作られた偉大な建築
 家であり、十字架に架けられたりはしていない。
                 ――ジャック・ド・モレー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 やがて、フィリップ4世は、大変な暗闘を経て教皇庁を自分の
支配下に置き、意のままになる教皇クレメンス5世と組んで、テ
ンプル騎士団を潰しにかかります。そして、テンプル騎士団にと
って運命の日、1307年10月13日(金)、テンプル騎士団
の団員は全員逮捕されてしまうのです。
 しかし、テンプル騎士団の団員のすべてが逮捕されたわけでは
ないのです。情報は意外に早く伝わっていたのです。かなりの数
のテンプル騎士団は莫大な財宝を持って逃亡していたのです。そ
のとき活躍したのは、テンプル騎士団船隊なのです。
 テンプル騎士団というと、その「騎士団」という名称から陸で
戦うイメージがありますが、かなり大規模な船隊――すなわち、
自前の船団も持っていたのです。彼らはその船団を使って、一般
人を運び、貿易も積極的にやっていたのです。
 そこで騎士団逮捕の情報をキャッチした団員は、一斉にフラン
スから船団を使って逃亡をはじめたのです。それでは、テンプル
騎士団はどこに逃げたのでしょうか。
 これについては、マイケル・ベイジェント/リチャード・リー
の本に次のように出ています。イスラム世界のどこか、スカンデ
ィナヴィアかを検討した後で次のように記述されているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ところが、ほかに場所があったのです。
 それはスコットランドで、この国ではテンプル騎士団がすでに
 親密な関係を築いていたし、ここの承認された国王は破門され
 ており、なによりもこの国では同盟者、とりわけ訓練された戦
 闘員が渇望されていた。テンプル騎士たちが理想的な避難場所
 を見つけるとすれば、スコットランドほど、最適の土地はあり
 得なかったのである。
 ―マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当時イングランドとスコットランドは戦争の真っ最中だったの
です。しかも、スコットランドの国王、ロバート・ザ・ブルース
はヴァチカンから破門されていたのです。フランス国王とヴァチ
カンから追われていたのですから、テンプル騎士団にとってこん
なに都合のよい国はないわけです。しかも、スコットランドは、
イングランドと戦争中ですから、戦闘員はノドから手が出るほど
欲しい――条件が揃い過ぎていたといえます。
 それでは、どのようなルートで、フランスのラ・ロシェルやセ
ーヌ川河口を出帆したテンプル騎士団船団が、スコットランドに
行ったのでしょうか。
 イングランドのエドワードの船隊は、イングランドの東海岸を
本拠地とし、アバディーンやインヴァネスなどのスコットランド
の港とフランドル間の既存の海上交易経路を事実上封鎖していた
のです。したがって、テンプル騎士団の船団がイギリス海峡や北
海を通り抜けるのは困難であったと考えられます。
 結局、テンプル騎士団の船団が通ったとみられるのは、アイル
ランドの北岸を回ってロンドンデリーのフォイル川河口から、ブ
ルースの領土であるアーガイル、キンタイア、ジェラ海峡に至る
航路なのです。
 このようにして、テンプル騎士団の船隊はイングランド軍に何
も妨害されることなく、スコットランドに落ちのびることができ
たのです。             ・・・・[秘密結社44]


≪画像および関連情報≫
 ・ロバート・ザ・ブルース1世について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ロバート1世(Robert de Brus)は、ブルース朝を創始した
  スコットランド国王(在位/1306〜1329)。ロバー
  ト・ブルースはスコットランドの名門貴族の家に生まれた。
  彼の祖父(同名)はマーガレット女王が亡くなり、アサル王
  家の直系が絶えたさい、ジョン・ベイリャルら13人の候補
  者と王位を争っている。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ・地図の出典
  マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊

1870号.jpg
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2006年07月05日

騎士団が来るまでのスコットランド(EJ1871号)

 フリーメーソンの起源を追跡するシリーズは、舞台がフランス
からスコットランド−−英国に移りました。これは「ダ・ヴィン
チ・コード」と同じ展開ですね。ここでテンプル騎士団を受け入
れる前のスコットランドの状況を調べてみる必要があります。
 ローマ時代のスコットランドは、ピクト人が支配していたので
すが、5世紀の後半になると、アイルランドからケルト人が、ス
コットランドに移住してくるようになったのです。
 そして、9世紀頃まではピクト人とケルト人は、ときには戦争
したりはしましたが、いつも敵対していたわけではなく、文化面
で交流したり、相互協力したりして暮らしてきたのです。
 しかし、843年になると、ダルリアダ王国のケルト人が優勢
となり、スコットランドは、ダルリアダ国王のケニス・マルカピ
ン支配の下にケルト王国として統一が行われたのです。そして、
400年ほどはケルト王国は栄えたのです。
 ところが、1286年にアレクサンダー3世が世を去ると、ス
コットランドにおけるケルトの王統は絶え、それに伴い、スコッ
トランドの国力は弱体化してしまったのです。
 その機を狙っていたイングランド国王エドワード1世は、スコ
ットランド支配に乗り出し、1296年にはスコットランドの独
立の象徴である「スクーンの石」を奪い取ってしまったのです。
「スクーンの石」は小さな正方形の石ですが、スコットランドの
王が戴冠式のとき座る大事な石なのです。
 そしてイングランドは、スコットランドを支配する行政官――
つまり「代官」である――を置き、住民を苦しめたのです。この
とき、立ち上がったのは、愛国心に燃えるスコットランドの貴族
ウィリアム・ウォレスです。
 ウォレスは住民を苦しめる行政官を殺害するとともに反イング
ランド軍を結成し、スターリング・ブリッジの戦いにおいて、イ
ングランド軍を打ち破ったのです。1297年9月11日のこと
です。しかし、エドワード1世は直ちに反撃に転じ、反イングラ
ンド軍を破り、ウォレスはフランスに逃れるのです。
 そのとき、ウェレスが世話になったのがテンプル騎士団の総長
モレー家なのです。実はテンプル騎士団の初代総長ユーグ・ド・
バヤンスの妻は、ノルマン系のスコットランド人であるカトリー
ヌ・サン・クレアだったのです。テンプル騎士団とスコットラン
ドは最初からつながりがあるのです。
 そして、1303年、サー・ウィリアム・サン・クレア率いる
テンプル騎士団の加勢を得て、ロスリンの戦いで再びイングラン
ド軍を破ったのです。しかし、1305年にウォレスは裏切りに
よって捕えられ、処刑されてしまうことになります。
 この時点でスコットランドの王位継承権を持っていたのは、ロ
バート・ザ・ブルースとジョン・カミンの2人だったのです。ロ
バートはキャリックとアルスターの2つの爵位を持つ有力者であ
り、カミンもバカンとモンティースという2つの爵位を有する名
家であり、その勢力は拮抗していたのです。
 しかし、このうちジョン・カミンは、イングランドのエドワー
ドによる支配を受けていた時期があり、イングランドから見てカ
ミンの方が組みし易いと考えられていたのです。そのあたりを重
く見たブルースはある決断をするのです。
 ブルースはダムフリースの聖フランシスコ教会にカミンを呼び
出し、その祭壇でカミンを殺害してしまったのです。ロバートに
とってはこれがスコットランドの王位を手に入れる最も早い確実
な方法だったからです。
 神聖な教会で人を殺す――このことに激怒したのはエドワード
1世と教皇です。教皇は直ちにロバートを破門します。1305
年2月10日のことです。
 しかし、スコットランドの愛国者は、ロバートの行為をイング
ランドに対する勇気ある反抗であるとして絶賛したのです。そし
てロバートはスコットランドの王になります。
 この教会でのロバートによるカミン殺害について、マイケル・
ベイジェント/リチャード・リーの本には、次のような記述があ
るのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当然ながら、教皇は予想通りに反応した。ブルースは直ちに破
 門され、10年以上これが解かれることがなかった。ところが
 重要なことは、ブルースの行為がスコットランドの聖職者たち
 にはなんの影響も与えなかったことである。
 −マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 当時ローマ・カトリック教会から破門されることは国にとって
「死」を意味するほど重要なことだったのです。そうであるのに
国家の元首が聖なる教会で殺人を犯し、教皇から破門されるとい
う事態になっているのに、そのことがスコットランドの高位の聖
職者に「なんの影響も与えない」のは、尋常ならざる事態である
といえるのです。
 そのブルースがスコットランドの覇権を握ってイングランドと
戦っている、まさにそのときにフランスを逃れたテンプル騎士団
の船団がスコットランドにたどり着いているのです。
 その後、スコットランドとイングランドとは、うんざりするほ
ど戦いを続けたのですが、戦うごとにスコットランド軍は強くな
っていったのです。戦い方も騎兵隊を取り入れるなど、今までの
スコットランド軍と明らかに違ってきたのです。これは時期から
見てもテンプル騎士団がスコットランド軍に加わった影響が大き
いと見られているのです。
 とくに中世最大の戦いといわれ、スコットランド軍の大勝利に
終わったバノックバーンの戦いでは、戦いの終盤に謎の騎兵隊が
あらわれ、イングランド軍を蹴散らしたといわれています。それ
はテンプル騎士団といわれています。・・・・ [秘密結社45]


