2007年11月06日

●パーカー大佐とは何者か(EJ第2200号)

 1955年11月21日のことです。エルヴィスは、サン・レ
コードからニューヨークに拠点を持つ世界的レーベル、RCAビ
クターに移籍したのです。移籍料は当時としては3万5000ド
ルという破格なものだったといわれます。
 このRCAビクター移籍を実現させた立役者は、トーマス・ア
ンドリュー・パーカーという人物――この男は、パーカー大佐と
呼ばれており、生涯エルヴィスにつきまとうことになるのです。
 なぜ、パーカー大佐と呼ばれるかですが、パーカーというのは
彼の本名ではないのです。大佐というのは敬称であり、自分を偉
そうに見せるための肩書きとして使っていたに過ぎないのです。
 彼はどこの国の市民権も持たないオランダ人亡命者であり、本
名は、アンドレアス・コーネリス・ファン・クーイクというので
すが、このアイデンティテイは既に捨てていたのです。
 彼は米国にやってきて国籍を取得する目的で軍隊に入り、19
29年〜1932年まで、第64沿岸砲兵部隊で任務に従事し、
米国の国籍を取得しています。パーカーという名前はそのときの
上官の名前をそのままパクッタのです。
 彼は国籍を取ると、早速ビジネスを始めます。最初はサーカス
とカーニバルの世界に入り、辣腕を発揮して、巡業団を立ち上げ
興行師として成功しています。第2次世界大戦後は、カントリー
歌手のマネジメントに乗り換えて、エディ・アーノルドやハンク
・スノーを大物スターに育て上げています。そのマネジメント能
力は優れており、その業界では有名な存在だったのです。
 そして、パーカー大佐は、1954年から1955年にかけて
彗星のごとく出現したエルヴィスに目をつけたのです。「これは
良い商売になる」と考えたわけです。そして、エルヴィスに近づ
き、エルヴィスと当時マネジャーをしていたボブ・ニールに、大
きな仕事をとってプロモートし、もっと有名にしてやるといい、
そのための契約をしようと迫ったのです。
 当時、エルヴィスには仕事の話が多く舞い込み、その活動範囲
が拡大して、サム・フィリップスのサン・レコードではとうてい
捌き切れない状況になっていたのです。
 パーカー大佐はサン・レコードのそういう状況を見て積極的に
動き、エルヴィスをサン・レコードから、RCAビクターに移籍
させたのです。地方レーベルからメジャー・レーベルへの移籍で
あり、エルヴィスの価値が大きく上がったことは確かです。
 しかし、そのとき、パーカー大佐がエルヴィス側に突き付けた
契約条件はエルヴィス側にとってきわめて不利なものだったので
すが、エルヴィスの両親はその条件を受け入れています。この間
の事情について、前田絢子氏は次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィスのキャリアの最後までマネジメントを独占したパー
 カー大佐の評価は二つに割れる。エルヴィスを食い物にしつづ
 けた貪欲な商人とするものと、エルヴィスを大スターに仕立て
 た有能なマネジャーというものだ。パーカー大佐の取り分が、
 最初の契約では収益の25%だったものが、1967年の契約
 更改では50%という異常な数字に跳ね上がっている事実を併
 せ考えれば、その両方が正しかったということになる。
             ――前田絢子著/角川選書/413
      『エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィスについて語るに当たって、パーカー大佐という大物
マネージャーにふれないことは困難です。なぜなら、エルヴィス
の1955年のRCAビクター移籍以来、エルヴィスの行動はほ
とんどパーカー大佐によってコントロールされていたといっても
過言ではないからです。
 ひとつ例を上げましょう。エルヴィスはあれほどの大スターに
なったにもかかわらず、なぜ日本にきていないのでしょうか。そ
れどころか、エルヴィスがショーを行ったのは、米国以外ではカ
ナダだけなのです。
 どうしてなのでしょうか。本当のところは闇ですが、パーカー
大佐がエルヴィスの海外公演を許さなかったというのが本当の理
由ではないかと思われます。
 ある説によると、パーカー大佐はオランダ人で不法滞在をして
いて、いったん米国から出たら、再び米国へは帰れなくなるから
ではないのかという話があるのです。しかし、パーカー大佐は米
国国籍を持っており、別に米国から出ても帰れなくなることはな
いと思うからです。
 しかし、エルヴィスが42歳の若さで死んだこととパーカー大
佐の存在は無関係ではないと考えるのです。これについてはやが
て明らかにしていくつもりです。
 さて、パーカー大佐はどういう風貌をしていたのでしょうか。
添付ファイルには、おそらくパーカー大佐と思われる人物の写真
を付けていますが、既出のボビー・アン・メイソンによるパーカ
ー大佐についての記述をご紹介します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 彼は禿げかかった肥満男で、歩くというよりは、よたよたする
 と常に評される男だった。奇妙な帽子をかぶり、だらしない衣
 装を身につけ、葉巻を吸った。彼は人前でもシャツ姿だった。
 騒々しく愛想がよく、文字通り口の端で、奇妙な言語障害にも
 見える話し方をした。実際のところそれは彼のオランダなまり
 の名残だったが、誰も彼がオランダ人とは知らなかった。
         ――ボビー・アン・メイソン著/外岡尚美訳
        『エルヴィス・プレスリー』より。岩波書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィス側がパーカー大佐と結んだ契約は、ボビー・アン・
メイソンによれば、「年季奉公」の契約書のようなものだったの
です。それなのに、どうしてエルヴィスはこの契約を受け入れた
のかについては、エルヴィスサイドのいろいろな事情が存在して
いたのです。           ――[エルヴィス/12]


≪画像および関連情報≫
 ・サム・フィリップスのエルヴィスへの思い/2003年没
  ―――――――――――――――――――――――――――
  むろん、ジミー・ロジャーズやハンク・ウィリアムズも悪く
  はないだろう。……知ってのとおり、私は大のロジャーズ・
  ファンだ。……ハウリン・ウルフほど深いところまで、食い
  こんではこないにしても。ただ、ウルフを筆頭とする偉大な
  ブルース・シンガーたちからは、もうとにかく絶対的に真実
  で、南部の人間たちが、白人、黒人を問わず経験してきた暮
  らしにとことん密着した何かが感じ取れる。そういう一番基
  本的なもろもろを思い出させてくれる男の魂が死ぬなんてこ
  とは、絶対にありえないんだ、そうだろう?その手のことは
  買ってきた本で覚えられるようなもんじゃない。現場に居合
  わせなきゃ駄目だ。私もたぶん解かってると思う。それはい
  つまでも心の中にある。絶対に忘れない。絶対に忘れられな
  い。              ――サム・フィリップス
   ――http://homepage3.nifty.com/cross-may/impre48.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

「パーカー大佐」.jpg
posted by 平野 浩 at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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