2001年07月23日

●戦前の日本と戦後の日本は別の国(EJ第663号)

 EJ662号ではクイズを出しました。何人かの方から回答を
いただきました。米国という答えが多かったですが、中には正解
の方もありました。
 答えは「1920年代の日本」です。当時の日本は、自由放任
の経済システムを有し、純粋な自由市場資本主義の国だったので
す。企業は必要に応じて中途採用を行い、必要がないと判断した
ときは容易に解雇したのです。従業員の方もより良い職場があれ
ば躊躇なく辞め、条件の良い職場に移ったので、転職率は198
0年代の日本に比べて3倍以上になっています。
 それに1920年代には本物の資本家がいたのです。個人や一
族が企業の株式の相当部分を保有していたのです。どの株式でも
個人株主が大半を占めたのです。1990年代初期の個人株主の
比率は15%以下であり、対照的です。
 また、大企業の取締役の大多数は社外重役であり、いずれも株
主から送り込まれた人たちです。これに対して、1990年代は
大企業の取締役の90%以上が社内の企業経営陣から選ばれてい
ることはご承知の通りです。
 1920年代において株主の力が強かったのは、企業が資金の
半分以上を株式市場で調達していたからです。この時代の株主は
高い配当を要求し、企業は利潤のできるだけ多くを配当として支
払わなければならなかったのです。
 貯蓄率についてはどうでしょうか。現在の国内総生産に占める
消費の割合は現在は60%以下ですが、1920年代には80%
であり、現在の米国とそっくりです。所得の中で貯蓄に回される
割合は現状は20%ですが、1920年代は5%に過ぎなかった
のです。
 このように戦前の1920年代の日本と1990年代の日本と
は、まるで別の国のように変わってしまっているのです。どうし
てこのように変わってしまったのでしょうか。
 その理由ははっきりしています。それは「戦争があったから」
です。戦争によって日本は戦時経済に移行することになり、19
20年代の経済体制とは大きく変わらざるを得なかったのです。
それに1920年代が深刻なデフレ経済であったことも当時の経
済体制を変えようという方向に力が働いたことは確かです。
 また、1929年の株価大暴落が起こって世界中の経済が混乱
し、失業者が街にあふれるという事態が発生し、資本主義体制と
いうものに対する疑問が出てきたのもこの頃なのです。政府があ
まり介入できない自由市場資本主義が果たしてうまくやっていけ
るのかという疑念が起こっていたのです。当時、ソ連は大恐慌の
影響をほとんど受けず、失業者も出ていなかったのです。
 さて、一般的な認識では、日本の戦前の体制はおかしかったが
戦争に負けて日本は新しい民主主義国家に生まれ変わったという
とことになっています。
 しかし、よく調べてみると、それは違うようなのです。それは
戦時経済体制と、戦後に占領軍主導でとられた体制を調べてみる
とわかるのです。そこには、ある意図によって、戦後体制を19
20年代のような自由市場資本主義にはあえて戻さず、むしろ戦
時中にとられていた体制を民主主義の旗の下に、巧妙に維持する
政策がとられていたといえるのです。
 どうしてそんなことができたかというと、戦時経済体制を作り
上げたエリート官僚たちが、戦後も引き続き指導的な地位に留ま
り、首相にまで就任するなど日本をコントロールしたからです。
日銀もその中で重要な役割を果たしているのです。
 1938年4月、国家総動員法案が議会に提出され、多くの反
対を押し切って成立します。この法律は国中のあらゆる物資の動
員を許すというものであり、具体的な内容は政令で定めるという
事実上白紙委任状に等しいものだったのです。
 この時期国を動かしていたのは軍部ですが、その手足となって
動いていたのはエリート官僚たちです。国家総動員法によって彼
らは何でもできる権限を手に入れたのです。1940年にこれら
日本の官僚は、新金融体制、新財政政策新労働体制という3つの
柱から成る新経済体制を宣言します。
 全体の調整機能は1937年に設立された企画院が握ることに
なったのですが、この企画院はいわば軍事経済の参謀本部の役割
を果たしたのです。
 この新経済体制の狙いは、簡単にいうと、個人が貯蓄し、企業
は利益を再投資する経済機構を作ることにあったのです。そして
そのためのインセンティブを与えることもその狙いなのです。
 株主の目標は利潤を多く得ることです。株主が一番関心を持つ
のが高い配当であるとすると、企業が再投資する資金はなくなり
経済成長は遅れることになります。この論理から株主は成長にと
って邪魔な存在であるということになります。
 一方、経営者は企業内部で出世すると威信が高まり、企業の資
源に対して大きな権限をふるうことができます。株主と労働者の
目的は経済成長には結びつかないものの、経営者の目標は経済成
長を促進する国家の目的と一致するのです。
 要するに、株主と労働者の力を奪い、経営者の力を強めてやれ
ば、経済成長を促進できる−−1930年代の為政者はそのよう
考えたわけです。しかし、労働者の力を収奪しすぎると、その不
満が共産主義に結びつく恐れがあり、むしろ労働者に企業内部の
事柄に対する発言力を強めるようにし、会社家族主義のイデオロ
ギーを植え付けるべきであるというように考えたのです。
 結局、成長に一番の障害になるのは株主であり、大企業が優勢
に立つ経済では、資本家なしの資本主義が一番ベストであるとい
う結論に達したのです。
 戦前の為政者たちは、これをひとつずつ実行に移します。経営
者の地位は引き上げられ、株主の権限は縮小されます。企業は株
主の所有物ではなく、そこで働く者の共同体であるということに
なり、配当の伸びに制約が加えられるようになったのです。
 このようにして、1920年代の経済体制から、現在の日本に
近い体制が作り上げられていったのです。
               −−[円の支配者日銀/19]
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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