≪画像および関連情報≫
 ・「スクーン石」(The Stone of Destiny)について
  エジンバラ城で、最も大事に扱われている展示物は、ストー
  ンいう石である。この「運命の石」は、スクーンの石とも言
  われる。これは、エジンバラの北方50キロほどのところに
  ある、パース(13世紀から15世紀中頃までのスコットラ
  ンドの首都)にある、スクーン宮殿に置かれ、スコットラン
  ド王の戴冠式に使われていたことによる。しかし、1296
  年にイングランド王のエドワード1世がこの石を持ち去り、
  長い間ロンドンのウェストミンスター大聖堂のコロネーショ
  ン・チェア(戴冠式用の椅子、この大聖堂訪問時には必見の
  椅子)の下に置かれていた。それが、1996年、エリザベス女
  王によりスコットランドに戻された。まさに、運命の石であ
  る。この石が最後に使われたのはこのエリザベス2世の戴冠
  式の時であるが、「この石の役割は将来も続く」と書かれて
  あったので、チャールズ皇太子即位の時には、またこの石の
  上で戴冠式が行われるのだろう。
   ―http://www.mukogawa-u.ac.jp/~ushida/uk/edinburg.htm

1871号.jpg
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2006年07月06日

独立を決めたバノックバーンの戦い(EJ1872号)

 バノックバーンの戦いについて、もう少し詳しくご紹介する必
要があると思います。というのは、この戦いがスコットランドに
独立をもたらすことになったからです。
 1313年のことです。ロバート・ブルースの弟であるエドワ
ード・ブルースが、スターリング城に立てこもる少数のイングラ
ンド兵を包囲したのです。投降を呼びかけるエドワード軍に対し
スターリング城からは次のような奇妙な調停案が出され、スコッ
トランド軍は、それを受け入れたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 翌年(1314年)の夏までにスターリング城の5キロ以内に
 イングランド軍が救出にやってこないときは降伏する。
            ――スターリング城のイングランド軍
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ちょっと考えると、馬鹿馬鹿しい条件のようですが、イングラ
ンド王のプライドを考えた場合、そのままスターリング城の兵士
を見殺しにすることはプライドが許さないはずだったのです。
 したがって、イングランド軍がスターリング城の救出にやって
くることはわかっていたのですが、イングランド軍は途方もない
大軍を率いてやってきたのです。明らかに、このさい、スコット
ランド軍を殲滅し、スコットランドを占領するという考え方によ
る動員兵力だったといわれています。
 歴史書の記述によると、その兵力は10万人と記述されていま
すが、これは明らかに誇張があって、兵力はせいぜい2万人ぐら
いであったといわれています。対するスコットランド軍は約7千
人程度−−つまり、イングランド軍はスコットランド軍の3倍の
戦力だったのです。
 バノックバーンというのは、スターリング城から4キロの地点
にあるのですが、そこで歴史に残る死闘が行われたのです。その
とき、明らかにスコットランド軍とは違う異色の騎兵隊が、軍旗
をたなびかせて突撃してきたというのです。マイケル・ベイジェ
ント/リチャード・リーの本に次の記述があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イングランド軍、スコットランド軍双方が終日の戦闘で疲れ切
 っていたとき、新たな援軍の唐突な到来が勝敗の帰趨を決した
 のである。これによって、イングランド軍がパニックを起こし
 エドワード王は500名の騎士を随えてあわてて戦場から逃げ
 出した。王が逃げるのを見て士気沮喪した歩兵たちも、ただち
 にそのあとを追いかけた。この退却によってイングランド軍は
 全軍総崩れになり、糧食、軍事行李、貨幣、金銀の皿、武器、
 鎧兜、兵装を投げ捨てて逃げ去った。
 −マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは明らかにテンプル騎士団であると考えられます。しかし
その真偽については、確実な証拠がまったくないのです。イング
ランド側もスコットランド側も、記録上はこのことにあえて触れ
ていないからです。
 おそらくイングランド側から見れば、屈辱的なことは書きたく
ないでしょうし、ブルースとしてはテンプル騎士団が加わってい
ることは伏せておきたかったからであると思われるのです。
 このバノックバーンの戦いの結果により、イングランドによる
スコットランド占領の野望は完全に潰えたといえます。しかし、
ブルースの残りの15年間の統治期間は依然として激動の時代が
続いたのです。それは、教皇の破門が依然として解けなかったこ
とに原因があります。
 イングランド王は、何とかしてスコットランドの高位聖職者を
スコットランド教会から排除したいと考えていたのです。代表的
なのは次の3人の司祭です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     セント・アンドルーズのラムバートン
     グラスゴーのウィシャート
     ダンケルドのウィリアム・シンクレア
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、ブルースはこれらの司祭たちとがっちりと手を組んで
教皇の働きかけに公然と反抗したのです。教皇は、これらの3司
祭に対し、釈明のため出頭するよう命じてきたのですが、彼らは
この命令を無視したため、ブルースとともに全員が追加の破門の
通達を受けたのです。1320年のことです。
 時の教皇ヨハネス22世は、ブルースに対しては「王」という
呼称を使うことを断固として拒み、あえて「スコットランド王国
の支配者」と呼んで蔑んだというのです。教皇がブルースを国王
と呼ぶようになったのは、1324年になってからのことですが
それでも破門は解けなかったのです。
 1320年4月6日、スコットランドの貴族たちは、アーブロ
ースにおいて、「スコットランド独立宣言」を出しています。こ
の文書は、シートン家、シンクレア家、グレアム家の代表者を含
む総計8名の伯爵と31名の貴族に託され署名されています。
 この「スコットランド独立宣言」は、王と臣民の関係を規定す
る、きわめて洗練された現代的なものだったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 貴族らは栄光や富、名誉のためでなく、自由のためにのみ戦っ
 た。それは真の人間ならば、命に代えても明け渡すことのでき
 ない権利である。   ――「スコットランド独立宣言」より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1328年10月、ロバートは遂に破門が解かれ、スコットラ
ンドは、キリスト教世界に復帰することになったのですが、ロバ
ートはその翌年6月3日にこの世を去っています。これによって
テンプル騎士団は秘密結社となって、社会の表舞台から姿を隠す
ことになります。         ・・・・ [秘密結社46]


≪画像および関連情報≫
 ・スコットランド独立宣言
  ―――――――――――――――――――――――――――
  戦に負けたイングランドは政治戦に出る。1319年にロー
  マ教皇John XXIIに対してイングランドは、「スコットラン
  ドは謀反者であり独立を認めるべきでない」と訴えた。教皇
  は、スコットランドの4人の司教にこの訴えに対するスコッ
  トランド側の答弁を要求、ここにかの有名な”アーブロース
  宣言“が書かれたのである。
  http://www.ballantines.ne.jp/enjoy/inatomi/02_08/02.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1872号.jpg
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2006年07月07日

異様な建築物/ロスリン礼拝堂(EJ1873号)

 フランスのフィリップ王に追われて、スコットランドに落ちの
びたテンプル騎士団――彼らは、まことに好都合な環境のなかで
スコットランドで何かをやっていたのです。好都合な環境とは、
当時スコットランドはイングランドと戦争中で、騎士団の戦力を
求めていたことと、ロバート王がカトリック教会から破門されて
いたからです。
 後にスコットランドが教皇庁と破門解除の交渉を進め、ブルー
ス王が教皇の命に従うことになる1328年までには、スコット
ランドのテンプル騎士団はすべてその姿を消していたのを見ると
いかにスコットランドが教皇庁から破門されている状況が彼らに
とって都合がよかったかわかると思います。
 スコットランドにおいてテンプル騎士団が遺したものはたくさ
んありますが、なかでも際立っているのは「ロスリン礼拝堂」な
のです。映画『ダ・ヴィンチ・コード』でも、最後にロスリン礼
拝堂が出てきましたね。
 このロスリン礼拝堂――もちろんキリスト教の教会ではなく、
今まで礼拝に使われたことは一度もないのです。しかし、この礼
拝堂は、テンプル騎士団とフリーメーソンリーをつなぐ重要な鍵
を握る建物なのです。
 ところで、ロスリンとは、スコットランドのどのあたりなので
しょうか。マイケル・ベイジェント/リチャード・リーの本の記
述を引用してお伝えします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  エディンバラから南へ5キロほど行ったところにロスリンと
 いう村がある。(中略)村の端は、森林に覆われた峻険な北エ
 スク峡谷である。ここから10キロほど離れた北エスクと南エ
 スクが接するあたりに元テンプル騎士団のバラントロドッホ支
 部領があり、現在ここはたんにテンプルと呼ばれている。
 (中略)北エスク峡谷の先端部に位置するのが不気味で奇怪な
 大建築物、ロスリン礼拝堂である。はじめてこれを見たときは
 まるで大聖堂のミニチュアとでも感じるかもしれない。
 −マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 行ったことがないのでわかりませんが、ロスリンはかなり険し
い岩の多い峡谷であり、全体としての雰囲気は薄気味悪いところ
だそうです。絶壁面には無数の穴が開いており、内部には相当数
の人間が隠れることができるほどの広さがあります。ブルース王
は一度は敵に追い詰められて、この絶壁の穴に隠れたことがある
といわれています。
 さて、このロスリン礼拝堂――一体何を目的とする建物なので
しょうか。見れば見るほど、異様な建物であるといえます。添付
ファイルの写真をご覧ください。これはロスリン礼拝堂を東側か
ら見たものです。多くの塔が林立する異様な建築物です。
 実は、このロスリン礼拝堂にそっくりな絵があるのです。それ
は、「天上のエルサレム、西暦1200年頃」と題された古い絵
画なのですが、現在、ベルギーのゲント大学図書館に所蔵されて
います。これについても添付ファイルを参照してください。
 この絵は天上の都市を描いたもので、全部で12の塔が立って
います。中央のひときわ大きな塔の名前はシオン――すなわち、
エルサレムをあらわしています。そして、シオンの塔の左右にそ
れに次ぐ大きさの2本の塔があります。
 この塔をよく見ると、直接2本の柱からそびえていますが、こ
れは単に2つの塔の土台となっているだけでなく、アーチおよび
中央のシオンの塔も支えていることがわかります。これら2本の
柱には「ヤコブ」という名前が付けられています。
 もうひとつこの絵で注目すべきことがあります。それは、フリ
ーメーソンのシンボルともいうべきコンパスと直角定規が描かれ
ていることです。
 絵の中央部分の3つの塔をご覧ください。その塔の屋根はコン
パス――下向きに少し開いたかたちになっています。これについ
ては、そういわれてみればそうも見えるという程度ですが、塔の
下の部分はどうみても直角定規そのものに見えます。
 しかし、この絵は、フリーメーソンがこのマークを公式に使う
ようになるよりも500年以上も前の作品なのです。このことは
エルサレム教会自体が、フリーメーソンリーの定規とコンパスを
使っていたことを意味します。
 ところで、この絵に描かれた3つの塔は、近代フリーメーソン
リーのロッジにおける次の3つの役職――ワーシップフル・マス
ターと2人のウォーデンに符合するといわれているのです。
 メーソンの儀礼でかわされる会話に次のようなものがあります
が、この会話と絵は関係があるというのです。具体的な意味はよ
くわかりませんが、ご紹介しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マスター  :何ゆえに東から西に向かうか
 Jウォーデン:失われたものを求めてです
 マスター  :失われたものとは何か
 Sウォーデン:マスター・メーソンの真の秘密です
 マスター  :それはいかにして失われたか
 Jウォーデン:われらがグランド・マスター/ヒラム・アビブ
        の突然の死によってです
 マスター  :どのようにしてそれを見出すか
 Sウォーデン:中心によってです
 マスター  :中心とは何か
 Jウォーデン:円の円周上のどの点からも等しい位置です
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは儀式用の決まり文句――ほとんどのメーソンは意味がわ
かっていないようです。しかし、ここに出てくる「ヒラム・アビ
ブ」は解明する必要があります。 ・・・・・ [秘密結社47]


