エルヴィスのような芸能人が兵役に就くさいには、いくつかの
特例が認められています。一定の免除金を支払えば徴兵を逃れる
ことも可能なのです。
実際にエルヴィスは、海軍からは徴兵前に志願すれば特別に扱
うという申し出を受けていましたし、陸軍からは入隊後にエンタ
ーティナーとして特別部隊に参加したらどうかという誘いも受け
ていたのですが、エルヴィスはすべてを断って、単に2ヶ月の入
隊延期願いを出しただけだったのです。
エルヴィスが軍隊での特別待遇を受け入れなかったのには諸説
があります。ひとつは、エルヴィスが国家権力に楯つくにはあく
まりにも謙虚な南部の労働者階級出身の青年であり、国民の義務
として通常の兵役に就きたいと考えて、軍隊での特別待遇は拒否
したという説です。
もうひとつは、パーカー大佐の思惑によってあえて特別待遇を
拒否させたという説です。エルヴィスのファンの中心は若者であ
り、その若者の代表格のエルヴィスが一切の特別待遇のない通常
の兵役に就く方が愛国者としてファンのイメージとしては良くな
ると軍隊から復帰後のことまで考えて、大佐がエルヴィスに勧め
たのではないかという説です。
そもそもその当時ペンタゴンは、なぜエルヴィスを必要として
いたのでしょうか。
195O年代の末期において米国は冷戦の真っ只中にあり、軍
備拡張に熱心だったので、戦時体制に準ずる選抜徴兵制が敷かれ
ていたのです。したがって、米国人であれば誰でも徴兵される可
能性があったのです。
しかし、それにしても米国政府は、なぜこの時期にエルヴィス
を徴兵したのでしょうか。
エルヴィスのように未経験で、体力的にも、精神的にも兵士向
きではない人間を一兵卒として働かせるよりも、国内に残して広
報や慰問に使った方が国としてメリットがあるはずです。
第2次世界大戦においても、米国政府は、有名映画スターやス
ポーツ選手を徴兵せず、彼らの日常活動を通じて戦時国債販売の
キャンペーンに使ったりしてきているのです。
しかし、米軍司令部の勧めを断り、どうしても最前線に行きた
いと自ら申し出て、航空カメラマンとして何度も決死のドイツ爆
撃行に加わった映画俳優クラーク・ゲーブル――映画『風と共に
去りぬ』で主役――のようなケースもあります。
もっともクラーク・ゲーブルの場合は、最愛の妻キャロル・ロ
ムバードを飛行機事故で亡くしたばかりであり、自殺願望もあっ
たのではないかといわれているのです。
それでは、なぜエルヴィスに徴兵令が出されたのかですが、次
の2つの理由があったものと思われます。
―――――――――――――――――――――――――――――
1.今が準戦時体制であることを知らしめる
2.反体制ムードの上昇にブレーキをかける
―――――――――――――――――――――――――――――
第1の理由は、「今が準戦時体制であることを知らしめる」と
いうことです。
エルヴィスは、徴兵令の出された1957年12月当時、人気
急上昇の歌手であり、超有名人だったのです。したがって、エル
ヴィスを徴兵すると、あのエルヴィスでも徴兵されたんだからと
いうわけで、かなりの募集宣伝になるのです。そのためにあえて
エルヴィスを徴兵したのではないかと思われます。
第2の理由は、「反体制ムードの上昇にブレーキをかける」と
いうことです。
エルヴィス自身はそのような気はなかったのですが、エルヴィ
スは「反体制の旗手」と世間からは見られています。そのムード
を沈静化させ、懲らしめ、内部に取り組んでしまおうという考え
方がペンタゴンにあったのではないかと考えられます。
1950年後半のエルヴィスの印象について、既出の東理夫氏
は次のように記述しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
エルヴィスの最初からの印象は、いつも世を拗ね、屈折したも
のを胸に秘め、鬱積したはけ口をギラギラした目で探している
ような若き日のトニー・カーティスやマーロン・ブランド、そ
れにジェイムズ・ディーンに近かった。エルヴィスの内心はと
もかく、外面上、唯々諾々とペンタゴンの言いなりに従った印
象から、彼の持っていた反抗の姿勢、反逆児のイメージに裏切
られたと感じた若者たちがいたことは確かだった。
――東理夫著、『エルヴィス・プレスリー/世界を変えた男』
文春新書/766
―――――――――――――――――――――――――――――
米政府が何らかの意図があってエルヴィスを徴兵したかどうか
はあくまで推測の域を出ませんが、少なくとも政府としてはエル
ヴィスが相当気になる存在であったことは確かだったのです。
しかし、当のエルヴィスは有名芸能人のための一切の特別扱い
を拒否して、通常のかたちでの兵役を受け入れたのです。これに
よって彼の持っていた反逆の姿勢、反逆児のイメージを買ってい
たファンが離れたことは確かであり、そういう意味でエルヴィス
を徴兵したことはペンタゴンとして成功であったといえます。
このように兵役は芸能人にとって最大の危機なのです。それは
兵役をどう受入れるかによってその後の人気が大きく左右される
からです。しかし、エルヴィスにはパーカー大佐という有能なマ
ネージャーがついており、そのあたりの対応は、万全であったと
いえます。
パーカー大佐はエルヴィスが不在でもそのキャリアを維持する
ために、既に録音済みのシングルろレコードを時折リリースし、
彼の帰還を望む声が高まるよう、巧みにタイミングを計って手を
打っていたのです。そのために、入隊前に取った4本の映画も大
きな働きをしたのです。 ―――[エルヴィス/18]
≪画像および関連情報≫
・エルヴィスの兵役
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1957年12月に、エルヴィスはアメリカ陸軍への徴兵通
知を受けた。当時のアメリカ合衆国は徴兵制を施行しており
陸軍の徴兵期間は2年間である。彼は特例措置を受けること
なく、通常の兵士として西ドイツで勤務し、1960年3月
5日に満期除隊した。彼は軍在籍中に空手の黒帯を取得し、
軍曹まで昇進した。徴兵命令が来た際、エルヴィスは「闇に
響く声」を製作中で、それによって徴兵を少し延期したこと
でも話題になった。徴兵局はパラマウントからの延期の申し
入れに対し、「エルヴィスをよこして頭を下げさせろ」と伝
えた。翌日、エルヴィスは徴兵局へ出向き、延期の申し入れ
を行ったという。 ――ウィキペディア
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2007年11月14日
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