2007年11月15日

●最愛の母グラディスの死(EJ第2207号)

 1958年3月24日、午前6時35分――エルヴィスは陸軍
に入隊します。入隊すると、アーカンソー州フォート・チャフィ
の新兵訓練所に入るのですが、入隊の日、両親のヴァーノンとグ
ラディスはエルヴィスを徴兵センターまで見送っています。しか
し、その頃、母のグラディスの体調はよくなかったのです。
 そのとき、エルヴィス一家は、グレイスランドに立派な家を構
えていたのですが、米国の軍隊は、扶養家族がいる場合、基地の
近くに家を借りて家族と一緒に暮らすことができたのです。そう
いうわけで、基礎訓練が終わって、テキサス州フォート・ウッド
の基地に落ち着いたエルヴィスは、両親と一緒に住める3つの寝
室が付いたトレーラーハウスを見つけて、しばらくそこで一緒に
暮らしていたのです。
 エルヴィスが成功してエルヴィスの一家はお金に不自由するこ
とがなくなったのです。不自由どころかお金はひっきりなしに銀
行の口座に振り込まれ、使い切れないほどだったのです。
 エルヴィス一家は、メンフィスの郊外のグレイスランドに立派
な家を建て、当時ステータスのシンボルといわれたキャデラック
を何台も持つようになったのに、エルヴィスの両親であるヴァー
ノンとグラディスはけっして幸福ではなかったのです。
 とくに母親のグラディスは、あまりにも変化した生活にまった
くついて行くことはできなかったのです。既出のボビー・アン・
メイソンは、母のグラディスについて次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラディスは貧乏だった頃に戻りたいと何度も言った。新しい
 贅沢は、エルヴィスがいないことや、夢中になったファンや怒
 りに駆られた両親たちや、凶悪なハリウッドの人種など、エル
 ヴィスを脅かしているとしか思えない危険の埋め合わせにはな
 らなかった。彼女はひたすらエルヴィスのことを思い、心配し
 た。酒を飲んで、体重が増えた。ひどく神経過敏になった。し
 かも慢性の肝炎だった。気分がすぐれなくても、適切な医療を
 受けようとはしなかった。
         ――ボビー・アン・メイソン著/外岡尚美訳
        『エルヴィス・プレスリー』より。岩波書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラディスがもうひとつ嫌ったのは、マネージャーのパーカー
大佐が、大スターエルヴィス・プレスリーの母親を良いイメージ
で演出しようとして、出かけるときに彼女の服装にまでいちいち
口を出してくることだったのです。
 母親が息子に執着するのは当然のことですが、グラディスのエ
ルヴィスに対する思い入れは尋常なものではなかったのです。小
さいときからいつも一緒であり、まるで母ひとり子ひとりの家庭
のようだったのです。逆にいうと、父のヴァーノンはエルヴィス
にとって遠い存在であったといえます。
 それはエルヴィスの双子の兄弟となるはずだった子――ジェシ
ー・ギャロン・プレスリーを死産で失っていることに原因があっ
たのです。グラディスはそのトラウマによって、非常に神経質な
性格になったといいます。
 この思いはエルヴィスにとっても同様であり、グラディスはエ
ルヴィスにいつも死んだ兄、ジェシー・ギャロンについて話して
聞かせたので、エルヴィスとしては自分が二人分の息子の役割を
務めなければならないといつも感じていたのです。
 グラディスはしっかりした女性でしたが、奔放な一面も持って
いたのです。彼女は「バック・ダンス」の名手だったのです。こ
のダンスは「牡鹿の求愛のダンス」といわれ、ジャズのジルバと
タップダンスに似た「グロッグ」というカントリーダンスを混ぜ
たような挑発的なソロダンスなのですが、グラディスはこのダン
スを得意としたのです。エルヴィスの激しいステージ動作はこれ
が受け継がれたものと思われます。
 グラディスについてふれたので、父親のヴァーノンについても
述べておくことにします。ヴァーノンについて、既出の東理夫氏
は、著書で次のように紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 グラディス・ラヴ・スミスに比べると、ヴァーノン・エルヴィ
 ス・プレスリーはずっと薄っぺらな人間に見える。その一生を
 一言でいえば、結局は「行き当りばったり」の人生というしか
 ない。彼はただ毎日が安直に流れ去っていくにまかせる、その
 場しのぎの生き方しかできなかった。いつも人の尻に乗り、子
 分のようについていったため損をするというタイプだった。夫
 としても不甲斐なく、父親としても頼りなかった。むしろ家族
 や家庭というものから、一歩退いた姿勢でいようとしていた節
 がある。そのような生きることに対する積極的な姿勢の欠如と
 いった性格的欠陥は、その子エルヴィス・アーロン・プレスリ
 ーの心に大きな影響を与えることになる。
 ――東理夫著、『エルヴィス・プレスリー/世界を変えた男』
                     文春新書/766
―――――――――――――――――――――――――――――
 このようにエルヴィスの人生に大きな影響を与えた母グラディ
スは、1958年8月14日に心臓麻痺で亡くなってしまうので
す。エルヴィスが入隊して4ヶ月後のことです。
 エルヴィスは母の遺体にすがりつきながら、声を上げて泣き続
け、誰もそれを止めることはできなかったといいます。こうして
エルヴィスは最大の理解者である母を失ったのです。そのとき悲
嘆にくれるエルヴィスに夜を徹して付き添い、励ましたのは、あ
のサム・フィリップスだったのです。
 誕生のとき、双子の兄を失ったことがエルヴィスの子供時代の
基調を決めたとするならば、最愛の母親を失ったことによって何
かが壊れ、それが彼の残りの人生の基調を決めたということがい
えると思います。エルヴィスの専門家は、グラディスの死後、エ
ルヴィスは、まるで道徳のコンパスを失ったようであると述べて
いるのです。          ―――[エルヴィス/19]


≪画像および関連情報≫
 ・映画『グレイスランド』というのがある
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「エルヴィスは生きている!」というニュースは、今も時折
  アメリカのタブロイド紙をにぎわせている。この映画は、そ
  んなエルヴィス伝説をそのままモチーフにした作品。エルヴ
  ィスが生きているとしたら、彼は20年間なぜ姿を消してい
  たのだろうか。20年もの長い間、何をして暮らしていたの
  だろうか……。タイトルの『グレイスランド』とは、エルヴ
  ィスが最後に暮らしていたメンフィスの自宅のこと。世界中
  のエルヴィス・ファンにとって、グレイスランドはまさに聖
  地。この映画では、劇映画としては初めて屋敷内にカメラが
  入っている。
      http://www.eiga-kawaraban.com/99/99080201.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

エルヴィス一家.jpg
posted by 平野 浩 at 06:04| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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