≪画像および関連情報≫
 ・コンパスと定規/フリーメーソンのシンボルマーク
  上向き三角形(コンパス)と下向き三角形(直角定規)の結
  合はダビデの星を形成し、男と女、陽と陰、天と地、精神と
  物質など世界のニ元性の融和を表現している。個々の建築道
  具は人間の美徳と対応し、コンパスは真理、直角定規は道徳
  鏝(こて)は結束と友愛、槌は知識や知恵を象徴している。

1873号.jpg
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2006年07月10日

2本の柱には深い意味がある(EJ1874号)

 ロスリン礼拝堂の内部に入ってみましょう。この礼拝堂には壁
などに接することなく、自立構造で立っている柱が14本もある
のです。そのうちの12本は同じものですが、礼拝堂の東端にあ
る2本の柱は非常に立派なのです。
 これら2本の柱は、次のような名称で呼ばれているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    「石工の柱」→ ヤキン → ツァディーク
    「徒弟の柱」→ ボアズ →  ミシュパト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2本の柱といえば、今までにも出てきています。古代エジプト
の2本の柱(EJ第1850号)、「天上のエルサレム」におけ
る「ヤコブ」という名の2本の柱(EJ第1873号)、そして
ロスリン礼拝堂における2本の柱です。これらは相互に関係があ
るのでしょうか。それとも何も関係がないのでしょうか。
 これら2本の柱について理解するには、「クムラン宗団」とい
うものについて知る必要があります。1世紀のユダヤで宗教的勢
力を持っていた集団には次の3つがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           1.サドカイ派
           2.パリサイ派
           3.エッセネ派
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これら3つの集団のうち、当初「エッセネ派」は知られていな
かったのです。サドカイ派は、エルサレムにおける宗教的な貴族
官僚であり、宗教観は保守的であり、死後の世界を信ぜず、ロー
マ帝国に追随することで、自分たちのよい生活を確保していた一
種の売国奴といえるでしょう。
 これに対してパリサイ派は、あらゆる事柄に律法を適用しよう
とし、現代の正統ユダヤ教の特徴となる律法遵守の規準を作り出
すなど、宗教にはひたむきであったのです。したがって、彼らの
風習は、現在でも正統ユダヤ教徒の間で生きています。
 そしてエッセネ派――彼らは少なくとも1947年まではあま
り知られていなかったのです。
 1947年にいわゆる「死海文書」が発見され、はじめてエッ
セネ派という集団のことがわかってきたのです。彼らは、紀元前
2世紀頃から西暦68年まで、エルサレムの東20マイルほどの
ところにある「クムラン」と呼ばれる砂漠の真っ只中で暮らして
いたのです。
 彼らは、律法を遵守することにおいては、パリサイ派の比では
ないほど厳しく、自らイスラエルの教えの守護者と任じ、「義の
教師」と呼ばれる指導者のもとで、イスラエルの民と神との間の
新しい契約を確立したと信じていたのです。
 「死海文書」を書いたのが「クムラン宗団」であり、エッセネ
派の指導層を形成していたのです。そして、このクムラン宗団こ
そが「エルサレム教会」そのもの――初期キリスト教会であった
と考えられるのです。
 ローマ教会は、つねにエッセネ派と初期キリスト教会のつなが
りを否定していますが、多くの学者は、両者の間には多くの共通
点があることを認めているのです。同じ世界観を持ち、同様の特
殊な用語を使い、そしてまったく同じ終末思想を持っているから
です。西暦40年〜50年頃のクムラン宗団の指導者は「義人ヤ
コブ」といい、彼はイエスの弟であるといわれているのです。そ
して彼は「義の教師」を務めたのです。
 このクムラン宗団の「修行の手引き書」に聖なる2本の柱が出
ているのです。明らかにこれは上下エジプトの2本の柱のことで
あり、ソロモンの神殿にあった「ポアズ」と「ヤキン」という2
本の柱のことなのです。
 ユダヤ教徒にとって2本の柱は、次のように「王権」と「祭司
権」を表しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      王 権/ ミシュパト → ヤキン
      祭司権/ツァディーク → ポアズ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして、この2本の柱が互いに協力して天――すなわち、シャ
ロームを支えているのです。右の柱、メーソンが「ヤキン」と呼
んでいる柱は神殿の祭司長であり、クムラン宗団の「ツァディー
ク」なのです。ツァディーク――「義」と訳されるこの言葉は、
古代エジプトの「マアト」と同じ概念であり、太陽神を意味して
いるのです。
 左の柱、メーソンが「ポアズ」と呼んでいる柱は、イスラエル
の王ダビデを表わしており、クムラン宗団の「ミシュパト」なの
です。ミシュパト――これは王としてのヤハウェの支配を表す言
葉であり、神の秩序を示しているのです。
 ナイト/ロマスの『封印のイエス』には、次のように書いてあ
ります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 神の左手に義の教師(ツァディーク)、右手にダビデの末裔で
 ある王(ミシュパト)という2本の霊的柱が屹立しているとき
 ヤハウェの支配というアーチは「シャローム」の要石となり、
 万物をその中心に結びつける。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「クムラン」という言葉は、「丸天井、アーチ、入り口」を表
しているので、クムランとは「アーチを乗せた柱の人々」を意味
しているのです。「天上のエルサレム」の絵でも、ひときわ大き
い2本の柱がアーチ全体を支えていますが、これはクムラン宗団
の2本の柱そのものです。これと同じものがロスリン礼拝堂にも
あるのです。          ・・・・・ [秘密結社48]


≪画像および関連情報≫
 ・クムラン宗団――死海文書
  ―――――――――――――――――――――――――――
  現在のイスラエル国が誕生する前の、1946から1947
  年にかけての冬のことだった。死海の西北端のヒルベット・
  クムラン(クムラン遺跡)と呼ばれるユダヤの荒野で、ベドウ
  ィンの羊飼いの少年たちが、羊と山羊を連れてけわしい岩の
  崖をよじ登っていたが、ふと目の前にした洞窟の中からまっ
  たく偶然にも古い羊皮紙の巻物の入った素焼きのつぼをいく
  つも発見した。巻物は亜麻布に包まれて7つ発見された。こ
  れがやがて「死海文書」と呼ばれ、そこには最古の完全イザ
  ヤ書写本も含まれており、世界中の聖書学者や考古学者を驚
  かせた世紀の大発見となろうとは、少年たちは夢にも考えな
  かった。
        http://www.seinan-gu.ac.jp/rad/musp21.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

1874号.jpg
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2006年07月11日

ヒラム・アビフとは何者か(EJ1875号)

