2012年04月02日

●「増税法案付則の経済成長数値」(EJ第3272号)

 2012年3月30日、8日間に及ぶ党内審査のすえ、消費税
増税法案は閣議決定され、国会に提出されました。しかし、法案
審査は増税反対派の反発で大荒れになり、前原政調会長は途中で
審査を打ち切って、年度内に法案提出となったのです。
 しかし、この党内審査はけっして無駄ではなかったのです。野
田首相は、月内の国会提出の最終日である27日にソウルからと
んぼ返りして、自分が出て直接説得するつもりだったのです。首
相が出てくると、中間派の多くは首相になびくことを昨年末の素
案の取りまとめのときの経験から知っていたからです。
 しかし、前原政調会長と輿石幹事長は首相の出席を強く拒んだ
のです。前原氏は、法案の付則に数値を入れることを決めており
それは輿石幹事長の強い要望でもあったのです。しかし、野田氏
はこれに不満だったといいます。なぜなら、数値を入れると金融
市場の理解が得られないと財務省幹部にいわれていたからです。
 財務省はかなり前から、市場関係者として複数の証券会社系の
評論家をテレビのほとんどの経済番組に出演させ、次のメッセー
ジを発言させているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 万が一、消費増税法案が否決されると、格付け会社は日本国
 債を格下げする。そうすると、長期金利が上がり、国債費が
 跳ね上がり、国債破綻が起きかねない。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私が確認しただけでも、新報道2001、報道ステーションサ
ンデー、ワールドビジネスサテライト、BSプライムニュースな
ど4番組に登場しています。財務省はこのようにして、増税法案
を否決したらとんでもないことになるぞということを国民に刷り
込んでいるのです。
 さらにその市場関係者は、増税しても景気には影響ないばかり
か、景気回復もできると発言しています。橋本政権の1997年
のときの経済の落ち込みは消費増税が原因ではなく、アジア通貨
危機の影響が大きいと発言しています。この主張は藤井元財務相
も同じ発言をしており、明らかに財務省トークそのものです。
 しかし、結果として法案の付則には経済成長の数値が入ってい
るのです。そのため、野田首相と前原政調会長の間にはスキマ風
が吹き始めているといわれています。3月30日の日本経済新聞
には次の見出しが出ているのです。新聞がこのように書くことは
珍しいことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   首相、前原氏を不安視/検証・消費増税の民主審査
      ──2012年3月30日付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 本来法案の「付則」は強制力はないのですが、入れると実施段
階で必ず議論になります。野田首相は「条件ではない」というか
たちにしてくれと注文をつけたようですが、次のように入ってし
まっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 その他(付則関係)
 2.消費税率の引き上げに当たっての検討
 (1)消費税率の引き上げに当たっては、経済状況を好転させ
 ることを条件として実施するため、物価が持続的に下落する状
 況からの脱却及び経済の活性化に向けて、11年度から20年
 度までの平均において名目の経済成長率で3%程度かつ実質の
 経済成長率で2%程度を目指した望ましい経済成長の在り方に
 早期に近づけるための総合的な施策の実施その他の必要な措置
 を講じる。           ──消費増税関連法案より
―――――――――――――――――――――――――――――
 テレビに出演した上記の市場関係者は、「日本で名目3%成長
なんか無理」と明言し、数値を入れると増税はできなくなると発
言していましたが、数値はちゃんと入っています。
 デフレからの脱却についても「物価が持続的に下落する状況か
らの脱却及び経済の活性化」と明記されていますし、11年度か
ら20年度の平均で「実質2%/名目3%」程度を目指すと書い
てあります。これを見ると、前原政調会長は「数値は入れない」
といっていたわりには、よくがんばったといえます。
 しかし、日本経済は本当に「実質2%/名目3%」の成長は無
理なのでしょうか。
 そんなことはないと思います。しかし、現在、日本の経済状況
は必ずしも褒められたものではないし、日本を取り巻く世界の情
勢も不安材料がたくさんあります。とくに欧州危機は深刻であり
今後の状況推移では日本も大きな影響を受ける恐れがあります。
国内のことばかりにかまけていないで、世界に目を向ける必要が
あると思います。そこで、本日からEJでは次のテーマで書いて
いきたいと考えております。
―――――――――――――――――――――――――――――
      欧州危機と日本の対応について考える
       ──日本は経済成長できるのか──
―――――――――――――――――――――――――――――
 今まで日本は、米国の動きには多大の関心をもっていますが、
欧州連合(EU)には比較的無関心であったと思います。今回の
消費増税をめぐる動きも、ギリシャ危機に端を発していわれるよ
うになったのであり、EUについてもっと関心を持つべきである
と思います。
 果たしてEUは大丈夫なのでしょうか。ポルトガル、アイルラ
ンド、ギリシャ、スペインの4ヶ国──PIGS諸国は出口のな
い状態に陥っており、先が見えない状況になっています。果たし
てこの先どうなるのでしょうか。
 この解を得るためには、EUについて詳しく知る必要がありま
す。明日から少しずつEUの世界に入っていくことにします。
                   ──[欧州危機/01]


≪画像および関連情報≫
 ●付則関係の後半(2の部分)
  ―――――――――――――――――――――――――――
  (2)の法律の公布後、消費税率の引き上げに当たっての経
  済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟
  に対応する観点から、上記二及び三の消費税率の引き上げに
  係る改正規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転につい
  て、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指
  標を確認し、(1)の措置を踏まえつつ、経済状況等を総合
  的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ず
  る。             ──消費増税関連法案より
  【解説】「経済財政状況の激変にも柔軟に対応」とあるのは
  経済状況は好転しているとはいえない場合でも、経済財政状
  況の激変するような場合では法律を施行することもできると
  定めている。いずれにしても、経済成長条件が入ったことは
  一歩前進といえる。
  ―――――――――――――――――――――――――――

消費増税法案閣議決定を受けての首相会見.jpg
消費増税法案閣議決定を受けての首相会見
posted by 平野 浩 at 03:16| Comment(1) | TrackBack(1) | 欧州危機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月03日

●「PIIGSとPIGSの違い」(EJ第3273号)

 「日本はギリシャのようになっていいのか」──2010年に
菅前首相はこのようにいって消費増税論議が始まったのです。菅
首相は日本とギリシャを比較することのナンセンスさを知らない
からこそ、財務省にいわれるままに、そのように発言したのだと
思います。
 今でも「日本の財政状況は最悪のギリシャよりさらに悪い」と
いうことをいう人が少なくないのです。あくまで日本の政府負債
累計残高の対GDP比が200%であることだけで、世界と比較
しているのです。
 しかし、そのように見ているのは日本人だけです。海外の投資
家が注目しているのは「長期金利」です。日本の長期金利は長い
間一貫してずっと低いのです。
 「もし、消費増税法案が通らないと、日本国債は格下げされ、
長期金利が上がる」という風説が流布されています。しかし、国
債が格下げになると、本当に長期金利が上がるのでしょうか。
 2011年8月5日のS&Pによる米国債格下げと、8月23
日のムーディーズの日本国債格下げについては、日米ともに翌日
に長期金利は少し上がったものの、すぐ元の低い水準に戻ってし
まっています。こういうニュースは日本のメディアは全然報道し
ないのです。それにしても格下げ会社は、頼まれもしないのに、
勝手に国債の格付けを行い、大々的に公表しています。どういう
権限があってそんなことをしているのでしょうか。
 ところで、「PIIGS」とIのひとつ少ない「PIGS」の
違いがわかるでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
 PIIGS:ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ
       スペイン
 PIGS :ポルトガル、アイルランド、ギリシャ、スペイン
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは「利回りスプレッド」というもので選んでいるのです。
ユーロ圏各国のなかで利回りが一番低い国債は、ドイツ国債(ブ
ンズ)です。利回りが低いということは、国の信用度が高く、財
政力や経済力に対する信頼度が高いということです。つまり、利
回りが低くても売れるということです。
 そのドイツ国債の利回りをベンチマーク──基準利回りとする
と、他のユーロ圏諸国の利回りは高くなります。その格差のこと
を「利回りスプレッド」もしくは単にスプレッドというのです。
 リーマンショック後の2008年末、スプレッドの高かった国
は、ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインだったので、そ
れらの国をまとめて「PIGS」と呼んだのです。このときのI
はイタリアのことです。この時点のスプレッドは国債発行コスト
の格差という意味で使っていたのです。
 2010年になると、スプレッドが危機と結びつき、スプレッ
ドに加えて財政赤字が重視されるようになったのです。2009
年の財政赤字の対GDP比で、5ヶ国の順位を並べると次のよう
になっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.アイルランド ・・・・ 14.3 %
     2.ギリシャ   ・・・・ 13.6 %
     3.スペイン   ・・・・ 11.2 %
     4.ポルトガル  ・・・・  9.4 %
     5.イタリア   ・・・・  5.3 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように並べると、イタリアはかなり低いということで、イ
タリアを外し、PIGSになったのですが、その後イタリアがま
たおかしくなって、再びPIIGSに戻ったりと、イタリアが出
たり入ったりしているのです。
 よく南欧諸国という呼び方をします。この場合は厳密には、I
はイタリアを指してPIGSということになります。アイルラン
ドは西欧になるからです。しかし、深刻なソブリンリスクを抱え
るのは、アイルランドを含む南欧諸国──PIIGSです。もし
ギリシャがデフォルトすると、危機はPIIGS全体に及び、そ
れはそのままユーロ危機に直結します。
 スペインに注目する必要があります。ギリシャはユーロ圏GD
Pの2.6 %、ポルトガルとアイルランドは1.8 %と小さいの
ですが、スペインは11.7 %を占め、ドイツ、フランス、イタ
リアに次いで第4位を占めるからです。
 ところで菅首相が日本と比較するため、過剰に取り上げたギリ
シャについて考えてみることにします。ギリシャは直近の100
年の間に5回もデフォルトを繰り返しています。そういう意味で
「札付き」なのです。そのためギリシャは「欧州の問題児」とい
われてきたのです。もともと国家財政が破綻している国なのに、
なぜユーロに参加できたのでしょうか。
 それは数字を粉飾したからです。発覚したのは2009年10
月4日のことです。この日ギリシャは、福祉水準向上などを訴え
た全ギリシャ社会主義運動党が選挙に圧勝し、政権交代が行われ
たのです。その結果、旧政権が財政赤字はGDP比4%程度とし
ていたのを新政権が精査したところ、本当は12.7 %だったこ
とが判明したのです。
 この数字操作の理由は、ギリシャがEUに加盟するためについ
たウソだったのです。それにしてもそれを見抜けなかったEUは
お粗末です。ユーロ加盟国は、1991年のマーストリヒト条約
第5付属議定書によって、財政赤字を対GDP比で3%以下に収
めることが義務付けられているのです。
 しかし、このEUの経済学は少しおかしいのではないかと思い
ます。異常に財政赤字を気にするからです。つねに財政黒字を目
指せというのでしょうか。日本の財務省はこのEU式経済学を日
本に当てはめ、日本の財政赤字が累計で、対GDP比200%を
強調し、消費増税を煽ったのです。─ [欧州危機と日本/02]


≪画像および関連情報≫
 ●経済ニュースゼミ/小笠原誠誠治氏のブログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  相変わらずヨーロッパの財政危機に関心が集まっています。
  今度はポルトガルの国債が格下げになったとか。しかし、こ
  れだけ世界中が心配し、IMFやEUが支援しているのに、
  何故ギリシャは危機から抜け出すことができないのか?何故
  だか分かりますか?それは、ズバリ市場経済の原理が働かな
  いからなのです。例えば、どこかの国がギリシャのように収
  入以上の生活に打ち興じ、海外から多額の借金をして贅沢な
  生活を送っていたとしましょう。で、何時の頃からか海外に
  不信感が芽生えた、と。「果たして貸した金は戻ってくるの
  だろうか?」で、債権者たちがお金を貸すことに慎重になる
  と、債務国は急に資金繰りがつかなくなり、デフォルトとな
  るのが一般的なパターンである訳です。その後、どうなるで
  しょう?いろいろな対応の仕方がある訳です。デフォルトを
  宣言して、海外に対してはお金は返さない。ピリオッド。つ
  まり、それで終わり。まあ、そんな仕打ちをされても、相手
  は主権国家ですから、海外の銀行側は何も有効な手段はない
  訳です。以下は次のURLをクリック
http://blog.livedoor.jp/columnistseiji/archives/51385543.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

パパデモスギリシャ首相.jpg
パパデモスギリシャ首相
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2012年04月04日

●「なぜ、ギリシャに貸し込んだのか」(EJ第3274号)

 ギリシャは日本の3分の1ほどの国土を持ち、人口約1200
万人の国です。1999年のユーロ発足時にギリシャは、ユーロ
に加盟しようとしたのですが、加盟条件を満たしていないとして
拒否されています。そこで、2001年になって財政収支のデー
タを提出し、遅れて加盟が承認されたのです。当時のギリシャ政
権は、コスタス・シミティス首相率いる全ギリシャ社会主義運動
党の第3次政権だったのです。
 2004年3月のことですが、コスタス・カラマンリス氏率い
る新民主主義党は、コスタス・シミティス政権に選挙で勝利し、
に政権交代したのです。実はこの政権でユーロ加盟のときの財政
収支データを修正しているのですが、この時点でユーロ加盟基準
を満たしていないことが判明したのです。しかし、この政権はそ
の事実を隠してしまったのです。
 どうしてそんなことをしたか、です。真相はわかりませんが、
2004年8月には「アテネ・オリンピック」が開催されること
になっていたのです。しかも、経費が当初予想の46億ユーロを
はるかに超えて、70億ユーロに達したのです。きっとその関係
もあって、財政収支データを隠匿したと思われます。
 2009年10月になって、新民主主義党が選挙で敗れ、全ギ
リシャ社会主義運動党が政権を取り、ゲオルギオス・アンドレア
ス・パパンドレウ氏が首相に就任し、ユーロ加盟のさいの財政収
支データは虚偽であったことをばらしてしまったのです。
 このインチキなギリシャのユーロ加盟について、既出の上念司
氏は自著で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 言ってみれば、実力的には絶対に合格しないはずのユーロとい
 う進学校に、ギリシャはカンニングで入ってしまったようなも
 のです。さらに悪いことにギリシャは素行不良の生徒でした。
 過去200年間で100回も借金を踏み倒している札付きの不
 良だったのです。受験のためにしばらくおとなしくしていただ
 けですから、合格したら元の不良に戻るのは必然でした。しか
 し、ドイツヤフランスの金融機関は、ギリシャがユーロに参加
 できたということで勝手に素行不良が治ったと思い込んでしま
 いました。                 ──上念司著
     『日本再生を妨げる/売国経済論の正体』/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここでユーロ各国銀行の、2010年11月時点のギリシャへ
の債権を確認する必要があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    フランス   ・・・・・ 530.0 億ドル
    ドイツ    ・・・・・ 340.0 億ドル
    イギリス   ・・・・・ 130.1 億ドル
    ポルトガル  ・・・・・ 100.2 億ドル
    アメリカ   ・・・・・  70.4 億ドル
    オランダ   ・・・・・  40.5 億ドル
    イタリー   ・・・・・  40.2 億ドル
    オーストリア ・・・・・  30.1 億ドル
                       ──上念司著
     『日本再生を妨げる/売国経済論の正体』/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 これを見ると、フランスとドイツの2国で870億ドル(約6
兆円)、全体の3分の2を占めています。こうなると、ギリシャ
がデフォルトすると大変なことになります。
 問題はどうしてそんなギリシャ国債を買ったかです。ギリシャ
がおかしいことはユーロ各国は2005年頃からわかっていたは
ずなのです。それでも貸し込んだのには理由があります。それは
ギリシャ国債はユーロ債になっており、ギリシャに投資するさい
の為替リスクがなくなったからです。
 しかも当時ギリシャは不動産バフルが沸き立っていて、国とし
て何となく調子が良さそうに見えたのです。それにギリシャ国債
は他の欧州各国のそれよりも高金利で魅力的であり、フランスと
ドイツの金融機関は、そんなギリシャに多額の資金をつぎ込んで
しまったのです。
 ギリシャはギリシャで、国民は不動産バブルに浮かれてしまい
時の政府のバラマキ政策──年金や公務員手当などの増額によっ
て、盛り上がっていたのです。不動産は高値を呼び、投機的な不
動産取引が頻繁に行われていたのです。かつて日本が被ったあの
バブルと同じ現象です。
 それにギリシャは公務員の数が労働人口の2割以上を占め、国
民性なのか、税金をきちんと納めない国民が多く、税務署も税務
署で、取り立てが厳しくないのです。そのため、脱税する者もた
くさんいたといいます。ギリシャという国家システム自体が既に
破綻していたのです。
 そこにリーマンショックが襲ったのです。ここで一挙にバフル
が弾けたのです。ところで、バフルとは一体何でしょうか。
 バブルというのは、民間が借金を増やして資産に投資する経済
活動のことで、それが爆発的に拡大する現象です。なぜ、爆発的
に拡大するのかというと、投資利益が実質金利を上回って、投資
効率が高くなる──つまり、「儲かる」からです。
 しかし、いつまでもそれが続くのではなく、やがてピークに達
し、それから一挙に崩壊するのです。投資利益が金利とイコール
になったときがピークなのですが、事前にそのピークを見極める
ことは不可能なのです。
 資産価値が下落して投資利益が下がり、やがて金利を下回るよ
うになるのです。つまり、投資しても「儲からない」状態になっ
てしまうのです。そうなると、バフルは一挙に崩壊してしまいま
す。問題はバブルが崩壊した後の国として打つべき処置です。ギ
リシャはどうしたのでしょうか。日本のケースも含めて明日考え
ることにします。      ─── [欧州危機と日本/03]


≪画像および関連情報≫
 ●バブルとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「バブル景気」という語は1987年に命名されたとされ、
  元になった「バブル経済」という語自体は1990年の流行
  語大賞の流行語部門銀賞を「受賞者:該当者なし」(誰が最
  初に使い、流行らせたのか判らないため)で受賞している。
  しかし、この語が広く一般に、実感を伴って認知されたのは
  投機経済が崩壊した後である。例えば、1990年末に出版
  された朝日現代用語・知恵蔵1991には「バブル」という
  語は使用されていない。元来、「バブル」は「泡」を意味す
  る語なので、泡沫景気(ほうまつけいき)と呼ばれることも
  ある。1990年代初期には、平成景気(へいせいけいき)
  とも呼ばれた。経済学者の野口悠紀雄は、1987年11月
  に「バブルで膨らんだ地価」という論文を、『週刊東洋経済
  ・近代経済学シリーズ』に掲載しており、「私の知る限り、
  この時期の地価高騰を「バブル」という言葉で規定したのは
  これが最初だ」と述べている。一方で景気の後退の様は「バ
  ブル崩壊」と言われ、「失われた20年」、更には格差社会
  の発生へとつながる。        ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――
アテネ・オリンピック(2004年8月).jpg
アテネ・オリンピック(2004年8月)
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州危機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月05日

●「デフレ下の経済財政政策の基本」(EJ第3275号)

 バブルが崩壊したギリシャ──経済を立て直すには何をすれば
よいかを考えるに当って、国として取るべき経済財政政策の基礎
を振り返ってみることにします。
 「赤字」というのは嫌な言葉です。とくに経営者にとって一番
耳にしたくない言葉です。これに対して「黒字」は歓迎すべき言
葉です。「財政赤字」と「財政黒字」についても同じことです。
 しかし、企業や家計は別として国の場合は、「財政黒字」がよ
くて、「財政赤字」はわるいという考え方では困るのです。国は
必要に応じて、財政赤字を促進する政策をとったり、財政黒字を
達成するための政策をとったりしなければならないからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    デフレ下の国 ──→ 財政赤字を増やす政策
   インフレ下の国 ──→ 財政黒字を増やす政策
―――――――――――――――――――――――――――――
 バフルが崩壊すると、経済はデフレ化します。そういうときは
国の財務当局は、財政赤字を増やす政策をとる必要があります。
健全な資本主義の下では、デフレにおいては、財政赤字を増やす
ことが健全な財政政策になるのです。
 デフレ下においては、GDPが成長しないため、財政赤字が増
えて、政府の負債残高対GDP比が高くなっていきます。つまり
財政は中期的に悪化していくのです。まさに現在の日本と同じで
あるといえます。
 それなら、中期的に政府の負債残高対GDP比を改善するには
どうしたらよいでしょうか。
 プライマリーバランスの黒字化を図る──これが必要です。そ
のために政府は財政赤字の拡大を躊躇ってはならないのです。デ
フレ下で民間の資金重要が枯渇しているので、長期金利は低迷し
ており、政府は財政支出を増やしても問題はないのです。財政支
出の原資は国債発行に求めればよいのです。
 過去に発行した国債による政府負債累計残高が巨額化している
ときに、それを解決するためにさらに国債を発行して財政赤字を
増やす──普通の人からみると、それは逆じゃないかと思っても
不思議ではないのです。しかし、デフレ下の国の経済政策として
は、それは正しいのです。
 デフレになると、企業はバランスシートの修復を行い、借金を
返そうとするので、資金需要が枯渇します。民間企業や家計がこ
の時期に積極的な借り入れをすることはほとんどないのです。国
民は給与水準の低下や将来不安から可処分所得から貯蓄に回す割
合を増やすことになります。その結果、銀行には大量の資金が集
まり、そこに過剰貯蓄が形成されることになります。
 この過剰貯蓄はそのままにしておいてはならないのです。民間
企業も家計も借りようとしないのですから、政府が借りて使う必
要があるのです。そのうえで、中央銀行は積極的な通貨発行によ
り、政府をサポートするのは当然のことです。こんなときに日本
の中央銀行は「中央銀行の独立性」を主張して政府に協力しよう
としないのです。
 この状況は現在の日本そのものです。しかし、日本では過剰貯
蓄をそのままにして、財政出動どころか、増税をしようとしてい
るのです。これはデフレ下では真逆の政策です。デフレ下で財政
黒字を増やそうとすると、ますますデフレは深化してしまうので
す。しかし、日銀は、何としてもデフレから脱却しようという意
思をまるで持ち合わせていないようです。
 これには野党の気鋭の政治家が日銀法改正を迫ったので、日銀
は危機感を感じてか、ほんの少しの事実上のインフレ目標を掲げ
金融緩和を宣言したところ、それだけのことで、わずかながら、
円安と株価回復をもたらしているのです。
 増税は財政黒字を増やす政策──財政緊縮政策です。これはバ
ブルが拡張しつつあるときにこそとる必要があるのです。こうい
うときは、財政を引き締めることによって、バブルを崩壊させな
いようコントロールするのです。
 このことは学説の違いなどではないのです。国の経済財政政策
の基本です。しかし、現在の野田政権は、不退転の決意で、真逆
の政策をやろうとしています。それを記者クラブメディアは全面
支援し、反対派を押え込もうとしています。
 政府の財政当局の要である財務省は、意図的にマクロ経済を家
庭の家計簿に喩えてホームページなどで国民に訴えていますが、
これは完全な誤りです。国家と家計は同じではありません。それ
をあたかも同じであるかのように説明しているのは、国民を騙し
ていることになります。
 家庭の借金は全額返却する必要がありますが、国家の借金はす
べてを返却する必要はないのです。国は永遠に存続する存在であ
るからです。現在の日本は、40万円の収入で90万円を支出す
る生活をしているという類の国家財政を家計に喩えるのは国民を
騙す策略であるといえます。
 ここで、ギリシャの問題に戻します。ギリシャはバブルが崩壊
してデフレなのですから、財政赤字を増やす政策をとらないとい
けないのです。しかし、ギリシャは日本と違って負債に見合う資
産も少なく、政府が使える貯蓄も乏しいのです。
 もし、ギリシャ国債がユーロ建てではなく、かつての自国通貨
であるドラクマ建てであったのなら、お札を大量に刷り、通貨量
を増やして対応できたのです。そうすれば国内はインフレになり
通貨安になります。通貨安になると、経常収支が改善するので、
経済は回復するのです。
 しかし、ギリシャはユーロの一員であり、勝手にユーロを刷る
ことはできないのです。つまり、金融政策を放棄しているからで
す。ギリシャはユーロに参加したことによって、お隣のクロアチ
アやトルコに比べて通貨高になってしまい、外国から見ると、観
光施設も割高になっているのです。だからこそ、事態は深刻なの
です。           ─── [欧州危機と日本/04]


≪画像および関連情報≫
 ●野田政権(財務省)の経済財政政策の間違い
  ―――――――――――――――――――――――――――
  なぜ「国の借金(=政府の負債)が大変だから増税しよう」
  という主張がマクロ的に間違っているのか。それは、バブル
  崩壊後の国は国内の民間経済主体(家計や企業)が負債削減
  を始めるため、税収の「源」となる名目GDPが成長せず、
  税収が伸びないため、短期的に財政を健全化することは不可
  能だからだ。それどころか、バブル崩壊後の政府は積極的に
  財政赤字を増やさなければならない。さもなければ、どこか
  の国のように増税や政府支出(公共投資など)の削減により
  短期的に財政健全化を目指すことによって、かえつて中期的
  に財政が悪化する──政府の負債残高対GDP比率が悪化す
  るということを繰り返すことになる。   ──三橋貴明著
  『2012年/大恐慌に沈む世界/甦る日本』/徳間書店刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

アクロポリスの丘(アテネ).jpg
アクロポリスの丘(アテネ)
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2012年04月06日

●「ラテン系南欧諸国の夢/ユーロ圏」(EJ第3276号)

 EC、EU、ユーロ、マースリヒト条約など、われわれは欧州
に関してどれほど知っているでしょうか。どれほど関心があるで
しょうか。
 この答えは「ノー」です。それは本の少なさによくあらわれて
います。もし、「欧州危機」が起きなかったら、本はもっと少な
かったでしょう。少し基本的知識を整理して先に進みます。
 まず、EUですが、EUは「欧州連合」を意味するのですが、
その正式名称は23言語で表記されるのです。EUは、そのうち
のひとつである英語表記に過ぎないのです。フランス語ではUE
アイルランド語ではAE、エストニア語ではEL、ラトビア語と
リトアニア語ではES、ブルガリア語ではEC、ギリシャ語では
EEとなります。
 さて、現在EUに加盟しているのは27ヶ国です。そのなかで
共通通貨であるユーロを導入している国は17ヶ国であり、それ
らの諸国は、ユーロゾーン、ユーロ圏といわれています。その人
口は約3億2600万人です。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ≪ユーロ導入17ヶ国≫
  オーストリア   ドイツ       オランダ
  ベルギー     ギリシャ      ポルトガル
  キプロス     アイルランド    スロバキア
  エストニア    イタリア      スロベニア
  フィンランド   ルクセンブルグ   スペイン
  フランス     マルタ
―――――――――――――――――――――――――――――
 EUには加盟しているが、ユーロを導入していない国は10ヶ
国あります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ≪ユーロ未導入10ヶ国≫
  デンマーク               ハンガリー
  スウェーデン              ラトビア
  イギリス                リトアニア
  ブルガリア               ポーランド
  チェコ                 ルーマニア
―――――――――――――――――――――――――――――
 この他にもEUに加盟していないのにユーロを導入している国
がいくつかあるのですが、これらの国はユーロ圏には含めないの
が普通です。
 さて、ユーロに最初に加盟したのは11ヶ国です。この11ヶ
国のことを「ファースト・イレブン」といいます。本当は、ギリ
シャも加盟を申請したのですが、入れなかったことは既に述べて
います。ギリシャはこのファースト・イレブンに入れなかったこ
とで凄くくやしい思いをしているのです。
 そのあたりのことを浜矩子同志社大学大学院教授が近著で述べ
ています。浜氏はギリシャのくやしい思いには次の2つの側面が
あるとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
        1.南部欧州に共通する願望
        2.仲間同士のライバル意識
―――――――――――――――――――――――――――――
 南部欧州とはどこを指すのでしょうか。
 PIGSがそれに当るといえます。ただし、この場合のIはイ
タリアを指しますが、「南部欧州に共通する願望」という場合は
イタリアを除くPGS──ポルトガル、ギリシャ、スペインとい
うことになります。このPGSについて、浜矩子氏は次のように
書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今日のPIIGSの長い胴体部分を構成するのがダブルIのア
 イルランドとイタリアだとすれば、この胴長豚の頭部と臀部に
 位置するのがギリシャ・スペイン・ポルトガルの3人組だ。ラ
 テン系南欧諸国というイメージで一括りにされることが多い。
 この括り方の当否はさておくとして、彼らは確かによく似た悲
 願とコンプレックスを共有してきた。彼らが一様に欲しがり続
 けてきたのが、ヨーロッパという名のクラブの会員証だ。この
 名門クラブの正規会員になりたい。永久会員としての地位を確
 立したい。それを彼らは渇望し続けてきた。統合欧州という枠
 組みの出現は、この悲願をかなえてくれる絶好の展開だ。彼ら
 にはそう思えた。       ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かにヨーロッパの地図を見ると、ポルトガル、ギリシャ、ス
ペインは、いわゆるヨーロッパからは遠く離れた場所にあること
は確かです。したがって、名門「ヨーロッパ倶楽部」のメンバー
になることは夢であり、憧れであったのです。
 しかし、ギリシャだけはそのファーストイレブンになれなかっ
たのですから、相当くやしい思いをしたことは確かでしょう。P
GS──これらラテン系南欧3国は、ヨーロッパでありながら、
ヨーロッパでない存在で、なにかにつけ悲哀を味あう機会が少な
くなかったのです。
 しかし、ユーロ圏の一員になることで、押しも押されぬヨーロ
ッパ倶楽部の正式メンバーになれるというのが、彼らの悲願だっ
たのです。しかし、ギリシャはメンバーになれず、2年後にその
夢を果たすことになったのです。
 ギリシャの屈辱は、そもそもECへの加盟はギリシャの方が、
ポルトガルとスペイン(イベリア2国)よりも早かったのですか
ら、そういう点でもギリシャのくやしさはわかると思います。E
Cへはギリシャは1981年、スペインとポルトガルは1986
年の加盟だったのです。そのギリシャが現在大変なことになって
しまっているのです。    ─── [欧州危機と日本/05]


≪画像および関連情報≫
 ●イベリア半島とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  イベリアの名は、古代ギリシャ人が半島先住民をイベレスと
  呼んだことに由来する。しかし、もともとは漠然とピレネー
  山脈の南側に広がる地域を指した言葉である。一方、イベリ
  ア半島を属州としたローマ人たちは、この地をヒスパニアと
  と呼称したが、このラテン語に由来して現在の「スペイン」
  (英語名)は「イスパニア」とも「エスパーニャ」とも呼ば
  れるようになった。半島の付け根にあたる北東部は幅約30
  キロにわたり、ピレネー山脈によってフランスと画されてい
  る。一方、南西端は最も狭いところが約14キロのジブラル
  タル海峡を挟んでアフリカ大陸と向かい合っている。
                    ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ヨーロッパ地図.jpg
ヨーロッパ地図


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2012年04月09日

●「ドラギECB総裁とは何者か」(EJ第3277号)

 ユーロの仕組みはどうなっているでしょうか。
 ドイツの金融センターのあるフランクフルト・アム・マインの
金融街に「ユーロ・タワー」と呼ばれる巨大なビルがあります。
このビルにユーロの政策を決めるECB──欧州中央銀行が賃貸
で入っているのです。ECBの自前のビルは目下建設中で、20
13年に完成する予定です。
 そのECBを上部機関とし、NCB──ユーロ加盟各国の中央
銀行を下部機関とするシステム──それが共通通貨「ユーロ」を
発行・流通させる中央銀行制度「ユーロシステム」なのです。
 ECBは、政策金利やその他の決定を行い、決定事項はNCB
が実施し、ECBがその実施状況を監督するのです。つまり、各
国の中央銀行は残っているのです。それぞれの国の銀行は自国の
中央銀行に預金口座を有しており、それらの口座に置かれている
ユーロ預金の振り替えによって、その国内の他の銀行との間で決
済を行うのです。これはユーロ導入前からの決済システムと同じ
です。これは日本でも同様です。
 ユーロ導入によって、新たにできるようになったことがありま
す。それは、各国の民間銀行が国境を越えて他のユーロ圏の国の
民間銀行に送金するシステムです。例えば、スペインの民間銀行
が自国の中央銀行に保有するユーロ預金をフランスの中央銀行を
通して、フランスの民間銀行に振り込むことができるのです。こ
れを「クロスボーダー決済メカニズム」といいます。
 それではECBはどのように運営されるのでしょうか。経費な
どはどうなるのでしょうか。
 ECBが設立されたのは1998年6月のことです。各国の中
央銀行は、EU各国の人口比とGDP比とで計算される資本金を
払い込み、ECBはその資金で運営されるのです。つまり、EU
27ヶ国の中央銀行はECBの株主のような存在になります。
 それでは、意思決定はどのように行われるのでしょうか。
 ECBの執行機関は役員会です。役員は、総裁と副総裁、そし
て理事4人の計6人で運営されるのです。役員は、ドイツ、フラ
ンス、イタリア、スペインの4大国からは4人が常時入り、後の
2人は小国から順次就任するのです。なお、女性理事が必ず1人
入ることになっています。
 ECBの政策目標は「物価安定」です。これは至高の政策目標
なのです。この物価安定という政策目標が達成される限りにおい
て、ECBは他の政策目標──雇用や経済成長などを支援できる
のです。つまり、逆にいうと、物価安定に専念してもよいという
ことになります。
 これに比べて、米国のFRBは、政策目標として物価安定と並
んで、雇用の最大化と長期金利の安定を目指しており、日本や英
国も同様ですが、ECBは一貫して物価安定を目標に金融政策を
行ってきております。これは、ドイツ連邦銀行の基本方針であり
ECBもそれを受け継いでいるのです。
 さて、現在のECB総裁は、2011年11月から就任したマ
リオ・ドラギ氏です。ドラギ総裁について、「闇株新聞」の著者
は次のように論評しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2011年11月に就任したマリオ・ドラギECB総裁は、近
 年の世界主要国の中央銀行総裁の中でも出色だと思います。中
 央銀行総裁の資質とは「中央銀行の権限の範囲を超えることな
 く」「明瞭な政策を」「手遅れになることなく」「思い切って
 行い」かつ「市場との対話が出来る」ことです。見ている限り
 今のところすべて合格点です。日銀総裁と比べてみて下さい。
     ──「ドラギERB総裁のジレンマ」/「闇株新聞」
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドラギ氏は総裁に就任するや、てきぱきと精力的に政策を打っ
てきています。それを追ってみましょう。ドラギ総裁は、まず政
策金利と預金準備率の引き下げを行っています。前者は1.5 %
から1.0 %へ、後者は2%から1%へです。そのうえで長期資
金供給オペ──LTROを行っているのです。
 LTROは、民間銀行の資金の過不足を調節する公開市場操作
の一つであり、ECBへ資産担保証券などの担保を差し出し、民
間銀行がこの資金供給オペを受けることをいいます。
 2011年12月21日にユーロ圏の銀行へ4892億ユーロ
(50兆円)を政策金利1%で3年間にわたって貸し出していま
す。それまでは13ヵ月が限度だったのですが、それを3年に伸
ばし、さらに担保条件を緩和したのです。
 とくにイタリアやスペインの銀行を中心に「希望額すべて」の
資金供給に応じたのです。ドラギ総裁のこの大胆な措置によって
2012年の年初から短期市場に資金が流れてユーロ金利とドル
金利が下がり、それがユーロ圏各国の国債利回りを低下させ、金
融市場は落ち着きを取り戻したのです。
 このドラギ総裁の措置は、ユーロ圏だけでなく、世界経済に活
力を与えたのです。日銀総裁のバレンタインデー金融緩和にも影
響を与えて、かなりの円安と株高をもたらしたのです。
 そして、ドラギ総裁は、2012年2月29日に前回を上回る
2回目のLTROを実施し、期間3年で政策金利1%、5295
億ユーロ(約57兆1900億円)の資金をユーロ圏の銀行に供
給したのです。これで合計1兆ユーロを超えたことになります。
 この約半分は新規融資で、残りは近く償還される短期債の借り
換えに充当されるのです。応札したのは約800行で、前回オペ
の523行を上回ったのです。無制限融資のため、応札はすべて
認められています。参加者が増えたのは、ユーロ圏各国の中央銀
行が融資担保基準を緩和したためとみられます。
 ドラギ総裁のLTROにより、短中期的にみて欧州の銀行の連
鎖的な破綻のリスクが解消されたのは間違いないことです。ドラ
ギ総裁はどこかの国の総裁と違って、大胆にして思い切りのよい
決断ができる人のようです。 ─── [欧州危機と日本/06]


≪画像および関連情報≫
 ●マリオ・ドラギとは何者か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  マリオ・ドラギ氏は、1991年にイタリア経済財政大臣就
  任。当時、政府は企業からの汚職スキャンダルに激しく揺れ
  ており、幾人かの有力政治家が、非難を浴びている状況だっ
  た。一方でドラギ氏は、国家が大企業の役割を果たす仕組み
  は危険だと考え、その恒久的解決策として民営化を提唱、ド
  ラギ氏の学術顧問らもそれを支持した。1993年、民営化
  委員会の議長に就任したドラギは、電気通信事業のテレコム
  ・イタリアを手始めに大規模な民営化を実施。1999年ま
  でに市場価値(日本円に換算すると)10兆円規模の民営化
  を行った。民営化による収益は政府債務の圧縮に貢献し、E
  U参加のためのマーストリヒト条約基準にも適合することと
  なった。イタリアのコーポレートガバナンスを規定した法律
  の立案にも大きく関わっており、「ドラギ法」という名で知
  られている。            ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

マリオ・ドラギECB総裁.jpg
マリオ・ドラギECB総裁
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2012年04月10日

●「ユーロ問題はERM崩壊に重なる」(EJ第3278号)

 ヨーロッパでいま起きている危機は、未知の体験であるのに、
どこかで見たことがある──同志社大学大学院教授の浜矩子氏は
このように近著で書いています。いわゆる「デジャヴェ──既知
感」です。このデジャヴェとは何を意味するのでしょうか。
 このデジャヴェの謎を解くには、EC(ヨーロッパ共同体)の
時代に行われた通貨に関するある制度について知る必要があるの
です。その制度は「EMS」という通貨制度です。
 現在のEU(ヨーロッパ連合)の前身はECですが、12の国
が参加していたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     西ドイツ       イギリス
     ベルギー       アイルランド
     フランス       デンマーク
     イタリア       ギリシャ
     ルクセンブルグ    スペイン
     オランダ       ポルトガル
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSという通貨制度は、主として当時の西ドイツとフランス
両国が考え出したもので、1979年に発足しています。EMS
はERMという通貨体制の為替相場メカニズムを有しています。
やたらと「E」の付く字がたくさん出てきてわかりにくいですが
EMS/ERMは次の略語です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      EMS/European Monetary System
      ERM/Exchange Rate Mechanism
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSとは、一種の固定為替制度と考えればよいのです。その
為替相場メカニズムがERMですが、これによってEC域内の通
貨の安定と一体化を実現しようとしたのです。ドイツとフランス
は、この頃から域内通貨の統合を狙っていたのです。
 ERMの最大の特徴は、次の2つの縛りがあることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の縛り:ERM参加各国が共通尺度で測った自国通貨の
       価値を一定の範囲内に保持する
 第2の縛り:ERM参加各国が他のすべてのERM参加国通
       貨間で一定の範囲内に保持する
―――――――――――――――――――――――――――――
 「第1の縛り」というのは、ECUという共通尺度との関係で
平価を保つのです。ECUは「エキュー」と呼んでいます。例え
ていうと、日本がかつて「1ドル=360円」の平価を保ってい
たのと同じです。これは、ブレトンウッズ体制のさい、日本に対
してこの平価が義務づけられたのです。
 「第2の縛り」は、共通尺度との関係で平価を保つのと同時に
他のすべてのERM参加国の通貨とも通貨の価値を一定レベルに
保つことが求められたものです。これは「1ドル=360円」の
平価を保ちながら、ドイツのマルクやフランスのフランなどとの
間でも為替相場を一定の範囲内に収めるという縛りです。
 この二重の縛りは参加国にとって、守るのがかなり厳しい基準
であったのです。しかし、EC各国はこの体制を続けるなかで、
彼らはある妙案を思いつくのです。これについて、浜矩子氏は次
のように解説しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 その妙案とは、すなわちERMを事実上のドイツ・マルク本位
 制に見立てて、政策運営に当たることだった。要するに、ドイ
 ツ以外のERM諸国が、一様に、ドイツの経済実態に自国経済
 のパフォーマンスを摺り寄せていくことを心がけるようになっ
 たのである。インフレ率も、成長率も、失業率も、金利水準も
 目指すはドイツだ。誰もがそこを目指せば、国々の経済実態が
 次第に同じような動き方をするようになる。連動性が高まれば
 為替関係はおのずと安定する。 ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに当時の西ドイツの経済は、あらゆる面において堅実で、
お手本にすべき存在──ベストプラクティスであったのです。ド
イツとしては、マルクをECの基軸通貨にしようとしていたので
す。1983年から80年代には、それがますます安定感を見せ
非常にうまくいっていたのです。
 しかし、1990年代になると、状況が一変してしまうことに
なります。しかし、1992年から1993年にかけて大波乱が
起こってしまうのです。
 それは肝心のドイツ・マルクがERMの通貨の中心的存在とし
ての神通力を失ってしまったのが原因です。ドイツに何が起きた
かは明らかです。1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990
年10月3日に、東西ドイツが統一されたからです。
 何しろ当時の東ドイツの経済力は、西ドイツの10分の1にも
満たなかったのを統合して統一ドイツ・マルクとしたからです。
こうなると、マルクはもはやERMの中心として機能することは
できなかったのです。
 結局この大混乱によってERMは次のように二分されます。E
RMから離脱せず、平価変更を行わないドイツとベネルックス3
国──ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、デンマーク、フラ
ンスと、ERM離脱組および平価切り下げを行った国──イギリ
ス、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド二分され、
ERMは事実上崩壊したのです。
 つまり、このERM崩壊劇を浜矩子氏は、現在のユーロ危機と
重ね合わせて見てデジャヴェといったのです。もし、そうであっ
たとすると、ユーロはERMと同じ運命をたどるのでしょうか。
引き続き、そのあたりを注意深く見て、分析していきたいと思い
ます。           ─── [欧州危機と日本/07]


≪画像および関連情報≫
 ●「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」書評
  ―――――――――――――――――――――――――――
  筆者、浜氏は円高論者として知られていますが、紫色に染め
  た髪、への字型の口といった風貌に特徴がある女性大学院教
  授です。本書表紙にも彼女の写真が掲載されており、目を引
  きます。そんなインパクトに誘われ手に取ってしまった本書
  ですが、内容は、タイトルのごとく、現在の統一通貨EU体
  制の崩壊を、今はなきユーロ登場前のEMSの通貨危機をユ
  ーロ危機のデジャブととして捉え、歴史を振りながら、過去
  との共通性を鑑みながらユーロ崩壊を説明しています。ユー
  ロ統合前の歴史を知らない人にはオススメです。欧州通貨制
  度EMS期に起きた危機と現在のユーロ危機に共通項が多い
  ことに驚かされます。浜氏独特の比喩や表現を用い、堅苦し
  い表現になりがちな経済問題を読者に面白く解説している点
  もおすすめポイントです。以下、要点を要約。
  http://gotomydreams.blog77.fc2.com/blog-entry-366.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

浜矩子氏の話題の本.jpg
浜 矩子氏の話題の本
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2012年04月11日

●「ERMはなぜ崩壊したのか」(EJ第3279号)

 1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦は終結したので
す。これにより、それまで西欧においてソ連と対峙していたNA
TOの米軍は引き上げることになったのです。
 そのため経済統合だけを考えていればよかったECは、欧州の
秩序安定のために政治統合や軍事統合の必要性が高くなり、EC
を新しく編成することになったのです。
 そこでEC12ヶ国は、1991年12月に新条約について合
意に達し、翌年の1992年2月に、オランダの古都マーストリ
ヒトで調印が行われたのです。このようにしてECは、EUに発
展することになるのですが、このマーストリヒト条約についての
説明は改めて述べることとして、ここではERM危機について述
べることにします。昨日のEJの続きです。
 まず、狙われたのは、英国のポンドなのです。英国はERMに
1990年10月に加入しています。1990年10月といえば
サッチャー政権の末期であり、サッチャー首相はERMに加入し
た直後の11月28日に退任しています。
 ときあたかも西ドイツ・マルクが統一ドイツ・マルクに切り替
えられ、ERMの混乱期がはじまろうとする1990年に加入す
るというきわめてタイミングの悪い時期の加入です。
 東ドイツと統合し、統一マルクになったドイツの経済運営は、
非常に厳しいものになったのです。なぜなら、統一ブームが統一
バブルになるのを避けるため、ドイツは徹底的な金融引き締めを
やったからです。
 しかし、当時不況色を強めていた英国の経済は、それでもER
M平価を守ろうとしたのですが、この金融引き締めには耐えられ
るはずがなかったのです。それを見抜いた投機筋は、徹底したポ
ンド売りを仕掛けたので、英国はたまらず、ERMから脱退した
のです。1992年9月16日のことです。
 英国のERM撤退をメディアは「ブラック・ウェンズデイ」と
呼び、批判したのですが、皮肉なことにそれからの英国経済はポ
ンド安によって輸出主導成長を謳歌するようになり、1993年
から実に16年間にわたる長期の景気拡大がスタートすることに
なったのです。
 一方、英国以外の国はどうなったかです。これについて浜矩子
氏は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ポンドとリラが急降下を続ける一方、ERM内にとどまった相
 対的に弱い諸通貨が次々と投機の波に飲み込まれていった。市
 場の最終的な標的はフランス・フランだったが、さしあたりは
 アイルランド・ポンド、スペイン・ペセタ、ポルトガル・エス
 クードといった周辺通貨が餌食となって(平価の)切り下げを
 余儀なくされることになったのである。    ──浜矩子著
  「分裂する欧州経済〜EU崩壊の構図」/日本経済新聞社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 投機筋が英国の次に襲ったのは、イタリア、アイルランド、ス
ペイン、ポルトガルなのです。これにギリシャが加わると、これ
らの国は、PIIGSとなります。ところで、ギリシャはどうし
たのでしょうか。
 実は、ギリシャはERMを経験していないのです。当時のギリ
シャは統合欧州としての通貨体制に加わる条件をクリアすること
ができなかったのです。ギリシャがユーロ圏のファースト・イレ
ブンになれなかったのはこのERMを経験していないことにあっ
たのです。
 そのためギリシャは、ユーロ圏入りに先立って、2年間のER
M体験をさせられているのです。どういう体験かというと、ユー
ロに対して平価を設定し、自国通貨ドラクマの変動を平価の上下
15%の範囲に収めるというものです。このようにしてギリシャ
は、他のユーロ圏各国のように、十分なトレーニングなしにユー
ロという一軍に参加することになったのです。ユーロ圏でのギリ
シャのほころびは起こるべくして起こったといえます。
 それでは、ERMはどうして崩壊したのでしょうか。
 マーストリヒト条約においては、経済・通貨同盟に向けて次の
3段階のアプローチを採ることになっていたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1段階:すべての国のERM参加と経済政策の協調
   2段階:欧州中央銀行の機構づくりの準備スタート
   3段階:1999年に統一通貨を導入/ECB稼働
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、通貨統合の経験を積むERMの最後のステップにおい
て、大きな問題が発生したのです。ERM諸国の間の不均衡が累
積し、イタリア、スペイン、イギリス、北欧諸国のような高イン
フレ、高金利国を含んだ固定為替相場圏に一体何が起こったので
しょうか。
 投機筋のやったことは、ドルを売りマルクを買い、マルク資金
を入手します。次にそのマルクで、英国、イタリア、スペインな
どの高金利諸国の国債の購入を行うのです。
 この場合、ドルとマルクについては、変動為替制なので為替リ
スクをヘッジするものの、マルクと高金利通貨の間の為替相場は
安定が維持されるとみなしてヘッジはしないのです。予想通りに
為替相場が維持されると、マルクと高金利通貨の金利差を投機筋
は収益とすることができるのです。
 このような投機筋の投資行動は、ERMの調整機能を麻痺させ
てしまうのです。投機筋は、高金利通貨建ての投資物件を手放し
さらに高金利通貨を売り、マルクを買います。その結果、ERM
内部で高金利通貨は暴落し、逆にマルクは暴騰します。英・ポン
ド、イタリア・リラ、北欧通貨はマルクに対して限度まで下落し
ドイツがマルク売り介入を繰り返しても、投機は止まらなかった
のです。英国、イタリアはERMを離脱し、スペインは中心レー
トの5%を切り下げたのです。─── [欧州危機と日本/08]


≪画像および関連情報≫
 ●マーストリヒト条約とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  マーストリヒト条約は欧州連合(EU)の創設を定めた条約
  である。1991年12月9日、欧州共同体(EU)加盟国
  間での協議がまとまり、199年2月7日調印、1993年
  11月1日にドロール委員会の下で発効した。協議は通貨統
  合と政治統合の分野について行われた。本条約の正式名称は
  欧州連合条約であり、その後の条約で修正が加えられた。条
  約によると、EUの目的は経済通貨同盟(EMU)の設立、
  共通外交安全保障政策の実施、司法・内政領域での協力とさ
  れ、ヨーロッパ中央銀行の設立や単一通貨の導入がきめられ
  たほか、加盟各国の市民にヨーロッパ市民権が付与された。
  これによって、EU各国の市民は域内の国々で生活し、働き、
  学ぶ自由が拡大され、国境管理も緩和された。EUは199
  3年から域内市場を完全に統合し、アメリカをうわまわる人
  約3億7000万の市場が登場した。このため282項目の
  統合措置が提案され、域内資本移動は自由化されたが、法人
  税の高いドイツとイギリス、フランス、イタリアとの調整が
  難航し、企業税制の統一は見送られた。また人の移動に関し
  ては、95年3月に発効したシェンゲン協定によって特定8
  カ国間ではあるが、国境がなくなった。
                    ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

マーストリヒト.jpg
マーストリヒト


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2012年04月12日

●「『財政赤字3%以内』の困難度」(EJ第3280号)

 ユーロ圏に入るには、当然のことですが、EU加盟国の資格を
持つ必要があります。そのうえで次の4条件を満たすことが求め
られます。今日から、この4条件について考えていきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.物価安定維持
          2.低い長期金利
          3.為替相場安定
          4.財政規律厳守
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1条件は「物価安定維持」です。
 これには、具体的な数値目標がついています。ユーロ圏で消費
者物価指数が最も低い3ヶ国の平均値から1.5 %以内です。
 第2条件は「低い長期金利」です。
 消費者物価指数が低い3ヶ国の長期金利(10年物国債)の平
均値の2%以内です。
 第3条件は「為替相場安定」です。
 ユーロとの2年間にわたる為替相場の安定が求められているの
です。以上の3つの条件は必須条件になります。
 第4条件は「財政規律厳守」です。
 これは日本にとって一番の関心のある条件です。具体的には、
次の2つの条件を含むのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.財政赤字がGDP比3%以下である
     2.政府債務残高60%以下であること
―――――――――――――――――――――――――――――
 このなかで、2の「政府債務残高60%以下であること」につ
いては、60%に向かって縮小していればよいという救済措置が
ありますが、その救済措置が適用されるには、第1条件、第2条
件、第3条件がすべてクリアされている必要があります。
 財政赤字とは、国の経済活動における赤字のことです。歳出が
歳入で賄えない場合には財政は赤字となり、これを補うために公
債(国債、政府関係機関債、地方債)を発行します。つまり、公
債発行額が財政赤字額ということになります。このGDP比がま
ず、3%以下であることが求められているのです。
 「財政赤字3%以内」という基準を守ることの困難さについて
考えてみることにします。
 ユーロがスタートした1999年から2011年までの13年
間にわたって、ユーロの中心国であるドイツとフランス、それに
参考までに日本の数字を比較すると次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
          ドイツ   フランス     日 本
  1999年 −1.5 %  −1.8 %     ――
  2000年 +1.3 %  −1.5 %  −7.6 %
  2001年 −2.8 %  −1.6 %  −6.3 %
  2002年 −3.6 %  −3.2 %  −4.0 %
  2003年 −4.0 %  −4.1 %  −5.0 %
  2004年 −3.8 %  −3.6 %  −4.4 %
  2005年 −3.3 %  −3.0 %  −3.3 %
  2006年 −1.6 %  −2.3 %  −2.2 %
  2007年 +0.3 %  −2.7 %  −2.9 %
  2008年 +0.1 %  −3.3 %  −6.3 %
  2009年 −3.0 %  −7.6 % −11.3 %
  2010年 −3.3 %  −7.0 % −10.6 %
  2011年 −2.1 %  −5.6 %  −9.6 %
                ──総務省/財務省資料
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツだけは財政収支が黒字の年が3回もあります。そして、
「財政赤字3%以内」を達成した年の数は、ドイツが7回、フラ
ンスが5回あるのに対し、日本は2回しかないのです。
 それでは、ユーロ圏の他の国ではどうでしょうか。
 添付ファイルを見ていただきたいと思います。
 これは、2001年から2010年までの欧州諸国の財政収支
対GDP比率の推移を示すグラフですが、3つの国が財政収支を
黒字化させていたことが読み取れると思います。アイルランド、
アイスランド、スペインの3ヶ国です。
 これらの国は、世界的な好景気の中で、国内経済がバブル化し
結果的に財政収支が黒字化したものです。しかし、そのバブルが
崩壊すると、アイスランドは2008年10月にIMFに支援を
要請して破綻、アイルランドも2010年10月にやはりIMF
とEUに支援を求めて破綻しています。スペインはIMFには支
援を要請していないものの、2010年7月の数値で20.2 %
という欧州最悪の失業率に苦しんでいます。
 日本はどうでしょうか。
 日本もプライマリーバランスが黒字化した時期があるのです。
1987年〜1992年までの期間です。まさにバブルの時期に
該当します。米国にもそういう時期はあったのです。1998年
〜2000年までの3年間、財政が黒字化したのです。ビル・ク
リントン大統領の時代です。もちろん当時の米国は、ITバブル
に沸き立っていたのです。やはりバブル期の財政黒字化です。
 しかし、米国では2001年9月11日に同時多発テロが発生
し、米国はアフガニスタンとイラクに戦端を開き、財政はあっと
いう間に赤字基調に逆戻りしてしまっています。
 それでは、バブル経済とは一体何なのでしょうか。三橋貴明氏
はこういっています。「バフルとは、民間が借り入れを増やし、
資産を購入した結果、資産価値が急騰する──このことが経済の
のバブル化の本質である」と。すなわち、借金して投資しても自
らの資産を増やすことができない状態になった時点で、資産価値
が暴落を始めるのです。そうなったとき、その後処理のやり方が
経済に大きく影響します。   ── [欧州危機と日本/09]


