2001年07月27日

●日銀は不況を創り出している?(EJ第667号)

 かつての日銀の法王、一万田尚登はその体験から後輩たちに次
のようにいっていたといわれます。
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  『日銀は鎮守の森のように静かで目立たないほうがいい』
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 これは逆にいうと、日銀の権力がいかに大きいかということを
示していると思います。「力のある者は決してそれを誇示しては
ならない」というのが一万田尚登の教訓だったのです。
 日銀とかつての大蔵省といえば、どうみても大蔵省の方が権力
があるように見えます。法的にいえば、日本経済は明らかに大蔵
省がコントロールしていたのです。
 国税庁と税務署を通じて税を、主計局を通じて国家予算を、理
財局を通じて債券発行を、国家金融局を通じて外国為替への介入
と国際的な資本の流れを、税関を通じて輸出入を、証券局と証券
取引委員会を通じて証券取引を、銀行局を通じて銀行部門を支配
しているのです。このように書いてみると大蔵省が、いかに凄い
権力を持っていたかということがわかると思います。
 大蔵省に比べると日銀などは完全な黒子に見えます。日銀は金
融政策を実施できますが、大蔵省は法律によって日銀を監督する
権限を与えられていたのです。しかし、それは日銀が独立性を勝
ち取った1998年までの話ですが・・・。
 それに日銀総裁をはじめとする日銀関係者は、かの一万田教訓
を守っていているせいか、あまり人前には出てきません。速水総
裁などはときどきテレビに出てきますが、印象としては何となく
弱々しい感じです。しかし、それはあくまでポーズであり、肝心
なところは総裁は絶対に妥協していないのです。
 日銀のプリンスたちとしては、この強大な権力を持った大蔵省
を何とかしたいと心の中では考えていたと思うのです。日銀はそ
のため意図的にバブルを創り出し、それを潰して不況を長期化さ
せた疑いが濃厚なのです。そういう状況になって一番困るのは大
蔵省だからです。
 大蔵省にとって不況はその存立基盤を脅かすのです。不況は法
人税や所得税、消費税の減少を招きますし、失業給付や社会保障
給付も増大するからです。それに不況が長引けば政治家が政府に
総合景気対策費の支出を要求してくるに決まっています。
 入ってくるものが減少して出ていくものが多くなれば、予算は
赤字になります。赤字は国債発行で賄うことになりますが、これ
も大蔵省の責任になってしまいます。だから、大蔵省は不況を嫌
うのです。日銀はこれを狙って長期不況を創り出したのではない
かという推理です。
 ここで疑問が出てきます。法的に大蔵省に監督されているはず
の日銀が長期不況を創り出すことができるのでしょうか。
 結論からいうと、それは可能なのです。しかし、これを説明す
るにはいくつかの前提的な知識が必要です。そういうわけで、こ
れについては、少し間を置いてご説明することにします。来週か
らは少しの間別のテーマを取り上げます。
 しかし、日銀がどのようなことをしているのかということは、
少し触れておきましょう。1992年〜1994年まで政府は4
回にわたって45兆円という総合経済対策費を投入しています。
1990年度後半には一連の景気対策としてさらに60兆円以上
が使われています。とんでもない巨額な資金投入です。
 しかし、景気は回復しなかったのです。なぜでしょうか。
 それは、財政支出が国債発行でまかなわれたからです。国債を
発行すれば民間部門から資金を吸い上げることになるからです。
そういうときこそ日銀は信用創造拡大をやるべきなのです。要す
るに、通貨を印刷してマネーサプライを増やすことです。
 そのとき日銀が何をやったかは、昨日のEJ666号に添付し
たグラフを見ればわかります。このグラフは名目GDPと日銀の
信用創造量(日銀が紙幣を印刷した量)の関連を示すものです。
 1980年代に日銀は信用創造量を大量に増やしているのがわ
かります。これはバブルの時期ですから、バブルのときにせっせ
と通貨の量を増やしてバブルを過熱させる結果となっています。
 しかし、1990年代に入ると日銀は一挙に信用創造量を減少
させています。それも急転直下です。そして政府が総合経済対策
費を投入しはじめた1992年にはほとんどゼロになり、199
5年にはマイナスの領域に入っています。これは、日銀が購買力
を経済から引き上げたことを意味します。
 本来であれば、信用創造量を増加させなければならないときに
逆のことをやっているのですから、せっかくの総合経済対策費、
45兆円が効くはずがないのです。1995年5月から1997
年のはじめまで信用創造量は少し増大に転じますが、その年の後
半にはまた減少しています。要するに、日銀は1990年代を通
じて積極的に通貨を印刷しようとしていないのです。
 大蔵省はなかなか不況から抜け出すことができないため、円安
政策をとろうとします。その場合、大蔵省は額を指定してドルを
買えと日銀に命令します。日銀はその命令にしたがって素直にド
ル買いを行うのです。
 この場合、大蔵省としては日銀がドルや米国債を買うのに必要
となる円を印刷すると思っています。市場から大量のドルを買い
円が市場に増えれば当然円の価値が下がるからです。
 しかし、日銀は国債その他の債券を国内投資家に売り、その代
金で外国為替市場介入を行ったのです。つまり、通貨を印刷しな
いで円を国内経済から吸い上げたのです。これでは、ドルが減っ
ても円が少なくなりますから、円安にはならないのです。
 「通貨を印刷する」というと、すぐインフレになるとわれわれ
は考えます。しかし、今の日本の経済状態では少しぐらい通貨を
印刷してもインフレなどにはならないのです。インフレになるぞ
というのは、日銀がそれをしないための断り文句なのです。明ら
かに日銀は不況を創り出しているといえます。
               −− [円の支配者日銀/23]
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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