あるクリストファ・シムズ氏が来日し、日本で公演を行っていま
す。クリストファ・シムズ教授は、ゼロ金利制約下では金融政策
のみでは、物価を十分にコントロールできず、財政政策が重要な
機能を果たすという趣旨の講演を行い、注目を集めています。
2021年現在、日本政府は約1000兆円の国債を発行して
いますが、これらはいずれも利子を付けて返す必要があります。
返済原資は税収です。
さて、ここからは考え方の問題です。日銀券の発行主体は日本
銀行であり、国債のそれは政府(財務省)です。日銀も幅広い意
味で政府の一部と考えると、貨幣と国債の両者は税金を裏付けに
していることは明らかです。
民間の金融機関は、国債を日銀に売って、円を受け取るので、
市中に出回る円資金は増加します。ここで、貨幣という決済手段
の魅力が物価を決めるという立場に立つと、貨幣の供給量が増え
ると、貨幣の魅力は低下し、物価が上昇するはずです。
しかし、シムズ教授のFTPLでは、そのようには考えないの
です。それは、増えた貨幣量で国債を買っているからです。つま
り、貨幣量は増えたものの、国債はその分減っています。貨幣量
と国債の減少分は同額です。これは、親会社である政府の債務が
減る一方で、子会社である日銀の債務が同額増えるだけです。
ブラジルの場合は、インフレ率を下げるために利上げを行い、
国債の利払い費を増加させ、財政をさらに悪化させて、インフレ
を招いたわけですが、このケースでは、どのように措置すれば、
よいのでしょうか。
FTPLでは、将来の税収が減少すると予測するとき、物価が
下落すると考えるのです。例えば「減税する」ことを決めたり、
公共事業を増大させようとするとき、貨幣の裏付けになる将来の
税収は減収します。これによって、貨幣の魅力は減少し、需要も
減るので、その結果、物価が下がります。かくして、デフレは一
段と深化してしまったのです。
アベノミクス下の安倍政権はどうしたでしょうか。
安倍政権が行ったのは「減税」ではなく、真逆の「増税」だっ
たのです。しかも、2回に分けて、5%の消費税率を10%に倍
増させたのです。その結果、何が起きたでしょうか。
安倍首相は、本当はやりたくはなかったと思います。しかし、
民主党の野田政権の時に自民党も賛成して増税を法律化していた
ので、やらざるを得ない状況に追い込まれたのです。それでも、
海外を含めて多くの経済学者の意見を聞いたり、増税時期を延ば
したり、色々な努力をしていますが、森友問題が起きたこともあ
り、結局は実施せざるを得なかったのです。
これは、シムズ教授の指摘とは正反対のことをやったことにな
ります。これによって財政収支は改善し、貨幣はその魅力を高め
それが物価にさらなる下落圧力を加えたのです。増税ではなく、
減税をやるべきだったのです。渡辺教授は、シムズ教授の指摘を
次のように紹介しています。
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彼の指摘はこうです。2013年春以降、日銀はデフレを克服
するために金融緩和を行っており、日本の金利水準はゼロに限り
なく近い水準、場合によってはマイナスの水準にまで下がってい
る。この超低金利は、財政の利子負担を軽減させ、その分、財政
収支を改善させている。これは財政再建に取り組む財務省として
は歓迎すべきことである。しかし、物価の観点からすると、金利
負担の軽減にともなう財政収支の改善は、貨幣の魅力を高め、貨
幣の需要を増やす方向に作用し、それが物価への下押し圧力とな
る。方向は反対だが、金融政策が財政収支に及ぼす影響を無視し
ているという点で、日本はブラジルと同じ失敗を犯している。以
上がシムズの見立てです。
──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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故安倍首相は、「安倍晋三回顧録」(中央公論新社)のなかで
財務省は増税に反対し、延長する私の政権を倒閣させようとして
森友学園問題をぶつけてきたことを明かしていますが、これにつ
いて、朝日新聞は次のように書いています。
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森友学園への国有地売却をめぐる問題について安倍氏は、「籠
池泰典学園理事長という人物に一度も会ったことがないので、潔
白だという自信があった」と自身の関与を否定し、「財務省の策
略」の可能性に言及、「財務省は当初から土地取引が深刻な問題
だと分かっていたはずだ。でも、私の元には、土地取引の交渉記
録などは届けられなかった。森友問題は、マスコミの報道で初め
て知ることが多かった」としている。
2014年11月に消費増税の延期を争点に衆院解散・総選挙
に踏み切ったのは「増税論者を黙らせるためには解散に打って出
るしかないと思った」と説明。消費増税を2度延期したが「財務
省と、党の財政再建派がタッグを組んで、『安倍おろし』を仕掛
けることを警戒していたから、増税先送りの判断は、必ず選挙と
セットだった」と語っている。
──森岡航平氏による朝日新聞有料記事より
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安倍晋三亡き現在の岸田政権では、岸田首相を取り巻いている
スタッフのほとんどが財務省出身です。彼らは、ほとんど東大法
学部卒で、経済のことがわかっていない。それに不平等税制をそ
のままにしています。宏池会とはそういうグループです。
経済アナリストの森永卓郎氏によると、日本では年収300万
円台のサラリーマンよりも超富裕層の方が、税や社会保険料の負
担率が低いのです。金融所得課税や厚生年金保険料、健康保険料
に上限があるからです。こういうことを無視して、岸田政権では
防衛増税など大増税を企んでいるのです。
──[物価と中央銀行の役割/007]
≪画像および関連情報≫
●デフレの新しい治療薬/シムズ理論/玉手義朗氏
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デフレという病との、長い闘病生活を続けている日本。主
な治療薬は日本銀行が処方する金融緩和政策で、政策金利の
引き下げに始まり、ゼロ金利政策から量的金融緩和政策、さ
らにはマイナス金利政策と、より強い薬が投与されてきたが
効果は限定的だった。こうした中で「新薬」として注目され
ているのが、ノーベル経済学賞を受賞したアメリカ・プリン
ストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱している理
論だ。
「シムズ理論」は、財政政策によって物価をコントロール
し、デフレ脱却を図るというもの。物価のコントロールは金
融政策の役目とされてきたが、デフレが進んで金利がゼロ付
近にまで低下すると効果を失ってしまう。そこでシムズ教授
は、これまでに例を見ない、財政政策による治療法を提案し
ている。
シムズ理論の基礎となっているのは、財政政策で物価をコ
ントロールする「物価水準の財政理論」(FTPL)だ。シ
ムズ教授はまず、政府が大規模な財政支出を行うことを求め
ている。徹底的にお金を使って貨幣をばらまき、その価値を
下げてデフレからインフレにしようというのだ。その一方で
シムズ教授は、物価上昇率が目標に達するまでは、増税をす
べきではなく、場合によっては減税も視野に入れるべきだと
主張する。 https://onl.la/1A8SZAC
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シムズ教授の日本での講演