≪画像および関連情報≫
 ●バブル経済とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  バブル経済とは、概ね不動産や株式をはじめとした時価資産
  の資産価格が投機によって実体経済の経済成長以上のペース
  で高騰し続け、投機によって支えなければならない市場が、
  投機によって支えきれなくなるまでの経済状態を指す。「急
  激な資産価格の上昇=バブル経済」かのように表現されるこ
  ともあるが、ある資産価格の上昇がバブル経済であったか否
  かの判断は、投機による下支えが不可能な状態となって初め
  て可能となる。すなわち、俗に言うバブル崩壊が起こって初
  めてそれまでの経済がバブル経済であったということが分か
  る。経済学や市場分析の初心者が言いがちな「ソフトランデ
  ィングしたバブルは歴史上存在しない」というような表現は
  本末転倒であり、ソフトランディングした資産価格の上昇は
  そもそもバブルではない。      ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

欧州諸国の財政収支対GDP比率の推移.jpg
欧州諸国の財政収支対GDP比率の推移
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2012年04月13日

●「ユーロで不幸になったケルトの虎」(EJ第3281号)

 ユーロ加盟の4条件──どうしてこのような条件が設定された
のでしょうか。
 物価、為替、金利の安定をあくまで第一義として、それに具体
的な数値を伴う財政条件が加わる4条件です。これについて、中
央大学経済学部教授・田中素香氏は、ユーロ加盟の4条件の根拠
について、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 物価、為替、金利の間には密接な関係がある。国々の物価上昇
 率が接近していればEMSの中で為替レートは安定している。
 長期金利は物価の長期の安定を市場が信頼しているときに低下
 する。これら3指標はしたがって物価の短期・長期の安定をみ
 ようとするものである。財政赤字の規定はユーロ金融政策に安
 定した政策環境を与えるためである。財政赤字の大きな国に対
 して市場が不信をもてば、ユーロ金利やユーロ為替相場を混乱
 させる可能性があり、欧州中央銀行の金融政策を圧迫する。そ
 れを回避するための条件設定であった。もっとも財政赤字のG
 DP比は経済学的に3%でなければならない理論的根拠がある
 わけではない。3%はマーストリヒト条約合意の時点のEC平
 均値に近い数値である。          ──田中素香著
     『ユーロ/危機の中の統一通貨』/岩波新書1282
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし、このユーロ加盟の4条件を日本に当てはめると、日本は
明らかに不合格です。財政赤字は9%台であるうえ、政府負債累
積残高に至っては200%を超えているからです。確かに、この
数字だけを見ると、日本はギリシャよりも悪いのです。
 しかし、そうであるからといって、日本が財政破綻する危険が
あるのかというと、必ずしもそうとはいえないのです。ユーロ圏
の国々のなかには、この条件があることによってかえって国の運
営が危機に瀕してしまったところもあるのです。
 ユーロ圏ではまずギリシャが問題になりましたが、PIIGS
諸国すべてが問題なのです。そのなかでユーロに加盟して明らか
に不幸になった国のひとつであるアイルランドを取り上げて、検
討していくことにします。
 アイルランドは、アイリッシュ海を挟んでグレートブリテン島
の西側、アイルランド島にある国です。昨日のEJの添付ファイ
ルのグラフを見れば明らかであるように、財政赤字の対GDP比
は実に30%に達しています。日本の場合は約9%ですが、30
%になると一年の財政赤字が150兆円に達することになり、そ
れがいかに深刻であるかわかると思います。
 日本の財政赤字は、たとえどんなにそれを増やしたところで、
それは自国通貨建て──円建てなのです。自国通貨建てであれば
いろいろな解決策があるのです。しかし、アイルランドの負債は
IMFやEUなどの「外国」から借りたお金なのです。
 しかも、アイルランドはユーロ圏の国ですから、ユーロの発行
権限がないので、アイルランドは増税をして、国民からユーロを
絞り取ることで返済するしかないのです。つまり、徹底した緊縮
財政を行うことになるので深刻な不況になります。この点は、ギ
リシャもまったく同じ状況にあるといえます。
 菅前政権や野田政権は、日本の財政危機をギリシャなどユーロ
圏のPIIGSになぞらえて煽り立てていますが、その寄って立
つ基盤がぜんぜん違う国と日本を比較して、増税の必要性を説い
ており、見当はずれもいいところです。
 その点、1997年のアジア通貨危機のさい、ウォンが暴落し
た韓国は、アイルランドとは事情が異なるのです。韓国は、国内
金融機関が対外負債をデフォルトし、外貨準備が枯渇する寸前ま
で行ったのですが、比較的早く立ち直っています。
 それは、ウォン暴落でウォン安になった韓国は、輸出競争力が
復活し、それが経常収支の黒字をもたらすことになったのです。
経済評論家の三橋貴明氏は、通貨の暴落について、次のような表
現を使って、その本質を述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 破綻国における「通貨暴落」とは、その後の経済成長を後押し
 してくれる一種のボーナスなのだ。     ──三橋貴明著
  『2012年/大恐慌に沈む世界/甦る日本』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、アイルランドにはその「ボーナス」(通貨安)がない
のです。アイルランドがユーロに加盟している限り、ドイツの信
用によって暴落することがないユーロのために、経常収支を黒字
化できない状況が続くことになります。対外資産を稼げないから
です。そのため、アイルランドはGDP成長率をプラスにするこ
とが極めて困難になります。GDPが成長しないと、政府の税収
は増えず、そうなると、政府のユーロ建て対外負債を返済するこ
とは、きわめて困難になるのです。
 もし、対外負債が自国通貨建てであれば、アイルランド政府は
インフレ覚悟で国債を大量に発行し、それを中央銀行に引き受け
させて負債を返済できるのですが、ユーロ建てなのでそれは不可
能です。中央銀行はあっても金融政策は使えないのです。
 しかし、アイルランドは、90年代に経常収支の黒字を持続さ
せ、「ケルトの虎」と呼ばれるほど華やかな経済成長を遂げた国
なのです。「ケルトの虎」はアイルランドという国そのものを示
す表現であり、またアイルランドの好景気の時期のこともそう呼
ぶのです。そういう意味で、少なくともアイルランドはギリシャ
よりも潜在GDPは高い国といえます。
 それほどの実績を持つアイルランドはユーロにそれなりの計画
があって加盟したはずです。それがどうして、現在のような状況
に陥ったのでしょうか。そのあたりのことを分析してみる必要が
あるのです。なぜなら、今後アイルランドがどうなるかは、PI
IGS諸国の運命を握っているからです。
               ── [欧州危機と日本/10]


≪画像および関連情報≫
 ●「ケルトの虎」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「ケルトの虎」は1980年代から1990年代までの大韓
  民国、シンガポール、香港、台湾の急速な経済成長を「東ア
  ジアの虎」と称したことにならったものである。このケルト
  の虎の期間は "The Boom" や「アイルランド経済の奇跡」と
  も呼ばれる。2009年1月、アイリッシュ・タイムズ紙は
  社説で「アイルランドは突然、安楽、あるいは奢侈といった
  ものから暗雲立ち込める冷たい海に投げ出されたタイタニッ
  クの海難事故のように、ケルトの虎の時代から金融不安の時
  代に移ったのである」と述べている。ケルトの虎の時期には
  アイルランドはヨーロッパで経済弱小国から富裕国の仲間入
  りを果たす好景気を経験する。アイルランドの成長の要因は
  議論の余地があるが、政府が主導した経済発展の取り組み、
  たとえば使用者、政府、労働組合の社会的な連携や、女性労
  働力の参入の増加、長期間にわたる国内の高等教育に対する
  投資などが評価されている。     ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

アイルランド島.jpg
アイルランド島
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2012年04月16日

●「アイルランドには悲惨な歴史がある」(EJ第3282号)

 アイルランドがユーロに加盟した結果、何が起こったのかにつ
いて考えていくことにします。なぜなら、ユーロ危機で最初にギ
ブアップするのはアイルランドではないかとみられているからで
す。しかし、アイルランド危機についてさらに言及する前に、ア
イルランドがなぜ「ケルンの虎」と呼ばれるようになったかにつ
いて、その歴史を少し振り返ってみる必要があります。
 アイルランドの人口は現在約458万人です。しかし、かつて
その人口は800万人を超えていたときがあったのです。それが
どうして半分近くに減ってしまったかというと、その原因は19
世紀にヨーロッパで起こったジャガイモ飢饉にあるのです。ジャ
ガイモが疫病により不作になったことによって起こった食糧危機
です。当時ジャガイモはアイルランドの主要食物になっていたの
で、アイルランド人の死活問題になったのです。
 しかし、単なるジャガイモの不作が一国の人口減少を起こすほ
どの飢饉にまで拡大したのは、それに対してとられた国の政策の
まずさと英国の冷たい対応にあったのです。
 当時グレートブリテン(英国)とアイルランドの連合王国が成
立しており、アイルランド島は全土がロンドンの連合王国政府お
よ連合王国議会による直接的な統治下に置かれていたのです。こ
れは公式にアイルランドが英国の植民地になったことを意味して
いるのです。
 当然アイルランドでは、独立運動のための組織が数多く誕生し
たのです。そして1858年には武闘派集団──IRBが誕生す
るにいたるのです。これにアングロサクソンの英国人とケルト人
という人種問題、プロテスタント(英国)とカトリック(アイル
ランド)という宗教問題が加わり、泥沼の闘争が続くのです。
 ジャガイモの不作は1845年から49年の4年間も続いたの
ですが、ヨーロッパの他の地域では在地の貴族や地主が救済活動
を行ったのです。しかし、アイルランドの貴族や地主はほとんど
がブリテン島に住んでおり、自らの地代収入を心配するあまり、
アイルランドの食料輸出禁止に反対するなどして、多くの餓死者
が出ているにもかかわらず、食料がアイルランドから輸出される
という悲惨な状態が続いのです。
 しかも、連合王国政府、すなわち英国も、緊急に救済食料を他
から調達して飢えて苦しんでいる人々に直接食料を配給すること
を予算の関係などから躊躇し、調達した食料を安値で売るなどの
間接的救済策しかとらなかったのです。そのため、アイルランド
では、多くの人が餓死や病気で死んでいったのです。
 アイルランドの飢饉に詳しいセシル・ウッドハム=スミス氏は
当時の悲惨な状況について次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 飢餓でアイルランドの人々が死んでいっている時に、大量の食
 物がアイルランドからイングランドに輸出されていたという疑
 いようのないこの事実ほど、激しい怒りをかき立て、この2つ
 の国(イングランドとアイルランド)の間に憎悪の関係を生ん
 だものはない。  "The Great Hunger; Ireland 1845-1849"
                    ──ウィキペディア
―――――――――――――――――――――――――――――
 その結果、最終的に人口の少なくとも20%が餓死および病死
で減少し、10%から20%が国外へ脱出しています。また、こ
れにより婚姻や出産が激減し、最終的にはアイルランド島の総人
口が最盛期の半分にまで落ち込んでしまったのです。アイルラン
ドにはこういう悲惨な歴史があるのです。
 国外に脱出したアイルランド人の多くが住み着いた先は、米国
のボストンです。彼らは底辺部から出発して、次第にアイルラン
ド系はボストンの市政を牛耳るようになっていったのです。
 ちなみに、アイルランド系として初のボストン市長になったの
はフィッツジェラルドなる人物だったのですが、その娘はジョゼ
フ・ケネディという青年実業家と結婚し、やがて、その娘はジョ
ン・フィッツジェラルド・ケネディなる男子を産んだのです。い
うまでもなく後の合衆国大統領です。
 1913年になると、北アイルランドのアルスター地方で、プ
ロテスタントを守るアルスター義勇軍が設立されると、それに対
抗するアイルランド共和軍(IRA)が結成され、宗教を背景と
する闘争が激しさを増していったのです。
 このアイルランド共和軍は、当初アイルランド政府公認の軍隊
だったのですが、1924年以降はその存在は非合法となり、英
国からテロ組織として対立を強めることになります。
 このようにアイルランド人にとって英国は敵であり、とくにか
つてのジャガイモ飢饉のさい冷たい態度をとった英国に対して強
い敵意を持っているのです。英国もアイルランドを敵視し、その
関係は深刻なものであったのです。
 一方米国にとってアイルランドは英国と同様に英語を使う国で
あり、米国内のアイリッシュ系の支えもあって多くの米企業が進
出し、経済において目覚ましい発展を遂げるのです。そして今や
米国にとってアイルランドはEU進出の窓口として欠かせない存
在になっているのです。アイルランドが「ケルトの虎」といわれ
るのはこういうところから来ているのです。
 懸案の北アイルランドを巡る英国との紛争は、1994年から
英国との協議がはじまり、現在は沈静化にいたっています。これ
を受けて、1997年に当時の英国のトニー・ブレア首相は、ア
イルランドで開催された追悼集会において、1万5千人の群衆を
前に、飢饉当時の英国政府の責任を認め、謝罪の手紙を読み上げ
ています。これはアイルランド人に対する英国政府の要人からの
初めての謝罪であったのです。
 アイルランドは現在苦境に立っています。しかし、このような
経緯があることから考えて、何とか問題を解決するとみられてい
ますが、状況は予断を許さないのです。明日からその問題につい
て述べていくことにします。  ── [欧州危機と日本/11]


≪画像および関連情報≫
 ●アイルランド紛争の歴史
  ―――――――――――――――――――――――――――
  数多くの戦乱があった20世紀の歴史、そんな中、世紀の初
  めから最後まで戦乱が続いた数少ない地域。それがアイルラ
  ンド、中でも北アイルランドです。ただし、アイルランドは
  その100年の間に戦乱の歴史に終止符を打つことができま
  した。(もちろん、再び紛争が繰り返す可能性が消えたわけ
  ではありませんが・・・)それは解決不能といわれる世界各
  地の紛争の中で数少ない快挙でした。テロリズムによる混乱
  が続く21世紀、北アイルランド紛争の歴史を振り返ること
  は、非常に重要な気がします。アイルランドとイギリスの関
  係は、日本と韓国の関係に近いものがあります。アイルラン
  ドは、遥かな昔からイギリスからの侵略を受け、何度となく
  戦ってきました。元々アイルランドはケルト民族の国である
  のに対して、イギリス(正確にはイングランド)がアングロ
  ・サクソン、アングロ・ノルマンの国であり、民族がことな
  る国でした。さらに、宗教改革以降、イギリスがプロテスタ
  ントの国になったのに対し、アイルランドはカトリックの国
  にとどまったことから、二つの国は宗教的に対立する運命と
  なります。そんな中、イギリスは世界一の海軍を持ったこと
  で一躍世界一豊かな国となり、その隣のアイルランドはその
  植民地になってしまいます。そして、その植民地がイギリス
  から独立をする際にイギリスの一部として残ったのが、北ア
  イルランドでした。なぜ北アイルランドは、イギリス領とし
  ての道を選んだのか?ここから北アイルランド紛争の長い長
  い歴史が始まることになります。
        http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/ireland.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

アイルランドに謝罪したブレア元首相.jpg
アイルランドに謝罪したブレア元首相
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2012年04月17日

●「アイルランドの経済成長の奇跡」(EJ第3283号)

 アイルランドは、PIGSと同様にヨーロッパの中心から遠く
離れています。しかし、PIGSのようにラテン系南欧諸国では
ないのです。北の海に浮かぶ小さな島国であり、目の前には英国
がデンと横たわっています。
 そのアイルランドがどうしてEUに入りたかったかについて、
浜矩子同志社大学大学院教授は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 かつてのアイルランドはギリシャに負けず劣らず貧しい国だっ
 たのである。産物といえば、じやがいもばかり。餓死と背中合
 わせの日々は、さはど遠くない過去のことだった。貧困から脱
 却したい。一人前のヨーロッパの一員となりたい。隣の大国の
 哀れな親戚状態と決別したい。アイルランドのこうした悲願は
 P・G・Sの思いと大いに共通するものがある。彼らにとって
 EU入りは構造不況地帯向けの補助金をはじめ、数々の支援対
 策へのアクセスが開けることを意味した。そして、ユーロはイ
 ギリスの向こう側にある世界へのパスポートにほかならなかっ
 た。さらば、ひたすらイギリス・ポンドの行方に振り回される
 アイルランド・ブントよ。こんにちは、ドイツやフランスでそ
 のまま使えるユーロよ。    ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 晴れのEUの一員となり、ユーロ導入を果たしたアイルランド
は、その経済発展においてまさに破竹の進撃を行います。それは
「アイルランドの奇跡」というべきものであり、それは「ケルト
の虎」ともてはやされるにふさわしいものだったのです。
 このアイルランドの経済活況の状況を米国の投資銀行・ソロモ
ン・ブラザーズ勤務の経験のある作家・マイケル・ルイス氏は、
自著に次のように表現しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 その後のアイルランドで起こつたのは、経済史上空前の出来事
 だった。新千年紀の幕あけまでに、貧困率は6パーセント以下
 に激減し、アイルランド銀行によれば、世界第2位の富裕国に
 なったのだ。どうして、そんなことが起こったのだろう?19
 90年代後半にべアー・スターンズに入社し、ニューヨークと
 ロンドンで5年間働いたある聡明な青年は、帰国して自分を貧
 しいと感じたという。過去10年の大半にわたって、アメリカ
 の投資銀行で働くより、アイルランドの不動産に投資するほう
 が手っ取り早く金を手にできた。どうしてそんなこと″が起
 こったのだろう?史上初めて、アイルランドに流れ込む人と金
 の量が、出ていく量を上回った。最も顕著な例が、ポーランド
 との関係だ。ポーランド政府は、自国の労働人口の動向につい
 て公式の統計を明らかにしていないが、外務省が推計したとこ
 ろでは、EUに加盟して以来、100万のポーランド人が故国
 を離れ、出稼ぎに赴いた。そして、その数が頂点に達した20
 06年にはそのうちの四分の一がアイルランドで働いていた。
            ──マイケル・ルイス著/東江一紀訳
   『ブーメラン/欧州から恐慌が返ってくる』/文藝春秋刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ加盟から2007年までの「ケルトの虎」の経済躍進は
ドイツやフランスから流れ込んだユーロが最終的にはバブルを引
き起こした結果だったのです。
 添付ファイルを見てください。これは、アイルランドの住宅指
数──ESRIをグラフ化したものです。これを見ると、アイル
ランドの住宅価格がユーロ加盟後から7年で2倍になっているこ
とがわかります。
 そして2010年第2四半期になると、2007年第1四半期
と比較して43.3 %価格は下落しているのです。これはまさし
く不動産バブルとその崩壊です。どうしてこのようなことが起き
たのか考えてみる必要があります。
 ユーロに加盟すると、各国は金融政策をECBに委譲すること
になります。中央銀行の基本的な2つの政策──金融政策と財政
政策のうち、金融政策を統合することになるからです。
 それでは、金融政策とは何でしょうか。金融政策には、次の3
つの手段があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.   金利政策
          2. 公開市場操作
          3.支払準備率操作
―――――――――――――――――――――――――――――
 「金利政策」は、公定歩合を上げ下げする操作のことをいいま
す。「公開市場操作」は、国債や手形を売買し、金融機関に資金
を供給して金利を調節する操作です。「支払準備率操作」とは、
支払準備率を操作して、民間銀行が貸し出しに回せるお金の量を
調整する操作です。
 ECBは当時ドイツが不況に陥っていたので、利下げをしたの
です。ユーロ圏の中心であるドイツの経済状況はユーロ圏に及ぼ
す影響が大きいので、ECBはどうしてもドイツやフランスを中
心に金融政策を実施せざるを得ないのです。
 その結果何が起きるのかというと、他のユーロ圏の経済が加速
してバブルを醸成しやすくなるのです。このあたりにユーロのよ
うな通貨統合のメカニズムの問題点があるといえます。ユーロが
スタートして10年以上が過ぎて、少しずつ問題点が顕在化して
きているのです。
 もうひとつ考えるべきことがあります。それは「バブルとは何
ぞや」ということです。それは経済成長の過程において必然的に
起きることなのでしょうか。それにバブルが起こったとき、それ
を止めることはできないのでしょうか。アイルランドで起きたバ
ブルと日本のバブルとは同じなのでしょうか。この点については
明日のEJで考えます。    ── [欧州危機と日本/12]


≪画像および関連情報≫
 ●アイルランドの経済成長の奇跡について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  アイルランドは、80年代まではヨーロッパの病人とも言わ
  れ、西ヨーロッパ諸国の中では生活水準が最も低い国の一つ
  であり、70年代、80年代は、インフレと高い失業、大幅
  な財政赤字と経済財政政策上の困難に直面し続けてきた。し
  かし、90年代半ば以降は非常に高い成長(特に、95年か
  ら2000年の6年間の平均では9.7 %)を遂げ、近年で
  は「ケルトの虎」とも呼ばれている。豊かさの指標としての
  一人当たりGDPでみても、90年には、アメリカの56%
  に過ぎなかったが、05年にはアメリカの93%に達してい
  る。また、時間当たりの労働生産性では、近年はアメリカの
  水準を上回って推移している。
  http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh07-01/sh07-01-02-02-03.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

アイルランドの住宅指数の推移.jpg
アイルランドの住宅指数の推移
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2012年04月18日

●「バブル崩壊で深刻化する小さなI」(EJ第3284号)

 バブル経済とは何でしょうか。
 急激な資産価格の上昇がバブル経済であるとよくいわれますが
それは違うのです。経済が成長していくなかで、個人や企業が可
処分所得の一部を不動産に投資し、不動産価格が上昇したとして
も、それは単なる民間不動産投資であり、バブルではない。それ
は経済成長に過ぎないのです。
 それではバブルの本質とは何でしょうか。それは民間が負債を
増やして資産を購入した結果、資産価値が急騰するとき、それを
バブルと呼ぶのです。例えば、企業や個人が借り入れをして、投
資目的で住宅を手に入れる場合、当然金利を払わなければなりま
せんが、この金利がポイントになるのです。
 もし購入したその住宅から得られる投資利益が借り入れの実質
金利を上回っている間は、バブルはどんどん膨張していくことに
なります。ここでいう投資利益は直接資産から得られる利益だけ
ではなく、キャピタルゲインを含んでいます。住宅購入の場合で
いうと、住宅価格が上昇することにより、自らの資産価値を高め
ることができ、なおかつ毎年のキャピタルゲイン──資産価値上
昇分が実質金利を上回っている場合は、バブルが継続して膨張し
ていることになるのです。
 しかし、負債の実質金利が上昇するか投資利益の減少があると
実質金利は投資利益を上回ることになり、ペイしなくなる時点で
バブルは崩壊を始めるのです。それは一挙に起きるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
          借方       貸方
        資産価格      借入金
―――――――――――――――――――――――――――――
 資産価格が下がると、バランスシートの借方の価値が激減し、
貸方の借入金を上回る「債務超過状態」に陥ることになります。
こういうことが起きると、企業や個人はさらに負債を増やして投
資を続けるどころではなく、ひたすらバランスシートの修復──
負債の返済を行うことになります。といってもバランスシートの
修復ができるのは、キャッシュフローがある場合だけであり、も
しなければ企業は倒産するしかなくなります。
 個々の経済主体が一斉にこういう行動を行うと、投資が減って
銀行にお金が集まるものの、借り手はなくなり、経済は深刻なデ
フレに突入することになります。
 さて、アイルランドに話を戻します。ECBが利下げを行うと
ユーロ加盟国の経済がバブルを醸成しやすくなるのですが、ドイ
ツやフランスは、経済が好調でアイルランドの住宅価格が上昇し
つつあることに着眼し、ドイツとフランスはアイルランドの住宅
への投資を加速させたのです。
 その結果、アイルランドはドイツとフランスに対して経常収支
の赤字を重ねることになってしまったのです。これによってアイ
ルランド国内の不動産市場全体がバブル化したのです。しかし、
そのバブルは2007年をピークに崩壊してしまうのです。その
結果、アイルランドの銀行は不動産プロジェクトに貸し付けた融
資が不良債権化してしまったのです。
 銀行が融資条件を緩めて異常な貸し出しを行い、その結果バブ
ルが崩壊して不良債権化する──この構図は日本のバブルとよく
似ています。
 しかし、これについて三橋貴明氏は、アイルランドと日本では
負債拡大に使われたマネーの原資がまったく異なるとして、次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アイルランドのGDPは2733億ドル(約23兆2305億
 円)であるが、対外負債は2兆2509億ドル(約191兆3
 265億円)にも及ぶ。2008年10月に破綻した「アイス
 ランド」の対外負債は、GDPの9倍を超えていた。アイルラ
 ンドの対外負債も、ほぼ破綻時のアイスランドに匹敵するほど
 膨れ上がっていたわけである。なぜ、アイルランドの対外負債
 はこれほどの規模にまで膨れ上がってしまったのか。理由は単
 純明快だ。アイルランドは経常収支赤字国なのである。経常収
 支赤字であるわけだから、国内が貯蓄不足に陥っていた。それ
 にも関わらず、投資に必要な資金を海外マネーで調達し、不動
 産投資を拡大させていった結果、対外負債が極端なまでに膨張
 してしまった。要するに、アイルランドの不動産バブルを育成
 した原資は、海外マネーなのである。それに対し、日本の場合
 は経常収支の黒字が続き、国内で過剰貯蓄が行き場を失い、当
 局の金融緩和で産まれた過剰流動性が住宅バブルを形成した。
 すなわち、バブルが崩壊したとはいっても、話が全て国内で完
 結したのである。ところが、アイルランドは異なる。
                      ──三橋貴明著
   『欧州危機と日本そして世界/ユーロ崩壊!』/彩図社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロに加盟する直前のアイルランドは、好景気に沸き立って
いたのです。それは、ドイツよりも安い金利で資金が借りられ、
貿易障壁はほとんど撤廃され、公立大学の授業料の無償化、外国
企業から税金の回避地とまでいわれた低い法人税率など──これ
らによって、アイルランドには多くの企業が集まり、繁栄をきわ
めていたのです。そして貧困率は6%以下になったのです。
 前号でご紹介したマイケル・ルイス氏によると、飛行機でこの
国に入国すると、過去15年の間に経験したことのない出国の人
波に遭遇するそうです。彼らは大勢の移民労働者と一緒に国を離
れようとしているといわれます。まさにジャガイモ飢饉のときの
デジャヴュそのものです。
 2006年後半に4%台であった失業率は今や14%を超えて
いて、1980年代半ば以来となる水準に達しつつあるというの
です。アイルランドは今後どうなるのでしょうか。
               ── [欧州危機と日本/13]


≪画像および関連情報≫
 ●バブル経済とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  実体経済から乖離して資産価格が一時的に大幅に高騰し、そ
  の後急速に資産価格の下落が起こる様子が、中身のない泡が
  ふくれてはじける様子に似て見えることからこのように称す
  る。その景気後退期を「バブル崩壊」などと呼称する。バブ
  ル経済とは総じて結果論として語られることが多く、その過
  剰な拡大期間の中では単に「好景気」といわれ、その後に多
  くの資産価格の下落をもたらし経済問題が多数噴出すること
  で、結果として過去のその経済状況を否定的意味合いでバブ
  ルなどと呼称する。バブル崩壊という現象は単に景気循環に
  おける景気後退という面だけでなく、急激な信用収縮、土地
  や株の高値を維持してきた投機意欲の急激な減退、そして、
  政策の錯誤が絡んでいる。      ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

三橋貴明著『ユーロ崩壊!』/彩図社.jpg
三橋 貴明著『ユーロ崩壊!』/彩図社
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2012年04月19日

●「ユーロシステムに問題がある」(EJ第3285号)

 住宅バブルが崩壊したアイルランドは、その後どうなったので
しょうか。
 昨日のEJで述べたように、アイルランドのGDPは約23兆
2千億円。これに対して対外負債は約191兆3千億円もあるの
です。GDPの8.2 倍ということになります。2011年の時
点では、それがGDPの11.7 倍の規模に達していたのです。
日本に置き直すと、5000兆円の対外負債がある計算になりま
す。ちなみに日本は、2011年6月現在で、海外の国に対し、
260兆3780億円の巨大な対外資産を有する世界最大の債権
国なのです。
 2008年10月にアイスランドが破綻しましたが、そのとき
もGDPの10倍規模の対外負債を抱えていたのです。したがっ
て、アイルランドの11.7 倍の対外負債は、破綻といってもよ
いほどの規模になります。しかし、アイルランド人はギリシャ人
と違い、この巨額な負債に真摯に向き合う勤勉さを持つ国民であ
り、着実に成果を上げています。ユーロに残りたいからです。
 不動産バブルが崩壊すると、銀行の不良債権が増加します。バ
ランスシートの借方の資産が毀損しているのに、貸方の負債は消
えないで残っているからです。この結果、銀行は機能不全状態に
陥り、そのままに放置すると、資本主義の根本である信用創造の
プロセスが崩壊してしまいます。
 したがって、金融システムの崩壊を防ぐために、アイルランド
政府は銀行に巨額の資金を注入し、信用創造のプロセスを守ろう
としたのです。このアイルランド政府の措置は、バブル崩壊後の
日本でも同じことをやっており、正しい対応です。
 2010年10月の時点でアイルランド政府は、330億ユー
ロ(約4兆円)の公的資金を銀行に投入していますが、その時点
のアイルランドのGDPは2278億ユーロ(約20兆円)しか
なかったので、その20%に該当する巨額の資金を銀行や住宅貯
蓄組合に投入したのです。
 しかし、これだけの金額では済まなかったのです。アイルラン
ド政府は、2009年1月に国有化したアングロ・アイリッシュ
銀行の追加資本の注入で、最大で500億ユーロ(約5兆660
0億円)が必要になっていたからです。
 アイルランド政府は、国有化したアングロ・アイリッシュ銀行
を預金業務を引き継ぐ「グッドバンク」と、不良債権を引き受け
る「バッドバンク」に分割する方針で臨んでいます。
 アイルランド政府は、これらの銀行の処理コストを、IMF、
EU、ECBから資金援助を受けて実施したのです。その結果、
アイルランド政府の支出額は、1000億ユーロ近くにまで跳ね
上がったのです。そのため、2010年度における財政赤字が対
GDP比で実に32%という想像を絶する数字になってしまった
というわけです。
 ちなみに、アイルランドでは、2011年2月25日の総選挙
で、それまでの与党フィアナ・フォイルが敗北し、フィナ・ゲー
ル代表のエンダ・ケニー氏が首相を務めています。しかし、現政
権の着実な政策によって、現在も続いている銀行処理によって、
アイルランドは少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようです。
 しかし、金額が巨額であるため、現在も綱渡りの状態が続いて
いるようです。ごく最近の状況を伝える2012年3月23日付
の「朝日新聞デジタル」の記事を以下にまとめます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「アイルランド、長期債発行案をECB」
        2012年3月23日付「朝日新聞デジタル」
 http://www.asahi.com/business/news/reuters/RTR201203230005.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 アイルランド政府は、銀行処理の資金をIMF、EU、ECB
から約束手形を発行して300億ユーロの資金を調達したのです
が、その返済をめぐって、同国のケニー首相が、現金による返済
ではなく、長期債を発行して返済する提案を欧州中央銀行(EC
B)に提出することを明らかにしたのです。
 具体的には、2025年償還債を発行する案をECBと交渉し
ているということです。長期債を発行するにあたっては、ECB
の支持を得ることが不可欠であるからです。それにしても「20
25年債」とは!?これは永久債です。
 しかし、ECBはこの提案に難色を示しており、ECBとして
は、より金利の低い欧州金融安定ファシリティー(EFSF)融
資への乗り替えなどが好ましいと考えているようです。なぜなら
約束手形の現在の金利は8.2 %であり、EFSFの融資プログ
ラムの金利は平均で4%未満と低いからです。いずれにしても、
その返済が相当の重荷になっていることは確かです。
 2010年度における財政赤字が対GDP比で32%──マー
ストリヒト条約が定めた枠の10倍にもなると、普通の独自通貨
国であれば、対外負債返済リスクが高まるので、通貨は暴落しま
す。もちろんこれによって、デフォルトの危険性は増大しますが
通貨下落による輸出競争力が増加するので、それによって経常収
支の黒字化への道も開けるのです。だから、通貨下落は「ボーナ
ス」といわれるのです。
 2008年に破綻したアイスランドは、ユーロに加盟しておら
ず、独自通貨のクローネを有しています。したがって、アイスラ
ンドが破綻すると、クローネは暴落して約半分になったのです。
しかし、これによって、アイスランドの輸出競争力は急回復し、
現在では経常収支が黒字になっているのです。かつての韓国の急
回復と同じです。
 しかし、ユーロ加盟国のアイルランドは通貨の暴落はないので
す。確かにECBは積極的にギリシャやアイルランドの国債を購
入して金利高騰を抑えようと努力していますが、「ボーナス」の
ないアイルランドは増税で国民からユーロを絞り取るなどの緊縮
政策を取るしかないのです。  ── [欧州危機と日本/14]


≪画像および関連情報≫
 ●アイスランド経済V字回復!
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州債務危機で単一通貨ユーロ圏の国債格下げが相次ぐ中、
  2008年の世界金融危機で、金融システムが完全に崩壊し
  た。人口32万の島国アイスランドの格付けが「投資適格」
  に引き上げられるなど回復が顕著になってきた。民間銀行の
  海外債務を政府が肩代わりせずに大半を踏み倒し、金融危機
  ではアキレス腱(けん)になった小さな通貨アイスランド・
  クローナが切り下げられ、輸出ドライブがかかったためだ。
  17日、欧州系格付け会社フィッチ・レーティングスは同国
  の外貨建て国債の長期信用格付けを投資不適格の「ダブルB
  プラス」から投資適格の「トリプルBマイナス」に1段階引
  き上げた。昨年8月に国際通貨基金(IMF)の支援プログ
  ラムも終了、「金融・通貨危機以来、同国は構造改革を進め
  信用回復に努めてきた」と評価され、「投資不適格」のギリ
  シャとは大きな違いを見せた。政府債務は昨年、国内総生産
  (GDP)の100%に達したが、基礎的財政収支は今年黒
  字化すると予想されるなどトンネルは脱した。昨年の経済成
  長率は2.9%、今年も2.4%成長が期待され、来年には
  経常収支赤字が解消される。
  http://anago.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1329592244/
  ―――――――――――――――――――――――――――

エンダ・ケニー/アイルランド首相.jpg
エンダ・ケニー/アイルランド首相
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2012年04月20日

●「スペイン国債危機はどうなるのか」(EJ第3286号)

 欧州危機の渦中にあるPIIGSの一国、アイルランドを取り
上げてみてきましたが、この国は製造業が強いうえに、外国から
の企業の受け入れに有効な手を打っており、多くのベンチャー企
業が伸びていて、少しずつ立ち直りつつあります。
 これに対して、2012年19日現在、PIIGSのS──ス
ペイン国債入札に不安が高まっており、欧州危機の再燃が懸念さ
れています。というのは、19日にスペインは中長期債の大量の
入札があるからです。なぜ「入札がある」と書くかというと、こ
のEJの原稿は、19日の午前に書いており、その結果が見通せ
ないからです。
 不安が高まっている原因は、4月4日のスペイン国債の入札が
不調に終わっているからです。このため、スペイン国債の価格は
下落し、代表的な国債利回り(長期金利)は5.8 %台まで上昇
しているのです。
 スペインの国内銀行は、昨年12月から今年の2月にかけて、
ECBから供給を受けた資金でスペイン国債を購入していたので
すが、4日の入札不調によって、「銀行による買い支えも限界」
という国債トレーダーの見方が広がり、19日の入札の結果いか
んでは、長期金利がさらに上昇する可能性があるのです。
 もうひとつ大きな不安材料があります。それは、ECBが、5
週連続で国債購入を見送っていることです。スペインを支えるた
めのスペイン国債を購入することについて、ECB内で意見が割
れていると考えられるのです。
 スペイン政府は、2012年度予算で、財政赤字額を約270
億ユーロ(約3兆円)削減する計画を立てています。同国政府は
これを達成することによって、財政赤字の対GDP比を2011
年度の8.5 %から、2012年12月末には5.3 %まで減ら
し、2013年には3%を目指す計画を立てています。
 このスペインの苦境を見ると、財政再建をしながら、景気を上
昇させることの難しさが伝わってきます。財政再建のために緊縮
財政をとると、景気が悪くなって税収が落ち込み、財政赤字が減
らない悪循環に陥る危険性が高いのです。
 スペインの2月の失業率は23.6 %で、EUの中でも最悪の
水準にあります。25歳未満の若者でみると、2人に1人が失職
中という厳しい情勢です。それに加えて不動産バブルが崩壊して
地価が下落し、銀行は不良債権を抱えており、完全に経済はデフ
レに陥っているのです。
 ここは、財政赤字を増やしてでも大規模な景気刺激策をとるべ
きなのです。しかし、スペインはユーロ圏の国であるため、財政
赤字の対GDP比3%をクリアしなければならず、そのために大
幅な歳出削減と増税が不可避なのです。このような経済成長のセ
オリーに逆行した政策をとらねばならないところに、スペイン政
府のジレンマがあるといえます。
 もし、国債入札が不調に終わると、国債の長期金利は限りなく
7%に近づくことは必至であり、こうなると、借金の返済費用が
増大して財政再建はさらに困難になります。
 ラボバンク・ネダーランド(農業組織向けの金融機関。日本の
農林中央金庫に相当)のエコノミスト、エルビン・デフロート氏
は、スペイン問題について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国外からの支援がなければスペインは自国の問題を解決できな
 いという懸念が再び高まっているのは明らかだ。こうした流れ
 を止めることができる一つの策はECBによる介入だが、EC
 Bは現時点ではそうした役割を演じるつもりはあまりない。市
 場のセンチメントは悪化し始めている。
 http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120418/mcb1204180503013-n2.htm
―――――――――――――――――――――――――――――
 一方、PIIGSのもうひとつのIのイタリアは、スペインよ
りは財政赤字は少ないものの、現在景気が不調であって、税収が
伸びず、財政赤字を減らす財政再建ができにくくなっています。
したがって、もしスペインの危機が顕在化すると、それがイタリ
アに飛び火し、欧州危機は現実のものになります。
 このユーロというメカニズムは、ドイツにとってきわめて有利
なのです。「ドイツの、ドイツのための、ドイツによる共通通貨
ユーロ」という人もあります。それは、1999年のユーロ発足
から上昇を続けていたドイツの失業率の上昇をECBがどのよう
にして収めたかについて検証してみるとわかります。PIIGS
諸国の経済がおかしくなった原因もここにあるのです。
 当時ドイツの失業率が高かったのは、世界的なITバブルの崩
壊が原因であり、とくに2005年と2006年についてはユー
ロ主要国の中では最も失業率が高かったのです。これについては
添付ファイルのグラフをご覧ください。
 ITバブル崩壊によって、ドイツ国内の企業は打撃を受け、投
資不振に陥っていたのです。何しろドイツはユーロの中心国であ
るため、ECBとしては、ドイツを助けるため低金利政策をとっ
たのです。
 しかし、その影響はドイツ国内にとどまらず、ユーロ圏全体に
及ぶのです。同一通貨なのですから、当然のことです。そのため
アイルランドやスペインなどの各国は、バフルに沸き立つことに
なったのです。
 この間ユーロの為替レートはきわめて高水準で推移していたの
で、ドイツは、ユーロ圏外には、輸出を伸ばせない状況にあった
のです。そこでドイツは、ユーロ圏に輸出攻勢をかけ、貿易黒字
を拡大することによって、何とか危機を乗り越えたのです。
 しかし、米国の不動産バブルの崩壊をきっかけにして、英国を
はじめ、PIIGS諸国の不動産バブルが次々に崩壊して行った
のです。しかし、ユーロという変動しない為替レートをいいこと
にして、PIIGS諸国は、急速に対外負債を拡大させることに
なったのです。        ── [欧州危機と日本/15]


≪画像および関連情報≫
 ●スペインで数万人がデモ/経済危機など国策に抗議
  ―――――――――――――――――――――――――――
  [マドリード 19日 ロイター]スペインの首都マドリー
  ドで19日、経済危機への国の政策などに抗議する数万人規
  模の「怒りのデモ」が行われた。デモは朝6時から、マドリ
  ード中心部から13キロ離れたレガネスや、国会近くのネプ
  トゥーノ広場など6カ所で行われた。警察当局によると、午
  後1時には、推定3万5000―4万5000人がデモに参
  加。国営ラジオが伝えたところによると、暴力行為は起きな
  かったという。デモのやり玉に挙げられたのは、ユーロ圏諸
  国の競争力を強化するために合意されたユーロプラス協定。
  この協定のもと、スペインでは従業員の雇用や解雇で企業が
  より大きな権限を持つよう改革が行われてきた。
                    ──REUTERS
  ―――――――――――――――――――――――――――

ユーロ主要国の失業率の推移.jpg
ユーロ主要国の失業率の推移
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2012年04月23日

●「ギリシャで何が起きているか」(EJ第3287号)

 スペインは、4月19日に国債の入札を行いましたが、目標の
25億ユーロを上回り、混乱なく終了しています。もし、入札不
調なら欧州危機再燃が懸念されていたので、ひとまず危機はクリ
アされたものの、不安一掃というわけにはいかないようです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎目標額減らし入札混乱なく ───
 [ロンドン=松崎雄典]スペイン政府は19日に2年物と10
 年物の国債入札を実施し、目標としていた25億ユーロを上回
 る25億4000万ユーロを調達した。10年物国債の平均落
 札利回りは5.74 %で流通市場での利回りと大きく変わらな
 かった。応札が目標額を割り込めば市場が混乱する恐れがあっ
 たが、スペイン政府が目標額を減らしたこともあり、入札はひ
 とまず波乱なく終った。
        ──2012年4月20日付「日本経済新聞」
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回のテーマを書きはじめてわかったことがあります。それは
日本ではよほどのことがないと欧州問題は記事にならないという
ことと、最近の欧州に関する書籍が少ないということです。
 記事にならないと、日本では欧州危機は何とか回避されたらし
いと考える人が多いのですが、実は何も解決されたわけではない
のです。確かに昨年の暮れから少なくとも今年の3月くらいにか
けては、欧州危機のニュースが減っています。
 それは、2011年11月にECB(欧州中央銀行)の総裁に
就任したマリオ・ドラギ氏が、大胆にして大規模な資金供給を行
い、財政と金融の連鎖危機を防いだからです。しかし、ユーロ圏
の抱える根本的な問題は何も解決していないのです。
 ユーロ危機はつねにPIIGSの5ヶ国で起きています。その
一国であるアイルランドについては既に述べましたが、すべては
G──ギリシャから起こったのです。
 ギリシャは2001年にユーロに加盟が許されているのですが
それはマーストリヒト条約で定められたユーロ圏の財政赤字対G
DP比3%を何とかクリアできたからです。
 しかし、2009年になって、政権交代したパパンドレウ政権
は、過去の政権が財政の数字を粉飾していたことを暴露し、20
01年のユーロ加盟当時の数字も3%どころか13%であったこ
とを公表したのです。
 本当のところパパンドレウ政権としても数字を隠し続けること
が可能であればそうしたかったと思いますが、ときあたかもリー
マンショックが起こり、その時点ではそれは到底不可能だったの
です。それにギリシャという国は、1800年から現在までの間
に、実に2〜3年に1回の割合で債務不履行ないし債務条件を変
更を繰り返す札付きの国家だったのです。
 ECBとIMFとEU(通称「トロイカ」)は、2010年5
月にギリシャ救済のために3年間で1100億ユーロの融資枠を
設定し、2011年11月までに700億ユーロのつなぎ融資を
行っています。そして当初は、この融資枠で2014年までしの
げると考えていたのです。
 しかし、どうやらその見通しは甘く、トロイカは、ギリシャの
再建について次のように発表しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  理想的な場合 ・・ 2520億ユーロ(26.5 兆円)
  最 悪な場合 ・・ 4500億ユーロ(40.5 兆円)
―――――――――――――――――――――――――――――
 このギリシャ危機をきっかけにして、同じく巨額の財政赤字を
抱えるポルトガル、アイルランド、イタリア、スペイン──PI
IGSなどのソブリンリスクが急に高まったのです。ソブリンリ
スクとは、国家債務危機のことですが、PIIGSの国々の国債
がデフォルトに陥り、償還できなくなる事態が懸念されるように
なったのです。そしてこれはユーロ圏のみならずEU全体に拡大
し、世界経済全体を大きく揺さぶるようになったのです。
 欧州の銀行は、ユーロ圏の国、とくにPIIGSの国債を多く
持っているので、倒産を避けるため、なり振りかまわず、自己資
本を高めようとしたのです。これによって、融資していた企業へ
の貸し剥がしをはじめています。
 2012年になってから、パリでは、フランスの有名ブランド
であるエルメス、グッチ、ディオールなどが店頭でダンピングを
行っています。各店ともクリスマス前と比べると、商品の値札が
半額になっているのです。企業としては、少しでも現金が欲しい
ので、そういう行動に出ているのです。
 イタリアでも同様のことが起こっています。イタリアでは男物
の革製品がダンピングの対象になっており、日本の卸業者や百貨
店の仕入れ担当者のところにはイタリアから、在庫を買って欲し
いと懇願されているそうです。欧州の銀行はそれほどすさまじい
貸し剥がしをやっているわけです。
 しかし、トロイカがギリシャ救済プログラムを実施するには、
条件があります。ギリシャ政府は、GDPの30%規模の緊縮財
政を実施するよう求められています。そのためには、公務員給与
の削減、年金の大幅カット、それに加えて大増税──まさに地獄
絵そのものです。そのため、国民はこの緊縮財政に反発し、大規
模な暴動やゼネストが各地で起こり、ギリシャ国内は今なお、騒
然としているのです。
 これに対して、フランスのサルゴジ大統領は次のような厳しい
発言をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ルールを守れないならば、ユーロ圏を去らなければならない。
 そういう合意を守れない国に対して、われわれの国民の税金を
 少したりとも使うことは許されない。  ──サルゴジ大統領
―――――――――――――――――――――――――――――
               ── [欧州危機と日本/16]


≪画像および関連情報≫
 ●JCASTニュース/2011年11月付
  ―――――――――――――――――――――――――――
  これまで、ギリシャ国債のデフォルトはイタリアやスペイン
  に波及し、さらにはEU、そして世界的な金融危機を招く恐
  れがあるとして、EUはなんとかデフォルトを避けようと努
  力してきた。それが一変し、「デフォルトやむなし」の見方
  が広がってきた背景には、EU第3位の経済大国、イタリア
  への波及がある。経済アナリストの小田切尚登氏は、「ギリ
  シャとイタリアでは状況がまったく違う」と話す。イタリア
  の債務は1兆9000億ユーロ(約200兆円)で、ギリシ
  ャやスペイン、ポルトガルより遥かに多い。しかし、プライ
  マリー・バランス(国債等の発行と債務返済を除く収支)は
  黒字で、2011年の財政赤字は国内総生産(GDP)で4
  %強に過ぎない。これはフランスの5.8 %、米国の9.9
  %、日本の10.5 %よりもよい状況だ。金利の急騰で利払
  い負担が必要以上に増えなければ、ギリシャ国債ほどの大問
  題にはならないし、「EUとしてもさほど心配していなかっ
  た」(小田切氏)。
     http://www.j-cast.com/2011/11/10112844.html?p=all
  ―――――――――――――――――――――――――――

フランス・サルゴジ大統領.jpg
フランス・サルゴジ大統領
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2012年04月24日

●「何をもって国債破綻とするのか」(EJ第3288号)

 ギリシャの政府負債残高の対GDP比は、2010年で150
%程度です。ユーロ加盟国でもうひとつ100%を超えている国
はイタリアであり、同じ年の比率は約125%です。
 これに対して日本は200%で両国より圧倒的に高いのです。
これが「日本はギリシャより悪い」といわれる根拠であり、財務
省の記者クラブメディアを使った大宣伝により、大半の日本人が
これを信じているのです。
 しかし、これは財務省のプロパガンダであり、事実と大きく異
なるのです。それには次の4つの理由があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.定義が異なる政府負債残高の比較である
     2.日本は自国通貨建てでギリシャと異なる
     3.国の保有資産の額が比較にならないこと
     4.日本とギリシャには国民性の違いがある
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の理由は、「政府負債残高」の定義がはっきりしていない
ことです。各国がそれぞれ定義する「政府負債残高」で各国を比
較しており、それぞれ定義が異なるのです。
 常識的には多くの国は、あまり金額を大きくしたくないという
思惑が働いているので、妥当な比較になっているのです。しかし
不思議なことに日本は負債の金額を大きく見せようという意図が
働いているので数字が巨額になっています。ちなみに日本の中央
政府分の負債は693兆円、地方政府分は201兆円──合計で
894兆円になります。
 第2に、日本は自国通貨建て──すなわち円建ての負債である
のに対し、ギリシャはユーロ建てであるという点です。既に述べ
たように、自国通貨建ての負債での破綻はあり得ないのです。い
ざとなれば、通貨の量を増やして対応できるからです。これに対
してギリシャはユーロ建てであり、金融政策はECBに握られて
いるので、ギリシャ中銀の思うようにはならないのです。
 第3は、ギリシャと日本では保有している資産の大きさが違う
のです。国には借金だけではなく、資産もあるのです。借金が大
きくても資産がそれを上回っていれば問題はないのです。日本は
国内に借金に見合う十分な金融資産を持つだけでなく、対外資産
260兆円を有する世界最大の債権国であり、ギリシャとは比較
にならないのです。
 第4は、国民性の比較です。ギリシャは何回も財政破綻を繰り
返している国であり、日本人とはその勤勉性において大きな違い
があります。それをこともあろうに日本の財務省が、増税が必要
であることを国民に強調するため、ギリシャと比較してその負債
を必要以上に大きく見せようとしています。あの文藝春秋社まで
『文藝春秋』/2012年4月号に「日本をギリシャにせぬため
に」という特集を組んでいます。
 ここで「財政破綻」について考えてみる必要があります。現在
書店には「破綻本」が溢れています。そこでは、「国債破綻=国
家破綻」として書かれている本がほとんどです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      国債暴落 → 国債破綻 → 国家破綻
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在日本では、消費増税法案が通らない場合に備えてか、証券
系のエコノミストがテレビなどで盛んに次のように主張していま
す。もちろん財務省の息のかかったエコノミストたちです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 消費増税法案が通らないと、格付会社が日本国債の格付けを
 下げる。日本は財政再建をする気がないと市場が失望するた
 めである。そうすると、国債が暴落して長期金利が上がる。
 これによって、国債費が跳ね上がるので、国債の償還が困難
 になり、国家破綻が起きる。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは正しくはないのです。確かに消費増税法案が継続審議に
でもなったら、米系格付会社は日本国債の格付けを下げると思い
ます。そうなると、長期金利はほんの少し上がります。しかし、
それを待っていた国内金融機関によって一斉に国債は買われ、わ
ずかの間に長期金利は元の低い水準に戻ってしまうのです。
 2011年8月5日にS&Pは米国債を最高ランクのAAAか
らAA+に引き下げましたが、その後どうなったかというと、長
期金利はかえって低下してしまったのです。米国にしても日本に
しても、自国通貨建ての国債であり、市場はその他の要件から見
ても破綻はあり得ないことを知っているからです。
 現在の日本国債の金利が1.4 %としましょう。もし、金利が
5%になれば国債価格は25%以上下落します。金利が10%で
であれば、国債価格は50%以上下がることになります。
 仮に25%ぐらいの下落を「暴落」というのであれば、日本経
済が本格的に回復すれば確実に暴落します。名目成長率が4〜5
%になれば長期金利もそれぐらいになりますが、その場合は、G
DPが増加して税収も増加しているので、財政問題は起こらない
のです。
 ギリシャの場合もどういう状況になったら、デフォルトなのか
を決める必要があります。ドイツのショイブレ財務相は、ECB
のトリシェ前総裁とユーロ圏の財務相に宛てた2011年6月6
日付けの書簡で次の趣旨のことを書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャ債を保有する民間の投資家が償還期限を「自発的」に
 7年間延長することに応じたので、これはギリシャ政府がデフ
 ォルトしたわけでない。          ──三橋貴明著
  『2012年/大恐慌に沈む世界/甦る日本』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 一体どういうことでしょうか。自発的に延長に応ずればデフォ
ルトにならないのでしょうか。 ── [欧州危機と日本/17]


≪画像および関連情報≫
 ●国債のデフォルトとは何か/ギリシャの場合
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ギリシャの場合は国債の発行額が膨大になり、とても返済で
  きないのではないかということで、「デフォルト」危機が広
  がりました。結局、借金の2/3近くなかったことにしても
  らう(借金額の減額)、ということで決着が付きました。国
  債を購入した個人や投資機関は丸損です。従って厳密な意味
  でデフォルトではありません。以前にもアルゼンチンなどが
  デフォルトを引き起こしました。その時には世界に向かって
  「国債の償還(返済)はいたしません」と宣言しました。い
  わゆる借金の踏み倒しです。個人・機関は大損を被り倒産す
  る銀行・投資会社もでました。今回のギリシャの場合は、国
  債を購入した個人・機関、つまり金を貸した側の「合意を得
  て」借金額を減らしてもらったということです。まあ、デフ
  ォルトされて一銭も帰ってこないよりははるかにましですか
  らね。しかしデフォルトの危機は去ってはいません。
          http://qa.itmedia.co.jp/qa7357468.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ショウブレ財務相.jpg
ショウブレ財務相
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2012年04月25日

●「ユーロのシステムには無理がある」(EJ第3289号)

