しかし、ここから先が大変なのです。生計費指数とは、各家庭の
生計費をもとにして算出した一種の物価指数であり、一定の標準
生活を営むために必要な費用と変動を示す指数のことです。一般
的に、食費、光熱費、被服費、住居費、雑費の5つの指数を計算
して算出します。
そもそも消費者というのは、財やサービスを消費することによ
って、自分の欲望を充足するのです。そこに財やサービスの本人
の好みが影響してきます。すなわち、その消費者が財やサービス
を消費することで得られる満足の度合いを「効用関数」と呼びま
す。しかし、自分以外の消費者の効用関数を計算することは至難
の業です。
渡辺努東京大学教授は、自著において、自分の効用関数を使っ
て、生計費指数の簡単なモデルを計算しています。それが次のモ
デルです。
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昨日 今日
価格 100円 90円
商品A 購入数量 11個 42個
金額シェア 0.11 0.38
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価格 100円 140円
商品B 購入数量 89個 44個
金額シェア 0.89 0.62
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生計費指数 1 1.25
──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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商品数が増えると煩雑になるので、このスーパーには商品が2
つ──商品Aと商品Bの2つしかないとし、消費者サイドには買
い物の予算が決まっていて、1日1万円としています。問題は、
消費者の効用関数です。Aの購入数量とBの購入数量に応じて、
どれだけの効用が得られるかの関係を示す関数です。このモデル
では、効用関数に関しては、渡辺教授自身が消費者として、自分
の効用関数を使って算出しています。
これについて、渡辺教授は、このモデルについて、次のように
説明しています。
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昨日の時点では、両方とも100円なのに、購入量がAは11
個、Bは89個と大きな違いがあります。これは私の効用関数は
Bから多くの効用を得るようになっているからで、それはつまり
Bが私の好物であるということだと解釈してください。自分の効
用関数を知っているというのは、自分の好物を知っているという
ごく自然なことになります。
そして今日は、Aの値段が下がったので、昨日は11個しか買
っていなかったAを、今日は42個買っています。一方、Bは値
段が上がったので、44個に減っています。
私は自分の効用関数を知っているので、生計費指数を計算する
ことができます。実際に計算すると、昨日を1とすると、今日は
1・25となり、25%上昇したことがわかります。これは、昨
日と同じ効用をもたらす買い物をしようとすると、出費が25%
増えるという意味です。
──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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しかし、この計算は、渡辺教授の効用関数がわかっていたので
できたものです。しかし、消費者個々の効用関数を知ることは困
難です。したがって、生計費指数の近似値を計算するいくつかの
指数の計算方法があります。それは、次の4つです。上記モデル
をこれら4つの指数で計算した結果は、次の通りです。
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◎生計費指数「1.25」の近似値
@ ラスパイレス指数 ・・・ 1.34
A パーシェ指数 ・・・ 1.16
B フィッシャー指数 ・・・ 1.25
Cトルンクビスト指数 ・・・ 1.27
──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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渡辺努教授の本には、上記4つの計算方法がそれぞれ掲載され
ていますが、話が複雑になるので省略します。4つの指数のうち
Bのフィッシャー指数とCのトルンクビスト指数について、渡辺
教授は次のように解説しています。
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フィッシャー指数は、ラスパイレス指数とパーシェ指数の誤差
を相殺する、いわば毒をもって毒を制すというアイディアから生
まれたものです。この直観は素晴らしいものでしたが、これが正
しいと厳密に証明されたのは半世紀後のこと、アーウイン・デイ
ーワートが1976年に発表した論文においてでした。ちなみに
その論文では、フィッシャー指数とよく似た構造をもつトルンク
ビスト指数というものも、生計費指数のよい近似であることが示
されています。先ほどの例でトルンクビスト指数を計算すると、
1・27であり、生計費指数を若干上まわっているものの、十分
に近い値であることが確認できます。
──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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ここでの生計費指数の計算は、商品がAとBの2つしかないス
ーパーのモデルを使っています。しかし、実際には、多種多様の
商品が毎日売られているのです。そうした現実のデータに基づい
て物価指数の計算を行うには、商品を定義する必要があります。
これについては、来週のEJでご紹介します。
──[物価と中央銀行の役割/009]
≪画像および関連情報≫
●「フィッシャー指数」についての「チャットGPT」による
回答です。
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◎「フィッシャー指数」について教えて!
「フィッシャー指数(Fisher's index)」は、経済や統計
学の分野で使用される価格指数の一つです。アーヴィング・
フィッシャー(Irving Fisher) というアメリカの経済学者
によって考案されたことからその名が付けられています。
フィッシャー指数は、消費財やサービスの価格変動を測定
し、異なる期間の価格レベルを比較するために、用いられま
す。特に、インフレーション(物価上昇)やデフレーション
(物価下落)の影響を評価する際に役立ちます。
フィッシャー指数は、次の2つの指数の幾何平均を取るこ
とで計算されます。
@ラスパイラス指数(Laspeyres index): 基準期の価格で
消費者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動
を計測する指数です。基準期の数量で重み付けされます。
Aパーシャル指数(Paasche index): 比較期の価格で消費
者が購入する数量を固定して、異なる期間の価格変動を計
測する指数です。比較期の数量で重み付けされます。
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アーヴィング・フィッシャー氏