に絞ると、常識的には今回の世界インフレをのぞくと、次の3回
経験していることになります。
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@終戦直後のインフレーション
1945年〜1949年
A狂乱物価のインフレーション
1973年〜1974年/1979年
Bバブル経済インフレーション
1955年〜1990年
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第1のインフレーション「終戦直後のインフレーション」は、
まさしく本物のインフレです。
このインフレによって、1945年10月から1949年4月
までの3年6カ月の間に消費者物価指数は約100倍になってい
ます。しかし、このインフレを体験している人は、80歳以上の
高齢者になっており、体験者が少なくなっています。
第2のインフレーション「狂乱物価のインフレーション」は、
アラブ産油国からの原油供給が断たれたことが原因で、ガソリン
などの石油関連商品が希少になり、それらが原因となって、物価
が上がったというものです。しかし、この考え方には疑問がある
ので、あとで解明します。
第3のインフレーション「バブル経済インフレーション」は、
住宅価格など資産価格が高騰したインフレであって、消費者物価
が大幅に上昇したのではないのです。これについても真の原因を
追求します。
このように考えると、現在、生産人口を形成している日本人の
ほとんどがインフレを経験しておらず、彼らが生まれて以来、実
に約30年にわたってずっとデフレの沼に嵌っており、いま世界
中で起きているインフレに戸惑っている感があります。
狂乱物価のインフレは、どのようにして起きたのでしょうか。
このインフレは、1974年に起きています。その前年である
1973年に、イスラエルとアラブ諸国との間で、第4次中東戦
争がはじまっています。
産油国は、原油の価格を引き上げると同時に、イスラエルを支
援する国々に対して、原油の輸出停止に踏み切ったのです。日本
もその巻き添えを食って、アラブ諸国からの原油輸入が途絶えて
しまいます。
原油の国際価格は4倍に急騰し、日本においても、ガソリンな
どの石油関連製品の価格が急騰して品不足になり、多くの消費者
が、スーパーにトイレットペーパーなどの買いだめに走るという
現象が起きたのです。いわゆる石油ショックです。コロナ禍のマ
スクの品不足と同様の現象です。これを契機に、1974年には
消費者物価指数(CPI)は、前年比23%上昇しています。あ
らゆるものに値上がりの波が襲い、時の大蔵大臣であった福田赳
夫氏がこのインフレを「狂乱インフレ」と名付けたのです。
この現象を整理するとこうなります。ガソリンなどの石油関連
製品の値段が上昇し、それに伴い、消費者物価指数が上昇したと
いうことです。したがって、インフレの原因は、原油高というこ
とになります。これを多くの人は信じていますが、事実はいささ
か異なるのです。
これについて、渡辺努東京大学大学院教授は、次のように説明
しています。
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では、何が1974の狂乱物価を引き起こしたというのでしょ
うか。真の原因は、日銀による貨幣の供給過剰です。当時は、為
替レートが固定相場制(ドルと円の交換比率を中央銀行の介入に
よって固定させる仕組み)から変動相場制(交換比率の決定を市
場に委ねる仕組み)へと移行する過渡期でした。そして、一部の
商社や金融機関は、変動相場制になれば円が高くなるだろうと予
想して、ドル売り円買いの取引によって円を蓄えようとしていま
した。日銀はそうした動きに呼応するかたちで、大量のドルを買
い取り、円を市場に大量に放出するというオペレーションを実施
しました。また、この当時は、「列島改造」を掲げる田中角栄政
権によって大量の財政資金が市中にばらまかれているころでもあ
りました。 ──渡辺努著『物価とは何か』
講談社選書メチェ758
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続いて、バブル経済インフレは、どのように起きたのでしょう
か。イメージとしては、凄いインフレが起きていた印象がありま
すが、実は違うのです。これについては、高橋洋一氏が自著で次
の指摘をしています。
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「バブル期はどんどん物価が上がった。すごいインフレ状態だ
った」というイメージを持っている人も多いことでしょう。たし
かに、バブル世代の人々が、なぜか、自慢げに語る当時の武勇伝
(「こんなに金を使えた」「接待に次ぐ接待で大変だった」「予
算は青天井」などなど)を聞くと、その話は、あたかも真実であ
るかのように響きます。
しかし、そんなイメージとはかなり違うかもしれませんが、バ
ブル期とされる1987〜1990年の一般物価の物価上昇率は
実は、0・1〜0・3%です。ごく健全な物価上昇率であって、
「ものすごいインフレ状態」とは、とてもいえない数字です。バ
ブル期に異様に高騰していたのは、株式と土地などの資産価格だ
けだったのです。「一般物価」と「資産価格」を切り離して考え
る必要があります。バブル期の実態は「資産バブル」でした。
──高橋洋一著『戦後経済史は嘘ばかり
/日本の未来を読み解く正しい視点』/PHP新書
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──[物価と中央銀行の役割/003]
≪画像および関連情報≫
●インフレ予想、インフレ体験の世代間格差〜インフレを知ら
ない人達が増えている/2013年6月24日
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世代によってものの見方、考え方が大きく違うことを痛感
することは少なくないが、その典型例のひとつが物価に対す
る見方だ。
目下の日本経済の最優先課題は約15年続くデフレからの
脱却であるが、筆者の周りでは、年齢が高い人はインフレを
起こすことは比較的容易だと考えているのに対し、若い人ほ
どデフレ脱却の実現可能性について否定的な見解を示す傾向
がある。
こうした傾向は経済統計からも確認できる。内閣府の消費
動向調査(2013年5月調査)で、1年後の物価上昇を予
想する消費者の割合を年齢階級別に見ると、若年層では物価
上昇を予想する世帯の割合が相対的に低く、年齢階級が上が
るにつれてその割合が高くなっている。29歳以下と60〜
69歳では20%近い開きがある。
このように、世代によって先行きの物価に対する見方が異
なっているのは、それぞれの年代で、物価に関する経験が異
なっていることが大きいのではないだろうか。たとえば、現
在20歳代の若者は物心がついた時にはすでに日本経済はす
でにデフレに陥っていたため、物価が上がったという経験が
ほとんどない。これに対して、60歳前後の人は大人になっ
てから石油危機(1970年代前半から1980年頃まで)
が発生したため、物価高騰を身をもって経験している。
──ニッセイ基礎研究所/
経済研究部経済調査部長/斎藤太郎氏
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