2023年07月18日

●「貨幣の魅力が物価を決める/本当か」(第5996号)

 7月14日のEJの重要部分を再現し、物価につい考えます。
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      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
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 渡辺努教授の本/『物価とは何か』の読者は、読み始めて間も
なく、ひとつの不思議な言葉にぶつかります。それは「貨幣の魅
力」という言葉です。貨幣は、モノを購入するさいの支払手段、
すなわち決済手段というサービスを提供してくれる魅力を持つも
のであるというのです。
 渡辺教授は、高級メロンを例として取り上げ、その魅力を説明
しています。高級メロンは甘くて、香りが良くて、とても美味し
いという特性があります。しかし、それが多くの人に行きわたる
ほど、数が取れない。だから、価格が高いというわけです。
 ということは、高級メロンという商品の魅力は、その特性と供
給力によって決まるといってよいのではないかということです。
商品と商品の交換比率がそれぞれの商品の魅力によって決まると
すれば、商品と貨幣の交換比率は、商品の魅力を、貨幣の魅力で
割ったものであり、それによって物価が決まる──渡辺教授はこ
のようにいっているのです。
 このように説明されると、少し腑に落ちるのですが、すぐわか
らなくなります。なぜなら、ここでいう商品の魅力の商品とは、
高級メロンのような個々の商品ではなく、そういう個々の商品を
含むあらゆる商品の総体、商品一般のことであるからです。渡辺
教授は、この商品総体のことを「蚊柱」に例えています。個々の
商品の総体、すなわち、「蚊柱」が物価であると。そして、渡辺
教授は「貨幣の魅力」について、次のように解説します。
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 「貨幣の魅力」というほうも実は謎めいています。貨幣はメロ
ンのように美味しいわけでもないし、スマホのように便利なわけ
ではありません。貨幣の魅力はどこから来るのでしょうか。そし
て、物価が動くというのは、その魅力が変化するということです
が、それはどういうことで、なぜ起こるのか。その答えはすぐに
は思い浮かびません。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
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 「貨幣の魅力」とは何でしょうか。
 それは、人々が貨幣を需要している、すなわち、欲しがってい
るからです。それでは、なぜ、人々は貨幣を欲しがるのでしょう
か。それは、貨幣があれば、それが欲しい商品やサービスを購入
するさいの決済手段として使えるからです。
 1974年の狂乱物価のときは、原油価格の高騰とは別の理由
で貨幣の供給量が増加していたので、決済サービスの供給もそれ
に応じて増加し、その分決済サービスの魅力は低下していたので
す。これは貨幣の低下に他ならないので、物価は上昇し、インフ
レになったというわけです。
 キャッシュレス社会の現代、決済サービスの手段は目まぐるし
く進化しています。とくに「○○ペイ」をクレジットカードを介
して銀行に紐づけておけば、モノやサービスの購入から支払い決
済まで、消費者は、一切、貨幣を目にすることなく、決済が可能
になります。この場合、決済サービスが物価に対して、どのよう
な影響を与えるかについても考える必要があります。
 このことに関連して、検討しておくべき財政理論があります。
この理論はアベノミクスのベースになっている財政理論といわれ
ます。米国のマクロ経済学者、クリストファ・シムズプリンスト
ン大学教授が主唱する理論です。
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   「物価水準の財政理論」/クリストファ・シムズ
    Fiscal Theorey of the Price Level/FTPL
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 これに関連して、1980年代のブラジルの高インフレを分析
してみる必要があります。ブラジルは、1970年代から高イン
フレに苦しんでいたのです。これによって、貨幣の魅力が減退し
ていたことになりますが、問題はその原因です。
 高インフレになったのは政府の放漫経営です。それをファイナ
ンスするため国債を発行し、それを中央銀行に買い取らせる貨幣
増刷を行い、金利を一定に保つ政策をやっていたのです。しかし
1980年代の改革で、金利を一定に保つ政策を改め、インフレ
の進行を抑える速度で、積極的に金利を引き上げる政策へと変換
したのです。つまり、インフレに対して、利上げを行い、金融引
き締めで対応するのは、正攻法であるといえます。
 しかし、1980年に年率100%だったインフレ率は、19
85年には、220%と加速してしまったのです。どうして、こ
のようなことになったのでしょうか。
 金融引き締めによって、金利は全般的に上昇し、国債金利も当
然高騰します。その結果、ブラジル政府の利払いは増加し、これ
が財政をさらに悪化させる方向に働いたのです。これによって貨
幣の魅力に2つの影響を与えたのです。1つは、貨幣の増発が抑
制され、貨幣の決済サービスの魅力を高める方向に働いたことで
す。2つは、利子負担の増加に伴う財政の悪化が貨幣の価値を低
下させたことであり、後者が前者を上回ったのです。
 問題は政府の債務残高です。政府の債務残高が低いときは、金
融引き締めによって物価上昇を抑制できますが、政府が巨額の債
務を抱えるときは、金利の変化は、財政に大ダメージを与えて、
物価が上昇し、インフレになるリスクが高いのです。これは、貨
幣の魅力の源泉は、決済サービスだけであると思いこんだブラジ
ル政府と中央銀行の失策です。しかし、これ、インフレとデフレ
の違いはありますが、日本の状況とよく似ていないでしょうか。
明日のEJで検討を進めます。
           ──[物価と中央銀行の役割/006]

≪画像および関連情報≫
 ●言葉は知っているがよく分からない「シムズ理論」とは
  (提供:株式会社ZUU)
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   シムズ理論とは一般的に、ノーベル経済学賞受賞者である
  米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱す
  る「物価水準の財政理論/FTPL」のことを指す。このシ
  ムズ理論とは、どのような理論なのだろうか。
   理論の骨格を一言でいうと、政府が財政支出を増やし、そ
  れを増税で返そうとしなければ、物価水準の調整、つまりイ
  ンフレが起きて、相対的に現金価値が減少することにより、
  財政赤字の帳尻が合うということだ。
   財政政策を行っても「将来の増税や歳出削減の可能性」を
  国民が感じ取ると、国民はそれを前提に行動する。つまり、
  将来の負担増加が見えているなら、国による景気浮揚策(=
  財政政策)が打たれても、財布の紐をあまり緩めることはせ
  ず、財政政策の効果を減退させてしまう。そうであれば、イ
  ンフレが醸成されるまで、将来の増税や歳出削減を行わない
  ことを約束し、国民が安心して所得を消費に回せる環境を作
  ろう、というのがFTPLの考え方だ。
   しかし、現実世界では、政府および指導者が「インフレが
  醸成されるまで将来の増税や歳出削減を行わない」と宣言し
  ても、国民がそれを簡単に信じるとは限らない。あくまでも
  FTPLは、政府および指導者と国民との間に確固たる信頼
  関係があることが前提の理論ということだ。
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クリストファー・シムズ教授.jpg
クリストファー・シムズ教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物価と中央銀行の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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