 欧州債務危機への対応が最大の焦点になったフランス大統領選
挙は、4月22日に行われ、社会党候補のオランド氏が再選を目
指すサルコジ氏に勝利しています。しかし、ともに過半数に達し
ていないので、5月6日に決選投票が行われます。
 選挙はやってみないとわかりませんが、この勝負は社会党のオ
ランド氏が絶対有利です。なぜなら、再選を目指す現職大統領が
第1回投票で首位を逃した例はないからです。
 問題はオランド氏がフランスの大統領になった場合、ドイツと
の関係がどうなるかです。それは、PIIGSの財政危機をどう
乗り越えるかに重大な影響があります。
 ギリシャ問題は何も解決していないのです。しかし、はっきり
していることがひとつあります。ドイツとフランスはギリシャの
ユーロ脱退は望んでいないし、ギリシャもユーロ脱退はしたくな
いというのが本音です。もし、ギリシャがユーロから脱退すると
それは即ユーロの崩壊の引き金を引いてしまうからです。ユーロ
の崩壊は欧州の崩壊も意味するのです。
 そのためドイツとしては、ショイブレ財務相がいろいろな理屈
をつけて「ギリシャはデフォルトしていない」と強弁しているの
です。そして本日、4月25日時点でも、ギリシャはまだデフォ
ルトしていませんが、実態は限りなくデフォルトそのものです。
 2011年6月の話ですが、ドイツのショイブレ財務相はユー
ロ圏諸国の財務相に書簡を送り、「自発的意思によるギリシャ債
の7年間の債務延長」を求め、物議をかもしたのです。
 デフォルトとは、国債の買い手が、その償還を国債を発行した
国の政府に求めたとき、国側が「不可能」と宣言した場合のこと
をいうのです。したがって、もしギリシャ債の買い手が自らの意
思で国債の償還期限を延長すればデフォルトにはならないとして
ユーロ圏の財務相に暗にそれを求めたのです。
 なぜなら、もしギリシャ債がデフォルトすると、ユーロ圏はも
とより世界中の金融機関に、システマティックリスクを発生する
恐れがあるからです。しかし、どう考えてもショイブレ氏の提案
には無理があるのです。
 これに反発したのは、当時のECBのトルシェ総裁です。民間
投資家の償還期限延長は、完全に自発的でなければならないとし
て、ショイブレ財務相の提案に反対するようユーロ各国の財務相
に求めたのです。まさに泥仕合です。
 そもそもこのユーロと共通通貨の仕組みには、いろいろな面で
無理があります。1つは、対ユーロ諸国で為替レートが変わらな
いということがあります。
 ユーロ加盟17ヶ国には、経済・財政状態のよい国とそうでな
い国があります。これらの国が為替レートが変わらず、為替変動
リスクのない環境に置かれると、力の弱い国は必然的にほとんど
対処不能なバブルを引き起こし、経常収支の慢性的赤字化が進行
してしまうのです。そのことについて考えます。
 そのためには、少し基礎的なことを勉強する必要があります。
「経常収支」に対する理解です。経常収支とは何でしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
  経常収支
   = 貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支
―――――――――――――――――――――――――――――
 「貿易収支」とはものの輸出入を集計したものです。輸入より
も輸出が多ければ貿易収支は黒字になります。「サービス収支」
とは海外旅行で買い物をしたり食事をすると、それは日本のサー
ビス収支の赤字として計上されます。貿易収支とサービス収支を
合わせて「貿易・サービス収支」といいます。
 「所得収支」とは、企業が海外の工場建設などや海外証券投資
で得た収益から、日本国内で外国企業などが得た利益や報酬など
を引いたものをいいます。
 「経常移転収支」とは、外国との援助に関するやり取りを計上
する収支のことです。開発途上国への経済援助や国際機関への拠
出金などがそれに該当しますが、金額的にはどの国もそれほど大
きくならないのです。
 添付ファイルを見てください。これは、ユーロ主要国の貿易・
サービス収支の推移をあらわしたグラフです。グラフが鮮明でな
く、すべての国が読み取れないかもしれませんが、ドイツ、アイ
ルランド、オランダが黒字であることはわかると思います。
 PIIGSの1国、アイルランドは、貿易・サービス収支は黒
字ですが、経常収支は一貫して赤字なのです。それは所得収支が
赤字であることが原因です。
 アイルランドは法人税を引き下げ、外資を呼び込むことで国民
経済を成り立たせている国であり、それらの外資系企業がアイル
ランドで稼ぎを膨らませれば膨らますほど、所得収支はマイナス
になるのです。アイルランドの対外負債は、GDPの10倍規模
に達しているため、外国に支払われる配当金や金利が膨らんで、
所得収支を赤字化させるのです。
 ユーロがスタートしたのは1999年ですが、ユーロが現金通
貨として利用されるようになったのは2002年のことです。グ
ラフを見ると、その2002年からドイツ、オランダ、アイルラ
ンドは、貿易・サービス収支の黒字を増大させ、それに対応して
スペイン、ポルトガル、ギリシャなどは赤字を膨らませることが
恒常化しています。
 経常収支の黒字というのは、対外純資産の増加であり、経常収
支の赤字は、対外純負債の増加ということになります。経常収支
が黒字化すると、為替レートは中長期的に上昇していき、しだい
に輸出は困難化し、貿易・サービス収支の黒字幅はだんだん縮小
していきます。ちゃんと歯止めがかかるのです。
 しかし、ユーロ圏内の国同士のやり取りの場合、為替レートの
変動はないのです。同一通貨のユーロであるからです。つまり、
歯止めは効かないのです。   ── [欧州危機と日本/18]


≪画像および関連情報≫
 ●貿易収支と所得収支の話/グローバル・マクロ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  少し前までここまで円高が進んだことに対して、「円高にな
  る要因はない」だとか「消去法で円買い」等の意見が主流と
  なっていた。しかし、僕は円買いの要因は「日本がデフレで
  あること」、「日本の経常収支が大幅に黒字であること」の
  2つで円高になる説明としては十分だと考えていた。今でこ
  そこの考えは徐々に浸透してきているように思う。この「日
  本が大幅に経常黒字であること」という事実は、公的債務が
  GDPの約2倍の900兆円以上ある日本が財政破綻しない
  大きな理由にもなっている。日本は過去10年以上にわたっ
  て大幅な経常黒字を計上している大金持ちの国なのである。
  今、欧州で懸念されているギリシャは経常赤字国でありこの
  点で日本とギリシャは大きく違うのである。みんなが思うよ
  うに、たしかに今の日本はダメかもしれない。でも、僕たち
  の先輩が作ってくれた経常黒字構造のおかげで今の日本は支
  えられているのだ。この経常収支について今回は書こうと思
  う。というのも、経常収支は日本の未来を占う上でとても大
  事だし、同じ経常黒字といっても今と10年前ではその中身
  が違うからちゃんと認識しておいた方が良い。
    http://ameblo.jp/new-normal/entry-10903337218.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ユーロ主要国の貿易・サービス収支の推移.jpg
ユーロ主要国の貿易・サービス収支の推移
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2012年04月26日

●「財政政策と金融政策分離の矛盾」(EJ第3290号)

 それぞれの主権を持つ複数の国が集まって、グループを結成し
通貨を統一する──これがユーロの構想です。ちょっと考えると
理想的なように見えます。しかし、この制度には大きな矛盾がた
くさんあるのです。
 最大の矛盾は、ユーロ圏の国は、財政政策と金融政策を分離し
ていることです。ユーロ圏各国は、財政支出のため国債を発行す
る財政政策は主権として持っているものの、金融政策はECBに
委譲してしまっているのです。これは、主権の一部を委譲したと
といっても過言ではないのです。
 ところで、このECB(欧州中央銀行)は、ドイツのブンデス
バンク(ドイツ連邦準備銀行)をベースに設立されており、ドイ
ツの銀行の伝統を受け継いでいます。ドイツの銀行の伝統とは、
「インフレハンター」です。ドイツは異常なほどインフレを嫌悪
する国です。日本銀行もそういう傾向があります。
 したがって、ドイツのインフレ率が少しでも高めに推移するよ
うなことがあると、ECBはいち早くユーロ全体の金利を引き上
げてしまうのです。
 そしてドイツの景気がよくないときは、ユーロ圏の中心国家で
あるドイツを守るために、ECBは他の加盟国の事情を無視して
金利を引き下げてしまうのです。つまり、ユーロ加盟国は金融政
策はとれないのですが、ドイツだけは財政政策と金融政策の両方
を有しているのと同じなのです。まさにユーロは、ドイツによる
ドイツのための共通通貨制度なのです。
 しかし、ユーロは現在危機的状態にあります。たとえば、スペ
インは失業率が20%を超えています。とくに若者に絞ると、2
人に1人は失業者なのですが、政府はこれといって有効な対策を
講じていないのです。
 通常であれば、雇用改善のために国債を発行し、財政出動に乗
り出すべきです。もし長期金利が上がってきたら、スペイン中央
銀行がそれを買い取るという方策がとれるのですが、スペイン政
府は金融政策をECBに委譲しているので、ECBがそれが必要
と判断しない限り、それはできないのです。しかし、ECBによ
る国債買い取り増大にはつねにドイツが猛反対するのです。財政
政策と金融政策はもともと一体のものであり、分離することには
無理があるのです。
 このように金融政策はECBに委譲したユーロ各国ですが、財
政政策は独自の判断で行うことができます。そうすると、ユーロ
圏各国の発行する国債の長期金利はそれぞれ違ってくることにな
ります。現在、ユーロ圏では国債の長期金利(新規発行10年物
国債金利)の利回りは次のように二極化しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  経常収支黒字かつ対外純資産国 ・・・ 長期金利低下
  経常収支赤字かつ対外純負債国 ・・・ 長期金利上昇
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように長期金利が二極化する状況では、長期金利が低い国
から高い国──PIIGS諸国への投資は積極化し、結果として
その国にバブルを発生させる原因になったのです。しかも、PI
IGS諸国は外国とはいうものの、同じユーロ圏の国であり、為
替レートの変動がないのです。
 この状態がドイツをはじめとする経常収支黒字国にとってどれ
ほど有利かについて説明します。ある日本の企業が米国に100
億円の輸出に成功したとします。そのさい、その企業が代金とし
て受け取るのはドルです。これによってその企業は米国に100
億ドルのドル資産を持ったことになります。これは日本の経常収
支の黒字に貢献したことを意味します。
 しかし、その企業はその資金を国内の資金として使うため、ド
ルを円に両替したとします。つまり、ドルを売って円を買うわけ
ですから、当然円高になります。この状態が続くと、円はどんど
ん高くなり、輸出しにくい状況ができてくるのです。
 しかし、ユーロ圏の場合はそうならないのです。ドイツが金利
差を武器にして、PIIGS諸国に対して投資や輸出攻勢をかけ
いくら成果を上げても、通貨は同じユーロであり、それによって
ユーロ高にはならないのです。つまり、輸出できやすい環境はい
つまでも継続することになります。
 しかし、経常収支黒字国から投資や輸出攻勢をかけられたPI
IGS諸国では、やがてバブルが崩壊して財政危機に陥り、現在
のユーロ危機が発生したのです。バブルが崩壊すると、国内の銀
行が貸し付けた融資が不良債権化します。しかも、それらの資金
の多くは日本のように国内から集めた預金ではなく、ドイツやフ
ランスの銀行から借り入れた資金なのです。そのため、その影響
は広い範囲におよび、貸付先も借入先も金融機関に早急な資本注
入が必要になります。それには、巨額の資金が必要です。
 PIIGS諸国──なかでもデフォルトが確実視されているギ
リシャに対し、ドイツではメルケル首相がそれに備えて準備して
いるといわれます。もし、ギリシャ債が不良債権化した場合、ド
イツの銀行は巨額の評価損を迫られるからです。
 PIIGS諸国のバブルの崩壊は、ユーロでは、起きるべくし
て起きたものですが、こういう財政破綻問題に対処するための支
援策として、次の3つが用意されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.ユーロ圏各国による個別出資方式による支援金提供
  2.ECBによる融資および財政難諸国の国債買い支え
  3.EFSPないしEFSMなどによる各種の支援対応
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、これら3つの支援メカニズムは十分に考えられ、練ら
れていたものとはいいがたく、ギリシャ問題が発生して以来、各
種の仕組みが繰り出されて、状況が錯綜しています。危機は解決
されておらず、今後増大する危険性があります。支援策について
は明日のEJで述べます。   ── [欧州危機と日本/19]


≪画像および関連情報≫
 ●ECBとは?その目的とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州中央銀行は、ユーロ圏17か国の金融政策を担う中央銀
  行。世界でも重要な位置づけをされている。日本語圏では、
  英語表記の European Central Bank の頭文字を取って EC
  Bという略語が用いられることがある。欧州中央銀行は19
  98年6月1日に設立され、本店をドイツのフランクフルト
  置く。その目的は、ユーロ圏における物価の安定であり、た
  とえばインフレーション率を低く抑えるというものが挙げら
  れ、現在の目標水準は2%程度としている。さらに物価安定
  の目的を妨げない限りにおいて、欧州連合の経済政策を支援
  するという目的もある。欧州連合条約第3条以下には欧州連
  合の政策について、高い水準での雇用の創出とインフレーシ
  ョンによらない経済成長の維持がうたわれている。
                    ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ユーロモニュメント.jpg
ユーロモニュメント
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2012年04月27日

●「ギリシャの粉飾資料は誰が作ったか」(EJ第3291号)

 ユーロ危機のきっかけは、ギリシャがユーロに加盟するに当っ
て、自国の財政数値を粉飾したことがバレてしまったことです。
この粉飾によってギリシャはユーロに加盟できたのですが、それ
をEUの欧州委員会が、どうして見抜くことができなかったので
しょうか。
 真相のほどは不明ですが、ウォール街のインベストメントバン
クであるゴールドマン・サックスが一枚噛んでいるという情報が
あります。ギリシャはゴールドマン・サックスに多額の報酬を支
払って、デリバティブの手法を使い、ギリシャの債務を実際より
も少なく見せかけた調査書類を作成したというのです。
 どうしてギリシャはそんなことをしたのでしょうか。
 それはユーロ加盟が認められれば、一時的ではありますが、豊
かになれるからです。ギリシャのかつての通貨であるドラクマは
ドイツ・マルクの数10分の1の価値しかなかったのです。この
ギリシャの立場について、浜矩子同志社大学大学院教授は、自著
で次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャ・ドラクマをドイツ・マルクに両替する時、ギリシャ
 国民は、どれほど最貧困国通貨の購買力のなさを思い知らされ
 たか。ドラクマ建ての国債で借金をしようとした時、ギリシャ
 政府は市場が要求する金利の高さにどれほど苦々しい思いを噛
 みしめたか。誰もが、ドラクマよりはマルクを手元に持ちたが
 る。それを目の当たりにした時、どれほど悲哀を味わったか。
 そうした苦悶から解放されることに対して、彼らがどれほど期
 待に胸を膨らませたかは、あまりにも想像に難くない。
                ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 そういうギリシャがドイツと同じ購買力を持つユーロを使える
ようになったのです。お金を借りれば、今までの何十倍もの買い
物ができるのですから、貧乏人が一夜にして金持ちになったよう
なものです。そこでギリシャは大量に国債を発行し、ドイツやフ
ランスなどの銀行から借金をして、それで公務員の給与や年金の
支払いに使っていたのです。
 もし、ギリシャがそのようにして得たお金で、将来の経済成長
や供給能力拡大(設備投資など)のために投資していれば、リー
マンショックがあっても、それがやがて効いて経済を活性化させ
税収を増やすことができたはずなのですが、ギリシャは国家はも
ちろんのこと、政府としてもきわめて怠惰な、先のことを考えな
い浪費的な経済運営を続けたのです。
 2009年10月にギリシャの粉飾が明るみに出て、格付け会
社フィッチ・レーティングスやS&Pがギリシャ長期国債の格付
けを大幅に下げていますが、2010年4月からギリシャ国債は
暴落をはじめたのです。これは、ギリシャの情報を掴んだ投資会
社がカラ売りを仕掛けたのがきったけになったのです。
 国債金融アナリストの堀川直人氏は、このギリシャの財政数値
の粉飾、ユーロ加盟、粉飾露見と国債の格下げ、国債暴落などの
一連のプロセスは、初めから仕組まれたものではなかったかとし
て、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 粉飾した最初のインベストメントバンクと、格下げをした格付
 け会社、それとカラ売りをして大儲けした投資会社は、いずれ
 もウォール街の目と鼻の先に住んでいるイタチや金融狩人たち
 なのである。彼らの問で、どのような情報交換があったのか。
 最初の粉飾の情報は、初めから投資会社に漏れていたのではな
 いか。最後に儲けた投資会社の利益は、最初に粉飾を指南した
 インベストメントバンクと、真相を暴露した格付け会社に分配
 されたのではないか。これは、初めから仕組まれた暴落劇では
 なかったのか──。            ──堀川直人著
             『略奪される日本経済』/PHP刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このような国債の暴落劇は国際金融の世界では日常茶飯事で行
われているのです。破綻劇は、ギリシャにはじまってアイルラン
ド、ポルトガル、スペイン、イタリアのPIIGSの5ヶ国に続
き、巨大な国際金融資本が狙いを定めているのは、不動産バブル
が崩壊しつつある中国、そして日本であるといわれています。
 さて、昨日のEJで、PIIGSの国債破綻危機に対応するた
めのセーフティーネットして、3つの方策が用意されていると述
べましたが、3番目の「EFSPないしEFSMなどによる各種
の支援対応」から説明することにします。
 実はこれらの支援策は、きわめてわかりにくいのです。EFS
F、EFSM──いずれも言葉はよく似ていて、非常に紛らわし
いです。日本語訳を次に記しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
   EFSF ・・・・・ 欧州金融安定ファシリティ
   EFSM ・・・・・  欧州金融安定メカニズム
    ESM ・・・・・    欧州安定メカニズム
―――――――――――――――――――――――――――――
 似たようなものが3つもあって、日本語名称を見てもどれがど
のように違うのか不明です。これは支援メカニズムがうまく機能
していないことをあらわしています。
 これら3つのうち、EFSFとESMの加盟国は、ユーロ加盟
17ヶ国ですが、EFSMの加盟国はEU27ヶ国になっていま
す。EFSFは有期で2013年6月までです。それ以降はES
MがEFSFを引き継ぐことになっていたのですが、緊急性が増
したので、2012年7月にESMを前倒しで発足させ、次の年
の6月まで、EFSFとESMの2本体制で支援を強化する予定
です。しかし、これら3つの支援メカニズムは万全のものとはい
えないのです。        ── [欧州危機と日本/20]


≪画像および関連情報≫
 ●EFSFについて記述するブルームバークの記事
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2012年2月12日(ブルームバーグ):欧州の救済基金
  である欧州金融安定ファシリティー(EFSF)は、ユーロ
  圏各国中央銀行が担保として保有する国債をギリシャが買い
  戻すのを支援するため、350億ユーロ(約3兆5900億
  円)を供給する可能性がある。ギリシャ政府が公表した法案
  で明らかになった。ギリシャ議会のウェブサイトに掲載され
  た法案によれば、EFSFが融資するこの資金で、ギリシャ
  はリファイナンスオペの担保として中銀に保有されている国
  債を買い戻す。欧州中央銀行(ECB)がこの買い戻しを支
  援する。昨年7月に当時のトリシェECB総裁は、同中銀の
  リファイナンスオペで買い入れたギリシャ国債最大350億
  ユーロを保証することにユーロ圏各国が合意したと述べてい
  た。ギリシャが民間債権団との債務スワップを行って選択的
  デフォルト(債務不履行)とみなされた場合、ECBはデフ
  ォルト格付けの債券を受け入れられないため、こうした融資
  が必要になる。
  ―――――――――――――――――――――――――――

堀川直人氏の新刊書.jpg
堀川 直人氏の新刊書
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2012年05月01日

●「SFと自殺の欧州支援メカニズム」(EJ第3292号)

 欧州金融危機のさいのセーフティーネットとして用意されてい
るEFSFとEFSM──これらはユーロにおいて起こる、あら
ゆる事態を想定して作られたものとはとても思えないのです。
 まず、EFSFから考えてみます。EFSFとは、次の言葉の
略記です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      EFSF/欧州金融安定ファシリティ
      European Financial Stability Facility
―――――――――――――――――――――――――――――
 EFSFの対象は、EUのうちのユーロ導入17ヶ国です。E
FSF債を発行して4400億ユーロ(約45兆円)の資金を調
達するのです。EFSF債にはユーロ圏各国政府の保証が付いて
いるので、主要格付け会社からトリプルAの格付けを獲得してい
ます。債券発行額の120%をユーロ圏各国で分担保証すること
になっています。主要国の保証比率は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
         ドイツ ・・・・ 27%
        フランス ・・・・ 20%
        イタリア ・・・・ 18%
        スペイン ・・・・ 12%
        その他国 ・・・・ 77%
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融危機が起こったとき、対象国につなぎ融資をしたり、その
国の国債を購入したり、危ない金融機関に資本注入したりするの
です。しかし、高い保証割合を担う国の中にPIIGSのIであ
るイタリアとスペインが入っているのです。
 浜矩子氏は、このEFSFの後の2文字「SF」は、サイエン
ス・フィクションと読めるとして、次のようにEFSFについて
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 このやり方が全くSF的だと思うのである。なぜなら、保証責
 任を負えば、その分各国の財政負担は増えることになる。この
 仕組みには、ユーロ圏の全ての国々が参加している。つまり、
 当のPIIGS諸国も財政負担増にコミットしているわけであ
 る。さすがに、支援融資を受けている間は、保証責任の履行を
 求められることはない。したがって、目下、実際にEFSF融
 資の対象となっているポルトガルとアイルランド、そしてEF
 SFとは別枠ながら支援を受け入れているギリシャは実質的な
 負担を免れている。だが、枠組みには参加しているわけである
 から、支援対象からはずれれば財政負担が強まることになる。
                ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するにこの救済システムは現実離れしているというのです。
EFSFは、財政難に陥った国を救済するために、ユーロ圏全体
として大きな財政負担を負うシステムなのです。しかもその制度
は、2013年6月までの期限付きなのです。
 続いて、EFSMについて考えます。EFSMは、次の言葉の
略語なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      EFSM/欧州金融安定メカニズム
      European Financial Stabilisation Mechanism
―――――――――――――――――――――――――――――
 EFSMがEFSFと違うのは、EFSFの対象国がユーロ圏
17ヶ国に限られるのに対し、EFSMの対象国はEU27ヶ国
である点です。資金は、EFSFと同様に債券を発行して集め、
EUの政府予算で保証します。融資枠は600億ユーロ(約6兆
円)と少なく、主要国の保証割合は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
         ドイツ ・・・・ 20%
        フランス ・・・・ 18%
        イタリア ・・・・ 14%
        イギリス ・・・・ 11%(非ユーロ圏)
        スペイン ・・・・ 10%
        その他国 ・・・・ 73%
―――――――――――――――――――――――――――――
 EU27ヶ国が対象ですから、イギリスは非ユーロ圏ですが、
11%の負担を負っています。しかし、融資条件が極めて厳しく
条件をクリアするのは至難の業です。
 浜矩子氏は、EFSFと同じようにEFSMの後の2文字「S
M」は、スアサイド・モーション(自殺)であるとして、次のよ
うに述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ、そこに自殺行為性を見出すのか。この場合も、問題は資
 金調達方式にある。EFSMを所管しているのが、欧州委員会
 である。欧州委員会はEUの行政組織だ。日本でいえば、省庁
 に相当する。この欧州委貞会が差配して債券を発行し、民間金
 融機関などから資金供与を受ける。こうして調達した資金を、
 欧州委員会が救済を要する国々に再融資するわけだ。そして、
 資金受け入れ国が債務返済難に陥った時は、その返済をEU予
 算の中から肩代わりする。要は、EU予算による保証付きの融
 資だということである。    ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在EU財政は厳しい状況、もっとストレートにいえば、火の
車なのです。このような状況で不確定性の多い財政の負担増を負
うのは大きなリスクであり、浜矩子氏はこれを「自殺行為」だと
いっているのです。しかし、現在の危機を乗り越えるにはもうひ
とつの仕組みが必要なのです。 ── [欧州危機と日本/21]


≪画像および関連情報≫
 ●単一通貨「円」窮地に/浜矩子氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ユーロ圏のドタバタ悲喜劇をみながらふと思うことがある。
  日本経済は、単一通貨圏である。その単一通貨は円である。
  日本経済は、いつまで円単一通貨圏であり続けられるだろう
  か。ある領域が単一通貨圏として安定的に存続できるために
  は、条件がある。二つの条件だ。そのうちのいずれか一つが
  満たされていなければ、その領域は単一通貨圏とは成り得な
  い。条件その一が経済実態の完全収斂(しゅうれん)。その
  二が中央所得再分配装置の存在だ。その一からみていこう。
  経済実態が完全に収斂しているとは、どういうことか。要は
  そのエリアの津々浦々、どこに行っても、経済実態が完璧に
  同じだということである。どこに行っても物価水準は同じ。
  失業率も同じ。賃金水準も同じ。金利も同じ。このような状
  態であれば、そのエリアの中に複数の通貨が存在することに
  は、意味がない。たとえ、その領域の中に多数の国々が含ま
  れていたとしても、経済実態が同じだということは、すなわ
  ち、それら各国の購買力が皆同じだということだ。A国とB
  国との間で購買力が同じなら、A国の通貨とB国の通貨は1
  対1の関係にある。1対1の関係で交換可能な二つの通貨な
  ら、それらを一つの共通通貨、すなわち単一通貨に置き換え
  ることに、何ら問題はない。
  http://now2chblog.blog55.fc2.com/blog-entry-2347.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

浜矩子教授.jpg
浜 矩子教授
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2012年05月02日

●「ECBは最後の貸し手になれない?」(EJ第3293号)

 EFSFとEFSM──EUは金融危機に備えてこれら2つの
セーフティーネットを作ったのですが、思うように資金が集まら
ず、十分機能していないのです。そこで、既存のEFSFに加え
てESM(欧州安定メカニズム)を作り、これら2つで1兆ユー
ロ規模のファンドの立ち上げを目指しているのです。
 このESMとは何でしょうか。それにしても同じような名前の
セーフティーネットをいくつも作ったものです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        ESM/欧州安定メカニズム
        European Stability Mechanism
―――――――――――――――――――――――――――――
 ESMの対象国はユーロ圏17ヶ国で、基本的にEFSFと同
様に債券を発行して、融資枠5000億ユーロ(約51兆円)を
集めようというのです。保証比率もEFSFと同じです。
 ESMは、2013年6月までのEFSFを引き継ぐものとし
て本来考えられていたのですが、金融危機が拡大したので、急遽
2012年7月に前倒しして発足させ、EFSFとESMの2本
体制で、ファンドを1兆ユーロ規模にすることを目指すことにし
ているのです。
 つまり、EUは、欧州危機に対処するための「最後の貸し手」
の機能を構築しようとしているのですが、資金がうまく集まらな
いので、それがなかなかうまくいっていないわけです。一般的に
「最後の貸し手」とは、他に貸し手がいなくなったときに、最後
に貸す貸し手のことで、破綻に瀕した金融機関に対して、発動さ
れる中央銀行の機能のことを指しています。
 しかし、EUでは、ECB──欧州中央銀行は必ずしも最後の
貸し手ではないという意見が強いのです。そのため、EFSFと
ESMが重視されるのですが、これについては改めて詳しく述べ
ることにします。
 もうひとつの救済システムとしてIMF(国際通貨基金)があ
ります。EUは3月30日のユーロ圏財務相会合で、セーフティ
ーネットの規模は、8000億ユーロ(約88兆円)が必要であ
るしています。これは、ESMの前倒し立ち上げを念頭に置いた
ものですが、IMFもこれに対応して加盟国に対し、5000億
ドル(約40兆円)規模の財源の拡大を画策しているのですが、
これには各国で温度差があるのです。
 肝心の米国は、IMFは途上国の救済機関であり、欧州には馴
染まないことや「IMFには十分な資金がある」として応じよう
しないし、中国も積極的ではないのです。そのようななかで、世
界中で最初に資金の拠出を決めたのは日本だけなのです。日本は
IMFに4兆8000億円の拠出を早々と決めています。
 IMFは日本の財務省の牙城であり、これまでも莫大な資金を
拠出しています。しかし、日本としてIMFに資金拠出すること
は必ずしも日本の国益にプラスではないのです。せいぜい財務省
出身のIMFの篠原副専務理事がIMF内で、大きな顔ができる
ぐらいのことです。まして財務省は、国内には日本は財政危機で
消費税の増税が必要だといいながら、こういうところでは御大尽
ぶりを発揮するのです。矛盾の極みです。
 確かに日本は世界一の対外純資産を有しており、国益のために
その資金を有効に使うことには意義があります。しかし、悲しい
ことに、現在の野田政権には戦略がないのです。IMFなどにカ
ネを注ぎ込んでもメリットは少ないのです。
 それでは、今の日本に何ができるのか──慶応義塾大学教授の
櫻川昌哉氏は、2012年4月4日付/日本経済新聞の「経済教
室」で、そのためには歴史を学ぶべしとして、次のように書いて
います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 歴史は「最後の貸し手」の重要性を教えてくれる。1929年
 に米国で生じた大恐慌の影響は世界中に波及し、欧州経済を直
 撃した。第1次世界大戦の後遺症から回復途上にあったドイツ
 オーストリアで銀行取り付けが発生し、金融パニックは瞬く間
 に広がった。弱体化しっつあった基軸通貨国の英国は「最後の
 貸し手」として中欧経済を救済できなかった。一方、当時既に
 経済力で英国をしのぎ最大の債権国であった米国は、救済する
 意思を持たなかった。かくして欧州経済は大不況に陥り、各国
 はブロック経済化と通貨安競争に突き進み、国際貿易と世界経
 済の収縮から第2次世界大戦の悲劇へと歴史はかじを切ったの
 である。          ──櫻川昌哉慶応義塾大学教授
     2012年4月4日付/日本経済新聞/「経済教室」
―――――――――――――――――――――――――――――
 「最後の貸し手」というのは、英語では次のようにいいます。
「Resort」というのは「頼みの綱」という意味です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      最後の貸し手/Lender of Last Resort
―――――――――――――――――――――――――――――
 どこの国でも最後の貸し手は中央銀行です。しかし、ユーロ圏
諸国の場合、それぞれの国には中央銀行はありますが、金融政策
はECBに委譲されており、ユーロ圏諸国の場合、事実上の中央
銀行はECBなのです。ところが、ECBのドラギ総裁は、こう
いっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ECBは「最後の貸し手」にはなれない
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドラギ総裁は、昨年11月に就任するや危機に瀕している国の
国債を買い取るなど、中央銀行として適切な手を打ってきている
のですが、これはあくまで「非常手段」だというのです。つまり
建前はやってはいけないが、そのまま放置すると金融危機が拡大
するので、非常手段としてそういう手を打ったというのです。E
CBとは何なのでしょうか。  ── [欧州危機と日本/22]


≪画像および関連情報≫
 ●ECB最後の貸し手の危機強化論に反発/ロイター電
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ユーロ圏債務危機の深刻化を背景に、欧州中央銀行/ECB
  に対し「最後の貸し手」として踏み込んだ対応を求める圧力
  が高まる中、ECB当局者などからは反論が相次いだ。ドラ
  ギECB総裁は2011年11月18日、政府の対応の遅れ
  に不満をあらわにし、欧州金融安定化ファシリティー(EF
  SF)の運用をできるだけ早急に始めるべきとの考えを示し
  た。総裁は欧州銀行関連の会議で、欧州連合(EU)首脳は
  EFSF創設を1年半以上前に決定し、EFSFの拡充を4
  週間前に決定したと指摘。「長期にわたる決定の実行はいつ
  行われるのか」と訴え、ECBの関与拡大要求を退けた。バ
  イトマン独連銀総裁も、政府が危機対応の前線に立つべきと
  主張。「危機の収束が成功していないからといって、ECB
  の責務を過度に拡大したり、ECBに問題解決の責任を負わ
  せることは正当化されない」とし、ECBの責務に対する明
  確なコミットメントは、ユーロの未来にとって欠くことので
  きない要素の1つと述べた。   2011年11月19日
http://jp.reuters.com/article/JPbusinessmarket/idJPJAPAN-24253320111118
  ―――――――――――――――――――――――――――

ECB/ドラギ総裁.jpg
ECB/ドラギ総裁
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2012年05月07日

●「欧州の政治家の能力は低い?」(EJ第3294号)

 「まさかここまで欧州の政治家の能力が低いとは!」──これ
は、慶応義塾大学教授の竹森俊平氏が、『Voice』2012
年2月号の冒頭論文『ユーロ危機は解消しない』に付けたサブタ
イトルです。
 何をもって竹森教授がこう述べたかですが、それはたかがギリ
シャのような問題で、欧州の政治家が不適切な対応をし、世界中
が振り回されるような結果にしてしまったからです。
 ギリシャはたかだかGDP25兆円程度の小国であり、そのよ
うな小国の財政危機に、欧州の主要国がなぜきちんとした対応が
できなかったのでしょうか。それは、金融危機への対応策を間違
えたということです。
 金融危機には次の2つがあります。それに対応する対策はそれ
ぞれ違うのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1.流動性的危機
           2.返済不能危機
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャ危機を振り返ってみましょう。ギリシャが国債の借り
換えに窮してユーロに救援を申し入れてきたのは、2010年2
月のことです。2009年10月にギリシャの財政赤字の虚偽報
告が発覚し、2010年に入って、すぐギリシャ国債が格下げに
なったのがきっかけで、金融が行き詰ったのです。
 ユーロ圏諸国の財務相会合は、同年5月に第1次支援として日
本円で約11兆円の救援資金を提供したのですが、この金額は、
当時のギリシャのGDPの3分の1に相当する大金です。
 問題はこの救援資金が無償援助ではなく、つなぎ資金の貸付け
だったことです。ギリシャの金融危機を単なる「流動性的危機」
ととらえたからです。つまり、流動性を提供すれば問題が解決で
きると考えたのです。
 しかし、その時点でギリシャは、1年以内に政府債務累計残高
が150%を超えることが明白になっており、船舶と観光ぐらい
しか産業がなく、国民の勤勉性にも問題のあるギリシャに返済能
力がないことは明白だったのです。つまり、ギリシャのケースは
「返済不能危機」であり、竹森教授はこれについて次のように述
べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 借りた金が返せない相手に、いくら巨額でも新たな借金を押し
 付けたところで、返せないものは返せないのだから少しも問題
 の解決にはならない。ところが、ユーロ圏の首脳は「圏内に返
 済不能の問題は存在しない」という主張を貫き通し、巨額の融
 資と引き換えにギリシャに無理な返済計画(財政再建策)を押
 し付けた。だが案の定、ギリシャの財政再建は無理な計画どお
 りには進まず、その事実が明確になった2011年の夏ごろか
 らギリシャ情勢が逼迫する。        ──竹森俊平著
 『ユーロ危機は解消しない/まさかここまで欧州の政治家の能
 力が低いとは!』      /『Voice』2010年号
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は「圏内に返済不能の問題は存在しない」という主張を主導
していたのはフランスなのです。フランスの銀行がギリシャの国
債を多く所有していたという事情からです。
 これに対してドイツのメルケル首相は、早い段階からギリシャ
問題は「返済不能危機」としてとらえ、債権者に自主的債権放棄
を迫っていたのです。ドイツの銀行はギリシャ国債をあまり多く
所有していなかったというフランスとの事情の違いがあります。
 ギリシャ危機が起きた当時のECB総裁は、フランス人のトリ
シェ総裁だったのですが、彼はサルゴジ大統領に次のように注意
を促していたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャ危機はこのままいくと、リーマン・ブラザーズの破綻
 が全世界に飛び火する金融危機をもたらした二の舞になり兼ね
 ない。             ──トリシェ前ECB総裁
―――――――――――――――――――――――――――――
 2011年の夏になると、ギリシャの状況が再建計画から大幅
に外れ、ギリシャに追い貸しして助ける計画が行き詰まり、危機
はユーロ圏の他の国にまで及ぶようになったのです。そうすると
フランスに代ってドイツがユーロ危機への対応策の主導権を握る
ようになったのです。
 問題はこのドイツなのです。ドイツの経済に対する考え方は他
の国といささか異なるのです。ドイツは1930年代の大恐慌の
発生以前の経済常識に従って行動しているからです。不況により
財政状況が悪化したときは、財政を立て直すために一段の緊縮財
政を実施すべきであるということを金科玉条としているのです。
どこかの国の財務省に似ていますが、これは1930年代の大恐
慌以前に正当派とされた経済思想なのです。
 ユーロ圏の中心国であるドイツのこの経済思想は、当然のこと
ながら、ユーロ圏各国の経済や財政の考え方に大きな影響を与え
ることになったのです。
 ドイツはもともとは福祉国家なのです。しかし、1990年の
東西ドイツの統一で、ドイツの経済は悪化し、失業者が増大した
のです。旧東ドイツの再建にかかる費用でドイツの財政が悪化し
たからです。1999年のユーロの導入がさらにそれに追い打ち
をかけたのです。統一通貨であるユーロを使うことによって、賃
金の安い周辺国に多くのドイツ企業が工場を移設し、その分ドイ
ツの雇用が激減したのです。
 そしてシュレーダー政権下の2005年に失業者は500万人
に達し、失業率は11%と戦後最悪になったのです。そしてドイ
ツの復活には、産業競争力の復活が不可欠になったのです。そし
てはじめられたのが、シュレーダー改革です。福祉国家路線を転
換したのです。        ── [欧州危機と日本/23]


≪画像および関連情報≫
 ●なるほど!ギリシャ危機の根本原因/あるブログより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ギリシャの財政問題に端を発するユーロ危機がここまで深刻
  化する以前から現在の事態を予見していた人物がいた。19
  97年、旧大蔵省の証券業務課長時代に山一証券の処理に携
  わり、2008年にはIMF(国際通貨基金)日本代表理事
  としてリーマン・ショックの対応にあたった、小手川大助氏
  (60)である。金融危機に辣腕をふるってきた同氏が、ユ
  ーロ危機の本質を解説する。ユーロの金融危機回避策の最大
  の障害となっているのが、ギリシャの“ひどさ”だ。本当は
  ギリシャに求められている財政再建計画は、実現不可能なも
  のではなく、ラトビアなどもっと厳しい財政再建を強いられ
  て頑張っている国はある。それなのにギリシャは、「いくら
  カネを注ぎ込んでもダメかもしれない」と思わせるほど、当
  事者能力がない。財政再建は、歳出を減らし歳入を増やすし
  かないが、公務員が多くて歳出はなかなか減らない上に、歳
  入=税金を集めるシステムが不完全だ。ギリシャは貧富の差
  が激しく、富裕層は税金をほとんど払っていないのが現実で
  ある。アテネの最高級住宅地にはざっと250軒の豪邸があ
  り、その多くがプール付きだというが、うち税金を払ってい
  るのは3軒のみだとされる。また、「3分の1ルール」など
  と言われるものが罷り通っている。これは、例えば100万
  円の税金を払わなければいけないという時、3分の1を実際
  に納税し、残りの3分の1は賄賂に回す。そして最後の3分
  の1は払わずに済ませるのだ。
     http://ken3akita.blog.fc2.com/blog-entry-205.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

竹森俊平慶応大学教授.jpg
竹森 俊平慶応大学教授
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2012年05月08日

●「シュレーダー改革の光と影」(EJ第3295号)

 ドイツは今や名実ともにEUの中心になりつつあります。ドイ
ツ経済は堅調で、経済財政のあらゆる数値は好調そのものです。
そこには、2005年当時の「欧州の病人」といわれたドイツの
面影はどこにもないのです。
 しかし、ドイツは欧州危機の解決役として、前面に押し出され
ることに戸惑いを感じているのです。ギリシャでは、ドイツの求
める緊縮政策に反発して、アテネの街頭デモではナチスの制服を
着たメルケル首相の合成写真のプラカードがあらわれたのです。
また、ユーロ圏ではありませんが、英国でも同じようなことが起
きています。ドイツは歴史の重荷を負っているのです。
 2005年当時のドイツの経済財政数値をご紹介しましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
                 2005年当時
           失業率     11.3 %
      実質GDP成長率      0.7 %
           輸出額  7862億ユーロ
    財政赤字の対GDP比      3.3 %
          ジニ係数    0.261
       ──2012年5月4日付、朝日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジニ係数というのは、不平等さを客観的に分析・比較するさい
の代表的な指標の一つで、係数の範囲は0から1、係数の値が0
に近いほど格差が少ない状態であり、1に近いほど大きい状態を
あらわしています。
 当時の首相である社会民主党のシュレーダー氏は、1998年
の総選挙で勝利し、緑の党との連立政権でドイツの首相に就任し
ています。しかし、失業率11%の事態に直面し、ドイツの復活
には企業への規制や負担を減らし、産業競争力の回復に努めると
ともに企業に雇用の確保を求める政策が必要と考えたのです。
 それにドイツは財政規律にうるさい国で、他の国から見ると、
きわめて健全な数値である当時の財政赤字の対GDP比3.3 %
を改善させる必要があると考えたのです。そのために決断したの
は、過大な失業給付の削減です。これは、それまでのドイツの福
祉国家路線を大きく転換することを意味したのです。
 当時失業者は手取り給与の約60%の「失業扶助」が与えられ
それが終了しても職がない場合は、日本の生活保護に当る「社会
扶助」が支給されていたのです。したがって、失業率が上がると
その支出額は膨大なものになったのです。
 そこで、「失業扶助」と「社会扶助」の一部を統合し、定額制
の新たな「失業手当U」を新設し、「失業手当U」の受給者には
職業訓練を施して仕事を紹介し、少しでも早く就業させることに
全力を尽くしたのです。
 さらに、シュレーダー氏は、非正規労働の規制を緩和し、月額
400ユーロ以下の「ミニジョブ」という非正規労働を外食、小
売り、介護などの産業に多く作り、それらの仕事をしながらでも
生活の程度に応じて生活保障も受けられるようにしています。ま
た、失業者に対しては、「失業手当U」を受けながら、こうした
ミニジョブに就労できるよう配慮しています。
 一方企業に対しては、業績不振でも従業員を解雇せず、賃金の
カットで乗り切れるよう賃金の一部を政府が補填する政策をとっ
たので、ダイムラーやポルシェなどの多くの企業が雇用を守るこ
とができたのです。シュレーダー氏は、この政策を「アジェンダ
2010」として実行に移したのです。
 この政策はドイツ政府によって、次の2つのメリットがあった
といえます。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.賃金水準が低下し競争力向上
       2.数値上の失業者数が激減する
―――――――――――――――――――――――――――――
 このシュレーダー改革は、支持母体である労働組合の支持が得
られず、シュレーダー政権は、2005年の総選挙では敗北して
しまったのです。
 しかし、このシュレーダー改革はその後着実に実を結び、20
08年のリーマン・ショックも無事に乗り切ることができたので
す。2011年の経済財政数値を2005年と比較すると、次の
ように大幅に改善していることがわかります。
―――――――――――――――――――――――――――――
             2011年     2005年
         失業率  5.9 %     11.3 %
    実質GDP成長率  3.0 %      0.7 %
        輸出額 1兆602億E   7862億E
 財政赤字の対GDP比   1.0 %      3.3 %
       ジニ係数 0.293      0.261
           ──2012年5月4日付、朝日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに数値は大幅に向上し、シュレーダー改革の成果は明らか
ですが、ドイツ人の生活は向上していないのです。それをあらわ
しているのは、ジニ係数が「0.261 〜0.293 」になって
おり、格差の大幅な拡大がみられるからです。
 確かにドイツという国としては、経済は強くなり、失業率は下
がったのですが、その代り賃金の伸びは抑えられ、福祉も削られ
ているのです。ドイツ国民としては痛みを負っているのです。
 それだからこそギリシャの支援に対し、ドイツ国民の多くは反
対なのです。痛みに耐えてきたドイツ国民たるわれわれが、今ま
でぬくぬくと暮らしてきたギリシャをなぜ助けなければならない
のかと反発を強めているのです。
 そのため、ユーロ圏の他の国に対しても、ドイツは構造改革を
押し付けようとしています。問題はそこにあり、その反発が今高
まっているのです。      ── [欧州危機と日本/24]


≪画像および関連情報≫
 ●人類は原子力を制御できない/ゲアハルト・シュレッダー
  ―――――――――――――――――――――――――――
  シュレーダー氏は10年以上も前に脱原発という大胆な決定
  を下した。先見性が評価されている。
  「3つの理由があった。一つは最も重要な安全面だ。われわ
  れは『原子力は人類が制御できない科学技術である』との見
  解に達していた。原発はミスに寛容でないのだ。そして人間
  はさまざまな判断でミスをする。人類にふさわしくないこの
  技術を止めようと全力を挙げた」。「多くの原発事故で、わ
  れわれが正しいことは確認されている。1979年の米スリ
  ーマイルアイランド原発事故、86年の旧ソ連・チェルノブ
  イリ原発事故のさい、西欧では大規模な運動が起こった」。
  「また、再生可能エネルギーに投資したかった。エネルギー
  政策を転換する必要があった。3番目は、使用済み核燃料の
  処分場所の解決策がなかったことだ。放射性物質の半減期は
  恐ろしく長い。将来の世代に敬意を払って放射性廃棄物を扱
  うべきだ」。
        http://www.47news.jp/47topics/bunmei/1.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ケアハルト・シュレッダー氏.jpg
ケアハルト・シュレッダー氏
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2012年05月09日

●「エンドゲームに突入したユーロ」(EJ第3296号)

 この原稿は5月7日に書いています。フランスの大統領選挙で
現職のサルゴジ氏が敗れ、オランド氏による政権交代が実現した
のです。このニュースは今後の欧州問題に大きなインパクトを与
えることは確実です。これについては、さらに情報を集めたうえ
で、改めて書く予定です。
 ユーロという共通通貨のアイデアを出したのは、実はフランス
なのです。1990年にドイツの再統合が実現したときのことで
すが、当時のフランスのミッテラン大統領は、ドイツが欧州統合
に背を向けて独自の行動をとるのではないかと懸念したのです。
 そこでドイツをEUの枠組みに縛り付けるために考え出したの
がユーロなのです。当時のドイツ首相だったコール氏はユーロに
乗ったのですが、多くのドイツ国民や経済の専門家は相当の危惧
を抱いていたのです。ドイツはEUの中心国ですが、何かという
といちばんユーロから撤退する恐れがあるのもドイツなのです。
したがって、オランド新大統領はドイツとうまくやれるかどうか
が注目されているのです。
 浜矩子同志社大学教授は、EFSF──欧州金融安定ファシリ
ティーのことをSF──サイエンス・フィクションといって、そ
の不安定さを揶揄していますが、なぜ、EFSFがSFなのかに
ついて考えてみます。その謎解きをすると、欧州危機の本質が見
えてくると思います。
 ユーロは既にエンドゲームに突入している──このようにいう
人がいます。「エンドゲーム」といっても「ゲームエンド」では
ないのです。エンドゲームとはオンラインゲームのことばで、こ
の種のゲームは、複数のステージを経て展開されていきます。
 最初のステージは比較的スムーズに進むことができますが、第
2ステージ、第3ステージへと進むにつれて難しくなり、最後に
ファイナルステージに入るのです。これが終わるとゲームエンド
になるわけです。つまり、ユーロはもはや次のステージのないエ
ンドゲームに突入しているというのです。最初に問題を起こした
のはギリシャですが、EUは、ギリシャ危機に対して「欧州危機
を解決する包括戦略」として、次の3つのことを行っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1.ギリシャ国債の50%債務カット
      2.域内銀行への10兆円の資本投入
      3.EFSFの仕組みによる資金拡充
―――――――――――――――――――――――――――――
 これによって世界市場としては、小国ギリシャの問題であり、
欧州危機はひとまず収まったと好感したのです。しかし、この包
括戦略を巡って関係国の間で議論が紛糾し、合意を得るのが容易
ではなかったのです。そのため、再び危機が起こったのです。
 とくにEFSFの仕組みはきわめてずさんなものなのです。な
ぜなら、危機が拡大するにつれて集める資金の額が拡大し、最終
的には1兆ユーロを集めるというのですから、不安になるのは当
たり前です。
 具体的には、2010年6月の包括合意のときは、2500億
ユーロであったものが、2011年7月の合意のときは4400
億ユーロになり、2011年10月には1兆ユーロということに
なったのです。
 よくこのような包括戦略に堅実派のドイツが乗ったか不思議で
すが、それは逆にこの包括戦略にドイツがイニシアチブをとって
決めていないことをあらわしているといえます。フランス主導な
のです。しかし、他の国から見ると、あの堅実派のドイツが決め
ているのだから、大丈夫だろうと考える傾向があります。ドイツ
の存在によってユーロ圏の信用が保たれているのです。
 EFSFは債券を発行し、資金を集めるのですが、その資金で
イタリアやスペインの国債を購入したり、ユーロ圏の銀行に資金
を貸し付けたりする業務は、EFSFの子会社のSPC──特別
目的会社が行うのです。
 既に述べたように、EFSFの対象国はユーロ圏17ヶ国なの
です。それらの国々の保証が付いているとはいえ、危機の火種に
なっているPIIGSが入っての17ヶ国ですから、信用力がな
いので、どうしても金利は高くなってしまいます。そこでドイツ
やフランスなどトリプルAの6ヶ国で保証できる範囲でしか金利
の安い債券の発行ができないのです。
 また、EFSFでは、欧州各国によって7800億ユーロ近い
金額が積まれていたのですが、それらの資金は、既にギリシャ、
アイルランド、ポルトガルの救済に使われており、約2000億
ユーロくらいしか、残っていないのです。そこで考え出したのが
「レバレッチ」なのです。レバレッチといえば、リーマンショッ
クのさい、使われた金融工学のデリバティブの手法です。
 EFSFの手元資金約2000億ユーロをベースとして5倍の
レバレッチを掛けて残りの約8000億ユーロを集めようという
わけです。つまり、EFSF債は、デリバティブの手法を使った
複雑にしてリスキーな金曜商品なのです。
 デリバティブ手法を駆使した金融商品といえば、リーマンショ
ックの原因になった「CDO」──債務担保証券というのがあり
ますが、EFSF債は基本的にはCDOと同じ仕組みの債券であ
るといえます。
 CDOについては、2008年にEJで取り上げたテーマ「サ
ブプライム不況と日本経済」で詳しい説明があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
≪EJ第2399号≫/2008年8月28日
http://electronic-journal.seesaa.net/article/105544934.html
≪EJ第2340号≫/2008年8月29日
http://electronic-journal.seesaa.net/article/105659055.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 CDOの仕組みについては、そのポイントについて明日のEJ
で説明します。        ── [欧州危機と日本/25]


≪画像および関連情報≫
 ●CDO(債務担保証券)とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  債務担保証券は、証券化商品ないし広義の資産担保証券(A
  BS)のうち、国や企業に対する貸付債権や公社債といった
  大口金銭債権を裏付資産とするものである。裏付資産が公社
  債のみで構成される場合はCBOと呼ばれ、同じく貸付債権
  のみで構成される場合はCLOと呼ばれるが、いずれもCD
  Oに含まれる。CDOは、証券化商品として、優先劣後構造
  をを持っていることを特徴とする。優先劣後構造は、CDO
  を構成するアセットにデフォルトやクレジットイベント等が
  発生した際に元本が優先的に確保される順位を設定している
  ものであり、シニアから順番に優先的に元本が確保される。
  つまり劣後部分についてはかなりのリスク断崖リスクがある
  ため、利回りも高い。シニア部分やメザニン部分には高格付
  けが付与されることが一般的であり、機関投資家の投資対象
  となっている。           ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

コール元ドイツ首相.jpg
コール元ドイツ首相
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2012年05月10日

●「EFSFのスキームはCDOと同じ」(EJ第3297号)

