2007年11月12日

●白人と黒人の壁を破るエルヴィス(EJ第2204号)

 エルヴィス・プレスリーというと、多くの人はロックンロール
によって米国で若者革命を巻き起こした音楽文化の革命児――こ
の程度の印象しかないのではないでしょうか。
 エルヴィスに関して次のような解釈があり、それが一定の評価
を受けていることを前田絢子氏は紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かにプレスリーは革命的なことをやってのけたかも知れない
 が、それは偶然の産物に過ぎない。たまたま生まれ合わせた時
 代と場所と、ずば抜けた才能が重なった結果なのだ。彼の音楽
 は黒人文化と白人文化を融合し、主流文化を決定的に変える流
 れを、従来とはまったく異なる形で象徴していたが、プレスリ
 ー本人はそのような現象には少しも関心を持っていなかった。
             ――前田絢子著/角川選書/413
      『エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このエルヴィスに関する考え方が冒頭のエルヴィスのイメージ
を形成していることは明らかです。確かにエルヴィスは社会活動
家として行動を起こしていないし、政治意識をもって動いてはい
ないのです。かといって単なる歌手ではないのです。
 しかし、彼は黒人を対等の人間として受容する勇気を持って行
動していたのです。これは当時とくに南部社会ではなかなかでき
ることではなかったのです。なぜなら、白人が黒人と付き合うこ
となど考えられなかったし、白人が黒人にちょっとでも好意を示
しただけでも「ニガー・ラヴァー」というレッテルが貼られ、ひ
どい嫌がらせが行われたからです。
 そんなエルヴィスを象徴するある事件があります。
 1956年12月7日、メンフィスの黒人ラジオ局WDIA主
催の「グッドウィル・レビュー」の会場――エディス・オーディ
トリアムにエルヴィスは単身姿をあらわしたのです。この「グッ
ドウィル・レビュー」というのは、貧しい黒人の子どもたちのた
めに毎年開かれるチャリティ・ショウで、当日は9000人を超
える黒人が会場を埋め尽くしていたのです。このチャリティ・シ
ョウには、B・Bキングやレイ・チャールズといった黒人の大物
スターが協賛出演していたのです。
 当時エルヴィスは既に有名スターになっており、そういう会場
に、たった一人で出かけて行くのは異常なことだったのです。し
かも、9000人の黒人が詰めかける会場に、たった一人の白人
として姿をあらわしたのです。
 エルヴィスはステージの袖から見ていましたが、番組プロデュ
ーサーが発見して、彼を舞台に引っ張り上げたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 レディース・アンド・ジェントルマン、エルヴィス・プレス
 リーです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 司会者がこういった瞬間、会場からは歓声が起こり、観客全員
が一斉に座席から立ち上がり、エルヴィスめがけて殺到し、会場
は大混乱に陥ったのです。そのあまりの熱狂ぶりにコンサートは
継続不能になり、エルヴィスを会場の外に連れ出すのが、やっと
だったというほどでした。その時点でエルヴィスの人気はそれほ
どまで黒人層に浸透していたのです。
 エルヴィスと親交があったとされるB・B・キングは、米国の
R&Bギタリストで、当時メンフィスを中心に活躍していたので
す。このキングらの話によると、エルヴィスは尊敬する黒人には
敬語を使い、若い黒人音楽家とは平気で肩を組み、普通の人間と
して付き合ったといいます。
 そして、つねづね黒人音楽に対しては次のようにいっていたと
いうのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 リズム&ブルースやゴスペルの黒人パフォーマーは、心の底か
 ら魂の歌を絶唱します。彼らにはとうてい、かないません。
                ――前田絢子氏の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 また、黒人たちはエルヴィスの歌い方を見て、エルヴィスが彼
らの人生を肯定したと感じたといいます。これは黒人たちにとっ
てどんなにうれしかったことか想像に余りあるのです。エルヴィ
スは自分の歌い方について次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 黒人の人たちは、僕よりずっと長い間、今僕がやっているよう
 に歌ったり、演奏したりしてきたのです。飲み屋でも、 ジュ
 ーク・ジョイントでも、あんなふうに演奏してきたのに、僕が
 始めるまで、誰も気がつかなかっただけ。僕のは彼らから、も
 らったのです。 ――ボビー・アン・メイソン著/外岡尚美訳
        『エルヴィス・プレスリー』より。岩波書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 1950年代というのは、米国のあちらこちらで、昔から存在
していた年長者や経験者を大事に扱う序列や、肌の色による人種
差別、その上に成り立っていた階級といったものが、内部崩壊を
起こしていたのです。
 黒人は劣っているという間違った認識で差別していても、黒人
たちは、豊かで奥行きが深く、躍動的で美しく、それまでの白人
たちのものとは明らかに異なる独自の文化を持っていること、そ
れらはけっして白人のそれに劣っているのではなく、別の価値観
を持つ存在であること――そういう考え方が50年代に入って、
大きな波になって動き始めていたのです。
 エルヴィスはそういう変化を敏感に感じ取ったのです。だから
こそ、自分が黒人歌を歌うことによって人種差別の障壁をあっさ
りと乗り越えてみせたのです。白人が黒人の曲を歌ってはいけな
い理由はないですし、それを聴いてはいけない理由もない。だか
ら、そういうエルヴィスの行動を誰も止めることはできなかった
のです。            ―――[エルヴィス/16]


≪画像および関連情報≫
 ・B・B・キングについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  世界一タキシードが似合うブルース・マン、B・B・キング
  ――よれよれのジーンズをはいた泥臭いブルース・マンのイ
  メージとは正反対とも言えるこの表現には、いろいろな意味
  が込められています。彼は奴隷制度の記憶が残るデルタ地帯
  で生まれ育ったブルース・マン最後の世代であると同時に、
  デルタ・ブルースとエレクトリック・ブルースをつなぎ、ブ
  ルースをポップスの一ジャンルに広めたアーティストです。
  そして、彼はブルース・アーティストとして初めてラスベガ
  スやテレビなど、ショー・ビジネスの世界に進出しました。
  それだけではなく、彼はブルース親善大使としてロシアやア
  フリカなど世界中を訪れて、ブルースを世界中に広める役割
  も果たしました。だからこそ、タキシードが最も似合うブル
  ース・マンなのです。
        http://www3.ocn.ne.jp/~zip2000/b-b-king.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

エルヴィスとB・B・キング.jpg
posted by 平野 浩 at 04:36| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック