2005年09月29日

IMP−クラークのアイデア(EJ1686号)

 1967年4月のことです。ロバート・テイラーとラリー・ロ
バーツは、ミシガン大学で行われたある会合に出席しています。
IPTOの主要な研究者を招いて、ネットワークの実験について
討論をするためです。この席には、あのウェスリー・クラークも
出席していたのです。
 この研究会でロバーツは、コンピュータ・ネットワークを構築
するため、電話回線を使ってタイムシェアリングのコンピュータ
を直接つなぐ実験を行いたいと冒頭に述べたのです。しかし、こ
の席でロバーツの案は、猛烈な反対にあいます。
 なぜなら、ロバーツの案では、この実験に参加することになる
機関のホストコンピュータは、これまでの処理に加えて通信の処
理もしなければならなくなり、コンピュータの処理の負荷が大き
くなるからです。当時としては、高価な大型コンピュータの能力
を余計なことに割きたくない――そういう思いが各研究者にあっ
たことは確かです。
 それに加えて、ハードウェアもOSも全く異なるコンピュータ
同士をどのようにしてつなぐのかという技術的な難問に対して、
誰も答えられなかったのです。かくして、テイラーのコンピュー
タ間ネットワークの構想は崩れ去ろうとしていたのです。しかし
会合の間、クラークは一言も発しなかったのです。
 悲惨な結果に終わった会合の後、ミシガン大学からテイラーと
ロバーツが車で飛行場に行こうとすると、クラークも車に乗り込
んできたのです。そして、飛行場に向う車の中で、クラークは次
のようにアドバイスしたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 コンピュータを直接つなぐのではなく、どうして各サイトにあ
 る小さなコンピュータを使わないのか。
                 ――ウェスリー・クラーク
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして、クラークは、メモにある図を書いてロバーツに渡した
のです。そこには、小型コンピュータを使ってホストを接続する
システムが書いてあったのです。
 添付ファイルをごらんください。ホスト1、ホスト2、ホスト
3のそれぞれにIMPという名前の小型コンピュータを用意し、
それを介して3台のホストをつなぐというアイデアです。つまり
内側に同一のコンピュータから成るサブ・ネットワークをつくる
というものです。
 この小型コンピュータであるIMPは、「インプ」と呼ぶので
すが、IMPは次の省略です。
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    IMP = Interface Message Processor
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このクラークのアイデアは、まさにARPAネットの基礎を築
く重要な発明になるのです。そして、このIMPというマシンが
後に「ルータ」と呼ばれるようになるのです。
 クラークの意図を理解したロバーツは「これを実現できるエン
ジニアを知っているか」とクラークに尋ねると、彼は「フランク
・ハート」と答えているのです。このフランク・ハートこそルー
タの開発者なのです。
 クラークのお陰でARPAネットのヒントを掴んだロバーツは
精力的にIMPの仕様を固めるために全力を注いでいます。ロバ
ーツはSRI(スタンフォード研究所)に支援を頼んで、毎週レ
ポートを受け取っています。
 さらに、ドナルド・デイビス、ポール・バラン、ウェスレイ・
クラーク、レン・クレインロックなど、考えられる限りの優れた
技術者の力も借りて、1968年7月、ラリー・ロバーツはIM
Pの仕様を決定します。そして、IMPの制作会社を公募する運
びになったのです。
 公募には結局20数社が応募してきたのです。中にはハネウェ
ル、レイセオン、IBMなどの巨大メーカの名前もあったのです
が、この仕事は名もないBBNが受注したのです。
 無名のBBNがなぜ仕事を取れたのか――これについては、推
測ですが、この仕事を担う総括技術者にフランク・ハートとウェ
スレイ・クラークの名前があったからではないかと思われます。
BBN社の出してきた担当技術者の名前をご紹介します。
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 総括 ・・・・・・・・ フランク・ハート     40歳
 ハードウェア担当 ・・ セベロ・オルンステイン  38歳
          ・・ ウェスレイ・クラーク   42歳
 ソフトウェア担当 ・・ ウィル・クローサー    33歳
          ・・ デイビット・ウォルデン  27歳
 理論担当 ・・・・・・ ロバート・カーン     31歳
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 これを見ると、最大の功労者ともいうべきウェスレイ・クラー
クが役不足な感じがします。セベロ・オルンステインはかつての
クラークの部下ですし、総括のフランク・ハートにしてもクラー
クよりも年下です。どうやらクラークは、LINCに燃え尽きて
しまったようなのです。それはさておき、ウェスレイ・クラーク
が、インターネットの最大の功労者の一人であることは間違いの
ないことです。
 ARPAネット実験には次の4つの研究機関が指定され、19
69年9月を納入期とするIMP制作は急ピッチで進められ、同
年12月までにすべてIMPは納入されたのです。
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  1.UCLA ・・・・・・・・・・・・・ 8月30日
  2.SRI ・・・・・・・・・・・・・ 10月 1日
  3.UCサンタバーバラ ・・・・・・・ 11月 1日
  4.ユタ州立大学 ・・・・・・・・・・ 12月10日
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           ・・・・・・・・[インターネット26]


≪画像および関連情報≫
 ・ルーターとは何か
  ルータは、コンピュータ・ネットワークにおいて異なるネッ
  トワーク間の中継・接続を行う通信機器である。

1686号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:41| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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