 EFSFで1兆ユーロ(約100兆円)の資金を集める目的は
主としてスペインやイタリアに対するセーフティーネットを構築
することです。これら2国は、政府負債残高の規模が大きく、数
兆円で済む話ではないので、EUとしては、多額の資金を用意し
ておく必要があるのです。
 しかし、EFSFの資金は既にギリシャなどの救済に使われて
いるので、資金を拡充する必要があります。その資金拡充の合意
については、ユーロ加盟17ヶ国で協議し、難産のすえ既に合意
がとれているのです。
 さて、集める1兆ユーロのうち、EFSFの資金は20%であ
り、これをテコにして5倍のレバレッチをかけ、残りの80%を
集めようというのです。そのためにデリバティブを活用すること
にしたのです。
 まず、証券化について知る必要があります。EJ第2399号
〜第2400号をベースにして説明します。住宅ローンを証券化
する手法について考えましょう。証券会社は、証券化するための
原材料に当たる多数の住宅ローンを買い集めます。そのうえで住
宅ローンをファンド化して、証券に加工するのです。このように
して加工された証券は「資産担保証券」――MBS(モーゲージ
・バックト・セキュリティ)に組成されるのです。
 サブプライム問題に例をとります。住宅ローンが100憶ドル
あったとして過去の実績からそのうち2億ドルぐらいが焦げ付く
可能性があるとします。この損失が最大で20憶ドルまで拡大す
る可能性が0.1 %あったとします。
 この場合、100憶ドルの住宅ローンのうち、80憶ドルに対
してAAAの格付けの証券として発行が可能になります。この部
分を「シニア」というのです。
 残る20憶ドルの部分ですが、このうち実際に焦げ付く可能性
が高いのは2億ドルだけです。そうすると、残りの18憶ドルは
50〜99.9 %で元本は償還される可能性が高いのです。そこ
で、この部分を「メザニン」と呼ぶのです。これは「中2階」と
いう意味です。
 最後の2億ドルは、最もリスクが高いクラスなので、当然ハイ
リスク・ハイリターンを求めることになります。こういうところ
に投資する投資家もいるのです。この部分を「エクイティ」と呼
ぶのです。
 証券化のプロセスを川の水を飲み水に変えるプロセスに例えて
説明すると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 川の水を飲み水に変えていくプロセスを証券化になぞらえると
 浄水場が証券化の機関となる。ここで一定に沈殿やフィルター
 を通すことにより、飲料用として適した上水(優先部分)とそ
 うでない下水(劣後部分)に分け、さらに下水を同様の浄化過
 程により水道水(ストパーシニア)、工業用水(メザニン)、
 下水(エクイティー)に分解して再利用するのがCDOだと言
 えば、かなり具体的なイメージがわくと思うが、いかがであろ
 う。再利用した水道水もきちんと処理されていれば飲料用とし
 て問題ないだろう。しかし、サブプライムローンで問題になっ
 たのは、その浄化プロセスがサブプライムの属性に適して修正
 されていたのか、ということである。――倉橋透・小林正宏著
  『サブプライム問題の正しい考え方』/中公新書/1941
―――――――――――――――――――――――――――――
 説明のなかにあるCDOというのは、MBSをさらに証券化し
たものをいうのです。売れ残ったシニアやメザニンを集めて、再
度リパッケージして、優先劣後構造に組み替えたものをいうので
す。上記をまとめると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.  シニア ・・・ 優先部分 ・・・ 水道水
  2. メザニン ・・・ 中間部分 ・・・ 工業水
  3.エクイティ ・・・ 劣後部分 ・・・ 下 水
―――――――――――――――――――――――――――――
 「優先劣後構造」とは、証券化の仕組みの中で、対象資産から
の回収(返済)順位を優先部分と劣後部分に切り分け、優先部分
はリスクが低いので低い利回りを設定し、劣後部分はリスクが高
いので高い利回りを設定することです。リスク回避を重視する投
資家は優先部分に、リターンを重視する投資家は劣後部分に投資
することとなります。
 EFSFはCDOの一種であり、優先劣後構造を持っているの
です。これについて、経済アナリストの朝倉慶氏は、自著でEF
SFについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 わかりやすいように1兆ユーロを大雑把に日本円にして総額約
 100兆円として、話を進めましょう。特別目的会社の基金は
 100兆円、そのうち80兆円は、世界中の投資家から集め、
 EFSFの予定している20兆円と足して100兆円となりま
 す。もし、仮にこの資金の投資先であるイタリアやスペインの
 デフォルトないしは国債価格の下落が起こって特別目的会社の
 投資した資金の全額回収が難しくなれば、まず、EFSFの出
 した20兆円は一番先に損金の処理に充てられることになりま
 す。簡単に言えば損失が出た場合は、まずはEFSFが優先し
 て支払うという契約なのです。  ──朝倉慶著/徳間書店刊
     『もうこれは世界大恐慌/超インフレ時代に備えよ』
―――――――――――――――――――――――――――――
 EFSFの資金は主としてスペインやイタリアに投資されます
が、もしその投資先がデフォルトしてしまうと、最初の20兆円
はEFSFが支払いますが、20兆円以上の損失が発生すると、
丸損になってしまいます。このように損失が出た場合、それをカ
バーする優先順位があらかじめ決められているのです。これが優
先劣後構造です。       ── [欧州危機と日本/26]


≪画像および関連情報≫
 ●全く吟味もせずにEFSFに投資する日本政府/朝倉慶氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ギリシア国債は、現在100の物が30台での取引です。実
  質7剖の暴落です。EFSFは今回レバレッジを5倍にして
  いますので、その投資した商品が2割棄損すれば投資金額す
  べてを失うのです。ギリシア国債は現在7割も暴落している
  のです。2割の下落なんて相場では日常茶飯事です。この程
  度の下げですべてを失うという極めて危険な投機性の高い投
  資なのです。このような投資を、欧州17ヶ国の保証の下で
  行うというのです。これほど危険な投資を行うのがEFSF
  なのです。それを全く吟味もせずにEFSFに投資すること
  を約束した日本政府は何を考えているのでしょうか?金融の
  プロは一人もいないのでしょうか?日銀も財務省も含めてど
  んな頭脳構造なのでしょうか? ──朝倉慶著/徳間書店刊
     『もうこれは世界大恐慌/超インフレ時代に備えよ』
  ―――――――――――――――――――――――――――

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SPCを活用したEFSF拡充イメージ

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2012年05月11日

●「スーパーマリオ2人とパパデモス」(EJ第3298号)

 総選挙の結果、ギリシャが混迷しています。これまでギリシャ
は、次の2つの政党が連立を組んで政権を支えてきたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.新民主主義党(ND) ・・・・・・・・ 中道右派
  2.全ギリシャ社会主義運動(PASOK)・ 中道左派
―――――――――――――――――――――――――――――
 本来は主張が対立しているNDとPASOKですが、国家破綻
の回避に協力し、辞任したPASOKのパパンドレウ首相に代る
首相としてギリシャ中央銀行総裁でECBの副総裁を務めていた
ル―カス・パパデモス氏を首相に担ぎ出したのです。
 しかし、総選挙においてNDは第一党を確保したものの、PA
SOKは3位となり、過半数を失ってしまったのです。第二党に
は、急進左派連合が入ったのです。これでは連立を組むことは困
難で、NDは組閣を断念したのです。
 パプリアス大統領は急進左派連合に組閣を要請したものの、左
右両極の小党だけでは連立を組むのは困難であるとして断わって
います。こうなると、6月中旬に再選挙を行うしか、方法がなく
なってしまったのです。
 このギリシャと似たようなことをやっているのがイタリアなの
です。昨年の11月にシルビオ・ベルルスコーニ首相が辞任し、
マリオ・モンティ氏が首相に就任したのです。イタリア大統領の
緊急勅令によるものです。この人は国会議員ではなく、学者なの
です。首相に就任すると、14人の閣僚を任命したのですが、全
員が国会議員ではないのです。つまり、選挙で選ばれた人が一人
もいない内閣ができたのです。この国では、大統領の緊急勅令で
そんなことができてしまうのです。
 ところが、このモンティ首相はただ者ではないのです。就任か
ら約6ヵ月の間に、消費税の増税、年金受給年齢の引き上げ、既
得権益に切り込む競争促進策など、痛みを伴う改革を次々と仕上
げているのです。野田政権と大変な違いです。そして現在は、正
社員の解雇条件を緩和する労働市場改革に取り組んでいますが、
さすがにこれには苦労しているようです。
 2012年4月16日付の日本経済新聞「核心」欄「イタリア
に出来るなら」には、このマリオ・モンティ内閣についての作家
・塩野七生氏の評価が掲載されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 イタリア在住の塩野七生さんが月刊「文芸春秋」の巻頭随筆で
 4回続けてモンティ改革を取り上げた。辛口の作家らしく、最
 初は、有権者ではなく市場に選ばれた内閣で「(税金を)取れ
 るところならばどこからでも取る、という会計士内閣」、と酷
 評していた。ところが3回目には「この3ヵ月間の成果は、一
 言で言えば目ざましいにつきる」「多くの政策が、ハイ次とい
 う感じで実現されている」と手放しに近い好評価に変わった。
    ──2012年4月16日付の日本経済新聞「核心」欄
                 「イタリアに出来るなら」
―――――――――――――――――――――――――――――
 このマリオ・モンティ首相の首相就任は2011年11月のこ
とですが、同じ月にEUの重要職に就任したもうひとりのマリオ
がいるのです。マリオ・ドラギECB総裁です。モンティ首相は
「スーパーマリオ」の異名があるそうですが、2人のマリオの出
現は、スーパー・マリオ・ブラザーズそのものです。
 副島隆彦氏の情報によると、この2人のマリオとギリシャのパ
パデモス氏の3人は、いずれも後ろに米国の影が指している人物
のようです。その経歴を見ると、歴然としています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   マリオ・モンティ ・・・ 米イエール大学に留学
    マリオ・ドラギ ・・・ MITで経済学博士号
      パパデモス ・・・ MITで経済学博士号
―――――――――――――――――――――――――――――
 マリオ・モンティ氏は親米派で、日米欧三極委員会のヨーロッ
パ委員長を務め、ゴールドマン・サックス社の国際的顧問も務め
ている親米派です。
 マリオ・ドラギ氏は、MIT──マサチューセッツ工科大学で
経済学の博士号を取り、2002年〜2005年まで、ゴールド
マン・サックス社の国際部門の副会長など役職に就いています。
 パパデモス氏は、ドラギ氏と同様にMITで経済学の博士号を
取り、コロンビア大学教授を経てギリシャ銀行総裁を務めている
のです。
 この2人のマリオは、ゴールドマン・サックスに深く関与して
います。ギリシャがユーロに加盟するときの粉飾のデリバティブ
に関わったのがゴールドマン・サックスなのです。朝倉慶氏はこ
れについて、自著で次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 元々ギリシアのユーロ加盟はギリシアの国家財政の粉飾決算に
 よる賜物だったのです。財政赤字をデリバティブ取引でごまか
 し、ユーロ加盟という権利を得ました。この時使った手法は、
 いまオリンパスで問題になっている飛ばしの手法そのものだっ
 たのです。ギリシアの借金を、為替のレート操作によって一時
 的にゴールドマン・サックスに付け替えたわけです。まさに飛
 ばしたのです。これには裏契約があって、その後ギリシアの中
 央銀行がゴールドマン・サックスからこのデリバティブ商品を
 引き受けるということでした。そして、この取引を遂行し、ま
 とめてきたのが当時ギリシアの中央銀行総裁だったこのパパデ
 モス新首相なのです。      ──朝倉慶著/徳間書店刊
     『もうこれは世界大恐慌/超インフレ時代に備えよ』
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように、欧州危機には、米国財務省と2人のマリオ、そし
て、ギリシャのパパデモス首相の親米トリオが深く関わっている
のです。           ── [欧州危機と日本/27]


≪画像および関連情報≫
 ●「日米欧三極委員会」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日米欧三極委員会とは日本・北米・ヨーロッパなどからの参
  加者が会談する私的組織であり、民間における非営利の政策
  協議グループである。現在の正式な日本語名称は「三極委員
  会」。1973年にデイビッド・ロックフェラー、ズグネフ
  ・ブレジンスキーらの働きにより、「日米欧委員会」として
  発足した。日本・北米・ヨーロッパに設けられた三つの委員
  会によって総会が運営される。参加国は委員会の規定では、
  「先進工業民主主義国」とされている。三極委員会の目的は
  先進国共通の国内・国際問題等について共同研究及び討議を
  行い、政府及び民間の指導者に政策提言を行うことである。
  欧州では90年代中頃に中欧諸国から、北米では2000年
  ににメキシコから参加者があり、2000年以降にアジア太
  平洋地域の参加国が拡大されることから、日本委員会はアジ
  ア太平洋委員会となった。それにともない日本語名称は「日
  米欧委員会」から「三極委員会」に改称された。
                    ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

イタリア/マリオ・モンティ首相.jpg
イタリア/マリオ・モンティ首相
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2012年05月14日

●「3月8日に何が起こったのか」(EJ第3299号)

 米国の財務省と2人のマリオ──マリオ・ドラギECB総裁と
イタリアのマリオ・モンティ首相、それにギリシャのパパデモス
前首相が一緒になって、ヨーロッパの大銀行70行──とくにフ
ランスの3大銀行に大量のユーロ通貨を無制限に投入して、銀行
の救済を行っています。
 金額としては公称1兆ユーロ(約100兆円)を投入していま
すが、副島隆彦氏の情報によると、本当はその10倍投入してい
るというのです。そしてこの「ドラギ・マジック」と呼ばれる膨
大な資金の投入によって、少なくともヨーロッパの銀行20行が
潰れずに救済されたのです。
 どうしてそんなことをしたのでしょうか。それになぜ米国の財
務省がかかわっているのでしょうか。
 それは、2012年3月8日を何とかクリアするためだったの
です。3月8日は、ギリシャが145億ユーロ(約1.5 兆円)
の国債の償還日であり、それによってギリシャがデフォルトする
かどうかの瀬戸際であったのです。
 しかし、ヨーロッパの銀行は膨大なギリシャ国債を保有してお
り、もし、ギリシャ向けの第2次支援が行われないと、ギリシャ
は「無秩序のデフォルト」に陥ることが確実であり、相当の数の
ヨーロッパの銀行が潰れる恐れがあったのです。
 問題は、ギリシャに対する第2次支援の条件なのです。この条
件は2月20日のユーロ圏財務相会合で決定されているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.EUはIMFの協力の下に、1300億ユーロ(約13兆
   円)を融資するが、ギリシャ政府は厳しい緊縮財政策の実
   施を受け入れること
 2.民間投資家向けのギリシャ国債務(2060億ユーロ)に
   については、元本の53.5 %削減と低クーポンの新ギリ
   シャ国債に交換する
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャ国債の総発行数は3500億ユーロであり、海外の民
間投資家(ヘッジファンドも含む)がその60%──2100億
ユーロ(約21兆円)を保有しているのです。
 問題は上記2の条件です。「元本の53.5 %削減と低クーポ
ンの新ギリシャ国債に交換する」──これにより債権を75%カ
ットすることになるのですが、それに応じるかどうかです。これ
については、民間投資家とギリシャ財務省が債務削減交渉を続け
てきたのですが、その期限が2012年3月8日だったのです。
 2012年3月5日、ギリシャのベニゼロス財務相は次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャは、約1000億ユーロ(約10兆円)規模の債務減
 免につながる債券交換の提案に保有者が応じると考えているが
 もし、必要ならば集団行動条項(CAC)を発動して参加を強
 要する用意がある。     ──ギリシャベニゼロス財務相
―――――――――――――――――――――――――――――
 集団行動条項(CAC)とは何でしょうか。CAC──コレク
ティブ・アクション・クロウズについて、副島隆彦氏は次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この「集団行動条項」というのは、「集団訴訟(クラス・アク
 ション」と同じ考えの制度である。たとえば、「たばこの健康
 被害で、日本たばこを訴えるときに、何十万人もの被害者(告
 訴人)をひとまとめにする」という考え方だ。福島原発事故で
 東電を訴える住民たちの行動も、この集団訴訟となる。ところ
 がこの制度には欠点もあって、「無理やり集団交渉に押し込め
 られる」という悪い側面が出てくる。    ──副島隆彦著
          『欧米日やらせの景気回復』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この5日の時点でも、ギリシャ・ナショナル銀行、BNPパリ
バ、コメルツ銀行、ドイツ銀行は賛成していましたが、バーデン
・ブュルテンベルク州立銀行などは反対していたのです。そうい
う反対派に対し、ベニゼロス財務相は「CACを発動するぞ」と
脅しをかけたのです。そして8日が限度であるといったのです。
 この発言の後の6日の時点でも債務再編交渉の参加率は、20
〜30%だったのです。もし、参加率が75%に達しないとCA
Cが発動され、ギリシャはクレジットイベント(信用事由)にな
るのです。この場合、倒産保険というべきCDSの決済が行われ
ることになります。
 このベニゼロス財務相の強気の発言のバックには、ドラギEC
B総裁と米国がいるのです。6日の参加率を見て、世界中の金融
関係者の間で緊張が走ったのです。多くの銀行が潰れ、欧州発の
世界金融恐慌が現実味を帯びたからです。
 これに関してISDA──国際スワップ・デリバティブ協会も
次のように危機感をあらわにしたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そうした事態になると、イタリアやスペインにも外部の支援が
 必要な状況に追い込まれてしまう。ユーロ圏は崩壊しかねない
       ──ISDA/国際スワップ・デリバティブ協会
―――――――――――――――――――――――――――――
 2日間に何が行われたかはわかりませんが、EU当局が猛烈な
説得を行い、集団交渉への参加率は83.5 %に達して、CAC
は発動されなかったのです。3月8日、世界中の市場関係者は胸
をなでおろしたのです。債権の75%カットが行われ、ギリシャ
は無秩序のデフォルトにはならなかったのです。
 しかし、ギリシャは事実上デフォルトに陥っていますが、CA
Cは発動されていないのです。この状態のことを「選択的デフォ
ルト」と呼んでいるのです。これによって、欧州危機はひとまず
遠のいたのです。       ── [欧州危機と日本/28]


≪画像および関連情報≫
 ●ギリシャ債務交換のCAC発動、信用事由に該当と認定
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ニューヨーク 9日 ロイター】国際スワップデリバティ
  ブ協会(ISDA)は9日、ギリシャ債務交換における集団
  行動条項(CAC)発動はクレジットイベント(信用事由)
  に該当すると認定し、CDS──クレジット・デフォルト・
  スワップの支払いが発生するとの判断を示した。決定は全会
  一致。清算価格は19日に入札方式で決定される。これに先
  立ちギリシャ財務省は債務交換の参加率が85.8%になっ
  たと発表。政府はCACを発動する意向を表明していた。C
  ACが適用された場合、全体の参加率は95.7%に達する
  とみられている。今回の信用事由認定に伴い、純ベースで最
  大31億6000万ドル相当が支払い対象となる可能性があ
  る。ただ債券保有者が元本を全額毀損(きそん)するわけで
  はないことから、実際額は低くなる公算で、今後数週間かか
  るとみられる手続きを通じて決定される予定。クレジットイ
  ベントの認定は広く予想されていたことから、市場の反応は
  限られた。ユーロは対ドルで小幅下落したほか、米債価格は
  下げを縮小した。ギリシャのベニゼロス財務相はこの日、C
  DSの発動をめぐるISDAの判断を懸念していないとの考
  えを示していた。同相は議会で「CDSが発動されたとして
  も、われわれは懸念していない。世界的に問題となる額は、
  ネットで50億(ユーロ)以内だ」とし、「ギリシャおよび
  欧州全体の経済にとり、極めてわずかな額にすぎない」と述
  べた。                  ──ロイター
  ―――――――――――――――――――――――――――
副島隆彦氏の近著.jpg
副島 隆彦氏の近著
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2012年05月15日

●「なぜ無秩序なデフォルトが必要か」(EJ第3300号)

 なぜ、ECBは、米国財務省や2人のマリオとパパデモス、そ
してIMFまで巻き込んで、無制限の資金の供給をする金融政策
を実施したのでしょうか。
 ECBは、ヨーロッパの800余の銀行に対して、既に破綻同
然のギリシャ国債でも何でも額面で担保として引き取ると呼び掛
け、膨大な資金を供給したのです。したがって、その資金は、公
表されている1兆ユーロ(約100兆円)どころではなく、その
10倍にまで達するといわれているのです。
 その目的は、ギリシャをして「無秩序なデフォルト」──債務
不履行をさせないということに尽きるのです。ところで、「無秩
序なデフォルト」とは何でしょうか。なぜ「無秩序な」という形
容詞が付いているのでしょうか。また、「無秩序なデフォルト」
に対して「選択的デフォルト」という言葉があります。どう違う
のでしょうか。
 もともとデフォルトというのは無秩序なものです。過去の例で
は、1998年にロシアが対外債務を「90日間支払い停止にす
る」と発表したことがありましたが、これなどは無秩序なデフォ
ルトの典型といえます。ある日突然それが発表されたからです。
 これに対して、債権者と協議し、金利減免や返済猶予などで合
意した場合は無秩序なデフォルトではないのです。この場合、混
乱はある程度抑えられるので、今回の欧州の例では、次の言葉が
使われているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      選択的デフォルト/selective default
―――――――――――――――――――――――――――――
 それでもギリシャは実質上デフォルトしています。しかしなが
ら、デフォルトしていないともいえるのです。具体的には、「国
債CDS──ソブリンCDSが実施されるデフォルト」ではない
ということになります。
 CDSとは何なのでしょうか。最近の新聞や金融の本を読むと
必ずといってよいほど、この言葉が出てきます。しかし、その意
味するところは非常にわかりにくい概念です。まず、言葉の意味
ですが、CDSとは、次の言葉の省略語です。
―――――――――――――――――――――――――――――
        CDS/Credit Default Swap
―――――――――――――――――――――――――――――
 CDSは「倒産保険」のようなものとよくいわれます。投資家
がある国の国債を10億円分購入するとき、その投資の保険とし
て、その業務を引き受ける金融機関とCDSの契約をして、わず
かな保険料を支払っておくと、その国がデフォルトに陥ったとき
その10億円分を負担してくれるというものです。これなら、多
少の危険があっても安心して投資できます。
 これがCDSであるとすると、それは明らかに倒産保険そのも
のです。しかし、ことはそれほど簡単ではないのです。これにつ
いては改めて述べるとして、少し歴史を振り返りましょう。
 2007年〜08年にリーマンショックが起きたとき、AIG
が倒産しています。その原因は、AIGが引き受けていたリーマ
ン・ブラザーズの膨大なCDSの支払いだったのです。これにつ
いて、副島隆彦氏は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アメリカは、自分自身の痛い教訓から学んだ。今から4年前の
 2008年9月15日の「リーマン・ショック」の金融危機を
 味わっている。リーマン・ブラザーズの破綻で、その社債につ
 いていたCDS契約を大規模に引き受けていた(売っていた)
 マルチライン(総合保険会社)で世界最大の保険会社であるA
 IGアメリカン・インターナショナル・グループに莫大な保険
 金の支払い義務があることが判明した。その総額は、40兆円
 だった。それが原因でAIGはその日のうちに大幅に格下げさ
 れてしまった。リーマン破綻と同日の夜のことだった。こうな
 ると、すべてのボンド債券市場で追加担保の要求が起きて、A
 IGだけでなくすべての大きな金融機関が流動性不足に陥って
 次々と連鎖破綻する危機が起きた。     ──副島隆彦著
          『欧米日やらせの景気回復』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 実はCDSは単なる倒産保険を超えるものなのです。それは、
一種のデリバティブ取引といえます。逆にいうと、ギリシャ国債
のような危ない金融商品はCDSがあるから売れるのです。ヨー
ロッパの銀行は大量のギリシャ国債を保有していますが、当然の
ことながら、同時に大量のCDSにも入っているのです。
 したがって、ギリシャがデフォルトしてしまうと、ギリシャだ
けでなく、CDSを販売した金融機関もその支払いに耐えられず
デフォルトしてしまうことになります。そういうCDSを売って
いる金融機関には、ゴールドマン・サックスをはじめ、米国の金
融機関が多いのです。利害がからんでいるのです。
 今回のECBによるヨーロッパの銀行に対する大量資金投入の
スキームに米国の財務省がしっかり入っているのは、こういう理
由によるものです。
 ギリシャの救済スキームの条件のひとつである「債権の75%
カット」は、民間投資家の自発的意思によるその参加率が75%
を超えないと駄目なのです。参加率が少ないため、ギリシャ政府
がCACを発動した場合、これはCDSのクレジット・イベント
(信用事由)とみなされてCDSが実行されてしまうのです。
 したがって、ギリシャ国債の大量のCDSを販売している金融
機関は、死に物狂いで債務再編への参加率を引き上げ、CDSを
実行させないようにしたのです。「選択的デフォルト」とは、そ
ういうご都合主義のデフォルトのことなのです。
 しかし、CDSにはもっと深い闇があります。それは「裸のC
DS」といわれるものがあり、CDSというものを一層わかりに
くくしているのです。     ── [欧州危機と日本/29]


≪画像および関連情報≫
 ●ソブリンCDSが鳴らす警鐘/富田秀夫氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ギリシャを筆頭にPIGS諸国への市場の圧力が高まってい
  る。追い詰められる国の政治家は、国債を原資産とするソブ
  リンCDS取引での投機的な動きが、危機を増幅する要因だ
  と批判。先週末には、ユーロ圏のソブリンCDS取引が禁止
  されるとの噂まで市場に流れた。金融危機を招いた犯人とも
  目されたCDSが、再び矢面に立たされた恰好だが、今回は
  濡れ衣の可能性が高い。確かに、ソブリンCDS取引は活発
  化している。西欧インデックス(ユーロ圏、UK等の15ヵ
  国を対象)の取引残高は、ここ1ヵ月でほぼ倍増。ギリシャ
  が含まれているため急増したと見られるが、ギリシャ国債の
  発行量が、3850億ドルであるのに対し、CDS取引でカ
  バーされている想定元本は、800億ドルに過ぎない。また
  ポルトガルもCDSカーブから見ると危険水域に入り込んで
  いるものの、30億ユーロの国債を先週発行し、市場で順調
  に消化された。現状のCDSプレミアムと投資家心理には、
  どうも温度差があるように思える。
    http://www.gci-klug.jp/tomita/2010/02/14/008388.php
  ―――――――――――――――――――――――――――

デフォルト危機が収まらないギリシャ.jpg
デフォルト危機が収まらないギリシャ
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2012年05月16日

●「ネイキッド・CDSとは何か」(EJ第3301号)

 「裸のCDS」というものがあります。これについて理解して
おく必要があります。家を購入したら、それが焼失してしまう危
険に備えて、誰でも火災保険に入り、保険料を支払って大損を避
けようとする──人間として合理的な行動です。
 保有している、ある企業が発行する社債について、その企業が
倒産するリスクに備えて、社債の額面の数%の保険料を支払って
保険をかけるのも合理的な行動であるといえます。
 このことは、ある国の国債に保険をかける場合も同じことがい
えます。CDS──クレジット・デフォルト・スワップはそうい
う保険の一種であると考えている人は多いと思います。しかし、
米英法によると、こうした「社債保険」や「国債保険」などは保
険契約ではなく、保険法の規制を受けないのです。
 保障されているのは「証券」であるからという理屈で、証券法
で規制されているのです。米英法は、金融機関にとって、きわめ
て都合の良い法律になっているわけです。これによって、次のこ
とがいえるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     CDSは「証券」であって「保険」ではない
―――――――――――――――――――――――――――――
 火災保険を例にとります。火災保険はあくまで自分の家にかけ
るものですが、当然のことながら、他人の家に勝手に火災保険を
かけることはできないのです。しかし、証券ならそれも可能にな
るのです。
 他人の家に火災保険をかけ、実際に火事になったら保険金を受
け取る──これは博打(ばくち)です。それにそんなことを許す
と、保険をかけた家に火をつける誘惑に駆られる人も出てくる可
能性があります。したがって、火災保険はあくまで保険です。
 しかし、米国を含む多くの国では、社債や国債を一枚も持って
いなくてもその社債や国債に対するCDSをいくらでも市場で購
入できるのです。つまり、CDSとは、企業や国家がデフォルト
するリスクを対象にした一種の金融派生商品なのです。
 A社という企業が社債Xを発行したとします。このときある証
券会社が、次のような募集をしたとしましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし、社債Xがデフォルトしたら、その元本を支払います。
 掛け金は〇〇〇です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この募集にYが応じたとします。この場合、Yは社債を一枚も
持っていないのですが、それは可能なのです。これを「裸のCD
S」というのです。これは、社債Xをネタにした賭け事です。も
し、A社が倒産すると、Yは大儲けをすることになるからです。
CDSにはこういう面があることを知っておく必要があります。
 ヘッジファンドの雄といわれるジョージ・ソロス氏は、CDS
について次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 CDSは、他人に保険をかけ、その人間を殺すようなもので
 ある。             ──ジョージ・ソロス氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここでいう「裸のCDS」は、ジョージ・ソロス氏のいう通り
一種の保険金殺人のような側面があることは確かなのです。多く
の金融業者やヘッジファンドにとって裸のCDSは、格好のギャ
ンブル市場になっているのです。
 確たる情報があるわけではないのに、ある会社が危ないという
噂が拡がったとします。そういう情報に基づいて、ある有力ヘッ
ジファンドがその会社の社債のCDSを買ったとします。そうす
ると、その情報が情報を呼んで多くの金融機関やヘッジファンド
がその社債のCDSを買うようになっていきます。そのさまは、
あたかもハゲ鷹が腐肉にたかるようなものです。
 そうしているうちに「あの会社は危ない」という噂は大きくな
り、取引会社や下請け、資材供給会社などが警戒し、信用売りを
拒むなど、仕入れや取引に影響が出てきます。このようにして、
当該会社の業績は悪化し、評判はさらに落ち、市場で新CDSの
掛け金は3〜4%に上昇します。かくして、そういう「人工的」
スパイラルに陥り、不合理にも本当に倒産してしまう企業は少な
くないのです。まさにソロス氏のいう通りのことが起こっている
というわけです。
 あのGMが倒産寸前になり、国が何とか救おうと乗り出したと
き、CDS保有の投資家はGMの救済に最後まで「イエス」とい
わなかったのです。彼らにとっては、GMが倒産した方が大儲け
できるからです。
 ギリシャに対しても同じようなことが行われたのです。朝倉慶
氏は、ギリシャについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシアはこんな投資家のターゲットとなって噂を広められ、
 挙句の果てに自国の国債価格は急落させられ、結果ギリシア国
 債の金利急騰、ついには、デフォルトの危機が叫ばれるように
 なったのですから怒りが収まりません。なぜ、ギリシアばかり
 を標的にしてそんな取引を国際的に展開するのか?なぜそれほ
 ど大きなニュースにして投資のターゲットとするのか?ほっと
 いてくれ!手を出すな!と言いたいところでしょう。
                 ──朝倉慶著/徳間書店刊
     『もうこれは世界大恐慌/超インフレ時代に備えよ』
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、CDS市場が上昇します。そして、国債価格の急落、金
利の急騰、国債市場からのマネーの流出、そして資金ショートに
いたるのです。この流れは、物凄い怒涛のような勢いで押し寄せ
てきます。こうなると、止められないのです。ギリシャ危機はま
だ収まったわけではないのです。この市場の暴走に対して、EU
は思い腰を上げます。     ── [欧州危機と日本/30]


≪画像および関連情報≫
 ●ジョージ・ソロスですら未来を知ることはできない
  ―――――――――――――――――――――――――――
  市場は本来不完全なものであり、政府など外部からの介入が
  なければ正常に機能しないものであるにもかかわらず、「市
  場原理主義者」は市場がそれ自体で完全だと考え、野放図な
  規制緩和を行なってきた。サブプライム問題に端を発する世
  界金融危機はその典型であり、FRB(米連邦準備理事会)
  の低金利政策で不動産投機が過熱し、信用の過度の膨張がバ
  ブルを誘発し、それを最先端の金融工学が加速させ、ハイリ
  スクな不動産担保証券を世界中にばら撒くことになった。こ
  の「超バブル」が崩壊したいま、市場原理主義の時代は終焉
  を迎えた――。
        http://www.tachibana-akira.com/2011/08/3070
  ―――――――――――――――――――――――――――

ジョージ・ソロス氏.jpg
ジョージ・ソロス氏
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2012年05月17日

●「ストロスカーン事件の裏にあるもの」(EJ第3302号)

 2008年9月15日のリーマンブラザーズの破綻の翌日に何
が起こったでしょうか。AIGが実質倒産しているのです。その
理由は、AIGがリーマンブラザーズのCDSを大量に引き受け
ていたからです。
 結局AIGは米国政府が救済したのですが、そのとき用意した
金額は20兆円といわれています。しかし、これで問題が解決し
たとは必ずしもいえないのです。オリンパス事件のように、ケイ
マンやバージン諸島などのタックスヘイブンを利用して、飛ばし
をやっている可能性も否定できないからです。
 このとき、米国政府は、非常に巧妙な処理をしています。CD
S契約の一部──総額の1.5 %程度──を執行させ、そのうえ
でAIGを破綻処理しているからです。
 公的資金16兆円を投入して国有化し、「連邦破産法11条」
(日本の民事再生法に該当)を適用して、すべての債権者に債権
放棄とCDS契約の打ち消し──売りと買いの相殺を行い、54
00億円(50億ドル)の損失処理を行ったのです。債権者は、
10の大銀行と証券会社であり、1社当り平均6億ドル(500
億円)の負担で済ませています。
 これは事実上のCDSの債務不履行と同じです。しかし、そう
しないと、米国の金融システム全体が崩壊してしまう事態であっ
たのです。これに対して、今回の欧州危機のEUの対応は実に稚
拙であり、今後のCDS取引に大きな市場の出る事態になってい
るのです。
 そもそも欧州危機が始まったのは、2009年10月からなの
です。ギリシャのパパンドレウ首相(当時)が自らギリシャの財
政粉飾をばらしたのです。その財政粉飾に深くかかわっていたの
が、ゴールドマン・サックスであることもわかったのです。ただ
し、このとき危機はギリシャに限定されていたのです。
 しかし、2011年に入ると、ギリシャだけではなく、PII
GS諸国を中心に国債利回りが上昇して、ソブリンリスクが再燃
したのです。とくにギリシャ危機は焦眉の急を迎えており、早急
な対応が求められたのです。これに対応してEU首脳会議が何回
も開催されたのですが、対応策がまとまらなかったのです。
 欧州の政治家はいわゆる「ヨーロッパ貴族」であり、市場経済
というものをよく理解していなかったのです。したがって、会議
を開いても、問題の本質を掴めず、いたずらに小田原評定を繰り
返すばかりであったのです。
 これに危機感を感じたのは米国財務省です。「ヨーロッパの貴
族は何も決められない。ギリシャ危機をそのままにしておくと、
米国はもとより、世界中に金融危機が拡大してしまう」と考えて
ヨーロッパの政治と経済に介入して、適切な手を打てる体制を構
築しようと米財務省は考えたのです。
 そのためには、ECB(欧州中央銀行)と危機が起きつつある
ギリシャやイタリア政府、それにIMF(国際通貨基金)も影響
下に置くことが必要であったのです。
 その結果、当のギリシャはルーカス・パパデモス首相、イタリ
アはマリオ・モンティ首相、それにECBはマリオ・ドラギ総裁
が就任したのです。この人事は米財務省が主導しており、パパデ
モスと2人のマリオが米国寄りの政治家や銀行家であることにつ
いては、既に述べた通りです。
 問題は、IMFなのです。それまでのユーロ財政は、ECB総
裁のジャン=クロード・トリシェ氏とIMF専務理事のドミニク
・ストロスカーン氏との連携で進められてきたのです。ともにフ
ランスの政治家や銀行家によるフランス主導です。
 ところが、2011年5月に不可解な事件が起こります。5月
14日に訪問先のニューヨーク市において、性的暴行容疑でスト
ロスカーン氏が逮捕されたのです。保釈を要請するも認められず
同市の島全体が刑務所となっているライカーズ島の独房に収容さ
れ、5月18日にはIMF専務理事を辞任しているのです。
 2011年8月22日は、検察は起訴を取り下げています。こ
れにはサルコジ前大統領が動いたという噂もあります。しかし、
原告の女性に民事でも訴えられています。これによってストロス
カーン氏は、2012年のフランス大統領選の有力候補でもあっ
たのですが、大統領選出馬の芽もなくなったのです。
 ストロスカーン氏はヨーロッパの利益を守ろうとしたのですが
米国の利益と合わず、何らかの政治的謀略によってこういう結果
になったものと思われます。まるで欧州の小沢事件です。ストロ
スカーン氏の後任には、クリスティーヌ・ラガルド氏というフラ
ンス女性が就任したのですが、この人も米国寄りの人物です。
 米財務省が愕然としたのは、ギリシャやイタリアの国債破綻リ
スクを取引しているCDSが、実際の国債の売り買いに当る原取
引の3倍から4倍になるという事実だったのです。ギリシャの国
債残高は3500億ユーロであり、その3倍というと、1兆ユー
ロ(約100兆円)に超えるのです
 したがって、もしPIIGSのどれかで破綻が起きると、欧米
の大銀行は連鎖倒産が起きる事態であったのです。そのため、E
CBドラギ総裁を中心とするトリオによって、かなり強引な介入
が行われ、2012年3月8日にひとまず決着がついたというこ
とになります。
 しかし、この米国主導の解決策は、かなり強引なものであり、
今後大きな問題になって跳ね返って来る恐れがあります。実際に
75%の債権カットは無茶苦茶です。しかも、「強制的に」それ
を行うのではなく、「自主的にやれ」というのです。自主的に債
権カットを行うと、それにかけられていたCDSの決済も放棄す
ることになるのです。
 つまり、国債破綻リスクを取引するCDSは、実際上は決済不
能なのです。そうであるのに世の中にはおびただしい数のCDS
契約が存在しているのです。こんなことで欧州危機は収まるので
しょうか。          ── [欧州危機と日本/31]


≪画像および関連情報≫
 ●ストロスカーン事件とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ストロスカーン氏は2012年大統領選挙の社会党有力候補
  で、2011年3月の世論調査ではサルコジ現大統領を上回
  る支持率を得ていたが、5月14日、マンハッタンのホテル
  で女性客室係に対する性的暴行・強姦未遂の疑いで訴えられ
  た。5月15日、ハーレムの警察署から出る手錠姿のカーン
  氏の姿がメディアで流され、フランス中を騒然とさせた。7
  月初め、検察当局が女性側の証言に疑念をいだき、8月22
  日、あっけなく起訴が取り下げられた。同氏は一貫して「同
  意の上での性的接触であった」と主張しているが、女性側は
  民事裁判に提訴している。インタビューでは、ニューヨーク
  検察庁の発表通り、暴行はなかったことを強調する一方、社
  会的に責任ある立場にありながら軽はずみな行動をとったこ
  とに対しては「家族、友人、そして私に期待してくれた国民
  に対してモラル上の過失を犯した、後悔している」と謝罪し
  た。大統領選挙への出馬はしないが、左翼の勝利を願ってい
  ることを表明し、EC諸国の経済危機に関しては説得力のあ
  る分析をし、これからもなんらかの形で社会に貢献していこ
  うという意志を見せた。
    http://webronza.asahi.com/global/2011092000002.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドミニク・ストロスカーン氏.jpg
ドミニク・ストロスカーン氏
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2012年05月18日

●「CDSはなぜ規制されないのか」(EJ第3303号)

 ギリシャの再選挙が6月17日に実施されます。この選挙結果
によってはギリシャのユーロ離脱は現実のものになってきます。
専門家の見方ではユーロ離脱はないとしていますが、もし、ユー
ロ離脱が現実になると大変なことになります。
 もし、ギリシャがユーロから離脱すると、ギリシャの通貨は現
在のユーロから元のドラクマに戻るか、独自通貨に切りかえられ
ることになります。そうすると、何が起きるでしょうか。副島隆
彦氏は、自著で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャがユーロ圏から追放されて、元の通貨であるドラクマ
 に戻れとEUから命令されるとどうなるか。たしかにギリシャ
 政府の公式の通貨はドラクマに戻る。しかし、そんなものは誰
 も使わないだろう。ドラクマに戻った途端に、ドラクマのユー
 ロとの市場での交換比率はドッと落ちて10分の1になるだろ
 う。それでも政府問の決済通貨としてはドラクマに戻る。ギリ
 シャ国民はドラクマを使わないだろう。   ──副島隆彦著
          『欧米日やらせの景気回復』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャの通貨が変わると、民間銀行から大量のユーロ預金が
他国の金融機関に流出し、国内銀行の取り付け騒ぎが起きる可能
性があります。預金だけではなく、ギリシャの富裕層の一部は、
資産とともに既に家族も一緒に、国外に脱出していると考えられ
ます。まして、ヨーロッパには「EUシェンゲン協定」というも
のがあって、ヨーロッパの国家間を国境検査なしで国境を越えら
れるので、移動しやすいのです。この動きは、ギリシャ以外のP
IIGS諸国にも起こっているものと思われます。
 さらに心配なのは、今回のEUのCDS契約の踏み倒し処理の
後遺症です。EUは資本主義経済における「契約」の精神を守ら
ず、いわば借金(ギリシャ国債のCDS契約)の踏み倒しに近い
ことをやったのです。
 既に2008年の時点でクレジット・デリバティブ──CDS
やCDOやABSなど──の想定元本は「6京円」に及ぶといわ
れています。「京」とは、1兆円の6万倍です。とくに「裸のC
DS」には大きな問題があります。金融投資家のジョージ・ソロ
ス氏はCDSについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)は、とくに問題
 だ。CDSは債券保有者にデフォルトに対する保険を提供する
 とされている。だが、自由に売買できる証券であるため、売り
 崩しをしかけるために使うことができる。CDSは保険だけで
 なく、殺しのライセンスも提供するのである。CDSの利用は
 保険の対象となる国債や社債を保有している者に限定するべき
 である。       ──ジョージ・ソロス著/藤井清美訳
  『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』/徳間書店
―――――――――――――――――――――――――――――
 実はEUでは、「裸のCDS」について規制する動きがあるの
です。2011年10月19日の朝日新聞は、次のように伝えて
います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 欧州連合(EU)が来年11月から、国が破綻する リスクを
 取引する金融派生商品クレジット・デフォルト・スワップ(C
 DS)について、現物を持たないまま売る「空売り」を欧州市
 場で禁止する方向になった。18日夜、欧州議会とEU加盟国
 の代表が合意した。
         ──2011年10月19日付『朝日新聞』
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、本家本元の米国や英国は、まったくやる気がないので
す。したがって、欧州市場で禁止しても、禁止されていない地域
で注文を出せばよいからです。したがって、世界中でCDSの取
引を禁止しない限り意味がないのです。
 2009年3月26日、ガイトナー米財務長官は議会で次のよ
うに述べており、規制する気はさらさらないのです。CDS規制
法案は提出されたものの、否決されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  CDSの規制は不必要であるし、基本的に有効でもない
               ──ガイトナー米財務長官
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ、米国や英国はCDSをやめようとしないのでしょうか。
その理由は明白です。それは国家的利益をもたらすからです。こ
れについて朝倉慶氏は次のように説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2009年、米国の金融機関は見事に復活して巨大な収益を上
 げました。その大半は自己売買、CDSを筆頭としたデリバテ
 ィブ取引と現物取引の融合によるものです。(省略)2009
 年最初の9カ月間で、このデリバティブと現物取引を使って儲
 けた金額はゴールドマン・サックスが198億ドル、バンク・
 オブ・アメリカが106億4000万ドル、IPモルガンが、
 93億4000万ドル、シティグループが68億4000万ド
 ル、モルガン・スタンレーが62億1000万ドルとなってい
 ます。年間換算で合計すれば、日本の法人税総額の5兆円に匹
 敵する額!こんな儲けを国家としても棒に振るわけはない!こ
 れが現実です。         ──朝倉慶著/徳間書店刊
     『もうこれは世界大恐慌/超インフレ時代に備えよ』
―――――――――――――――――――――――――――――
 「CDS取引に手をつけると世界が終る」といわれます。どの
くらいのCDS決済の額があるのでしょうか。ほとんど正確な数
字は出てこないのです。6京円といわれますが、本当のところは
まったくわからないのです。かなりの部分が隠されている可能性
もあります。         ── [欧州危機と日本/32]


≪画像および関連情報≫
 ●世紀の空売り!財務長官の出身銀行を救済するために!
  ―――――――――――――――――――――――――――
  世紀の空売りは非常に楽しく読めた。何故なら、財務大臣ポ
  ールソンの元務めていた一企業救済の為に15兆円もの米国
  民のお金を散じたと言われる米国の金融危機に関するロイタ
  ーのニュースを私はリアルタイムで見てきたので、ある程度
  の流れがわかっているからです。(私自身は空売りで儲けた
  とは、言い難いですが、少なくともサブプライムショックの
  兆候を事前に察知し、新興国株式は無事売り抜け、為替にお
  いては一貫してドル売りで利益を得ました。と言っても95
  円の下げまでの話です)。AIGという馬鹿な企業がゴール
  ドマンサックス(GS)に借りていたお金は130億ドルで
  すが、AIGが倒産すれば、このお金は戻ってこない。この
  投資銀行は、政府との結びつきが非常に強く、この銀行出身
  で財務長官など政府要職につく人は多い。当時の財務長官ポ
  ールソンもGS出身ですから、AIGを救済したのは自分の
  出身銀行を守るためだと言われても仕方がないでしょう。つ
  まり、GSの130億ドルの貸し倒れを防ぐために、AIG
  に1800億ドルを投入したのですから、米国でデモが起こ
  るのも無理がありません。
  http://blog.livedoor.jp/tryjpychart/archives/51322631.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ガイトナー米財務長官.jpg
ガイトナー米財務長官
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2012年05月21日

●「千兆円の借金で今の日本ができた」(EJ第3304号)

 5月14日のBSフジの「プライムニュース」では、少し痛快
な思いをしました。清水信次さんが出演したからです。少し欧州
危機のテーマから外れますが、お付き合いください。
―――――――――――――――――――――――――――――
   「流通業界の重鎮が直言/消費増税・首相の資質」
      日本チェーンストア協会会長・清水信次氏
http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/index.html?d120514_0
―――――――――――――――――――――――――――――
 この番組で一番印象に残ったのは、反町理キャスターと清水信
次氏との次のやりとりです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 反町:日本は国の借金が1000兆円を超えていて、第2のギ
    リシャになるといわれていますが、これについて清水さ
    んはどう思われますか。
 清水:借金が1000兆円を超えたっていいじゃないですか。
    この1000兆円で今の日本ができたんですよ。現在の
    日本は財政破綻どころじゃなく、世界一といってよいほ
    ど、財政は健全なんです。なぜなら、国民の金融資産は
    1470兆円もあり、加えて対外純資産は175兆円、
    それに外貨準備が約100兆円もある。それに日本全体
    の総資産は帳簿価格で8016兆円もあるのです。これ
    に比べれば、1000兆円の借金なんか、言葉は悪いけ
    ど、目クソ、鼻クソですよ。そんな日本が、こともあろ
    うになぜギリシャなんかになるんですか。
 反町:・・・・・
 清水:最近本屋に行くと、戦後生まれの経済学者だか評論家だ
    か知らないが、破綻本ばかり書いている。このままでは
    日本は破綻すると煽って、国民を脅しています。それに
    政府まで乗っかってしまっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 菅政権と野田政権を通じて民主党政権を悩ましたのは、麻生政
権のときから始った基礎年金国庫負担割合の2分の1への引き上
げに伴う財源なのです。その財源は2.5 兆円──消費税1%分
であり、毎年必要になる財源なので、安定財源を確保する必要が
あることは当然のことです。
 この財源は、所得税などの基幹税で賄うべきものであり、復興
財源などは建設国債で対応すべきです。しかし、愚かなことに菅
前政権(野田氏は財務相)は、復興財源を所得税の増税で賄い、
基礎年金国庫負担の財源は埋蔵金で拠出することにしたのです。
政府の明らかな政策ミスですが、そのウラに消費税の大幅増税を
企む財務省の策略があったのです。
 もし、基礎年金国庫負担財源の2.5 兆円が所得税の増税で対
応できていれば、取り急いで社会保障の財源の対応と称して消費
増税を打ち出す必要などなかったのです。ところが、財務省は、
この絶好のチャンスを見逃さなかったのです。
 このときから財務省は、記者クラブメディアを使って、日本の
「借金」は対GDP200%の1000兆円であり、ギリシャよ
り悪いという大宣伝をはじめたのです。そのため、反町氏のよう
なキャスターまで、消費増税をしないと日本の財政は破綻しかね
ないと本気で(?)信ずるようになったのです。
 しかし、清水信次氏の指摘する通り、1000兆円にはそれに
見合う膨大な資産があるので、まったく心配する必要はないので
す。ところで、テレビに登場する専門家と称するエコノミスト、
評論家、キャスターはこぞって「日本の国債破綻論」を声高に説
き、宣伝したので、国民の多くは、その間違った考え方を持つよ
うになってしまったのです。
 テレビ局は財務省の支配を受けているので、日本の財政につい
て正しいことを話す人を出演させないようにするのです。これは
雑誌などでも徹底されています。清水信次氏などは例外中の例外
といえるでしょう。もし、出演した専門家が財務省と違うとを発
言すると、すぐ財務省からテレビ局にクレームが入るので、テレ
ビ局としては、うっとうしいので、正しいことを発言する人を外
さざるを得なくなってしまうのです。
 さて、今回のギリシャ問題は、対応を誤ると日本経済に大きな
ダメージを与える懸念があります。ギリシャの再選挙のある6月
17日までがひとつの区切りになります。それまで既に1ヵ月を
切っています。
 その間にヘッジファンドは、何とか世界中の株価を暴落させて
安値で株を仕込みます。そのうえで、何らかの好材料を流し、株
価を回復させ、売り抜ける方策を立てています。これにはヘッジ
ファンドの手先である格付け会社が一役買うのです。
 ヘッジファンドの策略はこの5月18日から既にはじまってい
ます。格付け会社のムーディーズは18日、スペインの銀行16
行を一斉に格下げしています。そのため18日の平均株価は、一
時300円近くも下がり、8588円に暴落しています。
 この暴落当日の18日に、政府はあろうことか、景気の基調判
断に「回復」を盛り込んでいるのです。世界市場の混乱がまるで
見えていないから、こんなお粗末な景気判断を出すのです。それ
に「回復」とうたってしまうと、日銀が追加の緩和に踏み切れず
政府と日銀が連携していないことを世界にアッピールしてしまっ
たことになるのです。こんなことをしていると、世界の金融マフ
ィアは日本をターゲットに何かを仕掛ける可能性があります。
 さらに21日からはじまる週には、オーストラリア、ドイツ、
フランスが格下げされると思います。そのたびに株価は下がり続
けるでしょう。これもヘッジファンドの仕組んだ策略の一環なの
です。そもそも今回のギリシャ問題に端を発した欧州危機には、
最初からゴールドマン・サックスが深く関与しているのです。こ
れについては、明日のEJで詳しく取り上げることにします。
               ── [欧州危機と日本/33]


≪画像および関連情報≫
 ●ブログ「獅子奮迅」より/清水信次氏/プライムニュース
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ライフコーポレーション会長・日本チェーンストア協会会長
  国民生活産業・消費者団体連合会会長 清水信次さんの提言
  を箇条書きにしてみました。(戦後)焼け野原から復興して
  来て、本日になるまで、政官民一体になって、我々はやって
  来た。日本の政治家とか官僚とか、あるいは我々国民、経済
  人も世界で最高に立派な国民であり国家ですよ。それを「無
  駄がある、何がある」って事で、大いに騒ぎたてて「政争の
  具」にしているのが問題だ。アメリカの借金は1500兆円
  を越えて、しかも対外債務が300兆円。日本は、国民の金
  融資産が1470兆円ある。対外債権が275兆円。外貨保
  有高は、かつて160兆円あったが円高で今は100兆円ほ
  どに減った。資産も8016兆円、日本の総資産、企業とか
  国家とか地方自治体とか個人とかは、何京で数えられない、
  何千兆どころではない。日本の持っている資産からすれば、
  1000兆円の借金なんか、目くそ鼻くそだ。日本が、ギリ
  シャになる事なんてあり得ない。何で、日本がギリシャにな
  るのか!戦後生まれの学者か評論家か、知らんがね、あんな
  つまんない本をいっぱい出してね、国民を脅かしてね、政府
  自身もね、それを言って「財政再建しなきゃいかん」て言っ
  てね。財政再建はね、今から50年も前、40年も前も、今
  と同んなじ事を言っている。財政再建、プライマリーバラン
  ス、(いまさら)なに言ってんだ。
    http://ameblo.jp/tokyolions/entry-11251048120.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

日本チェーンストア協会会長/清水信次氏.jpg
日本チェーンストア協会会長/清水信次氏
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2012年05月22日

●「ゴールドマン・サックスの汚い手口」(EJ第3305号)

 「ギリシャ危機は仕掛けられたものである」という情報があり
ます。その仕掛けた張本人は、米国の金融グループであり、世界
最大の投資銀行であるゴールドマン・サックスであるといわれて
いるのです。
 話に入る前に「空売り」について知っておく必要があります。
空売りとは何でしょうか。定義は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 空売りは、投資対象である現物を所有せずに、対象物を将来的
 に売る契約を結ぶ行為である。     ──ウィキペディア
―――――――――――――――――――――――――――――
 「空売り」の本来の意味は「信用売り」です。商品先物や外国
為替証拠金取引で使われている用語なのですが、これらの市場で
は売りも買いも「空(から)」で取引されるので、単に「売り」
と呼ぶことが多いのです。
 ここで理解しておくべきなのは株式の世界での空売りです。そ
の定義は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 株の空売りとは、証券会社から株を借りて売却し、その株が値
 下がりした時点で買い戻すことで利益を得る投資方法である。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ある人がA社の株を持っているとします。その株が10万円の
時点でそのA社の株を借りて、それをすぐ売れば10万円が手に
入ります。しばらく経ってその株が8万円に値下がりをした時点
で株を買い戻し、返却すると2万円の利益が出ます。もちろん株
の借り賃(手数料)を支払う必要があります。これが株の空売り
といわれるものです。
 この仕組みで株を貸してくれる人(ほとんどは法人)がいるか
どうかです。それは心配がないのです。企業の保有する株のなか
には、株の持ち合いで売れない株があります。その場合、その株
を貸すことによって手数料が稼げるとなれば、それは有効な株の
運用方法になるのです。
 自らから空売りをやれば失敗して損になる場合もあるので、相
手の信用にもよりますが、貸すだけで手数料が入れば貸し出す会
社はあるのです。このように自らは株(対象物)を持っていなく
ても、それを借りて売ることができるので、それを「空売り」と
いうのです。
 既に述べたようにギリシャは、どうしてもユーロの仲間入りを
したかったのです。しかし、国の借金が多く、加盟基準をクリア
できなかったのです。
 そのときギリシャに近寄ったのはゴールドマン・サックスなの
です。ギリシャ国債を大量に買い、ギリシャに加盟基準をクリア
する策を授けたのです。それは、デリバティブの手法を使って、
ギリシャ政府の債務の一部をオフ・バランスにしたのです。要す
るにオリンパスと同じ「飛ばし」をやったわけです。
 これによって、ギリシャがユーロに加盟すると、ゴールドマン
・サックスは、顧客の投資家や銀行に対し、ギリシャ国債は金利
が高いが、健全性は高いとして売りまくったのです。それと同時
に、デフォルトのさいのリスクに備えてギリシャ国債のCDSを
掛けたのです。そのときのCDSの料率は、国債額面の2%程度
であったのです。
 そのようにしているウラで、子会社のヘッジファンドに対して
保有する大量のギリシャ国債を空売りさせたのです。大量に売れ
ば当然価格は下がります。そのときそれを買い戻すことによって
多くの利益を手にすることができるのです。
 そして、タイミングを見てギリシャ政府の債務はウソであった
ことをバラしてしまうのです。実際は政権交代をした全ギリシャ
社会主義運動のパパンドレウ首相が前の政権が不正をやったこと
をバラしているのです。もちろんそのように仕向けたのは、ゴー
ルドマン・サックスなのです。
 これによってギリシャ国債は投げ売りされます。ゴールドマン
・サックスもギリシャ国債を売り浴びせるので、金利はあっとい
う間に10%近くまで上昇したのです。そうすると、CDSの料
率も4倍程度に跳ね上がります。
 1兆円の国債にかかっているCDSの料率が2%とすると、購
入価格は200億円です。CDSは「裸のCDS」といわれるよ
うに、国債を持っていなくても購入することができ、売買もでき
るのです。国債の金利が10%になり、国債価格が30%下がる
と、CDSはその4倍程度になって価格は800億円になり、
ゴールドマン・サックスはこれでも大儲けをしたのです。
 ゴールドマン・サックスは、米国財務省と一心同体であり、ギ
リシャ問題には米国が深くかかわっています。同じようなことを
スペインやイタリアに対してもやっていることが考えられます。
彼らはユーロシステムの脆弱性を知り抜いており、徹底的にそこ
を衝いてくるのです。
 ユーロシステムの脆弱性は何でしょうか。ユーロ加盟国の国債
は自国通貨建てではないからです。とくに財政力の弱いPIIG
Sにとってはそうであるといえます。
 仮に外国のヘッジファンドが日本国債を売り浴びせてきても、
日銀がそれをすべて買ってしまえばよいのです。日本国債は自国
通貨建て国債だからそれができるのです。したがって、彼らは自
国通貨建ての国には滅多なことでは仕掛けてこないのです。
 しかし、ギリシャやスペインやイタリアの場合は、どうでしょ
うか。自国の中央銀行は金融政策はとれないので、自国通貨建て
国のような対応がとれないのです。したがって、ヘッジファンド
は仕掛けやすいことになります。
 このように国際金融市場は、醜い謀略の渦巻いている修羅場な
のです。彼らはバゲタカといわれるように、攻め口があると情け
容赦なく攻め込んできます。欧州危機もこのようなウラの面から
も考えることができるのです。 ── [欧州危機と日本/34]


