ことです。円が100円割れを起こしたのは、1995年10月
以来、12年5ヶ月ぶりのことなのです。
しかし、今回の円高は12年前の円高と比べるとかなり違って
います。これに関して、財務省幹部は「円高ではない」といい、
日本経団連の御手洗富士夫会長は、次のように述べています。
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円高というよりドル安。日本の産業も過去10年の不況で鍛え
られ、筋肉体質になり、抵抗力が強くなっている。
――日本経団連の御手洗富士夫会長
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しかし、今回の円高は2週間で8円も上がるなど、急速な円高
となっています。どうして、円高は加速したのでしょうか。これ
を理解するには、背景的な事実を知る必要があります。
「円キャリートレード」というものがあります。これが、20
05年から2007年前半まで主として海外の投資家を中心に盛
んに行われ、円安を加速してきたといわれています。
「円キャリートレード」とは、低利の円を調達して高金利通貨
で運用して金利差を稼ぐ運用方法のことです。いま多くの個人投
資家が行っている外国為替証拠金取引(FX)も円キャリートレ
ードの一種といえます。
なぜ、これが流行したかというと、2002年〜2005年に
かけて各国中央銀行による超金利緩和政策によってお金が豊富に
出回り、市場が大きく上下動しなくなったからです。市場のこう
いう状態を「ボラティリティが低い」というのです。
こういう時期は、トレーダーや投資家は、為替や債券、株式を
売って値ざやを稼ぐことが難しいので、持っているだけで利益が
出せるキャリー取引を活発化させようとするのです。その結果、
本来は経常収支の黒字によって円高が進行するはずの日本で、円
売りが多いために、逆に円安が進行していたのです。
ところが、2007年の夏以降のサブプライムローン問題を契
機にして、市場が「ボラティリティが高い」という状態になって
しまったのです。この状態になると、円キャリートレードを新た
に行うメリットは消滅します。
この円安を後押ししていた円キャリートレードの魅力がなくな
ることによって、円高になりやすい状態になったのですが、金利
が低く、先行きの経済成長も望めない日本の通貨をどういう人が
果たして買うのでしょうか。
今回の円高加速要因について、JPモルガン・チェース銀行の
佐々木融氏は、こういう状況において市場が円を買う理由として
次の3つを上げています。
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1.日本は多額の貿易黒字を抱えていること
2.日本は世界最大対外純資産国であること
3.円キャリトレードの巻き戻しがあること
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第1の要因から考えることにします。
日本は多額の貿易黒字を抱えている国です。貿易黒字は輸出か
ら輸入を引いた数がプラスになることをいうのです。日本で作っ
たものを日本人が買わないと貿易黒字は増えます。
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貿易黒字額 = 輸出額 − 輸入額
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それでは、なぜこれまで日本は円安だったのかというと、日本
の投資家と企業による対外投資額が貿易黒字額よりも多かったか
らであるといえます。
具体的にいうと、2005年と2006年の対外投資額は、年
間14兆〜15兆円であるのに対し、貿易黒字額は年間10兆円
前後だったのです。そうすると、対外投資には円売りを伴うので
差額の4〜5兆円分が円安になります。
しかし、2007年の対外投資額は12兆円程度に減る一方、
貿易黒字の方は12兆円程度と増えて、円売りと円買いの額が拮
抗したのです。日本は貿易黒字から生ずる円買いが常に存在する
ので、対外投資が貿易黒字以下になると円高になるのです。
続いて第2の要因について考えます。
日本は世界最大の対外純資産国であり、その額は、2006年
末現在で、215兆円もあるのです。その多くは対外証券投資で
すが、それらを国内に持ってくるとき円買いを行うので、結局は
円高になります。
これだけドル・円相場が下がっているので、為替リスクを嫌う
日本の投資家が、外貨建て証券を手仕舞いして、円を買い戻すこ
とも十分起こりうるのです。このように、円を買う理由はいくら
でも出てくることになります。
最後に第3の要因について考えます。
実は円キャリトレードはさまざまな形で広範に行われているの
です。例えば、専門的になりますが、海外における円建て住宅ロ
ーン、輸出企業におけるヘッジの遅れ、輸入企業による長期の為
替予約、外国人投資家の保有する日本株の為替ヘッジなどです。
これらのキャリートレードが積み上がっている状態は、いずれ
急激な円高を引き起こす要因となるのです。いずれにせよ、これ
らは今後、円買い戻しの中心になり、円高を加速するのです。
ここまで輸出立国をはかってきた日本では「円安は景気にプラ
ス」というのが常識でしたが、この常識に対して異論が出ている
のです。それは、「円高が進むと、GDPを0.4 %〜0.5 %
押し上げる効果がある」という説がそうです。
実際に2005年頃から、輸出物価が上昇基調なのに、輸出数
量が増えているのです。これは高機能の薄型テレビや工作機械と
いった海外メーカーが真似ができない輸出品の割合が増えている
ためなのです。また、円高になると、高騰している原油の輸入価
格が下がるメリットもあります。―― [石油危機を読む/02]
≪画像および関連情報≫
●円キャリートレードの巻き戻しについて
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[東京 2007年6月8日 ロイター] 渡辺博史財務官
は8日、都内での講演で、円キャリートレードについて、巻
き戻しがあっても大きなものにはならないとの認識を示した
うえで、現時点で大きなリスクはないと述べた。渡辺財務官
は、世界経済について安定しているとの認識を示すとともに
日本経済に関しても「企業部門の利益が上がっており、個人
消費も高まっている。ますます労働市場は引き締まると考え
ている」とし、良好な状態にあるとした。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26345120070608
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