2007年12月05日

●すべての歌がエルヴィス風ゴスペル(EJ第2220号)

 エルヴィスは孤独と闘いながら、超人的なコンサートをこなし
ていったのです。その頃エルヴィスが好んで歌ったのは、次のよ
うなバラードやゴスペルだったのです。
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         「アンチェインド・メロディ」
         「明日に架ける橋」
         「マイ・ウェイ」
         「偉大なるかな神」
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらの曲は、エルヴィスの深い悲しみや苦悩を反映して一層
深みを増し、人々の心のひだに沁み込むように歌われたので、観
客を感動で圧倒したのです。
 もはやここまでくると、ロックンロール、バラード、ゴスペル
などの音楽としての区別はなくなり、エルヴィスの歌う歌のすべ
てが「エルヴィスのゴスペル」となっていたのです。つまり、エ
ルヴィスの歌は、それが「アンチェインド・メロディ」であれ、
「明日に架ける橋」であれ、「マイ・ウェイ」であっても、それ
はすべてエルヴィス風ゴスペルとなっていたのです。
 ところで「ゴスペル」とは一体何でしょうか。
 黒人による音楽では、次の違いを知っておく必要があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
     1.ゴスペル
     2.黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)
     3.ソウル
―――――――――――――――――――――――――――――
 ゴスペルは黒人霊歌とは違うのです。ゴスペルについて、ゴス
ペルの女王といわれるマヘリア・ジャクソンは次のように説明し
ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ゴスペルは、ニグロ・スピリチュアルのように、どこからとも
 なく人から人へと歌い継がれてきたような歌ではない。トマス
 ・ドーシーのようなミュージシャン/ライターによって、作詞
 作曲されたものである。     ――マヘリア・ジャクソン
             ――前田絢子著/角川選書/413
      『エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、黒人霊歌は一種の伝承歌であり、作詞・作曲者はい
ないが、ゴスペルには作詞・作曲者がいるということです。音楽
的には、宗教的な内容を扱った歌詞にブルースやジャズの要素を
取り入れたものであり、ゴスペルには良い知らせを運んでくると
いうキリストの福音という意味があります。
 しかし、ゴスペルの母胎はニグロ・スピリチュアル――黒人霊
歌なのです。黒人霊歌は、アフリカから強制的に米国に連れてこ
られた黒人たちが、奴隷という厳しい環境を生き抜くために自然
に歌われるようになった歌なのです。
 内容としては、旧約聖書の登場人物や逸話に、奴隷としての過
酷な生活への思いを重ねて作られているのです。なお、黒人霊歌
には、通常「ダブル・ヴォイスィング」といわれる二重の意味が
こめられている場合が多いのです。
 一つは、白人の主人が聞いても「聖書」的であると判断できる
側面であり、もう1つは奴隷のみがわかる隠された意味です。奴
隷達は、白人に気づかれぬように自分たちの仲間同士の情報連絡
を歌に盛り込んだのです。しかし、ゴスペルには、そういうダブ
ル・ヴォイスィングのようなものはないのです。
 それでは、ソウルというのは何でしょうか。
 ソウルは「黒人革命のブルースである」といわれます。奴隷解
放後に生まれた黒人たちは、黒人としての誇りやプライドという
気持ちを持つようになり、黒人がアメリカの主流へ向かうという
文化的、心理的な思想を抱いたのです。
 そういう黒人たちに主導されて作られた音楽ががソウルなので
す。ソウルはブルースとは違い、白人の音楽的要素も積極的に取
り入れた音楽ですが、分類的には「ブラック・ゴスペル」といわ
れることもあります。
 エルヴィスが、1960年10月にRCAスタジオで録音した
曲に「スウィング・ダウン・スィート・チャリオット」という曲
がありますが、これはニグロ・スピリチュアルです。
 「スウィング・ダウン・スィート・チャリオット」は次の歌詞
ではじまるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  いとしのチャリオットよ、ここまで下りてきておくれ、
  ちょっと止まって、この私を乗せておくれ
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、この「チャリオット」とは何でしょうか。
 チャリオットとは、旧約聖書に出てくる偉大なる預言者エリア
を天に運んだ二頭立ての馬車のことです。したがって、この歌を
白人が聴くと、黒人たちの天国への憧れを歌った歌であると考え
てしまいます。しかし、これは黒人たちへ逃亡を呼びかける秘密
のボランティア・ネットワーク「地下鉄道」のメッセージなので
す。「地下」というのは「隠れて行動する」という意味であり、
「鉄道」とは、黒人たちの逃亡を意味しています。
 逃亡する奴隷は「乗客」、ボランティア活動員は「車掌」、そ
して隠れ家は「駅」というように、それぞれ隠された言葉がある
のです。黒人たちが目指した国はカナダなのですが、ボランティ
ア組織は、その自由の国カナダに奴隷を導くために、こういうニ
グロ・スピリチュアルをよく利用したのです。
 当時は厳しい奴隷狩りが行われており、逃亡してもすぐ捕まっ
てしまったのですが、それでもそういうボランティア組織の力を
借りて約6万人の奴隷がカナダ入りに成功したといわれているの
です。              ――[エルヴィス/32]


≪画像および関連情報≫
 ・黒人霊歌とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  アメリカ黒人音楽の一番古いジャンルであり、民謡の一種で
  あり、ゴスペルはもとよりこんにちある様々なアメリカ黒人
  音楽の原点となったのが、この黒人霊歌です。黒人たちは奴
  隷として自分の意思とは関係なくアメリカに連れてこられ、
  そこでは人間としての権利は与えられず過酷な労働のみ与え
  られました。生き方も選べず、権利も自由も何もなく抑圧さ
  れたなかで労働するしかなかった人生、その中で生まれた黒
  人霊歌は彼らの魂の叫びそのものです。信仰のあかしでもあ
  ります。その誕生の歴史的背景は特異なものであり、他の民
  俗音楽とは一線を画しているといえるでしょう。
     ――http://www6.ocn.ne.jp/~fleur/spirituals.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

エルヴィスのゴスペル特集ディスク.jpg
posted by 平野 浩 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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