 2つの柱が「王権」(ポアズ)と「祭司権」(ヤキン)を象徴
している――これについては昨日のEJで述べています。このこ
とから、いわゆる「ダビデの星」が説明できるのです。
 「ダビデの星」といえば、今日ではユダヤ教のシンボルとされ
ていますが、これは2つのピラミッド、すなわち、上向きと下向
きの2つの三角形を組み合わせたものなのです。
 上向きのピラミッドは「王権」をあらわす古いシンボルです。
底辺が大地にあって、頂点が天に達しています。それに下向きの
ピラミッドは「祭司権」をあらわしており、その基盤は天にあり
頂点は地に向けられています。この2つの三角形によって「ダビ
デの星」はできているのです。
 この2つのピラミッドの組み合わせによるダビデの星――ここ
から2本の横線を取り除くと、フリーメーソンリーの「定規とコ
ンパス」になるのです。
 祭司のピラミッドが「定規」をあらわしています。定規は本来
建物などの正確さを計る道具ですが、ここから転じて人間の善を
判定する道具を象徴しているのです。古代エジプトの「マアト」
を思い出してください。(EJ第1851号参照)
 そして王のピラミッドが「コンパス」になります。コンパスは
王、すなわち、支配者の能力――間違いを犯さない範囲の円をあ
らわしているのです。
 ここで、EJ第1873号でご紹介したフリーメーソンの儀式
で行なわれる、ワーシップフル・マスターとシニア・ウォーデン
とジュニア・ウォーデンの会話をもう一度再現します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マスター  :失われたものとは何か
 Sウォーデン:マスター・メーソンの真の秘密です
 マスター  :それはいかにして失われたか
 Jウォーデン:われらがグランド・マスター/ヒラム・アビフ
        の突然の死によってです
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここに出てくる「ヒラム・アビフ」とは何でしょうか。
 このヒラム・アビフ――ソロモン王自身がエルサレムに神殿を
建設したとき、その建築全般を指揮・監督した人物として、EJ
第1841号で紹介しています。
 フリーメーソンの問答は、「われらがグランド・マスター/ヒ
ラム・アビフ」といっています。フリーメーソンのグランド・マ
スターといえば、ソロモン王クラスの大物なのです。しかし、聖
書をいくら探してもソロモン王の神殿を建設した棟梁、ヒラム・
アビフの名前はどこにも出てこないのです。ヒラム・アビフとは
一体何者なのでしょうか。
 ただ、はっきりしていることがあります。ヒラム・アビフなる
人物は「突然の死」――すなわち、殺害されていることです。そ
れに、ヒラム・アビフという名前は後世の人の創作であると考え
られます。それは、名前を分解してみるとわかります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       ヒラム = 高貴な、王のような
       アビフ = 失われた者
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、ヒラム・アビフとは、ヘブライ語で「失われた王」を
意味するのです。『封印のイエス』の著者であるフリーメーソン
のナイト/ロマスは、この「失われた王」――ヒラム・アビフの
探索をしています。そして、それは古代エジプトの王の一人に違
いないと結論づけているのです。
 EJ第1867号では、古代エジプトのことについて、次のよ
うにを述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、古代エジプトは、13〜17王朝については、異民族
 支配の王朝だったのです。紀元前17世紀頃、メソポタミア地
 方の覇権を握っていたヒクソス人がエジプトを占領し、ヒクソ
 ス人が自らファラオになって君臨したのです。
            ――6月29日付/EJ第1867号
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ヒクソス人のほとんどの王の支配は、その前期の王権において
は限定的であり、抑圧的ではなかったのです。当時はエジプトは
上下に分かれていましたが、ヒクソスの王たちは、下エジプトの
アワリスに都を置く王朝を開き、上エジプトに関しては、地方豪
族の統治を認める間接統治によって支配していたのです。
 しかし、支配の後期に入ると、古都メンフィスから上下エジプ
トを支配するようになったのです。その頃エジプトの本来の王統
一族は、上エジプトのテーベにおいて、メンフィスのヒクソス王
と努力して何とか良好な関係を保っていたのです。
 しかし、ヒクソス王たちは、しだいにエジプトの政治の実権だ
けでなく、霊的な力も欲しはじめてきたのです。つまり、彼らは
伝統的なエジプト王にならって真の意味のファラオ−−神の子に
なることを求めはじめたのです。
 なかでもとくに執着したのは「アポピ」というヒクソス王だっ
たのです。彼は本物のエジプト王になろうとし、本来のエジプト
王であるセクエンエンラ2世に対して、オシリスの秘儀を明かす
よう迫ったのです。
 しかし、セクエンエンラ2世はこれを頑として受け入れず、両
者の関係は険悪なものになっていったのです。そして、遂にヒク
ソスのアポピ王は、3人の暗殺者に命じてセクエンエンラ2世を
殺害してしまうのです。しかし、オシリスの秘儀は、代々のエジ
プト王から口述伝承されるものであるため、セクエンエンラ2世
の死と同時にそれも失われることになってしまったのです。
 このセクエンエンラ2世こそ、フリーメーソンリーの始祖であ
るヒラム・アビフその人である――このように、ナイト/ロマス
は結論づけています。このヒラム・アビフ――ロスリン礼拝堂の
南西の天井の隅に人頭像があるのです。・・・ [秘密結社49]


≪画像および関連情報≫
 ・セクエンエンラ2世/失われた王
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1881年、セクエンエンラ2世のミイラが発見された。こ
  れを見ると、彼の額の中央は陥没し、右眼窩から右頬、鼻に
  かけても痛々しい打撃の跡があった。第3の打撃は右耳の後
  ろで、それは首まで達していた。生前は黒い髪を持つ背の高
  い美青年であった彼の頬は、その死の際の苦痛を物語ってあ
  まりあるものであった。しかもその死体は、ミイラ化される
  まえに、しばらくの間放置されていた形跡があった。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
                  キリストのミステリー』
  ―――――――――――――――――――――――――――

1875号.jpg
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2006年07月12日

ロスリン礼拝堂は未完成ではない(EJ1876号)

 ロスリン礼拝堂は調べれば調べるほど、実に奇怪な建造物であ
るといえます。この建物を飾る装飾は、エジプト的、ケルト的、
ユダヤ的、テンプル騎士団的、そしてメーソンリー的です。
 星のちりばめられた天井といい、柱やアーチに無数に彫られて
いる植物や絡み合ったピラミッド、モーセの像、天上のエルサレ
ムの塔、波形緑十字、まさに渾然一体の感があります。そして、
例の定規とコンパス――それは明らかにキリスト教会のそれでは
ないのです。
 そのロスリン礼拝堂の南西の天井隅にある人頭像――よく見る
と、右の頬に深い傷があるのです。そういうところから、この人
頭像は、ヒラム・アビフであるといわれているのです。なお、こ
の像については異説もあります。
 ヒラム・アビフについて、少し整理しておく必要があります。
今まで述べてきたことを整理すると、次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.ヒラム・アビフは、ソロモン王自身が建築した神殿の建設
   設計・管理の総責任者である。
 2.ヒラム・アビフは、エジプトのセクエンエンラ2世であり
   ヒクソス王により殺害された。
 3.ヒラム・アビフは、フリーメーソンリーの始祖であるとし
   て秘儀に取り入れられている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ヒラム・アビフに関しては、誰でも考える疑問があるのです。
それは、ヒラム・アビフが本当にセクエンエンラ2世であるなら
なぜ、エジプトの王がソロモンの神殿の建設設計・管理者に結び
つけられるのかという点です。
 セクエンエンラ2世は古代エジプトの正統な王であり、マアト
の守護者なのです。既に述べたように、マアトはダチョウの羽根
のことですが、正義、真実、公平を裁く裁判で使われる道具なの
です。そういうところから、マアトは、神殿の基盤の建造という
行為に象徴されるといえます。
 当時ユダヤ人は独自の文化を持たない新興民族であり、このセ
クエンエンラ2世の伝説――支配者の圧力に屈せず、古代エジブ
トの王位継承の秘儀を断固守るというエピソードを自国の歴史に
取り入れようとして、ヒラム・アビフの伝説を創作したものと思
われるのです。
 問題は、ヒラム・アビフの伝承が、なぜ、フリーメーソンリー
の秘儀に取り入れられているかです。これについては、フリーメ
ーソンというものがここまで調査してきても、今ひとつはっきり
していない状況ではその理由を明確に把握できないのです。
 さて、もう一度ロスリン礼拝堂に戻って考えましょう。
 ロスリン礼拝堂はキリスト教会ではないが、キリスト教会的な
ものも多少あります。ステンドグラス、不調和な洗礼盤、聖母子
像などです。それに北の壁には小さな磔刑像もあり、一見すると
イエス・キリストの磔刑像のように見えます。しかし、よく見る
と違うのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.登場している人物がすべて中世の衣装をしている
  2.十字架は同じタウ十字だが、釘の打ち方が異なる
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フードを被った異端審問官が登場しており、衣装が中世のもの
です。さらに架けられている十字架は「T」字形の「タウ十字」
であり、イエスのときと同じですが、釘の打ち方が違うのです。
釘は掌ではなく、手首に打たれているのです。したがって、これ
は明らかにイエスの磔刑像とは異なるのです。
 したがって、これは、テンプル騎士団のグランドマスター、ジ
ャック・ド・モレーの拷問の姿と思われます。礼拝堂の別の場所
には、EJ第1846号でご紹介したジャック・ド・モレーの顔
の描かれたトリノの聖骸布を持つテンプル騎士団の姿まであるの
ですから、間違いないでしょう。
 ロスリン礼拝堂で、今まで歴史家を悩ませてきた大きな問題が
あるのです。それは、この建物が未完成のまま放置されてきたと
思われることです。
 マイケル・ベイジェント/リチャード・リーの本には、次のよ
うに書いてあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロスリンの礼拝堂は、もともとはフランスの大聖堂のような本
 格的な規模をもつ巨大な供住聖職団教会として建てられた大聖
 堂に付属した、いまよりもはるかに大きな聖母礼拝堂の一部分
 として計画されたものであった。ところが資金が底をついたた
 め、この計画が頓挫してしまったのである。現存する西壁には
 巨大な石の塊が突き出たまま放置され、これを完成する石は二
 度と到着しなかった。
 −マイケル・ベイジェント/リチャード・リー共著/林和彦訳
   『テンプル騎士団とフリーメーソン/アメリカ建国に至る
       西欧秘密結社の知られざる系譜』より。三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロスリン礼拝堂を建てたのは、サー・ウイリアム・サンクレア
という人物です。上物については比較早く建てられたのですが、
完成に実に45年の年月をかけているのです。それは、どうやら
地下構造に相当の時間をかけていたものと思われます。
 マイケル・ベイジェント/リチャード・リーの主張に対し、ナ
イト/ロマスは次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この建物は、この不完全な形で完成しているのだ――すなわち
 それは、当初より破壊された神殿の遺跡を模して作られたもの
 だったのである。――『テンプル騎士団とフリーメーソン/ア
    メリカ建国に至る西欧秘密結社の知られざる系譜』より
                         三交社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−・・・・・ [秘密結社50]


