2023年07月14日

●「物価は何によって決まるか考える」(第5995号)

 素人は「物価とはモノの価格」と単純に考えます。黒田前日銀
総裁は、アベノミクスによるデフレ克服を実現するため、「2%
のインフレ目標」を掲げて、消費者物価指数(CPI)を2%に
引き上げ、それを安定的に維持するため、異次元の金融緩和を実
施継続しましたが、結局不発に終わっています。
 中東の原油価格が高騰し、石油関連製品の価格が上昇すれば、
素人なら誰でも消費者物価指数も上がると考えます。狂乱物価の
ときは、まさにその通りになったので、1974年のインフレの
原因は、原油価格の高騰ということになってしまったのです。
 しかし、後の研究によって、これは間違いであることがわかっ
ています。このように、個別の商品価格の変化を地道に積み上げ
ていけば、消費者物価の計算ができるんじゃないかという発想を
「会計理論」と呼んでいます。
 「会計理論」というと、何か立派な理論が存在するように聞こ
えますが、そういう素人的発想を揶揄して、口の悪いある経済学
者が名付けたものです。その学者の名前は、スティーブン・チェ
ケッティ教授といいます。
 インフレの例ではありませんが、2020年に菅義偉前首相は
携帯電話料金の値下げを重要施策として取り上げ、実現させてい
ます。菅首相としては、日本の携帯電話料金は非常に高く、この
価格を下げることによって、その分国民の収入が増えると考えた
のだろうと思います。そのときの新聞などの解説では、この施策
の結果、消費者物価指数は下がるだろうと予測していたのです。
 これこそ会計理論です。それにちょうどそのとき、携帯電話会
社は5Gへの投資の真っ最中であったので、この施策の結果、携
帯電話会社の経営は大変であったろうと考えられます。タイミン
グが悪かったのです。これについて、渡辺努教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 携帯電話料金の値下げで浮いたおカネでレストランに繰り出す
というような見方は単純に過ぎるでしょう。ですが、携帯料金の
値下げがなければ行っていたであろう家計の切り詰め(支出の削
減)が小幅になるということは、十分あり得たでしょう。長い目
で見ると、そうした間接的な消費行動の変化まで勘案すれば、携
帯料金の値下げが物価を下げる度合いは、会計理論の数字よりも
ずっと小さい、またはほぼゼロであったろうと思われます。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 渡辺努教授をはじめとする物価の研究グループは、個々の商品
の上がり下がりが、物価の変動にはつながらないという証明にな
る実験を行っています。それを添付ファイルにしてあります。
 消費者物価指数(CPI)を構成する品目のなかから、菓子類
16品目を取り出し、それぞれの品目について、2003年から
2021年までの期間についてインフレ率を計算し、その平均値
最大・最初値をグラフ化したものです。ここで、インフレ率とは
物価が前年同月と比較して、何パーセント変化したかを計算した
ものです。
 それぞれの品目の最大・最小値を見ると、ゼロから大きく乖離
していることが分かります。なかでもポテトチップスは、マイナ
ス20%からプラス15%、チョコレートは、マイナス4%から
プラス25%と乱高下しているものの、それぞれの品目が打ち消
し合って、平均値はほぼゼロになっています。
 そうすると、物価は何によって変動するのでしょうか。
 渡辺努教授は、その著作、『物価とは何か』の冒頭で、物価に
ついて、次の2つのことをいっています。2つの言葉は、とても
謎めいています。
─────────────────────────────
      @     物価とは「蚊柱」である。
      A物価を決めるのは貨幣の魅力である。
─────────────────────────────
 「蚊柱」とは何でしょうか。
 渡辺努教授は、「物価とは『蚊柱』である」について、次のよ
うに説明しています。
─────────────────────────────
 物価とは蚊柱である──これが「物価とは何か」──という問
いに対する、私の最初の答えです。世の中に何十万と存在する個
別の商品それぞれが、一匹一匹の蚊にあたるというわけです。猛
烈な速度で移動する個体があれば、ゆっくりと移動する個体もあ
ります。速く移動するものは価格が激しく変動している商品、緩
やかに動くものは価格が安定している商品だと考えてください。
そうした商品の群れから少し距離をとって眺めると、群れ全体が
見えてきます。ちょうど蚊柱というひとつの物体があるように。
これが物価です。
  ──渡辺努著/『物価とは何か』/講談社選書メチェ758
─────────────────────────────
 個別の商品の日々の細かい値動きは、めまぐるしく動き回る一
匹一匹の蚊の動きにたとえられます。右に行ったり、左に行った
り、上に行ったり、下に行ったり、それぞれの蚊は動いています
が、蚊柱自体はほぼ同じ空間にとどまっています。物価を蚊柱に
たとえると、個別の商品の値動きは、物価に影響を及ぼすことは
ないということがいえます。実際に「蚊柱」ができるさまを見る
ことができる動画があります。5分ほどかかりますが、もし興味
があったら、ご覧ください。
─────────────────────────────
    「驚異の蚊柱/諫早湾調整池の知られざる事実」
              撮影2011年4月〜5月
                  時間:5分11秒
    https://www.youtube.com/watch?v=_EfzE-lYq20
─────────────────────────────
           ──[物価と中央銀行の役割/005]

≪画像および関連情報≫
 ●『物価とは何か』読書感想文まとめvol.001
  ───────────────────────────
   例えば、お茶が150円の自動販売機と、100円の自動
  販売機では、同じ1000円を使用したとしても、6本と、
  10本で買える量に差が生じる。この場合、百五十円の自動
  販売機がおいてある地域を「物価が高い」と称し、100円
  の自動販売機が置いてある地域を「物価が安い」と称す。
   なぜ値段に差が生じるのか?──商品の魅力で、決まるか
  ら。同じ商品でも、地域や品数、量などで150円でも購入
  する  人がいるほど魅力がある。
   魅力とは何か?──商品の持つ特性、美味しさ、利便性、
  ファッション性。次に供給量。高級メロンが、なぜ高級なの
  か?──おいしい上に希少だから。山積みになってたら安く
  なる。オイルショック時に日本の物価率が23%アップした
  のはなぜか?
   ──原油高騰が原因であれば、原油関係の物価だけが上が
  るはずだが、全ての項目でインフレが起きていた。インフレ
  の原因はオイルショックではなく、日銀の貨幣増産にあると
  現在では結論付けられている。つまり、世の中にお金が出回
  れば出回るほど、実は物価が上昇してしまう。理由は高級メ
  ロンの原理。大量にあるものは価値が下がる。それは何の値
  段なのか?──商品の魅力、販売地域、量、利便性、ファッ
  ション性、希少性、政治的、世界情勢などあらゆるものが関
  連して決まっている。
  ───────────────────────────
菓子類のインフレ率.jpg
菓子類のインフレ率
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物価と中央銀行の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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