えられると、すぐ企業業績――とくに輸出企業の業績が悪化する
ということで、株が売られて株安になる――これが今までの常識
だったのです。
実際に3月17日、東京外国為替市場ではドルが売られ、一時
「1ドル=95円台」になったのです。この円急騰を受けて、株
が売られ、その日の終値では前週末比で454円安の「1万17
87円」と、1万2000円台を割り込んでいます。
この株の暴落はアジアに波及し、インド・ムンパイ、フランク
フルト、ロンドンというようにヨーロッパにも波及して、そして
ニューヨーク市場のダウ平均を一時3%押し下げて、やっと底を
打ったのです。
日本には過度の円高恐怖症があります。1995年に円が「1
ドル=79円75銭」になったときのトラウマが再現してしまう
のです。それは次の図式です。
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円高→輸出企業が競争力失墜→株価暴落→円高不況
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しかし、今回の円高は、1995年のときとは明らかに違って
いるのです。日本の経営者は1995年の円高のときの苦い経験
を生かしているのです。日本企業は、過去2回にわたる石油危機
でも同様の対応策をとって危機を乗り越えているのです。
『日経ビジネス』/2008年3月24日号では、円高でも為
替差益を出したスズキの例を紹介しています。
次の数字は、スズキが2007年10〜12月期に得た為替差
益です。
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ドル ・・・・・・・・・・・・ −16億円
ユーロ ・・・・・・・・・・・ +24億円
ルピー ・・・・・・・・・・・ +20億円
オーストラリアドル ・・・・・ +12億円
ポンド ・・・・・・・・・・・ +1億円
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合計 +47億円
『日経ビジネス』/2008年3月24日号より
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2007年10〜12月期といえば、円高が本格化しはじめた
時期です。トヨタはこの時期に200億円規模の為替差損を出し
ているのです。
これに対してスズキは、競争の激しい北米市場に重点を置かず
に他社が進出していないインド、ハンガリーなどに進出していま
す。そして現在、スズキはとくにインドには力を入れているので
す。先週のEJでも述べたように、円はドルに対しては円高です
が、ユーロをはじめとする他の通貨に対しては円安なのです。こ
の点をしっかりと押さえておく必要があります。
皮肉な話ですが、ニューヨーク在住のエコノミストは、ドルが
円に対しても下げたことに衝撃を受けたといわれます。日本経済
も落ちたものといわれても仕方がないでしょう。
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(ドルがユーロに対して下げたことは)自力のあるユーロなら
説明ができた。しかし、弱いはずの円に対してまでドルが大き
く下げたということは、明らかにフェーズが変わったことを意
味している。 ――ニューヨーク在住のエコノミスト
『日経ビジネス』/2008年3月24日号より
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円高に対する備えを早くから考えて実施している企業も多いの
です。そのひとつに松下電器産業があります。松下では、中村邦
夫会長による指示もあり、為替に左右されない事業構造作りに取
り組んでいるのです。
その取り組みのひとつが「為替マリー」といわれるものです。
これは輸出で得た債権と、輸入で発生した債務を円に転換しない
で、そのまま同一通貨内で相殺することをいうのです。そうすれ
ば、為替リスクをヘッジできるのです。
この制度によって、松下電器産業は、徐々に輸出額に占める為
替マリー率を上昇させてきているのです。その結果、2000年
には17%に過ぎなかった為替マリー率を2007年には70%
近くに上昇させています。金額にすると、輸出額2兆5OOO億
円中1兆6000億円を為替マリーに適用してきているのです。
そして、松下電器としては、近い将来は為替マリー率を100%
にしたいといっているのです。そうすれば、為替変動に業績は左
右されなくなるからです。
このような為替リスクを最小限に抑える対策は、究極は「現地
生産現地販売」という事業構造に行きつくのです。しかし、日本
でしか作れない競争力のある製品は円建てでも売れるのです。半
導体の製造装置メーカーなどにそういう企業は多いのです。しか
し、そういう企業でも今回のような急激な円高になると、ライバ
ル企業との競合が厳しくなるといいます。
いずれにせよ、それぞれの企業努力により、かつての円高恐怖
症は乗り越えられつつあります。『日経ビジネス』では、その理
由を次の3つにまとめています。
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1.輸出企業は収益源を米国以外に移している
2.大企業は「為替リスクゼロ」経営に転換中
3.長期円高は輸入企業にとって追い風になる
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急速なドル安を受けてポールソン米財務長官は「強いドルは国
益」とかつての主張を変えていないが、日本全体では、ドル建て
の取引は、輸入額の70%、輸出額の50%に及んでいます。こ
の構造から見ると、明らかに円高の方が国内経済に良い影響があ
ることになります。 ―― [石油危機を読む/06]
≪画像および関連情報≫
●為替マリーとは何か
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為替マリーとは、例えば、輸出で回収したドルを円に転換せ
ずにドルのまま保有し、輸入の決済にドルが必要になったと
きにそのドルをそのまま決済に充当するという方法である。
つまり、外貨建ての債権と債務を個別に円決済せずに、双方
を相殺させる形でヘッジするものである。
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