≪画像および関連情報≫
 ・十字架の起源
  今はキリスト教のシンボルとして定着しているクロスですが
  起源は古く旧石器時代には存在していたとも言われキリスト
  教が起こる以前からあるものです。キリスト教が起こる以前
  は異教のシンボルとされていたようです。死刑の判決をうけ
  たイエスは自ら十字架をかつぎ、処刑場(ゴルゴタの丘)へ
  歩かされ、処刑されました。初期のキリスト教徒にとっては
  十字架はイエスを殺した道具にすぎなかったのですが、4世
  紀に入ってからキリスト教を公認したローマのコンスタンテ
  ィヌスが、戦いの前に十字架の夢を見て、戦いに勝ったこと
  から、十字架はキリスト教のシンボルとされるようになりま
  した。
  http://www.silvercross-catalog.com/sidemenu/aboutcross.htm

1876号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

メーソンリー発祥の地はサン・クレア(EJ1877号)

 ロスリン礼拝堂の内部には、壁やアーチなどに不思議な彫刻が
見られるのです。なかでも注目すべきは、新大陸の植物であるア
ロエ・サボテンやトウモロコシを描いた彫刻です。当時のスコッ
トランド人は、サボテンやトウモロコシなどを知るはずはないの
です。どうして、これが描かれているのでしょうか。
 ロスリン礼拝堂の建設が始まったのは、1445年頃のことで
あり、ウィリアム・サン・クレアの手によって建築が開始された
のです。サン・クレア家とテンプル騎士団とのつながりは、テン
プル騎士団の初代総長であるユーグ・ド・パヤンスが、カトリー
ヌ・サン・クレアと結婚したことによってはじまるのです。そし
て、スコットランドのサン・クレアは「テンプル」と呼ばれるよ
うになるのです。
 ロスリン礼拝堂の建築は長期間に及び、ウィリアム・サン・ク
レアの息子のオリヴァー・サン・クレアの代になってやっと完成
しています。正確にはわかりませんが、1490年代に完成した
とみられます。完成までに実に45年を要しているのです。
 もっともロスリン礼拝堂は完成しておらず、未完成のままであ
るという説もありますが、ロスリン礼拝堂は完成していると考え
るべきです。その根拠は後で示します。
 さて、コロンブスが現在のバハマ諸島の一角に到達し、「西欧
人による新大陸発見」を成し遂げたのが1492年のことです。
しかし、その時点でロスリン礼拝堂の建設は終了しており、礼拝
堂の壁面にサボテンやトウモロコシを描けるはずはないのです。
スコットランド人にとって未知のものだからです。
 ここで考えられることは、スコットランド人の誰かが、コロン
ブスが米国を発見する前に米国に行っている可能性です。既に述
べたように、テンプル騎士団は船団――艦隊を持っており、航海
術にも長けていたのです。したがって、彼らが米国まで行ってい
た可能性を否定できないのです。
 それに、1328年に、スコットランドのブルース王の破門が
解けたときには、スコットランドのテンプル騎士団はほとんど姿
を消していたのですが、テンプル騎士団はどこに消えてしまった
のでしょうか。
 可能性としては、米国があるのです。そうであるとしたら、テ
ンプル船団がスコットランドに次ぐ拠点を探索するため、米国大
陸に行っていたことは十分考えられるのです。そうであるとした
ら、サボテンやトウモロコシを模した彫刻が残っていても不思議
はないということになります。
 昨日のEJで述べたように、ロスリン礼拝堂は地上部分は当時
としては異例の速さで完成したのですが、地下部分の建設に非常
に長い時間をかけているのです。したがって、その地下部分は、
地上部分をはるかに上回る巨大な構造になっているものと考えら
れます。
 この建物は、ウィリアム・サン・クレア自身がほとんどつきっ
きりで細部にわたって指導に当たり、自ら監督していたといわれ
ます。彼は、ユーグ・ド・パヤンスら9人の騎士たちが発見した
エルサレムのヘロデ王の神殿の地下構造を忠実に再現させようと
していたものと思われるのです。
 ウィリアム・サン・クレアは、この礼拝堂の建設に当たって、
大陸から腕の良い石工や熟練工を大勢招いて建設を行わせたとい
われています。おそらくそのときは、ロスリンの町自体がそうし
た職人たちの町と化したものと考えられます。推定ですが、その
さい、石工たちに地下室の構造などの秘密を守らせるために高額
の料金を支払い、種々の誓約をさせたといわれているのです。ど
うやら、これがフリーメーソンリーの起源になったのではないか
と考えられます。
 しかし、ロスリン礼拝堂の地下部分の発掘は、まだ、行われて
いないのです。それには理由があるのです。その理由のひとつが
清教徒革命です。
 1642年にイングランドでは、清教徒が中心になって王党派
を打倒するピューリタン革命が起こっています。国王派と武力衝
突して内乱となったのです。議会派のクロムウェルが清教徒の新
式軍隊を作り、国王派をやぶって王を処刑し(1649年),共
和国を樹立したのです。
 そのときクロムウェル率いる議会党軍は、アイルランド、ウェ
ールズ、スコットランド、イングランドを巡り、目に付く限りの
カトリックの教会を破壊しているのです。
 サン・クレア家は当然のことながら王党派であり、1650年
にロスリン城は完膚なきまでに破壊されたのですが、なぜか、ロ
スリン礼拝堂には手を付けていないのです。それは、ロスリン礼
拝堂がカトリック教会でない証拠であり、クロムウェル自身が高
位のメーソンリーであったからといわれているのです。
 しかし、議会軍がやってくるという情報を掴んだロスリンの住
人たちは、礼拝堂の置物が破壊されることを恐れて、礼拝堂の中
のものを全部持ち出して、付近に隠したのです。したがって、現
在では、地上の広間にあった彫刻はすべて取り払われたままにな
っているのです。
 最近ロスリン礼拝堂は観光客でごった返しているそうです。し
かし、この礼拝堂の謎は、礼拝堂を含むテンプル地区の大規模な
発掘を行えば解けるはずです。しかし、なぜか、英国政府はそれ
をやろうとしません。なぜ、発掘をやらないのかについては、い
ろいろ理由があるはずです。出てきては困る史料がたくさんある
と思われるからです。
 いずれにしても、フリーメーソンリーはテンプル騎士団と深い
関係があり、どうやら、スコットランドがその発祥の地であると
考えられるのです。その謎を解く鍵がロスリン礼拝堂です。
 既に50回を超えた今回のテーマ――終着点が見えてきていま
すが、もう少しお話しすることが残っています。明日は、ロスリ
ン礼拝堂とソロモンの神殿の関係について、貴重な資料を基にし
て解明を進めます。       ・・・・・ [秘密結社51]


≪画像および関連情報≫
 ・清教徒革命/ピューリタン革命
  清教徒革命(せいきょうとかくめい; Puritan Revolutionま
  たはWars of the Three Kingdoms、ピューリタン革命)は、
  狭義には1642年から1649年にかけて、イングランド
  アイルランド・スコットランドで起きた内戦・革命である。
  広義には1638年の主教戦争から1660年の王政復古ま
  でを含み、「大反乱」、「三国戦争」もしくは「イギリス革
  命」とあわせて「イギリス革命」、「ブリテン革命」とも呼
  ばれる。              ――ウィキペディア

1877号.jpg
posted by 平野 浩 at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

ロスリン礼拝堂の14本の柱の謎(EJ1878号)

