2005年08月19日

天城山心中と椿山心中(EJ1659号)

 愛新覚羅家といえば、忘れられない出来事があります。それは
昭和32年に起こった天城山心中事件です。当時の新聞が伝える
事件の概要です。
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 昭和32年12月10日、静岡県伊豆半島の天城山で若い男女
 の死体が発見された。地元警察が現場検証したところ、死体は
 2人ともピストルで頭を撃ち抜かれていた。遺品から男性は学
 習院大学2年生の大久保武道さん(当時20歳)で女性は同級
 生で元満州国皇帝・溥儀氏の姪で愛新覚羅慧生さん(えいせい
 ・当時20歳)であることが判明、2人の関係や状況から心中
 と断定された。            ――当時の新聞より
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 ピストル心中を遂げた男性の大久保武道さんは、八戸の出身で
あり、地元鉄道会社重役の父を持ち、学習院大学生であり、文京
区森川町の新生学寮に下宿していたのです。
 女性の方は愛新覚羅慧生さん――愛新覚羅溥儀の姪、溥儀の弟
である溥傑の長女です。この愛新覚羅溥傑のことを語るには、そ
の妻である愛新覚羅浩さんについてふれる必要があります。
 愛新覚羅浩さんは激動の昭和史の中での生き証人です。日本の
公家の嵯峨侯爵家に生まれながら、満州国皇帝の弟の愛新覚羅溥
傑氏に嫁ぎ、満州国の興亡を体験しています。敗戦の満州での逃
避行から監獄での生活という辛苦を味わっているのは皇族、華族
のなかでは浩さんと近衛文隆だけだといわれています。
 心中の原因は「叶わぬ恋」――大久保としては、慧生の実家が
嵯峨家という名家であり、慧生との交際が快く思われていないこ
とから、このままいっても恋は成就しないと、心中を決意したも
のと思われます。大久保の一途さに慧生が魅かれ、大久保に引き
ずられる形で慧生も死を選んだというのが実状のようです。
 なぜこの話を取り上げたかというと、そのときから800年も
前に、天城山心中に酷似した事件が起こっているからです。それ
が椿山心中なのです。椿山心中とは、次のような話です。
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 義経は八戸滞在中、地元の豪族佐藤家の娘と深い仲になり、娘
 は鶴姫を産む。義経が既に北へ旅立った後の話である。歳月が
 流れて、成長した姫が恋に落ちる。相手は地元の阿部七郎とい
 う武士である。しかし、阿部家は頼朝に仕える身であり、義経
 の遺児との結婚など不可能。思い余った2人は、話にだけ聞く
 義経を慕って蝦夷地への逃避行を図ろうとする。そして夏泊ま
 で来たとき、追っ手が迫った。2人は半島の絶壁で胸を刺し違
 えて、海に飛び込んだのである。
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 阿部と鶴姫が自決した夏泊半島(青森県東津軽郡)の椿山は、
全山が1万数千本の椿でおおわれ、4月下旬から6月上旬にかけ
て、丘陵一帯が真紅に染まるのです。しかし、白椿は全然ないの
です。それは、阿部と鶴姫の血潮で染まったためであると言い伝
えられているのです。
 そして、冬になれば毎年、浅所海岸にシベリアから白鳥が飛来
し、純白の雪景色の世界に飛翔する白鳥の姿には、生命の輝きが
感じられます。これらの白鳥は、鶴姫の父・義経の霊魂が化した
もので、非業の死をとげた鶴姫をなぐさめるために毎年決まって
飛来するといわれています。
 天城山心中と椿山心中の男性は、いずれも八戸の出身であり、
女性はいずれも源義経につながるのです。愛新覚羅慧生さんは清
国の末裔ですし、鶴姫は義経の忘れ形見です。清朝は成吉思汗に
つながるのです。あまりにも酷似しているのです。しかも、伊豆
の天城山は、源氏のゆかりの土地なのです。
 このことに気が付いたのは、高木彬光氏です。そして『成吉思
汗の秘密』に書いたのです。彼はこれを「輪廻」といっているの
です。ソロモンの『伝道の書』に次の言葉があります。
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 先に有りしものはまた後に有るべし。先に成りし事はまた後に
 成るべし。日の下には新しきものあらざるなり。見よ、これは
 世に新しきものなりとさしていうべきものありや。それは我ら
 の前にありし世に、すべて久しくありたるものなり。
              ――ソロモンの『伝道の書』より
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 高木彬光氏の『成吉思汗の秘密』――源義経=成吉思汗説を書
くに当たって、この本ほど役に立った本はないのです。ジョセフ
ィン・テイというイギリスの女流作家がいます。その人の書いた
探偵小説に『時の娘』という傑作があるのです。「真理は時の娘
なり」という格言からとった題名ですが、『成吉思汗の秘密』
構想は明らかにこれからとられています。
 この小説の主人公は、ロンドン警視庁の警部――彼は犯人を追
いかけているうちにマンホールに落ちて大怪我をするのです。そ
れで、病院に入っているうちに、退屈でしょうがないものだから
推理を働かせて、いろいろな難問に挑戦するというものです。
 高木彬光氏は、もちろん『時の娘』を読んでいて、その構想の
実現の機会を狙っていたといいます。1957年8月のことです
が、ある易者に先祖のお墓参りをすれば、必ず大作のきっかけが
掴めるといわれたそうです。半信半疑で出発した高木氏は、不思
議な体験をするのです。
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 途中北上川が氾濫して、夜中から朝まで平泉の駅に急行列車が
 立往生してしまったのである。その時、私は妙な夢を見た。白
 鳥の大群が海をわたり、一望千里の広野に飛んで行く光景だっ
 た。いつのまにか、私もその一羽になって空を飛んでいる――
 眼がさめたとき、私は子供の頃聞いていた椿山伝説を思い出し
 て、おやと思ったのである。 ――高木彬光著「前掲書」より
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  このシリーズは22日で終了します。  ・・・[義経29]


≪画像および関連情報≫
 ・高木彬光著、『成吉思汗の秘密』についての批評
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  誰かがやりそうなものと、ひそかに期待していたが、とうと
  う高木さんが、ジョセフィン・テイの『時の娘』の手法を取
  り上げた。病院に臥床中の神津恭介は、ベッド・ディティク
  テヴとなって、「成吉思汗は源義経なり」の史上の大疑問を
  犯罪捜査の手法によって、一々証拠を示しながら、あくまで
  も論理的に解明して行くのである。テイ女史のリチャード・
  三世善玉説は、イギリス史学界の問題にもなった。高木さん
  のこの一篇も、日本史学界に一つの刺戟を与えるのではない
  かと思う。               ――江戸川乱歩
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1659号.jpg
posted by 平野 浩 at 09:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 源義経=成吉思汗論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Weblog: たかしの日記
Tracked: 2008-11-14 08:18
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