≪画像および関連情報≫
 ●オリンパス事件に見るゴールドマン・サックスの手口
  ―――――――――――――――――――――――――――
  この1ヵ月、オリンパス株の暴落で多くの株主が損失を抱え
  たが、世界最強の投資銀行と呼ばれる米ゴールドマン・サッ
  クスはひと味違った。株価の下落でも儲かる「空売り」をい
  ち早く仕掛け、底打ち直前に買い戻すという売買を神業のよ
  うなタイミングで実行した。一連の取引で22億円前後の利
  益を上げたという計算もできる。その凄すぎる手口とは?オ
  リンパスをめぐる騒動の発端は2011年10月14日、マ
  イケル・ウッドフォード氏(51)が突如、社長を解任され
  たことだった。ゴールドマンはその前日の13日、オリンパ
  ス株を約83万株空売りしている。同日の終値2482円で
  計算すると20億円超の売りを一気に出したことになる。空
  売りとは株を持たずに、ほかから借りてきて売却すること。
  株価の下落が予測されるときに使う手法で、値下がりした際
  に買い戻すことで、その差額が利益となる。東京証券取引所
  は証券会社などが空売りした銘柄や株数の残高を日々公表し
  ている。それをみると、ゴールドマンは13日以降、一定程
  度買い戻しながらも、空売りを増やし続けている。この手口
  について、ある国内証券マンは「ウッドフォード氏が経営陣
  を告発するのを聞いて、事態は深刻ということで、どんどん
  売りを増やしていった印象だ」と解説する。
         http://hamusoku.com/archives/6363827.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ゴールドマン・サックスの本社ビル.jpg
ゴールドマン・サックスの本社ビル
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2012年05月23日

●「強引なギリシャの再建スキーム」(EJ第3306号)

 ギリシャをめぐる情勢が非常に複雑になっているので、少し整
理して先に進めることにします。
 2012年3月8日──ギリシャにとって重要な局面が訪れた
日です。債権者が約75%のカットに応じるか否かによって、無
秩序なデフォルトか、選択的デフォルトかが決まるという局面な
のです。債権額の4分の3をカットせよというのですから、無茶
苦茶な条件といえます。
 この75%のカットというのは、ギリシャ国債債務について元
本の53.5 %の削減と低クーポンの新ギリシャ国債に交換する
ことにより、結果として75%のカットができるのです。
 ギリシャ国債の総発行残高は3500億ユーロ、その約60%
の2060億ユーロ(20兆円)が海外の投資家が保有している
のですが、そのうち1770億ユーロ(18兆円)分について、
75%以上の投資家の自発的な合意による参加が必要であるとい
うのです。
 この合意に応じない場合は、ギリシャ政府は集団行動条項──
CACを発動するというのです。このCACが発動されると、強
制的に債権カットが行われるので、ギリシャは無秩序なデフォル
トに陥ることになります。
 無秩序なデフォルトになると、ギリシャのデフォルトに対して
かけられている巨額のCDSの支払い義務が生じますが、これに
よって一番困るのは、ギリシャ債のCDSを大量に売っていた米
国の金融機関なのです。つまり、2007年〜2008年のリー
マンショックのさいの、あのAIG破綻の再現が起きてしまう恐
れがあったのです。
 ギリシャ国債にからむCDSをたくさん売っていた米国の金融
機関とは、主としてゴールドマン・サックスとモルガンスタンレ
ーであり、日本では野村証券が大量に売っていたのです。これが
災いして野村証券は、ギリシャが選択的デフォルトになったあと
も格付け会社から大幅な格下げを食らっているのです。
 しかし、3月6日になっても債権カットに応ずる参加率は30
%程度に止まっており、8日までの75%以上の参加は絶望的と
思われたのです。しかし、3月8日には参加率は84%に達し、
CACは発動されず、ギリシャは無秩序のデフォルトにはならな
かったのです。
 そのウラには何があったのでしょうか。カギを握っていたのは
米系のヘッジファンド(シテイ系)だったのです。彼らはぎりぎ
りまで待って、3月6日にギリシャ政府との秘密交渉を行ったの
です。これは、副島隆彦氏の情報によるものですが、副島氏は次
のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (米系ヘッジファンドは)「自発的に債権カットに応じるから
 その見返りに」と、次の条件を受け入れさせた。ひとつは26
 %の国債保有分のうち、表の帳簿″に記載している4%分だ
 けはCDS契約の権利執行を認めること。これで自分たちだけ
 はCDSのバクチ保険金まで満額で手に入る。それ以外のギリ
 シャ国債22%の分は本籍地がケイマン島やバミューダ諸島の
 ようなタックスヘイブン(租税回避地)にあるものだ。まさし
 く裏帳簿″(ヒドン・ブック)での投資資金の運用である。
 どこの大銀行もこれをやっている。そして今や、米欧日の先進
 各国の政府(財務省)の会計もこの裏帳簿会計である。しこた
 ま赤字財政を抱え込んでいる。(中略)このオフシォアでの保
 有分については、EU当局が保有している米国債と「額面」で
 の評価でボロクズのギリシャ国債を交換することで交渉はまと
 まった。                 ──副島隆彦著
          『欧米日やらせの景気回復』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ひどい話です。もう後がない2日前に交渉して、非情な取引を
行っているのです。完全に弱みにつけこんだ交渉といえます。結
局CDSの支払いは、米系ヘッジファンドの4%については実施
され、他の96%のCDSの請求権利は、「75%の自主的な債
権カット」によって消滅させられたのです。
 ギリシャの再建計画にはまだ不可解なことがあるのです。それ
は、「ギリシャの負債を50%カットするとGDP比120%に
なるので、再建の道が開ける」というものだったのです。
 この再建計画のスキームのまとまったときのギリシャの負債は
対GDP比160%であったのです。それなら計算が合わなくな
ります。160%の負債を50%カットするのであれば、単純計
算では80%になるはずなのに、なぜ120%なのでしょうか。
 これは、ECBが保有するギリシャ国債については債権カット
をしないので、そういう計算になるのです。なぜかというと、E
CBはユーロ圏の資産を担保にユーロという紙幣を発行している
ので、ECBは損失を出せないという理屈です。
 しかし、今やECBはギリシャ国債を一番多く持っていること
になります。自ら購入しただけでも5兆円は完全に超えているの
です。さらに各国から担保で預かったものを含めると、おそらく
30%以上を保有していることになるはずです。
 そのギリシャ国債の最大の保有機関であるECBがいっさい債
権カットに応じていないのですから、ギリシャの負債は大きくは
減らないのです。「ECBには全額返済せよ。他の投資家は75
%カットだ」というのでは、あまりにも不公平というか、理不尽
な再建スキームであるといわれても仕方がないでしょう。
 ギリシャ国債保有者に対する75%カットの事実上の強制とC
DS契約の強制放棄──このようなことをしていると、ギリシャ
以外のユーロ国家に危機が起きたとき、投資家はギリシャのとき
のように債権カットを受け入れないと思います。それに支援の代
りに求められる過激な緊縮財政の強制には問題があります。今や
これらのすべてのことが、一直線にユーロ崩壊に向かって突き進
んでいるのです。       ── [欧州危機と日本/35]


≪画像および関連情報≫
 ●2012年2月3日時点のMSN産経ニュース
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州債務危機の元凶であるギリシャの債務削減をめぐり、ギ
  リシャ政府と民間債権者の合意期限が週内に迫る中、民間債
  権者が保有するギリシャ国債を強制的にカットする案が浮上
  している。ヘッジファンドなどの債権者が削減の枠組みに参
  加せず、十分な遡源効果を得られない恐れが高まっているた
  めだ。強制カットに踏み切れば、欧州連合(EU)などから
  の第2次金融支援を受けられる。だが、実質的なデフォルト
  と認定され、イタリアやスペインなど他の重債務国でも同様
  の事態になるとの不安から国債が暴落し危機が深刻化する懸
  念もある。銀行などの民間債権者が保有するギリシャ国債は
  元本で計2000億ユーロ(約20兆円)に上る。EUは昨
  年10月、ギリシャへの1300億ユーロの2次支援の条件
  として、国債の元本を50%削減することで合意した。削減
  は価値の低い新たな国債と交換する方式で行うが、利率をめ
  ぐり交渉が難航している。ギリシャ政府が要請している4%
  以下の場合、削減率が70%超に達することに債権者が猛反
  発いているためだ。先月30日のEU首脳会議では、業を煮
  やしたファンロンパイEU大統領が「今週末までの合意を目
  指しあらゆる手段をとる」と、早期合意を要請した。これに
  対し、民間債権者の一部は「あくまで自主的な取り組みであ
  るべきだ」とし、削減の枠組みに参加しない意向を示してい
  る。このため、合意に達したとしても、財政再建に必要な削
  減規模に達しない可能性がある。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120203/fnc12020301050001-n1.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

欧州情勢に詳しい副島隆彦氏.jpg
欧州情勢に詳しい副島 隆彦氏
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2012年05月24日

●「何も決められないG8の劣化」(EJ第3307号)

 ギリシャの預金残高が減少しています。5月6日の総選挙後は
30億ユーロの預金が銀行から消えているのです。そのお金はど
こに行ったのでしょうか。
 その多くはタンス預金といわれていますが、他国の銀行に資金
を移している国民もいます。ギリシャの国民が自国の銀行を信用
できなくなったのです。銀行そのものは今のところ平静さを保っ
ていますが、一日に何回もATMに通って順番待ちをしている人
が多いようです。パニックこそ起きていないものの、これは事実
上の取り付け騒ぎであるといえます。
 ECBの統計によると、2012年3月末のギリシャの銀行預
金残高は1710億ユーロであり、2009年末よりも30%も
減少しています。これは容易ならざる事態です。もし、6月17
日の再選挙の結果しだいでは、大規模な取り付け騒ぎが発生し、
さらに大量の資金流出が起きる可能性があります。
 連立政権がまとまらなかったことで、ギリシャの再建計画には
大きな狂いが生じています。そうしている間にもギリシャには国
債の償還期限が次々と迫ってくるからです。先週末の5月18日
も約33億ユーロ(約3400億円)の国債の償還日だったので
すが、これについては、EFSFが42億ユーロを支出して乗り
切っています。このような事態を受けて、ドイツを中心とする北
欧諸国では、ギリシャ支援に世論の反発が強まりつつあります。
 このように一段と深刻化するギリシャ危機を主要テーマとして
5月19日に急遽米国で開催されたG8(主要8ヶ国首脳会議)
は、何ら解決策を打ち出せずに終了しています。G8が採択した
キャンプデービッド宣言においては、ギリシャに対して次のよう
な訳の分からない文言が盛られたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    ギリシャがユーロ圏に残ることへの関心を確認
―――――――――――――――――――――――――――――
 「何だコリャ」です。何もいっていない。ギリシャがユーロ圏
に残って欲しいのか、離脱して欲しいのか、さっぱり読めない文
言です。会議は緊迫感ゼロで、オバマ大統領の配慮で野田首相に
誕生日プレゼントのチョコレートケーキが出たりして、和気あい
あいだったそうです。まるで身内の飲み会のような雰囲気だった
といいます。だから、野田首相は終始ご機嫌だったのです。
 第一生命経済研究所主席エコノミストの嶌峰義清氏は次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 G8は悠長過ぎます。協調路線でユーロ危機を乗り切らなけれ
 ばならない仏オランド大統領と独メルケル首相は、手探り状態
 のままお互い何も主張しなかった。手探りしている場合ではな
 いでしょう。すぐそこにある危機への対処が全くなく、市場は
 失望しています。 ──2012年5月21日/日刊ゲンダイ
―――――――――――――――――――――――――――――
 経済成長か財政再建か──これに関してもその両方を次のよう
に明記するにとどめています。何もいわないのと同じです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.成長と雇用の促進は必要不可欠
       2.持続可能な財政健全化策を支持
―――――――――――――――――――――――――――――
 経済成長すれば雇用が改善し、税収が増えるので、財政再建が
進めやすくなる──こんなことは当たり前です。そもそもユーロ
という仕組みに無理があるのではないでしょうか。経済状態が違
う国が17ヶ国も一緒になって同じ通貨を持てば、経済の強い国
が有利に決まっています。
 欧州中央銀行──ECBは、経済の強いドイツに合わせて域内
の経済運営をしようとします。ドイツはギリシャがユーロに加盟
した2001年には、世界的なITバブルの崩壊によって、国内
の企業が投資不振に陥り、雇用環境が悪化したのです。
 そのときECBはドイツを助けるため、低金利政策をとったの
です。低金利政策をとっても、この時期ユーロは高水準で推移し
たので、ユーロ圏以外への輸出は伸びなかったのです。
 そのためドイツは、ユーロ圏内に貿易黒字を拡大することで、
危機を脱することができたのですが、それがPIIGS諸国を中
心にバブルの膨張をもたらし、やがてそれが崩壊したのです。
 そしてPIIGS諸国の財政危機が深刻化すると、ユーロ安に
なり、ドイツの輸出は大きく伸びたのです。一時は「1ユーロ=
169円」に達していたユーロ円レートは、PIIGS諸国の財
政危機が深まると急落し、現在では100円を切る展開になって
いますが、ユーロ安の傾向はドイツに利するのです。ユーロが混
乱すればするほど、ドイツはトクすることになります。
 したがって、ドイツにとってユーロシステムは願ってもないこ
とであり、それでいて他国には厳しい緊縮財政を求めるのです。
これは勤勉なドイツ人の性格も反映しているといえます。それに
ドイツの経済の考え方も少しおかしいのです。旧態依然たる経済
理論に基づいて経済を運営しているように見えるからです。
 フランスは経済成長重視を打ち出すオランド大統領が誕生しま
したが、ドイツのメルケル首相はあくまで緊縮財政の堅持を強調
し、G8でも譲らなかったそうです。そのため、両論併記のよう
な宣言になったのです。
 ギリシャのユーロ離脱は本当にありうるのでしょうか。
 これはきわめて不透明です。なぜなら、離脱については、規定
がないからです。EU条約は50条で「加盟国はEUからの離脱
を決められる」と定めているだけです。そもそも離脱など想定し
ていないのです。
 欧州委員会の公式見解によると、「ユーロから離脱すると、E
Uからも離脱することになる」のです。通貨の切り替え作業もき
わめて困難そのものであり、それはさらなる混乱をもたらすこと
になります。         ── [欧州危機と日本/36]


≪画像および関連情報≫
 ●野田首相とオランド大統領の差/村野瀬玲奈の秘書課広報室
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日米盟無しには生きていけないと政治家も官僚も国民も思い
  込まされているのでひたすらアメリカにつき従う日本の野田
  首相は、オバマ大統領の席からずいぶん遠いところに座らさ
  れましたね・・・。オバマ大統領の隣はフランスのオランド
  大統領ですって。直近の選挙で大統領に当選したばかりの重
  要国の国家元首だから当然とも言えますが、それを抜きにし
  ても日本の影の薄さを感じました。それに、オランド氏はア
  メリカにはほとんど存在しない社会主義者だし、必ずしもア
  メリカに従うばかりではないし、そもそも国際舞台での知名
  度だってまだまだのはずなのに、フランス国内で、欧州で、
  アメリカで、そして世界でちゃんとフランスの主張を展開で
  きています。特に、『オランド氏は5月6日のフランス大統
  領選の決選投票で「緊縮よりも成長」を掲げてサルコジ前大
  統領を破った。5月18日のオバマ米大統領との会談でも、
  財政再建と経済成長を両立させる政策が欠かせないと主張。
  オランド氏の登場で、緊縮財政に軸足を置いてきたG8は従
  来路線の修正を迫られている格好だ。』という文は、国際社
  会へのフランスの影響力を見せつけていますね。オランドの
  フランスは世界の風向きを変えている、と言えるでしょう。
  http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-3448.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

G8サミット/2012.jpg
G8サミット/2012
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2012年05月25日

●「ギリシャはユーロを離脱するのか」(EJ第3308号)

 6月17日のギリシャの再選挙で、野党側──緊縮財政反対派
が勝利した場合、ギリシャはどうなるでしょうか。
 もし、ユーロ圏離脱ということになると、通貨をユーロから旧
通貨ドラクマに変更する作業が必要になります。実はこの作業手
順について、ドイツのIFO経済研究所が論文に書いて今春に発
表しているのです。実に用意のよい話です。
 それによると、銀行を土曜日から月曜日まで三連休にして、基
準日を決めて預金残高を把握します。そして火曜日から、市中の
ユーロ紙幣に識別用のスタンプを押して、新通貨との交換に備え
るのです。そして、資金逃避が起きないよう、資本規制や国境検
問を強化します。
 しかし、ことはそう簡単ではないのです。新通貨になるドラク
マの通貨価値が大幅に切り下げられることは確実だからです。ど
のくらい切り下げられるかですが、2001年〜2002年のア
ルゼンチン危機のときよりも大幅になることは間違いないと思わ
れます。
 アルゼンチン危機のときは、ドル連動を放棄した通貨ペソの相
場が対ドルで30〜40%も下がっているのです。そうなると、
緊縮財政反対派が勝利した瞬間に多くの人々が銀行に殺到し、取
り付け騒ぎが起こるはずです。とにかく多くの人が切り替え前に
少しでもユーロを確保しようとするはずです。その動きは既に始
まっているのです。
 国としては作業的に大変です。離脱方針を議決し、新ドラクマ
の紙幣デザインの決定、印刷、各金融機関への輸送、実際の紙幣
の交換まで相当の期間がかかるはずです。その間にギリシャはお
そらく大混乱になるはずです。
 そこまでの混乱をしてまで、ギリシャはユーロ圏離脱をしてど
ういうメリットがあるのでしょうか。
 ギリシャの通貨がドラクマに戻ると、前記のように為替レート
は大暴落します。そうすると、ギリシャは輸入が困難になり、輸
出は容易になります。経済競争力が強くなるからです。しかし、
ギリシャには、観光以外にこれといった有力な輸出産業はなく、
多少観光が好調になったとしても、ギリシャの貿易・サービス収
支が大幅に改善するとは思えないのです。ちなみに、観光はサー
ビス輸出ということになります。
 このギリシャのユーロ離脱について、ドイツIFO経済研究所
のハンスウェルナー・ジン所長は、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャがユーロ圏にとどまるなら、経済競争力を強化する能
 力は著しく制限される。個人的には、ギリシャがユーロ圏にと
 どまりながら競争力をつける可能性はないと確信している。ギ
 リシャをユーロ圏にとどまらせれば、高水準の失業が続くだろ
 う。だがユーロ圏を離脱すれば急激に回復する。(歳出削減や
 増税に直面する他のユーロ圏諸国を取り巻くリスクについて)
 政治家が何と言おうと、一部の南欧諸国に必要とされる水準ま
 で賃金や価格を引き下げることは不可能である。
        ──[ニューヨーク/5月23日 ロイター]
―――――――――――――――――――――――――――――
 このドイツIFO経済研究所の所長の発言は、ギリシャに対し
て、ユーロ圏からの離脱を促しているような内容です。ドイツは
ギリシャには出ていって欲しいのでしょうか。
 ドイツの利益という観点から考えると、ギリシャがユーロから
離脱することはプラスにはならないのです。IFO経済研究所の
ハンスウェルナー・ジン所長の意見は、ギリシャの立場に立って
もしギリシャがユーロ圏にとどまると、ギリシャ人は不幸になる
といっているのです。その分析は正しいといえます。
 今回、ギリシャやフランスで積極財政を掲げる左派勢力が急伸
したことについては、必ずしもそれがワガママであるとはいえな
いのです。
 資本主義の下では、経済が好調になると、人件費や地価などの
物価が上昇し、それにつれて通貨高になります。そうすると、企
業の国際競争力は落ちて、経済成長は抑制されます。米国も日本
も同じ道を辿ってきたのです。しかし、ユーロのシステムは違う
のです。これについて「週刊ポスト」5/25の「経済先読みレ
ポート」は次のように説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今のEUは違う。圧倒的に経済が強いドイツで何が起きている
 かというと、企業業績も国際収支も好調であるにもかかわらず
 ギリシャ危機などによってユーロは下落、労働力は域内の発展
 途上地域からどんどん安価に調達でき、地価が上がればそれら
 地域に工場ごと移転できる。だから域外への輸出産業は発展を
 続けても競争力が落ちず、笑いが止まらない。そのかわりギリ
 シャなどの弱小国は、やや古風な表現を使えば強国に搾取され
 る立場に落ち、しかも自国の実力以上にユーロが強いから、域
 外からの輸入品は不当に高くなり、生活水準は下がる一方にな
 る。             ──「週刊ポスト」5/25
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツとしては、このままギリシャをユーロから離脱させては
ならないのです。ドイツ人の多くは、ギリシャに支援を増大させ
ることに不満ですが、ユーロを守ることがドイツの繁栄につなが
るからです。
 もしギリシャを離脱させてしまうと、同様の危機がPIIGS
諸国に飛び火し、収拾がつかなくなります。それにドイツ式経済
発展モデルを多少見直すことも考えるべきです。インフレを恐れ
るあまり、政府負債を対GDP比3%以内にコントロールしたり
する緊縮財政政策を見直すべきです。そうしないと、ドイツに次
ぐEU主導国のフランスがドイツの経済発展モデルに反旗を翻す
可能性があるからです。オランド大統領は、それを訴えてサルコ
ジ氏を破ったのです。     ── [欧州危機と日本/37]


≪画像および関連情報≫
 ●パパデモス前首相語る/離脱の道はありえない
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ロンドン】ギリシャのパパデモス前首相は5月22日、ウ
  ォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで、ギリ
  シャは痛みを伴う緊縮策を実行する以外に選択肢はないと述
  べ、さもなければユーロ圏からの脱退に直面し、経済荒廃や
  インフレ高進といった新たな社会的緊張に見舞われるだろう
  と警告した。パパデモス氏は先週の首相辞任以降初めてイン
  タビューに応じたもので、ユーロを放棄すれば、ギリシャは
  経済の「破局的な」結末を迎え、ユーロ圏の他の参加国に深
  刻で広範な悪影響が及ぶだろうとの考えを示した。一部の欧
  州諸国や機関が、最終局面に備えて緊急対応計画を検討して
  いるのはこのためだという。同氏は「こうしたシナリオは実
  際には起こりにくく、ギリシャにとっても他国にとっても望
  ましくないが、ギリシャがユーロを離脱した場合に起こりう
  る結末を封じ込めるための準備は排除できない」と語った。
  欧州中央銀行の副総裁を務めたこともあるパパデモス氏は、
  首相辞任後も選挙管理内閣に助言を続けている。今月6日の
  総選挙では緊縮策への反対票が多く、どの党も過半数を取れ
  ない状況に陥った。これを受けて同氏は首相を辞任、選挙管
  理内閣が先週発足した。
        http://jp.wsj.com/World/Europe/node_447063
  ―――――――――――――――――――――――――――

パパデモス・ギリシャ前首相.jpg
パパデモス・ギリシャ前首相
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2012年05月28日

●「ユーロ圏共同債は実現するのか」(EJ第3309号)

 欧州危機が一段と深刻化しつつあります。米シテイグループは
5月23日付のりポートで次の予測を出しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ギリシャは2013年1月1日にユーロ圏から離脱する可能
 性は50〜75%ある。        ──米シテイ予測
―――――――――――――――――――――――――――――
 22日にはギリシャ・パパデモス前首相が米紙のインタビュー
に答えて、「ギリシャはユーロにとどまる必要はあると思うが、
離脱の可能性を排除し切れない」と述べたことで、市場には一層
の緊張感が高まったのです。
 それに加えて、5月23日、ベルギーのブリュッセルで行われ
たEU首脳会議では、今後のEUの戦略を巡って、フランスのオ
ランド新大統領とドイツのメルケル首相の意見が対立する場面が
目立ったのです。なかでも、最も対立したのは、「ユーロ圏共同
債」の導入を巡ってです。これに関してはドイツは絶対に反対の
立場なのです。
 「ユーロ圏共同債」とは何でしょうか。
 ユーロ圏のなかで一番経済が堅実であるのはドイツです。ドイ
ツ国債とPIIGS諸国のそれの金利差は5〜6%、イタリア債
やスペイン債は7%近くに達することもあり、そこには大きな差
が生まれています。これに対してドイツはほぼ2%前後に収まっ
ており、これらの金利差は域内の国々に対する市場の信頼度をス
トレートに反映しています。このようにユーロ圏ではドイツが突
出しているのです。
 ユーロ圏共同債というのは、ユーロ圏各国が共通の国債を出し
同じ金利で資金を調達できるようにしようという構想です。欧州
委員会委員長のマヌエル・バローゾ氏はこの構想の推進者として
知られています。バローゾ委員長は元ポルトガル首相であり、域
内の小規模加盟国の利益を重視しています。
 しかし、これはドイツにとって不利な話です。ドイツが単独で
国債を発行するよりも金利負担は増すことになり、条件は不利に
なります。メルケル首相はもとより、ドイツ国内ではこの構想に
絶対反対の雰囲気があります。
 EU首脳会議で、ユーロ圏共同債を提案したオランド仏大統領
に対し、メルケル首相は次のように反論しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ユーロ圏共同債は、経済政策の統合が前提で、EU条約上
  も困難であり、成長の促進とは無関係だ。それに金利を同
  じにしたら、改革努力が鈍り欧州の競争力が向上しない。
                   ──メルケル独首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在のユーロ圏の諸国では、ドイツの信用によって財政運営が
行われているようなところがあります。もちろんドイツにとって
も多大のメリットがあるのですが、PIIGSだけでなく、フラ
ンスを含む他の国もドイツの信用力に頼っているのです。
 ギリシャを例にとります。ギリシャは2001年にユーロに加
盟しましたが、これによってギリシャ国債の利回りはドイツ国債
のそれに向かって急降下したのです。これを受けて世界の投資家
は一斉にギリシャ国債を買いに出たのです。
 どうして投資家はギリシャ国債を買いに出たのでしょうか。
 それには2つの理由があります。1つは、発行通貨がドラクマ
からユーロに切り替わったことです。ドラクマとユーロでは信用
度がまるで違うのです。2つは、仮にギリシャが債務の返済が困
難になってもEUから支援が行われると判断したことです。
 しかし、ギリシャは求められた緊縮財政に取り組んで構造改革
を熱心に行わなかったので、そのため財政は破綻をきたし、危機
を起こしてしまったのです。
 はっきりいって、オランド大統領とメルケル首相の政策は「水
と油」です。メルケル首相は構造改革を重視しているのに対し、
オランド氏は次のような構造改革に逆行する政策を掲げて大統領
に当選しているからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪オランド氏の公約の一部≫
 1.今後5年間の歳出を見直し、500億ユーロに拡大させる
 2.公的補助金により、今後5年間で15万人の若年層を雇用
 3.公的年金の受給開始年齢を62歳から60歳に引き下げる
―――――――――――――――――――――――――――――
 選挙時点の公約とはいえ、明らかに構造改革に逆行する政策で
あり、市場の信任は得にくいと考えられます。とくに公的年金の
受給開始年齢を下げる公約については、人気取りの政策といわれ
ても仕方がないでしょう。
 ユーロ圏共同債について、同志社大学大学院教授の浜矩子氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏共同債、あるいは欧州共同債構想というのは、この間
 出ては消え、消えては出てきた考え方なのである。厳しい環境
 の中で、ユーロ圏の財政事情を安定させるためには、これしか
 道はない。この主張は、それなりの支持を集めて来た経緯があ
 る。EFSF構想は、ある意味で共同債に向けての布石だった
 といえるだろう。(中略)反対を表明するメルケル首相の語気
 の荒さ、表情の厳しさには、誠に格別のものがあった。鬼気迫
 る雰囲気が出ていた。     ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏共同債の構想は、金融政策の統合に加えて財政統合を
進めることを意味します。ドイツの頑強な反対のなかで果たして
実現するのかは不透明です。共同債を巡るEU各国の対立によっ
て金融市場には失望感が広がっています。ユーロに対する円相場
は一時100円を切ったのです。── [欧州危機と日本/38]


≪画像および関連情報≫
 ●「ユーロ圏共同債は大虐殺への罪滅ぼし」/元独連銀理事
  ―――――――――――――――――――――――――――
  元ドイツ連邦銀行理事が、フランスのオランド大統領が導入
  を主張しているユーロ圏共同債(ユーロボンド)を、第2次
  大戦とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)をドイツに償わせよ
  うとする構想だとして批判し、ドイツ国内で議論を呼んでい
  る。2010年に独連銀理事を辞任したザラツィン氏が5月
  22日に出版した著書「欧州はユーロを必要としない」で、
  「ドイツでユーロボンドに賛成する人間は、我々の金をすべ
  て欧州の手に渡したときに初めてホロコーストと世界大戦へ
  の罪滅ぼしがなされたと考える、非常にドイツ的な反応に駆
  られている」と書いた。戦争責任と経済危機対応を結びつけ
  る荒唐無稽な議論への批判が多いが、ドイツの信用を主な支
  えにユーロ圏全体が借金をするユーロボンド構想に対して、
  他国を救済するためにドイツばかりが負担を強いられている
  という感情的な不満が広がっていることを反映しているとも
  言えそうだ。           ──朝日新聞デジタル
  ―――――――――――――――――――――――――――

オランド大統領/メルケル首相.jpg
オランド大統領/メルケル首相
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2012年05月29日

●「チャーチルの欧州合衆国構想」(EJ第3310号)

 今後ヨーロッパはどうなるのでしょうか。そのかぎはドイツが
握っていると思います。現在ユーロ圏の中心国はドイツとフラン
スです。いやドイツとフランスは、もう一つ大きな「世界最大の
国家」ともいわれるEUの中心国家でもあります。
 とくに現在のドイツの経済は堅実そのものであり、ユーロ圏は
もちろんのこと、ユーロに入っていないEU諸国に対してもヨー
ロッパ全体を支える中心的存在になっています。
 しかし、EUやユーロにおけるドイツの存在は、他のヨーロッ
パの諸国とは微妙に違うポジションにあります。それは、ドイツ
が2つの世界大戦──第1次世界大戦(1914〜1918)と
第2次世界大戦(1939〜1945)の敗戦国であることと無
関係ではないと思います。
 ドイツは、実質上はユーロの中心国でありながら、一歩引いた
感じのある国です。そういう意味でこれまでEUやユーロを牽引
してきた国はフランスということになるでしょう。それはドイツ
があくまでフランスを立て、他のEU諸国に対しても謙虚な態度
で接してきているからです。それは、ヨーロッパ統合の歴史を調
べてみると一層はっきりします。
 さて、EUとユーロは不可分な関係にあります。フランスの前
大統領のニコラ・サルコジ氏は、EUとユーロの関係について次
のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロという制度は絶対に崩壊させてはならない。もし、崩壊
 すればEUも崩壊することになる。 ──ニコラ・サルコジ氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、そのサルコジ氏は選挙に敗れ、社会党のオランド氏が
フランスの大統領になっています。オランド大統領とドイツのメ
ルケル首相とは、経済財政の考え方がかなり異なり、ユーロ圏内
の政策について意見の一致が見られるかどうかが不安視されてい
ます。先のEU首脳会議では、オランド大統領の提案するユーロ
圏共同債について意見が合わず、激しいやり取りがあったことは
昨日のEJで述べた通りです。
 このように、あまりにも意見が合わないことが続くと、最悪の
場合、ドイツのEUからの離脱もありうるのです。離脱の恐れの
あるのはギリシャだけではないのです。
 そもそもヨーロッパ統合の構想の原点は何なのでしょうか。
 それは、1946年にウィンストン・チャーチルが「ヨーロッ
パ合衆国構想」を唱えたことにはじまるのです。チャーチルとし
ては、鉄のカーテンの向こうにはソビエトを中心とする巨大な社
会主義陣営があり、大西洋の向こうには超大国に成長したアメリ
カが君臨する。こういう状況において西ヨーロッパ諸国は統合し
一体化する必要がある──このように考えたのです。
 このチャーチルの構想にしたがい、1949年には「欧州評議
会」が設立されています。欧州評議会は、初めての汎ヨーロッパ
機関ということになります。
 そして、1950年5月9日、当時のフランスの外相のロベー
ル・シューマンは、戦争の兵器の素材として不可欠な石炭と鉄鋼
に関する産業を統合することを目的とした共同体の設立を趣旨と
する「シューマン宣言」を発したのです。
 1951年に、このシューマン宣言に基づいて、フランス、イ
タリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、西ドイツの6ヶ
国は、「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立するパリ条約に署名してい
ます。実はこのとき、ドイツは工業生産を厳しく制限されていた
のですが、この共同体の発足によって、その制限は緩和されるこ
とになったのです。
 この欧州石炭鉄鋼共同体の発足により設置された「最高機関」
と「共同総会」は、それぞれ後の「欧州委員会」、「欧州議会」
となっていくのです。その後この欧州石炭鉄鋼共同体に加えて、
さらに2つの共同体ができたのですが、これら3つを「欧州諸共
同体」(EC)と呼ぶのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1.欧州石炭鉄鋼共同体/1952
      2.  欧州経済共同体/1958/EEC
      3. 欧州原子力共同体/1958
―――――――――――――――――――――――――――――
 1973年1月にデンマーク、アイルランド、イギリスが欧州
諸共同体に参加したのです。さらに1981年にはギリシャが、
1986年にはスペインとポルトガルが参加します。このように
ECには全部で12ヶ国が参加したのです。
 現在、ECという言葉に代って「EU(欧州連合)」という言
葉が使われており、EUの前身はECといわれています。これは
別に間違いではないのですが、そうかといって正確な表現である
ともいえないのです。
 結論からいうと、ECの3つの共同体のうち、欧州石炭鉄鋼共
同体は2002年7月に消滅したのです。なぜかというと、その
共同体の設立条約第97条において、存続期間は50年と定めら
れていたからです。この共同体の設立は1952年であり、50
年後の2002年に廃止されたのです。しかし、他の2つの共同
体──欧州経済共同体と欧州原子力共同体については存続期間が
定められておらず、もちろん現在も残っています。
 EUは1993年に発足したのですが、EUには次の3本柱と
いうものがあり、ECは、「超国家的共同体」の第1の柱として
現在も残っているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.      超国家的共同体
       2.  共通外交・安全保障政策
       3.司法・内政分野における協力
―――――――――――――――――――――――――――――
               ── [欧州危機と日本/39]


≪画像および関連情報≫
 ●「シューマン宣言」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  シューマン宣言は第二次世界大戦後の仏独協調体制の始点と
  位置づけられ、また西ドイツが西側陣営に付く契機ともなっ
  た。西ドイツ首相コンラート・アデナウアーはシューマン宣
  言を「西ドイツの転換点」と述べている。欧州石炭鉄鋼共同
  体が発足したことで共同石炭・鉄鋼市場が導入され、これに
  より市場価格の自由な決定が可能となったり、輸出入にかか
  る関税や補助金が撤廃された。しかしながら、異なる経済が
  このような状況にいたる移行期間にはおよそ1年以上かかっ
  た。特筆するべき点として、シューマン宣言では各国政府か
  ら独立した再考機関の創設がうたわれている。また欧州統合
  の観点からシューマンは次のようにも述べている。「ヨーロ
  ッパは一日にして成らず、また、単一の構想によって成り立
  つものではない。事実上の結束をまず生み出すという具体的
  な実績を積み上げることによって築かれるのだ」。
                    ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ウィンストン・チャーチル.jpg
ウィンストン・チャーチル
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2012年05月30日

●「欧州通貨統合までの歴史を振り返る」(EJ第3311号)

 ヨーロッパ各国間の通貨協力の必要性が高まったのは、ニクソ
ンショックからです。1971年8月、米ニクソン政権は金とド
ルの交換を停止することで、IMF固定相場制を一方的に放棄し
たのです。いわゆるニクソンショックです。
 なぜ、米国はその決断をしたのでしょうか。
 それは日本や西ドイツに工業部門で追い上げられ、ドル為替相
場を切り下げて、競争力を回復しようとしたのです。しかし、ド
ルは基軸通貨であったため、世界の為替相場の状況は不安定化し
1973年までには、先進諸国は次々と変動相場制に移行するこ
とになったのです。
 しかし、これによって1970年代の世界経済は混乱し、不安
定になったのです。為替相場の浮動性が増し、金利の変動幅が拡
大したので、経済を不安定化させたのです。
 こういう状況を受けて、ヨーロッパでも何らかの通貨協力が必
要であるという認識が高まったのです。当時ECを構成していた
6ヶ国──フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセン
ブルグ、西ドイツの平均域内輸出シェア──6ヶ国の輸出総額に
占めるEC域内貿易額は60%を超えていたからです。
 そこでECとしては、1973年にEC加盟が決まっていたイ
ギリス、デンマーク、アイルランドを加えた9ヶ国で、1972
年4月に固定為替相場制の「EC為替相場同盟」をスタートさせ
たのです。これは、相互に競争力を考慮して中心レートを決め、
その上下2.25 %の変動限度を設定して為替相場の安定をはか
るというものです。
 しかし、イギリスとイタリアは、あくまで自国本位の経済成長
を目指したいとして、両国は早々にEC為替相場同盟を脱退して
しまったのです。
 1973年3月にEC諸国は変動相場制に移行するのですが、
EC為替相場同盟では、特殊なスタイルをとったのです。それは
域内では固定相場制、対外のドルに対しては変動相場制という特
殊なスタイルです。これを「共同フロート」というのです。また
別名として、「スネーク」とか「トンネルの中のヘビ」とか呼ば
れていたのです。なぜ「ヘビ」なのでしょうか。
 それは、このEC為替相場同盟参加国の為替レートの軌跡を見
ると、変動幅が上下2.25 %に設定されているので、ヘビがく
ねって動いているように見えるのです。そのため、「スネーク」
とか「トンネルの中のヘビ」などと呼ばれたのです。
 ニクソンショックではじまった1970年代は混乱の10年と
いわれたのです。2度の石油危機、世界不況、世界インフレが連
続して起こったからです。とにかくドルとマルクの為替相場の変
動は大きかったのです。
 フランスはマルクの変動についていけず、1974年1月にス
ネークを離脱しています。翌年に復帰したのですが、1976年
3月に再び離脱しています。
 これに対して、この為替相場同盟の決まりに忠実に従うグルー
プがあったのです。それは西ドイツを中心としてベネルクス3国
とデンマークです。ベネルクス(Benelux→BNL) 3国とはベ
ルギー、オランダ、ルクセンブルグです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ベルギー ・・・ Belgie/Bergique →B
      オランダ ・・・    Nederland →N
   ルクセンブルグ ・・・    Luxembourg →L
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらの国は、西ドイツの影響を受けて、物価安定を重視した
経済政策を取り、EC為替相場同盟というよりも、マルク中心の
為替相場安定圏を形成していたのです。これをマルク圏と呼んで
いるのです。これは西ドイツ中心の私的組織のようになり、EC
とのかかわりは切れてしまったのです、
 EC為替相場同盟から離脱したフランス、イギリス、イタリア
のうち、イギリスとイタリアは投機筋に通貨を売り込まれ、19
75年に為替相場は暴落します。やがて外貨準備が尽きて、IM
Fに資金援助を申請し、その条件として緊縮財政政策を強制され
大変な不況になったのです。この煽りはフランスも受けて不況に
なり、西ドイツを中心とするマルク圏も、フランス、イギリス、
イタリアの3大国への輸出が不振となり、1977年には低成長
になったのです。
 これによって、やはりECレベルで為替相場同盟を結ぶことの
必要性が高まったのです。当時の西ドイツのシュミット首相は、
フランスのジスカールデスタン大統領に働きかけ、1978年2
月のEC首脳会議で採択されたのが「EMS」──欧州通貨制度
です。EMSは、現在のユーロのベースになる通貨制度であり、
とくにその為替相場メカニズムは理解しておく必要があります。
 EMSは一種の固定為替制度であり、その為替相場メカニズム
がERMです。EMS/ERMについては、4月10日のEJ第
3278号に述べているので、参照してください。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2012年4月10日/EJ第3278号
http://electronic-journal.seesaa.net/article/263511297.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSは、イギリスをのぞくEC8ヶ国が参加し、1979年
3月からスタートしたのです。EMSはスネークと同じように、
参加国通貨相互に中心レートを決めて、その上下2.25 %に変
動限度を置き、そのなかに収めるというものです。
 為替相場が限度の2.25 %に達すると、外国為替市場に介入
して自国通貨を売り外貨買いを行うか、逆に外貨売り、自国通貨
買いを行って限度を超えないように調整するのです。
 しかし、初期において最大の問題点は、参加国の物価上昇率の
格差なのです。インフレ国は貿易収支は赤字になり、物価が安定
している国は黒字になるので、外国為替市場での投機の対象にな
りやすかったのです。     ── [欧州危機と日本/40]


≪画像および関連情報≫
 ●西ドイツ・シュミット首相はどういう政治家か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1974年5月16日、ブラントが「ギョーム事件」によっ
  て辞任した後を受けて、急遽連邦首相に就任した。オイルシ
  ョックによる世界的な経済不況の中で、彼は積極的な景気維
  持の策をとった。彼は隣国フランスのジスカール・デスタン
  大統領と緊密に協力し就任間もなく欧州理事会を設立。19
  75年のヘルシンキ条約で全欧安保協力機構(OSCE)の
  の創設に貢献した。1976年の総選挙で議会第一党の座を
  ドイツキリスト教民主同盟(ODU)に奪われたが、FDP
  との連立維持で政権に留まった。テロリスト集団ドイツ赤軍
  分派の活動、特に1977年の「ドイツの秋」と呼ばれる財
  界要人誘拐殺人・ハイジャックなどの一連の事態に対する彼
  の対処は、困難を伴いつつも妥協しない断固としたもので、
  テロリストによるルフトハンザ航空181便ハイジャック事
  件に際しては、テロ対策特別部隊GSG−9を投入して、そ
  れを果断に鎮圧した。シュミットの弁舌の才もその政権運営
  に大きく寄与した。         ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

西ドイツ/シュミット首相.jpg
西ドイツ/シュミット首相
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2012年05月31日

●「80年代における基軸通貨の大変動」(EJ第3312号)

 現在のヨーロッパが置かれている状況を掴むためのユーロに至
るまでの歴史の振り返りをさらに続けます。
 1981年5月、フランスではフランソワ・ミッテラン社会党
候補がジスカールデスタン大統領と争い、勝利を収めたのです。
ちなみに、現フランス大統領のオランド氏も社会党出身です。奇
しくもミッテラン大統領も、オランド氏と同様に経済成長と雇用
の促進を公約にして当選しているのです。
 当然公約を実行しようとします。当然のことながら、インフレ
で貿易収支は赤字になり、物価は上昇し、EMS参加国内で物価
上昇率格差が生じたのです。物価が上昇するとEMSでは、物価
上昇率の高い国は中心レートを切り下げ、低い国は切り上げて、
物価上昇率格差を調整することになります。
 その結果、マルク切り上げとフラン切り下げが何回も起きたの
です。正確にいうと、1981年10月から1983年3月まで
の1年半の間に西ドイツは3回切り上げ、フランスは3回切り下
げているのです。
 1983年3月の3回目の中心レートの調整にさいして、ミッ
テラン大統領は決断の岐路に立たされたのです。EMSから脱却
して公約を実行するか、それともEMSに残留してインフレ抑制
策に転換するかの岐路です。
 閣僚のほとんどはEMSからの脱却を支持していたのですが、
ミッテラン大統領はEMSに残留する道を選んだのです。もしこ
のとき、フランスがEMSから脱却していたら、おそらく現在の
ユーロはなかったと考えられます。まさに、歴史的決断であると
いってよいと思います。
 それでは、なぜ、ミッテラン大統領はEMSに残留することを
決めたのでしょうか。
 それは、世界経済の潮流を読み切った結果なのです。これにつ
いて、中央大学経済学部教授の田中素香氏は、自著で次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 81年に成立したレーガン政権は金融規制を撤廃し、金融自由
 化を大胆に進めた。イギリスでも79年に成立したサッチャー
 政権が金融の完全自由化政策を打ち出し、戦後イギリスの階級
 融和的な社会状況を徹底的に変革し、「金融立国」と自由競争
 のイギリスが出現した。「ミッテランの決断」は、おそらくこ
 うした世界経済の潮流の転換を視野に入れていたのであろう。
 以後フランスはマネーサプライ増加率を抑制して物価安定をは
 かる西ドイツ流の物価安定方式を導入して、インフレ率を西ド
 イツ並みに引き下げていく。フランス政府は、労働組合、国民
 に「EMS残留がEC統合にフランスが主導的役割を果たす唯
 一の道」と説得し金融・財政両面で緊縮政策に転じた。失業率
 は上昇したが、1984年、フランス国民の「EC統合支持」
 は85%と高かった。国民は政府の説得を受け入れ、厳しい試
 練に耐えたのである。           ──田中素香著
     『ユーロ/危機の中の統一通貨』/岩波新書1282
―――――――――――――――――――――――――――――
 1980年代というのはどういう時代だったのでしょうか。
 基軸通貨ドルの大変動の時代である──そのようにいうことが
できると思います。
 真っ先に金融を自由化した影響で、海外から米国と英国に大量
の資金が流入し、1980年代のはじめから英ポンドとドルの為
替相場が上昇します。当時米国はインフレがかなり進行し、失業
率も高かったのですが、レーガン米大統領は金融政策はFRBの
ボルカー議長にまかせ、軍事費を中心に財政支出を拡大させて景
気を支えたのです。
 このときボルカー議長のとった政策が「新金融調節方式」とい
う名前で知られる金融引締政策なのです。新金融調節方式を簡単
にいうと、通貨供給量をコントロールすることでインフレの沈静
化を図る政策です。
 しかし、これはかなりの荒療治で、政策金利が20%を超える
という高金利政策により、経済活動の停滞と物価の持続的な上昇
が共存するというスタグフレーションのコントロールには何とか
成功したものの、当時のニューヨーク株式市場は10%以上下落
し、GDPが3%減少、失業率は11%になるという副作用を発
生させたのです。そのため、これは「ボルカーショック」といわ
れているのです。
 何しろ世界中の資金が米国に集中し、ドル相場は高めに推移し
たのです。これにより、輸出は減少し、輸入は拡大するという貿
易不均衡がもたらされたのです。
 この急速なドル高は、為替バブルを招き、そのバブル崩壊によ
るドル暴落の懸念から、米国は、G5各国(日本、西ドイツ、フ
ランス、イギリス、アメリカ)の協力により、急速にドル安に誘
導するという「G5によるプラザ合意」が成立したのです。その
結果、日本と西ドイツはドルを大幅に切り下げ、対米競争力で優
位に立ったのです。
 1980年から1987年の対ドル、対マルクのレートは次の
ようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
              ドル       マルク
   1980年03月 248円   1.85 マルク
   1985年03月 259円   3.31 マルク
   1987年12月 121円   1.58 マルク
―――――――――――――――――――――――――――――
 1987年に円とマルクは急激に切り上がり、その結果、日本
と西欧では通貨高により輸出が落ち込み、不況に陥ったのです。
EMSの環境も厳しさを増したのです。この構造的危機に対処す
るには、マルクをEMSの事実上の基軸通貨にする必要性が高ま
ったのです。         ── [欧州危機と日本/41]


≪画像および関連情報≫
 ●ボルカーFRBの活躍/「マーケットで遊ぶ」より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  79年7月、FRB議長にボルカーNY連銀総裁が指名され
  たところから80年代のディスインフレはスタートします。
  このボルカーさんはグリーンスパン氏の前のFRB議長で、
  87年まで8年間FRB議長の職にあり、『ドルの守護神』
  『史上最高のインフレファイター』などと呼ばれた名議長で
  した。余談ですが、ボルカーさんの後任にグリーンスパン氏
  が決まった直後、ドルと米国債価格が一時的に値下がりする
  くらいボルカーさんに対する信任は強く、また、グリーンス
  パン氏に対する不安が大きかったものでした。いまのグリー
  ンスパン氏の影響力の大きさ、信頼の高さからは考えられな
  いことですね。ボルカー議長が就任した当時の米国は、62
  年に始まったベトナム戦争による巨額のドルの垂れ流しによ
  り経済のインフレ体質が定着し、金利は上昇トレンドを継続
  その結果、株式市場では、NYダウが約17年にわたるボッ
  クス相場を余儀なくされていました。ビジネスウイーク誌が
  『米国の株式の死』を伝えたのも79年でした。このような
  中登場したボルカー議長は、公定歩合の引き上げとともに、
  新金融調節方式を導入、徹底した通貨供給抑制策でインフレ
  の封じ込めに乗り出していきます。その後、価格の高騰から
  需要低迷、収入の減少に四苦八苦していたOPECが、83
  年3月にはじめての原油価格の引き下げ(1バレル34ドル
  →29ドル)に踏み切ったこともあり、さしものインフレも
  次第に沈静化、ディスインフレの下で金融緩和、景気拡大、
  株高へとつながっていくことになります。
      http://business1.plala.or.jp/ycb/ycb/sub3a.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――
ポール・ボルカー氏.jpg
ポール・ボルカー氏
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2012年06月01日

●「マルク本位制EMSはなぜ崩壊したか」(EJ第3313号)

 欧州危機は、日に日に深刻さを増していく可能性があります。
6月17日のギリシャの選挙では、ユーロ離脱反対派が勝つとは
限らないからです。そうなると、ギリシャのユーロからの離脱が
一層現実味を帯びてきます。
 それから、昨日31日に行われたアイルランドの国民投票──
これは、EUが新たに定めた「財政協定」に参加するかどうかを
問う選挙です。本日6月1日の朝から開票が行われ、2日の未明
に結果が判明する予定です。
 この財政協定は、債務危機の再発防止に向け、加盟国の財政規
律強化を図るEUの取り決めであり、財政収支の均衡と逸脱時の
是正措置を国内法で定めることを義務づけ、対応が不十分な場合
にはEU司法裁判所が制裁金を課すという厳しいものです。
 この財政協定はEU27ヶ国のうち英国、チェコを除く25ヶ
国が署名。ユーロ圏12ヶ国以上の批准を経て、2013年1月
までに発効予定なのです。したがって、もしこの協定に批准でき
ないと、必要な支援が受けられなくなり、ユーロはもちろんEU
からの離脱も覚悟せざるを得なくなると思われます。
 ここで、ユーロにいたるまでのヨーロッパの歴史の振り返りに
戻ることにします。
 1980年代後半になると、EMSの外部環境はかなり厳しさ
を増してきたのです。そこでEMS参加各国は、マルクを基軸通
貨として確立する体制──マルク本位制に移行することにしたの
です。すでにEMS/ERMという制度自体は、事実上のマルク
本位制なのですが、それをもっとしっかりしたものにしようとい
う考え方です。
 マルク本位制とは、どういうシステムなのでしょうか。
 マルク本位制では、基軸通貨国の西ドイツと他のEMS参加各
国とは役割が次のように異なるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  基軸通貨国 ・・・ マルクとドルとの為替相場を調整
  EMS各国 ・・・ EMSの相場安定をコントロール
―――――――――――――――――――――――――――――
 基軸通貨国──西ドイツの役割について考えましょう。
 ドイツ連邦銀行は、EMSの中央銀行として、外国為替市場に
介入して、マルクとドルの為替相場を調整するのです。マルク高
にならないようコントロールするのがドイツ連邦銀行の役割とい
うことになります。
 これに対してEMS各国の役割は、上下2.25 %の変動限度
に達する前に積極的に介入して自国通貨を対マルクの変動限度内
に維持することです。もし、2.25 %の限度まで下落すると投
機筋に狙われる恐れがあるので、変動幅介入を行って変動幅内に
収めるようコントロールするのです。
 もうひとつ、マルク本位制を本物に大きく近づけたのは、変動
幅介入に使う通貨──介入通貨にマルクを使うことを西ドイツが
認めたことです。それまでは介入通貨といえば、ドルであり、各
国はそのために外貨準備としてドルを保有していたのですが、欧
州ではマルクを外貨準備として持つ国が増えたのです。
 なぜ介入通貨のドルをマルクに切り替えたのかというと、ドル
では本来の目的が果たせないからです。たとえば、ユーロ各国が
変動幅介入を目的にドル売り、自国通貨買いを行うと、ドルが一
層下落してしまうからです。プラザ合意以後はドルの下落基調が
続いていたので、そういう事態になるのです。
 ドイツ連銀は、変動幅介入通貨としてマルクを供給することを
約束し、EMS諸国間の協調金利政策も取り決め、EMSの体制
の強化を図ったのです。その結果、世界の外貨準備におけるマル
クのシェアは約30%に達したのです。
 EMSは、このようにしてプラザ合意を乗り切ったことによっ
て求心力が高まり、1989年6月にはスペインが、1990年
10月にはイギリスがEMSに加盟したのです。
 さらにオーストリア・シリングとスイス・フランはマルクとリ
ンクし、北欧3通貨──ノルウェーとスウェーデンの2つのクロ
ーナとフィンランド・マルクがEMSにペッグするなど、強化さ
れたEMSを頼る国が増えてきたのです。これらの国は、EMS
とリンクすることにより、為替相場を安定させ、金利の引き下げ
を実現しようとしたのです。このようにしてEMSは、1990
年代のはじめには、北欧から南欧まで包含する大欧州為替相場圏
として形成されるにいたったのです。
 ここまでは西ドイツの独壇場だったのです。まさに西ドイツは
経済運営上のベストプラクティスを誇り、ヨーロッパにおけるマ
ルクは基軸通貨としての機能を果たしつつあったのです。しかし
1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990年10月3日に東
西ドイツが統一化されると、大きく事情が変わり、EMSは一転
して危機に陥ってしまうのです。これに関し、浜矩子教授は次の
ように述べています。(ERMについては関連情報参照)
―――――――――――――――――――――――――――――
 1990年をもってそれまでの西ドイツ・マルクが消滅し、そ
 れに代わって東西ドイツの単一共通通貨である統一ドイツ・マ
 ルクが出現した。西ドイツ・マルクは、安定性と競争力の両輪
 を備えた経済大国、西ドイツの購買力を代表する通貨だった。
 だが、統一ドイツ・マルクは、西ドイツの十分の一に満たない
 経済力しか持ち合わせない東ドイツを抱え込んだ統一ドイツの
 通貨である。(中略)統一ドイツ・マルクは、東ドイツの弱さ
 に足を取られて価値の行方が定まらない通貨だ。そのような通
 貨に、ERMの事実上の基軸通貨であった西ドイツ・マルクと
 同じ神通力が備わっているはずがない。
                ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
               ── [欧州危機と日本/42]