 既に述べたようにロスリン礼拝堂には、壁などに依存しない自
立構造で立っている柱が14本あります。そのうちの2本は、ヤ
キンとポアズの2本の柱です。
 このヤキンとポアズの柱を中心として、12本の柱の位置には
深い意味が隠されているのです。ところで、EJ1876号で説
明した「タウ十字」を覚えているでしょうか。
 タウ十字とは「T」字型の十字架ですが、このタウ十字を上、
右、左に組み合わせたかたちのものを「トリプル・タウ/三重の
タウ」というのです。添付ファイルを見ていただくとわかると思
いますが、ちょうど「H」の真ん中の「−」の上に「T」が乗る
かたちをしています。
 このトリプル・タウがロスリン礼拝堂にあるのです。添付ファ
イルに「ロスリン礼拝堂の平面図」があります。ヤキンとポアズ
の柱を含む礼拝堂の東側の8本の柱でそれは構成されていますが
わかるでしょうか。なお、自立構造の14本の柱は「●」印の部
分がそうです。間違いなく14本ありますね。
 西から東に向かってみた場合、先頭部分に当たる8本の柱がト
リプル・タウを構成しています。これは、フリーメーソンリーの
ロイヤル・アーチ階級の儀礼に出てくるのです。
 フリーメーソンリーには、各階級にそれぞれ「参入儀礼」とい
うものが設けられており、一段上の階級に上がるには決められた
儀礼を演じなければならないのです。儀礼のシナリオはあらかじ
め用意されており、志願者はセリフを丸暗記して唱えればよいの
です。志願者本人は、そこで演じられることの意味内容は別にわ
かっていなくてもよいのです。
 参入儀礼の様子を一般人が見ることはできませんが、もし、見
たとしたら「素人くさい下手な芝居」のように見えるはずです。
しかし、フリーメーソンにとってこの儀礼は欠くことのできない
重要な儀式なのです。
 儀礼の内容はもちろん秘密ですが、フリーメーソンリーに関す
る書籍から得られた情報によると、フリーメーソンリーの起源・
歴史に関するエピソードが多く含まれているようです。13階級
のロイアルアーチ儀礼では、次のように聖堂のレイアウトの指示
のようなものまで記述されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの光は、正三角形の形に配置される。それぞれの三角形
 は、互いに交わることにより、その先端部分に小さな三角形を
 産みだす。そのすべては同じ大きさであり、メーソンリーの紋
 章と同じものである。これらの象徴的な配置は、秘儀的な「三
 重のタウ」に対応している。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
           キリストのミステリー』/学習研究社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは何を意味しているのでしょうか。
 添付ファイルのロスリン礼拝堂の平面図を見てください。三重
のタウの下の2本の柱の底部を壁まで直線でつなぎます。そして
その直線と壁との2つの交点(A、B)を中心として、それぞれ
建物の幅を半径とする2つの弧を描くのです。そうすると、両者
はちょうど、最も西にある2本の柱の中央で交わります。最初に
引いた直線と壁との接点と弧の交わった点を直線で結ぶと、西を
頂点とする三角形が描けるはずです。
 次に、西から2番目の柱を同様に直線でつなぎます。2つの交
点(C、D)を中心に同様に弧を描くと、その交点は三重のタウ
の中心の柱の上でぴったりと交わるのです。そこでその交点とそ
れぞれ直線を引くと、東を頂点とする三角形ができます。
 この記号こそダビデの星――ソロモンの紋章になります。そし
て、そのソロモンの紋章の中心(X印)の下には要石がくるよう
になっているのです。おそらくこの要石の下に何らかの秘密文書
が眠っているものと思われるのです。
 フリーメーソンリーに関してここまで調べてくるに当たってい
ろいろな書籍を読んだのですが、核心に触れることを書いている
書籍は、ここまで何度も取り上げているクリストファ・ナイトと
ロバート・ロマスの『封印のイエス』に尽きると思うのです。
 ナイト/ロマスは、2人ともフリーメーソンであり、儀礼の内
容にも通じていて、メーソンでなければ書けない内容が公開され
ています。
 しかし、メーソンリーの儀礼のことなど書籍で公開していいの
かという疑問はあります。しかし、これに関してナイト/ロマス
は、次のように断っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 われわれが本書で公開しようとしている情報は、この誓い(フ
 リーメーソンの秘密を外部の世界に漏らさないということ)に
 反するものだ、とお考えになるメーソンもおられるだろう。だ
 が、イングランドの統合ロッジによれば、メーソンリーの守る
 べき秘密とは、会員相互の合図だけである。その意味で、本書
 を最後まで読んだとしても決してメーソンになりすますことは
 できない。         ――ナイト/ロマス前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうやら、フリーメーソンリーにとっても、この結社の起源が
わかっていないということのようです。フリーメーソンの統合グ
ランドロッジは、この結社の起源に関する公式見解を一切出して
いませんが、それは彼らも実のところわかっていないからです。
「調査ロッジ」というのもあるそうですが、起源に関して組織的
な究明が行われているわけではないのです。
 ナイト/ロマスによると、メーソンが秘密を守っているのは、
その守秘の誓いが恐ろしいからではなく、彼ら自身が参加してい
る儀礼で唱える会話の意味がわからないことと、その奇妙な儀礼
をやることを他人に知られて嘲笑されることを恐れているのでは
ないかといっているのです。・・・・・・・・ [秘密結社52]


≪画像および関連情報≫
 ・ソロモンの紋章
  六芒星とは、上向きの三角形と下向きの三角形を組み合わせ
  た図形である。「ダビデの星」や「ソロモンの紋章」とも言
  われる、この図形は西欧の伝統では天空=大宇宙の諸力を制
  御する鍵として用いる事が多い。六芒星は各頂点が霊的惑星
  と対応し、一番上の頂点から時計回りに、土星、木星、金星
  月、水星、火星、そして中央が太陽に対応する。この対応は
  生命の樹への惑星の配属から来る。
 http://homepage3.nifty.com/know-thyself/imn/knowledge/knowle04.html

1878号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月18日

メーソンリーの起源はテンプル騎士団(EJ1879号)

 ロスリン礼拝堂は、エルサレムのソロモンの神殿――イエス・
キリストの時代にヘロデ王が建てたヘロデの神殿を模倣したもの
であるとここまで述べてきています。
 しかし、それは「模倣」したものというよりも、精密に写し取
られたものだったのです。それは、添付ファイルの図を見ていた
だくと一目瞭然です。
 ロスリン礼拝堂は未完成であるとする説はありますが、未完成
に見える西側の壁はソロモンの神殿も同じであり、主要な壁、柱
は、ぴったりと重なるのです。そして、ダビデの星――ソロモン
の紋章の中心部は、中世の時代においては世界の中心とされてい
た場所であり、「契約の聖櫃」が置かれていたエルサレム神殿の
至聖所の中心に当たるのです。
 ロスリン礼拝堂付近の詳しい地図がないのではっきりとはわか
らないが、ナイト/ロマスによると、礼拝堂の東側の地形の傾斜
はエルサレム神殿のそれと酷似しているというのです。礼拝堂周
辺の地形は、東側にキドロンの谷、南にはヒノムの谷にそっくり
の地形になっているというのです。
 つまり、ウイリアム・サン・クレアは、単に礼拝堂の内部だけ
でなく、外部までエルサレム神殿を忠実に写し取っていたことに
なります。だからこそ、2代にわたる45年もの年月がかかって
しまったのです。
 ロスリン礼拝堂が完成した1490年代から、約230年後の
1717年6月24日――英国において、フリーメーソンリーの
グランド・ロッジが正式に開設されたのです。このときをもって
近代フリーメーソンリーの歴史がスタートしたとされるのです。
 ロスリン礼拝堂の建設には多くの石工が関わっています。礼拝
堂の目的、設計の基本構造、秘密文書のありかなど、さまざまな
秘密がそこにあります。
 当然そうした秘密を守らせるために、さまざまな工夫がこらさ
れたと考えられますが、それがメーソンリーのロッジで行われて
いる秘儀になっていったのではないかと考えられます。しかし、
ここまで調べ上げてきても、フリーメーソンに関してはなお多く
の謎が残るのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.フリーメーソンリーの起源は、本当にテンプル騎士団と考
   えてよいのだろうか。
 2.フリーメーソンリーとは宗教なのか。とくにキリスト教と
   はどのような関係か。
 3.メーソンリーのロッジで行われている奇妙な儀礼は何を目
   的とするものなのか。
 4.メーソンリーの儀礼の中に登場するヒラム・アビフの正体
   はいったい何なのか。
 5.『ダ・ヴィンチ・コード』の中に登場するシオン修道会と
   はどう関係するのか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今回のテーマは今回を含めあと4回――56回で終了しますが
これらはその中で答えたいと考えています。
 なお、EJの今回のテーマ「秘密結社の謎と真相」は、ここま
で調査を重ねた結果、次のような副題を付けるのがふさわしいと
考えております。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 秘密結社の謎と真相/フリーメーソンリーの起源をめぐって
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今回のテーマを追って調べてきた過程で、解けなかった謎が解
けたり、関連して得られた知識や情報がたくさんあります。そこ
で本テーマに引き続き、次の2つのテーマを取り上げて書いてい
きたいと考えています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.映画『ダ・ヴィンチ・コード』の狙いとその謎の解明
 2.モーツァルトの歌劇『魔笛』のフリーメーソン的解釈
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1に関しては、来週からスタートし、2に関しては別のテーマ
をはさんで取り上げる予定でおります。なお、上述の第5つの謎
については、来週からはじまるテーマで解明することにします。
 さて、ここまで調べてきた限りでは、フリーメーソンリーの起
源は、やはりテンプル騎士団であると思います。テンプル騎士団
は、その「騎士団」という名称が軍隊を連想しますが、初代総長
のユーグ・ド・パヤンスをはじめとする9人の騎士団は、騎士団
というより考古学者に近いと思われます。
 そして、彼らの発見した秘密の文書にしたがって、石工団が結
成され、ロスリン礼拝堂が完成したのです。この関係が次の2つ
のフリーメーソンを生んだのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        1.思索的フリーメーソン
        2.実践的フリーメーソン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まさにユーグ・ド・パヤンスをはじめとする9人は思索的メー
ソンであり、彼らの立てた計画により本物の石工――すなわち、
実践的メーソンが集められたと考えられるのです。
 実務的メーソンの上に思索的メーソンが存在し、彼らは王族や
貴族など身分の高い人たちで占められ、上位のメーソンほど多く
の秘密を握っていたと考えられるのです。また、こうした位階制
度は、軍隊――すなわち、本当の騎士団においてもスムーズに生
かされたのです。
 問題は、ユーグ・ド・パヤンスをはじめとする9人が、ソロモ
ンの神殿において、具体的には何を発見したかです。この謎は、
ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』の謎とも深い関連が
あるのです。それが極めて秘密性の高いものだったからこそ、秘
密結社フリーメーソンが誕生する重要な要因になったとも考えら
れるのです。       ・・・・・・・・ [秘密結社53]


