2023年07月10日

●「物価について学習する必要がある」(第5991号)

 今年に入ってから、EJでは、連続して経済のテーマを取り上
げています。本当はメタバースと経済の関係について書きたかっ
たのですが、予想よりもメタバースの動きは鈍く、日本経済の動
きが急ピッチで動いています。30年ぶりでそこに何か大きな変
化が起きているようです。
 30年ぶりの変化とは「インフレの到来」です。アベノミクス
における日銀の「異次元の金融緩和」の狙いは、「2%程度の緩
やかなインフレを安定的に起こす」ことを目指すものであったと
いわれます。はじめの内は「2年でできる」と宣言したものの、
結局は達成できず、岸田政権になった現在でも、日銀による異次
元の金融緩和は続いています。ちなみに、安倍政権は2012年
12月26日から2020年9月16日までの間です。
 現在、世界中で起きているインフレは、皮肉なことに安倍政権
が退陣した後の2021年からはじまっています。アベノミクス
の成果ではないのです。このことについては、5月10日からの
EJで詳しく述べてきている通り世界中で起きています。
 ここで、添付ファイルをご覧ください。このグラフは、202
2年の世界各国において、輸入品の物価の上がり方とCPI(消
費者物価指数)の上昇率の関係を表しています。「+」マークの
一つひとつが調査対象国を示しています。横軸には、2022年
1月から4月までの輸入物価インフレ率、縦軸には、CPIイン
フレ率(IMFによる2022年の予測値)をとっています。こ
のグラフは、渡辺努東京大学大学院教授の著書に掲載されていた
ものです。
 このグラフから何が読み取れるでしょうか。
 輸入物価インフレ率とは、外国での物価上昇が波及して国内で
発生するインフレ現象のことです。海外からの輸入品の値上がり
が国内での販売価格にも波及し、それらを原料として使う製品な
ども上昇するケースです。
 「+」の散らばり方をよく見ると、輸入物価インフレ率の高い
国ほど、CPIインフレ率が高くなっている傾向があることがわ
かります。しかし、日本は例外です。この現象について、渡辺努
教授は次のように述べています。
─────────────────────────────
 2022年のインフレは、各国の国内的な要因によって起こっ
たというよりも、特定のいくつかの国のインフレが、貿易を通じ
てその他の国に飛び火するというかたちで起こったということで
す。インフレの震源地は、ひとつは米国や英国などで、これらの
国々では、パンデミックの後遺症として、人手不足やモノへの需
要シフトが起こりました。もうひとつの震源地は、ウクライナ・
ロシアとその近隣の欧州問題で、戦争と経済制裁の影響で物価が
上がっています。この二つの震源地から全世界にインフレがばら
まかれたのです。  ──渡辺努著/講談社現代新書/2679
                   『世界インフレの謎』
─────────────────────────────
 日本のポジションはどうでしょうか。○印が日本です。
 輸入物価インフレ率は50%と高いのに、CPIインフレ率は
ほぼゼロです。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 これは、海外から輸入する商品の価格は上がっていますが、そ
れが国内価格に転嫁されていないことによるものです。
 その原因は、日本は、長く慢性デフレが居座っているところへ
急性インフレ(輸入物価インフレ)が起きたからです。日本の慢
性デフレは、約30年近く続いており、もし、他国のように政策
金利の利上げを行うと、輸入物価インフレは少し収まるものの、
生産や雇用が悪化し、消費者は生活防衛に走るので、消費者は今
よりも価格に敏感になります。これは、企業にとっては顧客を失
うことになるので、原価が上昇しても価格を据え置くことになり
CPIインフレ率がほぼゼロになっているのです。
 しかし、コロナ禍が終わるころから、日本では少しずつですが
変化が起きているように感じます。2022年に黒田前日銀総裁
の「国民は少しずつ値上げを受け入れるようになっている」とい
う発言があり、黒田前総裁は国会などで追及されましたが、この
発言の根拠は、渡辺努教授の調査(2021年8月と2022年
5月に実施)を参考にしたといわれています。
 その調査とは、「行きつけのスーパーで、いつも購入する商品
が10%上がっていたらどうするか」という質問について、日本
の消費者の回答が、わずか1年の間に変化していることを示すも
のだったのです。すなわち、21年の調査では「10%値上がり
していたら別のスーパーに行く」と答えていた日本人が、22年
の調査では「他のスーパーもきっと値上げしているから、その店
で買う」に変化していたからです。つまり、欧米の消費者と同じ
行動をとるようになったといえます。消費者は、インフレ予想に
よって消費行動を変えるのです。
 しかし、それ以来、日本では経済の状況が変化し始めていると
いえます。企業はインフレ率に応じてその分を価格に転嫁させる
ようになり、賃上げも徐々に実現しはじめています。日経平均株
価も急上昇しつつあります。もちろんコロナ禍が収束しつつある
ことも影響していますが、そこに何が起きているのでしょうか。
 その謎を解くひとつの方法として、物価について改めて考えて
みる必要があります。そこで、今週から、次のようにテーマを変
更し、書いていくことにします。
─────────────────────────────
    物価とは何か/中央銀行の役割について考える
      ─ インフレとデフレのメカニズム ─  
─────────────────────────────
 このテーマであれば、日々変化しつつある日本経済の状況をそ
のつどとらえて書くこともできますし、日本の中央銀行であり、
植田和男日銀総裁が交代したばかりの日銀の役割についても、ふ
れることができると思います。
           ──[物価と中央銀行の役割/001]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のインフレは「一過性ではない」理由、経済学者の
  常識は10年前から激変!
  ───────────────────────────
   1年前から続くインフレは、一過性か、持続的か。筆者の
  研究室が実施した物価に関するアンケートを基に、このイン
  フレが持続的であることを示そう。(東京大学大学院経済学
  研究科教授 渡辺努氏)
   日本で消費者物価(CPI)の上昇が始まったのは、20
  22年4月、今から1年前のことだ。米欧で2021年の春
  から始まっていたインフレが日本に流入してきた。当時民間
  エコノミストの間では、インフレはすぐに終わるという見方
  が少なくなかった。背景には、このインフレが「コストプッ
  シュ型」と考えられていたことにある。
   コストプッシュ型とは、海外から輸入するエネルギーや原
  材料の価格上昇により、国内価格も上昇することだ。輸入物
  価の上昇が一巡すればインフレも終わるので、日本のインフ
  レは一過性という理屈である。
   日本のインフレが一過性か持続的かについては、いまだに
  結論が出ていない。今もなお一過性のインフレという見方は
  大勢を占めているが、持続的なインフレが始まったという見
  方も徐々に増えている。
          https://diamond.jp/articles/-/324014
  ───────────────────────────
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」.jpg
「輸入物価インフレ率」VS「CPIインフレ率」
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物価と中央銀行の役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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