≪画像および関連情報≫
 ●EMSとERMとはどう違うか
  ―――――――――――――――――――――――――――
  EMS(欧州通貨制度)には、独特の為替相場メカニズムが
  あり、それをERMというのである。欧州為替相場メカニズ
  ムは為替相場変動幅の固定という概念に基づいているが、定
  められた変動幅において為替は値動きする。ユーロ導入以前
  は、為替相場は欧州通貨単位によるものであり、欧州通貨単
  位における為替価値は対象通貨の加重平均として決定されて
  いた。2通貨間のグリッドは欧州通貨単位で表されるセント
  ラル・レートに基づいて算定され(パリティ・グリッド)、
  2通貨間の変動は+−2.25 %の範囲内に抑えられており
  (ただし通貨の一方がイタリア・リラである場合は+−6%
  の範囲まで認められていた)、また市場介入やローン・アレ
  ンジメントによって対象通貨の変動幅以上の値動きが回避さ
  れていた。             ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ミッテラン元フランス大統領.jpg
ミッテラン元フランス大統領
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2012年06月04日

●「アイルランドの国民投票大差で承認」(EJ第3314号)

 2012年6月1日、アイルランドでは欧州連合の新条約「財
政協定」へ参加するかどうかを問う国民投票が行われたのです。
その結果、賛成が60.3 %に達し、新条約を批准する手続きに
入ることになったのです。
 この新財政協定は、ユーロ圏17ヶ国中12ヶ国の批准を経て
2013年1月に発効することになっています。これは2012
年3月にEU27ヶ国中25ヶ国が署名していますが、アイルラ
ンドは国民投票で参加を問うことにしたのです。
 なぜなら、アイルランドの場合は、新条約の内容が憲法の規定
にかかわることと、参加反対を表明する国民が30%近くに達し
ていたため、ケニー首相は国民投票に踏み切ったのです。
 アイルランドは、2008年のリーマンショックで不動産バブ
ルが崩壊し、巨額の不良債権を抱えた銀行を政府が支援したので
国の財政は急速に悪化したのです。そこで、2010年11月に
EUやIMFから総額で850億ユーロ(約8兆5000億円)
の支援を受け、再建に乗り出していたのです。
 しかし、その支援は2013年で終了するものの、再建は道半
ばで、国民は厳しい緊縮財政にあえいでいたのです。3回にわた
る賃下げ、増税、福祉手当のカットなど、とても耐えられないと
不満を訴える国民が多数を占めるようになっていたのです。
 新財政協定のポイントは、政府予算が均衡または黒字であるよ
う数値基準で義務づける「黄金律」をクリアすることです。毎年
の財政赤字のGDP比を次の一定範囲に内に収めることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ●政府債務のGDP比が60%以上
    ・毎年の財政赤字のGDP比0.5 %を超えない
   ●政府債務のGDP比が60%未満
    ・毎年の財政赤字のGDP比1.0 %を超えない
―――――――――――――――――――――――――――――
 2010年当時アイルランドは、財政赤字の対GDP比が30
%を超えていたのです。この数字がいかに大変かということを日
本を例にとって示すと、1年の財政赤字が150兆円に達するの
と同じだといったら、わかると思います。アイルランドはこれを
2011年には9.4 %にまで圧縮しているのです。
 今回の新財政協定は、その内容がかなり厳しくなっています。
条約締結国に上記の黄金律数値に基づく中期財政目標を立てるこ
とを求め、それから大きく逸脱する場合、所定の期間内にそれを
是正する措置の実施を国内法、可能であれば憲法により施行する
義務を負うと定めているのです。もし、その対応を怠ったとEU
司法裁判所がみなせば、制裁金を課することも可能なのです。
 これまで、新財政協定の批准には次の3つの不安要素があると
いわれてきたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.フランス大統領選挙で、社会党のオランド候補が大統領
   に就任する
 2.新財政協定参加を問うアイルランドの国民投票で、反対
   多数になる
 3.オランダやフィンランドで反EU政党の勢力のため批准
   が難航する
―――――――――――――――――――――――――――――
 1については、オランド氏がサルコジ氏を破って大統領に就任
しており、新財政協定の内容変更を求めています。これは今後の
波乱要素になります。
 2については、上記で述べたように、かなりの大差で国民投票
は新財政協定順守ということで民意は示されており、批准はスム
ーズに行われると思われます。
 3については、今後の波乱要素になると思われます。それにド
イツでも連邦議会と参議院のそれぞれで3分の2以上の多数決を
要するので、野党の支持が必要であり、これも波乱要素です。
 これについて、慶応義塾大学教授/庄司克宏氏は、4月5日付
の日本経済新聞で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 EUは基本条約の改正や政府間協定・国内法の組み合わせでは
 なく、各国批准を要しないEU立法の改正で財政規律の強化を
 打ち出すべきであった。経済・財政統合を進める手段である金
 融取引税、法人税の調和、EU共同債などもEU立法で対応可
 能である。今後、ユーロ圏の財政条約締約国が経済・財政統合
 を進める中核となり、いずれは財政同盟や政治同盟に向かうこ
 とが考えられる。そうした面ではユーロの安定に寄与する一方
 で、締約国が経済・財政統合を先行して進めることは他の国々
 にとってユーロ参加のハードルが上がることを意味する。
             ──慶応義塾大学教授/庄司克宏氏
 「財政条約で加盟国二分も」/2012年4月5日/経済教室
―――――――――――――――――――――――――――――
 アイルランド国民にとって今回の新財政協定受け入れは、苦渋
の決断であったと思われます。なぜなら、もし受け入れなければ
EUがこの7月に作るESM(欧州安定メカニズム)の支援が受
けられなくなると警告されていたからです。
 アイルランドの国民の本音は、次の主婦の発言に込められてい
ると思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アイルランドは何百年も英国に支配された。やっと独立したの
 に、ドイツに経済を乗っ取られてたまるか。
 ──主婦エトーン・ワトソン/2012年6月2日付朝日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 アイルランドは、2001年と2008年にEUの基本条約を
いったん否決し、再投票で可決した経緯があるのです。不透明な
EUの政策決定に強い反発を内に秘めているのです。
               ── [欧州危機と日本/43]


≪画像および関連情報≫
 ●EU新財政協定、批准決定/アイルランド大差で承認
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ダブリン共同】欧州連合(EU)加盟国に財政赤字の大幅
  削減を義務付ける「新財政協定」批准の是非を問うアイルラ
  ンドの国民投票は1日、開票の結果、賛成票が6割を超え大
  差で承認し批准が決まった。債務危機の震源地ギリシャの政
  局混乱やスペインの銀行救済をめぐる不安が高まる中、否決
  されればさらに市場心理を悪化させる恐れがあっただけに、
  ひとまずマーケットに安心感を与えた。ただ危機の深刻さは
  増しており、市場への好影響は限定的とみられる。アイルラ
  ンドのケニー首相は投票結果を受けて演説し「国民が経済的
  な苦境の克服に真剣であることを示すものだ」と歓迎した。
         ──2012年6月2日付、東京新聞ウェブ
  ―――――――――――――――――――――――――――

アイルランド国民投票開票作業.jpg
アイルランド国民投票開票作業
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2012年06月05日

●「ユーロの本質はMADである」(EJ第3315号)

 ギリシャのユーロ離脱が現実のものとなりつつあります。しか
し、ユーロに関する法体系の中に「出口」は用意されていないの
です。これは、法体系の不備というよりも別の意図があるという
人がいます。元外務省外務副報道官の谷口智彦氏です。谷口氏は
ユーロの本質について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ユーロの本質は「MAD」(相互確証破壊)である
       MAD=(Mutual Assured Destruction)
          ──谷口智彦著/日本経済新聞社刊
    『通貨燃ゆ/円・元・ドル・ユーロの同時代史』
―――――――――――――――――――――――――――――
 MADというのは、冷戦下の核抑止理論を意味します。米ソの
冷戦時代、仮に米国がソ連によって核ミサイルの第一撃で、首都
機能を破壊されたとします。しかし、北極海深く潜航する原子力
潜水艦からの第二撃でモスクワを同様に破壊することができるの
です。このように相互の破壊が確証的であることから、核は使え
ない兵器になったのです。これがMADです。
 ユーロに関する法体系においては、ユーロを採用した国──と
くに中心の大国がどうすれば脱退できるのかについて何も定めて
いないのです。さらに追放条項もないので、不良会員を追い出す
こともままならないのです。
 現在、ユーロの中心国はドイツとフランスです。もし、このど
ちらかの国がユーロから離脱するとしたら、一体どのようなこと
が起きるでしょうか。
 もし、そんな噂が少しでも出たら、ユーロは国際通貨市場で投
げ売りされ、価値が暴落し、収拾がつかなくなります。そうする
と、ドルと円は超暴騰し、国際通貨システムのメルトダウンをき
たしかねないのです。したがって、ドイツとフランス相互の完全
な破壊が間違いなく起きるので、実際には実現できないのです。
谷口智彦氏は、だから「ユーロは冷戦下のMAD」のようなもの
であるというのです。
 谷口氏は、平和条約にも「出口」はないといいます、そして、
「ユーロとはドイツとフランスを永遠に縛り付ける制度である」
とも述べています。足抜けできない制度なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 平和条約にも、「出口」はない。当たり前だが、かくかくしか
 じかの場合において両当事国は再び交戦状態に入るということ
 を規定した条項は、平和条約において準備されない。平和条約
 が破られる場合とは、平時が終わる時であり、システムが道連
 れにされるときである。実はこの隠喩に、ユーロの登場した事
 情が語り尽くされている。結論を言うならばユーロとは、ドイ
 ツとフランスを永遠に縛り付ける制度である。独仏恒久和平条
 約体制──。それこそがユーロが体制としてもつ最も顕著な特
 徴だということは、何度強調してもしすぎることはない。
             ──谷口智彦著/日本経済新聞社刊
       『通貨燃ゆ/円・元・ドル・ユーロの同時代史』
―――――――――――――――――――――――――――――
 このことは、ユーロに規模と範囲のメリットを持たせるため欠
かせない存在とされた英国が現在においてもユーロに加盟しない
ことにも関係があるのです。
 国際エコノミストの長谷川慶太郎氏は、ヨーロッパというのは
英国の立場で見る場合とドイツの立場で見るのでは大きく違って
くるというのです。長谷川慶太郎氏と経済評論家の三橋貴明氏の
対話を読んでいただきたいと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 長谷川:イギリス人にとって最も尊敬すべき人物は、第二次世
     界大戦でイギリスがナチス・ドイツを相手にして闘っ
     た時の首相、ウィンストン・チャーチルです。現在の
     イギリスのキャメロン首相もあるインタビューでこう
     言っていました。「70年前を思い起こしていただき
     たい。そのときチャーチルは『ヒットラーには絶対に
     英仏海峡を渡らせない。私が許さない』と言った。私
     も同じことをメルケル首相に言いたい」。
 三 橋:ユーロには、絶対に英仏海峡を渡らせないということ
     ですか。
 長谷川:そうです。キャメロンはユーロがドイツのヘゲモニー
     の下に置かれていることも、またドイツを抜きにして
     ユーロを論じられないこともよく知っています。だか
     から、ドイツがイギリスに影響力を及ぼすことを許さ
     ない。これはイギリスにいると、きわめて常識的な普
     通の話なのです。  ──長谷川慶太郎/三橋貴明著
  『大恐慌終息へ!?日本と世界はこう激変する』/李白社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、ドイツを中心にユーロを見ると、それはドイツのサク
セスストーリーそのものなのです。ヒットラーもドイツ帝国の宰
相ビスマルクもできなかったことをドイツはメルケル首相の下で
実現しているからです。したがって、ドイツの覇権下に入りたい
国はたくさんあるのです。
 ユーロに加盟することによって、主権が多少侵害されても、入
りたいと思っている国はたくさんあるのです。ところが、英国か
ら見ると、ユーロがドイツのヘゲモニーの下に置かれていること
に対して、拒否反応しか感じないのです。
 日本人は「あなたはアジア人か」といわれると、正しいのであ
るが少し違和感を感じます。同様に「イギリスはヨーロッパか」
と問われると、英国人には違和感があるそうです。英国人から見
ると、ヨーロッパとは、あくまで大欧州を指すもので、自分たち
を含むものではないと感じているようです。英国がユーロに入ろ
うとしないのはそういうところに原因があると考えられます。
               ── [欧州危機と日本/44]


≪画像および関連情報≫
 ●英国とヨーロッパの関係について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  英国保守党の論客でユーロ導入反対を年来掲げてきた下院議
  員のジョン・レッドウッドによれば、離婚と結婚を繰り返す
  ため自ら国教会を建てローマ教皇と断絶したヘンリー八世こ
  そは、初代「ユーロスケプティック」だったと言う。英国型
  民主主義において、政治の行政に対する優位には圧倒的なも
  のがある。これに対し欧州では、選挙民の統制が十分及ばな
  い密室の中、「ビューロクラット(官僚)」ならぬ「ユーロ
  クラット」が細かい規則をつくりつづけていると英国民の多
  くはとらえている。その結果として、英国の代議制民主主義
  が空洞化しかねないとする不信が英国にはある。いわゆる狂
  牛病を生んだ英国産牛肉を、欧州が買うかどうか。刑事犯に
  対する扱いは英国において他の欧州諸国より概して厳しいが
  この差をどうするのか。政治的・感情的に欧州と英国を分か
  つ溝は、いまだに深くて広い。
             ──谷口智彦著/日本経済新聞社刊
       『通貨燃ゆ/円・元・ドル・ユーロの同時代史』
  ―――――――――――――――――――――――――――

谷口智彦氏.jpg
谷口 智彦氏
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2012年06月06日

●「ユーロ主軸国の財政規律順守の状況」(EJ第3316号)

 ユーロ圏の中心国ドイツは、2つの世界大戦の敗戦国であり、
とくに第1次世界大戦後にハイパーインフレを経験しているので
す。その影響を受けてドイツの中央銀行であるブンデスバンクは
引き締め的金融政策を堅持する金融政策に強いこだわりを持って
います。つまり、インフレファイターというか、インフレ・タカ
派の中央銀行なのです。
 このドイツの独善的ともいえる経済財政に関する考え方は、次
のEUの財政規律に明確に反映されています。これは「安定成長
協定」の財政規律です。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.   財政赤字を対GDP比3%以下に収める
   2.公的債務残高を対GDP比60%以下に収める
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、中心国であるドイツとフランスがこの財政規律をきち
んと守っているかどうかです。
 実は2002年から、ドイツとフランスの財政赤字は急速に悪
化していったのです。数字を上げておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
              ドイツ   フランス
     2002年   3.7 %   3.8 %
     2003年   4.0 %   4.1 %
     2004年   3.3 %   3.6 %
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツは、2002年11月19日、閣僚委員会から財政赤字
を削減するよう勧告を受けて削減努力を行っています。しかし、
2003年には財政赤字はさらに悪化し、2004年には多少
改善したものの、3.0 %をクリアできなかったのです。
 安定成長協定によれば、勧告しても状況が改善しないときは制
裁が発動されることになっていたのですが、ドイツはその対象に
ならなかったのです。
 制裁は一定の金額を「無利子積立」をさせられ、さらに2年経
過後もクリアできない場合は、その積立金を全額没収されるとい
う内容です。しかし、ドイツは制裁対象にならないばかりか、当
時のドイツのアイヒェル蔵相は次のように述べて、何ら恥じるこ
とがなかったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツは赤字削減に努力を払ってきた国であり、そうした国
 に対して協定に基づいて自動的に制裁を発動すべきではない
                     ──坂田豊光著
        『ドル・円・ユーロの正体』/NHK出版刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 一方数値としてはドイツ以上に悪いフランスは、シラク大統領
が、安定成長協定の制裁発動については柔軟な対応が必要といい
制裁を拒否したのです。ドイツとともにユーロの主軸国でありな
がら、フランスのこの対応には大きな問題があります。
 なぜなら、ドイツにしてもフランスにしても、制裁を受け入れ
ることよりも「欧州委員会に自国の経済政策について指図された
くない」というプライドが見えるからです。
 こういう状況があったにもかかわらず、今回の新財政条約にお
いて、財政赤字をGDP比3%以内に収めるとする財政規律違反
の制裁の「準自動化」をドイツとフランスが主導して決めている
のです。要するに3%以下に収められないときは、自動的に制裁
が発動されるという内容です。
 自らが制裁の対象になるときは「制裁の適用には柔軟な対応」
を求めながら、優位に立っているときは、有無をいわせず、制裁
の自動化を求めるというドイツやフランスの姿勢はあまりにも身
勝手過ぎると思います。
 なお、ここでいう制裁の「準自動化」について、庄司克宏慶応
義塾大学教授は次のように解説しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 通常、欧州委員会がユーロ圏加盟国を対象に制裁へ至る勧告を
 する場合、ユーロ圏加盟国の持ち票総数の約75%の賛成票を
 必要とする「特定多数決」で決定される。そのため、制裁は自
 動的ではない。そこで、ユーロ圏加盟国である締約国は欧州委
 員会の勧告に賛成することを確約している。このようにして勧
 告は常に採択されることになるので、制裁の自動化は一応確保
 される。ただし、ユーロ圏の財政条約締約国が持ち票総数の約
 75%を逆に反対票として投じて「逆特定多数決」により否決
 するときは、制裁対象から除外されるという例外措置があり、
 「全自動化」ではない点には注意を要する。
             ──慶応義塾大学教授/庄司克宏氏
 「財政条約で加盟国二分も」/2012年4月5日/経済教室
―――――――――――――――――――――――――――――
 「安定成長協定」の「安定」はドイツが目指す「物価安定」を
意味しています。ドイツは経済成長よりも物価安定を目指す国な
のです。一方「成長」はフランスの目指す「経済成長」を意味し
ており、その両方を取り入れて「安定成長」としたのです。
 今回のギリシャの総選挙やフランス大統領選挙、それにアイル
ランドの国民投票において、ドイツが主導するの独善的な緊縮政
策の強要は、きわめて評判がよくないのです。
 それはドイツ国内においても同様なのです。5月13日に行わ
れたドイツ最大の人口を持つ西部ノルトライン・ウェストファー
レン州の議会選ではメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(C
DU)が同州で過去最悪の大敗を喫したのです。この選挙は来年
秋の連邦議会(下院)総選挙の行方を占う前哨戦と位置付けられ
欧州債務危機対応を主導するメルケル首相にとって大きな打撃に
なりそうです。
 それに加えて「ドイツはユーロにおいて第2次世界大戦の復讐
をしている」という声もあるのです。 [欧州危機と日本/45]


≪画像および関連情報≫
 ●メルケル与党、過去最悪の大敗 独最大州議選/産経新聞
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ベルリン=宮下日出男】ドイツ最大の人口を持つ西部ノル
  トライン・ウェストファーレン州の議会選が5月13日行わ
  れ、即日開票の結果、メルケル首相率いるキリスト教民主同
  盟(CDU)が同州で過去最悪の大敗を喫した。州議会選は
  来年秋の連邦議会(下院)総選挙の行方を占う前哨戦と位置
  付けられ、欧州債務危機対応を主導するメルケル首相にとり
  大きな打撃となりそうだ。独メディアが報じた中間集計によ
  ると、国政で最大野党の社会民主党(SPD)が39・1%
  で第1党となる見通し。CDUは26・3%で、2010年
  の前回選挙を8ポイント超下回り、同州では過去最悪の得票
  率。同州ではSPDと90年連合・緑の党が少数連立政権を
  組んでいたが、3月、予算関連法案の否決を受け議会が解散
  された。選挙の結果、両党が議会多数派を形成し、連立政権
  を維持する見通し。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/europe/561890/
  ―――――――――――――――――――――――――――

アンゲラ・メルケル独首相.jpg
アンゲラ・メルケル独首相
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2012年06月07日

●「チェコのユーロ加盟を阻んでいるもの」(EJ第3317号)

 国際エコノミストの長谷川慶太郎氏は、次のような衝撃的な発
言をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロについて別な観点から見ると、ドイツがユーロへの加
 盟問題で、第2次世界大戦の報復をしていると思います。
              ──長谷川慶太郎/三橋貴明著
 『大恐慌終息へ!?日本と世界はこう激変する』/李白社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 その最も顕著な例はチェコです。チェコはヨーロッパでは有数
の工業国ですが、ユーロへの加盟が許されていないのです。とこ
ろで、チェコというと、多くの人は「チェコスロヴァキア」とし
ての印象が強いと思います。
 しかし、1993年にチェコ共和国とスロヴァキア共和国に分
離されています。分離した理由は、チェコスロヴァキアの共産党
政権が倒れたからです。1989年11月のことです。幸いにも
ユーゴスラヴィア紛争のように武力衝突を免れたことから、両国
の分離は平和的、友好的に行われたのです。そのため、チェコス
ロバキアの民主化を「滑らかな布」にかけて「ビロード革命」と
呼んでいるのです。
 そのスロヴァキアは2004年5月にユーロに加盟しているの
に対し、チェコは依然として加盟が許されていないのです。チェ
コとスロヴァキア両国の関係は良好であり、スロヴァキアがユー
ロ入りするのであれば、一緒に加盟しても何ら不思議はないので
すが、ドイツの反対が強く加盟が実現しないのです。というより
チェコの方もユーロに入ろうとしていないのです。
 チェコが国境を接している国は、ドイツ、スロヴァキア、ポー
ランド、オーストリアの4国です。そのなかで、チェコとポーラ
ンドだけがまだユーロに加盟していないのです。
 ポーランドは、政界や社会がユーロ導入への支持が低かったの
ですが、2007年に政権が交代すると、ドナルド・トゥスク首
相は一転してユーロ加盟に積極的になり、2011年をユーロ導
入の目標時期として設定したのです。
 しかし、2009年8月に財務次官ルドヴィク・コテツキ氏は
ポーランドのユーロ導入は2014年まではないということを明
らかにしているのです。それは、2008年の金融危機がポーラ
ンドにも大きな影響を及ぼしたからです。
 しかし、チェコの場合はいささか事情が複雑なのです。それは
「ズデーテン問題」によるものなのです。ズデーテンとは、チェ
コ西部のドイツと接する地域のことです。
 この地域には、13世紀ごろからドイツ人の入植がはじまり、
多くのドイツ人が住んでいたのです。これは両国の同意に基づく
ものです。しかし、ヒットラーの時代にこの地域はドイツに併合
されてしまったのです。
 そういうわけで、第2次世界大戦が終わった1945年の時点
で、ズデーテン地域には、300万人を超えるドイツ人が住んで
いたのですが、第2次世界大戦ではドイツが敗れたので、ズデー
テン地方は当然のことですが、チェコスロヴァキア領に戻された
のです。そこで問題が起こったわけです。
 なお、この当時はチェコスロヴァキアの時代ですが、ズデーテ
ン地域は現在のチェコ領であり、責任はチェコにあることは明ら
かです。そのチェコスロヴァキア政府は、戦争が終わると、ズデ
ーテン地方から250万人以上のドイツ人を追放したのです。し
かも、その追放のやり方には大きな問題があったのです。戦争は
終わっているにもかかわらず、武力でドイツ住民を追い立て、す
べての財産を没収したからです。
 この地域がナチスに併合された時点で多くのドイツ人がその地
域に入ってきたわけではなく、昔から入植が行われ、もともとズ
デーテンに住んでいたドイツ人が追い出されたのです。当然ドイ
ツとしてはチェコスロヴァキア政府に抗議したのですが、そのと
きチェコスロヴァキア大統領は次のようにいったそうです。当然
これにドイツは猛反発したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 チェコ人は犯罪を犯していない。したがって、チェコ人には
 何の罪もない。    ──エドヴァルド・ベネシュ大統領
―――――――――――――――――――――――――――――
 これが現在も大きなネックになっているのです。仮にドイツ政
府がチェコのユーロ加盟を認めようとすると、ズデーテン地域に
住んでいたドイツ人の子孫が猛反発してそれを許さないのです。
 これについて、国際エコノミストの長谷川慶太郎氏は次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 これはドイツの政治構造にも関わっていて、ドイツは連邦議会
 と連邦参議院の二院制ですが、外交案件の決定には連邦参議院
 もそれなりに力を及ぼしているのです。連邦参議院は69議席
 で、ドイツの16州の州政府代表(州首相および州の閣僚。人
 口比によって各州ごとに3〜6名)で構成されています。つま
 り、連邦参議院議員は各州で政権を持っている政党あるいは政
 治組織の代表なので、その州の有権者の意向が強く反映される
 のです。だから、チェコから追われたドイツ人とその子孫の連
 中の票がなければ政権を維持できない州がいくつもあって、チ
 ェコのユーロ加盟問題になると、そのような州の連邦参議院議
 員が大反対しますから、今のところチェコのユーロ加盟は非常
 に難しいのです。      ──長谷川慶太郎/三橋貴明著
  『大恐慌終息へ!?日本と世界はこう激変する』/李白社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このような歴史的事情が、現在ユーロ問題にも深く影を落とし
ているのです。長谷川慶太郎氏がドイツが第2次世界大戦の報復
をしているというのはこういう事情によるものです。
             ――── [欧州危機と日本/46]


≪画像および関連情報≫
 ●第2次世界大戦後のズデーテン問題
  ―――――――――――――――――――――――――――
  第2次世界大戦後チェコスロバキア共和国は復活した。19
  46年、1940年から1945年までエドヴァルド・ベネ
  シュによって布告されていた一連の法案(いわゆる「ベネシ
  ュ布告」)が臨時連邦政府委員会によって可決承認され、こ
  れによりズデーテンに多く住んでいたドイツ人やスロバキア
  に多く住んでいたハンガリー人のほとんど全てが財産を奪わ
  れた上チェコスロバキアから追放された(この「ベネシュ布
  告」は現在のチェコおよびスロバキアにおいても有効であり
  どちらの国でも撤回されていない。1946年までチェコに
  領地を持っていたリヒテンシュタイン公国はこれを法律によ
  る重大な人権侵害だとして、チェコ共和国とスロバキア共和
  国を国家として承認するのを拒否してきたが、2009年に
  リヒテンシュタイン公国とチェコ共和国との間で外交関係が
  開設された)。      http://bilil.com/_c1_a7_b3/2
  ―――――――――――――――――――――――――――

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長谷川 慶太郎/三橋 貴明両氏の本
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2012年06月08日

●「英国はなぜユーロに加盟しないのか」(EJ第3318号)

 EU27ヶ国のうち17ヶ国がユーロに加盟しています。残り
の10ヶ国の大半の国は、ユーロ加盟の準備をしていますが、英
国、デンマーク、スウェーデンの3ヶ国はユーロに加盟する意向
を持っていないといわれています。
 昨日取り上げたチェコは、ユーロに加盟したいのですが、ドイ
ツの反対で加盟できないのです。もし、どうしてもユーロに加盟
したいのであれば、チェコ政府は次のような正式な謝罪声明を出
して、ドイツ国民に詫びを入れることが必要です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ズデーテン地方からドイツ人を追放したのは、わが国の当時
 の政権担当者の重大な誤りである。そのときに犯した不法行
 為の責めを負い、深く深謝する。
              ──長谷川慶太郎/三橋貴明著
 『大恐慌終息へ!?日本と世界はこう激変する』/李白社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで英国はなぜユーロに加盟しないのでしょうか。
 英国といえば、欧州でドイツ、フランスに次ぐGDPを誇る国
であり、英国がユーロに加盟しないのは、ユーロの欧州統一通貨
としての価値を大きく損ねていると思いますが、なぜ、参加しよ
うとしないのでしょうか。
 ECが通貨同盟を創設しようとして、1980年代から準備を
進め、スネーク、EMSなどの実験を実施していたときの英国の
首相は、マーガレット・サッチャーです。ところが、彼女は一貫
してこの動きに反対を唱えていたのです。
 サッチャー首相は、「国の通貨の管理は選挙で選ばれた一国の
政府が行うべきである」として真っ向から反対していたのです。
しかし、英国は、サッチャー首相が退任した1990年にEMS
に参加して、わずか2年で離脱しているのです。浜矩子同志社大
学大学院教授は、英国のEMS参加のタイミングの悪さについて
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 イギリスのERMへの加入が1990年10月のことである。
 こともあろうに、西ドイツ・マルクから統一ドイツ・マルクへ
 の切り替えが行われて、まさしく、これからERMの動乱期が
 始まろうという時の加入であった。この辺りが、現実的でした
 たかなように見えていて、その実は、いたってタイミング音痴
 なイギリスのいかにもイギリスらしいところだ。このタイミン
 グの悪さの背景には様々な要因があった。いずれにせよ、加入
 からわずか2年で離脱の憂き目を見るに至ったのは、決してイ
 ギリスばかりのせいではなかった。 浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 英国というのはプライドの高い国なのです。世論調査では、今
でも英国の国民の70%がユーロへの参加に反対しています。そ
の最大の理由は「ポンドへの愛着」です。
 ポンドのお札にはいずれも表面にエリザベス女王の肖像が描か
れています。かつて、世界の7つの海を制覇し、アフリカやアジ
ア諸国、アメリカを次々と植民地にした大英帝国──世界に先駆
けて産業革命も起こしました。その歴史が刻まれているのが、ポ
ンド紙幣です。ポンドは、英国民のプライドの象徴なのです。
 その英国──メージャー首相の時代ですが、1990年10月
に欧州各国と何の根回しもせず、きわめて無造作にEMSに参加
したのです。問題なのは、そのとき、かなり高い為替レートを設
定しているのです。対円でいうと「1ポンド=2.95 円」を一
方的に設定したのです。
 これを見て欧州の経済大国のドイツの首脳は、次のように感じ
たそうです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    ポンドは実態よりも高すぎて、現実離れしている
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSの為替相場メカニズムのERMでは、ポンドの為替変動
は上下2.25 %の幅しかないのです。もし、これを超えてしま
うとイングランド銀行が変動幅を再調整するか、準備金による市
場介入──すなわち、ポンドを買うか、マルクを売るかしなけれ
ばならなくなるわけです。ドイツの首脳は、これではヘッジファ
ンドの格好のターゲットになると感じたといいます。そしてそれ
が現実のものになったのです。
 これに目をつけたのは、ジョージ・ソロスです。ソロスは15
億ポンドの空売りを仕掛け、その後も総額で150億ドルを市場
に投入して、ポンドを売り浴びせたのです。結局、イングランド
銀行は、ポンド暴落を阻止するために240億ドルもの外貨準備
金を投じたのですが、すべて市場に吸収されてしまったというの
です。このいわゆる「ポンド危機」だけでもソロスは、10億〜
20億ドルもの儲けを手にしたといわれているのです。
 かくして英国はわずか2年でEMSから離脱するのですが、そ
の日のことを当時のメディアは「ブラック・ウェンズデイ」と呼
んだのです。英国にとって屈辱の暗黒日という意味です。
 しかし、この「ブラック・ウェンズデイ」は、トニー・ブレア
首相の時代になって、「ホワイト・ウェンズデイ」といわれるよ
うになるのです。どうしてでしょうか。
 それはEMS離脱のおかげで、英国はポンド安になり、輸出主
導型成長を謳歌するようになったからです。それは1993年を
を転機として、実に16年にわたって、超ロングランの景気拡大
を記録することになったのです。
 しかし、ブレア首相は、ユーロ導入を公約に掲げて当選してき
ているのです。しかし、その公約を果たせないまま、退任してい
ます。英国がユーロに加盟しないという選択は結果として成功で
あったといってよいと思います。加盟してもそれによって英国が
利することはなかったからです。── [欧州危機と日本/47]


≪画像および関連情報≫
 ●ジョージ・ソロス/2012年の展望
  ―――――――――――――――――――――――――――
  多くの先進国が2011年に陥った経済的苦境は、人間の手
  が及ばない経済的力学だけが原因ではなかった。世界の指導
  者たちが進めた政策、あるいは進めなかった政策によるとこ
  ろが大きかったのだ。2008年に始まった金融危機の最初
  の段階において、世界の指導者たちは驚くほどの意思統一を
  実現した。2009年4月に開催されたG20ロンドン・サ
  ミットでは、総額1兆ドルに及ぶ救済パッケージをまとめた
  ほどだった。ところが、この意思統一は早々に破綻した。現
  在の世界を覆っているのは、官僚たちの内輪もめと誤った状
  況理解ばかりだ。さらに困ったことに、政策上の相違は、多
  少なりともそれぞれの国の方向性に沿う形で生じている。例
  えばドイツは財政的に非常に保守的な方向を取っている。一
  方、アングロサクソン諸国は今なおケインズに魅力を感じて
  いる。危機の根源には最初からずっと国家間の不均衡が存在
  する。これを是正するためには緊密な国際協調が必要なだけ
  にこのような国家間の乖離は状況を極めて複雑にしている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120123/226425/
  ―――――――――――――――――――――――――――

ポンドの空売りを仕掛けたジョージ・ソロス.jpg
ポンドの空売りを仕掛けたジョージ・ソロス
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2012年06月11日

●「スペイン遂にEUに支援要請」(EJ第3319号)

 6月10日、ユーロ圏第4位のスペインが遂にEUに支援を求
める事態にまでいたっています。スペインがこれまでなぜ支援を
求めなかったかというと、それは追加の厳しい財政緊縮策を課せ
られることを恐れたからです。
 現在スペインでは仕事に就けない若者で溢れ、スペインやギリ
シャでは2人に1人が失業中であり、もし支援受け入れの条件と
してさらなる緊縮財政を求められると、景気がもっと悪化するこ
とが必至の情勢です。欧州の若者(15〜24歳)の失業率は、
次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     EU27ヶ国平均  ・・・ 22.4 %
     ギリシャ ・・・・・・・・ 52.7 %
     スペイン ・・・・・・・・ 51.5 %
     イタリア ・・・・・・・・ 35.2 %
     フランス ・・・・・・・・ 22.0 %
     英国   ・・・・・・・・ 21.7 %
     ドイツ  ・・・・・・・・  7.9 %
              ──EU統計局データ
       2012年6月7日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 スペインが求めたのは、欧州金融安定化基金(EFSF)か7
月発足予定の欧州安定化メカニズム(ESM)からスペインの国
内銀行に直接資本注入をして欲しいというものだったのです。現
制度ではいったんスペイン政府に資金を融資し、その資金を国内
銀行に注入するということになりますが、この方法だと政府の財
政負担になるので、スペインは支援要請を渋ったのです。
 しかし、これにはドイツが反対し、その代り、スペイン政府の
一部である基金を通して「政府保証」をつけるが、追加の財政緊
縮策を求めないという配慮を示したのです。明らかにギリシャと
は違う対応ですが、そこにどういう事情があったのでしょうか。
 それは、スペインの場合は、放漫財政で危機を招いたギリシャ
とは事情が異なり、中道右派のラホイ政権による構造改革の取り
組みをドイツが評価しているからです。
 これはドイツの本音ではないと思います。救済しないと、スペ
インは財政破綻し、それが世界経済に与える影響はギリシャどこ
ろではないからです。追加の緊縮財政を求めないという決定はそ
ういう判断から行われているのです。
 スペインにはギリシャと同様に大きな問題があるのです。スペ
インはユーロに加盟して経済が好転し、企業が高い給与を保障し
たので、学校を辞めて建設業やサービス業に就く若者が増えたの
です。しかし、それは一時的なバブルに過ぎなかったのです。
 2008年にリーマンショックが起きると、あえなくバブルは
崩壊し、街には学歴も技術も持たない若者の失業者が溢れたので
す。その結果、仕事にも学業にも従事していない「ナイ・ナイ・
ジェネレーション」は激増し、現在では70万人に達するといわ
れています。社会学者のエンリケ・カレラス氏は、スペインの若
者について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (一時的なバブルによって)低学歴、未熟練でもそこそこの収
 入を得た体験から、努力や勉強を軽んずる風潮がある。
            ──社会学者のエンリケ・カレラス氏
            2012年6月7日付、朝日新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回の支援資金は最大1000億ユーロ(10兆円)ですが、
果たしてこれだけで足りるのかどうかが早くも懸念されているの
です。さらなる緊縮財政は求めないとしても今回の支援で景気が
良くなる可能性は低いと考えられます。
 スペインはフランコ独裁時代に共産主義の浸透やゼネストを防
ぐ目的で、労働者に有利な雇用制度が定着しており、それがネッ
クになって、企業は新規採用を控えているのです。
 2011年11月に政権交代をした中道右派のラホイ政権は、
解雇金の金額を引き下げたり、労使交渉のできるよう労働法を改
正したりしたのですが、うまくいっていないのです。少数の学歴
のある優秀な若者は海外に出ています。安心して家庭が築けない
ので、このままスペインが経済を立て直せないと、日本のように
少子化が起きる恐れがあります。いずれにしてもスペイン政府は
何とか経済を立て直し、公的な就業支援制度を充実させて、一刻
も早く若者の雇用を改善する必要があります。
 もう一方のギリシャは6月17日に再総選挙を迎えています。
選挙は7つの党で争われていますが、旧連立与党の新民主主義党
(ND)と反緊縮党の急進左派連合が競り合っています。それも
緊縮反対派が先行し、緊縮賛成派が猛烈に追い上げている展開で
す。6月1日の上位3党の支持率は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 新民主主義党(ND) ・・・・・・・ 22.5〜27.1
 急進左派連合 ・・・・・・・・・・・ 23.6〜31.5
 全ギリシャ社会主義連合(PASOK)  9.9〜13.5
         ──2012年6月3日付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在のところ緊縮派と反対派のどちらも過半数の獲得は無理で
あり、またしても連立政権になる可能性が高いのです。もし、緊
縮反対派が勝つと、ギリシャのユーロ離脱は現実のものになるだ
けに結果が注目されます。
 「ギリシャのユーロ加盟は欧州の負担になる」──こう述べて
ギリシャの加盟当時、ドイツのゲンシャー外相は反対しましたが
実際にそうなりつつあります。しかし、本当にギリシャが離脱す
るようなことになると、それはユーロの最大の危機になることは
確かであり、今日から10日までは、ユーロの今後を占う週にな
ると思います。 ―――――――── [欧州危機と日本/48]


≪画像および関連情報≫
 ●スペイン支援の背景/NHK・NEWSウェブ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  財政状況が厳しいスペイン政府は、巨額の不良債権を抱える
  国内の銀行を救済するための資金が必要だとして、EU=ヨ
  ーロッパ連合に対して金融支援を要請することを明らかにし
  ました。この背景には、信用不安の拡大に対するユーロ圏の
  国々の強い危機感があるとみられます。スペイン政府は、こ
  れまで不良債権を抱える銀行が必要とする資本増強の規模に
  ついての監査機関による報告が今月下旬までに出るのを待っ
  て支援を要請するかどうかを明らかにするとしてきました。
  ユーロ圏の国々も当初はスペインが正式に支援要請をしたあ
  とに検討するとしてきましたが、9日に財務相による緊急の
  電話会議を開いてスペインに対する支援について協議を行い
  ました。今回のスペイン政府による支援要請の発表は、この
  電話会議の直後だったことなどから、ユーロ圏の国々がいわ
  ばスペインの背中を押すような形で支援要請の方針を発表す
  るよう促したとみられます。ユーロ圏では、今月17日にギ
  リシャの議会選挙の再選挙が予定され、ユーロ圏からのギリ
  シャの離脱の可能性も指摘されるなど不透明感が広がってい
  ます。これに加えてユーロ圏で4番目に大きい経済規模を持
  つスペインへの対応が遅れれば、市場の不安感をさらに増幅
  するというおそれもあるため、ユーロ圏各国ではこうした強
  い危機感を背景に信用不安の払拭へ向けた対策を加速させた
  ものとみられます。
  http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120610/k10015725921000.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

急増するスペインの失業率.jpg
急増するスペインの失業率
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2012年06月12日

●「通貨統合実現への欧州連合の執念」(EJ第3320号)

 ユーロについて調べていくと、たくさん「E」の付いた略語に
遭遇します。ここまでにもたくさん出てきましたが、さらに次の
「E」についても理解しておく必要があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  EMU/Economic and Monetary Union/欧州経済通貨統合
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMUは「エミュー」と呼びます。EUには3つの柱(現在は
2本柱)がありますが、EMUは第1の柱である「超国家的共同
体」に属するのです。5月29日付のEJ第3310号でも述べ
ましたが、ECとEUの違いについてもう少し詳しく述べて、E
MUの話に入ることにします。3つの柱とは次の3つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.      超国家的共同体
       2.  共通外交・安全保障政策
       3.司法・内政分野における協力
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は、ECという場合は、2つの意味があるのです。英語で書
くと、違いがはっきりします。単数と複数です。
―――――――――――――――――――――――――――――
       欧州共同体/European Communities
       単数のEC/ European Community
―――――――――――――――――――――――――――――
 複数の欧州共同体は、「欧州石炭・鉄鋼共同体」(2002年
7月に消滅)と「欧州経済共同体」と「欧州原子力共同体」の3
つの団体をまとめたもので、それらをEC──欧州諸共同体と呼
称していたのです。
 それでは単数の欧州共同体とは何を指すのでしょうか。
 上記の複数の欧州共同体のひとつ「欧州経済共同体」のことを
EECと呼んでいたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      EEC/European Economic Community
―――――――――――――――――――――――――――――
 1993年11月1日に欧州連合(European Union)が発足す
るのですが、そのとき、欧州経済共同体は経済だけではなく、経
済分野以外の管轄権も持つようになったので、団体の名称を「欧
州共同体」(European Community)に改めたのです。かくして、
単数のEC(European Community)が出現したのです。
 もともとECは、脱ドルという目的のために経済・通貨統合の
完成──すなわち、通貨を統一する現在のユーロを目指し、30
年もの年月をかけてがんばってきたのです。そのための同盟がE
MU──欧州経済通貨統合なのです。
 1969年12月にハーグで開催された欧州6か国首脳会議の
決定にもとづき、1970年10月にウェルナー・ルクセンブル
ク首相を議長とした委員会がまとめた報告書──ウェルナー・レ
ポートで、EMUの構想が発表されたのです。
 ウェルナー・レポートでは、1971年から10年の間に域内
為替変動幅をゼロにするとともに、資本移動の完全な自由化と金
融市場の統合を実現することが提言され、そのため経済調整と為
替変動幅縮小を段階的に図っていくことが提案されたのです。
 しかし、1971年にあのニクソンショックが起こり、ブレト
ンウッズ体制が崩壊し、先進国は変動相場制の時代に突入するこ
とになったことにより、1980年までにEMUを創設するとい
うウェルナー・レポートの提言は頓挫したのです。
 それでも、ECは1972年4月には「スネーク」、1979
年3月にはスネークを発展させた「EMS(欧州通貨制度)」を
導入し、着実にEMUの実現に努めてきたのです。
 しかし、欧州の首脳たちは諦めなかったのです。1988年6
月にハノーバーで開催された欧州理事会の決定に基づき、EMU
の創設を検討するドロール委員会が結成され、レポート──ドロ
ール・レポートがまとめられたのです。
 ドロール・レポートでは、経済同盟と通貨同盟は不可分である
と指摘したうえで、3段階にわたってそれを実現することが示さ
れているのです。その3段階は次のようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ◎第1段階/1990年7月〜1993年12月
    EC域内市場統合促進
   ◎第2段階/1994年1月〜1998年12月
    マクロ経済政策の協調
   ◎第3段階/1999年1月〜
    経済・通貨統合の完成
―――――――――――――――――――――――――――――
 1992年2月にマーストリヒト条約──欧州連合条約、19
93年発効──が締結されていますが、その発効にに伴い、EC
はEUへと呼称を変更し、共同体から連合体になって、欧州は一
段と結束力を固めることになったのです。
 しかし、この段階になっても、英国とデンマークは「オプトア
ウト」条項を取り付けています。オプトアウトとは、オプト(選
ん)でアウト(外す)の意味であり、通貨統合への参加義務を負
わないという意味です。
 しかも、デンマークは、2000年9月時点の国民投票では参
加は否決(反対53.1 %、賛成46.9 %)されており、その
後、積極的に参加する意思を見せていないのです。
 これに対してスウェーデンは、2000年3月の時点でユーロ
参加を決めているのですが、参加時期は未定であり、参加すると
きは国民投票を行うとしているのです。
 英国も加盟するときは国民投票にかける方針ですが、現在は加
盟できる経済状況になく、むしろ加盟のハードルを少しずつ上げ
ているように見えるのです。英国については、明日のEJでさら
に述べます。       ――── [欧州危機と日本/49]


≪画像および関連情報≫
 ●ジャック・ドロールとは何者か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ドロール委員会は、欧州委員会第8代委員長であるジャック
  ・ドロールを首班とする行政体。ドロール委員会は1985
  年から1988年、1989年から1992年、1993年
  から1994年の3期にわたった。そのため歴代欧州委員会
  の任期としては最長であり、また最も業績を上げたとされて
  いる。また3期続いたというのはドロール委員会のみで、ド
  ロールも5年の委員長職の任期を2期務めた。第3次委員会
  は1993年にマーストリヒト条約が発効し、欧州連合が発
  足したときの最初の委員会であった。 ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ジャック・ドロール氏.jpg
ジャック・ドロール氏

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2012年06月13日

●「3本柱はどのように1本化されたか」(EJ第3321号)

 昨日のEJで、EUの3本柱は現在2本柱になっていると述べ
ましたが、その話から今日のEJは入ります。3本柱を再現して
おきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.      超国家的共同体
       2.  共通外交・安全保障政策
       3.司法・内政分野における協力
―――――――――――――――――――――――――――――
 このなかの第1の柱である「超国家的共同体」は、ECそのも
の(単数/European Community)なのです。3本柱全体を統合す
るのは、1993年11月まではEC(複数)であり、それ以降
はマーストリヒト条約に基づき、EU(欧州連合)と呼ばれるよ
うになったのですが、そうかといって、単数のECがなくなった
わけではないのです。
 3本の柱のメカニズムを理解するために、国際テロに対抗する
ため、EUとして経済制裁措置を出すケースを考えてみます。こ
れは安全保障の問題ですから、経済制裁は第2の柱で基本方針が
決定され、それに基づき、具体的な措置を発動する権限が第1の
柱であるECに与えられるのです。これを少し厳密にいうと、次
のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第2の柱の分野において「共通の立場」ないし「共通の行動」
 が採択され(EU条約第14条、第15条)、それに基づき、
 第1の柱の分野において具体策が講じられる(EC条約第60
 条及び第301条参照)
           http://eu-info.jp/law/tr-san-un4.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 1997年になると、マーストリヒト条約やローマ条約などの
EUの基本条約に大幅な変更を加えたアムステルダム条約が調印
されます。発効は1999年5月です。ローマ条約というのは、
1957年3月に調印されたEUの2つの条約──欧州経済共同
体設立条約と欧州原子力共同体設立条約のことです。これらは、
ベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、西
ドイツによって調印されたものです。
 アムステルダム条約は、域内における人の移動の自由や移民政
策をECの管轄領域に取り込んでおり、また、国境規制撤廃に関
するシェンゲン協定(後述)とその制度をEUの枠組の中に取り
入れる旨を定めているのです。
 このアムステルダム条約によって、第3の柱である「司法・内
政分野における協力」の管轄の一部が第1の柱に移され、その結
果として、第3の柱は、「刑事分野における警察・司法協力」に
限定されることになったのです。
 1985年6月に「シェンゲン協定」がEC加盟5ヶ国──西
ドイツ、フランス、ベネルクス3国で、締結されたのです。これ
は、国境検査の撤廃について定めた国際条約であり、これが第1
の柱に組み入れられたのです。
 シェンゲンというのは、ルクセンブルグの地名であり、モーゼ
ル川をわたる船上で協定がまとめられたので、シェンゲン協定の
名前があるのです。ちなみにモーゼル川は、フランス、ルクセン
ブルグ、ドイツを流れる全長544キロの国際河川です。
 2007年12月にEUの基本条約を修正するリスボン条約が
締結されたのです。リスボンのジェロニモス修道院において、加
盟国の代表らによって署名されたので、その名前があります。発
効は、2009年12月からです。
 このリスボン条約によって、EUの3本柱は廃止され、一本化
されています。これによってECははじめて廃止されたのです。
しかし、一本化というのは、第2と第3の柱を第1の柱に組み入
れることを意味するのですが、実際的には、次の2本柱になった
といえるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   第1の柱/超国家的組織/  域内政策・域外政策
   第2の柱/政府間の協力/共通外交・安全保障政策
     http://eu-info.jp/law/lisbon-treaty-eu.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 このようなECからEUまでの動きのなかで、英国はどのよう
な位置を占めようとしているのでしょうか。
 英国といえば、世界の金融センターであるシテイを擁している
国です。したがって、英国がEMUに加盟すれば、ユーロが国際
通貨としてのドルに近づくことになるのですが、英国は積極的で
はないのです。それだけではなく、ユーロへの参加のハードルを
上げているのです。
 そのハードルのひとつとして、「5つの経済テスト」がありま
す。内容は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪英国の「加盟の可否を判断する5つテスト」≫
 1.英国民やほかの人々が恒久的に、ユーロの単一金利体系の
   下、問題なく暮らせるとみなせるだけ、景気循環、経済行
   動の両面で英国経済は欧州のそれと同一化しているか
 2.何か問題が起きた場合、英国自身で対処するため十分な柔
   軟性は存在するか
 3.英国国内へ投資することを考えている企業にとって、良好
   な条件がもたらされるか。
 4.EMU加盟は英国金融業、なかんずくシテイのホールセー
   ル市場の競争力にとってどんなインパクトをもたらすか
 5.要するに、加盟によって成長が促され、経済は安定し、ま
   た雇用は永続的に増えて行くといえるかどうか
             ──谷口智彦著/日本経済新聞社刊
       『通貨燃ゆ/円・元・ドル・ユーロの同時代史』
―――――――――――――――── [欧州危機と日本/50]


≪画像および関連情報≫
 ●「小林恭子の英国・メディア・ウオッチ」より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  イギリスがユーロを導入するには、5つの経済テストに合格
  すること、という条件を政府はつけたが、どう見るか。これ
  を単純に「経済テスト」と見れば、議論の肝心な部分を見落
  とすと思う。ユーロ圏への参加は、純粋な経済問題ではない
  からだ。5つの経済テスト自体もおかしい。テスト全体は、
  「ユーロ導入が、イギリスの経済に恩恵をもたらすかどうか
  ?」を聞いていることになるが、例えば、テストのうちの一
  つが、金融界への影響だ。何故製造業では駄目なのか?外国
  企業の投資もテストの1つだが、ユーロに入っていようがい
  まいが、投資には関係ないという説もある。全ては政治的決
  断にかかっている。経済ではない。政治的に環境が整えば、
  ユーロ参加もありうると思う。政治的統合に対する国民の反
  感が強いイギリスでは、ユーロ導入は経済でなく政治的決断
  だという真実を言わない方が政治家にとっては都合が良いか
  ら、誰も何も言わない。メディアも、こうした文脈からはあ
  まり報道しない。   http://ukmedia.exblog.jp/427062/
  ―――――――――――――――――――――――――――

シェンゲン・モニュメント.jpg
シェンゲン・モニュメント
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2012年06月14日

●「英国がユーロ加盟を躊躇う3つの理由」(EJ第3322号)

