2005年08月17日

清国は中国にあらず(EJ1657号)

 清朝のことが出てきたので、若干脱線しますが、清朝と中国の
関係について述べておきます。源義経=成吉思汗説とも関係があ
るからです。
 一般的に清朝は最後の中国王朝であると思われています。した
がって、1894年〜1895年にかけて行われた日清戦争は、
日本が中国と戦った戦争であり、その結果、下関講話条約で日本
が獲得した台湾は、中国から割譲を受けたものである――そう思
い込んでいる人が意外に多いのです。
 しかし、これはとんでもない間違いなのです。清朝は中国では
ありません。日清戦争は日本と清帝国との戦争であり、日本と中
国の戦争ではないのです。なぜなら、中国という国家はその時点
でまだ存在していなかったからです。したがって、台湾について
は、中国の一部ではなく、清帝国の辺境だったのです。
 その理由としては、次の2つを上げることができます。
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 1.まず、人種が違うということである。清朝の皇帝は満州人
   であって、中国人(漢人)ではないのである
 2.清朝は中国の外の瀋陽で建国されており、確かに中国を支
   配したが、それ以外の国も支配していること
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 清朝の皇帝は満州族なのです。清という国は、満州族の一部族
である愛新覚羅氏が建てた王朝なのです。考えてみると、テムジ
ンが当初活躍したのは、現在の中国の東北地区に当たる満州の地
域なのです。
 清朝は1636年に瀋陽で建国されており、中国に入って支配
したのは1644年からのことです。それから1912年までの
268年間、清朝は中国を支配したのですが、中国だけではなく
清帝国を構成する五大種族に君臨したのです。
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  1.満州族 ・・・・・・・・ 八旗の議長
  2.モンゴル族 ・・・・・・ 大ハーン
  3.漢族 ・・・・・・・・・ 明朝の皇帝
  4.チベット族 ・・・・・・ 大施主
  5.東トルキスタン族 ・・・ ジューンガルの支配権
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 清朝の皇帝は満州族に関しては、「八旗」と呼ばれる8部族の
部族長会議の議長であり、モンゴル族に関しては成吉思汗以来の
遊牧民の大ハーン、漢族にに関しては洪武帝以来の明朝の皇帝の
地位を引き継いで皇帝として支配したのです。
 チベット族に関しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の、チ
ベット仏教最高の保護者である大施主、東トルキスタン族に対し
ては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を引き継いで、オア
シス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していたのです。
 これらの五大種族の中で漢族だけはどちらかというと低く扱わ
れていたのです。他の4つの種族は自治が認められていたのに対
し、漢族だけは清朝帝国の使用人である官僚を通して統治されて
いたからです。
 漢族は科挙の試験に合格して官僚にならない限り、中国の行政
には参加できず、辺境の統治にも帝国の経営にも参加することは
認められなかったのです。いわば、漢族は清帝国の二流市民であ
り、中国は清朝の植民地の一つだったのです。
 これに比べてモンゴル族は、清朝の建国に当初から参加した関
係で、新帝国では満州族に準ずる地位を与えられていたのです。
モンゴル人の貴族たちは、清朝の皇族と同じ爵位を与えられ、皇
帝から俸禄を支給されていました。それにモンゴル族の庶民は、
それぞれ自分の領主に治められていて、清朝に税金を払うことは
なかったのです。
 それにもかかわらず、清朝は中国王朝であり、清帝国は中華民
国であったという誤解がはびこっているのです。どうしてこうい
うことになったのでしょうか。
 これに関して、東京外国語大学名誉教授、岡田英弘氏は次の3
つの原因を上げています。
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 1.「国家国民」という新しい観念が世界中に広まったこと
 2.20世紀における中国人による政治的宣伝の結果である
 3.ヨーロッパ人やアメリカ人の勘違いがそれに加わること
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 われわれは「国家」という言葉を何気なく使いますが、国家な
どという政治制度は18世紀の末まで、世界中のどこにも存在せ
ず、あったのは君主制と自治都市だけである――岡田氏はこのよ
うにいい、次のように述べています。
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 アメリカ独立でも、フランス革命でも、国王の財産を市民が強
 奪して、国家がはじまったのだが、こんどは国家の正当な所有
 権者がだれかが問題になる。国家の所有権は「国民」に帰属す
 る、ということになると、こんどはその国民とはだれかが問題
 になる。そこで、「国土」に住んでいる者が国民だということ
 になる。そうすると、それまでにはなかった「国線」を引いて
 その内側の住民を国民と見なして、同じ「国語」を話し、同じ
 「国史」を共有することを強制するようになる。  
       ――岡田英弘著、『皇帝たちの中国』、原書房刊
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 これに乗じた中国の政治的な宣伝があるのです。中国人の国民
主義(ナショナリズム)は高揚して「大漢族主義」の主張により
満州人も漢人はもともと同じ中華民族であり、その清朝の皇帝に
臣属しているモンゴル人もチベット人も漢族であるという乱暴な
主張をしているのです。
 加えて、ヨーロッパ人やアメリカ人は海路を通って清帝国に入
ったので、清帝国支配権の中国部分しか見ておらず、清国イコー
ルチャイナと誤解してしまったのです。 ・・・・・[義経27]


≪画像および関連情報≫
 ・「八旗」とは何か
  「八旗」とは、清の時代の、清の支配民族である満州族の社
  会組織・軍事組織のことである。8つの旗と呼ばれる社会・
  軍事集団が編成され、全ての満州族がこれに配属された。女
  真族を統一して清を興したヌルハチが、女真族固有の社会組
  織を元に創始した。また、この制度を指して八旗と呼ぶ。
 ・≪軍旗の色≫
   1.黄色の縁取りあり  3.紅色の縁取りあり
     黄色の縁取りなし    紅色の縁取りなし
   2.白色の縁取りあり  4.藍色の縁取りあり
     白色の縁取りなし    藍色の縁取りなし

1657号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 源義経=成吉思汗論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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