≪画像および関連情報≫
 ・テンプル騎士団の本質とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  テンプル騎士団の本質は、秘儀伝授と秘密に基づく位階制度
  のもとで運用される秘儀宗派であり、秘密の内部組織が存在
  した可能性は高い。一兵卒のテンプル騎士は、上位の騎士ほ
  ど事情に通じていなかっただけではなく、実際の信仰も異な
  っていた可能性が高い。ほとんどのテンプル騎士たちは、見
  掛けどおりのキリスト教兵士にすぎなかったが、内部集団の
  人びとはそうではなかったのである。――リン・ピクネット
  &クライブ・プリンス著/林和彦訳/『マクダラとヨハネの
    ミステリー/2つの顔を持ったイエス』より。三交社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

1879号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

フリーメーソンは宗教ではない(EJ1880号)

 昨日のEJで指摘した5つの謎のうち、2番目の謎というか疑
問について考えてみます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2.フリーメーソンリーとは宗教なのか。とくにキリスト教と
   はどのような関係か。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これについては、加治将一氏の『石の扉』にちょうどよい回答
が出ていますので、ご紹介しましょう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「宗教ですか?」
 「ノーです。宗教ではありません。たしかに、入会の資格に、
 『神の存在を信じていること』というのがあります。しかしこ
 れは、特定の宗教を持っていなければならないという意味では
 ありません。メンバーの思想信条をどれか一つに傾斜させよう
 という希望も強制も持ち合わせていないのです」
 「では、神を信じるとは、どういうことなのですか?」
 「宇宙には人間の及ばない、なにか至高なるものがあって、そ
 の存在を信じていますか?というほどのことです」
 ――加治将一著、『石の扉/フリーメーソンで読み解く歴史』
                         新潮社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 フリーメーソンは宗教ではありませんが、フリーメーソンとキ
リスト教との関係は複雑であるといえます。1490年代にロス
リン礼拝堂が完成してから1717年の英国のグランドロッジの
開設までの約230年間、フリーメーソンリーは秘密裏に地下活
動を行なっていたのです。なぜかというと、カトリック教会を恐
れていたからです。
 当時カトリック教会は強大な権力を持ち、宗教組織ではないフ
リーメーソンリーであっても、異端と称して潰しに出てくる可能
性が十分あったからです。というのは、科学を取り入れるかどう
かという点において、カトリック教会とフリーメーソンリーは険
悪な関係にあったからです。
 フリーメーソンリーはその象徴である定規とコンパスを見ても
わかるように、科学を積極的に取り入れる姿勢があります。しか
し、カトリック教会はガリレイを迫害して宗教裁判にかけたよう
に科学を歓迎しないのです。そのため、フリーメーソンリーは、
そういう科学者たちにとって格好の隠れ蓑になったのです。
 そうしているうちに1517年10月31日、ドイツのヴィッ
テンベルク大学教授のマルティン・ルターが、宗教革命運動の火
蓋を切るのです。
 ルターは救済というものは、神の恩寵によって万人に与えられ
るものであり、神と個人が直接関係を持つものであると主張した
のです。しかし、カトリック教会の考え方は、神と個人の間に仲
介者としての神父――教会が入るというものであり、カトリック
教会は教皇権への挑戦であるとして、ルターとその仲間を異端で
あるとして、1521年に正式に破門するのです。
 しかし、このルターの考え方はのちに「プロテスタント」と呼
ばれるようになり、とくにイングランドでは、英国教会が誕生し
女王エリザベス1世の時代には、強力なプロテスタント国家とし
て成長することになります。ちなみに「プロテスタント」という
ことばは「抗議を行なう者」という意味なのです。
 1583年にスコットランド王ジェームス6世が就任します。
彼は1603年にイングランド王ジェームス1世となってイング
ランド王とスコットランド王の両方を治める史上最初の王となる
のです。
 彼は、ジェームス6世のときにフリーメーソンになっているの
です。1601年、35歳のときにスクーン・アンド・バース・
ロッジナンバー3でメーソンリーに加入しているのです。これに
よって、メーソンリーが表舞台に登場する絶好の機会が訪れるこ
とになり、1717年に英国においてグランド・ロッジの公式開
設が実現したというわけです。
 ジェームス1世は、イングランド王になるとすぐ、ウィリアム
・ショウという人物を「ゼネラル・ウォーデン」に任命し、この
ショウによってメーソンリーのロッジ・システムはスコットラン
ドからイングランドへ、そして西欧世界へと拡大していくことに
なります。
 このジェームス1世は学識に優れ、人間の才能を見抜くなかな
か立派な人物だったのです。彼は既にメーソンであった思想家フ
ランシス・ベーコンにナイトの称号を与え、ウィリアム・ショウ
と手を携えてメーソンリーの組織の整備を行なわせています。そ
して、フランシス・ベーコンは国王の期待に応えてヴェルラム男
爵の地位を手に入れています。
 しかし、その一方でローマ・カトリック教会とプロテスタント
との対立は激しいものになっていったのです。その矛先は宗教組
織ではないフリーメーソンリーに対しても向けられたのです。当
時のローマ・カトリック教会は、フリーメーソンリーの自由思想
を危険な思想とし、科学を探求する姿勢を嫌ったからです。
 ローマ・カトリック教会は、もともとあったエルサレム教会が
ローマ人との戦争に敗れた後を受け継いだものなのです。当時ロ
ーマ帝国はその政体の維持に危機を迎えており、根本的な建て直
しに迫られていたのです。時の皇帝コンスタンティヌスの人気も
地に堕ちており、最悪の状態だっのです。
 彼は政体を磐石なものにするには、民の肉体ではなく、精神を
支配するシステムを作ろうとしたのです。そこで、あらゆる宗教
を一本に統一する国際会議「ニケーア公会議」を開き、イエスを
神に祭り上げ、その救いは教会を通してのみ得られるという民衆
の精神を支配するのに都合のよいシステムを構築したのです。
 こうしてローマ・カトリック教会がはじまったのです。そして
教会の教義に反する教えはすべて異端として葬り去るという精神
の支配をはじめたのです。 ・・・・・・・・ [秘密結社54]


≪画像および関連情報≫
 ・「ニケーア公会議」
  ―――――――――――――――――――――――――――
  325年、三位一体を主張するアタナシウス派を正統とし,
  アリウスを異端として排斥することを決定した宗教会議。ア
  レクサンドリアの司祭アリウスは,イエス=キリストは人間
  であり,神によって選ばれた人ではあるが神性をもたず,天
  なる父と異にすると主張した。アリウスの説はアレクサンド
  リアの司教アレクサンデルによって誤りだとされ,318年
  アレクサンドリアで開かれた宗教会議でアリウスは追放され
  た。 http://www.tabiken.com/history/doc/N/N326L100.HTM
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1880号.jpg
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2006年07月20日

『徒弟』参入儀礼はこうなっている(1881号)

