2007年11月29日

●3種類のエルヴィスがいる(EJ第2216号)

 7年以上に及ぶ長い空白にもかかわらず、エルヴィスはなぜ復
活し、人気を拡大できたのでしょうか。
 結論からいうならば、エルヴィスは時代とともに3種類の歌手
を演じていたからです。その本質は同じですが、シンガーとして
は、3種類のエルヴィスがいたのです。
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    50年代 ・・・ ロックンロール・シンガー
    60年代 ・・・ 映画中心ボップ・シンガー
    70年代 ・・・ セイクレッド ・シンガー
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 ところで、エルヴィスをもって「ロックンロールの開祖」とす
ることに異議を唱える人もいます。確かに文献や音源を基にした
考証によると、エルヴィスが「ザッツ・オール・ライト」を歌う
以前から、ロックン・ロールという言葉自体が、黒人のブルース
やジャズや日常生活の中で、セックスを意味するスラングとして
使われていたのです。
 50年代のはじめに、黒人のリズム&ブルースをはじめとする
にぎやかな音楽が流行したのですが、これを白人のDJ/ディス
ク・ジョッキーであるアラン・フリードが「深夜のバカ騒ぎ」と
いう意味で、ロックンロールと名付けており、1952年頃には
一部の人たちから市民権を得ていたのです。これが、ロックがエ
ルヴィスの「ザッツ・オール・ライト」からはじまったわけでは
ないとするエルヴィス開祖説に異議を唱える人の根拠になってい
るのです。これについて、音楽評論家の湯川れい子氏は次のよう
にいっています。
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 そしてそのリズム&ブルースは、やがてロックン・ロールと呼
 んでいいスタイルを持つようになっていったのだが、たとえば
 1952年にニュー・オルリンズ周辺で大ヒットした黒人シン
 ガーのロイド・プライスが歌った「ローディー・ミス・クロー
 ディー」や53年にヒットしたクライド・マックファーターと
 ザ・ドリフターズの「マニー・ファニー」などがそれである。
          ――「ポップス界の革命児」/湯川れい子
   『エルヴィス・プレスリー/流れる汗のきらめき――狂熱
             のシグナル』、シネアルバム/53
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 しかし、「エルヴィスの前にロックン・ロールなし」というこ
とで多くの専門家の意見は一致しているのです。なぜなら、エル
ヴィスの前のロッカーがエルヴィスのようなエネルギーとカリス
マ性によってロックン・ロールの起爆剤になり得たかというと、
それは明らかに「ノー」というしかないからです。
 それでは、そういうエルヴィスの持つカリスマ性の秘密とは一
体何なのでしょうか。
 湯川れい子氏は、エルヴィスのその秘密について、次のように
述べています。
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 まず、声の良さでしょう。陰影があるのに、濁りがない、千変
 万化する声。プア・ホワイトとして、黒人居住区のすぐそばに
 育ち、ブルースやゴスペルを血と肉の中に取り入れていた天性
 のリズム感と野生。そして、愛情深い母親に育てられたことに
 よって、根底から人間を愛し、ヒトとしての尊厳を、すべての
 対象に対して抱くことができたという稀有な人間性。それらが
 実に重要だったと思うのです。 ――湯川れい子著「わが魂の
     讃歌」/別冊「太陽/エルヴィス・プレスリー」より
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 あのマイケル・ジャクソンは、白人が黒人の音楽を取り入れる
ことに対して、「白人はわれわれの音楽を盗んで儲けている」と
いって、白人の音楽をまったく認めなかったといわれます。しか
し、そういう彼でもエルヴィスに関しては別格であるとして批判
していないのです。エルヴィスが打算ではなく、心底から黒人の
音楽が好きであることを知っていたからです。
 メンフィスの黒人ミュージシャンで、ディスク・ジョッキーと
して有名なルーファス・トーマスは、エルヴィスについて次のよ
うにいっているのです。
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 自分の人生で、あれだけの強烈なマグネティズムを持った人間
 に会ったのは、エルヴィスともう一人、マーティン・ルーサー
 ・キング牧師だけだった。    ――ルーファス・トーマス
                  上掲・別冊「太陽」より
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 60年代のエルヴィスはひたすら三流映画づくりに縛られるこ
とになるのですが、その映画のサウンドトラック盤をていねいに
聴いてみると、意外に良い曲が多いのに気がつきます。
 映画のできは三流であっても、その挿入歌についてエルヴィス
は心を込めて歌っていからのです。そういう映画時代のエルヴィ
スの歌を聴いてエルヴィス・ファンになった人も多いのです。
 70年代のエルヴィスは、紛れもなくセイクレッド・シンガー
(宗教歌手)として生きたのです。それは、ゴスペル歌手という
よりも、エルヴィス流に昇華された歌であり、ある意味において
は、どんな曲もゴスペル・ソング化していたのです。これについ
て、湯川れい子氏も次のように述べています。
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 もはやエルヴィスの晩年の歌は、それが「明日に架ける橋」で
 あれ、「心の痛手」であれ、「ダニー・ボーイ」であれ、立派
 にゴスペル・ソングであり、セイクレッド・ソングだったので
 す。      ――湯川れい子氏/上掲・別冊「太陽」より
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 ちなみに、今回ご紹介した別冊「太陽/エルヴィス・プレスリ
ー」は、10年前のエルヴィス没後20年記念として制作された
特別号なのです。         ――[エルヴィス/28]


≪画像および関連情報≫
 ・エルヴィスと湯川れい子氏の関連ブログより
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  今日は私の師匠で、エルヴィスのファンとして知られる湯川
  れい子が昨年出した本『湯川れい子のロック50年〜見た!
  聞いた!会った!世界のスーパースターたち〜』からの文章
  で、エルヴィスのすごさを検証してみましょう。ちなみにこ
  の本の監修をしたのは不肖・私です。その本には、「わが心
  のスーパーアイドル・エルヴィス・プレスリー」という章が
  あります。そこにはエルヴィスについて湯川が書いたいくつ
  かの記事が掲載してあり、中でも、エルヴィスが亡くなった
  1977年8月直後に書かれた「エルヴィスへの挽歌」とい
  うのが、私個人的に、かつて読んだエルヴィスについての文
  章(あらゆる人が書いたもの)の中で、もっともエルヴィス
  という人のすごさを書き表したものだと思っています。
          ――http://www.actiblog.com/enter/9280
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エルヴィスと湯川れい子氏.jpg
posted by 平野 浩 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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