2005年10月25日

NSFネットからインターネットへ(EJ1703号)

 1986年になると、ジェニングスは英国に戻ってしまい、ス
ティーブ・ウォルフという人がNSFネット構築の責任者になる
のです。そして、NSFのバックボーン作りがスタートするので
す。NSFのバックボーンというのは、地理的に離れた場所にあ
った次の5大学/6ヶ所のスーパー・コンピュータ・センターを
結んだ回線なのです。
 この頃には、地域センターのネットワークからスーパー・コン
ピュータのネットワークまで、すべてがTCP/IPを採用し、
ARPAネットとなめらかな互換性を持つ相互接続には理想的な
環境になっていたのです。
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 1.UCSD ・・・・・ カルフォルニア州サンディエゴ
 2.コーネル大学 ・・・ コロラド州ボルダー
 3.イリノイ大学 ・・・ イリノイ州シャンペイン
 4.ピッツバーク大学 ・ ペンシルバニア州ピッツバーク
 5.           ニューヨーク州イサカ
 6.プリンストン大学 ・ ニュージャージー州プリンストン
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 バックボーンは「背骨」という意味ですが、上記5大学を結ぶ
回線は西と東を結ぶ「背骨」そのものです。西海岸のサンディエ
ゴからボルダー、シャンペイン、そしてピッツバーク、東海岸の
プリンストン、ニューヨークのイサカ――しかもこの回線の伝送
速度は当時としては高速であり、これに接続すると、まるで回線
を高速道路のように使うことができるのです。
 1988年にハードウェアの設置が完了し、新しい基幹ネット
ワークが動き出します。NSFネットの始動です。基幹ネットワ
ークのノード(拠点コンピュータ)は、ノード交換システム――
NSSと呼ばれる独自のパケット交換機です。NSSの内部には
次の3つのプロセッサが置かれ、通信機構に接続されたのです。
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     1.パケット交換プロセッサ
     2.経路選択および制御プロセッサ
     3.アプリケーション・プロセッサ
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 このように書くと凄いマシンが導入されたと考えるかもしれま
せんが、実はぜんぜん違うのです。ここで「プロセッサ」といっ
ているのは、IBMのRT/PCのことであり、そのPCが3台
設置され、それらがIBMの推進しているトークンリングLAN
で結ばれただけなのです。
 ちなみに、IBMのRT/PCというのは、初のラップトップ
PCとしてIBMが市場に投入したRISC系のCPUを搭載し
たPCですが、あまりにも低速であって、話題に上らなかったい
わば失敗作なのです。このマシンを本来とは違う目的で使ったと
いうわけです。
 なお、「RISC系のCPU」というのは、詳しく説明すると
難しくなるのでやりませんが、現在ほとんどのPCで使われてい
るインテルのCPUはRISC系ではなく、CISC系であるこ
とは知っておくべきでしょう。
 NSFネットの基幹ネットワークのノード間をつなぐ通信線の
伝送速度は当初56キロビット/秒でしたが、次のように改善し
ていったのです。
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     1988年  448キロビット/秒
     1989年 1.55メガビット/秒
     1991年   45メガビット/秒
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 1991年には、3台のIBMのRT/PCの分担処理を変更
し、IBMのRS/6000というワークステーション1台でや
るようになります。
 そして、1990年2月28日、ARPAネットは正式に幕を
閉じ、NSFネットに引き継がれたのです。この時点でインター
ネットは軍事的背景からは解放されたことになりますが、それを
動かしている組織――技術的意思決定をする組織はARPAネッ
ト時代と何もかわらなかったのです。
 それに、NSFネットの利用目的はあくまで「学術・研究」に
限られ、商業目的のネットワークはNSFネットが提供している
インターネットのバックボーンに接続できなかったのです。
 ごちゃごちゃしてきたのでここで整理しておきましょう。
 1983年にARPAネットから軍事関係の部分であるMIL
NETを分割し、1980年代の前半は、各地に大学や研究所を
結んだネットワークが乱立するようになります。
 1985年にデニス・ジェニングス博士が中心となってNSF
ネットの構築をはじめます。そして、1986年には全米5大学
のスーパー・コンピュータを結ぶバックボーンができ、このバッ
クボーンに地域ネットワークが接続をはじめるのです。これが、
1980年代後半の動きです。
 ARPAネットを受け継いだNSFネットは、利用目的が「学
術・研究」に限られていたので、商業目的のネットワークは、N
SFのバックボーンには接続せず、TCP/IPでパケットを交
換するネットワーク間通信を行うようになり、これがどんどん拡
大していったのです。この頃からこのネットワークを「インター
ネット」と呼ぶようになっていったのです。
 そして、1995年にNSFネットは、ARPAネットの廃止
からわずか数年で廃止に追い込まれます。そしてここに、インタ
ーネットの完全民営化が実現したのです。
 インターネット――インターは「〜の中の」という意味です。
したがって、インターネットは「ネットワークとネットワークの
中のネットワーク」という意味になります。ARPAネットがな
くなっても、NSFネットが廃止されても、インターネットは問
題なく機能しているのです。  ・・・・[インターネット43]


≪画像および関連情報≫
 ・NSFネット/5大学スーパー・コンピュータ間を結ぶ基幹
  ネットワーク――牛島研究室/オンライン参照

1703号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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