2005年08月31日

アナログにこだわるヴァネヴァー・ブッシュ(EJ1667号)

 ここまで、ヴァネヴァー・ブッシュという一人の優れた科学者
が、いかに最高の政治的権力を持つにいたったかについて述べて
きましたが、彼にも大きな問題点があったのです。
 フォン・ノイマンは、かねてからコンピュータの開発が国家に
とっていかに重要であるかということを考えていたのです。彼の
考えているコンピュータは、単なる計算機ではなく、人間の機能
を拡張させるものだったのです。
 そのためには、コンピュータは可能な限り最新の機能を備えた
ものである必要があり、その観点からそれはデジタル技術のもの
である必要があったのです。当時はアナログ・コンピュータの時
代であり、デジタル・コンピュータの必要性はまるで理解されて
いなかったのです。
 しかし、コンピュータ――それもデジタル・コンピュータの開
発は途方もなくお金のかかるものであり、国家として開発すべき
ものである――そう考えたフォン・ノイマンは、太平洋大戦終了
後に、ヴァネヴァー・ブッシュに相談を持ちかけたのです。コン
ピュータについて理解できる頭を持ち、巨額な資金を動かせる政
治力のある人物は、ブッシュしかいなかったからです。
 ところが、ブッシュは、コンピュータはデジタルで開発しなけ
ればならないとするフォン・ノイマンの主張に真っ向から反対を
唱えたのです。ブッシュはアナログにこだわっていたのです。
 実はデジタル・コンピュータの必要性をブッシュに説いたのは
ノーバート・ウィナーの方が早かったのです。ウィナーは、19
40年9月に、デジタル・コンピュータのアイデアを書いた12
ページのメモをブッシュに送っているのです。
 しかし、ブッシュはこのウィナーの提案を拒否し、一顧だにし
なかったのです。彼は自らアナログ・コンピュータを制作してお
り、アナログに相当の思い入れがあったからです。
 このようにあくまでアナログにこだわるブッシュについてウィ
ナーは、次の言葉でそれとなく批判しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ヴァネヴァー・ブッシュは、頭で考えるのと同じ程度に
  手でも考える男である   ――ノーバート・ウィナー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これはどういう意味かわかるでしょうか。
 ちょっと考えると褒めているようですが、これは批判している
のです。ウィナーは、ブッシュの、機械のかたちでしか物事を理
解できない想像力の欠如というか限界について、精一杯の皮肉を
込めて「手でも考える男」といったのです。
 PCを例に上げると、今の世の中でも、PCというものを「ひ
とつの機械」としてしか認識できない人はたくさんいます。PC
はハードウェアとソフトウェア(OS+アプリケーション)から
成るマシンですが、ソフトウェアというものがどうしても認識で
きない人がいるのです。したがって、そういう人は、OSの不具
合もアプリケーションのバクも、すべてPCという機械の故障と
しかとらえられないのです。PC全体をハードウェアとして認識
しているからです。
 しかし、そうだからといって、ブッシュという科学者の能力が
低いということにはならないのです。なぜなら、その当時は世の
中すべてがアナログの時代であり、むしろ、そういう時代にデジ
タルの必要性を説くフォン・ノイマンやノーバート・ウィナーの
能力が人並み外れて高かったと考えるべきです。
 ブッシュは、「メメックス(MEMEX)」という機械のアイ
デアを発表しています。これは、太平洋戦争終結直前の1945
年7月の「アトランティック・マンスリー」誌に次のタイトルで
掲載された論文に出ているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   『われわれが思考するごとく――As we may think』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この論文は、戦争終結後、科学者は次に何をするべきかについ
て論じたものです。それでは、メメックスとはどういう機械なの
でしょうか。論文には次のように書かれています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  それは机でできている。そして多分遠方からも操作できるが
 原則的には人が仕事をする家具である。上部には傾斜した透明
 なスクリーンがあって、その上に楽に読めるように資料が投影
 される。キーボード、ボタンのセット、レバーもある。それら
 がなければ、それは普通の机のように見える。
  一方の端には保存された資料がある。大部分は改良マイクロ
 フィルムに処理されている。メメックス内部のわずかな部分だ
 けが記憶装置になっていて、残りは機構装置である。それでも
 ユーザーが一日に5000ページ分の資料を挿入したとしても
 その貯蔵所を満杯にするには何百年もかかるので、ユーザーは
 浪費が許されて、資料を自由に入れることができる。
  メメックスのコンテンツの大部分は、すぐにも機械に挿入で
 きるマイクロフィルムで買うことができる。  ――脇英世著
      『インターネットを創った人たち』より。青土社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 メメックスは、一種のマイクロフィルム検索装置と考えられま
す。仕事の資料はマイクロフィルムに映しとって、保存スペース
におさめて、検索してスクリーンに映し出して利用します。再生
するだけではなく、自分のコメントを書き込むこともできます。
何となく現在のPCのような使い方です。
 当時としては驚くべきアイデアといえますが、装置としては、
1930年代のアナログ装置そのものです。ブッシュは、テキス
ト(文字)だけでなく、画像や音声までをメメックスの情報とし
て扱うことを考えており、そういう意味でメメックスはマルチメ
ディア・マシンと呼ぶことができます。しかし、このマシン、ア
ナログではありますが、現代に通じるアイデアも豊富に含まれて
いたのです。明日のEJで述べます。 ・[インターネット07]


≪画像および関連情報≫
 ・MEMEX――ブッシュがメメックスのアイデアを得た時期
  は「われわれが思考するごとく」発表の10年以上前のこと
  である。

1667号.jpg
posted by 平野 浩 at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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