PAネットに取り組むことになるのですが、その前に述べておく
べきことがあります。
それは、インターネット、すなわち、ARPAネットに関する
次の2つの「俗説」の検証です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1.ARPAネットは、ソ連の核攻撃に対応するための軍事
目的ネットワークである。
2.パケット通信システムは、ARPAネットではじめて開
発された通信技術である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
これらの2つは、インターネットについてほぼ常識的にいわれ
ていることです。とくに1つ目の「インターネットは軍事目的の
ネットワーク」として開発されたことについては、私もそうであ
ると信じてきたのですが、きちんとインターネットの歴史を調べ
てみると、必ずしもそうとはいい切れないのです。
最初に、1994年に起こったある論争をご紹介しましょう。
これは、喜多千草著『インターネットの思想史』
詳しく紹介されているものです。1994年といえば、ちょうど
インターネットの普及が加速し始めた時期に当たります。この同
じ年の7月25日付の「TIME」誌は、次のように伝えている
のです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
インターネットは国防総省の分散型コンピュータネツトワーク
ARPAネットから育ったものであり、もともと核攻撃による
中央情報施設壊滅を避けるために構想されたものである。
――1994年7月25日付の「TIME」誌
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ロバート・テイラーは驚いたのです。自分の愛読誌である「T
IME」誌がとんでもない間違いを書いていると感じたテイラー
は編集長に次の手紙を書いて送っています。そして、自分の意見
を「TIME」誌に掲載するよう求めたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
核戦争を避けるためのネットワークがインターネットの母胎に
なったという説が、いかに「おいしい」話であろうとも、当時
のARPAネットの計画責任者として、それは断じてなかった
と証言します。 ――ロバート・テイラー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「TIME」誌の編集長も負けてはいません。テイラーの反論
に対する反論を次のように送ってきたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
パケット交換方式が、核戦争を避けるために開発されたという
のは、紛れもない事実であり、この技術こそがARPAネット
構築に使われたというのは確かな筋からの情報です。したがっ
て、残念ながらあなたの意見を掲載することはできません。
――「TIME」誌編集長
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ARPAネットがもともと軍事目的で構築されたという考え方
については、テイラーの主張する方が正しいようです。どうして
このような誤解が生じたかというと、1964年に空軍に対して
提出されたある論文と混同されたのです。その論文は、空軍のシ
ンクタンクであるRAND(ランド)社の研究員であるポール・
バランによって提出された次の論文です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「分散型コミュニケーションについて」
――ポール・バラン
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ポール・バランという人は、1926年にポーランドに生まれ
ていますが、2年後に一家は揃って米国に移民しています。バラ
ンは、1955年にヒューズ航空機に入社し、ここを経て、19
60年にランド社に移籍しています。
ちょうどそのとき米空軍は、ランド社に対して軍事通信システ
ムの研究を委託していたのです。そのため、この研究がバランの
仕事になったのです。
空軍がランド社に委託した軍事通信システムというのは、米国
本土がソ連の大陸間弾道ミサイルによる核攻撃を受けたときでも
耐えられる軍用通信ネットワークを構築するというものだったの
です。つまり、ネットワークの一部が破壊されても、ネットワー
ク全体としては機能できるようにするというものです。
高高度で核爆発があると、電離層が打撃を受けて、長時間、高
周波での通信ができなくなるのです。そのため低周波の地上波を
使う以外はなくなります。つまり、短距離での地上波を使った放
送局によって、メッセージを中継する通信を使うしかない――バ
ランは、この放送局によるメッセージの中継を自動化することを
考えたのです。これが最終的には、パケット通信につながってい
くのです。
通信ネットワークには、次の3つがありますが、軍事用のネッ
トワークは「分散型」でなければならないとバランはいっている
のです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1. 集中型
2.非集中型
3. 分散型
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
しかし、バランは「通信はアナログでやるべきである」を主張
するAT&Tの幹部を説得できなかったのです。AT&Tにとっ
ては、結果として電話の将来を危うくするデジタルによる革新的
ネットワークなど、受け入れられるはずがなかったからです。
そして、このプランは軍事ネットワークとしては、採用されな
かったのです。 ・・・・・[インターネット24]
≪画像および関連情報≫
・「ARPAネットは軍事ネットワークである」という俗説に
対するラリー・ロバーツの反論
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
インターネットは核戦争に耐えるべく軍によって構築された
という噂が(1964年のポール・バランの論文によって)
広まり始めた。これは全くの間違いである。たとえランド社
がこうした前提にたって仕事をしたとしても、ARPAネッ
トもインターネットも、リックライダー、クレイン・ロック
ロバーツのMIT派の仕事から生まれてきたのであり、ポー
ル・バランの仕事とは何の関係もない。
ラリー・ロバーツ著、『インターネット年代記』/1997
年3月
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
