するのにふさわしい分野として、どういう分野を考えていたかに
ついて知っておく必要があります。
国防総省がARPAのIPTOに求めていたのは、「指揮・統
制システムの自動化」であったようです。これを受けての委員会
の報告をまとめると、次の5つになります。
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1.指揮官はあくまで人間であって、コンピュータはその補
助装置と考えるべきである
2.将来の指揮の自動化については、指揮のための情報には
何が必要か分析・理解する
3.指揮官が指揮の中枢になれるコンピュータ支援による指
揮情報処理システムの開発
4.現在の機械語は相当よくなっており、プログラミング分
野のことは研究不要である
5.問題設定、分析、プログラミングという情報処理技術の
現状こそ自動化の阻害要因
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これを踏まえて、委員会は研究開発を支援するのにふさわしい
分野として次の4分野の抽出を行っています。
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1.問題設定、分析、プログラミングの分野の先進的な研究
2.機械と人間によるコミュニケーションのための必要分野
3.パターン認識、概念形成・認識、問題解決、学習、意思
決定、といった分野の構造を理解するために必要な研究
4.コンピュータのハードウェアの信頼性を向上させる研究
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しかし、リックライダーは、人間・機械混成システムの完全自
動化には否定的であったし、委員会も現状では無理と認めていた
のですが、4分野の抽出は、あくまで将来の自動化の可能性を探
るという観点からまとめられていたのです。
しかし、IPTO部長としてリックライダーは、これらの4分
野にはないTSSに強くこだわり、そこに多額の援助資金を投入
しているのです。どうして、リックライダーはこれほどTSSに
固執したのでしょうか。
それは、リックライダーがSAGEに従事していたとき、空軍
に提出した次の提案の中にヒントがあります。
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この提案は、人間もコンピュータもそれぞれ最適に能力を引
き出すためのもの――つまり、人間−機械思考システム構築の
提案である。・・・・・
このシステムは情報センターの中に置かれている。工学的知
識の分野ごとに、全米でおそらくいくつかのセンターが作られ
ることになるだろう。そして、関係するセンター同士は通信回
線で結ばれている。
ひとつのセンターには、情報にすばやくアクセスできる図書
館が付属しているが、本や雑誌を排除するものではない。もち
ろん、そこには大きな記憶容量をもった大型デジタルコンピュ
ータがある。 ――J・C・R・リックライダー
――喜多千草著、『インターネットの思想史』
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もうひとつデータがあります。それは、リックライダーが19
65年に書いた唯一の本『未来の図書館』の中の次の一節です。
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産業界や、政府や、教育の場で、「机」の意味が、受動的なも
のから能動的なものにかわるだろう。机は画像表示装置があっ
て操作できるものになり、遠隔コミュニケーション・遠隔コン
ピュータ・システムの中にあることになる。そして、そのもっ
とも大切な部分が多分ケーブルで、そのケーブルは壁のコンセ
ントを通して机を認知支援ネットワークにつなげている。
――喜多千草著、『インターネットの思想史』
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これを読んで最初に思ったことはあのヴァネヴァー・ブッシュ
のメメックス構想です。コンピュータがブッシュのアナログ・コ
ンピュータからデジタル・コンピュータに変わっただけで、構想
そのものは基本的に同じです。そうかといって、リックライダー
は、ブッシュにヒントを得たわけではないのです。
全米にいくつかの情報センターがあって、それぞれが通信回線
で接続されている――図書館にもコンピュータが設置されていて
それが情報センターに接続されており、ユーザは図書館でTSS
の環境で端末を通じて情報センターに接続し、必要な情報が得ら
れるという構想です。
この構想でわかることは、リックライダーの考えているシステ
ムはあくまで中央にある大型コンピュータを端末でTSSの環境
によって共同で使うことを前提としていることです。そこには、
小型汎用コンピュータ(PC)への考え方が見えないことです。
だから、TSSは不可欠なのです。
さて、ここでMITのMAC計画に戻りますが、MACはIP
TOの助成を受けるために立ち上げられたプロジェクトです。実
は、MACには2つの意味があるのです。
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MAC ・・・・ Machine-Aided Cognition ・・ A
・・・・ Multi-Access Computer ・・ B
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Aは委員会の指定した3の分野をあらわしていますが、BはT
SSを意味しています。これは、リックライダーの建前(A)と
本音(B)そのものです。
リックライダーは、こうまでしてMAC計画に300万ドルの
多額の予算をつけて、TSSに力を入れているのですが、それは
異常な執念といえます。 ・・・・・・・[インターネット18]
≪画像および関連情報≫
・リックライダーの認知支援システム
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丸と楕円は上級の特別なコンピュータシステムである。四角
は人間とコンピュータのインターフェースを示している。階
層4は、大勢のシステムを利用する人のステーションか操作
卓である。ほとんどの操作卓は電話線でつながれている。直
線で表わされているのが、いま接続されている状態で、点線
がこれから接続されうる状態である。階層1の中心は、知識
の前提を貯めているセンターで、階層2は、そのサブ領域を
受け持っている。そして、階層3がいろいろなところにいる
ユーザの情報処理をしている。階層4の利用者のところには
入出力(制御と画像表示)装置があって、たぶん、ある程度
の処理能力とメモリーがある。階層1以外はこの図には書け
ないほど数が多い。
喜多千草著、『インターネットの思想史』
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