2005年08月30日

ブッシュ、ウィナー、ノイマンの関係(EJ1666号)

 インターネットの歴史の話をするのに、なぜ、原爆開発の舞台
裏の話が必要なのか――こういう疑問をいだく読者がいるかもし
れません。しかし、これらはコンピュータやインターネットと無
関係ではないのです。
 世界ではじめて原爆を開発するのですから、大勢の数学の専門
家を集め、智恵を絞る必要があります。そして、膨大にして複雑
な計算処理をこなさなければならないのです。その計算にはコン
ピュータが不可欠ですが、当時は現代のようなコンピュータはな
く、計算には大変な時間がかかったのです。それに、いうまでも
ないことながら、そこに莫大な予算が必要になります。
 今までにある技術に予算をつけるのと違って、新しい、その効
果が実証済みでない技術に予算を獲得するのは大変なことなので
す。ヴァネヴァー・ブッシュのやったことは、そういう国家的プ
ロジェクトを推進するために、科学者が主導権を取りやすいシス
テムというか体制を作ったことです。
 これがあの時期において原爆の開発を前進させ、さらに、軍事
的に使う新しいネットワーク――すなわち、インターネットの開
発に大きく寄与したのです。
 原爆の開発やインターネットの開発に直接的にはヴァネヴァー
・ブッシュの名前は出てきませんが、もし、ブッシュの作り上げ
た軍・大学・産業が一体となって国家的重要プロジェクトに取り
組む仕組みがなかったら、米国において原爆もインターネットも
開発されてはいなかったと思うのです。
 さて、この後の話に何回も登場する3人のキーマンがいます。
それぞれの人がどういう年代に活躍した人であるのかを次に示し
ておきます。これで見ると、ブッシュがいかに長生きであったか
がよくわかります。
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 1.ヴァネヴァー・ブッシュ ・・・ 1890−1974
 2.ノーバート・ウイナー  ・・・ 1894−1964
 3.フォン・ノイマン    ・・・ 1903−1957
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 3人はどういう関係にあるのか――3人の中では一番年が若く
早く亡くなったフォン・ノイマンの話からします。ノイマンは、
ハンガリーのブダペストで生まれているが、子供の頃から「普通
とは違う」人であったといいます。
 友人がノイマンの記憶力を確かめるために『二都物語』の冒頭
には何が書いてあったかいってみろといったそうです。これに対
してノイマンは、一瞬もためらうことなく語り始め、実に15分
以上続けたそうです。友人が確かめたところ、一字一句間違って
いなかったというのです。驚くべき記憶力です。
 ノイマンは、ブダペスト大学から数学の博士号、チューリッヒ
大学から科学の博士号を同時に授与され、1927年にドイツの
ゲッチンゲン大学において、著名な数学者であるダーフィト・ヒ
ルベルト教授の元で指導を受けています。このときの仲間には、
あの原爆開発のオッペンハイマーもいたのです。そして同大学の
教授として5年間を過ごすのです。
 ノイマンはこの時点で抜群の業績を上げて名声を博し、20代
半ばにして数学界にフォン・ノイマンを知らない者はいないほど
有名な数学者になったのです。しかし、彼が本当に実力を発揮す
るのはそれ以降のことなのです。
 フォン・ノイマンはナチスが台頭する前に米国に渡り、193
3年に開設されたプリンストン大学の高等研究所の最も若い研究
員になっています。そして、彼は純粋な応用数学のみならず、物
理や経済学、それに一種の哲学――とくに量子パラドックスにつ
いても優れた業績を残し、「最後の万能学者」といわれるように
なるのです。
 1941年にマンハッタン計画に参画――オッペンハイマーの
指揮の下で原爆の製造に取り組むことになります。彼は、移民で
ある自分がマンハッタン計画のような重要プロジェクトに参画で
きることを誇りに思い、これに全力を尽くしたのです。
 原爆の開発には、膨大で複雑な計算をこなす必要があります。
この面倒な計算をノイマンは一手に引き受け、起爆装置のレンズ
の設計などの難問を次々と解決していったのです。
 このときノイマンが計算処理をするために使っていたのが「微
分解析機」というマシンです。実はこれは、当時MITの教授を
していたヴァネヴァー・ブッシュのチームが、1930年に開発
したマシンなのです。
 実はブッシュは、最初に「ネットワーク解析機」というマシン
を作ったのです。ブッシュの専門は「電力伝送」なのですが、当
時の電力系のネットワークは非常に不安定であり、この現象を記
述する回路の方程式は解析が非常に難しく、手計算では到底無理
だったのです。そこでブッシュのチームは、電力系のネットワー
クをシミュレートする装置を開発しようとして「ネットワーク解
析機」を作ったのです。
 ブッシュのチームは、このネットワーク解析機の機能をさらに
強化させて「微分解析機」を作ります。これを使うと、6段まで
の微分方程式を解くことができるのです。このようにいうと、縁
遠い世界の話に聞こえますが、この微分解析機は「アナログ・コ
ンピュータ」なのです。当時のコンピュータは「アナログ」だっ
たのです。
 このアナログ・コンピュータの開発に当ってブッシュは、同じ
MITで教授をしていたノーバート・ウィナーに何度も相談し、
開発を進めたといわれています。ウィナーは、天才数学者といわ
れ、その著書、『サイバネティックスはいかにして生まれたか』
はあまりにも有名です。
 これで、多少大雑把ではありますが、フォン・ノイマン、ヴァ
ネヴァー・ブッシュ、ノーバート・ウィナーの3人がつなががっ
たと思います。明日はこの話をさらに進めます。
              ・・・・・[インターネット06]


≪画像および関連情報≫
 ・脇英世著、『インターネットを創った人たち』(青土社刊)
  には、微分計算機について次のように出ている。
  ―――――――――――――――――――――――――――
  微分計算機は遅い。原理的には積分は円盤が回転し終わらな
  ければ終了しないからだ。何回も積分操作が入れば演算時間
  はそれだけ長くかかることになる。手回し計算機で計算する
  より、50倍程度速かっただけだそうだ。電卓に手の生えた
  程度の計算速度だろう。
  ―――――――――――――――――――――――――――

1666号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | インターネットの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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