2008年05月09日

●外資系3社はなぜ主導権を奪われたか(EJ第2321号)

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 この「環境保護」キャンペーンはあまりにも透明で分かりきっ
 たものだった。まるで喜劇のようにさえ思える。ほとんど無名
 に近い環境監督官が「エナジー社が」樹を一本切るごとに罰金
 をとると威した。そのキャンペーンが、野火のように拡がって
 いった。そして結局、クレムリンは己が狙ったものを手に入れ
 た。アジアへのガス市場を拓くという有利なプロジェクトの管
 理権を。 ――木村汎著、『プーチンのエネルギー戦略』より
                         北星堂刊
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 これは、サハリン2問題が解決した直後の「ニューヨーク・タ
イムズ」紙の論評です。しかし、これは後の祭りです。なぜ、こ
のような結果になったのでしょうか。
 それは外資系3社がエリツィンに次いで大統領になったプーチ
ンという男を甘く見た結果です。プーチン大統領としては、何が
何でもエリツィンの負の遺産を清算するという強い意思があった
のです。そのように目標を決めると、プーチン大統領はその達成
のためには手段を選ばない人物なのです。
 これに対して、ちゃんとエリツィン大統領時代の契約書がある
からと、外資系3社は安心していたものと思われます。しかし、
エリツィン時代のロシアとプーチン政権になってからのロシアは
すべての点において様変わりしているのです。
 木村汎教授によると、とくにひどかったのはロイヤル・ダッチ
・シェルの対応のまずさなのです。シェルは、三井物産と三菱商
事の日本勢と違って、株式のシェアの面で圧倒的に有利なポジシ
ョンを持ちながらそれを何も生かしておらず、プーチン政権に完
全に振り回されてしまったからです。
 それ以外の要因もあります。シェルは、ユジノサハリンスク郊
外の広大な敷地に豪奢な社員用の住宅を建設し、地元サハリンの
ロシア人を立ち入り禁止にして顰蹙を買ったのです。それに毎週
函館――ユジノサハリンスク間にチャーター便を飛ばす贅沢三昧
をしているのです。このチャーター便は、機材の運搬や乗客がい
るときだけ飛ばすのではなく、定期的に飛ばしたのです。
 それならば、やはり当事者である三井物産、三菱商事と日本国
の対応はどうだったでしょうか。
 このことをはっきりさせるために、実際にガスプロムとサハリ
ン・エナジー社の間にどのぐらいの金額がやり取りされたのかを
知る必要があります。問題は、外資系3社からガスプロムへのサ
ハリン・エナジー社の株式譲渡価格なのです。
 外資系3社としては、ガスプロムから最低でも70億ドル(約
8400億円)は支払ってもらわないと大損失になってしまうと
いうことで、交渉に臨んだのです。
 この70億ドルという数字は、交渉の時点で3社は既に130
億ドル(約1兆5600億円)以上の資金をつぎ込んでいるので
その半分は払ってもらわなければという考え方です。
 しかし、ロシアという国は、これまでの外交戦略においても現
金を支払うということにかけては実に渋い国なのです。この株式
譲渡交渉においてガスプロムが提示してきた金額はたったの26
億ドル(約3120億円)だったのです。
 この金額の根拠は、サハリン2の当初コストである100億ド
ルの半分の50億ドル――ガスプロムとしては最終的にはこの金
額で決着させたいので、その第1回提示金額として、さらにその
半分の金額の26億ドルを提示したのです。
 もし、こんな金額で株を譲渡すると、シェル、三井物産、三菱
商事は株主から代表訴訟を起こされることは確実であったので、
粘り強く交渉したのです。そして決着した株式譲渡金額は次の金
額であったのです。
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    74億5000万ドル(約8940億円)
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 この金額であれば、当初事業費100億ドルの半分の50億ド
ルに、交渉の時点で既に増加していた30億ドルの半分の15億
ドルを加え、さらに10億ドル上積みさせたということで、外資
系3社としては、一応説明のできる金額になったといえます。
 この決着に関する日本側のコメントを次にまとめておくことに
します。
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 <甘利明経済産業相>
 ・今回の合意は、LNGが安定的に日本に供給されることが約
  束された有意義なものである。
 <三井物産>
  ・環境問題も含めてサハリン2が直面している諸問題はすべ
   て解決への道筋がついた。
 <三菱商事>
  ・今後のLNG需要家への安定的な供給への道筋ができ、さ
   らにサハリン周辺の新たなロシアプロジェクトに参画でき
   る可能性も開けた。
―――――――――――――――――――――――――――――
 いずれも楽観的な見通しといわざるを得ないと思います。とく
にこの問題の主務官庁である経済産業省は、完全に腰が引けてい
ると思います。
 これは、ロシア国営独占企業体ガスプロムによるサハリン・エ
ナジー社の乗っ取り行為です。これに対して日本政府はロシアに
対して何ら抗議を行わず、「民間の交渉を見守るしかない」――
経済産業省北畑隆生事務次官はこういって、何も行動を起こさな
かったのです。
 「官民一体となってエネルギー安保に邁進する」といっている
いつもの姿勢はどこに行ったのでしょうか。日本の外交戦略はど
うしてこう軟弱なのでしょうか。サハリン2については、来週も
継続してコメントします。   ―― [石油危機を読む/32]


≪画像および関連情報≫
 ●ユジノサハリンスク(旧豊原)とは
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  ユジノサハリンスクは、人口約17万人とサハリン最大の都
  市。外国人向けのホテルやレストラン、デパートなどが複数
  あり(それでも複数程度ではありますが)、サハリン州の経
  済の中心でもあります。食料品店を訪れても、他の町と比べ
  て比較的豊富にものが揃っているようです。
    http://www.linkclub.or.jp/~kiki/sakhalin/yuz1.html
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ユジノサハリンスクとその市街風景.jpg

posted by 平野 浩 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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