これはれっきとした経済用語なのです。1970年代のことで
す。北海で天然ガス田が発見され、それが大量に輸出されたこと
によって、オランダに莫大な為替収入をもたらしたのです。しか
し、資源価格の高騰が終息すると、オランダの国際競争力はすっ
かり低下し、深刻な経済不況がオランダを襲ったのです。
こういう歴史的事実から、産出する天然資源などの価格の高騰
によって莫大な不労所得を得た国が、財政支出を膨張させるなど
して経済政策の運営を誤ったことによりもたらされる経済危機を
「オランダ病」というのです。
ロシアの場合は、ソ連時代から豊富なエネルギー資源があるこ
とはわかっており、突然発見されたオランダのケースとは異なる
ことは確かです。
しかし、当時はエネルギー資源の価格はきわめて低く、国際的
な需要も少なく、西側諸国への輸出もきわめて限定的であったこ
とが、ロシアがオランダ病にかかることを未然に防止していたと
いえます。
しかし、プーチン政権になって原油価格は急激に高騰し、高値
安定していることから、ロシアがオランダ病にかかる可能性はき
わめて高くなったといえます。このことは、ロシアの有識者たち
も気がついており、いろいろな機会をとらえてその危険性を警告
しているのです。
世界経済国際関係研究所に付属する国際安全保障センター長で
あるアレクセイ・アルバートフ氏は、プーチン前大統領が外交政
策について語るとき、エネルギー問題がその70%を占めること
を指摘し、次のように述べています。
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原材料の輸出にもとづく経済が、真に強力かつ近代的な経済で
あることはありえない。歴史上そのような例はこれまで一度も
なかったし、今後もおそらくないだろう。
木村汎著、『プーチンのエネルギー戦略』より/北星堂刊
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プーチン政権の経済を担当するプーチン前大統領の側近であっ
たアレクセイ・クドリン財務相でさえも、エネルギー至上主義に
ついて、次のようにその危険性を訴えています。クドリン財務相
はプーチン氏も一目置いている人物です。
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過去数年間、原油価格の上昇によってユーフォリア(陶酔感)
が生まれた。しかし、このユーフォリアはロシアが8年前に苦
しんだ恐ろしい危機――1998年からの金融危機に比べてさ
え、より一層危険な現象なのである。 ――クドリン財務相
2006年12月「ブレーミヤ・ノーボスチェイ」紙より
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確かにロシアの場合、多角的な貿易を行って急速な経済発展を
遂げているBRICs諸国と比べると、原油や天然ガスなどに過
度に依存しています。2006年におけるBRICs諸国の輸出
額に占めるエネルギー資源の割合は次の通りです。
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輸出総額 鉱物燃料
ロシア 2884億ドル 65.7%
ブラジル 1375億ドル 5.0%
中国 9691億ドル 1.8%
インド 1262億ドル 0%
――「ニューズウィーク日本版」5月14日号
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エネルギー資源の割合はロシアが突出しているのに対し、ブラ
ジルと中国は、機械・輸送設備がそれぞれ52.4%、47.1
%、インドについては石油製品の輸出が14.7%になっており
ロシアのいびつな産業構造がよくわかります。
ロシアのような豊富な資源を有する国はともすると「レント」
に安住するといわれます。木村汎教授によると、「レント」とは
通常の競争市場で受けとる水準を超える所得のことです。独占利
潤とかマフィアなどの法外の収入のようなものを「レント」とい
うのです。そういう意味では、天然資源の国際価格が高騰すると
きに入手する超過利益もレントといってよいと思われます。
この「レント」という言葉を使ってプーチン前大統領のやって
きたことをまとめるとこうなります。彼が大統領に就任すると同
時に上昇に転じた原油価格――これによって膨大なレントが生じ
ます。まず、この資金を国家や自分の派閥が確保する必要がある
とプ―チン前大統領は考えたのです。
そしてレントを独占するためにやったのが、サハリン2、サハ
リン1、TNK−BPなどの乗っ取りです。このようにして膨大
なレントを手にしたプーチン政権は、その資金をテコにして自身
に都合のよい内外政策を推し進めると同時に自分の政権基盤を固
めるため、ガスプロムやロスネフチ、トランスネフチなどのトッ
プのポストを自分の側近たちに分配し支配下に置く――木村教授
はこれを「レント・シェアリング」と呼び、その頂点にいるプー
チン前大統領を「レント・マネジャー」、いや「レント・シェア
リング」システム全体の総支配人(ガディ)であるとしています。
そして側近中の側近といわれるメドベージェフを大統領にし、
自分は首相に収まり院政をひく――こんなことをやっていたので
は、経済がうまくいくはずがないのです。
また、ロシアでは金融システムの整備も遅れているのです。そ
のため中小企業は、高金利や融資者探しに苦労しているのが現状
です。さらにロシアでは株主の権利も軽視されています。国営石
油ロスチフチの経営に株主として不満を表明したファンドのCE
Oが国外追放処分を受けているのです。こんなことは自由主義国
ではとても考えられないことです。ロシアはソ連に先祖返りしよ
うとしています。 ―― [石油危機を読む/37]
≪画像および関連情報≫
●エルミタージュ・キャピタルCEOを脱税で起訴
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エルミタージュ・キャピタルは40億ドルの運用資産を持つ
アクティビスト投資ファンドで、ロシア企業を対象とする世
界最大のファンドを運用している。ブラウダー氏は1996
年にロシアでエルミタージュ・ファンドの運用を開始したが
約2年前にロシア当局から国家の治安にとって脅威になる人
物と宣言され、ビザを取り消された。
http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-26907820070717
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