中央銀行である日本銀行を取り上げたことはありますが、物価の
ようなテーマを取り上げたことはありません。しかし、現在、世
界インフレが起こり、本当に何十年ぶりに物価が話題になってい
ます。そういうとき、たまたま書店で渡辺努東京大学大学院教授
による『世界インフレの謎』(講談社現代新書)を購入し、読ん
で私は物価について興味を持ったのです。
渡辺教授は、この本を上梓する前に、次の本を書いて世に問う
ています。この本は、300ページを超える本ですが、発売一年
後には、第12刷とよく売れています。
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渡辺努著/講談社選書メチェ758
『物価とは何か』
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この本について、辛口の評論で知られる慶応義塾大学大学院教
授の小幡績氏は、2022年2月の東洋経済オンラインで、次の
ように絶賛しています。
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2年前、いったい誰が「インフレが最大の経済政策上の関心事
になる」と予想したであろうか。しかし、いまやアメリカは40
年ぶりのインフレ率であり、欧州も同様だ。一方、世界中で日本
だけは、なぜか他国に比べて消費者物価が上がらない。インフレ
物価、これらには謎がいっぱいだ。物価とは、いったいどうなっ
ているのか。
これを解明する「世界で唯一の本」が近頃出版された。渡辺努
東京大学教授の『物価とは何か』(講談社選書メチエ)である。
渡辺教授は、私が最も尊敬する経済学者の1人であり、物価の理
論家としては間違いなく現在世界一である。このコラムでも「な
ぜ日銀は無謀なインフレ政策をとるのか」や「日本でも今後『ひ
どいインフレ』がやってくるのか」で言及した。何よりも理論と
実証という経済学の研究者というだけでなく、物価と格闘する人
類最高の知性であり、現実と正面から向き合っているのである。
その彼が、真正面からぶつかった本が『物価とは何か』である。
しかも、学者向けではなく、一般の読者へ向けなのだ。
物価と向き合うのは経営者、消費者である。学者ではない人々
であり、物価を決めるのも彼らであるから、その彼らに学問にお
ける物価の理解を知ってもらう必要があると彼は考えた。そして
物価の現場の彼らに理論をぶつけ、挑戦した本なのである。今回
は、学者としてではなく、一般の消費者として、渡辺努教授に挑
みたいと思う。 https://toyokeizai.net/articles/-/512971
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小幡教授は鋭い論説で知られる学者です。テレビなどでその論
説を聞く機会はありますが、あまり人を褒めるタイプではないと
いう印象を持っています。その小幡教授が、これほど渡辺教授を
評価しているのは私にとって新しい発見です。
しかし、小幡教授が渡辺説に全面的に賛成かというと、けっし
てそうではないのです。小幡教授は「物価もインフレも重要では
ない」と断言し、次のように述べています。
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少なくとも、今の日本の現状においては、物価もインフレも重
要な政策イシューではない。にもかかわらず、最大のエネルギー
と限界を超えたリスクを賭けて、いわば国を賭けて異次元緩和を
行い、インフレを起こそうとしている。これは日本の金融政策の
歴史上、最大の誤りだと思っている。物価なんてどうでもいい。
しかし、人々はなぜ、物価が、インフレがそんなにも重要だと思
うのか。 https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=3
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小幡教授は「物価もインフレも重要な政策イシューではない」
として、そう思う理由について次の3つを上げています。
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@ハイパーインフレとデフレスパイラルは、恐ろしく、絶対
に引き起こしてはならない。
A世界の中央銀行が目指す2%程度のインフレは、中央銀行
にとって便利だからである。
Bインフレ抑制が必要な理由は、庶民の生活を守ること、生
活苦に陥らないことである。
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第1の理由は、ハイパーインフレとデフレスパイラルを起こし
てはならないことです。もし、なってしまったら、中央銀行は何
もできなくなるからです。小幡教授は、これには全面的に賛成す
るとして、これを全力で回避すべきであるといい、これには多く
の学者でも異論がないはずであると主張しています。
しかし、0〜0・5%程度のインフレ(デフレという人もいる
が)は、経済にダメージを与えないので、恐れる必要はないが、
低インフレ率では下げる余地がほとんどないので、インフレ率2
%程度の緩やかなインフレを維持すべきであるとしています。こ
れが第2の理由です。
第3の理由は、インフレ抑制(2%程度のインフレ)を目指す
理由は、最も基本的な話ですが、庶民の生活を守ること、物価高
騰で、生活苦に陥らないようにするということです。そして小幡
教授はこのレポートを次の言葉でしめくくっています。
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インフレが加速するかどうか、永続的か、ちょっと長めの一時
的か、どうなるかについては判断が分かれる。だが、将来シナリ
オがどうであったとしても、今現在、インフレで苦しんでいる人
々、それも相対的な低所得層がいる以上、ともかくインフレは妥
当な水準に抑え込まないといけないのである。
https://toyokeizai.net/articles/-/512971?page=5
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──[物価と中央銀行の役割/002]
≪画像および関連情報≫
●いまだ達成できな「物価目標」なぜ2%に設定?
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インフレ目標政策の普及は「まず理論ありき」で始まった
わけではない。1980年代末から1990年代初めにかけ
て、政権からの政治的な金融緩和圧力による高いインフレに
苦しんでいたニュージーランドを嚆矢として、いくつかの国
が採用し、インフレ制圧に成功したこと、それらの国がおお
むね、2%近傍のインフレ率を目指したことを端緒としてい
る。最初の採用国、ニュージーランドでは、1970年代か
ら1980年代前半にかけて、2桁のインフレ率が続き、国
民のインフレに対する不満が鬱積していた。1984年の政
権交代後、新政権はインフレ抑制を決意し、ニュージーラン
ド準備銀行にその達成を指示する。その際、政治目的――と
りわけ選挙対策――のために金融政策を操作させるという悪
しき慣習の根を絶つことを決意する。
政権与党が選挙に有利な金融緩和を中央銀行であるニュー
ジーランド準備銀行に求めるなど、彼らが現在バイアスに基
づく近視眼的な指示を出しても金融政策が歪められない仕組
みが模索され、その努力が1989年のニュージーランド準
備銀行法として結実した。この法律に基づき、大蔵大臣と準
備銀行総裁は、「政策目標に関する合意(PTA)を設定す
ることになった。インフレ目標値はPTAに盛り込まれた。
https://toyokeizai.net/articles/-/514024
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小幡績慶応義塾大学大学院教授