 EJ第1879号で指摘した5つの謎のうち、3番目の謎につ
いて検討してみることにします。
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 3.メーソンリーのロッジで行われている奇妙な儀礼は何を目
   的とするものなのか。
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 メーソンリーのロッジでは、上位階級への参入儀礼として、奇
妙な寸劇が演じられるのです。それは、フリーメーソンとして忘
れてはならない組織の起源や歴史的な出来事などを決まりきった
対話にして演ずるのです。そのさい、それがどのような意味かわ
からなくても、丸暗記して演ずるのです。
 メーソンリーのロッジには、次のように11の階級の役員がい
るのです。
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   1.マスター        7.マーシャル
   2.シニア・ウォーデン   8.シニア・デーコム
   3.ジュニア・ウォーデン  9.ジュニア・デーコム
   4.トレジャラー     10.スチュワート
   5.セクレタリ      11.タイラー
   6.チャプレン
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 入団の儀礼を紹介しましょう。
 志願者はロッジに入ると準備の部屋に通されてしばらく待たさ
れます。身に着けているすべての金属を外し、左膝と左胸を露出
し、左靴のかかとを潰すようにいわれます。
 胸を出すのは女性でないことを示すためであり、膝や靴のかか
とを潰すのは、志願者が既に厳しい試練を経過していることをあ
らわしているのです。
 志願者に目隠しをして案内するのはジュニア・ディーコンの役
割です。反省の部屋まで導かれ、そこで3度のノックの音が聞こ
えるまで待たされます。合図の音が聞こえると、首にロープを巻
かれて部屋に入ります。そのとき案内役は抜き身の短剣を胸に当
てています。そして、対話がはじまります。
 「何か感ずるか」
 「感じます」――答えかたは決まっていて、誰かがセリフは耳
打ちし て教えてくれるのです。
 「それでは、それをおまえの良心の痛みとせよ。これからおま
 えが加わろうとする秘密を明らかにすれば、ただちに死が訪れ
 るであろう」
 別のところから声。マスターの声です。
 「成人でなくては、メーソンとなることはできない。おまえは
 自由で、かつ21歳に達しているか」
 「はい」
 「自由なる意思をもって、フリーメーソンリーの秘儀に加わり
 たいと思うか」
 「はい」
 ここではじめて胸に当たられた短剣は取り除かれます。しかし
首の輪はそのままです。そうしたら「跪け」の声。ここで神に対
して祈りが捧げられます。そのあと、目隠しのまま部屋の中を引
きずり回され、3度にわたり「暗闇に置かれた哀れな志願者」と
紹介されるのです。3人の役員に対してです。
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    東端 ・・・・・ ワーシップフル・マスタ−
    西端 ・・・・・ シニア・ウォーデン
    南端 ・・・・・ ジュニア・ウォーデン
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 そして、ワーシップフル・マスタ−のところに連れていかれる
のです。
 「暗闇にあるおまえの心を占める一番の望みは何か」
 「光です」
 「ならば、祝福が甦るように」
 ここで目隠しが取り除かれます。目の前にいるマスターは光の
象徴を指し示します。そうすると、定規とコンパスのマークがそ
こにあったのです。そして、マスターは志願者に、第1段階「エ
ンタード・アプレンティス(徒弟)」という位階に受け入れられ
たと告げるのです。
 そして第1階級の合図、握手の方法、合言葉などが伝えられ、
ソロモン王の神殿の入り口に立つ2本の柱についての説明があり
ます。そのうえで、高所から飛び降りたり、水の中を潜ったりす
ることを象徴する動きをさせられ、白い牛皮のエプロンが渡され
るのです。そして、次の言葉が告げられます。
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 それはゴールデン・フリースよりもローマン・イーグルよりも
 古く、スター勲章、ガーター勲章・・・よりも栄誉がある。そ
 れは無垢と友愛の絆の象徴である。
     ――クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/
     松田和也訳、『封印のイエス/「ヒラムの鍵」が解く
           キリストのミステリー』/学習研究社刊
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 そのうえで、第2階級に進むさいに記憶しておくべき質疑応答
が教えられて、儀礼のすべてが終了するのです。
 なお、第1階級「徒弟」の参入儀礼では、左膝と左胸を出しま
したが、第2階級「職人」の参入儀礼では、右膝と右胸を出して
儀礼に臨むのです。そして、靴のかかとも右の方を潰すのです。
 このように1階級ずつ儀礼のやり方が体系的に定められており
意味のわからないまま、上位階級に進む志願者はそれを覚え込ま
されるのです。握手のしかたひとつにしても各階級によって異な
るので、下の階級の者は上の階級のことは何もわからないように
なっているのです。これがフリーメーソンリーの参入儀礼の内容
なのです。        ・・・・・・・・ [秘密結社55]


≪画像および関連情報≫
 ・マスターからジュニア・ディーコンの役割
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  マスターはロッジの中心人物であり、会員によって選挙で選
  出される。他の役員を任命する権限を持つ。シニア・ウォー
  デンは、マスターが不在のときに代理を務める。ジュニア・
  ウォーデンはロッジへの訪問者が確かにフリーメーソンであ
  るかどうかを確かめる。シニア・ディーコンは、マスターと
  シニア・ウォーデンの間の伝令役であると同時に「職人」と
  「親方」の位階への志願者の案内役である。ジュニア・ディ
  ーコンはシニア・ウォーデンとジュニア・ウェーデンの間の
  伝令役であると同時に「徒弟」の位階への志願者の案内役で
  ある。このようにすべて役割が決まっているのである。
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・画像の出所
  クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス著/松田和也訳
                     『封印のイエス/
 「ヒラムの鍵」が解くキリストのミステリー』/学習研究社刊


参入儀礼のスタイル.JPG
posted by 平野 浩 at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

ヒラム・アビフはヤコブではないか(EJ1882号)

 5月1日から続けてきた「秘密結社の謎と真相/フリーメーソ
ンの起源をめぐって」は56回の本日をもって終了します。最後
に、EJ第1879号の第4の疑問について検討をしたいと思い
ます。
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 4.メーソンリーの儀礼の中に登場するヒラム・アビフの正体
   はいったい何なのか。
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 ヒラム・アビフ――この人物については今まで何度も書いてい
ます。EJ第1875号では、ヒラム・アビフは実際の名前では
なく、「失われた王」という意味であり、命をかけて王位継承の
秘儀を守った古代エジプトのセクエンエンラ2世を象徴したもの
――そういう説明をしています。
 これは、クリストファ・ナイトとロバート・ロマスによる推論
ですが、何か今ひとつ納得できないのです。しかし、ヒラム・ア
ビフについて、その正体にここまで迫ったのは私の知る限りナイ
ト/ロマスしかいないのです。
 しかし、彼らの著書『封印のイエス』を精読すると、彼らはヒ
ラム・アビフについて、もうひとつの可能性に言及していること
がわかったのです。
 それはヤコブの死なのです。ヤコブといっても新約聖書には数
人のヤコブが登場しますが、ここでいうヤコブは、ナザレのイエ
スの兄弟のヤコブのことであり、エルサレムにおける初期キリス
ト教団の指導者とされる人物です。
 このヤコブとイエスとの関係ですが、例の2本の柱と密接な関
係があります。
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       ポアズ ・・・ 王 権 イエス
       ヤキン ・・・ 祭司権 ヤコブ
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 ここでは初期キリスト教団と表現しましたが、ユダヤ教のナザ
レ派ともいわれます。というのは、そこにポアズとヤキンの柱や
ダビデの星がからんでくるからです。
 ダビデの星は、現在のイスラエルの国旗になっており、誰でも
ユダヤに関係すると思われていますが、本来はユダヤとは何の関
係もない次の2つの三角形を組み合わせたものなのです。
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    上向きの三角形 ・・・ 王 権(ポアズ)
    下向きの三角形 ・・・ 祭司権(ヤキン)
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 これはダビデの星といわれますが、別にダビデが発明したわけ
ではなく、古代ヘブライの文書にこのシンボルはまったく登場し
ないのです。このシンボルが一般に登場するのは中世のキリスト
教会であり、そのルーツは初期キリスト教団なのです。その最古
の例がテンプル騎士団の建物なのです。
 実はイエスは、ヤコブと共にクムラン宗団の中の傑出した存在
――文字通りの2本柱であったわけです。彼らはナザレ教徒とも
いわれるのです。これは初期キリスト教団そのものです。
 しかし、イエスが伝道をしていたのはたったの1年間だったの
です。そのあと長期にわたって初期キリスト教を支えたのはヤコ
ブだったのです。
 イエスは洗礼者ヨハネが殺されて危機感を持ちます。そして、
ローマ帝国に対して一大政治闘争を仕掛けようとするのです。ク
ムラン宗団の人々は、そういうイエスについていけなかったので
す。イエスとしては、時が自分に味方をしていないことを知って
いましたが、そうせざるを得ないと感じて行動を起こすのです。
 イエスは5人の親衛隊を組んで活動をはじめます。「雷の子」
といわれたヤコブとヨハネ、熱心党のシモンとペテロ、それにユ
ダの5人です。律法を破って信者を増やそうとしたり、エルサレ
ムの神殿では大暴れを演じたのです。この頃のイエスは多くの映
画でも描かれています。
 ローマ帝国としては、イエスのメシア運動を放置することはで
きず、首謀者である過激派セクトの2本の柱――イエスとヤコブ
を逮捕するのです。しかし、ローマ帝国のユダヤ総督のピラトは
イエスとヤコブの2人を処刑してしまうと、怒り狂った民衆が暴
徒と化すことを恐れて一計を案ずるのです。
 そこでピラトは「過ぎ越しの祭りの日」には恩赦を行う習慣を
利用して、イエスかヤコブのどちらかを放免してやると民衆に判
断を委ねたのです。
 民衆が選んだのはヤコブだったのです。その結果、ユダヤの王
イエスは有罪となって磔刑に処せられたのです。結局生き残った
のはヤコブだったのです。そしてこのヤコブがイエス亡き後のク
ムラン宗団――初期キリスト教団を支えるのです。
 ベルギーのゲント図書館にある「天上のエルサレム」(EJ第
1873号)にある2本の巨大な塔をともにヤコブと呼ぶのは、
イエス亡き後に、ヤコブが祭司権(ヤキン)と王権(ポアズ)と
いう2本の柱を支える存在になったことを意味しているのです。
 このヤコブは西暦62年に完成直前のソロモンの神殿において
殺されてしまうのです。致命傷は頭に加えられた棍棒による一撃
だったのです。奇しくもヒラム・アビフ――セクエンエンラ2世
の殺され方とまったく同じです。
 この事実から、ヤコブの殉教は、ソロモン王の第一神殿の設計
・監督者ヒラム・アビフ(セクエンエンラ2世)の死の再来とし
て、フリーメーソンリーの儀礼に取り入れられることになったと
いうわけです。
 ヤコブを失ったことによって民衆の怒りはすさまじく、遂に西
暦66年から70年にかけてユダヤ戦争が起こります。これによ
って、初期キリスト教団は全滅し、そこにはパウロを中心とする
新しいキリスト教が誕生するのです。そして、これが現在まで続
いているキリスト教なのです。 ・・ [最終回/秘密結社56]


≪画像および関連情報≫
 ・フリーメーソンの儀礼より
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  フリーメーソンは道徳の美しい体系であり、アレゴリー(寓
  意)に包まれ、象徴によって説明される。その教養は兄弟愛
  救済、真理である。その枢要な徳は、節制・剛勇・慎重・正
  義である。それを宗教と呼ぶことができれば、この宗教は、
  「宇宙の偉大な建設者」を誠実に信ずることである。
         ――吉村正和著、『フリーメーソン』より。
                  講談社現代新書Y640
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1882号.jpg
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