2008年02月04日

●P2事件とは何か(EJ第2257号)

 1976年のことです。シンドーナというイタリアの有力な銀
行家が、金融破綻を起こして米国に逃亡し、4年後の1980年
にニューヨークで逮捕されます。
 このシンドーナはフリーメイソンのロッジ「P2」のメンバー
であり、マフィアの金を扱っていたのです。シンドーナは、アン
ブロジアーノ銀行の頭取であるロベルト・カルヴィとつながって
おり、そのカルヴィもP2のメンバーだったのです。
 実はアンブロジアーノ銀行というのは、ヴァチカンが援助して
設立させたヴァチカン銀行――正式名称は「宗教活動協会」IO
Rの資金管理を行う銀行なのです。シンドーナが逮捕されたこと
によって、シンドーナとマフィア、それに、ヴァチカン銀行との
つながりが明らかにされることを恐れたP2のロッジマスターで
あるリチア・ジェッリは、とんでもないことをやったのです。
 それは、1981年に白昼のマンハッタンでシンドーナを奪還
したのです。まるで映画のようにです。しかし、この奪還劇の黒
幕がジェッリであることはFBIの知るところとなり、直ちに國
際警察を通じてイタリア警察はジェッリ逮捕のための緊急配備を
敷いたのです。
 しかし、逃げ足の早いジェッリは、間一髪で海外に逃亡してし
まいます。ところが捜査陣がジェッリの家の内部を捜索したとこ
ろ、とんでもないものが見つかったのです。それはフリーメイソ
ン「P2」の全メンバー・リストだったのです。1981年2月
17日のことです。
 このリストがどういうものであったのかは、中見利男氏の著書
からを引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 それはパワーを秘めたフリーメーソン「P2」の全メンバーリ
 ストだった。そこには、なんとイタリアの法務大臣を含む3閣
 僚、そして数人の首相経験者、50人以上の高級官僚、200
 人以上に上る軍部将校、金融界の大物、20人近くの司法関係
 者と一流紙のジャーナリスト、さらに各政党の指導者、大学教
 授、諜報機関の幹部、メンバーはイタリアのまさに権力、財力
 知力を凝縮したような人物が962人、リストは内閣を凌駕す
 るパワーを秘めていた。   ――中見利男著/日本文芸社刊
     『ニュートンの予言/2006年、世界は滅亡する』
―――――――――――――――――――――――――――――
 EJ第2256号で述べたヨハネ・パウロ1世は、ヴァチカン
にP2が根を張っていることを早くから察知して、一大改革に乗
り出そうとしたので、暗殺されてしまったものと思われます。
 この一大スキャンダルによってフォルラニ内閣は総辞職に追い
込まれ、シンドーナの逮捕されます。これを契機に、イタリアの
政財界、ヴァチカンに根を張ったP2の人脈と不正行為が次々と
暴かれるはずだったのですが、なぜか、捜査の手は、ピタリと止
まってしまったのです。
 アンブロジアーノ銀行頭取のカルヴィにも銀行の資金を不法に
輸出したとして逮捕状が出たのですが、なぜかそれは後で撤回さ
れてしまうのです。そして、カルヴィはシンドーナが逮捕された
ことを受けて、P2のトップに立ったのです。
 カルヴィは、ヨハネ・パウロ1世の後を継いだポーランド出身
のヨハネ・パウロ2世の意向により、アンブロジアーノ銀行から
ワレサ率いる自主管理労働組合「連帯」に米CIAと連携して、
10億ドル以上の資金を提供していたのです。このように、ヴァ
チカンは、アンブロジアーノ銀行の庇護の下に、全世界の反共産
主義の活動組織に対して資金を提供していたのです。
 これに危機感を強めたのは当時のソ連です。ヨハネ・パウロ2
世の行動を「教皇の東方戦略」と呼び、それを一大脅威として警
戒したのです。1981年5月13日、ヨハネ・パウロ2世はサ
ンピエトロ広場で、イスラム教徒のトルコ人マフィアに銃撃され
ましたが、未遂に終わっています。
 犯人は逮捕されましたが、事件はKGBが計画したものである
との報道が行われ、2005年になって教皇自身も共産党員によ
るものと自著で発表しています。しかし、真偽については現在も
判明していないのです。
 本当であるとしたら、当時社会主義圏における反体制運動の精
神的支柱となっていたローマ教皇の絶大の影響力を排除しようと
したものと推察されます。ヨハネ・パウロ2世は高徳な人柄の教
皇として有名ですが、その一面においてきわめて政治的で人物で
あったことも確かなのです。
 ヴァチカン銀行はマフィアとの関係も明らかになっているので
す。ヴァチカン市国は主権を持つ独立国家であり、イタリアの司
法権が及ばないので、ヴァチカン銀行をイタリアのマフィアが資
金洗浄の目的で使うので、マフィアとの結びつきが取り沙汰され
ているのです。
 1982年5月にアンブロジアーノ銀行は10億ドルから15
億ドルの使途不明金を抱えて倒産します。それと同時にロベルト
・カルヴィは国外に逃亡します。しかし、その直後にカルヴィは
英国の首都ロンドンのテムズ川にかかるブラックフライアーズ橋
の下で首吊り死体の姿で発見されたのです。
 しかし、当時は自殺と判断されたのですが、2003年7月に
カルヴィの遺族からの依頼で遺体を堀り起こして再鑑定をした結
果、改めて他殺されたものと判断されたのです。
 また、カルヴィの暗殺前の1979年には、ヴァチカン銀行と
アンブロシアーノ銀行の関係と、その投資内容を調査していたイ
タリア警察の金融犯罪担当調査官のジョルジョ・アンブロゾーリ
が自宅前で銃撃され暗殺されてこと、カルヴィが殺された同月の
1982年には、アンブロシアーノ銀行頭取の秘書を勤めていた
グラツィエラ・コケルも投身自殺しているなど、不可解な死が続
いているのです。
 このようにヴァチカンは内部的に大きく崩壊の危機を迎えてい
るといえます。       ――[ニュートンの予言/34]


≪画像および関連情報≫
 ・ヨハネ・パウロ2世と狙撃犯との対話
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1983年ののクリスマスの2日後、ヨハネ・パウロ教皇は
  狙撃犯人のアジャが収監されている刑務所を訪れた。2人は
  面会し短時間の会話を行ったという。ヨハネ・パウロ2世は
  「私たちが話したものは、彼と私の間の秘密のままでなけれ
  ばならないでしょう。私は彼を許し、完全に信頼できる兄弟
  として話しました」と語った。2005年4月、アジャは教
  皇の訃報を聞き、深い悲しみを覚え、喪に服したことが家族
  により伝えられている。
  ―――――――――――――――――――――――――――

ブラックフライアーズ橋/英国.jpg

posted by 平野 浩 at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュートンの予言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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