 英国のユーロ加盟の可否を決める「5つのテスト」──これは
ユーロに加盟しないためのテストのようなものです。加盟を要請
されても、まだ5つのテストに合格していないからというのを今
まで断り文句に使ってきているからです。
 なぜ、英国はユーロに加盟することを逡巡するのでしょうか。
その理由としては、次の3つが上げられます。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.通貨主権を失うことへの危惧
       2.ドイツ/フランスへの不信感
       3.政治的主権の維持困難化不安
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の理由は「通貨主権を失うことへの危惧」です。
 英国は自国通貨であるポンドに強い思い入れがあります。その
ため、そのポンドを失い、ユーロを導入し、従属的な単一金融政
策の下で自国の経済成長を維持できるのか危惧したのです。ユー
ロ圏全体の金融政策を担当するECBは、完全なドイツ寄りとい
うよりドイツそのものであるからです。
 第2の理由は「ドイツ/フランスへの不信感」です。
 ユーロ圏は完全にドイツとフランスが仕切っており、ユーロに
加盟すると、そのドイツとフランスの下に立つと英国は考えてい
るのです。それにEMSに加盟しながら、脱退せざるを得なかっ
た過去の屈辱的トラウマもあります。ドイツの独善的政策にも強
い不信感を募らせているのです。
 第3の理由は「政治的主権が維持困難になる」です。
 英国はドイツとフランスとは政治的立場が違います。それはイ
ラク戦争のときの英国の行動を見ると明らかです。2003年の
イラク戦争に英国はドイツとフランスが反対するなかで参加して
います。米英関係を大事にしているからです。しかし、ユーロに
加盟するとさまざまな面で英国の自由なスタンスが制約を受ける
と考えているのです。また、マクロ経済政策のない国家は政治的
に力を失うことを英国は懸念しているのです。
 しかし、英国がいつまでもこの立場を維持できるかどうかは疑
問です。現在、EU27ヶ国のうちで17ヶ国がユーロ加盟国で
すが、英国、デンマーク、スウェーデンを除く7ヶ国はユーロ入
りの準備を進めているといわれています。
 しかし、英国もEUの27ヶ国のひとつであり、いつまでもユ
ーロに背を向けてはいられないはずです。そういう英国の立ち位
置について、中央大学経済学部、同大学院兼任講師の坂田豊光氏
は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 もっとも、イギリスの立ち位置が難しいことも事実だ。世界一
 等の金融センターであるシティーを抱えるイギリスにとっても
 ユーロの存在は重要である。例えば、外国為替市場における1
 日の取引平均(2010年)は、アメリカの1590億ドルや
 日本の620億ドルに対して、イギリスは3700億ドルと群
 を抜くが、その背景にはユーロの存在がある。対ユーロ圏貿易
 でも、ユーロとポンドだけで為替相場を考えられることは、イ
 ギリスに多くのベネフィット(便益)をもたらしている。ユー
 ロを導入せずして、そのベネフィットを享受していることから
 イギリスが「フリーライダー(只乗り)」と呼ばれるのも無理
 からぬところである。  ──坂田豊光著/NHKブックス刊
     『ドル・円・ユーロの正体/市場心理と通貨の興亡』
―――――――――――――――――――――――――――――
 英国は日本と同様に島国です。そのため、同じヨーロッパの国
といっても、陸続きの大陸の国であるドイツやフランスとは少し
違う感覚を持っているといえます。この点について、元外務副報
道官の谷口智彦氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「あなたはアジア人か」と聞かれた場合、日本人の多くは理屈
 ではそうだと答えながら、どこかにそぐわない感情を抱くこと
 だろう。日本人の心理的地図において、アジアとはあたかも、
 台湾南方洋上のどこかから始まる地域の呼称であるかにみなさ
 れているフシがある。英国民とヨーロッパ概念は、ちょうどこ
 れと瓜二つの関係をなしている。いわば、頭に心がついていか
 ない。ヨーロッパとは英国民の心理的地図においてあくまで大
 陸欧州を指すもので、ア・プリオリに(元から無前提に)自分
 たちを含むものではないのである。
             ──谷口智彦著/日本経済新聞社刊
       『通貨燃ゆ/円・元・ドル・ユーロの同時代史』
―――――――――――――――――――――――――――――
 英国は欧州につくのか、米国につくのか──現在の英国の立ち
位置は曖昧です。ブレア元首相時代は、どちらかというと、ヨー
ロッパと距離を置き、米国に近づいていたように見えます。だか
ら、米国の要請にしたがい、唯々諾々とイラク戦争に付き合い、
大きなものを失っています。
 英国の歴史家でジャーナリストのポール・ジョンソンは、冗談
でしょうが、次のように述べたことがあるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 英国全体として米国の一州になるべきである。人口比からいっ
 てもどんな大統領も英国の票と意向を無視できないであろう。
                  ──ポール・ジョンソン
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、現在の英国は、米国と欧州に挟まれてどちらの影響も
受けざるを得ないポジションを占めています。それでいて、その
中途半端な立場から、どちらからの信頼も十分に得ることはでき
ないでいます。
 この場合、欧州を中国ならびにアジアと置き換えると、英国の
置かれた環境は、そのまま近未来の日本の置かれたポジションで
あるともいえます。――――――── [欧州危機と日本/51]


≪画像および関連情報≫
 ●ユーロに加盟しなくて正解 英国から見るドイツの苦悩
  ―――――――――――――――――――――――――――
   2013年9月29日、再選されたメルケル独首相はベル
  リンのブランデンブルク門前で演説を行った。支持者たちは
  「ドイツを救った女」とメルケルを呼んだ。彼女がポケット
  から新しい100ドイツ・マルク紙幣を取り出すと、ドイツ
  国民は大歓声でそれに応えた。「誰もがそのメッセージを理
  解した。ユーロの悪夢は終わった」。
   これは英「インディペンデント」紙が11月29日に掲載
  した近未来小説風シミュレーションである。同記事ではフィ
  ンランド、オーストリア、オランダ等もドイツに続きユーロ
  から離脱する。一方、ユーロに残ったフランスのサルコジ大
  統領は12年5月の最後の記者会見で、疲れ果てたように、
  「ドイツよ、これ以上私を虐待しないでくれ」と語った。彼
  は大統領選挙に出馬したストラス・カーンIMF専務理事に
  敗北していた。欧州大陸の統合の動きに、英国はもともと冷
  ややかである。英「デイリーエクスプレス」紙は11月25
  日に、EUから英国は脱退しろという過激な提言を1面トッ
  プに掲載した。英「フィナンシャルタイムズ」紙も2日間に
  わたって、EUが域内の経済弱小国に対して、非効率な補助
  金を支出していることを糾弾した。そういった考え方は、ブ
  リュッセルのEU官僚が英国の税金をムダづかいしていると
  いう不信感から生じている。
            http://diamond.jp/articles/-/10424
  ―――――――――――――――――――――――――――

坂田豊光著、「ドル・円・ユーロの正体」.jpg
坂田 豊光著「ドル・円・ユーロの正体」
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2012年06月15日

●「ギリシャの選挙結果とスペインの近未来」(EJ第3323号)

 ユーロ圏17ヶ国が10兆円のスペイン支援を決めたにもかか
わらず、スペイン国債の長期金利が上がっています。救済策を好
感したのは週明けのアジア市場だけであり、欧州や米国は売り一
色だったのです。これを見た12日のアジア市場も失望の株売り
が続いたのです。どうしてこうなったのでしょうか。何が原因な
のでしょうか。理由は2つあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.ESM(欧州安定メカニズム)直接の資本注入ではない
 2.銀行から生ずる全損失はスペイン政府が負うことになる
―――――――――――――――――――――――――――――
 この2つの理由、実はつながっているのです。問題は救済資金
の出し方なのです。報道では、ESM(欧州安定メカニズム)か
ら拠出されると書いていますが、ESMは2012年7月設立の
予定であり、資金は既存のEFSF(欧州金融安定化基金)から
拠出される見通しです。
 スペイン政府としては、EFSFから直接スペインの国内銀行
への資本注入を求めていたのです。この方式であれば、仮に銀行
が経営破綻してもスペイン政府には影響は及ばないので、財政は
悪化しないからです。
 それにEFSFは、IMFをのぞくあらゆる債権者よりも先に
融資先の国から資金を回収できるので、リスクが少ないのです。
つまり、債券市場でスペイン国債を購入した投資家は、スペイン
国債が破綻した場合でもEFSFに先に取られてしまうので、損
失を被る可能性が高いのです。
 しかし、投資家はそれであってもEFSFからの直接資本注入
の方がリスクが少ないと見ていたのです。EU内部にもそういう
意見は多かったのです。ところが、この方式に反対したのがドイ
ツおよびベネルクス3国──ベルギー、オランダ、ルクセンブル
グなどの欧州北部の国々です。これらの国は、スネーク、EMS
ユーロの各制度においても、きちんと決まりを守る国であり、安
易に欧州南部のPIIGSの国々に対して、安易な資金提供はで
きないとして、あくまでスペイン政府が責任を持つ方式に強くこ
だわったのです。
 今までにも欧州債務危機の中心であるPIIGSの国々に対す
る支援において、市場の空気が少しでも楽観に傾くと、ドイツと
ベネルクス3国などは反対して、冷水を浴びせる──こういうこ
とを繰り返しているのです。
 確かにドイツおよび北欧諸国は、EFSFなどのセーフティー
ネットの資金の大部分を出資しているので、南欧諸国の安易な救
済は許さないとして、危機を温存させている観があります。その
ため、スペイン国債は売られ、ユーロは下落しています。
 こういう状況においてもドイツは一番儲かっているのです。な
ぜなら、ユーロ安であるからです。そのため、ユーロ圏各国への
輸出は好調で、ドイツだけが潤っているのです。そのため、南欧
各国のドイツへの不信感は大きくなっているのです。
 一方、2日後の17日に行われるギリシャの再選挙の結果はど
うなるでしょうか。
 ところで「グリジット(Grexit)」という言葉をご存知でしょ
うか。これは、最近流行っている新造語なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     グリジット=ギリシャのユーロからの離脱
      Grexit──Greeceとexit の合成語である
―――――――――――――――――――――――――――――
 市場関係者は、もしグリジットが現実のものになると、スペイ
ンもそれに続く可能性があると述べています。そうなると、現在
6%を超えているスペイン国債の長期金利は8%、10%と上昇
するといわれています。
 ギリシャ再選挙の現況はどうなっているのでしょうか。
 ギリシャでは、選挙戦が後半に入ると、有権者の投票行動に影
響を与えるとして、世論調査が禁じられているのですが、前半段
階の世論調査からその行方を占ってみることにします。
 ギリシャ再選挙は緊縮推進派と緊縮反対派の激しい戦いになっ
ていますが、支持率は20〜30%で並んでおり、単独で過半数
に達する政党はないという見方が広がっています。つまり、選挙
前と同じ状況になる可能性が高いのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    緊縮推進派 ・・・・・ 新民主主義党(ND)
    緊縮反対派 ・・・・・ 急進左派連合
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、前回選挙と違う点は、緊縮推進派と緊縮反対派は共に
主張を一部緩めていることです。緊縮推進派のNDのサマラス党
首は、EUとの間で「緩和」のための再交渉をするとの公約を口
にしていますし、緊縮策のすべてを「撤回」せよといっていた急
進左派連合は「一部撤回」に後退しています。急進左派のツィプ
ラス党首は、次のようにいっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 EUと戦うためでなく、説得するために再交渉する。約116
 億ユーロの追加削減策や労働市場改革の一環である団体交渉権
 の廃止などはあくまで撤回を求めるものの、緊縮策のなかでも
 受け入れられるものを洗い出して履行するため、EUと再交渉
 したいと考えている。    ──急進左派のツィプラス党首
         ──2012年6月14日付、日本経済新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 選挙戦前半は急進左派連合が先行し、NDが追う展開ですが、
急進左派蓮後の方が強いという予測もあるのです。地元紙の獲得
予想議席は急進左派連合134、緊縮派のND68、PASOK
36、反緊縮派の民主左派20となっています。これが当ると、
ギリシャのユーロ離脱は現実のものということになります。17
日の結果は注目に値します。 ―── [欧州危機と日本/52]


≪画像および関連情報≫
 ●ギリシャ問題は17日でも終わらない/ロイター特集
  ―――――――――――――――――――――――――――
  マーケットは17日のギリシャ再選挙に注目しているが、選
  挙の結果が判明した後もユーロ離脱懸念がくすぶり続ける可
  能性がある。緊縮財政推進派の旧連立与党で第1党の新民主
  主義党(ND)と、同国をユーロ圏離脱に追い込みかねない
  政策を訴える急進左派連合(SYRIZA)の支持率は拮抗
  しており、NDが勝利しても、SYRIZA支持派の不満は
  残る。ユーロ圏財務相のスペインの銀行支援合意でギリシャ
  に求められている厳しい緊縮財政への反発も強まっており、
  国内デモが広がり再々選挙が実施されるリスクもあるため、
  市場の警戒感は強いままだ。SYRIZAが勝利してもすぐ
  にユーロ離脱ということにはならないとみられている。「ド
  ラクマへの移行は時間がかかる。そのほかいろいろな準備が
  必要であり、最低でも2年は必要ではないか」(準大手証券
  ストラテジスト)という。各国はギリシャのユーロ離脱に備
  えた準備を進めており、ギリシャ単独での影響はそれほど大
  きくならない可能性がある。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE85C02V20120613
  ―――――――――――――――――――――――――――

新民主主義党/サマラス党首.jpg
新民主主義党/サマラス党首
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2012年06月18日

●「国際金融のトリレンマとは何か」(EJ第3324号)

 ユーロという同一通貨制度を理解するには、「国際金融のトリ
レンマ」について理解しておく必要があります。
 国際金融のトリレンマとは、次の3つの政策を同時に実現でき
ないという法則です。同時に実現できるのは2つまでです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1.固定相場制もしくは管理フロート制
      2.独立した金融政策=金利政策の自由
      3.国境を越えた資本移動の完全な自由
―――――――――――――――――――――――――――――
 「固定相場制」とは、各国政府間で為替レートを固定・維持す
る制度です。かつて日本がドルとの間で「1ドル=360円」を
固定・維持していましたが、これが「固定相場制」です。
 管理フロートとは、スネークやEMSのように上下一定の幅以
内に為替レートをコントロールすることで、これも固定相場制の
なかに入ります。この場合、資本の移動を規制し、固定相場にな
るようにする必要があります。
 「独立した金融政策」(monetary policy) とは、中央銀行が
行う金融面からの経済政策のことで、財政政策と並ぶ経済政策の
柱です。金融政策の最終的な目的は経済を持続的に拡大させるこ
とにありますが、インフレーションと失業とを天秤にかけて、失
業者が増えても物価の安定に重きを置いてインフレを抑制すべき
と考えるか、インフレーションが起きても雇用確保を優先すべき
とするかは、中央銀行の政策に対する考え方で決まります。
 「資本移動の完全な自由」とは、資本移動に制約のないことを
いいます。資本移動に制限がなければ、国際的な貯蓄の過不足は
調整され、その結果、資本不足の国は経済開発が促進され、資本
余剰国には投資収益をもたらすことになります。国際金融の時代
には、不可欠な政策です。
 多くの国では、2と3を守るため、やむなく1を捨てているの
です。しかし、ユーロ圏の国と中国はそうではないのです。ユー
ロ圏のことは後で述べるとして、中国について述べます。
 中国は、政府が資本収支を完全に管理し、かつ為替も完全に管
理したいと考えているので、現在のところ1のみを選択し、2と
3を放棄したかたちになっています。これでは、中国は国際商取
引の枠組みのなかに完全に入り込むことはできず、国際社会での
取引に支障が出てきてしまうのです。そうすると、3を確保せざ
るを得なくなります。
 すなわち、1と3を確保して2を捨てる戦略です、しかし、2
を放棄していると、インフレなどに対処できなくなり、結局は1
を捨てて、2と3を確保するようになるはずです。これで中国は
他の先進国と同じになるはずです。
 もう少し詳しく考えましょう。
 話をわかりやすくするために、1の「固定相場制」と3の「資
本移動の完全な自由」が成立しているA、B2つの国について考
えることにします。
 このときA国はインフレを抑制するために金利を6%に上げた
のです。これに対してB国は景気を浮揚するために3%の低金利
政策をとったのです。この場合、何が起きるでしょうか。
 まず、はっきりしていることはA国の金利が6%であれば、B
国の銀行は自国の企業に融資はしないということです。自国では
金利は3%であるのに対してA国の金利は倍の6%であるからで
す。資本をA国に移動させれば6%の収益を得られるのです。ま
してA国とB国は「固定相場制」であり、為替リスクを心配する
必要がないのです。
 このような「固定相場制」と「資本移動の完全な自由」が成立
している環境下では、金利は経済規模の大きな方の金融政策に収
斂してしまいます。
 ここで考え方を変えて「固定相場制」と「独立した金融政策」
の両方が成立するためにはどうすればよいか考えてみます。
 結論からいうと、「資本移動の完全な自由」を規制すればよい
のです。なぜなら、金利の収斂が起きるのは、資本移動があるた
めだからです。したがって、これを規制すれば、自国内のみに資
金は還流することになります。
 結局、最後には「固定相場制」を捨てて変動相場制を採用し、
金利裁定行動にリスクを負わせることで調整します。そして「独
立した金融政策」と「資本移動の完全な自由」を確保することに
なります。
 外資を規制し、他国との資本移動を制限している国であれば、
「固定相場制」を維持しながら、「独立した金融政策」も確保で
きるのです。戦後の日本がそうです。日本はニクソンショックと
その後の混乱で変動相場制に移行し、資本移動を自由化していま
す。これが高度成長を支え、経済的な発展を続けたのです。
 ユーロのケースを考えてみましょう。ユーロは「固定相場制」
(管理フロート制)を維持しながら、「資本移動の完全な自由」
は確保しています。しかし、「独立した金融政策」はなく、EC
Bに委譲し、事実上放棄しているのです。国際金融のトリレンマ
が働いているからです。
 国際金融のトリレンマの状態をユーロ圏、日本/米国、中国に
ついてまとめると次のようになります。国際金融のトリレンマは
不連続な経済の三角形と呼ばれることもあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
       固定相場制 資本移動の自由 独立した金融政策
  ユーロ圏     ○       ○        ×
 日本・米国     ×       ○        ○
    中国     ○       ×        ○
             ──坂田豊光著/NHKブックス刊
     『ドル・円・ユーロの正体/市場心理と通貨の興亡』
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/53]


≪画像および関連情報≫
 ●国際金融のトリレンマ論の陥穽/細居俊明氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  問題を指摘する前に確認しておきたいことは、トリレンマを
  構成する3つの政策目標の同時成立が不可能であることと、
  3つのうち2つまでは両立可能であるということとは別問題
  だということ、ところがトリレンマ論は、3項の同時成立の
  不可能と同時に、2項の両立可能性を主張している、つまり
  政策課題の1つを排除すれば残る2つは成立可能ということ
  を主張しているのである。トリレンマ論の問題はここにかか
  わる。問題は3項の同時成立が不可能だという主張にではな
  く、3項のうち1つを排除すれば残る2項が両立可能だとい
  う認識にある。ところが1つを排除しても両立しがたい2項
  がある。資本移動の自由と金融政策の独立性である。自由な
  資本移動を排除すれば、固定相場と独自な金融政策の両立が
  可能であること、独自な金融政策を放棄したとえば通貨同盟
  を選択すれば固定相場と自由な資本移動も両立可能である。
  こうした関係に問題はない、問題は、固定相場を放棄すれば
  自由な資本移動と金融政策の独立性が両立可能だという点に
  ある。
  http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/kokusai/pdf/hosoifull.pdf
  ●添付ファイル出典
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~iwamoto/lecture2010/kokukin20106.pdf
  ―――――――――――――――――――――――――――

国際金融のトリレンマ.jpg
国際金融のトリレンマ
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2012年06月19日

●「ギリシャ危機は解消していない」(EJ第3325号)

 ギリシャ議会の17日の再選挙は、緊縮賛成派が勝利して終了
したのです。選挙結果は次の通りです。
―――――――――――――――――――――――――――――
         新民主主義党(緊縮) 129議席
        急進左派連合(反緊縮)  71議席
    全ギリシャ社会主義運動(緊縮)  33議席
―――――――――――――――――――――――――――――
 反緊縮派の急進左派連合は、結局71議席しか取れなかったの
です。その結果、ギリシャ議会の定数は300議席ですから、第
1党の新民主主義党と第3党の全ギリシャ社会主義運動が連立を
組めば162議席、全議席の54%になり、過半数を制すること
になります。
 新民主主義党のサマラス党首は、全政党による挙国一致内閣の
樹立を急進左派連合のツィプラス党首に訴えましたが、彼は連立
入りを拒否し、引き続き反緊縮の立場で今後も戦っていくと述べ
ています。
 しかし、問題なのは、これでギリシャ問題が解決したわけでは
ないということです。既にギリシャは今年の3月8日に事実上破
綻しているからです。それは破綻というかたちをとらなかっただ
けのことなのです。これについては5月15日のEJ第3300
号から5月23日のEJ第3306号までに既に詳しく述べてき
ているので、参照してください。
 EUは、ギリシャの債務を実質的に75%カットするという大
胆な処置を施し、ギリシャが再建計画──それは当然厳しい財政
緊縮策を伴うものですが、それに取り組める状態にしたのです。
そしてその信を問うかたちでの総選挙が5月に行われたのです。
 しかし、その選挙結果は緊縮財政反対派が多数の票を取り、ど
の党も過半数が取れず、どのように努力しても政権が作れなかっ
たのです。その結果、6月17日に再選挙が行なわれたのです。
 これはギリシャ国民がEUの示した再建計画に反対を表明した
ことになるので、今回の選挙結果が世界中の注目を浴びることに
なったのです。したがって、本来5月に解決していなければなら
ないことが、6月まで延びたのです。
 現在、ギリシャでは、金庫がとてもよく売れているそうです。
なぜ金庫なのかというと、ギリシャの国民は誰もギリシャの銀行
を信用しておらず、預金を引き出してタンス預金にしようとして
いるのです。金庫はそのために必要なのです。
 添付ファイルを見ていただきたいと思います。これは、ユーロ
圏各国の10年物国債の利回りをユーロ導入前の1994年から
導入後の2010年までの推移であらわしたものです。
 ユーロ導入前で見ると、ギリシャについては22%〜23%、
イタリアやスペインは11%〜12%で流通していたのです。異
常なほどの金利水準の高さです。これに対して、金融や財政に節
度のあるドイツの10年物国債の利回りは5〜6%なのです。こ
れほど金利が違うのにそれを一本化するのは本来乱暴なのです。
それにもかかわらず、それをやってしまったのです。
 ところが、ユーロ導入後の7〜8年は、ユーロ参入効果もあっ
て金利が下がったのです。ギリシャなどPIIGPS諸国にとっ
ては信じられないような低金利で国債が発行できるので、どんど
ん国債発行を行ったのです。しかし、そこには節度というものが
欠落してしまっていたのです。
 それが国債バブルを生んで、2008年のリーマンショック後
に元の水準に戻ったのです。PIIGPSとドイツ、オランダ、
フランスなどとは金融節度が違うと、ジパング経営戦略本部シニ
アアナリストの豊田悦佐氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2002年にユーロという共通通貨が流通しはじめたとき、南
 欧諸国に住む人々の勤労倫理が変わったわけでもないし、金融
 節度が変わったわけでもない。その人たちに、3〜4パーセン
 トというドイツヤフランスにカネを貸すときと同様の低金利で
 カネを貸せば、彼らが返済のメドもなくむやみやたらにカネを
 借りまくるのは、当たり前だろう。人間の性格は、通貨統合く
 らいで変わるものではない。思いもかけぬほど低金利で国債を
 増発することができたギリシャ、スペイン、イタリア各国の政
 府は、「困ったら借りればいい。もっと困ったら、もっと借り
 ればいい。もっともっと困ったら、踏み倒せばいい」という態
 度で無責任な国債乱発を進めた。      ──豊田悦佐著
        『世界は深淵をのぞきこみ、日本は屹立する』
                     東洋経済新報社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 今回のギリシャの左派の政党は、「緊縮なんかごめんだ。強制
されたら、借金なんか踏み倒せばよい」といっていたのです。も
しそのようなことをすると何が起きるかは、2001年にデフォ
ルトしたアルゼンチンがどうなったかを知るべきです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国債をはじめとした対外債務の返済が不能になって経済が破綻
 したのです。このデフォルトによって、アルゼンチンにはブエ
 ノスアイレスの広い平原に鉄道のネットワークがあったのです
 が、そのネットワークが全部なくなってしまいました。外国の
 債権者がレールを引っ剥がし、機関車をスクラップにして持っ
 て行ったのです。(中略)鉄道が一本もなくなってしまいまし
 た。駅は残っていても、それらが線路でつながっていません。
 それまで首都のブエノスアイレスまで鉄道で通勤していた人も
 乗る汽車がなくなってしまいました。そこまでやられるという
 ことをアルゼンチンの国民は身に染みているわけです。
               ──長谷川慶太郎/三橋貴明著
  『大恐慌終息へ!?日本と世界はこう激変する』/李白社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/54]


≪画像および関連情報≫
 ●山脇貴史氏/JPモルガン証券チーフ債券ストラテジスト
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ギリシャの再選挙ではサマラス氏が率いるND(新民主主義
  党)が勝利。PASOKがどこまで本格的にNDのサポート
  をするかによって、新政権の安定性が変わってくるが、ND
  /PASOKの連立政権が樹立することはほぼ確定的であろ
  う。いったんは危険シナリオを回避し、安心感が広がりそう
  だ。再選挙でNDが勝利することが判明した後の為替市場や
  米国債先物をみていても、それほど大きな動きにはつながっ
  ていない。手放しでリスクオンに戻ることは無いだろう。今
  後はND/PASOKの連立政権がトロイカとの緊縮財政再
  交渉をいかに速やかに決定できるかに焦点が移る。交渉が難
  航すれば、預金流出の再加速、ポルトガルへの伝播、予算停
  止による社会不安などが再燃し、リスク回避的な行動が再び
  広まるであろう。ギリシャの銀行が預金流出に対応するため
  の資金をELAから確保できなくなれば、ユーロからの離脱
  に相当するため、預金流出の加速が最最大のリスク。再交渉
  が早期に決着することが求められる。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE85G01D20120617?sp=true
  ―――――――――――――――――――――――――――

ユーロ圏各国の長期金利の推移.jpg
ユーロ圏各国の長期金利の推移
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2012年06月20日

●「ユーロ・システムに潜む構造的欠陥」(EJ第3326号)

 ユーロのことを「壮大な社会実験」という人がいます。数次に
わたる条約の改正を通して入念に計画され、実際にスネークやE
MS(ERM)などの制度導入の経験を経て、1999年1月の
単一通貨ユーロ導入にいたっているのです。
 EU内で資本移動の自由化をしたのは、1990年代の初頭の
ことです。したがって、ユーロを導入することで、ユーロ圏各国
は為替の変動を排除したことになります。この時点でユーロ圏各
国は、国際金融のトリレンマによって、金融政策を放棄せざるを
得なくなったのです。
 そしてECBが、ユーロ圏全体の金融政策を一元的に管理する
ことになったのですが、17ヶ国もあるのですから、どうしても
お仕着せの金融政策にならざるを得ないのです。ユーロ圏各国は
自国経済がどんなに不況になっても、インフレになっても、そう
いうお仕着せの金融政策を受け入れざるを得ないのです。
 そういう反面、ユーロ圏各国には為替リスクがないため、貿易
・サービス取引において資源の再配分が可能になり、相互に経済
を拡大させることが可能になっています。
 しかし、当然のことですが、為替変動リスクがないのはユーロ
圏内だけであり、ユーロ圏外の、たとえば日本や米国などとの貿
易・サービス取引においては、為替変動リスクを排除できないの
です。したがって、ユーロ圏各国は仮に日本や米国との間にどれ
ほどひどい経常収支の不均衡が生じたとしても、本来為替市場の
変動が持っている調整メカニズムを利用することができないとい
うことになります。
 もうひとつユーロには構造的な問題もあります。ユーロ圏では
「失業率」と「長期金利」の二極化が起きているのです。たとえ
ば、いわゆる南欧諸国のPIIGS、とくにスペインでは失業率
がピークに達し、とくに若者の2人に1人は職がない深刻な状態
にあります。
 また、スペインでは銀行の不良債権の増加による金融危機が深
刻化し、長期金利が上昇しつつありますが、これによってユーロ
の為替レートが下落しています。そのため、スペインはEFSF
から、10兆円規模の支援を受け入れることになったのですが、
ユーロの為替レートが下がったことで、ドイツの失業率が改善し
輸出が好調になってしまうということが起きているのです。同じ
共通通貨を使っているにもかかわらず、雇用環境という重要指数
では真逆の二極化が進んでいるのです。
 ECBによる金利政策でも同じことが起きているのです。たと
えば、ドイツのインフレ率が上がると、ECBは間違いなく利上
げに踏み切るはずです。ドイツはユーロ圏の中心国であり、EC
Bもドイツやフランスの経済の状況に重点を置いて金融政策を決
めるので、どうしてもそうなってしまうのです。
 しかし、ECBが利上げをすると、南欧諸国の危機に油を注ぐ
ことになってしまうのです。こちらを立てればあちらが立たずと
いうわけです。つまり、金融政策のみを統合するという仕組みが
経済の歪みを拡大する構造になっているのです。
 これについて、三橋貴明氏は、ユーロのこの構造的問題につい
て、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局のところ、ユーロは1992年以降の「グローバリズム」
 あるいはそれ以前の「地球市民的」な発想により国境線を薄め
 た結果、行き詰ってしまったわけだ。しかも、国境線を薄くし
 たはいいが、各国のナショナリズム(注:国民意識)を取り去
 ることはできなかった。結果、現在のユーロ圏の各国民は、経
 済ナショナリズムに基づき「国民のための政策」を政府に求め
 ているのである。本来であれば、ユーロ加盟国は国境線を薄め
 ると同時に、財政を中心とした政治統合を実現し、「ユーロ国
 民としての経済ナショナリズム」を醸成しなければならなかっ
 た。無論、方向性としてはそちらの方向を目指しており、現在
 も一応、そちらの方向に持って行こうとしているが、もはや手
 遅れだろう。               ──三橋貴明著
   『欧州危機と日本そして世界/ユーロ崩壊!』/彩図社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、金融政策は与えられなくてもユーロ圏諸国の中央銀行
には財政政策が与えられているのです。それは景気調整手段とし
て残しているのです。
 そうかといって、もしユーロ圏各国がばらばらの財政政策を取
ると、どうなるでしょうか。
 一番困るのは、ECBの政策との整合性がとれらくなることで
す。そのためEUは「安定成長協定」という財政規律を設けるこ
とにしているのです。マーストリヒト条約では、ユーロ導入を希
望する国に対して、次の4つの経済収斂基準の達成を求めている
のです。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.  物価の安定
          2.長期金利の安定
          3.為替相場の安定
          4.   健全財政
―――――――――――――――――――――――――――――
 3の「為替相場の安定」というのは、ユーロ導入前の2年間に
わたって、EMS(ERM)に加盟する義務があり、そのさいの
結果の実績を求めているのです。
 これら4項目のうち、加盟国が最も苦労したのは4つ目の「健
全財政」だったのです。その内容は次の2つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.財政赤字がGDP比3%以下である
     2.政府債務残高60%以下であること
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/55]


≪画像および関連情報≫
 ●EU財政規律強化協定/2012.3.3/ロイター
  ―――――――――――――――――――――――――――
  同協定は、債務危機を招いた財政規律の緩み防止を目的にド
  イツが中心となって推進。均衡財政実現に向け、憲法もしく
  は同等の法律による規律明文化を各国に義務付けるとともに
  規律に違反した場合、自動的に是正措置が発動される制度導
  入も求める。各国の合意取りまとめで中心的役割を果たした
  ファンロンパイEU大統領は調印式での演説で「債務および
  赤字に関する今回の自己規律強化はそれ自体重要であり、ソ
  ブリン債務危機の再来防止に役立つことになる」と語った。
  財政協定はユーロ圏加盟締結国にのみ法的拘束力が発揮され
  他のEU諸国に関しては基本としてユーロを導入した時点で
  適用される。またユーロ加盟17カ国のうち、12カ国が批
  准した時点で発効し、法的拘束力を伴う。ただ、財政協定を
  めぐっては今後克服すべき課題が残っている。EU、国際通
  貨基金(IMF)からの支援を受けているアイルランドは、
  6月にも批准の是非を問う国民投票を実施する。メルケル独
  首相は記者団に対し、新財政協定と常設の金融安全網である
  欧州安定メカニズム(ESM)は「密接に関連している」と
  発言。「新財政協定を順守する国だけがESMの支援を受け
  ることが可能だ」との考えを示した。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE82100920120302
  ―――――――――――――――――――――――――――

ユーロの光の彫刻/ECB.jpg
ユーロの光の彫刻/ECB
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2012年06月21日

●「EUの財政規律は守られていない」(EJ第3327号)

 マーストリヒト条約の4つの経済収斂基準のうち、4番目に当
る「健全財政」の内容を再現します。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.財政赤字がGDP比3%以下である
     2.政府債務残高60%以下であること
―――――――――――――――――――――――――――――
 問題はこの基準がどのぐらい守られているかということです。
そういうことはあまりニュースにならないので、ドイツやフラン
スなどは、ゆうゆうクリアしていると思ってしまいます。
 1997年当時EUの加盟国は15ヶ国だったのです。欧州問
題を考えるとき、必要なので国名を出しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ドイツ      オランダ    オーストリア
   フランス     アイルランド  ギリシャ
   ベルギー     スペイン    イギリス
   イタリア     ポルトガル   デンマーク
   ルクセンブルグ  フィンランド  スウェーデン
―――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ、1997年なのかというと、この時点の「健全財政」の
達成度によってEUとしては、ユーロ導入国を決める予定だった
からです。EU15ヶ国にとって、ユーロ圏に入れるかどうかは
「絶対に沈まない超大型船」に乗れるかどうかであり、中心国の
ドイツやフランスにとっては、その船の「操舵室」に入れるかど
うかを決める重要な年であったのです。
 しかし、イギリスとデンマークとスウェーデンの3国は、通貨
統合に参加する義務を負わない「オプトアウト」を選択しており
不参加の意思を表明していたのです。
 ところで、1997年の段階で「健全財政」の1を達成してい
たのは、EU15ヶ国中14ヶ国、ギリシャだけが未達だったの
です。しかし2に関しては、ほとんどの国が基準をクリアできて
いなかったのです。
 1に関しては単年度の赤字であるので、何とか調整することは
可能なのですが、2に関しては累計残高であり、そう簡単には解
消できなかったのです。ユーロ導入国で1997年の段階で2を
クリアしていたのはわずか3国──フィンランド、ルクセンブル
グ、フランスであり、ドイツ、イタリア、ベルギーはクリアして
いなかったのです。しかし、EUとしては、これら3国をユーロ
圏に入れない選択肢はなく、基準未達を無視したのです。
 しかし、それぞれの国は、「健全財政」の基準を達成するため
に相当の無理をしているのです。この各国の基準クリアの内幕を
国際金融アナリストの坂田豊光氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 財政赤字削減に当たって、公共事業の凍結、社会保障費の削減
 公務員給与の削減には大きな違和感を覚えないし、むしろ当然
 のことであろう。しかしながら、次のような手段は度を越して
 いる。フランスは、フランス・テレコム社の年金支払債務を一
 部引き受ける代わりに、同社の民営化収入の一部を国家に組み
 込んだ。ベルギーは中央銀行が外貨準備として保有していた金
 の売却収入を政府収入とした。そしてイタリアは、1年限りの
 「ヨーロッパ税」という増税を実施した。当然のことながら、
 一時凌ぎのやり繰りは続かない。小国のベルギーは財政収支の
 改善を続けたが、ユーロ圏第2位と第3位の経済規模を誇る仏
 伊にとって財政を根本的に変えることは容易くなかった。
             ──坂田豊光著/NHKブックス刊
     『ドル・円・ユーロの正体/市場心理と通貨の興亡』
―――――――――――――――――――――――――――――
 実際問題として「健全財政」の2(政府債務残高が60%以下
であること)をクリアすることは経済規模の大きい国ほど困難な
のです。
 添付ファイルをご覧ください。これはユーロ導入後の2000
年から2010年までのドイツとフランスとユーロ圏の政府債務
残高を棒グラフであらわしたものです。それを見ると、ユーロ導
入13年を経過した現在でもGDP比で60%以下に収まった年
はないのです。
 そこでEUでは基準2については甘く扱い、基準1に絞って改
善を求めることにしたのです。EUでは、ユーロ導入国に対し、
過度の財政赤字国──対GDP比3%以上の財政赤字国に対して
は是正措置を求めることができます。もし、是正勧告に従わない
場合、制裁措置も設けられていますが、過去に制裁措置がとられ
たことはなく、制裁は形骸化しているのです。
 EUのこういう雰囲気のなかで、ギリシャの経済収斂基準数値
の改竄が行われたのです。EUは何としてもユーロを1999年
に発足させるためにかなり無理をしています。それが現在の欧州
危機につながっているのです。坂田豊光氏は、そんなEUについ
て次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 EUはユーロ導入を焦り過ぎた。ユーロ導入のための経済収斂
 条件の重要項目である財政収支に関して、フランス、イタリア
 ベルギーは策を弄し、EUは公的債務残高について、多くの国
 に寛大であり過ぎた。通貨統合(ユーロ誕生)までの過程では
 経済政策で独善的であり過ぎたドイツは、ユーロ圏の重要な時
 期に「安定成長協定」の運用においても独善的であった。(中
 略)歴史的かつ壮大な試みである通貨統合を真の成功に導く以
 前に、EUはユーロ圏財政危機に直面し喘いでいる。その要因
 は、深化よりも拡大を優先させたEU自らの姿勢と、それに煽
 られた加盟各国の焦りにある。国際通貨制度創出の範になると
 も日されたユーロだが、その価値は大きく失われた。
                ──坂田豊光著の前掲書より
――――――――――――― ―── [欧州危機と日本/56]


≪画像および関連情報≫
 ●EUの安定・成長協定について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  安定・成長協定とは、欧州連合の加盟国にとってまとめられ
  た、欧州連合の経済通貨同盟を促進、維持していくための財
  政政策の運営に関する合意。安定・成長協定は欧州連合の機
  能に関する条約の第121条および第126条ならびに関連
  する決定に根拠を有するものである。安定・成長協定では欧
  州委員会および欧州連合理事会によって加盟国の財政を監視
  することが定められており、違反国に対しては警告を発し、
  改善が見られない場合には制裁措置を実行することもうたわ
  れている。安定・成長協定は柔軟性に欠けており、毎年度で
  一律に適用するのではなく景気循環に適応させる必要がある
  という批判がある。このような批判を展開する立場では、景
  気低迷時に政府の財政支出を制限することで経済成長が阻害
  されるのではないかという懸念を持っている。ただこの立場
  とはまったく反対の批判もあり、安定・成長協定が柔軟すぎ
  るという考え方もある。       ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドイツ・フランス・ユーロ圏の公的債務残高対GDP比.jpg
ドイツ・フランス・ユーロ圏の公的債務残高対GDP比
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2012年06月22日

●「国債と長期金利の関係について知る」(EJ第3328号)

 救済が決定したにもかかわらず、スペイン国債の金利が高止ま
りしています。スペインは大丈夫なのでしょうか。心配されたギ
リシャの再選挙は緊縮派が勝利し、3党による連立政権が樹立さ
れることが決まり、先行きはともかくとして、目先の危機は回避
されているといえます。心配なのはスペインです。
 2012年6月20日現在、スペインの10年物国債は依然と
して危険水域とされる7%を超えています。19日には1年物国
債と1年半物国債の入札が行われましたが、無事に目標の上限で
ある30億ユーロ(約3000億円)を調達でき、10年物国債
の利回りは0.1 %下がったものの、まだ7.1 %と7%台に止
まっています。
 スペインの既に発行済みの国債の平均金利は4%です。償還期
間の短い国債の利回りはそれを下回るのが正常なのですが、スペ
インでは、1年物の平均落札利回りは5.1 %と非常に高いので
す。5月に実施したときは3%でしたから、2%も上回っている
ことになります。
 ところで、ここで国債と金利の関係について、知識を整理して
おきたいと思います。とくに長期金利はよく出てくるので、正確
に理解しておく必要があります。スペインの長期金利は非常に高
く、ドイツや日本は非常に低い──なぜ、そうなるのかについて
考えてみます。
 預金は金利という収益の「率」が先に決まっています。これに
対して株式の配当─企業の利益を分配──という収益は「金額」
がまず決まって、収益率が計算されます。
 預金や株式と同じ金融資産である国債──とくに中長期の国債
は、その両方の性格を有しているといえます。便宜的に次の仮定
で考えましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
             期間/ 10年
           額面価格/100円
         クーポン金利/ 10%
―――――――――――――――――――――――――――――
 クーポン金利というのは何でしょうか。
 クーポン金利とは、政府が毎年支払う利息が額面価格に対して
何%かという「率」を決めたものであり、100円に対して10
%なら毎年10円の利息が支払われることになります。実際には
国債の利息は半年に1回支払われるので、このケースなら半年ご
とに5円ずつ利払いが行われます。
 国債の下側には、半年に1回の利払いに対応したクーポン券が
付いていて、それを1枚ずつ切って渡すと利息が受け取れるよう
になっているのです。クーポン金利の「クーポン」はここからき
ているのです。
 さて、この10年物の国債が発行されたときに買って、そのま
ま満期まで10年間保有すれば、預金のように収益の「率」が先
に決まることになります。
 しかし、一度発行された中長期の国債を満期前に売買する市場
があるのです。債券の流通市場です。この長期国債を流通市場で
売買するとき、1年間保有すると10円の利息が得られるという
点が重視されます。
 すなわち、短期的には収益が10円に決まっている資産として
株式と同じように、国債価格は100円より高くなったり、安く
なったりして、変動するのです。
 たとえば、この長期国債が発行されてから、何らかの事情で、
他の金融資産の収益率が下落したとすると、長期国債は相対的に
有利な資産になります。そのため、他の金融資産を売って長期国
債を買う人が増えます。そうすると、長期国債は、株式や通貨と
同じように買いが増えて、国債価格は上昇するのです。
 仮に125円に国債価格が上昇したとすると、この国債を短期
で保有するときの収益率は低下します。なぜなら、125円の元
手で購入した国債で得られる収益が10円と決まっているからで
す。10円を125円で割ると8%になります。クーポン金利は
10%ですから、収益率は低下したことになるのです。
 この収益率のことを「長期金利」というのです。つまり、クー
ポン金利として決まっている利息の金額を国債価格で割ると、そ
れが長期金利になります。もし、国債価格が80円に下落したと
すると、長期金利は12.5 %になるのです。国債価格と長期金
利には次の関係があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    国債価格の上昇 ・・・・・ 長期金利の下落
    国債価格の下落 ・・・・・ 長期金利の上昇
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、国債の流通市場で長期金利が変動すると、それが次の国
債を発行するときのクーポン金利に影響します。流通市場で長期
金利が上がると国債価格が下がるので、クーポン金利を引き上げ
て収益率を調整することになります。既に発行している国債より
も収益率で劣る国債を発行しても引き受けてはもらえないからで
す。このように国債価格は長期金利と表裏一体をなすものという
ことになります。
 もし政府が国債を大量に発行すると、国債の供給が増えるので
国債価格は下落します。この場合、長期金利は上昇します。逆に
誰かが国債を大量に買うと、需要が増えるので、国債価格は上が
り、長期金利は下落します。
 もうひとつ長期金利に対して短期金利という言葉があります。
短期金利とは、期間1年以内の金融取引おいて成立する金利のこ
とです。この長期金利と短期金利の関係ですが、それはいろいろ
な金融資産の収益率によって、両方とも同じ水準に近づくことに
なります。例えば、金融引締め政策などの緊縮政策がとられると
短期金利が上昇し、長期金利も上がって、国債価格は下落するこ
とになります。       ―── [欧州危機と日本/57]


≪画像および関連情報≫
 ●長期金利と短期金利の決まり方の違い/日銀のサイトより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  長期金利は、その時点の金融政策の影響も受けはしますが、
  それとは別の次元で、長期資金の需要・供給の市場メカニズ
  ムの中で決まるという色合いが強く、その際、将来の物価変
  動(インフレ、デフレ)や将来の短期金利の推移(やこれに
  大きな影響を及ぼす将来の金融政策)などについての予想が
  大切な役割を演ずるという特徴があります。なお、新聞等で
  長期金利の動きが報じられる時は、債券、特に長期国債(満
  期までの期間が10年弱のもの)の値動きがしばしば取上げ
  られます。これは、債券を売る(供給する)ということは長
  期資金を調達(需要)する、債券を買う(需要する)という
  ことは運用(供給)するということなので、債券「相場」の
  動きが、長期金利の動きをそのまま表すからです。債券「相
  場」が値上がりすれば長期金利は低下、値下がりすれば長期
  金利は上昇というように、長期金利も「相場」として動くと
  いうことです。
    http://www.boj.or.jp/mopo/outline/expchokinri.htm/
  ―――――――――――――――――――――――――――

ギリシャ3政党/連立政権で合意.jpg
ギリシャ3政党/連立政権で合意
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2012年06月25日

●「ユーロ銀行同盟とは何か」(EJ第3329号)

 2012年6月18日に開催されたG20に参加した欧州主要
国は次の方針を表明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   欧州債務危機を克服するため、欧州統合を加速する
―――――――――――――――――――――――――――――
 そしてその第一歩として、6月28日からベルギーのブリュッ
セルで開くEU首脳会議で、金融行政を一元化する「銀行同盟」
の導入案を討議することを明らかにしたのです。
 「銀行同盟」とは何でしょうか。
 結論からいうならば、銀行同盟とは域内の主要金融機関約30
社の監督機能を域内各国から欧州中央銀行であるECBに移管す
ることです。これは銀行の監督権限という国家主権をEUに渡す
ことを意味しており、もし実現すれば確かに欧州統合が大きく前
進するはずです。
 米国第4位の投資銀行リーマンブラザーズの破綻は、世界的な
金融危機を発生させ、世界中の多数の銀行が破綻したのですが、
EUでもリーマンショックに続く2008年9月に銀行4行が破
綻しています。
 これは、金融監督機関の常時監視、危機予防、危機管理の機能
が、金融・国際金融の現実から遅れてしまい、適切な対応ができ
なかった結果なのです。
 ユーロの制度はこういう金融危機を想定しておらず、ECBは
平時の権限しか与えられていないのです。危険時の権限は、ユー
ロ各国が握る「母国監督主義」に立っているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ≪平 時の権限≫
       1.通貨供給権限
       2.金融政策権限
      ≪危機時の権限≫
       1.   金融機関の監督権限
       2.金融機関への緊急財政支援
―――――――――――――――――――――――――――――
 母国監督主義にはいろいろ問題があるのです。ある国、たとえ
ばフランスの銀行が、ユーロ圏各国に銀行支店を展開したとしま
しょう。フランスから見て、これらの国外に所在する多数の支店
はフランスの金融当局が監督することになります。
 しかし、銀行の子会社については進出先の国の法人になるので
進出先の国の監督当局が監督します。ところが、銀行の外国支店
であっても、その流動性(通貨量など)については、進出先の国
の当局が監視・監督することになっているのです。どうしてかと
いうと、流動性は、受け入れ国の金融安定に少なからざる影響を
与えるからです。
 また、母国監督主義では、外国に展開した支店が損失を出した
場合、その銀行の本社が支援し、それでもカバーできないときは
母国政府が支援することが合意されています。
 このように、母国監督主義は、複数の国の当局が絡むので、制
度が複雑であり、調整が困難であって、実のある監視や監督が困
難なのです。とくに複数の国にまたがる多国籍銀行の場合は、支
店展開をしている各国の当局が一緒に監督する方法が採用された
ことがあります。これを「監督カレッジ」と呼んでいます。
 2008年9月末に破綻したベルギー・オランダ資本の金融大
手の多国籍銀行フォルティスは、ベルルクス3国にまたがってお
り、その3国の金融当局が組織した監督カレッジでは対応に失敗
しています。タイムリーに機能せず、破綻した後の3国の対応も
バラバラだったのです。
 このことを教訓に出てきたのが「銀行同盟」、すなわち、域内
金融機関の監督機能をECBなどに移管して金融行政を一元化す
る案なのです。
 しかし、この考え方は、今までにも何回も出てきており、その
つど立ち消えになっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融機関の監督権限をEUに委譲して、「EU金融監督庁」を
 創設することも考えられる。だがEU加盟国はそのような構想
 をこれまで拒否してきた。「EU金融監督庁」ができると、各
 国の監督当局の担当官は職を失うであろう。多国籍となる「金
 融監督庁」の監督能力に対して不信をもつ国もあった。ペリフ
 ェリ(周辺)諸国はブリュッセル(EUの本部)に権限が集中
 すると、大国本位の制度になり、自国の意図が通りにくくなる
 のではないかと警戒した。また「金融立国」のイギリスは原則
 的に一切の権限委譲に反対であった。ユーロ導入後に「EU金
 融監督庁」がEU内で話題になったこともあったが、イギリス
 やドイツの反対によっていつも話は立ち消えになった。
 ──田中素香著、『ユーロ/危機の中の統一通貨』/岩波新書
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏の中心国であるドイツとフランスは、ユーロを最終的
には一つの国のようにしようと考えています。通貨統合はその第
一歩に過ぎないのです。しかし、なかなかうまくいかない。そこ
で、それを補完するため銀行同盟を実現させ、続いて金融行政の
一元化として財政統合を進めようとしています。
 ドイツのメルケル首相は、独ARDテレビとのインタビューで
次のように述べています。「二つの異なる速度で進む欧州連合」
とは何を意味しているのでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツは二つの異なる速度で進む欧州連合を支持する。われわ
 れには通貨統合だけでなく、いわゆる財政統合、いい換えれば
 予算政策の強化が必要だ。そして何より必要なのは政治的統合
 である。             ──メルケルドイツ首相
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/58]


≪画像および関連情報≫
 ●銀行同盟/議論本格化/時事ドットコムより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ルクセンブルク時事】欧州連合(EU)は6月22日、ル
  クセンブルクで財務相理事会を開き、金融監督の一元化など
  を目指す「銀行同盟」構想の議論を本格化させた。第1弾と
  して、域内銀行の破綻処理にEU共通の枠組みを設ける法案
  の審議に着手。6月28、29の両日のEU首脳会議は、構
  想実現に向けたロードマップ(行程表)策定で合意する見込
  みだ。財務相理事会では、株や債券などの取引に課税する金
  融取引税(FTT)導入も議論。英国などが断固反対で、議
  長国デンマークは全27加盟国での実現が困難なことを確認
  した。EUの共通政策は全加盟国での実施が原則だが、9ヶ
  以上が集まれば「先行統合」に踏み切ることも可能。FTT
  支持のフランスなどは、この仕組みを使って見切り発車を目
  指している。(2012/06/22-22:59)
  ―――――――――――――――――――――――――――

田中素香著「ユーロ」/岩波新書.jpg
田中 素香著「ユーロ」/岩波新書
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2012年06月26日

●「二速度欧州とはどういう意味か」(EJ第3330号)

 昨日のEJの最後に、ドイツのメルケル首相の次のコメントを
紹介しましたが、再現します。
―――――――――――――――――――――――――――――
   ドイツは二つの異なる速度で進む欧州連合を支持する
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここでいう「二つの異なる速度で進む欧州連合」とは一体何を
意味しているのでしょうか。
 これは一般的に「二速度欧州(two speed Europe)」と表現さ
れます。「二速欧州」ともいわれます。これは、ユーロに参加す
る各国のなかで、統合を進めるのに熱心な国はどんどん先行して
やればよいが、それに反対したり、嫌だったり、現状では困難だ
という国はゆっくりやってもかまわないということなのです。
 これについて、同志社大学大学院教授の浜矩子氏は、二速欧州
を「不思議なEU用語集」の一つといい、二速欧州について次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 二速欧州の高速組については、「アバンギャルド・グループ」
 などという表現が使われることもある。誰が高速組で誰が低速
 組を構成するのか。これについては誰もそうあけすけには言わ
 ない。だが、誰もがそれを知っている。要は独仏とその周辺小
 国群が軸になる。彼らとしては、出来れば文句を言ったり足を
 引っ張りそうな面々を打ち捨てて、どんどん先に進みたい。だ
 が、そこに敢然とは踏み込めないまま、不思議なEU用語集を
 使って暗に願望を表明する。  ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで、高速と低速の2つの速度でどこに行こうとしている
のでしょうか。
 もともとEU(欧州連合)は、「ヨーロッパ合衆国」の実現を
目標に設計されているのですが、実現には相当長い年数がかかり
段階的に一歩一歩進めていくしか方法がないのです。中間ステッ
プとして限定的到達目標を設定し、それを達成するために必要な
政治的意志を結集させる。そして政治的に耐えられる範囲の主権
を譲渡することを国家に義務づける条約を締結するということを
繰り返して、少しずつ前進するしかないのです。
 前にも述べましたが、この「ヨーロッパ合衆国」という言葉は
イギリスのウィンストン・チャーチルが、1946年9月19日
に、スイスのチューリッヒ大学で行なった演説で提唱したもので
すが、チャーチル自身は英国をヨーロッパ合衆国に含めていない
という考えを示しています。それもあって、いまだに英国のスタ
ンスははっきりしていない状態です。
 これに対して浜矩子教授は、その行く着く先は「経済政府」で
あるとして、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 経済政府を構築するというのは要するに財政統合をするという
 ことである。EUとして一つの財政を共有するということだ。
 (中略)加盟各国の財政については、あくまでも各国がそれぞ
 れに主権を持ち、独自裁量で運営に当たっている。財政統合を
 行うということは、この体制を抜本的に変更して、一つのEU
 財政を全加盟国で共有することを意味している。
                 ──浜矩子著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在EU27ヶ国のうち、EUに加盟しているのは17ヶ国で
す。この時点で既に「二速欧州」です。最後まで加盟しない国も
出てくるかもしれない状況です。
 ユーロ加盟17ヶ国の中でも温度差があります。既にユーロと
いう共通通貨を持ち、ECBに金融政策を献上し、金融市場が統
合されているのに、現在のユーロ圏は統合欧州にほど遠い存在に
あります。それは財政が各国バラバラいであるからだというので
す。したがって、それを統合しようというのが財政統合──それ
は政治統合に踏み込まざるを得ない状況です。
 しかし、通貨統合、金融政策のECB移管、それに加えて財政
統合をするということは、自国の消滅に大きく踏み出すことを意
味します。当然のことながら、国として温度差が出てきます。そ
のため先に進む国と慎重に進む国が出てくることになります。こ
れも「二速欧州」です。
 ドイツのメルケル首相の「二つの異なる速度で進む欧州連合を
支持する」というメッセージは、ユーロ圏のなかで同意できる国
だけでも前倒しで、財政統合を進めたいと考えていることを意味
します。もともとドイツは「二速欧州」に反対であったはずです
が、一転してそれを容認する姿勢に転じたのは、PIIGSをは
じめとする債務国に速度を合わせていると、統合欧州の実現は不
可能になると判断したものと考えられます。
 本来「二速欧州」はあってはならないのです。現在のユーロは
ドイツの信用力によって支えられており、今後EUとして決定さ
れるさまざまな問題にドイツは強い影響力を持つはずです。もは
やフランスもドイツの意向に逆らえないと思われます。
 しかし、ジョージ・ソロス氏は、ドイツは現在のユーロ危機の
原因を間違ってとらえているとして次の指摘をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツは現在のユーロ危機を、競争力を失って債務を積み上げ
 た国々の責任とみなしており、そのため調整の負担をすべて債
 務国に負わせようとしている。これは現在の危機が政府債務危
 機であるだけでなく通貨・銀行危機であること──そしてそれ
 らの危機についてはドイツに大きな責任があること──を無視
 した、偏った見方である。──ジョージ・ソロス/藤井清美訳
 『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/59]


