2005年09月13日

リックライダーとIPTO(EJ1676号)

 ジャック・ルイーナは、ARPAの新ポストである指揮・統制
事務部局の部長の人選に当って、次の2つのポイントが必要であ
ると考えていたのです。
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 1.専門家でないことが好ましい。専門家ではかえって偏り
   が出る恐れがある
 2.技術だけでなく文化全般に造詣が深く、誰からも信頼さ
   れる人柄を持つ人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 候補者に上がったのは、MITリンカーン研究所の通信部門の
長であるフレッド・フリックとBNN社のリックライダーの2人
だったのです。実は、フレッド・フリックも心理学者であり、リ
ックライダーとはハーバート大学時代からの知己なのです。
 リックライダーが採用されたのは、彼がまさに2つの選考基準
にぴったりの人物だったからです。彼はコンピュータの専門家で
はありませんが、コンピュータについて明確なビジョンを持って
いたのです。
 リックライダーは、米国の防空指揮統制の問題は人間と機械の
共生の問題であり、人間とコンピュータの対話型インターフェイ
スの問題である――すなわち、コンピュータはもっとインタラク
ティブになるべきであるというビジョンを持っていたのです。
 また、防空指揮統制システムはバッチシステムではなく、タイ
ムシェアリング・システムであるといっていたのです。この考え
はジャック・ルイーナのそれと同じであったのです。加えて、彼
は専門は心理学ですが、化学、物理、美術、音響学など、幅広い
分野の知識を有していたのです。
 リックライダーは、指揮・統制事務部局の部長に就任すると、
部局の名称を「IPTO」(イプト)に変更し、一緒にまかされ
ることになっていた行動科学の研究を「行動科学部」として独立
させます。IPTOは、次の省略です。
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  IPTO=Information Processing Techniques Office
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 リックライダーは、最先端の研究開発の広がりと速度を熟知し
ており、長期的な視野から何をすべきかについて、実によく理解
していたのです。彼は、自分のビジョンを実現してくれると考え
る優秀な人材を発見し、十分な研究資金を援助することをはじめ
たのです。彼は人材の優秀性を見抜く優れた能力を持っており、
自分の独断で投入できる潤沢な研究資金を有していたのです。
 彼が最初に目をつけたのは、MITリンカーン研究所において
SAGEの開発をやっていたときに知ったイワン(アイヴァン)・
サザーランドという学生だったのです。
 サザーランドはインタラクティブなグラフィクス・コンピュー
タのアイデアを持っていたのです。その研究は、ライトペンとい
う入力装置を使って、オンラインで線画を描くシステムとなって
実っています。この研究は、1963年1月7日に次のタイトル
の博士論文にまとめられ、MITに提出されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「スケッチパッド――人間と機械のグラフィカルコミュニケ
 ーションシステム」      ――イワン・サザーランド
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 サザーランドはこの功績によって、リックライダーに続く第2
代のIPTOの部長をなったのです。そして、リックライダーは
25歳のサザーランドに後を託してARPAを去ります。
 このようにリックライダーは、1962年から1964年まで
のわずか2年しかIPTOにはいなかったのですが、その間に、
13の機関のプロジェクトに援助を行い、通常の30倍から40
倍の研究費を与えているのです。
 そのプロジェクトの中に、現在のコンピュータ環境に通ずる開
発が数多くあるのです。その一つにダグラス・エンゲルバートの
プロジェクトがあります。彼は「人間の知性の拡張」という論文
で、知的作業を支援するコンピュータのアイデアを発表しており
それをリックライダーは読んで知っていたのです。
 十分な研究資金を得たエンゲルバートは、マウス、ハイパーテ
キスト、ワードプロセッサー、ビットマップスクリーン、コンピ
ュータ会議システムなど、現代に通じる技術を次々と開発して世
に出したのです。
 しかし、リックライダーが結果としてIPTOで、一番多くの
資金を投入したのは、「時分割処理システム/タイム・シェアリ
ング・システム」だったのです。
 ここで、タイム・シェアリングシステムについて述べる必要が
あります。ジョン・マッカーシーという人物をご存知ですか。
 ジョン・マッカーシーは多くの分野で数多い業績を残している
人ですが、主な業績は次の3つになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         1.AI(人工知能)
         2.LISP言語
         3.タイムシェアリング
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 LISP言語というのは、マッカーシーが人工知能研究のため
に開発した言語です。したがって、マッカーシーは、人工知能と
タイムシェアリングの2つの分野で業績を残したといえます。
 当時のコンピュータの使い方は、高価なコンピュータを有効利
用するために、多くの仕事(ジョブ)をまとめた段階で一括に処
理していたのです。これをバッチ処理といいます。
 しかし、この方式は、コンピュータの処理時間は節約できるが
ジョブを入れた人間はその処理が終わるまで長く待たされるので
フラストレーションがたまるのです。短い簡単なジョブで待たさ
れる人はなおさらです。何か良いアイデアはないものか――マッ
カーシーは考えたのです。 ・・・・・・[インターネット16]


≪画像および関連情報≫
 ・「タイムシェアリング」(Time Sharing System/TSS)
  タイムシェアリングシステムとは、1台のコンピュータのC
  PUの処理時間をユーザ単位に分割することにより、複数の
  ユーザが同時にコンピュータを利用できるようにしたシステ
  ムのことである。当初は、メインフレーム(大型コンピュー
  タ)で開発された技術であったが、現在ではパーソナル・コ
  ンピュータであってもOSの制御によって同様の処理を行う
  ことができる。――出典:フリー百科事典『 ウィキペディア
  (Wikipedia)』より
 ・スケッチパッドを操作するイワン・サザーランド/写真
   喜多千草著、『インターネットの思想史』より 青土社刊

1676号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:46| Comment(0) | TrackBack(1) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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