2005年10月27日

インターネットに出遅れたマイクロソフト(EJ1705号)

 インターネット誕生・発展においてきわめて近くにいながら、
少なくともその主役ではなかったもうひとつの巨大企業とはマイ
クロソフト社のことです。
 このようにいうと意外に思われるかもしれませんが、マイクロ
ソフト社は1990年代の前半においては、インターネットには
あまり関心を持っていなかったことは確かです。
 1994年11月1日の夕刻のことです。私は海外出張で、米
国のラスベガスで開催されていた「コムデックス」――PC関係
の展示会の会場におり、おりしも舞台ではビル・ゲイツCEOが
基調講演をやっていたのです。演題は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      Information At Your Fingertips 2005
       ――指先で情報を/2005年――
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 考えてみれば、今年が2005年なのです。講演と短い映画を
見せられた記憶があるのですが、今ひとつピンとこなかったこと
を今でも覚えています。インターネットのことはほとんど語られ
ていなかったことは確かです。
 脇英世教授によると、当時ビル・ゲイツの考え方はきわめて保
守的であり、インターネットのような新興技術よりもむしろ既存
技術を活用すべきであると考えていたというのです。
 そして、コムデックスでビル・ゲイツが講演をした翌日、マイ
クロソフト社は、オンライン・サービスのMSN(ザ・マイクロ
ソフト・ネットワーク)を発表しています。これは、インターネ
ットではなく、日本流にいうと、パソコン通信の会社なのです。
MSNをまかされたのは、ラッセル・シーゲルマンという人物で
す。彼はインターネットを軽視しており、結果としてこれがマイ
クロソフト社のインターネット対応の遅れを大きくすることにつ
ながるのです。
 なぜ、このこの時期にパソコン通信会社なのでしょうか。IT
に少し進んだユーザなら、1992年の時点でインターネットの
影響力はわかっていたはずです。しかし、そのときのビル・ゲイ
ツのアタマにはAOL(アメリカ・オンライン)を追撃すること
しかなかったのではないかと思われます。
 脇英世教授の話によると、ビル・ゲイツは当時次のような話を
好んでするクセがあったそうです。
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 インターネットはゴールド・ラッシュである。ゴールド・ラッ
 シュで一攫千金を掴んだ人はほとんどいない。本当に儲けたの
 は、そのために、全米から集まった人たちに対して食料などの
 生活必需品を売った人たちである。    ――ビル・ゲイツ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 つまり、ビル・ゲイツはインターネットはゴールド・ラッシュ
のようなものであると考えていて、そのようなものにあわてて手
を出すべきではないといっていたのです。
 J・アラードという人物がいます。1991年9月1日にマイ
クロソフト社に入社し、当時マイクロソフト社が苦手としていた
TCP/IPの担当をしているのです。
 このJ・アラードとMSNのラッセル・シーゲルマンの間にプ
ロトコルをめぐる激しい論争があったのです。アラードはTCP
/IPを使うことを主張したのに対し、シーゲルマンはマイクロ
ソフト独自のプロトコルの採用を主張したのです。今から考える
と、不毛の論争です。
 とにかく当時のマイクロソフト社では、通信に関しては無知な
人が多く、TCP/IPのことを「TCピップ」と呼んだ幹部が
いるほどなのです。「TCピップ」――TC PICと呼んだわ
けですが、素人ならともかく、マイクロソフト社がそれをいうの
は非常に恥ずかしいことなのです。どこかの国の宰相が「IT」
を「イット」と呼んだよりもお粗末といえるでしょう。
 しかし、MSNの発表直後にビル・ゲイツはそれが失敗であっ
たことに気がついていたのです。そして、幹部社員に次の内容の
メモを送るのです。このメモはマイクロソフト社では「社外秘」
扱いのメモであり、外部の人が読むことは不可能なのですが、同
社の独占禁止法訴訟の一環で証拠文書として公開されたので、内
容が判明したのです。脇英世教授の翻訳で、その最後の部分の一
部をご紹介することにします。
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 今や私はインターネットに最高度の重要性を割り当てる。この
 メモにおいて私は、インターネットへのわれわれの力の集中が
 われわれのビジネスのあらゆる部分において決定的に重要だと
 ということを明らかにしたいと思う。インターネットは198
 1年に導入されたIBM PC以来、最も重要な単一の開発目
 標である。(中略)われわれがこれらの挑戦や機会に取り組む
 次の数年は非常にエキサイティングなものになるだろう。イン
 ターネットは満ちてきた潮である。それは信じられないような
 挑戦であると同時に信じられないような機会である。私はわれ
 われの信じられないような成功の軌跡を続けるためにどのよう
 にわれわれの戦略を改善するかについて諸君の答を期待してい
 る。―――脇英世著、『インターネットを創った人たち』より
                         青土社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これは明らかに方針転換です。マイクロソフト社のこの方針転
換で、壮絶なブラウザ戦争が勃発するのです。先行のネットスケ
ープ社のブラウザに対するマイクロソフト社のインターネット・
エクスプローラの逆襲です。
 1998年11月、ライバルのネットスケープ社は、AOLに
42億ドルで買収されたのです。これでネットスケープ社は消え
てブラウザ戦争はマイクロソフトの勝利に終わったのです。この
ブラウザ戦争の詳細は、次のインターネット特集に譲りたいと考
えています。        ・・・・ [インターネット45]


≪画像および関連情報≫
 ・コムデックス
  毎年アメリカで春と秋の2回開催される世界最大規模のコン
  ピュータ展示会。春季の展示会をコムデックス・スプリング
  秋季の展示会をコムデックス・フォールとと呼び、前者は例
  年ジョージア州アトランタで、後者は例年ネバダ州ラスベガ
  スで開かれる。1995年にソフトバンクが、コムデックス
  の運営会社のイベント事業部門を買収し、傘下に収めた。

1705号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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