2000年04月12日

●複雑系は知のパラダイムだ(EJ第358号)

 本日からはじまる3回のシリーズは、2000年4月12日か
ら14日にかけて記述されたものです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今朝から断続的に「複雑系」の話をします。複雑系の話を複雑
に話したのでは頭が混乱しますので、可能な限り分かりやすく説
明することにします。
 田坂広志氏の著書『これから日本市場で≪ネット革命≫何が起
こるのか』(東洋経済新報社刊)をよく読むと、ネット革命は必
然的に「ナレッジマネジメントの進化」をもたらすということが
分かってくるのですが、そのナレッジマネジメントは、複雑系と
密接な関係があるのです。実は、田坂広志氏は、この複雑系の専
門家なのです。
 「複雑系」とは何でしょうか。複雑系は1995年頃からさか
んにいわれるようになり、1997年の夏頃までブームが続くの
ですが、最近では、書店で探しても複雑系の本はほとんど消えて
しまっています。しかし、これは一過性のものではなく、現在は
深く静かに潜行しているのです。複雑系を登場させたのは時代の
要請だからです。
 思えば、1995年〜1997年といえば、ウインドウズ95
のブームでPCが売れて、インターネットが流行り始めた年です
が、一方でバブルが崩壊し、長引く不況の中で誰しもが「時代が
変化している」ことを実感したはずです。そういうときに複雑系
が登場したのです。
 さて、「複雑系とは何か」という疑問に対して、「複雑系とは
新しい知のパラダイムである」という答えがあります。これに対
しては、「?」となってしまう人も多いと思います。
 まず、「パラダイム」ということばから解明しましょう。岩波
『広辞苑』では次のように定義されています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「パラダイムとは、一時代の支配的な物の見方である。特に、
 科学上の問題を取り扱う前提となるべき、時代に共通の体系的
 な想定である。天動説や地動説の類」。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 要するに、時代を支配している考え方、誰でもがそうだと信じ
ている固定観念がパラダイムなのです。したがって、「新しい知
のパラダイム」とは、固定観念を打破する革新的な考え方であり
複雑系がまさにそれを象徴するものなのです。
 「テーラー・システム」というのをご存知ですか。それは、科
学的な労働の管理方式です。フレデリック・テーラーは、旋盤工
から製鉄会社の技術長になった人ですが、彼は労働の能率化を図
って、全体の作業を細かく分割し、1つひとつの動作に還元した
のです。そして、各動作が合理的に行えるように工場内の配置を
行うとともに、各動作にかかる時間と労力を算出し、その合計を
一日の仕事量としたのです。賃金もその仕事量から計算されたわ
けです。
 テーラーは、要するに、複雑に見える現象(全体)も細かく分
けていくと、単純なシステム(部分)が入り組んで構成されてい
るに過ぎないと考えて「テーラー・システム」を考え出したので
す。この考え方は科学の世界では大成功したのです。
 物質を分子に分解し、分子を原子に分解し、原子を素粒子に分
解し、素粒子を6種類のクォークに分解することで、物理学は自
然の根源的な仕組みを明らかにできたのです。
 われわれは「分析」という手法を使いますが、「分析」とは、
対象を研究しやすいサイズの小さい部分に分割し、それぞれの部
分の性質を詳しく調べることによって、対象の全体的性質を理解
する手法のことです。そして、これまでこの手法は、宇宙、地球
自然、社会、市場、企業などの概略の姿を知るうえでは大変に有
効に機能したのです。
 しかし、ここにきてこの「分析」の方法には限界が見え始めた
のです。その限界とは、田坂氏によると「対象を分割するたびに
大切な何かが失われる」ことだというのです。とくに、対象が生
物の場合、全体を部分に分割していくと、全体が見えなくなって
しまうのです。それに最近では、経営をはじめ、さまざまなもの
が生物化しつつあり、従来の分析という手法では、解明できなく
なりつつあるのです。
 複雑系の法則のひとつに、「複雑化すると新しい性質を獲得す
る」というのがあります。もしこの法則が正しいとすると、分析
という手法は無力化するのです。
 物理学と違って生物の場合は、「細胞」が集まると「組織」、
「組織」が集まると「器官」、「器官」が集まると「臓器」にな
ります。そのそれぞれが上位のものは下位のものとは異なった性
質を持っているわけです。これが「複雑化すると新しい性質を獲
得する」という意味なのです。したがって、下位のものの性質を
いくら調べても、それをもって上位の性質を論ずることは出来な
いのです。つまり、対象が生物の場合は、分析という手法は使え
ないことになります。
 別の例をあげましょう。どうも身体の具合がわるいので、病院
に行って診断してもらったとします。さまざまな検査をしたので
すが、異常は発見できなかったとします。しかし、具合はやはり
良くないのです。こういうことはよくあることですね。これは、
慢性症に見られる現象です。
 この慢性症の対極にあるのが感染症です。感染症の場合、分析
をして小さな要素を分けていくと、最終的には病原菌という原因
に突き当たるのです。この場合は、原因である病原菌を取り除く
と、劇的に治ってしまいます。
 しかし、慢性症には病原菌を探して取り除くという方法は適用
できません。ゆっくりと休養を取ったり、食事や生活習慣を変え
るといった対応が必要になります。つまり、慢性症を総体として
受け止める必要があるのです。
 これは、病気の原因になる要素を取り除き、人間が生来持って
いる自然治癒力、または自己治癒力を高めるようにするという治
療法です。この考え方こそ複雑系の考え方そのものなのです。こ
の考え方を経営であるとか、システムであるとか、ネットワーク
にあてはめるとそこに全く違った世界が見えてくるのです。
                 −−[複雑系の話/01]
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック