2005年09月07日

サイバネティクスとは何か(EJ1672号)

 ノーバート・ウィナーが提唱する「サイバネティクス」――こ
れは、生物から機械までの通信や制御に関する一般理論といわれ
ています。サイバネティクスに該当する日本語は「操舵」という
ことばになります。
 「操舵」とは船を操ること――船の舵を取る、操縦することを
をいいます。ちょうどいま、私は福井晴敏さんの小説、『亡国の
イージス』(講談社刊)を読んでいるのですが、その中に次の一
節が出てきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのひと言で口もとを引き締め、引き下がった竹中を背にした
 宮津は、「応急操舵やめ。部署復旧だ。それから艦内に状況を
 通達」と立て続けに指示を出した。
    ――福井晴敏著、『亡国のイージス』(講談社刊)より
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 「応急操舵」というのは、船舶が航行中、船橋からの舵の操作
ができなくなった場合、その船舶は操縦がきかなくなり、とても
危険な状態に陥ることがある――そういう場合、応急的に舵を直
接人力で操作して、危機を脱出することをいうのです。
 変転する環境をかいくぐって、あらかじめ決められた目標へ直
線的に向い、最適コースをとるシステムと違って、行き過ぎたり
戻り過ぎたりするが目標に向って進む――これが「操舵」であり
サイバネティックスなのです。
 久里浜港から大島までの大島航路の船長さんの話です。普通港
から船を出すときは、あらかじめ進路を計って方向を定め、その
方向に向って出すものと素人は考えます。
 しかし、実際はそんなことはしないそうです。もちろん大島へ
の航路図はありますが、出航するときは、錨を上げて、港を出る
と、船長の判断で船を大島の方向に向けて30分ほど走らせるの
です。そのうえで船の現在位置を測り、航路とずれがあるときは
修正し、また、しばらく走らせる――これを何回か繰り返して目
的の大島港に時間通りに到着させるのです。
 この考え方がサイバネティクスなのです。目標に向う道筋にお
いて、ずれがあるときは素早くそれを察知し、自動的に方向を修
正し、最終的には目標に達する――つまり、自動制御の考え方で
す。人間の脳には、こういうシステムが備わっており、具体的な
目標が設定されると、そのシステムが作動するとされています。
 このサイバネティクスの原理を応用して巡航ミサイルが開発さ
れています。目標が設定されると、目標物が方向を変更しても追
尾して爆破する恐るべき兵器です。
 このウィナーの理論に心酔していたひとりにJ・C・R・リッ
クライダーがいます。J・C・Rはジョセフ、カール・ロブネッ
トの略です。
 リックライダーは、ウィナーが開催していたセミナーに積極的
に参加し、人間の脳が音声を知覚するメカニズムの理論モデルに
ウィナーの方法論が使えることを知ります。
 さて、このJ・C・R・リックライダー――これから詳しく紹
介することになる人物ですが、「リックライダーはインターネッ
ト開発の父である」といってもよいほど、インターネットに貢献
した人物であるのに多くの人に知られることなく、1990年に
この世を去っています。
 リックライダーは、音響学の専門家であり、ロチェスター大学
で博士号を授与されていますが、修士論文と博士論文のタイトル
は、次のように変わったものだったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 修士論文:猫の集団と睡眠について
 博士論文:猫の聴覚皮質での周波数局在に関する電気的研究
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 リックライダーは大変な猫好きなのですが、これには理由があ
るのです。彼はミズリー州のワシントン大学在学中に父の会社が
倒産して、大学に通う学資が不足してしまいます。そこで、大学
の心理学科の実験用動物の世話をするアルバイトをやりながら大
学に通ったのです。その実験用動物の中に猫がおり、彼の生理心
理学への接近と猫好きをもたらしたのです。
 リックライダーの興味は非常に広範であり、化学、物理、美術
心理学まで及んでいます。そして、大学では、心理学科、数学科
物理学科の3学科を卒業しています。
 あのクロード・シャノンが、電気工学科と数学科のダブル・メ
ジャーであったのに対して、リックライダーは3学科卒業のトリ
プル・メジャー――こういうケースはとても珍しいそうです。し
かし、主たる関心は生理心理学であったといいます。
 心理学が専攻のリックライダーが、なぜ音響学の専門家になっ
たのか――これには理由があります。彼は1942年に博士号を
取得すると、すぐにモスクワ大学の準研究員としてゲシュタルト
心理学を研究する予定になっていたのです。
 ところが1942年の夏にある出来事が起こったのです。その
出来事とは、ハーバード大学心理音響研究所の所員の募集があっ
たことです。リックライダーにとって、これは非常に魅力的な募
集であり、応募したところ採用されたのです。
 それにこの心理音響研究所の所長というのがレオ・ベラネック
博士であり、リックライダーがかねてから崇拝していた人物だっ
たからです。レオ・ベラネックはハーバード大学の音響学の専門
家だったのです。
 この心理音響研究所は、戦争に際して実際的な音響学の研究が
必要であるとして、空軍によって設立されたのです。後にレオ・
ベラネック博士はBBN社を創設することになるのですが、この
BBN社こそ、インターネットの前身といわれるARPAネット
の構築を最初に請け負うことになるのです。
 この研究所でのリックライダーの研究テーマは「受容の理論と
音声の理解度」というものですが、これを契機に彼は音響の研究
打ち込むようになります。 ・・・・・・[インターネット12]


≪画像および関連情報≫
 ・サイバネティクス
  20世紀に入って確立された、主に生物と機械における通信
  ・制御・情報処理を総合して扱う学問の総称。「サイバネテ
  ィクス」という言葉の由来はギリシア語の kysernetes にま
  で遡るが、現在流通しているような「サイバネティクス」の
  意味を定着させたのはアメリカの数学者ウィナーの『サイバ
  ネティックス――動物と機械における制御と通信』(池原止
  戈夫ほか訳、岩波書店刊)である。

1672号.jpg
posted by 平野 浩 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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