2007年11月01日

●最初のレコードに隠された秘密(EJ第2197号)

 ここでもう一度話をエルヴィスの最初のレコード、サン・レコ
ードの「SUN209」に戻ってしてみる必要があります。この
レコードのA面とB面は次のようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   A面/     「ザッツ・オール・ライト」
   B面/「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」
―――――――――――――――――――――――――――――
 疑問に思うのは、エルヴィスがサム・フィリップスやスコティ
・ムーアに何回か時間をかけて歌を聴いてもらっているのに、な
ぜか「ザッツ・オール・ライト」は歌っていないのです。彼はこ
の歌がとても好きで、なかなか上手に歌えるのにです。
 しかもこの曲はセッションの最後の最後、もう今日はお開きに
しようというときになって、はじめて飛び出したのです。B面の
「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」も最後の最後になって歌
われています。
 これはどうしたことでしょうか。単なる偶然でしょうか。それ
とも何か理由があってのことなのでしょうか。
 これに関して、既出の東理夫氏は、エルヴィスには二面性があ
るとして、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一人は恥ずかしがり屋で昔ながらのカントリー・ミュージック
 や信仰深いゴスペル音楽をこよなく愛しながらも、なかなかチ
 ャンスに恵まれない孤独な青年。もう一人は、黒人系の音楽、
 特にリズム・アンド・ブルースが好きで、彼らの歌を、白人が
 人前で歌うことをはばかられた時代に、チャンスがあれば、開
 けっぴろげに歌うふてぶてしい青年。そのどちらが真のエルヴ
 ィスなのだろうか。
 ――東理夫著、『エルヴィス・プレスリー/世界を変えた男』
                     文春新書/766
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィスは、もともと黒人系の音楽が大好きだったのです。
そのため、黒人系の教会――イースト・トリッグ・パプティスト
・チャーチによく出かけていき、ゴスペルを聴いていたのですが
当時の社会ではそんなことをとてもあからさまにはできなかった
のです。だから、サムの前では歌わなかったのです。
 しかし、なかなかサムのOKが出ず、これはもしかすると採用
されないかも知れないという危機的状況に追い込まれて、だめも
とで最後の最後に「ザッツ・オール・ライト」歌ったのです。
 「ザッツ・オール・ライト」という曲は、曲全体を通じ、カン
トリー風のビートを持つ自由に飛び回るようなブルースでおり、
生き生きとした曲なのです。エルヴィスはもともとこういう曲は
得意なのですが、それはある意味においてエルヴィスの秘密の逃
げ場だったといえるのです。つまり、当時のエルヴィスは、白人
世界から落ちこぼれ、黒人世界に逃避していたといえるのです。
だから、なかなかサムの前では歌えなかったのです。
 「ザッツ・オール・ライト」は、黒人のブルースシンガー、ア
ーサー“ビックボーイ”クルーダップが書いて、1946年9月
に自らレコーディングしていますが、結局ヒットしなかった曲な
のです。エルヴィスは、その歌を白人の若者の好みに合わせて、
今風にアレンジしてカバーしたに過ぎないのですが、きわめて新
鮮に聞こえたのです。
 B面の曲である「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」はどう
だったのでしょうか。
 この曲は、ブルーグラス・ミュージックのビル・モンローのオ
リジナルで、ちょうどエルヴィスがサン・レコードからデビュー
する前後にラジオで盛んに流れていた曲なのです。この曲はビル
・モンローの高音の裏声――ハイ・ファルセット・ボイスで、少
しもの悲しく歌われるワルツなのです。
 ブルーグラス・ミュージックは、アコースティック音楽のジャ
ンルで、ギター、アコースティック・ベース、フィドル、マンド
リン、バンジョーで構成されるのです。「アコースティック」と
いうのは、電気的な増幅なしに演奏する楽器のことです。これを
定着させたのが、ビル・モンローなのです。
 「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」を歌い出したのは、ベ
ーシストのビル・ブラックです。彼は、エルヴィスの歌った「ザ
ッツ・オール・ライト」のリズムやテンポをそのままに、ビル・
モンローの哀調を帯びた裏声を真似して「ブルームーン・オブ・
ケンタッキー」を歌ったのです。これを聴いてエルヴィスとスコ
ティとサムは笑い転げたのです。
 実は当時のカントリー・アンド・ウェスタン・バンドの特徴は
コメディアンを抱えたショウ・バンドであり、そのコメディアン
役を引き受けるのはベーシストだったのです。ビル・ブラックは
ベーシストであり、彼が所属しているバンドでこのコメディアン
役をやっていたのです。
 ビルの後に続いてエルヴィスは4分の3拍子の「ブルームーン
・オブ・ケンタッキー」を裏声ではなく、普通の音域の歌として
4分の4拍子のリズムに乗せて歌い始めたのです。これはやさし
いことではないのですが、「ブルームーン・・・」と歌い出すと
ころを「アイ・セッド・ブルームーン・・」と歌詞を付け加えて
歌うことによって、4分の3の曲を4分の4で歌い出すときの不
安定さを解消しているのです。これは、エルヴィスがよくやるこ
となのですが、まさに天賦の才能が光ったといえます。
 そのときです。エルヴィスは「ザッツ・オール・ライト」と同
じフィーリングで歌い出したのです。次の瞬間、サムが次のよう
に叫んだのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    Hell、thst's fine!
    That's different! That's a pop song now!
―――――――――――――――――――――――――――――
                 ――[エルヴィス/09]


≪画像および関連情報≫
 ・ビル・モンローとブルーグラスについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  伝説的なバンドのリーダーや、シンガー・ソングライター、
  さらには革新的な演奏者として、ビル・モンローが現在のカ
  ントリー音楽の発展に与えた影響の大きさは計り知れない。
  それは、マディ・ウォーターズとロックの関係に匹敵すると
  いえるだろう。36年にレコーディング活動を開始した彼は
  バンド・リーダーとして、革新的な演奏者を求めつづけた。
  バンドはマンドリンの速弾きで有名な彼を中心に、まるでジ
  ャズ・コンボのような演奏スタイルを確立していったのだ。
           ―― http://wacca.tv/a/artist_18536
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ビル・モンローとブルーグラス.jpg
posted by 平野 浩 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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