2023年10月12日

●「高インフレを読み誤ったFRB」(第6026号)

 コロナ禍のとき、米FRBは何をしていたのかについて知って
おく必要があります。以下の記述は、次の新刊書を参考にさせて
いただいています。著者の河浪武史氏は、日本経済新聞社金融・
市場ユニット金融部長です。
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                  河浪武史著
     日本銀行/虚像と実像/検証25年緩和
             ──日本経済新聞出版
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 コロナ危機に対応する米FRBのゼロ金利・量的緩和でも株安
をどうしても止められないでいたのです。そのため、FRBは、
2020年3月23日に「無制限に国債を購入する」決断をした
ところ、ようやく株価は下げ止まっています。
 このときパウエル議長の率いるFRBが恐れていたのは、デフ
レであり、「経済の日本化」です。当時米国のインフレ率は目標
である2%を下回っており、ここで企業の設備投資を押さえつけ
てしまうと、経済の成長力そのものが失われ、経済は長期停滞に
陥る──これだけは避けなければならないと考えていたのです。
 このとき、FRB内部で一番真剣に検討されたのが、YCC導
入です。YCCを定義すると、次のようになります。日銀では、
現在も黒田前総裁のときから実施しているYCCを継続して行っ
ています。
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◎YCC/Yield Curve Control
 イールドカーブコントロールは、中央銀行が特定の国債の利回
りをターゲットとし、買い入れ操作を通じてその利回りをコント
ロールする金融政策手法のことである。通常の量的緩和政策では
資産の買い入れ額を決定するが、YCCでは特定期間の利回りを
ターゲットに設定する。
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 FRBも1942年にYCCを導入しています。第2次世界大
戦のときです。米連邦政府の戦費の調達を助けるために導入した
ものの、戦後も連邦政府の圧力が続いて終了できず、低金利政策
が長く続くことになったのです。
 コロナ危機の今回もYCC導入が検討されましたが、FRB内
部プロパーで構成する執行部が強く反対を主張します。執行部は
「40年代の経験からすれば、政府債務の大量購入を求められ、
金融政策の目的と国債管理政策が対立する可能性がある」として
反対し、結局YCCの導入は見送られています。
 しかし、2020年4〜6月四半期の実質GDP成長率は前期
比マイナス29・9%(年率換算)という大変な落ち込みになっ
たのです。
 失業率は、2月3・5%、3月4・4%、4月14・7%まで
急上昇し、失業者数は570万人、720万人、2300万人と
大幅に増加し、米国景気はマヒ状態に陥ります。戦後最悪のマイ
ナス成長であり、戦後最悪の失業率です。
 事態の深刻さに気が付いた米議会は、3月6日には第1弾の経
済対策として、コロナ検査の拡充など83億ドルの財政出動を決
定、3月18日には1000億ドル規模の経済対策第2弾を発出
し、27日には過去最大の2兆ドルの経済対策第3弾が成立して
います。
 この米政府による大判振る舞いによって、中小企業に3500
億ドルの補助金、家計には1人最大1200ドルの現金を支給し
たほか、家賃の支払いや食材の購入などを支援しています。この
過去最大の巨額な財政出動を支えたのが、FRBが無制限に国債
を買い入れる量的緩和政策です。つまり、米国も日本と同じよう
に、異次元の金融緩和政策をやっていたことになります。このと
きは、長期金利は大幅に下落し、5月には史上最低の0・5%ま
で下がっています。
 米国のコロナ禍での金融緩和策で大活躍のパウエル議長に対し
て、トランプ大統領は電話をかけて、「ジェローム、グッドジョ
ップ!」とねぎらいの言葉をかけたといわれています。
 2021年1月にバイデン政権が誕生しますが、バイデン大統
領は、前任者に負けないように、1・9兆ドルの新型コロナ対策
を発動しています。この追加財政出動の規模は名目GDPの9%
分であり、いささか多過ぎたといえます。
 なぜなら、トランプ政権では、経済封鎖を早めに解除し、20
21年の春時点での実質GDPは、ほとんど危機前の水準に戻り
つつあったからです。しかし、この頃から物価が上昇し、インフ
レ気味になっていったのです。しかし、パウエル議長は「物価上
昇は一時的であって、長く続かいと判断します。しかし、2%の
インフレ目標が安定的に目標の2%に戻るのには3年程度はかか
る」と考えていたのです。そのために1・9兆ドルの経済対策は
必要であると考えたようです。
 しかし、2021年の春になると、インフレは止まるどころか
激しくなっていったのです。消費者物価指数(CPI)上昇率は
2021年3月には2・6%、4月には4・1%に急上昇し、6
月には5%、10月には6%、12月には7%台になります。完
全なインフレです。
 2021年春の時点でなぜFRBがインフレを読み誤ったので
しょうか。FRBは、あらゆる経済データを高度に分析できる実
力を持っているのになぜこのミスを犯したのでしょうか。それは
コロナ危機で発生した供給制約を経済モデルにおいて的確にとら
えられなかったことにあります。
 それは、このインフレがこれまでのインフレと違い、需要面で
なく、供給面に起因する特殊なものであるからです。渡辺努東京
大学大学院教授が『世界インフレの謎』を上梓した理由でもあり
ます。パウエル議長はまだ難問を抱え、このインフレを制御でき
ていないでいる状態にあります。
           ──[物価と中央銀行の役割/036]

≪画像および関連情報≫
 ●「アメリカは利上げ終えた」と期待する市場の甘さ
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   FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレを退治したう
  えにアメリカ経済をソフトランディング(軟着陸)させるこ
  とに成功するかもしれないという期待が金融市場で着実に高
  まっている。物価上昇やその要因となる雇用市場の逼迫が落
  ち着き始めている指標が相次いで出ており、FRBの利上げ
  は事実上終わったとの楽観論も出ている。
   8月29日にアメリカ労働省が発表した7月の雇用動態調
  査(JOLTS)では、非農業部門の求人件数(季節調整済
  み、速報値)が882万7000件にとどまった。市場予想
  は950万件だったほか、2021年3月以来の低水準でも
  あり、予想以上に、労働需給の逼迫が緩和していると思われ
  た。市場はすぐさま反応した。同日は、株式市場でS&P5
  00指数が1・5%高となり、6月上旬以来の大幅上昇。ハ
  イテク株中心のナスダック総合指数も1・7%上昇と直近1
  カ月で最大の上げ幅を記録した。債券市場でも、政策に敏感
  に反応するアメリカ2年物国債利回りは0・12ポイント低
  下で4・89%、ベンチマークでもある10年債利回りは、
  0・1ポイント低下して4・12%となった。
   9月1日に発表された8月の雇用統計でも非農業部門雇用
  者数は18万7000人増加と市場予想を上回ったものの、
  6月と7月の伸びがそれぞれ下方修正された。
         https://toyokeizai.net/articles/-/698836
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苦悩するパウエル米FRB議長.jpg
苦悩するパウエル米FRB議長
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物価と中央銀行の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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