イメージの強い岸田内閣が、所得税の減税をやるとはよほど差し
迫った事情があると考えられます。やはり総選挙を意識している
のでしょうか。今日のEJの執筆時点での最新の情報では、次の
ような減税が考えられています。
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◎「期限付き」所得税の(定額/定率)減税
2023年10月20日現在
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「所得税の減税」で思い出すのは、1997年の橋本政権のと
きの特別減税。1997年といえば、当時の巨大証券である山一
証券が、帳簿に載らない債務「簿外債務」が拡大し、資金繰りが
行き詰まるとの判断から、自主廃業を決定したことです。
当時は橋本龍太郎内閣。橋本首相は、村山内閣のときに決まっ
ていた消費税率3%から5%への引き上げを行い、経済対策とし
て2兆円規模の特別減税を指示しています。
ちなみに村山内閣というのは、自民党、社会党、新党さきがけ
の3党が「自社さ」連立政権の成立で合意し、村山富市社会党委
員長を首相とする内閣のことです。消費税は、竹下登内閣の19
89年4月1日から税率3%ではじまっています。
まさか廃業するとは誰も思っていない山一証券が廃業するなど
国内が深刻な金融危機と不況の社会不安が広がっていたこともあ
り、橋本内閣としては所得税の減税を実施しようとしたのです。
どのような減税だったのでしょうか。
1998年分の所得税から本人は1万8千円、扶養家族は1人
当たり9000円を税額から差し引くなどの「定額減税」であり
1998年4月には追加で2兆円規模の減税になっています。
1998年7月には参院選があり、当然橋本首相はその先頭に
立って選挙運動を行っていました。当時橋本内閣は支持率が高く
間違いなく選挙に勝てるという手応えを掴んでいたのです。
そのためか、橋本首相は、1999年以降は上限を設けた上で
税額から一定割合を引く「定率減税」に切り替えて、これを「恒
久減税化」することを考えていたのです。その構想が選挙運動中
に「ポロッ」と出てしまったのです。そのいきさつを当時の朝日
新聞は次のように報道しています。
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「特別減税のようなものではなく、恒久的な税制改革として打
ち出されていくと期待している」──橋本首相は、1998年7
月3日の記者会見で、税制改正を巡り、こう発言した。この発言
は恒久減税の実施を明言したと受け取られたが、2日後のテレビ
番組で「財源はどうするのか」などと追及されると、「恒久減税
という言葉は使っていない」とトーンダウン。「首相迷走」と一
気に批判を浴びた。
8日の記者会見で「99年からの所得税の恒久減税」を明言し
て収拾を図ろうとしたが、有権者の不信感を 払拭 することはで
きなかった。12日の投開票日。自民党は改選61議席を大きく
下回る45議席(追加公認を含む)と惨敗した。
──朝日新聞より
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所得税の減税には、このような橋本内閣の「負の遺産」があり
リスクを伴いますが、岸田首相としては、何をやっても支持率が
上がらない焦りからか、一種の賭けに出たものと思われます。し
かし、恒久減税ならともかく、期限付き所得減税であり、それが
国民にどれほど受け入れられるかは疑問です。
実施したのはいいが、すぐやめてしまうのでは所得税減税の効
果がないのです。そのため、橋本首相は「何とかこれを恒久減税
にしたい」と思っていたからこそ、失言したものと思われます。
なお、今回の所得税減税には与党内からも慎重論があります。
10月19日の日経の「オピニオン」において、日本経済新聞社
のコメンテーターの小竹洋之氏は次のように書いています。
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そもそも日本に税収増を還元する余裕があるのだろうか。国際
通貨基金(IMF)は最新の世界経済見通しを盛り込んだ報告書
で、主要27カ国の国内総生産(GDP)に対する公的債務残高
の比率を示した。コロナ危機前の19年から22年までの上昇幅
をみると、日本の24ポイント弱が最も大きい。
賃上げ促進税制などの拡充はともかく、幅広い所得減税に踏み
込むような局面なのか。むしろ24年度予算案に盛り込む防衛費
や少子化対策、グリーン投資の財源に充て、この先に控える増税
や社会保険料の引き上げを少しでも抑えるほうが賢明に思える。
日本の物価高は、資源や食料などの輸入価格の上昇が起点だ。
米欧とは逆方向の大規模な金融緩和が誘発した円安に助長された
面もある。これらを放置したまま、一時的な補助金や減税で痛み
を抑え続けるのは限界があろう。
──小竹洋之著「不思議の国 税収還元セール」
2023年10月19日付、日本経済新聞「オピニオン」
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岸田内閣は、なぜこれほど焦っているのでしょうか。
それは、10月15日に投開票された東京都議選の立川市選挙
区補欠選挙(欠員2)で自民党公認候補が敗北し、自民内で動揺
が広がっているのです。
今日のEJの時点では結果のわかっている2つの補選──参院
徳島・高知と、衆院長崎4区があります。いずれも与野党対決の
構図になっており、その結果はストレートに与党に響きます。自
民党がこれに敗れると、選挙どころか「岸田降ろし」が起きても
おかしくない事態です。
しかし、国民は「減税は選挙目当て。後から増税が来る」と警
戒しており、今回の所得税減税がどれほど効果があるのか、きわ
めて疑問であるといえます。
──[物価と中央銀行の役割/042]
≪画像および関連情報≫
●岸田首相の“セコさ”目立つ経済政策・・「所得税減税は
期限付き」に寄せられる国民の不信と不満
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10月20日に招集された臨時国会。最大のテーマは「経
済対策」だが、早くも岸田首相の「セコさ」ばかりが目立っ
ている。「注目されるのは所得税減税です。自民党は17日
に提言を首相に手渡しましたが、そのなかにはかねてから主
張していた所得税減税は盛り込まれていませんでした。周辺
を取材すると、「所得税減税」ついては首相が打ち出す。そ
の前に党に出されるとインパクトが弱くなる」と言うことで
党は忖度をしたようです。
永田町では「自作自演か」とまで酷評されていますよ。支
持率回復のために、なりふり構わずなようです」と政治担当
記者。それを裏付けるように、20日になり首相が自民党と
公明党に“期限付き”の所得税減税を検討するように指示を
出したと報道されている。「減税の期間や規模については今
後の与党内協議に委ねられますが、“期限付き”の文言に与
野党から、『首相には期限内に景気が良くなる確信や秘策が
あるのか』と疑問の声が上がりました」(前出・政治担当記
者)国民にも不信と不満がありありのようで、ネット上には
このような声が多く寄せられている。《予想通り所得税減税
やって来たよ。でもショボい期限付きW》《今更だしその期
限って選挙終わるまででないの?》《年収400万の人間だ
ったら年間を通したところで減税額なんてよくて年間で2〜
3万円ですよね》など。 https://onl.bz/UgJFqsV
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日本に税収増を還元する余裕があるか