≪画像および関連情報≫
 ●「二速度の欧州」に関するドイツ総領事館への質問
  ―――――――――――――――――――――――――――
  EU首脳会議におけるイギリスの合意離脱以来、「中核国の
  ヨーロッパ」とか「二速度の欧州」といった言葉が再び議論
  に上っています。これについてどのように考えますか。
  イギリスがひと先ず、安定同盟への道をわれわれと共に歩ま
  ないというのは残念なことですが、だからといって残り26
  ヶ国は、統合深化への決意を挫かれてはなりません。肝心な
  のはイギリスに対して扉を閉ざすことなく、可能性を残して
  おくことです。われらがパートナーとして、いつでも安定同
  盟に寄与してもらいたいと思います。ドイツに劣らずイギリ
  スの金融中枢は、ユーロの安定に依存しているのですから。
  将来も英国政府がEUのなかで積極的な役割を果たしていく
  だろうことに、私は疑いを抱いておりません。
              ──ドイツ総領事館ホームページ
  ―――――――――――――――――――――――――――

メルケル首相/二速度欧州.jpg
メルケル首相/二速度欧州
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2012年06月27日

●「ソロスが指摘するユーロの欠陥」(EJ第3331号)

 ジョージ・ソロス氏はユーロの問題点について次のような鋭い
指摘をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ユーロには共通の中央銀行はあるが、共通の財務省がない
                  ──ジョージ・ソロス
―――――――――――――――――――――――――――――
 最初のうちは、EU経済・財務相理事会があるから大丈夫だと
思っていたのです。しかし、2008年9月にリーマンブラザー
ズが破綻したとき、ユーロに共通の財務省がないことの問題点が
明らかになったのです。
 そのとき、EU経済・財務相理事会は「システム上重要な金融
機関は一行もつぶさない」と宣言しています。そのうえで、EU
全体で、域内の銀行に共同保証を与えるべきであるという案に対
して、ドイツは激しく反対し、その案は否決されています。その
結果、個々の加盟国がそれぞれ独自に自国の銀行の面倒をみるこ
とになったのです。
 金融市場は当初EUの共同保証と国家保証による保証の違いに
気がつかなかったようです。実際には保証を提供する資力のない
国からは資本が流出しましたが、ユーロ圏内の国債の金利差はま
だ小さかったからです。
 1999年に共通通貨ユーロが導入されると、ユーロ参加国間
の国債の金利差は大幅に縮小したのです。ユーロ導入後、ユーロ
参加国はEU最大の経済大国であるドイツとほとんど同じ金利で
国債を発行できるようになり、それをECBが「リスクなし」の
扱いで担保として受け入れたからです。
 しかし、これが経済の弱い国で不動産バブルを生み出す原因に
なったのです。スペイン、ギリシャ、アイルランドなどです。こ
れらの国々は、他の参加国よりも早いペースで成長し、ユーロ圏
内で貿易赤字を積み上げていったのです。
 ところが、2009年になって、ギリシャの虚偽の財政報告が
明るみに出て、金融市場はユーロ圏内の国々の累積政府債務に改
めて不安を抱きはじめたのです。これを契機に金利差が拡大をは
じめたのです。
 直ちにEU経済・財務相理事会が開かれたのですが、意見がま
とまらなかったのです。ギリシャを救済するには多額の資金の投
入が必要であり、フランスをはじめとする他の加盟国は賛成だっ
たのですが、ドイツは1920年代にハイパーインフレを経験し
ており、ましてそのときドイツは選挙中であったことから、少し
でもインフレ圧力が高まることには絶対反対の立場をとって、譲
らなかったのです。
 EU当局としてはドイツ抜きでは何もできないので、ギリシャ
への対応が遅れたのです。そのためギリシャ危機は拡大し、燃え
拡がったのです。そして、EUの金融当局が行動したときには、
当初予定していた救済金額よりもはるかに多額の資金を投入せざ
るを得なくなったのです。
 また、市場を安心させるために、2010年6月に欧州金融安
定化基金(EFSF)を創設することになったことは既に述べた
通りです。しかし、この基金の活動を規定する条件がドイツ主導
で決められたため、市場には安心感が拡がらなかったのです。
 それに、基金に対する保証はユーロ参加国が共同でつけるので
はなく、個々の参加国がECBへの拠出割合に応じて保証すると
いうスタイルになったのです。
 ジョージ・ソロス氏は、金融市場の安定性に関してユーロは間
違った設計をしていると指摘しています。その例としてスペイン
を取り上げています。ユーロの導入によって資金の借り入れコス
トが低下しましたが、スペインは健全なマクロ政策をとり、政府
債務のレベルを欧州の平均以下に抑え、自国の銀行システムに対
してもきちんとした監督を行っているのです。
 にもかかわらず、不動産バブルが起き、それが崩壊して失業率
が20%を超える事態になったのです。それには、ドイツの経済
に関する考え方がいろいろな面に影響を与えているとソロス氏は
いい、次の指摘も行っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロのもう一つの構造的欠陥は、インフレの危険性だけを警
 戒して、デフレの可能性を無視していることだ。この点で、欧
 州中央銀行に与えられている任務は非対称になっている。これ
 はインフレに対するドイツの警戒感のせいだ。ドイツマルクに
 代えてユーロを導入することに同意したとき、ドイツはユーロ
 の価値を維持するための強力な措置を強く要求した。マースト
 リヒト条約には、他の加盟国の債務を肩代わりすることを明確
 に禁じた救済禁止条項が盛り込まれており、その禁止はドイツ
 の憲法裁判所によって再確認されている。現在の状況に対処す
 るのがきわめで難しいのは、この条項のせいなのだ。
            ──ジョージ・ソロス著/藤井清美訳
       『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』
―――――――――――――――――――――――――――――
 ソロス氏にいわせると、ユーロが現在危機的な状況にある大方
の責任はドイツにあるというのです。確かにドイツは自国の経済
・財政に関する考え方をEUの規定に盛り込み、それをユーロ圏
各国に強制しています。EUでドイツは最も信用力のある国であ
り、事実上ドイツがEUを動かしているからです。
 ドイツは自身が何をしているかを理解していない──このよう
にソロス氏はいっています。ドイツは自国の競争力を強化したい
ことと、他のEU諸国の財布役にはなりたくないと考えているだ
けですが、ドイツ自身がユーロの盟主の地位にいることに気が付
いておらず、自分で意識しないまま、ユーロ圏の金融政策やマク
ロ経済政策を決めていることがわかっていないのです。このまま
進むと、ユーロ圏はとんでもないデフレスパイラルに陥るだろう
とソロス氏は警告しています。―── [欧州危機と日本/60]


≪画像および関連情報≫
 ●『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』書評
  ―――――――――――――――――――――――――――
  2008年のリーマンショック以降、ジョージ・ソロスが、
  フィナンシャルタイムズ誌に寄稿した記事を中心にまとめた
  一冊。タイトルの通り、ユーロ危機の話題が大半を占める。
  ジョージ・ソロスはリーマンショック後の米国の救済プラン
  2010年になってあらわになったユーロ危機などに対して
  数多くの提言を行なっている。ロイターやブルームバーグと
  いった金融情報メディアではその一部しか断片的に報道され
  ないため、全体像が見えにくい。まとめられたものを読んで
  みると、金融システムの実に細かいところまで鋭い提案をし
  ていることが分かる。ただし、ソロス本初心者にこの一冊は
  おすすめできない。彼の提言は彼自身の強い思想信条に基づ
  いているからだ。ソロスの基本的思想を外して読んでしまう
  と、理解できない部分が多くなってしまうと思う。ユーロ危
  機自体は非常にタイムリーな時事問題であるため、金融市場
  参加者は読んでおいて損はないだろう。
  「トレーダーcocoaのマーケット日記」ブログ
http://blog.livedoor.jp/tradersmarket_zuku/archives/4211956.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ソロス氏の本.jpg
ソロス氏の本
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2012年06月28日

●「EU統合深化に向けた長期展望」(EJ第3332号)

 本日、6月28日〜29日の2日間にわたってEU首脳会議が
開催されます。EUは26日に今後10年の長期展望を示した報
告書を公表していますが、それに基づいて「銀行同盟」や「ユー
ロ共同債」の導入時期などが話し合われると思われます。目的は
「EUの統合深化」であり、その柱は次の4つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     ≪EUの統合深化の長期展望の柱≫
     1.金融行政の統合
     2.予算の統合
     3.経済政策の枠組みの統一
     4.民主的な正当性、説明責任の明確化
―――――――――――――――――――――――――――――
 このなかでとくに注目すべきは、「金融行政の統合」と「予算
の統合」の2つです。これら2つについて考えます。
 まず、「金融行政の統合」です。
 「金融行政の統合」は、EU全域の銀行経営をEU当局が監視
し、預金保護や銀行救済の仕組みを統一しようというものです。
7月にはESM(欧州安定メカニズム)が発足しますが、当面は
EFSF(欧州金融安定ファシリティー)と共同で、ユーロ圏内
各国の金融・財政危機に対応する救済資金の提供などを行うこと
になっています。
 どうしたいのかというと、EU当局がEU内の全銀行を常時監
視し、銀行危機のさいは遅滞なく、救済資金の直接投入ができる
ようにするというのです。現在の仕組みでは、スペインに対して
行ったように、救済資金を国に融資するかたちしかとれないので
す。これでは、その国の政府債務がかさみ、別の危機を生み出す
恐れがあるからです。これについては、既に述べています。
 続いて、「予算の統合」です。
 問題なのは「予算の統合」の方です。もちろん予算は各国で組
むのですが、他のユーロ加盟国でそれをチェックできる権限を持
つということです。マーストリヒト条約で決まったEUの財政規
律を超える予算を組むときは、ユーロ加盟国の承認が必要になる
というわけです。これでは、国は独立して予算を組めなくなり、
国の自由度はなくなってしまうことになります。こんなことが果
たして実現可能なのでしょうか。たとえ10年かけても実現でき
るかどうか疑問です。
 これに関連して「ユーロ共同債」発行の提案があります。現在
ユーロ加盟国は金融政策をECBに一本化していますが、国債は
自国の判断で発行することができます。それを縛っているのが、
EUの財政規律です。しかし、それを守らない、いや守れない国
があるのも事実です。
 ユーロ共同債は、ユーロ各国が個別に発行している国債を統一
しようというのです。そうなると、各国は金融政策に加えて、国
債を発行するという財政政策の両方を失うことを意味します。こ
れではもはや国として独立性は何もないことになります。
 ユーロ共同債の管理は、ユーロ圏各国の財務相で構成される機
関が行うことになり、それはECBと対極をなす財政政策を担当
する機関になるはずです。
 これは、国際通貨基金(IMF)がユーロ圏に出していた注文
と酷似しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
         ≪主要課題≫
          1.銀行同盟
          2.財政統合
          3.構造改革
         ≪すぐに取り組むべき課題≫
          1.  金融緩和
          2.  財政再建
          3.銀行資本注入
―――――――――――――――――――――――――――――
 「主要課題」として掲げられていることは、EUが長期展望と
して出した内容と同じです。ここで注目すべきは「すぐに取り組
むべき課題」です。
 IMFが求めているのは「金融緩和」です。金融緩和には2つ
のやり方があります。一つは、ECBによる国債買い入れや銀行
に対する長期の低金利融資です。実際には、ECBによる国債買
い入れについては既に相当量が行われています。
 もう一つは、EFSFやESMの資金で、加盟国の国債を買い
入れることです。EFSFやESMにはそれを可能にする規定が
ありますが、今までに使われたことはないのですが、それをやれ
ば、即効性があります。
 続いてIMFが求めているのは「財政再建」です。景気変動に
関係なく構造的に生まれてくる財政赤字を削減することです。し
かし、構造改革はユーロ各国がそれぞれ取り組むべき課題であり
しかも時間がかかります。各国には温度差があり、その取り組み
はばらばらにならざるを得ないのです。
 最後にIMFが求めているのは「銀行資本注入」ですが、これ
については既に述べています。EFSFやESMからの銀行への
直接注入を可能にすべきですが、この前提として「銀行同盟」が
不可欠になります。これには時間がかかると思います。
 しかし、マーストリヒト条約に盛られている緊縮財政一方槍の
やり方ではいずれデフレに突入することは必至です。EU委員会
はGDPに占める財政赤字の割合が2013年には8.4 %にな
ると予測しています。2012年の7.3 %からさらなる悪化で
す。一向に改善していないのです。
 緊縮策で年金や給与がカットされているので、消費が抑えられ
景気が悪化しているからです。そこでフランスを中心に経済成長
に力を入れようとしていますが、そこに立ちはだかるのはドイツ
の経済財政の考え方です。  ―── [欧州危機と日本/61]


≪画像および関連情報≫
 ●EUが欧州統合強化案を発表/WSJ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  【ブリュッセル】欧州連合(EU)は26日、ユーロ圏の統
  合強化に向けた銀行監督や各国の予算承認手続きなどを含ん
  だ提案を発表した。28、29日に開くEU首脳会合での議
  論の焦点となる。7ページにわたるこの提案書は、政府債務
  の増大と銀行の経営弱体化が同時に進行し通貨ユーロの存続
  を脅かしている現在の危機が再発しないよう、ユーロ圏17
  ヶ国の統合をより緊密にするための諸策を盛り込んでいる。
  その中には多くの加盟国政府がこれまで消極的な姿勢を見せ
  ているユーロ共通債の発行や、各国の予算案に対する実質的
  な拒否権を導入することなどが含まれている。首脳会合で加
  盟27ヶ国、少なくともユーロ圏の全首脳が提案事項を基本
  的に了承すれば、その後提案を具体的に詰める長く困難な道
  のりが予想される。今回の提案は、EU地域の現在の危機に
  対する処方箋としてではなく、今後10年にわたって施行さ
  れていくものと位置づけられている。このため、欧州の各基
  金を使って銀行救済を進める一方で政府支出の削減と労働・
  製品市場を改革するという現在の危機対策が大きく変更され
  るわけではない。ただ、今やスペインとイタリアという域内
  の経済大国にまで危機が波及しそうな様相となっており、両
  国の債務に対応するだけの資金がこれらの基金だけ十分かと
  の懸念が出ている。
        http://jp.wsj.com/World/Europe/node_467860
  ―――――――――――――――――――――――――――

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ファンロンパイEU大統領
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2012年06月29日

●「強固なドイツの財政均衡主義」(EJ第3333号)

 車を運転していてスリップした経験はないでしょうか。
 そのとき、経験のない人は、滑る方向と反対にハンドルを切ろ
うとします。そんなことをすると、さらに車は制御が効かなくな
ります。正しいやり方は、滑る方向に一度ハンドルを切って、制
御を取り戻してから、進路を変更すべきなのです。
 このように一見正しいように見える政策が間違っていて、真逆
に見える政策が正しいことがよくあるのです。だれでも「財政赤
字」はよくないと考えます。しかし、こういう発想の人は、国の
財政を家計に喩えられることに抵抗を感じない人です。なぜなら
家計では「赤字」はよくないことであり、「黒字」にしなければ
ならないと思っています。だから、国の財政でも「赤字」はよく
ないと単純に考えてしまうのです。
 確かに「現在の日本は40万円の収入で90万円を支出する大
赤字生活」といわれると、そうかなと思ってしまいます。しかし
既に何度も述べているように、国の財政と家計は別物であり、そ
のような喩えは誤りです。この喩えについて、政治評論家の三橋
貴明氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 国内マスコミや政治家が国民経済について理解していない日本
 では、マクロ経済がまるで「家庭の家計簿」のごとき語られ方
 をしている。少なくとも中央政府の財政を考える場合は、家計
 簿的な発想は捨て去らなければならない。  ──三橋貴明著
  『2012年/大恐慌に沈む世界/甦る日本』/徳間書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 国家はそのときの経済の状況に応じて、財政赤字を増やさなけ
ればならないときがあるのです。インフレ率の高い環境下では政
府は増税など財政黒字を増やす政策が健全財政になります。こう
いうときに政府まで支出を増やしてしまうと、ますます需要が膨
らみ、インフレ率を増やしてしまうことになるからです。
 一方デフレのときは、中央銀行は積極的な通貨発行により、財
政出動──つまり、財政赤字を増やす政策をとるのが健全財政に
なるのです。これをまとめると次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    デフレ下の国 ──→ 財政赤字を増やす政策
   インフレ下の国 ──→ 財政黒字を増やす政策
―――――――――――――――――――――――――――――
 財政健全化──この言葉は、そのときの国の経済状況によって
意味が真逆になるのです。しかし、「財政健全化とはつねに財政
黒字を増やすことである」と考えている人が多いのです。国家財
政を家計と同一視する考え方に立つと、赤字は削減して黒字にし
ないといけないと考えることになります。この考え方はドイツの
考え方に極めてよく似ているのです。
 もっともこの経済政策の考え方の前提は、自国通貨建ての国の
場合であって、ユーロのように同一通貨の国のケースとは異なり
ます。確かにユーロ圏各国には財政政策は残されていますが、マ
ーストリヒト条約の厳しい縛りがあって、自国通貨建ての国と同
じようには自由に国債を発行できないのです。
 ジョージ・ソロス氏は、現代のグローバル経済下では、金融市
場の圧力を受けて、各国が必要な財政政策がとりにくくなってい
ると次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 デフレのときに反循環的政策をとるためには財政赤字が不可欠
 であることをわれわれはケインズから学んだが、それなのにあ
 らゆる国の政府が、金融市場からの圧力を受けて財政赤字を削
 減せざるをえないと感じている。
            ──ジョージ・ソロス著/藤井清美訳
       『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツの考え方は「財政均衡主義」に立っています。「財政均
衡主義」とは、極端ないい方をすると、財政さえ立ち直れば、国
民経済が苦しくなっても構わないという考え方です。
 これは日本の財務省も同じ考え方に立っていて、今回の消費増
税も、財務省のトップの勝事務次官が自ら自民党の谷垣総裁と野
田首相の間を取り持って進めてきたのです。つまり、財政均衡主
義とは、官僚に主導された国民搾取の政策なのです。
 ドイツは、1920年代のハイパーインフレを経験しているこ
とがトラウマになって、少しでもインフレ圧力が強まることに強
い拒否反応を示すのです。
 ドイツは欧州最大の経済大国ですが、国民の生活は必ずしも豊
かであるとはいえなのです。ソロス氏もドイツの財政均衡主義は
やがてユーロを崩壊させると懸念を表明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 厄介なのは、ドイツが経済力の弱い国々に厳しい財政規律を課
 すことを求めているだけでなく、自国の財政赤字の削減にも取
 り組んでいることだ。失業率が高い時期にすべての国が赤字を
 削減したら、デフレスパイラルを招く。雇用と税収と輸出の減
 少が互いに補強し合い、その結果、赤字削減目標は達成されず
 さらなる削減が必要になるのは確実だ。それに、仮に目標が達
 成されたとしても、弱い国々が、競争力を取り戻してふたたび
 成長し始めるのは容易なことではない。為替レートの切り下げ
 という策が使えないので、調整のためには賃金や価格の引き下
 げが必要になり、デフレが発生するからだ。
            ──ジョージ・ソロス著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在のところ、ユーロの価値は低下しており、対円では100
円を切っています。このユーロ安によって一番利益を得ているの
は実はドイツなのです。そのためデフレは緩和されていますが、
経済の弱い国ではデフレ圧力が高まりつつあるのです。
              ―── [欧州危機と日本/62]


≪画像および関連情報≫
 ●EU首脳会議は統合深化を協議へ、有権者の説得が課題
  ―――――――――――――――――――――――――――
  欧州首脳は、予算編成への関与を含むユーロ圏の統合深化に
  向け、迅速な行動が必要と意気込むが、これを実現するため
  には有権者の説得が必要となってくる。調査ではドイツの世
  論の大半がギリシャやイタリアとの財源共有を望んでおらず
  英国でも欧州をさらに強化して安定へと導くためにEUへ権
  限を移譲したいかとの問いに同意は得られそうにない。ある
  外交官はこの文書に対し、「欧州を最終的な国家とみるビジ
  ョンと、一般市民の日常の苦悩の間のギャップが拡大してき
  ている」と述べた。「このギャップを埋めなければ、試みの
  全てをリスクにさらすことになり、最終的に市民が離れてし
  まう」としている。文書の作成者は、欧州議会と各国の議会
  の密接な連携が民主的な説明責任を果たす上で役立つと期待
  を込めている。だが現在EUの機関の中で唯一、直接選挙が
  行われている欧州議会でさえも、域内5億人の市民の大半は
  自らの意思がこの場を通じて反映されているとは認識してい
  ない。──ロイター
  ―――――――――――――――――――――――――――

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メルケル首相とモンティ首相
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2012年07月02日

●「ユーロ圏首脳会議成功の立役者」(EJ第3334号)

 欧州危機について今日まで62回にわたって書いてきましたが
そろそろしめくくり──今後ユーロはどうなるのか、それが世界
とくに日本にはどういう影響を与えるのかについて今回から書い
ていきます。
 6月28日と29日にブリュッセルで行われたEU・ユーロ首
脳会議では、予想していたよりも大きな成果が得られ、金融市場
は株高で反応したのです。どこが大きな成果だったかというと、
重要なポイントは次の3点です。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.銀行監督権限をECBに一元化する方針を決定
   2.銀行の救済ではESMは直接資本を注入できる
   3.ESMは南欧国債の買い入れに柔軟に対応する
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドイツは、スペインの銀行への資本注入のさい、EFSFから
の直接注入を許さず、スペインへの融資のかたちにこだわったの
です。なぜなら、EFSFから直接注入すると、それが成功しな
かった場合、スペインではなく、EFSFの責任になってしまう
──つまり、共同責任になるからです。
 しかし、スペイン政府に融資する方法では、スペインの政府負
債が増加することと、タイミングが遅れる恐れがあるのです。そ
こで、銀行の監督権限をECBに一元化して、タイミング遅れに
ならないようにしようというわけです。これは、ユーロ圏の銀行
を一元的に監督することを意味しており、銀行同盟と呼ばれるこ
とについては既に述べた通りです。
 さらに、7月に新しく発足するESMの資金を使って、南欧諸
国の国債を買い入れすることを可能にすることについても話し合
われ、合意に達したのです。
 これらのことについて、ドイツのメルケル首相が反対するのは
必至なので、フランスのオランド首相は、イタリアのモンティ首
相と共同戦線を張ったのです。ところが、時間はかかったものの
メルケル首相は意外にも柔軟に対応し、上記の3つのことについ
ては合意が得られたのです。しかし、ユーロ共同債については、
ドイツは絶対反対の姿勢を貫いています。
 今回のユーロ圏首脳会議が大きな成果のうちに終わったのは、
ジャン・クロード・ユンケル氏の働きが大きいといわれます。ユ
ンケル氏はルクセンブルク首相兼国庫相で、2005年からユー
ロ圏財務相会合議長を務めています。まだ57歳ですが、通貨統
合の青写真を描いた「ウェルナー報告」の製作者、ウェルナー・
ルクセンブルグ首相の下で社会保障担当の大臣を務めており、ユ
ーロとの関わりでは最古参の政治家です。
 ユンケル氏は、ユーロのこれまでの危機対応を「スピード感に
欠ける」と反省しており、今回はそこに一番の重点を置いて会議
を運営しています。ユンケル議長は、G20の会議などの場で、
米国をはじめとする世界各国から、ユーロの債務危機の対応のま
ずさに批判が集中したことを悩んでいたといわれます。
 ユンケル議長は、事前にイタリアとスペイン首脳と話し合い、
短期の成果が上がる対策が不可欠であることを会議で主張させた
のです。実際にイタリアのモンティ首相とスペインのラホイ首相
は、次のように述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 短期の対策を決めないなら、成長・雇用協定にサインしない
    ──イタリア・モンティ首相/スペイン・ラホイ首相
―――――――――――――――――――――――――――――
 イタリアとスペインを固めたうえで、ユンケル議長はドイツの
メルケル首相と会談し、説得したものと思われます。政治という
ものは、こういう根回しを重ねて政策が実現するものなのです。
日本の野田政権は、そういう根回しを「談合」と称して軽蔑し、
やろうとしないのです。それでいて自民党や公明党とは談合して
消費税を決めています。自民党との段取りをしたのは、官房長官
をはじめ野田側近ではなく、財務省なのです。少しはユンケル議
長を見習ってほしいものです。
 このユンケル議長の努力によって、ESMからの直接資本注入
が決まっています。さらにEFSFやESMからの拠出金は「優
先返済」の対象から外すという決定をしています。これは市場の
反応を十分に考えた決定なのです。
 今までEFSFやESMからの拠出金は、もしその国がデフォ
ルトした場合、他の民間債権者よりも優先して返済を受けること
ができるようになっており、市場の反感を買っていたのですが、
今回はそれを外しています。
 今回のユーロ圏首脳会議は、ファンロンパイEU大統領が提案
した報告書について討議することになっていたのですが、次の2
つのことが注目されたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.   ユーロ圏財務省構想
       2.ユーロ圏共同債の発行構想
―――――――――――――――――――――――――――――
 「ユーロ圏財務省構想」は、もともとトリシェ前ECB総裁が
提唱し、ジョージ・ソロス氏もその必要性を訴えていますが、ユ
ンケル議長は「たとえ共同の財務省ができても、機能しないだろ
う」と導入に消極的な発言をしています。
 「ユーロ圏共同債の発行構想」についてユンケル議長はこのよ
うに発言しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏共同債が2〜3年で実現するとは誰も思っていない。
 財政統合を経た長期の案として提唱したものである。メルケル
 首相は敗者でもないし、他の首脳が勝者でもない。
            ──ユーロ圏財務相会合ユンケル議長
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/63]


≪画像および関連情報≫
 ●共同債発行は財政統合の最終段階に/欧州委員長が見解
  ―――――――――――――――――――――――――――
  [ブリュッセル 26日 ロイター]ユーロ圏は、財政同盟
  に向けた最終段階として、中期的に財務省を創設し、共同債
  を発行する可能性がある。今週の欧州連合(EU)首脳会議
  のために準備された報告書で明らかになった。ロイターが、
  26日入手した報告書は、バローゾ欧州委員長、ファンロン
  パイEU大統領、ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁、ユン
  ケル・ユーログループ議長によって準備された。報告書では
  「中期的な見通しとして、ユーロ圏共同債の発行は、財政同
  盟の一要素として模索することが可能。それは、財政統合の
  進捗状況次第である」と指摘。「共同債の導入に向けたステ
  ップは、モラルハザードの回避、責任とコンプライアンスを
  強化するための財政規律と競争力に関する強固な枠組みが実
  施される場合に検討が可能」としている。さらに「共同債発
  行に向けたプロセスは基準に基づき段階的であるべき」とす
  る一方で、すべてのユーロ導入国でなく一部の国が共同で発
  行することを想定した複数の選択肢もすでに提案されている
  ことを指摘。共同債発行とともに「財政統合のさまざまな形
  も検討され得る」としている。
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2012/06/76306.php
  ―――――――――――――――――――――――――――

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ユンケル財務省会合議長
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2012年07月03日

●「統一通貨存立の2条件とは何か」(EJ第3335号)

 ユーロは果たして持続可能なのでしょうか。
 ビル・エモットいう人物を知っていますか。『日はまた昇る・
日本のこれからの15年』(草思社)の著者で、英国の高級週刊
誌「エコノミスト」の元編集長です。そのエモット氏は、ユーロ
の崩壊について次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (ユーロの)崩壊は起こりそうか。答えはノーだ。だが本当に
 怖いのは、崩壊があり得る、と考えられていることだ。ほんの
 1年前には考えられなかったことだ。私のみるところ、ユーロ
 が完全崩壊する可能性は約20%。ヨ一口ッパ各国の問では、
 崩壊を防いで制度を維持しようとする政治的な意思は非常に強
 い。だが、さらなる危機に見舞われる可能性も高い。今後1年
 の問にギリシャがユーロ圏を離脱し、独自通貨に戻る可能性は
 50〜60%。さらに別の国がギリシャに続く可能性は30〜
 40%だ。どちらが起きてもヨーロッパ経済に大打撃を与え、
 不況を悪化させ、長引かせる。  ──ビル・エモット氏論文
              「世界を絶望に導くユーロ恐慌」
     「ニューズウィーク日本版」/2012年7月4日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 エモット氏によると、ギリシャのユーロ圏離脱の可能性は50
〜60%、かなり高い確率であるといえます。これが起きると、
それが導火線になってユーロ崩壊が起きかねないのです。
 もしユーロが崩壊するとどうなるのでしょうか。
 EUは世界最大の経済圏であり、世界の生産高の3分の1を占
め、米国を上回るのです。したがって、ユーロが崩壊すると、世
界最大規模であるヨーロッパの銀行システムの大半が機能不全に
なり、ヨーロッパは新たな大恐慌の時代に入ります。そしてそれ
は確実に世界経済を道連れにし、ヨーロッパ発の世界経済恐慌が
起きる可能性があります。
 もともとユーロという統一共通通貨システムには無理があった
のです。なぜなら、ユーロシステムの導入は、経済的な動機とい
うよりはきわめて政治的な動機で導入されたからです。
 すべては、1989年12月のベルリンの壁の崩壊がきっかけ
だったのです。これにより東西ドイツが再統一を決定したことに
よって、ヨーロッパでは統一ドイツが突出し、ECの伝統的なパ
ワーバランスが崩れる──このように、当時のフランスのフラン
ソワ・ミッテラン大統領は考えたのです。
 当時の西ドイツは、ヨーロッパにおける経済大国の地位を築き
つつあり、その西ドイツと東ドイツが統合すると、領土的にも経
済的にも強国ドイツがヨーロッパに出現することになり、フラン
スとしてはその力を削ぐ必要があると考えたのです。
 そこで、ミッテラン大統領は、当時のヘルムート・コール首相
に対して、統一通貨の速やかな導入を条件としてドイツの再統一
を支持すると持ちかけたのです。通貨統合はドイツの主権を弱め
るとの判断に立っていたのです。つまり、通貨統合は政治的打算
の産物なのです。
 ユーロというシステムが持続可能なのかどうかをチェックする
ために、ユーロの存立条件というものを考えてみます。ユーロ問
題には一家言ある同志社大学大学院の浜矩子教授は、ユーロの存
立条件として、次の2つを上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.その域内で経済実態の収斂度が完璧であるなこと
  2.その域内で所得再分配の仕組みが確立されている
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の条件である「経済実態の収斂度が完璧」というのは、ど
ういうことでしょうか。
 それはそのエリア、域内のどこにいっても経済実態が同じとい
うことです。物価水準も、失業率も、賃金水準も、金利も同じで
ある状態をいうのです。
 そんな経済圏はあり得ないですが、仮にそういう状況になれば
通貨は同じで何らかまわないといえます。むしろ、そのような経
済圏で通貨が違うことの方がおかしいのです。
 ひとつの国のなかにあっても、経済実態の収斂度が完璧などと
いうことはあり得ないのです。日本では「円」という統一通貨を
使っていますが、どこに行っても、経済実態の収斂度が完璧では
ないのです。
 それなら、どうして「円」という統一通貨が成り立っているの
でしょうか。それが第2の条件、その域内で所得再分配の仕組み
が確立されているから可能なのです。日本は国中どこでも経済実
態の収斂度は完璧なのかというと、けっしてそうではなく、むし
ろ格差はどんどん拡がっています。
 それでも「円」という統一通貨圏ができているのは、財政とい
う名の中央所得分配装置が機能していたからです。これについて
浜矩子教授は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 中央所得再分配装置が機能してきたから、なんとか円単一通貨
 圏が成り立ってきた。所得移転効果が機能しなくなり、国内の
 地域共同体がみな同じ統一財政基準に従って自己管理しなけれ
 ばならないとなったら、いつまで、日本は円単一通貨圏であり
 続けられるか。そんなに窮屈なことをいうなら、自分たちは自
 分たちで独白の地域通貨をもつことにする。そうした円に対す
 る反乱が起きてもおかしくない。       ──浜矩子著
         「ギリシャ離脱が欠陥通貨にとどめを刺す」
             『Voice』7月(2012年)
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏は、これら2つの条件をいずれも満たしていないので
す。ユーロ発足時点では域内の経済状態は、完璧な収斂度とは程
遠い状態にあったのです。しかし、政治判断を優先し、ユーロを
見切り発車させたのです。  ―── [欧州危機と日本/64]


≪画像および関連情報≫
 ●ビル・エモット氏へのインタビュー
  ―――――――――――――――――――――――――――
  −−イタリアも日本も政府債務が膨らんでいるが・・・
  「イタリアでは戦後、キリスト教民主党による事実上の一党
  支配、日本でも自民党支配が続き、有権者は政権を選択でき
  なかった。有権者は票の見返りとして政治家に橋や道路、鉄
  道、空港の建設を求めた」。
  −−経済学者のモンティ首相にイタリアの未来がかかってい
  るが・・・
  「英国のサッチャー元首相は、改革に5〜6年を要した。モ
  ンティ氏には1年しか与えられていない。自由化を進め、政
  府債務を減らせれば経済が復活する可能性はあるが、非常に
  難しい。ギリシャ問題が資金調達費用を押し上げている」
  −−日本の野田政権も消費税増税を掲げて財政再建に取り組
  んでいるが・・・
  「モンティ首相のように消費税増税とともに経済成長を実現
  させる経済自由化の両面作戦が必要だ。成長戦略を欠いたま
  までは収支黒字化に失敗するだろう」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120121/erp12012119460004-n2.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

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ビル・エモット氏
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2012年07月04日

●「ソロスが提言する『3つの措置』」(EJ第3336号)

 「ユーロに入っていなくてよかった」──最近漏らした英国の
キャメロン首相の言葉です。本音です。しかし、EUの中心国の
首脳でありながら、何という発言でしょうか。日本にも心ない政
治家が多いですが、英国よ、お前もかという感じです。
 ユーロ圏が停滞すれば、英国経済への打撃が大きく、金融セン
ターであるシティの基盤が揺らいでしまうのです。シティにとっ
てはユーロの存在は非常に重要なのです。この英国の首相は、日
本の野田首相と同じく、経済というものがまるでわかっていない
ようです。そのためか、いま英国の国内経済は大変なことになっ
ています。
 英国は、自らを通貨統合義務を伴わない「オプトアウト」のポ
ジションに身を置いていますが、EUの中心国としてはあまりに
も無責任であるといえます。
 結局、ユーロというシステムは作ってしまった以上、途中で抜
けることは許されないのです。ユーロには離脱メカニズムが用意
されておらず、離脱という選択肢はないのです。したがって、た
とえギリシャのような小国が離脱しても、ユーロ全体が崩壊する
事態になってしまうのです。
 今年の3月8日にギリシャはデフォルトの寸前まで行ったので
す。そこで、ギリシャの債務を75%棒引きにしてまで守ったの
ですが、これは正解だったのです。いわゆる「秩序あるデフォル
ト」といわれるものであり、既に述べている通りです。
 ジョージ・ソロス氏は、2011年9月15日付のレポートで
次のように述べています。まさに慧眼です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小国のデフォルト、もしくはユーロ離脱の可能性に備えて、そ
 れに対処する仕組みを築くことは、それらの国を見捨てるとい
 うことではない。それどころか、秩序あるデフォルト──他の
 ユーロ圏諸国とIMFが債務を肩代わりするデフォルト──が
 可能になれば、ギリシャやポルトガルはどちらの道をとるかを
 選ぶことができる。そのうえ、現在ユーロ圏のすべての赤字国
 を脅かしている悪循環──緊縮政策が成長の可能性を弱め、そ
 のため投資家が法外に高い金利を要求し、それがこれらの国の
 政府にさらなる支出削減を強いるという悪循環──を断ち切る
 ことができる。    ──ジョージ・ソロス著/藤井清美訳
       『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジョージ・ソロス氏は、ユーロ危機を解決するためには、次の
3つの措置を行うべきであるとしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.銀行システムの改革と資本強化策推進
     2.ユーロ参加国共同保証の共同債の発行
     3.ユーロ離脱メカニズムの仕組みを構築
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の措置は「銀行システムの改革と資本強化策推進」です。
 マーストリヒト条約では、救済基金は銀行を救済する権限がな
かったのです。それにEFSFはたとえ銀行に資本注入する場合
も、その国への融資として出すしかなかったのです。
 ソロス氏は早くから、救済基金が銀行を直接救済できる権限を
持つべきであり、そのためには銀行の監督も行うべきであると提
案してきているのです。
 しかし、これについては7月2日のEJで述べたように、6月
28日〜29日のEU・ユーロ首脳会議において、実現のメドが
立っています。
 第2の措置は「ユーロ参加国共同保証の共同債の発行」です。
 ユーロ圏共同債──これについてジョージ・ソロス氏は、次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ヨーロッパにはユーロ圏共同債が必要だ。ユーロの導入は経済
 の収欽を強化するとされていたが、実際には格差を拡大し、債
 務や競争力のレベルに大きな差異が生じでいる。重債務国が高
 いリスク・プレミアムを払わされたら、これらの国の債務は持
 続不可能になるが、それが今まさに起きようとしているのであ
 る。解決策は明白だ。赤字国が黒字国と同じ条件で債務を借り
 換えられるようにすればよいのである。
            ──ジョージ・ソロス著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このソロス発言の「赤字国が黒字国と同じ条件で債務を借り換
えられるようにすればよい」という部分は重要です。現在、ユー
ロ圏では、国債発行はばらばらに行われています。それをユーロ
として共同して発行できるようにしようということです。もちろ
ん共同債の発行には、いろいろ制限がかかるでしょうし、最終的
には金融政策に続いて、財務政策までも統合化することを意味し
ているのです。
 共同債についてドイツ国民のほとんどは反対しており、メルケ
ル首相は、先日のEU首脳会議でも強行に反対を貫いているので
とてもすぐには実現できそうにないのです。
 第3の措置は「ユーロ離脱メカニズムの仕組みを構築」です。
 現在のユーロには離脱メカニズムはないので、たとえ離脱せざ
るを得ない国が出てきても、それによるユーロ全体への衝撃を制
御できないのです。したがって、その衝撃をできるだけ低くでき
るような離脱メカニズムを予め作っておくべきであるという提案
です。ソロス氏は、これについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 秩序ある離脱の仕組みがないなかでは、ユーロ圏共同債体制は
 逃れようのない拘束力を持つものでなければならない。
            ──ジョージ・ソロス著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
              ―── [欧州危機と日本/65]


≪画像および関連情報≫
 ●ユーロ圏共同債についてのメルケル首相の見解
  ―――――――――――――――――――――――――――
  [ベルリン/マドリード 27日 ロイター]メルケル独首
  相は6月27日、下院で演説し、欧州首脳が新たな財政規律
  で合意する以前にユーロ圏共同債の導入を求めているのは本
  末転倒だと批判。「首脳会議では連帯債務に関する案に協議
  が集中し、規制や構造政策に関する議論が軽視されるのでは
  ないかと懸念している」と述べた。(中略)メルケル首相は
  ユーロ圏各国がそれぞれの予算監督権の返上で合意するまで
  共同債に関する検討はできないとの考えを明確に示し、「連
  帯債務は十分な規制がなされた時に初めて可能になる」と述
  べた。さらに、ユーロ圏共通債や債務償還基金などは、ドイ
  ツで憲法違反となるばかりでなく、経済的に誤った、非生産
  的なものだ、との見解を示した。
  【フランクフルト時事】ドイツのメルケル首相は26日の連
  立与党の会合で、ユーロ圏諸国が共同で発行するユーロ共同
  債構想について、「(自分が)生きている限り」はあり得な
  いとして、強く否定した。複数の独メディアが報じた。
  ―――――――――――――――――――――――――――

メルケル首相とユーロ共同債.jpg
メルケル首相とユーロ共同債
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2012年07月05日

●「ユーロに果たして未来はあるか」(EJ第3337号)

 「GREXIT」という言葉がヨーロッパのメディアによく登
場するそうです。どういう意味でしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――
   Greece (ギリシャ)+ exit(退出)= GREXIT
―――――――――――――――――――――――――――――
 「GREXIT」は、ギリシャのユーロ離脱を意味しているの
です。6月17日の総選挙が終わり、緊縮賛成派の政権が樹立し
何となくギリシャは落ち着いた感じになっていますが、実は問題
は何も解決されていないのです。
 一応ギリシャは、今まで通り緊縮賛成派が政権を握り、現状維
持を保つ体制ができただけです。しかし、米国スレート誌のビジ
ネス・経済担当のマシュー・イグレシアス記者は次のように書い
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 問うべき疑問は、ギリシャの現状維持を図るという「常識的」
 選択のどこが安心なのか、だろう。短期的にいえば、今回の再
 選挙の結果が意味するのは、緊縮路線を維持するということ。
 そして、ギリシャの事情を無視したドイツ仕込みの金融政策を
 続けるということだ。つまりギリシャは長期的な競争力を回復
 するため、痛みに耐えながら、構造改革を進めなければならな
 い。だがそんなことができるのか。74年に軍事独裁政権が崩
 壊して以来、ギリシャは統治の機能不全と汚職の泥沼にはまっ
 ている。2大政党のND(新民主主義党)とPASOK(全ギ
 リシャ社会主義運動)はカネで動き、国民のためでなく、支持
 者のために政府を運営してきた。
              「世界を絶望に導くユーロ恐慌」
     「ニューズウィーク日本版」/2012年7月4日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 7月3日のEJ──同志社大学浜矩子教授は、ユーロ存続の条
件として「域内で経済実態の収斂度が完璧である」(第1条件)
と「域内で所得再分配の仕組みが確立されている」(第2条件)
の2つを上げています。しかし、ギリシャの場合、第1条件を大
幅に満たしていないことに加えて、その格差を埋めるための第2
条件──中央所得分配装置の確立にドイツが強硬に反対している
ので、解決不能の状態であり、このままでは崩壊必至なのです。
 これを受けて浜矩子教授は、本来合理的な解決策は、「ALL
EXIT」であるが、何とか存続を図るのであれば、次の3つの
アイデアを実施することであると述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
       1.ユーロ圏の複数リーグ化実現
       2.ユーロをやめてERMを復活
       3.ユーロ圏への複数金利を導入
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1は、「ユーロ圏の複数リーグ化実現」です。
 これは、野球と同じように、ユーロ圏をメジャーとマイナーに
分割しようという構想です。
 現在、ユーロへの新規参入国に対しては、「ERM2」という
ものに2年間にわたって所属することが義務づけられています。
自国通貨の変動をユーロに対する平価の上下15%の範囲に抑え
ることが求められるのです。
 2リーグ制のユーロの場合は、どちらもユーロなので、その差
をどのように設定するか検討する必要があります。ユーロの基準
に合わなくなった国は、しばらくマイナーに属して経済状態を調
整し、基準をクリアしてメジャーに戻るのです。
 第2は「ユーロをやめてERMを復活」です。
 これは、ユーロをやめて各国それぞれの通貨に戻すのですが、
ばらばらになるのではなく、ユーロになる前に実施したERMに
戻すという構想です。浜矩子教授は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 単一通貨方式がもたらす諸問題を排除しながら、統合された通
 貨圏としての形は残すという発想である。既に見てきた通り、
 経済格差が存在する中で国々が単一通貨を共有することには、
 実に弊害が多くて無理がある。軟弱者のただ乗りを許してしま
 う。お仕着せワンサイズの政策運営に服従することを強いられ
 る。体制維持のための弱者救済にカネがかかって仕方がない。
 こうした諸問題を回避しながら、通貨統合の形を維持していく
 には、存在にERMの復活が効果的でありそうに思う。
                ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 第3は「ユーロ圏への複数金利を導入」です。
 通貨はユーロ一つであるが、金利を複数にしてはどうかという
発想です。そんなこと無理、ありえないという人が多いが、あえ
て提案する──このように浜矩子教授はいうのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 実際問題として、ECBが決める一本の政策金利を共有しなけ
 ればならないことは、経済実態に大きな開きのある現ユーロ圏
 の各国にとって、誠に窮屈なことである。各国それぞれ、身の
 丈に合った金利を採用する余地が残るよう、工夫が出来ないも
 のかと思う。          ──浜矩子著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 そんなのは荒唐無稽という人が多いでしょうが、そういう教科
書にない構想でもをやらない限り、ユーロは維持困難と浜矩子教
授はいうのです。だから、「ALLEXIT」だと。
 浜矩子教授はこれを「プレスクヴェ」と呼んでいます。これは
「デジャヴェ」の対称概念で、「ほのかに見える」「かいま見え
る」という意味だそうです。「ほのかに見えるユーロの姿」とい
う意味でしょうか。逆にいうと、「はっきり見通せない未来」と
いう意味にもなる。     ―── [欧州危機と日本/66]


≪画像および関連情報≫
 ●ユーロに未来はあるか/ハーバート大教授の予想
  ―――――――――――――――――――――――――――
  EUとユーロの未来はどうなるか?その答えは、「EUは解
  体するが、ユーロは生き残る」──そう予言する学者がいま
  す。経済・金融史を専門とする、気鋭のハーバード大教授・
  ニーアル・ファーガソンです。スコットランド出身のファー
  ガソン教授は約10年後の欧州世界についての予想を米「ウ
  ォール・ストリート・ジャーナル」紙に昨年末発表し、その
  大胆極まりない内容が大きな話題を呼びました。発売中のク
  ーリエ2月号(2012年)では、その記事「2021年の
  ヨーロッパを案内しよう」を掲載しています。ファーガソン
  教授の予想によると、2012年に「ある国の離脱」によっ
  てEUの解体が始まるといいます。しかも、その国とはギリ
  シャやイタリアではなく、英国だといいます。ユーロを導入
  していなかったため、ユーロ圏の危機による被害を最小限に
  抑えられた英国は、保守党内のEU懐疑派に促されて「EU
  に留まるか否か」についての国民投票を実施。その結果、約
  6:4でEU離脱が支持されるというのです。
              http://courrier.jp/blog/?p=9566
  ―――――――――――――――――――――――――――

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ファーガソン教授(ハーバード大)
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2012年07月06日

●「ユーロ危機は何も解決されていない」(EJ第3338号)

 2012年4月2日から本日まで67回にわたって欧州危機に
ついていろいろな角度から述べてきましたが、本日でひとまず終
了することにします。
 ちょうどこのテーマについて執筆している期間中、欧州では事
態が日々変化し、それを追いながらの記述であったことや、日本
では欧州についての情報が少ないということもあって、意を尽く
せなかったところも多々あったと思いますが、ある程度欧州危機
の本質に迫ることはできたと思います。
 そこで、このテーマの最後に欧州危機の本質を改めて整理して
おくことにします。欧州危機は現在でも何ら解決しておらず、こ
れからも何が起きるかわからないからです。
 リーマンショックは基本的には「銀行危機」です。これによっ
て多くの銀行が潰れましたが、国家がその救済を行い、何とか沈
静化させたのです。しかし、今回の欧州危機、すなわちユーロ危
機は銀行だけでなく、国家の発行する国債も信頼を失うという危
機に陥ったのです。これは国家の家計に火がついたことを意味し
ます。リーマンショックのときにはなかった現象です。
 国債というのは、国家が保証する最も安全確実な債券です。そ
こには国の信用がかかっているのです。しかし、ユーロ危機では
その国債の元本や金利が返済されないで、踏み倒されるデフォル
トが起きる寸前まで行ったのです。これは大変なことです。
 国債が破綻するということは、財政が破綻することであり、国
家が破綻することを意味します。銀行危機だけならば、国家が救
済することができますが、ユーロ危機は、銀行を救うはずの国家
財政に火がついているのですから、リーマンショックよりも危機
の度合いは深刻なのです。戦後において、先進諸国の国債が破綻
の危機に瀕することは一度もなかったことです。
 佐賀大学経済学部教授米倉茂氏は、ユーロ危機の原因として次
の3つを上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.欧州の銀行のドル依存性が高いこと
     2.欧州の銀行の過小資本性と不良債権
     3.ユーロ圏の国債バブルの発生と崩壊
―――――――――――――――――――――――――――――
 欧州の銀行は、世界金融危機が発生する2007年〜2008
年まで、過去10年間にわたって、ドル資産を膨らませてきたの
です。外国為替スワップにおいて、欧州の銀行はユーロで資金を
調達し、為替リスクを負うことなく、ドル資産の保有をひたすら
増やし続けたのです。
 具体的には、安価なドルを入手し、これを高利回り格付けのド
ル建て金融商品で運用して利ザヤを稼ぐやり方です。当然、あの
サブプライム関連証券も大量に扱っていたのです。このように欧
州の銀行はドル依存性が高いのです。
 それに欧州の銀行の自己資本は「薄皮饅頭」といわれるように
きわめて薄いのです。現在でも、欧州の銀行の自己資本の充実化
はあまり進んでいないのです。かつて日本もそういう時代があっ
たのですが、日本の場合は既に構造改革をやっており、自己資本
は十分に厚くなっています。
 欧州の銀行は、ドルの短期借りで資金を調達し、それを更新さ
せながら、ドル資産を長期運用していたのです。もし、短期ドル
の返済を迫られたときは、ドル資産をそのつど売却して対応して
いたのです。
 しかし、2007年8月のBNPパリバ・ショック、サブプラ
イム問題、リーマンショックが起きると、金融市場は大混乱にな
り、ドル資産は市場では値がつかなくなったのです。市場の流動
性が枯渇し、ドルの資金調達が難しくなったのです。そのため、
支払い危機から破綻する銀行が頻出したのです。この深刻なドル
不足について、米倉茂教授は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そこでドル不足に慌てたユーロ圏の銀行は為替スワップ市場に
 殺到します。しかし米国の銀行によるユーロ需要と欧州の銀行
 によるドル需要の関係は大きな不均衡が生じます。為替市場で
 一方的にドル需要が膨張するので、ドル調達コストがドルイン
 ターバンク市場のコストをも凌駕します。米国の銀行が欧州の
 銀行の支払い能力を疑うカウンターパーティリスクも合わさり
 為替スワップによるドル調達コストは禁止的な高さになってし
 まいます。            ──米倉茂著/言視舎刊
  『すぐわかるユーロ危機の真相/どうなる日本の財政と円』
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユーロ圏の国債バブルの発生は、当然予測されていたのです。
 ユーロ導入前の時点で、長期金利の利回りはギリシャについて
は22%〜23%、イタリアやスペインは11%〜12%だった
のです。それに対して、ドイツのそれは5〜6%です。これほど
金利が違う国を一本化するのは乱暴な話です。
 ユーロ圏の一員になると、PIIGPS諸国にとっては信じら
れないような低金利で国債が発行できるので、どんどん国債発行
を行ったのです。これでは不動産バブルが発生することは不可避
です。実際にその通りになってバブルがはじけた結果、危機は起
きたのです。このことはこれまでに詳細に述べています。
 繰り返しますが、問題は解決していないのです。米倉茂教授の
指摘したユーロ危機の3つの原因のうち、第2の「欧州の銀行の
過小資本性と不良債権」の問題について、その救済システムの方
向が見えた程度です。
 ユーロ危機は世界経済の火薬庫になりつつあります。もし、危
機が深刻化すると、世界経済を道連れにすることは確実であり、
もちろん日本にも大きな影響が及びます。「目下の危機において
先進諸国のすべてがレントゲンにかけられ、骨と皮と脆さがさら
け出されている」──ECB前総裁トリシェ氏の印象に残る言葉
です。       ―── [欧州危機と日本/67/最終回]


≪画像および関連情報≫
 ●ヨーロッパ版「失われた数10年」/ビル・エモット
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ユーロを維持するコストは極めて高いものになる。財政基準
  を緩める妥協によって、ドイツなど北ヨーロッパの国々はイ
  タリアとスペインの国債を買い支えるために何千億ユーロも
  の資金を共同基金に投入しなければならない。そうした負担
  に対する世論の反発がドイツでどこまで強まるか、金融市場
  は注目するだろう。もし反発が強まれば、金利はますます高
  くなり、成長もますます鈍化する悪循環に陥る。まさに悪夢
  だ。ヨーロッパは妥協によって何とか破滅を切り抜けられた
  ことを誇りに思うしかない。ただし副作用は深刻で長く続く
  だろう。ユーロ圏諸国の長期的な成長力が削がれていく可能
  性も大きい。要するにヨーロッパには「失われた数10年」
  が待っているのだ。たとえユーロ崩壊と大恐慌を免れても、
  1991年後の日本のようにユーロ圏の成長は止まり、おそ
  らくデフレに陥る。日本が「失われた10年」も「失われた
  20年」も耐えてこられたのは、社会に強い連帯意識と団結
  力があり、しかも隣に急成長する中国市場があって輸出がで
  きたからだ。ユーロ圏にはいずれの強みもない。従って長い
  停滞に苦しむうちに、ヨーロッパは予測のつかない深刻な政
  治危機を抱え込むことになる。    ──ビル・エモット
              「世界を絶望に導くユーロ恐慌」
     「ニューズウィーク日本版」/2012年7月4日号
  ―――――――――――――――――――――――――――

米倉茂氏の本.jpg
米倉 茂氏の本
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