2007年10月31日

●エルヴィスの舞台パフォーマンス(EJ第2196号)

 エルヴィスの最初のレコードがラジオで盛んに流されると、そ
れは南部各地の若者たちの間であっという間に広がって、大変な
騒ぎになったのです。そして、ミュージシャンを目指す多くの若
者がサム・フィリップスのスタジオに押しかけたのです。
 「ブルー・スエード・シューズ」で知られるカール・リー・パ
ーキンズもサムのところに駆けつけた一人です。その他にもジェ
リー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュ、バーバラ・ピット
マン、チャリー・リッチなどたくさんいたのです。
 1954年7月9日、「ザッツ・オール・ライト」の録音後は
じめて、最初のライブをやることになったのです。それは、スコ
ティ・ムーアとビル・ブラックが所属するバンド「スターライト
・ラングラード」の出演する「ベル・エア・クラブ」だったので
す。そのとき、エルヴィスの歌の伴奏は、当然ことながら、スコ
ティとビルが引き受けたのですが、彼らがエルヴィスの最初のバ
ック・バンドになるのです。
 それから、エルヴィスのレコードを聞き、WMPS局でディス
ク・ジョッキーをやっていたボブ・ニールが、エルヴィスのマネ
ージャーを買って出たのです。このボブ・ニールの最初の大仕事
が、7月30日にオーバートン・パーク・シェルで行われるコン
サートにエルヴィスを出演させることだったのです。
 そのときの話です。コンサートには大勢の人が集まったので、
エルヴィスは歌いながら不安になって身体が震え出して止まらな
くなってしまったのです。その震えを止めようとつま先で立った
ところ、今度は両足に震えがきて足がバタバタしたのです。
 その様子を見ていた観客の女性から歓声が上ったのです。観客
から見ると、エルヴィスが足を震わせながら歌うのが、とてもセ
クシーであり、それがエルヴィス特有のパフォーマンスであると
思ったからです。それ以来、エルヴィスは意識して足を震わせ、
腰を振りながら歌うのが彼のパフォーマンスとなったのです。今
までにそのようにして歌う歌手はいなかったので、この歌い方は
賛否両論を呼ぶことになります。
 エルヴィスの歌は多くの若者には諸手を上げて迎えられたので
すが、大人たちの反応はすこぶる芳しくなかったのです。彼の歌
をラジオで聴いた大人は「白人が黒人の歌を歌うとは何事か」と
いう非難を浴びせたのです。
 さらにエルヴィスの歌を実際に見た大人は、身体を震わせ腰を
振る歌い方を見て、さらに激しく非難したのです。「男のくせに
腰を振るとは・・・」といって嫌悪したのです。
 この舞台上のエルヴィスのパフォーマンスについて、作家で大
学教授のボビー・アン・メイソンは、エルヴィスに関する著書で
次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィスは結局生まれながらの偉大なショーマンだった。舞
 台上ではのびのびとして、聴衆ともたやすく共感を作り上げ、
 彼らが何を欲し何を必要としているかを感覚的にとらえた。そ
 の確信があるために、彼はとっぴな動きもでき、その猥雑さが
 生な反応を引き起こした。初めの頃、彼はしばしば舞台上で無
 遠慮だった。きわどい冗談を言い、みだらな身振りをした。唾
 も吐いた。プロのショーマンシップのルールには気づかず、彼
 はティーンエージャーの反抗的エネルギーを田舎風の無邪気さ
 で、礼儀正しさもどこ吹く風と吹き飛ばし、大げさに振舞った
 のである。   ――ボビー・アン・メイソン著/外岡尚美訳
        『エルヴィス・プレスリー』より。岩波書店刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 最初のオーバートン・パーク・シェルから10日後の8月10
日、第2回のオーバートン・パーク・シェルのコンサートが開か
れたのです。この日、エルヴィスは昼と夜の2度のステージを務
めたのです。
 昼のステージでエルヴィスは2曲――「オールド・シェップ」
と「ザッツ・ホェン・ユア・ハートエイクス・ビギン」というひ
どくおとなしい曲を歌っています。これを聴いていたサム・フィ
リップスは、エルヴィスはカントリー界でも通用するかもしれな
いと考えたのです。
 夜のステージは若いファンがいっぱいであり、昼のような生ぬ
るい曲を歌うのを許してくれなかったのです。彼らは「ザッツ・
オール・ライト」を聴きにきたからです。なかでもエルヴィス以
外には目に入らない多くの女性ファンは、エルヴィスの登場から
退場まで、その一挙手一投足に悲鳴を上げて、泣きわめき、そし
て歓声を上げたのです。現在のロック・コンサートと同じ光景が
そこに展開されたのです。
 エルヴィスの歌が、黒人音楽好きの少年少女に受けているのは
ラジオのディスク・ジョッキーのリクエストでわかっていたので
すが、当時の南部社会では、カントリー・アンド・ウェスタンの
大人のファンが多かったので、この面で気に入ってもらえなけれ
ば、大ヒットにつながらないのです。
 しかし、この第2回のオーバートン・パーク・シェルのコンサ
ートを聴いて、エルヴィスはどちらもいけるとサム・フィリップ
スは確信を強めたのです。このコンサートでエルヴィスはどちら
の歌でも受けていたからです。
 もうひとつエルヴィスの登場が米国の音楽界にとって幸いだっ
たことは、エルヴィスと同年代の若手のミュージシャンが一挙に
増えたことです。彼らは黒人歌手がどんなに人気を得てもけっし
て嫉妬しないのですが、白人の歌手の台頭には激しく対抗心を燃
やし、反応したからです。
 しかし、エルヴィスの人気は圧倒的であり、とくに彼の舞台パ
フォーマンスは天性のものがあって、他の追随を許さなかったの
です。そして、エルヴィスがカントリーの世界でもやっていける
とサムが睨んだ通り、エルヴィスのレコードがビルボードのロー
カル・チャートに顔を出してきたのです。これはいける――サム
は確信したのです。        ――[エルヴィス/08]


≪画像および関連情報≫
 ・ボビー・アン・メイソン氏の本
  ―――――――――――――――――――――――――――
  カントリー&ウェスタン、リズム&ブルース、ロックン・ロ
  ールなどを融合させた新しいアメリカの大衆音楽を作り上げ
  抜群の歌唱力と独特の歌唱スタイルでスーパースターとなっ
  たプレスリー.ミュージック・シーンへの衝撃的登場と時代
  的熱狂から映画出演、歌手としての再生、晩年の生活と死に
  至るまでを共感的に描きだし、文化としてのプレスリーの意
  味を浮き彫りにする要を得た評伝。話題作を次々に発表し女
  性作家としていま注目を集める著者の意欲作。
               ――岩波書店ホームページより
  ―――――――――――――――――――――――――――

ボビー・アン・メイソンの本.jpg

posted by 平野 浩 at 04:22| Comment(0) | TrackBack(1) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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